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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<updated>2026-05-17T19:39:46Z</updated>
		<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
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		<title>海獺 (利用者)</title>
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				<updated>2009-06-18T08:56:23Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Otheruses|[[ウィキペディア]]の[[皇帝]]|その他のラッコ|海獺}}&lt;br /&gt;
{{Otheruses|ウィキペディアの[[ケフカ]]|その他のケフカ|ケフカ (曖昧さ回避)}}&lt;br /&gt;
'''海獺'''（ラッコ）は[[ウィキペディア|ウィキペディア社会主義帝国]]独裁者にして権限濫用[[荒らし]]である。通称'''平成の[[毛沢東]]'''。[[神奈川県]][[相模原市]]在住。会話ページの編集ばかりで一般記事はほとんど編集しない利用者。プロバイダーのDION（当時。現・au one）を通じて、以前はIPユーザー[[wiki:利用者:61.117.54.58|61.117.54.58]]（現在は東京都に割り当て）として投稿を行っていたことが判明している。[[wiki:利用者:Oksoftware|Oksoftware]]の会話ページでその投稿内容を垣間見ることができる。投稿好きなこともあり、管理者アカウントの[[wiki:利用者:海獺|海獺]]以外にも別アカウントで投稿しているものと噂されている。本人は在宅勤務で耳を酷使する仕事（好意的に見ても電話サポート）を行っていると自称しているらしいがボランティアで行うウィキペディアでの管理人業務が早朝から深夜に及ぶことに加え、[[2ちゃんねる]]での投稿活動を加えると生計を立てられる程の収入を得る時間は作られず実家からの援助か公的扶助を受けて生計を維持しているものと推測される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近年までは[[Lonicera (利用者)|Lonicera]]に次いで悪い管理者として有名であったが当のLoniceraが消えたため、今では最大の極悪管理者となりつつある。ウィキペディアの[[皇帝]]としてウィキペデアに君臨している。座右の銘は「'''おなかすいたねー'''」。[[統合失調症]]（解離性人格障害）の傾向がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2ちゃんねらー]]にして[[ウィキペディア日本語版]]の派閥・[[2ちゃんねる組]]の筆頭である。トリップは◆RACCOxeST6。2ちゃんねるでは主として「趣味一般」板のウィキペディア日本語版スレ（【百科事典】ウィキペディア第n刷【Wikipedia】）に常駐。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==利用者ページ==&lt;br /&gt;
なぜか[[ラッコ]]の写真が「'''おなかいっぱいでねむいね'''」「'''みんななかよく'''」「'''みんなで話し合ってみる'''」のキャプションと共に多数掲載されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼はこれによって自分の悪いイメージを和らげようとしているのだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でも実際は独裁行為ばかりしているので意味がないし、中年オヤジがPCの前でこんな言葉を使っている姿は想像したくないものだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また他者に批判投稿をさせなようにするため自分自身で自身の「利用者ページ」を保護するなど、どこまでもやり方が腐っておりどのような環境で生きてくればこんな骨の髄まで腐り果てた人間になり下がるのか、まさに想像を絶する人物である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そもそも、何が「'''みんななかよく'''」「'''みんなで話し合ってみる'''」なのだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自分にとって都合の悪い人物（または自分の主義に反する人物）を片っ端から投稿ブロックに掛けるなどして喧嘩を売る行為をしているのは自分自身である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
要するに言っていることとやっていることが違うのであって、'''解離性人格障害'''または'''脳病'''である可能性が高い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 実態 ==&lt;br /&gt;
[[ウィキホリック]]が管理権を握ると何が起こるかのよいサンプルと化している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
普段は温厚でおとなしい印象を与えているがブロック権限やチェックユーザ権限を発動する際、また自分への批判には逆切れし凄まじい凶暴性を発揮する。最近はLoniceraに恨みがある。JAWPで最近[[wiki:利用者:Ish-ka|Ish-ka]]の靴下説が持ち上がっているが、[[wiki:利用者:野田憲太郎|野田憲太郎]]の妄想では「[[松葉裕子]]と[[福井利器]]と[[太田尚志]]ならそのように誘導することも可能」となる。しかし現実的には松葉は野田の[[セックスフレンド]]であり、寧ろ後述の理由により[[Onyx]]の靴下説が濃厚。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
理由・通告なしに他ユーザーをソックパペット扱いし広域レベルで[[投稿ブロック]]を乱発しウィキペディアを支配している史上最悪の独裁者であり、投稿ブロックまでに踏むべき段階を知らない'''ド腐れ'''かつ'''人間のクズ'''である。要するに個人的に気に食わない利用者を抹消するために投稿ブロック権限を乱用し、利用者の個人情報を不正に入手するためにCheckUser権限を常時乱用しているのである。いわゆる、BOTを使用した「厨房ホイホイ」である。ある程度の厨房なら引っかかると本気で考えている。凡庸なプログラマーなので自画自賛から抜け出せないのである。2ちゃんねるのウィキペディア関連のスレでは「海獺からアク禁食らって初めて（Wikipedia参加者として）一人前」「まともなWikipedia参加者なら「ラッコ」と入力して即座に「海獺」と変換される」等と皮肉られる始末である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
平日休日、また昼夜無関係にウィキペディアにへばりついておりニートでしかも重度のネット中毒患者・[[ウィキホリック]]であることが強く疑われる。[[2007年]]9月にアカウントを作成して参加したばかりであるはずなのに2ヶ月後の11月には管理者、[[2008年]]2月にはCheckUser係にまで就任しており胡散臭さ全開である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先に「ブロック権限やCU権限を使用する際には隠された凶暴性を発揮する」と述べたが、もはや凶暴を通り越して気違いじみている。ごく稀に[[長野駅]]での犯行予告に対処するなど良い事をする事もあるが、そんなの管理者として当然の事であって全く評価されていないのみならず逆に悪い事ばかり目立っており非難の声が高い。2ちゃんねるにも名前を隠して書き込んでおり、ウィキペディアに関連するスレッドを荒らしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
相手を折伏出来なくなると「“Wikipedia:児童・生徒の方へ”をよくお読み下さい」と書き捨てる。端末の向こうの人間の年齢が透視出来るらしい。また、何かあるとすぐに「ウィキペディアのキソク」と理由にならない言い訳をして逃げる。&lt;br /&gt;
=== いじめ ===&lt;br /&gt;
かつては初心者ユーザー・[[魚津プロジェクト]]を虐めまくった上、「魚津市関連の編集を行うユーザーは誰であろうと魚津プロジェクトのソックパペット」という偏見まで広めた。このため、現在では魚津市関連の編集は滞っている（らしい）。後にブロックまで行い、最終的には引退にまで追いつめている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ブロックの理由として「彼の編集は利用者ページを意味なくいじることとお詫びをノートに書いて回るということばかりで、今回の一連の問題に関して根本的な理解をされていず百科事典を作る方向に向かっていない」と発言しているがこれは'''100%言い訳'''であり、本当は「'''コイツは俺に歯向かいやがるから編集に参加できないようにしてやる'''」という個人的な理由だけでブロックしている。まさに海獺らしい、気に入らないユーザーをブロックする代表的なケースである。全くを以て、なぜこんなクズが支持されるのか理解に苦しむ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
更には[[wiki:利用者:Gordon_S|Gordon_S]]に対するストーキング活動まで始めた。Gordon_SがASAHIネットの千葉県内アクセスポイントを使用していると邪推し、使用しているとする物を含む広域の[[IPアドレス]]を片端からブロックする暴挙に出ている。また[[wiki:利用者:2B|2B]]という靴下を取得し“Gordon_Sのブロック破りによる荒らしを通報”させ、“これを受けて”広域ブロックをしている（2Bは差し戻しと“通報”をするのみで編集加筆を未だ一切行なっていない、要は自警）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、IP:119.104.52.227を使って「犯罪予告をしている」などと言って他人を脅迫する行為も見られる。[[創価学会]]員の可能性大。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
根拠なくソックパペットを疑惑の段階でブロックするのが常套手段。一度ブロックを掛けられると弁明は殆ど不可能（聞き入れる聞き入れないかは管理者様の胸三寸）。「疑わしきは罰せず」という言葉があるが'''疑われた'''（または気に入られなかった）'''が最後'''である。濡れ衣同然で投稿ブロックを喰らったユーザーは数知れず。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== Onyxとの関係 ==&lt;br /&gt;
2008年[[8月27日]]、海獺は[[wiki:利用者:Ichiroh Satoh|Ichiroh Satoh]]を無期限ブロックした。Ichiroh Satohは[[wiki:利用者:Onyx|Onyx]]の悪質な荒らし行為を告発する[[wiki:Wikipedia:コメント依頼/Onyx|コメント依頼の項目]]を作成したとたん海獺により「長期のブロックをされているIPユーザーのブロック破り」として[[ウィキペディア日本語版]]から追放された。極悪非道ユーザー・[[利用者:Onyx|Onyx]]を擁護していることから、海獺はOnyxの一味である可能性が強い。さらに言えば、海獺はOnyxの靴下である可能性も否定できない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== SACHENとの関係 ==&lt;br /&gt;
2アカウント取得した極悪非道ユーザー・[[SACHEN]]も擁護していることから、海獺はSACHENの一味である可能性が強い。さらに言えば、海獺はSACHENの靴下である可能性も否定できない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 余談 ==&lt;br /&gt;
[[日本放送協会|NHK]]の『[[みんなのうた]]』で流れていた曲に『いたずラッコ』があるが、もしかすると'''彼のことをテーマとした曲'''かもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
海獺は、BOTで動いているCU。このBOTは[[野駄犬]]の妄想によれば福井利器やCai.Kosukeも使っているBOTということになる。最近は福井利器が使っていることがばれたため開き直ってこのアカウントを使っていることが多いというが、これも[[野田犬]]の妄想。福井（もしくは松葉裕子）がつかえるということはJAWPに関わる暇人サマナが福井とその部下だけになったと[[バター犬|松葉のバター犬]]は妄想している。JAWPの信用が落ちているのは事実だがそれは[[オウム真理教]]とは無関係で、海獺 - Onyx連合の悪質な荒らし行為が原因である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== Youroedia ==&lt;br /&gt;
[[利用者:海獺（らっこ）|海獺（らっこ）]]、[[利用者:海獺|海獺]]と言う利用者がいるが[[野田憲太郎]]関連の編集が多くウィキペディアの利用者とは別人であり、正体は[[藤森京介]]である可能性がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[魚津プロジェクト]] - 彼はこいつをいじめる事が趣味だとか。&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア日本語版の管理者]]&lt;br /&gt;
*[[2ちゃんねる組]]&lt;br /&gt;
**[[2ちゃんねる組の言行録]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア日本語版]]&lt;br /&gt;
*[[利用者:海獺]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[[Wiki:利用者:海獺|ウィキペディアの利用者ページ]] - [[ラッコ]]の写真がやたら掲載されている。彼の[[Wiki:利用者‐会話:海獺|ノート]]に日頃の恨みを書いてもいいです（100%ブロックされると思いますが）。&lt;br /&gt;
*[[Wiki:Wikipedia:管理者への立候補/海獺 20071102|こんな利用者が管理者にのし上がった経緯]] &lt;br /&gt;
*[[Wiki:特別:Contributions/海獺|動静]]（いつ本業に携わっているのだろうか?）&lt;br /&gt;
*[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=特別:Log/block&amp;amp;user=海獺 彼に処刑された可哀想なユーザーたち]&lt;br /&gt;
*[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=特別:Log/protect&amp;amp;user=海獺 彼によって編集できなくなった可哀想な記事たち]&lt;br /&gt;
*[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=特別:Log/delete&amp;amp;user=海獺 彼によって削除された可哀想な記事たち]&lt;br /&gt;
*[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=特別:Log/move&amp;amp;user=海獺 彼による移動記録]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:らつこ}} &lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディアの管理者]]&lt;br /&gt;
[[Category:ネット弁慶]]&lt;br /&gt;
[[Category:ネットストーカー]]&lt;br /&gt;
[[Category:アンサイクロペディアに書くと削除される記事]]&lt;br /&gt;
[[Category:ニート]]&lt;br /&gt;
[[Category:蛆虫]]&lt;br /&gt;
[[Category:童貞]]&lt;br /&gt;
[[Category:ケフカ]]&lt;br /&gt;
[[Category:役立たず]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=Chakuwiki%E3%81%AE%E7%AE%A1%E7%90%86%E8%80%85_(%E7%8F%BE%E5%AE%9F)&amp;diff=43301</id>
		<title>Chakuwikiの管理者 (現実)</title>
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				<updated>2008-12-16T08:15:41Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{先編集権}}&lt;br /&gt;
{{自己責任}}&lt;br /&gt;
'''Chakuwikiの管理者'''（チャクウィキのかんりしゃ）とは[[Chakuwiki]]を管理する人たちのことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
