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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<updated>2026-05-17T07:57:29Z</updated>
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		<title>コルシカ島</title>
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				<updated>2007-06-03T07:58:52Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;88.191.13.5: http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=コルシカ島&amp;amp;oldid=12725071&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[画像:Corsica_Island.png|frame|right|コルシカ島の位置]]&lt;br /&gt;
'''コルシカ島'''（''Corsica''） は、[[地中海]]西部、[[イタリア半島]]の西に位置する[[フランス|フランス領]]の[[島]]である。面積は約8,700[[平方キロメートル|km&amp;amp;sup2;]]（日本の[[広島県]]と同程度）と、地中海では[[シチリア島]]、[[サルデーニャ島]]、[[キプロス島]]に次いで4番目に大きく、人口は約26万人（[[東京都]][[目黒区]]と同程度）を数える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「コルシカ」（Corsica）は[[イタリア語]]での名称であり、[[フランス語]]では「コルス」（Corse）、[[コルシカ語]]では「コルシガ」（Corsica）となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全域が[[コルス地域圏]]（[[コルス＝デュ＝シュド県]]+[[オート＝コルス県]]）に属し、政治的には海外領土ではなくフランスの本土（内地）である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この島は[[ナポレオン・ボナパルト]]の出身地として知られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 地理 ==&lt;br /&gt;
[[画像:Korsika-satelite.jpg|thumb|right|衛星写真]]&lt;br /&gt;
島のほとんどが急峻な山岳で占められ、2500メートルを超える高峰が連なる。最高峰は[[チント山]]（コルシカ語ではモンテ・ヂントゥ）で2710メートル、ついでロトンド山（コルシカ語ではモンテ・ロドンドゥ、2625メートル）、アル・バルダート山（同カブ・アウ・ベルダードゥ、2583メートル）、ビアンコ山（同カブ・ウィアンク、2562メートル）、ミヌータ山（同プンタ・ミヌーダ、2556メートル）である。これら高峰は島を二つに分けるように西北から南東へ連なっており、その西側と東側では風俗や社会形態、言語などが対照的に異なっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
沿岸部の気候は他の地中海沿岸地域と大差なく年中温暖で少雨であるが、山岳地域は冷涼多雨で冬季には雪が積もり、スキー場が4箇所ある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
沿岸部の地形は東部（東海岸）と西部（西海岸）でまったく異なっている。東海岸は極めて単調で、コルシカに数少ない平野も広がり、[[ラグーン]]（潟）も所々で見られる。ラグーンのうち主なものは北部にある全域が自然保護区に指定されているビグリア潟（コルシカ語で「ビグーヤ」）、中部アレリア近辺にあり[[カキ_(貝)|カキ]]や[[ムール貝]]の養殖が行われているディアヌ潟（同「ディアナ」）、ウルビノ潟（同「ウルビーヌ」）である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方西海岸は断崖絶壁が続き、平野は中部のグラヴォナ川（コルシカ語で「ア・ラウォーナ」）河口付近にあるのみである。西海岸北西部には[[世界遺産]]で有名な奇岩群[[ポルト湾|ジロラーダ、スカンドーラ、カランケの景勝地]]がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
コルシカ島は面積の割に急峻な山岳地帯が大半を占め、あまりまとまった農業・産業が展開できない土地であるため居住人口は少なく、沿岸部および山岳部には手付かずの自然が残されている。島全体の4割近くがコルシカ地域自然公園（PNR）に指定されており、夏にはハイカーが大数訪れる。&amp;lt;!--しかしながら、コルシカ島の夏季は乾燥することが多く、公園内での喫煙や指定場所以外での焚き火は禁止されている。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
コルシカ島の歴史は波瀾に満ちている。太古の昔は山岳部に居住する先住民と外来の支配者に明確に区分されていた。先住民についてはその詳細は今だ解明されていないが、[[ケルト人|ケルト先住民]]と共通する文明、例えば[[巨石記念物|巨石文明]]や人物の彫塑のある石柱が島の南部に多数見られる。一方、外来者は紀元前にはフォカイア、[[エトルリア]]、[[カルタゴ]]などが、中継貿易拠点としてコルシカ島の沿岸地帯の[[覇権]]を争った。島東部海岸にあるアレリアにはエトルリアの遺跡がある。最終的に島に対する覇権を握ったのはカルタゴだったが、[[ポエニ戦争]]で[[古代ローマ]]に敗れたため、紀元前3世紀頃から島の支配権はローマに移る。ローマはアレリアに都市を建造し、さらに北部バスティア南郊にマリアナを築く。ローマによる繁栄はしばらく続くが、ローマ帝国が東西に分裂し、[[ゲルマン人|ゲルマン勢力]]の侵入が始まると、コルシカ島には外部勢力、特に[[海賊]]による襲撃が始まる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
6世紀後半頃から[[十字軍]]によるイスラム勢力のヨーロッパからの駆逐が完了する11世紀頃までこの状態が続き、島ではこの期間を「暗黒時代」と呼んでいる。山岳部の先住民たちはローマ時代には平地に降りて、ローマ人と共存した時期もあったが、暗黒時代になると外部民族の襲撃を恐れて、再び山岳部の小集落（パエーゼ）に身を潜めて自給自足の生活にもどる。近代以降フランスではコルシカの独自の風習が取り上げられているが、その独自性はこの暗黒時代に遡るようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[中世]]になると[[イタリア半島]]の[[都市国家]]、[[ピサ]]と[[ジェノヴァ]]がコルシカ島を植民支配する。ローマ教皇の命により11世紀ピサがコルシカ島を統治するが、その後ジェノヴァが徐々に島の沿岸地帯に城塞都市を建造し、ピサからその支配権を奪い取ってゆき、13世紀にはジェノヴァの支配が確立する。現在のコルシカにある都市のほとんどがジェノヴァ統治時代にジェノヴァによって建造されたものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジェノヴァの支配は過酷であり、島民はたびたび反乱を起こした。中世では16世紀のサンピエール（サンピエロ・コルソ）の反乱が最大のもので、これはジェノヴァによって鎮圧されたが、1729年に始まる40年戦争はかつてなく大規模かつ組織的な闘争だったためにジェノヴァはこれを抑えられず、1768年にジェノヴァとフランスはフランス軍をコルシカに派兵するかわりにジェノヴァは一定期間のコルシカ統治権をフランスに譲るという内容の、[[ヴェルサイユ条約_(1768年)|ヴェルサイユ条約]]を締結した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方のコルシカは1755年、独立運動の指導者パスカル・パオリを首班とする独立政府を樹立し、コルシカの国歌や国旗、憲法、通貨や大学、徴兵制など近代国家の原型ともいえる制度も創出して行き、1769年、フランス軍とコルシカ軍との間で戦争が始まった。バスティア南郊のボルゴの戦いではコルシカ軍はフランス軍を駆逐したが、同年5月のポンテ・ノーウ（ポンテ・ヌオーヴォ）の戦いでは、フランス軍の圧倒的兵力の前にコルシカ軍は敗れ去り、パオリは英国に亡命する。これ以降島はフランス領になり、ナポレオンは義兵を率いてコルシカ独立を目指した反乱を起こすもフランス軍に敗北し、その上事前に察知していたナポレオン一家は既に島を出ていたものの帰国したパオリによってナポレオン家は焼き討ちにされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした歴史的背景もあって、コルシカ島ではフランス併合後、断続的に民族主義運動が起きている。しかしそれはフランスからの独立というよりは、その経済規模の小ささとフランス国家への歴史的な依存性からフランス共和国の中にとどまりながら立法権など政治的決定権を獲得する自治主義が中心である。1975年8月に自治主義勢力とフランス治安当局との間で激しい闘争（アレリア闘争）が展開され、自治主義勢力が非合法化されると、分離主義勢力のFLNC（コルシカ民族解放戦線）が組織されるが、1982年に地方分権政策の一環としてコルシカ地域議会が設置されると求心力を失い分裂する。そして現在繰り広げられている武力闘争は独立戦争などではなく、民族主義を名乗るグループ同士の内部抗争であり、近年は失業で悶々としている島の若者たちを徴用するなど非行問題化しつつある。一般の島民は民族主義には理解を示しつつも、政治運動からは一線を画しており、コルシカ人がフランスからの独立を望んでいるという指摘は不正確である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 文化 ==&lt;br /&gt;
