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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<title>上皇明仁</title>
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				<updated>2015-12-22T15:35:01Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;222.15.68.215: /* 関連項目 */ 天皇制廃止論&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:明仁1.jpg|350px|thumb|明仁天皇]]&lt;br /&gt;
[[Image:明仁2.jpg|350px|thumb|明仁天皇]]&lt;br /&gt;
'''明仁'''（あきひと、[[1933年]]（[[昭和]]8年）[[12月23日]] - ）は、[[日本]]の第125代[[天皇]]（在位:[[1989年]]（昭和64年）[[1月7日]] - ）である。[[平成時代]]においては「在位中の天皇」を意味する'''[[今上天皇]]'''とも呼ばれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[昭和天皇]]（第124代天皇）の第一[[皇子]]。母は[[香淳皇后]]。[[御称号]]は'''継宮'''（つぐのみや）。[[お印]]は'''榮'''（えい、[[キリ|桐]]の別名）。[[勲等]]は[[大勲位]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
[[1933年]]（昭和8年）に[[東京府]][[東京市]][[麹町区]]（現：[[東京都]][[千代田区]]）宮城（現：[[皇居]]）内の産殿にて誕生。[[1952年]]（昭和27年）に18歳で成年して[[皇太子]]となり、[[1989年]]（昭和64年）に昭和天皇の[[崩御]]を受け[[皇位]]を継承した。この間、[[1959年]]（昭和34年）に[[皇后美智子|正田美智子]]と婚姻し、[[皇太子徳仁親王|浩宮徳仁親王]]（現・皇太子）、[[秋篠宮文仁親王|礼宮文仁親王]]（現・秋篠宮文仁親王）、[[黒田清子|紀宮清子内親王]]（現・黒田清子）の二男一女がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高齢であるものの、公務・[[宮中祭祀]]ともに極めて旺盛に活動しており、天皇としての活動について非常に意欲的かつ勤勉であると伝えられることが多い。年間約1000件の書類に目を通して署名・押印し、約200回の各種行事に出席している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
歴代天皇の中では[[明治天皇]]および特に昭和天皇に寄せる気持ちが強いようであるが、皇太子時代には[[後奈良天皇]]に言及したこともある。また[[即位]]十周年の会見で述べているように、戦中育ちとして[[第二次世界大戦|先の大戦]]に寄せる気持には強いものがあり、過去に「[[6月23日]]（[[沖縄県|沖縄]][[慰霊の日]]）、[[8月6日]]（広島原爆忌）、[[8月9日]]（長崎原爆忌）、[[8月15日]]（[[終戦の日]]）の4つは忘れる事の出来ない日付である」旨の発言もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かつて[[琉球王国]]を征服した[[島津家]]（越前島津家・重富島津家当主・[[薩摩藩]]国父[[島津久光]]、[[明治維新]]後[[玉里島津家]]当主として10万石、[[華族令]]において[[公爵]]、島津久光公爵家初代当主）の血を引いていることから、沖縄への思いは深く、[[琉歌]]を幾つか詠んでいる。琉歌を詠んだ天皇は史上初めてである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1970年]]（昭和45年）から[[チェリスト]]・[[清水勝雄]]に師事して[[チェロ]]を嗜むほか、[[テニス]]をよくする（これは皇后と知り合うきっかけにもなった。いわゆる「テニスコートの恋」である）。このほか[[馬術]]、[[自動車]]の運転にも秀でている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 科学者として ===&lt;br /&gt;
[[Image:明仁3.jpg|350px|thumb|明仁天皇]]&lt;br /&gt;
[[魚類学|魚類学者]]としても知られ、[[ハゼ]]の[[分類学]]的研究者である。[[日本魚類学会]]に属して自らの研究に関して、28編の論文を同学会誌に発表している。[[1992年]]（平成4年）には『''[[サイエンス|Science]]''』誌に&amp;quot;Early cultivators of science in Japan&amp;quot;という題で寄稿している。また[[2000年]]（平成12年）および[[2008年]]（平成20年）には、日本国外の雑誌『''Gene''』に第一著者として論文が掲載されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
魚類学における業績は各国で評価され、学界において次のような役職にある。&lt;br /&gt;
* [[1980年]]（昭和55年）、ロンドン・[[カール・フォン・リンネ|リンネ]]協会外国会員。[[1986年]]（昭和61年）、同協会[[名誉会員]]。&lt;br /&gt;
* [[オーストラリア]][[博物館]]リサーチ・アソシエート。&lt;br /&gt;
* ロンドン動物学会名誉会員。&lt;br /&gt;
* [[アルゼンチン]]自然科学研究所永久名誉会員。&lt;br /&gt;
この他にも[[1998年]]（平成10年）には[[王立協会|ロンドン王立協会]]（ロイヤル・ソサエティ）からチャールズ2世メダルを受賞、[[2007年]]（平成19年）の欧州5か国訪問では[[スウェーデン]][[ウプサラ大学]][[名誉学員]]に列せられた。また長年のハゼの分類学的研究に対する貢献を称え、新種のハゼの一種の命名に、[[1992年]]（平成4年）には ''Platygobiopsis akihito'' と、[[2005年]]（平成17年）には ''[[Exyrias akihito]]'' と、彼の名を織り込んだ[[献名]]がなされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 略歴 ==&lt;br /&gt;
=== 幼少時代 ===&lt;br /&gt;
[[Image:明仁4.jpg|350px|thumb|明仁天皇]]&lt;br /&gt;
[[1933年]]（昭和8年）[[12月23日]]午前6時39分、宮城（現：[[皇居]]）内の産殿にて誕生。昭和天皇・香淳皇后の第5子にして初の皇子誕生とあって、国民的な祝福を受ける。称号「継宮」、名前「明仁」は、昭和天皇による命名で、いずれも[[明治]]3年[[1月3日 (旧暦)|1月3日]]（[[1870年]][[2月3日]]）の明治天皇の即位に際して発せられた詔勅「…立極垂統、列皇相承、'''継'''之述之…宣'''明'''治教以宣揚惟神之大道也…」に出典を求め、命名されたものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1936年]]（昭和11年）[[3月29日]]、満2歳で両親のもとを離れ、[[迎賓館|赤坂離宮]]構内の[[東宮御所|東宮仮御所]]で東宮傅育官によって育てられる。当初日曜日には宮中に帰っていたが、1か月を過ぎる頃から日曜日も東宮仮御所で過ごすようになった。慣例に従い、女児に近い格好で育てられていたが、[[学習院初等科]]入学に際し、おかっぱに伸ばしていた髪を無断で刈られ数日間塞ぎ込んだ。その後、「これからは、黙ってこんなことはしないでね」と抗議した。学習院時代は[[山梨勝之進]]校長のもとで教育を受け、内舎人・信国鉄蔵を師として剣道を練成した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1944年]]（昭和19年）、戦火の拡大により、初めは[[栃木県]][[日光市]]の[[日光田母沢御用邸記念公園|田母澤御用邸]]に、後に[[奥日光]]・湯元の南間ホテルに[[疎開]]し、当地で終戦を迎えた。終戦後に帰京。なお、皇太子は皇族身位令（明治43年[[皇室令]]第2号）第17条の規定に基づき、満10歳に達した後に陸海軍[[少尉]]に任官、[[近衛師団]]に入隊することとされており、軍部からもその旨要請があったが、昭和天皇の勅旨で任官していないため、軍歴はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1946年]]（昭和21年）10月から[[1950年]]（昭和25年）12月まで、昭和天皇の「西洋の思想と習慣を学ぶ」という方針に従い、[[アメリカ合衆国]]の著名な[[児童文学]]者にして[[クエーカー]]教徒の[[エリザベス・ヴァイニング]]（日本では「ヴァイニング夫人」として知られている）が[[家庭教師]]として就き、その薫陶を受ける。ヴァイニングを介して、[[ダグラス・マッカーサー]]とも会っている。彼女がやってきたとき、英語名（ジミーと伝わる）をつけられるのを拒否した。このほか学習院初等科時代に、色黒だったことから[[蚊取線香|蚊取り線香]]の素焼きの[[香炉]]を想起させたため「チャブ」と学友たちによってつけられた愛称が伝わる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 皇太子時代 ===&lt;br /&gt;
[[Image:明仁5.jpg|350px|thumb|明仁天皇]]&lt;br /&gt;
[[1952年]]（昭和27年）[[11月10日]]、皇居・表北ノ間で[[立太子の礼]]と皇太子成年式が挙行された。同日、[[大勲位]]に叙され、[[大勲位菊花大綬章|菊花大綬章]]を授けられる。また、立太子の礼に際しては、[[都道府県]]などがこれを祝う言葉を記した[[アドバルーン]]を都内上空に浮かべ、[[立太子]]を祝った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1953年]]（昭和28年）[[3月30日]]から同年[[10月12日]]までの半年余りにわたり、初の外遊。[[ヨーロッパ]]12か国およびアメリカ・[[カナダ]]を歴訪。同年[[6月2日]]、[[イギリス]]・[[エリザベス2世 (イギリス女王)|エリザベス2世]]の[[戴冠式]]へ昭和天皇の名代として参列。このとき地位は皇太子であったが、昭和天皇名代の格式が加わっていたため、応接する諸国では天皇としての応対を行なった。後年、[[2007年]]（平成19年）の訪欧前の会見においては、このことを回想して名代の立場の重さを思い、相手国を慮る趣旨の発言を行なっている。しかしこの外遊の結果、[[学習院大学]]の単位が不足し進級できず、長年の学友たちと学年が異なることを回避するため、以後は聴講生として学問を続ける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
外遊からの帰国直後の同年12月に、[[結核]]の感染を診断される。このとき、[[ストレプトマイシン]]などの特効薬が発見されており、それの投与による治療を受け、[[1957年]]（昭和32年）までにほぼ治癒した。このことは長らく公にされていなかったが、[[2009年]]（平成21年）3月に行われた、第60回結核予防全国大会の挨拶にて、自ら明かした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1957年]]（昭和32年）[[8月19日]]、避暑で訪れた[[軽井沢]]のテニストーナメントで[[皇后美智子|正田美智子]]と出会う。[[テニス]]を通して交際を深めた。宮内庁職員の作品展に「女ともだち」と題した彼女の[[写真]]を出品した。しかし彼女が資産家の令嬢とはいえ[[皇族]]・[[華族]]出身ではない&amp;lt;ref&amp;gt;ただし、正田家は新田氏に連なる古族であり、家格は高い。[[源義重|新田義重]]の重臣にして徳川郷郷主を引き継いだ[[生田隼人]]を遠祖とし、[[1591年]]（[[天正]]19年）には16代目にあたる[[生田義豊]]が[[徳川家康]]に拝謁して直接正田への改姓を命じられている。この折徳川郷に300石と正田家に徳川親氏までの当主が居住した新田氏の屋敷を賜り、歴代当主は将軍代替わりの際に拝謁を認められるなど数々の特権を認められた。代替わりの際に将軍拝謁を認められたのは他に天童織田家の家老生駒家が存在する。これは織田本家の外戚としての待遇であった。&amp;lt;/ref&amp;gt;ためお妃候補としてマークされることはなかった。徐々に皇太子が積極的に美智子との結婚を考えていると判ると、皇室内外から猛反対を受けた。昭和天皇の侍従長を務めた[[入江相政]]の著作『[[入江相政日記]]』には、「東宮様のご縁談について[[平民]]からとは怪しからん」と[[香淳皇后]]が[[雍仁親王妃勢津子|秩父宮妃勢津子]]、[[宣仁親王妃喜久子|高松宮妃喜久子]]の両親王妃とともに昭和天皇に訴えたという内容の記述がある。[[常磐会]]（学習院女子部の同窓会）会長[[松平信子]]ら旧華族の女性たちの反発も強く、信子に対しては昭和天皇自ら了承を求めてようやく決着したとも言われる。最終的に[[1958年]]（昭和33年）[[11月27日]]、結婚が[[皇室会議]]において満場一致で可決された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1959年]]（昭和34年）[[1月14日]]に[[納采の儀]]が、同年[[4月10日]]に[[結婚の儀]]が執り行われた。[[明治]]以降では初の民間出身・[[皇太子妃]]であり、また結婚に至る過程が報道されたこともあって、市民からは熱烈に歓迎され、国民的な「[[ミッチー・ブーム]]」が興る。成婚の[[パレード]]は盛大に行なわれ、国民の祝福を受けた。2人の成婚の様子を見るために、当時高価であった[[テレビ]]も普及し始めた。また婚礼を祝して「[[祝典行進曲]]」が作曲された。同年[[7月15日]]に、美智子妃の懐妊が発表された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1960年]]（昭和35年）[[2月23日]]に第一男子'''[[皇太子徳仁親王|浩宮徳仁親王]]'''が誕生。ミッチー・ブームがまだ冷めやらぬ成婚翌年のお世継ぎ誕生は、国民から盛大に祝福された。3月には妹・[[島津貴子|清宮貴子内親王]]が、明仁親王の学友だった[[島津久永]]と結婚した。同年[[9月22日]]から同年[[10月7日]]にかけて、美智子妃を伴ってアメリカ合衆国を16日間にわたり訪問した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1963年]]（昭和38年）には、美智子妃が第二子を流産した後、静養。育児以外にも、時代の風潮（[[1960年代]]は、デモ・学生運動など[[左翼]]の全盛期であった）などもあり、妃ともども苦労が多かった。「浩宮の代で最後になるのか」との明仁親王の発言があったと言われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1965年]]（昭和40年）[[11月30日]]、第二男子'''[[秋篠宮文仁親王|礼宮文仁親王]]'''が誕生。父・昭和天皇同様、[[タイ王国]]を始めとする[[東南アジア]]、及び動植物の宝庫である[[マダガスカル]]との縁が深く、成婚の折にはタイの[[シリントーン]]王女が式に参列した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1969年]]（昭和44年）[[4月18日]]、第一女子'''[[黒田清子|紀宮清子内親王]]'''が誕生。清子内親王は長く[[内廷皇族]]として天皇および皇后の傍らにあって、良き相談相手であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 沖縄訪問に際して ====&lt;br /&gt;
[[Image:明仁6.jpg|350px|thumb|韓国大統領の天皇への対応]]&lt;br /&gt;
[[1975年]]（昭和50年）、[[沖縄国際海洋博覧会]]に際し、父も皇太子時代に訪問した[[沖縄県]]を立太子後、初めて訪問。海洋博の写真を収めた書籍「海 その望ましい未来」、海洋博の記録映画『公式長編記録映画 沖縄海洋博』にも開会式・閉会式に参列した皇太子および同妃の姿が収録され、現在でも[[図書館]]などで目にすることができる。後者は現在DVDが発売されている（[[ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント]]より、定価5250円）。開会式で宣言を読み上げる姿はテレビ中継もされ（[[7月19日]]、NHK総合テレビ）、後年ドキュメンタリー番組にもそのまま使用された（「映像でつづる復帰30周年」）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この訪沖についてはいくつかの事件もあった。同年[[7月17日]]、美智子妃を伴い[[ひめゆりの塔]]に献花のため訪れたところ、その場に潜んでいた過激派2人（沖縄解放同盟準備会メンバーの知念功と[[共産主義者同盟]]のメンバー）から[[火炎瓶]]1本を投げつけられる（[[ひめゆりの塔事件]]）。同日夜、皇太子は「[[沖縄戦]]における県民の傷跡を深く省み、平和への願いを未来へつなぐ」と県民の心情を思う異例の談話を発表している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、この訪問については同事件の犯人の所属するもの以外にも、各種政治団体が「訪沖阻止」などを叫んで全国で集会、県学連、全学連などが1000人単位の[[デモ行進|デモ]]などを行ったほか、沖縄入りした皇太子および同妃の自動車に空き瓶などを投げつけるなどのテロ（犯人は[[公務執行妨害]]で逮捕）を行ったが、皇太子および同妃に怪我などはなく、つつがなく予定を終了した。皇太子は当時より沖縄に関心をよせ [[琉歌]]を研究し、琉歌8首を発表している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1976年]]（昭和51年）[[1月18日]]の閉会式にも揃って訪沖している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1987年]]（昭和62年）にも、沖縄海邦国体を前に病臥した昭和天皇の名代として沖縄を訪れ、同年[[10月24日]]、南部戦跡の平和祈念堂で「先の大戦で戦場となった沖縄が、島々の姿をも変える甚大な被害を被り、一般住民を含むあまたの尊い犠牲者を出したことに加え、戦後も長らく多大の苦労を余儀なくされてきたことを思う時、深い悲しみと痛みを覚えます」との天皇の言葉を代読した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時の[[西銘順治]][[沖縄県知事一覧|沖縄県知事]]は「お言葉に接し、感動胸に迫るものがあります。これで、ようやく沖縄の戦後は終わりを告げたと思う」と談話を発表した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後も沖縄の関係は薄まることはなく、即位後にも沖縄訪問が行われることとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、この[[1987年]]（昭和62年）の訪沖は、同年秋に昭和天皇が病臥するまでは天皇の訪沖が予定されていたこともあって、前年から[[日本の政治|政府]]は特別予算を組んで南部戦跡の戦死者遺骨収骨作業を行うなど環境の整備に努め、西銘知事が「陛下をお迎えして沖縄の戦後を終わらせたい」と宣言するなど、国、県を挙げての準備が行われていた。警備面でもひめゆりの塔事件を教訓として、本土から多数の[[日本の警察官|警官]]が応援のため増派、厳戒態勢が執られたが、無事に予定は終了した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 即位以降 ===&lt;br /&gt;
[[1989年]]（昭和64年）1月7日、昭和天皇の崩御（死去）を受け、[[皇位継承]]の儀式を執り行い、歴代2位の年長となる55歳で[[即位]]（[[践祚]]）。翌8日、[[元号法]]に基づき[[平成]]に[[改元]]した。[[皇位継承#即位後朝見の儀|即位後朝見の儀]]では「国民と共に[[日本国憲法]]を守り、国運の一層の進展と世界平和、人類の福祉の増進を切に希望して止みません」との勅語を発した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1990年]]（平成2年）の[[即位の礼]]に際して、[[京都御所]]から皇居へ[[高御座]]が運ばれるなど大掛かりな準備が行なわれ、同年[[11月12日]]に即位礼正殿の儀が行われた。大正天皇・昭和天皇とも即位の礼を京都御所で行っており、関東の地で即位した初めての天皇となる。同日、即位の礼祝賀御列の儀として[[オープンカー]]でのパレードが行われ、皇居から赤坂御所までの4.7kmの道のりを、約12万人の市民が祝福した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
即位以来、日本国憲法の精神を守りつつ平成の天皇のあり方を模索している。[[イラク]]に派遣された[[自衛隊]]を皇后とともに接見した。[[国際連合平和維持活動|PKO]]で派遣された自衛隊員、災害救助にあたった自衛隊員に対する接見はすでに行なっていたが、これは異例のことであり、戦後[[昭和]]の頃には考えられなかったと言われている。また、政財界や学識者からの[[内奏]]・進講を、父・昭和天皇以上に受けている。「（[[日本国憲法第4条|憲法第4条]]すれすれの）ストライクゾーンに精一杯（ボール）を投げ込んでいる」（岩井克己・[[文藝春秋 (雑誌)|文藝春秋]]）とも評される。また昭和天皇が敗戦で喪ったものを慰霊の旅を通して、昭和の負の遺産に向き合うことによって抱え込んでおり、その精励ぶりは歴代天皇には見られないものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1999年]]（平成11年）に即位10周年を迎え、同年[[11月20日]]に[[天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典|御即位十年をお祝いする国民祭典]]が開催され、同日夜には[[二重橋]]で祝賀の声に応えた。この折に、[[宮内庁]]は即位10年記録集『道』を刊行している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
即位以来現在に至るまで、旺盛に日本国内外の行幸を行っている。[[1993年]]（平成5年）には、昭和天皇の悲願であった沖縄行幸を果たした。この折には予定になかった[[ひめゆり学徒隊]]の慰霊碑にも行幸し、このことは[[2007年]]（平成19年）になって[[ワイドショー]]で紹介された。[[2003年]]（平成15年）までに、47都道府県のすべてを巡幸している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2009年]]（平成21年）11月12日、政府主催の[[天皇陛下御在位二十年記念式典|御在位二十年記念式典]]・民間主催の[[天皇陛下御即位二十年をお祝いする国民祭典|御即位二十年をお祝いする国民祭典]]が執り行われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2009年]]（平成21年）12月15日、特例で[[習近平]][[中華人民共和国副主席]]と会見することとなり、会見を巡る騒動で、宮内庁長官が記者会見で政府・[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]・[[鳩山由紀夫内閣]]を批判する発言を行った（[[天皇特例会見]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2011年]]（平成23年）3月16日、[[東北地方太平洋沖地震]]（[[東日本大震災]]）の発生とそれに伴う被害に鑑み、国民および被災者に対し[[東北地方太平洋沖地震に関する天皇陛下のおことば|ビデオメッセージ]]を放送した。天皇が国民に対して直接放送を行うのは、父・昭和天皇による[[1945年]]（昭和20年）の[[玉音放送]]以来である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 闘病 ====&lt;br /&gt;
[[1995年]]（平成7年）、[[大腸]]の[[ポリープ]]を摘出。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]（平成14年）12月、[[人間ドック]]に入った際に[[前立腺癌]]が発見された。その後、天皇の意向を受け、宮内庁が病名を公式発表した。翌年[[1月18日]]に、[[前立腺]]の全摘出手術を行なったが、この前立腺癌手術に当たっては万全を期すため、皇族が受診する[[宮内庁病院]]ではなく、[[東京大学医学部附属病院]]（東大病院）に入院して行なわれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2008年]]（平成20年）[[2月25日]]、宮内庁は、「天皇陛下は定期健診において今のところ前立腺癌の再発や他臓器への転移は見られないものの、ホルモン療法の副作用で[[骨密度]]が低下しており、このままでは[[骨粗鬆症]]に移行する恐れがある」と発表し、公務及び宮中祭祀を軽減する等、生活全般についての検討を始めた。&lt;br /&gt;
同年[[12月9日]]の宮内庁記者会見に於いては、天皇が12月上旬に[[上室性不整脈]]に罹患し、また、消化器官検査で[[胃]]と[[十二指腸]]に炎症が発見されたことなどが発表された。原因は心身のストレスであり、宮内庁は「将来にわたる皇統の問題を始め、皇室に関わる諸々の問題を憂慮されている」と述べ、ストレスの中心に皇位継承問題があるとの考えを示した。&lt;br /&gt;
天皇自身が、公務等の見直しは在位20周年となる[[2009年]]（平成21年）以降からと希望していたため、[[2009年]]（平成21年）[[1月29日]]に宮内庁より軽減策が発表された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2011年]]（平成23年）[[11月18日]]より[[マイコプラズマ肺炎]]にかかり東京大学医学部附属病院に入院していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2012年]]（平成24年）2月11日に東大病院での検査入院の結果、狭心症の症状が認められることなどから[[冠動脈大動脈バイパス移植術|冠動脈のバイパス手術]]を受けることになり、2月18日に東大病院で手術が行われた。東大と[[順天堂大学|順天堂大]]の合同チームが行った手術は、心臓を動かしたままで行う「オフポンプ」と呼ばれる高度な方法で、執刀は順天堂大の[[天野篤]]らが担当した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外遊歴（平成以降） ==&lt;br /&gt;
* [[1991年]]（平成3年）&lt;br /&gt;
** [[タイ王国|タイ]]、[[マレーシア]]、[[インドネシア]]&lt;br /&gt;
* [[1992年]]（平成4年）&lt;br /&gt;
** [[中華人民共和国]]&lt;br /&gt;
* [[1993年]]（平成5年）&lt;br /&gt;
** [[ベルギー]]（国王[[ボードゥアン1世 (ベルギー王)|ボードゥアン1世]]の[[国葬]]に参列）&lt;br /&gt;
** [[イタリア]]、ベルギー、[[ドイツ]]&lt;br /&gt;
* [[1994年]]（平成6年）&lt;br /&gt;
** [[アメリカ合衆国|米国]]&lt;br /&gt;
** [[フランス]]、[[スペイン]]（ドイツ立寄り）&lt;br /&gt;
* [[1997年]]（平成9年）&lt;br /&gt;
** [[ブラジル]]、[[アルゼンチン]]（[[ルクセンブルク]]、米国立ち寄り）&lt;br /&gt;
* [[1998年]]（平成10年）&lt;br /&gt;
** [[イギリス]]、[[デンマーク]]（[[ポルトガル]]立寄り）&lt;br /&gt;
* [[2000年]]（平成12年）&lt;br /&gt;
** [[オランダ]]、[[スウェーデン]]（[[スイス]]、[[フィンランド]]立寄り）&lt;br /&gt;
* [[2002年]]（平成14年）&lt;br /&gt;
** [[ポーランド]]、[[ハンガリー]]（[[チェコ]]、[[オーストリア]]立寄り）&lt;br /&gt;
* [[2005年]]（平成17年）&lt;br /&gt;
** [[ノルウェー]]（[[アイルランド]]立寄り）&lt;br /&gt;
** [[サイパン島]]&lt;br /&gt;
* [[2006年]]（平成18年）&lt;br /&gt;
** [[シンガポール]]、タイ（マレーシア立寄り）&lt;br /&gt;
* [[2007年]]（平成19年）&lt;br /&gt;
** [[スウェーデン]]、[[エストニア]]、[[ラトビア]]、[[リトアニア]]、[[イギリス]]&lt;br /&gt;
* [[2009年]]（平成21年）&lt;br /&gt;
** [[カナダ]]、[[ハワイ州]]&lt;br /&gt;
* [[2012年]]（平成24年）&lt;br /&gt;
**[[イギリス]](女王[[エリザベス2世]]の即位60周年の記念午餐会参加）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 皇子女 ==&lt;br /&gt;
皇后美智子との間に3子がいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[皇太子徳仁親王|浩宮徳仁親王]]（ひろのみや なるひと、[[1960年]]（昭和35年） - ） - [[皇太子]]&lt;br /&gt;
* [[秋篠宮文仁親王|礼宮文仁親王]]（あやのみや ふみひと、[[1965年]]（昭和40年） - ） - [[秋篠宮]]&lt;br /&gt;
* [[黒田清子|紀宮清子内親王]]（のりのみや さやこ、[[1969年]]（昭和44年） - ） - [[黒田慶樹]]夫人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 逸話 ==&lt;br /&gt;
=== 誕生 ===&lt;br /&gt;
* 第5子にして初めて誕生した皇子であっただけに、その誕生は非常な喜びをもって受け止められた。その奉祝ムードは実に盛大なもので、東京市内では提灯行列が出た。軽快な曲調の「'''皇太子さまお生れなつた'''」（作詞：[[北原白秋]] / 作曲：[[中山晋平]]）との奉祝歌までが作られたほどである。当時小学生であった老人などには前述の歌を未だに記憶しており、歌うことができる者もいるほどである（たとえば女優の[[森光子]]は[[2009年]]（平成21年）の秋の[[園遊会]]で、「天皇さまの誕生のときをいまもはっきり覚えている」といい、天皇本人の前で「皇太子さまお生れなつた」のさわりを歌ってみせた）。北原白秋は他にも幼少時代の親王を称える歌「'''継宮さま'''」を作詞している。&lt;br /&gt;
* 誕生に際して「日嗣の御子は生れましぬ」との和歌も詠まれており、生まれながらの皇太子であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 少年時代 ===&lt;br /&gt;
* 幼少時代には左利きであったと伝わる。その後、矯正した結果現在は両手利きであるという。&lt;br /&gt;
* 学友たちとは親しく交遊し、臣下の悪童たちに混じって数々の悪戯もしたという。「[[帚木 (源氏物語)|雨夜の品定め]]」をした、[[トンボ]]を油で揚げて食べた、蚊取り線香の容器型のスタンプを作ってノートに押したなどの逸話も伝わっている。&lt;br /&gt;
* 戦時中は奥日光・湯元の南間ホテルに疎開した。この時、昭和天皇から手紙を送られている。&lt;br /&gt;
* 疎開先で戦況についての説明を受けた際、[[特別攻撃隊|特攻]]に対して疑問を感じ、「それでは人的戦力を消耗する一方ではないか?」と質問して担当将校を返答に窮させたという。&lt;br /&gt;
* 敗戦時の[[玉音放送]]の際にはホテルの2階の廊下に他の学習院生と一緒にいたが、皇太子という立場を慮った侍従の機転によって（内容が内容だけに、何が起こるか分からない）御座所に引き返して[[東宮大夫]]以下の近臣とともに放送を聞いた。放送の内容には全く動揺を示さなかったが、放送が終わると静かに涙を流し、微動だにしなかったという。&lt;br /&gt;
* その後、東宮大夫から玉音放送についての説明を受けるとすぐに悲しみから立ち直り、敗戦からの復興と国家の再建を率いる皇太子、将来の天皇としての決意を固めた。当日の日記にも、強い決意が記された。&lt;br /&gt;
* 一方で戦後の混乱期と重なった[[思春期]]には思い悩むことも多く、「[[世襲]]はつらいね」などと漏らしたことを学友がのちに明かしている。またそうした辛いときに両親である天皇皇后と別々に暮らさざるを得なかった体験が、後に子供たちを手元で育てることを決意させたともいう。&lt;br /&gt;
* 学友の[[橋本明]]とは身分を忘れ本気で喧嘩をするほどの間柄であったと言われる。&lt;br /&gt;
* 学習院時代には[[馬術]]部に所属し、高校2年生の秋以降は主将として活躍した。[[1951年]]（昭和26年）1月には、第1回関東高校トーナメントにて優勝している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 皇太子時代 ===&lt;br /&gt;
* [[1952年]]（昭和27年）、18歳で立太子の礼を挙行。立太子礼に際しては[[記念切手]]が発行され、その図案には明仁親王の肖像が選ばれる予定であったが、[[宮内庁]]の反対によって実現しなかった。&lt;br /&gt;
* [[1953年]]（昭和28年）[[6月2日]]のエリザベス2世戴冠式のために同年[[3月30日]]から同年[[10月12日]]まで外遊。この前年に、日本は主権を回復しており、明仁親王の訪欧は国際社会への復帰の第一歩と期待された。&lt;br /&gt;
** 出発の際には、皇居から[[横浜港]]まで、小旗を持った100万人もの人が見送ったと言う。また、テレビ開局以来初の大規模イベントとなり、各放送局が実況中継した。特に[[日本放送協会|NHK]]は600ミリ望遠レンズを使用して、甲板に立つ皇太子の姿をアップで撮影することに成功して視聴者を驚かせた。&lt;br /&gt;
** [[クルーズ客船|大型客船]][[プレジデント・ウィルソン号]]（[[アメリカン・プレジデント・ライン]]社所属、速度19ノット、排水量1万5395トン）に乗船した。同船には、[[三島由紀夫]]も2年前に乗船し渡米するなど、多くの日本人旅行者とも縁の深い船であった。日本人向け遊具で[[碁盤]]と[[碁石]]も積まれていた。船上では[[早稲田大学]][[バレーボール]]部の面々と記念撮影をし、[[麻雀]]や[[将棋]]&amp;lt;ref&amp;gt;中学生時代からたしなむ様になり、昭和天皇ともよく対局していた。1955年（昭和30年）頃にはその模様が[[スポーツニッポン]]で紹介されている。なお、学友との切磋琢磨の結果、この時分には既に実力では昭和天皇を大きく上回っており、対戦成績は5対1くらいとのことで、「東宮ちゃんにはかなわんよ」と言わしめた。[[中飛車]]からガンガン攻める棋風であった（『写真でつづる将棋昭和史』p.141、毎日コミュニケーションズ、1982年）。&amp;lt;/ref&amp;gt;、[[囲碁]]、[[卓球]]なども楽しんだ。特に麻雀はウィルソン号乗船中は乗り合わせた[[董慶稀]]（[[曹汝霖]]の娘）が幹事を務める一等船客対抗麻雀大会に参加し日本式のみならず中国式の麻雀も楽しんだ。クイーン・エリザベス号に乗り換えてのアメリカからイギリスへの旅路では[[朝海浩一郎]]公使や報道陣と公使持参の牌で[[サウサンプトン|サザンプトン]]に着くまで熱中したという。この外遊以降、麻雀は趣味のひとつとなり昭和天皇にも面白さを紹介、弟の常陸宮などとも対局したと言われる。&lt;br /&gt;
** 欧州到着後は[[西ドイツ]]・[[ニュルブルクリンク]]で[[ドイツグランプリ|1953年F1GP第7戦ドイツGP決勝]]を観戦。主催者の提案により表彰式のプレゼンターも務め、優勝した[[ジュゼッペ・ファリーナ]]（[[フェラーリ]]所属。戦前からの名選手で、1950年には初代F1チャンピオンを獲得している）を祝福している。つまり、明仁親王は日本人で初めてF1GPの表彰台に上がった人物ということになる。平成初期の[[F1ブーム]]を思うと、奇縁というべき出来事である。この時には、「[[競馬]]より面白い」との言葉を残している。&lt;br /&gt;
** イギリスでは、第二次世界大戦で敵対国であった記憶は未だ褪せておらず、戴冠式において13番目の席次（前列中央の座席で、隣席は[[ネパール]]王子）を与えられたが、女王との対面まで長時間待たされた。また女王は、握手は交わしたが視線は交わさなかった。&lt;br /&gt;
* 長期にわたって外遊した結果、単位不足で進級できず留年を回避するため、学習院大学政治学科を中退し聴講生として大学に残った。このため、最終学歴は「学習院大学教育ご終了」（宮内庁ウェブサイトに拠る）としている。なお学習院高等科出身者以外の政治学科同級生に[[東京都立両国高等学校|両国高校]]から現役進学した後の[[日本会議国会議員懇談会]]初代会長[[島村宜伸]]がいる。島村は[[1956年]]（昭和31年）3月に[[学士|政治学士]]となり、39年5か月後の[[1995年]]（平成7年）8月に[[村山内閣改造内閣|村山改造内閣]]で初入閣し[[文部大臣]]の認証を受けている。&lt;br /&gt;
* [[1959年]]（昭和34年）[[4月10日]]の結婚の儀の記念切手では、4種のうち10円と30円で皇太子妃と一緒の肖像&amp;lt;ref&amp;gt;『郵趣』2009年4月号によれば、宮内庁から服装の変更申し出により、原案から皇太子は背広からモーニング、皇太子妃は洋装から和服に変更されている。&amp;lt;/ref&amp;gt;が発行された。また切手は[[郵政省]]から皇室と正田家に「皇太子御成婚記念切手帖」が献上されている。&lt;br /&gt;
* 結婚・独立後も週に一度から数度は参内し、父である昭和天皇と食事を共にすることも多かった。こうした場を通じて[[帝王学]]の教授を受けたと言われる。&lt;br /&gt;
* 諸事の決定については独立後も昭和天皇の決裁を仰ぎ、様々な事柄について報告していたと伝わる。&lt;br /&gt;
* '''「できないことは口にしない、できることだけを口にする」'''という信念を持っており、家族が自分の役目をおろそかにしたときには「もうしなくてよろしい」と叱責したこともあった。&lt;br /&gt;
* 昭和天皇からは名代として篤く信頼され「東宮ちゃんがいるから大丈夫」と手放しの賞賛を受けている。&lt;br /&gt;
* [[1960年]]（昭和35年）にシカゴ市長により寄贈された、[[ミシシッピ川]]水系原産の[[ブルーギル]]を皇太子が日本に持ち帰り、水産庁の研究所に寄贈した。これは当時の貧しい食糧事情を思っての事であったが、ブルーギルは水生昆虫や魚卵・仔稚魚を捕食して日本固有の生態系を破壊するものであったため、後に「今このような結果になったことに心を痛めています」と異例の発言をしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 即位後 ===&lt;br /&gt;
* 昭和天皇崩御にあたり、[[相続税]]4億2800万円を納めた。&lt;br /&gt;
* [[1992年]]（平成4年）に、[[アメリカ合衆国大統領|アメリカ合衆国第41代大統領]][[ジョージ・H・W・ブッシュ]]が来日した際には、皇太子徳仁親王とペアを組んで大統領と[[マイケル・アマコスト]][[在日本アメリカ合衆国大使]]のペアとテニスのダブルスで2回対戦し、2回とも勝利している。特に2回目の敗北はブッシュにとってショックだったらしく、その夜に[[総理大臣官邸|首相官邸]]で行われた晩餐会の席上にて[[インフルエンザ]]発症により倒れてしまった際、妻[[バーバラ・ブッシュ]]がフォロースピーチでこの敗北を[[ジョーク]]にするなどして話題を呼んだ。&lt;br /&gt;
* 全国各地で発生した自然災害に対して、ともに悲しみ、被災者をいたわる姿勢を見せている。&lt;br /&gt;
** [[1991年]]（平成3年）、[[雲仙岳|雲仙普賢岳]]噴火の際には、[[島原市|島原]]からの避難民を床に膝を着いて見舞った。この膝を着いて災害被災者と直に話をする天皇のスタイルはその後も続いており、皇后や皇族も被災地慰問の際にはこれに倣っている。&lt;br /&gt;
** [[1995年]]（平成7年）[[1月17日]]の[[阪神・淡路大震災]]では、地震発生から2週間後の同年[[1月31日]]に現地に入り、スリッパも履かず避難所の床に正座して被災者の話に聞き入った。この姿は日本のみならず、日本国外の新聞にも大きく取り上げられ、反響を呼んだ。被災者に対して「今は苦しい時があるかも知れないがいつかきっと幸福が訪れます。それまで地震なんかに負けず頑張りなさい」と励ました。被災者は天皇の慰めに涙を流したと伝えられた。この際には動転した被災者の少女が皇后に抱きつくという出来事もあったが、咎めることなく暖かく抱きしめた。帰り際には、マイクロバスの窓から手を振って被災者を励ます写真も残されている。&lt;br /&gt;
** [[2000年]]（平成12年）に噴火した[[三宅島]]へ、島民の帰島が叶った[[2006年]]（平成18年）には、[[火山ガス]]の発生の恐れがまだあるにもかかわらず、三宅島を慰問。島民を励ました。&lt;br /&gt;
** [[2001年]]（平成13年）の[[アメリカ同時多発テロ事件]]に際して[[ハワード・H・ベーカー・ジュニア|ハワード・ベーカー]]駐日アメリカ大使を通じてブッシュ大統領に見舞いの言葉を贈っている。天皇が天災以外の理由で外国にお見舞いの言葉を贈ったのは前例のないことであり、それについて「皇室は前例を重んじなければなりませんが、その前例の中には前例がないにもかかわらずなされたものもあります。皇室も伝統を重んじつつ、時代の流れに柔軟に対応しなければならないと思います」と説明している。&lt;br /&gt;
** [[2004年]]（平成16年）の[[新潟県中越地震]]の際には、[[自衛隊]]の[[ヘリコプター]]で被災地を見舞った。[[2007年]]（平成19年）の[[新潟県中越沖地震]]に際しては、現地に赴いて被災者を見舞い、また被災者を思う心情から夏の静養を取り止めた。[[2008年]]（平成20年）[[9月8日]]、新潟県行幸の折り、被害の大きかった旧[[山古志村]]（現[[長岡市]]）を視察。その後被災者と懇談し、励ましの言葉をかけた。また、中越地震発生4日後に救出された男児（当時2歳）が無事に成長していることを知り、その成長を喜んだ。&lt;br /&gt;
** 2005年（平成17年）の[[平成17年台風第14号|台風14号]]で大きな害を被った[[宮崎県]]・[[鹿児島県]]に見舞い金として金一封を贈った。&lt;br /&gt;
** 2007年（平成19年）の[[能登半島地震]]に際しては慰問は実現されていないが、「元気になってください」との言葉を寄せた。&lt;br /&gt;
** 2007年（平成19年）[[10月29日]]から[[10月31日|31日]]まで、[[福岡県西方沖地震]]被災地を見舞うため福岡に行幸した。29日には被災者の暮らす仮設住宅を慰問、当日福岡市内は天皇の宿泊したホテルニューオータニのある中央区を中心として、朝から交通規制が敷かれ、夕方まで渋滞した。しかし警備はホテル敷地内にSPが立ち、柳橋方面に少数の制服警官が配置されるなど最低限のものであり、市内は平素と変わらなかった。29日夕方には提灯行列が出て天皇の訪問を奉祝した。翌[[10月30日|30日]]には同地震により最大の被害を受けた[[玄界島]]も慰問した。&lt;br /&gt;
* 2002年（平成14年）[[2月20日]]、[[チェロ]]の師・[[清水勝雄]]が死去。その夜、皇后のピアノ伴奏に合わせて演奏を行ない、故人を偲んだ。会見においても、その人柄を回想していた。&lt;br /&gt;
* 2005年（平成17年）[[6月28日]]、[[サイパン島]]訪問の際には当初の訪問予定に含まれていなかった韓国・朝鮮人慰霊碑（追悼平和塔）に皇后を連れて立ち寄った。これは天皇の意向だったとされている。&lt;br /&gt;
* 2007年（平成19年）の[[佐賀県]]行幸の際、到着した天皇を出迎えた市民の一部が自然発生的に『[[君が代]]』を歌い始めた際には、その場に足を止め、皇后を促して歌が終わるまでその場に留まり、歌が終わると手を振ってこれに応えた。この訪問に際しては、提灯行列も出るなどの歓迎を受けた。&lt;br /&gt;
* 2008年（平成20年）[[11月8日]]、先代の[[昭和天皇]]同様、[[慶應義塾大学]]創立150周年記念式典に[[皇后美智子|皇后]]と共に臨席し「[[おことば]]」を述べた。&lt;br /&gt;
* 2009年（平成21年）[[10月11日]]には、[[東京海洋大学]]品川キャンパスで[[日本魚類学会]]の年会に参加し、東京海洋大客員准教授を務める[[さかなクン]]と歓談した。さかなクンは懇談中も脱帽せず、そのキャラクターを特徴付ける[[ハコフグ]]の帽子を被ったままであったが、これを非礼とすることはなかった。&lt;br /&gt;
* 2011年（平成23年）3月11日発生の東北地方太平洋沖地震（東日本大震災）については前述のように異例のビデオメッセージを送ったほか、各地の避難所を皇后とともに歴訪している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 人物に関するもの ===&lt;br /&gt;
* [[自動車]]愛好家であり、[[プリンス自動車工業|プリンス自動車]]（現：[[日産自動車]]）の[[日産・スカイライン|スカイライン]]と[[デイムラー]]の[[SOHC]]の2台を愛用した。ちなみにプリンス自動車は明仁親王の立太子を記念して社名をプリンスと改めたものである。&lt;br /&gt;
* 独身時代には愛車[[日産・グロリア|グロリア]]でドライブを楽しんでいた。軽井沢において学友の所有する[[アルファ・ロメオ]]を運転したこともある。このほか[[ホンダ・アコード]]、[[ホンダ・レジェンド|レジェンドクーペ]]、[[ホンダ・インテグラ#2代目 DA5/6/7/8/DB1/2型（1989-1993年）|インテグラ]]など、運転したことがあるとされる車種は非常に多い。&lt;br /&gt;
* 2010年（平成22年）現在、プライベートで運転するのは1991年（平成3年）製のグレーのホンダ・インテグラ（4ドア仕様・[[マニュアルトランスミッション|MT]]）。週末に御所から宮内庁職員用テニスコートへ行く際、助手席に皇后、後部座席に侍従を乗せて運転する姿が放映された&amp;lt;ref&amp;gt;2009年4月10日放送「NHKスペシャル」より。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 軽井沢までドライブした際には、護衛として[[パトロールカー|パトカー]]に乗車した[[日本の警察官|警察官]]が随伴したが、随伴する警察官の乗車するパトカーは性能に劣るセダンであったため、性能差からついていくのに必死の思いであったという。&lt;br /&gt;
* 通算9台のプリンスを乗用に用いた。かつての[[御料車]]がプリンス製の[[日産・プリンスロイヤル]]だったのはその縁である。&lt;br /&gt;
* 自動車評論家として知られる[[徳大寺有恒]]は、皇太子時代の天皇が運転する[[日産・スカイライン|プリンス・スカイライン・スポーツ]]と対向車として遭遇し、大いに驚いた体験を自著に書き残している。&lt;br /&gt;
* 現在でも[[フォルクスワーゲン・タイプ1|ビートル]]をまれに運転することがあるという。2007年（平成19年）には高齢者講習を受講し、[[高齢運転者標識|紅葉マーク]]を取得したと伝わる。&lt;br /&gt;
* 公務においても[[タコグラフ]]の製造工場を見学するなど、自動車との縁が深い。&lt;br /&gt;
* [[鉄道]]に関する関心も深く、学習院大学時代の論文はヨーロッパの鉄道史に関する内容であったと言われる。[[皇室用客車|御料車]]も存在する。もっとも、特別扱いを嫌うため、御料列車で移動することは少なく、一般の車両の[[グリーン車]]などを[[お召し列車]]として使用することが多い。&lt;br /&gt;
* [[ビクトリア (ブリティッシュコロンビア州)|ビクトリア]][[カナダ空軍]]基地において[[軍用機]]のコクピットに座ったこともあり、写真が残されている。またビクトリアから[[バンクーバー (ブリティッシュコロンビア州)|バンクーバー]]まではこの空軍機で移動した。同機の機長だったデーブ・アダムソン中佐とは2009年（平成21年）のカナダ訪問の際に再会し、「あなたのことはよく覚えています」と旧交を温めていた。&lt;br /&gt;
* 学生時代（[[学習院高等科]]3年の試験が終わった日）、学友である[[橋本明]]（[[橋本龍太郎]]の従兄弟）に「[[銀座]]に行きたい」と相談し、学友が「いつがいいか?」と尋ねると「今日がいい」と答えた。「一人ではなくもう一人連れていこう」と提案し、承諾（もう一人は[[出雲国造]]の千家崇彦）。新任だった[[東宮侍従]][[濱尾実]]など仕えている周りの人間を「今宵、殿下を[[目白]]の方にご案内したい」など騙して抜け出すことに成功し、3人で銀座をぶらついた。このとき銀座4丁目あたりで慶應ボーイ4人と出会い、慶應ボーイは「殿下こんばんは」と挨拶したという。高級喫茶店「花馬車」で橋本の彼女と合流し、皆でお金を出し合い、一杯99円のコーヒーを飲み、洋菓子屋「[[コロンバン]]」で[[アップルパイ]]と[[紅茶]]を楽しんだり、満喫したようだが、当然ながらすぐに事件は発覚。大騒ぎになり、目的地を知り、居場所を突き止められると、銀座にいた彼の周りに警官が20 - 30メートルおきに配置されてしまい、これ以上散策が出来なくなり終了した。また、連れ出した学友は警察と皇室関係者にこっぴどく叱られた。これが有名な「'''銀ブラ事件'''」である。&lt;br /&gt;
* 結婚のパレードは[[民間放送]]開始から5年目でまだ高嶺の花だったテレビの普及に大いに貢献した。「ご成婚パレードをテレビで見よう」の宣伝文句が今に伝わっている。&lt;br /&gt;
* 皇太子時代、[[チャクリー王朝|タイ王室]]からタイ国民の[[タンパク質|蛋白質]]不足について相談を受け、養殖の容易な[[ティラピア]]を50匹寄贈した。タイではこのティラピアを大いに繁殖させて、[[バングラデシュ]]の食糧危機に際して50万匹を寄贈した。のちにこの魚には華僑によって「仁魚」という漢名が付けられた。&lt;br /&gt;
* 同じく皇太子時代、[[インドネシア]]からの打診を受けてコイの品種改良を行ない、[[ヒレナガニシキゴイ]]を誕生させている。&lt;br /&gt;
* [[靖国神社]]には皇太子時代に5回参拝しているが、即位後は参拝していない。一方で靖国神社の元宮司である[[南部利昭]]には、宮司就任前に「靖国のこと、頼みます」と声をかけている&amp;lt;ref&amp;gt;『週刊朝日』2004年12月3日。ただし、南部は「どうやら、久邇さまが陛下にお願いしていたようです。」と『週刊朝日』に述べており、天皇の発言は南部を宮司に推挙した[[久邇邦昭]]からの依頼によるものとしている。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 幼少時は[[豆腐]]料理を好物とした。成人してからは[[中華料理]]を好んだ。&lt;br /&gt;
* 多忙な毎日であっても俗事にも通じていることで知られる。あるミュージシャンとの会話で[[デーモン閣下]]の話題が出た折、「ああ、あの白い顔の」とその存在を知っていたことを口にしたエピソードが、デーモンがパーソナリティーを務めるラジオ番組で紹介されたことがある。&lt;br /&gt;
* 上記のデーモン閣下の件でも判るように、芸能音楽やスポーツ界の事情にも通じており、芸能音楽やスポーツ界関係者を招いた皇居での[[茶会|お茶会]]や[[赤坂御苑]]での園遊会が催された際には、出席した各関係者に詳しい質問をする。その為、天皇に質問された出席者は「陛下が自分のことについてこちらがドキッとするほどお詳しいので恐縮に堪えません」などと記者団に感想を述べることが多い。&lt;br /&gt;
