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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<title>戸塚宏</title>
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				<updated>2011-12-31T12:08:37Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;210.89.107.149: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''この人物は虐待やいじめを支持する日本の恥です！'''&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
'''戸塚 宏'''（とつか ひろし、[[1940年]][[9月6日]] - ）は、日本の[[各種学校]]経営者。[[戸塚ヨットスクール]]校長・ヨットマン。元受刑者。[[愛知県]]出身だが、出生は[[朝鮮]][[咸鏡北道]][[清津市]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もう今年で71歳のはずだ。　たのむ！早く死んでくれ！！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--要出典：[[朝鮮]]の[[清津]]生まれ。--&amp;gt;[[名古屋市立菊里高等学校|名古屋市立菊里高校]]、[[名古屋大学]][[工学部]][[機械工学]]科卒。在学中に[[ヨット]]に出会う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
* [[1975年]] - [[沖縄国際海洋博覧会]]記念[[太平洋]]横断レースで突出した記録を残し、注目を浴びた。シングルハンド（一人乗りヨット）による太平洋横断の最短世界記録を達成した（41日）&lt;br /&gt;
* [[1976年]] - [[株式会社]][[戸塚ヨットスクール]]開校。当初はオリンピックでメダルを獲れるようなセイラーを育成するためのスクールとして発足したが、翌年の秋頃[[不登校]]などの[[情緒障害児]]の更生に効果があると評判になり、マスコミで紹介されてからは、もっぱら情緒障害児の[[治療]]を目的とした活動へとシフトしていった。同スクールの合宿に参加した[[上之郷利昭]]が著した「[[スパルタの海]]」では、同スクールの活動が生々しく報告されている。コーチ陣の過度の訓練・体罰が近因となり死者5名（2名は傷害致死、1名は病死、2名は行方不明のまま[[みなし死亡]]）を出す。&lt;br /&gt;
* [[1983年]][[6月13日]] - コーチと共に監禁・傷害致死の容疑で[[逮捕]]。   &lt;br /&gt;
* [[1986年]]7月 - [[保釈]]される。[[早稲田祭]]で人物研究会の招きにより講演。以後も[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]「[[EXテレビ]]」など各種メディアに登場、[[脳幹]]を鍛えれば癌やアトピー、うつ病、登校拒否などあらゆる病状を克服できる趣旨の「脳幹論」を肝とした持論を展開する（[[脳科学]]の知識は何も無い）。&lt;br /&gt;
* [[1995年]] - 右派の政治政党[[維新政党・新風]]に、賛同者の一人として名を連ねる。&lt;br /&gt;
* [[1999年]] - 「[[電磁界等を考えるシンポジウム京都会議]]」に、発起人の一人として名を連ねる。&lt;br /&gt;
* [[2002年]][[2月15日]] - [[最高裁判所]]は[[上告]]を[[棄却]]。&lt;br /&gt;
* 2002年[[3月11日]] - 無罪を主張するが退けられ[[懲役]]6年の刑が確定。「[[教育]]か、[[暴力]]か」が争点となったが、教育と認定された一審から一転、[[控訴|控訴審]]・[[上告審]]では暴行と認定された。現在も体罰との因果関係は一切無かったとして無罪を主張している。&lt;br /&gt;
* 2002年[[3月29日]] - [[名古屋]][[検察庁|高等検察庁]]へ出頭。[[静岡刑務所]]に収監される。&lt;br /&gt;
* [[2006年]][[4月29日]] - 静岡刑務所を満期出所。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
収監前の記者会見では「出所後は[[私立小学校]]を開設したい」と抱負を述べていたが、出所後に静岡駅で支援者とともに会見した時には、ヨットスクールを続けていきたいと語った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
反戸塚ヨットスクールキャンペーンの先頭に立った『[[サンデー毎日]]』の[[毎日新聞社]]を猛烈に憎んでおり（逮捕を報じた号では[[手錠]]をかけられて護送される写真が表紙を飾ったこともあった）、同社の取材には一切応じない、との説もあったが、[[毎日新聞]]は出所直後の静岡市内での記者会見の内容（「体罰は教育だ」などの発言）をいち早く報じている（支援する会のウェブサイトには以前、取材拒否する旨の記載があった）。[[義家弘介]]と激しく対立する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著書 ==&lt;br /&gt;
* [[1976年]] - 『太平洋一直線』[[オーシャンライフ]] オーシャンブックス&lt;br /&gt;
* [[1983年]] - 『私が直す！』[[飛鳥新社]]&lt;br /&gt;
* [[1983年]]1月 - 『孤独の挑戦』[[ズーム社]] Zoom Books ISBN 480330758X&lt;br /&gt;
* [[1983年]]1月 - 『私はこの子たちを救いたい - &amp;quot;殴らない父&amp;quot;と&amp;quot;愛しすぎる母&amp;quot;へ』[[光文社]] カッパビジネス ISBN 4334011500&lt;br /&gt;
* [[1985年]]11月 - 『私が直す！』[[角川書店]] [[角川文庫]] ISBN 4041620015（飛鳥新社版改版）&lt;br /&gt;
* [[1985年]]11月 - 『獄中記』飛鳥新社 ISBN 4870310201&lt;br /&gt;
* [[1988年]]6月 - 『敵は脳幹にあり』[[アポロ出版]] ISBN 4874547028&lt;br /&gt;
* [[1992年]]7月 - 『こんな輩が子供をダメにする - 偽善を排す異論・暴論63』[[太陽企画出版]] ISBN 4884662059&lt;br /&gt;
* [[1992年]]8月 - 『熱論戸塚宏 - 反平等主義論』[[フローラル出版]] ISBN 4930831040&lt;br /&gt;
* [[2003年]]4月 - 『教育再生 - これで子供は救われる』[[大洋図書]] ISBN 4813010741&lt;br /&gt;
* [[2006年]]11月 - 『静岡刑務所の三悪人』[[飛鳥新社]] ISBN 487031763X&lt;br /&gt;
* [[2007年]]4月 - 新潮新書212『本能の力』[[新潮社]] ISBN 4106102127&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[石原慎太郎]]（筆頭支援者）&lt;br /&gt;
* [[伊東四朗]]（支援者）&lt;br /&gt;
* [[カルト]]&lt;br /&gt;
* [[擬似科学]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:とつかひろし}}&lt;br /&gt;
[[Category:1940年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:愛知県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:ヨット]]&lt;br /&gt;
[[Category:教育問題]]&lt;br /&gt;
[[Category:疑似科学]]&lt;br /&gt;
[[Category:人殺し]]&lt;br /&gt;
[[Category:長谷川穂積に一遍どつき回された方がいい人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:シロアリ]]&lt;br /&gt;
[[Category:小泉毅の爪の垢を飲ませたい人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:蛆虫]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>210.89.107.149</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%A9%8B%E4%B8%8B%E5%BE%B9&amp;diff=148407</id>
		<title>橋下徹</title>
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				<updated>2011-12-31T12:06:38Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;210.89.107.149: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''橋下 徹'''（はしもと とおる（本名は「はしした」）、[[1969年]][[6月29日]] - ）は、[[日本]]の[[政治家]]、[[弁護士]]、[[タレント]]。[[大阪府知事]]（第52代）。橋下綜合法律事務所代表。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 略歴 ==&lt;br /&gt;