閲覧専門の利用者は含まれない。Chakuwikiの利用者には、数多くの個性的な利用者が存在する。また管理者による投稿ブロックが最近、相次いでいるのも実情である。Chakuwikiに対して問題的な活動を行った利用者が、この項目にリストアップされるだろう。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アカウントは1人で複数もつことも出来るが、複数で1つを管理することも可能である。したがって、ここにあげたアカウントの人数が実際の利用者の人数とイコールとは限らない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
はっきり言ってウィキペディアの管理者より質は極めて低く比較対照にならぬほど下劣なサイト。当然の様にネットしか娯楽の無い根暗臆病者である馬鹿管理者、馬鹿ユーザーの溜まり場となっている。実際には馬鹿所かきちがいの溜まり場と言った方が適切である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう悪管理者たちは成敗しないといけない。殺す殺す殺す。私は今押さえ切れない程の殺意を覚えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私が利用してきたサイトの中でも突出して下劣で柄の悪いのがCWであり、私はまともなYPユーザーに出会い心から本当に嬉しく思っており（こんな嬉しい体験も初めてであった）ここを荒らす奴（CWユーザー）は例え冗談半分であったとしても絶対に許さないし、した所でここに載る事になるだろう（犯罪者と言うレッテルが貼られる）。あっち（CW）では滅茶苦茶に罵倒し、ますます利用者が離れるという悪循環を分かっていない様だな。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
御前等（CWユーザー）も好い加減つまらないユーザー苛めは止めてもっとまともになれよ。と言ってもきちがいには通じないか。言っておくが一番手っ取り早いのは悪開発者・管理者・ユーザー皆ひっくるめて処分する事だ。よく覚えとけ。ちんけな罵倒主義者達（CWユーザー）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先日、CWユーザーであるおかやまりゅうせい氏（ブログでは「はげお」）が書いた[http://hagepower.net/mt/archives/cat4/cat20/index.html 基地外馬鹿丸出しのプレイ日記]の発見に成功した。[http://www14.plala.or.jp/rei_kamizuki/FF6/FF6.htm 偉大なるユアペディアンの同ゲームのプレイ日記を基にした小説]と比較してみよう。&lt;br /&gt;
*いかに基地外かよくわかりました。[[一刀]]=[[ケフカ]]説は正しいと思います。---Ded&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
CWに嫌気がさしたまともなユーザーへ。一度でもCWで嫌な思いをした人は今貴方が御覧になっているここ（YP）に来て頂きたい。絶対に損はさせない。私が思うに貴方も腸煮えくり返っているのだと思う。がここではそういう事態にはならない。それは私も尊敬する優秀なユーザーが全員である為でありCWでつまらないと感じた時は貴方の見ているここ（YP）に立ち寄って貰いたい。必ずや貴方にとってプラスになります。&lt;br /&gt;
===アンチCWクラブ会員===&lt;br /&gt;
CWを憎む正義の心の持ち主&lt;br /&gt;
*[[利用者:ゆーり|ゆーり]]&lt;br /&gt;
*[[利用者:Ded|Ded]]&lt;br /&gt;
*[[利用者:中竹たけし|中竹たけし]]&lt;br /&gt;
*[[利用者:YUu|YUu]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==Chakuwikiの管理者==&lt;br /&gt;
ユアペディアを敵視する生きる価値のない糞管理者ども。ちなみに、この記事を編集するとチャクウィキを荒らしてないのにブロックされる。言っていることとやることが全く違うのがこのWikiの特徴。公的では全くなくて完全にプライベート・サイトと思われる。本当のことが書かれているのがくやしいのか糞野郎どもめ。詳細は[http://wiki.chakuriki.net/index.php?title=%E7%89%B9%E5%88%A5%3ALog&amp;amp;type=block&amp;amp;user=&amp;amp;page= 基地外どものブロック記録]を見るべし。&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:4B3|4B3}}===&lt;br /&gt;
谷口一刀の一番弟子であり、鹿児島に住んでいる。Chakuwiki九州代表である。'''中学生のため、Chakuwikiでは管理者になれてもウィキペディアでは100%無理である。'''やはりきちがいで根暗臆病者であり中学校では苛められている。'''アンサイクロペディアでも管理者になれない。ウィキペディアで[[wiki:利用者:おかやまりゅうせい|某氏]]同様に5年間ブロックされるべきである。'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:Action_F|Action F}}===&lt;br /&gt;
4B3の手下。消えろよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:Extream!!|Extream!!}}===&lt;br /&gt;
名前が[[#利用者:（あ）|（あ）]]並みにふざけている糞管理者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:I.T.Revolution|I.T.Revolution}}===&lt;br /&gt;
休職していた管理者。自ら休職して誤魔化すのは良くない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう糞管理者は成敗しないといけない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:林家「ふっ。見た所霊力を全く感じないね」&lt;br /&gt;
:I.T.Revolution「こいつは倒せるぜ!かすが～」&lt;br /&gt;
:林家「悪足掻きは止すんだな。指弾!」&lt;br /&gt;
:I.T.Revolution「痛～!ひっ助けてくれ～!」&lt;br /&gt;
:林家「見苦しいかすは嫌いでね。今すぐに存在を消してあげるよ!」&lt;br /&gt;
:I.T.Revolution「ばきっ!ぐわ～!（死亡）」&lt;br /&gt;
こうして不正（CWでの数々の悪行）に怒った林家によってI.T.Revolutionは粉砕された。とおもったけど死んでいないし、活動を再開したのでもう一度やりますわ。&lt;br /&gt;
:&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:25pt&amp;quot;&amp;gt;'''ズシュ!'''&amp;lt;/span&amp;gt;&lt;br /&gt;
I.T.Revolutionはついに氏んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
極度の'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:25pt&amp;quot;&amp;gt;削除・保護・ブロック主義者&amp;lt;/span&amp;gt;'''である。さっさと'''死ねよ'''カス。'''他人の利用者ページを勝手に保護する基地外'''である。だが弱点がある。自分の利用者ページには一切保護がかけられていないのでそこを荒らせばよい。ついでに{{Chakuwiki|Template:Boxboxbottom}}と{{Chakuwiki|Template:Boxboxtop}}も{{Chakuwiki|Template:荒らし}}に変えてしまおう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
管理者になって数ヶ月しか経っていないのに調子に乗るバカ。働けよ。なんか行動にすごく腹立たしい感じを覚える。水色の名前はキモい。正直引く。chakuwikiにも「のびた君」があればなとつくづく思う。コイツより先にAction F氏が管理者になるべきだったと強く思う。言っちゃ悪いけどいないほうがいい。評価できる唯一の点は712騒動の対応ぐらい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:Kahusi|Kahusi}}===&lt;br /&gt;
{{Main|澤田亮太}}&lt;br /&gt;
Chakuwikiの管理者でもあり、[[ウィキペディア日本語版の管理者]]でもある。こんな人でもChakuwikiの管理者になれるためChakuwikiのウィキペディア化が進んでいる。最近では他アカウントで荒らし始め他のウィキペディア管理者などの成りすましを行っているが、ウィキペディアの会話ページでは「私ではありません」とコメントしている。嘘つきは泥棒の始まりである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう嘘つきは成敗しないといけない。&lt;br /&gt;
:孫悟空「御前はCWの悪管理者だな!御前だけは許さねー!」&lt;br /&gt;
:Kahusi「くっくっくっ!殺れるものなら殺ってみろ!」&lt;br /&gt;
:孫悟空「か～め～は～め～はー」&lt;br /&gt;
:Kahusi「ぐっぐっぐっ!ぐわ～（死亡）!」&lt;br /&gt;
:こうしてCWの嘘つき管理者は孫悟空によって倒されたのであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:Kami|Kami}}===&lt;br /&gt;
自称神。神気取りの小学生である。低脳で有名な2ちゃんねらーである。しかもVIPPER。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう（神という）勘違いだけの気違いは成敗しないといけない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:豪鬼「またCWのユーザーか。やはり気違いだらけというのも頷けるな」&lt;br /&gt;
:Kami「何をぼそぼそと!御前は私が倒し私が新世界の神となるのだー!ふふふふふ!」&lt;br /&gt;
:豪鬼「御前は完全にいかれているな」&lt;br /&gt;
:Kami「神（私）に逆らった罪は重～いお前は私が倒しま～すふっふっふっ!」&lt;br /&gt;
:豪鬼「おたく丸出しのきちがいが私が殺してやろう」&lt;br /&gt;
:Kami「何が～おたくだ～!それは御前の方だろうが死ねや～～～～～!」&lt;br /&gt;
:豪鬼「今回に限って見逃してやろうと思ったが相手が気違いでは仕方ない。瞬獄殺!」&lt;br /&gt;
:Kami「痛～よ～!ママ～助けてくれじょ～!」&lt;br /&gt;
:豪鬼「もはや御前を助ける者等誰一人としていない死あるのみだ」&lt;br /&gt;
:Kami「助けて～ママ～!やめてくれじょ～!」&lt;br /&gt;
:豪鬼「泣き付いても無駄だ俺は一度決めた事は貫き通す主義だからな。止めだ!」&lt;br /&gt;
:Kami「うわ～～～～～（死亡）!」&lt;br /&gt;
こうして気違いおたく（Kami）は豪鬼によって倒されたのであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:Mamekiti48|Mamekiti48}}===&lt;br /&gt;
最近姿が見えない糞管理者。どこにいるのか問い詰めたい。来いよ。まだこの人と話をしたことがないorz &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:Mtaniguchi|Mtaniguchi}}===&lt;br /&gt;
世界一の糞開発者である、Chakuwikiの[[天皇]]（総合管理人）。詳しくは[[谷口一刀]]を参照。またの名を[[ケフカ]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:Muttley|Muttley}}===&lt;br /&gt;
{{Main|Muttley (利用者)}}&lt;br /&gt;
Muttleyはアンサイクロペディア日本語版の天皇でもありChakuwikiの管理者でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
管理者であることをいいことに自分の気に食わないユーザーを無期限ブロックしたり、他人の[[IPアドレス]]や[[リモートホスト]]を全て暴露したりするプライバシーの侵害を平気で行う極悪非道な利用者。挙句の果てに[[大韓民国|韓国]]の記事を保護し[[陽富連邦]]を白紙保護した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウィキペディアに帰れよカス。こいつは死ぬべくして生まれた用の無い廃人見たいな者であり本当に死んだ方が良い。ちなみにブロックオタクでありブロックする事に性的快感を覚える変態きちがいオタク。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
極度の'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:25pt&amp;quot;&amp;gt;削除・保護・ブロック主義者&amp;lt;/span&amp;gt;'''である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あまりにも身勝手なため'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:20pt&amp;quot;&amp;gt;アンサイクロペディアでも嫌われている&amp;lt;/span&amp;gt;'''。ただ、最近あまり姿が見えなくなってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう[[気違い]][[おたく]]は成敗しないといけない。&lt;br /&gt;
:豪鬼「御前が人権侵害を平気でする極悪管理者か。ふっ弱すぎて目を瞑っていても倒せそうだ」&lt;br /&gt;
:Muttley「糞生意気な野郎だな!俺に言わせればそんなもん強がりにしか聞こえねーぜ!」&lt;br /&gt;
:豪鬼「分からない奴だな。御前は倒され今日死ぬというのを」&lt;br /&gt;
:Muttley「けっ!それが強がりだって言うんだよ!」&lt;br /&gt;
:豪鬼「仕方無い。分からない奴には力尽くでも分からせる必要がある。死をもってな!瞬獄殺!」&lt;br /&gt;
:Muttley「ぐわ～～～（死亡）!」&lt;br /&gt;
こうして天皇MuttleyはCWでの悪行に怒った豪鬼によって倒されたのであった。ざまーみろww。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:25pt&amp;quot;&amp;gt;犬なのに猫の署名使ってんじゃねーぞ!!&amp;lt;/span&amp;gt;'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:Sanpei|Sanpei}}===&lt;br /&gt;
[[兵庫県]]民であるにもかかわらず阪神大震災が大好きな基地外管理者。やはり身勝手なので結婚できないかわいそうな人。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:TriLateral|TriLateral}}===&lt;br /&gt;
{{Main|TriLateral}}&lt;br /&gt;
Chakuwikiの管理者。'''自分の都合のよいようにブロックする極悪管理者である'''。アンサイクロペディアでも[[アンサイクロペディア日本語版の利用者#利用者:あなこんだ|あなこんだ]]として別人のように暴れている。ユアペディアのユーザー弾圧があまりにも酷過ぎるので、Muttleyから注意された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
極度の'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:25pt&amp;quot;&amp;gt;削除・保護・ブロック主義者&amp;lt;/span&amp;gt;'''である。chakuwikiの利用者ページで「YPでいくら喚こうが他Wikiには影響しないし2chですら相手にされない、ということを思い知れ。YPで罵倒されることは管理者の勲章だぜ。全く…」と負け惜しみの発言を行っている。キモすぎる奴でありロリコンであり幼稚園児を連れ出してはSEXしている（幼児とのSEXは同意の有無にかかわらず強姦罪です!!）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう悪管理者は成敗しないといけない。&lt;br /&gt;
:ケンシロウ「あたたたた」北斗百裂拳!&lt;br /&gt;
:[[TriLateral]]の罵倒「何だそのちんけな技は、けっ!痛くも痒くもないわ」&lt;br /&gt;
:ケンシロウ「御前みたいなかすに用は無い。御前はもう死んでいる」&lt;br /&gt;
:TriLateral「うびょへ～（爆発）」&lt;br /&gt;