* ただ「好きなテレビ番組は?」との質問については、「各局の競争が激しいので…」などと回答を拒否するのが普通である。ただし、皇太子時代に一度、『[[暴れん坊将軍]]』([[テレビ朝日]])を好きな番組に挙げた事がある。&lt;br /&gt;
* 時折、くだけた一面も覗かせる。登山時に天皇の姿が見えなくなった折、取材のため同行した[[記者|新聞記者]]が天皇のことをうっかり「おとうちゃん」と呼んだところ、記者の背後に突然現れ「おとうちゃんはここにおりますよ」と冗談めかして言い、驚かせたことがある。&lt;br /&gt;
* 皇居がある千代田区は、2011年（平成23年）3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震（東日本大震災）に伴う[[輪番停電|計画停電]]の対象外地域であったが、「国民と困難を分かち合いたい」とする天皇の意向により、皇居は停電時間に合わせ電源を落とした。計画停電の実施が終了した後もこの「自主停電」は続けたという。&lt;br /&gt;
* 2011年7月29日から8月10日、アメリカの調査会社GfKと[[AP通信]]が、日本全国の成人1000人を対象に電話で行った世論調査では、各国の元首や首脳についての設問で、天皇は「好き」を70%獲得し、[[バラク・オバマ|オバマ]]大統領（同41%）などを大幅に超えて1位であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 発言 ==&lt;br /&gt;
* 「ご誠実で、ご立派で、心からご信頼申し上げ、ご尊敬申し上げられるお方」&lt;br /&gt;
** 1958年（昭和33年）11月27日、正田美智子が婚約記者会見にて発言した皇太子評。流行語にもなった。&lt;br /&gt;
* 「天皇の歴史というものを知ることによって、自分自身の中に皇族はどうあるべきかということが次第に形作られてくるのではないか」&lt;br /&gt;
** 1977年（昭和52年）、帝王学について&lt;br /&gt;
* 「点数を付けることは出来ないが、まあ努力賞ということで」&lt;br /&gt;
** 1984年（昭和59年）4月10日、銀婚記者会見にて。皇太子妃に対して&lt;br /&gt;
**　この発言は報道陣の爆笑を誘った。&lt;br /&gt;
* 「国民と共に日本国憲法を守り、国運の一層の進展と世界平和、人類の福祉の増進を切に希望して止みません」&lt;br /&gt;
** 1989年（平成元年）1月9日、即位後朝見の儀にて&lt;br /&gt;
* 「日本国憲法で、天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であると規定されています。この規定と、国民の幸せを常に願っていた天皇の歴史に思いを致し、国と国民のために尽くすことが天皇の務めであると思っています。天皇の活動の在り方は、時代とともに急激に変わるものではありませんが、時代とともに変わっていく部分もあることは事実です」&lt;br /&gt;
** 1998年（平成10年）12月18日、[[天皇誕生日|誕生日]]に際する記者会見にて&lt;br /&gt;
* 「皆様が雨に濡れて寒いのではと案じています」&lt;br /&gt;
** 1999年（平成11年）11月20日、在位十年記念式典にて&lt;br /&gt;
* 「私自身としては、[[桓武天皇]]の生母が[[百済]]の[[武寧王]]の子孫であると[[続日本紀]]に記されていることに[[大韓民国|韓国]]とのゆかりを感じています」&lt;br /&gt;
** 2001年（平成13年）12月18日、誕生日に際する記者会見にて&lt;br /&gt;
** この発言は内外の興味を強く引き、韓国においても大々的に報道された。[[桓武天皇#今上天皇の発言]]も参照。&lt;br /&gt;
* 「私にとっては[[沖縄県|沖縄]]の歴史を紐解くということは[[島津氏]]の血を受けている者として心の痛むことでした。しかし、それであればこそ沖縄への理解を深め、沖縄の人々の気持ちが理解できるようにならなければならないと努めてきたつもりです。[[沖縄県]]の人々にそのような気持ちから少しでも力になればという思いを抱いてきました」&lt;br /&gt;
** 2003年（平成15年）12月18日、誕生日に際する記者会見にて&lt;br /&gt;
** 母方の祖母・[[邦彦王妃俔子|俔子]]妃が島津家の出身である。&lt;br /&gt;
* 「やはり、強制になるということではないことが望ましいですね」 - 東京都教育委員の[[米長邦雄]]の「日本中の学校に[[国旗]]を掲げ、[[国歌]]を斉唱させるのが私の仕事です」という発言に対して。&lt;br /&gt;
** 2004年（平成16年）[[10月28日]]、秋の園遊会にて&lt;br /&gt;
* 「[[皇太子徳仁親王|皇太子]]の[[人格否定発言|記者会見の発言]]を契機として事実に基づかない言論も行われ、心の沈む日も多くありました」 - [[人格否定発言]]を受けて&lt;br /&gt;
** 2004年（平成16年）、誕生日に際する文書回答より&lt;br /&gt;
* 「日本は昭和の初めから昭和20年の終戦までほとんど平和な時がありませんでした。この過去の歴史をその後の時代とともに正しく理解しようと努めることは日本人自身にとって、また日本人が世界の人々と交わっていく上にも極めて大切なことと思います」&lt;br /&gt;
* 「皇室の中で女性が果たしてきた役割については、私は有形無形に大きなものがあったのではないかと思いますが、（中略）私の皇室に対する考え方は、天皇および皇族は、国民と苦楽を共にすることに努め、国民の幸せを願いつつ務めを果たしていくことが（中略）、皇室の伝統ではないかと考えているということです」&lt;br /&gt;
** 以上、2005年（平成17年）12月19日、誕生日に際する記者会見にて&lt;br /&gt;
* 「これからの日本の教育の在り方については関係者が十分に議論を尽くして、日本の人々が自分の国と自分の国の人々を大切にしながら世界の国の人々の幸せに心を寄せていくように育っていくことを願っています。戦前のような状況になるのではないかということですが、戦前と今日の状況では大きく異なっている面があります。（中略）1930年から1936年の6年間に要人に対する襲撃が相次ぎ、総理または総理経験者4人が亡くなり、さらに総理1人がかろうじて襲撃から助かるという、異常な事態が起こりました。そのような状況下では議員や国民が自由に発言することは非常に難しかったと思います。先の大戦に先立ち、このような時代のあったことを多くの日本人が心にとどめ、そのようなことが二度と起こらないよう日本の今後の道を進めていくことを信じています」 - 「[[教育基本法]]改正に伴い愛国心の表現を盛り込む事が、戦前の国家主義的な教育への転換になるのでは」という在日外国報道協会代表質問に対し&lt;br /&gt;
** 2006年（平成18年）6月6日、シンガポール・タイ王国訪問前の記者会見にて&lt;br /&gt;
* 「残念なことは、愛子は幼稚園生活を始めたばかりで、風邪をひくことも多く、私どもと会う機会が少ないことです（中略）いずれ会う機会が増えて、打ち解けて話をするようになることを楽しみにしています」&lt;br /&gt;
** 2006年（平成18年）12月20日、誕生日に際する記者会見にて&lt;br /&gt;
* 「ブルーギルは50年近く前、私が米国より持ち帰り、[[水産庁]]の研究所に寄贈したもの。食用魚として期待が大きく養殖が開始されましたが、今このような結果になったことに心を痛めています」&lt;br /&gt;
** 2007年（平成19年）[[全国豊かな海づくり大会|第27回全国豊かな海づくり大会]]にて。&lt;br /&gt;
* 「皇太子妃が病気の今、家族が皆で、支えていくのは当然のことです。私も、皇后も、将来重い立場に立つ皇太子、皇太子妃の健康を願いつつ、2人の力になっていきたいと願っています」&lt;br /&gt;
** 2008年（平成20年）12月23日、誕生日に際する文書回答にて&lt;br /&gt;
* 「大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば、日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合、伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います。」&lt;br /&gt;
* 「2人のそれぞれの在り方についての話合いも含め、何でも2人で話し合えたことは幸せなことだったと思います。皇后はまじめなのですが、面白く楽しい面を持っており、私どもの生活に、いつも笑いがあったことを思い出します。（中略）結婚によって開かれた窓から私は多くのものを吸収し、今日の自分を作っていったことを感じます。結婚50年を本当に感謝の気持ちで迎えます」&lt;br /&gt;
** 以上、2009年（平成21年）4月8日、結婚満50年に際する記者会見にて&lt;br /&gt;
* 「今日の世界は決して平和な状態ではあるとはいえません。明るい面として考えられるのは、世界がより透明化し、多くの人々が事実関係が共有できるようになったことです。拉致の問題も、それが行われた当時は今と違って、日本人皆が拉致を事実として認識することはありませんでした。このため拉致が続けられ、多くの被害者が生じたことは返す返すも残念でした。それぞれの家族の苦しみはいかばかりであったかと思います」&lt;br /&gt;
* 「皇位継承の制度にかかわることについては、国会の論議にゆだねるべきであると思いますが、将来の皇室の在り方については、皇太子とそれを支える秋篠宮の考えが尊重されることが重要と思います。2人は長年私と共に過ごしており、私を支えてくれました。天皇の在り方についても十分考えを深めてきていることと期待しています」&lt;br /&gt;
** 以上、2009年（平成21年）11月11日、即位20年に際する記者会見にて&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 系譜 ==&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;width:80%&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;8&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;background-color:#ddf;width:25%&amp;quot;| '''明仁（今上天皇）'''&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;4&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;background-color:#dfd;width:25%&amp;quot;| '''父:'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[昭和天皇]]&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;2&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;background-color:#dfd;width:25%&amp;quot;| '''祖父:'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[大正天皇]]&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;1&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;background-color:#dfd;width:25%&amp;quot;| '''曾祖父:'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[明治天皇]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;1&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot;| '''曾祖母:'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[柳原愛子]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;2&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot;| '''祖母:'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[貞明皇后]]&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;1&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot;| '''曾祖父:'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[九条道孝]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;1&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot;| '''曾祖母:'''&amp;lt;br /&amp;gt;	野間幾子&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;4&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;background-color:#fdd&amp;quot;| '''母:'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[香淳皇后]]&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;2&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;background-color:#dfd&amp;quot;| '''祖父:'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[久邇宮邦彦王|邦彦王]]（久邇宮）&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;1&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;background-color:#dfd&amp;quot;| '''曾祖父:'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[久邇宮朝彦親王|朝彦親王]]（[[久邇宮]]）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;1&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot;| '''曾祖母:'''&amp;lt;br /&amp;gt;泉萬喜子&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;2&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot;| '''祖母:'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[邦彦王妃俔子|俔子]]&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;1&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot;| '''曾祖父:'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[島津忠義]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;1&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot;| '''曾祖母:'''&amp;lt;br /&amp;gt;山崎寿満子&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 高祖父：[[孝明天皇]]&lt;br /&gt;
* 高祖母：[[中山慶子]]（明治天皇生母）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 系図 ===&lt;br /&gt;
[[皇室明治以降]]参照&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著書 ==&lt;br /&gt;
* 『ともしび 皇太子同妃両殿下御歌集』 [[宮内庁東宮職]]編、婦人画報社、1986年（昭和61年）12月 ISBN 9784573143012&lt;br /&gt;
* 『道 平成元年〜平成10年 天皇陛下御即位十年記念記録集』&amp;lt;br&amp;gt; 宮内庁編、日本放送出版協会、1999年（平成11年）10月 / 新装版2009年（平成22年）9月、ISBN 4140813903&lt;br /&gt;
* 『道 平成11年〜平成20年 天皇陛下御即位二十年記念記録集』&amp;lt;br&amp;gt; 宮内庁編、日本放送出版協会、2009年（平成22年）9月、ISBN 414081389X&lt;br /&gt;
* 『天皇陛下科学を語る』 [[宮内庁侍従職]]監修、朝日新聞出版、2009年10月 ISBN 4023304522&lt;br /&gt;
* 『日本産魚類大図鑑 = The fishes of the Japanese archipelago』 東海大学出版会、1984年（昭和59年）12月&lt;br /&gt;
** ISBN 4-486-05053-3（図版）&lt;br /&gt;
** ISBN 4-486-05053-3（解説）&lt;br /&gt;
** ISBN 4-486-05054-1（Text）&lt;br /&gt;
** 論文『ハゼ科魚類の進化』を所収（他に第2版で、ハゼ亜目魚類の項目を共同執筆）、益田一ほか編。&lt;br /&gt;
* 『日本の淡水魚』 山と溪谷社、1989年（平成元年）11月、ISBN 4-635-09021-3&lt;br /&gt;
** （チチブ類の項目を執筆）、川那部浩哉、水野信彦編・監修&lt;br /&gt;
* 『日本産魚類検索 全種の同定』 東海大学出版会、2000年（平成12年）12月、ISBN 4-486-01505-3&lt;br /&gt;
** （ハゼ亜目魚類の項目を共同執筆）、中坊徹次編&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{reflist|3}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[今上天皇]]&lt;br /&gt;
* [[昭和天皇]]&lt;br /&gt;
* [[宮内庁]]&lt;br /&gt;
* [[ハゼ]]&lt;br /&gt;
* [[ティラピア]]&lt;br /&gt;
* [[ヒレナガニシキゴイ]]&lt;br /&gt;
* [[ガーター勲章]]&lt;br /&gt;
* [[李明博による天皇謝罪要求]]&lt;br /&gt;
* [[郁沃会]]&lt;br /&gt;
* [[小泉信三]]&lt;br /&gt;
*[[天皇制廃止論]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.kunaicho.go.jp/index.html 宮内庁ホームページ]&lt;br /&gt;
*[http://yaplog.jp/u-sugu/archive/827 天皇も天皇制廃止を望んでいる!?11月30日沖縄タイムス大弦小弦を聞いて]&lt;br /&gt;
{{デフォルトソート:あきひと}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の天皇]]&lt;br /&gt;
[[Category:大勲位菊花章頸飾受章者]]&lt;br /&gt;
[[Category:ガーター勲章]]&lt;br /&gt;
[[Category:金羊毛騎士団員]]&lt;br /&gt;
[[Category:レジオンドヌール勲章受章者]]&lt;br /&gt;
[[Category:ラーチャミトラーポーン勲章受章者]]&lt;br /&gt;
[[Category:大チャクリー勲章受章者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の慈善家]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の魚類学者]]&lt;br /&gt;
[[Category:1933年生]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>222.15.68.215</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%87%BA%E7%89%88%E7%A4%BE&amp;diff=312484</id>
		<title>出版社</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%87%BA%E7%89%88%E7%A4%BE&amp;diff=312484"/>
				<updated>2015-12-19T16:01:18Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;222.15.68.215: /* 日本 */ *[http://yaplog.jp/u-sugu/archive/518 日本人に生まれて良くねーやい！]&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''出版社'''（しゅっぱんしゃ）とは、[[本|書籍]]や[[雑誌]]などを発行し、広く読まれるために書店などの販売者に働きかけたり、広告宣伝を行い、[[国立国会図書館|国会図書館]]などの[[図書館]]に[[書誌]]的なデータを送り、知識などをパッケージ化して社会に届ける[[会社]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概説 ==&lt;br /&gt;
新規性など商業的な交換価値のある情報を社会で公共化することを主な目的とする。創業者や経営者の経営方針により、[[文芸|文芸書]]、[[学術書]]、[[総合雑誌]]、[[漫画]]など様々な専門がある。[[日本の出版社一覧|日本の出版社]]の多くは[[東京一極集中]]の傾向にあるため、それ以外の[[地方#首都・首都圏以外の都市|地方]]を本拠とする出版社を'''地方出版社'''と呼ぶこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[印刷会社]]が受注生産であるのに対し、出版社は原則的に見込み生産である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[角川書店]]のように出版社が他業種へと進出する場合や、[[日本放送協会|NHK]]、[[ソフトバンク]]、[[スクウェア・エニックス]]などのように他業種から参入する場合もある。他方、[[新聞|新聞社]]は伝統的に出版事業も行っている場合が多い。[[日本標準産業分類]]において、かつて出版社は[[製造業]]に分類されていたが、現在（2002年の改定以降）は[[情報通信業]]に該当する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[欧米]]では[[国境]]を超えた激しい市場競争があり、[[メディア・コングロマリット]]化が進んでいる。[[イギリス]]の売上高トップは、[[フランス]]の出版社[[アシェット・フィリパッキ・メディア|アシュット]]である。また[[アメリカ]]最大の出版社[[ランダムハウス]]は、[[ドイツ]]の[[ベルテルスマン]]が所有している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 各国の主な出版社 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 日本 ===&lt;br /&gt;
 *[http://yaplog.jp/u-sugu/archive/518 日本人に生まれて良くねーやい！]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{main|日本の出版社一覧}}&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
|+ 売上高トップ10（2007年）&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| url = http://www.1book.co.jp/002783.html&lt;br /&gt;
| title = 出版社の収益指標ベストテン（売上高）&lt;br /&gt;
| year = 2009&lt;br /&gt;
| publisher = 日本著書販促センター&lt;br /&gt;
| accessdate = 2010-01-29&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
! 順位 !! 名称&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! 1&lt;br /&gt;
| [[リクルート]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! 2&lt;br /&gt;
| [[ベネッセコーポレーション]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! 3&lt;br /&gt;
| [[角川グループホールディングス]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! 4&lt;br /&gt;
| [[小学館]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! 5&lt;br /&gt;
| [[講談社]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! 6&lt;br /&gt;
| [[集英社]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! 7&lt;br /&gt;
| [[ぴあ]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! 8&lt;br /&gt;
| [[学研ホールディングス|学習研究社]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! 9&lt;br /&gt;
| [[日経BP]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! 10&lt;br /&gt;
| [[ゼンリン]]&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== アメリカ合衆国 ===&lt;br /&gt;
{{Main|:en:List of English language book publishers}}&lt;br /&gt;
* [[ランダムハウス]]&lt;br /&gt;
* [[:en:Simon &amp;amp; Schuster|サイモン・アンド・シュスタ]]&lt;br /&gt;
* [[:en:Macmillan Publishers (United States)|マクミラン]]&lt;br /&gt;
* [[:en:Scholastic Corporation|スカラスティック・コーポレーション]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== イギリス ===&lt;br /&gt;
{{Main|:en:List of largest UK book publishers}}&lt;br /&gt;
* [[ピアソン PLC]]&lt;br /&gt;
** [[ペンギン・グループ|ベンギン・ブックス]]&lt;br /&gt;
* [[ハーパーコリンズ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ドイツ語圏 ===&lt;br /&gt;
* アクセル・シュプリンガー・AG&lt;br /&gt;
* [[シュプリンガー・サイエンス・アンド・ビジネス・メディア]] - 本社はドイツであるが、世界各地に支社を持ち、出版物は英語など多言語。&lt;br /&gt;
** [[シュプリンガー・ジャパン]] - 上記の日本法人。&lt;br /&gt;
* [[ベルテルスマン]]&lt;br /&gt;
** グルナー・ヤール&lt;br /&gt;
* [[マイナー出版社]]&lt;br /&gt;
* ウニヴェルザール（[[ウニフェルザル出版社]]）&lt;br /&gt;
* ベーレンライター（[[ベーレンライター出版社]]）&lt;br /&gt;
* [[フィッシャー]]&lt;br /&gt;
* [[ズーアカンプ社|ズーアカンプ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== フランス ===&lt;br /&gt;
* [[:en:Hachette (publishing)|アシュット]]&lt;br /&gt;
** [[アシェット・フィリパッキ・メディア]]&lt;br /&gt;
* [[ガリマール出版社]]&lt;br /&gt;
* [[:en:Groupe Flammarion|フラマリオン]]&lt;br /&gt;
* [[:en:Éditions du Seuil|スイユ]]&lt;br /&gt;
* [[:en:Éditions Albin Michel|アルバン・ミッシェル]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== スペイン語圏 ===&lt;br /&gt;
* [[S.G.E.L]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 台湾・香港 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 台湾 ====&lt;br /&gt;
*[[東立出版社]]（Tongli Publishing）&lt;br /&gt;
*[[長鴻出版社]]（Ever Glory Publishing）&lt;br /&gt;
*[[尖端出版]]（Sharp Point Press）&lt;br /&gt;
*[[青文出版集団]]（Ching Win Publishing）&lt;br /&gt;
*[[台湾国際角川書店]]（Kadokawa Media (Taiwan)）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 香港 ====&lt;br /&gt;
* [[玉皇朝出版集団]]（King Comics）&lt;br /&gt;
* [[天下出版]]（Comicsworld）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出版関連団体 ==&lt;br /&gt;
*[[日本書籍出版協会]]&lt;br /&gt;
*[[日本雑誌協会]]&lt;br /&gt;
*[[出版梓会]]&lt;br /&gt;
*[[日本医書出版協会]]&lt;br /&gt;
*[[版元ドットコム]]&lt;br /&gt;
*[[全国出版協会]]&lt;br /&gt;
*[[国民出版協会]]&lt;br /&gt;
*[[大学出版部協会]]&lt;br /&gt;
*[[日本図書教材協会]]&lt;br /&gt;
*[[アメリカ出版協会]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[版元]]&lt;br /&gt;
*[[本]]&lt;br /&gt;
*[[出版]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:出版社|*]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>222.15.68.215</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3_(%E4%BC%81%E6%A5%AD)&amp;diff=286030</id>
		<title>イオン (企業)</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3_(%E4%BC%81%E6%A5%AD)&amp;diff=286030"/>
				<updated>2015-04-27T10:21:45Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;222.15.68.215: /* 外部リンク */ イオンモール沖縄ライカムでやりたいこと&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:イオン株式会社.png|450px|thumb|イオングループ]][[Image:イオン株式会社2.jpg|400px|thumb|イオングループの本社ビル]]&lt;br /&gt;
'''イオン株式会社'''（AEON Co., ltd）は、日本国内外260余の企業で構成される大手流通グループ「[[イオングループ]]」を統括する純粋[[持株会社]]である。本社は[[千葉県]][[千葉市]][[美浜区]]。[[東京証券取引所]]第一部[[上場]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
「イオン (AEON)」とは、古典[[ギリシア語]] αἰών（aiōn、[[アイオーン]]）に由来する[[ラテン語]]で、「永遠」を意味する&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.aeon.info/ir/ir/faq.html よくあるご質問(FAQ)] - イオン公式HP 2010年9月24日閲覧&amp;lt;/ref&amp;gt;（ただし、「イオン」という[[カタカナ表記]]は現代[[英語]]における[[発音]]({{IPA-en|ˈiːɒn}})に基づいている）。[[ロゴタイプ]]にはA・E・Oの3文字を円環で結び、かつAとEの合字である「[[&amp;amp;#198;]]」を使った「'''&amp;amp;#198;ON'''」表記を用いている（ただしロゴタイプ以外の英文表記による資料はすべて「AEON」の表記としている）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[四日市岡田家]]の初代岡田惣左衛門が、四日市久六町（現在の[[三重県]][[四日市市]]）で創業した[[太物]]・[[小間物]]商「篠原屋」を起源としており、六代目の[[岡田惣一郎]]が呉服商「岡田屋呉服店」に業態転換、さらにその息子である七代目の[[岡田卓也 (経営者)|岡田卓也]]（現・[[名誉会長]]）が岡田屋・フタギ（[[兵庫県]][[姫路市]]）・シロ（[[大阪府]][[豊中市]]）による共同仕入会社として[[ジャスコ]]を設立したのが実質的な創業となっている。現在の代表（取締役兼代表執行役社長）は岡田卓也の長男である[[岡田元也]]。ちなみに[[衆議院議員]]で[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]前[[民主党幹事長|幹事長]]の[[岡田克也]]は岡田卓也の次男である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
岡田卓也の「狸や狐の出る場所に出店せよ」との言葉どおり、郊外型の大型ショッピングセンターを中心に出店。駅前や中心街に多くの店を構える[[ダイエー]]が業績悪化する中、ライバルの[[イトーヨーカ堂]]とともに小売業界を牽引している。かつては『連邦制経営』を標榜し、提携先とは比較的少額の資本提携のレベルにとどめて、実際の運営は各社の自主的判断に任せる形をとっていたが、[[バブル崩壊]]以降トップマネジメントの強化へと方針の転換がおこなわれた。人材採用については1990年代に縁故による採用を重視していたが、近年の人手不足により大量採用に方向転換をした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1997年]]（平成9年）に[[会社更生法]]適用を申請した「[[ヤオハン]]ジャパン」（現：[[マックスバリュ東海]]）や、[[2001年]]（平成13年）にやはり会社更生法適用を申請した「[[マイカル]]」（[[2011年]]（平成23年）にイオンリテールに合併）、そして[[2004年]]（平成16年）に[[産業再生法]]適用を申請した「[[ダイエー]]」の再建に携わったり、地場[[スーパーマーケット]]や[[ドラッグストア]]などとの提携を盛んに行ったりと、事業の拡大が続いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、社名が似ている[[英会話教室]]の[[イーオン]] (AEON、かつてはイオン同様、合字を用いたロゴタイプを使用していた)、化粧品会社の[[イオン化粧品]]、かつて存在した業態名と同一である[[ニチイ学館]]とは資本関係・人的関係ともにない。[[横浜岡田屋]]も、創業者が同姓だったため旧称が同じで、前身もたまたま同じ業種（呉服店）だったというだけである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 他社との関係 ===&lt;br /&gt;
[[みずほ銀行]]をメインバンクとしており、同行が第2位株主になっている（ただし、マスタートラストを除く）。その一方で、[[財閥]]系・[[金融]]系の企業グループとのつながりを見ると、[[三菱グループ]]とのつながりが深い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
岡田卓也が岡田屋時代に視察した米国のショッピングモールに感化したのを機に、共同仕入れ会社の[[ジャスコ]]設立の際にあわせて「[[ダイヤモンドシティ]]」（[[2007年]]（平成19年）に[[イオンモール]]に合併）を[[三菱商事]]との共同出資で設立し、共同でショッピングセンターの開発に関わっている。また、それらの多くを三菱グループの[[日本リテールファンド投資法人]]が所有している。さらに、コンビニエンスストア業界参入により設立した「[[ミニストップ]]」では資材調達で三菱商事と協力関係にある。[[2008年]]（平成20年）末には、三菱商事が筆頭株主になった。[[2007年]]（平成19年）以後はダイエーの再建事業の推進にあたり、[[丸紅]]とも近い関係にある。また、奇しくも同じ[[メインバンク制|主力行]]であり、かつて同業においてダイエーに次ぐ”西の雄”とも言われた「[[マイカル]]」の支援企業として名乗りを上げ、系列下に収めたのもやはり同社であった。近年の[[サブプライムショック]]に端を発する不況による売上不振と信用収縮に伴う財務不安の払拭を狙い、先述のとおり元々旧ダイヤモンドシティの合弁相手であった[[三菱商事]]が筆頭株主に成り、信用補完を行っているが、[[社債]]の格付けでは今も[[セブン&amp;amp;アイ・ホールディングス]]や[[ユニー]]より低いため、三菱グループの[[日本リテールファンド投資法人]]による[[不動産投資信託]]等の別の資金調達手段を多用している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 環境活動 ===&lt;br /&gt;
「'''木を植えています ― 私たちはイオンです'''」の環境活動スローガンを掲げており、[[2009年]]（平成21年）2月19日現在、同社は870万本の植樹を行ったと公表している&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.aeon.info/environment/furusato/ ホームページ] {{リンク切れ|date=2010年9月}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。樹木の温室効果ガスの吸収効果については、樹木の種類・成長度によりかなりの幅があるが、林野庁の[http://www.rinya.maff.go.jp/kids/study/function/kyuusyu.html 身近な二酸化炭素排出量と森林（スギ）の二酸化炭素吸収量]によれば50年生のスギ1本は1年間で14kgの二酸化炭素を吸収するとしている。同社植林事業に関するホームページの記録では、最古の記載が[[1998年]]（平成10年）の[http://www.aeon.info/news/newsrelease/data/1173616_789.html 万里の長城・森の再生プロジェクト]であり、870万本すべてをこの50年生のスギと仮定することには異論があると思われるが、仮に同社の870万本すべてが50年生のスギとして仮定した、環境活動植樹による温室効果ガスの吸収量は、121,800t/CO&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;（12億1千800トン）と仮定される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、環境省によると、同社本体の温室効果ガス排出量は812,973t/CO&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;（81億2千973トン）となっている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.env.go.jp/earth/ghg-santeikohyo/kouhyo/h18/result.pdf 地球温暖化対策推進法に基づく 温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度による 平成18年度温室効果ガス排出量の集計結果]（平成20年3月28日（平成21年1月16日修正））&amp;lt;/ref&amp;gt;。これに同社の特定貨物輸送事業者としての温室効果ガス排出量を加算すると、年間に1,016,973t/CO&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;（101億6千973トン）を排出していることとなる。この温室効果ガスの排出量は、[http://www.env.go.jp/earth/ghg-santeikohyo/kouhyo/h18/result.pdf 地球温暖化対策推進法に基づく 温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度による 平成18年度温室効果ガス排出量の集計結果]により公表された工場・事業所7505社、輸送関係1439社の中で上位から100社以内に入る排出量であり、流通・小売業部門ではトップとなる排出量である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、[http://www.aeon.info/aboutaeon/group/ 同社の関連グループ会社] [http://www.aeon.info/aboutaeon/group/0005.html イオンスーパーセンター（株）]や[http://www.aeon.info/aboutaeon/group/0067.html イオンモール（株）]、[http://www.aeon.info/aboutaeon/group/0006.html イオンマルシェ（株）]、[http://www.aeon.info/aboutaeon/group/0004.html イオン九州（株）]、[http://www.aeon.info/aboutaeon/group/0003.html イオン北海道（株）]、[http://www.aeon.info/aboutaeon/group/0010.html イオン琉球（株）]（旧・琉球ジャスコ）、[http://www.aeon.info/aboutaeon/group/0092.html （株）フードサプライジャスコ]、[http://www.aeon.info/aboutaeon/group/0009.html （株）マイカル]、[http://www.aeon.info/news/newsrelease/data/1173112_789.html （株）マイカル九州]の温室効果ガス排出を加算すると、1,900,257t/CO&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;（190億257トン）もの排出量となり、[[トヨタ自動車]] 245億1千トン、[[東日本旅客鉄道]] 204億8千トン、[[東芝]] 175億3千トン、[[西日本旅客鉄道]] 150億5千トンなどと比較すると、事業規模と温室効果ガス排出量が理解できるものと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革 ==&lt;br /&gt;
=== 創業期・岡田屋時代 ===&lt;br /&gt;
* [[1758年]]（[[宝暦]]8年） - 初代岡田惣左衛門が、四日市久六町（現在の三重県四日市市）で、太物・小間物商「篠原屋」を創業。&lt;br /&gt;
* [[1887年]]（[[明治]]20年） - 篠原屋、四日市辻へ移転し、「岡田屋」と改称。&lt;br /&gt;
* [[1926年]]（[[大正]]15年）[[9月21日]] - 岡田屋、「'''株式会社岡田屋呉服店'''」を設立し、法人化。&lt;br /&gt;
* [[1937年]]（[[昭和]]12年） - 二木一一が、[[兵庫県]][[姫路市]]に「フタギ洋品店」を開業。&lt;br /&gt;
* [[1949年]]（昭和24年） - フタギ洋品店、「フタギ株式会社」を設立し、法人化。&lt;br /&gt;
* [[1959年]]（昭和34年） - 岡田屋呉服店が「'''株式会社岡田屋'''」に商号変更。スーパーを業務とする子会社・マルオカを設立。&lt;br /&gt;
* [[1961年]]（昭和36年）&lt;br /&gt;
** 井上次郎が、[[大阪府]][[豊中市]][[阪急宝塚本線]][[庄内駅 (大阪府)|庄内駅]]前にスーパー「シロ」を開店&amp;lt;ref group=&amp;quot;注&amp;quot;&amp;gt;運営会社は、当初井上の旧姓から命名した「飯田株式会社」であったが、後に「株式会社シロ」に改称している。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
** マルオカ、社名を「オカダヤチェーン」に変更。&lt;br /&gt;
* [[1968年]]（昭和43年）[[5月]] - 岡田屋・フタギ、合併を前提に業務提携（のちにシロも参入）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ジャスコ時代 ===&lt;br /&gt;
* [[1969年]]（昭和44年）&lt;br /&gt;
** [[2月21日]] - 岡田屋・フタギ・シロ、3社共同出資による共同仕入会社として「'''ジャスコ株式会社'''」（初代）を設立。&lt;br /&gt;
*** [[大阪市]][[福島区]]大開一丁目8番地（野田店）に本社を置いた。&lt;br /&gt;
*** 社名は3社の従業員から公募され、「'''J'''apan '''U'''nited '''S'''tores '''CO'''mpany」の頭文字で「ジャスコ」（JUSCO）となった。&lt;br /&gt;
** [[3月20日]] - [[三菱商事]]との共同出資により「株式会社[[ダイヤモンドシティ]]（現：[[イオンモール]]）」設立。&lt;br /&gt;
* [[1970年]]（昭和45年）&lt;br /&gt;
** 3月20日 - 岡田屋が、フタギ・オカダヤチェーン・カワムラ（三重県[[伊勢市]]）&amp;lt;ref group=&amp;quot;注&amp;quot;&amp;gt;岡田屋の子会社。&amp;lt;/ref&amp;gt;・（初代）ジャスコを合併。&lt;br /&gt;
*** シロは当時経営不振であったため、「京阪ジャスコ」と社名を変え、自力で経営再建することになり、このときの統合には合流しなかった。&lt;br /&gt;
** [[4月14日]] - 岡田屋、「'''ジャスコ株式会社'''」（2代目）に社名変更。&lt;br /&gt;
** 同年　岡田屋、岐阜繭糸（現：[[イオンモール]]）を買収。&lt;br /&gt;
* [[1972年]]（昭和47年）[[8月20日]] - やまてや・やまてや産業・京阪ジャスコ（旧シロ）を合併。&lt;br /&gt;
* [[1973年]]（昭和48年）&lt;br /&gt;
** [[2月20日]] - かくだい食品・かくだい商事・マルイチ・新庄マルイチ・福岡大丸・三和商事を合併。&lt;br /&gt;
** 2月21日 - フォトサービスのジャスフォートを設立&amp;lt;ref group=&amp;quot;注&amp;quot;&amp;gt;現在は[[カメラのキタムラ]]に統合されている。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
** [[3月]] - 奈良店で銀行カードによるキャッシュレス販売実験開始。&lt;br /&gt;
** [[9月]] - ワンストップショッピング機能を強化した「アンカーストア」としてジャスコ川西店をオープン（[[1962年]]開店の旧シロ跡地に新築）。&lt;br /&gt;
* [[1974年]]（昭和49年）9月 - [[東京証券取引所]]第二部上場。&lt;br /&gt;
* [[1975年]]（昭和50年）&lt;br /&gt;
** [[2月]] - マルサ（[[静岡県]][[浜松市]]）を吸収合併。&lt;br /&gt;
** 3月 - [[プライベートブランド]]「ジェーフード」を発売。&lt;br /&gt;
* [[1976年]]（昭和51年）&lt;br /&gt;
** [[8月]] - 東京証券取引所第一部指定換え。[[扇屋 (百貨店)|扇屋]]（[[千葉県]]）を合併。&lt;br /&gt;
** [[オークワ]]と合弁で、和歌山県御坊市に「ジャスコ・オークワ」出店。&lt;br /&gt;
** 会社更生法申請していた[[橘百貨店]]を支援し、橘ジャスコを設立する。「橘ジャスコ」をオープン。橘百貨店がグループ入りする。&lt;br /&gt;
* [[1977年]]（昭和52年）8月 - [[伊勢甚]]グループ（ボンベルタ伊勢甚、伊勢甚ジャスコ）および「いとはん」を合併。&lt;br /&gt;
* [[1979年]]（昭和54年）3月 - [[イズミヤ]]、[[ユニー]]などとの出資で輸入専門商社[[アイク (卸売)|アイク株式会社]]（現・[[イオントップバリュ|イオントップバリュ株式会社]]&amp;lt;ref group=&amp;quot;注&amp;quot;&amp;gt;現在のイオントップバリュ株式会社は、アイク株式会社が旧法人のイオントップバリュ株式会社を吸収合併し、存続会社となった株式会社アイクが被合併会社の商号に変更した[[逆さ合併]]によるもの。&amp;lt;/ref&amp;gt;）設立。&lt;br /&gt;
* [[1980年]]（昭和55年）&lt;br /&gt;
** [[9月]] - ジャスコカード発行（現在の[[イオンクレジットサービス]]となる日本クレジットサービスの設立は[[1981年|翌年]][[6月]]）。&lt;br /&gt;
** [[10月]] - 食品POSを野田店（大阪市）に導入。&lt;br /&gt;
* [[1982年]]（昭和57年） - 橘百貨店が、会社更生計画を終結させ、橘ジャスコと橘百貨店が合併。店舗名の橘ジャスコは存続。&lt;br /&gt;
* [[1983年]]（昭和58年）[[6月1日]] - 本社を大阪市福島区大開一丁目8番8号から東京都千代田区神田錦町一丁目1番地に移転。&lt;br /&gt;
