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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<updated>2026-05-17T08:40:12Z</updated>
		<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
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		<title>冷夏</title>
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				<updated>2019-09-14T09:45:56Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;61.213.215.164: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{先編集権主張|Fly gon}}&lt;br /&gt;
'''冷夏'''（れいか）とは[[平年値|平年]]に比べて[[気温]]の低い[[夏]]のことである。[[気象庁]]による3[[平年値#階級表現|階級表現]]で6月 - 8月の平均気温が「低い」に該当した場合の夏をいう。冷夏による影響は[[農産物|農作物]]の生産に強くあらわれ、農産品の不足や価格高騰を引き起こす。過去には[[飢饉]]を起こした例もあるが、[[先進国]]では農業技術の発達や農作物の[[品種改良]]に伴い大規模な飢饉は発生しなくなった。近年（平成以降）での全国的な冷夏は[[1993年]]など。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==冷夏の原因==&lt;br /&gt;
日本全体を見ると[[太平洋高気圧]]の勢力が弱く、[[梅雨前線]]が長く[[日本列島]]にとどまり、[[オホーツク海高気圧]]の勢力が強い年には冷夏となる傾向にある（全国冷夏型）。また、太平洋高気圧が西日本にまでは張り出すが、その勢力が弱い場合には北日本で冷夏となる傾向がある（北冷西暑型）。[[東北地方]]の冷夏は[[やませ]]と呼ばれる[[オホーツク海気団]]からの北東の冷たい風が吹くことによっても起こる。世界規模で[[異常気象]]を引き起こす[[エルニーニョ・南方振動|エルニーニョ現象]]の発生年は冷夏となる傾向が強く、この例としては[[1951年]]（北日本を除く）、[[1953年]]、[[1957年]]、[[1965年]]、[[1972年]]（北・東日本を除く）、[[1976年]]、[[1982年]]、[[1983年]]、[[1991年]]、[[2009年]]がある。しかし、[[1954年]]、[[1970年]]、[[1988年]]のように、猛暑になりやすいとされるラニーニャ現象が起きていた年でも、冷夏になったこともあれば、[[1992年]]、[[1997年]]、[[2002年]]のようにエルニーニョ現象が起きていたにも拘らず、猛暑になったこともあるので、一概には言えない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また[[太陽黒点|太陽の黒点]]活動の周期が冷夏の発生と一致するとの説もある。例えば、冷夏になった2009年は太陽黒点の数が、1913年以来の少なさを記録していた。しかし、翌年にあたる2010年もその状態が続いていたにも拘らず、観測史上2位の猛暑になったので、[[太陽活動]]の度合いに必ず一致するとは限らない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
火山噴火などで多量の[[エアロゾル]]（細かいちり）が空気中に放出され、そのエアロゾルが太陽放射を抑制する[[日傘効果]]で冷夏となるケースもある。[[1783年]]の[[天明の大飢饉]]、日本列島に米不足をもたらした[[1993年]]の記録的冷夏は[[ピナツボ火山]]噴火で発生したエアロゾルが太陽放射を遮ったために発生したとされている。1994年以降の日本で冷夏が激減している理由として、ピナツボ山以来は大規模な噴火が起きていないためではないか、という意見もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、著しい猛暑の翌年は冷夏になりにくいことが知られている。実際に、観測史上4位以内の猛暑になった1978年（+1.16℃、観測史上2位）、1994年（+1.46℃、同1位）、2010年（+1.06℃、同3位）、2011年（+0.88℃、同4位）の翌年に当たる、1979年（+0.22℃）、1995年（-0.05℃）、2010年（+0.88℃）、2012年（+0.55℃）はどの年も全国的な冷夏にならなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==気象庁における冷夏の基準==&lt;br /&gt;
*地域平均気温の平年差（[[1981年|1981]] - [[2010年]]の平年値による）&lt;br /&gt;
**'''[[北日本]]''' -0.6℃以下&lt;br /&gt;
**'''[[東日本]]''' -0.5℃以下&lt;br /&gt;
**'''[[西日本]]''' -0.2℃以下&lt;br /&gt;
**'''[[南西諸島]]''' -0.3℃以下&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==人の生活との関係==&lt;br /&gt;
その負の影響の最大は、前述したが[[農業]]に現れる。農業関係者以外への影響は、農作物の価格高騰・品不足などで現れる（[[野菜]]などでは夏のうちに、[[米]]などは[[秋]]以降 - 翌年の夏まで）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それ以外では日本の夏の行事や生活習慣の多くが[[梅雨|梅雨明け]]後の晴天を前提として行われることなどから、冷夏は多くの場合それへの支障とされる。[[衣類|衣料品]]の売り上げ減などがそれである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
冷夏自体は[[熱中症]]、[[日射病]]、[[食中毒]]などの夏の暑さによる健康障害を緩和する効果があるが、夏かぜなどのデメリットもある。日本の場合、冷夏は通常7・8月の日照不足や長雨を伴うことが多い（ただし冷夏の年=水害の多い・降雨量の多い年とは限らない）。特に[[北海道]]や東北地方においては[[冬]]が長く寒冷であることや低温の度合いが関東以西より大きいことなどもあいまって、直接の利害関係を持つ農業関係者以外からも強く忌避される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また冷夏年は前述の夏の暑さによる健康障害を緩和する効果があると思われやすいが、年によっては前述の健康障害の数が平年を上回ることがあり、暑夏年の健康障害の数を上回る（特に夏かぜ）ことすらあるため、冷夏の年=健康被害の少ない年とは限らない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[関東地方]]以西でも時折、冷夏は見られる。低温の度合いは北海道や東北地方よりも概して小さく冷夏でないときには夏は暑熱であることから歓迎する人もあるが、大勢は冷夏には否定的である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし[[映画]]興行など、夏のインドアレジャーには追い風となる傾向も見られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお冷夏年は日照不足となると思われやすいが、年によっては日照時間が平年を上回ることがあり、暑夏年の日照時間を上回る事すらあるため必ずしも日照時間が平年を下回るとは限らない。特に西日本では冷夏の年は気温が低いため、暑夏年に比べて対流活動が不活発化（地表付近が涼くなることによって、上空との温度差が小さくなる）して大気が不安定になりにくく雷雨や局地的な集中豪雨の発生が減る影響で日照時間が多くなることがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==過去の主な冷夏==&lt;br /&gt;
===世界===&lt;br /&gt;
;[[1816年]]&lt;br /&gt;
:'''[[夏のない年]]'''と呼ばれている。インドネシアの[[タンボラ山]]が大規模な噴火を起こしたことにより、地球規模で冷夏になり、特にヨーロッパ、北アメリカ、中国北部では[[飢餓]]により多くの[[餓死]]者が出た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===日本===&lt;br /&gt;
;[[1954年]]&lt;br /&gt;
:6月 - 7月にかけて北日本や東日本を中心に記録的な低温となり、気象庁の統計では戦後最も国内の平均気温の低かった。&lt;br /&gt;
;[[1956年]]&lt;br /&gt;
;[[1957年]]&lt;br /&gt;
;[[1965年]]&lt;br /&gt;
;[[1969年]]&lt;br /&gt;
:全国的に平年を0.7-0.9℃ほど下回った。特に6月の気温が低かった。&lt;br /&gt;
;[[1974年]]&lt;br /&gt;
:6月中旬・下旬にかけて、低気圧や梅雨前線の影響で西日本と中部地方、東北地方で大雨となり、浸水害や鉄砲水が発生した。7月に入ると、台風第8号が発達しながら北上し、沖縄県本島と宮古島の間を通過、東シナ海を北上後対馬海峡から日本海に進み、北海道の南西部付近で温帯低気圧になったが、この台風により南西諸島や九州地方では強風が吹き荒れた。さらに梅雨前線が活発となり、四国から関東地方南部にかけて大雨が続き、特に静岡県で大きな水害が起こった。7月中旬には前線と弱い熱帯低気圧などが要因で、九州・北陸・四国・中部各地方が多雨となり、特に熊本県で浸水や土砂災害が発生。7月下旬にも、紀伊半島から日本海に進んだ低気圧の影響で東海地方が大雨となり、浸水害が多発した。&lt;br /&gt;
;[[1976年]]&lt;br /&gt;
:梅雨明けは[[四国地方|四国]]、[[九州地方|九州]]、[[奄美地方|奄美]]、[[沖縄地方|沖縄]]地方で平年より遅かったほかはほぼ平年日前後だったが梅雨明け後も太平洋高気圧の勢力は弱く梅雨期から勢力の強かった[[オホーツク海高気圧]]が梅雨明け後も長く居座った影響で全国的に冷夏となり、曇りや雨の日が続いた。夏の平均気温は北・東・西日本で平年を1℃前後下回った。9月も顕著な低温で長雨の傾向が続き、全国的に農作物の不作に見舞われた。&lt;br /&gt;
;[[1977年]]&lt;br /&gt;
:6月は平年より暑い日が多く空梅雨だったが、7月以降は東京・東北では太平洋高気圧の勢力は弱く梅雨期から勢力の強かった[[オホーツク海高気圧]]が梅雨明け後も長く居座った影響で全国的に冷夏となり、東北・東京では62日連続で長雨が続いた。夏の平均気温は北・東日本の太平洋側で平年を3 - 5℃前後低かった。[[1993年]]や[[2003年]]と異なり米や野菜の極度の不足は見られなかったが、農作物の不作により見舞われた。&lt;br /&gt;
;[[1980年]]&lt;br /&gt;
:6月は平年より暑い日が多く空梅雨気味だったが、7月以降はオホーツク海高気圧が強まり[[太平洋高気圧]]が南海上へ後退、[[低気圧]]や[[前線]]が日本列島付近に停滞する状態が続いたため南西諸島を除き冷夏となった。特に8月の平均気温は南西諸島を除いた全国で記録的低温となり、平年より1 - 4℃以上低かった。[[1993年]]や[[2003年]]と異なり米や夏野菜の極度の不足は見られなかったが、農作物不作による顕著な減収がみられた。&lt;br /&gt;
;[[1981年]]&lt;br /&gt;
:6月はオホーツク海高気圧の勢力が強く北海道から沖縄にかけて低温となり、但し梅雨明け後は北日本から西日本で全国的に暑い日が多かった。&lt;br /&gt;
;[[1982年]]&lt;br /&gt;
:6月は梅雨入りが遅く記録的な少雨だったものの、7月になると[[梅雨前線]]が活発化して関東地方以西では一転して多雨傾向となった。梅雨明けも平年より大幅に遅れ関東地方、甲信地方及び東北地方では8月上旬までずれ込んだ。また東日本以西では7月の平均気温が平年より2℃前後低く、8月も引き続き低温傾向で夏型は長続きしなかった。7月下旬には[[長崎県]]を中心とした九州地方北部で記録的豪雨による甚大な災害が発生した（昭和57年7月豪雨）。詳しくは[[長崎大水害]]を参照。&lt;br /&gt;
;[[1983年]]&lt;br /&gt;
:[[オホーツク海高気圧]]の勢力が強かった影響で全国的に長梅雨・梅雨寒が続き、6月と7月は特に北日本で著しい低温となった。梅雨末期には梅雨前線の活動が活発化し、[[山陰地方]]に豪雨災害をもたらした。但し梅雨明け後は東北地方太平洋側から関東地方で天候不順気味だったほかは、全国的に晴れて暑い日が多かった。&lt;br /&gt;
;[[1986年]]&lt;br /&gt;
:7月はオホーツク海高気圧の勢力が強く北海道から中国地方にかけて低温となり、特に北日本や関東地方では平年を2 - 4℃以上下回る顕著な低温となった。8月になるとオホーツク海高気圧の勢力は弱まったものの太平洋高気圧の勢力も依然弱く、本州近海で[[熱帯低気圧]]が相次いで発生しやすかったため曇りや雨、雷雨となる日が多かった。1993年や2003年と異なり米や夏野菜の極度の不足は見られなかったが、農作物不作による顕著な減収や[[海水浴場]]などの観光客減少などの影響が出た。&lt;br /&gt;
;[[1989年]]&lt;br /&gt;
:6月の梅雨入り後から7月に掛けて冷たいオホーツク高気圧の影響で低温・日照不足が度重なり、北・東日本で水稲などの生育が遅れ気味となった。7月中旬には梅雨前線が北上し本州を横切り、九州～関東地方の各地で洪水・浸水・山側の崖崩れ、大雨や竜巻が生じたが、前線は南下して弱まり梅雨明けは平年並みだった。梅雨明け後、北日本では太平洋高気圧が覆い猛暑・少雨の影響で干害も生じたが、その他の地域では7月27日・8月6日・8月27日・9月19日と4回台風が日本へ上陸した事で、特に西・東日本の各地では集中豪雨・浸水被害が発生した。&lt;br /&gt;
;[[1991年]]&lt;br /&gt;
:この年は北陸地方と東北地方北部を除き梅雨明けは平年並みだったものの、8月に梅雨前線が東北地方から本州南岸まで南下したことにより南西諸島を除いて曇雨天と低温に見舞われた。このため北陸地方と東北地方北部の梅雨明けが8月14日ごろと大幅に遅れた。さらに各台風が大分・宮崎県へそれぞれ上陸して、西日本を中心に水害が相次いだ。9月中旬には秋雨前線が活発化して関東地方を中心に豪雨災害に見舞われて、各地の道路が浸水状態となった。&lt;br /&gt;
;[[1993年]]&lt;br /&gt;
:この年は記録的な冷夏により、「[[1993年米騒動]]」といわれる[[米|米不足]]になった。8月になっても梅雨前線が日本列島に停滞し、豪雨災害と関東地方以北では低温が顕著であった。1954年に次ぐ戦後2番目に平均気温の低い夏であり、[[南西諸島]]を除く地域で梅雨明けが特定されない異常な夏であった。特に低温だった7月と8月はオホーツク海高気圧の張り出しと前線による大雨と台風の影響を受け、平年を4度前後下回った。[[平成5年8月豪雨]]も参照。&lt;br /&gt;
;[[2002年]]&lt;br /&gt;
:この年は、6月は全国的に、7月は東日本以西で高温であったが、しかし8月に入ると発達したオホーツク海高気圧の影響を受けて南西諸島を除いて曇雨天と低温に見舞われた。さらに各台風が大分・宮崎県へそれぞれ上陸して、西日本を中心に水害が相次いだ。東北地方・関東地方を中心に[[やませ]]が発生した。さらに梅雨後半の前線の活発化などもあって、天候不順な夏という印象も大きい。南西諸島・奄美では夏期間を通じて高温が持続し、観測史上1位となる記録的な猛暑年となった。長雨による低温が続いた。また全国的に8月下旬から9月上旬は低温傾向に転じ、9月に入った途端で南西諸島を除き猛暑日、真夏日、熱帯夜がほぼなかったので、穏やかな残暑となり、[[2000年代]]以降では珍しく残暑が殆どない早い秋の訪れとなった。&lt;br /&gt;
;[[2003年]]&lt;br /&gt;
:10年ぶりの冷夏になったがその規模は1993年よりも小さかった。西日本から東北地方で梅雨明けが遅く、夏型は安定しなかった。米や夏野菜が不足した。年末にかけて野菜は例年の2倍を越える品も出るほど高騰したが、米は備蓄米などが効果を挙げて1993年ほどの影響は出なかった。特に7月の低温が顕著で北日本では平年を2.9℃、[[関東地方]]でも2.2℃下回るなど北海道から[[北部九州]]の広範囲で1 - 3℃平年を下回った。夏全体（6 - 8月）で見ても北日本で1.2℃、東日本では0.6℃、西日本では0.3℃平年を下回るなど北日本から西日本までの広い範囲で冷夏となった。全体的に雨も多く、この年から2日間開催となる予定だった[[全国高等学校野球選手権大会]]の[[準々決勝]]が従来通りの1日4試合開催となった（[[選抜高等学校野球大会]]も含め、3回戦までに3日以上順延すると1日4試合開催となる）。しかし、8月下旬から9月は平年よりも残暑が厳しかった。[[新潟市]]、静岡県[[浜松市]]、[[徳島市]]などでは9月としての最高気温を記録した。&lt;br /&gt;
;[[2009年]]&lt;br /&gt;
:この年は、梅雨明けが遅く日照時間も短かったこと、近年では珍しく残暑が厳しくなかったこと、2004年から2008年まで5年連続で猛暑が続いたこと、翌々々年（2012年）は観測史上1位、翌々年（2011年）は同4位、2010年8月も同3位の暑夏になったことなどから、冷夏のイメージをもつ人が少なくない。特に1994年以降は2003年を除いて猛暑に見舞われたことから、相対的に低く感じられたことも理由として挙げられる。「久しぶりの涼しい夏」「近年では珍しい穏やかな夏」などと呼ばれ、またこの年も冷夏になりやすいとされる、エルニーニョ現象が発生していた。8月に入っても、熱帯夜の日数は例年比較すると少なめで、盛夏としては過ごし易く、また[[おでん]]などの販売開始が前倒しになるなどの影響もあった。9月以降も全国平均でそれぞれ平年からは僅かに下回る、穏やかな残暑と成った。&lt;br /&gt;
;[[2017年]]&lt;br /&gt;