[[東京都]][[渋谷区]][[幡ヶ谷]]生まれ。小学校5年生の時に[[大阪市]][[東淀川区]]東中島に転居。中学3年生の時に母親が[[再婚]] &amp;lt;ref name =tetukonoheya20061002&amp;gt;『徹子の部屋』2006年10月2日放送&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[大阪市立中島中学校]]を経て[[大阪府立北野高等学校]]卒業。高校時代の同級生には現[[自由民主党 (日本)|自民党]][[衆議院議員]]の[[川条志嘉]]がいる（中学時代は仲間と共に川条をいじめて川条が転校したというエピソードを『[[たかじんのそこまで言って委員会]]』で紹介したが、川条にはいじめられた記憶がなく、2007年12月、川条が橋下に電話で問いただしたところ、「作ってました。申し訳ございません。」と謝罪を受けた&amp;lt;ref&amp;gt;[[2008年]][[01月28日]] [[読売新聞]]&amp;lt;/ref&amp;gt;。高校では偶然、再び一緒になった）。中学・高校時代は[[ラグビー・フットボール|ラグビー]]部に所属&amp;lt;ref&amp;gt;ラグビー部に入部したのは当時放送されていた人気[[テレビドラマ]]『[[スクール☆ウォーズ]]』に影響されたからである。もう一つの理由は[[転学|転校]]した中学校が[[不良行為少年|不良]]の多い学校であったため、どうしたら自分を守れるかと考えた末、校内で一番強いグループであったラグビー部の[[番長#番長（少年）|番長]]の下につけば安心と考えたからだという。&amp;lt;/ref&amp;gt;。北野高校3年時には、第67回[[全国高等学校ラグビーフットボール大会]]大阪予選を勝ち抜き全国大会に出場。3回戦で[[京都市立伏見工業高等学校|伏見工]]と対戦し敗退(この試合は、近畿勢同士の対戦、かつ進学校VS名門校の対戦ということで話題を呼んだ。しかもこの試合が1988年(昭和63年)の元旦だったため、会場の[[近鉄花園ラグビー場]]が満員札止めになってしまい、同会場の客席改装に至ったとのことである)。後に高校日本代表候補に選ばれ東西対抗にも出場する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高校での成績は進級が危ぶまれるほどだった。現役時代は早稲田大学の2学部を受験するも失敗。1年間の[[過年度生|浪人]]生活を経て、再び早稲田大学5学部を受験。5学部全てに合格した中で、政治経済学部経済学科に入学。大学時代には[[家庭教師]]の[[労働者派遣事業|派遣業]]を行っていた他、[[ジャンパー (衣服)# 各種のジャンパー|革ジャン]]の[[卸売業]]&amp;lt;ref&amp;gt;傷物の革ジャンを安く仕入れ、その傷を[[蝋]]を塗って隠し、高額で売っていたといい、橋下自身、「ちょっと[[詐欺]]みたいなものなんですけども」と『徹子の部屋』で語っている。&amp;lt;/ref&amp;gt;に携わっていた。その仕事上の契約で200万円の[[不渡り]][[手形]]をつかまされ今までの貯金を失う。この時、[[手形法]]などを勉強し、訴訟を起こしたことがきっかけとなり、弁護士を志す&amp;lt;ref name =tetukonoheya20061002&amp;gt;『[[徹子の部屋]]』2006年10月2日放送&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
早大卒業した[[1994年]]に[[旧司法試験|司法試験]]に合格&amp;lt;ref&amp;gt;この同じ年に異色の弁護士、[[大平光代]]も合格している&amp;lt;/ref&amp;gt;。2年間の[[司法修習]]で[[法曹]]資格を得、1997年に大阪弁護士会に弁護士登録。大阪市内にある樺島法律事務所に1年間勤務。[[1998年]]、弁護士2年目という異例の早さで&amp;lt;ref name =bunsyun20060615&amp;gt;『[[週刊文春]]』（2006年6月15日号）&amp;lt;/ref&amp;gt;[[大阪市]]内に「橋下綜合法律事務所」を設立する。[[示談]]交渉による解決を看板にする。弁護士としては珍しい飛び込み[[営業]]なども行い顧客を集め&amp;lt;ref name =haranbanjo20050130&amp;gt;『[[いつみても波瀾万丈]]』　2005年1月30日放送&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref name =bunsyun20060615/&amp;gt;、年間400～500もの案件を手がける。開業から1年足らずで大手[[保険]]会社と顧問弁護士契約を結ぶ。弁護士としての主な担当業務は企業[[コンプライアンス]]、[[M&amp;amp;A]]、[[エンターテイメント]]法、スポーツビジネスなど。尚、2008年[[2月6日]]に大阪府知事に就任と同時に弁護士業を休業した為、法律事務所の運営は事務所を法人化した上で所属の別の弁護士が行う事になっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[芸能事務所]][[タイタン (芸能プロダクション)|タイタン]]と業務提携し、自身のタレントとしてのマネージメントを委託している。また、同社の顧問弁護士を務めていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2007年]][[12月12日]]、[[大阪府知事]]選挙に出馬することを表明。[[2008年]][[1月27日]]投開票の[[2008年大阪府知事選挙|大阪府知事選挙]]で183万2857票を獲得し当選。同年[[2月6日]]に大阪府知事に就任。現在は[[豊中市]]に在住。&lt;br /&gt;
{{main|#大阪府知事選出馬}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
『[[行列のできる法律相談所]]』で[[島田紳助]]が[[韓国]]の[[俳優]][[ペ・ヨンジュン]]に似ていると指摘したことが広まり、「[[法曹]]界のヨン様」「弁護士界のヨン様」と呼ばれることもあるが、本人は「似てない」と否定している。しかし『[[謎を解け!まさかのミステリー]]』では[[マフラー (防寒具)|マフラー]]を巻いて[[物真似|モノマネ]]をしたこともある。また、『[[週刊文春]]』の調査で、女性30-50代が選ぶ「テレビ出演している[[イケメン]]文化人ランキング」で堂々の1位に輝き、日本テレビ『行列のできる法律相談所』では「[[茶髪]]の風雲児」と称されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同じタイタン所属の[[山中秀樹]]（元[[フジテレビジョン|フジテレビ]][[アナウンサー]]）とは「山ちゃん」「ハッシー」という仲である（爆笑問題の[[田中裕二 (爆笑問題)|田中裕二]]から「気持ち悪い」と言われたことがある）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
好きな音楽は[[ORANGE RANGE]]の「[[花 (ORANGE RANGE)|花]]」（小説『[[いま、会いにゆきます]]』に感動したといい、この曲がこの小説の世界観と大変マッチしていて、聞くと号泣してしまうほどだという。）&amp;lt;ref&amp;gt;[[讀賣テレビ放送]]『[[たかじんのそこまで言って委員会]]』より&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[読売ジャイアンツ|巨人]]ファンである。(『[[たかじんのそこまで言って委員会]]』にて発言していた。)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
時間に対してとても厳しいらしく、『[[週刊女性]]』で[[小説家]][[岩井志麻子]]との対談の企画があったが、岩井が15分程遅刻したため、対談を拒否した。このため橋下の代わりに[[徳光正行]]が岩井と対談を行った&amp;lt;ref&amp;gt;[[2007年]][[12月13日]]放送分の『[[5時に夢中]]』での岩井の発言より。 &amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
小学校4年生まで東京で育ち、5年生から大阪に引っ越す。成長が早く、大阪に引っ越した時には体が大きく髭も濃く、小学校5年生の時のクリスマスプレゼントが電気カミソリだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 商工ローンの弁護士 ===&lt;br /&gt;
[[1999年]]から[[2004年]]まで[[消費者金融]]大手「[[アイフル]]」の子会社である[[商工ローン]]企業「[[シティズ]]」の顧問弁護士であった&amp;lt;ref name =ssintyou20080117&amp;gt;『[[週刊新潮]]』2008年1月17日号より。また、「シティズ」は[[グレーゾーン金利]]（29％〜40％）問題で裁判を起こされている[http://www.shomin-law.com/shakkinSC20060113.html]&amp;lt;/ref&amp;gt;。橋下はこの時代を含め、「（担当した裁判は）8年間負け知らずだった」と語っている&amp;lt;ref&amp;gt;『たかじんのそこまで言って委員会』2006年4月23日放送などでの発言。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== マスメディアへの進出 ===&lt;br /&gt;
[[大阪]]で弁護士活動をしている中、高校時代の先輩から[[ラジオ]]の代理出演を依頼され、出演。偶然その時の放送を聞いていた[[朝日放送]]の[[プロデューサー]]から出演依頼を受け、朝日放送『[[ワイドABCDE～す]]』に[[ジャーナリスト]]の[[大谷昭宏]]と共に出演するようになる。大谷とはその後も『[[スーパーモーニング]]』や『[[ムーブ!]]』でも共演している。同番組の火曜日に出演していた[[デーブ・スペクター]]が橋下の存在を知り、橋下が出演した放送のテープを[[東京]]に送ったことから在京[[キー局]]各社に名前が知られるようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2003年]][[4月]]に全国ネットの『[[行列のできる法律相談所]]』（[[日本テレビ]]系列）に[[久保田紀昭]]弁護士に代わりレギュラーとなる。同年[[7月]]には関西ローカルの『たかじんのそこまで言って委員会』（[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]）でもレギュラーとなり、これらの番組におけるユニークな言動で全国的に知名度が上がって行った。また、同時期にデーブ・スペクターと共に [[東京放送|TBS]]『[[サンデージャポン]]』にもレギュラー出演していたが、同番組における問題発言の責任を取る形で自ら降板した（''詳細は[[#問題視された言動]]の節を参照''）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--また、[[2005年]]4月から[[2006年]]3月まで、『[[森田一義アワー 笑っていいとも!|笑っていいとも!]]』の月曜日にレギュラー出演した&amp;lt;ref&amp;gt;2005年[[10月24日]]の放送を過労で倒れたため休んでしまった。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、[[関西ローカル]]の番組を中心にレギュラー番組を持つようになる。現在、大阪を拠点とした弁護士活動、レギュラー番組の出演、また全国で講演会活動などを行っている。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
しばしば[[下ネタ]]や、タレント・[[文化人]]を批判する発言（特に『行列のできる法律相談所』ではしばしば発言が問題になる）をする一方、[[ワイドショー]]などでは事故・事件・[[時事問題]]について強く言及する行動も見られる。また、[[司法]]問題や法曹界全般、弁護士・[[裁判官]]の資質に至るまで幅広く批判している。&lt;br /&gt;
大阪に事務所があり、出演前後に[[公判]]を入れることがあるため、出演は関西ローカルの番組が多い。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--高校在学中に、[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]の『[[全国高等学校クイズ選手権]]』に出場。地方予選で敗退したが、放送には映っていた。地方大会・事前番組・本放送に映ったことのある芸能人は橋下と[[ザ・プラン9]]の[[浅越ゴエ]]のみである。なお[[2005年]]に橋下が『[[いつみても波瀾万丈]]』に出演した際に、司会の[[福留功男]]は当時のVTRを見て「こんな所にも出ていて私はビックリしました。」と驚いていた&amp;lt;ref name =haranbanjo20050130/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、知事選への出馬したことにより、現在出演しているテレビ・ラジオなどのレギュラー番組を全て降板することとなり、収録済みの『[[ムハハnoたかじん]]』は別番組に差し替えられることとなった&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2007-12-12&lt;br /&gt;
