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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<updated>2026-05-17T17:37:56Z</updated>
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		<title>亀田興毅</title>
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				<updated>2007-05-28T08:57:25Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;82.150.138.109: /* 外部リンク */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{半保護S}}&lt;br /&gt;
{{観点}} &lt;br /&gt;
{{Boxing statsbox|name=亀田興毅&lt;br /&gt;
|image=&lt;br /&gt;
|nationality=[[日本]]&lt;br /&gt;
|realname=亀田興毅&lt;br /&gt;
|nickname=浪速乃闘拳&lt;br /&gt;
|weight=[[フライ級]]&lt;br /&gt;
|birth_date=[[1986年]][[11月17日]]&lt;br /&gt;
|birth_place=[[大阪府]][[大阪市]]&lt;br /&gt;
|death_date|=&lt;br /&gt;
|death_place|=&lt;br /&gt;
|style=[[サウスポー]]&lt;br /&gt;
|total=15&lt;br /&gt;
|wins=15&lt;br /&gt;
|KO=11&lt;br /&gt;
|losses=0&lt;br /&gt;
|draws|=0&lt;br /&gt;
|no contests=0&lt;br /&gt;
|}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''亀田興毅'''（かめだ こうき、[[1986年]][[11月17日]] - ）は、[[プロボクサー]]。[[亀田三兄弟]]の長男で、[[亀田大毅]]・[[亀田和毅]]は弟、[[亀田史郎]]は父にあたる。身長166cm。現在の階級は[[フライ級]]。スタイルは[[サウスポー]]のファイター。[[2006年]][[12月20日]]現在、アマ戦績16戦15勝1敗、プロ戦績14戦全勝（10KO）、元[[世界ボクシング協会|WBA]]ライトフライ級世界王者で、現在WBAフライ級1位、[[世界ボクシング評議会|WBC]]フライ級世界3位。[[血液型]]はB型。[[左利き]]である。ニックネームは「'''浪速乃闘拳'''」（なにわのとうけん）。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==来歴==&lt;br /&gt;
*[[大阪府]][[大阪市]][[西成区]][[天下茶屋]]出身。&lt;br /&gt;
*[[大阪市立天下茶屋小学校]]4年の時に、[[糸東流|糸東流空手]]世界ジュニア大会で[[優勝]]したとされている。が、優勝したとされる団体の存在は確認出来ていない。&amp;lt;!--空手の四大流派、糸東流の統一大会という印象を与えるがもちろんそうではなく、無数に存在する糸東流系列の空手団体の中の、一つの大会である--&amp;gt;&lt;br /&gt;
*11歳の時、父・史郎から[[ボクシング]]を教わるようになる。[[大阪市立天下茶屋中学校]]時代の3年間は、[[空手道|空手]]とボクシングの練習を並行して行っていた。&lt;br /&gt;
*中学卒業後、ボクシングに専念するため高校には進学せず&amp;lt;!--高校進学したという記述がありましたが、何年に、どの高校に進学したのか、何年に卒業あるいは中退したのか不明のためここでは、進学せずに職業ボクサーを選んだという説を採ります--&amp;gt;、社会人ボクシングで活躍した後、17歳の誕生日（2003年11月17日）にプロボクサーとなる。&lt;br /&gt;
*アマチュアとしては、[[2002年]]全日本実業団選手権フライ級優勝（当時15歳6ヵ月）、全国社会人選手権フライ級ベスト4、[[2003年]]同大会優勝（16歳10か月）という実績を残している。&lt;br /&gt;
*[[2005年]]（平成17年）[[4月28日]]に大阪の[[グリーンツダジム]]から[[東京都|東京]]の[[協栄ジム]]へ移籍。この時、3000万円という移籍金が支払われたと報道された。&amp;lt;ref&amp;gt;読売新聞 [http://www.yomiuri.co.jp/sports/feature/kameda/ka20050429_01.htm 亀田が協栄ジムへ　移籍金３０００万円] 2005年4月29日&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
*2005年[[6月20日]]に[[後楽園ホール]]で、元[[世界ボクシング評議会|WBC]]ライトフライ級王者サマン・ソー・チャトロン（[[タイ王国|タイ]]）と対戦。1ラウンドKO勝ちし7勝目をあげた（サマンは[[1990年代]]、[[八尋史朗]]らを相手にライトフライ級王座を10度防衛したが、王座転落後、[[2002年]][[4月12日]]の試合を最後に現役を引退。その後、約3年のブランクを経て35歳で現役復帰を果たすも、復帰後の戦績は亀田興毅戦も含め3戦3敗2KO。亀田戦を最後に完全に現役を退いている）。&lt;br /&gt;
*2005年[[8月21日]]には、[[横浜市|横浜]]で[[東洋太平洋ボクシング連盟|東洋太平洋]]フライ級王者のワンミーチョーク・シンワンチャー（タイ）に挑戦し、3ラウンドKOでタイトルを奪取した（&amp;lt;!--歴代2位の早さでの奪取だったが--&amp;gt;この後防衛戦を行わず王座を返上している）。&lt;br /&gt;
*2005年[[11月26日]]、[[さいたまスーパーアリーナ]]で行われた「世界タイトル前哨戦」にて、[[世界ボクシング協会|WBA]]ミニマム級元王者のノエル・アランブレットに完勝。&lt;br /&gt;
*[[2006年]][[3月8日]]に2度目の世界前哨戦を行い、カルロス・ボウチャンに6ラウンドKOで勝利した。だが、この試合の決め手となったボディブローが下腹部への反則打撃（[[ローブロー]]）ではないかと、一部で物議を醸した（この時の様子は、実況のテレビカメラにも映されている）。試合後、ボウチャンは記者に向かって自身が使用したトランクスを掲げ、股間部分にグローブの跡がついていることを主張したが、この会見の場面を撮影した映像・写真は報道されていない。なお、このローブローが疑われている場面では、この試合のレフェリーを担当した試合役員・浅尾和信が亀田に対して注意・警告を行わなかったため、数ラウンドに渡って同様のローブローが疑わしい攻撃が繰り返されることになった。この浅尾の判断に対して「極度に地元贔屓の裁定である」または「亀田の攻撃が反則であったとしても、それをレフェリーが黙認しているのだから、亀田には責任が無い」という指摘もなされている。&lt;br /&gt;
*2006年[[5月5日]]、3度目の世界前哨戦でカルロス・ファハルドに2ラウンドTKO勝利した。しかしファハルドは、2005年の試合（KO負け）を最後にリングから遠ざかっており、亀田戦まで約1年のブランクがあった。その間、ファハルドは空港で働きながら、[[弁護士]]になるための勉強をしており、ボクシングから完全に離れていた。試合では完全にブランクの影響が出ており、足も使えずパンチも遅くと散々であった。試合後、ファハルドは練習期間が1週間しかもらえなかったことを暴露している。&lt;br /&gt;
*2006年[[8月2日]]に元WBAミニマム級暫定王者[[ファン・ランダエタ]]との世界戦を行い、12R判定で勝利（2-1）、WBAライトフライ級チャンピオンとなった。10代で世界王者となった日本人選手は、[[ファイティング原田]]（19歳6カ月）、[[井岡弘樹]]（18歳9カ月）に次ぎ3人目であり、日本人選手との対戦が一切ない戦績での達成は初。また、12戦目での世界王座獲得は、日本のジム所属選手では歴代5位タイの速さである。しかし、この試合直後から、その判定結果について業界内外から疑義が沸騰した（「世界タイトル戦以後の評価・反応」および「2006.8.2 亀田vsランダエタ　関係者のコメント」にて詳述）&lt;br /&gt;
*2006年[[12月20日]]、東京・[[有明コロシアム]]にて、[[ファン・ランダエタ]]（ベネズエラ・同級1位）との再戦が行なわれ、12R判定で勝利（3-0）。&lt;br /&gt;
*[[2007年]][[1月18日]]、協栄ジムで行った記者会見で王者返上を表明。3月24日に両国国技館で行う予定の試合はノンタイトルの10回戦で、かつての“主戦場”であった[[フライ級]]に階級を戻して臨むことを発表した。&lt;br /&gt;
*2007年3月24日、両国国技館で世界13位の[[エベラルド・モラレス]]と対戦。5R終盤に[[反則行為|バッティング]]から左フックのコンビネーションでダウンを奪い、10R判定勝ちを収める。この試合後レフェリングをめぐって父史郎氏がレフェリーを務めた浦谷信彰氏を恫喝したとして問題に発展している。&lt;br /&gt;
*2007年5月23日、大阪市中央体育館で、１階級下のインドネシア[[ライトフライ級]]チャンピオン[[イルファン・オガー]]と対戦。地元大阪で2年半振りの試合であった。8RTKOで1年ぶりにKO勝利をした（レフェリーストップ）。しかし、ストップの瞬間までオガーは手を出して交戦意思を示していた中での唐突なストップだったため、このTKOを勝利には疑問が残ることになった。また、試合中に２度のダウンを奪ったが、最初のダウンはプッシングによるスリップ、２度目のダウンはオガーの頭を抑えつけて引き倒したのではないかという疑問も抱かれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==パフォーマンス==&lt;br /&gt;
*公共・公式の場であっても不遜な口利きを貫いている（その他には[[デーモン小暮閣下]]も含まれる）。本人曰く「[[敬語]]は尊敬できる相手だけに使えば良い」。これらは、[[プロレス]]で言うところの「[[アングル (プロレス)|アングル]]」のように、ある種のショーとして偽悪的態度を装っていると言われている。また、かつて[[モハメド・アリ]]がしていたように、わざと大口を叩いて相手のみならず自分自身にもプレッシャーを与えているのだ、とも解釈されているが、このパフォーマンスそのものに一部から「無礼、失礼である」という批判を受けている。&lt;br /&gt;
*2006年8月2日のタイトルマッチの翌日の[[読売新聞]]に「個別の取材ではとても丁寧な言葉づかいで好感が持てた。もうこんなキャラを演じるのは止めたらどうか」という内容の記事が掲載されていることからも、態度の悪さはTV用のパフォーマンスであることが窺える（過去にも、[[週刊ポスト]]や[[週刊文春]]の記事に「素顔は礼儀正しく、敬語も正しく使える」旨の記述があった）。しかし、これら一連のパフォーマンスの真意は必ずしも世間に伝わっているとは言えず、その傲慢とも受け取れる態度に関しては、世論も賛否両論に分かれている。TVワイドショーのコメンテイターの中にも、[[やくみつる]]のように&amp;lt;!--亀田の言動の意図を斟酌せず（もしくは斟酌してはいても番組を盛り上げるためにワザと）---&amp;gt;「ですます調で話せるようになりなさい」と注意する者もいる。しかし、父・史郎はそんな息子の態度を「青春の1ページ」などと言って擁護し、批判的なコメンテイターやマスコミ&amp;lt;!--ex.[[文藝春秋社]]--&amp;gt;の意見に反発している。興毅本人も、数々のバッシングに対し、少なくとも表向きには動じた様子は見られない。&lt;br /&gt;
*2006年8月2日のタイトルマッチに勝利した時は号泣しながら敬語で「ありがとうございます」といった。&lt;br /&gt;
*一部では「亀田兄弟は下に行くに従って態度が悪くなっていく」とも報道されている。これは、「パフォーマンス用に作られた興毅のチンピラ的態度」を見てきた弟の大毅や和毅が、その「チンピラ」の表層だけを真似てしまい、きちんとした礼儀などを学ばずに育ってきたためではないかと見られている。&lt;br /&gt;
*カルロス・ファハルドが同席した世界前哨戦の記者会見において、減量に苦しむファハルドの目の前で骨付きチキンを頬張り、清涼飲料水を一気飲みして挑発[http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/other/column/200605/at00008896.html]。また同戦の前日計量においては、ファルハドの写真を貼ったフライパンを素手で折り曲げていた。&lt;br /&gt;
*ライトフライ級タイトルマッチとなった[[ファン・ランダエタ]]戦の前日計量においては、ハンバーガーを食べながら[[キューピー]]人形（ファン・ランダエタのあだ名『ベイビー』にちなんだもの）を渡したが、ランダエダは[[ジョーク]]と受け取り笑って対応した。ランダエタは返礼として、試合前の計量の時に[[おむつ|紙おむつ]]とおしゃぶりを手渡そうとしたが、興毅はそれを見るなり受け取ることなく床に叩きつけた。その後、史郎がランダエタに興毅との握手を催促するが、ランダエタは拒否。それに対して史郎は「おまえがオムツしとけや!コラァ!」と恫喝していた[http://www.sponichi.co.jp/osaka/spor/200608/02/spor195864.html]。&lt;br /&gt;
*好物は[[納豆]]。乳幼児期に離乳食として母親に与えられたのがきっかけで好物となり、現在では一日3パックを食べているという。それ故[[発掘!あるある大事典|テレビ番組による納豆ダイエット捏造問題]]による納豆の人気低下には心を痛めているようで[[2007年]][[1月24日]]の公開練習後に「納豆がかわいそうや」と発言し、愛好会の設立を宣言していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==プロ戦歴==&lt;br /&gt;
*1戦目：[[デンナロン・シスソバ]]（タイ 0勝2敗）&lt;br /&gt;
*2戦目：プラカルン・ツインズジム（タイ 0勝3敗）&lt;br /&gt;
*3戦目：サミン・ツインズジム（タイ 0勝4敗）&lt;br /&gt;
*4戦目：ダオチャイ・KTジム（タイ 0勝5敗）&lt;br /&gt;
*5戦目：ノパデッチレック・チュワタナ（タイ 確認できる戦績なし／当時タイ国フライ級2位）&lt;br /&gt;
*6戦目：ヨードゲン・シンワンチャー（タイ 0勝4敗）&lt;br /&gt;
*7戦目：サマン・ソー・チャトロン（タイ 46勝7敗1分／元世界王者だが、長期ブランクと戦績低迷により当時はノーランカー）&lt;br /&gt;
*8戦目（2005年8月21日）：ワンミーチョーク・シンワンチャー（タイ 12勝2敗／当時[[東洋太平洋ボクシング連盟|OPBF]]東洋太平洋フライ級王者&amp;amp;WBC同級世界下位ランカー）&lt;br /&gt;
**テレビ中継の[[視聴率]]：10.6%（関東地区）&lt;br /&gt;
*9戦目（2005年11月26日）：ノエル・アランブレット（[[ベネズエラ]] 21勝4敗1分1無効／元WBAミニマム級王者&amp;amp;当時WBAライトフライ級世界ランカー）&lt;br /&gt;
**視聴率：8.5%（関東地区）&lt;br /&gt;
*10戦目（2006年3月8日）：カルロス・ボウチャン（[[メキシコ]] 21戦16勝5敗／当時WBC傘下地域団体のフライ級ラテン王者&amp;amp;WBC同級世界ランカー）&lt;br /&gt;
**視聴率：24.8%（関東地区。以下は[[ゴールデンタイム]]の放送）&lt;br /&gt;
*11戦目（2006年5月5日）：カルロス・ファハルド（[[ニカラグア]] 24戦15勝6敗1分2無効／当時[[国際ボクシング連盟|IBF]]ライトフライ級世界ランカー&amp;amp;WBCフライ級世界下位ランカー）&lt;br /&gt;
**視聴率：33.0%（関東地区）&lt;br /&gt;
*12戦目（2006年8月2日）：[[ファン・ランダエタ]]（ベネズエラ　24戦20勝3敗1分／元WBAミニマム級暫定王者&amp;amp;当時WBAライトフライ級1位）&lt;br /&gt;
**視聴率：42.4%（関東地区）、42.9%（関西地区）&lt;br /&gt;
*13戦目（2006年12月20日）：ファン・ランダエタ（ベネズエラ　25戦20勝4敗1分／元WBAミニマム級暫定王者&amp;amp;当時WBAライトフライ級1位　再戦）&lt;br /&gt;
**視聴率：30.1%（関東地区）、32.8%（関西地区）&lt;br /&gt;
*14戦目（2007年3月24日）：エベラルド・モラレス（メキシコ　42戦28勝12敗2分／当時WBCフライ級13位）&lt;br /&gt;
**視聴率：16.2%（関東地区）&lt;br /&gt;
*15戦目（2007年5月23日）：イルファン・オガー（インドネシア　22戦16勝2敗4分／当時東洋太平洋ライトフライ級2位&amp;amp;インドネシア・ライトフライ級チャンピオン）&lt;br /&gt;
**視聴率：14.1%（関東地区）&lt;br /&gt;
※ここまで全て勝利。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
※視聴率は[[ビデオリサーチ]]調べ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
6戦目までの対戦相手の戦績は、海外の好事家によって運営されているWeb上のボクシングデータベース“[http://www.boxrec.com/ boxrec]”で確認可能な、明らかに信頼できる成績のみを抜粋したものであり、正確なレコードであるわけではない。一般的にタイ国ボクシング界では記録管理が極めて杜撰な上に、選手本人も自身の戦績に無頓着であるケースが多く、大半のタイ人選手の正確な記録はどこにも残されていないのである。そのため、デビュー戦から6戦目までの対戦相手の正確な戦績は「不明」と言わざるを得ない。なお、彼らの来日・対日本人戦績は全戦全敗（亀田戦前後含む=2006.9.25現在）であり、そのうち4人は、日本人との試合では全てKO負けを喫している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この一連の対戦相手たちの、多くは[[ムエタイ]]が本職の“アルバイト・ボクサー”たちである（例えば、[[K-1]]で活躍する[[ガオグライ・ゲーンノラシン]]も、かつては国際式ボクシングの選手として来日している）。彼らは業界内では「噛ませ犬」と呼ばれ、無気力とも受け取れる試合運びで日本人選手に敗退し、白星を献上するケースが非常に多い。これは、下手に健闘してしまうと「危険な選手」と見なされ、それ以後ファイトマネーの高額な日本からお呼びがかからなくなるため、いわば「金のためにわざと斬られ役を買って出ている」からだと言われている。これは業界内で半ば定説化されてる事ではあるが、あくまで推論に過ぎず、証拠・証言の類は一切表に出ていない。ただ[[日本ボクシングコミッション]]は、あまりに戦績の悪いタイ人選手の国内での試合を禁じたり、役員会で「外国人選手の無気力試合」の撲滅を目指す旨の提案を示すなど、これについて一定の対策は講じている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
7戦目以降の“世界前哨戦”の相手は、いずれも元世界王者や現役地域タイトル保持者、ならびに世界ランカーである。興毅はこれら相手に全てKO勝ちを収めているが、その試合内容は、対戦相手のリング上での動きがその実績やランキングから大きくかけ離れているケースや、適正体重が亀田より明らかに軽いケース、あるいは反則打撃や不当なジャッジが疑われているケースなど、批判材料の多いものばかりである。そのためボクシングマニアや関係者の間では、興毅の実績を額面通りに評価することはできないという声も根強かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦歴に現れているように、デビュー以来日本人選手との対戦が一度もなく、このことも一部では批判の対象となっている。日本フライ級チャンピオンの[[内藤大助]]は、かつて興毅に「六回戦レベルの選手」などと挑発されたのを受け、現在に至るまで何度となく公式に対戦を希望しているが、試合は未だ実現していない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、興毅はこれまで一度も[[アウェー]]での試合を経験していない。TV番組[[ワイドスクランブル]]において興毅が[[ホーム]]（すなわち日本国内）でしか試合をしていない事が話題になり、「これで本当に強いと言えるのか」という議論があった。しかし日本のジム所属選手が出場する世界タイトルマッチの多くは国内開催であり、近年海外で日本の選手が世界戦に出場するケースは、本来世界挑戦が叶わないランクの選手が、楽な防衛戦をマッチメイクしたい王者側からの不利な条件でのオファーに応じた「駄目で元々の挑戦」が多くを占める。これには、海外で人気のある中量級以上で世界レベルに達している日本の選手が極めて少ない事、日本で行われる軽量級の世界戦はファイトマネーの相場が他国開催のそれよりも格段に高いケースが多いため、外国人選手が敵地の不利を承知の上で日本での試合を承諾するため、など様々な要因があるが、ともかく、ホームとアウェーのアドバンテージの差を考慮したとしても、先述の議論そのものが的外れと言わざるを得ない。ただし、興毅は日本国内でも所属ジムの主催興行以外に出場しておらず、これが興毅がこれまでマッチメイク面で非常に恵まれている理由でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 評価・メディアの反応 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 世界タイトル戦以前の評価・反応 ===&lt;br /&gt;
[[2000年]]前後から「大阪から世界を狙うボクシング一家」として、[[東京放送|TBS]]が亀田親子に密着取材を続けていた。特集を組んだ番組も何本か放映されており、当時から一部では有名な存在であった。一般に脚光を浴びるようになったのは、興毅がプロボクサーとしてデビューし、協栄ジムに移籍、それに伴って上京を果たしてからである。リング上や記者会見の席での不敵な態度や、世界戦までの11戦に全勝10KOという華々しい成績だけでなく、黙々とハードトレーニングに励む様子や、積極的にファンサービスを行う姿勢などが、ボクシングファンだけでなく多くの若い女性ファンの支持を集めた。昨今、一般層でのボクシング人気低迷は著しく、そんな状況下で亀田三兄弟が業界に果たしている貢献は多大なものであると言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だがその一方で、これはボクシングそのものにはまるで興味の無いファン層を開拓しただけの“[[ミーハー]]人気”であり、日本ランカーを観るために足繁く[[後楽園ホール]]に通うような熱心なボクシングファン層の獲得、またはボクシングジムの入門者を増やすといった底辺拡大には至っていないという声もある。事実、興毅が初の世界戦に臨んだ2006年8月当初の時点で、日本国内のボクシングジムには5人もの世界王者――[[新井田豊]]（WBAミニマム級）、[[徳山昌守]]（WBCスーパーフライ級）、[[イーグル京和]]（WBCミニマム級）、[[長谷川穂積]]（WBCバンタム級）、[[名城信男]]（WBAスーパーフライ級）。また、06年7月に初防衛戦に失敗して引退したが、同時期の世界王者として06年1月に日本人最年長世界王座奪取を達成した[[越本隆志]]がいる――が在籍していて、日本のボクシング界は何度目かの黄金時代を迎えていると言って良いにも関わらず、テレビのボクシング中継で高視聴率を獲得するのは亀田兄弟関連の試合のみであった。その他の世界タイトルマッチは低視聴率に終わったり、時には地上波で全国中継されない試合もまま見受けられ、世界タイトルが絡まない試合が地上波で放送される事は稀になってしまっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした中で起こった“亀田ブーム”は、亀田家や所属ジムによる熱心な売り込みと、各種メディアやマスコミ（特に大阪時代から密着していたTBS）によって「作り出された」ものであり、実際の亀田三兄弟の実力がこの人気に見合ったものであるかには疑問符がつく、といった指摘も業界内外から数多くなされている。週刊ポストは、この亀田人気やマッチメイクへの疑問を記事として掲載し、亀田のことをそのニックネームをもじり「浪速の逃犬」と揶揄していた。&amp;lt;!--※ネット上の公式なソースは無い模様。個人ブログに中吊り広告や内容の抜粋が掲載されているが、リンクは見送る--&amp;gt;&lt;br /&gt;
また、かつてWBA[[ライトフライ級|ジュニアフライ級]]世界王座を13回防衛した[[具志堅用高]]は、[[毎日新聞]]のインタビュー記事で「金をかければ、そんなに簡単に世界挑戦できるのか」と厳しく批判していた。亀田側はこれら批判について「真面目にただボクシングをやっていってるだけじゃ」と反論している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このように、亀田に厳しい評価を下す声は業界内外から聞こえてはいるが、2006年8月の世界戦前にはWBA首脳から「全階級を通じて最強の世界王者になれる」「3階級制覇もできるほどのグッドファイター」「元WBC世界ウエルター級王者[[リカルド・マヨルガ]]と、無敗で4階級制覇した[[フロイド・メイウェザー・ジュニア]]の二人を足したような選手だ」などと、最大級の賛辞を与えられてもいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同じく幼少時から父の手でボクシングの英才教育を施されてきた[[粟生隆寛]]（[[帝拳ボクシングジム]]）とは、一部マスコミを中心に「西の亀田、東の粟生」と称され、互いに比較されることがある。しかし、アマチュアでは同年代の逸材が集結する[[全国高等学校総合体育大会|インターハイ]]、[[国民体育大会|国体]]などの主要大会を2年連続で総ナメし、また、プロ入り後も亀田に比べると出遅れは否めないものの無敗で順調な実績を積み重ねている（2006年11月当時、13戦13勝8KO、WBC世界[[フェザー級]]15位→翌年同級日本王者となった）粟生と、アマチュア時代は強豪アマ選手が殆ど出場しないトーナメントでの活動に終始し、プロ入り後は駆け足で世界王者となったものの何かと曰くのつく疑惑・疑義ばかりが目立つ亀田とを、同じ視点で比較検討するのは困難を通り越して不可能とさえ言える（もっと言えばナチュラルの階級が4階級も違う）。そのため、時を追うにつれてこの「西の亀田、東の粟生」というフレーズが使われるケースは減りつつある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 世界タイトル戦の評価・反応 ===&lt;br /&gt;
カルロス・ファハルドをフライ級の試合で下した後、階級を1つ下のライトフライ級に落とし、WBAライトフライ級2位にランキングされる。そして2006年8月2日、同級王者だった[[ロベルト・バスケス]]の王座返上に伴って行われたタイトルマッチにて、同級ランキング1位で元ミニマム級世界暫定王者の[[ファン・ランダエタ]]と対戦。この試合、興毅は1R終了直前にダウンを喫し、試合開始早々窮地に追い込まれた。しかし2R以降は立ち直り、中盤は、足を使って手数で確実に攻めるランダエタに対し強打中心の攻めで反撃し、優劣をつけ難い奮戦を見せる。だが11RにはあわやTKO寸前にまで追い詰められ、この窮地は何とか凌ぐも、最終12Rも劣勢を覆すことはできなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結局は2-1の僅差で判定勝ちを収め王座を獲得したが、これについて毎日新聞、[[読売新聞]]など大手メディアは記事の差し替えも含め、この勝利を「疑惑の判定」「後味の悪い勝利」などと評し、揃って結果に対し疑問を呈した。最も疑惑を集めているのは、ジャッジの一人&amp;lt;!--韓国人--&amp;gt;が、目に見えて劣勢であった最終ラウンドでも興毅の方を高く採点していた点である。これが興毅の判定勝利の決め手となったこともあり、議論は判定のシステムそのものの不備にまで波及し、現在でも物議を醸している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして2006年12月20日に行われたランダエタとの再戦で、12R判定の3-0で勝利、初防衛を達成した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 判定に関して ====&lt;br /&gt;
ただ、プロボクシングにおける採点（特にノックダウンの無いラウンドの場合）はジャッジの主観に頼る部分が大きく、非常に難しい問題を孕んでいる。具体的に説明すると、プロボクシングは1ラウンドごとにその優勢を、&lt;br /&gt;
# '''クリーンヒット'''（正しいナックル・パートで加えられた明確な打撃。評価の高さはヒットの数や与えたダメージによる）&lt;br /&gt;
# '''アグレッシブ'''（攻撃性。いわゆる手数の多さ、そして積極的な攻撃姿勢をアピール出来た時間の長さ。ただし加撃を伴わない単なる乱暴な突進は攻撃とは認められず、無効とされる）&lt;br /&gt;
# '''リング・ジェネラルシップ'''（堂々たる試合態度で主導権を握り、主体的に試合をコントロールしていた時間の長さ）&lt;br /&gt;
# '''ディフェンス'''（文字通り、相手の攻撃をどれだけ巧みに防御出来ていたか。ただし攻撃に結びつかない、防戦一方の展開の際は評価されない）&lt;br /&gt;
の4要素で採点すると定められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実際の採点にあたっては、まず「クリーンヒット」と「アグレッシブ」の2要素の優劣を判断する。公式ルール上は「クリーンヒット」は「アグレッシブ」に優越する判断基準となっているが、最近は「明確な打撃」ではないはずのガード上の攻撃、とりわけ牽制のために放たれるジャブの連打も「ごく軽度のクリーンヒット」に準じて扱われる傾向にあり（しかもこの傾向はWBA認定の世界タイトルマッチほど顕著であると言われる）、「クリーンヒット」と「アグレッシブ」の同格化が進んでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、この2要素での形勢が互角の場合は「リング・ジェネラルシップ」の優劣で判断する。「ディフェンス」の要素は、公式ルールでは「アグレッシブ」に次ぐ第3の判定基準と定められているが、現在ではあくまで副次的要素として扱われる傾向が強い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしながら、与えたダメージと手数・攻勢や軽度のヒット数の多さ、すなわち「クリーンヒット」と「アグレッシブ」をどういった“交換レート”で評価するかという点に関して絶対的な基準は存在せず、各ジャッジがそれぞれ独自に判断しているのが現状である。そのため、僅かな主観の違いが各ラウンドの採点に反映され、その結果、採点結果が試合全体の内容と食い違うケースや、同じ試合の採点でもジャッジによって著しく結果が異なるケースも散見される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そういった意味では、今回のランダエタ戦に関しても、採点上は亀田“優勢”という結論を下すジャッジがいてもおかしくはない。しかし、いくら可能性として有り得る話とはいえ、今回のように試合全体の印象と異なる結果の公式判定が出てしまった場合に批判の声が挙がるのは致し方ないことで、この試合の内容と判定結果の齟齬については、今後長きに渡って論議の的となることだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、プロボクシングの世界では、地元選手が有利な判定で勝利する「地元判定（ホームタウン・デシジョン）」、またはオブラートに包んで「微妙な判定」と称される、試合内容と採点結果の不一致が目立つケースが多々見受けられる。これは日本国内での国際試合のみならず、“「地元判定」大国”のタイをはじめ海外諸国でも頻繁に見られ、もはやプロボクシング界では日常茶飯事とさえ言うことが出来る。これは、ボクシング世界戦のジャッジは公的な第三者ではなく主催者側が用意する（滞在費なども負担）という慣例の影響が大きいと考えられる。ジャッジとしても、今後のつき合いなどを考えれば、日本でも大手である協栄ジム側に都合の悪い判定は出しにくいと考えられる。ただし近年は、国内で開催された世界タイトルマッチの採点は概ね公平で、優劣不明な混沌とした内容を受けての「微妙な判定」が時折見受けられる程度である。時には日本人選手に不利な判定が下るケースもあるほどで、亀田興毅所属の協栄ジムでも[[坂田健史]]のように、この“逆「地元採点」”で涙を呑んだ選手も存在する。&lt;br /&gt;
（※採点のルールに関しては、[[ボクシング#採点方法|ボクシングの採点方法]]も参照のこと）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 世界タイトル戦以後の評価・反応 ===&lt;br /&gt;
{{節現在進行}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 試合結果を受けての反応 ====&lt;br /&gt;
この判定に対し、元ボクシング世界王者の間でも反応は分かれた。[[畑山隆則]]や[[渡嘉敷勝男]]らは興毅の健闘をたたえ、渡嘉敷は公式判定の内容を支持する旨の発言をした。その一方、[[ガッツ石松]]、[[薬師寺保栄]]、[[平仲明信]]らは、5～7点差でランダエタ優勢となった独自の採点結果を公開すると共に、公式判定を痛烈に批判。それだけでなく、今後のボクシング界に与える悪影響を懸念していた。また[[井岡弘樹]]のような、独自の採点は興毅の小差劣勢であると認めつつも、公式判定への非難は避けて興毅の健闘も称える“中間派”、今回の結果は結果として仕方ないが、このままでは世界では通用しないと指摘する[[浜田剛史]]など、その反応は様々である。[[ファイティング原田]]や具志堅用高のように、試合に対して明言を避けた者も多い。なお、一部の関係者からは、「日本ボクシング史上に残る不可解な判定」という声さえも聞かれた&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| url = http://www.nikkansports.com/battle/kameda/p-bt-tp1-20060804-70482.html&lt;br /&gt;
| title = 亀田世界戦中継ＴＢＳに５万5000件の抗議&lt;br /&gt;
| work = nikkansports.com &lt;br /&gt;
| date = [[2006-08-04]] &lt;br /&gt;
| accessdate = 2006-08-04&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その他著名人の間でも賛否は分かれている。[[二宮清純]]ややくみつる、[[立川談志]]、[[やしきたかじん]]などが、この試合結果やその後の亀田側の対応、TBSの放送内容も含め批判的な主張を繰り返している一方で、[[朝青龍明徳|朝青龍]]や[[星野仙一]]、[[橋下徹]]らは「相手が弱かった」「プロのジャッジはプロならではの見方がある」などと擁護の姿勢を見せており、[[清原和博]]は「判定は絶対なんやから」と語っている。「中盤で亀田が挽回していた」として、「互角だった」もしくは「どちらが勝っていてもおかしくない」と興毅を擁護する関係者・著名人も存在するが、総じて批判的な声の方が多いと言える。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--世論の大多数であるTV観戦の視聴者に関しては、解説者の意見に左右されたという指摘もある。この試合は[[鬼塚勝也]]（かつて、興毅と同様の手法を用いてチャンピオンとなり、協栄マジックと揶揄された過去を持つ。立場的には興毅を弁護せざるを得ない）、[[竹原慎二]]、畑山隆則といった元チャンピオンが解説席についていたが、終盤になると「世界戦を経験できて良かった」「この試合が次に必ず繋がる」など、亀田敗戦を前提としたフォローともとれる解説があったため、結果として視聴者の亀田敗戦の印象を決定つけた、という指摘である。ただし、これはリングサイドで観戦していた元チャンピオンの目にも亀田劣勢に映った、ということを表してもいる。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
試合終了直後から、試合を放送したTBSに対し、視聴者からの抗議が殺到した。その数は、8月2日の午後7時30分から翌日3日の午後9時までで、5万5千件近くにも上った（ただしTBSは、この内の半数程度は「放送開始（19時30分）から試合開始（20時50分ごろ）までの時間が長過ぎる」というものであったと発表している）。&amp;lt;BR&amp;gt;&lt;br /&gt;
またTBSは、この一連の抗議に対して「テレビ局への批判はよくあること」という見解を示しているが、&lt;br /&gt;
* 2005年1月に[[日本放送協会|NHK]]会長であった[[海老沢勝二]]の顧問就任を報じた際の批判が、電話やメールで約6500件[http://www.zakzak.co.jp/gei/2005_01/g2005012801.html]  &lt;br /&gt;
* 2004年10月に、TBSが[[新潟県中越地震]]のため特別番組を報道し、[[機動戦士ガンダムSEED DESTINY]]を放送休止とした際が約3万件   &lt;br /&gt;
といった他の事例と比較してみると、わずか2日間で5万5千件という件数は、他に例を見ない多さである。{{要出典}}&lt;br /&gt;
JBC（日本ボクシングコミッション）にも多くの抗議が電話・メール等で寄せられ、その内容の多くは「判定がおかしい」「カネか何かをジャッジに渡していたのではないか」という厳しいニュアンスのものであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同時にベネズエラの日本大使館には、ランダエタに宛てて2500通以上&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.ve.emb-japan.go.jp/prensa/oshirase.htm 在ベネズエラ大使館HP「ファン・ランダエタ選手からのメッセージ」]&amp;lt;/ref&amp;gt;にも及ぶ激励のメールが寄せられている。そのほとんどが日本からのもので、「あなたが勝者だ」「素晴らしい選手。応援したい」「ベテランらしい戦いぶり」などと、ランダエタ選手の健闘をたたえる内容ばかりで、中には「日本を嫌いにならないで」と訴えるものもあった&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| url = http://news.goo.ne.jp/news/kyodo/sports/20060804/20060804a5660.html&lt;br /&gt;
| title = ランダエタ選手に激励殺到　ベネズエラの日本大使館&lt;br /&gt;
| work = 共同通信&lt;br /&gt;
| date = [[2006-08-04]] &lt;br /&gt;
| accessdate = 2006-08-04&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
また、在日ベネズエラ大使館には「こんな試合で日本人として申し訳ない」「国として抗議したらどうだろうか」という、ランダエダ選手への激励電話が100件単位で寄せられており、ベネズエラ大使館側も「こんなことは前例が無い」と話している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この様に、自国の試合で自国の選手が勝利してチャンピオンになったにもかかわらず、判定についての抗議運動が発生した事に関して、二宮清純は「日本人はフェアプレイを愛する」と肯定的に評価している（また二宮は、8月2日はボクシングが死んだ日とも話している）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、試合前に興毅が「（勝ったら）ベルトはおやじに渡したい」と発言していたことを受けてWBAは、本来のチャンピオンベルト以外に父・史郎に対するベルトを事前に用意し、試合後にそれを贈呈した。結果として&lt;br /&gt;
