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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<updated>2026-05-17T14:12:54Z</updated>
		<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A3&amp;diff=28741</id>
		<title>ナージャ</title>
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				<updated>2008-05-07T07:25:24Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;210.255.79.206: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{自己責任}}&lt;br /&gt;
'''ウィキペディア日本語版の利用者'''（ウィキペディアにほんごばんのりようしゃ）とは[[ウィキペディア日本語版]]を編集する人物のことである。[[ウィキペディア]]に利用者アカウントを持つものを一般的に'''[[ウィキペディアン]]'''と呼び、依存症患者同然のヘビーユーザーを'''[[ウィキホリック]]'''と呼ぶ。WP工作員が「偏見の塊」というテンプレートを作成したようだが、以下の内容は大半が真実である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
閲覧専門の利用者は含まれない。ウィキペディア日本語版の利用者には、数多くの興味深い利用者が存在する。ウィキペディア日本語版に対してユニークな活動を行った利用者が、この項目にリストアップされるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本語版の利用者には日本語版以外のウィキペディアに比べ、IPアドレスユーザ（非ログインユーザ）が多いことが特徴としてあげられる。また、ウィキペディア日本語版ユーザには「Wikipedia」を「Wiki」と略することに不快感を抱き訂正を求める者が多いが、IPアドレスをIPと略すことについては何も言わないという傾向がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アカウントは1人で複数もつことも出来るが、複数で1つを管理することも可能である。したがって、ここにあげたアカウントの人数が実際の利用者の人数とイコールとは限らない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみにウィキホリックはこの記事を定期的に荒らしている。彼らはまともな記事を執筆する能力も無ければ人と議論する能力も無い無能者の集団なので、[[Yourpedia]]を荒らすことだけに自らの存在意義を見出している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼らは普段、[[ウィキペディア自警団]]という名称で広く親しまれているが彼らはあくまで一執筆者という立場を崩さず、自警団的横のつながりを否定している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしその実情は上記のとおりであり、法的権限のない状況において暴走する悪質な[[電子自警団]]と化している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者一覧 ==&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Houtimin|Houtimin]] ===&lt;br /&gt;
このアカウントはソックパペットである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:はま|はま]] ===&lt;br /&gt;
気に入らない利用者を平気で罵倒する悪質なユーザーであり、他の利用者からの顰蹙を買っている。時には「'''役立たずだ!!ボケ!!ふざけるな!!'''」のような罵倒文を送り、たちの悪さは日本語版WPの中で随一とも言えるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:5816K|5816K]] ===&lt;br /&gt;
差別主義者。創価という言葉を聴くだけで徹底的に荒らしを行う悪質ユーザー。また、嫌韓派であり中国人･韓国人に対しても反感的な態度を執る。ユーザーページを見てもそれが伺える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Kyube|Kyube]]（→[[ウィキペディア日本語版の利用者#利用者:project|project]]） ===&lt;br /&gt;
極度の差別主義者。自分の気に入らない編集を出典の有無を問わず荒らしと決め付ける悪質ユーザーであり、新規参加者に対しても反感的な態度を執る過激派利用者でもある。[[2ちゃんねらー]]でもあるらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:L26|L26]] ===&lt;br /&gt;
ウィキペディア一の[[テロリスト]]であり、気に食わない利用者に執拗にブロック依頼を持ち出してくることで有名。[[#利用者:PeachLover|PeachLover]]同様しつこい事で悪名高く、一度目をつけたユーザーに100以上の罵倒文を送りつけてくる。無視した瞬間に警告テンプレートで攻撃を行い、WPの中でも上位に入るくらいたちが悪い。2ちゃんねらーでもあるらしい。現在は'''ウィキブレイク'''中である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:NORN|NORN]] ===&lt;br /&gt;
非常に身勝手なウィキペディアンの1人。様々な記事において、閲覧者の読み易さを度外視した改悪を行っている。ほとんどが主観的な改悪である。[[アンサイクロペディア]]にも利用者ページを持っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Plume|Plume]] ===&lt;br /&gt;
[[北朝鮮]]工作員のように、自身と違う意見は全て荒らし報告する低知能者である。また、これらの荒らし報告を真に受ける管理者達も結局は彼と同じ低知能なのだろう。以上のことから、'''ウィキペディアにおける排他主義者の急先鋒的存在'''。まさに社会のゴミ、ダニ、クズ、ガラクタである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Momokkey|Momokkey]] ===&lt;br /&gt;
[[バファリン]]などの項目において、利用者の読み易さを度外視した改悪を行っていることで有名。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Avanzare|Avanzare]]（→project） ===&lt;br /&gt;
35歳の無職ニート。広島県在住。知能指数は80前後。自身と違う意見はすべて荒らし報告、これを真に受ける管理者も結局は低知能なのだろう。まさしく社会のゴミ・ダニ・エタである。こいつが死んでも祝杯を上げる人間はいても悲しむ人間は皆無であろう。平日の昼間から編集を行なうことが多く、利用者ページで35歳と公表している。この2つで、自ら正常な人間でないと公言しているに等しいのだが、前述のとおり低知能のためそのような理解ができないようである。このような知能水準ゆえ、2ちゃんねるの関連サイトではAhonzare（アホンザレ）の愛称で蔑まれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Tiyoringo|Tiyoringo]] ===&lt;br /&gt;
ウィキペディアにおけるゴミ利用者として有名。[[小西規勝]]の多重アカウントの可能性もありうる。[[wiki:利用者:Clarin|Clarin]]の投稿ブロック依頼では[[wiki:利用者:Yassie|Yassie]]がソックパペットまたはシンパではないかと指摘されている。仮にそれが事実とすると[[wiki:利用者:ＮｉＫｅ|ＮｉＫｅ]]とYassieの対立は自作自演または茶番の可能性も考えられるだろう。良識派ユーザーの[[wiki:利用者:もりかわしみ|利用者:もりかわしみ]]を無期限ブロックに追い込んだ張本人である。削除主義者としてウィキペディアに多大な貢献をしていた[[wiki:利用者:掃除屋ケンちゃん|掃除屋ケンちゃん]]からはYassie、[[wiki:利用者:Lonicera|Lonicera]]と共に3悪人に認定されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Noda,Kentaro|Noda,Kentaro]] ===&lt;br /&gt;
在日管理者の存在を差別的な悪口で異常な反応の証拠を公開したために、慌ててSnow steed（mixiを退会済）が無期限投稿ブロックを提案した。[[2007年]]7月の京都烏丸おばんざいやさんで行われた海外組の接待は、この男によって暴露された。小西規勝や[[wiki:利用者:KMT|KMT]]は頻繁にNoda,Kentaroのmixiを「勤務中に」覗いてくる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼の開設した日本語版Wikitruthにも、「日本語の出来ない振りをした」利用者がコメントを寄せたことで話題となる。嘘を書かれたら本人がここの項をRVするのは当然である。この節のフォークを主張する利用者もいたようだがその者が名誉毀損に該当する記述まで差し戻すことを主張したため、今後は差し戻しを常に行う利用者や誹謗中傷の類を書いた利用者の法的責任が問われることも考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Noda,Kentaroの編集を阻害するために、ツールまで使ってユアペディアを破壊している者が多数存在する。事実ここの項目も編集合戦化され毎日お互いに有利なように編集され続けている。結局のところ水掛け論である。野田憲太郎がWikipediaをブロックされたようにここにもそういう荒らし行為のブロック化が求められる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現代音楽関連の記事に関して出典の明記をするよう他の利用者から注意を受けたが、それを頑なに拒否しつづけた為に無期限投稿ブロックを受けた。それ以来、ウィキペディア日本語版及びウィキペディア日本語版の管理者を憎んでいる。その無念を他人に知らせたかったのか、2ちゃんねる&amp;lt;ref&amp;gt;[http://music8.2ch.net/test/read.cgi/contemporary/1165228479/ 野田憲太郎応援スレッド]&amp;lt;/ref&amp;gt;と[[mixi]]&amp;lt;ref&amp;gt;[http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=10353087&amp;amp;comm_id=5454&amp;amp;page=all ウィキペディア日本語版|ウィキペディア日本語版の恐怖政治体制] 閲覧にはmixiへの参加が必要。&amp;lt;/ref&amp;gt;でも同時期に不可解な絨毯爆撃を行い、ウィキペディア以外のコミュニティにも重大な迷惑をかけた。現在でもウィキペディア日本語版の諸利用者（管理者を含む）を敵視し、[http://d.hatena.ne.jp/Kasumoerer/ 自分のウェブサイト]やYourpediaの本項目でこれらの利用者の中傷糾弾を続けているところを見ると、ウィキペディア日本語版には相当の思い入れがあると考えられる。事実、ウィキペディア日本語版では投稿ブロック以後も数々のサブアカウントを取得し編集投稿を続けているが悉く発見され、これらの多くは投稿ブロックを受けた。この騒動で本人と推定され投稿ブロックを受けた利用者アカウントやIPの数は10を超える&amp;lt;ref&amp;gt;[[wiki:Wikipedia:進行中の荒らし行為/長期/Noda,Kentaro|Wikipedia:進行中の荒らし行為/長期/Noda,Kentaro]]&amp;lt;/ref&amp;gt;。余談ではあるがこの利用者はYourpediaで同名のアカウントを取得しており、本項目の起草・加筆もこの利用者の尽力によるものが大きい&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E7%89%88%E3%81%AE%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85&amp;amp;limit=500&amp;amp;action=history ウィキペディア日本語版の利用者 - 履歴]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
詳しくは[[wiki:Wikipedia:進行中の荒らし行為/長期/Noda,Kentaro|こちら]]と[[Wikitruth|日本語版Wikitruth]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに[[wiki:利用者:Co.kyoto|Co.kyoto]]と[[wiki:利用者:Hatukanezumi|Hatukanezumi]]と[[wiki:利用者:Electric goat|Electric goat]]が[[木津尚子]]の靴下であることを見破ったユーザーは彼が最初である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼のピアノの演奏（と称するもの）を聴いたもののある者であれば誰にでも解かることであるが、彼が音楽と称するものは幼稚園児の落書きか、またはそれ以下である。ピアニストを'''目指す'''のであれば、まずは「猫踏んじゃった」を正しく弾くことを目指すべきであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウィキペディアの項では作曲家、演奏家、著作家と書かれているのに何ら書籍・アルバムの出版、客観的な表彰歴など、出典の不明確な記載が多くなされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:T.Saito|T.Saito]] ===&lt;br /&gt;
WPの三悪の1人で通称'''トンズラー'''。恐らくは[[wiki:利用者:Aphaia|Aphaia]]の靴下と協力して書き上げた記事があるのは間違いが無い。便乗者を弁乗者と誤記して、しばらくはネタになった。もちろん、WP日本語版の管理班の1人[http://meta.wikimedia.org/w/index.php?title=Wikimedia_Japan&amp;amp;action=history]。荒らし行為でもなんでもない内容を「荒らし」と決め付ける性格。共産主義者みたいなものだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
the saitouとは別人であるという報告があり、利用者ページでもthe saitouとT.Saitoは別個の扱われ方である（T.Saito、はmetaのブロック権限を持つ）。meta-wikiやwikiaの話をする時点で非常に疑わしいが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またmetaでも靴下を使って、都合の悪い意見をすぐ差し戻す。&amp;lt;ref&amp;gt;http://mywebpage.netscape.com/kasumoerer/Wikimedia_Japan_Meta.htm&amp;lt;/ref&amp;gt;と&amp;lt;ref&amp;gt;http://mywebpage.netscape.com/kasumoerer/Talk_Wikimedia_Japan_Meta.htm&amp;lt;/ref&amp;gt;に詳しい。UTF-8で閲覧可能。ここに書かれたのが気に障ったのか、さっさとウィキブレイクしてKMTのように靴下使いに降格した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Hyolee2|Hyolee2]] ===&lt;br /&gt;
在日韓国人。韓国語版の管理者一同から嫌われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:正義|正義]] ===&lt;br /&gt;
ユーザー名とは裏腹に、他人を甚振る偽善者。[[島田紳助]]を憎んでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Clarin|Clarin]] ===&lt;br /&gt;
木津尚子の靴下。自分に刃向かう利用者なら総て野田憲太郎の靴下と決め付けるアカウント。小西規勝のアカウントの可能性もありえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:百科事典に綴じ込められた男|百科事典に綴じ込められた男]] ===&lt;br /&gt;
リバート専用靴下。[[wiki:利用者:竹麦魚|竹麦魚]]も使う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Tamago915|Tamago915]] ===&lt;br /&gt;
本名は'''岸本慎介'''（'''きしもと しんすけ'''）。'''削除主義者'''のウィキペディアン。年齢は30代後半くらいのオヤジ。ウィキペディアの主旨に反する投稿は執拗に削除依頼に提出する。彼も[[近畿地方|関西]]出身である。削除依頼の他リバートもしばしば使うので、'''排他主義者'''でもある。'''甚平バーンスター'''の異名を持つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:阿波座行広|阿波座行広]] ===&lt;br /&gt;
[[近畿地方|関西]]に対して不都合な記述を一切削除するなど、非中立的な編集を行っている。2ちゃんねるや[[テレビ]]による関西蔑視を憎悪していることで有名な利用者である。かなりの[[東京都|東京]]嫌いであるため、東京には一切興味がない模様。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Nekosuki600|Nekosuki600]] ===&lt;br /&gt;
通称：コモノ。本名は'''茂木紀行'''（もぎ のりゆき）。[[河下反対派]]の1人。最近まで、[http://nekosuki.org/landscape/index.htm 公式サイト]で環境保護について徹底的に告発していた。芸能人の家族の生年月日、実名等をウィキペディアで暴露している極悪非道な利用者である。また、自己サイト宣伝禁止であるウィキペディアにおいて自身が運営する（寄付を募集している）サイトを紹介し、リンクを設置している。さらに、彼はある記事（[[wiki:非政府組織|非政府組織（外部リンク）]]において『外部リンク集を「NGOリンク集」にしないように編集すること!!』とコメントした上であるボランティア会へのリンクを削除している。[[1959年]]生まれ。最近はネタが無く左翼活動も流行しないため、かつての発言力は無い。しかし彼の信奉者はWikipediaではまだまだ多いようで[[2007年]]の初めには長期ブロックがほぼ避けられなかったYassieも彼とつるむことで生きながらえて今では[[wiki:利用者:nekosuki600|nekosuki600]]同様に管理者でもないのに重鎮扱いである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ、彼は同項目において自身の運営するサイトへのリンクを貼っており、他人に説教できる立場ではないのが実情である。自分のサイト宣伝は許すが他のNGOサイトはダメ、これは完全に自己中心的な編集である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[オーストラリア]]、[[捕鯨]]、[[クジラ]]の項目の「関連項目」にオーストラリアが反捕鯨国であることの根拠として[http://www.australia.or.jp/seifu/pressreleases/index.html?pid=TK30/2005 オーストラリア大使館のサイト内の「オーストラリア、日本の捕鯨活動に抗議」]という外部リンクとともに、「捕鯨に反対している国」と加筆することに異常なほどに反対した。[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%82%A2 オーストラリアのノート]他、捕鯨のノート、クジラのノートに議論の場所をマルチポストした上でこの「関連項目への加筆」が「バランスが悪い」などとして反対するものの、反対理由が「独自の研究」ならぬ「独自の妄言」であったためにまともに賛同されずしかも加筆希望者に対して『「オーストラリアの白豪主義」や「反捕鯨」になんらかの感情を抱いており、それに基づいて編集を加えているものと思うが』と中傷したものの、ついにはNekosuki600本人が「捕鯨」に関して偏向したイデオロギーを持っていることをばらされるも謝罪などは一切行わないという始末である。以下のイタリック体の部分は、Nekosuki600本人が「捕鯨」に関して偏向したイデオロギーを持っていることをばらされた部分である。偽善者である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;i&amp;gt;Nekosuki600さんが[http://fenv.jp/index.htm 自然環境フォーラム]や[http://prweb.org/ngoinfo/fenv2.htm 自然環境フォーラム an online NGO]で市民運動の活動をするのは自由ですし、あなたもそれを恥に思っているわけでも隠したいわけでもないでしょうが、[http://prweb.org/data/03520.htm グリーンピース号見学オフの顛末]のような記事を書いている人が[[グリーンピース (NGO)|グリーンピース]]や[[捕鯨]]の記事で中立の立場で執筆や議論などできますか?&amp;lt;/i&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうして悪逆ユーザーのレッテルを貼られているにも関わらず、ウィキペディアから追放されない不思議なユーザーである。ニフティーサーブもしくはJCAの関係者からスカウトされて今に至る。他の利用者と異なり、はてなに書かれた過去の悪事の削除は求めていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちゃたまの息子（隠し子）である。また、ちゃたま本人であるという説もある。事実、ちゃたまが某掲示板で暴露してしまった。したがって猫はちゃたまのmusumeとは結婚することはできない。ちゃたまの家族写真に写っていないのは猫がカメラマンをやっているからである。カメラが好きなのは自明である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最近は先輩風吹かせて言葉遣いが荒い。初心を忘れて欲しくないもんですなぁ。確かにクズ利用者が多いけど気持ちを落ち着かせるのも上級利用者の心得。すぐキレるようじゃ亀田と変わらない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
異常な程[[姉歯秀次]]の名前をウィキペディア日本語版に書かれる事を恐れており、多数のソックパペットアカウント及び信望者を用いて消しにかかる。おそらくは古参の管理者の1人である[[wiki:利用者:Tomos|Tomos]]も彼と黒い繋がりがあるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[wiki:利用者:りんたろお十一歳|りんたろお十一歳]]は履歴を見れば一目瞭然だが、Nekosuki600が2chでしばしば言及する[[新河岸川]]の編集もしているようにNekosuki600のソックパペットである。[[wiki:Wikipedia:利用者ページの削除依頼|Wikipedia:利用者ページの削除依頼]]では1人2役を演じてコミュニティを疲弊させた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:special rapid|special rapid]] ===&lt;br /&gt;
[[京都市]]生まれ[[滋賀県]]育ちの受験生。受験生という割には英語の人称代名詞の使い分けができていなかったり、毎週「週刊少年ジャンプ」を愛読し、ウィキペディア日本語版へそのあらすじを書いてまわるという迷惑極まりない自分勝手な編集を強行。これによりHi-askやちゃたまという超穏和な神ユーザーの逆鱗に触れ[[初恋限定。|河下氏が書いているとある作品]]の記事で編集合戦を引き起こしたと痛いところを付かれ、無期限ブロックを受けた。現在はYourpediaや中国語版Wikipedia、英語版Wikipediaで暴れ回っており、日本語版Wikipediaでは[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5:Contributions/59.190.19.241 IPユーザー]として身長記入荒らしも行っている。ISP通報の時期も近い。「高校受験でドン底に落ちてしまえばいいんだよ」と誰もが願うはず。ウィキペディア日本語版では、類似の編集に対し無期限のレンジブロックが行なわれる状況まで達している。数ヶ月以内に、彼の行動に関してプロバイダ通報が行なわれる予定がある。又、最近では[[wiki:user:準急三条|準急三条]]氏のサイトの[http://oab.sytes.net:4600/~keiihanmasao/cgi/nandemo-shiritori/shiritori.cgi?mode=delwords_view 参加型コンテンツ]で、他のウィキペディア利用者の名前を騙り荒らしている模様である。これにより、プロバイダ通報を受けた。&lt;br /&gt;
==== 現在の状況 ====&lt;br /&gt;
なお、Yourpediaでの名前は{{User2|折笠成一}}。キモイウザ署名も健在。ネット世界で暴れてないで受験勉強に励むべきである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今のうちにメーリングリストで1000文字以上の謝罪文書いときなさいね。通報される前に。こんなことで合格取り消しとかなったら恥ずかしいだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*外部リンク：[http://s02.megalodon.jp/2007-1013-1246-56/www.geocities.jp/special_rapid_otsu/mana.html プロフィール]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらにアンサイクロペディアでも折笠成一で[http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:%E6%8A%98%E7%AC%A0%E6%88%90%E4%B8%80 垢]取得。もちろんキモイウザ署名だ（[http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E2%80%90%E4%BC%9A%E8%A9%B1:%E6%8A%98%E7%AC%A0%E6%88%90%E4%B8%80 ノート]・[http://ja.uncyclopedia.info/wiki/Special:Contributions/%E6%8A%98%E7%AC%A0%E6%88%90%E4%B8%80 投稿記録]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本人の行動はギャグだが、記事でギャグを書けるのかどうか・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と、パスワードを忘れたのか[[利用者:小木俊介|小木俊介]]という名の靴下でYourpediaに再登場[http://ja.yourpedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5:Contributions/%E5%B0%8F%E6%9C%A8%E4%BF%8A%E4%BB%8B 投稿履歴]。しかし、早速[http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E7%89%B9%E5%88%A5%3AIpblocklist&amp;amp;ip=%E5%B0%8F%E6%9C%A8%E4%BF%8A%E4%BB%8B 無期限ブロック]を受けてしまうｗｗｗ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とうとう長期荒らしのサブページができてしまった。こりゃホントにやばい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Alljal|Alljal]] ===&lt;br /&gt;
[[ナチス・ドイツ]]工作員のように中立性に合致しない編集は執拗に削除依頼に出すヤクザで、'''削除主義者の急先鋒的存在'''である。しかも、[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:%E6%B1%9A%E6%BC%AB%E6%B9%96%E5%AD%A6%E5%9C%92&amp;amp;diff=14126229&amp;amp;oldid=11425840 このように]投稿記録のないアカウントまで根拠なく誰かのソックパペットと決め付けることを平然と行う残忍さも持っている。最近はかつてのような発言力は無い模様。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、[[おじゃる丸]]にちなんだ名前（本人談）をアカウント名に使用するほどのおじゃる丸ヲタでもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Maris Stella|Maris Stella]] ===&lt;br /&gt;
有名な共有靴下だが、主に木津尚子が使用する。他には何名かの女性が木津の文体偽装をして使っている。俗称はマリ捨て。マリ捨て=木津というとすぐにはてなや2ちゃんねるでデマ説が「タイミングよく」流れるが、全て木津の工作である。その証拠に、T.Saitoはマリ捨ての弁護しかしない。「～でしたら」など敬語の不自然な多用が特徴。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Yuutan|Yuutan]] ===&lt;br /&gt;
[[奈良県]]出身の極左主義のウィキペディアン。自分の主旨に当てはまらない投稿は容赦なく修正する'''排他主義者'''の急先鋒的存在。彼に限らず、[[近畿地方|関西]]出身の利用者には極左主義者が多い。また、彼は極度の'''ウィキペディア中毒'''でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:AF-08|AF-08]] ===&lt;br /&gt;
極度の'''反日主義者'''である。[[朝鮮]]人の可能性もある。こういった利用者は、いつか長期ブロックを食らうと思われる。2ちゃんねらーでもあるらしく、利用者名は自分のトリップに因むと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:ikedat76|ikedat76]] ===&lt;br /&gt;
小西規勝の靴下。いわゆる基地外左翼の類である。Peaceを異常なまでに敵対視している。歴史関係専用キャラ。名前は[[創価学会]]会長・[[池田大作]]に由来していると考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Electric goat|Electric goat]] ===&lt;br /&gt;
木津尚子を参照せよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:hatukanezumi|hatukanezumi]] ===&lt;br /&gt;
WPの三悪の1人で通称'''ボヤッキー'''。何にでも口を出し、議論を混乱させることが得意。[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E7%91%9E%E7%A9%82&amp;amp;action=history このように]福島瑞穂の項に都合の悪い内容が加筆されると必死に削除することから、[[福島瑞穂]]および[[社会民主党 (日本 1996-)|社民党]]の熱心な信者または工作員である可能性が高い。現在投稿ブロック中（2ヶ月）。座右の銘は「支離滅裂」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なおAphaiaと同一人物ではないかと疑う者も少なからず存在するため、木津尚子の項も参照せよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:KIZU|KIZU]] ===&lt;br /&gt;
木津尚子を参照せよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:kzhr|kzhr]] ===&lt;br /&gt;
kzhrは本名を[[岡田一祐]]と名乗るウィキペディアの元管理者。有意義な編集は一切していないが、他人に対する中傷は熱心に書き込み続けているという典型的なウィキホリック。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]]ごろから自分の意に沿わない発言を数十もmixiコミュニティから削除したことで、法的責任が問われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウィキソースにNoda,Kentaroがログインしたところ、次のような表示になる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:ご使用の利用者名またはIPアドレスはKzhrによって投稿をブロックされています。その理由は次の通りです。&lt;br /&gt;
:&lt;br /&gt;
:不適切な利用者名&lt;br /&gt;
:ブロック解除予定：無期限&lt;br /&gt;
:&lt;br /&gt;
:Kzhrまたは他の管理者にこの件についてメールで問い合わせることができます。&lt;br /&gt;
:ただし、オプションに正しいメールアドレスが登録されていない場合、「この利用者にメールを送信」機能が使えないことに注意してください。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
岡田くーん!嫉妬は良くないよー!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
追記：ユアペディアには、岡田の本名は伏せて野田の本名は晒したがる馬鹿利用者が存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Radioactive|Radioactive]] ===&lt;br /&gt;
Radioactiveはなぜか一般利用者の癖して、岡田一祐とつるんでいるmixiユーザー。mixiではいぬみみめいどと名乗っていた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
mixiのログを規約違反を行いながらいろいろな所に晒し、発信者開示請求をくらった馬鹿。随分後になってから「食らっていない」という弁明がようやく来たが、信憑性はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
MiyaやToki-hoからのメッセージをmixiでも受け取っていることから、Miyaの息子ではないかという説も流れているが、詳しいことはわかっていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:野田文憲|野田文憲]] === &lt;br /&gt;
[[ウィキペディア日本語版]]にいる、悪質なソックパペットの1つ。「[[野田憲太郎|音楽家気取りの息子]]」がパスポートや住民票で確認されない限り、虚偽を利用者ページに書いたことからはアカウント作成者は逃げられない。この手のソックパペットは管理ユーザーが作成する。はてなキーワードとYourpediaで詳細な追求を行った後に、なぜか無期限ブロックされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Yassie|Yassie]] ===&lt;br /&gt;
読み：やしー、やっしー。人のメールを無断転載することで有名&amp;lt;ref&amp;gt;http://lists.wikimedia.org/pipermail/wikija-l/2007-May/001589.html&amp;lt;/ref&amp;gt;。かつて某記事での議論において、しょうもない意地を張ったために[[wiki:利用者:Sudpex|Sudpex]]と[[wiki:利用者:Mikihisa|Mikihisa]]のソックパペット利用者:Delmoreから殺害予告を受けてしまったというある種可哀想な人物でもある。実生活でもパシリが多いのか、出張で時々いなくなる。埼玉に住み、なおかつオハイオ州に留学した可能性はきわめて低い。少々の翻訳と記事修正だけの2ちゃん組の一員で、ろくな記事執筆がない。元のハンドルネームはnanassie[http://www.google.co.jp/search?q=nanassie&amp;amp;hl=ja&amp;amp;lr=&amp;amp;start=20&amp;amp;sa=N]。かなり昔からおり2ちゃん用語も妙に使用しているので、2ちゃんのパシリなんだろうか。30過ぎてそんなことしか出来ないのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ときどき巨大翻訳爆弾を投下する。もちろんその翻訳はめちゃくちゃであるが、管理者のソックパペットであるゆえに決してブロックされることはない。頭に血が上ると下手な英語でキレだす。日本語でいいじゃん。どうせ相手は日本人のガキなんだからさぁ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
英語を使う仕事をしていると称しているが、実際の英語力は英検の3級にも合格できないほどである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またソックパペットである[[wiki:利用者:Bellcricket|Bellcricket]]を使い、自分への投稿ブロック依頼を提出した人物を意味不明の理由でブロックした後に依頼を一方的に打ち切るという行為に出た。まさに社会性皆無の人間であることをこの一件でﾔｯｼｰは示してしまったのだ。30を過ぎて何のスキルも社会性もない男の将来がパチンコ店員・新聞拡張団員・受刑者のいづれかしかしかないことは火を見るより明らかである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
座右の銘は「'''私は口先だけで行動の伴わない人を信用しません'''」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:coq|coq]] ===&lt;br /&gt;
人のメールを無断転載することで有名&amp;lt;ref&amp;gt;http://lists.wikimedia.org/pipermail/wikija-l/2007-January/001409.html&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Yukichi99|Yukichi99]] ===&lt;br /&gt;
本名は福澤俊。人の意見をすぐ削除することで有名&amp;lt;ref&amp;gt;http://mywebpage.netscape.com/kasumoerer/yukichi_dead1.htm（エンコードはUTF-8でご覧ください）&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;http://mywebpage.netscape.com/kasumoerer/yukichi_dead2.htm（エンコードはUTF-8でご覧ください）&amp;lt;/ref&amp;gt;。もじら組を除名された。漫画の台詞を31歳にもなってそのままコピーして快感を得ており、話題の割には大して面白くない人物でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[http://www.flickr.com/photos/alexsh/1016352230/]&amp;lt;br&amp;gt;↑&amp;lt;br&amp;gt;ここに写っているのは岩瀬とその父親、福澤、そして[[wiki:利用者:間久部緑郎|間久部緑郎]]が含まれている可能性が高い。全員日本人ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また彼は、[[Wikia]]で唯一の日本人スタッフとして知られている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Koba-chan|Koba-chan]] ===&lt;br /&gt;
クラシックの演奏家に向かって「馬鹿とはさみは使いよう」と吐き捨てることで有名&amp;lt;ref&amp;gt;[http:/mywebpage.netscape.com/kasumoerer/koba1.JPG]&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http:/mywebpage.netscape.com/kasumoerer/koba2.JPG]&amp;lt;/ref&amp;gt;。本名は小林義宗。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:FXST|FXST]] ===&lt;br /&gt;
関西在住。かつて「ウィキペディアって大丈夫なの?」という記事を連載していた&amp;lt;ref&amp;gt;[http://fxsystemtrader.blogspot.com/2007/03/01.html ウィキペディアって大丈夫なの??01]&amp;lt;/ref&amp;gt;。しかし、ウィキペディア日本語版へ記事投稿はおこなっていない&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?limit=50&amp;amp;title=%E7%89%B9%E5%88%A5%3AContributions&amp;amp;contribs=user&amp;amp;target=FXST&amp;amp;namespace=0 利用者の投稿記録]&amp;lt;/ref&amp;gt;。「IPで編集をアカウント取得前に行っていた」という主張は怪しすぎる。このほかにも仮想アカウント、ソックパペット疑惑、BOT使用について一切のスルーを行い、ヨタ話扱いしたことから実はウィキペディア運営側の人間である確率が高い。即座に野田の知人の項目がソックパペットで書き換えられたのも、彼の仕事である可能性がある。本名は岡部健。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Lem|Lem]] ===&lt;br /&gt;
Wikipedia屈指のソックパペッター。[[wiki:利用者:Eggswrong|Eggswrong]]を初めとする数多のソックパペットを日々機械的に生産してきたが、[[函数戦争]]に敗北しほとんどの靴下を潰された。函数戦争に勝ったAlljalに対しての怨念・憤怒はすさまじく今日も2ちゃんねるのおじゃるスレへの攻撃を行っている。正体は引きこもり数学専攻大学院生らしいのだがその行動パターンからは小学生低学年程度の常識しか持ち合わせていないという事が分かる。好きな言葉は「ひろまえ」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、数学分野へは他の利用者の侵入を断じて許さないというWikipediaの方針を完全に無視したキチガイでもありウィキペディアやめますといいながら、一生懸命ウィキペディアへ攻撃しに来る&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E3%81%AE%E4%BD%9C%E6%9B%B2%E5%AE%B6%E4%B8%80%E8%A6%A7&amp;amp;diff=next&amp;amp;oldid=9364083 http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=日本のクラシック音楽の作曲家一覧&amp;amp;diff=next&amp;amp;oldid=9364083]&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E7%89%88&amp;amp;diff=next&amp;amp;oldid=11460630 http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=ウィキペディア日本語版&amp;amp;diff=next&amp;amp;oldid=11460630]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
使用ISPはケイオプティコム。彼の悪行のせいでケイオプティコムは3ヶ月のレンジブロックとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[wiki:利用者:踊る姿|踊る姿]]とは黒い深い繋がりがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Aphaia|Aphaia]] ===&lt;br /&gt;
WPの三悪の1人で通称'''ドロンジョ'''。木津尚子を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:FREEZA|FREEZA]] ===&lt;br /&gt;
[[wiki:利用者:Sushisushi|Sushisushi]]を野田と決め付けた張本人。両者とも別人であることをMLで主張しているのに、一切無視を決め込む不思議な利用者。編集責任のテンプレートを貼る前に、野田に謝罪するのが先ではないだろうか?韓国の鉄道をたくらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
木津尚子の学歴詐称が問題となっている現在、FREEZAは野田叩きに必死になっているようなので木津関係者のアカウントである可能性が高い。複数人で操作しており1人は鉄道関係、もう1人は荒らしアカウント関係と役割が決まっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Reader|Reader]] === &lt;br /&gt;
Readerはウィキペディア日本語版の利用者。長期的な荒らし行為を行っているユーザー[[wiki:利用者:SUSHII|SUSHII]]の悪質なソックパペットの1つ。Yourpediaにも同一人物と思われる[[利用者:腹立つ|腹立つ]]に対しての粘着荒らし（ネットストーカー）を行っている変態であり、平気で個人攻撃だけをすることしかできない極悪非道な利用者でもある&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5:Contributions/Reader 利用者:Readerの履歴]&amp;lt;/ref&amp;gt; 。メインページのノートに「'''== NEWS! == YOUTUBEに日本語版が出ました!!'''」と書き込んだりその編集に対してノートに書き込まれた警告文を消して「'''kekekekeke'''」と意味不明な文字を書き込んだりするのだが、それを「'''使い方を間違えていました'''」と言っている意味不明な利用者である。また、腹立つと類似したアカウントを取得し自分が荒らしであることにもかかわらず実際にウィキペディアで荒らし行為を行っていない利用者に対して「'''俺もお前と仲間のあらしさまだぜ!'''」などと不可解な嫌がらせ書き込みなどを行っている。その後に「俺も腹立つさん、ユーザー名が腹立つに似すぎているので変えるべきだと思います。また意味のない投稿はおやめください」と書き込み自演自作も行っている。利用者:腹立つのノートでは現在白熱した議論が展開されている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E2%80%90%E4%BC%9A%E8%A9%B1:%E8%85%B9%E7%AB%8B%E3%81%A4 利用者のノート]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Readerを野田の靴下と言い張る在日は見苦しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Arpeggio|Arpeggio]] ===&lt;br /&gt;
高知警察署にログを提出された後に活動終了。警察のお世話になっているのに、なぜか投稿ブロックされなかった不思議なアカウント。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Fromm|Fromm]] ===&lt;br /&gt;
jawpの中でも特に有名な'''削除主義者'''のウィキペディアン。どんなに判りづらい転載でも片っ端から見つけ出して削除依頼に提出することや、スパムと判断した外部リンクを片っ端から除去してまわることで知られる。しかし、無知であるのに多分野にわたって編集を行うため特に問題の無い記述をも削除してしまうことが多く、迷惑な自警団の1人に数えられている。また、自警団のほとんどがそうであるようにまともに記事を書いたことが無い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに井戸端における[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E4%BA%95%E6%88%B8%E7%AB%AF/%E6%80%A7%E5%B7%AE%E5%88%A5%E7%9A%84%E3%81%AA%E8%A1%A8%E7%8F%BE%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6 この議論]を見ればわかる通り、熱心な[[ジェンダーフリー]]支持者（つまり左翼活動家）でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:間久部緑郎|間久部緑郎]] ===&lt;br /&gt;