| title =大阪府知事選：橋下弁護士出馬表明…出演場面カットへ&lt;br /&gt;
| url =*&lt;br /&gt;
| publisher = [[毎日新聞]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 12月12日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===子沢山===&lt;br /&gt;
高校時代から憧れていた女性（高校時代は、別の男子生徒と交際。高校卒業後に帰阪した橋下徹が、彼氏と別れた事を伝え聞いて、ドライブデートに誘う）と[[同棲]]を経て[[結婚]]した。3男4女の父親であり、子だくさんとしても有名。本人と夫人曰く「ライバルは[[笑点]]の[[山田隆夫]]と[[堀ちえみ]]」（子沢山で知られる山田隆夫は4人、堀ちえみは5人で、合わせて9人である）。&lt;br /&gt;
一方、著書の中で、『僕は子供が6人いるけど、妻がいなければ子供と一緒にいるのは30分が限界かな』&amp;lt;ref&amp;gt;「まっとう勝負」P253&amp;lt;/ref&amp;gt;、『まあ僕も、避妊の方法をしっかり学ばなきゃいけない立場なんだけどね。6人だもんなあ。さすがに7人目は、ちとキツイからね....』&amp;lt;ref&amp;gt;「まっとう勝負」p191&amp;lt;/ref&amp;gt;と述べている。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--&lt;br /&gt;
[[2006年]][[6月]]、[[父の日]]にちなんで毎年日本で最も素敵なお父さんを選ぶ[[ベスト・ファーザー イエローリボン賞]]を受賞。この日の前日には、第六子（三女）が誕生したばかりであった。&lt;br /&gt;
[[2006年]]、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]『[[スタ☆メン]]』の番組内で[[阿川佐和子]]に対し、[[ギャグ]]とはいえ「今からでも阿川さんを[[妊娠]]させることができますよ」と発言し、周囲を唖然とさせた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2007年の夏に、第7子が生まれることが『そこまで言って委員会』（2007年3月23日収録・3月25日放送分）収録中に司会の[[やしきたかじん]]から暴露され、それを聞いていた[[勝谷誠彦]]は収録翌日の3月24日の関西ローカルの生番組『[[あさパラ!]]』でその事実を明かした。『行列の出来る法律相談所』ではゲストが驚いたと同時に島田紳助からは「[[ワンボックスカー]]に乗れない家族なんて考えられない」と言われた。なお、橋下は同番組で島田紳助から「子供を作る過程が好きじゃないの」、「妻が[[妊娠]]している状態じゃないとまともに歩けない」と番組内で散々ネタにされている&amp;lt;ref&amp;gt;島田紳助からは『行列の出来る法律相談所』で「インチキ弁護士」「脱税弁護士」「弁護よりもテレビ出演」「外では散々浮気をしている」と同等にネタでイジられる。過去のネタは以下の通り。&lt;br /&gt;
*「どうして君は友だちがいないのか」の橋下の本に「どうして君は子供は産まないのか」と題名をシールで書き換えて島田紳助が番組に持ち込んだ。&lt;br /&gt;
*「奥さんとの子作りは時間を問わず」&lt;br /&gt;
*「奥さんは子供を産まないと(妊娠の状態でないと)まともに歩けない」&lt;br /&gt;
*「自宅には子供が7人いるが、外には子供が何十人もいる。」&lt;br /&gt;
[[丸山和也]]からは「8人を目指せ」などと言われた。&amp;lt;/ref&amp;gt;--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 2ちゃんねるの殺害予告犯を刑事告訴 ===&lt;br /&gt;
2007年10月7日、[[電子掲示板]][[ウェブサイト|サイト]]『[[2ちゃんねる]]』に「橋下弁護士の一家惨殺してやる」というタイトルの殺害予告[[スレッドフロート型掲示板|スレッド]]が投稿された。これに対し、橋下は法律の専門家として一般市民の言論に対してはできる限りアクションは起こしたくなかったが、内容や自分の立場や家族のことを考え、所属法律事務所，マネジメント会社、警察との協議により[[告訴・告発|刑事告訴]]を行ったことを自身の[[ブログ]]で明らかにした&amp;lt;ref&amp;gt;[http://hashimotol.exblog.jp/6630090 ２ちゃんねらーの方，大変残念ですが]（橋下徹のLawyer’s　EYE）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==時事問題についての見解・発言==&lt;br /&gt;
====教育について====&lt;br /&gt;
*教育問題に関しては、暴力的で現代では虐待や傷害罪になる程厳しい[[しつけ]]や[[体罰]]を肯定する発言が多く見られる。[[テレビ朝日]]の特番『発足!芸能人PTA』では、『いじめ行為に加担していた自分の子供を（体罰として）50分近くも投げ続けた』ことを告白し、「口で言って解らない年齢の子供には、痛み（体罰）をもって反省させることが重要」と主張。体罰に否定的な教育[[評論家]]の[[尾木直樹]]と論争になった（番組で同席していた[[梅沢富美男]]も「自分の子供を投げ続けて反省させるなんて、尋常の考えでは出来ない。理屈じゃねえんだよ。」と橋下の主張に賛同を示した。）。また、「[[たかじんのそこまで言って委員会]]」、「[[ムハハnoたかじん]]」で、[[戸塚ヨットスクール]]の[[戸塚宏]]と議論をしたことがある。&lt;br /&gt;
*「日本は他国に比べると、学力テストの結果が低いと言われているが、社会に出ると何の役にも立たない学校の勉強(英・数・国・理・社)は重要なものではなく、学校で詰め込むべきではない。また、これらの勉強は大人になってからでも、本人のやる気次第で十分習得出来る。現在の学校の勉強とは、受験のための手段に過ぎない。真に必要なのは『人の上に立つ学問』ではなく『人の役に立つ学問』である。学校で最低限教えるべきなのは読み書き、そろばんと、目上の人間に対する礼儀だけでいい。子供に無駄な知識を強制的に詰め込み、それで優劣をつけるような教育をすると、人格が歪んでしまう。それよりも子供のうちは、太陽の下で思いっきり遊ばせて、ご飯をいっぱい食べさせて、ぐっすり眠る習慣をとらせるべきであり、また、机の上での勉強だけでなく、ボランティア等に積極的に参加させ、社会体験を身につけさせるべきである。」と、現在の日本の[[詰め込み教育]]を批判している。(「[[たかじんのそこまで言って委員会]]」での発言。)&lt;br /&gt;
*自分の嫌いな科目を「くだらない」と決め付ける幼さもあり、[[ニッポン放送]]の[[テリー伊藤のってけラジオ]]にゲスト出演した際に「物理なんてあんなくだらない物やる必要が無い」と発言している。&lt;br /&gt;
*「いじめられっ子に対して、『いじめられている現状から逃げるな！』と言う人がいるが、つらい思いをして学校に通い、いじめに耐えられず自殺をするくらいなら、僕は、転校するなり退学するなりして逃げてもいいと思う。逃げることは恥ずかしいことではない。何も学校だけが人生の全てではない。学校以外にも道はあるはずだ。」(2008年3月放送・[[朝日放送]]特番「いのちと向きあう春」での発言)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 司法について ====&lt;br /&gt;
*元[[ライブドア]]社長の[[堀江貴文]]が[[有価証券報告書]]の虚偽記載で実刑判決を受けたことについて、堀江は社長を辞任しており再犯の可能性もないのに、罪を認めないと[[執行猶予]]がつかないというのは、[[政治資金収支報告書]]の虚偽記載など他の犯罪に対する刑とのバランスがおかしく、(堀江に厳しい)世論になびいてるとしか思えないとして「司法に失望した」と述べた&amp;lt;ref&amp;gt;テレビ朝日系『[[スーパーモーニング]]』2007年3月16日放送[http://www.j-cast.com/2007/03/16006237.html ネットでは「日興の方が悪質」 ホリエモン実刑に批判　2007年3月16日]([http://www.j-cast.com/ Jcastニュース])&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*[[日本弁護士連合会]]が憲法・法律・死刑執行に関し度々意見表明をする事について、自らも弁護士でありながら[[SAPIO]]2007年6月27日号で『悪徳弁護士を一掃できない!　自浄能力なき「弁護士会」は解散すべし』と題し「問題は、この弁護士会が政治的な意見表明を行っていることである。（中略）こういう組織は政治的な意見表明をしてはいけないという当たり前の事を、理解していない弁護士が多いのだ。」と批判。&lt;br /&gt;
*「[[附属池田小事件]]」発生時、「[[被告人]]を速やかに[[死刑]]にすべき」という寄稿を[[週刊誌]]で発表した。その後、死刑判決を望んでいた被告人から弁護人を通じ、早期の死刑実現に対する援助を依頼する手紙が届く。橋下は、被告人が[[遺族]]に謝罪するという条件付で了承する旨、返答した。しかし、被告人からの返事の手紙には、人生に対する恨みや苦悩は書かれていたが、遺族への謝罪や反省のコメントは書かれていなかった。2004年、橋下は「[[たかじんのそこまで言って委員会]]」において、この手紙の内容を公開・朗読した。また、被告人に対して同情的発言をしていた[[真宗大谷派]]の[[僧|僧侶]]について、「こんな手紙を送る奴を援護する京都のクソ坊主に腹立つ」と発言した。&lt;br /&gt;
==== 政治について ====&lt;br /&gt;
*「[[たかじんのそこまで言って委員会]]」で、「日本の一番情けないところは、単独で[[戦争]]が出来ないことだ。」と発言。[[徴兵制度]]の復活を主張している&amp;lt;ref&amp;gt;[http://news.livedoor.com/article/detail/3433495/  タレントの橋下弁護士、府知事立候補でどうなるのか・・・]（[http://www.livedoor.com/ Livedoor]）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*「歴史的経緯のある特別な永住外国人について、当然これは[[参政権]]を与えるべき。」、「その他の永住者については時期早尚」としており、[[在日韓国・朝鮮人]]・台湾人の[[外国人参政権]]を容認していると見られる&amp;lt;ref&amp;gt;。[http://www.tv.janjan.jp/movie/shiminkisha/0801098649/s0801098649_a_02.php 「2008年1月8日　マニフェスト公開討論会」（当該発言は後半のファイルの53分頃）　大阪市[[中央区 (大阪市)|中央区]]の府立女性総合センター（ドーンセンター）]（[http://www.tv.janjan.jp/ TV JAN]） &amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
*「競争の土俵に上がれる者は、徹底的に競争させるべき。」との立場で、[[ニート]]にも厳しい立場。「[[たかじんのそこまで言って委員会]]」において、[[ニート]]対策については「[[拘留]]の上、[[労役]]を課す」と述べた。その理由として「[[予算#国における予算|国家予算]]から単純計算すると、日本に生きるだけで一人あたま47万円の金がかかる。 税金を払わない奴は生きる資格がない」ためであるとしている。&lt;br /&gt;
