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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<title>ノルマ (オペラ)</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;79.233.152.143: 概説&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{クラシック音楽}}&lt;br /&gt;
『'''ノルマ'''』（'''Norma'''）は[[ヴィンチェンツォ・ベッリーニ]]が作曲、[[1831年]]に初演された全2幕からなる[[オペラ]]である。主役を歌う[[ソプラノ]]歌手にとって最も難度の高いオペラの一つと考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ソプラノのアリア「'''清らかな女神よ'''」（''Casta Diva''、カスタ･ディーヴァ）は特に有名であり、リサイタルなどで単独で歌われることも多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*原語曲名：Norma&lt;br /&gt;
*台本：[[フェリーチェ・ロマーニ]]、アレクサンドル・スーメの同名の舞台劇による&lt;br /&gt;
*演奏時間：約2時間20分　（各幕約80分、60分）&lt;br /&gt;
*初演：[[1831年]][[12月26日]]、[[ミラノ]]の[[スカラ座]]にて&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 作曲の経緯  ==&lt;br /&gt;
ベッリーニはまだ30歳の若さであったが、前作「[[夢遊病の女]]」（''La sonnambula'', 1831年）の成功により、当時[[イタリア]]最高のオペラ作曲家としての名声を固めつつあった。その頃、財政的困難から低調な公演活動を余儀なくされていた[[スカラ座]]が起死回生の策として、「夢遊病の女」を生んだトリオ、すなわち作曲家ベッリーニ、台本家ロマーニ、主演（ソプラノ）[[ジュディッタ・パスタ]]によって[[1831年]] - [[1832年]]のシーズン開幕を飾ろうとしたのがこの作品である。なお、これは既に名ソプラノとされていたパスタのスカラ座デビューであり、その点でも興行上の話題性は高かったと考えられている。ポリオーネ役にはこれまた著名な[[ドメニコ・ドンツェッリ]]、アダルジーザ役には後に同じベッリーニの「[[清教徒 (オペラ)|清教徒]]」を初演するジューリア・グリーシが配され、当時の最高峰歌手陣を揃えた初演となった。&lt;br /&gt;
[[Image:Giuditta Pasta.jpg|thumb|right|166px|名ソプラノ、ジュディッタ・パスタ。主役ノルマを歌った]]&lt;br /&gt;
ロマーニは当時[[パリ]]・[[オデオン座]]で公開され始めたばかり（初演[[1831年]][[4月16日]]）の舞台劇「ノルマ」にオペラ化の可能性を見出し、同年7月20日頃から台本作成を開始したと考えられている。ベッリーニがほぼ完成した台本を受領したのは彼の書簡によれば9月1日であり、そこから僅か3か月のうちにこの名オペラが完成したことになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 編成 ==&lt;br /&gt;
===主な登場人物===&lt;br /&gt;
* ポリオーネ、ローマ帝国のガリア地方総督（[[テノール]]）&lt;br /&gt;
* オロヴェーゾ、[[ドルイド]]教徒の長（[[バス (声域)|バス]]）&lt;br /&gt;
* ノルマ、巫女の長で、オロヴェーゾの娘（[[ソプラノ]]）&lt;br /&gt;
* アダルジーザ、イルミンスルの神殿に仕える若き巫女（原曲ではソプラノで歌われたが、今日では[[メゾソプラノ]]が多い）&lt;br /&gt;
* クロティルデ、ノルマの親友（ソプラノ）&lt;br /&gt;
* フラヴィオ、ポリオーネの友人（テノール）&lt;br /&gt;
* 合唱&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===楽器構成===&lt;br /&gt;
[[フルート]]2（2番は[[ピッコロ]]持ち替え）、[[オーボエ]]2、[[クラリネット]]2、[[ファゴット]]2、[[ホルン]]4、[[トランペット]]2、[[トロンボーン]]3、[[チンバッソ]]、[[ティンパニ]]、[[タムタム]]、[[大太鼓]]と[[シンバル]]、[[ハープ]]、[[バンダ]]（[[ピアノ譜]]のままで任意の[[吹奏楽]]）、弦5部&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 舞台構成 ==&lt;br /&gt;
全2幕5場&lt;br /&gt;
*前奏曲&lt;br /&gt;
*第1幕　&lt;br /&gt;
** 第1場　ドルイド教徒の神聖な森&lt;br /&gt;
** 第2場　ノルマの住居の前&lt;br /&gt;
*第2幕&lt;br /&gt;
** 第1場　ノルマの住居の内部&lt;br /&gt;
** 第2場　イルミンスルの神殿&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==あらすじ==&lt;br /&gt;
{{ネタバレ}}&lt;br /&gt;
時と場所　紀元前50年頃、[[ローマ帝国]]支配下にある[[ガリア]]地方&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 第1幕第1場 ===&lt;br /&gt;
'''前奏曲'''に続いて、舞台は[[ドルイド]]教徒の森。オロヴェーゾに率いられた一団が、ローマからの解放を願う祈りを捧げて去る。物陰から現れたポリオーネは同行するフラヴィオに、自分のノルマへの愛はもはや醒めたこと、今では若きアダルジーサを愛していることを告げ、ノルマがそれを知れば復讐があるだろう、と恐れおののく。入れ替わるように再びドルイド教徒たちがノルマに率いられて現れ、儀式を行う。ここで歌われるのが有名なシェーナとカヴァティーナ『清らかな女神』である。人々はローマへの怒りに燃えているが、ノルマは蜂起を許さず、実は自らがローマ総督ポリオーネを密かに愛し、2人の息子までもうけた苦しい胸のうちを独白する。一同は去るが、これもまたローマ人に対する背徳の愛に悩む若きアダルジーザが独り残る。そこにポリオーネが現れ、一緒にローマへ逃げよう、と情熱的に説得、初めは拒絶していたアダルジーザも遂には従うことを約束する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 第1幕第2場 ===&lt;br /&gt;
ノルマがクロティルデの援助の下、密かに2人の子供を育てる住居にアダルジーザがやって来る。慌てて子供達を隠すノルマに、アダルジーザは、巫女には禁じられた恋愛をしてしまった悩みを告白する。お互いに同じ男性を愛しているとは知らないノルマは彼女を赦す。そこに偶然ポリオーネが現れ、2人の女性は初めて状況を理解する。ノルマは、アダルジーザには罪はなく、全てはポリオーネの不実のせい、と激しい非難を加える。&lt;br /&gt;
=== 第2幕第1場 ===&lt;br /&gt;
ノルマは2人の息子と心中しようと試みるが、子供の寝姿を見るとそれは果たせない。アダルジーザが住居に現れ、自分はポリオーネと別れる決意を固めたと話し、ノルマには「子供たちの素晴らしい母親として生きて欲しい」と説得する。ノルマとアダルジーザは互いの友情を確認し、有名な美しい二重唱が歌われる。&lt;br /&gt;
=== 第2幕第2場 ===&lt;br /&gt;
ポリオーネがアダルジーザの提案を拒否したと聞いたノルマは、怒りのあまり、祭壇の銅鑼を3度打ち鳴らし戦争開始を合図する。ポリオーネがアダルジーザを連れ去ろうと神殿に闖入、捕われた、との報せが入る。群集がポリオーネを引き立てて参集する。ノルマは「この男を殺す前に、尋問して共犯の巫女の名を明らかにする」と述べ、人々を一旦立ち退かせる。ポリオーネと2人きりになったノルマは「アダルジーザを忘れるという約束と引換えに、お前の命だけは助けよう」と言うが、強情なポリオーネは取り合わない。ノルマは「裏切り者の女の名がわかった。火刑台の準備をしろ」と人々を再び招集する。ポリオーネはアダルジーザの名が明かされることを怖れるが、ノルマは「裏切り者は私です」と人々に宣言する。衝撃を受けたポリオーネはノルマへの愛に再度めざめ、「貴女は素晴らしい女性。自分はそれを知るのが遅すぎた」と許しを請う。ノルマは父オロヴェーゾに2人の子供の助命を懇願、オロヴェーゾはためらっていたが受け入れる。ノルマは、ポリオーネと手を携え従容と火形台に向かう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 聴きどころ ==&lt;br /&gt;
;第1幕第1場&lt;br /&gt;
*前奏曲 - 劇中の旋律を含むメロディで構成。緊迫感溢れる一曲。&lt;br /&gt;
*『彼女を連れてヴィーナスの祭壇へ』（ポリオーネ） - アダルジーザへの愛を友人フラーヴィオに告白するポリオーネのアリア。繊細な表現と輝かしい高音を必要とする。&lt;br /&gt;
*『清らかな女神』～『ああ、あの愛がもどれば』（ノルマ） - 劇中の白眉。声楽的にも極めて難しく、歌い手の力量を左右する。[[マリア・カラス]]も「全てのアリアの中で最も難しい」と語った。&lt;br /&gt;
*『行くが良い、残酷な人よ』（ポリオーネとアダルジーザ） - ポリオーネとの仲を悩むアダルジーザに対して、ローマに行って結婚しようと誘う。アダルジーザの戸惑いとポリオーネの情熱的な誘いかけが見事な対比となっている。&lt;br /&gt;
;第1幕第2場&lt;br /&gt;
*『ああ、思い出す』（ノルマとアダルジーザ） - 愛の悩みを打ち明けに来たアダルジーザを見て、私もそうだったと思いをはせ、励ますノルマとの女声二重唱。同じ悩みを抱える女同士の共感とそこから生まれる友情を美しい旋律で描く。&lt;br /&gt;
*『不実な人よ』（ノルマ、アダルジーザ、ポリオーネ） - アダルジーザの相手がポリオーネであることを知って激怒するノルマ、困惑するアダルジーザ、そして開き直るポリオーネの三者の感情が爆発する修羅場の三重唱。&lt;br /&gt;
;第2幕第1場&lt;br /&gt;
*『お願い、子ども達を連れて行って』～『そう、残る命を』（ノルマとアダルジーザ） - 死を決意し、アダルジーザに子どもを託すノルマと、「子どものためにも生きて」と説得するアダルジーザの二重唱。女同士の美しい友情が生まれる。[[ベルカント]]の代表的名曲。&lt;br /&gt;
;第2幕第2場&lt;br /&gt;
*『あなたはついに私の手に』（ノルマとポリオーネ） - 神殿からアダルジーザを連れ出そうとして失敗したポリオーネと命を助ける代わりにアダルジーザを諦める事を求めるノルマの思いが交錯する二重唱。&lt;br /&gt;
*『この心を、あなたを裏切ったの』～『ああ、どうぞあの子たちを』（ノルマ、ポリオーネ、オロヴェーゾ、合唱） - 儀式に参加する人々の前で、自分とポリオーネのことを告白し、父に子ども達を託して火刑台に登る壮大なフィナーレ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 備考 ==&lt;br /&gt;
ノルマを演じることを得意としたソプラノには、[[ローザ・ポンセル]]、[[ジナ・チーニャ]]、[[マリア・カラス]]、[[ジョーン・サザーランド]]、[[モンセラート・カバリェ]]などがいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:のるま}}&lt;br /&gt;
[[Category:ベッリーニのオペラ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ca:Norma (Bellini)]]&lt;br /&gt;
[[cs:Norma (opera)]]&lt;br /&gt;
[[da:Norma (opera)]]&lt;br /&gt;
[[de:Norma (Oper)]]&lt;br /&gt;
[[en:Norma (opera)]]&lt;br /&gt;
[[eo:Norma (opero)]]&lt;br /&gt;
[[es:Norma (ópera)]]&lt;br /&gt;
[[fi:Norma]]&lt;br /&gt;
[[fr:Norma (opéra)]]&lt;br /&gt;
[[hu:Norma (opera)]]&lt;br /&gt;
[[it:Norma (opera)]]&lt;br /&gt;
[[ko:노르마 (오페라)]]&lt;br /&gt;
[[nl:Norma (opera)]]&lt;br /&gt;
[[pl:Norma (opera)]]&lt;br /&gt;
[[pt:Norma (ópera)]]&lt;br /&gt;
[[ru:Норма (опера)]]&lt;br /&gt;
[[sl:Norma (opera)]]&lt;br /&gt;
[[sr:Норма (опера)]]&lt;br /&gt;
[[sv:Norma (opera)]]&lt;br /&gt;
[[tr:Norma (opera)]]&lt;br /&gt;
[[uk:Норма (опера)]]&lt;br /&gt;
[[zh:诺尔玛]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>79.233.152.143</name></author>	</entry>

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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A2%E3%82%B4%E3%83%B3_(%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC)&amp;diff=56215</id>
		<title>アゴン (ストラヴィンスキー)</title>
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				<updated>2009-08-23T19:57:47Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;79.233.152.143: 新しいページ: '&amp;lt;center&amp;gt;アゴン&amp;lt;/center&amp;gt; {{クラシック音楽}} 『'''アゴン'''』 （''Agon''） はイーゴリ・ストラヴィンスキーが[[19...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[File:Agon.jpg|280px|thumb|&amp;lt;center&amp;gt;アゴン&amp;lt;/center&amp;gt;]]&lt;br /&gt;
{{クラシック音楽}}&lt;br /&gt;
『'''アゴン'''』 （''Agon''） は[[イーゴリ・ストラヴィンスキー]]が[[1953年]][[12月]]から[[1957年]][[4月]]にかけて[[十二音技法]]を使って作曲した[[バレエ音楽]]、およびそれに基づく[[バレエ]]作品。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
演奏会初演は[[1957年]][[6月17日]]に作曲者75歳の誕生日を祝う目的で行われたオールストラヴィンスキー演奏会にて、作曲者の指揮により演奏された。バレエは[[ジョージ・バランシン|G・バランシン]]が振付け、同年[[12月1日]]にニューヨークにて[[ニューヨーク・シティ・バレエ団]]により初演された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 編成 ==&lt;br /&gt;
[[フルート]]3（3奏者は[[ピッコロ]]持ち替え）、[[オーボエ]]2、[[クラリネット]]2、[[ファゴット]]2、[[コントラファゴット]]、[[ホルン]]4、[[トランペット]]4、[[トロンボーン|テナートロンボーン]]2、[[バストロンボーン]]、[[マンドリン]]、[[ピアノ]]、[[ティンパニ]]、[[タムタム]]、[[シロフォン]]、[[カスタネット]]、[[ハープ]]、[[弦楽合奏|弦五部]]、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 構成 ==&lt;br /&gt;
3部からなる。&lt;br /&gt;
;第1部&lt;br /&gt;
* パ・ド・カトル&lt;br /&gt;
* ダブル・パ・ド・カトル&lt;br /&gt;
* トリプル・パ・ド・カトル&lt;br /&gt;
;第2部&lt;br /&gt;
* パ・ド・トロワ&lt;br /&gt;
* サラバンド&lt;br /&gt;
* ガイヤール&lt;br /&gt;
* コーダ&lt;br /&gt;
* パ・ド・トロワ&lt;br /&gt;
* ブランル・サンプル&lt;br /&gt;
* ブランル・ゲー&lt;br /&gt;
* ブランル・ダブル・ド・ポアトー&lt;br /&gt;
* パ・ド・ドゥ&lt;br /&gt;
;第3部&lt;br /&gt;
* ダンス・ド・カトル・デュオ&lt;br /&gt;
* ダンス・ド・カトル・トロワ&lt;br /&gt;
* コーダ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* 「最新名曲解説全集6 管弦楽曲III」（[[音楽之友社]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Classic-stub}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:あこん}}&lt;br /&gt;
[[Category:ストラヴィンスキーの楽曲]]&lt;br /&gt;
[[Category:十二音技法]]&lt;br /&gt;
[[Category:バレエ作品]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Agon (ballet)]]&lt;br /&gt;
