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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<title>UFJつばさ証券</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;58.95.47.110: 三菱UFJモルガン・スタンレー証券&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;#REDIRECT [[三菱UFJモルガン・スタンレー証券]]&lt;/div&gt;</summary>
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		<title>国際証券</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;58.95.47.110: 三菱UFJモルガン・スタンレー証券&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;#REDIRECT [[三菱UFJモルガン・スタンレー証券]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>58.95.47.110</name></author>	</entry>

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		<title>三菱証券</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;58.95.47.110: 三菱UFJモルガン・スタンレー証券&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;#REDIRECT [[三菱UFJモルガン・スタンレー証券]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>58.95.47.110</name></author>	</entry>

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		<title>つばさ証券</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;58.95.47.110: 三菱UFJモルガン・スタンレー証券&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;#REDIRECT [[三菱UFJモルガン・スタンレー証券]]&lt;/div&gt;</summary>
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		<title>三菱UFJ証券</title>
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				<updated>2010-04-26T11:39:00Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;58.95.47.110: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{基礎情報 会社&lt;br /&gt;
|社名 = 三菱UFJ証券株式会社&lt;br /&gt;
|英文社名 = Mitsubishi UFJ Securities Co., Ltd.&lt;br /&gt;
|ロゴ =&lt;br /&gt;
|種類 = [[株式会社]]&lt;br /&gt;
|市場情報 =&lt;br /&gt;
|略称 = 三菱証券&lt;br /&gt;
|国籍 = {{JPN}}&lt;br /&gt;
|郵便番号 = 100-6317&lt;br /&gt;
|本社所在地 = [[東京都]][[千代田区]]丸の内二丁目4番1号&lt;br /&gt;
|電話番号 = 03-6213-8500&lt;br /&gt;
|設立 = [[1948年]]（昭和23年）3月4日&amp;lt;br /&amp;gt;（八千代證券株式会社）&lt;br /&gt;
|業種 = 7100&lt;br /&gt;
|事業内容 = 有価証券の売買等および売買等の委託の媒介等&lt;br /&gt;
|代表者 = 会長兼CEO 五味康昌&amp;lt;br /&amp;gt; 取締役社長 秋草史幸&lt;br /&gt;
|資本金 = 655億18百万円&amp;lt;br /&amp;gt;（2009年3月31日現在）&lt;br /&gt;
|発行済株式総数 = 7億1698万5496株&amp;lt;br /&amp;gt;（2009年3月31日現在）&lt;br /&gt;
|売上高 = 連結：5,340億円&amp;lt;br /&amp;gt;単独：2,550億円&amp;lt;br /&amp;gt;（[[2008年]][[3月]]期）&lt;br /&gt;
|総資産 = 連結：19兆1,902億円&amp;lt;br /&amp;gt;単独：9兆9,860億円&amp;lt;br /&amp;gt;（2008年3月期）&lt;br /&gt;
|従業員数 = 単独：6,732名&amp;lt;br /&amp;gt;（2009年3月31日現在）&lt;br /&gt;
|決算期 = 3月31日&lt;br /&gt;
|主要株主 = 株式会社[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]] 100%&lt;br /&gt;
|主要子会社 = MUハンズオンキャピタル株式会社&amp;lt;br /&amp;gt;MUSファシリティサービス株式会社&amp;lt;br /&amp;gt;MUS情報システム株式会社&amp;lt;br /&amp;gt;MUSビジネスサービス株式会社&lt;br /&gt;
|関係する人物 =&lt;br /&gt;
|外部リンク = [http://www.sc.mufg.jp/ http://www.sc.mufg.jp/]&lt;br /&gt;
|特記事項 = 過去に[[三菱UFJ証券顧客情報売却事件|顧客情報流出事件]]を起こした証券会社。&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''三菱UFJ証券'''株式会社（みつびしユーエフジェイしょうけん、[[英語|英称]]：''Mitsubishi UFJ Securities Co., Ltd.''）は日本の証券会社である。株式会社[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]の子会社。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
店舗数は103店&amp;lt;ref&amp;gt;[[2010年]]4月26日現在。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
キャッチフレーズは、「大切なものを、あなたと」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
=== 国際証券のグループ入り ===&lt;br /&gt;
前身である国際証券時代は[[野村證券]]系の会社（子会社ではない）であった。[[wiki:バブル経済|バブル]]崩壊後、証券会社が最も苦しんだ[[1997年]]-[[1998年]]ごろ、国際証券は投資信託の販売が絶好調で、親会社より株価が高いという現象がみられた（野村證券が800円台の時代、国際証券は1100円台をつけていた）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これをこころよく思わなかった野村證券上層部と、[[wiki:日興コーディアル証券|日興證券]]の[[三菱グループ]]離脱に伴ってグループ内の証券業部門に空白を生じていた当時の[[東京三菱銀行]]（現在の[[三菱東京UFJ銀行]]）との利害が一致し、野村證券が保有する国際証券株式を東京三菱銀行に譲渡させ、同行の子会社&amp;lt;ref&amp;gt;現在の[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]の一員&amp;lt;/ref&amp;gt;となる。この一連の国際証券の三菱グループ入りにあたっては、国際証券内部に大きな軋轢を生じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 三菱証券の発足 ===&lt;br /&gt;
三菱東京フィナンシャルグループが発足した2001年に、「国際証券」と東京三菱銀行が金融ビッグバン時代に設立させたリテール証券の「東京三菱パーソナル証券」「東京三菱TDウォーターハウス証券」、三菱銀行の子会社として設立していた「東京三菱証券（旧：三菱ダイヤモンド証券）」、三菱信託銀行と親密であった「一成証券」の経営統合を発表。2002年10月1日に合併のうえ「'''三菱証券'''」が発足。かつての日興證券に代わりうる三菱グループの総合証券会社として誕生した。MTFGでは[[三菱信託銀行]]でしか使われていなかったスリーダイヤをシンボルマークとした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== UFJつばさ証券との合併 ===&lt;br /&gt;
2005年10月、[[wiki:三菱東京フィナンシャルグループ|MTFG]]と[[wiki:UFJホールディングス|UFJ]]が経営統合し[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]となるのに伴い、UFJ系のUFJつばさ証券（ユニバーサル証券・太平洋証券・東和証券・第一證券）と合併し、現在の'''三菱UFJ証券'''となる。なお、[[三菱UFJ信託銀行]]も予定通り同日に合併し発足したが、中核の[[三菱東京UFJ銀行]]についてはシステム対策に万全を尽くすため2006年1月1日発足へ合併が延期されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 現況 ===&lt;br /&gt;
[[2007年]]9月30日に、株式交換によって三菱UFJフィナンシャル・グループの完全子会社となって上場廃止となる。&lt;br /&gt;
現在、同じ持ち株会社の傘下にある三菱東京UFJ銀行、三菱UFJ信託銀行との共同店舗であるMUFGプラザ（旧：MTFGプラザ）の出店を進めている。銀行の顧客基盤を活かしたアプローチにより、投資信託や国債などの販売額の伸びが顕著である。また、アジア地域の有力金融機関との提携を積極化したりと、投資銀行業務に力を注いでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
合併以降、旧三菱証券会長だった五味康昌が会長兼CEOを務め（当初、旧三菱証券社長は副会長となっていたが、その後退任し現在は空席）、社長は旧[[東海銀行]]出身者が歴代務めてきたが、2008年に、三菱銀行出身の秋草史幸が副社長から昇格したため、いわゆる旧社間のたすきがけが崩れている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年に旧UFJつばさ証券出身のシステム担当社員が顧客情報を名簿屋に売却した[[三菱UFJ証券顧客情報売却事件]]が発覚。顧客離れの懸念がなされた。&lt;br /&gt;
=== モルガン・スタンレーとの統合 ===&lt;br /&gt;
[[2009年]]3月26日、モルガン・スタンレーの日本法人であるモルガン・スタンレー証券と合併することで合意したと正式に発表した&amp;lt;ref name=&amp;quot;news&amp;quot;&amp;gt;{{Cite news&lt;br /&gt;
| url = http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20090327AT2C2601L26032009.html&lt;br /&gt;
| title = 三菱UFJと米モルガン、証券統合を発表&lt;br /&gt;
| newspaper = 日本経済新聞&lt;br /&gt;
| date = 2009-03-27&lt;br /&gt;
| accessdate = 2009-04-13&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。この発表では、2010年3月末に、三菱UFJ60%、モルガン・スタンレー40%出資の合弁会社となる予定であった。その後、2009年11月19日の三菱UFJフィナンシャルグループの中間決算発表にて、統合計画を2社体制に見直すことが発表された&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite news&lt;br /&gt;
| url = http://www.nikkei.co.jp/news/main/20091117AT2C1701B17112009.html&lt;br /&gt;
| title = 三菱UFJとモルガン、証券子会社の統合計画見直し&lt;br /&gt;
| newspaper = 日本経済新聞&lt;br /&gt;
| date = 2009-11-18&lt;br /&gt;
| accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まず、三菱UFJ証券が12月上旬に三菱UFJ証券分割準備株式会社を設立し、2010年4月1日に会社分割を行い、中間持株会社・'''[[三菱UFJ証券ホールディングス]]株式会社'''となり、三菱UFJ証券分割準備株式会社が（新）三菱UFJ証券株式会社となる&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite press release&lt;br /&gt;
| title = 三菱UFJ証券株式会社による分割準備会社の設立と中間持株会社制への移行について&lt;br /&gt;
| publisher = 三菱UFJフィナンシャル・グループ&lt;br /&gt;
| date = 2009-11-18&lt;br /&gt;
| format = PDF&lt;br /&gt;
| url = http://www.mufg.jp/data/current/pressrelease-20091118-003.pdf&lt;br /&gt;
| accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
その後、[[2010年]]5月1日に、（新）三菱UFJ証券株式会社の事業とモルガン・スタンレー証券株式会社のインベストメントバンキング部門を統合し、'''三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社'''となる（三菱UFJ60%、モルガン・スタンレー40%出資）。また、モルガン・スタンレー証券株式会社のセールス・アンド・トレーディング部門に、三菱UFJが出資し、'''[[モルガン・スタンレーMUFG証券]]株式会社'''となる（三菱UFJ49%、モルガン・スタンレー51%出資）&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite press release&lt;br /&gt;
| title = 株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループとモルガン・スタンレーの日本における証券会社の統合について&lt;br /&gt;
| publisher = 三菱UFJフィナンシャル・グループ&lt;br /&gt;
| date = 2009-11-18&lt;br /&gt;
| format = PDF&lt;br /&gt;
| url = http://www.mufg.jp/data/current/pressrelease-20091118-004.pdf&lt;br /&gt;
| accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革 ==&lt;br /&gt;
* 1926年（大正15）[[10月1日]] - 株式會社加賀商店創業。&lt;br /&gt;
* 1944年（昭和19） - 株式會社加賀商店が、商号を加賀證券株式會社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1945年]]（昭和20）3月28日 - 南旺証券株式会社設立。&lt;br /&gt;
* [[1948年]]（昭和23）3月4日 - 八千代證券株式会社設立。&lt;br /&gt;
* [[1949年]]（昭和24） - 南旺証券株式会社が商号を鈴や証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1952年]]（昭和27） - 鈴や証券株式会社が商号を鈴一証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* 1953年（昭和28） - 鈴一証券株式会社が商号を一成証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1969年]]（昭和44） - 加賀證券株式会社が商号を菱光証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1981年]]（昭和56）10月 - 八千代證券株式会社が光亜証券株式会社及び野村證券投資信託販売株式会社と合併し、商号を国際証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1987年]]（昭和62）5月1日 - 国際証券株式会社が東京証券取引所、大阪証券取引所及び名古屋証券取引所のそれぞれの市場第二部に上場。&lt;br /&gt;
* [[1989年]]（平成元） - 国際証券株式会社が東京証券取引所、大阪証券取引所及び名古屋証券取引所のそれぞれの市場第一部に指定。&lt;br /&gt;
* [[1994年]]（平成6）10月19日 - 三菱ダイヤモンド証券株式会社設立。&lt;br /&gt;
* [[1996年]]（平成8） - 三菱ダイヤモンド証券株式会社が商号を東京三菱証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1999年]]（平成11）4月 - 菱光証券株式会社が大七証券株式会社と合併し、商号を東京三菱パーソナル証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* 1999年（平成11）7月 - 東京三菱証券株式会社が三菱信証券株式会社から営業の全部を譲り受ける。&lt;br /&gt;
* [[2002年]]（平成14）[[9月1日]] - 国際証券株式会社が東京三菱証券株式会社、東京三菱パーソナル証券株式会社及び一成証券株式会社を合併し、商号を'''三菱証券株式会社'''に変更。&lt;br /&gt;
* [[2005年]]（平成17）10月 - UFJつばさ証券株式会社（登記上はユーエフジェイつばさ証券株式会社）を合併し、商号を'''三菱UFJ証券株式会社'''に変更。名称から「つばさ」が外れる。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]（平成19）1月 - 2005年に常務取締役が世間に公表されていない情報を得て株を不正購入したため、金融庁から業務改善命令を受ける。&lt;br /&gt;
* 2007年（平成19）4月 - 三菱UFJリサーチ&amp;amp;コンサルティング投資調査部を当社に移管し、景気循環研究所を設置。&lt;br /&gt;
* 2007年（平成19）9月 - 三菱UFJフィナンシャル・グループの完全子会社となり、上場廃止。&lt;br /&gt;
* 2010年4月 - 会社分割を行い、中間持株会社・'''[[三菱UFJ証券ホールディングス]]株式会社'''となり、子会社を（新）三菱UFJ証券株式会社とする（予定）。&lt;br /&gt;
* 2010年5月 - モルガン・スタンレーの日本法人と経営統合し、'''三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社'''と'''[[モルガン・スタンレーMUFG証券]]株式会社'''となる（予定）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 子会社 ==&lt;br /&gt;
; カブドットコム証券&lt;br /&gt;
: 旧[[UFJ]]系。[[2006年]][[1月1日]]付けで旧MTFG系のMeネット証券を吸収合併。&lt;br /&gt;
: 三菱UFJグループ関係では珍しく旧UFJ系列の会社が存続会社となった。&lt;br /&gt;
; MUS情報システム株式会社&lt;br /&gt;
: 2006年10月30日付けで国際ビジネス・アンド・システムサービス株式会社から社名変更。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著名な研究員等（現職者・出身者） ==&lt;br /&gt;
* 水野和夫 - チーフエコノミスト&lt;br /&gt;
* 嶋中雄二 - 景気循環研究所長、元三菱UFJリサーチ&amp;amp;コンサルティング投資調査部長&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 顧客情報流出事件 ==&lt;br /&gt;
{{Main|三菱UFJ証券顧客情報売却事件}}&lt;br /&gt;
[[2009年]][[4月]]、[[個人情報|個人顧客情報]]が同社システム部の元部長代理（事件発覚後に懲戒解雇処分）によって、同社の顧客情報のほぼ全員分に当たる約149万人の顧客情報が不正に持ち出され、うち4万9000人分の顧客情報が3社の名簿業者に売却されていたことが発覚した。警察の任意の取り調べに対して元部長代理は他の社員のID等を利用して不正アクセスを行い顧客データサービスにアクセスして名簿業者にメールでデータ送信したと供述しており、[[wiki:不正アクセス行為の禁止等に関する法律|不正アクセス行為の禁止等に関する特別措置法]]違反容疑で立件方針。その後の社内調査の結果、流出した顧客情報はは少なくとも96社に転売されたことが判明した&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite news&lt;br /&gt;
|url = http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090625-OYT1T00613.htm&lt;br /&gt;
|title = 三菱UFJ証券の流出顧客情報、70社が回収に応じず&lt;br /&gt;
|newspaper = [[読売新聞]]&lt;br /&gt;
|date = 2009-06-25&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。日本証券業協会などから証券マンとしてあるまじき行為として、規律委員会の開催を示唆した上で法人取引の制限の検討中である。2009年6月、システム部元部長代理がアクセス禁止法違反などで警視庁によって逮捕された。なお、元部長代理が不正アクセスの際に利用した同僚のIDは、本来、この同僚が他部署に異動した際に削除されているはずのものであり、同社の杜撰な管理体制が露呈した形となった。[[2009年]]6月25日、金融庁は、内部管理体制が不十分であるとして、三菱UFJ証券に対して業務改善命令を出した&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite news&lt;br /&gt;
|author = 中井奨&lt;br /&gt;
|url = http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20090626/332643/&lt;br /&gt;
|title = 「内部管理態勢が不十分」、金融庁が三菱UFJ証券に業務改善命令&lt;br /&gt;
|newspaper = ITpro&lt;br /&gt;
|publisher = 日経BP社&lt;br /&gt;
|date = 2009-06-26&lt;br /&gt;
|accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== CM ==&lt;br /&gt;
2010年現在、松たか子が出演している。&lt;br /&gt;
=== 過去の出演者 ===&lt;br /&gt;
* '''国際証券''' - 田中陽子（1991年）、須永慶（2001年）&lt;br /&gt;
* '''三菱証券''' - 巻上公一（2004年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]&lt;br /&gt;
* [[三菱UFJ証券顧客情報売却事件]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.sc.mufg.jp/ 三菱UFJ証券]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;background-color:red&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三菱グループ]]&lt;br /&gt;
|&amp;lt;table border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;margin:1em auto; font-size:smaller; width:90%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|食料品 = '''キリンホールディングス'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|パルプ・紙・繊維 = '''三菱製紙''' - '''三菱レイヨン'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|建設 = '''ピーエス三菱'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|化学 = '''三菱化学''' - '''三菱ガス化学''' - '''三菱樹脂''' - 大日本塗料&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|ガラス・窯業 = '''旭硝子'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|石油・原子力 = '''新日本石油''' - 三菱原子燃料&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|鉄鋼 = '''三菱製鋼'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|非鉄金属 = '''三菱マテリアル''' - '''三菱電線工業''' - '''三菱アルミニウム'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|機械 = '''三菱化工機''' - '''[[三菱重工業]]''' - キャタピラージャパン - 東洋製作所&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|輸送用機械 = '''[[三菱自動車工業]]''' - '''[[三菱ふそうトラック・バス]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|電気機器 = '''[[三菱電機]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|精密機器 = '''ニコン''' - 三菱プレシジョン&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|商社 = '''[[三菱商事]]''' - 菱食 - アストモスエネルギー&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|金融 = '''[[三菱東京UFJ銀行]]''' - '''三菱UFJ証券''' - '''[[三菱UFJ信託銀行]]''' - 三菱オートリース - 三菱UFJニコス - 三菱UFJリース&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|保険 = '''東京海上日動火災保険''' - '''明治安田生命保険'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|不動産 = '''三菱地所'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|運輸・倉庫 = '''三菱倉庫''' - '''日本郵船''' - 三菱鉱石輸送&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|情報・通信 = '''三菱総合研究所''' - 三菱スペース・ソフトウエア - アイ・ティ・フロンティア&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|関連項目 = 三菱財閥 - 岩崎家 - [[三菱UFJフィナンシャル・グループ]] - [[三菱UFJ証券ホールディングス]] - 東京海上ホールディングス - 三菱ケミカルホールディングス - 新日紘ホールディングス&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|備考 = ※太字は[[三菱グループ#三菱金曜会|三菱金曜会（三菱グループの社長会）]]メンバー。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