*著書の中では、『別に政治家を志す動機付けが、権利欲や名誉欲でもいいじゃないか』と述べている&amp;lt;ref&amp;gt;「まっとう勝負」p181&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
*橋下は上記のように[[改憲]]・[[右派]]という部類の弁護士であるが、地方での講演依頼の中には「[[日本国憲法第9条|憲法9条]]改正反対」や「[[反核運動|核廃絶]]」などについての依頼もあって（これは弁護士は[[人権]]擁護や[[護憲]]・平和維持に熱心であるはずという、社会の[[先入観]]に基づく）、「私は改憲派だし、核保有を肯定します。」と断りを入れると先方がビックリしていると、常々[[関西ローカル#関西ローカルのテレビ番組|関西ローカル番組]]内で語っている。そのためか、政治的な内容の講演はなるべく関西を中心に『そこまで言って委員会』の[[ネットワーク (放送)|ネット]]エリア内&amp;lt;ref&amp;gt;[[宮城県]]以外の[[東北地方]]、[[関東地方]]、[[静岡県]]、[[福井県]]、[[沖縄県]]以外の道府県&amp;lt;/ref&amp;gt;に限られ、それ以外の地域では政治的な内容以外の講演&amp;lt;ref&amp;gt;7人の子持ちということから子育て関連についてが特に多い。中にはかつて番組で競演した[[丸山和也]]弁護士（現・参院議員）とコンビで出演し、講演会のはずがトークショーと化したり、ビンゴ大会の司会なんていう場合もあった。&amp;lt;/ref&amp;gt;なら引き受けている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====その他====&lt;br /&gt;
*著書の中で『明確なルールのみが行動の基準であって、明確なルールによる規制がない限りは何をやってもかまわない』と述べている&amp;lt;ref&amp;gt;「まっとう勝負」p210&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*事件報道においては[[被害者]]・[[被疑者]]の氏名を[[匿名]]にすべきと主張している。被害者については[[マスメディア]]による[[メディアスクラム]]によって精神的にさらにダメージを受けるためで、被疑者については[[推定無罪]]や[[冤罪]]の可能性もあるからとしている。ただ、被疑者については裁判になり判決確定以降なら[[実名報道]]もかまわないとしている。この2点において、逆に原則実名報道を主張する[[辛坊治郎]][[ 讀賣テレビ放送|読売テレビ]][[解説委員]]（レギュラー出演している「[[たかじんのそこまで言って委員会]]」の副委員長）とは幾度となくかなり激しい論戦を繰り広げている。&lt;br /&gt;
*関西系の[[情報番組]]で、[[飛鳥会事件]]が取り上げられた際、「私はこの飛鳥地区で育ち、ど真ん中で[[差別]]も[[利権]]の構造も見てきた。親の世代はまだまだ差別に苦しんでいた。」と体験談を語った。&lt;br /&gt;
*[[2007年]][[4月12日]]の[[朝日放送]]の情報番組『[[ムーブ!]]』で、[[尼崎小学生女児暴行事件]]について「女の子が服を脱がされたのか、自分から脱いだのかによって話が変わってくる」と、レイプは被害者にも責任があるととれるような発言を行った（[[セカンドレイプ]]）。被害女児の母が、[[加害者]]に[[引越し]]を求め、それが出来ない場合は女児側が引越す、その際の費用は出して欲しいと言ったことについて、「引越し費用の請求をするのは、明らかに行き過ぎた行為。」と批判をした。&lt;br /&gt;
*テレビで「船場吉兆のパート従業員が嘘を言っているかも知れない」という旨の発言をし、もしも従業員の言ってることが正しいのならばなぜ訴えないのか？という疑問も呈した。&lt;br /&gt;
*[[構造計算書偽造問題|耐震偽装問題]]に関し、[[マンション]]住人に[[自己破産]]を勧める発言をしたことで批判を受けた。その後、[[関西テレビ放送|関西テレビ]]制作の[[ワイドショー|ワイドショー番組]]である『[[ベリーベリーサタデー!]]』内において、「（自身の提案は）自己破産によって住人の負担を無くし、特例として再度[[融資|ローン]]を組ませるという案があってのものである。」と弁明した。&lt;br /&gt;
*「[[赤ちゃんポスト]]」について、「性的な乱れを助長するから」という理由で反対意見を述べた[[大谷昭宏]]に対し、「子供の命が最優先」として賛成を表明した（[[2007年]][[2月23日]]放送の「[[スーパーモーニング]]」にて）。&lt;br /&gt;
*[[2004年]][[プロ野球再編問題 (2004年)|球界再編問題]]における[[日本プロ野球選手会|選手会]]の[[プロ野球ストライキ|ストライキ]]について、「[[野球選手]]がストライキをすると単なる労働者に成り下がってしまう。球団から一々指揮命令を受けないためにも労働者になるべきではない。個人の事業主として集団で契約更改を拒否すればいいだけである」と発言した。&lt;br /&gt;
*これまで[[ボクシング]]選手の[[亀田興毅]]を応援して来ており、亀田一家は親離れ、子離れできていないとした[[作家]]の[[吉永みち子]]に対し、「二十歳そこそこで、あれだけの会見ができる。立派に自立した人間でしょう」と反論した&amp;lt;ref&amp;gt;[[テレビ朝日]]系『[[スーパーモーニング]]』　2007年10月29日放送&amp;lt;/ref&amp;gt;。また、亀田興毅の[[ファン・ランダエタ]]との対戦について「プロボクシングはショー」「（亀田の）ダウンはパフォーマンス」と発言&amp;lt;ref&amp;gt;[[テレビ朝日]]系『スーパーモーニング』　2006年8月4日放送&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==問題視された言動==&lt;br /&gt;
「[[たかじんのそこまで言って委員会]]」などで、日本の[[核兵器]]保有を肯定する発言を度々行っていた。その後、[[2007年]]12月12日の大阪府知事選出馬時の記者会見では、現実に日本が[[核武装論|核武装]]することはありえないと主張を翻している。同年12月25日には「バラエティー番組での発言で世間ウケしないといけなかった」と弁明した&lt;br /&gt;
&amp;lt;ref name = dalysportsonline20061225&amp;gt;[http://www.daily.co.jp/gossip/2007/12/27/0000783406.shtml 橋下氏推薦ＮＯ！核武装論で支持者反発]（Daly Sports Online 2006年12月25日閲覧）&amp;lt;/ref&amp;gt;。米海軍艦艇への給油活動を行う[[テロ対策特別措置法]]にも肯定的である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]5月、[[東京放送|TBS]]系列の[[情報番組]]『[[サンデージャポン]]』で『[[能]]や[[狂言]]が好きな人は変質者』と述べ、関連する団体や人物から批判を受けた&amp;lt;ref name =sportnippon20031013&amp;gt;『[[スポーツニッポン]]』　[[2003年]]10月13日付&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref name =janjan20071214&amp;gt;[http://www.news.janjan.jp/government/0712/0712147217/1.php 大阪府知事選候補予定者、橋下徹氏の足元揺らす「ODA発言」]（[http://www.janjan.jp/ JanJan]　2007年12月14日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『サンデージャポン』で[[悪質リフォーム]]会社「[[幸輝]]」の社内旅行における[[広東省]][[珠海市]]での集団[[買春]]問題に関して、「日本人による買春は中国への[[政府開発援助|ODA]]みたいなもの」と発言し批判を受けた。『行列のできる法律相談所』で共演している[[北村晴男]]弁護士はこの発言を聞いた時、「こいつ、頭がおかしいのかと思った」という。翌週の生放送で発言の全面撤回と謝罪を行ったビデオを放送する予定だったが、橋下は突然マイクの前に立ち、涙を浮かべながら「（問題発言は2回目だったため）さらにこれ以上スタッフに迷惑をかけたくないから、番組から去らさせていただきます」と宣言し、スタジオを出て行ってしまうというスタッフも想定外の行動に出た。番組スタッフは『降板をこちらから強いたことはない』と困惑していたとされる&amp;lt;ref name =sportnippon20031013/&amp;gt;&amp;lt;ref name =janjan20071214/&amp;gt;。その後、2006年中期から時々ゲスト出演しており、その時には[[司会]]の[[太田光]]が名付けた[[八代英輝]]とのコンビ名、「青空有罪・無罪」の有罪という扱いで出演する（無罪は八代）。先に『たかじんのそこまで言って委員会』で全く同様の発言をしたがこの時は問題に問われなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
橋下の「2500万円の税金申告漏れ」をスクープした[[産経新聞]]に対して、自身のブログで、「情報の受け手のことを考えて、情報を発信しやがれ、この[[オナニー]]新聞が！」と罵倒した&amp;lt;ref name =bunsyun20060615/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年3月12日放送の[[フジテレビジョン|フジテレビ]]の情報番組『[[スタ☆メン]]』において[[北斗の拳]]の話題の中で、足をひきずる人について『[[放送禁止用語#放送禁止用語として主に扱われる言葉|びっこ]]引いてる』という[[放送禁止用語]]を連発した。司会者に指摘されすぐさま謝罪したが、番組のエンディングで再度司会者がお詫びを行う事態となった。しかし、びっこ引いているという言葉自体は地域によっては「足を引きずる」という意味で使用されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1991年4〜11月、1992年2～3月、1993年4月～1995年3月と弁護士登録した1997年4月以降の数カ月など、合計34か月間以上に渡って[[国民年金]]の保険料が未納であったことが発覚している&amp;lt;ref&amp;gt;『[[読売新聞]]』　2008年1月19日 &amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2007年に逮捕者を出している[[パチンコ]]関連企業[[梁山泊 (パチンコ)|梁山泊]]の関係者と交友があると報じられたが、橋下も報道陣の取材に対しこの事実を認めている。2007年3月に逮捕された梁山泊関係に連れられて「[[許永中]]の[[愛人]]である女性がママをしている」とされる[[大阪]]・[[北新地]]の高級[[クラブ]]を訪れたという&amp;lt;ref&amp;gt;橋下徹候補「年金未納と怪人脈」－大阪府知事選のウラ（『[[フライデー]]』2008年2月1日号）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== TVで懲戒請求呼びかけ ====&lt;br /&gt;