コルシカ島は文化や言語の面でフランス本土とは異なった面を持っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近年はコルシカにおけるアイデンティティの高まりにより、コルシカの文化やこれを基盤にした芸術などを見直すさまざまな活動が行われているが、その代表がかつての即興詩吟をベースにしたポリフォニーである。複数の男性が楽器を使わずに奏でる多声合唱がその中心で、グループ「イ・ムヴリニ」がその代表格である。それ以外に「ア・ヴィレーッタ」、「ティアミ・アディアレージ」、「カンター・ウ・ボーブル・ゴールス」、「スルディエンティ」などのグループがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
コルシカ島は現在、フランスの領土であるため、島民の日常語は[[フランス語]]である。しかし島の固有の言語である[[コルシカ語]]も依然として、学校教育やテレビ・ラジオ放送、広告・商標、文化活動などで盛んに用いられている。コルシカ語は表記や単語の綴字法は[[イタリア語]]に近いが、音韻からはフランス語や[[カタルーニャ語]]の影響が窺い知れる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 産業 ==&lt;br /&gt;
コルシカ島の特産物は豚および豚肉燻製品、[[クリ]]の粉から作った菓子類である。[[ワイン]]や[[チーズ]]の産地としても有名で、ワインは「パトリモニオ」や「ミュスカ・デュ・カップ・コルス」、[[チーズ]]ではフレッシュチーズのブローッチュが有名である。クリで作られたビール「ピエチュラ」（ピエトラ）もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしながら、生産的な産業といえばこれらの農産物に限られ、コルシカは観光・サービス業に大きく頼らざるを得なくなっている。だが、観光はシーズン期が7月と8月のみで、また近隣に[[コート・ダジュール]]やイビサ（スペインのバレアレス諸島の一つ）、イタリアの[[リグーリア海岸]]など国際的リゾート基地に囲まれており、大規模リゾート型の観光はあまり期待できない状況である。サービス業はスーパー・マーケットなどの小売業の他、運輸・公務関係者が圧倒的に多い。コルシカ島にとって最大のお得意様は「親方三色旗」（フランス共和国の国家財政）なのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、コルシカ島内では食料品をはじめとして衣料品、石油製品、住宅関連費用、電気、ガス、水道などにかかる付加価値税がフランス本土よりも低く設定されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 交通 ==&lt;br /&gt;
コルシカ島には四つの空港があり、日本からの直行便はないが、[[パリ]]をはじめとして、[[ニース]]や[[マルセイユ]]などのフランスの地中海沿岸の都市と航空路で連絡されている。一方、航路はマルセイユ、ニース、トゥーロン、イタリアのサヴォナ、[[ジェノヴァ]]、サルデーニャ島との連絡があり、最高35[[ノット_(単位)|ノット]]を誇る高速フェリー路線もある。ただし、コルシカ島への公共交通機関を利用しての出入りの際には税金（入島税、出島税）がかかる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
島内交通はアジャクシオ、バスティア、コルテ、カルヴィを連絡するコルシカ鉄道があるが、それ以外には公共交通機関はない。よって、島内を巡るには一日に1、2便しかないバスを利用するか、レンタカー、タクシーを利用する他はない。島内には国道193、194、196、197、198、200号線があるが、高速道路はない。国道の道路事情は極めて悪かったが、1990年代以降は徐々に改善されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== その他 ==&lt;br /&gt;
島の一般道を閉鎖して行われる[[ラリー]]は『ツール・ド・コルス』と呼ばれ、1956年から毎年開催。1973年から始まったWRC（[[世界ラリー選手権]]）のラウンドにも組み込まれている。「直線が200mあったらコルスではない」とまで言われる、非常にテクニカルな[[ターマック]]（舗装路）ラリーコースとして数々の名場面を生み出している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
山岳地帯を縫うように走る断崖路で行われるこのイベントでは、ワークスドライバーであってもしばしば大事故を引き起こす。[[グループB]]時代の1985年、1986年にはランチアのワークスドライバーがコースオフし死亡。グループBカテゴリ消滅のきっかけとなった。ほかにも1997年にはこの年のワールドチャンピオン、三菱の[[トミ・マキネン]]が路上に出てきた牛に衝突し崖下に転落してリタイアしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www1.odn.ne.jp/cah02840/CORSICA 日本コルシカ協会・コルシカガイドのページ]（日本語）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{commons|Corse}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連図書 ==&lt;br /&gt;
* ジャニーヌ・レヌッチ著『コルシカ島』白水社 1999年&lt;br /&gt;
* 長谷川秀樹著『コルシカの形成と変容』三元社 2002年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:フランスの島|こるしかとう]]&lt;br /&gt;
[[Category:地中海の島|こるしかとう]]&lt;br /&gt;
[[Category:イタリアの国際関係|こるしかとう]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Featured_article}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Link_FA_it}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[als:Korsika]]&lt;br /&gt;
[[an:Corzega]]&lt;br /&gt;
[[ar:كورسيكا]]&lt;br /&gt;
[[be:Корсіка]]&lt;br /&gt;
[[be-x-old:Корсіка]]&lt;br /&gt;
[[bg:Корсика]]&lt;br /&gt;
[[br:Korsika]]&lt;br /&gt;
[[ca:Còrsega]]&lt;br /&gt;
[[co:Corsica]]&lt;br /&gt;
[[cs:Korsika]]&lt;br /&gt;
[[da:Korsika]]&lt;br /&gt;
[[de:Korsika]]&lt;br /&gt;
[[el:Κορσική]]&lt;br /&gt;
[[en:Corsica]]&lt;br /&gt;
[[eo:Korsiko]]&lt;br /&gt;
[[es:Córcega]]&lt;br /&gt;
[[et:Korsika]]&lt;br /&gt;
[[eu:Korsika]]&lt;br /&gt;
[[fa:جزیره کرس]]&lt;br /&gt;
[[fi:Korsika]]&lt;br /&gt;
[[fr:Corse]]&lt;br /&gt;
[[frp:Corse]]&lt;br /&gt;
[[ga:Corsica]]&lt;br /&gt;
[[he:קורסיקה]]&lt;br /&gt;
[[hr:Korzika]]&lt;br /&gt;
[[hu:Korzika]]&lt;br /&gt;
[[id:Korsika]]&lt;br /&gt;
[[io:Korsika]]&lt;br /&gt;
[[is:Korsíka]]&lt;br /&gt;
[[it:Corsica]]&lt;br /&gt;
[[ka:კორსიკა]]&lt;br /&gt;
[[ko:코르시카]]&lt;br /&gt;
[[ku:Korsîka]]&lt;br /&gt;
[[kw:Korsika]]&lt;br /&gt;
[[la:Corsica]]&lt;br /&gt;
[[lad:Corse]]&lt;br /&gt;
[[lb:Korsika]]&lt;br /&gt;
[[lt:Korsika]]&lt;br /&gt;
[[nl:Corsica]]&lt;br /&gt;
[[nn:Korsika]]&lt;br /&gt;
[[no:Korsika]]&lt;br /&gt;
[[oc:Corsega]]&lt;br /&gt;
[[pl:Korsyka]]&lt;br /&gt;
[[pt:Córsega]]&lt;br /&gt;
[[ro:Corsica]]&lt;br /&gt;
[[ru:Корсика]]&lt;br /&gt;
[[scn:Còrsica]]&lt;br /&gt;
[[sh:Korzika]]&lt;br /&gt;