* [[1988年]]（昭和63年） - 橘百貨店、リニューアルに際し、店舗名の「橘ジャスコ」を「ボンベルタ橘」に改名する。&lt;br /&gt;
* [[1989年]]（[[平成]]元年）&lt;br /&gt;
** 9月 - グループ名称を「ジャスコグループ」から「イオングループ」に変更。&lt;br /&gt;
** 10月 - [[タルボットジャパン]]設立。&lt;br /&gt;
* [[1991年]]（平成3年）9月 - [[奈良県]][[斑鳩町]]に県下最大の[[ディスカウントストア]]「ビッグ・バーン」オープン&amp;lt;ref group=&amp;quot;注&amp;quot;&amp;gt;その後、ジャスコいかるが店を経て2011年現在は[[イオンいかるが店]]となっている。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[1992年]]（平成4年）&lt;br /&gt;
** [[ホームセンター]]事業「[[メガマート]]」の強化のため[[ホーマック|石黒ホーマ]]、[[ケーヨー]]とそれぞれ業務・資本提携、各社との合弁により、[[ホーマック|イシグロジャスコ]]、[[ケーヨー|ケーヨージャスコ]]を設立（[[1995年]] - 2000年にかけて資本撤退もしくはホームセンター側に合併）。&lt;br /&gt;
** 10月 - スーパードラッグストアの1号店ドラックス (DRUX) 青山店（[[三木市]]）オープン（のちにドラックスは分社および合併し現在は[[タキヤ]]）。&lt;br /&gt;
* [[1994年]]（平成6年）&lt;br /&gt;
** [[5月]] - 千葉の[[幕張新都心]]に「イオンタワー」竣工。現住所へ本社移転（登記上本店が東京から現住所へ移転したのは2001年）。&lt;br /&gt;
** 9月 - 「[[イオントップバリュ|トップバリュ]]」を販売開始。この時点では、ジャスコの数あるプライベートブランドのひとつであった。&lt;br /&gt;
* [[1997年]]（平成9年）10月 - [[T-ZONE]]と提携し、パソコンショップの[[J-ZONE]]を設立。&lt;br /&gt;
* [[1999年]]（平成11年）&lt;br /&gt;
** [[7月]] - [[ユニー]]がアイクから脱退。アイク株式会社を子会社化。&lt;br /&gt;
** 8月 - [[信州ジャスコ]]・[[扇屋ジャスコ]]と合併。&lt;br /&gt;
* [[2000年]]（平成12年）&lt;br /&gt;
** [[オークワ]]との合弁解消。&lt;br /&gt;
** [[2月]] - [[北陸ジャスコ]]（1977年2月設立）を合併。&lt;br /&gt;
** 7月 - [[ヤオハン]]（現・マックスバリュ東海）を完全子会社化（同社のグループ入りは同年[[3月]]から）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== イオン（事業会社）時代 ===&lt;br /&gt;
* [[2001年]]（平成13年）[[8月21日]] - ジャスコが「'''イオン株式会社'''」へ社名変更。グループ呼称も「イオングループ」から「イオン」に改称する。「グローバル10」構想を発表。各店舗内で「新生イオン入社式」が挙行される。「AEON」のカラーネックストラップ付き名札をグループ各社で共通に使用開始、グループの結束を前面に出した。&lt;br /&gt;
* [[2002年]]（平成14年） - [[秀和|株式会社秀和]]の保有する[[いなげや]]株を引き取り、筆頭株主となる。&lt;br /&gt;
* [[2003年]]（平成15年）&lt;br /&gt;
** [[5月]] - [[委員会等設置会社]]に移行。&lt;br /&gt;
** [[11月18日]] - マックスバリュ松ヶ崎店（千葉県）に、日本国内ではじめてセルフレジを導入（この時点では6か月間の試験導入。のちに他店も含め本格導入となった）。&lt;br /&gt;
** [[11月28日]] - [[マイカル|更生会社株式会社マイカル（当時）]]を完全子会社化。&lt;br /&gt;
* [[2004年]]（平成16年）&lt;br /&gt;
** 5月 - お客さま感謝デーの開催日を、19・20日から20・30日に変更。これに伴い、30日に実施していた「ジャスコみそか市」を廃止&amp;lt;!--マイカルと同日同水準の記述は削除。当時、マイカルではWスタンプが導入されていなかったなど、必ずしも同水準ではなかったため--&amp;gt;。&lt;br /&gt;
** [[7月2日]] - イオン商品券とマイカル商品券の相互利用を開始&amp;lt;ref&amp;gt;[http://aeonkyushu.com/files/management_news/574/pdf.pdf 「ジャスコ・サティパワーアップセール」開催について] - [[イオン九州]]公式ウェブサイト、2014年5月27日閲覧。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
** [[9月1日]] - 新ブランド戦略を発表。ブランドメッセージ「singing{{unicode|♫}}&amp;amp;#198;ON」を発信し「昨日より、おもしろい、今日。」を顧客に約束することを宣言した。&lt;br /&gt;
** &amp;lt;!--日にち不明--&amp;gt;[[いなげや]]と業務提携。&lt;br /&gt;
* [[2005年]]（平成17年）[[3月10日]] - [[カルフール|カルフールジャパン]]の全株式を譲受。同日カルフールジャパンは[[イオンマルシェ]]に社名変更。またフランス本国のカルフールS.A.社と業務提携を発表。&lt;br /&gt;
* [[2006年]]（平成18年）&lt;br /&gt;
** [[1月30日]] - 「オリジン弁当」を展開する[[オリジン東秀]]の[[M&amp;amp;A#買収対抗策|防衛的友好買主（ホワイト・ナイト）]]として、[[ドン・キホーテ (企業)|ドン・キホーテ]]から受けた敵対的[[株式公開買い付け|TOB]]に対抗した友好的TOBを発表。&lt;br /&gt;
** [[5月15日]] - [[イオン総合金融準備]]設立。&lt;br /&gt;
** [[10月13日]] - [[丸紅]]と[[ダイエー]]より、ダイエーとイオンの資本・業務提携に関し、翌年[[3月31日|3月末]]までの独占交渉権を獲得（丸紅・ダイエー・イオンの3社間で、同提携に関する検討を開始することで合意）。&lt;br /&gt;
** 10月 - 2000億円弱の大型増資発表。&lt;br /&gt;
*** 全調達資金の1/4がダイエー・マルエツ関連。その他の使途は新店舗の出店費用や中国での大量出店の加速のために使用される。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]（平成19年）&lt;br /&gt;
** [[1月11日]] - ジャスコ東山二条店にて、試験的にレジ袋の無料配布を中止。1枚5円でレジ袋有料化を開始。&lt;br /&gt;
** [[2月1日]] - [[東日本旅客鉄道]]（JR東日本）とNTTドコモが開発したWAON・[[Suicaショッピングサービス|Suica]]・[[ID (クレジット決済サービス)|iD]]を利用できる電子マネー共用端末を日本ではじめて導入&amp;lt;ref group=&amp;quot;注&amp;gt;前段階として、2005年[[12月13日]]にJR東日本との包括的業務提携が、前年[[3月27日]]に[[NTTドコモ|エヌ・ティ・ティ・ドコモ]]と広範な協業を検討する合意が行われた。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*** まず関東地方でサービスを開始。その後同年3月2日には新潟県[[新潟市]]内の店舗（ジャスコ新潟店・新潟東店、イオン[[LoveLa万代|ラブラ万代]]店の3店舗。さらに同年10月開店のイオン新潟南ショッピングセンター（現・[[イオンモール新潟南]]）と合わせ計4店舗）にも導入された。&lt;br /&gt;
*** Suicaと相互利用が可能な電子マネー[[PASMO]]も同年[[3月18日]]から上記の店舗で利用可能である。&lt;br /&gt;
** 2月 - [[定年]]を65歳に延長（一部のグループ企業も導入）。&lt;br /&gt;
*** 前年改正の「[[高年齢者雇用安定法]]」への対応については、60歳定年後の継続雇用制度での対応がほとんどであり（イオンも2005年2月に導入済み）、定年の延長を行うケースは極めて異例とされる。&lt;br /&gt;
*** 定年制を廃止した企業では[[日本マクドナルド]]があり、流通業界でも、事務用品通信販売の[[アスクル]]や百貨店の[[松屋 (百貨店)|松屋]]が65歳に定年延長した例がある程度。&lt;br /&gt;
** [[3月9日]] - [[丸紅]]と[[ダイエー]]ならびに当社の計3社間での資本・業務提携合意を発表。提携により、国内最大の流通連合となった。&lt;br /&gt;
** [[6月1日]] - ジャスコ仙台幸町店でのレジ袋無料配布を中止、東山二条店と同様に1枚5円で有料化。&lt;br /&gt;
** [[6月11日]] - 京都市内のジャスコ洛南店、京都西店、五条店の食品売場、ジャスコ金沢シーサイド店でのレジ袋無料配布を中止。&lt;br /&gt;
** [[8月21日]] - 北海道内における総合小売事業を[[会社分割|吸収分割]]により[[イオン北海道]]に承継。プライベートブランド関連事業などを部門別小会社3社に[[事業譲渡]]により分離。&lt;br /&gt;
** [[10月15日]] - 岐阜県、愛知県と京阪神エリアにも電子マネー共用端末を導入、WAON、iDの他、東海2県ではSuica、京阪神では[[西日本旅客鉄道|JR西日本]]の[[ICOCA]]の利用が可能に。&lt;br /&gt;
** [[10月20日]] - 流通業としては2社目となる銀行業参入。名称は「[[イオン銀行]]」。&lt;br /&gt;
** [[11月1日]] - クアトロエクゼキューションズ、イオンの所有する橘百貨店の全株式を取得。これにより、橘百貨店がイオングループを離脱。&lt;br /&gt;
** [[11月27日]] - 2008年度中に会社分割する構想を発表。&lt;br /&gt;
** [[12月17日]] - 関西地区で食品スーパー「鮮度館KOHYO」を運営する株式会社[[光洋 (スーパーマーケット)|光洋]]の株式89.9%を、創業家一族から約150億円で取得し子会社化。&lt;br /&gt;
* [[2008年]]（平成20年）[[1月22日]] - 傘下のドラッグストア大手「[[CFSコーポレーション]]」が計画した、調剤薬局最大手「[[アインファーマシーズ]]」との経営統合を、[[プロキシーファイト]]の末に阻止。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 持株会社化 ===&lt;br /&gt;
* 2008年（平成20年）&lt;br /&gt;
** [[2月13日]] - この日の取締役会にて、純粋持株会社体制への移行を決議。&lt;br /&gt;
** [[2月21日]] - 保険代理店事業を[[会社分割]]により、[[イオンクレジットサービス]]の子会社であるエヌ・シー・エス興産へ継承。同社は吸収分割当日に[[イオン保険サービス]]に社名変更。&lt;br /&gt;
** [[3月1日]] - 電子マネー共用端末の導入店舗を全国に拡大、グループ内の約24,000店舗で利用可能に。WAON、iDの他、Suicaは東北地方、長野県と東海地方で、ICOCAは近畿地方と三重県の一部、岡山県、広島県、山口県で利用可能。その他の道県は当面WAONとiDのみ利用可。&lt;br /&gt;
** [[4月7日]] - 取締役会の承認を経て、分割の詳細を発表。&lt;br /&gt;
** [[5月9日]] - 岡田屋創業250年を迎えた節目として、女性従業員の制服及び全従業員の名札を一新。&lt;br /&gt;
** [[5月15日]] - 株主総会で分割の決議。&lt;br /&gt;
** [[6月21日]] - [[イオントップバリュ|イオントップバリュ株式会社]]・イオン商品調達株式会社・イオングローバルSCM株式会社にプライベートブランド・仕入等の事業を簡易分割形式で譲渡。ただし、トップバリュ商品の販売元の名義はイオン株式会社のままである。&lt;br /&gt;
** [[7月21日]] - [[光洋 (スーパーマーケット)|株式会社光洋]]に京阪神地区の直営マックスバリュ店舗を吸収分割形式で譲渡。&lt;br /&gt;
** [[8月21日]] - [[イオンリテール|イオンリテール株式会社]]に小売事業部門を吸収分割形式で承継し、純粋持株会社へ移行。&lt;br /&gt;
** [[10月15日]] - 「お客さまわくわくデー」がスタート。&lt;br /&gt;
** [[10月18日]] - グループ2,000店舗で1,000品目の店頭価格を値下げする「がんばろう日本!とことん価格」を開始。[[円高]]のあおりを受け、同年[[11月1日]]からは[[輸入]]品等を中心にさらに300品目を追加。&lt;br /&gt;
** [[11月12日]] - 業務提携会社である三菱商事株式会社が、株の市場買い付けにより筆頭株主となる。&lt;br /&gt;
** [[12月16日]] - 三菱商事株式会社との包括業務提携の強化（海外出店、国内ショッピングセンター開発などに関する協業・イオン株の買い増し）を発表。&lt;br /&gt;
* [[2009年]]（平成21年）&lt;br /&gt;
** [[7月24日]] - イオンクレジットサービス、NTTドコモの3社が出資する合弁会社[[イオンマーケティング|イオンマーケティング株式会社]]を設立。&lt;br /&gt;
** [[9月19日]] - 65歳以上を対象とした「ゆうゆうワオンカード」の新規会員を全国で募集開始。&lt;br /&gt;
** 12月 - 三菱商事株式会社の子会社で、「[[サクワ|saQwa]]」のブランド名で[[通信販売]]事業を展開する株式会社デジタルダイレクト（現・[[イオンダイレクト|イオンダイレクト株式会社]]）の第三者割当増資による引受を行い、連結子会社化&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|url=http://www.aeon.info/news/2009_1/pdf/1_090811R.pdf|title=株式会社デジタルダイレクトへのイオン株式会社による出資について|format=PDF|publisher=イオン|date=2009-08-11|accessdate=2013-03-08}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[2010年]]（平成22年）&lt;br /&gt;
** [[2月16日]] - イオングループの各店で電子マネー[[QUICPay]]を導入、最大4つの電子マネー（全国でWAON、iD、QUICPay、一部地域で[[Suica]]・[[ICOCA]]・[[SUGOCA]]ならびに[[PASMO]]・[[nimoca]]などなどそれらとの相互利用対応電子マネー）が利用可能となる。&lt;br /&gt;
** [[8月4日]] - グループ内での[[レジ袋]]無料配布中止店舗で得たレジ袋収益金を元に、14,860トンCO&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;相当の「国内排出権」を購入。1企業としては国内最大規模となる&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|date=2010-08-12|url=http://www.aeon.info/company/data/2010/pdf/100812R_1.pdf|title=レジ袋収益金を活用し、企業として国内最大規模の「国内排出権」を購入|format=PDF|publisher=イオン|accessdate=2010-8-22}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
** [[8月21日]] - 吸収分割により株式会社CFSコーポレーションのスーパーマーケット事業を譲り受けて事業を開始した[[イオンキミサワ|イオンキミサワ株式会社]]の全株式を同社から譲受、完全子会社化（同社は[[2013年]]（平成25年）3月1日にマックスバリュ東海株式会社と合併）。&lt;br /&gt;
* [[2011年]]（平成23年）&lt;br /&gt;
** 3月1日 - 店舗名の変更が行われ、「[[サティ (チェーンストア)|サティ]]」・「[[ジャスコ]]」・「[[ポスフール]]」は全て「[[イオン (店舗ブランド)|イオン]]」に変更された。&lt;br /&gt;
** [[8月31日]] - [[大和ハウス工業|大和ハウス工業株式会社]]の折半出資により設立された[[ロック開発|ロック開発株式会社]]について、大和ハウス工業保有分の株式を当社が譲受け完全子会社化。翌9月1日にロック開発株式会社は'''イオンタウン株式会社'''に商号変更。同時にネイバーフッド型ショッピングセンターは、全て「[[イオンタウン]]」に変更。&lt;br /&gt;
** [[11月21日]] - モール型ショッピングセンターは、全て「[[イオンモール]]」に変更。&lt;br /&gt;
** [[11月25日]] - 創業者一族からの株式取得により、[[マルナカ (チェーンストア)|株式会社マルナカ]]を子会社化、株式会社山陽マルナカを完全子会社化する&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite press release|url=http://www.aeon.info/news/2011_2/pdf/111005R_2.pdf|format=PDF|title=株式会社マルナカ及び株式会社山陽マルナカの株式取得（子会社化）及び株式会社マルナカホールディングスとの資本提携に関するお知らせ|publisher=イオン株式会社|date=2011年10月5日|accessdate=2012年8月27日}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[2012年]]（平成24年）&lt;br /&gt;
** [[6月1日]] - この日から開店時間をこれまでより2時間早い午前7時に繰り上げ、一部の店舗を除き9月初旬まで行った。ほとんどの店舗が今後も引き続き7時開店を続ける。節電に向け始業時間を早める[[サマータイム]]の導入などが普及し、生活様式の変化に対応するのが狙い&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.chunichi.co.jp/s/article/2012051601001957.html 全国のイオン、6月から午前7時開店に] - 中日新聞 2012年5月17日&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
** [[6月8日]] - 株式会社[[ローソン]]とエンタテイメント分野での協業を発表。共同キャンペーンの実施やミニストップ全店舗への「Loppi」設置が行われる&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite press release|url=http://www.aeon.info/news/2012_1/pdf/120608R_1.pdf|format=PDF|title=イオングループとローソンのエンタテイメント分野における協業について|publisher=イオン株式会社・株式会社ローソン|date=2012年6月8日|accessdate=2012年6月8日}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[2013年]]（平成25年）&lt;br /&gt;
** 1月1日 - [[テスコ (チェーンストア)|テスコ]]社（イギリス）の日本法人であるテスコジャパン株式会社（現・[[イオンエブリ|イオンエブリ株式会社]]）の発行済株式を50%取得し、持分法適用関連会社化&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite press release|url=http://www.aeon.info/news/2012_2/pdf/121128R_2_1.pdf|format=PDF|title=テスコジャパン株式会社の株式取得と代表取締役の異動について|publisher=イオン株式会社|date=2012年11月28日|accessdate=2013年3月8日}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
** 4月1日 - [[J.フロント リテイリング]]から株式会社ピーコックストアの全株式を取得し、完全子会社化。同社は同日付で[[イオンマーケット|イオンマーケット株式会社]]に商号変更&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite press release|url=http://www.aeon.info/news/2013_1/pdf/130401R_2.pdf|format=PDF|title=株式会社ピーコックストアの完全子会社化と代表取締役の異動について|publisher=イオン株式会社|date=2013年4月1日|accessdate=2013年4月1日}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
** [[8月27日]] - 株式公開買い付けにより、株式会社ダイエーを連結子会社化。&lt;br /&gt;
* [[2014年]]（平成26年）&lt;br /&gt;
** [[4月11日]] - [[ソニー|ソニー株式会社]]、[[大日本印刷|大日本印刷株式会社]]、[[ぐるなび|株式会社ぐるなび]]、[[丹青社|株式会社丹青社]]との合意のもと、グループ会社の[[イオンフィナンシャルサービス|イオンフィナンシャルサービス株式会社]]と共にフェリカポケットマーケティング株式会社の株式の一部を同年3月31日に取得し、連結子会社化したことを発表&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite press release|url=http://www.aeon.info/news/2014_1/pdf/140411R_1.pdf|format=PDF|title=フェリカポケットマーケティング株式会社の株式取得（連結子会社化）に関するお知らせ|publisher=イオン株式会社|date=2014年4月11日|accessdate=2014年4月11日}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
** [[5月30日]] - [[セディナ|株式会社セディナ]]との合意のもと&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite press release|url=http://www.cedyna.co.jp/company/news/pdf/140528.pdf|format=PDF|title=セディナ、OMCカード会員さま向けにイオン店舗での特典提供を開始!|publisher=株式会社セディナ|date=2014年5月28日|accessdate=2014年6月1日}}&amp;lt;/ref&amp;gt;、連結子会社である株式会社ダイエーとの「お客さま感謝デー」の相互利用を開始。これにより、同日より全国の「イオン」において「お客さま感謝デー」開催時における[[OMCカード]]のクレジット払いによる割引サービスの提供を開始&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite press release|url=http://www.aeon.info/news/2014_1/pdf/140528R_2.pdf|format=PDF|title=イオンカード・OMCカード優待サービス相互利用をスタート|publisher=イオン株式会社|date=2014年5月28日|accessdate=2014年6月1日}}&amp;lt;/ref&amp;gt;（同年6月20日からは[[マックスバリュ]]、[[イオンスーパーセンター]]、ボンベルタ成田、[[ホームワイド]]、光洋、マルナカ、山陽マルナカ、ピーコックストアにも拡大）。&lt;br /&gt;
** [[9月22日]] - 山口県及び九州北部（福岡県・佐賀県・長崎県・熊本県）に食品スーパーを展開する[[レッドキャベツ|株式会社レッドキャベツ]]と資本業務提携を締結するとともに、第三者割当増資を引き受け、86.7%の株式を取得して連結子会社化&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite press release|url=http://www.aeon.info/news/2014_2/pdf/140908R_3.pdf|format=PDF|title=株式会社レッドキャベツとの資本業務提携契約締結（連結子会社化）のお知らせ|publisher=イオン株式会社・株式会社レッドキャベツ|date=2014年9月8日|accessdate=2014年11月3日}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
** [[10月15日]] グループ内の総合スーパー・食品スーパー2,000店舗を対象に、月1回ペースで開催する新催事として「じものの日」を開始&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite press release|url=http://www.aeon.info/news/2014_2/pdf/141015R_3.pdf|format=PDF|title=イオンは「じものの日」を全国2,000店舗で毎月開催します!|publisher=イオン株式会社|date=2014年10月15日|accessdate=2014年11月3日}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[2015年]]（平成27年）&lt;br /&gt;
** 1月1日 - 株式交換により株式会社ダイエーを完全子会社化&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite press release|url=http://www.aeon.info/news/2014_2/pdf/140924R_1_2.pdf|format=PDF|title=イオン株式会社による株式会社ダイエーの株式交換による完全子会社化に関するお知らせ|publisher=イオン株式会社|date=2014年9月24日|accessdate=2015年1月18日}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--&lt;br /&gt;
ここはイオン株式会社の沿革の欄です。新規店舗については各ショップブランドおよびグループ会社に書き込むようにご協力ください。&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 不祥事 ==&lt;br /&gt;
=== 産地偽装米使用商品の販売 ===&lt;br /&gt;
2012年12月から判明する2013年9月までイオン674店舗で国産米とうたっていたが実際は中国産の米が多量にブレンドされていた。中国産米が混入した商品は弁当は112種、おにぎり35種類。プライベートブランド「トップバリュ」商品も含まれ、計約1500万個に上る&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.asahi.com/national/update/0930/NGY201309300010.html 三重の業者、中国米を国産と偽装　イオンなど弁当に使用]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!---&lt;br /&gt;
== 提供番組 ==&lt;br /&gt;
'''現在（[[2014年]]〈平成25年〉現在）'''&lt;br /&gt;
; [[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系&lt;br /&gt;
* [[笑点]]（2012年4月 - ）&lt;br /&gt;
* [[世界の果てまでイッテQ!]]（60秒、カラー表示）&lt;br /&gt;
* [[news every.]]&lt;br /&gt;
* [[ズームイン!!サタデー]]&lt;br /&gt;
* [[スッキリ!!]]&lt;br /&gt;
* [[AKBINGO!]]　※関東ローカル&lt;br /&gt;
* [[情報ライブ ミヤネ屋]]（[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]）※当初は[[広島テレビ放送|広島テレビ]]のみ、[[2012年]]（平成24年）10月から[[火曜日]]で全国提供を開始。&lt;br /&gt;
* [[行列のできる法律相談所]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; [[フジテレビジョン|フジテレビ]]系&lt;br /&gt;
* [[ボクらの時代]]（[[2010年]]（平成22年）4月～、以前は[[ヒッチハイク (放送)|ヒッチハイク]]扱い）&lt;br /&gt;
* [[情報プレゼンター とくダネ!]]（2012年4月より月曜日の後半枠スポンサー）&lt;br /&gt;
* [[ライオンのごきげんよう]]（[[ヒッチハイク]]）&lt;br /&gt;
* [[めざましどようび]]（2013年10月より7時台後半～8時台前半枠スポンサー、60秒）&lt;br /&gt;
* [[FNNスーパーニュース]]（2012年4月より隔日）&lt;br /&gt;
* [[FNNスピーク]]（[[テレビ新広島]]）&lt;br /&gt;
* [[FNN東海テレビスーパーニュース]]（[[東海テレビ放送|東海テレビ]]）&lt;br /&gt;
* [[めざましテレビ]]（東海テレビ、[[山陰中央テレビジョン放送|山陰中央テレビ]]、[[テレビ新広島]]、[[テレビ宮崎]]）&lt;br /&gt;
* [[バイキング (テレビ番組)|バイキング]]（2014年5月から隔日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; [[TBSテレビ|TBS]]系&lt;br /&gt;
* [[あさチャン!]] ([[CBCテレビ|CBC]])&lt;br /&gt;
* [[いっぷく!]]（後半スポンサー）&lt;br /&gt;
* [[ひるおび!]]（隔日）&lt;br /&gt;
* [[Nスタ]]（金曜日スポンサー）&lt;br /&gt;
* [[爆報! THE フライデー]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; [[テレビ朝日]]系&lt;br /&gt;
* [[情報満載ライブショー モーニングバード!]]&lt;br /&gt;
* [[アサデス。]]（[[九州朝日放送]]）&lt;br /&gt;
* [[報道ステーション]]（火曜日）&lt;br /&gt;
* [[UP!]]（[[名古屋テレビ放送|名古屋テレビ]]）&lt;br /&gt;
* [[ドデスカ!]]（名古屋テレビ）&lt;br /&gt;
* [[スーパーJチャンネル]]（愛媛朝日テレビ）&lt;br /&gt;
* [[スーパーJチャンネルえひめ]]（[[愛媛朝日テレビ]]）&lt;br /&gt;
* [[報道ステーションSUNDAY]]&lt;br /&gt;
* [[日本!食紀行]]&lt;br /&gt;
* [[人生の楽園]]&lt;br /&gt;
* [[ここがポイント!!池上彰解説塾]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; [[テレビ東京]]系&lt;br /&gt;
* [[おはスタ]]（[[テレビ東京]]）※[[2011年]]（平成23年）10月から&lt;br /&gt;
* [[開運!なんでも鑑定団]]（[[鹿児島讀賣テレビ|鹿児島読売テレビ]]）&lt;br /&gt;
* [[ええじゃないか。]]（[[三重テレビ放送|三重テレビ]]）&lt;br /&gt;
* [[未来世紀ジパング]]&lt;br /&gt;
* [[木曜8時のコンサート〜名曲!にっぽんの歌〜]]&lt;br /&gt;
* [[和風総本家]]&lt;br /&gt;
* [[世界ナゼそこに?日本人 〜知られざる波瀾万丈伝〜]]&lt;br /&gt;
* [[THEフィッシング]]&lt;br /&gt;
* [[ワールドビジネスサテライト|WBS]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; ラジオ&lt;br /&gt;
* [[全国FM放送協議会|JFN]]（平日の午前5時から午前9時までの共通時報）&lt;br /&gt;
* [[伊東四朗・吉田照美 親父熱愛]]（[[文化放送]]、4時台のイオンG.G.サタデーとして一社提供）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''過去'''&lt;br /&gt;
; 日本テレビ系&lt;br /&gt;
* [[おもいッきりDON!]]&lt;br /&gt;
* [[NNN Newsリアルタイム]]&lt;br /&gt;
* [[1億人の大質問!?笑ってコラえて!]]&lt;br /&gt;
* [[冒険!CHEERS!!]] ※一社提供番組&lt;br /&gt;
* [[たべごろマンマ!]] ※一社提供番組。この番組の終了と共に一社提供枠からも降板。&lt;br /&gt;
* [[名探偵コナン (アニメ)|名探偵コナン]]&lt;br /&gt;
* [[ヤッターマン (2008年のテレビアニメ)|ヤッターマン（第2作）]]&lt;br /&gt;
* [[満点☆青空レストラン]]&lt;br /&gt;
* [[奥さま便利帖]]（[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]・1975年3月31日から10年以上にわたり放送された。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; [[フジテレビジョン|フジテレビ]]系&lt;br /&gt;
* [[メントレG]]&lt;br /&gt;
* [[森田一義アワー 笑っていいとも!|笑っていいとも!]]（2010年4月～2012年3月・隔日）&lt;br /&gt;
* [[ぴーかんテレビ]]（東海テレビ）&lt;br /&gt;
* [[ほこ×たて]] → [[つなぎ番組]] → [[日本語探Qバラエティ クイズ!それマジ!?ニッポン]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; [[TBSテレビ|TBS]]系&lt;br /&gt;
* [[さんまのSUPERからくりTV]]（隔週ごとに前半枠と後半枠を入れ替え）&lt;br /&gt;
* [[どうぶつ奇想天外!]]&lt;br /&gt;
* [[イッポウ]] (CBC) ※ 月曜日スポンサー&lt;br /&gt;
* [[がっちりマンデー!!]]（[[2010年]]（平成22年）8月から2ヶ月間はグループ会社の[[イオンクレジットサービス]]がスポンサー）&lt;br /&gt;
* [[日10☆演芸パレード]]（[[MBSテレビ|MBS]]製作）&lt;br /&gt;
* [[世界ウルルン滞在記]]（提供はイオンクレジットサービス）&lt;br /&gt;
* [[朝ズバッ!]]（CBC）&lt;br /&gt;
* [[はなまるマーケット]]&lt;br /&gt;
* [[月曜ミステリーシアター]]&lt;br /&gt;
* [[ホムカミ～ニッポン大好き外国人世界の村に里帰り～]] ([[MBSテレビ|MBS]])&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; [[テレビ朝日]]系&lt;br /&gt;
* [[朝日放送日曜朝8時30分枠のアニメ]]&amp;lt;ref&amp;gt;[[2012年]]から日曜朝8時30分のアニメである「[[プリキュアシリーズ]]」（[[スマイルプリキュア!]]など）のキャラクターを使って[[スタンプラリー]]を行っている（[[ローソン]]と共同）。&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
: [[おジャ魔女どれみ|おジャ魔女どれみ#]]~[[Yes!プリキュア5]]（2000年 - 2007年）&lt;br /&gt;
* [[そうだったのか!池上彰の学べるニュース]]&lt;br /&gt;
* [[Oh!どや顔サミット]]&lt;br /&gt;
* [[ビートたけしのTVタックル]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; [[テレビ東京]]系&lt;br /&gt;
* [[踊RI場]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; ラジオ&lt;br /&gt;
* [[JET STREAM]] (TOKYO FM) ※2010年6月のみ[[日本航空]]と共に火・水・木曜日のスポンサーを担当。&lt;br /&gt;
* [[ぶらさんぽ]]（[[エフエム東京|TOKYO FM]]、[[一社提供]]）&lt;br /&gt;
---&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== CMキャラクター ==&lt;br /&gt;
イオンのCMは通常、商品やイベントなどによってCMキャラクターが棲み分けられているが、[[2010年]]（平成22年）6月開催の「みんなに値下げの5日間」、同年12月開催の「うれしい値下げの5日間」では通常は別々のCMに出演している木下優樹菜と加藤清史郎が共演している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、[[2011年]]（平成23年）[[3月]]に店舗ブランドが「イオン」に統合されたことに伴い、武井咲がイオンのメインキャラクターとして起用されている（「お客様感謝デー」などの定期イベントのCMも同時期から改訂されている）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 現在 ===&lt;br /&gt;
* [[武井咲]] - わくわくデー、お客さま感謝デー、5日間セール、幸せの黄色いレシートなど&lt;br /&gt;
* [[伊勢谷友介]] - 幸せの黄色いレシート&lt;br /&gt;
* [[栗山千明]] - イオンモール&lt;br /&gt;
* [[蒼井優]] - イオンフィナンシャルサービス（イオンクレジットサービス・イオン銀行）&lt;br /&gt;
* [[高田純次]]・[[夏木マリ]] - G.G.（グランドジェネレーション - 新世代シニア）関連&lt;br /&gt;
* [[HKT48]] - ダイエー（九州地方のみ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 過去 ===&lt;br /&gt;
* [[山口智子]] - 「singing AEON」（2004年 - 2008年）&lt;br /&gt;
* [[ベッキー]] - つくろうmy新入学、イオンフェスティバル、お歳暮&lt;br /&gt;
* [[佐藤隆太]] - ヒートファクト（2010年）&lt;br /&gt;
* [[SPEED]] - ヒートファクト（2010年）&lt;br /&gt;
* [[麻生久美子]] - セレブレイトスーツ（2011年）&lt;br /&gt;
* [[木下優樹菜]] - &lt;br /&gt;
* [[尾木直樹]] - カモンイオン新入学!&lt;br /&gt;
* [[柳葉敏郎]] - トップバリュ バーリアルラガービール&lt;br /&gt;
* [[キム・ヒョンジュン (1987年生)|キム・ヒョンジュン]] - トップバリュ ヒートファクト&lt;br /&gt;
* [[佐藤江梨子]] - クーリッシュファクト（2011年）&lt;br /&gt;
* [[加藤清史郎]] - かるすぽランドセル&lt;br /&gt;
* [[太田莉菜]] - Mizugi Magic（2011年）&lt;br /&gt;
* YUKA ([[moumoon]]) - 「満月ロゼ」（2010年）&lt;br /&gt;
* [[薬丸裕英]]・[[石川秀美|秀美]]夫妻 - 幸せの黄色いレシートキャンペーン&lt;br /&gt;
* [[観月ありさ]] - &lt;br /&gt;
* [[古谷一行]]・[[前田美波里]] - G.G.関連&lt;br /&gt;
* [[田中圭]] - &lt;br /&gt;
* [[木村文乃]] -&lt;br /&gt;
* [[乙黒えり]] - イオンの太陽光、トップバリュ自転車（かつてはわくわくデー、お客さま感謝デーなどのセール告知をしていた）&lt;br /&gt;
* [[豊田エリー]] - イオンワールドフェスタ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
=== スポンサー関連 ===&lt;br /&gt;
* [[24時間テレビ 「愛は地球を救う」]] - [[2005年]]（平成17年）よりイトーヨーカ堂に代わって[[スポンサー]]となっている。また、イオン・マックスバリュなどのグループ店舗で[[チャリティー]][[募金]]の受付や番組で着用しているチャリTシャツの販売を行う。（[[2005年]]（平成17年）から9年間継続実施中）&lt;br /&gt;
* [[日米野球]] - [[2004年]]（平成16年）と[[2006年]]（平成18年）の冠スポンサー＝特別協賛社&lt;br /&gt;
* [[世界新体操クラブ選手権]] - 冠スポンサー＝特別協賛社&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他 ===&lt;br /&gt;
* [[イオングループ]]&lt;br /&gt;
* [[イオングループの商業ブランド]]&lt;br /&gt;
* [[イオントップバリュ]] - イオングループの[[プライベートブランド]]。&lt;br /&gt;
* [[WAON]] - イオングループの[[電子マネー]]（発行元は[[イオンリテール]]）。&lt;br /&gt;
* [[日本リテールファンド投資法人]] - イオングループの[[ショッピングセンター]]への投資を主力とする[[不動産投資信託]]。[[三菱商事]]と[[UBS]]により設立。&lt;br /&gt;
* [[まちづくり3法]]&lt;br /&gt;
* [[京都国際観光大使]]&lt;br /&gt;
* [[ケーヨー]] - 旧ジャスコ時代に合弁会社「ケーヨージャスコ」として設立（のちに解散）、現在も大口出資先として資本関係にある。&lt;br /&gt;
* [[スギ薬局]] - かつてイオンの関連会社となっていた[[中京圏]]（中京地方）地盤のドラッグストア中堅。現在は買収した[[近畿地方|関西]]地盤ディスカウントストア中堅の[[ジャパン (チェーンストア)|ジャパン]]と経営統合し、旧スギ薬局は持株会社「スギホールディングス」となっている。&lt;br /&gt;
* [[ユニー|ほていや]] - 事実上の創業者である岡田卓也が、フタギと並行して合併話を持ちかけた先。[[ユニー]]の前身の一つ。岡田はジャスコ社長席をほていや側に用意し、自らは副社長でいいと交渉を進めるも不発に終わる。ほていやはフタギの経営規模が過小すぎて懸念を持ったこと。名古屋地区の同業ライバルで、後に合併する西川屋とも取引する商社との関係、および合併後の東海地域の勢力を熟慮した結果だといわれている&amp;lt;ref&amp;gt;『ジャスコ三十年史』 ジャスコ株式会社、2000年&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[幕張新都心]] - 本社である[[イオンタワー]]の所在地。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
=== 注記 ===&lt;br /&gt;
{{Reflist|group=&amp;quot;注&amp;quot;}}&lt;br /&gt;
=== 出典 ===&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.aeon.info/ イオン株式会社]&lt;br /&gt;
*[http://yaplog.jp/u-sugu/archive/719 イオンモール沖縄ライカムでやりたいこと]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{デフォルトソート:いおん}}&lt;br /&gt;
[[Category:イオングループ|*いおん]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の持株会社]]&lt;br /&gt;
[[Category:美浜区の企業]]&lt;br /&gt;
[[Category:三重県発祥の企業]]&lt;br /&gt;
[[Category:かつて存在した東京都の企業]]&lt;br /&gt;
[[Category:東証一部上場企業]]&lt;br /&gt;
[[Category:多国籍企業]]&lt;br /&gt;
[[Category:幕張新都心]]&lt;br /&gt;
[[Category:老舗企業 (江戸時代創業)]]&lt;br /&gt;
[[Category:日経平均株価]]&lt;br /&gt;
[[Category:1926年設立の企業]]&lt;br /&gt;
[[Category:ファミリー企業]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>222.15.68.215</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%83%95%E3%82%B8%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3&amp;diff=162938</id>
		<title>フジテレビジョン</title>
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				<updated>2012-07-06T11:17:15Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;222.15.68.215: /* 外部リンク */ *[https://ts3card-business.jp/card.html ENEOS BUSINESS　カード] ETCの申し込みはトヨタファイナンス&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{| align=right cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; style=&amp;quot;text-align:left; border:1px solid #d3d3d3; background:#f5f5f5;&amp;quot;&lt;br /&gt;
! colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;width:100%; font-size:120%;&amp;quot;|フジテレビジョン&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!社名&lt;br /&gt;
|株式会社フジテレビジョン&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!英文社名&lt;br /&gt;
|Fuji Television Network, Inc.&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!種類&lt;br /&gt;
|[[株式会社]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!略称&lt;br /&gt;
|フジテレビ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!郵便番号&lt;br /&gt;
|137-8088&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!本社所在地&lt;br /&gt;
|[[東京都]][[港区 (東京都)|港区]][[お台場|台場]]二丁目4番8号&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!設立&lt;br /&gt;
|2008年10月1日&amp;lt;br /&amp;gt;（新設分割のため）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!業種&lt;br /&gt;
|情報・通信業&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!事業内容&lt;br /&gt;
|放送法に基づくテレビジョン放送&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!代表者&lt;br /&gt;
|[[代表取締役]][[会長]] [[日枝久]]&amp;lt;br /&amp;gt;代表取締役[[社長]] [[豊田皓]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!資本金&lt;br /&gt;
|88億円&amp;lt;br /&amp;gt;（2008年10月1日現在）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!売上高&lt;br /&gt;
|単体: 3778億7500万円&amp;lt;br /&amp;gt;連結: 5826億6000万円&amp;lt;br /&amp;gt;（2007年3月期）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!従業員数&lt;br /&gt;
|1426人（2008年10月1日現在）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!決算期&lt;br /&gt;
|毎年3月31日&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!主要株主&lt;br /&gt;
|株式会社[[フジ・メディア・ホールディングス]] 100%&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!外部リンク&lt;br /&gt;
|[http://www.fujitv.co.jp/ www.fujitv.co.jp]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!特記事項&lt;br /&gt;
|旧法人（株式会社富士テレビジョン）の設立は、1957年11月18日。&amp;lt;br /&amp;gt;[[FCGビル]]設計・[[丹下都市建築設計|丹下健三・都市・建築研究所]]&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''株式会社フジテレビジョン''' ({{lang-en|'''Fuji Television Network, Inc.'''}}) は、[[関東広域圏]]を[[放送#放送対象地域|放送対象地域]]とする[[放送局]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