[[fr:Agon (Stravinski)]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>79.233.152.143</name></author>	</entry>

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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC3%E7%95%AA_(%E3%82%AA%E3%83%8D%E3%82%B2%E3%83%AB)&amp;diff=56214</id>
		<title>交響曲第3番 (オネゲル)</title>
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				<updated>2009-08-23T19:56:29Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;79.233.152.143: 新しいページ: '{{クラシック音楽}} '''交響曲第3番'''『典礼風』（てんれいふう、''Symphonie Liturgique'' ）H.186は、アルテュール・オネゲルが作曲し...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{クラシック音楽}}&lt;br /&gt;
'''交響曲第3番'''『典礼風』（てんれいふう、''Symphonie Liturgique'' ）H.186は、[[アルテュール・オネゲル]]が作曲した3番目の[[交響曲]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
プロ・ヘルヴェティア財団からの委嘱を受けて、[[第二次世界大戦]]が終結した[[1945年]]から[[1946年]]にかけて作曲された。オネゲルはこの作品のタイトルについて、「他に適当な言葉がないので、私はここに『典礼風』という[[形容詞]]を使用しました。この交響曲の宗教的な性格を表すためです」と語っており、作品の3つの[[楽章]]には、死者のためのミサ（[[レクイエム]]）と[[詩篇]]の中から取られた句がタイトルとして付けられている。しかし、[[カトリック教会|カトリック]]の[[典礼]]から取った標題を与えているのにもかかわらず、[[グレゴリオ聖歌]]からの[[引用]]は含んでいない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
作品はオネゲル自身が人間全体の運命を思いながら苦悩し、その心の様を反映しているが、評論家のベルナール・ガヴォティの[[インタビュー]]に答えて、オネゲルは次の通りに語っている。「私がこの曲に表そうとしたのは、もう何年も私たちを取り囲んでいる蛮行、愚行、苦悩、機械化、[[官僚主義]]の潮流を前にした現代人の反応なのです。周囲の盲目的な力にさらされる人間の孤独と彼を訪れる幸福感、平和への愛、宗教的な安堵感との間の戦いを、音楽によって表そうとしたのです。私の交響曲は言わば、3人の登場人物を持つ1篇の劇なのです。その3人とは、「不幸」、「幸福」、そして「人間」です。これは永遠の命題で、私はそれをもう一度繰り返したに過ぎません…」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
初演は[[1946年]][[8月17日]]に[[チューリヒ]]にて、[[シャルル・ミュンシュ]]の指揮で行なわれた。また[[パリ]]での初演は同年の[[11月14日]]に行われ、この時もミュンシュが指揮を行った。なお作品はミュンシュに献呈された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに[[ドミートリイ・ショスタコーヴィチ]]はこの作品を[[連弾|4手]]ピアノ用に[[編曲]]している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==構成==&lt;br /&gt;
3楽章の構成で、演奏時間は約29分。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;第1楽章 怒りの日（アレグロ・マルカート）&lt;br /&gt;
この楽章は神の怒りを前にした人間の恐れを描いている。執拗な[[リズム]]が死の舞踏のように混沌のイメージを作り出す間、[[管楽器]]が呻きに似た長いフレーズを奏する。3つの主要主題に基づいて構成され、展開と再現が認められる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;第2楽章 深き淵より（アダージョ）&lt;br /&gt;
霊感で深遠な[[アダージョ]]楽章である。[[ベルリン]]出身で[[パリ]]に住む[[現代音楽]]専門の音楽学者の[[ハリー・ハルブライヒ]]は「オネゲルの作品中でも最も気高く、深い霊感に満ちたものの部類に入る」と語っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;第3楽章 我らに平和を（アンダンテ）&lt;br /&gt;
ゆったりとした[[行進曲]]の[[テンポ]]で開始される。ハルブライヒは「疲労困憊し、絶望して這いまわる人間の行進であり、ついにはその反抗心が苦痛の叫びとなって爆発する。しかし後に続くのは、慰めと神の許しで、フルートによる霊的な鳥の歌が取り巻く永遠の平和の、この世になならぬ幻影に他ならない」と語っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==録音==&lt;br /&gt;
例を挙げれば、[[ヘルベルト・フォン・カラヤン]]や[[シャルル・デュトワ]]などが録音している。カラヤンはこの曲を2回録音している（[[1957年]]と[[1969年]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Classic-stub}}&lt;br /&gt;
[[Category:オネゲルの楽曲|こうきようきよく3]]&lt;br /&gt;
[[Category:交響曲|おねける3]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Symphonie Liturgique]]&lt;br /&gt;
[[fr:Symphonie n° 3 d'Arthur Honegger]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>79.233.152.143</name></author>	</entry>

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		<title>東川清一</title>
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				<updated>2009-08-23T19:52:27Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;79.233.152.143: 新しいページ: ''''東川 清一'''（とうかわ せいいち、1930年）は、日本の音楽学者であり音楽評論家。  == 来歴 == 富山県生まれ。[[東京...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''東川 清一'''（とうかわ せいいち、[[1930年]]）は、日本の[[音楽学者]]であり[[音楽評論家]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
[[富山県]]生まれ。[[東京芸術大学]][[音楽学部]][[楽理科]]卒業。1965～67年、[[アレキサンダー・フォン・フンボルト財団]][[給費留学生]]として[[ケルン大学]][[音楽学]]研究所に留学。[[東京学芸大学]]教授、[[東海大学]]教授を経て、現在、東京学芸大学名誉教授。[[バッハ]]研究の権威として名高い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主要著書 ==&lt;br /&gt;
『[[バッハ]]研究ノート』（音楽之友社）、『音楽キーワード事典』、『[[読譜]]力』（以上、春秋社）、訳書に『テュルク　クラーヴィーア教本』、『[[音楽家]]の自叙伝』、『[[歌唱芸術]]の手引き』（以上、春秋社）他多数。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:とうかわ せいいち}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の音楽評論家]]&lt;br /&gt;
[[Category:富山県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1930年生]]&lt;br /&gt;
{{Classic-stub}}&lt;br /&gt;
{{Writer-stub}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>79.233.152.143</name></author>	</entry>

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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8E%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E5%A4%89%E5%A5%8F%E6%9B%B2_(%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%B3)&amp;diff=56211</id>
		<title>ピアノのための変奏曲 (ヴェーベルン)</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;79.233.152.143: 新しいページ: '{{クラシック音楽}} '''ピアノのための変奏曲 作品27'''は、アントン・ヴェーベルンが作曲した独奏ピアノのための変奏曲で...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{クラシック音楽}}&lt;br /&gt;
'''ピアノのための変奏曲 作品27'''は、[[アントン・ヴェーベルン]]が作曲した独奏[[ピアノ]]のための[[変奏曲]]である。ヴェーベルン作品の中で、今日唯一演奏されるピアノ曲である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
ヴェーベルンは[[1903年]]頃から[[1904年]]にかけて約12曲の[[ピアノ曲]]を作曲しているが、[[1906年]]以降になってからはピアノ曲を作曲しなかった&amp;lt;ref&amp;gt;いずれも作品番号はないが、[[1924年]]には『子供のための小品』、[[1925年]]には『メヌエットのテンポで』と題する2曲のピアノ曲が作曲されている。またこの他にはピアノソナタの楽章（1905-06）や作曲年不明のピアノ小品（2曲）などが確認されている[http://www.interq.or.jp/classic/classic/data/perusal/saku/Webern.html]。&amp;lt;/ref&amp;gt;。このピアノのための変奏曲は、唯一[[作品番号]]が与えられたピアノ曲で、[[1936年]]に[[ウィーン]]郊外のメートリンクで作曲され、1年の歳月をかけたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ヴェーベルンはピアニストの[[エドゥアルト・シュトイアーマン]]による初演を想定していたが、彼が亡命していたために[[1937年]][[9月27日]]にペーター・シュタトレン（Peter Stadlen）により初演が行われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
作品は独創的な手法によって洗礼された簡潔なスタイルによって、現代音楽の最高傑作に数えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==構成==&lt;br /&gt;
全3楽章で、全体は唯一のセリー（音列）主題に基づいて[[十二音技法]]により厳格に構成されており、緩-急-緩の順で配列されている。演奏時間は約6分から7分。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;第1楽章 きわめてほどよく、普通の速さで&lt;br /&gt;
　54小節の[[楽章]]で、変形された[[ソナタ形式]]と見ることもできる。全曲の主題の音列（E-F-H-G-F#-C#-H-A-E♭-D-C-G＃）が提示され、[[右手]]と[[左手]]の2声によって主題と逆行形を同時に示し、鏡像構造をとる。鏡像的な処理はこの楽章中様々に応用されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;第2楽章 きわめて急速に&lt;br /&gt;
　わずか22小節の楽章で、前半後半より成る2部形式である。それぞれ反復され、[[スケルツォ]]的な性格を持つ。手法は2声の反行[[カノン]]によっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;第3楽章 穏やかに流れるように&lt;br /&gt;
　66小節の楽章で最も長大である。全体は6つの部分から構成される変奏曲である。第5変奏で鋭いクライマックスに達したのち、フェルマータを挟んで静かなコーダとなる。最後は弱奏で途切れるように終わる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==脚注==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://a-babe.plala.jp/~jun-t/Webern_Op27.htm 概要（音源あり）]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ひあののためのへんそうきよく}}&lt;br /&gt;
[[Category:ヴェーベルンの楽曲]]&lt;br /&gt;
[[Category:ピアノ独奏曲]]&lt;br /&gt;
[[Category:変奏曲]]&lt;br /&gt;
[[Category:十二音技法]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[de:Variationen op. 27 (Webern)]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>79.233.152.143</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%9C%B0%E5%B9%B3%E7%B7%9A%E3%81%AE%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%A2&amp;diff=56210</id>
		<title>地平線のドーリア</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;79.233.152.143: 概説&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{クラシック音楽}}&lt;br /&gt;
'''地平線のドーリア'''（ちへいせん- [[英語|英]]: ''The Dorian Horizon''）は、[[武満徹]]が作曲した17の[[弦楽器]]群のための作品である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
アメリカ国会図書館のセルゲイ・クーセヴィツキー財団からの委嘱として[[1966年]]に作曲され、同年に完成された。初演は同年の[[8月]]に、[[若杉弘]]の指揮と[[読売日本交響楽団]]によって行なわれた。作品は[[セルゲイ・クーセヴィツキー|クーセヴィツキー]]（故人）と妻に捧げられている。&lt;br /&gt;
作品は西海岸音楽批評家賞を受賞している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[タイトル]]の「ドーリア」とは、[[ドーリア旋法]]のことで、作品は線的な動きとしてあらわれ、要所に自由なドーリア旋法が用いられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==構成==&lt;br /&gt;
2つの[[テトラコルド]]によるドーリア群からうたを引き出し、4度、5度、長2度の和音から[[笙]]、いわゆる東洋と、流動的で不思議な軟体的音響、いわゆる西洋とを、繊細に激しく響かせている。1奏者が1パートを受け持つマイクロ・ポリフォニーの手法で書かれている。この点では『テクスチュアズ』と同様である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==楽器編成==&lt;br /&gt;
2群の弦楽合奏：&lt;br /&gt;
第一群：[[ヴァイオリン]]2、[[ヴィオラ]]2、[[チェロ]]2、[[コントラバス]]2．&lt;br /&gt;
第二群：ヴァイオリン6、コントラバス3&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==演奏時間==&lt;br /&gt;
約9分。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==参考文献==&lt;br /&gt;
[[音楽之友社]]のスコア&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ちへいせんのとりあ}}&lt;br /&gt;
[[Category:武満徹の楽曲]]&lt;br /&gt;
[[Category:弦楽合奏曲]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>79.233.152.143</name></author>	</entry>

