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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<updated>2026-05-17T21:17:49Z</updated>
		<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%97%A5%E7%B1%B3%E5%AE%89%E5%85%A8%E4%BF%9D%E9%9A%9C%E6%9D%A1%E7%B4%84&amp;diff=55768</id>
		<title>日米安全保障条約</title>
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				<updated>2009-08-17T03:07:45Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;220.100.56.55: /* 日米安全保障条約の本質の変化 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約'''（にほんこくとアメリカがっしゅうこくとのあいだのそうごきょうりょくおよびあんぜんほしょうじょうやく、[[英語|英]]:Treaty of Mutual Cooperation and Security between the United States and Japan、昭和35年条約第6号）は、[[日本]]と[[アメリカ合衆国]]の[[安全保障]]のため、[[日本]]に[[アメリカ軍]]（[[在日米軍]]）を駐留することなどを定めた二国間[[条約]]のことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
通称'''安保条約、日米安保''。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1960年]][[1月19日]]に、[[ワシントンD.C.]]で締結された。'''日米同盟'''の根幹となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1951年]][[9月8日]]に[[サンフランシスコ平和条約]]と同日に日米間で締結された'''[[日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約]]'''（旧安保条約）を形式的には失効させて成立しているが旧安保条約に基づくアメリカ軍の駐留を引き続き認めており実態的には改定とみなされ、これにより60年安保条約ともいわれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概説 ==&lt;br /&gt;
[[1951年]][[9月8日]]、アメリカの[[サンフランシスコ]]市において、アメリカをはじめとする[[第二次世界大戦]]の[[連合国]]側49ヶ国との間で、[[日本国との平和条約]]（サンフランシスコ平和条約）が締結された。この際、主席全権委員であった[[吉田茂]][[内閣総理大臣]]が単独で、'''日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約'''（旧安保条約）に署名した。この条約に基づき、占領軍のうち[[アメリカ軍]]部隊は[[在日米軍]]となり、他の[[連合国|連合軍]]（主に[[イギリス軍]]）部隊が撤収した後も日本に留まった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
旧安保条約に代わるものとして'''日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約'''（新安保条約）が[[1960年]][[1月19日]]に[[岸信介]]内閣総理大臣によって署名され、同年[[6月23日]]に[[強行採決]]によって発効した。新安保条約はその期限を10年とし、以後は締結国からの1年前の予告により一方的に破棄出来ると定めた。締結後10年が経過した[[1970年]]（昭和45年）以後も破棄されず、現在も効力を有している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
新安保条約は、同時に締結された[[日米地位協定]]（日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定）によりその細目を定めている。日米地位協定には、日本がアメリカ軍に施設や地域を提供する具体的な方法を定める他、その施設内での特権や[[税金]]の免除、兵士などへの裁判権などを定めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 内容 ==&lt;br /&gt;
: 第1条&lt;br /&gt;
:: [[国連憲章]]の武力不行使の原則を確認し、この条約が純粋に防衛的性格のものであることを宣明する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: 第2条&lt;br /&gt;
:: [[自由主義]]を護持し、日米両国が諸分野において協力することを定める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: 第3条&lt;br /&gt;
:: 日米双方が、憲法の定めに従い、各自の防衛能力を維持発展させることを定める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: 第4条&lt;br /&gt;
:: （イ）日米安保条約の実施に関して必要ある場合及び（ロ）我が国の安全又は極東の平和及び安全に対する脅威が生じた場合には、日米双方が随時協議する旨を定める。この協議の場として設定される'''安全保障協議委員会'''（日本側の外務大臣と防衛庁長官、米国側の国務長官と国防長官により構成（いわゆる「2+2」で構成）される会合）の他、通常の外交ルートも用いて、随時協議される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: 第5条&lt;br /&gt;
:: 前段は、米国の対日防衛義務を定める。後段は、国連憲章上、各国による自衛権の行使は、[[国連安全保障理事会]]が必要な措置をとるまでの暫時的性格の行為とされていることから、定められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: 第6条&lt;br /&gt;
:: [[在日米軍]]について定める。細目は[[日米地位協定]]（日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定）に定められる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: 第7条、第8条、第9条&lt;br /&gt;
:: 他の規定との効力関係、発効条件などを定める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: 第10条&lt;br /&gt;
:: 当初の10年の有効期間（固定期間）が経過した後は、1年前に予告することにより、一方的に廃棄できる旨を定める。いわゆる自動延長方式の定めであり、この破棄予告がない限り条約は存続する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 議論 ==&lt;br /&gt;
=== 日米安全保障条約の本質の変化 ===&lt;br /&gt;
日米安全保障条約は時代と共に本質を変化させて来た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
旧安保条約締結時当時、既に前年の1950年に[[朝鮮戦争]]が勃発していて、参戦しているアメリカは出撃拠点ともなる後方基地と補給の確保を喫緊の課題としており、日本側の思惑としては日本の国力が正常な状態になるまで安全保障に必要な軍事一切をアメリカに委ねることで経済負担を極力抑え、経済復興から経済成長へと注力するのが狙いであった&amp;lt;ref&amp;gt;ソ連を含まない単独講和と旧安保条約の締結に反対していた[[松野鶴平]]に対して、[[吉田茂]]は「このご時世、番犬くらい飼ってるだろう？」と持ちかけ、「それがどうした」と返されると、「犬とえさ代は向こう持ちなんだよ」といったとされる。&amp;lt;/ref&amp;gt;。1953年7月に朝鮮戦争が停戦した後も[[冷戦]]体制のままであり、日本は[[大韓民国|韓国]]・[[中華民国]]（台湾）と共に、陸軍長官ロイヤルの唱えた「反共・封じ込め政策」に基づく、[[ソビエト連邦|ソ連]]・[[中華人民共和国]]・[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]即ち極東の共産圏に対峙する[[反共]]の砦として維持された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
50年代後期に入ると日本経済は[[朝鮮特需|朝鮮戦争特需]]から1955年に[[神武景気]]という[[太平洋戦争]]後初の好況期に入り1955年の主要経済指標が戦前の水準を回復して復興期を脱して[[経済白書]]が「もはや戦後ではない」と宣するまでにいたり、高度経済成長への移行が始まった。政治体制においても、[[自由党]]と民主党が合併し自由民主党、右派と左派が合併した日本社会党が設立され、いわゆる「[[55年体制]]」が成立し安定期に入った。一方で、1954年から1958年にかけて中華人民共和国と中華民国（台湾）の間で[[台湾海峡危機]]が起こり軍事的緊張が高まった。また、アメリカが支援して成立したゴ・ディン・ジエム大統領独裁体制化の[[ベトナム共和国|南ベトナム]]では後の[[ベトナム戦争]]の兆しが現れてきていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした日米がおかれた状況の変化を受けて締結されたのが新安保条約である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
新安保条約は1970年をもって当初10年の固定期間が終わり単年毎の自動更新期に入ったが、自動的に更新され続け、対ソ・対中軍事同盟へと性質を変えていった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
冷戦が崩壊すると、日本も敗戦の影響から脱し、経済大国になったことによって日米両国で日米安全保障条約の有効性と存在意義に疑問が生じた。しかし依然極東アジアでは冷戦が続いていると言う認識からアメリカの最先端軍事技術を欲する日本側と、日本へ武器を売却して軍事技術開発資金を得ようとするアメリカ側の利害が一致した事もあり、その性質は商業的な物へと変化していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]度の日本防衛白書では初めて[[中国]]の軍事力に対する警戒感を明記し、また米国の安全保障に関する議論でも、日本の対中警戒感に同調する動きが見られ、[[2005年]]、[[ジョージ・ウォーカー・ブッシュ|ブッシュ]]大統領の外交に大きな影響を持つ[[コンドリーザ・ライス|ライス]]補佐官が中国に対する警戒感をにじませる発言をし、日米安全保障条約の本質は対中軍事同盟・[[トルコ]]以東地域への軍事的存在感維持の為の物へと変化して来ている。また同年10月に両国高官により署名された「日米同盟　未来のための変革と再編」で、日本の守備範囲は西太平洋からトルコまで（つまりアメリカの守備範囲以外全て）に変えられた。ちなみにこの件が国会審議に諮られた形跡はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、アジア諸国はアメリカと個別に軍事同盟を結んでいる（[[#条約・機構]]参照）が、これは[[集団安全保障]]体制を組ませず、対抗軸とさせないためのアメリカによるアジア分断・干渉であるとする意見もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 「アメリカ合衆国が日本国を防衛する必要はない」という解釈 ===&lt;br /&gt;
第5条を根拠にして、アメリカ合衆国が日本国を防衛する必要がないとされるのではないかという解釈がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 根拠条文 ====&lt;br /&gt;
: ARTICLE NO.5&lt;br /&gt;