[[simple:Corsica]]&lt;br /&gt;
[[sk:Korzika]]&lt;br /&gt;
[[sl:Korzika]]&lt;br /&gt;
[[sr:Корзика]]&lt;br /&gt;
[[sv:Korsika]]&lt;br /&gt;
[[tr:Korsika]]&lt;br /&gt;
[[uk:Корсіка]]&lt;br /&gt;
[[ur:کورسیکا]]&lt;br /&gt;
[[zh:科西嘉島]]&lt;br /&gt;
[[zh-classical:科西嘉]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>88.191.13.5</name></author>	</entry>

	<entry>
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		<title>ロシア</title>
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				<updated>2007-06-03T07:58:14Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;88.191.13.5: http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=ロシア&amp;amp;oldid=12879265&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Otheruseslist|現代のロシア連邦|帝政ロシア時代|ロシア帝国|旧ソ連に加盟していたロシア共和国|ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国}}&lt;br /&gt;
{{基礎情報 国|&lt;br /&gt;
 略名 =ロシア|&lt;br /&gt;
 日本語国名 =ロシア連邦|&lt;br /&gt;
 公式国名 =&amp;lt;B&amp;gt;{{lang|ru|Российская Федерация}}&amp;lt;/B&amp;gt;|&lt;br /&gt;
 国旗画像 =Flag of Russia.svg|&lt;br /&gt;
 国章画像 =[[画像:Russia coa.svg|100px|ロシアの国章]] &amp;lt;!-- 国章画像の削除の議論は、画像:Russia_coa.svgに限定されている --&amp;gt;|&lt;br /&gt;
 国章リンク =[[ロシアの国章|国章]]|&lt;br /&gt;
 標語 =なし|&lt;br /&gt;
 位置画像 =LocationRussia.png|&lt;br /&gt;
 公用語 =[[ロシア語]]&amp;lt;sup&amp;gt;1&amp;lt;/sup&amp;gt;|&lt;br /&gt;
 首都 =[[モスクワ]]|&lt;br /&gt;
 最大都市 =モスクワ|&lt;br /&gt;
 元首等肩書 =[[ロシアの大統領|大統領]]|&lt;br /&gt;
 元首等氏名 =[[ウラジーミル・プーチン]]|&lt;br /&gt;
 首相等肩書 =[[ロシアの首相|首相]]|&lt;br /&gt;
 首相等氏名 =[[ミハイル・フラトコフ]]|&lt;br /&gt;
 面積順位 =1|&lt;br /&gt;
 面積大きさ =1 E13|&lt;br /&gt;
 面積値 =17,075,200|&lt;br /&gt;
 水面積率 =0.5%|&lt;br /&gt;
 人口統計年 =2005|&lt;br /&gt;
 人口順位 =7|&lt;br /&gt;
 人口大きさ =1 E8|&lt;br /&gt;
 人口値 =142,893,540|&lt;br /&gt;
 人口密度値 =8|&lt;br /&gt;
 GDP統計年元 =2005|&lt;br /&gt;
 GDP値元 =20兆9,439億|&lt;br /&gt;
 GDP統計年MER =2005|&lt;br /&gt;
 GDP順位MER =10|&lt;br /&gt;
 GDP値MER =7,554億|&lt;br /&gt;
 GDP統計年 =2005|&lt;br /&gt;
 GDP順位 =10|&lt;br /&gt;
 GDP値 =1兆5,890億|&lt;br /&gt;
 GDP/人 =11,100|&lt;br /&gt;
 建国形態 =[[独立]]&amp;lt;br/&amp;gt;&amp;amp;nbsp;- [[主権]]宣言&amp;lt;br/&amp;gt;&amp;amp;nbsp;- 完全独立|&lt;br /&gt;
 建国年月日 =[[ソビエト連邦]]解体による&amp;lt;br/&amp;gt;[[1990年]][[6月12日]]&amp;lt;br/&amp;gt; [[1991年]][[12月26日]]|&lt;br /&gt;
 通貨 =[[ロシア・ルーブル]](A$)|&lt;br /&gt;
 通貨コード =RUB|&lt;br /&gt;
 時間帯 =+2 ～ +12|&lt;br /&gt;
 夏時間 =+3 ～ +13|&lt;br /&gt;
 国歌名 =ロシア連邦国歌|&lt;br /&gt;
 ccTLD =RU|&lt;br /&gt;
 国際電話番号 =7|&lt;br /&gt;
 注記 =註1 : 連邦構成主体の各共和国は連邦公用語（ロシア語）とは別に、自らの公用語を定めうることが憲法で認められている。&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
'''ロシア連邦'''（ロシアれんぽう、{{lang|ru|Росси́йская Федера́ция}}、Rossiyskaya Federatsiya）、別称'''ロシア'''（[[ロシア語]]：''{{lang|ru|Росси́я}}''）は、[[ヨーロッパ]]と[[アジア]]にまたがる世界最大の[[領土]]を持つ[[連邦|連邦制]]の[[共和国]]。ロシア連邦およびロシアは双方とも正式名称である[http://en.wikisource.org/wiki/Constitution_of_the_Russian_Federation]。首都は[[モスクワ]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
北西から順に[[ノルウェー]]、[[フィンランド]]、[[エストニア]]、[[ラトビア]]、[[ベラルーシ]]、[[リトアニア]]、[[ポーランド]]（ポーランドとの[[国境]]は[[バルト海]]とリトアニアに囲まれた[[飛び地]]領である[[カリーニングラード州]]である）、[[ウクライナ]]、[[グルジア]]、[[アゼルバイジャン]]、[[カザフスタン]]、[[中華人民共和国|中国]]、[[モンゴル国|モンゴル]]、[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]と国境を接し、北は[[北極海]]、東は[[太平洋]]に囲まれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[日本]]とは[[海]]を隔てた隣国で、日本との間には国境が不確定な部分が有るため正確な数値は出せないが、[[北方領土]]他を除く日本の最北端である[[北海道]][[稚内市]]の[[宗谷岬]]と[[サハリン州]]のサハリン島（[[樺太島]]）南端の距離は43kmであり、日本の領土からみて最も近くにある国である。（ただし、サハリンの南半分については、日本政府は「[[国際法]]上は所属未定地」との立場を取っている。） また、[[実効支配]]という観点から見ると、北海道[[根室市]]の[[納沙布岬]]と、日本が[[領有権]]を主張しているがロシアが実効支配している、いわゆる[[北方領土]]の[[貝殻島]]との距離はわずか3.7kmしかない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 国名 ==&lt;br /&gt;
正式名称は、{{lang|ru|Российская Федерация}}（Rossíjskaja Federácija; ラスィースカヤ・フィジラーツィヤ）。略称{{lang|ru|РФ}}。通称、{{lang|ru|Россия}}（Rossíja; ラシーヤ）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[キリル文字]]のラテン文字転写、ロシア語のカタカナ表記にはいずれも多数の方式、表記があり、ここにあげたものは一例である（本記事の以下の転写も同じ）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本語表記は、'''ロシア連邦'''。通称'''ロシア'''（まれに'''ロシヤ'''とも。また旧ロシア帝国を個別に指す場合は「'''帝政ロシア'''」とも）。日本語の漢字表記は'''露西亜'''で、略称は'''露'''（現在は旧ロシア帝国と区別するため'''ロ'''とも示される事もある）。江戸時代には'''をろしや'''と呼ばれていた。また、19世紀の江戸時代から明治時代にかけては'''魯西亜'''という表記もなされ、[[1855年]]に両国間で初めて結ばれた条約は「日本国魯西亜国通好条約」という名称になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ロシアの国名は、現在のロシア北西部と[[ウクライナ]]、[[ベラルーシ]]にあたる[[ルーシ]]という地域をギリシア語の発音によって変更された名前である。この名は、ルーシの北東の辺境地に起こった[[モスクワ大公国]]が周辺の地域を統合し、“ルーシの遺産の争い”をめぐって[[リトアニア]]と対立していた[[16世紀]]の[[イヴァン4世]]（雷帝）の頃に使われ始め、[[18世紀]]初頭の[[ピョートル1世 (ロシア皇帝)|ピョートル1世]]（大帝）がと称したことにより正式の国名となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ロシア帝国期以前は、ロシアという語はかつてのルーシ全域を指し、ロシア北西部を「大ロシア」、ウクライナを「小ロシア」（「ルーシの中心地」という意味）、ベラルーシを「白ロシア」と呼んでいた。しかし、ウクライナとベラルーシの人々は次第にロシア人と異なった民族意識を醸成していったために、これらの国々はソ連邦下でロシアと別々の共和国とされ、ソ連邦の解体により別々に独立することとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