2007年5月27日放送の『たかじんのそこまで言って委員会』において、「あの弁護団に対してもし許せないと思うんだったら、一斉に[[弁護士会]]に対して[[懲戒請求]]をかけてもらいたいんですよ」、「何万何十万という形で、あの21人の弁護士の懲戒請求をたててもらいたいんですよ」と[[山口県]]の[[光市母子殺害事件]]の弁護団に懲戒請求を行うよう[[視聴者]]に呼びかけた&amp;lt;ref&amp;gt;この番組は収録なので、橋下自身は「もしカットされたらもうしょうがないんですけど」と放送されない可能性もあることをわかった上で発言している。共演していた[[勝谷誠彦]]も橋下に同調し、「（懲戒請求を）出したったらええねん」と述べたが、[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]はそれらをカットせずに放送した。&amp;lt;/ref&amp;gt;。これにより[[テレビ]]を始め、2ちゃんねる等の掲示板のスレッドや一般のブログ記事・まとめサイト（atwiki）などで、「懲戒請求書の記載の仕方」を見た人達（約7558通）の懲戒請求書（2006年度における全弁護士会に来た懲戒請求総数の6倍以上）&amp;lt;ref&amp;gt;[http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/071127/trl0711271233005-n1.htm 東京弁護士会、光母子殺害の弁護士は懲戒せず]（[http://sankei.jp.msn.com/top.htm 産経ニュース]　2007年11月27日 12*33）&amp;lt;/ref&amp;gt;が弁護士会に殺到することになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これに反発した[[光市母子殺害事件]]弁護団のうち4人が業務を妨害されたとして、2007年9月に橋下に1人当たり300万円の損害賠償を求めて[[広島地方裁判所|広島地裁]]に提訴した。橋下は記者会見や裁判所への答弁書で 「発言に違法性はない」、「懲戒請求は市民の自発的意思」、「自身のテレビでの発言と一般市民の懲戒請求の間には因果関係はない」などと反論した。2008年10月2日、弁護士達の主張を認め、1人当たり200万円の賠償命令判決&amp;lt;ref&amp;gt;「光母子殺害：橋下氏に賠償命令　元少年の弁護士への発言で」毎日.jp&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
後に橋下自身は懲戒請求していなかったことが明らかになり、そのことを批判されたが、橋下はその理由について「時間と労力を費やすのを避けた」&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/82735/ 母子殺害めぐる懲戒請求発言　橋下弁護士「違法性ないと確信」争う]2007年9月6日 11：49（[http://www.iza.ne.jp/ イザ！]）&amp;lt;/ref&amp;gt;。「自分がべったり張り付いて懲戒請求はできなくはないが、私も家族がいるし、食わしていかねばならないので…」などと釈明した&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.j-cast.com/tv/2007/09/10011120.html 橋下弁護士と週刊朝日編集長が「懲戒請求」で激論] 2007年9月10日（[http://www.j-cast.com/tv/ Ｊｃａｓｔテレビウォッチ]）&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この懲戒請求呼びかけについて、[[ジャーナリスト]]の[[江川紹子]]からは「請求の内容によっては、懲戒請求をされた弁護士の側から訴えられる可能性もあるという負担やリスクを説明せず、ただ“誰でも簡単に”できると、気楽なノリでしゃべっている。」、「自分自身が懲戒請求をしてないのは無責任である。」、「本来は世間に対して刑事弁護人の役割を説明し、冷静な対応を求めるべき立場なのに、既にヒートアップしている「世間」を煽っている感じさえする」などと批判されている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.egawashoko.com/c006/000235.html 刑事弁護を考える～光市母子殺害事件をめぐって] 2007年9月9日（[http://www.egawashoko.com/ 江川紹子ジャーナル]）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年8月6日、橋下は弁護団が開いた緊急報告集会に出席していたが、その場では「安田弁護士が最高裁の弁論を欠席したこと、これは究極の弁護方針として、弁護戦術として、これはもうもっともだと思う」などと発言していたが、翌8月7日の自身のブログにおいては、自分たちだけが正義の実現者だと思い上っているとして、「この集会は[[カルト]]集団の[[自慰]]（オナニー）集会だね。」と酷評した。また、「[[チンカス]]弁護士」、「[[おたく|オタク]]法律家」、「法律オタクのお坊ちゃん弁護士」&amp;lt;ref name =lawyerseye20070807 &amp;gt;[http://hashimotol.exblog.jp/6239898/ 光市母子殺害事件弁護団緊急報告集会出席報告(1)]（橋下徹のLawyer’s　EYE））&amp;lt;/ref&amp;gt;などと口を極めて非難した。集会参加者の江野尻正明弁護士は「テレビで懲戒請求を呼びかけながら、弁護団の前では方針を理解したように述べ、ブログでは一転して下劣なことを書き連ねる。弁護士として以前に、人間として信用できない」と非難。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、横浜弁護士会が懲戒請求者に対して[[住民票]]の提出を要求したことに対して、自身のブログで、「横浜弁護士会のインチキ野郎」「偽善に満ちた行為」 &amp;lt;ref name =lawyerseye20071104&amp;gt;[http://hashimotol.exblog.jp/6704313/ 馬鹿な横浜弁護士会に代わってお詫びします] （橋下徹のLawyer’s　EYE））&amp;lt;/ref&amp;gt;と罵倒する書き込みを行っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
懲戒請求自体は弁護団を懲戒するだけの事由及び信憑性が無かったとして各弁護士会で次々と却下されており、懲戒処分された弁護士は1人もいなかった。これに対し2007年12月9日放送の『たかじんのそこまで言って委員会』において、「7000通も（懲戒）請求が出てるのに何にも意味が無いんだ」と懲戒請求制度及び弁護士会の態度に不満を洩らしている。&lt;br /&gt;
同年12月17日、今度は反対に、市民約350人が「刑事弁護の正当性をおとしめたことは、弁護士の品位を失うべき非行だ」として、大阪弁護士会に橋下に対する懲戒処分を請求した&amp;lt;ref&amp;gt;市民ら350人、橋下弁護士の懲戒請求へ　光市事件（asahi.com　2007年12月16日08時01分閲覧）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、広島弁護士会に請求申し立てされた7弁護士への懲戒は2008年3月18日、「弁護士らの活動は職責を果たすもので、適正な刑事弁護」として為されない事が正式に議決された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 所得申告漏れ事件 ===&lt;br /&gt;
[[2006年]][[5月23日]]、[[大阪国税局]]から本業である弁護士業務の[[経費]]計上等にかかわる約2500万円の申告漏れを指摘され、[[修正申告]]に応じたと『[[産経新聞]]』&amp;lt;ref&amp;gt;税法…詳しくなかった？　橋下弁護士申告漏れ（『産経新聞』2006年5月23日付朝刊）&amp;lt;/ref&amp;gt;に報道された。&amp;lt;ref&amp;gt;以降、出演番組（特に『たかじんのそこまで言って委員会』）で「[[脱税]]弁護士」「脱税の出来る法律相談所」「昔はトライ、今は税金ノックオン」等と揶揄されることがある。また、事件についての報道がされなくなった後も、[[島田紳助]]などはこの件についてしばしば「税金を理解していない弁護士」などとネタにされている。&amp;lt;/ref&amp;gt;これについて、橋下は自身のブログで、税務調査によって、過去3年間の実際に支出した経費の一部を税務上の経費からはずした結果、（名目上は）過去3年分の所得が（2500万円）増えたことになるが、実際には支出しているから、手元に残っていない。しかも、飲食ではなく、法律業務に使ったのであって、それを意図的な所得隠しや架空経費の計上で税金をごまかす「申告漏れ」と同一視したと反論した。「申告漏れ」という報道が、一般には[[脱税]]と受け取られやすいのに、情報の受け手のことを考えない（自己満足的な）情報を発信したという意味で『産経新聞』を「このオナニー新聞が！」と罵倒し、産経の記者の実名を挙げ批判した。また、記者が情報を得たと思われる税務当局の人物を特定したと書き、その税務署員と産経の記者が国家公務員法に違反すると断じた&amp;lt;ref&amp;gt;産経新聞・××××（←　ブログでは実名であった）氏・お漏らし公務員チェックメイト！　（橋下徹のつぶやきダイアリー  2006年5月26日閲覧）&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt; オナニーメディアに物申す！  （橋下徹のつぶやきダイアリー　2006年5月24日閲覧）&amp;lt;/ref&amp;gt;。しかし、その記事の中では自身は産経新聞を熟読しており、雑誌の『[[正論 (雑誌)|正論]]も定期購読しており、「だいたい産経新聞に賛成だから、購読を続ける」としている。ブログでは、産経新聞に対して「法的手続きも検討している」と述べていたが、現在まで法的手続は取っていない。橋下の抗議により産経新聞は同年7月8日付け朝刊で、経費請求した名目や内容をそれぞれ「タレント活動に必要などとして」、「飲食代などの」としていた箇所を省くとした訂正記事を掲載した。&lt;br /&gt;
また、この件を報じた『[[週刊文春]]』（2006年6月15日号）が[[マスメディア]]では公開していなかった橋下の家族の[[プライバシー]]を明かしたことについて、取材した記者の実名を挙げ、この問題は脱税事件などの違法性を帯びた社会的な事件ではないのに家族のプライバシーを侵害したとして、『[[週刊文春]]』を「三流以下の死に体[[週刊誌]]」、「魂の欠けた[[報道|ジャーナリズム]]」と厳しく非難した&amp;lt;ref&amp;gt;三流以下の週刊文春へ（橋下徹のつぶやきダイアリー　2006年 7月 6日閲覧）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 大阪府知事選出馬 ==&lt;br /&gt;
=== 出馬表明 ===&lt;br /&gt;
2007年12月に[[2008年大阪府知事選挙]]への立候補が報道されたが&amp;lt;ref name =asahi20071205&amp;gt;『[[朝日新聞]]』2007年12月5日付朝刊&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref name =mainiti20071205&amp;gt;『[[毎日新聞]]』2007年12月5日付朝刊&amp;lt;/ref&amp;gt;、当初は「2万%でも。何パーセントでもあり得ない」として不出馬を表明したが、実際は自民党の[[古賀誠]]・選挙対策委員長と[[堺屋太一]]と東京で会い、立候補を了承していたこと、報道された場合は会談がなかったことにすることで合意していたことを後の出馬会見で明らかにした。2007年12月11日に再び、大阪府知事選挙への立候補の意思があると報じられ、[[マスメディア]]の報道が出馬と否定に割れたが、本人は12月11日午後に再度否定した&lt;br /&gt;