: Each Party recognizes that an armed attack against either Party in the territories under the administration of Japan would be dangerous to its own peace and security and declares that it would act to meet the common danger in accordance with its constitutional provisions and processes. :第5条&lt;br /&gt;
: 各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 解説 ====&lt;br /&gt;
''either Party in the territories under the administration of Japan'' とは、日本の行政管理下内での両国共ではなく、いずれかの国、すなわち日本の主権に対して[[治外法権]]を持つアメリカ合衆国の[[大使館]]、[[領事館]]とアメリカ合衆国軍事基地が一方のPartyであり、アメリカ合衆国の治外法権の施設を除いた部分の日本国の地区がもう一つのPartyであるという定義をすることもできる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この定義に基づけば、それらのいずれか一方が自分にとって危険であると認識（''recognizes'') した時、共通の危機(''common danger'') に対処する。アメリカ合衆国軍の行動は、''common danger'' が対象であり、''common danger'' とは、日本国内のアメリカ合衆国の施設と、その他の部分の日本に共通の危機のことである。つまり、日本国内のアメリカ合衆国の施設（軍事基地等）とその周辺（日本の一部地区）に対する危機に限定されると考えることもできる。アメリカ合衆国軍が行動する場合は、アメリカ合衆国憲法に従わねばならないと条文で規定されている。また、アメリカ合衆国憲法では在外のアメリカ合衆国軍基地が攻撃を受けた時は、自国が攻撃を受けたと看做され自衛行動を許すが、駐留国の防衛まで行う規定はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これらのことから、日米安全保障では、'''日本国内におけるアメリカ合衆国'''（在日米軍施設の事）'''の防衛'''を宣言しているとも考えられ、少なくともアメリカ合衆国は日本国内で行動をとることができる。日本にアメリカ合衆国軍基地があるために、日本を敵としないアメリカ合衆国の敵から、日本の一部地区に攻撃を受ける危険が生じることも考えられ、批判的な見方をすれば、この条約の性質は、対日危機保障条約であるということもできる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、下記に述べるように日米双方から「自分のほうが相手に巻き込まれるから不利」という意見は存在し、自国の主観で見るならば、どちらが正しいのかは答えの出しにくい問題である。現実として、長年に渡る日米双方の膨大な維持負担と実績を積んできたこと及び、日米安全保障条約に危機的に信頼を失墜させるほどの行為を日米両国共にとっていないことなどから、こう言った批判は長年少数派に留まっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
真の「相互安全協力及び安全保障」条約であれば、在日米軍の存在同様、[[自衛隊]]がアメリカ合衆国内に駐屯する事も可能であると主張する声があるが、日本国の防衛方針に適合しないため非現実的である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== アメリカ下院議会で日本側に有利過ぎると非難された日米安全保障条約 ===&lt;br /&gt;
上記とは逆に、米国側からの「日本に有利すぎる」といった批判もあるのも事実である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日米安全保障の本質が時代と共に変化しているが、条約部分に決定的な変化は無い。また日米安全保障条約は、日本側が正常な軍事力を持つまで……として締結された経緯もあり、アメリカ側には日本を防衛する事を必要とされるが、日本側は必ずしもアメリカを防衛することは必要では無い状態になっている。これは日本側の憲法解釈（政府見解）上の制約で、個別的自衛権の行使は日米両国共に可能だが、集団的自衛権の場合は日本は憲法に抵触する恐れがあるという政策を採っている。抵触するかどうかについては議論が続いており、結論は出ていない。この事実を日本の二重保険外交と解釈し、日本はアメリカに対する防衛責務を負っていないのに、アメリカから防衛されている状態ではアメリカの潜在的敵国と軍事的協調をとれる余地を残している、との批判が米議会にあったことも事実である。&lt;br /&gt;
また、アメリカ側は日本に対して集団的自衛権を行使出来ると明言しており、費用面からも、軍事的負担がアメリカ側に多いと、日米安全保障条約はアメリカで時として非難される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが実際の所、日米安全保障条約の信頼を失墜させるほどの行為は日米両国共にとっていないので、こう言った批判は、やはり米国でも少数派に留まっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 米軍が日本に駐留し続ける事の意義 ===&lt;br /&gt;
[[ホワイトハウス]]のデイナ・ペリーノ報道官は2008年2月13日、「米国はどこに居ようとどこに基地を持とうと、それはそれらの国々から招かれてのことだ。世界のどの米軍基地でも撤去を求められているとは承知していない。もし求められれば&lt;br /&gt;
恐らく我々は撤退するだろう」と述べた（「恒久的基地は世界のどこにもない」AFP通信電）。これは即ち、日本国民が、日本の政府に[[自由民主党 (日本)|自民党]]・[[公明党]]などの与党を国政選挙を通じて選択することで、即ちこの条約の継続を求めたと米国が解釈していることを意味する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、世界的には、米軍自身が戦略的に必要と考える地域で現地の国民が駐屯に反対した場合には、駐留と引き換えの経済協力を提案し、あるいは反対勢力には経済制裁や対外工作機関（[[アメリカ中央情報局]]など）による非公然活動（スキャンダル暴露や暗殺など）、場合によっては軍事介入などのさまざまな妨害をちらつかせ「アメとムチ」を使って駐留を維持するとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 日米安保無効論 ===&lt;br /&gt;
[[ニューヨーク・タイムズ]]記者ティム・ワイナーが機密解除資料を基に著した「CIA秘録」（原題「Legacy of Ashes：The History of the CIA」）によれば、新条約締結に関わった岸はCIAを通じて時の大統領[[ドワイト・D・アイゼンハワー]]に買収されていたという（[[週刊文春]]2007年10月4日号『岸信介はアメリカのエージェントだった！―「安倍政権投げ出し」の原点』）。また、条約は必要性に応じて継続されるか否かが判断されるべきものでありながら、実際は日本政府の独断によって秘密裏に自動延長されていた（[[#日米安全保障条約の本質の変化]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした事実を元に現在、市民団体によって、新条約はその正当性合法性に照らして無効であり破棄されるべきものとする訴訟が提起されている（[[#外部リンク]]参照）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献・注釈 ==&lt;br /&gt;
* [[草野厚]]『日米安保とは何か』（[[PHP研究所]]）&lt;br /&gt;
* [[室山義正]]『日米安保体制』上下（[[有斐閣]]）&lt;br /&gt;
* [[日本国際政治学会]]編『日米安保体制-持続と変容』（有斐閣）&lt;br /&gt;
* [[西原正]]/[[土山實男]]編『日米同盟Q&amp;amp;A100』（[[亜紀書房]]）&lt;br /&gt;
* [[坂元一哉]]『日米同盟の絆』（有斐閣）&lt;br /&gt;
* [[岡崎久彦]]『戦略的思考とは何か』（中公新書）、『日米同盟と日本の戦略』（PHP研究所）&lt;br /&gt;
* [[マイケル・グリーン (政治学者)|マイケル・グリーン]]他編『日米同盟 米国の戦略』（[[勁草書房]]）&lt;br /&gt;
* [[田久保忠衛]]『新しい日米同盟』（PHP新書）&lt;br /&gt;
* [[国際関係研究会]]『日米同盟の論理』（[[日本工業新聞社]]）&lt;br /&gt;
* [[山本皓一]]/[[松本利秋]]『軍事同盟・日米安保条約』（[[クレスト社]]）&lt;br /&gt;
* [[孫崎享]]『日米同盟の正体―迷走する安全保障』（講談社現代新書）&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
=== 条約・機構 ===&lt;br /&gt;
* [[台湾関係法]]（旧[[米華相互防衛条約]]）&lt;br /&gt;
* [[米韓相互防衛条約]]&lt;br /&gt;
* [[米比相互防衛条約]]&lt;br /&gt;
* [[中央条約機構]]&lt;br /&gt;
* [[ワルシャワ条約機構]]&lt;br /&gt;
=== 事件・できごと===&lt;br /&gt;
* [[安保闘争]]&lt;br /&gt;
* [[砂川事件]]&lt;br /&gt;
:[[立川基地]]拡張に反対するデモ隊の一部が基地内に立ち入り逮捕された事件で、日米安保及び在日米軍駐留の合憲・違憲を論点とする訴訟となった。&lt;br /&gt;
* 日米安保無効訴訟&lt;br /&gt;
:[[岸信介]]が[[CIA]]のエージェントだった事がティム・ワイナーにより暴露され、「斯様な状況下で締結された本条約は無効」とする主張が行なわれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/index.html 日米安全保障体制] - 外務省&lt;br /&gt;
* [http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19600119.T1J.html 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約]（現行安保条約） - 東京大学東洋文化研究所 田中明彦研究室&lt;br /&gt;
* [http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19600119.T5J.html 日米地位協定] - 同上&lt;br /&gt;
* [http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19781127.O1J.html 日米防衛協力のための指針（旧ガイドライン、日米安全保障協議委員会が了承した防衛協力小委員会の報告)、1978年（昭和53年）11月28日閣議了解] - 同上&lt;br /&gt;
* [http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19970923.O1J.html 日米防衛協力のための指針（新ガイドライン）、1997年（平成9年）9月23日] - 同上&lt;br /&gt;
* [http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19510908.T2J.html 日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約]（旧安保条約） - 同上&lt;br /&gt;
* [http://homepage2.nifty.com/kitinetto/ 安保破棄中央実行委員会]&lt;br /&gt;
* [http://www.cscreate.net/anpo_mukou/ 日米安保条約無効訴訟の会]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Poli-stub}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:にちへいあんせんほしようしようやく}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の条約]]&lt;br /&gt;