''詳細は[[ロシアの歴史]]を参照''&lt;br /&gt;
=== ロマノフ朝以前 ===&lt;br /&gt;
ロシアと[[ウクライナ]]・[[ベラルーシ]]の原型である[[中世]]の[[ルーシ]]地域は、[[862年]]に[[ノルマン人]][[リューリク]]が[[ノヴゴロド]]の公となり、その一族が[[東スラヴ人]]の居住地域に支配を広げていく過程で形成されたと[[年代記]]に記録される。当初のルーシの中心は、現在はウクライナの首都である[[キエフ]]であり、現在のロシアの中心である北東ルーシはむしろ辺境で、モスクワの街もまだ歴史には登場していなかった。支配者層を含めてスラヴ化した[[キエフ大公国]]は、[[9世紀]]に[[東ローマ帝国]]（ビザンツ帝国）から[[東方正教会]]派の[[キリスト教]]と[[ギリシャ]]＝ビザンツ文化を受容し、独特の文化を育んだが、[[13世紀]]初頭に[[モンゴル]]によって征服され、[[ジョチ・ウルス|キプチャク・ハン国]]の支配下に入った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
数多くいるルーシ諸公のひとりに過ぎなかった[[モスクワ大公国|モスクワ公]]は、モンゴル支配下でルーシ諸公が[[ハーン|ハン]]に納める貢納を取りまとめる役を請け負うことで次第に実力をつけ、[[15世紀]]にキプチャク・ハン国の支配を実質的に脱してルーシの統一を押し進めた。モスクワ大公は[[イヴァン3世]]のとき[[ツァーリ]]（皇帝）の称号を名乗り、その支配領域は[[ロシア帝国]]へと発展してゆく。ただし、国内の生産力は低く、西欧諸国からは異質の存在と見られていた。[[16世紀]]に[[イヴァン4世]]（雷帝）が近代化と皇帝集権化、[[シベリア]]進出などの領土拡大を進めたが、彼の死後は大貴族の抗争で国内が大混乱に陥り、[[ポーランド王国|ポーランド]]によるモスクワ占領まで起こった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ロマノフ朝（帝政ロシア） ===&lt;br /&gt;
[[1613年]]に[[ロマノフ朝]]が成立すると、大貴族と[[農奴制]]に支えられ、封建色の強い帝国の発展が始まった。[[18世紀]]、[[ピョートル1世]]（大帝）は急速な西欧化・近代化政策を強行し、新首都[[サンクトペテルブルク]]の建設（1703）、[[大北方戦争]]（1700～1721）での勝利を経てロシア帝国の基盤を築いた。彼の時から正式に[[皇帝]]の称号を使用し、西欧諸国からも認められた。また、[[エカチェリーナ2世]]は[[ポーランド分割]]に参加し、欧州での影響力を増加させた。[[大黒屋光太夫]]が彼女に謁見したことにより、[[アダム・ラクスマン]]が日本に派遣され[[日露関係史]]が実質的に始まった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[19世紀]]になるとロシアは[[ナポレオン戦争]]に参戦し、[[1812年]]には[[ナポレオン・ボナパルト]]指揮のフランス軍に侵攻されたが、大損害を負いながらこれを撃退し、戦後は[[フィンランド]]や[[ポーランド立憲王国]]を支配して、[[神聖同盟]]の一員として[[ウィーン体制]]を維持する欧州の大国となった。国内での[[デカブリストの乱]]やポーランド反乱などの自由主義・民族主義運動は厳しく弾圧された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
19世紀後半からは[[不凍港]]を悲願として[[南下政策]]を推し進めていき、これによって[[トルコ]]等周辺国と戦争を引き起こし、[[イギリス]]との対立が激化していく。しかし[[クリミア戦争]]ではイギリス・[[フランス]]に惨敗し、帝国の後進性が明確になった。[[1861年]]に皇帝[[アレクサンドル2世]]は[[農奴解放令]]を発布し、近代的改革への道を開いたが、農村改革や工業化のテンポは遅く、[[ナロードニキ]]による農村啓蒙運動も政府の弾圧を受けた。政治的自由化の遅れへの不満は[[アナキズム|無政府主義者]]による皇帝暗殺まで発展した。この時期、極東では[[アロー戦争]]の仲介料として[[沿海州]]を清から獲得し[[ウラジオストク]]を建設した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
19世紀末には、ロシアはそれまでのドイツ・オーストリアとの[[三帝同盟]]からフランスとの[[露仏同盟]]に外交の軸足を移し、[[汎スラヴ主義]]による[[バルカン半島]]での南下を極東での南下政策と平行させた。フランス資本の参加により[[シベリア鉄道]]の建設が行われている。[[1905年]]に[[血の日曜日事件 (1905年)]]が発生し、[[日露戦争]]で敗れると、ロシアはイギリスと[[英露協商]]、日本と[[日露協約]]を締結し、[[三国協商]]に立ってドイツやオーストリアと対立した。国内では[[ドゥーマ]]（国会）の開設や[[ピョートル・ストルイピン]]による改革が行われたが、皇帝[[ニコライ2世]]の消極的姿勢もあって改革は頓挫し、帝国の弱体化は急速に進行した。その中で、都市部の労働者を中心に社会主義運動が高揚した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ソビエト連邦 ===&lt;br /&gt;
[[第一次世界大戦]]では連合国の一員としてドイツ・オーストリアと開戦したが、敗北を重ねて領土深くまで侵攻された。第一次世界大戦中の[[1917年]]に起こった[[ロシア革命]]で[[ロマノフ王朝]]は倒された。革命後、[[ウラジーミル・レーニン]]は[[ポーランド]]・[[バルト三国]]・[[フィンランド]]の独立承認で帝国の西方領土の一部を手放した後、[[ボリシェヴィキ]]（共産党）を率いて[[ロシア内戦|内戦]]に勝利し、[[1922年]]にボリシェヴィキの[[一党独裁]]支配を国是とする[[ソビエト連邦]]を建国した。旧ロシア帝国領の大部分を引き継いだソ連を構成する4共和国（その後15まで増加）のうち、[[ロシア人]]が多数派を占める大部分の地域は'''[[ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国]]'''となった。ソビエト連邦とロシア共和国の首都はレニングラードと改称されたサンクトペテルブルクからモスクワへと約200年ぶりに戻された。また、ロシア共和国内に居住する少数民族については、その人口数などに応じて[[自治共和国]]、自治州、民族管区などが設定され、事実上ロシア共和国とは異なる統治体制をとった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ソビエト体制ではロシア共和国は他の連邦加盟共和国と同格とされたが、面積・人口とも他の共和国を圧倒していたロシアでは事実上連邦政府と一体となった統治が行われた。[[ソビエト連邦共産党]]内に「ロシア共産党」は創設されず、[[第二次世界大戦]]後の[[国際連合]]でもウクライナや白ロシア（現在のベラルーシ）と異なり単独での加盟が認められなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第二次世界大戦では西部の広大な地域を[[ドイツ]]に占領され、大きな被害を受けた。戦後はソ連国内の戦災地を中心に新たな国内移住が進められ、経済復興が進められた。特に[[エストニア]]や[[ラトヴィア]]などではロシア人の比率が急増し、ソビエト連邦解体後の民族問題の原因となった。また、[[1946年]]には旧ドイツ領の[[東プロイセン]]の北部を[[カリーニングラード州]]、日本に侵攻して占領したサハリン島南部（[[南樺太]]）と[[クリル列島]]（[[千島列島]]、[[歯舞諸島]]・[[色丹島]]を含む）全域を[[サハリン州]]として編入した。一方、[[1954年]]には黒海沿岸の[[クリミア半島]]（クリミア州）がウクライナに割譲され、現在のロシア連邦にあたる領域になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、日本政府はサハリン州のうち、千島列島南部の[[北方領土]]について返還を要求し、それ以外の千島列島および南樺太はロシア領土ではなく帰属未定地としている。詳しくは北方領土の項目を参照する事。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦後、ソ連は世界の二大超大国の一方として[[アメリカ合衆国]]と[[冷戦]]を繰り広げたが、[[計画経済]]の破綻等から次第に[[共産主義]]の矛盾を露呈した。[[1980年代]]にソ連の指導者となった[[ミハイル・ゴルバチョフ]]は冷戦を終結させる一方、[[ペレストロイカ]]、[[グラスノスチ]]を掲げてソ連を延命させるため改革に取り組むが、かえって各地で民族主義が噴出し、共産党内の対立が激化した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ソ連崩壊 ===&lt;br /&gt;