&amp;lt;/table&amp;gt;&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:みつひしゆうえふしえいしようけん}}&lt;br /&gt;
[[Category:三菱UFJフィナンシャル・グループ|しようけん]]&lt;br /&gt;
[[Category:三菱グループ|しようけん]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Mitsubishi UFJ Securities]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>58.95.47.110</name></author>	</entry>

	<entry>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;58.95.47.110: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&amp;lt;!--画像の横幅は360px以内で--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;gallery caption=&amp;quot;注目の画像&amp;quot; widths=&amp;quot;74px&amp;quot; heights=&amp;quot;80px&amp;quot; perrow=&amp;quot;3&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
画像:西野翔　3.jpg|[[西野翔]]&lt;br /&gt;
画像:石原莉奈　1.jpg|[[石原莉奈]]&lt;br /&gt;
画像:吉崎直緒　12.jpg|[[吉崎直緒]]&lt;br /&gt;
画像:伊東怜　15.jpg|[[伊東怜]]&lt;br /&gt;
画像:妹岳なつめ　2.jpg|[[妹岳なつめ]]&lt;br /&gt;
画像:蓮美ゆい　1.jpg|[[蓮美ゆい]]&lt;br /&gt;
画像:Kentaro Noda.jpg|野田憲太郎&lt;br /&gt;
画像:アンタレス　1.jpg|[[アンタレス]]&lt;br /&gt;
画像:チアガール　28.jpg|[[チアガール]]&lt;br /&gt;
画像:村上綾歌　4.jpg|[[村上綾歌]]&lt;br /&gt;
画像:倉科　1.jpg|[[倉科カナ]]&lt;br /&gt;
画像:平野　5.jpg|[[平野綾]]&lt;br /&gt;
画像:小池　8.jpg|[[小池里奈]]&lt;br /&gt;
画像:さあや　27.jpg|[[紗綾]]&lt;br /&gt;
画像:エマ・ワトソン　1.jpg|[[エマ・ワトソン]]&lt;br /&gt;
画像:夏帆　27.jpg|[[夏帆]]&lt;br /&gt;
画像:杉原杏璃　8.jpg|[[杉原杏璃]]&lt;br /&gt;
画像:綾瀬はるか　16.jpg|[[綾瀬はるか]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/gallery&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>58.95.47.110</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%89%B5%E6%96%B0%E5%85%9A&amp;diff=86365</id>
		<title>日本創新党</title>
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				<updated>2010-04-26T11:16:51Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;58.95.47.110: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''日本創新党'''（にっぽんそうしんとう）は、[[2010年]]4月18日に、「よい国つくろう！日本志民会議」を母体として結成された政治団体&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100418-OYT1T00433.htm 現役首長らが新党「日本創新党」を結成（読売新聞）]&amp;lt;/ref&amp;gt;。政党助成法の政党要件を満たしていないため、現在は政治団体である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
[[2010年]]の第22回参議院議員通常選挙で選挙区・比例区に候補者を樹立する方針である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
山田宏・東京都杉並区長、中田宏・前横浜市長、斎藤弘・前山形県知事ら、現役の首長と首長経験者は18日、新党「日本創新党」を結成し、都内で記者会見を開いた。党首に就任した山田氏は、「日本を根こそぎ改革したい。自由で力強い日本を目指し、国家、地方、国民の自立を基本目標としたい」と述べた。代表幹事には中田氏、政策委員長には斎藤氏が就任した。夏の参院選について山田氏は、「10人以上の候補者を選挙区、比例選に擁立していきたい」と述べ、目標議席数を「5議席以上、できれば5議席から10議席」とした。候補者の公募も行うという。新党の母体は、中田氏らが昨年10月に設立した政治団体「よい国つくろう！日本志民会議」の首長、首長経験者24人で作る政治委員会（委員長・山田氏）。新党は、国会議員の参加がなく、政党助成法の政党要件は満たしていない。山田、中田、斎藤の3氏は、4月10日発売の月刊誌「文芸春秋」への寄稿で「反民主党」の立場を鮮明にし、国会・地方議員の半減、公務員の大幅減、構造改革路線による財政転換、経済成長のための法人税引き下げなどを掲げている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 党幹部 ==&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
!colspan=&amp;quot;2&amp;quot; |党首&lt;br /&gt;
|山田宏&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!colspan=&amp;quot;2&amp;quot; |代表幹事&lt;br /&gt;
|中田宏&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!colspan=&amp;quot;2&amp;quot; |政策委員長&lt;br /&gt;
|齋藤弘&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.nippon-soushin.jp/ 公式サイト]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:につほんそうしんとう}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の政治団体]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>58.95.47.110</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%89%E8%8F%B1UFJ%E8%A8%BC%E5%88%B8&amp;diff=86361</id>
		<title>三菱UFJ証券</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%89%E8%8F%B1UFJ%E8%A8%BC%E5%88%B8&amp;diff=86361"/>
				<updated>2010-04-26T10:57:37Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;58.95.47.110: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{基礎情報 会社&lt;br /&gt;
|社名 = 三菱UFJ証券株式会社&lt;br /&gt;
|英文社名 = Mitsubishi UFJ Securities Co., Ltd.&lt;br /&gt;
|ロゴ =&lt;br /&gt;
|種類 = [[株式会社]]&lt;br /&gt;
|市場情報 =&lt;br /&gt;
|略称 = 三菱証券&lt;br /&gt;
|国籍 = {{JPN}}&lt;br /&gt;
|郵便番号 = 100-6317&lt;br /&gt;
|本社所在地 = [[東京都]][[千代田区]]丸の内二丁目4番1号&lt;br /&gt;
|電話番号 = 03-6213-8500&lt;br /&gt;
|設立 = [[1948年]]（昭和23年）3月4日&amp;lt;br /&amp;gt;（八千代證券株式会社）&lt;br /&gt;
|業種 = 7100&lt;br /&gt;
|事業内容 = 有価証券の売買等および売買等の委託の媒介等&lt;br /&gt;
|代表者 = 会長兼CEO 五味康昌&amp;lt;br /&amp;gt; 取締役社長 秋草史幸&lt;br /&gt;
|資本金 = 655億18百万円&amp;lt;br /&amp;gt;（2009年3月31日現在）&lt;br /&gt;
|発行済株式総数 = 7億1698万5496株&amp;lt;br /&amp;gt;（2009年3月31日現在）&lt;br /&gt;
|売上高 = 連結：5,340億円&amp;lt;br /&amp;gt;単独：2,550億円&amp;lt;br /&amp;gt;（[[2008年]][[3月]]期）&lt;br /&gt;
|総資産 = 連結：19兆1,902億円&amp;lt;br /&amp;gt;単独：9兆9,860億円&amp;lt;br /&amp;gt;（2008年3月期）&lt;br /&gt;
|従業員数 = 単独：6,732名&amp;lt;br /&amp;gt;（2009年3月31日現在）&lt;br /&gt;
|決算期 = 3月31日&lt;br /&gt;
|主要株主 = 株式会社[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]] 100%&lt;br /&gt;
|主要子会社 = MUハンズオンキャピタル株式会社&amp;lt;br /&amp;gt;MUSファシリティサービス株式会社&amp;lt;br /&amp;gt;MUS情報システム株式会社&amp;lt;br /&amp;gt;MUSビジネスサービス株式会社&lt;br /&gt;
|関係する人物 =&lt;br /&gt;
|外部リンク = [http://www.sc.mufg.jp/ http://www.sc.mufg.jp/]&lt;br /&gt;
|特記事項 = 過去に[[三菱UFJ証券顧客情報売却事件|顧客情報流出事件]]を起こした証券会社。&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''三菱UFJ証券'''株式会社（みつびしユーエフジェイしょうけん、[[英語|英称]]：''Mitsubishi UFJ Securities Co., Ltd.''）は日本の証券会社である。株式会社[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]の子会社。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
店舗数は103店&amp;lt;ref&amp;gt;[[2010年]]4月26日現在。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
キャッチフレーズは、「大切なものを、あなたと」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
=== 国際証券のグループ入り ===&lt;br /&gt;
前身である国際証券時代は[[野村證券]]系の会社（子会社ではない）であった。[[wiki:バブル経済|バブル]]崩壊後、証券会社が最も苦しんだ[[1997年]]-[[1998年]]ごろ、国際証券は投資信託の販売が絶好調で、親会社より株価が高いという現象がみられた（野村證券が800円台の時代、国際証券は1100円台をつけていた）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これをこころよく思わなかった野村證券上層部と、[[wiki:日興コーディアル証券|日興證券]]の[[三菱グループ]]離脱に伴ってグループ内の証券業部門に空白を生じていた当時の[[東京三菱銀行]]（現在の[[三菱東京UFJ銀行]]）との利害が一致し、野村證券が保有する国際証券株式を東京三菱銀行に譲渡させ、同行の子会社&amp;lt;ref&amp;gt;現在の[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]の一員&amp;lt;/ref&amp;gt;となる。この一連の国際証券の三菱グループ入りにあたっては、国際証券内部に大きな軋轢を生じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 三菱証券の発足 ===&lt;br /&gt;
三菱東京フィナンシャルグループが発足した2001年に、「国際証券」と東京三菱銀行が金融ビッグバン時代に設立させたリテール証券の「東京三菱パーソナル証券」「東京三菱TDウォーターハウス証券」、三菱銀行の子会社として設立していた「東京三菱証券（旧：三菱ダイヤモンド証券）」、三菱信託銀行と親密であった「一成証券」の経営統合を発表。2002年10月1日に合併のうえ「'''三菱証券'''」が発足。かつての日興證券に代わりうる三菱グループの総合証券会社として誕生した。MTFGでは[[三菱信託銀行]]でしか使われていなかったスリーダイヤをシンボルマークとした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== UFJつばさ証券との合併 ===&lt;br /&gt;
2005年10月、[[wiki:三菱東京フィナンシャルグループ|MTFG]]と[[wiki:UFJホールディングス|UFJ]]が経営統合し[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]となるのに伴い、UFJ系の[[UFJつばさ証券]]（ユニバーサル証券・太平洋証券・東和証券・第一證券）と合併し、現在の'''三菱UFJ証券'''となる。なお、[[三菱UFJ信託銀行]]も予定通り同日に合併し発足したが、中核の[[三菱東京UFJ銀行]]についてはシステム対策に万全を尽くすため2006年1月1日発足へ合併が延期されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 現況 ===&lt;br /&gt;
[[2007年]]9月30日に、株式交換によって三菱UFJフィナンシャル・グループの完全子会社となって上場廃止となる。&lt;br /&gt;
現在、同じ持ち株会社の傘下にある三菱東京UFJ銀行、三菱UFJ信託銀行との共同店舗であるMUFGプラザ（旧：MTFGプラザ）の出店を進めている。銀行の顧客基盤を活かしたアプローチにより、投資信託や国債などの販売額の伸びが顕著である。また、アジア地域の有力金融機関との提携を積極化したりと、投資銀行業務に力を注いでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
合併以降、旧三菱証券会長だった五味康昌が会長兼CEOを務め（当初、旧三菱証券社長は副会長となっていたが、その後退任し現在は空席）、社長は旧[[東海銀行]]出身者が歴代務めてきたが、2008年に、三菱銀行出身の秋草史幸が副社長から昇格したため、いわゆる旧社間のたすきがけが崩れている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年に旧UFJつばさ証券出身のシステム担当社員が顧客情報を名簿屋に売却した[[三菱UFJ証券顧客情報売却事件]]が発覚。顧客離れの懸念がなされた。&lt;br /&gt;
=== モルガン・スタンレーとの統合 ===&lt;br /&gt;
[[2009年]]3月26日、モルガン・スタンレーの日本法人であるモルガン・スタンレー証券と合併することで合意したと正式に発表した&amp;lt;ref name=&amp;quot;news&amp;quot;&amp;gt;{{Cite news&lt;br /&gt;
| url = http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20090327AT2C2601L26032009.html&lt;br /&gt;
| title = 三菱UFJと米モルガン、証券統合を発表&lt;br /&gt;
| newspaper = 日本経済新聞&lt;br /&gt;
| date = 2009-03-27&lt;br /&gt;
| accessdate = 2009-04-13&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。この発表では、2010年3月末に、三菱UFJ60%、モルガン・スタンレー40%出資の合弁会社となる予定であった。その後、2009年11月19日の三菱UFJフィナンシャルグループの中間決算発表にて、統合計画を2社体制に見直すことが発表された&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite news&lt;br /&gt;
| url = http://www.nikkei.co.jp/news/main/20091117AT2C1701B17112009.html&lt;br /&gt;
| title = 三菱UFJとモルガン、証券子会社の統合計画見直し&lt;br /&gt;
| newspaper = 日本経済新聞&lt;br /&gt;
| date = 2009-11-18&lt;br /&gt;
| accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まず、三菱UFJ証券が12月上旬に三菱UFJ証券分割準備株式会社を設立し、2010年4月1日に会社分割を行い、中間持株会社・'''[[三菱UFJ証券ホールディングス]]株式会社'''となり、三菱UFJ証券分割準備株式会社が（新）三菱UFJ証券株式会社となる&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite press release&lt;br /&gt;
| title = 三菱UFJ証券株式会社による分割準備会社の設立と中間持株会社制への移行について&lt;br /&gt;
| publisher = 三菱UFJフィナンシャル・グループ&lt;br /&gt;
| date = 2009-11-18&lt;br /&gt;
| format = PDF&lt;br /&gt;
| url = http://www.mufg.jp/data/current/pressrelease-20091118-003.pdf&lt;br /&gt;
| accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
その後、[[2010年]]5月1日に、（新）三菱UFJ証券株式会社の事業とモルガン・スタンレー証券株式会社のインベストメントバンキング部門を統合し、'''三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社'''となる（三菱UFJ60%、モルガン・スタンレー40%出資）。また、モルガン・スタンレー証券株式会社のセールス・アンド・トレーディング部門に、三菱UFJが出資し、'''[[モルガン・スタンレーMUFG証券]]株式会社'''となる（三菱UFJ49%、モルガン・スタンレー51%出資）&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite press release&lt;br /&gt;
| title = 株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループとモルガン・スタンレーの日本における証券会社の統合について&lt;br /&gt;
| publisher = 三菱UFJフィナンシャル・グループ&lt;br /&gt;
| date = 2009-11-18&lt;br /&gt;
| format = PDF&lt;br /&gt;
| url = http://www.mufg.jp/data/current/pressrelease-20091118-004.pdf&lt;br /&gt;
| accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革 ==&lt;br /&gt;
* 1926年（大正15）[[10月1日]] - 株式會社加賀商店創業。&lt;br /&gt;
* 1944年（昭和19） - 株式會社加賀商店が、商号を加賀證券株式會社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1945年]]（昭和20）3月28日 - 南旺証券株式会社設立。&lt;br /&gt;
* [[1948年]]（昭和23）3月4日 - 八千代證券株式会社設立。&lt;br /&gt;
* [[1949年]]（昭和24） - 南旺証券株式会社が商号を鈴や証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1952年]]（昭和27） - 鈴や証券株式会社が商号を鈴一証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* 1953年（昭和28） - 鈴一証券株式会社が商号を一成証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1969年]]（昭和44） - 加賀證券株式会社が商号を菱光証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1981年]]（昭和56）10月 - 八千代證券株式会社が光亜証券株式会社及び野村證券投資信託販売株式会社と合併し、商号を国際証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1987年]]（昭和62）5月1日 - 国際証券株式会社が東京証券取引所、大阪証券取引所及び名古屋証券取引所のそれぞれの市場第二部に上場。&lt;br /&gt;
* [[1989年]]（平成元） - 国際証券株式会社が東京証券取引所、大阪証券取引所及び名古屋証券取引所のそれぞれの市場第一部に指定。&lt;br /&gt;
* [[1994年]]（平成6）10月19日 - 三菱ダイヤモンド証券株式会社設立。&lt;br /&gt;
* [[1996年]]（平成8） - 三菱ダイヤモンド証券株式会社が商号を東京三菱証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1999年]]（平成11）4月 - 菱光証券株式会社が大七証券株式会社と合併し、商号を東京三菱パーソナル証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* 1999年（平成11）7月 - 東京三菱証券株式会社が三菱信証券株式会社から営業の全部を譲り受ける。&lt;br /&gt;
* [[2002年]]（平成14）[[9月1日]] - 国際証券株式会社が東京三菱証券株式会社、東京三菱パーソナル証券株式会社及び一成証券株式会社を合併し、商号を'''三菱証券株式会社'''に変更。&lt;br /&gt;
* [[2005年]]（平成17）10月 - UFJつばさ証券株式会社（登記上はユーエフジェイつばさ証券株式会社）を合併し、商号を'''三菱UFJ証券株式会社'''に変更。名称から「つばさ」が外れる。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]（平成19）1月 - 2005年に常務取締役が世間に公表されていない情報を得て株を不正購入したため、金融庁から業務改善命令を受ける。&lt;br /&gt;
* 2007年（平成19）4月 - 三菱UFJリサーチ&amp;amp;コンサルティング投資調査部を当社に移管し、景気循環研究所を設置。&lt;br /&gt;
* 2007年（平成19）9月 - 三菱UFJフィナンシャル・グループの完全子会社となり、上場廃止。&lt;br /&gt;
* 2010年4月 - 会社分割を行い、中間持株会社・'''[[三菱UFJ証券ホールディングス]]株式会社'''となり、子会社を（新）三菱UFJ証券株式会社とする（予定）。&lt;br /&gt;
* 2010年5月 - モルガン・スタンレーの日本法人と経営統合し、'''三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社'''と'''[[モルガン・スタンレーMUFG証券]]株式会社'''となる（予定）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 子会社 ==&lt;br /&gt;
; カブドットコム証券&lt;br /&gt;
: 旧[[UFJ]]系。[[2006年]][[1月1日]]付けで旧MTFG系のMeネット証券を吸収合併。&lt;br /&gt;
: 三菱UFJグループ関係では珍しく旧UFJ系列の会社が存続会社となった。&lt;br /&gt;
; MUS情報システム株式会社&lt;br /&gt;
: 2006年10月30日付けで国際ビジネス・アンド・システムサービス株式会社から社名変更。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著名な研究員等（現職者・出身者） ==&lt;br /&gt;
* 水野和夫 - チーフエコノミスト&lt;br /&gt;
* 嶋中雄二 - 景気循環研究所長、元三菱UFJリサーチ&amp;amp;コンサルティング投資調査部長&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 顧客情報流出事件 ==&lt;br /&gt;
{{Main|三菱UFJ証券顧客情報売却事件}}&lt;br /&gt;
[[2009年]][[4月]]、[[個人情報|個人顧客情報]]が同社システム部の元部長代理（事件発覚後に懲戒解雇処分）によって、同社の顧客情報のほぼ全員分に当たる約149万人の顧客情報が不正に持ち出され、うち4万9000人分の顧客情報が3社の名簿業者に売却されていたことが発覚した。警察の任意の取り調べに対して元部長代理は他の社員のID等を利用して不正アクセスを行い顧客データサービスにアクセスして名簿業者にメールでデータ送信したと供述しており、[[wiki:不正アクセス行為の禁止等に関する法律|不正アクセス行為の禁止等に関する特別措置法]]違反容疑で立件方針。その後の社内調査の結果、流出した顧客情報はは少なくとも96社に転売されたことが判明した&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite news&lt;br /&gt;
|url = http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090625-OYT1T00613.htm&lt;br /&gt;
|title = 三菱UFJ証券の流出顧客情報、70社が回収に応じず&lt;br /&gt;
|newspaper = [[読売新聞]]&lt;br /&gt;
|date = 2009-06-25&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。日本証券業協会などから証券マンとしてあるまじき行為として、規律委員会の開催を示唆した上で法人取引の制限の検討中である。2009年6月、システム部元部長代理がアクセス禁止法違反などで警視庁によって逮捕された。なお、元部長代理が不正アクセスの際に利用した同僚のIDは、本来、この同僚が他部署に異動した際に削除されているはずのものであり、同社の杜撰な管理体制が露呈した形となった。[[2009年]]6月25日、金融庁は、内部管理体制が不十分であるとして、三菱UFJ証券に対して業務改善命令を出した&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite news&lt;br /&gt;
|author = 中井奨&lt;br /&gt;
|url = http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20090626/332643/&lt;br /&gt;
|title = 「内部管理態勢が不十分」、金融庁が三菱UFJ証券に業務改善命令&lt;br /&gt;