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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%98%8E%E3%82%8B%E3%81%84%E5%B0%8F%E5%B7%9D&amp;diff=56209</id>
		<title>明るい小川</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;79.233.152.143: 新しいページ: '{{クラシック音楽}} '''『明るい小川』''' (あかるいおがわ, 原題: {{lang|ru|'''Светлый ручей'''}}, {{lang-en-short|''The Bright Stream''}}) は...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{クラシック音楽}}&lt;br /&gt;
'''『明るい小川』''' (あかるいおがわ, 原題: {{lang|ru|'''Светлый ручей'''}}, {{lang-en-short|''The Bright Stream''}}) は、[[ドミートリイ・ショスタコーヴィチ]]が作曲した[[バレエ音楽]]（作品39）、およびそれに基づく3幕4場の[[バレエ]]作品。[[コルホーズ]]の農民たちと芸術家たちとの出会いと相互理解をテーマとしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1936年]]に[[ソビエト連邦共産党|ソ連共産党]]機関紙 『[[プラウダ]]』 紙上で批判された後に上演が途絶えていたが、[[2003年]]4月、[[ボリショイ・バレエ団]]の[[アレクセイ・ラトマンスキー|A・ラトマンスキー]]が復元して再演した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
[[1934年]]から[[1935年]]にかけて作曲され、[[タイトル]]は当初 『気まぐれ』 『2人の優雅な女』 『クバン』 などとして構想されていたが、後に現在のタイトルに改められた。&amp;lt;!--[[オペラ]]『[[ムツェンスク郡のマクベス夫人]]』と並んで、「プラウダ批判」の槍玉に挙げられたため、作品の名前はよく知られているが、『ムツェンスク郡のマクベス夫人』の方は再評価が進んでいるのに対し、『明るい小川』の方は現在に至って一定の評価を得ておらず、上演されることもほとんど無い状態である。【再演後は評価比較的高い】--&amp;gt;バレエはF・ロプホーフによって振付がなされ、初演は[[1936年]]の[[4月4日]]に、[[レニングラード]]のマールイ劇場で行われた。半年後の[[11月30日]]には[[モスクワ]]の[[ボリショイ劇場]]でも行われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
初演後の評判はそれほど悪くなく、観客からはある程度好評され、かなり大衆受けした舞台であったが、親友のソレルチンスキーをはじめとする批評家たちからは批判され、初演から半年以上が過ぎた1936年の[[2月5日]]に、[[プラウダ]]紙上に掲載された論文「バレエの偽善」で厳しく酷評された。論文自体はショスタコーヴィチの音楽を直接批判していないが、この論文の後、『明るい小川』は極めて低い評価しか与えられなかった。こうした辛辣な批判に傷付いたのか、ショスタコーヴィチは「3度目の試みでも不成功に終わらない保証はできないが、そうなったとしても、私は4度目にもバレエ作品に取り組む計画は捨てないだろう」と語っていたが、しかし彼のオペラ作品のように[[1950年代]]に入ってからは再びバレエ音楽に取り組み、『[[お嬢様とならず者]]』といったバレエ音楽を2作品ほど作曲している。また[[1970年代]]には『[[夢想家]]』というバレエ音楽を作曲している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『明るい小川』は長らく[[お蔵入り]]となっていたが、バレエの幾つかの曲は様々な形態に[[編曲]]されており、有名なものではL.アトヴミャーンの編曲による約90分で今日でもしばしばCDになったり演奏されたりする「バレエ組曲:IからV」とショスタコーヴィチ自身が作曲した[[ピアノ曲]]『人形たちの踊り』である。いずれも自由に再構成されているが、これらの作品が広く人気を得ていることからも、『明るい小川』の音楽自体は「[[娯楽音楽]]」としては失敗作ではないと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『[[黄金時代 (ショスタコーヴィチ)|黄金時代]]』と『[[ボルト (バレエ)|ボルト]]』と比べて、前衛的な実験性は後退していることが窺える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==台本==&lt;br /&gt;
F・ロプホーフとA・ピオトロフスキーの台本による。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==あらすじ==&lt;br /&gt;
ソヴィエトの芸術家の一行が、ロシア南部のクバン地方に行き、その地のコルホーズの農民たちと出会う。農民たちは当初芸術家というものを何か別の世界の人のように思い、どう接したらいいのか戸惑ってしまう。芸術家の方も、農民たちとすぐには共通の言葉を見つけられない。しかし、両者はたちまち打ち解ける。なぜなら、コルホーズの農民と芸術家という違いこそ、共に社会主義社会を築こうとしているのに変わりはなかったからである。クバンの大自然の中での恋が、互いを一層近づける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あらすじは、ショスタコーヴィチ自身によって書かれ、初演時に掲載された「私の3番目のバレエ」という文章の中に書かれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==組曲 作品39a==&lt;br /&gt;
組曲『明るい小川』は、初演から10年が経った[[1945年]]に、ショスタコーヴィチ自身によって作曲・編集されたが、組曲を作曲した経緯についてはよく知られていない。また組曲『黄金時代』や組曲『ボルト』とは異なり、この組曲は現在になって全く演奏されない。組曲版の初演は1945年の[[3月11日]]にモスクワで行われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
組曲は5曲から構成されており、これらは全て『バレエ組曲』に収録されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
演奏時間は約15分で、各2分、3分、2分、7分、1分。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
内容&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
第一曲：ワルツ&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
第二曲：ロシアのポピュラーダンス&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
第三曲：ギャロップ&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
第四曲：アダージョ&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
第五曲：ピチカート&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==楽器編成==&lt;br /&gt;
[[フルート]]2、[[ピッコロ]]、[[オーボエ]]2、[[イングリュッシュ・ホルン]]、小クラリネット、[[クラリネット]]2、[[ファゴット]]3（3番は[[コントラファゴット]]もちかえ）、[[ホルン]]4、[[トランペット]]3、[[トロンボーン]]3、[[チューバ]]、[[ティンパニ]]、[[トライアングル]]、[[小太鼓]]、[[シンバル]]、[[鐘]]、[[ハープ]]、弦5部&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==参考文献==&lt;br /&gt;
*ソヴィエト国営出版社のスコア&lt;br /&gt;
*ブリリアント社クラシックのＣＤの解説。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==脚注==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:あかるいおかわ}}&lt;br /&gt;
[[Category:バレエ作品]]&lt;br /&gt;
[[Category:ショスタコーヴィチの楽曲]]&lt;br /&gt;
{{Theat-stub}}&lt;br /&gt;
{{Classic-stub}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>79.233.152.143</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%B3%E7%9A%87%E5%B8%9D&amp;diff=56208</id>
		<title>サルタン皇帝</title>
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				<updated>2009-08-23T19:45:13Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;79.233.152.143: 新しいページ: '{{クラシック音楽}} 『'''サルタン皇帝'''』（ロシア語 : ''{{lang|ru|Сказка о царе Салтане}}''）は、ロシアの作曲家[[ニコ...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{クラシック音楽}}&lt;br /&gt;
『'''サルタン皇帝'''』（ロシア語 : ''{{lang|ru|Сказка о царе Салтане}}''）は、[[ロシア]]の[[作曲家]][[ニコライ・リムスキー＝コルサコフ]]が[[1900年]]に[[サンクト・ペテルブルク]]で作曲したプロローグと4幕からなる[[オペラ]]作品である。台本は[[アレクサンドル・プーシキン]]の原作を[[ペルスキー]]が台本化したものを使用している。御伽噺に基づく子ども用の親しみやすい歌劇。サルタン王妃二人の姉に妬まれて、王子とともに島に流され、王子が成人し白鳥を熊蜂の来襲から守り、人間に姿を変えた白鳥の皇女と結ばれるという話。「'''サルタン皇帝の物語'''」「'''サルタン王物語'''」「'''皇帝サルタンの物語'''」などとも呼ばれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 演奏時間 ==&lt;br /&gt;
約2時間半&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 配役 ==&lt;br /&gt;
*サルタン王 : [[バス (声域)|バス]]&lt;br /&gt;
*王妃 : [[ソプラノ]]&lt;br /&gt;
*グヴィドン王子 : [[テノール]]&lt;br /&gt;
*その他&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== あらすじ ==&lt;br /&gt;
{{節stub}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 有名な楽曲 ==&lt;br /&gt;
『[[熊蜂の飛行]]』が最も有名である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
*モスクワ音楽出版社のピアノスコア&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Classic-substub}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:さるたんこうてい}}&lt;br /&gt;
[[category:リムスキー＝コルサコフのオペラ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ca:El conte del tsar Saltan]]&lt;br /&gt;
[[en:The Tale of Tsar Saltan (Rimsky-Korsakov)]]&lt;br /&gt;
[[fi:Tsaari Saltanin tarina (ooppera)]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>79.233.152.143</name></author>	</entry>

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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%82%B7%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%8D%E3%82%B0%E3%83%A9&amp;diff=56207</id>
		<title>シモン・ボッカネグラ</title>
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				<updated>2009-08-23T19:43:22Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;79.233.152.143: 新しいページ: '{{クラシック音楽}} 『'''シモン・ボッカネグラ'''』('''Simon Boccanegra''')は、ジュゼッペ・ヴェルディが作曲したオペラ。1857年に...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{クラシック音楽}}&lt;br /&gt;
『'''シモン・ボッカネグラ'''』('''Simon Boccanegra''')は、[[ジュゼッペ・ヴェルディ]]が作曲した[[オペラ]]。1857年に初演され、24年後の1881年に改訂された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
原作は[[アントニオ・ガルシア・グティエレス]]の[[戯曲]]『シモン・ボッカネグラ』（1843年）であり、史実の人物を題材としている。これをもとに[[フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ]]が[[リブレット (音楽)|台本]]を書き、ヴェルディが1856年から1857年にかけて作曲した。1881年に改訂され、改訂版の台本は[[アッリーゴ・ボーイト]]による。現在ではもっぱら改訂版が上演される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ヴェルディの活動中期の作品に当たるが、晩年の改訂によって、ドラマの流れと歌手の[[アリア]]がより緊密に結びつけられている。また、オペラ全編を通じて3人の[[バリトン]]及び[[バス (声域)|バス]]歌手が活躍し、低音の魅力を聴かせるのが特徴となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
舞台は14世紀半ば（1339年から1364年）の[[イタリア]]、[[ジェノヴァ]]とその周辺。プロローグ付き全3幕の構成をとり、演奏時間は約2時間10分（プロローグ25分、第1幕50分、第2幕30分、第3幕25分。以上は改訂版に基づく）&amp;lt;ref&amp;gt;スタンダード・オペラ鑑賞ブック p.109&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;初演&lt;br /&gt;
:1857年3月12日、[[ヴェネツィア]]・[[フェニーチェ劇場]]&lt;br /&gt;
;改訂版初演&lt;br /&gt;
:1881年3月21日、[[ミラノ]]・[[スカラ座]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 作曲の経緯 ==&lt;br /&gt;
=== フェニーチェ劇場での初演まで ===&lt;br /&gt;
[[ファイル:Teatro La Fenice.jpg|thumb|upright|初演が行われたフェニーチェ劇場]]&lt;br /&gt;
ヴェルディは、『[[椿姫 (オペラ)|椿姫]]』（ラ・トラヴィアータ）の後、[[パリ万国博覧会 (1855年)|パリ万国博覧会]]での上演に向け、[[フランス語]]によるオペラ『[[シチリア島の夕べの祈り]]』（1855年）を作曲する。その後、フェニーチェ劇場の支配人に約束していた新しいオペラとしてとりかかったのが『シモン・ボッカネグラ』である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『[[イル・トロヴァトーレ]]』の原作者でもあるグティエレスの『シモン・ボッカネグラ』を読んだヴェルディは、これを新作オペラとすべく、台本作家のピアーヴェに送った。フェニーチェ劇場との契約は1856年5月であり、同年6月末から滞在先の[[パリ]]で作曲にとりかかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
台本の完成は翌1857年2月である。同月中旬にはヴェルディは第1幕を完成させ、第2幕と第3幕もオーケストレーションを残すのみとなっていた。フェニーチェ劇場のあるヴェネツィアに到着したヴェルディは、現地で最後の仕上げにかかり、3月12日の初演に臨んだ。しかし、この初演は大失敗に終わる。ヴェルディ43歳のときである。ヴェルディは友人への手紙に次のように書いている。&lt;br /&gt;