台湾在住のウィキペディアン。エドガー・ヴァレーズの開発した楽器「ライオンズロアー」（独：Brummtopf、英：Lion's roar or string drum）を「ライオンのなんちゃら」と言ってしまい、楽器の素養がないのに音楽関係の項目を必死に翻訳する馬鹿であることが発覚。これは日本支部から翻訳ノルマを与えられているためである。メインアカウント以外にもサブアカウントで翻訳を行っていることがある。人に向かってえらそうな態度を取る小西規勝と仲が良いので、小西は在日管理者である可能性がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最近のお気に入りソックパペットはnumber。名古屋在住の台湾人である可能性が浮上。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Aotake|Aotake]] ===&lt;br /&gt;
日本語が不自由なのに、一生懸命日本語版を管理したがるアカウントの1つ。操っているユーザーが複数いると思われるが、全員日本人ではない。音楽担当。メインで操っている者のなかに、大学職員がいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ドナトーニの記事について、指摘したユーザーに向かって「あなたは野田憲太郎さんですね!」と逆切れ後、CUしてみたらIPホストが別人のものであることが発覚。この失態の責任を取ってウィキブレイクした馬鹿者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後'''わずか3日で'''ウィキブレイクを解除。WP関係者にはうそつきが多い。どうやら、パスワードを譲渡して他人に管理してもらっているらしい（当然違法）。ここをRVする馬鹿がいるので、どうやら本当の話なのだね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:HOLIC 629W|HOLIC 629W]] ===&lt;br /&gt;
キチガイユーザー。管理者の腰巾着気取り。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ユーザーページに書いている編集方針と実際の編集が矛盾していることでも有名。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Suisui|Suisui]] ===&lt;br /&gt;
[[今泉誠]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:竜造寺和英|竜造寺和英]]（→project） ===&lt;br /&gt;
自称：早稲田大大学院卒のヤクザヲタクの利用者（この馬鹿の知能から早稲田卒であるはずがない）。脳内バーチャルトレーダー。「某ヤクザヲタク」と称される場合が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*管理人には常にペコペコしてる。しかし管理人に迷惑ばかりかけるため、全ての管理人にそっぽをむかれている。&lt;br /&gt;
*実はヤクザのことは全く知らない。この馬鹿の書いた部分は、出鱈目が多く著作物丸写しなので近いうちに全部削除される予定。記事は私が書いた正しい部分のみが残ることになる。&lt;br /&gt;
*本物の侠客を偽者扱いした大馬鹿者。これに対して、日本全国の侠客が激怒した。近いうちに正義の鉄槌が下されるかもしれない。そのときは、小便をちびりながら命乞いをするはず。自業自得。この馬鹿を擁護する管理人も同罪。そんな管理人にも正義の鉄槌が下されるかもしれない。&lt;br /&gt;
*ヤクザの記事で必ずヤクザが右翼活動をしてたことを書く馬鹿。この出鱈目な記事により「右翼=ヤクザ」といった誤ったイメージを広めてしまってる。このことには日本中の右翼活動家が激怒してる。&lt;br /&gt;
*柳川次郎や町井久之や田中禄春などの在日韓国人を英雄視してる。これらの在日は堅気に戻った後に在日の顔として振舞う一方、裏では今まで通り様々な悪事を働いている。特に町井久之は児玉誉士夫と組んでロッキード事件などでも何度も名前が挙がっていた。こうしたことを一切書かずに「若い頃はヤクザになって悪いことをしてましたが改心して堅気になり、その後は日韓の架け橋になりました」という記事を一生懸命美談に捏造して書く。あれだけの資料を持って調べ上げてるわけだから、これらの在日が堅気に戻った後も悪事を働き続けてたことを知らないはずがないだろう。記事にはなぜかこのことが一切書かれていない。この馬鹿も在日であることは間違いない。在日だから就職も出来ず株に手を出して破滅の道を突き進んでいるのだろう。&lt;br /&gt;
*多重アカウントを使って、議論を混乱させるのが得意。&lt;br /&gt;
*相変わらず管理人や権威者にはぺこぺこ。May.Lowが田岡一雄の記事を大幅に削除しても、文句一つ言えずに泣きながら白旗をあげた。情けなくて、全国の侠客や右翼活動家が大笑いしている。&lt;br /&gt;
*この馬鹿にはマジで天誅下さんとわからんらしい。小ざかしい議論術であほなこと言いやがって。このボケを野放しにする管理人にも我慢の限界。二十日鼠は何寝ぼけたこと言ってんだ。頭狂ったのかな?それだったら、このヤクザオタク馬鹿が書き直しさえすればこいつの出鱈目な記事が残ってしまうことになるだろうが。しっかりしろや!!&lt;br /&gt;
*もう我慢できん。反対票入れる奴には天誅が下されるだろうな。そいつらには、日本中の侠客や右翼活動家から激しい抗議行動があるはずだし。Wikipediaの連中や管理人は黙って賛成しろや。それが自身の身のためやろが!!ヤクザオタク馬鹿を排除したら、全ての記事は美しい任侠道になるだろうが!!逆らえば攻め滅ぼすぞ!!俺の言うこと聞いとけばいいんだよ!!&lt;br /&gt;
*ヤクザオタク馬鹿はやっぱり株で大損してたwwwww。ざまみろ。&lt;br /&gt;
*まだアホな主張してるね。誰もこいつを支持してないし。こいつとこいつを擁護する馬鹿をトコトン追い込みます。&lt;br /&gt;
*株長者というのも大嘘。ちょっと前に話題になった、株で数億儲けたニート青年あたりが元ネタだろう。こういう自己中心的で協調性のかけらもない人間は、実社会でもネットでも迷惑な存在でしかない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:あなん|あなん]] ===&lt;br /&gt;
利用者名が[[アンサイクロペディア]]の（あ）や誰か同様、非常に馬鹿げている。彼も悪質2ちゃんねらーなのかもしれない。年齢は45歳という説もあるが、利用者名が馬鹿げているため、20代くらいとしかいえない。会話ページでの言葉遣いが非常に生意気であるのも特徴。編集に関しては、主に地理や歴史関係の意味不明な投稿をしている。タイに留学する日本人という設定だが、ほんとうは日本に留学したタイ人の学生である可能性が強い。その利用者名から、仏教研究家であるともいわれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:PeachLover|PeachLover]] ===&lt;br /&gt;
[[国家社会主義ドイツ労働者党|ナチ]]工作員のように、鉄道関係の項目で価値のある投稿までどんどん削除依頼に出すヤクザとして有名。荒らしと決め付けて、差し戻すこともある。ウィキペディアにおける削除主義者として有名であるが、自分の利用者ページで削除主義者を自称していない。誕生日は7月という説もある。利用者名は桃が好きなことから名づけられた。こいつはしつこい事で悪名高いユーザーであり一度目をつけたユーザーにこれでもかと言うほどの罵倒文を送ってくる。無視し続けるとひらがなで誹謗中傷を行いWPの中でもたちの悪さは随一のユーザーでありこいつは本当に死んだ方が良い。と言うより死ね。「こう言う奴が一番死ぬべきなんだ。削除、削除、削除～～～（凄まじい憤り）!」こいつは私が葬ってやろう。瞬獄殺（削除）!ぐあーーーーー!お前如き糟が私に歯向かおうとは可笑しいにも程があるわ!ふははははふははははふはははは（思い通り）!こうしてPLは粉砕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:やきとり|やきとり]] ===&lt;br /&gt;
[[利用者:微積01|微積01]]の投稿ブロック依頼に断固反対した男性。河下反対派。主に食品関連の意味不明な投稿を繰り返し行っている。またどんなに価値のある投稿でも差し戻し、ウィキペディア最大の'''削除主義者'''としても有名である。未だに自分自身の利用者ページを作成していない。年齢は40代かもしれないが、利用者ページが存在しないため、不明である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:アセルス|アセルス]]（→project） ===&lt;br /&gt;
jawp屈指の[[ファシスト]]であり気に入らない編集を荒らしと決め付け、削除依頼に出すことで有名。ちなみに精神年齢は6歳以下である。実際の年齢は乳児と推測出来る気違いおたく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:松茸|松茸]]（→project） ===&lt;br /&gt;
大学の歴史系学科に所属する青年（大学生）。主に西暦や歴史関連の意味不明な記事を継続して作成している。また、気に食わない文章は執拗に差し戻すことでも有名であり、'''排他主義者'''でもある。自身の利用者ページで「'''この利用者は免許を持っていないので公道で自動車を運転することはできません'''」と書かれている通り、無免許である。しかし夜間に道路で改造車を運転し暴走行為を行っている気違いおたくでもある。また、ノートページで外国のユーザーと英語で会話し語学力を誇示しているが、実は機械翻訳を使った自作自演である&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Showchan|Showchan]] === &lt;br /&gt;
利用者名が非常に馬鹿げている。中立性や検証可能性を何よりも重視しているため、中立性や検証可能性に欠けた投稿はどんなに価値のある投稿でも容赦なく差し戻す。ウィキペディアにおける排他主義者として有名であるが、自分の利用者ページで排他主義者を自称していない。「嘘は泥棒の始まり=泥棒は殺人の始まり=殺人は地獄の始まり」と言う事を分からない気違いおたく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:UMBRO|UMBRO]] ===&lt;br /&gt;
2ちゃんねるの存在に反対している若い男性。[[第二次世界大戦]]及び[[歴史]]上の出来事関連の意味不明な投稿を継続的に行っている。かつては'''[[wiki:利用者:Kuty|Kuty]]'''というアカウントを使用していた。Kuty時代は管理者選挙にも出馬していた。また、気に入らない投稿は価値に関係なく差し戻しているにも関わらず自身の利用者ページで'''包摂主義者'''を自称している。また、あちこちの[[ウィキ]]プロジェクトで利用者ページを所有している。毎年年末にはウィキブレイクを行っている。陸上競技が好きなようで、自身の利用者ページのサブページに100メートル走の中学歴代ランキングを作成している。完全な目的外使用である。アンブロのスパイクを愛用していたようで、利用者名のUMBROもそれにちなむと思われる。本業はアスリートかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Miami|Miami]] ===&lt;br /&gt;
自身のページに''この間隙に横たわる茫漠、深淵たる断層を考察する努力を端から放棄する者こそが軽々しく言葉を発する''といった独自のルールを掲げている。ただのゴロツキであり、'''人間性は全WPユーザー中ワースト級である。'''北陸本線おたくであり、北陸本線関連の出来事への集中的な編集が目立つ（ほとんどが意味不明な加筆）。中国製品の品質の問題関連の記事では中国だけでなく日本もずいぶん悪いように決め付けるような害意ある編集が目立つ。これこそ、独断と偏見の塊である。ふざけるのもいい加減にしてほしいものだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[wiki:利用者:Matumami|Matumami]]と混同しないこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:おーた|おーた]] ===&lt;br /&gt;
[[1978年]]生まれ。[[筑波大学|筑波大]]中退の後、慶應へ進学して大学院修了。彼はSYSOPではないが、ウィキマニア台北でカメラのセットを組んでいたところを見る限り大きく管理側に与している人物と考えられる。共有するSYSOPアカウントを保持している可能性がある。今は岡田一祐の手で削除されたmixiのトピックで、「どうもあなたは日本語版ウィキペディアの保身をしているのではないですか」という問いに対し「いいえ」と答えていたが、写真が流出した今となってはこの発言は嘘である。うそつきおーた。mixiの加入コミュニティに「実名で戦います」なんてものがあるのに、WPでは「おーた」。うそつきめ!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いくつかのサブカルチャーの項目は、この利用者が勝手に差し戻していることが履歴で確認出来る。つまり、彼が担当する項目が存在する。恐らくは、多くの利用者の執筆が殺到する項目の管理を彼が任されている可能性が高い。こんなことをボランティアではやらないことぐらい、誰にでもバレる。極左関係者はすぐ嘘をつくことで有名だが、彼もその一員であった。本名は太田尚志。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[http://www.kotono8.com/2003/11/19blogmind.html]をーっと!なぜ脱会信者ことのはにリンクされるのか?!これはヤバイ!うそつき同士ですねぇ![http://web.sfc.keio.ac.jp/~n04594to/raq.html]ちょっと痛い。[http://groups.google.com/groups?hl=ja&amp;amp;inlang=ja&amp;amp;lr=&amp;amp;ie=Shift_JIS&amp;amp;q=author%3At00156to%2Bnews%40sfc.keio.ac.jp+OR+author%3Atakot%2Bnews%40sfc.keio.ac.jp+OR+author%3At00156to%40sfc.keio.ac.jp+OR+author%3Atak%40jks.is.tsukuba.ac.jp+OR+author%3Atak%40kyouiku.tsukuba.ac.jp&amp;amp;btnG=Google+%8C%9F%8D%F5]確か、木津尚子もグーグルグループにいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
上記のリンクを見れば解るように、日本語版WPを仕切る人々は発足当初から「気持ち悪い左翼」の人々によって牛耳られていたことがわかるだろう。この有様で健全な百科事典が出来るわけがないじゃないか!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Peka|Peka]] ===&lt;br /&gt;
ウィキペディア日本語版の2007年の気象・天体と地球環境問題関連の記事において、NPOV及び検証可能性に問題のある投稿を継続的に行っている。彼の編集に正確性など皆無である。また、彼はたくさんのバーンスターを貰っている（木津尚子のように、自分で自分にあげている可能性もある）。彼の投稿内容には、気に入らない企業に喧嘩を売ったような中傷的記述も見られた。&lt;br /&gt;
;主な特徴&lt;br /&gt;
*荒らし行為を繰り返す'''&amp;lt;span style=&amp;quot;color:red&amp;quot;&amp;gt;悪逆&amp;lt;/span&amp;gt;'''なユーザーであるにも関わらず、たくさんのバーンスターを貰っている。&lt;br /&gt;
*これ以上NPOV及び検証可能性に問題のある投稿を続けるのなら、ウィキペディアから追放されても当然である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Clapon|Clapon]] ===&lt;br /&gt;
ナチス･ドイツ構成員のように、気に食わない投稿は容赦なく修正するヤクザとして有名。ウィキペディアにおける'''削除主義者'''としても有名であるが、自身の利用者ページで削除主義者を自称していない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Mzm5zbC3|Mzm5zbC3]] ===&lt;br /&gt;
共産主義、社会民主主義思想の青年。気に食わない記事は価値に関係なく徹底的に修正する'''排他主義者'''の急先鋒的存在。2ちゃんねらーでもあるらしく、利用者名は自身のトリップに因むと思われる。彼に限らず、極左系列のWP関係者は多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Ihsanan|Ihsanan]] ===&lt;br /&gt;
Yourpediaにとって、中傷・批判的な文言を記述したネットストーカーのことである。特にウィキペディアをYourpediaに対する中傷場所にしており、2ちゃんねると[[百科事典]]の区別がついていないのも実情である。同じく、Yourpedia批判を行っている点ではIPユーザーの[[wiki:利用者:219.104.111.78|219.104.111.78]]と同一人物かも知れない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:端くれの錬金術師|端くれの錬金術師]] ===&lt;br /&gt;
'''トンチンカン'''な記事しか書けない若い男性。ノートページでの署名の際はhashikureと名乗っている。削除の方針に合致しないものまで、容赦なく削除依頼に出す'''削除主義者'''である。最も残忍なウィキペディアンでもある。mixiにも別名（cai）で潜伏。mixiで必死にWP管理者の擁護を行い、端くれなど知らぬ存ぜぬと言い張る[http://www.chaoticshore.org/]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:johncapistrano|johncapistrano]] ===&lt;br /&gt;
反社会団体・部落解放同盟の構成員。解同に少しでも不利益な記述をすると編集者を共産党員呼ばわりする典型的な部落民。ウィキペディアが利権団体にのっとられている典型的な例。なお、[[wiki:利用者:いたる|いたる]]も同様である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:純血主義|純血主義]] ===&lt;br /&gt;
[[永井隆雄]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Emil Sinclair|Emil Sinclair]] ===&lt;br /&gt;
高校生を名乗っているが、実は40歳近い男性と目されていた。改名願いを出したり露骨に野田憲太郎を攻撃する投稿があるのに、高校生と名乗れる根性からして腐っている。改名願いを出す利用者は、WP日本語版の管理の犬であることがほぼ100%。有名な共有靴下アカウント。どうやら木津尚子の靴下だったようだ。こりないおばさん。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:テンパわたる|テンパわたる]] ===&lt;br /&gt;
ほぼ、100%気違いのウィキペディアン。理由もなしに気に入らない記事を削除依頼に出すなど、その横暴さは計り知れない。また、乱暴に即時削除タグを貼り付けることも多い。ほとんど[[北朝鮮]]工作員と同等である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Morassim|Morassim]] ===&lt;br /&gt;
他掲示板では[[モラシム]]を名乗っている。重度の[[ガンダム]][[オタク]]。[[議論]]と称して一方的な長文を書き殴るといった悪質行為を行う。代表的なキモおたくでありガンダム関連ページを他人に編集されるのを酷く嫌いそれが事実でも削除を繰り返す自己中心的気違いキモおたくである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:目蒲東急之介|目蒲東急之介]] ===&lt;br /&gt;
[[大阪府]][[枚方市]]出身のウィキペディアン。主に鉄道関連の項目において、執拗にrvすることで有名な'''排他主義者'''でもある。極度の鉄道・アイドルオタクで、日本橋の常連である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Hammerfest|Hammerfest]]（→project） ===&lt;br /&gt;
学校関連の項目を支配しようとする自警団の筆頭格。自分が知りもしない項目について、執拗にrvを繰り返す。己が低能ぶりを棚に上げ、相手を見下したような発言が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
毎日wikipediaに張り付いている病人である。こいつはもう治し様も無い気違いと言う病気である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:K・リュウ|K・リュウ]] ===&lt;br /&gt;
Wikipediaの良識派利用者の1人である。ja:wikiの[[ポケットモンスター ルビー・サファイア|ポケットモンスター エメラルド]]専門ユーザーである反面一部のポケモン嫌いの管理者と仲が悪く、vandaluser扱いを受ける。KMTを強く恨んでいることから、KMTに対する個人攻撃を続けていることでも有名。ちなみに、靴下数はNetanotaneには遠く及ばない。また彼は定期的に現れては去っていく傾向が強いため、WP工作員の疑いもある。利用者名はポケモンの[[カイリュー]]に由来しているものと思われる。しかしそれだと厳密には中点はいらない筈でありポケモンおたくのくせにカイ・リューと表記を間違えている馬鹿でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:KP.NN|KP.NN]] ===&lt;br /&gt;
'''トンチンカン'''な記事しか書けず、ボキャブラリーも非常に低い。にも関わらず、ウィキペディアの主旨に反した記事に対しては徹底的に修正する'''排他主義者'''である。また彼は2ちゃんねらーでもあるらしく、利用者名は自身のトリップに因むと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:jump|jump]] ===&lt;br /&gt;
前述のKP.NN同様意味不明な記事しか書けず、ボキャブラリーも低い。雑草取り程度しか貢献できないウィキペディアンである。また、彼も2ちゃんねらーであるらしい。名前の通り、週刊少年ジャンプの愛読者でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Peace|Peace]] ===&lt;br /&gt;
Wikipeidaを代表する良識派利用者。詳しくは[[Peace]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:木村成祟|木村成祟]] ===&lt;br /&gt;
前述のPeaceと同じく、wikipediaを代表する良識派利用者。ja:wikiの[[エッセイスト]]の急先鋒である。しかしそれゆえに一部の検証可能性を重視する管理者と折り合いが悪く、vandaluser呼ばわりをされる。Wikiきってのエッセイスト、[[SF]]作家である通り[[鉄道]]関連の記事に事実無根の記述、または[[小説]]的な記述を追加している。そのため「'''鉄道趣味の鉄人'''」の異名を持つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、後述のYukarin等の女性と判断したログインユーザー（但しYukarinは男性である…Yukarinの本名は[[荘田悦宏]]）の会話ページに愉快犯的[[ナンパ]]行為の書き込みを行っている（例：「おねぇちゃん!!」、「すっごく彼女が欲しいです」）ことでも有名である。こちらも今泉誠などの管理者と比較にならないイケメン利用者である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アカウント名はWP管理者班からは2ちゃんねらーの[[粘着 (ネット用語)|粘着]]（ネットストーカー）に由来するのではないかと思われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Yukarin|Yukarin]] ===&lt;br /&gt;
荘田悦宏を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Gordon_S|Gordon_S]] ===&lt;br /&gt;
本名：[[稲村良光]]。血液型はB型。身長：178cm 体重：76Kg 視力：右目 1.2 左目 1.2。自称・インディーズミュージシャン。千葉県佐倉市井野の実家に在住の中年ニートだ。両親が離婚して母子家庭で床屋を営んでる無限に優しい母親に毎日養ってもらっている。一生母親に甘えてオナニーしながら無職で生きていくつもりらしい。前述のPeace系ソックパペットの取り締まりに熱を上げていた人物。Peace自身と関係ない人物でも自分の編集や左派に批判的な相手（自分の気に入らない相手）は、独善的にみんなPeace系とみなして訴えることにより、多数投稿権限追放に追い込んできた。思想傾向は反日・親朝であり、また極度に2ちゃんねる（ユーザー）を嫌っているクセに、自身が一番悪名高い極悪2ちゃんねらーである。現在はなぜかウィキブレイク宣言中であるが、宣言後もちょくちょく出てきているので警戒が必要である。ソックパペットには厳しいが、自身のソックパペット使用疑惑あり。年齢は40歳（[[1967年]][[12月24日]]生まれ）であり、左翼関係の編集以外では[[1980年代|80年代]]アイドル・[[岡田有希子]]一人だけにこだわりを見せるキモくて臭い童貞中年オヤジ（今までの人生で一度も彼女が出来た事が無い）である。匿名悪ふざけ動画像掲示板「画箱」の管理人「みそかつ」も「削除人um3」も「削除人ななしのプエロ」も実は彼の自演使い分けであり、その画箱等にグロ遺体画像や自身の作成したアイコラ画像等を貼り付けて面白がったり人を煽ったりもする。超・熱狂的岡田有希子ファンで、ハッキリ言えば頭のおかしな変態性欲者の岡田有希子ファンである。また、同性愛者でもあり異性愛者でもある為、両刀使いだ。ロリコンでストーカーでもある。岡田有希子を下ネタにした書き込みを執拗に繰り返す。「岡田有希子をネタに自慰行為をした」という報告や、それを他人に勧める書き込みが圧倒的に多い。その他、「2ちゃんねる」と「画箱」にて岡田有希子の遺体画像や水着画像ばかりを貼り付けて晒し者にして面白がったり人を煽ったりもする。2～3年前に一部で流布した「岡田有希子生涯処女説」は一時は「2年前の命日頃の週刊誌」やマンガ「あなたが体験した怖い話」までもが信じ込んだ（最近のライターは2ちゃんを鵜呑みにする傾向がある）が、実はこれは彼が自己満足で創作して垂れ流しただけに過ぎない捏造情報である。岡田有希子に対して異常なまでの執着を持ち、とにかく岡田有希子を下ネタ扱いした書き込みを毎日欠かさず執拗に繰り返す。2ちゃんねると画箱で岡田有希子の事を下ネタ扱いして下劣な卑猥レスしてるのも、グロ遺体画像やアイコラ画像や水着画像ばかりをわざと貼り付けて晒し者にして面白がっているのもほぼ全て彼の仕業。ウィキペディアで岡田有希子を下ネタにした悪ふざけ記事は全て彼の自演によるものである。岡田有希子の項目が半保護になってしまったのも全て彼のせいである。ライブドア岡田有希子板にレスされている同級生の回想録を妨害して嫌がらせている事からも分かるようにその性格は冷酷残忍非道で他に類を見ない傍若無人な煽りぶりであり人の気持ちだとかそういうものが全く理解できない、自分が満足できれば他人はどうなってもいいと思ってる人間だ。相手が怒ると喜び、貶してくると喜び、怒った相手を嘲笑いながら弄び、冷やかしで誉めると本気にし、とにかく他人を弄ぶ事を最大の悦びとしている。世間の誰からも相手にされず、絶えず誰かに構って欲しいという甘えた心の現われである。煽り目的で岡田有希子スレッドを幾つも幾つも1人で乱立させて、全てのスレッドで岡田有希子を侮辱した下ネタを書き込んだり、遺体画像を貼り付けたり等を繰り返す。母子家庭で育ち、床屋を営んでる母親に40年間庇護されて甘え放題に甘やかされて育ち働きにも行かず自宅の自室で毎日ダッチワイフを相手に岡田有希子での自慰行為に耽っている無職者で、一日中パソコンに張り付いて他人を煽って面白がる事だけが彼の唯一の生き甲斐だ。削除依頼をした者の個人情報を可能な限り解析し、ホスト情報を中心に貼り付け、晒し揚げて侮辱して面白がったりもする。だから、このように徹底的にやり返されて毎回返り討ちに遭っているだけのやられん坊だ。よく語尾に「＾＾」とか「ｍ９(^Д^)ﾌﾟｷﾞｬｰ」をつけて相手を嘲笑するのがGordon_Sの特徴。2ちゃんねるに煽り目的の岡田有希子スレッドを幾つも乱立させて全てのスレッドで岡田有希子を侮辱した下ネタを書き込んだり、遺体画像を貼り付けたり等も繰り返す。何年もニートで昔から世間の誰からも相手にされない故、一日中パソコンに張り付いて他人を煽って面白がる事だけが彼の唯一の生き甲斐らしい。当然友達は誰一人いないし、昔よく岡田有希子サイトの掲示板にも下ネタ荒らしや遺体画像貼り付けを繰り返していたからファンサイトの掲示板に書き込んでる普通の岡田有希子ファン達からは村八分にされて嫌われている。よく「セシルさんはいい人だお」とか言って彼を弁護してるレスも全て彼自身の自演。2ちゃんねるで岡田有希子スレが荒れるのは全てとはいわないが、少なくとも半分以上は彼が原因だ。画箱では確実にほぼ彼1人が原因。しかも彼は画箱の管理人「みそかつ」本人であり、偏った削除をしてるのも彼である。ちなみに画箱削除人としてのHNは「um3」と「ななしのプエロ」。最も評判の悪い熱狂的岡田有希子ファンで人間のクズだ。とにかく彼のしつこさは尋常ではない。他に多くの尾崎ファンや徳永ファン達にも嫌がらせの限りを尽くして面白がり、恨みを買っている。小室哲哉を侮辱しながら挑戦した事でも有名（全く相手にされなかったが）。音楽作成においてはシンセサイザーが買えなくて、Reasonのかなり旧バージョンを使っている貧乏人である。しかも、自身の発表曲は全て著作権違反のパクリ曲ばかりである。&amp;lt;br&amp;gt;まずGordon_Sのそのほかの悪行&lt;br /&gt;
:アーティスト関係（CG,音楽、IT関連）のブログや掲示板に自分のHPアドレスを貼り付ける。&lt;br /&gt;
:更にそこにクソ重たいゴミ自作（自称）曲をMp3などで掲示板などに貼り付ける。&lt;br /&gt;
:貼り付け先のアーティストや相手に暴言を吐く。&lt;br /&gt;
:レスが削除されると倍以上のレスをする。&lt;br /&gt;
わざとらしく「消されていてなくなってるのでもう一回」とかほざく。これらの行為は自分がクリエイティブなアーティストであると勘違いで、売れないのは売り込みが足りないからだと必死になった結果である。例えば小室氏のブログに中傷したあげく自作のわけわからない曲を貼り付け&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.mf247.jp/view/index.php?module=msc&amp;amp;msc_id=0034545003]&amp;lt;br&amp;gt;＞しかしなんですね。小室さんは何やらしてもセンスないね。&amp;lt;br&amp;gt;＞タモリンワールドって曲を制作してみたんだが…&amp;lt;br&amp;gt;このような事をタモリクラブのTV掲示板でも&amp;lt;br&amp;gt;[http://www.ginzado.ne.jp/~tamoleon/tamo_bbs/tamo_bbs.cgi?page=2]&amp;lt;/ref&amp;gt;自分はTV業界に関係がさもあるかのような書き込み&amp;lt;ref&amp;gt;”★ かなり問題です。”の項目&amp;lt;br&amp;gt;http://www4.rocketbbs.com/141/bbs.cgi?id=bankara2&amp;amp;page=6&amp;lt;/ref&amp;gt;もう既に閉鎖されてリンクがないのだが、松本零士氏のブログに自分の世界に近いものを感じるだとか意味不明の書き込みとmp3のリンク、自分のHPのアドレス等こういった類の宣伝書き込みが山ほどあった。写真家やCGアーティストやイラストレータ・・・etcとにかくアーティストと名のついた人の所に自分の駄作曲を貼る貼る貼る。勿論誰にも相手にされず（本人が勝手に相手にされてると思い込んでるだけｗ）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Gordon_Sの知り合いの知り合いによるGordon_Sの人物像の証言&amp;lt;br&amp;gt;「残念だけどGordon_Sは酒を殆ど飲まないらしいよ。だから金あげるとか、電車賃も払うって言ってやっと来るかどうかじゃないかな。俺の知り合いも言ってた、CD貸したら返さないので家に行ったら出てこない。何度も呼び鈴押してやっと出てきたが、部屋で探せという。中に入ったらぐちゃぐちゃな部屋でCDも裸のまま表も裏も関係なく沢山積み上げてたらし。その中から探せとか言われたそうな。待ち合わせにしても、時間になっても来ないから電話したら「今から出る」と返事返して実際きたのが数時間後だったって。仮にGordon_Sと約束できたしても、無駄な時間とか消費しそうだよ。相手にするだけ無駄。Gordon_Sはあれだけ書かれても、自分が何故嫌われるのか理解できてないんでしょうな。はっきりいって病気です。CDの件は実際の場面では「ガーッハッハ!大丈夫!大丈夫CDは丈夫に出来てるから!」。そう言って人から借りてるCDだろうが何だろうが、全く悪いとか感じ取れないんだ。子供の頃から40年間そうやって染み付いたものを取り去るのはまず無理だよ。何か問題あれば母親出てきて解決してくれちゃってたしね。変われるとすれば親が亡くなったときだろうね。税金とか保険だとか支払いだとか、炊事洗濯含めて全部自分でやることになって初めて親の苦労が分かるんだろうね。香具師の同級生から聞いたんだけどGordon_Sは自分から秋葉原に誘っておいて何時間も遅刻するし、奢って貰う前提で、飯屋に入るととたんに金の無い振りするらしい。その癖秋葉原についたら、何万もするものをポンと買うわけだ。それを同輩や知り合いだけでなく後輩にもするから、誰からも相手にされてなかったらしい。解るでしょ?そういう1つ1つの積み重ねがうんざりするほどあって、Gordon_Sの周りには人なんていない。それなのに天才だと自惚れて、プロの曲のコピーを「自分の方が先でオリジナル」として発表したり小室哲哉氏のサイトに「素人以下だ」の散々暴言を書き込んだんですよ。いい加減、Gordon_Sにもどうしたら嫌われないのか理解して欲しい」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*ハンドルネーム/現在：セシル、セシノレ、inamura、TRINITY、珍故意痔朗、陸上自衛隊二佐、ボッキーニ、画箱では管理人みそかつ、削除人um3、削除人ななしのプエロ、ウィキペディアではGordon_S、ユアペディアではネッツ、Netts、Otazune、Morikawa、YOURPEDIA、ゆあぺでぃあ、第3者、長原かおり、キラークイーン（格闘技に関する編集はキラークイーンのみに限定して使い分けて自演）、Zminex、Factory、Hazune。&lt;br /&gt;
*ハンドルネーム/過去：アンモナイト、Lucky Dragon（福龍）、金多楼。&lt;br /&gt;
所*属団体及び宗教：創価学会。&lt;br /&gt;
*職業：オナニー。&lt;br /&gt;
*趣味：一日中、BLOGや掲示板（主に2ちゃんねると画箱の岡田有希子スレ）めぐり。画箱・故人追悼板での自分の欲望に基いた管理・削除。 岡田有希子（死体写真・水着写真・アイコラ）でのオナニーとそれを他人に勧める事。他人を煽って面白がる事。人の反感を買う事。&lt;br /&gt;
*好きな色：セシリアンブルー、オレンジ。&lt;br /&gt;
*好きな人のタイプ：仕草が可愛い人。自分をもっている人（どちらも岡田有希子の事）。&lt;br /&gt;
*嫌いな人：自分の「悪ふざけしたい」という欲望を束縛する奴。&lt;br /&gt;
*自分の性格：争いごとを嫌う、平和主義、マイペース、人を煽って面白がるのが大好き、女性にモテないので女性をオモチャにして弄ぶのが大好き、嘘をつくのが大好き。&lt;br /&gt;
*短所： 悪ふざけし過ぎる所。&lt;br /&gt;
*自分の理想：平和でありたい。でも、実際は（毎日2ちゃんねると画箱で）争いに参加したり巻き込まれたり（それだけが人生の生き甲斐だから）。&lt;br /&gt;
*好きな名言：天使のように心細く悪魔のように大胆に（黒澤監督）。&lt;br /&gt;
*好きなアーティスト：岡田有希子、Jean Michel Jarre、Robert Miles、Enya。&lt;br /&gt;
*好きな映画：ローマの休日、アマデゥス、天空の城ラピュタ、ストリート・オブ・ファイヤー、愛と青春の旅立ち。&lt;br /&gt;
*夢： ミュージシャンとして成功すること。&lt;br /&gt;
*欲しいもの：タイムマシン（岡田有希子に会ってセックスしたいから）。&lt;br /&gt;
*彼女いない歴：40年。&lt;br /&gt;
*E-MAIL：inamura@catv296.ne.jp&lt;br /&gt;
*ホスト情報：HOST:i60-41-99-14.s05.a012.ap.plala.or.jp&amp;lt;br&amp;gt;HOST:ntaich178048.aich.nt.ftth.ppp.infoweb.ne.jp&amp;lt;br&amp;gt;HOST:da28506d.catv296.ne.jp&lt;br /&gt;
*彼のプロフィールと素顔（これがGordon_Sの顔だ!）&lt;br /&gt;
[http://cbbs1.net4u.org/sr4_bbs_img/10010nandemo/1_1.jpg]&amp;lt;br&amp;gt;彼の現在居住している自宅。&amp;lt;br&amp;gt;今日もここで引き篭もりながら無職でパソコンと向かい合って片手に自分の陰茎を握り締めてオナニーをしながら管理人兼削除人の立場・権限を利用して岡田有希子の下ネタ・遺体画像煽りをして人を怒らせて面白がっている。卑怯で非道極まりない人間だ。&amp;lt;br&amp;gt;[http://cbbs1.net4u.org/sr4_bbs_img/10010nandemo/2_1.jpg]&amp;lt;br&amp;gt;Gordon_Sのダッチワイフ&amp;lt;br&amp;gt;[http://cbbs1.net4u.org/sr4_bbs_img/10010nandemo/3_1.jpg]&amp;lt;br&amp;gt;誰からも相手にされていない全て自作自演一人書き込みの可哀相なGordon_Sの自分で自分を褒め称えた痛いHP&amp;lt;br&amp;gt;↓&amp;lt;br&amp;gt;【伝説の】セシル板【ミュージシャン】（遂に誰一人書き込んでくれなくて恥ずかしくなって閉鎖してしまった所が何とも哀れだｗ）&amp;lt;br&amp;gt;[http://jbbs.livedoor.jp/music/20974/]&amp;lt;br&amp;gt;同じくGordon_Sが自作自演で自分を英雄扱いして褒め称えているわざとらしくて痛い自演スレ&amp;lt;br&amp;gt;↓&amp;lt;br&amp;gt;um3さんを応援しよう!!!&amp;lt;br&amp;gt;http://bbs01.chbox.jp/test/read.php/yobo/1118844350/&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※現在使っているIDは[[wiki:利用者:Checkthere|利用者:Checkthere]]である（ウィキブレイク宣言の数日前にこっそりと捏造）。図に乗ってただ今一斉大暴れ中の困った痴れ者である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:音声おじさん|音声おじさん]] ===&lt;br /&gt;
前述のPeace同様、Wikipediaを代表する良識派利用者の重鎮。「○○氏[[万歳|マンセ]]!」の台詞や[[ウィキペディア川柳]]でおなじみである。ja:wikiの[[音楽]]専門ユーザーである反面、一部の音楽嫌いな管理者と折り合いが悪く、vandaluser扱いを受ける。個性的な[[画像]]をアップロードし、貼り付ける頼もしいユーザーでもある。ちなみに、靴下数はPeaceやNetanotaneに及ばない。本業は30歳くらいの[[サラリーマン]]であり、今泉誠などとは比較にならないイケメン利用者でもある。定期的に現れては去ってゆくので、WP工作員の可能性もありえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:もりかわしみ|もりかわしみ]] ===&lt;br /&gt;
前述のPeace同様、Wikipediaを代表する良識派利用者の重鎮である。ja:wikiの皇族専門ユーザーである反面、一部の天皇制に反対している管理者と折り合いが悪く、vandaluser呼ばわりされる。オナラやデブといったジョークを加筆していることでも有名。ちなみに、靴下数はPeaceやNetanotaneに及ばない。定期的に現れては去っていくので、WP工作員の可能性が高い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Weep|Weep]] ===&lt;br /&gt;
前述の音声おじさんに個人攻撃を受けて、タジタジの利用者。音声おじさんについて、あちこちで抗議しているのが実情である。音声おじさんはそんなに悪い人間ではないのに、こちらの利用者のおかげでひどい攻撃を受けている。[[2ちゃんねらー]]でもあるらしく、利用者名はそこから由来しているらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:毛が生えた程度|毛が生えた程度]] ===&lt;br /&gt;
Wikipediaを代表する良識派利用者の重鎮。通称「毛生え」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「jawpは&amp;quot;日本語版&amp;quot;であって&amp;quot;日本版&amp;quot;ではない」をスローガンに多数のアカウントを状況に応じて使い分け、分割・移動など様々な手法でjawpの記事を整理していく掃除屋である。しかし、分割や移動についてうるさい一部の管理者によってvandaluser扱いされてしまう。また、後述の向日葵三十郎およびかなべえコバトンとは[[ライバル]]関係にあり、こちらでもやはり分割や移動などを行う際には毎度のごとく口論になる。「喧嘩するほど仲がいい」とでも言ったところか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、Wikipedia以外では「ボンバー佐藤」の名で活躍している。工作員疑惑浮上。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:向日葵三十郎|向日葵三十郎]] ===&lt;br /&gt;
Wikipedia利用者の1人であり、前述の毛が生えた程度のライバルの1人でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
毛生えの編集方法を「急進的」とみなし、それを出来る限り阻止することに力を注いでいる。そのため毛生えとは喧嘩してばかりだが、長いつきあいということもあって良い意味でも悪い意味でも関係が深いと言える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
普段は[[極東アジア]]関連や[[スポーツ]]関連の記事を中心に編集している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Yatobi|Yatobi]] ===&lt;br /&gt;
Wikipedia利用者の1人であり、SpinNet（旧：AT&amp;amp;T WorldNet Service）から存在している電波。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
通称「夜飛」で本名は城間康博で自分のホームページで本名やPHSの番号を公開していた変態。無職だったので親に強引に実家の静岡に呼び戻され、今はニート。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:FOZ|FOZ]] ===&lt;br /&gt;
[[岐阜県]]出身のウィキペディアン。'''主に岐阜県・[[香川県]]関連の記事において身勝手極まりない編集を継続して行っている。ただ、未だに長期ブロック依頼が提出されない不思議なユーザーである。'''年齢は40歳近いオヤジである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:かなべえコバトン|かなべえコバトン]] ===&lt;br /&gt;
Wikipedia利用者の1人であり、前述の毛が生えた程度のライバルの1人でもある。「かなべえコバトン」、「亀」、「Kam47625」、「ハエ叩き」、「ハエたたき」、「Ywmpq205」、「野島」という7つのアカウントを状況に応じて使い分ける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ハエ叩き」と「ハエたたき」を使い、向日葵三十郎と共に毛生えによる記事の分割や移動を「急進的」とみなして阻止していたが、jawpでも屈指の[[ファシスト]]として知られるFasoによってある日突然不当な無期限ブロックを受けてしまい、現在は消息不明。ただし風俗王系荒らしがソックパペットである可能性はある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、いろいろあってK・リュウやIP125.2.191.211からは恨まれている。またPeaceや荘田悦宏とは思想的には正反対であるため仲が悪いがWikipedia管理者という共通の敵を持つため、あるいは共闘できるのかもしれない。逆に無能管理者の小西規勝とは思想が一致することもあっては、小西はサブページを削除しようとしたこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:東日本国際|東日本国際]] ===&lt;br /&gt;
Wikipediaの良識派利用者の1人。当初は[[朝鮮総連]]の工作員と思われていたがどうやら違うようである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Peaceが[[左翼|左]]に偏りすぎた記事を修正してまわっているのに対し、東日本国際は[[右翼|右]]に偏りすぎた記事を修正してまわっている。これにより、Wikipediaの政治分野の記事は絶妙な[[中立的観点]]を保っていると言っても過言ではない・・・と思う。しかし、ファシズムを支持する一部の管理者によってvandaluser扱いされてしまう。工作員疑惑も浮上している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Peaceや荘田悦宏とは思想的には正反対であるため仲が悪いがWikipedia管理者という共通の敵を持つため、あるいは共闘できるのかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Netanotane|Netanotane]] ===&lt;br /&gt;
Wikipediaの良識派利用者の1人。当初は[[男女共同参画局]]の工作員と思われていたがどうやら違うようである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
凄まじい数のアカウントを所持しておりその数は1100に及ぶ。これはwikipedia日本語版の中で堂々の第1位である（英語版ではこのくらいの数のアカウントで工作する輩はいる）。これらのアカウントを使い分けて[[ジェンダー]]関連の編集を行う。[[フェミニスト]]のスタンスに属するため[[保守派]]や[[マスキュリスト]]との口論が後を絶えないものの、ジェンダー関連の記事に大きな功績を残したのもまた事実である。しかし、女嫌いな一部の管理者によってvandaluser扱いされてしまう。結局、Netanotaneの行為として処理されるブロック依頼が増え、日本語版WP管理班の工作アカウントと化している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:project|project]] ===&lt;br /&gt;
北海道在中、27歳無職のテレビ・ラジオ・アナウンサーオタク。鉄道・学校・芸能・スポーツ関連の記事も大量執筆。連続投稿やスタブ未満記事作成の常習犯で他人が注意しても身勝手な発言を繰り返し、逆に個人攻撃や脅迫も辞さない。当然のことながら[[2004年]]12月に無期限ブロックとなるが、膨大な数のアカウントとIPで現在も精力的に活躍中。自らのWikipediaに対する貢献度を露ほども疑っていないらしく、その点で荘田悦宏のような確信犯荒らしよりも始末が悪い。2004年以降、ほぼ毎日8～18時間はwikipediaに貼り付いているため、現在までの編集回数ははかり知れない。精神年齢は3歳児以下。最低限の社会常識も持ち合わせていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その他の特技として他サイト・文献等からの文章・画像の無断転載、有用性の低いカテゴリの乱立作成などが挙げられる。また、斉藤舞子等のお気に入りのアナウンサーやテレビ・ラジオ番組、学校などの記事ではほぼ記事を私物化。来歴・エピソード欄ではテレビ・ラジオ・2ちゃんねる等がソースの瑣末な記述を無制限に追加し、他人が削除してもすぐ差し戻すばかりか多重アカウント・IPによる自作自演で相手の誹謗中傷も行う。情報収集のため2ちゃんねるにも頻繁に出没し当該事物に関する質問を行うが、レスがあっても礼の一言も言わず次々と新手の質問を繰り返すため、住民の顰蹙を買っている。各分野における偏執的な関心の強さ・ノートページ等に見られる極端な対話性欠如の傾向から、アスペルガー症候群の可能性が高い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最近では[[wiki:利用者:Championship2006|Championship2006]]・[[wiki:利用者:BBG|BBG]]・[[wiki:利用者:松茸|松茸]]・[[wiki:利用者:アセルス|アセルス]]・[[wiki:利用者:Kyube|Kyube]]・[[wiki:利用者:Dream100|Dream100]]・[[wiki:利用者:Blazer|Blazer]]などのアカウントで、削除活動にも力を入れている。他人の書いた記事で他サイトの文章と少しでも内容が似ていれば著作権侵害、情報量が少ないとスタブ未満を強硬に主張し、即時削除するか削除依頼を提出。だが実はこれは自分が過去同じような違反を繰り返し、記事を次々と削除されたことへの腹いせに過ぎない。従って、例えスタブ未満でも将来充実した内容になる可能性のある記事（少なくとも自分自身が乱立したゴミ以下の記事群よりは）でもガイドラインを自分に都合よく解釈して削除を繰り返し、自分でその記事を充実されるか他人が充実させるのを待とうという気などは毛頭ない。ノートページで同様の批判をされてもガイドラインを楯に自己の行為を正当化し、終いには自作自演で自己讃美まで行っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