|newspaper = ITpro&lt;br /&gt;
|publisher = 日経BP社&lt;br /&gt;
|date = 2009-06-26&lt;br /&gt;
|accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== CM ==&lt;br /&gt;
2010年現在、松たか子が出演している。&lt;br /&gt;
=== 過去の出演者 ===&lt;br /&gt;
* '''国際証券''' - 田中陽子（1991年）、須永慶（2001年）&lt;br /&gt;
* '''三菱証券''' - 巻上公一（2004年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]&lt;br /&gt;
* [[三菱UFJ証券顧客情報売却事件]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.sc.mufg.jp/ 三菱UFJ証券]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;background-color:red&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三菱グループ]]&lt;br /&gt;
|&amp;lt;table border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;margin:1em auto; font-size:smaller; width:90%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|食料品 = '''キリンホールディングス''' - '''[[wiki:弘乳舎|三菱サイダー]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|パルプ・紙・繊維 = '''三菱製紙''' - '''三菱レイヨン'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|建設 = '''ピーエス三菱'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|化学 = '''三菱化学''' - '''三菱ガス化学''' - '''三菱樹脂''' - 大日本塗料&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|ガラス・窯業 = '''旭硝子'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|石油・原子力 = '''新日本石油''' - 三菱原子燃料&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|鉄鋼 = '''三菱製鋼'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|非鉄金属 = '''三菱マテリアル''' - '''三菱電線工業''' - '''三菱アルミニウム'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|機械 = '''三菱化工機''' - '''[[三菱重工業]]''' - キャタピラージャパン - 東洋製作所&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|輸送用機械 = '''[[三菱自動車工業]]''' - '''[[三菱ふそうトラック・バス]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|電気機器 = '''[[三菱電機]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|精密機器 = '''ニコン''' - 三菱プレシジョン&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|商社 = '''[[三菱商事]]''' - 菱食 - アストモスエネルギー&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|金融 = '''[[三菱東京UFJ銀行]]''' - '''三菱UFJ証券''' - '''[[三菱UFJ信託銀行]]''' - 三菱オートリース - 三菱UFJニコス - 三菱UFJリース&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|保険 = '''東京海上日動火災保険''' - '''明治安田生命保険'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|不動産 = '''三菱地所'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|運輸・倉庫 = '''三菱倉庫''' - '''日本郵船''' - 三菱鉱石輸送&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|情報・通信 = '''三菱総合研究所''' - 三菱スペース・ソフトウエア - アイ・ティ・フロンティア&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|関連項目 = 三菱財閥 - 岩崎家 - [[三菱UFJフィナンシャル・グループ]] - [[三菱UFJ証券ホールディングス]] - 東京海上ホールディングス - 三菱ケミカルホールディングス - 新日紘ホールディングス&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|備考 = ※太字は[[三菱グループ#三菱金曜会|三菱金曜会（三菱グループの社長会）]]メンバー。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
&amp;lt;/table&amp;gt;&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:みつひしゆうえふしえいしようけん}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の証券会社]]&lt;br /&gt;
[[Category:千代田区の企業]]&lt;br /&gt;
[[Category:三菱UFJフィナンシャル・グループ|しようけん]]&lt;br /&gt;
[[Category:三菱グループ|しようけん]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Mitsubishi UFJ Securities]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>58.95.47.110</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%89%E8%8F%B1UFJ%E8%A8%BC%E5%88%B8&amp;diff=86360</id>
		<title>三菱UFJ証券</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%89%E8%8F%B1UFJ%E8%A8%BC%E5%88%B8&amp;diff=86360"/>
				<updated>2010-04-26T10:40:15Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;58.95.47.110: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{基礎情報 会社&lt;br /&gt;
|社名 = 三菱UFJ証券株式会社&lt;br /&gt;
|英文社名 = Mitsubishi UFJ Securities Co., Ltd.&lt;br /&gt;
|ロゴ =&lt;br /&gt;
|種類 = [[株式会社]]&lt;br /&gt;
|市場情報 =&lt;br /&gt;
|略称 = 三菱証券&lt;br /&gt;
|国籍 = {{JPN}}&lt;br /&gt;
|郵便番号 = 100-6317&lt;br /&gt;
|本社所在地 = [[東京都]][[千代田区]]丸の内二丁目4番1号&lt;br /&gt;
|電話番号 = 03-6213-8500&lt;br /&gt;
|設立 = [[1948年]]（昭和23年）3月4日&amp;lt;br /&amp;gt;（八千代證券株式会社）&lt;br /&gt;
|業種 = 7100&lt;br /&gt;
|事業内容 = 有価証券の売買等および売買等の委託の媒介等&lt;br /&gt;
|代表者 = 会長兼CEO 五味康昌&amp;lt;br /&amp;gt; 取締役社長 秋草史幸&lt;br /&gt;
|資本金 = 655億18百万円&amp;lt;br /&amp;gt;（2009年3月31日現在）&lt;br /&gt;
|発行済株式総数 = 7億1698万5496株&amp;lt;br /&amp;gt;（2009年3月31日現在）&lt;br /&gt;
|売上高 = 連結：5,340億円&amp;lt;br /&amp;gt;単独：2,550億円&amp;lt;br /&amp;gt;（[[2008年]][[3月]]期）&lt;br /&gt;
|総資産 = 連結：19兆1,902億円&amp;lt;br /&amp;gt;単独：9兆9,860億円&amp;lt;br /&amp;gt;（2008年3月期）&lt;br /&gt;
|従業員数 = 単独：6,732名&amp;lt;br /&amp;gt;（2009年3月31日現在）&lt;br /&gt;
|決算期 = 3月31日&lt;br /&gt;
|主要株主 = 株式会社[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]] 100%&lt;br /&gt;
|主要子会社 = MUハンズオンキャピタル株式会社&amp;lt;br /&amp;gt;MUSファシリティサービス株式会社&amp;lt;br /&amp;gt;MUS情報システム株式会社&amp;lt;br /&amp;gt;MUSビジネスサービス株式会社&lt;br /&gt;
|関係する人物 =&lt;br /&gt;
|外部リンク = [http://www.sc.mufg.jp/ http://www.sc.mufg.jp/]&lt;br /&gt;
|特記事項 = 過去に[[三菱UFJ証券顧客情報売却事件|顧客情報流出事件]]を起こした証券会社。&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''三菱UFJ証券'''株式会社（みつびしユーエフジェイしょうけん、[[英語|英称]]：''Mitsubishi UFJ Securities Co., Ltd.''）は日本の証券会社である。株式会社[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]の子会社。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
店舗数は103店&amp;lt;ref&amp;gt;[[2010年]]4月26日現在。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
キャッチフレーズは、「大切なものを、あなたと」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
=== 国際証券のグループ入り ===&lt;br /&gt;
前身である国際証券時代は[[野村證券]]系の会社（子会社ではない）であった。[[wiki:バブル経済|バブル]]崩壊後、証券会社が最も苦しんだ[[1997年]]-[[1998年]]ごろ、国際証券は投資信託の販売が絶好調で、親会社より株価が高いという現象がみられた（野村證券が800円台の時代、国際証券は1100円台をつけていた）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これをこころよく思わなかった野村證券上層部と、[[wiki:日興コーディアル証券|日興證券]]の[[三菱グループ]]離脱に伴ってグループ内の証券業部門に空白を生じていた当時の[[東京三菱銀行]]（現在の[[三菱東京UFJ銀行]]）との利害が一致し、野村證券が保有する国際証券株式を東京三菱銀行に譲渡させ、同行の子会社&amp;lt;ref&amp;gt;現在の[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]の一員&amp;lt;/ref&amp;gt;となる。この一連の国際証券の三菱グループ入りにあたっては、国際証券内部に大きな軋轢を生じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 三菱証券の発足 ===&lt;br /&gt;
三菱東京フィナンシャルグループが発足した2001年に、「国際証券」と東京三菱銀行が金融ビッグバン時代に設立させたリテール証券の「東京三菱パーソナル証券」「東京三菱TDウォーターハウス証券」、三菱銀行の子会社として設立していた「東京三菱証券（旧：三菱ダイヤモンド証券）」、三菱信託銀行と親密であった「一成証券」の経営統合を発表。2002年10月1日に合併のうえ「'''三菱証券'''」が発足。かつての日興證券に代わりうる三菱グループの総合証券会社として誕生した。MTFGでは[[三菱信託銀行]]でしか使われていなかったスリーダイヤをシンボルマークとした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== UFJつばさ証券との合併 ===&lt;br /&gt;
2005年10月、[[wiki:三菱東京フィナンシャルグループ|MTFG]]と[[wiki:UFJホールディングス|UFJ]]が経営統合し[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]となるのに伴い、UFJ系の[[UFJつばさ証券]]（ユニバーサル証券・太平洋証券・東和証券・第一證券）と合併し、現在の'''三菱UFJ証券'''となる。なお、[[三菱UFJ信託銀行]]も予定通り同日に合併し発足したが、中核の[[三菱東京UFJ銀行]]についてはシステム対策に万全を尽くすため2006年1月1日発足へ合併が延期されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 現況 ===&lt;br /&gt;
[[2007年]]9月30日に、株式交換によって三菱UFJフィナンシャル・グループの完全子会社となって上場廃止となる。&lt;br /&gt;
現在、同じ持ち株会社の傘下にある三菱東京UFJ銀行、三菱UFJ信託銀行との共同店舗であるMUFGプラザ（旧：MTFGプラザ）の出店を進めている。銀行の顧客基盤を活かしたアプローチにより、投資信託や国債などの販売額の伸びが顕著である。また、アジア地域の有力金融機関との提携を積極化したりと、投資銀行業務に力を注いでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
合併以降、旧三菱証券会長だった五味康昌が会長兼CEOを務め（当初、旧三菱証券社長は副会長となっていたが、その後退任し現在は空席）、社長は旧[[東海銀行]]出身者が歴代務めてきたが、2008年に、三菱銀行出身の秋草史幸が副社長から昇格したため、いわゆる旧社間のたすきがけが崩れている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年に旧UFJつばさ証券出身のシステム担当社員が顧客情報を名簿屋に売却した[[三菱UFJ証券顧客情報売却事件]]が発覚。顧客離れの懸念がなされた。&lt;br /&gt;
=== モルガン・スタンレーとの統合 ===&lt;br /&gt;
[[2009年]]3月26日、モルガン・スタンレーの日本法人であるモルガン・スタンレー証券と合併することで合意したと正式に発表した&amp;lt;ref name=&amp;quot;news&amp;quot;&amp;gt;{{Cite news&lt;br /&gt;
| url = http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20090327AT2C2601L26032009.html&lt;br /&gt;
| title = 三菱UFJと米モルガン、証券統合を発表&lt;br /&gt;
| newspaper = 日本経済新聞&lt;br /&gt;
| date = 2009-03-27&lt;br /&gt;
| accessdate = 2009-04-13&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。この発表では、2010年3月末に、三菱UFJ60%、モルガン・スタンレー40%出資の合弁会社となる予定であった。その後、2009年11月19日の三菱UFJフィナンシャルグループの中間決算発表にて、統合計画を2社体制に見直すことが発表された&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite news&lt;br /&gt;
| url = http://www.nikkei.co.jp/news/main/20091117AT2C1701B17112009.html&lt;br /&gt;
| title = 三菱UFJとモルガン、証券子会社の統合計画見直し&lt;br /&gt;
| newspaper = 日本経済新聞&lt;br /&gt;
| date = 2009-11-18&lt;br /&gt;
| accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まず、三菱UFJ証券が12月上旬に三菱UFJ証券分割準備株式会社を設立し、2010年4月1日に会社分割を行い、中間持株会社・'''[[三菱UFJ証券ホールディングス]]株式会社'''となり、三菱UFJ証券分割準備株式会社が（新）三菱UFJ証券株式会社となる&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite press release&lt;br /&gt;
| title = 三菱UFJ証券株式会社による分割準備会社の設立と中間持株会社制への移行について&lt;br /&gt;
| publisher = 三菱UFJフィナンシャル・グループ&lt;br /&gt;
| date = 2009-11-18&lt;br /&gt;
| format = PDF&lt;br /&gt;
| url = http://www.mufg.jp/data/current/pressrelease-20091118-003.pdf&lt;br /&gt;
| accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
その後、[[2010年]]5月1日に、（新）三菱UFJ証券株式会社の事業とモルガン・スタンレー証券株式会社のインベストメントバンキング部門を統合し、'''三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社'''となる（三菱UFJ60%、モルガン・スタンレー40%出資）。また、モルガン・スタンレー証券株式会社のセールス・アンド・トレーディング部門に、三菱UFJが出資し、'''[[モルガン・スタンレーMUFG証券]]株式会社'''となる（三菱UFJ49%、モルガン・スタンレー51%出資）&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite press release&lt;br /&gt;
| title = 株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループとモルガン・スタンレーの日本における証券会社の統合について&lt;br /&gt;
| publisher = 三菱UFJフィナンシャル・グループ&lt;br /&gt;
| date = 2009-11-18&lt;br /&gt;
| format = PDF&lt;br /&gt;
| url = http://www.mufg.jp/data/current/pressrelease-20091118-004.pdf&lt;br /&gt;
| accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革 ==&lt;br /&gt;
* 1926年（大正15）[[10月1日]] - 株式會社加賀商店創業。&lt;br /&gt;
* 1944年（昭和19） - 株式會社加賀商店が、商号を加賀證券株式會社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1945年]]（昭和20）3月28日 - 南旺証券株式会社設立。&lt;br /&gt;
* [[1948年]]（昭和23）3月4日 - 八千代證券株式会社設立。&lt;br /&gt;
* [[1949年]]（昭和24） - 南旺証券株式会社が商号を鈴や証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1952年]]（昭和27） - 鈴や証券株式会社が商号を鈴一証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* 1953年（昭和28） - 鈴一証券株式会社が商号を一成証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1969年]]（昭和44） - 加賀證券株式会社が商号を菱光証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1981年]]（昭和56）10月 - 八千代證券株式会社が光亜証券株式会社及び野村證券投資信託販売株式会社と合併し、商号を国際証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1987年]]（昭和62）5月1日 - 国際証券株式会社が東京証券取引所、大阪証券取引所及び名古屋証券取引所のそれぞれの市場第二部に上場。&lt;br /&gt;
* [[1989年]]（平成元） - 国際証券株式会社が東京証券取引所、大阪証券取引所及び名古屋証券取引所のそれぞれの市場第一部に指定。&lt;br /&gt;
* [[1994年]]（平成6）10月19日 - 三菱ダイヤモンド証券株式会社設立。&lt;br /&gt;
* [[1996年]]（平成8） - 三菱ダイヤモンド証券株式会社が商号を東京三菱証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1999年]]（平成11）4月 - 菱光証券株式会社が大七証券株式会社と合併し、商号を東京三菱パーソナル証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* 1999年（平成11）7月 - 東京三菱証券株式会社が三菱信証券株式会社から営業の全部を譲り受ける。&lt;br /&gt;
* [[2002年]]（平成14）[[9月1日]] - 国際証券株式会社が東京三菱証券株式会社、東京三菱パーソナル証券株式会社及び一成証券株式会社を合併し、商号を'''三菱証券株式会社'''に変更。&lt;br /&gt;
* [[2005年]]（平成17）10月 - UFJつばさ証券株式会社（登記上はユーエフジェイつばさ証券株式会社）を合併し、商号を'''三菱UFJ証券株式会社'''に変更。名称から「つばさ」が外れる。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]（平成19）1月 - 2005年に常務取締役が世間に公表されていない情報を得て株を不正購入したため、金融庁から業務改善命令を受ける。&lt;br /&gt;
* 2007年（平成19）4月 - 三菱UFJリサーチ&amp;amp;コンサルティング投資調査部を当社に移管し、景気循環研究所を設置。&lt;br /&gt;
* 2007年（平成19）9月 - 三菱UFJフィナンシャル・グループの完全子会社となり、上場廃止。&lt;br /&gt;
* 2010年4月 - 会社分割を行い、中間持株会社・'''[[三菱UFJ証券ホールディングス]]株式会社'''となり、子会社を（新）三菱UFJ証券株式会社とする（予定）。&lt;br /&gt;
* 2010年5月 - モルガン・スタンレーの日本法人と経営統合し、'''三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社'''と'''[[モルガン・スタンレーMUFG証券]]株式会社'''となる（予定）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 子会社 ==&lt;br /&gt;
; カブドットコム証券&lt;br /&gt;
: 旧[[UFJ]]系。[[2006年]][[1月1日]]付けで旧MTFG系のMeネット証券を吸収合併。&lt;br /&gt;
: 三菱UFJグループ関係では珍しく旧UFJ系列の会社が存続会社となった。&lt;br /&gt;
; MUS情報システム株式会社&lt;br /&gt;
: 2006年10月30日付けで国際ビジネス・アンド・システムサービス株式会社から社名変更。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著名な研究員等（現職者・出身者） ==&lt;br /&gt;
* 水野和夫 - チーフエコノミスト&lt;br /&gt;
* 嶋中雄二 - 景気循環研究所長、元三菱UFJリサーチ&amp;amp;コンサルティング投資調査部長&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 顧客情報流出事件 ==&lt;br /&gt;
{{Main|三菱UFJ証券顧客情報売却事件}}&lt;br /&gt;
[[2009年]][[4月]]、[[個人情報|個人顧客情報]]が同社システム部の元部長代理（事件発覚後に懲戒解雇処分）によって、同社の顧客情報のほぼ全員分に当たる約149万人の顧客情報が不正に持ち出され、うち4万9000人分の顧客情報が3社の名簿業者に売却されていたことが発覚した。警察の任意の取り調べに対して元部長代理は他の社員のID等を利用して不正アクセスを行い顧客データサービスにアクセスして名簿業者にメールでデータ送信したと供述しており、[[wiki:不正アクセス行為の禁止等に関する法律|不正アクセス行為の禁止等に関する特別措置法]]違反容疑で立件方針。その後の社内調査の結果、流出した顧客情報はは少なくとも96社に転売されたことが判明した&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite news&lt;br /&gt;
|url = http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090625-OYT1T00613.htm&lt;br /&gt;
|title = 三菱UFJ証券の流出顧客情報、70社が回収に応じず&lt;br /&gt;
|newspaper = [[読売新聞]]&lt;br /&gt;
|date = 2009-06-25&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。日本証券業協会などから証券マンとしてあるまじき行為として、規律委員会の開催を示唆した上で法人取引の制限の検討中である。2009年6月、システム部元部長代理がアクセス禁止法違反などで警視庁によって逮捕された。なお、元部長代理が不正アクセスの際に利用した同僚のIDは、本来、この同僚が他部署に異動した際に削除されているはずのものであり、同社の杜撰な管理体制が露呈した形となった。[[2009年]]6月25日、金融庁は、内部管理体制が不十分であるとして、三菱UFJ証券に対して業務改善命令を出した&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite news&lt;br /&gt;
|author = 中井奨&lt;br /&gt;
|url = http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20090626/332643/&lt;br /&gt;
|title = 「内部管理態勢が不十分」、金融庁が三菱UFJ証券に業務改善命令&lt;br /&gt;
|newspaper = ITpro&lt;br /&gt;
|publisher = 日経BP社&lt;br /&gt;
|date = 2009-06-26&lt;br /&gt;
|accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== CM ==&lt;br /&gt;
2010年現在、松たか子が出演している。&lt;br /&gt;
=== 過去の出演者 ===&lt;br /&gt;
* '''国際証券''' - 田中陽子（1991年）、須永慶（2001年）&lt;br /&gt;
* '''三菱証券''' - 巻上公一（2004年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]&lt;br /&gt;
