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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<title>ピエール・ブーレーズ</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;84.175.140.106: 新しいページ: ''''ピエール・ブーレーズ'''は1925年生まれのフランスの作曲家・指揮者・通称「謎の男」。「ル・マルト－・サン・メートル」が...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ピエール・ブーレーズ'''は[[1925年]]生まれのフランスの作曲家・指揮者・通称「謎の男」。「ル・マルト－・サン・メートル」が代表作であり20世紀の最大傑作の一つ。あまり教育には師のメシアンと違って熱心ではなく、自作のアナリーゼなどは一切しないで隠してしまう。作曲の弟子にバーゼルの音楽大学で教えたハインツ・ホリガ－がいるだけ。ダルムシュタットではシュトックハウゼンと共鳴して，ノーノと鋭く対立していて、いまだに指揮者としてノーノの作品だけは取り上げない。BBC交響楽団やニューヨーク・フィルハーモニック・バイロイトの指揮者を歴任。カラヤンはベルリン・フィルやザルツブルクの客演を政治的な理由からバーンスタインやアーノンクールらと共に遠ざけた。パリのIRCAMの元所長。現在はフリーで活躍。&lt;/div&gt;</summary>
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		<title>ヘルムート・フリードリッヒ・ラッヘンマン</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;84.175.140.106: 新しいページ: ''''ヘルムート・フリードリッヒ・ラッヘンマン''''''（１９３５）'''はドイツの作曲家・ピアニスト。両親がプロテスタントの教会...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ヘルムート・フリードリッヒ・ラッヘンマン''''''（１９３５）'''はドイツの作曲家・ピアニスト。両親がプロテスタントの教会音楽家で彼の兄は牧師という宗教的な家庭に育つ。地元のシュトットガルトの音楽大学でピアノを学んだ後、ベネチアで[[ルイジ・ノーノ]]にプライベートで師事。その後[[シュトックハウゼン]]の[[ケルナー・クルス]]と呼ばれる作曲講習会に２回ほど参加して、前者に匹敵するほどの理論的な影響を受けている、[[ブライアン・ファニホー]]と共にダルムシュタットのいわゆる[[ポスト・セリエル]]を代表する長らくの常連であった。其の作風は特殊奏法のデパートとされ、あらゆる繰り返しを否定した、[[ダルムシュタット理論]]を更に音色面と変容法で発展させた音響作曲法で，同じ特殊奏法で出発したが其の理論の影響を直接受けていない電子音楽的な組み立てで音楽を構成した、初期の[[ペンデレツキ]]とは別のものである。代表作にはオペラ[[「マッチ売りの少女」]]などがあるが，声楽作品そのものには本来あまり関心を示してはいないので，真の作品は器楽作品を当てるのが一般的だと言われる。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>84.175.140.106</name></author>	</entry>

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		<title>ハンス・ツェンダー</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;84.175.140.106: 新しいページ: ''''ハンス・ツェンダー''''''（１９３６）'''はドイツの指揮者・作曲家。ヴィースバーデンの生まれで、フランクフルトの音楽大...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ハンス・ツェンダー''''''（１９３６）'''はドイツの指揮者・作曲家。ヴィースバーデンの生まれで、[[フランクフルト]]の音楽大学でピアノを学んで後、フライブルクの音楽大学で[[ウォルフガング・フォルトナー]]に作曲を学ぶ。最初当地のオペラ・ハウスのコレペティトアの後，ボン・キール・ハンブルクなどのオペラ音楽総監督を歴任。過去に[[N響]]や[[都響]]に客演したり、[[ベルリン・フィル]]などで[[イサン・ユン]]などの初演などを多く手がけ、[[バイロイト]]にも[[ホルスト・シュタイン]]と交代で[[パルシファル]]を振ったり，自作をモルティエ時代の[[ザルツブルク音楽祭]]で指揮したが，現代音楽際をもはじめて創始した[[ザールブリュッケン放送交響楽団]]のシェフの後、フリーの指揮者の傍ら作曲活動を活発化した。代表作に[[｢無字の経｣]]などがあるが、東洋、特に日本の伝統文化に深い愛着を示し，宗教的には十字架と観音様を一緒に自宅に祭るほど多神教的である。其の書法はメシアンの[[単純明快]]のモザイク様式の考え方をいっそう徹底し、新和声学をダルムシュタットで発表し、思想的にはローマで出会った[[ベルント・アロエス・ツィンマーマン]]の影響も見られるが、それとは全くタイプが違う[[ラッヘンマン]]や[[リゲティ]]の音楽なども深い理解がある。最近の[[シューベルト]]の｢冬の旅｣の編曲作品のCDは大当たりを出している。クラシック音楽では彼の好みは特にはっきりしていて，[[シューベルト]]，[[シューマン]]，[[マーラー]]，[[ドビッシー]]などを良く指揮し高い評価を受けている。現在[[ミヒャエル・ギ－レン]]と共に[[南西放送交響楽団バーデン－バーデン＝フライブルク]]の主席客演指揮者陣の一人でフライブルクに住む。&lt;/div&gt;</summary>