*「公平性を欠く」&lt;br /&gt;
*「最初から勝敗が決まっていたデキ試合と勘違いされる」&lt;br /&gt;
*「八百長を助長するつもりか」&lt;br /&gt;
*「負けていたらそのベルトはどうしたのか」&lt;br /&gt;
*「ベルトの費用はどこが負担したのか」&lt;br /&gt;
と、激しく批判されることとなった。&lt;br /&gt;
元来、この種のチャンピオンベルトは、（JBCが管理している日本王者のベルトなど一部の例は除いて）王者交代の度に新王者用のベルトが製作され、王座陥落後も含めた将来にわたって半永久的に個人所有の品となる。その延長上として王者のコーチやトレーナー、あるいは家族などの近しい関係者にレプリカベルトを製作・贈呈する事もあり、その行為自体は非難には値しない。&lt;br /&gt;
とはいえ、この度の件は、少なくとも王座決定戦が行われる前の段階では中立の立場を守らなければならない統括団体のWBAおよびその首脳が、あたかも興毅が勝利する事が規定事実であると認識していると誤解を招くアクションを起こしたという事において、軽率の謗りは免れないであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
TBSは本試合の2日前に、[[日本レコード大賞]]の放送日程を[[大晦日]]から12月30日に変更すると発表していた。この事に関して、TBSには興毅のタイトル防衛戦を大晦日に放送するとの思惑があったと言われ、「試合前から亀田の勝利を予定に入れていたのではないか？」という疑惑を呼んだ。しかし、TBS側の都合としては、日本レコード大賞レベルの番組編成を変更する場合、多数の出演者や広告・宣伝との兼ね合いがあるため、半年以上前から検討しておかなければならない。この発表のタイミングの悪さが、疑念を招く原因となったと言えよう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当の興毅本人は、試合直後のインタビューでは勝利について自信がなかったかのような態度を見せていたが、試合後の記者会見やその後のテレビ出演で「ダウンはオレ流サプライズや」「手元にベルトがあるからな」など、相変わらずのビッグマウスを見せている&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| url = http://www.zakzak.co.jp/spo/2006_08/s2006080309.html&lt;br /&gt;
| title = 亀田会見、初回ダウンは「オレ流のサプライズや」 &lt;br /&gt;
| work = zakzak.co.jp &lt;br /&gt;
| date = [[2006-08-03]] &lt;br /&gt;
| accessdate = 2006-08-03&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
試合から約10日を経て発売されたボクシング専門誌でも、この試合の判定は「疑問の残る判定」と扱われた。[[ボクシングマガジン]]2006年9月号では、表紙に大きな文字で「判定に疑義沸騰」と記され、試合レポートでも記者が「明確な差をもってランダエタが勝利していた」と述べるなど、今回の結果に対して非常に厳しいスタンスで臨んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
協栄ジムの公式サイト掲示板には、「ふさわしくない記事は削除します」という注意書きがあり、批判的な書き込みは頻繁に削除処置が行われているため、残っている書き込みは必然的に、応援・賛成のものばかりであった。が、試合後には判定に対する批判的な書き込みが集中的に行われたため、掲示板は閉鎖され一切書き込みができなくなった。にも関わらず、なぜか応援的なコメントだけは新たに掲載され続け、「ここでもヤラセか」という批判が寄せられていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのあまりに「無様」な試合内容から、ライトフライ級に転向したのは[[ロレンソ・パーラ]]（WBAフライ級王者）、[[ポンサックレック・グラティンデーンジム]]（WBCフライ級王者）から逃げたためだとまで言われている。かつて興毅はポンサックレックに対して執拗とも言える挑発を繰り返しており、またポンサックレック、パーラともに興毅との対戦について前向きな姿勢を見せていたにも関わらず、「世界前哨戦」を繰り返すのみで結局王座に挑戦しなかった。このことも、そのような批判の根拠となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 再戦へ ====&lt;br /&gt;
WBAはこの試合の後に発表した2006年8月期の世界ランキングにおいて、敗れたファン・ランダエタの世界ランキングを1位に据え置いた。通常、直近の世界タイトルマッチに敗れた選手はランキングが2位ないし5位程度まで下がるものであるが、このランキングは単純に試合結果や担当ジャッジの判断だけで動くのではなく、試合内容やWBAによる試合の査定を元に判断する。そのため、試合の判定では負けとされても、WBAの裁量によっては、ランキングが下降しない場合がある。また、WBAには試合結果と別に試合を査定する権利があるため、試合の当事者が試合結果を不服とした場合、その不服申し立てが正当であれば再試合を命令するなどして、試合結果を改めさせることもできる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回の世界戦に関しては、“疑惑の判定の被害者”の立場であるランダエタからは不服申し立ては行われていない。しかしWBAの規定では、王座決定戦で戴冠した新王者の初防衛戦は、ランキング1位の者と行う指名試合とするよう定められている。この指名試合を拒否した王者は原則として王座を剥奪されるので、このランダエタ1位据え置き新ランキングは、事実上、WBAが亀田興毅とファン・ランダエタに対し再戦を命じたと解釈するのが自然である。&amp;lt;!--冗長になるので本文での記述は避けますが、ランダエタは判定には不満だったものの、以前新井田戦の時に不服申し立てをして認められなかった経験から、今回は敢えて不服申し立てをせずに業界内外の疑義沸騰とそれに対するWBAの反応を期待した、という旨の記事が専門誌に掲載されています--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ、この試合で起きた、ジャッジの判定と観客の印象の乖離を是正する解決策は未だ見つかっておらず、ホーム寄りの判定と疑われる結果が再び起こる可能性もあり、[[ラスベガス]]などの中立地で行なうのが望ましいという意見もある。&amp;lt;!--米国のタイトルマッチは米国時間土曜日の夜（日本時間日曜日の昼間）に行なわれることが多いので、放送権の問題も小さいと思われる--&amp;gt;{{要出典}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして2006年8月31日、協栄ジムは、同年10月18日に[[東京都|東京]]・[[有明コロシアム]]で初防衛戦を行い、ランダエタと再戦すると発表した。会見の中で興毅は「勝ったけどダウンもしたし、ああいう試合になって納得がいかない。プライドが許さないので、たたきつぶすだけ」と述べている。なお、同一カードの世界タイトルマッチが連続して行われる事は珍しく、リターンマッチが実施されるにしても、王者側が最低1試合他の選手との防衛戦を挟んだ後、諸々の条件が整って初めて実現するケースが大多数を占める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし[[10月2日]]、興毅が[[9月29日]]のスパーリング中に目にけがをしたとして再戦を延期することが協栄ジムから発表された。その後、再戦は[[12月20日]]に行われることになった。協栄ジム側の発表では、怪我の程度は左眼瞼挫創（がんけんざそう）で、八針縫うものだったという。だが、ヘッドギアとグラブを着用した上で、トレーナーの指示に従ってスパーリングパートナーと行う通常のスパーリングの場合、これは起こる可能性が極端に低い怪我であり、「ヘッドギアの上からグラブが当たったことで、摩擦でヘッドギアの下の皮膚に裂傷が起きた」とされる原因に疑問の声がある。また、試合直前の調整時期にもかかわらず怪我を負った直後にすぐに診断をしなかったことについて、「追い込む時期だったため、スパーリングを最後まで続けたことで傷口が広がった」という説明をしているが、これについても矛盾に満ちた不可解なものだという指摘がある。この会見の場に興毅本人は姿を現さず、治療に当たったとされる医師の[[診断書]]がジム側から提示されるにとどまった。そのため、疑問に拍車がかかる形になったと言える。さらに、その提示された診断書には実際に治療に当たった医師の名前、病院名、治療を行った日時などが一切記載されておらず、およそ正規の診断書と呼べるものではなかったことも報道され、周囲からの更なる批判を浴びる結果となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、試合が行えないほどの重傷を負ったはずの興毅が、大怪我の2日後[[10月1日]]に妹の運動会で綱引きなどに元気一杯で参加している様子が、[[YouTube]]上に動画としてアップロードされていた。[[フライデー]]誌上においてはその運動会終了後、カラオケルームで3時間近く盛り上がったと報道されている。試合延期の会見に本人が顔を出さない事や、上記の様な不可解な行動も物議を醸しており、ファンの間からは「防衛戦から逃げるためにありもしない怪我をでっち上げたのではないか」という声も挙がっている&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
  | last = &lt;br /&gt;
  | first = &lt;br /&gt;
  | title = 亀田興毅《＆一家》【ドタキャン《10・18再戦》】前夜の「【絶叫】カラオケ大会」&lt;br /&gt;
  | work = &lt;br /&gt;
  | publisher = 講談社&lt;br /&gt;
  | date = &lt;br /&gt;
  | url = http://www.bitway.ne.jp/kodansha/friday/article/20061020/ttl0301.html&lt;br /&gt;
  | accessdate = 2006-11-17 }}&lt;br /&gt;
&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ランダエタには、亀田側から今回の延期の連絡が入っていなかったという。日本の記者が今回の試合延期の件についてランダエタにコメントを取ろうとしたところ、ランダエタは驚き「そんな話は聞いていない。今週中に来日する予定だったんだぞ」と発言していた。{{要出典}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
10月7日付のデイリースポーツ紙上にて「[http://www.daily.co.jp/select/kameda/2006/10/07/0000132115.shtml 初公開!これが興毅抜糸写真だ]」として、抜糸直後とされる興毅の顔写真が発表された。また10月10日にも本人が記者の前で負傷箇所を公開している[http://www.daily.co.jp/newsflash/2006/10/10/0000135912.shtml][http://www.sponichi.co.jp/battle/flash/KFullFlash20061010021.html]。これら写真は、どれも負傷箇所をアップで写していないため、左瞼に傷痕を確認することはできない。しかし通常、全治一ヶ月と診断された8針も縫うほどの怪我であれば、たった一週間で遠目にも傷が全く見えなくなるまで回復することはほぼあり得ない（薬師寺保栄は「主治医は[[ブラック・ジャック]]でしょうね」と皮肉混じりにコメントしていた）。また、どこの病院で抜糸し、どの医師が担当したのかという部分も明らかにされていない[http://www.sanspo.com/sokuho/1010sokuho054.html]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[サンケイスポーツ]]に掲載された記事には、怪我に対する報道写真の中で唯一、傷跡をアップで写した写真が載せられている。これを見ると確かに目尻に傷痕が伺える。しかし上述のように負傷の状況に不明瞭な部分が多いため、これが本当にスパーリングによってついたものだという確証はない[http://www.sanspo.com/fight/top/f200610/f2006101100.html]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 2006.8.2 亀田vsランダエタ　関係者のコメント ==&lt;br /&gt;
{{出典の明記}}&lt;br /&gt;
※：五十音順。肩書きは2006年11月1日現在。階級の呼称は当時のもの。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 当人及び当人の関係者 ===&lt;br /&gt;
*'''亀田興毅'''（本人）&lt;br /&gt;
*: 「ダウンは俺流のサプライズや。オレの性格ではクリーンヒットが勝ちなんやけど、ジャッジも手数を取るのか、有効打を取るのか、ファイターが好きか、ボクサーが好きかなど、採点は人それぞれ。厳しい見方や意見はあってええ」[http://72.14.235.104/search?q=cache:V4tciQk0UKsJ:www.sponichi.co.jp/battle/flash/KFullFlash20060803027.html+%E3%83%80%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%81%AF%E4%BF%BA%E6%B5%81%E3%81%AE%E3%82%B5%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%BA%E3%82%84&amp;amp;hl=ja&amp;amp;gl=jp&amp;amp;ct=clnk&amp;amp;cd=1&amp;amp;lr=lang_ja&amp;amp;client=firefox]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[ファン・ランダエタ]]'''（元WBA世界ミニマム級暫定王者。ベネズエラ。現WBA世界ライト・フライ級1位）&lt;br /&gt;
*: 「試合の結果を[[世界ボクシング協会|WBA]]に提訴するつもりはない。私が勝ったということは、記者のみなさんが知っている。それを広めるのが、あなたたちの仕事のはず。亀田は弱い選手だ」[http://www.zakzak.co.jp/spo/2006_08/s2006080302.htmlhttp://www.zakzak.co.jp/spo/2006_08/s2006080302.html]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[金平桂一郎]]'''（亀田が所属する協栄ボクシングジム会長）&lt;br /&gt;
*: 「判定は微妙と思った。逃げ切れたかな、とは思ったが…。亀田は日本ボクシング界の宝。今の日本で興毅ほど視聴率を取れるボクサーはいない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[亀田史郎]]'''（[[亀田三兄弟]]のトレーナー兼実父。亀田プロモーション社長）&lt;br /&gt;
*: 「俺らは一生懸命やってんねん。それを周りがいちいちゴチャゴチャと…。俺らのことを嫌いなら見るな!いちいち文句言うな!」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 採点に肯定的な関係者 ===&lt;br /&gt;
*'''[[大橋秀行]]'''（元[[世界ボクシング協会|WBA]]・[[世界ボクシング評議会|WBC]]世界[[ミニマム級|ストロー級]]王者。ヨネクラジム出身。現大橋ボクシングジム会長）&lt;br /&gt;
*: 「亀田は最後まで下がらなかった。経験のない11、12Rのピンチも気迫で乗り切った。フラフラになっても倒れなかった。最後まで立ち続けなければ、判定勝利もなかった。判定は、自分はドローかと思ったが、まあ許容範囲内といえるだろう」[http://www.nikkansports.com/battle/kameda/p-bt-tp1-20060803-70029.html]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[鬼塚勝也]]'''（元WBA世界[[スーパー・フライ級|ジュニアバンタム級]]王者。[[協栄ボクシングジム]]出身。現SPANKEY-Kジム会長。当日テレビ中継解説者）&lt;br /&gt;
*: 「この試合、当然勝利に対して老獪な技術を見せたランダエタ選手の勝ちでもおかしくなく、ドローでもあり、そして小差の亀田選手の勝ちでも、絶対におかしなものではなかったと思う。心が折れていたら亀田は負けていた。でも、世界には亀田以上にすごい奴がいることを忘れてはいけない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[佐々木基樹]]'''（元日本[[スーパーライト級]]王者。協栄ジム所属。現役プロボクサー）&lt;br /&gt;
*: 「判定はジャッジが下したもので、亀田自身には何の責任もない。そりゃあ全体の印象で見りゃランダエタの勝ちに見えるだろうけど。全体のパンチヒット数とかで見ても劣勢になるかもしれないけど。実際の公式採点基準がそうなわけだから」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[渡嘉敷勝男]]'''（元WBA世界[[ライトフライ級|ジュニアフライ級]]王者。協栄ジム出身。現渡嘉敷ジム会長）&lt;br /&gt;
*: 「具志堅さんと私の持っていた（WBAライトフライ級の）ベルトを協栄に取り戻してくれたのは嬉しい。みんな亀田を先入観で見すぎている。冷静に見れば興毅の勝ちに間違いはない。[[ガッツ石松|ガッツ]]さんは、あまりうかつなことを言わない方がいい」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[輪島功一]]'''（元WBA世界[[スーパーウェルター級|ジュニアミドル級]]王者。三迫ジム所属。当時の[[日本ボクシングコミッション|JBC]]東日本協会長で、現輪島功一スポーツジム会長）&lt;br /&gt;
*: 「亀田は前半は悪かったが、中盤から盛り返して最後までよく頑張った。世界王者になった以上は、これからはもっとよく考えて戦わなきゃいけない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 採点に否定的な関係者 ===&lt;br /&gt;
*'''[[イーグル京和]]'''（現WBC世界[[ミニマム級]]王者。角海老宝石ジム所属）&lt;br /&gt;
*: 「日本では、ボクシングが上手い選手よりも、知名度がある選手が勝つんでしょうか?」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[飯田覚士]]'''（元WBA世界[[スーパーフライ級]]王者。緑ジム出身。現ボクシング評論家・タレント）&lt;br /&gt;
*: 「あの試合は亀田の負け。地元だから、最悪でもドローは有り得ると思ったが、まさか勝つとは思わなかった。（亀田勝利の）勝者のコールがあった瞬間、『ガッカリ』ぐらいの言葉では言い表せないほど、今後のボクシング界に対して失望を感じた」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[戎岡淳一]]'''（当時WBA世界ライトフライ級ランカー。明石ジム所属）&lt;br /&gt;
*: 「ランダエタが手を抜いていたように見えた。パンチを打てば亀田に当たるのに、ランダエタは殆ど打ち込まなかった。ランダエタが手を抜いたことを抜きにして見ても、ランダエタの勝ちだと思う」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[尾崎恵一]]'''（元日本[[バンタム級]]王者。オサムジム出身。現ボクシングライター）&lt;br /&gt;
*: 「亀田は『（判定について）ナンボでも言うたらいい』とコメントしたが、その意味が『何を言っても耳を貸さない』という意味なら、今後彼が成長することはありえない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[カシアス内藤]]'''（元日本・[[東洋太平洋ボクシング連盟|OPBF]]東洋太平洋[[ミドル級]]王者。金子ジム出身。現E&amp;amp;Jカシアスボクシングジム会長）&lt;br /&gt;
*: 「亀田は一時代を築こうとしていたのに、これでおかしくなってしまう。一生懸命やっている人間に対し、負けは負け、勝ちは勝ち、とはっきりつけてあげなければならない。素人が見ても（結果が）分かる試合だった」&amp;lt;ref name=産経新聞社&amp;gt;[http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/sports/fight/13319 ＴＢＳ社内でも「あり得ない」…“疑惑判定”ファン唖然]&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[ガッツ石松]]'''（元WBC世界[[ライト級]]王者。ヨネクラジム出身。現ボクシング評論家・タレント）&lt;br /&gt;
*: 「まいったね、何で亀田の勝ちになるの?日本のボクシングはタレント養成所ではない。これがまかり通るなら、僕はボクシング関係の肩書は何もいらない。（JBCや協栄）関係者は立場上、強く言えないのかもしれないけど、今後のボクシング界の為にもガツンと言ってやるべきだ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[具志堅用高]]'''（元WBA世界ジュニアフライ級王者。協栄ジム出身。現白井・具志堅ボクシングジム会長）&lt;br /&gt;
*: 「亀田は今こそ、波に乗っている現役選手と戦うべきだ。今のような（対戦相手を異常に吟味する）やり方を続けていても、世間の目はそういつまでも誤魔化せない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[クレイジー・キム]]'''（現OPBF東洋太平洋・ABCO[[スーパーウェルター級]]王者。ヨネクラジム所属）&lt;br /&gt;
*: 「亀田は弱い奴としか戦っていないのに何が世界だ。ふざけるな。ボクシングを舐めてるとしか言えない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[竹原慎二]]'''（元WBA世界ミドル級王者。沖ジム出身。現ボクシング評論家・タレント。当日テレビ中継解説者）&lt;br /&gt;
*: 「（亀田vsランダエタの）解説者という立場上、今まで強く言えなかったが、本音を言えば、あの試合は亀田の負けだと思っている」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[辰吉丈一郎]]'''（元WBC世界バンタム級王者。[[帝拳ボクシングジム|大阪帝拳ジム]]所属）&lt;br /&gt;
*: 「自分の採点では亀田くんが負けていた。あのような形で勝たせるのは、今後の亀田くんのためにならない。試合後の開き直って悪態をつくような態度も問題」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[内藤大助]]'''（当時日本・OPBF東洋太平洋フライ級王者。宮田ジム所属）&lt;br /&gt;
*: 「あの試合は負けていた。今後フライ級に戻るなら、いきなり世界戦をやる前に、日本フライ級で最強かどうかを確かめてからでも遅くはない。[[小松則幸|小松]]君でも、[[トラッシュ中沼|中沼]]君でも、何なら俺が相手でもいい」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[中島健]]'''（当時WBC世界フライ級ランカー。グリーンツダジム所属）&lt;br /&gt;
*: 「初回のダウンから立ち直り、中盤はよく盛り返していたと思うけど（亀田の）勝ちはない。ドローだったとしても厳しい。ランダエタは終始安全運転していました」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[畠山昌人]]'''（元日本ライトフライ級王者。札幌赤坂協栄ジム出身。現同ジムトレーナー）&lt;br /&gt;
*: 「ショックだった。自分が現役時代に追い求めてきた王座が、まさかこんな形で亀田に渡るとは思っていなかった。でも、引退した自分がこんなにも嫌な思いをするということは、現役の[[坂田健史]]君たちは、もっとやりきれない気持ちで一杯だろう」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[畑中清詞]]'''（元WBC世界[[スーパーバンタム級|ジュニアフェザー級]]王者。松田ジム出身。現畑中ボクシングジム会長）&lt;br /&gt;
*: 「113対115で亀田の負けだった。亀田はボクシング経験の浅さを露呈してしまった。決してほめられる内容ではなかった」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[久高寛之]]'''（当時WBA世界ライトフライ級ランカー。グリーンツダジム所属）&lt;br /&gt;
*: 「3ポイントくらいランダエタが勝っていた。作戦なのか知らないけど、ランダエタは亀田に合わせてインファイトしていた。亀田はパンチに体重が乗っていなかった」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[平仲明信]]'''（元WBA世界[[スーパーライト級|ジュニアウェルター級]]王者。沖縄ジム出身。現平仲ボクシングスクール会長）&lt;br /&gt;
*: 「試合を見ながら採点をしたが、3～5ポイント差で亀田の負けだった。その後、ビデオを見て再び採点をしてみたが、ここでも3ポイント亀田の負けだった。亀田の3ポイント負けは揺るがない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[矢尾板貞雄]]'''（元日本・OPBF東洋太平洋フライ級王者。中村ジム所属。現ボクシング評論家）&lt;br /&gt;
*: 「私の採点では、地元というのを考慮しても1ポイント亀田の負け。ファイターというのは、ただガードを固めて前に出るものではない。今後は技術面でも細かいことを覚えないと、世界では勝っていけない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[薬師寺保栄]]'''（元WBC世界バンタム級王者。松田ジム出身。当時タレント。2007年より薬師寺ボクシングジム会長）&lt;br /&gt;
*: 「亀田が4・5点負けていたと思う。（亀田は）よう頑張ったと言えるかもしれない。しかし、絶対勝ちだったとは言えない。試合後、自分の携帯に、判定結果について尋ねる内容のメールが何十通も来た。判定がクリーンなら、こんなことはない。今後悪い意味でボクシング界に影響する」&amp;lt;ref name=&amp;quot;毎日新聞&amp;quot; /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[ルイス・パボン]]'''（WBA世界ボクシング評議会審判委員長。ベネズエラ）&lt;br /&gt;
*: 「（亀田とランダエタの）試合のビデオを見た。わたし自身の採点では亀田が3ポイント差で負けていた」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[ロレンソ・パーラ]]'''（当時WBA世界フライ級王者。ベネズエラ）&lt;br /&gt;
*: 「ランダエタ戦を見たかい?亀田は子供、ベイビーだ。私と戦ったとしても、彼が勝つチャンスは無い。100%私がKOで勝つ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[渡辺二郎]]'''（元WBA・WBC世界[[スーパーフライ級|ジュニアバンタム級]]王者。大阪帝拳ジム出身。現タレント）&lt;br /&gt;
*: 「テレビで見てて、これは（亀田が）ヤバイと思いましたよ。全体的に見たら亀田の勝ちだと言う人もいますけど、あの試合は終始ランダエタのペースでした。僕が亀田の立場だったら、ベルトをJBCに預けます」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 中立的意見・旗幟を鮮明にしない関係者 ===&lt;br /&gt;
*'''[[井岡弘樹]]'''（元WBC世界ストロー級・WBA世界ジュニアフライ級王者。グリーンツダジム出身。現井岡ボクシングジム会長）&lt;br /&gt;
*: 「亀田が苦戦していたように見えたが…。判定のことはよく分からない」&amp;lt;ref name=&amp;quot;毎日新聞&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{cite web|work=|page=|title=亀田興毅：フアン・ランダエタに判定勝ち　世界王者に|publisher=[[MSN]]|date=2006-11|accessdate=2006-11-13|author=|url=http://www.mainichi-msn.co.jp/sports/battle/boxing/news/20060803k0000m050105000c.html}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[浜田剛史]]'''（元WBC世界ジュニアウェルター級王者。帝拳ジム出身。現ボクシング評論家。2007年より帝拳ボクシングジム会長）&lt;br /&gt;
*: 「審判がランダエタのジャブを評価しなかった。米国の試合だったら評価されるんだが…。ジャブを打たない今のスタイルだと、必ず壁にぶち当たる」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[ヒルベルト・メンドサ]]'''（WBA会長。ベネズエラ）&lt;br /&gt;
*: 「（亀田とランダエタの試合は）非常に接戦だった。両者が力の限りを尽くした好試合だった」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[ファイティング原田]]'''（元世界フライ級・バンタム級王者。笹崎ジム出身。[[日本ボクシング協会]]会長）&lt;br /&gt;
*: （判定が場内に告げられる前に会場を去り）「（立場上）きょうは何も言うことはないよ。」&amp;lt;ref name=&amp;quot;毎日新聞&amp;quot; /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[増田信晃]]'''（当時日本ライトフライ級王者。駿河ジム所属）&lt;br /&gt;
*: 「1Rにダウンを取られ、11、12Rもダウン寸前だったから、会場で見たときはランダエタの勝ちかと思った。でも、後でビデオを見返してみたら2～10Rは接戦だった。印象だけで判断したらランダエタの勝ちだけど、採点として見たら難しい」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[安河内剛]]'''（[[日本ボクシング協会]]事務局長）&lt;br /&gt;
*: 「試合内容についてのコメントは勘弁してほしい。本人も苦戦を認めていたように、これからに期待としかいえない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*また、[[ソフトバンクモバイル|SoftBank]]が配信している[[ステーション (ソフトバンクモバイル)|ステーション]]において、「鎌田弘樹（かまだひろき｛もしくはこうき｝）」という、「かめだこうき」という名前にそっくりで「テレビ局とタイアップして弱い相手ばかりと戦うボクサー」が出てくる物語が、[[2006年]][[12月25日]]から掲載されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==脚注==&lt;br /&gt;
&amp;lt;div class=&amp;quot;references-small&amp;quot; style=&amp;quot;-moz-column-count:2; column-count:2;&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==メディア出演==&lt;br /&gt;
===CM===&lt;br /&gt;
*[[明治製菓]]－キシリッシュ ショー&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
{{wikinews|亀田興毅選手、世界ライトフライ級王者に就く}}&lt;br /&gt;
*[[男子ボクサー一覧]]&lt;br /&gt;
*[[日本のボクシング世界王者一覧]]&lt;br /&gt;
*[[ボクシング現王者一覧]]&lt;br /&gt;
*[http://www.gyao.jp/jockey/ ミラクルひかるのくるくるミラクル]（ＧｙａＯジョッキー）番組内でたびたびミラクルひかるがものまねをしている&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://www.kameda-bros.com/ ボクシング亀田三兄弟公式サイト 浪速乃闘拳]&lt;br /&gt;
*[http://www.kyoei-boxing.co.jp/proboxers/41.html 亀田興毅]&lt;br /&gt;
*[http://www.ring-japan.com/ リング・ジャパン]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0;background-color:#f6f6f6;border:1px solid #ccc;padding:3px;font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;このページは [http://ja.wikipedia.org/ Wikipedia日本語版]由来のコンテンツを利用しています。もとの記事は[http://ja.wikipedia.org/wiki/亀田興毅 '''亀田興毅''']にあります。執筆者のリストは[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=亀田興毅&amp;amp;amp;action=history '''履歴''']をご覧ください。 [[Yourpedia]]と同じく、[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia Wikipedia]は[http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html GFDLのライセンス]で提供されています。コンテンツを再利用する際には同じくGFDLのライセンスを採用してください。&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:Wikipedia出典元の記事|{{PAGENAME}}]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のボクサー|かめたこうき]]&lt;br /&gt;
[[Category:1986年生|かめたこうき]]&lt;br /&gt;
[[Category:大阪府出身の人物|かめたこうき]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>82.150.138.109</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E4%BA%80%E7%94%B0%E8%88%88%E6%AF%85&amp;diff=5321</id>
		<title>亀田興毅</title>
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				<updated>2007-05-28T08:56:12Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;82.150.138.109: http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E4%BA%80%E7%94%B0%E8%88%88%E6%AF%85&amp;amp;oldid=12734447&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{半保護S}}&lt;br /&gt;
{{観点}} &lt;br /&gt;
{{Boxing statsbox|name=亀田興毅&lt;br /&gt;
|image=&lt;br /&gt;
|nationality=[[日本]]&lt;br /&gt;
|realname=亀田興毅&lt;br /&gt;
|nickname=浪速乃闘拳&lt;br /&gt;
|weight=[[フライ級]]&lt;br /&gt;
|birth_date=[[1986年]][[11月17日]]&lt;br /&gt;
|birth_place=[[大阪府]][[大阪市]]&lt;br /&gt;
|death_date|=&lt;br /&gt;
|death_place|=&lt;br /&gt;
|style=[[サウスポー]]&lt;br /&gt;
|total=15&lt;br /&gt;
|wins=15&lt;br /&gt;
|KO=11&lt;br /&gt;
|losses=0&lt;br /&gt;
|draws|=0&lt;br /&gt;
|no contests=0&lt;br /&gt;
|}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''亀田興毅'''（かめだ こうき、[[1986年]][[11月17日]] - ）は、[[プロボクサー]]。[[亀田三兄弟]]の長男で、[[亀田大毅]]・[[亀田和毅]]は弟、[[亀田史郎]]は父にあたる。身長166cm。現在の階級は[[フライ級]]。スタイルは[[サウスポー]]のファイター。[[2006年]][[12月20日]]現在、アマ戦績16戦15勝1敗、プロ戦績14戦全勝（10KO）、元[[世界ボクシング協会|WBA]]ライトフライ級世界王者で、現在WBAフライ級1位、[[世界ボクシング評議会|WBC]]フライ級世界3位。[[血液型]]はB型。[[左利き]]である。ニックネームは「'''浪速乃闘拳'''」（なにわのとうけん）。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==来歴==&lt;br /&gt;
*[[大阪府]][[大阪市]][[西成区]][[天下茶屋]]出身。&lt;br /&gt;
*[[大阪市立天下茶屋小学校]]4年の時に、[[糸東流|糸東流空手]]世界ジュニア大会で[[優勝]]したとされている。が、優勝したとされる団体の存在は確認出来ていない。&amp;lt;!--空手の四大流派、糸東流の統一大会という印象を与えるがもちろんそうではなく、無数に存在する糸東流系列の空手団体の中の、一つの大会である--&amp;gt;&lt;br /&gt;
*11歳の時、父・史郎から[[ボクシング]]を教わるようになる。[[大阪市立天下茶屋中学校]]時代の3年間は、[[空手道|空手]]とボクシングの練習を並行して行っていた。&lt;br /&gt;
*中学卒業後、ボクシングに専念するため高校には進学せず&amp;lt;!--高校進学したという記述がありましたが、何年に、どの高校に進学したのか、何年に卒業あるいは中退したのか不明のためここでは、進学せずに職業ボクサーを選んだという説を採ります--&amp;gt;、社会人ボクシングで活躍した後、17歳の誕生日（2003年11月17日）にプロボクサーとなる。&lt;br /&gt;
*アマチュアとしては、[[2002年]]全日本実業団選手権フライ級優勝（当時15歳6ヵ月）、全国社会人選手権フライ級ベスト4、[[2003年]]同大会優勝（16歳10か月）という実績を残している。&lt;br /&gt;