党内抗争に敗れた改革派の[[ボリス・エリツィン]]はソ連体制内で機能が形骸化していたロシア・ソビエト連邦社会主義共和国を自らの権力基盤として活用し、[[1990年]]に最高会議議長となると、同年[[6月12日]]に'''ロシア共和国'''と改称して[[主権]]宣言を行い、自らを大統領とした。[[1991年]]の[[ソ連8月クーデター]]ではエリツィンが鎮圧に活躍し、同年[[12月26日]]に[[ソ連崩壊|ソ連は崩壊]]した。ロシアは旧ソ連構成国の連合体である[[独立国家共同体]]（{{lang|ru|СНГ}}）加盟国のひとつとなった。ロシアは旧ソ連が有していた国際的な権利（国連の[[常任理事国]]など）や[[国際法]]上の関係を基本的に継承し、大国としての影響力を保持し続けている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに国名は[[1992年]][[5月]]、ロシア連邦条約により、現在の'''ロシア連邦（ロシア）'''の国名が最終確定した（ロシア連邦への国名変更は、ゴルバチョフ・[[ソビエト連邦|ソ連]]大統領辞任の当日である[[1991年]]12月25日、当時のロシア[[最高会議]]決議による）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、[[1999年]]12月8日には、当時のエリツィン大統領と、[[ベラルーシ]]の[[アレクサンドル・ルカシェンコ]]大統領との間で、将来の両国の政治・経済・軍事などの各分野での統合を目指す[[ロシア・ベラルーシ連邦国家創設条約]]が調印された。しかし、その後、後継大統領に就任した[[ウラジーミル・プーチン|プーチン]]が、ベラルーシのロシアへの事実上の吸収合併を示唆する発言を繰り返すようになってからは、これに反発するベラルーシ側との対立により、両国の統合は、事実上、停滞状態となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 政治 ==&lt;br /&gt;
{{節現在進行}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--''詳細は[[ロシアの政治]]を参照''--&amp;gt;&lt;br /&gt;
''ロシア連邦政府の組織に関する詳細は[[ロシア連邦政府]]を参照''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国制は[[連邦制]]を取るが、[[国家元首]]である[[大統領]]（任期4年）が[[行政]]の中心として強いリーダーシップを発揮する。大統領は、[[首相]]（[[議会]]の信任を要する）を含む政府の要職の指名権・任命権と、議会の同意を得ないで政令（大統領令）を発布する権限を持ち、[[軍隊]]と国家安全保障会議の長を兼ねる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近年豊富な[[原油]]や[[天然ガス]]をなどエネルギーをてこに、特に[[欧州]]と[[中央アジア]]に対し急速に影響力を拡大している。&lt;br /&gt;
[[ソ連崩壊]]後の弱体ぶりから比べると、相当影響力を取り戻したといえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''[[ロシア連邦議会]]'''（{{lang|ru|Федеральное Собрание Российской Федерации}}, Federal'noe Sobranie Rossijskoj Federatsii）は二院制で、各[[ロシア連邦の地方区分|連邦構成主体]]の行政府と立法府の代表ひとりずつからなり[[上院]]に相当する'''連邦院'''（'''連邦会議'''、{{lang|ru|Совет Федерации}}, Sovet Federatsii、定員178名）と、[[下院]]に相当する'''国家院'''（'''国家会議'''、{{lang|ru|Государственная Дума}}, Gosudarstvennaja Duma、定員450名）からなる。下院議員は、任期4年で、[[小選挙区制]]と[[比例代表制]]により半数ずつ選出される仕組みであったが、[[2005年]][[4月23日]]完全比例代表制に移行する選挙制度改正が下院を通過した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中央政界で活動する主要な政党については、[[ロシアの政党]]を参照のこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 加盟している国際機関 ===&lt;br /&gt;
* [[国際連合]]&lt;br /&gt;
* [[欧州安全保障協力機構]]&lt;br /&gt;
* [[欧州・大西洋パートナーシップ理事会]]&lt;br /&gt;
* [[欧州評議会]]&lt;br /&gt;
* [[独立国家共同体]]&lt;br /&gt;
* [[集団安全保障条約]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 地方行政区分 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--[[画像:Russia_sub_mini.png|thumb|348px|ロシアの連邦構成主体区分図（黄色が共和国）]]--&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[画像:Russian-regions.png|thumb|322px|ロシアの連邦構成主体区分図（黄緑色が共和国）]]&lt;br /&gt;
''詳細は[[ロシア連邦の地方区分]]を参照''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ロシアは、86の'''連邦構成主体'''（ロシア連邦を構成する21の共和国と10の[[自治管区]]）と呼ばれる地方行政体からなる[[連邦国家]]である。連邦構成主体のうちには、非ロシア系[[民族]]が住民の主体を占める地域にある21の[[共和国]]が含まれるが、これらの共和国には連邦からの分離独立権がなく、連邦中央政府の強いコントロール下に置かれているため、実質的には民族自治区と異ならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ウラジーミル・プーチン]]政権は、中央政府の各連邦構成主体への影響力拡大を図り、[[2000年]][[5月13日]]に全土を7つに分けた[[連邦管区]]を設置した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[中央連邦管区]]（本部[[モスクワ]]）&lt;br /&gt;
* [[北西連邦管区]]（本部[[サンクトペテルブルク]]）&lt;br /&gt;
* [[南部連邦管区]]（本部[[ロストフ・ナ・ドヌ]]）&lt;br /&gt;
* [[沿ヴォルガ連邦管区]]（本部[[ニジニ・ノヴゴロド]]）&lt;br /&gt;
* [[ウラル連邦管区]]（本部[[エカテリンブルク]]）&lt;br /&gt;
* [[シベリア連邦管区]]（本部[[クラスノヤルスク]]）&lt;br /&gt;
* [[極東連邦管区]]（本部[[ハバロフスク]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{地域区分表|CONTENTS=&lt;br /&gt;
 {{地域区分表列&lt;br /&gt;
 |NAMEJ=[[中央連邦管区]]&lt;br /&gt;
 |NAMEL=[[:ru:Центральный_федеральный_округ|Центральный федеральный округ]]&lt;br /&gt;
 |POP=37,142,300&lt;br /&gt;
 |CAPJ=[[モスクワ]]&lt;br /&gt;
 |CAPL=[[:ru:Москва|Москва]]&lt;br /&gt;
 |ETC=&lt;br /&gt;
 }}&lt;br /&gt;
 {{地域区分表列&lt;br /&gt;
 |NAMEJ=[[北西連邦管区]]&lt;br /&gt;
 |NAMEL=[[:ru:Северо-Западный_федеральный_округ|Северо-Западный федеральный округ]]&lt;br /&gt;
 |POP=14,282,900&lt;br /&gt;
 |CAPJ=[[サンクトペテルブルク]]&lt;br /&gt;
 |CAPL=[[:ru:Санкт-Петербург|Санкт-Петербург]]&lt;br /&gt;
 |ETC=&lt;br /&gt;
 }}&lt;br /&gt;
 {{地域区分表列&lt;br /&gt;
 |NAMEJ=[[南部連邦管区]]&lt;br /&gt;
 |NAMEL=[[:ru:Южный_федеральный_округ|Южный федеральный округ]]&lt;br /&gt;
 |POP=21,471,300&lt;br /&gt;
 |CAPJ=[[ロストフ・ナ・ドヌ]]&lt;br /&gt;
 |CAPL=[[:ru:Ростов-на-Дону|Ростов-на-Дону]]&lt;br /&gt;
 |ETC=&lt;br /&gt;
 }}&lt;br /&gt;
 {{地域区分表列&lt;br /&gt;
 |NAMEJ=[[沿ヴォルガ連邦管区]]&lt;br /&gt;
