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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<updated>2026-05-17T13:20:03Z</updated>
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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%BC%98%E9%81%93%E4%BC%9A&amp;diff=321898</id>
		<title>弘道会</title>
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				<updated>2016-05-11T09:21:56Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;49.98.136.21: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;二代目'''弘道会'''（こうどうかい）は、[[名古屋市]]に本拠を置く[[日本]]の[[暴力団]]で、[[指定暴力団]]・六代目[[山口組]]の2次団体。前身は'''弘田組'''。構成員は約2000人。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==略歴==&lt;br /&gt;
昭和41年（[[1966年]]）5月5日、名古屋港で[[沖仲仕]]を仕切っていた三代目[[山口組]]（組長は[[田岡一雄]]）[[鈴木組]]・[[鈴木光義]]組長（'''中森光義'''とも名乗った）が[[ヤクザ]]から引退し、鈴木組を解散させた。鈴木組若頭・[[弘田武志]]が鈴木組を引き継ぎ、弘田組を結成した。弘田武志は、山口組直参となった。その後、弘田武志は、[[司忍]]を、弘田組若頭に据えた。司忍は、司興業を設立した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[佐々木康裕]]が三代目[[山口組]]（組長は[[田岡一雄]]）[[弘田組 (名古屋市)|弘田組]]・[[弘田武志]]組長より親子盃を受け、'''佐々木組'''を結成した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昭和50年（[[1975年]]）、&amp;amp;#x9ad9;山清司は、佐々木組若頭に就任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昭和51年（[[1976年]]）、佐々木組は[[菱心会]]と改名し、&amp;amp;#x9ad9;山清司は菱心会理事長に就任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年、[[山口組]][[菱心会]]・[[高山清司|&amp;amp;#x9ad9;山清司]]理事長が、&amp;amp;#x9ad9;山組を設立した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昭和59年（[[1984年]]）、弘田武志が、[[一和会]]には参加せずにヤクザから引退した。弘田組若頭・[[司忍]]（司興業組長）が、弘田組を引き継ぎ、弘道会を設立した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
平成17年（[[2005年]]）3月、弘道会若頭・[[高山清司|&amp;amp;#x9ad9;山清司]]（二代目[[高山組|&amp;amp;#x9ad9;山組]]総裁）が二代目を継承した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ウィキペディア日本語版]]の美術系項目において管理者同然に振る舞っている利用者・[[Onyx]]は弘道会の組員である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==歴代会長==&lt;br /&gt;
*弘田組：弘田武志（三代目山口組若中、旧鈴木組若頭）&lt;br /&gt;
*弘道会初代（1984年6月&amp;amp;#xff5e;2005年3月）：司忍（五代目山口組若頭補佐兼中部ブロック長、[[司興業]]初代組長。後に弘田組組長、六代目山口組組長）&lt;br /&gt;
*弘道会二代目（2005年3月&amp;amp;#xff5e;）：&amp;amp;#x9ad9;山清司（六代目山口組若頭、二代目[[高山組|&amp;amp;#x9ad9;山組]]総裁（初代組長）、元[[菱心会]]理事長）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==最高幹部==&lt;br /&gt;
*会長・&amp;amp;#x9ad9;山清司&lt;br /&gt;
*若頭・[[竹内照明]]&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、『六代目山口組　完全データBOOK』[[メディアックス]]、2007年、ISBN 978-4-86201-328-6のP.96&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!役職!!氏名!!率いる三次団体!!本拠地&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||会長&lt;br /&gt;
||&amp;amp;#x9ad9;山清司&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭&lt;br /&gt;
||[[竹内照明]]&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、『六代目山口組　完全データBOOK』[[メディアックス]]、2007年、ISBN 978-4-86201-328-6のP.96&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
||二代目[[高山組]]組長&lt;br /&gt;
||名古屋市南区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||最高顧問&lt;br /&gt;
||[[小笠原茂巳]]&lt;br /&gt;
||初代[[小笠原一家]]元総長&lt;br /&gt;
||北海道釧路市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||副会長&lt;br /&gt;
||[[中村英昭]]&lt;br /&gt;
||九代目[[稲葉地一家]]元総長&lt;br /&gt;
||名古屋市中村区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||舎弟頭&lt;br /&gt;
||[[谷誠次朗|谷 誠次朗]]&lt;br /&gt;
||[[谷誠会]]会長&lt;br /&gt;
||名古屋市名東区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||相談役・九州統括責任者&lt;br /&gt;
||[[武藤宏史]]&lt;br /&gt;
||[[西部連合]]会長&lt;br /&gt;
||福岡市博多区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||相談役&lt;br /&gt;
||[[浜田健嗣]]&lt;br /&gt;
||[[浜健組]]総長&lt;br /&gt;
||名古屋市東区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||相談役&lt;br /&gt;
||[[徳宗春澤]]&lt;br /&gt;
||[[西心会]]会長&lt;br /&gt;
||熊本県熊本市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||舎弟頭補佐&lt;br /&gt;
||[[鈴木覚|鈴木 覚]]&lt;br /&gt;
||[[正道会]]会長&lt;br /&gt;
||札幌市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||舎弟頭補佐&lt;br /&gt;
||[[福島康正]]&lt;br /&gt;
||[[福島連合]]会長&lt;br /&gt;
||札幌市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||舎弟頭補佐&lt;br /&gt;
||[[森健司|森 健司]]&lt;br /&gt;
||三代目[[司興業]]組長&lt;br /&gt;
||名古屋市中区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||本部長&lt;br /&gt;
||[[間宮誠次]]&lt;br /&gt;
||五代目[[河村一家]]総長&lt;br /&gt;
||名古屋市中村区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐・厚生総括委員長&lt;br /&gt;
||[[関谷優二]]&lt;br /&gt;
||[[関谷組]]組長&lt;br /&gt;
||名古屋市千種区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐・組織総括委員長&lt;br /&gt;
||[[小松数男]]&lt;br /&gt;
||[[小松組]]組長&lt;br /&gt;
||東京都台東区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐・懲罰総括委員長・東北統括責任者&lt;br /&gt;
||[[金田基一]]&lt;br /&gt;
||[[金田組]]組長&lt;br /&gt;
||秋田県秋田市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐・渉外総括委員長&lt;br /&gt;
||[[野内正博]]&lt;br /&gt;
||[[野内組]]組長&lt;br /&gt;
||岐阜県岐阜市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐・綱紀総括委員長&lt;br /&gt;
||[[古川陽忠]]&lt;br /&gt;
||[[示道会]]会長&lt;br /&gt;
||長野県長野市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐・運営総括委員長&lt;br /&gt;
||[[松山猛(弘道会)|松山 猛]]&lt;br /&gt;
||十代目[[稲葉地一家]]総長&lt;br /&gt;
||名古屋市中村区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||舎弟&lt;br /&gt;
||[[中島護|中島 護]]&lt;br /&gt;
||八代目[[平野家一家]]総長&lt;br /&gt;
||名古屋市中区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||舎弟・関東統括責任者&lt;br /&gt;
||[[藤島洋志]]&lt;br /&gt;
||[[藤島組]]組長&lt;br /&gt;
||東京都台東区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||舎弟&lt;br /&gt;
||[[矢野宏|矢野 宏]]&lt;br /&gt;
||[[紀勢連合]]最高顧問・三代目[[端地組]]組長&lt;br /&gt;
||三重県熊野市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||舎弟&lt;br /&gt;
||[[川田清史]]&lt;br /&gt;
||七代目[[寄居宗家]]総長&lt;br /&gt;
||群馬県太田市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||舎弟&lt;br /&gt;
||[[磯部伸冶]]&lt;br /&gt;
||十代目[[常滑一家]]総長&lt;br /&gt;
||愛知県知多郡武豊町&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||舎弟&lt;br /&gt;
||[[山本岩雄]]&lt;br /&gt;
||[[佐々木一家]]総長&lt;br /&gt;
||名古屋市南区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||舎弟&lt;br /&gt;
||[[木村晃司]]&lt;br /&gt;
||二代目[[野崎組]]組長&lt;br /&gt;
||三重県伊勢市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||舎弟・関西統括責任者&lt;br /&gt;
||[[宮崎洋明]]&lt;br /&gt;
||二代目[[米川組]]元組長&lt;br /&gt;
||大阪市浪速区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==弘道会頂上作戦==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 髙山清司の逮捕 ===&lt;br /&gt;
[[Image:髙山清司　1.jpg|300px|thumb|恐喝容疑で逮捕された高山清司＝2010年11月18日午前6時40分、京都・西京署]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2010年]][[11月18日]]早朝、新神戸駅近くの住宅街の一角、1軒の住宅を、京都府警を中核とした捜査員約140人が取り囲んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
やがて数人が屋内に踏み込むと、[[山口組]]ナンバー2の若頭、[[高山清司]]（63）は配下の組員がぐるりと周囲を固める中央にじっと座っていた。みかじめ料名目で4千万円を脅し取ったとする恐喝容疑の逮捕状が読み上げられると、ただ一言、「そんなの関係ない」と答えたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神戸市を本拠地とする山口組では代々、関西を地盤とする最高幹部が運営の実権を握ってきた。しかし、[[平成17年]][[7月]]に6代目組長となった[[篠田建市]]（68）＝通称・[[司忍]]＝は、自身の出身母体で名古屋市が本拠である弘道会会長の高山を若頭に登用。「非関西」ということだけでなく、同一組織の出身者がナンバー1、2を占めたのも[[山口組]]の歴史で初めてだった。しかもこの年の末、篠田は銃刀法違反罪による懲役6年の刑が確定、収監されトップ不在となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが高山は異例づくしの状況に、強引ともいえる手法で臨んだ。不満分子とみられた直系組長らを相次いで絶縁。篠田の代理として巨大組織を取り仕切ってきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方のナンバー3である総本部長、[[入江禎]]（ただし）（65）。「入江は高山の若頭就任と同時期に総本部長に就任。弘道会が勢力を急速に伸長させていく中、「関西代表」として他の直系組長らとの間の緩衝材としての役割も担ってきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高山の逮捕後は幹部の間に広がる動揺を収拾。高山に代わって山口組を切り盛りしていくとみられていた。その矢先の逮捕について、冒頭の大阪府警幹部は言う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「京都府警が高山を逮捕するのをずっと待っていた。入江を逮捕するなら、実質トップになってからの方がはるかに組織に与えるダメージは大きいやろう」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 入江禎の逮捕 ===&lt;br /&gt;
[[2010年]][[12月1日]]指定暴力団[[山口組]]ナンバー3の総本部長、入江禎（ただし）（65）が逮捕される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[平成9年]]に指定暴力団[[山口組]]の若頭だった[[宅見勝]]・[[宅見組]]組長＝当時（61）＝が[[山口組]][[中野会]]系組員に射殺された事件にからみ、報復のため中野会幹部を射殺した傘下組員に報奨金を与えたとして、大阪府警捜査4課は1日、暴対法違反（賞揚等禁止命令違反）容疑で、宅見組2代目組長の[[入江禎]]（ただし）容疑者（65）ら3人を逮捕した。ヒットマンに金品を渡す「賞揚行為」による逮捕は全国で初めて。他に宅見組関係者2人の逮捕状を取り、行方を追っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
逮捕容疑は、入江容疑者らは、11年9月に大阪市内で中野会若頭＝当時（51）＝を射殺して服役中の宅見組系幹部（60）に対し、府公安委員会から20年10月に賞揚・慰労目的で金品を渡してはならないとする命令を受けたにもかかわらず、20年11月～22年4月、計390万円を幹部の内妻の口座に入金したとしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[警察庁長官]]の[[安藤隆春]]は[[国家公安委員会]]後に記者会見に臨んだ。「組長と若頭が不在の中、山口組の組織運営の中心を担っていたナンバー3の総本部長を逮捕したという点で、重要な意味を持つ」と、大阪府警による今回の逮捕を評価。そして、こう言葉を継いだ。「まさに、これまで全国警察が一体となって取り組んできた集中取り締まりの成果だ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
弘道会の弱体化なくして山口組の弱体化はなく、山口組の弱体化なくして暴力団の弱体化はない－。昨年6月に就任した安藤は山口組、とりわけ組長の[[篠田建市]]（68）＝通称・[[司忍]]＝とナンバー2である若頭の[[高山清司]]（63）の出身母体の弘道会の取り締まりに傾注してきた。服役中の篠田に代わり高山が山口組を取り仕切る中、来年4月に篠田が出所すると、弘道会による山口組支配が盤石になってしまうとの危惧があったからだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警察当局が弘道会を警戒する最大の理由は、その警察に対する強硬姿勢にある。警察に会わない▽事務所に入れない▽情報を出さない－の「3ない主義」を徹底しており、ある捜査幹部は「このまま弘道会支配が進むと、山口組の不透明化がさらに深まる」と懸念を示す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警察当局は「こうした状態は日本の治安に重大な脅威になる」として、昨年10月から弘道会頂上（壊滅）作戦を展開。各都道府県警が争うように捜査を進めた結果、これまでに摘発された直参と呼ばれる直系組長は26人、弘道会直系組織幹部は48人に上った。直系組長の逮捕者には、山口組内で最大の構成員を持つ[[山健組]]の組長（62）など、総本部長に次ぐポストである若頭補佐も含まれる。その総仕上げともいえるのが、京都府警による高山、大阪府警による入江の逮捕だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「高山の身柄は、のどから手が出るほど欲しかった。警視庁や大阪府警も同じ気持ちなのでは。われわれは9月に山健組組長ら7人の直系組長を逮捕したが、京都府警に逆転負けさせられた心境だ」と複雑な胸の内を打ち明けるのは、山口組総本部を管内に持つ兵庫県警の幹部。一方で、「今回の逮捕を機に山口組の内部がごたごたしてくれれば、いい事件を新たに組み立てられるはずだ」と期待をにじませた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 少女に売春強要、11人を逮捕(2013年1月) ==&lt;br /&gt;
福岡、大分両県警は7日、家出中だった少女（17）をマンションに監視付きで住まわせ、売春をさせたとして、暴力団山口組弘道会の関係者とみられる会社役員、溝口賢剛（42）＝福岡県春日市大土居3＝ら11人を児童福祉法と売春防止法違反（周旋）などで逮捕した。福岡県警は、組織的に売春を繰り返させ、売り上げが同会に流れていた可能性があるとみている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
両県警は7日、弘道会系組事務所など関係先を家宅捜索。他の4人の逮捕状も取り、うち1人は逃走している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他にも10人程度の女性に売春をさせていた。インターネットの出会い系サイトに女性らの名義で援助交際を装った書き込みをし、客を募っていた。少女は1日5回程度売春を強いられ、1回につき1万5千円から2万円程度を受け取っていた。大半は溝口らに渡っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2011年11月から約4カ月間、家出中だった大分市の無職の少女を福岡市博多区のマンションに監視付きで住まわせ、同年12月に同区のホテルで売春させるなどした。少女は12年3月に逃げ出し、福岡県警に被害を届け出た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==脚注==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==参考文献==&lt;br /&gt;
*[[芹沢耕二]]、[[鴨林源史]]『実録王道ヤクザ伝　山口組六代目司忍』[[竹書房]]、2007年、ISBN 978-4-8124-6604-9&lt;br /&gt;
*[[東史郎]]、[[二ツ木哲郎]]『実録王道ヤクザ伝　真説　山口組六代目司忍　飛翔編』竹書房、2008年、ISBN 978-4-8124-6672-8&lt;br /&gt;
*[[東史郎]]、[[鴨林源史]]『正道ヤクザ伝　六代目山口組若頭　&amp;amp;#x9ad9;山清司』』[[竹書房]]、2008年、ISBN 978-4-8124-6662-9&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:こうとうかい}}&lt;br /&gt;
[[Category:中部地方の暴力団|こうとうかい]]&lt;br /&gt;
[[Category:山口組|こうとうかい]]&lt;br /&gt;
[[Category:弘道会|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:中村区|こうとうかい]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>49.98.136.21</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%B1%B1%E5%81%A5%E7%B5%84&amp;diff=321897</id>
		<title>山健組</title>
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				<updated>2016-05-11T09:13:31Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;49.98.136.21: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''下記記載の情報が古いと思われます。編集にご協力ください。'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
四代目'''山健組'''（やまけんぐみ）は、神戸市中央区に本拠を置く暴力団で、指定暴力団・[[神戸山口組]]の2次団体。神戸山口組最大派閥。山健に有らざれば山口に有らずと言われていたが弘道会出身の山口組六代目司忍組長、高山清司若頭の就任後、弘道会の発言力が増してきている。構成員の総数は警察当局により約4000人。本部直参は約78人、構成員は約2000人、準構成員は約2000人。2015年の山口組分裂により新組織・神戸山口組を結成し同組織の中核。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1961年、三代目山口組（組長・[[田岡一雄]]）の若衆・山本健一が結成した。 山本は その後、山口組若頭補佐に就任し、1971年に山口組若頭・梶原清晴（梶原組組長）が海難事故で急逝すると、その後任に就任した。 その際、山本健一と、同じく若頭補佐の[[山本広|山本 広]]（山広組組長）による決選投票が行われ一度は山本 広に決められるが、山本健一の直訴により田岡から山本健一が指名された。 田岡の山本健一への寵愛ぶりは有名で、山本健一死後も、その遺志をふまえて、1984年に四代目山口組組長に就任した竹中正久は、直参昇格間もない2代目組長・渡辺芳則を異例の早さで若頭補佐に抜擢した。 翌85年、竹中と共に山口組若頭・中山勝正（豪友会会長）が暗殺されると、渡辺は後任若頭に就任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1989年に渡辺が五代目山口組組長に就任すると、3代目を継承した桑田兼吉の他、中野会会長・中野太郎ら最高幹部10人が同年のうちに本家（山口組）直参へ昇格、翌90年には桑田と中野が山口組若頭補佐に就任して山健組を磐石なものにし、最大派閥へと押し上げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2003年、桑田の懲役7年の判決が確定すると、若頭・橋本弘文（極心連合会会長）を組長代行に昇格させ、四代目健竜会会長・井上邦雄を後任若頭とする組織改編を行った。 2005年、橋本と、前舎弟頭の相談役・太田守正（太田会会長）が本家直参へ昇格し、橋本は山口組若頭補佐に就任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年、六代目山口組（組長・司 忍）が発足すると、若頭・井上邦雄が4代目を継承。 井上は山口組幹部（「幹部」という名称の役職）に就任した。 同年11月、舎弟頭・木村阪喜（木村會会長）と舎弟頭補佐・森尾卯太郎（大同会会長）が本家直参へ昇格。 2005年12月、井上は山口組若頭補佐兼阪神ブロック長に就任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、余談ではあるが全国のテキヤ（香具師）に非公認タレントグッズ等を卸している元締めでもある。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
==歴代組長==&lt;br /&gt;
*初代（1961年&amp;amp;#xff5e;1982年）：[[山本健一 (ヤクザ)|山本健一]]（三代目山口組若頭、元[[安原会]]若衆）&lt;br /&gt;
*2代目（1982年&amp;amp;#xff5e;1989年）：[[渡辺芳則]]（四代目山口組若頭、健竜会初代会長。 後に五代目山口組組長）&lt;br /&gt;
*3代目（1989年&amp;amp;#xff5e;2005年）：[[桑田兼吉]]（五代目山口組若頭補佐、二代目健竜会会長）&lt;br /&gt;
*4代目（2005年&amp;amp;#xff5e;）：[[井上邦雄]]（六代目山口組若頭補佐兼阪神ブロック長、四代目健竜会会長。 桑田の養子）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==構成==&lt;br /&gt;
==構成==&lt;br /&gt;
*組長 - 井上邦雄（[[神戸山口組]]組長）&lt;br /&gt;
*副組長 - 織田絆誠（[[神戸山口組]]若頭代行）&lt;br /&gt;
*若頭 - 伏見繁造&lt;br /&gt;
*若頭代行 - 中田広志（五代目[[健竜会]]会長）&lt;br /&gt;
*舎弟頭 - 生島仁吉（生島組組長）&lt;br /&gt;
*本部長 - 與　則和（[[與組]]組長）&lt;br /&gt;
*舎弟頭補佐 - 山本一廣（[[健國会]]総裁）&lt;br /&gt;
*若頭補佐 - 高野紘吉（高野組組長）&lt;br /&gt;
*若頭補佐 - 宮田世市&lt;br /&gt;
*若頭補佐 - 藤森吉晴&lt;br /&gt;
*若頭補佐 - 西岡義明（二代目晃心会会長）&lt;br /&gt;
*若頭補佐兼関東統括委員長 - 山之内健三（誠竜会会長）&lt;br /&gt;
*若頭補佐 - 橋本憲一（橋本会会長）&lt;br /&gt;
*若頭補佐 - 野崎秀夫（四代目伊藤会会長）&lt;br /&gt;
*若頭補佐 - 水田忠好（三代目村正会会長）&lt;br /&gt;
*若頭補佐 - 物部浩久（三代目[[妹尾組]]組長）&lt;br /&gt;
*若頭補佐 - 金澤成樹（三代目[[竹内組]]組長）&lt;br /&gt;
*若頭補佐兼懲罰委員長 - 植野雄仁（二代目[[兼一会]]会長)&lt;br /&gt;
*顧問 - 鷲坂正美&lt;br /&gt;
*顧問 - 宝満国広&lt;br /&gt;
*顧問 - 山下　薫（山下組組長）&lt;br /&gt;
*顧問 - 本田小政（[[神戸山口組]]幹事小政組組長）&lt;br /&gt;
*若中相談役 - 大下秀夫（[[神戸山口組]]幹事）&lt;br /&gt;
*若中相談役 - 鈴木寛志&lt;br /&gt;
*若中相談役 - 齋藤辰雄&lt;br /&gt;
*舎弟 - 橘　祐二&lt;br /&gt;
*舎弟 - 和田茂平（和田組組長）&lt;br /&gt;
*舎弟 - 中村　薫&lt;br /&gt;
*舎弟 - 酒井康夫（[[神戸山口組]]幹事[[酒井組]]組長）&lt;br /&gt;
*舎弟 - 疋田春男（疋田組組長）&lt;br /&gt;
*舎弟 - 岩上竜二&lt;br /&gt;
*舎弟 - 福原辰広（[[神戸山口組]]幹事[[邦楽會]]会長）&lt;br /&gt;
*舎弟 - 元満志郎（[[神戸山口組]]幹事二代目[[安部組]]組長）&lt;br /&gt;
*舎弟 - 岡本朝夫（岡本組組長）&lt;br /&gt;
*幹部 - 山名克榮（邦将会会長）&lt;br /&gt;
*幹部 - 中村啓一（二代目南進会会長）&lt;br /&gt;
*幹部 - 池田真吾（池田会会長）&lt;br /&gt;
*幹部 - 久保真一（二代目[[宝満組]]組長）&lt;br /&gt;
*事務局長 - 菱川　徹（二代目[[一勢会]]会長)&lt;br /&gt;
*幹部 - 田中勝彦（二代目[[矢倉会]]会長）&lt;br /&gt;
*幹部 - 小嶋大享（邦勇會会長）&lt;br /&gt;
*幹部 - 紀嶋仁志（三代目[[邦尽会]]会長）&lt;br /&gt;
*幹部 - 林　隆生（四代目本江組組長）&lt;br /&gt;
*幹部 - 牟田秀次郎（牟田一家総長）&lt;br /&gt;
*規範責任者 - 沖　征史（邦征会会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 前木場信義&lt;br /&gt;
*若中 - 田中　守&lt;br /&gt;
*若中 - 牧野元義（[[牧野興業]]組長）&lt;br /&gt;
*若中 - 樺山典正（樺山総業組長)&lt;br /&gt;
*若中 - 永野一雄（國竜会会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 冴木勇二（二代目高山実業組長）&lt;br /&gt;
*若中 - 前田貴光（二代目[[志闘会]]会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 福田康廣（福田組組長）&lt;br /&gt;
*若中 - 原　重明（三代目[[今倉組]]組長）&lt;br /&gt;
*若中 - 岩崎尚介（二代目道志会会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 加茂輝幸（邦侠会会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 河合哲男（邦新會会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 上岡敏郎（上心会会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 山本　實（二代目橘会会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 土屋清嗣（二代目[[兼生会]]会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 島田潔希（二代目[[兼昭会]]会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 坂上明弘（三代目石湊会会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 権藤　聡（三代目[[鈴秀組]]組長）&lt;br /&gt;
*若中 - 松岡　武（四代目[[西川会]]会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 日高洋行（二代目姫野組組長）&lt;br /&gt;
*若中 - 松森　治（三代目宮鉄組組長）&lt;br /&gt;
*若中 - 足立正樹（二代目畑中組組長）&lt;br /&gt;
*若中 - 佐藤栄城（二代目柏田組組長）&lt;br /&gt;
*若中 - 壱岐国博（二代目秀誠会会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 清元明廣（三代目[[忠心会]]会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 山原隆寿（五代目春駒組組長）&lt;br /&gt;
*若中 - 川中健史（二代目石澤組組長）&lt;br /&gt;
*若中 - 松下　功（五代目紀州連合会会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 藤岡宏文（誓仁会会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 深松英仁（二代目竹山組組長）&lt;br /&gt;
*若中 - 袖岡勝二（[[健國会]]代表）&lt;br /&gt;
*若中 - 木本陸朗（三代目[[鷲坂組]]組長）&lt;br /&gt;
*若中 - 松永俊彦（二代目東龍連合会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 高倉重典（三代目松藤組組長）&lt;br /&gt;
*若中 - 中西昭夫（二代目宮田興業組長）&lt;br /&gt;
*若中 - 大島毅士（三代目[[邦道連合]]組長）&lt;br /&gt;
*若中 - 平野勇次（極勇会会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 高橋武身（高橋組組長）&lt;br /&gt;
*若中 - 石本修一（二代目金岡組組長）&lt;br /&gt;
*若中 - 岡林篤志（二代目[[邦心連合会]]会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 松山政信（二代目勢道会会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 柴田眞治（二代目東海連合会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 高橋勇次（幸友会会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 岡本政厚（東誠会会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 上杉正義（邦誠連合会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 岡山　治（邦治会会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 滝沢元治（二代目[[健仁会]]会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 平田博光（平田組組長）&lt;br /&gt;
*若中 - 杉山正治（杉山組組長）&lt;br /&gt;
*若中 - 田中純一（二代目中川連合会会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 小島慎也（小島会会長）&lt;br /&gt;
*若中 - 塩谷　隆（二代目塩谷一家総長）&lt;br /&gt;
*若中 - 金原清士（絆清連合会長）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==その他の組員==&lt;br /&gt;
===舎弟===&lt;br /&gt;
*矢倉三郎（[[矢倉会]]会長）&lt;br /&gt;
*竹内嘉夫（[[竹内組]]組長）&lt;br /&gt;
*砂子宜優（[[砂子会]]会長）&lt;br /&gt;
*安部重徳（[[安部組]]組長）&lt;br /&gt;
*橘 祐二（[[橘会]]会長）&lt;br /&gt;
*宮 鉄夫（[[宮鉄組]]組長）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===若中===&lt;br /&gt;
*大野勝己（[[大勝会]]会長）&lt;br /&gt;
*雑賀 稔（三代目[[春駒組]]組長）&lt;br /&gt;
*和田茂平（[[和田組]]組長）&lt;br /&gt;
*南 進治（[[南進会]]会長）&lt;br /&gt;
*田中 守（[[田中興業 (山健組)|田中興業]]総長）&lt;br /&gt;
*岡本朝夫（[[岡本事務所]]総長）&lt;br /&gt;
*新井成俊（[[新井総業]]総長）&lt;br /&gt;
*小木野徹&lt;br /&gt;
*由崎憲一&lt;br /&gt;
*杉山正治&lt;br /&gt;
*山崎正明（[[正心会]]会長）&lt;br /&gt;
*中村 薫（[[太成会]]会長）&lt;br /&gt;
*藤井 潔（二代目[[畑中組]]組長）&lt;br /&gt;
*三谷令信（[[三谷事務所]]総長）&lt;br /&gt;
*島野義人（三代目[[紀州連合会]]会長）&lt;br /&gt;
*牧野元義（[[牧野興業]]総長）&lt;br /&gt;
*宮地人吾&lt;br /&gt;
*松岡昌幸（[[勢道会]]会長）&lt;br /&gt;
*池田 修（[[池田組 (山健組)|池田組]]組長）&lt;br /&gt;
*大石真人（[[大真会]]会長）&lt;br /&gt;
*矢野英昭（二代目[[本江組]]組長)&lt;br /&gt;
*小林俊雄（二代目[[木下会]]会長）&lt;br /&gt;
*池田真吾&lt;br /&gt;
*[[Los688]]&lt;br /&gt;
*牟田秀次郎&lt;br /&gt;
*高野紘吉（[[高野組]]組長）&lt;br /&gt;
*岡沼武志（三代目[[伊藤会]]会長）&lt;br /&gt;
*綾部真義（三代目[[西川会]]会長）&lt;br /&gt;
*高橋武身（[[高橋組 (山健組)|高橋組]]組長）&lt;br /&gt;
*長尾昌志（七代目[[中津川組]]組長）&lt;br /&gt;
*樺山典正（[[樺山総業]]総長）&lt;br /&gt;
*金岡英二（[[金岡組]]組長）&lt;br /&gt;
*前田幸夫（三代目[[侠友会 (山健組)|侠友会]]会長）&lt;br /&gt;
*竹内正夫（二代目[[竹内組]]組長）&lt;br /&gt;
*酒井康夫（[[酒井組]]組長）&lt;br /&gt;
*藤田一夫（[[東龍連合]]組長）&lt;br /&gt;
*橋本功一（[[北彰会]]会長）&lt;br /&gt;
*山田浩二（二代目[[誠隆会]]会長）&lt;br /&gt;
*宮田世市（[[宮田興業]]組長）&lt;br /&gt;
*山下 稔（[[邦心会]]会長）&lt;br /&gt;
*織田絆誠（[[邦尽会]]会長）旧組織名 織田興業&lt;br /&gt;
*西住孔希（[[邦竜會]]会長）&lt;br /&gt;
*疋田春男（[[疋田組]]組長）&lt;br /&gt;
*牧山修一（二代目[[石湊会]]会長）&lt;br /&gt;
*中橋勝久（[[中橋組]]組長）&lt;br /&gt;
*奥山 充（[[玄武会]]会長）&lt;br /&gt;
*中坂雄二（[[中坂興業]]組長）&lt;br /&gt;
*永野一雄（[[國竜会]]会長）&lt;br /&gt;
*斉藤哲也（[[新宿斉藤連合会]]会長）宇田川連合初代会長&lt;br /&gt;
*福富 弘（[[福富組]]組長）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==主な出身者==&lt;br /&gt;
*&amp;lt;!-- 1984年6月 --&amp;gt;二代目 舎弟頭・[[浅川一實]]（[[浅川一家]]総長） - 後に五代目山口組若中&lt;br /&gt;
*&amp;lt;!-- 1989年6月 --&amp;gt;二代目 若中相談役・[[松下靖男]]（[[松下組]]組長） - 後に五代目山口組若中&lt;br /&gt;
*&amp;lt;!-- 1989年6月 --&amp;gt;二代目 若中相談役・[[杉秀夫|杉 秀夫]]（[[健心会]]会長） - 後に五代目山口組若中&lt;br /&gt;
*&amp;lt;!-- 1989年6月 --&amp;gt;二代目 舎弟頭補佐・[[中野太郎]]（[[中野会]]会長） - 後に五代目山口組若頭補佐&lt;br /&gt;
*&amp;lt;!-- 1989年6月 --&amp;gt;二代目 舎弟頭補佐・[[盛力健児]]（[[盛力会]]会長） - 後に六代目山口組若中&lt;br /&gt;
*&amp;lt;!-- 1989年6月 --&amp;gt;二代目 舎弟頭補佐・[[松本敏久]]（[[松本組]]組長） - 後に五代目山口組若中&lt;br /&gt;
*&amp;lt;!-- 1989年12月 --&amp;gt;三代目 舎弟頭補佐・[[根本辰男]]（二代目[[川内組]]組長） - 後に六代目山口組若中&lt;br /&gt;
*&amp;lt;!-- 1989年12月 --&amp;gt;三代目 舎弟頭補佐・[[中村伍男]]（[[中村組]]組長） - 後に六代目山口組若中&lt;br /&gt;
*&amp;lt;!-- 1989年12月 --&amp;gt;三代目 舎弟頭補佐・[[鈴木秀具]]（[[鈴秀組]]組長） - 後に五代目山口組若中&lt;br /&gt;
*&amp;lt;!-- 1989年12月 --&amp;gt;三代目 舎弟・[[大関大|大関 大]]（二代目[[大門会]]会長） - 後に五代目山口組若中&lt;br /&gt;
*&amp;lt;!-- 1989年12月 --&amp;gt;三代目 舎弟・[[前田英明]]（二代目[[北岡会]]会長） - 後に五代目山口組若中&lt;br /&gt;
*&amp;lt;!-- 1991年12月 --&amp;gt;三代目 舎弟頭・[[金澤膺一]]（金澤組組長） - 後に[[臥龍会]]会長、五代目山口組若中&lt;br /&gt;
*&amp;lt;!-- 1992年2月 --&amp;gt;二代目 若中・[[井奥文夫]]（[[井奥会]]会長） - 後に[[中野会]]会長代行、六代目山口組若中&lt;br /&gt;
*&amp;lt;!-- 2003年12月 --&amp;gt;二代目 若中・[[岡本久男]]（岡本組組長） - 後に二代目[[松下組]]組長、六代目山口組若中&lt;br /&gt;
*&amp;lt;!-- 2005年4月 --&amp;gt;三代目 組長代行・[[橋本弘文]]（[[極心連合会]]会長） - 後に六代目山口組若頭補佐&lt;br /&gt;
*&amp;lt;!-- 2005年4月 --&amp;gt;三代目 相談役・[[太田守正]]（[[太田興業]]会長） - 後に[[太田会]]会長、六代目山口組若中&lt;br /&gt;
*&amp;lt;!-- 2005年11月 --&amp;gt;四代目 舎弟頭・[[木村阪喜]]（[[木村會]]会長） - 後に六代目山口組若中&lt;br /&gt;
*&amp;lt;!-- 2005年11月 --&amp;gt;四代目 舎弟頭補佐・[[森尾卯太男]]（[[大同会]]会長） - 後に六代目山口組若中&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Crime-stub}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:やまけんくみ}}&lt;br /&gt;
[[Category:兵庫県の暴力団]]&lt;br /&gt;
[[Category:山口組]]&lt;br /&gt;
[[Category:山健組|*]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Yamaken-gumi]]&lt;br /&gt;
[[zh:四代目山健组]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>49.98.136.21</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%9A%B4%E5%8A%9B%E5%9B%A3&amp;diff=321894</id>
		<title>暴力団</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%9A%B4%E5%8A%9B%E5%9B%A3&amp;diff=321894"/>
				<updated>2016-05-11T08:50:28Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;49.98.136.21: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:ヤクザ2.jpg|600px|thumb|ヤクザ勢力図]]&lt;br /&gt;
'''暴力団'''（ぼうりょくだん）とは、組織された[[暴力]]を背景に金品の利益などの私的な目的を達成しようと、[[日本]]を中心に活動する反[[社会]]的な集団のこと。諸外国における[[マフィア]]や[[ギャング]]に相当する。暴力団自身は'''[[任侠]]団体'''（にんきょうだんたい。'''仁侠団体'''とも書く）などと自称している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「暴力団」という呼称は、[[警察]]や[[マスメディア|マスコミ]]が[[戦後]]に[[命名]]したものであるが、現在では法的にも正式なものとなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
創設者の[[姓名]]や拠点とする地名などに「組」、「会」、「一家」、「連合」、「興業」、「総業」、「商事」、「実業」などを添えた団体名を名乗る場合が多い。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
社会に対しては暴力団員達は生き残りのため系列に思想団体・政治結社（主に[[街宣右翼|右翼団体]]を装う場合が多く、「右翼標榜暴力団」と呼ばれる。また同和団体を標榜する場合も多い）や合法的に見せた会社（[[企業舎弟]]、建設業や不動産業、金融業を標榜する場合が多い）を持つことも多い。近年では[[NPO法人]]を装うこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「シノギ（凌ぎ）」と呼ばれる資金獲得行為には、いわゆる「[[みかじめ料]]」（かじめ―香注連からか。[[宮崎県]]で言う、鳥避けの為の縄張りの事）&amp;lt;!--広辞苑で確認済み--&amp;gt;・「用心棒料」徴収などの[[恐喝]]行為、[[売春]]の斡旋、[[覚醒剤]]や[[麻薬]]などの薬物取引、[[拳銃]]などの[[銃器]]取引、[[賭博]]開帳、[[闇金融]]などの非合法な経済活動を行っていることが多い。[[刺青]]、[[指詰め]]などの特殊な文化を持つ。 構成員は「[[ヤクザ]]」、「極道」、「[[不良]]」、「[[チンピラ]]」などと呼ばれる。ヤクザの語源は多説あるが、カルタ賭博で一番悪い目である「八」「九」「三」の数（いわゆるブタ。[[おいちょかぶ]]を参照）から由来するという説、[[喧嘩]]などの仲裁を行った「役座」という社会的地位に由来するという説などがある。最近では、この4つの呼び方の中でヤクザがよく使われる。数字の「893」は「ヤクザ」の直接的表現を避ける場合に、[[隠語]]として使われる。「極道」は自らを美称する呼び名で、&amp;quot;男の道を極めし者&amp;quot;から。また「極道楽」の略ともされ「道楽を極める遊び人」との意味もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「顔」「面子」を潰されることを最も嫌い、組織内での制裁も軽いもので謹慎、剃髪、重いものでは[[指詰め]]から[[除名]]、[[破門]]、[[絶縁]]に至るまで、多岐に渡る。除名と似た言葉に「除籍」があるが、これは「堅気の世界で生きるため」など（一般的に見て）肯定的な意味で自分から辞める場合や、親分が子分に対し「堅気の世界で生きていくことが可能である」と判断して足を洗わせる場合（例：[[安部譲二]]）、年齢や体力を理由に引退する場合など、罰則的な意味合いは持たない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお社長が個人事業から発展させたような[[建設会社]]にも[[大林組]]、[[間組]]（現ハザマ）、[[熊谷組]]など「組」を称する会社が多い為、そのような経緯を知らずに日本の法務事情を視察に来た[[アメリカ合衆国]]の[[司法]]関係者が、&amp;quot;日本ではヤクザが会社を作り社会的認知を受けている&amp;quot;と驚いたという逸話がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史と区分 ==&lt;br /&gt;
[[祭|祭礼]]の周辺で商業活動を営む者を'''[[的屋]]'''（てきや）または'''[[香具師]]'''（やし）と呼び、[[丁半]]などの[[博打]]を生業とする者を'''[[博徒]]'''（ばくと）と呼ぶ。江戸時代においては、これらの者達は一般社会の外の賤民（せんみん）的身分とされていた。現代の一般社会からは、的屋も博徒も同じ「暴力団」と見なされているのが現状である。現代のヤクザは的屋の系譜を継ぐ者、博徒の系譜を継ぐ者のほか、[[人足]]稼業から出発した[[山口組]]など、実際にはそれ以外の出自のものも多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これら伝統的な団体の他、[[第二次世界大戦]]後の混乱の中で形成された'''[[愚連隊]]'''（ぐれんたい）などの不良集団からも暴力団は誕生した。 その後、日本の急速な経済復興に伴い[[港湾]]荷役、[[芸能]]興行など表向き合法的な経済活動にのみ従事する「[[企業舎弟]]（[[フロント企業]]）」も生まれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、[[沖縄県]]には第二次世界大戦以前には暴力団はおろか愚連隊すら存在しなかったとされる。しかし戦後、米軍基地から食料等を奪取する略奪集団「[[戦果アギャー]]」や、飲食店や風俗店が雇った用心棒と彼らが属する空手道場が核となって、沖縄（コザ）市と那覇市にそれぞれ暴力団が発生、組織化されていった（→[[沖縄の暴力団]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 警察庁による分類 ===&lt;br /&gt;
[[警察庁]]は かつて暴力団を｢集団的に、または常習的に暴力的不法行為を行う恐れのある組織｣と定義し、「博徒、的屋、青少年不良団」の他「不良土建、不良興行、港湾暴力団、[[炭鉱]]暴力団、売春暴力団、特殊暴力（[[総会屋]]、会社ゴロ、新聞雑誌ゴロ、政治ゴロ、社会運動標榜ゴロ）、事件屋、債権取立屋、[[パクリ屋]]、[[サルベージ屋]]、不良[[探偵社]]、企業暴力」等に分類していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、反社会的・破壊的[[カルト]]（[[オウム真理教]]など）であれば各種法令を駆使して組織壊滅に追い込む警察及び行政当局が、暴力団を一向に追い込まず、行政暴力に対し訴訟すら起こさない事等から、政府・[[財界]]が暴力団を必要としているからであるとの見方も存在する（[[右翼団体#活動]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*博徒 - 賭博（鉄火賭博）を常習とする者の集まりで、親分子分の関係などによる組織を持ち、縄張りを有して何々一家何々組と称されるもの。&lt;br /&gt;
*的屋 - 通称 香具師、露天商、街商などと呼ばれるもののうち、何々一家何々組、何々会と称し、縄張りを有して暴力的不法行為を行い、若しくは行う恐れのあるもの。&lt;br /&gt;
*青少年不良団 - いわゆる愚連隊と呼ばれる不良青少年の集まりで、組織を構成し暴力的不法行為等の虞犯性の強いもの。&lt;br /&gt;
*不良土建 - 土建会社[[飯場]]等の名称で組織を構成し、暴力的不法行為等の虞犯性の強いもの。&lt;br /&gt;
*不良興行 - 興行、芸能社、プロ等の名称で組織を構成し、暴力的不法行為等の虞犯性の強いもの。&lt;br /&gt;
*港湾暴力団 - 主として港湾地区に荷役、[[沖仲仕]]、その他 船舶運送会社等の名称で組織を構成し、暴力的不法行為の虞犯性の強いもの。&lt;br /&gt;
*炭鉱暴力団 - 炭鉱地区の労務供給、鉱害、補償等を口実に、暴力的不法行為等を行う組織的な団体。&lt;br /&gt;
*売春暴力団 - 売春婦や、売春場所の管理あるいは、これらの者と結託する等、売春行為に資金源を求める暴力組織。&lt;br /&gt;
*会社ゴロ - 総会屋、総会荒らし、分割屋等、会社銀行等を対象として団体の威力を背景に、若しくは これを仮装して、あるいは株主権を利用して、金品を喝取する等の不法行為を常習としているもの。&lt;br /&gt;
*新聞雑誌ゴロ - 新聞、雑誌等、報道機関の公共性を利用し、会社・銀行等の経営内容、あるいは役員または個人の弱点に付け込み、これを記事として発表すると称して購読料、広告料、若しくは寄付金名下に金品を喝取する等の不法行為を常習としているもの。&lt;br /&gt;
*その他の団体 - 前記各項に属しないものであって、組織を持ち、また集団の威力を背景に、あるいはこれを仮装して、常習的に不法行為を行い、若しくは行う恐れのあるものを言い、不良興信所、事件屋、手形パクリ屋、サルベージ屋、集団押し売り等が挙げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 構成員人数 ===&lt;br /&gt;
警察庁発表による平成17年度末の暴力団の人数は構成員43,300人、準構成員43,000人、計86,300人である。バブル崩壊後は減少傾向にあったが、平成7年以降再度増加の一途にある。構成員数はほぼ横ばいだが、準構成員数は増加傾向にある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 政治経済への浸透 ==&lt;br /&gt;
[[暴力団対策法]]施行以降、活動の秘匿化が進行しており、暴力団事務所の判別すら困難になった。戦前より政財界との結びつきがあるが、[[バブル景気|バブル]]期に手にした巨額の資金を力の源泉に、日本の支配階級の一角への食い込みに成功し、大きな影響力を行使する存在となっている。平成元年の警察白書では、暴力団全体の年間収入は、約1兆3千億円前後と推定していて、その内覚醒剤による収入は約4,500億円と推定している。[[東京佐川急便事件]]、[[イトマン事件]]の二つの例だけでも、暴力団へ流れた資金はそれぞれ数千億円に上るとの見方がある。このことからバブル期から今日まで、わずか8万5千人程の暴力団に、年間1兆円以上と推測される巨額の資金がほとんど課税できずに流れていると思われる。特に資金を捕捉・[[課税]]することが困難であるのが影響力を断てない最大の原因である。もし一般企業同様に課税できたとすれば、数千億円を毎年課税する計算になるため、司法の各種取締りよりもはるかに大きな効果がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、直接の年間収入に加え、パチンコ・アダルト・性風俗・飲食・貸金業・建設・運輸業などは暴力団と非常に深い結びつきがあり、アダルト業界、貸金業、性風俗店、飲食店、建設会社などは暴力団が直接・間接的に経営している場合も多く、様々な業界に進出し、実際の収入を大きく上回る影響力を持っており、日本の年間GDP約560兆円の内、かなりの割合に影響力を持っていると推測され、近年経済進出を最重要視し、裏の[[総合商社]]に近い役割を持ち始めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本では政治家や企業と暴力団の関係が明るみに出ても、政治家や企業にとってさほど痛手にならないことも根絶が困難な一因である。これまでにそれが原因で失脚・倒産した政治家・企業はほとんどない。そのような政治家・企業を落選・倒産させない国民性も大きな要因である。一方、欧米諸国では犯罪組織との関係が明るみに出れば、政治家ならほぼ失脚であり所属政党も大ダメージを受け、企業なら倒産も有りうる為、デメリットの方が大きい。そのため日本のように必要とされず過剰に強大化していない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年くらいから、[[コンビニエンスストア]]や青果店といった従来暴力団と関係の薄かった業種にまでみかじめ料の支払いを要求するケースが報告されており、このまま放置していてはあらゆる業種が暴力団からみかじめ料支払いの要求を受けかねず、国家にとって極めて深刻な脅威となっているため、警察単体ではなく、政府を挙げての対策が求められる。一方このように[[コンビニエンスストア]]や青果店にまで現れる暴力団は弱小な下部の暴力団組織であり、真に脅威である、上記のような市場の信頼性にまで脅威を及ぼしている有力団体に対してこそ政府挙げての対策が求められる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近年[[黒社会|中国系犯罪組織]]等、[[マフィア#概要|外国犯罪組織]]に対しては弱腰との見方があり、自らが富裕層の仲間入りをしたため、構成員の高齢化とも相まって、サラリーマン化しつつあり気風が弱体化しつつあるとの指摘もある。また仮に暴力団壊滅に成功した場合でも、外国犯罪組織が取って代わるだけで余計に事態が悪化するとの見方もある。北朝鮮から覚醒剤を購入し日本国内での流通を取り仕切ったり、外国人強盗団・窃盗団に情報提供を行ったりなど、外国人犯罪組織の拡大に繋がる行為を暴力団自ら行っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[先進国]]の中で、日本と[[イタリア]]は犯罪組織の影響力が非常に強く、根絶が困難な国と認識されている。米国の司法機関、情報機関、一部政府高官やアジア諸国の司法関係者の間では「ヤクザ」と日本語で意味がほぼ通じるほどである。[[ローマ]]に拠点を置く反[[マフィア]]団体SOSインプレサの調査によると、マフィアの収益は イタリアの国内総生産（GDP）の7%となる年間推定約900億ユーロ（約15兆円）に達し、イタリア国外からの収益も加えるとさらに大きな収益があると推測される。日本も暴力団の各業界への間接的影響力を考慮すると、日本とイタリアは類似した状況となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 芸能界・マスコミへの浸透 ===&lt;br /&gt;
戦前・終戦直後より、[[芸能界]]と暴力団は、切っても切れない繋がりを持つ。[[山口組]]三代目[[田岡一雄]]は[[美空ひばり]]らが所属する[[神戸芸能社]]を経営、[[鶴田浩二襲撃事件]]も引き起こしている。[[吉本興業]]は戦前の東京進出の際、山口組の助けを借り、1968年には社長の林正之助が田岡と組んでのレコード会社乗っ取り容疑で兵庫県警に逮捕されている。当時の日本経済新聞によると林は「わしが田岡組長に電話したら山口組組員300名が駆けつけて血の雨が降るぞ!」とレコード会社側を脅迫したという。週刊文春にも「'''林正之助は山口組の準構成員'''であった」と書かれており、林は田岡の葬儀にも出席し棺を担いでいる。また林の長女、[[林マサ]]は吉本興業株の30%を保有している株主であり、実質上、吉本興業にものを言える立場にあるが、五代目組長[[渡辺芳則]]と深い繋がりにあり、度々渡辺が出席するゴルフコンペや懇親会などに、吉本興業の芸人などを出席させている。このことは[[中田カウス]]本人も誌上で認めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また[[バーニングプロダクション]]への発砲事件や、ライジングプロダクション（現[[ヴィジョンファクトリー]]）の脱税事件の背景からも、それは明らかである。地方での営業を依頼した興行主の中には、暴力団との繋がりのある企業もあり、[[芸能事務所]]側が暴力団との関係を十分に認識していた疑いが持たれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 暴力団の取締まり体制の問題点 ==&lt;br /&gt;
暴力団員が、自身を非合法組織の一員である事を堂々と認めることを許している現状に対する批判は少なくない。しかし、民主主義国家である日本においては、明確な犯罪の証拠も無く、単に反社会的な団体に所属していると言うだけで取り締まることは、[[結社の自由]]や[[思想・良心の自由|思想の自由]]を犯しかねないため、難しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
暴力団の国家全体に対する影響力から比較した場合、実質上暴力団取締まりをほとんど行なっている警察の体制が不十分との指摘がある。現在警察の組織上の暴力団対策のトップ部局は警察庁刑事局組織犯罪対策部（旧・暴力団対策部）である。これは警察庁の[[内部部局]]のそのまた一つの部という位置づけである。より取締まり強化を目指し、内部部局である局へ昇格すべきとの意見が警察出身者などからある。[[財務省 (日本)|財務省]]を除いた、他の省庁でも数兆円単位の問題が内部部局より下の単位で扱われるケースは少ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近年、暴力団は経済犯罪を最も重視しているが、日本に限らず、多くの国でも警察は伝統的に経済犯罪はあまり得意ではないため、この分野の大幅な強化の必要性も指摘されている。特に、金融関連や不動産関連などは暴力団が関与した事案が大量にある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捜査員の中には[[手形]]すら分からない者も存在し、[[商取引]]を行なうことが無い警察の最も弱い分野であると古くから指摘されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 暴力団による被害の使用者責任 ==&lt;br /&gt;
近年、暴力団の対立抗争による被害に対し[[使用者責任]]を問う[[損害賠償請求]]が増加してきたが、抗争よりも、[[行政対象暴力]]、[[みかじめ料]]徴収、[[ヤミ金融]]、各種威圧行為などの一般的な活動の方が、日常的に大きな被害がもたらされており、これらの事件でも使用者責任を問い、損害賠償請求の範囲に積極的に含めていくことが、暴力団弱体化に極めて大きな効果をもたらすと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それに伴い訴訟を起こした被害者や弁護士への暴力団による報復行為に対しては、実行犯のみならず組長をも共同正犯として刑事罰を課するような法運用を視野に入れ、民事刑事ともに暴力団に対する厳しい姿勢を明確にすることによって[[被害者]]を側面から支援することが求められる。さらに訴訟を起こした個人への報復を避けるため、原告の名前が暴力団側に通知されない匿名性の高い制度が整備されれば、訴訟件数は飛躍的に増え、暴力団にとって費用・事務作業共に大きな負担になると思われる。仮に、訴訟が年間数千・数万件という規模になってくれば、全てに報復することも不可能となり、存在理由である暴力を使用できないため、根本的な存在の可否に関わる極めて深刻な状況になると見られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近年は報復に限らず、逮捕される可能性が高い暴力行為を行う際、使用者責任に関した損害賠償請求を起こされるのを避けるため、形式上[[破門]]にした組員を使用し、ほとぼりがさめたころに元の組織、または付き合いのある別の組織が受け入れ、暴力団員として復帰することが多い。破門ではなく復帰不可能な[[絶縁]]を要求することと、偽装破門への司法の早急な対策が求められる。報復行為等を命じられるのは、ほとんどが破門前で組織に属している段階である（破門にしてから報復行為等を命じることは、暴力団の性質上ほとんどない）ため、その時点では組長等は使用者であるため、厳格な適用が求められる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 暴力団対策法の欠点 ==&lt;br /&gt;
暴力団の収益の柱の一つがみかじめ料である。[[暴力団対策法]]（[[暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律]]）ではこれを暴力的要求行為として禁じている。しかし中止命令に従えば逮捕されるケースはまれである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、暴力を背景に金品・利益誘導を要求する行為は[[恐喝]]・[[強要]]と重複する部分があるが、中止命令だけ出している現状では、逆に[[恐喝]]・[[強要]]を見逃しているとの指摘がある。暴力団の暴力的要求行為に本来[[恐喝]]・[[強要]]が適用されるはずが、中止命令に置き換わってしまったとの指摘がある。そのため、暴力団員に中止命令が出るまでは、暴力的要求行為をしても逮捕される可能性は少ないという安心感を与えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 組織 ==&lt;br /&gt;
日本のヤクザは通常、親分（組長）に対して弟分と子分が絶対的に服従する[[家父長制]]を模した序列的・擬制的血縁関係を構築することを特徴とし、この関係によって暴力団の強固な結合を確実なものにする。一般に、代表者である組長（他に「会」の親分は会長、「一家」の親分は総長と呼ばれ、総裁などの[[名誉職]]も存在する）と構成員である組員とは、[[盃事]]と呼ばれる儀式を経ることによって強い絆で結ばれる。組員は、組長から見て弟分（[[舎弟]]）と[[子供|子]]分（若中、若衆など）の2つに大別される。1次団体の組員も、自らを組長とする2次団体を組織する。 2次団体の組員もまた、自らを組長とする3次団体を組織する。これを繰り返すことによって暴力団は[[ピラミッド]]型の[[ヒエラルキー|階層構造]]を形成する。日本最大の勢力を誇る山口組の場合には、5次団体までの存在が確認されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
各階層の団体において当該組長と盃を交わした組員を近年、直参と言う場合があるとされる（但、斯界における長老で「大関東」関根賢の&amp;quot;子&amp;quot;であった牧野国泰会長は強く異論を唱えてはいないが「直参とは武士の呼び方である」とする発言もしている。これは関東のやくざ社会が「武士道」に対する「任侠道」について常に意識して伝統を守ってきた経緯があり、松葉会の初代会長で水戸学にも造詣の深かったとされる藤田卯一郎もヤクザとしての&amp;quot;親&amp;quot;への誠意を「やくざ者もサムライに負けない殉死をする」とする発言で表している。しかし、今日では前記のようなタイプは少数派となっている）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