「素晴らしい出来だと信じていたのですが、『トラヴィアータ』以上の失敗でした。しかし、この失敗は私のせいというより、歌手に原因があるかもしれません。」&amp;lt;ref&amp;gt;スタンダード・オペラ鑑賞ブック p.118&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 改訂とスカラ座初演 ===&lt;br /&gt;
[[ファイル:Boito e Verdi.jpg|thumb|left|ボーイト（左）とヴェルディ]]&lt;br /&gt;
この作品に愛着を持っていたヴェルディは改訂上演の機会を狙っていたが、すぐには果たせなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1871年の『[[アイーダ]]』初演後、新作オペラのないヴェルディに、楽譜出版社である[[リコルディ]]社は1879年、[[ウィリアム・シェイクスピア]]原作の『[[オセロ (シェイクスピア)|オセロ]]』に基づくオペラ化を提案した。台本については、[[作曲家]]・[[詩人]]の[[アッリーゴ・ボーイト]]が同社から依頼を受けており、『オセロ』のオペラ化は、もともとボーイトの構想でもあった。しかし、ヴェルディとボーイトは以前から反目しあっていたこともあって、ヴェルディは慎重な姿勢を崩さなかった。このため、リコルディ社は『オセロ』の前にひとまず本作の改訂を持ちかけつつ、ヴェルディとボーイトの関係をとりなしたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ファイル:La Scala.jpg|thumb|upright|改訂版初演が行われたスカラ座]]&lt;br /&gt;
ボーイトは、悪役パオロの登場場面を増やすことによって、主人公シモンの悲劇性を引き立たせた&amp;lt;ref&amp;gt;このことは、のちの『[[オテロ (ヴェルディ)|オテロ]]』での悪役ヤーゴの存在感につながっている。&amp;lt;/ref&amp;gt;。台本の改訂により、登場人物の人間性がより鮮明になり、わかりにくかったドラマ展開が整理された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
音楽的には、プロローグのほぼ全部が改訂され、当初の長い前奏曲はごく短い導入部に置き換えられた。第1幕の導入部とフィナーレ（会議の場面）も改訂され、個々の[[アリア]]や二重唱にも手が入れられた。ヴェルディは、従来の様式的な[[カヴァティーナ]]＝カヴァレッタ方式から、アリアをドラマの流れの一環としてとらえるように改めている。第3幕のフィナーレでは「婚礼の合唱」が追加された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
改訂版は1881年3月、[[ミラノ]]・[[スカラ座]]で初演され、今度は大喝采で迎えられた。フェニーチェ劇場の初演から24年後、ヴェルディは68歳となっていた。本作の改訂作業を通じて築かれた信頼関係のもと、ヴェルディとボーイトの共同作業によって、以降、『[[オテロ (ヴェルディ)|オテロ]]』（1887年）、『[[ファルスタッフ]]』（1893年）と、ヴェルディ晩年の傑作が生み出されることになる&amp;lt;ref&amp;gt;スタンダード・オペラ鑑賞ブック p.119及びpp.223-224&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な登場人物 ==&lt;br /&gt;
* '''シモン・ボッカネグラ''' （[[バリトン]]）　　もとは御用[[海賊]]だが、平民派の後押しにより[[ジェノヴァ共和国]]の初代総督になる。&lt;br /&gt;
* '''マリア・ボッカネグラ''' （[[ソプラノ]]）　　シモンの娘。本編ではアメーリア・グリマルディと名乗っている。&lt;br /&gt;
* '''ヤーコポ・フィエスコ''' （[[バス (声域)|バス]]）　　もとジェノヴァ[[貴族]]でシモンの政敵。本編ではアンドレーア・グリマルディと名乗り、アメーリアを養育する。&lt;br /&gt;
* '''ガブリエーレ・アドルノ''' （[[テノール]]）　　貴族派の幹部でアメーリア（マリア）の恋人。&lt;br /&gt;
* '''パオロ・アルビアーニ''' （バス）　　平民派のもと金糸職工で、のちジェノヴァ共和国の廷臣。シモンの腹心の部下。&lt;br /&gt;
* '''ピエトロ''' （バリトン）　平民派。パオロとともに共和国の廷臣となる。&lt;br /&gt;
* '''射手隊長''' （テノール）&lt;br /&gt;
* '''侍女''' （[[メゾソプラノ]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 楽器編成 ==&lt;br /&gt;
[[ピッコロ]]、[[フルート]]2、[[オーボエ]]2、[[クラリネット]]2、[[バス・クラリネット]]、[[ファゴット]]2、[[ホルン]]4、[[トランペット]]2、[[トロンボーン]]3、[[チンバッソ]]、[[ティンパニ]]、[[大太鼓]]、[[シンバル]]、[[タンブリン]]、[[鐘]]、[[ハープ]]、弦5部。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[バンダ]]：トランペット4、トロンボーン4、[[小太鼓]]2、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 構成 ==&lt;br /&gt;
プロローグ付きの全3幕。第1幕は2場に分かれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== プロローグ ===&lt;br /&gt;
;サン･ロレンツォ教会の広場とフィエスコの館の前&lt;br /&gt;
:平民派のパオロとピエトロは、海賊のシモンを[[ジェノヴァ総督]]に担ぎ出そうと相談する。呼び出されたシモンには政治的野心はなく、パオロたちの申し出を聞いて躊躇する。しかし、シモンの恋人であるマリアは政敵フィエスコの娘であり、マリアはフィエスコによって館に幽閉されていた。自分が総督になれば、フィエスコもマリアとの結婚を許すかもしれないと考えたシモンは、総督選挙への出馬を決意する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:館からうちひしがれた姿のフィエスコが現れる（アリア「哀れな父親の苦悩する心は」）。シモンはフィエスコの館を訪ね、和解とマリアとの結婚の許しを請う。フィエスコとシモンの二重唱。しかし、フィエスコはシモンとマリアの娘を自分によこせと迫る。娘が行方知れずであることをシモンが語ると、フィエスコは、自分の孫が戻るまで和解しないといって立ち去る。いつもは閉じられている館の扉が開いており、シモンはマリアに会いたい一心で館の中に入るが、そこで病死したマリアを見いだす。愕然として広場に出てくるシモンを、民衆が「シモン万歳！」と歓呼の声で迎える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 第1幕 ===&lt;br /&gt;
;第1場：プロローグから25年後。ジェノヴァ近郊のグリマルディ伯爵邸&lt;br /&gt;
:アメーリアが登場（ロマンツァ「暁に星と海は微笑み」）。彼女のもとへ恋人のガブリエーレがやってくる。アメーリアとガブリエーレの二重唱。アメーリアはシモンとマリアの行方知れずになっていた娘で、グリマルディ家に拾われていた。このことを知らないフィエスコは、アンドレーアと名乗ってアメーリアを養育していた。シモンはジェノヴァ総督となり、腹心のパオロとアメーリアとの結婚話を進めるために、グリマルディ家を訪れようとしていた。これを知ったガブリエーレとアメーリアはすぐに結婚しようと愛を誓い合う。アンドレーアが現れ、アメーリアが孤児であることをガブリエーレに語るが、ガブリエーレはそれでもアメーリアを妻にしたいという。アメーリア、ガブリエーレ、アンドレーアの三重唱。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:シモンの到着が告げられ、アンドレーアとガブリエーレはその場を去る。シモンはアメーリアに、パオロと結婚すれば、追放されたグリマルディの一族を赦免するという。アメーリアは、自分には心に決めた相手がいること、財産目当てのパオロとは結婚しないと拒絶し、そもそも自分はグリマルディ家の娘ではないと身の上を明かす。話を聞くうちに、シモンはアメーリアが自分の娘であることに気づく。二人は抱き合い、25年ぶりの再会を喜ぶ。シモンとアメーリアの二重唱。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:娘の意を汲んだシモンはパオロとの結婚話を破談にする。しかし、この通告を受けたパオロは逆上してシモンを恨み、ピエトロと組んでアメーリアの略奪を企む。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;第2場：ジェノヴァ共和国の議会場&lt;br /&gt;
:議会でシモンが[[ヴェネツィア共和国]]との和平の重要性を説いていると、突然外で争乱が起こる。民衆に追われたガブリエーレとフィエスコが議会場に駆け込んでくる。シモンは民衆を制止するが、ガブリエーレは、アメーリアが誘拐され、その首謀者こそシモンだと糾弾して斬りかかる。助け出されたアメーリアが二人の間に割って入り、黒幕が別にいることを告げる。貴族派と平民派は互いに罵り合うが、シモンは同胞同士のいさかいを止めるよう説く。シモンは騒動の原因となったガブリエーレとフィエスコを牢に入れると、パオロに対し、この部屋に卑劣な裏切り者がいること、自分はそれがだれなのか知っていること、パオロを証人としてそのならず者を呪え、と迫る。パオロは青ざめ、震えながら自分で自分を呪う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 第2幕 ===&lt;br /&gt;
[[ファイル:Palazzo San Giorgio.jpg|thumb|ジェノヴァ総督邸として使われたサン・ジョルジョ宮殿]] &lt;br /&gt;
;総督の部屋&lt;br /&gt;
:シモンを深く恨んだパオロは、シモンの水差しに毒を盛る。さらに、捕らえられていたアンドレーアとガブリエーレを牢から出す条件として、二人にシモンの暗殺を持ちかける。フィエスコは拒絶して再び牢に戻されるが、ガブリエーレはシモンがアメーリアとお楽しみ中だとパオロから吹き込まれ、激怒する（アリア「わが心に炎が燃える」）。面会にやってきたアメーリアにガブリエーレは怒りをぶちまける。そこへシモンがやってきたため、ガブリエーレはバルコニーの物陰に隠れる。アメーリアはガブリエーレの赦免を嘆願し、シモンは寛大な措置を約束する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:疲れたシモンは水差しの水を飲み、眠気を催す。ガブリエーレがシモンを殺そうとして近づき、剣を抜く。戻ってきたアメーリアがそれを見つけて止める。シモンは目を覚まし、自分がアメーリアの父親であることを明かす。ガブリエーレはシモンに謝罪する（シモン、アメーリア、ガブリエーレによる三重唱「あなたは彼女の父上！」）。そのとき再び外で騒ぎが起こり、ガブリエーレはシモンのために、争乱を沈静化させようと出て行く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 第3幕 ===&lt;br /&gt;
;総督の部屋&lt;br /&gt;
:争乱が鎮圧され、フィエスコが釈放される。反逆罪で捕らえられたパオロは、処刑場に引き立てられながら、シモンの体に毒が回っていることをフィエスコに告げる。遠く教会からアメーリアとガブリエーレの婚礼の合唱が総督の部屋まで響いてくる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:毒によって衰弱したシモンは、海を懐かしむ（モノローグ「慰めてくれ、海のそよ風よ！」）。フィエスコがシモンの前に現れる。シモンはフィエスコに、アメーリアこそが自分の娘であり、フィエスコの孫だと告げ、ついに二人は和解する。シモンとフィエスコの二重唱「わしは、神の御声に涙を流す」。そこへ結婚式を終えたアメーリアとガブリエーレが登場、シモンはフィエスコがアメーリアの祖父であることを明かす。シモン、フィエスコ、アメーリア、ガブリエーレによる四重唱「偉大なる神よ」。シモンは残された者たちの平和を祈り、ガブリエーレを次の総督に任命して息絶える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史上のシモン・ボッカネグラ ==&lt;br /&gt;
[[ファイル:Genova-Palazzo San Giorgio-DSCF7709.JPG|thumb|upright|サン・ジョルジョ宮殿の壁画に描かれたシモン像（ジェノヴァ）]]&lt;br /&gt;
表題役となったシモン・ボッカネグラは実在の人物（?-1363年）である。14世紀のジェノヴァでは、4つの有力貴族が[[教皇派と皇帝派]]に分かれて争っていた。フィエスキ家、グリマルディ家のグェルフ党（教皇派）とスピノーラ家、ドーリア家のギベリン党（皇帝派）である。この対立に、商人や平民による平民派との対立が加わった。こうした中で、シモンは1339年に初代ジェノヴァ総督に就任した。1344年に貴族派の陰謀によりいったん失脚するが、1356年に総督に復帰。1363年、宴会の席で倒れて没した。[[ワイン]]に[[毒]]を盛られたのが死因であるという&amp;lt;ref&amp;gt;スタンダード・オペラ鑑賞ブック pp.120-123&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、『シモン・ボッカネグラ』は、[[リヒャルト・ワーグナー]]の歌劇『[[リエンツィ]]』の物語と同時代であり、『リエンツィ』の主人公、[[ニコラ・ディ・リエンツォ]]が[[ローマ]]で殺されたのは1354年である。本作の第1幕フィナーレでのシモンの演説には、この史実を受けて「リエンツィと同じ栄光と死の予言の声が、いまやジェノヴァ一帯にも響き渡っている。ここに[[ペトラルカ]]の手紙がある。」という一節がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 配役について ==&lt;br /&gt;
題名役のシモンは、父としての情愛、政治家としての器量、船乗りとしての豪快さの3つの個性が必要とされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これらを兼ね備えた[[バリトン]]歌手として、[[音楽之友社]]編『スタンダード・オペラ鑑賞ブック』では、[[ピエロ・カプッチルリ]]を「当代きってのシモン歌い」としている。カプッチルリがシモンを歌った録音の中でも、とくに[[クラウディオ・アバド]]指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団との演奏（1977年）は、[[ニコライ・ギャウロフ]]（フィエスコ）、[[ミレッラ・フレーニ]]（アメーリア）、[[ホセ・カレーラス]]（ガブリエーレ）、[[ジョゼ・ヴァン・ダム]]（パオロ）らとの共演であり、「おそらく考えられる限り最強のメンバーによる決定盤」とする&amp;lt;ref&amp;gt;スタンダード・オペラ鑑賞ブック pp.125-126&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
*[[音楽之友社]]編スタンダード・オペラ鑑賞ブック 2『イタリア・オペラ（下）』　ISBN 4-276-37542-8&lt;br /&gt;
*[[リコルディ]]社の全曲フルスコア&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:しもんほつかねくら}}&lt;br /&gt;
[[Category:ヴェルディのオペラ]]&lt;br /&gt;
[[Category:イタリアを舞台とした作品]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[bg:Симоне Боканегра]]&lt;br /&gt;
[[ca:Simon Boccanegra (Verdi)]]&lt;br /&gt;
[[da:Simon Boccanegra]]&lt;br /&gt;
[[de:Simon Boccanegra]]&lt;br /&gt;
[[en:Simon Boccanegra]]&lt;br /&gt;
[[es:Simón Boccanegra (ópera)]]&lt;br /&gt;
[[fr:Simon Boccanegra (opéra)]]&lt;br /&gt;
[[ko:시몬 보카네그라]]&lt;br /&gt;
[[it:Simon Boccanegra]]&lt;br /&gt;
[[hu:Simon Boccanegra]]&lt;br /&gt;
[[ms:Simón Bocanegra]]&lt;br /&gt;
[[nl:Simon Boccanegra]]&lt;br /&gt;
[[pt:Simon Boccanegra]]&lt;br /&gt;
[[ru:Симон Бокканегра (опера)]]&lt;br /&gt;
[[sr:Симоне Боканегра (опера)]]&lt;br /&gt;
[[fi:Simon Boccanegra]]&lt;br /&gt;
[[tr:Simon Boccanegra]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>79.233.152.143</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC6%E7%95%AA_(%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%AB%E3%83%8C%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%AB)&amp;diff=56206</id>
		<title>交響曲第6番 (トゥルヌミール)</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;79.233.152.143: 新しいページ: '{{クラシック音楽}} '''交響曲第6番'''は、シャルル・トゥルヌミールが1917年から翌年にかけて作曲した交響曲であ...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{クラシック音楽}}&lt;br /&gt;