[[12月12日]]の大阪府庁で行われた記者会見において、正式に出馬表明&lt;br /&gt;
&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2007-12-12&lt;br /&gt;
| url =*&lt;br /&gt;
| title =大阪府知事選：弁護士の橋下氏が出馬表明「大阪を元気に」&lt;br /&gt;
| publisher = [[毎日新聞]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 12月12日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
普段のラフなスタイルと打って変わって、髪は黒く、眼鏡も掛けず、[[背広|スーツ]]に[[ネクタイ]]姿で現れた。&lt;br /&gt;
二転三転した理由については、仕事の調整の手続き上であるとしている。番組で共演する[[評論家]]で友人の[[宮崎哲弥]]は「橋下がウソを付いた理由」もウソであるとし、『「番組調整が理由ではないと思います。自公推薦だけでなく、[[財界]]の支援取り付けの確認ができるまで待っていたため」であると述べている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.j-cast.com/tv/2007/12/13014488.html 「ウソついた理由」もウソ　橋下出馬で宮崎哲弥指摘]（[http://www.j-cast.com/tv/ Jcast　テレビウォッチ]）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、以前から自民党大阪府議会議員から打診があり、12月3日に立候補の正式要請を受けたこと、[[島田紳助]]や[[やしきたかじん]]、[[辛坊治郎]]からの後押しが出馬を決意するきっかけとなったとしたが、たかじんはその後「（知事選出馬への）GOサインを出したかどうかは、微妙だと思う」と語った&lt;br /&gt;
&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web&lt;br /&gt;
| date = 2007-12-12&lt;br /&gt;
| url =http://sankei.jp.msn.com/politics/local/071212/lcl0712121217005-n1.htm&lt;br /&gt;
| title =「二転三転は手続き上のこと」　橋下弁護士出馬会見詳報(4)&lt;br /&gt;
| publisher = [[産経新聞]]&lt;br /&gt;
| accessdate = 12月12日&lt;br /&gt;
| accessyear = 2007年&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。ただし、『[[たかじんのそこまで言って委員会]]』収録後に楽屋で出馬を説得した事実を選挙戦終了後に認めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 支持勢力 ===&lt;br /&gt;
[[公明党]]大阪府議団は、「[[核武装論]]など、今までの発言に支持者から反発があった」と過去の言動から「推薦」を見送り「支持」に留め、公明党本部もこれを尊重することを表明した。2008年1月7日、[[自由民主党 (日本)|自民党]]、公明党共に党本部としての推薦・支持を見送ることを表明し、自民党は「府連推薦」、公明党は「府本部支持」とし、共に府連レベルでの支援を決定した。公明党は同年1月16日新春年賀会に橋下を招き、支持母体である[[創価学会]]を初めとする支持者らに橋下への支援を訴えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、[[維新政党・新風]]が「[[部落問題|同和]]対策予算はゼロにします」という橋下の姿勢を評価し、[[勝手連]]として支援することを表明した&amp;lt;ref&amp;gt;[http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/51764780.html 橋下弁護士を応援しよう　] 2007年12月30日（[http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/ せと弘幸Blog『日本よ何処へ』]）&amp;lt;/ref&amp;gt;他、2008年1月7日には[[人材派遣]]会社株式会社「[[パソナ]]」グループ代表[[南部靖之]]や元[[経済企画庁長官]][[堺屋太一]]や[[井手正敬]]「[[西日本旅客鉄道|JR西日本]]」元相談役らが橋下徹の政策に賛意を示し、[[勝手連]]を立ち上げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 政策 ===&lt;br /&gt;
記者会見では、認証[[保育所|保育施設]]の増設、公立中学での米食[[給食]]の実施、大阪市中心部を[[石畳]]と[[ガス灯]]で整備する、[[歩行者天国]]を設置するなどを主張。しかしながら、それらの政策は[[大阪市]]など大阪府以外の自治体が実施権限を持つ政策であるため、自民党府議団と会談した際に、[[公約]]となる政策を再度ちゃんと考えてくるよう資料を渡され出直しを命じられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[大阪府立大学]]を名指しし、「府立大の必要性を吟味したい」と“[[国公立大学]]不要論”を展開しており、「大学経営って、160億円も使ってやることか。私は大学は[[私立大学|私立]]がやるものと思っている」との見解を示し、廃止または民営化を示唆している。また、府立高校の[[入学試験|入試]]制度について、学業成績以外にスポーツなどでの評価を重視する、多様な入試制度プランを提唱している。また、私学助成を削減するとも発言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[府庁]]改革については告示前に「府庁解体」を行うとして「ちゃぶ台をひっくり返す」「汗をかかない方は去って下さってかまいません」と発言するなど府庁職員に対して敵対姿勢を見せていたが、その後一転して府庁職員の前で話す際には「皆さん（府庁職員）の盾、サンドバッグになります。一緒にスクラムを組んでください。 」と対応を180度変えた&amp;lt;ref&amp;gt;『[[スポーツ報知]]』　2008年1月11日 &amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[高齢者]]や[[社会的弱者]]への対策に関しては「高齢者らの予算が減るかもしれないが、仕方ない」と発言していたが、[[公明党]]・[[創価学会]]からの批判が噴出し、後に公約を修正した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
府の運営する公園や博物館を見直す模様。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 選挙戦 ===&lt;br /&gt;
推薦・支持している自民党と公明党は表立った支援をせず、選挙対策本部は所属事務所タイタンと高校時代のラグビー部OBを中心とし、政党色を薄めた選挙戦を展開。自民、公明の大阪選出国会議員、地方議員がいっさい応援演説をせず、著名人の応援は選挙戦終盤に[[参議院議員]][[丸山和也]]と宮崎県知事[[東国原英夫]]程度であった。7人の子持ちであることを前面に押し出し、「子供が笑う」をキャッチフレーズに「4つのトライ」と17点の重点事業をマニフェストとして掲げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
選挙戦中盤の1月20日には、橋下のテレビなどでの言動を問題視した300万枚もの選挙法定ビラ（対立候補の[[熊谷貞俊‎]]事務所と同所在地にある団体が作成）が新聞折込広告として府内に配布された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最終的には対立候補に80万票以上の大差を付けて当選。当選当時の都道府県知事の中で最も若い知事となった。いわゆる「[[タレント政治家|タレント知事]]」の誕生は大阪府では[[横山ノック]]（2期を務め、途中で辞職）以来13年ぶり。弁護士出身の現職知事は[[愛知県]]知事[[神田真秋]]に次いで2人目である。公選の大阪府知事としては初の東京都出身である。38歳の公選知事は歴代3番目の若さである&amp;lt;ref&amp;gt;1番目に若い公選知事は北海道の[[田中敏文]]の35歳。2番目に若い公選知事は山口県の[[田中龍夫]]の36歳&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当選直後から各種メディアに出演。1月29日には[[内閣総理大臣]][[福田康夫]]を表敬訪問。また、知事就任前に大阪府庁に登庁し事実上大阪府知事としての職務を始める。自民党大阪府議団の一室を借り、事実上の仮知事室として府職員と就任後の2008年当初予算の作成、政策協議を行う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 大阪府知事として ==&lt;br /&gt;
{{現在進行|section=1}}&lt;br /&gt;
===財政非常事態宣言===&lt;br /&gt;
[[2008年]][[2月6日]]に大阪府知事として[[大阪府庁]]に初登庁。就任の記者会見で財政非常事態宣言を出し、選挙戦で公約に掲げていた府債の発行を原則認めない方針を示した。同時に2008年度当初予算では前年度比で1000億円削減することを明言した。更に「あらゆる情報を公開する」と情報公開室の新設を表明。現行4176万円の知事退職金を半減させるとした。&lt;br /&gt;
現在判明している緊縮財政案としては&lt;br /&gt;
*府公務員の人件費一律１割削減&lt;br /&gt;
*文化施設（[[ワッハ上方]]、[[ドーンセンター]]）、文化団体（[[大阪センチュリー交響楽団]]）への援助の縮小・廃止&lt;br /&gt;
*文化イベント（[[御堂筋パレード]]など）への援助の縮小・廃止&lt;br /&gt;
*各種団体（[[ヒューライツ大阪]]、[[ピース大阪]]などの人権団体）への援助の縮小・廃止&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===方針撤回===&lt;br /&gt;
選挙戦で公約していた原則として府債を発行しない方針を当選後の2008年2月に撤回し、2008年度の暫定予算案において、発行しないと府民生活に影響がでるとの説明のもと、建設事業費として160億円の府債を発行する方針へと転換した。さらに、「ギリギリまで発行を抑えたが、後半にどんとついてくる」と発言しており、府債発行を増額させる可能性を示唆している。&amp;lt;ref&amp;gt;2008年02月11日  読売新聞&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年2月10日、人件費の削減は予算案に計上しないことを明らかにした。&amp;lt;ref&amp;gt;2月10日22時39分配信 産経新聞&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学力別クラス編成導入について、選挙中に「塾でもやっていることが、なぜ公立の学校でもできないのか」として熱心に導入を呼びかけていたが、[[文部科学省]]の[[銭谷真美]]事務次官などの反発もあり、2008年2月13日にこれを撤回。「基本となるクラスまで学力によって分けるのは反対」と正反対の見解を述べた。また、約600億円（生徒児童一人あたり約37万円）に上る私立学校助成金の削減を検討していたが、これも撤回。来年度以降も当面、続けることを明らかにした。&amp;lt;ref&amp;gt;2月13日11時35分産経新聞&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