直参より下の下部団体組員について、暴力団側は&amp;quot;上部団体とは関係のない者&amp;quot;と主張しているが、外部社会からは&amp;quot;上部団体の統制下にあり、上部団体組長の指揮監督下にある者&amp;quot;と見られており、損害賠償請求訴訟でも上部団体組長の[[使用者責任]]を認める[[判決]]が出されてきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
組長が引退したり[[死亡]]した場合には、組員の中から新たな組長が決められる。個々の組織の状況にもよるが、[[長男]]に当たる第一の子分（[[若頭]]、若中頭、若者頭、理事長など）が選ばれる場合が多い。新たな組長が就任すると、他の組員との間で盃直しと呼ばれる儀式が行われ、新たな序列に基づく擬制的血縁関係が再構築される。先代組長が跡目を指名しなかった場合には、組員同士の話し合いや入れ札（[[投票]]）で決められる。跡目選定を巡る内部対立から組織分裂に到った例としては、山口組からの[[一和会]]の分裂が挙げられる。ただ、近年は警察の監視が厳しく、武力による跡目争いを行うと警察が介入し、組織解体につながるため、武力抗争は減っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
暴力団は組員から、一定額の会費を集め運営経費に充てる。また、義理掛けなどの慶弔費も これとは別に徴収する。また各組織ごとに舎弟企業や顧問先などをもち、そこで得られた利益は上納金として上部組織に納められるようになっている。[[麻薬]]や[[覚醒剤]]の密売、[[闇金融]]、[[振り込め詐欺]]など犯罪行為は下部団体の組員などが個人的に行っているという建前をとっている。上部団体は舎弟企業などを介し表面上合法的に収益を上げるシステムになっている。&lt;br /&gt;
このような暴力団の不法行為に対し「[[暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律]]」（[[平成]]3年法律第77号、暴対法）が[[1992年]]3月に施行された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、本土とは隔絶した米軍軍政下の時代に成立した[[沖縄の暴力団]]には、本土のように盃事によって親子関係を作り、組織内の権力を階層化することがなかった。組長と大勢の子分のみという単純で平坦な組織であったため、ひとたび発生した内部抗争を組織内で制御できず、簡単に全組織に拡大し泥沼化する傾向にあった。これが沖縄の暴力団抗争の激烈さの要因になったと考えられている。本土暴力団と交流を持った現在では、本土の盃事制度を取り入れ、組織を階層化している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 ; 暴力団組織の例&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
 組長（親分）─┬──若頭（長男）─┬──若頭補佐（子分）&lt;br /&gt;
              │                 ├──若頭補佐&lt;br /&gt;
              │                 ├──若衆&lt;br /&gt;
              │                 ├──若衆&lt;br /&gt;
              │                 └──若衆&lt;br /&gt;
              │&lt;br /&gt;
            　└─舎弟頭（弟分） ─┬──舎弟頭補佐（弟分）&lt;br /&gt;
                                  ├──舎弟頭補佐&lt;br /&gt;
                                  ├──舎弟&lt;br /&gt;
                                  ├──舎弟&lt;br /&gt;
                                  └──舎弟&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
 　&amp;lt;small&amp;gt;※舎弟、若頭、若衆もまた下部組織の組長であり、子分や弟分を持つ。&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 指定暴力団 ===&lt;br /&gt;
[[都道府県]][[公安委員会]]は、暴対法第3条の要件に該当する暴力団を[[指定暴力団]]として指定できる。[[2007年]]3月現在の指定暴力団は、以下の22団体である。[http://www.web-sanin.co.jp/gov/boutsui/boutsui4.htm]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!名前!!本部!!代表者&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px; width: 200px;&amp;quot; | 六代目[[山口組]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 80px;&amp;quot; | 兵庫県&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 370px;&amp;quot; | 組長・[[司忍|司 忍]]（本名:篠田建市）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[住吉会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|総裁・[[西口茂男]]、会長・[[福田晴瞭]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[稲川会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[角田吉男]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 四代目[[工藤會]]&lt;br /&gt;
|福岡県&lt;br /&gt;
|会長・[[野村悟|野村 悟]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 三代目[[旭琉会]]&lt;br /&gt;
|沖縄県&lt;br /&gt;
|会長・[[翁長良宏]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 五代目[[会津小鉄会]]&lt;br /&gt;
|京都府&lt;br /&gt;
|会長・[[図越利次]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 五代目[[共政会]]&lt;br /&gt;
|広島県&lt;br /&gt;
|会長・[[守屋輯|守屋 輯]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 六代目[[合田一家]]&lt;br /&gt;
|山口県&lt;br /&gt;
|総長・[[温井完治]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 四代目[[小桜一家]]&lt;br /&gt;
|鹿児島県&lt;br /&gt;
|総長・[[平岡喜榮]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 三代目[[浅野組]]&lt;br /&gt;
|岡山県&lt;br /&gt;
|組長・[[串田芳明]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[道仁会]]&lt;br /&gt;
|福岡県&lt;br /&gt;
|会長・[[小林哲治]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 二代目[[親和会 (高松)|親和会]]&lt;br /&gt;
|香川県&lt;br /&gt;
|会長・[[吉良博文]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[双愛会]]&lt;br /&gt;
|千葉県&lt;br /&gt;
|会長・[[塩島正則]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 三代目[[侠道会]]&lt;br /&gt;
|広島県&lt;br /&gt;
|会長・[[池澤望|池澤 望]]（本名:渡邊 望）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[太州会]]&lt;br /&gt;
|福岡県&lt;br /&gt;
|会長・[[日高博|日高 博]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 七代目[[酒梅組]]&lt;br /&gt;
|大阪府&lt;br /&gt;
|組長・[[金山耕三朗]]（本名:金 在鶴）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[極東会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[松山眞一]]（本名:曹 圭化）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[東組]]&lt;br /&gt;
|大阪府&lt;br /&gt;
|総長・[[東 清]]（本名:岸田 清）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[松葉会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[牧野国泰]]（本名:李 春星）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 三代目[[福博会]]&lt;br /&gt;
|福岡県&lt;br /&gt;
|総裁・[[和田将志郎]]（本名:和田万亀男）、会長・[[長岡寅夫]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[九州誠道会]]&lt;br /&gt;
|福岡県&lt;br /&gt;
|会長・[[浪川政浩]]（本名:朴 政浩）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[神戸山口組]]&lt;br /&gt;
|兵庫県&lt;br /&gt;
|組長・[[井上邦雄]]&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 指定が取り消されたか失効した団体 ====&lt;br /&gt;
*[[石川一家]]（佐賀県） - 五代目山口組傘下入り（[[宅見組]]加入）により単立ではなくなったため1995年10月16日 取り消し&lt;br /&gt;
*二代目[[大日本平和会]]（兵庫県） - 再度の指定が行われず1997年4月6日 失効&lt;br /&gt;
*三代目[[山野会]]（熊本県） - 壊滅により2001年11月8日 取り消し&lt;br /&gt;
*[[極東桜井總家連合会]]（静岡県） - 消滅により2005年5月31日 取り消し&lt;br /&gt;
*[[國粹会]]（東京都） - 六代目山口組加入により単立ではなくなったため2005年10月31日 取り消し&lt;br /&gt;
*[[中野会]]（大阪府） - 解散により2005年12月22日 取り消し&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 主な非指定団体 ===&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 都道府県順&amp;gt;五十音順。最新の情報でお願いします。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!名前!!本部!!代表者&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px; width: 200px;&amp;quot; | [[源清田田名辺]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 80px;&amp;quot; | 茨城県&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 300px;&amp;quot; | &amp;lt;!--三代目--&amp;gt;総長・[[田名辺城男]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[寄居分家]]五代目&lt;br /&gt;
|群馬県&lt;br /&gt;
|総長・[[五代博|五代 博]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[竹澤会]]&lt;br /&gt;
|埼玉県&lt;br /&gt;
|代表・[[大場守|大場 守]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[姉ヶ崎会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[中野目重民]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 八代目[[飯島会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[西川冠士]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[川口家会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・代表者不明&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[上州家会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[伊藤勝彦 (ヤクザ)|伊藤勝彦]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[新門連合会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|総裁・[[斉藤有貴]]、会長・[[笠間直明]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[杉東会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[野原英三]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[醍醐宗家大田会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|四代目・[[青山秀夫]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[丁字家会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[吉田五郎]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[東亜会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[金海芳雄]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[東京両國家]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|総長・[[佐藤稔]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[箸家]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|四代目・[[秋野傳三郎]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[桝屋会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[東浦外次郎]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[飴徳連合会]]&lt;br /&gt;
|神奈川県&lt;br /&gt;
|会長・[[永持英哉]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[神奈川松坂屋]]&lt;br /&gt;
|神奈川県&lt;br /&gt;
|七代目・[[小谷武士]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[徳力一家]]&lt;br /&gt;
|神奈川県&lt;br /&gt;
|&amp;lt;!--五代目--&amp;gt;総長・&amp;lt;!--松本某--&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[横浜金子会]]&lt;br /&gt;
|神奈川県&lt;br /&gt;
|&amp;lt;!--三代目--&amp;gt;会長・[[寺田隆|寺田 隆]]（本名: 金子 隆）&lt;br /&gt;
|-    &lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[櫻井總家]]&lt;br /&gt;
|静岡県&lt;br /&gt;
|総長・[[志村和夫]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[鉄心会]]&lt;br /&gt;
|愛知県&lt;br /&gt;
|役職名不明・[[高上鉄一]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[忠成会]]&lt;br /&gt;
|兵庫県&lt;br /&gt;
|会長・[[大森匡晃]]（本名:大森忠昭）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 二代目[[松浦組]]&lt;br /&gt;
|兵庫県&lt;br /&gt;
|組長・[[笠岡和雄]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[竹中組 (岡山)|竹中組]]&lt;br /&gt;
|岡山県&lt;br /&gt;
|組長・空席&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 二代目[[中国高木会]]&lt;br /&gt;
|広島県&lt;br /&gt;
|会長・[[北山昭男]]&lt;br /&gt;
|-  &lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[樫田会]]&lt;br /&gt;
|福岡県&lt;br /&gt;
|会長・[[松田勇雄]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 三代目[[立川会]]&lt;br /&gt;
|福岡県&lt;br /&gt;
|会長・[[立川政幸]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[九州神代連合]]&lt;br /&gt;
|佐賀県&lt;br /&gt;
|会長・[[野口勝次]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[吉岡組 (長崎)|吉岡組]]&lt;br /&gt;
|長崎県&lt;br /&gt;
|組長・[[吉岡末義]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 三代目[[大倉会]]&lt;br /&gt;
|熊本県&lt;br /&gt;
|会長・[[大倉勝]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 二代目[[熊本會]]&lt;br /&gt;
|熊本県&lt;br /&gt;
|総裁・[[森原健次]]、会長・[[戸崎豊|戸崎 豊]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[西田会]]&lt;br /&gt;
|宮崎県&lt;br /&gt;
|会長・[[赤沢保市]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 暴力団と差別問題 ==&lt;br /&gt;
[[アメリカ合衆国]]のマフィアに[[イタリア]]系や[[中華人民共和国|中国]]系の[[マイノリティ]]が多いのと同様に、日本における暴力団の巨大化も、特定の社会集団に対する差別が原因の一つだという説がある（後述、日本でのマイノリティ・在日朝鮮人の比率など）。この説は、メディアにおいて[[タブー]]化され、報道で伝えられることは滅多にないが、幾つかの書籍などに これに関する情報が記載されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[猪野健治]]は『やくざと日本人』の中で、昭和中期の関西や北九州の[[部落問題|部落]]の悲惨な現状を取り上げ、日本社会に「やくざとなるか土方になるか」しか、選択肢の無い若者が多く存在する事が やくざの温床であるという見解を示した。&lt;br /&gt;
*元[[公安調査官]]・[[菅沼光弘]]は、公安当局のデータから「指定暴力団構成員の4割ぐらいは在日韓国・朝鮮系」、実経験から「裏社会は日本社会のいわば'''コインの表裏'''であり切り離せない」、などの見解を示した（平成20年2月18日放送[[たかじんのそこまで言って委員会]]より　詳細は後述）。&lt;br /&gt;
*[[宮崎学]]は[[大谷昭宏]]との共著『グリコ・森永事件 最重要参考人M』で、「関西に暴力団が10人おったら そのうち9人はマイノリティ」と発言している。&lt;br /&gt;
*[[田中森一]]は著書『反転　闇社会の守護神と呼ばれて』の中で、自身の弁護士としての経験から、法律の外に置かれた貧窮民や無宿人、被差別部落民たちを統治してきたのが暴力団であり、暴力団員にはそうした出自の者が多いと書いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マイノリティが暴力団員となるのは、差別により経済的な理由で学校に通えなかったり、就職差別で一般的な職に就くことができなかったりしたため、というケースが多い。暴力団員が多い、という理由でそのマイノリティが差別されることも多く、差別の悪循環に繋がっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
米国の経済学者[[:en:Stephen_J._Dubner|スティーヴン・J・ダブナー]]は、金銭的に苦しく望まれず生まれ育った環境と犯罪（米国マフィア）との関連性を中絶のデータなどから指摘している（彼の結論としては、中絶を禁じた方が犯罪が増えたという。合衆国では州によっては保守キリストの考え方があり、中絶が禁じられている）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、重々承知かと思うが、差別や不当な抑圧が原因にあったとしても斯様な事は法的に許されるものではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==暴力団と在日韓国・朝鮮人==&lt;br /&gt;
四代目[[会津小鉄会]]元会長・[[高山登久太郎]]（姜外秀）は講演で、「ウチの組は[[部落問題|同和]]が3割、[[在日韓国・朝鮮人|在日]]が3割だった」と発言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元[[公安調査官]]・[[菅沼光弘]]（[[公安調査庁]]調査第二部長）は[[2006年]]10月19日、[[外国特派員協会]]で行った講演で、六代目山口組ナンバー2・髙山清司から聞いた話として、暴力団の出自の内訳は6割が同和（[[部落問題|被差別部落]]出身者）、3割が[[在日韓国・朝鮮人|在日コリアン]]系（韓国系のほか、朝鮮系が3分の1）、残りの1割が非同和の日本人や中国系などで占められるという見解を示した。在日韓国・朝鮮人が形成している暴力団では[[東亜会]]（旧「東声会」）などがよく知られている。[[柳川組]]は、元々在日韓国人・在日朝鮮人の団体として、スタートした。その後、柳川組は、全国展開していく中で、[[誠友会|北海道同志会]]などの数々の日本人の暴力団を傘下に収めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 暴力団との関係が明るみに出た組織・政治家・著名人 ==&lt;br /&gt;
* [[青江三奈]] - 歌謡ショーの興行主が暴力団の企業舎弟であった&lt;br /&gt;
* [[ジャンボ尾崎]] - ゴルフコンペに暴力団員と参加。&lt;br /&gt;
* [[東尾修]] - 賭け[[マージャン]]に加わる。“黒い交際”により制裁金と謹慎の処分。&lt;br /&gt;
* [[足寄出身の歌の下手糞な歌手|松山千春]] - 京都の暴力団と親しい関係であったことが発覚。これが原因で自らパーソナリティを務めていた札幌の長寿ラジオ番組が打ち切りに&lt;br /&gt;
* [[大阪府警察]] - [[西成警察署|西成署]][[刑事]]が暴力団から賄賂をもらったことが発覚し[[西成暴動]]の契機となった&lt;br /&gt;
* [[松浪健四郎]] &lt;br /&gt;
* [[大串博志]]&lt;br /&gt;
* [[前田亘輝]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[暴力団との関係が疑われる有名人の一覧]]&lt;br /&gt;
*[[暴力団一覧]]&lt;br /&gt;
*[[ヤクザ]]&lt;br /&gt;
*[[右翼]]&lt;br /&gt;
*[[右翼団体]]&lt;br /&gt;
*[[任侠]]&lt;br /&gt;
*[[企業舎弟]]（フロント企業とも呼ばれる）&lt;br /&gt;
*[[ブラック企業]]&lt;br /&gt;
*[[暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律]]（暴力団対策法）&lt;br /&gt;
*[[組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律]]（組織犯罪処罰法）&lt;br /&gt;
*[[マフィア]]&lt;br /&gt;
*[[溝口敦]] - 暴力団情勢に詳しい[[フリーランス]][[ジャーナリスト]]&lt;br /&gt;
*[[周防郁雄]]&lt;br /&gt;
*[[準構成員]]&lt;br /&gt;
*[[ごくせん]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kouhoushi/no2/wide/wide.htm 暴力団に関する困り事相談]（警視庁）&lt;br /&gt;
*[http://www.web-sanin.co.jp/gov/boutsui/boutsui4.htm 指定暴力団]（松江八束建設業暴力追放対策協議会）&lt;br /&gt;
*[http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H03/H03HO077.html 暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律]（総務省 法令データ提供システム）&lt;br /&gt;
*[http://www1a.biglobe.ne.jp/boutsui/index2.htm 全国暴力追放運動推進センター]&lt;br /&gt;
*[http://www.web-sanin.co.jp/gov/boutsui/mini00.htm 暴力団ミニ講座]（松江、八束建設業暴力追放対策協議会）&lt;br /&gt;
*[http://www.nhk.or.jp/special/onair/071111.html NHKスペシャル｜ヤクザマネー ～社会を蝕（むしば）む闇の資金～]&lt;br /&gt;
*[http://www.islands.ne.jp/tuiho893/10soku.html 愛媛県暴力追放推進センター/暴力団応対10則]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ほうりよくたん}}&lt;br /&gt;
[[Category:暴力団|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:ヤクザ|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:犯罪組織]]&lt;br /&gt;
[[Category:蛆虫]]&lt;br /&gt;
[[Category:人殺し]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>49.98.136.21</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%9A%B4%E5%8A%9B%E5%9B%A3&amp;diff=321893</id>
		<title>暴力団</title>
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				<updated>2016-05-11T08:46:12Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;49.98.136.21: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:ヤクザ2.jpg|600px|thumb|ヤクザ勢力図]]&lt;br /&gt;
'''暴力団'''（ぼうりょくだん）とは、組織された[[暴力]]を背景に金品の利益などの私的な目的を達成しようと、[[日本]]を中心に活動する反[[社会]]的な集団のこと。諸外国における[[マフィア]]や[[ギャング]]に相当する。暴力団自身は'''[[任侠]]団体'''（にんきょうだんたい。'''仁侠団体'''とも書く）などと自称している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「暴力団」という呼称は、[[警察]]や[[マスメディア|マスコミ]]が[[戦後]]に[[命名]]したものであるが、現在では法的にも正式なものとなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
創設者の[[姓名]]や拠点とする地名などに「組」、「会」、「一家」、「連合」、「興業」、「総業」、「商事」、「実業」などを添えた団体名を名乗る場合が多い。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
社会に対しては暴力団員達は生き残りのため系列に思想団体・政治結社（主に[[街宣右翼|右翼団体]]を装う場合が多く、「右翼標榜暴力団」と呼ばれる。また同和団体を標榜する場合も多い）や合法的に見せた会社（[[企業舎弟]]、建設業や不動産業、金融業を標榜する場合が多い）を持つことも多い。近年では[[NPO法人]]を装うこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「シノギ（凌ぎ）」と呼ばれる資金獲得行為には、いわゆる「[[みかじめ料]]」（かじめ―香注連からか。[[宮崎県]]で言う、鳥避けの為の縄張りの事）&amp;lt;!--広辞苑で確認済み--&amp;gt;・「用心棒料」徴収などの[[恐喝]]行為、[[売春]]の斡旋、[[覚醒剤]]や[[麻薬]]などの薬物取引、[[拳銃]]などの[[銃器]]取引、[[賭博]]開帳、[[闇金融]]などの非合法な経済活動を行っていることが多い。[[刺青]]、[[指詰め]]などの特殊な文化を持つ。 構成員は「[[ヤクザ]]」、「極道」、「[[不良]]」、「[[チンピラ]]」などと呼ばれる。ヤクザの語源は多説あるが、カルタ賭博で一番悪い目である「八」「九」「三」の数（いわゆるブタ。[[おいちょかぶ]]を参照）から由来するという説、[[喧嘩]]などの仲裁を行った「役座」という社会的地位に由来するという説などがある。最近では、この4つの呼び方の中でヤクザがよく使われる。数字の「893」は「ヤクザ」の直接的表現を避ける場合に、[[隠語]]として使われる。「極道」は自らを美称する呼び名で、&amp;quot;男の道を極めし者&amp;quot;から。また「極道楽」の略ともされ「道楽を極める遊び人」との意味もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「顔」「面子」を潰されることを最も嫌い、組織内での制裁も軽いもので謹慎、剃髪、重いものでは[[指詰め]]から[[除名]]、[[破門]]、[[絶縁]]に至るまで、多岐に渡る。除名と似た言葉に「除籍」があるが、これは「堅気の世界で生きるため」など（一般的に見て）肯定的な意味で自分から辞める場合や、親分が子分に対し「堅気の世界で生きていくことが可能である」と判断して足を洗わせる場合（例：[[安部譲二]]）、年齢や体力を理由に引退する場合など、罰則的な意味合いは持たない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお社長が個人事業から発展させたような[[建設会社]]にも[[大林組]]、[[間組]]（現ハザマ）、[[熊谷組]]など「組」を称する会社が多い為、そのような経緯を知らずに日本の法務事情を視察に来た[[アメリカ合衆国]]の[[司法]]関係者が、&amp;quot;日本ではヤクザが会社を作り社会的認知を受けている&amp;quot;と驚いたという逸話がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史と区分 ==&lt;br /&gt;
[[祭|祭礼]]の周辺で商業活動を営む者を'''[[的屋]]'''（てきや）または'''[[香具師]]'''（やし）と呼び、[[丁半]]などの[[博打]]を生業とする者を'''[[博徒]]'''（ばくと）と呼ぶ。江戸時代においては、これらの者達は一般社会の外の賤民（せんみん）的身分とされていた。現代の一般社会からは、的屋も博徒も同じ「暴力団」と見なされているのが現状である。現代のヤクザは的屋の系譜を継ぐ者、博徒の系譜を継ぐ者のほか、[[人足]]稼業から出発した[[山口組]]など、実際にはそれ以外の出自のものも多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これら伝統的な団体の他、[[第二次世界大戦]]後の混乱の中で形成された'''[[愚連隊]]'''（ぐれんたい）などの不良集団からも暴力団は誕生した。 その後、日本の急速な経済復興に伴い[[港湾]]荷役、[[芸能]]興行など表向き合法的な経済活動にのみ従事する「[[企業舎弟]]（[[フロント企業]]）」も生まれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、[[沖縄県]]には第二次世界大戦以前には暴力団はおろか愚連隊すら存在しなかったとされる。しかし戦後、米軍基地から食料等を奪取する略奪集団「[[戦果アギャー]]」や、飲食店や風俗店が雇った用心棒と彼らが属する空手道場が核となって、沖縄（コザ）市と那覇市にそれぞれ暴力団が発生、組織化されていった（→[[沖縄の暴力団]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 警察庁による分類 ===&lt;br /&gt;
[[警察庁]]は かつて暴力団を｢集団的に、または常習的に暴力的不法行為を行う恐れのある組織｣と定義し、「博徒、的屋、青少年不良団」の他「不良土建、不良興行、港湾暴力団、[[炭鉱]]暴力団、売春暴力団、特殊暴力（[[総会屋]]、会社ゴロ、新聞雑誌ゴロ、政治ゴロ、社会運動標榜ゴロ）、事件屋、債権取立屋、[[パクリ屋]]、[[サルベージ屋]]、不良[[探偵社]]、企業暴力」等に分類していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、反社会的・破壊的[[カルト]]（[[オウム真理教]]など）であれば各種法令を駆使して組織壊滅に追い込む警察及び行政当局が、暴力団を一向に追い込まず、行政暴力に対し訴訟すら起こさない事等から、政府・[[財界]]が暴力団を必要としているからであるとの見方も存在する（[[右翼団体#活動]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*博徒 - 賭博（鉄火賭博）を常習とする者の集まりで、親分子分の関係などによる組織を持ち、縄張りを有して何々一家何々組と称されるもの。&lt;br /&gt;
*的屋 - 通称 香具師、露天商、街商などと呼ばれるもののうち、何々一家何々組、何々会と称し、縄張りを有して暴力的不法行為を行い、若しくは行う恐れのあるもの。&lt;br /&gt;
*青少年不良団 - いわゆる愚連隊と呼ばれる不良青少年の集まりで、組織を構成し暴力的不法行為等の虞犯性の強いもの。&lt;br /&gt;
*不良土建 - 土建会社[[飯場]]等の名称で組織を構成し、暴力的不法行為等の虞犯性の強いもの。&lt;br /&gt;
*不良興行 - 興行、芸能社、プロ等の名称で組織を構成し、暴力的不法行為等の虞犯性の強いもの。&lt;br /&gt;
*港湾暴力団 - 主として港湾地区に荷役、[[沖仲仕]]、その他 船舶運送会社等の名称で組織を構成し、暴力的不法行為の虞犯性の強いもの。&lt;br /&gt;
*炭鉱暴力団 - 炭鉱地区の労務供給、鉱害、補償等を口実に、暴力的不法行為等を行う組織的な団体。&lt;br /&gt;
*売春暴力団 - 売春婦や、売春場所の管理あるいは、これらの者と結託する等、売春行為に資金源を求める暴力組織。&lt;br /&gt;
*会社ゴロ - 総会屋、総会荒らし、分割屋等、会社銀行等を対象として団体の威力を背景に、若しくは これを仮装して、あるいは株主権を利用して、金品を喝取する等の不法行為を常習としているもの。&lt;br /&gt;
*新聞雑誌ゴロ - 新聞、雑誌等、報道機関の公共性を利用し、会社・銀行等の経営内容、あるいは役員または個人の弱点に付け込み、これを記事として発表すると称して購読料、広告料、若しくは寄付金名下に金品を喝取する等の不法行為を常習としているもの。&lt;br /&gt;
*その他の団体 - 前記各項に属しないものであって、組織を持ち、また集団の威力を背景に、あるいはこれを仮装して、常習的に不法行為を行い、若しくは行う恐れのあるものを言い、不良興信所、事件屋、手形パクリ屋、サルベージ屋、集団押し売り等が挙げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 構成員人数 ===&lt;br /&gt;
警察庁発表による平成17年度末の暴力団の人数は構成員43,300人、準構成員43,000人、計86,300人である。バブル崩壊後は減少傾向にあったが、平成7年以降再度増加の一途にある。構成員数はほぼ横ばいだが、準構成員数は増加傾向にある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 政治経済への浸透 ==&lt;br /&gt;
[[暴力団対策法]]施行以降、活動の秘匿化が進行しており、暴力団事務所の判別すら困難になった。戦前より政財界との結びつきがあるが、[[バブル景気|バブル]]期に手にした巨額の資金を力の源泉に、日本の支配階級の一角への食い込みに成功し、大きな影響力を行使する存在となっている。平成元年の警察白書では、暴力団全体の年間収入は、約1兆3千億円前後と推定していて、その内覚醒剤による収入は約4,500億円と推定している。[[東京佐川急便事件]]、[[イトマン事件]]の二つの例だけでも、暴力団へ流れた資金はそれぞれ数千億円に上るとの見方がある。このことからバブル期から今日まで、わずか8万5千人程の暴力団に、年間1兆円以上と推測される巨額の資金がほとんど課税できずに流れていると思われる。特に資金を捕捉・[[課税]]することが困難であるのが影響力を断てない最大の原因である。もし一般企業同様に課税できたとすれば、数千億円を毎年課税する計算になるため、司法の各種取締りよりもはるかに大きな効果がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、直接の年間収入に加え、パチンコ・アダルト・性風俗・飲食・貸金業・建設・運輸業などは暴力団と非常に深い結びつきがあり、アダルト業界、貸金業、性風俗店、飲食店、建設会社などは暴力団が直接・間接的に経営している場合も多く、様々な業界に進出し、実際の収入を大きく上回る影響力を持っており、日本の年間GDP約560兆円の内、かなりの割合に影響力を持っていると推測され、近年経済進出を最重要視し、裏の[[総合商社]]に近い役割を持ち始めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本では政治家や企業と暴力団の関係が明るみに出ても、政治家や企業にとってさほど痛手にならないことも根絶が困難な一因である。これまでにそれが原因で失脚・倒産した政治家・企業はほとんどない。そのような政治家・企業を落選・倒産させない国民性も大きな要因である。一方、欧米諸国では犯罪組織との関係が明るみに出れば、政治家ならほぼ失脚であり所属政党も大ダメージを受け、企業なら倒産も有りうる為、デメリットの方が大きい。そのため日本のように必要とされず過剰に強大化していない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年くらいから、[[コンビニエンスストア]]や青果店といった従来暴力団と関係の薄かった業種にまでみかじめ料の支払いを要求するケースが報告されており、このまま放置していてはあらゆる業種が暴力団からみかじめ料支払いの要求を受けかねず、国家にとって極めて深刻な脅威となっているため、警察単体ではなく、政府を挙げての対策が求められる。一方このように[[コンビニエンスストア]]や青果店にまで現れる暴力団は弱小な下部の暴力団組織であり、真に脅威である、上記のような市場の信頼性にまで脅威を及ぼしている有力団体に対してこそ政府挙げての対策が求められる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近年[[黒社会|中国系犯罪組織]]等、[[マフィア#概要|外国犯罪組織]]に対しては弱腰との見方があり、自らが富裕層の仲間入りをしたため、構成員の高齢化とも相まって、サラリーマン化しつつあり気風が弱体化しつつあるとの指摘もある。また仮に暴力団壊滅に成功した場合でも、外国犯罪組織が取って代わるだけで余計に事態が悪化するとの見方もある。北朝鮮から覚醒剤を購入し日本国内での流通を取り仕切ったり、外国人強盗団・窃盗団に情報提供を行ったりなど、外国人犯罪組織の拡大に繋がる行為を暴力団自ら行っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[先進国]]の中で、日本と[[イタリア]]は犯罪組織の影響力が非常に強く、根絶が困難な国と認識されている。米国の司法機関、情報機関、一部政府高官やアジア諸国の司法関係者の間では「ヤクザ」と日本語で意味がほぼ通じるほどである。[[ローマ]]に拠点を置く反[[マフィア]]団体SOSインプレサの調査によると、マフィアの収益は イタリアの国内総生産（GDP）の7%となる年間推定約900億ユーロ（約15兆円）に達し、イタリア国外からの収益も加えるとさらに大きな収益があると推測される。日本も暴力団の各業界への間接的影響力を考慮すると、日本とイタリアは類似した状況となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 芸能界・マスコミへの浸透 ===&lt;br /&gt;
戦前・終戦直後より、[[芸能界]]と暴力団は、切っても切れない繋がりを持つ。[[山口組]]三代目[[田岡一雄]]は[[美空ひばり]]らが所属する[[神戸芸能社]]を経営、[[鶴田浩二襲撃事件]]も引き起こしている。[[吉本興業]]は戦前の東京進出の際、山口組の助けを借り、1968年には社長の林正之助が田岡と組んでのレコード会社乗っ取り容疑で兵庫県警に逮捕されている。当時の日本経済新聞によると林は「わしが田岡組長に電話したら山口組組員300名が駆けつけて血の雨が降るぞ!」とレコード会社側を脅迫したという。週刊文春にも「'''林正之助は山口組の準構成員'''であった」と書かれており、林は田岡の葬儀にも出席し棺を担いでいる。また林の長女、[[林マサ]]は吉本興業株の30%を保有している株主であり、実質上、吉本興業にものを言える立場にあるが、五代目組長[[渡辺芳則]]と深い繋がりにあり、度々渡辺が出席するゴルフコンペや懇親会などに、吉本興業の芸人などを出席させている。このことは[[中田カウス]]本人も誌上で認めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また[[バーニングプロダクション]]への発砲事件や、ライジングプロダクション（現[[ヴィジョンファクトリー]]）の脱税事件の背景からも、それは明らかである。地方での営業を依頼した興行主の中には、暴力団との繋がりのある企業もあり、[[芸能事務所]]側が暴力団との関係を十分に認識していた疑いが持たれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 暴力団の取締まり体制の問題点 ==&lt;br /&gt;
暴力団員が、自身を非合法組織の一員である事を堂々と認めることを許している現状に対する批判は少なくない。しかし、民主主義国家である日本においては、明確な犯罪の証拠も無く、単に反社会的な団体に所属していると言うだけで取り締まることは、[[結社の自由]]や[[思想・良心の自由|思想の自由]]を犯しかねないため、難しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
暴力団の国家全体に対する影響力から比較した場合、実質上暴力団取締まりをほとんど行なっている警察の体制が不十分との指摘がある。現在警察の組織上の暴力団対策のトップ部局は警察庁刑事局組織犯罪対策部（旧・暴力団対策部）である。これは警察庁の[[内部部局]]のそのまた一つの部という位置づけである。より取締まり強化を目指し、内部部局である局へ昇格すべきとの意見が警察出身者などからある。[[財務省 (日本)|財務省]]を除いた、他の省庁でも数兆円単位の問題が内部部局より下の単位で扱われるケースは少ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近年、暴力団は経済犯罪を最も重視しているが、日本に限らず、多くの国でも警察は伝統的に経済犯罪はあまり得意ではないため、この分野の大幅な強化の必要性も指摘されている。特に、金融関連や不動産関連などは暴力団が関与した事案が大量にある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捜査員の中には[[手形]]すら分からない者も存在し、[[商取引]]を行なうことが無い警察の最も弱い分野であると古くから指摘されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 暴力団による被害の使用者責任 ==&lt;br /&gt;
近年、暴力団の対立抗争による被害に対し[[使用者責任]]を問う[[損害賠償請求]]が増加してきたが、抗争よりも、[[行政対象暴力]]、[[みかじめ料]]徴収、[[ヤミ金融]]、各種威圧行為などの一般的な活動の方が、日常的に大きな被害がもたらされており、これらの事件でも使用者責任を問い、損害賠償請求の範囲に積極的に含めていくことが、暴力団弱体化に極めて大きな効果をもたらすと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それに伴い訴訟を起こした被害者や弁護士への暴力団による報復行為に対しては、実行犯のみならず組長をも共同正犯として刑事罰を課するような法運用を視野に入れ、民事刑事ともに暴力団に対する厳しい姿勢を明確にすることによって[[被害者]]を側面から支援することが求められる。さらに訴訟を起こした個人への報復を避けるため、原告の名前が暴力団側に通知されない匿名性の高い制度が整備されれば、訴訟件数は飛躍的に増え、暴力団にとって費用・事務作業共に大きな負担になると思われる。仮に、訴訟が年間数千・数万件という規模になってくれば、全てに報復することも不可能となり、存在理由である暴力を使用できないため、根本的な存在の可否に関わる極めて深刻な状況になると見られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近年は報復に限らず、逮捕される可能性が高い暴力行為を行う際、使用者責任に関した損害賠償請求を起こされるのを避けるため、形式上[[破門]]にした組員を使用し、ほとぼりがさめたころに元の組織、または付き合いのある別の組織が受け入れ、暴力団員として復帰することが多い。破門ではなく復帰不可能な[[絶縁]]を要求することと、偽装破門への司法の早急な対策が求められる。報復行為等を命じられるのは、ほとんどが破門前で組織に属している段階である（破門にしてから報復行為等を命じることは、暴力団の性質上ほとんどない）ため、その時点では組長等は使用者であるため、厳格な適用が求められる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 暴力団対策法の欠点 ==&lt;br /&gt;
暴力団の収益の柱の一つがみかじめ料である。[[暴力団対策法]]（[[暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律]]）ではこれを暴力的要求行為として禁じている。しかし中止命令に従えば逮捕されるケースはまれである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、暴力を背景に金品・利益誘導を要求する行為は[[恐喝]]・[[強要]]と重複する部分があるが、中止命令だけ出している現状では、逆に[[恐喝]]・[[強要]]を見逃しているとの指摘がある。暴力団の暴力的要求行為に本来[[恐喝]]・[[強要]]が適用されるはずが、中止命令に置き換わってしまったとの指摘がある。そのため、暴力団員に中止命令が出るまでは、暴力的要求行為をしても逮捕される可能性は少ないという安心感を与えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 組織 ==&lt;br /&gt;
日本のヤクザは通常、親分（組長）に対して弟分と子分が絶対的に服従する[[家父長制]]を模した序列的・擬制的血縁関係を構築することを特徴とし、この関係によって暴力団の強固な結合を確実なものにする。一般に、代表者である組長（他に「会」の親分は会長、「一家」の親分は総長と呼ばれ、総裁などの[[名誉職]]も存在する）と構成員である組員とは、[[盃事]]と呼ばれる儀式を経ることによって強い絆で結ばれる。組員は、組長から見て弟分（[[舎弟]]）と[[子供|子]]分（若中、若衆など）の2つに大別される。1次団体の組員も、自らを組長とする2次団体を組織する。 2次団体の組員もまた、自らを組長とする3次団体を組織する。これを繰り返すことによって暴力団は[[ピラミッド]]型の[[ヒエラルキー|階層構造]]を形成する。日本最大の勢力を誇る山口組の場合には、5次団体までの存在が確認されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
各階層の団体において当該組長と盃を交わした組員を近年、直参と言う場合があるとされる（但、斯界における長老で「大関東」関根賢の&amp;quot;子&amp;quot;であった牧野国泰会長は強く異論を唱えてはいないが「直参とは武士の呼び方である」とする発言もしている。これは関東のやくざ社会が「武士道」に対する「任侠道」について常に意識して伝統を守ってきた経緯があり、松葉会の初代会長で水戸学にも造詣の深かったとされる藤田卯一郎もヤクザとしての&amp;quot;親&amp;quot;への誠意を「やくざ者もサムライに負けない殉死をする」とする発言で表している。しかし、今日では前記のようなタイプは少数派となっている）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
直参より下の下部団体組員について、暴力団側は&amp;quot;上部団体とは関係のない者&amp;quot;と主張しているが、外部社会からは&amp;quot;上部団体の統制下にあり、上部団体組長の指揮監督下にある者&amp;quot;と見られており、損害賠償請求訴訟でも上部団体組長の[[使用者責任]]を認める[[判決]]が出されてきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
組長が引退したり[[死亡]]した場合には、組員の中から新たな組長が決められる。個々の組織の状況にもよるが、[[長男]]に当たる第一の子分（[[若頭]]、若中頭、若者頭、理事長など）が選ばれる場合が多い。新たな組長が就任すると、他の組員との間で盃直しと呼ばれる儀式が行われ、新たな序列に基づく擬制的血縁関係が再構築される。先代組長が跡目を指名しなかった場合には、組員同士の話し合いや入れ札（[[投票]]）で決められる。跡目選定を巡る内部対立から組織分裂に到った例としては、山口組からの[[一和会]]の分裂が挙げられる。ただ、近年は警察の監視が厳しく、武力による跡目争いを行うと警察が介入し、組織解体につながるため、武力抗争は減っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
暴力団は組員から、一定額の会費を集め運営経費に充てる。また、義理掛けなどの慶弔費も これとは別に徴収する。また各組織ごとに舎弟企業や顧問先などをもち、そこで得られた利益は上納金として上部組織に納められるようになっている。[[麻薬]]や[[覚醒剤]]の密売、[[闇金融]]、[[振り込め詐欺]]など犯罪行為は下部団体の組員などが個人的に行っているという建前をとっている。上部団体は舎弟企業などを介し表面上合法的に収益を上げるシステムになっている。&lt;br /&gt;
このような暴力団の不法行為に対し「[[暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律]]」（[[平成]]3年法律第77号、暴対法）が[[1992年]]3月に施行された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、本土とは隔絶した米軍軍政下の時代に成立した[[沖縄の暴力団]]には、本土のように盃事によって親子関係を作り、組織内の権力を階層化することがなかった。組長と大勢の子分のみという単純で平坦な組織であったため、ひとたび発生した内部抗争を組織内で制御できず、簡単に全組織に拡大し泥沼化する傾向にあった。これが沖縄の暴力団抗争の激烈さの要因になったと考えられている。本土暴力団と交流を持った現在では、本土の盃事制度を取り入れ、組織を階層化している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 ; 暴力団組織の例&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
 組長（親分）─┬──若頭（長男）─┬──若頭補佐（子分）&lt;br /&gt;
              │                 ├──若頭補佐&lt;br /&gt;
              │                 ├──若衆&lt;br /&gt;
              │                 ├──若衆&lt;br /&gt;
              │                 └──若衆&lt;br /&gt;
              │&lt;br /&gt;
            　└─舎弟頭（弟分） ─┬──舎弟頭補佐（弟分）&lt;br /&gt;
                                  ├──舎弟頭補佐&lt;br /&gt;
                                  ├──舎弟&lt;br /&gt;
                                  ├──舎弟&lt;br /&gt;
                                  └──舎弟&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
 　&amp;lt;small&amp;gt;※舎弟、若頭、若衆もまた下部組織の組長であり、子分や弟分を持つ。&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 指定暴力団 ===&lt;br /&gt;
[[都道府県]][[公安委員会]]は、暴対法第3条の要件に該当する暴力団を[[指定暴力団]]として指定できる。[[2007年]]3月現在の指定暴力団は、以下の22団体である。[http://www.web-sanin.co.jp/gov/boutsui/boutsui4.htm]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!名前!!本部!!代表者&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px; width: 200px;&amp;quot; | 六代目[[山口組]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 80px;&amp;quot; | 兵庫県&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 370px;&amp;quot; | 組長・[[司忍|司 忍]]（本名:篠田建市）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[住吉会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|総裁・[[西口茂男]]、会長・[[福田晴瞭]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[稲川会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[角田吉男]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 四代目[[工藤會]]&lt;br /&gt;
|福岡県&lt;br /&gt;
|会長・[[野村悟|野村 悟]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 三代目[[旭琉会]]&lt;br /&gt;
|沖縄県&lt;br /&gt;
|会長・[[翁長良宏]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 五代目[[会津小鉄会]]&lt;br /&gt;
|京都府&lt;br /&gt;
|会長・[[図越利次]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 五代目[[共政会]]&lt;br /&gt;
|広島県&lt;br /&gt;
|会長・[[守屋輯|守屋 輯]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 六代目[[合田一家]]&lt;br /&gt;
|山口県&lt;br /&gt;
|総長・[[温井完治]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 四代目[[小桜一家]]&lt;br /&gt;
|鹿児島県&lt;br /&gt;
|総長・[[平岡喜榮]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 三代目[[浅野組]]&lt;br /&gt;
|岡山県&lt;br /&gt;
|組長・[[串田芳明]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[道仁会]]&lt;br /&gt;
|福岡県&lt;br /&gt;
|会長・[[小林哲治]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 二代目[[親和会 (高松)|親和会]]&lt;br /&gt;
|香川県&lt;br /&gt;
|会長・[[吉良博文]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[双愛会]]&lt;br /&gt;
|千葉県&lt;br /&gt;
|会長・[[塩島正則]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 三代目[[侠道会]]&lt;br /&gt;
|広島県&lt;br /&gt;
|会長・[[池澤望|池澤 望]]（本名:渡邊 望）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[太州会]]&lt;br /&gt;
|福岡県&lt;br /&gt;
|会長・[[日高博|日高 博]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 七代目[[酒梅組]]&lt;br /&gt;
|大阪府&lt;br /&gt;
|組長・[[金山耕三朗]]（本名:金 在鶴）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[極東会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[松山眞一]]（本名:曹 圭化）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[東組]]&lt;br /&gt;
|大阪府&lt;br /&gt;
|総長・[[東 清]]（本名:岸田 清）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[松葉会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[牧野国泰]]（本名:李 春星）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 三代目[[福博会]]&lt;br /&gt;
|福岡県&lt;br /&gt;
|総裁・[[和田将志郎]]（本名:和田万亀男）、会長・[[長岡寅夫]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[九州誠道会]]&lt;br /&gt;
|福岡県&lt;br /&gt;
|会長・[[浪川政浩]]（本名:朴 政浩）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[神戸山口組]]&lt;br /&gt;
|兵庫県&lt;br /&gt;
|会長・[[井上邦雄]]&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 指定が取り消されたか失効した団体 ====&lt;br /&gt;
*[[石川一家]]（佐賀県） - 五代目山口組傘下入り（[[宅見組]]加入）により単立ではなくなったため1995年10月16日 取り消し&lt;br /&gt;
*二代目[[大日本平和会]]（兵庫県） - 再度の指定が行われず1997年4月6日 失効&lt;br /&gt;
*三代目[[山野会]]（熊本県） - 壊滅により2001年11月8日 取り消し&lt;br /&gt;
*[[極東桜井總家連合会]]（静岡県） - 消滅により2005年5月31日 取り消し&lt;br /&gt;
*[[國粹会]]（東京都） - 六代目山口組加入により単立ではなくなったため2005年10月31日 取り消し&lt;br /&gt;
*[[中野会]]（大阪府） - 解散により2005年12月22日 取り消し&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 主な非指定団体 ===&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 都道府県順&amp;gt;五十音順。最新の情報でお願いします。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!名前!!本部!!代表者&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px; width: 200px;&amp;quot; | [[源清田田名辺]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 80px;&amp;quot; | 茨城県&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 300px;&amp;quot; | &amp;lt;!--三代目--&amp;gt;総長・[[田名辺城男]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[寄居分家]]五代目&lt;br /&gt;
|群馬県&lt;br /&gt;
|総長・[[五代博|五代 博]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[竹澤会]]&lt;br /&gt;
|埼玉県&lt;br /&gt;
|代表・[[大場守|大場 守]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[姉ヶ崎会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[中野目重民]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 八代目[[飯島会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[西川冠士]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[川口家会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・代表者不明&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[上州家会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[伊藤勝彦 (ヤクザ)|伊藤勝彦]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[新門連合会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|総裁・[[斉藤有貴]]、会長・[[笠間直明]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[杉東会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[野原英三]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[醍醐宗家大田会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|四代目・[[青山秀夫]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[丁字家会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[吉田五郎]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[東亜会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[金海芳雄]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[東京両國家]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|総長・[[佐藤稔]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[箸家]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|四代目・[[秋野傳三郎]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[桝屋会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[東浦外次郎]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[飴徳連合会]]&lt;br /&gt;