略称は[[識別信号|コールサイン]] (''JOCX-TV'') から'''CX'''。通称は'''フジテレビ'''、'''フジ'''。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2008年]]9月までは、76社、5法人、3美術館、10,000名強の従業員からなる日本最大のメディア・[[コングロマリット]]である[[フジサンケイグループ]]の中核企業であり、資本関係上もグループの統括会社となっていたが、2008年10月1日に株式会社フジテレビジョン（旧会社）は、[[フジ・メディア・ホールディングス|株式会社フジ・メディア・ホールディングス]]に商号変更、テレビジョン放送関連事業を同日設立した「株式会社フジテレビジョン（新会社）」に事業譲渡および放送免許を承継し、純粋持株会社また、[[放送持株会社|認定放送持株会社]]となった。本項目では[[2008年]][[9月30日]]までの旧会社、および2008年[[10月1日]]以降の現行会社について述べる。偏向教科書であるつくる会教科書を発行した、扶桑社の株主である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==会社概要==&lt;br /&gt;
{| align=right cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; style=&amp;quot;text-align:left; border:1px solid #d3d3d3; background:#f5f5f5;&amp;quot;&lt;br /&gt;
! colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;width:100%; font-size:120%;&amp;quot;|フジテレビジョンのデータ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!英名&lt;br /&gt;
|Fuji Television Network, Inc.&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!英項名&lt;br /&gt;
|Fuji Television&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!地域&lt;br /&gt;
|[[関東地方|関東広域圏]]&amp;lt;br /&amp;gt;（[[東京都]]・[[茨城県]]・[[栃木県]]・&amp;lt;br /&amp;gt;[[群馬県]]・[[埼玉県]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[千葉県]]・[[神奈川県]]）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!キー局&lt;br /&gt;
|フジテレビ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!系列&lt;br /&gt;
|FNN&lt;br /&gt;
|- &lt;br /&gt;
!番組&lt;br /&gt;
|FNS&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!略&lt;br /&gt;
|CX&lt;br /&gt;
|- &lt;br /&gt;
!愛称&lt;br /&gt;
|フジ、フジテレビ、ウジテレビ、蛆テレビ、ウリテレビ、韓国の犬、売国テレビ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!コールサイン&lt;br /&gt;
|CX&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!呼出名称&lt;br /&gt;
|フジデジタルテレビジョン&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!設立年月日&lt;br /&gt;
|1959年3月1日&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!郵便番号&lt;br /&gt;
|137-8088&lt;br /&gt;
|- &lt;br /&gt;
!本社所在地&lt;br /&gt;
|東京都港区台場二丁目4番8号&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!緯度度&lt;br /&gt;
|35&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!緯度分&lt;br /&gt;
|37&lt;br /&gt;
|- &lt;br /&gt;
!緯度秒&lt;br /&gt;
|36.04&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!経度度&lt;br /&gt;
|139&lt;br /&gt;
|- &lt;br /&gt;
!経度分&lt;br /&gt;
|46&lt;br /&gt;
|- &lt;br /&gt;
!経度秒&lt;br /&gt;
|27.47&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!演奏所&lt;br /&gt;
|[[#スタジオ]]を参照&lt;br /&gt;
|- &lt;br /&gt;
!都市名&lt;br /&gt;
|東京&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!ch1&lt;br /&gt;
|8&lt;br /&gt;
|- &lt;br /&gt;
!ch2&lt;br /&gt;
|8&lt;br /&gt;
|- &lt;br /&gt;
!dch&lt;br /&gt;
|21&lt;br /&gt;
|- &lt;br /&gt;
!id&lt;br /&gt;
|8&lt;br /&gt;
|- &lt;br /&gt;
!中継局&lt;br /&gt;
|[[#アナログ放送概要|下記]]参照&lt;br /&gt;
|- &lt;br /&gt;
!デジ中継局&lt;br /&gt;
|[[#主な中継局|下記]]参照&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!リンク&lt;br /&gt;
|http://www.fujitv.co.jp/&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!特記事項&lt;br /&gt;
|開局は[[MBSテレビ|毎日放送]]（大阪）、[[九州朝日放送]]（福岡）と同日。&amp;lt;br /&amp;gt;また、大東諸島も、放送区域に含まれる&amp;lt;br /&amp;gt;2008年10月1日、フジ・メディア・ホールディングスからテレビジョン放送免許を承継。&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
{| align=right cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; style=&amp;quot;text-align:left; border:1px solid #d3d3d3; background:#f5f5f5;&amp;quot;&lt;br /&gt;
! colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;width:100%; font-size:120%;&amp;quot;|フジテレビ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!キャッチコピー&lt;br /&gt;
|ミトカナイトフジ!&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!略称&lt;br /&gt;
|CX、フジ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!運営事業者&lt;br /&gt;
|株式会社フジテレビジョン&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!郵便番号&lt;br /&gt;
|137-8088&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!本社&lt;br /&gt;
|[[港区 (東京都)|港区]][[お台場|台場]]二丁目4番8号&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!緯度度&lt;br /&gt;
|35&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!緯度分&lt;br /&gt;
|37&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!緯度秒&lt;br /&gt;
|36.04&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!経度度&lt;br /&gt;
|139&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!経度分&lt;br /&gt;
|46&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!経度秒&lt;br /&gt;
|27.47&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!ジャンル&lt;br /&gt;
|地デジ難視対策衛星放送&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!放送内容&lt;br /&gt;
|[[日本の地上デジタルテレビ放送|地上デジタル放送]]の[[サイマル放送]]（マルチ編成の場合は主番組のみ）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!視聴料金&lt;br /&gt;
|無料&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!特別衛星放送&lt;br /&gt;
|BSデジタル&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!特別事業者&lt;br /&gt;
|社団法人[[デジタル放送推進協会]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!特別ch&lt;br /&gt;
|298&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!物理チャンネル&lt;br /&gt;
|BS-17ch&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!特別開局年月日&lt;br /&gt;
|2010年3月11日&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!特別閉局年月日&lt;br /&gt;
|2015年3月31日&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!特別閉局予定&lt;br /&gt;
|終了予定&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!リンク&lt;br /&gt;
|http://www.fujitv.co.jp/&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!特記事項&lt;br /&gt;
|地デジ難視対策衛星放送対象リスト（ホワイトリスト）に掲載された地区のみ視聴可能。&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
各地域の系列局28社で、番組の供給・ネットを目的とする'''[[フジネットワーク]]'''（'''[[フジネットワーク|FNS]]'''：Fuji Network System、[[フジテレビ番組一覧#スポーツ|FUJI NETWORK SPORT]]）と、ニュース素材の供給・ネットを目的とする'''[[フジニュースネットワーク]]'''('''FNN''':Fuji News Network)を組織している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
地上放送の他に[[スカパー!|スカイパーフェクTV!]]（東経124・128度CS放送）、および委託放送事業者である[[サテライト・サービス]]を通じて[[e2 by スカパー!]]（東経110度CS放送）で、[[フジテレビCS事業部|フジテレビ721・フジテレビ739・フジテレビCSHD]]の3つのチャンネルを放送していて、一部の[[ケーブルテレビ]]でも放送されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
メインバンクは、[[みずほコーポレート銀行]]（旧[[富士銀行]]）であり、FNSチャリティーキャンペーンにおけるフジテレビの振込先も[[みずほ銀行]]東京中央支店（旧[[富士銀行]]本店）である。また、以前フジテレビで[[芙蓉グループ]]提供の番組「感動エクスプレス」「満足!迷い旅」を放送していた。さらに、フジサンケイグループと芙蓉グループの合弁の広告会社[[富士アドシステム]]とフジサンケイグループ傘下の広告会社3社と合併した広告会社[[クオラス]]がある。&lt;br /&gt;
===外国人持株問題===&lt;br /&gt;
フジテレビの株主である株式会社フジ・メディア・ホールディングスにおいては2011年4月21日現在、外国人等の議決権比率は19.99%であった。電波法第5条は、放送業者の議決権の5分の1（20%）以上を外国人が有することを禁じており、ギリギリ法律の範疇にあった。ただし7月28日現在、フジ・メディア・ホールディングス株式の外国人直接保有比率は56.63%に達している。このことが[[wiki:2011年のフジテレビ騒動|フジテレビ抗議デモ]]のきっかけとなっている。&lt;br /&gt;
===送信所===&lt;br /&gt;
（[[放送#放送区域|放送区域]]は、本来は[[沖縄県]]の放送対象地域である[[大東諸島]]が含まれる。これは、系列局の[[沖縄テレビ放送|沖縄テレビ]]が、大東諸島に中継局を設けていないため。[[東京放送|TBS]]＝[[琉球放送]]並びに、[[テレビ朝日]]＝[[琉球朝日放送]]の際も同様）。&lt;br /&gt;
* アナログ放送&lt;br /&gt;
** コールサイン：JOCX-TV&lt;br /&gt;
** チャンネル：8ch（東京）&lt;br /&gt;
** 映像出力：50kW&lt;br /&gt;
** 音声出力：12.5kW&lt;br /&gt;
* デジタル放送&lt;br /&gt;
** コールサイン：JOCX-（D）TV&lt;br /&gt;
** チャンネル：21ch（東京）&lt;br /&gt;
** 出力：10kW&lt;br /&gt;
** [[リモコンキーID]]：8&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====アナログ放送の主な中継局====&lt;br /&gt;
* '''東京都'''&lt;br /&gt;
** ※八王子 - 31ch&lt;br /&gt;
** ※多摩 - 55ch&lt;br /&gt;
** 新島 - 58ch&lt;br /&gt;
** 父島 - 57ch&lt;br /&gt;
** 母島 - 58ch&lt;br /&gt;
** ※大井町 - 74ch&lt;br /&gt;
* '''[[茨城県]]'''&lt;br /&gt;
** 水戸 - 38ch&lt;br /&gt;
** 日立 - 58ch&lt;br /&gt;
** 常陸鹿嶋 - 41ch&lt;br /&gt;
* '''[[栃木県]]'''&lt;br /&gt;
** 宇都宮 - 57ch&lt;br /&gt;
* '''[[群馬県]]'''&lt;br /&gt;
** 前橋 - 58ch&lt;br /&gt;
** 桐生 - 35ch&lt;br /&gt;
** 利根 - 57ch&lt;br /&gt;
* '''[[埼玉県]]'''&lt;br /&gt;
** 秩父 - 29ch&lt;br /&gt;
** 児玉 - 57ch&lt;br /&gt;
* '''[[千葉県]]'''&lt;br /&gt;
** 銚子 - 57ch&lt;br /&gt;
** 成田 - 57ch&lt;br /&gt;
** 館山 - 58ch&lt;br /&gt;
* '''[[神奈川県]]'''&lt;br /&gt;
** ※横浜みなと - 58ch&lt;br /&gt;
** 横須賀久里浜 - 37ch&lt;br /&gt;
** 平塚 - 39ch&lt;br /&gt;
** 小田原 - 58ch&lt;br /&gt;
** ※山下町 - 75ch&lt;br /&gt;
* '''[[沖縄県]]'''&lt;br /&gt;
** 北大東 - 46ch&lt;br /&gt;
** 南大東 - 58ch&lt;br /&gt;
他多数&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※はその中継局周辺でも東京8chを視聴する場合が多く、映りが良くない場合に視聴される。他局の同位置にある中継局も同様。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====デジタル放送の主な中継局====&lt;br /&gt;
* '''[[茨城県]]'''&lt;br /&gt;
** 水戸 - 19ch&lt;br /&gt;
** 日立 - 19ch&lt;br /&gt;
* '''栃木県'''&lt;br /&gt;
** 宇都宮 - 35ch&lt;br /&gt;
* '''群馬県'''&lt;br /&gt;
** 前橋 - 42ch&lt;br /&gt;
* '''埼玉県'''&lt;br /&gt;
** 秩父 - 21ch&lt;br /&gt;
* '''千葉県'''&lt;br /&gt;
** 銚子 - 21ch&lt;br /&gt;
* '''神奈川県'''&lt;br /&gt;
** 平塚 - 21ch&lt;br /&gt;
** 小田原 - 21ch&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==沿革等==&lt;br /&gt;
===沿革===&lt;br /&gt;
* [[1957年]]（昭和32年）[[11月18日]] - [[文化放送]]と[[ニッポン放送]]を主体とし、[[東宝]]、[[松竹]]、[[大映]]の[[映画会社]]各社が参加して、株式会社富士テレビジョン設立。（富士テレビに決定される前は中央テレビジョンで仮決定されていた。）&lt;br /&gt;
* [[1958年]]（昭和33年）12月 - 商号を'''株式会社フジテレビジョン'''に変更。&lt;br /&gt;
* [[1959年]]（昭和34年）[[1月9日]] - 本免許を受ける。&lt;br /&gt;
* [[1959年]]（昭和34年）[[3月1日]] - 地上アナログテレビジョン放送の本放送を開始（JOCX-TV）。開局は大阪・[[毎日放送]]（MBS）と福岡・[[九州朝日放送]]（KBC）と同日。関西地区においては、[[関西テレビ放送|関西テレビ]]（KTV）と毎日放送とのネットワーク関係を結ぶが、翌年関西テレビに一本化する。&lt;br /&gt;
* [[1959年]]（昭和34年）6月 - 東名阪福の基幹4局でネットワーク協力体制に調印し、[[フジネットワーク|フジネットワークシステム(FNS)]]の基礎を確立。&lt;br /&gt;
* [[1960年]]（昭和35年）[[1月17日]] - 本局の送信出力を映像50KW、音声12.5KWに増力する。&lt;br /&gt;
* [[1964年]]（昭和39年）[[9月3日]] - [[東京オリンピック]]開始に伴い、カラー試験放送を開始（東京地区では3番目）。最初の番組は『僕は見たんだ』で、午前10時半からの30分番組。同放送は4日後の[[9月7日]]に本放送を開始する。&lt;br /&gt;
* [[1966年]]（昭和41年）10月 - フジニュースネットワーク（[[フジニュースネットワーク|FNN]]）発足。&lt;br /&gt;
* [[1969年]]（昭和44年）10月 - フジネットワークシステム（[[フジネットワーク|FNS]]）発足。&lt;br /&gt;
* [[1971年]]（昭和46年） - 制作局を廃止させ系列子会社化（「フジポニー」「フジ制作」「ワイドプロ」など）。報道・スポーツ・生番組以外の番組の制作を委託する（[[1980年]]の機構改革で「制作局」を再発足、自社制作を復活させるまで系列子会社の再編をしながら続く）。&lt;br /&gt;
* [[1973年]]（昭和48年）『[[キンカン素人民謡名人戦]]』を最後に、自主制作番組が全部カラー放送になる。&lt;br /&gt;
* [[1978年]]（昭和53年）[[10月2日]] - 音声多重実用化試験放送開始。東京では[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]、[[日本放送協会|NHK（日本放送協会）]]に次いで3局目。第1弾は[[明治神宮野球場|神宮球場]]からの[[東京ヤクルトスワローズ|ヤクルト]]戦のステレオ放送。&lt;br /&gt;
* [[1984年]]（昭和59年） - [[フジサンケイグループ]]議長・[[鹿内春雄]]が将来の衛星放送事業（現在の[[BSフジ]]や[[フジテレビCS事業部|フジテレビ721、739、ディノスチャンネル]]など）参画による業務拡大に伴い、局舎面積拡大の必要性を訴え、当時はまだ更地であった[[お台場]]への社屋移転構想を発表する。（[[#フジテレビお台場移転の経緯]]を参照。）&lt;br /&gt;
* [[1985年]]（昭和60年）[[12月8日]] - [[文字多重放送]]本放送開始。&lt;br /&gt;
* [[1986年]]（昭和61年） - [[フジサンケイグループ]]統一[[コーポレートアイデンティティ|CI]]導入に伴い、現在の「目玉マーク」のロゴ・マークに変更。&lt;br /&gt;
* [[1988年]]（昭和63年） - 開局30周年を記念して[[オリエント急行]]を日本で走らせる。&lt;br /&gt;
* [[1989年]]（平成元年）8月 - 第一世代[[クリアビジョン]]放送開始。&lt;br /&gt;
* [[1989年]]（平成元年）頃 - 民放では初めて、ソニー製の1インチ非圧縮デジタルハイビジョンVTR DVH-1000が導入される。&lt;br /&gt;
* [[1990年]]（平成2年）11月 - [[ハイビジョン]]試験放送開始。&lt;br /&gt;
* [[1993年]]（平成5年） - 新本社・演奏所となるFCGビルが着工。&lt;br /&gt;
* [[1994年]]（平成6年）11月 - ハイビジョン実用化試験局免許取得。&lt;br /&gt;
* [[1995年]]（平成7年）4月 - 株式会社フジサンケイグループ本社を合併。&lt;br /&gt;
* [[1995年]]（平成7年）9月 - ワイドクリアビジョン(EDTV-II)本放送開始。&lt;br /&gt;
* [[1996年]]（平成8年） 8月- [[東京都]][[港区 (東京都)|港区]][[お台場|台場]]のFCGビルが完成。河田町からの移転作業が部署別に順次開始される。&lt;br /&gt;
* [[1997年]]（平成9年）[[3月10日]] - 台場のFCGビルへの本社・演奏所機能の移転が完了。本社事業所所在地変更（東京都港区台場二丁目4番8号）。旧河田町本社ビルの解体作業開始。&lt;br /&gt;
* [[1997年]]（平成9年）8月 - [[東京証券取引所]]市場第1部に株式を上場。&lt;br /&gt;
* [[1998年]]（平成10年）4月 - [[放送法]]に基づき[[通信衛星|CSデジタル放送]]」2チャンネルの委託放送事業者の認定を受ける。&lt;br /&gt;
* 1998年（平成10年）4月 - CSチャンネル「[[フジテレビCS事業部|フジテレビ721]]」放送を開始。&lt;br /&gt;
* [[1999年]]（平成11年）4月 - CSチャンネル「[[フジテレビCS事業部|フジテレビ739]]」放送を開始。&lt;br /&gt;
* [[2000年]]（平成12年）[[12月1日]] - 午前11時、系列のBSデジタル放送『[[BSフジ]]』（デジタルBS8Ch）開始。&lt;br /&gt;
* [[2003年]]（平成15年）[[12月1日]] - 午前11時、地上デジタルテレビジョン放送の本放送を開始（JOCX-DTV）。&lt;br /&gt;
* [[2005年]]（平成17年）[[1月17日]] - 系列ラジオ局の[[ニッポン放送]]株式の[[株式公開買い付け|公開買付]]（TOB）を発表した。その結果、ニッポン放送発行済み株式の36.47%を取得した。&lt;br /&gt;
* 2005年（平成17年）[[5月23日]] - [[ライブドア・パートナーズ]]を買収し同社の商号を『[[LFホールディングス]]』に変更（[[7月12日]]に合併）。&lt;br /&gt;
* 2005年（平成17年）[[6月13日]] - [[産業活力再生特別措置法|産業再生法]]に基づく事業再構築計画の認定を受ける。2008年（平成20年）5月まで。&lt;br /&gt;
* 2005年（平成17年）[[7月15日]] - 地上波キー局として初めての[[ブロードバンド]]動画配信サービス、「[http://www.fujitvondemand.jp フジテレビ On Demand]」のサービスを開始。&lt;br /&gt;
* 2005年（平成17年）[[9月1日]] - ニッポン放送と株式交換し、同社を完全子会社化。&lt;br /&gt;
* [[2006年]]（平成18年）[[1月22日]] - [[ライブドア]]が[[証券取引法]]違反で1月18日に家宅捜索される。&lt;br /&gt;
* 2006年（平成18年）[[3月15日]] - [[ポッドキャスティング]]「[[フジポッド]]」の配信開始。&lt;br /&gt;
* 2006年（平成18年）[[3月16日]] - 日枝会長が記者会見を行い[[USEN]]の[[宇野康秀]]社長にフジテレビが所有するライブドア持ち株を95億円で全株譲渡しUSENとの業務提携を発表。同時にライブドアとの提携解消と[[ライブドア・ショック]]により受けたフジテレビの損害総額345億円の賠償請求を行うことを決定した。&lt;br /&gt;
* 2006年（平成18年）[[4月1日]]&lt;br /&gt;
** 地上デジタルテレビジョン[[ワンセグ]]の本放送を開始。&lt;br /&gt;
** ニッポン放送からアナウンサーを含む47人がフジテレビに転籍。&lt;br /&gt;
* 2006年（平成18年）[[4月3日]] - 事業持株会社化し、フジサンケイグループの統括会社になる。これとともに株式会社ニッポン放送ホールディングス（旧ニッポン放送、これまでのラジオ放送事業・中波放送局免許は『株式会社ニッポン放送』を新設し、同社に承継）を吸収合併し、ニッポン放送保有のフジテレビ株式は吸収後消却され、[[ポニーキャニオン]]、[[ディノス]]等ニッポン放送傘下の企業がフジテレビ傘下に移動。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]（平成19年）[[3月26日]] - ライブドアに対する345億円の損害賠償請求訴訟を東京地裁に提起したと発表した。&lt;br /&gt;
* 2007年（平成19年）[[3月29日]] - ポニーキャニオンと扶桑社の発行済み全株式を取得し、完全子会社化。同時にBSフジへの出資比率を上げる。&lt;br /&gt;
* 2007年（平成19年）[[9月1日]] - ハイビジョンでの報道取材を開始する（スポーツ報道の一部は以前からハイビジョン化されている）。&lt;br /&gt;
* 2007年（平成19年）[[9月14日]] - 東京都[[江東区]][[青海 (江東区)|青海]]の[[東京臨海副都心|臨海副都心]]に建設した「[[フジテレビ湾岸スタジオ]]」の運用を開始。&lt;br /&gt;
* [[2008年]]（平成20年）[[4月1日]] - CSチャンネル「[[フジテレビCS事業部|フジテレビCSHD]]」放送を開始。在京民放キー局主体で初のCS放送によるハイビジョン放送である。&lt;br /&gt;
* 2008年（平成20年）[[4月14日]] - 地上デジタルテレビジョン放送において、海賊版防止・著作権保護の観点による画面上に[[ウォーターマーク]]の表示を開始。（在京局では4局目）他の実施局よりは比較的薄めに表示されており、ワンセグでは非表示。&lt;br /&gt;
* 2008年（平成20年）[[9月4日]] -[[総務大臣]]から、放送法に基づく認定放送持株会社の認定を取得し、また新設会社（2008年10月1日設立予定）へのテレビジョン放送免許の承継が許可された。&lt;br /&gt;
* 2008年（平成20年）10月1日 - 株式会社フジテレビジョンが『株式会社フジ・メディア・ホールディングス』に商号変更、[[放送持株会社|認定放送持株会社]]に移行、同時に地上波放送関連事業を分社新設分割方式による事業子会社『株式会社フジテレビジョン（新設会社）』に放送免許共々承継。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===番組史===&lt;br /&gt;
* 1959年（昭和34年）3月 - 開局と同時に同局の看板トーク番組である『[[スター千一夜]]』放映開始。[[旭化成]]の一社提供、初回ゲストは[[長門裕之]]と[[津川雅彦]]、この回の司会は[[高橋忠雄]]が担当（1981年9月23日まで）。&lt;br /&gt;
* 1959年（昭和34年）6月17日 - [[渡辺プロダクション]]の制作指揮による音楽番組『[[ザ・ヒットパレード]]』放送開始。初代司会は[[ミッキー・カーチス]]（1970年3月まで）。&lt;br /&gt;
* 1961年（昭和36年）4月 - 『きょうのプロ野球から』放映開始（[[プロ野球]]シーズン期間中のみ放送）。後に『[[プロ野球ニュース]]』（第1期）に改題された（1965年9月に一旦終了）。&lt;br /&gt;
* 1963年（昭和38年）1月1日 - 日本初の国産[[アニメ|テレビアニメ]]『[[鉄腕アトム]]』を放送（1966年12月31日まで）。&lt;br /&gt;
* 1964年（昭和39年）1月1日、正月恒例の『[[新春かくし芸大会]]』開始。翌1965年からは司会者に[[高橋圭三]]（1971年からは[[芳村真理]]も参加）を迎え規模を年々拡大。『[[NHK紅白歌合戦]]』などと並ぶ年末年始の風物詩的番組に発展。&lt;br /&gt;
* 1964年（昭和39年）8月31日 - 現在も続く長寿音楽番組『[[ミュージックフェア]]』放映開始。初代司会は[[越路吹雪]]。&lt;br /&gt;
* 1965年（昭和40年）5月1日 - [[テレビ朝日|NET（現：テレビ朝日）]]系列の朝の[[ワイドショー]]、『[[モーニングショー]]』に対抗し、[[日本放送協会|NHK]]の看板アナウンサーだった[[小川宏]]を招聘し、『[[小川宏ショー]]』をスタート。初代司会陣は小川宏と元[[東京放送|TBS]]アナウンサーの[[木元教子]]、それから当時アナウンサーだった[[露木茂]]（1982年3月まで）。&lt;br /&gt;
* 1965年（昭和40年）10月6日 - 日本初のカラーテレビアニメ『[[ジャングル大帝]]』放送。&lt;br /&gt;
* 1968年（昭和43年）4月1日 - 不毛の時間帯とされた平日午後3時枠を開拓したワイドショー『[[3時のあなた]]』放送開始。初代司会は[[高峰三枝子]]と[[木元教子]]（1988年4月1日まで）。&lt;br /&gt;
* 1968年（昭和43年）11月4日 - 新感覚の歌謡番組と銘打ち『[[夜のヒットスタジオ]]』放送開始。幅広い出演者と歌手の素顔を映し出してゆくという番組構成が視聴者に浸透し、格上の音楽番組として後に評価されるようになる。初代司会は[[前田武彦]]、[[芳村真理]]（〜1990年10月3日）。&lt;br /&gt;
* 1969年（昭和44年） - 『[[オールナイトフジ (1969-1975)|オールナイトフジ]]』（第1期）放送開始。司会者は歌手の[[舟木一夫]]だった（レギュラー放送は1971年まで、スペシャル版は1975年まで放送）。&lt;br /&gt;
* 1969年（昭和44年）10月 - 現在も続く長寿アニメ『[[サザエさん (テレビアニメ)|サザエさん]]』開始。&lt;br /&gt;
* 1973年（昭和48年）4月2日 - 子供向け幼児教育番組『[[ひらけ!ポンキッキ]]』放送開始（〜1993年9月）。&lt;br /&gt;
* 1974年（昭和49年）7月 - 第1回『[[FNS歌謡祭]]』放送。初代司会は小川宏と[[吉永小百合]]。当初は賞レース番組であったが、1991年からはショー形式の番組に変更。&lt;br /&gt;
* 1975年（昭和50年）4月 - [[萩本欽一]]が[[ニッポン放送]]で担当していたラジオ番組をモチーフとする『[[欽ちゃんのドンとやってみよう!]]』スタート。当初は土曜19時30分〜の放送であったが、1981年春からは月曜21時枠に放送時間を移動し、「良い子悪い子普通の子」などシリーズ化。&lt;br /&gt;
* 1976年（昭和51年）4月 - 『プロ野球ニュース』（第2期）開始。第2期スタート当初の司会は[[佐々木信也]]と[[はらたいら]]。&lt;br /&gt;
* 1981年（昭和56年）10月 - 海外情報バラエティの先駆的存在『[[なるほど!ザ・ワールド]]』（司会は[[愛川欽也]]、[[楠田枝里子]]：1996年3月まで）、無敵の人気を誇ったTBS系『[[8時だョ!全員集合]]』に対抗すべく時の漫才ブームの立役者たちをメインキャストに据えた『[[オレたちひょうきん族]]』（出演者は[[ビートたけし]]、[[明石家さんま]]、[[山田邦子]]、他：1989年10月まで）をスタート。&lt;br /&gt;
* 1981年（昭和56年）10月 - 後にスペシャル番組としてシリーズ化される『[[北の国から]]』がスタート。脚本は[[倉本聡]]、主演は[[田中邦衛]]。&lt;br /&gt;
* 1982年（昭和57年）10月 - 現在も放送している[[タモリ]]が司会を務める平日昼の人気長寿生放送バラエティ『[[森田一義アワー 笑っていいとも!|笑っていいとも!]]』開始。&lt;br /&gt;
* 1983年（昭和58年） - 『[[オールナイトフジ]]』（第2期）開始。現役の女子大生タレントを司会に登用し、人気を博す。&lt;br /&gt;
* 1984年（昭和59年）10月 - 『[[FNNスーパータイム]]』開始。夕方ニュース戦争の幕開け。&lt;br /&gt;
* 1985年（昭和60年）4月 - 『[[夕やけニャンニャン]]』開始。同番組の&amp;quot;主役&amp;quot;・[[おニャン子クラブ]]は後に社会現象的な人気を集める。&lt;br /&gt;
* 1987年（昭和62年）1月 - 1981年4月より続いた[[萩本欽一]]による『欽ドン!』シリーズに代って、新たにドラマ枠(通称：&amp;quot;[[フジテレビ月曜9時枠の連続ドラマ|月9]]&amp;quot;)を新設。『[[アナウンサーぷっつん物語]]』を最初に、『[[ラジオびんびん物語]]』、『[[東京ラブストーリー]]』、『[[101回目のプロポーズ]]』、『[[ロングバケーション (テレビドラマ)|ロングバケーション]]』などの大ヒット作を生み出し、業界ドラマやトレンディードラマブームの火付け役となる。&lt;br /&gt;
* 1987年（昭和62年） - モータースポーツの最高峰である[[フォーミュラ1|F1]]全戦の放送を開始すると共に、同年から10年ぶりの復活となった「[[日本グランプリ]]」の[[冠スポンサー]]となる。&lt;br /&gt;
* 1987年（昭和62年）7月 - 同局開局以来の24時間編成の大型番組として『[[FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島|テレビ夢列島]]（現：[[FNSの日]]）』を放送。総合司会は[[タモリ]]、[[明石家さんま]]。&lt;br /&gt;
* 1988年（昭和63年） - 深夜枠のソフト充実を目的に『[[JOCX-TV2|JOCX-TV2（深夜黄金伝説）]]』スタート。以降、『[[やっぱり猫が好き]]』（出演：[[もたいまさこ]]、[[室井滋]]、[[小林聡美]]。作：[[三谷幸喜]]、他）や『[[カノッサの屈辱 (テレビ番組)|カノッサの屈辱]]』（出演：[[仲谷昇]]、他）など新感覚の番組が高い評価を受ける。&lt;br /&gt;
* 1991年（平成3年） - [[ビートたけし]]と[[逸見政孝]]司会の『[[たけし・逸見の平成教育委員会|平成教育委員会]]』放送開始。翌1992年にはこの番組を基本として恒例の24時間テレビ編成が行われる。&lt;br /&gt;
* 1994年（平成6年） - [[田村正和]]主演、[[三谷幸喜]]脚本による異色の[[刑事]]ドラマ『[[古畑任三郎]]』スタート。後にシリーズ化され、同局を代表するドラマシリーズに成長する。&lt;br /&gt;
* 1997年（平成9年）3月 - 夕方ニュース戦争の幕開けだった『FNNスーパータイム』がついに終了し、『[[FNNニュース555 ザ・ヒューマン]]』へ移行と同時に開始時刻が夕方18:00から5分前倒して夕方17:55からの放送（[[フライングスタート (テレビ番組)|フライングスタート]]移行）となる。&lt;br /&gt;
* 2001年（平成13年）3月 - 『プロ野球ニュース』（第2期）の地上波での放送を終了。&lt;br /&gt;
* 2003年（平成15年）10月 - フジテレビ開局45周年記念番組として、1978年に[[田宮二郎]]と[[山本學]]の主演で放送された社会派ドラマ『[[白い巨塔 (テレビドラマ 1978年)|白い巨塔]]』のリメイク版を半年間（2クール）にわたり放送。[[白い巨塔 (テレビドラマ 2003年)|リメイク版]]の主演は[[唐沢寿明]]と[[江口洋介]]。&lt;br /&gt;
* 2005年（平成17年）1月 - お台場社屋からの主要生番組（『[[めざましテレビ]]』『[[情報プレゼンター とくダネ!|とくダネ!]]』『ニュース関係全般』など）が全てハイビジョン放送になる。&lt;br /&gt;
* 2008年（平成20年） - 現在 韓国ごり押し報道が行われている。&lt;br /&gt;
* 2011年、年間視聴率三冠王を2003年以来8年ぶりに[[日本テレビ]]に奪われる。2011年の年度視聴率においても、三冠王を日本テレビに奪われた。←'''ざまあみろ'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===歴代社長===&lt;br /&gt;
# [[水野成夫]]（1957年設立〜1964年）&lt;br /&gt;
# [[鹿内信隆]]（1964年〜1968年）&lt;br /&gt;
# [[浅野賢澄]]（1968年〜1982年）&lt;br /&gt;
# [[石田達郎]]（1982年〜1985年）&lt;br /&gt;
# [[羽佐間重彰]]（1985年〜1988年）&lt;br /&gt;
# [[日枝久]]（1988年〜2001年）&lt;br /&gt;
# [[村上光一]]（2001年〜2007年）&lt;br /&gt;
# [[豊田皓]]（2007年〜）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==社史概要==&lt;br /&gt;
===1950年代〜1960年代===&lt;br /&gt;
* [[1957年]]6月に、[[ニッポン放送]]、[[文化放送]]、[[東宝]]、[[松竹]]、[[大映]]らが免許を申請し、翌7月に予備免許が交付された。その後、事業体として同年11月、[[東京都]][[千代田区]][[有楽町]]一丁目7番地に資本金6億円で「株式会社''富士''テレビジョン」として設立（翌年12月に現在の商号に変更）。&lt;br /&gt;
* 開局から[[1986年]]（昭和61年）[[3月31日]]まではシンボルマークはチャンネルナンバー「8」を図案化したもの。（[[関西テレビ放送]]や[[沖縄テレビ放送]]とは多少違う）ロゴは[[産経新聞]]（当時はサンケイ）やニッポン放送の旧書体に似た旧フジサンケイグループ標準書体だった。&lt;br /&gt;
* [[1959年]]1月に東京都[[新宿区]]市ヶ谷河田町7番地（後の新宿区河田町3-1）に本社ビルを完成させ（本社所在地の変更は[[1962年]]）、同年3月1日に東京で3番目（開局順としては4番目だが、[[総合局]]と[[教育局]]の都合上現在は3番目）の[[テレビジョン放送局|テレビ局]]として[[放送]]を開始した（放送開始当時は映像出力10KW、音声出力2.5KW。[[1960年]][[1月17日]]に現在と同じ空中線電力となった。）。チャンネルは当初「[[1]]」を希望していたが、[[日本放送協会|NHK]][[NHK教育テレビジョン|教育テレビ]]→[[NHK総合テレビジョン|総合テレビ]]が獲得。『4』も既に[[日本テレビ放送網]]が、『6』もラジオ東京テレビ（KRT（現在の[[東京放送|TBS]]））が取得していたため、[[8チャンネル (テレビ)|第8チャンネル]]となった。これはのちに[[名古屋]]の[[東海テレビ]]で実現している。&lt;br /&gt;
* [[1961年]][[4月1日]]、「[[きょうのプロ野球から]]」が放送開始。瞬く間に人気番組になる。翌[[1962年]]に「プロ野球ニュース」に改題。[[1965年]]に一旦終了。&lt;br /&gt;
* [[1969年]]、フジテレビ労組で女子社員の25歳[[定年]]制の撤廃が議論される。同制度に抗議して全ての女子社員が赤いバラを胸に付けて抗議活動をした。同年、東京都地労委にあっせん申請。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===1970年代〜1980年代===&lt;br /&gt;
* [[1976年]]、「プロ野球ニュース」がキャスターに佐々木信也を迎えて放送再開される。アニメ・子供向け番組などでは注目されたが、全般としては、特に現代ドラマにおいて[[視聴率]]が低迷し迷走を極めていた1970年代を経て、1981年にそれまでの「母と子のフジテレビ」を改め、「'''楽しくなければテレビじゃない'''」というキャッチフレーズを打ち出した。面白い番組・視聴者の笑いを取れる番組を生み出そうという意識改革の[[スローガン]]であった。そこから[[横澤彪]]がプロデュースした『[[THE MANZAI]]』『[[オレたちひょうきん族]]』『[[森田一義アワー 笑っていいとも!|笑っていいとも!]]』など数々の人気番組が生まれていった。「'''軽チャー路線'''」（かる-ろせん）とも評された。&lt;br /&gt;
* [[バラエティ番組]]中心の編成は結果として[[視聴者]]の支持を集め、1982年に「年間視聴率三冠王」（ゴールデン・プライム・全日でトップ）を獲得。その後「三冠王」は12年間続いた。&lt;br /&gt;
* ただこの『軽チャー路線』が現在のバラエティ番組の『[[低俗番組]]』化を招き、日本の社会モラルが低下したとも言えよう。&lt;br /&gt;
* [[1980年代]]後半の[[バブル景気]]時には、いわゆる「[[トレンディドラマ]]」が人気を博し、ゴールデン・プライム帯の視聴率を押し上げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===1990年代===&lt;br /&gt;
* [[1990年代]]前半には、『[[カノッサの屈辱 (テレビ番組)|カノッサの屈辱]]』など、深夜放送を中心とした人気番組が続々生まれた。しかし、1993年夏頃から「三冠王」のうちのいくつかをバラエティや巨人戦中継などの人気番組を持つ[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]に明け渡すようになってくると、その勢いも次第に衰えていった。1994年〜2002年には9年連続「年度視聴率四冠王」（ゴールデン・プライム・全日にさらにノンプライムを加えての表現）を[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]が達成した。&lt;br /&gt;
* 1997年3月10日に東京都新宿区[[河田町]]から東京都[[港区 (東京都)|港区]][[お台場|台場]]のFCGビル（通称:フジテレビ本社ビル）に移転。新社屋の設計は[[丹下健三]]・都市・建築設計研究所、施工は[[鹿島建設]]。敷地面積21102.220m&amp;amp;sup2;、延べ床面積141825.438m&amp;amp;sup2;、地下2階 地上25階 塔屋1階。直径32[[メートル|m]]の球体展望室が印象的。収録に使用した道具や収録スタジオ（[[V4スタジオ]]）などが見られる見学者コースがあり、お台場周辺の観光スポットの1つになっている。ビル全体の“見た目サイズ”は[[ワイドクリアビジョン]]テレビの16：9をイメージしているとされる。&lt;br /&gt;
* 建物は、低層部については公開スペースを1階に設け、スタジオを3階に設置するという珍しい構造で、高層部については「オフィスタワー」と「メディアタワー」の2棟を中央3フロアに合計6本ある渡り廊下（コリドール）が繋ぐ構造となっている。&lt;br /&gt;
* かつてはメディアタワー棟22〜24階に、本社建て替え工事の間借りとして、系列ラジオ局のニッポン放送の本社があった（2004年9月6日にかつて本社があった千代田区有楽町に移転し、9月13日より全業務を開始した）。&lt;br /&gt;
* 1999年にはイメージキャラクターの[[ラフくん]]が登場、2002年からは「'''[http://www.fujitv.co.jp/kikkake/ きっかけは、フジテレビ。]'''」の[[キャッチコピー]]で様々なキャンペーンを展開、毎年本社ビルで行われているイベントも名物となっている。不定期で社内を歩き回り、愛嬌を振りまいている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2000年代〜===&lt;br /&gt;
* 2003年度（2003年4月〜2004年3月）の調査では'''[[プライムタイム]]'''の視聴率が日本テレビを上回った。この結果[[2004年]]には「三冠」を日本テレビから奪還し低迷期から脱した。[[2004年]]度においては、「四冠」も獲得した。&lt;br /&gt;
* 2004年度からはお笑い系のバラエティ番組だけでなく、『[[脳内エステ IQサプリ|IQサプリ]]』や『[[タモリのジャポニカロゴス]]』、『[[熱血!平成教育学院]]』などの教養系なバラエティ番組も多く制作しだした。これは今までこの様な番組を制作していた日テレよりも若干多くなっており、視聴率的にも成功している番組もあるが、低視聴率の番組も少なくない。&lt;br /&gt;
* [[2008年]][[5月15日]]、フジテレビは2008年4月に施行の改正放送法に基づく『認定放送持株会社』制への移行を取締役会で決定した。&lt;br /&gt;
** その概要は、現在の株式会社フジテレビジョンを純粋持株会社『株式会社フジ・メディア・ホールディングス (FUJI MEDIA HOLDINGS,INC.)』に商号変更、地上波テレビ放送事業は放送免許も含め、分社型新設分割方式によって新設する『株式会社フジテレビジョン（新設会社）』への移管・免許承継する予定。&lt;br /&gt;
* 2008年[[6月27日]]、定時株主総会にて放送持株会社制への移行が承認された。今後、主務大臣の認可・法的な処理を実施の上、2008年[[10月1日]]から新体制に移行した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==フジテレビお台場移転の経緯==&lt;br /&gt;
[[1980年]]（昭和55年）に掲げた「'''軽チャー路線'''」がようやく波に乗り出し、[[1984年]]（昭和59年）には年間売上高も開局以来初めて[[キー局|在京キー局]]でトップに躍り出た。局舎の[[お台場]]移転構想が持ち上がったのはこのころである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時の[[フジサンケイグループ]]議長[[鹿内春雄]]が、所用で当時はまだ更地だったお台場を訪れ「テレビ局を運営するなら[[建築物|ビル]]の林立した都心よりも、その都心を広々と見渡すことのできるお台場のような場所がいい」と考え、後のフジテレビ役員会議で提唱した。当時の[[東京都知事]][[鈴木俊一 (東京都知事)|鈴木俊一]]も「'''情報の集まる所に人は集まる'''」と考えており、「[[東京臨海副都心|臨海副都心計画]]を成功させるためにはお台場エリアに一大[[エンターテインメント]]も必要」という方針を打ち出していた。そのようなこともあり、かねてから親交が深かった春雄にフジテレビの誘致を積極的に行っていたことが、この移転構想へつながったと見られている。お台場は当時未開発の地であり、都心と比較しても地価が安く、用地も都から安価で提供してもらえたことも大きく影響した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時は[[レインボーブリッジ]]や[[ゆりかもめ東京臨海新交通臨海線|ゆりかもめ]]はおろか、[[東京臨海高速鉄道りんかい線|臨海副都心線]]さえ開通していなかったことや、都心からも遠いこともあり、ほとんどの役員はお台場移転案に消極的であった。前述のように将来における民放の衛星放送への参画や、それに伴うスタジオの増設、局内のデジタル回線への変更などで当時の[[河田町]]の局舎では限界があったため、新局舎の建設が必要であることは役員の誰もが理解していた。このため、再三にわたる議論の末、&lt;br /&gt;
# 河田町の局舎解体後、跡地に新局舎を建て直す案（移転不要案）&lt;br /&gt;
# 都心に近くて広大な土地のある[[品川区]][[大崎 (品川区)|大崎]]（現在の[[大崎ニューシティ]]やゲートシティ大崎がある[[大崎駅|JR大崎駅]]東口地区）への移転案&lt;br /&gt;
# 春雄のお台場移転案&lt;br /&gt;
の3つに絞られた。フジテレビの現場サイドも局舎そのものを観光名所にして、そこから新たな収益構造を作りたいという目的があったため、住宅地のど真ん中にある河田町では地理的に集客力に限界があり、この目的は達成できないとして1.の移転不要案は却下された。また、2.と3.を比べても、お台場は海沿いで眺めも良く、開発されつくした大崎エリアと比べても未開発で集客面でも将来性が大きかったことと、前述の地価の面でも大きく有利に動いた。これに加えて鈴木都知事の協力が得られたことにより、3.の春雄のお台場移転案が決定的になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これを受け、春雄は局内に総合開発室を設置し、初代室長に当時取締役編成局長だった[[日枝久]]を抜擢。将来の台場新局舎の建設計画や用地取得、および衛星放送開始に備え、10年越しでの大プロジェクトを敢行し、現在の「お台場のフジテレビ」を築き上げた。また、これらのプロジェクトで費やした費用は10年間で実に数千億円に上ったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==目玉マークの誕生==&lt;br /&gt;
* [[目玉マーク]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==フジテレビの特記事項==&lt;br /&gt;
* 他局での出演が少なく、フジテレビに好んで出演する[[芸能人]]や、フジテレビのことが好きな視聴者のことを、俗に「'''フジっ子'''」と言う。&lt;br /&gt;
* ドラマ等の撮影は都内複数のスタジオで分散して行われていたため、それらのスタジオを集中・統合化する目的で本社から近い[[江東区]][[青海 (江東区)|青海]]に[[フジテレビ湾岸スタジオ]]を建設した。&lt;br /&gt;
* 局舎は一つになっているように見えるが、実際はオフィスタワーとメディアタワーに大きく分かれており、その間をスタジオや見学者コース、「コリドール」と呼ばれる空中回廊で結ぶ構造になっている。&lt;br /&gt;
* テロップのフォントは、フォント制作会社の[[ニィス]]と共同開発した物を使用している。これが先駆となって、他局や色々な印刷物にもこのフォントが使用されるようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==フジテレビの評価==&lt;br /&gt;