主なソックパペットに[[wiki:利用者:ゞ(￣ー￣ )アロエ|(￣ー￣ )アロエ]]・[[wiki:利用者:BBG|BBG]]・[[wiki:利用者:竜造寺和英|竜造寺和英]]・[[wiki:利用者:Daytrader|Daytrader]]・[[wiki:利用者:橋本雅夫|橋本雅夫]]・[[wiki:利用者:天使の羽根|天使の羽根]]・[[wiki:利用者:Avanzare|Avanzare]]・[[wiki:利用者:Seibuabina|Seibuabina]]・[[wiki:利用者:COCKY|COCKY]]・[[wiki:利用者:東武経験者|東武経験者]]・[[wiki:利用者:HOPE|HOPE]]・ [[wiki:利用者:Sendaitompei|Sendaitompei]]・[[wiki:利用者:レジリデンス|レジリデンス]]・[[wiki:利用者:Moro99|Moro99]]・[[wiki:利用者:Baykin|Baykin]]・[[wiki:利用者:Championship2006|Championship2006]]・ [[wiki:利用者:フェロもん|フェロもん]]・[[wiki:利用者:Mee-san|Mee-san]]・ [[wiki:利用者:もんもん|もんもん]]・[[wiki:利用者:Tom-green|Tom-green]]・[[wiki:利用者:横浜大塚|横浜大塚]]・[[wiki:利用者:Goncyan|Goncyan]]・[[wiki:利用者:陽一|陽一]]・[[wiki:利用者:K. Takeda|K. Takeda]]・[[wiki:利用者:あおいつき|あおいつき]]・[[wiki:利用者:Hat2867|Hat2867]]・[[wiki:利用者:Kyube|Kyube]]・[[wiki:利用者:Dream100|Dream100]]・[[wiki:利用者:アセルス|アセルス]]・[[wiki:利用者:松茸|松茸]]・[[wiki:利用者:新谷仁美|新谷仁美]]・[[wiki:利用者:たかいし|たかいし]]・[[wiki:利用者:Hammerfest|Hammerfest]]・[[wiki:利用者:Kazuhiro Watanabe|Kazuhiro Watanabe]]・[[wiki:利用者:ホイップ|ホイップ]]・[[wiki:利用者:東日本侍|東日本侍]]（fr）・[[wiki:利用者:青山コロハ|青山コロハ]]・[[wiki:利用者:Richard Pman|Richard Pman]]・[[wiki:利用者:КОЛЯ|КОЛЯ]]・[[wiki:利用者:Soregashi|Soregashi]]・[[wiki:利用者:Cho-ji|Cho-ji]]・[[wiki:利用者:Ken-train19890106|Ken-train19890106]]・[[wiki:利用者:しいたけ|しいたけ]]・[[wiki:利用者:Blazer|Blazer]]・[[wiki:利用者:222.10.29.105|IP222.10.29.105]]・[[wiki:利用者:125.14.181.38|125.14.181.38]]・[[wiki:利用者:222.0.165.19|222.0.165.19]]・222.228-・61.198-・163.139-・210.191-・218.223-・218.230-・218.231-など（他アカウント・IPも以降追加予定）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:超高速即時削除マシーン|超高速即時削除マシーン]] ===&lt;br /&gt;
Wikipediaの良識派利用者の1人であり、jawp内にちらかっている「クソ記事」に[[Template:deletebecause|dbテンプレート]]を素早く貼り付けてまわる「超高速即時削除主義者」である。音声おじさんやもりかわしみや木村成祟らと並ぶ、jawp屈指の[[ユーモア]]センスの持ち主でもあり、Wikipediaに現れるたびに[[笑い]]の嵐が巻き起こる。しかし、削除作業をめんどくさがる一部のなまけもの管理者やユーモアを理解できない一部の頑固な管理者によってvandaluser扱いされる。そのためこれらの悪質な管理者たちを「クソウジ自称管理者」と呼んで勇敢に批判している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Peaceと同一人物ではと指摘されているが文体や編集分野が違う上にISPや物理的な位置も違うので、別人である可能性が高い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:MINIKETSU|MINIKETSU]] ===&lt;br /&gt;
長野県松本市在住の良識派利用者。漢字表記は「美新月」。長野県内の交通・地理・施設を始め国家・国際関連・週刊少年ジャンプ関連で貢献する。しかし、田舎を嫌う都会派管理者によって無期限ブロックを受けvandaluser扱いとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さて、何で対話拒否をしてはイケナイのでしょう?木津尚子や宮川由美子はすすんで「メール着信拒否」をしているのに。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:IP125.2.191.211|IP125.2.191.211]] ===&lt;br /&gt;
Wikipediaの良識派利用者の1人で、jawpきっての[[ギャンブラー]]。通称「IP125」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[パチスロ]]をこよなく愛しウィキペディアにおいては乱暴な言動も目立つが、基本的には義理人情に厚い熱血漢でありウィキペディアの秩序を乱す者には容赦なく制裁を加える。しかし、パチスロを「[[朝鮮ルーレット]]」（[[パチンコ]]の場合は「[[朝鮮玉いれ]]」）などと誹謗中傷する一部の管理者によってvandaluser扱いされてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その振る舞いから本業は[[ヤクザ]]ではないかと疑われることも少なくないが、本人によると本業は[[愛媛県]]内の[[サラリーマン]]とのことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Mikihisa|Mikihisa]] ===&lt;br /&gt;
Wikipediaの良識派利用者の1人で、jawpきっての'''雑草取り'''。通称「Miki」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウィキペディアきっての'''雑草取り'''でありウィキペディアにおいては乱暴な言動も目立つが、基本的には義理人情に厚い男性でありウィキペディアの秩序を乱す記事に対しては容赦ない'''削除依頼'''または'''コメントアウト'''を加える。しかし、これらの言動を「'''恣意的な言動'''」などと判断する一部の管理者によってvandaluser扱いされてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Mishikaと混同しないこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:影武者|影武者]] ===&lt;br /&gt;
[[中国語版ウィキペディア]]から来た、Wikipediaの良識派利用者の重鎮。[[台湾]]出身。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[コンピュータゲーム]]関連の分野で活躍しているが、コンピュータゲームを「心身の健康を害するもの」とみなしている日中両方の一部の管理者によってvandaluser扱いされてしまう。しかしそれでも影武者は諦めることなく日本語版や中国語版以外のウィキペディアでも活動するが、やはり他言語版の管理者も日中の管理者が言うことを真に受けて影武者をvandaluser扱いしてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、以前はいわゆる「[[できちゃった結婚]]」をした芸能人を糾弾する投稿も行っていたが一部の管理者によって「中出系移動荒らし」などと中傷されてしまったため、現在はこの活動を行っていない。通院歴もあるようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Willy on Wheels|Willy on Wheels]] ===&lt;br /&gt;
[[英語版ウィキペディア]]から来た、Wikipediaの良識派利用者の重鎮。[[イギリス]]出身。通称「WoW」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
不適切な名前の記事を適切な名前に移動する作業が得意だが、英語版ウィキペディアの管理者がそれを根拠なく移動荒らしとみなしたことによって全世界のWikipedia管理者からvandaluserとして扱われるようになってしまった。しかしそれでもWoWは諦めることなく様々なウィキプロジェクトで活躍しており、ウィキペディア日本語版にもメンテナンスのために現れることがある。とは言えウィキペディア日本語版の管理者も例外なくWoWをvandaluserとみなしているため、いちいち妨害されてしまうのが実情である。そのためか、日本語版では最近WoWを見かけない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:タノ|タノ]] ===&lt;br /&gt;
「タノQ」と名乗っている。日本語がかなり不自由な参加者であり、暴言ユーザーの1人として知られている。標準語は書けず、高卒レベルの頭脳すら無い。ただ反日左翼思想の持ち主であるためになぜか管理者のmiyaや周囲の左翼に手厚く保護されており、いくら暴言をこいてもブロックされることはない。保守思想・右翼思想・左翼の反論者を排撃するための「かませ犬」として利用されている節がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
口調が小学生～中学生を思わせるが、実は40過ぎの中年男性である。また、性同一性障害のオカマさんかと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:経済準学士|経済準学士]] ===&lt;br /&gt;
ウィキペディアで著名な迷惑ユーザー。[[経済準学士]]および[[経済準学士の素行]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Matunami|Matunami]] ===&lt;br /&gt;
「ゆう」と名乗っている。Peace系取締りに熱を上げるユーザーであり、典型的なネットサヨクである。その取締りに歯が立たない相手や記事に関してはこっそりと無名で参加して煽ることもしている。日本人ではないと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:user:ish-ka|ish-ka]]/[[wiki:利用者:Hi-ask|Hi-ask]] ===&lt;br /&gt;
河下反対派総長。大のラブコメ嫌いで、[http://wiki.chakuriki.net/index.php/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:Hi-ask Chakuwikiの利用者ページ]でもこの事を公言している。又、同項を始め編集合戦を乱発しており、巻き添えとなったユーザーも少なくない。ちなみにこれまでは自分の正体を隠していたが、最近仮面を矧いだようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
余談だが、hi-askの利用者ページに「'''ChakuWikiの同名の利用者は、この利用者ではありません'''」と書いてあるが真っ赤な嘘である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:彩華1226|彩華1226]] ===&lt;br /&gt;
愛媛県出身の[[アニメオタク]]、[[アイドルオタク]]、[[ロリコン]]、[[2ちゃんねらー]]、[[部落民]]、[[田舎者]]。[[反社会団体、[[部落解放同盟]]の構成員。年齢非公開だがガキであることは確か。編集合戦大好きの荒らしであるが、社会的問題にも興味がある様子。しかし実際に海外に赴いたことは無いらしく、情報源は2ちゃんねるのみ。小難しい項目の、自分の分からない事項は全て削除。しかし[[アニメ]]が大好きで、自分のお気に入りアニメ（これがまた豊富）にその商品が出てきたとかいうだけで関連項目にそのアニメを追加したり、「エピソード」なんて項を作って誰も知りたくない「○○というアニメに登場した。このアニメの中で主人公の××は～」とかいう情報を記述する。しかし、これらの特徴はほとんどの[[ウィキペディアン]]に共通することであり、彼（彼女だったら正直引く）はウィキペディアの劣化の象徴的存在なのかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Dr jimmy|Dr jimmy]] ===&lt;br /&gt;
変態気違いおたくであり女児を襲い性欲を満たしている。WP随一の削除主義者であり一度目を付けられるとしつこく罵倒文を送ってきて意味不明な誹謗中傷を繰り返す悪質極まりないユーザーであり話しが通じない為、赤子言葉のみ有効で名前を見ても分かる通り医者を目指していたが馬鹿なため願い適わずおたくになったある意味悲劇の人である。死んだ方が良い人である。「こういう奴は殺さなきゃ駄目だ!削除、削除、削除ー（凄まじい憤り）!」手前よー、御前如きおたくユーザーがウィキペディアの削除ばかりする権利は無ーんだよかすが御前何か一生結婚何か出来ねーよ禿げがっ!御前は死ね死ね死ね。そして殺す殺す殺す。俺が一生懸命纏めてやった文章を良管理者ぶって削除しやがってお前こそ一番死ぬべきユーザーだぞそれを弁えて行動しやがれー!こいつが諸悪の根源、皆気をつけろー!私が何をしたと言うのだその気持ちを汲めない気違いユーザーそれこそがこいつなんだー（憤）!何なら今御前を殺しに行っても良いんだぜ!どうせ御前の事だからそうすれば許してくれーとか叫ぶんだろ糟がっ!そんな見苦しい奴は成敗してくれるわ!瞬獄殺（削除）!ぐわーーーーー!弱い、弱過ぎるね。私がお前如きに負けると思ったのかもう御前何ぞに用は無い!地獄で一生悔やんでいろ糟!ふははははふははははふはははは（思い通り）!こうしてDrは粉砕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:人造人間だみゃ～ん|人造人間だみゃ～ん]] ===&lt;br /&gt;
WPに突如として現れた変態。WPよりも2ちゃんねるのエロパロ板を活動の主軸にしており、その変態行為はもはや伝説となっている。しかもWPでの数少ない投稿の中で既に1回ブロックを受けており、今後の活躍が期待できるユーザー。また、自身の利用者ページで百科事典を作りますと言いながらブロック依頼などにも積極的に参加する自警団候補生の困ったちゃん。投稿ブロック依頼などでは、自分の投稿の直前までの他の利用者の意見を見て大勢の方の意見に同調するという、極端な日和見主義者である。もちろん、この利用者の意見が審議の行方を左右することはない。自他共に認めるアホである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
座右の銘は「'''この世はすべて、ネタでできている'''」。ウェブ上の百科事典という崇高な目的を持つウィキペディアでさえも、この利用者にとっては単なるネタ帳でしかない。そこで仕入れたネタを元に、エロパロ板で活動するのである。その内容はまさしく、「'''アホの中のアホ'''」と言える。本人曰く「''私は面白いことを書いているのではない。アホな事を書いているのだ''」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
人造人間と名乗ってはいるが実際は陰茎の先端の包皮の改造手術を受けただけであり、限りなく生身に近い。現在、糖尿病と白癬を患っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
性器画像が大好きであるが、おっぱいにはこだわりはない模様。口癖は「おっぱいなんて飾りです。エロい人には（ry&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ヘビ関連をおもに執筆しているが、体型はヘビーである。ちなみにチンコはベビーである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
相手が誰であっても、女でさえあれば見境なくチンコを立てる事ができる。Aphaiaの顔写真をズリネタにしたことすらあり性欲が暴走しまくっている、いろいろな意味で危険なユーザー。くれぐれも三面記事には載らないように。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
家族構成を聞かれるとかつては「妹十二人」と答えていたが、最近では「19人姉妹」と答えている。現実と妄想の区別がつかない真性のキモヲタ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:DEN助|DEN助]] ===&lt;br /&gt;
勤務先よりwikipediaのアニメ・声優関連への荒らしを行なった。なおIPを抜かれて、交通新聞社を解雇された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Kemonomichi|Kemonomichi]] ===&lt;br /&gt;
自分自身がhatukanezumiの靴下であるにもかかわらず、誰彼構わず靴下呼ばわりをする迷惑ユーザー。最近ではNekosuki600、パンチョ後藤、Maris Stella、Lonicera、Yassie、人造人間だみゃ～ん、はるひ、Bell cricket、ちゃたま、キハが好き♪、たま998の各利用者氏が同一人物であるという、怪盗とんちんかんも真っ青の頓珍漢な主張を垂れている。本名は間抜作。宇宙の創始者である。常識がまったく通じない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、近々強制ウィキブレイクの予定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Harpoon|Harpoon]] ===&lt;br /&gt;
Wikipediaにおいてタブーとされる（陰茎）性器露出画像の是非に触れたことから性器露出愛好家の怒りを買い、多数決でWikipediaを追放されてしまった。職業：IT技術者。wikipediaの管理者を敵対視しているがCalveroとちゃたまには友好的らしい。口癖は「悪人死スベシ」。おっぱい星人でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最近は2ちゃんねるの本スレに待機しており、ブロック権限を乱用する管理者を発見すると荒らしに出撃するという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお性器画像愛好家で、反おっぱい星人の人造人間だみゃ～んとはまったく性格が合わない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:東日本侍|東日本侍]]（→project） ===&lt;br /&gt;
自称受験生。主に鉄道、週刊少年ジャンプを主体とするサブカルチャー関連の記事で荒らしている。そのくせ、他の健全なユーザーを荒らし扱いしているとんでもないクソガキである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
又、最近[[w:fr:user:東日本侍|フランス語版]]でのアカウント取得が確認されており、利用者ページにかかれている通りあっちでも暴れる気満々である（フランス語から翻訳したのではなく、そのまま日本語で記述されている）。そしてとうとうフランス語版では1日ブロックを受け、[http://fr.wikipedia.org/w/index.php?title=Special%3ALog&amp;amp;type=block&amp;amp;user=&amp;amp;page=Utilisateur%3A%E6%9D%B1%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BE%8D&amp;amp;uselang=ja 最終的には無期限ブロックを受けてしまいましたとさｗｗｱｰｱww]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに日本語版の利用者ページにも「フランス語版の同名の利用者は関係ありません」とかいう嘘までついちゃってｗｗish-kaの真似なんかしてたらバカが余計にバカになるよｗｗ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Knua|Knua]] ===&lt;br /&gt;
岐阜県在住（本当は別との説もあるが）のユーザーであるが、学校とかにおけるいじめなどの問題を取り上げた記事においてまるで加害者を簡単に許すかのように加害者が反省の色を見せないだの学校側が隠蔽体質だのといった書き込みを'''出典の有無問わず主観だと切り捨てて'''削除するといういじめなどの諸問題を真剣に考えるという感覚が途轍もなく貧弱でお人よしな利用者。この傾向は自分の地元である岐阜県の学校関係の記事とかで特に顕著に現れる。自分の地元で起こったいじめ事件ならなお重大に考えなければならないにも関わらずである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
指摘するととぼけるわ、開き直るわ、言い訳ばかり並べるわでなおタチが悪い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こいつに言わせたらこういったいじめ事件などで上記のように加害者が平然としていただの学校側が隠蔽体質などといった報道は片っ端からデタラメらしい。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
加害者の人間性や被害者の被害感情をここまで甘い目で見てるようではそのうち自分で自分の首を絞める事になるであろう。'''あ、もう既に絞めまくってるか、ギャハハハハハ…。'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もしこいつ自身が教育関係者になって学校内での生徒間でのいじめやリンチがあった場合、'''絶対ひたすら隠蔽すんぞ、そして岐阜をいじめ推進県にしてしまうぞこのボケナスアホンダラは!!'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''いっぺん[[葵龍雄|某ホームページ運営者]]にこてんぱんになじられて来い。'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:吹石|吹石]] ===&lt;br /&gt;
蛆虫野郎。詳細は[[吹石]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Umagurui|Umagurui]] ===&lt;br /&gt;
悪質[[VIPPER]]であり、[[七星]]同様、皆からの顰蹙を買っているのが実情。基地外利用者の代名詞でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:提督|提督]] ===&lt;br /&gt;
「ネットウヨク」の項目でサヨク独特の偏向っぷりを大量に披露。ネットウヨクは「その反面、日本の近現代史や、戦史・戦略などの軍事知識などにおいて一般人より劣る部分がある」などの妄想を垂れ流しそのたびにノートで論破されるも「“ネット右翼現象”の説明は進行中の事例の「観察」結果であり、必ずしも明確な出典がある訳ではない」や｛「検証可能性」の誤解（あるいは拡大解釈）について｝などと妄想を押し付けるための妄想を披露し、ネットウヨク以外のユーザーにも叩かれまくる。また、死刑存廃問題の項目では死刑廃止論を押し付ける偏向記事に協力し、複数回にわたり「記事分割の実施要項案」を出すもこれも独りよがりで廃案となる。国際人権派団体と呼ばれながら北朝鮮による拉致には一切抗議しない偏向サヨク団体「アムネスティ・インターナショナル‎」や「私は犯罪被害者より加害者のほうが辛いと思う。被害者の苦痛なんて交通事故のように一瞬だ」という暴言で知られる死刑廃止論者という名のサヨクの変種「菊田幸一」の項目に多く参加している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:MT.Stone|MT.Stone]] ===&lt;br /&gt;
2004年[[1月26日]]から参加しているベテランユーザー。自身のページに&amp;lt;i&amp;gt;編集方針等を読まない、独自の理論を振り回すなど言ってもわからない人物と判断したときは指摘した後に放置する&amp;lt;/i&amp;gt;と基本方針なるものを掲げる。戸田恵梨香の項目のとある記述を載せるか否かという議論があり、[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E5%90%88%E6%84%8F%E5%BD%A2%E6%88%90 Wikipedia:合意形成]にある期間が過ぎ合意形成ができた後に合意形成済みの議論に意見するも議論終了につきから回り、独りよがり。&amp;lt;i&amp;gt;合意形成のプロセスは無視しませんよ（確認）。&amp;lt;/i&amp;gt;と合意形成を認めるも、あるユーザーが根拠なしに議論のあった記述に反対すると突然&amp;lt;i&amp;gt;番組中の発言について（再検討）&amp;lt;/i&amp;gt;と合意形成を無視し、記述に反対し始める。&lt;br /&gt;
:&amp;lt;i&amp;gt;ノート:戸田恵梨香 - テレビ番組内での失言について、強引な議論により結論が放置されているので再度の議論をお願いしたい。--2008年2月7日 (木) 00:33 (UTC) &amp;lt;/i&amp;gt;&lt;br /&gt;
というコメント依頼も出す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
合意形成という編集方針等を読まない、検証可能性どうこう、中立性どうこうなどと独自の理論を振り回す言ってもわからない人物である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Wikipedia:削除依頼/福島瑞穂においては、政治家の発言を捏造した。つまり証拠を捏造した。その後発言していない、捏造であると批判されるもまともに謝罪せずに、削除依頼の議論に参加し続けるありさまである。&lt;br /&gt;
:&amp;lt;i&amp;gt;**（コメント）[http://kokkai.ndl.go.jp/ 国会議事録検索]で調べたところ、平野議員は「問題にしていない」と言明していますね。上記の「問題にしている」と真っ向から違います。また証拠の一部はコピーであって自分は確認していないとも言っていますね。中核派は集会の出席者の一部であり、善良な市民がいたであろうとも述べています。機関誌の記載は事実でしょうが、あくまでも福島の信念を講演したものであり、内容に問題はないように思います。上の方で「記載したいイデオロギーがある」という指摘がありましたが、それを裏付けるコメントのようにお見受けいたします。--[[利用者:MT.Stone|Mt.Stone]] 2008年1月6日 (日) 02:38 (UTC)&amp;lt;/i&amp;gt;&lt;br /&gt;
これに対し、あるユーザーに批判される。&lt;br /&gt;
:&amp;lt;i&amp;gt;**（コメント）ちょっと待ってください。平野議員が'''「問題にしていない」'''と言明していたというのは何月何日のどの会議での話でしょうか。「開会日付：平成11年6月8日 ～ 平成11年6月8日」「院名：すべて」「発言者名：平野貞夫」「検索語(&amp;amp;)：問題にしていない」で検索しましたが検索件数は0件でした。自ら「言ってもないことを言ったと言い出すのは末期的ですね」（[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E2%80%90%E4%BC%9A%E8%A9%B1:Mightupon&amp;amp;diff=prev&amp;amp;oldid=17187105]）と発言している[[利用者:MT.Stone|Mt.Stone]]さんが平野議員の発言を勝手に捏造しているなら由々しき問題ですよ。&amp;lt;/i&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Misum|Misum]] ===&lt;br /&gt;
神戸の某私立高校の記事に於いてこの高校で発生したいじめ事件の記事の部分を実際に学校と関係があり、ノートでも削除に反対の声があったにもかかわらずそれを完全無視して理由も言わず当事件の記事をごっそり削除した自分勝手ユーザー。'''こいつもいじめ隠蔽主義者か!!'''まぁ、どうせ関係者なんだろうな。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''いっぺん某ホームページ運営者にこてんぱんになじられて来い。'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:長野のそうじろう|長野のそうじろう]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|長野のそうじろう}}&lt;br /&gt;
基地外ユーザー。ウィキペディアの方針文章無理解で5年のブロック。さらに姉妹プロジェクトなどでパスワードを公開して無期限ブロック移行となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Kiku-zou|Kiku-zou]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|Kiku-zou}}&lt;br /&gt;
関東地方（茨城県の土浦周辺?）在住で排他主義者・削除主義者・自治厨のウィキペディアン。検証可能性にこだわるあまり、乗り物（特に鉄道）関連の検証可能性を満たさぬ記事に対して杓子定規に「荒らし」と決めてかかる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Abcde|Abcde]] ===&lt;br /&gt;
[[バーニングプロダクション]]の工作員で、同じく[[バーニンググループ]]に有利な編集をしている[[wiki:利用者:Tanto|Tanto]]も同一人物。詳しくは[[Abcde]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Onyx|Onyx]] ===&lt;br /&gt;
ウィキペディアの[[色]]や[[顔料]]、[[絵具]]に関する項目で独自研究を加筆しているウィキペディアンで、同じく色・顔料関連の項目を荒らしているIPユーザーの[[wiki:利用者:202.244.240.2|202.244.240.2]]も同一人物。詳しくは[[Onyx]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Ziel|Ziel]] ===&lt;br /&gt;
ウィキペディアが誇るブロックキング。半年間で5回のブロックを受ける別名ミスター・ダブルスタンダード。M属性のため対話拒否・改竄・削除をわざと行いブロックされることにエクスタシーを感じている。またソックパペットを使い、場を荒らした後水戸黄門のごとく登場することで人望を得ようとしているがうまくいっていないらしい。最近おいたがすぎるので[[wiki:利用者:Nekosuki600|親分]]に怒られている。本人は1番弟子の気分だが、親分から'''Zeal'''と名前を間違われるくらいの存在でしかない事に気づいていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:HOPE|HOPE]] ===&lt;br /&gt;
[[ホッカイドウ競馬]]は自分のものだと思っている大馬鹿者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Goki|Goki]] ===&lt;br /&gt;
競馬関連の項目で結構大きい顔をしている野郎。最初は口調は丁寧だったのに最近は慣れてきたのか雑になってきた。「利用者ページ」ではわがまま言い放題で2ちゃんねらーである。こういう者は早くウィキペディアから去ってほしいものだ。ここまでクソ野郎とは・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア自警団]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディアの管理者が勝手に保護した記事]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア日本語版の管理者]]&lt;br /&gt;
*[[アンサイクロペディア日本語版の利用者]]&lt;br /&gt;
*[[アンサイクロペディア日本語版の管理者]]&lt;br /&gt;
*[[モナペディアの利用者]]&lt;br /&gt;
*[[ユアペディアの利用者]]&lt;br /&gt;
*[[Chakuwikiの利用者]]&lt;br /&gt;
*[[Chakuwikiの管理者]]&lt;br /&gt;
*[[著作権自警団]]&lt;br /&gt;
*[[自警]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ういきへていあにほんこはんのりようしや}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディア|りようしや]]&lt;br /&gt;
[[Category:ネット弁慶]]&lt;br /&gt;
[[Category:キチガイ]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>210.255.79.206</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%B1%9F%E6%88%B8%E5%B7%9D%E4%B9%B1%E6%AD%A9&amp;diff=24319</id>
		<title>江戸川乱歩</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%B1%9F%E6%88%B8%E5%B7%9D%E4%B9%B1%E6%AD%A9&amp;diff=24319"/>
				<updated>2008-02-14T07:12:41Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;210.255.79.206: 新しいページ: '{{Redirect|乱歩|不規則に決定される連続運動|ランダムウォーク}} 江戸川乱歩 {{文学}} '''江戸川 乱...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Redirect|乱歩|不規則に決定される連続運動|ランダムウォーク}}&lt;br /&gt;
[[Image:Ranpo Edogawa cropped.jpg|thumb|175px|江戸川乱歩]]&lt;br /&gt;
{{文学}}&lt;br /&gt;
'''江戸川 乱歩'''（'''えどがわ らんぽ'''、正字体：江戸川 亂步、[[男性]]、[[明治]]27年（[[1894年]]）[[10月21日]] - [[昭和]]40年（[[1965年]]）[[7月28日]]）は[[大正]]～[[昭和]]期にかけて主に[[推理小説]]を得意とした[[小説家]]・[[推理作家]]である。また、戦後は推理小説専門の[[評論家]]としても健筆を揮った。本名：'''平井 太郎'''（ひらい たろう）。筆名は[[アメリカ合衆国|アメリカ]]の文豪[[エドガー・アラン・ポー]]をもじったもの。[[日本推理作家協会]]初代理事長。[[正五位]][[勲三等]][[瑞宝章]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経歴 ==&lt;br /&gt;
[[三重県]][[名賀郡]]右名張町（現・[[名張市]]）に名賀郡役所書記の平井繁男・きくの[[長男]]として生まれる（[[本籍地]]は[[津市]]）。祖父の代まで[[津藩]][[武士|士]]であった。父の転勤に伴い2歳の頃亀山町、翌年[[名古屋]]に移る。小学生のころに母に読みきかされた菊池幽芳訳『秘中の秘』が、[[推理小説|探偵小説]]に接した最初であった。中学では、[[押川春浪]]や[[黒岩涙香]]の[[小説]]を耽読した。旧制愛知県立第五中学校（現・[[愛知県立瑞陵高等学校]]）卒業後[[早稲田大学]][[政治経済学部]]に入学した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
卒業後、貿易会社社員や[[古本屋]]、夜鳴きソバ屋などの仕事を経た後、[[大正]]12年（[[1923年]]）、『[[新青年 (日本)|新青年]]』に掲載された「[[二銭銅貨]]」でデビュー。初期は欧米の[[推理小説|探偵小説]]に強い影響を受けた本格探偵小説を送り出し、黎明期の日本探偵小説界に大きな足跡を残した。一方で[[岩田準一]]とともに研究していた[[衆道]]の[[少年愛]]や[[少女愛]]、[[草双紙]]、[[サディズム]]や[[グロテスク]]趣味などへの志向も強く、これを活かした通俗的探偵小説は昭和初年以降当時の一般大衆に歓迎されたが、反面、世間が乱歩の虚像を肥大化することを嫌い本格作品執筆の意欲は衰えた。海外作品にも通じ、翻案性の高い作品として『緑衣の鬼』、『三角館の恐怖』、『幽鬼の塔』等がある。また少年向けに、[[明智小五郎]]と小林少年をはじめとする[[少年探偵団]]が活躍する作品『[[怪人二十面相]]』等を多数発表した。その他、探偵小説に関する評論（『幻影城』など）でも知られる。戦後は評論家、プロデューサーとして活動。経営困難に陥った探偵小説誌『宝石』の編集・経営に携わる。[[日本探偵作家クラブ]]の創立と財団法人化に尽力。同クラブに寄付した私財100万円の使途として[[江戸川乱歩賞]]が制定され、同賞は第3回より長編推理小説の公募賞となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一人息子の[[平井隆太郎]]は[[心理学者]]で[[立教大学]][[教授]]（のち社会学部長、現在は[[名誉教授]]）。「少年探偵」シリーズの[[著作権]]継承者でもある。孫の平井憲太郎は鉄道雑誌『とれいん』の編集長である。乱歩が住んでいた屋敷は、立教大学と隣接していた。その縁で現在は立教大学によって「旧江戸川乱歩邸」として公開保存されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
乱歩は、ファンにサインを求められると必ず色紙に「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」あるいは「晝〔ひる〕は夢 夜〔よ〕ぞ現〔うつつ〕」と書き添えたことは有名。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[大阪府]][[守口市]]八島町に[[大正]]時代、乱歩が書斎として使っていた家が今も残っているが、老朽化が進んでおり保存策はとられていない。かつては開放されていたが、この家を所有していた人物が亡くなり、今は開放されていない。また、「心理試験」や「[[人間椅子]]」「屋根裏の散歩者」などの初期の作品を含む21作品がこの家で執筆されており、そのほとんどが大正14年（[[1925年]]）に創作された。昭和55年（[[1980年]]）1月になって、この家にかつて乱歩が住んでいたことが判明。当時「守口町外島694番地」であったこの家に、大正13年（[[1924年]]）9月から東京へ転居する大正15年（[[1926年]]）1月まで2階を書斎にしていた。「江戸川乱歩寓居の跡」と書かれた看板が掲げられており、[[明智小五郎]]が初登場をする「[[D坂の殺人事件]]」もこの家で創作された。また乱歩はこの家に住んでいた当時、床の間の天井より[[屋根裏]]に侵入し徘徊していたことがあり、その経験を元に「屋根裏の散歩者」が書かれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 業績 ==&lt;br /&gt;
戦後は評論による啓蒙や日本推理作家協会の設立に携わるなど多大な業績を残した。また新人発掘にも熱心で、[[筒井康隆]]、[[大薮春彦]]など乱歩に才能を見出された作家は少なくない。[[星新一]]の商業デビューにあたって[[大下宇陀児]]に推賞を依頼したのも乱歩だったと伝えられている&amp;lt;ref&amp;gt;[[最相葉月]]は『星新一 一○○一話をつくった人』（新潮社、2007年）pp.208-217で「[[矢野徹|矢野]]からしきりに『セキストラ』を読むよう勧められた乱歩は、一読してこれは傑作だと思い『宝石』に掲載することを考えたが、自分が責任編集をしている雑誌に自分が推薦するのではどうも具合が悪い。そこで乱歩が大下宇陀児に『提灯もち』（『矢野徹・SFの翻訳』）を依頼し、九月末発行の十一月号でデビューさせることになった」「大下が推賞したのは事実であるとしても、大下が『発掘』したというのは宣伝用の惹句で、矢野が書き残している通り、乱歩から依頼された大下の『提灯もち』が、いつのまにか大下の『発掘』という定説になってしまった」と述べている。その根拠として当事者だった矢野の証言の他、肝心の大下本人の推賞文が短い一文しか存在しないこと、それに比して乱歩が『宝石』の『セキストラ』末尾に記したルーブリックは約800字と長く、作品の具体的内容にまで言及して絶賛していることなどを挙げている。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[小林信彦]]を宝石社にスカウトし、『[[ヒッチコックマガジン]]』の編集長に抜擢したのも乱歩である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 作品一覧 ==&lt;br /&gt;
=== 小説 ===&lt;br /&gt;
* [[二銭銅貨]] （『[[新青年 (日本)|新青年]]』1923年4月） デビュー作。短編&lt;br /&gt;
* [[一枚の切符]] （『新青年』1923年7月）&lt;br /&gt;
* [[恐ろしき錯誤]] （『新青年』1923年11月）&lt;br /&gt;
* [[二癈人]] （『新青年』1924年6月）&lt;br /&gt;
* [[双生児 (江戸川乱歩)|双生児]] （『新青年』1924年10月）&lt;br /&gt;
* [[D坂の殺人事件]] （『新青年』1925年1月） [[明智小五郎]]、初登場作品。但し、まだ[[名探偵]]明智小五郎ではなく素人探偵明智小五郎である。&lt;br /&gt;
* [[心理試験]] （『新青年』1925年2月） 明智小五郎登場作品。&lt;br /&gt;
* [[黒手組]] （『新青年』1925年3月）&lt;br /&gt;
* [[赤い部屋]] （『新青年』1925年4月）&lt;br /&gt;
* [[算盤が恋を語る話]] （『[[写真報知]]』1925年4月）&lt;br /&gt;
* [[日記帳]] （『写真報知』1925年4月）&lt;br /&gt;
* [[幽霊]] （『新青年』1925年5月）&lt;br /&gt;
* [[盗難 (江戸川乱歩)|盗難]] （『写真報知』1925年5月）&lt;br /&gt;
* [[白昼夢 (江戸川乱歩)|白昼夢]] （『新青年』1925年7月）&lt;br /&gt;
* [[指環]] （『新青年』1925年7月）&lt;br /&gt;
* [[夢遊病者の死]] （『[[苦楽]]』1925年7月）&lt;br /&gt;
* [[百面相役者]] （『写真報知』1925年7月）&lt;br /&gt;
* [[屋根裏の散歩者]] （『新青年』1925年8月） 明智小五郎登場作品。&lt;br /&gt;
* [[一人二役 (江戸川乱歩)|一人二役]] （『[[新小説]]』1925年9月）&lt;br /&gt;
* [[疑惑]] （『写真報知』1925年9月）&lt;br /&gt;
* [[人間椅子 (江戸川乱歩)|人間椅子]] （『苦楽』1925年10月）&lt;br /&gt;
* [[接吻 (江戸川乱歩)|接吻]] （『[[映画と探偵]]』1925年12月）&lt;br /&gt;
* [[闇に蠢く]] （『苦楽』1926年1月～）&lt;br /&gt;
* [[湖畔亭事件]] （『[[サンデー毎日]]』1926年1月～）&lt;br /&gt;
* [[空気男 (江戸川乱歩)|空気男]] （原題：二人の探偵小説家）（『写真報知』1926年1月～） （未完）&lt;br /&gt;
* [[踊る一寸法師]] （『新青年』1926年1月）&lt;br /&gt;
* [[毒草 (江戸川乱歩)|毒草]] （『[[探偵文芸]]』1926年1月）&lt;br /&gt;
* [[覆面の舞踏者]] （『[[婦人之国]]』1926年1月～）&lt;br /&gt;
* [[灰神楽]] （『[[大衆文芸]]』1926年3月）&lt;br /&gt;
* [[火星の運河]] （『新青年』1926年4月）&lt;br /&gt;
* [[五階の窓]] （『新青年』1926年5月）&lt;br /&gt;
* [[陰影]] （『[[婦人グラフ]]』1926年6月～） 代作：[[平井蒼太]] or [[井上勝喜]]&lt;br /&gt;
* [[モノグラム (江戸川乱歩)|モノグラム]] （『[[新小説]]』1926年7月）&lt;br /&gt;
* [[お勢登場]] （『大衆文芸』1926年7月）&lt;br /&gt;
* [[蜃気楼]] （『[[戦車]]』1926年9月） 代作：[[水谷準]]&lt;br /&gt;
* [[犯罪を猟る男]] （『[[現代 (1920年)|現代]]』1926年10月） 代作：[[横溝正史]]&lt;br /&gt;
* [[人でなしの恋]] （『サンデー毎日』1926年10月）&lt;br /&gt;
* [[パノラマ島奇談]] （『[[新青年 (日本)|新青年]]』1926年10月～）&lt;br /&gt;
* [[鏡地獄 (江戸川乱歩)|鏡地獄]] （『大衆文芸』1926年10月）&lt;br /&gt;
* [[木馬は廻る]] （『[[探偵趣味]]』1926年10月）&lt;br /&gt;
* [[一寸法師]] （『[[朝日新聞]]』1926年10月）&lt;br /&gt;
* [[陰獣]] （『新青年』1928年8月）&lt;br /&gt;
* [[芋虫 (小説)|芋虫]] （『新青年』1929年1月）&lt;br /&gt;
* [[孤島の鬼]] （『[[朝日]]』1929年1月）&lt;br /&gt;
* [[押繪と旅する男]] （『新青年』1929年6月）&lt;br /&gt;
* [[蟲]] （『[[改造 (雑誌)|改造]]』1929年6月～）&lt;br /&gt;
* [[渦巻(江戸川乱歩)|渦巻]] （『[[文芸倶楽部]]』1929年8月～） [[エドガー・アラン・ポー]]「大渦巻」の翻案 代作：平井蒼太 or 井上勝喜&lt;br /&gt;
* [[蜘蛛男]] （『[[講談倶楽部]]』1929年8月～） 明智小五郎登場作品。&lt;br /&gt;
* [[何者]] （『[[時事新報]]』1929年11月～） 明智小五郎登場作品。&lt;br /&gt;
* [[猟奇の果]] （『文芸倶楽部』1930年1月～） 明智小五郎登場作品。&lt;br /&gt;
* [[魔術師 (江戸川乱歩)|魔術師]] （『講談倶楽部』1930年7月～） 明智小五郎登場作品。&lt;br /&gt;
* [[黄金仮面]] （『[[キング (雑誌)|キング]]』1930年9月～） 明智小五郎登場作品。&lt;br /&gt;
* [[吸血鬼 (江戸川乱歩)|吸血鬼]] （『[[報知新聞]]』1930年9月～） 明智小五郎登場作品。小林少年、初登場。&lt;br /&gt;
* [[盲獣]] （『朝日』1931年2月～）&lt;br /&gt;
* [[白髪鬼]] （『[[キング (雑誌)|富士]]』1931年4月～」） [[黒岩涙香]]「白髪鬼」の翻案。&lt;br /&gt;
* [[目羅博士]] （『文芸倶楽部』1931年4月～）&lt;br /&gt;
* [[地獄風景]] （『[[平凡社]]版江戸川乱歩全集』1931年5月～）&lt;br /&gt;
* [[疑問の戦死者]] （『[[実話雑誌]]』1931年6月） 代作：平井蒼太 or 井上勝喜&lt;br /&gt;
* [[恐怖王]] （『講談倶楽部』1931年6月～）&lt;br /&gt;
* [[鬼 (江戸川乱歩)|鬼]] （『キング』1931年4月）&lt;br /&gt;
* [[火縄銃 (江戸川乱歩)|火縄銃]] （『平凡社版江戸川乱歩全集』1932年4月9月～）&lt;br /&gt;
* [[殺人迷路]] （『[[探偵倶楽部]]』1931年10月）&lt;br /&gt;
* [[蠢く触手]] （『新作探偵小説全集』第1巻、新潮社、1932年11月） 代作：[[岡戸武平]]&lt;br /&gt;
* [[悪霊 (江戸川乱歩)|悪霊]] （『新青年』1933年11月～） （未完）&lt;br /&gt;
* [[妖虫]] （『キング』1933年12月～）&lt;br /&gt;
* [[黒い虹]] （『[[婦人公論]]』1934年1月）&lt;br /&gt;
* [[黒蜥蜴]] （『[[日の出]]』1934年1月～） 明智小五郎登場作品。&lt;br /&gt;