:こうしてケンシロウは[[TriLateral]]を倒し旅は続くのであった。しかし、TriLateralの罠にはまりケンシロウは屋敷の下敷きになりました。もはやTriLateralに対抗する者はいません。TriLateralの笑い声が、天空に響き渡りました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:Ded「おしまい・・・じゃねーよ!俺が倒す!」そして、DedはTriLateralを倒すべく旅に出た。&lt;br /&gt;
:Ded「ふっ、おまえは{{Chakuwiki|Yourpedia}}の記事を保護した糞管理者ね。死んでもらおう」&lt;br /&gt;
:TriLateral「こいつは倒せるぜ!かすが～」&lt;br /&gt;
:Ded「悪足掻きは止すんだな。指弾!」&lt;br /&gt;
:TriLateral「痛～!ひっ助けてくれ～!」&lt;br /&gt;
:Ded「見苦しいかすは嫌いでね。」&lt;br /&gt;
:TriLateral「ばきっ!ぐわ～!（死亡）」&lt;br /&gt;
:こうして不正（CWでの数々の悪行）に怒ったDedによってTriLateralは粉砕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:Yddit|Yddit}}===&lt;br /&gt;
ユーザーの統計をだらだらと書いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:（あ）|（あ）}}===&lt;br /&gt;
（あ）はChakuwikiの管理者。神奈川県在住。生年月日は[[1983年]][[5月4日]]らしいが、異説もある。血液型は不明。利用者名が非常に馬鹿げている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
極度の'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:25pt&amp;quot;&amp;gt;削除主義者&amp;lt;/span&amp;gt;'''である。削除検討に合致しないものまで、執拗に削除検討することで有名。利用者名が非常に馬鹿げている。だが、最近姿が見えない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[http://www.f5.dion.ne.jp/~mockyel/novel_menu.htm これ]を見てるんじゃない?こいつは利用者名を見ても分かる様に真のきちがいでありしょっちゅうAVを見ている変態野郎であり完全なロリコンオタク。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう気違いは成敗しないといけない。&lt;br /&gt;
:豪鬼「ふっ御前など弱すぎて戦う気も失せる」&lt;br /&gt;
:（あ）「何をー!大口叩きやがって!糞生意気になー!」&lt;br /&gt;
:豪鬼「まあいい死ぬ前だ。よく喋っておけばいい」&lt;br /&gt;
:（あ）「どうせ弱いくせに強がりやがって!俺は御前みたいな大口野郎が一番嫌いなんだよ!死ねやー!」&lt;br /&gt;
:豪鬼「いいや。死ぬのは貴様のようだ」&lt;br /&gt;
:（あ）「へっ!殺れるもんなら殺ってみろやー!」&lt;br /&gt;
:豪鬼「いいのか?俺を怒らせた罪は重いぞ。いいだろう地獄に落としてやろう。瞬獄殺!」&lt;br /&gt;
:（あ）「どわ～～～（死亡）!」&lt;br /&gt;
:こうして「阿呆=（あ）ほ」は呆気無く豪鬼に倒されたのであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:あけぼう|あけぼう}}===&lt;br /&gt;
栃木の管理者。極度の'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:25pt&amp;quot;&amp;gt;保護主義者&amp;lt;/span&amp;gt;'''である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:い|い}}===&lt;br /&gt;
その名の通り（あ）の[[ソックパペット]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう糞ソックパペットは成敗しないといけない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:Ded「ふっ。見た所霊力を全く感じないね」&lt;br /&gt;
:い「こいつは倒せるぜ!かすが～」&lt;br /&gt;
:Ded「悪足掻きは止すんだな。指弾!」&lt;br /&gt;
:い「痛～!ひっ助けてくれ～!」&lt;br /&gt;
:Ded「見苦しいかすは嫌いでね。今すぐに存在を消してあげるよ!」&lt;br /&gt;
:い「ばきっ!ぐわ～!（死亡）」&lt;br /&gt;
:こうして不正（CWでの数々の悪行）に怒ったDedによっていは粉砕された。&lt;br /&gt;
だが、殆ど姿が見えない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:たかはま|たかはま}}===&lt;br /&gt;
管理者でありながら、尻馬のりバカ同様「問題投稿」の削除に取り合わない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ひどい時には'''特定地域を侮辱して現地人を笑い者にするような投稿を自分からしでかす'''。こいつも又きちがい。チャクウィキにはこうしたきちがいで全て埋め尽くされておりサイトを利用するのは危険。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まともな人は外にどんどん出て行く為、密度の濃いきちがいだらけでスラムサイト（きちがいの坩堝）となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういうきちがいは成敗しないといけない。&lt;br /&gt;
:孫悟空「御前がCWで有名なきちがいおたくかー?」&lt;br /&gt;
:たかはま「それは御前だ!死ね!糟が!」&lt;br /&gt;
:孫「俺はまだ死ぬ訳にはいかないお前を倒すことが今一番重要なことだからだ」&lt;br /&gt;
:たかはま「御前は何を言っても通じない気違いだな!」&lt;br /&gt;
:孫「どっちが強いか今分からせてやるー!か～め～は～め～はー!」&lt;br /&gt;
:たかはま「どわ～～～（死亡）!」&lt;br /&gt;
:こうしてCWでの悪行に怒った孫空により「たかはま」は倒されたのであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
極度の'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:25pt&amp;quot;&amp;gt;保護主義者&amp;lt;/span&amp;gt;'''である。IPユーザーに対する口調もネチネチしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:ないです|ないです}}===&lt;br /&gt;
名前は「良識の人では'''ないです'''」が由来である。救いようのない管理者。ただ、常に空気が読めていないかと言われると案外そうでもない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:ピーター・バカラン|ピーター・バカラン}}===&lt;br /&gt;
サボっている管理者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう糞管理者は成敗しないといけない。 &lt;br /&gt;
:スーパー白紙「ふっ。見た所霊力を全く感じないね」&lt;br /&gt;
:ピーター・バカラン「こいつは倒せるぜ!かすが～」&lt;br /&gt;
:スーパー白紙「悪足掻きは止すんだな。指弾!」&lt;br /&gt;
:ピーター・バカラン「痛～!ひっ助けてくれ～!」&lt;br /&gt;
:スーパー白紙「見苦しいかすは嫌いでね。今すぐに存在を消してあげるよ!」&lt;br /&gt;
:ピーター・バカラン「ばきっ!ぐわ～!（死亡）」&lt;br /&gt;
こうして不正（CWでの数々の悪行）に怒ったCHAKUWIKI消えろによってピーター・バカランは粉砕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:御蒲田弓之助|御蒲田弓之助}}===&lt;br /&gt;
タイに行くと言って逃げる糞管理者。'''荒らされたのは当然だ、逃げるからだバーカ!'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:尻馬のりバカ|尻馬のりバカ}}===&lt;br /&gt;
[[ウィキペディア]]でブロックされたのにもかかわらずchakuwikiでは管理者になっている問題管理者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウィキペディア･[[アンサイクロペディア]]・2ちゃんねる化が不可欠にもかかわらず抵抗する空気の読めないというか読もうともしない管理者…、というよりもただの下劣人間。Muttleyの[[ソックパペット]]でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
オナニーしまくっており正体はただの変態きちがい野郎でこいつも真のきちがい。まともに話をしようとしても全くの無駄である。赤子言葉で話さないと通じない為である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう悪管理者は成敗しないといけない。&lt;br /&gt;
:天下人「弱すぎて戦う気にもならん」&lt;br /&gt;
:尻馬のりバカ「けっけっけっ!強がりは止せ馬鹿が」&lt;br /&gt;
:天下人「弱い者虐めと思って見逃してやろうと思ったがそっちがその気ならねー」&lt;br /&gt;
:尻馬のりバカ「どうせ大した技も持ってねーくせに。俺はそういう奴が嫌いなんだよ死にやがれー」&lt;br /&gt;
:天下人「死ぬのは君の方だよ。烈蹴紫炎弾!」&lt;br /&gt;
:尻馬のりバカ「痛～!許してくれ～!」&lt;br /&gt;
:天下人「許すと思うか?」&lt;br /&gt;
:尻馬のりバカ「ぼこっ!ぐわ～～～!（死亡）」&lt;br /&gt;
:こうしてCWでの悪行に怒った天下人の手により尻馬のりバカは倒されたのであった。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
極度の'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:25pt&amp;quot;&amp;gt;削除・保護・ブロック主義者&amp;lt;/span&amp;gt;'''である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「{{Chakuwiki|利用者:尻馬のりバカ|ここ}}で別人と書いているが誤魔化すために書いただけだ」とYPの活動を認めている。しかも、'''どうでもいいことに目くじらを立てる'''。暴走っぽい他人の投稿を消した際、八王人から「内容に不満があればまずは「問題投稿通知」や「削除願い」に依頼を」と忠告を受けていたIPユーザーがいたが'''その矢先にこのIPユーザーに投稿ブロックを食らわせた。もはや鬼である'''。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼のブロックはもはやネズミ取りに捕まったと思うしかないと言われるほどブロックを乱発する。そのため、空気読めとの声も上がっている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
更に、「問題投稿通知」や「削除願い」に削除依頼が来ても'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:20pt&amp;quot;&amp;gt;全く取り合わない&amp;lt;/span&amp;gt;'''。苦情の主に対して神経をわざと逆撫でするような言葉さえ浴びせ、わざとあからさまに地域同士の罵り合いを誘発してそれを喜んでいるのも日常茶飯事である。複数の管理者が口を揃えて「あれはやばい」「罵倒が過ぎる」と苦言を呈している中でも彼だけは1人脳天気にヘラヘラしており、その判断で削除された文章でさえその管理者らと相談もせず独断で復活させるほどである。'''1人の一般ユーザーの独断とかじゃなくて複数の管理者らによる意見一致で対応されたものに対してもこれである。もはやどうしようもないワンマンである。''' &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また[[朝日放送]]の関係者なので、[[麻生太郎|ローゼン閣下]]と[[オタク]]の悪口を容赦なく書きまくる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このように余りにも暴走をぶちかますので一部の管理者仲間からも「厳しすぎ」「尻馬のりバカとは話が合わぬ」との声が上がっている…、というかもはや'''ただの暴走人間'''としか思われていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:彊|彊}}===&lt;br /&gt;
谷口一刀の犬。話をしようとしても完全に無駄である。赤子言葉で話しても通じない為である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ、空気が読めない管理者かと言われると案外そうでもない。何気に上記の尻馬のりバカやたかはまの横暴に困惑している人物の一員である。しかし、所詮は犬なので逆らえない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう犬は成敗しないといけない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:Ｍｗ「ふっ。ただの犬か」&lt;br /&gt;
:彊「ワンッ!ワンッ!」&lt;br /&gt;
:Ｍｗ「敵ではないわ!」&lt;br /&gt;
:彊「ギャウン!（死亡）」&lt;br /&gt;
こうして役立たずな犬のだらしなさに怒ったＭｗによって彊はあっけなく粉砕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:八王人|八王人}}===&lt;br /&gt;
{{Main|八王人}}&lt;br /&gt;
花室川同様ユーザーを理由もなしにブロックする極悪管理人である。さっさと死んでくれ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう悪管理者は成敗しないといけない。&lt;br /&gt;
:仙水「弱すぎて戦う気にもならん」&lt;br /&gt;
:八王人「けっけっけっ!強がりは止せ馬鹿が」&lt;br /&gt;
:仙水「弱い者虐めと思って見逃してやろうと思ったがそっちがその気ならねー」&lt;br /&gt;
:八王人「どうせ大した技も持ってねーくせに。俺はそういう奴が嫌いなんだよ死にやがれー」&lt;br /&gt;
:仙水「死ぬのは君の方だよ。烈蹴紫炎弾!」&lt;br /&gt;
:八王人「痛～!許してくれ～!」&lt;br /&gt;
:仙水「許すと思うか?」&lt;br /&gt;
:八王人「ぼこっ!ぐわ～～～!（死亡）」&lt;br /&gt;
:こうしてCWでの悪行に怒った仙水の手により八王人は倒されたのであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
極度の'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:25pt&amp;quot;&amp;gt;ブロック・保護主義者&amp;lt;/span&amp;gt;'''である。かってに[http://www.ii-park.net/~harabou/no_35_antiism/no_35_5-.html '''DQN'''（荒らし）認定]を行っているが自分が'''DQN'''であるため信じてくれない。勝手に強制Wikiブレイクしやがって死ね死ね死ね死ね死ね!!!!茨城県のナンバープレート「つくばナンバー」にDQNって書いたら'''ブロック規制喰らった。本当のこと書いて何が悪い!さっさと死ねよ[[キチガイ]]!!!!'''また、ウィキペディアで無期限ブロックされているにも関わらずChakuwikiでは何の拘束もないのが実情であり話が矛盾している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:葉村史陽|葉村史陽}}===&lt;br /&gt;
[[千葉県]]一ド低脳な千葉県民。なのに管理者なのは糞Wikiだからである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:花室川|花室川}}===&lt;br /&gt;
問題管理者の1人。別名・[[鼻糞川]]。ユーザーを理由もなしにブロックする極悪管理人である。さっさと死んでくれ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「野比のび太に言いたい」を勝手に「野比のび太に言われたくない」にリダイレクトし、保護した糞管理者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Chakuwikiの中で最も空気の読めない管理者といっても過言ではない。それどころか自分も読めない。つまりきちがいでありしょっちゅう2chを見ており荒らしまくるこいつも真のきちがいオタクであり治療不可能である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう悪管理者は成敗しないといけない。&lt;br /&gt;