* バラエティ番組やドラマは大変好評な局であるが、一方で報道番組や教養番組はバラエティ色を濃くしたものも多い事などから「[[報道2001]]」「[[ニュースJAPAN]]」以外の番組の評価は低い{{要出典}}。しかし、[[1985年]][[8月12日]]の[[日本航空123便墜落事故]]では現場が特定困難であった山中から、翌日にTV上に最も早く事故現場の映像を流し速報を伝えたり、2003年12月14日の[[サッダーム・フセイン]]拘束のニュース速報を他局に先駆けて伝えた上に民放で唯一報道特番を組むなど、報道でも実績を残している。&lt;br /&gt;
* 社員に有名人や[[クライアント|大手クライアント]]の子息や孫が多い。アナウンサーでは[[タレント]]・[[永六輔]]の娘[[永麻理]]アナ（[[1993年]]退社）や[[俳優]]・[[竜崎勝]]の娘[[高島彩]]アナ、俳優・[[高橋英樹]]の娘[[高橋真麻]]アナ、元[[プロ野球]]選手・[[田淵幸一]]の息子[[田淵裕章]]アナなどがいる。アナウンサー以外にも元議長・[[鹿内信隆]]の孫の[[鹿内植]]や、[[中曽根康弘]]・[[村上勇]]の子息、[[大島渚]]の息子の[[大島新]]（[[1999年]]退社）、[[宇津井健]]の息子の[[宇津井隆]]、[[遠藤周作]]の息子の[[遠藤龍之介]]（同社取締役）、[[かまやつひろし]]の息子の[[TAROかまやつ]]も入社をしており、大手クライアントでは[[東宝]]や[[松竹]]、[[王子製紙]]の役員の子息や孫も入社している。これらに対しては、コネも実力の内という考えや、業務上の人脈確保などの観点から擁護する考えもあるが、放送業の公共性の高さゆえに批判もある。&lt;br /&gt;
* インターネットを利用した一般新卒社員募集活動に熱心なテレビ局である。一般の四大卒応募希望者はエントリーから書類選考に相当する段階まで、メールアドレスを含むインターネット接続環境手段を持たないと応募はほぼ不可能である。また、サイト内採用情報（「こちらフジテレビ」）では、在籍社員のコメントも多種多様で充実している。掲載内容ではアナウンサー職や制作職社員のコメントには秀逸なものも見受けられる一方、憧れのフジテレビに入社できたと歓喜のあまり極端に主観的なコメントを述べた社員を掲載してしまうこともある。過去には「面接で放送禁止用語（性器を表現する言葉）を叫んだところ受かってしまった」と豪語した国立大卒女性技術社員のコメントが掲載されていた（2003年度採用情報より）。&lt;br /&gt;
* バラエティ番組では、女子アナをタレントのように扱うことが多く、クイズ番組等に回答者として自社アナを出演させる機会も多々ある（他の民放でも似た傾向はあるが、フジテレビはそれが顕著）。アナウンサーにタレント性を求めている影響から、入社以前に芸能活動経験をもつアナウンサーも多数在籍している。&lt;br /&gt;
* それらのことから軽薄なイメージが強い{{要出典}}社風であるが、一方で質の高いドキュメント番組も多く、放送関係の各賞の受賞回数は上位に位置する（代表的なのは[[NONFIX]]、[[ザ・ノンフィクション]]など）。&lt;br /&gt;
* 軽チャー路線や[[トレンディードラマ]]などで1980年代以後の若者文化を牽引し、定着させた面がるが、その副作用として報道番組が軽薄の謗りを受ける面がある。[[正論 (雑誌)|正論]]路線を貫こうとする報道部門と、実利を追うドラマ、バラエティー部門には確執がある。報道部門は営業上の業績がドラマ部門・バラエティー部門の足元にも及ばず、「喰わせてもらっている」との負い目から、社内での発言力は極めて小さいとされる。&lt;br /&gt;
* 在京キー局中、労働組合の活動状況や対経営側への影響力は最も弱いとも言われている。（民放労連会報・会員コメントより）&lt;br /&gt;
* 2006年頃より、ネット上の各種コンテンツ掲載内容に関して敏感になってきている。&lt;br /&gt;
* TBSと同様、捏造報道が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==フジテレビ制作番組==&lt;br /&gt;
フジテレビ制作の番組については、[[フジテレビ番組一覧]]を参照。&lt;br /&gt;
制作セクションは編成制作局にあり、第三制作部までに分かれていた。ドラマ制作センター（旧・第一制作部、[[英語]]ではdivision1→[[ディビジョン1]]）はドラマ、バラエティ制作センター（旧・第二制作部）はバラエティ・音楽番組、情報番組センター（旧・第三制作部）はドキュメンタリー・情報番組などを作っている（2002年7月に第三制作部は生活情報局に移行、2004年6月に情報番組センターに改称）。また、報道特番については[[フジニュースネットワーク#報道特別番組|FNN系報道特別番組]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===ニュース・情報===&lt;br /&gt;
『[[FNNニュース]]』、『[[FNNスピーク]]』、『[[FNNスーパーニュース]]』、『[[ニュースJAPAN]]』などの[[報道番組|ニュース番組]]を報道局が制作。『[[めざましテレビ]]』、『[[情報プレゼンター とくダネ!]]』などの[[情報番組]]や[[ワイドショー]]番組は、情報制作センター（旧・第三制作部）が制作している。フジテレビ以外の系列局の映像には、当該系列局名のテロップが入る。（ただし、[[とくダネ!]]など一部の番組を除いて、[[2005年]]4月以降、当該系列局名のテロップは廃止された。現在は、画面左下に『FNNNEWS』と入り、その横にその[[ニュース]]の[[取材]]場所などが表示されるようになっている。これは、フジテレビ、それ以外の系列局の[[取材]]に関係なく表示される。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===スポーツ===&lt;br /&gt;
『[[すぽると!]]』、『[[ジャンクSPORTS]]』、中継番組全般をスポーツ局が制作。また、レーベル表記は「[[FUJI NETWORK SPORT]]」を2001年10月より使用（2005年4月より中継番組のみの使用）。&lt;br /&gt;
* 1987年以来、[[フォーミュラ1|F1]]世界選手権を放送しており、日本グランプリの[[冠スポンサー]]でもある。その他、[[バレーボール・ワールドカップ]]、[[世界柔道選手権大会|世界柔道選手権]]（[[2003年]]・大阪大会以後）もフジテレビ系列の地上波独占中継である。&lt;br /&gt;
* [[FIFAコンフェデレーションズカップ]]など[[国際サッカー連盟]](FIFA)公認のナショナルチーム同士による国際大会（[[FIFAワールドカップ|W杯]]は除く）は、フジテレビ系列および[[Japan News Network|TBS系列]]が共同放送制作している（2004年アテネオリンピックのバレーボール最終予選もフジ・TBSの共同製作だった）。2007年の大会はフジテレビ系列独占放送となる。&lt;br /&gt;
* かつては[[日本プロサッカーリーグ|Jリーグ]]中継は[[清水エスパルス]]や[[鹿島アントラーズ]]などの主催試合を中継していたが、2002年以降は[[Jリーグカップ|ヤマザキナビスコカップ]]決勝のみの中継となっている。&lt;br /&gt;
* 開局の1959年以来、[[スーパー競馬|中央競馬]]の日曜[[東京競馬場|東京]]・[[中山競馬場|中山]]および夏季ローカル開催のメインレース中継を放送している。また、「フジテレビ賞[[スプリングステークス]]」の冠スポンサーにもなっている。尚[[2005年]]の[[菊花賞]]では初めて[[関西テレビ放送|関西テレビ]]との共同制作で中継された。（従来の[[京都競馬場|京都]]・[[阪神競馬場|阪神]]の中継は関西テレビが担当している。）&lt;br /&gt;
* 格闘技は前述の世界柔道選手権の独占中継をはじめ、[[日本大相撲トーナメント]]の主催・中継を行っている。[[ボクシング]]中継では[[ファイティング原田]]、[[輪島功一]]らの国民的スターを輩出し、現在では「[[ダイヤモンドグローブ]]」で月1回の放送を実施している。プロレスでは過去に[[全日本女子プロレス]]の中継や[[WWE]]の日本語版放送を実施してきた。さらに現在では[[K-1]]や[[PRIDE]]の中継放送や格闘技専門番組「[[SRS (テレビ番組)|SRS]]」を放送している。しかしPRIDEに関しては、2006年6月にPRIDE主催側に契約違反があったとして、放送の打ち切りを発表している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===バラエティ===&lt;br /&gt;
バラエティ制作センター（旧・第二制作部、[[港浩一]]バラエティ制作センター室長がチーフとなり[[吉田正樹]]部長らが所属）が制作している。主に『[[森田一義アワー 笑っていいとも!|笑っていいとも!]]』、『[[めちゃ×2イケてるッ!]]』など。『[[ネプリーグ]]』、『[[クイズ!ヘキサゴンII]]』等の[[フジテレビ番組一覧#クイズ番組|クイズ番組]]や、『[[ライオンのごきげんよう]]』等の[[フジテレビ番組一覧#トーク・討論番組|トーク番組]]もバラエティ制作センターで制作している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
スポンサー料の安い深夜・早朝枠は、逆に「視聴率を稼がなくても良い」と解釈され、実験的な番組が多数作られた。1987年10月改編で正式に「24時間放送」を開始、「プロ野球ニュース」終了後以降の深夜枠に「JOCX-TV2」という「ゾーンタイトル」を付加、社内組織的にも編成局内に「深夜の編成部」なる深夜編成担当チームが組まれ、ゾーンタイトル独特のタイトルバックがさらに人気を高めた。これらの枠から人気を博した番組に「[[カノッサの屈辱]]」「[[ウゴウゴルーガ]]」「[[Flyer TV]]」がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
深夜枠のゾーンタイトルでは「[[JOCX-TV2]]」以降、「JOCX-TV PLUS」「JOCX-TV GARDEN」「MIDNIGET TV PLUS」「[[JUNGLE]]」「音楽美学」など、深夜枠内共通のゾーンジングルが1990年代後半まで付加されたが、編成方針の変更により「深夜の編成部」が廃止され、「ゾーンタイトル」など「深夜枠」という特定のカテゴリー自体もこれをもって廃止された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===音楽===&lt;br /&gt;
バラエティ同様、バラエティ制作センターが担当。『[[HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP]]』『[[新堂本兄弟]]』『[[ミュージックフェア|MUSIC FAIR21]]』などは[[きくち伸]]プロデューサー率いる[[音組]]が担当している。バラエティと化しつつある音楽番組の中で、唯一質の高い音楽番組が、30年以上の歴史を誇る[[ミュージックフェア]]である、（[[石田弘]]エグゼクティブプロデューサー役員待遇）が長く担当し、提供に[[シオノギ製薬]]で長寿番組として現在もミュージックフェア21として放送されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===ドラマ===&lt;br /&gt;
ドラマ制作センター（旧・第一制作部）が制作している。&lt;br /&gt;
現在、ドラマを放送している時間帯（以下[[日本標準時|JST]]）は[[フジテレビ月曜9時枠の連続ドラマ|月曜午後9時]]（月9）、[[フジテレビ火曜9時枠の連続ドラマ|火曜午後9時]]、[[木曜劇場 (フジテレビ)|木曜午後10時]]、[[フジテレビ土曜11時枠の連続ドラマ|土曜午後11時]]（2007年4月から）の4枠。&lt;br /&gt;
* [[日本のテレビドラマ一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===アニメ===&lt;br /&gt;
日本初の[[テレビアニメ]]『鉄腕アトム』を放送し、『[[ゲゲゲの鬼太郎 (アニメ)|ゲゲゲの鬼太郎]]』『[[世界名作劇場]]』『[[科学忍者隊ガッチャマン]]』や『[[ドラゴンボール (アニメ)|ドラゴンボール]]』シリーズを初めとする[[週刊少年ジャンプ]]の[[漫画]]原作作品などの人気アニメ番組を数多く放送するなど、かつてフジテレビは民放一のアニメ局であった。現在でもアニメ番組では視聴率トップクラスの『[[サザエさん (テレビアニメ)|サザエさん]]』を、日曜午前9時台には数多くの人気作品を放送している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、[[1997年]]以降、『[[世界名作劇場]]』の終了や、[[テレビ東京]]でのアニメ本数の増加、[[ポケモンショック]]、[[少子化]]などで次第に地位が低下し、[[2001年]]には平日枠（深夜枠以外）のアニメ番組が消滅した。このはるか前、1980年代までは[[タツノコプロ]]との関係が深かったが、[[1983年]]の「[[イタダキマン]]」の不振がきっかけとなって絶縁し（最後の作品は[[1985年]]の「[[アルペンローゼ|炎のアルペンローゼ]]」）今日に至っている。[[2004年]]には『[[こちら葛飾区亀有公園前派出所]]』が終了、『[[ONE PIECE (アニメ)|ONE PIECE]]』も[[2006年]]10月より日曜日午前9時半（[[ローカルセールス枠]]）からの放送になった事により、ゴールデンタイム枠のアニメ番組は消滅した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== [[深夜アニメ]] ====&lt;br /&gt;
2002年〜2003年にかけて番組数が比較的多かったが、当時[[地上デジタルテレビ放送]]の準備による放送機器メンテナンスが相次ぎ放送スケジュールが不安定になり、それに伴う地上波放送の打ち切り・枠廃止も相次いだことから視聴者や制作会社から不満の声が高まり、その影響で関東地区では[[独立UHF局|独立U局]]でのネットに切り替える作品が相次ぎ（その名残で、現在も関西・中京圏では従来通り系列局の[[関西テレビ放送|関西テレビ]]および[[東海テレビ放送|東海テレビ]]での放映作品枠が1本ある）、[[2004年]]10月にすべての枠が一旦廃止となった（[[深夜アニメ#フジテレビの深夜アニメ迷走劇とその影響|深夜アニメ]]の項を参照）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、[[2005年]][[4月14日]]から『[[ノイタミナ]]』枠でスタートした『[[ハチミツとクローバー]]』（木曜深夜0:35〜）で復活することになったが、『[[蟲師]]』がまたもシリーズ途中で地上波放送では打ち切りになるなど、依然として他局と比べても異常に不安定な放映状況を完全には解消出来ていない。2007年12月現在は『ノイタミナ』枠のほかは土曜深夜に1本（2008年4月からは『[[二十面相の娘]]』）放映しているのみである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===子供向け番組===&lt;br /&gt;
関連会社のフジテレビKIDSが[[BSフジ]]で[[ポンキッキシリーズ]]（現在は『[[Beポンキッキ]]』）などを制作している。2007年3月に『[[ポンキッキ]]』が終了して以降、地上波でのレギュラー子供向け番組は消滅している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===その他===&lt;br /&gt;
毎年恒例の『[[27時間テレビ|FNS27時間テレビ]]』を始め、『[[FNSドキュメンタリー大賞]]』『[[FNSソフト工場]]』といったコンテンツを[[フジネットワーク|FNS]]各局が総力を挙げて制作。単発でバラエティー、ドキュメンタリー、スポーツ、ドラマ、映画などを放送。[[ミニ番組]]については[[ミニ番組#フジテレビ]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==フジテレビの不祥事・事件・トラブル==&lt;br /&gt;
===事件・事故===&lt;br /&gt;
* [[1993年]][[6月24日]] - バラエティー番組『[[ウッチャンナンチャンのやるならやらねば]]』の収録中に香港のロックバンドメンバーがセットから転落して死亡。この事故を受けて番組は打ち切られた。&lt;br /&gt;
* [[1998年]]9月2日 - 『[[めざましテレビ]]』の生放送中、災害時に高所から脱出する避難器具の体験リポートを行っていたフジテレビアナウンサー[[菊間千乃]]がマンション5階（地上約13m）の窓から落下、全治3ヶ月の重傷（[[脊椎|腰椎]][[圧迫骨折]]）を負った。&lt;br /&gt;
* [[2003年]] - 深夜番組『[[退屈貴族]]』に出演した素人に「火渡りに挑む日本のランボー」と銘打って、灯油を振りかけた藁に火を付け、パンツ1枚の格好で火渡りをさせ、下半身の3割にも及ぶ大ヤケドを負わせた。数年後、この素人はヤケドが原因の肝機能低下により死亡した。なお、この素人が[[認知症]]患者であった可能性も指摘され、認知症患者を笑いものにする番組姿勢も批判された。&lt;br /&gt;
* 2005年10月 - 有名人気女子アナウンサーを標的にした連れ去り未遂事件、爆破予告事件が起こる。犯人はいずれも逮捕された。（月刊サイゾー2006年8月号掲載）&lt;br /&gt;
* 2012年2月2日、お笑いコンビ[[ずん]]の[[やす]]が『[[とんねるずのみなさんのおかげでした]]』の企画で新潟県内のスキー場での収録中にゲレンデを水上スキー用のゴムボートで走行、スピードが出過ぎていたため雪で作った停止点で止まることができず、その先のトタンに腰を強打、腰の骨を折るケガをした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===同局の番組がきっかけとなった事件===&lt;br /&gt;
* 2012年5月28日、19歳の女性が同系列のバラエティ番組『[[人志松本の○○な話]]』をまねて[[千葉県]][[松戸市]]の市道（2010年9月18日の放送で紹介）を走行中、歩道に乗り上げ4人が死傷する事故を起こし逮捕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===報道姿勢に対する批判===&lt;br /&gt;
* 1998年 - 情報バラエティー番組「[[ウォンテッド!!]]」で「仕事をマジメにしない自堕落な看護婦」を紹介する際「[[看護師|看護婦]]（当時の呼び名）の実態」というタイトルで放送し、医師団体から「看護婦のイメージを損ねる」として抗議。その後番組は打ち切られた。&lt;br /&gt;
* [[1998年]][[11月29日]] - 情報番組『[[スーパーナイト]]』で取り上げた隣人トラブルについて、片方の言い分だけを鵜呑みにし、相手方を一方的に非難した内容で放映した。それにより、非難された側の経営する会社が倒産に追い込まれ、娘の婚約が破談になるなどの[[報道被害]]を受け、[[放送倫理・番組向上機構|BRC]]（放送と人権等権利に関する委員会）へ救済を訴えた。BRCはフジテレビの報道姿勢に対し、「人権への配慮が不十分で、放送倫理上問題があった」と認定した。&lt;br /&gt;
* 2002年10月25日 - 『FNN報道特別番組』として[[北朝鮮による日本人拉致問題|北朝鮮拉致]]被害者横田めぐみさんの娘とされている[[キム・ウンギョン|キム・ヘギョン]]の独占インタビューなどを放送した。放送途中からフジテレビやその系列局に「北朝鮮の[[プロパガンダ]]に乗せられたのでは」などの抗議があったほか、[[北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会|救う会]]や[[北朝鮮による拉致被害者家族連絡会|家族会]]などが会見し批判した。&lt;br /&gt;
* 2004年6月 - [[新潟県]][[長岡市]]にある[[田中直紀]][[参議院]]議員の選挙事務所前の民家を借り、事務所の様子を密かに撮影していたことが発覚し、田中議員と後援会が選挙妨害と盗撮だとしてフジテレビに損害賠償と謝罪を求めて新潟地方裁判所に訴状を提出した。2007年2月7日、新潟地裁で判決が下り、「撮影の目的自体は不当ではないが、正当な取材範囲を逸脱する違法なもの」としてフジテレビ側に36万円の賠償を命じた。&lt;br /&gt;
* 2006年5月4日の『FNNスーパーニュース』内で、[[中華民国]]（[[台湾]]）の国旗として[[中華人民共和国の国旗|五星紅旗]]（[[中華人民共和国]]の国旗）を掲載したことから、中華民国政府の[[台北経済文化代表処|駐日代表処]]を含む、中華民国関係者の抗議を受けた。&lt;br /&gt;
* 2006年6月29日 - 南北[[離散家族]]面会行事を特集した際に、[[金英男]]氏の近くにいた[[大韓民国|韓国]]政府統一部職員を“元工作員”[[安明進]]のコメントを元に「金氏を監視する担当の北側工作員」と“指摘”。韓国政府から申し入れを受け、7月4日のFNNスーパーニュース内で訂正。&lt;br /&gt;
* 2007年10月5日 - 10月3日に放送された[[FNNスーパーニュース|スーパーニュース]]で[[双津竜順一|時津風親方]]のインタビューを[[日本相撲協会]]の許可を得ず放送したため、2007年11月に行われる大相撲九州場所千秋楽まで試合映像の放映や力士のテレビ出演などができなくなる制裁措置を受けた。&lt;br /&gt;
* 2008年12月15日、『[[とくダネ!]]』にて「浅田真央逆転Vも… キム・ヨナ“実力”に差」という題で、視聴者に「[[浅田真央]]よりも[[キム・ヨナ]]のほうが実力が上」と感じさせる報道をしたところ、大きな反発を招いた。18日に同番組内で訂正及び謝罪を行った。&lt;br /&gt;
* 2009年9月26日、CS放送の『フジアナスタジオ まる生2009』において、局アナの[[長谷川豊]]が、『ニュースJAPAN』でキャスターが交代した件で、新キャスターは「この間までやってた'''外人'''（[[滝川クリステル]]）より、ずっと上手い」と発言し、「外国人に対し差別意識を持っている」といった批判が寄せられた。番組責任者は「外人は不適切な発言であり、この発言が出たときにすぐに訂正すべきでした。番組の制作サイドも反省しておりまして、番組の視聴者や不快になられた方に本当に申し訳ない」とコメントを出した。&lt;br /&gt;
* 2010年3月12日放送の[[金曜プレステージ]]『[[居場所を下さい…#第4弾|熱血教師スペシャル第1夜「居場所をください 〜愛と涙の密着1000日〜」]]』にて、2010年に撮影したものを2009年内に撮影したかのように編集し使用したため、やらせ疑惑が浮上した。フジテレビ広報室長の[[小田多恵子]]は2010年3月20日放送分の『[[新・週刊フジテレビ批評]]』にて、「制作サイドに事実をねじ曲げる意図はまったくな」いとし、やらせを否定した。&lt;br /&gt;
* 2010年10月12日に韓国のソウルで行われたサッカー親善試合・日本代表対韓国代表戦について、[[すぽると!]]は試合1週間前の10月4日と10月5日の2日連続で「韓日戦」と放送し視聴者から批判を浴びた。広報部によると、ホームとアウェーを明確にするため以前からホームチームを先に表記していたとのこと。10月6日以降からは｢韓国戦｣に修正した。ただし、2011年8月には、日本がホームの国際戦でも、日韓戦という表記をしていない。&lt;br /&gt;
* 2011年3月12日 - [[東北地方太平洋沖地震]]に関する首相会見の中継の際に「ふざけんなよ。また原発の話なんだろ、どうせ」「笑えてきた」「くそだよ」という音声が流れた。放送から9日後の3月21日に、「音声機器のトラブルによるもの」で、「誤解を招くような発言が外に出たのは反省している」と広報部はコメントした。発言者の公表はしなかった。台湾の[[中天電視]]では、[[秋元優里]]ではないかと報道している。&lt;br /&gt;
* 2011年10月25日のとくダネ！にて、文部科学省の放射能汚染マップをパネルで紹介したところ、山梨県の位置に埼玉県、埼玉県の位置に山梨県を表示してあり、これに関し、以前から韓流押しや在日朝鮮人特別採用枠のあるフジテレビ内には日本人がいないためだと揶揄されている。&lt;br /&gt;
* 2011年に高岡そうすけが[[Twitter|ツイッター]]で韓流ドラマばかりやっていると批判後に謝罪した&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===不思議な円グラフで印象操作===&lt;br /&gt;
[[Image:フジテレビのグラフ1.jpg|350px]][[Image:フジテレビのグラフ2.jpg|350px]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===バラエティ番組などの演出に対する批判=== &lt;br /&gt;
* [[1991年]][[10月31日]] -「[[とんねるずのみなさんのおかげです]]」にて、[[盲腸]]で入院していた[[木梨憲武]]がまるで亡くなったかのような演出を行い、抗議の電話が殺到あった（→[[とんねるずのみなさんのおかげです#おかげです事件史|参考記事]]）。&lt;br /&gt;
* [[1999年]] - バラエティー番組『[[愛する二人別れる二人]]』でやらせが発覚。出演者がやらせを告白した遺書を残して[[自殺]]し、スポンサーが降板を申し出たために番組は打ち切られた。&lt;br /&gt;
* 2000年12月24日- アニメ『[[サザエさん (テレビアニメ)|サザエさん]]』にて、[[サンタクロース]]を題材にした物語を放送したが、サンタクロースは実際は家族の人だったと分かるストーリーだったため、番組を見た視聴者からフジテレビに「子供の夢を壊さないで」などの苦情や抗議があった。&lt;br /&gt;
** 2007年の暴れん坊ママでも同じことやらかした。このことは読売新聞にも乗っていた。&lt;br /&gt;
* 2003年 - 『[[ネプリーグ]]』（深夜時代）の番組内で通行人の持ち物をひったくってその被害者と競争するといった企画があり、番組内でラグビーの日本代表ユニフォームを着ていたことから、ラグビー協会抗議、フジテレビ側が謝罪した。&lt;br /&gt;
* 2003年8月13日 - 『[[ワンナイR&amp;amp;R]]』内の「ジャパネットはかた」というコントで[[福岡ソフトバンクホークス|福岡ダイエーホークス（当時）]]・[[王貞治]]監督の顔を模した便器（王シュレット）を販売するというコントを放送、同球団と王貞治本人が激怒し、同球団は地元局である[[テレビ西日本]]（TNC）を含め、フジテレビ系列の取材を一切拒否、後日フジテレビは放送上等で謝罪するが、同年の[[日本選手権シリーズ|日本シリーズ]]での放送権を剥奪され、また通信販売業の[[ジャパネットたかた]]、[[ウォシュレット]]を製造している[[TOTO (企業)|TOTO]]からも「あまりに良識の範囲を超えている」と抗議された（[[王シュレット事件]]を参照）。またこの8月13日の放送では[[和光堂]]の粉ミルク「ぐんぐん」を妊婦に扮した出演者にかけるというコントも放送しており、これに対しても視聴者から「育児に不可欠な粉ミルクを軽率に扱うとは何事か」などの苦情が殺到し、和光堂からも「企業イメージを損ねた」として抗議された。&lt;br /&gt;
* 2005年11月 - バラエティー番組『[[幸せって何だっけ]]』内で、[[細木数子]]が[[養鶏場]]で生産される[[鶏卵]]について「薬漬けのニワトリが24時間照明を点けられて一日2〜3個の卵を産まされている」と発言し、養鶏業者団体から猛抗議を受けた。これを受けフジテレビは後日養鶏業者団体に謝罪し、番組内で細木自らが養鶏業者に出向いた。&lt;br /&gt;
* 2006年9月 - 『[[めざましテレビ]]』内のコーナー「めざまし調査隊」でやらせがあったことが発覚。やらせを行ったフリーのディレクターとの契約は打ち切られ、コーナーも打ち切られた。また、管理責任を問われ情報制作局長を減俸、情報制作センター室長を減給処分とした。&lt;br /&gt;
* 2006年9月28日放映のバラエティー番組『恐怖の食卓』で、[[ADHD]]に対する誤解と偏見に満ちた報道がなされたと患者団体から訂正と謝罪を求められたが、フジテレビは拒否した。&lt;br /&gt;
* 2006年10月4日 - [[V6 (ジャニーズ)|V6]]主演番組『[[VivaVivaV6]]』内での罰ゲームであった「浜辺の清掃」シーンを[[神奈川県]][[鎌倉市]]腰越海岸で収録中、フジテレビスタッフが持参したゴミをまき散らし、撮影準備をしているところを住民に見咎められトラブルとなった。&lt;br /&gt;
* 2006年4月に放映した[[ドラマ]]『[[トップキャスター]]』の第3話の内容に関して、細木数子から「ドラマに登場した『女性占い師』は明らかに自分をモデルにしており、名誉毀損に当たる」として抗議を受けたため、11月に発売した[[DVD]]では第3話をカットして発売した。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]1月6日に放送されたバラエティ番組が[[高校野球]]を冒とくする内容だとして、[[日本高等学校野球連盟|日本高野連]]は10日、「教育の一環として行われている高校野球の目的から著しく逸脱する番組構成で誠に遺憾」とする抗議文を同局に送付した。また、番組制作に協力した兵庫県西宮市の旅館を甲子園大会時の指定宿舎から外す方針も決めた。&lt;br /&gt;
** 番組は6日夜に放送された『[[めちゃ×2イケてるッ!|めちゃ×2イケてるッ!中居&amp;amp;ナイナイ日本一周健康の旅スペシャル]]』。[[SMAP]]の[[中居正広]]とお笑いコンビの[[ナインティナイン]]が、昨夏の甲子園で優勝した[[早稲田大学系属早稲田実業学校初等部・中等部・高等部|早稲田実業]]の宿舎を訪れ、選手が使用した酸素室などを試す内容で、出演者に下劣な行動がみられた。1983年から東京都代表の宿舎に指定されているこの旅館は、日本高野連や早稲田実業側に了解を得ていなかった。&lt;br /&gt;
* 2007年[[1月7日]]に放送された『[[発掘!あるある大事典II]]』（[[関西テレビ放送|関西テレビ]]制作）では、[[納豆]]ダイエットの実験データが捏造されていた（『[[発掘!あるある大事典#データ捏造問題]]』も参照のこと）。&lt;br /&gt;
* 2007年に放映された[[FNS27時間テレビ (2007年)|27時間テレビ]]内の企画で、霊能者[[江原啓之]]の霊視の結果と編集された放送内容に対し、霊視を受けた人物から抗議を受け、BPOから「非科学的」「出演者への配慮を欠く」と改善意見を受ける。フジテレビは出演者に謝罪し、後日フォローする番組を放映する。また同時に、番組で取り上げる切っ掛けとなった投稿の手紙がヤラセであり、霊視会場にいた観客の過半数が[[サクラ (おとり)|サクラ]]であることも発覚した。&lt;br /&gt;
* 2007年7月16日10時13分頃[[新潟県中越沖地震]]が発生し、フジテレビでは[[わかってちょーだい!]]を生放送中だった。スタジオでも地震の揺れを感じ、速報テロップが表示されたにもかかわらす、司会の[[川合俊一]]は'''ヘラヘラと笑いながら「何か出た? ウチってちゃんと地震伝えなきゃいけない番組でしたっけ?」'''と発言。この発言に対する謝罪や訂正は一切なかった。&lt;br /&gt;
* 2010年1月 - 2007年6月19日放送の『世界びっくり人間!ニッポン(珍)滞在記』でやらせがあったと、出演した大家族の母親がブログ上で告発した。フジテレビは「取材や内容に問題はなかった（中略）結果として配慮が十分でなかった」と事実上謝罪した。&lt;br /&gt;
*[[2011年]][[8月7日]]　ドラマ「[[花ざかりの君たちへ〜イケメン☆パラダイス〜2011]]」において、ドラマの主人公を演じる[[前田敦子]]が、「LITTLE BOY」と書かれた黄色の[[Tシャツ]]をドラマの中で着用した。[[第二次世界大戦]]中に[[アメリカ軍]]が[[広島市]]に投下した[[原子爆弾]]の[[コードネーム]]が「[[リトルボーイ|LITTLE BOY]]」であり、ドラマの放送日が[[広島市への原子爆弾投下|広島原爆忌]]（8月6日）の翌日である事や、Tシャツの色が[[天然ウラン#ウランの粗精錬|イエローケーキ]]（広島型原爆や核燃料の原料となるウラン精鉱）を連想する黄色だった事から、配慮が足りないと指摘された。[[読売新聞]]の報道によると「不謹慎だ」とするメールや電話などが、[[広島県]]に約130件、広島市に約150件あり、広島県がフジテレビに対して配慮の申し入れを行った。（→[[フジテレビ原爆名Tシャツ問題]]を参照）&lt;br /&gt;
* 2011年8月24日に放送された「[[情報プレゼンター とくダネ!]]」で出演者の[[小倉智昭]]が島田紳助引退報道に関係するコメントで[[暴力団]]による[[民事介入暴力]]を肯定する発言を行い、視聴者やインターネット上で批判の声が上がった。&lt;br /&gt;
* 2011年12月28日 - 『[[笑っていいとも!特大号|笑っていいとも!年忘れ特大号2011]]』において、[[劇団ひとり]]と[[秋元才加]]（[[AKB48]]チームK）が[[ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク|ブータン国王]]夫妻のものまねをするコントを放送。この内容に対し、侮辱的だとしてインターネット上で非難を浴びた。&lt;br /&gt;
* 2012年4月期放送予定の連続ドラマ「家族のうた」が、1987年にTBSで放送された連続ドラマ「[[パパはニュースキャスター]]」と設定が似ていると一部報道で指摘された。この件について、フジテレビ編成制作局のドラマ担当責任者とプロデューサーが、「パパはニュースキャスター」の脚本を手がけた[[伴一彦]]とプロデューサーだった[[八木康夫]]と2012年2月20日に直接会い話し合いをもったことを、同月24日のフジテレビ社長・豊田皓が定例会見にて明かし、「模倣や盗作といわれるのは本意ではない。ご指摘の部分にはアレンジをする、直すなど現在、検討している。」とした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===[[派遣モデル女子大生殺害事件]]の報道===&lt;br /&gt;
[[Image:朝日なつみ5.jpg|350px|thumb|フジテレビの報道映像]]&lt;br /&gt;
丹羽雄治の自宅には「愛知県テコンドー協会雲竜館道場一宮支部」の看板があったが、[[韓流]]ゴリ押し真っ最中のフジテレビだけは、看板にモザイクを入れ、[[テコンドー]]の表記を隠した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== フジテレビ社員を逮捕、運転手に暴行容疑(2012年5月) ===&lt;br /&gt;
タクシー運転手に暴行したとして、[[警視庁]][[三田署]]が[[5月20日]]、フジテレビ営業局社員・吉田高次容疑者(31)（[[東京都]][[港区]]）を暴行と器物損壊容疑で現行犯逮捕した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
吉田容疑者は20日午後6時頃、港区三田の路上でタクシーを降りる際、[[クレジットカード]]が使えないことに腹を立て、50歳代の男性運転手の腕を引っ張るなどした上で、タクシーを蹴飛ばし、傷を付けた疑い。酒に酔っており、「覚えていない」と供述している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同社広報部は「事実関係を確認した上で、厳正な対処を行う方針」とコメントしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== フジテレビ社員の転落人生 ===&lt;br /&gt;
飲酒運転の上、タクシーに追突し、運転手に1週間のけがを負わせたとして[[警視庁]][[原宿署]]に道交法違反（酒気帯び運転）と自動車運転過失傷害で現行犯逮捕されたフジテレビ社員、保原賢一郎(42)。スマートフォン向け放送「ＮＯＴＴＶ」に出向中の不祥事に、業界内では「左遷でストレスがたまっていたのでは」という観測で持ちきりだ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
“島流し”に遭った理由が「ジャニーズ絡みだった」という声も……。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
保原は宮城県女川町出身。中央大を卒業後、[[1992年]]にフジテレビに入社した。ドラマ「[[鬼平犯科帳]]」で下積みを経験して、マンネリ化で視聴率が低迷していた時代劇のなかで「[[大奥]]」をヒットさせたことで一躍、敏腕プロデューサーの座にのし上がった。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ロン毛にメガネの文学青年風だった。フジテレビのプロデューサーでは珍しく、『トレンディードラマなんて興味ないんだよね』なんて言っていた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
会いに行った時はちゃんとエレベーターの前まで見送ってくれたり、自分が関係しないドラマの記者会見に出席し様子を見たりと、丁寧な性格だった」とは、保原を知る業界の事情通だ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
フジテレビ内でも評価の高かった保原だが、その立場を崖っぷちに追いやったのが、[[月9ドラマ]]「婚カツ！」(2009年4～6月放送）だ。満を持して中居正広を主演として起用。だが、伝統の枠にもかかわらず、放送中に何度も視聴率が1桁台に落ち込むなど歴史的に低迷したドラマは「中居君を起用していて、この数字はないだろう。ジャニーズ事務所に対して顔向けができないという空気が業界内で流れていた」（制作会社関係者）。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
案の定、その後の受け持ちは鬼平スペシャルなど単発ものばかりとなり、2011年4～6月の「ＢＯＳＳ」セカンドシーズンが連ドラの“遺作”となり、同年7月からＮＯＴＴＶへ出向となっていた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「懇親会でも1、2杯飲んだら帰っちゃうタイプ。飲酒運転するって感じじゃないんだけどね」とは前出の事情通。ある芸能ジャーナリストは、「『水戸黄門』以来、各局で逆風が吹き続ける時代劇人気下落。大河ドラマも風前のともしび。そんな中で、自身の能力を使う場所もなく、むしゃくしゃしていたんじゃないのかな」&lt;br /&gt;
=== 放送事故 ===&lt;br /&gt;
* 2011年7月1日 - フジテレビから系列局への番組配信のトラブルにより、系列5局で放送が最大3分間中断する放送事故があった。放送が中断するトラブルがあったのは、関西テレビ、東海テレビ、テレビ西日本、岡山放送、及びテレビ長崎である。5つの放送局は、『超ド級!世界のありえない映像烈伝5』をフジテレビからの配信で放送する予定であったが、番組開始時刻の19時57分より最大3分間、「しばらくお待ちください」の画面が表示される状態となった。これについてフジテレビは、「番組を系列局に送る過程で何らかのトラブルがあったとみられる。原因は、分かっておらず、これから調査したい」としている。&lt;br /&gt;
* 2012年6月1日 - 情報番組『[[ノンストップ!]]』を放送中の10時16分頃に[[緊急地震速報]]のチャイム音が誤って放送される事故が起こり、番組内で謝罪がなされた。なお、当番組は系列局でも放送されていたが、チャイムが流れたのはフジテレビのみであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 関係者の不祥事 ===&lt;br /&gt;
* 1999年 - 美容師の腕を競わせる番組『[[シザーズリーグ]]』に出演していた「カリスマ美容師」が無免許であることが発覚した。同番組のプロデューサーは制作会社からの制作費のキックバックを受けていた事等が発覚し退社。その後、金融業者・無免許美容師・美容院を恐喝し逮捕された。&lt;br /&gt;
* 1999年11月 - [[露木茂|役員待遇であった男性アナウンサー]]（当時）が同局の[[公金]]を横領したとの疑惑が浮上した。公金は政界への工作資金と報道され、男性アナは出演していた報道番組を降板した。しかしアナ本人やフジテレビ側は一切事実関係を明らかにせず、男性アナは定年まで勤め上げた後2年間も役員として同局に在籍していた（処分が行われなかったのは同アナが長年フジテレビの政界工作担当者を務めていたため、暴露されるのを怖れたためともいわれている）。&lt;br /&gt;
* 2001年2月3日 - 男性アナウンサー（当時）が自動車運転中に人身事故を起こし、被害者男性が死亡した。アナウンサーは業務上過失致死傷容疑で逮捕されたが、被害者家族と示談が成立して不起訴処分となる。社内での処分は1年間の謹慎であった。&lt;br /&gt;
* [[2005年]]2月8日 - フジテレビ人事局（当時）に所属する元・金メダリストの[[モーグル]]スキー選手[[里谷多英]]が、[[泥酔]]して東京[[六本木]]のクラブ店内で同伴の男性とみだらな行為に及び、止めに入った店員に暴行を加えたとして警察の取調べを受け一時留置、後に被害者と和解が成立し、被害者が被害届を取り下げたため起訴猶予処分となった。フジテレビは5日間の謹慎処分を下した。&lt;br /&gt;
* 2005年7月23日-男性アナウンサーが、バラエティー番組で同年6月に行われた[[FIFAコンフェデレーションズカップ2005]]実況のためドイツに逗留中、[[売春|買春]]（ドイツでは合法）を行った事を告白。公共の電波に下品な猥談を流した事に批判が集まる。&lt;br /&gt;
* 2005年11月14日 - [[ジャニーズ事務所]]所属のアイドルグループ[[NEWS (ジャニーズ)|NEWS]]の未成年メンバーが[[仙台市]]内で泥酔し、トラブルを起こし補導された。その後、フジテレビの女子アナウンサー（当時）が、補導された同メンバーが未成年であることを承知で酒席に呼び出していたことが発覚。ジャニーズ事務所は同メンバーを無期限謹慎処分としてNEWSメンバーから外し、研修生に降格とした。一方、フジテレビは同女子アナに1週間の謹慎処分を下し、同アナの他、酒席に参加していた同局常務など10名の社員に減給減俸処分を下した。&lt;br /&gt;
* 2005年の[[ライブドア]]によるニッポン放送株買い占め事件により、日枝会長の私邸がフジテレビ社屋建築の際、建築を請け負ったゼネコンからのキャッシュバックとして建てられたものだとの疑惑が報道される。&lt;br /&gt;
* 2006年8月30日-総務局次長が酒宴で、女性派遣社員にセクハラ行為を行い、降格処分を受ける。&lt;br /&gt;
* 2007年6月29日、前報道局長が、私的な飲食や遊興の領収書や架空領収書を使い、913万円を不正流用していたことから懲戒解雇された。同年3月末に[[東京国税局]]から、実体のない取引や接待を指摘され、社内調査で発覚した。また同時に局自体による所得隠しが発覚し、[[附帯税|追徴課税]]された。&lt;br /&gt;
* [[2008年]]6月27日、同局の技術局制作技術センター所属の職員がタクシーに払った料金を奪い取って逃走し、強盗容疑で逮捕された。&lt;br /&gt;
* 2009年8月13日、30歳代の男性社員が福岡県内で女性に暴力行為を働いたとして、フジテレビは同社員を懲戒休職処分とし、上司2人も減俸処分とした。&lt;br /&gt;
* 2011年7月、自費で東日本大震災からの復興のために被災地を訪れたボランティアが、フジテレビスタッフの指示により、フジテレビの27時間テレビの会場設営に利用された。参加者からは「なんでテレビ局の仕事を手伝うんだろうね」「これってフジテレビへのボランティアじゃない?」との声があがった。フジテレビは、番組のためではなく、同場所で行われた地元主催の「復興市」の一環だと主張しているが、'''被災地ボランディアが目的ではないとされている。'''&lt;br /&gt;
* 2011年8月7日にフジテレビの偏向報道・韓国文化の過剰なごり押しに抗議すると主張するフジテレビ抗議デモがお台場で行われた（警察からデモの許可が下りなかったため、散歩と称して行われた。主催者はこの日は21日のデモ本番に向けたミーティングだとしていた）。参加人数は600人。また、デモに関連して、翌日に不視聴運動が起きたとされる。同年8月21日には、再びお台場フジテレビ本社周辺で7日と同主張のデモがあった。参加人数は主催者発表では約4000人から6000人、警察発表では3500人、警察集計（2回あったデモの合計数）では延べ5300人、8000人と伝えるメディアもあった。このデモは韓国などの日本国外メディアでも報じられたが、フジテレビは一切報道しなかった。（→[[wiki:2011年のフジテレビ騒動|2011年のフジテレビ騒動]]参照）&lt;br /&gt;
* フジテレビの約6000億円の売上に対して3億円の電波料金（TBS、日本テレビ、テレビ朝日、テレビ東京もほぼ同じ金額）しか支払っていないにもかかわらず、大量の[[著作権]]を保有するK-popの宣伝を兼ねた放送で金儲けと外国の宣伝工作を行っているとして非難がなされている。&lt;br /&gt;
* フジテレビの社員が視聴者プレゼントをヤフーオークションに出品していたことが発覚した事件を、フジテレビが報じないことについて、報道しなくてはならないのではないか、と指摘されている。&lt;br /&gt;
* 2012年6月 - 米・ニューヨーク支局勤務の[[長谷川豊]]が、滞在関連費用の不正使用を行っていたことが発覚した。フジテレビは業務規定違反を理由に長谷川を降格処分としたが、既に全額を返還していることから、刑事告訴はしないとしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==スタジオ==&lt;br /&gt;
===臨海副都心===&lt;br /&gt;
====台場・FCGビル（フジテレビ本社ビル）====&lt;br /&gt;
* '''[[V1スタジオ]]'''（3階 100坪）- ワイドショー等の情報系番組用スタジオ。『[[情報プレゼンター とくダネ!]]』などで使用。&lt;br /&gt;
* '''[[V2スタジオ]]'''（3階 150坪）- 大型多目的スタジオ。&lt;br /&gt;
* '''[[V3スタジオ]]'''（3階 120坪）- 大型多目的スタジオ。『[[ライオンのごきげんよう]]』『[[とんねるずのみなさんのおかげでした]]』などで使用。&lt;br /&gt;
* '''[[V4スタジオ]]'''（3階 300坪）- 大型多目的スタジオ。本社では最大の広さを誇る。主に『[[FNSの日]]』等スペシャル番組などで使用される。&lt;br /&gt;
* '''[[V5スタジオ]]'''（3階 210坪）- 大型多目的スタジオ。『[[めちゃ&amp;amp;sup2;イケてるッ!]]』などで使用。&lt;br /&gt;
* '''[[V6スタジオ]]'''（6階 100坪）- 情報系番組用スタジオ。『[[新報道2001]]』などで使用。&lt;br /&gt;
* '''[[V7スタジオ]]'''（6階 70坪） - 主に[[BSフジ]]の番組で使用。&lt;br /&gt;
* '''[[V8スタジオ]]'''（メディアタワー9階 90坪） - スポーツニュース専用スタジオ。『[[すぽると!]]』などで使用。&lt;br /&gt;
* '''[[V9スタジオ]]'''（メディアタワー12階 100坪）- ニュース専用スタジオ。緊急報道番組の際には可動壁を取り除いて、報道センターと一体化させることができる。定時ニュース・臨時ニュース・『[[めざましテレビ]]』『[[FNNスーパーニュース]]』『[[ニュースJAPAN]]』などで使用。臨時ニュースがある場合、デジタル放送では設備の関係上ハイビジョンでなく、アナログ放送と同様4:3SD画質で放送される場合がある。&lt;br /&gt;
* '''[[V10スタジオ]]'''（メディアタワー14階 17坪）- 『[[めざにゅ〜]]』などで使用。&lt;br /&gt;
* '''[[VGスタジオ]]'''（[[フジテレビCS事業部|CS事業部]]内）- 主にCS放送のフジテレビ721・739・CSHDのオリジナル番組で使用。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
スタジオ内にあるテレビカメラは、全てハイビジョン対応（1997年3月10日の運用開始当初から）。しかし、サブ周りの機器は一部河田町からの移設やSD対応機材だったため、その「HD非対応」スタジオについては段階的にHD対応に移行させている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====青海・[[フジテレビ湾岸スタジオ]]====&lt;br /&gt;
* '''M1スタジオ'''（約1000m²）&lt;br /&gt;
* '''M2スタジオ'''（約1000m²）&lt;br /&gt;
* '''M3スタジオ'''（約700m²）&lt;br /&gt;
* '''M4スタジオ'''（約700m²）&lt;br /&gt;
* '''D1スタジオ'''（約1000m²）&lt;br /&gt;
* '''D2スタジオ'''（約1000m²）&lt;br /&gt;
* '''D3スタジオ'''（約700m²）&lt;br /&gt;
* '''D4スタジオ'''（約700m²）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 都内に分散する番組収録スタジオ（[[渋谷ビデオスタジオ]]、[[東京メディアシティ#フジテレビ砧スタジオ|フジテレビ砧スタジオ〔TMC〕]]等）を統合・集約する事により、作業効率・費用効率の向上、企画から収録・編集・放送までの一貫したコンテンツ制作体勢の構築を目的として建設された。&lt;br /&gt;
* テレビスタジオは8ステージ・HDフルデジタルシステムを導入し、スタジオ床面積は5459m&amp;amp;sup2;で、一部のスタジオは、自社の[[V4スタジオ]]や[[NHK放送センター]]の101スタジオを凌ぐ日本最大級の広さとなっていて、台場本社とは光ケーブル等で大容量の双方向回線で結ばれている。また台場本社と異なり、展示ギャラリー・ショップ等がある1階と屋上の公開エリア以外の建物内は一般人の立ち入りが完全に規制できる事から、今後大規模番組等の収録の中心はこちらに移るものと思われる。&lt;br /&gt;
* 屋上緑化や壁面を二重構造にするなどして従来のスタジオよりもエネルギー消費量を約2割削減して省エネルギー化をはかり、また敷地内に1万本以上の樹木を植樹するなどして環境に配慮した設計になっている。&lt;br /&gt;
* [[FNS27時間テレビ (2007年)|FNS27時間テレビ みんな“なまか”だっ!ウッキー!ハッピー!西遊記!]]の[[クイズ!ヘキサゴンII|クイズ!ヘキサゴンII クイズパレード!!27時間スペシャル]]でフジテレビ湾岸スタジオ生放送としては初めて使用された。また、番組中、同スタジオの名前はまだ決定ししていなかったため「フジテレビ新スタジオ」としていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===その他===&lt;br /&gt;
* '''大手町取材センター'''（千代田区大手町）&lt;br /&gt;
** 台場に本社がある関係でアクセスが良くない大手町周辺の取材拠点として、東京サンケイビル・産経新聞本社内に設置している。経済系ニュースの取材拠点。簡易スタジオがあるほか、アナウンサーが常駐している。&lt;br /&gt;
* '''国会記者会館'''（千代田区永田町）&lt;br /&gt;
** 政治ニュースの取材拠点であり、会館の周辺には首相官邸などの重要施設が集中している。オフィス内に簡易スタジオ設備と専用の中継回線があり、必要があればいつでも放送が行えるようになっている。&lt;br /&gt;
* '''[[東証アローズ]]'''（中央区日本橋兜町[[東京証券取引所]] 東証アローズ・メディアセンター内）&lt;br /&gt;
** 経済ニュースの拠点の一つ。東証アローズの一角にあるメディアセンター内に設けられたミニスタジオ。市場を管理しているマーケットセンターのグラスシリンダー部全体が見渡せるようになっている。&lt;br /&gt;
* '''新宿支局（フジテレビ第一別館）'''（新宿区[[市谷仲之町]]）&lt;br /&gt;