 |NAMEL=[[:ru:Приволжский_федеральный_округ|Приволжский федеральный округ]]&lt;br /&gt;
 |POP=32,017,800&lt;br /&gt;
 |CAPJ=[[ニジニ・ノヴゴロド]]&lt;br /&gt;
 |CAPL=[[:ru:Нижний_Новгород|Нижний Новгород]]&lt;br /&gt;
 |ETC=&lt;br /&gt;
 }}&lt;br /&gt;
 {{地域区分表列&lt;br /&gt;
 |NAMEJ=[[ウラル連邦管区]]&lt;br /&gt;
 |NAMEL=[[:ru:Уральский_федеральный_округ|Уральский федеральный округ]]&lt;br /&gt;
 |POP=12,603,200&lt;br /&gt;
 |CAPJ=[[エカテリンブルク]]&lt;br /&gt;
 |CAPL=[[:ru:Екатеринбург|Екатеринбург]]&lt;br /&gt;
 |ETC=&lt;br /&gt;
 }}&lt;br /&gt;
 {{地域区分表列&lt;br /&gt;
 |NAMEJ=[[シベリア連邦管区]]&lt;br /&gt;
 |NAMEL=[[:ru:Сибирский_федеральный_округ|Сибирский федеральный округ]]&lt;br /&gt;
 |POP=20,792,500&lt;br /&gt;
 |CAPJ=[[ノヴォシビルスク]]&lt;br /&gt;
 |CAPL=[[:ru:Новосибирск|Новосибирск]]&lt;br /&gt;
 |ETC=&lt;br /&gt;
 }}&lt;br /&gt;
 {{地域区分表列&lt;br /&gt;
 |NAMEJ=[[極東連邦管区]]&lt;br /&gt;
 |NAMEL=[[:ru:Дальневосточный_федеральный_округ|Дальневосточный федеральный округ]]&lt;br /&gt;
 |POP=7,169,400&lt;br /&gt;
 |CAPJ=[[ハバロフスク]]&lt;br /&gt;
 |CAPL=[[:ru:Хабаровск|Хабаровск]]&lt;br /&gt;
 |ETC=&lt;br /&gt;
 }}&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、[[2004年]]12月に地方自治体の首長を選挙制で選ぶ方式から、大統領が指名し地方議会が承認するという方式に転換した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 代表的な都市 ==&lt;br /&gt;
{|&lt;br /&gt;
|valign=top|&lt;br /&gt;
* [[ヴォルゴグラード]]（旧名スターリングラード）&lt;br /&gt;
* [[イルクーツク]]&lt;br /&gt;
* [[ウファ]]&lt;br /&gt;
* [[ウラジオストク]]&lt;br /&gt;
* [[エカテリンブルク]]（旧名スヴェルドロフスク）&lt;br /&gt;
* [[オムスク]]&lt;br /&gt;
|valign=top|&lt;br /&gt;
* [[カザン]]&lt;br /&gt;
* [[クラスノヤルスク]]&lt;br /&gt;
* [[サマーラ]]（旧名クイビシェフ）&lt;br /&gt;
* '''[[サンクトペテルブルク]]'''（旧名レニングラード）&lt;br /&gt;
* [[チェリャビンスク]]&lt;br /&gt;
* [[ニジニ・ノヴゴロド]]（旧名ゴーリキイ）&lt;br /&gt;
|valign=top|&lt;br /&gt;
* [[ノヴォシビルスク]]&lt;br /&gt;
* [[ハバロフスク]]&lt;br /&gt;
* [[ペルミ]]&lt;br /&gt;
* [[ムルマンスク]]&lt;br /&gt;
* '''[[モスクワ]]''' （[[首都]]）&lt;br /&gt;
* [[ユジノサハリンスク]]&lt;br /&gt;
* [[ロストフ・ナ・ドヌ|ロストフ]]&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 地理 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- ''詳細は[[ロシアの地理]]を参照'' --&amp;gt;&lt;br /&gt;
世界最大の面積を持つロシアは、[[ユーラシア大陸]]の北部に[[バルト海]]沿岸から[[太平洋]]まで東西に伸びる広大な国土を持つ。国土の北辺は[[北極圏]]に入り人口も希薄だが、南辺に近づくと地理的に多様となり人口も多くなる。[[ヨーロッパ]]部と[[アジア]]部（[[シベリア]]）の大部分は広大な平原で、南部の[[ステップ_(地形)|ステップ]]から北は広大な[[タイガ]]がその大部分を占めており、さらに高緯度になると、樹木の生育しない[[ツンドラ]]地帯となる。[[黒海]]と[[カスピ海]]の間の南の国境にはヨーロッパ最高峰の[[エルブルス山]]を含む[[カフカース山脈]]があり、ヨーロッパとロシアの境界には[[ウラル山脈]]がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国土を囲む海域には[[北極海]]の一部である[[バレンツ海]]、[[白海]]、[[カラ海]]、[[ラプテフ海]]、[[東シベリア海]]と、[[太平洋]]の一部である[[ベーリング海]]、[[オホーツク海]]、[[日本海]]、そして西の[[バルト海]]と西南の[[黒海]]があり、海岸線は37,000kmに及ぶ。これらの海に浮かぶロシア領の主要な島には、[[ゼムリャフランツァヨシファ]]、[[ノヴァヤゼムリャ]]（米国を越える史上最大規模の[[核実験]]が行われた）、[[セヴェルナヤ・ゼムリャ諸島]]、[[ノヴォシビルスク諸島]]、[[ウランゲル島]]、[[サハリン]]（樺太）、そして[[日本]]との領土問題を抱える[[千島列島|クリル諸島]]（千島列島）がある。 特に北極海に面した地域をはじめ、冬季は[[北極]]寒波の影響が強いため厳寒であり、[[氷点下]]を下回る日が長く続く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ロシア領内の主要な川にはヨーロッパ部の[[ドン川]]、大型で良質の[[チョウザメ]]が多数生息する[[ヴォルガ川]]、[[カマ川]]、[[オカ川]]、アジア部の[[オビ川]]、[[エニセイ川]]、[[レナ川]]、[[サケ類]]の漁獲で有名な[[アムール川]]などの大河があげられる。これらの下流域は日本で大河とされる[[最上川]]、[[北上川]]や[[四万十川]]よりも川幅が広く、いずれも[[セントローレンス川]]下流域に近い川幅がある。 また、[[ブリヤート共和国]]の[[バイカル湖]]は世界一古く水深の深い[[湖]]として有名な[[構造湖]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[画像:Russia_map.png|ロシアの地図]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経済 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--''詳細は[[ロシアの経済]]を参照''--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ソビエト連邦解体後、[[ボリス・エリツィン]]大統領の主導のもと市場経済化が進められたが、このためにかえって急速な[[インフレーション]]を招き、[[1990年代]]半ばには経済的に落ち込んだ。その後、成長に転じつつあったが[[1997年]]の[[アジア経済危機]]の影響を受けて[[1998年]]に[[ロシア財政危機|財政危機]]を招き、再び落ち込んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、ロシアは[[サウジアラビア]]、[[アメリカ合衆国|米国]]に次ぐ世界第3位の[[原油]]生産国であり、サウジアラビアに次ぐ世界第2位の原油輸出国である。2003年以来の原油価格上昇によって貿易収支が改善し、石油産業を中心とする成長が続く。このためロシアの経済は市場経済転換後の長い経済停滞を脱し、急速な景気回復が見られた。[[2000年]]には[[国内総生産|GDP]]成長率が10%を越える一方インフレーションも抑制され、好調が続いている。このためロシアは[[ブラジル]]・[[中華人民共和国|中国]]・[[インド]]と共に「[[BRICs]]」と呼ばれる新興経済国群の1つに挙げられるまでになっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしながら自由化の恩恵に与った者（[[ロシアの新興財閥|オリガルヒ]]、新ロシア人、ニュー・リッチに代表される）とそうでない者の貧富の格差の拡大、[[チェチェン人]]による[[テロ]]のリスクなど、不安定要因が多いのもまた事実である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 鉱業 ===&lt;br /&gt;
ロシアは最も鉱物資源が豊富な国の一つである。産出量が世界シェア10位以内となる資源だけで20種類に及ぶ（以下の統計数値は「鉱業便覧 平成14年版 経済産業調査会」による2002年時点のものである）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