:戸愚呂弟「ふっ。見た所霊力を全く感じないね」&lt;br /&gt;
:花室川「こいつは倒せるぜ!かすが～」&lt;br /&gt;
:戸愚呂弟「悪足掻きは止すんだな。指弾!」&lt;br /&gt;
:花室川「痛～!ひっ助けてくれ～!」&lt;br /&gt;
:戸愚呂弟「見苦しいかすは嫌いでね」&lt;br /&gt;
:花室川「ばきっ!ぐわ～!（死亡）」&lt;br /&gt;
:こうして不正（CWでの数々の悪行）に怒った戸愚呂弟によって花室川は粉砕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
極度の'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:25pt&amp;quot;&amp;gt;ブロック・保護主義者&amp;lt;/span&amp;gt;'''である。理由もなしにブロックする。消えればよいのにこの'''糞管理者'''が。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自分がオタクなのにオタク狩りをしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[Chakuwikiの利用者]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア日本語版の利用者]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア日本語版の管理者]]&lt;br /&gt;
*[[アンサイクロペディア日本語版の利用者]]&lt;br /&gt;
*[[アンサイクロペディア日本語版の管理者 (現実)]]&lt;br /&gt;
*[[アンサイクロペディア英語版の利用者]]&lt;br /&gt;
*[[モナペディアの利用者]]&lt;br /&gt;
*[[ユアペディアの利用者]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:蛆虫|ちやくういきのかんりしや]]&lt;br /&gt;
[[Category:Chakuwikiの管理者|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:Chakuwikiの管理者|実]]&lt;br /&gt;
[[Category:童貞|ちやくういき]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=Yourpedia%E3%81%AE%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85&amp;diff=43300</id>
		<title>Yourpediaの利用者</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=Yourpedia%E3%81%AE%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85&amp;diff=43300"/>
				<updated>2008-12-16T08:09:02Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ユアペディアの利用者'''（ユアペディアのりようしゃ）とは[[Yourpedia]]を編集する人物のことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者一覧 ==&lt;br /&gt;
=== [[利用者:210.128.188.59|210.128.188.59]] ===&lt;br /&gt;
[[利用者:ミザリィ|ミザリィ]]氏のIPユーザー。長野のそうじろう氏に好意を抱いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
長野のそうじろうの追放を悲しんでいる（＾－＾）／`hahahahaha-yattaze。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:Beyond|Beyond]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|吉本敏洋}}&lt;br /&gt;
Yourpedia、[[コピペディア]]の唯一の管理者（他にも[[利用者:Sysop|Sysop]]が存在するが、同一人物である）。本名は[[吉本敏洋]]。[[悪徳商法?マニアックス]]の管理者。ユアペディアを荒らす[[オウム真理教]]の[[野田憲太郎|サマナ]]と在家信徒に対し、毅然とした態度で対応している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウィキペディアでは[[Wiki:利用者:たるんだあご|たるんだあご]]や[[Wiki:利用者:BeyondYoshimoto|BeyondYoshimoto]]、[[Wiki:利用者:インターネット先進ユーザー|インターネット先進ユーザー]]、[[Wiki:利用者:Blackrider|Blackrider]]などの多重アカウントで活動している疑いがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:Ded|Ded]] ===&lt;br /&gt;
チャクウィキを追放された利用者。現在、[[ユアペディア]]に貢献している。なお、「本人は[[利用者:七星|七星]]と名乗っているが別人である。」と[[七星]]が言っているが嘘である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:ＪＦＪＫ|ＪＦＪＫ]] === &lt;br /&gt;
精神病ユーザー。ガキ。ウィキホリック。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:Jrw223fan|223]] ===&lt;br /&gt;
大阪府茨木市在住の基地外。[[FC2]]ブログや[http://www.pokesho.com 某大手ポケモンサイト]などで暴れまわっている。痛いってレベルじゃねーぞｗｗ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:Lonicera|Lonicera]] ===&lt;br /&gt;
[[ウィキペディア日本語版の利用者|ウィキペディアの利用者]]・Yukarinと同一人物。詳しくは[[荘田悦宏]]を参照せよ。なお[[ウィキペディアン]]の[[Lonicera (利用者)|Lonicera]]はアカウント名が同じだがユアペディアンのLoniceraことYukarin=荘田とは別人・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:Los688|Los688]] ===&lt;br /&gt;
Lonicera同様、ウィキペディアの利用者・Yukarinと同一人物。詳しくは荘田悦宏を参照せよ。なおウィキペディアンのLos688はアカウント名が同じだがユアペディアンのLos688ことYukarin=荘田とは別人。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:Maverick|Maverick]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|Maverick}}&lt;br /&gt;
[[木津尚子]]を参照せよ。法的告訴を検討したそうだが、訴状拒否されたらしい。書き込む時間帯から、木津であることは間違いがない。最近は岩瀬からプログラムをもらって、自動RVできるようになったようだ。そこまでして攻撃したいという変質的な40歳近くのおばさんである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最近では、このアカウントを共有化してスクリプトで自動返信するように対策を講じたらしい。人の利用者ページを執拗に荒らしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Mikomaid|Mikomaid]] ===&lt;br /&gt;
[[群馬県]][[富岡市]]在住の[[ウィキホリック]]。[[1963年]]生まれ。[[2006年]][[2月11日]]よりIPユーザーとして投稿を開始。主な投稿先だった[[真如苑]]が半保護となり、2006年[[5月19日]]に現在のアカウントを取得。利用者ページでは「巫女、メイド、祭り、鉄道、カメラが好きな者です」と自己紹介し主な投稿項目は「祭り」、「ふんどし」、「映画」、「アニメ」、「ゲーム」、「宗教」、「鉄道」、「音楽」関連の分野と広範囲に及ぶ。毎朝午前10時前後の約3時間、夜間は午後8時から午前0時までの4時間に規則的に投稿を行うことが特徴[http://ja.wikichecker.com/user/?t=Mikomaid]。他に分野別（ゲーム、アニメ、宗教）に別アカウントを持ち、他の空いた時間に投稿していると噂されている。その投稿内容は単にネットで検索して転載したものに過ぎず出典元は個人サイト、ブログの記述や2ちゃんねるの投稿内容と正確性や検証性に乏しい内容である。文献を読んで精査した内容の投稿ではない。そのため誤った記述も多く、そのことを多くのユーザーから指摘されても改正には殆ど応じず自己の投稿内容の正当性を強く主張して自分の投稿内容に固執する。その投稿内容に手を加えるユーザーを攻撃者呼ばわりし、相手の編集のリバートを繰り返すことや投稿相手のコメント依頼を連発し相手の編集や投稿の牽制を行う。その為、当該の項目の編集が滞り[[Mikomaid]]の実質管理下に置かれていた。[[2008年]][[7月16日]]に本人が議論相手のコメント依頼[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E3%82%B3%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E4%BE%9D%E9%A0%BC/%E5%BC%A5%E3%80%81%E9%83%81]を提出したところ提出内容の正当性に疑問が持たれ本人の過去の投稿歴が精査されることとなり、その攻撃的で相手を挑発する行為が問題視されるようになった。また本人の過去が精査されたことでその際、過去と現在のIP（[[220.3.132.253]]、[[220.3.134.144]]）が明らかになりそのIPを検索すると過去に2ちゃんねるで荒らし行為[http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/sec2ch/1045039955/272]を行っていたことが発覚した。◆avexVilY9Aのトリップを取得している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この間に[[ノート:播州の秋祭り]][http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E6%92%AD%E5%B7%9E%E3%81%AE%E7%A7%8B%E7%A5%AD%E3%82%8A]で議論相手を誹謗・中傷したとして、2008年7月29日に管理者・[[海獺 (利用者)|海獺]]より1週間の投稿ブロックを受けた。2008年[[8月7日]]、遂に他ユーザーより本人のコメント依頼[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E3%82%B3%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E4%BE%9D%E9%A0%BC/Mikomaid]が提出され過去に多重アカウントを使って合意形成を行っていた事実や正確性、信頼性、検証性に乏しい投稿内容、本人の投稿内容を編集した相手への挑発や攻撃的な言動が次々と明るみに出た。多重アカウントの合意形成は2006年[[8月31日]]より利用を始めた地元市役所の公開端末を使い他人になりすましたものである。地元市役所でもこの事実が発覚し、公開端末の利用制限が行われ地元住民は迷惑を被った。[[2007年]][[12月26日]]にIPユーザーより多重アカウントによる合意形成疑惑でCU依頼[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:CheckUser%E4%BE%9D%E9%A0%BC/Mikomaid%E3%81%A8A._J._Kuonji]が行われた時点で多重アカウントによる合意形成を行ったことを認めたことから問題が大きくならず、処分が下されることはなかった。しかし、2008年[[8月6日]]の本人へのコメント依頼でその後の言動に全く変化がなかったことが明らかになったことで2008年[[8月28日]]に投稿ブロック依頼[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E6%8A%95%E7%A8%BF%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF%E4%BE%9D%E9%A0%BC/Mikomaid]が他のユーザーから提出され2008年[[9月3日]]より各種方針の熟読期間として1年間の投稿ブロックの処分[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:Mikomaid]が下された。これは相手によって態度を豹変させる卑屈なまでの姿勢からその言動の信憑性に疑問が持たれ、ユーザーとの質疑を重ねる度にその本性を他ユーザーに見抜かれ無期限ブロックを支持するユーザーが一気に増えたが管理者・海獺が無期限の投稿ブロックに反対したことから1年間の投稿ブロックに留まったものである。管理者・海獺から「問題点がわからない方」、「何度指摘されても改善されない方」、「自制が効かない方」と言われ百科事典の編集には向いていないとあからさまに言われても本人はその意味に気が付かず管理者・海獺を呆れさせた。一方本人は投稿ブロックを見越して2008年[[8月11日]]にYourpediaにてウィキペディアと同じ[[Mikomaid]]のハンドルネームでアカウントを作成[http://ja.yourpedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5:Contributions/Mikomaid]しYourpedia上での投稿活動を開始して、Yourpediaのユーザーの顰蹙を買った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:Noda,Kentaro|Noda,Kentaro]] ===&lt;br /&gt;
''[[野田憲太郎#ネット上の言動について]]を参照''&amp;lt;br&amp;gt;[[オウム]]が大好きな[[自宅警備員]]。アクティブユーザーに対しオウムと因縁を付けるがオウムを批判されると激怒する、[[オウム]]（特に[[松葉裕子]]）の[[バター犬]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:NoMoreMid|NoMoreMid]] ===&lt;br /&gt;
Mixiでは、いぬみみめいどと名乗る。御堂岡叩き部隊の1人。いぬみみめいどと同一人物であることをちくられたとたんに逃亡。で、逃げた後にまたやってきて延々と根拠の無いことを書き散らしに来る。恐らくは個人情報を何らかの形で奪われ（恐らくはストーカー容疑）、腹いせでやっているものと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:Y.D.Force|Y.D.Force]] ===&lt;br /&gt;
他者に対して13回も名誉毀損に該当する編集を行った。本人はこれを認めていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
''じゃあこっちも問いましょう。あなた自身は、いかなるサイトに於いてでも一切名誉毀損に該当する投稿は行っていないのでしょうか？もちろん、私以外の方について、です。そもそもWikipediaの利用者があなたをまともに相手にするとは思えませんが。どうしても誹謗中傷の類の記事を書きたかったら、ご自分のHPでやってくださいな。そうすれば運がよければあなたは訴えられることでしょう。--Y.D.Force 2007年7月27日 (金) 05:42 (JST) ''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
上記の発言は「名誉毀損に該当する編集を行った」ことは解っているが、認めたくないらしい。そのほかにもいくつもの野田関係の記事をRVしており、ことが大きくなっているのに気づいていない。運よく訴えられる、などというおかしな日本語が特色。調べたら、福井の指令を受けてここにきた松葉裕子だった。懲りてない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:YUu|YUu]] ===&lt;br /&gt;
[[有害サイト]]・[[チャクウィキ]]を追放された天才ユーザー。愛知県が大好き。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[野駄犬]]の悪戯を一度差し戻ししただけで駄犬に粘着されてしまう。[[チャクウィキ]]と[[駄犬]]と2chを心の底から憎んでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:ウーソキマスラ|ウーソキマスラ]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|エクレロ孫法師}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:キャプテン・カタギリ|キャプテン・カタギリ]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|キャプテン・カタギリ}}&lt;br /&gt;