** 本社が台場という埋立地に有る事によるアクセスの特殊性を考慮し、旧本社敷地付近にある第一別館に報道の取材拠点を設置。常設の簡易スタジオがある他、中継車も常駐している。なお、こちらの建物は河田町本社時代のものをそのまま使用しており、通り沿いにある看板も「フジテレビ第一別館」のままである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==情報カメラ設置ポイント==&lt;br /&gt;
* '''[[東京都]] '''・・・[[お台場]]（本社屋上）[HD]、[[新宿]]（[[スタジオアルタ]]）、[[天王洲アイル|天王洲]]、[[築地]]（[[聖路加ガーデン]]）、[[丸の内]][HD]、&lt;br /&gt;
** [[東京駅]]（[[サンケイビル]]内大手町取材センターより）、[[東京国際空港|羽田空港]]第1・第2ターミナル&lt;br /&gt;
* '''[[神奈川県]] '''・・・[[横浜市|横浜]]（[[クロスゲートビル]]）、[[江の島]]、[[小田原]]&lt;br /&gt;
* '''[[千葉県]] '''・・・[[成田国際空港|成田空港]]&lt;br /&gt;
* '''[[青森県]] '''・・・[[青森空港]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==キャッチフレーズ==&lt;br /&gt;
* 明るい家庭に楽しいテレビ（1959年開局時）&lt;br /&gt;
* 母と子どものフジテレビ（1960年頃）&lt;br /&gt;
* 青春は8ビート燃える秋のフジテレビ（1979年秋）&lt;br /&gt;
* テレビカルサマー8チャンネル（1981年夏季のみ）&lt;br /&gt;
* 軽チャーっぽい。春の8チャンネル（1984年春）&lt;br /&gt;
* スーパーTV宣言（1987年）&lt;br /&gt;
* お世話になったあの人に、フジテレビ。（1987年末）&lt;br /&gt;
* 不意のお客様に、フジテレビ。（1988年1月）&lt;br /&gt;
* フジテレビばかり見てると、ウマになるよ。（1988年夏）&lt;br /&gt;
* 4月からのフジテレビに気をつけよう。（1989年春改編）&lt;br /&gt;
* なんか、変化。（1989年後期）&lt;br /&gt;
* ゆく変化、くる変化。（1989年末）&lt;br /&gt;
* 変化新年。（1990年1月）&lt;br /&gt;
* それ、世の中動かしてみませんか（1990年前期）&lt;br /&gt;
* フジテレビがLOVEと言い始めた（1990年後期）&lt;br /&gt;
* 新しいルールとご一緒しませんか（1991年）&lt;br /&gt;
* みんなそろそろホントのことを（1992年前期）&lt;br /&gt;
* 「哲学」（1992年後期）&lt;br /&gt;
* サービスとは何でしょうか?（1993年）&lt;br /&gt;
* JUNGLE（1992〜1993年）&lt;br /&gt;
* テレビって…（1994年前期）&lt;br /&gt;
* PUSH（1994年後期）&lt;br /&gt;
* フジテレビが、いるよ。（1995年）&lt;br /&gt;
* 歌えフジテレビの歌（1996年）&lt;br /&gt;
* お台場ちゃんねるフジテレビ（1997年）&lt;br /&gt;
* また、お会いしましたね（1997年）&lt;br /&gt;
* マジ?フジ（1999年）&lt;br /&gt;
* フジテレビギン（2000年）&lt;br /&gt;
* ガッチャ!フジテレビ（2001年）&lt;br /&gt;
* きっかけは、フジテレビ（2002年〜2005年、2008年、なお、「きっかけは、〜」は、現在系列局の[[北海道文化放送]]で使われている。）&lt;br /&gt;
* ちょっぴりハッピー→ちょぴハピ きっかけは、フジテレビ（2006年）&lt;br /&gt;
* HAVE YOUR MEASURE きっかけは、フジテレビ（2007年）&lt;br /&gt;
* 50ッス!!（2009年、開局50周年限定）&lt;br /&gt;
* 生みます。（2010年秋）&lt;br /&gt;
* ミトカナイトフジ!!（2011年春）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===コーポレート・スローガン===&lt;br /&gt;
* 母と子のフジテレビ（〜1980年）&lt;br /&gt;
* 楽しくなければテレビじゃない（1981年〜）&lt;br /&gt;
* 夢・を・つ・く・る（1986年〜）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==テレビの時刻出し==&lt;br /&gt;
===現在===&lt;br /&gt;
* 放送開始時〜11:21:05（土曜は〜10:42:30、日曜は〜9:31:30。ただし、平日9:54:00以降および土曜9:55:00以降のCM中・提供スーパー全面表示時は表示オフ）&lt;br /&gt;
:* 『[[めざにゅ〜]]』『[[めざましテレビ]]』『[[めざましどようび]]』『めざましどようびメガ』はカスタムで表示。かつては[[2004年]]10月から[[2005年]]3月まで毎週土曜日の13時〜14時に放送された「[[エンタ!見たもん勝ち]]」でも前述の3番組と同じタイプがカスタムで表示されていた。&lt;br /&gt;
:* アナログ放送のフォントは赤色（「エンタ!見たもん勝ち」は青色）付きの斜字体で、[[フォント]]は[[JTCウイン]]Sシリーズ（CM中は斜字体・モノクロでフォントはJTCウインRシリーズ）。&lt;br /&gt;
:* デジタル放送はマスター（アナログ・デジタルとも[[東芝]]製）自体がアナログ・デジタルで別々に置かれているため、全くの別フォント（「後期丸フォント」に酷似）で、太さもアナログ放送よりも細い。&lt;br /&gt;
* 平日12:00〜12:58『[[森田一義アワー 笑っていいとも!|笑っていいとも!]]』内（CM中・提供スーパー全面表示時は表示オフ）&lt;br /&gt;
* 平日16:53〜18:56:25『[[FNNスーパーニュース|スーパーニュース]]』内（CM中・提供スーパー全面表示時は表示オフ）&lt;br /&gt;
:* アナログ放送は[[モノクロ]]の正字体でフォントはJTCウインS、デジタル放送は上記と同じ理由で別フォントの丸文字で、表示についてはすべて[[SD]]（4:3）の位置である。平日9:54:00以降および土曜9:55:00以降については、CM中および[[提供クレジット]]時には表示されない。「[[ハピふる!]]」内（9:55:00〜11:21:05）の時刻表示の字体は9:54:00以前のフォントを橙色かつ斜体に変えて表示される。&lt;br /&gt;
* 時刻出し以外にも先述のとおり、マスター自体がアナログ・デジタルで別々になっていることから[[提供クレジット]]（スタジオサブ表示を除く）・[[ハイビジョン制作]]・[[字幕放送]]表示は同じフォントであっても点灯・消去の速さはアナログ・デジタルで異なっている。&lt;br /&gt;
:* アナログ放送ではフェードイン〜フェードアウトの速さが番組により違っている（時にはカットイン〜カットアウトに近い状態もある）。&lt;br /&gt;
:* デジタル放送ではフェードイン〜フェードアウトは常に一定の速さに固定されている（フェードアウトは企業のCM画面にすぐ切り替わらないときのみ）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===過去===&lt;br /&gt;
* かつて土曜日は11:24まで、日曜日は9:57（一時期10:00）まで時刻出しを行っていた事があった他、[[2004年]]4月〜6月には9:57以降のCM中および提供クレジット時を除き「[[笑っていいとも!増刊号]]」終了5秒前（11:42:25）まで時刻出しを行っていた事もあった。また、[[1995年]]〜[[1999年]]頃には平日14・15時台にも表示を行っていた（「[[ビッグトゥディ]]」放送時、ただし提供クレジットとCM中は除く）。さらに[[1992年]][[7月19日]]の[[FNSの日]]内では（5:58頃〜）10:01過ぎまで表示していた他、かつては放送終了後の[[フィラー]]からの表示や[[2002年]][[10月26日]]〜[[2003年]][[3月22日]]の土曜深夜に放送された[[深夜戦隊ガリンペロ]]（CM中非表示）でも独自のフォントで表示があった。&lt;br /&gt;
* 最近では[[2007年]][[2月5日]]から[[3月30日]]まで「[[こたえてちょーだい!]]」（放送終了、現在は「[[ハピふる!]]」）で手前の番組「[[情報プレゼンター とくダネ!]]」から引き続き10:50過ぎまで時刻表示があった（9:55以降はCM時表示オフ）。&lt;br /&gt;
* なお、旧社屋時代には[[1995年]]11月から[[1996年]]10月頃まで[[フィラー]]や午前の番組で一時期興和フォントが使用されていた事があった（フィラーについては残存している8ミリビデオテープで確認）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==テレビ放送以外==&lt;br /&gt;
===映画事業局===&lt;br /&gt;
フジテレビは、テレビ局であると同時に日本最大級の映画制作集団であり、[http://www.fujitv.co.jp/saiyo/divisions/2005eiga.html 映画事業局]が映画製作とテレビでの映画放送を行っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
映画事業局は、劇場用映画を制作する「[http://www.fujitv.co.jp/movie/index2.html 映画制作部]」と、『[[プレミアムステージ]]』などテレビ等で放送する映画放映権の獲得交渉・宣伝を行う「映画調整部」の2セクションに分かれる。規模で言えば既存の映画制作会社を凌ぎ日本でも最大級である。制作する映画のほとんどは映画制作部が主体となる。映画事業局は同局々長である[[亀山千広]]を中心に[[関口大輔]]や臼井裕詞などの映画プロデューサーが所属。彼らが中心となり企画から制作、配給契約、宣伝、DVD化、テレビ放送、海外セールスまでを同局が一括して管理している。配給は[[東宝]]系列で行われることが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在、フジテレビは同局が中心となり株式会社[[GDH (企業)|GDH]]（アニメーション製作会社である[[ゴンゾ|GONZO]]の持ち株会社）の株を第三者割当により10%取得して資本関係を結び、[[アニメーション映画|アニメ映画]]の共同製作（第一作は[[宮部みゆき]]原作、2006年夏公開の『[[ブレイブ・ストーリー]]』）を行うとする一方、『[[攻殻機動隊]]』シリーズで世界的な名声を誇るアニメーションおよびCG制作スタジオ[[Production I.G]]と共同で有限責任事業組合フジ・IG・ラボ・フォー・ムービーズ（FILM。現 [[FILM LLP|FILM有限責任事業組合]]）を設立、同組合専用のデジタルスタジオ「FIX STUDIO」を立ち上げ、同スタジオと米国の音楽制作プロダクション[[スカイウォーカー・サウンド]]のスタジオ間に専用の大容量ネットワーク回線「[[スカイ・リンク]]」を敷設し、日米で同時並行作業が可能な体制を整える&lt;br /&gt;
など、劇場用実写・アニメーション映画の制作力向上に対して積極的な姿勢を取っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====フジテレビ制作映画====&lt;br /&gt;
; 1983年&lt;br /&gt;
* [[南極物語]]&lt;br /&gt;
; 1985年&lt;br /&gt;
* TAN TAN たぬき（[[チェッカーズ]]）&lt;br /&gt;
* [[ビルマの竪琴]]（[[中井貴一]]）&lt;br /&gt;
; 1986年&lt;br /&gt;
* [[おニャン子ザ・ムービー 危機イッパツ!]]&lt;br /&gt;
* [[子猫物語]]&lt;br /&gt;
; 1987年&lt;br /&gt;
* [[私をスキーに連れてって]]&lt;br /&gt;
* [[スケバン刑事]]（[[東映]]と共同）&lt;br /&gt;
; 1988年&lt;br /&gt;
* [[優駿 ORACION]]&lt;br /&gt;
; 1990年&lt;br /&gt;
* [[病院へ行こう]]&lt;br /&gt;
* [[タスマニア物語]]&lt;br /&gt;
; 1991年&lt;br /&gt;
* [[就職戦線異状なし]]&lt;br /&gt;
* [[江戸城大乱]]&lt;br /&gt;
* [[波の数だけ抱きしめて]]&lt;br /&gt;
; 1992年&lt;br /&gt;
* [[女殺油地獄]]&lt;br /&gt;
* [[七人のおたく]]&lt;br /&gt;
* [[病院へ行こう#第2作「病は気から 病院へ行こう2」|病は気から 病院へ行こう2]]&lt;br /&gt;
; 1993年&lt;br /&gt;
* 水の旅人 侍KIDS&lt;br /&gt;
* [[新宿鮫 (映画)|新宿鮫]]&lt;br /&gt;
; 1994年&lt;br /&gt;
* とられてたまるか!?（[[武田鉄矢]]、[[明石家さんま]]）&lt;br /&gt;
* [[ヒーローインタビュー (映画)|ヒーローインタビュー]]&lt;br /&gt;
; 1995年&lt;br /&gt;
* ぼくたちの映画シリーズ&lt;br /&gt;
** [[白鳥麗子でございます!]]（[[松雪泰子]]）&lt;br /&gt;
** [[花より男子]]（[[内田有紀]]）&lt;br /&gt;
* [[Love Letter]]（[[中山美穂]]）&lt;br /&gt;
* [[鬼平犯科帳]]劇場版&lt;br /&gt;
; 1996年&lt;br /&gt;
* [[That's カンニング! 史上最大の作戦?]]&lt;br /&gt;
; 1997年&lt;br /&gt;
* [[ときめきメモリアル (映画) |ときめきメモリアル]]&lt;br /&gt;
* [[キャッツ・アイ#実写映画版|CAT'S EYE]]&lt;br /&gt;
* [[東京日和]]（[[竹中直人]]、[[中山美穂]]）&lt;br /&gt;
; 1998年&lt;br /&gt;
* [[がんばっていきまっしょい]]（[[田中麗奈]]）&lt;br /&gt;
* [[踊る大捜査線]] [[踊る大捜査線 THE MOVIE|THE MOVIE]]&lt;br /&gt;
; 1999年&lt;br /&gt;
* [[メッセンジャー (映画)|メッセンジャー]]&lt;br /&gt;
* [[梟の城]]（中井貴一）&lt;br /&gt;
* [[GTO (漫画)|GTO]]&lt;br /&gt;
; 2000年&lt;br /&gt;
* [[スペース・トラベラーズ]]&lt;br /&gt;
* [[ジュブナイル (映画)|ジュブナイル]]&lt;br /&gt;
; 2001年&lt;br /&gt;
* [[大河の一滴]]&lt;br /&gt;
* [[ウォーターボーイズ|WATER BOYS]]&lt;br /&gt;
* [[プラトニック・セックス]]&lt;br /&gt;
* [[冷静と情熱のあいだ]]&lt;br /&gt;
; 2002年&lt;br /&gt;
* [[ナースのお仕事|ナースのお仕事 ザ・ムービー]]&lt;br /&gt;
; 2003年&lt;br /&gt;
* [[T.R.Y.]]&lt;br /&gt;
* [[踊る大捜査線]] [[踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!|THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!]]&lt;br /&gt;
* [[g@me.]]&lt;br /&gt;
; 2004年&lt;br /&gt;
* [[解夏]]（げげ）&lt;br /&gt;
* [[海猿]]（[[伊藤英明]]、[[加藤あい]]、[[藤竜也]]）&lt;br /&gt;
* [[NIN×NIN 忍者ハットリくん THE MOVIE]]（[[香取慎吾]]）&lt;br /&gt;
* [[スウィングガールズ]]&lt;br /&gt;
* [[笑の大学]]&lt;br /&gt;
; 2005年&lt;br /&gt;
* [[レイクサイド マーダーケース]]&lt;br /&gt;
* [[ローレライ (映画)|ローレライ]]&lt;br /&gt;
* [[電車男]]&lt;br /&gt;
* [[星になった少年]]&lt;br /&gt;
* [[踊る大捜査線|THE ODORU LEGEND CONTINUES]] [[交渉人 真下正義]]（[[ユースケ・サンタマリア]]）&lt;br /&gt;
* [[踊る大捜査線|THE ODORU LEGEND CONTINUES]] [[容疑者 室井慎次]]（[[柳葉敏郎]]）&lt;br /&gt;
* [[春の雪]]&lt;br /&gt;
; 2006年&lt;br /&gt;
* [[THE 有頂天ホテル]]&lt;br /&gt;
* [[県庁の星]]&lt;br /&gt;
* [[ブレイブ・ストーリー]]&lt;br /&gt;
* [[LIMIT OF LOVE 海猿]]&lt;br /&gt;
* [[チェケラッチョ!!]]&lt;br /&gt;
* [[UDON]]&lt;br /&gt;
; 2007年&lt;br /&gt;
* [[それでも僕はやってない]]&lt;br /&gt;
* [[ゲゲゲの鬼太郎 (実写映画)|ゲゲゲの鬼太郎]]&lt;br /&gt;
* [[眉山 (さだまさし)|眉山-びざん-]]&lt;br /&gt;
* [[西遊記 (2007年の映画)| 西遊記]]&lt;br /&gt;
* [[HERO (2007年の映画)| HERO]]&lt;br /&gt;
; 2008年&lt;br /&gt;
* [[ガチ☆ボーイ]]&lt;br /&gt;
* [[容疑者Xの献身]]&lt;br /&gt;
; 2009年(予定)&lt;br /&gt;
* [[SP (テレビドラマ)|SP]]の続編（題名未定）&lt;br /&gt;
; 公開時期未定&lt;br /&gt;
* [[踊る大捜査線]] THE MOVIE 3（仮題・2009年クランクイン予定）&lt;br /&gt;
: これらの他に、「[[こちら葛飾区亀有公園前派出所]]」や「[[ONE PIECE|ワンピース]]」等の[[アニメ]]作品の映画版もある。&lt;br /&gt;
===事業部===&lt;br /&gt;
====イベント====&lt;br /&gt;
イベントは事業部が主催している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=====総合イベント=====&lt;br /&gt;
* 国際スポーツフェア（1984年〜1992年、毎年4月29日〜5月5日、[[国立代々木競技場]]）&lt;br /&gt;
* 夢工場（1987年〜1988年、晴海見本市会場・河田町駐車場ほか）&lt;br /&gt;
* [[LIVE UFO]]（1993年〜1995年、毎年4月〜5月、国立代々木競技場とその周辺）&lt;br /&gt;
* LIVE WORKS（1996年4月27日〜5月6日、国立代々木競技場、[[渋谷]]ほか）&lt;br /&gt;
* お台場Do Donpa!（1997年7月19日〜8月8日、お台場フジテレビ本社、[[ホテル日航東京]]など）&lt;br /&gt;
* [http://www.fujitv.co.jp/kissme/index2.html KISS ME ODAIBA]（1997年〜2004年、12月〜1月、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など）&lt;br /&gt;
* P-KIESワンダーランド（1998年7月18日〜8月31日、お台場フジテレビ本社とその周辺）&lt;br /&gt;
* [[BANG×PARK]]（1999年7月20日〜8月29日、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など）&lt;br /&gt;
* [[お台場どっと混む!]]〜o-daiba.com〜（2000年7月20日〜9月3日、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など）&lt;br /&gt;
* お台場どっと混む!（2001年7月20日〜9月2日、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など）&lt;br /&gt;
* お台場どっと混む!（2002年7月21日〜9月1日、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など）&lt;br /&gt;
* [[お台場冒険王]]（2003年7月20日〜8月31日、2005年、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など）&lt;br /&gt;
* Adventure Kingお台場冒険王2004 〜レインボーブリッジは封鎖するな!〜（2004年7月17日〜9月5日、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など）&lt;br /&gt;
* [[お笑いホープ大賞|東京国際コメディフェスティバル]]（2003年4月〜5月、2004年4月〜5月）&lt;br /&gt;
* [http://www.fujitv.co.jp/fantasy/index2.html HOT FANTASY☆ODAIBA]（2003年12月〜2004年1月、2004年12月10日〜2005年1月3日、2005年12月10日〜2006年1月9日、お台場フジテレビ本社）&lt;br /&gt;
* [http://www.fujitv.co.jp/odaiba-gakuen/index3.html お台場学園〜文化祭〜]（2005年4月29日〜2005年5月8日、お台場フジテレビ本社）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* このほか、河田町時代には毎年[[8月8日]]&amp;quot;[[フジテレビの日]]&amp;quot;に河田町本社の一部と駐車場を会場に『フジテレビまつり』が開催されていた。内容は本社内部見学ツアーや、駐車場に当時の番組のブースが設けられ物販が販売されたり、駐車場の仮設ステージ上で所属アナウンサー進行によるクイズ大会や、若手芸人・タレントが参加してのステージなど。なおこの日は、本社地下のレストランで一般の人でも食事をとることが出来た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=====[[シルク・ドゥ・ソレイユ]]日本公演=====&lt;br /&gt;
（[[東京]]・[[原宿]]ビッグトップをはじめ、[[横浜市|横浜]]・[[名古屋市|名古屋]]・[[大阪市|大阪]]・[[福岡市|福岡]]の各都市で開催）&lt;br /&gt;
* [[サルティンバンコ]]（1994年）&lt;br /&gt;
** サルティンバンコ2000（2000年）&lt;br /&gt;
* アレグリア&lt;br /&gt;
** [http://www.alegria2.jp/ アレグリア2]（2004年）&lt;br /&gt;
* QUIDAM（2003年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、今後の国内公演に関しては、[[オリエンタルランド|オリエンタルランド(OLC)]]がシルク・ドゥ・ソレイユ社、[[ウォルト・ディズニー・カンパニー|ディズニー社]]と業務提携し、[[千葉県]][[浦安市]]の[[東京ディズニーリゾート]]内に専用常設劇場「[[シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京]]」を建設、OLCシアトリカル事業部が興行の運営業務も受託するため、今度もフジテレビが主催しての公演を行うかどうかは不明である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==オープニング&amp;amp;クロージング映像==&lt;br /&gt;
===オープニング===&lt;br /&gt;
* 初代：[[富士山]]（1959年3月1日（開局）〜1966年3月、カラー化：1966年4月〜1978年3月、BGMは[[ドビュッシー]]の「夢」）&lt;br /&gt;
* 二代目：[[愛のメッセージ]]（1978年4月〜1981年3月）&lt;br /&gt;
* 三代目：[[I・愛・eye]]（1981年4月〜1986年3月）&lt;br /&gt;
* 四代目：[[目玉マーク]]紹介 - ナレーション：逸見政孝（1986年4月〜1986年9月）&lt;br /&gt;
* 五代目：[[目玉タウン]]（1986年10月〜2001年9月）本編前のナレーションは、[[目玉タウン]]を参照。BGMの作曲は[[有澤孝紀]]。&lt;br /&gt;
; ※ただし、新社屋での放送開始初日は別のものに差し替え（ナレーション担当のアナウンサーは当時のもの）&lt;br /&gt;
* 六代目：未来のお台場バージョン - ナレーション：近藤雄介（2001年10月〜2003年11月）&lt;br /&gt;
* 七代目：未来のお台場バージョン・その2 - ナレーション：向坂樹興（2003年12月〜）&lt;br /&gt;
; ※基本的には六代目と同じだが、一部シーンが短縮されている。また、最後のコールサイン部分から出力、周波数の表示が消えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===クロージング===&lt;br /&gt;
* 初代：局舎〜宇宙（1959年3月1日（開局）〜1966年3月、カラー化：1966年4月〜1978年3月）&lt;br /&gt;
* 二代目：愛のメッセージ（1978年4月〜1981年3月）※クロージングでは1984年3月まで流された&lt;br /&gt;
* 三代目：I・愛・eye（1979年4月〜1986年3月）&lt;br /&gt;
* 四代目：目玉マーク紹介 - ナレーション：逸見政孝（1986年4月〜1986年9月）&lt;br /&gt;
* 五代目：目玉タウン（1986年10月〜2001年9月）本編前のナレーションは、目玉タウンを参照。&lt;br /&gt;
; ※ただし、新社屋での放送開始前日は[[フジテレビジョン河田町最終ED|開局から河田町社屋移転までの歴史をプレイバックする2分間の特別版]]に差し替え（ナレーション担当のアナウンサーは当時のもの）&lt;br /&gt;
* 六代目：未来のお台場（オープニングと同じフルバージョンまたはラスト5秒のみのいずれか） - ナレーション：近藤雄介（2001年10月〜2003年11月）&lt;br /&gt;
放送機器点検などのときはクロージングの前または後に55秒間告知のフリップがアナウンスやBGM無しで流される。&lt;br /&gt;
メンテナンスの日は未来のお台場ラスト5秒のみが流れる。&lt;br /&gt;
* 七代目：未来のお台場バージョン・その2 - ナレーション：向坂樹興（2003年12月〜）&lt;br /&gt;
放送機器点検などのときのフリップやメンテナンスの日は未来のお台場ラスト5秒のみなのは同じ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===備考===&lt;br /&gt;
2001年10月まではオープニング&amp;amp;クロージング映像（以下、放送開始/終了映像）の前に局名・呼出符号・周波数・出力（空中線電力）の読み上げ（副音声では音声多重放送の呼出符号「JOCX-TAM」・音声周波数・音声出力を読み上げ）があったが、2001年10月から放送開始/終了映像に局名・呼出符号・周波数・出力（空中線電力）が表示されるのみとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、2003年12月からの放送開始/終了映像では、呼出符号と局名（しかも、通称の「フジテレビ」だけ）の表示となった。一方、デジタル放送は正式な呼出名称の「フジデジタルテレビジョン」で表示・アナウンスされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==アナウンサー==&lt;br /&gt;
数字は入社年。また、[[2006年]][[4月3日]]付けを持って[[ニッポン放送]]の親会社・ニッポン放送ホールディングスをフジテレビが吸収合併したため、ニッポン放送から移籍した[[アナウンサー]]もいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===男性===&lt;br /&gt;
* [[須田哲夫]]（1971年）◇[[堺正幸]]（1975年）◇[[福井謙二]]（1976年）◇[[向坂樹興]]（1982年）◇[[牧原俊幸]]（1983年）◇[[川端健嗣]]（1984年）◇[[軽部真一]]、[[三宅正治]]（1985年）◇[[笠井信輔]]、[[塩原恒夫]]（1987年）◇[[青嶋達也]]（1988年）◇[[境鶴丸]]、[[野島卓]]（1989年）◇[[長坂哲夫]]、[[吉田伸男]]（1990年）◇[[福原直英]]（1992年）◇[[奥寺健]]（1993年）◇[[伊藤利尋]]、[[森昭一郎]]（1995年）◇[[竹下陽平]]（1996年）◇[[西岡孝洋]]（1998年）◇[[長谷川豊]]（1999年）◇[[森下知哉]]、[[渡辺和洋]]（2001年）◇[[田中大貴]]（2003年）◇[[倉田大誠]]（2004年）◇[[田淵裕章]]（2005年）◇[[小穴浩司]]（2006年）◇[[中村光宏]]（2007年）◇[[榎並大二郎]]（2008年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===女性===&lt;br /&gt;
* [[益田由美]]（1977年）◇[[松尾紀子]]（1983年）◇[[吉崎典子]]（1984年）◇[[阿部知代]]（1986年）◇[[佐藤里佳]]、[[木幡美子]]、[[田代尚子]]（1989年）◇[[西山喜久恵]]（1992年）◇[[武田祐子]]（1994年）◇[[高木広子]]、（1995年）◇[[佐々木恭子]]、[[藤村さおり]]（1996年）◇[[春日由実]]（1997年）◇[[島田彩夏]]（1998年）◇[[梅津弥英子]]（2000年）◇[[森本さやか (アナウンサー)|森本さやか]]、[[高島彩]]（2001年）◇[[中野美奈子]]、[[中村仁美]]（2002年）◇[[石本沙織]]、[[戸部洋子]]、[[長野翼]]（2003年）◇[[高橋真麻]]、[[斉藤舞子]]（2004年）◇[[遠藤玲子]]、[[平井理央]]、[[宮瀬茉祐子]]（2005年）◇[[本田朋子]]、[[松尾翠]]、[[秋元優里]]（2006年）◇[[大島由香里]]、[[生野陽子]]（2007年）◇[[加藤綾子]]、[[椿原慶子]]（2008年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===[[ニッポン放送]]から転籍したアナウンサー===&lt;br /&gt;
* [[小野浩慈]]、[[川野良子]]、[[桜庭亮平]]、[[鈴木芳彦]]、[[田代優美]]、[[塚越孝]]、[[冨田憲子]]、[[福永一茂]]、[[松元真一郎]]、[[山本麻祐子]]&lt;br /&gt;
* 他には[[栗村智]]がいたが、その後ニッポン放送に復帰している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===[[共同テレビジョン|共同テレビ]]所属の専属契約アナウンサー===&lt;br /&gt;
* [[滝川クリステル]]（2003年までは研修出向）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==歴代アナウンサー==&lt;br /&gt;
===異動したアナウンサー===&lt;br /&gt;
; 男性&lt;br /&gt;
* [[岡田浩揮]]（報道局）&lt;br /&gt;
* [[小泉陽一]]（報道局・現パリ支局長）&lt;br /&gt;
* [[近藤雄介]]（視聴者総合センター）&lt;br /&gt;
* [[桜井堅一朗]]（スポーツ局）&lt;br /&gt;
* [[佐野瑞樹 (アナウンサー)|佐野瑞樹]]（ニューヨーク支局）&lt;br /&gt;
* [[陣内誠]]（番組審議室）&lt;br /&gt;
* [[智田裕一]]（報道局）&lt;br /&gt;
* [[浪久圭司]]（[[BSフジ]]代表取締役会長）&lt;br /&gt;
* [[野崎昌一]]（広報局広報部長）&lt;br /&gt;
* [[八馬淳也]]（報道局）&lt;br /&gt;
* [[増田明男]]（解説委員）&lt;br /&gt;
* [[横井克裕]]（総務局副部長）&lt;br /&gt;
* [[吉沢孝明]]（営業局・現名古屋支社長）&lt;br /&gt;
* [[渡邉卓哉]]（人事局）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 女性&lt;br /&gt;
* [[青木美枝]]（報道局）&lt;br /&gt;
* [[筒井櫻子]]（編成制作局編成部）&lt;br /&gt;
* [[本間淳子]]（映画事業局）&lt;br /&gt;
* [[桜井郁子]]（制作局、後に[[カノッサの屈辱 (テレビ番組)|カノッサの屈辱]]や[[ウゴウゴルーガ]]などのプロデューサーを務める）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===退社したアナウンサー===&lt;br /&gt;
====男性====&lt;br /&gt;
* [[逸見政孝]]（司会者）&lt;br /&gt;
* [[今井彬]]&lt;br /&gt;
* [[岩佐徹]]（[[WOWOW]]アナウンサー→現[[フリーアナウンサー]]）&lt;br /&gt;
* [[大川和彦]]&lt;br /&gt;
* [[大林宏 (アナウンサー)|大林宏]]（解説委員）&lt;br /&gt;
* [[角谷優]]&lt;br /&gt;
* [[露木茂]]（フリーキャスター、[[東京国際大学]]教授）&lt;br /&gt;
* [[鳥居滋夫]]（『[[プロ野球ニュース]]』幻の初代キャスター。“幻”としたのは、局側が公式には1976年放送開始、且初代キャスターは[[佐々木信也]]としている為。）&lt;br /&gt;
* [[永島信道]]&lt;br /&gt;
* [[能村庸一]]&lt;br /&gt;
* [[野間脩平]]&lt;br /&gt;
* [[松倉悦郎]]&lt;br /&gt;
* [[盛山毅]]&lt;br /&gt;
* [[山田祐嗣]]（[[ニッポン放送]]から移籍）&lt;br /&gt;
* [[山中秀樹]]（フリーアナウンサー）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====女性====&lt;br /&gt;
* [[相川梨絵]]（当時[[共同テレビジョン|共同テレビ]]所属・専属契約、現在フリー）&lt;br /&gt;
* [[荒瀬詩織]]（[[横浜ベイスターズ]]・[[石井琢朗]]選手夫人）&lt;br /&gt;
* [[有賀さつき]]（元タレント）&lt;br /&gt;
* [[安藤幸代]]（当時[[共同テレビジョン|共同テレビ]]所属・専属契約、現在フリー）&lt;br /&gt;
* [[石毛恭子]]&lt;br /&gt;
* [[佐々木紀代子|石野紀代子]]（現姓・佐々木）&lt;br /&gt;
* [[岩瀬惠子]]（タレント）&lt;br /&gt;
* [[海野まり子]]&lt;br /&gt;
* [[永麻理]]&lt;br /&gt;
* [[宇田麻衣子]]&lt;br /&gt;
* [[内田恭子]]（フリーアナウンサー）&lt;br /&gt;
* [[大坪千夏]]&lt;br /&gt;
* [[大野香菜|大野かおり]]&lt;br /&gt;
* [[大橋マキ]]（タレント）&lt;br /&gt;
* [[織田恵美子]]&lt;br /&gt;
* [[菊間千乃]]&lt;br /&gt;
* [[木佐彩子]]（[[埼玉西武ライオンズ]]・[[石井一久]]夫人）&lt;br /&gt;
* [[小出美奈]]（[[メリルリンチ日本証券]]勤務）&lt;br /&gt;
* [[花田景子|河野景子（現：花田景子）]]（[[貴乃花光司|貴乃花親方]]夫人、元タレント）&lt;br /&gt;
* [[古賀万紀子]]（[[テレビ朝日]]：[[佐々木正洋 (テレビ朝日)|佐々木正洋]]アナウンサー夫人/現姓：佐々木）&lt;br /&gt;
* [[小島奈津子]]（フリーアナウンサー）&lt;br /&gt;
* [[小玉美意子]]&lt;br /&gt;
* [[小林節子 (フリーアナウンサー)]]&lt;br /&gt;
* [[近藤サト]]（タレント）&lt;br /&gt;
* [[斎藤裕子]]&lt;br /&gt;
* [[酒井ゆきえ]]（タレント）&lt;br /&gt;
* [[城ヶ崎祐子]]&lt;br /&gt;
* [[関戸めぐみ]]当時[[共同テレビジョン|共同テレビ]]所属・専属契約、現在リポーター）&lt;br /&gt;
* [[田丸美寿々]]（フリーキャスター、[[東京放送|TBS]]「[[報道特集NEXT]]」メインキャスター）&lt;br /&gt;
* [[千野志麻]]&lt;br /&gt;
* [[寺田理恵子]]&lt;br /&gt;
* [[坂野尚子|土井尚子]]&lt;br /&gt;
* [[富永美樹]]（タレント、[[まこと (ミュージシャン)|まこと]]夫人）&lt;br /&gt;
* [[豊原ミツ子]]&lt;br /&gt;
* [[中井美穂]]（タレント、元[[東京ヤクルトスワローズ]]・[[古田敦也]]夫人）&lt;br /&gt;
* [[中野安子]]&lt;br /&gt;
* [[長野智子]]（レポーター、フリーキャスター）&lt;br /&gt;
* [[中村江里子]]（タレント）&lt;br /&gt;
* [[牛尾奈緒美|中村奈緒美（現：牛尾奈緒美）]]（明治大学助教授）&lt;br /&gt;
* [[中村洋子]]&lt;br /&gt;
* [[濱田典子]]（[[福原直英]]アナウンサー夫人）&lt;br /&gt;
* [[平松あゆみ]]（フリーキャスター）&lt;br /&gt;
* [[深澤里奈]]&lt;br /&gt;
* [[福元英恵]]（[[テキサス・レンジャース]]・[[福盛和男]]夫人）&lt;br /&gt;
* [[政井マヤ]]&lt;br /&gt;
* [[松井みどり]]&lt;br /&gt;
* [[松田朋恵]]（[[野崎昌一]]元アナウンサー夫人）&lt;br /&gt;
* [[三上彩子]]&lt;br /&gt;
* [[皆川寿美]]&lt;br /&gt;
* [[八木亜希子]]（タレント）&lt;br /&gt;
* [[山村美智|山村美智子]]&lt;br /&gt;
* [[頼近美津子]]&lt;br /&gt;
* [[渡辺直子]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==アナウンサー以外の出身者==&lt;br /&gt;
* [[王東順]]（[[通信販売]]会社社長）&lt;br /&gt;
* [[小田多恵子]]&lt;br /&gt;
* [[五社英雄]]（映画監督）&lt;br /&gt;
* [[坂井義則]]（[[東京オリンピック]][[聖火リレー]]最終ランナー）&lt;br /&gt;
* [[沢雄二]]（[[公明党]][[参議院]]議員）&lt;br /&gt;
* [[妹尾河童]]（舞台美術家）&lt;br /&gt;
* [[俵孝太郎]]（[[政治]][[評論家]]）&lt;br /&gt;
* [[長島一由]]（前[[逗子市|逗子市長]]、[[ブルッキングス研究所]]客員研究員）&lt;br /&gt;
* [[山川千秋]]（在籍中に死去。ニュースキャスター、報道記者）&lt;br /&gt;
* [[横澤彪]]（元[[吉本興業]]取締役、現吉本興業相談役）&lt;br /&gt;
* [[すぎやまこういち]]（[[作曲家]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==アナウンサー以外の在籍者==&lt;br /&gt;
* [[坂井義則]]（元[[陸上選手]]、[[東京オリンピックの開会式]]で[[聖火|聖火リレー]]の最終ランナーを務めた）&lt;br /&gt;
* [[岡田寿也]]（シンガーソングライター）&lt;br /&gt;
* [[かまやつ太郎]]（[[シンガーソングライター]]）&lt;br /&gt;
* [[里谷多英]]（[[スキー]]選手・[[長野オリンピック]]金メダリスト）&lt;br /&gt;
* ディレクター・プロデューサーについてはそれぞれ[[フジテレビプロデューサー一覧]]、[[フジテレビディレクター一覧]]を参照。&lt;br /&gt;
* [[山懸慎司]]（3代目いいとも青年隊のスタッフ隊）&lt;br /&gt;
* [[吉田正樹]]（3代目[[いいとも青年隊]]のスタッフ隊）&lt;br /&gt;
* [[亀山千広]]（映画事業局長、ドラマ・映画プロデューサー・[[踊る大捜査線]]シリーズ エグゼクティブ・プロデューサー）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==主なスタジオ技術系協力会社==&lt;br /&gt;
* 株式会社[[ニユーテレス]]&lt;br /&gt;
* 株式会社マルチバックス&lt;br /&gt;
* 株式会社[[共同テレビジョン]]&lt;br /&gt;
==現在のゴールデンタイム・プライムタイム編成==&lt;br /&gt;
※2011年10月現在&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;width:100%; text-align:center; font-size:small&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-align=center&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width:2.7%&amp;quot;|＼&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;width:13.9%&amp;quot;|月曜日&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;width:13.9%&amp;quot;|火曜日&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;width:13.9%&amp;quot;|水曜日&lt;br /&gt;
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!style=&amp;quot;width:13.9%&amp;quot;|土曜日&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;width:13.9%&amp;quot;|日曜日&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!19&amp;lt;br/&amp;gt;時&amp;lt;br/&amp;gt;台&lt;br /&gt;
|[[ネプリーグ]]&lt;br /&gt;
|rowspan=&amp;quot;2&amp;quot;|[[カスペ!]]&lt;br /&gt;
|[[おじゃマップ]]&lt;br /&gt;
|[[VS嵐]]&lt;br /&gt;
|[[ペケ×ポン|ゲーム&amp;amp;クイズバラエティ&amp;lt;br /&amp;gt;ペケポン]]&lt;br /&gt;
|[[〜あらゆる世界を見学せよ〜潜入!リアルスコープ|リアルスコープZ]]&lt;br /&gt;
|[[ほこ×たて]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!20&amp;lt;br/&amp;gt;時&amp;lt;br/&amp;gt;台&lt;br /&gt;
|[[HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP|HEY!HEY!HEY!&amp;lt;br/&amp;gt;MUSIC CHAMP]]&lt;br /&gt;
|[[はねるのトびら]]&lt;br /&gt;
|[[奇跡体験!アンビリバボー]]&lt;br /&gt;
|[[奥の深道〜同類くんの旅〜]]&lt;br /&gt;
|[[めちゃ×2イケてるッ!]]&lt;br /&gt;
|[[爆笑!大日本アカン警察]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!21&amp;lt;br/&amp;gt;時&amp;lt;br/&amp;gt;台&lt;br /&gt;
|【[[フジテレビ月曜9時枠の連続ドラマ|連続ドラマ]]】&amp;lt;br /&amp;gt;リッチマン・プアウーマン&lt;br /&gt;
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|[[ホンマでっか!?TV]]&lt;br /&gt;
|[[とんねるずのみなさんのおかげでした|とんねるずの&amp;lt;br /&amp;gt;みなさんのおかげでした]]&lt;br /&gt;
|rowspan=&amp;quot;2&amp;quot;|[[金曜プレステージ]]&lt;br /&gt;
|rowspan=&amp;quot;2&amp;quot;|[[土曜プレミアム]]&lt;br /&gt;
|【[[ドラマチック・サンデー]]】&amp;lt;br /&amp;gt;[[ビューティフルレイン]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!22&amp;lt;br/&amp;gt;時&amp;lt;br/&amp;gt;台&lt;br /&gt;
|[[SMAP×SMAP]]&lt;br /&gt;
|【[[関西テレビ制作・火曜夜10時枠の連続ドラマ|連続ドラマ]]】&amp;lt;br /&amp;gt;[[GTO (テレビドラマ)|GTO]]&lt;br /&gt;
|[[ピカルの定理]]&lt;br /&gt;
|【[[木曜劇場]]】&amp;lt;br /&amp;gt;[[東野圭吾ミステリーズ]]&lt;br /&gt;
|[[Mr.サンデー]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==系列局==&lt;br /&gt;
系列放送局各社に関しては「[[フジニュースネットワーク|FNN]]」および「[[フジネットワーク|FNS]]」の項目を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===関連衛星放送===&lt;br /&gt;
* フジテレビ直営&lt;br /&gt;
** [[フジテレビCS事業部]]（フジテレビ721・739・CSHD）&lt;br /&gt;
* 連結子会社・持分法適用関連会社&lt;br /&gt;
** [[サテライト・サービス]]&lt;br /&gt;
** [[BSフジ]]&lt;br /&gt;
** [[日本映画衛星放送]]（[[日本映画専門チャンネル]]・[[時代劇専門チャンネル]]）&lt;br /&gt;
* その他&lt;br /&gt;
** [[スカパーJSAT]]（[[スカパー!]]・[[スカパー!e2]]）&lt;br /&gt;
*** 旧[[JスカイB]]の主要株主であり、合併後も元編成局長の[[重村一]]（現[[ニッポン放送]]会長）が社長に就任するなど関連が深い&lt;br /&gt;
** [[J SPORTS]]（J sports ESPN・1・2・Plus）&lt;br /&gt;
*** 旧JスカイBの番組供給会社「スカイエンターテイメント」が前身。[[スポーツ・アイ ESPN]]との合併により[[東京放送|TBS]]も資本参加&lt;br /&gt;
** [[WOWOW]] ※約10%を保有する筆頭株主&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==主要株主==&lt;br /&gt;
2008年10月1日現在&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
# 株式会社[[フジ・メディア・ホールディングス]]（100％）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==放送区域外の[[ケーブルテレビ]]再送信局==&lt;br /&gt;
* [[山梨県]]&lt;br /&gt;
** [[日本ネットワークサービス]]（デジタル・アナログとも）&lt;br /&gt;
** [[山梨CATV]]&lt;br /&gt;
** [[河口湖有線テレビ放送]]&lt;br /&gt;
** 他、山梨県内ほとんどのケーブルテレビ会社&lt;br /&gt;
* [[長野県]]&lt;br /&gt;
** 県内のほとんどのCATV局（アナログのみ、一部局では2014年までの期間限定でデジタルも）&lt;br /&gt;
* [[静岡県]]&lt;br /&gt;
** 県東部・伊豆地方のCATV局（アナログのみ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==参考文献==&lt;br /&gt;
* 『SD別冊29号 フジテレビ本社ビルの記録』 鹿島出版会、1996年。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
* [[BSフジ]]&lt;br /&gt;
* [[スタジオドリームメーカー]]&lt;br /&gt;
* [[フジテレビ青森支局]]（[[青森県]]内の報道取材のために設置している。）&lt;br /&gt;
* [[フジテレビ山形支局]]（[[山形テレビ]]の[[ネットチェンジ]]により、[[さくらんぼテレビジョン]]開局までのつなぎとして開設。）&lt;br /&gt;
* [[フジテレビ甲府支局]]（[[山梨県]]内の報道取材のために設置している。）&lt;br /&gt;
* [[フジテレビ高知支局]]（[[高知県]]内の報道取材のため設置していたが、[[高知さんさんテレビ]]の開局に伴いこの支局は閉鎖された。）&lt;br /&gt;
* [[リアリー?マドリッド]]（アナウンサーによるフットサルチーム）&lt;br /&gt;
* [[愛のメッセージ]]（かつてのイメージソング）&lt;br /&gt;
* [[中日新聞 (東京新聞) ニュース|東京新聞ニュース]]（スタジオ収録のみ）&lt;br /&gt;
* [[POP STOCK]]（[[江東区]][[有明 (江東区)|有明]]・[[東京国際展示場|東京ビッグサイト]]内のライブスペース。1996年のみ運営）&lt;br /&gt;
* [[フジテレビサンデードラマチックモーニング]]（フジテレビ提供の文化放送の[[ラジオ番組]]※2004年10月〜2005年4月に毎週日曜日に放送、終了）&lt;br /&gt;
* [[とことん笑顔!きっかけ先生]]（フジテレビ提供のニッポン放送のラジオ番組※2004年4月〜2004年10月に毎週金曜日に放送、終了）&lt;br /&gt;
* [[着ラジ]]（フジテレビ1社提供のコーナーあり、終了）&lt;br /&gt;
* [[フジテレビ20ミニッツ]]（冠スポンサーのラジオ番組）&lt;br /&gt;
* [[ラヴシーン]]（アナウンサーによる朗読劇）&lt;br /&gt;
* [[野村克也]]（[[東北楽天ゴールデンイーグルス|楽天]]監督、元[[東京ヤクルトスワローズ|ヤクルト]]・[[阪神タイガース|阪神]]監督）&lt;br /&gt;
* [[ニッポン放送の経営権問題]]&lt;br /&gt;
* [[ラヂオプレス]]（河田町時代の局内に事務所を構えていた）&lt;br /&gt;
* [[放送持株会社]]&lt;br /&gt;
* [[広域放送]]&lt;br /&gt;
* [[県域放送]]&lt;br /&gt;
* [[マスメディア集中排除原則]]&lt;br /&gt;
* [[ガジェットちゃんねる]]&lt;br /&gt;
* [[メディア問題]]&lt;br /&gt;
* フジテレビ関連[[ラジオ番組]]&lt;br /&gt;