:この年は、梅雨明けが遅く関東・東北では日照時間もかなり短かったこと、近年では穏やかな残暑だったこと、6月は暑い日が多く空梅雨気味だったが、7月以降はオホーツク海高気圧が強まり太平洋高気圧が後退、[[低気圧]]や[[前線]]が日本列島付近に停滞する状態が続いて北日本、東日本の太平洋側で日照時間が著しく少なく、特に8月の平均気温は北・東日本の日本海側・西日本・南西諸島を除いて関東・東北で記録的顕著な低温となり、平年より1 - 4℃以上低かった1993年や2003年と異なり米や夏野菜の極度の不足は見られなかったが、農作物不作による顕著な減収がみられたが、関東・東北で7月～8月末まで、[[1977年]]以来40年ぶり63日連続で長雨となりました。「久しぶりの寒い夏」「近年で珍しい穏やかな夏」などと呼ばれ、またこの年も冷夏となりやすいとされる、エルニーニョ現象が発生した。8月に入っても、熱帯夜、猛暑日、真夏日の日数は例年比較すると少なめで、盛夏としては比較的に凌ぎ易く、また[[おでん]]などの販売開始が前倒しになるなどの影響もあった。8月ごろから顕著な低温で、9月に入っても台風の影響により猛暑日、真夏日、熱帯夜の日数がなく、全国平均でそれぞれ平年より2 - 5℃以上下回る穏やかな残暑であった。[[2010年代]]としては珍しい残暑がないと言われた。&lt;br /&gt;
;その他&lt;br /&gt;
[[1947年]]、[[1949年]]、[[1973年]]（九州南部・南西諸島のみ）、[[1975年]]（沖縄県のみ）、[[1978年]]（南西諸島のみ）、[[1979年]]（九州・沖縄県のみ）、[[1984年]]（沖縄県のみ）、[[1985年]]（九州・南西諸島のみ）、[[1987年]]（九州・沖縄県のみ）、[[1988年]]（6月のみ）、[[1995年]]（沖縄県・6月のみ）、[[1996年]]（北日本のみ）、[[1997年]]（北海道・南西諸島のみ）、[[1998年]]（北日本のみ）、[[1999年]]（四国・九州・[[奄美]]のみ）、[[2000年]]（奄美・沖縄県のみ）、[[2001年]]（北海道のみ）、[[2007年]]（7月のみ、九州・南西諸島除く）、[[2014年]]（西日本のみ）、[[2015年]]（西日本のみ）、[[2016年]]（6月の北日本、8月の東日本の太平洋側のみ）、[[2018年]]（南西諸島のみ）、[[2019年]]（7月のみ、北日本除く）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====冷夏の周期性====&lt;br /&gt;
上記の通り、干支で酉年は冷夏になる確率が高いことがわかる。&lt;br /&gt;
どの年も全国平均で平年を0.35-1.32℃下回っており、特に1993年、2017年が著しかった。この原因ははっきり分かっていないが、約12年ごとの周期で、冷夏になりやすいメカニズムが働いている可能性もある。また観測史上一番の冷夏となるなど、内外ともに 暗い話題が続きす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==冷夏の頻度の変化==&lt;br /&gt;
[[1900年代]]から[[1910年代]]にかけては、全体的に夏の気温が著しく低く、毎年のように冷夏が続いていた。中でも[[1902年]]は気象庁の統計史上1位、[[1913年]]は同2位の記録的低温の夏であった。1993年は冷夏になることも多かったが、その後は激減し2003年を最後に全国的な冷夏はなくなった。[[地球温暖化]]が最も大きな要因として考えられるが、それだけでは全てを説明できず、他にもいくつかの要因が関連していると考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[猛暑]]&lt;br /&gt;
*[[暖冬]]&lt;br /&gt;
*[[寒冬]]&lt;br /&gt;
*[[暖春]]&lt;br /&gt;
*[[寒春]]&lt;br /&gt;
*[[暖秋]]&lt;br /&gt;
*[[寒秋]]&lt;br /&gt;
*[[やませ]]&lt;br /&gt;
*[[冷害]]&lt;br /&gt;
*[[豊作]]&lt;br /&gt;
*[[凶作]]&lt;br /&gt;
==出典・脚注==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/faq/faq3.html 冷夏・暖冬とは何ですか?（気象庁）]&lt;br /&gt;
*[http://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/db/longfcst/index.html 日本の地域平均気候データ（気象庁）]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:れいか}}&lt;br /&gt;
[[Category:夏]]&lt;br /&gt;
[[Category:気象災害]]&lt;br /&gt;
[[Category:夏の季語]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>61.213.215.164</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%86%B7%E5%A4%8F&amp;diff=370406</id>
		<title>冷夏</title>
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				<updated>2019-08-04T06:50:12Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;61.213.215.164: /* 日本 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{先編集権主張|Fly gon}}&lt;br /&gt;
'''冷夏'''（れいか）とは[[平年値|平年]]に比べて[[気温]]の低い[[夏]]のことである。[[気象庁]]による3[[平年値#階級表現|階級表現]]で6月 - 8月の平均気温が「低い」に該当した場合の夏をいう。冷夏による影響は[[農産物|農作物]]の生産に強くあらわれ、農産品の不足や価格高騰を引き起こす。過去には[[飢饉]]を起こした例もあるが、[[先進国]]では農業技術の発達や農作物の[[品種改良]]に伴い大規模な飢饉は発生しなくなった。近年（平成以降）での全国的な冷夏は[[1993年]]など。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==冷夏の原因==&lt;br /&gt;
日本全体を見ると[[太平洋高気圧]]の勢力が弱く、[[梅雨前線]]が長く[[日本列島]]にとどまり、[[オホーツク海高気圧]]の勢力が強い年には冷夏となる傾向にある（全国冷夏型）。また、太平洋高気圧が西日本にまでは張り出すが、その勢力が弱い場合には北日本で冷夏となる傾向がある（北冷西暑型）。[[東北地方]]の冷夏は[[やませ]]と呼ばれる[[オホーツク海気団]]からの北東の冷たい風が吹くことによっても起こる。世界規模で[[異常気象]]を引き起こす[[エルニーニョ・南方振動|エルニーニョ現象]]の発生年は冷夏となる傾向が強く、この例としては[[1951年]]（北日本を除く）、[[1953年]]、[[1957年]]、[[1965年]]、[[1972年]]（北・東日本を除く）、[[1976年]]、[[1982年]]、[[1983年]]、[[1991年]]、[[2009年]]がある。しかし、[[1954年]]、[[1970年]]、[[1988年]]のように、猛暑になりやすいとされるラニーニャ現象が起きていた年でも、冷夏になったこともあれば、[[1992年]]、[[1997年]]、[[2002年]]のようにエルニーニョ現象が起きていたにも拘らず、猛暑になったこともあるので、一概には言えない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また[[太陽黒点|太陽の黒点]]活動の周期が冷夏の発生と一致するとの説もある。例えば、冷夏になった2009年は太陽黒点の数が、1913年以来の少なさを記録していた。しかし、翌年にあたる2010年もその状態が続いていたにも拘らず、観測史上2位の猛暑になったので、[[太陽活動]]の度合いに必ず一致するとは限らない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
火山噴火などで多量の[[エアロゾル]]（細かいちり）が空気中に放出され、そのエアロゾルが太陽放射を抑制する[[日傘効果]]で冷夏となるケースもある。[[1783年]]の[[天明の大飢饉]]、日本列島に米不足をもたらした[[1993年]]の記録的冷夏は[[ピナツボ火山]]噴火で発生したエアロゾルが太陽放射を遮ったために発生したとされている。1994年以降の日本で冷夏が激減している理由として、ピナツボ山以来は大規模な噴火が起きていないためではないか、という意見もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、著しい猛暑の翌年は冷夏になりにくいことが知られている。実際に、観測史上4位以内の猛暑になった1978年（+1.16℃、観測史上2位）、1994年（+1.46℃、同1位）、2010年（+1.06℃、同3位）、2011年（+0.88℃、同4位）の翌年に当たる、1979年（+0.22℃）、1995年（-0.05℃）、2010年（+0.88℃）、2012年（+0.55℃）はどの年も全国的な冷夏にならなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==気象庁における冷夏の基準==&lt;br /&gt;
*地域平均気温の平年差（[[1981年|1981]] - [[2010年]]の平年値による）&lt;br /&gt;
**'''[[北日本]]''' -0.6℃以下&lt;br /&gt;
**'''[[東日本]]''' -0.5℃以下&lt;br /&gt;
**'''[[西日本]]''' -0.2℃以下&lt;br /&gt;
**'''[[南西諸島]]''' -0.3℃以下&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==人の生活との関係==&lt;br /&gt;
その負の影響の最大は、前述したが[[農業]]に現れる。農業関係者以外への影響は、農作物の価格高騰・品不足などで現れる（[[野菜]]などでは夏のうちに、[[米]]などは[[秋]]以降 - 翌年の夏まで）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それ以外では日本の夏の行事や生活習慣の多くが[[梅雨|梅雨明け]]後の晴天を前提として行われることなどから、冷夏は多くの場合それへの支障とされる。[[衣類|衣料品]]の売り上げ減などがそれである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
冷夏自体は[[熱中症]]、[[日射病]]、[[食中毒]]などの夏の暑さによる健康障害を緩和する効果があるが、夏かぜなどのデメリットもある。日本の場合、冷夏は通常7・8月の日照不足や長雨を伴うことが多い（ただし冷夏の年=水害の多い・降雨量の多い年とは限らない）。特に[[北海道]]や東北地方においては[[冬]]が長く寒冷であることや低温の度合いが関東以西より大きいことなどもあいまって、直接の利害関係を持つ農業関係者以外からも強く忌避される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また冷夏年は前述の夏の暑さによる健康障害を緩和する効果があると思われやすいが、年によっては前述の健康障害の数が平年を上回ることがあり、暑夏年の健康障害の数を上回る（特に夏かぜ）ことすらあるため、冷夏の年=健康被害の少ない年とは限らない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[関東地方]]以西でも時折、冷夏は見られる。低温の度合いは北海道や東北地方よりも概して小さく冷夏でないときには夏は暑熱であることから歓迎する人もあるが、大勢は冷夏には否定的である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし[[映画]]興行など、夏のインドアレジャーには追い風となる傾向も見られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお冷夏年は日照不足となると思われやすいが、年によっては日照時間が平年を上回ることがあり、暑夏年の日照時間を上回る事すらあるため必ずしも日照時間が平年を下回るとは限らない。特に西日本では冷夏の年は気温が低いため、暑夏年に比べて対流活動が不活発化（地表付近が涼くなることによって、上空との温度差が小さくなる）して大気が不安定になりにくく雷雨や局地的な集中豪雨の発生が減る影響で日照時間が多くなることがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==過去の主な冷夏==&lt;br /&gt;
===世界===&lt;br /&gt;
;[[1816年]]&lt;br /&gt;
:'''[[夏のない年]]'''と呼ばれている。インドネシアの[[タンボラ山]]が大規模な噴火を起こしたことにより、地球規模で冷夏になり、特にヨーロッパ、北アメリカ、中国北部では[[飢餓]]により多くの[[餓死]]者が出た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===日本===&lt;br /&gt;
;[[1954年]]&lt;br /&gt;
:6月 - 7月にかけて北日本や東日本を中心に記録的な低温となり、気象庁の統計では戦後最も国内の平均気温の低かった。&lt;br /&gt;
;[[1956年]]&lt;br /&gt;
;[[1957年]]&lt;br /&gt;
;[[1965年]]&lt;br /&gt;
;[[1969年]]&lt;br /&gt;
:全国的に平年を0.7-0.9℃ほど下回った。特に6月の気温が低かった。&lt;br /&gt;
;[[1974年]]&lt;br /&gt;
:6月中旬・下旬にかけて、低気圧や梅雨前線の影響で西日本と中部地方、東北地方で大雨となり、浸水害や鉄砲水が発生した。7月に入ると、台風第8号が発達しながら北上し、沖縄県本島と宮古島の間を通過、東シナ海を北上後対馬海峡から日本海に進み、北海道の南西部付近で温帯低気圧になったが、この台風により南西諸島や九州地方では強風が吹き荒れた。さらに梅雨前線が活発となり、四国から関東地方南部にかけて大雨が続き、特に静岡県で大きな水害が起こった。7月中旬には前線と弱い熱帯低気圧などが要因で、九州・北陸・四国・中部各地方が多雨となり、特に熊本県で浸水や土砂災害が発生。7月下旬にも、紀伊半島から日本海に進んだ低気圧の影響で東海地方が大雨となり、浸水害が多発した。&lt;br /&gt;
;[[1976年]]&lt;br /&gt;
:梅雨明けは[[四国地方|四国]]、[[九州地方|九州]]、[[奄美地方|奄美]]、[[沖縄地方|沖縄]]地方で平年より遅かったほかはほぼ平年日前後だったが梅雨明け後も太平洋高気圧の勢力は弱く梅雨期から勢力の強かった[[オホーツク海高気圧]]が梅雨明け後も長く居座った影響で全国的に冷夏となり、曇りや雨の日が続いた。夏の平均気温は北・東・西日本で平年を1℃前後下回った。9月も顕著な低温で長雨の傾向が続き、全国的に農作物の不作に見舞われた。&lt;br /&gt;
;[[1977年]]&lt;br /&gt;
:6月は平年より暑い日が多く空梅雨だったが、7月以降は東京・東北では太平洋高気圧の勢力は弱く梅雨期から勢力の強かった[[オホーツク海高気圧]]が梅雨明け後も長く居座った影響で全国的に冷夏となり、東北・東京では62日連続で長雨が続いた。夏の平均気温は北・東日本の太平洋側で平年を3 - 5℃前後低かった。[[1993年]]や[[2003年]]と異なり米や野菜の極度の不足は見られなかったが、農作物の不作により見舞われた。&lt;br /&gt;
;[[1980年]]&lt;br /&gt;
:6月は平年より暑い日が多く空梅雨気味だったが、7月以降はオホーツク海高気圧が強まり[[太平洋高気圧]]が南海上へ後退、[[低気圧]]や[[前線]]が日本列島付近に停滞する状態が続いたため南西諸島を除き冷夏となった。特に8月の平均気温は南西諸島を除いた全国で記録的低温となり、平年より1 - 4℃以上低かった。[[1993年]]や[[2003年]]と異なり米や夏野菜の極度の不足は見られなかったが、農作物不作による顕著な減収がみられた。&lt;br /&gt;
;[[1981年]]&lt;br /&gt;
:6月はオホーツク海高気圧の勢力が強く北海道から沖縄にかけて低温となり、但し梅雨明け後は北日本から西日本で全国的に暑い日が多かった。&lt;br /&gt;
;[[1982年]]&lt;br /&gt;
:6月は梅雨入りが遅く記録的な少雨だったものの、7月になると[[梅雨前線]]が活発化して関東地方以西では一転して多雨傾向となった。梅雨明けも平年より大幅に遅れ関東地方、甲信地方及び東北地方では8月上旬までずれ込んだ。また東日本以西では7月の平均気温が平年より2℃前後低く、8月も引き続き低温傾向で夏型は長続きしなかった。7月下旬には[[長崎県]]を中心とした九州地方北部で記録的豪雨による甚大な災害が発生した（昭和57年7月豪雨）。詳しくは[[長崎大水害]]を参照。&lt;br /&gt;
;[[1983年]]&lt;br /&gt;
:[[オホーツク海高気圧]]の勢力が強かった影響で全国的に長梅雨・梅雨寒が続き、6月と7月は特に北日本で著しい低温となった。梅雨末期には梅雨前線の活動が活発化し、[[山陰地方]]に豪雨災害をもたらした。但し梅雨明け後は東北地方太平洋側から関東地方で天候不順気味だったほかは、全国的に晴れて暑い日が多かった。&lt;br /&gt;
;[[1986年]]&lt;br /&gt;
:7月はオホーツク海高気圧の勢力が強く北海道から中国地方にかけて低温となり、特に北日本や関東地方では平年を2 - 4℃以上下回る顕著な低温となった。8月になるとオホーツク海高気圧の勢力は弱まったものの太平洋高気圧の勢力も依然弱く、本州近海で[[熱帯低気圧]]が相次いで発生しやすかったため曇りや雨、雷雨となる日が多かった。1993年や2003年と異なり米や夏野菜の極度の不足は見られなかったが、農作物不作による顕著な減収や[[海水浴場]]などの観光客減少などの影響が出た。&lt;br /&gt;
;[[1989年]]&lt;br /&gt;
:6月の梅雨入り後から7月に掛けて冷たいオホーツク高気圧の影響で低温・日照不足が度重なり、北・東日本で水稲などの生育が遅れ気味となった。7月中旬には梅雨前線が北上し本州を横切り、九州～関東地方の各地で洪水・浸水・山側の崖崩れ、大雨や竜巻が生じたが、前線は南下して弱まり梅雨明けは平年並みだった。梅雨明け後、北日本では太平洋高気圧が覆い猛暑・少雨の影響で干害も生じたが、その他の地域では7月27日・8月6日・8月27日・9月19日と4回台風が日本へ上陸した事で、特に西・東日本の各地では集中豪雨・浸水被害が発生した。&lt;br /&gt;