* [[人間豹]] （『講談倶楽部』1934年5月～） 明智小五郎登場作品。&lt;br /&gt;
* [[石榴 (江戸川乱歩)|石榴]] （『[[中央公論]]』1934年9月）&lt;br /&gt;
* [[緑衣の鬼]] （『講談倶楽部』1936年1月～） [[イーデン・フィルポッツ]]「赤毛のレドメイン家」の翻案。&lt;br /&gt;
* [[大暗室]] （『キング』1936年12月～）&lt;br /&gt;
* [[幽霊塔]] （『講談倶楽部』1936年12月～） 黒岩涙香「幽霊塔」の翻案。&lt;br /&gt;
* [[悪魔の紋章]] （『日の出』1937年9月～） 明智小五郎登場作品。&lt;br /&gt;
* [[暗黒星]] （『講談倶楽部』1939年1月～） 明智小五郎登場作品。&lt;br /&gt;
* [[地獄の道化師 (江戸川乱歩)|地獄の道化師]] （『富士』1939年1月～） 明智小五郎登場作品。&lt;br /&gt;
* [[幽鬼の塔]] （『日の出』1936年4月～） [[ジョルジュ・シムノン]]「聖フォリアン寺院の首吊男」の翻案。&lt;br /&gt;
* [[新宝島 (江戸川乱歩)|新宝島]] （『[[少年倶楽部]]』1940年4月～1941年3月）&lt;br /&gt;
* [[智恵の一太郎]] （『少年倶楽部』1942年1月～）&lt;br /&gt;
* [[偉大なる夢]] （『日の出』1943年11月～）&lt;br /&gt;
* [[断崖 (江戸川乱歩)|断崖]] （『報知新聞』1950年3月～）&lt;br /&gt;
* [[三角館の恐怖]] （『[[面白倶楽部]]』1951年1月～） [[ロジャー・スカーレット]]「エンジェル家の殺人」の翻案。&lt;br /&gt;
* [[畸形の天女]] （『[[宝石 (雑誌)|宝石]]』1953年10月～）&lt;br /&gt;
* [[女妖]] （『[[探偵実話]]』1954年1月～）&lt;br /&gt;
* [[兇器 (江戸川乱歩)|兇器]] （『[[大阪産業経済新聞]]』1954年6月） 明智小五郎登場作品。&lt;br /&gt;
* [[悪霊物語]] （『講談倶楽部』1954年8月～）&lt;br /&gt;
* [[化人幻戯]] （『[[別冊宝石]]』～『宝石』1954年11月～） 明智小五郎登場作品。&lt;br /&gt;
* [[影男]] （『面白倶楽部』1955年1月～） 明智小五郎登場作品。&lt;br /&gt;
* [[月と手袋]] （『[[オール読物]]』1955年4月～） 明智小五郎登場作品。&lt;br /&gt;
* [[探偵少年]] （『[[読売新聞]]』1955年9月～）&lt;br /&gt;
* [[防空壕 (江戸川乱歩)|防空壕]] （『[[文芸]]』1955年7月～）&lt;br /&gt;
* [[大江戸怪物団]] （『面白倶楽部』1955年7月）&lt;br /&gt;
* [[十字路]] （講談社、1955年11月、書き下ろし） [[渡辺剣次]]による代作をリライト。&lt;br /&gt;
* [[堀越捜査一課長殿]] （『オール読物』1956年4月）&lt;br /&gt;
* [[妻に失恋した男]] （『[[産経新聞]]』1957年10月～）&lt;br /&gt;
* [[ぺてん師と空気男]] （[[桃源社]]、1959年11月、書き下ろし）&lt;br /&gt;
* [[指 (江戸川乱歩)|指]] （『[[ヒッチコック・マガジン]]』1960年1月）&lt;br /&gt;
* [[薔薇夫人]]（未収録作品）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[怪人二十面相]]/[[明智小五郎]]/[[少年探偵団]] ===&lt;br /&gt;
1936年1月から1962年12月にかけて『[[少年倶楽部]]』や『[[少年 (雑誌)|少年]]』に連載された少年向けの小説。乱歩の作品を少年向けにリライトした[[ゴーストライター]]による作品『名探偵明智小五郎文庫』他も含む。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これらは1964年から1973年にかけて[[ポプラ社]]から『江戸川乱歩・少年探偵シリーズ』全46巻として刊行され、ロングセラーとなった。1998年より刊行された『江戸川乱歩・（新訂）少年探偵シリーズ』は代筆による作品を除いた全26巻（28作品）になっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[怪人二十面相]] （『少年倶楽部』1936年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[妖怪博士]] （『少年倶楽部』1937年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[少年探偵団]] （『少年倶楽部』1938年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[大金塊]] （『少年倶楽部』1939年1月～1940年2月）&lt;br /&gt;
* [[青銅の魔人]] （『少年』1949年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[地底の魔術王]] （「虎の牙」改題 『少年』1950年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[透明怪人]] （『少年』1951年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[怪奇四十面相]] （『少年』1952年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[宇宙怪人]] （『少年』1953年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[鉄塔王国の恐怖]] （「鉄塔の怪人」改題 『少年』1954年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[黄金の虎]] （「探偵少年」改題 『[[読売新聞]]』1955年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[灰色の巨人]] （『[[少年倶楽部|少年クラブ]]』1955年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[海底の魔術師]] （『少年』1955年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[黄金豹]] （『少年クラブ』1956年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[魔法博士]] （『少年』1956年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[天空の魔人]] （『少年クラブ増刊』1956年1月15日）&lt;br /&gt;
* [[サーカスの怪人]] （『少年クラブ』1957年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[魔人ゴング]] （「妖人ゴング」改題 『少年』1957年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[悪魔人形]] （「魔法人形」改題 『[[少女倶楽部|少女クラブ]]』1957年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[奇面城の秘密]] （『少年クラブ』1958年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[夜光人間]] （『少年』1958年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[塔上の奇術師]] （『少女クラブ』1958年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[鉄人Q]] （『[[小学館の学習雑誌|小学四年生]]』～『[[小学館の学習雑誌|小学五年生]]』1958年4月～1960年3月）&lt;br /&gt;
* [[仮面の恐怖王]] （『少年』1959年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[電人M]] （『少年』1960年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[二十面相の呪い]] （「おれは二十面相だ」改題 『[[小学館の学習雑誌|小学六年生]]』1960年4月～1961年3月）&lt;br /&gt;
* [[空飛ぶ二十面相]] （「妖星人R」改題 『少年』1961年1月～12月）&lt;br /&gt;
* [[黄金の怪獣]] （「超人ニコラ」改題 『少年』1962年1月～12月）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以下は少年向けに書かれたゴーストライターによる完全な代筆作品である。乱歩ファンの多くはこれらを無視する傾向があるが、表向きは江戸川乱歩の著作である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ポプラ社刊『江戸川乱歩・少年探偵シリーズ』全46巻の内の27～46にあたる。ロングセラーとなった。代筆による本は20巻（23作品）であるが、1998年より刊行された『江戸川乱歩・（新訂）少年探偵シリーズ』は、これら代筆作品を除いた上記全26巻（28作品）になっている。ゴーストライターでなく著者名を明記しての復刊を望む声も多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[黄金仮面]] （1953年11月 ポプラ社） 「黄金仮面」を少年向けにリライトしたもの。代作：[[武田武彦]]。&lt;br /&gt;
* [[人間豹]] （1954年11月 ポプラ社） 「人間豹」を少年向けにリライトしたもの。代作：[[氷川瓏]]。&lt;br /&gt;
* [[悪魔の紋章|呪いの指紋]] （1955年8月 ポプラ社 日本名探偵文庫1） 「悪魔の紋章」を少年向けにリライトしたもの。代作：氷川瓏。&lt;br /&gt;
* [[妖虫|赤い妖虫]] （1956年2月 ポプラ社 日本名探偵文庫12） 「妖虫」を少年向けにリライトしたもの。代作：氷川瓏。&lt;br /&gt;
* [[大暗室]] （1956年12月 ポプラ社 日本名探偵文庫21） 「大暗室」を少年向けにリライトしたもの。代作：武田武彦。本編の犯人を二十面相に変えてリライトしたため、二十面相が残虐な殺人者になっている。&lt;br /&gt;
* [[魔術師 (江戸川乱歩)|魔術師]] （1957年10月 ポプラ社 名探偵明智小五郎文庫1） 「魔術師」を少年向けにリライトしたもの。代作：氷川瓏。&lt;br /&gt;
* [[黒蜥蜴|黒い魔女]] （1957年12月 ポプラ社 名探偵明智小五郎文庫2） 「黒蜥蜴」を少年向けにリライトしたもの。代作：[[氷川瓏]]。&lt;br /&gt;
* [[緑衣の鬼]] （1958年3月 ポプラ社 名探偵明智小五郎文庫3） 「緑衣の鬼」を少年向けにリライトしたもの。代作：氷川瓏。&lt;br /&gt;
* [[吸血鬼 (江戸川乱歩)|地獄の仮面]] （1958年6月 ポプラ社 名探偵明智小五郎文庫4） 「吸血鬼」を少年向けにリライトしたもの。代作：氷川瓏。&lt;br /&gt;
* [[三角館の恐怖]] （1958年7月 ポプラ社 名探偵明智小五郎文庫5） 「三角館の恐怖」を少年向けにリライトしたもの。代作：氷川瓏。&lt;br /&gt;
* [[暗黒星]] （1958年9月 ポプラ社 名探偵明智小五郎文庫7） 「暗黒星」を少年向けにリライトしたもの。代作：氷川瓏。&lt;br /&gt;
* [[二銭銅貨]] （1958年9月 ポプラ社 名探偵明智小五郎文庫7） 「二銭銅貨」を少年向けにリライトしたもの。代作：氷川瓏。&lt;br /&gt;
* [[蜘蛛男]] （1958年11月 ポプラ社 名探偵明智小五郎文庫8） 「蜘蛛男」を少年向けにリライトしたもの。代作：氷川瓏。&lt;br /&gt;
* [[地獄の道化師]] （1959年1月 ポプラ社 名探偵明智小五郎文庫9） 「地獄の道化師」を少年向けにリライトしたもの。代作：氷川瓏。&lt;br /&gt;
* [[心理試験]] （1959年1月 ポプラ社 名探偵明智小五郎文庫9） 「心理試験」を少年向けにリライトしたもの。代作：氷川瓏。&lt;br /&gt;
* [[幽鬼の塔]] （1959年2月 ポプラ社 名探偵明智小五郎文庫10） 「幽鬼の塔」を少年向けにリライトしたもの。代作：氷川瓏。&lt;br /&gt;
* [[一寸法師 (江戸川乱歩)|一寸法師]] （1959年4月 ポプラ社 名探偵明智小五郎文庫12） 「一寸法師」を少年向けにリライトしたもの。代作：氷川瓏。&lt;br /&gt;
* [[幽霊塔|時計塔の秘密]] （1959年8月 ポプラ社 名探偵明智小五郎文庫14） 「幽霊塔」を少年向けにリライトしたもの。代作：氷川瓏。&lt;br /&gt;
* [[影男]] （1960年4月 ポプラ社 名探偵明智小五郎文庫15） 「影男」を少年向けにリライトしたもの。代作：氷川瓏。&lt;br /&gt;
* [[化人幻戯|白い羽根の謎]] （1961年2月 ポプラ社 少年探偵小説全集7） 「化人幻戯」を少年向けにリライトしたもの。代作：氷川瓏。&lt;br /&gt;
* [[十字路|死の十字路]] （ポプラ社） 「十字路」を少年向けにリライトしたもの。代作。&lt;br /&gt;
* [[恐怖王|恐怖の魔人王]] （ポプラ社） 「恐怖王」を少年向けにリライトしたもの。代作。&lt;br /&gt;
* [[黒手組 (江戸川乱歩)|黒手組]] （ポプラ社） 「黒手組」を少年向けにリライトしたもの。代作。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[ポプラ社]]版未収録&lt;br /&gt;
** [[黄金仮面|黄金の恐怖]] （1948年10月 「冒険少年」増刊号） 「黄金仮面」を少年向けにリライトしたもの。代作?&lt;br /&gt;
** [[新宝島 (江戸川乱歩)|黄金宮殿]] （1954年5月 ポプラ社） 「新宝島」を少年向けにリライトしたもの。代作。&lt;br /&gt;
** [[まほうやしき]] （[[光文社文庫]]収録） （1957年1月～3月 たのしい三年生）&lt;br /&gt;
** [[赤いかぶとむし]] （[[講談社文庫]]収録） （1957年4月～1958年3月 たのしい三年生）&lt;br /&gt;
** [[ふしぎな人]] （光文社文庫収録） （1958年8月～1959年3月 たのしい二年生）&lt;br /&gt;
** [[名たんていと二十めんそう]] （光文社文庫収録） （1959年4月～12月 たのしい三年生）&lt;br /&gt;
** [[怪人二十面相|かいじん二十めんそう]] （1959年4月～12月 たのしい三年生）&lt;br /&gt;
** [[怪人二十面相|かいじん二十めんそう]] （光文社文庫収録） （1959年11月～1960年12月 たのしい一年生～たのしい二年生）&lt;br /&gt;
** [[怪人と少年探偵]] （[[創元推理文庫]]収録） （1960年9月～1961年9月 こども家の光）&lt;br /&gt;
** 江戸川乱歩先生出題の犯人さがし大懸賞 （1949年2月号～1963年頃まで、「少年」） 江戸川乱歩名義で書かれた短編だが、すべて編集部による代作。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 随筆・評論 ===&lt;br /&gt;
* [[悪人志願]] （1925年）&lt;br /&gt;
* [[無駄話 (随筆)|無駄話]] （1928年）&lt;br /&gt;
* [[探偵小説十年]] （1932年）&lt;br /&gt;
* [[鬼の言葉]] （1935年～1936年）&lt;br /&gt;
* [[蔵の中から]] （1936年～1937年）&lt;br /&gt;
* [[彼 (随筆)|彼]] （1937年）&lt;br /&gt;
* [[探偵小説十五年]] （1938年～1939年）&lt;br /&gt;
* [[幻影城通信]] （1946年～1951年）&lt;br /&gt;
* [[探偵小説四十年]] （1949年～1960年）&lt;br /&gt;
* [[幻影城]] （1951年発行。評論集）&lt;br /&gt;
* [[類別トリック集成]] （1953年）&lt;br /&gt;
* [[続幻影城]] （1954年発行。評論集）&lt;br /&gt;
* [[海外探偵小説作家と作品]] （1957年発行。評論集）&lt;br /&gt;
* [[わが夢と真実]] （1957年発行。それまでの随筆のうち、乱歩自身にかかわるものを収録したもの）&lt;br /&gt;
* [[幻影の城]] （1963年）&lt;br /&gt;
* [[探偵小説の「謎」]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 翻案・リライト ===&lt;br /&gt;
作品一覧に掲載した作品を含めて、翻案、リライト作品。&lt;br /&gt;
* [[渦巻(江戸川乱歩)|渦巻]] （『「[[文芸倶楽部]]」』1929年8月～） [[エドガー・アラン・ポー]]「大渦巻に呑まれて」の設定を鳴門の渦潮に変えて翻案 代作：[[平井蒼太]]（乱歩の実弟） or [[井上勝喜]]&lt;br /&gt;
* [[白髪鬼]] （1931年） - [[メアリ・コレリ]]（[[:en:Marie Corelli|Marie Corelli]]）作 「ヴェンデッタ」（''Vendetta, A Story of One Forgotten''）の[[黒岩涙香]]による翻案小説「白髪鬼」を、更に翻案したもの。&lt;br /&gt;
* [[緑衣の鬼]] （1936年） - [[イーデン・フィルポッツ]]（[[:en:Eden Phillpotts|Eden Phillpotts]]）作 「赤毛のレドメイン家」（''The Red Redmaynes''）の翻案小説。&lt;br /&gt;
* [[幽霊塔]] （1937年） - [[アリス・マリエル・ウィリアムソン]]（[[:en:Alice Muriel Williamson|Alice Muriel Williamson]]）作 「灰色の女」（''A Woman in Grey''）の黒岩涙香による翻案小説「幽霊塔」を、更に翻案したもの。&lt;br /&gt;
* [[鉄仮面]] （[[講談社]]、1938年） - 世界名作物語5→少国民名作文庫→世界名作物語→世界名作全集5 黒岩涙香による翻案小説「鉄仮面」を小中学生向けにリライトしたもの。&lt;br /&gt;
* [[幽鬼の塔]] （1939年） - [[ジョルジュ・シムノン]]（[[:fr:Georges Simenon|Georges Simenonlli]]）作 「聖フォリアン寺院の首吊男」（''Le Pendu de Sant-Phollien''）の翻案小説。&lt;br /&gt;
* [[三角館の恐怖]] （1951年） - [[ロジャー・スカーレット]]（[[:en:Roger Scarlett|Roger Scarlett]]）作 「エンジェル家の殺人」（''Murder Among the Angells''）の翻案小説。&lt;br /&gt;
* [[十字路 (江戸川乱歩)|十字路]] （1955年） - [[渡辺剣次]]による小説（未発表）をリライトしたもの。スランプに陥っていた乱歩に出版社が提案し、乱歩作品として出版された。この出版は当初より「原作：江戸川乱歩、脚本：渡辺剣次」として[[日活]]で映画化されることも決まっており、「死の十字路」のタイトルで公開された。乱歩らしからぬスマートな構成で評判も良く、出版社は次回作も同様のリライトを提案したが、さすがに2度目は乱歩が断ったという。（渡辺剣次は後に江戸川乱歩賞の選考委員になっている）&lt;br /&gt;
* [[死美人]] （1956年） - F・D・ボアゴベの原作で黒岩涙香による翻案小説「死美人」をリライトしたもの。代作：[[氷川瓏]]&lt;br /&gt;
* [[海底の黄金]]（1962年、[[ポプラ社]]） - F・D・ボアゴベの原作で黒岩涙香による翻案小説「海底の重罪」を小中学生向けにリライトしたもの。代作。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 翻訳（代訳） ===&lt;br /&gt;
海外の探偵小説の日本語訳本にも江戸川乱歩の著作とした本が多く刊行されているが、これらのほとんどは代訳または代作者によるリライトである。&lt;br /&gt;
* 「[[黄金虫]]」（1949年） - 世界名作少年文庫（光文社） 世界名作全集59（講談社） [[エドガー・アラン・ポー]]の「黄金虫」「大渦巻」「死頭蛾」「モルグ街の殺人事件」「ぬすまれた手紙」他を小中学生向にリライトしたもの。代作。&lt;br /&gt;
* 「[[名探偵ルコック]]」（1948年） - 世界名作物語→世界名作全集73（講談社） [[エミール・ガボリオ]]の原作を小中学生向にリライトしたもの。代作。&lt;br /&gt;
* 「妖犬」「恐怖の谷」「シャーロック・ホームズの冒険（飛模様の紐/技師の拇指/緑玉の宝冠/ボヘミヤ王宮事件/赤髪社/花婿紛失事件/ボスコム谷謎の事件/五粒の蜜柑の種/唇の曲った男/緑の柘榴石 ）」（1946年） 原作：[[コナン・ドイル]]、代作：[[井上勝喜]]。&lt;br /&gt;
* 「モルグ街の殺人」「黄金虫」「窃まれた手紙」「メエルストロウム」「陥穽と振子」「赤き死の仮面」「黒猫譚」「早過ぎた埋葬」「物言う心臓」「アッシャア館の崩壊」（1956年） 原作：エドガー・アラン・ポー、代作：[[渡辺啓助]]、[[渡辺温]]。&lt;br /&gt;
* 「暗黒街の恐怖」（1955年） 「第三の恐怖」（1962年） 原作：[[ジョンストン・マッカレー]]、代作。&lt;br /&gt;
* 「怪傑ドラモンド」（1955年） 「鉄人対怪人」（1962年） 原作：[[サッパー]]、代作。&lt;br /&gt;
* 「灰色の幻」（1955年） 原作：[[ハーマン・ランドン]]、代作。&lt;br /&gt;
* 「海峡の秘密」（1956年） 「怪船771号」（1962年） 原作：[[F・W・クロフツ]]、代作。&lt;br /&gt;
* 「赤い館の怪事件」（1957年） 原作：[[A・A・ミルン]]、代作。&lt;br /&gt;
* 「紅はこべ」（1963年） 原作：[[バロネス・オルツィ]]、代作。&lt;br /&gt;
* 「首の綱」 原作：エミール・ガボリオ、代作：[[水谷準]]。&lt;br /&gt;
* 「運」 原作：[[エルンスト・ホフマン]]、代作：水谷準。&lt;br /&gt;
* 「仮面城秘話」 原作：[[アンドレ・ド・ロルド]]、代作：水谷準。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 映画化 ===&lt;br /&gt;
* 一寸法師（1927年）&lt;br /&gt;
* 一寸法師（1948年）&lt;br /&gt;
* 怪人二十面相（1954年）&lt;br /&gt;
* 一寸法師（1955年）&lt;br /&gt;
* 少年探偵団／妖怪博士（1956年）&lt;br /&gt;
* 少年探偵団／二十面相の悪魔（1956年）&lt;br /&gt;
* 死の十字路（1956年）&lt;br /&gt;
* 少年探偵団／二十面相の復讐（1957年）&lt;br /&gt;
* 少年探偵団／透明怪人（1958年）&lt;br /&gt;
* 少年探偵団／首なし男（1958年）&lt;br /&gt;
* くも男（1958年）&lt;br /&gt;
* [[黒蜥蜴]]（1962年）&lt;br /&gt;
* 黒蜥蜴（1968年）&lt;br /&gt;
* 盲獣（1969年）&lt;br /&gt;
* [[江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間]]（1969年）&lt;br /&gt;
* 屋根裏の散歩者（1970年）&lt;br /&gt;
* [[江戸川乱歩の陰獣]]（1977年）&lt;br /&gt;
* 押繪と旅する男（1994年）&lt;br /&gt;
* 屋根裏の散歩者（1994年）&lt;br /&gt;
* [[RAMPO]]（1994年）&lt;br /&gt;
* [[人でなしの恋]]（1995年）&lt;br /&gt;
* 人間椅子（1997年）&lt;br /&gt;
* [[D坂の殺人事件]]（1998年）&lt;br /&gt;
* 盲獣対一寸法師（2001年）&lt;br /&gt;
* [[乱歩地獄]]（2005年）&lt;br /&gt;
* 人間椅子（2006年）&lt;br /&gt;
* 屋根裏の散歩者（2007年）&lt;br /&gt;
* 陰獣（フランス映画　2009年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* 仁賀克雄監修『江戸川乱歩99の謎-生誕百年・探偵小説の大御所』（『二見wai wai文庫』）、二見書房、1994年11月。ISBN 4-576-94168-2&lt;br /&gt;
* 平井隆太郎監修・中相作編『江戸川乱歩著書目録』（『江戸川乱歩リファレンスブック』3）、名張市立図書館、2003年3月[http://www.e-net.or.jp/user/stako/ED1/E01-pr1.html]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== その他 ==&lt;br /&gt;
* 前述の『空気男』は掲載誌の廃刊に伴い中断している。&lt;br /&gt;
* 『悪霊』は途中で話が続かなくなり中断した。乱歩本人が掲載誌にお詫びとして読者へ謝罪し、中断を発表している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[平井蒼太]] - 乱歩の次弟&lt;br /&gt;
* [[平井隆太郎]] - 乱歩の一人息子&lt;br /&gt;
* [[松村喜雄]] - 乱歩の従妹の息子&lt;br /&gt;
* [[黒岩涙香]] - 乱歩に最も大きな影響を与えた作家&lt;br /&gt;
* [[江戸川乱歩賞]]&lt;br /&gt;
* [[江戸川乱歩の美女シリーズ]] - 1977年～1985年 テレビ朝日系 [[土曜ワイド劇場]]&lt;br /&gt;
* [[乱歩R]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.tokyo-kurenaidan.com/ranpo2.htm 江戸川乱歩を歩く]&lt;br /&gt;
* [http://www.city.nabari.mie.jp/contents/furusato/bunka/ranpo/index.html 名張市 江戸川乱歩]&lt;br /&gt;
* [http://russell.cool.ne.jp/RANPO-2.HTM 哲学者ラッセルと探偵小説]&lt;br /&gt;
* [http://russell.cool.ne.jp/RANPO-1.HTM バートランド・ラッセル]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:江戸川乱歩|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の小説家|えとかわ らんほ]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の推理作家|えとかわ らんほ]]&lt;br /&gt;
[[Category:三重県出身の人物|えとかわ らんほ]]&lt;br /&gt;
[[Category:1894年生|えとかわ らんほ]]&lt;br /&gt;
[[Category:1965年没|えとかわ らんほ]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>210.255.79.206</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E4%BB%8A%E5%B7%9D%E7%BE%A9%E5%85%83&amp;diff=24317</id>
		<title>今川義元</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E4%BB%8A%E5%B7%9D%E7%BE%A9%E5%85%83&amp;diff=24317"/>
				<updated>2008-02-14T07:05:33Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;210.255.79.206: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''今川 義元'''（いまがわ よしもと、[[永正]]16年（[[1519年]]） - [[永禄]]3年[[5月19日 (旧暦)|5月19日]]（[[1560年]][[6月12日]]））は[[戦国時代 (日本)|戦国時代]]の[[武将]]である。[[駿河国|駿河]]の[[守護大名]]・[[戦国大名]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
文武に通じた教養人であると同時に優れた内政手腕を持ち「'''海道一の弓取り'''」といわれた。[[武田信玄]]の義兄にあたる。[[本姓]]は[[源氏]]。[[家系]]は[[清和源氏]]の一家系・[[河内源氏]]の流れを汲む[[足利氏]]の傍流[[吉良氏]]の分家にあたる[[今川氏]]。今川氏第9代当主。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 略歴 ==&lt;br /&gt;
[[駿河国|駿河]]（[[静岡県]]中部）の[[守護大名]]である今川氏の第9代目当主。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第7代当主・今川氏親とその正室である中御門宣胤の娘（[[寿桂尼]]）の子。幼名は芳菊丸。正室は武田信虎の娘で武田信玄の姉にあたる[[定恵院]]。子に今川氏真、娘は[[武田義信]]の室となった。ライバル・[[北条氏康]]は義弟にあたり、また武田信玄の義兄でもある。寄親・寄子制度を設け、軍事組織力の革命的な改革を行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「海道一の弓取り」と呼ばれるように領国経営と外征に才能を発揮して今川氏の戦国大名への転身を成功させ、所領も駿河・[[遠江国|遠江]]・[[三河国|三河]]から[[尾張国|尾張]]の一部にまで拡大し『天下に最も近い男』と称されたが、尾張に侵攻した際に[[桶狭間の戦い]]で[[織田信長]]軍の奇襲を受け敗死した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 生涯 ==&lt;br /&gt;
=== 内乱と家督相続 ===&lt;br /&gt;
今川家第7代当主である今川氏親の五男として生まれる。生まれたときはすでに同母兄でのちに第8代当主となる[[今川氏輝]]がいたため、4才で仏門に出されて[[臨済宗]]の駿河富士郡瀬古の[[善徳寺]]に預けられ、'''梅岳承芳'''（'''ばいがくしょうほう'''）と称し教育係につけられた今川一族出身の禅僧・[[太原雪斎]]とともに[[京都]]に上って[[五山]]に学んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[天文 (元号)|天文]]5年（[[1536年]]）、氏輝が急死したために駿河に戻り異母兄で同じく出家していた玄広恵探との間で家督争いとなるが、[[太原雪斎]]の尽力で勝利した。この[[花倉の乱]]と呼ばれる家督争いを経て還俗して今川氏第9代・駿河[[守護]]となり、義元と称した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 北条・織田との戦い ===&lt;br /&gt;
天文6年（[[1537年]]）、兄の時代までの宿敵であった[[武田信虎]]の娘（定恵院）と結婚し、[[甲斐国|甲斐]]（[[山梨県]]）の[[武田氏]]と同盟を結んだ。そのため、かえって旧来の縁戚であった[[伊豆国|伊豆]]・[[相模国|相模]]（[[神奈川県]]西南部）を領する[[後北条氏|北条氏]]との同盟が決裂し、[[北条氏綱]]が駿河河東郡吉原に侵攻してくる。義元もこれに対して交戦するが、氏綱の前に敗れて河東郡を奪われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、[[尾張|尾張]]（[[愛知県]]）の[[織田信秀]]が天文9年（[[1540年]]）から[[三河国|三河]]に対して侵攻を開始する。このため、義元は三河の諸豪族と連合して天文11年（[[1542年]]）に織田信秀と一大決戦に臨むが、信秀の猛攻の前に敗れた（第1次[[小豆坂の戦い]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 勢力拡大 ===&lt;br /&gt;
北条家では天文10年（[[1541年]]）に氏綱が死去し氏康が家督を継いでいたが、義元は氏康と同じく敵対する[[上杉憲政]]と天文14年（[[1545年]]）に同盟を結んで、連携して氏康を攻めた。その結果、義元と氏康は武田晴信（信玄）の仲介により、北条家の河東郡を今川家に返還するという義元に有利な条件で和睦した。天文20年（[[1551年]]）、氏康によって[[興国寺城]]を奪われたものの、すぐに奪還して[[黄瀬川]]を国境としている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
三河においても尾張の織田信秀の進出により圧迫を受けた西三河の[[松平広忠]]の帰順を受け、松平広忠の嫡男・竹千代（のちの[[徳川家康]]）を人質に迎え入れようとするが、護送を請け負った三河・[[田原城 (三河国)|田原城]]（愛知県[[田原市]]）の国人領主・[[戸田康光]]が裏切って護送中の竹千代を敵方の織田氏に送り届けてしまった。これは、前年に義元が[[戸田氏]]の一族である[[戸田宣成]]、[[戸田吉光]]を滅ぼしたため、これに憤った戸田宗家の当主であった康光が反乱を起こしたものであった。これに怒った義元は戸田宗家をも滅ぼし、その居城であった田原城に朝比奈氏を入れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天文17年（[[1548年]]）、義元の三河進出に危機感を覚えた織田信秀が三河に侵攻してくるが、義元の重臣である雪斎・[[朝比奈泰能]]らを大将とした今川軍は織田軍に大勝し、織田家の勢力を事実上三河から駆逐した（第2次小豆坂の戦い）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天文18年（[[1549年]]）、松平広忠が家臣によって[[暗殺]]されると義元は今川軍を[[岡崎城]]に送り込んで、事実上松平家の所領とその支配下にあった三河の[[国人]]領主を直接支配下に取り込んだ。この結果、今川氏の勢力は駿河・遠江・三河という東海道の3ヶ国にまたがったため「海道一の弓取り」などと称された。また、織田方の三河[[安祥城]]（愛知県[[安城市]]）を攻略し信秀の庶長子にあたる城将・[[織田信広]]を捕らえ、人質交換によって竹千代を奪還。尾張進出の足掛かりを着々と築いていく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天文20年（[[1551年]]）に信秀が死去すると尾張への攻勢を一段と加速させる。家督相続をめぐって動揺する織田家に揺さぶりをかけ尾張東部の[[知多郡]]・[[愛知郡 (愛知県)|愛知郡]]、更に[[海西郡]]等にも勢力を延ばした。このころ版図は90万石に達したとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
更に天文22年（[[1553年]]）には亡父の定めた[[今川仮名目録]]に[[仮名目録追加|追加法]]を加えたが、ここにおいて室町幕府が定めた[[守護使不入地]]の廃止を宣言、守護大名としての今川氏と室町幕府間に残された関係を完全に断ち切った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天文23年（[[1554年]]）、嫡子・氏真に北条氏康の娘（後の[[早川殿]]）を縁組し、武田氏・北条氏と互いに婚姻関係を結んで[[甲相駿三国同盟]]を結成した（この会談は善徳寺の会盟とも言われている）。これにより後顧の憂いを断った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
永禄元年（[[1558年]]）からは氏真と政務の分担を図っている。また、駿河・遠江・三河の3カ国にかけて大規模な検地を行ない、今川家の全盛期を築き上げたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 最期 ===&lt;br /&gt;
[[Image:The grave of Yoshimoto Imagawa in Okehazama.jpg|thumb|200px|right|今川義元の墓 [[明治]]9年（[[1876年]]）5月建立&amp;lt;br /&amp;gt;愛知県豊明市&amp;lt;br /&amp;gt;桶狭間古戦場伝説地内]]&lt;br /&gt;
[[Image:The grave of Yoshimoto Imagawa.jpg|thumb|200px|right|今川義元胴塚&amp;lt;br&amp;gt;愛知県豊川市牛久保町]]&lt;br /&gt;
[[弘治 (日本)|弘治]]元年（[[1555年]]）に軍師・雪斎、弘治3年（[[1557年]]）には泰能といった名補佐役が次々と病死し、次第に今川家の全盛期に翳りが見え始める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
永禄3年（[[1560年]]）、三河守に遷任する。5月には2万2000の軍を率いて[[尾張]]への侵攻を開始。織田方に身動きを封じられた同国[[知多郡]][[大高城]]（[[名古屋市]]緑区大高）を救うべく、大高周辺の織田方諸砦を松平元康などに落とさせる。幸先良く前哨戦に勝利した報せを受けて[[沓掛城]]で待機していた本隊を大高城に移動させる。ところがその途上、田楽狭間で休息中に[[織田信長]]の奇襲を受け、[[松井宗信]]らと共に奮戦するも愛刀・[[宗三左文字|左文字]]の太刀ともども首級を奪われた（通称「[[桶狭間の戦い]]」。『[[信長公記]]（しんちょうこうき）』の記述による）。享年42。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、残存した今川兵によって[[駿河|駿府]]まで連れ帰ろうと試みられた首の無い義元の遺体は想像以上に腐敗の進行が早く、三河国[[宝飯郡]]に埋葬された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[戒名|法名]]：天澤寺秀峯哲公。&lt;br /&gt;
*墓所：[[愛知県]][[豊明市]]の[[桶狭間古戦場伝説地]]。愛知県[[豊明市]]の[[高徳院 (豊明市)|高徳院]]。[[静岡県]][[静岡市]]の[[臨済寺 (静岡市)|臨済寺]]。[[東京都]][[杉並区]]の[[観泉寺]]。&lt;br /&gt;
*塚：[知県豊川市牛久保町の[[大聖寺]]（胴塚）（[[一色時家]]の墓の隣）。愛知県[[西尾市]]駒場町の東向寺（首塚）。愛知県[[東海市]]の今川塚。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 死後 ==&lt;br /&gt;
織田方に討ち取られた[[首級]]は、尾張国内で孤立する義元の家臣・[[岡部元信]]の信長への度重なる懇願によって後に返還された。義元の戦死により家督は嫡男の[[今川氏真|氏真]]が継いだが、この隙に乗じた元康（後の徳川家康）が西三河で自立。この動きに追従するように東三河でも戸田氏や[[西郷氏]]などが離反、松平氏の傘下へ転属していく。このような三河の動揺が隣国・遠江へも伝播すると、正・誤の判別がつかない情報が飛び交う遠江領内は敵味方の見極めさえ困難な疑心暗鬼の状態に陥ってしまう（遠州錯乱）。今川氏後継の嫡子氏真は政治的才能に乏しく[[井伊直親]]や[[飯尾連竜]]などの粛清で事態の収拾を期したが、かえって人心の離反を加速させてしまい今川氏は見る見るうちに衰退し始めた。義元没後から8年で信玄によって駿河を追われ、ここに戦国大名としての今川家は滅亡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今川氏は桶狭間の戦いからわずか8年で駿河から追放され、徳川氏の庇護下に組み入れられる事で存続する事となった。駿河追放後、氏真は[[京都]]で隠棲していたが、嫡子・[[今川範以|範以]]が病没。その後、徳川家康に召し出されて[[江戸幕府]]に出仕し温情により500石を与えられ、これ以降今川氏は幕府[[高家]]として[[幕臣]]に列した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物・逸話 ==&lt;br /&gt;
*義元は寸胴短足で馬に乗ることができなかったため合戦の時なども輿に乗り移動したと言われるが、そうした記述がある資料は江戸時代中期の物で信憑性はきわめて低い。信長の家臣・[[太田牛一]]が記した『信長公記』には桶狭間山から退却する義元が馬に乗っていたという事が書かれてある。また、義元が輿に乗っていたのは[[足利将軍家]]から特別に認められた栄誉（今川氏は足利氏の一門）であり、体形のために馬に乗ることができなかったわけではないと思われる。異説として、幼少時に落馬した恐怖のためともされる。&lt;br /&gt;
*幼いころから仏門に入っていたため武芸を鍛えられず、個人の武勇には優れなかったといわれている。そのため乗馬ができなかったのは誇張としても、不得手であった可能性はある。ただし個人の武勇と戦闘指揮能力は別のものであり、戦国大名としての義元の評価を落とすことにならない。また、桶狭間の戦いでは信長の家臣・[[服部一忠|服部春安]]が真っ先に斬りつけようとしたとき自ら抜刀して春安の膝を斬りつけて撃退し、次に[[毛利良勝]]が斬りつけようとしたときにも数合ほどやり合っていることから、必ずしも個人的武勇が無かったわけではないと思われる。&lt;br /&gt;
*公家文化に精通し、都を逃れた公家達を保護していた。しかし、「[[お歯黒]]をつけ、置眉、薄化粧をする」という話は後世の作であるという説もある。また、たとえ事実であったとしてもそれは家格の高さを示すものであって軟弱さの象徴とはならない。近年ではむしろ度重なる軍事行動が家臣・領民の疲弊を招き、死後に今川氏が急速に衰えた原因の一つであると指摘されている。&lt;br /&gt;
*義元は政治・軍事に卓越した戦国大名であったが、歴史的には皮肉にも「織田信長に桶狭間で討ち取られた敵将」としてその名は知られている。&lt;br /&gt;
*天文22年（1552年）に「[[今川仮名目録]]」の追加法を制定し、さらに商業保護や流通統制、寄親寄子制度による家臣団の結束強化を図るなど行政手腕には特に秀でていた。のちにこの政策は[[江戸幕府]]を開府した徳川家康によって踏襲されている。&lt;br /&gt;
*『信長公記』では義元の桶狭間の戦いの際の出で立ちを「胸白の鎧に金にて八龍を打ちたる五枚兜を被り、赤地の錦の陣羽織を着し、今川家重代の二尺八寸松倉郷の太刀に、壱尺八寸の大左文字の脇差を帯し、青の馬の五寸計（馬高五尺五寸の青毛の馬）なるの金覆輪の鞍置き、紅の鞦かけて乗られける……。」と伝えている。&lt;br /&gt;
*永禄3年（1560年）の尾張侵攻は、上洛を目的とする説と織田信長討伐・尾張攻略説とがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
*小和田哲男 編『今川義元のすべて』（新人物往来社、[[平成]]6年（[[1994年]]）） ISBN 978-4-404-02097-0&lt;br /&gt;
*小和田哲男『今川義元 &amp;lt;small&amp;gt;自分の力量を以て国の法度を申付く&amp;lt;/small&amp;gt;』（ミネルヴァ書房日本評伝選、平成16年（[[2004年]]）） ISBN 978-4-623-04114-5&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[今川氏]]&lt;br /&gt;
*[[静岡]]（=[[駿府]]）&lt;br /&gt;
*[[泉岳寺]]（義元の縁者とされる門庵宗関が[[慶長]]17年（[[1612年]]）に義元の菩提を弔うため開創した寺）&lt;br /&gt;
=== TVドラマ ===&lt;br /&gt;
*[[太閤記 (NHK大河ドラマ)|太閤記]]（[[昭和]]40年（[[1965年]]） NHK大河ドラマ、演：[[三國一朗]]）&lt;br /&gt;
*[[天と地と (NHK大河ドラマ)|天と地と]]（昭和44年（[[1969年]]） NHK大河ドラマ、演：[[根上淳]]）&lt;br /&gt;
*[[国盗り物語 (NHK大河ドラマ)|国盗り物語]]（昭和48年（[[1973年]]） NHK大河ドラマ、演：[[花柳喜章]]）&lt;br /&gt;
*[[おんな太閤記]]（昭和56年（[[1981年]]） NHK大河ドラマ、演：[[新みのる]]）&lt;br /&gt;
*[[徳川家康 (NHK大河ドラマ)|徳川家康]]（昭和58年（[[1983年]]） NHK大河ドラマ、演：[[成田三樹夫]]）&lt;br /&gt;
*[[武田信玄 (NHK大河ドラマ)|武田信玄]]（昭和63年（[[1988年]]） NHK大河ドラマ、演：[[中村勘三郎 (18代目)|中村勘九郎]]）&lt;br /&gt;
*[[信長 KING OF ZIPANGU]]（平成4年（[[1992年]]） NHK大河ドラマ、演：[[柴田侊彦]]）&lt;br /&gt;
*[[秀吉 (NHK大河ドラマ)|秀吉]]（平成8年（[[1996年]]） NHK大河ドラマ、演：[[米倉斉加年]]）&lt;br /&gt;
*[[利家とまつ～加賀百万石物語～]]（平成14年（[[2002年]]） NHK大河ドラマ、演：[[佐々木睦]]）&lt;br /&gt;
*[[功名が辻 (NHK大河ドラマ)|功名が辻]]（平成18年（[[2006年]]） NHK大河ドラマ、演：[[江守徹]]）&lt;br /&gt;
*[[風林火山 (NHK大河ドラマ)|風林火山]]（平成19年（[[2007年]]） NHK大河ドラマ、演：[[谷原章介]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www15.u-page.so-net.ne.jp/kc4/tomofumi/index.html 今川館]&lt;br /&gt;
*[http://www2.tokai.or.jp/marco/imakawa/imagwa00.htm 今川時代]&lt;br /&gt;
*[http://www.geocities.jp/rekishi_chips/saikyo1.htm 今川義元]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[今川氏|駿河今川氏歴代当主]]|1536年 - 1560年|[[今川氏輝]]|[[今川氏真]]}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:いまかわ よしもと}}&lt;br /&gt;
[[Category:今川氏|よしもと]]&lt;br /&gt;
[[Category:戦国大名]]&lt;br /&gt;
[[Category:還俗した人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:静岡県の歴史]]&lt;br /&gt;
[[Category:1519年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1560年没]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>210.255.79.206</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E6%AD%A3%E5%89%87&amp;diff=24316</id>
		<title>福島正則</title>
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				<updated>2008-02-14T07:03:29Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;210.255.79.206: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''福島 正則'''（ふくしま まさのり）は[[安土桃山時代]]から[[江戸時代]]前期にかけての[[武将]]・[[大名]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 生涯 ==&lt;br /&gt;
=== 秀吉の子飼い ===&lt;br /&gt;
永禄4年（1561年）、福島正信の長男として現在の[[愛知県]][[海部郡 (愛知県)|海部郡]][[美和町]]で生まれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
母が[[豊臣秀吉]]の叔母だったため、その縁から幼少より秀吉に仕え、[[天正]]6年（[[1578年]]）に[[播磨国|播磨]][[三木城]]の攻撃で[[初陣]]を飾る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天正10年（[[1582年]]）の[[山崎の戦い]]の軍功で500石を知行し、天正11年（[[1583年]]）の[[賤ヶ岳の戦い]]のときは一番槍・一番首として敵将・[[拝郷家嘉]]を討ち取るという大功を立てて賞され、[[賤ヶ岳の七本槍]]の中でも突出して5000石を与えられた（他の6人は3000石）。その後も秀吉の主要な合戦の多くに参戦し、天正15年（[[1587年]]）の九州征伐ののち、[[伊予国]][[今治市|今治]]11万石の大名に封ぜられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[文禄]]元年（[[1592年]]）からの[[朝鮮出兵|文禄の役]]では[[忠清道]]で兵站奉行と補給路の警備にあたり、文禄4年（[[1595年]]）に[[尾張国]][[清洲城|清洲]]に24万石の所領を与えられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 関ヶ原の戦い ===&lt;br /&gt;