[[利用者:ハエ叩き|ハエ叩き]]というソックパペットまで持っている可能性あり。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:ソウ|ソウ]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|北潟谷綜}}&lt;br /&gt;
プロボクサー兼政治家。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ウィキペディア日本語版]]のキチガイに追放された。[[ボクシング]]が大好きで[[性犯罪者]]と[[ウィキペディア]]と[[2ちゃんねる]]と[[日共工作員]]を心から憎んでいる。また、[[稲田朋美]]を愛する[[右翼]]活動家でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:たりぼー|たりぼー]] ===&lt;br /&gt;
Lonicera及びLos688同様、ウィキペディアの利用者・Yukarinと同一人物。詳しくは荘田悦宏を参照せよ。なおウィキペディアンのたりぼーはアカウント名が同じだが[[利用者:音声おじさん|音声おじさん]]の靴下であるためユアペディアンのたりぼーことYukarin=荘田とは別人。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:ネッツ|ネッツ]] === &lt;br /&gt;
本名は[[藤森京介]]。[[長野県]][[飯田市]]出身。[[荒らし大王の一覧|ユアペディアの荒らし王]]である。過去は結構良識なユーザーであったが、最近はブロックの恨みの悪化などでソックパペット大量作成、丁嵐やLoniceraにおいて誹謗中傷の記事を多数作成したりしなかったりしている。詳細は藤森京介を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年1月、ユアペディアから追放された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:ハエたたき|ハエたたき]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|ハエたたき}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:マルヤ|マルヤ]] ===&lt;br /&gt;
[[ウィキペディア日本語版の利用者|ウィキペディアの利用者]]・[[wiki:利用者:純血主義|純血主義]]と同一人物で、荒らしで[[アンサイクロペディア]]から追放された[[アイヌ]]。詳しくは[[永井隆雄]]を参照せよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:蒼海|蒼海]]===&lt;br /&gt;
キャラを変えた[[福井利器]]の別垢。松葉裕子のBOTで動かしている。というのは、野駄犬の妄想である。&lt;br /&gt;
:えっまじで！？--[[利用者:蒼海|蒼海]] 2008年8月19日 (火) 04:21 (JST)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:魚津サブジェクト|魚津サブジェクト]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|魚津サブジェクト}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:丁嵐|丁嵐]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|Maverick}}&lt;br /&gt;
これはMaverickのソックパペットである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:長野のそうじろう|長野のそうじろう]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|長野のそうじろう}}&lt;br /&gt;
基地外ユーザー。Yourpediaを荒らす目的でアカウントを作成した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:七星|七星]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|七星}}&lt;br /&gt;
荒らしユーザーの1人。2代目[[Monapedia]]の創設者であるが[[チャクウィキ]]を荒らしまくって追放された利用者でもある。このウィキでも他人の利用者ページ（[[利用者:Ded]]の利用者ページ）を勝手に編集して、管理者に無期限ブロックを食らった。が、現在は[[:Category:七星の操り人形だと疑われるユーザー|ソックパペット]]を多数作成し[[利用者:Nanahoshi|Nanahoshi]]のアカウントで[[Ded]]や[[稲村良光]]への誹謗中傷を行っている。2代目Monopediaの創設者がそんなことしているなんてみっともない。[[利用者:丁嵐|丁嵐]]と同一人物の可能性もあるが、[[利用者:Maverick|Maverick]]の可能性もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[利用者:海獺（らっこ）|海獺（らっこ）]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|利用者:海獺（らっこ）}}&lt;br /&gt;
ウィキペディアの[[wiki:User:海獺|海獺]]とは別人である可能性がある。追放済み。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 岡田有希子の項目に登場するIP利用者 ===&lt;br /&gt;
{{Main|岡田有希子関連の記事に登場するIPユーザー}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 日本共産党の項目に登場するIP利用者 ===&lt;br /&gt;
{{Main|日本共産党の記事に登場するIPユーザー}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 粗暴な投稿者（Chakuwikiでの呼称） ===&lt;br /&gt;
Chakuwikiでまともな事を書いているのに気違い管理者に逆恨みされブロックされるが実際の書いている事は的を射ている事が多くこれは単なる気違いの悪趣味で幼稚な悪戯と思って本人は気にしていないのが現状でこちら（YP）では全員がエリートの為、上手くやっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア日本語版の利用者]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア日本語版の管理者]]&lt;br /&gt;
*[[アンサイクロペディア日本語版の利用者]]&lt;br /&gt;
*[[アンサイクロペディア日本語版の管理者 (現実)]]&lt;br /&gt;
*[[アンサイクロペディア英語版の利用者]]&lt;br /&gt;
*[[モナペディアの利用者]]&lt;br /&gt;
*[[Chakuwikiの利用者]]&lt;br /&gt;
*[[Chakuwikiの管理者 (現実)]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:ユアペディア]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E7%89%88%E3%81%AE%E7%AE%A1%E7%90%86%E8%80%85&amp;diff=43299</id>
		<title>ウィキペディア日本語版の管理者</title>
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				<updated>2008-12-16T07:53:53Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ウィキペディア日本語版の管理者'''（ウィキペディアにほんごばんのかんりしゃ）とは[[ウィキペディア日本語版]]を管理する人のことである。[[ウィキペディア]]に利用者アカウントを持つものを一般的に[[ウィキペディアン]]と呼び依存症患者同然のヘビーユーザーを[[ウィキホリック]]と呼ぶが、管理者達が例外なくウィキホリックである事は論を待たない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
管理者の多くが問題行動を取っているがブロックを諌めたり取り消したりする者もいない事から見て、相互不可侵不干渉が全員のモットーであるらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なおこの管理者たちはある特別行政法人の研究者らから注目され、データの収集が緻密になされているという。「権力への意志」と題されるその研究のなかでかれらはその性格や投稿ごとに分類され、また一般投稿文書を分析して管理者たちと割り出し結びつけてその思考をさぐり権力を得る為人間がいかなる事を行うか?権力を得た後その権力をいかに用いるか?など様々な社会的研究がなされているという。研究者の言によると“時間とおおよその場所と文書があらかじめテキスト化されているなど研究の便宜がなされており、予算の少ない我々に最適”とのことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 管理者一覧 ==&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Bellcricket|Bellcricket]] ===&lt;br /&gt;
ビューロクラット、CheckUserという2つの権限をもつ管理者でMLの管理もしており実質的に現在のウィキのトップ管理者である。どの派閥にも属さない一匹狼であり、他の管理者が暴挙に走ったときなどは容赦なく苦言を呈す。マナー向上委員会が推薦する管理者のひとりである。包摂主義グループへの贔屓が見られる。秋田県在住で冬には積雪が10mを超え、雪下ろし作業におわれるため冬場はウィキにほとんど姿を現さない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Brion VIBBER|Brion VIBBER]] ===&lt;br /&gt;
アメリカ人。英・仏・エスのマルチリンガルで日本語も勉強中との事。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Calvero|Calvero]] ===&lt;br /&gt;
ウィキペディアの管理者で、スのGと並ぶ理科系のオタク。「実際に荒らしやその他推奨されない行為を行っていない無実の利用者に対して、不適切な投稿ブロックを平気で行う」という誹謗中傷の可能性が高い批判がなされている。最近では広域ブロックも行っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Chatama|Chatama]] ===&lt;br /&gt;
本来表記は「ちゃたま」。CU、ビューロクラットをも勤めるマルチユーザー。２ちゃんねるのwikipediaスレにほぼ毎日出没しており、スレが立ったときの地鎮祭はもはやなくてはならないものである。巨乳フェチ、鉄ちゃん、東工大出身、年齢40才、北海道在住、離婚したばかり、など断片的な情報はあるもののそれ以外は全く謎の管理者である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:co.kyoto|co.kyoto]] ===&lt;br /&gt;
[[木津尚子]]が使用しているアカウントといわれる。最近「co.kyotoは私です」という偽者が[[mixi]]に出没しているので注意が必要である。立派な共有靴下である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:cpro|cpro]] ===&lt;br /&gt;
2007年より管理者。[[2ちゃんねる組]]の一員（トリップは◆Cpro.0SR8o）で、Los688と同様に陰でCUの結果を参照している危険人物の1人。その正体は東京工業大学博士課程在籍の甲斐幸輔であると噂されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
よく編集する記事や[http://nikupedia.com/ 運営しているサイト]からみて明らかにキモオタである。個人的に嫌いなユーザーに対してストーカー行為を続け、そのユーザーが書いた記述を無意味にリバートするのを主な活動としており、まともな編集は極めて少ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Faso|Faso]] ===&lt;br /&gt;
「OCNの広域ブロックに精を出す管理者」との批判がなされている。Fasoのみの手によってFasoがコントロールされている確率は低い。mixiはすでに退会済みだが、かつては猿壱號という名義で登録してあった。wikicheker[http://ja.wikichecker.com/user/?t=faso]によれば、主に日中に活動しておりニートだと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東大、東工大など一流大学のIPを全てブロックするという真性キチガイの荒らし管理者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かつてはCU権限を持っていた。しかし後ろめたいことがあったためかウィキメディア財団への本人証明を拒否し、CU権限を剥奪されてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Kahusi|Kahusi]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|澤田亮太}}&lt;br /&gt;
[[Chakuwiki]]の管理者でもある。最近では他アカウントで荒らし始め他のウィキペディア管理者などの成りすましを行っているが、ウィキペディアの会話ページでは「私ではありません」とコメントしている。嘘つきは泥棒の始まりである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
個人ウィキペディア「かふしゐき」で、トリップとアカウントを対比させた「[[2ちゃんねらー]]のウィキペディアン」一覧を作成していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Kurihaya|Kurihaya]] ===&lt;br /&gt;
利用者ページで「管理者です」と名乗るより先に「VIPPERです」と名乗るよくわからない男。包摂主義グループの一味。非常に影が薄い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Kasuga|Kasuga]] ===&lt;br /&gt;
[[ウィキペたん]]の生みの親。詳細は[[Kasuga]]を参照。絵がオタ臭い事で知られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Kinori|Kinori]] ===&lt;br /&gt;
「他人の編集にケチをつけることが趣味」と、他の利用者の多くから思われている。「各種方針を無視し、管理者としての権限を好き勝手に濫用するユーザー」という誹謗中傷まがいの発言が、他の利用者から出ている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Koba-chan|Koba-chan]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|小林義宗}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Ks aka 98|Ks aka 98]] ===&lt;br /&gt;
管理者の1人。「実際に[[荒らし]]やその他推奨されない行為を行っていない利用者に対して不誠実な無期限ブロックを平気で行っている」という批判がある。IPユーザーに対しても、広域ブロックを余裕で行える。「みんな迷惑している」という声も上がっている。2ちゃん組の一員。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Los688|Los688]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|Los688}}&lt;br /&gt;
投稿ブロックやリバートは迅速だが、それゆえにブロックやリバートが目立つ管理者の1人。軍事オタのキチガイ管理人であり、自民党寄りの編集を行う。「竹麦魚と同じくいつまで経っても会話ページの半保護を解除しない」との声も上がっている。極右思想を持っているネット右翼である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Marine-Blue|Marine-Blue]] ===&lt;br /&gt;