|神奈川県&lt;br /&gt;
|会長・[[永持英哉]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[神奈川松坂屋]]&lt;br /&gt;
|神奈川県&lt;br /&gt;
|七代目・[[小谷武士]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[徳力一家]]&lt;br /&gt;
|神奈川県&lt;br /&gt;
|&amp;lt;!--五代目--&amp;gt;総長・&amp;lt;!--松本某--&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[横浜金子会]]&lt;br /&gt;
|神奈川県&lt;br /&gt;
|&amp;lt;!--三代目--&amp;gt;会長・[[寺田隆|寺田 隆]]（本名: 金子 隆）&lt;br /&gt;
|-    &lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[櫻井總家]]&lt;br /&gt;
|静岡県&lt;br /&gt;
|総長・[[志村和夫]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[鉄心会]]&lt;br /&gt;
|愛知県&lt;br /&gt;
|役職名不明・[[高上鉄一]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[忠成会]]&lt;br /&gt;
|兵庫県&lt;br /&gt;
|会長・[[大森匡晃]]（本名:大森忠昭）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 二代目[[松浦組]]&lt;br /&gt;
|兵庫県&lt;br /&gt;
|組長・[[笠岡和雄]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[竹中組 (岡山)|竹中組]]&lt;br /&gt;
|岡山県&lt;br /&gt;
|組長・空席&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 二代目[[中国高木会]]&lt;br /&gt;
|広島県&lt;br /&gt;
|会長・[[北山昭男]]&lt;br /&gt;
|-  &lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[樫田会]]&lt;br /&gt;
|福岡県&lt;br /&gt;
|会長・[[松田勇雄]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 三代目[[立川会]]&lt;br /&gt;
|福岡県&lt;br /&gt;
|会長・[[立川政幸]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[九州神代連合]]&lt;br /&gt;
|佐賀県&lt;br /&gt;
|会長・[[野口勝次]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[吉岡組 (長崎)|吉岡組]]&lt;br /&gt;
|長崎県&lt;br /&gt;
|組長・[[吉岡末義]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 三代目[[大倉会]]&lt;br /&gt;
|熊本県&lt;br /&gt;
|会長・[[大倉勝]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 二代目[[熊本會]]&lt;br /&gt;
|熊本県&lt;br /&gt;
|総裁・[[森原健次]]、会長・[[戸崎豊|戸崎 豊]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[西田会]]&lt;br /&gt;
|宮崎県&lt;br /&gt;
|会長・[[赤沢保市]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 暴力団と差別問題 ==&lt;br /&gt;
[[アメリカ合衆国]]のマフィアに[[イタリア]]系や[[中華人民共和国|中国]]系の[[マイノリティ]]が多いのと同様に、日本における暴力団の巨大化も、特定の社会集団に対する差別が原因の一つだという説がある（後述、日本でのマイノリティ・在日朝鮮人の比率など）。この説は、メディアにおいて[[タブー]]化され、報道で伝えられることは滅多にないが、幾つかの書籍などに これに関する情報が記載されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[猪野健治]]は『やくざと日本人』の中で、昭和中期の関西や北九州の[[部落問題|部落]]の悲惨な現状を取り上げ、日本社会に「やくざとなるか土方になるか」しか、選択肢の無い若者が多く存在する事が やくざの温床であるという見解を示した。&lt;br /&gt;
*元[[公安調査官]]・[[菅沼光弘]]は、公安当局のデータから「指定暴力団構成員の4割ぐらいは在日韓国・朝鮮系」、実経験から「裏社会は日本社会のいわば'''コインの表裏'''であり切り離せない」、などの見解を示した（平成20年2月18日放送[[たかじんのそこまで言って委員会]]より　詳細は後述）。&lt;br /&gt;
*[[宮崎学]]は[[大谷昭宏]]との共著『グリコ・森永事件 最重要参考人M』で、「関西に暴力団が10人おったら そのうち9人はマイノリティ」と発言している。&lt;br /&gt;
*[[田中森一]]は著書『反転　闇社会の守護神と呼ばれて』の中で、自身の弁護士としての経験から、法律の外に置かれた貧窮民や無宿人、被差別部落民たちを統治してきたのが暴力団であり、暴力団員にはそうした出自の者が多いと書いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マイノリティが暴力団員となるのは、差別により経済的な理由で学校に通えなかったり、就職差別で一般的な職に就くことができなかったりしたため、というケースが多い。暴力団員が多い、という理由でそのマイノリティが差別されることも多く、差別の悪循環に繋がっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
米国の経済学者[[:en:Stephen_J._Dubner|スティーヴン・J・ダブナー]]は、金銭的に苦しく望まれず生まれ育った環境と犯罪（米国マフィア）との関連性を中絶のデータなどから指摘している（彼の結論としては、中絶を禁じた方が犯罪が増えたという。合衆国では州によっては保守キリストの考え方があり、中絶が禁じられている）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、重々承知かと思うが、差別や不当な抑圧が原因にあったとしても斯様な事は法的に許されるものではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==暴力団と在日韓国・朝鮮人==&lt;br /&gt;
四代目[[会津小鉄会]]元会長・[[高山登久太郎]]（姜外秀）は講演で、「ウチの組は[[部落問題|同和]]が3割、[[在日韓国・朝鮮人|在日]]が3割だった」と発言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元[[公安調査官]]・[[菅沼光弘]]（[[公安調査庁]]調査第二部長）は[[2006年]]10月19日、[[外国特派員協会]]で行った講演で、六代目山口組ナンバー2・髙山清司から聞いた話として、暴力団の出自の内訳は6割が同和（[[部落問題|被差別部落]]出身者）、3割が[[在日韓国・朝鮮人|在日コリアン]]系（韓国系のほか、朝鮮系が3分の1）、残りの1割が非同和の日本人や中国系などで占められるという見解を示した。在日韓国・朝鮮人が形成している暴力団では[[東亜会]]（旧「東声会」）などがよく知られている。[[柳川組]]は、元々在日韓国人・在日朝鮮人の団体として、スタートした。その後、柳川組は、全国展開していく中で、[[誠友会|北海道同志会]]などの数々の日本人の暴力団を傘下に収めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 暴力団との関係が明るみに出た組織・政治家・著名人 ==&lt;br /&gt;
* [[青江三奈]] - 歌謡ショーの興行主が暴力団の企業舎弟であった&lt;br /&gt;
* [[ジャンボ尾崎]] - ゴルフコンペに暴力団員と参加。&lt;br /&gt;
* [[東尾修]] - 賭け[[マージャン]]に加わる。“黒い交際”により制裁金と謹慎の処分。&lt;br /&gt;
* [[足寄出身の歌の下手糞な歌手|松山千春]] - 京都の暴力団と親しい関係であったことが発覚。これが原因で自らパーソナリティを務めていた札幌の長寿ラジオ番組が打ち切りに&lt;br /&gt;
* [[大阪府警察]] - [[西成警察署|西成署]][[刑事]]が暴力団から賄賂をもらったことが発覚し[[西成暴動]]の契機となった&lt;br /&gt;
* [[松浪健四郎]] &lt;br /&gt;
* [[大串博志]]&lt;br /&gt;
* [[前田亘輝]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[暴力団との関係が疑われる有名人の一覧]]&lt;br /&gt;
*[[暴力団一覧]]&lt;br /&gt;
*[[ヤクザ]]&lt;br /&gt;
*[[右翼]]&lt;br /&gt;
*[[右翼団体]]&lt;br /&gt;
*[[任侠]]&lt;br /&gt;
*[[企業舎弟]]（フロント企業とも呼ばれる）&lt;br /&gt;
*[[ブラック企業]]&lt;br /&gt;
*[[暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律]]（暴力団対策法）&lt;br /&gt;
*[[組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律]]（組織犯罪処罰法）&lt;br /&gt;
*[[マフィア]]&lt;br /&gt;
*[[溝口敦]] - 暴力団情勢に詳しい[[フリーランス]][[ジャーナリスト]]&lt;br /&gt;
*[[周防郁雄]]&lt;br /&gt;
*[[準構成員]]&lt;br /&gt;
*[[ごくせん]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kouhoushi/no2/wide/wide.htm 暴力団に関する困り事相談]（警視庁）&lt;br /&gt;
*[http://www.web-sanin.co.jp/gov/boutsui/boutsui4.htm 指定暴力団]（松江八束建設業暴力追放対策協議会）&lt;br /&gt;
*[http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H03/H03HO077.html 暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律]（総務省 法令データ提供システム）&lt;br /&gt;
*[http://www1a.biglobe.ne.jp/boutsui/index2.htm 全国暴力追放運動推進センター]&lt;br /&gt;
*[http://www.web-sanin.co.jp/gov/boutsui/mini00.htm 暴力団ミニ講座]（松江、八束建設業暴力追放対策協議会）&lt;br /&gt;
*[http://www.nhk.or.jp/special/onair/071111.html NHKスペシャル｜ヤクザマネー ～社会を蝕（むしば）む闇の資金～]&lt;br /&gt;
*[http://www.islands.ne.jp/tuiho893/10soku.html 愛媛県暴力追放推進センター/暴力団応対10則]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ほうりよくたん}}&lt;br /&gt;
[[Category:暴力団|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:ヤクザ|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:犯罪組織]]&lt;br /&gt;
[[Category:蛆虫]]&lt;br /&gt;
[[Category:人殺し]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>49.98.136.21</name></author>	</entry>

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		<title>暴力団</title>
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				<updated>2016-05-11T08:40:00Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;49.98.136.21: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:ヤクザ2.jpg|600px|thumb|ヤクザ勢力図]]&lt;br /&gt;
'''暴力団'''（ぼうりょくだん）とは、組織された[[暴力]]を背景に金品の利益などの私的な目的を達成しようと、[[日本]]を中心に活動する反[[社会]]的な集団のこと。諸外国における[[マフィア]]や[[ギャング]]に相当する。暴力団自身は'''[[任侠]]団体'''（にんきょうだんたい。'''仁侠団体'''とも書く）などと自称している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「暴力団」という呼称は、[[警察]]や[[マスメディア|マスコミ]]が[[戦後]]に[[命名]]したものであるが、現在では法的にも正式なものとなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
創設者の[[姓名]]や拠点とする地名などに「組」、「会」、「一家」、「連合」、「興業」、「総業」、「商事」、「実業」などを添えた団体名を名乗る場合が多い。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
社会に対しては暴力団員達は生き残りのため系列に思想団体・政治結社（主に[[街宣右翼|右翼団体]]を装う場合が多く、「右翼標榜暴力団」と呼ばれる。また同和団体を標榜する場合も多い）や合法的に見せた会社（[[企業舎弟]]、建設業や不動産業、金融業を標榜する場合が多い）を持つことも多い。近年では[[NPO法人]]を装うこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「シノギ（凌ぎ）」と呼ばれる資金獲得行為には、いわゆる「[[みかじめ料]]」（かじめ―香注連からか。[[宮崎県]]で言う、鳥避けの為の縄張りの事）&amp;lt;!--広辞苑で確認済み--&amp;gt;・「用心棒料」徴収などの[[恐喝]]行為、[[売春]]の斡旋、[[覚醒剤]]や[[麻薬]]などの薬物取引、[[拳銃]]などの[[銃器]]取引、[[賭博]]開帳、[[闇金融]]などの非合法な経済活動を行っていることが多い。[[刺青]]、[[指詰め]]などの特殊な文化を持つ。 構成員は「[[ヤクザ]]」、「極道」、「[[不良]]」、「[[チンピラ]]」などと呼ばれる。ヤクザの語源は多説あるが、カルタ賭博で一番悪い目である「八」「九」「三」の数（いわゆるブタ。[[おいちょかぶ]]を参照）から由来するという説、[[喧嘩]]などの仲裁を行った「役座」という社会的地位に由来するという説などがある。最近では、この4つの呼び方の中でヤクザがよく使われる。数字の「893」は「ヤクザ」の直接的表現を避ける場合に、[[隠語]]として使われる。「極道」は自らを美称する呼び名で、&amp;quot;男の道を極めし者&amp;quot;から。また「極道楽」の略ともされ「道楽を極める遊び人」との意味もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「顔」「面子」を潰されることを最も嫌い、組織内での制裁も軽いもので謹慎、剃髪、重いものでは[[指詰め]]から[[除名]]、[[破門]]、[[絶縁]]に至るまで、多岐に渡る。除名と似た言葉に「除籍」があるが、これは「堅気の世界で生きるため」など（一般的に見て）肯定的な意味で自分から辞める場合や、親分が子分に対し「堅気の世界で生きていくことが可能である」と判断して足を洗わせる場合（例：[[安部譲二]]）、年齢や体力を理由に引退する場合など、罰則的な意味合いは持たない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお社長が個人事業から発展させたような[[建設会社]]にも[[大林組]]、[[間組]]（現ハザマ）、[[熊谷組]]など「組」を称する会社が多い為、そのような経緯を知らずに日本の法務事情を視察に来た[[アメリカ合衆国]]の[[司法]]関係者が、&amp;quot;日本ではヤクザが会社を作り社会的認知を受けている&amp;quot;と驚いたという逸話がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史と区分 ==&lt;br /&gt;
[[祭|祭礼]]の周辺で商業活動を営む者を'''[[的屋]]'''（てきや）または'''[[香具師]]'''（やし）と呼び、[[丁半]]などの[[博打]]を生業とする者を'''[[博徒]]'''（ばくと）と呼ぶ。江戸時代においては、これらの者達は一般社会の外の賤民（せんみん）的身分とされていた。現代の一般社会からは、的屋も博徒も同じ「暴力団」と見なされているのが現状である。現代のヤクザは的屋の系譜を継ぐ者、博徒の系譜を継ぐ者のほか、[[人足]]稼業から出発した[[山口組]]など、実際にはそれ以外の出自のものも多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これら伝統的な団体の他、[[第二次世界大戦]]後の混乱の中で形成された'''[[愚連隊]]'''（ぐれんたい）などの不良集団からも暴力団は誕生した。 その後、日本の急速な経済復興に伴い[[港湾]]荷役、[[芸能]]興行など表向き合法的な経済活動にのみ従事する「[[企業舎弟]]（[[フロント企業]]）」も生まれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、[[沖縄県]]には第二次世界大戦以前には暴力団はおろか愚連隊すら存在しなかったとされる。しかし戦後、米軍基地から食料等を奪取する略奪集団「[[戦果アギャー]]」や、飲食店や風俗店が雇った用心棒と彼らが属する空手道場が核となって、沖縄（コザ）市と那覇市にそれぞれ暴力団が発生、組織化されていった（→[[沖縄の暴力団]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 警察庁による分類 ===&lt;br /&gt;
[[警察庁]]は かつて暴力団を｢集団的に、または常習的に暴力的不法行為を行う恐れのある組織｣と定義し、「博徒、的屋、青少年不良団」の他「不良土建、不良興行、港湾暴力団、[[炭鉱]]暴力団、売春暴力団、特殊暴力（[[総会屋]]、会社ゴロ、新聞雑誌ゴロ、政治ゴロ、社会運動標榜ゴロ）、事件屋、債権取立屋、[[パクリ屋]]、[[サルベージ屋]]、不良[[探偵社]]、企業暴力」等に分類していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、反社会的・破壊的[[カルト]]（[[オウム真理教]]など）であれば各種法令を駆使して組織壊滅に追い込む警察及び行政当局が、暴力団を一向に追い込まず、行政暴力に対し訴訟すら起こさない事等から、政府・[[財界]]が暴力団を必要としているからであるとの見方も存在する（[[右翼団体#活動]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*博徒 - 賭博（鉄火賭博）を常習とする者の集まりで、親分子分の関係などによる組織を持ち、縄張りを有して何々一家何々組と称されるもの。&lt;br /&gt;
*的屋 - 通称 香具師、露天商、街商などと呼ばれるもののうち、何々一家何々組、何々会と称し、縄張りを有して暴力的不法行為を行い、若しくは行う恐れのあるもの。&lt;br /&gt;
*青少年不良団 - いわゆる愚連隊と呼ばれる不良青少年の集まりで、組織を構成し暴力的不法行為等の虞犯性の強いもの。&lt;br /&gt;
*不良土建 - 土建会社[[飯場]]等の名称で組織を構成し、暴力的不法行為等の虞犯性の強いもの。&lt;br /&gt;
*不良興行 - 興行、芸能社、プロ等の名称で組織を構成し、暴力的不法行為等の虞犯性の強いもの。&lt;br /&gt;
*港湾暴力団 - 主として港湾地区に荷役、[[沖仲仕]]、その他 船舶運送会社等の名称で組織を構成し、暴力的不法行為の虞犯性の強いもの。&lt;br /&gt;
*炭鉱暴力団 - 炭鉱地区の労務供給、鉱害、補償等を口実に、暴力的不法行為等を行う組織的な団体。&lt;br /&gt;
*売春暴力団 - 売春婦や、売春場所の管理あるいは、これらの者と結託する等、売春行為に資金源を求める暴力組織。&lt;br /&gt;
*会社ゴロ - 総会屋、総会荒らし、分割屋等、会社銀行等を対象として団体の威力を背景に、若しくは これを仮装して、あるいは株主権を利用して、金品を喝取する等の不法行為を常習としているもの。&lt;br /&gt;
*新聞雑誌ゴロ - 新聞、雑誌等、報道機関の公共性を利用し、会社・銀行等の経営内容、あるいは役員または個人の弱点に付け込み、これを記事として発表すると称して購読料、広告料、若しくは寄付金名下に金品を喝取する等の不法行為を常習としているもの。&lt;br /&gt;
*その他の団体 - 前記各項に属しないものであって、組織を持ち、また集団の威力を背景に、あるいはこれを仮装して、常習的に不法行為を行い、若しくは行う恐れのあるものを言い、不良興信所、事件屋、手形パクリ屋、サルベージ屋、集団押し売り等が挙げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 構成員人数 ===&lt;br /&gt;
警察庁発表による平成17年度末の暴力団の人数は構成員43,300人、準構成員43,000人、計86,300人である。バブル崩壊後は減少傾向にあったが、平成7年以降再度増加の一途にある。構成員数はほぼ横ばいだが、準構成員数は増加傾向にある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 政治経済への浸透 ==&lt;br /&gt;
[[暴力団対策法]]施行以降、活動の秘匿化が進行しており、暴力団事務所の判別すら困難になった。戦前より政財界との結びつきがあるが、[[バブル景気|バブル]]期に手にした巨額の資金を力の源泉に、日本の支配階級の一角への食い込みに成功し、大きな影響力を行使する存在となっている。平成元年の警察白書では、暴力団全体の年間収入は、約1兆3千億円前後と推定していて、その内覚醒剤による収入は約4,500億円と推定している。[[東京佐川急便事件]]、[[イトマン事件]]の二つの例だけでも、暴力団へ流れた資金はそれぞれ数千億円に上るとの見方がある。このことからバブル期から今日まで、わずか8万5千人程の暴力団に、年間1兆円以上と推測される巨額の資金がほとんど課税できずに流れていると思われる。特に資金を捕捉・[[課税]]することが困難であるのが影響力を断てない最大の原因である。もし一般企業同様に課税できたとすれば、数千億円を毎年課税する計算になるため、司法の各種取締りよりもはるかに大きな効果がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、直接の年間収入に加え、パチンコ・アダルト・性風俗・飲食・貸金業・建設・運輸業などは暴力団と非常に深い結びつきがあり、アダルト業界、貸金業、性風俗店、飲食店、建設会社などは暴力団が直接・間接的に経営している場合も多く、様々な業界に進出し、実際の収入を大きく上回る影響力を持っており、日本の年間GDP約560兆円の内、かなりの割合に影響力を持っていると推測され、近年経済進出を最重要視し、裏の[[総合商社]]に近い役割を持ち始めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本では政治家や企業と暴力団の関係が明るみに出ても、政治家や企業にとってさほど痛手にならないことも根絶が困難な一因である。これまでにそれが原因で失脚・倒産した政治家・企業はほとんどない。そのような政治家・企業を落選・倒産させない国民性も大きな要因である。一方、欧米諸国では犯罪組織との関係が明るみに出れば、政治家ならほぼ失脚であり所属政党も大ダメージを受け、企業なら倒産も有りうる為、デメリットの方が大きい。そのため日本のように必要とされず過剰に強大化していない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年くらいから、[[コンビニエンスストア]]や青果店といった従来暴力団と関係の薄かった業種にまでみかじめ料の支払いを要求するケースが報告されており、このまま放置していてはあらゆる業種が暴力団からみかじめ料支払いの要求を受けかねず、国家にとって極めて深刻な脅威となっているため、警察単体ではなく、政府を挙げての対策が求められる。一方このように[[コンビニエンスストア]]や青果店にまで現れる暴力団は弱小な下部の暴力団組織であり、真に脅威である、上記のような市場の信頼性にまで脅威を及ぼしている有力団体に対してこそ政府挙げての対策が求められる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近年[[黒社会|中国系犯罪組織]]等、[[マフィア#概要|外国犯罪組織]]に対しては弱腰との見方があり、自らが富裕層の仲間入りをしたため、構成員の高齢化とも相まって、サラリーマン化しつつあり気風が弱体化しつつあるとの指摘もある。また仮に暴力団壊滅に成功した場合でも、外国犯罪組織が取って代わるだけで余計に事態が悪化するとの見方もある。北朝鮮から覚醒剤を購入し日本国内での流通を取り仕切ったり、外国人強盗団・窃盗団に情報提供を行ったりなど、外国人犯罪組織の拡大に繋がる行為を暴力団自ら行っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[先進国]]の中で、日本と[[イタリア]]は犯罪組織の影響力が非常に強く、根絶が困難な国と認識されている。米国の司法機関、情報機関、一部政府高官やアジア諸国の司法関係者の間では「ヤクザ」と日本語で意味がほぼ通じるほどである。[[ローマ]]に拠点を置く反[[マフィア]]団体SOSインプレサの調査によると、マフィアの収益は イタリアの国内総生産（GDP）の7%となる年間推定約900億ユーロ（約15兆円）に達し、イタリア国外からの収益も加えるとさらに大きな収益があると推測される。日本も暴力団の各業界への間接的影響力を考慮すると、日本とイタリアは類似した状況となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 芸能界・マスコミへの浸透 ===&lt;br /&gt;
戦前・終戦直後より、[[芸能界]]と暴力団は、切っても切れない繋がりを持つ。[[山口組]]三代目[[田岡一雄]]は[[美空ひばり]]らが所属する[[神戸芸能社]]を経営、[[鶴田浩二襲撃事件]]も引き起こしている。[[吉本興業]]は戦前の東京進出の際、山口組の助けを借り、1968年には社長の林正之助が田岡と組んでのレコード会社乗っ取り容疑で兵庫県警に逮捕されている。当時の日本経済新聞によると林は「わしが田岡組長に電話したら山口組組員300名が駆けつけて血の雨が降るぞ!」とレコード会社側を脅迫したという。週刊文春にも「'''林正之助は山口組の準構成員'''であった」と書かれており、林は田岡の葬儀にも出席し棺を担いでいる。また林の長女、[[林マサ]]は吉本興業株の30%を保有している株主であり、実質上、吉本興業にものを言える立場にあるが、五代目組長[[渡辺芳則]]と深い繋がりにあり、度々渡辺が出席するゴルフコンペや懇親会などに、吉本興業の芸人などを出席させている。このことは[[中田カウス]]本人も誌上で認めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また[[バーニングプロダクション]]への発砲事件や、ライジングプロダクション（現[[ヴィジョンファクトリー]]）の脱税事件の背景からも、それは明らかである。地方での営業を依頼した興行主の中には、暴力団との繋がりのある企業もあり、[[芸能事務所]]側が暴力団との関係を十分に認識していた疑いが持たれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 暴力団の取締まり体制の問題点 ==&lt;br /&gt;
暴力団員が、自身を非合法組織の一員である事を堂々と認めることを許している現状に対する批判は少なくない。しかし、民主主義国家である日本においては、明確な犯罪の証拠も無く、単に反社会的な団体に所属していると言うだけで取り締まることは、[[結社の自由]]や[[思想・良心の自由|思想の自由]]を犯しかねないため、難しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
暴力団の国家全体に対する影響力から比較した場合、実質上暴力団取締まりをほとんど行なっている警察の体制が不十分との指摘がある。現在警察の組織上の暴力団対策のトップ部局は警察庁刑事局組織犯罪対策部（旧・暴力団対策部）である。これは警察庁の[[内部部局]]のそのまた一つの部という位置づけである。より取締まり強化を目指し、内部部局である局へ昇格すべきとの意見が警察出身者などからある。[[財務省 (日本)|財務省]]を除いた、他の省庁でも数兆円単位の問題が内部部局より下の単位で扱われるケースは少ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近年、暴力団は経済犯罪を最も重視しているが、日本に限らず、多くの国でも警察は伝統的に経済犯罪はあまり得意ではないため、この分野の大幅な強化の必要性も指摘されている。特に、金融関連や不動産関連などは暴力団が関与した事案が大量にある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捜査員の中には[[手形]]すら分からない者も存在し、[[商取引]]を行なうことが無い警察の最も弱い分野であると古くから指摘されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 暴力団による被害の使用者責任 ==&lt;br /&gt;
近年、暴力団の対立抗争による被害に対し[[使用者責任]]を問う[[損害賠償請求]]が増加してきたが、抗争よりも、[[行政対象暴力]]、[[みかじめ料]]徴収、[[ヤミ金融]]、各種威圧行為などの一般的な活動の方が、日常的に大きな被害がもたらされており、これらの事件でも使用者責任を問い、損害賠償請求の範囲に積極的に含めていくことが、暴力団弱体化に極めて大きな効果をもたらすと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それに伴い訴訟を起こした被害者や弁護士への暴力団による報復行為に対しては、実行犯のみならず組長をも共同正犯として刑事罰を課するような法運用を視野に入れ、民事刑事ともに暴力団に対する厳しい姿勢を明確にすることによって[[被害者]]を側面から支援することが求められる。さらに訴訟を起こした個人への報復を避けるため、原告の名前が暴力団側に通知されない匿名性の高い制度が整備されれば、訴訟件数は飛躍的に増え、暴力団にとって費用・事務作業共に大きな負担になると思われる。仮に、訴訟が年間数千・数万件という規模になってくれば、全てに報復することも不可能となり、存在理由である暴力を使用できないため、根本的な存在の可否に関わる極めて深刻な状況になると見られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近年は報復に限らず、逮捕される可能性が高い暴力行為を行う際、使用者責任に関した損害賠償請求を起こされるのを避けるため、形式上[[破門]]にした組員を使用し、ほとぼりがさめたころに元の組織、または付き合いのある別の組織が受け入れ、暴力団員として復帰することが多い。破門ではなく復帰不可能な[[絶縁]]を要求することと、偽装破門への司法の早急な対策が求められる。報復行為等を命じられるのは、ほとんどが破門前で組織に属している段階である（破門にしてから報復行為等を命じることは、暴力団の性質上ほとんどない）ため、その時点では組長等は使用者であるため、厳格な適用が求められる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 暴力団対策法の欠点 ==&lt;br /&gt;
暴力団の収益の柱の一つがみかじめ料である。[[暴力団対策法]]（[[暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律]]）ではこれを暴力的要求行為として禁じている。しかし中止命令に従えば逮捕されるケースはまれである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、暴力を背景に金品・利益誘導を要求する行為は[[恐喝]]・[[強要]]と重複する部分があるが、中止命令だけ出している現状では、逆に[[恐喝]]・[[強要]]を見逃しているとの指摘がある。暴力団の暴力的要求行為に本来[[恐喝]]・[[強要]]が適用されるはずが、中止命令に置き換わってしまったとの指摘がある。そのため、暴力団員に中止命令が出るまでは、暴力的要求行為をしても逮捕される可能性は少ないという安心感を与えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 組織 ==&lt;br /&gt;
日本のヤクザは通常、親分（組長）に対して弟分と子分が絶対的に服従する[[家父長制]]を模した序列的・擬制的血縁関係を構築することを特徴とし、この関係によって暴力団の強固な結合を確実なものにする。一般に、代表者である組長（他に「会」の親分は会長、「一家」の親分は総長と呼ばれ、総裁などの[[名誉職]]も存在する）と構成員である組員とは、[[盃事]]と呼ばれる儀式を経ることによって強い絆で結ばれる。組員は、組長から見て弟分（[[舎弟]]）と[[子供|子]]分（若中、若衆など）の2つに大別される。1次団体の組員も、自らを組長とする2次団体を組織する。 2次団体の組員もまた、自らを組長とする3次団体を組織する。これを繰り返すことによって暴力団は[[ピラミッド]]型の[[ヒエラルキー|階層構造]]を形成する。日本最大の勢力を誇る山口組の場合には、5次団体までの存在が確認されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
各階層の団体において当該組長と盃を交わした組員を近年、直参と言う場合があるとされる（但、斯界における長老で「大関東」関根賢の&amp;quot;子&amp;quot;であった牧野国泰会長は強く異論を唱えてはいないが「直参とは武士の呼び方である」とする発言もしている。これは関東のやくざ社会が「武士道」に対する「任侠道」について常に意識して伝統を守ってきた経緯があり、松葉会の初代会長で水戸学にも造詣の深かったとされる藤田卯一郎もヤクザとしての&amp;quot;親&amp;quot;への誠意を「やくざ者もサムライに負けない殉死をする」とする発言で表している。しかし、今日では前記のようなタイプは少数派となっている）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
直参より下の下部団体組員について、暴力団側は&amp;quot;上部団体とは関係のない者&amp;quot;と主張しているが、外部社会からは&amp;quot;上部団体の統制下にあり、上部団体組長の指揮監督下にある者&amp;quot;と見られており、損害賠償請求訴訟でも上部団体組長の[[使用者責任]]を認める[[判決]]が出されてきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
組長が引退したり[[死亡]]した場合には、組員の中から新たな組長が決められる。個々の組織の状況にもよるが、[[長男]]に当たる第一の子分（[[若頭]]、若中頭、若者頭、理事長など）が選ばれる場合が多い。新たな組長が就任すると、他の組員との間で盃直しと呼ばれる儀式が行われ、新たな序列に基づく擬制的血縁関係が再構築される。先代組長が跡目を指名しなかった場合には、組員同士の話し合いや入れ札（[[投票]]）で決められる。跡目選定を巡る内部対立から組織分裂に到った例としては、山口組からの[[一和会]]の分裂が挙げられる。ただ、近年は警察の監視が厳しく、武力による跡目争いを行うと警察が介入し、組織解体につながるため、武力抗争は減っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
暴力団は組員から、一定額の会費を集め運営経費に充てる。また、義理掛けなどの慶弔費も これとは別に徴収する。また各組織ごとに舎弟企業や顧問先などをもち、そこで得られた利益は上納金として上部組織に納められるようになっている。[[麻薬]]や[[覚醒剤]]の密売、[[闇金融]]、[[振り込め詐欺]]など犯罪行為は下部団体の組員などが個人的に行っているという建前をとっている。上部団体は舎弟企業などを介し表面上合法的に収益を上げるシステムになっている。&lt;br /&gt;
このような暴力団の不法行為に対し「[[暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律]]」（[[平成]]3年法律第77号、暴対法）が[[1992年]]3月に施行された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、本土とは隔絶した米軍軍政下の時代に成立した[[沖縄の暴力団]]には、本土のように盃事によって親子関係を作り、組織内の権力を階層化することがなかった。組長と大勢の子分のみという単純で平坦な組織であったため、ひとたび発生した内部抗争を組織内で制御できず、簡単に全組織に拡大し泥沼化する傾向にあった。これが沖縄の暴力団抗争の激烈さの要因になったと考えられている。本土暴力団と交流を持った現在では、本土の盃事制度を取り入れ、組織を階層化している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 ; 暴力団組織の例&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
 組長（親分）─┬──若頭（長男）─┬──若頭補佐（子分）&lt;br /&gt;
              │                 ├──若頭補佐&lt;br /&gt;
              │                 ├──若衆&lt;br /&gt;
              │                 ├──若衆&lt;br /&gt;
              │                 └──若衆&lt;br /&gt;
              │&lt;br /&gt;
            　└─舎弟頭（弟分） ─┬──舎弟頭補佐（弟分）&lt;br /&gt;
                                  ├──舎弟頭補佐&lt;br /&gt;
                                  ├──舎弟&lt;br /&gt;
                                  ├──舎弟&lt;br /&gt;
                                  └──舎弟&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
 　&amp;lt;small&amp;gt;※舎弟、若頭、若衆もまた下部組織の組長であり、子分や弟分を持つ。&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 指定暴力団 ===&lt;br /&gt;
[[都道府県]][[公安委員会]]は、暴対法第3条の要件に該当する暴力団を[[指定暴力団]]として指定できる。[[2007年]]3月現在の指定暴力団は、以下の22団体である。[http://www.web-sanin.co.jp/gov/boutsui/boutsui4.htm]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!名前!!本部!!代表者&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px; width: 200px;&amp;quot; | 六代目[[山口組]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 80px;&amp;quot; | 兵庫県&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 370px;&amp;quot; | 組長・[[司忍|司 忍]]（本名:篠田建市）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[住吉会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|総裁・[[西口茂男]]、会長・[[福田晴瞭]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[稲川会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[角田吉男]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 四代目[[工藤會]]&lt;br /&gt;
|福岡県&lt;br /&gt;
|会長・[[野村悟|野村 悟]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 三代目[[旭琉会]]&lt;br /&gt;
|沖縄県&lt;br /&gt;
|会長・[[翁長良宏]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 五代目[[会津小鉄会]]&lt;br /&gt;
|京都府&lt;br /&gt;
|会長・[[図越利次]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 五代目[[共政会]]&lt;br /&gt;
|広島県&lt;br /&gt;
|会長・[[守屋輯|守屋 輯]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 六代目[[合田一家]]&lt;br /&gt;
|山口県&lt;br /&gt;
|総長・[[温井完治]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 四代目[[小桜一家]]&lt;br /&gt;
|鹿児島県&lt;br /&gt;
|総長・[[平岡喜榮]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 三代目[[浅野組]]&lt;br /&gt;
|岡山県&lt;br /&gt;
|組長・[[串田芳明]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[道仁会]]&lt;br /&gt;
|福岡県&lt;br /&gt;
|会長・[[小林哲治]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 二代目[[親和会 (高松)|親和会]]&lt;br /&gt;
|香川県&lt;br /&gt;
|会長・[[吉良博文]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[双愛会]]&lt;br /&gt;
|千葉県&lt;br /&gt;
|会長・[[塩島正則]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 三代目[[侠道会]]&lt;br /&gt;
|広島県&lt;br /&gt;
|会長・[[池澤望|池澤 望]]（本名:渡邊 望）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[太州会]]&lt;br /&gt;
|福岡県&lt;br /&gt;
|会長・[[日高博|日高 博]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 七代目[[酒梅組]]&lt;br /&gt;
|大阪府&lt;br /&gt;
|組長・[[金山耕三朗]]（本名:金 在鶴）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[極東会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[松山眞一]]（本名:曹 圭化）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[東組]]&lt;br /&gt;
|大阪府&lt;br /&gt;
|総長・[[東 清]]（本名:岸田 清）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[松葉会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[牧野国泰]]（本名:李 春星）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 三代目[[福博会]]&lt;br /&gt;
|福岡県&lt;br /&gt;
|総裁・[[和田将志郎]]（本名:和田万亀男）、会長・[[長岡寅夫]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[九州誠道会]]&lt;br /&gt;
|福岡県&lt;br /&gt;
|会長・[[浪川政浩]]（本名:朴 政浩）&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 指定が取り消されたか失効した団体 ====&lt;br /&gt;
*[[石川一家]]（佐賀県） - 五代目山口組傘下入り（[[宅見組]]加入）により単立ではなくなったため1995年10月16日 取り消し&lt;br /&gt;
*二代目[[大日本平和会]]（兵庫県） - 再度の指定が行われず1997年4月6日 失効&lt;br /&gt;
*三代目[[山野会]]（熊本県） - 壊滅により2001年11月8日 取り消し&lt;br /&gt;
*[[極東桜井總家連合会]]（静岡県） - 消滅により2005年5月31日 取り消し&lt;br /&gt;
*[[國粹会]]（東京都） - 六代目山口組加入により単立ではなくなったため2005年10月31日 取り消し&lt;br /&gt;
*[[中野会]]（大阪府） - 解散により2005年12月22日 取り消し&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 主な非指定団体 ===&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 都道府県順&amp;gt;五十音順。最新の情報でお願いします。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!名前!!本部!!代表者&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px; width: 200px;&amp;quot; | [[源清田田名辺]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 80px;&amp;quot; | 茨城県&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 300px;&amp;quot; | &amp;lt;!--三代目--&amp;gt;総長・[[田名辺城男]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[寄居分家]]五代目&lt;br /&gt;
|群馬県&lt;br /&gt;
|総長・[[五代博|五代 博]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[竹澤会]]&lt;br /&gt;
|埼玉県&lt;br /&gt;
|代表・[[大場守|大場 守]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[姉ヶ崎会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[中野目重民]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 八代目[[飯島会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[西川冠士]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[川口家会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・代表者不明&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[上州家会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[伊藤勝彦 (ヤクザ)|伊藤勝彦]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[新門連合会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|総裁・[[斉藤有貴]]、会長・[[笠間直明]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[杉東会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[野原英三]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[醍醐宗家大田会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|四代目・[[青山秀夫]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[丁字家会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[吉田五郎]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[東亜会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[金海芳雄]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[東京両國家]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|総長・[[佐藤稔]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[箸家]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|四代目・[[秋野傳三郎]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[桝屋会]]&lt;br /&gt;
|東京都&lt;br /&gt;
|会長・[[東浦外次郎]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[飴徳連合会]]&lt;br /&gt;
|神奈川県&lt;br /&gt;
|会長・[[永持英哉]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[神奈川松坂屋]]&lt;br /&gt;
|神奈川県&lt;br /&gt;
|七代目・[[小谷武士]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[徳力一家]]&lt;br /&gt;
|神奈川県&lt;br /&gt;
|&amp;lt;!--五代目--&amp;gt;総長・&amp;lt;!--松本某--&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[横浜金子会]]&lt;br /&gt;
|神奈川県&lt;br /&gt;
|&amp;lt;!--三代目--&amp;gt;会長・[[寺田隆|寺田 隆]]（本名: 金子 隆）&lt;br /&gt;
|-    &lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[櫻井總家]]&lt;br /&gt;
|静岡県&lt;br /&gt;
|総長・[[志村和夫]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[鉄心会]]&lt;br /&gt;
|愛知県&lt;br /&gt;
|役職名不明・[[高上鉄一]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[忠成会]]&lt;br /&gt;
|兵庫県&lt;br /&gt;
|会長・[[大森匡晃]]（本名:大森忠昭）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 二代目[[松浦組]]&lt;br /&gt;
|兵庫県&lt;br /&gt;
|組長・[[笠岡和雄]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[竹中組 (岡山)|竹中組]]&lt;br /&gt;
|岡山県&lt;br /&gt;
|組長・空席&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 二代目[[中国高木会]]&lt;br /&gt;
|広島県&lt;br /&gt;
|会長・[[北山昭男]]&lt;br /&gt;
|-  &lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[樫田会]]&lt;br /&gt;
|福岡県&lt;br /&gt;
|会長・[[松田勇雄]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 三代目[[立川会]]&lt;br /&gt;
|福岡県&lt;br /&gt;
|会長・[[立川政幸]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[九州神代連合]]&lt;br /&gt;
|佐賀県&lt;br /&gt;
|会長・[[野口勝次]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[吉岡組 (長崎)|吉岡組]]&lt;br /&gt;
|長崎県&lt;br /&gt;
|組長・[[吉岡末義]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 三代目[[大倉会]]&lt;br /&gt;
|熊本県&lt;br /&gt;
|会長・[[大倉勝]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | 二代目[[熊本會]]&lt;br /&gt;
|熊本県&lt;br /&gt;
|総裁・[[森原健次]]、会長・[[戸崎豊|戸崎 豊]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;height: 30px;&amp;quot; | [[西田会]]&lt;br /&gt;
|宮崎県&lt;br /&gt;
|会長・[[赤沢保市]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 暴力団と差別問題 ==&lt;br /&gt;
[[アメリカ合衆国]]のマフィアに[[イタリア]]系や[[中華人民共和国|中国]]系の[[マイノリティ]]が多いのと同様に、日本における暴力団の巨大化も、特定の社会集団に対する差別が原因の一つだという説がある（後述、日本でのマイノリティ・在日朝鮮人の比率など）。この説は、メディアにおいて[[タブー]]化され、報道で伝えられることは滅多にないが、幾つかの書籍などに これに関する情報が記載されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[猪野健治]]は『やくざと日本人』の中で、昭和中期の関西や北九州の[[部落問題|部落]]の悲惨な現状を取り上げ、日本社会に「やくざとなるか土方になるか」しか、選択肢の無い若者が多く存在する事が やくざの温床であるという見解を示した。&lt;br /&gt;
*元[[公安調査官]]・[[菅沼光弘]]は、公安当局のデータから「指定暴力団構成員の4割ぐらいは在日韓国・朝鮮系」、実経験から「裏社会は日本社会のいわば'''コインの表裏'''であり切り離せない」、などの見解を示した（平成20年2月18日放送[[たかじんのそこまで言って委員会]]より　詳細は後述）。&lt;br /&gt;
*[[宮崎学]]は[[大谷昭宏]]との共著『グリコ・森永事件 最重要参考人M』で、「関西に暴力団が10人おったら そのうち9人はマイノリティ」と発言している。&lt;br /&gt;
*[[田中森一]]は著書『反転　闇社会の守護神と呼ばれて』の中で、自身の弁護士としての経験から、法律の外に置かれた貧窮民や無宿人、被差別部落民たちを統治してきたのが暴力団であり、暴力団員にはそうした出自の者が多いと書いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マイノリティが暴力団員となるのは、差別により経済的な理由で学校に通えなかったり、就職差別で一般的な職に就くことができなかったりしたため、というケースが多い。暴力団員が多い、という理由でそのマイノリティが差別されることも多く、差別の悪循環に繋がっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
米国の経済学者[[:en:Stephen_J._Dubner|スティーヴン・J・ダブナー]]は、金銭的に苦しく望まれず生まれ育った環境と犯罪（米国マフィア）との関連性を中絶のデータなどから指摘している（彼の結論としては、中絶を禁じた方が犯罪が増えたという。合衆国では州によっては保守キリストの考え方があり、中絶が禁じられている）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、重々承知かと思うが、差別や不当な抑圧が原因にあったとしても斯様な事は法的に許されるものではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==暴力団と在日韓国・朝鮮人==&lt;br /&gt;
四代目[[会津小鉄会]]元会長・[[高山登久太郎]]（姜外秀）は講演で、「ウチの組は[[部落問題|同和]]が3割、[[在日韓国・朝鮮人|在日]]が3割だった」と発言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元[[公安調査官]]・[[菅沼光弘]]（[[公安調査庁]]調査第二部長）は[[2006年]]10月19日、[[外国特派員協会]]で行った講演で、六代目山口組ナンバー2・髙山清司から聞いた話として、暴力団の出自の内訳は6割が同和（[[部落問題|被差別部落]]出身者）、3割が[[在日韓国・朝鮮人|在日コリアン]]系（韓国系のほか、朝鮮系が3分の1）、残りの1割が非同和の日本人や中国系などで占められるという見解を示した。在日韓国・朝鮮人が形成している暴力団では[[東亜会]]（旧「東声会」）などがよく知られている。[[柳川組]]は、元々在日韓国人・在日朝鮮人の団体として、スタートした。その後、柳川組は、全国展開していく中で、[[誠友会|北海道同志会]]などの数々の日本人の暴力団を傘下に収めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 暴力団との関係が明るみに出た組織・政治家・著名人 ==&lt;br /&gt;
* [[青江三奈]] - 歌謡ショーの興行主が暴力団の企業舎弟であった&lt;br /&gt;
* [[ジャンボ尾崎]] - ゴルフコンペに暴力団員と参加。&lt;br /&gt;
* [[東尾修]] - 賭け[[マージャン]]に加わる。“黒い交際”により制裁金と謹慎の処分。&lt;br /&gt;
* [[足寄出身の歌の下手糞な歌手|松山千春]] - 京都の暴力団と親しい関係であったことが発覚。これが原因で自らパーソナリティを務めていた札幌の長寿ラジオ番組が打ち切りに&lt;br /&gt;
* [[大阪府警察]] - [[西成警察署|西成署]][[刑事]]が暴力団から賄賂をもらったことが発覚し[[西成暴動]]の契機となった&lt;br /&gt;
* [[松浪健四郎]] &lt;br /&gt;
* [[大串博志]]&lt;br /&gt;
* [[前田亘輝]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[暴力団との関係が疑われる有名人の一覧]]&lt;br /&gt;
*[[暴力団一覧]]&lt;br /&gt;
*[[ヤクザ]]&lt;br /&gt;
*[[右翼]]&lt;br /&gt;
*[[右翼団体]]&lt;br /&gt;
*[[任侠]]&lt;br /&gt;
*[[企業舎弟]]（フロント企業とも呼ばれる）&lt;br /&gt;
*[[ブラック企業]]&lt;br /&gt;
*[[暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律]]（暴力団対策法）&lt;br /&gt;
*[[組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律]]（組織犯罪処罰法）&lt;br /&gt;
*[[マフィア]]&lt;br /&gt;
*[[溝口敦]] - 暴力団情勢に詳しい[[フリーランス]][[ジャーナリスト]]&lt;br /&gt;
*[[周防郁雄]]&lt;br /&gt;
*[[準構成員]]&lt;br /&gt;
*[[ごくせん]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kouhoushi/no2/wide/wide.htm 暴力団に関する困り事相談]（警視庁）&lt;br /&gt;
*[http://www.web-sanin.co.jp/gov/boutsui/boutsui4.htm 指定暴力団]（松江八束建設業暴力追放対策協議会）&lt;br /&gt;
*[http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H03/H03HO077.html 暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律]（総務省 法令データ提供システム）&lt;br /&gt;
*[http://www1a.biglobe.ne.jp/boutsui/index2.htm 全国暴力追放運動推進センター]&lt;br /&gt;
*[http://www.web-sanin.co.jp/gov/boutsui/mini00.htm 暴力団ミニ講座]（松江、八束建設業暴力追放対策協議会）&lt;br /&gt;
*[http://www.nhk.or.jp/special/onair/071111.html NHKスペシャル｜ヤクザマネー ～社会を蝕（むしば）む闇の資金～]&lt;br /&gt;
*[http://www.islands.ne.jp/tuiho893/10soku.html 愛媛県暴力追放推進センター/暴力団応対10則]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ほうりよくたん}}&lt;br /&gt;
[[Category:暴力団|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:ヤクザ|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:犯罪組織]]&lt;br /&gt;
[[Category:蛆虫]]&lt;br /&gt;
[[Category:人殺し]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>49.98.136.21</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%AD%91%E6%B3%A2%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E9%99%84%E5%B1%9E%E9%A7%92%E5%A0%B4%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E3%83%BB%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1&amp;diff=321890</id>
		<title>筑波大学附属駒場中学校・高等学校</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;49.98.136.21: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:ミス筑駒1.jpg|300px|thumb|ミス筑駒]]&lt;br /&gt;
'''筑波大学附属駒場中学校・高等学校'''（つくばだいがくふぞくこまばちゅうがっこう・こうとうがっこう、Junior and Senior High School at Komaba, University of Tsukuba）は、[[東京都]][[世田谷区]][[池尻]]四丁目にある[[国立学校|国立]][[中学校]]・[[高等学校]]。[[中高一貫教育|中高一貫制]][[男子校]]。通称は「'''筑駒'''」（つくこま）。学力東日本一の高校である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
[[Image:ミス筑駒2.jpg|300px|thumb|ミス筑駒]]&lt;br /&gt;
[[1947年]]に、[[東京農業教育専門学校 (旧制)|旧制東京農業教育専門学校]]の附属（新制）中学校として設立された国立の[[進学校]]。その後、[[1952年]]に'''東京教育大学附属駒場中学校・高等学校'''（通称は「'''教駒'''」）と改称した。国立の中学校・高等学校では唯一の男子校でもある。[[筑波大学]]の[[附属学校|附属校]]であるが、同大学への特別な内部[[進学]]枠は有していない。1学年の生徒数は中学120名、高校160名である。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「駒場の自由」「六年間の自由空間」といった言葉で語られる自由な[[校風]]で知られる。中・高共に[[制服]]のない[[自由服|私服校]]である。また、伝統としてかつて[[駒場農学校]]のあった場所で、水田における稲作実習を実施している。この水田は、同校で「ケルネル田圃」と呼ばれている。現在は、[[文部科学省]]から[[スーパーサイエンスハイスクール]]（SSH）の指定を受けている。すぐ傍に[[私立]][[男子校]]の[[駒場東邦中学校・高等学校]]がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[東京大学]]に高い合格率を誇る進学校としても知られる。戦後に公立高校の学区制度が実施されてから徐々に進学実績を伸ばし、[[学校群制度]]が導入された1960年代以降は、例年、卒業生の半数程度が東京大学に進学している。毎年発表されるランキングにおいては、東大合格者数で3位以内に、東大合格率で1位か2位になることが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革 ==&lt;br /&gt;