;[[1991年]]&lt;br /&gt;
:この年は北陸地方と東北地方北部を除き梅雨明けは平年並みだったものの、8月に梅雨前線が東北地方から本州南岸まで南下したことにより南西諸島を除いて曇雨天と低温に見舞われた。このため北陸地方と東北地方北部の梅雨明けが8月14日ごろと大幅に遅れた。さらに各台風が大分・宮崎県へそれぞれ上陸して、西日本を中心に水害が相次いだ。9月中旬には秋雨前線が活発化して関東地方を中心に豪雨災害に見舞われて、各地の道路が浸水状態となった。&lt;br /&gt;
;[[1993年]]&lt;br /&gt;
:この年は記録的な冷夏により、「[[1993年米騒動]]」といわれる[[米|米不足]]になった。8月になっても梅雨前線が日本列島に停滞し、豪雨災害と関東地方以北では低温が顕著であった。1954年に次ぐ戦後2番目に平均気温の低い夏であり、[[南西諸島]]を除く地域で梅雨明けが特定されない異常な夏であった。特に低温だった7月と8月はオホーツク海高気圧の張り出しと前線による大雨と台風の影響を受け、平年を4度前後下回った。[[平成5年8月豪雨]]も参照。&lt;br /&gt;
;[[2002年]]&lt;br /&gt;
:この年は、6月は全国的に、7月は東日本以西で高温であったが、しかし8月に入ると発達したオホーツク海高気圧の影響を受けて南西諸島を除いて曇雨天と低温に見舞われた。さらに各台風が大分・宮崎県へそれぞれ上陸して、西日本を中心に水害が相次いだ。東北地方・関東地方を中心に[[やませ]]が発生した。さらに梅雨後半の前線の活発化などもあって、天候不順な夏という印象も大きい。南西諸島・奄美では夏期間を通じて高温が持続し、観測史上1位となる記録的な猛暑年となった。長雨による低温が続いた。また全国的に8月下旬から9月上旬は低温傾向に転じ、9月に入った途端で南西諸島を除き猛暑日、真夏日、熱帯夜がほぼなかったので、穏やかな残暑となり、[[2000年代]]以降では珍しく残暑が殆どない早い秋の訪れとなった。&lt;br /&gt;
;[[2003年]]&lt;br /&gt;
:10年ぶりの冷夏になったがその規模は1993年よりも小さかった。西日本から東北地方で梅雨明けが遅く、夏型は安定しなかった。米や夏野菜が不足した。年末にかけて野菜は例年の2倍を越える品も出るほど高騰したが、米は備蓄米などが効果を挙げて1993年ほどの影響は出なかった。特に7月の低温が顕著で北日本では平年を2.9℃、[[関東地方]]でも2.2℃下回るなど北海道から[[北部九州]]の広範囲で1 - 3℃平年を下回った。夏全体（6 - 8月）で見ても北日本で1.2℃、東日本では0.6℃、西日本では0.3℃平年を下回るなど北日本から西日本までの広い範囲で冷夏となった。全体的に雨も多く、この年から2日間開催となる予定だった[[全国高等学校野球選手権大会]]の[[準々決勝]]が従来通りの1日4試合開催となった（[[選抜高等学校野球大会]]も含め、3回戦までに3日以上順延すると1日4試合開催となる）。しかし、8月下旬から9月は平年よりも残暑が厳しかった。[[新潟市]]、静岡県[[浜松市]]、[[徳島市]]などでは9月としての最高気温を記録した。&lt;br /&gt;
;[[2009年]]&lt;br /&gt;
:この年は、梅雨明けが遅く日照時間も短かったこと、近年では珍しく残暑が厳しくなかったこと、2004年から2008年まで5年連続で猛暑が続いたこと、翌々々年（2012年）は観測史上1位、翌々年（2011年）は同4位、2010年8月も同3位の暑夏になったことなどから、冷夏のイメージをもつ人が少なくない。特に1994年以降は2003年を除いて猛暑に見舞われたことから、相対的に低く感じられたことも理由として挙げられる。「久しぶりの涼しい夏」「近年では珍しい穏やかな夏」などと呼ばれ、またこの年も冷夏になりやすいとされる、エルニーニョ現象が発生していた。8月に入っても、熱帯夜の日数は例年比較すると少なめで、盛夏としては過ごし易く、また[[おでん]]などの販売開始が前倒しになるなどの影響もあった。9月以降も全国平均でそれぞれ平年からは僅かに下回る、穏やかな残暑と成った。&lt;br /&gt;
;[[2017年]]&lt;br /&gt;
:この年は、梅雨明けが遅く関東・東北では日照時間もかなり短かったこと、近年では穏やかな残暑だったこと、6月は暑い日が多く空梅雨気味だったが、7月以降はオホーツク海高気圧が強まり太平洋高気圧が後退、[[低気圧]]や[[前線]]が日本列島付近に停滞する状態が続いて北日本、東日本の太平洋側で日照時間が著しく少なく、特に8月の平均気温は北・東日本の日本海側・西日本・南西諸島を除いて関東・東北で記録的顕著な低温となり、平年より1 - 4℃以上低かった1993年や2003年と異なり米や夏野菜の極度の不足は見られなかったが、農作物不作による顕著な減収がみられたが、関東・東北で7月～8月末まで、[[1977年]]以来40年ぶり63日連続で長雨となりました。「久しぶりの寒い夏」「近年で珍しい穏やかな夏」などと呼ばれ、またこの年も冷夏となりやすいとされる、エルニーニョ現象が発生した。8月に入っても、熱帯夜、猛暑日、真夏日の日数は例年比較すると少なめで、盛夏としては比較的に凌ぎ易く、また[[おでん]]などの販売開始が前倒しになるなどの影響もあった。8月ごろから顕著な低温で、9月に入っても台風の影響により猛暑日、真夏日、熱帯夜の日数がなく、全国平均でそれぞれ平年より2 - 5℃以上下回る穏やかな残暑であった。[[2010年代]]としては珍しい残暑がないと言われた。&lt;br /&gt;
;その他&lt;br /&gt;
[[1947年]]、[[1949年]]、[[1973年]]（九州南部・南西諸島のみ）、[[1975年]]（沖縄県のみ）、[[1978年]]（南西諸島のみ）、[[1979年]]（九州・沖縄県のみ）、[[1984年]]（沖縄県のみ）、[[1985年]]（九州・南西諸島のみ）、[[1987年]]（九州・沖縄県のみ）、[[1988年]]（6月のみ）、[[1995年]]（沖縄県・6月のみ）、[[1996年]]（北日本のみ）、[[1997年]]（北海道・南西諸島のみ）、[[1998年]]（北日本のみ）、[[1999年]]（四国・九州・[[奄美]]のみ）、[[2000年]]（奄美・沖縄県のみ）、[[2001年]]（北海道のみ）、[[2007年]]（7月のみ、九州・南西諸島除く）、[[2014年]]（西日本のみ）、[[2015年]]（西日本のみ）、[[2016年]]（6月の北日本、8月の東日本の太平洋側のみ）、[[2018年]]（南西諸島のみ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====冷夏の周期性====&lt;br /&gt;
上記の通り、干支で酉年は冷夏になる確率が高いことがわかる。&lt;br /&gt;
どの年も全国平均で平年を0.35-1.32℃下回っており、特に1993年、2017年が著しかった。この原因ははっきり分かっていないが、約12年ごとの周期で、冷夏になりやすいメカニズムが働いている可能性もある。また観測史上一番の冷夏となるなど、内外ともに 暗い話題が続きす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==冷夏の頻度の変化==&lt;br /&gt;
[[1900年代]]から[[1910年代]]にかけては、全体的に夏の気温が著しく低く、毎年のように冷夏が続いていた。中でも[[1902年]]は気象庁の統計史上1位、[[1913年]]は同2位の記録的低温の夏であった。1993年は冷夏になることも多かったが、その後は激減し2003年を最後に全国的な冷夏はなくなった。[[地球温暖化]]が最も大きな要因として考えられるが、それだけでは全てを説明できず、他にもいくつかの要因が関連していると考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[猛暑]]&lt;br /&gt;
*[[暖冬]]&lt;br /&gt;
*[[寒冬]]&lt;br /&gt;
*[[暖春]]&lt;br /&gt;
*[[寒春]]&lt;br /&gt;
*[[暖秋]]&lt;br /&gt;
*[[寒秋]]&lt;br /&gt;
*[[やませ]]&lt;br /&gt;
*[[冷害]]&lt;br /&gt;
*[[豊作]]&lt;br /&gt;
*[[凶作]]&lt;br /&gt;
==出典・脚注==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/faq/faq3.html 冷夏・暖冬とは何ですか?（気象庁）]&lt;br /&gt;
*[http://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/db/longfcst/index.html 日本の地域平均気候データ（気象庁）]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:れいか}}&lt;br /&gt;
[[Category:夏]]&lt;br /&gt;
[[Category:気象災害]]&lt;br /&gt;
[[Category:夏の季語]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>61.213.215.164</name></author>	</entry>

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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%82%B8%E3%83%BCVII%E3%81%AE%E7%99%BB%E5%A0%B4%E4%BA%BA%E7%89%A9&amp;diff=370373</id>
		<title>ファイナルファンタジーVIIの登場人物</title>
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				<updated>2019-08-02T07:49:09Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;61.213.215.164: /* ヴィンセント・ヴァレンタイン */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ファイナルファンタジーVIIの登場人物'''では、『[[ファイナルファンタジーVII]]』とその派生作品群&amp;quot;COMPILATION of FINAL FANTASY VII&amp;quot;の登場人物について解説する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
年齢は『ファイナルファンタジーVII』におけるものである。（&amp;quot;COMPILATION of FINAL FANTASY VII&amp;quot;各作品における年齢はその作品の記事を参照のこと）。&lt;br /&gt;
&amp;lt;br /&amp;gt;「[[声優|声]]」は特に表記がなければ『[[ファイナルファンタジーVII アドベントチルドレン]]』以降のものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{ネタバレ}}&lt;br /&gt;
== 重要人物 ==&lt;br /&gt;
===[[クラウド・ストライフ]]===&lt;br /&gt;
(Cloud Strife)&lt;br /&gt;
:21歳（人間換算すると8歳～9歳）　ニブルヘイム出身　[[血液型]]:AB型　173cm&lt;br /&gt;
:声：[[堀内賢雄]]（AC版[[エアガイツ]]）→[[佐々木望]]（PS版エアガイツ）→[[櫻井孝宏]]（[[キングダムハーツ]]～）&lt;br /&gt;
:自分に素直になって年相応の振る舞いを見せるようになる（人間換算で8～9歳にしては幼すぎるとの声もある）。しかし、早く大人になりたいという願望はその後も残り続けたようである。&lt;br /&gt;
:『ファイナルファンタジーVII(以下『FFVII』)』、『ファイナルファンタジーVII アドベントチルドレン(以下『FFVII AC』)の主人公。&lt;br /&gt;
{{main|クラウド・ストライフ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===バレット・ウォーレス===&lt;br /&gt;
(Barret Wallace)&lt;br /&gt;
:37歳　コレル出身　[[血液型]]:O型　197cm&lt;br /&gt;
:声：[[小林正寛]]&lt;br /&gt;
:反神羅組織「アバランチ」のリーダー。元来は出身地コレルで炭鉱夫として働いていた。娘にマリンがいるが実子ではない。故郷と妻、右腕を奪った神羅カンパニーへの復讐を誓い、アバランチを結成する。そのため当初は神羅に所属していた過去を持つクラウドと対立する。神羅に対する強い復讐心がその行動の源であり、そのためなら無関係の人間を巻き込む事も厭わないが、物語が進むと戦う動機はマリンを守るために変化し、過剰な復讐心を抑えられるようになる。当初はクラウドをあまり信用していなかったが、エアリス救出のために神羅ビルに侵入しようとする姿を見て考えを改める。&lt;br /&gt;
:マリンへの溺愛ぶりは周囲から呆れられる程で、デートイベントではクラウドがマリンに目をつけてると誤解までした。『FFVII』の後は、マリンをティファたちに預け油田を探している。&lt;br /&gt;
:武器は、右腕を失った結果装着しているギミックアームで、『FFVII』では、種類の違い(ガトリング銃、チェーンソーなど）によって遠距離攻撃ができるかどうか変わる。&lt;br /&gt;
:なお、アバランチは『[[ビフォア クライシス ファイナルファンタジーVII]](以下「BC FFVII」)』で活躍する反神羅の一大組織「アバランチ」にちなむ。同名であるが組織の連続性はない。&lt;br /&gt;
:開発中はブロウという名前だったが、[[アメリカ]]の市場で問題がある名前だったため弾丸(bullet)からとった「バレット」に落ち着いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===ティファ・ロックハート===&lt;br /&gt;
(Tifa Lockhart)&lt;br /&gt;
:20歳　ニブルヘイム出身　[[血液型]]:B型　168cm&lt;br /&gt;
:声：[[浅田葉子]]（AC版エアガイツ）→[[皆口裕子]]（PS版エアガイツ）→[[伊藤歩]]（FFVII AC～）&lt;br /&gt;
:本作のヒロインの一人。クラウドと同郷の[[幼馴染]]で、[[ミッドガル]]7番街スラムのバー「セブンスヘブン」の看板娘。慎重で奥手な人物で、自分の気持ちを表に出せないことが多い。そのためクラウドに好意を持ちながらも、彼の自分の知る過去と食い違う曖昧な発言に口を出せずにいる。ニブルヘイムにいた頃にザンガンからザンガン流格闘術を学び、それが自身の戦闘スタイルとなる。ニブルヘイム事件がきっかけで神羅カンパニーを憎み、ミッドガルへ流れ着いた後アバランチに参加する。シナリオ中盤以降はクラウドが行方不明になったのをきっかけに、本来の控えめな性格を垣間見せるようになる。魔晄中毒に陥ったクラウドと共にライフストリームへ落下した時に彼の本当の人格を見つけ、彼の本心を知り、決戦前に互いの思いを打ち明けた事でクラウドと相思相愛となった。&lt;br /&gt;
:黒い長髪を先端で束ねたイルカの様な髪型と巨乳が特徴。スリーサイズは初期設定では上から92/60/88。&lt;br /&gt;
:『FFVII』の後は、エッジという街で「セブンスヘブン」を再開して、クラウド達と共に生活している。髪は背中のあたりまでに短くなった。&lt;br /&gt;
:『KHII』にも登場する。&lt;br /&gt;
:余談だがティファが経営するセブンスヘブンとはユダヤ教の第七天国がその名の由来となっている。また、その店名はザックスによって付けられたものである（『CC FFVII』より）。&lt;br /&gt;
:彼女のリミット技は格闘技のコンボである。なお、リミット技の仕様は他キャラクターと異なり、レベルを上げると使用可能な技が増えていく。例えばレベル2に設定した場合、スロットはレベル2までの習得済みリミット技数に応じて2～4個となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===エアリス・ゲインズブール===&amp;lt;!--ノートページで議論中です。順番を変えないでください --&amp;gt;&lt;br /&gt;
(Aerith Gainsborough)&lt;br /&gt;
:22歳　アイシクルロッジ出身 [[血液型]]:O型　161cm&lt;br /&gt;
:声：[[坂本真綾]]（キングダムハーツ～）&lt;br /&gt;
:本作の[[ヒロイン]]の一人。ミッドガル5番街[[スラム]]に住む花売り。教会でクラウドと出会ったことにより、エアリスの運命が動き出す。彼女の実父はガスト・ファレミス、実母は最後の純血古代種であるイファルナ。古代種の末裔として、生まれて間もない頃に実母とともに神羅カンパニーの研究所に連れ去られ、研究所から逃れた後に養母エルミナに引き取られ育てられながらも、たびたび神羅カンパニーにつけ狙われている。ティファとは対照的に天真爛漫で非常に明るく何事にも積極的。裏表が無く、鋭く話の核心を突いてくる。神羅カンパニーに捕らえられた際の宝条の調査で古代種としては血が薄すぎるという判断から（この点は彼女が、古代種のイファルナと普通の人間であるガストとのハーフであることが理由と思われる）、「種を残し、種を再生する為に」という理由で実験的に交配相手としてレッドXIIIが選ばれた事も。最初はかつての恋人・ザックスとクラウドを重ねて見ていたが、デートイベント中にはクラウド自身に惹かれた。誰よりも未来を楽しみしていた彼女は後にセフィロスの手にかかり絶命としてしまう。それが多くのプレイヤーに衝撃を与えた。彼女を目の前でみすみす死なせてしまったクラウドが悔やみ続ける姿が『FFVII AC』や『[[ファイナルファンタジータクティクス]]』で見られる。「デート1回」というセリフやスラムで花売りを始めたことは初恋の相手のザックスに起因する。トレードマークの赤いリボンもザックスとデートした際に買ってもらったものであり、ピンク色の上着も、ザックスと会う時に着てくる約束を交わしてからずっと着ているものである。ザックスが神羅屋敷に監禁されてから逃亡、殺害されるまでの4年間ずっと手紙を送り続け、ザックスのミッドガルへの想いを喚起した。『FFVII』ではザックスの詳細については知らないような発言をしていたが、『CC FFVII』のラストでは彼の異変を察知していた。&lt;br /&gt;