===ガソリン税継続法案を支持===&lt;br /&gt;
「地方行政の長としては財源が減らないようにしてもらうのが、ありがたい」として、[[ガソリン税]]により地方の道路建設が可能になるとして賛意を示した。&amp;lt;ref&amp;gt;2008年1月29日  読売新聞&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===35人学級見直し検討、「教育非常事態宣言」===&lt;br /&gt;
前知事が府内の全公立小学校に導入した「35人学級」について、「負担に見合う効果があるか疑問」として見直しを検討する意向を示した。また、「画一的に少人数にすればいいというものでもない。基礎ができている子の場合は、200人くらいでも授業は成立する」との見解を示している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年9月6日には[[枚方市]]で開かれた[[日本青年会議所]]大阪ブロック協議会主催の[[フォーラム]]で、[[PTA]]が機能していない故の現状であり形式主義に陥っているとして「PTAを解体する」、[[全国学力テスト]]の市町村別結果を公表するよう府[[教育委員会]]が市町村委員会に要請する事について「指導助言が無視されるようなら府教育委員会も解散する、小中学校課の予算は付けない」と発言。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===NHKのスタジオでの収録には出ない発言===&lt;br /&gt;
就任3日目に[[日本放送協会|NHK]]で[[生放送]]（関西ローカル）されたテレビ番組『[[かんさい特集]] 「新知事・市長に問う　大阪の、これから」』に出演した際の状況から、同局に対する今後のスタジオ出演には出ない旨の発言をした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年2月9日、同番組に出演した橋下は、元鳥取県知事[[片山善博]]、大阪市長[[平松邦夫]]らが出演していた討論の途中でスタジオ入りした。事前に遅れることをNHK側も承知していたことであったが、登場した橋下に司会のNHKアナウンサー[[藤井彩子]]は「ちょっと遅刻ですけども、およそ30分で遅刻して到着されました」と紹介した。橋下はこれらの言動に対して憤慨し、同日行われた[[記者会見]]で、NHKは出演は公務だとしたこと、藤井の言動や出演の際の挨拶などを挙げ、今後、NHKのスタジオ出演はしないと発言した（それ以外の取材は受けるという）。これに対してNHK大阪放送局広報部は、「発言は場を和ませようとしたもの、挨拶はしている」とコメント。ちなみに藤井は橋下と高校で同級である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===府議会、組合との対決===&lt;br /&gt;
4月11日、総額1100億円の予算削減を行う財政再建プロジェクトチーム案を発表。この案を元に議論を進めるとし、「賽は投げられた」述べた。この案は、職員人件費の大幅削減、警察官の定数削減、私学助成金のカットや助成団体への補助金見直しを含む大胆な案で、賛否入り乱れた大きな反響があった。4月17日には、市町村への補助金カット反対を訴える市町村長との交流会で、感極まって涙を見せる一幕を見せた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
6月5日には、試案を若干見直した「大阪維新プログラム」と称した案を発表。人件費や私学助成金など固定費を375億円削減し、全体で1100億円の歳出削減を図る骨子は変わらなかった。6月20日には、職員労働組合との徹夜の団体交渉に挑んだが、組合員から時節罵声が飛ぶなど荒れた雰囲気の中、両者の主張は平行線をたどり結局決裂したまま予算提出となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
7月1日からの臨時大阪府議会では、府側が提出した2008年度本予算が審議され、知事与党からも厳しい批判がなされたことから、予算の見直しを表明した。しかし、府議会各会派の足並みの乱れもあって結局私学助成金や人件費のカットについて18億円の小幅修正を行った案が、土壇場で賛成に回った野党民主を含む共産を除いた主要3会派で可決された。&amp;lt;ref&amp;gt;2008年7月26日読売新聞大阪版36面&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===公用車でのジム通い===&lt;br /&gt;
7月16日、公用車を用いてジムに通っていたことが発覚する。この問題に対し「警備上の都合があって公用車を利用した」と釈明した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===肖像権問題===&lt;br /&gt;
府知事選出場前に、雑誌「[[フライデー]]」に無断撮影されたことで[[光文社]]を[[肖像権]]侵害で訴えたが敗訴、控訴しない旨を明らかにし、判決が確定した。また、7月25日、橋下の肖像画を無断使用したお菓子を[[池田市]]の第3セクターが販売しようとしたのに対し、「法的措置も辞さない」とした。しかし翌日になって「盛り上がるなら使ってもらってもよいが、品質保証はできない」と述べ、肖像画使用を黙認した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===伊丹空港廃止検討===&lt;br /&gt;
[[関西国際空港]]活性化の要望をするために出向いた際、記者団に[[関西三空港の経緯と現状|関西３空港]]についてのあり方について「[[大阪国際空港|伊丹空港]]の廃止も含めて検討し、きちんと方向を出さないといけない」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 文献 ==&lt;br /&gt;
=== 著作 ===&lt;br /&gt;
*『最後に思わずYESと言わせる最強の交渉術―かけひきで絶対負けない実戦テクニック72』（[[日本文芸社]]　2003月6日） 　ISBN 978-4537251500&lt;br /&gt;
*『図説 心理戦で絶対負けない交渉術』（日本文芸社　2005月11月）　ISBN 978-4537253290&lt;br /&gt;
*『橋下徹「まっとう勝負」』（[[小学館]]　2006月11月8日）　ISBN-13 978-4093797436&lt;br /&gt;
*『どうして君は友だちがいないのか (14歳の世渡り術)』（[[河出書房新社]]　2007年7月）　ISBN 978-4309616445&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
== 出演 ==&lt;br /&gt;
=== 府知事就任後（報道・ワイドショー番組を除く）出演のテレビ番組 ===&lt;br /&gt;
*[[ムハハnoたかじん]] （[[関西テレビ放送|関西テレビ]]）&lt;br /&gt;
:立候補前まではローテーションで週2回間隔で出演。当選・就任後は2ヶ月に一度のペースで、[[平松邦夫]]大阪市長と共にゲスト出演し、トップ会談が行なわれる&amp;lt;ref&amp;gt;これがきっかけで公式の場でもトップ会談が組まれ、意見交換が行なわれている。またやしきたかじんの自宅においてもお付の役人（橋下知事付のSPを除く）やテレビカメラがいない中で突っ込んだやり取りを行なっている&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 府知事選立候補表明前まで出演していたテレビ番組 ===&lt;br /&gt;
*[[水野真紀の魔法のレストラン]]（[[毎日放送]]）- レギュラー&lt;br /&gt;
*[[六人の悩めるオッサン]] （関西テレビ）&lt;br /&gt;
*[[ド短期ツメコミ教育!豪腕!コーチング!!]]（[[テレビ東京]][[TXN|系列]]）-　レギュラー&lt;br /&gt;
*[[行列のできる法律相談所]]（[[日本テレビ]][[日本テレビ系列|系列]]）-　元レギュラー&lt;br /&gt;
*[[森田一義アワー 笑っていいとも!]]（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]）-　月曜日レギュラー&lt;br /&gt;
*[[スーパーモーニング]]（[[テレビ朝日]]系列）-　月曜日レギュラー&lt;br /&gt;
*[[情報満載 ひるまで!すっぴん!]]　（[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]）-　火曜日レギュラー&lt;br /&gt;
*[[ムーブ!]]（朝日放送）-　木曜日レギュラー&lt;br /&gt;
*[[2時ワクッ!]]火曜（[[関西テレビ放送|関西テレビ]]）-　隔週出演&lt;br /&gt;
*[[爆笑問題のバク天!]] （[[東京放送|TBS]][[TBS系列|系列]]）- 隔週出演&lt;br /&gt;
*[[たかじんのそこまで言って委員会]]（読売テレビ）- 元・準レギュラー&lt;br /&gt;
*[[スタ☆メン]]（フジテレビ）- 準レギュラー&lt;br /&gt;
*[[あさパラ!]]（読売テレビ）- 準レギュラー&lt;br /&gt;
*[[なるトモ!]]火曜日（読売テレビ）- 準レギュラー&lt;br /&gt;
*[[サンデージャポン]]（TBS系列）- 不定期&lt;br /&gt;
*[[太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。]]（日本テレビ） - 不定期&lt;br /&gt;
*[[ワイドABCDE～す]]（[[朝日放送]]）&lt;br /&gt;
*[[大笑点]]（日本テレビ）-　2006年に『行列のできる法律相談所』の出演者として出演。&lt;br /&gt;
*[[2006年こうなる宣言]]（関西テレビ）&lt;br /&gt;
その他多数&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 府知事選立候補表明前まで出演していたラジオ番組 ===&lt;br /&gt;
*[[ズバリ快答!テレフォン身の上相談]]（[[TBSラジオ&amp;amp;コミュニケーションズ|TBSラジオ]]など）&lt;br /&gt;
その他多数&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 府知事選立候補表明前まで出演していたCM ===&lt;br /&gt;
* [[大塚製薬]] - [[オロナミンCドリンク|オロナミンC]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;height: 300px; overflow: auto; padding: 3px; border:1px solid #AAAAAA; reflist4&amp;quot; &amp;gt;&lt;br /&gt;