* [[1947年]] - '''東京農業教育専門学校附属中学校'''（普通課程2学級（96名））として開校。&lt;br /&gt;
* [[1949年]] - '''東京教育大学東京農業教育専門学校附属中学校'''となる。&lt;br /&gt;
* [[1950年]] - 同附属高等学校が開校。（[[農業_(教科)#農業に関する学科|農業科]]1学級、普通科1学級、定員80名）&lt;br /&gt;
* [[1952年]] - '''東京教育大学附属駒場中学校・高等学校'''と改称。&lt;br /&gt;
* [[1953年]] - 高等学校に普通科1学級増設。&lt;br /&gt;
* [[1956年]] - 同年中学入学者から中高一貫教育となる。&lt;br /&gt;
* [[1962年]] - 中学校2学級、高等学校普通科4学級体制へ移行。&lt;br /&gt;
* [[1970年]] - 中学校3学級体制へ移行。&lt;br /&gt;
* [[1978年]] - '''筑波大学附属駒場中学校・高等学校'''と改称。&lt;br /&gt;
* [[2004年]] - '''国立大学法人筑波大学'''に移管。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アクセス ==&lt;br /&gt;
[[Image:ミス筑駒3.jpg|300px|thumb|ミス筑駒]]&lt;br /&gt;
* [[京王井の頭線]][[駒場東大前駅]]より徒歩10分&lt;br /&gt;
* [[東急田園都市線]][[池尻大橋駅]]より徒歩15分&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 学校行事 ==&lt;br /&gt;
学校行事が盛んであり、年間を通じてさまざまな行事が催される（4月から日付順）。&lt;br /&gt;
; 稲作&lt;br /&gt;
: 中1、高1のみ。[[1878年]]の[[駒場農学校]]開校以来、130年の歴史を有する日本農学発祥記念の地「ケルネル田んぼ」において毎年6月に田植え、10月に稲刈りをする。収穫した米は入学式と卒業式の折に赤飯にして、新入生および卒業生に供される。稲作の様子を幼稚園児などが見学する事もある。&lt;br /&gt;
; 芸術鑑賞会&lt;br /&gt;
: 全校生徒で芸術を鑑賞する。鑑賞するものは年度によって異なり、[[ミュージカル]]や[[オペラ]]、[[コンサート]]のような現代的なものが中心。&lt;br /&gt;
; 校外学習&lt;br /&gt;
: 5月中旬に2 - 5日間、中1 - 高2が学年ごとに別の場所へ行き、観光や地域研究、学年内での交流などを主な目的とする。&lt;br /&gt;
: 現在の行き先は中1が黒姫高原、中2が東京、中3が[[東北地方]]（岩手県・青森県など）、高1が[[菅平高原]]、高2が[[関西地方]]（吉野・奈良・京都）である。中2・中3・高2は[[総合学習]]の一環として事前に数人の班でテーマを決めておき旅行中は各班で関連したところを訪問し、後日レポート提出が求められ発表会を行う。これを地域研究という。また、この期間中は高3は特別考査や音楽祭練習、文化祭準備などを行う。そのため、高2の旅行は[[修学旅行]]でもある。&lt;br /&gt;
; 音楽祭&lt;br /&gt;
: 例年6月中旬に主に[[昭和女子大学]]の[[昭和女子大学人見記念講堂]]を借り切って開催される[[合唱]]コンクール。中学生は課題曲と自由曲の2曲、高校生は自由曲を2曲演奏する。特別参加団体と称する団体による演奏も行われる。外部から招かれた審査員及び音楽科教諭の決める賞と一般生徒の投票によって決定される大衆賞の両方がある。&lt;br /&gt;
; [[体育祭]]&lt;br /&gt;
: 9月末に2日間かけて校内にて開催される。通常の学校と違い、[[近代オリンピック|オリンピック]]方式（複数の競技を同時に行う）という独特の方法が取られている。中学・高校それぞれクラス毎に分かれて得点を競う。&lt;br /&gt;
: 姉妹校である[[筑波大学附属中学校・高等学校|筑波大学附属中学校]]の[[運動会]]で行われた[[騎馬戦]]にて負傷した生徒が発生したので、[[2005年]]度からは同種目は中止となった。&lt;br /&gt;
; [[文化祭]]&lt;br /&gt;
: 10月下旬から11月初旬に3日間かけて校内にて開催される、筑駒最大の行事。外部者も参加できる。中1から高2までは原則としてクラス単位で参加し、中3以上は[[演劇]]を行う団体が非常に多いほか、文化系部活等の団体の参加もある。大学受験を控えた高3が特別班を組んで中心となって活動する。&lt;br /&gt;
:[http://2010tsukukoma.bunkasai.info/ （参考リンク）第59回筑駒文化祭公式ホームページ]&lt;br /&gt;
; ロードレース&lt;br /&gt;
: 1月下旬に[[多摩川]]の土手で行われる。高3以外は全員参加で、中学生は4km、高校生は8kmを走る。走行時間で順位が付けられ、上位20名は表彰される。&lt;br /&gt;
; 弁論大会（中学のみ）&lt;br /&gt;
: 2月の中旬の土曜日に校内7号館3階（オープンスペース）で行われる。各クラス、及び特別参加団体と称した団体がテーマを設定して自由に論じ、他クラスの生徒がそれらを聞いて質疑応答を繰り返す。各クラス2名、計18人の審査員によって選ばれる賞と生徒全員の投票によって決定される大衆賞の両方がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
特に音楽祭・体育祭・文化祭の3つは'''三大行事'''と呼ばれることもあり、クラス単位で取り組むほか、生徒による各実行委員会が教師の協力を得て運営する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この他にも教育の一環として学年ごとの行事が存在する。例えば、芸術鑑賞会とは別に[[浄瑠璃]]や[[歌舞伎]]、[[能]]といった伝統的なものを学年ごとに鑑賞する機会がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 部活動・同好会 ==&lt;br /&gt;
[[囲碁]]、クイズなどではしばしば全国制覇を果たしている。[[1998年]]に第18回[[全国高等学校クイズ選手権]]で全国制覇を達成した。駒場棋院（囲碁部）は[[2003年|2003]] - [[2005年]]に全国大会3連覇を果たしている。[[国際数学オリンピック|数学オリンピック]]の日本代表として活躍する在校生も多く、2005年度には日本代表6人中5人を在校生が占めた。日本が初参加となった2005年の[[国際生物学オリンピック|生物学オリンピック]]北京大会も代表2人のうち1人が在校生で銅メダルを獲得。[[全国高校化学グランプリ]]でも大賞を含め多数の入賞者を出し、2005年には[[スーパーコンピュータ]]の[[プログラミング_(コンピュータ)|プログラミング]]を競う[[Supercomputing Programming Contest]]で優勝、3位入賞を果たすなど、各方面の大会で成果を挙げている。また、2005年、TBS系列で放映されたテレビ番組「[[学校へ行こう!MAX]]」での企画「[http://www.tbs.co.jp/gakkou/backnumber/20050906_5.html 文舞両道フリツケ甲子園（2005年9月6日O.A.）]」において、有志がダンスユニット「筑6」を結成。出場校6校の中から優勝校に選ばれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出身者 ==&lt;br /&gt;
[[筑波大学附属駒場中学校・高等学校の人物一覧]]参照&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連学校 ==&lt;br /&gt;
* [[東京教育大学]]&lt;br /&gt;
* [[筑波大学]]&lt;br /&gt;
** [[筑波大学附属小学校]]&lt;br /&gt;
** [[筑波大学附属中学校・高等学校]]&lt;br /&gt;
** [[筑波大学附属坂戸高等学校]]&lt;br /&gt;
** [[筑波大学附属視覚特別支援学校]]&lt;br /&gt;
** [[筑波大学附属聴覚特別支援学校]]&lt;br /&gt;
** [[筑波大学附属大塚特別支援学校]]（[[知的障害]]）&lt;br /&gt;
** [[筑波大学附属桐が丘特別支援学校]]（[[肢体不自由]]）&lt;br /&gt;
** [[筑波大学附属久里浜特別支援学校]]（[[自閉症]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[国立大学附属学校]]&lt;br /&gt;
* [[中高一貫校]]&lt;br /&gt;
* [[東京都中学校一覧]]&lt;br /&gt;
* [[東京都高等学校一覧]]&lt;br /&gt;
* [[スーパーサイエンスハイスクール]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.komaba-s.tsukuba.ac.jp/official/ 筑波大学附属駒場中・高等学校]&lt;br /&gt;
* [http://www.k-wakabakai.com/ 筑波大学附属駒場中・高等学校　同窓会　若葉会　公式ホームページ]&lt;br /&gt;
* [http://2010tsukukoma.bunkasai.info/ 筑波大学附属駒場中・高等学校 第59回文化祭［∫-integral-］ - 公式ホームページ]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{筑波大学}}&lt;br /&gt;
{{日本の国立中学校}}&lt;br /&gt;
{{日本の国立高等学校}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:つくはたいかくふそくこまは}}&lt;br /&gt;
[[Category:東京都の高等学校]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の国立高等学校]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都の中学校]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の国立中学校]]&lt;br /&gt;
[[Category:国公立中高一貫校]]&lt;br /&gt;
[[Category:筑波大学|附こまは]]&lt;br /&gt;
[[Category:スーパーサイエンスハイスクール]]&lt;br /&gt;
[[Category:全国高等学校クイズ選手権優勝校]]&lt;br /&gt;
[[Category:男子校]]&lt;br /&gt;
[[Category:世田谷区]]&lt;br /&gt;
[[Category:学校記事]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>49.98.136.21</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E9%96%8B%E6%88%90%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E3%83%BB%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1&amp;diff=321889</id>
		<title>開成中学校・高等学校</title>
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				<updated>2016-05-11T07:45:20Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;49.98.136.21: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:開成中学校1.jpg|300px|thumb|合格者へのインタビュー]]&lt;br /&gt;
'''開成中学校・高等学校'''（かいせいちゅうがっこう・こうとうがっこう　英語名:'''Kaisei Junior &amp;amp; Senior High School'''）は、[[東京都]][[荒川区]][[西日暮里]]にある[[私立]][[中学校]]・[[高等学校]]である。[[中高一貫校|中高一貫制]][[男女別学|男子校]]。学力東日本一の高校である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
[[1871年]]に共立学校として開校。[[中学受験]]では[[麻布中学校・高等学校|麻布]]、[[武蔵中学校・高等学校|武蔵]]と共に男子[[御三家_(学校)|御三家]]として一部で認識されている。校名の『開成』とは、東京大学の前身であった[[開成学校]]と同じく、「[[論語]]」の「開物成務」からとったものである。そのため、「開成」を冠する学校は他にも多数存在するが、本稿で取り上げる開成学園の学校と歴史上関係がある学校は[[逗子開成中学校・高等学校]]に限られる（下記参照）。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近年の少子化の中にあっても依然として難易度の高い入学試験が行われ、卒業生の大半が首都圏を中心とした[[大学]]に進学する。中でも東京大学への進学者は多く、同大学の合格者は開成高校の卒業生の40%台となっている。卒業生には各分野のリーダーとして活躍している者もあり（[[開成中学校・高等学校人物一覧]]の項目を参照）、同校でもそれを意識した教育方針が立てられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、自由闊達・質実剛健を教育目標として公式に掲げ、知識偏重ではなく、多様な価値観の下で各生徒が持つ自由な個性の育成も目指されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学校行事として[[#運動会|運動会]]・[[#臨海学校|水泳学校]]・[[#ボートレース|ボートレース]]・[[#マラソン大会|マラソン大会]]が行われる。特に運動会は盛大に行われる一大イベントである。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中高一貫教育が主流という事情もあり、校内では「中学1年」（中1）・「高校3年」（高3）などとともに「1年」「6年」などの用語も使用されている（本稿では「中1」「高3」を使用）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革 ==&lt;br /&gt;
[[1871年]]、[[佐野鼎]]らによって神田相生橋（現 [[神田淡路町]]）に'''共立学校（きょうりゅう がっこう）'''として創立された。佐野鼎の死亡後には廃校同様となったが、[[1878年]]に[[大学予備門]]教授の傍ら[[高橋是清]]が校長、鈴木智雄らが講師に就任した。共立学校を大学予備門への進学者のための受験予備校として改革し、是清が校長に就任した翌年の[[1879年]]には、共立学校からの大学予備門入学者が定員466名のところ、実に112名に達した。その後も[[1890年]]代初期まで70人台、40人台、50人台と推移した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1891年]]、尋常中学校令により、'''尋常中学共立学校'''と改称。さらに、[[1886年]]及び[[1891年]]の中学校令公布により、1府県1中学と定められたことにより東京に受験生が集まらなくなった私立各校とも軒並み経営が傾き、当時官公立校に対してだけ認められていた在学生に対する[[徴兵]]猶予や校地に対する[[税|免税]]などの特権を得る便法としての有利な条件も働き、数多ある私学のうち、共立中学（[[東京都立戸山高等学校|都立戸山高]]）と共立学校（開成）が[[東京府]]の管轄下に入り、[[1895年]]にはそれぞれ東京府城北尋常中学校、'''東京府開成尋常中学校'''と改称した。このとき、校名が「共立学校」から「開成」となったのは、東京府当局が「共立」と「府立」は相容れないとして難色を示したためだとされている。さらに中学校令改正により[[1899年]]に'''東京府開成中学校'''と改称。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まもなく各種特権が私学にも与えられるようになったため、[[1901年]]に府の管轄から私立へ復して'''私立東京開成中学校'''となり、[[1919年]]に'''東京開成中学校'''と改称。[[1945年]]には戦局悪化のため、無試験入学となる。翌[[1946年]]には入学試験が再開されるが、筆記試験が復活するのは[[1953年]]のことであった。戦後、[[学制改革]]により、[[1947年]]に[[中学校|新制中学校]]（開成中学校）が発足し、[[1948年]]には[[高等学校|新制高等学校]]（開成高等学校）が併設され、旧制5年制中学から新制6年制中高一貫の'''開成中学校・高等学校'''へ移行し現在に至る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、現在の[[日暮里|道灌山]]の校地に移転したのは、[[関東大震災]]により淡路町校舎が消失した[[1924年]]のこと。[[1920年]]に初めて行われた東京高等師範学校附属中学校（現・[[筑波大学附属中学校・高等学校|筑波大附属中・高]]）との[[ボート|ボートレース]]は現在も行われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1960年]]に高校募集（定員50名）を開始し、[[1974年]]には高校募集枠が100名に拡大され、現在の中学定員1学年300名、高校定員1学年400名体制となった。ここには、[[1967年]]に[[都立高等学校]]で[[学校群制度]]が導入され、[[東京都立日比谷高等学校|都立日比谷高校]]（旧制府立一中）に象徴された「都立進学校」を志望していた学力成績上位層の中学生が私立高校受験に移行したという社会背景があった。[[1977年]]には出身高校別の東大合格者数で初めて首位の座に立ち、[[1982年]]から現在に至るまでトップの座にある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アクセス ==&lt;br /&gt;
*[[東日本旅客鉄道|JR]][[山手線]]・[[地下鉄千代田線]][[西日暮里駅]]より約100m（徒歩1分）&lt;br /&gt;
*[[東京都交通局]][[日暮里・舎人ライナー]]西日暮里駅より約300m（徒歩4分）&lt;br /&gt;
*東京都交通局・[[都営バス]]草63系統・里48系統西日暮里駅バス停&lt;br /&gt;
*西日暮里駅の開業以前（[[帝都高速度交通営団|営団地下鉄]]は1969年、[[日本国有鉄道|国鉄]]は1971年）には国鉄[[田端駅]]（約800m）と国鉄・[[京成電鉄]][[日暮里駅]]（約900m）が最寄り駅だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== [[漢文]]教師とOB[[代議士]]のインタビュー(2012年3月) ==&lt;br /&gt;
開成と60年をともにした生き証人、元名物漢文教師の橋本弘正氏と、昭和63年卒の衆院議員、井上信治氏が開成への思いと実情を語り尽くす。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
井上 - 僕が開成に入って面食らったのは、まるで勉強しているように見えないのに、成績がいい同級生がたくさんいたことですね。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
橋本 - 各小学校で「神童」と言われてきた子どもたちが集まる学校ですから、入学してまず知るわけです。上には上がいると。私もそうでした。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
井上 - それで入学早々に成績で勝負するのは諦めて、勉強しなくなる人間がけっこういる。僕もそのクチで、成績は最悪でした。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
橋本 - でも開成は座標軸の多い学校で、勉強ができなくても、別のことに秀でていれば、それなりの尊敬を集めることができる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
井上 - それでも学内の[[ヒエラルキー]]は、最終的には頭の良さで決まるところがある。特に、遊びほうけているのに成績トップ。一体あいつ、いつ勉強しているんだろう・・・・・・というのがいちばん尊敬される。みんなが「開成にバカはいないのだから、勉強して成績がいいのは当たり前」と思っているからです。そういう、ちょっとヒネくれたカルチャーがありますね。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
橋本 - そう、勉強している姿を見せない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
井上 - ただ高3になって大学受験が近づいてくるとそういうわけにもいかない。勉強してるかどうかは関係なく、とにかく成績が悪いとバカにされる状況になるわけです。だから僕も1年間必死に勉強して、東大に入ることができた。でも開成では「東大に入るのは当たり前」なので、格別な達成感というのはなかった。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
橋本 - 1学年400人のなかで、だいたい180人が東大に行く。半分近くが入る計算です。だから、開成では、平均よりだいぶ下の成績の生徒でも、とりあえず東大を受けます。一般的にはいちばん優秀な人は東大の理Ⅲ(多くは医学部に進む)に行くと思われていますけど、私は教師として30年以上開成を見てきて、本当に優秀な生徒は理Ⅲじゃなくて、工学部や理学部に進む理Ⅰに進学するような気がする。もちろん理Ⅰには毎年1100人も入れるわけですから、上と下はありますが、上の方は図抜けている。&amp;lt;br/&amp;gt;例えば、センター試験の数学などは、すべて暗算で解けてしまう子がいます。途中式も計算も一切書かないので、問題用紙は真っ白なんです。だから制限時間60分のところを開始10分ほどで解答と見直しを終え、暇になって寝てしまう。この話を生徒から聞いたときは、私も驚きました。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
井上 - 天才的なヤツというのは確かにいますね。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
橋本 - 開成OBで言えば、おそらく前校長でもある[[芳野俊彦]]さんなどがそうでしょう。[[光ファイバー]]の世界的権威で、[[ノーベル賞]]受賞の噂もあった。同じくOBで現校長の[[柳沢幸雄]]さんはあの[[シックハウス症候群]]を発見した方です。医学っていうのは具体的なんです。つまり彼らにとっての対象はあくまで人間と決まっている。ところが理Ⅰは、宇宙とか、ロボットとかで、大変な想像力が必要となる。たとえば、開成時代学年で成績トップだった[[鄭雄一]]さんは、理Ⅲに入りましたが、医学部を卒業した後、いまは東京大学大学院の工学系研究科で教授をやっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 年間行事 ==&lt;br /&gt;
* 4月 - ボートレース&lt;br /&gt;
* 5月 - 運動会&lt;br /&gt;
* 8月 - [[臨海学校]]&lt;br /&gt;
* 9月 - 文化祭（開成祭）&lt;br /&gt;
* 10月 - マラソン大会&lt;br /&gt;
* 2月 - 中学・高校入試&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ボートレース ===&lt;br /&gt;
[[1920年]]以来、毎年4月にボート部の部員により[[戸田漕艇場]]にて開成と[[筑波大学附属中学校・高等学校|筑波大学附属高等学校]]の[[ボート]]レースが行われている。現在の種目は舵手付きクォドルプル（両手漕ぎ四人乗り）である。通算成績は開成の39勝40敗であるが、現在6連敗中である（2007年現在）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===運動会===   &lt;br /&gt;
例年5月の第2日曜日に行われる、開成最大のイベント。高3が中心となって例年丸一年をかけて創り上げられる。中高合同で行われ、高校はクラスごと、中学は各クラス5~6人ずつ8つの色に分ける（中学は7クラスのため）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===[[臨海学校]]===&lt;br /&gt;
毎年7月、水泳部の合宿と合同で行われ、[[千葉県]][[館山市]]の施設に中1が全員参加する。同水泳部は[[日本泳法]]の[[水府流太田派]]を継承し、参加者全員が白の[[六尺褌]]を着用する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===文化祭===&lt;br /&gt;
毎年9月の第4土曜日と第4日曜日に開催され、「開成祭」とも呼ばれる。生徒運営による「文化祭準備委員会」の下、文化系の各部や同好会・サークルなどが参加し、日頃の研究成果の発表やパフォーマンスなどが行われる。また、運営本部による古本市も開催され、教職員などが本を寄付する。入場制限はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
生徒は高2の文化祭を最後に部・サークル活動を引退し、高3は文化祭に参加しないのが慣例となっている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== マラソン大会 ===&lt;br /&gt;
荒川河川敷を利用して行われる。[[1903年]]に始まり、初めは中山道を経由して巣鴨～大宮間で行われていた。その後、江戸川河川敷など何回かのコース変更を経て、現行のコースとなった。距離は中1が5km、中2・3が6km、高校生は8kmである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 部活動・個人活動 ==&lt;br /&gt;
学内には約50の公式部、および10を超える同好会がある。運動部は運動会で利用される土の第2グラウンドや体育館などで活動するが、各競技の東京都大会で上位に進出することは少ない。硬式野球部では、2005年夏の[[全国高等学校野球選手権大会]]で[[全国高等学校野球選手権東東京大会|東東京大会]]のベスト16に入りマスメディアに注目された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
文化部では全国大会で優秀な成績を収める例がある。俳句部は、[[俳句甲子園]]として知られる「全国高校俳句選手権大会」で11回大会中4回優勝、2回準優勝、同校生徒の最優秀句作者選出2回の成績を残している。また、[[国際数学オリンピック]]や[[国際化学オリンピック]]など、高校生（中学生）を対象とした理数系の国際競技大会に同校の生徒が日本代表として派遣され、好成績を収める例がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 高校関係者一覧 ==&lt;br /&gt;
*[[開成中学校・高等学校人物一覧]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 開成から分離独立した学校 ==&lt;br /&gt;
* [[逗子開成中学校・高等学校]]&lt;br /&gt;
** [[1903年]]に'''第二開成中学校'''として創立。&lt;br /&gt;
** [[1909年]]に'''逗子開成中学校'''として分離独立。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[昌平中学校]]・[[昌平高等学校 (1948-1969)|昌平高等学校]]&lt;br /&gt;
** [[1903年]]に神田淡路町の東京開成中学校内に'''開成夜学校'''として創立。&lt;br /&gt;
** [[1923年]]の関東大震災での校舎焼失を機に、1926年に神田駿河台に分離。&lt;br /&gt;
** [[1936年]]に'''昌平中学'''となる。&lt;br /&gt;
** [[1948年]]に'''昌平高等学校'''となる。&lt;br /&gt;
** [[1966年]]に募集停止し1979年に廃止。&lt;br /&gt;
** [[2000年]]に福島県いわき市にて'''東日本国際大学附属昌平中学・高等学校'''として再興。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 開成の関係者が設立した学校 ==&lt;br /&gt;
* [[鎌倉女学院中学校・高等学校]]&lt;br /&gt;
** [[1904年]]に'''鎌倉女学校'''として創立。&lt;br /&gt;
** [[1948年]]に'''鎌倉女学院'''となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連文献 ==&lt;br /&gt;
* 『東京開成中学校校史資料』（東京開成中学校、1936年）&lt;br /&gt;
* 『開成学園九十年史』（開成学園、1961年） - 開成学園九十年史編纂委員会編集&lt;br /&gt;
* 『開成110』（開成学園、1981年） - 開成学園校史委員会編集&lt;br /&gt;
* 『子供たちの復讐 / 上:開成高校生殺人事件 下:祖母殺し高校生殺人事件』（[[朝日新聞社]]、1979年） - [[本多勝一]]編&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[中学校]]&lt;br /&gt;
* [[高等学校]]&lt;br /&gt;
* [[東日本国際大学附属昌平中学・高等学校]]&lt;br /&gt;
* [[鎌倉女学院]]&lt;br /&gt;
* [[高校以下の学校記事一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.kaiseigakuen.jp/ 開成学園公式ウェブサイト]&lt;br /&gt;
* [http://homepage.mac.com/masakamata/kaiseikai/ 開成会公式ウェブサイト]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:かいせいちゆうかつこう・こうとうかつこう}}&lt;br /&gt;
[[Category:東京都の私立高等学校]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都の私立中学校]]&lt;br /&gt;
[[Category:私立中高一貫校]]&lt;br /&gt;
[[Category:男子校|かいせい]]&lt;br /&gt;
[[Category:荒川区]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>49.98.136.21</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E7%B5%84&amp;diff=321887</id>
		<title>山口組</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E7%B5%84&amp;diff=321887"/>
				<updated>2016-05-11T07:33:04Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;49.98.136.21: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:山口組.jpg|thumb|400px|六代目　山口組]]&lt;br /&gt;
[[Image:山口組総本部.jpg|350px|thumb|神戸・山口組総本部]]&lt;br /&gt;
'''山口組'''（やまぐちぐみ）は、[[兵庫県]][[神戸市]]に本部を置く[[暴力団]]で、[[日本]]最大規模の[[指定暴力団]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その構成員数は2010年の時点で約20,300人、準構成員数は約16,100人の合計約36,400人であり、その人数は全暴力団構成員・準構成員数約85,200人のうちの46.3%を占めている。2012年2月、[[アメリカ合衆国]]に[[経済制裁]]の対象になる。組員は同年の時点で1名の組長（親分）、7名の舎弟（弟分）、79名の若中（子分）から成る計87人。組長を除き、これら86名の舎弟と若中は直参（直系組長）と呼ばれ、それぞれが数十人から数千人の構成員を抱える組織の首領となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
“山口”の二文字を[[菱形]]の意匠とした“山菱”（やまびし）と呼ばれる[[代紋]]を用い、[[山形県]]と[[広島県]]と[[沖縄県]]を除く44の都道府県に系列組織を置いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
=== 黎明 ===&lt;br /&gt;
[[山口春吉]]が[[沖仲仕]]を集めて[[神戸市]]内を本拠に結成。のちに“神戸ヤクザの頂点”と言われるに至る大嶋秀吉率いた大嶋組の傘下にあっての結成で、およそ50名の労務者を抱える『山口組』として発足。事務所を[[兵庫区]]の西出町内に置いた。[[1915年]]（大正4年）のことであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しばらくは大嶋組の傘下にあって活動したものの、いつしかその勢力は本家の大嶋組を凌ぐものとなり、1925年における[[山口登 (暴力団)|山口登]]の二代目襲名を経て、[[神戸中央卸売市場]]の開設に伴う利権を巡り大嶋組と対立。死者を伴う激しい抗争の末に同卸売市場の運搬作業の独占権を得るに至り、1932年をもって大嶋組から独立した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 三代目：急成長 ===&lt;br /&gt;
1942年における山口登の死後しばらくは跡目が決することなく組長不在の状態にあったものの、1946年に[[田岡一雄]]を首領に据えた三代目体制が発足。この田岡率いる三代目体制下にあって、昭和30年代{{small|〔1955〜1964〕}}から昭和40年代{{small|〔1965〜1974〕}}にかけて全国各地へ進出。[[抗争|対立抗争]]を繰り返しながら急速に勢力を拡大していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
田岡襲名時の山口組の総勢はわずか33人に過ぎないものであった。それが1965年までに、傘下424団体、総勢9450名を数える巨大組織に発展。その間に当事者となった対立抗争は日本の各地を舞台としたもので、[[小松島抗争]]、[[明友会抗争]]、[[鳥取抗争]]、[[博多事件]]、[[広島代理戦争]]、[[第1次松山抗争|松山抗争]]などが主要なそれであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警察当局によるいわゆる『[[第一次頂上作戦]]』のさなかで直系組長らの脱退と直系組織の解散が相次ぐに至り、一時期弱体化するも、勢力の回復を経て、田岡の死去の前年にあたる1980年までに、2府33県に559団体、1万1800人余の総勢を擁する組織に成長。そうした三代目体制期を築いた田岡は山口組の[[中興の祖]]として記憶されるに至った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 四代目から21世紀へ ===&lt;br /&gt;
1984年における[[竹中正久]]の襲名によって四代目体制が発足するも、これを不服とした離反勢力を相手とする大規模な抗争{{small|（→[[山一抗争]]）}}に突入。その過程で抗争相手の[[一和会]]により暗殺された竹中に代わって、抗争が終結するに至った平成元年{{small|〔1988〜1989〕}}、傘下[[山健組]]を率いた[[渡辺芳則]]を首領に据える五代目体制が発足。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五代目体制期の1995年に[[阪神淡路大震災]]が発生すると、地元紙記者をして『半端なものではなかった』と言わしめた、渡辺自身の陣頭指揮による組織ぐるみの救援活動を展開。1997年になると五代目体制開始以来の非常事態と言われた[[宅見若頭射殺事件]]が発生。この事件は以後の組織に混迷をもたらす未解決の懸案となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2004年から長期休養に入るとともに組織運営の全権を執行部へと委譲していた渡辺であったが、2005年の7月に引退を表明。予期なき突然の引退であった。ここに16年間の長きにわたった五代目体制が終焉。そして若頭の役にあった[[司忍]]の新たな襲名をもって、同年のうちに六代目体制が発足し現在に至っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 綱領と組指針 ==&lt;br /&gt;
[[田岡一雄|田岡三代目]]時代に制定された5条からなる「[[綱領]]」が、定例会など行事の際には唱和される。&lt;br /&gt;
:一、内を固むるに和親合一を最も尊ぶ。&lt;br /&gt;
:一、外は接するに愛念を持し、信義を重んず。&lt;br /&gt;
:一、長幼の序を弁え礼に終始す。&lt;br /&gt;
:一、世に処するに己の節を守り譏を招かず。&lt;br /&gt;
:一、先人の経験を聞き人格の向上をはかる。&lt;br /&gt;
加えて年度ごとに定められる「組指針」がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
六代目体制発足以降「[[警察官]]と接触しない」、「警察機関に人、物を出さない」、「警察官を組事務所に入れさせない」の三点を定め警察との距離を置いている。「山口組を含めて、六代目の体制になってからは警察に速やかに入り、調べてもらいなさいという姿勢をとっている。昔はどったんばったんやったりして殴られたりもしたが」と記者の質問に答えており、警察との関わりに変化が見られる。いわゆる不良外国人との付き合いや、[[違法薬物]]の取り扱いなども公式に禁止している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Image:山口春吉.jpg|350px|thumb|[[山口組]]初代　山口　春吉]]&lt;br /&gt;
[[Image:山口登.jpg|350px|thumb|[[山口組]]2代目　山口　登]]&lt;br /&gt;
[[Image:田岡一雄.jpg|350px|thumb|[[山口組]]3代目　田岡 一雄]]&lt;br /&gt;
[[Image:竹中正久.jpg|350px|thumb|[[山口組]]4代目　竹中正久]]&lt;br /&gt;
[[Image:渡辺芳則.jpg|350px|thumb|[[山口組]]5代目　渡辺 芳則]]&lt;br /&gt;
[[Image:司忍.jpg|350px|thumb|[[山口組]]6代目　[[司　忍]]]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==歴代組長==&lt;br /&gt;
*初代（[[1915年]]&amp;amp;#xff5e;[[1925年]]）：[[山口春吉]]&lt;br /&gt;
*2代目（[[1925年]]&amp;amp;#xff5e;[[1942年]]）：[[山口登|山口 登]]（春吉の長男）&lt;br /&gt;
*3代目（[[1946年]]&amp;amp;#xff5e;[[1981年]]）：[[田岡一雄]]&lt;br /&gt;
*4代目（[[1984年]]&amp;amp;#xff5e;[[1985年]]）：[[竹中正久]]（[[竹中組]]組長）&lt;br /&gt;
*5代目（[[1989年]]&amp;amp;#xff5e;[[2005年]]）：[[渡辺芳則]]（二代目[[山健組]]組長）&lt;br /&gt;
*6代目（[[2005年]]&amp;amp;#xff5e;）：[[司忍|司 忍]]（[[弘田組 (名古屋市)|弘田組]]組長、二代目[[弘道会]]総裁）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==歴代若頭==&lt;br /&gt;
山口組若頭とは[[暴力団]]山口組の[[若頭]]で役職の中では[[組長]]に次ぐナンバー2である。&lt;br /&gt;
;二代目時代&lt;br /&gt;
*[[大長一雄]]&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『山口組三代目 1野望篇』[[徳間書店]]＜徳間文庫＞、1982年、ISBN 4-19-597344-9のP.43&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[澄田実]]（-[[1942年]]）&lt;br /&gt;
;三代目時代&lt;br /&gt;
*[[山田久一]]（[[1946年]]-）&lt;br /&gt;
*[[安原政雄]]（-[[1955年]]）&lt;br /&gt;
*[[地道行雄]]（[[1955年]]-[[1968年]]）※一時期、若頭の役を降りていた期間がある。&lt;br /&gt;
*[[梶原清晴]]（[[1968年]]-[[1971年]]）&lt;br /&gt;
*[[山本健一 (ヤクザ)|山本健一]]（[[1971年]]-[[1982年]]）&lt;br /&gt;
*[[竹中正久]]（[[1982年]]-[[1984年]]）&lt;br /&gt;
;四代目時代&lt;br /&gt;
*[[中山勝正]]（[[1984年]]-[[1985年]]）&lt;br /&gt;
*[[渡辺芳則]]（[[1985年]]-[[1989年]]）※四代目代行時代&lt;br /&gt;
;五代目時代&lt;br /&gt;
*[[宅見勝]]（[[1989年]]-[[1997年]]）&lt;br /&gt;
*[[司忍]]（[[2005年]]-[[2005年]]）&lt;br /&gt;
;六代目時代&lt;br /&gt;
*[[高山清司]]（[[2005年]]-現在）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==六代目山口組==&lt;br /&gt;
===最高幹部===&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!役職!!氏名!!二次団体!!本部&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 260px;&amp;quot; |組長&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 200px;&amp;quot; |[[司忍|司 忍]]（本名: 篠田健市）&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 180px;&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 120px;&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭（執行部）&lt;br /&gt;
||[[高山清司|&amp;amp;#x9ad9;山清司]]（高山清司）&lt;br /&gt;
||二代目[[弘道会]]会長&lt;br /&gt;
||名古屋市中村区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||最高顧問&amp;lt;small&amp;gt;（舎弟）&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
||[[野上哲男]]&lt;br /&gt;
||二代目[[吉川組]]組長&lt;br /&gt;
||大阪市淀川区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||顧問&amp;lt;small&amp;gt;（舎弟）&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
||[[石田章六]]（本名: 朴 泰俊）&lt;br /&gt;
||[[章友会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市北区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||顧問&amp;lt;small&amp;gt;（舎弟）&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
||[[大石誉夫]]&lt;br /&gt;
||[[大石組]]組長&lt;br /&gt;
||岡山県岡山市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||顧問&amp;lt;small&amp;gt;（舎弟）&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
||[[尾崎彰春]]&lt;br /&gt;
||[[心腹会]]会長&lt;br /&gt;
||徳島県徳島市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部長（執行部）&lt;br /&gt;
||[[入江禎|入江 禎]]&lt;br /&gt;
||二代目[[宅見組]]組長&lt;br /&gt;
||大阪市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐（執行部・[[大阪南ブロック (山口組)|大阪南ブロック]]長）&lt;br /&gt;
||[[橋本弘文]]（本名: 姜 弘文）&lt;br /&gt;
||[[極心連合会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪府東大阪市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐（執行部・[[大阪北ブロック (山口組)|大阪北ブロック]]長）&lt;br /&gt;
||[[寺岡修|寺岡 修]]&lt;br /&gt;
||[[侠友会 (兵庫県)|&amp;amp;#20448;友会]]（侠友会）会長&lt;br /&gt;
||兵庫県洲本市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐（執行部・[[九州ブロック (山口組)|九州ブロック]]長）&lt;br /&gt;
||[[青山千尋]]&lt;br /&gt;
||二代目[[伊豆組]]組長&lt;br /&gt;
||福岡市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐（執行部・[[関東ブロック (山口組)|関東ブロック]]長）&lt;br /&gt;
||[[鈴木一彦]]&lt;br /&gt;
||[[旭導会]]会長&lt;br /&gt;
||北海道旭川市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐（執行部・[[阪神ブロック (山口組)|阪神ブロック]]長）&lt;br /&gt;
||[[井上邦雄]]&lt;br /&gt;
||四代目[[山健組]]組長&lt;br /&gt;
||神戸市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐（執行部・[[中部ブロック (山口組)|中部ブロック]]長）&lt;br /&gt;
||[[正木年男]]&lt;br /&gt;
||[[正木組]]組長&lt;br /&gt;
||福井県敦賀市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐（執行部・[[中国・四国ブロック (山口組)|中国・四国ブロック]]長）&lt;br /&gt;
||[[池田孝志]]&lt;br /&gt;
||[[池田組]]組長&lt;br /&gt;
||岡山県岡山市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===舎弟===&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!役職!!氏名!!二次団体!!本部&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 260px;&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 200px;&amp;quot; |[[英五郎|英 五郎]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 180px;&amp;quot; |[[英組]]組長&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 120px;&amp;quot; |大阪市西淀川区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[玉地健治]]&lt;br /&gt;
||[[玉地組]]組長&lt;br /&gt;
||堺市堺区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[川合康允]]&lt;br /&gt;
||[[川合組]]組長&lt;br /&gt;
||岐阜県大垣市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===幹部===&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!役職!!氏名!!二次団体!!本部&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 260px;&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 200px;&amp;quot; |[[大原宏延]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 180px;&amp;quot; |[[大原組]]組長&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 120px;&amp;quot; |大阪市生野区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||組長付&lt;br /&gt;
||[[岸上剛史]]&lt;br /&gt;
||十代目[[平井一家]]総裁&lt;br /&gt;
||愛知県豊橋市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部長補佐&lt;br /&gt;
||[[毛利善長]]（本名: 毛利時比呂）&lt;br /&gt;
||[[毛利組]]組長&lt;br /&gt;
||大阪府吹田市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||組長付&lt;br /&gt;
||[[光安克明]]（本名: 伊豆克明）&lt;br /&gt;
||[[光生会]]会長&lt;br /&gt;
||福岡市博多区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||慶弔委員長&lt;br /&gt;
||[[岡本久男]]&lt;br /&gt;
||二代目[[松下組]]組長&lt;br /&gt;
||神戸市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部長補佐&lt;br /&gt;
||[[剣政和|剣 政和]]&lt;br /&gt;
||二代目[[黒誠会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市北区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭付&lt;br /&gt;
||[[江口健治]]&lt;br /&gt;
||二代目[[健心会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市浪速区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭付&lt;br /&gt;
||[[森尾卯太男]]&lt;br /&gt;
||[[大同会]]会長&lt;br /&gt;
||鳥取県米子市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[藤井英治]]&lt;br /&gt;
||五代目[[國粹会]]会長&lt;br /&gt;
||東京都台東区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===兵庫若中===&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!役職!!氏名!!二次団体!!本部&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 260px;&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 200px;&amp;quot; |[[中村天地朗]]（本名: 中村豊彦&amp;lt;!--&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.chunichi.co.jp/s/article/2007101901000635.html 山口組直系組長を逮捕 ステッキで殴り組員逃走 - 中日新聞 2007年10月19日]&amp;lt;/ref&amp;gt;--&amp;gt;）&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 180px;&amp;quot; |二代目[[大平組]]組長&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 120px;&amp;quot; |尼崎市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[細川幹雄]]&lt;br /&gt;
||[[細川組]]組長&lt;br /&gt;
||尼崎市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[柴田健吾]]&lt;br /&gt;
||[[柴田会]]会長&lt;br /&gt;
||加古川市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[細見孝夫]]&lt;br /&gt;
||二代目[[佐藤組]]組長&lt;br /&gt;
||神戸市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[古川恵一]]&lt;br /&gt;
||二代目[[古川組]]組長&lt;br /&gt;
||尼崎市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[管和巳|管 和巳]]&lt;br /&gt;
||三代目[[真鍋組]]組長&lt;br /&gt;
||尼崎市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[清水武|清水 武]]&lt;br /&gt;
||二代目[[岸本組]]組長&lt;br /&gt;
||神戸市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[宮下和美]]&lt;br /&gt;
||二代目[[西脇組]]組長&lt;br /&gt;
||神戸市西区&amp;lt;!--出典：週刊アサヒ芸能 12月4日号--&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===大阪若中===&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!役職!!氏名!!二次団体!!本部&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 260px;&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 200px;&amp;quot; |[[奥浦清司]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 180px;&amp;quot; |[[奥浦組]]組長&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 120px;&amp;quot; |東大阪市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[平山桂次]]&lt;br /&gt;
||三代目[[南一家]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[浅井昌弘]]&lt;br /&gt;
||[[浅井組]]組長&lt;br /&gt;
||吹田市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[川口和慶]]&lt;br /&gt;
||三代目[[小車誠会|小車誠会本家]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市西成区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[野村孝|野村 孝]]&lt;br /&gt;
||三代目[[一会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市北区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||慶弔委員&lt;br /&gt;
||[[高木廣美|&amp;amp;#x9ad9;木廣美]]（高木廣美）&lt;br /&gt;
||五代目[[早野会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市浪速区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[布川皓二]]&lt;br /&gt;
||二代目[[中西組]]組長&lt;br /&gt;
||大阪市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[佐達秀正]]&lt;br /&gt;
||三代目[[大野一家]]総長&lt;br /&gt;
||大阪市港区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[里照仁|里 照仁]]&lt;br /&gt;
||二代目[[中島組 (山口組)|中島組]]組長&lt;br /&gt;
||大阪市淀川区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||慶弔委員&lt;br /&gt;
||[[高野永次|&amp;amp;#x9ad9;野永次]]（高野永次）&lt;br /&gt;
||三代目[[織田組]]組長&lt;br /&gt;
||大阪市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[奧村修|奧村 修]]&lt;br /&gt;
||二代目[[勝野組]]組長&lt;br /&gt;
||大阪市西成区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[竹森竜治]]&lt;br /&gt;
||四代目[[澄田会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市北区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[酢ノ内祥吾]]&lt;br /&gt;
||二代目[[東生会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市淀川区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[亀井利臣]]&lt;br /&gt;
||三代目[[松山組]]組長&lt;br /&gt;
||東大阪市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[能塚恵|能塚 恵]]&lt;br /&gt;
||三代目[[一心会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[秋良東力]]&lt;br /&gt;
||[[秋良連合会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市浪速区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[飯田倫功]]&lt;br /&gt;
||[[倭和会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===他都道府県若中===&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!役職!!氏名!!二次団体!!本部&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 260px;&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 200px;&amp;quot; |[[青野哲也]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 180px;&amp;quot; |七代目[[一力一家]]総長&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 120px;&amp;quot; |浜松市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[尾崎勝彦]]&lt;br /&gt;
||[[尾崎組]]組長&lt;br /&gt;
||徳島県徳島市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[山田忠利]]&lt;br /&gt;
||二代目[[矢嶋組]]組長&lt;br /&gt;
||愛媛県今治市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[根本辰男]]&lt;br /&gt;
||二代目[[川内組]]組長&lt;br /&gt;
||福井県あわら市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[北島虎|北島 虎]]&lt;br /&gt;
||二代目[[杉組]]組長&lt;br /&gt;
||名古屋市中村区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||慶弔委員&lt;br /&gt;
||[[金光哲男]]&lt;br /&gt;
||[[金光会]]会長&lt;br /&gt;
||福岡市博多区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[正田悟|正田 悟]]&lt;br /&gt;
||二代目[[松山会]]会長&lt;br /&gt;
||愛媛県松山市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[津田功一]]&lt;br /&gt;
||二代目[[倉本組]]組長&lt;br /&gt;
||奈良県奈良市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[貝本健|貝本 健]]&lt;br /&gt;
||[[貝本会]]会長&lt;br /&gt;
||名古屋市中村区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[船木一治]]&lt;br /&gt;
||三代目[[誠友会]]会長&lt;br /&gt;
||札幌市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||慶弔委員&lt;br /&gt;
||[[篠原重則]]&lt;br /&gt;
||二代目[[若林組]]組長&lt;br /&gt;
||香川県高松市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[高木康男]]&lt;br /&gt;
||六代目[[清水一家]]総長&lt;br /&gt;
||静岡市清水区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[菱田達之]]&lt;br /&gt;
||二代目[[愛桜会]]会長&lt;br /&gt;
||三重県四日市市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[山本克博]]&lt;br /&gt;
||五代目[[豪友会]]会長&lt;br /&gt;
||高知県高知市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||慶弔委員&lt;br /&gt;
||[[田保伸一]]&lt;br /&gt;
||二代目[[昭成会]]会長&lt;br /&gt;
||石川県金沢市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[掛野一彦]]&lt;br /&gt;
||二代目[[近藤組]]組長&lt;br /&gt;
||岐阜県岐阜市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[茶谷政雄]]&lt;br /&gt;
||[[茶谷政一家]]総長&lt;br /&gt;
||札幌市白石区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||慶弔委員&lt;br /&gt;
||[[落合勇治]]&lt;br /&gt;
||二代目[[小西一家]]総長&lt;br /&gt;
||静岡市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[木村阪喜]]&lt;br /&gt;
||[[木村會]]会長&lt;br /&gt;
||愛媛県松山市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[高橋久雄|&amp;amp;#x9ad9;橋久雄]]（高橋久雄）&lt;br /&gt;
||二代目[[地蔵組]]組長&lt;br /&gt;
||京都市南区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[田中三次]]&lt;br /&gt;
||三代目[[稲葉一家]]総長&lt;br /&gt;
||熊本県熊本市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[宮本浩二]]&lt;br /&gt;