しかし、武勇に優れた正則は文治派の[[石田三成]]らと[[朝鮮出兵]]を契機としてその仲が一気に険悪になり、[[慶長]]4年（[[1599年]]）の[[前田利家]]の死後、朋友の[[加藤清正]]と共に三成を襲撃するなどの事件も起こしている。この時は[[徳川家康]]に慰留され襲撃を翻意したが、その経緯から家康の昵懇大名の一人となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、姉の子で正則の養子になっていた正之と家康の養女・[[満天姫]]との婚姻を実現させた。これは諸大名の私婚を禁じた秀吉の遺命に反するものだったが、正則はこの婚姻こそが豊臣・徳川の将来の和平に繋がると確信していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
慶長5年（[[1600年]]）の会津の上杉討伐には6000人を率いて従軍。その途中、上方で三成が挙兵した報を受けての小山評定では、家康の意を受けた[[黒田長政]]にあらかじめ懐柔されていた正則が三成挙兵に動揺する諸大名の機先を制して、いち早く家康の味方につくことを誓約し、反転して西上する方針が決定する。清洲から美濃方面に進軍し、西軍の[[織田秀信]]が守る[[岐阜城]]攻めでは[[池田輝政]]と先鋒を争い、黒田長政らと共同で城を陥落させる。[[関ヶ原の戦い]]本戦では石田勢との対陣を希望したが、宇喜多勢1万6000と激闘を繰り広げる。[[宇喜多秀家]]隊の前衛8000を率いた[[明石全登]]は音に聞こえた勇将で、福島勢は一時500メートルあまりも押しまくられ、壊滅寸前に追い込まれる。血相を変えた正則自身が叱咤して何とか持ちこたえ、一進一退の攻防を続けるうち、[[寺沢広高]]らの部隊が宇喜多隊の側面を突いたため、勝負は互角にもつれ込んだ。やがて[[小早川秀秋]]の背信を機に西軍の戦線は次々に崩壊。甚大な被害を被りながらも、福島正則隊は宇喜多勢を打ち破ることに成功した。こうして東軍の勝利に貢献第一と目された正則は西軍総大将・[[毛利輝元]]からの[[大坂城]]接収にも奔走し、戦後[[安芸国|安芸]][[広島藩|広島]]と[[備後国|備後]][[広島藩|鞆]]49万8200石の大封を得た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 江戸時代 ===&lt;br /&gt;
慶長6年（[[1601年]]）3月に芸備に入封した正則は早くも領内を巡検するとともに、検地で石高の再算出を行った。家臣への知行割も事実上の給米制とし検地の結果を農民に公開した上で実収に伴った年貢を徴収して負担を少なくするといった善政を布き、意外な地方巧者ぶりを発揮している。ただし築城や軍拡などのために領民の負担自体は高くなったのも事実である。また領内の寺社の保護にも熱心であり、慶長7年（[[1602年]]）には[[厳島神社]]の平家納経を修復させたことが知られている。この治世で、除封直前の石高は51万5800石に達している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
慶長9年（[[1604年]]）からの[[江戸幕府]]による諸城修築の動員に参加して忠勤に励む一方、豊臣家を主筋に立てることも忘れなかった。慶長16年（[[1611年]]）3月に家康が秀頼に対し二条城での会見を迫った時には、いまなお豊臣家が主筋と自負して強硬に反対した[[淀殿]]を加藤清正や[[浅野幸長]]とともに説得し、秀頼の上洛を実現させた（正則自身は病と称して会見に同席せず、枚方から京の街道筋を1万の軍勢で固めて変事に備えた）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この会見直後に清正や[[浅野長政]]・幸長父子、池田輝政といった朋友の豊臣恩顧大名が相次いで死去し、正則自身も慶長17年（[[1612年]]）に病を理由に隠居を願い出る。しかしそれも許されずに飼い殺しの状態に置かれた正則は[[大坂の陣]]では秀頼に加勢を求められても拒絶し、大坂の蔵屋敷にあった蔵米8万石の接収を黙認するに留まった。これを知った幕府には東軍への従軍も許されず、江戸留守居役を命じられた。豊臣氏の滅亡を機に羽柴姓も捨てた正則は、ひたすら幕府への恭順を余儀なくされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 改易と晩年 ===&lt;br /&gt;
家康死後まもなくの[[元和 (日本)|元和]]5年（[[1619年]]）、台風による水害で破壊された[[広島城]]を無断でほんの少しだけ修理したことが[[武家諸法度]]違反に問われる。正則は2ヶ月も前から届けを出していたが幕府からは正式な許可が出ていなかった。しかも修繕したのは雨漏りする部分をやむをえず直しただけという。江戸参勤中の正則が謝罪し、修繕した部分を破却するという条件で一旦は沙汰止みになったものの破却が不十分であることを咎められ、安芸・備後50万石を没収、[[信濃国]][[川中島]]四郡中の[[高井郡]][[高井野藩]]、越後国魚沼郡、4万5000石に減封される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これは過激な武将である正則の統制策とする理解が一般的だが、家康死後の二元政治廃止に伴う[[本多正純]]と[[土井利勝]]らの幕府内権力争いにまきこまれたという説も提示されている。正純が受け取った届出を利勝らが正純の信頼を失墜させるためわざと放置していたと言うものである。最終的に改易を強行したのは2代将軍・[[徳川秀忠|秀忠]]だが、利勝や正純ら幕府首脳はむしろ正則の改易が諸大名の反抗に繋がることを恐れ、処分に及び腰であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元和6年（[[1620年]]）に嫡男・[[福島忠勝|忠勝]]が早世したため、正則は2万5000石を幕府に返上した。寛永元年（[[1624年]]）、[[高井野藩|高井野]]で死去。享年64。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この際、家臣が正則の遺体を幕府の使者が到着する前に火葬したため（一説には正則が屈辱に耐えかね切腹したのを咎められるのを恐れこれを隠蔽するために急いで火葬にしたとも言われる）、福島家は残りの2万石も没収され、後を継いだ正則の子・正利は3000石の[[旗本]]に身分を落とすこととなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 官職位階履歴 ==&lt;br /&gt;
*[[天正]]13年[[7月16日 (旧暦)|7月16日]]（[[1585年]][[8月11日]]）、従五位下、左衛門大夫叙任。&lt;br /&gt;
*[[慶長]]2年[[7月26日 (旧暦)|7月26日]]（[[1597年]][[9月7日]]）、侍従任官。羽柴苗字も同時に拝領。&lt;br /&gt;
*慶長7年[[3月7日 (旧暦)|3月7日]]（[[1602年]][[4月28日]]）、左近衛権少将任官（従四位下も叙位か）。&lt;br /&gt;
*[[元和 (日本)|元和]]3年[[6月21日 (旧暦)|6月21日]]（[[1617年]][[7月23日]]）、従三位、参議叙任。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物・逸話 ==&lt;br /&gt;
*正則は尾張派の重鎮大名として[[高台院|北政所]]を尊崇すること強く、広島に赴くにあたって[[高台寺]]を訪れ、「それがしが忘恩の凶徒と罵られながらも内府（家康）に忠節を尽くしてきたのは、ひとえに秀頼公を思っての事であります。これだけ恩を売っておけば、内府も秀頼公に滅多なことはできまいと存じます。このたびの戦後処置で豊臣家は[[攝津国|摂津]][[和泉国|和泉]][[河内国|河内]]の一大名に落とされました。それがしは豊家を少なくとも80万石、いや100万石の大名として存続させる事を願っておりました。65万石は余りに少のうございますが、これで辛抱するほかございません」といったところ、北政所は「おん身は昔から誠実なお人だったからのう」と彼の主家思いに涙を流したという。ただし、この逸話の信憑性には疑問もある。「梵瞬日記」によれば、北政所（高台院）は関ヶ原の数年後まで正則と対面した記録がないという。&lt;br /&gt;
*関ヶ原では第一の武功を賞されたが、度々それを投げ打つことも辞さない言動をしている。[[岐阜城]]を攻め落とした際には「某（それがし）の武功に代えても」の一言で城主・[[織田秀信]]の助命を嘆願した。その直後、家臣が徳川家の足軽に侮辱されて自害し、その上司である旗本・[[伊奈昭綱|伊奈図書]]の切腹を正則が要求したときも「聞き容れられなければ城地を立ち去るのみである」と啖呵を切っている。&lt;br /&gt;
*関ヶ原後に三成が捕えられた際に、三成の「脱出して再起を図ろうとする事こそ大将の心がけだ」との発言を聞き、「至極もっともなり、（戦場から脱出する事は）少しも恥辱にあらず」と賞賛したとする逸話がある。&lt;br /&gt;
*泥酔して家臣に切腹を命じ、翌朝になって間違いに気付いたがもはや取り返しがつかず、その家臣の首に泣いて詫びたという逸話もある。&lt;br /&gt;
*幕府の命で[[名古屋城]]の手伝普請に従事している際、「[[江戸城|江戸]]や[[駿府城|駿府]]はまだしも、ここは妾の子の城ではないか。それにまでコキ使われたのでは堪らない」とこぼし、輝政に「お前は（家康の）婿殿だろう、我々のためにこのことを直訴してくれ」と迫った。清正が笑いながら「滅多なことを言うな。築城がそんなに嫌なら国元に帰って謀反の支度をしろ。それが無理なら命令どおりに工期を急げ」とたしなめ、その場は収まったという。&lt;br /&gt;
*家康が重病で死の床に就くと正則は駿府を訪れて見舞ったが、家康は「一度安芸に帰られるがよい。将軍家（徳川秀忠）に不服があれば、遠慮せず、兵を挙げられるが良い」と冷たく言い放った。御前を退出した正則は「今日までご奉公に努めて来たにも関わらず、あのような申されようは情けない限りだ」と嘆き、人目も憚らず泣いた。それを聞いた家康は「その一言を吐き出させるために、あのように言ったのだ」と安心したという。&lt;br /&gt;
*かなりの恐妻家で女性問題で嫉妬に狂った夫人に長刀で斬りつけられて逃げ出したこともあると言う逸話も残っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 家臣団 ==&lt;br /&gt;
*[[可児才蔵]]&lt;br /&gt;
*[[尾関正勝]]&lt;br /&gt;
*[[大崎長行]]&lt;br /&gt;
*[[長尾種常]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連文献 ==&lt;br /&gt;
*[[愛染明王]]（小説、短編集『[[俺は権現]]』（[[司馬遼太郎]]著）に収録）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.aichi-c.ed.jp/contents/syakai/syakai/owari/owa106.htm 福島正則（ふくしままさのり）―賤ケ岳七本槍の一人―]&lt;br /&gt;
*[http://www2.harimaya.com/sengoku/html/hukusima.html 福島氏系譜]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[広島藩|福島氏（広島藩）藩主]]|1600 - 1619|-|[[浅野長晟]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[高井野藩|福島氏（高井野藩）藩主]]|1619 - 1624|-|[[福島忠勝]]}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:福島氏|まさのり]]&lt;br /&gt;
[[Category:戦国武将]]&lt;br /&gt;
[[Category:織豊政権の大名]]&lt;br /&gt;
[[Category:江戸の大名]]&lt;br /&gt;
[[Category:外様大名]]&lt;br /&gt;
[[Category:1561年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1624年没]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>210.255.79.206</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E6%AD%A3%E5%89%87&amp;diff=24315</id>
		<title>福島正則</title>
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				<updated>2008-02-14T07:02:47Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;210.255.79.206: 新しいページ: ''''福島 正則'''（ふくしま まさのり）は安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将・大名である。  == 生涯 == === 秀...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''福島 正則'''（ふくしま まさのり）は[[安土桃山時代]]から[[江戸時代]]前期にかけての[[武将]]・[[大名]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 生涯 ==&lt;br /&gt;
=== 秀吉の子飼い ===&lt;br /&gt;
永禄4年（1561年）、福島正信の長男として現在の[[愛知県]][[海部郡 (愛知県)|海部郡]][[美和町]]で生まれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
母が[[豊臣秀吉]]の叔母だったため、その縁から幼少より秀吉に仕え、[[天正]]6年（[[1578年]]）に[[播磨国|播磨]][[三木城]]の攻撃で[[初陣]]を飾る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天正10年（[[1582年]]）の[[山崎の戦い]]の軍功で500石を知行し、天正11年（[[1583年]]）の[[賤ヶ岳の戦い]]のときは一番槍・一番首として敵将・[[拝郷家嘉]]を討ち取るという大功を立てて賞され、[[賤ヶ岳の七本槍]]の中でも突出して5000石を与えられた（他の6人は3000石）。その後も秀吉の主要な合戦の多くに参戦し、天正15年（[[1587年]]）の九州征伐ののち、[[伊予国]][[今治市|今治]]11万石の大名に封ぜられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[文禄]]元年（[[1592年]]）からの[[朝鮮出兵|文禄の役]]では[[忠清道]]で兵站奉行と補給路の警備にあたり、文禄4年（[[1595年]]）に[[尾張国]][[清洲城|清洲]]に24万石の所領を与えられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 関ヶ原の戦い ===&lt;br /&gt;
しかし、武勇に優れた正則は文治派の[[石田三成]]らと[[朝鮮出兵]]を契機としてその仲が一気に険悪になり、[[慶長]]4年（[[1599年]]）の[[前田利家]]の死後、朋友の[[加藤清正]]と共に三成を襲撃するなどの事件も起こしている。この時は[[徳川家康]]に慰留され襲撃を翻意したが、その経緯から家康の昵懇大名の一人となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、姉の子で正則の養子になっていた正之と家康の養女・[[満天姫]]との婚姻を実現させた。これは諸大名の私婚を禁じた秀吉の遺命に反するものだったが、正則はこの婚姻こそが豊臣・徳川の将来の和平に繋がると確信していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
慶長5年（[[1600年]]）の会津の上杉討伐には6000人を率いて従軍。その途中、上方で三成が挙兵した報を受けての小山評定では、家康の意を受けた[[黒田長政]]にあらかじめ懐柔されていた正則が三成挙兵に動揺する諸大名の機先を制して、いち早く家康の味方につくことを誓約し、反転して西上する方針が決定する。清洲から美濃方面に進軍し、西軍の[[織田秀信]]が守る[[岐阜城]]攻めでは[[池田輝政]]と先鋒を争い、黒田長政らと共同で城を陥落させる。[[関ヶ原の戦い]]本戦では石田勢との対陣を希望したが、宇喜多勢1万6000と激闘を繰り広げる。[[宇喜多秀家]]隊の前衛8000を率いた[[明石全登]]は音に聞こえた勇将で、福島勢は一時500メートルあまりも押しまくられ、壊滅寸前に追い込まれる。血相を変えた正則自身が叱咤して何とか持ちこたえ、一進一退の攻防を続けるうち、[[寺沢広高]]らの部隊が宇喜多隊の側面を突いたため、勝負は互角にもつれ込んだ。やがて[[小早川秀秋]]の背信を機に西軍の戦線は次々に崩壊。甚大な被害を被りながらも、福島正則隊は宇喜多勢を打ち破ることに成功した。こうして東軍の勝利に貢献第一と目された正則は西軍総大将・[[毛利輝元]]からの[[大坂城]]接収にも奔走し、戦後[[安芸国|安芸]][[広島藩|広島]]と[[備後国|備後]][[広島藩|鞆]]49万8200石の大封を得た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 江戸時代 ===&lt;br /&gt;
慶長6年（[[1601年]]）3月に芸備に入封した正則は早くも領内を巡検するとともに、検地で石高の再算出を行った。家臣への知行割も事実上の給米制とし検地の結果を農民に公開した上で実収に伴った年貢を徴収して負担を少なくするといった善政を布き、意外な地方巧者ぶりを発揮している。ただし築城や軍拡などのために領民の負担自体は高くなったのも事実である。また領内の寺社の保護にも熱心であり、慶長7年（[[1602年]]）には[[厳島神社]]の平家納経を修復させたことが知られている。この治世で、除封直前の石高は51万5800石に達している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
慶長9年（[[1604年]]）からの[[江戸幕府]]による諸城修築の動員に参加して忠勤に励む一方、豊臣家を主筋に立てることも忘れなかった。慶長16年（[[1611年]]）3月に家康が秀頼に対し二条城での会見を迫った時には、いまなお豊臣家が主筋と自負して強硬に反対した[[淀殿]]を加藤清正や[[浅野幸長]]とともに説得し、秀頼の上洛を実現させた（正則自身は病と称して会見に同席せず、枚方から京の街道筋を1万の軍勢で固めて変事に備えた）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この会見直後に清正や[[浅野長政]]・幸長父子、池田輝政といった朋友の豊臣恩顧大名が相次いで死去し、正則自身も慶長17年（[[1612年]]）に病を理由に隠居を願い出る。しかしそれも許されずに飼い殺しの状態に置かれた正則は[[大坂の陣]]では秀頼に加勢を求められても拒絶し、大坂の蔵屋敷にあった蔵米8万石の接収を黙認するに留まった。これを知った幕府には東軍への従軍も許されず、江戸留守居役を命じられた。豊臣氏の滅亡を機に羽柴姓も捨てた正則は、ひたすら幕府への恭順を余儀なくされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 改易と晩年 ===&lt;br /&gt;
家康死後まもなくの[[元和 (日本)|元和]]5年（[[1619年]]）、台風による水害で破壊された[[広島城]]を無断でほんの少しだけ修理したことが[[武家諸法度]]違反に問われる。正則は2ヶ月も前から届けを出していたが幕府からは正式な許可が出ていなかった。しかも修繕したのは雨漏りする部分をやむをえず直しただけという。江戸参勤中の正則が謝罪し、修繕した部分を破却するという条件で一旦は沙汰止みになったものの破却が不十分であることを咎められ、安芸・備後50万石を没収、[[信濃国]][[川中島]]四郡中の[[高井郡]][[高井野藩]]、越後国魚沼郡、4万5000石に減封される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これは過激な武将である正則の統制策とする理解が一般的だが、家康死後の二元政治廃止に伴う[[本多正純]]と[[土井利勝]]らの幕府内権力争いにまきこまれたという説も提示されている。正純が受け取った届出を利勝らが正純の信頼を失墜させるためわざと放置していたと言うものである。最終的に改易を強行したのは2代将軍・[[徳川秀忠|秀忠]]だが、利勝や正純ら幕府首脳はむしろ正則の改易が諸大名の反抗に繋がることを恐れ、処分に及び腰であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元和6年（[[1620年]]）に嫡男・[[福島忠勝|忠勝]]が早世したため、正則は2万5000石を幕府に返上した。寛永元年（[[1624年]]）、[[高井野藩|高井野]]で死去。享年64。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この際、家臣が正則の遺体を幕府の使者が到着する前に火葬したため（一説には正則が屈辱に耐えかね切腹したのを咎められるのを恐れこれを隠蔽するために急いで火葬にしたとも言われる）、福島家は残りの2万石も没収され、後を継いだ正則の子・正利は3000石の[[旗本]]に身分を落とすこととなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 官職位階履歴 ==&lt;br /&gt;
*[[天正]]13年[[7月16日 (旧暦)|7月16日]]（[1585年]][[8月11日]]）、従五位下、左衛門大夫叙任。&lt;br /&gt;
*[[慶長]]2年[[7月26日 (旧暦)|7月26日]]（[[1597年]][[9月7日]]）、侍従任官。羽柴苗字も同時に拝領。&lt;br /&gt;
*慶長7年[[3月7日 (旧暦)|3月7日]]（[[1602年]][[4月28日]]）、左近衛権少将任官（従四位下も叙位か）。&lt;br /&gt;
*[[元和 (日本)|元和]]3年[[6月21日 (旧暦)|6月21日]]（[[1617年]][[7月23日]]）、従三位、参議叙任。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物・逸話 ==&lt;br /&gt;
*正則は尾張派の重鎮大名として[[高台院|北政所]]を尊崇すること強く、広島に赴くにあたって[[高台寺]]を訪れ、「それがしが忘恩の凶徒と罵られながらも内府（家康）に忠節を尽くしてきたのは、ひとえに秀頼公を思っての事であります。これだけ恩を売っておけば、内府も秀頼公に滅多なことはできまいと存じます。このたびの戦後処置で豊臣家は[[攝津国|摂津]][[和泉国|和泉]][[河内国|河内]]の一大名に落とされました。それがしは豊家を少なくとも80万石、いや100万石の大名として存続させる事を願っておりました。65万石は余りに少のうございますが、これで辛抱するほかございません」といったところ、北政所は「おん身は昔から誠実なお人だったからのう」と彼の主家思いに涙を流したという。ただし、この逸話の信憑性には疑問もある。「梵瞬日記」によれば、北政所（高台院）は関ヶ原の数年後まで正則と対面した記録がないという。&lt;br /&gt;
*関ヶ原では第一の武功を賞されたが、度々それを投げ打つことも辞さない言動をしている。[[岐阜城]]を攻め落とした際には「某（それがし）の武功に代えても」の一言で城主・[[織田秀信]]の助命を嘆願した。その直後、家臣が徳川家の足軽に侮辱されて自害し、その上司である旗本・[[伊奈昭綱|伊奈図書]]の切腹を正則が要求したときも「聞き容れられなければ城地を立ち去るのみである」と啖呵を切っている。&lt;br /&gt;
*関ヶ原後に三成が捕えられた際に、三成の「脱出して再起を図ろうとする事こそ大将の心がけだ」との発言を聞き、「至極もっともなり、（戦場から脱出する事は）少しも恥辱にあらず」と賞賛したとする逸話がある。&lt;br /&gt;
*泥酔して家臣に切腹を命じ、翌朝になって間違いに気付いたがもはや取り返しがつかず、その家臣の首に泣いて詫びたという逸話もある。&lt;br /&gt;
*幕府の命で[[名古屋城]]の手伝普請に従事している際、「[[江戸城|江戸]]や[[駿府城|駿府]]はまだしも、ここは妾の子の城ではないか。それにまでコキ使われたのでは堪らない」とこぼし、輝政に「お前は（家康の）婿殿だろう、我々のためにこのことを直訴してくれ」と迫った。清正が笑いながら「滅多なことを言うな。築城がそんなに嫌なら国元に帰って謀反の支度をしろ。それが無理なら命令どおりに工期を急げ」とたしなめ、その場は収まったという。&lt;br /&gt;
*家康が重病で死の床に就くと正則は駿府を訪れて見舞ったが、家康は「一度安芸に帰られるがよい。将軍家（徳川秀忠）に不服があれば、遠慮せず、兵を挙げられるが良い」と冷たく言い放った。御前を退出した正則は「今日までご奉公に努めて来たにも関わらず、あのような申されようは情けない限りだ」と嘆き、人目も憚らず泣いた。それを聞いた家康は「その一言を吐き出させるために、あのように言ったのだ」と安心したという。&lt;br /&gt;
*かなりの恐妻家で女性問題で嫉妬に狂った夫人に長刀で斬りつけられて逃げ出したこともあると言う逸話も残っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 家臣団 ==&lt;br /&gt;
*[[可児才蔵]]&lt;br /&gt;
*[[尾関正勝]]&lt;br /&gt;
*[[大崎長行]]&lt;br /&gt;
*[[長尾種常]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連文献 ==&lt;br /&gt;
*[[愛染明王]]（小説、短編集『[[俺は権現]]』（[[司馬遼太郎]]著）に収録）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.aichi-c.ed.jp/contents/syakai/syakai/owari/owa106.htm 福島正則（ふくしままさのり）―賤ケ岳七本槍の一人―]&lt;br /&gt;
*[http://www2.harimaya.com/sengoku/html/hukusima.html 福島氏系譜]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[広島藩|福島氏（広島藩）藩主]]|1600 - 1619|-|[[浅野長晟]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[高井野藩|福島氏（高井野藩）藩主]]|1619 - 1624|-|[[福島忠勝]]}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:福島氏|まさのり]]&lt;br /&gt;
[[Category:戦国武将]]&lt;br /&gt;
[[Category:織豊政権の大名]]&lt;br /&gt;
[[Category:江戸の大名]]&lt;br /&gt;
[[Category:外様大名]]&lt;br /&gt;
[[Category:1561年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1624年没]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>210.255.79.206</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%81%9D%E3%81%AE%E6%99%82%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%81%8C%E5%8B%95%E3%81%84%E3%81%9F%E3%81%AE%E5%85%A8%E6%94%BE%E9%80%81%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88&amp;diff=21596</id>
		<title>その時歴史が動いたの全放送リスト</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%81%9D%E3%81%AE%E6%99%82%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%81%8C%E5%8B%95%E3%81%84%E3%81%9F%E3%81%AE%E5%85%A8%E6%94%BE%E9%80%81%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88&amp;diff=21596"/>
				<updated>2008-01-17T06:54:24Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;210.255.79.206: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''その時歴史が動いたの全放送リスト'''（そのときれきしがうごいたのぜんほうそうりすと）ではNHKの番組『[[その時歴史が動いた]]』で放送した内容のタイトルについて説明する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このリストではアンコール放送分は除いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==放送タイトル==&lt;br /&gt;
放送時間は2006年3月8日放送分までが水曜日21時15分～21時58分、2006年4月5日放送分からが水曜日22時～22時43分。&lt;br /&gt;
===2000年===&lt;br /&gt;
*3月29日　運命の一瞬、[[東郷平八郎|東郷]]ターン ～[[日本海海戦]]の真実～&lt;br /&gt;
*4月5日　世紀の対決 [[沢村栄治|沢村]]VS[[ベーブ・ルース]] ～日本プロ野球誕生の時～&lt;br /&gt;
*4月12日　天下分け目の[[天王山]] ～[[豊臣秀吉|秀吉]]・必勝の人心掌握術～&lt;br /&gt;
*4月19日　幕末のプリンセス・日本を救う ～皇女[[和宮親子内親王|和宮]]の悲願～&lt;br /&gt;
*4月26日　[[新撰組]]参上![[池田屋事件]]に賭けた若者たち&lt;br /&gt;
*5月10日　その日 6人がいた ～[[火縄銃|鉄砲]]伝来・偶然のドラマ～&lt;br /&gt;
*5月17日　[[織田信長]]・勝利の方程式 ～真説・[[長篠の戦い|長篠合戦]]～&lt;br /&gt;
*5月24日　[[だるま|ダルマ]]大臣・[[高橋是清]]経済危機と格闘する（[[昭和金融恐慌]]）&lt;br /&gt;
*5月31日　敵は[[本能寺の変|本能寺]]にあり ～[[明智光秀|光秀]]はなぜ主君・信長を裏切ったのか～&lt;br /&gt;
*6月7日　[[坂本龍馬]] 幕末の日本を動かす ～[[薩長同盟]]成立の時～&lt;br /&gt;
*6月14日　我輩は小説家である ～[[夏目漱石]]・[[東京大学|東大]]辞表提出の時～&lt;br /&gt;
*6月21日　[[蘇我入鹿]]（そがのいるか）暗殺事件 ～実録・[[乙巳の変|大化改新のクーデター]]～&lt;br /&gt;
*6月28日　戦火の中で[[アニメーション|アニメ]]が生まれた（[[桃太郎 海の神兵]]）&lt;br /&gt;
*7月5日　[[大坂の役|大坂の陣]]、[[豊臣氏|豊臣家]]滅亡す ～[[徳川家康]]・非情の天下取り～&lt;br /&gt;
*7月12日　[[西郷隆盛]]、明治に挑む ～[[西南戦争]]勃発の時～&lt;br /&gt;
*7月19日　[[奇兵隊]]決起せよ![[高杉晋作]]挙兵の時&lt;br /&gt;
*7月26日　[[黒船]]来航 日米交渉ここに始まる&lt;br /&gt;
*8月2日　[[ミッドウェー海戦]]の悲劇&lt;br /&gt;
*8月9日　予ノ判断ハ外レタリ ～[[ソビエト連邦|ソ連]]対日参戦の衝撃～&lt;br /&gt;
*8月23日　[[キリシタン]]禁制 ～秀吉・[[ヨーロッパ]]と対決す～&lt;br /&gt;
*8月30日　[[関東大震災]] ～知られざる日米友好～&lt;br /&gt;
*9月6日　[[前畑秀子|前畑]]ガンバレ!! ～[[ベルリンオリンピック]]の光と影～&lt;br /&gt;
*10月4日　[[関ヶ原の戦い|関ヶ原合戦]] 家康 なぞの大突撃 ～ヨーロッパ製甲冑の威力～&lt;br /&gt;
*10月11日　弟・[[源義経|義経]]を討て ～[[源頼朝]]・武家政権確立への決断～&lt;br /&gt;
*10月18日　[[津田梅子]]・[[津田塾大学|女子英学塾]]設立の時 ～女性の真の自立をめざして～&lt;br /&gt;
*10月25日　[[1929年]][[ニューヨーク|NY]]株価大暴落（[[世界恐慌]]）&lt;br /&gt;
*11月1日　[[伊能忠敬]] 56歳からの挑戦&lt;br /&gt;
*11月8日　[[桶狭間の戦い]] ～織田信長、逆転への情報戦略～&lt;br /&gt;
*11月15日　坂本龍馬暗殺事件 ～魔の一瞬が歴史を変えた～&lt;br /&gt;
*11月22日　「[[学校]]」誕生 ～初代文部大臣・[[森有礼]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*11月29日　[[将軍]][[徳川慶喜|慶喜]]・最後の決断 ～幕末を動かした[[大坂城]]脱出～&lt;br /&gt;
*12月6日　[[20世紀|二十世紀]]十大事件 ～歴史を動かした決定的瞬間～&lt;br /&gt;
*12月13日　脱盟者たちの[[忠臣蔵]] ～忠義か人情か　人生の選択の時～&lt;br /&gt;
*12月20日　サムライ・[[福澤諭吉|福沢諭吉]] [[アメリカ合衆国|アメリカ]]に立つ! ～[[咸臨丸]][[サンフランシスコ]]入港の時～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2001年===&lt;br /&gt;
*1月10日　男たちよ、立て! ～[[北条政子]] 演説の時～&lt;br /&gt;
*1月17日　大衆の夢を形に ～起業家・[[小林一三]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*1月24日　検証・[[桜田門外の変]] ～[[井伊直弼]]暗殺・幕末大転換の時～&lt;br /&gt;
*2月7日　6000人の命を救った外交官 ～[[杉原千畝]] [[ビザ]]大量発給決断の時～&lt;br /&gt;
*2月14日・21日　シリーズ[[二・二六事件|2・26事件]]（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
*2月28日　秀吉の妻・おね 関ヶ原を動かす&lt;br /&gt;
*3月7日　[[大津事件|ロシア皇太子襲撃事件]] ～近代日本をつくった裁判～&lt;br /&gt;
*3月14日・21日　もしもその時（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「古代・中世編」&lt;br /&gt;
:後編「戦国・幕末編」&lt;br /&gt;
*3月28日　妻たちは決断した&lt;br /&gt;
**3月の3回は主として2000年度に放送された内容の総集編的な作品だった&lt;br /&gt;
*4月4日　世界を制した[[ハリウッド]][[映画]] ～[[風と共に去りぬ]]公開の時～&lt;br /&gt;
*4月11日　秀吉・家康 たった一度の直接対決 ～天下取りの知恵くらべ～&lt;br /&gt;
*4月18日　[[春日局]] 徳川家康を動かす ～戦国女性・太平の世への願い～&lt;br /&gt;
*4月25日　日本を救った[[サツマイモ]] ～[[青木昆陽]]・飢きん救済に挑む～&lt;br /&gt;
*5月2日　戦艦[[大和 (戦艦)|大和]]沈没 ～[[大艦巨砲主義]]の悲劇～&lt;br /&gt;
*5月9日　[[昭和天皇]]と[[ダグラス・マッカーサー|マッカーサー]]・会見の時&lt;br /&gt;
*5月16日　「[[阿吽|あうん]]」の呼吸はこうして生まれた ～[[東大寺]] 金剛力士像完成の時～&lt;br /&gt;
*5月23日　[[岡倉天心|天心]]の恋 ～東洋の美を追い続けた男～&lt;br /&gt;
*5月30日　[[徳川吉宗]]、執念の財政再建 ～米将軍・最後の決断～&lt;br /&gt;
*6月6日　[[土方歳三]]・北の大地に散る ～[[戊辰戦争]]、最後の激戦～&lt;br /&gt;
*6月13日　[[伊達政宗]]、[[百万石]]への挑戦&lt;br /&gt;
*6月20日　[[邪馬台国]]の女王・[[卑弥呼]] ～動乱の[[魏 (三国)|中国]]に使者を出す～&lt;br /&gt;
*6月27日　[[白村江の戦い|白村江]]・古代最大の対外戦争&lt;br /&gt;
*7月4日　金融恐慌・日本を揺るがす ～巨大商社、[[鈴木商店]]の挫折～&lt;br /&gt;
*7月11日　[[北条時宗]]、起死回生の決断 ～[[モンゴル帝国|モンゴル]]軍壊滅の時～&lt;br /&gt;
*7月18日　モンゴル軍来襲 ～九州武士・[[竹崎季長]]の戦い～&lt;br /&gt;
*7月25日・8月1日　[[ポツダム宣言]]（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「米ソの攻防」 ～[[原子爆弾|原爆]]投下・[[ハリー・S・トルーマン|トルーマン]]の決断～&lt;br /&gt;
:後編「ソ連対日参戦」～ソ連対日参戦・[[ヨシフ・スターリン|スターリン]]の焦燥～&lt;br /&gt;
*8月22日　夏休みスペシャル・[[三国志]]英雄伝（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
:前編「奇跡の風、[[長江]]に吹く」 ～[[諸葛亮|孔明]]の知略、天下三分の計～&lt;br /&gt;
:後編「死せる孔明・中国を動かす」 ～千年の時を越える教え～&lt;br /&gt;
*8月29日　そして、人は空を飛んだ ～[[ライト兄弟]]に先がけた男・[[二宮忠八]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*9月5日　[[上杉鷹山]] ふたたびの財政改革&lt;br /&gt;
*9月19日　キリシタン女性 関ヶ原合戦を揺るがす ～[[細川ガラシャ]]の悲劇～&lt;br /&gt;
*9月26日　ぼく一生の不覚 ～[[日独伊三国軍事同盟|三国同盟]]締結・[[松岡洋右]]の誤算～&lt;br /&gt;
*10月3日　走れ!AA型 ～国産自動車誕生物語～&lt;br /&gt;
*10月10日　不平等条約を改正せよ ～[[陸奥宗光]]～&lt;br /&gt;
*10月17日　日本を愛した[[アルベルト・アインシュタイン|アインシュタイン]]・その悲劇&lt;br /&gt;
*10月24日　人生に絶望なし ～[[ヘレン・ケラー|ヘレンケラ]]ー来日の時～&lt;br /&gt;
*10月31日　羽柴秀吉、謎の敵前退却 ～[[賤ヶ岳の戦い|賤ヶ岳合戦]]・勝利の秘策～&lt;br /&gt;
*11月7日　戦国の茶人 秀吉と戦う ～[[千利休]]切腹の悲劇～&lt;br /&gt;
*11月14日　[[前田利家]]の妻・[[芳春院|まつ]]の決断 ～加賀百万石・息子への教え～&lt;br /&gt;
*11月21日　[[満州事変]] [[関東軍]]独走す&lt;br /&gt;
*12月5日　この難を逃げ候こと 本懐にあらず ～改革者・[[大久保利通]]暗殺の悲劇～&lt;br /&gt;
*12月12日　汽笛一声・日本の産声 ～[[鉄道]]開通に賭けた若者たち～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2002年===&lt;br /&gt;
*1月9日　スペシャル『日本を動かした15人』（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
*1月16日　[[溥儀|ラストエンペラー]]最後の日 ～「[[満州国]]」と皇帝・溥儀～&lt;br /&gt;
*1月23日　役人の不正許すまじ ～[[大塩平八郎]]決起の時～&lt;br /&gt;
*1月30日　志のある者 立ち上がれ ～獄中の出会いが生んだ[[吉田松陰]]の思想～&lt;br /&gt;
*2月6日　王宮の恋・[[サラエボ事件|サラエボ]]に散る ～[[第一次世界大戦|世界大戦]]を招いた暗殺事件～&lt;br /&gt;
*2月13日　日本の夢、[[ベルサイユ]]に散る ～[[パリ講和会議]]・人種差別 廃止提案の挫折～&lt;br /&gt;
*2月20日　[[田中正造]]、足尾鉱毒事件に挑む ～環境保護運動　ここに始まる～&lt;br /&gt;
*2月27日　信長 執念の天下統一 ～大坂[[本願寺]]との十年戦争～&lt;br /&gt;
*3月6日　関ヶ原を揺るがした女性たち ～決戦の裏に秘められたドラマ～&lt;br /&gt;
*3月13日　外交の要は誠実にあり ～国際社会と闘った男たち～&lt;br /&gt;
*4月3日　賽は投げられた ～英雄[[ガイウス・ユリウス・カエサル|カエサル]]・ローマを変えた運命の決断～&lt;br /&gt;
*4月10日　徳川家康 [[三方ヶ原の戦い|三方原]]の大ばくち ～敗れて学ぶ 覇者の哲学～&lt;br /&gt;
*4月17日　鎧をまとった母・[[淀殿]]の悲劇 ～裏切られた平和への願い～&lt;br /&gt;
*4月24日　[[新撰組]]・[[鳥羽・伏見の戦い|鳥羽伏見]]に散る ～旧幕府軍大敗北の真相～&lt;br /&gt;
*5月8日・15日　[[アドルフ・ヒトラー|ヒトラー]]とその時代（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「[[独裁者]]への道」&lt;br /&gt;
:後編「幻の反ヒトラー・クーデター」&lt;br /&gt;
*5月22日　天神・[[菅原道真]] 政治改革にたおれる&lt;br /&gt;
*5月29日　肉を切らせて骨を断つ ～織田信長・捨て身の復讐戦～&lt;br /&gt;
*7月3日　平民宰相 [[原敬]]暗殺 ～くじかれた改革の夢～&lt;br /&gt;
*7月10日　[[フランス革命]] 自由よ汝の名のもとに ～[[マリー・アントワネット事件に挑む ～環境保護運動　ここに始まる～&lt;br /&gt;
*2月27日　信長 執念の天下統一 ～大坂[[本願寺]]との十年戦争～&lt;br /&gt;
*3月6日　関ヶ原を揺るがした女性たち ～決戦の裏に秘められたドラマ～&lt;br /&gt;
*3月13日　外交の要は誠実にあり ～国際社会と闘った男たち～&lt;br /&gt;
*4月3日　賽は投げられた ～英雄[[ガイウス・ユリウス・カエサル|カエサル]]・ローマを変えた運命の決断～&lt;br /&gt;
*4月10日　徳川家康 [[三方ヶ原の戦い|三方原]]の大ばくち ～敗れて学ぶ 覇者の哲学～&lt;br /&gt;
*4月17日　鎧をまとった母・[[淀殿]]の悲劇 ～裏切られた平和への願い～&lt;br /&gt;
*4月24日　[[新撰組]]・[[鳥羽・伏見の戦い|鳥羽伏見]]に散る ～旧幕府軍大敗北の真相～&lt;br /&gt;
*5月8日・15日　[[アドルフ・ヒトラー|ヒトラー]]とその時代（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「[[独裁者]]への道」&lt;br /&gt;
:後編「幻の反ヒトラー・クーデター」&lt;br /&gt;
*5月22日　天神・[[菅原道真]] 政治改革にたおれる&lt;br /&gt;
*5月29日　肉を切らせて骨を断つ ～織田信長・捨て身の復讐戦～&lt;br /&gt;
*7月3日　平民宰相 [[原敬]]暗殺 ～くじかれた改革の夢～&lt;br /&gt;
*7月10日　[[フランス革命]] 自由よ汝の名のもとに ～[[マリー・アントワネット|マリ・アントワネット]]の悲劇～&lt;br /&gt;
*7月17日　[[ナポレオン・ボナパルト|ナポレオン]]、皇帝への野望 ～戴冠式の一瞬に秘められた謎～&lt;br /&gt;
*7月24日　本能寺の変 ～信長暗殺!闇に消えた真犯人～&lt;br /&gt;
*7月31日　[[ガダルカナル島]]撤退 ～苦渋の決断～&lt;br /&gt;
*8月21日　特別編「戦い・その決定的瞬間」（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
:前編「勝利の時・男たちは決断した」&lt;br /&gt;
:後編「戦乱・その時 妻は、母は」&lt;br /&gt;
*8月28日　さらば淀殿 お初の決断 ～運命に立ち向かった戦国三姉妹～&lt;br /&gt;
*9月4日　日本人、[[南極]]の大地に立つ（[[白瀬矗]]）&lt;br /&gt;
*9月11日　昭和を揺るがした銃弾 ～ライオン宰相・[[浜口雄幸]]狙撃の時～&lt;br /&gt;
*9月18日　ヒトラー情報 日本を揺るがす ～「真珠湾」へのもう一つの道～&lt;br /&gt;
*9月25日　ヒトラー最後の日 ～新資料が明かす独裁者の末路～&lt;br /&gt;
*10月2日　[[与謝野晶子]]『今ぞ目覚めて』 ～情熱の歌人、女性の自立を宣言～&lt;br /&gt;
*10月9日　幕末、[[京都市|京都]]炎上 ～長州・[[久坂玄瑞]]、志に散る～&lt;br /&gt;
*10月16日　必勝の方程式、江戸を制す ～[[大村益次郎]]、彰義隊撃破の時～&lt;br /&gt;
*10月23日　関ヶ原の戦い、決死の的中突破 ～戦国の猛将 [[島津義弘]]、決断の時～&lt;br /&gt;
*10月30日　人類のために生き、人類のために死す ～未公開書簡が明かす[[野口英世]]の真実～&lt;br /&gt;
*11月6日　豊臣秀吉天下統一の必勝戦略 ～[[小田原の役|小田原攻め]]に秘策あり～&lt;br /&gt;
*11月13日　激突 [[武田信玄]]と[[上杉謙信]] ～[[川中島の戦い]]、両雄決戦の時～ &lt;br /&gt;
*11月20日　改革に散った最後の幕臣 [[小栗上野介]] ～一本のねじから日本の近代は始まった～&lt;br /&gt;
*12月4日　[[銀行]]は人々のために ～金融危機を救った[[渋沢栄一]]の決断～&lt;br /&gt;
*12月11日　忠臣蔵、父と子の決断 ～赤穂浪士討ち入りの時～&lt;br /&gt;
*12月18日　[[ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン|ベートーヴェン]] [[交響曲第9番|第九]]誕生! ～民衆に自由を呼びかけた交響曲～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2003年===&lt;br /&gt;
*1月8日　新春スペシャル「ニッポン開国」（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
:前編「なぜアメリカだったのか?」 ～[[マシュー・ペリー|ペリー]]の知られざる外交戦略～&lt;br /&gt;
:後編「通商か?亡国か?」 ～日本全権、決死の通商条約締結～&lt;br /&gt;
*1月15日　[[佐々木小次郎|小次郎]] 敗れたり ～決闘巌流島・[[宮本武蔵]]の執念～&lt;br /&gt;
*1月22日　兵法の道は人の道 宮本武蔵 ～『五輪書』完成への苦闘～&lt;br /&gt;
*1月29日　外交立国の志、いまだ死なず ～[[榎本武揚]]、箱館戦争終結の決断～&lt;br /&gt;
*2月12日　乱世を制するリーダーの条件 ～[[湊川の戦い]] [[足利尊氏]]、苦悩の決断～&lt;br /&gt;
*2月19日　夢は征夷大将軍 ～徳川家康・逆転の戦略～&lt;br /&gt;
*2月26日　緊迫の二十四時間 ～新資料が明かす二・二六事件の内幕～&lt;br /&gt;
*3月5日　独裁者ヒトラー ～破滅への軌跡～&lt;br /&gt;
*3月12日　幕末立志伝 今こそ変革の時 ～[[吉田松陰]]・久坂玄瑞・[[高杉晋作]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*4月2日　家康・天下を制した184通の書状 ～関ヶ原の合戦・知られざる情報工作～&lt;br /&gt;
*4月9日　[[真田幸村]] どん底からの挑戦 ～家康を追いつめた伝説の名将～  &lt;br /&gt;
*4月16日　ロシア女帝が涙した帰国願い ～日露交渉の扉を開いた[[大黒屋光太夫]]～&lt;br /&gt;
*4月23日　改革者か、悪徳老中か? ～[[田沼意次]]、江戸の経済改革に挑む～&lt;br /&gt;
*5月7日　幕末ニッポン・幻の遷都計画 ～江戸か大坂か?[[大久保利通]]の大改革～&lt;br /&gt;
*5月14日　[[チャーリー・チャップリン|チャップリン]]を襲撃せよ ～五・一五事件　首相暗殺の裏に秘められたドラマ～&lt;br /&gt;
*5月21日　我が言は、万人の声 ～太平洋戦争前夜、日本を揺るがした国会演説～（[[斉藤隆夫]]）&lt;br /&gt;
*5月29日　日出づる処の天子より ～[[聖徳太子]]、理想国家建設の夢～&lt;br /&gt;
*6月4日　信長と家康、そして同盟は幻と消えた? ～[[長篠の戦い]]、戦国を変えた両雄の決断～&lt;br /&gt;
*6月11日　[[源義経]]、大水軍を奪いとれ! ～[[壇ノ浦の戦い|壇の浦の戦い]]、奇跡の逆転劇～&lt;br /&gt;
*6月18日　新撰組誕生 ～幕末に青春をかけた男たち～&lt;br /&gt;
*6月25日　新撰組の夢、関東に散る ～江戸城明け渡しの裏で何がおきていたのか～&lt;br /&gt;
*7月2日　[[盧溝橋事件]] 運命の4日間 ～中国派兵への重大決意～&lt;br /&gt;
*7月9日　[[高杉晋作]]、50倍の敵を制する必勝戦略 ～幕末長州・奇跡の逆転劇～&lt;br /&gt;
*7月16日　海を越えた愛、日本を守る ～新史料、[[フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト|シーボルト]]開国秘話～&lt;br /&gt;
*7月23日　占領日本・運命を決した直談判 ～[[吉田茂]]と[[ダグラス・マッカーサー|マッカーサー]]～&lt;br /&gt;
*7月30日　スパイ・[[リヒャルト・ゾルゲ|ゾルゲ]] 最後の暗号電報 ～新資料が明かす国際スパイ事件～&lt;br /&gt;
*8月20日　夏休みスペシャル・そして日本はよみがえった ～混迷を打ち破ったヒーローたち～（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
:前編「混沌の時代を切り開いた男たち」&lt;br /&gt;
:後編「近代の日本を作った男たち」&lt;br /&gt;
*8月27日　[[板垣退助|板垣]]死すとも、自由は死せず ～日本に国会を誕生させた不朽の名言～&lt;br /&gt;