有機鉱物資源では、[[天然ガス]]（21807千兆ジュール、21.9%、2位）、[[原油]]（3.5億トン、10.3%、2位）、燃料に用いられる亜炭（8668万トン、9.5%、4位）、[[石炭]]（1.6億トン、シェア4.4%、6位）の採掘量が多い。原油と天然ガスの産出量は1位の国（[[サウジアラビア]]、[[アメリカ合衆国]]）との差が小さく、いずれも2ポイント未満の差にとどまる。このため、統計年度によっては1位となることもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これらの有機鉱物資源のうち、国内で消費される比率が高いのが石炭と亜炭 (88%) と天然ガス (69%) である。一方、原油の国内消費比率は29%と低く、主に輸出されている。ロシアの原油輸出量は世界第2位（1億6211万トン、&amp;lt;!-- この項のみ --&amp;gt;2001年）である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 国民 ==&lt;br /&gt;
国民の80%以上は[[ロシア人]]である。ロシア人以外の主要な民族には、[[ウクライナ人]]、[[チェチェン人]]、[[イングーシ人]]、[[オセット人]]、[[カルムィク人]]、[[タタール人]]、[[バシキール人]]、[[チュヴァシ人]]、[[トゥヴァ人]]、[[ヤクート|サハ人]]、[[エヴェンキ|エヴェンキ人]]、[[タイミル人]]、[[マリ人]]、[[モルドヴィン人]]、[[カレリア人]]、[[イヌイット]]、[[ドイツ人]]、[[ユダヤ人]]、[[朝鮮民族|朝鮮人]]など、100を越える多くの非[[スラブ人|スラブ]]系民族がいるが、公用語である[[ロシア語]]が民族共和国を含め全域でほぼ完全に通用し、ロシア化が進んでいる。また、極東を中心に[[漢民族]]の移住が増えており、沿海地方では将来的には人口でロシア人を上回るといわれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ロシア人を含めた多くの民族が[[ロシア正教会]]の信徒であるが、[[カトリック教会|カトリック]]、[[プロテスタント]]や[[イスラム教]]、[[ユダヤ教]]、[[仏教]]などの信徒も少なくない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1992年以降人口減少が続いている。原因には、[[出生率]]が著しく低下していること、男性の[[平均寿命]]が極めて短くなっていることがある。現在のロシアの男性の平均寿命は1987年以降短くなる傾向にあり、'''58歳'''11ヶ月16日となっている。対照的に、女性は'''72歳'''4ヶ月4日であり、男女格差が極めて大きい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 教育 ==&lt;br /&gt;
{{main|ロシアの教育}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 文化 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- ''詳細は[[ロシアの文化]]を参照'' --&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[ロシア文学]]&lt;br /&gt;
* [[バレエ]]&lt;br /&gt;
* [[国民楽派|ロシア国民楽派]] - [[ロシア5人組]]&lt;br /&gt;
* [[ロシア料理]]&lt;br /&gt;
* [[ロシア建築]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 世界遺産 ===&lt;br /&gt;
ロシア国内には、[[ユネスコ]]の[[世界遺産]]リストに登録された文化遺産が12件、自然遺産が7件ある。さらにモンゴルとにまたがって1件の自然遺産が、リトアニアとにまたがって1件の文化遺産が登録されている。詳細は、[[ロシアの世界遺産]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 祝祭日 ==&lt;br /&gt;
[[クリスマス]]が[[1月7日]]なのは、キリスト教の宗教行事は[[ロシア正教会|ロシア正教]]が公認している[[ユリウス暦]]に基づいて行われていることによる。現在の暦である[[グレゴリオ暦]]は歴史的にはカトリック側が作った暦であるためである。すなわちグレゴリオ暦（新暦）1月7日がユリウス暦の[[12月25日]]に相当する。また、[[2100年]][[2月28日]]まではグレゴリオ暦とユリウス暦のずれは13日である。「旧正月」も同様である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
&amp;lt;caption&amp;gt;&amp;lt;font size=+1&amp;gt;'''祝祭日'''&amp;lt;/font&amp;gt;&amp;lt;/caption&amp;gt;&lt;br /&gt;
!日付&lt;br /&gt;
!日本語表記&lt;br /&gt;
!現地語表記&lt;br /&gt;
!備考&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||[[1月7日]]||[[クリスマス]]||&amp;lt;span lang=&amp;quot;ru&amp;quot;&amp;gt;Рождество Христово&amp;lt;/span&amp;gt;||正教会のクリスマス&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||[[1月14日]]||旧正月||&amp;lt;span lang=&amp;quot;ru&amp;quot;&amp;gt;Старый Новый год&amp;lt;/span&amp;gt;||ユリウス暦の1月1日に相当（2100年まで）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||[[2月23日]]||祖国英雄の日||&amp;lt;span lang=&amp;quot;ru&amp;quot;&amp;gt;День защитника Отечества&amp;lt;/span&amp;gt;||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||[[3月8日]]||[[国際女性デー]]||&amp;lt;span lang=&amp;quot;ru&amp;quot;&amp;gt;Международный женский день&amp;lt;/span&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||[[5月1日]]||春と労働の日||&amp;lt;span lang=&amp;quot;ru&amp;quot;&amp;gt;Праздник весны и труда&amp;lt;/span&amp;gt;||旧[[メーデー]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||[[5月9日]]||対ドイツ戦勝記念日||&amp;lt;span lang=&amp;quot;ru&amp;quot;&amp;gt;День Победы&amp;lt;/span&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||[[6月12日]]||ロシア主権宣言の日||&amp;lt;span lang=&amp;quot;ru&amp;quot;&amp;gt;День России&amp;lt;/span&amp;gt;||[[ソビエト連邦]]から主権宣言した日&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||[[11月4日]]||国民団結の日||&amp;lt;span lang=&amp;quot;ru&amp;quot;&amp;gt;День народного единства&amp;lt;/span&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||[[12月12日]]||憲法記念日||&amp;lt;span lang=&amp;quot;ru&amp;quot;&amp;gt;День Конституции Российской Федерации&amp;lt;/span&amp;gt;||現在のロシア憲法が公布された日&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||[[12月31日]]||年末の休日&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[ロシア関係記事の一覧]]&lt;br /&gt;
* [[ロシア人の一覧]]&lt;br /&gt;
* [[ロシアの交通]]&lt;br /&gt;
* [[ロシア・ソ連の軍服]]&lt;br /&gt;
* [[ロシア連邦軍]]&lt;br /&gt;
* [[ロシア時間]]&lt;br /&gt;
* [[ロシアの国歌]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--* [[ロシアの通信]]&lt;br /&gt;
* [[ロシアの軍事]]&lt;br /&gt;
* [[ロシアの国際関係]]--&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[ロシアにおけるイスラーム]]&lt;br /&gt;