[[Category:日米関係]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の軍事]]&lt;br /&gt;
[[Category:アメリカ軍]]&lt;br /&gt;
[[Category:昭和時代戦後の外交]]&lt;br /&gt;
[[Category:冷戦]]&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディアに書くと削除される記事]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本鬼子]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>220.100.56.55</name></author>	</entry>

	<entry>
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		<title>日米安全保障条約</title>
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				<updated>2009-08-17T03:03:14Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;220.100.56.55: /* 参考文献・注釈 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約'''（にほんこくとアメリカがっしゅうこくとのあいだのそうごきょうりょくおよびあんぜんほしょうじょうやく、[[英語|英]]:Treaty of Mutual Cooperation and Security between the United States and Japan、昭和35年条約第6号）は、[[日本]]と[[アメリカ合衆国]]の[[安全保障]]のため、[[日本]]に[[アメリカ軍]]（[[在日米軍]]）を駐留することなどを定めた二国間[[条約]]のことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
通称'''安保条約、日米安保''。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1960年]][[1月19日]]に、[[ワシントンD.C.]]で締結された。'''日米同盟'''の根幹となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1951年]][[9月8日]]に[[サンフランシスコ平和条約]]と同日に日米間で締結された'''[[日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約]]'''（旧安保条約）を形式的には失効させて成立しているが旧安保条約に基づくアメリカ軍の駐留を引き続き認めており実態的には改定とみなされ、これにより60年安保条約ともいわれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概説 ==&lt;br /&gt;
[[1951年]][[9月8日]]、アメリカの[[サンフランシスコ]]市において、アメリカをはじめとする[[第二次世界大戦]]の[[連合国]]側49ヶ国との間で、[[日本国との平和条約]]（サンフランシスコ平和条約）が締結された。この際、主席全権委員であった[[吉田茂]][[内閣総理大臣]]が単独で、'''日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約'''（旧安保条約）に署名した。この条約に基づき、占領軍のうち[[アメリカ軍]]部隊は[[在日米軍]]となり、他の[[連合国|連合軍]]（主に[[イギリス軍]]）部隊が撤収した後も日本に留まった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
旧安保条約に代わるものとして'''日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約'''（新安保条約）が[[1960年]][[1月19日]]に[[岸信介]]内閣総理大臣によって署名され、同年[[6月23日]]に[[強行採決]]によって発効した。新安保条約はその期限を10年とし、以後は締結国からの1年前の予告により一方的に破棄出来ると定めた。締結後10年が経過した[[1970年]]（昭和45年）以後も破棄されず、現在も効力を有している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
新安保条約は、同時に締結された[[日米地位協定]]（日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定）によりその細目を定めている。日米地位協定には、日本がアメリカ軍に施設や地域を提供する具体的な方法を定める他、その施設内での特権や[[税金]]の免除、兵士などへの裁判権などを定めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 内容 ==&lt;br /&gt;
: 第1条&lt;br /&gt;
:: [[国連憲章]]の武力不行使の原則を確認し、この条約が純粋に防衛的性格のものであることを宣明する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: 第2条&lt;br /&gt;
:: [[自由主義]]を護持し、日米両国が諸分野において協力することを定める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: 第3条&lt;br /&gt;
:: 日米双方が、憲法の定めに従い、各自の防衛能力を維持発展させることを定める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: 第4条&lt;br /&gt;
:: （イ）日米安保条約の実施に関して必要ある場合及び（ロ）我が国の安全又は極東の平和及び安全に対する脅威が生じた場合には、日米双方が随時協議する旨を定める。この協議の場として設定される'''安全保障協議委員会'''（日本側の外務大臣と防衛庁長官、米国側の国務長官と国防長官により構成（いわゆる「2+2」で構成）される会合）の他、通常の外交ルートも用いて、随時協議される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: 第5条&lt;br /&gt;
:: 前段は、米国の対日防衛義務を定める。後段は、国連憲章上、各国による自衛権の行使は、[[国連安全保障理事会]]が必要な措置をとるまでの暫時的性格の行為とされていることから、定められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: 第6条&lt;br /&gt;
:: [[在日米軍]]について定める。細目は[[日米地位協定]]（日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定）に定められる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: 第7条、第8条、第9条&lt;br /&gt;
:: 他の規定との効力関係、発効条件などを定める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: 第10条&lt;br /&gt;
:: 当初の10年の有効期間（固定期間）が経過した後は、1年前に予告することにより、一方的に廃棄できる旨を定める。いわゆる自動延長方式の定めであり、この破棄予告がない限り条約は存続する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 議論 ==&lt;br /&gt;
=== 日米安全保障条約の本質の変化 ===&lt;br /&gt;
日米安全保障条約は時代と共に本質を変化させて来た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
旧安保条約締結時当時、既に前年の1950年に[[朝鮮戦争]]が勃発していて、参戦しているアメリカは出撃拠点ともなる後方基地と補給の確保を喫緊の課題としており、日本側の思惑としては日本の国力が正常な状態になるまで安全保障に必要な軍事一切をアメリカに委ねることで経済負担を極力抑え、経済復興から経済成長へと注力するのが狙いであった&amp;lt;ref&amp;gt;ソ連を含まない単独講和と旧安保条約の締結に反対していた[[松野鶴平]]に対して、[[吉田茂]]は「このご時世、番犬くらい飼ってるだろう？」と持ちかけ、「それがどうした」と返されると、「犬とえさ代は向こう持ちなんだよ」といったとされる。&amp;lt;/ref&amp;gt;。1953年7月に朝鮮戦争が停戦した後も[[冷戦]]体制のままであり、日本は[[大韓民国|韓国]]・[[中華民国]]（台湾）と共に、陸軍長官ロイヤルの唱えた「反共・封じ込め政策」に基づく、[[ソビエト連邦|ソ連]]・[[中華人民共和国]]・[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]即ち極東の共産圏に対峙する[[反共]]の砦として維持された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
50年代後期に入ると日本経済は[[朝鮮特需|朝鮮戦争特需]]から1955年に[[神武景気]]という[[太平洋戦争]]後初の好況期に入り1955年の主要経済指標が戦前の水準を回復して復興期を脱して[[経済白書]]が「もはや戦後ではない」と宣するまでにいたり、高度経済成長への移行が始まった。政治体制においても、[[自由党]]と民主党が合併し自由民主党、右派と左派が合併した日本社会党が設立され、いわゆる「[[55年体制]]」が成立し安定期に入った。一方で、1954年から1958年にかけて中華人民共和国と中華民国（台湾）の間で[[台湾海峡危機]]が起こり軍事的緊張が高まった。また、アメリカが支援して成立したゴ・ディン・ジエム大統領独裁体制化の[[ベトナム共和国|南ベトナム]]では後の[[ベトナム戦争]]の兆しが現れてきていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした日米がおかれた状況の変化を受けて締結されたのが新安保条約である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
新安保条約は1970年をもって当初10年の固定期間が終わり単年毎の自動更新期に入ったが、自動的に更新され続け、対ソ・対中軍事同盟へと性質を変えていった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
冷戦が崩壊すると、日本も敗戦の影響から脱し、経済大国になったことによって日米両国で日米安全保障条約の有効性と存在意義に疑問が生じた。しかし依然極東アジアでは冷戦が続いていると言う認識からアメリカの最先端軍事技術を欲する日本側と、日本へ武器を売却して軍事技術開発資金を得ようとするアメリカ側の利害が一致した事もあり、その性質は商業的な物へと変化していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]度の日本防衛白書では初めて[[中国]]の軍事力に対する警戒感を明記し、また米国の安全保障に関する議論でも、日本の対中警戒感に同調する動きが見られ、[[2005年]]、[[ジョージ・ウォーカー・ブッシュ|ブッシュ]]大統領の外交に大きな影響を持つ[[コンドリーザ・ライス|ライス]]補佐官が中国に対する警戒感をにじませる発言をし、日米安全保障条約の本質は対中軍事同盟・[[トルコ]]以東地域への軍事的存在感維持の為の物へと変化して来ている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、アジア諸国はアメリカと個別に軍事同盟を結んでいる（[[#条約・機構]]参照）が、これは[[集団安全保障]]体制を組ませず、対抗軸とさせないためのアメリカによるアジア分断・干渉であるとする意見もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 「アメリカ合衆国が日本国を防衛する必要はない」という解釈 ===&lt;br /&gt;