:武器は[[杖]]。リミット技は戦闘の補助や回復が中心。&lt;br /&gt;
:「エアリス」という名は英語の&amp;quot;Earth&amp;quot;（地球）の読み方を変えてつけられた。前髪がセフィロスに似ているが、これは初期設定で両者が腹違いの兄妹という関係だったため。&lt;br /&gt;
:[[キングダムハーツ]](以下『KH』)シリーズにも登場する（『KH』の物語では死なないが、戦闘要員ではない）。[[キングダムハーツII]]（以下『KHII』）では負傷したユフィをケアル系の魔法で治しているシーンがある。&lt;br /&gt;
:余談だが、キャラクターデザインを担当した[[野村哲也]]は、『ファイナルファンタジーVII 解体真書』に掲載されたインタビュー記事に“'''「エアリス殺しましょう、ティファ出しましょう」と提案しました（笑）'''”との記述があったため、エアリスファンから批判を受ける事になった。しかし後に本人が語ったところによると、これは編集側が意訳したもので、実際の発言ではないとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===レッドXIII===&lt;br /&gt;
(Red XIII)&lt;br /&gt;
:48歳（人間に換算すると15～16歳）　コスモキャニオン出身&lt;br /&gt;
:声：[[市村正親]]&lt;br /&gt;
:赤い毛に覆われ、尾に炎をともし、非常に長い寿命を持ち、人の言語を話すことができる4足歩行の種族。姿形は狼や虎に近い。神羅ビル内の研究所に、宝条によって実験サンプルとして捕らえられていた。なお、レッドXIIIとは体毛が赤いことと、サンプルに対してつけていた連番に基づいて宝条がつけたコードネームであり、本名はナナキという。[[簪]]（かんざし）や髪飾りをつけ突進するという戦い方をする。&lt;br /&gt;
:コスモキャニオンの長老ブーゲンハーゲンを「じっちゃん」と呼び慕っている。『BC FFVII』ではディネという仲間が存在している事が判明した。&lt;br /&gt;
:幼い頃にコスモキャニオンをギ族と呼ばれる敵に襲撃された際に母は殺害され、父セトは行方不明となった。それ以降、父のことを皆を見捨てた裏切り者だと考え、「腑抜け」と呼び蔑むようになった。また、早く大人になって皆を守れるようになりたいと考え、実際にはまだ幼いにもかかわらず、クラウド達と出会って帰郷するまでの間背伸びして冷静・理知的な大人を演じていた。&lt;br /&gt;
:後に、ブーゲンハーゲンにより父が谷の裏手で独り戦っていたという真実を知らされてからは、自分に素直になって年相応の振る舞いを見せるようになる（人間換算で15～16歳にしては幼すぎるとの声もある）。しかし、早く大人になりたいという願望はその後も残り続けたようである。&lt;br /&gt;
:なお作中には、宝条によって実験を施され、自分と同じようにナンバーを与えられた実験体たちが異常な行動を取るのをみて、自分もおかしくなってしまうのではないかと不安に駆られるシーンもあるが、結局その心配は杞憂に終わった。実際には、エアリスの古代種としての種の保存の為に宝条が選び出した、交配実験用の相方でしかなかったようである。&lt;br /&gt;
:『FFVII AC』では、声優を務める市村正親が友情出演という扱いであるためか僅か一言しか喋っていない。話し方や雰囲気も、『FFVII』の時と比べると、少々大人びている。さらに、『[[ダージュ オブ ケルベロス ファイナルファンタジーVII]](以下『DC FFVII』)』においては、エンディングムービーのワンシーンにしか登場しておらず、『FFVII』のパーティキャラクター（エアリスは除く）の中で唯一、セリフが一言もない（上記の通り、声優である市村正親は『FFVII AC』では友情出演であるためと思われる）。&lt;br /&gt;
:『FFVII』のエンドロール後および、『FFVII AC』の冒頭において、二匹の子供を連れてミッドガル近辺の絶壁を訪れる500年後の姿が登場するものの、それに至る経緯については一切言及されておらず、多くの部分が謎に包まれたままである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===ユフィ・キサラギ===&lt;br /&gt;
(Yuffie Kisaragi)&lt;br /&gt;
:16歳　ウータイ出身　[[血液型]]:A型　160cm&lt;br /&gt;
:声：[[かかずゆみ]]（PS版エアガイツ～）&lt;br /&gt;
:ウータイ復興のためマテリアを狙う忍者の少女。クラウド以上に乗り物酔いがひどい（ただ、『DC FFVII』ではある程度慣れたのか、戦闘機の中でも元気だった）。「しゅしゅしゅ!」と言いながら拳で風を切る癖を持っている。ウータイの領主である父のゴドーとは何かにつけて反目していた。セフィロスを倒した後は[[ダージュオブケルベロス ファイナルファンタジーVII#世界再生機構|WRO（世界再生機構）]]に所属している。&lt;br /&gt;
:最初は森でクラウドらと戦闘に入り、勝ったあと会話の内容によって仲間になるが、正しい選択肢を選び続けないとパーティに多大な経済的被害をもたらして去っていってしまう。途中ウータイに行く際に、仲間からマテリアを盗んで逃げてしまうが、ウータイ滞在中にコルネオに捕まり結局クラウド達に助けられる。その後は再び仲間として旅をする。狡賢い一面が目立つが、エアリスの死の際にパーティにいると泣き崩れるなど、年相応の一面も持っている。また、イベントの進行によってはクラウドの頬にキスするシーンもある。&lt;br /&gt;
:ヴィンセントと同じ隠しキャラであったためか、『DC FFVII』では彼と共に行動する描写が多く見られる。また『[[クライシス コア ファイナルファンタジーVII]](以下『CC FFVII』)』では、幼い頃にウータイ戦役に参加していたザックスと出会っている。その後ミッションモードでは執拗にザックスの宝を付け狙うがことごとく失敗しており、後にクラウド達に見せるしたたかさはこの頃はまだ見られない。&lt;br /&gt;
:武器は大きな[[手裏剣]]。リミット技は一つを除いて全て[[四字熟語]]になっている。『エアガイツ』では格闘もこなしている。&lt;br /&gt;
:『KH』シリーズにも登場する。&lt;br /&gt;
:『エアガイツ』に登場した『FFVII』キャラの中では現在に至るまで唯一声優が変わっていないキャラである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===ケット・シー===&lt;br /&gt;
(Cait Sith)&lt;br /&gt;
:5歳　出身地不明　100cm&lt;br /&gt;
:声：[[石川英郎]]&lt;br /&gt;
:自称占いマシーンの黒猫のぬいぐるみ型ロボットで、普段はデブモーグリのぬいぐるみの上に乗っている。『FFVII AC』ではレッドXIIIに乗っている。武器は[[メガホン]]だが実際に殴るわけではなく指令を行ってデブモーグリに攻撃させるため、メガホンの性能が良いほど攻撃力が上がる。[[関西弁]]のような口調で話す。実は神羅カンパニーの都市開発部門総括であるリーブ・トゥエスティがインスパイアという無機質物質を操る特殊能力で遠隔操作行っており、当初は[[スパイ]]目的としてクラウド達と行動を共にする。しかしリーブが神羅の幹部中数少ない良識かつ、常識人であり、後にクラウド達の思想に共鳴した事によって神羅の情報をクラウド達に流す逆スパイとして活躍するようになる。&lt;br /&gt;
:他のキャラクターと違いリミット技はレベル2までしかない。そのため、究極リミット技が無い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===[[ヴィンセント・ヴァレンタイン]]===&lt;br /&gt;
(Vincent Valentine)&lt;br /&gt;
:28歳(外見年齢。実年齢は53歳?)　出身地不明　[[血液型]]:A型　184cm&lt;br /&gt;
:声：[[中多和宏|中田和宏]]（PS版エアガイツ）→[[鈴木省吾]]（FFVII AC～）&lt;br /&gt;
:ニブルヘイムの神羅屋敷の地下に眠っていた、元タークスのガンマン。&lt;br /&gt;
{{main|ヴィンセント・ヴァレンタイン}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===[[シド (ファイナルファンタジー)|シド・ハイウインド]]===&lt;br /&gt;
(Cid Highwind)&lt;br /&gt;
:32歳　ロケット村在住　[[血液型]]:B型　178cm&lt;br /&gt;
:声：[[山路和弘]]&lt;br /&gt;
:伝説的な飛空艇のパイロットとして知られ、神羅カンパニーの宇宙進出計画に当たっても宇宙ロケット、神羅26号の搭乗員を務める予定だった。ロケット発射が失敗に終わった後も宇宙への思いをはせ、日々神羅26号の整備を行っている。口は悪いが強い信念を持っている。神羅26号計画当時からの女性助手シエラと同居しているが、あくまで助手であって妻ではない（FFVII本編当時、シド自身が激しく否定している）。飛空艇の名は彼の姓からとった。また、村民や飛空挺乗組員からは大いに慕われており、そのカリスマ性からか、クラウドさらにはティファが不在の折には、バレットに頼まれてパーティーでのリーダーの代役を務める（一時的とは言え、シドの名をもつ人物が主人公格を務めた唯一の例）。武器は槍。走り方は、腹を突き出して走るいわゆる「おっさん走り」。 &lt;br /&gt;
:『FFVII AC』では新型飛空艇シエラ号と共に登場する。名前の由来はもちろん同居人の「シエラ」から。シエラとは『DC FFVII』の時点で結婚している。&lt;br /&gt;
:『KH』シリーズにも登場する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ソルジャー ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[セフィロス]] (Sephiroth)&lt;br /&gt;
:声：[[三木眞一郎]]（PS版エアガイツ）→[[森川智之]]（FFVII AC〜）&lt;br /&gt;
:ソルジャークラス1st。かつて「英雄」「神羅カンパニーにこのソルジャーあり」と言われた男。&lt;br /&gt;
{{main|セフィロス}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[ザックス・フェア]](Zack Fair)&lt;br /&gt;
:声：[[佐々木望]]（PS版エアガイツ）→[[鈴村健一]]（FFVII AC〜）&lt;br /&gt;
:ソルジャークラス1st。クラウドの親友であり、エアリスの[[恋人]]（初恋の相手）だった人物。&lt;br /&gt;
{{main|ザックス・フェア}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== [[神羅電気動力|神羅カンパニー]]関係者 ==&lt;br /&gt;
;プレジデント神羅 (President Shinra)&lt;br /&gt;
:物語開始時点では神羅カンパニー社長。表向きには福祉などにも理解を示す穏健な指導者という面を見せている。しかし、実際は利益を上げるためには手段を選ばず、邪魔者は無関係の人間を巻き添えにしてでも排除するという冷酷非道な性格。物語中ではテロリストの排除を名目にスラム街に第七プレートを落下させて、街ごと全滅させるという暴挙に及ぶ。その後、本社ビル社長室にてセフィロスの姿を模したジェノバに殺害される。(FFVII)&lt;br /&gt;
;ルーファウス神羅 (Rufus Shinra)&lt;br /&gt;
:声：[[大川透]]&lt;br /&gt;
:プレジデント神羅の息子。プレジデント神羅の死後、即時社長の座を引き継ぐ。父とは方針の相違があり、それは社長就任後の彼の行動に表れている。戦闘力も高く、クラウドと1対1で戦うこともある（実際にはダークネイションも戦闘に参加するが）。武器はショットガン系の銃。(スタッフの話によると、『FFVII AC』の銃は神羅の技術の結晶らしい)&lt;br /&gt;
:父譲りの冷酷さと父親以上の実力主義者。『FFVII』では、社長室にて対ダイヤウェポン戦の作戦指示中にウェポンの射撃攻撃を受けて爆死したと見られていたが、『DC FFVII』のオープニングではルーファウスと思しき人物が担架で運ばれていることがわかる。『FFVII AC』でも登場していることから生存していたことが分かった。ただし、ウェポンの攻撃による後遺症か、『FFVII AC』では[[車椅子]]にのって登場する。また、星痕症候群を患っている。カダージュ達からジェノバを渡すよういわれてもごまかし続ける。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--:なお、作中では明らかにされていないが『DC FFVII』でリーブの言ったWRO支援者である「世界に借りを返そうとしている誰か」とは『FFVII AC』で彼も同様の発言をしている事から、おそらくはルーファウスかと思われる。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
;リーブ・トゥエスティ (Reeve Tuesti)&lt;br /&gt;
:声：[[銀河万丈]]&lt;br /&gt;
:都市開発部門総括。優れたエンジニアでもあり、ミッドガルの魔晄炉の設計なども手がけている。誠実実直な人柄ゆえ、奇人ぞろいの幹部の中では影が薄い。無機物に一時的な命を与える『インスパイア』という能力とリーブ自身の[[母語]]である関西弁のような言葉によりケット・シーを操っている。当初は不本意ながらもマリンとエルミナを人質に取って（後に保護という形になったものと思われる）ケット・シーを通してスパイとしてクラウド達に接していたが、クラウド達の思想に共鳴し逆スパイとして神羅の情報を流すようになる。しかし、ルーファウス達を誤魔化す事は出来なかったらしく、ケット・シーが「会議に参加させてもらえない」と愚痴っていた。終盤、ハイデッカー達の行動に反発して捕われの身になるが、最終決戦時にはミッドガルの市民を避難させていた（自身も仲間達の下へ駆けつけようと思ったらしく、戦闘能力がある可能性もある）。ちなみにケット・シーの正体であることは終盤でボロを出してしまう以前から仲間達にバレていたようである。セフィロスを倒したあとは、WROの代表となる。フルネームは『DC FFVII』で明かされた。&lt;br /&gt;
:ゲーム内のとある場所で彼の両親と思われる人物を見ることが出来る。また小説『[[ファイナルファンタジーVII アドベントチルドレン#『On the Way to a Smile』|On the Way to a Smile]]』のデンゼル編では、母親が登場しデンゼルを助けしばらくの間一緒に生活している。&lt;br /&gt;
;ハイデッカー (Heidegger)&lt;br /&gt;
:治安維持部門総括。タークスやソルジャーたちを配下に持つ。貫禄を感じさせる外見とは裏腹に、無能かつすぐ部下にあたるので上からも下からも人望は薄い。笑い声は「ガハハ!!」&lt;br /&gt;
:クラウド達を抹殺する為に使ったウェポン対抗兵器[プラウド･クラッド]に乗っていたが、敗北し、爆死した。&lt;br /&gt;
;スカーレット (Scarlet)&lt;br /&gt;
:兵器開発部門総括。神羅カンパニーの屋台骨である兵器開発部門の責任者だけあり、能力は高いが性格は残酷。コレル村を焼き払った過去がある。笑い声は「キャハハ!」。仕事の内容上、ハイデッカーとタッグを組む事が多く、ケット・シー（リーブ）に「ガハハとキャハハの二人組」と呼ばれている。&lt;br /&gt;
:ハイデッカーと同じくプラウド・クラッドに乗っていたが、爆死。&lt;br /&gt;
;宝条 (Hojo)&lt;br /&gt;
:声：[[野沢那智]]（DC FFVII）&lt;br /&gt;
:科学部門総括。ジェノバに強い興味を抱いている。セフィロスの実父である。知識欲や研究欲の権化のような人物であり、それ以外のことには全く興味を示さない。全ての物は研究のための材料、あるいは実験動物と考える危険な思想を持っているマッドサイエンティスト。古代種という種の保存、再生の為ならば、例え異種であろうが交配させて種を残そうとする事も。笑い声は「クックック……」だが、狂気があらわになると「クァックァックァ!」という哄笑に変化する。息子であるセフィロスに対する愛情も（狂っているとはいえ）持っている。&lt;br /&gt;
:『FFVII』終盤で、魔晄キャノンを暴走させセフィロスに魔晄エネルギーを送ろうとする。そしてそれを止めに来たクラウドたちと交戦するため、自身にジェノバ細胞を移植して挑んできた。更に追い詰められると魔晄ジュースを服用し、殆どモンスターの様な姿でクラウド達に襲い掛かるが敗れ死亡。『DC FFVII』にて精神のみ生き残っていたことが判明、[[ダージュ オブ ケルベロス ファイナルファンタジーVII#ディープ グラウンド ソルジャー|ヴァイス]]の体を乗っ取りヴィンセントと対峙するも、結局ヴァイスの精神力に敗れ消滅する。&lt;br /&gt;
;パルマー (Palmer)&lt;br /&gt;
:宇宙開発部門総括。神羅の幹部の中では最年長だが、貫禄が無く子供の様な奇妙なしぐさが多い。かつて神羅カンパニーは[[宇宙開発]]に力を入れていたが、後に見向きもしなくなる。そのため立場は弱く、また彼自身も能力は低い。[[ラード]]入りの紅茶が好きで極度の肥満体。シドとは旧知の仲で「ふとっちょパルマー」と呼ばれている。&lt;br /&gt;
:クラウド達と戦い敗北した後、トラックに轢かれるシーンは本作品中でもかなり印象的なものであった。その後はパルマーに関するシーンがなく、轢かれた際に死亡したとも思われたが、後のロケット発射シーンで台詞のみ登場し、生存が確認された。ルーファウスとリーブ以外の神羅上層部のメンバーの中では唯一死亡した描写がない人物である。笑い声は「うひょひょひょひょひょ!」武器は「魔晄銃」で、ファイラ・ブリザラ・サンダラのいずれかをランダムに発射する。&lt;br /&gt;
===特殊工作部隊タークス　メンバー===&lt;br /&gt;
[[英語]]表記は&amp;quot;Turks&amp;quot;。正式名称は「神羅電気動力株式会社総務部調査課(Investigation Division of the General Affairs Department of the Shin-Ra Electric Power Company)」。ソルジャー候補者集めをはじめ、情報収集や暗殺まで、幅広い任務をこなすエリート社員集団。外見上は普通の人間で、黒スーツという軽装備だが、各メンバーとも驚異的な戦闘力を持つ。ストーリー中は何度となくプレイヤーの前に現れて戦闘が発生する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