* [[ロシア大百科事典]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
=== 公式 ===&lt;br /&gt;
* [http://www.gov.ru/ ロシア政府公式サイト]（ロシア語）&lt;br /&gt;
* [http://www.council.gov.ru/ ロシア連邦議会連邦院]（ロシア語、英語）&lt;br /&gt;
* [http://www.duma.gov.ru/ ロシア連邦議会国家院]（ロシア語）&lt;br /&gt;
* [http://www.embassy-avenue.jp/russia/index-j.htm 在日ロシア大使館] （日本語、英語）&lt;br /&gt;
* [http://www.rusconsul.jp/hp/index.php 在日ロシア大使館領事部]（日本語、英語）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他 ===&lt;br /&gt;
* [http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/russia/ 日本外務省 ロシアの情報]&lt;br /&gt;
* [http://www.ru.emb-japan.go.jp/japan/index.html 在ロシア日本国大使館] （日本語、ロシア語）&lt;br /&gt;
* [http://www.moj.go.jp/KOUAN/NAIGAI/NAIGAI18/naigai18-00.html 平成18年「内外情勢の回顧と展望」] （[[公安調査庁]]）&lt;br /&gt;
* [http://www1.odn.ne.jp/ruscons_sapporo/ 在札幌ロシア連邦総領事館]&lt;br /&gt;
* [http://src-home.slav.hokudai.ac.jp/ 北海道大学スラブ研究センター]&lt;br /&gt;
* [http://www.fesu.ac.jp/ ロシア極東国立総合大学函館校]&lt;br /&gt;
* [http://www.kt.rim.or.jp/~jes/ 日本ユーラシア協会（旧 日ソ協会）]&lt;br /&gt;
* [http://www2.dango.ne.jp/sakhalin/ 日本サハリン協会]&lt;br /&gt;
* [http://www.russigator.ru/ Russigator（ロシア情報ステーション）]&lt;br /&gt;
{{国連安全保障理事会理事国}}&lt;br /&gt;
{{ヨーロッパ}}&lt;br /&gt;
{{独立国家共同体}}&lt;br /&gt;
{{上海協力機構}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:ロシア|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:G8加盟国|ろしあ]]&lt;br /&gt;
{{Featured article}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Link_FA|id}}&lt;br /&gt;
{{Link_FA|vi}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Link FA|id}}&lt;br /&gt;
{{Link FA|pt}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[be-x-old:Расея]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[af:Rusland]]&lt;br /&gt;
[[als:Russland]]&lt;br /&gt;
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[[an:Rusia]]&lt;br /&gt;
[[ang:Russland]]&lt;br /&gt;
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[[az:Rusiya Federasiyası]]&lt;br /&gt;
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[[bat-smg:Rosėjė]]&lt;br /&gt;
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[[bo:ཨུ་རུ་སུ]]&lt;br /&gt;
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[[cs:Rusko]]&lt;br /&gt;
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[[en:Russia]]&lt;br /&gt;
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[[es:Rusia]]&lt;br /&gt;
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[[fa:روسیه]]&lt;br /&gt;
[[fi:Venäjä]]&lt;br /&gt;
[[fo:Russland]]&lt;br /&gt;
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[[ga:An Rúis]]&lt;br /&gt;
[[gd:An Ruis]]&lt;br /&gt;
[[gl:Rusia - Россия]]&lt;br /&gt;
[[got:𐍂𐌿𐍃𐌰𐌻𐌰𐌽𐌳]]&lt;br /&gt;
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[[io:Rusia]]&lt;br /&gt;
[[is:Rússland]]&lt;br /&gt;
[[it:Russia]]&lt;br /&gt;
[[iu:ᐅᓛᓴ/ulaasa]]&lt;br /&gt;
[[jbo:rukygu'e]]&lt;br /&gt;
[[ka:რუსეთი]]&lt;br /&gt;
[[kg:Rusia]]&lt;br /&gt;
[[kk:Ресей]]&lt;br /&gt;
[[ko:러시아]]&lt;br /&gt;
[[ks:रूस]]&lt;br /&gt;
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[[kv:Рочму]]&lt;br /&gt;
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[[la:Russia]]&lt;br /&gt;
[[lb:Russland]]&lt;br /&gt;
[[li:Rösland]]&lt;br /&gt;
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[[lv:Krievija]]&lt;br /&gt;
[[mk:Русија]]&lt;br /&gt;
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[[mn:Оросын Холбооны Улс]]&lt;br /&gt;
[[mo:Русия]]&lt;br /&gt;
[[mr:रशिया]]&lt;br /&gt;
[[ms:Rusia]]&lt;br /&gt;
[[na:Russia]]&lt;br /&gt;
[[nds:Russland]]&lt;br /&gt;
[[nds-nl:Ruslaand]]&lt;br /&gt;
[[nl:Rusland]]&lt;br /&gt;
[[nn:Russland]]&lt;br /&gt;
[[no:Russland]]&lt;br /&gt;
[[nov:Rusia]]&lt;br /&gt;
[[nrm:Russie]]&lt;br /&gt;
[[oc:Russia]]&lt;br /&gt;
[[os:Уæрæсе]]&lt;br /&gt;
[[pa:Russia]]&lt;br /&gt;
[[pam:Russia]]&lt;br /&gt;
[[pdc:Russland]]&lt;br /&gt;
[[pl:Rosja]]&lt;br /&gt;
[[pms:Russia]]&lt;br /&gt;
[[ps:روسيه]]&lt;br /&gt;
[[pt:Rússia]]&lt;br /&gt;
[[qu:Rusya]]&lt;br /&gt;
[[rmy:Rusiya]]&lt;br /&gt;
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[[ru:Россия]]&lt;br /&gt;
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[[scn:Russia]]&lt;br /&gt;
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[[se:Ruošša]]&lt;br /&gt;
[[sh:Rusija]]&lt;br /&gt;
[[simple:Russia]]&lt;br /&gt;
[[sk:Rusko]]&lt;br /&gt;
[[sl:Rusija]]&lt;br /&gt;
[[so:Ruush]]&lt;br /&gt;
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