||四代目[[北岡会]]会長&lt;br /&gt;
||熊本県鹿本郡&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[中嶋初治]]&lt;br /&gt;
||四代目[[小山組]]組長&lt;br /&gt;
||和歌山県和歌山市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[藤原健治]]&lt;br /&gt;
||三代目[[熊本組]]組長&lt;br /&gt;
||岡山県玉野市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[清田健二]]&lt;br /&gt;
||十代目[[瀬戸一家]]総裁&lt;br /&gt;
||愛知県瀬戸市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[田堀寛|田堀 寛]]&lt;br /&gt;
||二代目[[名神会]]会長&lt;br /&gt;
||名古屋市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[津田力|津田 力]]&lt;br /&gt;
||二代目[[倉心会]]会長&lt;br /&gt;
||和歌山県和歌山市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[良知政志]]&lt;br /&gt;
||[[良知組]]組長&lt;br /&gt;
||静岡県富士宮市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[塚本修正]]&lt;br /&gt;
||[[藤友会]]会長&lt;br /&gt;
||静岡県富士宮市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[清田隆紀]]&lt;br /&gt;
||[[清田会]]会長&lt;br /&gt;
||長崎県長崎市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[一ノ宮敏彰]]&lt;br /&gt;
||[[一道会]]会長&lt;br /&gt;
||福岡市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[高山誠賢|&amp;amp;#x9ad9;山誠賢]]（高山誠賢）&lt;br /&gt;
||[[淡海一家]]総長&lt;br /&gt;
||滋賀県&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[富田丈夫]]&lt;br /&gt;
||[[國領屋一家]]総長&lt;br /&gt;
||浜松市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[生野靖道]]&lt;br /&gt;
||四代目[[石井一家]]総長&lt;br /&gt;
||大分県別府市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[浜田重正]]&lt;br /&gt;
||二代目[[浜尾組]]組長&lt;br /&gt;
||横浜市中区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 6代目山口組事情で起きた組長殺害、裁判員「無罪」を2審が覆す ==&lt;br /&gt;
配下の組員に指示し、指定暴力団山口組[[山健組]]系組長を刺殺したとして、組織犯罪処罰法違反(組織的殺人)の罪に問われ、1審[[神戸地裁]]の[[裁判員裁判]]で無罪判決を受けた山健組幹部で同組系組長、井上国春(64)に[[大阪高裁]]は2014年[[1月16日]]、懲役20年の逆転有罪判決を言い渡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ポイントとなったのは、組長が絶対的トップとして君臨する暴力団組織特有の構造だ。この事件は、かつて「山健にあらずんば山口にあらず」と言われたほど隆盛を極めたものの、6代目体制以降は[[名古屋]]の[[弘道会]]が総本部を取り仕切る中で起きた山健組内での内部抗争ともいえる。このため、高裁は組織による犯罪と認定し「経験則上、特段の事情がない限り、組長の指揮命令に基づいて行われたと推認すべきだ」と指摘。1審判決を「経験則に反する不合理なもの」と断じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 山健組内部抗争の見立て ===&lt;br /&gt;
事件が起きたのは、[[平成19年]][[5月31日]]午後6時15分ごろ。[[神戸市]]中央区二宮町の路上で、山口組の2次団体(直系)「山健組」傘下組織の[[後藤一男]]組長＝当時65歳＝が胸などを刺され、間もなく死亡した。[[兵庫県警]]暴力団対策課は捜査本部を設置し、殺人容疑で捜査を始めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
山口組内部の別の組織による犯行。捜査本部の見立ては当初から固まっていた。内部での後藤組長をめぐるトラブルが浮かんだためだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捜査関係者や高裁判決などによると、後藤組長は、山健組の直系組織で山口組の3次団体にあたる「[[多三郎一家]]」([[名古屋市]])の組長だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
名古屋には、山口組の[[篠田建市]](通称・司忍)6代目組長(72)の出身母体である2次団体「弘道会」の本部がある。篠田組長は当時服役中で、同じく弘道会出身の山口組ナンバー2の[[若頭]]、[[高山清司]](66)＝恐喝罪で1審有罪、控訴中＝が組を仕切っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高山は全国の2次団体組長に、山口組総本部(神戸市灘区)への日参を義務付けるなど組織の締め付けを強化。巧妙な資金獲得活動を背景に弘道会の勢力を拡大させ、警察当局に対しても強硬路線をとり続けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これに対し、警察当局が山口組の取り締まりを強化するなどしたため、「シノギ(資金獲得)に窮する組織が増え、山口組内部では高山被告の手法への不満がくすぶっていた」(捜査関係者)という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 高山若頭への批判 ===&lt;br /&gt;
後藤組長が所属していた山健組は、かつて「山健にあらずんば山口にあらず」とも言われた有力組織。初代組長は、山口組の[[田岡一雄]]3代目組長を支え続けた武闘派・[[山本健一]]若頭だ。弘道会と同じ名古屋を拠点とする後藤組長は、特に高山への批判を強めていたとされ、事件直前に山健組を破門されていたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捜査本部はこうした事情を重視して捜査を進めた結果、事件の構図を「山口組内部での体面を守るため、造反者である後藤組長を処分しようとした山健組系の別組織による犯行」と断定。井上が組長である「兼國会(現・[[健國会]])」の配下の組員らを相次いで逮捕した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、組員らに後藤組長殺害を指示したとして、[[平成22年]]4月には組織犯罪処罰法違反(組織的殺人)容疑で井上を逮捕。[[神戸地検]]が起訴した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、井上は捜査段階から一貫して犯行を否認。[[神戸地裁]]の[[裁判員裁判]]で[[検察]]側は懲役25年を求刑したが、地裁は[[平成24年]]2月、「被告が関与した可能性はあるが、被告の指揮で組織的に実行されたとするには、合理的な疑いが残る」として無罪を言い渡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
判決を不服とした検察側は[[大阪高裁]]に控訴。2審でも井上側は無罪を主張したが、高裁の[[的場純男]]裁判長は逆転有罪を言い渡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 指揮なしは「極めて不自然」 ===&lt;br /&gt;
判決理由で的場裁判長はまず、兼國会の組長である井上の支配力が「暴力団特有の厳格な上下関係や暴力的価値観を背景とする絶対的なものであることは経験則上明らか」と判断。今回の事件について「兼國会の最高幹部らや下部組織の組員が相当数関与し、実行者の人選や運搬、実行、逃亡支援などの役割分担がされており、兼國会の指揮命令系統に従って組織的に準備、遂行された」と認定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、犯行の動機が幹部らの個人的な利益とは到底考えられないことから、「上部組織との関係を含む兼國会としての重大な利害のために行われたことは自明というほかない」と指摘。兼國会のために組織として行われた犯行である以上、「井上被告の指揮命令に基づかずに行われたというのは、極めて不自然で通常はあり得ないというべきだ」と結論づけた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
加えて、判決では暴力団犯罪全般についても言及された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
暴力団の組織的な犯行は「経験則上、特段の事情がない限りは、当該暴力団の組長が共謀に加わり、その指揮命令に基づいて行われたものとすべきだ」と判示。今回の事件については「暴力団の組織や行動に関する経験則のとらえ方が重要な意味を有する事案」と評した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 理解されにくい“ヤクザの論理” ===&lt;br /&gt;
「親分の意向を無視して配下の組員が勝手にほかの組織の組長を殺害するなど、暴力団社会では考えられない。特に、今回の事件では兼國会と多三郎一家は山健組内で同格。組長の意向に反して殺害すれば、今度はその組員が粛清の対象になりかねない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
暴力団捜査に長く携わる捜査関係者はこう指摘した上で、「裁判員になって初めて暴力団の実態を知る市民には、なかなか理解できないのではないか」と推測する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最高検によると、裁判員裁判で全面無罪となりながら、職業裁判官だけで審理する2審で逆転有罪となったのは、2013年末時点で3件。いずれも覚せい剤取締法違反事件だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、裁判員裁判での無罪判決でも、覚せい剤取締法違反事件が半数近くに上る。「運び屋」として起訴された被告が、「荷物の中身を覚醒剤と認識していたか疑問が残る」などと判断されたケースが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ある検察幹部は「無罪判決の場合、大前提となる暴力団や[[覚醒剤]]密売グループの論理を軽視されることがある。市民感覚からかけ離れた実情を裁判員に理解してもらえるよう、丁寧に説明しなければならない」と話す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
裁判員裁判の判決を「経験則に反する不合理なもの」と断じた今回の大阪高裁判決。井上側は、判決を不服として上告しており、[[最高裁]]の判断が注目される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 山口組ナンバー2「高山若頭上告取り下げ」。“親・弘道会”幹部を代理指名、組織引き締めに目処か(2014年6月) ==&lt;br /&gt;
日本最大の暴力団、山口組若頭の[[高山清司]]被告。自身の裁判では[[最高裁]]への[[上告]]を取り下げた。自らが不在の間の組織固めがすんだのではないか、との憶測を呼んでいる。山口組史上、若頭が不在時に“嵐”が吹くことがあるとされ、今後の動向にも注目が集まる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
指定暴力団山口組ナンバー2の若頭、高山清司被告(66)が収監される。男性から4000万円を脅し取ったとする[[恐喝罪]]に問われ、1、2審で懲役6年の実刑判決を受けた後、最高裁に上告していたのを取り下げ、刑が確定したためだ。高山被告は、山口組の[[篠田建市]](通称・司忍)6代目組長と同じ「弘道会」出身。常に篠田組長を支え続けた“懐刀”で、現体制のキーマンでもある。服役による不在は組全体に影響を及ぼしかねないとみられているが、最近は服役を見越した引き締めとも取れる動きが続いていて、上告取り下げは「ナンバー2不在でも体制を維持できる環境が整った証」という見方も浮かぶ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捜査関係者によると、5月26日午前、[[神戸市]]灘区の山口組総本部に「直参」と呼ばれる直系組長が集まった。直参を集めた会合は毎月上旬に開かれるのが定例だが、このときは緊急招集がかけられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
直参の緊急会合が開かれるのは重大な局面を迎えたときとされる。[[平成17年]]7月には[[渡辺芳則]]5代目組長の引退と篠田建市若頭（当時）の6代目就任が発表されたほか、[[暴力団対策法]]施行([[平成4年]])直前や[[宅見勝若頭射殺事件]]([[平成9年]])直後にも開かれたことがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回のきっかけは「高山被告の上告取り下げ」だった。この席上、高山被告は、山口組最高幹部ポストの一つ「統括委員長」に座る「[[極心連合会]]」([[大阪府]][[東大阪市]])の姜(通称・橋本)弘文会長(67)を、服役中の代理として指名したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここで登場する姜会長は、山口組系の有力組織・[[山健組]]の出身。山健組は「山健にあらずんば山口にあらず」とまで呼ばれた“保守本流”の直系組織だ。名古屋本拠の弘道会と地元・神戸本拠の山健組は、とかく比較されがちだが、姜会長は弘道会に近い存在だったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高山被告は[[平成17年]]、山口組若頭となった。篠田組長が同年に6代目を襲名し、自身の出身母体で名古屋を本拠とする弘道会会長の高山被告を登用したのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以降、山口組の信賞必罰姿勢は強まり、直参の管理体制が厳格化されたといい、采配は直参の“長男格”である若頭の高山被告が振るっているといわれている。こうした高山被告の不在は、組織の要が抜けるというまさに重大局面だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「いつもすまんな」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高山被告が問われた恐喝罪は、別の直参組長とともに建設業の男性からみかじめ料名目で4000万円を脅し取ったというもの。1、2審判決は、17年12月～18年12月に計3回、[[京都市]]内のホテルなどで男性から計4000万円を脅し取った、と認定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高山被告は1審京都地裁の初公判で「恐喝しようと思ったことはなく、全く関知していない。私は無実です」と述べるなど、一貫して無罪を主張。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、昨年3月の地裁判決は、高山被告が京都市内の料亭で男性に「今後もよろしく」と述べた点を、「男性を配下とし、みかじめ料の支払いを求めた発言だった」などと共謀を認定。「実行行為を分担した責任は免れない」と指摘し、懲役6年の実刑判決を言い渡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高山被告は控訴した。しかし、今年2月の2審[[大阪高裁]]判決も、高山被告から「いつもすまんな」と声をかけられたなどとする被害男性の供述を「ほかの関係者供述などと整合しており、信用できる」と判断。高山被告は別の直参組長らの恐喝を了解していたとして、控訴を棄却。高山被告はすぐさま上告した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一貫して無罪主張を続けた中での上告取り下げ。「早めに服役しておけば、体が動けるうちに『復帰』できると考えたのではないか」。ある捜査関係者はこう分析する。1年近く勾留されていたため、服役は5年ほどになる見込みだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「早期復帰」を目指すのであれば、もともと上告しないという手もあったかもしれない。これについては「その後に予想される若頭不在の体制に向け、組織を引き締めるための時間が必要だったのではないか」とみている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この見方に沿うかのように、1審で有罪判決を受けて以降、直参の除籍や絶縁処分が相次いだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
理由はそれぞれ違うようだが、「組織のタガが緩まないよう、信賞必罰を厳しくしたのではないか。例えば、資金繰りが苦しいとみられていた組織を退けているが、これも厳しい姿勢を見せたかったのだろう。社会的な暴力団排除の機運が高まり、シノギがどんどん細くなる中、資金力がある組織をつぶす必要はない」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
突然の上告の取り下げはこうした引き締めに一定のめどがついたと受け取ることができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
山口組史上、現役若頭の不在はたびたび「嵐」を呼び起こしている。代表的なのが、[[昭和59年]]から5年近くにわたり山口組と[[一和会]]との間で繰り広げられた「[[山一抗争]]」だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[昭和56年]]7月、山口組の全国展開を進め、現在の体制の礎を築いた[[田岡一雄]]3代目組長が死去した。後継の有力候補で、武闘派といわれた[[山本健一]]若頭は収監中だったが、刑の執行が停止されるほど持病が悪化。[[昭和57年]]2月に帰らぬ人となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
すると4代目の座をめぐり、山本健一若頭の後を継いだ[[竹中正久]]若頭と、[[山本広]]組長代行の間で主導権争いが表面化。[[昭和59年]]6月に竹中若頭の4代目襲名が決まるのだが、山本広組長代行を支持するグループが「一和会」を結成すると、山口組との抗争に突入。竹中4代目組長と[[中山勝正]]若頭が一和会系のヒットマンに射殺されるなど血みどろの抗争になり、一和会が解散に追い込まれるまで続いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
山口組にとって、こうした抗争は避けたいはずだ。金がかかるという理由に加え、[[平成24年]]に暴対法が改正され、新設された「特定抗争指定」を受ける恐れがあるからだ。指定を受けると、指定区域内にある事務所への出入りや5人以上の組員が集まることを禁じられる。破れば即逮捕の対象になり、一切の活動が封じられることになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
組織の引き締めを成し遂げた上で早期復帰を図る－。捜査関係者らは、高山被告の上告取り下げをそうしたシナリオだとみている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==親戚・友好団体==&lt;br /&gt;
[[Image:4代目葬儀.jpg|400px|thumb|[[1988年]]12月、山口組四代目組長の葬儀に駆けつけた山口組幹部ら]]&lt;br /&gt;
*三代目[[浅野組]] - 組長・[[串田芳明]]は司 忍の代紋違いの舎弟。&lt;br /&gt;
*[[松葉会]] - 団体同士の親戚縁組。&lt;br /&gt;
*[[双愛会]] - 会長・[[塩島正則]]を司 忍が後見。&lt;br /&gt;
*五代目[[共政会]] - 会長・[[守屋輯|守屋 輯]]を司 忍が後見。&lt;br /&gt;
*三代目[[福博会]] - 会長・[[長岡寅夫]]を司 忍が後見。&lt;br /&gt;
*[[東亜会]] - 会長・[[金海芳雄]]を司 忍が後見。&lt;br /&gt;
*三代目[[侠道会]] - 会長・[[池澤望|池澤 望]]と六代目山口組若頭補佐・[[寺岡修|寺岡 修]]が五分兄弟分。&lt;br /&gt;
*二代目[[親和会 (高松)|親和会]] - 会長・[[吉良博文]]と六代目山口組幹部・[[光安克明]]が五分兄弟分。&lt;br /&gt;
*七代目[[酒梅組]] - 組長・[[金山耕三朗]]を六代目山口組若頭・[[高山清司|&amp;amp;#x9ad9;山清司]]が後見。&lt;br /&gt;
*六代目[[合田一家]] - 総長・[[温井完治]]を&amp;amp;#x9ad9;山清司が後見。&lt;br /&gt;
*六代目[[会津小鉄会]] - 会長・[[馬場美次]]を&amp;amp;#x9ad9;山清司が後見。&lt;br /&gt;
*[[稲川会]] - 稲川会三代目[[山川一家]]総長・[[内堀和也]]と六代目山口組二代目[[弘道会]]二代目[[高山組 (暴力団)|&amp;amp;#x9ad9;山組]]組長・[[竹内照明]]が五分兄弟分。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==日本社会との関わり==&lt;br /&gt;
山口組の収入源は[[賭博]]・[[麻薬]]などによるものであるが、それらの収入金額・売上高・資本金は[[トヨタ自動車]]を凌ぐ日本トップの企業であるという指摘がある&amp;lt;ref&amp;gt;[http://cnb.chuohjournal.jp/2997.php 米国がトヨタと弘道会（山口組）の「黒い関係」を追及(2006年5月号)]&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[菅沼光弘]]によれば、[[同和]]・[[部落]]・[[在日朝鮮人]]出身者が大半であり、[[兵庫県]][[神戸市]]の[[税収]]を担い、[[中部国際空港]]の建設に関わったとされ、日本社会の中に深く根ざし、影響力を行使するものであるという指摘がなされた&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.videonews.com/press-club/0610/000912.php 日本を知るには裏社会を知る必要がある] 菅沼光弘 元公安調査庁調査第二部長講演（東京・外国特派員協会）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、元山口組顧問[[弁護士]]の[[山之内幸夫]]は『[[文芸春秋]]』昭和59年11月号に寄せた「山口組顧問弁護士の手記」において「ヤクザには在日朝鮮人や[[同和地区]]出身者が多いのも事実である」「約65万人といわれる在日朝鮮人のうち約50％が兵庫・大阪・京都に集中していることと山口組の発展は決して無関係ではなく、山口組は[[部落差別]]や在日朝鮮人差別の問題をなしにしては語れない」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[古歩道ベンジャミン]]によると「山口組には以前[[サハリン]]で命を狙われたことがあり、[[ABC放送]]の[[おはようコール]]収録後再び[[弘道会]]に命を狙われた」という&amp;lt;ref&amp;gt;[http://benjaminfulford.typepad.com/benjaminfulford/2008/06/%E6%98%8E%E6%97%A5%E3%81%AE%E6%9C%9D%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E7%B5%84%E3%81%AE%E6%9C%AC%E9%83%A8%E3%81%AB%E8%A8%80%E8%AB%96%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E9%81%93%E5%A0%B4%E7%A0%B4%E3%82%8A%E3%81%AB%E8%A1%8C%E3%81%8D%E3%81%BE%E3%81%99.html 明日の朝、山口組の本部に言論による「道場破り」に行きます] 06/17/2008&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==脚注==&lt;br /&gt;
&amp;lt;div class=&amp;quot;references-small&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;references/&amp;gt;&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==参考文献==&lt;br /&gt;
*[[飯干晃一]]『山口組三代目 野望篇』（[[徳間書店]][[徳間文庫]]、1982年） - ISBN 4-19-597344-9&lt;br /&gt;
*『山口組50の謎を追う』（[[洋泉社]]、2004年） - ISBN 4-89691-796-0&lt;br /&gt;
*[[山平重樹]]『ヤクザ大全』（[[幻冬舎]][[幻冬舎文庫]]、1999年） - ISBN 4-87728-826-0&lt;br /&gt;
*[[実話時報]]（[[竹書房]]） &lt;br /&gt;
*[[実話時代]] &lt;br /&gt;
*実話時代 BLUE&amp;lt;!--&lt;br /&gt;
*別冊実話時代 Vol.5--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:兵庫県の暴力団|やまくちくみ]]&lt;br /&gt;
[[Category:山口組|*]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>49.98.136.21</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E7%B5%84&amp;diff=321886</id>
		<title>山口組</title>
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				<updated>2016-05-11T07:31:27Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;49.98.136.21: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:山口組.jpg|thumb|400px|六代目　山口組]]&lt;br /&gt;
[[Image:山口組総本部.jpg|350px|thumb|神戸・山口組総本部]]&lt;br /&gt;
'''山口組'''（やまぐちぐみ）は、[[兵庫県]][[神戸市]]に本部を置く[[暴力団]]で、[[日本]]最大規模の[[指定暴力団]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その構成員数は2010年の時点で約20,300人、準構成員数は約16,100人の合計約36,400人であり、その人数は全暴力団構成員・準構成員数約85,200人のうちの46.3%を占めている。2012年2月、[[アメリカ合衆国]]に[[経済制裁]]の対象になる。組員は同年の時点で1名の組長（親分）、7名の舎弟（弟分）、79名の若中（子分）から成る計87人。組長を除き、これら86名の舎弟と若中は直参（直系組長）と呼ばれ、それぞれが数十人から数千人の構成員を抱える組織の首領となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
“山口”の二文字を[[菱形]]の意匠とした“山菱”（やまびし）と呼ばれる[[代紋]]を用い、[[山形県]]と[[広島県]]と[[沖縄県]]を除く44の都道府県に系列組織を置いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
=== 黎明 ===&lt;br /&gt;
[[山口春吉]]が[[沖仲仕]]を集めて[[神戸市]]内を本拠に結成。のちに“神戸ヤクザの頂点”と言われるに至る大嶋秀吉率いた大嶋組の傘下にあっての結成で、およそ50名の労務者を抱える『山口組』として発足。事務所を[[兵庫区]]の西出町内に置いた。[[1915年]]（大正4年）のことであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しばらくは大嶋組の傘下にあって活動したものの、いつしかその勢力は本家の大嶋組を凌ぐものとなり、1925年における[[山口登 (暴力団)|山口登]]の二代目襲名を経て、[[神戸中央卸売市場]]の開設に伴う利権を巡り大嶋組と対立。死者を伴う激しい抗争の末に同卸売市場の運搬作業の独占権を得るに至り、1932年をもって大嶋組から独立した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 三代目：急成長 ===&lt;br /&gt;
1942年における山口登の死後しばらくは跡目が決することなく組長不在の状態にあったものの、1946年に[[田岡一雄]]を首領に据えた三代目体制が発足。この田岡率いる三代目体制下にあって、昭和30年代{{small|〔1955〜1964〕}}から昭和40年代{{small|〔1965〜1974〕}}にかけて全国各地へ進出。[[抗争|対立抗争]]を繰り返しながら急速に勢力を拡大していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
田岡襲名時の山口組の総勢はわずか33人に過ぎないものであった。それが1965年までに、傘下424団体、総勢9450名を数える巨大組織に発展。その間に当事者となった対立抗争は日本の各地を舞台としたもので、[[小松島抗争]]、[[明友会抗争]]、[[鳥取抗争]]、[[博多事件]]、[[広島代理戦争]]、[[第1次松山抗争|松山抗争]]などが主要なそれであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警察当局によるいわゆる『[[第一次頂上作戦]]』のさなかで直系組長らの脱退と直系組織の解散が相次ぐに至り、一時期弱体化するも、勢力の回復を経て、田岡の死去の前年にあたる1980年までに、2府33県に559団体、1万1800人余の総勢を擁する組織に成長。そうした三代目体制期を築いた田岡は山口組の[[中興の祖]]として記憶されるに至った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 四代目から21世紀へ ===&lt;br /&gt;
1984年における[[竹中正久]]の襲名によって四代目体制が発足するも、これを不服とした離反勢力を相手とする大規模な抗争{{small|（→[[山一抗争]]）}}に突入。その過程で抗争相手の[[一和会]]により暗殺された竹中に代わって、抗争が終結するに至った平成元年{{small|〔1988〜1989〕}}、傘下[[山健組]]を率いた[[渡辺芳則]]を首領に据える五代目体制が発足。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五代目体制期の1995年に[[阪神淡路大震災]]が発生すると、地元紙記者をして『半端なものではなかった』と言わしめた、渡辺自身の陣頭指揮による組織ぐるみの救援活動を展開。1997年になると五代目体制開始以来の非常事態と言われた[[宅見若頭射殺事件]]が発生。この事件は以後の組織に混迷をもたらす未解決の懸案となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2004年から長期休養に入るとともに組織運営の全権を執行部へと委譲していた渡辺であったが、2005年の7月に引退を表明。予期なき突然の引退であった。ここに16年間の長きにわたった五代目体制が終焉。そして若頭の役にあった[[司忍]]の新たな襲名をもって、同年のうちに六代目体制が発足し現在に至っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 綱領と組指針 ==&lt;br /&gt;
[[田岡一雄|田岡三代目]]時代に制定された5条からなる「[[綱領]]」が、定例会など行事の際には唱和される。&lt;br /&gt;
:一、内を固むるに和親合一を最も尊ぶ。&lt;br /&gt;
:一、外は接するに愛念を持し、信義を重んず。&lt;br /&gt;
:一、長幼の序を弁え礼に終始す。&lt;br /&gt;
:一、世に処するに己の節を守り譏を招かず。&lt;br /&gt;
:一、先人の経験を聞き人格の向上をはかる。&lt;br /&gt;
加えて年度ごとに定められる「組指針」がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
六代目体制発足以降「[[警察官]]と接触しない」、「警察機関に人、物を出さない」、「警察官を組事務所に入れさせない」の三点を定め警察との距離を置いている。「山口組を含めて、六代目の体制になってからは警察に速やかに入り、調べてもらいなさいという姿勢をとっている。昔はどったんばったんやったりして殴られたりもしたが」と記者の質問に答えており、警察との関わりに変化が見られる。いわゆる不良外国人との付き合いや、[[違法薬物]]の取り扱いなども公式に禁止している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Image:山口春吉.jpg|350px|thumb|[[山口組]]初代組長　山口　春吉]]&lt;br /&gt;
[[Image:山口登.jpg|350px|thumb|[[山口組]]2代目　山口　登]]&lt;br /&gt;
[[Image:田岡一雄.jpg|350px|thumb|[[山口組]]3代目　田岡 一雄]]&lt;br /&gt;
[[Image:竹中正久.jpg|350px|thumb|[[山口組]]4代目　竹中正久]]&lt;br /&gt;
[[Image:渡辺芳則.jpg|350px|thumb|[[山口組]]5代目　渡辺 芳則]]&lt;br /&gt;
[[Image:司忍.jpg|350px|thumb|[[山口組]]6代目　[[司　忍]]]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==歴代組長==&lt;br /&gt;
*初代（[[1915年]]&amp;amp;#xff5e;[[1925年]]）：[[山口春吉]]&lt;br /&gt;
*2代目（[[1925年]]&amp;amp;#xff5e;[[1942年]]）：[[山口登|山口 登]]（春吉の長男）&lt;br /&gt;
*3代目（[[1946年]]&amp;amp;#xff5e;[[1981年]]）：[[田岡一雄]]&lt;br /&gt;
*4代目（[[1984年]]&amp;amp;#xff5e;[[1985年]]）：[[竹中正久]]（[[竹中組]]組長）&lt;br /&gt;
*5代目（[[1989年]]&amp;amp;#xff5e;[[2005年]]）：[[渡辺芳則]]（二代目[[山健組]]組長）&lt;br /&gt;
*6代目（[[2005年]]&amp;amp;#xff5e;）：[[司忍|司 忍]]（[[弘田組 (名古屋市)|弘田組]]組長、二代目[[弘道会]]総裁）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==歴代若頭==&lt;br /&gt;
山口組若頭とは[[暴力団]]山口組の[[若頭]]で役職の中では[[組長]]に次ぐナンバー2である。&lt;br /&gt;
;二代目時代&lt;br /&gt;
*[[大長一雄]]&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『山口組三代目 1野望篇』[[徳間書店]]＜徳間文庫＞、1982年、ISBN 4-19-597344-9のP.43&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[澄田実]]（-[[1942年]]）&lt;br /&gt;
;三代目時代&lt;br /&gt;
*[[山田久一]]（[[1946年]]-）&lt;br /&gt;
*[[安原政雄]]（-[[1955年]]）&lt;br /&gt;
*[[地道行雄]]（[[1955年]]-[[1968年]]）※一時期、若頭の役を降りていた期間がある。&lt;br /&gt;
*[[梶原清晴]]（[[1968年]]-[[1971年]]）&lt;br /&gt;
*[[山本健一 (ヤクザ)|山本健一]]（[[1971年]]-[[1982年]]）&lt;br /&gt;
*[[竹中正久]]（[[1982年]]-[[1984年]]）&lt;br /&gt;
;四代目時代&lt;br /&gt;
*[[中山勝正]]（[[1984年]]-[[1985年]]）&lt;br /&gt;
*[[渡辺芳則]]（[[1985年]]-[[1989年]]）※四代目代行時代&lt;br /&gt;
;五代目時代&lt;br /&gt;
*[[宅見勝]]（[[1989年]]-[[1997年]]）&lt;br /&gt;
*[[司忍]]（[[2005年]]-[[2005年]]）&lt;br /&gt;
;六代目時代&lt;br /&gt;
*[[高山清司]]（[[2005年]]-現在）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==六代目山口組==&lt;br /&gt;
===最高幹部===&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!役職!!氏名!!二次団体!!本部&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 260px;&amp;quot; |組長&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 200px;&amp;quot; |[[司忍|司 忍]]（本名: 篠田健市）&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 180px;&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 120px;&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭（執行部）&lt;br /&gt;
||[[高山清司|&amp;amp;#x9ad9;山清司]]（高山清司）&lt;br /&gt;
||二代目[[弘道会]]会長&lt;br /&gt;
||名古屋市中村区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||最高顧問&amp;lt;small&amp;gt;（舎弟）&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
||[[野上哲男]]&lt;br /&gt;
||二代目[[吉川組]]組長&lt;br /&gt;
||大阪市淀川区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||顧問&amp;lt;small&amp;gt;（舎弟）&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
||[[石田章六]]（本名: 朴 泰俊）&lt;br /&gt;
||[[章友会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市北区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||顧問&amp;lt;small&amp;gt;（舎弟）&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
||[[大石誉夫]]&lt;br /&gt;
||[[大石組]]組長&lt;br /&gt;
||岡山県岡山市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||顧問&amp;lt;small&amp;gt;（舎弟）&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
||[[尾崎彰春]]&lt;br /&gt;
||[[心腹会]]会長&lt;br /&gt;
||徳島県徳島市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部長（執行部）&lt;br /&gt;
||[[入江禎|入江 禎]]&lt;br /&gt;
||二代目[[宅見組]]組長&lt;br /&gt;
||大阪市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐（執行部・[[大阪南ブロック (山口組)|大阪南ブロック]]長）&lt;br /&gt;
||[[橋本弘文]]（本名: 姜 弘文）&lt;br /&gt;
||[[極心連合会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪府東大阪市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐（執行部・[[大阪北ブロック (山口組)|大阪北ブロック]]長）&lt;br /&gt;
||[[寺岡修|寺岡 修]]&lt;br /&gt;
||[[侠友会 (兵庫県)|&amp;amp;#20448;友会]]（侠友会）会長&lt;br /&gt;
||兵庫県洲本市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐（執行部・[[九州ブロック (山口組)|九州ブロック]]長）&lt;br /&gt;
||[[青山千尋]]&lt;br /&gt;
||二代目[[伊豆組]]組長&lt;br /&gt;
||福岡市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐（執行部・[[関東ブロック (山口組)|関東ブロック]]長）&lt;br /&gt;
||[[鈴木一彦]]&lt;br /&gt;
||[[旭導会]]会長&lt;br /&gt;
||北海道旭川市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐（執行部・[[阪神ブロック (山口組)|阪神ブロック]]長）&lt;br /&gt;
||[[井上邦雄]]&lt;br /&gt;
||四代目[[山健組]]組長&lt;br /&gt;
||神戸市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐（執行部・[[中部ブロック (山口組)|中部ブロック]]長）&lt;br /&gt;
||[[正木年男]]&lt;br /&gt;
||[[正木組]]組長&lt;br /&gt;
||福井県敦賀市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐（執行部・[[中国・四国ブロック (山口組)|中国・四国ブロック]]長）&lt;br /&gt;
||[[池田孝志]]&lt;br /&gt;
||[[池田組]]組長&lt;br /&gt;
||岡山県岡山市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===舎弟===&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!役職!!氏名!!二次団体!!本部&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 260px;&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 200px;&amp;quot; |[[英五郎|英 五郎]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 180px;&amp;quot; |[[英組]]組長&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 120px;&amp;quot; |大阪市西淀川区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[玉地健治]]&lt;br /&gt;
||[[玉地組]]組長&lt;br /&gt;
||堺市堺区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[川合康允]]&lt;br /&gt;
||[[川合組]]組長&lt;br /&gt;
||岐阜県大垣市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===幹部===&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!役職!!氏名!!二次団体!!本部&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 260px;&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 200px;&amp;quot; |[[大原宏延]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 180px;&amp;quot; |[[大原組]]組長&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 120px;&amp;quot; |大阪市生野区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||組長付&lt;br /&gt;
||[[岸上剛史]]&lt;br /&gt;
||十代目[[平井一家]]総裁&lt;br /&gt;
||愛知県豊橋市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部長補佐&lt;br /&gt;
||[[毛利善長]]（本名: 毛利時比呂）&lt;br /&gt;
||[[毛利組]]組長&lt;br /&gt;
||大阪府吹田市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||組長付&lt;br /&gt;
||[[光安克明]]（本名: 伊豆克明）&lt;br /&gt;
||[[光生会]]会長&lt;br /&gt;
||福岡市博多区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||慶弔委員長&lt;br /&gt;
||[[岡本久男]]&lt;br /&gt;
||二代目[[松下組]]組長&lt;br /&gt;
||神戸市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部長補佐&lt;br /&gt;
||[[剣政和|剣 政和]]&lt;br /&gt;
||二代目[[黒誠会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市北区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭付&lt;br /&gt;
||[[江口健治]]&lt;br /&gt;
||二代目[[健心会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市浪速区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭付&lt;br /&gt;
||[[森尾卯太男]]&lt;br /&gt;
||[[大同会]]会長&lt;br /&gt;
||鳥取県米子市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[藤井英治]]&lt;br /&gt;
||五代目[[國粹会]]会長&lt;br /&gt;
||東京都台東区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===兵庫若中===&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!役職!!氏名!!二次団体!!本部&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 260px;&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 200px;&amp;quot; |[[中村天地朗]]（本名: 中村豊彦&amp;lt;!--&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.chunichi.co.jp/s/article/2007101901000635.html 山口組直系組長を逮捕 ステッキで殴り組員逃走 - 中日新聞 2007年10月19日]&amp;lt;/ref&amp;gt;--&amp;gt;）&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 180px;&amp;quot; |二代目[[大平組]]組長&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 120px;&amp;quot; |尼崎市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[細川幹雄]]&lt;br /&gt;
||[[細川組]]組長&lt;br /&gt;
||尼崎市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[柴田健吾]]&lt;br /&gt;
||[[柴田会]]会長&lt;br /&gt;
||加古川市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[細見孝夫]]&lt;br /&gt;
||二代目[[佐藤組]]組長&lt;br /&gt;
||神戸市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[古川恵一]]&lt;br /&gt;
||二代目[[古川組]]組長&lt;br /&gt;
||尼崎市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[管和巳|管 和巳]]&lt;br /&gt;
||三代目[[真鍋組]]組長&lt;br /&gt;
||尼崎市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[清水武|清水 武]]&lt;br /&gt;
||二代目[[岸本組]]組長&lt;br /&gt;
||神戸市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[宮下和美]]&lt;br /&gt;
||二代目[[西脇組]]組長&lt;br /&gt;
||神戸市西区&amp;lt;!--出典：週刊アサヒ芸能 12月4日号--&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===大阪若中===&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!役職!!氏名!!二次団体!!本部&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 260px;&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 200px;&amp;quot; |[[奥浦清司]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 180px;&amp;quot; |[[奥浦組]]組長&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 120px;&amp;quot; |東大阪市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[平山桂次]]&lt;br /&gt;
||三代目[[南一家]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[浅井昌弘]]&lt;br /&gt;
||[[浅井組]]組長&lt;br /&gt;
||吹田市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[川口和慶]]&lt;br /&gt;
||三代目[[小車誠会|小車誠会本家]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市西成区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[野村孝|野村 孝]]&lt;br /&gt;
||三代目[[一会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市北区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||慶弔委員&lt;br /&gt;
||[[高木廣美|&amp;amp;#x9ad9;木廣美]]（高木廣美）&lt;br /&gt;
||五代目[[早野会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市浪速区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[布川皓二]]&lt;br /&gt;
||二代目[[中西組]]組長&lt;br /&gt;
||大阪市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[佐達秀正]]&lt;br /&gt;
||三代目[[大野一家]]総長&lt;br /&gt;
||大阪市港区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[里照仁|里 照仁]]&lt;br /&gt;
||二代目[[中島組 (山口組)|中島組]]組長&lt;br /&gt;
||大阪市淀川区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||慶弔委員&lt;br /&gt;
||[[高野永次|&amp;amp;#x9ad9;野永次]]（高野永次）&lt;br /&gt;
||三代目[[織田組]]組長&lt;br /&gt;
||大阪市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[奧村修|奧村 修]]&lt;br /&gt;
||二代目[[勝野組]]組長&lt;br /&gt;
||大阪市西成区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[竹森竜治]]&lt;br /&gt;
||四代目[[澄田会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市北区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[酢ノ内祥吾]]&lt;br /&gt;
||二代目[[東生会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市淀川区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[亀井利臣]]&lt;br /&gt;
||三代目[[松山組]]組長&lt;br /&gt;
||東大阪市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[能塚恵|能塚 恵]]&lt;br /&gt;
||三代目[[一心会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[秋良東力]]&lt;br /&gt;
||[[秋良連合会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市浪速区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[飯田倫功]]&lt;br /&gt;
||[[倭和会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===他都道府県若中===&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!役職!!氏名!!二次団体!!本部&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 260px;&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 200px;&amp;quot; |[[青野哲也]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 180px;&amp;quot; |七代目[[一力一家]]総長&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 120px;&amp;quot; |浜松市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[尾崎勝彦]]&lt;br /&gt;
||[[尾崎組]]組長&lt;br /&gt;
||徳島県徳島市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[山田忠利]]&lt;br /&gt;
||二代目[[矢嶋組]]組長&lt;br /&gt;
||愛媛県今治市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[根本辰男]]&lt;br /&gt;
||二代目[[川内組]]組長&lt;br /&gt;
||福井県あわら市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[北島虎|北島 虎]]&lt;br /&gt;
||二代目[[杉組]]組長&lt;br /&gt;
||名古屋市中村区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||慶弔委員&lt;br /&gt;
||[[金光哲男]]&lt;br /&gt;
||[[金光会]]会長&lt;br /&gt;
||福岡市博多区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[正田悟|正田 悟]]&lt;br /&gt;
||二代目[[松山会]]会長&lt;br /&gt;
||愛媛県松山市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[津田功一]]&lt;br /&gt;
||二代目[[倉本組]]組長&lt;br /&gt;
||奈良県奈良市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[貝本健|貝本 健]]&lt;br /&gt;
||[[貝本会]]会長&lt;br /&gt;
||名古屋市中村区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[船木一治]]&lt;br /&gt;
||三代目[[誠友会]]会長&lt;br /&gt;
||札幌市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||慶弔委員&lt;br /&gt;
||[[篠原重則]]&lt;br /&gt;
||二代目[[若林組]]組長&lt;br /&gt;
||香川県高松市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[高木康男]]&lt;br /&gt;
||六代目[[清水一家]]総長&lt;br /&gt;
||静岡市清水区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[菱田達之]]&lt;br /&gt;
||二代目[[愛桜会]]会長&lt;br /&gt;
||三重県四日市市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[山本克博]]&lt;br /&gt;
||五代目[[豪友会]]会長&lt;br /&gt;
||高知県高知市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||慶弔委員&lt;br /&gt;
||[[田保伸一]]&lt;br /&gt;
||二代目[[昭成会]]会長&lt;br /&gt;
||石川県金沢市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[掛野一彦]]&lt;br /&gt;
||二代目[[近藤組]]組長&lt;br /&gt;
||岐阜県岐阜市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[茶谷政雄]]&lt;br /&gt;
||[[茶谷政一家]]総長&lt;br /&gt;
||札幌市白石区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||慶弔委員&lt;br /&gt;
||[[落合勇治]]&lt;br /&gt;
||二代目[[小西一家]]総長&lt;br /&gt;
||静岡市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[木村阪喜]]&lt;br /&gt;
||[[木村會]]会長&lt;br /&gt;
||愛媛県松山市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[高橋久雄|&amp;amp;#x9ad9;橋久雄]]（高橋久雄）&lt;br /&gt;
||二代目[[地蔵組]]組長&lt;br /&gt;
||京都市南区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[田中三次]]&lt;br /&gt;
||三代目[[稲葉一家]]総長&lt;br /&gt;
||熊本県熊本市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[宮本浩二]]&lt;br /&gt;
||四代目[[北岡会]]会長&lt;br /&gt;
||熊本県鹿本郡&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[中嶋初治]]&lt;br /&gt;
||四代目[[小山組]]組長&lt;br /&gt;
||和歌山県和歌山市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[藤原健治]]&lt;br /&gt;
||三代目[[熊本組]]組長&lt;br /&gt;
||岡山県玉野市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[清田健二]]&lt;br /&gt;
||十代目[[瀬戸一家]]総裁&lt;br /&gt;
||愛知県瀬戸市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[田堀寛|田堀 寛]]&lt;br /&gt;
||二代目[[名神会]]会長&lt;br /&gt;
||名古屋市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[津田力|津田 力]]&lt;br /&gt;
||二代目[[倉心会]]会長&lt;br /&gt;
||和歌山県和歌山市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[良知政志]]&lt;br /&gt;
||[[良知組]]組長&lt;br /&gt;
||静岡県富士宮市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[塚本修正]]&lt;br /&gt;
||[[藤友会]]会長&lt;br /&gt;
||静岡県富士宮市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[清田隆紀]]&lt;br /&gt;
||[[清田会]]会長&lt;br /&gt;
||長崎県長崎市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[一ノ宮敏彰]]&lt;br /&gt;
||[[一道会]]会長&lt;br /&gt;
||福岡市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[高山誠賢|&amp;amp;#x9ad9;山誠賢]]（高山誠賢）&lt;br /&gt;
||[[淡海一家]]総長&lt;br /&gt;
||滋賀県&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[富田丈夫]]&lt;br /&gt;
||[[國領屋一家]]総長&lt;br /&gt;
||浜松市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[生野靖道]]&lt;br /&gt;
||四代目[[石井一家]]総長&lt;br /&gt;
||大分県別府市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[浜田重正]]&lt;br /&gt;
||二代目[[浜尾組]]組長&lt;br /&gt;
||横浜市中区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 6代目山口組事情で起きた組長殺害、裁判員「無罪」を2審が覆す ==&lt;br /&gt;
配下の組員に指示し、指定暴力団山口組[[山健組]]系組長を刺殺したとして、組織犯罪処罰法違反(組織的殺人)の罪に問われ、1審[[神戸地裁]]の[[裁判員裁判]]で無罪判決を受けた山健組幹部で同組系組長、井上国春(64)に[[大阪高裁]]は2014年[[1月16日]]、懲役20年の逆転有罪判決を言い渡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ポイントとなったのは、組長が絶対的トップとして君臨する暴力団組織特有の構造だ。この事件は、かつて「山健にあらずんば山口にあらず」と言われたほど隆盛を極めたものの、6代目体制以降は[[名古屋]]の[[弘道会]]が総本部を取り仕切る中で起きた山健組内での内部抗争ともいえる。このため、高裁は組織による犯罪と認定し「経験則上、特段の事情がない限り、組長の指揮命令に基づいて行われたと推認すべきだ」と指摘。1審判決を「経験則に反する不合理なもの」と断じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 山健組内部抗争の見立て ===&lt;br /&gt;
事件が起きたのは、[[平成19年]][[5月31日]]午後6時15分ごろ。[[神戸市]]中央区二宮町の路上で、山口組の2次団体(直系)「山健組」傘下組織の[[後藤一男]]組長＝当時65歳＝が胸などを刺され、間もなく死亡した。[[兵庫県警]]暴力団対策課は捜査本部を設置し、殺人容疑で捜査を始めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