組織上はハイデッカーの指揮下にあるが、『BC FFVII』では、タークスメンバーのハイデッカーに対する信頼の薄さが描かれている。なお、タークスメンバーはルーファウス神羅に対する忠誠心は篤い。なお、『FFVII』の攻略本でも、タークスが集合したイラストの中央にはゲーム中でタークスとの会話が無いルーファウス神羅が立っている。&lt;br /&gt;
;ツォン (Tseng&amp;lt;!--『LO FFVII』では「Zeng」と表記されている--&amp;gt;)&lt;br /&gt;
:声：[[諏訪部順一]]&lt;br /&gt;
:『FFVII』でのタークス主任。メンバーを信頼し、組織内での信用度も高い。任務の関係上、エアリスとは彼女が幼い頃からの顔なじみであり、任務の対象として以上の複雑な感情を抱いている。また、エアリスもツォンに対しては敵と割り切れない思いを持つ。『CC FFVII』ではザックスと親しい間柄であり、彼が神羅屋敷に監禁されていた4年間、エアリスからザックスに送られた手紙を預かっていた。また、逃亡し神羅に追われる身となったとき、神羅兵よりも先に保護することで彼の命を救おうとしていた。古代種の神殿でセフィロス（ジェノバ）に刺され、その後脱出した描写や出番がなく死亡したとも思われた（イリーナが彼が死んだとも受け取れる発言をしている）が、『FFVII AC』に登場した事で生存が確認された。『FFVII』では戦闘シーンは見られないが、『BC FFVII』では戦闘イベントがある。また同作の特別章で操作できるほか、トレーニングメニューで対戦することができる。武器は拳銃。『BC FFVII』では髪を結わえている。&lt;br /&gt;
;レノ (Reno)&lt;br /&gt;
:声：[[藤原啓治]]&lt;br /&gt;
:タークスのメンバー。タークス1のスピードの持ち主。独特の雰囲気があり、スーツを着崩した[[不良行為少年|不良]]のような出で立ちをしている。語尾に「～だぞ、と。」を付ける癖がある。自らの仕事に美学を持っており、任務中はどんな任務でも冷酷にこなす（ミッドガル7番街のプレートを落とした実行犯は彼である。しかし決して罪悪感を感じていない訳でもないらしく、レノ自身も「タークスの仕事は辛い事が多い」と発言している）一方で、休暇に仕事を持ち込まない几帳面さも持つ。休暇中であれば、敵を目の前にしてもそれに一切関わらずに自らの休暇を楽しむ。また、エアリスに「花を踏まないで」と言われたにも関わらず踏んでしまった事を気にしたり、クラウドとエアリスの会話を邪魔せず見守っているなど、何かと憎めない粋な人物である。武器は電磁ロッド、必殺技は「タークス光線」（後に「ネオ・タークス光線」にパワーアップした）。&lt;br /&gt;
:『FFVII AC』ではかなり出番が多く、ルードと共にロッズ、ヤズーと交戦した。『BC FFVII』時代は頭にお下げの部分は無かった。&lt;br /&gt;
:なお、『KH』シリーズに[[XIII機関#NO.VIIIアクセル|'''アクセル''']]というレノに酷似したキャラクターがいるが、これは製作者の意図的なものであるため、レノとの直接的な関係は無いとされている。&lt;br /&gt;
;ルード (Rude)&lt;br /&gt;
:声：[[楠大典]]&lt;br /&gt;
:タークスのメンバー。タークス1のパワーの持ち主。忠実に仕事をこなす。寡黙で口下手、[[スキンヘッド]]に[[サングラス]]という強面な風貌から誤解されやすいが、仲間想いで真面目な性格である。レノと行動を共にすることが多い。ティファのような女性が好みだという。格闘家で、必殺技は「地走り」。『BC FFVII』時代はまだヒゲを生やしていない。ちなみにこの頃、宿敵であった「アバランチ」の女性と交際した事がある。&lt;br /&gt;
;イリーナ (Elena)&lt;br /&gt;
:声：[[豊口めぐみ]]&lt;br /&gt;
:タークスの紅一点で、『FFVII』ではレノの負傷によってタークスに任命されたばかりの新人。ツォンに好意を持つ。生真面目で、サボっているように見えるレノたちと対立することがある。おっちょこちょいで、うっかり口を滑らせて重大な情報を漏らしてしまう癖がある。『BC FFVII』では、軍事学校時代のイリーナが登場する。優秀だった姉がタークスメンバーであり、その関係でタークスを毛嫌いしていたが、ある事件からタークスに憧れるようになる。タークスのメンバー内では、『BC FFVII』から本編にかけての変化が一番大きいキャラである(『BC FFVII』時代はツインテールとセーラー服と言う学生らしい格好で登場する)。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アバランチのメンバー ==&lt;br /&gt;
;[[ビッグス&amp;amp;ウェッジ|ビッグスとウェッジ]] (Biggs and Wedge)&lt;br /&gt;
:両者ともアバランチに雇われていて、ウェッジは語尾に「っす」をつける癖がある。ビッグスは普段は冷静だが、酔うと態度が大きくなる。なお、『DC FFVII』に登場するWRO副長は「兄が反神羅活動をしており、プレート落下で死亡した」と発言しているので2人の内どちらか（ウェッジは作中「弟がいる」と発言しているので、おそらくビッグス）の妹と思われる。&lt;br /&gt;
:ビッグス&amp;amp;ウェッジのコンビは、ファイナルファンタジーシリーズの他の作品にも端役として登場する（設定やキャラクターは毎回異なる）。詳細は[[ビッグス&amp;amp;ウェッジ]]を参照のこと。&lt;br /&gt;
;ジェシー (Jessie)&lt;br /&gt;
:ビッグス、ウェッジと一緒にアバランチに雇われている女性で、主に技術面を担当するが、失敗も多い。クラウドの冷ややかな反応を好む。口癖は「う・か・つ」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== その他の人々 ==&lt;br /&gt;
;マリン・ウォーレス (Marlene Wallace)&lt;br /&gt;
:声：[[黒葛原未有]]&lt;br /&gt;
:ダインの娘。生まれて間もない頃に故郷コレルが神羅の襲撃により壊滅した後、彼女だけが奇跡的に生き残り、村に引き返したバレットに助け出されて、そのまま彼に引き取られた(マリン自身はその事実を知らないらしい)。以来、ミッドガルの「セブンスヘブン」で彼やティファ達とともに生活していた。かなり溺愛されて育てられているが、幼くも芯が強く、しっかり者で、バレット達の留守中の間は「セブンスヘブン」を守っていた。&lt;br /&gt;
:エアリスとは七番街プレート落下直前に「セブンスヘブン」からエアリスの家まで避難するまでの間に話（主にクラウドの事）をした時しか接点がなかったが、彼女の事を「お花のお姉ちゃん」と呼んでいたり（シナリオ序盤ではそのまま「エアリス」と呼んでいた）、『FFVII AC』のナレーションで「私の大好きな人」と発言している事からその短期間の間に親しくなったようだ。&lt;br /&gt;
:『FFVII』と『FFVII AC』ではエアリスとホーリーの気配をいち早く察知している。&lt;br /&gt;
:なお、『FFVII AC』で彼女がつけていたリボンはエアリスの物と類似しているため、一部ではエアリスの形見ではないかと噂されているが、詳細は不明である。&lt;br /&gt;
:『FFVII』の後は、エアリスに似た外見とティファの強さを受け継いだ少女に成長し、クラウドとティファ、デンゼルと共に「エッジ」という街で生活している。&lt;br /&gt;
;ガスト・ファレミス (Gast Faremis)&lt;br /&gt;
:ジェノバ・プロジェクトチームの元責任者。太古の地層からジェノバを古代種と勘違いして発掘し、史上最悪の実験の引き金を作った。後に研究の誤解に気づき、神羅を抜けてアイシクルロッジへ身を隠した。その地で古代種の末裔であるイファルナと結婚し、娘のエアリスをもうけるが、彼を追っていた宝条と神羅兵に捕捉され、宝条の手で殺害される。&lt;br /&gt;
;ルクレツィア・クレシェント (Lucrecia Crescent)&lt;br /&gt;
:声：[[夏樹リオ]]（DC FFVII）&lt;br /&gt;
:ガスト博士の助手をつとめていた女性科学者で、[[ヴィンセント・ヴァレンタイン|ヴィンセント]]の思い人。ジェノバ・プロジェクトの人体実験の影響で歳を取らなくなっている。セフィロスの実母であり、息子を哀れに想い、罪悪感を感じている。『DC FFVII』では祠の中央のマテリアの中で自身を封印し、眠りについていて、[[ダージュ オブ ケルベロス ファイナルファンタジーVII#ディープ グラウンド ソルジャー|DG]]との戦いに身を投じるヴィンセントの前に幻となって現れている。『DC FFVII』ではヴィンセントと彼の父親との過去やフルネームが明かされた。なお、本編の回想場面ではヴィンセントを振り切って宝条の方へ向かう姿しか描かれておらず、彼女がヴィンセントに対して恋愛感情を持っていたかは謎だったが、『DC FFVII』では本人でも気づかないうちにヴィンセントに惹かれていた事が明かされた。&lt;br /&gt;
:PS版エアガイツではヴィンセントの技の1つに彼女の名前が入っている（「ルクレツィアリグレット」）。&lt;br /&gt;
;シエラ (Sierra)&lt;br /&gt;
:シドと共にロケット事業に携わっていた女性メカニック。日常的な作業が遅いので日ごろからシドに怒鳴られているが、整備士としては有能。『FFVII』ではシドの同居人だが、『DC FFVII』では結婚している（ちなみに『FFVII』でクラウドはシドとシエラは夫婦だと勘違いしており、シドが仲間になる際、「奥さんは放っておいていいのか」との質問に「あんなのが女房な訳がねぇ」とはっきり否定していた）。現在のフルネームは「シエラ・ハイウインド」と思われる。&lt;br /&gt;
:また『FFVII AC』などに登場する新型の飛空艇「シエラ号」の名前は彼女の名前に由来する。&lt;br /&gt;
;エルミナ (Elmina)&lt;br /&gt;
:エアリスの養母。母を失ったエアリスと七番街駅で出会い、エアリスを引き取ることにした。エアリスのことを理解しつつもその将来に不安めいたものを感じている。夫はウータイ出征で戦死した。&lt;br /&gt;
;ドン・コルネオ (Don Corneo)&lt;br /&gt;
:ミッドガルのウォールマーケットを牛耳る男で異常な好色家。興奮剤を愛用している。ピンチになるとキレる。口ぐせは「ほひ～」。居宅には「古留根尾」「終魔胃」「尾試留古」などと書かれた奇妙な掛け軸がある。クラウド達に脅された末に七番街支柱爆破計画を漏らしたことからタークスにマークされ、後にウータイでレノによりダチャオ像から落とされ死亡する。魔物の「アプス」と「ラプス」をペットとして飼っていた。&lt;br /&gt;
;ザンガン (Zangan)&lt;br /&gt;
:声：[[藤岡弘、]] (LO FFVII)&lt;br /&gt;
:ザンガン流格闘術を使う、ティファの師匠。各地に弟子が128人おり、放浪の旅をしている。ニブルヘイム焼き討ち事件の際、ティファを助けてミッドガルへ連れて行った。その後再建されたニブルヘイムを訪れ、ティファへの手紙をピアノに隠した。『FFVII』の時期には老いのために既にジャンプすら出来ないらしく、弟子のティファの前には姿すら見せなかった。&lt;br /&gt;
;ダイン (Dyne)&lt;br /&gt;
:バレットの親友でマリンの実父。コレル村の魔晄炉建設をただ一人反対していた。コレル村が神羅に襲撃された時にスカーレットに左腕を撃ち抜かれて崖から転落するも、奇跡的に生還した。その後、家族を失ったことから心を闇に染め、左腕を銃に換え、コレルプリズンを裏で仕切るようになり、気に入らないコレルプリズンの囚人を有無を言わせず撃ち殺すという一種の恐怖政治を敷いた。後にバレットと再会し娘のマリンの生存を聞かされるが、マリンを亡き妻エレノアの元へ道連れにしようとし、バレットに戦いを挑む。戦いに敗れた後、バレットにエレノアの形見のペンダントとマリンを託し、自らの命を絶つ。&lt;br /&gt;
;ディオ (Dio)&lt;br /&gt;
:ゴールドソーサーの園長。筋肉ムキムキで常にパンツ一枚の格好で歩き回っている。バギーやキーストーンなど数々の貴重な品を所持する収集家でもある。数々の伝説があるらしい。クラウドの事は「少年」と呼び、大層気に入っている。見た目に反して園長としては意外と真面目で、メテオによって世界中が絶望に陥る中、ゴールドソーサーの営業を続けるかどうか悩むが「こんな時だからこそ、ゴールドソーサーは必要なのではないか」と営業を再開する。&lt;br /&gt;
;ブーゲンハーゲン (Bugenhagen)&lt;br /&gt;
:コスモキャニオンの長老。レッドXIIIから「じっちゃん」と呼ばれている。クラウドたちに星やライフストリームの秘密を語る。レッドXIIIの父セトの真実を知る人物でもある。物語終盤に老衰で死亡したような描写がある（はっきりとは描かれていない）。&lt;br /&gt;
;セト (Seto)&lt;br /&gt;
:レッドXIIIの父。レッドXIIIからはギ族から逃げた臆病者と思われていたが、実際は別の場所で勇敢に戦っていた。現在はギ族の毒矢で石にされてしまっているが、それでもなおコスモキャニオンを守り続けている。&lt;br /&gt;
;イファルナ (Ifalna)&amp;lt;!-- イファルナ・ゲインズブールだった記憶があるが資料が見あたらない --&amp;gt;&lt;br /&gt;
:古代種の末裔でエアリスの母。古代種の純血としては最後の末裔。ガストと結婚しエアリスを産む。程なくしてミッドガルに連れ去られ、その7年後にエルミナへ娘を託して他界する。ちなみに「イファルナ」の名前は[[アナグラム]]で、並べ替えると「ファイナル」になる。&lt;br /&gt;
;ティファパパ&lt;br /&gt;
:その名の通りティファの父親（言うまでも無いが決して本名ではない）。家の大きさから金持ちであることが窺える。『FFVII』の12～13年前に妻を亡くす。そのときティファが「ママは山を越えていっちゃった」と思い込み、母親を探しに山へ行って橋が落ちてガケから落ち、意識不明に陥ったのをクラウドが連れ出したものと勘違いして激怒し、彼に不信感を抱く。この出来事はクラウドにかなり大きな影響を与え、後に重要な意味を持つ。ニブルヘイム事件の際、魔晄炉までセフィロスを追いかけ抵抗したようだが逆に殺された。&lt;br /&gt;
;ゴドー (Godo)&lt;br /&gt;
:ユフィの父で、ウータイの統治している。ユフィ曰く「グータラ親父」だが、実はウータイの五強聖のリーダーである&amp;quot;総&amp;quot;の強聖である。神羅との戦争に敗れ、力と力の衝突を避けるようになった（日頃家で寝ているのはこのため）。その後五強の塔で志と力を兼ね備えた者を待っている。(そのくせ、五強の塔にウータイ出身の者しか入れない為、長い間、期待できる人材が来ていない)五強の塔でユフィと対決した末に彼女と和解し、国を守るためには力と和平の両方が必要である事を悟り、ユフィにウータイの未来を託して彼女の旅立ちを見送った（その際にユフィに仲間のマテリアを掠め取るよう言うなどとユフィの性格は実は彼譲りであるらしい事がわかる）。&lt;br /&gt;
:ユフィの父親なので、フルネームはゴドー・キサラギと思われるが、明らかになっていない。&lt;br /&gt;
;プリシラ (Priscilla)&lt;br /&gt;
:アンダージュノンで暮らすイルカと心を通わせる少女。都市開発の際に海を汚染した神羅を憎んでおり、最初はクラウド達も神羅の手先ではないかと疑っていたが、海でモンスターに襲われて溺れた自分を救ってくれたクラウドの姿を見てクラウド達の事を信用するようになった。この時からクラウドの事を「未来のお婿さん」として熱烈に慕っている。&lt;br /&gt;
;見習いパイロット&lt;br /&gt;
:飛空挺「ハイウインド」を操作するパイロット。プレイヤーがストーリーを進めるに連れレベルアップして行き、飛空挺内で話し掛けたときのセリフが変化して行く。リミットブレイクする事があり、この時はセリフが七色に輝く。&lt;br /&gt;
;神羅課長&lt;br /&gt;
:神羅に長年勤務していた課長。後にリストラにあい、会話時の表示名が「もえつき神羅課長」に変わる。&lt;br /&gt;
;チョコボ仙人&lt;br /&gt;
:アイシクルロッジ近くの山小屋に住む老人(?)。山チョコボを飼っており、特殊なチョコボについての情報をくれるが、物忘れが激しい。&lt;br /&gt;
;ジョニー (Johnny)&lt;br /&gt;
:7番街スラムに暮らしていた青年。「男を磨くため」に旅に出る（そのため、七番街のプレートが落ちた際は居合わせずに済んだ）。その後各地でクラウド達と再会するが、最終的にはコスタ・デル・ソルで恋人と同棲することに。また小説『On the Way to a Smile』ではエッジで「ジョニーズヘブン」と言う店を開く。&lt;br /&gt;
;ジョー(Joe)&lt;br /&gt;
:現役のトップチョコボレーサー。黒いチョコボ･トウホウフハイを駆る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[ファイナルファンタジーVII]]&lt;br /&gt;
*[[ファイナルファンタジーVII アドベントチルドレン]]&lt;br /&gt;
*[[ビフォア クライシス ファイナルファンタジーVII]]&lt;br /&gt;
*[[クライシス コア ファイナルファンタジーVII]]&lt;br /&gt;
*[[ダージュ オブ ケルベロス ファイナルファンタジーVII]]&lt;br /&gt;
*[[ラストオーダー ファイナルファンタジーVII]]&lt;br /&gt;
*[[エアガイツ]]&lt;br /&gt;
*[[キングダムハーツ]]&lt;br /&gt;
*[[キングダムハーツII]]&lt;br /&gt;
*[[ファイナルファンタジータクティクス]]&lt;br /&gt;
*[[ファイナルファンタジータクティクスの登場人物]]&lt;br /&gt;
峰不二子。ルパン三世の登場人物。タイムスパイラルでジェネシスと共演した&lt;br /&gt;
ガメ先手。ジェネシスがいろんなゲームやっている動画&lt;br /&gt;
セーラーマーズ。セーラームーンの登場人物。悪夢でジェネシスと共演した。2014年11月末の日本テレビワイドショーで放送されなかった&lt;br /&gt;
{{FinalFantasy}}&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:ファイナルファンタジーVII|*とうしようしんふつ]]&lt;br /&gt;