ありふれた名前だと知りつつMarine-Blueの名を登録し他方で他人が「マリン」、「ブルー」、「蒼海」などと付く名を名乗るのは認めないという自己中心的との指摘がある。他人が類似のアカウントを取得すると即座に飛んでいって警告する。「ウィキメディア関連で400以上もアカウントを持っているらしい」と威張っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:miya|miya]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|宮川由美子}}&lt;br /&gt;
過去に、現役管理者であるにも関わらずChatamaに投稿ブロックされた事がある筋金入りの荒らし。「他人のコメントや都合の悪いエントリーをはてなダイアリーから一括削除したことで有名になった女性」という誹謗中傷の可能性が高い「武勇伝」が飛び交っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いまだにwikiの使い方を理解していないのか、改行の仕方がおかしかったりする。しばしば意味不明なたわ言も喚く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
猫森日記に「co.kyoto=hatukanezumi=aphaia」とコメント欄に投稿すると必ず削除される。[[イオンド大学]]の旧版、[[wiki:平和神軍観察会事件|平和神軍観察会事件]]を「申し入れがあった」という理由で保護し、イオンドについては新版を初めからやり直すことを余儀なくされたという。詳細な経緯は[[wiki:ノート:イオンド大学|ノート:イオンド大学]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Miya.m|Miya.m]] ===&lt;br /&gt;
miyaのだんな。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに普段は恰幅も気前も良いおじさんである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Nnh|Nnh]] ===&lt;br /&gt;
神社関連の記事などを編集している管理者。「記事を執筆するよりも人の悪口を書くのが好き」との批判がある。自己満足のために必ず旧仮名遣い風で[[インターネット]]に書き込んでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Peccafly|Peccafly]] ===&lt;br /&gt;
2ちゃんねる組の1人。&amp;lt;del&amp;gt;ソビエト・ソヴィエト・ソヴェト&amp;lt;/del&amp;gt;サヴィェート連邦の歴史に詳しい。祖父は&amp;lt;del&amp;gt;シベリア・サイビィーリャ&amp;lt;/del&amp;gt;スィビーリ抑留経験者。&amp;lt;del&amp;gt;ロシア&amp;lt;/del&amp;gt;ラスィーイスカヤ語以外の外国語にも堪能。いわゆる海外組の1人で、日本人ではない可能性が高い。自分の自論・珍論が通らないと不満プンプンになって投稿ブロックをかけまくり、改名の議論をすべて遮り押し通すのが大好き&amp;lt;ref&amp;gt;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E3%82%B5%E3%83%A9%E3%82%A8%E3%83%9C%E4%BA%8B%E4%BB%B6&amp;lt;/ref&amp;gt;な困ったちゃん。包摂主義グループの一味。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Ponta2|Ponta2]] ===&lt;br /&gt;
2ちゃんねる組の1人。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Riden|Riden]] ===&lt;br /&gt;
投稿ブロックや頻繁に記事を保護する悪質管理者である。きらわれ度ナンバーワン。仮面ライダーと特撮が好きなオタク。たぶん無職。Loniceraの解任に反対した。ウィキペディアに良心があるのであれば、次にこの人物を解任するべきである。真実を消す頻度は、もっとも高いとみられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この管理者は「これは最後の警告です」と警告を発するが最初がない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Sphl|Sphl]] ===&lt;br /&gt;
知識が無いのに執筆に参加しようとする為、一般利用者から煙たがられている。「手元に資料が無い」が口癖だが、最初からそんな物を探す気は全く無いというのが真相である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Tietew|Tietew]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|岩瀬透}}&lt;br /&gt;
本名は'''岩瀬透'''&amp;lt;ref&amp;gt;[http://hotwired.goo.ne.jp/matrix/0602/003/ 今泉誠と共にインタビューでウィキペディアの宣伝を述べる岩瀬透（写真あり）]&amp;lt;/ref&amp;gt;。Suisuiと並ぶウィキペディア日本語版の大幹部の1人。彼もマスコミによく登場する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:アイザール|アイザール]] ===&lt;br /&gt;
よく語尾に「♪」をつける。常に婉曲的な嫌味を述べ、文体は温和だがその内容は攻撃的である。自分の私見、私怨で投稿ブロックをかけたり、削除依頼を受理しなかったりと最低の管理者であり、先祖代々真性のキチガイ。当然両親もろくな人間ではない。兄弟姉妹もおそらく知的障害者であり、社会に迷惑をかけないよう、大人しく死んでもらいたい。おそらくオウム信者。ビッチ。一応2ちゃんねる組である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:おはぐろ蜻蛉|おはぐろ蜻蛉]] ===&lt;br /&gt;
ウィキペディア日本語版におけるサブカルチャー記事作成の急先鋒。特に[[声優]]の記事に固執することでも知られ、その声優に不利と思われる書き込みがあるとすぐさま特定版削除へ持ち込む。そしてあげくのはてに保護する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:はるひ|はるひ]] ===&lt;br /&gt;
管理者でビューロクラットを務めるDQN。名前（涼宮ハルヒ）から。その行為はもっと痛く、海獺がコメント依頼されて危うくなると擁護のためにユーザーへブロックをぶちかます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:竹麦魚|竹麦魚]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|竹麦魚}}&lt;br /&gt;
北海道民。「ご質問はなるべく会話ページでお願いします」などと繰り返す。「会話ページを半保護したままいつまで経っても保護解除しようとしない」との声がある。OpenProxyのブロックばかり熱心に行う管理者である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:赤井彗星|&amp;lt;font color=&amp;quot;red&amp;quot;&amp;gt;赤井彗星&amp;lt;/font&amp;gt;]] ===&lt;br /&gt;
&amp;lt;font color=&amp;quot;red&amp;quot;&amp;gt;このたび管理者の仲間入りを果たしたガンダムヲタク。Fontタグを使ったウザ署名を行っている。特定版削除の方法がわからないと管理者でありながら嘆いていた。「無類の編集保護大好き男」であると公言している。&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:海獺|海獺]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|海獺 (利用者)}}&lt;br /&gt;
好物はらっこのてんぷら（アカウントを即座に食った）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:三日月|三日月]] ===&lt;br /&gt;
とにかく無愛想な軍事オタクである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:背番号9|背番号9]] ===&lt;br /&gt;
はるひに推薦されて管理者になった者だが、なぜか包摂主義グループの一味でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 元管理者達 ==&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Lonicera|Lonicera]] ===&lt;br /&gt;
管理者になるや権力者になったかのように振舞うようになって自滅した典型例。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
権限を散々乱用したため解任動議にかけられ、解任後はまるで死んだように動かなくなった。解任のショックで自殺したかもしれない。通称「ゴミセラニート」。[[Lonicera (利用者)]]を参照。ウィキペディアの今をときめくIPアドレス123.224.169.131女はLonicera女の復活か?[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E2%80%90%E4%BC%9A%E8%A9%B1:123.224.169.131]同女の子供いじめ[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E2%80%90%E4%BC%9A%E8%A9%B1:Soniccer883:second&amp;amp;diff=prev&amp;amp;oldid=22568196]。老人いじめ[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=1938%E5%B9%B4&amp;amp;diff=prev&amp;amp;oldid=23051470]。引き継いだのは、IPアドレス122.18.219.134女[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5:%E6%8A%95%E7%A8%BF%E8%A8%98%E9%8C%B2/122.18.219.134]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:ＮｉＫｅ|ＮｉＫｅ]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|小西規勝}}&lt;br /&gt;
解任後しばらく活動停止していたが、一般利用者として活動を再開した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Suisui|Suisui]] ===&lt;br /&gt;
かつてJAWPの頂点に君臨していた。[[今泉誠]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:KMT|KMT]] ===&lt;br /&gt;
当時は独裁者のひとりであったが、今ではその影は微塵もない。自らの利用者ページを削除した馬鹿野郎である&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:KMT 利用者：KMT]&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://mywebpage.netscape.com/kasumoerer/kmt_dead.htm]（エンコードはUTF-8でご覧ください）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
mixiのアカウントには「活動終了」などと書かれているが、実は頻繁に深夜にログインしていることがわかっている。自分の発言に法的責任を問われると感じた瞬間、全てのmixiコミュニティから退会したへたれ。[[wiki:利用者:Akinoniji|Akinoniji]]も同種の詭弁を用いる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Tanuki Z|Tanuki Z]] ===&lt;br /&gt;
いつの間にか解任になっていたが、あまりにも影が薄かったので誰も気にしない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:スのG|スのG]] ===&lt;br /&gt;
2ちゃん組の一員。理科系のオタク。2008年に管理者を勇退した。またアカウント名をSu-no-Gに変更した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア日本語版の利用者]]&lt;br /&gt;
*[[アンサイクロペディア日本語版の利用者]]&lt;br /&gt;
*[[アンサイクロペディア日本語版の管理者 (現実)]]&lt;br /&gt;
*[[アンサイクロペディア英語版の利用者]]&lt;br /&gt;
*[[モナペディアの利用者]]&lt;br /&gt;
*[[ユアペディアの利用者]]&lt;br /&gt;
*[[Chakuwikiの利用者]]&lt;br /&gt;
*[[Chakuwikiの管理者 (現実)]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア日本語版の恐怖]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディアにおける勇者]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディアの管理者が勝手に保護した記事]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア八分]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア川柳]]&lt;br /&gt;
*[[2ちゃんねる組]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディア|かんりしや]]&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディアの管理者|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:ネット弁慶|ういきへていや]]&lt;br /&gt;
[[Category:蛆虫|ういきへていや]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%9D%BE%E5%B9%B3%E5%AE%B9%E4%BF%9D&amp;diff=39768</id>
		<title>松平容保</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%9D%BE%E5%B9%B3%E5%AE%B9%E4%BF%9D&amp;diff=39768"/>
				<updated>2008-09-19T07:45:33Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{武士&lt;br /&gt;
|開始=松平容保&lt;br /&gt;
|肖像=[[画像:Matudaira Katamor Syouzougai.jpg‎|250px|松平容保の肖像画]]&amp;lt;br&amp;gt;会津武家屋敷所蔵松平容保の肖像画&lt;br /&gt;
|時代=江戸時代末期&lt;br /&gt;
|生誕=[[天保]]6年[[12月29日 (旧暦)|12月29日]]（[[1836年]][[2月15日]]）&lt;br /&gt;
|死没=[[明治]]26年（[[1893年]]）[[12月5日]]&lt;br /&gt;
|改名=松平銈之丞、容保&lt;br /&gt;
|別名=銈之丞（幼名）、祐堂、芳山（法号）&lt;br /&gt;
|神号=忠誠霊神&lt;br /&gt;
|墓所=福島県会津若松市の松平家院内御廟&amp;lt;br /&amp;gt;東京都新宿区の正受院&lt;br /&gt;
|官位=従四位下侍従、若狭守、肥後守、&amp;lt;br /&amp;gt;左近衛権少将、左近衛権中将、正四位下、&amp;lt;br /&amp;gt;朝議参与、参議&lt;br /&gt;
|幕府=江戸幕府京都守護職、陸軍総裁、軍事総裁職&lt;br /&gt;
|主君=[[徳川家茂]]→[[徳川慶喜]]&lt;br /&gt;
|藩=陸奥国会津藩藩主&lt;br /&gt;
|氏族=高須藩松平家（尾張徳川家）、[[会津松平家]]&lt;br /&gt;
|父母=父：[[松平義建]]、母：古森氏&amp;lt;br /&amp;gt;養父：''[[松平容敬]]''&lt;br /&gt;
|兄弟=[[徳川慶勝]]、武成、[[徳川茂徳]]、[[松平定敬|定敬]]&amp;lt;br /&amp;gt;義勇、義姉妹：''敏姫''（[[松平容保]]室）、&amp;lt;br /&amp;gt;''松平容敬の養女''（[[奥平昌服]]正室）&lt;br /&gt;
|妻=正室：松平容敬の娘&amp;lt;br /&amp;gt;継室：浦乃局、側室ほか&lt;br /&gt;