'''交響曲第6番'''は、[[シャルル・トゥルヌミール]]が[[1917年]]から[[1918年|翌年]]にかけて作曲した[[交響曲]]である。作曲者の存命中は初演が行われず、[[1995年]]にようやく演奏された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 楽器編成 ==&lt;br /&gt;
[[フルート]]5(2奏者は[[ピッコロ]]持ち替え)、[[ピッコロ]]、[[オーボエ]]3、[[コーラングレ|イングリッシュ・ホルン]]、[[クラリネット]]5([[バスクラリネット]]持ち替え)、[[バスクラリネット]]、[[ファゴット]]5、[[コントラファゴット]]、[[ホルン]]10、[[トランペット]]6、[[トロンボーン]]4、[[チューバ|バスチューバ]]、[[チューバ|コントラバスチューバ]]、[[ティンパニ]]2人、3人の打楽器奏者([[チェレスタ]]、[[グロッケンシュピール]]、[[チューブラーベル]])、[[ハープ]]4、[[オルガン]]、[[弦楽合奏|多数の弦楽器]]、[[テノール]]独唱、[[混声合唱]]([[ソプラノ]]、[[アルト]]、[[テノール]]、、[[バス (声域)|バス]])&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 演奏時間 ==&lt;br /&gt;
約52分&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 楽曲構成 ==&lt;br /&gt;
*第1部&lt;br /&gt;
*序奏とアレグロ&lt;br /&gt;
*アレグロ・モデラート&lt;br /&gt;
*ヴィーヴォ&lt;br /&gt;
*第2部&lt;br /&gt;
*ラルゴ&lt;br /&gt;
*序奏と[[スケルツォ]]&lt;br /&gt;
*フィナーレ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* CD解説：（ピエール・バルトロメ指揮 リエージュ・フィルハーモニー）VAIOIS　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:交響曲|とうるぬみる6]]&lt;br /&gt;
[[Category:声楽を伴う交響曲|とうるぬみる6]]&lt;br /&gt;
[[Category:近現代の楽曲|こうきようきよく06とうるぬみる]]&lt;br /&gt;
{{Classic-stub}}&lt;/div&gt;</summary>
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		<title>追分節考</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;79.233.152.143: 新しいページ: '{{クラシック音楽}} '''追分節考'''（おいわけぶしこう）は、柴田南雄が1973年に作曲した合唱のためのシアター・ピースで...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{クラシック音楽}}&lt;br /&gt;
'''追分節考'''（おいわけぶしこう）は、[[柴田南雄]]が[[1973年]]に作曲した[[合唱]]のためのシアター・ピースである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==作曲・初演==&lt;br /&gt;
[[東京混声合唱団]]の指揮者である[[田中信昭]]から、「日本[[民謡]]の素材だけで合唱曲を」という依頼を受け、1973年の8月から10月にかけて作曲、[[11月15日]]に田中信昭指揮、東京混声合唱団によって初演された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==作品の内容==&lt;br /&gt;
この作品には[[スコア]]（[[総譜]]）が存在せず、[[楽譜]]には演奏される「素材」のみが記されている。&lt;br /&gt;
素材は以下のものがある。&lt;br /&gt;
*[[上原六四郎]]「[[俗楽旋律考]]」の一部の朗読（女声）と、それに対する奇声による抗議（男声）&lt;br /&gt;
*ユニゾンで歌われる[[追分節]]（男声）と、その背景をなす[[和声]]や[[旋律]]断片（女声）&lt;br /&gt;
*ユニゾンで歌われる[[信濃追分]]（女声）&lt;br /&gt;
*[[尺八]]によって演奏される追分節&lt;br /&gt;
[[指揮者]]はこれらをその場で構成し、歌い手ないし尺八奏者に指示を出し演奏させることによって、音楽を作っていく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男声および尺八奏者は舞台ではなく客席の外や客席内を歩きながら演奏し、また聴き手の周囲に音源が拡散・移動するように演奏する。ステージと客席は一体化し、場内全体が音で満たされることとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==編成==&lt;br /&gt;
[[混声合唱]]、[[尺八]]（1人～数人）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==演奏時間==&lt;br /&gt;
上記のような作品のため、指揮者や状況によって、演奏の様相は大きく変わるものであり演奏時間も一定しないが、おおよそ8分弱から20分前後。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==演奏==&lt;br /&gt;
[[東京混声合唱団]]により、初演以来今日に至るまで頻繁に演奏され、その回数は国内外あわせて2000を超えるともいわれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また日本のアマチュア合唱団にも、しばしば取り上げられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[民謡]]&lt;br /&gt;
*[[追分]]&lt;br /&gt;
*[[馬子唄]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://www.eva.hi-ho.ne.jp/jshibata/kaisetu/41.html 追分節考 no.41]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Classic-stub}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:おいわけふしこう}}&lt;br /&gt;
[[Category:合唱曲]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>79.233.152.143</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E3%80%8C%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%80%8D_(%E3%83%93%E3%82%BC%E3%83%BC)&amp;diff=56204</id>
		<title>交響曲「ローマ」 (ビゼー)</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;79.233.152.143: 新しいページ: '{{クラシック音楽}}'''交響曲ハ長調「ローマ」'''は、ジョルジュ・ビゼーの2作目の交響曲である。第二番とされることもあり...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{クラシック音楽}}'''交響曲ハ長調「ローマ」'''は、[[ジョルジュ・ビゼー]]の2作目の[[交響曲]]である。第二番とされることもあり、しばしば「組曲」とも言われる。彼は更に2曲交響曲を作ったと伝えられるが、気に入らず晩年に焼却したといわれる。17歳で急いで作曲された《[[交響曲 (ビゼー)|交響曲 第1番]]》とは異なり、22歳の頃から33歳の頃にかけて実に10年越しで作曲された。ビゼーは完全には満足しておらず、沢山の改訂を加えたが、決定稿に至らぬまま世を去った（亡くなったのは36歳の時である）。すべての楽章がビゼーの生前に上演されているが、すべて一緒に演奏されたことはなかった。最終的な改訂稿で全曲を通して初演されたのは、作曲者の歿後になってから、[[1875年]]のことである&amp;lt;ref name=allmusic&amp;gt;[http://www.allmusic.com/cg/amg.dll?p=amg&amp;amp;sql=42:358447 Allmusic]&amp;lt;/ref&amp;gt;。おそらくビゼーが作品について不満を漏らしていたために、しばしば「[[未完成交響曲]]」であるかのように論じられるが、作品は完成されており、音符は全部入っておりオイレンブルクのスコアでは完全に[[総譜|譜面]]化されている。録音は増えつつあるが、美しいメロディーがふんだんにあるが、FMの放送用録音が多く演奏会場では滅多に取り上げられていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 創作の背景と経緯 ==&lt;br /&gt;
ビゼーは[[1857年]]に[[ローマ大賞]]を獲得すると、それから2年間を無料で[[ローマ]]のフランス・アカデミーに[[留学]]した後、1年間[[ドイツ]]に留学するよう要請された。ドイツには行かず仕舞いになったものの、ローマには[[1860年]]7月まで逗留している[http://www.britannica.com/EBchecked/topic/67351/Georges-Bizet Encyclopedia Britannica]&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[パリ]]にまっすぐ引き返す代わりに[[イタリア]]中を旅行して、[[1858年]]と[[1859年]]には行かなかった土地に向かった。[[リミニ]]で初めて、4つの[[楽章]]をそれぞれイタリアの別々の都市（ローマ、[[ヴェネツィア]]、[[フィレンツェ]]、[[ナポリ]]）に捧げた交響曲という案を練っている&amp;lt;ref name=grove&amp;gt;Eric Blom ed., Grove's Dictionary of Music and Musicians, 5th ed., 1954&amp;lt;/ref&amp;gt;。この頃には初期の草稿がいくらか出来上がっていたのかもしれない。ヴェネツィア入りした頃に母親が重病であるとの知らせを受けて、直ちに帰国している&amp;lt;ref name=grove/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1861年]]までに[[スケルツォ]]楽章「ヴェネツィア」を書き上げる（この楽章は今でも全体の中で出来が良いと認められている）。同年11月に非公開で初演され、公開初演は[[1863年]][[1月11日]]に[[ジュール・パドルー]]の指揮によってシルク・ナポレオン（Cirque Napoléon）において行われ、会場には[[カミーユ・サン＝サーンス]]の姿もあった。演奏は低調で、多くの聴衆から敵意に満ちた反応を引き出した。しかしながら[[1月18日]]に国立美術協会で再演されると、今度はずっと前向きな反応が得られたのであった&amp;lt;ref name=grove/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1866年]]までにビゼーは全曲の初稿を書き上げたが、不満を覚えて全体の改訂に着手した。[[1868年]]には再び手を入れている&amp;lt;ref name=grove/&amp;gt;。改訂版のうち、スケルツォ以外の3つの楽章は、それぞれに[[標題]]的な題名つきで、又もやパドルーの指揮で上演された&amp;lt;ref name=grove/&amp;gt;。それでもビゼーは不愉快で、作品にもう一度手を加えた。1871年までにはどうやらビゼーの手を離れたらしい（ビゼーが他の企画に没頭していたからである）&amp;lt;ref name=allmusic/&amp;gt;。交響曲全体が最終稿によって初演されたのは、ビゼーの死後の[[1875年]]のことである&amp;lt;ref name=allmusic/&amp;gt;。作品は[[1880年]]に《ローマ》と題して出版されており、1871年になされた変更がおそらくは採用されている&amp;lt;ref name=grove/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 「ローマ」という副題 ===&lt;br /&gt;
形態においては、交響曲と交響[[組曲]]とのいくぶん中間に位置付けられる。[[グローヴ音楽大事典]]によると、「[[標題音楽]]とするのはなるほど的確だとはいえないし、抽象的な交響曲にしては構成が無頓着すぎる&amp;lt;ref name=grove/&amp;gt;」。ビゼー本人が「交響曲」と呼んだにもかかわらず、しばしば組曲扱いされており、中には「交響組曲 第3番」などと番号付けした例すら見られる&amp;lt;ref name=ang&amp;gt;[http://www.mennicken-pr.com/cd/bizet_cd_en.html Ivan Anguélov]&amp;lt;/ref&amp;gt;。別名が通用している理由の一つとして、初期の交響曲も同じ[[ハ長調]]なので、2つめの野心作の交響曲を組曲と呼べば混同が少ないだろうと考える向きがあったこと&amp;lt;ref name=ang/&amp;gt;が挙げられる。しかしながら、このような言い換えが行われるようになったのは、（ビゼーの歿後60年の）[[1935年]]以降のことである。1935年は、ビゼーの最初の《[[交響曲 (ビゼー)|ハ長調交響曲]]》が実在することが初めて公にされた年であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 作品 ==&lt;br /&gt;
《ローマ》の出来栄えはひどく不揃いである。スケルツォ楽章はたいてい、活気と風雅さに満ちた最も出来の良い楽章と指摘される。両端楽章は、華やかさとアカデミックな衒学趣味とが含まれており、緩徐楽章は一般に不出来であると看做されており、時には「鈍重で退屈」とも評される&amp;lt;ref name=allmusic/&amp;gt;。だが[[グスタフ・マーラー]]は《ローマ》を高く買っていて、[[1898年]]から[[1899年]]までのシーズンで[[ウィーン]]初演を指揮し、あまつさえ[[1910年]]の演奏旅行ではアメリカ人聴衆に本作を披露している&amp;lt;ref&amp;gt;[http://blogs.myspace.com/index.cfm?fuseaction=blog.view&amp;amp;friendId=186948185&amp;amp;blogId=341789205 Myspace: MY Music]&amp;lt;/ref&amp;gt;。ちなみに[[アメリカ]]初演は、[[1880年]]11月に[[セオドア・トマス]]の指揮によってメトロポリタン・コンサートホールにおいて行われた。当時の『[[ニューヨーク・タイムズ]]』紙の[[音楽評論]]担当者は、作品には多くの称賛すべき点が散見されるが、曲のまとめ方は未熟で、曲は未完成といった雰囲気がする、と述べている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://query.nytimes.com/gst/abstract.html?res=9400E3D6153FEE3ABC4A52DFB767838B699FDE New York Times, 12 November 1880]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 楽器編成 ===&lt;br /&gt;
[[フルート]]2（第2は[[ピッコロ]]持ち替え）、[[オーボエ]]2（第2は[[コーラングレ]]持ち替え）、[[クラリネット]]2、[[ファゴット]]2、[[ホルン]]4、[[トランペット]]2、[[トロンボーン]]3、[[ティンパニ]]、[[ハープ]]2、[[弦楽合奏|弦五部]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 楽曲構成 ===&lt;br /&gt;
以下の4つの楽章から構成され、全曲の演奏に30分程度を要する。&lt;br /&gt;
==== 第一楽章 ====&lt;br /&gt;
[[アンダンテ]]・トランクィッロ～[[アレグロ]]・アジタート（ハ長調）　''Andante tranquillo'' - ''Allegro agitato'' &lt;br /&gt;
==== 第二楽章 ====&lt;br /&gt;
「スケルツォ」[[アレグレット]]・[[ヴィヴァーチェ]]　Scherzo: ''Allegretto vivace''&lt;br /&gt;
==== 第三楽章 ====&lt;br /&gt;
「アンダンテ・モルト（ヘ長調）　''Andante molto'' &lt;br /&gt;
==== 第四楽章 ====&lt;br /&gt;
「「終曲」[[アレグロ]]・ヴィヴァチッシモ（ハ長調）　Finale: ''Allegro vivacissimo'' &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 音源 ==&lt;br /&gt;
何度か録音されており、主立った指揮者では、[[トマス・ビーチャム]]卿や[[ランベルト・ガルデルリ]]、[[ルイ・フレモー]]、[[エンリケ・バティス]]、[[ミシェル・プラッソン]]らが取り上げてきた&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.prestoclassical.co.uk/w/63824/Georges_Bizet_Roma_symphony_for_orchestra_in_C_major Presto Classical]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