* [[三菱UFJ証券顧客情報売却事件]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.sc.mufg.jp/ 三菱UFJ証券]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;background-color:red&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三菱グループ]]&lt;br /&gt;
|&amp;lt;table border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;margin:1em auto; font-size:smaller; width:90%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|食料品 = '''[[キリンホールディングス]]''' - '''[[wiki:弘乳舎|三菱サイダー]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|パルプ・紙・繊維 = '''[[三菱製紙]]''' - '''[[三菱レイヨン]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|建設 = '''[[ピーエス三菱]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|化学 = '''[[三菱化学]]''' - '''[[三菱ガス化学]]''' - '''[[三菱樹脂]]''' - [[大日本塗料]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|ガラス・窯業 = '''[[旭硝子]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|石油・原子力 = '''[[新日本石油]]''' - [[三菱原子燃料]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|鉄鋼 = '''[[三菱製鋼]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|非鉄金属 = '''[[三菱マテリアル]]''' - '''[[三菱電線工業]]''' - '''[[三菱アルミニウム]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|機械 = '''[[三菱化工機]]''' - '''[[三菱重工業]]''' - [[キャタピラージャパン]] - [[東洋製作所]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|鉛筆 = '''[[三菱鉛筆]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|輸送用機械 = '''[[三菱自動車工業]]''' - '''[[三菱ふそうトラック・バス]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|電気機器 = '''[[三菱電機]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|精密機器 = '''[[ニコン]]''' - [[三菱プレシジョン]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|商社 = '''[[三菱商事]]''' - [[菱食]] - [[アストモスエネルギー]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|金融 = '''[[三菱東京UFJ銀行]]''' - '''[[三菱UFJ証券]]''' - '''[[三菱UFJ信託銀行]]''' - [[三菱オートリース]] - [[三菱UFJニコス]] - [[三菱UFJリース]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|保険 = '''[[東京海上日動火災保険]]''' - '''[[明治安田生命保険]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|不動産 = '''[[三菱地所]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|運輸・倉庫 = '''[[三菱倉庫]]''' - '''[[日本郵船]]''' - [[三菱鉱石輸送]] - [[三菱タクシー]] - [[MKタクシー]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|情報・通信 = '''[[三菱総合研究所]]''' - [[三菱スペース・ソフトウエア]] - [[アイ・ティ・フロンティア]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|関連項目 = [[三菱財閥]] - [[岩崎家]] - [[三菱UFJフィナンシャル・グループ]] - [[東京海上ホールディングス]] - [[三菱ケミカルホールディングス]] - [[新日紘ホールディングス]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|備考 = ※太字は[[三菱グループ#三菱金曜会|三菱金曜会（三菱グループの社長会）]]メンバー。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
&amp;lt;/table&amp;gt;&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:みつひしゆうえふしえいしようけん}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の証券会社]]&lt;br /&gt;
[[Category:千代田区の企業]]&lt;br /&gt;
[[Category:三菱UFJフィナンシャル・グループ|しようけん]]&lt;br /&gt;
[[Category:三菱グループ|しようけん]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Mitsubishi UFJ Securities]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>58.95.47.110</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%89%E8%8F%B1UFJ%E8%A8%BC%E5%88%B8&amp;diff=86352</id>
		<title>三菱UFJ証券</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%89%E8%8F%B1UFJ%E8%A8%BC%E5%88%B8&amp;diff=86352"/>
				<updated>2010-04-26T09:55:42Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;58.95.47.110: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{基礎情報 会社&lt;br /&gt;
|社名 = 三菱UFJ証券株式会社&lt;br /&gt;
|英文社名 = Mitsubishi UFJ Securities Co., Ltd.&lt;br /&gt;
|ロゴ =&lt;br /&gt;
|種類 = [[株式会社]]&lt;br /&gt;
|市場情報 = {{上場情報 | 東証1部 | 8615 | | 2007年9月25日}}{{上場情報 | 大証1部 | 8615 | | 2007年9月25日}}{{上場情報 | 名証1部 | 8615 | | 2007年9月25日}}&lt;br /&gt;
|略称 = 三菱証券、国際証券、蛆虫証券、うんこふんじゃった証券、見潰し証券&lt;br /&gt;
|国籍 = {{JPN}}&lt;br /&gt;
|郵便番号 = 100-6317&lt;br /&gt;
|本社所在地 = [[東京都]][[千代田区]][[丸の内]]二丁目4番1号&lt;br /&gt;
|電話番号 = 03-6213-8500&lt;br /&gt;
|設立 = [[1948年]]（昭和23年）[[3月4日]]&amp;lt;br /&amp;gt;（八千代證券株式会社）&lt;br /&gt;
|業種 = 7100&lt;br /&gt;
|事業内容 = [[有価証券]]の売買等および売買等の委託の媒介等、[[三菱UFJ顧客情報売却事件|顧客情報売却]]&lt;br /&gt;
|代表者 = 会長兼CEO [[五味康昌]]&amp;lt;br&amp;gt; 取締役社長 [[秋草史幸]] &lt;br /&gt;
|資本金 = 655億18百万円&amp;lt;br /&amp;gt;（2009年3月31日現在）&lt;br /&gt;
|発行済株式総数 = 7億1698万5496株&amp;lt;br /&amp;gt;（2009年3月31日現在）&lt;br /&gt;
|売上高 = 連結：5,340億円&amp;lt;br /&amp;gt;単独：2,550億円&amp;lt;br /&amp;gt;（[[2008年]][[3月]]期）&lt;br /&gt;
|総資産 = 連結：19兆1,902億円&amp;lt;br /&amp;gt;単独：9兆9,860億円&amp;lt;br /&amp;gt;（2008年3月期）&lt;br /&gt;
|従業員数 = 単独：6,732名&amp;lt;br /&amp;gt;（2009年3月31日現在）&lt;br /&gt;
|決算期 = 3月31日&lt;br /&gt;
|主要株主 = 株式会社[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]] 100%&lt;br /&gt;
|主要子会社 = MUハンズオンキャピタル株式会社&amp;lt;br /&amp;gt;MUSファシリティサービス株式会社&amp;lt;br /&amp;gt;[[MUS情報システム]]株式会社&amp;lt;br /&amp;gt;MUSビジネスサービス株式会社&lt;br /&gt;
|関係する人物 =&lt;br /&gt;
|外部リンク = [http://www.sc.mufg.jp/ http://www.sc.mufg.jp/]&lt;br /&gt;
|特記事項 = 過去に[[三菱UFJ証券顧客情報売却事件|顧客情報流出事件]]を起こしたアホ証券会社。&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''三菱UFJ証券'''株式会社（みつびしユーエフジェイしょうけん、[[英語|英称]]：''Mitsubishi UFJ Securities Co., Ltd.''）は日本の[[証券会社]]である。株式会社[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]の子会社。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
店舗数は115店&amp;lt;ref&amp;gt;2009年4月2日現在。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
キャッチフレーズは、「大切なものを、あなたと」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==歴史==&lt;br /&gt;
===国際証券のグループ入り===&lt;br /&gt;
前身である国際証券時代は[[野村證券]]系の会社（子会社ではない）であった。[[wiki:バブル経済|バブル]]崩壊後、証券会社が最も苦しんだ[[1997年]]-[[1998年]]ごろ、国際証券は[[投資信託]]の販売が絶好調で、親会社より株価が高いという現象がみられた（野村證券が800円台の時代、国際証券は1100円台をつけていた）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これをこころよく思わなかった{{要出典}}野村證券上層部と、[[wiki:日興コーディアル証券|日興證券]]の[[三菱グループ]]離脱に伴ってグループ内の証券業部門に空白を生じていた当時の[[東京三菱銀行]]（現在の[[三菱東京UFJ銀行]]）との利害が一致し、野村證券が保有する国際証券株式を東京三菱銀行に譲渡させ、同行の子会社&amp;lt;ref&amp;gt;現在の[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]の一員&amp;lt;/ref&amp;gt;となる。この一連の国際証券の三菱グループ入りにあたっては、国際証券内部に大きな軋轢を生じた。&lt;br /&gt;
===三菱証券の発足===&lt;br /&gt;
三菱東京フィナンシャルグループが発足した2001年に、「国際証券」と東京三菱銀行が[[金融ビッグバン]]時代に設立させたリテール証券の「東京三菱パーソナル証券」「東京三菱TDウォーターハウス証券」、三菱銀行の子会社として設立していた「東京三菱証券（旧:三菱ダイヤモンド証券）」、三菱信託銀行と親密であった「一成証券」の経営統合を発表。2002年10月1日に合併のうえ「'''三菱証券'''」が発足。かつての日興證券に代わりうる三菱グループの総合証券会社として誕生した。MTFGでは[[三菱信託銀行]]でしか使われていなかった[[スリーダイヤ]]をシンボルマークとした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===UFJつばさ証券との合併===&lt;br /&gt;
2005年10月、[[wiki:三菱東京フィナンシャルグループ|MTFG]]と[[wiki:UFJホールディングス|UFJ]]が経営統合し[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]となるのに伴い、UFJ系の[[UFJつばさ証券]]（ユニバーサル証券・太平洋証券・東和証券・第一證券）と[[企業合併|合併]]し、現在の'''三菱UFJ証券'''となる。なお、[[三菱UFJ信託銀行]]も予定通り同日に合併し発足したが、中核の[[三菱東京UFJ銀行]]についてはシステム対策に万全を尽くすのため2006年1月1日発足へ合併が延期されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===現況===&lt;br /&gt;
[[2007年]]9月30日に、[[株式交換]]によって三菱UFJフィナンシャル・グループの完全子会社となって上場廃止となる。&lt;br /&gt;
現在、同じ持ち株会社の傘下にある三菱東京UFJ銀行、三菱UFJ信託銀行との共同店舗である「[[MUFGプラザ]]（旧：MTFGプラザ）の出店を進めている。銀行の顧客基盤を活かしたアプローチにより、投資信託や国債などの販売額の伸びが顕著である。また、アジア地域の有力金融機関との提携を積極化したりと、投資銀行業務に力を注いでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
合併以降、旧三菱証券会長だった[[五味康昌]]が会長兼CEOを務め（当初、旧三菱証券社長は副会長となっていたが、その後退任し現在は空席）、社長は旧[[東海銀行]]出身者が歴代務めてきたが、2008年に、三菱銀行出身の[[秋草史幸]]が副社長から昇格したため、いわゆる旧社間の[[たすきがけ]]が崩れている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年に旧UFJつばさ証券出身のシステム担当社員が[[顧客情報]]を[[名簿屋]]に売却した[[三菱UFJ証券顧客情報売却事件]]が発覚。顧客離れの懸念がなされた。&lt;br /&gt;
=== モルガン・スタンレーとの統合 ===&lt;br /&gt;
[[2009年]]3月26日、モルガン・スタンレーの日本法人であるモルガン・スタンレー証券と合併することで合意したと正式に発表した&amp;lt;ref name=&amp;quot;news&amp;quot;&amp;gt;{{Cite news&lt;br /&gt;
| url = http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20090327AT2C2601L26032009.html&lt;br /&gt;
| title = 三菱UFJと米モルガン、証券統合を発表&lt;br /&gt;
| newspaper = [[日本経済新聞]]&lt;br /&gt;
| date = 2009-03-27&lt;br /&gt;
| accessdate = 2009-04-13&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。この発表では、2010年3月末に、三菱UFJ60%、モルガン・スタンレー40%出資の合弁会社となる予定であった。その後、2009年11月19日の三菱UFJフィナンシャルグループの中間決算発表にて、統合計画を2社体制に見直すことが発表された&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite news&lt;br /&gt;
| url = http://www.nikkei.co.jp/news/main/20091117AT2C1701B17112009.html&lt;br /&gt;
| title = 三菱UFJとモルガン、証券子会社の統合計画見直し&lt;br /&gt;
| newspaper = 日本経済新聞&lt;br /&gt;
| date = 2009-11-18&lt;br /&gt;
| accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まず、三菱UFJ証券が12月上旬に三菱UFJ証券分割準備株式会社を設立し、2010年4月1日に会社分割を行い、中間持株会社・'''[[三菱UFJ証券ホールディングス]]株式会社'''となり、三菱UFJ証券分割準備株式会社が（新）三菱UFJ証券株式会社となる&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite press release&lt;br /&gt;
| title = 三菱UFJ証券株式会社による分割準備会社の設立と中間持株会社制への移行について&lt;br /&gt;
| publisher = 三菱UFJフィナンシャル・グループ&lt;br /&gt;
| date = 2009-11-18&lt;br /&gt;
| format = PDF&lt;br /&gt;
| url = http://www.mufg.jp/data/current/pressrelease-20091118-003.pdf&lt;br /&gt;
| accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。その後、[[2010年]]5月1日に、（新）三菱UFJ証券株式会社の事業とモルガン・スタンレー証券株式会社のインベストメントバンキング部門を統合し、'''三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社'''となる（三菱UFJ60%、モルガン・スタンレー40%出資）。また、モルガン・スタンレー証券株式会社のセールス・アンド・トレーディング部門に、三菱UFJが出資し、'''[[モルガン・スタンレーMUFG証券]]株式会社'''となる（三菱UFJ49%、モルガン・スタンレー51%出資）&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite press release&lt;br /&gt;
| title = 株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループとモルガン・スタンレーの日本における証券会社の統合について&lt;br /&gt;
| publisher = 三菱UFJフィナンシャル・グループ&lt;br /&gt;
| date = 2009-11-18&lt;br /&gt;
| format = PDF&lt;br /&gt;
| url = http://www.mufg.jp/data/current/pressrelease-20091118-004.pdf&lt;br /&gt;
| accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革 ==&lt;br /&gt;
* 1926年（大正15）[[10月1日]] - 株式會社加賀商店創業。&lt;br /&gt;
* 1944年（昭和19） - 株式會社加賀商店が、商号を加賀證券株式會社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1945年]]（昭和20）3月28日 - 南旺証券株式会社設立。&lt;br /&gt;
* [[1948年]]（昭和23）3月4日 - 八千代證券株式会社設立。&lt;br /&gt;
* [[1949年]]（昭和24） - 南旺証券株式会社が商号を鈴や証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1952年]]（昭和27） - 鈴や証券株式会社が商号を鈴一証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* 1953年（昭和28） - 鈴一証券株式会社が商号を一成証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1969年]]（昭和44） - 加賀證券株式会社が商号を菱光証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1981年]]（昭和56）10月 - 八千代證券株式会社が光亜証券株式会社及び野村證券投資信託販売株式会社と合併し、商号を国際証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1987年]]（昭和62）5月1日 - 国際証券株式会社が東京証券取引所、大阪証券取引所及び名古屋証券取引所のそれぞれの市場第二部に上場。&lt;br /&gt;
* [[1989年]]（平成元） - 国際証券株式会社が東京証券取引所、大阪証券取引所及び名古屋証券取引所のそれぞれの市場第一部に指定。&lt;br /&gt;
* [[1994年]]（平成6）10月19日 - 三菱ダイヤモンド証券株式会社設立。&lt;br /&gt;
* [[1996年]]（平成8） - 三菱ダイヤモンド証券株式会社が商号を東京三菱証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* [[1999年]]（平成11）4月 - 菱光証券株式会社が大七証券株式会社と合併し、商号を東京三菱パーソナル証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
* 1999年（平成11）7月 - 東京三菱証券株式会社が三菱信証券株式会社から営業の全部を譲り受ける。&lt;br /&gt;
* [[2002年]]（平成14）[[9月1日]] - 国際証券株式会社が東京三菱証券株式会社、東京三菱パーソナル証券株式会社及び一成証券株式会社を合併し、商号を'''三菱証券株式会社'''に変更。&lt;br /&gt;
* [[2005年]]（平成17）10月 - UFJつばさ証券株式会社（登記上はユーエフジェイつばさ証券株式会社）を合併し、商号を'''三菱UFJ証券株式会社'''に変更。名称から「つばさ」が外れる。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]（平成19）1月 - 2005年に常務取締役が世間に公表されていない情報を得て株を不正購入したため、金融庁から業務改善命令を受ける。&lt;br /&gt;
* 2007年（平成19）4月 - 三菱UFJリサーチ&amp;amp;コンサルティング投資調査部を当社に移管し、景気循環研究所を設置。&lt;br /&gt;
* 2007年（平成19）9月 - 三菱UFJフィナンシャル・グループの完全子会社となり、上場廃止。&lt;br /&gt;
* 2010年4月 - 会社分割を行い、中間持株会社・'''[[三菱UFJ証券ホールディングス]]株式会社'''となり、子会社を（新）三菱UFJ証券株式会社とする（予定）。&lt;br /&gt;
* 2010年5月 - モルガン・スタンレーの日本法人と経営統合し、'''三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社'''と'''[[モルガン・スタンレーMUFG証券]]株式会社'''となる（予定）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==子会社==&lt;br /&gt;
;[[カブドットコム証券]]&lt;br /&gt;
:旧UFJ系。[[2006年]][[1月1日]]付けで旧MTFG系の[[Meネット証券]]を吸収合併。&lt;br /&gt;
:三菱UFJグループ関係では珍しく旧UFJ系列の会社が存続会社となった。&lt;br /&gt;
;[[MUS情報システム]]株式会社&lt;br /&gt;
:2006年[[10月30日]]付けで国際ビジネス・アンド・システムサービス株式会社から社名変更。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==著名な研究員等（現職者・出身者）==&lt;br /&gt;
*[[水野和夫]] - チーフエコノミスト&lt;br /&gt;
*[[嶋中雄二]] - 景気循環研究所長、元[[三菱UFJリサーチ&amp;amp;コンサルティング]]投資調査部長&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==顧客情報流出事件==&lt;br /&gt;
{{Main|三菱UFJ証券顧客情報売却事件}}&lt;br /&gt;
[[2009年]][[4月]]、[[個人情報|個人顧客情報]]が同社システム部の元部長代理（事件発覚後に[[懲戒解雇]]処分）によって、同社の顧客情報のほぼ全員分に当たる約149万人の顧客情報が不正に持ち出され、うち4万9000人分の顧客情報が3社の[[名簿業者]]に売却されていたことが発覚した。警察の任意の取り調べに対して元部長代理は他の社員のID等を利用して不正アクセスを行い顧客データサービスにアクセスして名簿業者にメールでデータ送信したと供述しており、[[wiki:不正アクセス行為の禁止等に関する法律|不正アクセス行為の禁止等に関する特別措置法]]違反容疑で立件方針。その後の社内調査の結果、流出した顧客情報はは少なくとも96社に転売されたことが判明した&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite news &lt;br /&gt;
 |url = http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090625-OYT1T00613.htm&lt;br /&gt;
 |title = 三菱UFJ証券の流出顧客情報、70社が回収に応じず&lt;br /&gt;
 |newspaper = [[読売新聞]]&lt;br /&gt;
 |date = 2009-06-25&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[日本証券業協会]]などから証券マンとしてあるまじき行為として、規律委員会の開催を示唆した上で法人取引の制限の検討中である。2009年6月、システム部元部長代理がアクセス禁止法違反などで警視庁によって逮捕された。なお、元部長代理が不正アクセスの際に利用した同僚のIDは、本来、この同僚が他部署に異動した際に削除されているはずのものであり、同社の杜撰な管理体制が露呈した形となった。[[2009年]][[6月25日]]、[[金融庁]]は、内部管理体制が不十分であるとして、三菱UFJ証券に対して業務改善命令を出した&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite news &lt;br /&gt;
 |author = 中井奨&lt;br /&gt;
 |url = http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20090626/332643/&lt;br /&gt;
 |title = 「内部管理態勢が不十分」、金融庁が三菱UFJ証券に業務改善命令&lt;br /&gt;
 |newspaper = ITpro&lt;br /&gt;
 |publisher = [[日経BP社]]&lt;br /&gt;
 |date = 2009-06-26&lt;br /&gt;
 |accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==CM==&lt;br /&gt;
2010年現在、[[松たか子]]が出演している。&lt;br /&gt;
===過去の出演者===&lt;br /&gt;
*'''国際証券''' - [[田中陽子]]（1991年）、[[須永慶]]（2001年）&lt;br /&gt;
*'''三菱証券''' - [[巻上公一]]（2004年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==脚注==&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]&lt;br /&gt;