第5条を根拠にして、アメリカ合衆国が日本国を防衛する必要がないとされるのではないかという解釈がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 根拠条文 ====&lt;br /&gt;
: ARTICLE NO.5&lt;br /&gt;
: Each Party recognizes that an armed attack against either Party in the territories under the administration of Japan would be dangerous to its own peace and security and declares that it would act to meet the common danger in accordance with its constitutional provisions and processes. :第5条&lt;br /&gt;
: 各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 解説 ====&lt;br /&gt;
''either Party in the territories under the administration of Japan'' とは、日本の行政管理下内での両国共ではなく、いずれかの国、すなわち日本の主権に対して[[治外法権]]を持つアメリカ合衆国の[[大使館]]、[[領事館]]とアメリカ合衆国軍事基地が一方のPartyであり、アメリカ合衆国の治外法権の施設を除いた部分の日本国の地区がもう一つのPartyであるという定義をすることもできる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この定義に基づけば、それらのいずれか一方が自分にとって危険であると認識（''recognizes'') した時、共通の危機(''common danger'') に対処する。アメリカ合衆国軍の行動は、''common danger'' が対象であり、''common danger'' とは、日本国内のアメリカ合衆国の施設と、その他の部分の日本に共通の危機のことである。つまり、日本国内のアメリカ合衆国の施設（軍事基地等）とその周辺（日本の一部地区）に対する危機に限定されると考えることもできる。アメリカ合衆国軍が行動する場合は、アメリカ合衆国憲法に従わねばならないと条文で規定されている。また、アメリカ合衆国憲法では在外のアメリカ合衆国軍基地が攻撃を受けた時は、自国が攻撃を受けたと看做され自衛行動を許すが、駐留国の防衛まで行う規定はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これらのことから、日米安全保障では、'''日本国内におけるアメリカ合衆国'''（在日米軍施設の事）'''の防衛'''を宣言しているとも考えられ、少なくともアメリカ合衆国は日本国内で行動をとることができる。日本にアメリカ合衆国軍基地があるために、日本を敵としないアメリカ合衆国の敵から、日本の一部地区に攻撃を受ける危険が生じることも考えられ、批判的な見方をすれば、この条約の性質は、対日危機保障条約であるということもできる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、下記に述べるように日米双方から「自分のほうが相手に巻き込まれるから不利」という意見は存在し、自国の主観で見るならば、どちらが正しいのかは答えの出しにくい問題である。現実として、長年に渡る日米双方の膨大な維持負担と実績を積んできたこと及び、日米安全保障条約に危機的に信頼を失墜させるほどの行為を日米両国共にとっていないことなどから、こう言った批判は長年少数派に留まっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
真の「相互安全協力及び安全保障」条約であれば、在日米軍の存在同様、[[自衛隊]]がアメリカ合衆国内に駐屯する事も可能であると主張する声があるが、日本国の防衛方針に適合しないため非現実的である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== アメリカ下院議会で日本側に有利過ぎると非難された日米安全保障条約 ===&lt;br /&gt;
上記とは逆に、米国側からの「日本に有利すぎる」といった批判もあるのも事実である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日米安全保障の本質が時代と共に変化しているが、条約部分に決定的な変化は無い。また日米安全保障条約は、日本側が正常な軍事力を持つまで……として締結された経緯もあり、アメリカ側には日本を防衛する事を必要とされるが、日本側は必ずしもアメリカを防衛することは必要では無い状態になっている。これは日本側の憲法解釈（政府見解）上の制約で、個別的自衛権の行使は日米両国共に可能だが、集団的自衛権の場合は日本は憲法に抵触する恐れがあるという政策を採っている。抵触するかどうかについては議論が続いており、結論は出ていない。この事実を日本の二重保険外交と解釈し、日本はアメリカに対する防衛責務を負っていないのに、アメリカから防衛されている状態ではアメリカの潜在的敵国と軍事的協調をとれる余地を残している、との批判が米議会にあったことも事実である。&lt;br /&gt;
また、アメリカ側は日本に対して集団的自衛権を行使出来ると明言しており、費用面からも、軍事的負担がアメリカ側に多いと、日米安全保障条約はアメリカで時として非難される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが実際の所、日米安全保障条約の信頼を失墜させるほどの行為は日米両国共にとっていないので、こう言った批判は、やはり米国でも少数派に留まっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 米軍が日本に駐留し続ける事の意義 ===&lt;br /&gt;
[[ホワイトハウス]]のデイナ・ペリーノ報道官は2008年2月13日、「米国はどこに居ようとどこに基地を持とうと、それはそれらの国々から招かれてのことだ。世界のどの米軍基地でも撤去を求められているとは承知していない。もし求められれば&lt;br /&gt;
恐らく我々は撤退するだろう」と述べた（「恒久的基地は世界のどこにもない」AFP通信電）。これは即ち、日本国民が、日本の政府に[[自由民主党 (日本)|自民党]]・[[公明党]]などの与党を国政選挙を通じて選択することで、即ちこの条約の継続を求めたと米国が解釈していることを意味する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、世界的には、米軍自身が戦略的に必要と考える地域で現地の国民が駐屯に反対した場合には、駐留と引き換えの経済協力を提案し、あるいは反対勢力には経済制裁や対外工作機関（[[アメリカ中央情報局]]など）による非公然活動（スキャンダル暴露や暗殺など）、場合によっては軍事介入などのさまざまな妨害をちらつかせ「アメとムチ」を使って駐留を維持するとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 日米安保無効論 ===&lt;br /&gt;
[[ニューヨーク・タイムズ]]記者ティム・ワイナーが機密解除資料を基に著した「CIA秘録」（原題「Legacy of Ashes：The History of the CIA」）によれば、新条約締結に関わった岸はCIAを通じて時の大統領[[ドワイト・D・アイゼンハワー]]に買収されていたという（[[週刊文春]]2007年10月4日号『岸信介はアメリカのエージェントだった！―「安倍政権投げ出し」の原点』）。また、条約は必要性に応じて継続されるか否かが判断されるべきものでありながら、実際は日本政府の独断によって秘密裏に自動延長されていた（[[#日米安全保障条約の本質の変化]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした事実を元に現在、市民団体によって、新条約はその正当性合法性に照らして無効であり破棄されるべきものとする訴訟が提起されている（[[#外部リンク]]参照）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献・注釈 ==&lt;br /&gt;
* [[草野厚]]『日米安保とは何か』（[[PHP研究所]]）&lt;br /&gt;
* [[室山義正]]『日米安保体制』上下（[[有斐閣]]）&lt;br /&gt;
* [[日本国際政治学会]]編『日米安保体制-持続と変容』（有斐閣）&lt;br /&gt;
* [[西原正]]/[[土山實男]]編『日米同盟Q&amp;amp;A100』（[[亜紀書房]]）&lt;br /&gt;
* [[坂元一哉]]『日米同盟の絆』（有斐閣）&lt;br /&gt;
* [[岡崎久彦]]『戦略的思考とは何か』（中公新書）、『日米同盟と日本の戦略』（PHP研究所）&lt;br /&gt;
* [[マイケル・グリーン (政治学者)|マイケル・グリーン]]他編『日米同盟 米国の戦略』（[[勁草書房]]）&lt;br /&gt;
* [[田久保忠衛]]『新しい日米同盟』（PHP新書）&lt;br /&gt;
* [[国際関係研究会]]『日米同盟の論理』（[[日本工業新聞社]]）&lt;br /&gt;
* [[山本皓一]]/[[松本利秋]]『軍事同盟・日米安保条約』（[[クレスト社]]）&lt;br /&gt;
* [[孫崎享]]『日米同盟の正体―迷走する安全保障』（講談社現代新書）&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
=== 条約・機構 ===&lt;br /&gt;
* [[台湾関係法]]（旧[[米華相互防衛条約]]）&lt;br /&gt;
* [[米韓相互防衛条約]]&lt;br /&gt;
* [[米比相互防衛条約]]&lt;br /&gt;
* [[中央条約機構]]&lt;br /&gt;
* [[ワルシャワ条約機構]]&lt;br /&gt;
=== 事件・できごと===&lt;br /&gt;
* [[安保闘争]]&lt;br /&gt;
* [[砂川事件]]&lt;br /&gt;
:[[立川基地]]拡張に反対するデモ隊の一部が基地内に立ち入り逮捕された事件で、日米安保及び在日米軍駐留の合憲・違憲を論点とする訴訟となった。&lt;br /&gt;
* 日米安保無効訴訟&lt;br /&gt;
:[[岸信介]]が[[CIA]]のエージェントだった事がティム・ワイナーにより暴露され、「斯様な状況下で締結された本条約は無効」とする主張が行なわれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/index.html 日米安全保障体制] - 外務省&lt;br /&gt;
* [http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19600119.T1J.html 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約]（現行安保条約） - 東京大学東洋文化研究所 田中明彦研究室&lt;br /&gt;
* [http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19600119.T5J.html 日米地位協定] - 同上&lt;br /&gt;
* [http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19781127.O1J.html 日米防衛協力のための指針（旧ガイドライン、日米安全保障協議委員会が了承した防衛協力小委員会の報告)、1978年（昭和53年）11月28日閣議了解] - 同上&lt;br /&gt;
* [http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19970923.O1J.html 日米防衛協力のための指針（新ガイドライン）、1997年（平成9年）9月23日] - 同上&lt;br /&gt;
* [http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19510908.T2J.html 日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約]（旧安保条約） - 同上&lt;br /&gt;
* [http://homepage2.nifty.com/kitinetto/ 安保破棄中央実行委員会]&lt;br /&gt;