時おり終楽章のみが、「[[謝肉祭]]」と題して、単独で録音されている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.arkivmusic.com/classical/album.jsp?album_id=150943 Arkiv Musik]&amp;lt;/ref&amp;gt;。元々《ローマ》の終楽章は、[[ナポリ]]を描く意向であったにもかかわらず、皮肉なことに、「ローマの謝肉祭（{{lang-fr|&amp;quot;Carnaval à Rome&amp;quot;}}）」&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.geocities.com/Paris/1947/lists.html Historic Conductors on Compact Disc]&amp;lt;/ref&amp;gt;と題されることもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 註 ==&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* 「最新名曲解説全集2 交響曲II」（[[音楽之友社]]） ISBN 4-276-01002-0&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ろおま}}&lt;br /&gt;
[[Category:ビゼーの楽曲]]&lt;br /&gt;
[[Category:交響曲]]&lt;br /&gt;
[[Category:組曲]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Roma Symphony (Bizet)]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>79.233.152.143</name></author>	</entry>

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		<title>「呪文」　（楽曲）</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;79.233.152.143: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''[[トロンボーン]]・ソロのための「[[呪文]]」'''WVE-219&lt;br /&gt;
==作曲者==&lt;br /&gt;
菅野茂&lt;br /&gt;
==演奏時間==&lt;br /&gt;
約6分&lt;br /&gt;
==作曲地==ヒルゲンロート・[[ウェスターヴァルト]]・[[ドイツ]]&lt;br /&gt;
==作曲時期== 2004年6月21日に脱稿、その後何回か改定&lt;br /&gt;
==概説== &lt;br /&gt;
トロンボーン・ソロの為の「呪文」は2004年に[[アメリカ]]の[[サン・フランシスコ]]の女性トロンボーン奏者[[ジェニファー・ベーカー]]によって[[インターネット]]で頼まれて作曲されたものである。彼女は非常にこの曲を気に入ってくれて、この曲を「好きだ」とは言わずに「愛してる」と作曲者に正直に告白している。一応トロンボーンでできることは何でもされている。彼女や[[ロサンジェルス]]の[[トド・バッシュ]]は[[シアター・ピース]]的な曲だと言っているが、作曲者はそれとは別に弱音器の交換など教育的な意味の奏法の開示をも行っている。 一時改定によって「ジェニファーのトロンボーン」という題名の編曲版が作られたが、村田氏の譜面の間違いの指摘によりさらに改定されて「呪文」だけの名前になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年になって「ゾリスデン・ドライエック」の[[堀江竜太郎]]をおだてたためにドイツの[[ヴァイデンハウゼン]]で5月1日になっていきなりヨーロッパ初演された。作曲者が知ったのは演奏当日の朝で、時間がないので当日はあわてて英語のサンフランシスコ初演の時の英語の解説をそのままコピーしてプログラムとした。日本では後日[[村田厚生]]が[[東京]]の[[新宿]]の石森イヴェント・スタジオで初演している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これはしたがって作曲[[コンクール]]用に作られた物ではないが、17回シークブルク国際作曲コンクールで一位を得ている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==楽曲解説==&lt;br /&gt;
最初[[マウスピース]]だけで不安定な音楽の演奏が行われる。次に指でマウスピアースの底に押し付けて落とす奏法があるが、これは[[歌口]]の種類によって異なりまったくならない演奏もありうる不確定性音楽である。その後はトロンボーン内での「[[｢歌]]」の後普通の奏法に入り楽曲の物語が繰り広げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==出版==&lt;br /&gt;
アメリカのトロンボーン専門の出版社、「ゴールド・ブランチ・ミュージック」から出されている。&lt;br /&gt;
==録音==&lt;br /&gt;
アメリカのsfSoundSeriesレーベルでCD化されているが廃盤の可能性が高い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Classic-stub}}&lt;br /&gt;
[[Category:室内楽曲]]&lt;br /&gt;
[[Category:菅野茂の楽曲]]&lt;/div&gt;</summary>
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		<title>「呪文」　（楽曲）</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;79.233.152.143: 新しいページ: ''''トロンボーン・ソロのための「[｢呪文｣]」'''WVE-219 ==作曲者== 菅野茂 ==演奏時間== 約6分 ==作曲地==ヒルゲンロート・[[ウェス...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''[[トロンボーン]]・ソロのための「[｢呪文｣]」'''WVE-219&lt;br /&gt;
==作曲者==&lt;br /&gt;
菅野茂&lt;br /&gt;
==演奏時間==&lt;br /&gt;
約6分&lt;br /&gt;
==作曲地==ヒルゲンロート・[[ウェスターヴァルト]]・[[ドイツ]]&lt;br /&gt;
==作曲時期== 2004年6月21日に脱稿、その後何回か改定&lt;br /&gt;
==概説== &lt;br /&gt;
トロンボーン・ソロの為の「呪文」は2004年に[[アメリカ]]の[[サン・フランシスコ]]の女性トロンボーン奏者[[ジェニファー・ベーカー]]によって[[インターネット]]で頼まれて作曲されたものである。彼女は非常にこの曲を気に入ってくれて、この曲を「好きだ」とは言わずに「愛してる」と作曲者に正直に告白している。一応トロンボーンでできることは何でもされている。彼女や[[ロサンジェルス]]の[[トド・バッシュ]]は[[シアター・ピース]]的な曲だと言っているが、作曲者はそれとは別に弱音器の交換など教育的な意味の奏法の開示をも行っている。 一時改定によって「ジェニファーのトロンボーン」という題名の編曲版が作られたが、村田氏の譜面の間違いの指摘によりさらに改定されて「呪文」だけの名前になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年になって「ゾリスデン・ドライエック」の[[堀江竜太郎]]をおだてたためにドイツの[[ヴァイデンハウゼン]]で5月1日になっていきなりヨーロッパ初演された。作曲者が知ったのは演奏当日の朝で、時間がないので当日はあわてて英語のサンフランシスコ初演の時の英語の解説をそのままコピーしてプログラムとした。日本では後日[[村田厚生]]が[[東京]]の[[新宿]]の石森イヴェント・スタジオで初演している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これはしたがって作曲[[コンクール]]用に作られた物ではないが、17回シークブルク国際作曲コンクールで一位を得ている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==楽曲解説==&lt;br /&gt;
最初[[マウスピース]]だけで不安定な音楽の演奏が行われる。次に指でマウスピアースの底に押し付けて落とす奏法があるが、これは[[歌口]]の種類によって異なりまったくならない演奏もありうる不確定性音楽である。その後はトロンボーン内での「[[｢歌]]」の後普通の奏法に入り楽曲の物語が繰り広げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==出版==&lt;br /&gt;
アメリカのトロンボーン専門の出版社、「ゴールド・ブランチ・ミュージック」から出されている。&lt;br /&gt;
==録音==&lt;br /&gt;
アメリカのsfSoundSeriesレーベルでCD化されているが廃盤の可能性が高い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Classic-stub}}&lt;br /&gt;
[[Category:室内楽曲]]&lt;br /&gt;
[[Category:菅野茂の楽曲]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>79.233.152.143</name></author>	</entry>

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		<title>「クワーオワー」　（楽曲）</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;79.233.152.143: 新しいページ: ''''トロンボーンとヴァイオリン、オルガンのための「クワオワー」'''、WVE-210  ==作曲者== 菅野茂  ==概説== この曲は2003年...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''[[トロンボーン]]と[[ヴァイオリン]]、[[オルガン]]のための「クワオワー」'''、WVE-210&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==作曲者==&lt;br /&gt;
[[菅野茂]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概説==&lt;br /&gt;
この曲は2003年に[[ライプチヒ]]の日本人の音大生「東京ゾリステン・ドライエック」（現在は[[広島]]で「[[ゾリスデン・ドライエック]]」として活躍）が珍しく[[オルガン]]と[[トロンボーン]]と[[ヴァイオリン]]の為に曲を書いてくれる人をケルンで探していて、偶然ケルンの音楽大学でその話を目にして、このアンサンブルのオリジナル・レパートリーを広げるために書かれた作品。 この曲の原点版の初演は2003年の10月11日に[[ドイツ]]の[[ケルン]]のピウス教会でリハーサルなし、宿泊場所なしの最悪の環境の中で行われた。その後この東京ゾリステン・ドライエックのメンバーが[[ヴァイオリニスト]]の[[スイス]]への移住のため交代し、編成がヴァイオリンから[[フルート]]にオルガニストから[[ピアニスト]]に変わった。そのためこのままでは演奏できないので、WVE-210ｃとしてフルートとピアノ、トロンボーンのために編曲された。しかし[[2005年]][[４月23日]]のウェスター・ヴァルトのドライフェルデンの教会はオルガンであった為、そのときの再演－初演はピアノではなくて、[[オルゲル・ポジティーヴ]]の為の異稿としてのＷＶＥ―210ｃで演奏した。日本未初演。従ってこのＷＶＥ―210は､原点版の他に4種類の編曲版（違稿）がある。それぞれいろいろな機会の為に編曲したものである。今日[[フィナーレ]]などの楽譜プログラムは編曲が容易なので、それを最大限活用している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==編曲版の一覧==&lt;br /&gt;
210 -a.  ヴァイオリン、チェロ、トロンボーン、ピアノ　 (31.3.2003/Hilgenroth) &lt;br /&gt;
210-b.  フルート、トロンボーン、オルガン　 (24.8.2004/Hilgenroth) &lt;br /&gt;
210-c.　フルート、トロンボーン、ピアノ　 (3.9.2004/Hilgenroth) 初演：UA am 1.1.05 in der Kirche Weidenhausen(Veranstalte)r in Westerwald/ Hessen)  um 17:00 Uhr (entscheidende Fassung) von Tokyo Solisten Dreieck, 東京ゾリステン・ドライエック www.solisten-dreieck.com , rh98240@hotmail.com &lt;br /&gt;
210-d．フルート、トロンボーン、オルゲル・ポジティーヴ(22.4.2004/Hilgenroth)　UA am 23.4.04 in Ev.Kirche bei Dreifelden/Westerwald/ RP (Veranstalter) um 19:30 Uhr von Tokyo Solisten Dreieck durch alternative Fassung mit Orgel statt Klavier, www.solisten-dreieck.com , 東京ゾリステン・ドライエック&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==作曲場所==&lt;br /&gt;
ヒルゲンロート／ウェスターヴァルト／[[ドイツ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==作曲時期==&lt;br /&gt;
2003年3月31日に5日間ぐらいで脱稿（原点版）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==演奏時間==&lt;br /&gt;
約8分　（ほかの編曲版も同じ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==題名の由来==&lt;br /&gt;
[[クワオワー]]は２～3年前発見された月より小さな第10番惑星と言われていたが、新たに近くに大きな惑星「[｢セドナ｣]」Ｓｅｄｎａが発見されて、[[惑星]]の地位を剥奪されそうなかなりかわいそうな「惑星―衛星」の名前である。しかしこの音楽は絶対音楽で､[[ホルスト]]の「惑星」のような[[描写音楽]]ではもちろんなく、東京ドライエック・ゾリステンと自分の将来を、今無名でもいつかは重要な存在になる、と言う願いと希望をこの曲に込めてある。それはどんなに辛くとも常に前進すると言う意味である。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==曲の内容==&lt;br /&gt;
この曲は最初[[循環呼吸]]の長い長い[[グリッサンド]]で始まる。電話で演奏の彼らが「出来そうだ」と言ったので、彼らの名人芸を最大限に発揮させる為にそう作られた。決っしてやさしくはないが、奏者がちゃんとしたプロであれば演奏は可能である。次に細かい[[パッセ－ジ]]、グリッサンドの部分、音響的な色彩の変化､[[トリル]]、[[弱音器]]の交換、[[特殊奏法]]の色々な組み合わせ等が続く。そのあと剣玉や風船による12秒の遊びの部分が出てくる。これも不確定で偶然的な「音楽」である。次はまたまた別な特殊奏法による組み合わせの続行がある。いろいろなリズムの組み合わせもあり､それはそれで聴衆は一つの「[｢音色｣]」として捕らえ鑑賞しなければならない。最後にトリルやモ[[ルデント]]などの古典的な奏法が付く。これはＷＶＥ－167やＷＶＥ－167ｆの[[フランス]]初演のときとても好評だったので、また編成と条件を替えて再利用している。解釈は厳格ではなくそれぞれの奏者の自由にゆだねられる。こう来てしまった場合、最後の二小節はどうしても聴衆を意外な方向に驚かせなければならなく、まず[[カーゲル]]風のとぼけた笑い声を入れている。最後は初演で使われた他の曲の断片を、当時のトロンボーン奏者の偶然に持っていた[[縦笛]]によって吹かせている。これで､最初の編成にしてはとても意外に響く。作曲法上、聴衆にどうやって終るかわかられると、すぐ退屈・冗漫さにつながるのでそれを避けるためである。[[現代音楽]]は[[不確定性]]時代にふさわしい、予測不能の芸術でなければならないのが作曲者の信念である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== CD==&lt;br /&gt;
モデラート・ミュージック（廃盤）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==楽譜==&lt;br /&gt;
モデラート・ミュージック（絶版、徐々に「4分33秒出版社」へ移行）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Classic-stub}}&lt;br /&gt;
[[Category:室内楽曲]]&lt;br /&gt;
[[Category:菅野茂の楽曲]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>79.233.152.143</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%80%8CA%E3%81%8B%E3%82%89%EF%BD%87%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%81%AE%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%A2%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%80%8D%E3%80%80%EF%BC%88%E6%A5%BD%E6%9B%B2%EF%BC%89&amp;diff=56200</id>