** [[フジテレビサンデードラマチックモーニング]]（文化放送、一社提供スポンサー、2004年10月-2005年4月 毎週日曜日、現在は終了）&lt;br /&gt;
** [[とことん笑顔!きっかけ先生]]（ニッポン放送、一社提供スポンサー、2004年4月-2004年10月 毎週金曜日、現在は終了）&lt;br /&gt;
** [[着ラジ]]（ニッポン放送、「着フジテレビ」スポンサー、現在は終了）&lt;br /&gt;
** [[フジテレビ20ミニッツ]]（ニッポン放送、冠スポンサー、現在は終了）&lt;br /&gt;
** [[ミューコミ]]（ニッポン放送、「サポーターズパーティ」月曜スポンサー、現在は終了）&lt;br /&gt;
** [[メダマ!?ラジオ]]（ニッポン放送、現在は終了）&lt;br /&gt;
** [[開局!フジテレビラジオ|開局!フジテレビラジオ→ザ・フジテレビラジオ]]（ニッポン放送）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://www.fujitv.co.jp/ フジテレビ]&lt;br /&gt;
*[http://www.fujitv.co.jp/rights/index.html?1#B 著作権]&lt;br /&gt;
*[http://www.fnn-news.com/ FNN-NEWS.COM]&lt;br /&gt;
*[http://www.fujitv.co.jp/shop/ オフィシャルグッズSHOP フジテレビDAIBA'S MARKET]&lt;br /&gt;
*[http://www.fujisankei-g.co.jp/about.html フジサンケイグループとは？]&lt;br /&gt;
*[https://ts3card-business.jp/card.html ENEOS BUSINESS　カード] ETCの申し込みはトヨタファイナンス&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ふしてれひ}}&lt;br /&gt;
[[Category:フジテレビ|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のテレビ局]]&lt;br /&gt;
[[Category:衛星役務利用放送事業者]]&lt;br /&gt;
[[Category:テレビ制作会社]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都のマスメディア]]&lt;br /&gt;
[[Category:フジサンケイグループ]]&lt;br /&gt;
[[Category:お台場]]&lt;br /&gt;
[[Category:フジテレビ系列|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:関東地方の放送]]&lt;br /&gt;
[[Category:メディア問題]]&lt;br /&gt;
[[Category:韓流]]&lt;br /&gt;
[[Category:日韓関係]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本民間放送連盟会員]]&lt;br /&gt;
[[Category:キチガイ]]&lt;br /&gt;
[[Category:創価学会]]&lt;br /&gt;
[[Category:島田紳助に本当に潰されるべき人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>222.15.68.215</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%94%AF%E9%82%A3&amp;diff=162126</id>
		<title>支那</title>
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				<updated>2012-06-26T13:27:17Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;222.15.68.215: /* 「支那」が差別語だとされている理由 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''支那'''（しな/中国語ピンイン:Zhina）は、[[中国]]を指す呼称の一つ。現在はしばしば侮蔑的なニュアンスがあるが、本来は侮蔑語ではなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==語源==&lt;br /&gt;
「[[秦]]」に由来する。サンスクリット語で中国を指す言葉として「チーナ」が用いられ、それが中国語に音訳され「支那」となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
中国では王朝が交替するごとに国号を変えるのが慣例であった。「支那」は「中国」、「中華」などとともに時の国号によらず漢民族の地を指す語の一つであり、20世紀初頭までは自称としても用いられた。辛亥革命で共和制が樹立されてからは、「中国」の呼称が一般化し、「支那」の呼称は通常用いられなくなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==「支那」が差別語だとされている理由==&lt;br /&gt;
日本では戦前まで新聞などのメディアを含め「支那」呼ぶのが一般的であった。現在「日本と中国」の意味で「日中」というところは「日支」という語を使用していた。しかし、中国側からは「中国」の呼称がが一般的になり、日本にもそう呼ぶようにという要求があった。それにもかかわらず、「中華民国」をしばしば「支那共和国」に言い換え、日本語における正式名称のように使われた。とくに日中戦争の時期は、中国は敵国で、「支那」という語と中国に対する侮蔑的・敵対的言動がしばしばセットで使われていた。日本が中国を侵略した歴史によって「支那」という語は侮蔑的なニュアンスを含む（あるいは、日本の植民地主義を象徴する、また過去のつらい歴史を思い出させる）語に成り下がり、現在中国を指して支那と呼ぶ行為は、中国人を不快に感じさせることであり、タブーとされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦後は[[右翼]]、[[嫌中]]派がことさらに「支那」という語を好んで用いる傾向があり、朝鮮人の蔑称である「チョン」と合わせた「シナチョン」も左翼的な人に対する蔑称として使われることがある。これによって「支那」の侮蔑的ニュアンスを助長しているともみられる。「支那」を好んで使う人の中には、同じく「秦」を語源とする英語の「チャイナ」やイタリア語の「チーナ」、フランス語の「シーヌ」などは非難の対象とならないのに日本語の「支那」がいけないというのは納得いかないということを口実にすることが少なくない。一方、[[天皇制廃止論]]者の[[小谷野敦]]は著書『天皇制批判の常識』で同様の理由から「シナ」を用いているが、悪意はなくむしろ中国を高く評価している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、「支那」という呼称が侮蔑的で中国の人が不快を感じさせるというのは迷信だという説もある。現在も中国に「支那」名の付く企業も少なくない。しかしながら、中国のポータルサイト運営会社[[新浪]]（シナ）は社名が日本語の「支那」と同じ発音であることに対し批判や苦情が寄せられている事実もあり、迷信説が必ずしも正しいとはいえない。韓国で「朝鮮（チョソン）」という呼称は悪くはないが、日本の植民地支配の影響から「チョーセン」という発音に対してはトラウマを持っていることと同じように、中国でも日本語の「シナ」という発音に対して歴史的トラウマを感じさせるおそれがないとはいえない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、「支那」が古い呼称だからそれを用いることは卑しめに当たるという見方もある。これに関して例をあげれば、古代日本の呼び名であった「倭」もそうである。朝鮮語の「ウェノム（倭奴）」や、日本人の嫌国的な立場の人が「倭」を使うことがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==現在の使用状況==&lt;br /&gt;
国家を指してではなく地理的意味合いでは「東シナ海」、「南シナ海」、「インドシナ半島」、「シナ・チベット語族」など、依然として「シナ」の呼称が使用されている。[[日本海]]同様、呼称をめぐる議論も一部あり、「東中国海」などに改めるべきだと主張する者もいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦前生まれの年配者の中には、当時多く用いられた「支那」の呼称になじんでいて、現在でも中国を「支那」と呼ぶ人も少なくない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
懐かしさをかもし出す目的で、「支那」を使う場合もある（例：「支那そばや」）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==台湾での使用==&lt;br /&gt;
[[台湾]]では独立派が中国の一部であることを拒絶するということを主張する際、中国大陸をさして「支那」と呼ぶことがしばしばある。「支那」は日本による中国侵略を象徴する言葉でもあるため、台湾においても日本人が不用意に「支那」を用いるのは避けたほうが無難。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>222.15.68.215</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%94%AF%E9%82%A3&amp;diff=162090</id>
		<title>支那</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%94%AF%E9%82%A3&amp;diff=162090"/>
				<updated>2012-06-26T09:59:26Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;222.15.68.215: /* 「支那」が差別語だとされている理由 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''支那'''（しな/中国語ピンイン:Zhina）は、[[中国]]を指す呼称の一つ。現在はしばしば侮蔑的なニュアンスがあるが、本来は侮蔑語ではなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==語源==&lt;br /&gt;
「[[秦]]」に由来する。サンスクリット語で中国を指す言葉として「チーナ」が用いられ、それが中国語に音訳され「支那」となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
中国では王朝が交替するごとに国号を変えるのが慣例であった。「支那」は「中国」、「中華」などとともに時の国号によらず漢民族の地を指す語の一つであり、20世紀初頭までは自称としても用いられた。辛亥革命で共和制が樹立されてからは、「中国」の呼称が一般化し、「支那」の呼称は通常用いられなくなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==「支那」が差別語だとされている理由==&lt;br /&gt;
日本では戦前まで新聞などのメディアを含め「支那」呼ぶのが一般的であった。現在「日本と中国」の意味で「日中」というところは「日支」という語を使用していた。しかし、中国側からは「中国」の呼称がが一般的になり、日本にもそう呼ぶようにという要求があった。それにもかかわらず、「中華民国」をしばしば「支那共和国」に言い換え、日本語における正式名称のように使われた。とくに日中戦争の時期は、中国は敵国で、「支那」という語と中国に対する侮蔑的・敵対的言動がしばしばセットで使われていた。日本が中国を侵略した歴史によって「支那」という語は侮蔑的なニュアンスを含む（あるいは、日本の植民地主義を象徴する、また過去のつらい歴史を思い出させる）語に成り下がり、現在中国を指して支那と呼ぶ行為は、中国人を不快に感じさせることであり、タブーとされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦後は[[右翼]]、[[嫌中]]派がことさらに「支那」という語を好んで用いる傾向があり、朝鮮人の蔑称である「チョン」と合わせた「シナチョン」も左翼的な人に対する蔑称として使われることがある。これによって「支那」の侮蔑的ニュアンスを助長しているともみられる。「支那」を好んで使う人の中には、同じく「秦」を語源とする英語の「チャイナ」やイタリア語の「チーナ」、フランス語の「シーヌ」などは非難の対象とならないのに日本語の「支那」がいけないというのは納得いかないということを口実にすることが少なくない。一方、[[天皇制廃止論]]者の[[小谷野敦]]は著書『天皇制批判の常識』で同様の理由から「シナ」を用いているが、悪意はなくむしろ中国を高く評価している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、「支那」という呼称が侮蔑的で中国の人が嫌がるというのは迷信だという説もある。現在も中国に「支那」名の付く企業も少なくないという事実もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==現在の使用状況==&lt;br /&gt;
国家を指してではなく地理的意味合いでは「東シナ海」、「南シナ海」、「インドシナ半島」、「シナ・チベット語族」など、依然として「シナ」の呼称が使用されている。[[日本海]]同様、呼称をめぐる議論も一部あり、「東中国海」などに改めるべきだと主張する者もいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦前生まれの年配者の中には、当時多く用いられた「支那」の呼称になじんでいて、現在でも中国を「支那」と呼ぶ人も少なくない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
懐かしさをかもし出す目的で、「支那」を使う場合もある（例：「支那そばや」）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==台湾での使用==&lt;br /&gt;
[[台湾]]では独立派が中国の一部であることを拒絶するということを主張する際、中国大陸をさして「支那」と呼ぶことがしばしばある。「支那」は日本による中国侵略を象徴する言葉でもあるため、台湾においても日本人が不用意に「支那」を用いるのは避けたほうが無難。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>222.15.68.215</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%AE%AE%E6%A0%B9%E8%AA%A0%E5%8F%B8&amp;diff=134356</id>
		<title>宮根誠司</title>
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				<updated>2011-08-23T12:26:20Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;222.15.68.215: /* 家族 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''宮根誠司'''(みやね せいじ、[[1963年]][[4月27日]] - )は、[[島根県]][[大田市]]出身の[[フリーアナウンサー]](元[[朝日放送]][[アナウンサー]])である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==プロフィール==&lt;br /&gt;
*読み:みやねせいじ&lt;br /&gt;
*生年月日:1963年4月27日(土曜日)&lt;br /&gt;
*出身地:島根県大田市&lt;br /&gt;
*血液型:B型&lt;br /&gt;
*身長:163cm&lt;br /&gt;
*体重:70kg&lt;br /&gt;
*趣味:ゴルフ&lt;br /&gt;
*好物:カレーライス&lt;br /&gt;
*嫌いな食べ物:納豆&lt;br /&gt;
*所属事務所:朝日放送アナウンス部(1987年4月 - 2004年3月)→フロムファーストプロダクション大阪支社(2004年4月 - 2010年3月31日)→株式会社TakeOFF(個人事務所、2010年4月1日 - )&lt;br /&gt;
*家電占い:電池&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==出身校==&lt;br /&gt;
*私立アソカ幼稚園([[1968年]] - [[1970年]])&lt;br /&gt;
*島根県大田市立大田小学校&lt;br /&gt;
*島根県大田市立大田中学校&lt;br /&gt;
*島根県立大田高等学校&lt;br /&gt;
*[[関西大学]][[経済学部]](1983年 - [[1987年]])&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==家族==&lt;br /&gt;
*父:義明([[2007年]][[6月28日]]、満76歳没、[[大阪府]]出身)&lt;br /&gt;
*母:綾子(9人兄弟)&lt;br /&gt;
*弟:智則(1965年 - )※ミヤネ屋1000回SPの冒頭で判明。&lt;br /&gt;
*前妻:[[黒田征太郎]](イラストレーター)の娘。子供がいない(日テレ「踊るさんま御殿」2010年3月23日放送分での本人の発言)。&lt;br /&gt;
*現妻:8歳年下の藤原紀香似の一般女性と2006年8月15日に婚姻届を提出した事を2008年11月29日自身のブログで報告。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==年譜==&lt;br /&gt;
*1963年4月27日 - 島根県大田市でクリーニング店を営んでいた両親の間に生まれる。&lt;br /&gt;
*1968年[[4月]] - 私立アソカ幼稚園入園。&lt;br /&gt;
*1970年[[3月]] - 私立アソカ幼稚園卒園。&lt;br /&gt;
*1983年4月 - 関西大学経済学部入学。&lt;br /&gt;
*1987年3月 - 関西大学経済学部卒業。&lt;br /&gt;
*1987年4月 - 朝日放送入社。&lt;br /&gt;
*[[2004年]][[3月31日]] - 同日付で朝日放送退職、フロムファーストプロダクション大阪支社に移籍。&lt;br /&gt;
*2010年3月31日 - フロムファーストプロダクション大阪支社から独立、近日中に個人事務所設立予定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==エピソード==&lt;br /&gt;
*両親はクリーニング屋(放送日は不明だが、おは朝で特集された。)を営んでいた。よくお釣りを間違えて母·綾子に凹られた。なお、クリーニング店はその後、宮根の元同級生·高野聡が働いているショッピングセンターに入居したが、現在は閉店している事がミヤネ屋(2008年9月25日放送分)で判明。&lt;br /&gt;
*「島根の神童」と言われた事がある（2008年4月9日のミヤネ屋より）。&lt;br /&gt;
*ミヤネ屋で以前ヒントでピントの真似企画した時、小学生の時の宮根の写真が、でて、コメンテーターが、ひいてた。また宮根が、テレ朝系の朝の司会してるから、その話やたら出して怒られてる。&lt;br /&gt;
*おは朝で岡元さんがメインの頃かな、梅園から花の中継でウグイスの格好をした宮根さんに笑ったが、その日の最後に宮根さん、パンツ一丁で梅園を走り回ってたのには大爆笑した。宮根さん、何かとパンツ一丁になってたような気がする。 &lt;br /&gt;
*局アナ時代から、北新地に来ても態度が大きかったので、ホステスの方々の評判は芳しくありませんでした。 やしきたかじんの真似をしてるみたいやけど、そうはいかんよ。&lt;br /&gt;
*大学受験の時に母·綾子に蹴飛ばされた([http://blog.livedoor.jp/omine_chemistry/archives/50318413.html#comments 大峰化学～社長ブログ:「明るく、元気に、前向きに！」～講演：宮根 誠司 氏～ - livedoor ])。&lt;br /&gt;
*兵庫県宝塚市と広島県(1年間在住[http://jituroku20.blog55.fc2.com/blog-entry-888.html#more “恋する中年”宮根誠司４５歳。綾瀬はるかに猛アタック！ - ワィド·スポットライト]ならびに2008年10月24日放送分のミヤネ屋)に住んだ事がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==出演番組==&lt;br /&gt;
===現在===&lt;br /&gt;
*[[情報ライブ ミヤネ屋]]&lt;br /&gt;
*幸せの黄色い子犬&lt;br /&gt;
*Mr.サンデー&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===過去===&lt;br /&gt;
====ABCアナ時代====&lt;br /&gt;
*聞けば聞くほどやしきたかじん&lt;br /&gt;
*サタデーたかじん&lt;br /&gt;
*[[ABCラジオファンキーズ]]&lt;br /&gt;
*[[ABCラジオシティ]]&lt;br /&gt;
*[[おはよう朝日です]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====フリー転身後====&lt;br /&gt;
*ムハハnoたかじん&lt;br /&gt;
*[[激テレ★金曜日]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://takeoff-mg.com/MiyaneProfile/tabid/58/language/ja-JP/Default.aspx プロフィール](株式会社TakeOFF)&lt;br /&gt;
*[http://ameblo.jp/miyane-seiji 宮根誠司オフィシャルブログ「ブログ屋」Powered by Ameba](現公式ブログ)&lt;br /&gt;
*[http://www.8124.jp/miyane/ 宮根誠司のここが１番](旧公式ブログ)&lt;br /&gt;
*[http://ja.wikipedia.org/wiki/宮根誠司 Wikipedia]&lt;br /&gt;
*[http://talent.yahoo.co.jp/talent/32/m05-0294.html Yahoo! JAPANプロフィール]&lt;br /&gt;
*[http://www.oricon.co.jp/news/confidence/51945/full/ 西の“みのもんた”宮根アナ、“ベタ”を武器に東京殴り込み！ ニュー-ORICON STYLE-]&lt;br /&gt;
*[http://tisen.jp/pukiwiki/index.php?%B5%DC%BA%AC%C0%BF%BB%CA 宮根誠司 - 知誕Wiki]&lt;br /&gt;
{{jawp}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>222.15.68.215</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%C2%B7%E3%82%AB%E3%83%93%E3%83%A9&amp;diff=87723</id>
		<title>ジョン·カビラ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%C2%B7%E3%82%AB%E3%83%93%E3%83%A9&amp;diff=87723"/>
				<updated>2010-05-04T14:12:21Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;222.15.68.215: /* 外部リンク */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ジョン·カビラ'''(本名:川平慈温、[[1958年]][[11月1日]] - )は、ラジオパーソナリティー、フリーキャスター、声優、俳優である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==プロフィール==&lt;br /&gt;
*本名：川平慈温(かびらじおん)&lt;br /&gt;
*生年月日：1958(昭和33)年11月01日*出身地：沖縄県首里&lt;br /&gt;
*血液型：A型&lt;br /&gt;
*学歴：国際キリスト教大学&lt;br /&gt;
*所属：CBSソニー勤務→ソニーミュージックアーティスツ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==家族==&lt;br /&gt;
*父：川平朝清(元アナウンサー、[[1927年]][[8月30日]] - )&lt;br /&gt;
*母：ワンダリー(生年月日不明、アメリカ人)&lt;br /&gt;
*次弟：川平謙慈([[1960年]] - )&lt;br /&gt;
*末弟：川平慈英(俳優、[[1962年]][[9月23日]] - )&lt;br /&gt;
*妻(詳細不明)&lt;br /&gt;
*長女([[2001年]] - )&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==年譜==&lt;br /&gt;
*1958年11月1日 - 未熟児で生まれる。&lt;br /&gt;
*1982年9月 - CBSソニー（現ソニー·ミュージックエンタテインメント）勤務。&lt;br /&gt;
*1984年 - TBSラジオ主催のイングリッシュDJコンテストに出場し優勝。&lt;br /&gt;
*1985年12月 - FM横浜で「ジョン·ウィーバー·カビラ」名義でDJデビュー。&lt;br /&gt;
*1988年10月1日 - J-WAVEに開局と同時にナビゲーター（DJ）として出演。&lt;br /&gt;
*1999年4月 - 1年間の長期休暇を取る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==経歴==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==出演番組==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://ja.wikipedia.org/wiki/ジョン·カビラ Wikipedia]&lt;br /&gt;
*[http://tisen.jp/pukiwiki/index.php?%A5%B8%A5%E7%A5%F3%A1%A6%A5%AB%A5%D3%A5%E9 知誕Wiki]&lt;br /&gt;
*[http://www.eigotown.com/culture/interview/backnumber00/interview_2000121100_p1.shtml 英語タウン インタビュー]&lt;br /&gt;
*[http://www.toeic.or.jp/square/entertainment/e_life/01.html TOEIC Square]&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0;background-color:#f6f6f6;border:1px solid #ccc;padding:3px;font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
このページは [http://ja.wikipedia.org/ Wikipedia日本語版]由来のコンテンツを利用しています。もとの記事は[http://ja.wikipedia.org/wiki/ジョン·カビラ '''ジョン·カビラ''']にあります。&lt;br /&gt;
執筆者のリストは[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=ジョン·カビラ&amp;amp;amp;action=history '''履歴''']をご覧ください。 &lt;br /&gt;
[[Yourpedia]]と同じく、[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia Wikipedia]は[http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html GFDLのライセンス]で提供されています。&lt;br /&gt;
コンテンツを再利用する際には同じくGFDLのライセンスを採用してください。&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[Category:Wikipedia出典元の記事|{{PAGENAME}}]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>222.15.68.215</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E9%AB%98%E9%BD%A2%E5%87%BA%E7%94%A3&amp;diff=83399</id>
		<title>高齢出産</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E9%AB%98%E9%BD%A2%E5%87%BA%E7%94%A3&amp;diff=83399"/>
				<updated>2010-04-04T15:48:22Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;222.15.68.215: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;高齢出産（こうれいしゅっさん）とは、統計上または医学上、女性が35歳以上で子どもを産むことを指す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、「35歳」という年齢に何か特別な意味があるのかと誤解されがちであるが、高齢出産のリスクは30歳を超えた頃から徐々に高まっていくものであり、35歳を境に「急に」危険性が上昇するわけではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==高齢出産の増加==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
厚生労働省統計情報部によれば、2005年に40歳以上で出産した女性は2万348人で、1958年以降47年ぶりに2万人を超えたことを発表した。同統計によれば、35歳以上の出産は全体の16%に上り、うち第一子出産が3人に1人という状況であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高齢出産の「高齢」という意味は、一般語としての「高齢者」（通常60代以上を指す）とは一致していない。閉経後は女性は妊娠しなくなるため（日本人女性の平均閉経年齢は約50歳）、高齢者の女性は、自然妊娠のかたちでは子供を生むことはできない[1]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==高齢出産のリスク==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高齢出産のリスクには「高齢妊娠」に関するリスクと「高齢分娩」に関するリスクの2つに分けられる。なお、実際の高齢出産では大半が正常な妊娠·分娩の経過をたどっており、高齢出産が常に高いリスクを伴うということではなく、妊娠·出産時の夫婦の年齢が高いと、若いうちの妊娠·出産と比べて相対的にリスクが高くなるという意味である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===妊娠のしにくさ===&lt;br /&gt;
年齢が高まるほど卵子の質が劣化し、妊娠しにくくなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===染色体異常等が起こる可能性===&lt;br /&gt;
年齢が高まるほど卵子の質が劣化または老化し、染色体異常などが起こりやすくなる。加齢からの精子のDNA損傷による影響も確認されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===新生児のダウン症の発症率の増加===&lt;br /&gt;
ダウン症も一種の染色体異常である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===高齢分娩のリスク===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高齢分娩の場合、母体が危険なだけではなく、流産·早産する危険性が増加する。危険因子は、遷延分娩·分娩停止、分娩時出血量の増加、産道損傷、帝王切開率の上昇、などがあげられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第一子出産が高齢出産である場合は、母体の健康が損なわれる危険性や、流産·早産の可能性が増加する。経産婦が高齢出産を行う場合は、非経産婦の場合と比べて母体の健康に対するリスクは相対的に低くなるが、生まれてくる子供の健康に関するリスク（染色体異常が発生しやすくなることなど）は同じである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==まとめ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高齢出産の増加は年齢が高い妊婦が安全に出産する事が可能になった事を反映するものにすぎない。確かに不妊治療などの進歩によって高齢になってからの妊娠も増加はしているが、高齢になるにつれて妊娠を可能とする条件·能力は低下していくという前提条件は変わっておらず、妊娠した女性の負担も決して軽くはないことに留意する必要がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、女性に比べれば影響は小さいとはいえ、男性側もやはり加齢によって子供ができにくくなることを認識しておく必要がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高齢出産は、経済的に余裕ができてから子育てができるケースも多いなど、社会的には必ずしもデメリットばかりではないが、肉体的な負担については留意する必要がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0;background-color:#f6f6f6;border:1px solid #ccc;padding:3px;font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
このページは [http://ja.wikipedia.org/ Wikipedia日本語版]由来のコンテンツを利用しています。もとの記事は[http://ja.wikipedia.org/wiki/報道におけるタブー '''高齢出産''']にあります。&lt;br /&gt;
執筆者のリストは[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=高齢出産&amp;amp;amp;action=history '''履歴''']をご覧ください。 &lt;br /&gt;
[[Yourpedia]]と同じく、[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia Wikipedia]は[http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html GFDLのライセンス]で提供されています。&lt;br /&gt;
コンテンツを再利用する際には同じくGFDLのライセンスを採用してください。&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[Category:Wikipedia出典元の記事|{{PAGENAME}}]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>222.15.68.215</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E8%A5%BF%E6%9D%91%E5%8D%9A%E4%B9%8B&amp;diff=50420</id>
		<title>西村博之</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E8%A5%BF%E6%9D%91%E5%8D%9A%E4%B9%8B&amp;diff=50420"/>
				<updated>2009-05-03T14:26:37Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;222.15.68.215: /* エピソード */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Anotheruse|[[2ちゃんねる]]の管理者|同姓同名のアニメーター兼イラストレーター|西村博之 (イラストレーター)}}&lt;br /&gt;
{{現在進行}}&lt;br /&gt;
'''西村 博之'''（にしむら ひろゆき、[[1976年]][[11月16日]] - ）は、[[インターネット]]の[[匿名掲示板]]である[[2ちゃんねる]]の[[管理者#インターネットにおける管理人|管理人]]、及び地域情報の掲示板である[[まちBBS]]の開設者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[神奈川県]][[相模原市]]出身（現在は[[東京都]][[新宿区]]在住）。通称'''ひろゆき'''。まちBBSでは'''地方1'''という固定[[ハンドルネーム|ハンドル]]（コテハン）を使用。2ちゃんねるの総合案内では'''永遠の19歳'''と自称している。[[独身]]。[[身長]]177cm。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[株式会社]][http://skipup.jp/corp/ スキップアップ][[顧問]]（[[金光教]]との関係を指摘されている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.konko.jp/service/design.html ウェブデザイン]金光ネットワークシステム&amp;lt;/ref&amp;gt;）、[[東京プラス]]株式会社[[代表取締役]]、[[有限会社]][[未来検索ブラジル]][[取締役]]。また[[2005年]][[11月14日]]、[[ドワンゴ]]の関連会社[[ニワンゴ]]の取締役にも就任している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
[[国税庁]][[国税局]]職員の[[長男]]として[[神奈川県]][[相模原市]]に生まれ、生後まもなく[[東京都]][[練馬区]]田柄に移住。さらに[[東京都]][[北区 (東京都)|北区]]赤羽で育つ。[[東京都立北園高等学校]]卒業、一年間の浪人生活を経て[[1996年]]4月[[中央大学]][[文学部]][[教育学]]科心理学コース入学。在学中、文化連盟犯罪科学研究会に所属するも、会計を担当した際、帳簿をつけない等、杜撰な事務を問われ、退会する。[[2000年]]3月同大学卒業。在学中の[[1998年]]夏に[[アメリカ合衆国|米国]][[アーカンソー州]]の[[:en:University of Central Arkansas|アーカンソー中央大学]]（University of Central Arkansas）へ学内選抜を突破し大学から留学費用を支給され交換[[留学]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中央大学在学中の1998年1月（[[2月6日]]説もある）、2ちゃんねるの前身となる[[電子掲示板]]「Hirox's room」を開設。1998年3月に[[合資会社]][[東京アクセス]]を設立。1998年[[6月6日]]、「Hirox's room」を「実録![[交通違反]]をもみ消して[[罰金]]を払わない方法（別名：交通違反の揉み消し方）」にサイト名を変更。2chの開設以前の詳しい情報は不明でほとんど西村博之が発言しているものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[アメリカ合衆国|米国]]留学中の[[1999年]][[5月30日]]、[[2ちゃんねる]]を開設した（但し、設立時の本人の環境については各文献に様々な記述があり、どれが真実かは不明）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2001年]]6月にイレギュラーズアンドパートナーズ株式会社を、[[2002年]]9月に東京プラス株式会社を設立。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
“働かずにたらたら暮らす生活を目指している”という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2ちゃんねるに関連する多数の[[訴訟]]案件を抱えている。最初のうちは[[裁判]]に対応していたが、途中から[[被告]]としての主義主張を展開せず、[[法廷]]徹底無視の姿勢を貫くようになり、これが[[原告]]主張を認諾している（“そのとおりです”と全て認める）として、その多くで管理責任を問われる[[判決]]を受けている（＝敗訴）。西村が管理する巨大掲示板「2ちゃんねる」が、現実には[[犯罪]]の温床、特定の企業・団体・個人を誹謗する場になっていることが少なくなく、批判の声も上がっている。一方で西村を信奉する[[2ちゃんねらー]]は、「2ちゃんねるが、[[マスコミ]]を介さない発言の場となるなど、インターネットの普及に伴って生じた社会的言論の場となり日本の言論状況に影響を与えている場面も見られる」、「日本の法律のほうが悪い」等と主張して西村を擁護している。もちろん西村を批判する2ちゃんねらーも数多く存在し、「犯罪者ひろゆき死ね」「早く賠償金を払え」などという意見も多々あり2ちゃんねる内では賛否両論である。[[2007年]]1月に元2ちゃんねる副管理人の[[切込隊長]]こと[[山本一郎]]が起こした、西村に対する[[名誉毀損]]裁判には出廷した。理由として「知り合いから起こされた裁判だから楽しそう」とのこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]]8月以降消息が分からなくなり、2006年[[9月22日]]付の[[夕刊フジ]]の記事では行方不明になっていると報じられた&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.zakzak.co.jp/top/2006_09/t2006092201.html 2ちゃんねるの「ひろゆき」失踪…掲示板閉鎖も]&amp;lt;/ref&amp;gt;。しかし当日のブログには[[東京ゲームショウ]]に行っていたとの記述がある&amp;lt;ref&amp;gt;[http://hiro.asks.jp/10212.html ひろゆき日記@オープンSNS。]&amp;lt;/ref&amp;gt;。裁判の送達文書は使いの者が回収していたらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年[[11月4日]]、[[早稲田大学]]で講演を行い、生存が確認された&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/26304 “失踪”ひろゆきキター!!2ch管理人が早大で講演会]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年8月、東京都の男性会社員(35)は[[東京地方裁判所]]に対し、西村への情報開示命令を求める申し立てを行なったが、西村側は出廷しなかったため“西村博之に対し[[間接強制]]による500万円の支払い命令が下ったが、それを放置していた”として、[[2007年]][[1月12日]]、東京地裁に西村博之の軽自動車や「'''2ちゃんねるの[[ドメイン名|ドメイン]](2ch.net)'''」を含む全財産の仮差し押さえの申し立てを行ったと[[夕刊フジ]]が報じた。ドメインの差し押さえは前代未聞であるため、[[弁護士]]などがブログなどで難しいとコメントしている。なお、東京地裁はインターネット上のドメインも差し押さえ可能な財産だと看做しているという。16日には埼玉県の男性会社員(35)が西村に対する[[破産宣告]]を求める第三者申し立てを行なった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2007年]]2月、西村自身と西村が経営する会社に課された[[税金]]（[[所得税]]と[[法人税]]）の一部が滞納され続けていることを受け、[[東京国税局]]査察部が調査を開始したと夕刊フジが報じる&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
[http://www.zakzak.co.jp/top/2007_02/t2007020127.html 2ちゃんねる、マルサ動く・・・国税局職員の父親を直撃]&amp;lt;/ref&amp;gt;。翌3月には[[読売新聞]]で“債務4億円、50件以上民事で提訴され43件で敗訴確定”と報じられた&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070305it05.htm 2ちゃんねる管理者、敗訴43件も制裁金4億円不払い]&amp;lt;/ref&amp;gt;。また、3月20日には賠償金の債務が約5億円に上ると報道され、質問を受けた報道陣に対し「支払わなければ死刑になるのなら支払うが、支払わなくてもどうということはないので支払わない」、「踏み倒そうとしたら支払わなくても済む。そんな国の変なルールに基づいて支払うのは、ばかばかしい」と、支払いの意思がないことを明らかにした&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.yomiuri.co.jp/net/news/20070320nt08.htm 2ちゃんねる賠償金「死刑なら払う」…管理人・西村氏]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2009年]]1月2日、2ちゃんねるをシンガポールの会社「パケットモンスター」に仮想譲渡したことをブログ内で報告。これにより西村は2ちゃんねるの管理人ではなくなった。譲渡理由については明記されてはいないが、西村は上記の通り数多くの裁判を抱えているためその責任を放棄する説が有力とされているが、この譲渡には諸説ある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
*ほとんどインターネットでしか活動をしていないとはいえ、その影響力は大きいとされる。特にインターネットでは絶大で、政界とも深いつながりがある。中でも、[[河野太郎]][[衆議院]]議員などは、対談を実施し、西村を賞賛している&amp;lt;ref&amp;gt;[http://blog.livedoor.jp/komamenahagishiri/archives/50426854.html Be Taro Kono ～河野太郎 vsひろゆき@2ちゃんねる管理人(1)～]等&amp;lt;/ref&amp;gt;。発言·行動には[[名誉毀損]]·[[抗議]]·[[裁判]]·[[警察]]への通報との関連が指摘されるが、その[[因果]]は立証されていない。&lt;br /&gt;
* 新宿区内の貸賃[[マンション]]に住んでいる。[[日本放送協会|NHK]]の「[[日本の、これから]]」で映っていた。&lt;br /&gt;
** しかし、[[住民票]]上の[[住所]]は新宿区内の[[アパート]]になっている。&lt;br /&gt;
* [[うまい棒]]と[[ルートビア]]が好物とされ、前者は[[2ちゃんねる]]などでネタにされる。好きなうまい棒の味はめんたい味。最近ではうまい棒よりも[[じゃがりこ]]のほうが好きである&amp;lt;ref&amp;gt;2007年1月、[[ニワンゴ]]のインタビュー記事「2ちゃんねる管理人 ひろゆき氏に突撃インタビューしました!」より&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 両親に[[勘当]]された説がある。&lt;br /&gt;
* 西村は私生活を表にほとんど出さないことでも知られる。&lt;br /&gt;
* [[プライベート]]なことはあまり語らない。&lt;br /&gt;
* 交際している女性とマンションの前で一緒に歩いている場所を[[フライデー]]に撮られたことがある（ただし、西村は気にしていないようだ）。&lt;br /&gt;
* 多くの企業や有名人に対する叩きが激しい2ちゃんねるだが、管理者の西村自身も[[批判要望板]]を始めとする様々な板で批判されている。管理者責任を問う声も大きい。但し実際の運営は「運営ボランティア」に依るところも大きい。西村は最終的な責任を負うという立場である。&lt;br /&gt;
* どんなにきつい警告を受けても西村自身が反省しないため、同じトラブルが繰り返されている。&lt;br /&gt;
* 2ちゃんねる絡みの多数の[[民事訴訟]]と多額の賠償債務を抱えている。[[毎日新聞]]の記事によると2006年12月時点で賠償額は総額4000～5000万円ほど。ただし、西村の[[年収]]は1億円以上ある&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/kunrin/news/20070101ddm002040009000c.html 連載「ネット君臨」第1部·失われていくもの/1（その2）]&amp;lt;/ref&amp;gt;。支払能力の有無に関わらず払う気はない&amp;lt;ref&amp;gt;[http://hiro.asks.jp/10817.html ひろゆき日記@オープンSNS。]&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[時効]]まで放置するつもりであると見られている。「時効成立の頃には飽きて別の事をやってるかも」と言う&amp;lt;ref&amp;gt;「[[AERA]]」[[2004年]][[7月19日]]号の2ちゃんねる特集にて発言&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[板倉宏]]·[[日本大学]]大学院教授によると、[[裁判所]]の[[強制執行]]があれば賠償金は回収できるが、&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.sanspo.com/shakai/top/sha200611/sha2006110500.html 賠償金逃れは不可能…日大大学院教授が指摘]&amp;lt;/ref&amp;gt;被告の資産を調べるのは原告がしなければならない。実際、[[弁護士]]会の有志グループから依頼されて大阪で講師をした際には謝礼を[[差押|差し押さえ]]られた&amp;lt;ref&amp;gt;[http://matimura.cocolog-nifty.com/matimulog/2005/07/news_f5bb.html ひろゆき、債権差押を受ける]&amp;lt;/ref&amp;gt;。現在では差し押さえを回避するために給与の入金先を常に動かしている。&lt;br /&gt;
* 西村がお金に拘っているのは国税庁に勤務する父の影響とも言われている。&lt;br /&gt;
* メールマガジンの読者数がとても多い（[[2005年]]8月現在、13万人以上）事でも有名であるが、そこで[[DHC]]について虚偽の報告を行ったとしてDHCから提訴され、賠償を命じられる（[[2ちゃんねるの歴史#2003年|2ちゃんねるの歴史]]）。なお、[[2003年]]頃からは半年に1度くらいしか発行していない。&lt;br /&gt;