* [http://www.cscreate.net/anpo_mukou/ 日米安保条約無効訴訟の会]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Poli-stub}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:にちへいあんせんほしようしようやく}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の条約]]&lt;br /&gt;
[[Category:日米関係]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の軍事]]&lt;br /&gt;
[[Category:アメリカ軍]]&lt;br /&gt;
[[Category:昭和時代戦後の外交]]&lt;br /&gt;
[[Category:冷戦]]&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディアに書くと削除される記事]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本鬼子]]&lt;br /&gt;
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&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{保護}}&lt;br /&gt;
{{ActorActress&lt;br /&gt;
| 芸名 = 酒井 法子 &lt;br /&gt;
| ふりがな = さかい のりこ&lt;br /&gt;
| 画像ファイル = &lt;br /&gt;
| 画像サイズ = &lt;br /&gt;
| 画像コメント = &lt;br /&gt;
| 本名 = 高相 法子&amp;lt;br/&amp;gt;（たかそう のりこ）&lt;br /&gt;
| 別名 = &lt;br /&gt;
| 出生地 = {{JPN}}・[[福岡県]][[福岡市]]&lt;br /&gt;
| 国籍 = &lt;br /&gt;
| 民族 = &lt;br /&gt;
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| 生年 = 1971&lt;br /&gt;
| 生月 = 2&lt;br /&gt;
| 生日 = 14&lt;br /&gt;
| 職業 = 自称[[歌手]]、自称[[俳優|女優]]（実態は[[ニート]]）&lt;br /&gt;
| ジャンル = &lt;br /&gt;
| 活動期間 = 1986年 -&lt;br /&gt;
| 活動内容 = &lt;br /&gt;
| 配偶者 = &lt;br /&gt;
| 家族 = &lt;br /&gt;
| 公式サイト = &lt;br /&gt;
| 主な作品 = &amp;lt;!--皆が認める代表作品を入力--&amp;gt;&lt;br /&gt;
| アカデミー賞 = &lt;br /&gt;
| AFI賞 = &lt;br /&gt;
| 英国アカデミー賞 = &lt;br /&gt;
| セザール賞 = &lt;br /&gt;
| エミー賞 = &lt;br /&gt;
| ジェミニ賞 = &lt;br /&gt;
| ゴールデングローブ賞 = &lt;br /&gt;
| ゴールデンラズベリー賞 = &lt;br /&gt;
| ゴヤ賞 = &lt;br /&gt;
| グラミー賞 = &lt;br /&gt;
| ブルーリボン賞 = &lt;br /&gt;
| ローレンス・オリヴィエ賞 = &lt;br /&gt;
| 全米映画俳優組合賞 = &lt;br /&gt;
| トニー賞 = &lt;br /&gt;
| 日本アカデミー賞 = &lt;br /&gt;
| その他の賞 = [[日本歌謡大賞]]最優秀放送音楽新人賞&lt;br /&gt;
| 備考 = &lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''酒井 法子'''（さかい のりこ、本名:高相（たかそう）法子（旧姓酒井）、[[1971年]][[2月14日]] - ）は、[[日本]]の元[[アイドル|アイドル歌手]]、[[俳優|女優]]。[[堀越高等学校]]卒業。所属[[芸能事務所|事務所]]は[[サンミュージックプロダクション]]。所属レコード会社は[[ビクターエンタテインメント]]。[[福岡県]][[福岡市]]出身。[[血液型]]は[[ABO式血液型|B型]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
[[山口組]]系[[伊豆組]]配下酒井組組長酒井峰吉（本名・酒井三根城。1989年山梨県大月市にて交通事故死）の娘として[[福岡市]]に生まれる。家庭の事情により小学校時代の6年間を[[埼玉県]][[狭山市]]で過ごす。6年生の3学期に帰郷して福岡市立大名小学校を卒業。[[福岡市立舞鶴中学校]]では[[ソフトボール]]部に所属し、3年生になった（クラスは3組出席番号は33番）[[1985年]]の夏に9番[[右翼手|ライト]]で[[全国高等学校総合体育大会ソフトボール競技大会|県大会]]準優勝を果たした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===芸能界へ===&lt;br /&gt;
[[1985年]]10月26日の「'86ミスヘアコロン・イメージガール・コンテスト」（[[資生堂]]主催)で'''BOMB!賞'''を獲得（グランプリは[[水谷麻里]]、準グランプリは[[岡谷章子]]、Momoco賞は[[畠田理恵]]が受賞）。ただし、当初このコンテストにBOMB!賞なる賞は存在しておらず、実際には[[オーディション]]落選後に、サンミュージックの専務が「『彼女の』才能を試してみたい」、と願い出たことでデビューの運びとなった&amp;lt;ref name=&amp;quot;ninkidukrinohousoku&amp;quot;&amp;gt;[[相澤秀禎]] 『人気づくりの法則』（[[東洋経済新報社]] 1988年4月23日） ISBN 978-4492553091&amp;lt;/ref&amp;gt;。BOMB!賞はその際に急遽新設され、11月22日付で贈られている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年12月、福岡市から上京し、所属事務所の社長である[[相澤秀禎]]宅で下宿生活を始める（福岡市立舞鶴中学校から東京の中学へ転校）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1986年]]1月開始の[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系の[[テレビドラマ]]『[[春風一番!]]』でデビュー（収録は前年の1985年12月から開始されているので、芸能活動は上京直後からになる）。ほぼ同時に雑誌『[[Momoco]]』の「モモコクラブ」のメンバーとなる（桃組出席番号1482番）。その後、4月29日のイベント「'86 MOMOCO PARTY」において開催された「第2回ミスモモコクラブ」オーディションで'''ミスVHD賞'''を受賞（この時のグランプリは畠田理恵）。これにより当時売り出し中だったビデオディスクである[[VHD]]ソフトの発売が決まり、11月21日、『YUPPIE』で世界初の'''VHDデビュー'''を果たす。このVHDの挿入歌「お願いダーリン」を非公式のデビュー曲とする見方もあるが、正式なレコードデビューは[[1987年]]になってからである。同期に[[BaBe]]、[[坂本冬美]]らがいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
レコードデビューすると同時に若者を中心に人気を獲得。3枚目のシングル「ノ・レ・な・いTeen-age」で、その年の第18回[[日本歌謡大賞]]最優秀放送音楽新人賞を受賞する（同年の[[第29回日本レコード大賞]]の最優秀新人賞は[[立花理佐]]が受賞）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[キャッチコピー|キャッチフレーズ]]は「おきゃんなレディ」。デビュー当時の[[愛称|ニックネーム]]は「のりっぺ」（福岡での中学生時代のニックネーム）だったが、デビューしてしばらく経ってから「のりピー」と名乗り出す。同時に「ヤッピー」「いただきマンモス」「うれピー」といった、「'''のりピー語'''」を流行させた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アイドル時代の活動は多岐に渡る。芸能活動のほかに[[イラストレーター]]・[[漫画家]]（[[ペンネーム]]は平仮名の“さかいのりこ”）としても活動し、少女漫画雑誌『[[少女コミック|週刊少女コミック]]』に漫画の連載を持ったこともある。中学生の頃に自ら生み出したというキャラクター「'''のりピーちゃん'''」は、[[日本自動車工業会]]の交通安全ポスターにも使われた。また、そのキャラクターグッズも自身のショップ『NORI-P HOUSE』で販売されて人気を博し、当時のタレントショップブームの一翼を担っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1990年代]]以降、[[東アジア]]（[[台湾]]、[[香港]]、[[中華人民共和国]]など）では日本での活躍以上の絶大な人気を誇り、[[中国語]]歌唱による楽曲も発表している。[[1992年]]5月10日と11日に行われた自身初の海外公演である[[台北市]]立総合体育場でのコンサートは、台湾における日本人初のワンマンショーとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その頃から女優としても本格的な活動が始まり、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]系『[[ひとつ屋根の下]]』、日本テレビ系『[[星の金貨]]』など、出演したテレビドラマが大ヒットすると同時に、『星の金貨』の主題歌として自ら歌った『碧いうさぎ』が[[ミリオンセラー]]となり、[[1995年]]、デビュー9年目にして『[[第46回NHK紅白歌合戦]]』に初出場を果たした。歌唱曲がドラマの主題歌だったこともあり、紅白史上初めて[[手話]]を交えて歌った。なお、この『碧い―』以後を“従来の元気路線に比べて落ち着き過ぎ”と評するファンも多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『[[ひとつ屋根の下]]』の脚本家[[野島伸司]]と交際するも破局、[[1998年]]に、[http://www.jiro.co.jp/index.html スキーショップ「JIRO」]経営者長男で自称プロ[[サーフィン|サーファー]]・高相祐一と[[できちゃった結婚|おめでた婚]]。プロサーファーと言っているが日本プロサーフィン連盟・JPSAの公認プロとして、一切エントリーされていない。また、世界プロサーフィン連盟日本支局・ASP Japanのランキング一覧にも彼の名前を見つけることはできない。[[1999年]]7月18日、長男を出産。現在は1児の母。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2000年]]に[[産前産後休業|産休]]から復帰したが、デビュー当時からの担当[[マネージャー]]だった溝口伸郎が自殺。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、子育てと女優活動を両立しながら[[2003年]]には[[ブランド#ファッション分野におけるブランド|ファッションブランド]]『PP rikorino』を立ち上げるなど、現在もマルチに活動している。&lt;br /&gt;
===転落===&lt;br /&gt;
[[2009年]][[8月3日]]、夫・祐一が[[覚せい剤取締法]]違反（所持）で現行犯逮捕される。その際の家族としての事情聴取協力要請を強硬に断り、子と共に出奔（のちに子は知人に預けていた事が判明）。7日、自身の部屋からも覚醒剤の粉末と吸引器具が発見押収され、覚醒剤使用の疑いが強まり同じ容疑で逮捕状発布を受けた。山梨県内に移動していた事が携帯電話のGPS追跡で判明しているもののその後の足取りは不明。8日午後8時頃、文京区の警視庁富坂庁舎に出頭し逮捕される。相沢正久・サンミュージック社長は、有罪確定の場合は契約解除を以って臨む旨表明。10日、留置先の東京湾岸警察署（女性被疑者専用留置場がある）から東京地方検察庁に送検。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、本節内容は[[ウィキペディア日本語版]]の[[wiki:酒井法子|同項目]]には一切書かれていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== エピソード ===&lt;br /&gt;