*9月3日　[[クレオパトラ7世|クレオパトラ]] 世界帝国の夢 ～知られざる愛と誇りの決断～&lt;br /&gt;
*9月10日　[[ジャンヌ・ダルク]] 戦いはわが愛の証 ～裁判記録が明かす聖女の真実～&lt;br /&gt;
*9月17日　[[日野富子]] 愛と憎しみの和平工作 ～[[応仁の乱]]を終結させた将軍の妻～&lt;br /&gt;
*10月1日　秀吉に天下を取らせた男 ～[[黒田孝高|黒田官兵衛]] 戦国最強のナンバー2～&lt;br /&gt;
*10月8日・15日「[[始皇帝]]」（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「希代のカリスマ・中国に立つ」 ～[[秦]]王朝 天下統一のとき～&lt;br /&gt;
:後編「崩壊は絶頂の中から始まった」 ～秦王朝 滅亡のとき～&lt;br /&gt;
*10月22日　[[正岡子規]] 余命十年で[[日本語]]を革新した男&lt;br /&gt;
*10月29日　[[白虎隊]] 自刃への三十六時間 ～生存隊士の手記が語る悲劇の真相～&lt;br /&gt;
*11月5日・12日　古代中国・[[項籍|項羽]]と[[劉邦]]（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「天下を分けた運命の宴 [[鴻門の会]]」&lt;br /&gt;
:後編「勝利への60万人の大合唱 [[垓下の戦い|四面楚歌]]」&lt;br /&gt;
*11月19日　[[勝海舟]] 江戸城無血開城はなぜ実現したか&lt;br /&gt;
*11月19日　[[マハトマ・ガンジー|ガンジー]] 暴力の連鎖を断ち切れ!&lt;br /&gt;
*12月4日　日米開戦を回避せよ ～新史料が明かす最後の和平交渉～&lt;br /&gt;
*12月11日　忠臣蔵 お裁き始末記 ～忠義か、犯罪か?幕府がゆらいだ50日～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2004年===&lt;br /&gt;
*1月7日　新春スペシャル・「新撰組」 ～最後のサムライたち～（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
:前編「立志編 剣に生きる」&lt;br /&gt;
:後編「死闘編 武士道に死す」&lt;br /&gt;
*1月14日　秘められた革命工作 ～[[孫文]]を支えた日本人～&lt;br /&gt;
*1月21日　[[平清盛]] 早すぎた革新 ～平氏政権誕生のとき～&lt;br /&gt;
*1月28日　[[明治天皇]] [[あんパン]]を食す ～リストラ武士 [[木村安兵衛]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*2月4日　そして近代ニッポン人が誕生した ～明治の文豪たちの生き方革命～&lt;br /&gt;
*2月11日　日露開戦 男たちの決断 ～明治日本 存亡をかけた戦略～&lt;br /&gt;
*2月25日　[[外様大名]]はこうして生き残った! ～家康に勝利した逆転の戦略～&lt;br /&gt;
*3月3日　大久保利通・新生日本を救う ～回避された「幻の日清戦争」～&lt;br /&gt;
*3月31日　[[さとうきび]]畑の村の戦争 ～新史料が明かす[[沖縄県|沖縄]]戦の悲劇～&lt;br /&gt;
*4月7日　新発見![[大坂城]]は超ハイテク要塞だった ～秀吉VS家康「堀」をめぐる攻防の真相～&lt;br /&gt;
*4月14日　日本の運命を背負った少年たち ～[[天正遣欧少年使節|天正遣欧使節]]・ローマ教皇謁見の時～&lt;br /&gt;
*4月21日　信長暗殺を命じた男 ～新説・本能寺の変 浮上した黒幕～&lt;br /&gt;
*4月28日　[[女優]]誕生 ～[[川上貞奴|マダム貞奴]]、「[[オセロ (シェイクスピア)|オセロ]]」初演の時～&lt;br /&gt;
*5月5日　子供の心に歌を ～大正・[[童謡]]誕生物語～&lt;br /&gt;
*5月12日　日本[[サッカー]]・[[ベルリンオリンピック]]の奇跡 ～世界を驚かせた逆転勝利～&lt;br /&gt;
*5月19日・26日　モンゴル帝国（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「草原の覇者[[チンギス・ハーン|チンギス・カン]]」～ユーラシア統一への道～&lt;br /&gt;
:後編「[[マルコ・ポーロ]]は見た巨大国家の盛衰」 ～「[[東方見聞録]]」誕生のとき～&lt;br /&gt;
*6月2日　家康、人生最大の危機の3日間 ～大脱出!伊賀越えの先に天下が見えた～&lt;br /&gt;
*6月9日・16日　日露戦争100年（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「二〇三高地の悲劇はなぜ起きたのか」 ～新史料が明かす激戦の真相～&lt;br /&gt;
:後編「逆転の極秘電報154号」 ～知られざるポーツマス講和会議の真相～&lt;br /&gt;
*6月23日　大江戸発至急便 黒船あらわる ～幕末日本の情報ネットワーク～&lt;br /&gt;
*6月30日　もう一つの日本を創った男 ～[[平将門]] 東国独立政権の謎～&lt;br /&gt;
*7月7日　「関白」対「源氏長者」 ～家康・秀吉 「姓」をめぐる知られざる攻防～&lt;br /&gt;
*7月14日　ドキュメント[[池田屋事件]] ～[[近藤勇|近藤 勇]]・突入決断の真相～&lt;br /&gt;
*7月21日　[[世界遺産]] [[熊野]]の森を守れ ～[[南方熊楠]]・日本初の自然保護運動～&lt;br /&gt;
*7月28日　日米開戦を回避せよ ～新史料が明かす 最後の和平交渉～&lt;br /&gt;
*8月16日　奇跡の銀メダル [[人見絹江]] ～日本女子初メダル獲得の時～&lt;br /&gt;
*9月1日　武田信玄 地を拓き水を治める ～戦国時代制覇への夢～&lt;br /&gt;
*9月8日　信長と[[斎藤道三|道三]] ～改革者を生んだ非情の絆～&lt;br /&gt;
*9月15日　悲劇の英雄 ～“[[トーマス・エドワード・ロレンス|アラビアのロレンス]]”の真実～&lt;br /&gt;
*9月22日　焼け跡に[[ゾウ]]がやってきた ～海を越えた日本の子どもたちの夢～&lt;br /&gt;
*10月6日　グッドバイ ちょんまげ ～明治日本 文明開化騒動記～&lt;br /&gt;
*10月13日　列国の野望 [[シベリア]]を走る ～[[ロシア革命]]・[[ソビエト連邦|ソビエト]]成立までの混迷の5年～&lt;br /&gt;
*10月27日　実録・[[ええじゃないか]] ～幕末ニッポンを動かした民衆パワー～&lt;br /&gt;
*11月3日　義経はなぜ死んだのか ～源頼朝と奥州藤原氏の攻防～&lt;br /&gt;
*11月10日　秘録・幻の明治新政府 ～維新を変えた激動の27日間～&lt;br /&gt;
*11月17日　サムライ魂でデパートを創れ! ～近代百貨店誕生物語～&lt;br /&gt;
*11月24日　ニッポンに学べ![[タイ王国|タイ]]の”明治維新” ～「[[王様と私]]」・[[ラーマ5世|ラーマ五世]]の苦闘～ &lt;br /&gt;
*12月8日　ミステリー大化改新 ～蘇我入鹿暗殺の実像～&lt;br /&gt;
*12月15日　それからの新選組 ～土方歳三、箱館に死す～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2005年===&lt;br /&gt;
*1月5日　[[歌舞伎]]スタア誕生 [[市川團十郎 (2代目)|二代目 市川團十郎]]の挑戦&lt;br /&gt;
*1月12日　百世の安堵をはかれ 安政大地震・奇跡の復興劇&lt;br /&gt;
*1月26日　日露戦争100年 日本海海戦 ～参謀 [[秋山真之]]・知られざる苦闘～&lt;br /&gt;
*2月2日　龍馬が愛した女 ～幕末、愛と別れの物語～&lt;br /&gt;
*2月9日　[[プロ野球]]を変えた[[ホームラン]] [[天覧試合]] オーナーたちの戦い&lt;br /&gt;
*2月16日　日米攻防90日 国際軍縮を実現せよ! [[ワシントン会議 (1922年)|ワシントン会議]]・全権 [[加藤友三郎]]の挑戦&lt;br /&gt;
*2月23日　我が運命は民と共に 悲劇の英雄 [[楠木正成]]の実像&lt;br /&gt;
*3月2日　[[源実朝|実朝]]暗殺 ～歌人将軍は、なぜ殺されたか?～&lt;br /&gt;
*3月9日・16日　シリーズ三国志英雄伝（前・後編2週連続　2001年の夏休みスペシャルの再構成をベースに）&lt;br /&gt;
:前編「奇跡の風・長江に吹く」 ～孔明の知略・天下三分の計～&lt;br /&gt;
:後編「死せる孔明・中国を動かす」 ～千年の時を越える教え～&lt;br /&gt;
*3月30日　恋・人生・そして小説 ～[[樋口一葉]] 女性作家誕生の時～&lt;br /&gt;
*4月6日　大帝国の野望、博多に散る ～大陸から見た蒙古襲来～&lt;br /&gt;
*4月13日　武田家滅亡の謎 ～戦国最強軍団はなぜ滅びたのか～&lt;br /&gt;
*4月20日・27日　源義経 栄光と悲劇の旅路（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「第1回 西へ 戦いの彼方に」&lt;br /&gt;
:後編「第2回 北へ 流浪の果てに」&lt;br /&gt;
*5月11日　にっぽん[[郵便]]創業物語 ～[[前島密]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*5月18日　戦国をひらいた男 ～[[北条早雲]] 56才からの挑戦～&lt;br /&gt;
*5月25日　傷ついた戦場の兵士を救え ～[[佐野常民]] 日本初の国際人道支援～&lt;br /&gt;
*6月1日　民を救った義士たちの物語 ～宝暦の治水・[[薩摩藩]]士の苦闘～&lt;br /&gt;
*6月8日　[[横山エンタツ|エンタツ]]・[[花菱アチャコ|アチャコ]]の[[漫才]]革命 ～あんじょうわろうてや!～&lt;br /&gt;
*6月15日　幕末・運命の愛 ～時代を創った男と女の物語～&lt;br /&gt;
*6月22日　さらばサムライ ～[[西郷隆盛]] 徴兵制の決断～&lt;br /&gt;
*6月29日　さらばサムライ ～[[西南戦争]]・田原坂の真実～&lt;br /&gt;
*7月6日　プロ野球を作った男たち ～昭和10年 アメリカ遠征記～&lt;br /&gt;
*7月13日　実録・[[大岡忠相|大岡越前]] ～火事と闘った知られざる素顔～&lt;br /&gt;
*7月20日　信長の巨大鉄船、戦国の海を制す ～織田水軍 VS 村上水軍、決戦大坂湾～&lt;br /&gt;
*7月27日・8月3日　シリーズ終戦60年（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「戦艦大和の悲劇」 ～大艦巨砲主義、時代に敗れる～&lt;br /&gt;
:後編「ソ連参戦の衝撃」 ～満蒙開拓民はなぜ取り残された～&lt;br /&gt;
*8月24日　日露衝突を回避せよ ～[[高田屋嘉兵衛]] 決死の交渉劇～&lt;br /&gt;
*8月31日　家康が最も恐れた男 ～敗者 [[石田三成]]の関ヶ原～&lt;br /&gt;
*9月14日　[[二宮尊徳|二宮金次郎]] 天保の大飢饉を救う&lt;br /&gt;
*9月21日　戦国 出世の方程式 [[藤堂高虎]] 大阪夏の陣の大勝負&lt;br /&gt;
*10月12日　幕末・土佐勤皇党 不滅の志 ～若者たちは変革に命を賭けた～&lt;br /&gt;
*10月19日　誰がための仏教か ～[[鑑真]]和上の宗教改革～&lt;br /&gt;
*11月9日　鎖国の扉を開け ～[[ジョン万次郎]] 漂流民の挑戦～&lt;br /&gt;
*11月16日　秘められたメディア戦略 ～[[児玉源太郎]] 日露戦争のシナリオ～&lt;br /&gt;
*11月30日・12月7日　シリーズ[[真珠湾攻撃|真珠湾]]への道（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「[[山本五十六]] 苦渋の作戦立案」&lt;br /&gt;
:後編「山本五十六 運命の作戦決行」&lt;br /&gt;
*12月14日　歴史の選択　赤穂浪士 ～討ち入り組VS討ち入り不参加組～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2006年===&lt;br /&gt;
*1月11日　人間ドラマ誕生 ～[[近松門左衛門]] [[曽根崎心中]]～&lt;br /&gt;
*1月18日　古代の文明開化 ～1号寺院・[[飛鳥寺]]建立の戦略～&lt;br /&gt;
*2月1日　[[新聞]]誕生 ～幕末・[[浜田彦蔵|ジョセフ彦]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*2月8日　[[壬申の乱]] ～[[天武天皇]]誕生の秘密～&lt;br /&gt;
*2月15日　戦国の花嫁 ～[[山内一豊]]の妻・[[見性院|千代]]～&lt;br /&gt;
*2月22日　[[伝染病]]から日本を守れ ～細菌学者 [[北里柴三郎]]の闘い～&lt;br /&gt;
*3月1日　さらば殿様 ～[[廃藩置県]] 激動の内幕～&lt;br /&gt;
*3月8日　[[零式艦上戦闘機|ゼロ戦]]・設計者が見た悲劇 ～[[マリアナ沖海戦]]への道～ （ここまでが水曜日21:15放送）&lt;br /&gt;
*4月5日　マッカーサーを叱った男 ～[[白洲次郎]]・戦後復興への挑戦～ （ここからが水曜日22:00放送）&lt;br /&gt;
*4月12日　[[大奥]] 悲しみの果てに ～[[徳川家宣]]正室 [[天英院]] 煕子の生涯～&lt;br /&gt;
*4月19日　それでも地球は動いた ～[[ガリレオ・ガリレイ]]の栄光と挫折～&lt;br /&gt;
*4月26日　歴史の選択　本能寺の変 織田信長 VS 明智光秀 ～激突!改革か安定か～&lt;br /&gt;
*5月17日　響け 希望の歌声 ～戦後初の流行歌「リンゴの唄」～&lt;br /&gt;
*5月24日　帝と民の巨大プロジェクト ～東大寺大仏 [[聖武天皇]]の挑戦～   &lt;br /&gt;
*5月31日　これは正義の戦いか ～ジャーナリストたちの[[ベトナム戦争]]～&lt;br /&gt;
*6月21日　幻の大艦隊 ～[[イギリス]]から見た[[薩英戦争]]～&lt;br /&gt;
*7月5日　勝負師は志高く ～碁聖・[[本因坊秀策]]の無敗伝説～&lt;br /&gt;
*7月12日　生まれ来る命 そして母のために ～[[荻野久作]]の受胎期の発見～&lt;br /&gt;
*7月26日　歴史の選択　川中島の戦い 引き分けの謎&lt;br /&gt;
*8月2日　焼け跡から生まれたチャンピオン ～ボクシング [[白井義男]]と[[アルビン・R・カーン|カーン]]～&lt;br /&gt;
*8月23日　幻のハワイ・日本同盟計画&lt;br /&gt;
*8月30日・9月6日　シリーズ 日本独立 その光と影（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「吉田茂と[[日本国との平和条約|サンフランシスコ講和条約]] 前編」&lt;br /&gt;
:後編「吉田茂とサンフランシスコ講和条約 後編」&lt;br /&gt;
*9月13日・20日　「シリーズ・秀吉の[[家族]]」（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「もう一人の秀吉 ～[[豊臣秀長]] [[太閤記]]を演出した弟～」&lt;br /&gt;
:後編「戦国の母 関ヶ原を決す ～[[高台院|おね]]・豊臣政権生き残りへの道～」&lt;br /&gt;
*10月4日　戦火をこえた青春の白球 ～[[学徒出陣]]前 最後の[[早慶戦]]～&lt;br /&gt;
*10月11日　神は我を救い給（たま）うか ～キリシタン 細川ガラシャの生涯～&lt;br /&gt;
*10月18日　格差の怒り 政府を倒す ～[[大正デモクラシー]]を生んだ[[米騒動]]～&lt;br /&gt;
*11月1日　歴史の選択　坂本龍馬暗殺 黒幕は誰か?&lt;br /&gt;
*11月8日　日本を発見した日本人 ～[[柳田國男|柳田国男]]・「[[遠野物語]]」誕生～&lt;br /&gt;
*11月22日　我が手に郷土を ～[[真田昌幸]]・[[信濃国|信州]][[上田市|上田]]の市民戦争～&lt;br /&gt;
*11月29日　ひらがな革命 ～[[国風文化]]を生んだ[[古今和歌集]]～&lt;br /&gt;
*12月20日　母の灯火（ともしび） 小さき者を照らして ～[[石井筆子]]・[[知的障害]]児教育の道～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2007年===&lt;br /&gt;
*1月10日　戦国の剣豪、太平を築く ～[[柳生宗矩]]・「活人剣（かつにんけん）」の真実～&lt;br /&gt;
*1月24日　それでも民は祈り続けた ～[[島原の乱]]・[[キリシタン]]の悲劇～&lt;br /&gt;
*1月31日　[[東京オリンピック]]への道 ～平和の[[聖火]] アジア横断リレー～&lt;br /&gt;
*2月7日　完成・戦国最強軍団 ～武田信玄・苦悩の生涯～&lt;br /&gt;
*2月14日　中国と国交を回復せよ ～[[足利義満]]の日明外交～&lt;br /&gt;
*2月21日　鉄は国家なり ～技術立国 日本のあけぼの～&lt;br /&gt;
*2月28日　天下は我が掌中にあり ～[[黒田孝高|黒田如水]]・もうひとつの関ヶ原～&lt;br /&gt;
*3月7日　苦しむ患者を救いたい ～[[イタイイタイ病]]裁判・弁護士たちの闘い～&lt;br /&gt;
*3月14日　歴史の選択　[[邪馬台国]]はどこか ～[[近畿地方|近畿]]説VS[[九州地方|九州]]説～&lt;br /&gt;
*3月28日　その時歴史が動いたスペシャル もう一度聞きたい あの人の言葉（22:59まで拡大）&lt;br /&gt;
*4月4日　謙信恐るべし&lt;br /&gt;
*4月11日　[[所得倍増計画]]の夢を追え ～[[高度経済成長]]の軌跡～&lt;br /&gt;
*4月18日　海の関ヶ原 ～[[村上武吉]]・水軍に賭けた夢～&lt;br /&gt;
*4月25日　[[大奥]] 華（はな）にも意地あり ～江戸城無血開城・[[天璋院]]篤姫～&lt;br /&gt;
**[[岩崎ひろみ]]が天璋院役、[[吉井怜]]が和宮役で出演&lt;br /&gt;
*5月2日　[[憲法]]施行60年 特集　[[日本国憲法第9条|憲法九条]] 平和への闘争 ～1950年代 [[改憲]]・[[護憲]]論～（22:30～23:29）&lt;br /&gt;
*5月9日　源頼朝 魔法の大逆転 ～[[富士川の戦い]]～&lt;br /&gt;
*5月16日　日本ミステリー誕生 ～[[江戸川乱歩]]・大衆文化との格闘～&lt;br /&gt;
*5月23日　悲しき女帝 許されざる恋 ～[[宇佐八幡宮神託事件|道鏡事件]]の真相～&lt;br /&gt;
*6月6日　[[メキシコシティオリンピック|メキシコ五輪]] 奇跡の銅メダル ～日本サッカー・勝つための組織作り～&lt;br /&gt;
*6月13日　ニッポン外交力誕生 ～[[伊藤博文]]・[[神戸事件]]解決～&lt;br /&gt;
*6月20日　乱世に祈りを ～[[蓮如]]（れんにょ）・理想郷の建設～&lt;br /&gt;
*7月4日　[[冷戦]]の壁を破ろうとした男 ～[[石橋湛山]]・世界平和への願い～&lt;br /&gt;
*7月11日　天才信長をつくった男 ～[[今川義元]] 真説・[[桶狭間の戦い]]～&lt;br /&gt;
*8月1日　忘れられた島の闘い ～[[沖縄返還]]への軌跡～&lt;br /&gt;
*9月5日　引き裂かれた村 ～日米戦の舞台・[[フィリピン]]～&lt;br /&gt;
*9月12日　外交の信念 時流に散る ～宰相・[[広田弘毅|廣田弘毅]]の闘い～&lt;br /&gt;
*9月19日　赤ちゃんを死なせない ～[[乳幼児死亡率|乳児死亡率]]ゼロ・ある村の記録～&lt;br /&gt;
*9月26日　[[日中国交正常化]]&lt;br /&gt;
*10月3日　特別企画 歴史ドキュメント01（ゼロワン）　[[食通|グルメ]]誕生 ～[[北大路魯山人]]と器～&lt;br /&gt;
*10月10日　賤（しず）ヶ岳に散った夢 ～猛将・[[柴田勝家]]の悲劇～&lt;br /&gt;
*10月17日　義に死すとも不義に生きず ～[[会津戦争]] [[松平容保]] 悲運の決断～&lt;br /&gt;
*10月24日　[[銀]]を制する者は天下を制す ～[[毛利氏|毛利一族]]の戦い～&lt;br /&gt;
*10月31日　[[奇兵隊]] ～幕末に命を賭けた若き庶民たち～&lt;br /&gt;
*11月14日　[[国際連合]]加盟 ～[[重光葵]] 日本から世界へのメッセージ～&lt;br /&gt;
*11月21日　[[継体天皇]] [[ヤマト王権|ヤマト]]を救う&lt;br /&gt;
*11月28日　[[緒方洪庵]]・[[天然痘]]との闘い&lt;br /&gt;
*12月5日　[[戦後]][[引揚者|引き揚げ]] 660万人故郷への道&lt;br /&gt;
*12月12日　天下に旗をあげよ ～伊達政宗・ヨーロッパに賭けた夢～&lt;br /&gt;
*12月19日　[[対馬府中藩|対馬藩]]・決死の国書すり替え ～[[朝鮮通信使]]秘話～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2008年===&lt;br /&gt;
*1月23日　都会の地下に夢をもとめて ～[[地下鉄]]の父・[[早川徳次 (東京地下鉄道)|早川徳次]]～&lt;br /&gt;
*1月30日・2月6日　シリーズ[[江戸時代]]の危機（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「[[富士山]]大噴火 ～幕府・復興への闘い～」&lt;br /&gt;
:後編「[[天明の大飢饉|天明の飢饉]]（ききん）江戸を脅（おびや）かす ～鬼平・[[長谷川宣以|長谷川平蔵]]の無宿人対策～」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[category:日本放送協会テレビ番組|そのときれきしかうこいたのせんほうそうりすと]]&lt;br /&gt;
[[category:教養番組|そのときれきしかうこいたのせんほうそうりすと]]&lt;br /&gt;
[[category:ドキュメンタリー番組|そのときれきしかうこいたのせんほうそうりすと]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0; background-color:#f6f6f6; border:1px solid #ccc; padding:3px; font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
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&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
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				<updated>2008-01-17T06:52:02Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;210.255.79.206: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''その時歴史が動いたの全放送リスト'''（そのときれきしがうごいたのぜんほうそうりすと）ではNHKの番組『[[その時歴史が動いた]]』で放送した内容のタイトルについて説明する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このリストではアンコール放送分は除いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==放送タイトル==&lt;br /&gt;
放送時間は2006年3月8日放送分までが水曜日21時15分～21時58分、2006年4月5日放送分からが水曜日22時～22時43分。&lt;br /&gt;
===2000年===&lt;br /&gt;
*3月29日　運命の一瞬、[[東郷平八郎|東郷]]ターン ～[[日本海海戦]]の真実～&lt;br /&gt;
*4月5日　世紀の対決 [[沢村栄治|沢村]]VS[[ベーブ・ルース]] ～日本プロ野球誕生の時～&lt;br /&gt;
*4月12日　天下分け目の[[天王山]] ～[[豊臣秀吉|秀吉]]・必勝の人心掌握術～&lt;br /&gt;
*4月19日　幕末のプリンセス・日本を救う ～皇女[[和宮親子内親王|和宮]]の悲願～&lt;br /&gt;
*4月26日　[[新撰組]]参上![[池田屋事件]]に賭けた若者たち&lt;br /&gt;
*5月10日　その日 6人がいた ～[[火縄銃|鉄砲]]伝来・偶然のドラマ～&lt;br /&gt;
*5月17日　[[織田信長]]・勝利の方程式 ～真説・[[長篠の戦い|長篠合戦]]～&lt;br /&gt;
*5月24日　[[だるま|ダルマ]]大臣・[[高橋是清]]経済危機と格闘する（[[昭和金融恐慌]]）&lt;br /&gt;
*5月31日　敵は[[本能寺の変|本能寺]]にあり ～[[明智光秀|光秀]]はなぜ主君・信長を裏切ったのか～&lt;br /&gt;
*6月7日　[[坂本龍馬]] 幕末の日本を動かす ～[[薩長同盟]]成立の時～&lt;br /&gt;
*6月14日　我輩は小説家である ～[[夏目漱石]]・[[東京大学|東大]]辞表提出の時～&lt;br /&gt;
*6月21日　[[蘇我入鹿]]（そがのいるか）暗殺事件 ～実録・[[乙巳の変|大化改新のクーデター]]～&lt;br /&gt;
*6月28日　戦火の中で[[アニメーション|アニメ]]が生まれた（[[桃太郎 海の神兵]]）&lt;br /&gt;
*7月5日　[[大坂の役|大坂の陣]]、[[豊臣氏|豊臣家]]滅亡す ～[[徳川家康]]・非情の天下取り～&lt;br /&gt;
*7月12日　[[西郷隆盛]]、明治に挑む ～[[西南戦争]]勃発の時～&lt;br /&gt;
*7月19日　[[奇兵隊]]決起せよ![[高杉晋作]]挙兵の時&lt;br /&gt;
*7月26日　[[黒船]]来航 日米交渉ここに始まる&lt;br /&gt;
*8月2日　[[ミッドウェー海戦]]の悲劇&lt;br /&gt;
*8月9日　予ノ判断ハ外レタリ ～[[ソビエト連邦|ソ連]]対日参戦の衝撃～&lt;br /&gt;
*8月23日　[[キリシタン]]禁制 ～秀吉・[[ヨーロッパ]]と対決す～&lt;br /&gt;
*8月30日　[[関東大震災]] ～知られざる日米友好～&lt;br /&gt;
*9月6日　[[前畑秀子|前畑]]ガンバレ!! ～[[ベルリンオリンピック]]の光と影～&lt;br /&gt;
*10月4日　[[関ヶ原の戦い|関ヶ原合戦]] 家康 なぞの大突撃 ～ヨーロッパ製甲冑の威力～&lt;br /&gt;
*10月11日　弟・[[源義経|義経]]を討て ～[[源頼朝]]・武家政権確立への決断～&lt;br /&gt;
*10月18日　[[津田梅子]]・[[津田塾大学|女子英学塾]]設立の時 ～女性の真の自立をめざして～&lt;br /&gt;
*10月25日　[[1929年]][[ニューヨーク|NY]]株価大暴落（[[世界恐慌]]）&lt;br /&gt;
*11月1日　[[伊能忠敬]] 56歳からの挑戦&lt;br /&gt;
*11月8日　[[桶狭間の戦い]] ～織田信長、逆転への情報戦略～&lt;br /&gt;
*11月15日　坂本龍馬暗殺事件 ～魔の一瞬が歴史を変えた～&lt;br /&gt;
*11月22日　「[[学校]]」誕生 ～初代文部大臣・[[森有礼]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*11月29日　[[将軍]][[徳川慶喜|慶喜]]・最後の決断 ～幕末を動かした[[大坂城]]脱出～&lt;br /&gt;
*12月6日　[[20世紀|二十世紀]]十大事件 ～歴史を動かした決定的瞬間～&lt;br /&gt;
*12月13日　脱盟者たちの[[忠臣蔵]] ～忠義か人情か　人生の選択の時～&lt;br /&gt;
*12月20日　サムライ・[[福澤諭吉|福沢諭吉]] [[アメリカ合衆国|アメリカ]]に立つ! ～[[咸臨丸]][[サンフランシスコ]]入港の時～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2001年===&lt;br /&gt;
*1月10日　男たちよ、立て! ～[[北条政子]] 演説の時～&lt;br /&gt;
*1月17日　大衆の夢を形に ～起業家・[[小林一三]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*1月24日　検証・[[桜田門外の変]] ～[[井伊直弼]]暗殺・幕末大転換の時～&lt;br /&gt;
*2月7日　6000人の命を救った外交官 ～[[杉原千畝]] [[ビザ]]大量発給決断の時～&lt;br /&gt;
*2月14日・21日　シリーズ[[二・二六事件|2・26事件]]（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
*2月28日　秀吉の妻・おね 関ヶ原を動かす&lt;br /&gt;
*3月7日　[[大津事件|ロシア皇太子襲撃事件]] ～近代日本をつくった裁判～&lt;br /&gt;
*3月14日・21日　もしもその時（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「古代・中世編」&lt;br /&gt;
:後編「戦国・幕末編」&lt;br /&gt;
*3月28日　妻たちは決断した&lt;br /&gt;
**3月の3回は主として2000年度に放送された内容の総集編的な作品だった&lt;br /&gt;
*4月4日　世界を制した[[ハリウッド]][[映画]] ～[[風と共に去りぬ]]公開の時～&lt;br /&gt;
*4月11日　秀吉・家康 たった一度の直接対決 ～天下取りの知恵くらべ～&lt;br /&gt;
*4月18日　[[春日局]] 徳川家康を動かす ～戦国女性・太平の世への願い～&lt;br /&gt;
*4月25日　日本を救った[[サツマイモ]] ～[[青木昆陽]]・飢きん救済に挑む～&lt;br /&gt;
*5月2日　戦艦[[大和 (戦艦)|大和]]沈没 ～[[大艦巨砲主義]]の悲劇～&lt;br /&gt;
*5月9日　[[昭和天皇]]と[[ダグラス・マッカーサー|マッカーサー]]・会見の時&lt;br /&gt;
*5月16日　「[[阿吽|あうん]]」の呼吸はこうして生まれた ～[[東大寺]] 金剛力士像完成の時～&lt;br /&gt;
*5月23日　[[岡倉天心|天心]]の恋 ～東洋の美を追い続けた男～&lt;br /&gt;
*5月30日　[[徳川吉宗]]、執念の財政再建 ～米将軍・最後の決断～&lt;br /&gt;
*6月6日　[[土方歳三]]・北の大地に散る ～[[戊辰戦争]]、最後の激戦～&lt;br /&gt;
*6月13日　[[伊達政宗]]、[[百万石]]への挑戦&lt;br /&gt;
*6月20日　[[邪馬台国]]の女王・[[卑弥呼]] ～動乱の[[魏 (三国)|中国]]に使者を出す～&lt;br /&gt;
*6月27日　[[白村江の戦い|白村江]]・古代最大の対外戦争&lt;br /&gt;
*7月4日　金融恐慌・日本を揺るがす ～巨大商社、[[鈴木商店]]の挫折～&lt;br /&gt;
*7月11日　[[北条時宗]]、起死回生の決断 ～[[モンゴル帝国|モンゴル]]軍壊滅の時～&lt;br /&gt;
*7月18日　モンゴル軍来襲 ～九州武士・[[竹崎季長]]の戦い～&lt;br /&gt;
*7月25日・8月1日　[[ポツダム宣言]]（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「米ソの攻防」 ～[[原子爆弾|原爆]]投下・[[ハリー・S・トルーマン|トルーマン]]の決断～&lt;br /&gt;
:後編「ソ連対日参戦」～ソ連対日参戦・[[ヨシフ・スターリン|スターリン]]の焦燥～&lt;br /&gt;
*8月22日　夏休みスペシャル・[[三国志]]英雄伝（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
:前編「奇跡の風、[[長江]]に吹く」 ～[[諸葛亮|孔明]]の知略、天下三分の計～&lt;br /&gt;
:後編「死せる孔明・中国を動かす」 ～千年の時を越える教え～&lt;br /&gt;
*8月29日　そして、人は空を飛んだ ～[[ライト兄弟]]に先がけた男・[[二宮忠八]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*9月5日　[[上杉鷹山]] ふたたびの財政改革&lt;br /&gt;
*9月19日　キリシタン女性 関ヶ原合戦を揺るがす ～[[細川ガラシャ]]の悲劇～&lt;br /&gt;
*9月26日　ぼく一生の不覚 ～[[日独伊三国軍事同盟|三国同盟]]締結・[[松岡洋右]]の誤算～&lt;br /&gt;
*10月3日　走れ!AA型 ～国産自動車誕生物語～&lt;br /&gt;
*10月10日　不平等条約を改正せよ ～[[陸奥宗光]]～&lt;br /&gt;
*10月17日　日本を愛した[[アルベルト・アインシュタイン|アインシュタイン]]・その悲劇&lt;br /&gt;
*10月24日　人生に絶望なし ～[[ヘレン・ケラー|ヘレンケラ]]ー来日の時～&lt;br /&gt;
*10月31日　羽柴秀吉、謎の敵前退却 ～[[賤ヶ岳の戦い|賤ヶ岳合戦]]・勝利の秘策～&lt;br /&gt;
*11月7日　戦国の茶人 秀吉と戦う ～[[千利休]]切腹の悲劇～&lt;br /&gt;
*11月14日　[[前田利家]]の妻・[[芳春院|まつ]]の決断 ～加賀百万石・息子への教え～&lt;br /&gt;
*11月21日　[[満州事変]] [[関東軍]]独走す&lt;br /&gt;
*12月5日　この難を逃げ候こと 本懐にあらず ～改革者・[[大久保利通]]暗殺の悲劇～&lt;br /&gt;
*12月12日　汽笛一声・日本の産声 ～[[鉄道]]開通に賭けた若者たち～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2002年===&lt;br /&gt;
*1月9日　スペシャル『日本を動かした15人』（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
*1月16日　[[溥儀|ラストエンペラー]]最後の日 ～「[[満州国]]」と皇帝・溥儀～&lt;br /&gt;
*1月23日　役人の不正許すまじ ～[[大塩平八郎]]決起の時～&lt;br /&gt;
*1月30日　志のある者 立ち上がれ ～獄中の出会いが生んだ[[吉田松陰]]の思想～&lt;br /&gt;
*2月6日　王宮の恋・[[サラエボ事件|サラエボ]]に散る ～[[第一次世界大戦|世界大戦]]を招いた暗殺事件～&lt;br /&gt;
*2月13日　日本の夢、[[ベルサイユ]]に散る ～[[パリ講和会議]]・人種差別 廃止提案の挫折～&lt;br /&gt;
*2月20日　[[田中正造]]、足尾鉱毒==放送タイトル==&lt;br /&gt;
放送時間は2006年3月8日放送分までが水曜日21時15分～21時58分、2006年4月5日放送分からが水曜日22時～22時43分。&lt;br /&gt;
===2000年===&lt;br /&gt;
*3月29日　運命の一瞬、[[東郷平八郎|東郷]]ターン ～[[日本海海戦]]の真実～&lt;br /&gt;
*4月5日　世紀の対決 [[沢村栄治|沢村]]VS[[ベーブ・ルース]] ～日本プロ野球誕生の時～&lt;br /&gt;
*4月12日　天下分け目の[[天王山]] ～[[豊臣秀吉|秀吉]]・必勝の人心掌握術～&lt;br /&gt;
*4月19日　幕末のプリンセス・日本を救う ～皇女[[和宮親子内親王|和宮]]の悲願～&lt;br /&gt;
*4月26日　[[新撰組]]参上![[池田屋事件]]に賭けた若者たち&lt;br /&gt;
*5月10日　その日 6人がいた ～[[火縄銃|鉄砲]]伝来・偶然のドラマ～&lt;br /&gt;
*5月17日　[[織田信長]]・勝利の方程式 ～真説・[[長篠の戦い|長篠合戦]]～&lt;br /&gt;
*5月24日　[[だるま|ダルマ]]大臣・[[高橋是清]]経済危機と格闘する（[[昭和金融恐慌]]）&lt;br /&gt;
*5月31日　敵は[[本能寺の変|本能寺]]にあり ～[[明智光秀|光秀]]はなぜ主君・信長を裏切ったのか～&lt;br /&gt;
*6月7日　[[坂本龍馬]] 幕末の日本を動かす ～[[薩長同盟]]成立の時～&lt;br /&gt;
*6月14日　我輩は小説家である ～[[夏目漱石]]・[[東京大学|東大]]辞表提出の時～&lt;br /&gt;
*6月21日　[[蘇我入鹿]]（そがのいるか）暗殺事件 ～実録・[[乙巳の変|大化改新のクーデター]]～&lt;br /&gt;
*6月28日　戦火の中で[[アニメーション|アニメ]]が生まれた（[[桃太郎 海の神兵]]）&lt;br /&gt;
*7月5日　[[大坂の役|大坂の陣]]、[[豊臣氏|豊臣家]]滅亡す ～[[徳川家康]]・非情の天下取り～&lt;br /&gt;
*7月12日　[[西郷隆盛]]、明治に挑む ～[[西南戦争]]勃発の時～&lt;br /&gt;
*7月19日　[[奇兵隊]]決起せよ![[高杉晋作]]挙兵の時&lt;br /&gt;
*7月26日　[[黒船]]来航 日米交渉ここに始まる&lt;br /&gt;
*8月2日　[[ミッドウェー海戦]]の悲劇&lt;br /&gt;
*8月9日　予ノ判断ハ外レタリ ～[[ソビエト連邦|ソ連]]対日参戦の衝撃～&lt;br /&gt;
*8月23日　[[キリシタン]]禁制 ～秀吉・[[ヨーロッパ]]と対決す～&lt;br /&gt;
*8月30日　[[関東大震災]] ～知られざる日米友好～&lt;br /&gt;
*9月6日　[[前畑秀子|前畑]]ガンバレ!! ～[[ベルリンオリンピック]]の光と影～&lt;br /&gt;
*10月4日　[[関ヶ原の戦い|関ヶ原合戦]] 家康 なぞの大突撃 ～ヨーロッパ製甲冑の威力～&lt;br /&gt;
*10月11日　弟・[[源義経|義経]]を討て ～[[源頼朝]]・武家政権確立への決断～&lt;br /&gt;
*10月18日　[[津田梅子]]・[[津田塾大学|女子英学塾]]設立の時 ～女性の真の自立をめざして～&lt;br /&gt;
*10月25日　[[1929年]][[ニューヨーク|NY]]株価大暴落（[[世界恐慌]]）&lt;br /&gt;
*11月1日　[[伊能忠敬]] 56歳からの挑戦&lt;br /&gt;
*11月8日　[[桶狭間の戦い]] ～織田信長、逆転への情報戦略～&lt;br /&gt;
*11月15日　坂本龍馬暗殺事件 ～魔の一瞬が歴史を変えた～&lt;br /&gt;
*11月22日　「[[学校]]」誕生 ～初代文部大臣・[[森有礼]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*11月29日　[[将軍]][[徳川慶喜|慶喜]]・最後の決断 ～幕末を動かした[[大坂城]]脱出～&lt;br /&gt;
*12月6日　[[20世紀|二十世紀]]十大事件 ～歴史を動かした決定的瞬間～&lt;br /&gt;
*12月13日　脱盟者たちの[[忠臣蔵]] ～忠義か人情か　人生の選択の時～&lt;br /&gt;
*12月20日　サムライ・[[福澤諭吉|福沢諭吉]] [[アメリカ合衆国|アメリカ]]に立つ! ～[[咸臨丸]][[サンフランシスコ]]入港の時～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2001年===&lt;br /&gt;
*1月10日　男たちよ、立て! ～[[北条政子]] 演説の時～&lt;br /&gt;
*1月17日　大衆の夢を形に ～起業家・[[小林一三]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*1月24日　検証・[[桜田門外の変]] ～[[井伊直弼]]暗殺・幕末大転換の時～&lt;br /&gt;
*2月7日　6000人の命を救った外交官 ～[[杉原千畝]] [[ビザ]]大量発給決断の時～&lt;br /&gt;
*2月14日・21日　シリーズ[[二・二六事件|2・26事件]]（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
*2月28日　秀吉の妻・おね 関ヶ原を動かす&lt;br /&gt;
*3月7日　[[大津事件|ロシア皇太子襲撃事件]] ～近代日本をつくった裁判～&lt;br /&gt;
*3月14日・21日　もしもその時（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「古代・中世編」&lt;br /&gt;
:後編「戦国・幕末編」&lt;br /&gt;
*3月28日　妻たちは決断した&lt;br /&gt;
**3月の3回は主として2000年度に放送された内容の総集編的な作品だった&lt;br /&gt;
*4月4日　世界を制した[[ハリウッド]][[映画]] ～[[風と共に去りぬ]]公開の時～&lt;br /&gt;
*4月11日　秀吉・家康 たった一度の直接対決 ～天下取りの知恵くらべ～&lt;br /&gt;
*4月18日　[[春日局]] 徳川家康を動かす ～戦国女性・太平の世への願い～&lt;br /&gt;
*4月25日　日本を救った[[サツマイモ]] ～[[青木昆陽]]・飢きん救済に挑む～&lt;br /&gt;
*5月2日　戦艦[[大和 (戦艦)|大和]]沈没 ～[[大艦巨砲主義]]の悲劇～&lt;br /&gt;
*5月9日　[[昭和天皇]]と[[ダグラス・マッカーサー|マッカーサー]]・会見の時&lt;br /&gt;
*5月16日　「[[阿吽|あうん]]」の呼吸はこうして生まれた ～[[東大寺]] 金剛力士像完成の時～&lt;br /&gt;
*5月23日　[[岡倉天心|天心]]の恋 ～東洋の美を追い続けた男～&lt;br /&gt;
*5月30日　[[徳川吉宗]]、執念の財政再建 ～米将軍・最後の決断～&lt;br /&gt;
*6月6日　[[土方歳三]]・北の大地に散る ～[[戊辰戦争]]、最後の激戦～&lt;br /&gt;
*6月13日　[[伊達政宗]]、[[百万石]]への挑戦&lt;br /&gt;
*6月20日　[[邪馬台国]]の女王・[[卑弥呼]] ～動乱の[[魏 (三国)|中国]]に使者を出す～&lt;br /&gt;
*6月27日　[[白村江の戦い|白村江]]・古代最大の対外戦争&lt;br /&gt;
*7月4日　金融恐慌・日本を揺るがす ～巨大商社、[[鈴木商店]]の挫折～&lt;br /&gt;
*7月11日　[[北条時宗]]、起死回生の決断 ～[[モンゴル帝国|モンゴル]]軍壊滅の時～&lt;br /&gt;
*7月18日　モンゴル軍来襲 ～九州武士・[[竹崎季長]]の戦い～&lt;br /&gt;
*7月25日・8月1日　[[ポツダム宣言]]（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「米ソの攻防」 ～[[原子爆弾|原爆]]投下・[[ハリー・S・トルーマン|トルーマン]]の決断～&lt;br /&gt;
:後編「ソ連対日参戦」～ソ連対日参戦・[[ヨシフ・スターリン|スターリン]]の焦燥～&lt;br /&gt;
*8月22日　夏休みスペシャル・[[三国志]]英雄伝（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
:前編「奇跡の風、[[長江]]に吹く」 ～[[諸葛亮|孔明]]の知略、天下三分の計～&lt;br /&gt;
:後編「死せる孔明・中国を動かす」 ～千年の時を越える教え～&lt;br /&gt;
*8月29日　そして、人は空を飛んだ ～[[ライト兄弟]]に先がけた男・[[二宮忠八]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*9月5日　[[上杉鷹山]] ふたたびの財政改革&lt;br /&gt;
*9月19日　キリシタン女性 関ヶ原合戦を揺るがす ～[[細川ガラシャ]]の悲劇～&lt;br /&gt;
*9月26日　ぼく一生の不覚 ～[[日独伊三国軍事同盟|三国同盟]]締結・[[松岡洋右]]の誤算～&lt;br /&gt;
*10月3日　走れ!AA型 ～国産自動車誕生物語～&lt;br /&gt;
*10月10日　不平等条約を改正せよ ～[[陸奥宗光]]～&lt;br /&gt;
*10月17日　日本を愛した[[アルベルト・アインシュタイン|アインシュタイン]]・その悲劇&lt;br /&gt;
*10月24日　人生に絶望なし ～[[ヘレン・ケラー|ヘレンケラ]]ー来日の時～&lt;br /&gt;
*10月31日　羽柴秀吉、謎の敵前退却 ～[[賤ヶ岳の戦い|賤ヶ岳合戦]]・勝利の秘策～&lt;br /&gt;
*11月7日　戦国の茶人 秀吉と戦う ～[[千利休]]切腹の悲劇～&lt;br /&gt;
*11月14日　[[前田利家]]の妻・[[芳春院|まつ]]の決断 ～加賀百万石・息子への教え～&lt;br /&gt;
*11月21日　[[満州事変]] [[関東軍]]独走す&lt;br /&gt;
*12月5日　この難を逃げ候こと 本懐にあらず ～改革者・[[大久保利通]]暗殺の悲劇～&lt;br /&gt;
*12月12日　汽笛一声・日本の産声 ～[[鉄道]]開通に賭けた若者たち～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2002年===&lt;br /&gt;
*1月9日　スペシャル『日本を動かした15人』（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
*1月16日　[[溥儀|ラストエンペラー]]最後の日 ～「[[満州国]]」と皇帝・溥儀～&lt;br /&gt;
*1月23日　役人の不正許すまじ ～[[大塩平八郎]]決起の時～&lt;br /&gt;
*1月30日　志のある者 立ち上がれ ～獄中の出会いが生んだ[[吉田松陰]]の思想～&lt;br /&gt;
*2月6日　王宮の恋・[[サラエボ事件|サラエボ]]に散る ～[[第一次世界大戦|世界大戦]]を招いた暗殺事件～&lt;br /&gt;
*2月13日　日本の夢、[[ベルサイユ]]に散る ～[[パリ講和会議]]・人種差別 廃止提案の挫折～&lt;br /&gt;
*2月20日　[[田中正造]]、足尾鉱毒事件に挑む ～環境保護運動　ここに始まる～&lt;br /&gt;
*2月27日　信長 執念の天下統一 ～大坂[[本願寺]]との十年戦争～&lt;br /&gt;
*3月6日　関ヶ原を揺るがした女性たち ～決戦の裏に秘められたドラマ～&lt;br /&gt;
*3月13日　外交の要は誠実にあり ～国際社会と闘った男たち～&lt;br /&gt;
*4月3日　賽は投げられた ～英雄[[ガイウス・ユリウス・カエサル|カエサル]]・ローマを変えた運命の決断～&lt;br /&gt;
*4月10日　徳川家康 [[三方ヶ原の戦い|三方原]]の大ばくち ～敗れて学ぶ 覇者の哲学～&lt;br /&gt;
*4月17日　鎧をまとった母・[[淀殿]]の悲劇 ～裏切られた平和への願い～&lt;br /&gt;
*4月24日　[[新撰組]]・[[鳥羽・伏見の戦い|鳥羽伏見]]に散る ～旧幕府軍大敗北の真相～&lt;br /&gt;
*5月8日・15日　[[アドルフ・ヒトラー|ヒトラー]]とその時代（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「[[独裁者]]への道」&lt;br /&gt;
:後編「幻の反ヒトラー・クーデター」&lt;br /&gt;
*5月22日　天神・[[菅原道真]] 政治改革にたおれる&lt;br /&gt;
*5月29日　肉を切らせて骨を断つ ～織田信長・捨て身の復讐戦～&lt;br /&gt;
*7月3日　平民宰相 [[原敬]]暗殺 ～くじかれた改革の夢～&lt;br /&gt;
*7月10日　[[フランス革命]] 自由よ汝の名のもとに ～[[マリー・アントワネット事件に挑む ～環境保護運動　ここに始まる～&lt;br /&gt;
*2月27日　信長 執念の天下統一 ～大坂[[本願寺]]との十年戦争～&lt;br /&gt;
*3月6日　関ヶ原を揺るがした女性たち ～決戦の裏に秘められたドラマ～&lt;br /&gt;
*3月13日　外交の要は誠実にあり ～国際社会と闘った男たち～&lt;br /&gt;
*4月3日　賽は投げられた ～英雄[[ガイウス・ユリウス・カエサル|カエサル]]・ローマを変えた運命の決断～&lt;br /&gt;
*4月10日　徳川家康 [[三方ヶ原の戦い|三方原]]の大ばくち ～敗れて学ぶ 覇者の哲学～&lt;br /&gt;
*4月17日　鎧をまとった母・[[淀殿]]の悲劇 ～裏切られた平和への願い～&lt;br /&gt;
*4月24日　[[新撰組]]・[[鳥羽・伏見の戦い|鳥羽伏見]]に散る ～旧幕府軍大敗北の真相～&lt;br /&gt;
*5月8日・15日　[[アドルフ・ヒトラー|ヒトラー]]とその時代（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「[[独裁者]]への道」&lt;br /&gt;
:後編「幻の反ヒトラー・クーデター」&lt;br /&gt;
*5月22日　天神・[[菅原道真]] 政治改革にたおれる&lt;br /&gt;
*5月29日　肉を切らせて骨を断つ ～織田信長・捨て身の復讐戦～&lt;br /&gt;
*7月3日　平民宰相 [[原敬]]暗殺 ～くじかれた改革の夢～&lt;br /&gt;
*7月10日　[[フランス革命]] 自由よ汝の名のもとに ～[[マリー・アントワネット|マリ・アントワネット]]の悲劇～&lt;br /&gt;
*7月17日　[[ナポレオン・ボナパルト|ナポレオン]]、皇帝への野望 ～戴冠式の一瞬に秘められた謎～&lt;br /&gt;
*7月24日　本能寺の変 ～信長暗殺!闇に消えた真犯人～&lt;br /&gt;
*7月31日　[[ガダルカナル島]]撤退 ～苦渋の決断～&lt;br /&gt;
*8月21日　特別編「戦い・その決定的瞬間」（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
:前編「勝利の時・男たちは決断した」&lt;br /&gt;
:後編「戦乱・その時 妻は、母は」&lt;br /&gt;
*8月28日　さらば淀殿 お初の決断 ～運命に立ち向かった戦国三姉妹～&lt;br /&gt;
*9月4日　日本人、[[南極]]の大地に立つ（[[白瀬矗]]）&lt;br /&gt;
*9月11日　昭和を揺るがした銃弾 ～ライオン宰相・[[浜口雄幸]]狙撃の時～&lt;br /&gt;
*9月18日　ヒトラー情報 日本を揺るがす ～「真珠湾」へのもう一つの道～&lt;br /&gt;
*9月25日　ヒトラー最後の日 ～新資料が明かす独裁者の末路～&lt;br /&gt;