*[[三菱UFJ証券顧客情報売却事件]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.sc.mufg.jp/ 三菱UFJ証券]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{三菱UFJフィナンシャル・グループ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;background-color:red&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三菱グループ]]&lt;br /&gt;
|&amp;lt;table border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;margin:1em auto; font-size:smaller; width:90%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|食料品 = '''[[キリンホールディングス]]''' - '''[[wiki:弘乳舎|三菱サイダー]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|パルプ・紙・繊維 = '''[[三菱製紙]]''' - '''[[三菱レイヨン]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|建設 = '''[[ピーエス三菱]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|化学 = '''[[三菱化学]]''' - '''[[三菱ガス化学]]''' - '''[[三菱樹脂]]''' - [[大日本塗料]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|ガラス・窯業 = '''[[旭硝子]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|石油・原子力 = '''[[新日本石油]]''' - [[三菱原子燃料]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|鉄鋼 = '''[[三菱製鋼]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|非鉄金属 = '''[[三菱マテリアル]]''' - '''[[三菱電線工業]]''' - '''[[三菱アルミニウム]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|機械 = '''[[三菱化工機]]''' - '''[[三菱重工業]]''' - [[キャタピラージャパン]] - [[東洋製作所]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|鉛筆 = '''[[三菱鉛筆]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|輸送用機械 = '''[[三菱自動車工業]]''' - '''[[三菱ふそうトラック・バス]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|電気機器 = '''[[三菱電機]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|精密機器 = '''[[ニコン]]''' - [[三菱プレシジョン]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|商社 = '''[[三菱商事]]''' - [[菱食]] - [[アストモスエネルギー]] &lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|金融 = '''[[三菱東京UFJ銀行]]''' - '''[[三菱UFJ証券]]''' - '''[[三菱UFJ信託銀行]]''' - [[三菱オートリース]] - [[三菱UFJニコス]] - [[三菱UFJリース]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|保険 = '''[[東京海上日動火災保険]]''' - '''[[明治安田生命保険]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|不動産 = '''[[三菱地所]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|運輸・倉庫 = '''[[三菱倉庫]]''' - '''[[日本郵船]]''' - [[三菱鉱石輸送]] - [[三菱タクシー]] - [[MKタクシー]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|情報・通信 = '''[[三菱総合研究所]]''' - [[三菱スペース・ソフトウエア]] - [[アイ・ティ・フロンティア]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|関連項目 = [[三菱財閥]] - [[岩崎家]] - [[三菱UFJフィナンシャル・グループ]] - [[東京海上ホールディングス]] - [[三菱ケミカルホールディングス]] - [[新日紘ホールディングス]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|備考 = ※太字は[[三菱グループ#三菱金曜会|三菱金曜会（三菱グループの社長会）]]メンバー。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
&amp;lt;/table&amp;gt;&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:みつひしゆうえふしえいしようけん}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の証券会社]]&lt;br /&gt;
[[Category:千代田区の企業]]&lt;br /&gt;
[[Category:三菱UFJフィナンシャル・グループ|しようけん]]&lt;br /&gt;
[[Category:三菱グループ|しようけん]]&lt;br /&gt;
[[Category:蛆虫]]&lt;br /&gt;
[[Category:ケフカ]]&lt;br /&gt;
[[Category:長谷川穂積に一遍どつき回された方がいい人物]]&lt;br /&gt;
[[category:キチガイ]]&lt;br /&gt;
[[Category:身の程知らず]]&lt;br /&gt;
[[Category:創価学会]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Mitsubishi UFJ Securities]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>58.95.47.110</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%89%E8%8F%B1UFJ%E8%A8%BC%E5%88%B8&amp;diff=86350</id>
		<title>三菱UFJ証券</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%89%E8%8F%B1UFJ%E8%A8%BC%E5%88%B8&amp;diff=86350"/>
				<updated>2010-04-26T09:51:38Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;58.95.47.110: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{基礎情報 会社&lt;br /&gt;
|社名 = 三菱UFJ証券株式会社&lt;br /&gt;
|英文社名 = Mitsubishi UFJ Securities Co., Ltd.&lt;br /&gt;
|ロゴ =&lt;br /&gt;
|種類 = [[株式会社]]&lt;br /&gt;
|市場情報 = {{上場情報 | 東証1部 | 8615 | | 2007年9月25日}}{{上場情報 | 大証1部 | 8615 | | 2007年9月25日}}{{上場情報 | 名証1部 | 8615 | | 2007年9月25日}}&lt;br /&gt;
|略称 = 三菱証券、国際証券、蛆虫証券、うんこふんじゃった証券、見潰し証券&lt;br /&gt;
|国籍 = {{JPN}}&lt;br /&gt;
|郵便番号 = 100-6317&lt;br /&gt;
|本社所在地 = [[東京都]][[千代田区]][[丸の内]]二丁目4番1号&lt;br /&gt;
|電話番号 = 03-6213-8500&lt;br /&gt;
|設立 = [[1948年]]（昭和23年）[[3月4日]]&amp;lt;br /&amp;gt;（八千代證券株式会社）&lt;br /&gt;
|業種 = 7100&lt;br /&gt;
|事業内容 = [[有価証券]]の売買等および売買等の委託の媒介等、[[三菱UFJ顧客情報売却事件|顧客情報売却]]&lt;br /&gt;
|代表者 = 会長兼CEO [[五味康昌]]&amp;lt;br&amp;gt; 取締役社長 [[秋草史幸]] &lt;br /&gt;
|資本金 = 655億18百万円&amp;lt;br /&amp;gt;（2009年3月31日現在）&lt;br /&gt;
|発行済株式総数 = 7億1698万5496株&amp;lt;br /&amp;gt;（2009年3月31日現在）&lt;br /&gt;
|売上高 = 連結：5,340億円&amp;lt;br /&amp;gt;単独：2,550億円&amp;lt;br /&amp;gt;（[[2008年]][[3月]]期）&lt;br /&gt;
|総資産 = 連結：19兆1,902億円&amp;lt;br /&amp;gt;単独：9兆9,860億円&amp;lt;br /&amp;gt;（2008年3月期）&lt;br /&gt;
|従業員数 = 単独：6,732名&amp;lt;br /&amp;gt;（2009年3月31日現在）&lt;br /&gt;
|決算期 = 3月31日&lt;br /&gt;
|主要株主 = 株式会社[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]] 100%&lt;br /&gt;
|主要子会社 = MUハンズオンキャピタル株式会社&amp;lt;br /&amp;gt;MUSファシリティサービス株式会社&amp;lt;br /&amp;gt;[[MUS情報システム]]株式会社&amp;lt;br /&amp;gt;MUSビジネスサービス株式会社&lt;br /&gt;
|関係する人物 =&lt;br /&gt;
|外部リンク = [http://www.sc.mufg.jp/ http://www.sc.mufg.jp/]&lt;br /&gt;
|特記事項 = 過去に[[三菱UFJ証券顧客情報売却事件|顧客情報流出事件]]を起こしたアホ証券会社。&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''三菱UFJ証券'''株式会社（みつびしユーエフジェイしょうけん、[[英語|英称]]：''Mitsubishi UFJ Securities Co., Ltd.''）は日本の[[証券会社]]である。株式会社[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]の子会社。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
店舗数は115店&amp;lt;ref&amp;gt;2009年4月2日現在。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
キャッチフレーズは、「大切なものを、あなたと」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==歴史==&lt;br /&gt;
===国際証券のグループ入り===&lt;br /&gt;
前身である国際証券時代は[[野村證券]]系の会社（子会社ではない）であった。[[wiki:バブル経済|バブル]]崩壊後、証券会社が最も苦しんだ[[1997年]]-[[1998年]]ごろ、国際証券は[[投資信託]]の販売が絶好調で、親会社より株価が高いという現象がみられた（野村證券が800円台の時代、国際証券は1100円台をつけていた）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これをこころよく思わなかった{{要出典}}野村證券上層部と、[[wiki:日興コーディアル証券|日興證券]]の[[三菱グループ]]離脱に伴ってグループ内の証券業部門に空白を生じていた当時の[[東京三菱銀行]]（現在の[[三菱東京UFJ銀行]]）との利害が一致し、野村證券が保有する国際証券株式を東京三菱銀行に譲渡させ、同行の子会社&amp;lt;ref&amp;gt;現在の[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]の一員&amp;lt;/ref&amp;gt;となる。この一連の国際証券の三菱グループ入りにあたっては、国際証券内部に大きな軋轢を生じた。&lt;br /&gt;
===三菱証券の発足===&lt;br /&gt;
三菱東京フィナンシャルグループが発足した2001年に、「国際証券」と東京三菱銀行が[[金融ビッグバン]]時代に設立させたリテール証券の「東京三菱パーソナル証券」「東京三菱TDウォーターハウス証券」、三菱銀行の子会社として設立していた「東京三菱証券（旧:三菱ダイヤモンド証券）」、三菱信託銀行と親密であった「一成証券」の経営統合を発表。2002年10月1日に合併のうえ「'''三菱証券'''」が発足。かつての日興證券に代わりうる三菱グループの総合証券会社として誕生した。MTFGでは[[三菱信託銀行]]でしか使われていなかった[[スリーダイヤ]]をシンボルマークとした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===UFJつばさ証券との合併===&lt;br /&gt;
2005年10月、[[wiki:三菱東京フィナンシャルグループ|MTFG]]と[[wiki:UFJホールディングス|UFJ]]が経営統合し[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]となるのに伴い、UFJ系の[[UFJつばさ証券]]（ユニバーサル証券・太平洋証券・東和証券・第一證券）と[[企業合併|合併]]し、現在の'''三菱UFJ証券'''となる。なお、[[三菱UFJ信託銀行]]も予定通り同日に合併し発足したが、中核の[[三菱東京UFJ銀行]]についてはシステム対策に万全を尽くすのため2006年1月1日発足へ合併が延期されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===現況===&lt;br /&gt;
[[2007年]]9月30日に、[[株式交換]]によって三菱UFJフィナンシャル・グループの完全子会社となって上場廃止となる。&lt;br /&gt;
現在、同じ持ち株会社の傘下にある三菱東京UFJ銀行、三菱UFJ信託銀行との共同店舗である「[[MUFGプラザ]]（旧：MTFGプラザ）の出店を進めている。銀行の顧客基盤を活かしたアプローチにより、投資信託や国債などの販売額の伸びが顕著である。また、アジア地域の有力金融機関との提携を積極化したりと、投資銀行業務に力を注いでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
合併以降、旧三菱証券会長だった[[五味康昌]]が会長兼CEOを務め（当初、旧三菱証券社長は副会長となっていたが、その後退任し現在は空席）、社長は旧[[東海銀行]]出身者が歴代務めてきたが、2008年に、三菱銀行出身の[[秋草史幸]]が副社長から昇格したため、いわゆる旧社間の[[たすきがけ]]が崩れている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年に旧UFJつばさ証券出身のシステム担当社員が[[顧客情報]]を[[名簿屋]]に売却した[[三菱UFJ証券顧客情報売却事件]]が発覚。顧客離れの懸念がなされた。&lt;br /&gt;
=== モルガン・スタンレーとの統合 ===&lt;br /&gt;
[[2009年]]3月26日、モルガン・スタンレーの日本法人であるモルガン・スタンレー証券と合併することで合意したと正式に発表した&amp;lt;ref name=&amp;quot;news&amp;quot;&amp;gt;{{Cite news&lt;br /&gt;
| url = http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20090327AT2C2601L26032009.html&lt;br /&gt;
| title = 三菱UFJと米モルガン、証券統合を発表&lt;br /&gt;
| newspaper = [[日本経済新聞]]&lt;br /&gt;
| date = 2009-03-27&lt;br /&gt;
| accessdate = 2009-04-13&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。この発表では、2010年3月末に、三菱UFJ60%、モルガン・スタンレー40%出資の合弁会社となる予定であった。その後、2009年11月19日の三菱UFJフィナンシャルグループの中間決算発表にて、統合計画を2社体制に見直すことが発表された&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite news&lt;br /&gt;
| url = http://www.nikkei.co.jp/news/main/20091117AT2C1701B17112009.html&lt;br /&gt;
| title = 三菱UFJとモルガン、証券子会社の統合計画見直し&lt;br /&gt;
| newspaper = 日本経済新聞&lt;br /&gt;
| date = 2009-11-18&lt;br /&gt;
| accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まず、三菱UFJ証券が12月上旬に三菱UFJ証券分割準備株式会社を設立し、2010年4月1日に会社分割を行い、中間持株会社・'''[[三菱UFJ証券ホールディングス]]株式会社'''となり、三菱UFJ証券分割準備株式会社が（新）三菱UFJ証券株式会社となる&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite press release&lt;br /&gt;
| title = 三菱UFJ証券株式会社による分割準備会社の設立と中間持株会社制への移行について&lt;br /&gt;
| publisher = 三菱UFJフィナンシャル・グループ&lt;br /&gt;
| date = 2009-11-18&lt;br /&gt;
| format = PDF&lt;br /&gt;
| url = http://www.mufg.jp/data/current/pressrelease-20091118-003.pdf&lt;br /&gt;
| accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。その後、[[2010年]]5月1日に、（新）三菱UFJ証券株式会社の事業とモルガン・スタンレー証券株式会社のインベストメントバンキング部門を統合し、'''三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社'''となる（三菱UFJ60%、モルガン・スタンレー40%出資）。また、モルガン・スタンレー証券株式会社のセールス・アンド・トレーディング部門に、三菱UFJが出資し、'''[[モルガン・スタンレーMUFG証券]]株式会社'''となる（三菱UFJ49%、モルガン・スタンレー51%出資）&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite press release&lt;br /&gt;
| title = 株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループとモルガン・スタンレーの日本における証券会社の統合について&lt;br /&gt;
| publisher = 三菱UFJフィナンシャル・グループ&lt;br /&gt;
| date = 2009-11-18&lt;br /&gt;
| format = PDF&lt;br /&gt;
| url = http://www.mufg.jp/data/current/pressrelease-20091118-004.pdf&lt;br /&gt;
| accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==沿革==&lt;br /&gt;
*[[1926年]]（大正15）[[10月1日]] - 株式會社加賀商店創業。&lt;br /&gt;
*[[1944年]]（昭和19） - 株式會社加賀商店が、商号を加賀證券株式會社に変更。&lt;br /&gt;
*[[1945年]]（昭和20）[[3月28日]] - 南旺証券株式会社設立。&lt;br /&gt;
*[[1948年]]（昭和23）[[3月4日]] - 八千代證券株式会社設立。&lt;br /&gt;
*[[1949年]]（昭和24） - 南旺証券株式会社が商号を鈴や証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
*[[1952年]]（昭和27） - 鈴や証券株式会社が商号を鈴一証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
*[[1953年]]（昭和28） - 鈴一証券株式会社が商号を一成証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
*[[1969年]]（昭和44） - 加賀證券株式会社が商号を菱光証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
*[[1981年]]（昭和56）10月 - 八千代證券株式会社が光亜証券株式会社及び野村證券投資信託販売株式会社と合併し、商号を国際証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
*[[1987年]]（昭和62）[[5月1日]] - 国際証券株式会社が東京証券取引所、大阪証券取引所及び名古屋証券取引所のそれぞれの市場第二部に上場。&lt;br /&gt;
*[[1989年]]（平成元） - 国際証券株式会社が東京証券取引所、大阪証券取引所及び名古屋証券取引所のそれぞれの市場第一部に指定。&lt;br /&gt;
*[[1994年]]（平成6）[[10月19日]] - 三菱ダイヤモンド証券株式会社設立。&lt;br /&gt;
*[[1996年]]（平成8） - 三菱ダイヤモンド証券株式会社が商号を東京三菱証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
*[[1999年]]（平成11）4月 - 菱光証券株式会社が大七証券株式会社と合併し、商号を東京三菱パーソナル証券株式会社に変更。&lt;br /&gt;
*1999年（平成11）7月 - 東京三菱証券株式会社が三菱信証券株式会社から営業の全部を譲り受ける。&lt;br /&gt;
*[[2002年]]（平成14）[[9月1日]] - 国際証券株式会社が東京三菱証券株式会社、東京三菱パーソナル証券株式会社及び一成証券株式会社を合併し、商号を'''三菱証券株式会社'''に変更。&lt;br /&gt;
*[[2005年]]（平成17）10月 - UFJつばさ証券株式会社（登記上はユーエフジェイつばさ証券株式会社）を合併し、商号を'''三菱UFJ証券株式会社'''に変更。名称から「つばさ」が外れる。&lt;br /&gt;
*[[2007年]]（平成19）1月 - 2005年に常務取締役が世間に公表されていない情報を得て株を不正購入したため、[[金融庁]]から業務改善命令を受ける。&lt;br /&gt;
*2007年（平成19）4月 - [[三菱UFJリサーチ&amp;amp;コンサルティング]]投資調査部を当社に移管し、景気循環研究所を設置。&lt;br /&gt;
*2007年（平成19）9月 - 三菱UFJフィナンシャル・グループの完全子会社となり、上場廃止。&lt;br /&gt;
*2010年4月 - 会社分割を行い、中間持株会社・'''三菱UFJ証券ホールディングス株式会社'''となり、子会社を（新）三菱UFJ証券株式会社とする（予定）。&lt;br /&gt;
*2010年4月 - モルガン・スタンレーの日本法人と経営統合し、'''三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社'''と'''モルガン・スタンレーMUFG証券株式会社'''となる（予定）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==子会社==&lt;br /&gt;
;[[カブドットコム証券]]&lt;br /&gt;
:旧UFJ系。[[2006年]][[1月1日]]付けで旧MTFG系の[[Meネット証券]]を吸収合併。&lt;br /&gt;
:三菱UFJグループ関係では珍しく旧UFJ系列の会社が存続会社となった。&lt;br /&gt;
;[[MUS情報システム]]株式会社&lt;br /&gt;
:2006年[[10月30日]]付けで国際ビジネス・アンド・システムサービス株式会社から社名変更。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==著名な研究員等（現職者・出身者）==&lt;br /&gt;
*[[水野和夫]] - チーフエコノミスト&lt;br /&gt;
*[[嶋中雄二]] - 景気循環研究所長、元[[三菱UFJリサーチ&amp;amp;コンサルティング]]投資調査部長&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==顧客情報流出事件==&lt;br /&gt;
{{Main|三菱UFJ証券顧客情報売却事件}}&lt;br /&gt;
[[2009年]][[4月]]、[[個人情報|個人顧客情報]]が同社システム部の元部長代理（事件発覚後に[[懲戒解雇]]処分）によって、同社の顧客情報のほぼ全員分に当たる約149万人の顧客情報が不正に持ち出され、うち4万9000人分の顧客情報が3社の[[名簿業者]]に売却されていたことが発覚した。警察の任意の取り調べに対して元部長代理は他の社員のID等を利用して不正アクセスを行い顧客データサービスにアクセスして名簿業者にメールでデータ送信したと供述しており、[[wiki:不正アクセス行為の禁止等に関する法律|不正アクセス行為の禁止等に関する特別措置法]]違反容疑で立件方針。その後の社内調査の結果、流出した顧客情報はは少なくとも96社に転売されたことが判明した&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite news &lt;br /&gt;
 |url = http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090625-OYT1T00613.htm&lt;br /&gt;
 |title = 三菱UFJ証券の流出顧客情報、70社が回収に応じず&lt;br /&gt;
 |newspaper = [[読売新聞]]&lt;br /&gt;
 |date = 2009-06-25&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[日本証券業協会]]などから証券マンとしてあるまじき行為として、規律委員会の開催を示唆した上で法人取引の制限の検討中である。2009年6月、システム部元部長代理がアクセス禁止法違反などで警視庁によって逮捕された。なお、元部長代理が不正アクセスの際に利用した同僚のIDは、本来、この同僚が他部署に異動した際に削除されているはずのものであり、同社の杜撰な管理体制が露呈した形となった。[[2009年]][[6月25日]]、[[金融庁]]は、内部管理体制が不十分であるとして、三菱UFJ証券に対して業務改善命令を出した&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite news &lt;br /&gt;
 |author = 中井奨&lt;br /&gt;
 |url = http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20090626/332643/&lt;br /&gt;
 |title = 「内部管理態勢が不十分」、金融庁が三菱UFJ証券に業務改善命令&lt;br /&gt;
 |newspaper = ITpro&lt;br /&gt;
 |publisher = [[日経BP社]]&lt;br /&gt;