山口組内部の別の組織による犯行。捜査本部の見立ては当初から固まっていた。内部での後藤組長をめぐるトラブルが浮かんだためだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捜査関係者や高裁判決などによると、後藤組長は、山健組の直系組織で山口組の3次団体にあたる「[[多三郎一家]]」([[名古屋市]])の組長だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
名古屋には、山口組の[[篠田建市]](通称・司忍)6代目組長(72)の出身母体である2次団体「弘道会」の本部がある。篠田組長は当時服役中で、同じく弘道会出身の山口組ナンバー2の[[若頭]]、[[高山清司]](66)＝恐喝罪で1審有罪、控訴中＝が組を仕切っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高山は全国の2次団体組長に、山口組総本部(神戸市灘区)への日参を義務付けるなど組織の締め付けを強化。巧妙な資金獲得活動を背景に弘道会の勢力を拡大させ、警察当局に対しても強硬路線をとり続けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これに対し、警察当局が山口組の取り締まりを強化するなどしたため、「シノギ(資金獲得)に窮する組織が増え、山口組内部では高山被告の手法への不満がくすぶっていた」(捜査関係者)という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 高山若頭への批判 ===&lt;br /&gt;
後藤組長が所属していた山健組は、かつて「山健にあらずんば山口にあらず」とも言われた有力組織。初代組長は、山口組の[[田岡一雄]]3代目組長を支え続けた武闘派・[[山本健一]]若頭だ。弘道会と同じ名古屋を拠点とする後藤組長は、特に高山への批判を強めていたとされ、事件直前に山健組を破門されていたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捜査本部はこうした事情を重視して捜査を進めた結果、事件の構図を「山口組内部での体面を守るため、造反者である後藤組長を処分しようとした山健組系の別組織による犯行」と断定。井上が組長である「兼國会(現・[[健國会]])」の配下の組員らを相次いで逮捕した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、組員らに後藤組長殺害を指示したとして、[[平成22年]]4月には組織犯罪処罰法違反(組織的殺人)容疑で井上を逮捕。[[神戸地検]]が起訴した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、井上は捜査段階から一貫して犯行を否認。[[神戸地裁]]の[[裁判員裁判]]で[[検察]]側は懲役25年を求刑したが、地裁は[[平成24年]]2月、「被告が関与した可能性はあるが、被告の指揮で組織的に実行されたとするには、合理的な疑いが残る」として無罪を言い渡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
判決を不服とした検察側は[[大阪高裁]]に控訴。2審でも井上側は無罪を主張したが、高裁の[[的場純男]]裁判長は逆転有罪を言い渡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 指揮なしは「極めて不自然」 ===&lt;br /&gt;
判決理由で的場裁判長はまず、兼國会の組長である井上の支配力が「暴力団特有の厳格な上下関係や暴力的価値観を背景とする絶対的なものであることは経験則上明らか」と判断。今回の事件について「兼國会の最高幹部らや下部組織の組員が相当数関与し、実行者の人選や運搬、実行、逃亡支援などの役割分担がされており、兼國会の指揮命令系統に従って組織的に準備、遂行された」と認定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、犯行の動機が幹部らの個人的な利益とは到底考えられないことから、「上部組織との関係を含む兼國会としての重大な利害のために行われたことは自明というほかない」と指摘。兼國会のために組織として行われた犯行である以上、「井上被告の指揮命令に基づかずに行われたというのは、極めて不自然で通常はあり得ないというべきだ」と結論づけた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
加えて、判決では暴力団犯罪全般についても言及された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
暴力団の組織的な犯行は「経験則上、特段の事情がない限りは、当該暴力団の組長が共謀に加わり、その指揮命令に基づいて行われたものとすべきだ」と判示。今回の事件については「暴力団の組織や行動に関する経験則のとらえ方が重要な意味を有する事案」と評した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 理解されにくい“ヤクザの論理” ===&lt;br /&gt;
「親分の意向を無視して配下の組員が勝手にほかの組織の組長を殺害するなど、暴力団社会では考えられない。特に、今回の事件では兼國会と多三郎一家は山健組内で同格。組長の意向に反して殺害すれば、今度はその組員が粛清の対象になりかねない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
暴力団捜査に長く携わる捜査関係者はこう指摘した上で、「裁判員になって初めて暴力団の実態を知る市民には、なかなか理解できないのではないか」と推測する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最高検によると、裁判員裁判で全面無罪となりながら、職業裁判官だけで審理する2審で逆転有罪となったのは、2013年末時点で3件。いずれも覚せい剤取締法違反事件だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、裁判員裁判での無罪判決でも、覚せい剤取締法違反事件が半数近くに上る。「運び屋」として起訴された被告が、「荷物の中身を覚醒剤と認識していたか疑問が残る」などと判断されたケースが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ある検察幹部は「無罪判決の場合、大前提となる暴力団や[[覚醒剤]]密売グループの論理を軽視されることがある。市民感覚からかけ離れた実情を裁判員に理解してもらえるよう、丁寧に説明しなければならない」と話す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
裁判員裁判の判決を「経験則に反する不合理なもの」と断じた今回の大阪高裁判決。井上側は、判決を不服として上告しており、[[最高裁]]の判断が注目される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 山口組ナンバー2「高山若頭上告取り下げ」。“親・弘道会”幹部を代理指名、組織引き締めに目処か(2014年6月) ==&lt;br /&gt;
日本最大の暴力団、山口組若頭の[[高山清司]]被告。自身の裁判では[[最高裁]]への[[上告]]を取り下げた。自らが不在の間の組織固めがすんだのではないか、との憶測を呼んでいる。山口組史上、若頭が不在時に“嵐”が吹くことがあるとされ、今後の動向にも注目が集まる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
指定暴力団山口組ナンバー2の若頭、高山清司被告(66)が収監される。男性から4000万円を脅し取ったとする[[恐喝罪]]に問われ、1、2審で懲役6年の実刑判決を受けた後、最高裁に上告していたのを取り下げ、刑が確定したためだ。高山被告は、山口組の[[篠田建市]](通称・司忍)6代目組長と同じ「弘道会」出身。常に篠田組長を支え続けた“懐刀”で、現体制のキーマンでもある。服役による不在は組全体に影響を及ぼしかねないとみられているが、最近は服役を見越した引き締めとも取れる動きが続いていて、上告取り下げは「ナンバー2不在でも体制を維持できる環境が整った証」という見方も浮かぶ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捜査関係者によると、5月26日午前、[[神戸市]]灘区の山口組総本部に「直参」と呼ばれる直系組長が集まった。直参を集めた会合は毎月上旬に開かれるのが定例だが、このときは緊急招集がかけられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
直参の緊急会合が開かれるのは重大な局面を迎えたときとされる。[[平成17年]]7月には[[渡辺芳則]]5代目組長の引退と篠田建市若頭（当時）の6代目就任が発表されたほか、[[暴力団対策法]]施行([[平成4年]])直前や[[宅見勝若頭射殺事件]]([[平成9年]])直後にも開かれたことがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回のきっかけは「高山被告の上告取り下げ」だった。この席上、高山被告は、山口組最高幹部ポストの一つ「統括委員長」に座る「[[極心連合会]]」([[大阪府]][[東大阪市]])の姜(通称・橋本)弘文会長(67)を、服役中の代理として指名したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここで登場する姜会長は、山口組系の有力組織・[[山健組]]の出身。山健組は「山健にあらずんば山口にあらず」とまで呼ばれた“保守本流”の直系組織だ。名古屋本拠の弘道会と地元・神戸本拠の山健組は、とかく比較されがちだが、姜会長は弘道会に近い存在だったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高山被告は[[平成17年]]、山口組若頭となった。篠田組長が同年に6代目を襲名し、自身の出身母体で名古屋を本拠とする弘道会会長の高山被告を登用したのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以降、山口組の信賞必罰姿勢は強まり、直参の管理体制が厳格化されたといい、采配は直参の“長男格”である若頭の高山被告が振るっているといわれている。こうした高山被告の不在は、組織の要が抜けるというまさに重大局面だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「いつもすまんな」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高山被告が問われた恐喝罪は、別の直参組長とともに建設業の男性からみかじめ料名目で4000万円を脅し取ったというもの。1、2審判決は、17年12月～18年12月に計3回、[[京都市]]内のホテルなどで男性から計4000万円を脅し取った、と認定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高山被告は1審京都地裁の初公判で「恐喝しようと思ったことはなく、全く関知していない。私は無実です」と述べるなど、一貫して無罪を主張。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、昨年3月の地裁判決は、高山被告が京都市内の料亭で男性に「今後もよろしく」と述べた点を、「男性を配下とし、みかじめ料の支払いを求めた発言だった」などと共謀を認定。「実行行為を分担した責任は免れない」と指摘し、懲役6年の実刑判決を言い渡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高山被告は控訴した。しかし、今年2月の2審[[大阪高裁]]判決も、高山被告から「いつもすまんな」と声をかけられたなどとする被害男性の供述を「ほかの関係者供述などと整合しており、信用できる」と判断。高山被告は別の直参組長らの恐喝を了解していたとして、控訴を棄却。高山被告はすぐさま上告した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一貫して無罪主張を続けた中での上告取り下げ。「早めに服役しておけば、体が動けるうちに『復帰』できると考えたのではないか」。ある捜査関係者はこう分析する。1年近く勾留されていたため、服役は5年ほどになる見込みだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「早期復帰」を目指すのであれば、もともと上告しないという手もあったかもしれない。これについては「その後に予想される若頭不在の体制に向け、組織を引き締めるための時間が必要だったのではないか」とみている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この見方に沿うかのように、1審で有罪判決を受けて以降、直参の除籍や絶縁処分が相次いだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
理由はそれぞれ違うようだが、「組織のタガが緩まないよう、信賞必罰を厳しくしたのではないか。例えば、資金繰りが苦しいとみられていた組織を退けているが、これも厳しい姿勢を見せたかったのだろう。社会的な暴力団排除の機運が高まり、シノギがどんどん細くなる中、資金力がある組織をつぶす必要はない」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
突然の上告の取り下げはこうした引き締めに一定のめどがついたと受け取ることができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
山口組史上、現役若頭の不在はたびたび「嵐」を呼び起こしている。代表的なのが、[[昭和59年]]から5年近くにわたり山口組と[[一和会]]との間で繰り広げられた「[[山一抗争]]」だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[昭和56年]]7月、山口組の全国展開を進め、現在の体制の礎を築いた[[田岡一雄]]3代目組長が死去した。後継の有力候補で、武闘派といわれた[[山本健一]]若頭は収監中だったが、刑の執行が停止されるほど持病が悪化。[[昭和57年]]2月に帰らぬ人となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
すると4代目の座をめぐり、山本健一若頭の後を継いだ[[竹中正久]]若頭と、[[山本広]]組長代行の間で主導権争いが表面化。[[昭和59年]]6月に竹中若頭の4代目襲名が決まるのだが、山本広組長代行を支持するグループが「一和会」を結成すると、山口組との抗争に突入。竹中4代目組長と[[中山勝正]]若頭が一和会系のヒットマンに射殺されるなど血みどろの抗争になり、一和会が解散に追い込まれるまで続いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
山口組にとって、こうした抗争は避けたいはずだ。金がかかるという理由に加え、[[平成24年]]に暴対法が改正され、新設された「特定抗争指定」を受ける恐れがあるからだ。指定を受けると、指定区域内にある事務所への出入りや5人以上の組員が集まることを禁じられる。破れば即逮捕の対象になり、一切の活動が封じられることになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
組織の引き締めを成し遂げた上で早期復帰を図る－。捜査関係者らは、高山被告の上告取り下げをそうしたシナリオだとみている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==親戚・友好団体==&lt;br /&gt;
[[Image:4代目葬儀.jpg|400px|thumb|[[1988年]]12月、山口組四代目組長の葬儀に駆けつけた山口組幹部ら]]&lt;br /&gt;
*三代目[[浅野組]] - 組長・[[串田芳明]]は司 忍の代紋違いの舎弟。&lt;br /&gt;
*[[松葉会]] - 団体同士の親戚縁組。&lt;br /&gt;
*[[双愛会]] - 会長・[[塩島正則]]を司 忍が後見。&lt;br /&gt;
*五代目[[共政会]] - 会長・[[守屋輯|守屋 輯]]を司 忍が後見。&lt;br /&gt;
*三代目[[福博会]] - 会長・[[長岡寅夫]]を司 忍が後見。&lt;br /&gt;
*[[東亜会]] - 会長・[[金海芳雄]]を司 忍が後見。&lt;br /&gt;
*三代目[[侠道会]] - 会長・[[池澤望|池澤 望]]と六代目山口組若頭補佐・[[寺岡修|寺岡 修]]が五分兄弟分。&lt;br /&gt;
*二代目[[親和会 (高松)|親和会]] - 会長・[[吉良博文]]と六代目山口組幹部・[[光安克明]]が五分兄弟分。&lt;br /&gt;
*七代目[[酒梅組]] - 組長・[[金山耕三朗]]を六代目山口組若頭・[[高山清司|&amp;amp;#x9ad9;山清司]]が後見。&lt;br /&gt;
*六代目[[合田一家]] - 総長・[[温井完治]]を&amp;amp;#x9ad9;山清司が後見。&lt;br /&gt;
*六代目[[会津小鉄会]] - 会長・[[馬場美次]]を&amp;amp;#x9ad9;山清司が後見。&lt;br /&gt;
*[[稲川会]] - 稲川会三代目[[山川一家]]総長・[[内堀和也]]と六代目山口組二代目[[弘道会]]二代目[[高山組 (暴力団)|&amp;amp;#x9ad9;山組]]組長・[[竹内照明]]が五分兄弟分。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==日本社会との関わり==&lt;br /&gt;
山口組の収入源は[[賭博]]・[[麻薬]]などによるものであるが、それらの収入金額・売上高・資本金は[[トヨタ自動車]]を凌ぐ日本トップの企業であるという指摘がある&amp;lt;ref&amp;gt;[http://cnb.chuohjournal.jp/2997.php 米国がトヨタと弘道会（山口組）の「黒い関係」を追及(2006年5月号)]&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[菅沼光弘]]によれば、[[同和]]・[[部落]]・[[在日朝鮮人]]出身者が大半であり、[[兵庫県]][[神戸市]]の[[税収]]を担い、[[中部国際空港]]の建設に関わったとされ、日本社会の中に深く根ざし、影響力を行使するものであるという指摘がなされた&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.videonews.com/press-club/0610/000912.php 日本を知るには裏社会を知る必要がある] 菅沼光弘 元公安調査庁調査第二部長講演（東京・外国特派員協会）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、元山口組顧問[[弁護士]]の[[山之内幸夫]]は『[[文芸春秋]]』昭和59年11月号に寄せた「山口組顧問弁護士の手記」において「ヤクザには在日朝鮮人や[[同和地区]]出身者が多いのも事実である」「約65万人といわれる在日朝鮮人のうち約50％が兵庫・大阪・京都に集中していることと山口組の発展は決して無関係ではなく、山口組は[[部落差別]]や在日朝鮮人差別の問題をなしにしては語れない」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[古歩道ベンジャミン]]によると「山口組には以前[[サハリン]]で命を狙われたことがあり、[[ABC放送]]の[[おはようコール]]収録後再び[[弘道会]]に命を狙われた」という&amp;lt;ref&amp;gt;[http://benjaminfulford.typepad.com/benjaminfulford/2008/06/%E6%98%8E%E6%97%A5%E3%81%AE%E6%9C%9D%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E7%B5%84%E3%81%AE%E6%9C%AC%E9%83%A8%E3%81%AB%E8%A8%80%E8%AB%96%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E9%81%93%E5%A0%B4%E7%A0%B4%E3%82%8A%E3%81%AB%E8%A1%8C%E3%81%8D%E3%81%BE%E3%81%99.html 明日の朝、山口組の本部に言論による「道場破り」に行きます] 06/17/2008&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==脚注==&lt;br /&gt;
&amp;lt;div class=&amp;quot;references-small&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;references/&amp;gt;&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==参考文献==&lt;br /&gt;
*[[飯干晃一]]『山口組三代目 野望篇』（[[徳間書店]][[徳間文庫]]、1982年） - ISBN 4-19-597344-9&lt;br /&gt;
*『山口組50の謎を追う』（[[洋泉社]]、2004年） - ISBN 4-89691-796-0&lt;br /&gt;
*[[山平重樹]]『ヤクザ大全』（[[幻冬舎]][[幻冬舎文庫]]、1999年） - ISBN 4-87728-826-0&lt;br /&gt;
*[[実話時報]]（[[竹書房]]） &lt;br /&gt;
*[[実話時代]] &lt;br /&gt;
*実話時代 BLUE&amp;lt;!--&lt;br /&gt;
*別冊実話時代 Vol.5--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:兵庫県の暴力団|やまくちくみ]]&lt;br /&gt;
[[Category:山口組|*]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>49.98.136.21</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E7%B5%84&amp;diff=321885</id>
		<title>山口組</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E7%B5%84&amp;diff=321885"/>
				<updated>2016-05-11T07:27:11Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;49.98.136.21: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:山口組.jpg|thumb|400px|六代目　山口組]]&lt;br /&gt;
[[Image:山口組総本部.jpg|350px|thumb|神戸・山口組総本部]]&lt;br /&gt;
'''山口組'''（やまぐちぐみ）は、[[兵庫県]][[神戸市]]に本部を置く[[暴力団]]で、[[日本]]最大規模の[[指定暴力団]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その構成員数は2010年の時点で約20,300人、準構成員数は約16,100人の合計約36,400人であり、その人数は全暴力団構成員・準構成員数約85,200人のうちの46.3%を占めている。2012年2月、[[アメリカ合衆国]]に[[経済制裁]]の対象になる。組員は同年の時点で1名の組長（親分）、7名の舎弟（弟分）、79名の若中（子分）から成る計87人。組長を除き、これら86名の舎弟と若中は直参（直系組長）と呼ばれ、それぞれが数十人から数千人の構成員を抱える組織の首領となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
“山口”の二文字を[[菱形]]の意匠とした“山菱”（やまびし）と呼ばれる[[代紋]]を用い、[[山形県]]と[[広島県]]と[[沖縄県]]を除く44の都道府県に系列組織を置いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
=== 黎明 ===&lt;br /&gt;
[[Image:山口春吉.jpg|350px|thumb|[[山口組]]初代組長　山口　春吉]]&lt;br /&gt;
[[山口春吉]]が[[沖仲仕]]を集めて[[神戸市]]内を本拠に結成。のちに“神戸ヤクザの頂点”と言われるに至る大嶋秀吉率いた大嶋組の傘下にあっての結成で、およそ50名の労務者を抱える『山口組』として発足。事務所を[[兵庫区]]の西出町内に置いた。[[1915年]]（大正4年）のことであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しばらくは大嶋組の傘下にあって活動したものの、いつしかその勢力は本家の大嶋組を凌ぐものとなり、1925年における[[山口登 (暴力団)|山口登]]の二代目襲名を経て、[[神戸中央卸売市場]]の開設に伴う利権を巡り大嶋組と対立。死者を伴う激しい抗争の末に同卸売市場の運搬作業の独占権を得るに至り、1932年をもって大嶋組から独立した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 三代目：急成長 ===&lt;br /&gt;
1942年における山口登の死後しばらくは跡目が決することなく組長不在の状態にあったものの、1946年に[[田岡一雄]]を首領に据えた三代目体制が発足。この田岡率いる三代目体制下にあって、昭和30年代{{small|〔1955〜1964〕}}から昭和40年代{{small|〔1965〜1974〕}}にかけて全国各地へ進出。[[抗争|対立抗争]]を繰り返しながら急速に勢力を拡大していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
田岡襲名時の山口組の総勢はわずか33人に過ぎないものであった。それが1965年までに、傘下424団体、総勢9450名を数える巨大組織に発展。その間に当事者となった対立抗争は日本の各地を舞台としたもので、[[小松島抗争]]、[[明友会抗争]]、[[鳥取抗争]]、[[博多事件]]、[[広島代理戦争]]、[[第1次松山抗争|松山抗争]]などが主要なそれであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警察当局によるいわゆる『[[第一次頂上作戦]]』のさなかで直系組長らの脱退と直系組織の解散が相次ぐに至り、一時期弱体化するも、勢力の回復を経て、田岡の死去の前年にあたる1980年までに、2府33県に559団体、1万1800人余の総勢を擁する組織に成長。そうした三代目体制期を築いた田岡は山口組の[[中興の祖]]として記憶されるに至った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 四代目から21世紀へ ===&lt;br /&gt;
1984年における[[竹中正久]]の襲名によって四代目体制が発足するも、これを不服とした離反勢力を相手とする大規模な抗争{{small|（→[[山一抗争]]）}}に突入。その過程で抗争相手の[[一和会]]により暗殺された竹中に代わって、抗争が終結するに至った平成元年{{small|〔1988〜1989〕}}、傘下[[山健組]]を率いた[[渡辺芳則]]を首領に据える五代目体制が発足。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五代目体制期の1995年に[[阪神淡路大震災]]が発生すると、地元紙記者をして『半端なものではなかった』と言わしめた、渡辺自身の陣頭指揮による組織ぐるみの救援活動を展開。1997年になると五代目体制開始以来の非常事態と言われた[[宅見若頭射殺事件]]が発生。この事件は以後の組織に混迷をもたらす未解決の懸案となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2004年から長期休養に入るとともに組織運営の全権を執行部へと委譲していた渡辺であったが、2005年の7月に引退を表明。予期なき突然の引退であった。ここに16年間の長きにわたった五代目体制が終焉。そして若頭の役にあった[[司忍]]の新たな襲名をもって、同年のうちに六代目体制が発足し現在に至っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 綱領と組指針 ==&lt;br /&gt;
[[田岡一雄|田岡三代目]]時代に制定された5条からなる「[[綱領]]」が、定例会など行事の際には唱和される。&lt;br /&gt;
:一、内を固むるに和親合一を最も尊ぶ。&lt;br /&gt;
:一、外は接するに愛念を持し、信義を重んず。&lt;br /&gt;
:一、長幼の序を弁え礼に終始す。&lt;br /&gt;
:一、世に処するに己の節を守り譏を招かず。&lt;br /&gt;
:一、先人の経験を聞き人格の向上をはかる。&lt;br /&gt;
加えて年度ごとに定められる「組指針」がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
六代目体制発足以降「[[警察官]]と接触しない」、「警察機関に人、物を出さない」、「警察官を組事務所に入れさせない」の三点を定め警察との距離を置いている。「山口組を含めて、六代目の体制になってからは警察に速やかに入り、調べてもらいなさいという姿勢をとっている。昔はどったんばったんやったりして殴られたりもしたが」と記者の質問に答えており、警察との関わりに変化が見られる。いわゆる不良外国人との付き合いや、[[違法薬物]]の取り扱いなども公式に禁止している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Image:山口登.jpg|350px|thumb|[[山口組]]2代目　山口　登]]&lt;br /&gt;
[[Image:田岡一雄.jpg|350px|thumb|[[山口組]]3代目　田岡 一雄]]&lt;br /&gt;
[[Image:竹中正久.jpg|350px|thumb|[[山口組]]4代目　竹中正久]]&lt;br /&gt;
[[Image:渡辺芳則.jpg|350px|thumb|[[山口組]]5代目　渡辺 芳則]]&lt;br /&gt;
[[Image:司忍.jpg|350px|thumb|[[山口組]]6代目　[[司　忍]]]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==歴代組長==&lt;br /&gt;
*初代（[[1915年]]&amp;amp;#xff5e;[[1925年]]）：[[山口春吉]]&lt;br /&gt;
*2代目（[[1925年]]&amp;amp;#xff5e;[[1942年]]）：[[山口登|山口 登]]（春吉の長男）&lt;br /&gt;
*3代目（[[1946年]]&amp;amp;#xff5e;[[1981年]]）：[[田岡一雄]]&lt;br /&gt;
*4代目（[[1984年]]&amp;amp;#xff5e;[[1985年]]）：[[竹中正久]]（[[竹中組]]組長）&lt;br /&gt;
*5代目（[[1989年]]&amp;amp;#xff5e;[[2005年]]）：[[渡辺芳則]]（二代目[[山健組]]組長）&lt;br /&gt;
*6代目（[[2005年]]&amp;amp;#xff5e;）：[[司忍|司 忍]]（[[弘田組 (名古屋市)|弘田組]]組長、二代目[[弘道会]]総裁）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==歴代若頭==&lt;br /&gt;
山口組若頭とは[[暴力団]]山口組の[[若頭]]で役職の中では[[組長]]に次ぐナンバー2である。&lt;br /&gt;
;二代目時代&lt;br /&gt;
*[[大長一雄]]&amp;lt;ref&amp;gt;出典は、[[飯干晃一]]『山口組三代目 1野望篇』[[徳間書店]]＜徳間文庫＞、1982年、ISBN 4-19-597344-9のP.43&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[澄田実]]（-[[1942年]]）&lt;br /&gt;
;三代目時代&lt;br /&gt;
*[[山田久一]]（[[1946年]]-）&lt;br /&gt;
*[[安原政雄]]（-[[1955年]]）&lt;br /&gt;
*[[地道行雄]]（[[1955年]]-[[1968年]]）※一時期、若頭の役を降りていた期間がある。&lt;br /&gt;
*[[梶原清晴]]（[[1968年]]-[[1971年]]）&lt;br /&gt;
*[[山本健一 (ヤクザ)|山本健一]]（[[1971年]]-[[1982年]]）&lt;br /&gt;
*[[竹中正久]]（[[1982年]]-[[1984年]]）&lt;br /&gt;
;四代目時代&lt;br /&gt;
*[[中山勝正]]（[[1984年]]-[[1985年]]）&lt;br /&gt;
*[[渡辺芳則]]（[[1985年]]-[[1989年]]）※四代目代行時代&lt;br /&gt;
;五代目時代&lt;br /&gt;
*[[宅見勝]]（[[1989年]]-[[1997年]]）&lt;br /&gt;
*[[司忍]]（[[2005年]]-[[2005年]]）&lt;br /&gt;
;六代目時代&lt;br /&gt;
*[[高山清司]]（[[2005年]]-現在）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==六代目山口組==&lt;br /&gt;
===最高幹部===&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!役職!!氏名!!二次団体!!本部&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 260px;&amp;quot; |組長&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 200px;&amp;quot; |[[司忍|司 忍]]（本名: 篠田健市）&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 180px;&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 120px;&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭（執行部）&lt;br /&gt;
||[[高山清司|&amp;amp;#x9ad9;山清司]]（高山清司）&lt;br /&gt;
||二代目[[弘道会]]会長&lt;br /&gt;
||名古屋市中村区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||最高顧問&amp;lt;small&amp;gt;（舎弟）&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
||[[野上哲男]]&lt;br /&gt;
||二代目[[吉川組]]組長&lt;br /&gt;
||大阪市淀川区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||顧問&amp;lt;small&amp;gt;（舎弟）&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
||[[石田章六]]（本名: 朴 泰俊）&lt;br /&gt;
||[[章友会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市北区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||顧問&amp;lt;small&amp;gt;（舎弟）&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
||[[大石誉夫]]&lt;br /&gt;
||[[大石組]]組長&lt;br /&gt;
||岡山県岡山市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||顧問&amp;lt;small&amp;gt;（舎弟）&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
||[[尾崎彰春]]&lt;br /&gt;
||[[心腹会]]会長&lt;br /&gt;
||徳島県徳島市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部長（執行部）&lt;br /&gt;
||[[入江禎|入江 禎]]&lt;br /&gt;
||二代目[[宅見組]]組長&lt;br /&gt;
||大阪市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐（執行部・[[大阪南ブロック (山口組)|大阪南ブロック]]長）&lt;br /&gt;
||[[橋本弘文]]（本名: 姜 弘文）&lt;br /&gt;
||[[極心連合会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪府東大阪市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐（執行部・[[大阪北ブロック (山口組)|大阪北ブロック]]長）&lt;br /&gt;
||[[寺岡修|寺岡 修]]&lt;br /&gt;
||[[侠友会 (兵庫県)|&amp;amp;#20448;友会]]（侠友会）会長&lt;br /&gt;
||兵庫県洲本市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐（執行部・[[九州ブロック (山口組)|九州ブロック]]長）&lt;br /&gt;
||[[青山千尋]]&lt;br /&gt;
||二代目[[伊豆組]]組長&lt;br /&gt;
||福岡市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐（執行部・[[関東ブロック (山口組)|関東ブロック]]長）&lt;br /&gt;
||[[鈴木一彦]]&lt;br /&gt;
||[[旭導会]]会長&lt;br /&gt;
||北海道旭川市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐（執行部・[[阪神ブロック (山口組)|阪神ブロック]]長）&lt;br /&gt;
||[[井上邦雄]]&lt;br /&gt;
||四代目[[山健組]]組長&lt;br /&gt;
||神戸市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐（執行部・[[中部ブロック (山口組)|中部ブロック]]長）&lt;br /&gt;
||[[正木年男]]&lt;br /&gt;
||[[正木組]]組長&lt;br /&gt;
||福井県敦賀市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭補佐（執行部・[[中国・四国ブロック (山口組)|中国・四国ブロック]]長）&lt;br /&gt;
||[[池田孝志]]&lt;br /&gt;
||[[池田組]]組長&lt;br /&gt;
||岡山県岡山市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===舎弟===&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!役職!!氏名!!二次団体!!本部&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 260px;&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 200px;&amp;quot; |[[英五郎|英 五郎]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 180px;&amp;quot; |[[英組]]組長&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 120px;&amp;quot; |大阪市西淀川区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[玉地健治]]&lt;br /&gt;
||[[玉地組]]組長&lt;br /&gt;
||堺市堺区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[川合康允]]&lt;br /&gt;
||[[川合組]]組長&lt;br /&gt;
||岐阜県大垣市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===幹部===&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!役職!!氏名!!二次団体!!本部&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 260px;&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 200px;&amp;quot; |[[大原宏延]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 180px;&amp;quot; |[[大原組]]組長&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 120px;&amp;quot; |大阪市生野区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||組長付&lt;br /&gt;
||[[岸上剛史]]&lt;br /&gt;
||十代目[[平井一家]]総裁&lt;br /&gt;
||愛知県豊橋市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部長補佐&lt;br /&gt;
||[[毛利善長]]（本名: 毛利時比呂）&lt;br /&gt;
||[[毛利組]]組長&lt;br /&gt;
||大阪府吹田市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||組長付&lt;br /&gt;
||[[光安克明]]（本名: 伊豆克明）&lt;br /&gt;
||[[光生会]]会長&lt;br /&gt;
||福岡市博多区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||慶弔委員長&lt;br /&gt;
||[[岡本久男]]&lt;br /&gt;
||二代目[[松下組]]組長&lt;br /&gt;
||神戸市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部長補佐&lt;br /&gt;
||[[剣政和|剣 政和]]&lt;br /&gt;
||二代目[[黒誠会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市北区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭付&lt;br /&gt;
||[[江口健治]]&lt;br /&gt;
||二代目[[健心会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市浪速区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||若頭付&lt;br /&gt;
||[[森尾卯太男]]&lt;br /&gt;
||[[大同会]]会長&lt;br /&gt;
||鳥取県米子市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[藤井英治]]&lt;br /&gt;
||五代目[[國粹会]]会長&lt;br /&gt;
||東京都台東区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===兵庫若中===&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!役職!!氏名!!二次団体!!本部&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 260px;&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 200px;&amp;quot; |[[中村天地朗]]（本名: 中村豊彦&amp;lt;!--&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.chunichi.co.jp/s/article/2007101901000635.html 山口組直系組長を逮捕 ステッキで殴り組員逃走 - 中日新聞 2007年10月19日]&amp;lt;/ref&amp;gt;--&amp;gt;）&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 180px;&amp;quot; |二代目[[大平組]]組長&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 120px;&amp;quot; |尼崎市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[細川幹雄]]&lt;br /&gt;
||[[細川組]]組長&lt;br /&gt;
||尼崎市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[柴田健吾]]&lt;br /&gt;
||[[柴田会]]会長&lt;br /&gt;
||加古川市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[細見孝夫]]&lt;br /&gt;
||二代目[[佐藤組]]組長&lt;br /&gt;
||神戸市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[古川恵一]]&lt;br /&gt;
||二代目[[古川組]]組長&lt;br /&gt;
||尼崎市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[管和巳|管 和巳]]&lt;br /&gt;
||三代目[[真鍋組]]組長&lt;br /&gt;
||尼崎市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[清水武|清水 武]]&lt;br /&gt;
||二代目[[岸本組]]組長&lt;br /&gt;
||神戸市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[宮下和美]]&lt;br /&gt;
||二代目[[西脇組]]組長&lt;br /&gt;
||神戸市西区&amp;lt;!--出典：週刊アサヒ芸能 12月4日号--&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===大阪若中===&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!役職!!氏名!!二次団体!!本部&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 260px;&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 200px;&amp;quot; |[[奥浦清司]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 180px;&amp;quot; |[[奥浦組]]組長&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 120px;&amp;quot; |東大阪市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[平山桂次]]&lt;br /&gt;
||三代目[[南一家]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[浅井昌弘]]&lt;br /&gt;
||[[浅井組]]組長&lt;br /&gt;
||吹田市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[川口和慶]]&lt;br /&gt;
||三代目[[小車誠会|小車誠会本家]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市西成区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[野村孝|野村 孝]]&lt;br /&gt;
||三代目[[一会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市北区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||慶弔委員&lt;br /&gt;
||[[高木廣美|&amp;amp;#x9ad9;木廣美]]（高木廣美）&lt;br /&gt;
||五代目[[早野会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市浪速区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[布川皓二]]&lt;br /&gt;
||二代目[[中西組]]組長&lt;br /&gt;
||大阪市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[佐達秀正]]&lt;br /&gt;
||三代目[[大野一家]]総長&lt;br /&gt;
||大阪市港区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[里照仁|里 照仁]]&lt;br /&gt;
||二代目[[中島組 (山口組)|中島組]]組長&lt;br /&gt;
||大阪市淀川区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||慶弔委員&lt;br /&gt;
||[[高野永次|&amp;amp;#x9ad9;野永次]]（高野永次）&lt;br /&gt;
||三代目[[織田組]]組長&lt;br /&gt;
||大阪市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[奧村修|奧村 修]]&lt;br /&gt;
||二代目[[勝野組]]組長&lt;br /&gt;
||大阪市西成区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[竹森竜治]]&lt;br /&gt;
||四代目[[澄田会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市北区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[酢ノ内祥吾]]&lt;br /&gt;
||二代目[[東生会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市淀川区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[亀井利臣]]&lt;br /&gt;
||三代目[[松山組]]組長&lt;br /&gt;
||東大阪市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[能塚恵|能塚 恵]]&lt;br /&gt;
||三代目[[一心会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[秋良東力]]&lt;br /&gt;
||[[秋良連合会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市浪速区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[飯田倫功]]&lt;br /&gt;
||[[倭和会]]会長&lt;br /&gt;
||大阪市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===他都道府県若中===&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: left; background-color: #ffffff;&amp;quot;&lt;br /&gt;
!役職!!氏名!!二次団体!!本部&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 260px;&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 200px;&amp;quot; |[[青野哲也]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 180px;&amp;quot; |七代目[[一力一家]]総長&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width: 120px;&amp;quot; |浜松市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[尾崎勝彦]]&lt;br /&gt;
||[[尾崎組]]組長&lt;br /&gt;
||徳島県徳島市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[山田忠利]]&lt;br /&gt;
||二代目[[矢嶋組]]組長&lt;br /&gt;
||愛媛県今治市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[根本辰男]]&lt;br /&gt;
||二代目[[川内組]]組長&lt;br /&gt;
||福井県あわら市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[北島虎|北島 虎]]&lt;br /&gt;
||二代目[[杉組]]組長&lt;br /&gt;
||名古屋市中村区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||慶弔委員&lt;br /&gt;
||[[金光哲男]]&lt;br /&gt;
||[[金光会]]会長&lt;br /&gt;
||福岡市博多区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[正田悟|正田 悟]]&lt;br /&gt;
||二代目[[松山会]]会長&lt;br /&gt;
||愛媛県松山市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[津田功一]]&lt;br /&gt;
||二代目[[倉本組]]組長&lt;br /&gt;
||奈良県奈良市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[貝本健|貝本 健]]&lt;br /&gt;
||[[貝本会]]会長&lt;br /&gt;
||名古屋市中村区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[船木一治]]&lt;br /&gt;
||三代目[[誠友会]]会長&lt;br /&gt;
||札幌市中央区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||慶弔委員&lt;br /&gt;
||[[篠原重則]]&lt;br /&gt;
||二代目[[若林組]]組長&lt;br /&gt;
||香川県高松市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[高木康男]]&lt;br /&gt;
||六代目[[清水一家]]総長&lt;br /&gt;
||静岡市清水区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[菱田達之]]&lt;br /&gt;
||二代目[[愛桜会]]会長&lt;br /&gt;
||三重県四日市市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[山本克博]]&lt;br /&gt;
||五代目[[豪友会]]会長&lt;br /&gt;
||高知県高知市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||慶弔委員&lt;br /&gt;
||[[田保伸一]]&lt;br /&gt;
||二代目[[昭成会]]会長&lt;br /&gt;
||石川県金沢市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[掛野一彦]]&lt;br /&gt;
||二代目[[近藤組]]組長&lt;br /&gt;
||岐阜県岐阜市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[茶谷政雄]]&lt;br /&gt;
||[[茶谷政一家]]総長&lt;br /&gt;
||札幌市白石区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||慶弔委員&lt;br /&gt;
||[[落合勇治]]&lt;br /&gt;
||二代目[[小西一家]]総長&lt;br /&gt;
||静岡市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[木村阪喜]]&lt;br /&gt;
||[[木村會]]会長&lt;br /&gt;
||愛媛県松山市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[高橋久雄|&amp;amp;#x9ad9;橋久雄]]（高橋久雄）&lt;br /&gt;
||二代目[[地蔵組]]組長&lt;br /&gt;
||京都市南区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||総本部当番責任者&lt;br /&gt;
||[[田中三次]]&lt;br /&gt;
||三代目[[稲葉一家]]総長&lt;br /&gt;
||熊本県熊本市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[宮本浩二]]&lt;br /&gt;
||四代目[[北岡会]]会長&lt;br /&gt;
||熊本県鹿本郡&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[中嶋初治]]&lt;br /&gt;
||四代目[[小山組]]組長&lt;br /&gt;
||和歌山県和歌山市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[藤原健治]]&lt;br /&gt;
||三代目[[熊本組]]組長&lt;br /&gt;
||岡山県玉野市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[清田健二]]&lt;br /&gt;
||十代目[[瀬戸一家]]総裁&lt;br /&gt;
||愛知県瀬戸市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[田堀寛|田堀 寛]]&lt;br /&gt;
||二代目[[名神会]]会長&lt;br /&gt;
||名古屋市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[津田力|津田 力]]&lt;br /&gt;
||二代目[[倉心会]]会長&lt;br /&gt;
||和歌山県和歌山市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[良知政志]]&lt;br /&gt;
||[[良知組]]組長&lt;br /&gt;
||静岡県富士宮市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[塚本修正]]&lt;br /&gt;
||[[藤友会]]会長&lt;br /&gt;
||静岡県富士宮市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[清田隆紀]]&lt;br /&gt;
||[[清田会]]会長&lt;br /&gt;
||長崎県長崎市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[一ノ宮敏彰]]&lt;br /&gt;
||[[一道会]]会長&lt;br /&gt;
||福岡市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[高山誠賢|&amp;amp;#x9ad9;山誠賢]]（高山誠賢）&lt;br /&gt;
||[[淡海一家]]総長&lt;br /&gt;
||滋賀県&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[富田丈夫]]&lt;br /&gt;
||[[國領屋一家]]総長&lt;br /&gt;
||浜松市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[生野靖道]]&lt;br /&gt;
||四代目[[石井一家]]総長&lt;br /&gt;
||大分県別府市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||[[浜田重正]]&lt;br /&gt;
||二代目[[浜尾組]]組長&lt;br /&gt;
||横浜市中区&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 6代目山口組事情で起きた組長殺害、裁判員「無罪」を2審が覆す ==&lt;br /&gt;
配下の組員に指示し、指定暴力団山口組[[山健組]]系組長を刺殺したとして、組織犯罪処罰法違反(組織的殺人)の罪に問われ、1審[[神戸地裁]]の[[裁判員裁判]]で無罪判決を受けた山健組幹部で同組系組長、井上国春(64)に[[大阪高裁]]は2014年[[1月16日]]、懲役20年の逆転有罪判決を言い渡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ポイントとなったのは、組長が絶対的トップとして君臨する暴力団組織特有の構造だ。この事件は、かつて「山健にあらずんば山口にあらず」と言われたほど隆盛を極めたものの、6代目体制以降は[[名古屋]]の[[弘道会]]が総本部を取り仕切る中で起きた山健組内での内部抗争ともいえる。このため、高裁は組織による犯罪と認定し「経験則上、特段の事情がない限り、組長の指揮命令に基づいて行われたと推認すべきだ」と指摘。1審判決を「経験則に反する不合理なもの」と断じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 山健組内部抗争の見立て ===&lt;br /&gt;
事件が起きたのは、[[平成19年]][[5月31日]]午後6時15分ごろ。[[神戸市]]中央区二宮町の路上で、山口組の2次団体(直系)「山健組」傘下組織の[[後藤一男]]組長＝当時65歳＝が胸などを刺され、間もなく死亡した。[[兵庫県警]]暴力団対策課は捜査本部を設置し、殺人容疑で捜査を始めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
山口組内部の別の組織による犯行。捜査本部の見立ては当初から固まっていた。内部での後藤組長をめぐるトラブルが浮かんだためだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捜査関係者や高裁判決などによると、後藤組長は、山健組の直系組織で山口組の3次団体にあたる「[[多三郎一家]]」([[名古屋市]])の組長だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
名古屋には、山口組の[[篠田建市]](通称・司忍)6代目組長(72)の出身母体である2次団体「弘道会」の本部がある。篠田組長は当時服役中で、同じく弘道会出身の山口組ナンバー2の[[若頭]]、[[高山清司]](66)＝恐喝罪で1審有罪、控訴中＝が組を仕切っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高山は全国の2次団体組長に、山口組総本部(神戸市灘区)への日参を義務付けるなど組織の締め付けを強化。巧妙な資金獲得活動を背景に弘道会の勢力を拡大させ、警察当局に対しても強硬路線をとり続けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これに対し、警察当局が山口組の取り締まりを強化するなどしたため、「シノギ(資金獲得)に窮する組織が増え、山口組内部では高山被告の手法への不満がくすぶっていた」(捜査関係者)という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 高山若頭への批判 ===&lt;br /&gt;
後藤組長が所属していた山健組は、かつて「山健にあらずんば山口にあらず」とも言われた有力組織。初代組長は、山口組の[[田岡一雄]]3代目組長を支え続けた武闘派・[[山本健一]]若頭だ。弘道会と同じ名古屋を拠点とする後藤組長は、特に高山への批判を強めていたとされ、事件直前に山健組を破門されていたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捜査本部はこうした事情を重視して捜査を進めた結果、事件の構図を「山口組内部での体面を守るため、造反者である後藤組長を処分しようとした山健組系の別組織による犯行」と断定。井上が組長である「兼國会(現・[[健國会]])」の配下の組員らを相次いで逮捕した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、組員らに後藤組長殺害を指示したとして、[[平成22年]]4月には組織犯罪処罰法違反(組織的殺人)容疑で井上を逮捕。[[神戸地検]]が起訴した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、井上は捜査段階から一貫して犯行を否認。[[神戸地裁]]の[[裁判員裁判]]で[[検察]]側は懲役25年を求刑したが、地裁は[[平成24年]]2月、「被告が関与した可能性はあるが、被告の指揮で組織的に実行されたとするには、合理的な疑いが残る」として無罪を言い渡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
判決を不服とした検察側は[[大阪高裁]]に控訴。2審でも井上側は無罪を主張したが、高裁の[[的場純男]]裁判長は逆転有罪を言い渡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 指揮なしは「極めて不自然」 ===&lt;br /&gt;
判決理由で的場裁判長はまず、兼國会の組長である井上の支配力が「暴力団特有の厳格な上下関係や暴力的価値観を背景とする絶対的なものであることは経験則上明らか」と判断。今回の事件について「兼國会の最高幹部らや下部組織の組員が相当数関与し、実行者の人選や運搬、実行、逃亡支援などの役割分担がされており、兼國会の指揮命令系統に従って組織的に準備、遂行された」と認定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、犯行の動機が幹部らの個人的な利益とは到底考えられないことから、「上部組織との関係を含む兼國会としての重大な利害のために行われたことは自明というほかない」と指摘。兼國会のために組織として行われた犯行である以上、「井上被告の指揮命令に基づかずに行われたというのは、極めて不自然で通常はあり得ないというべきだ」と結論づけた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