|子='''[[松平容大|容大]]'''（長男）、健雄（次男）、英夫（五男）、&amp;lt;br /&amp;gt;[[松平恒雄|恒雄]]（六男）、[[松平保男|保男]]（七男）&amp;lt;br /&amp;gt;養子：'''''[[松平喜徳|喜徳]]'''''&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
[[画像:松平容保胸像.jpg|thumb|180px|[[会津若松市]]　松平容保像]]&lt;br /&gt;
[[画像:Katamori Matsudaira.jpg|thumb|180px|晩年の松平容保]]&lt;br /&gt;
'''松平 容保'''（まつだいら かたもり、[[天保]]6年[[12月29日 (旧暦)|12月29日]]（[[1836年]][[2月15日]]） - [[明治]]26年（[[1893年]]）[[12月5日]]）は[[幕末|江戸時代末期]]の[[大名]]・[[陸奥国]][[会津藩]]の最後で9代[[藩主]]である。[[京都守護職]]でもある。[[美濃国]][[高須藩|高須]]藩主・[[松平義建]]の六男で母は側室古森氏。兄に[[徳川慶勝]]、[[徳川茂徳]]、弟に[[松平定敬]]などがあり、高須四兄弟の1人。幼名は銈之丞。官は肥後守。号は祐堂、芳山。神号は忠誠霊神。正室は[[松平容敬]]の娘。子は[[松平容大]]（長男）、松平健雄（次男）、松平英夫（五男）、[[松平恒雄]]（六男）、[[松平保男]]（七男）。養子に[[松平喜徳]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経歴 ==&lt;br /&gt;
=== 会津 ===&lt;br /&gt;
[[弘化]]3年（[[1846年]]）に8代藩主・容敬の[[養子]]となり、[[嘉永]]5年（[[1852年]]）に会津藩を継ぐ。[[万延]]元年（[[1860年]]）に[[大老]]・[[井伊直弼]]が[[水戸藩]]浪士に殺害された[[桜田門外の変]]では、水戸藩討伐に反対する。井伊暗殺後に朝廷や薩摩藩の後援で将軍後継となった一橋慶喜（[[徳川慶喜]]）、[[政事総裁職]]となった[[福井藩]]主・[[松平慶永]]らが[[文久の改革]]を開始すると、[[文久]]2年（[[1862年]]）に新設の[[幕政参与]]に任ぜられ、のち新設の京都守護職に推される。元々病弱な体質でこの当時も風邪をひき病臥していた容保は、はじめ家臣の[[西郷頼母]]らの反対により固辞するも、慶永らの強い勧めによりこの大役を引き受けることとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 京都守護職 ===&lt;br /&gt;
京都守護職に就任した容保はさっそく会津藩兵を率いて京都へ上洛し、[[孝明天皇]]に拝謁して[[朝廷]]との交渉を行い、最初は倒幕派の者とも話し合っていく「言路洞開」の方針で治世をすすめた。最初の容保の動向に対しては慶喜たちは呆れていたという。その容保が激怒する徳川家に弓引く事件が起きた。足利三代将軍の晒し首事件（[[足利三代木像梟首事件]]）である。これが起因で容保は政局を180度変更して配下に[[壬生浪士組]]（後の[[新選組]]）などを使い上洛した14代将軍・[[徳川家茂]]の警護や[[京都]]市内の治安維持にあたる。彼自身は[[公武合体派]]で[[尊王倒幕]]派と敵対し、[[元治]]元年（[[1864年]]）の[[禁門の変]]などで、[[長州藩]]の勢力排除に動いた。[[慶応]]2年（[[1866年]]）に孝明天皇が崩御し、容保本人は守護職辞退を何度も申し立てるが幕府も朝廷も認めなかった。朝廷の命令により、容保は京都残留となる。翌慶応3年（[[1867年]]）に15代将軍・[[徳川慶喜]]が[[大政奉還]]を行い江戸幕府が消滅すると京都守護職も廃止される。[[王政復古 (日本)|王政復古]]が行われ、[[薩摩藩]]・長州藩を中心とする明治新政府の兵との衝突から[[鳥羽・伏見の戦い]]が起こると会津藩兵も戦うが、[[大坂]]へ退いていた慶喜が戦線から離脱すると従い、定敬らとともに幕府軍艦で江戸へ下る。慶喜が新政府に対して恭順を行うと、[[江戸城]]など旧幕臣の間では恭順派と抗戦派が対立し、会津藩内では武装恭順が大方の重臣の意見であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 会津戦争 ===&lt;br /&gt;
容保は会津へ帰国し、家督を養子の喜徳へ譲り謹慎を行う。[[西郷隆盛]]と[[勝海舟]]の会談により江戸城の無血開城が行われたというが、実際にはイギリスからの攻撃停止の圧力に新政府軍は逆らえなかったのである。{{fact}}新政府軍は[[上野戦争]]で[[彰義隊]]を駆逐して江戸を制圧すると北陸地方へ進軍する。容保は幕府派の重鎮と見られて敵視され、[[戊辰戦争]]では[[奥羽越列藩同盟]]の中心として新政府軍に抗戦して[[会津戦争]]を行い篭城し、降伏勧告に応じて[[佐川官兵衛]]らに降伏を呼びかける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 明治 ===&lt;br /&gt;
その後は[[鳥取藩]]に預けられ[[東京]]に移されて蟄居するが、嫡男・[[松平容大|容大]]（かたはる）が家名存続を許されて[[華族]]に立てられた。容保はそれからまもなく蟄居を許され、明治13年（[[1880年]]）には[[日光東照宮]]の宮司となった。[[正三位]]まで叙任し、明治26年（1893年）12月5日に東京・目黒の自宅にて肺炎のため死去する。享年59。死の前日には[[明治天皇]]から牛乳を賜った。なお、容保は禁門の変での働きを孝明天皇から認められその際書簡と御製（和歌）を賜ったのだが、彼はそれらを小さな竹筒に入れて首にかけ、死ぬまで手放すことはなかったという。また幕末維新については周囲に何も語ることはなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
孝明天皇の宸翰の中には京都守護職である容保の職務精励を嘉する文章があり、如何に孝明天皇が容保を信頼していたかを物語っている。これは松平容保を乱臣賊子と決めつけた薩長主体の歴史観からは、甚だ都合の悪いもので、薩長側にとってはその存在を抹殺しなければならない程のものといえた。後に山県有朋はこの宸翰の内容を知って驚愕し、密かに2万円（現在の貨幣価値に換算すれば数億円以上の価値になる）で譲渡するように働きかけた。その勧誘の中には所詮会津松平は朝敵とばかり、半ば強談判に近いものもあったと言われるが、会津松平家からは一切黙殺されたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
墓所は福島県[[会津若松市]]の松平家院内御廟及び[[東京都]][[新宿区]]の正受院。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 昭和 ===&lt;br /&gt;
[[昭和]]3年（[[1928年]]・戊辰／[[明治維新]]から60年目の年）、[[秩父宮雍仁親王]]（[[大正天皇]]第2皇子）と'''勢津子妃'''（'''松平容保'''の六男・'''恒雄'''の長女=[[雍仁親王妃勢津子]]）の婚礼が執り行われた。[[会津]]松平家と皇族の結婚は、'''朝敵'''と汚名を着せられた[[会津藩]]の名誉が回復されたことを意味していた。また、同年には[[子母澤寛]]『[[新選組始末記]]』、[[平尾道雄]]『[[新選組史禄]]』が刊行されており、この年はこれまで逆賊とされてきた[[新選組]]再評価の転機となる年であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 官職位階履歴 ===&lt;br /&gt;
*天保6年12月29日（1836年2月15日）、[[美濃国]][[高須藩|高須]]藩主・[[松平義建]]の六男として江戸の藩邸で誕生。&lt;br /&gt;
*弘化3年[[4月27日 (旧暦)|4月27日]]（1846年[[5月22日]]）、陸奥国会津藩主の後継者となる。[[12月16日 (旧暦)|12月16日]]（[[1847年]][[2月1日]]）、従四位下侍従兼若狭守に叙任する。&lt;br /&gt;
*嘉永5年[[2月25日 (旧暦)|閏2月25日]]（1852年[[4月14日]]）、藩主となる。肥後守に転任。侍従如元。12月16日（[[1853年]][[1月25日]]）、左近衛権少将に転任する。肥後守如元。&lt;br /&gt;
*万延元年[[12月12日 (旧暦)|12月12日]]（[[1861年]][[1月22日]]）、左近衛権中将に転任する。肥後守如元（以後、会津中将の称が生じる）。&lt;br /&gt;
*文久2年[[8月1日 (旧暦)|閏8月1日]]（1862年[[9月24日]]）、京都守護職に補任。正四位下に昇叙。&lt;br /&gt;
*文久3年[[12月30日 (旧暦)|12月30日]]（[[1864年]][[2月7日]]）、朝議参与に補任。&lt;br /&gt;
*文久4年[[2月11日 (旧暦)|2月11日]]（1864年[[3月18日]]）、京都守護職を免じ、陸軍総裁職に補任。[[2月12日 (旧暦)|2月12日]]（[[3月19日]]）、参議に補任。しかし、固辞。[[2月13日 (旧暦)|2月13日]]（[[3月20日]]）、軍事総裁職に転職（陸軍総裁職の名称変更による）。元治元年[[3月14日 (旧暦)|3月14日]]（[[4月19日]]）、朝議参与辞職。[[4月7日 (旧暦)|4月7日]]（[[5月12日]]）、軍事総裁職を免職。[[4月22日 (旧暦)|4月22日]]（[[5月27日]]）、京都守護職に復職。&lt;br /&gt;
*慶応3年[[4月23日 (旧暦)|4月23日]]（1867年[[5月26日]]）、参議に補任（以後、会津宰相の称が生じる）。&lt;br /&gt;
*慶応4年[[1月10日 (旧暦)|1月10日]]（[[1868年]][[2月3日]]）、解官。[[2月4日 (旧暦)|2月4日]]（[[2月26日]]）、致仕。藩主の地位を降りる。[[2月8日 (旧暦)|2月8日]]（[[3月21日]]）、登城禁止処分となる。明治元年[[11月2日 (旧暦)|11月2日]]（[[12月15日]]）、因幡国鳥取藩に幽閉。[[12月7日 (旧暦)|12月7日]]（[[1869年]][[1月19日]]）、因幡国鳥取藩に永預り処分となる。&lt;br /&gt;
*明治2年[[12月7日 (旧暦)|12月7日]]（[[1870年]][[1月8日]]）、紀伊国和歌山に身は遷される。&lt;br /&gt;
*明治4年[[3月14日 (旧暦)|3月14日]]（[[1871年]][[5月3日]]）、陸奥国斗南藩に預替となる。8月、東京に移住。&lt;br /&gt;
*明治5年[[1月6日 (旧暦)|1月6日]]（[[1872年]][[2月14日]]）、預り処分を免ずる。&lt;br /&gt;
*明治9年（[[1876年]]）[[11月1日]]、従五位に叙位。&lt;br /&gt;
*明治13年（1880年）[[2月2日]]、栃木県日光市山内鎮座の日光東照宮宮司に就任する。[[3月13日]]、東京都台東区上野鎮座の上野東照宮祠官を兼務する。[[5月18日]]、正四位に昇叙。&lt;br /&gt;
*明治17年（[[1884年]]）、日光東照宮宮司並びに上野東照宮祠官を免職。&lt;br /&gt;
*明治20年（[[1887年]]）9月、日光東照宮宮司に復職。栃木県日光市山内鎮座の二荒山神社宮司も兼務する。[[12月6日]]、従三位に昇叙。&lt;br /&gt;
*明治21年（[[1888年]]）、東京府皇典講究所監督を兼務。&lt;br /&gt;
*明治22年（[[1889年]]）、栃木県皇典講究所監督を兼務。&lt;br /&gt;
*明治26年（1893年）[[9月22日]]、二荒山神社宮司辞職。[[12月4日]]、正三位に昇叙。12月5日、薨去。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 家系 ==&lt;br /&gt;
*父：[[松平義建]]&lt;br /&gt;
*養父：[[松平容敬]]&lt;br /&gt;
*母：側室&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*兄弟&lt;br /&gt;
**[[松平定敬]]（[[桑名藩]]主）&lt;br /&gt;
**[[松平義勇]]（[[高須藩]]13代）&lt;br /&gt;
**[[徳川慶勝]]（[[尾張徳川家]]14代、17代）&lt;br /&gt;
**[[松平武成]]（[[浜田藩]]3代）&lt;br /&gt;
**[[徳川茂徳]]（高須藩11代、尾張徳川家15代、[[一橋徳川家]]10代）&lt;br /&gt;
*義姉妹&lt;br /&gt;
**[[照姫]]&lt;br /&gt;
**[[敏姫]]&lt;br /&gt;
*正室&lt;br /&gt;
**敏姫（松平容敬5女）&lt;br /&gt;
**浦乃局&lt;br /&gt;
*子女&lt;br /&gt;
**[[松平容大]]&lt;br /&gt;
**松平健雄（[[伊佐須美神社]]宮司）&lt;br /&gt;
**松平英夫（山田伯爵家の婿養子となる）&lt;br /&gt;
**[[松平恒雄]]（駐英大使 [[徳川宗家]]18代[[徳川恒孝]]の祖父）&lt;br /&gt;
**[[松平保男]]&lt;br /&gt;
*養子&lt;br /&gt;
**[[松平喜徳]]（[[水戸徳川家]][[徳川斉昭]]十九男）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
正室は[[松平容敬]]の五女の敏姫で14歳で容保の正室となるが、19歳で死去した。その後、新たな正室として浦乃局を迎えている。側室は田代孫兵衛の娘の佐久（長男・容大、次男・健雄、五男・英夫、七男・保男の母）と川村源兵衛の娘の名賀（長女・美称、次女、三男、四男、六男・恒雄の母）の2人いた。佐久は容保が京都守護職の時代、身の周りの世話をしたらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[松平氏]]&lt;br /&gt;
*[[会津松平家]]&lt;br /&gt;
*[[尾張徳川家]]&lt;br /&gt;
*[[雍仁親王妃勢津子]]&lt;br /&gt;
*[[松平勇雄]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
=== 史料 ===&lt;br /&gt;
*『松平容保公伝』（相田泰三、会津郷土史料研究所）&lt;br /&gt;
*『昔夢会筆記-徳川慶喜公回想談-』（[[渋沢栄一]]編、[[平凡社]]）&lt;br /&gt;
*『松平容保のすべて』（[[綱淵謙錠]]編、新人物往来社）&lt;br /&gt;
*『会津藩士銘々伝　上』「倉澤右兵衛」（[[伊藤哲也]]著、[[新人物往来社]]）&lt;br /&gt;
*『月刊歴史読本　幕末京都志士日録』「会津藩」（伊藤哲也著、新人物往来社）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 小説 ===&lt;br /&gt;
*『王城の護衛者』（[[司馬遼太郎]]、[[講談社]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[会津松平家#系譜|会津松平家歴代当主]]|1852年 - 1868年|[[松平容敬]]|[[松平喜徳]]}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:松平氏|かたもり]]&lt;br /&gt;
[[Category:江戸の大名|まつたいら かたもり]]&lt;br /&gt;
[[Category:親藩|まつたいら かたもり]]&lt;br /&gt;
[[category:幕末徳川側人物|まつたいら かたもり]]&lt;br /&gt;
[[Category:1836年生|まつたいら かたもり]]&lt;br /&gt;
[[Category:1893年没|まつたいら かたもり]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

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		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;float:right&amp;quot;&lt;br /&gt;
!colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;text-align:center; white-space:nowrap&amp;quot;|{{{開始|{{PAGENAME}}}}}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
{{#if:{{{肖像|{{{肖像|}}}}}}|&lt;br /&gt;
{{!}}-&lt;br /&gt;
{{!}}colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;{{!}}{{{肖像|{{{肖像|&amp;amp;nbsp;}}}}}}|}}&lt;br /&gt;
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{{!}}style=&amp;quot;text-align:center; white-space:nowrap&amp;quot;{{!}}子&lt;br /&gt;
{{!}}{{{子|{{{子|&amp;amp;nbsp;}}}}}}|}}&lt;br /&gt;
|}&amp;lt;noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
== 使用方法 ==&lt;br /&gt;
 &amp;lt;nowiki&amp;gt;{{武士&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&lt;br /&gt;
 |開始 =&lt;br /&gt;