[[Category:ファイナルファンタジーのキャラクター|*7]]&lt;br /&gt;
[[Category:ゲームの登場人物の一覧|ふあいなるふあんたしい7]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>61.213.215.164</name></author>	</entry>

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		<title>冷夏</title>
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				<updated>2019-07-28T04:59:57Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;61.213.215.164: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{先編集権主張|Fly gon}}&lt;br /&gt;
'''冷夏'''（れいか）とは[[平年値|平年]]に比べて[[気温]]の低い[[夏]]のことである。[[気象庁]]による3[[平年値#階級表現|階級表現]]で6月 - 8月の平均気温が「低い」に該当した場合の夏をいう。冷夏による影響は[[農産物|農作物]]の生産に強くあらわれ、農産品の不足や価格高騰を引き起こす。過去には[[飢饉]]を起こした例もあるが、[[先進国]]では農業技術の発達や農作物の[[品種改良]]に伴い大規模な飢饉は発生しなくなった。近年（平成以降）での全国的な冷夏は[[1993年]]など。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==冷夏の原因==&lt;br /&gt;
日本全体を見ると[[太平洋高気圧]]の勢力が弱く、[[梅雨前線]]が長く[[日本列島]]にとどまり、[[オホーツク海高気圧]]の勢力が強い年には冷夏となる傾向にある（全国冷夏型）。また、太平洋高気圧が西日本にまでは張り出すが、その勢力が弱い場合には北日本で冷夏となる傾向がある（北冷西暑型）。[[東北地方]]の冷夏は[[やませ]]と呼ばれる[[オホーツク海気団]]からの北東の冷たい風が吹くことによっても起こる。世界規模で[[異常気象]]を引き起こす[[エルニーニョ・南方振動|エルニーニョ現象]]の発生年は冷夏となる傾向が強く、この例としては[[1951年]]（北日本を除く）、[[1953年]]、[[1957年]]、[[1965年]]、[[1972年]]（北・東日本を除く）、[[1976年]]、[[1982年]]、[[1983年]]、[[1991年]]、[[2009年]]がある。しかし、[[1954年]]、[[1970年]]、[[1988年]]のように、猛暑になりやすいとされるラニーニャ現象が起きていた年でも、冷夏になったこともあれば、[[1992年]]、[[1997年]]、[[2002年]]のようにエルニーニョ現象が起きていたにも拘らず、猛暑になったこともあるので、一概には言えない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また[[太陽黒点|太陽の黒点]]活動の周期が冷夏の発生と一致するとの説もある。例えば、冷夏になった2009年は太陽黒点の数が、1913年以来の少なさを記録していた。しかし、翌年にあたる2010年もその状態が続いていたにも拘らず、観測史上2位の猛暑になったので、[[太陽活動]]の度合いに必ず一致するとは限らない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
火山噴火などで多量の[[エアロゾル]]（細かいちり）が空気中に放出され、そのエアロゾルが太陽放射を抑制する[[日傘効果]]で冷夏となるケースもある。[[1783年]]の[[天明の大飢饉]]、日本列島に米不足をもたらした[[1993年]]の記録的冷夏は[[ピナツボ火山]]噴火で発生したエアロゾルが太陽放射を遮ったために発生したとされている。1994年以降の日本で冷夏が激減している理由として、ピナツボ山以来は大規模な噴火が起きていないためではないか、という意見もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、著しい猛暑の翌年は冷夏になりにくいことが知られている。実際に、観測史上4位以内の猛暑になった1978年（+1.16℃、観測史上2位）、1994年（+1.46℃、同1位）、2010年（+1.06℃、同3位）、2011年（+0.88℃、同4位）の翌年に当たる、1979年（+0.22℃）、1995年（-0.05℃）、2010年（+0.88℃）、2012年（+0.55℃）はどの年も全国的な冷夏にならなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==気象庁における冷夏の基準==&lt;br /&gt;
*地域平均気温の平年差（[[1981年|1981]] - [[2010年]]の平年値による）&lt;br /&gt;
**'''[[北日本]]''' -0.6℃以下&lt;br /&gt;
**'''[[東日本]]''' -0.5℃以下&lt;br /&gt;
**'''[[西日本]]''' -0.2℃以下&lt;br /&gt;
**'''[[南西諸島]]''' -0.3℃以下&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==人の生活との関係==&lt;br /&gt;
その負の影響の最大は、前述したが[[農業]]に現れる。農業関係者以外への影響は、農作物の価格高騰・品不足などで現れる（[[野菜]]などでは夏のうちに、[[米]]などは[[秋]]以降 - 翌年の夏まで）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それ以外では日本の夏の行事や生活習慣の多くが[[梅雨|梅雨明け]]後の晴天を前提として行われることなどから、冷夏は多くの場合それへの支障とされる。[[衣類|衣料品]]の売り上げ減などがそれである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
冷夏自体は[[熱中症]]、[[日射病]]、[[食中毒]]などの夏の暑さによる健康障害を緩和する効果があるが、夏かぜなどのデメリットもある。日本の場合、冷夏は通常7・8月の日照不足や長雨を伴うことが多い（ただし冷夏の年=水害の多い・降雨量の多い年とは限らない）。特に[[北海道]]や東北地方においては[[冬]]が長く寒冷であることや低温の度合いが関東以西より大きいことなどもあいまって、直接の利害関係を持つ農業関係者以外からも強く忌避される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また冷夏年は前述の夏の暑さによる健康障害を緩和する効果があると思われやすいが、年によっては前述の健康障害の数が平年を上回ることがあり、暑夏年の健康障害の数を上回る（特に夏かぜ）ことすらあるため、冷夏の年=健康被害の少ない年とは限らない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[関東地方]]以西でも時折、冷夏は見られる。低温の度合いは北海道や東北地方よりも概して小さく冷夏でないときには夏は暑熱であることから歓迎する人もあるが、大勢は冷夏には否定的である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし[[映画]]興行など、夏のインドアレジャーには追い風となる傾向も見られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお冷夏年は日照不足となると思われやすいが、年によっては日照時間が平年を上回ることがあり、暑夏年の日照時間を上回る事すらあるため必ずしも日照時間が平年を下回るとは限らない。特に西日本では冷夏の年は気温が低いため、暑夏年に比べて対流活動が不活発化（地表付近が涼くなることによって、上空との温度差が小さくなる）して大気が不安定になりにくく雷雨や局地的な集中豪雨の発生が減る影響で日照時間が多くなることがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==過去の主な冷夏==&lt;br /&gt;
===世界===&lt;br /&gt;
;[[1816年]]&lt;br /&gt;
:'''[[夏のない年]]'''と呼ばれている。インドネシアの[[タンボラ山]]が大規模な噴火を起こしたことにより、地球規模で冷夏になり、特にヨーロッパ、北アメリカ、中国北部では[[飢餓]]により多くの[[餓死]]者が出た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===日本===&lt;br /&gt;
;[[1947年]]&lt;br /&gt;
:6月は平年より低くかったが、しかし7月以降は少雨となり暑い日が多かった。&lt;br /&gt;
;[[1949年]]&lt;br /&gt;
;[[1954年]]&lt;br /&gt;
:6月 - 7月にかけて北日本や東日本を中心に記録的な低温となり、気象庁の統計では戦後最も国内の平均気温の低かった。&lt;br /&gt;
;[[1969年]]&lt;br /&gt;
:全国的に平年を0.7-0.9℃ほど下回った。特に6月の気温が低かった。&lt;br /&gt;
;[[1974年]]&lt;br /&gt;
:6月中旬・下旬にかけて、低気圧や梅雨前線の影響で西日本と中部地方、東北地方で大雨となり、浸水害や鉄砲水が発生した。7月に入ると、台風第8号が発達しながら北上し、沖縄県本島と宮古島の間を通過、東シナ海を北上後対馬海峡から日本海に進み、北海道の南西部付近で温帯低気圧になったが、この台風により南西諸島や九州地方では強風が吹き荒れた。さらに梅雨前線が活発となり、四国から関東地方南部にかけて大雨が続き、特に静岡県で大きな水害が起こった。7月中旬には前線と弱い熱帯低気圧などが要因で、九州・北陸・四国・中部各地方が多雨となり、特に熊本県で浸水や土砂災害が発生。7月下旬にも、紀伊半島から日本海に進んだ低気圧の影響で東海地方が大雨となり、浸水害が多発した。&lt;br /&gt;
;[[1976年]]&lt;br /&gt;
:梅雨明けは[[四国地方|四国]]、[[九州地方|九州]]、[[奄美地方|奄美]]、[[沖縄地方|沖縄]]地方で平年より遅かったほかはほぼ平年日前後だったが梅雨明け後も太平洋高気圧の勢力は弱く梅雨期から勢力の強かった[[オホーツク海高気圧]]が梅雨明け後も長く居座った影響で全国的に冷夏となり、曇りや雨の日が続いた。夏の平均気温は北・東・西日本で平年を1℃前後下回った。9月も顕著な低温で長雨の傾向が続き、全国的に農作物の不作に見舞われた。&lt;br /&gt;
;[[1977年]]&lt;br /&gt;
:6月は平年より暑い日が多く空梅雨だったが、7月以降は東京・東北では太平洋高気圧の勢力は弱く梅雨期から勢力の強かった[[オホーツク海高気圧]]が梅雨明け後も長く居座った影響で全国的に冷夏となり、東北・東京では62日連続で長雨が続いた。夏の平均気温は北・東日本の太平洋側で平年を3 - 5℃前後低かった。[[1993年]]や[[2003年]]と異なり米や野菜の極度の不足は見られなかったが、農作物の不作により見舞われた。&lt;br /&gt;
;[[1980年]]&lt;br /&gt;
:6月は平年より暑い日が多く空梅雨気味だったが、7月以降はオホーツク海高気圧が強まり[[太平洋高気圧]]が南海上へ後退、[[低気圧]]や[[前線]]が日本列島付近に停滞する状態が続いたため南西諸島を除き冷夏となった。特に8月の平均気温は南西諸島を除いた全国で記録的低温となり、平年より1 - 4℃以上低かった。[[1993年]]や[[2003年]]と異なり米や夏野菜の極度の不足は見られなかったが、農作物不作による顕著な減収がみられた。&lt;br /&gt;
;[[1981年]]&lt;br /&gt;
:6月はオホーツク海高気圧の勢力が強く北海道から沖縄にかけて低温となり、但し梅雨明け後は北日本から西日本で全国的に暑い日が多かった。&lt;br /&gt;
;[[1982年]]&lt;br /&gt;
:6月は梅雨入りが遅く記録的な少雨だったものの、7月になると[[梅雨前線]]が活発化して関東地方以西では一転して多雨傾向となった。梅雨明けも平年より大幅に遅れ関東地方、甲信地方及び東北地方では8月上旬までずれ込んだ。また東日本以西では7月の平均気温が平年より2℃前後低く、8月も引き続き低温傾向で夏型は長続きしなかった。7月下旬には[[長崎県]]を中心とした九州地方北部で記録的豪雨による甚大な災害が発生した（昭和57年7月豪雨）。詳しくは[[長崎大水害]]を参照。&lt;br /&gt;
;[[1983年]]&lt;br /&gt;
:[[オホーツク海高気圧]]の勢力が強かった影響で全国的に長梅雨・梅雨寒が続き、6月と7月は特に北日本で著しい低温となった。梅雨末期には梅雨前線の活動が活発化し、[[山陰地方]]に豪雨災害をもたらした。但し梅雨明け後は東北地方太平洋側から関東地方で天候不順気味だったほかは、全国的に晴れて暑い日が多かった。&lt;br /&gt;
;[[1986年]]&lt;br /&gt;
:7月はオホーツク海高気圧の勢力が強く北海道から中国地方にかけて低温となり、特に北日本や関東地方では平年を2 - 4℃以上下回る顕著な低温となった。8月になるとオホーツク海高気圧の勢力は弱まったものの太平洋高気圧の勢力も依然弱く、本州近海で[[熱帯低気圧]]が相次いで発生しやすかったため曇りや雨、雷雨となる日が多かった。1993年や2003年と異なり米や夏野菜の極度の不足は見られなかったが、農作物不作による顕著な減収や[[海水浴場]]などの観光客減少などの影響が出た。&lt;br /&gt;
;[[1989年]]&lt;br /&gt;
:6月の梅雨入り後から7月に掛けて冷たいオホーツク高気圧の影響で低温・日照不足が度重なり、北・東日本で水稲などの生育が遅れ気味となった。7月中旬には梅雨前線が北上し本州を横切り、九州～関東地方の各地で洪水・浸水・山側の崖崩れ、大雨や竜巻が生じたが、前線は南下して弱まり梅雨明けは平年並みだった。梅雨明け後、北日本では太平洋高気圧が覆い猛暑・少雨の影響で干害も生じたが、その他の地域では7月27日・8月6日・8月27日・9月19日と4回台風が日本へ上陸した事で、特に西・東日本の各地では集中豪雨・浸水被害が発生した。&lt;br /&gt;
;[[1991年]]&lt;br /&gt;
:この年は北陸地方と東北地方北部を除き梅雨明けは平年並みだったものの、8月に梅雨前線が東北地方から本州南岸まで南下したことにより南西諸島を除いて曇雨天と低温に見舞われた。このため北陸地方と東北地方北部の梅雨明けが8月14日ごろと大幅に遅れた。さらに各台風が大分・宮崎県へそれぞれ上陸して、西日本を中心に水害が相次いだ。9月中旬には秋雨前線が活発化して関東地方を中心に豪雨災害に見舞われて、各地の道路が浸水状態となった。&lt;br /&gt;
;[[1993年]]&lt;br /&gt;
:この年は記録的な冷夏により、「[[1993年米騒動]]」といわれる[[米|米不足]]になった。8月になっても梅雨前線が日本列島に停滞し、豪雨災害と関東地方以北では低温が顕著であった。1954年に次ぐ戦後2番目に平均気温の低い夏であり、[[南西諸島]]を除く地域で梅雨明けが特定されない異常な夏であった。特に低温だった7月と8月はオホーツク海高気圧の張り出しと前線による大雨と台風の影響を受け、平年を4度前後下回った。[[平成5年8月豪雨]]も参照。&lt;br /&gt;
;[[2002年]]&lt;br /&gt;
:この年は、6月は全国的に、7月は東日本以西で高温であったが、しかし8月に入ると発達したオホーツク海高気圧の影響を受けて南西諸島を除いて曇雨天と低温に見舞われた。さらに各台風が大分・宮崎県へそれぞれ上陸して、西日本を中心に水害が相次いだ。東北地方・関東地方を中心に[[やませ]]が発生した。さらに梅雨後半の前線の活発化などもあって、天候不順な夏という印象も大きい。南西諸島・奄美では夏期間を通じて高温が持続し、観測史上1位となる記録的な猛暑年となった。長雨による低温が続いた。また全国的に8月下旬から9月上旬は低温傾向に転じ、9月に入った途端で南西諸島を除き猛暑日、真夏日、熱帯夜がほぼなかったので、穏やかな残暑となり、[[2000年代]]以降では珍しく残暑が殆どない早い秋の訪れとなった。&lt;br /&gt;
;[[2003年]]&lt;br /&gt;
:10年ぶりの冷夏になったがその規模は1993年よりも小さかった。西日本から東北地方で梅雨明けが遅く、夏型は安定しなかった。米や夏野菜が不足した。年末にかけて野菜は例年の2倍を越える品も出るほど高騰したが、米は備蓄米などが効果を挙げて1993年ほどの影響は出なかった。特に7月の低温が顕著で北日本では平年を2.9℃、[[関東地方]]でも2.2℃下回るなど北海道から[[北部九州]]の広範囲で1 - 3℃平年を下回った。夏全体（6 - 8月）で見ても北日本で1.2℃、東日本では0.6℃、西日本では0.3℃平年を下回るなど北日本から西日本までの広い範囲で冷夏となった。全体的に雨も多く、この年から2日間開催となる予定だった[[全国高等学校野球選手権大会]]の[[準々決勝]]が従来通りの1日4試合開催となった（[[選抜高等学校野球大会]]も含め、3回戦までに3日以上順延すると1日4試合開催となる）。しかし、8月下旬から9月は平年よりも残暑が厳しかった。[[新潟市]]、静岡県[[浜松市]]、[[徳島市]]などでは9月としての最高気温を記録した。&lt;br /&gt;
;[[2009年]]&lt;br /&gt;
:この年は、梅雨明けが遅く日照時間も短かったこと、近年では珍しく残暑が厳しくなかったこと、2004年から2008年まで5年連続で猛暑が続いたこと、翌々々年（2012年）は観測史上1位、翌々年（2011年）は同4位、2010年8月も同3位の暑夏になったことなどから、冷夏のイメージをもつ人が少なくない。特に1994年以降は2003年を除いて猛暑に見舞われたことから、相対的に低く感じられたことも理由として挙げられる。「久しぶりの涼しい夏」「近年では珍しい穏やかな夏」などと呼ばれ、またこの年も冷夏になりやすいとされる、エルニーニョ現象が発生していた。8月に入っても、熱帯夜の日数は例年比較すると少なめで、盛夏としては過ごし易く、また[[おでん]]などの販売開始が前倒しになるなどの影響もあった。9月以降も全国平均でそれぞれ平年からは僅かに下回る、穏やかな残暑と成った。&lt;br /&gt;
;[[2017年]]&lt;br /&gt;