*10月2日　[[与謝野晶子]]『今ぞ目覚めて』 ～情熱の歌人、女性の自立を宣言～&lt;br /&gt;
*10月9日　幕末、[[京都市|京都]]炎上 ～長州・[[久坂玄瑞]]、志に散る～&lt;br /&gt;
*10月16日　必勝の方程式、江戸を制す ～[[大村益次郎]]、彰義隊撃破の時～&lt;br /&gt;
*10月23日　関ヶ原の戦い、決死の的中突破 ～戦国の猛将 [[島津義弘]]、決断の時～&lt;br /&gt;
*10月30日　人類のために生き、人類のために死す ～未公開書簡が明かす[[野口英世]]の真実～&lt;br /&gt;
*11月6日　豊臣秀吉天下統一の必勝戦略 ～[[小田原の役|小田原攻め]]に秘策あり～&lt;br /&gt;
*11月13日　激突 [[武田信玄]]と[[上杉謙信]] ～[[川中島の戦い]]、両雄決戦の時～ &lt;br /&gt;
*11月20日　改革に散った最後の幕臣 [[小栗上野介]] ～一本のねじから日本の近代は始まった～&lt;br /&gt;
*12月4日　[[銀行]]は人々のために ～金融危機を救った[[渋沢栄一]]の決断～&lt;br /&gt;
*12月11日　忠臣蔵、父と子の決断 ～赤穂浪士討ち入りの時～&lt;br /&gt;
*12月18日　[[ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン|ベートーヴェン]] [[交響曲第9番|第九]]誕生! ～民衆に自由を呼びかけた交響曲～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2003年===&lt;br /&gt;
*1月8日　新春スペシャル「ニッポン開国」（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
:前編「なぜアメリカだったのか?」 ～[[マシュー・ペリー|ペリー]]の知られざる外交戦略～&lt;br /&gt;
:後編「通商か?亡国か?」 ～日本全権、決死の通商条約締結～&lt;br /&gt;
*1月15日　[[佐々木小次郎|小次郎]] 敗れたり ～決闘巌流島・[[宮本武蔵]]の執念～&lt;br /&gt;
*1月22日　兵法の道は人の道 宮本武蔵 ～『五輪書』完成への苦闘～&lt;br /&gt;
*1月29日　外交立国の志、いまだ死なず ～[[榎本武揚]]、箱館戦争終結の決断～&lt;br /&gt;
*2月12日　乱世を制するリーダーの条件 ～[[湊川の戦い]] [[足利尊氏]]、苦悩の決断～&lt;br /&gt;
*2月19日　夢は征夷大将軍 ～徳川家康・逆転の戦略～&lt;br /&gt;
*2月26日　緊迫の二十四時間 ～新資料が明かす二・二六事件の内幕～&lt;br /&gt;
*3月5日　独裁者ヒトラー ～破滅への軌跡～&lt;br /&gt;
*3月12日　幕末立志伝 今こそ変革の時 ～[[吉田松陰]]・久坂玄瑞・[[高杉晋作]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*4月2日　家康・天下を制した184通の書状 ～関ヶ原の合戦・知られざる情報工作～&lt;br /&gt;
*4月9日　[[真田幸村]] どん底からの挑戦 ～家康を追いつめた伝説の名将～  &lt;br /&gt;
*4月16日　ロシア女帝が涙した帰国願い ～日露交渉の扉を開いた[[大黒屋光太夫]]～&lt;br /&gt;
*4月23日　改革者か、悪徳老中か? ～[[田沼意次]]、江戸の経済改革に挑む～&lt;br /&gt;
*5月7日　幕末ニッポン・幻の遷都計画 ～江戸か大坂か?[[大久保利通]]の大改革～&lt;br /&gt;
*5月14日　[[チャーリー・チャップリン|チャップリン]]を襲撃せよ ～五・一五事件　首相暗殺の裏に秘められたドラマ～&lt;br /&gt;
*5月21日　我が言は、万人の声 ～太平洋戦争前夜、日本を揺るがした国会演説～（[[斉藤隆夫]]）&lt;br /&gt;
*5月29日　日出づる処の天子より ～[[聖徳太子]]、理想国家建設の夢～&lt;br /&gt;
*6月4日　信長と家康、そして同盟は幻と消えた? ～[[長篠の戦い]]、戦国を変えた両雄の決断～&lt;br /&gt;
*6月11日　[[源義経]]、大水軍を奪いとれ! ～[[壇ノ浦の戦い|壇の浦の戦い]]、奇跡の逆転劇～&lt;br /&gt;
*6月18日　新撰組誕生 ～幕末に青春をかけた男たち～&lt;br /&gt;
*6月25日　新撰組の夢、関東に散る ～江戸城明け渡しの裏で何がおきていたのか～&lt;br /&gt;
*7月2日　[[盧溝橋事件]] 運命の4日間 ～中国派兵への重大決意～&lt;br /&gt;
*7月9日　[[高杉晋作]]、50倍の敵を制する必勝戦略 ～幕末長州・奇跡の逆転劇～&lt;br /&gt;
*7月16日　海を越えた愛、日本を守る ～新史料、[[フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト|シーボルト]]開国秘話～&lt;br /&gt;
*7月23日　占領日本・運命を決した直談判 ～[[吉田茂]]と[[ダグラス・マッカーサー|マッカーサー]]～&lt;br /&gt;
*7月30日　スパイ・[[リヒャルト・ゾルゲ|ゾルゲ]] 最後の暗号電報 ～新資料が明かす国際スパイ事件～&lt;br /&gt;
*8月20日　夏休みスペシャル・そして日本はよみがえった ～混迷を打ち破ったヒーローたち～（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
:前編「混沌の時代を切り開いた男たち」&lt;br /&gt;
:後編「近代の日本を作った男たち」&lt;br /&gt;
*8月27日　[[板垣退助|板垣]]死すとも、自由は死せず ～日本に国会を誕生させた不朽の名言～&lt;br /&gt;
*9月3日　[[クレオパトラ7世|クレオパトラ]] 世界帝国の夢 ～知られざる愛と誇りの決断～&lt;br /&gt;
*9月10日　[[ジャンヌ・ダルク]] 戦いはわが愛の証 ～裁判記録が明かす聖女の真実～&lt;br /&gt;
*9月17日　[[日野富子]] 愛と憎しみの和平工作 ～[[応仁の乱]]を終結させた将軍の妻～&lt;br /&gt;
*10月1日　秀吉に天下を取らせた男 ～[[黒田孝高|黒田官兵衛]] 戦国最強のナンバー2～&lt;br /&gt;
*10月8日・15日「[[始皇帝]]」（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「希代のカリスマ・中国に立つ」 ～[[秦]]王朝 天下統一のとき～&lt;br /&gt;
:後編「崩壊は絶頂の中から始まった」 ～秦王朝 滅亡のとき～&lt;br /&gt;
*10月22日　[[正岡子規]] 余命十年で[[日本語]]を革新した男&lt;br /&gt;
*10月29日　[[白虎隊]] 自刃への三十六時間 ～生存隊士の手記が語る悲劇の真相～&lt;br /&gt;
*11月5日・12日　古代中国・[[項籍|項羽]]と[[劉邦]]（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「天下を分けた運命の宴 [[鴻門の会]]」&lt;br /&gt;
:後編「勝利への60万人の大合唱 [[垓下の戦い|四面楚歌]]」&lt;br /&gt;
*11月19日　[[勝海舟]] 江戸城無血開城はなぜ実現したか&lt;br /&gt;
*11月19日　[[マハトマ・ガンジー|ガンジー]] 暴力の連鎖を断ち切れ!&lt;br /&gt;
*12月4日　日米開戦を回避せよ ～新史料が明かす最後の和平交渉～&lt;br /&gt;
*12月11日　忠臣蔵 お裁き始末記 ～忠義か、犯罪か?幕府がゆらいだ50日～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2004年===&lt;br /&gt;
*1月7日　新春スペシャル・「新撰組」 ～最後のサムライたち～（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
:前編「立志編 剣に生きる」&lt;br /&gt;
:後編「死闘編 武士道に死す」&lt;br /&gt;
*1月14日　秘められた革命工作 ～[[孫文]]を支えた日本人～&lt;br /&gt;
*1月21日　[[平清盛]] 早すぎた革新 ～平氏政権誕生のとき～&lt;br /&gt;
*1月28日　[[明治天皇]] [[あんパン]]を食す ～リストラ武士 [[木村安兵衛]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*2月4日　そして近代ニッポン人が誕生した ～明治の文豪たちの生き方革命～&lt;br /&gt;
*2月11日　日露開戦 男たちの決断 ～明治日本 存亡をかけた戦略～&lt;br /&gt;
*2月25日　[[外様大名]]はこうして生き残った! ～家康に勝利した逆転の戦略～&lt;br /&gt;
*3月3日　大久保利通・新生日本を救う ～回避された「幻の日清戦争」～&lt;br /&gt;
*3月31日　[[さとうきび]]畑の村の戦争 ～新史料が明かす[[沖縄県|沖縄]]戦の悲劇～&lt;br /&gt;
*4月7日　新発見![[大坂城]]は超ハイテク要塞だった ～秀吉VS家康「堀」をめぐる攻防の真相～&lt;br /&gt;
*4月14日　日本の運命を背負った少年たち ～[[天正遣欧少年使節|天正遣欧使節]]・ローマ教皇謁見の時～&lt;br /&gt;
*4月21日　信長暗殺を命じた男 ～新説・本能寺の変 浮上した黒幕～&lt;br /&gt;
*4月28日　[[女優]]誕生 ～[[川上貞奴|マダム貞奴]]、「[[オセロ (シェイクスピア)|オセロ]]」初演の時～&lt;br /&gt;
*5月5日　子供の心に歌を ～大正・[[童謡]]誕生物語～&lt;br /&gt;
*5月12日　日本[[サッカー]]・[[ベルリンオリンピック]]の奇跡 ～世界を驚かせた逆転勝利～&lt;br /&gt;
*5月19日・26日　モンゴル帝国（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「草原の覇者[[チンギス・ハーン|チンギス・カン]]」～ユーラシア統一への道～&lt;br /&gt;
:後編「[[マルコ・ポーロ]]は見た巨大国家の盛衰」 ～「[[東方見聞録]]」誕生のとき～&lt;br /&gt;
*6月2日　家康、人生最大の危機の3日間 ～大脱出!伊賀越えの先に天下が見えた～&lt;br /&gt;
*6月9日・16日　日露戦争100年（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「二〇三高地の悲劇はなぜ起きたのか」 ～新史料が明かす激戦の真相～&lt;br /&gt;
:後編「逆転の極秘電報154号」 ～知られざるポーツマス講和会議の真相～&lt;br /&gt;
*6月23日　大江戸発至急便 黒船あらわる ～幕末日本の情報ネットワーク～&lt;br /&gt;
*6月30日　もう一つの日本を創った男 ～[[平将門]] 東国独立政権の謎～&lt;br /&gt;
*7月7日　「関白」対「源氏長者」 ～家康・秀吉 「姓」をめぐる知られざる攻防～&lt;br /&gt;
*7月14日　ドキュメント[[池田屋事件]] ～[[近藤勇|近藤 勇]]・突入決断の真相～&lt;br /&gt;
*7月21日　[[世界遺産]] [[熊野]]の森を守れ ～[[南方熊楠]]・日本初の自然保護運動～&lt;br /&gt;
*7月28日　日米開戦を回避せよ ～新史料が明かす 最後の和平交渉～&lt;br /&gt;
*8月16日　奇跡の銀メダル [[人見絹江]] ～日本女子初メダル獲得の時～&lt;br /&gt;
*9月1日　武田信玄 地を拓き水を治める ～戦国時代制覇への夢～&lt;br /&gt;
*9月8日　信長と[[斎藤道三|道三]] ～改革者を生んだ非情の絆～&lt;br /&gt;
*9月15日　悲劇の英雄 ～“[[トーマス・エドワード・ロレンス|アラビアのロレンス]]”の真実～&lt;br /&gt;
*9月22日　焼け跡に[[ゾウ]]がやってきた ～海を越えた日本の子どもたちの夢～&lt;br /&gt;
*10月6日　グッドバイ ちょんまげ ～明治日本 文明開化騒動記～&lt;br /&gt;
*10月13日　列国の野望 [[シベリア]]を走る ～[[ロシア革命]]・[[ソビエト連邦|ソビエト]]成立までの混迷の5年～&lt;br /&gt;
*10月27日　実録・[[ええじゃないか]] ～幕末ニッポンを動かした民衆パワー～&lt;br /&gt;
*11月3日　義経はなぜ死んだのか ～源頼朝と奥州藤原氏の攻防～&lt;br /&gt;
*11月10日　秘録・幻の明治新政府 ～維新を変えた激動の27日間～&lt;br /&gt;
*11月17日　サムライ魂でデパートを創れ! ～近代百貨店誕生物語～&lt;br /&gt;
*11月24日　ニッポンに学べ![[タイ王国|タイ]]の”明治維新” ～「[[王様と私]]」・[[ラーマ5世|ラーマ五世]]の苦闘～ &lt;br /&gt;
*12月8日　ミステリー大化改新 ～蘇我入鹿暗殺の実像～&lt;br /&gt;
*12月15日　それからの新選組 ～土方歳三、箱館に死す～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2005年===&lt;br /&gt;
*1月5日　[[歌舞伎]]スタア誕生 [[市川團十郎 (2代目)|二代目 市川團十郎]]の挑戦&lt;br /&gt;
*1月12日　百世の安堵をはかれ 安政大地震・奇跡の復興劇&lt;br /&gt;
*1月26日　日露戦争100年 日本海海戦 ～参謀 [[秋山真之]]・知られざる苦闘～&lt;br /&gt;
*2月2日　龍馬が愛した女 ～幕末、愛と別れの物語～&lt;br /&gt;
*2月9日　[[プロ野球]]を変えた[[ホームラン]] [[天覧試合]] オーナーたちの戦い&lt;br /&gt;
*2月16日　日米攻防90日 国際軍縮を実現せよ! [[ワシントン会議 (1922年)|ワシントン会議]]・全権 [[加藤友三郎]]の挑戦&lt;br /&gt;
*2月23日　我が運命は民と共に 悲劇の英雄 [[楠木正成]]の実像&lt;br /&gt;
*3月2日　[[源実朝|実朝]]暗殺 ～歌人将軍は、なぜ殺されたか?～&lt;br /&gt;
*3月9日・16日　シリーズ三国志英雄伝（前・後編2週連続　2001年の夏休みスペシャルの再構成をベースに）&lt;br /&gt;
:前編「奇跡の風・長江に吹く」 ～孔明の知略・天下三分の計～&lt;br /&gt;
:後編「死せる孔明・中国を動かす」 ～千年の時を越える教え～&lt;br /&gt;
*3月30日　恋・人生・そして小説 ～[[樋口一葉]] 女性作家誕生の時～&lt;br /&gt;
*4月6日　大帝国の野望、博多に散る ～大陸から見た蒙古襲来～&lt;br /&gt;
*4月13日　武田家滅亡の謎 ～戦国最強軍団はなぜ滅びたのか～&lt;br /&gt;
*4月20日・27日　源義経 栄光と悲劇の旅路（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「第1回 西へ 戦いの彼方に」&lt;br /&gt;
:後編「第2回 北へ 流浪の果てに」&lt;br /&gt;
*5月11日　にっぽん[[郵便]]創業物語 ～[[前島密]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*5月18日　戦国をひらいた男 ～[[北条早雲]] 56才からの挑戦～&lt;br /&gt;
*5月25日　傷ついた戦場の兵士を救え ～[[佐野常民]] 日本初の国際人道支援～&lt;br /&gt;
*6月1日　民を救った義士たちの物語 ～宝暦の治水・[[薩摩藩]]士の苦闘～&lt;br /&gt;
*6月8日　[[横山エンタツ|エンタツ]]・[[花菱アチャコ|アチャコ]]の[[漫才]]革命 ～あんじょうわろうてや!～&lt;br /&gt;
*6月15日　幕末・運命の愛 ～時代を創った男と女の物語～&lt;br /&gt;
*6月22日　さらばサムライ ～[[西郷隆盛]] 徴兵制の決断～&lt;br /&gt;
*6月29日　さらばサムライ ～[[西南戦争]]・田原坂の真実～&lt;br /&gt;
*7月6日　プロ野球を作った男たち ～昭和10年 アメリカ遠征記～&lt;br /&gt;
*7月13日　実録・[[大岡忠相|大岡越前]] ～火事と闘った知られざる素顔～&lt;br /&gt;
*7月20日　信長の巨大鉄船、戦国の海を制す ～織田水軍 VS 村上水軍、決戦大坂湾～&lt;br /&gt;
*7月27日・8月3日　シリーズ終戦60年（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「戦艦大和の悲劇」 ～大艦巨砲主義、時代に敗れる～&lt;br /&gt;
:後編「ソ連参戦の衝撃」 ～満蒙開拓民はなぜ取り残された～&lt;br /&gt;
*8月24日　日露衝突を回避せよ ～[[高田屋嘉兵衛]] 決死の交渉劇～&lt;br /&gt;
*8月31日　家康が最も恐れた男 ～敗者 [[石田三成]]の関ヶ原～&lt;br /&gt;
*9月14日　[[二宮尊徳|二宮金次郎]] 天保の大飢饉を救う&lt;br /&gt;
*9月21日　戦国 出世の方程式 [[藤堂高虎]] 大阪夏の陣の大勝負&lt;br /&gt;
*10月12日　幕末・土佐勤皇党 不滅の志 ～若者たちは変革に命を賭けた～&lt;br /&gt;
*10月19日　誰がための仏教か ～[[鑑真]]和上の宗教改革～&lt;br /&gt;
*11月9日　鎖国の扉を開け ～[[ジョン万次郎]] 漂流民の挑戦～&lt;br /&gt;
*11月16日　秘められたメディア戦略 ～[[児玉源太郎]] 日露戦争のシナリオ～&lt;br /&gt;
*11月30日・12月7日　シリーズ[[真珠湾攻撃|真珠湾]]への道（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「[[山本五十六]] 苦渋の作戦立案」&lt;br /&gt;
:後編「山本五十六 運命の作戦決行」&lt;br /&gt;
*12月14日　歴史の選択　赤穂浪士 ～討ち入り組VS討ち入り不参加組～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2006年===&lt;br /&gt;
*1月11日　人間ドラマ誕生 ～[[近松門左衛門]] [[曽根崎心中]]～&lt;br /&gt;
*1月18日　古代の文明開化 ～1号寺院・[[飛鳥寺]]建立の戦略～&lt;br /&gt;
*2月1日　[[新聞]]誕生 ～幕末・[[浜田彦蔵|ジョセフ彦]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*2月8日　[[壬申の乱]] ～[[天武天皇]]誕生の秘密～&lt;br /&gt;
*2月15日　戦国の花嫁 ～[[山内一豊]]の妻・[[見性院|千代]]～&lt;br /&gt;
*2月22日　[[伝染病]]から日本を守れ ～細菌学者 [[北里柴三郎]]の闘い～&lt;br /&gt;
*3月1日　さらば殿様 ～[[廃藩置県]] 激動の内幕～&lt;br /&gt;
*3月8日　[[零式艦上戦闘機|ゼロ戦]]・設計者が見た悲劇 ～[[マリアナ沖海戦]]への道～ （ここまでが水曜日21:15放送）&lt;br /&gt;
*4月5日　マッカーサーを叱った男 ～[[白洲次郎]]・戦後復興への挑戦～ （ここからが水曜日22:00放送）&lt;br /&gt;
*4月12日　[[大奥]] 悲しみの果てに ～[[徳川家宣]]正室 [[天英院]] 煕子の生涯～&lt;br /&gt;
*4月19日　それでも地球は動いた ～[[ガリレオ・ガリレイ]]の栄光と挫折～&lt;br /&gt;
*4月26日　歴史の選択　本能寺の変 織田信長 VS 明智光秀 ～激突!改革か安定か～&lt;br /&gt;
*5月17日　響け 希望の歌声 ～戦後初の流行歌「リンゴの唄」～&lt;br /&gt;
*5月24日　帝と民の巨大プロジェクト ～東大寺大仏 [[聖武天皇]]の挑戦～   &lt;br /&gt;
*5月31日　これは正義の戦いか ～ジャーナリストたちの[[ベトナム戦争]]～&lt;br /&gt;
*6月21日　幻の大艦隊 ～[[イギリス]]から見た[[薩英戦争]]～&lt;br /&gt;
*7月5日　勝負師は志高く ～碁聖・[[本因坊秀策]]の無敗伝説～&lt;br /&gt;
*7月12日　生まれ来る命 そして母のために ～[[荻野久作]]の受胎期の発見～&lt;br /&gt;
*7月26日　歴史の選択　川中島の戦い 引き分けの謎&lt;br /&gt;
*8月2日　焼け跡から生まれたチャンピオン ～ボクシング [[白井義男]]と[[アルビン・R・カーン|カーン]]～&lt;br /&gt;
*8月23日　幻のハワイ・日本同盟計画&lt;br /&gt;
*8月30日・9月6日　シリーズ 日本独立 その光と影（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「吉田茂と[[日本国との平和条約|サンフランシスコ講和条約]] 前編」&lt;br /&gt;
:後編「吉田茂とサンフランシスコ講和条約 後編」&lt;br /&gt;
*9月13日・20日　「シリーズ・秀吉の[[家族]]」（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「もう一人の秀吉 ～[[豊臣秀長]] [[太閤記]]を演出した弟～」&lt;br /&gt;
:後編「戦国の母 関ヶ原を決す ～[[高台院|おね]]・豊臣政権生き残りへの道～」&lt;br /&gt;
*10月4日　戦火をこえた青春の白球 ～[[学徒出陣]]前 最後の[[早慶戦]]～&lt;br /&gt;
*10月11日　神は我を救い給（たま）うか ～キリシタン 細川ガラシャの生涯～&lt;br /&gt;
*10月18日　格差の怒り 政府を倒す ～[[大正デモクラシー]]を生んだ[[米騒動]]～&lt;br /&gt;
*11月1日　歴史の選択　坂本龍馬暗殺 黒幕は誰か?&lt;br /&gt;
*11月8日　日本を発見した日本人 ～[[柳田國男|柳田国男]]・「[[遠野物語]]」誕生～&lt;br /&gt;
*11月22日　我が手に郷土を ～[[真田昌幸]]・[[信濃国|信州]][[上田市|上田]]の市民戦争～&lt;br /&gt;
*11月29日　ひらがな革命 ～[[国風文化]]を生んだ[[古今和歌集]]～&lt;br /&gt;
*12月20日　母の灯火（ともしび） 小さき者を照らして ～[[石井筆子]]・[[知的障害]]児教育の道～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2007年===&lt;br /&gt;
*1月10日　戦国の剣豪、太平を築く ～[[柳生宗矩]]・「活人剣（かつにんけん）」の真実～&lt;br /&gt;
*1月24日　それでも民は祈り続けた ～[[島原の乱]]・[[キリシタン]]の悲劇～&lt;br /&gt;
*1月31日　[[東京オリンピック]]への道 ～平和の[[聖火]] アジア横断リレー～&lt;br /&gt;
*2月7日　完成・戦国最強軍団 ～武田信玄・苦悩の生涯～&lt;br /&gt;
*2月14日　中国と国交を回復せよ ～[[足利義満]]の日明外交～&lt;br /&gt;
*2月21日　鉄は国家なり ～技術立国 日本のあけぼの～&lt;br /&gt;
*2月28日　天下は我が掌中にあり ～[[黒田孝高|黒田如水]]・もうひとつの関ヶ原～&lt;br /&gt;
*3月7日　苦しむ患者を救いたい ～[[イタイイタイ病]]裁判・弁護士たちの闘い～&lt;br /&gt;
*3月14日　歴史の選択　[[邪馬台国]]はどこか ～[[近畿地方|近畿]]説VS[[九州地方|九州]]説～&lt;br /&gt;
*3月28日　その時歴史が動いたスペシャル もう一度聞きたい あの人の言葉（22:59まで拡大）&lt;br /&gt;
*4月4日　謙信恐るべし&lt;br /&gt;
*4月11日　[[所得倍増計画]]の夢を追え ～[[高度経済成長]]の軌跡～&lt;br /&gt;
*4月18日　海の関ヶ原 ～[[村上武吉]]・水軍に賭けた夢～&lt;br /&gt;
*4月25日　[[大奥]] 華（はな）にも意地あり ～江戸城無血開城・[[天璋院]]篤姫～&lt;br /&gt;
**[[岩崎ひろみ]]が天璋院役、[[吉井怜]]が和宮役で出演&lt;br /&gt;
*5月2日　[[憲法]]施行60年 特集　[[日本国憲法第9条|憲法九条]] 平和への闘争 ～1950年代 [[改憲]]・[[護憲]]論～（22:30～23:29）&lt;br /&gt;
*5月9日　源頼朝 魔法の大逆転 ～[[富士川の戦い]]～&lt;br /&gt;
*5月16日　日本ミステリー誕生 ～[[江戸川乱歩]]・大衆文化との格闘～&lt;br /&gt;
*5月23日　悲しき女帝 許されざる恋 ～[[宇佐八幡宮神託事件|道鏡事件]]の真相～&lt;br /&gt;
*6月6日　[[メキシコシティオリンピック|メキシコ五輪]] 奇跡の銅メダル ～日本サッカー・勝つための組織作り～&lt;br /&gt;
*6月13日　ニッポン外交力誕生 ～[[伊藤博文]]・[[神戸事件]]解決～&lt;br /&gt;
*6月20日　乱世に祈りを ～[[蓮如]]（れんにょ）・理想郷の建設～&lt;br /&gt;
*7月4日　[[冷戦]]の壁を破ろうとした男 ～[[石橋湛山]]・世界平和への願い～&lt;br /&gt;
*7月11日　天才信長をつくった男 ～[[今川義元]] 真説・[[桶狭間の戦い]]～&lt;br /&gt;
*8月1日　忘れられた島の闘い ～[[沖縄返還]]への軌跡～&lt;br /&gt;
*9月5日　引き裂かれた村 ～日米戦の舞台・[[フィリピン]]～&lt;br /&gt;
*9月12日　外交の信念 時流に散る ～宰相・[[広田弘毅|廣田弘毅]]の闘い～&lt;br /&gt;
*9月19日　赤ちゃんを死なせない ～[[乳幼児死亡率|乳児死亡率]]ゼロ・ある村の記録～&lt;br /&gt;
*9月26日　[[日中国交正常化]]&lt;br /&gt;
*10月3日　特別企画 歴史ドキュメント01（ゼロワン）　[[食通|グルメ]]誕生 ～[[北大路魯山人]]と器～&lt;br /&gt;
*10月10日　賤（しず）ヶ岳に散った夢 ～猛将・[[柴田勝家]]の悲劇～&lt;br /&gt;
*10月17日　義に死すとも不義に生きず ～[[会津戦争]] [[松平容保]] 悲運の決断～&lt;br /&gt;
*10月24日　[[銀]]を制する者は天下を制す ～[[毛利氏|毛利一族]]の戦い～&lt;br /&gt;
*10月31日　[[奇兵隊]] ～幕末に命を賭けた若き庶民たち～&lt;br /&gt;
*11月14日　[[国際連合]]加盟 ～[[重光葵]] 日本から世界へのメッセージ～&lt;br /&gt;
*11月21日　[[継体天皇]] [[ヤマト王権|ヤマト]]を救う&lt;br /&gt;
*11月28日　[[緒方洪庵]]・[[天然痘]]との闘い&lt;br /&gt;
*12月5日　[[戦後]][[引揚者|引き揚げ]] 660万人故郷への道&lt;br /&gt;
*12月12日　天下に旗をあげよ ～伊達政宗・ヨーロッパに賭けた夢～&lt;br /&gt;
*12月19日　[[対馬府中藩|対馬藩]]・決死の国書すり替え ～[[朝鮮通信使]]秘話～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2008年===&lt;br /&gt;
*1月23日　都会の地下に夢をもとめて ～[[地下鉄]]の父・[[早川徳次 (東京地下鉄道)|早川徳次]]～&lt;br /&gt;
*1月30日・2月6日　シリーズ[[江戸時代]]の危機（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「[[富士山]]大噴火 ～幕府・復興への闘い～」&lt;br /&gt;
:後編「[[天明の大飢饉|天明の飢饉]]（ききん）江戸を脅（おびや）かす ～鬼平・[[長谷川宣以|長谷川平蔵]]の無宿人対策～」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[category:日本放送協会テレビ番組|そのときれきしかうこいたのせんほうそうりすと]]&lt;br /&gt;
[[category:教養番組|そのときれきしかうこいたのせんほうそうりすと]]&lt;br /&gt;
[[category:ドキュメンタリー番組|そのときれきしかうこいたのせんほうそうりすと]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0; background-color:#f6f6f6; border:1px solid #ccc; padding:3px; font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
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|条件     = [[サラブレッド]]系4歳以上&amp;lt;br /&amp;gt;（[[中央競馬]]・[[地方競馬]]全国）&lt;br /&gt;
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|創設     = [[1989年]][[5月17日]]（重賞格上）&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
[[画像:Adjudi_Mitsu_O_20060505R1.jpg|thumb|230px|第18回の勝馬[[アジュディミツオー]]（2006年5月5日）]]&lt;br /&gt;
'''かしわ記念'''（かしわきねん）とは[[千葉県競馬組合]]が[[船橋競馬場]]の[[ダート]]1600[[メートル|m]]で施行する[[地方競馬]]の[[重賞]]（[[ダートグレード競走|統一JpnI]]）[[競馬の競走|競走]]である。競走名の由来「かしわ」は船橋競馬場の前身として[[千葉県]][[柏市]]に[[柏競馬場]]が所在した事を記念して名付けられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
[[1928年]]の創設当時には東洋一の近代競馬場と称された柏競馬場の功績を称え、[[1978年]]に4歳（現3歳）以上の[[南関東公営競馬|南関東地区]]限定の準重賞競走「かしわ記念」として創設され、船橋競馬場のダート1800mで施行された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1989年]]からは南関東地区限定重賞に格上げ、[[1996年]]からは中央・地方全国交流競走に指定、全国の地方所属馬や[[中央競馬]]所属馬の出走が可能になり、更に施行距離を現在のダート1600mに短縮、南関東グレードのG2に格付けされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1997年]]からは前年から施行されたダートグレード競走のGIII（統一GIII）に格付けされ、[[2002年]]からはGII（統一GII）・南関東G1に昇格、[[2003年]]からは出走資格が4歳（旧5歳）以上に変更、[[2005年]]からは船橋競馬場で最初のGI（統一GI）に格上げされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以前は[[帝王賞]]の前哨戦として位置付けされていたが、統一GIになり、春のダートのマイル最強馬決定戦との位置付けとなった。これに伴い、従来の南関東マイル最強馬決定戦に位置付けられていた[[大井競馬場]]の[[マイルグランプリ]]は、南関東G1から南関東G2に格下げされ、当競走の[[トライアル競走|トライアル]]となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
創設当初は準重賞（中央競馬でいうオープン特別に相当する）として始まった競走が重賞となり、レースの日程や距離設定などから6月に移行した[[帝王賞]]の前哨戦に位置づけられて、[[ダートグレード競走]]のスタートに伴いGIIIに格付けされ、それ以降も毎年の如く極めて良質なメンバーが集まってくる事から、ついには本競走そのものが春のダートマイル王決定戦とされて全国レベルの統一GIにまで格が上がった。ここまで大きく出世した競走は日本国内では他に類を見ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
出走資格は、[[サラブレッド系種|サラ系]]4歳（旧5歳）以上の[[競走馬]]でフルゲートは14頭、南関東地方競馬の所属馬7頭、南関東以外の地方競馬所属馬3頭、JRA所属馬4頭と所属別に出走枠が決められている。またマイルグランプリの1着・2着入賞馬には当競走の優先出走権が与えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[負担重量]]は定量で牡馬57キロ、牝馬は55キロである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
総額賞金は1億200万円で1着賞金6,000万円、2着賞金2,100万円、3着賞金1,200万円、4着賞金600万円、5着賞金300万円と定められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、1着・2着に入賞した地方所属馬に限り帝王賞の優先出走権が与えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
*[[1978年]] - 船橋競馬場のダート1800mの4歳（現3歳）以上の準重賞競走「かしわ記念」として創設。&lt;br /&gt;
*[[1989年]] - 南関東重賞に格上げ。&lt;br /&gt;
*[[1996年]]&lt;br /&gt;
**施行距離をダート1600mに変更。&lt;br /&gt;
**南関東グレード制施行によりG2に格付け。&lt;br /&gt;
**中央・地方全国指定交流競走に指定。&lt;br /&gt;
**負担重量を別定に変更。&lt;br /&gt;
*[[1997年]]&lt;br /&gt;
**ダート競走格付け委員会にGIII（統一GIII）に格付け。 &lt;br /&gt;
**負担重量をグレード別定に変更。&lt;br /&gt;
*[[1999年]] - [[石崎隆之]]が[[騎手]]として史上初の連覇。&lt;br /&gt;
*[[2001年]] - [[馬齢]]表示の国際基準への変更に伴い、出走条件が「4歳以上」から「3歳以上」に変更。&lt;br /&gt;
*[[2002年]]&lt;br /&gt;
**南関東グレードのG1に昇格。&lt;br /&gt;
**ダート競走格付け委員会にGII（統一GII）に昇格。&lt;br /&gt;
*[[2003年]]&lt;br /&gt;
**出走資格を4歳（旧5歳）以上に変更。&lt;br /&gt;
**負担重量を定重量に変更。&lt;br /&gt;
*[[2005年]] - ダート競走格付け委員会にGI（統一GI）に昇格。&lt;br /&gt;
*[[2006年]] - [[内田博幸]]が騎手として2人目の連覇。&lt;br /&gt;
*[[2007年]]&lt;br /&gt;
**5月5日に中央競馬が開催されるため5月2日に開催。&lt;br /&gt;
**国際セリ名簿基準委員会（ICSC）の勧告に伴う重賞の格付け表記の変更により、統一グレード表記をJpnIに変更。&lt;br /&gt;
=== 歴代優勝馬 === &lt;br /&gt;
重賞格付け以後&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot; style=&amp;quot;background:#f9f9f9&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background:#f2f2f2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!回数!!施行日!!優勝馬!!性齢!!所属!!勝時計!!優勝騎手!!管理調教師!!馬主&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第1回||[[1989年]][[5月17日]]||イシノラツキー||牝4||[[船橋競馬場|船橋]]||1:52.5||[[桑島孝春]]||泉孝||亀井都&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第2回||[[1990年]][[5月5日]]||フジノダンサー||牝4||船橋||1:54.8||[[石崎隆之]]||須永和良||臼井勇&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第3回||[[1991年]][[4月23日]]||パワーデイクター||牡4||船橋||1:54.7||田部和広||金沢豊||潤間力夫&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第4回||[[1992年]][[4月23日]]||スーパージョーク||牡6||船橋||1:55.7||石崎隆之||須永和良||若林一郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第5回||[[1993年]][[5月27日]]||トキノクンショウ||牡4||[[大井競馬場|大井]]||1:53.4||鈴木啓之||小筆昌||渡辺典六&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第6回||[[1994年]][[5月4日]]||ヤマジュンオー||牡5||大井||1:53.7||[[的場文男]]||栗田繁||山下洵一郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第7回||[[1995年]][[4月20日]]||ヤマノセイコー||牡5||船橋||1:53.0||田部和広||鈴木茂樹||山口明彦&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第8回||[[1996年]][[5月29日]]||ヒカリルーファス||牡4||大井||1:39.4||早田秀治||高岩隆||野口光雄&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第9回||[[1997年]][[5月28日]]||バトルライン||牡4||[[日本中央競馬会|JRA]]||1:37.9||[[武豊]]||[[松田博資]]||[[社台レースホース|（有）社台レースホース]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第10回||[[1998年]]5月27日||[[アブクマポーロ]]||牡6||船橋||1:35.4||石崎隆之||[[出川克己]]||鑓水秋則&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第11回||[[1999年]][[5月26日]]||サプライズパワー||牡5||船橋||1:39.5||石崎隆之||[[川島正行]]||大迫忍&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第12回||[[2000年]][[5月24日]]||ビーマイナカヤマ||牡6||JRA||1:40.8||[[鹿戸雄一]]||高市圭二||（有）中山牧場&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第13回||[[2001年]][[5月30日]]||タマモストロング||牡6||JRA||1:38.1||小池隆生||佐藤正雄||タマモ（株）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第14回||[[2002年]][[5月8日]]||[[トーシンブリザード]]||牡4||船橋||1:36.5||石崎隆之||[[佐藤賢二]]||和泉栄一&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第15回||[[2003年]][[6月4日]]||[[スターリングローズ]]||牡6||JRA||1:38.2||[[福永祐一]]||[[北橋修二]]||（株）協栄&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第16回||[[2004年]]5月26日||[[ナイキアディライト]]||牡4||船橋||1:39.7||石崎隆之||出川龍一||小野スミ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第17回||[[2005年]]5月5日||[[ストロングブラッド]]||牡6||JRA||1:37.9||[[内田博幸]]||[[増沢末夫]]||村木篤&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第18回||[[2006年]]5月5日||[[アジュディミツオー]]||牡5||船橋||1:38.6||内田博幸||川島正行||織戸眞男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第19回||[[2007年]][[5月2日]]||[[ブルーコンコルド]]||牡7||JRA||1:37.4||[[幸英明]]||[[服部利之]]||（株）荻伏レーシング・クラブ&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[フェブラリーステークス]]&lt;br /&gt;
*[[帝王賞]]&lt;br /&gt;
*[[プロキオンステークス]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{ダートグレードのGI・JpnI競走}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:地方競馬の競走|かしわきねん]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0; background-color:#f6f6f6; border:1px solid #ccc; padding:3px; font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
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&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>210.255.79.206</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%85%A8%E6%97%A5%E6%9C%AC2%E6%AD%B3%E5%84%AA%E9%A7%BF&amp;diff=20144</id>
		<title>全日本2歳優駿</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%85%A8%E6%97%A5%E6%9C%AC2%E6%AD%B3%E5%84%AA%E9%A7%BF&amp;diff=20144"/>
				<updated>2007-12-19T06:49:40Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;210.255.79.206: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{競馬の競走&lt;br /&gt;
|馬場     = ダート&lt;br /&gt;
|競走名   = 全日本2歳優駿&lt;br /&gt;
|開催地   = [[川崎競馬場]]&lt;br /&gt;
|施行日   = [[2007年]][[12月19日]]&lt;br /&gt;
|格付け   = JpnI&lt;br /&gt;
|1着賞金  = 3500万円&lt;br /&gt;
|距離     = [[ダート]]1600[[メートル|m]]&lt;br /&gt;
|条件     = [[サラブレッド]]系2歳&amp;lt;br /&amp;gt;（[[中央競馬]]・[[地方競馬]]全国）&lt;br /&gt;
|負担重量 = [[牡馬]]55[[キログラム|kg]]、[[牝馬]]54kg&lt;br /&gt;
|創設     = [[1950年]][[8月13日]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
'''全日本2歳優駿'''（ぜんにほんにさいゆうしゅん）とは[[神奈川県川崎競馬組合]]が[[川崎競馬場]]の[[ダート]]1600[[メートル|m]]で施行する[[地方競馬]]の[[重賞]]（[[競馬の競走格付け|統一JpnI]]）[[競馬の競走|競走]]である。全国地方競馬の現存する最古の重賞競走でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
古くはネンタカラ（[[中央競馬]]に移籍後は[[ゴールデンウェーブ]]）、[[ダイゴホマレ]]の2頭の[[東京優駿]]優勝馬に始まり、[[天皇賞]]優勝馬の[[オンスロート (競走馬)|オンスロート]]、[[ヒカルタカイ]]、[[東京大賞典]]優勝馬スピードパーシア、近年も[[アグネスワールド]]、[[アグネスデジタル]]、[[トーシンブリザード]]、[[ユートピア (競走馬)|ユートピア]]など、錚々たる名前が歴代優勝馬に連なる、全国の地方競馬でも屈指の出世競走として名高い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
[[1950年]]に'''全日本三才優駿'''として創設され、第1回は川崎競馬場のダート1200mで施行された。第1回に限り中央競馬から[[競走馬]]を招待して行われたが&amp;lt;ref&amp;gt;参考文献：三木晴男『競馬社会の戦後史』近代文藝社、1994年&amp;lt;/ref&amp;gt;、第2回（[[1951年]]）以降は南関東地区の2歳（旧3歳）チャンプ決定戦として位置付けられ、ダート1400mに延長、更に[[1956年]]にはダート1500m、[[1959年]]に現在のダート1600mで施行されるようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1985年]]には地方全国交流競走に指定され、南関東地区だけではない名実共に全日本の地方競馬の2歳（旧3歳）チャンプ決定戦として位置付けされ、[[1988年]]に'''全日本3歳優駿'''に名称変更を行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1997年]]には中央・地方全国指定交流競走に指定され、[[日本中央競馬会|JRA]]所属馬に再び門戸が開かれ、[[1996年|前年]]から施行された[[ダートグレード競走]]のGII（統一GII）に格付け、[[2001年]]に競走馬年齢（[[馬齢]]）を国際基準に合わせた事に伴い、「全日本2歳優駿」に名称変更、[[2002年]]にダートグレード競走のGI（統一GI）に昇格、名実共に日本の2歳ダート最強馬決定戦として位置付けされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
総額賞金は5,950万円で1着賞金3,500万円、2着賞金1,225万円、3着賞金700万円、4着賞金350万円、5着賞金175万円と定められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[負担重量]]は定重量で[[牡馬]]は55[[キログラム|kg]]、[[牝馬]]は54kgと定められている。&lt;br /&gt;
=== 出走条件 ===&lt;br /&gt;
[[サラブレッド系種|サラ系]]2歳（旧3歳）の[[競走馬]]を前提として、南関東所属馬6頭、南関東所属以外の地方所属馬4頭、JRA所属馬4頭と出走枠が定められおり、'''地方所属馬に限り'''優先出走権保持馬、指定馬が所属枠内の頭数で出走できる。その指定競走は以下のとおり。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;優先出走権トライアル競走&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot; style=&amp;quot;background:#f9f9f9&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background:#f2f2f2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!競走名!!競走格!!施行競馬場!!施行コース!!取得条件&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[北海道2歳優駿]]||統一JpnIII||[[門別競馬場]]||ダート1800m||1着入賞&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[兵庫ジュニアグランプリ]]||統一JpnIII||[[園田競馬場]]||ダート1400m||1着入賞&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
;南関東・岩手枠トライアル競走&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot; style=&amp;quot;background:#f9f9f9&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background:#f2f2f2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!競走名!!競走格!!施行競馬場!!施行コース!!取得条件!!備考&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|平和賞||南関東S3||[[船橋競馬場]]||ダート1600m||1着入賞||東日本交流競走&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[ハイセイコー記念]]||南関東S2||[[大井競馬場]]||ダート1600m||1着・2着入賞&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|鎌倉記念||南関東S3||川崎競馬場||ダート1500m||1着入賞&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