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		<title>ドローン</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;84.175.140.106: 新しいページ: 'ドローン（ｄｒｏｎｅ・英） 音楽で単音の長い音のことだが、完全五度などの複音の場合もある。民族音楽でよく使われる。所...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;ドローン（ｄｒｏｎｅ・英）&lt;br /&gt;
音楽で単音の長い音のことだが、完全五度などの複音の場合もある。[[民族音楽]]でよく使われる。所謂[[バグパイプ]]の低音がそれに当る。[[現代音楽]]にもこれからヒントをえて良く使われ、[[ラモンテ・ヤング]]の音楽はドローンそのものでありそれだけで数時間かかる物もある。いずれにせよ[[瞑想曲]]に近い効果を発揮し音楽的な流れが良くなり、その周波数を拡大した形のリズムが[[ミニマル音楽]]の元になっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
類似するものに[[クラシック音楽]]に[[保続音]]（オルゲルプンクト）があるが、これは[[機能和声]]や[[対位法]]の[[カデンツ]]操作の中に組み込まれているという違いがあり、長さもそんなに長くはない。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>84.175.140.106</name></author>	</entry>

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		<title>エアハルト・カルコシュカ</title>
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				<updated>2007-12-14T15:39:30Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;84.175.140.106: 新しいページ: 'エアハルト・カルコシュカ （Erhard Karkoschka）作曲家・音楽学者・音楽教育者  (1923年3月6日、現在チェコ領のオストラーヴ...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;エアハルト・カルコシュカ （Erhard Karkoschka）[[作曲家]]・[[音楽学者]]・音楽教育者&lt;br /&gt;
 ([[1923年]]3月6日、現在チェコ領のオストラーヴァ生まれのドイツ人。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
作曲と指揮を[[シュトットガルト音楽大学]]で[[音楽学]]を[[チュービンゲン大学]]で学ぶ。1948年以降[[シュトットガルト]]で教鞭を取り1962年には現代音楽専門のアンサンブルを設立、後年にはコンタック・アンサンブルと改名、1973年には[[電子音楽スタジオ]]を設立し指導者兼教授としてレッスンや講義に没頭する。その後[[南アフリカ]]や[[中国]]・[[韓国]]への客演教授旅行などを通して20世紀以降の現代音楽の考え方を指導する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
作品は[[電子音楽]]のほうが優れているが、[[管弦楽曲]]・[[室内楽]]・[[声楽曲]]や[[宗教音楽]]まである。長年[[フライブルク]]の[[クラウス・フーバー]]と匹敵するぐらいの名教授として優れていて、[[マティアス・シュパーリンガー]]や[[ウーリッヒ・ズーセ]]、ジャズの[[ベルント・コンラド]]などを輩出するなど厳しくかつ自由な授業は客観的な態度に満ちたものだった。また退官後[[ディアーナ=マリア・サグヴォスキーナ]]の主催する[[ベヴェーグンクスチフレン・シュトットガルト]]とも関係を持ち人智学と現代音楽との融合なども目指した。また近年[[ジャチント・シェルシ]]のように写真を嫌い、公開がとても難しくなっている。奥さんは中国人。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また音楽学者として日本では著書「[[現代音楽の記譜法]]」のみが著名であるが、他にアナリーゼ関係の本を多数出版している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==作品==&lt;br /&gt;
木管五重奏の為の「アンチノミー」（1968） &lt;br /&gt;
セラーン変奏曲 I-V (1998) &lt;br /&gt;
「音の時, 切片」(2004) &lt;br /&gt;
など。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==著書==&lt;br /&gt;
現代音楽の記譜法 1965 &lt;br /&gt;
現代音楽の分析 1976 &lt;br /&gt;
現代音楽を聴く 1978 &lt;br /&gt;
など。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==リンク==&lt;br /&gt;
http://www.erhardkarkoshka.de&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>84.175.140.106</name></author>	</entry>

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		<title>ウォルフガング・リーム</title>