:この年は、梅雨明けが遅く関東・東北では日照時間もかなり短かったこと、近年では穏やかな残暑だったこと、6月は暑い日が多く空梅雨気味だったが、7月以降はオホーツク海高気圧が強まり太平洋高気圧が後退、[[低気圧]]や[[前線]]が日本列島付近に停滞する状態が続いて北日本、東日本の太平洋側で日照時間が著しく少なく、特に8月の平均気温は北・東日本の日本海側・西日本・南西諸島を除いて関東・東北で記録的顕著な低温となり、平年より1 - 4℃以上低かった1993年や2003年と異なり米や夏野菜の極度の不足は見られなかったが、農作物不作による顕著な減収がみられたが、関東・東北で7月～8月末まで、[[1977年]]以来40年ぶり63日連続で長雨となりました。「久しぶりの寒い夏」「近年で珍しい穏やかな夏」などと呼ばれ、またこの年も冷夏となりやすいとされる、エルニーニョ現象が発生した。8月に入っても、熱帯夜、猛暑日、真夏日の日数は例年比較すると少なめで、盛夏としては比較的に凌ぎ易く、また[[おでん]]などの販売開始が前倒しになるなどの影響もあった。8月最終週ごろから顕著な低温で、9月に入っても台風の影響により猛暑日、真夏日、熱帯夜の日数がなく、全国平均でそれぞれ平年より2 - 5℃以上下回る穏やかな残暑であった。[[2010年代]]としては珍しい残暑がないと言われた。&lt;br /&gt;
;その他&lt;br /&gt;
[[1947年]]、[[1949年]]、[[1953年]]（北海道のみ）、[[1956年]]（北・東日本）、[[1966年]]（北・東日本のみ）、[[1973年]]（九州南部・南西諸島のみ）、[[1975年]]（沖縄県のみ）、[[1978年]]（南西諸島のみ）、[[1979年]]（九州・沖縄県のみ）、[[1984年]]（沖縄県のみ）、[[1985年]]（九州・南西諸島のみ）、[[1987年]]（九州・沖縄県のみ）、[[1988年]]（6月のみ）、[[1995年]]（沖縄県・6月のみ）、[[1996年]]（北日本のみ）、[[1997年]]（北海道・南西諸島のみ）、[[1998年]]（北日本のみ）、[[1999年]]（四国・九州・[[奄美]]のみ）、[[2000年]]（奄美・沖縄県のみ）、[[2001年]]（北海道のみ）、[[2007年]]（7月のみ、九州・南西諸島除く）、[[2014年]]（西日本のみ）、[[2015年]]（西日本のみ）、[[2016年]]（6月の北日本、8月の東日本の太平洋側のみ）、[[2018年]]（南西諸島のみ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====冷夏の周期性====&lt;br /&gt;
上記の通り、干支で酉年は冷夏になる確率が高いことがわかる。&lt;br /&gt;
どの年も全国平均で平年を0.35-1.32℃下回っており、特に1993年、2017年が著しかった。この原因ははっきり分かっていないが、約12年ごとの周期で、冷夏になりやすいメカニズムが働いている可能性もある。また観測史上一番の冷夏となるなど、内外ともに 暗い話題が続きす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==冷夏の頻度の変化==&lt;br /&gt;
[[1900年代]]から[[1910年代]]にかけては、全体的に夏の気温が著しく低く、毎年のように冷夏が続いていた。中でも[[1902年]]は気象庁の統計史上1位、[[1913年]]は同2位の記録的低温の夏であった。1993年は冷夏になることも多かったが、その後は激減し2003年を最後に全国的な冷夏はなくなった。[[地球温暖化]]が最も大きな要因として考えられるが、それだけでは全てを説明できず、他にもいくつかの要因が関連していると考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[猛暑]]&lt;br /&gt;
*[[暖冬]]&lt;br /&gt;
*[[寒冬]]&lt;br /&gt;
*[[暖春]]&lt;br /&gt;
*[[寒春]]&lt;br /&gt;
*[[暖秋]]&lt;br /&gt;
*[[寒秋]]&lt;br /&gt;
*[[やませ]]&lt;br /&gt;
*[[冷害]]&lt;br /&gt;
*[[豊作]]&lt;br /&gt;
*[[凶作]]&lt;br /&gt;
==出典・脚注==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/faq/faq3.html 冷夏・暖冬とは何ですか?（気象庁）]&lt;br /&gt;
*[http://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/db/longfcst/index.html 日本の地域平均気候データ（気象庁）]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:れいか}}&lt;br /&gt;
[[Category:夏]]&lt;br /&gt;
[[Category:気象災害]]&lt;br /&gt;
[[Category:夏の季語]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>61.213.215.164</name></author>	</entry>

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		<title>冷夏</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;61.213.215.164: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{先編集権主張|Fly gon}}&lt;br /&gt;
'''冷夏'''（れいか）とは[[平年値|平年]]に比べて[[気温]]の低い[[夏]]のことである。[[気象庁]]による3[[平年値#階級表現|階級表現]]で6月 - 8月の平均気温が「低い」に該当した場合の夏をいう。冷夏による影響は[[農産物|農作物]]の生産に強くあらわれ、農産品の不足や価格高騰を引き起こす。過去には[[飢饉]]を起こした例もあるが、[[先進国]]では農業技術の発達や農作物の[[品種改良]]に伴い大規模な飢饉は発生しなくなった。近年（平成以降）での全国的な冷夏は[[1993年]]など。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==冷夏の原因==&lt;br /&gt;
日本全体を見ると[[太平洋高気圧]]の勢力が弱く、[[梅雨前線]]が長く[[日本列島]]にとどまり、[[オホーツク海高気圧]]の勢力が強い年には冷夏となる傾向にある（全国冷夏型）。また、太平洋高気圧が西日本にまでは張り出すが、その勢力が弱い場合には北日本で冷夏となる傾向がある（北冷西暑型）。[[東北地方]]の冷夏は[[やませ]]と呼ばれる[[オホーツク海気団]]からの北東の冷たい風が吹くことによっても起こる。世界規模で[[異常気象]]を引き起こす[[エルニーニョ・南方振動|エルニーニョ現象]]の発生年は冷夏となる傾向が強く、この例としては[[1951年]]（北日本を除く）、[[1953年]]、[[1957年]]、[[1965年]]、[[1972年]]（北・東日本を除く）、[[1976年]]、[[1982年]]、[[1983年]]、[[1991年]]、[[2009年]]がある。しかし、[[1954年]]、[[1970年]]、[[1988年]]のように、猛暑になりやすいとされるラニーニャ現象が起きていた年でも、冷夏になったこともあれば、[[1992年]]、[[1997年]]、[[2002年]]のようにエルニーニョ現象が起きていたにも拘らず、猛暑になったこともあるので、一概には言えない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また[[太陽黒点|太陽の黒点]]活動の周期が冷夏の発生と一致するとの説もある。例えば、冷夏になった2009年は太陽黒点の数が、1913年以来の少なさを記録していた。しかし、翌年にあたる2010年もその状態が続いていたにも拘らず、観測史上2位の猛暑になったので、[[太陽活動]]の度合いに必ず一致するとは限らない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
火山噴火などで多量の[[エアロゾル]]（細かいちり）が空気中に放出され、そのエアロゾルが太陽放射を抑制する[[日傘効果]]で冷夏となるケースもある。[[1783年]]の[[天明の大飢饉]]、日本列島に米不足をもたらした[[1993年]]の記録的冷夏は[[ピナツボ火山]]噴火で発生したエアロゾルが太陽放射を遮ったために発生したとされている。1994年以降の日本で冷夏が激減している理由として、ピナツボ山以来は大規模な噴火が起きていないためではないか、という意見もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、著しい猛暑の翌年は冷夏になりにくいことが知られている。実際に、観測史上4位以内の猛暑になった1978年（+1.16℃、観測史上2位）、1994年（+1.46℃、同1位）、2010年（+1.06℃、同3位）、2011年（+0.88℃、同4位）の翌年に当たる、1979年（+0.22℃）、1995年（-0.05℃）、2010年（+0.88℃）、2012年（+0.55℃）はどの年も全国的な冷夏にならなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==気象庁における冷夏の基準==&lt;br /&gt;
*地域平均気温の平年差（[[1981年|1981]] - [[2010年]]の平年値による）&lt;br /&gt;
**'''[[北日本]]''' -0.6℃以下&lt;br /&gt;
**'''[[東日本]]''' -0.5℃以下&lt;br /&gt;
**'''[[西日本]]''' -0.2℃以下&lt;br /&gt;
**'''[[南西諸島]]''' -0.3℃以下&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==人の生活との関係==&lt;br /&gt;
その負の影響の最大は、前述したが[[農業]]に現れる。農業関係者以外への影響は、農作物の価格高騰・品不足などで現れる（[[野菜]]などでは夏のうちに、[[米]]などは[[秋]]以降 - 翌年の夏まで）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それ以外では日本の夏の行事や生活習慣の多くが[[梅雨|梅雨明け]]後の晴天を前提として行われることなどから、冷夏は多くの場合それへの支障とされる。[[衣類|衣料品]]の売り上げ減などがそれである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
冷夏自体は[[熱中症]]、[[日射病]]、[[食中毒]]などの夏の暑さによる健康障害を緩和する効果があるが、夏かぜなどのデメリットもある。日本の場合、冷夏は通常7・8月の日照不足や長雨を伴うことが多い（ただし冷夏の年=水害の多い・降雨量の多い年とは限らない）。特に[[北海道]]や東北地方においては[[冬]]が長く寒冷であることや低温の度合いが関東以西より大きいことなどもあいまって、直接の利害関係を持つ農業関係者以外からも強く忌避される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また冷夏年は前述の夏の暑さによる健康障害を緩和する効果があると思われやすいが、年によっては前述の健康障害の数が平年を上回ることがあり、暑夏年の健康障害の数を上回る（特に夏かぜ）ことすらあるため、冷夏の年=健康被害の少ない年とは限らない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[関東地方]]以西でも時折、冷夏は見られる。低温の度合いは北海道や東北地方よりも概して小さく冷夏でないときには夏は暑熱であることから歓迎する人もあるが、大勢は冷夏には否定的である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし[[映画]]興行など、夏のインドアレジャーには追い風となる傾向も見られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお冷夏年は日照不足となると思われやすいが、年によっては日照時間が平年を上回ることがあり、暑夏年の日照時間を上回る事すらあるため必ずしも日照時間が平年を下回るとは限らない。特に西日本では冷夏の年は気温が低いため、暑夏年に比べて対流活動が不活発化（地表付近が涼くなることによって、上空との温度差が小さくなる）して大気が不安定になりにくく雷雨や局地的な集中豪雨の発生が減る影響で日照時間が多くなることがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==過去の主な冷夏==&lt;br /&gt;
===世界===&lt;br /&gt;
;[[1816年]]&lt;br /&gt;
:'''[[夏のない年]]'''と呼ばれている。インドネシアの[[タンボラ山]]が大規模な噴火を起こしたことにより、地球規模で冷夏になり、特にヨーロッパ、北アメリカ、中国北部では[[飢餓]]により多くの[[餓死]]者が出た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===日本===&lt;br /&gt;
;[[1947年]]&lt;br /&gt;
:6月は平年より低くかったが、しかし7月以降は少雨となり暑い日が多かった。&lt;br /&gt;
;[[1949年]]&lt;br /&gt;
;[[1954年]]&lt;br /&gt;
:6月 - 7月にかけて北日本や東日本を中心に記録的な低温となり、気象庁の統計では戦後最も国内の平均気温の低かった。&lt;br /&gt;
;[[1969年]]&lt;br /&gt;
:全国的に平年を0.7-0.9℃ほど下回った。特に6月の気温が低かった。&lt;br /&gt;
;[[1974年]]&lt;br /&gt;
6月中旬・下旬にかけて、低気圧や梅雨前線の影響で西日本と中部地方、東北地方で大雨となり、浸水害や鉄砲水が発生した。7月に入ると、台風第8号が発達しながら北上し、沖縄県本島と宮古島の間を通過、東シナ海を北上後対馬海峡から日本海に進み、北海道の南西部付近で温帯低気圧になったが、この台風により南西諸島や九州地方では強風が吹き荒れた。さらに梅雨前線が活発となり、四国から関東地方南部にかけて大雨が続き、特に静岡県で大きな水害が起こった。7月中旬には前線と弱い熱帯低気圧などが要因で、九州・北陸・四国・中部各地方が多雨となり、特に熊本県で浸水や土砂災害が発生。7月下旬にも、紀伊半島から日本海に進んだ低気圧の影響で東海地方が大雨となり、浸水害が多発した。&lt;br /&gt;
;[[1976年]]&lt;br /&gt;
:梅雨明けは[[四国地方|四国]]、[[九州地方|九州]]、[[奄美地方|奄美]]、[[沖縄地方|沖縄]]地方で平年より遅かったほかはほぼ平年日前後だったが梅雨明け後も太平洋高気圧の勢力は弱く梅雨期から勢力の強かった[[オホーツク海高気圧]]が梅雨明け後も長く居座った影響で全国的に冷夏となり、曇りや雨の日が続いた。夏の平均気温は北・東・西日本で平年を1℃前後下回った。9月も顕著な低温で長雨の傾向が続き、全国的に農作物の不作に見舞われた。&lt;br /&gt;
;[[1977年]]&lt;br /&gt;
:6月は平年より暑い日が多く空梅雨だったが、7月以降は東京・東北では太平洋高気圧の勢力は弱く梅雨期から勢力の強かった[[オホーツク海高気圧]]が梅雨明け後も長く居座った影響で全国的に冷夏となり、東北・東京では62日連続で長雨が続いた。夏の平均気温は北・東日本の太平洋側で平年を3 - 5℃前後低かった。[[1993年]]や[[2003年]]と異なり米や野菜の極度の不足は見られなかったが、農作物の不作により見舞われた。&lt;br /&gt;
;[[1980年]]&lt;br /&gt;
:6月は平年より暑い日が多く空梅雨気味だったが、7月以降はオホーツク海高気圧が強まり[[太平洋高気圧]]が南海上へ後退、[[低気圧]]や[[前線]]が日本列島付近に停滞する状態が続いたため南西諸島を除き冷夏となった。特に8月の平均気温は南西諸島を除いた全国で記録的低温となり、平年より1 - 4℃以上低かった。[[1993年]]や[[2003年]]と異なり米や夏野菜の極度の不足は見られなかったが、農作物不作による顕著な減収がみられた。&lt;br /&gt;
;[[1981年]]&lt;br /&gt;
:6月はオホーツク海高気圧の勢力が強く北海道から沖縄にかけて低温となり、但し梅雨明け後は北日本から西日本で全国的に暑い日が多かった。&lt;br /&gt;
;[[1982年]]&lt;br /&gt;
:6月は梅雨入りが遅く記録的な少雨だったものの、7月になると[[梅雨前線]]が活発化して関東地方以西では一転して多雨傾向となった。梅雨明けも平年より大幅に遅れ関東地方、甲信地方及び東北地方では8月上旬までずれ込んだ。また東日本以西では7月の平均気温が平年より2℃前後低く、8月も引き続き低温傾向で夏型は長続きしなかった。7月下旬には[[長崎県]]を中心とした九州地方北部で記録的豪雨による甚大な災害が発生した（昭和57年7月豪雨）。詳しくは[[長崎大水害]]を参照。&lt;br /&gt;
;[[1983年]]&lt;br /&gt;
:[[オホーツク海高気圧]]の勢力が強かった影響で全国的に長梅雨・梅雨寒が続き、6月と7月は特に北日本で著しい低温となった。梅雨末期には梅雨前線の活動が活発化し、[[山陰地方]]に豪雨災害をもたらした。但し梅雨明け後は東北地方太平洋側から関東地方で天候不順気味だったほかは、全国的に晴れて暑い日が多かった。&lt;br /&gt;
;[[1986年]]&lt;br /&gt;
:7月はオホーツク海高気圧の勢力が強く北海道から中国地方にかけて低温となり、特に北日本や関東地方では平年を2 - 4℃以上下回る顕著な低温となった。8月になるとオホーツク海高気圧の勢力は弱まったものの太平洋高気圧の勢力も依然弱く、本州近海で[[熱帯低気圧]]が相次いで発生しやすかったため曇りや雨、雷雨となる日が多かった。1993年や2003年と異なり米や夏野菜の極度の不足は見られなかったが、農作物不作による顕著な減収や[[海水浴場]]などの観光客減少などの影響が出た。&lt;br /&gt;
;[[1989年]]&lt;br /&gt;
:6月の梅雨入り後から7月に掛けて冷たいオホーツク高気圧の影響で低温・日照不足が度重なり、北・東日本で水稲などの生育が遅れ気味となった。7月中旬には梅雨前線が北上し本州を横切り、九州～関東地方の各地で洪水・浸水・山側の崖崩れ、大雨や竜巻が生じたが、前線は南下して弱まり梅雨明けは平年並みだった。梅雨明け後、北日本では太平洋高気圧が覆い猛暑・少雨の影響で干害も生じたが、その他の地域では7月27日・8月6日・8月27日・9月19日と4回台風が日本へ上陸した事で、特に西・東日本の各地では集中豪雨・浸水被害が発生した。&lt;br /&gt;