		<title>「Aからｇまでのハーモニー」　（楽曲）</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%80%8CA%E3%81%8B%E3%82%89%EF%BD%87%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%81%AE%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%A2%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%80%8D%E3%80%80%EF%BC%88%E6%A5%BD%E6%9B%B2%EF%BC%89&amp;diff=56200"/>
				<updated>2009-08-23T19:26:56Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;79.233.152.143: 概説&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''[[バス]]と[[ピアノ]]のための「Aからｇまでの[[ハーモニー]]」'''WVE-196&lt;br /&gt;
 ==作曲者==&lt;br /&gt;
[[菅野茂]]&lt;br /&gt;
==作曲地==&lt;br /&gt;
ヒルゲンロート・[[ウェスターヴァルト]]・[[ドイツ]]&lt;br /&gt;
==作曲時期==&lt;br /&gt;
2001年12月25日に3日ぐらいで脱稿。&lt;br /&gt;
==演奏時間==&lt;br /&gt;
約4分。&lt;br /&gt;
==概説==&lt;br /&gt;
詩は[[オーストリア]]のミヒャエル・パウルスの作。詩の内容が大変面白いので、すぐに夢中になり作曲する。作曲技法における[[調性]]とか[[無調]]とかは特に意識していない、むしろ程よく取り混ぜている。それ以外の技法は[[内部奏法]]や特殊な声の出し方以外はすべて使っている。プロ・アマは特に念頭に置かなかったので，すこし難しくなってしまった可能性があり、結局質の高さを優先すると複雑な音楽になる。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
==詩の訳==&lt;br /&gt;
 「ド，レ，ミ」と「ら，し，ド」&lt;br /&gt;
君に僕の悩みを話そう。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
そのあと最初に来る｢ファ｣は&lt;br /&gt;
どうしても暗くなるよ。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
｢ソ｣は一番高い危険地帯でとても辛い&lt;br /&gt;
どこかに逃げるところがあればいいのだが。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
しかし｢レ｣や｢ミ｣に下がり&lt;br /&gt;
｢ド｣を通って「ら」にくると静かで気持ちよいのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==異稿・編曲版==&lt;br /&gt;
196-a. „Harmonie von A bis g“ für Countertenor Stimme und Holzschlagzeug (19.1.2002/Hilgenroth) ca 4 min.&lt;br /&gt;
196-b. „Harmonie von A bis g“ for Trombone and Piano (18.2.2002) ca.4min.&lt;br /&gt;
196-c. „Harmonie von A bis g“ for Trumpet and Piano (18.2.2002) ca.4min.&lt;br /&gt;
196-d. „Harmonie von A bis g“ for Tenor, Horn, Piano and Double bass (18.2.2002) ca.4 min.&lt;br /&gt;
196-e. „Harmonie von A bis g“ for Canto and Piano (24.6.03/Hilgenroth) ca.4 min.&lt;br /&gt;
196-f. „Harmonie von A bis g“ für Blockflöte, Tenorstimme, Flügel und Midi-Tape (4.2.04/Hilgenroth) ca. 4 min&lt;br /&gt;
196-g.“Harmonie“ for Violincello and Piano (9.6.05 / Hilgenroth) ca. 5 min.&lt;br /&gt;
196-h.“Harmonie“ for Horn and Piano (18..12.07 / Hilgenroth) ca. 5 min.Verlag beim Waldhornverlag bei Harmonia Classica, Frau.Mag. Eva-Maria Blechinger, Prof.Roland Horvath,Wien,  http://members.surfeu.at/harmoniaclassica&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==初演==&lt;br /&gt;
2007年11月7日に日本の[[香川]]県民ホール・アクト・ホール５にて。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==出版==&lt;br /&gt;
この曲のホルンとピアノの編曲版は[[ウィーン]]の[[ヴァルト・ホルン]]出版社からでている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Classic-stub}}&lt;br /&gt;
[[Category:声楽曲]]&lt;br /&gt;
[[Category:菅野茂の楽曲]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>79.233.152.143</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%83%9F%E3%83%8B%E4%BD%9C%E5%93%81%E3%80%80V%E3%80%80%E3%80%8C%E3%82%AB%E3%83%80%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%80%8D%E3%80%80%EF%BC%88%E6%A5%BD%E6%9B%B2%EF%BC%89&amp;diff=56199</id>
		<title>ミニ作品　V　「カダンス」　（楽曲）</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%83%9F%E3%83%8B%E4%BD%9C%E5%93%81%E3%80%80V%E3%80%80%E3%80%8C%E3%82%AB%E3%83%80%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%80%8D%E3%80%80%EF%BC%88%E6%A5%BD%E6%9B%B2%EF%BC%89&amp;diff=56199"/>
				<updated>2009-08-23T19:24:16Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;79.233.152.143: 概説&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;ミニ作品V「[｢カダンス｣]」、WVE-167&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==作曲者==&lt;br /&gt;
[[菅野茂]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==作曲地==&lt;br /&gt;
ヘスラッハ・[[シュトットガルト]]・[[ドイツ]]&lt;br /&gt;
==作曲時期==&lt;br /&gt;
[[1999年]][[8月11日]]に一週間ぐらいで脱稿。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==演奏時間==&lt;br /&gt;
約4分&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==楽器編成==&lt;br /&gt;
[[フルート]]、[[クラリネット]]、[[チェロ]]、[[ピアノ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概説==&lt;br /&gt;
カダンスが示すように[[世紀末]]特有の[[欝]]状態を示すもので、作曲途中にシュトットガルトで雨の中での[[皆既日食]]があったのも影響が出ている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==初演==&lt;br /&gt;
オリジナルは2000年5月28日に「アンサンブル・デカダンス」により[[フランス]]の[[リュネール]]の町の野外で世紀末の[[ミレ二アム]]現代音楽際で行われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
WVE-167ｆは2000年8月19日にフランスの[[ナプール]]の海岸の城で作曲者出席の下に[[パリ]]の「アンサンブル・アレフ」による。その後パリ６回をはじめ[[ヨーロッパ]]の各主要都市で10回以上再演され、子供のための[[現代音楽]]へのいざないにも使われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
WVE-167ｂは作曲者の[[ピアノ]]により、2000年1月5日にシュトットガルトの「トレディチン劇場」でその後[[スイス]]の[[ドルナッハ]]やドイツの[[ゴスラー]]でも再演している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==解説==&lt;br /&gt;
[[エルガー]]の「[｢エニグマ｣]」と同じくテーマのない[[変奏曲]]という形で「[｢主題｣]」が設けられる。第一変奏：[[半音階]]、第二変奏：[[トレモロ]]と[[スタッカート]]、第三変奏：[[トリル]]、第四変奏：[[リズム]]と長い音、第五変奏：[[打音]]、第六変奏、繰り返りの音、第七変奏：その[[フガート]]、第八変奏：3連符のリズムの構築、第九変奏：5連符、第十変奏：大きな３連符、第11変奏：7連符、第12変奏：[[動機]]と点描、第13変奏：水平的なトレモロ、第14変奏：素材の受け渡し、第15変奏：素材と同じ音のトレモロの繰り返し、第16変奏：5連符と４連符の水平と3連符の垂直組み合わせ。第17変奏：[[装飾音]]記号、第18変奏：水平リズムの[[音色]]の変化、第19変奏：トレモロと[[点描]]音形、第20変奏：その楽器法が逆の場合、第21変奏：5連符と3連符の水平組み合わせ、第22変奏：さらに多くは3連符の追加、第23変奏：長い音と5連符と3連符のちりばめ／[[コーダ]]も兼ねている。しかし主題がないという意味では既に提示部から第一変奏と数えて全体で24の変奏曲ということもでき、作曲者はそれを主張している。すべて超ミニチュアで各変奏曲はそれぞれたったの5小節に過ぎない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==異稿・編曲版==&lt;br /&gt;
オリジナル版は数回演奏されたが、パリの[[CDMC]]主催の編曲版でアンサンブル・アレフによる167f.の演奏頻度の方が遥かに多い。&lt;br /&gt;
167-a. Cadance für Septett (17.8.1999/Stuttgart) ca. 5 min.Gg, Ci, Pt, Per, Tb, Bn and Db.&lt;br /&gt;
167-b. Cadance for Piano solo (26.2.2000/Stuttgart) ca. 4 min. &lt;br /&gt;
167-c. Sub-Kammersinfonie III “Millennium Cadance“ (18.2.2000/Stuttgart) ca. 4 min. 1101-01(Piston)10-P.-66442&lt;br /&gt;
167-d. 24 Variation ohne Thema for Quintett (7.4.2000/Stuttgart) ca. 4 min. Fl, Ob, Cl, Vl, Vc.&lt;br /&gt;
167-f.  Cadance“24 Variation without Theme“ (4.5.2000/Stuttgart) ca. min. (Bcl, Tp, Per, Pf, Vl, Vc) &lt;br /&gt;
167-g. Cadance“24 Variation without Theme“ for Sextet (5.5.2000/Stuttgart) ca. 5 min. Bfl, Bcl, Mp, Pf, Vl, Vc.&lt;br /&gt;
167-h. Cadance“24 Variation without Theme“ for Sextet (4.7.2000/Stuttgart) ca. 5 min. Fl.Ob, Cl, Hr, Fg, Pf.&lt;br /&gt;
167-i.  Cadance“24 Variation without Theme“ for Sextet (27.10.2000/Stuttgart) ca. 5 min. Ms, Po, Mp, Ak, Pf, Vl.&lt;br /&gt;
167-j. „Hi“ for American Poet for Violin and Piano (12.11.2000/Stuttgart) ca. 5 min.&lt;br /&gt;
167-k. Cadance“24 Variation without Theme“ for Sextet (7.2..2001/Hilgenroth) ca. 5 min. Fl, Ob, Cl, Hr, Sx, Fg.&lt;br /&gt;
167-l.  Sub-Mini-Werk  for Quintett (24.6.2001/Hilgenroth) ca. 5 min.Cl, Fg, Mp, Vl, Vc.&lt;br /&gt;
167-m.“Hi“ for Violin, Piano and Metal Percussion (5.1.2001/Hilgenroth) ca. 5 min.&lt;br /&gt;
167-n. “Hi-Kwangju” for Violin and Piano (7.6.05/ Hilgenroth) ca. 5 min.&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==出版==&lt;br /&gt;
この曲は編曲版も含めてすべて[[ミュンヘン]]の「4分33秒音楽出版社」から出ている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==CD==&lt;br /&gt;
WVE-167ｆがパリのCDMCから出ている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Classic-stub}}&lt;br /&gt;
[[Category:声楽曲]]&lt;br /&gt;
[[Category:菅野茂の楽曲]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>79.233.152.143</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E9%95%B7%E5%94%84%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%88%E3%80%80%EF%BC%88%E6%A5%BD%E6%9B%B2)&amp;diff=56198</id>
		<title>長唄カルテット　（楽曲)</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E9%95%B7%E5%94%84%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%88%E3%80%80%EF%BC%88%E6%A5%BD%E6%9B%B2)&amp;diff=56198"/>
				<updated>2009-08-23T19:22:33Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;79.233.152.143: 新しいページ: 'フルート四重奏曲　II　「長唄カルテット」WVE-161  ==作曲者== 菅野茂  ==作曲地== ヘスラッハ・シュトットガルト・...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[フルート]][[四重奏曲]]　II　「[[長唄]][[カルテット]]」WVE-161&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==作曲者==&lt;br /&gt;
[[菅野茂]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==作曲地==&lt;br /&gt;
ヘスラッハ・[[シュトットガルト]]・[[ドイツ]]&lt;br /&gt;
==作曲時期==&lt;br /&gt;
1999年2月12日に一週間ぐらいで脱稿。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==演奏時間==&lt;br /&gt;