*夫は[[木梨憲武]]からの紹介&amp;lt;ref&amp;gt;[[フジテレビジョン|フジテレビ]]系『[[メントレG]]』（2007年6月24日放送）&amp;lt;/ref&amp;gt;。夫はスキーショップ『JIRO』経営者の長男（後継者）であり、同チェーンショップの役員でもある。なお、同店は倒産状態にある。友人に、河村隆一などがいる。&lt;br /&gt;
*1990年代半ば以降、河村隆一のすすめで趣味として[[ウォータースポーツ|マリンスポーツ]]（ボディボード）を楽しむようになった。親友の工藤静香を誘うなどしており、工藤の木村拓哉との出会いもサーフィンがきっかけであり、以来、家族ぐるみの交際をしている。&lt;br /&gt;
*その他、前述の木梨夫妻や、江口洋介夫妻とも家族ぐるみの付き合いをしているといわれる。&lt;br /&gt;
*後年、「のりピー語は20歳を越えた頃から似つかわしくないと思うようになった」と本人がテレビ番組で語っている。当時の事務所社長の[[相澤秀禎]]も「のりピー語」は酒井を売り出すための戦略であったことを自著で明かしている&amp;lt;ref name=&amp;quot;ninkidukrinohousoku&amp;quot;&amp;gt;[[相澤秀禎]]『人気づくりの法則』（[[東洋経済新報社]] [[1988年]]4月23日） ISBN 978-4492553091 &amp;lt;/ref&amp;gt;。最近では[[エドはるみ]]が当時を懐かしむようにのりピー語を使っている。&lt;br /&gt;
*フジテレビ系『[[HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP]]』の「テレフォンボックス」のコーナーに出演の際、[[嵐 (ジャニーズ)|嵐]]の[[大野智]]ファンで（その理由は“踊りも歌もうまいから”）、コンサートにも行った旨を発言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==家族構成==&lt;br /&gt;
*父：酒井三根城（さかい・みねき　暴力団酒井組組長、1989年事故死）&lt;br /&gt;
*弟：酒井健（さかい・たけし　元暴力団員、2009年7月に覚醒剤使用で逮捕）&lt;br /&gt;
母については未詳。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『徹子の部屋』出演の際、弟がいる事を伏せ「一人っ子です」と言い切っていた（もっとも、母とは離婚により幼少の頃別れたとの事で、異母弟がいると知らなかった可能性も否定出来ない）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 音楽作品 ==&lt;br /&gt;
=== シングル ===&lt;br /&gt;
#男のコになりたい（1987年2月5日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[三浦徳子]]、作曲: Frankie T.、編曲: [[萩田光雄]]&lt;br /&gt;
#渚のファンタシィ（1987年5月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 竹花いち子、作曲: [[タケカワユキヒデ]]、編曲: [[新川博]]&lt;br /&gt;
#ノ・レ・な・いTeen-age（1987年8月25日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[森浩美]]、作曲: 西木英二、編曲: [[戸塚修]]&lt;br /&gt;
#*[[江崎グリコ|グリコ]]キャンレディ イメージソング&lt;br /&gt;
#夢冒険（1987年11月25日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 森浩美、作曲: 西木英二、編曲: [[中村暢之]]&lt;br /&gt;
#*[[日本放送協会|NHK]]『[[アニメ三銃士]]』主題歌&lt;br /&gt;
#*第60回[[選抜高等学校野球大会|センバツ]]の入場行進曲に選出&lt;br /&gt;
#GUANBARE（1988年2月24日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[森雪之丞]]、作曲・編曲: [[馬飼野康二]]&lt;br /&gt;
#1億のスマイル 〜PLEASE YOUR SMILE〜（1988年5月18日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 森浩美、作曲: [[ASKA|飛鳥涼]]、編曲: [[船山基紀]]&lt;br /&gt;
#*[[ライオン (企業)|ライオン]]Ban16シリーズ 1988年度イメージソング&lt;br /&gt;
#HAPPY AGAIN（1988年9月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 森浩美、作曲: 西木英二、編曲: 船山基紀&lt;br /&gt;
#*[[日本自動車工業会]] キャンペーンソング&lt;br /&gt;
#ホンキをだして（1989年1月1日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 森浩美、作曲: [[筒美京平]]、編曲: 船山基紀&lt;br /&gt;
#おとぎの国のBirthday（1989年2月14日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[石坂まさを]]、作曲: [[和泉常寛]]、編曲: [[山本健司]]&lt;br /&gt;
#*[[日本放送協会|NHK]]『[[みんなのうた]]』1988年12月 - 1989年1月の曲&lt;br /&gt;
#Love Letter（1989年4月26日）&lt;br /&gt;
#*作詞・作曲: [[尾崎亜美]]、編曲: [[佐藤準]]&lt;br /&gt;
#*ライオンBan16シリーズ 1989年度イメージソング&lt;br /&gt;
#さよならを過ぎて（1989年8月2日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[来生えつこ]]、作曲: 前田克樹、編曲: 船山基紀&lt;br /&gt;
#ALL RIGHT（1989年11月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞・作曲: [[遠藤響子|遠藤京子]]、編曲: [[鷺巣詩郎]]&lt;br /&gt;
#幸福&amp;lt;small&amp;gt;（しあわせ）&amp;lt;/small&amp;gt;なんてほしくないわ（1990年2月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[松本隆]]、作曲: [[吉田拓郎|入江剣]]、編曲: 船山基紀&lt;br /&gt;
#ダイヤモンド☆ブルー（1990年5月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞・作曲: 遠藤京子、編曲: [[井上日徳]]&lt;br /&gt;
#*ライオンBan16シリーズ 1990年度イメージソング&lt;br /&gt;
#*ドラマ『京都東山殺人事件』でも挿入歌として使用されている&lt;br /&gt;
#微笑みを見つけた（1990年8月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 遠藤京子、作曲: [[鈴木キサブロー]]、編曲: 井上日徳&lt;br /&gt;
#イヴの卵（1990年11月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[及川眠子]]、作曲: [[堀川まゆみ|MAYUMI]]、編曲: [[山川恵津子]]&lt;br /&gt;
#*[[日本ビクター]]コードレス留守番電話光ルスS5 イメージソング&lt;br /&gt;
#あなたに天使が見える時（1991年3月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 森雪之丞、作曲・編曲: [[土橋安騎夫]]&lt;br /&gt;
#モンタージュ（1991年6月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 森雪之丞、作曲・編曲: 土橋安騎夫&lt;br /&gt;
#涙がとまらない 〜HOW! AW! YA!〜（1991年11月7日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[康珍化]]、作曲: [[原田真二]]、編曲: [[松本晃彦]]&lt;br /&gt;
#軽い気持ちのジュリア（1992年3月4日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 康珍化、作曲: [[上田知華]]、編曲: [[UR@N|URAN]]&lt;br /&gt;
#*カップリング曲「うれし涙」は[[OVA]]『[[電影少女#OVA|電影少女 -VIDEO GIRL AI-]]』オープニングテーマ&lt;br /&gt;
#渚のピテカントロプス（1992年6月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 康珍化、作曲・編曲: 羽田一郎&lt;br /&gt;
#たぶんタブー（1992年11月6日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[斉藤美和子|さいとうみわこ]]、作曲: 松田信男、編曲: [[西平彰]]&lt;br /&gt;
#あなたが満ちてゆく（1993年5月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[朝水彼方]]、作曲: PROJECT MOONLIGHT CAF&amp;amp;Eacute;、編曲: [[田代修二]]&lt;br /&gt;
#笑顔が忘れられない（1993年11月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞・作曲: M&amp;amp;M、編曲: 山川恵津子&lt;br /&gt;
#誘われて…（1994年6月22日）&lt;br /&gt;
#*作詞・作曲・編曲: MOONLIGHT CAF&amp;amp;Eacute;&lt;br /&gt;
#OH OH OH 〜We are the Winners〜（1995年2月22日）&lt;br /&gt;
#*作詞・作曲: Maurice White、Bill Meyers、KUNI MISAWA、日本語詞: [[秋元康]]、編曲: [[西脇辰弥]]&lt;br /&gt;
#*[[日本女子サッカーリーグ|L・リーグ]]公式テーマソング。現役女子サッカー選手10人がコーラス参加し“酒井法子 with L・リーガーズ”としてリリース&lt;br /&gt;
#[[碧いうさぎ]]（1995年5月10日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[牧穂エミ]]、作曲: [[織田哲郎]]、編曲: [[新川博]]&lt;br /&gt;
#*[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系列『[[星の金貨]]』主題歌&lt;br /&gt;
#*織田哲郎が2006年発売のアルバム『melodies』で[[セルフカバー]]している&lt;br /&gt;
#Here I am 〜泣きたい時は泣けばいい〜（1996年4月24日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 秋元康、作曲: [[川島だりあ]]、編曲: 新川博&lt;br /&gt;
#鏡のドレス（1996年10月9日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 三浦らら、作曲: [[宇佐元恭一]]、編曲: 土方隆行&lt;br /&gt;
#*日本テレビ系列『[[星の金貨#続・星の金貨|続・星の金貨]]』主題歌&lt;br /&gt;
#涙色（1997年7月24日）&lt;br /&gt;
#*作詞・作曲: [[河村隆一]]、編曲: 土方隆行&lt;br /&gt;