加えて、判決では暴力団犯罪全般についても言及された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
暴力団の組織的な犯行は「経験則上、特段の事情がない限りは、当該暴力団の組長が共謀に加わり、その指揮命令に基づいて行われたものとすべきだ」と判示。今回の事件については「暴力団の組織や行動に関する経験則のとらえ方が重要な意味を有する事案」と評した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 理解されにくい“ヤクザの論理” ===&lt;br /&gt;
「親分の意向を無視して配下の組員が勝手にほかの組織の組長を殺害するなど、暴力団社会では考えられない。特に、今回の事件では兼國会と多三郎一家は山健組内で同格。組長の意向に反して殺害すれば、今度はその組員が粛清の対象になりかねない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
暴力団捜査に長く携わる捜査関係者はこう指摘した上で、「裁判員になって初めて暴力団の実態を知る市民には、なかなか理解できないのではないか」と推測する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最高検によると、裁判員裁判で全面無罪となりながら、職業裁判官だけで審理する2審で逆転有罪となったのは、2013年末時点で3件。いずれも覚せい剤取締法違反事件だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、裁判員裁判での無罪判決でも、覚せい剤取締法違反事件が半数近くに上る。「運び屋」として起訴された被告が、「荷物の中身を覚醒剤と認識していたか疑問が残る」などと判断されたケースが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ある検察幹部は「無罪判決の場合、大前提となる暴力団や[[覚醒剤]]密売グループの論理を軽視されることがある。市民感覚からかけ離れた実情を裁判員に理解してもらえるよう、丁寧に説明しなければならない」と話す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
裁判員裁判の判決を「経験則に反する不合理なもの」と断じた今回の大阪高裁判決。井上側は、判決を不服として上告しており、[[最高裁]]の判断が注目される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 山口組ナンバー2「高山若頭上告取り下げ」。“親・弘道会”幹部を代理指名、組織引き締めに目処か(2014年6月) ==&lt;br /&gt;
日本最大の暴力団、山口組若頭の[[高山清司]]被告。自身の裁判では[[最高裁]]への[[上告]]を取り下げた。自らが不在の間の組織固めがすんだのではないか、との憶測を呼んでいる。山口組史上、若頭が不在時に“嵐”が吹くことがあるとされ、今後の動向にも注目が集まる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
指定暴力団山口組ナンバー2の若頭、高山清司被告(66)が収監される。男性から4000万円を脅し取ったとする[[恐喝罪]]に問われ、1、2審で懲役6年の実刑判決を受けた後、最高裁に上告していたのを取り下げ、刑が確定したためだ。高山被告は、山口組の[[篠田建市]](通称・司忍)6代目組長と同じ「弘道会」出身。常に篠田組長を支え続けた“懐刀”で、現体制のキーマンでもある。服役による不在は組全体に影響を及ぼしかねないとみられているが、最近は服役を見越した引き締めとも取れる動きが続いていて、上告取り下げは「ナンバー2不在でも体制を維持できる環境が整った証」という見方も浮かぶ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捜査関係者によると、5月26日午前、[[神戸市]]灘区の山口組総本部に「直参」と呼ばれる直系組長が集まった。直参を集めた会合は毎月上旬に開かれるのが定例だが、このときは緊急招集がかけられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
直参の緊急会合が開かれるのは重大な局面を迎えたときとされる。[[平成17年]]7月には[[渡辺芳則]]5代目組長の引退と篠田建市若頭（当時）の6代目就任が発表されたほか、[[暴力団対策法]]施行([[平成4年]])直前や[[宅見勝若頭射殺事件]]([[平成9年]])直後にも開かれたことがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回のきっかけは「高山被告の上告取り下げ」だった。この席上、高山被告は、山口組最高幹部ポストの一つ「統括委員長」に座る「[[極心連合会]]」([[大阪府]][[東大阪市]])の姜(通称・橋本)弘文会長(67)を、服役中の代理として指名したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここで登場する姜会長は、山口組系の有力組織・[[山健組]]の出身。山健組は「山健にあらずんば山口にあらず」とまで呼ばれた“保守本流”の直系組織だ。名古屋本拠の弘道会と地元・神戸本拠の山健組は、とかく比較されがちだが、姜会長は弘道会に近い存在だったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高山被告は[[平成17年]]、山口組若頭となった。篠田組長が同年に6代目を襲名し、自身の出身母体で名古屋を本拠とする弘道会会長の高山被告を登用したのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以降、山口組の信賞必罰姿勢は強まり、直参の管理体制が厳格化されたといい、采配は直参の“長男格”である若頭の高山被告が振るっているといわれている。こうした高山被告の不在は、組織の要が抜けるというまさに重大局面だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「いつもすまんな」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高山被告が問われた恐喝罪は、別の直参組長とともに建設業の男性からみかじめ料名目で4000万円を脅し取ったというもの。1、2審判決は、17年12月～18年12月に計3回、[[京都市]]内のホテルなどで男性から計4000万円を脅し取った、と認定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高山被告は1審京都地裁の初公判で「恐喝しようと思ったことはなく、全く関知していない。私は無実です」と述べるなど、一貫して無罪を主張。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、昨年3月の地裁判決は、高山被告が京都市内の料亭で男性に「今後もよろしく」と述べた点を、「男性を配下とし、みかじめ料の支払いを求めた発言だった」などと共謀を認定。「実行行為を分担した責任は免れない」と指摘し、懲役6年の実刑判決を言い渡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高山被告は控訴した。しかし、今年2月の2審[[大阪高裁]]判決も、高山被告から「いつもすまんな」と声をかけられたなどとする被害男性の供述を「ほかの関係者供述などと整合しており、信用できる」と判断。高山被告は別の直参組長らの恐喝を了解していたとして、控訴を棄却。高山被告はすぐさま上告した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一貫して無罪主張を続けた中での上告取り下げ。「早めに服役しておけば、体が動けるうちに『復帰』できると考えたのではないか」。ある捜査関係者はこう分析する。1年近く勾留されていたため、服役は5年ほどになる見込みだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「早期復帰」を目指すのであれば、もともと上告しないという手もあったかもしれない。これについては「その後に予想される若頭不在の体制に向け、組織を引き締めるための時間が必要だったのではないか」とみている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この見方に沿うかのように、1審で有罪判決を受けて以降、直参の除籍や絶縁処分が相次いだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
理由はそれぞれ違うようだが、「組織のタガが緩まないよう、信賞必罰を厳しくしたのではないか。例えば、資金繰りが苦しいとみられていた組織を退けているが、これも厳しい姿勢を見せたかったのだろう。社会的な暴力団排除の機運が高まり、シノギがどんどん細くなる中、資金力がある組織をつぶす必要はない」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
突然の上告の取り下げはこうした引き締めに一定のめどがついたと受け取ることができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
山口組史上、現役若頭の不在はたびたび「嵐」を呼び起こしている。代表的なのが、[[昭和59年]]から5年近くにわたり山口組と[[一和会]]との間で繰り広げられた「[[山一抗争]]」だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[昭和56年]]7月、山口組の全国展開を進め、現在の体制の礎を築いた[[田岡一雄]]3代目組長が死去した。後継の有力候補で、武闘派といわれた[[山本健一]]若頭は収監中だったが、刑の執行が停止されるほど持病が悪化。[[昭和57年]]2月に帰らぬ人となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
すると4代目の座をめぐり、山本健一若頭の後を継いだ[[竹中正久]]若頭と、[[山本広]]組長代行の間で主導権争いが表面化。[[昭和59年]]6月に竹中若頭の4代目襲名が決まるのだが、山本広組長代行を支持するグループが「一和会」を結成すると、山口組との抗争に突入。竹中4代目組長と[[中山勝正]]若頭が一和会系のヒットマンに射殺されるなど血みどろの抗争になり、一和会が解散に追い込まれるまで続いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
山口組にとって、こうした抗争は避けたいはずだ。金がかかるという理由に加え、[[平成24年]]に暴対法が改正され、新設された「特定抗争指定」を受ける恐れがあるからだ。指定を受けると、指定区域内にある事務所への出入りや5人以上の組員が集まることを禁じられる。破れば即逮捕の対象になり、一切の活動が封じられることになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
組織の引き締めを成し遂げた上で早期復帰を図る－。捜査関係者らは、高山被告の上告取り下げをそうしたシナリオだとみている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==親戚・友好団体==&lt;br /&gt;
[[Image:4代目葬儀.jpg|400px|thumb|[[1988年]]12月、山口組四代目組長の葬儀に駆けつけた山口組幹部ら]]&lt;br /&gt;
*三代目[[浅野組]] - 組長・[[串田芳明]]は司 忍の代紋違いの舎弟。&lt;br /&gt;
*[[松葉会]] - 団体同士の親戚縁組。&lt;br /&gt;
*[[双愛会]] - 会長・[[塩島正則]]を司 忍が後見。&lt;br /&gt;
*五代目[[共政会]] - 会長・[[守屋輯|守屋 輯]]を司 忍が後見。&lt;br /&gt;
*三代目[[福博会]] - 会長・[[長岡寅夫]]を司 忍が後見。&lt;br /&gt;
*[[東亜会]] - 会長・[[金海芳雄]]を司 忍が後見。&lt;br /&gt;
*三代目[[侠道会]] - 会長・[[池澤望|池澤 望]]と六代目山口組若頭補佐・[[寺岡修|寺岡 修]]が五分兄弟分。&lt;br /&gt;
*二代目[[親和会 (高松)|親和会]] - 会長・[[吉良博文]]と六代目山口組幹部・[[光安克明]]が五分兄弟分。&lt;br /&gt;
*七代目[[酒梅組]] - 組長・[[金山耕三朗]]を六代目山口組若頭・[[高山清司|&amp;amp;#x9ad9;山清司]]が後見。&lt;br /&gt;
*六代目[[合田一家]] - 総長・[[温井完治]]を&amp;amp;#x9ad9;山清司が後見。&lt;br /&gt;
*六代目[[会津小鉄会]] - 会長・[[馬場美次]]を&amp;amp;#x9ad9;山清司が後見。&lt;br /&gt;
*[[稲川会]] - 稲川会三代目[[山川一家]]総長・[[内堀和也]]と六代目山口組二代目[[弘道会]]二代目[[高山組 (暴力団)|&amp;amp;#x9ad9;山組]]組長・[[竹内照明]]が五分兄弟分。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==日本社会との関わり==&lt;br /&gt;
山口組の収入源は[[賭博]]・[[麻薬]]などによるものであるが、それらの収入金額・売上高・資本金は[[トヨタ自動車]]を凌ぐ日本トップの企業であるという指摘がある&amp;lt;ref&amp;gt;[http://cnb.chuohjournal.jp/2997.php 米国がトヨタと弘道会（山口組）の「黒い関係」を追及(2006年5月号)]&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[菅沼光弘]]によれば、[[同和]]・[[部落]]・[[在日朝鮮人]]出身者が大半であり、[[兵庫県]][[神戸市]]の[[税収]]を担い、[[中部国際空港]]の建設に関わったとされ、日本社会の中に深く根ざし、影響力を行使するものであるという指摘がなされた&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.videonews.com/press-club/0610/000912.php 日本を知るには裏社会を知る必要がある] 菅沼光弘 元公安調査庁調査第二部長講演（東京・外国特派員協会）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、元山口組顧問[[弁護士]]の[[山之内幸夫]]は『[[文芸春秋]]』昭和59年11月号に寄せた「山口組顧問弁護士の手記」において「ヤクザには在日朝鮮人や[[同和地区]]出身者が多いのも事実である」「約65万人といわれる在日朝鮮人のうち約50％が兵庫・大阪・京都に集中していることと山口組の発展は決して無関係ではなく、山口組は[[部落差別]]や在日朝鮮人差別の問題をなしにしては語れない」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[古歩道ベンジャミン]]によると「山口組には以前[[サハリン]]で命を狙われたことがあり、[[ABC放送]]の[[おはようコール]]収録後再び[[弘道会]]に命を狙われた」という&amp;lt;ref&amp;gt;[http://benjaminfulford.typepad.com/benjaminfulford/2008/06/%E6%98%8E%E6%97%A5%E3%81%AE%E6%9C%9D%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E7%B5%84%E3%81%AE%E6%9C%AC%E9%83%A8%E3%81%AB%E8%A8%80%E8%AB%96%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E9%81%93%E5%A0%B4%E7%A0%B4%E3%82%8A%E3%81%AB%E8%A1%8C%E3%81%8D%E3%81%BE%E3%81%99.html 明日の朝、山口組の本部に言論による「道場破り」に行きます] 06/17/2008&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==脚注==&lt;br /&gt;
&amp;lt;div class=&amp;quot;references-small&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;references/&amp;gt;&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==参考文献==&lt;br /&gt;
*[[飯干晃一]]『山口組三代目 野望篇』（[[徳間書店]][[徳間文庫]]、1982年） - ISBN 4-19-597344-9&lt;br /&gt;
*『山口組50の謎を追う』（[[洋泉社]]、2004年） - ISBN 4-89691-796-0&lt;br /&gt;
*[[山平重樹]]『ヤクザ大全』（[[幻冬舎]][[幻冬舎文庫]]、1999年） - ISBN 4-87728-826-0&lt;br /&gt;
*[[実話時報]]（[[竹書房]]） &lt;br /&gt;
*[[実話時代]] &lt;br /&gt;
*実話時代 BLUE&amp;lt;!--&lt;br /&gt;
*別冊実話時代 Vol.5--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:兵庫県の暴力団|やまくちくみ]]&lt;br /&gt;
[[Category:山口組|*]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>49.98.136.21</name></author>	</entry>

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		<summary type="html">&lt;p&gt;49.98.136.21: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''株式会社バーニングプロダクション'''は[[日本]]の有力な[[芸能事務所]]であり、[[バーニンググループ]]の中核企業。[[トヨタ自動車]]・[[三井物産]]・[[新日本製鐵]]・[[日本電信電話]]等と並び称される日本を代表する大企業である。実態は山口組周防組。警察からも企業舎弟として監視されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
=== 社長・周防郁雄の経歴 ===&lt;br /&gt;
代表取締役社長の[[周防郁雄]]は、[[小佐野賢治]]の雑巾がけをしていた[[浜田幸一]]の子分として運転手等をしていた。その後、[[新栄プロダクション]]で[[マネージャー]]業を勉強している。新栄と、当時の関東興行界を仕切っていた[[松葉会]]の[[木津政雄]]親分が、親密な関係だったことから松葉会の構成員だったとする噂もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
株式会社バーニングプロダクション代表取締役・株式会社[[オフィスプロペラ]]取締役・株式会社[[ファーンウッド]]取締役 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
千葉県市原市出身　東京都港区赤坂在住 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 昭和16年1月11日生れ&lt;br /&gt;
* 昭和35年[[市川高校]]卒業、新栄プロダクションに入社&lt;br /&gt;
* 昭和43年ホリプロダクションに転じ&lt;br /&gt;
* 昭和46年バーニングプロダクションを設立代表取締役に就任す &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[浜田幸一]]代議士の運転手をしていた周防郁雄は、千葉県館山の[[石井博]]が経営する大千葉建設で働いていた[[西川良次]]と知遇を得る。西川良次の実弟が西川興行社（現在の新栄プロダクション）を経営している[[西川幸男]]だと知り、芸能界への憧れが人一倍強かった周防は、良次に頼みこんで西川興行社に住み込み修業でもぐり込む。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
周防がバーニングプロダクションを設立したとき、新栄プロ時代の同僚であった鈴木照義が周防の手助けをするため入社した。新栄プロとバーニングで芸能界の人脈を得た鈴木は、現在、業界の祝儀・不祝儀の花を扱う会社「マル源」代表。西川幸男の運転手を周防氏から継いだ木村正明氏は、その後独立して、プロモーション会社「オフィスプロペラ」を設立した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
周防郁雄が1970年11月に国際興行プロダクションを設立。スタッフは作曲家の聖川湧、日本コロムビアの文芸部長だった新鞍武千代、新栄プロダクションにいた鈴木照義。「国際興行プロダクション」という社名がすでに赤坂地区に存在していたのがわかり、所属歌手本郷直樹の曲「燃える恋人」から「バーニングプロダクション」と改称。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== バーニング帝国 ===&lt;br /&gt;
周防は浜田幸一、北島三郎の運転手を務め、新栄プロ、ホリプロを渡り歩きながら力を付け、ハマコーとの関連から政界にも顔が利き、事件・事故のもみ消し、隠蔽を図ることができる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
版権ビジネスに目を付け、所属アーティストのみならず「勝手にシンドバッド」「いとしのエリー」など初期のサザンオールスターズや小室哲哉作品、浜崎あゆみ、Every Little Thing、広瀬香美、melody.など楽曲の頒布権を所有。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
資金薄となったプロダクションに資金を提供し、その見返りに軍門に下らせる。系列となったプロダクションを番組、イベントなどにブッキングする代わりにギャラのマージンを大量に搾取するなどやりたい放題。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、マスコミ、政界にも顔が利くため、事件を起こしたタレントにその隠蔽を図る代償として、ギャラ、頒布権などを強奪する。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
批判記事を書いた媒体には、系列のタレントが出演してる企業のCMや広告を取り下げる（広告で成り立っている雑誌の収益をなくす）とオドし、徹底的に叩く。一方、自分たちを持ち上げる記事書く雑誌は優遇し、豪快な接待でもてなすというアメとムチを用いて、マスコミを懐柔する。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
バーニングプロダクション本体のタレント数は少ないが、系列に数多くのプロダクションがあり、日本の芸能プロダクションの実に７割が単純に数の上ではバーニング系ともいわれ、タレントはバータレと揶揄される。バーニング及びケイダッシュ系のタレントが主演するとそのドラマのキャスティングをバーニング系に埋め尽くされてしまう場合が多い。放送するテレビ局側のプロデューサーが出演者のキャスティングを決めるのではなく、高圧的にプロダクション側からタレントを押し付けられる。音事協所属。音事協の代理人を名乗る。所属事務所同士のつながりがある。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
業界で周防郁雄の名が知られるようになったのは、[[南沙織]]を引き抜いてからだ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
タレントばかりじゃない。キャンディーズの担当をしていた渡辺プロの大里洋吉やホリプロの市村義文など、若くて優秀で、独立願望が強いマネージャーたちに金銭面で援助をして独立を促した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時強大だった大手芸能プロダクションを人材面から切り崩すことに成功した。大手プロダクションの加盟する社団法人日本音楽事業者協会（音事協）では、いわゆる加盟社間での「引き抜き」を禁じている。バーニングは音事協加盟社だが、周防は、いまだに音事協に所属していない小さなプロダクションやモデル事務所に目をつけて、引き抜きをやっている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[中山美穂]]を見つけて育ててきた社長は、「周防に中山美穂も会社も取られた」とぼやいている。バーニング商法の問題はここにある。バーニングは、小さなプロダクションを結果的に泣かせるようなことを繰り返し行っている。[[鈴木蘭々]]は本格的な歌手活動をするために心機一転を図りたかった。そんな折、周防社長と所属事務所ミナクルカンパニーの並木社長が話し合い、移籍が決まった。バーニングとは並木社長がジャニーズ事務所でマネージャーをしていたころからの付き合いで関係も深く、彼女の曲の権利もバーニングパブリッシャーズが所有していた。 とはいえ、育ててきた稼ぎ頭の鈴木蘭々の移籍だけに、社長はひどくショックを受けていた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 暴力団共生者 ===&lt;br /&gt;
暴力団を本格的に芸能界に引き入れたのが周防だったと言われる。強いヤクザが大好きで、ケツモチを変遷させてきた。エコテック（旧・伸葉都市開発）を通じて億単位の投資した千葉県銚子市の産業廃棄物最終処分場設置計画事業が頓挫。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
周防郁雄の原風景は、千葉県木更津市の[[稲川会]][[三日月一家]]にある。バーニングプロのケツモチは、[[住吉会]]住吉一家大日本興行に始まり、五代目[[山口組]]健竜会、山口組宅見組、住吉会、稲川会三本杉一家、山口組[[後藤組]]と変遷してきた。今は神戸山口組系の西(尼崎)の組織や工藤會と言われている。周防のヤクザ好きは、救いようのない病気である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 沿革 ===&lt;br /&gt;
[[1970年]]に国際興行プロダクションとして設立され、[[1971年]]、当時所属していた歌手・[[本郷直樹]]のヒット曲『燃える恋人』にちなんで現在の社名に変更。本社は[[東京都]][[港区 (東京都)|港区]]にある。かつては[[南沙織]]、[[細川たかし]]、[[高田みづえ]]、[[渡辺美奈代]]、[[松雪泰子]]、[[水野美紀]]なども所属していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 事務所の影響力と封建的な文化 ===&lt;br /&gt;
今やバーニングプロダクションは[[吉本興業]]、[[ジャニーズ事務所]]、[[研音]]、[[ホリプロ]]、[[長良プロダクション]]、そしてバーニングの盟友である[[ケイダッシュ]]と並び、芸能マスコミからは「'''最大の[[報道におけるタブー|タブー]]'''」とされ、業界大手であり巨大な圧力・勢力を誇っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それは、[[小池徹平]]・[[ウエンツ瑛士]]・[[郷ひろみ]]・[[小泉今日子]]・[[稲森いずみ]]・[[内田有紀]]・[[松方弘樹]]・[[島谷ひとみ]]などの人気タレントが数多く所属している事や、傘下の芸能プロダクションなどで構成されるバーニンググループが多くの人気タレントを抱えていること、社長の周防郁雄が政財界等にパイプがある事に起因している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
所属するタレントとバーニンググループのプロダクションの所属するタレントの離反に対しては、テレビ局等に徹底的に起用しないように頼み込み、更に容赦なく仕事を干す。多くの場合はそれで芸能界から注目されなくなるが、それに耐え抜いて、人気が低迷した後に苦労して再び人気が出たタレントもいる。但し、[[高田みづえ]]、[[松雪泰子]]の様に引退・円満により退社したタレントや[[細川たかし]]、[[渡辺美奈代]]、[[石野真子]]の様にバーニンググループ内の傘下のプロダクションに移籍したタレントは別である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ドンの息子・[[周防彰悟]] ==&lt;br /&gt;
周防彰悟は、[[千葉県]][[木更津市]]にある[[暁星国際高校]]を中退し、[[ダイヤルQ2]]にはまっていた、いわゆるバカボン。親の七光りで事務所経営から、[[ASAYAN]]系のアーティストのプロディースをしていたが、しばしばタレントに手を出すことで問題を起こす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その何人かは急激な痩せ方をした後、芸能界休業または引退している&lt;br /&gt;
* 芸能界にデビューする前から知り合いだった[[加藤あい]]&lt;br /&gt;
* 後に野球選手と不倫の末に結婚した[[榎本加奈子]]&lt;br /&gt;
* グラビアで人気が出てこれからという時に引退した[[中島礼香]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[中島礼香]]を「生きダッチワイフ」に ===&lt;br /&gt;
[[Image:中島礼香1.jpg|350px|thumb|[[中島礼香]]]]&lt;br /&gt;
中島礼香の所属事務所は、 バーニングプロの直系の事務所（バーニングパブリッシャーズが所有してるビルに入居。一階は一口餃子「点天」）だから口を出せずにいて、そのかわり事務所が経営している養成所の資金を全部払ってもらっていた。ここまではよくある話。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、その後がいけなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彰悟は西麻布で礼香にシャブの味を教えてしまい結果、激ヤセ。胸の谷間を作るのに、5時間もかかったのは有名な話。末期には、お菓子のチョココロネに「チョココロネさん、私に食べられちゃいますよ～。」 って話かけていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
重くみた所属事務所は実家に送り返し、名古屋で現在、療養中。CMの契約がまだ残っているため、正式に引退表明はできなかったが、復帰困難となった。グラビア界ではこの話はタブーになっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
周防彰悟に妊娠させられ、中絶を迫られて精神不安定となり、それ以前にクスリを覚えさせられて、ひどい中毒状態となっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 「“芸能界のドン”も、ドラ息子にお手上げ!?」やりたい放題ご乱行ジュニアの横顔 ===&lt;br /&gt;
“芸能界のドン”として知られるバーニングプロダクション[[周防郁雄]]社長の長男で、関連会社社長・[[周防彰悟]]氏の“恐喝トラブル”について、「[[週刊新潮]]」（新潮社）6月14日号が報じている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同誌は、彰悟氏からレイプ被害に遭ったと主張する女性が勤務していた芸能プロの元社長と、彰悟氏が対峙している写真を掲載。記事によると、トラブルについて1時間以上の話し合いが行われたが、結局、物別れに終わったとされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彰悟氏はその女性が主張する被害について「事実無根というほかありません」とコメントしているが、元社長と彰悟氏の父・郁雄社長の間で数千万円にも及ぶ現金のやりとりが発生する可能性も出てきているという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
芸能界では泣く子も黙る“ドン”郁雄社長だが、息子の彰悟氏だけにはとことん甘く、このようなトラブルの種は常にくすぶっていたようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「彰悟氏は、離婚した前妻との間にもうけた子どもで、周防氏から溺愛されている。コワモテで知られる周防氏が、なんの躊躇もなく至るところで『彰悟クン』と呼んでいるほど。彰悟氏が現在そのイスに座る関連会社社長の職は、以前はバーニングの古参幹部が務めていたが、その幹部を降格させてまで彰悟氏を据えた。周防氏は自分の後継者を彰悟氏にしようと、社長をやらせて“帝王学”を学ばせているらしいのだが……」（芸能プロ幹部）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彰悟氏は以前から「音楽プロデューサー」を名乗り、これまでshela、SINBAなど自らのイニシャルの頭文字である「S」で始まる複数の女性アーティストをプロデュースしているが、周囲からいわせると父親の威光を借りた典型的なボンボン体質だというのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「洋服からアクセサリーまで全身ブランドもので固め、愛車は高級外車。若いころから六本木や銀座の高級クラブの常連だった。音楽プロデューサーをしながら、2004年には100キロ近くあった体重を70キロ近くまで絞り、レースに挑戦。しかし、すぐに飽きてしまったようだ。プライベートでは4歳年上の女性と結婚し子どももいたが、裁判を経て離婚。ところがそれに懲りることなく、昨年末、通っていた都内某所の韓国クラブのホステスと再婚。新婚にもかかわらず、女性トラブルに見舞われてしまった。過去には、バーニング系列の事務所に所属していた人気グラドル・[[中島礼香]]に手を出した揚げ句、中島が精神的に病んで芸能界を引退したこともあったし、その手のトラブルの話はよく聞く。しかし父親が“介入”し、すべて揉み消されてきた。ハッキリいってかなりの問題児で、“芸能界のドン”の後継者は荷が重すぎる」（週刊誌記者）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
音楽プロデューサーとしての「裏方」で満足できなかったのか、[[2005年]]には自身が参加してギターを担当した男女3人ユニット「sunny-side up」を結成。メンバーを入れ替えた2007年には新曲「egg one」の発売に当たって大々的なプロモーションを行い、自身のインディーズレーベルから発売。カップリング曲にもことごとくタイアップをつけるなど、まさにやりたい放題だった。これまで勝手気ままに芸能界を謳歌してきたが、ここにきて、もはや周防氏ですらかばいきれないレベルのトラブルに巻き込まれてしまったようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いずれにせよ、このトラブルがどういう形で決着するのか、今後の成り行きが注目される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 現役ミス世界一がバーニングから恐喝。マスコミは報道せず(2013年12月) ==&lt;br /&gt;
[[2012年]]の[[ミス・インターナショナル]]世界大会で日本人初の優勝を果たした[[吉松育美]]さん(26)が2013年[[12月16日]]、東京・[[有楽町]]の[[日本外国特派員協会]]で会見を開いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
次の優勝者は[[12月17日]]に東京・[[品川]]で開かれる世界大会で決まるが、吉松さんは世界大会の会場に姿を見せて王冠を引き継ぐことはできない。その経緯を詳しく説明した。吉松さんの説明によると、芸能事務所の役員が吉松さんに対してストーカー行為を行った上、ミス・インターナショナル協賛企業に圧力をかけるなどした結果、主催者から体調不良のふりをして大会出席を見合わせるように求められたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、この被害について東京・[[霞ヶ関]]の[[司法記者クラブ]]で会見して広く訴えたにもかかわらず、ほとんど記事化されなかったことに「正直、失望した」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
会見に臨むミス・インターナショナルの吉松育美さん。涙ぐむ場面も多かった&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 自殺した[[川田亜子]]さんの名前出しながら「娘さんが彼女のようになることを心配しています」 ===&lt;br /&gt;
吉松さんの説明によると、最初に問題が起こったのは2012年春。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼女が事務所を独立して自分の会社を興そうとしたときに、過去に脱税と証拠隠滅で有罪判決を受けた[[K-1]]プロデューサーの[[石井和義]]が突然部屋に入ってきた。日本で一番力を持つ事務所[[バーニングプロダクション]]の[[周防郁雄]]、その彼と密接な関係がある[[谷口元一]]と一緒に仕事をするよう提案、契約にサインをするよう迫られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「日本の芸能界で生きていくためには、『掟』として、事務所の会長に認めてもらわなければならない」と伝えられ、その後も谷口は、系列事務所への所属を求めてきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、[[バーニングプロダクション]]は反社会的勢力とのつながりが取りざたされていることから、吉松さんは所属を拒否。ストーカー行為が問題になっている谷口は、この系列事務所の役員だ。実際[[2007年]]に[[山口組]]と繋がりがあるという警察の書類がネットにリークされた。このことを知っていた彼女は、契約を断固として拒否した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼女はIYグローバルという自分の会社を立ち上げ、国際的なエージェントとしてマット・テイラーを選んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
年末の12月30日、[[日本テレビ]]の「[[バンキシャ！]]」の撮影終了後、彼女は谷口が別の番組のパスを使って侵入してきたのを見てショックを受けた。谷口はすぐに大声で非難し騒ぎ始めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼はテイラーが借金を返していないと主張、彼女の腕を掴み強制的にスタジオの外に引きずり出そうとしたとのこと。この件はテープや写真の証拠があるとのこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
スタッフは彼女を控室に避難させたが、谷口はずっと追いかけてきたという。その後数か月にわたり、谷口は鍵屋を連れていけばいつでも彼女の部屋に入れるのだと彼女の家族や友人に警告。また、家を見張るために私立探偵を雇ったとも言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
谷口が吉松さんの実家にかけた電話の件では、[[2008年]]に自殺した、元TBSアナウンサーでフリー転向後は役員の事務所に所属していた[[川田亜子]]さんの名前を出しながら、「私は心配しています。娘さんが彼女のようになることを心配しています」などと話した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この電話については、吉松さんは「あたかも心配しているような口調で言っているが、それは私や家族にとっては、『自殺することになる』『川田亜子さんのようになるぞ』という脅迫のメッセージにしか聞こえなかった」と憤った。この会話は録音されているという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「谷口氏といえば、所属は[[川村龍夫]]会長率いる『ケイダッシュ』だが、長年“芸能界のドン”ことバーニングプロ・[[周防郁雄]]社長の“鉄砲玉”として汚れ仕事をこなし、『所属ケイダッシュ、本籍地バーニング』と言われていた。今までは女性タレントに手を出そうが、ほかの事務所のタレントの仕事を、謀略を巡らせて“強奪”しようが、周防氏の威光をちらつかせて切り抜けてきた。ところが、吉松は今後も芸能界で成り上がろうという未練がなかったので、周防氏の威光がまったく通用しなかった」(芸能プロ幹部)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 司法記者クラブで会見はしたが記事は載らず ===&lt;br /&gt;
吉松さんが今回の問題で会見するのは12月13日の東京地裁にある司法記者クラブに続いて2回目。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、「記者の姿勢は積極的で、質問も沢山出たが、出身地の新聞([[佐賀新聞]])以外はどこも記事を載せなかった」として、「正直なところ、失望した」と嘆息した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、「これは私だけの問題ではなく、日本の社会の問題だということを分かってほしい」とも訴えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
記者が「夜は眠れているか」と気遣うと、「普通の女性としては恐ろしいが、私はミス・インターナショナルで、自分の声(発信力)がある。だから日本の女性のために立ち上がることにした。質問に答えるとすれば、『寝ようとしている』」と涙ながらに答えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
会見に同席した西川紀男弁護士によると、役員による(1)暴力行為の禁止(2)周辺のつきまとい行為禁止(3)実家の両親に電話してはならない,といった内容の仮処分申請を行っているといい、今後は損害賠償訴訟も起こす予定。それ以外にも、渋谷警察署に対して威力業務妨害罪で刑事告訴しているという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
西川弁護士によると、今回のケースは録音や写真など多数の証拠があることが特徴で、「警察も事件が沢山あるということで、なかなか受け付けてくれない。証拠を提示することで、この問題はなんとか警察の方でやってもらえると考えている」と話している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ヤフートップにもなったスポニチの記事が消される ===&lt;br /&gt;
[http://news.yahoo.co.jp/pickup/6100277 Yahoo!ニュース - ミス世界一 嫌がらせ被害告白(2013年12月11日(水) 掲載)]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
↓&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131211-00000119-spnannex-ent表示できません - Yahoo!ニュース]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[http://megalodon.jp/2013-1212-0052-13/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131211-00000119-spnannex-ent (cache)現役ミス世界一の吉松育美、脅迫されていた…ブログで胸中激白（スポニチ）-Yahoo!ニュース]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
スポニチのサイトにあった同じ記事も当然消される&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/12/11/kiji/K20131211007184340.html指定されたURLは存在しません―スポニチSponichi Annex]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[http://megalodon.jp/2013-1212-0053-00/www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/12/11/kiji/K20131211007184340.html (cache) 現役ミス世界一の吉松育美、脅迫されていた…ブログで胸中激白―スポニチ 芸能]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 「バーニングを絶対潰す！」“芸能界のドン”を追及し、“無実の罪”で逮捕された暴力団組長が命を懸けた反撃宣言(2014年5月) ==  &lt;br /&gt;
「[[月刊サイゾー]]」[[2013年]]11月号のスクープインタビュー（「[[モー娘。]]の肉弾接待は本当にあったのか？ 芸能界のドンを撃つ大物組長の独占告白！」）は、芸能界に大きな波紋を呼んだ。“芸能界のドン”の元用心棒である[[暴力団]][[組長]]が、衝撃告発をしたのだ。だが、4月に同氏は突如逮捕されることに――。この間、何が起こったのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[政治結社]]「[[大日本新政會]]」の総裁である[[笠岡和雄]]氏（70歳）は、[[神戸]]を拠点とする非指定暴力団「2代目[[松浦組]]」の組長でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな笠岡氏だが、かつては“芸能界のドン”として業界内に隠然たる影響力を持っている、バーニングプロダクションの周防郁雄社長（73歳）の[[用心棒]]を[[2001年]]から10年近く務めていた。周防氏に関係する「表には出せない裏の仕事」に深く関わっていたのだ。だが、2人の関係は、両者で手がけた新規事業をめぐる金銭トラブルが発端で破綻する。笠岡氏いわく「周防が一方的に、億単位の金銭返済の約束を反故にした」というのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それ以降、笠岡氏は新政會の[[ホームページ]]で周防氏の糾弾を開始。自身が見聞した周防氏の行状を告発してきたのだが、その内容は衝撃的なものばかりだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
周防氏が、[[NHK]]幹部を肉欲接待するために、[[モーニング娘。]]のメンバーを利用したり、バーニングプロから独立した女優・[[水野美紀]]を潰しにかかったりした話や、自身の下半身スキャンダルをネタに暴力団に恐喝された時や、知人である[[みのもんた]]が[[右翼]]から攻撃された時に、笠岡氏が裏側でそれらのトラブルを処理してきた話などなど……。それらが事実であれば、“芸能界のドン”が失脚することを必至の問題含みのエピソードである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに新政會は、昨年夏から街宣車を繰り出し、バーニングプロ事務所やその関連会社、周防氏と行動を共にしていた芸能プロ・[[テンカラット]]の[[小林栄太郎]]社長や新規事業の担当者だった[[某株式会社]]の[[A]]氏、さらに同プロとの関係が密接なテレビ局などに抗議活動を始めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
対する周防サイドは、新政會のホームページの閉鎖や街宣停止の仮処分を申請。裁判所がこれを認めると、新政會はサーバを転々とさせながらホームページを再公開したり、友好団体に街宣活動をさせたりと、一歩も引かず、徹底抗戦をしてきた。また、笠岡氏は「周防の依頼を受けた、復数の東西暴力団関係者が仲介に入ろうとしてきたが、すべて引き下がってもらった」ともいう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、今年の[[4月1日]]、事態が大きく動く。笠岡氏が突如、[[警視庁]]町田署に逮捕されたのだ。逮捕容疑は[[詐欺罪]]。[[2011年]]2月、[[東京都]][[港区]]内のマンションを賃貸契約する際、笠岡氏は自身が暴力団員であることを隠していたというもの。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このニュースは新聞やテレビでも報じられたが、笠岡氏は[[4月21日]]、処分保留で釈放される。詐欺容疑は無実と判断されたのだ。だが、高齢で心臓に持病を抱える笠岡氏は、20日にもおよぶ勾留生活で体調を崩し、すぐに入院することになった。その病床から、本誌に連絡が入る。笠岡氏は言う。「今回の逮捕は、周防が仕掛けたものだ」――。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
果たして、その根拠とは？　今の思いとは？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――今回の逮捕に、周防氏が関与しているのではないかという根拠は？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
笠岡&lt;br /&gt;
:警察と周防のつながりを匂わせる、伏線があった。オレと周防が揉めだすと、警察の連中がおかしな動きを始めたんだ。オレの知り合いのメディア関係者が、周防とNHKの癒着ぶりを取材し始めると、高輪警察の四課が記事の差止めに動いてきたことがあった。また、周防の用心棒を務める際、ヤツの頼みもあってバーニングが関係する[[麻布十番]]のビルの一室に入居したんだけど、オレと周防が揉め出すと、その翌年の11年6月に警視庁麻布署の組織犯罪対策課の警部補が2名やって来た。何かと思えば、「周防さんと揉めないでほしい」「このビルから退去してほしい」と。さもないと、オレが借りている[[浜松町]]の住居用マンションにガサ入れすると脅すわけだ。「周防は警察も使うのか」と驚いたし、こちらにやましいことはないけど、その気になれば、警察はどんな容疑でもでっち上げて、ガサに入る。マンションには子どもも住んでたし、面倒を避けたかったから、麻布十番のビルは出た。だから、この件は収まったもんだと思っていた。この浜松町のマンションというのが、今回、オレが詐欺を働いていたとされる物件だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――実際には、詐欺行為はなかったと？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
笠岡&lt;br /&gt;
:まったくない。この物件は[[UR都市機構]]のマンションで、そもそもは[[新宿]]の[[河田町]]にあるURの物件を借りていたんだけど、11年2月に浜松町に移った。その際の手続きは、不動産会社が代行して、オレは主だった契約書にはサインもしていない。貸主側から契約に暴力団排除条項があることの説明も受けていないし、2代目松浦組は指定暴力団でもないし、法律が定義している「集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体」でもない。検察も詐欺罪を立証できないと判断して、不起訴にした。つまり、警察のでっち上げだったわけだ。そもそも、8人もの捜査員が自宅にガサに入っても、押収したのはオレの名刺4枚だけ。オレの関係者に「20日で出すから」と言って、事務所奥のキッチンでタバコを吸いながら笑っていたという。警察は逮捕ありきで、オレを勾留期限いっぱいの20日間で釈放するつもりだった。つまり、最初から本気で捜査して、有罪に持ち込もうなんて気はなかったわけだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――とすると、警察の目的は？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
笠岡&lt;br /&gt;
:オレの身柄を拘束したかったんだろう。一時休止していたホームページの公開や街宣活動を今年の2月半ばから再開したところ、復数の暴力団関係者から「やめてくれ」との依頼が入った。周防に頼まれたんだと思う。でも、こっちはやめるわけにはいかない。そうしたら、今度は警察を使ってきた。しかも、マンションは港区にあるのに、町田署が動いた。以前動かした高輪署や麻布署だと露骨だと考えたのか、都心から離れた町田署にオレを閉じ込めたほうがいろいろと好都合と考えたのか。周防の顧問についている、元特捜検事だった、やり手[[弁護士]]が動いたのかもしれない。周防に甘い汁を吸わせてもらっている警察OBも復数いる。結果的に、オレは殺されそうになったわけだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――殺されそうに？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
笠岡&lt;br /&gt;
:オレは心臓に重度の疾患を抱えている[[身体障害者]]1級だ。これまでに7回も電気ショックで蘇生されているくらいで、主治医に処方してもらった強いクスリを常用していないと生きていけない。主治医からの「拘禁は致死的不整脈を引き起こす危険性が高い」という診断書も警察に出したが、それも無視された。勾留時にはクスリは取り上げられ、代わりに町田署からの依頼で町田市民病院が処方したクスリを飲まされたが、体に合うわけがない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:結果、逮捕から5日目に高血圧と不整脈で気を失って、ぶっ倒れた。しかも、町田には専門医がいないからと、小一時間かかって横浜の病院まで運ばれて、ろくな治療もせずに、また留置場に戻された。血圧は200以上、脈拍も120くらいから下がらない。そんな状態なのに、取り調べは終わっても、10日間の延長勾留を打たれた。容疑者なのに、人権や人命軽視の扱いで、いつ死んでもおかくない状態だった。今も体はガタガタだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――周防氏は、体の問題も知っていた上で逮捕させたと？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
笠岡&lt;br /&gt;
:そこまでの人でなしとは思いたくないが、少なくとも4月には街宣活動をされたら困る理由があったんじゃないか。オレを20日間は閉じ込めておきたかった理由が。シャバに出てきてから調べたところ、周防はオレが逮捕されることを、その前日に知っていたという。周防とつながりがある暴力団の人間も知っていた。ここまでの状況証拠が揃っていて、周防が今回の逮捕とは無関係とは言わせない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まだ揉める前、オレが[[糖尿病]]で足を切断しないといけないような状況で入院していたところ、周防とテンカラットの小林が「会長、死なないでください。私たちはどうなるんですか？」と心配してくれたが、今は逆。今年3月に都内でオレの心臓病が悪化し、救急車で運ばれたという情報も、周防やヤツとつながりがある暴力団が把握していたと聞く。その直後に、オレは逮捕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――周防氏に対して、言いたいことは？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
笠岡&lt;br /&gt;
:周防はこれまで、オレとの問題を収束させるために、7人もの暴力団員を仕向けてきた。中にはチャカ（拳銃）を忍ばせて来た者もいるし、指定暴力団のトップにまで相談しにいっていることが耳に入ってきている。周防が裏で動いていたという証拠の音声も揃っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:[[暴力団排除条例]]に抵触する違法行為をしているわけだ。脱税行為を裏付ける証拠もある。今回、ガサに入った捜査官にも言ったよ。「周防を挙げるための証拠も揃っているから、持ってけ。手柄になるだろう」と。そうしたら、「自分たちの仕事ではない」と見て見ぬふりだ。警視庁の中には、周防を逮捕したがっている連中もいるようだが、当てにならない。今後、オレが病気や事故で死んだり、新政會の運動員にケガ人が出るようなことがあれば、すべての証拠を公にする。もう金を返す返さないの問題じゃない。周防やヤツに手を貸した小林やA氏といった人間、バーニングプロやその関連会社を潰すまで、オレは徹底的に追及し続ける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 杉良太郎スキャンダルをもみ消す ==&lt;br /&gt;
来年で芸能生活50周年を迎える歌手で俳優の[[杉良太郎]]が、22歳の清純派女優に対し、密室で“[[セクハラ]]演技指導”していたことを「[[週刊ポスト]]」([[小学館]]、2014年5月23日号)が報じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
記事によると、女優は昨年9月、杉が主宰する「杉良太郎演劇塾」に入塾。以後、週2～3回のペースで同塾に通っていたが、今年1月に杉のマネジャーから通常の稽古とは別の「個別指導」を行うと連絡が入ったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本来、稽古のスケジュール調整は杉の事務所と塾生の所属事務所が行うことになっていたが、女優は4月に上演される舞台の主演を狙っており、この「個別指導」の申し出に乗った。すると、2月下旬に行われた2回目のレッスン時に、なぜか杉本人から電話があり、稽古に出向くと杉に抱き寄せられ、何度もキスを強要されるなど“セクハラ演技指導”を受けたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
数日後、杉から電話があり、そのやりとりを女優が録音。それによると、杉はマネジャーにこのことを言わないよう、重ねて口止めしたというのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同誌の直撃に対し、杉は「こういう記事で、あんまりにも幼いというか、自分で自分を傷つけないほうがいいのにね。私は彼女が考えているような演技指導はしてないですからね」と、女優の訴えを否定したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いくら密室での出来事とはいえ、事実ならばかなりの大スキャンダルだが、各スポーツ紙やワイドショーでの同誌の記事の後追いはなし。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それもそのはずで、杉の周囲がかなり周到に根回ししたというのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「杉のバックは強力で、“芸能界のドン”ことバーニングプロ・周防郁雄社長が面倒を見ていて、おかげで妻の伍代夏子はろくにヒット曲もないのに紅白の常連。杉夫妻は大手レコード会社・[[エイベックス]]と業務提携しているが、エイベックスの[[松浦勝人]]社長は尊敬する人として杉の名前を挙げるほど心酔している。そのため、バーニング・エイベックスともに杉のスキャンダルには過敏になり、同誌が発売される数日前から、『あの女はとにかくヤバイ！』『後々面倒になるから、後追いしないほうがいい』など“圧力”をかけ、杉を守った」（芸能デスク）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「日本・ベトナム文化友好協会」の理事長を務め、今年2月にはアジア各国との文化交流に貢献したとして内閣総理大臣感謝状を安倍晋三首相から手渡されるなど、文化人としての活動も評価されている杉だけに、記事が事実に反するなら堂々と反論してもよさそうだが&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== バーニンググループ ==&lt;br /&gt;
[[バーニンググループ]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 所属タレント ==&lt;br /&gt;
* [[稲森いずみ]]&lt;br /&gt;
* [[ウエンツ瑛士]]&lt;br /&gt;
* [[内田有紀]]&lt;br /&gt;
* [[加藤雅也]]&lt;br /&gt;
* [[小池徹平]]&lt;br /&gt;
* [[小泉今日子]]&lt;br /&gt;
* [[郷ひろみ]]&lt;br /&gt;
* [[小柳ゆき]]&lt;br /&gt;
* [[島谷ひとみ]]&lt;br /&gt;
* [[須賀貴匡]]&lt;br /&gt;
* [[鈴木蘭々]]&lt;br /&gt;
* [[長山洋子]]&lt;br /&gt;
* [[藤あや子]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 過去に所属していたタレント ==&lt;br /&gt;
* [[本郷直樹]]&lt;br /&gt;
* [[古手川祐子]]（同じバーニンググループの[[A-team (芸能プロダクション)|A-team]]に移籍）&lt;br /&gt;
* [[小嶺麗奈]]&lt;br /&gt;
* [[高田みづえ]]（引退）&lt;br /&gt;
* [[松雪泰子]]&lt;br /&gt;
* [[水野美紀]]&lt;br /&gt;
* [[南沙織]]（引退）&lt;br /&gt;
* [[渡辺美奈代]]&lt;br /&gt;
* [[篠塚満由美|しのづかまゆみ]]&lt;br /&gt;
* [[石野真子]]&lt;br /&gt;
* [[井澤健]]&lt;br /&gt;
* [[松方弘樹]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== バーニングプロ銃撃事件(2001年5月9日) == &lt;br /&gt;
歌手の[[郷ひろみ]]やタレントの[[小泉今日子]]らが所属する東京・赤坂の大手芸能プロ「バーニングプロダクション」（周防郁雄社長）の1階窓に9日未明、銃弾2発が撃ち込まれ、窓ガラスが割られていたことが10日、分かった。事件当時、事務所内にはタレントや社員はいなかったといい、けが人はなかった。警視庁赤坂署は発砲事件として捜査している。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
調べによると、銃弾は事務所が使用している8階建てマンション1階の2部屋の窓ガラスに当たり、ガラス2枚が割れた。社長室として使われている部屋から弾頭が発見されている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[赤坂署]]によると、9日午後3時20分ごろ、匿名の男の声で「午前4時半ごろ、バーニングプロダクションの前で拳銃の発砲音を聞いた。怖くなって電話した」と110番通報があった。同署が事務所に駆けつけたが、事務所側は「マスコミの取材などで打ち合わせ中」と言い、1時間半にわたり入室を拒んだ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
署員が入室したのは午後5時。割れたガラスは窓枠ごと外され、すでに片づけられており、発砲の痕跡が見つからなかったが、午後9時ごろに社長室の窓ガラスから痕跡を発見したという。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
発砲当時、事務所は不在だったとみられ、けが人はなかった。9日は午前9時ごろから職員がいたが、事務所からは届けはなかった。室内から見つかった弾頭は22口径のものとみられ、専門家の話では、殺傷能力は低く、銃声も小さく、「発砲音とは分かりにくいはず」という。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
赤坂署は事務所にからむトラブルがなかったかどうか調べているが、「社長や責任ある立場の人物からは事情を聴けていない。近く事情を聴く」としている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同プロは、マネジャー歴も豊富な周防社長が昭和46年に設立。タレント育成とマネジメント業務を行い、小柳ゆきや内田有紀ら数々のスターを送り出してきた。社員数は30人程度だが、傘下に多くのプロダクションを持ち、音楽業界の中心的存在。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事務所は「銃撃は社員が不在の時だと思う。詳しい内容を分かる者がおらず、コメントできない」としている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 襲撃された日 ===&lt;br /&gt;
バーニング事務所が襲撃されたニュースは、芸能界に瞬く間に伝わりました。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
北島三郎主催のコンペが行われていたゴルフ場での関係者の行動。「ちょうと3ラウンド、4ラウンドあたりかな、携帯電話で知らせが来たのは。何だか大事件のような感じで、プロダクション関係者やマスコミ関係者などがゴルフを取りやめて帰りましたよ」（関係者） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
至急帰社したところで、取材活動が助かるわけはないのです。どうせ、書けないのはみなわかっていますから。それでも帰るのは、そのように行動したという話題が欲しかっただけなのです。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
周防社長は最初あせりまくりました。まさか、自分のところがカチコまれるとは思わなかったからです。カチコミとは、やくざの世界では、脅し以外の何ものでもないからです。撃たれた銃弾は2発。しかも中国製。事務所は防弾ガラスで出来ています。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
周防社長があせった理由は、自分のところが打ち込まれる数時間前の出来事にあります。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
朝日新聞なら5月9日の夕刊、毎日新聞なら5月10日の朝刊の社会面に、小さな記事がありました。それは、東京・町田で[[稲川会]]系[[新井総業]]の[[新井智幸]]組長が、頭を一発打たれて殺されるという事件でした。33歳の組長の葬儀は、川崎でありました。マスコミ取材陣もほんの数名、確認に行っていました。新井（兄）組長は、山口組系後藤組の関連で、芸能界の仕事に食いついていました。周防社長もよく知っている方だったのです。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
社長の中では、自分の家の襲撃と射殺事件が１本の線で結びついてしまったのです。点と点を結び付けているマスコミ関係者も、少数ですがいます。雑誌記者や夕刊紙の記者が、日本青年社の安藤英雄顧問らと頻繁に接触したりしています。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「違うと思うよ。いろいろ（取材に）来るけどさ。周防さんは親分たちに顔が聞くから、本人がやばくなることはないよ」（右翼関係者） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なぜ周防社長は狙われたのでしょうか。いくつかの理由が、マスコミに流れました。GLAY絡み、細川たかし絡み、許永中絡み・・あまりにも思い当たるふしが多く、社長は困ってしまいました。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして社長はハワイやトルコに避難していました。襲撃されて半月が経とうとしていますが、警察の事情聴取はまだです。社長が日本にいなければ、できるわけありません。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