*[[2005年]]（平成17年）[[4月28日]]に大阪の[[グリーンツダジム]]から[[東京都|東京]]の[[協栄ジム]]へ移籍。この時、3000万円という移籍金が支払われたと報道された。&amp;lt;ref&amp;gt;読売新聞 [http://www.yomiuri.co.jp/sports/feature/kameda/ka20050429_01.htm 亀田が協栄ジムへ　移籍金３０００万円] 2005年4月29日&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
*2005年[[6月20日]]に[[後楽園ホール]]で、元[[世界ボクシング評議会|WBC]]ライトフライ級王者サマン・ソー・チャトロン（[[タイ王国|タイ]]）と対戦。1ラウンドKO勝ちし7勝目をあげた（サマンは[[1990年代]]、[[八尋史朗]]らを相手にライトフライ級王座を10度防衛したが、王座転落後、[[2002年]][[4月12日]]の試合を最後に現役を引退。その後、約3年のブランクを経て35歳で現役復帰を果たすも、復帰後の戦績は亀田興毅戦も含め3戦3敗2KO。亀田戦を最後に完全に現役を退いている）。&lt;br /&gt;
*2005年[[8月21日]]には、[[横浜市|横浜]]で[[東洋太平洋ボクシング連盟|東洋太平洋]]フライ級王者のワンミーチョーク・シンワンチャー（タイ）に挑戦し、3ラウンドKOでタイトルを奪取した（&amp;lt;!--歴代2位の早さでの奪取だったが--&amp;gt;この後防衛戦を行わず王座を返上している）。&lt;br /&gt;
*2005年[[11月26日]]、[[さいたまスーパーアリーナ]]で行われた「世界タイトル前哨戦」にて、[[世界ボクシング協会|WBA]]ミニマム級元王者のノエル・アランブレットに完勝。&lt;br /&gt;
*[[2006年]][[3月8日]]に2度目の世界前哨戦を行い、カルロス・ボウチャンに6ラウンドKOで勝利した。だが、この試合の決め手となったボディブローが下腹部への反則打撃（[[ローブロー]]）ではないかと、一部で物議を醸した（この時の様子は、実況のテレビカメラにも映されている）。試合後、ボウチャンは記者に向かって自身が使用したトランクスを掲げ、股間部分にグローブの跡がついていることを主張したが、この会見の場面を撮影した映像・写真は報道されていない。なお、このローブローが疑われている場面では、この試合のレフェリーを担当した試合役員・浅尾和信が亀田に対して注意・警告を行わなかったため、数ラウンドに渡って同様のローブローが疑わしい攻撃が繰り返されることになった。この浅尾の判断に対して「極度に地元贔屓の裁定である」または「亀田の攻撃が反則であったとしても、それをレフェリーが黙認しているのだから、亀田には責任が無い」という指摘もなされている。&lt;br /&gt;
*2006年[[5月5日]]、3度目の世界前哨戦でカルロス・ファハルドに2ラウンドTKO勝利した。しかしファハルドは、2005年の試合（KO負け）を最後にリングから遠ざかっており、亀田戦まで約1年のブランクがあった。その間、ファハルドは空港で働きながら、[[弁護士]]になるための勉強をしており、ボクシングから完全に離れていた。試合では完全にブランクの影響が出ており、足も使えずパンチも遅くと散々であった。試合後、ファハルドは練習期間が1週間しかもらえなかったことを暴露している。&lt;br /&gt;
*2006年[[8月2日]]に元WBAミニマム級暫定王者[[ファン・ランダエタ]]との世界戦を行い、12R判定で勝利（2-1）、WBAライトフライ級チャンピオンとなった。10代で世界王者となった日本人選手は、[[ファイティング原田]]（19歳6カ月）、[[井岡弘樹]]（18歳9カ月）に次ぎ3人目であり、日本人選手との対戦が一切ない戦績での達成は初。また、12戦目での世界王座獲得は、日本のジム所属選手では歴代5位タイの速さである。しかし、この試合直後から、その判定結果について業界内外から疑義が沸騰した（「世界タイトル戦以後の評価・反応」および「2006.8.2 亀田vsランダエタ　関係者のコメント」にて詳述）&lt;br /&gt;
*2006年[[12月20日]]、東京・[[有明コロシアム]]にて、[[ファン・ランダエタ]]（ベネズエラ・同級1位）との再戦が行なわれ、12R判定で勝利（3-0）。&lt;br /&gt;
*[[2007年]][[1月18日]]、協栄ジムで行った記者会見で王者返上を表明。3月24日に両国国技館で行う予定の試合はノンタイトルの10回戦で、かつての“主戦場”であった[[フライ級]]に階級を戻して臨むことを発表した。&lt;br /&gt;
*2007年3月24日、両国国技館で世界13位の[[エベラルド・モラレス]]と対戦。5R終盤に[[反則行為|バッティング]]から左フックのコンビネーションでダウンを奪い、10R判定勝ちを収める。この試合後レフェリングをめぐって父史郎氏がレフェリーを務めた浦谷信彰氏を恫喝したとして問題に発展している。&lt;br /&gt;
*2007年5月23日、大阪市中央体育館で、１階級下のインドネシア[[ライトフライ級]]チャンピオン[[イルファン・オガー]]と対戦。地元大阪で2年半振りの試合であった。8RTKOで1年ぶりにKO勝利をした（レフェリーストップ）。しかし、ストップの瞬間までオガーは手を出して交戦意思を示していた中での唐突なストップだったため、このTKOを勝利には疑問が残ることになった。また、試合中に２度のダウンを奪ったが、最初のダウンはプッシングによるスリップ、２度目のダウンはオガーの頭を抑えつけて引き倒したのではないかという疑問も抱かれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==パフォーマンス==&lt;br /&gt;
*公共・公式の場であっても不遜な口利きを貫いている（その他には[[デーモン小暮閣下]]も含まれる）。本人曰く「[[敬語]]は尊敬できる相手だけに使えば良い」。これらは、[[プロレス]]で言うところの「[[アングル (プロレス)|アングル]]」のように、ある種のショーとして偽悪的態度を装っていると言われている。また、かつて[[モハメド・アリ]]がしていたように、わざと大口を叩いて相手のみならず自分自身にもプレッシャーを与えているのだ、とも解釈されているが、このパフォーマンスそのものに一部から「無礼、失礼である」という批判を受けている。&lt;br /&gt;
*2006年8月2日のタイトルマッチの翌日の[[読売新聞]]に「個別の取材ではとても丁寧な言葉づかいで好感が持てた。もうこんなキャラを演じるのは止めたらどうか」という内容の記事が掲載されていることからも、態度の悪さはTV用のパフォーマンスであることが窺える（過去にも、[[週刊ポスト]]や[[週刊文春]]の記事に「素顔は礼儀正しく、敬語も正しく使える」旨の記述があった）。しかし、これら一連のパフォーマンスの真意は必ずしも世間に伝わっているとは言えず、その傲慢とも受け取れる態度に関しては、世論も賛否両論に分かれている。TVワイドショーのコメンテイターの中にも、[[やくみつる]]のように&amp;lt;!--亀田の言動の意図を斟酌せず（もしくは斟酌してはいても番組を盛り上げるためにワザと）---&amp;gt;「ですます調で話せるようになりなさい」と注意する者もいる。しかし、父・史郎はそんな息子の態度を「青春の1ページ」などと言って擁護し、批判的なコメンテイターやマスコミ&amp;lt;!--ex.[[文藝春秋社]]--&amp;gt;の意見に反発している。興毅本人も、数々のバッシングに対し、少なくとも表向きには動じた様子は見られない。&lt;br /&gt;
*2006年8月2日のタイトルマッチに勝利した時は号泣しながら敬語で「ありがとうございます」といった。&lt;br /&gt;
*一部では「亀田兄弟は下に行くに従って態度が悪くなっていく」とも報道されている。これは、「パフォーマンス用に作られた興毅のチンピラ的態度」を見てきた弟の大毅や和毅が、その「チンピラ」の表層だけを真似てしまい、きちんとした礼儀などを学ばずに育ってきたためではないかと見られている。&lt;br /&gt;
*カルロス・ファハルドが同席した世界前哨戦の記者会見において、減量に苦しむファハルドの目の前で骨付きチキンを頬張り、清涼飲料水を一気飲みして挑発[http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/other/column/200605/at00008896.html]。また同戦の前日計量においては、ファルハドの写真を貼ったフライパンを素手で折り曲げていた。&lt;br /&gt;
*ライトフライ級タイトルマッチとなった[[ファン・ランダエタ]]戦の前日計量においては、ハンバーガーを食べながら[[キューピー]]人形（ファン・ランダエタのあだ名『ベイビー』にちなんだもの）を渡したが、ランダエダは[[ジョーク]]と受け取り笑って対応した。ランダエタは返礼として、試合前の計量の時に[[おむつ|紙おむつ]]とおしゃぶりを手渡そうとしたが、興毅はそれを見るなり受け取ることなく床に叩きつけた。その後、史郎がランダエタに興毅との握手を催促するが、ランダエタは拒否。それに対して史郎は「おまえがオムツしとけや!コラァ!」と恫喝していた[http://www.sponichi.co.jp/osaka/spor/200608/02/spor195864.html]。&lt;br /&gt;
*好物は[[納豆]]。乳幼児期に離乳食として母親に与えられたのがきっかけで好物となり、現在では一日3パックを食べているという。それ故[[発掘!あるある大事典|テレビ番組による納豆ダイエット捏造問題]]による納豆の人気低下には心を痛めているようで[[2007年]][[1月24日]]の公開練習後に「納豆がかわいそうや」と発言し、愛好会の設立を宣言していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==プロ戦歴==&lt;br /&gt;
*1戦目：[[デンナロン・シスソバ]]（タイ 0勝2敗）&lt;br /&gt;
*2戦目：プラカルン・ツインズジム（タイ 0勝3敗）&lt;br /&gt;
*3戦目：サミン・ツインズジム（タイ 0勝4敗）&lt;br /&gt;
*4戦目：ダオチャイ・KTジム（タイ 0勝5敗）&lt;br /&gt;
*5戦目：ノパデッチレック・チュワタナ（タイ 確認できる戦績なし／当時タイ国フライ級2位）&lt;br /&gt;
*6戦目：ヨードゲン・シンワンチャー（タイ 0勝4敗）&lt;br /&gt;
*7戦目：サマン・ソー・チャトロン（タイ 46勝7敗1分／元世界王者だが、長期ブランクと戦績低迷により当時はノーランカー）&lt;br /&gt;
*8戦目（2005年8月21日）：ワンミーチョーク・シンワンチャー（タイ 12勝2敗／当時[[東洋太平洋ボクシング連盟|OPBF]]東洋太平洋フライ級王者&amp;amp;WBC同級世界下位ランカー）&lt;br /&gt;
**テレビ中継の[[視聴率]]：10.6%（関東地区）&lt;br /&gt;
*9戦目（2005年11月26日）：ノエル・アランブレット（[[ベネズエラ]] 21勝4敗1分1無効／元WBAミニマム級王者&amp;amp;当時WBAライトフライ級世界ランカー）&lt;br /&gt;
**視聴率：8.5%（関東地区）&lt;br /&gt;
*10戦目（2006年3月8日）：カルロス・ボウチャン（[[メキシコ]] 21戦16勝5敗／当時WBC傘下地域団体のフライ級ラテン王者&amp;amp;WBC同級世界ランカー）&lt;br /&gt;
**視聴率：24.8%（関東地区。以下は[[ゴールデンタイム]]の放送）&lt;br /&gt;
*11戦目（2006年5月5日）：カルロス・ファハルド（[[ニカラグア]] 24戦15勝6敗1分2無効／当時[[国際ボクシング連盟|IBF]]ライトフライ級世界ランカー&amp;amp;WBCフライ級世界下位ランカー）&lt;br /&gt;
**視聴率：33.0%（関東地区）&lt;br /&gt;
*12戦目（2006年8月2日）：[[ファン・ランダエタ]]（ベネズエラ　24戦20勝3敗1分／元WBAミニマム級暫定王者&amp;amp;当時WBAライトフライ級1位）&lt;br /&gt;
**視聴率：42.4%（関東地区）、42.9%（関西地区）&lt;br /&gt;
*13戦目（2006年12月20日）：ファン・ランダエタ（ベネズエラ　25戦20勝4敗1分／元WBAミニマム級暫定王者&amp;amp;当時WBAライトフライ級1位　再戦）&lt;br /&gt;
**視聴率：30.1%（関東地区）、32.8%（関西地区）&lt;br /&gt;
*14戦目（2007年3月24日）：エベラルド・モラレス（メキシコ　42戦28勝12敗2分／当時WBCフライ級13位）&lt;br /&gt;
**視聴率：16.2%（関東地区）&lt;br /&gt;
*15戦目（2007年5月23日）：イルファン・オガー（インドネシア　22戦16勝2敗4分／当時東洋太平洋ライトフライ級2位&amp;amp;インドネシア・ライトフライ級チャンピオン）&lt;br /&gt;
**視聴率：14.1%（関東地区）&lt;br /&gt;
※ここまで全て勝利。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
※視聴率は[[ビデオリサーチ]]調べ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
6戦目までの対戦相手の戦績は、海外の好事家によって運営されているWeb上のボクシングデータベース“[http://www.boxrec.com/ boxrec]”で確認可能な、明らかに信頼できる成績のみを抜粋したものであり、正確なレコードであるわけではない。一般的にタイ国ボクシング界では記録管理が極めて杜撰な上に、選手本人も自身の戦績に無頓着であるケースが多く、大半のタイ人選手の正確な記録はどこにも残されていないのである。そのため、デビュー戦から6戦目までの対戦相手の正確な戦績は「不明」と言わざるを得ない。なお、彼らの来日・対日本人戦績は全戦全敗（亀田戦前後含む=2006.9.25現在）であり、そのうち4人は、日本人との試合では全てKO負けを喫している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この一連の対戦相手たちの、多くは[[ムエタイ]]が本職の“アルバイト・ボクサー”たちである（例えば、[[K-1]]で活躍する[[ガオグライ・ゲーンノラシン]]も、かつては国際式ボクシングの選手として来日している）。彼らは業界内では「噛ませ犬」と呼ばれ、無気力とも受け取れる試合運びで日本人選手に敗退し、白星を献上するケースが非常に多い。これは、下手に健闘してしまうと「危険な選手」と見なされ、それ以後ファイトマネーの高額な日本からお呼びがかからなくなるため、いわば「金のためにわざと斬られ役を買って出ている」からだと言われている。これは業界内で半ば定説化されてる事ではあるが、あくまで推論に過ぎず、証拠・証言の類は一切表に出ていない。ただ[[日本ボクシングコミッション]]は、あまりに戦績の悪いタイ人選手の国内での試合を禁じたり、役員会で「外国人選手の無気力試合」の撲滅を目指す旨の提案を示すなど、これについて一定の対策は講じている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
7戦目以降の“世界前哨戦”の相手は、いずれも元世界王者や現役地域タイトル保持者、ならびに世界ランカーである。興毅はこれら相手に全てKO勝ちを収めているが、その試合内容は、対戦相手のリング上での動きがその実績やランキングから大きくかけ離れているケースや、適正体重が亀田より明らかに軽いケース、あるいは反則打撃や不当なジャッジが疑われているケースなど、批判材料の多いものばかりである。そのためボクシングマニアや関係者の間では、興毅の実績を額面通りに評価することはできないという声も根強かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦歴に現れているように、デビュー以来日本人選手との対戦が一度もなく、このことも一部では批判の対象となっている。日本フライ級チャンピオンの[[内藤大助]]は、かつて興毅に「六回戦レベルの選手」などと挑発されたのを受け、現在に至るまで何度となく公式に対戦を希望しているが、試合は未だ実現していない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、興毅はこれまで一度も[[アウェー]]での試合を経験していない。TV番組[[ワイドスクランブル]]において興毅が[[ホーム]]（すなわち日本国内）でしか試合をしていない事が話題になり、「これで本当に強いと言えるのか」という議論があった。しかし日本のジム所属選手が出場する世界タイトルマッチの多くは国内開催であり、近年海外で日本の選手が世界戦に出場するケースは、本来世界挑戦が叶わないランクの選手が、楽な防衛戦をマッチメイクしたい王者側からの不利な条件でのオファーに応じた「駄目で元々の挑戦」が多くを占める。これには、海外で人気のある中量級以上で世界レベルに達している日本の選手が極めて少ない事、日本で行われる軽量級の世界戦はファイトマネーの相場が他国開催のそれよりも格段に高いケースが多いため、外国人選手が敵地の不利を承知の上で日本での試合を承諾するため、など様々な要因があるが、ともかく、ホームとアウェーのアドバンテージの差を考慮したとしても、先述の議論そのものが的外れと言わざるを得ない。ただし、興毅は日本国内でも所属ジムの主催興行以外に出場しておらず、これが興毅がこれまでマッチメイク面で非常に恵まれている理由でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 評価・メディアの反応 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 世界タイトル戦以前の評価・反応 ===&lt;br /&gt;
[[2000年]]前後から「大阪から世界を狙うボクシング一家」として、[[東京放送|TBS]]が亀田親子に密着取材を続けていた。特集を組んだ番組も何本か放映されており、当時から一部では有名な存在であった。一般に脚光を浴びるようになったのは、興毅がプロボクサーとしてデビューし、協栄ジムに移籍、それに伴って上京を果たしてからである。リング上や記者会見の席での不敵な態度や、世界戦までの11戦に全勝10KOという華々しい成績だけでなく、黙々とハードトレーニングに励む様子や、積極的にファンサービスを行う姿勢などが、ボクシングファンだけでなく多くの若い女性ファンの支持を集めた。昨今、一般層でのボクシング人気低迷は著しく、そんな状況下で亀田三兄弟が業界に果たしている貢献は多大なものであると言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だがその一方で、これはボクシングそのものにはまるで興味の無いファン層を開拓しただけの“[[ミーハー]]人気”であり、日本ランカーを観るために足繁く[[後楽園ホール]]に通うような熱心なボクシングファン層の獲得、またはボクシングジムの入門者を増やすといった底辺拡大には至っていないという声もある。事実、興毅が初の世界戦に臨んだ2006年8月当初の時点で、日本国内のボクシングジムには5人もの世界王者――[[新井田豊]]（WBAミニマム級）、[[徳山昌守]]（WBCスーパーフライ級）、[[イーグル京和]]（WBCミニマム級）、[[長谷川穂積]]（WBCバンタム級）、[[名城信男]]（WBAスーパーフライ級）。また、06年7月に初防衛戦に失敗して引退したが、同時期の世界王者として06年1月に日本人最年長世界王座奪取を達成した[[越本隆志]]がいる――が在籍していて、日本のボクシング界は何度目かの黄金時代を迎えていると言って良いにも関わらず、テレビのボクシング中継で高視聴率を獲得するのは亀田兄弟関連の試合のみであった。その他の世界タイトルマッチは低視聴率に終わったり、時には地上波で全国中継されない試合もまま見受けられ、世界タイトルが絡まない試合が地上波で放送される事は稀になってしまっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした中で起こった“亀田ブーム”は、亀田家や所属ジムによる熱心な売り込みと、各種メディアやマスコミ（特に大阪時代から密着していたTBS）によって「作り出された」ものであり、実際の亀田三兄弟の実力がこの人気に見合ったものであるかには疑問符がつく、といった指摘も業界内外から数多くなされている。週刊ポストは、この亀田人気やマッチメイクへの疑問を記事として掲載し、亀田のことをそのニックネームをもじり「浪速の逃犬」と揶揄していた。&amp;lt;!--※ネット上の公式なソースは無い模様。個人ブログに中吊り広告や内容の抜粋が掲載されているが、リンクは見送る--&amp;gt;&lt;br /&gt;
また、かつてWBA[[ライトフライ級|ジュニアフライ級]]世界王座を13回防衛した[[具志堅用高]]は、[[毎日新聞]]のインタビュー記事で「金をかければ、そんなに簡単に世界挑戦できるのか」と厳しく批判していた。亀田側はこれら批判について「真面目にただボクシングをやっていってるだけじゃ」と反論している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このように、亀田に厳しい評価を下す声は業界内外から聞こえてはいるが、2006年8月の世界戦前にはWBA首脳から「全階級を通じて最強の世界王者になれる」「3階級制覇もできるほどのグッドファイター」「元WBC世界ウエルター級王者[[リカルド・マヨルガ]]と、無敗で4階級制覇した[[フロイド・メイウェザー・ジュニア]]の二人を足したような選手だ」などと、最大級の賛辞を与えられてもいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同じく幼少時から父の手でボクシングの英才教育を施されてきた[[粟生隆寛]]（[[帝拳ボクシングジム]]）とは、一部マスコミを中心に「西の亀田、東の粟生」と称され、互いに比較されることがある。しかし、アマチュアでは同年代の逸材が集結する[[全国高等学校総合体育大会|インターハイ]]、[[国民体育大会|国体]]などの主要大会を2年連続で総ナメし、また、プロ入り後も亀田に比べると出遅れは否めないものの無敗で順調な実績を積み重ねている（2006年11月当時、13戦13勝8KO、WBC世界[[フェザー級]]15位→翌年同級日本王者となった）粟生と、アマチュア時代は強豪アマ選手が殆ど出場しないトーナメントでの活動に終始し、プロ入り後は駆け足で世界王者となったものの何かと曰くのつく疑惑・疑義ばかりが目立つ亀田とを、同じ視点で比較検討するのは困難を通り越して不可能とさえ言える（もっと言えばナチュラルの階級が4階級も違う）。そのため、時を追うにつれてこの「西の亀田、東の粟生」というフレーズが使われるケースは減りつつある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 世界タイトル戦の評価・反応 ===&lt;br /&gt;
カルロス・ファハルドをフライ級の試合で下した後、階級を1つ下のライトフライ級に落とし、WBAライトフライ級2位にランキングされる。そして2006年8月2日、同級王者だった[[ロベルト・バスケス]]の王座返上に伴って行われたタイトルマッチにて、同級ランキング1位で元ミニマム級世界暫定王者の[[ファン・ランダエタ]]と対戦。この試合、興毅は1R終了直前にダウンを喫し、試合開始早々窮地に追い込まれた。しかし2R以降は立ち直り、中盤は、足を使って手数で確実に攻めるランダエタに対し強打中心の攻めで反撃し、優劣をつけ難い奮戦を見せる。だが11RにはあわやTKO寸前にまで追い詰められ、この窮地は何とか凌ぐも、最終12Rも劣勢を覆すことはできなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結局は2-1の僅差で判定勝ちを収め王座を獲得したが、これについて毎日新聞、[[読売新聞]]など大手メディアは記事の差し替えも含め、この勝利を「疑惑の判定」「後味の悪い勝利」などと評し、揃って結果に対し疑問を呈した。最も疑惑を集めているのは、ジャッジの一人&amp;lt;!--韓国人--&amp;gt;が、目に見えて劣勢であった最終ラウンドでも興毅の方を高く採点していた点である。これが興毅の判定勝利の決め手となったこともあり、議論は判定のシステムそのものの不備にまで波及し、現在でも物議を醸している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして2006年12月20日に行われたランダエタとの再戦で、12R判定の3-0で勝利、初防衛を達成した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 判定に関して ====&lt;br /&gt;
ただ、プロボクシングにおける採点（特にノックダウンの無いラウンドの場合）はジャッジの主観に頼る部分が大きく、非常に難しい問題を孕んでいる。具体的に説明すると、プロボクシングは1ラウンドごとにその優勢を、&lt;br /&gt;
# '''クリーンヒット'''（正しいナックル・パートで加えられた明確な打撃。評価の高さはヒットの数や与えたダメージによる）&lt;br /&gt;
# '''アグレッシブ'''（攻撃性。いわゆる手数の多さ、そして積極的な攻撃姿勢をアピール出来た時間の長さ。ただし加撃を伴わない単なる乱暴な突進は攻撃とは認められず、無効とされる）&lt;br /&gt;
# '''リング・ジェネラルシップ'''（堂々たる試合態度で主導権を握り、主体的に試合をコントロールしていた時間の長さ）&lt;br /&gt;
# '''ディフェンス'''（文字通り、相手の攻撃をどれだけ巧みに防御出来ていたか。ただし攻撃に結びつかない、防戦一方の展開の際は評価されない）&lt;br /&gt;
の4要素で採点すると定められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実際の採点にあたっては、まず「クリーンヒット」と「アグレッシブ」の2要素の優劣を判断する。公式ルール上は「クリーンヒット」は「アグレッシブ」に優越する判断基準となっているが、最近は「明確な打撃」ではないはずのガード上の攻撃、とりわけ牽制のために放たれるジャブの連打も「ごく軽度のクリーンヒット」に準じて扱われる傾向にあり（しかもこの傾向はWBA認定の世界タイトルマッチほど顕著であると言われる）、「クリーンヒット」と「アグレッシブ」の同格化が進んでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、この2要素での形勢が互角の場合は「リング・ジェネラルシップ」の優劣で判断する。「ディフェンス」の要素は、公式ルールでは「アグレッシブ」に次ぐ第3の判定基準と定められているが、現在ではあくまで副次的要素として扱われる傾向が強い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしながら、与えたダメージと手数・攻勢や軽度のヒット数の多さ、すなわち「クリーンヒット」と「アグレッシブ」をどういった“交換レート”で評価するかという点に関して絶対的な基準は存在せず、各ジャッジがそれぞれ独自に判断しているのが現状である。そのため、僅かな主観の違いが各ラウンドの採点に反映され、その結果、採点結果が試合全体の内容と食い違うケースや、同じ試合の採点でもジャッジによって著しく結果が異なるケースも散見される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そういった意味では、今回のランダエタ戦に関しても、採点上は亀田“優勢”という結論を下すジャッジがいてもおかしくはない。しかし、いくら可能性として有り得る話とはいえ、今回のように試合全体の印象と異なる結果の公式判定が出てしまった場合に批判の声が挙がるのは致し方ないことで、この試合の内容と判定結果の齟齬については、今後長きに渡って論議の的となることだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、プロボクシングの世界では、地元選手が有利な判定で勝利する「地元判定（ホームタウン・デシジョン）」、またはオブラートに包んで「微妙な判定」と称される、試合内容と採点結果の不一致が目立つケースが多々見受けられる。これは日本国内での国際試合のみならず、“「地元判定」大国”のタイをはじめ海外諸国でも頻繁に見られ、もはやプロボクシング界では日常茶飯事とさえ言うことが出来る。これは、ボクシング世界戦のジャッジは公的な第三者ではなく主催者側が用意する（滞在費なども負担）という慣例の影響が大きいと考えられる。ジャッジとしても、今後のつき合いなどを考えれば、日本でも大手である協栄ジム側に都合の悪い判定は出しにくいと考えられる。ただし近年は、国内で開催された世界タイトルマッチの採点は概ね公平で、優劣不明な混沌とした内容を受けての「微妙な判定」が時折見受けられる程度である。時には日本人選手に不利な判定が下るケースもあるほどで、亀田興毅所属の協栄ジムでも[[坂田健史]]のように、この“逆「地元採点」”で涙を呑んだ選手も存在する。&lt;br /&gt;
（※採点のルールに関しては、[[ボクシング#採点方法|ボクシングの採点方法]]も参照のこと）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 世界タイトル戦以後の評価・反応 ===&lt;br /&gt;
{{節現在進行}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 試合結果を受けての反応 ====&lt;br /&gt;
この判定に対し、元ボクシング世界王者の間でも反応は分かれた。[[畑山隆則]]や[[渡嘉敷勝男]]らは興毅の健闘をたたえ、渡嘉敷は公式判定の内容を支持する旨の発言をした。その一方、[[ガッツ石松]]、[[薬師寺保栄]]、[[平仲明信]]らは、5～7点差でランダエタ優勢となった独自の採点結果を公開すると共に、公式判定を痛烈に批判。それだけでなく、今後のボクシング界に与える悪影響を懸念していた。また[[井岡弘樹]]のような、独自の採点は興毅の小差劣勢であると認めつつも、公式判定への非難は避けて興毅の健闘も称える“中間派”、今回の結果は結果として仕方ないが、このままでは世界では通用しないと指摘する[[浜田剛史]]など、その反応は様々である。[[ファイティング原田]]や具志堅用高のように、試合に対して明言を避けた者も多い。なお、一部の関係者からは、「日本ボクシング史上に残る不可解な判定」という声さえも聞かれた&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| url = http://www.nikkansports.com/battle/kameda/p-bt-tp1-20060804-70482.html&lt;br /&gt;
| title = 亀田世界戦中継ＴＢＳに５万5000件の抗議&lt;br /&gt;
| work = nikkansports.com &lt;br /&gt;
| date = [[2006-08-04]] &lt;br /&gt;
| accessdate = 2006-08-04&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その他著名人の間でも賛否は分かれている。[[二宮清純]]ややくみつる、[[立川談志]]、[[やしきたかじん]]などが、この試合結果やその後の亀田側の対応、TBSの放送内容も含め批判的な主張を繰り返している一方で、[[朝青龍明徳|朝青龍]]や[[星野仙一]]、[[橋下徹]]らは「相手が弱かった」「プロのジャッジはプロならではの見方がある」などと擁護の姿勢を見せており、[[清原和博]]は「判定は絶対なんやから」と語っている。「中盤で亀田が挽回していた」として、「互角だった」もしくは「どちらが勝っていてもおかしくない」と興毅を擁護する関係者・著名人も存在するが、総じて批判的な声の方が多いと言える。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--世論の大多数であるTV観戦の視聴者に関しては、解説者の意見に左右されたという指摘もある。この試合は[[鬼塚勝也]]（かつて、興毅と同様の手法を用いてチャンピオンとなり、協栄マジックと揶揄された過去を持つ。立場的には興毅を弁護せざるを得ない）、[[竹原慎二]]、畑山隆則といった元チャンピオンが解説席についていたが、終盤になると「世界戦を経験できて良かった」「この試合が次に必ず繋がる」など、亀田敗戦を前提としたフォローともとれる解説があったため、結果として視聴者の亀田敗戦の印象を決定つけた、という指摘である。ただし、これはリングサイドで観戦していた元チャンピオンの目にも亀田劣勢に映った、ということを表してもいる。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
試合終了直後から、試合を放送したTBSに対し、視聴者からの抗議が殺到した。その数は、8月2日の午後7時30分から翌日3日の午後9時までで、5万5千件近くにも上った（ただしTBSは、この内の半数程度は「放送開始（19時30分）から試合開始（20時50分ごろ）までの時間が長過ぎる」というものであったと発表している）。&amp;lt;BR&amp;gt;&lt;br /&gt;
またTBSは、この一連の抗議に対して「テレビ局への批判はよくあること」という見解を示しているが、&lt;br /&gt;
* 2005年1月に[[日本放送協会|NHK]]会長であった[[海老沢勝二]]の顧問就任を報じた際の批判が、電話やメールで約6500件[http://www.zakzak.co.jp/gei/2005_01/g2005012801.html]  &lt;br /&gt;
* 2004年10月に、TBSが[[新潟県中越地震]]のため特別番組を報道し、[[機動戦士ガンダムSEED DESTINY]]を放送休止とした際が約3万件   &lt;br /&gt;
といった他の事例と比較してみると、わずか2日間で5万5千件という件数は、他に例を見ない多さである。{{要出典}}&lt;br /&gt;
JBC（日本ボクシングコミッション）にも多くの抗議が電話・メール等で寄せられ、その内容の多くは「判定がおかしい」「カネか何かをジャッジに渡していたのではないか」という厳しいニュアンスのものであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同時にベネズエラの日本大使館には、ランダエタに宛てて2500通以上&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.ve.emb-japan.go.jp/prensa/oshirase.htm 在ベネズエラ大使館HP「ファン・ランダエタ選手からのメッセージ」]&amp;lt;/ref&amp;gt;にも及ぶ激励のメールが寄せられている。そのほとんどが日本からのもので、「あなたが勝者だ」「素晴らしい選手。応援したい」「ベテランらしい戦いぶり」などと、ランダエタ選手の健闘をたたえる内容ばかりで、中には「日本を嫌いにならないで」と訴えるものもあった&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| url = http://news.goo.ne.jp/news/kyodo/sports/20060804/20060804a5660.html&lt;br /&gt;
| title = ランダエタ選手に激励殺到　ベネズエラの日本大使館&lt;br /&gt;
| work = 共同通信&lt;br /&gt;
| date = [[2006-08-04]] &lt;br /&gt;
| accessdate = 2006-08-04&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
また、在日ベネズエラ大使館には「こんな試合で日本人として申し訳ない」「国として抗議したらどうだろうか」という、ランダエダ選手への激励電話が100件単位で寄せられており、ベネズエラ大使館側も「こんなことは前例が無い」と話している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この様に、自国の試合で自国の選手が勝利してチャンピオンになったにもかかわらず、判定についての抗議運動が発生した事に関して、二宮清純は「日本人はフェアプレイを愛する」と肯定的に評価している（また二宮は、8月2日はボクシングが死んだ日とも話している）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、試合前に興毅が「（勝ったら）ベルトはおやじに渡したい」と発言していたことを受けてWBAは、本来のチャンピオンベルト以外に父・史郎に対するベルトを事前に用意し、試合後にそれを贈呈した。結果として&lt;br /&gt;
*「公平性を欠く」&lt;br /&gt;
*「最初から勝敗が決まっていたデキ試合と勘違いされる」&lt;br /&gt;
*「八百長を助長するつもりか」&lt;br /&gt;
*「負けていたらそのベルトはどうしたのか」&lt;br /&gt;
*「ベルトの費用はどこが負担したのか」&lt;br /&gt;
と、激しく批判されることとなった。&lt;br /&gt;
元来、この種のチャンピオンベルトは、（JBCが管理している日本王者のベルトなど一部の例は除いて）王者交代の度に新王者用のベルトが製作され、王座陥落後も含めた将来にわたって半永久的に個人所有の品となる。その延長上として王者のコーチやトレーナー、あるいは家族などの近しい関係者にレプリカベルトを製作・贈呈する事もあり、その行為自体は非難には値しない。&lt;br /&gt;
とはいえ、この度の件は、少なくとも王座決定戦が行われる前の段階では中立の立場を守らなければならない統括団体のWBAおよびその首脳が、あたかも興毅が勝利する事が規定事実であると認識していると誤解を招くアクションを起こしたという事において、軽率の謗りは免れないであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
TBSは本試合の2日前に、[[日本レコード大賞]]の放送日程を[[大晦日]]から12月30日に変更すると発表していた。この事に関して、TBSには興毅のタイトル防衛戦を大晦日に放送するとの思惑があったと言われ、「試合前から亀田の勝利を予定に入れていたのではないか？」という疑惑を呼んだ。しかし、TBS側の都合としては、日本レコード大賞レベルの番組編成を変更する場合、多数の出演者や広告・宣伝との兼ね合いがあるため、半年以上前から検討しておかなければならない。この発表のタイミングの悪さが、疑念を招く原因となったと言えよう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当の興毅本人は、試合直後のインタビューでは勝利について自信がなかったかのような態度を見せていたが、試合後の記者会見やその後のテレビ出演で「ダウンはオレ流サプライズや」「手元にベルトがあるからな」など、相変わらずのビッグマウスを見せている&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| url = http://www.zakzak.co.jp/spo/2006_08/s2006080309.html&lt;br /&gt;
| title = 亀田会見、初回ダウンは「オレ流のサプライズや」 &lt;br /&gt;
| work = zakzak.co.jp &lt;br /&gt;
| date = [[2006-08-03]] &lt;br /&gt;
| accessdate = 2006-08-03&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
試合から約10日を経て発売されたボクシング専門誌でも、この試合の判定は「疑問の残る判定」と扱われた。[[ボクシングマガジン]]2006年9月号では、表紙に大きな文字で「判定に疑義沸騰」と記され、試合レポートでも記者が「明確な差をもってランダエタが勝利していた」と述べるなど、今回の結果に対して非常に厳しいスタンスで臨んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
協栄ジムの公式サイト掲示板には、「ふさわしくない記事は削除します」という注意書きがあり、批判的な書き込みは頻繁に削除処置が行われているため、残っている書き込みは必然的に、応援・賛成のものばかりであった。が、試合後には判定に対する批判的な書き込みが集中的に行われたため、掲示板は閉鎖され一切書き込みができなくなった。にも関わらず、なぜか応援的なコメントだけは新たに掲載され続け、「ここでもヤラセか」という批判が寄せられていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのあまりに「無様」な試合内容から、ライトフライ級に転向したのは[[ロレンソ・パーラ]]（WBAフライ級王者）、[[ポンサックレック・グラティンデーンジム]]（WBCフライ級王者）から逃げたためだとまで言われている。かつて興毅はポンサックレックに対して執拗とも言える挑発を繰り返しており、またポンサックレック、パーラともに興毅との対戦について前向きな姿勢を見せていたにも関わらず、「世界前哨戦」を繰り返すのみで結局王座に挑戦しなかった。このことも、そのような批判の根拠となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 再戦へ ====&lt;br /&gt;