;指定馬トライアル競走&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot; style=&amp;quot;background:#f9f9f9&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background:#f2f2f2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!競走名!!競走格!!施行競馬場!!施行コース!!取得条件&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|南部駒賞||重賞||[[水沢競馬場]]||ダート1600m||1着入賞&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|九州ジュニアチャンピオン||KG1||[[佐賀競馬場]]||ダート1750m||1着・2着入賞&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
また上記以外のダートグレード競走の1着入賞馬、優先出走権トライアル競走の2着・3着入賞馬、[[中央競馬]]における重賞競走及びダートのオープン特別競走の1着入賞馬にも指定馬としての権利が与えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
*[[1950年]] 川崎競馬場のダート1200mの2歳（旧3歳）限定の重賞競走「全日本三才優駿」として創設。&lt;br /&gt;
*[[1951年]] 施行コースをダート1400mに変更。&lt;br /&gt;
*[[1956年]] 施行コースをダート1500mに変更。&lt;br /&gt;
*[[1959年]]&lt;br /&gt;
**施行コースをダート1600mに変更。&lt;br /&gt;
**この年の[[9月1日]]から日本競馬の時計表示が変更になったのに伴い、時計が1/5秒表示から1/10秒表示に変更。&lt;br /&gt;
*[[1985年]] 地方全国交流競走に指定。&lt;br /&gt;
*[[1988年]] 名称を「全日本3歳優駿」に変更。&lt;br /&gt;
*[[1997年]]&lt;br /&gt;
**中央・地方全国指定交流競走に指定。&lt;br /&gt;
**ダート競走格付け委員会にGII（統一GII）に格付けされる。&lt;br /&gt;
*[[2001年]]&lt;br /&gt;
**[[馬齢]]表示の国際基準への変更に伴い、出走資格が「3歳」から「2歳」に変更。&lt;br /&gt;
**名称を「全日本2歳優駿」に変更。&lt;br /&gt;
*[[2002年]] ダート競走格付け委員会にGI（統一GI）に昇格される。&lt;br /&gt;
*[[2005年]] 負担重量が牡馬54kg・牝馬53kgから牡馬55kg・牝馬54kgに変更。&lt;br /&gt;
*[[2007年]] [[国際セリ名簿基準委員会]]（ICSC）の勧告に伴う重賞の格付け表記の変更により、統一グレード表記をJpnIに変更。&lt;br /&gt;
=== 歴代優勝馬 ===&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot; style=&amp;quot;background:#f9f9f9&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background:#f2f2f2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!回数!!施行日!!優勝馬!!性齢!!所属!!勝時計!!優勝騎手!!管理調教師!!馬主&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第1回||[[1950年]][[8月13日]]||サチフサ||牡2||[[大井競馬場|大井]]||1:22 2/5||大山末治||大山末治||小倉極之助&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第2回||[[1951年]][[11月4日]]||シンタカラ||牡2||大井||1:22 2/5||勝又衛||小林元治||川俣欣也&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第3回||[[1952年]][[9月30日]]||ローズバツト||牝2||大井||1:31 1/5||須田茂||大山末治||平野高次郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第4回||[[1953年]][[11月6日]]||[[ゴールデンウエーブ|ネンタカラ]]||牡2||大井||1:30 2/5||遠間波満行||小林元治||川俣欣也&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第5回||[[1954年]][[12月1日]]||タジマオー||牡2||[[川崎競馬場|川崎]]||1:31 1/5||井上宥蔵||井上宥蔵||田島将光&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第6回||[[1955年]][[11月23日]]||カブト||牡2||大井||1:31 4/5||長沢忠夫||大山末治||新本秀吉&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第7回||[[1956年]][[11月15日]]||エイシヨウ||牝2||大井||1:38 0/5||須田茂||関口三治||鈴木績&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第8回||[[1957年]][[11月18日]]||[[ダイゴホマレ]]||牡2||大井||1:36 0/5||小筆昌||天間三之助||醍醐幸右衛門&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第9回||[[1958年]][[11月20日]]||カチススム||牡2||大井||1:38 0/5||内田秋造||秋谷元次||藤田義男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第10回||[[1959年]]11月20日||[[オンスロート (競走馬)|オンスロート]]||牡2||大井||1:41.4||赤間清松||田中九兵衛||三輪野憲治&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第11回||[[1960年]][[12月6日]]||ユキロウ||牡2||大井||1:43.8||古野重孝||栗田武||堀場勝&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第12回||[[1961年]][[11月21日]]||セルコール||牡2||[[船橋競馬場|船橋]]||1:45.9||須田茂||出川己代造||安達保多&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第13回||[[1962年]]12月1日||テルチカラ||牡2||大井||1:44.5||高岩隆||森田正一||塚越昭&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第14回||[[1963年]][[12月11日]]||ハロユウ||牡2||大井||1:43.7||宮下哲朗||伊藤正美||青野保&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第15回||[[1964年]]11月18日||タマノニシキ||牝2||大井||1:43.6||[[佐々木竹見]]||大南栄蔵||宇野智子&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第16回||[[1965年]][[11月24日]]||ニユーサカエ||牡2||大井||1:41.7||小筆昌||平野金一||青木福次郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第17回||[[1966年]][[11月30日]]||[[ヒカルタカイ]]||牡2||大井||1:42.6||竹山隆||鏑木文一郎||高井正子&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第18回||[[1967年]][[11月15日]]||バトラー||牡2||大井||1:43.6||福永二三雄||荒井貢||只木清太郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第19回||[[1968年]][[12月26日]]||トウシユン||牡2||船橋||1:41.8||渥美忠男||出川己代造||中井美恵子&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第20回||[[1969年]][[12月18日]]||タマプチー||牡2||大井||1:42.3||赤間清松||竹内美喜男||花田まさ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第21回||[[1970年]]12月10日||タニノカツヒメ||牝2||船橋||1:40.5||宮下紀英||岡林喜和||谷中勇&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第22回||[[1971年]]12月10日||ヤシマスウパー||牡2||船橋||1:41.6||内野健二||木村万吉||石塚昌男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第23回||[[1972年]][[12月20日]]||チヤイナホープ||牡2||船橋||1:41.9||[[川島正行]]||矢熊壽||岡田久夫&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第24回||[[1973年]][[12月5日]]||スピードパーシア||牡2||船橋||1:41.0||内野健二||及川六郎||佐藤興業（株）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第25回||[[1974年]]12月11日||シタヤロープ||牡2||船橋||1:40.8||佐々木竹見||江口勇||高氏茂二&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第26回||[[1975年]]12月11日||カツフアーム||牡2||大井||1:41.3||[[高橋三郎]]||秋谷元次||栗林友二&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第27回||[[1976年]]12月10日||カシキユネ||牡2||[[浦和競馬場|浦和]]||1:42.3||本間茂||中島正治||（株）ルイスクラブ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第28回||[[1977年]]12月8日||ヒダカホーリユウ||牡2||船橋||1:41.2||岡島茂||谷口源吾||戸部洋&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第29回||[[1978年]][[12月14日]]||マイリマンド||牡2||大井||1:40.5||高橋三郎||菊池千秋||古川一男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第30回||[[1979年]]12月20日||スーパーヤマト||牡2||船橋||1:40.3||[[桑島孝春]]||米山仲司||秋元重弘&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第31回||[[1980年]][[12月17日]]||シゲノカマダ||牡2||船橋||1:41.4||佐藤隆||吉田馨||鎌田管仲&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第32回||[[1981年]][[12月16日]]||ヒノデスター||牡2||船橋||1:42.8||桑島孝春||栗原清||吉種実&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第33回||[[1982年]]12月20日||ヨネタロウ||牡2||川崎||1:42.5||本間茂||高橋久志||田所国丈&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第34回||[[1983年]][[12月23日]]||ヨシマサボーイ||牡2||船橋||1:42.8||[[石崎隆之]]||出川己代造||吉田昌子&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第35回||[[1984年]][[12月19日]]||ロングタイシヨー||牡2||川崎||1:42.7||佐々木竹見||八木弘||笠原英政&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第36回||[[1985年]][[12月25日]]||ミハマシヤーク||牡2||川崎||1:42.5||山崎尋美||鈴木敏一||関明夫&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第37回||[[1986年]][[12月29日]]||ダイカツラモーヌ||牝2||浦和||1:43.8||石崎隆之||柘榴喜八郎||志賀泰吉&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第38回||[[1987年]]12月29日||リユウコウキング||牡2||川崎||1:43.2||本間茂||鳥飼元脩||池田徳七&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第39回||[[1988年]][[12月21日]]||ミルユージ||牡2||船橋||1:44.7||桑島孝春||米山仲司||藤代由太郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第40回||[[1989年]][[12月28日]]||ハセノトライアン||牡2||船橋||1:43.9||石崎隆之||出川己代造||長谷川文夫&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第41回||[[1990年]]12月29日||nowrap|ユウユウサンボーイ||牡2||川崎||1:42.7||[[森下博 (騎手)|森下博]]||八木弘||澤井唯一&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第42回||[[1991年]]12月26日||ヤマニンロード||牡2||川崎||1:42.3||石崎隆之||長谷川蓮太郎||安西善作&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第43回||[[1992年]][[12月22日]]||キタサンテイオー||牡2||船橋||1:42.0||石崎隆之||[[川島正行]]||（有）大野商事&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第44回||[[1993年]][[12月27日]]||キタノジライ||牡2||nowrap|[[ホッカイドウ競馬|北海道]]||1:43.2||大城剛||中村光春||吉田秀夫&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第45回||[[1994年]]12月29日||ヒカリルーファス||牡2||浦和||1:42.1||佐々木竹見||牛房榮吉||原口常雄&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第46回||[[1995年]]12月27日||ホウシュウサルーン||牡2||川崎||1:44.1||石崎隆之||八木仁||共慶商事（株）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第47回||[[1996年]][[12月18日]]||オグリダンディ||牡2||大井||1:42.3||佐宗応和||菅原秀雄||小栗孝一&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第48回||[[1997年]]12月29日||[[アグネスワールド]]||牡2||[[日本中央競馬会|JRA]]||1:41.7||[[武豊]]||[[森秀行]]||[[渡辺孝男 (馬主)|渡辺孝男]]&amp;lt;BR&amp;gt;[[吉田照哉]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第49回||[[1998年]]12月29日||アドマイヤマンボ||牡2||JRA||1:43.3||[[田中勝春]]||[[橋田満]]||[[近藤利一]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第50回||[[1999年]]12月23日||[[アグネスデジタル]]||牡2||JRA||1:41.1||[[的場均]]||[[白井寿昭]]||渡辺孝男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第51回||[[2000年]][[12月13日]]||[[トーシンブリザード]]||牡2||船橋||1:42.6||石崎隆之||[[佐藤賢二]]||稲垣博信&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第52回||[[2001年]]12月25日||[[プリンシパルリバー]]||牡2||北海道||1:42.5||[[五十嵐冬樹]]||成田春男||吉田照哉&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第53回||[[2002年]]12月25日||[[ユートピア (競走馬)|ユートピア]]||牡2||JRA||1:42.4||[[河内洋]]||[[橋口弘次郎]]||[[金子真人]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第54回||[[2003年]]12月17日||[[アドマイヤホープ]]||牡2||JRA||1:42.8||武豊||橋田満||近藤利一&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第55回||[[2004年]]12月22日||[[プライドキム]]||牡2||JRA||1:40.6||[[池添謙一]]||[[池添兼雄]]||深見富朗&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第56回||[[2005年]]12月21日||[[グレイスティアラ]]||牝2||JRA||1:42.3||田中勝春||[[手塚貴久]]||（有）下河辺牧場&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第57回||[[2006年]]12月13日||[[フリオーソ (競走馬)|フリオーソ]]||牡2||船橋||1:41.8||[[内田博幸]]||川島正行||[[ダーレー・ジャパン|ダーレー・ジャパン・レーシング（有）]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第58回||[[2007年]]12月19日||[[イイデケンシン]]||牡2||JRA||1:41.8||[[藤田伸二]]||[[昆貢]]||（株）アールエスエーカントリ&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
* 優勝馬の[[馬齢]]は[[2000年]]以前も現表記を用いる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[ブリーダーズカップ・ジュヴェナイル]]&lt;br /&gt;
*[[ブリーダーズカップ・ジュヴェナイルフィリーズ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{ダートグレードのGI・JpnI競走}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:地方競馬の競走|せんにほんにさいゆうしゆん]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0; background-color:#f6f6f6; border:1px solid #ccc; padding:3px; font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
このページは[http://ja.wikipedia.org/wiki/ Wikipedia日本語版]由来のコンテンツを利用しています。もとの記事は[http://ja.wikipedia.org/wiki/全日本2歳優駿 '''全日本2歳優駿''']にあります。執筆者のリストは[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=全日本2歳優駿&amp;amp;action=history '''履歴''']をご覧ください。[[Yourpedia]]と同じく[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia Wikipedia]は[http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html GFDLのライセンス]で提供されています。コンテンツを再利用する際には同じくGFDLのライセンスを採用してください。&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>210.255.79.206</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%85%A8%E6%97%A5%E6%9C%AC2%E6%AD%B3%E5%84%AA%E9%A7%BF&amp;diff=20143</id>
		<title>全日本2歳優駿</title>
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				<updated>2007-12-19T06:47:27Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;210.255.79.206: 新しいページ: '{{競馬の競走 |馬場     = ダート |競走名   = 全日本2歳優駿 |開催地   = 川崎競馬場 |施行日   = 2007年12月19日 |格付け   = JpnI |1...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{競馬の競走&lt;br /&gt;
|馬場     = ダート&lt;br /&gt;
|競走名   = 全日本2歳優駿&lt;br /&gt;
|開催地   = [[川崎競馬場]]&lt;br /&gt;
|施行日   = [[2007年]][[12月19日]]&lt;br /&gt;
|格付け   = JpnI&lt;br /&gt;
|1着賞金  = 3500万円&lt;br /&gt;
|距離     = [[ダート]]1600[[メートル|m]]&lt;br /&gt;
|条件     = [[サラブレッド]]系2歳&amp;lt;br /&amp;gt;（[[中央競馬]]・[[地方競馬]]全国）&lt;br /&gt;
|負担重量 = [[牡馬]]55[[キログラム|kg]]、[[牝馬]]54kg&lt;br /&gt;
|創設     = [[1950年]][[8月13日]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
'''全日本2歳優駿'''（ぜんにほんにさいゆうしゅん）とは[[神奈川県川崎競馬組合]]が[[川崎競馬場]]の[[ダート]]1600[[メートル|m]]で施行する[[地方競馬]]の[[重賞]]（[[競馬の競走格付け|統一JpnI]]）[[競馬の競走|競走]]である。全国地方競馬の現存する最古の重賞競走でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
古くはネンタカラ（[[中央競馬]]に移籍後は[[ゴールデンウェーブ]]）、[[ダイゴホマレ]]の2頭の[[東京優駿]]優勝馬に始まり、[[天皇賞]]優勝馬の[[オンスロート (競走馬)|オンスロート]]、[[ヒカルタカイ]]、[[東京大賞典]]優勝馬スピードパーシア、近年も[[アグネスワールド]]、[[アグネスデジタル]]、[[トーシンブリザード]]、[[ユートピア (競走馬)|ユートピア]]など、錚々たる名前が歴代優勝馬に連なる、全国の地方競馬でも屈指の出世競走として名高い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
[[1950年]]に'''全日本三才優駿'''として創設され、第1回は川崎競馬場のダート1200mで施行された。第1回に限り中央競馬から[[競走馬]]を招待して行われたが&amp;lt;ref&amp;gt;参考文献：三木晴男『競馬社会の戦後史』近代文藝社、1994年&amp;lt;/ref&amp;gt;、第2回（[[1951年]]）以降は南関東地区の2歳（旧3歳）チャンプ決定戦として位置付けられ、ダート1400mに延長、更に[[1956年]]にはダート1500m、[[1959年]]に現在のダート1600mで施行されるようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1985年]]には地方全国交流競走に指定され、南関東地区だけではない名実共に全日本の地方競馬の2歳（旧3歳）チャンプ決定戦として位置付けされ、[[1988年]]に'''全日本3歳優駿'''に名称変更を行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1997年]]には中央・地方全国指定交流競走に指定され、[[日本中央競馬会|JRA]]所属馬に再び門戸が開かれ、[[1996年|前年]]から施行された[[ダートグレード競走]]のGII（統一GII）に格付け、[[2001年]]に競走馬年齢（[[馬齢]]）を国際基準に合わせた事に伴い、「全日本2歳優駿」に名称変更、[[2002年]]にダートグレード競走のGI（統一GI）に昇格、名実共に日本の2歳ダート最強馬決定戦として位置付けされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
総額賞金は5,950万円で1着賞金3,500万円、2着賞金1,225万円、3着賞金700万円、4着賞金350万円、5着賞金175万円と定められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[負担重量]]は定重量で[[牡馬]]は55[[キログラム|kg]]、[[牝馬]]は54kgと定められている。&lt;br /&gt;
=== 出走条件 ===&lt;br /&gt;
[[サラブレッド系種|サラ系]]2歳（旧3歳）の[[競走馬]]を前提として、南関東所属馬6頭、南関東所属以外の地方所属馬4頭、JRA所属馬4頭と出走枠が定められおり、'''地方所属馬に限り'''優先出走権保持馬、指定馬が所属枠内の頭数で出走できる。その指定競走は以下のとおり。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;優先出走権トライアル競走&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot; style=&amp;quot;background:#f9f9f9&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background:#f2f2f2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!競走名!!競走格!!施行競馬場!!施行コース!!取得条件&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[北海道2歳優駿]]||統一JpnIII||[[門別競馬場]]||ダート1800m||1着入賞&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[兵庫ジュニアグランプリ]]||統一JpnIII||[[園田競馬場]]||ダート1400m||1着入賞&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
;南関東・岩手枠トライアル競走&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot; style=&amp;quot;background:#f9f9f9&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background:#f2f2f2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!競走名!!競走格!!施行競馬場!!施行コース!!取得条件!!備考&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|平和賞||南関東S3||[[船橋競馬場]]||ダート1600m||1着入賞||東日本交流競走&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[ハイセイコー記念]]||南関東S2||[[大井競馬場]]||ダート1600m||1着・2着入賞&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|鎌倉記念||南関東S3||川崎競馬場||ダート1500m||1着入賞&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
;指定馬トライアル競走&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot; style=&amp;quot;background:#f9f9f9&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background:#f2f2f2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!競走名!!競走格!!施行競馬場!!施行コース!!取得条件&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|南部駒賞||重賞||[[水沢競馬場]]||ダート1600m||1着入賞&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|九州ジュニアチャンピオン||KG1||[[佐賀競馬場]]||ダート1750m||1着・2着入賞&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
また上記以外のダートグレード競走の1着入賞馬、優先出走権トライアル競走の2着・3着入賞馬、[[中央競馬]]における重賞競走及びダートのオープン特別競走の1着入賞馬にも指定馬としての権利が与えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
*[[1950年]] 川崎競馬場のダート1200mの2歳（旧3歳）限定の重賞競走「全日本三才優駿」として創設。&lt;br /&gt;
*[[1951年]] 施行コースをダート1400mに変更。&lt;br /&gt;
*[[1956年]] 施行コースをダート1500mに変更。&lt;br /&gt;
*[[1959年]]&lt;br /&gt;
**施行コースをダート1600mに変更。&lt;br /&gt;
**この年の[[9月1日]]から日本競馬の時計表示が変更になったのに伴い、時計が1/5秒表示から1/10秒表示に変更。&lt;br /&gt;
*[[1985年]] 地方全国交流競走に指定。&lt;br /&gt;
*[[1988年]] 名称を「全日本3歳優駿」に変更。&lt;br /&gt;
*[[1997年]]&lt;br /&gt;
**中央・地方全国指定交流競走に指定。&lt;br /&gt;
**ダート競走格付け委員会にGII（統一GII）に格付けされる。&lt;br /&gt;
*[[2001年]]&lt;br /&gt;
**[[馬齢]]表示の国際基準への変更に伴い、出走資格が「3歳」から「2歳」に変更。&lt;br /&gt;
**名称を「全日本2歳優駿」に変更。&lt;br /&gt;
*[[2002年]] ダート競走格付け委員会にGI（統一GI）に昇格される。&lt;br /&gt;
*[[2005年]] 負担重量が牡馬54kg・牝馬53kgから牡馬55kg・牝馬54kgに変更。&lt;br /&gt;
*[[2007年]] [[国際セリ名簿基準委員会]]（ICSC）の勧告に伴う重賞の格付け表記の変更により、統一グレード表記をJpnIに変更。&lt;br /&gt;
=== 歴代優勝馬 ===&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot; style=&amp;quot;background:#f9f9f9&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background:#f2f2f2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!回数!!施行日!!優勝馬!!性齢!!所属!!勝時計!!優勝騎手!!管理調教師!!馬主&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第1回||[[1950年]][[8月13日]]||サチフサ||牡2||[[大井競馬場|大井]]||1:22 2/5||大山末治||大山末治||小倉極之助&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第2回||[[1951年]][[11月4日]]||シンタカラ||牡2||大井||1:22 2/5||勝又衛||小林元治||川俣欣也&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第3回||[[1952年]][[9月30日]]||ローズバツト||牝2||大井||1:31 1/5||須田茂||大山末治||平野高次郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第4回||[[1953年]][[11月6日]]||[[ゴールデンウエーブ|ネンタカラ]]||牡2||大井||1:30 2/5||遠間波満行||小林元治||川俣欣也&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第5回||[[1954年]][[12月1日]]||タジマオー||牡2||[[川崎競馬場|川崎]]||1:31 1/5||井上宥蔵||井上宥蔵||田島将光&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第6回||[[1955年]][[11月23日]]||カブト||牡2||大井||1:31 4/5||長沢忠夫||大山末治||新本秀吉&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第7回||[[1956年]][[11月15日]]||エイシヨウ||牝2||大井||1:38 0/5||須田茂||関口三治||鈴木績&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第8回||[[1957年]][[11月18日]]||[[ダイゴホマレ]]||牡2||大井||1:36 0/5||小筆昌||天間三之助||醍醐幸右衛門&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第9回||[[1958年]][[11月20日]]||カチススム||牡2||大井||1:38 0/5||内田秋造||秋谷元次||藤田義男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第10回||[[1959年]]11月20日||[[オンスロート (競走馬)|オンスロート]]||牡2||大井||1:41.4||赤間清松||田中九兵衛||三輪野憲治&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第11回||[[1960年]][[12月6日]]||ユキロウ||牡2||大井||1:43.8||古野重孝||栗田武||堀場勝&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第12回||[[1961年]][[11月21日]]||セルコール||牡2||[[船橋競馬場|船橋]]||1:45.9||須田茂||出川己代造||安達保多&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第13回||[[1962年]]12月1日||テルチカラ||牡2||大井||1:44.5||高岩隆||森田正一||塚越昭&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第14回||[[1963年]][[12月11日]]||ハロユウ||牡2||大井||1:43.7||宮下哲朗||伊藤正美||青野保&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第15回||[[1964年]]11月18日||タマノニシキ||牝2||大井||1:43.6||[[佐々木竹見]]||大南栄蔵||宇野智子&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第16回||[[1965年]][[11月24日]]||ニユーサカエ||牡2||大井||1:41.7||小筆昌||平野金一||青木福次郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第17回||[[1966年]][[11月30日]]||[[ヒカルタカイ]]||牡2||大井||1:42.6||竹山隆||鏑木文一郎||高井正子&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第18回||[[1967年]][[11月15日]]||バトラー||牡2||大井||1:43.6||福永二三雄||荒井貢||只木清太郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第19回||[[1968年]][[12月26日]]||トウシユン||牡2||船橋||1:41.8||渥美忠男||出川己代造||中井美恵子&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第20回||[[1969年]][[12月18日]]||タマプチー||牡2||大井||1:42.3||赤間清松||竹内美喜男||花田まさ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第21回||[[1970年]]12月10日||タニノカツヒメ||牝2||船橋||1:40.5||宮下紀英||岡林喜和||谷中勇&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第22回||[[1971年]]12月10日||ヤシマスウパー||牡2||船橋||1:41.6||内野健二||木村万吉||石塚昌男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第23回||[[1972年]][[12月20日]]||チヤイナホープ||牡2||船橋||1:41.9||[[川島正行]]||矢熊壽||岡田久夫&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第24回||[[1973年]][[12月5日]]||スピードパーシア||牡2||船橋||1:41.0||内野健二||及川六郎||佐藤興業（株）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第25回||[[1974年]]12月11日||シタヤロープ||牡2||船橋||1:40.8||佐々木竹見||江口勇||高氏茂二&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第26回||[[1975年]]12月11日||カツフアーム||牡2||大井||1:41.3||[[高橋三郎]]||秋谷元次||栗林友二&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第27回||[[1976年]]12月10日||カシキユネ||牡2||[[浦和競馬場|浦和]]||1:42.3||本間茂||中島正治||（株）ルイスクラブ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第28回||[[1977年]]12月8日||ヒダカホーリユウ||牡2||船橋||1:41.2||岡島茂||谷口源吾||戸部洋&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第29回||[[1978年]][[12月14日]]||マイリマンド||牡2||大井||1:40.5||高橋三郎||菊池千秋||古川一男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第30回||[[1979年]]12月20日||スーパーヤマト||牡2||船橋||1:40.3||[[桑島孝春]]||米山仲司||秋元重弘&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第31回||[[1980年]][[12月17日]]||シゲノカマダ||牡2||船橋||1:41.4||佐藤隆||吉田馨||鎌田管仲&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第32回||[[1981年]][[12月16日]]||ヒノデスター||牡2||船橋||1:42.8||桑島孝春||栗原清||吉種実&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第33回||[[1982年]]12月20日||ヨネタロウ||牡2||川崎||1:42.5||本間茂||高橋久志||田所国丈&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第34回||[[1983年]][[12月23日]]||ヨシマサボーイ||牡2||船橋||1:42.8||[[石崎隆之]]||出川己代造||吉田昌子&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第35回||[[1984年]][[12月19日]]||ロングタイシヨー||牡2||川崎||1:42.7||佐々木竹見||八木弘||笠原英政&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第36回||[[1985年]][[12月25日]]||ミハマシヤーク||牡2||川崎||1:42.5||山崎尋美||鈴木敏一||関明夫&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第37回||[[1986年]][[12月29日]]||ダイカツラモーヌ||牝2||浦和||1:43.8||石崎隆之||柘榴喜八郎||志賀泰吉&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第38回||[[1987年]]12月29日||リユウコウキング||牡2||川崎||1:43.2||本間茂||鳥飼元脩||池田徳七&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第39回||[[1988年]][[12月21日]]||ミルユージ||牡2||船橋||1:44.7||桑島孝春||米山仲司||藤代由太郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第40回||[[1989年]][[12月28日]]||ハセノトライアン||牡2||船橋||1:43.9||石崎隆之||出川己代造||長谷川文夫&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第41回||[[1990年]]12月29日||nowrap|ユウユウサンボーイ||牡2||川崎||1:42.7||[[森下博 (騎手)|森下博]]||八木弘||澤井唯一&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第42回||[[1991年]]12月26日||ヤマニンロード||牡2||川崎||1:42.3||石崎隆之||長谷川蓮太郎||安西善作&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第43回||[[1992年]][[12月22日]]||キタサンテイオー||牡2||船橋||1:42.0||石崎隆之||[[川島正行]]||（有）大野商事&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第44回||[[1993年]][[12月27日]]||キタノジライ||牡2||nowrap|[[ホッカイドウ競馬|北海道]]||1:43.2||大城剛||中村光春||吉田秀夫&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第45回||[[1994年]]12月29日||ヒカリルーファス||牡2||浦和||1:42.1||佐々木竹見||牛房榮吉||原口常雄&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第46回||[[1995年]]12月27日||ホウシュウサルーン||牡2||川崎||1:44.1||石崎隆之||八木仁||共慶商事（株）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第47回||[[1996年]][[12月18日]]||オグリダンディ||牡2||大井||1:42.3||佐宗応和||菅原秀雄||小栗孝一&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第48回||[[1997年]]12月29日||[[アグネスワールド]]||牡2||[[日本中央競馬会|JRA]]||1:41.7||[[武豊]]||[[森秀行]]||[[渡辺孝男 (馬主)|渡辺孝男]]&amp;lt;BR&amp;gt;[[吉田照哉]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第49回||[[1998年]]12月29日||アドマイヤマンボ||牡2||JRA||1:43.3||[[田中勝春]]||[[橋田満]]||[[近藤利一]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第50回||[[1999年]]12月23日||[[アグネスデジタル]]||牡2||JRA||1:41.1||[[的場均]]||[[白井寿昭]]||渡辺孝男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第51回||[[2000年]][[12月13日]]||[[トーシンブリザード]]||牡2||船橋||1:42.6||石崎隆之||[[佐藤賢二]]||稲垣博信&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第52回||[[2001年]]12月25日||[[プリンシパルリバー]]||牡2||北海道||1:42.5||[[五十嵐冬樹]]||成田春男||吉田照哉&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第53回||[[2002年]]12月25日||[[ユートピア (競走馬)|ユートピア]]||牡2||JRA||1:42.4||[[河内洋]]||[[橋口弘次郎]]||[[金子真人]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第54回||[[2003年]]12月17日||[[アドマイヤホープ]]||牡2||JRA||1:42.8||武豊||橋田満||近藤利一&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第55回||[[2004年]]12月22日||[[プライドキム]]||牡2||JRA||1:40.6||[[池添謙一]]||[[池添兼雄]]||深見富朗&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第56回||[[2005年]]12月21日||[[グレイスティアラ]]||牝2||JRA||1:42.3||田中勝春||[[手塚貴久]]||（有）下河辺牧場&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第57回||[[2006年]]12月13日||[[フリオーソ (競走馬)|フリオーソ]]||牡2||船橋||1:41.8||[[内田博幸]]||川島正行||[[ダーレー・ジャパン|ダーレー・ジャパン・レーシング（有）]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第58回||[[2007年]]12月19日||[[イイデケンシン]]||牡2||JRA||1:41.8||[[藤田伸二]]||[[昆貢]]||（株）アールエスエーカントリ&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
* 優勝馬の[[馬齢]]は[[2000年]]以前も現表記を用いる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[ブリーダーズカップ・ジュヴェナイル]]&lt;br /&gt;
*[[ブリーダーズカップ・ジュヴェナイルフィリーズ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{ダートグレードのGI・JpnI競走}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:地方競馬の競走|せんにほんにさいゆうしゆん]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>210.255.79.206</name></author>	</entry>

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