約15 分&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==楽器編成==&lt;br /&gt;
[[篠笛]]、フルート、[[アルトフルート]]、[[バスフルート]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概説==&lt;br /&gt;
[[ルートヴィックスブルク]]の[[アルビレオ・フルート・カルテット]]の委嘱による作品。最初の目的はドイツ演奏旅行のための[[CD]]製作であった。[[日本]]的さをアピールするということで篠笛が[[ピッコロ]]の代わりに用いられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==異稿・編曲版==&lt;br /&gt;
オリジナル版は数回演奏されたがまもなく篠笛奏者の脱退により、ピッコロに変えられた普通のフルート四重奏版に変えられた：2十数回をはるかに超える161-d.の演奏頻度の方が遥かに多いが[[ファゴット]]・ソロの編曲などがドイツの[[ジークブルク]]で演奏されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
161-a.. Nagauta Solo for Oboe solo (17.7.2002/Hilgenroth) ca.7 min.&lt;br /&gt;
161-b.  Nagauta Solo for Flute solo (18.7.2002/Hilgenroth) ca.7 min.&lt;br /&gt;
161-c.  Nagauta Solo for Recorder solo (19.7.2002/Hilgenroth) ca. 7 min.&lt;br /&gt;
161-d. „Nagauta-Quartett—Supplement für Piccolo, Flöte, Altflöte und Bassflöte (7.8.2000/Stuttgart-Heslach) ca. 15 min. &lt;br /&gt;
161-e.  Nagauta Solo for Alto Flute solo (8.1.2004/Hilgenroth) ca.7 min.&lt;br /&gt;
161-f.  Nagauta Duo for Flute with Piccolo and Drums (17.3.04/Hilgenroth) ca. 7 min.&lt;br /&gt;
161-g. Latin-American-Solo for Flute solo (18.7.2004/Hilgenroth) ca.7 min.&lt;br /&gt;
161-h.  Nagauta-solo for Basson solo(14.2.04/ Hilgenroth) ca. 7 min. 1.Preis  am 17.International Kompositionswettbewerb Siegburg、&lt;br /&gt;
UA 22.9.05 in Stadtmuseum Siegburg  um 20:00 Uhr, Fagott Werner Kampe &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==初演==&lt;br /&gt;
1999年の4月9日に[[ 京都]]の俣文化会館で、その後脱退したメンバーの井伊晶子女史により[[滋賀県]]の「海笛の会」でも再演されている。その後は毎年アルビレオ・フルート・カルテットで定期的にドイツで演奏されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==楽曲解説==&lt;br /&gt;
まず調律であるが、篠笛は不安定、他のフルートは3分の一音ずつ[[微分音]]で高さがずらされている。掛け声で始まり、延々と篠笛のソロに残りの笛たちが伴奏を仕掛ける。一旦静まり、今度はフルートたちが微分音の妙技を披露しながら篠笛が[[オブリガート]]で絡む。しばらくして3本のフルートだけで音楽が進むが、さらに篠笛も加わる。最後の部分は[[特殊奏法]]の大展覧会で曲が意外性を持って終わる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==出版==&lt;br /&gt;
この曲は編曲版も含めてすべて[[ミュンヘン]]の4分33秒出版社から出ている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Classic-stub}}&lt;br /&gt;
[[Category:声楽曲]]&lt;br /&gt;
[[Category:菅野茂の楽曲]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>79.233.152.143</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%83%E9%87%8D%E5%A5%8F%E6%9B%B2%E3%80%80III%E3%80%80%EF%BC%88%E6%A5%BD%E6%9B%B2%EF%BC%89&amp;diff=56195</id>
		<title>七重奏曲　III　（楽曲）</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%83%E9%87%8D%E5%A5%8F%E6%9B%B2%E3%80%80III%E3%80%80%EF%BC%88%E6%A5%BD%E6%9B%B2%EF%BC%89&amp;diff=56195"/>
				<updated>2009-08-23T19:20:44Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;79.233.152.143: 新しいページ: ''''7重奏曲III'''セプテット、 WVE（暫定作品番号）-155　「タンツグロッケンシュピール」 ==作曲者== 菅野茂 ==作曲地== [[シュトッ...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''7重奏曲III'''セプテット、 WVE（暫定作品番号）-155　「[[タンツグロッケンシュピール]]」&lt;br /&gt;
==作曲者==&lt;br /&gt;
菅野茂&lt;br /&gt;
==作曲地==&lt;br /&gt;
[[シュトットガルト]]・ヘスラッハ・ドイツ&lt;br /&gt;
==作曲時期==&lt;br /&gt;
1998年12月18日に一週間で脱稿&lt;br /&gt;
==楽器編成==&lt;br /&gt;
[[フルート]]、[[オーボエ]]、[[クラリネット]]、[[ホルン]]、[[トランペット]]、[[ティンパニ]]（5個）、[[タンツグロッケンシュピール]]&lt;br /&gt;
==演奏時間==&lt;br /&gt;
約8分&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概説==&lt;br /&gt;
[[バーリンゲン]]国際作曲コンクールの為に書かれ第一位入賞した作品。世界でも珍しい踊りながら足で[[鐘]]を叩くタンツグロッケンシュピールが使わられている音楽。ある[[オランダ人]]が考案し、ヨーロッパの子供用の遊び場に良く配置されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==編曲版==&lt;br /&gt;
以下現在までにaからiまでの９曲の編曲がある。その内訳は、&lt;br /&gt;
155-a.Sub-Kammersinfonie II for Chamber Orchestra (8.11.1999/Stuttgart) ca. 10 min. (1110-1100,Pk,70050)&lt;br /&gt;
155-b.Sub-Violinkonzert (20.4.2000/Stuttgart) ca 20 min. (1010-1100-Sch, Pf-11111)&lt;br /&gt;
155-c. Sub-Saxophonkonzert (24.4.2000/Stuttgart) ca.12 min.(3222-4231-Pk-,2Sch,12,10,8,6,6,)&lt;br /&gt;
155-d. Pro-Tanzglockenspiel for 2 Saxophones, Timpani, Piano and Violincello ca. 8 min. (19.4.2000/Stuttgart)&lt;br /&gt;
155-e. Pro-Tanzglockenspiel for Alto flute, Clarinet, Timpani, Piano, Violin and Vilincello ca. 8 min. (5.5.2000/Stuttgart)&lt;br /&gt;
155-f. Sub-Saxophonkonzert für Saxophone und Blasorchester (18.9.2000/Stuttgart) ca.8 min&lt;br /&gt;
155-g. Septett III „Hackbrett-Spiel“ (28.9.2000/Stuttgart) ca. 8 min. Fl, Ob, Cl, Hr, Tp, Pk, Hb.&lt;br /&gt;
155-h. Spiel for XXI. Jahrhunderts (8.11.2000/Stuttgart) ca. 8 min. MS, Po, Pk, Ak, Pf, Vl.&lt;br /&gt;
155-i. Polyphonisches Konzert für Blass Kappelle (15.11.03/Hilgenroth) ca. 8 min.&lt;br /&gt;
155-j, Sub-Basson Concerto (15.2.04/ Hilgenroth) ca.12 min.(3222-4231-Pk-,2Sch,12,10,8,6,6,)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==曲の内容==&lt;br /&gt;
タンツグロッケンシュピールの音階が[[変ロ長調]]でできているので、その音階をもとにした[[モード]]で作曲されている。まず[[ティンパニ]]で開始されそれから[[パッサカリア]]風にタンツグロッケンシュピールが絡む。次第に楽器が多くなって、いったん静まり[[ヴァリエーション]]のセクションに入る。いろんな音色の組み合わせが続き、最後には[[ラルガメンテ]]風の[[不協和音]]の[[コーダ]]に入ってこの曲は終わる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==出版==&lt;br /&gt;
最初の5年間が[[ドイツ]]のフォールム・ミュージック・スルツで、その後ミュンヘンの4分33秒出版社（すべての編曲を含む）に移行している。&lt;br /&gt;
==CD ==&lt;br /&gt;
フォールム・ミュージック・スルツ・ドイツ、[[ヘルムート・クロム]]指揮の[[トロッシンゲン]]現代音楽アンサンブル。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Classic-stub}}&lt;br /&gt;
[[Category:室内楽曲]]&lt;br /&gt;
[[Category:菅野茂の楽曲]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>79.233.152.143</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%80%8C%E8%91%89%E3%81%A3%E3%81%B1%E3%80%8D%E3%80%80%EF%BC%88%E6%A5%BD%E6%9B%B2%EF%BC%89&amp;diff=56194</id>
		<title>「葉っぱ」　（楽曲）</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%80%8C%E8%91%89%E3%81%A3%E3%81%B1%E3%80%8D%E3%80%80%EF%BC%88%E6%A5%BD%E6%9B%B2%EF%BC%89&amp;diff=56194"/>
				<updated>2009-08-23T19:18:16Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;79.233.152.143: 概説&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''[[ピアノ]]・ソロのための「[｢葉っぱ｣]」'''Späne・WVE（暫定作品番号）-29．&lt;br /&gt;
==作曲者==&lt;br /&gt;
[[菅野茂]]&lt;br /&gt;
==作曲年代と作曲地==&lt;br /&gt;
1989年10月7日、[[シュトットガルト]]・ミッテ、[[ドイツ]]&lt;br /&gt;
==初演==&lt;br /&gt;
[[1991年]][[3月3日]]. 第一次[[湾岸戦争]]中の東京の新宿で星出雅子クラスのサロン・ピアノ発表会、作曲者による演奏&lt;br /&gt;
==初録音==&lt;br /&gt;
[[1997年]][[7月3日]] [[シュトットガルト]]のべヴェーグンクスチフレン・スタジオでディアーナ＝マリア・サグヴォスキーナが監督&lt;br /&gt;
==演奏時間==&lt;br /&gt;
約8分&lt;br /&gt;
==概略==&lt;br /&gt;
当初第一曲は[[ヘルムート・ラッヘンマン]]の初期のレッスン用に書かれて，旧題は「二つのピアノ曲と二つのフラグメント」であり、次第に楽章が追加され、改定されて現在のような形になった，最初の題名はWVE-110aと同じく[[｢汚物]]・Ordure｣であったが，出版社が『汚くて売れないと』拒否したので、ユリアーネ・グロースの提案によって現在の女性的な名前の「Spaene・[[葉っぱ]]]」に変えさせられた。現在15回の演奏記録があるが，初演以外はほとんど[[オイリュトミー]]の伴奏として使われた。第5曲を筆者は直接[[ガムラン音楽]]を意識したわけではないが，その後しばらくして[[シュトットガルト]]でそこの[[インドネシア]]人達と交流があり、半年ほどガムラン打楽器の演奏の手ほどきを受けたりしている。現在までに13曲の編曲がある。なおオリジナルも含めて[[アムステルダム]]の[[ガーディアムス]]財団の図書館ですべて閲覧可能。テクニック的に[[現代音楽]]にしては比較的演奏が容易な方である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==曲の構成と内容==&lt;br /&gt;
第一曲：&lt;br /&gt;
a．“フラグメントI“,和音とアルぺジオのエレメントの交差&lt;br /&gt;
ｂ．はパレルゴン、多様なバランスの組み合わせ。&lt;br /&gt;
第二曲：機械的な音の香り。&lt;br /&gt;
第三曲：極端な音域による構成物。&lt;br /&gt;
第四曲：エレメントの増加過程。&lt;br /&gt;
第五曲：リズムの音色ヴァリエーション。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==編曲版==　&lt;br /&gt;
29-a.Un Déchets für Marimbaphon (9.11.99/Stgt) ca.4 min.&lt;br /&gt;
29-b.Extrem for Orgel positiv (9.12.99/Stgt) ewig min.&lt;br /&gt;
29-c.Extrem for Snare Drum von aller Richtungen (9.12.99/Stgt) ca.7 min.&lt;br /&gt;
29-d.Extrem for Xylophon: 0 DB/0 Phon (9.12.99/Stgt) ca.7 min.&lt;br /&gt;
29-e.Extrem for 2 Flutes unendlich DB/unendlioch Phon ca.7 min.&lt;br /&gt;
29-f.Extrem for Bongos:e2=0 Hz&lt;br /&gt;
29-g.Extrem for Cembalo f1= endlos Hz. &lt;br /&gt;
29-h.Extrem for Nichts/Nothing (9.12.99/Stgt) ca.7 min.&lt;br /&gt;
29-j. Extrem for guitar solo (23.11.2000/Stgt) ca.5 min.&lt;br /&gt;
29-k.Abfälle by Rhythm only for Percussion Ensemble (18.2.2001/Hilgenroth) ca.5 min.&lt;br /&gt;
29-l. Extrem for Flutec with Piccolo and Drums (15.3.04/Hilgenroth) ca. 7 min.&lt;br /&gt;
29-m. Extrem Stopped Time for Flute and 2 Guitars (Hilgenroth, 15.12.04) ca. 9 min.&lt;br /&gt;
29-n.“Extrem” for Handel for small Organ solo (Hilgenroth,4.1,06) ca.4 min.&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==出版と録音==　&lt;br /&gt;
[[ミュンヘン]]の4分33秒出版社、CDは当時のモデラート・レーべル（廃盤）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Classic-stub}}&lt;br /&gt;
[[Category:ソロの楽曲]]&lt;br /&gt;
[[Category:菅野茂の楽曲]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>79.233.152.143</name></author>	</entry>

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