WBAはこの試合の後に発表した2006年8月期の世界ランキングにおいて、敗れたファン・ランダエタの世界ランキングを1位に据え置いた。通常、直近の世界タイトルマッチに敗れた選手はランキングが2位ないし5位程度まで下がるものであるが、このランキングは単純に試合結果や担当ジャッジの判断だけで動くのではなく、試合内容やWBAによる試合の査定を元に判断する。そのため、試合の判定では負けとされても、WBAの裁量によっては、ランキングが下降しない場合がある。また、WBAには試合結果と別に試合を査定する権利があるため、試合の当事者が試合結果を不服とした場合、その不服申し立てが正当であれば再試合を命令するなどして、試合結果を改めさせることもできる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回の世界戦に関しては、“疑惑の判定の被害者”の立場であるランダエタからは不服申し立ては行われていない。しかしWBAの規定では、王座決定戦で戴冠した新王者の初防衛戦は、ランキング1位の者と行う指名試合とするよう定められている。この指名試合を拒否した王者は原則として王座を剥奪されるので、このランダエタ1位据え置き新ランキングは、事実上、WBAが亀田興毅とファン・ランダエタに対し再戦を命じたと解釈するのが自然である。&amp;lt;!--冗長になるので本文での記述は避けますが、ランダエタは判定には不満だったものの、以前新井田戦の時に不服申し立てをして認められなかった経験から、今回は敢えて不服申し立てをせずに業界内外の疑義沸騰とそれに対するWBAの反応を期待した、という旨の記事が専門誌に掲載されています--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ、この試合で起きた、ジャッジの判定と観客の印象の乖離を是正する解決策は未だ見つかっておらず、ホーム寄りの判定と疑われる結果が再び起こる可能性もあり、[[ラスベガス]]などの中立地で行なうのが望ましいという意見もある。&amp;lt;!--米国のタイトルマッチは米国時間土曜日の夜（日本時間日曜日の昼間）に行なわれることが多いので、放送権の問題も小さいと思われる--&amp;gt;{{要出典}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして2006年8月31日、協栄ジムは、同年10月18日に[[東京都|東京]]・[[有明コロシアム]]で初防衛戦を行い、ランダエタと再戦すると発表した。会見の中で興毅は「勝ったけどダウンもしたし、ああいう試合になって納得がいかない。プライドが許さないので、たたきつぶすだけ」と述べている。なお、同一カードの世界タイトルマッチが連続して行われる事は珍しく、リターンマッチが実施されるにしても、王者側が最低1試合他の選手との防衛戦を挟んだ後、諸々の条件が整って初めて実現するケースが大多数を占める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし[[10月2日]]、興毅が[[9月29日]]のスパーリング中に目にけがをしたとして再戦を延期することが協栄ジムから発表された。その後、再戦は[[12月20日]]に行われることになった。協栄ジム側の発表では、怪我の程度は左眼瞼挫創（がんけんざそう）で、八針縫うものだったという。だが、ヘッドギアとグラブを着用した上で、トレーナーの指示に従ってスパーリングパートナーと行う通常のスパーリングの場合、これは起こる可能性が極端に低い怪我であり、「ヘッドギアの上からグラブが当たったことで、摩擦でヘッドギアの下の皮膚に裂傷が起きた」とされる原因に疑問の声がある。また、試合直前の調整時期にもかかわらず怪我を負った直後にすぐに診断をしなかったことについて、「追い込む時期だったため、スパーリングを最後まで続けたことで傷口が広がった」という説明をしているが、これについても矛盾に満ちた不可解なものだという指摘がある。この会見の場に興毅本人は姿を現さず、治療に当たったとされる医師の[[診断書]]がジム側から提示されるにとどまった。そのため、疑問に拍車がかかる形になったと言える。さらに、その提示された診断書には実際に治療に当たった医師の名前、病院名、治療を行った日時などが一切記載されておらず、およそ正規の診断書と呼べるものではなかったことも報道され、周囲からの更なる批判を浴びる結果となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、試合が行えないほどの重傷を負ったはずの興毅が、大怪我の2日後[[10月1日]]に妹の運動会で綱引きなどに元気一杯で参加している様子が、[[YouTube]]上に動画としてアップロードされていた。[[フライデー]]誌上においてはその運動会終了後、カラオケルームで3時間近く盛り上がったと報道されている。試合延期の会見に本人が顔を出さない事や、上記の様な不可解な行動も物議を醸しており、ファンの間からは「防衛戦から逃げるためにありもしない怪我をでっち上げたのではないか」という声も挙がっている&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{cite web&lt;br /&gt;
  | last = &lt;br /&gt;
  | first = &lt;br /&gt;
  | title = 亀田興毅《＆一家》【ドタキャン《10・18再戦》】前夜の「【絶叫】カラオケ大会」&lt;br /&gt;
  | work = &lt;br /&gt;
  | publisher = 講談社&lt;br /&gt;
  | date = &lt;br /&gt;
  | url = http://www.bitway.ne.jp/kodansha/friday/article/20061020/ttl0301.html&lt;br /&gt;
  | accessdate = 2006-11-17 }}&lt;br /&gt;
&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ランダエタには、亀田側から今回の延期の連絡が入っていなかったという。日本の記者が今回の試合延期の件についてランダエタにコメントを取ろうとしたところ、ランダエタは驚き「そんな話は聞いていない。今週中に来日する予定だったんだぞ」と発言していた。{{要出典}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
10月7日付のデイリースポーツ紙上にて「[http://www.daily.co.jp/select/kameda/2006/10/07/0000132115.shtml 初公開!これが興毅抜糸写真だ]」として、抜糸直後とされる興毅の顔写真が発表された。また10月10日にも本人が記者の前で負傷箇所を公開している[http://www.daily.co.jp/newsflash/2006/10/10/0000135912.shtml][http://www.sponichi.co.jp/battle/flash/KFullFlash20061010021.html]。これら写真は、どれも負傷箇所をアップで写していないため、左瞼に傷痕を確認することはできない。しかし通常、全治一ヶ月と診断された8針も縫うほどの怪我であれば、たった一週間で遠目にも傷が全く見えなくなるまで回復することはほぼあり得ない（薬師寺保栄は「主治医は[[ブラック・ジャック]]でしょうね」と皮肉混じりにコメントしていた）。また、どこの病院で抜糸し、どの医師が担当したのかという部分も明らかにされていない[http://www.sanspo.com/sokuho/1010sokuho054.html]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[サンケイスポーツ]]に掲載された記事には、怪我に対する報道写真の中で唯一、傷跡をアップで写した写真が載せられている。これを見ると確かに目尻に傷痕が伺える。しかし上述のように負傷の状況に不明瞭な部分が多いため、これが本当にスパーリングによってついたものだという確証はない[http://www.sanspo.com/fight/top/f200610/f2006101100.html]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 2006.8.2 亀田vsランダエタ　関係者のコメント ==&lt;br /&gt;
{{出典の明記}}&lt;br /&gt;
※：五十音順。肩書きは2006年11月1日現在。階級の呼称は当時のもの。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 当人及び当人の関係者 ===&lt;br /&gt;
*'''亀田興毅'''（本人）&lt;br /&gt;
*: 「ダウンは俺流のサプライズや。オレの性格ではクリーンヒットが勝ちなんやけど、ジャッジも手数を取るのか、有効打を取るのか、ファイターが好きか、ボクサーが好きかなど、採点は人それぞれ。厳しい見方や意見はあってええ」[http://72.14.235.104/search?q=cache:V4tciQk0UKsJ:www.sponichi.co.jp/battle/flash/KFullFlash20060803027.html+%E3%83%80%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%81%AF%E4%BF%BA%E6%B5%81%E3%81%AE%E3%82%B5%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%BA%E3%82%84&amp;amp;hl=ja&amp;amp;gl=jp&amp;amp;ct=clnk&amp;amp;cd=1&amp;amp;lr=lang_ja&amp;amp;client=firefox]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[ファン・ランダエタ]]'''（元WBA世界ミニマム級暫定王者。ベネズエラ。現WBA世界ライト・フライ級1位）&lt;br /&gt;
*: 「試合の結果を[[世界ボクシング協会|WBA]]に提訴するつもりはない。私が勝ったということは、記者のみなさんが知っている。それを広めるのが、あなたたちの仕事のはず。亀田は弱い選手だ」[http://www.zakzak.co.jp/spo/2006_08/s2006080302.htmlhttp://www.zakzak.co.jp/spo/2006_08/s2006080302.html]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[金平桂一郎]]'''（亀田が所属する協栄ボクシングジム会長）&lt;br /&gt;
*: 「判定は微妙と思った。逃げ切れたかな、とは思ったが…。亀田は日本ボクシング界の宝。今の日本で興毅ほど視聴率を取れるボクサーはいない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[亀田史郎]]'''（[[亀田三兄弟]]のトレーナー兼実父。亀田プロモーション社長）&lt;br /&gt;
*: 「俺らは一生懸命やってんねん。それを周りがいちいちゴチャゴチャと…。俺らのことを嫌いなら見るな!いちいち文句言うな!」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 採点に肯定的な関係者 ===&lt;br /&gt;
*'''[[大橋秀行]]'''（元[[世界ボクシング協会|WBA]]・[[世界ボクシング評議会|WBC]]世界[[ミニマム級|ストロー級]]王者。ヨネクラジム出身。現大橋ボクシングジム会長）&lt;br /&gt;
*: 「亀田は最後まで下がらなかった。経験のない11、12Rのピンチも気迫で乗り切った。フラフラになっても倒れなかった。最後まで立ち続けなければ、判定勝利もなかった。判定は、自分はドローかと思ったが、まあ許容範囲内といえるだろう」[http://www.nikkansports.com/battle/kameda/p-bt-tp1-20060803-70029.html]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[鬼塚勝也]]'''（元WBA世界[[スーパー・フライ級|ジュニアバンタム級]]王者。[[協栄ボクシングジム]]出身。現SPANKEY-Kジム会長。当日テレビ中継解説者）&lt;br /&gt;
*: 「この試合、当然勝利に対して老獪な技術を見せたランダエタ選手の勝ちでもおかしくなく、ドローでもあり、そして小差の亀田選手の勝ちでも、絶対におかしなものではなかったと思う。心が折れていたら亀田は負けていた。でも、世界には亀田以上にすごい奴がいることを忘れてはいけない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[佐々木基樹]]'''（元日本[[スーパーライト級]]王者。協栄ジム所属。現役プロボクサー）&lt;br /&gt;
*: 「判定はジャッジが下したもので、亀田自身には何の責任もない。そりゃあ全体の印象で見りゃランダエタの勝ちに見えるだろうけど。全体のパンチヒット数とかで見ても劣勢になるかもしれないけど。実際の公式採点基準がそうなわけだから」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[渡嘉敷勝男]]'''（元WBA世界[[ライトフライ級|ジュニアフライ級]]王者。協栄ジム出身。現渡嘉敷ジム会長）&lt;br /&gt;
*: 「具志堅さんと私の持っていた（WBAライトフライ級の）ベルトを協栄に取り戻してくれたのは嬉しい。みんな亀田を先入観で見すぎている。冷静に見れば興毅の勝ちに間違いはない。[[ガッツ石松|ガッツ]]さんは、あまりうかつなことを言わない方がいい」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[輪島功一]]'''（元WBA世界[[スーパーウェルター級|ジュニアミドル級]]王者。三迫ジム所属。当時の[[日本ボクシングコミッション|JBC]]東日本協会長で、現輪島功一スポーツジム会長）&lt;br /&gt;
*: 「亀田は前半は悪かったが、中盤から盛り返して最後までよく頑張った。世界王者になった以上は、これからはもっとよく考えて戦わなきゃいけない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 採点に否定的な関係者 ===&lt;br /&gt;
*'''[[イーグル京和]]'''（現WBC世界[[ミニマム級]]王者。角海老宝石ジム所属）&lt;br /&gt;
*: 「日本では、ボクシングが上手い選手よりも、知名度がある選手が勝つんでしょうか?」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[飯田覚士]]'''（元WBA世界[[スーパーフライ級]]王者。緑ジム出身。現ボクシング評論家・タレント）&lt;br /&gt;
*: 「あの試合は亀田の負け。地元だから、最悪でもドローは有り得ると思ったが、まさか勝つとは思わなかった。（亀田勝利の）勝者のコールがあった瞬間、『ガッカリ』ぐらいの言葉では言い表せないほど、今後のボクシング界に対して失望を感じた」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[戎岡淳一]]'''（当時WBA世界ライトフライ級ランカー。明石ジム所属）&lt;br /&gt;
*: 「ランダエタが手を抜いていたように見えた。パンチを打てば亀田に当たるのに、ランダエタは殆ど打ち込まなかった。ランダエタが手を抜いたことを抜きにして見ても、ランダエタの勝ちだと思う」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[尾崎恵一]]'''（元日本[[バンタム級]]王者。オサムジム出身。現ボクシングライター）&lt;br /&gt;
*: 「亀田は『（判定について）ナンボでも言うたらいい』とコメントしたが、その意味が『何を言っても耳を貸さない』という意味なら、今後彼が成長することはありえない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[カシアス内藤]]'''（元日本・[[東洋太平洋ボクシング連盟|OPBF]]東洋太平洋[[ミドル級]]王者。金子ジム出身。現E&amp;amp;Jカシアスボクシングジム会長）&lt;br /&gt;
*: 「亀田は一時代を築こうとしていたのに、これでおかしくなってしまう。一生懸命やっている人間に対し、負けは負け、勝ちは勝ち、とはっきりつけてあげなければならない。素人が見ても（結果が）分かる試合だった」&amp;lt;ref name=産経新聞社&amp;gt;[http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/sports/fight/13319 ＴＢＳ社内でも「あり得ない」…“疑惑判定”ファン唖然]&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[ガッツ石松]]'''（元WBC世界[[ライト級]]王者。ヨネクラジム出身。現ボクシング評論家・タレント）&lt;br /&gt;
*: 「まいったね、何で亀田の勝ちになるの?日本のボクシングはタレント養成所ではない。これがまかり通るなら、僕はボクシング関係の肩書は何もいらない。（JBCや協栄）関係者は立場上、強く言えないのかもしれないけど、今後のボクシング界の為にもガツンと言ってやるべきだ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[具志堅用高]]'''（元WBA世界ジュニアフライ級王者。協栄ジム出身。現白井・具志堅ボクシングジム会長）&lt;br /&gt;
*: 「亀田は今こそ、波に乗っている現役選手と戦うべきだ。今のような（対戦相手を異常に吟味する）やり方を続けていても、世間の目はそういつまでも誤魔化せない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[クレイジー・キム]]'''（現OPBF東洋太平洋・ABCO[[スーパーウェルター級]]王者。ヨネクラジム所属）&lt;br /&gt;
*: 「亀田は弱い奴としか戦っていないのに何が世界だ。ふざけるな。ボクシングを舐めてるとしか言えない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[竹原慎二]]'''（元WBA世界ミドル級王者。沖ジム出身。現ボクシング評論家・タレント。当日テレビ中継解説者）&lt;br /&gt;
*: 「（亀田vsランダエタの）解説者という立場上、今まで強く言えなかったが、本音を言えば、あの試合は亀田の負けだと思っている」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[辰吉丈一郎]]'''（元WBC世界バンタム級王者。[[帝拳ボクシングジム|大阪帝拳ジム]]所属）&lt;br /&gt;
*: 「自分の採点では亀田くんが負けていた。あのような形で勝たせるのは、今後の亀田くんのためにならない。試合後の開き直って悪態をつくような態度も問題」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[内藤大助]]'''（当時日本・OPBF東洋太平洋フライ級王者。宮田ジム所属）&lt;br /&gt;
*: 「あの試合は負けていた。今後フライ級に戻るなら、いきなり世界戦をやる前に、日本フライ級で最強かどうかを確かめてからでも遅くはない。[[小松則幸|小松]]君でも、[[トラッシュ中沼|中沼]]君でも、何なら俺が相手でもいい」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[中島健]]'''（当時WBC世界フライ級ランカー。グリーンツダジム所属）&lt;br /&gt;
*: 「初回のダウンから立ち直り、中盤はよく盛り返していたと思うけど（亀田の）勝ちはない。ドローだったとしても厳しい。ランダエタは終始安全運転していました」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[畠山昌人]]'''（元日本ライトフライ級王者。札幌赤坂協栄ジム出身。現同ジムトレーナー）&lt;br /&gt;
*: 「ショックだった。自分が現役時代に追い求めてきた王座が、まさかこんな形で亀田に渡るとは思っていなかった。でも、引退した自分がこんなにも嫌な思いをするということは、現役の[[坂田健史]]君たちは、もっとやりきれない気持ちで一杯だろう」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[畑中清詞]]'''（元WBC世界[[スーパーバンタム級|ジュニアフェザー級]]王者。松田ジム出身。現畑中ボクシングジム会長）&lt;br /&gt;
*: 「113対115で亀田の負けだった。亀田はボクシング経験の浅さを露呈してしまった。決してほめられる内容ではなかった」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[久高寛之]]'''（当時WBA世界ライトフライ級ランカー。グリーンツダジム所属）&lt;br /&gt;
*: 「3ポイントくらいランダエタが勝っていた。作戦なのか知らないけど、ランダエタは亀田に合わせてインファイトしていた。亀田はパンチに体重が乗っていなかった」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[平仲明信]]'''（元WBA世界[[スーパーライト級|ジュニアウェルター級]]王者。沖縄ジム出身。現平仲ボクシングスクール会長）&lt;br /&gt;
*: 「試合を見ながら採点をしたが、3～5ポイント差で亀田の負けだった。その後、ビデオを見て再び採点をしてみたが、ここでも3ポイント亀田の負けだった。亀田の3ポイント負けは揺るがない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[矢尾板貞雄]]'''（元日本・OPBF東洋太平洋フライ級王者。中村ジム所属。現ボクシング評論家）&lt;br /&gt;
*: 「私の採点では、地元というのを考慮しても1ポイント亀田の負け。ファイターというのは、ただガードを固めて前に出るものではない。今後は技術面でも細かいことを覚えないと、世界では勝っていけない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[薬師寺保栄]]'''（元WBC世界バンタム級王者。松田ジム出身。当時タレント。2007年より薬師寺ボクシングジム会長）&lt;br /&gt;
*: 「亀田が4・5点負けていたと思う。（亀田は）よう頑張ったと言えるかもしれない。しかし、絶対勝ちだったとは言えない。試合後、自分の携帯に、判定結果について尋ねる内容のメールが何十通も来た。判定がクリーンなら、こんなことはない。今後悪い意味でボクシング界に影響する」&amp;lt;ref name=&amp;quot;毎日新聞&amp;quot; /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[ルイス・パボン]]'''（WBA世界ボクシング評議会審判委員長。ベネズエラ）&lt;br /&gt;
*: 「（亀田とランダエタの）試合のビデオを見た。わたし自身の採点では亀田が3ポイント差で負けていた」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[ロレンソ・パーラ]]'''（当時WBA世界フライ級王者。ベネズエラ）&lt;br /&gt;
*: 「ランダエタ戦を見たかい?亀田は子供、ベイビーだ。私と戦ったとしても、彼が勝つチャンスは無い。100%私がKOで勝つ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[渡辺二郎]]'''（元WBA・WBC世界[[スーパーフライ級|ジュニアバンタム級]]王者。大阪帝拳ジム出身。現タレント）&lt;br /&gt;
*: 「テレビで見てて、これは（亀田が）ヤバイと思いましたよ。全体的に見たら亀田の勝ちだと言う人もいますけど、あの試合は終始ランダエタのペースでした。僕が亀田の立場だったら、ベルトをJBCに預けます」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 中立的意見・旗幟を鮮明にしない関係者 ===&lt;br /&gt;
*'''[[井岡弘樹]]'''（元WBC世界ストロー級・WBA世界ジュニアフライ級王者。グリーンツダジム出身。現井岡ボクシングジム会長）&lt;br /&gt;
*: 「亀田が苦戦していたように見えたが…。判定のことはよく分からない」&amp;lt;ref name=&amp;quot;毎日新聞&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{cite web|work=|page=|title=亀田興毅：フアン・ランダエタに判定勝ち　世界王者に|publisher=[[MSN]]|date=2006-11|accessdate=2006-11-13|author=|url=http://www.mainichi-msn.co.jp/sports/battle/boxing/news/20060803k0000m050105000c.html}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[浜田剛史]]'''（元WBC世界ジュニアウェルター級王者。帝拳ジム出身。現ボクシング評論家。2007年より帝拳ボクシングジム会長）&lt;br /&gt;
*: 「審判がランダエタのジャブを評価しなかった。米国の試合だったら評価されるんだが…。ジャブを打たない今のスタイルだと、必ず壁にぶち当たる」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[ヒルベルト・メンドサ]]'''（WBA会長。ベネズエラ）&lt;br /&gt;
*: 「（亀田とランダエタの試合は）非常に接戦だった。両者が力の限りを尽くした好試合だった」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[ファイティング原田]]'''（元世界フライ級・バンタム級王者。笹崎ジム出身。[[日本ボクシング協会]]会長）&lt;br /&gt;
*: （判定が場内に告げられる前に会場を去り）「（立場上）きょうは何も言うことはないよ。」&amp;lt;ref name=&amp;quot;毎日新聞&amp;quot; /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[増田信晃]]'''（当時日本ライトフライ級王者。駿河ジム所属）&lt;br /&gt;
*: 「1Rにダウンを取られ、11、12Rもダウン寸前だったから、会場で見たときはランダエタの勝ちかと思った。でも、後でビデオを見返してみたら2～10Rは接戦だった。印象だけで判断したらランダエタの勝ちだけど、採点として見たら難しい」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[安河内剛]]'''（[[日本ボクシング協会]]事務局長）&lt;br /&gt;
*: 「試合内容についてのコメントは勘弁してほしい。本人も苦戦を認めていたように、これからに期待としかいえない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*また、[[ソフトバンクモバイル|SoftBank]]が配信している[[ステーション (ソフトバンクモバイル)|ステーション]]において、「鎌田弘樹（かまだひろき｛もしくはこうき｝）」という、「かめだこうき」という名前にそっくりで「テレビ局とタイアップして弱い相手ばかりと戦うボクサー」が出てくる物語が、[[2006年]][[12月25日]]から掲載されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==脚注==&lt;br /&gt;
&amp;lt;div class=&amp;quot;references-small&amp;quot; style=&amp;quot;-moz-column-count:2; column-count:2;&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==メディア出演==&lt;br /&gt;
===CM===&lt;br /&gt;
*[[明治製菓]]－キシリッシュ ショー&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
{{wikinews|亀田興毅選手、世界ライトフライ級王者に就く}}&lt;br /&gt;
*[[男子ボクサー一覧]]&lt;br /&gt;
*[[日本のボクシング世界王者一覧]]&lt;br /&gt;
*[[ボクシング現王者一覧]]&lt;br /&gt;
*[http://www.gyao.jp/jockey/ ミラクルひかるのくるくるミラクル]（ＧｙａＯジョッキー）番組内でたびたびミラクルひかるがものまねをしている&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://www.kameda-bros.com/ ボクシング亀田三兄弟公式サイト 浪速乃闘拳]&lt;br /&gt;
*[http://www.kyoei-boxing.co.jp/proboxers/41.html 亀田興毅]&lt;br /&gt;
*[http://www.ring-japan.com/ リング・ジャパン]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:日本のボクサー|かめたこうき]]&lt;br /&gt;
[[Category:1986年生|かめたこうき]]&lt;br /&gt;
[[Category:大阪府出身の人物|かめたこうき]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Kōki Kameda]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>82.150.138.109</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%82%A6%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%A6%E3%83%90%E3%82%A8&amp;diff=5256</id>
		<title>ショウジョウバエ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%82%A6%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%A6%E3%83%90%E3%82%A8&amp;diff=5256"/>
				<updated>2007-05-27T09:29:05Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;82.150.138.109: /* 外部リンク */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{| border=1 cellspacing=0 cellpadding=2 align=right&lt;br /&gt;
|- style=&amp;quot;background-color: pink&amp;quot;&lt;br /&gt;
! キイロショウジョウバエ&lt;br /&gt;
|- align=center&lt;br /&gt;
|[[画像:55542main_maflies_med.jpg|270px|キイロショウジョウバエ成虫]]&amp;lt;br/&amp;gt;&amp;lt;small&amp;gt;キイロショウジョウバエ成虫のオス（左）とメス（右）&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|- style=&amp;quot;background-color: pink&amp;quot;&lt;br /&gt;
! [[生物の分類|分類]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
{| align=center&lt;br /&gt;
|界: ||[[動物界]] Animalia&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|門: ||[[節足動物門]] Arthropoda&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|綱: ||[[昆虫綱]] Insecta&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|目: ||[[双翅目]] Diptera&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|科: ||ショウジョウバエ科 Drosophilidae&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|属: ||ショウジョウバエ属 ''Drosophila''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|種: || キイロショウジョウバエ ''D. melanogaster''&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
|- style=&amp;quot;background-color: pink&amp;quot;&lt;br /&gt;
! [[学名]]&lt;br /&gt;
|- style=&amp;quot;font-style:italic;text-align:center;&amp;quot;&lt;br /&gt;
| [[Wikispecies:Drosophila melanogaster|Drosophila melanogaster]]&lt;br /&gt;
|- style=&amp;quot;background-color: pink&amp;quot;&lt;br /&gt;
! 英名&lt;br /&gt;
|- style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;&lt;br /&gt;
| Fruit fly&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''ショウジョウバエ'''（'''猩猩蠅'''）はショウジョウバエ科に属する[[ハエ]]の総称である。赤い[[目]]を持つことや[[酒]]に好んで集まることから、顔の赤い酒飲みの妖怪「[[猩々]]」にちなんで名付けられた。日本では俗に'''コバエ'''（小蝿）や'''スバエ'''（酢蝿）などとも呼ばれる。学名の '''''Drosophila''''' は「湿気・露を好む」というギリシャ語 &amp;lt;font lang=&amp;quot;el&amp;quot;&amp;gt;δροσος&amp;lt;/font&amp;gt; ('''drosos''') + &amp;lt;font lang=&amp;quot;el&amp;quot;&amp;gt;φιλα&amp;lt;/font&amp;gt; ('''phila''') にちなむ。これはドイツ語での通称が露バエを意味する Taufliegen であることによる。英語では俗に '''fruit fly''' （果実蝿）、 vinegar fly （酢蝿）、 wine fly （ワイン蝿）などと呼ばれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
多くの種は体長3[[ミリメートル|mm]]前後と小さく、自然界では熟した[[果物]]類や樹液およびそこに生育する天然の[[酵母]]を食料とする。酵母は果実や樹液を代謝しアルコール発酵を行うため、ショウジョウバエは酒や酢に誘引されると考えられる。大半の種は[[糞|糞便]]や腐敗動物質といったタイプの汚物には接触しないため、病原菌の媒体になることはない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在、ショウジョウバエ科には3千を超える種が記載されている。ショウジョウバエ属は17亜属に分類され、日本には7亜属が生息する。生物学で単にショウジョウバエという場合は、実験動物として最も広く用いられている種である'''キイロショウジョウバエ''' ''D. melanogaster'' を指すことが多い。この種は[[アフリカ]]中央部に起源を持ち、現在では世界各地の暖かい地域で見られる。寒い地域でも夏場だけ移動してきたり、暖かい場所で冬を越したりする。冬眠することはない。日本では野外や人家で普通に見られる。以降、この記事でも'''ショウジョウバエ'''という言葉を単独で用いた場合はキイロショウジョウバエを意味する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（余談だが、和名にはキイロとつくが、学名では「黒い腹」という意味の ''melanogaster'' となっている。これは体色は黄色がかっているが腹部の末端が黒いためだろう。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== モデル生物としての生物学的特性 ==&lt;br /&gt;
キイロショウジョウバエの[[モデル生物]]としての利点は以下のことが挙げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 飼育の容易さ: 小さい体、短い生活環、多産、特殊なエサは不要。&lt;br /&gt;
* 遺伝的特性: 小さい[[ゲノム]]サイズ。[[染色体]]が少ない（四対）。[[遺伝子]]の重複が少ない。&lt;br /&gt;
* [[遺伝学]]的知見・技術の蓄積。&lt;br /&gt;
* [[細胞生物学|細胞学]]的、[[発生生物学|発生学]]的記載の蓄積。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 研究室での飼育 ===&lt;br /&gt;
[[画像:Drosophila_culture_l.jpg|thumb|right|ショウジョウバエの培養試験管]]&lt;br /&gt;
ショウジョウバエの世代間隔は10日（25℃）。[[寿命]]は2か月。一匹のメスは、1日に50個前後の[[卵]]を産むことができる。体長2～3 mm。研究室では、成虫・幼虫ともに乾燥酵母、コーンミール、[[スクロース|蔗糖]]などを寒天で固めたエサで飼育される（写真）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 発生の概略 ===&lt;br /&gt;
ショウジョウバエは胚期、幼虫期、蛹期、成虫期の4つの[[発生 (生物学)|発生]]段階をもつ'''完全変態昆虫'''である。幼虫期には2回脱皮を行い、それぞれ一齢幼虫、二齢幼虫、三齢幼虫と呼ばれる。25℃で飼育すると、胚期: 一日、一齢幼虫期: 一日、二齢幼虫期: 一日、三齢幼虫期: 二日、蛹期: 五日を経て成虫になる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
卵には[[細胞核]]や栄養だけでなく、様々な遺伝子産物が母親から供給されている。これらの遺伝子産物には卵の中で片寄って存在しているものがあり、この偏りが胚内での位置情報となり、体軸や[[生殖細胞]]の形成などに重要な役割をもつ。受精核は分裂して細胞表層に移行し、'''表割'''を行う。極初期に決定された位置情報を元に[[シグナル伝達]]などを介した[[形態形成]]が速やかに進行する。幼虫期の脱皮・[[変態]]は[[幼若ホルモン]]や[[エクジソン]]によって制御されている。幼虫の体内には将来成虫の体を形成する[[成虫原基]]という[[組織 (生物学)|組織]]がある。成虫原基は三齢幼虫後期に増殖・分化し始め、蛹の間に成虫の体を形作る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 染色体・ゲノム ===&lt;br /&gt;