#*河村隆一が同年発売のアルバム『[[Love (河村隆一)|Love]]』でカップリング曲の「蝶々」と共にセルフカバーしている&lt;br /&gt;
#*日本テレビ系列『[[NNNきょうの出来事]]』エンディング曲&lt;br /&gt;
#横顔（1998年5月13日）&lt;br /&gt;
#*作詞・作曲: [[辛島美登里]]、編曲: [[十川知司]]&lt;br /&gt;
#*日本テレビ系列『[[火曜サスペンス劇場]]』主題歌&lt;br /&gt;
#PURE（1999年4月1日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[藤井フミヤ]]、作曲: 増本直樹、編曲: 土方隆行&lt;br /&gt;
#WORDS OF LOVE（2000年4月5日）&lt;br /&gt;
#*作詞・作曲: [[原由子]]、編曲: 本山晴一郎&lt;br /&gt;
#*[[カネボウ化粧品]]『フレッシェルホワイトＣ』CMソング&lt;br /&gt;
#miracle（2000年11月1日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[宮原芽映]]、作曲・編曲: [[村山晋一郎]]&lt;br /&gt;
#天下無敵の愛（2004年6月23日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[斉藤由貴]]、作曲・編曲: [[崎谷健次郎]]&lt;br /&gt;
#*[[東京放送|TBS]]系列『[[よい子の味方 (TBS)|よい子の味方]]』主題歌&lt;br /&gt;
# 世界中の誰よりきっと（2007年8月22日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[中山美穂]]・[[上杉昇]]、作曲: 織田哲郎&lt;br /&gt;
#*[[トヨタ・ノア|TOYOTA NOAH]] CMソング&lt;br /&gt;
#*中山美穂&amp;amp;[[WANDS]]のカバー。カップリング曲は「碧いうさぎ（2007 Version）」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 企画シングル ===&lt;br /&gt;
*のりピー音頭（1988年7月6日）&lt;br /&gt;
*:作詞: 森浩美、作曲: 馬飼野康二、編曲: [[竹村次郎]]&lt;br /&gt;
*:[[コンパクトカセット|カセットテープ]]でのみ発売。[[有線ラジオ放送|有線]]・[[ラジオ]]の[[宣伝|プロモーション]]用のものを除き、[[コンパクト盤|EPレコード]]は発売されていない。&lt;br /&gt;
*すすめ! はっくしょんベイビー（2004年5月1日）&lt;br /&gt;
*:作詞: 白峰美津子、作曲・編曲: [[渡部チェル]]&lt;br /&gt;
*:[[日本放送協会|NHK]]『[[みんなのうた]]』 2004年4月 - 5月放送曲&lt;br /&gt;
*:CDつき絵本『はっくしょんベイビーライオンにあう』（[[スターツ出版]]）として発売。&lt;br /&gt;
=== アルバム ===&lt;br /&gt;
#ファンタジア (Fantasia)／NORIKO Part I（1987年7月1日）&lt;br /&gt;
#夢冒険／NORIKO SPECIAL（1988年1月1日）&lt;br /&gt;
#GUANBARE／NORIKO Part II（1988年3月16日）&lt;br /&gt;
#LOVELY TIMES／NORIKO Part III（1988年8月21日）&lt;br /&gt;
#Blue Wind 〜NORIKO Part IV〜（1989年6月21日）&lt;br /&gt;
#My Dear／NORIKO Part V（1989年12年16月）&lt;br /&gt;
#Singles 〜NORIKO BEST〜（1990年3月21日）&lt;br /&gt;
#White Girl 〜NORIKO Part VI〜（1990年7月4日）&lt;br /&gt;
#Sweet'n' Bitter 〜NORIKO Part VII〜（1991年1月21日）&lt;br /&gt;
#CDファイル Noriko Sakai Vol.1（1991年2月21日）&lt;br /&gt;
#CDファイル Noriko Sakai Vol.2（1991年2月21日） &lt;br /&gt;
#CDファイル Noriko Sakai Vol.3（1991年2月21日）&lt;br /&gt;
#マジカル・モンタージュ・カムパニー／Noriko Part VIII (1991.07.21)&lt;br /&gt;
#Sentimental Best（1991年12月5日）&lt;br /&gt;
#マンモス／Noriko Part IX（1992年7月22日）&lt;br /&gt;
#Singles 〜NORIKO BEST〜 II（1992年12月2日）&lt;br /&gt;
#あなたが満ちてゆく／Noriko Part X（1993年7月21日）&lt;br /&gt;
#ナチュラル・ベスト（1994年2月2日）&lt;br /&gt;
#10 SONGS（Noriko Part XI）（1994年7月21日）&lt;br /&gt;
#微笑（1994年11月1日）&lt;br /&gt;
#Watercolour（1995年6月21日）&lt;br /&gt;
#Twin Best（1995年7月12日）&lt;br /&gt;
#我愛美人魚（1996年2月1日）&lt;br /&gt;
#素顔（ノーメイク）（1996年5月22日）&lt;br /&gt;
#有縁千里（1996年5月22日） - エリック・ソン（[[W:zh:孫耀威|孫耀威]]）とデュエット曲「有縁千里」収録&lt;br /&gt;
#スノーフレイクス（1996年12月18日）&lt;br /&gt;
#ASIAN COLLECTION 97（1997年11月28日）&lt;br /&gt;
#work out fine（1998年7月1日）&lt;br /&gt;
#ASIAN TOUR SPECIAL〜ASIAN COLLECTION 98〜（1998年10月1日）&lt;br /&gt;
#PURE COLLECTION （1999年6月23日）&lt;br /&gt;
#Singles 〜NORIKO BEST〜 III（2000年4月5日）&lt;br /&gt;
#Asia 2000〜Words Of Love〜（2000年10月1日）&lt;br /&gt;
#Moments（2003年9月6日） - カバーアルバム&lt;br /&gt;
#＜COLEZO!＞Noriko Sakai Best Selection（2005年3月24日）&lt;br /&gt;
#＜COLEZO! TWIN＞酒井法子（2005年12月16日）&lt;br /&gt;
#大好き 〜My Moments Best〜（2007年9月19日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演 ==&lt;br /&gt;
=== ドラマ ===&lt;br /&gt;
==== 連続 ====&lt;br /&gt;
*[[春風一番!]]（1986年1月11日 - 3月29日、日本テレビ系列） - 美津子役&lt;br /&gt;
*[[翔ぶが如く (NHK大河ドラマ)|翔ぶが如く]]（1990年、NHK [[大河ドラマ]]） - 西郷（市来）琴役&lt;br /&gt;
*:第一部前半のみ出演&lt;br /&gt;
*[[代表取締役刑事]]（1990年10月7日 - 1991年9月29日、[[テレビ朝日]]系列） - 橘日向子役&lt;br /&gt;
*:サブレギュラー。第1話、第15話など時々出演&lt;br /&gt;
*[[ひとつ屋根の下]]（1993年4月12日 - 6月28日、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]系列） - 柏木小雪役&lt;br /&gt;
*[[はぐれ刑事純情派]] 第6シリーズ第2話「美人コンテスト女王の犯罪!?」（1993年4月14日、テレビ朝日系列）- ゲスト&lt;br /&gt;
*帰ってきちゃった（1993年11月15日 - 12月9日、NHK [[ドラマ新銀河]]） - 村田かおり役&lt;br /&gt;
*我愛美人魚（1993年6月、[[台湾]]）&lt;br /&gt;
*[[出逢った頃の君でいて]]（1994年4月13日 - 6月29日、日本テレビ系列） - 大里ナナ役&lt;br /&gt;
*[[星の金貨]]（1995年4月12日 - 7月12日、日本テレビ系列） - 倉本彩役&lt;br /&gt;
*[[星の金貨#続・星の金貨|続・星の金貨]]（1996年10月9日 - 12月25日、日本テレビ系列） - 倉本彩役&lt;br /&gt;
*[[ひとつ屋根の下#ひとつ屋根の下2|ひとつ屋根の下2]]（1997年4月14日 - 6月30日、フジテレビ系列） - 柏木小雪役&lt;br /&gt;
*[[聖者の行進 (テレビドラマ)|聖者の行進]]（1998年1月9日 - 3月20日、[[東京放送|TBSテレビ]]系列） - 葉川もも役&lt;br /&gt;
*[[遠い親戚 近くの他人?]]（1999年2月17日 - 3月17日、[[NHK総合テレビジョン|NHK総合]]） - 香山静役&lt;br /&gt;
*[[天使が消えた街]]（2000年4月12日 - 6月29日、日本テレビ系列） - 進藤京子役&lt;br /&gt;
*[[利家とまつ]]（2002年1月6日 - 12月15日、NHK 大河ドラマ） - [[高台院|おね→北政所]]役&lt;br /&gt;
*[[ムコ殿#ムコ殿2003|ムコ殿2003]]（2003年4月17日 - 6月26日、フジテレビ系列） - 石原南役&lt;br /&gt;
*[[女将になります!]]（2003年3月31日 - 5月8日、NHK総合テレビ） - 吉野奈津子役&lt;br /&gt;
*[[ファイト (朝ドラ)|ファイト]]（2005年3月29日 - 10月1日、NHK [[連続テレビ小説]]） - 木戸亜沙子役&lt;br /&gt;
*[[まるまるちびまる子ちゃん]]（2007年4月19日 - フジテレビ系列） - お母さん さくらすみれ役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 単発 ====&lt;br /&gt;
*京都花見小路殺人事件〜舞妓さんは名探偵!（1988年10月18日、テレビ朝日系列・[[火曜スーパーワイド]]） - 小菊役&lt;br /&gt;
*サラリーマン忠臣蔵・華麗なる復讐（1989年1月1日、テレビ朝日系列・新春ドラマスペシャル）&lt;br /&gt;
*家光と彦佐と一心太助（1989年1月3日、テレビ朝日系列・新春時代劇スペシャル） - お仲役&lt;br /&gt;
*京舞妓殺人事件〜舞妓さんは名探偵2〜（1989年8月1日、テレビ朝日系列・[[火曜スーパーワイド]]） - 小菊役&lt;br /&gt;
*京都東山殺人事件〜舞妓さんは名探偵〜（1990年4月24日、テレビ朝日系列・[[火曜ミステリー劇場]]） - 小菊役&lt;br /&gt;
*若さま侍捕物帖〜陰謀渦巻く江戸城大奥の秘密（1991年1月2日、テレビ朝日系列・正月ドラマスペシャル） - 勝姫役&lt;br /&gt;
*[[映画みたいな恋したい]] 「恋しくて」（1992年2月15日、[[テレビ東京]]系列）&lt;br /&gt;
*湖畔亭（1992年9月7日、フジテレビ系列・秋の特選サスペンス）&lt;br /&gt;
*真夏のサンタクロース（1992年9月14日、TBSテレビ系列・[[月曜ドラマスペシャル]]） - 桑田千代役&lt;br /&gt;
*好きだと言ってくれたなら（1992年12月24日、日本テレビ系列・ドラマシティー'92）&lt;br /&gt;
*[[ほんとにあった怖い話|ほんとにあった怖い話2]] 「遠い夏」（2000年8月25日、フジテレビ系列・[[金曜エンタテイメント]]） - 萩原律子役&lt;br /&gt;
*[[弟 (テレビドラマ)|弟]] （2004年11月17日、テレビ朝日系列・秋のスペシャルドラマ） - 料亭「海陽亭」の女将役&lt;br /&gt;
*[[恋のから騒ぎ]]ドラマスペシャル episode 1「三十路の女」（2004年9月25日、日本テレビ系列） - 掛布貴子（9期生メンバーでカケフの愛称で人気のあったスチュワーデスがモデル）役&lt;br /&gt;
*[[国盗り物語#新春ワイド時代劇版|国盗り物語]]（2005年1月2日、テレビ東京系列・[[新春ワイド時代劇]]） - お槙役&lt;br /&gt;