{{reflist|3}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[大阪弁護士会]]&lt;br /&gt;
*[[タイタン (芸能プロダクション)|タイタン]]&lt;br /&gt;
*[[シティズ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://hashimoto.lawyers-office.jp/ 弁護士法人　橋下綜合法律事務所]&lt;br /&gt;
* [http://www.hashimoto-toru.com/ 橋下徹後援会]&lt;br /&gt;
* [http://www.senkyo.janjan.jp/election/2008/27/00007204.html ２００８年１月大阪府知事選結果]（『ザ・選挙』&lt;br /&gt;
* [http://www.senkyo.janjan.jp/diet/profile/0071/00071101.html 橋下徹政治家情報ページ]（『ザ・選挙』）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{歴代知事_(日本)|[[画像:Shadow picture of Osaka prefecture.png|20px]]|大阪府知事|50・51|太田房江|52|2008|現在|53| - }}&lt;br /&gt;
{{都道府県知事}}&lt;br /&gt;
{{大阪府知事}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:はしもと とおる}}&lt;br /&gt;
[[Category:都道府県知事・市町村長]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の弁護士]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のタレント]]&lt;br /&gt;
[[Category:大阪府の政治家]]&lt;br /&gt;
[[Category:1969年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:チンカス]]&lt;br /&gt;
[[Category:蛆虫]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[de:Tōru Hashimoto]]&lt;br /&gt;
[[en:Tōru Hashimoto]]&lt;br /&gt;
[[es:Tōru Hashimoto]]&lt;br /&gt;
[[ko:하시모토 도오루]]&lt;br /&gt;
[[zh:橋下徹]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>210.89.107.149</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%88%B8%E5%A1%9A%E5%AE%8F&amp;diff=148406</id>
		<title>戸塚宏</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%88%B8%E5%A1%9A%E5%AE%8F&amp;diff=148406"/>
				<updated>2011-12-31T12:06:14Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;210.89.107.149: /* 来歴 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''この人物は虐待やいじめを支持する日本の恥です！'''&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
'''戸塚 宏'''（とつか ひろし、[[1940年]][[9月6日]] - ）は、日本の[[各種学校]]経営者。[[戸塚ヨットスクール]]校長・ヨットマン。元受刑者。[[愛知県]]出身だが、出生は[[朝鮮]][[咸鏡北道]][[清津市]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--要出典：[[朝鮮]]の[[清津]]生まれ。--&amp;gt;[[名古屋市立菊里高等学校|名古屋市立菊里高校]]、[[名古屋大学]][[工学部]][[機械工学]]科卒。在学中に[[ヨット]]に出会う。&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
* [[1975年]] - [[沖縄国際海洋博覧会]]記念[[太平洋]]横断レースで突出した記録を残し、注目を浴びた。シングルハンド（一人乗りヨット）による太平洋横断の最短世界記録を達成した（41日）&lt;br /&gt;
* [[1976年]] - [[株式会社]][[戸塚ヨットスクール]]開校。当初はオリンピックでメダルを獲れるようなセイラーを育成するためのスクールとして発足したが、翌年の秋頃[[不登校]]などの[[情緒障害児]]の更生に効果があると評判になり、マスコミで紹介されてからは、もっぱら情緒障害児の[[治療]]を目的とした活動へとシフトしていった。同スクールの合宿に参加した[[上之郷利昭]]が著した「[[スパルタの海]]」では、同スクールの活動が生々しく報告されている。コーチ陣の過度の訓練・体罰が近因となり死者5名（2名は傷害致死、1名は病死、2名は行方不明のまま[[みなし死亡]]）を出す。&lt;br /&gt;
* [[1983年]][[6月13日]] - コーチと共に監禁・傷害致死の容疑で[[逮捕]]。   &lt;br /&gt;
* [[1986年]]7月 - [[保釈]]される。[[早稲田祭]]で人物研究会の招きにより講演。以後も[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]「[[EXテレビ]]」など各種メディアに登場、[[脳幹]]を鍛えれば癌やアトピー、うつ病、登校拒否などあらゆる病状を克服できる趣旨の「脳幹論」を肝とした持論を展開する（[[脳科学]]の知識は何も無い）。&lt;br /&gt;
* [[1995年]] - 右派の政治政党[[維新政党・新風]]に、賛同者の一人として名を連ねる。&lt;br /&gt;
* [[1999年]] - 「[[電磁界等を考えるシンポジウム京都会議]]」に、発起人の一人として名を連ねる。&lt;br /&gt;
* [[2002年]][[2月15日]] - [[最高裁判所]]は[[上告]]を[[棄却]]。&lt;br /&gt;
* 2002年[[3月11日]] - 無罪を主張するが退けられ[[懲役]]6年の刑が確定。「[[教育]]か、[[暴力]]か」が争点となったが、教育と認定された一審から一転、[[控訴|控訴審]]・[[上告審]]では暴行と認定された。現在も体罰との因果関係は一切無かったとして無罪を主張している。&lt;br /&gt;
* 2002年[[3月29日]] - [[名古屋]][[検察庁|高等検察庁]]へ出頭。[[静岡刑務所]]に収監される。&lt;br /&gt;
* [[2006年]][[4月29日]] - 静岡刑務所を満期出所。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
収監前の記者会見では「出所後は[[私立小学校]]を開設したい」と抱負を述べていたが、出所後に静岡駅で支援者とともに会見した時には、ヨットスクールを続けていきたいと語った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
反戸塚ヨットスクールキャンペーンの先頭に立った『[[サンデー毎日]]』の[[毎日新聞社]]を猛烈に憎んでおり（逮捕を報じた号では[[手錠]]をかけられて護送される写真が表紙を飾ったこともあった）、同社の取材には一切応じない、との説もあったが、[[毎日新聞]]は出所直後の静岡市内での記者会見の内容（「体罰は教育だ」などの発言）をいち早く報じている（支援する会のウェブサイトには以前、取材拒否する旨の記載があった）。[[義家弘介]]と激しく対立する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著書 ==&lt;br /&gt;
* [[1976年]] - 『太平洋一直線』[[オーシャンライフ]] オーシャンブックス&lt;br /&gt;
* [[1983年]] - 『私が直す！』[[飛鳥新社]]&lt;br /&gt;
* [[1983年]]1月 - 『孤独の挑戦』[[ズーム社]] Zoom Books ISBN 480330758X&lt;br /&gt;
* [[1983年]]1月 - 『私はこの子たちを救いたい - &amp;quot;殴らない父&amp;quot;と&amp;quot;愛しすぎる母&amp;quot;へ』[[光文社]] カッパビジネス ISBN 4334011500&lt;br /&gt;
* [[1985年]]11月 - 『私が直す！』[[角川書店]] [[角川文庫]] ISBN 4041620015（飛鳥新社版改版）&lt;br /&gt;
* [[1985年]]11月 - 『獄中記』飛鳥新社 ISBN 4870310201&lt;br /&gt;
* [[1988年]]6月 - 『敵は脳幹にあり』[[アポロ出版]] ISBN 4874547028&lt;br /&gt;
* [[1992年]]7月 - 『こんな輩が子供をダメにする - 偽善を排す異論・暴論63』[[太陽企画出版]] ISBN 4884662059&lt;br /&gt;
* [[1992年]]8月 - 『熱論戸塚宏 - 反平等主義論』[[フローラル出版]] ISBN 4930831040&lt;br /&gt;
* [[2003年]]4月 - 『教育再生 - これで子供は救われる』[[大洋図書]] ISBN 4813010741&lt;br /&gt;
* [[2006年]]11月 - 『静岡刑務所の三悪人』[[飛鳥新社]] ISBN 487031763X&lt;br /&gt;
* [[2007年]]4月 - 新潮新書212『本能の力』[[新潮社]] ISBN 4106102127&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[石原慎太郎]]（筆頭支援者）&lt;br /&gt;
* [[伊東四朗]]（支援者）&lt;br /&gt;
* [[カルト]]&lt;br /&gt;
* [[擬似科学]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:とつかひろし}}&lt;br /&gt;
[[Category:1940年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:愛知県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:ヨット]]&lt;br /&gt;
[[Category:教育問題]]&lt;br /&gt;
[[Category:疑似科学]]&lt;br /&gt;
[[Category:人殺し]]&lt;br /&gt;
[[Category:長谷川穂積に一遍どつき回された方がいい人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:シロアリ]]&lt;br /&gt;
[[Category:小泉毅の爪の垢を飲ませたい人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:蛆虫]]&lt;/div&gt;</summary>
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