四対の'''[[染色体]]'''があり、'''性染色体'''を第一染色体として、'''常染色体'''を第二、第三、第四染色体と呼ぶ。性染色体は[[ヒト]]と同じ XY 型だが[[性決定]]機構は異なる。Y 染色体と第四染色体は非常に短いため、しばしば無視される。幼虫の'''唾液腺'''の染色体は[[核分裂]]を伴わずにDNA複製を繰り返し、多糸化するため非常に巨大になる。この唾液腺染色体に見られるバンドパターンは詳細に記載され、組み換え価との比較から'''細胞学的遺伝子地図'''が作成された。[[ゲノム]]サイズは1.65x10&amp;lt;sup&amp;gt;8&amp;lt;/sup&amp;gt;[[塩基対]]、おおよそ14,000の[[遺伝子]]があると推測されている。2000年には（ほぼ）すべてのゲノム塩基配列が解読された。[[多細胞生物]]としては[[C._elegans|線虫]]に次いで二番目（[[ゲノムプロジェクト]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ヒトの病気の原因として知られている遺伝子の61%がショウジョウバエにもあり、遺伝的にはヒトとショウジョウバエは非常に似ているということができる。[[パーキンソン病]]や[[ハンチントン病]]などのヒト疾患の病理メカニズムを解明するためのモデルとしても注目されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 行動・神経・脳 ===&lt;br /&gt;
成虫は正の[[走光性]]と負の走地性をもつ。さらに分子解剖学的に[[脳]]の[[神経]]回路を全て記述する試みがなされている。[[交尾]]はショウジョウバエで最も詳しく観察された行動であり、[[性決定]]などに関する研究がある。夜（暗期）には哺乳類の[[睡眠]]に類似した行動を示す。これはサーカディアンリズム（[[概日周期]]）を刻み、この周期が変化する変異体も得られている。&lt;br /&gt;
さらに、1970年代後半から始まった研究により、ショウジョウバエは記憶や学習といった行動を示すことが明らかとなった。その後の、遺伝学的な解析から様々な記憶・学習に関係する遺伝子が同定され、近年では蛍光タンパクなどを用いた記憶や学習を司る脳の回路解析が行われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、アルツハイマー病やパーキンソン病などのモデル動物も作成され、脳機能解析における実験動物として有用視されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ショウジョウバエ研究史 ==&lt;br /&gt;
ショウジョウバエ研究は一世紀にわたる歴史を持つ。初期は[[遺伝学]]の材料として、現在では主に[[発生生物学]]の[[モデル生物]]として用いられている。[[動物]]の[[発生 (生物学)|発生]]における多くの知見は、ショウジョウバエ研究で最初に明らかにされてきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 古典遺伝学の時代 ===&lt;br /&gt;
ショウジョウバエが生物学の材料として登場するのは、[[1901年]]、当時ハーバード大学にいたC.W.ウッドワースが大量飼育し、W.E. キャッスルに遺伝学の材料として薦めたのが最初と言われる。遺伝学の研究材料として有名にしたのは[[トーマス・ハント・モーガン|T.H. モーガン]]とその一派（C.B. ブリッジス、A.H. スターティヴァント、[[ハーマン・J・マラー|H.J. マラー]]ら）。彼等は[[1908年]]からショウジョウバエを用いはじめ、[[1910年]]には最初の[[突然変異]]体、''white''（白眼）を発見した。さらに、変異体と異常染色体の関連を観察し、遺伝子が染色体上に存在することを証明（三点交雑法により、染色体上の遺伝子の配列を表した連鎖地図を作成）し、[[染色体説]]を実証した。この業績によりモーガンは[[1933年]]に[[ノーベル生理学・医学賞]]を受賞。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
遺伝学研究では突然変異体を用いるのが常法だが、自然状態で突然変異が起こる確率は非常に低く、発見が困難だった。この問題はH.J.マラーの研究によって解消される。マラーは、ショウジョウバエに[[X線]]を照射すると、表現型に遺伝的な影響を及ぼすことを発見し、これがX線による遺伝子突然変異であることを明らかにした（[[1927年]]）。この業績により彼は[[1946年]]にノーベル生理学・医学賞を受賞している。以降、多数の突然変異体系統や異常染色体系統が樹立された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このようにして古典遺伝学は隆盛を見る。しかしここまでの遺伝学では[[表現型]]の観察は主に成虫を用いており、発生に関する知見は乏しかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ホメオボックスの発見 ===&lt;br /&gt;
動物発生学では主に胚を研究材料としていた。[[観察]]や[[実験]]操作の容易さから大きな卵を持つカエルやウニが用いられることが多く、ショウジョウバエの胚は小さく、不透明な卵殻を持っているため発生学には向かないとされていた。また昆虫の発生はヒトとは全く異なるため、研究する意義が低いと考えられていた。しかし顕微鏡や観察技術、分子生物学の発展にともない[[ホメオボックス]]が発見されるに至ると、ショウジョウバエで培われた遺伝学は発生学と融合することになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ホメオボックスはホメオティック変異の研究から発見された。'''ホメオティック変異''' (homeotic mutation) とはある組織や器官が別の組織や器官になるという変異である。ショウジョウバエで初めてのホメオティック変異 ''bx'' (''bithorax'') はモーガン研究室のブリッジスによって1915年に発見されていた。''bx'' 変異体の組み合わせによっては胸部第三節が第二節に変化し、四対の翅をもつようになる。モーガンの孫弟子にあたる E.B. ルイスは多数の bx 変異を作成し、この変異表現型が BX 遺伝子群によって引き起こされるという説を発表した（1978年）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この間に'''遺伝子発現'''の定義が[[分子生物学]]によってなされ、ショウジョウバエでも遺伝子クローニングや遺伝子導入といった分子生物学的手法が導入された。また小さな胚を扱うための顕微鏡や観察技術も発展した。さらに幸運なことに1976年には'''P因子'''と呼ばれる[[トランスポゾン]]が発見され、1982年頃からはそれまで細菌や酵母でしか行えなかった遺伝子導入が比較的容易に行えるようになった。以降P因子を用いた様々な技術が開発されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
分子生物学的手法を用いて、1983年から84年にかけて、W.J. ゲーリングらと T. カウフマンらによってホメオティック変異の原因遺伝子が独立に[[クローニング]]された。塩基配列を決定したところホメオティック遺伝子には 180 bp (60 [[アミノ酸|aa]]) の共通した配列があり、'''ホメオボックス'''と名付けられた。驚くことに、ホメオボックスを持つ遺伝子はショウジョウバエだけでなく、[[ヒト]]から[[C._elegans|線虫]]、[[植物]]、[[酵母]]など[[真核生物]]に広く存在していることが明らかになった。生物は発生のような複雑な現象においても、基本的には共通の系を使っていたのである。このことは[[C. elegans|線虫]]を始め、他の[[モデル生物]]研究を加速させた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1980年代、C. ニュスライン-フォルハルトとE.F. ウィーシャウスは大量の突然変異系統を樹立し、ショウジョウバエ胚の体節形成に注目した表現型の観察を行った。彼等は胚におけるタンパク質の濃度勾配が体節形成に重要であることを明らかにし、この研究でホメオティック遺伝子の発現機構が解明された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このように[[発生 (生物学)|発生]]を[[遺伝子]]の言葉で説明することができるようになり、発生学と遺伝学は統合された。このことは[[1995年]]に「初期胚発生の遺伝的制御に関する発見」により E.B. ルイス、ニュスライン-フォルハルト、ウィーシャウスらがノーベル生理学・医学賞を受賞していることに象徴的される。発生学の分野では[[1935年]]の[[ハンス・シュペーマン]]の受賞から60年後のことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ゲノムプロジェクト以降 ===&lt;br /&gt;
[[ゲノムプロジェクト]]によるゲノム解読終了は、分子生物学的研究をさらに発展させることになる。また比較[[ゲノミクス|ゲノム学]]的な観点から、[[進化]]の研究も行いやすくなった。キイロショウジョウバエのいくつかの近縁種でもゲノムプロジェクトが進行中である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ショウジョウバエの遺伝子名 ==&lt;br /&gt;
遺伝子の命名法は生物種によって多少異なる。ここではショウジョウバエについて紹介する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
突然変異の解析から同定された遺伝子は、最初に得られた変異体の表現型にちなんだ命名をされる。この場合、遺伝子はその機能と'''逆の'''名前がつけられる。遺伝子名は斜体で表記し、'''劣性'''変異は小文字で、'''優性'''変異は大文字で始める。近年は、ほ乳類などで解析が進んでいたものをショウジョウバエでも[[遺伝学|逆遺伝学]]的に研究する例も増え、その場合はしばしば ''D. melanogaster'' の省略である d や D、Dm を遺伝子名の前につけることが、かつてあった。論文等における発表では、このような表記が使われることはあるが、事実上の標準であるFlyBaseに登録されるとき、こうした接頭語は冗長であるとの理由により修正される。通常、遺伝子名は遺伝子記号と呼ばれる略称で表記される。初期に発見された遺伝子は一文字や二文字（例えば ''white'' は ''w''）だったが、近年では三文字以上を用いる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
例）遺伝子名（遺伝子記号）- 備考&lt;br /&gt;
* ''white'' (''w'') - 白眼変異体の原因遺伝子。劣性変異。&lt;br /&gt;
* ''Antennapedia'' (''Antp'') - 触角 (Antena) が脚 (pedia) になる優性のホメオティック変異の原因遺伝子。&lt;br /&gt;
* ''p53'' - ほ乳類の[[癌抑制遺伝子]] ''p53'' のショウジョウバエ相同遺伝子。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ショウジョウバエ研究者はウィットを利かせた（ときとしてダジャレのような）遺伝子名を付ける伝統を持つ。例えば ''[[musashi]]''（毛が二本になる→二刀流の宮本'''[[宮本武蔵|武蔵]]'''）、 ''satori''（オスが交尾をしない→'''[[悟り]]'''の境地）、 ''hamlet''（神経になるべきかならざるべきか→シェークスピアの戯曲「'''[[ハムレット]]'''」）など。他生物種の研究者の中にはこのような習慣に否定的な意見をもつ人もおり、Nature 誌で議論がなされたことがあったが、ショウジョウバエ研究者は概ねこの伝統を誇りにしているようである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ショウジョウバエ属の分類 ==&lt;br /&gt;
[[画像:Drosophila_melanogaster_-_side_%28aka%29.jpg|thumb|200px|ショウジョウバエ成虫オス]]&lt;br /&gt;
ショウジョウバエ属は17亜属に分類され、日本には7亜属が生息する。以下に日本で見られるものについて示す。スターティヴァントは亜属を Drosophila の[[アナグラム]]で命名した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* ショウジョウバエ属 ''Drosophila'' Fallen&lt;br /&gt;
** マメジョウバエ亜属 ''Scaptodrosophila'' 10種&lt;br /&gt;
** ニセオトヒメショウジョウバエ亜属 ''Psilodorha'' 1種&lt;br /&gt;
** フサショウジョウバエ亜属 ''Hirtodrosophila'' 32種&lt;br /&gt;
** ニセヒメショウジョウバエ亜属 ''Lordiphosa'' 8種&lt;br /&gt;
** シマショウジョウバエ亜属 ''Sophophora'' Sturtevant 28種&lt;br /&gt;
*** ウスグロショウジョウバエ種群 ''D. obscura'' sp. group&lt;br /&gt;
**** ウスグロショウジョウバエ ''D. obscura''&lt;br /&gt;
*** キイロショウジョウバエ種群 ''D. melanogaster'' sp. group&lt;br /&gt;
**** '''キイロショウジョウバエ ''D. melanogaster'''''&lt;br /&gt;
**** オナジショウジョウバエ ''D. simulans''&lt;br /&gt;
** ショウジョウバエ亜属 ''Drosophila'' Fallen 38種&lt;br /&gt;
*** クロショウジョウバエ種群 ''D. virilis'' sp. group&lt;br /&gt;
**** クロショウジョウバエ ''D. virilis''&lt;br /&gt;
** ヒョウモンショウジョウバエ亜属 ''Dorsilopha'' Sturtevant 1種&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- == 関連項目 == --&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- == 参考文献 == --&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
{{Commonscat|Drosophilidae|ショウジョウバエ科}}&lt;br /&gt;
{{wikispecies|Drosophila_melanogaster|''D. melanogaster''}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [http://flybase.net/ FlyBase] - 総合的データベース（英語）&lt;br /&gt;
* [http://www.ceolas.org/fly/ The WWW Virtual Library Drosophila] - ショウジョウバエ入門（英語）&lt;br /&gt;
* [http://sdb.bio.purdue.edu/fly/aimain/1aahome.htm The Interactive Fly] - 遺伝子の解説（英語）&lt;br /&gt;
* [http://www.dgrc.kit.ac.jp/index.html ショウジョウバエ遺伝資源センター (Drosophila Genetic Resource Center)]&lt;br /&gt;
** [http://kyotofly.kit.jp/JDD/index.html Japan Drosophila Database] - 遺伝子、染色体地図、形態など（日本語）&lt;br /&gt;
* [http://jfly.iam.u-tokyo.ac.jp/index_j.html Jfly] - 日本のショウジョウバエ研究者によるノウハウ集、実験プロトコルなど（日本語）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0;background-color:#f6f6f6;border:1px solid #ccc;padding:3px;font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;このページは [http://ja.wikipedia.org/ Wikipedia日本語版]由来のコンテンツを利用しています。もとの記事は[http://ja.wikipedia.org/wiki/ショウジョウバエ '''ショウジョウバエ''']にあります。執筆者のリストは[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=ショウジョウバエ&amp;amp;amp;action=history '''履歴''']をご覧ください。 [[Yourpedia]]と同じく、[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia Wikipedia]は[http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html GFDLのライセンス]で提供されています。コンテンツを再利用する際には同じくGFDLのライセンスを採用してください。&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:Wikipedia出典元の記事|ショウジョウバエ]]&lt;br /&gt;
[[Category:昆虫|しようしようはえ]]&lt;br /&gt;
[[Category:モデル生物|しようしようはえ]]&lt;br /&gt;
[[Category:遺伝学|しようしようはえ]]&lt;br /&gt;
[[Category:発生生物学|しようしようはえ]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>82.150.138.109</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%A5%9E%E6%9B%B2&amp;diff=5255</id>
		<title>神曲</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%A5%9E%E6%9B%B2&amp;diff=5255"/>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;82.150.138.109: /* 外部リンク */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{otheruses|神曲}}&lt;br /&gt;
[[画像:Inferno_Canto_3_Charon_strikes_lines_107-108.jpg|thumb|right|300px|冥界の渡し守[[カロン]]が死者の霊を舟に乗せてゆく。地獄篇の挿絵より。]]&lt;br /&gt;
『'''神曲'''』（しんきょく）''La Divina Commedia'' は、13-14世紀[[イタリア]]の詩人・政治家、[[ダンテ・アリギエーリ]]の代表作である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
地獄篇・煉獄篇・天国篇の三部から成る、全14233行の[[韻文]]による長編[[叙事詩]]であり、聖なる数「3」を基調とした極めて均整のとれた構成から、しばしば[[ゴシック様式]]の[[大聖堂]]にたとえられる。[[イタリア文学]]最大の古典とされ、世界文学史にも重きをなしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
西暦1300年の聖金曜日（復活祭前の金曜日）、暗い森の中に迷い込んだダンテは、そこで出会った[[古代ローマ]]の詩人[[ウェルギリウス]]に導かれ、[[地獄]]・[[煉獄]]・[[天国]]と[[彼岸]]の国を遍歴して回る。ウェルギリウスは地獄の九圏を通ってダンテを案内し、地球の中心部、魔王[[ルシファー|ルチフェロ]]（サタン）の幽閉されている領域まで至る。そこから、地球の対蹠点に抜けて煉獄山にたどりつく。（ダンテの時代、地獄は聖地[[エルサレム]]の真下に存在すると信じられていた。ちなみにエルサレムより西へ90度に[[ジブラルタル]]、中間に[[イタリア]]、東へ90度に[[インド]]・[[ガンジス川]]があるという[[世界観]]である。）煉獄山では登るにしたがって罪を清められていき、煉獄の山頂でダンテはウェルギリウスと別れることになる。そしてダンテはそこで再会した永遠の淑女ベアトリーチェの導きで天界へと昇天し、各[[遊星]]の天を巡って至高天（エンピレオ）へと昇りつめ、見神の域に達する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 『神曲』の成立 ==&lt;br /&gt;
ダンテが『神曲』を世に出した背景には、当時のイタリアにおける政争と自身の[[フィレンツェ]]追放、そして永遠の淑女ベアトリーチェへの愛の存在が大きい。またダンテはヴェロナのパトロンであるカン・グランデへの書簡で、人生における道徳的原則を明らかにすることが『神曲』を執筆した目的であると記している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; ベアトリーチェ&lt;br /&gt;
『神曲』では実在した人物の名前が多々登場する。ウェルギリウスに地獄界の教導を請い、煉獄山の頂上でダンテを迎えるベアトリーチェは、ダンテが幼少のころ出会い、心惹かれた少女の名である。しかし、のちにベアトリーチェは24歳で夭逝してしまう。ダンテはそれを知ってひどく嘆き悲しみ、彼女のことをうたった詩文『[[新生]]』をまとめた（[[ダンテ・アリギエーリ]]の項も参照）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『神曲』に登場する天女ベアトリーチェに関しては、実在した女性ベアトリーチェをモデルにしたという実在論と、「永遠の淑女」「久遠の女性」としてキリスト教神学を象徴させたとする象徴論が対立している。実在のモデルを取る説では、フィレンツェの名門フォルコ・ポルティナーリの娘として生れ、のちに銀行家シモーネ・デ・バルティの妻となったベアトリーチェ（ビーチェ）を核として、ダンテがその詩の中で「永遠の淑女」として象徴化していったと見る。しかし、非実在の立場を取る神学の象徴説では、ダンテとベアトリーチェが出会ったのはともに9歳の時で、そして再会したのは9年の時を経、二人が18歳になった時の9時であるというように、[[三位一体]]を象徴する聖なる数「3」の倍数が何度も現われていることから、ベアトリーチェもまた神学の象徴であり、ダンテは見神の体験を寓意的に「永遠の淑女」として象徴化したという説を取る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いずれにせよ、ベアトリーチェは愛を象徴する存在として神聖化され、神学の象徴ともあると考えられている。一方、地獄と煉獄を案内するウェルギリウスも実在した古代ローマの詩人であり、彼は理性と[[哲学]]の象徴でもあると考えらている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; フィレンツェの政争&lt;br /&gt;
ダンテが『神曲』を執筆するきっかけの一つには、当時のイタリアでのグェルフィ党（教皇派）とギベリーニ党（皇帝派）の対立、および党派抗争を制したグェルフィ党内部での「白党」と「黒党」による政争がある。ダンテは白党に所属しており、フィレンツェ市政の重鎮に就いていたが、この政争に敗れてフィレンツェを追放されることになる。『神曲』には、ここかしこにダンテが経験した政治的不義に対する憤りが現れており、自分を追放したフィレンツェへの怒りと痛罵も込められている。またダンテを陥れた人物は、たとえ至尊の[[教皇]]であろうと地獄界に堕とし、そこで罰せられ苦しむ様子も描かれている。他にもダンテは自由に有名無名の実在した人物を登場させ、地獄や煉獄、天国に配置しており、これによって生まれるリアリティが『神曲』を成功させた理由の一つであると考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『神曲』地獄篇は1304年から1308年頃に執筆されたと考えられている。1319年には地獄篇と煉獄篇は既に多くの人に読まれており、ダンテは名声を得ていたことが分かっている。天国篇は1316年頃から死の直前、1321年にかけて完成された。『神曲』は当時の知識人の共通語であった[[ラテン語]]ではなく、[[トスカーナ地方]]の方言で執筆されたことも、多くの人に読まれた理由である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 『神曲』の由来 ==&lt;br /&gt;
イタリア語の原題は、 ''La Divina Commedia'' （&amp;lt;ruby&amp;gt;&amp;lt;rb&amp;gt;神聖なる喜劇&amp;lt;/rb&amp;gt;&amp;lt;rp&amp;gt;(&amp;lt;/rp&amp;gt;&amp;lt;rt&amp;gt;ディヴィーナ・コメディア&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;rp&amp;gt;)&amp;lt;/rp&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;）であるが、 ''Divina'' は[[ジョヴァンニ・ボッカッチョ|ボッカチオ]]が尊称としてつけたもので、ダンテ自身は、 単に''Commedia'' （喜劇）とのみ題していた。「喜劇」としたのは、「悲劇」とは逆に円満な結末を迎えるため、また、女子供でも読める俗語で書かれているためだという。出版史を見ると、『神曲』の最初期の写本では、『ダンテ』『三行韻詩』などの題がつけられていた。15、6世紀頃にはダンテの詩が活版印刷で出版されるようになり、1555年に刊行されたヴェネツィア版によって『神聖喜劇（''Divina Commedia''）』の題名が定着した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「神曲」の邦訳名は、[[森鴎外]]が[[ハンス・クリスチャン・アンデルセン|アンデルセン]]の翻訳『[[即興詩人]]』の中で用いた。その一章「神曲、吾友なる貴公子」において『神曲』の魅力が語られ、[[上田敏]]や[[正宗白鳥]]ら文人を魅了し、翻訳紹介の試みが始まった。この鴎外訳『即興詩人』が最初期の『神曲』紹介であり、日本における『神曲』受容はここから始まったとも言える。日本におけるほぼすべての邦訳の題名が、より原題に近い『[[神聖喜劇]]』ではなく『神曲』の訳題で統一されているのは、鴎外による『神曲』の訳名が人口に膾炙したためであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 『神曲』の構成 ==&lt;br /&gt;
『神曲』は、''Inferno'' （&amp;lt;ruby&amp;gt;&amp;lt;rb&amp;gt;地獄篇&amp;lt;/rb&amp;gt;&amp;lt;rp&amp;gt;(&amp;lt;/rp&amp;gt;&amp;lt;rt&amp;gt;インフェルノ&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;rp&amp;gt;)&amp;lt;/rp&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;） ・ ''Purgatorio'' （&amp;lt;ruby&amp;gt;&amp;lt;rb&amp;gt;煉獄篇&amp;lt;/rb&amp;gt;&amp;lt;rp&amp;gt;(&amp;lt;/rp&amp;gt;&amp;lt;rt&amp;gt;プルガトリオ&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;rp&amp;gt;)&amp;lt;/rp&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;） ・ ''Paradiso'' （&amp;lt;ruby&amp;gt;&amp;lt;rb&amp;gt;天国篇&amp;lt;/rb&amp;gt;&amp;lt;rp&amp;gt;(&amp;lt;/rp&amp;gt;&amp;lt;rt&amp;gt;パラディソ&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;rp&amp;gt;)&amp;lt;/rp&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;） の三部から構成されており、各篇はそれぞれ34歌、33歌、33歌の計100歌から成る。このうち地獄篇の最初の第一歌は、これから歌う三界全体の構想をあらわした、いわば総序となっているので、各篇は3の倍数である33歌から構成されていることになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また詩行全体にわたって、三行を一連とする「三行韻詩」あるいは「三韻句法」（テルツァ・リーマ）の詩型が用いられている。各行は11音節から成り、3行が一まとまりとなって、三行連句の脚韻が ''aba bcb cdc'' … と次々に韻を踏んでいって鎖状に連なるという押韻形式である。各歌の末尾のみ3+1行で、 …''xyx yzy z'' という韻によって締めくくられる。したがって、各歌は3n+1行から成る。このように、『神曲』は細部から全体の構成まで作品の隅々において、聖なる数「3」が貫かれており、幾何学的構成美を見せている。ダンテはローマカトリックの神に関する教義、「[[三位一体]]」についての神学を文学的表現として昇華しようと企図した。すなわち、聖数「3」と完全数「10」を基調として、 1，3，9(3&amp;lt;sup&amp;gt;2&amp;lt;/sup&amp;gt;)，10(3&amp;lt;sup&amp;gt;2&amp;lt;/sup&amp;gt;+1)，100(10&amp;lt;sup&amp;gt;2&amp;lt;/sup&amp;gt;，33×3+1) の数字を『神曲』全体に行き渡せることで「三位一体」を作品全体で体現したのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、地獄、煉獄、天国の各篇とも、最終歌の末節は ''stella'' （星）という言葉で結ばれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 地獄篇 ''Inferno'' ===&lt;br /&gt;
[[画像:Gustave_Dore_Inferno1.jpg|thumb|right|地獄篇の冒頭。気が付くと深い森の中におり、恐怖にかられるダンテ。 [[ギュスターヴ・ドレ]] による挿絵]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
西暦1300年の聖金曜日（[[復活祭]]前の金曜日）、人生の半ばにして暗い森に迷い込んだダンテは、地獄に入った。作者であり主人公でもあるダンテは、私淑する詩人ウェルギリウスに案内され、地獄の門をくぐって地獄の底にまで降り、死後の罰を受ける罪人たちの間を遍歴していく。ウェルギリウスは、キリスト以前に生れたため、キリスト教の恩寵を受けることがなく、[[ホメロス]]ら古代の大詩人とともに未洗礼者の置かれる辺獄（リンボ）にいたが、地獄に迷いこんだダンテの身を案じたベアトリーチェの頼みにより、ダンテの先導者としての役目を引き受けて辺獄を出たのである。&lt;br /&gt;
『神曲』において、地獄は漏斗状の大穴をなして地球の中心にまで達し、最上部の第一圏から最下部の第九圏までの九つの圏から構成される。かつて最も光輝はなはだしい天使であったルチフェロが神に叛逆し、地上に堕とされてできたのが地獄の大穴である。地球の対蹠点では、魔王が墜落した衝撃により、煉獄山が持ち上がったという。地獄は[[アリストテレス]]の『倫理学』でいう三つの邪悪、「放縦」「悪意」「獣性」を基本としてそれぞれ更に細分化され、「邪淫」「貪欲」「暴力」「欺瞞」などの罪に応じて亡者が各圏に振り分けられている。地獄の階層を下に行くに従って罪は重くなり、中ほどにあるディーテの市を境に地獄は比較的軽い罪と重罪の領域に分けられている。&lt;br /&gt;
[[Image:Botticelli ChartOfDantesHell.jpg|thumb|350px|[[ボッティチェルリ]]の ''地獄の図'' c. [[1490年]]]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『神曲』の地獄において最も重い罪とされる悪行は「裏切り」で、地獄の最下層コキュートス（嘆きの川）には裏切者が永遠に氷漬けとなっている。数ある罪の中で、「裏切」が特別に重い罪とされているのは、ダンテ自身がフィレンツェにおける政争の渦中で体験した、政治的不義に対する怒りが込められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
地獄界は、まず「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」と銘された[[地獄の門]]を抜けると、地獄の前庭とでも言うべきところに、罪も誉もなく人生を無為に生きた者が、地獄の中に入ることも許されず留め置かれている。その先には[[アケローン川]]が流れており、冥府の渡し守[[カロン]]の舟で渡ることになっている。地獄界の階層構造は以下のようになっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 地獄界の構造&lt;br /&gt;
* '''地獄の門'''　「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」&lt;br /&gt;
* '''地獄前域'''　…無為に生きて善も悪もなさなかった亡者は、地獄にも天国にも入ることを許されず、ここで蜂や虻に刺される。&lt;br /&gt;
* '''アケローン川'''　…冥府の渡し守カロンが亡者を櫂で追いやり、舟に乗せて地獄へと連行していく。&lt;br /&gt;
* '''第一圏　辺獄（リンボ）'''　…洗礼を受けなかった者が、呵責こそないが希望もないまま永遠に時を過ごす。&lt;br /&gt;
: 地獄の入口では、冥府の裁判官[[ミノス|ミーノス]]が死者の行くべき地獄を割り当てている。&lt;br /&gt;
* '''第二圏　愛欲者の地獄'''　…肉欲に溺れた者が、荒れ狂う暴風に吹き流される。&lt;br /&gt;
* '''第三圏　貪食者の地獄'''　…大食の罪を犯した者が、[[ケルベロス]]に引き裂かれて泥濘にのたうち回る。&lt;br /&gt;
: 冥府の神[[ハデス|プルート]]の咆哮。「パペ・サタン・パペ・サタン・アレッペ！」&lt;br /&gt;
* '''第四圏　貪欲者の地獄'''　…吝嗇と浪費の悪徳を積んだ者が、重い金貨の袋を転がしつつ互いに罵る。&lt;br /&gt;
* '''第五圏　憤怒者の地獄'''　…怒りに我を忘れた者が、血の色をしたスティージュの沼で互いに責め苛む。&lt;br /&gt;
* '''ディーテの市'''　…堕落した[[天使]]と重罪人が容れられる、永劫の炎に赤熱した城塞。ここより下の地獄圏はこの内部にある。&lt;br /&gt;
* '''第六圏　異端者の地獄'''　…あらゆる宗派の[[異端]]の教主と門徒が、火焔の墓孔に葬られている。&lt;br /&gt;
: 二人の詩人は[[ミノタウロス]]と[[ケンタウロス]]に出会い、半人半馬の[[ケイロン]]と[[ネッソス]]の案内を受ける。&lt;br /&gt;
* '''第七圏　暴力者の地獄'''　…他者に対して暴力をふるった者が、暴力の種類に応じて振り分けられる。&lt;br /&gt;
** '''第一の環　隣人に対する暴力'''　…隣人の身体、財産を損なった者が、煮えたぎる血の河フレジェトンタに漬けられる。&lt;br /&gt;
** '''第二の環　自己に対する暴力'''　…自殺者の森。自ら命を絶った者が、奇怪な樹木と化し[[ハーピー|アルピエ]]に葉を啄ばまれる。&lt;br /&gt;
** '''第三の環　神と自然と技術に対する暴力'''　…神および自然の業を蔑んだ者、男色者に、火の雨が降りかかる。&lt;br /&gt;
* '''第八圏　悪意者の地獄'''　…悪意を以て罪を犯した者が、それぞれ十の「'''マーレボルジェ'''」（'''悪の嚢'''）に振り分けられる。&lt;br /&gt;
** '''第一の嚢　女衒'''　…婦女を誘拐して売った者が、角ある悪鬼から鞭打たれる。&lt;br /&gt;
** '''第二の嚢　阿諛者'''　…阿諛追従の過ぎた者が、糞尿の海に漬けられる。&lt;br /&gt;
** '''第三の嚢　沽聖者'''　…聖物や聖職を売買し、神聖を金で汚した者（シモニア）が、岩孔に入れられて焔に包まれる。&lt;br /&gt;
** '''第四の嚢　魔術師'''　…卜占や邪法による呪術を行った者が、首を反対向きにねじ曲げられて背中に涙を流す。&lt;br /&gt;
** '''第五の嚢　汚職者'''　…職権を悪用して利益を得た汚吏が、煮えたぎる[[瀝青]]に漬けられ、悪鬼から鉤手で責められる。&lt;br /&gt;
** '''第六の嚢　偽善者'''　…[[偽善]]をなした者が、外面だけ美しい金張りの鉛の外套に身を包み、ひたすら歩く。&lt;br /&gt;
** '''第七の嚢　盗賊'''　…盗みを働いた者が、蛇に噛まれて燃え上がり灰となるが、再びもとの姿にかえる。&lt;br /&gt;
** '''第八の嚢　謀略者'''　…権謀術数をもって他者を欺いた者が、わが身を火焔に包まれて苦悶する。&lt;br /&gt;
** '''第九の嚢　離間者'''　…不和・分裂の種を蒔いた者が、体を裂き切られる。&lt;br /&gt;
** '''第十の嚢　詐欺師'''　…[[錬金術]]など様々な偽造や虚偽を行った者が、悪疫にかかって苦しむ。&lt;br /&gt;
: 最下層の地獄、コキュートスの手前には、かつて神に歯向かった[[ティタン|巨人]]が鎖で大穴に封じられている。&lt;br /&gt;
* '''第九圏　裏切者の地獄'''　…「'''コキュートス'''」（Cocytus 嘆きの川）と呼ばれる氷地獄。同心の四円に区切られ、最も重い罪、裏切を行った者が永遠に氷漬けとなっている。裏切者は首まで氷に漬かり、涙も凍る寒さに歯を鳴らす。&lt;br /&gt;
** '''第一の円　カイーナ'''（Caina）　…肉親に対する裏切者 （[[旧約聖書]]の『[[創世記]]』で弟[[アベル]]を殺した[[カイン]]に由来する）&lt;br /&gt;
** '''第二の円　アンテノーラ'''（Antenora）　…祖国に対する裏切者 （[[トロイア戦争]]でトロイアを裏切ったとされるアンテノールに由来する）&lt;br /&gt;
** '''第三の円　トロメーア'''（Ptolomea）　…客人に対する裏切者 （旧約聖書[[外典]]『[[マカバイ記]]』に登場する裏切者トロメオに由来するか）&lt;br /&gt;
** '''第四の円　ジュデッカ'''（Judecca）　…主人に対する裏切者 （[[イエス・キリスト]]を裏切った[[イスカリオテのユダ]]に由来する）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
地獄の中心ジュデッカのさらに中心、地球の重力がすべて向かうところには、神に叛逆した堕天使のなれの果てである魔王ルチフェロ（サタン）が氷の中に永遠に幽閉されている。魔王はかつて光輝はなはだしく最も美しい天使であったが、今は醜悪な三面の顔を持った姿となり、半身をコキュートスの氷の中に埋めていた。魔王は、イエス・キリストを裏切ったイスカリオテのユダ、[[ガイウス・ユリウス・カエサル|カエサル]]を裏切った[[マルクス・ユニウス・ブルートゥス|ブルートゥス]]、[[ガイウス・カッシウス|カッシウス]]の三人をそれぞれの口で噛み締めていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
二人の詩人は、魔王の体を足台としてそのまま真っ直ぐに反対側の地表に向けて登り、岩穴を抜けて地球の裏側に達する。そこは煉獄山の麓であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 煉獄篇 ''Purgatorio'' ===&lt;br /&gt;
[[画像:William_blake_beatrice.jpg|thumb|ダンテに呼びかけるベアトリーチェ　[[ウィリアム・ブレイク]]画]]&lt;br /&gt;