*出張料理人（2006年11月14日、日本テレビ系列・[[火曜ドラマゴールド]]） - 神崎直役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 映画 ===&lt;br /&gt;
*[[必殺!5 黄金の血]]（1991年11月23日） - お浅役&lt;br /&gt;
*[[花のお江戸の釣りバカ日誌]]（1998年12月23日） - 浜崎美津役&lt;br /&gt;
*[[ピチューとピカチュウ]]（2000年7月8日） - ナレーター（声の出演）&lt;br /&gt;
*それいけ! アンパンマン ゴミラの星（2001年7月14日） - [[ヤーダ]]役（声の出演）&lt;br /&gt;
*[[呪怨|呪怨2]]（2003年8月23日） - 原瀬京子役&lt;br /&gt;
*ムーンライト・ジェリーフィッシュ（2004年8月7日） - 寺沢由紀子役&lt;br /&gt;
*[[Jホラーシアター#予言|予言]]（2004年10月2日） - 里見綾香役&lt;br /&gt;
*大ちゃん、だいすき。（2007年） - 洋子役（声の出演）&lt;br /&gt;
*[[SS_(漫画)#実写映画版|SS エスエス]]（2008年1月12日） - 大佛久美子役&lt;br /&gt;
*[[審理]]（裁判員制度広報用映画、2008年3月25日試写会開催） - 木村奈緒子役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== アニメ ===&lt;br /&gt;
* [[アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル]]（2004年7月4日 - 2005年5月15日、[[日本放送協会|NHK総合テレビ]]） - チャーミアン・ストラウド役（声の出演）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== バラエティー ===&lt;br /&gt;
*[[モモコクラブ]] （1986年10月5日 - 1987年9月27日、TBSテレビ系列）&lt;br /&gt;
*[[徹子の部屋]] （1989年、1991年、テレビ朝日系列）ゲスト出演。&lt;br /&gt;
*[[THE夜もヒッパレ]] （1995年 - 2002年、日本テレビ系列）&lt;br /&gt;
*:1999年1月から3月までレギュラー司会&lt;br /&gt;
*[[THE M]]（2008年4月22日 - 8月12日、日本テレビ系列）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== CM ===&lt;br /&gt;
*[[ライオン (企業)|ライオン]] ban16（制汗・デオドラント製品）&lt;br /&gt;
*[[信用組合]]&lt;br /&gt;
*[[江崎グリコ]] チョコボンバー（[[チョコレート]][[菓子]]）&lt;br /&gt;
*[[サークルKサンクス|サークルK]] 春のお弁当（1988年）&lt;br /&gt;
*[[千葉県]]知事選挙（関東地方のみ）&lt;br /&gt;
*[[九州旅客鉄道|JR九州]]（九州地区のみ）&lt;br /&gt;
*[[角川クロスメディア|角川書店]][[東京ウォーカー|九州ウォーカー]]（1997年で九州地区のみ。創刊号の表紙も酒井だった）&lt;br /&gt;
*[[尾崎商事]] カンコー学生服&lt;br /&gt;
*[[日本ビクター]]&lt;br /&gt;
*[[ムーンスター|月星化成]]&lt;br /&gt;
*[[東芝]]&lt;br /&gt;
*[[宝ホールディングス|宝酒造]]&lt;br /&gt;
*[[日産自動車]] [[日産・セレナ|セレナ]]（C23後期型）&lt;br /&gt;
*[[亀田製菓]]&lt;br /&gt;
*[[アラクス]]&lt;br /&gt;
*[[郵政省]](現、[[日本郵政]])&lt;br /&gt;
*[[日清食品]]&lt;br /&gt;
*カネボウコスメット&lt;br /&gt;
*[[中部電力]] オール電化&lt;br /&gt;
*[[ミツカン]] 純玄米黒酢・食酢&lt;br /&gt;
*公共広告機構（現：[[ACジャパン]]）&lt;br /&gt;
*[[ニコニコのり]] もずくスープ&lt;br /&gt;
*[[ワイデックス]]&lt;br /&gt;
*[[花王]] [[アタック (洗剤)|アタック]]（洗剤）&lt;br /&gt;
*[[トヨタ自動車]] [[トヨタ・ノア|ノア]]（2007年）&lt;br /&gt;
*[[シダックス]]（2008年）&lt;br /&gt;
*[[ユニリーバ・ジャパン]] ダヴ モイスチャーシャンプー（2008年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ラジオ ===&lt;br /&gt;
*ときめきパジャマ MARI NORI AKIのドッキンタイム（1986年4月13日開始、[[ニッポン放送]]）&lt;br /&gt;
*:※歌手デビュー前に同じ事務所の[[水谷麻里]]、[[岡谷章子]]と共に出演。&lt;br /&gt;
*きらきらサンデーアイドルおちゃめランド（[[文化放送]]）&lt;br /&gt;
*:※当時事務所の後輩だった[[田村英里子]]と共に出演。&lt;br /&gt;
*のりピー 不思議な夢冒険&lt;br /&gt;
*のりピー 気ままにセンセーション&lt;br /&gt;
*酒井法子 すてきにロマンス&lt;br /&gt;
*酒井法子 ドライブパートナー&lt;br /&gt;
*:※以上4番組は全国各地の放送局によって番組名が違うが、内容は同じものである。&lt;br /&gt;
*酒井法子のストレートライフ・夢色プリズム（[[アール・エフ・ラジオ日本]]）&lt;br /&gt;
*[[Radio THIS]]（[[MBSラジオ|毎日放送]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 舞台 ===&lt;br /&gt;
*喜劇 雪之丞変化（1991年2月2日 - 2月28日、[[東京宝塚劇場]]） - 浪路役&lt;br /&gt;
*ミュージカル [[サウンド・オブ・ミュージック#ミュージカル 日本版|サウンド・オブ・ミュージック]]（1992年3月3日 - 4月22日、[[青山劇場]]） - リーズル役&lt;br /&gt;
*ミュージカル シンデレラ（1995年8月2日 - 8月29日、[[新宿コマ劇場]]） - シンデレラ役&lt;br /&gt;
*ブロードウェイミュージカル [[ビッグ (映画)#ミュージカル|big]]（1998年7月8日 - 8月30日、[[東京国際フォーラム]]） - スーザン役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他 ===&lt;br /&gt;
*天使がくれたレインボー（1989年7月15日 - 11月26日）&lt;br /&gt;
*:[[世界デザイン博覧会|名古屋デザイン博]]「ときめきCity館」内の映像アトラクション&lt;br /&gt;
*鏡の国のレジェンド（1989年10月27日）&lt;br /&gt;
*:[[PCエンジン]] [[CD-ROM2|CD-ROM&amp;amp;sup2;]]用[[ゲームソフト]]。鏡の国に誘拐されたのりピーを探して冒険する[[アドベンチャーゲーム]]。実写取り込みによる画像と声による出演。劇中に使用される「夢冒険」「GUANBARE」「星屑のアリス」「Love Letter」の4曲が[[CD-DA]]で収録されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 書籍 ==&lt;br /&gt;
*のりピーちゃん（1989年7月20日、[[小学館]]） - 漫画&lt;br /&gt;
*のりピーちゃん（2003年2月、小学館） - 絵本&lt;br /&gt;
*:原作: さかいのりこ、作・構成・絵: [[杉木ヤスコ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 受賞歴 ==&lt;br /&gt;
*第1回[[COTTON USAアワード]]『Mrs. COTTON USA』（2004年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[統合失調症]]&lt;br /&gt;
*[[女性タレント]]&lt;br /&gt;
*[[日本の女優一覧]]&lt;br /&gt;
*[[福岡県出身の人物一覧]]&lt;br /&gt;
*[[堀越高等学校の人物一覧]]&lt;br /&gt;
*[[おさかな天国]]（ジャケットを描いた）&lt;br /&gt;
*[[岡田有希子]] - 溝口伸郎は岡田のマネージャーだった。&lt;br /&gt;
*[[サンミュージックプロダクション]]&lt;br /&gt;
*[[ジョジョの奇妙な冒険]] - 第二部「[[戦闘潮流]]」で、主人公のジョセフ・ジョースターがのりピー語を使っている。&lt;br /&gt;
*[[トップをねらえ!]] - 主人公タカヤノリコ、その声優[[日高のり子]]、主題歌歌手の酒井法子のトリプルノリコが売りの作品。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出典・脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}{{reflist}} &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://sunmusic.org/noriko/ 公式HP]&lt;br /&gt;
*[http://www.i-noriko.net/ Hong Kong Noriko Sakai Alliance]（香港公式HPだったが閉鎖）&lt;br /&gt;
*[http://www.pprikorino.com/ PPrikorino]（閉鎖）&lt;br /&gt;
*[http://www.jiji.com/jc/v2?id=20090810sakai_noriko_under_arrest 特集・酒井法子逮捕]（時事通信）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:さかい のりこ}}&lt;br /&gt;
[[Category:蛆虫]]&lt;br /&gt;
[[Category:吹石]]&lt;br /&gt;
[[Category:野田憲太郎]]&lt;br /&gt;
[[Category:知的障害者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のアイドル]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の歌手]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の俳優]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の漫画家]]&lt;br /&gt;
[[Category:福岡市出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:NHK紅白歌合戦出演者]]&lt;br /&gt;
[[Category:1971年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:サンミュージック]]&lt;br /&gt;
[[Category:覚せい剤常用者]]&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディアに書くと削除される記事]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[:wiki:en:Noriko Sakai]]&lt;br /&gt;
[[:wiki:fr:Noriko Sakai]]&lt;br /&gt;
[[:wiki:it:Noriko Sakai]]&lt;br /&gt;
[[:wiki:ko:사카이 노리코]]&lt;br /&gt;
[[:wiki:pl:Noriko Sakai]]&lt;br /&gt;
[[:wiki:vi:Sakai Noriko]]&lt;br /&gt;
[[:wiki:zh:酒井法子]]&lt;/div&gt;</summary>
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