 |date = 2009-06-26&lt;br /&gt;
 |accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==CM==&lt;br /&gt;
2010年現在、[[松たか子]]が出演している。&lt;br /&gt;
===過去の出演者===&lt;br /&gt;
*'''国際証券''' - [[田中陽子]]（1991年）、[[須永慶]]（2001年）&lt;br /&gt;
*'''三菱証券''' - [[巻上公一]]（2004年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==脚注==&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]&lt;br /&gt;
*[[三菱UFJ証券顧客情報売却事件]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.sc.mufg.jp/ 三菱UFJ証券]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{三菱UFJフィナンシャル・グループ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;background-color:red&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[三菱グループ]]&lt;br /&gt;
|&amp;lt;table border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;margin:1em auto; font-size:smaller; width:90%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|食料品 = '''[[キリンホールディングス]]''' - '''[[wiki:弘乳舎|三菱サイダー]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|パルプ・紙・繊維 = '''[[三菱製紙]]''' - '''[[三菱レイヨン]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|建設 = '''[[ピーエス三菱]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|化学 = '''[[三菱化学]]''' - '''[[三菱ガス化学]]''' - '''[[三菱樹脂]]''' - [[大日本塗料]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|ガラス・窯業 = '''[[旭硝子]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|石油・原子力 = '''[[新日本石油]]''' - [[三菱原子燃料]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|鉄鋼 = '''[[三菱製鋼]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|非鉄金属 = '''[[三菱マテリアル]]''' - '''[[三菱電線工業]]''' - '''[[三菱アルミニウム]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|機械 = '''[[三菱化工機]]''' - '''[[三菱重工業]]''' - [[キャタピラージャパン]] - [[東洋製作所]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|鉛筆 = '''[[三菱鉛筆]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|輸送用機械 = '''[[三菱自動車工業]]''' - '''[[三菱ふそうトラック・バス]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|電気機器 = '''[[三菱電機]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|精密機器 = '''[[ニコン]]''' - [[三菱プレシジョン]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|商社 = '''[[三菱商事]]''' - [[菱食]] - [[アストモスエネルギー]] &lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|金融 = '''[[三菱東京UFJ銀行]]''' - '''[[三菱UFJ証券]]''' - '''[[三菱UFJ信託銀行]]''' - [[三菱オートリース]] - [[三菱UFJニコス]] - [[三菱UFJリース]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|保険 = '''[[東京海上日動火災保険]]''' - '''[[明治安田生命保険]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|不動産 = '''[[三菱地所]]'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|運輸・倉庫 = '''[[三菱倉庫]]''' - '''[[日本郵船]]''' - [[三菱鉱石輸送]] - [[三菱タクシー]] - [[MKタクシー]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|情報・通信 = '''[[三菱総合研究所]]''' - [[三菱スペース・ソフトウエア]] - [[アイ・ティ・フロンティア]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|関連項目 = [[三菱財閥]] - [[岩崎家]] - [[三菱UFJフィナンシャル・グループ]] - [[東京海上ホールディングス]] - [[三菱ケミカルホールディングス]] - [[新日紘ホールディングス]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|備考 = ※太字は[[三菱グループ#三菱金曜会|三菱金曜会（三菱グループの社長会）]]メンバー。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
&amp;lt;/table&amp;gt;&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:みつひしゆうえふしえいしようけん}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の証券会社]]&lt;br /&gt;
[[Category:千代田区の企業]]&lt;br /&gt;
[[Category:三菱UFJフィナンシャル・グループ|しようけん]]&lt;br /&gt;
[[Category:三菱グループ|しようけん]]&lt;br /&gt;
[[Category:蛆虫]]&lt;br /&gt;
[[Category:ケフカ]]&lt;br /&gt;
[[Category:長谷川穂積に一遍どつき回された方がいい人物]]&lt;br /&gt;
[[category:キチガイ]]&lt;br /&gt;
[[Category:身の程知らず]]&lt;br /&gt;
[[Category:創価学会]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Mitsubishi UFJ Securities]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>58.95.47.110</name></author>	</entry>

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		<title>日本インター</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;58.95.47.110: 裁判外紛争解決手続&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;#REDIRECT [[:Wiki:裁判外紛争解決手続]]&lt;/div&gt;</summary>
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		<title>武藤組</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;58.95.47.110: →2010年4月23日→民事再生法申請&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;#REDIRECT [[:Wiki:民事再生手続]]&lt;/div&gt;</summary>
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		<title>名画堂</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;58.95.47.110: →破産&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;#REDIRECT [[:Wiki:破産]]&lt;/div&gt;</summary>
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		<title>マミークック</title>
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&lt;hr /&gt;
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		<title>食の友</title>
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&lt;hr /&gt;
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		<title>まつだ屋</title>
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		<title>えり善真木呉服店</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;58.95.47.110: →破産&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
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		<title>トロップス</title>
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				<updated>2010-04-26T08:54:00Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;58.95.47.110: →事業停止→破産&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;#REDIRECT [[:Wiki:破産]]&lt;/div&gt;</summary>
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		<title>○○不動産</title>
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				<updated>2010-04-26T08:50:12Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;58.95.47.110: →2010年4月14日→破産&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;#REDIRECT [[:Wiki:破産]]&lt;/div&gt;</summary>
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		<title>ホームワークス</title>
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				<updated>2010-04-26T08:46:14Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;58.95.47.110: →2010年3月17日→破産&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;#REDIRECT [[:Wiki:破産]]&lt;/div&gt;</summary>
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		<title>アングル (佐伯区)</title>
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				<updated>2010-04-26T08:41:54Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;58.95.47.110: →破産&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
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		<author><name>58.95.47.110</name></author>	</entry>

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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%90%89%E7%94%B0%E7%B5%84&amp;diff=86293</id>
		<title>吉田組</title>
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				<updated>2010-04-26T08:41:47Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;58.95.47.110: →破産&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;#REDIRECT [[:Wiki:破産]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>58.95.47.110</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%B1%B1%E4%B8%80%E6%8A%97%E4%BA%89&amp;diff=86292</id>
		<title>山一抗争</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%B1%B1%E4%B8%80%E6%8A%97%E4%BA%89&amp;diff=86292"/>
				<updated>2010-04-26T08:41:17Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;58.95.47.110: M&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''山一抗争'''（やまいちこうそう）は、[[昭和]]59年（[[1984年]]）[[8月5日]]から[[平成]]元年（[[1989年]]）[[3月30日]]にかけて[[山口組]]と[[一和会]]の間に起こった[[暴力団]][[抗争事件]]。317件の大小抗争が発生し、一和会側に死者19人、負傷者49人、山口組側に死者10人負傷者17人、[[警察官]]・市民に負傷者4人を出した&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『ネオ山口組の野望』[[角川書店]]＜角川文庫＞、1994年、ISBN 4-04-146436-6のP.91&amp;lt;/ref&amp;gt;。山一抗争の直接の逮捕者は560人だった&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『ネオ山口組の野望』[[角川書店]]＜角川文庫＞、1994年、ISBN 4-04-146436-6のP.91&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 山一抗争勃発まで ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昭和59年（[[1984年]]）6月5日午後3時、[[山口組]]直系組長会で、山口組若頭・[[竹中正久]]は、山口組四代目組長就任の挨拶をした。山口組組長代行・[[山本広]]を支持する直系組長は直系組長会に出席しなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日、[[大阪市]][[東区 (大阪市)|東区]]の[[松美会]]事務所で、山本広、[[加茂田組]]・[[加茂田重政]]組長、[[佐々木組]]・[[佐々木道雄]]組長、[[溝橋組]]・[[溝橋正夫]]組長、[[北山組]]・[[北山悟]]組長、[[松美会]]・[[松本勝美]]会長、[[小田秀組]]・[[小田秀臣]]組長ら約20人が在阪のマスコミ各社を呼んで記者会見を開き竹中正久の山口組四代目就任に反対した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年6月6日、竹中正久の山口組四代目就任に反対する山口組直系組長は山口組の山菱の代紋を組事務所から外した。この段階で山口組参加者は直系組長42人で総組員数4690人、一和会参加者は直系組長34人で総組員数6021人だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年6月8日、[[兵庫県警]]と[[姫路警察署]]は、竹中組事務所への家宅捜索を行なった。容疑は、昭和57年（1982年）7月の竹中組と小西一家との喧嘩の際に使用された拳銃が竹中組事務所に隠されていることと、昭和57年（1982年）8月に竹中組組員がサイコロ賭博に加わった、というものだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年6月13日、山本広、加茂田重政、佐々木道雄らは山本広を会長に据えて「[[一和会]]」を結成した。加茂田重政は副会長兼理事長に就任した。加茂田重政は、弟の[[神竜会]]・[[加茂田俊治]]会長を一和会理事長補佐に据え、弟の[[政勇会]]・[[加茂田勲武]]会長を一和会常任理事に据えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
山口組[[福井組]]・[[福井英夫]]組長は、山口組[[宅見組]]・[[宅見勝]]組長に説得されて、一和会参加を取り止めて[[ヤクザ]]から引退した。小田秀臣も一和会には参加せずヤクザから引退した。[[名古屋市]]の[[弘田組 (名古屋市)|弘田組]]・[[弘田武]]組長も一和会には参加せずにヤクザから引退した。弘田組若頭・[[司忍]]（後の六代目山口組組長）が弘田組を引き継ぎ、[[弘道会]]を結成した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年6月21日、田岡邸大広間で、竹中正久は、23人の舎弟、46人の若中と、固めの盃を執り行なった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年6月23日、竹中正久は、[[山口組若頭]]に[[豪友会]]・[[中山勝正]]会長、舎弟頭に[[中西組]]・[[中西一男]]組長、筆頭[[若頭補佐]]兼本部長に[[岸本組]]・[[岸本才三]]組長を据えた。[[山健組]]・[[渡辺芳則]]組長、[[宅見組]]・[[宅見勝]]組長、[[嘉陽組]]・[[嘉陽宗輝]]組長、[[一心会]]・[[桂木正夫]]会長、[[角定一家]]・[[木村茂夫]]総長を若頭補佐に据えた。[[竹中武]]を[[竹中組 (姫路)|竹中組]]組長、[[竹中正]]を竹中組相談役に就けた。竹中武は直系若衆になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年7月10日、[[徳島県]][[鳴門市]]の「観光ホテル鳴門」で山口組襲名式が執り行なわれた。後見人は[[稲川会]]・[[稲川　聖城]]会長。取持人は[[諏訪一家]]・[[諏訪健治]]総長。推薦人は[[住吉連合会]]（後の住吉会）・[[堀政夫]]会長と[[会津小鉄会]]（後の会津小鉄）・[[図越利一]]会長、[[大野一家]]・[[大野鶴吉]]総長、[[今西組]]・[[辻野嘉兵衛]]組長、[[松浦組]]・[[松浦繁明]]組長、[[大日本平和会]]・[[平田勝市]]会長、[[森会]]・[[平井龍夫]]会長、[[草野一家]]・[[草野高明]]総長。見届け人は翁長良宏。媒酌人は[[大野一家]][[義信会]]・[[津村和磨]]会長。霊代は、[[田岡文子]]だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 山一抗争 ==&lt;br /&gt;
同年8月5日、[[和歌山県]][[串本町]]の賭場で、山口組[[松山組]][[岸根組]]・[[岸根敏春]]組長が、一和会[[坂井組]]串本支部若頭補佐・[[潮崎進]]を刺殺した。この事件をきっかけに、山一抗争が勃発した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年8月23日、竹中正久は「義絶状」を友誼団体に送った。これは実質的に一和会への[[絶縁#ヤクザの絶縁|絶縁]]状だった。一和会は、義絶状に危機感を持った&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『ネオ山口組の野望』[[角川書店]]＜角川文庫＞、1994年、ISBN 4-04-146436-6のP.91&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年、[[札幌刑務所]]の病舎で、山口組[[一会]]・[[野沢義太郎]]会長（元柳川組幹部）は[[誠友会]]・[[石間春夫]]会長（後の五代目山口組舎弟）と面会した。野沢義太郎は敢えて石間春夫に山口組参加を切り出さなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年秋、札幌刑務所の病舎で、山口組[[若頭補佐]]・[[渡辺芳則]]（後の五代目山口組組長）と山口組若頭補佐・[[桂木正夫]]は、石間春夫と面会した。渡辺芳則は、石間春夫から、年明けの石間春夫と竹中正久と中山勝正の面会の約束を取り付けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年7月下旬、一和会二代目[[山広組]]若頭・[[後藤栄治]]は、山広組舎弟・[[長野修一]]とともに山口組に対する行動隊を結成し長野修一を行動隊長に据えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年9月3日、一和会[[宮脇組]][[首竜会]]副会長・[[衛藤一生]]が、山口組[[石井組]][[石友会]]・[[徳弘喜一郎]]会長（二代目石井組本部長）の入院先の病院で、徳弘喜一郎拳銃で銃撃し重傷を負わせた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年9月中旬、後藤栄治は山広組から19人の隊員を選抜し行動隊の結成式を行なった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年10月、一和会・[[石川裕雄]]常任理事は、大阪府[[吹田市]]のマンション「GSハイム第二江坂」に竹中正久の愛人が住んでいることを掴んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同月、一和会は「義絶状」に対する反論文を一部団体に送付した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年11月11日、山口組二代目石井組・[[秋山潔]]組長が出所した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年12月初旬、石川裕雄は、「GSハイム第二江坂」の204号室を知人名義で借り無線機を置いて、一和会の「GSハイム江坂」の見張り要員と交信できるようにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年12月21日、長野修一は、大阪市西区の「GSハイム西長堀」の302号室を借りた。長野はこの部屋を武器の隠し場所にした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年末、山口組構成員数は14000人、一和会構成員数は2800人となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昭和60年（[[1985年]]）1月9日、竹中正久に対する、昭和55年（1980年）3月上旬と中旬に竹中組で開かれた賭博容疑での[[最高裁判所]]の判決が決まり、竹中正久の[[懲役]]5ヶ月が確定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年1月、石間春夫は、札幌刑務所の病舎で、誠友会幹部と面会した。誠友会幹部は、石間春夫に「竹中正久と中山勝正が[[沖縄県]]の[[旭琉会]]からの招待を受けたため、沖縄に行ってから、北海道に来ることになった。時期は1月下旬になる」と伝えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年1月12日、後藤栄治は石川裕雄から竹中正久の愛人宅を教えられた。後藤栄治は、長野修一を[[西名阪道路]]の[[津インターチェンジ]]に呼び、共に吹田市の「GSハイム第二江坂」に向かった。後藤栄治は、車中で、長野修一に25口径[[ベレッタ]]と25口径[[タイタン]]と32口径[[回転式拳銃]]を渡した。その後、「GSハイム第二江坂」204号室で、後藤栄治は長野修一に石川裕雄を紹介した。石川裕雄は長野修一に無線機の使い方を教えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年1月13日、神戸市で、竹中正は、ハワイのマフィアのジョン・リー一家と称する[[プロレスラー]]・[[ヒロ佐々木]]（実は[[アメリカ連邦麻薬取締局]]の秘密[[エージェント]]）と会い、[[マイケル・ジャクソン]]の日本公演を依頼した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年1月16日、竹中正久は、中山勝正ら山口組最高幹部を連れて、[[大阪国際空港]]から午前8時45分発[[日本航空|日航]]911便に乗り、[[沖縄県]]に入った。[[那覇空港]]で、竹中正久や山口組最高幹部は、三代目[[旭琉会]]・[[翁長良宏]]会長、旭琉会の15の一家の総長と幹部クラスの合計約60人から出迎えられ、接待を受けた。同日、竹中正久らは、旭琉会の案内で沖縄を観光した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年1月17日、竹中正久らは琉球カントリークラブで旭琉会組員とゴルフを行い、夜にはクラブ「銀馬車」を借り切って全員で宴会となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年1月17日、[[三重県]]の山中で長野修一は、二代目山広組組員・[[田辺豊記]]、山広組広盛会舎弟頭・[[立花和夫 (ヤクザ)|立花和夫]]、山広組組員・[[長尾直美]] とともに、拳銃の試撃ちを行なった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年1月18日、長野修一は石川裕雄から38口径回転式拳銃を1丁受け取った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年1月23日、長野修一は後藤栄治から32口径改造拳銃1丁を受け取った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年1月26日昼、[[兵庫県]][[神戸市]][[灘区]]篠原町で、山口組本部に上棟式が行われた。竹中正久、中山勝正ら山口組幹部全員が参加した&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『ネオ山口組の野望』[[角川書店]]＜角川文庫＞、1994年、ISBN 4-04-146436-6のP.140～P.141&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日午後9時15分過ぎ、竹中正久は中山勝正と山口組[[南組]]・[[南力]]組長とともに、[[大阪府]][[吹田市]]のマンション「GSハイム第二江坂」の1階エレベーター前で、田辺豊記、長尾直美、立花和夫に銃撃された。南力は即死だった。竹中正久は銃弾3発を受けたが、自力で自分の[[メルセデスベンツ]]の車に乗り込み、運転手の南組組員に大阪[[南区 (大阪)|南区]]の南組事務所に向かわせた。南組組員が自動車電話で救急車を南組事務所前に手配した。中山勝正は、「GSハイム第二江坂」から救急車で病院に送られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日午後9時30分、竹中正久らの乗った車は、南組事務所に到着し、竹中正久は救急車に乗せられて[[大阪警察病院]]に搬送された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年1月27日午前1時7分、中山勝正は死亡した。その後、[[岡崎文夫 (ヤクザ)|岡崎文夫]]が豪友会を継承した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年1月27日午後11時25分、竹中正久は死亡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年1月28日、石間春夫は竹中正久の暗殺を聞き山口組に参画することを決断した。その後、石間春夫は[[私文書偽造]]により、懲役4年の判決を受け、[[宮城刑務所]]に収監された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日夜、[[兵庫県]][[神戸市]][[灘区]]の旧田岡邸で、竹中正久の[[通夜|仮通夜]]が行なわれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年1月31日、竹中家としての、竹中正久の[[密葬]]が行なわれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年2月1日、[[福崎インターチェンジ]]で、竹中武は、[[兵庫県警察|兵庫県警]]の[[機動隊]]と[[岡山県警察|岡山県警]]の刑事に、野球賭博開帳で逮捕された（後に竹中武は無罪）。その後、竹中武は1年5ヶ月間[[勾留]]された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年2月5日、山口組直系組長会で、舎弟頭・[[中西一男]]が四代目山口組組長代行に、若頭補佐・[[渡辺芳則]]（[[山健組]]組長）が若頭に就任した。山口組本部長・[[岸本才三]]は「組方針を不言実行、信賞必罰」と宣言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年2月19日、山口組[[弘道会]][[菱心会]]組員が、一和会[[後藤組]]（組長は後藤栄治）若頭・[[吉田清澄]]を拉致し、後藤栄治の居場所を吐くようにと暴行を加えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年2月23日、[[高知市]]の[[高知競輪場]]で山口組豪友会組員が一和会中井組（組長は[[中井啓一]]）組員3人を襲い、2人を射殺し1人に重傷を与えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日、後藤栄治は、後藤組組員に後藤組の解散届を三重県[[津警察署]]に届けさせた。さらに後藤栄治は[[速達]]で山口組本部に「詫び状」を送り、山口組に「自分が[[自首]]する替わりに、弘道会菱心会組員に拉致された吉田清澄を解放して欲しい」と訴えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年2月24日、後藤栄治の「詫び状」に応じて、弘道会菱心会は、吉田清澄を解放した。しかし後藤栄治は自首しなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年2月下旬、山本広は、一和会の人間に対しても、所在を隠した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年3月、[[一力一家組事務所撤去活動]]が起った。{{Main|一力一家組事務所撤去活動}}&lt;br /&gt;