煉獄は、地獄を抜けた先の地表に聳える台形の山で、ちょうどエルサレムの対蹠点にある。「浄火」あるいは「浄罪」とも言う。永遠に罰を受けつづける救いようのない地獄の住人と異なり、煉獄においては、悔悟に達した者、悔悛の余地のある死者がここで罪を贖う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
煉獄山の構造は、下から昇るごとに幾つかの段階に分かれている。亡者は煉獄山の各階梯で生前になした罪を浄めつつ上へ上へと登り、浄め終えるとやがては天国に到達するのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
地獄を抜け出したダンテとウェルギリウスは、煉獄山の麓で[[小カトー]]と対面する。ペテロの門の前でダンテは天使の剣によって額に印である七つの''P''を刻まれた。''P''は煉獄山の七冠で浄められるべき「[[七つの大罪]]」、 ''Peccati'' を象徴する印である。そして、ウェルギリウスに導かれて山を登り、生前の罪を贖っている死者と語り合う。ダンテは煉獄山を登るごとに浄められ、額から''P''の字が一つずつ消えていく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
山頂でダンテは永遠の淑女ベアトリーチェと出会う。ウェルギリウスはキリスト教以前に生れた異端者であるため天国の案内者にはなれない。そこでダンテはウェルギリウスと別れ、ベアトリーチェに導かれて天国へと昇天する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 煉獄山の構造&lt;br /&gt;
* '''煉獄前域'''　煉獄山の麓。小カトーがここに運ばれる死者を見張る。&lt;br /&gt;
** '''第一の台地　破門者'''　…教会から破門された者は、臨終において悔い改めても、煉獄山の最外部から贖罪の道に就く。&lt;br /&gt;
** '''第二の台地　遅悔者'''　…信仰を怠って生前の悔悟が遅く、臨終に際してようやく悔悟に達した者はここから登る。&lt;br /&gt;
* '''ペテロの門'''　…煉獄山の入口。それぞれに色の異なる三段の階段を上り、金と銀の鍵をもって扉を押し開く。&lt;br /&gt;
* '''第一冠　高慢者'''　…生前、高慢の性を持った者が重い石を背負い、腰を折り曲げる。ダンテ自身はここに来ることになるだろうと述べている。&lt;br /&gt;
* '''第二冠　嫉妬者'''　…嫉妬に身を焦がした者が、瞼を縫い止められ、盲人のごとくなる。&lt;br /&gt;
* '''第三冠　憤怒者'''　…憤怒を悔悟した者が、朦朦たる煙の中で祈りを発する。&lt;br /&gt;
* '''第四冠　怠惰者'''　…怠惰に日々を過ごした者が、ひたすらこの冠を走り回り、煉獄山を周回する。&lt;br /&gt;
* '''第五冠　貪欲者'''　…生前欲深かった者が、五体を地に伏して嘆き悲しみ、欲望を消滅させる。&lt;br /&gt;
* '''第六冠　貪食者'''　…暴食に明け暮れた者が、決して口に入らぬ果実を前に食欲を節制する。&lt;br /&gt;
* '''第七冠　愛欲者'''　…不純な色欲に耽った者が互いに走りきたり、抱擁を交わして罪を悔い改める。&lt;br /&gt;
* '''山頂　地上楽園'''　…常春の楽園。煉獄で最も天国に近い所で、かつて人間が黄金時代に住んでいた場所という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 天国篇 ''Paradiso'' ===&lt;br /&gt;
地獄の大淵と煉獄山の存在する[[地球]]を中心として、同心円状に各遊星が取り巻く[[クラウディオス・プトレマイオス|プトレマイオス]]の[[天動説]]宇宙観に基づき、ダンテは天国界の十天を構想した。地球の周りをめぐる太陽天や木星天などの諸遊星天（当時、太陽も遊星の一つとして考えられていた）の上には、[[十二宮]]の存する恒星天と、万物を動かす力の根源である原動天があり、さらにその上には神の坐す至高天が存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ダンテはベアトリーチェに導かれて諸遊星天から恒星天、原動天と下から順に登っていく。ダンテは地獄から煉獄山の頂上までの道をウェルギリウスに案内され、天国では、至高天（エンピレオ）に至るまではベアトリーチェの案内を受けるが、エンピレオでは[[聖ベルナルド]]が三人目の案内者となる。天国へ入ったダンテは各々の階梯で様々な聖人と出会い、高邁な神学の議論が展開され、聖人たちの神学試問を経て、天国を上へ上へと登りつめる。至高天においてダンテは天上の純白の薔薇を見、この世を動かすものが神の愛であることを知る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 天国界の構造&lt;br /&gt;
* '''火焔天'''　…地球と月の間にある火の本源。焔が上へ上へと向かうのは、この天へ帰らんとするためと考えられた。&lt;br /&gt;
* '''第一天　月天'''　…天国の最下層で、生前、神への請願を必ずしも満たしきれなかった者が置かれる。&lt;br /&gt;
* '''第二天　水星天'''　…徳功を積みはしたものの、現世的な野心や名声の執着を断ち切れなかった者が置かれる。&lt;br /&gt;
* '''第三天　金星天'''　…まだ生命あった頃、激しい愛の情熱に駆られた者が置かれる。&lt;br /&gt;
* '''第四天　太陽天'''　…聖[[トマス・アクィナス]]ら智恵深き魂が置かれる。&lt;br /&gt;
* '''第五天　火星天'''　…キリスト教を護るために戦った戦士たちが置かれる。&lt;br /&gt;
* '''第六天　木星天'''　…地上にあって大いなる名声を得た正義ある統治者の魂が置かれる。&lt;br /&gt;
* '''第七天　土星天'''　…信仰ひとすじに生きた清廉な魂が置かれる。&lt;br /&gt;
* '''第八天　恒星天'''　…七つの遊星の天球を内包し、十二宮が置かれている天。聖[[ペトロ|ペテロ]]ら諸聖人が列する。&lt;br /&gt;
* '''第九天　原動天'''　…諸天の一切を動かす根源となる天。&lt;br /&gt;
* '''第十天　至高天'''　…エンピレオ。諸天使、諸聖人が「天上の薔薇」に集い、ダンテは永遠なる存在を前にして刹那、見神の域に達する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 『神曲』の評価 ==&lt;br /&gt;
; 文学的評価&lt;br /&gt;
『神曲』は、世界文学を代表する作品として評価は定着しており、西洋において最大級の賛辞を受けている。「世界文学」を語る際にはほぼ筆頭の位置に置かれ、古典文学の最高傑作、[[ルネサンス]]の先蹤となる作品とも評されている。とくに英語圏では『神曲』の影響は極めて大きく、部分訳を含めれば百数十作にのぼる『神曲』の翻訳が行われ、膨大な数の研究書や批評紹介が発表されている。ダンテ文献を多く蔵するアメリカの[[コーネル大学]]図書館では、ダンテ関連の文献だけで四冊の目録が作成されているほどという。日本における『神曲』の受容も、西洋からの翻訳紹介から始まったこともあって、基本的にはこの流れを汲む。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『神曲』は、執筆当時から様々な毀誉褒貶を受けていた。ダンテとほぼ同時代に活躍したボッカチオは、深くダンテに傾倒し、最初の崇拝者となった。彼は『神曲註解』や『ダンテ礼賛』を著してダンテを顕彰し、のちには『神曲』の講義も行っている。一方で、ダンテによって地獄に堕とされた人々の子孫や堕とされた当人は、当然のごとく快く思っていなかった。また、ダンテの正義、倫理観に反する者は、たとえ教皇であろうと容赦なく地獄に堕として責め苦に遭わせたため、この点を反教的と批判する者もいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『神曲』の中には様々な書物からの引用がある。中でも[[聖書]]が最も多く、次に[[アリストテレス]]や[[ウェルギリウス]]などの哲学や倫理学、詩が多用されている。また、当時の[[自然科学]]における[[天文学]]、[[測量学]]などの知見を素材として論理的・立体的に構成されていることから、中世における[[百科事典|百科全書]]的書物であるとも評価される。さらに聖書の伝説、[[ローマ神話|ギリシャ・ローマ神話]]の神々や怪物も多数登場し、古典文学の流れを引く[[幻想文学]]の代表作とも言えよう。実際、その幻想的な内容と豊饒なイメージから、後述するように数々の文学や芸術作品に大きな影響を与えてきた。『神曲』の持つファンタスティックな描写は、現代の[[サイエンス・フィクション|SF]]や[[ファンタジー]]の源流の一つともみなされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 宗教的評価&lt;br /&gt;
しかしながら、こうした文学作品としての評価とは別個に、宗教文学としての『神曲』の評価もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ダンテは敬虔なカトリック教徒であり、『神曲』は三位一体の玄義をそのまま体現したキリスト教文学でもある。このためキリスト教圏においては、評価は極めて高い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ところが、[[イスラム]]圏では『神曲』は禁書扱いになっている。それというのも、『神曲』地獄篇第28歌では、イスラム教の開祖[[ムハンマド・イブン＝アブドゥッラーフ|ムハンマド]]と第四代[[カリフ]]の[[アリー・イブン＝アビー＝ターリブ|アリー]]が「不和・分離の種を蒔いた罪」によって地獄の最下層部に堕とされ、第八圏第九の嚢（マーレボルジェ）の中で、腹を縦に切り開かれて内臓を露出させているという描写があり、そのために、『神曲』地獄篇は回教圏では到底受け入れられない内容となっているのである。また地獄の深層部で重罪人が劫罰を受けるディーテの市は、本文で「回教寺院（[[モスク]]）」にも喩えられている。周知のように、ここには[[十字軍]]を派遣したカトリックの信徒としてのダンテが抱く憎悪が込められている。こうした『神曲』におけるムハンマドの描写は、回教徒にとって『悪魔の詩』どころではない最大級の侮辱として受け止められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本においては、西洋の肩を持つことが多いのと、そもそも宗教に淡白なこともあって、このような視点はあまり顧みられることがないが、峻厳な信仰からくる宗教対立は、この時代から現代に至るまでも尾を引く極めて難しい問題である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 『神曲』の翻訳 ==&lt;br /&gt;
『神曲』の和訳は十種ほどあるが、文語訳では[http://page.freett.com/postx/kobemovie/yamakawa.gif 山川丙三郎訳]（岩波文庫）、口語訳では平川祐弘訳（講談社）、および寿岳文章訳（集英社文庫）が最も一般に流通している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これ以外に、全訳では竹友藻風訳、中山昌樹訳、生田長江訳、野上素一訳、三浦逸雄訳など、地獄篇のみの部分訳では北川冬彦訳、荒木嘉之訳、原光訳がある。なお[[岩波書店]]の雑誌「[[図書_(雑誌)|図書]]」誌上に、2005年6月より[[河島英昭]]の新訳が一月一歌のペースで連載されている。また、早世したため地獄篇の冒頭部や天国篇の一部しか訳されていないが、上田敏の未定稿翻訳も見逃せない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
抄訳では、繁野天來『ダンテ神曲物語』がある。これは明治36年に刊行されたもので、最初の『神曲』の翻訳でもある。他に平沢弥一郎『絵で読むダンテ「神曲」地獄篇』、谷口江里也『神曲』などといった抄訳版があり、いずれも[[ギュスターヴ・ドレ]]の挿画を載せている。とくに谷口江里也『神曲』は百枚以上のドレ『神曲』挿画が収められたドレ画集となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウェブ上では、[[青空文庫]]に[http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person960.html 山川丙三郎訳『神曲』]が公開されている。続く天堂は目下作業中。同様に[http://www.sm.rim.or.jp/~osawa/AGG/divina-commedia/ 中山昌樹訳『神曲』地獄篇]も地獄篇まで入力が進められており、最初期の翻訳二つが電子版で読めるようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウェブ上のみの試みとしては、[http://www7a.biglobe.ne.jp/~dantesque/ ダンテと沙漠と詩]において、中西治嘉が翻訳・研究を発表している。翻訳は、地獄篇・煉獄篇までを訳了し、天国篇に入ったところである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、[http://www.bbc-bunko.co.jp/literature/shinkyoku.html 北川冬彦訳『神曲』地獄篇]の電子版が発売されており、冒頭の第三歌のみを試し読み版でダウンロードできる。（北川訳は、原典の第一歌、第二歌を削除し、またウェルギリウスを登場させずダンテ一人で地獄巡りさせるという大胆な翻訳である）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[http://www.gutenberg21.co.jp/dante1_3.htm 三浦逸雄訳『神曲』]は三篇が揃った唯一の電子版であり、試し読み版で地獄篇第一歌が公開されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==『神曲』の影響==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; イタリア国内&lt;br /&gt;
* トスカナ地方の方言で書かれた『神曲』の文体が、現代の[[イタリア語]]の基礎となった。方言問題や、俗語と文語について説いたダンテの『俗語論』の影響も大きい。&lt;br /&gt;
* イタリアにおいてダンテは国民的詩人とされ、義務教育では『神曲』の学科が設けられている。&lt;br /&gt;
* 欧州連合の共通通貨[[ユーロ]]は、片面に各国ごとの独自デザインがなされているが、イタリアの最高額2ユーロ硬貨には、ダンテの肖像（[[ラファエロ・サンティ|ラファエロ]]原画）が採用されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 芸術・文学&lt;br /&gt;
* 数々の芸術作品に『神曲』のイメージが多用された。[[ミケランジェロ・ブオナローティ|ミケランジェロ]]は、『神曲』地獄篇に霊感を得て、[[バチカン|ヴァチカン]]の[[システィーナ礼拝堂]]に、大作「[[最後の審判]]」の地獄風景を描いている。[[オーギュスト・ロダン]]の有名な彫刻「[[考える人]]」も、そもそもは地獄篇第三歌より着想された「[[地獄の門]]」を構成する群像の一人（恐らくはダンテ自身）として作られたものである。&lt;br /&gt;
* [[サンドロ・ボッティチェッリ]]、[[ウィリアム・ブレイク]]、[[サルバドール・ダリ]]、[[ギュスターヴ・ドレ]]ら高名な芸術家が、『神曲』の挿絵を描いている。&lt;br /&gt;
* [[ピョートル・チャイコフスキー]]は、『神曲』中の絶唱とされる地獄篇第五歌にうたわれた、フランチェスカとパオロの悲恋を題材として、[[幻想曲]]『[[フランチェスカ・ダ・リミニ]]』を作曲した。&lt;br /&gt;
* [[フランツ・リスト]]は、『神曲』の構想をもとに『[[ダンテ交響曲]]』を作曲した。ただし、天国を描写するのは不可能ではないか、との[[リヒャルト・ワーグナー]]の意見に従い、煉獄を描いた第2楽章の終結部で天国を象徴する「讃歌」を置くに留めている。[[ピアノ]]曲としては『神曲』の地獄篇におけるすさまじい情景を描写した『ソナタ風幻想曲「ダンテを読んで」』を作曲している。&lt;br /&gt;
* [[ポルトガル]]の映画監督[[マノエル・デ・オリヴェイラ]]の映画作品に、精神病院を舞台にした『神曲』（1991年）がある。[[聖書]]や[[フョードル・ドストエフスキー|ドストエフスキー]]作品の作中人物になりきった人々が各々の妄想の中に生き、西洋における「罪の意識」を明らかにする。&lt;br /&gt;
* [[ジョヴァンニ・ボッカッチョ|ボッカッチョ]]はダンテに傾倒し、『神曲』の注釈書やダンテの評伝を残している。のちにはフィレンツェで『神曲』の講義を開いたこともある。彼がもともと『喜劇（コメディア）』と題された作品に『神聖なる』の形容を冠したことから、『神曲』の書名が始まった。また、代表作『[[デカメロン]]』は人間模様を赤裸々に描写したことから、『神曲』ならぬ『人曲』とも呼ばれる。&lt;br /&gt;
* [[T・S・エリオット]]、[[ホルヘ・ルイス・ボルヘス]]、[[ジェイムズ・ジョイス]]、[[ヘンリー・W・ロングフェロー]]ら世界中の文学者にも影響を及ぼし、ロングフェローのように自ら翻訳を発表した者もいる。&lt;br /&gt;
* ドイツの古典主義作家[[ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ|ゲーテ]]の代表作『[[ファウスト]]』の世界観も『神曲』の影響を色濃く受けているといわれている。また、『ファウスト第二部』第一幕における主人公ファウストの独白部分は『神曲』と同じTerzineの韻律であり、ゲーテが『神曲』を意識して書いたことが見てとれる。&lt;br /&gt;
* [[アレクサンドル・デュマ・ペール|アレクサンドル・デュマ]]は『[[モンテ・クリスト伯]]』の主人公の名字をダンテスにしたが、これはダンテに由来するとされる。また、当時『神曲』の特に地獄篇がフランスで流行っていた（Wordsworth Classics版モンテ・クリスト伯より）。&lt;br /&gt;
* [[夏目漱石]]は短編『倫敦塔』の中に、貴人が幽閉され消えていった倫敦塔と重ねて、地獄の門に刻まれた銘を引用している。&lt;br /&gt;
* [[中原中也]]は『神曲』を愛読しており、彼の詩に『神曲』の影響を見て取る者もいる。（[http://www.ten-f.com/ 中原中也とダダイズム]参照）&lt;br /&gt;
* [[大西巨人]]の代表作『神聖喜劇』の題は『神曲』の原題を意識した命名。また、[[オノレ・ド・バルザック]]は、自らの作品集を『人間喜劇』と名づけたが、これもダンテの“神聖喜劇”に対するもの。&lt;br /&gt;
* [[英国放送協会|BBC]] Radio4が実施した世界の名著ランキングで[[ウィリアム・シェイクスピア|シェイクスピア]]、[[レフ・トルストイ|トルストイ]]を抑えて一位を獲得。&lt;br /&gt;
* [[ジャン＝リュック・ゴダール]]の映画作品「[[アワーミュージック]]」の構成は、『神曲』に倣い「地獄」「煉獄」「天国」の三部構成をとっている。&lt;br /&gt;
* アメリカの作曲家R.W.スミスが作曲した[[吹奏楽]]作品『神曲』（''The Divine Comedy''）は、「地獄編」「煉獄編」「キリストの昇天」「天国編」の4楽章にて構成されている。原典の構成に忠実に作曲されており、現代的手法を取り入れながら聴き手にも伝わりやすい構成となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; エンターテインメント&lt;br /&gt;
* [[トマス・ハリス]]の著による『[[ハンニバル_(トマス・ハリス)|ハンニバル]]』シリーズの登場人物である[[ハンニバル・レクター]]博士も、ダンテに対して類稀な興味を寄せる。&lt;br /&gt;
* [[アメリカ合衆国|アメリカ]]の作家[[マシュー・パール]]は、19世紀アメリカを舞台として、ダンテの地獄篇に描かれた劫罰を再現したかのような殺人事件を描いた[[推理小説]]『ダンテ・クラブ』を著している。 &lt;br /&gt;
* [[山田正紀]]のミステリ『神曲法廷』、[[山田風太郎]]の『神曲崩壊』、[[ラリー・ニーヴン]]&amp;amp;[[ジェリー・パーネル]]のSF『インフェルノ―SF地獄篇』など、数々の小説のネタとなった。&lt;br /&gt;
* [[高木彬光]]は[[連合赤軍]]が起こした[[山岳ベース事件]]（仲間内での大量リンチ殺人）を題材に、小説『神曲地獄篇』を書いている。このほか、『神曲』の題名をそのまま使用した小説・漫画作品はいくつかある。&lt;br /&gt;
* [[永井豪]]のバイオレンス漫画『[[魔王ダンテ]]』『[[デビルマン]]』などの世界観は、彼が幼少期に読んだ子供向けの『ダンテの神曲物語』の影響を受けたものである。この本に掲載された[[ギュスターヴ・ドレ|ドレ]]の挿絵に衝撃を受けたという。永井豪は『神曲』三篇の漫画化にも取り組んでいる。&lt;br /&gt;
* [[車田正美]]の漫画『[[聖闘士星矢]]』冥王ハーデス冥界編の舞台はダンテの地獄をほぼそのままなぞっており、独自の解釈による地獄の情景が描かれている。&lt;br /&gt;
* [[コーエー|光栄]]から出された[[PC-9801]]用ゲームに『魂の門～ダンテ「神曲」より』がある。これは、『神曲』の世界に題材を取り、主人公ダンテをプレイヤー自身が操作するアクションゲームである。&lt;br /&gt;
* その他、細かい元ネタを探れば、人気RPG『[[ファイナルファンタジーIV]]』に登場する、スカルミリョーネ・カイナッツォ・バルバリシア・ルビカンテら四天王の名前は、地獄界の第五の嚢（マーレボルジェ）に登場するマラコーダ配下の地獄の鬼ども（悪の爪、マーレブランケ）から取られたものである。また、RPG『[[ワイルドアームズ セカンド・イグニッション]]』には、敵方の最高幹部として特戦隊「コキュートス」が登場する。これは『神曲』の氷地獄コキュートスに由来しており、構成員の名前も、カイーナ・アンテノーラ・トロメア・ジュデッカとコキュートスの四円からそのまま取られている。また、さらに続編の『[[ワイルドアームズ ザ フィフスヴァンガード]]』ではINFERNO・COCYTUSという名の隠しダンジョンが存在する。このように、『神曲』は現代のマンガ・アニメ・ゲーム界にすら相当大きな影響を及ぼしている。「Devil may cry(1~3)」（PS2)の主人公の名前もダンテとなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; その他&lt;br /&gt;
* [[神戸連続児童殺傷事件]]で犯人とされる少年が、「第三の犯行声明文」と言われる作文[http://www.mkimpo.com/diary/1997/shoollkiller.html 「懲役十三年」]において、地獄篇第一歌の冒頭部分を引用している。これは寿岳文章訳の冒頭部分を改変したもの。&lt;br /&gt;
* 「インド人もびっくり」の由来は神曲の一節「上へ行けば行くほど、末広がりに広がるその上枝の高さは、喬木のおのが森に住み慣れたインド人をさえ、驚嘆させたであろう」（寿岳訳）が元になっていると言われている。&lt;br /&gt;
*神曲の異なる意味として、神曲（しんきょく・シャンチュー）という名前の漢方薬が存在する。消化を助ける効能がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* 『詩聖ダンテ』 上田敏 （金港堂書籍・求光閣）&lt;br /&gt;
* 『詩聖ダンテ』 中山昌樹 （新生堂）&lt;br /&gt;
* 『地獄の征服』 阿部次郎 （岩波書店）&lt;br /&gt;
* 『ダンテの地獄を読む』 平川祐弘 （河出書房新社）&lt;br /&gt;
* 『ダンテ地獄篇精読』 粟津則雄 （筑摩書房）&lt;br /&gt;
* 『ダンテ神曲講義』 矢内原忠雄 （みすず書房）&lt;br /&gt;
* 『ダンテ『神曲』講義』 [[今道友信]] （みすず書房） &lt;br /&gt;
* 『ボルヘスの「神曲」講義』 ホルヘ・ルイス・ボルヘス （国書刊行会）  &lt;br /&gt;
* 『永井豪の世界文学講座　ダンテ『神曲』』 永井豪 （講談社）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[イタリア文学]]&lt;br /&gt;
* [[カトリック教会|カトリック]] - [[三位一体]]&lt;br /&gt;
* [[地獄_(キリスト教)|地獄]] - [[地獄の門]]&lt;br /&gt;
* [[煉獄]]&lt;br /&gt;
* [[天国]] - [[天動説]]&lt;br /&gt;
* [[ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ|ゲーテ]] 『[[ファウスト]]』&lt;br /&gt;
* [[ジョン・ミルトン]] 『[[失楽園]]』&lt;br /&gt;
* [[ジョン・バニヤン]] 『[[天路歴程]]』&lt;br /&gt;
* [[ジュゼッペ・テラーニ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
{{Commonscat|The Divine Comedy}}&lt;br /&gt;
*[http://etcweb.princeton.edu/dante/index.html Princeton Dante Project　神曲の英語、伊語]&lt;br /&gt;
* [http://tuttotempolibero.altervista.org/poesia/duecento/dantealighieri.html Complete text of the Divine Commedia]&lt;br /&gt;
* [http://www.liberliber.it/biblioteca/a/alighieri/index.htm イタリア語原文]&lt;br /&gt;
* [http://www7a.biglobe.ne.jp/~dantesque/ ダンテと沙漠と詩]&lt;br /&gt;
* [http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person960.html 山川 丙三郎訳『神曲』（青空文庫）]&lt;br /&gt;
* [http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0913.html 松岡正剛の千夜千冊『神曲』]&lt;br /&gt;
* [http://www.angel-zaidan.org/divinacommedia/ 今道友信「ダンテ『神曲』連続講義」（全15回）]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0;background-color:#f6f6f6;border:1px solid #ccc;padding:3px;font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;このページは [http://ja.wikipedia.org/ Wikipedia日本語版]由来のコンテンツを利用しています。もとの記事は[http://ja.wikipedia.org/wiki/神曲 '''神曲''']にあります。執筆者のリストは[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=神曲&amp;amp;amp;action=history '''履歴''']をご覧ください。 [[Yourpedia]]と同じく、[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia Wikipedia]は[http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html GFDLのライセンス]で提供されています。コンテンツを再利用する際には同じくGFDLのライセンスを採用してください。&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:Wikipedia出典元の記事|神曲]]&lt;br /&gt;
[[Category:イタリア文学|しんきよく]]&lt;br /&gt;
[[Category:文学作品|しんきょく]]&lt;br /&gt;
[[Category:叙事詩|しんきょく]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>82.150.138.109</name></author>	</entry>

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		<title>神曲</title>
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&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{otheruses|神曲}}&lt;br /&gt;
[[画像:Inferno_Canto_3_Charon_strikes_lines_107-108.jpg|thumb|right|300px|冥界の渡し守[[カロン]]が死者の霊を舟に乗せてゆく。地獄篇の挿絵より。]]&lt;br /&gt;
『'''神曲'''』（しんきょく）''La Divina Commedia'' は、13-14世紀[[イタリア]]の詩人・政治家、[[ダンテ・アリギエーリ]]の代表作である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
地獄篇・煉獄篇・天国篇の三部から成る、全14233行の[[韻文]]による長編[[叙事詩]]であり、聖なる数「3」を基調とした極めて均整のとれた構成から、しばしば[[ゴシック様式]]の[[大聖堂]]にたとえられる。[[イタリア文学]]最大の古典とされ、世界文学史にも重きをなしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
西暦1300年の聖金曜日（復活祭前の金曜日）、暗い森の中に迷い込んだダンテは、そこで出会った[[古代ローマ]]の詩人[[ウェルギリウス]]に導かれ、[[地獄]]・[[煉獄]]・[[天国]]と[[彼岸]]の国を遍歴して回る。ウェルギリウスは地獄の九圏を通ってダンテを案内し、地球の中心部、魔王[[ルシファー|ルチフェロ]]（サタン）の幽閉されている領域まで至る。そこから、地球の対蹠点に抜けて煉獄山にたどりつく。（ダンテの時代、地獄は聖地[[エルサレム]]の真下に存在すると信じられていた。ちなみにエルサレムより西へ90度に[[ジブラルタル]]、中間に[[イタリア]]、東へ90度に[[インド]]・[[ガンジス川]]があるという[[世界観]]である。）煉獄山では登るにしたがって罪を清められていき、煉獄の山頂でダンテはウェルギリウスと別れることになる。そしてダンテはそこで再会した永遠の淑女ベアトリーチェの導きで天界へと昇天し、各[[遊星]]の天を巡って至高天（エンピレオ）へと昇りつめ、見神の域に達する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 『神曲』の成立 ==&lt;br /&gt;
ダンテが『神曲』を世に出した背景には、当時のイタリアにおける政争と自身の[[フィレンツェ]]追放、そして永遠の淑女ベアトリーチェへの愛の存在が大きい。またダンテはヴェロナのパトロンであるカン・グランデへの書簡で、人生における道徳的原則を明らかにすることが『神曲』を執筆した目的であると記している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; ベアトリーチェ&lt;br /&gt;
『神曲』では実在した人物の名前が多々登場する。ウェルギリウスに地獄界の教導を請い、煉獄山の頂上でダンテを迎えるベアトリーチェは、ダンテが幼少のころ出会い、心惹かれた少女の名である。しかし、のちにベアトリーチェは24歳で夭逝してしまう。ダンテはそれを知ってひどく嘆き悲しみ、彼女のことをうたった詩文『[[新生]]』をまとめた（[[ダンテ・アリギエーリ]]の項も参照）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『神曲』に登場する天女ベアトリーチェに関しては、実在した女性ベアトリーチェをモデルにしたという実在論と、「永遠の淑女」「久遠の女性」としてキリスト教神学を象徴させたとする象徴論が対立している。実在のモデルを取る説では、フィレンツェの名門フォルコ・ポルティナーリの娘として生れ、のちに銀行家シモーネ・デ・バルティの妻となったベアトリーチェ（ビーチェ）を核として、ダンテがその詩の中で「永遠の淑女」として象徴化していったと見る。しかし、非実在の立場を取る神学の象徴説では、ダンテとベアトリーチェが出会ったのはともに9歳の時で、そして再会したのは9年の時を経、二人が18歳になった時の9時であるというように、[[三位一体]]を象徴する聖なる数「3」の倍数が何度も現われていることから、ベアトリーチェもまた神学の象徴であり、ダンテは見神の体験を寓意的に「永遠の淑女」として象徴化したという説を取る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いずれにせよ、ベアトリーチェは愛を象徴する存在として神聖化され、神学の象徴ともあると考えられている。一方、地獄と煉獄を案内するウェルギリウスも実在した古代ローマの詩人であり、彼は理性と[[哲学]]の象徴でもあると考えらている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; フィレンツェの政争&lt;br /&gt;
ダンテが『神曲』を執筆するきっかけの一つには、当時のイタリアでのグェルフィ党（教皇派）とギベリーニ党（皇帝派）の対立、および党派抗争を制したグェルフィ党内部での「白党」と「黒党」による政争がある。ダンテは白党に所属しており、フィレンツェ市政の重鎮に就いていたが、この政争に敗れてフィレンツェを追放されることになる。『神曲』には、ここかしこにダンテが経験した政治的不義に対する憤りが現れており、自分を追放したフィレンツェへの怒りと痛罵も込められている。またダンテを陥れた人物は、たとえ至尊の[[教皇]]であろうと地獄界に堕とし、そこで罰せられ苦しむ様子も描かれている。他にもダンテは自由に有名無名の実在した人物を登場させ、地獄や煉獄、天国に配置しており、これによって生まれるリアリティが『神曲』を成功させた理由の一つであると考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『神曲』地獄篇は1304年から1308年頃に執筆されたと考えられている。1319年には地獄篇と煉獄篇は既に多くの人に読まれており、ダンテは名声を得ていたことが分かっている。天国篇は1316年頃から死の直前、1321年にかけて完成された。『神曲』は当時の知識人の共通語であった[[ラテン語]]ではなく、[[トスカーナ地方]]の方言で執筆されたことも、多くの人に読まれた理由である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 『神曲』の由来 ==&lt;br /&gt;
イタリア語の原題は、 ''La Divina Commedia'' （&amp;lt;ruby&amp;gt;&amp;lt;rb&amp;gt;神聖なる喜劇&amp;lt;/rb&amp;gt;&amp;lt;rp&amp;gt;(&amp;lt;/rp&amp;gt;&amp;lt;rt&amp;gt;ディヴィーナ・コメディア&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;rp&amp;gt;)&amp;lt;/rp&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;）であるが、 ''Divina'' は[[ジョヴァンニ・ボッカッチョ|ボッカチオ]]が尊称としてつけたもので、ダンテ自身は、 単に''Commedia'' （喜劇）とのみ題していた。「喜劇」としたのは、「悲劇」とは逆に円満な結末を迎えるため、また、女子供でも読める俗語で書かれているためだという。出版史を見ると、『神曲』の最初期の写本では、『ダンテ』『三行韻詩』などの題がつけられていた。15、6世紀頃にはダンテの詩が活版印刷で出版されるようになり、1555年に刊行されたヴェネツィア版によって『神聖喜劇（''Divina Commedia''）』の題名が定着した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「神曲」の邦訳名は、[[森鴎外]]が[[ハンス・クリスチャン・アンデルセン|アンデルセン]]の翻訳『[[即興詩人]]』の中で用いた。その一章「神曲、吾友なる貴公子」において『神曲』の魅力が語られ、[[上田敏]]や[[正宗白鳥]]ら文人を魅了し、翻訳紹介の試みが始まった。この鴎外訳『即興詩人』が最初期の『神曲』紹介であり、日本における『神曲』受容はここから始まったとも言える。日本におけるほぼすべての邦訳の題名が、より原題に近い『[[神聖喜劇]]』ではなく『神曲』の訳題で統一されているのは、鴎外による『神曲』の訳名が人口に膾炙したためであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 『神曲』の構成 ==&lt;br /&gt;
『神曲』は、''Inferno'' （&amp;lt;ruby&amp;gt;&amp;lt;rb&amp;gt;地獄篇&amp;lt;/rb&amp;gt;&amp;lt;rp&amp;gt;(&amp;lt;/rp&amp;gt;&amp;lt;rt&amp;gt;インフェルノ&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;rp&amp;gt;)&amp;lt;/rp&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;） ・ ''Purgatorio'' （&amp;lt;ruby&amp;gt;&amp;lt;rb&amp;gt;煉獄篇&amp;lt;/rb&amp;gt;&amp;lt;rp&amp;gt;(&amp;lt;/rp&amp;gt;&amp;lt;rt&amp;gt;プルガトリオ&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;rp&amp;gt;)&amp;lt;/rp&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;） ・ ''Paradiso'' （&amp;lt;ruby&amp;gt;&amp;lt;rb&amp;gt;天国篇&amp;lt;/rb&amp;gt;&amp;lt;rp&amp;gt;(&amp;lt;/rp&amp;gt;&amp;lt;rt&amp;gt;パラディソ&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;rp&amp;gt;)&amp;lt;/rp&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;） の三部から構成されており、各篇はそれぞれ34歌、33歌、33歌の計100歌から成る。このうち地獄篇の最初の第一歌は、これから歌う三界全体の構想をあらわした、いわば総序となっているので、各篇は3の倍数である33歌から構成されていることになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また詩行全体にわたって、三行を一連とする「三行韻詩」あるいは「三韻句法」（テルツァ・リーマ）の詩型が用いられている。各行は11音節から成り、3行が一まとまりとなって、三行連句の脚韻が ''aba bcb cdc'' … と次々に韻を踏んでいって鎖状に連なるという押韻形式である。各歌の末尾のみ3+1行で、 …''xyx yzy z'' という韻によって締めくくられる。したがって、各歌は3n+1行から成る。このように、『神曲』は細部から全体の構成まで作品の隅々において、聖なる数「3」が貫かれており、幾何学的構成美を見せている。ダンテはローマカトリックの神に関する教義、「[[三位一体]]」についての神学を文学的表現として昇華しようと企図した。すなわち、聖数「3」と完全数「10」を基調として、 1，3，9(3&amp;lt;sup&amp;gt;2&amp;lt;/sup&amp;gt;)，10(3&amp;lt;sup&amp;gt;2&amp;lt;/sup&amp;gt;+1)，100(10&amp;lt;sup&amp;gt;2&amp;lt;/sup&amp;gt;，33×3+1) の数字を『神曲』全体に行き渡せることで「三位一体」を作品全体で体現したのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、地獄、煉獄、天国の各篇とも、最終歌の末節は ''stella'' （星）という言葉で結ばれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 地獄篇 ''Inferno'' ===&lt;br /&gt;