;[[1991年]]&lt;br /&gt;
:この年は北陸地方と東北地方北部を除き梅雨明けは平年並みだったものの、8月に梅雨前線が東北地方から本州南岸まで南下したことにより南西諸島を除いて曇雨天と低温に見舞われた。このため北陸地方と東北地方北部の梅雨明けが8月14日ごろと大幅に遅れた。さらに各台風が大分・宮崎県へそれぞれ上陸して、西日本を中心に水害が相次いだ。9月中旬には秋雨前線が活発化して関東地方を中心に豪雨災害に見舞われて、各地の道路が浸水状態となった。&lt;br /&gt;
;[[1993年]]&lt;br /&gt;
:この年は記録的な冷夏により、「[[1993年米騒動]]」といわれる[[米|米不足]]になった。8月になっても梅雨前線が日本列島に停滞し、豪雨災害と関東地方以北では低温が顕著であった。1954年に次ぐ戦後2番目に平均気温の低い夏であり、[[南西諸島]]を除く地域で梅雨明けが特定されない異常な夏であった。特に低温だった7月と8月はオホーツク海高気圧の張り出しと前線による大雨と台風の影響を受け、平年を4度前後下回った。[[平成5年8月豪雨]]も参照。&lt;br /&gt;
;[[2002年]]&lt;br /&gt;
:この年は、6月は全国的に、7月は東日本以西で高温であったが、しかし8月に入ると発達したオホーツク海高気圧の影響を受けて南西諸島を除いて曇雨天と低温に見舞われた。さらに各台風が大分・宮崎県へそれぞれ上陸して、西日本を中心に水害が相次いだ。東北地方・関東地方を中心に[[やませ]]が発生した。さらに梅雨後半の前線の活発化などもあって、天候不順な夏という印象も大きい。南西諸島・奄美では夏期間を通じて高温が持続し、観測史上1位となる記録的な猛暑年となった。長雨による低温が続いた。また全国的に8月下旬から9月上旬は低温傾向に転じ、9月に入った途端で南西諸島を除き猛暑日、真夏日、熱帯夜がほぼなかったので、穏やかな残暑となり、[[2000年代]]以降では珍しく残暑が殆どない早い秋の訪れとなった。&lt;br /&gt;
;[[2003年]]&lt;br /&gt;
:10年ぶりの冷夏になったがその規模は1993年よりも小さかった。西日本から東北地方で梅雨明けが遅く、夏型は安定しなかった。米や夏野菜が不足した。年末にかけて野菜は例年の2倍を越える品も出るほど高騰したが、米は備蓄米などが効果を挙げて1993年ほどの影響は出なかった。特に7月の低温が顕著で北日本では平年を2.9℃、[[関東地方]]でも2.2℃下回るなど北海道から[[北部九州]]の広範囲で1 - 3℃平年を下回った。夏全体（6 - 8月）で見ても北日本で1.2℃、東日本では0.6℃、西日本では0.3℃平年を下回るなど北日本から西日本までの広い範囲で冷夏となった。全体的に雨も多く、この年から2日間開催となる予定だった[[全国高等学校野球選手権大会]]の[[準々決勝]]が従来通りの1日4試合開催となった（[[選抜高等学校野球大会]]も含め、3回戦までに3日以上順延すると1日4試合開催となる）。しかし、8月下旬から9月は平年よりも残暑が厳しかった。[[新潟市]]、静岡県[[浜松市]]、[[徳島市]]などでは9月としての最高気温を記録した。&lt;br /&gt;
;[[2009年]]&lt;br /&gt;
:この年は、梅雨明けが遅く日照時間も短かったこと、近年では珍しく残暑が厳しくなかったこと、2004年から2008年まで5年連続で猛暑が続いたこと、翌々々年（2012年）は観測史上1位、翌々年（2011年）は同4位、2010年8月も同3位の暑夏になったことなどから、冷夏のイメージをもつ人が少なくない。特に1994年以降は2003年を除いて猛暑に見舞われたことから、相対的に低く感じられたことも理由として挙げられる。「久しぶりの涼しい夏」「近年では珍しい穏やかな夏」などと呼ばれ、またこの年も冷夏になりやすいとされる、エルニーニョ現象が発生していた。8月に入っても、熱帯夜の日数は例年比較すると少なめで、盛夏としては過ごし易く、また[[おでん]]などの販売開始が前倒しになるなどの影響もあった。9月以降も全国平均でそれぞれ平年からは僅かに下回る、穏やかな残暑と成った。&lt;br /&gt;
;[[2017年]]&lt;br /&gt;
:この年は、梅雨明けが遅く関東・東北では日照時間もかなり短かったこと、近年では穏やかな残暑だったこと、6月は暑い日が多く空梅雨気味だったが、7月以降はオホーツク海高気圧が強まり太平洋高気圧が後退、[[低気圧]]や[[前線]]が日本列島付近に停滞する状態が続いて北日本、東日本の太平洋側で日照時間が著しく少なく、特に8月の平均気温は北・東日本の日本海側・西日本・南西諸島を除いて関東・東北で記録的顕著な低温となり、平年より1 - 4℃以上低かった1993年や2003年と異なり米や夏野菜の極度の不足は見られなかったが、農作物不作による顕著な減収がみられたが、関東・東北で7月～8月末まで、[[1977年]]以来40年ぶり63日連続で長雨となりました。「久しぶりの寒い夏」「近年で珍しい穏やかな夏」などと呼ばれ、またこの年も冷夏となりやすいとされる、エルニーニョ現象が発生した。8月に入っても、熱帯夜、猛暑日、真夏日の日数は例年比較すると少なめで、盛夏としては比較的に凌ぎ易く、また[[おでん]]などの販売開始が前倒しになるなどの影響もあった。8月最終週ごろから顕著な低温で、9月に入っても台風の影響により猛暑日、真夏日、熱帯夜の日数がなく、全国平均でそれぞれ平年より2 - 5℃以上下回る穏やかな残暑であった。[[2010年代]]としては珍しい残暑がないと言われた。&lt;br /&gt;
;その他&lt;br /&gt;
[[1947年]]、[[1949年]]、[[1953年]]（北海道のみ）、[[1956年]]（北・東日本）、[[1966年]]（北・東日本のみ）、[[1973年]]（九州南部・南西諸島のみ）、[[1975年]]（沖縄県のみ）、[[1978年]]（南西諸島のみ）、[[1979年]]（九州・沖縄県のみ）、[[1984年]]（沖縄県のみ）、[[1985年]]（九州・南西諸島のみ）、[[1987年]]（九州・沖縄県のみ）、[[1988年]]（6月のみ）、[[1995年]]（沖縄県・6月のみ）、[[1996年]]（北日本のみ）、[[1997年]]（北海道・南西諸島のみ）、[[1998年]]（北日本のみ）、[[1999年]]（四国・九州・[[奄美]]のみ）、[[2000年]]（奄美・沖縄県のみ）、[[2001年]]（北海道のみ）、[[2007年]]（7月のみ、九州・南西諸島除く）、[[2014年]]（西日本のみ）、[[2015年]]（西日本のみ）、[[2018年]]（南西諸島のみ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====冷夏の周期性====&lt;br /&gt;
上記の通り、干支で酉年は冷夏になる確率が高いことがわかる。&lt;br /&gt;
どの年も全国平均で平年を0.35-1.32℃下回っており、特に1993年、2017年が著しかった。この原因ははっきり分かっていないが、約12年ごとの周期で、冷夏になりやすいメカニズムが働いている可能性もある。また観測史上一番の冷夏となるなど、内外ともに 暗い話題が続きす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==冷夏の頻度の変化==&lt;br /&gt;
[[1900年代]]から[[1910年代]]にかけては、全体的に夏の気温が著しく低く、毎年のように冷夏が続いていた。中でも[[1902年]]は気象庁の統計史上1位、[[1913年]]は同2位の記録的低温の夏であった。1993年は冷夏になることも多かったが、その後は激減し2003年を最後に全国的な冷夏はなくなった。[[地球温暖化]]が最も大きな要因として考えられるが、それだけでは全てを説明できず、他にもいくつかの要因が関連していると考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[猛暑]]&lt;br /&gt;
*[[暖冬]]&lt;br /&gt;
*[[寒冬]]&lt;br /&gt;
*[[暖春]]&lt;br /&gt;
*[[寒春]]&lt;br /&gt;
*[[暖秋]]&lt;br /&gt;
*[[寒秋]]&lt;br /&gt;
*[[やませ]]&lt;br /&gt;
*[[冷害]]&lt;br /&gt;
*[[豊作]]&lt;br /&gt;
*[[凶作]]&lt;br /&gt;
==出典・脚注==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/faq/faq3.html 冷夏・暖冬とは何ですか?（気象庁）]&lt;br /&gt;
*[http://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/db/longfcst/index.html 日本の地域平均気候データ（気象庁）]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:れいか}}&lt;br /&gt;
[[Category:夏]]&lt;br /&gt;
[[Category:気象災害]]&lt;br /&gt;
[[Category:夏の季語]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>61.213.215.164</name></author>	</entry>

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		<title>ネグレクト</title>
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				<updated>2019-06-15T22:10:11Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;61.213.215.164: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ネグレクト'''とは、本来英語で「無視すること」を意味するが、日本では主に保護者などが子供や高齢者・病人などに対して、必要な世話や配慮およびその義務を怠ることを指す。[[児童虐待]]、[[高齢者虐待]]のひとつ。子どもに対するそれは'''育児放棄'''（いくじほうき）ともいう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
自らの実子、特に自立性や自救能力が低く、幼児や低年齢児童の養育を著しく怠ることを指す場合が多い。具体的には食事や衣服の供与、排泄物や廃棄物の除去を適切に行わない、長時間の保護放棄などがあり、しばしば[[虐待]]を伴う。その結果、子供は心身の正常な発達を妨げられ、最悪の場合死に至ることもある。また生存し、その後成人しても殺人や強盗などの凶悪犯に走るケースも少なくない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
積極的に実子を殺す間引きなどの[[子殺し]]とは区別される。チンパンジー、ニホンザル、ゾウ、トラ、ネズミ、ペンギン、ペリカン、フクロウなど他の哺乳類や鳥類にも広く認められている。環境悪化などによるハチ・アリ類の育児放棄や甲殻類の抱卵の途中放棄、植物の落果現象なども含めるとするならば、生物界全体に広く認められる現象である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現代社会においてネグレクト（育児放棄）と言われる現象は'''積極的ネグレクト'''と'''消極的ネグレクト'''の2つに分けられる。前者の「積極的ネグレクト」は、親に養育の知識や経済力の不足など、子供を育てられない明確な理由がないのに育児を放棄することであり、後者の「消極的ネグレクト」は、親の経済力が不足していたり、精神的疾患を抱えている、知的な障害があるなどの理由で育児ができないことを指す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本では[[刑法 (日本)|刑法]]第217条の遺棄・第218条の保護責任者遺棄等・第219条の遺棄等致死傷の上で扱われ、放置された側がそれで負傷ないし死亡した場合に、その放置を行った側が処罰される対象となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事例 ==&lt;br /&gt;
例えば、過去の事例では以下のようなケースが典型的である。&lt;br /&gt;
*充分な[[食事]]を与えない&lt;br /&gt;
*病気になっても病院に受診させない&lt;br /&gt;
*暑い日差しの中、駐車場の車内への放置&lt;br /&gt;
:日本でも3～4月の天候下で[[熱中症]]による死亡事例も発生している。&lt;br /&gt;
*防寒に充分な着衣を着けさせず、寒冷な外気に晒す&lt;br /&gt;
:過去には冬季に濡れた下着だけでアパートのベランダに放置された児童が[[低体温症]]で死亡した事例がある。&lt;br /&gt;
*下着など不潔なまま放置する。&lt;br /&gt;
*子供が自発的に「学校、保育園、保育所・幼稚園に行きたい」と希望しているにもかかわらず、通学させない。&lt;br /&gt;
*暑い日差しの中、駐車場の車内への放置。または、パチンコなどの娯楽に興じ、育児を放棄する。日本でも3～4月の天候下で熱中症による死亡事例も発生している。子供を保育所・民間学童保育や親戚などに預けさえすればパチンコ店に入店してよいことになるため、子どもを預け、パチンコ店などに入店させない場合でもネグレクトを引き起こす要因になり得る。 &lt;br /&gt;
*親がパチンコに興じ、目を離した隙に子供が誘拐・殺害された事件も発生している（北関東連続幼女誘拐殺人事件など）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*防寒に充分な着衣を着けさせず、寒冷な外気に晒す。冬季に濡れた下着だけでアパートのベランダに放置された児童が低体温症で死亡した事例がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また日本では[[義務教育]]制度があるが、就学年齢に達した児童を学校にも通わせず、[[自宅軟禁]]とみなされかねないよう放置することも、広義では育児放棄とされる。その際に、該当する被保護者が保護者以外に頼れる相手が社会にいない場合は、他に行く当てがないために、その状況から逃げ出すこともできないので、実質的な[[監禁]]状態であるともみなされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===治安と放置===&lt;br /&gt;
欧米では特に[[誘拐]]などの犯罪も起きやすい事情もあって、児童を遅くまで戸外で遊ばせていたり、子供を車に残したまま[[コンビニエンスストア|コンビニ]]で買物をしていても問題視され、場合によっては[[警察官]]に注意を受けたり逮捕される可能性がある。実際アメリカでは、11歳以下の子供を保護者の監督のない状態（留守番や日本の「[[カギっ子]]」状態）に置くこと自体が違法とされている。買い物に来た日本人夫婦が駐車場に停めた車の中に子供を待たせてスーパーマーケットに入ったところ、それを目撃した別の買い物客に通報された例や、ホテルの部屋に子供を残し外出したところをハウスキーピング係に通報され、逮捕・起訴・有罪となった例まである。日本では小学生以下の子供単独でおつかいをさせ、あるいは買い物をさせることも普通にあるが、これもアメリカでは違法行為である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
従来の日本では治安が行き届いているとみられていたために、かつては児童等が一人で[[遊び場|児童公園]]などで遊んでいてもあまり問題視されなかったが、1980年代後半頃から現在に至るまで、児童を付け狙う変質者の起こす事件の存在が[[マスメディア]]や[[ユビキタス社会]]の発展などにより体感的に顕在化した事情もあって、近年では保護者が子供を遅くまで戸外で遊ばせて顧みない行為を問題視する風潮もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連する作品==&lt;br /&gt;
2004年カンヌ映画祭で[[柳楽優弥]]が主演男優賞を取った映画「[[誰も知らない]]」の中の母親のような行為もネグレクトに当たる。なお同映画に関しては、これの題材と成った[[巣鴨子供置き去り事件]]の項も参照のこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==参考書籍==&lt;br /&gt;
*『ネグレクト 育児放棄―真奈ちゃんはなぜ死んだか』杉山春 小学館　ISBN 4093895848&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[大阪2児餓死事件]]&lt;br /&gt;
*[[西淀川区女児虐待死事件]]&lt;br /&gt;
*[[児童虐待の防止等に関する法律]]&lt;br /&gt;
*[[高齢者の虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律]]   &lt;br /&gt;
*[[永山則夫]] - 連続殺人事件の犯人。子供時代ネグレクトの被害者で、事件を起こした時点でほとんど読み書きができなかったが、後に独学で学問を身につけて作家となり、新日本文学賞を受賞。その後死刑となった。   &lt;br /&gt;
*[[機能不全家族]]&lt;br /&gt;
*[[食育]] - [[孤食]]&lt;br /&gt;
*[[子どもの権利条約]]&lt;br /&gt;
*[[精神科医]]&lt;br /&gt;
*[[小児科医]]&lt;br /&gt;
*[[臨床心理士]]&lt;br /&gt;
*[[養護教諭]]&lt;br /&gt;
*[[スクールカウンセラー]]&lt;br /&gt;
*[[実践倫理宏正会]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{嫌がらせ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ねくれくと}}&lt;br /&gt;
[[Category:虐待]]&lt;br /&gt;
[[Category:育児]]   &lt;br /&gt;
[[Category:児童福祉]]&lt;br /&gt;
[[Category:教育問題]]&lt;br /&gt;
[[Category:高齢者]]&lt;br /&gt;
[[Category:貧困]]&lt;/div&gt;</summary>
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