同年3月2日、[[高知県警]]は、[[銃砲刀剣類所持等取締法]]違反、[[火薬類取締法]]違反、[[凶器準備集合罪]]で、岡崎文夫を逮捕した。豪友会若頭代行・[[久武康彦]]と同会本部長・[[山口励也]]が、山口組豪友会を指揮することになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年3月5日、大阪市[[西成区]]の一和会[[溝橋組]]（組長は[[溝橋正夫]]）事務所で、溝橋組幹部・[[大岩正博]]が突然の訪問者に背中を撃たれて重傷を負った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年3月6日、三重県[[四日市市]]の喫茶店で、一和会[[水谷一家]]・[[宮本一利]]組長の元相談役・[[清水幹一]]が2人組の男に拳銃で胸と腹を撃たれて死亡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年3月17日午後8時すぎ、一和会中井組[[中野会#弘田組|弘田組]]（組長は[[弘田憲二]]。後の[[中野会]]副組長）舎弟・[[竹中幸雄]]らは山口組豪友会岸本組事務所に侵入し、仮眠中だった豪友会組員・[[吉門正光]]を拳銃で撃った。吉門正光は5日後に死亡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年3月24日、[[甲子園球場]]の駐車場で、竹中組組員が、一和会特別相談役・[[大川覚]]の[[テキヤ]]の長男を銃撃し重傷を負わせた（大川覚の長男は、一和会とは無関係）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日、大阪市の一和会[[徳山組]][[徳心会]]組員が、徳心会事務所前で、足を2発銃撃され全治3週間の怪我を負った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年3月、大川覚のテキヤの長男が銃撃されたことを受け、[[祭礼]]や催事での露店の出店が制限され始めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年4月4日、山口組豪友会岸本組幹部・[[谷脇修]]は、一和会中井組事務所宛の宅配便を依頼し、宅配便配達員とともに中井組事務所に向かった。谷脇修は、宅配員に[[呼び鈴]]を押させ、中井組事務所のドアが開いたところで、一和会中井組組員・[[門屋義之]]を射殺し、他の中井組組員に重傷を与えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この時期、[[高知県警察|高知県警]]は県内540人の暴力団員のうち181人を逮捕した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年4月5日午後3時、山口組本部事務所で、山口組定例会が開催された。[[兵庫県警]]は正午すぎから、山口組本部事務所周辺に約100人の捜査員を配置した。集まった報道陣は約80人だった。この山口組定例会において、山口組本部長・[[岸本才三]]（[[岸本組]]組長）が、直系組長85人（代理出席は18人）に対して、誠友会の舎弟待遇での山口組参画を発表した&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、[[溝口敦]]『山口組ドキュメント　五代目山口組』[[三一書房]]、1990年、ISBN 4-380-90223-4のP.60&amp;lt;/ref&amp;gt;。  &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年4月12日、山口組[[弘道会]][[内薗田組]]幹部ら3人が[[名古屋市]]のレストランで、三重県[[四日市市]]の一和会水谷一家隅田組幹部・[[中本昭七]]と隅田組組員・[[島上豊]]を拉致した。内薗田組幹部ら3人は、警察に電話して「水谷一家が一時間以内に解散届を出すのならば、中本昭七と島上豊を解放する」と伝えた。水谷一家は解散を拒否した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年4月13日、山口組[[弘道会]][[内薗田組]]幹部らは中本昭七を射殺し、島上豊に重傷を与えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年4月14日、一和会定例会が開かれ、山本広が姿を見せた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日、一和会・[[吉田好延]]副幹事長は、一和会定例会からの帰る途中、[[日本国有鉄道|国鉄]][[三ノ宮駅]]前の交差点で停車中に、山口組[[後藤組]]（組長は[[後藤忠政]]）幹部・[[佐藤明義]]に38口径の拳銃で4発銃撃された。吉田好延は無事で、同乗していた組員2人が窓ガラスの破片で負傷した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年4月18日、石間春夫は、札幌拘置所病院棟で、山口組組長代行・[[中西一男]]、岸本才三、桂木正夫ら5人と面会した。石間春夫は、[[北海道同行会]]の会規に「内地の広域組織は同行会には入れない」をいう条項があったため、北海道同行会からの脱会を決めた。[[誠友会]]・[[川岸朝明]]会長は、石間春夫の指示を受けて、誠友会の北海道同行会から脱会を伝えた。北海道同行会は、石間春夫への返答を保留した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年4月21日、山口組山健組[[極心連合会]]（会長は[[橋本弘文]]）幹部ら2人が、大阪市[[淀川区]]の一和会[[加茂田組]][[西林組]]事務所で銃弾5発を乱射した。西林組若頭・[[園田卓磨]]が被弾して、全治3週間の怪我を負った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年4月23日午前1時30分、[[和歌山市]]のクラブ「シンザン」で、山口組山健組[[山健組#健竜会|健竜会]]（会長は[[桑田兼吉]]）傘下の[[梁取総業]]組員は、一緒に酒を飲んでいた一和会[[松美会]][[光山組]]・[[光山勝治]]組長を[[ウィスキーボトル]]で殴打した上で、射殺した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日午後6時すぎ、神戸市[[中央区 (神戸)|中央区]]花隈町の山口組山健組事務所近くの駐車場で、一和会加茂田組組員が、車を走らせながら車内から拳銃で発砲した。山健組[[高橋組]]組員・[[川崎竜夫]]ら3人が負傷した。通行中だった[[団体職員]]も右足に被弾した。団体職員は全治1ヶ月の重傷だった。山一抗争で初めて市民が巻き込まれた。川崎竜夫は4日後に死亡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年4月28日午後4時すぎ、神戸市[[長田区]]三番町の加茂田重政宅前のたばこ屋で、公衆電話をかけていた加茂田組[[河内組]]組員・[[鄭海鎮]]が、山健組[[鷲坂組]]幹部に右腹部を銃撃されて、重傷を負った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年5月、姫路市で、竹中正は、知り合いの不動産業者から、ヒロ佐々木に対して、マイケル・ジャクソン日本公演の保証金5000万円を支払ってもらった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年5月5日、山口組[[紺屋組]]（組長は[[紺谷久雄]]）幹部2人が、一和会加茂田組[[宮原組]]傘下[[奥原組]]事務所に宅配便の配送員を装って押し入り、拳銃を乱射して、奥原組若頭・[[佐々木俊彦]]を射殺し、奥原組幹部・[[萩原貴之]]に重傷を負わせた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日、大阪市中央区加納町の山口組岸本組事務所横の路地で、岸本組[[南野組]]組員・[[西村賢次]]が、2人組の男に拳銃で射殺された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年5月12日、竹中正はハワイで偽物のマイケル・ジャクソン日本公演（公演料は4億円）の基本契約書にサインした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年5月15日、[[ワイキキ]]の「アラモアナ・ホテル」で、竹中正は、ヒロ佐々木から、[[アメリカ陸軍]]の拳銃や[[機関銃]]を見せられ、購入を勧められた。この模様は、全て[[隠しカメラ]]で収録されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年5月20日、神戸市[[東灘区]]の山本広宅で、山口組[[後藤組]]（組長は[[後藤忠政]]）と山口組[[美尾組]]（組長は[[美尾尚利]]）の組員3人が、大型[[ダンプカー]]で突入しようとして、山本広宅を警備していた兵庫県警機動隊員と撃ちあいになった。大型ダンプカーは[[車止め]]を押し倒して電柱に激突した。後藤組幹部が機動隊員に左肩を撃たれて、重傷を負った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年5月24日、ヒロ佐々木が来日し、竹中正に、「昭和60年（1985年）5月末日までに保証金4億円をハワイに送金すること」を求めた。その後、竹中正は、送金が遅れたため、罰金30万ドルを支払った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年6月13日、誠友会を除いた北海道同行会の臨時総会が持たれ、誠友会の除名問題が議論された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年6月14日、北海道同行会の臨時総会が、誠友会を加えた全役員で議論されたが、結論は出なかった。その後、[[会規]]はうやむやになり、誠友会は、北海道同行会に残ることになった。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年6月23日、[[香川県]][[高松市]]のパチンコ店で、山口組一心会幹部・[[美村道彦]]と山口組一心会[[南声会]]組員が、一和会山広組幹部・[[岩附秀雄]]を射殺した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年7月、石間春夫は四代目[[山口組]]舎弟となり山口組に参加した。誠友会の系列組織の事務所は、山菱の代紋を掲げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年7月6日、一和会・[[溝橋正夫]]常任顧問がヤクザから引退した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年7月19日、元[[神戸市長]]で弁護士の[[中井一夫]]が、昭和60年（1985年）8月28日から同年9月4日まで開かれる[[1985年夏季ユニバーシアード|ユニバーシアード神戸大会]]のため、山口組と一和会に抗争休止を呼びかけた。山口組と一和会は休戦した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年7月21日、高知市中水道のアパート「平和荘」で、山口組豪友会岸本組幹部・[[足立栄祝]]が、就寝中に右手と右脇腹を銃撃されて重傷を負った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年8月末、ヒロ佐々木は「ジョン・リー一家結成25周年記念パーティー」なる招待状を、山口組幹部に送った。しかし、殆どの招待状が[[大阪国際空港]]に局留され、竹中正と[[織田組]]・[[織田譲二]]組長（本名は'''伊藤豊彦'''）以外の山口組幹部には届かなかった。竹中正と織田譲二は、記念パーティーに出席し、ヒロ佐々木から、[[ロケット砲]]やマシンガンの購入を勧められた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年9月3日、ハワイで、竹中正と織田譲二と香港の元飲食店主・[[梶田聖]]が、ロケット砲3基・マンシンガン5丁・拳銃100丁の密輸未遂、麻薬不正取引、殺人教唆の容疑で、囮捜査官・ヒロ佐々木らに逮捕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年10月27日、[[鳥取県]][[倉吉市]]のスナックで、山口組竹中組[[杉本組]][[輝道会]]組員・[[清山礼吉]]が女装して、一和会幹事長補佐・[[赤坂進]]（[[赤坂組]]組長）を呼び出し、輝道会組員・[[山本尊章]]が、赤坂進と赤坂組組員・[[田中義昭]]を射殺した。清山礼吉は包丁で、他の赤坂組組員を刺して重傷を負わせた。その後、山本尊章は[[無期懲役]]、清山礼吉は懲役15年の判決を受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年11月、[[競馬]]や[[競輪]]などの公共施設への暴力団の立ち入りが禁止され始めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年12月20日、神戸市中央区北長狭通りの一和会本部前で、一和会[[中川連合会]]（会長は[[中川宣治]]。一和会副本部長）[[愛国青年同盟]]幹部・[[戸田昇]]と一和会松美会組員・[[今井浩平]]が銃撃された。戸田昇は、左胸と左腹部を撃たれて死亡した。今井浩平は重傷を負った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年12月25日、神戸市[[三ノ宮駅]]前のセンタープラザで、一和会組織委員長・[[北山悟]]が、3人組の男に銃撃されて負傷した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昭和61年（[[1986年]]）1月21日午前2時、[[加古川市]]で、竹中組[[大西組]]（組長は[[大西康雄]]）組員・[[前田哲也]]と大西組組員・[[山本孝道]]が、一和会加茂田組[[小野会]]・[[小野敏文]]会長の自宅に押し入り、小野敏文に加茂田組からの脱会届を書くように要求した。小野敏文が要求を拒否すると、前田哲也と山本孝道は小野敏文を射殺した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年1月22日、和歌山市畑屋敷の交差点で、一和会松美会吉田組組員・[[松岡勤]]が、赤信号で停車していたところ、山口組[[小山組]][[吉村組]]幹部に銃撃された。松岡勤は病院に搬送される途中で死亡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年1月24日午後10時43分、田岡文子が、[[肝硬変]]で死亡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このころから、警察は「[[暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律]]」（通称は'''暴対法'''）の制定を考え始めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年2月14日、[[ホテル]]・[[ニューオータニ]]で、[[関東二十日会]]と[[関東神農同志会]]の合同食事会が開催された&amp;lt;ref&amp;gt;昭和59年（[[1984年]]）から毎年2月に、関東二十日会と関東神農同志会は、合同食事会を催していた&amp;lt;/ref&amp;gt;。合同食事会前の挨拶で、[[住吉連合]]副会長・[[西口茂男]]は、「稲川会・稲川聖城会長が山口組と一和会の手打ちのために努力している」と語った。当時、山一抗争のおかげで、全国の[[的屋]]は主要な祭礼から締め出しを受け、的屋の死活問題になっていた。合同食事会が終わった後、稲川聖城は、[[会津小鉄会]]総裁代行・[[高山登久太郎]]（本名は'''姜外秀'''）、[[倭奈良組]]・[[橋本正男]]組長らと山一抗争終結について話し合った&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『ネオ山口組の野望』[[角川書店]]＜角川文庫＞、1994年、ISBN 4-04-146436-6のP.99～P.100&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年2月&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『ネオ山口組の野望』[[角川書店]]＜角川文庫＞、1994年、ISBN 4-04-146436-6のP.102&amp;lt;/ref&amp;gt;、稲川会・稲川聖城総裁と稲川会・[[石井隆匡]]会長が、病気療養中の田岡文子を見舞い、次いで山口組幹部と会って、一和会との和解を打診した。中西一男や渡辺芳則らは「昭和61年（1986年）年3月13日までに、山口組内を和解の方向でまとめる」と回答した&amp;lt;ref&amp;gt;山口組は、昭和60年（1985年）8月23日に出した「義絶状」で「一和会をヤクザ組織として認めない」と宣言していた。手打ちとは、ヤクザ組織同士が行なうことなので、「和解」や「終結」の言葉が使われた&amp;lt;/ref&amp;gt;。山口組組長代行・中西一男は、服役中の豪友会・岡崎文夫会長を説得し、一和会との和解を了承させた。中西一男は、[[岡山刑務所]]に拘置中の竹中武を説得したが、竹中武は一和会との和解を拒否した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年2月24日夜、[[別府市]]内のクラブで、山口組石井組[[石友会]]会員が一和会稲葉一家・稲葉実組長を拳銃で銃撃した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年2月27日、姫路市深志野の竹中正久の墓の前で、一和会加茂田組[[花田組]]（組長は[[丹羽勝治]]）組員が、山口組竹中組[[柴田会]]組員・[[井垣道明]]と柴田会組員・[[星山勲]]を射殺した。山口組は一和会との和解を取り止めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年3月7日、大阪[[ミナミ]]の盛り場で、一和会系組員が銃撃されて、重傷を負った&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『ネオ山口組の野望』[[角川書店]]＜角川文庫＞、1994年、ISBN 4-04-146436-6のP.100&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年4月26日、囮捜査によりハワイで捕まった竹中正と織田譲二が無罪判決を受け、[[オアフ刑務所]]から出た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年5月21日午後11時30分すぎ、[[大阪市]][[ミナミ]]の路上で、山口組竹中組二代目[[生島組]]幹部・[[北原智久]]と生島組幹部・[[大宮真浩]]は、タクシーに乗って信号待ちをしていた一和会副本部長・中川宣治を射殺した。その後、大宮真浩は、マンション9階から投身自殺を図り、一命を取り留めたが寝たきりとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年6月5日、石井隆匡は、中西一男ら山口組幹部と会い、再度一和会との和解を要請した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年6月15日、山口組臨時直系組長会が開かれ、中西一男は山一抗争の終結を受け入れる意向を示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年6月19日、竹中武は岡山拘置所から、保釈金1000万円で保釈された&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『ネオ山口組の野望』[[角川書店]]＜角川文庫＞、1994年、ISBN 4-04-146436-6のP.98とP.107&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年7月12日、[[福岡市]]のゴルフ場で、石川裕雄が竹中正久殺害指示の容疑で逮捕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年7月24日、渡辺芳則は、神戸市のゴルフ場「神有カントリー倶楽部」での傷害容疑&amp;lt;ref&amp;gt;事件の経緯は次の通り。&amp;lt;br /&amp;gt;昭和59年（[[1984年]]）11月、神戸市の「神有カントリー倶楽部」で、渡辺芳則とクラブ所属のアシスタントプロと渡辺芳則の知り会いの会社社長の3人は、プレーをした。&amp;lt;br /&amp;gt;後続のパーティーは、二代目山健組系の組長3人で、渡辺芳則のボディガードだった。&amp;lt;br /&amp;gt;渡辺芳則はアウトの4番と6番で、前のパーティーにボールを打ち込んだ。&amp;lt;br /&amp;gt;前のパーティーの人が、渡辺芳則のマナー違反を注意した。&amp;lt;br /&amp;gt;渡辺芳則は、後続のボディガードに、自分を注意した人を教えて暴行を指示した。&amp;lt;br /&amp;gt;渡辺芳則のボディーガードは、渡辺芳則を注意した人に、暴行を加え全治45日の重傷を負わせた&amp;lt;/ref&amp;gt;で、兵庫県警から指名手配された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年8月6日、[[大分県]][[別府港|別府市国際観光港]]前の国道で、一和会稲葉一家組員が徳弘喜一郎を拳銃で銃撃した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年8月14日、渡辺芳則が兵庫県警本部に出頭し、逮捕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年8月18日、兵庫県警は、兵庫県議会で、「山一抗争は事実上終息状況にある」と発言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年11月13日、最高裁判所は、一和会・加茂田重政副会長の[[上告]]を[[棄却]]した。加茂田重政の[[常習賭博]]罪での懲役1年が確定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昭和62年（[[1987年]]）2月2日朝&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『ネオ山口組の野望』[[角川書店]]＜角川文庫＞、1994年、ISBN 4-04-146436-6のP.108&amp;lt;/ref&amp;gt;、[[サイパン島]][[バンザイクリフ|バンザイ岬]]沖で、一和会常任顧問・[[白神英雄]]（'''白神一朝'''とも名乗った）の射殺死体が発見された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年2月4日、山口組直系組長会で、山口組幹部は竹中武に、山一抗争終結への意向を質した。竹中武は「山口組直系組長会において抗争終結に反対か賛成かの採決しよう」と提案した。しかし、山口組幹部は、提案を黙殺し採決しなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年2月8日、山口組本家2階大広間で、緊急山口組直系組長会が開かれ、竹中武ら直系組長86人が出席した&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『ネオ山口組の野望』[[角川書店]]＜角川文庫＞、1994年、ISBN 4-04-146436-6のP.108&amp;lt;/ref&amp;gt;。緊急山口組直系組長会で、中西一男は山一抗争終結の決定を指示した。竹中武は異議を唱えなかった&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『ネオ山口組の野望』[[角川書店]]＜角川文庫＞、1994年、ISBN 4-04-146436-6のP.108&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年2月9日、中西一男ら山口組幹部は上京して、石井隆匡に山一抗争終結決定を伝えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年2月10日、石井隆匡は京都市に行き、会津小鉄会・高山登久太郎会長に、山口組の抗争終結決定を伝えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日、高山登久太郎は、一和会本部で山本広ら一和会直系組長34人に山口組の抗争終結決定を伝えた。山本広は一和会の山一抗争終結決定を、高山登久太郎に伝えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この後、竹中武は、山口組執行部に一和会との抗争継続の意志を示し、山口組からの脱退を申し出た。山口組執行部は竹中武に思い止まるように説得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年4月3日、中川宣治を射殺した大宮真浩が病院で死亡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年4月19日、明石市の[[金勝寺]]で、竹中武は大宮真浩の組葬を行なった。山口組竹中組若頭・[[大西康雄]]が葬儀執行委員長を務めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年6月、一和会・佐々木道雄幹事長に恐喝罪での懲役3年が確定した。