[[画像:Gustave_Dore_Inferno1.jpg|thumb|right|地獄篇の冒頭。気が付くと深い森の中におり、恐怖にかられるダンテ。 [[ギュスターヴ・ドレ]] による挿絵]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
西暦1300年の聖金曜日（[[復活祭]]前の金曜日）、人生の半ばにして暗い森に迷い込んだダンテは、地獄に入った。作者であり主人公でもあるダンテは、私淑する詩人ウェルギリウスに案内され、地獄の門をくぐって地獄の底にまで降り、死後の罰を受ける罪人たちの間を遍歴していく。ウェルギリウスは、キリスト以前に生れたため、キリスト教の恩寵を受けることがなく、[[ホメロス]]ら古代の大詩人とともに未洗礼者の置かれる辺獄（リンボ）にいたが、地獄に迷いこんだダンテの身を案じたベアトリーチェの頼みにより、ダンテの先導者としての役目を引き受けて辺獄を出たのである。&lt;br /&gt;
『神曲』において、地獄は漏斗状の大穴をなして地球の中心にまで達し、最上部の第一圏から最下部の第九圏までの九つの圏から構成される。かつて最も光輝はなはだしい天使であったルチフェロが神に叛逆し、地上に堕とされてできたのが地獄の大穴である。地球の対蹠点では、魔王が墜落した衝撃により、煉獄山が持ち上がったという。地獄は[[アリストテレス]]の『倫理学』でいう三つの邪悪、「放縦」「悪意」「獣性」を基本としてそれぞれ更に細分化され、「邪淫」「貪欲」「暴力」「欺瞞」などの罪に応じて亡者が各圏に振り分けられている。地獄の階層を下に行くに従って罪は重くなり、中ほどにあるディーテの市を境に地獄は比較的軽い罪と重罪の領域に分けられている。&lt;br /&gt;
[[Image:Botticelli ChartOfDantesHell.jpg|thumb|350px|[[ボッティチェルリ]]の ''地獄の図'' c. [[1490年]]]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『神曲』の地獄において最も重い罪とされる悪行は「裏切り」で、地獄の最下層コキュートス（嘆きの川）には裏切者が永遠に氷漬けとなっている。数ある罪の中で、「裏切」が特別に重い罪とされているのは、ダンテ自身がフィレンツェにおける政争の渦中で体験した、政治的不義に対する怒りが込められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
地獄界は、まず「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」と銘された[[地獄の門]]を抜けると、地獄の前庭とでも言うべきところに、罪も誉もなく人生を無為に生きた者が、地獄の中に入ることも許されず留め置かれている。その先には[[アケローン川]]が流れており、冥府の渡し守[[カロン]]の舟で渡ることになっている。地獄界の階層構造は以下のようになっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 地獄界の構造&lt;br /&gt;
* '''地獄の門'''　「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」&lt;br /&gt;
* '''地獄前域'''　…無為に生きて善も悪もなさなかった亡者は、地獄にも天国にも入ることを許されず、ここで蜂や虻に刺される。&lt;br /&gt;
* '''アケローン川'''　…冥府の渡し守カロンが亡者を櫂で追いやり、舟に乗せて地獄へと連行していく。&lt;br /&gt;
* '''第一圏　辺獄（リンボ）'''　…洗礼を受けなかった者が、呵責こそないが希望もないまま永遠に時を過ごす。&lt;br /&gt;
: 地獄の入口では、冥府の裁判官[[ミノス|ミーノス]]が死者の行くべき地獄を割り当てている。&lt;br /&gt;
* '''第二圏　愛欲者の地獄'''　…肉欲に溺れた者が、荒れ狂う暴風に吹き流される。&lt;br /&gt;
* '''第三圏　貪食者の地獄'''　…大食の罪を犯した者が、[[ケルベロス]]に引き裂かれて泥濘にのたうち回る。&lt;br /&gt;
: 冥府の神[[ハデス|プルート]]の咆哮。「パペ・サタン・パペ・サタン・アレッペ！」&lt;br /&gt;
* '''第四圏　貪欲者の地獄'''　…吝嗇と浪費の悪徳を積んだ者が、重い金貨の袋を転がしつつ互いに罵る。&lt;br /&gt;
* '''第五圏　憤怒者の地獄'''　…怒りに我を忘れた者が、血の色をしたスティージュの沼で互いに責め苛む。&lt;br /&gt;
* '''ディーテの市'''　…堕落した[[天使]]と重罪人が容れられる、永劫の炎に赤熱した城塞。ここより下の地獄圏はこの内部にある。&lt;br /&gt;
* '''第六圏　異端者の地獄'''　…あらゆる宗派の[[異端]]の教主と門徒が、火焔の墓孔に葬られている。&lt;br /&gt;
: 二人の詩人は[[ミノタウロス]]と[[ケンタウロス]]に出会い、半人半馬の[[ケイロン]]と[[ネッソス]]の案内を受ける。&lt;br /&gt;
* '''第七圏　暴力者の地獄'''　…他者に対して暴力をふるった者が、暴力の種類に応じて振り分けられる。&lt;br /&gt;
** '''第一の環　隣人に対する暴力'''　…隣人の身体、財産を損なった者が、煮えたぎる血の河フレジェトンタに漬けられる。&lt;br /&gt;
** '''第二の環　自己に対する暴力'''　…自殺者の森。自ら命を絶った者が、奇怪な樹木と化し[[ハーピー|アルピエ]]に葉を啄ばまれる。&lt;br /&gt;
** '''第三の環　神と自然と技術に対する暴力'''　…神および自然の業を蔑んだ者、男色者に、火の雨が降りかかる。&lt;br /&gt;
* '''第八圏　悪意者の地獄'''　…悪意を以て罪を犯した者が、それぞれ十の「'''マーレボルジェ'''」（'''悪の嚢'''）に振り分けられる。&lt;br /&gt;
** '''第一の嚢　女衒'''　…婦女を誘拐して売った者が、角ある悪鬼から鞭打たれる。&lt;br /&gt;
** '''第二の嚢　阿諛者'''　…阿諛追従の過ぎた者が、糞尿の海に漬けられる。&lt;br /&gt;
** '''第三の嚢　沽聖者'''　…聖物や聖職を売買し、神聖を金で汚した者（シモニア）が、岩孔に入れられて焔に包まれる。&lt;br /&gt;
** '''第四の嚢　魔術師'''　…卜占や邪法による呪術を行った者が、首を反対向きにねじ曲げられて背中に涙を流す。&lt;br /&gt;
** '''第五の嚢　汚職者'''　…職権を悪用して利益を得た汚吏が、煮えたぎる[[瀝青]]に漬けられ、悪鬼から鉤手で責められる。&lt;br /&gt;
** '''第六の嚢　偽善者'''　…[[偽善]]をなした者が、外面だけ美しい金張りの鉛の外套に身を包み、ひたすら歩く。&lt;br /&gt;
** '''第七の嚢　盗賊'''　…盗みを働いた者が、蛇に噛まれて燃え上がり灰となるが、再びもとの姿にかえる。&lt;br /&gt;
** '''第八の嚢　謀略者'''　…権謀術数をもって他者を欺いた者が、わが身を火焔に包まれて苦悶する。&lt;br /&gt;
** '''第九の嚢　離間者'''　…不和・分裂の種を蒔いた者が、体を裂き切られる。&lt;br /&gt;
** '''第十の嚢　詐欺師'''　…[[錬金術]]など様々な偽造や虚偽を行った者が、悪疫にかかって苦しむ。&lt;br /&gt;
: 最下層の地獄、コキュートスの手前には、かつて神に歯向かった[[ティタン|巨人]]が鎖で大穴に封じられている。&lt;br /&gt;
* '''第九圏　裏切者の地獄'''　…「'''コキュートス'''」（Cocytus 嘆きの川）と呼ばれる氷地獄。同心の四円に区切られ、最も重い罪、裏切を行った者が永遠に氷漬けとなっている。裏切者は首まで氷に漬かり、涙も凍る寒さに歯を鳴らす。&lt;br /&gt;
** '''第一の円　カイーナ'''（Caina）　…肉親に対する裏切者 （[[旧約聖書]]の『[[創世記]]』で弟[[アベル]]を殺した[[カイン]]に由来する）&lt;br /&gt;
** '''第二の円　アンテノーラ'''（Antenora）　…祖国に対する裏切者 （[[トロイア戦争]]でトロイアを裏切ったとされるアンテノールに由来する）&lt;br /&gt;
** '''第三の円　トロメーア'''（Ptolomea）　…客人に対する裏切者 （旧約聖書[[外典]]『[[マカバイ記]]』に登場する裏切者トロメオに由来するか）&lt;br /&gt;
** '''第四の円　ジュデッカ'''（Judecca）　…主人に対する裏切者 （[[イエス・キリスト]]を裏切った[[イスカリオテのユダ]]に由来する）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
地獄の中心ジュデッカのさらに中心、地球の重力がすべて向かうところには、神に叛逆した堕天使のなれの果てである魔王ルチフェロ（サタン）が氷の中に永遠に幽閉されている。魔王はかつて光輝はなはだしく最も美しい天使であったが、今は醜悪な三面の顔を持った姿となり、半身をコキュートスの氷の中に埋めていた。魔王は、イエス・キリストを裏切ったイスカリオテのユダ、[[ガイウス・ユリウス・カエサル|カエサル]]を裏切った[[マルクス・ユニウス・ブルートゥス|ブルートゥス]]、[[ガイウス・カッシウス|カッシウス]]の三人をそれぞれの口で噛み締めていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
二人の詩人は、魔王の体を足台としてそのまま真っ直ぐに反対側の地表に向けて登り、岩穴を抜けて地球の裏側に達する。そこは煉獄山の麓であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 煉獄篇 ''Purgatorio'' ===&lt;br /&gt;
[[画像:William_blake_beatrice.jpg|thumb|ダンテに呼びかけるベアトリーチェ　[[ウィリアム・ブレイク]]画]]&lt;br /&gt;
煉獄は、地獄を抜けた先の地表に聳える台形の山で、ちょうどエルサレムの対蹠点にある。「浄火」あるいは「浄罪」とも言う。永遠に罰を受けつづける救いようのない地獄の住人と異なり、煉獄においては、悔悟に達した者、悔悛の余地のある死者がここで罪を贖う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
煉獄山の構造は、下から昇るごとに幾つかの段階に分かれている。亡者は煉獄山の各階梯で生前になした罪を浄めつつ上へ上へと登り、浄め終えるとやがては天国に到達するのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
地獄を抜け出したダンテとウェルギリウスは、煉獄山の麓で[[小カトー]]と対面する。ペテロの門の前でダンテは天使の剣によって額に印である七つの''P''を刻まれた。''P''は煉獄山の七冠で浄められるべき「[[七つの大罪]]」、 ''Peccati'' を象徴する印である。そして、ウェルギリウスに導かれて山を登り、生前の罪を贖っている死者と語り合う。ダンテは煉獄山を登るごとに浄められ、額から''P''の字が一つずつ消えていく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
山頂でダンテは永遠の淑女ベアトリーチェと出会う。ウェルギリウスはキリスト教以前に生れた異端者であるため天国の案内者にはなれない。そこでダンテはウェルギリウスと別れ、ベアトリーチェに導かれて天国へと昇天する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 煉獄山の構造&lt;br /&gt;
* '''煉獄前域'''　煉獄山の麓。小カトーがここに運ばれる死者を見張る。&lt;br /&gt;
** '''第一の台地　破門者'''　…教会から破門された者は、臨終において悔い改めても、煉獄山の最外部から贖罪の道に就く。&lt;br /&gt;
** '''第二の台地　遅悔者'''　…信仰を怠って生前の悔悟が遅く、臨終に際してようやく悔悟に達した者はここから登る。&lt;br /&gt;
* '''ペテロの門'''　…煉獄山の入口。それぞれに色の異なる三段の階段を上り、金と銀の鍵をもって扉を押し開く。&lt;br /&gt;
* '''第一冠　高慢者'''　…生前、高慢の性を持った者が重い石を背負い、腰を折り曲げる。ダンテ自身はここに来ることになるだろうと述べている。&lt;br /&gt;
* '''第二冠　嫉妬者'''　…嫉妬に身を焦がした者が、瞼を縫い止められ、盲人のごとくなる。&lt;br /&gt;
* '''第三冠　憤怒者'''　…憤怒を悔悟した者が、朦朦たる煙の中で祈りを発する。&lt;br /&gt;
* '''第四冠　怠惰者'''　…怠惰に日々を過ごした者が、ひたすらこの冠を走り回り、煉獄山を周回する。&lt;br /&gt;
* '''第五冠　貪欲者'''　…生前欲深かった者が、五体を地に伏して嘆き悲しみ、欲望を消滅させる。&lt;br /&gt;
* '''第六冠　貪食者'''　…暴食に明け暮れた者が、決して口に入らぬ果実を前に食欲を節制する。&lt;br /&gt;
* '''第七冠　愛欲者'''　…不純な色欲に耽った者が互いに走りきたり、抱擁を交わして罪を悔い改める。&lt;br /&gt;
* '''山頂　地上楽園'''　…常春の楽園。煉獄で最も天国に近い所で、かつて人間が黄金時代に住んでいた場所という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 天国篇 ''Paradiso'' ===&lt;br /&gt;
地獄の大淵と煉獄山の存在する[[地球]]を中心として、同心円状に各遊星が取り巻く[[クラウディオス・プトレマイオス|プトレマイオス]]の[[天動説]]宇宙観に基づき、ダンテは天国界の十天を構想した。地球の周りをめぐる太陽天や木星天などの諸遊星天（当時、太陽も遊星の一つとして考えられていた）の上には、[[十二宮]]の存する恒星天と、万物を動かす力の根源である原動天があり、さらにその上には神の坐す至高天が存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ダンテはベアトリーチェに導かれて諸遊星天から恒星天、原動天と下から順に登っていく。ダンテは地獄から煉獄山の頂上までの道をウェルギリウスに案内され、天国では、至高天（エンピレオ）に至るまではベアトリーチェの案内を受けるが、エンピレオでは[[聖ベルナルド]]が三人目の案内者となる。天国へ入ったダンテは各々の階梯で様々な聖人と出会い、高邁な神学の議論が展開され、聖人たちの神学試問を経て、天国を上へ上へと登りつめる。至高天においてダンテは天上の純白の薔薇を見、この世を動かすものが神の愛であることを知る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 天国界の構造&lt;br /&gt;
* '''火焔天'''　…地球と月の間にある火の本源。焔が上へ上へと向かうのは、この天へ帰らんとするためと考えられた。&lt;br /&gt;
* '''第一天　月天'''　…天国の最下層で、生前、神への請願を必ずしも満たしきれなかった者が置かれる。&lt;br /&gt;
* '''第二天　水星天'''　…徳功を積みはしたものの、現世的な野心や名声の執着を断ち切れなかった者が置かれる。&lt;br /&gt;
* '''第三天　金星天'''　…まだ生命あった頃、激しい愛の情熱に駆られた者が置かれる。&lt;br /&gt;
* '''第四天　太陽天'''　…聖[[トマス・アクィナス]]ら智恵深き魂が置かれる。&lt;br /&gt;
* '''第五天　火星天'''　…キリスト教を護るために戦った戦士たちが置かれる。&lt;br /&gt;
* '''第六天　木星天'''　…地上にあって大いなる名声を得た正義ある統治者の魂が置かれる。&lt;br /&gt;
* '''第七天　土星天'''　…信仰ひとすじに生きた清廉な魂が置かれる。&lt;br /&gt;
* '''第八天　恒星天'''　…七つの遊星の天球を内包し、十二宮が置かれている天。聖[[ペトロ|ペテロ]]ら諸聖人が列する。&lt;br /&gt;
* '''第九天　原動天'''　…諸天の一切を動かす根源となる天。&lt;br /&gt;
* '''第十天　至高天'''　…エンピレオ。諸天使、諸聖人が「天上の薔薇」に集い、ダンテは永遠なる存在を前にして刹那、見神の域に達する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 『神曲』の評価 ==&lt;br /&gt;
; 文学的評価&lt;br /&gt;
『神曲』は、世界文学を代表する作品として評価は定着しており、西洋において最大級の賛辞を受けている。「世界文学」を語る際にはほぼ筆頭の位置に置かれ、古典文学の最高傑作、[[ルネサンス]]の先蹤となる作品とも評されている。とくに英語圏では『神曲』の影響は極めて大きく、部分訳を含めれば百数十作にのぼる『神曲』の翻訳が行われ、膨大な数の研究書や批評紹介が発表されている。ダンテ文献を多く蔵するアメリカの[[コーネル大学]]図書館では、ダンテ関連の文献だけで四冊の目録が作成されているほどという。日本における『神曲』の受容も、西洋からの翻訳紹介から始まったこともあって、基本的にはこの流れを汲む。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『神曲』は、執筆当時から様々な毀誉褒貶を受けていた。ダンテとほぼ同時代に活躍したボッカチオは、深くダンテに傾倒し、最初の崇拝者となった。彼は『神曲註解』や『ダンテ礼賛』を著してダンテを顕彰し、のちには『神曲』の講義も行っている。一方で、ダンテによって地獄に堕とされた人々の子孫や堕とされた当人は、当然のごとく快く思っていなかった。また、ダンテの正義、倫理観に反する者は、たとえ教皇であろうと容赦なく地獄に堕として責め苦に遭わせたため、この点を反教的と批判する者もいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『神曲』の中には様々な書物からの引用がある。中でも[[聖書]]が最も多く、次に[[アリストテレス]]や[[ウェルギリウス]]などの哲学や倫理学、詩が多用されている。また、当時の[[自然科学]]における[[天文学]]、[[測量学]]などの知見を素材として論理的・立体的に構成されていることから、中世における[[百科事典|百科全書]]的書物であるとも評価される。さらに聖書の伝説、[[ローマ神話|ギリシャ・ローマ神話]]の神々や怪物も多数登場し、古典文学の流れを引く[[幻想文学]]の代表作とも言えよう。実際、その幻想的な内容と豊饒なイメージから、後述するように数々の文学や芸術作品に大きな影響を与えてきた。『神曲』の持つファンタスティックな描写は、現代の[[サイエンス・フィクション|SF]]や[[ファンタジー]]の源流の一つともみなされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 宗教的評価&lt;br /&gt;
しかしながら、こうした文学作品としての評価とは別個に、宗教文学としての『神曲』の評価もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ダンテは敬虔なカトリック教徒であり、『神曲』は三位一体の玄義をそのまま体現したキリスト教文学でもある。このためキリスト教圏においては、評価は極めて高い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ところが、[[イスラム]]圏では『神曲』は禁書扱いになっている。それというのも、『神曲』地獄篇第28歌では、イスラム教の開祖[[ムハンマド・イブン＝アブドゥッラーフ|ムハンマド]]と第四代[[カリフ]]の[[アリー・イブン＝アビー＝ターリブ|アリー]]が「不和・分離の種を蒔いた罪」によって地獄の最下層部に堕とされ、第八圏第九の嚢（マーレボルジェ）の中で、腹を縦に切り開かれて内臓を露出させているという描写があり、そのために、『神曲』地獄篇は回教圏では到底受け入れられない内容となっているのである。また地獄の深層部で重罪人が劫罰を受けるディーテの市は、本文で「回教寺院（[[モスク]]）」にも喩えられている。周知のように、ここには[[十字軍]]を派遣したカトリックの信徒としてのダンテが抱く憎悪が込められている。こうした『神曲』におけるムハンマドの描写は、回教徒にとって『悪魔の詩』どころではない最大級の侮辱として受け止められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本においては、西洋の肩を持つことが多いのと、そもそも宗教に淡白なこともあって、このような視点はあまり顧みられることがないが、峻厳な信仰からくる宗教対立は、この時代から現代に至るまでも尾を引く極めて難しい問題である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 『神曲』の翻訳 ==&lt;br /&gt;
『神曲』の和訳は十種ほどあるが、文語訳では[http://page.freett.com/postx/kobemovie/yamakawa.gif 山川丙三郎訳]（岩波文庫）、口語訳では平川祐弘訳（講談社）、および寿岳文章訳（集英社文庫）が最も一般に流通している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これ以外に、全訳では竹友藻風訳、中山昌樹訳、生田長江訳、野上素一訳、三浦逸雄訳など、地獄篇のみの部分訳では北川冬彦訳、荒木嘉之訳、原光訳がある。なお[[岩波書店]]の雑誌「[[図書_(雑誌)|図書]]」誌上に、2005年6月より[[河島英昭]]の新訳が一月一歌のペースで連載されている。また、早世したため地獄篇の冒頭部や天国篇の一部しか訳されていないが、上田敏の未定稿翻訳も見逃せない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
抄訳では、繁野天來『ダンテ神曲物語』がある。これは明治36年に刊行されたもので、最初の『神曲』の翻訳でもある。他に平沢弥一郎『絵で読むダンテ「神曲」地獄篇』、谷口江里也『神曲』などといった抄訳版があり、いずれも[[ギュスターヴ・ドレ]]の挿画を載せている。とくに谷口江里也『神曲』は百枚以上のドレ『神曲』挿画が収められたドレ画集となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウェブ上では、[[青空文庫]]に[http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person960.html 山川丙三郎訳『神曲』]が公開されている。続く天堂は目下作業中。同様に[http://www.sm.rim.or.jp/~osawa/AGG/divina-commedia/ 中山昌樹訳『神曲』地獄篇]も地獄篇まで入力が進められており、最初期の翻訳二つが電子版で読めるようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウェブ上のみの試みとしては、[http://www7a.biglobe.ne.jp/~dantesque/ ダンテと沙漠と詩]において、中西治嘉が翻訳・研究を発表している。翻訳は、地獄篇・煉獄篇までを訳了し、天国篇に入ったところである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、[http://www.bbc-bunko.co.jp/literature/shinkyoku.html 北川冬彦訳『神曲』地獄篇]の電子版が発売されており、冒頭の第三歌のみを試し読み版でダウンロードできる。（北川訳は、原典の第一歌、第二歌を削除し、またウェルギリウスを登場させずダンテ一人で地獄巡りさせるという大胆な翻訳である）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[http://www.gutenberg21.co.jp/dante1_3.htm 三浦逸雄訳『神曲』]は三篇が揃った唯一の電子版であり、試し読み版で地獄篇第一歌が公開されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==『神曲』の影響==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; イタリア国内&lt;br /&gt;
* トスカナ地方の方言で書かれた『神曲』の文体が、現代の[[イタリア語]]の基礎となった。方言問題や、俗語と文語について説いたダンテの『俗語論』の影響も大きい。&lt;br /&gt;
* イタリアにおいてダンテは国民的詩人とされ、義務教育では『神曲』の学科が設けられている。&lt;br /&gt;
* 欧州連合の共通通貨[[ユーロ]]は、片面に各国ごとの独自デザインがなされているが、イタリアの最高額2ユーロ硬貨には、ダンテの肖像（[[ラファエロ・サンティ|ラファエロ]]原画）が採用されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 芸術・文学&lt;br /&gt;
* 数々の芸術作品に『神曲』のイメージが多用された。[[ミケランジェロ・ブオナローティ|ミケランジェロ]]は、『神曲』地獄篇に霊感を得て、[[バチカン|ヴァチカン]]の[[システィーナ礼拝堂]]に、大作「[[最後の審判]]」の地獄風景を描いている。[[オーギュスト・ロダン]]の有名な彫刻「[[考える人]]」も、そもそもは地獄篇第三歌より着想された「[[地獄の門]]」を構成する群像の一人（恐らくはダンテ自身）として作られたものである。&lt;br /&gt;
* [[サンドロ・ボッティチェッリ]]、[[ウィリアム・ブレイク]]、[[サルバドール・ダリ]]、[[ギュスターヴ・ドレ]]ら高名な芸術家が、『神曲』の挿絵を描いている。&lt;br /&gt;
* [[ピョートル・チャイコフスキー]]は、『神曲』中の絶唱とされる地獄篇第五歌にうたわれた、フランチェスカとパオロの悲恋を題材として、[[幻想曲]]『[[フランチェスカ・ダ・リミニ]]』を作曲した。&lt;br /&gt;
* [[フランツ・リスト]]は、『神曲』の構想をもとに『[[ダンテ交響曲]]』を作曲した。ただし、天国を描写するのは不可能ではないか、との[[リヒャルト・ワーグナー]]の意見に従い、煉獄を描いた第2楽章の終結部で天国を象徴する「讃歌」を置くに留めている。[[ピアノ]]曲としては『神曲』の地獄篇におけるすさまじい情景を描写した『ソナタ風幻想曲「ダンテを読んで」』を作曲している。&lt;br /&gt;
* [[ポルトガル]]の映画監督[[マノエル・デ・オリヴェイラ]]の映画作品に、精神病院を舞台にした『神曲』（1991年）がある。[[聖書]]や[[フョードル・ドストエフスキー|ドストエフスキー]]作品の作中人物になりきった人々が各々の妄想の中に生き、西洋における「罪の意識」を明らかにする。&lt;br /&gt;
* [[ジョヴァンニ・ボッカッチョ|ボッカッチョ]]はダンテに傾倒し、『神曲』の注釈書やダンテの評伝を残している。のちにはフィレンツェで『神曲』の講義を開いたこともある。彼がもともと『喜劇（コメディア）』と題された作品に『神聖なる』の形容を冠したことから、『神曲』の書名が始まった。また、代表作『[[デカメロン]]』は人間模様を赤裸々に描写したことから、『神曲』ならぬ『人曲』とも呼ばれる。&lt;br /&gt;
* [[T・S・エリオット]]、[[ホルヘ・ルイス・ボルヘス]]、[[ジェイムズ・ジョイス]]、[[ヘンリー・W・ロングフェロー]]ら世界中の文学者にも影響を及ぼし、ロングフェローのように自ら翻訳を発表した者もいる。&lt;br /&gt;
* ドイツの古典主義作家[[ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ|ゲーテ]]の代表作『[[ファウスト]]』の世界観も『神曲』の影響を色濃く受けているといわれている。また、『ファウスト第二部』第一幕における主人公ファウストの独白部分は『神曲』と同じTerzineの韻律であり、ゲーテが『神曲』を意識して書いたことが見てとれる。&lt;br /&gt;
* [[アレクサンドル・デュマ・ペール|アレクサンドル・デュマ]]は『[[モンテ・クリスト伯]]』の主人公の名字をダンテスにしたが、これはダンテに由来するとされる。また、当時『神曲』の特に地獄篇がフランスで流行っていた（Wordsworth Classics版モンテ・クリスト伯より）。&lt;br /&gt;
* [[夏目漱石]]は短編『倫敦塔』の中に、貴人が幽閉され消えていった倫敦塔と重ねて、地獄の門に刻まれた銘を引用している。&lt;br /&gt;
* [[中原中也]]は『神曲』を愛読しており、彼の詩に『神曲』の影響を見て取る者もいる。（[http://www.ten-f.com/ 中原中也とダダイズム]参照）&lt;br /&gt;
* [[大西巨人]]の代表作『神聖喜劇』の題は『神曲』の原題を意識した命名。また、[[オノレ・ド・バルザック]]は、自らの作品集を『人間喜劇』と名づけたが、これもダンテの“神聖喜劇”に対するもの。&lt;br /&gt;
* [[英国放送協会|BBC]] Radio4が実施した世界の名著ランキングで[[ウィリアム・シェイクスピア|シェイクスピア]]、[[レフ・トルストイ|トルストイ]]を抑えて一位を獲得。&lt;br /&gt;
* [[ジャン＝リュック・ゴダール]]の映画作品「[[アワーミュージック]]」の構成は、『神曲』に倣い「地獄」「煉獄」「天国」の三部構成をとっている。&lt;br /&gt;
* アメリカの作曲家R.W.スミスが作曲した[[吹奏楽]]作品『神曲』（''The Divine Comedy''）は、「地獄編」「煉獄編」「キリストの昇天」「天国編」の4楽章にて構成されている。原典の構成に忠実に作曲されており、現代的手法を取り入れながら聴き手にも伝わりやすい構成となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; エンターテインメント&lt;br /&gt;
* [[トマス・ハリス]]の著による『[[ハンニバル_(トマス・ハリス)|ハンニバル]]』シリーズの登場人物である[[ハンニバル・レクター]]博士も、ダンテに対して類稀な興味を寄せる。&lt;br /&gt;
* [[アメリカ合衆国|アメリカ]]の作家[[マシュー・パール]]は、19世紀アメリカを舞台として、ダンテの地獄篇に描かれた劫罰を再現したかのような殺人事件を描いた[[推理小説]]『ダンテ・クラブ』を著している。 &lt;br /&gt;
* [[山田正紀]]のミステリ『神曲法廷』、[[山田風太郎]]の『神曲崩壊』、[[ラリー・ニーヴン]]&amp;amp;[[ジェリー・パーネル]]のSF『インフェルノ―SF地獄篇』など、数々の小説のネタとなった。&lt;br /&gt;
* [[高木彬光]]は[[連合赤軍]]が起こした[[山岳ベース事件]]（仲間内での大量リンチ殺人）を題材に、小説『神曲地獄篇』を書いている。このほか、『神曲』の題名をそのまま使用した小説・漫画作品はいくつかある。&lt;br /&gt;
* [[永井豪]]のバイオレンス漫画『[[魔王ダンテ]]』『[[デビルマン]]』などの世界観は、彼が幼少期に読んだ子供向けの『ダンテの神曲物語』の影響を受けたものである。この本に掲載された[[ギュスターヴ・ドレ|ドレ]]の挿絵に衝撃を受けたという。永井豪は『神曲』三篇の漫画化にも取り組んでいる。&lt;br /&gt;
* [[車田正美]]の漫画『[[聖闘士星矢]]』冥王ハーデス冥界編の舞台はダンテの地獄をほぼそのままなぞっており、独自の解釈による地獄の情景が描かれている。&lt;br /&gt;
* [[コーエー|光栄]]から出された[[PC-9801]]用ゲームに『魂の門～ダンテ「神曲」より』がある。これは、『神曲』の世界に題材を取り、主人公ダンテをプレイヤー自身が操作するアクションゲームである。&lt;br /&gt;
* その他、細かい元ネタを探れば、人気RPG『[[ファイナルファンタジーIV]]』に登場する、スカルミリョーネ・カイナッツォ・バルバリシア・ルビカンテら四天王の名前は、地獄界の第五の嚢（マーレボルジェ）に登場するマラコーダ配下の地獄の鬼ども（悪の爪、マーレブランケ）から取られたものである。また、RPG『[[ワイルドアームズ セカンド・イグニッション]]』には、敵方の最高幹部として特戦隊「コキュートス」が登場する。これは『神曲』の氷地獄コキュートスに由来しており、構成員の名前も、カイーナ・アンテノーラ・トロメア・ジュデッカとコキュートスの四円からそのまま取られている。また、さらに続編の『[[ワイルドアームズ ザ フィフスヴァンガード]]』ではINFERNO・COCYTUSという名の隠しダンジョンが存在する。このように、『神曲』は現代のマンガ・アニメ・ゲーム界にすら相当大きな影響を及ぼしている。「Devil may cry(1~3)」（PS2)の主人公の名前もダンテとなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; その他&lt;br /&gt;
* [[神戸連続児童殺傷事件]]で犯人とされる少年が、「第三の犯行声明文」と言われる作文[http://www.mkimpo.com/diary/1997/shoollkiller.html 「懲役十三年」]において、地獄篇第一歌の冒頭部分を引用している。これは寿岳文章訳の冒頭部分を改変したもの。&lt;br /&gt;
* 「インド人もびっくり」の由来は神曲の一節「上へ行けば行くほど、末広がりに広がるその上枝の高さは、喬木のおのが森に住み慣れたインド人をさえ、驚嘆させたであろう」（寿岳訳）が元になっていると言われている。&lt;br /&gt;
*神曲の異なる意味として、神曲（しんきょく・シャンチュー）という名前の漢方薬が存在する。消化を助ける効能がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* 『詩聖ダンテ』 上田敏 （金港堂書籍・求光閣）&lt;br /&gt;
* 『詩聖ダンテ』 中山昌樹 （新生堂）&lt;br /&gt;
* 『地獄の征服』 阿部次郎 （岩波書店）&lt;br /&gt;
* 『ダンテの地獄を読む』 平川祐弘 （河出書房新社）&lt;br /&gt;
* 『ダンテ地獄篇精読』 粟津則雄 （筑摩書房）&lt;br /&gt;
* 『ダンテ神曲講義』 矢内原忠雄 （みすず書房）&lt;br /&gt;
* 『ダンテ『神曲』講義』 [[今道友信]] （みすず書房） &lt;br /&gt;
* 『ボルヘスの「神曲」講義』 ホルヘ・ルイス・ボルヘス （国書刊行会）  &lt;br /&gt;
* 『永井豪の世界文学講座　ダンテ『神曲』』 永井豪 （講談社）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[イタリア文学]]&lt;br /&gt;
* [[カトリック教会|カトリック]] - [[三位一体]]&lt;br /&gt;
* [[地獄_(キリスト教)|地獄]] - [[地獄の門]]&lt;br /&gt;
* [[煉獄]]&lt;br /&gt;
* [[天国]] - [[天動説]]&lt;br /&gt;
* [[ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ|ゲーテ]] 『[[ファウスト]]』&lt;br /&gt;
* [[ジョン・ミルトン]] 『[[失楽園]]』&lt;br /&gt;
* [[ジョン・バニヤン]] 『[[天路歴程]]』&lt;br /&gt;
* [[ジュゼッペ・テラーニ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
{{Commonscat|The Divine Comedy}}&lt;br /&gt;
*[http://etcweb.princeton.edu/dante/index.html Princeton Dante Project　神曲の英語、伊語]&lt;br /&gt;
* [http://tuttotempolibero.altervista.org/poesia/duecento/dantealighieri.html Complete text of the Divine Commedia]&lt;br /&gt;
* [http://www.liberliber.it/biblioteca/a/alighieri/index.htm イタリア語原文]&lt;br /&gt;
* [http://www7a.biglobe.ne.jp/~dantesque/ ダンテと沙漠と詩]&lt;br /&gt;
* [http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person960.html 山川 丙三郎訳『神曲』（青空文庫）]&lt;br /&gt;
* [http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0913.html 松岡正剛の千夜千冊『神曲』]&lt;br /&gt;
* [http://www.angel-zaidan.org/divinacommedia/ 今道友信「ダンテ『神曲』連続講義」（全15回）]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:イタリア文学|しんきよく]]&lt;br /&gt;
[[Category:文学作品|しんきょく]]&lt;br /&gt;
[[Category:叙事詩|しんきょく]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Featured_article}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Link_FA|nl}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[bg:Божествена комедия]]&lt;br /&gt;
[[br:Divina Commedia]]&lt;br /&gt;
[[bs:Pakao (Božanstvena komedija)]]&lt;br /&gt;
[[ca:La Divina Comèdia]]&lt;br /&gt;
[[cs:Božská komedie]]&lt;br /&gt;
[[da:Den Guddommelige Komedie]]&lt;br /&gt;
[[de:Göttliche Komödie]]&lt;br /&gt;
[[el:Θεία Κωμωδία]]&lt;br /&gt;
[[en:The Divine Comedy]]&lt;br /&gt;
[[eo:La Divina Commedia]]&lt;br /&gt;
[[es:La Divina Comedia]]&lt;br /&gt;
[[fa:کمدی الهی]]&lt;br /&gt;
[[fi:Jumalainen näytelmä]]&lt;br /&gt;
[[fr:La Divine Comédie]]&lt;br /&gt;
[[ga:An Choiméide Dhiaga]]&lt;br /&gt;
[[he:הקומדיה האלוהית]]&lt;br /&gt;
[[hr:Božanstvena komedija]]&lt;br /&gt;
[[it:Divina Commedia]]&lt;br /&gt;
[[ko:신곡]]&lt;br /&gt;
[[la:Divina Comoedia]]&lt;br /&gt;
[[nl:De goddelijke komedie]]&lt;br /&gt;
[[nn:Divina Commedia]]&lt;br /&gt;
[[no:Den guddommelige komedie]]&lt;br /&gt;
[[pl:Boska komedia]]&lt;br /&gt;
[[pt:A Divina Comédia]]&lt;br /&gt;
[[ro:Divina Comedie]]&lt;br /&gt;
[[ru:Божественная комедия]]&lt;br /&gt;
[[ru-sib:Божесвенной балаган]]&lt;br /&gt;
[[scn:Divina Cummedia]]&lt;br /&gt;
[[sh:Božanstvena komedija]]&lt;br /&gt;
[[simple:The Divine Comedy]]&lt;br /&gt;