* 2ちゃんねる内でちょっと発言するだけで、その発言に専用スレが立つほど注目を集めているが、偽物が登場することも多い。その為、[[キャップ (電子掲示板)|キャップ]]や[[トリップ (2ちゃんねる)|トリップ]]·Beで判断することになる。かつて、ある本がタダで欲しいが為に2ちゃんねる内に自宅住所を晒したこともある。何度か西村博之の自宅に対し2ちゃんねるのアクセスログを見せろなどと[[右翼団体]]などが訪れる場合があるが、このような行為に対しては[[警察]]や[[裁判所]]からの[[令状]]や開示命令が無い限り一切応じていない（最近は犯行予告以外については拒否している）。なお、最近では、2ちゃんねるの管理をほとんどボランティアやサーバー運営会社に任せている。&lt;br /&gt;
* 雑誌で、企業に対しての2ちゃんねる等ネット掲示板対策、企業のあり方についてアドバイスなどを行っている。&lt;br /&gt;
* 2ちゃんねるで時折引用される「'''嘘を嘘と見抜けない人には（掲示板を使うのは）難しい'''」という言葉は西村が2000年に起きた[[西鉄バスジャック事件]]の際、[[テレビ朝日]]『[[ニュースステーション]]』の取材を受けた際にコメントした言葉である。“嘘も書かれる掲示板”である事を認めたともとれるため批判も起こった。しかし2ちゃんねるに限らずどの掲示板でも嘘は書かれている可能性はあり、この言葉はインターネット掲示板全般を利用する上での心得を示唆しているとされる。ちなみに、その時の様子の映像が[[アスキーアート]]化されており様々な派生バリエーションが生まれた。&lt;br /&gt;
* ネット上では歌も発表している。『激走爆走チーム2ちゃんねる』は当時の日本におけるフリーダウンロード楽曲のダウンロード件数記録を更新した。また『おいら』は[[MP3.com]]のダウンロードランキングで最高位46位、[[J-POP]]では[[B'z]]の『[[Juice_(B'z)|juice]]』に次いで2位を記録した。&lt;br /&gt;
* 2002年[[11月16日]]には、2ちゃんねるに西村博之の誕生日を祝福するための専用板が作られた。&lt;br /&gt;
* 大の[[ゲーム]]好きで知られ、[[コンピュータRPG|ロールプレイングゲーム]]や[[シミュレーションゲーム]]、[[アダルトゲーム]]も多数プレイ。最近は『[[おいでよ どうぶつの森]]』や『[[マリオカートDS]]』に夢中で自身のブログでは、「[[スカイプ]]と組み合わせると、お互いに喧々諤々出来たりするので、わりと面白いです」とコメントしている。反面、[[ITMedia]]でのゲームインタビューに対し、[[プレイステーション3]]や[[Xbox 360]]が画質を売りにして宣伝を行うことに対し、[[Wii]]（当時はコードネーム「レボリューション」として）を対に挙げ、「美人は三日で飽きる、ブスは三日で慣れる」という言葉を使い、ハード·業界板で50スレに及ぶ大議論が起きた。&lt;br /&gt;
* 「暇だ」が口癖。&lt;br /&gt;
* 文章上では[[一人称]]に「おいら」を、語尾に「～するです」のような表現を使う。&lt;br /&gt;
* 以前（2001年頃）、[[切込隊長]]が付けた肩書きである「メディアアーティスト」を自称していたことがある。&lt;br /&gt;
* [[探偵ファイル]]の[[渡邊文男]]と交流があり、探偵ファイルのサイト上で2人が並んで座っている写真が掲載されたこともある。&lt;br /&gt;
* [[ライブドア]]前代表取締役[[堀江貴文]]とも交流があり、西村はライブドアから発売の『INTERNET サムライ』のパッケージに[[侍魂]]の管理人健氏とともにイメージキャラクターとして登場したり、堀江は西村の著書『元祖しゃちょう日記』（西村の同名ブログもライブドア）のあとがきに参加したり、西村が立ち上げた[[したらばJBBS]]システムを買ったり、2ちゃんねるドメインをライブドアに委託したりなどしている。堀江からプレゼントされた財布を失くしたとブログで公表した。&lt;br /&gt;
* 「明日できる事は今日やるな」と発言した事がある。大量の仕事を捌いていく以上、効率的に時間を使って行くべき、という事&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.itmedia.co.jp/bizid/articles/0607/07/news115.html 「明日できることは今日やるな」2ちゃんねる管理人·西村博之さん]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 2ちゃんねる内では、「まろゆき」「ひろまさ」「まさゆき」「[[ピロシキ]]」や、一部の住人からは「[[タラコ]]」「[[ハゲ]]」など陰口を叩かれる、またわざと名前を間違えて呼ばれることが多い。&lt;br /&gt;
* 年収は「日本の人口より少々多い位」と2006年[[11月4日]]の早稲田大学公演で語った。&lt;br /&gt;
* ライブドア前代表取締役堀江貴文に2ちゃんねるのニュース部門の買収を申し込まれたが、ライブドアという営利企業に売ると2ちゃんねるがつまらなくなるとの理由で断っている。バナー広告による売り上げは月約1000万（貨幣単位不明）、経費として70台のサーバーレンタル代が月2万ドル。&amp;lt;ref&amp;gt;[[東京スポーツ]]2007年3月20日号ひろゆきがキター!!&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* とある雑誌に「月に8日しか働かない男」として紹介されたことがある。&lt;br /&gt;
* 2ちゃんねる譲渡には飯島愛の死も関連しているという説がある。2ちゃんねる譲渡一ヶ月前の2008年12月に西村は自身が所属するドワンゴ主催の「ニコニコ大会議2008」に出演していた。このイベントには同月24日に亡くなった飯島愛も参加しており、飯島の生前最後のブログもニコニコ大会議のものだった。そのページには飯島と西村が一緒に写っている写真が掲載されており、飯島愛死亡の記事と共にその写真は全国のお茶の間に流れた。しかし、西村は過去にもテレビに数回出演したことがあるにも関わらず「見知らぬ男性」として報道された。西村と飯島は仲がいいことで知られているが、元AV女優の経歴を持つ飯島には闇の圧力がいるという噂も絶えず、西村を潰すために飯島利用したとも言われている。普段はネット上でしか活動をしない西村なだけに、この写真が飯島のブログを見たことがない者やネットユーザー以外にも知れ渡った事に危機感を感じ譲渡したのではとも言われている。&lt;br /&gt;
[http://ameblo.jp/iijimaai/ 飯島愛のブログ]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演 ==&lt;br /&gt;
*[[ニュースステーション]]（[[テレビ朝日]]）&lt;br /&gt;
*[[日本の、これから]]（[[NHK総合]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 語録 ==&lt;br /&gt;
== 著書 ==&lt;br /&gt;
* 『元祖しゃちょう日記』、[[講談社]]、2004年10月、ISBN 406212646X&lt;br /&gt;
* 『2ちゃんねるで学ぶ著作権』、共著、[[アスキー (企業)|アスキー]]、[[2006年]]7月、ISBN 4756147704&lt;br /&gt;
その他、2ちゃんねるに匿名で投稿された文章を元に編集された多くの書籍（例として「[[電車男]]」）は、2ちゃんねるの代表者である西村が著作者権を投稿規定に基づいて行使する形で出版されている。ただしこれには異論もあり、投稿者が投稿した当時には投稿規定が表示されなかったり、あるいは当時には投稿規定の文言が現在表示されるものと異なるため、一部の投稿については投稿規定の効力に疑問があるとする意見もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歌 ==&lt;br /&gt;
* 激走爆走チーム2ちゃんねる（2000年[[12月25日]]）&lt;br /&gt;
* [[モナー|モナ～]]らぶ（2001年[[3月11日]]）&lt;br /&gt;
* おいら（2001年[[5月11日]]）&lt;br /&gt;
* やる気なし!（2001年[[7月7日]]）&lt;br /&gt;
* アメニモマケテ（2001年[[7月14日]]）&lt;br /&gt;
* 89337564!（2001年[[10月20日]]）&lt;br /&gt;
* 4649!（2001年[[11月5日]]）&lt;br /&gt;
※すべてネット上でフリーダウンロードシングルとして発表されたほか、2001年7月に開催されたイベント「2ちゃんねる祭り@2周年記念」で発売された『2ちゃんねるソング集』には「激走爆走チーム2ちゃんねる」～「アメニモマケテ」までの5曲が、2002年8月に発売された書籍『2ちゃんねる公式ガイド2002』の付録[[CD-ROM]]の音声トラックには「モナ～らぶ」と「4649!」の2曲が収録された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== CM ==&lt;br /&gt;
* ドワンゴイロメロミックス（2005年） - 声のみの出演&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* 『2ちゃんねる宣言 挑発するメディア』[[井上トシユキ]]と神宮前.org [[文藝春秋 (出版社)|文藝春秋]]&lt;br /&gt;
** [[2001年]]12月、ISBN 4163580506&lt;br /&gt;
** [[2003年]]12月、ISBN 4167656868 - 文庫版&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[2ちゃんねる]]&lt;br /&gt;
* [[切込隊長]]&lt;br /&gt;
* [[中尾嘉宏]]（通称:夜勤）&lt;br /&gt;
* [[河野太郎]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://blog.livedoor.jp/hirox1492/ 元祖しゃちょう日記] - 旧ブログ。&lt;br /&gt;
* [http://kodansha.cplaza.ne.jp/hiroyuki/ ひろゆきの先天性ゲーム脳]&lt;br /&gt;
* [http://www.debito.org/2channelsojou.html www.debito.org 2ちゃんねると名誉毀損問題]&lt;br /&gt;
* [http://www.geocities.co.jp/Milkyway/1487/ 実録!交通違反をもみ消して罰金を払わない方法] - 現在は閉鎖。[http://web.archive.org/web/*/http://www.geocities.co.jp/Milkyway/1487/ Internet Archive]で残骸を参照できる。&lt;br /&gt;
* [http://www.muzie.co.jp/cgi-bin/artist.cgi?id=a001205 Artist &amp;amp;amp; Recording, Tokyo] - 西村の歌声が聴ける。&lt;br /&gt;
* [http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/kunrin/news/20070101ddm003040021000c.html 「ネット君臨」第1部・失われていくもの/1 その3 2ちゃんねる管理人に聞く]（毎日新聞インタラクティブ）&lt;br /&gt;
* [http://career.gree.jp/interview/07/nishimura/01 東京プラス社長 西村博之氏インタビュー]（GREEキャリア）&lt;br /&gt;
* [http://resistance333.web.fc2.com/top_index.htm 2ちゃんねるの歴史]&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:にしむら ひろゆき}}&lt;br /&gt;
[[Category:1976年生|1976年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:2ちゃんねる|にしむら ひろゆき]]&lt;br /&gt;
[[Category:インターネットの人物|にしむら ひろゆき]]&lt;br /&gt;
[[Category:神奈川県出身の人物|にしむら ひろゆき]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の実業家|にしむら ひろゆき]]&lt;br /&gt;
[[Category:蛆虫]]&lt;br /&gt;
[[Category:神|邪]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>222.15.68.215</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%B4%8B%E6%A5%BD%E3%82%B5%E3%83%AD%E3%83%B3%E6%9D%BF&amp;diff=49418</id>
		<title>洋楽サロン板</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%B4%8B%E6%A5%BD%E3%82%B5%E3%83%AD%E3%83%B3%E6%9D%BF&amp;diff=49418"/>
				<updated>2009-04-13T02:43:58Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;222.15.68.215: /* 概要 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{2ちゃんねるの掲示板|&lt;br /&gt;
2ちゃんねる掲示板=洋楽サロン板|&lt;br /&gt;
愛称=|&lt;br /&gt;
カテゴリ名=音楽|&lt;br /&gt;
サーバー名=music8|&lt;br /&gt;
フォルダ名=mesaloon|&lt;br /&gt;
書き込み数=-|&lt;br /&gt;
書き込み数の時点=-|&lt;br /&gt;
関連板名=[[洋楽板]]&amp;lt;br&amp;gt;[[懐メロ洋楽板]]|&lt;br /&gt;
開設日=|&lt;br /&gt;
開設理由=|&lt;br /&gt;
名無しの名前=名無しさん＠お腹いっぱい。|&lt;br /&gt;
ID制度=-|&lt;br /&gt;
外部リンク=http://music8.2ch.net/mesaloon/ 音楽サロン洋楽(仮)＠2ch掲示板|&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''洋楽サロン板'''（ようがくサロンいた）は、[[2ちゃんねる]]の[[掲示板]]の一つ。正式名称は「音楽サロン洋楽(仮)＠2ch掲示板」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
主に洋楽について語る板だが殆どの板が荒らされている。住人の年齢層は徐々に低下しており、住人同士の煽り合いが続いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
基本的に上から目線の住人が多く、場違いな板ですら少しでも歌手の話題が出ると住人がその空気を持ち込み煽り出したり、外部サイトにも不愉快な空気をそのまま持ち込む為嫌われていることが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、同時に非常に卑屈で[[グーグル八分]]を受けていないサイトでは基本的に住人が情報操作を行っているためその醜態が表に出ることはない。板内にはウィキペディアのヲチ(ページを四六時中監視し都合悪い記事を削除する行為)スレが立っているほどである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:2ちゃんねるの掲示板|ようかくさろんいた]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>222.15.68.215</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%B1%B1%E4%B8%8B%E9%81%94%E9%83%8E&amp;diff=21775</id>
		<title>山下達郎</title>
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				<updated>2008-01-18T15:51:27Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;222.15.68.215: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;山下達郎は日本のミュージシャン。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=基礎データ=&lt;br /&gt;
*生年月日:1953年2月4日&lt;br /&gt;
*出身地:東京都豊島区池袋&lt;br /&gt;
*血液型:B型&lt;br /&gt;
*出身校:某カトリック系幼稚園→東京都豊島区立の小学校→東京都豊島区立高田中学校→東京都立竹早高等学校→明治大学法学部中退&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=家族=&lt;br /&gt;
*父:詳細不明(神奈川県川崎市出身)&lt;br /&gt;
*母:詳細不明(宮城県仙台市太白区)&lt;br /&gt;
*妻:竹内まりや(シンガーソングライター、1982年4月6日結婚)&lt;br /&gt;
*娘:詳細不明(1984年10月生まれ)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=噂=&lt;br /&gt;
*母が35歳の時に高齢出産の初産で生まれたと言う噂があるが真偽不明。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>222.15.68.215</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:208.43.195.106&amp;diff=12794</id>
		<title>利用者:208.43.195.106</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:208.43.195.106&amp;diff=12794"/>
				<updated>2007-09-13T06:45:09Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;222.15.68.215: Noda,Kentaro (会話) の編集 ( 12767 版 ) を取り消し&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''野田 憲太郎'''（のだ けんたろう、[[1976年]][[2月24日]] -）は[[三重県]][[四日市市]]生まれの[[サッカー選手]]。ポジションは[[ベンチウォーマー|BW]]。現在は無所属。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 略歴 ==&lt;br /&gt;
元々はピアニストになるために[[京都市立芸術大学]]音楽学部に入学したが、体育の授業で行ったサッカーに興味を示し、サッカー選手に転向することを決意。その後[[アメリカ合衆国|アメリカ]]の[[ワイオミング大学]]や[[ノースフロリダ大学]]でリフティングやスローインを学んだ。[[ノースフロリダ大学]]在学中に、あるスタジアムのボールボーイにならないか?と誘われているが、学生による個展ボイコットなどのトラブルのために断っている。日本へ帰国後、実家のある四日市市にあるいくつかの草サッカークラブやフットサルクラブでプレーしたが、レギュラー獲得はならなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== プレースタイル ==&lt;br /&gt;
リフティングは2、3回しかできず、ドリブルで1m程進むとボールがあらぬ方向に飛んでいってしまうというファンタジスタぶりを見せる。キックに関しては、ボールを空振ることが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼の見せ場はベンチからのヤジであり、相手選手が凡ミスをしようものなら自分を棚に上げて容赦なく罵倒する。このことにより'''野駄犬'''とも称される。これについてはチームメイトからの信頼は厚い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連リンク ==&lt;br /&gt;
*[[野田憲太郎のネット上の言動について]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://kentaro-noda.hp.infoseek.co.jp/index-e.html 公式サイト]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;br /&gt;
{{Stub}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:日本のサッカー選手|のたけんたろう]]&lt;br /&gt;
[[Category:1976年生|のたけんたろう]]&lt;br /&gt;
[[Category:三重県出身の人物|のたけんたろう]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--（野田犬）は1976年2月24日三重県四日市市生まれの日本の犬·何の芸も無い。京都市芸大をお情けで卒業しアメリカに見得のために留学。帰国の後、ピアニストと称して内外に騒音を撒き散らしている。前衛志向を気取っているが、とんでもない勘違いである。一人しか参加者のいない国際コンクールなどで入賞し、自己満足に浸っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
外部リンク：http://dqn.com&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>222.15.68.215</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A3&amp;diff=12591</id>
		<title>ナージャ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A3&amp;diff=12591"/>
				<updated>2007-09-07T10:37:04Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;222.15.68.215: /* 利用者:おーた */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ウィキペディア日本語版の利用者'''（ウィキペディアにほんごばんのりようしゃ）とは、[[ウィキペディア日本語版]]を編集する人物のこと。ウィキペディアに利用者アカウントを持つものを一般的に'''[[ウィキペディアン]]'''と呼び、依存症患者同然のヘビーユーザーを'''[[ウィキホリック]]'''と呼ぶ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
閲覧専門の利用者は含まれない。ウィキペディア日本語版の利用者には、数多くの興味深い利用者が存在する。ウィキペディア日本語版に対してユニークな活動を行った利用者が、この項目にリストアップされるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本語版の利用者には、日本語版以外の[[ウィキペディア]]に比べ、IPアドレスユーザ（非ログインユーザ）が多いことが特徴としてあげられる。また、ウィキペディア日本語版ユーザには「Wikipedia」を「Wiki」と略することに不快感を抱き、訂正を求める者が多いが、IPアドレスをIPと略すことについては、何も言わないという傾向がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アカウントは一人で複数もつことも出来るが、複数で一つを管理することも可能である。したがって、ここにあげたアカウントの人数が実際の利用者の人数とイコールとは限らない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:KMT ==&lt;br /&gt;
利用者:KMTはウィキペディア日本語版の管理者&amp;lt;ref&amp;gt;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:KMT&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;http://mywebpage.netscape.com/kasumoerer/kmt_dead.htm （←エンコードはUTF-8でご覧ください。）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このように、自らの利用者ページを削除した馬鹿野郎である。二浪の後大阪歯科大学を2007年4月に卒業していることがわかっている。[[Mixi]]のアカウントには「活動終了」などと書かれているが、実は頻繁に深夜にログインしていることがわかっている。自分の発言に法的責任を問われると感じた瞬間、全てのMixiコミュニティから退会したへたれ。利用者:Akinonijiも同種の詭弁を用いる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:kzhr ==&lt;br /&gt;
利用者:kzhrは本名を岡田一祐と名乗るウィキペディアの元管理者。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年ごろから自分の意に沿わない発言を数十もMixiコミュニティから削除したことで、法的責任が問われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウィキソースにNoda,Kentaroがログインしたところ、次のような表示になる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 ご使用の利用者名またはIPアドレスは Kzhr によって投稿をブロックされています。その理由は次の通りです。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
 不適切な利用者名&lt;br /&gt;
 ブロック解除予定: 無期限&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
 Kzhr または他の管理者にこの件についてメールで問い合わせることができます。&lt;br /&gt;
 ただし、オプションに正しいメールアドレスが登録されていない場合、「この利用者にメールを送信」機能が使えないことに注意してください。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
岡田くーん！嫉妬は良くないよー！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
追記：ユアペディアには、岡田の本名は伏せて野田の本名は晒したがる馬鹿利用者が存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:Radioactive ==&lt;br /&gt;
利用者:Radioactiveはなぜか一般利用者の癖して、岡田一祐とつるんでいるMixiユーザー。Mixiではいぬみみめいどと名乗っていた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Mixiのログを規約違反を行いながらいろいろな所に晒し、発信者開示請求をくらった馬鹿。随分後になってから「食らっていない」という弁明がようやく来たが、信憑性はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
MiyaやToki-hoからのメッセージをMixiでも受け取っていることから、Miyaの息子ではないかという説も流れているが、詳しいことはわかっていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== [[利用者:野田文憲]] == &lt;br /&gt;
[[ウィキペディア日本語版]]にいる、悪質なソックパペットの一つ。「音楽家気取りの息子」がパスポートや住民票で確認されない限り、虚偽を利用者ページに書いたことからはアカウント作成者は逃げられない。この手のソックパペットは管理ユーザーが作成する。はてなキーワードとyourpediaで詳細な追求を行った後に、なぜか無期限ブロックされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:Yassie ==&lt;br /&gt;
人のメールを無断転載することで有名&amp;lt;ref&amp;gt;http://lists.wikimedia.org/pipermail/wikija-l/2007-May/001589.html&amp;lt;/ref&amp;gt;。かつて某記事での議論において、しょうもない意地を張ったために利用者:Sudpexと利用者:Mikihisaのソックパペット利用者:Delmoreから殺害予告を受けてしまったというある種可哀想な人物でもある。実生活でもパシリが多いのか、出張で時々いなくなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:coq ==&lt;br /&gt;
人のメールを無断転載することで有名&amp;lt;ref&amp;gt;http://lists.wikimedia.org/pipermail/wikija-l/2007-January/001409.html&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:Yukichi99 ==&lt;br /&gt;
人の意見をすぐ削除することで有名&amp;lt;ref&amp;gt;http://mywebpage.netscape.com/kasumoerer/yukichi_dead1.htm （エンコードはUTF-8でご覧ください。）&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;http://mywebpage.netscape.com/kasumoerer/yukichi_dead2.htm （エンコードはUTF-8でご覧ください。）&amp;lt;/ref&amp;gt;。本名は福澤俊。もじら組を除名された。漫画の台詞を31歳にもなってそのままコピーして快感を得ており、話題の割には大して面白くない人物でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
http://www.flickr.com/photos/alexsh/1016352230/&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここに写っているのは岩瀬とその父親、福澤、そして利用者:間久部緑郎が含まれている可能性が高い。全員日本人ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:Koba-chan ==&lt;br /&gt;
クラシックの演奏家に向かって「馬鹿とはさみは使いよう」と吐き捨てることで有名&amp;lt;ref&amp;gt;http:/mywebpage.netscape.com/kasumoerer/koba1.JPG&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;http:/mywebpage.netscape.com/kasumoerer/koba2.JPG&amp;lt;/ref&amp;gt;。本名は小林義宗。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:FXST ==&lt;br /&gt;
かつて「ウィキペディアって大丈夫なの？」という記事を連載していた&amp;lt;ref&amp;gt;[http://fxsystemtrader.blogspot.com/2007/03/01.html ウィキペディアって大丈夫なの？？01]&amp;lt;/ref&amp;gt;。しかし、ウィキペディア日本語版へ記事投稿はおこなっていない&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?limit=50&amp;amp;title=%E7%89%B9%E5%88%A5%3AContributions&amp;amp;contribs=user&amp;amp;target=FXST&amp;amp;namespace=0 利用者の投稿記録]&amp;lt;/ref&amp;gt;。「IPで編集をアカウント取得前に行っていた」、という主張は怪しすぎる。このほかにも仮想アカウント、ソックパペット疑惑、BOT使用について一切のスルーを行い、ヨタ話扱いしたことから実はウィキペディア運営側の人間である確率が高い。即座に野田の知人の項目がソックパペットで書き換えられたのも、彼の仕事である可能性がある。関西在住。本名は岡部健。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:Lem ==&lt;br /&gt;
引きこもり数学専攻大学院生。またの名をウボォアーayashiiという。ウィキペディアやめますといいながら、一生懸命ウィキペディアへ攻撃してくる&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E3%81%AE%E4%BD%9C%E6%9B%B2%E5%AE%B6%E4%B8%80%E8%A6%A7&amp;amp;diff=next&amp;amp;oldid=9364083 http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=日本のクラシック音楽の作曲家一覧&amp;amp;diff=next&amp;amp;oldid=9364083]&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E7%89%88&amp;amp;diff=next&amp;amp;oldid=11460630 http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=ウィキペディア日本語版&amp;amp;diff=next&amp;amp;oldid=11460630]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:Miya ==&lt;br /&gt;
管理者の一人。人のコメントや都合の悪いエントリーを、はてなダイアリーから一括削除したことで有名になった女性。そのだんなMiya.mはジンボ・ウェールズを「皇帝」と呼ぶほどに慕っており（mixi日記より判明）、夫婦そろって「洗脳」されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジンボが撮った写真に自分が写っているにもかかわらず、「写っていない」と応対したことで話題となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
管理権限を好き勝手に濫用した事により、仲間であるはずの「利用者:ちゃたま」の手によって'''管理者なのに短期ブロックされてしまったほどの問題児'''。本来ならば無期限ブロックされてもしょうがない輩なのだが、前述したように「利用者:ちゃたま」はMiyaと同じ管理者である仲間なので一般利用者ならばありえない減刑処分にした。他の管理者にも言える事だが、今後、Miyaがどんなに暴れても無期限ブロックされる事は無いであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:Aphaia ==&lt;br /&gt;
[[木津尚子]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:Kahusi ==&lt;br /&gt;
[[澤田亮太]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:Riden ==&lt;br /&gt;
Riden（らいでん）はウィキペディア日本語版の管理者。管理者であるにもかかわらず実際に荒らしや中傷など行っていない無実の利用者に対して、不適切な投稿ブロックを平気で行う極悪非道な管理者である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:ＮｉＫｅ ==&lt;br /&gt;
[[小西規勝]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== [[利用者:FREEZA]] ==&lt;br /&gt;
利用者:Sushisushiを野田と決め付けた張本人。両者とも別人であることをMLで主張しているのに、一切無視を決め込む不思議な利用者。編集責任のテンプレートを貼る前に、野田に謝罪するのが先ではないだろうか？韓国の鉄道をたくらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
木津尚子の学歴詐称が問題となっている現在、FREEZAは野田叩きに必死になっているようなので、木津関係者のアカウントである可能性が高い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:Reader == &lt;br /&gt;
利用者:Readerはウィキペディア日本語版の利用者。長期的な荒らし行為を行っているユーザー利用者:SUSHIIの悪質なソックパペットの一つ。[[ユアペディア]]にも同一人物と思われる利用者:腹立つに対しての粘着荒らし（ネットストーカー）を行っている変態であり、平気で個人攻撃だけをすることしかできない極悪非道な利用者でもある。&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5:Contributions/Reader 利用者:Readerの履歴]&amp;lt;/ref&amp;gt; &lt;br /&gt;
メインページのノートに'''「== NEWS! == YOUTUBEに日本語版が出ました！！」'''と書き込んだり、その編集に対してノートに書き込まれた警告文を消して'''「kekekekeke」'''と意味不明な文字を書き込んだりするのだが、それを'''「使い方を間違えていました。」'''と言っている意味不明な利用者である。また、利用者:腹立つと類似したアカウントを取得し自分が荒らしであることにもかかわらず実際にウィキペディアで荒らし行為を行っていない利用者に対して'''「俺もお前と仲間のあらしさまだぜ！」'''などと不可解な嫌がらせ書き込みなどを行っている。その後に「俺も腹立つさん、ユーザー名が腹立つに似すぎているので変えるべきだと思います。また意味のない投稿はおやめください。」と書き込み自演自作も行っている。利用者:腹立つのノートでは現在白熱した議論が展開されている。&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E2%80%90%E4%BC%9A%E8%A9%B1:%E8%85%B9%E7%AB%8B%E3%81%A4 利用者のノート]&amp;lt;/ref&amp;gt; &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Readerを野田の靴下と言い張る在日は見苦しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:Faso ==&lt;br /&gt;
OCNの広域ブロックに精を出す管理者。本名は2001年に日本福祉大学を卒業した澤山隆行。澤山のみの手によってFasoがコントロールされている確率は低い。Mixiはすでに退会済みだが、かつては猿壱號という名義で登録してあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:間久部緑郎 ==&lt;br /&gt;
台湾在住のウィキペディアン。エドガー・ヴァレーズの開発した楽器’ライオンズロアー’(独:Brummtopf、英:Lion's roar or string drum)を「ライオンのなんちゃら」と言ってしまい、楽器の素養がないのに音楽関係の項目を必死に翻訳する馬鹿であることが発覚。これは日本支部から翻訳ノルマを与えられているためである。メインアカウント以外にもサブアカウントで翻訳を行っていることがある。人に向かってえらそうな態度を取るＮｉＫｅと仲が良いので、ＮｉＫｅは在日管理者である可能性がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:Aotake ==&lt;br /&gt;
日本語が不自由なのに、一生懸命日本語版を管理したがるアカウントの一つ。操っているユーザーが複数いると思われるが、全員日本人ではない。音楽担当。メインで操っている者のなかに、大学職員がいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:Suisui ==&lt;br /&gt;
本名は'''今泉誠'''&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.rbbtoday.com/cgi-bin/news/pict/20061207/36582/jpg/36582-3103.html 今泉誠の容姿]&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Interview/20070313/264635/ インタビューでウィキペディアの宣伝を述べる今泉誠]&amp;lt;/ref&amp;gt;。コンピュータソフト会社に勤める30過ぎの中年男。ウィキペディア日本語版の大幹部の一人であり、数多くの管理権限を保有している。[[メディア]]での露出が非常に多く、[[プロパガンダ]]担当と思われる。日本人ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Yourpediaにも同名の利用者:Suisuiが出現し、複数の記事に[[クレーム]]をつけた挙句、削除依頼もせずに記事を白紙化するという荒らし行為を繰り返した。本人は白紙化した動機について「（記事は）単なる中傷」だと主張したが、不思議なことに彼が、ウィキペディアや2ちゃんねるで多発している悪質な中傷に対して同様に抗議したという形跡は全く無い。彼がウィキペディアのSuisui（今泉誠）と同一人物であるかどうかは不明。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:Tietew ==&lt;br /&gt;
本名は'''岩瀬透'''&amp;lt;ref&amp;gt;[http://hotwired.goo.ne.jp/matrix/0602/003/ 今泉誠と共にインタビューでウィキペディアの宣伝を述べる岩瀬透（写真あり）]&amp;lt;/ref&amp;gt;。ウィキペディア日本語版の大幹部の一人。気に食わない利用者を独断で投稿ブロックしたり、自身の[[ブログ]]でウィキペディア利用者に対する陰口を熱心に書き込んでいる為、ウィキペディアンの間でも悪名高い存在として有名。野田憲太郎に向かってMixiで二度「英語で」メッセージを送付したことで話題となった。日本人ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに、オタクイベントとして有名な「コミケ」に参加したり、オタク用語を多用したりする重度の[[オタク]]でもある&amp;lt;ref&amp;gt;[http://wikipedia.g.hatena.ne.jp/Tietew/20041225]&amp;lt;/ref&amp;gt;。Mixiのコミュニティ上での暴言があったが、綺麗に岡田一祐の手で削除された。漫画の台詞を31歳にもなってそのままコピーして快感を得ており、ゆきちと同レヴェルの人物。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:竜造寺和英 ==&lt;br /&gt;
自称早稲田大大学院卒のヤクザヲタクの利用者（この馬鹿の知能から早稲田卒であるはずがない）。脳内バーチャルトレーダー。「某ヤクザヲタク」と称される場合が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*管理人には常にペコペコしてる。しかし、管理人に迷惑ばかりかけるため、全ての管理人にそっぽをむかれている。&lt;br /&gt;
*実はヤクザのことは全く知らない。この馬鹿の書いた部分は、出鱈目が多く著作物丸写しなので近いうちに全部削除される予定。記事は私が書いた正しい部分のみが残ることになる。&lt;br /&gt;
*本物の侠客を偽者扱いした大馬鹿者。これに対して、日本全国の侠客が激怒した。近いうちに正義の鉄槌が下されるかもしれない。そのときは、小便をちびりながら、命乞いをするはず。自業自得。この馬鹿を擁護する管理人も同罪。そんな管理人にも正義の鉄槌が下されるかもしれない。&lt;br /&gt;
*ヤクザの記事で、必ずヤクザが右翼活動をしてたことを書く馬鹿。この出鱈目な記事により「右翼=ヤクザ」といった誤ったイメージを広めてしまってる。このことには日本中の右翼活動家が激怒してる。&lt;br /&gt;
*柳川次郎や町井久之や田中禄春などの在日韓国人を英雄視してる。これらの在日は堅気に戻った後に在日の顔として振舞う一方、裏では今まで通り様々な悪事を働いている。特に町井久之は児玉誉士夫と組んでロッキード事件などでも何度も名前が挙がっていた。こうしたことを一切書かずに「若い頃はヤクザになって悪いことをしてましたが改心して堅気になり、その後は日韓の架け橋になりました」という記事を一生懸命美談に捏造して書く。あれだけの資料を持って調べ上げてるわけだから、これらの在日が堅気に戻った後も悪事を働き続けてたことを知らないはずがないだろう。記事にはなぜかこのことが一切書かれていない。この馬鹿も在日であることは間違いない。在日だから就職も出来ず株に手を出して破滅の道を突き進んでいるのだろう。&lt;br /&gt;
*多重アカウントを使って、議論を混乱させるのが得意。&lt;br /&gt;
*相変わらず管理人や権威者にはぺこぺこ。May.Low氏が田岡一雄の記事を大幅に削除しても、文句一つ言えずに泣きながら白旗をあげた。情けなくて、全国の侠客や右翼活動家が大笑いしている。&lt;br /&gt;
*この馬鹿にはマジで天誅下さんとわからんらしい。小ざかしい議論術であほなこと言いやがって。このボケを野放しにする管理人にも我慢の限界。二十日鼠は何寝ぼけたこと言ってんだ。頭狂ったのかな？それだったら、このヤクザオタク馬鹿が書き直しさえすれば、こいつの出鱈目な記事が残ってしまうことになるだろうが。しっかりしろや！！&lt;br /&gt;
*もう我慢できん。反対票入れる奴には、天誅が下されるだろうな。そいつらには、日本中の侠客や右翼活動家から激しい抗議行動があるはずだし。Wikipediaの連中や管理人は黙って、賛成しろや。それが自身の身のためやろが！！ヤクザオタク馬鹿を排除したら、全ての記事は美しい任侠道になるだろうが！！逆らえば攻め滅ぼすぞ！！俺の言うこと聞いとけばいいんだよ！！&lt;br /&gt;
*ヤクザオタク馬鹿はやっぱり株で大損してたwwwww。ざまみろ。&lt;br /&gt;
*まだアホな主張してるね。誰もこいつを支持してないし。こいつとこいつを擁護する馬鹿をトコトン追い込みます。&lt;br /&gt;
*株長者というのも大嘘。ちょっと前に話題になった、株で数億儲けたニート青年あたりが元ネタだろう。こういう自己中心的で協調性のかけらもない人間は、実社会でもネットでも迷惑な存在でしかない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:あなん ==&lt;br /&gt;
利用者名が[[アンサイクロペディア]]の利用者:（あ）や利用者:誰か同様、非常に馬鹿げている。彼も悪質[[2ちゃんねらー]]なのかもしれない。年齢は45歳という説もあるが、利用者名が馬鹿げているため、20代くらいとしかいえない。会話ページでの言葉遣いが非常に生意気であるのも特徴。編集に関しては、主に地理や歴史関係の意味不明な投稿をしている。タイに留学する日本人という設定だが、ほんとうは日本に留学したタイ人の学生である可能性が強い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:PeachLover ==&lt;br /&gt;
[[国家社会主義ドイツ労働者党|ナチ]]工作員のように、鉄道関係の項目で価値のある投稿まで、どんどん削除依頼に出すヤクザとして有名。荒らしと決め付けて、差し戻すこともある。ウィキペディアにおける削除主義者として有名であるが、自分の利用者ページで削除主義者を自称していない。誕生日は7月という説もある。利用者名は桃が好きなことから名づけられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:Showchan == &lt;br /&gt;
利用者名が非常に馬鹿げている。中立性や検証可能性を何よりも重視しているため、中立性や検証可能性に欠けた投稿はどんなに価値のある投稿でも容赦なく差し戻す。ウィキペディアにおける排他主義者として有名であるが、自分の利用者ページで排他主義者を自称していない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:おーた ==&lt;br /&gt;
本名は太田尚志。筑波大中退。彼はSYSOPではないが、ウィキマニア台北でカメラのセットを組んでいたところを見る限り、大きく管理側に与している人物と考えられる。共有するSYSOPアカウントを保持している可能性がある。今は削除されたMixiのトピックで、「どうもあなたは日本語版ウィキペディアの保身をしているのではないですか」という問いに対し、「いいえ」と答えていたが、写真が流出した今となってはこの発言は嘘である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いくつかのサブカルチャーの項目は、この利用者が勝手に差し戻していることが履歴で確認出来る。つまり、彼が担当する項目が存在する。恐らくは、多くの利用者の執筆が殺到する項目の管理を、彼が任されている可能性が高い。こんなことをボランティアではやらないことぐらい、誰にでもバレる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者:おはぐろ蜻蛉 ==&lt;br /&gt;
管理者の一人。ウィキペディア日本語版におけるサブカルチャー記事作成の急先鋒。特に声優の記事に固執することでも知られ、その声優に不利と思われる書き込みがあると、すぐさま特定版削除へ持ち込む。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[アンサイクロペディア日本語版の利用者]]&lt;br /&gt;
* [[モナペディアの利用者]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://ja.uncyclopedia.info/wiki/ウィキペディアン ウィキペディアン - アンサイクロペディア]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（アンサイクロペディアは、乗っ取りが行われているので注意！）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
http://ja.uncyclopedia.info/index.php?title=%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2&amp;amp;diff=prev&amp;amp;oldid=36158&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディア]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>222.15.68.215</name></author>	</entry>

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