佐々木道雄は[[府中刑務所]]に服役した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年6月13日午後11時、大阪府[[枚方市]]のレストラン「ファンタジア」で、一和会山広組[[川健組]]（組長は[[野崎成博]]）組員・[[横尾勝]]と川健組組員・[[今堀義浩]]が、食事中だった山口組山健組[[中野会]]（会長は[[中野太郎]]）・[[池田一男]]副会長を射殺した。中野太郎は池田一男殺害を[[砂子川組]]（組長は[[山本英貴]]）の犯行と勘違いした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年6月17日、大阪府枚方市の砂子川組[[斉藤組]]事務所で、斉藤組・[[西岡和明]]組長が、山口組山健組中野会組員に射殺された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日、大阪府[[守口市]]の砂子川組岡田組事務所で、山口組山健組中野会組員が、岡田組組員3人に向かって拳銃を乱射し、重傷を負わせた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年6月18日、山口組山健組中野会組員が、砂子川組本部長・[[沢田一夫]]宅に[[ダンプカー]]で突っ込んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年6月19日、[[京都府]][[宇治市]]で、山口組山健組中野会組員が、砂子川組幹部の経営する不動産会社に侵入し、従業員1人を殺害した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年6月22日昼、別府市緑ヶ丘町路上で、山口組石井組[[江口組]]組員が、一和会宮脇組首竜会会長を、拳銃で射殺した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年7月28日、姫路市の山口組[[菅原組]]・[[菅原光雄]]組長が兵庫県警と山口組に「組解散並びに脱退声明書」を提出してヤクザから引退した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年9月14日、岡山地方裁判所は、野球賭博で起訴された竹中武に、無罪判決を出した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年11月、警察は、池田一男殺害の犯人を一和会山広組川健組組員2人と断定した。渡辺芳則は高山登久太郎の仲介で砂子川組・山本英貴組長に謝罪した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年11月26日、神戸市灘区の山口組本家で中山勝正と南力の合同組葬が営まれた。250人が参列した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年12月1日、竹中武は、竹中組本部事務所を、姫路市十二所前町から岡山市に移した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昭和63年（[[1988年]]）1月3日、神戸市本町の一和会山広組事務所の南隣の駐車場で、山広組事務局長・[[浜西時雄]]が、不審な[[セドリック]]を発見し、車中を覗き込もうとした。セドリックの外で待機していた山口組山健組組員・[[井上浩 (ヤクザ)|井上浩]]と山健組組員・[[野田桂治]]は、浜西時雄を射殺した。井上浩は、[[覚醒剤]]の常用で、山健組から謹慎処分を受けていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年2月16日、一和会・[[加茂田重政]]理事長が、神戸拘置所から出所した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年2月17日、山本広が、加茂田重政の出所を祝った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日、神戸市東灘区の山本広宅近くの路上で、山口組竹中組若頭補佐・[[増田国明]]と竹中組増田組（組長は増田国明）組員・[[西浦恵信]]の2人が、兵庫県警暴力対策二課と[[生田警察署]]の警察官に職務質問された。2人の乗っていた車の後部座席のゴルフバッグの中から、拳銃4丁、[[アメリカ軍]]用M67型[[手榴弾]]2個、実弾25発が発見された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年4月、山口組竹中組[[安東会]]・[[安東美樹]]会長は一和会の山本広の自宅襲撃を計画し安東会組員・[[西沢進]]と安東会組員・[[荒嶋巧]]を襲撃班に選んだ。西沢進と荒嶋巧は神戸市兵庫区のマンションで手製爆弾5個を作った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年4月11日、[[北海道]][[札幌市]][[ススキノ]]で、一和会加茂田組二代目[[花田組]]・[[丹羽勝治]]組長は、喫茶店を出たところ、山口組弘道会[[司道連合]]幹部・[[佐々木美佐夫]]ら2人に銃撃された。丹羽勝治は銃弾を受けたが、マンション「クィーン南5条」に逃げ込んだ。丹羽勝治は、エレベーターホール前で、佐々木美佐夫に追いつかれ射殺された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年4月21日、佐々木美佐夫が名古屋市の[[千種警察署]]に出頭した。千種警察署は、丹羽勝治殺害と[[銃砲刀剣類所持等取締法]]違反容疑で佐々木美佐夫を逮捕し、札幌市の[[中央警察署 (札幌市)|中央警察署]]捜査本部に護送した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、竹中武から派遣された仲介役が加茂田重政に引退を迫った。加茂田重政は「山口組弘道会への報復をするまで待ってほしい」と返答した。竹中武は仲介者を通じて加茂田重政に「昭和61年（1986年）2月27日に姫路市深志野の竹中正久の墓の前で井垣道明と星山勲を射殺した犯人が、加茂田組関係者だとわかってからでは、加茂田重政の引退は認めない」と迫った。加茂田重政は「昭和63年（1988年）5月7日までに、加茂田組事務所から一和会の代紋を外す」と返答した。加茂田重政は、竹中武との遣り取りを、加茂田組内部には秘密裏に行なった。その後、加茂田組若頭代行や加茂田組舎弟頭など加茂田組幹部8人が、加茂田重政に、弘道会襲撃のための資金提供を求めた。加茂田重政は資金を出さなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、渡辺芳則、宅見勝、桂木正夫らは、一和会松美会若頭・[[小條鎮生]]（後の六代目山口組若中）らと接触し、「松美会を解散するのならば、松美会・松本勝美会長の命を保証する」と伝えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年5月3日、小條鎮生は、松本勝美の誕生パーティーで、松本勝美に、渡辺芳則らの提案を伝えた。松本勝美は、自身のヤクザからの引退と松美会解散を承諾した。松本勝美は、山本広に、自身の引退の旨を伝えた。山本広は思い止まるように説得したが、松本勝美は意志は固かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年5月7日、一和会加茂田組定例集会に、加茂田組若頭代行や舎弟頭など加茂田組幹部8人が無断欠席した。加茂田重政は「もう、やめや」と怒鳴った&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『ネオ山口組の野望』[[角川書店]]＜角川文庫＞、1994年、ISBN 4-04-146436-6のP.91&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日、一和会副会長兼理事長・加茂田重政が、[[ヤクザ]]からの引退と加茂田組の解散を表明した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このころ、一和会の組員数は約650人となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年5月13日、安東美樹は山本広が神戸市東灘区の自宅にいることを知った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年5月14日午前2時30分、神戸市[[東灘区]]御影で、安東美樹と西沢進は、山本広宅を襲撃するために山本広宅を警備していたパトカーに向かって自動小銃や拳銃を構えて、パトカー内の警察官3人を威嚇した。助手席の警察官が、自身の[[ホルスター]]から拳銃を抜こうとしたので、安東美樹は[[自動小銃]]を車内に向かって20数発発射した。西沢進の拳銃は不発だった。3人の警察官は、ヘルメットに[[防弾チョッキ]]を着ていたため命を取り留め、2週間から5ヶ月の重傷を負った。その後、安東美樹は、てき弾を自動小銃の先端に差し込み、山本広宅に向かって撃ち込んだ。てき弾は山本広宅の防護ネットに当たって、路上に落ち、爆発した。この爆発で金属片が飛び散り、安東美樹は肩を、西沢進は膝を負傷した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年5月16日、安東美樹と西沢進は、[[茨城県]][[東茨城郡]][[常北町]]の私立病院を訪れ、金属片の摘出手術を受けた。その後、安東美樹と西沢進は、病院を抜け出した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年5月21日、一和会幹事長代行・[[松本勝美]]がヤクザから引退し、松美会を解散した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日、小條鎮生は、松美会の「解散声明書」を、渡辺芳則宛で宅見勝に郵送した。一和会松美会組員は山口組[[一心会]]（組長は桂木正夫）や山口組[[倉本組]]（組長は[[倉本広文]]）に吸収された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年5月22日、中西一男や渡辺芳則ら山口組執行部は「山本広宅前で3人の警察官を銃撃した犯人が山口組竹中組組員だ」という情報を入手した。渡辺芳則は竹中組が警察官を襲った行為を非難した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日、神戸市東灘区篠原本町の山口組本部で、直系組長会が開かれた。[[岸本才三]]本部長は、直系組長に対して、山本広宅前で3人の警察官を銃撃した犯人が自分の組内にいるならば警察に自首させることと、今後警察官や市民を銃撃した者は処分することを通達した。竹中武は山口組執行部の発表を岸本才三に大声で念押しした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年5月24日、兵庫県警は、山本広宅前で3人の警察官を銃撃した犯人を、山口組竹中組安東会・安東美樹会長と断定した。山口組執行部は竹中武や竹中組に対して処分しなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、渡辺芳則は、安東美樹を非難し、竹中武に「シャブ打ってやったとしか思われない。プラスになることは一つもない」と発言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日、[[東京都]][[千代田区]]の[[半蔵門会館]]で、[[警察庁]]は、全国の暴力団取締担当課長69人を集めて、「全国暴力団取締り主管課長会議」を開いた。[[警察庁長官]]・[[金沢昭雄]]は会議で山口組壊滅のために徹底的な集中取締りをするように指示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年5月28日、兵庫県警は、安東美樹を[[爆発物取締法]]違反容疑で、指名手配した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日、山本広は、加茂田重政の除籍と松本勝美の絶縁を決定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年6月10日、[[佐世保市]]の一和会理事長補佐・[[福野隆]]が一和会から脱退した。福野隆の次女の夫は、山口組[[小西一家]]（総長は[[小西音松]]）[[迎組]]・[[迎正剛]]組長だった・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このころ、一和会の組員数は450人ほどとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年6月16日、[[名古屋市]]の一和会常任幹事・[[中村清]]がヤクザから引退し中村組を解散した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年6月中旬、山口組は、一和会風紀委員長・[[松尾三郎]]ら一和会幹部に「山本広が引退し一和会を解散するならば、山本広の命を保証する」と伝えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年6月22日、一和会定例会で、山本広は[[鹿児島県]]の温泉旅行を提案した。費用は全て山本広が負担した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年7月4日、一和会は、3日間鹿児島県に観光旅行に出かけた。一和会幹部は、観光旅行中に話し合い、山本広を引退させることで固まった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年7月初旬、山口組直系組長4人は、一和会直系組長4人と話し合い、一和会幹部が山口組の要求を受け入れるつもりであることを確認した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年7月12日、大阪市[[住吉区]]の松尾三郎宅前で、松尾三郎は3人のボディガードとともに、一和会[[大川組]]（組長は[[大川健]]）組員2人に銃撃された。ボディガードの一和会松尾組幹部・[[中辻克行]]が首と背中に銃弾を受けて、重傷を負った。大川健は一和会解散に反対していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年7月15日、一和会組織委員長・松尾三郎、一和会組織委員長・北山悟、一和会特別相談役・[[井志繁雅]]、一和会特別相談役・[[坂井奈良芳]]、一和会特別相談役・[[大川覚]]、一和会本部長・[[河内山憲法]]、一和会理事長補佐・[[浅野二郎]]、同・[[徳山三郎]]、一和会副幹事長・[[吉田好延]]、一和会事務局長・[[末次正宏]]、一和会常任理事・[[片山三郎]]が一和会から脱退した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年7月30日、山本広は、松尾三郎、北山悟、井志繁雅、坂井奈良芳、大川覚、河内山憲法、浅野二郎、徳山三郎、吉田好延、末次正宏、片山三郎の11人を絶縁や破門処分にした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年8月8日、[[覚せい剤取締法]]違反で[[川西警察署]]に逮捕されていた井上浩が、野田桂治と共に浜西時雄を射殺したことを自供した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、竹中武は、渡辺芳則が安東美樹を「シャブ打ってやったとしか思われない」と非難したことに対して、「自分の組の者（井上浩のこと）がシャブ中だろう。渡辺芳則が山口組五代目では、強い山口組にはなれない」と発言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年8月14日午前4時ごろ、一和会常任幹事・大川健の自宅玄関前に、爆発物が投げ込まれて爆発した。大川健宅の鉄製の門扉や御影石の門柱が破損した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年8月16日、大阪市西成区の路上で、一和会大川組（組長は大川健）組員が銃撃され、重傷を負った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年9月1日、大阪市西成区の喫茶店で、一和会大川組関係者が銃撃され重傷を負った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年9月29日、大川健が住んでいた大阪市住吉地区防犯保安協会と東粉浜校区防犯協会が、大川健宅を訪れ、大川組解散を迫った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年10月、一和会最高顧問の[[中井啓一]]が一和会から脱退した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年10月1日、[[松山市]]の松山[[全日空ホテル]]前で、一和会神竜会（会長は加茂田俊治）組員・[[山下竜二]]が、神竜会幹部を全日空ホテルに送り車に戻ったところ、山口組竹中組西岡組組員に銃撃された。山下竜二は車外に逃げたが、西岡組員に追いつかれて組み伏せられ、さらに銃弾を浴びた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年10月2日、山下竜二が死亡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年10月4日、大川健はヤクザから引退し、大川組を解散した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日、一和会神竜会組員・山下竜二の葬儀が行なわれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日、一和会理事長補佐・加茂田俊治は[[愛媛県警察|愛媛県警]]に神竜会の解散と一和会からの脱退を届け出て、ヤクザから引退した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年10月5日、一和会常任幹事・[[坂田鉄夫]]が一和会から脱退した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年10月、兵庫県警は一和会の構成員数を200人と発表した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年11月末、山本広は、二代目山広組事務所を、神戸市本町栄通りから、神戸市中央区北長狭通りの一和会本部事務所に移した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年12月29日、渡辺芳則は、姫路市御着の竹中正久の実家を訪ね竹中武と会談した。渡辺芳則は竹中武に山口組執行部の増員を相談し了解を得た。また、渡辺芳則は竹中武に「中西一男が山本広と接触して、山本広引退工作を進めている」と話し、中西一男の山本広引退工作を止めてもらうように依頼した。竹中武は中西一男の説得を引き受けた。竹中武は渡辺芳則に「竹中正久の五回忌（[[平成]]元年（[[1989年]]）1月27日）に、山口組幹部一同が、竹中正久の実家で落ち合って親睦を深める」ことを提案した。渡辺芳則は提案に賛成した。その後、竹中武は中西一男にも「竹中正久の五回忌に竹中正久の実家で山口組幹部一同が落ち合って親睦を深める」ことを提案し了解を得た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[平成]]元年（[[1989年]]）2月、井上浩は浜西時雄殺害で懲役14年の実刑判決を受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年2月27日、山口組定例組長会で、竹中武の山口組若頭補佐就任が発表された&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『ネオ山口組の野望』[[角川書店]]＜角川文庫＞、1994年、ISBN 4-04-146436-6のP.116&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このとき、山口組幹部は、組長代行・中西一男（中西組組長）、組長代行補佐・[[益田佳於]]（[[益田（佳）組]]組長）、組長代行補佐・[[小西音松]]（[[小西一家]]総長）、組長代行補佐・[[伊豆健児]]（[[伊豆組]]組長）、若頭・渡辺芳則（山健組組長）、若頭補佐・木村茂夫（角定一家総長）、若頭補佐・岸本才三（岸本組組長）、若頭補佐・桂木正夫（一心会会長）、若頭補佐・嘉陽宗輝（嘉陽組組長）、若頭補佐・宅見勝（宅見組組長）だった&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『ネオ山口組の野望』[[角川書店]]＜角川文庫＞、1994年、ISBN 4-04-146436-6のP.118～P.119&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年3月10日、山本広はヤクザからの引退を固めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年3月16日、渡辺芳則が上京し、山本広引退の道筋を付けてくれた稲川会に、謝辞を述べて、稲川会と山一抗争終結の段取りを話し合った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年3月16日、渡辺芳則は[[大津市]]の[[会津小鉄会]]・[[高山登久太郎]]会長宅で、高山登久太郎の立会いの下、山本広と会見した。稲川会幹部と会津小鉄会幹部が同席した。山本広は、一和会解散と自身のヤクザからの引退を認める文書を、渡辺芳則に手渡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年3月17日、山本広は、一和会幹部の[[東建二]]、[[沢井敏雄]]、[[村上幸二]]、[[上村進]]、[[寺村洋一]]らに一和会解散と自身の引退を伝えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年3月18日、山口組本家で、山口組緊急執行部会が開かれ、山本広引退の経緯が報告された。さらに「平成元年（1989年）3月19日に山口組直系組長会を開き、山本広引退を傘下組織に周知徹底させよう」との提案が出された。竹中武、中西一男、[[嘉陽宗輝]]が提案に反対した。竹中武は渡辺芳則に「山本広の断指と詫び入れ」を要求した。平成元年（1989年）3月19日の直系組長会開催は取り止められ、同年3月22日に緊急幹部会が開かれることになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年3月19日、山本広は、神戸市の[[東灘警察署]]に出頭し、自身のヤクザからの引退と一和会解散を伝えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年3月20日、大阪高等裁判所で、竹中正久殺害を指示した石川裕雄と竹中殺害実行犯の立花和夫の無期懲役が決定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年3月22日、山口組緊急幹部会が開かれた。竹中武だけは山一抗争の継続を主張した&amp;lt;ref name=&amp;quot;a&amp;quot;&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『ネオ山口組の野望』[[角川書店]]＜角川文庫＞、1994年、ISBN 4-04-146436-6のP.147&amp;lt;/ref&amp;gt;。竹中武と中西一男が、渡辺芳則に山本広の山口組への詫び入れを要求した。渡辺芳則は、竹中武と中西一男の要求を飲んだ。渡辺芳則は、稲川会に、山本広の山口組への詫び入れを依頼した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年3月23日、山口組臨時直系組長会で、岸本才三から、山本広の引退と一和会解散の経緯が報告され、「今後、一和会残党に対する攻撃は禁止する」との通達が出された&amp;lt;ref name=&amp;quot;a&amp;quot;&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『ネオ山口組の野望』[[角川書店]]＜角川文庫＞、1994年、ISBN 4-04-146436-6のP.147&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年3月28日、山本広は上京して稲川会幹部と話し合い、稲川会の保証で山口組に詫び入れすることを了承した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年3月29日、東京都の[[ホテルニューオータニ]]で、山口組執行部は稲川会幹部と会い、山本広の引退・詫び入れに尽力してもらったことに謝辞を述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年3月30日、稲川会本部長・[[稲川裕紘]]は神戸市東灘区の山本広宅を訪ねた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日午前11時50分ごろ、山本広は、稲川裕紘に付き添われて山口組本家を訪れた。山本広は、中西一男や渡辺芳則ら山口組執行部（ただし、竹中武は出席をしなかった&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『ネオ山口組の野望』[[角川書店]]＜角川文庫＞、1994年、ISBN 4-04-146436-6のP.141&amp;lt;/ref&amp;gt;）に、自身のヤクザからの引退と一和会解散を告げ、竹中正久殺害を詫びた。それから、山本広は竹中正久の仏壇と田岡一雄の仏壇に[[線香]]を手向けて合掌した。これで山一抗争は終結した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
平成2年（[[1990年]]）9月12日午前1時前、大阪市[[北区 (大阪市)|北区]]西天満1丁目の中華料理店で、兵庫県警の捜査員は、山口組[[一心会]]（会長は[[桂木正夫]]）[[川崎組]]組員になっていた安東美樹を逮捕した&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『ネオ山口組の野望』[[角川書店]]＜角川文庫＞、1994年、ISBN 4-04-146436-6のP.330&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
*山一抗争が長期化した要因としては、山口組と一和会の抗争を利用して、山口組と一和会の弱体化を図った警察の思惑もあった。&lt;br /&gt;
*兵庫県警の試算によれば、山口組と一和会が山一抗争に費やしたお金は、20億円に達する&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『ネオ山口組の野望』[[角川書店]]＜角川文庫＞、1994年、ISBN 4-04-146436-6のP.121&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*山一抗争中、山口組と一和会の減収は、山口組と一和会を合わせて500億円と見積もる関係者がいる&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『ネオ山口組の野望』[[角川書店]]＜角川文庫＞、1994年、ISBN 4-04-146436-6のP.121&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 山一抗争関連の映画・オリジナルビデオ ==&lt;br /&gt;
*[[村上和彦 (劇画家)|村上和彦]]監督『[[実録 史上最大の抗争 四代目継承]]』（[[2002年]]、[[GPミュージアムソフト]]）&lt;br /&gt;
*[[津島勝]]監督『[[実録 史上最大の抗争 義絶状2]]』（2002年、GPミュージアムソフト）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考書籍 ==&lt;br /&gt;
*[[溝口敦]]『山口組ドキュメント　五代目山口組』[[三一書房]]、1990年、ISBN 4-380-90223-4&lt;br /&gt;
*[[溝口敦]]『撃滅　山口組vs一和会』[[講談社]]＜講談社＋α文庫＞、2000年、ISBN 4062564459&lt;br /&gt;
*溝口敦『荒らぶる獅子　山口組四代目竹中正久の生涯』[[徳間書店]]、1988年、ISBN 4-19-123603-2&lt;br /&gt;
*[[山平重樹]]『北海道水滸伝』[[双葉社]]＜双葉文庫＞、1999年、ISBN 4-575-50698-2&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:やまいちこうそう}}&lt;br /&gt;
[[Category:山口組]]&lt;br /&gt;
[[Category:稲川会]]&lt;br /&gt;
[[Category:一和会]]&lt;br /&gt;
[[Category:暴力団抗争事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:1980年代]]&lt;/div&gt;</summary>
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