[[sl:Božanska komedija]]&lt;br /&gt;
[[sr:Божанствена комедија]]&lt;br /&gt;
[[sv:Den gudomliga komedin]]&lt;br /&gt;
[[tl:Banal na Komedya]]&lt;br /&gt;
[[tr:İlahî Komedya]]&lt;br /&gt;
[[vi:Thần khúc]]&lt;br /&gt;
[[zh:神曲]]&lt;/div&gt;</summary>
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				<updated>2007-05-27T09:24:28Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;82.150.138.109: http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=ショウジョウバエ&amp;amp;oldid=12550391&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{| border=1 cellspacing=0 cellpadding=2 align=right&lt;br /&gt;
|- style=&amp;quot;background-color: pink&amp;quot;&lt;br /&gt;
! キイロショウジョウバエ&lt;br /&gt;
|- align=center&lt;br /&gt;
|[[画像:55542main_maflies_med.jpg|270px|キイロショウジョウバエ成虫]]&amp;lt;br/&amp;gt;&amp;lt;small&amp;gt;キイロショウジョウバエ成虫のオス（左）とメス（右）&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|- style=&amp;quot;background-color: pink&amp;quot;&lt;br /&gt;
! [[生物の分類|分類]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
{| align=center&lt;br /&gt;
|界: ||[[動物界]] Animalia&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|門: ||[[節足動物門]] Arthropoda&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|綱: ||[[昆虫綱]] Insecta&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|目: ||[[双翅目]] Diptera&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|科: ||ショウジョウバエ科 Drosophilidae&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|属: ||ショウジョウバエ属 ''Drosophila''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|種: || キイロショウジョウバエ ''D. melanogaster''&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
|- style=&amp;quot;background-color: pink&amp;quot;&lt;br /&gt;
! [[学名]]&lt;br /&gt;
|- style=&amp;quot;font-style:italic;text-align:center;&amp;quot;&lt;br /&gt;
| [[Wikispecies:Drosophila melanogaster|Drosophila melanogaster]]&lt;br /&gt;
|- style=&amp;quot;background-color: pink&amp;quot;&lt;br /&gt;
! 英名&lt;br /&gt;
|- style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;&lt;br /&gt;
| Fruit fly&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''ショウジョウバエ'''（'''猩猩蠅'''）はショウジョウバエ科に属する[[ハエ]]の総称である。赤い[[目]]を持つことや[[酒]]に好んで集まることから、顔の赤い酒飲みの妖怪「[[猩々]]」にちなんで名付けられた。日本では俗に'''コバエ'''（小蝿）や'''スバエ'''（酢蝿）などとも呼ばれる。学名の '''''Drosophila''''' は「湿気・露を好む」というギリシャ語 &amp;lt;font lang=&amp;quot;el&amp;quot;&amp;gt;δροσος&amp;lt;/font&amp;gt; ('''drosos''') + &amp;lt;font lang=&amp;quot;el&amp;quot;&amp;gt;φιλα&amp;lt;/font&amp;gt; ('''phila''') にちなむ。これはドイツ語での通称が露バエを意味する Taufliegen であることによる。英語では俗に '''fruit fly''' （果実蝿）、 vinegar fly （酢蝿）、 wine fly （ワイン蝿）などと呼ばれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
多くの種は体長3[[ミリメートル|mm]]前後と小さく、自然界では熟した[[果物]]類や樹液およびそこに生育する天然の[[酵母]]を食料とする。酵母は果実や樹液を代謝しアルコール発酵を行うため、ショウジョウバエは酒や酢に誘引されると考えられる。大半の種は[[糞|糞便]]や腐敗動物質といったタイプの汚物には接触しないため、病原菌の媒体になることはない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在、ショウジョウバエ科には3千を超える種が記載されている。ショウジョウバエ属は17亜属に分類され、日本には7亜属が生息する。生物学で単にショウジョウバエという場合は、実験動物として最も広く用いられている種である'''キイロショウジョウバエ''' ''D. melanogaster'' を指すことが多い。この種は[[アフリカ]]中央部に起源を持ち、現在では世界各地の暖かい地域で見られる。寒い地域でも夏場だけ移動してきたり、暖かい場所で冬を越したりする。冬眠することはない。日本では野外や人家で普通に見られる。以降、この記事でも'''ショウジョウバエ'''という言葉を単独で用いた場合はキイロショウジョウバエを意味する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（余談だが、和名にはキイロとつくが、学名では「黒い腹」という意味の ''melanogaster'' となっている。これは体色は黄色がかっているが腹部の末端が黒いためだろう。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== モデル生物としての生物学的特性 ==&lt;br /&gt;
キイロショウジョウバエの[[モデル生物]]としての利点は以下のことが挙げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 飼育の容易さ: 小さい体、短い生活環、多産、特殊なエサは不要。&lt;br /&gt;
* 遺伝的特性: 小さい[[ゲノム]]サイズ。[[染色体]]が少ない（四対）。[[遺伝子]]の重複が少ない。&lt;br /&gt;
* [[遺伝学]]的知見・技術の蓄積。&lt;br /&gt;
* [[細胞生物学|細胞学]]的、[[発生生物学|発生学]]的記載の蓄積。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 研究室での飼育 ===&lt;br /&gt;
[[画像:Drosophila_culture_l.jpg|thumb|right|ショウジョウバエの培養試験管]]&lt;br /&gt;
ショウジョウバエの世代間隔は10日（25℃）。[[寿命]]は2か月。一匹のメスは、1日に50個前後の[[卵]]を産むことができる。体長2～3 mm。研究室では、成虫・幼虫ともに乾燥酵母、コーンミール、[[スクロース|蔗糖]]などを寒天で固めたエサで飼育される（写真）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 発生の概略 ===&lt;br /&gt;
ショウジョウバエは胚期、幼虫期、蛹期、成虫期の4つの[[発生 (生物学)|発生]]段階をもつ'''完全変態昆虫'''である。幼虫期には2回脱皮を行い、それぞれ一齢幼虫、二齢幼虫、三齢幼虫と呼ばれる。25℃で飼育すると、胚期: 一日、一齢幼虫期: 一日、二齢幼虫期: 一日、三齢幼虫期: 二日、蛹期: 五日を経て成虫になる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
卵には[[細胞核]]や栄養だけでなく、様々な遺伝子産物が母親から供給されている。これらの遺伝子産物には卵の中で片寄って存在しているものがあり、この偏りが胚内での位置情報となり、体軸や[[生殖細胞]]の形成などに重要な役割をもつ。受精核は分裂して細胞表層に移行し、'''表割'''を行う。極初期に決定された位置情報を元に[[シグナル伝達]]などを介した[[形態形成]]が速やかに進行する。幼虫期の脱皮・[[変態]]は[[幼若ホルモン]]や[[エクジソン]]によって制御されている。幼虫の体内には将来成虫の体を形成する[[成虫原基]]という[[組織 (生物学)|組織]]がある。成虫原基は三齢幼虫後期に増殖・分化し始め、蛹の間に成虫の体を形作る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 染色体・ゲノム ===&lt;br /&gt;
四対の'''[[染色体]]'''があり、'''性染色体'''を第一染色体として、'''常染色体'''を第二、第三、第四染色体と呼ぶ。性染色体は[[ヒト]]と同じ XY 型だが[[性決定]]機構は異なる。Y 染色体と第四染色体は非常に短いため、しばしば無視される。幼虫の'''唾液腺'''の染色体は[[核分裂]]を伴わずにDNA複製を繰り返し、多糸化するため非常に巨大になる。この唾液腺染色体に見られるバンドパターンは詳細に記載され、組み換え価との比較から'''細胞学的遺伝子地図'''が作成された。[[ゲノム]]サイズは1.65x10&amp;lt;sup&amp;gt;8&amp;lt;/sup&amp;gt;[[塩基対]]、おおよそ14,000の[[遺伝子]]があると推測されている。2000年には（ほぼ）すべてのゲノム塩基配列が解読された。[[多細胞生物]]としては[[C._elegans|線虫]]に次いで二番目（[[ゲノムプロジェクト]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ヒトの病気の原因として知られている遺伝子の61%がショウジョウバエにもあり、遺伝的にはヒトとショウジョウバエは非常に似ているということができる。[[パーキンソン病]]や[[ハンチントン病]]などのヒト疾患の病理メカニズムを解明するためのモデルとしても注目されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 行動・神経・脳 ===&lt;br /&gt;
成虫は正の[[走光性]]と負の走地性をもつ。さらに分子解剖学的に[[脳]]の[[神経]]回路を全て記述する試みがなされている。[[交尾]]はショウジョウバエで最も詳しく観察された行動であり、[[性決定]]などに関する研究がある。夜（暗期）には哺乳類の[[睡眠]]に類似した行動を示す。これはサーカディアンリズム（[[概日周期]]）を刻み、この周期が変化する変異体も得られている。&lt;br /&gt;
さらに、1970年代後半から始まった研究により、ショウジョウバエは記憶や学習といった行動を示すことが明らかとなった。その後の、遺伝学的な解析から様々な記憶・学習に関係する遺伝子が同定され、近年では蛍光タンパクなどを用いた記憶や学習を司る脳の回路解析が行われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、アルツハイマー病やパーキンソン病などのモデル動物も作成され、脳機能解析における実験動物として有用視されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ショウジョウバエ研究史 ==&lt;br /&gt;
ショウジョウバエ研究は一世紀にわたる歴史を持つ。初期は[[遺伝学]]の材料として、現在では主に[[発生生物学]]の[[モデル生物]]として用いられている。[[動物]]の[[発生 (生物学)|発生]]における多くの知見は、ショウジョウバエ研究で最初に明らかにされてきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 古典遺伝学の時代 ===&lt;br /&gt;
ショウジョウバエが生物学の材料として登場するのは、[[1901年]]、当時ハーバード大学にいたC.W.ウッドワースが大量飼育し、W.E. キャッスルに遺伝学の材料として薦めたのが最初と言われる。遺伝学の研究材料として有名にしたのは[[トーマス・ハント・モーガン|T.H. モーガン]]とその一派（C.B. ブリッジス、A.H. スターティヴァント、[[ハーマン・J・マラー|H.J. マラー]]ら）。彼等は[[1908年]]からショウジョウバエを用いはじめ、[[1910年]]には最初の[[突然変異]]体、''white''（白眼）を発見した。さらに、変異体と異常染色体の関連を観察し、遺伝子が染色体上に存在することを証明（三点交雑法により、染色体上の遺伝子の配列を表した連鎖地図を作成）し、[[染色体説]]を実証した。この業績によりモーガンは[[1933年]]に[[ノーベル生理学・医学賞]]を受賞。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
遺伝学研究では突然変異体を用いるのが常法だが、自然状態で突然変異が起こる確率は非常に低く、発見が困難だった。この問題はH.J.マラーの研究によって解消される。マラーは、ショウジョウバエに[[X線]]を照射すると、表現型に遺伝的な影響を及ぼすことを発見し、これがX線による遺伝子突然変異であることを明らかにした（[[1927年]]）。この業績により彼は[[1946年]]にノーベル生理学・医学賞を受賞している。以降、多数の突然変異体系統や異常染色体系統が樹立された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このようにして古典遺伝学は隆盛を見る。しかしここまでの遺伝学では[[表現型]]の観察は主に成虫を用いており、発生に関する知見は乏しかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ホメオボックスの発見 ===&lt;br /&gt;
動物発生学では主に胚を研究材料としていた。[[観察]]や[[実験]]操作の容易さから大きな卵を持つカエルやウニが用いられることが多く、ショウジョウバエの胚は小さく、不透明な卵殻を持っているため発生学には向かないとされていた。また昆虫の発生はヒトとは全く異なるため、研究する意義が低いと考えられていた。しかし顕微鏡や観察技術、分子生物学の発展にともない[[ホメオボックス]]が発見されるに至ると、ショウジョウバエで培われた遺伝学は発生学と融合することになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ホメオボックスはホメオティック変異の研究から発見された。'''ホメオティック変異''' (homeotic mutation) とはある組織や器官が別の組織や器官になるという変異である。ショウジョウバエで初めてのホメオティック変異 ''bx'' (''bithorax'') はモーガン研究室のブリッジスによって1915年に発見されていた。''bx'' 変異体の組み合わせによっては胸部第三節が第二節に変化し、四対の翅をもつようになる。モーガンの孫弟子にあたる E.B. ルイスは多数の bx 変異を作成し、この変異表現型が BX 遺伝子群によって引き起こされるという説を発表した（1978年）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この間に'''遺伝子発現'''の定義が[[分子生物学]]によってなされ、ショウジョウバエでも遺伝子クローニングや遺伝子導入といった分子生物学的手法が導入された。また小さな胚を扱うための顕微鏡や観察技術も発展した。さらに幸運なことに1976年には'''P因子'''と呼ばれる[[トランスポゾン]]が発見され、1982年頃からはそれまで細菌や酵母でしか行えなかった遺伝子導入が比較的容易に行えるようになった。以降P因子を用いた様々な技術が開発されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
分子生物学的手法を用いて、1983年から84年にかけて、W.J. ゲーリングらと T. カウフマンらによってホメオティック変異の原因遺伝子が独立に[[クローニング]]された。塩基配列を決定したところホメオティック遺伝子には 180 bp (60 [[アミノ酸|aa]]) の共通した配列があり、'''ホメオボックス'''と名付けられた。驚くことに、ホメオボックスを持つ遺伝子はショウジョウバエだけでなく、[[ヒト]]から[[C._elegans|線虫]]、[[植物]]、[[酵母]]など[[真核生物]]に広く存在していることが明らかになった。生物は発生のような複雑な現象においても、基本的には共通の系を使っていたのである。このことは[[C. elegans|線虫]]を始め、他の[[モデル生物]]研究を加速させた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1980年代、C. ニュスライン-フォルハルトとE.F. ウィーシャウスは大量の突然変異系統を樹立し、ショウジョウバエ胚の体節形成に注目した表現型の観察を行った。彼等は胚におけるタンパク質の濃度勾配が体節形成に重要であることを明らかにし、この研究でホメオティック遺伝子の発現機構が解明された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このように[[発生 (生物学)|発生]]を[[遺伝子]]の言葉で説明することができるようになり、発生学と遺伝学は統合された。このことは[[1995年]]に「初期胚発生の遺伝的制御に関する発見」により E.B. ルイス、ニュスライン-フォルハルト、ウィーシャウスらがノーベル生理学・医学賞を受賞していることに象徴的される。発生学の分野では[[1935年]]の[[ハンス・シュペーマン]]の受賞から60年後のことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ゲノムプロジェクト以降 ===&lt;br /&gt;
[[ゲノムプロジェクト]]によるゲノム解読終了は、分子生物学的研究をさらに発展させることになる。また比較[[ゲノミクス|ゲノム学]]的な観点から、[[進化]]の研究も行いやすくなった。キイロショウジョウバエのいくつかの近縁種でもゲノムプロジェクトが進行中である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ショウジョウバエの遺伝子名 ==&lt;br /&gt;
遺伝子の命名法は生物種によって多少異なる。ここではショウジョウバエについて紹介する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
突然変異の解析から同定された遺伝子は、最初に得られた変異体の表現型にちなんだ命名をされる。この場合、遺伝子はその機能と'''逆の'''名前がつけられる。遺伝子名は斜体で表記し、'''劣性'''変異は小文字で、'''優性'''変異は大文字で始める。近年は、ほ乳類などで解析が進んでいたものをショウジョウバエでも[[遺伝学|逆遺伝学]]的に研究する例も増え、その場合はしばしば ''D. melanogaster'' の省略である d や D、Dm を遺伝子名の前につけることが、かつてあった。論文等における発表では、このような表記が使われることはあるが、事実上の標準であるFlyBaseに登録されるとき、こうした接頭語は冗長であるとの理由により修正される。通常、遺伝子名は遺伝子記号と呼ばれる略称で表記される。初期に発見された遺伝子は一文字や二文字（例えば ''white'' は ''w''）だったが、近年では三文字以上を用いる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
例）遺伝子名（遺伝子記号）- 備考&lt;br /&gt;
* ''white'' (''w'') - 白眼変異体の原因遺伝子。劣性変異。&lt;br /&gt;
* ''Antennapedia'' (''Antp'') - 触角 (Antena) が脚 (pedia) になる優性のホメオティック変異の原因遺伝子。&lt;br /&gt;
* ''p53'' - ほ乳類の[[癌抑制遺伝子]] ''p53'' のショウジョウバエ相同遺伝子。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ショウジョウバエ研究者はウィットを利かせた（ときとしてダジャレのような）遺伝子名を付ける伝統を持つ。例えば ''[[musashi]]''（毛が二本になる→二刀流の宮本'''[[宮本武蔵|武蔵]]'''）、 ''satori''（オスが交尾をしない→'''[[悟り]]'''の境地）、 ''hamlet''（神経になるべきかならざるべきか→シェークスピアの戯曲「'''[[ハムレット]]'''」）など。他生物種の研究者の中にはこのような習慣に否定的な意見をもつ人もおり、Nature 誌で議論がなされたことがあったが、ショウジョウバエ研究者は概ねこの伝統を誇りにしているようである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ショウジョウバエ属の分類 ==&lt;br /&gt;
[[画像:Drosophila_melanogaster_-_side_%28aka%29.jpg|thumb|200px|ショウジョウバエ成虫オス]]&lt;br /&gt;
ショウジョウバエ属は17亜属に分類され、日本には7亜属が生息する。以下に日本で見られるものについて示す。スターティヴァントは亜属を Drosophila の[[アナグラム]]で命名した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* ショウジョウバエ属 ''Drosophila'' Fallen&lt;br /&gt;
** マメジョウバエ亜属 ''Scaptodrosophila'' 10種&lt;br /&gt;
** ニセオトヒメショウジョウバエ亜属 ''Psilodorha'' 1種&lt;br /&gt;
** フサショウジョウバエ亜属 ''Hirtodrosophila'' 32種&lt;br /&gt;
** ニセヒメショウジョウバエ亜属 ''Lordiphosa'' 8種&lt;br /&gt;
** シマショウジョウバエ亜属 ''Sophophora'' Sturtevant 28種&lt;br /&gt;
*** ウスグロショウジョウバエ種群 ''D. obscura'' sp. group&lt;br /&gt;
**** ウスグロショウジョウバエ ''D. obscura''&lt;br /&gt;
*** キイロショウジョウバエ種群 ''D. melanogaster'' sp. group&lt;br /&gt;
**** '''キイロショウジョウバエ ''D. melanogaster'''''&lt;br /&gt;
**** オナジショウジョウバエ ''D. simulans''&lt;br /&gt;
** ショウジョウバエ亜属 ''Drosophila'' Fallen 38種&lt;br /&gt;
*** クロショウジョウバエ種群 ''D. virilis'' sp. group&lt;br /&gt;
**** クロショウジョウバエ ''D. virilis''&lt;br /&gt;
** ヒョウモンショウジョウバエ亜属 ''Dorsilopha'' Sturtevant 1種&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- == 関連項目 == --&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- == 参考文献 == --&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
{{Commonscat|Drosophilidae|ショウジョウバエ科}}&lt;br /&gt;
{{wikispecies|Drosophila_melanogaster|''D. melanogaster''}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [http://flybase.net/ FlyBase] - 総合的データベース（英語）&lt;br /&gt;
* [http://www.ceolas.org/fly/ The WWW Virtual Library Drosophila] - ショウジョウバエ入門（英語）&lt;br /&gt;
* [http://sdb.bio.purdue.edu/fly/aimain/1aahome.htm The Interactive Fly] - 遺伝子の解説（英語）&lt;br /&gt;
* [http://www.dgrc.kit.ac.jp/index.html ショウジョウバエ遺伝資源センター (Drosophila Genetic Resource Center)]&lt;br /&gt;
** [http://kyotofly.kit.jp/JDD/index.html Japan Drosophila Database] - 遺伝子、染色体地図、形態など（日本語）&lt;br /&gt;
* [http://jfly.iam.u-tokyo.ac.jp/index_j.html Jfly] - 日本のショウジョウバエ研究者によるノウハウ集、実験プロトコルなど（日本語）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:昆虫|しようしようはえ]]&lt;br /&gt;
[[Category:モデル生物|しようしようはえ]]&lt;br /&gt;
[[Category:遺伝学|しようしようはえ]]&lt;br /&gt;
[[Category:発生生物学|しようしようはえ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Featured article}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ca:Mosca_del_vinagre]]&lt;br /&gt;
[[cs:Octomilka_obecná]]&lt;br /&gt;
[[da:Bananflue]]&lt;br /&gt;
[[de:Drosophila_melanogaster]]&lt;br /&gt;
[[en:Drosophila_melanogaster]]&lt;br /&gt;
[[es:Drosophila_melanogaster]]&lt;br /&gt;
[[fi:Banaanikärpänen]]&lt;br /&gt;
[[fr:Drosophila_melanogaster]]&lt;br /&gt;
[[gl:Drosophila_melanogaster]]&lt;br /&gt;
[[it:Drosophila melanogaster]]{{Link FA|it}}&lt;br /&gt;
[[ko:노랑초파리]]&lt;br /&gt;
[[la:Drosophila_melanogaster]]&lt;br /&gt;
[[nl:Fruitvlieg]]&lt;br /&gt;
[[no:Bananflue]]&lt;br /&gt;
[[pl:Muszka_owocowa]]&lt;br /&gt;
[[pt:Drosophila_melanogaster]]&lt;br /&gt;
[[ru:Drosophila_melanogaster]]&lt;br /&gt;
[[sv:Bananfluga]]&lt;br /&gt;
[[zh:黑腹果蝇]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>82.150.138.109</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%83%9A%E3%83%83%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%81&amp;diff=5247</id>
		<title>ペッパーランチ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%83%9A%E3%83%83%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%81&amp;diff=5247"/>
				<updated>2007-05-27T08:53:00Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;82.150.138.109: http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=ペッパーランチ&amp;amp;oldid=12748412&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{半保護}}&lt;br /&gt;
{{Notice|'''不祥事記事掲載についての今後の編集方針を[[ノート:ペッパーランチ#保護期間の間に取るべき対応|ノート:ペッパーランチ]]で議論中です。'''ご意見お待ちしています。|編集の前に}}&lt;br /&gt;
'''ペッパーランチ'''は、株式会社[[ペッパーフードサービス]]が運営する[[ステーキ]]を主体とした[[チェーン]]店。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概説 ==&lt;br /&gt;
「ペッパーランチ」は、[[1994年]]に[[神奈川県]]の[[大船]]で1号店をオープン。直営と[[フランチャイズ]]両方でチェーン展開している。国内30都道府県に150店舗以上展開しているほか、海外にも展開しており、[[大韓民国|韓国]]、[[台湾]]、[[中華人民共和国|中国]]、[[シンガポール]]、[[ジャカルタ]]の各地に出店している。[[2005年]]6月には、[[農林水産省]]の第13回優良フードサービス事業者等表彰式において、新規業態開発部門の[[農林水産大臣]]賞を受賞している。近年では[[フードコート]]型店舗による出店も拡大している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2007年]]5月現在の日本国内における未出店地域は[[山形県]]、[[山梨県]]、[[石川県]]、[[福井県]]、[[三重県]]、[[滋賀県]]、[[和歌山県]]、[[岡山県]]、[[鳥取県]]、[[島根県]]、[[徳島県]]、[[鹿児島県]]の12県である（順次、その他の地域にも出店する模様）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、東京・[[世田谷区]]の[[明大前駅|明大前]]店は、研修店舗のために全商品が200円引きである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主なメニュー ==&lt;br /&gt;
メニューについては、店舗によって「レストラン路面」タイプと「フードコート」タイプに分かれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== レストラン路面型 ===&lt;br /&gt;
こちらでは、ライスの量に付いては少なめ、普通、大盛りが選べる。&lt;br /&gt;
* ビーフペッパーライス 640円（大盛770円）&lt;br /&gt;
* カレービーフペッパーライス 660円（大盛790円）&lt;br /&gt;
* 角切りステーキ ライス付 700円（増量角切りステーキライス付 900円）&lt;br /&gt;
* ペッパーステーキ（霜降り） ライス付 980円&lt;br /&gt;
* サーロインステーキ ライス付 1,450円&lt;br /&gt;
* 目玉焼付きハンバーグ ライス付 750円&lt;br /&gt;
* ダブルハンバーグ ライス付 1,200円&lt;br /&gt;
* ハンバーグ&amp;amp;チキンソテー ライス付 800円&lt;br /&gt;
* ハンバーグ&amp;amp;ポークソテー ライス付 800円&lt;br /&gt;
* 豚肉のしょうが焼き ライス付 700円&lt;br /&gt;
* やわらかヒレステーキ ライス付 1,390円&lt;br /&gt;
* ポテトコーンサラダ 100円&lt;br /&gt;
* レタスサラダ 100円&lt;br /&gt;
* バターソテーコーン 100円&lt;br /&gt;
* バターソテーいんげん 100円&lt;br /&gt;
* お味噌汁 80円&lt;br /&gt;
* 季節のスープ 180円&lt;br /&gt;
* ライス 170円&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== フードコート型 ===&lt;br /&gt;
ライスの大盛りに付いては、あらかじめ「大盛券」（100円）が必要となる。&lt;br /&gt;
* ビーフペッパーライス 640円（スモール540円）&lt;br /&gt;
* カレービーフペッパーライス 660円（スモール560円）&lt;br /&gt;
* とんちゃんライス 580円（スモール480円）&lt;br /&gt;
* 角切りステーキ 単品 530円（ライス付700円）&lt;br /&gt;
* 温玉ハヤシライス 700円&lt;br /&gt;
* ペッパーステーキ（霜降り） 単品 810円（ライス付980円）&lt;br /&gt;
* ハンバーグ&amp;amp;チキンソテー ライス付 800円&lt;br /&gt;
* やわらかヒレステーキ 単品 1,080円（ライス付1,250円）&lt;br /&gt;
* レタスサラダ 100円&lt;br /&gt;
* 季節のスープ 180円&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 不祥事 ==&lt;br /&gt;
{{節現在進行}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--事件加害者の実名記載はWikipediaではできません。関連プロジェクトのウィキニュースでも加害者が起訴前の実名もできません。執筆される方は十分注意の上で対応してください。不祥事記事については現在ノートで議論中です。ご意見お待ちしています。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[5月16日]]までに[[大阪府警]]はペッパーランチ[[心斎橋]]店にて店長と同僚の2名が女性客を拉致監禁した上で強盗強姦を行ったとして、2人を[[強盗強姦罪|強盗強姦]]と[[逮捕・監禁罪#逮捕・監禁致死傷罪|逮捕監禁致傷]]容疑で逮捕した。調べによれば2人は[[2007年]][[5月9日]]に、同店にて店長と同僚が午前1時頃に、同店で1人で食事をしていた20歳代の女性に対し、閉店作業を装い店舗のシャッターを閉めた上で[[スタンガン]]等を使い、「逃げたら殺す」などと脅した上で、睡眠薬を飲ませ[[泉佐野市]]の貸しガレージに拉致監禁し、暴行を加え約55000円の現金を奪ったとされる。&amp;lt;ref&amp;gt;[http://osaka.nikkansports.com/news/p-on-tp6-20070517-200045.html 食事中女性にスタンガン、暴行店長ら逮捕] 日刊スポーツ 2007年5月17日報道&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この事件を受け、ペッパーランチ及びペッパーフードサービスのホームページが謝罪文に切り替わり、&amp;lt;!--[[ニッポン放送]]での[[ラジオ]][[CM]]を自粛した他に{{要出典}}、--&amp;gt;[[ファミリーマート]]と提携し同5月末に販売を予定していた「ペッパーランチ弁当」の企画自体が白紙となった&amp;lt;ref&amp;gt;[http://news.livedoor.com/article/detail/3167542/ ペッパーランチ共同開発の弁当中止　ファミリーマート] J-CASTニュース（livedoorニュース） 2007年5月18日報道&amp;lt;/ref&amp;gt;。事件後、心斎橋店は看板を下ろし休業している。また、役員報酬の20%カットの内部処分がIR情報で掲示された&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ir.eol.co.jp/EIR/3053?task=download&amp;amp;download_category=tanshin&amp;amp;id=459829&amp;amp;a=b.pdf 役員報酬の減額に対するお知らせ] ペッパーフードサービス 2007年5月18日発表&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、この事件に関する情報は&amp;lt;!--反復報道がされずソース元出典なしのためコメントアウト--&amp;gt;、インターネット上で検索ランキングを出している[[goo]]では上位にならないよう、細工がなされている&lt;br /&gt;
&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ranking.goo.ne.jp/keygraph.php?kw=%A5%DA%A5%C3%A5%D1%A1%BC%A5%E9%A5%F3%A5%C1 goo 検索数ランキング1位 5月23日]&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://megalodon.jp/?url=http%3A%2F%2Franking.goo.ne.jp%2Franking%2F001%2Fkeyrank_web1%2F&amp;amp;go=%E5%8F%96%E5%BE%97 gooウェブ検索 検索回数ランキング (総合) 5月23日版] - [[ウェブ魚拓]]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--報道規制はgooのみ検証されているので、削除するのであれば正当なる理由をノートに記載のこと--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--事件加害者の実名記載はWikipediaではできません。出典のない記述、ソース元を明かさない追加記事は除去・コメントアウト致します。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注・出典 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.pepperlunch.com/ ペッパーランチ]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{food-stub}}&lt;br /&gt;
[[Category:レストランチェーン|へつはらんち]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Pepper_Lunch]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>82.150.138.109</name></author>	</entry>

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