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				<updated>2007-12-14T15:38:44Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;84.175.140.106: 新しいページ: 'ウォルフガング・リーム：Wolfgang・Rihm（1952~）はドイツのカールスルーエ生まれの作曲家。同じドイツの作曲家リームにカー...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;ウォルフガング・リーム：Wolfgang・Rihm（1952~）は[[ドイツ]]の[[カールスルーエ]]生まれの作曲家。同じドイツの作曲家リームにカールスルーエ音大で音楽理論の教授で[[人智学]]系の作曲家の[[ペーター・ミヒャエル・リーム]]（Peter‐Michael・Riehm、1947-）と[[フランクフルト]]音大で作曲と音楽理論を教えていた[[ロルフ・リーム]]（Rolf・Riehm､1937-）がいてそれぞれ全く違った作曲家で同じように重要なので、特にファースト・ネームで区別する注意が必要。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
地元のカールスルーエ音大で理論と作曲を高校を卒業する以前から[[オイゲン・ウェルナー・フェルテ]]に師事。この頃から頻繁に[[ダルムシュタット夏期講習]]や[[ドナウエッシンゲン現代音楽祭]]に通うようになる。1973年には[[ケルン]]音大の[[カールハインツ・シュトックハウゼン]]に指示するが一年余りで離れ、1974年から[[フライブルク]]音大の[[クラウス・フーバー]]に指示するようになる。この頃までに10回余りの作曲コンクールに入賞、程なくして母校のカールスルーエで教え始めまもなく教授の地位に登り詰める。この作曲家が本当にメジャーになったのは、[[クラウディオ・アバド]]が第一回[[ウィーン・モデルン]]に[[ノーノ]]や[[リゲティ]]と並んでテーマ作曲家の一人に選び[[ウィーン・フィル]]で新作を初演したのがきっかけであろう。その後アバドの伝手で[[ベルリン・フィル]]の[[コンポーザー・イン・レジデンス]]に就任。この頃から世界的に評価され始まってきたのでその後のベルリン自由大学の名誉博士号や2003年の[[ジーメンス音楽賞]]は単なる駄目押しに過ぎない。これら師事した作曲家のほかに[[ヘルムート・ラッヘンマン]]や[[モートン・フェルドマン]]、[[ルイジ・ノーノ]]などを手本とし、本人の好みはかなり多種多様に近い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお作風としては「[[新ロマン主義]]」や「[[新しい単純性]]」などと当時いわれていたが、ヘルムート・ラッヘンマンが[[西村朗]]の日本で初演された再の「無題」の曲の批評を支持したように、すべての表現は間違っていて正しくないと言うのが現在定説にされている。すなわち「彼の作風を表現できる言葉が存在しない」と言うのが正しい。今まで少なくとも500曲の作品があるとされ、そのほとんどが楽器や歌と始めとするアクーステイックな音楽であり、純粋な[[電子音楽]]はなく、[[特殊奏法]]にほとんど興味をもたないので、自己の作品にはほとんど使われていない。従って譜面は非常に保守的に5線紙に書かれるが、[[メロディー]]があっても特に伝統的な音はしない。初期には[[調性]]や[[引用]]がよくあったが、最近はそういう傾向はほとんど潜めているので、[[ベルント・アロイス・ツィンマーマン]]のような作曲者本来のスタイルであるとは言いがたい。音の重ね方がかなり保守的な中にも斬新で、一貫して強弱の対比が極端に大きくその中間の[[メッツォ・フォルテ]]や[[メッツォ・ピアノ]]はほとんど見られない。本人は大柄でかなりの体力があるらしく、多くの管弦楽曲は編成が膨大で演奏時間も思い切って長いように、これほどスケールが大きい作曲家は[[ヨーロッパ]]でも極めてまれな例で[[邦人作曲家]]の中には未だに存在しない。また多くの作品は極めて[[即興]]的に作られるので早書きになり、最短で一週間に一曲のペースと言われている。また本人は練習には特殊奏法が少ない為にほとんど問題がなくして音が出せる事もあって余り口を出さない為もあり、現代音楽のアンサンブルやオーケストラのみではなく、一般のクラシックの管弦楽団に好意で積極的に受け入れられる所以である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
内外とも専門家の評価が高い代表作は次の通りである。&lt;br /&gt;
[[ベートーヴェン]]的な[[オスティナート]]と[[リズム]]による[[意思]]の表現とが特徴の「3人の弦楽器奏者の為の音楽、全3部計7楽章」(1977)　約62分&lt;br /&gt;
同じくベートーヴェン的な[[動機展開]]と[[構成法]]が見られる「弦楽四重奏曲第4番」(1981)&lt;br /&gt;
[[マーラー]]的なゾリステン・少年合唱・語り手・しゃべるだけの合唱・混声合唱と大管弦楽の為の「これ・Dies」(1984)&lt;br /&gt;
ハンブルクで初演された当時賛否両論だったが新しい境地を開いたとされるオペラ『メキシコの征服』(1989)&lt;br /&gt;
大河の交響曲〔節のチクルスI-IV〕(2000)約95分&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお必ずしも評価は高くないが初演以来話題になったのは次のような曲である。&lt;br /&gt;
管弦楽部門での事実上のデビュー作の暴力的な「離接輪郭と副次輪郭・Dis- und Sub-Kontur」(1974と1975)&lt;br /&gt;
同じくマーラーに極めて近い「交響曲第三番」(1977)約60分&lt;br /&gt;
ドナウエッシンゲンで2回の休みを入れたが第二曲目は技術的に演奏が止まってもただひたすら初演された超巨大な「音の記述I‐III」(1987)約110分&lt;br /&gt;
初期のオペラの代表作『狂ってくるレンツ』(1978)&lt;br /&gt;
暴力の限界を感じさせるオペラ『ハムレットマシーン』(1986)&lt;br /&gt;
極端な表現のオペラ『エディプス』(1987)&lt;br /&gt;
珍しくテープによる音響管弦楽が入って経済的にオーケストラを節約しているオペラ『セラフィン』(1996)&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>84.175.140.106</name></author>	</entry>

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