周防がカチコまれた背景は、やはり金でした。銃撃される数時間前、稲川会系新井総業の親分が脳天をずどんと打ち抜かれ、亡くなりました。その親分は周防が裏社会へお金を流す際の窓口役だったのです。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
周防は、困っている人がいれば、あちらもこちらも手助けいたします。それは、どこにもいい顔している八方美人的に見られてしまい危険だということで、周防は窓口を一本化しました。この町田の新井親分に流すから、後はどうにでも分けて欲しい。そういう密約がありました。ところが新井親分は自分ひとりでおいしい思いを独占してしまったため、怒り心頭の[[三本杉一家]]のみなさまに命を頂戴されてしまったわけです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== NHKとの癒着 ==&lt;br /&gt;
NHK「紅白歌合戦」出場歌手の世論調査が発表されたが、「週刊文春」にNHK最大のタブーとして&amp;quot;紅白キャスティングを握る芸能ブローカー&amp;quot;と報じられ、「世論が何だ？」と言えるような非常識なシステムが存在した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのブローカーこそ、バーニングプロダクションの周防郁雄社長の命を受けた[[椿勝]]氏である。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
NHK関係者によると、椿氏は「NHKのキャスティングを握る男」として知られ、「浜崎を出したかったら、俺に言えばやってやってもいいぞ」「モー娘。に出て欲しいなら、ひと声かけろよ」といった具合。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
バーニング系のタレントを使う場合、必ず椿氏に依頼するよう暗黙の了解で決まっており、1回につき最低50万円から100万円のコーディネート料を支払わなければならない。それは言うまでもなく、&amp;quot;皆様の受信料&amp;quot;で支払われている。椿氏を通して初めてバーニンググループとの交渉が得られるというが、通さなければ 「バーニンググループのタレントを全部、NHKから引き上げさせるからな」である。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
企画に難色を示すと、親指を立てて「オヤジが怒るぞ！」と圧力をかけてくる。その「オヤジ」とは周防社長のことである。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 怪文書の存在 === &lt;br /&gt;
[[阿子島たけし]]氏が辞任しなければレコード大賞に大きな傷がつくとして、プロダクション担当者で構成される「音楽業界有志一同」名で、辞任勧告文書が本人並びに関係者に送りつけられた。これに関して阿子島氏は、このような嫌がらせはよくあることと動じる様子も無く、「誰の仕業かわかっている」と周囲に漏らしていたと報じられた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== プロによる放火殺人 ====&lt;br /&gt;
阿小島夫婦は頻繁に連絡を取り合っていた。ディナーショーに出席した日、ホテル泊の可能性もあったが、外泊はせずに帰宅の途につく。そしてもし無事帰宅していたならば、実家に滞在中の妻を安心させる為に、間違いなく電話をしていた状況と思われが、実際には何の連絡もなかった。なぜか？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、阿子島たけし氏は日頃かなり深夜（午前2時頃）まで起きていたという。しかしその日午前零時には既に消灯していたらしい。戸塚駅のモニターに撮られた時刻が午後11時。日常習慣を考えると、それから1時間以内に就寝した可能性は低く、これらの疑問は途中で拉致等トラブルに巻き込まれた可能性を強く示唆する。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして拉致されたとすれば、合鍵の複製は容易であり、もはや火災現場は密室ではなくなる。そうなると警察が失火と断定した根拠は崩れ、放火の可能性が濃厚になる。因みに近隣の住人が、早朝出火時に爆発音を聞いている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 理解不可能な死体発見の遅れ ==== &lt;br /&gt;
早朝に火事のあった13日は、庭を覆い尽くすほど多数の消防士が現場を捜索。14、15日は多数の警官が現場を捜査。 そして16日、突如として庭先で焼死体が発見される。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自宅はそれほど広くはない。その限られた範囲を多数のプロが丸3日も費やして死体を発見できないことなどありえるはずがない。16日に初めて屋外を捜索し始めたという警察の弁解は到底信じ難い。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以上の疑問や謎と怪文書の存在を考え合わせると、もはやプロによる放火殺人を疑う余地は皆無なのである。もし本件を事故と結論付けるのであれば、警察買収という法治国家としてあるまじき事態を疑わざるを得なくなるであろう。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 異様に消極的なマスコミの報道姿勢 ==== &lt;br /&gt;
加えて不可解なのが、異様に消極的なマスコミの報道姿勢である。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
音楽評論家である阿子島氏は紛れも無く業界人。言わばマスコミの同業者・仲間なのだ。仲間が怪死したのであれば、マスコミとして最大限の協力を惜しまないのが当然であろう。にもかかわらず、目撃情報など情報提供を呼びかけることもせず、警察の手抜かりを追及する姿勢もない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それどころか、人々の脳裏から忘れ去らせようとする意図さえ感じられるのだ。腫れ物に触るような各マスコミの扱い方は、すでに本件が単なる事故ではないことを如実に物語っているではないか。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
必ず黒幕がいる。しかもその黒幕は、すべてのマスコミを一様に逡巡させるほど強大であり、すべてのマスコミは皆一様にその組織を想起したのである。これほどまでにマスコミ影響力を持った組織はそうあるものではない。そしてその組織は、もちろん芸能事務所である可能性が高いのである。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 阿子島氏の怪死がワイドショー等で取り扱われなかったもう一つの理由 ==== &lt;br /&gt;
マスコミに甚大な影響力を持った芸能事務所として真っ先に思い浮かぶのが、バー系と呼ばれるバーニングを中心とした事務所群だ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのバー系のタレント（略してバータレ）が次々と離婚を発表、一方で派手な熱愛パフォーマンスを披露と、翌週のワイドショーをほぼ独占したのである。結果的に本件が締め出されてしまったと考えられなくもない。これが偶然であろうか？すべて計画的と考えれば自然で、そうでないとすればあまりに不自然ではないか？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 12日（月）阿子島氏深夜帰宅、実家滞在の妻に連絡なし、午前零時には消灯 &lt;br /&gt;
* 13日（火）早朝5時爆発音とともに出火、消防が現場を捜索 &lt;br /&gt;
* 14日（水）警察が現場を捜査 &lt;br /&gt;
* 15日（木）警察が現場を捜査 &lt;br /&gt;
* 16日（金）午前中焼死体発見、当日夜本人と断定 &lt;br /&gt;
* 17日（土）ワイドショー休み &lt;br /&gt;
* 18日（日）ワイドショー休み &lt;br /&gt;
* 19日（月）渡部（バー系）村上（バー系）離婚、矢田（バー系）押尾成田ド派手パフォーマンス &lt;br /&gt;
* 20日（火）渡部（午前）・村上（午後）離婚会見、矢田押尾ハワイ到着 &lt;br /&gt;
* 21日（水）内田（バー系）吉岡離婚第一報、阿子島たけし氏通夜 &lt;br /&gt;
* 22日（木）内田吉岡離婚ワイドショー席捲、阿子島たけし氏告別式 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 中枢事務所 ==&lt;br /&gt;
株式会社バーニングプロダクション &lt;br /&gt;
:代表取締役　周防郁雄 &lt;br /&gt;
:取締役　川村龍夫、周防美惠子、周防彰悟 &lt;br /&gt;
:監査役　進春子、宮地幸憲 &lt;br /&gt;
:株主構成　周防郁雄（80％） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
株式会社[[バーニングパブリッシャーズ]] &lt;br /&gt;
:代表取締役　周防彰悟 &lt;br /&gt;
:専務取締役　進亮 &lt;br /&gt;
:常務取締役　樋口紀男 &lt;br /&gt;
:取締役　頓所博克、川村龍夫、日高（旧姓：高田）みづえ &lt;br /&gt;
:監査役　藤谷亀子 &lt;br /&gt;
:株主構成　周防郁雄（67.5％）、バーニングプロダクション、周防彰悟、樋口紀男、川村龍夫 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
株式会社ビッグアップル &lt;br /&gt;
:代表取締役　木村正明 &lt;br /&gt;
:取締役　内田みさき、鈴木伸佳 &lt;br /&gt;
:監査役　樋口紀男 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
株式会社サムデイ &lt;br /&gt;
:代表取締役　高橋裕 &lt;br /&gt;
:取締役　大迫悦子、木村正明 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
株式会社[[オフィスプロペラ]] &lt;br /&gt;
:代表取締役社長　木村正明 &lt;br /&gt;
:代表取締役　小林甫 &lt;br /&gt;
:取締役　周防郁雄、本田一行、樋口知子 &lt;br /&gt;
:監査役　鈴木政信 &lt;br /&gt;
:株主構成　木村正明（6000株）、周防郁雄（4800株）、川村龍夫（4800株）、小林甫（4000株） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
株式会社プロシード &lt;br /&gt;
:代表取締役　石川宏明 &lt;br /&gt;
:取締役　木村正明、樋口紀男、登内二郎、丸山隆、森茂樹 &lt;br /&gt;
:監査役　大畑美津子 &lt;br /&gt;
:株主構成　オフィスプロペラ（35％） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
株式会社オオハタ &lt;br /&gt;
:代表取締役　大畑美津子 &lt;br /&gt;
:取締役　磯貝朝弘、野村義生 &lt;br /&gt;
:監査役　宮崎伊久雄 &lt;br /&gt;
:株主構成　大畑美津子、磯貝朝弘、野村義生 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
進商事株式会社 &lt;br /&gt;
:代表取締役　周防美惠子 &lt;br /&gt;
:取締役　進亮、北川正雄 &lt;br /&gt;
:監査役　磯貝朝弘 &lt;br /&gt;
:株主構成　周防美惠子（80％）、磯貝朝弘（20％） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
株式会社プロダクションオーロラ &lt;br /&gt;
:代表取締役　小菅光雄 &lt;br /&gt;
:取締役　小菅加代子、木村正明 &lt;br /&gt;
:監査役　小林甫 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
有限会社ウィーズ・ミュージック &lt;br /&gt;
:代表取締役　関野治也 &lt;br /&gt;
:取締役　関野万紀子（小学館「女性セブン」編集長） &lt;br /&gt;
:株主構成　関野治也 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Grick]]株式会社 &lt;br /&gt;
:代表取締役　進亮 &lt;br /&gt;
:取締役　後藤正好&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== [[AKB48]]との関係 ==&lt;br /&gt;
[[Image:AKBとバーニング1.jpg|700px]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Image:AKBとバーニング2.jpg|700px]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Image:AKBとバーニング3.jpg|700px]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Image:AKBとバーニング4.jpg|700px]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Image:AKBとバーニング5.jpg|700px]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Image:AKBとバーニング6.jpg|700px]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Image:AKBとバーニング7.jpg|700px]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Image:AKBとバーニング8.jpg|700px]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Image:AKBとバーニング9.jpg|700px]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連企業 ==&lt;br /&gt;
* [[バーニンググループ]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[暁星国際高等学校]]&lt;br /&gt;
* [[暴力団]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.webburning.com/ 公式サイト]&lt;br /&gt;
* [http://www.burning-ty.com/ バーニングタレント養成所]&lt;br /&gt;
* [http://d.hatena.ne.jp/light-is-right/20050711 芸能界勢力分布]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:はーにんくふろたくしよん}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の芸能事務所]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都の企業]]&lt;br /&gt;
[[Category:バーニンググループ|ふろたくしよん]]&lt;br /&gt;
[[Category:企業舎弟]]&lt;br /&gt;
[[Category:後藤組]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>49.98.136.21</name></author>	</entry>

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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%91%A8%E9%98%B2%E9%83%81%E9%9B%84&amp;diff=321883</id>
		<title>周防郁雄</title>
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				<updated>2016-05-11T07:11:32Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;49.98.136.21: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''周防 郁雄'''（すほう いくお、[[1941年]]（[[昭和16]]年）[[1月11日]] - ）は、[[日本]]を代表する[[芸能事務所]]経営者の1人で、業界大手である[[バーニングプロダクション]]の社長・[[芸能プロモーター]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
著作権ビジネスを真っ先に取り入れ[[サザンオールスターズ]]や[[浜崎あゆみ]]など数々の権利を所有。[[バーニンググループ|バーニング帝国]]のドンとして君臨している。また政財界、裏社会へのパイプが太いとも言われ、黒い噂も絶えない。[[浜田幸一]]（1928年 - ）の運転手をしていたという過去もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また己の系列下のタレント（バータレと俗称される）とキャラクターが重複しているので目障りである他社のタレントや、自系列に従属させた際には膨大な利益が見込まれるような能力に秀でたタレントにたいしては、影響力のあるメディアを使ってバッシングを仕掛けてタレント価値を下落させ、その後相手事務所の”降伏”によって己の従属下におき、その後にメディアで逆に賞賛の記事を書かせタレント価値を元に戻させ、膨大なマージンを得るという、マッチポンプ的な戦略を頻繁に行っているといわれている。（これが、彼が[[ジャニーズ事務所]]より世間に批判にさらされやすい理由といえる。ジャニーズは他の事務所の男性タレントを叩く時があるが、タレントを他から獲得したりはしないし、新人も自社のタレントが稼ぎ出した資金を使って育てている。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 略歴 ==&lt;br /&gt;
*1941年（昭和16年）1月11日、[[千葉県]][[市原郡]]姉崎町（現･[[市原市]]）生まれ。 &lt;br /&gt;
*[[1960年]]（昭和35年）、私立[[市川高等学校]]を卒業。 &lt;br /&gt;
*千葉県議会議員の浜田幸一の運転手を経て[[新栄プロダクション]]に入社。新栄プロ時代は住み込みで[[北島三郎]]の運転手などもしていた。 &lt;br /&gt;
*[[1968年]]（昭和43年）、堀プロダクション（現・[[ホリプロ]]）に転じた。 &lt;br /&gt;
*[[1971年]]（昭和46年）、国際プロダクションを設立、代表取締役社長に就任。同社はその後所属していた歌手・[[本郷直樹]]のヒット曲「燃える恋人」にちなんでバーニングプロダクションと改称した。 &lt;br /&gt;
*[[1973年]]（昭和48年）、[[バーニングパブリッシャー]]を設立。音楽著作権ビジネスに乗り出す。 &lt;br /&gt;
*現在はバーニングプロダクション、[[福家書店]]等の代表取締役社長である。 &lt;br /&gt;
*妻の[[進美恵子]]とは戸籍上は離婚しているが現在も内縁関係にある。 &lt;br /&gt;
*長男の[[周防彰悟]]は[[音楽プロデューサー]]で、バーニングパブリッシャーズ代表取締役。 &lt;br /&gt;
*[[進亮]]は美恵子夫人の連れ子なので母方の進姓を名乗っている（従って亮は彰悟の異父兄にあたる）。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 総帥・周防 郁雄（すほう いくお） == &lt;br /&gt;
株式会社バーニングプロダクション代表取締役・株式会社[[オフィスプロペラ]]取締役・株式会社[[ファーンウッド]]取締役 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
千葉県市原市出身　東京都港区赤坂在住 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 昭和16年1月11日生れ&lt;br /&gt;
* 昭和35年[[市川高校]]卒業、新栄プロダクションに入社&lt;br /&gt;
* 昭和43年ホリプロダクションに転じ&lt;br /&gt;
* 昭和46年バーニングプロダクションを設立代表取締役に就任す &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[浜田幸一]]代議士の運転手をしていた周防郁雄は、千葉県館山の[[石井博]]が経営する大千葉建設で働いていた[[西川良次]]と知遇を得る。西川良次の実弟が西川興行社（現在の新栄プロダクション）を経営している[[西川幸男]]だと知り、芸能界への憧れが人一倍強かった周防は、良次に頼みこんで西川興行社に住み込み修業でもぐり込む。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
周防がバーニングプロダクションを設立したとき、新栄プロ時代の同僚であった鈴木照義が周防の手助けをするため入社した。新栄プロとバーニングで芸能界の人脈を得た鈴木は、現在、業界の祝儀・不祝儀の花を扱う会社「マル源」代表。西川幸男の運転手を周防氏から継いだ木村正明氏は、その後独立して、プロモーション会社「オフィスプロペラ」を設立した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
周防郁雄が1970年11月に国際興行プロダクションを設立。スタッフは作曲家の聖川湧、日本コロムビアの文芸部長だった新鞍武千代、新栄プロダクションにいた鈴木照義。「国際興行プロダクション」という社名がすでに赤坂地区に存在していたのがわかり、所属歌手本郷直樹の曲「燃える恋人」から「バーニングプロダクション」と改称。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== バーニング帝国 ==&lt;br /&gt;
周防は浜田幸一、北島三郎の運転手を務め、新栄プロ、ホリプロを渡り歩きながら力を付け、ハマコーとの関連から政界にも顔が利き、事件・事故のもみ消し、隠蔽を図ることができる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
版権ビジネスに目を付け、所属アーティストのみならず「勝手にシンドバッド」「いとしのエリー」など初期のサザンオールスターズや小室哲哉作品、浜崎あゆみ、Every Little Thing、広瀬香美、melody.など楽曲の頒布権を所有。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
資金薄となったプロダクションに資金を提供し、その見返りに軍門に下らせる。系列となったプロダクションを番組、イベントなどにブッキングする代わりにギャラのマージンを大量に搾取するなどやりたい放題。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、マスコミ、政界にも顔が利くため、事件を起こしたタレントにその隠蔽を図る代償として、ギャラ、頒布権などを強奪する。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
批判記事を書いた媒体には、系列のタレントが出演してる企業のCMや広告を取り下げる（広告で成り立っている雑誌の収益をなくす）とオドし、徹底的に叩く。一方、自分たちを持ち上げる記事書く雑誌は優遇し、豪快な接待でもてなすというアメとムチを用いて、マスコミを懐柔する。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
バーニングプロダクション本体のタレント数は少ないが、系列に数多くのプロダクションがあり、日本の芸能プロダクションの実に７割が単純に数の上ではバーニング系ともいわれ、タレントはバータレと揶揄される。バーニング及びケイダッシュ系のタレントが主演するとそのドラマのキャスティングをバーニング系に埋め尽くされてしまう場合が多い。放送するテレビ局側のプロデューサーが出演者のキャスティングを決めるのではなく、高圧的にプロダクション側からタレントを押し付けられる。音事協所属。音事協の代理人を名乗る。所属事務所同士のつながりがある。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
業界で周防郁雄の名が知られるようになったのは、[[南沙織]]を引き抜いてからだ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
タレントばかりじゃない。キャンディーズの担当をしていた渡辺プロの大里洋吉やホリプロの市村義文など、若くて優秀で、独立願望が強いマネージャーたちに金銭面で援助をして独立を促した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時強大だった大手芸能プロダクションを人材面から切り崩すことに成功した。大手プロダクションの加盟する社団法人日本音楽事業者協会（音事協）では、いわゆる加盟社間での「引き抜き」を禁じている。バーニングは音事協加盟社だが、周防は、いまだに音事協に所属していない小さなプロダクションやモデル事務所に目をつけて、引き抜きをやっている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[中山美穂]]を見つけて育ててきた社長は、「周防に中山美穂も会社も取られた」とぼやいている。バーニング商法の問題はここにある。バーニングは、小さなプロダクションを結果的に泣かせるようなことを繰り返し行っている。[[鈴木蘭々]]は本格的な歌手活動をするために心機一転を図りたかった。そんな折、周防社長と所属事務所ミナクルカンパニーの並木社長が話し合い、移籍が決まった。バーニングとは並木社長がジャニーズ事務所でマネージャーをしていたころからの付き合いで関係も深く、彼女の曲の権利もバーニングパブリッシャーズが所有していた。 とはいえ、育ててきた稼ぎ頭の鈴木蘭々の移籍だけに、社長はひどくショックを受けていた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 暴力団共生者 ==&lt;br /&gt;
暴力団を本格的に芸能界に引き入れたのが周防だったと言われる。強いヤクザが大好きで、ケツモチを変遷させてきた。エコテック（旧・伸葉都市開発）を通じて億単位の投資した千葉県銚子市の産業廃棄物最終処分場設置計画事業が頓挫。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
周防郁雄の原風景は、千葉県木更津市の[[稲川会]][[三日月一家]]にある。バーニングプロのケツモチは、[[住吉会]]住吉一家大日本興行に始まり、五代目[[山口組]]健竜会、山口組宅見組、住吉会、稲川会三本杉一家、山口組[[後藤組]]と変遷してきた。今は神戸山口組系の西(尼崎)の組織や工藤會と言われている。周防のヤクザ好きは、救いようのない病気である。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== バーニングプロ銃撃事件(2001年5月9日) == &lt;br /&gt;
歌手の[[郷ひろみ]]やタレントの[[小泉今日子]]らが所属する東京・赤坂の大手芸能プロ「バーニングプロダクション」（周防郁雄社長）の1階窓に9日未明、銃弾2発が撃ち込まれ、窓ガラスが割られていたことが10日、分かった。事件当時、事務所内にはタレントや社員はいなかったといい、けが人はなかった。警視庁赤坂署は発砲事件として捜査している。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
調べによると、銃弾は事務所が使用している8階建てマンション1階の2部屋の窓ガラスに当たり、ガラス2枚が割れた。社長室として使われている部屋から弾頭が発見されている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[赤坂署]]によると、9日午後3時20分ごろ、匿名の男の声で「午前4時半ごろ、バーニングプロダクションの前で拳銃の発砲音を聞いた。怖くなって電話した」と110番通報があった。同署が事務所に駆けつけたが、事務所側は「マスコミの取材などで打ち合わせ中」と言い、1時間半にわたり入室を拒んだ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
署員が入室したのは午後5時。割れたガラスは窓枠ごと外され、すでに片づけられており、発砲の痕跡が見つからなかったが、午後9時ごろに社長室の窓ガラスから痕跡を発見したという。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
発砲当時、事務所は不在だったとみられ、けが人はなかった。9日は午前9時ごろから職員がいたが、事務所からは届けはなかった。室内から見つかった弾頭は22口径のものとみられ、専門家の話では、殺傷能力は低く、銃声も小さく、「発砲音とは分かりにくいはず」という。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
赤坂署は事務所にからむトラブルがなかったかどうか調べているが、「社長や責任ある立場の人物からは事情を聴けていない。近く事情を聴く」としている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同プロは、マネジャー歴も豊富な周防社長が昭和46年に設立。タレント育成とマネジメント業務を行い、小柳ゆきや内田有紀ら数々のスターを送り出してきた。社員数は30人程度だが、傘下に多くのプロダクションを持ち、音楽業界の中心的存在。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事務所は「銃撃は社員が不在の時だと思う。詳しい内容を分かる者がおらず、コメントできない」としている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 襲撃された日 ===&lt;br /&gt;
バーニング事務所が襲撃されたニュースは、芸能界に瞬く間に伝わりました。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
北島三郎主催のコンペが行われていたゴルフ場での関係者の行動。「ちょうと3ラウンド、4ラウンドあたりかな、携帯電話で知らせが来たのは。何だか大事件のような感じで、プロダクション関係者やマスコミ関係者などがゴルフを取りやめて帰りましたよ」（関係者） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
至急帰社したところで、取材活動が助かるわけはないのです。どうせ、書けないのはみなわかっていますから。それでも帰るのは、そのように行動したという話題が欲しかっただけなのです。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
周防社長は最初あせりまくりました。まさか、自分のところがカチコまれるとは思わなかったからです。カチコミとは、やくざの世界では、脅し以外の何ものでもないからです。撃たれた銃弾は2発。しかも中国製。事務所は防弾ガラスで出来ています。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
周防社長があせった理由は、自分のところが打ち込まれる数時間前の出来事にあります。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
朝日新聞なら5月9日の夕刊、毎日新聞なら5月10日の朝刊の社会面に、小さな記事がありました。それは、東京・町田で[[稲川会]]系[[新井総業]]の[[新井智幸]]組長が、頭を一発打たれて殺されるという事件でした。33歳の組長の葬儀は、川崎でありました。マスコミ取材陣もほんの数名、確認に行っていました。新井（兄）組長は、山口組系後藤組の関連で、芸能界の仕事に食いついていました。周防社長もよく知っている方だったのです。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
社長の中では、自分の家の襲撃と射殺事件が１本の線で結びついてしまったのです。点と点を結び付けているマスコミ関係者も、少数ですがいます。雑誌記者や夕刊紙の記者が、日本青年社の安藤英雄顧問らと頻繁に接触したりしています。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「違うと思うよ。いろいろ（取材に）来るけどさ。周防さんは親分たちに顔が聞くから、本人がやばくなることはないよ」（右翼関係者） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なぜ周防社長は狙われたのでしょうか。いくつかの理由が、マスコミに流れました。GLAY絡み、細川たかし絡み、許永中絡み・・あまりにも思い当たるふしが多く、社長は困ってしまいました。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして社長はハワイやトルコに避難していました。襲撃されて半月が経とうとしていますが、警察の事情聴取はまだです。社長が日本にいなければ、できるわけありません。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
周防がカチコまれた背景は、やはり金でした。銃撃される数時間前、稲川会系新井総業の親分が脳天をずどんと打ち抜かれ、亡くなりました。その親分は周防が裏社会へお金を流す際の窓口役だったのです。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
周防は、困っている人がいれば、あちらもこちらも手助けいたします。それは、どこにもいい顔している八方美人的に見られてしまい危険だということで、周防は窓口を一本化しました。この町田の新井親分に流すから、後はどうにでも分けて欲しい。そういう密約がありました。ところが新井親分は自分ひとりでおいしい思いを独占してしまったため、怒り心頭の[[三本杉一家]]のみなさまに命を頂戴されてしまったわけです。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== NHKとの癒着 ==&lt;br /&gt;
NHK「紅白歌合戦」出場歌手の世論調査が発表されたが、「週刊文春」にNHK最大のタブーとして&amp;quot;紅白キャスティングを握る芸能ブローカー&amp;quot;と報じられ、「世論が何だ？」と言えるような非常識なシステムが存在した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのブローカーこそ、バーニングプロダクションの周防郁雄社長の命を受けた[[椿勝]]氏である。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
NHK関係者によると、椿氏は「NHKのキャスティングを握る男」として知られ、「浜崎を出したかったら、俺に言えばやってやってもいいぞ」「モー娘。に出て欲しいなら、ひと声かけろよ」といった具合。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
バーニング系のタレントを使う場合、必ず椿氏に依頼するよう暗黙の了解で決まっており、1回につき最低50万円から100万円のコーディネート料を支払わなければならない。それは言うまでもなく、&amp;quot;皆様の受信料&amp;quot;で支払われている。椿氏を通して初めてバーニンググループとの交渉が得られるというが、通さなければ 「バーニンググループのタレントを全部、NHKから引き上げさせるからな」である。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
企画に難色を示すと、親指を立てて「オヤジが怒るぞ！」と圧力をかけてくる。その「オヤジ」とは周防社長のことである。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 怪文書の存在 === &lt;br /&gt;
[[阿子島たけし]]氏が辞任しなければレコード大賞に大きな傷がつくとして、プロダクション担当者で構成される「音楽業界有志一同」名で、辞任勧告文書が本人並びに関係者に送りつけられた。これに関して阿子島氏は、このような嫌がらせはよくあることと動じる様子も無く、「誰の仕業かわかっている」と周囲に漏らしていたと報じられた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== プロによる放火殺人 ====&lt;br /&gt;
阿小島夫婦は頻繁に連絡を取り合っていた。ディナーショーに出席した日、ホテル泊の可能性もあったが、外泊はせずに帰宅の途につく。そしてもし無事帰宅していたならば、実家に滞在中の妻を安心させる為に、間違いなく電話をしていた状況と思われが、実際には何の連絡もなかった。なぜか？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、阿子島たけし氏は日頃かなり深夜（午前2時頃）まで起きていたという。しかしその日午前零時には既に消灯していたらしい。戸塚駅のモニターに撮られた時刻が午後11時。日常習慣を考えると、それから1時間以内に就寝した可能性は低く、これらの疑問は途中で拉致等トラブルに巻き込まれた可能性を強く示唆する。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして拉致されたとすれば、合鍵の複製は容易であり、もはや火災現場は密室ではなくなる。そうなると警察が失火と断定した根拠は崩れ、放火の可能性が濃厚になる。因みに近隣の住人が、早朝出火時に爆発音を聞いている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 理解不可能な死体発見の遅れ ==== &lt;br /&gt;
早朝に火事のあった13日は、庭を覆い尽くすほど多数の消防士が現場を捜索。14、15日は多数の警官が現場を捜査。 そして16日、突如として庭先で焼死体が発見される。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自宅はそれほど広くはない。その限られた範囲を多数のプロが丸3日も費やして死体を発見できないことなどありえるはずがない。16日に初めて屋外を捜索し始めたという警察の弁解は到底信じ難い。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以上の疑問や謎と怪文書の存在を考え合わせると、もはやプロによる放火殺人を疑う余地は皆無なのである。もし本件を事故と結論付けるのであれば、警察買収という法治国家としてあるまじき事態を疑わざるを得なくなるであろう。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 異様に消極的なマスコミの報道姿勢 ==== &lt;br /&gt;
加えて不可解なのが、異様に消極的なマスコミの報道姿勢である。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
音楽評論家である阿子島氏は紛れも無く業界人。言わばマスコミの同業者・仲間なのだ。仲間が怪死したのであれば、マスコミとして最大限の協力を惜しまないのが当然であろう。にもかかわらず、目撃情報など情報提供を呼びかけることもせず、警察の手抜かりを追及する姿勢もない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それどころか、人々の脳裏から忘れ去らせようとする意図さえ感じられるのだ。腫れ物に触るような各マスコミの扱い方は、すでに本件が単なる事故ではないことを如実に物語っているではないか。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
必ず黒幕がいる。しかもその黒幕は、すべてのマスコミを一様に逡巡させるほど強大であり、すべてのマスコミは皆一様にその組織を想起したのである。これほどまでにマスコミ影響力を持った組織はそうあるものではない。そしてその組織は、もちろん芸能事務所である可能性が高いのである。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 阿子島氏の怪死がワイドショー等で取り扱われなかったもう一つの理由 ==== &lt;br /&gt;
マスコミに甚大な影響力を持った芸能事務所として真っ先に思い浮かぶのが、バー系と呼ばれるバーニングを中心とした事務所群だ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのバー系のタレント（略してバータレ）が次々と離婚を発表、一方で派手な熱愛パフォーマンスを披露と、翌週のワイドショーをほぼ独占したのである。結果的に本件が締め出されてしまったと考えられなくもない。これが偶然であろうか？すべて計画的と考えれば自然で、そうでないとすればあまりに不自然ではないか？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 12日（月）阿子島氏深夜帰宅、実家滞在の妻に連絡なし、午前零時には消灯 &lt;br /&gt;
* 13日（火）早朝5時爆発音とともに出火、消防が現場を捜索 &lt;br /&gt;
* 14日（水）警察が現場を捜査 &lt;br /&gt;
* 15日（木）警察が現場を捜査 &lt;br /&gt;
* 16日（金）午前中焼死体発見、当日夜本人と断定 &lt;br /&gt;
* 17日（土）ワイドショー休み &lt;br /&gt;
* 18日（日）ワイドショー休み &lt;br /&gt;
* 19日（月）渡部（バー系）村上（バー系）離婚、矢田（バー系）押尾成田ド派手パフォーマンス &lt;br /&gt;
* 20日（火）渡部（午前）・村上（午後）離婚会見、矢田押尾ハワイ到着 &lt;br /&gt;
* 21日（水）内田（バー系）吉岡離婚第一報、阿子島たけし氏通夜 &lt;br /&gt;
* 22日（木）内田吉岡離婚ワイドショー席捲、阿子島たけし氏告別式 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 2001年　事務所銃撃事件以降 ==&lt;br /&gt;
[[2001年]]、[[赤坂]]の[[バーニングプロ]]の事務所に銃弾が二度ぶち込まれるという事件が起こった。以降、周防は表舞台から消え、業界では彼のパワーは落ちたといわれるようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ところが、06年から07年にかけての、[[藤原紀香]]と[[陣内智則]]の&amp;quot;結婚騒動&amp;quot;で、周防はイニシアティブを取り、その健在振りが明らかになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「[[紙の爆弾]]」（[[鹿砦社]]）07年3月号で、「バーニングに結婚&amp;quot;させられた&amp;quot;藤原紀香と吉本興業の怒りは爆発寸前!!」というタイトルの記事が掲載されたところ、バーニング側は、記事内容が名誉毀損に当たると、筆者と出版元の鹿砦社に対して損害賠償請求を起こした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
公判では、被告側が、原告である周防の証人出廷を求めたにもかかわらず、裁判所はそれを認めず、第一審判決は「被告は連帯して、周防とバーニングにそれぞれ110万円ずつ払え」という判決だった。当然、被告側はこれを不服として高裁に控訴。だが、裁判官斡旋の和解協議の場で、裁判長の口から「芸能界って、よく分からない&lt;br /&gt;
んですよ」という言葉を聞いて愕然とした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高裁判決を待つ間に、紀香と陣内は離婚。この離婚報道も、偏向された。また、関西の&amp;quot;毒舌タレント&amp;quot;の[[北野誠]]が、周防らへの発言が原因で、芸能界から追放されるという象徴的な事件が起こった。これは、簡単にいえば、&amp;quot;強いものには巻かれろ&amp;quot;という芸能界特有の「力学」が働いたゆえの帰結でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
にもかかわらず、芸能界を理解できない裁判官によって、昨年の7月に控訴は棄却。最高裁に上告したが、再び棄却で、完全敗訴した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、ここ数年、周防の高校の同級生である芸能プロ・[[ケイダッシュ]]の[[川村龍夫]]会長が、周防と同様に&amp;quot;芸能界のドン&amp;quot;を気取っている。毎年1月に開かれ、いまや芸能界の恒例行事となった川村の誕生日祝いを兼ねた事務所の新年会には、今年もあふれんばかりどころか、あふれることがわかっていながら、業界関係者が大挙してお祝いに駆けつけたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そもそも、お客が1000人以上集まることをわかっていながら、半分のキャパシティしかない会場で開催。入場者は会場の前に列をつくり、ごった返す場内では、事務所スタッフが川村の居場所を知らせるためのプラカードを持って歩いていたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
川村が率いるケイダッシュでは、昨年、所属していたフリーアナの[[川田亜子]]さんが自殺。しかも、川村の腹心と言われた[[谷口元一]]という役員が川田さんと関係があったといわれているにもかかわらず、会社の最高責任者であるはずの川村自身は説明をせず、社会的責任も明らかにしない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また棄却と同時に、この裁判の被告:鹿砦社の[[松岡利康]]氏が、再び、パチスロメーカー「[[アルゼ]]」（現・ユニバーサルエンタテイメント）の取締役会長の[[岡田和生]]から、名誉毀損ならびに偽計業務妨害で刑事告訴された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
松岡氏は05年に、アルゼの岡田や阪神タイガース元球団職員に対する名誉毀損罪で逮捕・長期勾留され、有罪判決を受けた。その後も、アルゼ批判を掲載したことで、岡田は昨年、再び松岡氏を刑事告訴。松岡氏は、現在、当局の事情聴取などを受けているという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アルゼの岡田と新政権の一翼を担っている亀井静香金融相が旧知の仲であることは周知の事実。昨年のアルゼ40周年記念式典にも出席するほどの蜜月関係だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
押尾学事件でも、パチンコ業界の黒幕を自称する[[安藤英雄]]や押尾のスポンサーといわれるパチンコ・メーカー「[[フィールズ]]」の[[山本英俊]]会長、さらに、その昔&amp;quot;政界のフィクサー&amp;quot;と呼ばれ、パチンコのプリペイドカード導入に一役買ったとされる[[熊取谷稔]]らが、押尾事件の真相をもみ消そうと警察に圧力をかけた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 故・[[中村勘三郎]]さんをバックアップし続けた“芸能界のドン”との意外な関係 ==&lt;br /&gt;
「人間として表現者として、本当に、最高にチャーミングな生きざまを見せ続けてくださった勘三郎さんの存在は、いつまでも私たちに光やエネルギーを与え続けてくださると信じています」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
亡くなった歌舞伎俳優・中村勘三郎さんを悼んで、女優の[[宮沢りえ]]は悲しみをそう表現した。各スポーツ紙で、勘三郎さんとりえとの関係は「1999年のNHK大河ドラマ『元禄繚乱』で共演した」とされていたが、2人はかつて不倫騒動でマスコミをにぎわせていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「りえが当時の人気力士・[[貴花田]]（現・貴乃花親方）と婚約破棄後、彼女を支えたのが勘三郎さんで、いつしか2人は親密な関係に発展。そして、りえが勘三郎の定宿だった京都のホテルで手首を切る自殺未遂騒動を起こした。勘三郎は会見で事故であることを強調したが、勘三郎との関係に悩んで手首を切ったことは明らか。そんな騒動があっただけに、りえがコメントしたのは驚きだった」（スポーツ紙デスク）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時、勘三郎さんはすでに映画やバラエティ番組などに出演し、歌舞伎役者という枠を超えた人気・知名度だったが、「りえとの騒動後、歌舞伎界を背負って立つ大スターに成長していった。女遊びもあったが、マスコミが騒ぐことは少なかった」（同）という。実は、その陰には芸能界の大物の多大なる尽力があった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「りえとのスキャンダルは、勘三郎さんにとって、それまでの人生で最大のピンチといってもよかった。その際、相談に乗り、スキャンダルをなんとか収めたのが“芸能界のドン”ことバーニングプロダクションの周防郁雄社長。りえとの一件ですっかり勘三郎さんの心をつかんでしまったため、以後、勘三郎さんを所属タレント以上に何かと気にかけていた。マスコミを集めるような芸能イベントに顔を出すことがほとんどない周防氏だが、都内の書店で勘三郎さんが写真集発売記念イベントを行った際には、早朝にもかかわらず、わざわざ足を運んでいたという。勘三郎さんは、りえとの騒動の後も[[牧瀬里穂]]、[[米倉涼子]]らと浮名を流したが、バックに周防氏が控えていなかったら、スキャンダルがバンバン出てバッシングを浴びていたに違いない。以前、息子の七之助が泥酔してタクシーに無賃乗車し、駆けつけた警察官を殴る騒動を起こした際にも周防氏がしっかり腕利きの弁護士を用意して謝罪会見に同席させ、うまく場を収めた。今後、息子の勘九郎と七之助も周防氏が父親と変わらずバックアップしていくと思われる」（歌舞伎関係者）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
強力な後ろ盾があるだけに、天国の勘三郎さんも安心して2人の息子の成長ぶりを見守ることになりそうだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 「バーニングを絶対潰す！」“芸能界のドン”を追及し、“無実の罪”で逮捕された暴力団組長が命を懸けた反撃宣言(2014年5月) ==  &lt;br /&gt;
「[[月刊サイゾー]]」[[2013年]]11月号のスクープインタビュー（「[[モー娘。]]の肉弾接待は本当にあったのか？ 芸能界のドンを撃つ大物組長の独占告白！」）は、芸能界に大きな波紋を呼んだ。“芸能界のドン”の元用心棒である[[暴力団]][[組長]]が、衝撃告発をしたのだ。だが、4月に同氏は突如逮捕されることに――。この間、何が起こったのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[政治結社]]「[[大日本新政會]]」の総裁である[[笠岡和雄]]氏（70歳）は、[[神戸]]を拠点とする非指定暴力団「2代目[[松浦組]]」の組長でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな笠岡氏だが、かつては“芸能界のドン”として業界内に隠然たる影響力を持っている、バーニングプロダクションの周防郁雄社長（73歳）の[[用心棒]]を[[2001年]]から10年近く務めていた。周防氏に関係する「表には出せない裏の仕事」に深く関わっていたのだ。だが、2人の関係は、両者で手がけた新規事業をめぐる金銭トラブルが発端で破綻する。笠岡氏いわく「周防が一方的に、億単位の金銭返済の約束を反故にした」というのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それ以降、笠岡氏は新政會の[[ホームページ]]で周防氏の糾弾を開始。自身が見聞した周防氏の行状を告発してきたのだが、その内容は衝撃的なものばかりだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
周防氏が、[[NHK]]幹部を肉欲接待するために、[[モーニング娘。]]のメンバーを利用したり、バーニングプロから独立した女優・[[水野美紀]]を潰しにかかったりした話や、自身の下半身スキャンダルをネタに暴力団に恐喝された時や、知人である[[みのもんた]]が[[右翼]]から攻撃された時に、笠岡氏が裏側でそれらのトラブルを処理してきた話などなど……。それらが事実であれば、“芸能界のドン”が失脚することを必至の問題含みのエピソードである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに新政會は、昨年夏から街宣車を繰り出し、バーニングプロ事務所やその関連会社、周防氏と行動を共にしていた芸能プロ・[[テンカラット]]の[[小林栄太郎]]社長や新規事業の担当者だった[[某株式会社]]の[[A]]氏、さらに同プロとの関係が密接なテレビ局などに抗議活動を始めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
対する周防サイドは、新政會のホームページの閉鎖や街宣停止の仮処分を申請。裁判所がこれを認めると、新政會はサーバを転々とさせながらホームページを再公開したり、友好団体に街宣活動をさせたりと、一歩も引かず、徹底抗戦をしてきた。また、笠岡氏は「周防の依頼を受けた、復数の東西暴力団関係者が仲介に入ろうとしてきたが、すべて引き下がってもらった」ともいう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、今年の[[4月1日]]、事態が大きく動く。笠岡氏が突如、[[警視庁]]町田署に逮捕されたのだ。逮捕容疑は[[詐欺罪]]。[[2011年]]2月、[[東京都]][[港区]]内のマンションを賃貸契約する際、笠岡氏は自身が暴力団員であることを隠していたというもの。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このニュースは新聞やテレビでも報じられたが、笠岡氏は[[4月21日]]、処分保留で釈放される。詐欺容疑は無実と判断されたのだ。だが、高齢で心臓に持病を抱える笠岡氏は、20日にもおよぶ勾留生活で体調を崩し、すぐに入院することになった。その病床から、本誌に連絡が入る。笠岡氏は言う。「今回の逮捕は、周防が仕掛けたものだ」――。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
果たして、その根拠とは？　今の思いとは？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――今回の逮捕に、周防氏が関与しているのではないかという根拠は？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
笠岡&lt;br /&gt;
:警察と周防のつながりを匂わせる、伏線があった。オレと周防が揉めだすと、警察の連中がおかしな動きを始めたんだ。オレの知り合いのメディア関係者が、周防とNHKの癒着ぶりを取材し始めると、高輪警察の四課が記事の差止めに動いてきたことがあった。また、周防の用心棒を務める際、ヤツの頼みもあってバーニングが関係する[[麻布十番]]のビルの一室に入居したんだけど、オレと周防が揉め出すと、その翌年の11年6月に警視庁麻布署の組織犯罪対策課の警部補が2名やって来た。何かと思えば、「周防さんと揉めないでほしい」「このビルから退去してほしい」と。さもないと、オレが借りている[[浜松町]]の住居用マンションにガサ入れすると脅すわけだ。「周防は警察も使うのか」と驚いたし、こちらにやましいことはないけど、その気になれば、警察はどんな容疑でもでっち上げて、ガサに入る。マンションには子どもも住んでたし、面倒を避けたかったから、麻布十番のビルは出た。だから、この件は収まったもんだと思っていた。この浜松町のマンションというのが、今回、オレが詐欺を働いていたとされる物件だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――実際には、詐欺行為はなかったと？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
笠岡&lt;br /&gt;
:まったくない。この物件は[[UR都市機構]]のマンションで、そもそもは[[新宿]]の[[河田町]]にあるURの物件を借りていたんだけど、11年2月に浜松町に移った。その際の手続きは、不動産会社が代行して、オレは主だった契約書にはサインもしていない。貸主側から契約に暴力団排除条項があることの説明も受けていないし、2代目松浦組は指定暴力団でもないし、法律が定義している「集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体」でもない。検察も詐欺罪を立証できないと判断して、不起訴にした。つまり、警察のでっち上げだったわけだ。そもそも、8人もの捜査員が自宅にガサに入っても、押収したのはオレの名刺4枚だけ。オレの関係者に「20日で出すから」と言って、事務所奥のキッチンでタバコを吸いながら笑っていたという。警察は逮捕ありきで、オレを勾留期限いっぱいの20日間で釈放するつもりだった。つまり、最初から本気で捜査して、有罪に持ち込もうなんて気はなかったわけだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――とすると、警察の目的は？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
笠岡&lt;br /&gt;
:オレの身柄を拘束したかったんだろう。一時休止していたホームページの公開や街宣活動を今年の2月半ばから再開したところ、復数の暴力団関係者から「やめてくれ」との依頼が入った。周防に頼まれたんだと思う。でも、こっちはやめるわけにはいかない。そうしたら、今度は警察を使ってきた。しかも、マンションは港区にあるのに、町田署が動いた。以前動かした高輪署や麻布署だと露骨だと考えたのか、都心から離れた町田署にオレを閉じ込めたほうがいろいろと好都合と考えたのか。周防の顧問についている、元特捜検事だった、やり手[[弁護士]]が動いたのかもしれない。周防に甘い汁を吸わせてもらっている警察OBも復数いる。結果的に、オレは殺されそうになったわけだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――殺されそうに？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
笠岡&lt;br /&gt;
:オレは心臓に重度の疾患を抱えている[[身体障害者]]1級だ。これまでに7回も電気ショックで蘇生されているくらいで、主治医に処方してもらった強いクスリを常用していないと生きていけない。主治医からの「拘禁は致死的不整脈を引き起こす危険性が高い」という診断書も警察に出したが、それも無視された。勾留時にはクスリは取り上げられ、代わりに町田署からの依頼で町田市民病院が処方したクスリを飲まされたが、体に合うわけがない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:結果、逮捕から5日目に高血圧と不整脈で気を失って、ぶっ倒れた。しかも、町田には専門医がいないからと、小一時間かかって横浜の病院まで運ばれて、ろくな治療もせずに、また留置場に戻された。血圧は200以上、脈拍も120くらいから下がらない。そんな状態なのに、取り調べは終わっても、10日間の延長勾留を打たれた。容疑者なのに、人権や人命軽視の扱いで、いつ死んでもおかくない状態だった。今も体はガタガタだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――周防氏は、体の問題も知っていた上で逮捕させたと？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
笠岡&lt;br /&gt;
:そこまでの人でなしとは思いたくないが、少なくとも4月には街宣活動をされたら困る理由があったんじゃないか。オレを20日間は閉じ込めておきたかった理由が。シャバに出てきてから調べたところ、周防はオレが逮捕されることを、その前日に知っていたという。周防とつながりがある暴力団の人間も知っていた。ここまでの状況証拠が揃っていて、周防が今回の逮捕とは無関係とは言わせない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まだ揉める前、オレが[[糖尿病]]で足を切断しないといけないような状況で入院していたところ、周防とテンカラットの小林が「会長、死なないでください。私たちはどうなるんですか？」と心配してくれたが、今は逆。今年3月に都内でオレの心臓病が悪化し、救急車で運ばれたという情報も、周防やヤツとつながりがある暴力団が把握していたと聞く。その直後に、オレは逮捕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――周防氏に対して、言いたいことは？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
笠岡&lt;br /&gt;
:周防はこれまで、オレとの問題を収束させるために、7人もの暴力団員を仕向けてきた。中にはチャカ（拳銃）を忍ばせて来た者もいるし、指定暴力団のトップにまで相談しにいっていることが耳に入ってきている。周防が裏で動いていたという証拠の音声も揃っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:[[暴力団排除条例]]に抵触する違法行為をしているわけだ。脱税行為を裏付ける証拠もある。今回、ガサに入った捜査官にも言ったよ。「周防を挙げるための証拠も揃っているから、持ってけ。手柄になるだろう」と。そうしたら、「自分たちの仕事ではない」と見て見ぬふりだ。警視庁の中には、周防を逮捕したがっている連中もいるようだが、当てにならない。今後、オレが病気や事故で死んだり、新政會の運動員にケガ人が出るようなことがあれば、すべての証拠を公にする。もう金を返す返さないの問題じゃない。周防やヤツに手を貸した小林やA氏といった人間、バーニングプロやその関連会社を潰すまで、オレは徹底的に追及し続ける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 中枢事務所 ==&lt;br /&gt;
株式会社バーニングプロダクション &lt;br /&gt;
:代表取締役　周防郁雄 &lt;br /&gt;
:取締役　川村龍夫、周防美惠子、周防彰悟 &lt;br /&gt;
:監査役　進春子、宮地幸憲 &lt;br /&gt;
:株主構成　周防郁雄（80％） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
株式会社バーニングパブリッシャーズ &lt;br /&gt;
:代表取締役　周防彰悟 &lt;br /&gt;
:専務取締役　進亮 &lt;br /&gt;
:常務取締役　樋口紀男 &lt;br /&gt;
:取締役　頓所博克、川村龍夫、日高（旧姓：高田）みづえ &lt;br /&gt;
:監査役　藤谷亀子 &lt;br /&gt;
:株主構成　周防郁雄（67.5％）、バーニングプロダクション、周防彰悟、樋口紀男、川村龍夫 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
株式会社ビッグアップル &lt;br /&gt;
:代表取締役　木村正明 &lt;br /&gt;
:取締役　内田みさき、鈴木伸佳 &lt;br /&gt;
:監査役　樋口紀男 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
株式会社サムデイ &lt;br /&gt;
:代表取締役　高橋裕 &lt;br /&gt;
:取締役　大迫悦子、木村正明 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
株式会社オフィスプロペラ &lt;br /&gt;
:代表取締役社長　木村正明 &lt;br /&gt;
:代表取締役　小林甫 &lt;br /&gt;
:取締役　周防郁雄、本田一行、樋口知子 &lt;br /&gt;
:監査役　鈴木政信 &lt;br /&gt;
:株主構成　木村正明（6000株）、周防郁雄（4800株）、川村龍夫（4800株）、小林甫（4000株） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
株式会社プロシード &lt;br /&gt;
:代表取締役　石川宏明 &lt;br /&gt;
:取締役　木村正明、樋口紀男、登内二郎、丸山隆、森茂樹 &lt;br /&gt;
:監査役　大畑美津子 &lt;br /&gt;
:株主構成　オフィスプロペラ（35％） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
株式会社オオハタ &lt;br /&gt;
:代表取締役　大畑美津子 &lt;br /&gt;
:取締役　磯貝朝弘、野村義生 &lt;br /&gt;
:監査役　宮崎伊久雄 &lt;br /&gt;
:株主構成　大畑美津子、磯貝朝弘、野村義生 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
進商事株式会社 &lt;br /&gt;
:代表取締役　周防美惠子 &lt;br /&gt;
:取締役　進亮、北川正雄 &lt;br /&gt;
:監査役　磯貝朝弘 &lt;br /&gt;
:株主構成　周防美惠子（80％）、磯貝朝弘（20％） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
株式会社プロダクションオーロラ &lt;br /&gt;
:代表取締役　小菅光雄 &lt;br /&gt;
:取締役　小菅加代子、木村正明 &lt;br /&gt;
:監査役　小林甫 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
有限会社ウィーズ・ミュージック &lt;br /&gt;
:代表取締役　関野治也 &lt;br /&gt;
:取締役　関野万紀子（小学館「女性セブン」編集長） &lt;br /&gt;
:株主構成　関野治也 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Grick]]株式会社 &lt;br /&gt;
:代表取締役　進亮 &lt;br /&gt;
:取締役　後藤正好&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[実業家一覧]] &lt;br /&gt;
*[[暴力団]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:すほう いくお}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の実業家]]&lt;br /&gt;
[[Category:1941年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:千葉県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[category:バーニンググループの人物|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:後藤組]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>49.98.136.21</name></author>	</entry>

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