 |肖像 =&lt;br /&gt;
 |時代 =&lt;br /&gt;
 |生誕 =&lt;br /&gt;
 |死没 =&lt;br /&gt;
 |改名 =&lt;br /&gt;
 |別名 =&lt;br /&gt;
 |神号 =&lt;br /&gt;
 |諡号 =&lt;br /&gt;
 |戒名 =&lt;br /&gt;
 |霊名 =&lt;br /&gt;
 |墓所 =&lt;br /&gt;
 |官位 =&lt;br /&gt;
 |幕府 =&lt;br /&gt;
 |主君 =&lt;br /&gt;
 |藩 =&lt;br /&gt;
 |氏族 =&lt;br /&gt;
 |父母 =&lt;br /&gt;
 |兄弟 =&lt;br /&gt;
 |妻 =&lt;br /&gt;
 |子 =&lt;br /&gt;
 &amp;lt;nowiki&amp;gt;}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 各項目の解説 ==&lt;br /&gt;
* 開始 - 本人の名前を記す。&lt;br /&gt;
* 肖像 - 複数ある場合は一番良く知られている肖像を記す。&lt;br /&gt;
* 時代 - 本人が生きた時代を記す。&lt;br /&gt;
* 生誕・死没 - 先に旧暦で記し、後で「（）」で新暦を記す。&lt;br /&gt;
* 改名・別名 - 異名やあだ名などを記す。&lt;br /&gt;
* 戒名 - 複数ある場合も全て記す。&lt;br /&gt;
* 霊名 - キリシタンの場合は記す。&lt;br /&gt;
* 神号 - ある場合は記す。&lt;br /&gt;
* 諡号 - いわゆる「贈り名」を記す。&lt;br /&gt;
* 墓所 - 納骨されている場所を記す。&lt;br /&gt;
* 官位 - 受けた全てを下位から順番に記す。&lt;br /&gt;
* 幕府 - 所属していた幕府を記す。&lt;br /&gt;
* 主君 - 今まで受けた全ての主君を順番に記す。&lt;br /&gt;
* 藩 - 所属していた全ての藩を順番に記す。&lt;br /&gt;
* 父母 - 本人の父母を記す。&lt;br /&gt;
* 兄弟 - 本人は基本的には記さない。&lt;br /&gt;
* 妻 - 正室・側室共に適時分けて記す。&lt;br /&gt;
* 子 - ''斜体''は継子を示す。&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

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		<title>柴田勝家</title>
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				<updated>2008-09-19T07:39:31Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{武士&lt;br /&gt;
|開始=柴田勝家&lt;br /&gt;
|肖像=[[画像:Shibata katsuie.png|250px|柴田勝家像]]&lt;br /&gt;
|時代=[[戦国時代 (日本)|戦国時代]]～[[安土桃山時代]]&lt;br /&gt;
|生誕=[[大永]]2年（[[1522年]]）&lt;br /&gt;
|死没=[[天正]]11年[[4月24日 (旧暦)|4月24日]]（[[1583年]][[6月14日]]）&lt;br /&gt;
|別名=権六郎、権六（通称）。鬼柴田、&amp;lt;br /&amp;gt;かかれ柴田、瓶割り柴田（仇名）&lt;br /&gt;
|戒名=摧鬼院殿台岳還道大居士&amp;lt;br /&amp;gt;幡岳寺殿籌山勝公大居士&lt;br /&gt;
|墓所=[[福井県]][[福井市]][[柴田神社]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[西光寺 (福井市)|西光寺]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[滋賀県]][[高島市]][[幡岳寺]]&lt;br /&gt;
|官位=[[従六位|従六位下]]、[[京職|左京大進]]、[[従五位|従五位下]]、&amp;lt;br /&amp;gt;[[修理職|修理亮]]、贈[[従三位]]&lt;br /&gt;
|主君=[[織田信秀]]→[[織田信行|信勝]]→[[織田信長|信長]]→[[織田信孝|信孝]]&lt;br /&gt;
|氏族=[[柴田氏]]&lt;br /&gt;
|父母=父：[[柴田勝義]]?&amp;lt;ref&amp;gt;この人物が父親なのかリンク先にも「史料がない」と記載されている。これ以上調査できず。&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
|兄弟=姉妹：女子（[[吉田次兵衛]]室）、女子（[[佐久間盛次]]室）&lt;br /&gt;
|妻=正室：[[織田信長]]の妹・'''[[お市の方]]'''&lt;br /&gt;
|子=[[柴田勝里|勝里]]、[[柴田勝忠|勝忠]]&amp;lt;br /&amp;gt;養子：''[[柴田勝政|勝政]]''、''[[柴田勝豊|勝豊]]''、''[[柴田勝敏|勝敏]]''&amp;lt;ref&amp;gt;勝家の実子、養子ともいわれている。&amp;lt;/ref&amp;gt;、''[[佐久間勝之|勝之]]''&amp;lt;br /&amp;gt;養女：''女子（[[高城胤則]]室）''&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
'''柴田 勝家'''（'''しばた かついえ'''）は戦国時代から安土桃山時代にかけての[[武将]]・[[大名]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 生涯 ==&lt;br /&gt;
=== 織田信秀時代 ===&lt;br /&gt;
大永2年（1522年）、[[尾張国]]愛知郡上社村（現：[[愛知県]][[名古屋市]][[名東区]]）で生まれる。生年には大永6年（[[1526年]]）説や大永7年（[[1527年]]）説もあり、明確ではない。出自は不明ながら守護・[[斯波氏]]に連関の一族とされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
はじめ尾張の[[織田信秀]]の家臣として仕え、家老にまで取り立てられた。[[美濃国|美濃]]の[[斎藤道三]]との戦いなどに参加し、早くから武功を挙げたとされている。[[天文 (元号)|天文]]20年（[[1551年]]）に信秀が死去すると、子の[[織田信行|織田信勝]](信行)に仕えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 織田信勝時代 ===&lt;br /&gt;
信勝からも引き続いて重用され、信勝を信秀の後継者にしようと[[林秀貞]]と共に画策し、信勝の兄・[[織田信長]]の排除を試みたが、[[弘治 (日本)|弘治]]2年（[[1556年]]）8月に信長との戦いに敗れて剃髪し、信長に降伏した（[[稲生の戦い]]）。以後、信長に心を寄せるようになり、弘治3年（[[1557年]]）に信勝が謀反の計画を企んだときには、信長に事前に密告したとされており、信勝は自刃に追いやられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 織田信長時代 ===&lt;br /&gt;
信行の死後、信長の家臣となった。信長の美濃[[斎藤氏]]攻め、上洛作戦、畿内平定戦などでは常に織田軍の先鋒として参加し、信長の重臣中の重臣として数々の武功を挙げた。やがて信長と将軍・[[足利義昭]]が対立して[[信長包囲網]]が敷かれると、織田軍の有力武将として[[近江国|近江]]、[[摂津国|摂津]]など各地を転戦する。[[元亀]]元年（[[1570年]]）には[[六角義賢]]を[[近江長光寺城の戦い]]で破った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[天正]]元年（[[1573年]]）の[[朝倉義景]]攻め、[[浅井長政]]攻めなどにも参加し、武功を挙げている。天正3年（[[1575年]]）の[[長篠の戦い]]にも参加する。そして[[朝倉氏]]滅亡後、[[越前国|越前]]を支配していた[[一向一揆]]平定に功績を立てたため、越前国[[福井城|北ノ庄]]（現在の[[福井市]]）を与えられ、[[前田利家]]、[[佐々成政]]、[[佐久間盛政]]らを付属されて[[北陸地方]]の平定を任される軍団長となった&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天正5年（[[1577年]]）、[[越後国|越後]]の[[上杉謙信]]が[[加賀国|加賀]]にまで進出してきたため、迎撃を試みるが、[[手取川の戦い]]で上杉謙信の前に敗れた。しかし天正6年（[[1578年]]）に謙信が死去すると、大反攻に転じて天正9年（[[1581年]]）までに加賀一向一揆を制圧し、さらに[[能登国|能登]]・[[越中国|越中]]にも進出を果たした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天正10年（[[1582年]]）、[[上杉氏]]方の越中国[[魚津城]]（[[富山県]][[魚津市]]）を攻囲中に[[本能寺の変]]があって織田信長が横死する。しかしこのために[[上杉景勝]]の反撃に遭い、越中国東部制圧に手間取り、[[京都]]に向かうことができなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 最期 ===&lt;br /&gt;
本能寺の変後、[[織田氏]]の後継者問題で信長の三男・[[織田信孝]]を推したが、[[明智光秀]]を討伐したことで実績や発言力が大きかった羽柴秀吉（[[豊臣秀吉]]）が信長の嫡孫・三法師（[[織田秀信]]）を擁立したため、織田氏の[[家督]]は三法師が継ぐこととなり、信長の遺領配分においても[[河内国|河内]]や[[丹波国|丹波]]、[[山城国|山城]]を増領した秀吉に対し、勝家は北近江3郡を得るにとどまり、勝家と秀吉の立場は逆転してしまった（[[清洲会議]]）。なお、この後に信孝の仲介を受けて[[お市]]と結婚している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後勝家は[[滝川一益]]、織田信孝と手を結んで秀吉と対抗するが、天正11年（1583年）の[[賤ヶ岳の戦い]]で秀吉に敗れ、越前北ノ庄にてお市とともに自害した。享年62。辞世の句は「夏の夜の　夢路儚き　後の名を　雲井にあげよ　山不如帰」（短く儚い夏の夜の夢。同じように儚い人生を終えた私の名を、どうか山不如帰、遥か彼方の誰かに伝えておくれ）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[昭和]]3年（[[1928年]]）[[11月10日]]、宮内省より贈従三位に叙位された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
菩提寺は、福井県福井市の西光寺と[[滋賀県]][[高島市]]の幡岳寺。位牌も現存している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物・逸話 ==&lt;br /&gt;
*信長に一度反抗した人物にも関わらず、信長は勝家の武略を高く評価して厚い信任を置いた。勝家が信長から賜った越前の領国と、与力とされた前田・佐々などを加えた多くの軍勢は、織田家臣の中でも随一の領国と兵力であったと言われている。また、勝家の信長に対する忠誠心は絶対であったとまで言われている。&lt;br /&gt;
*秀吉とは性格が合わなかったと言われており、これは多くの資料から明らかである。ただ金ヶ崎の退却戦でしんがりを申し出た秀吉には感銘を受け、手勢を秀吉に分け与えたとも言われている。しかし清洲会議以降の確執は修復できないものがあった。&lt;br /&gt;
*賤ヶ岳の戦いで勝家が秀吉に敗れたのは、両者の武将の器量の差とは言い難い。むしろ勝家は人望も戦場経験も豊富であった。ただ、織田氏への忠誠心の厚さが、逆に勝家の行動を制限していたとも言えるのである。&lt;br /&gt;
*勝家は自害の直前、お市に城から逃れるように勧めたが、市は拒絶したという。勝家には信長や市を信頼させるような魅力があったのかも知れない。なお勝家は自害のとき、敵兵の前で腸を引き抜いて壮烈な最期を見せたと言われている（勝家の最期に関する一連の逸話は、創作との声もある）。&lt;br /&gt;
*生涯を通して合戦での活躍が目立つ勝家だが、政治家としても優秀な人物であり、善政を敷き、領地をよく治めたといわれている。だからこそ、織田家で最も多くの領地を有したと考えられている。&lt;br /&gt;
*一流と呼べる実績を残した勝家ではあるが、同僚時代の羽柴秀吉や配下である[[佐久間盛政]]に軍事命令を無視され独断行動をされたり、従属大名的な存在であった[[前田利家]]の秀吉方への寝返りを容認したり、人の使い方において少し脇が甘い部分もあった。&lt;br /&gt;
*[[刀狩]]を一番初めに行なったのは、秀吉ではなく勝家である。&lt;br /&gt;
*元来、武骨の性格でその秀でた武勇から'''鬼柴田'''、'''かかれ柴田'''とも呼ばれた。&lt;br /&gt;
*長光寺城に籠城中、水瓶を割って背水の陣で抗戦に臨んだことから瓶割り柴田と呼ばれるようになったと言われている（これは後世の逸話ともされている）。&lt;br /&gt;
*前田利家は「柴田修理（勝家）は信長に仕えてから戦功およそ二十四度ありと誇った」と語ったとされている（[[武家事記]]）。&lt;br /&gt;
*信長からは織田家の筆頭家老として重用され、[[ルイス・フロイス]]は「信長の重立ちたる将軍二人中の一人」と記している。&lt;br /&gt;
*賤ヶ岳の戦いで裏切った前田利家を責めることなく、逆に秀吉と利家の関係を知っていたことから、「後は秀吉を頼れ」と言い残したとされているほどで、その器量は相当に大きかったものと思われる。利家はこのとき、逆に己の行為を恥じたとまでいわれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 注釈 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[柴田神社]] - 勝家とお市の方を祀る神社&lt;br /&gt;
*[[福井城]] - 勝家のかつての居城（北ノ庄城）跡地&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:織豊政権の大名|しはた かついえ]]&lt;br /&gt;
[[Category:戦国武将|しはた かついえ]]&lt;br /&gt;
[[Category:柴田氏|かついえ]]&lt;br /&gt;
[[Category:福井県の歴史|しはたかついえ]]&lt;br /&gt;
[[Category:滋賀県の歴史|しはたかついえ]]&lt;br /&gt;
[[Category:1522年生|しはた かついえ]]&lt;br /&gt;
[[Category:1583年没|しはた かついえ]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
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		<title>柴田勝家</title>
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				<updated>2008-09-19T07:38:36Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{武士&lt;br /&gt;
|開始=柴田勝家&lt;br /&gt;
|肖像=[[画像:Shibata katsuie.png|250px|柴田勝家像]]&lt;br /&gt;
|時代=[[戦国時代 (日本)|戦国時代]]～[[安土桃山時代]]&lt;br /&gt;
|生誕=[[大永]]2年（[[1522年]]）&lt;br /&gt;
|死没=[[天正]]11年[[4月24日 (旧暦)|4月24日]]（[[1583年]][[6月14日]]）&lt;br /&gt;
|別名=権六郎、権六（通称）。鬼柴田、&amp;lt;br /&amp;gt;かかれ柴田、瓶割り柴田（仇名）&lt;br /&gt;
|戒名=摧鬼院殿台岳還道大居士&amp;lt;br /&amp;gt;幡岳寺殿籌山勝公大居士&lt;br /&gt;
|墓所=[[福井県]][[福井市]][[柴田神社]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[西光寺 (福井市)|西光寺]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[滋賀県]][[高島市]][[幡岳寺]]&lt;br /&gt;
|官位=[[従六位|従六位下]]、[[京職|左京大進]]、[[従五位|従五位下]]、&amp;lt;br /&amp;gt;[[修理職|修理亮]]、贈[[従三位]]&lt;br /&gt;
|主君=[[織田信秀]]→[[織田信行|信勝]]→[[織田信長|信長]]→[[織田信孝|信孝]]&lt;br /&gt;
|氏族=[[柴田氏]]&lt;br /&gt;
|父母=父：[[柴田勝義]]?&amp;lt;ref&amp;gt;この人物が父親なのかリンク先にも「史料がない」と記載されている。これ以上調査できず。&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
|兄弟=姉妹：女子（[[吉田次兵衛]]室）、女子（[[佐久間盛次]]室）&lt;br /&gt;
|妻=正室：[[織田信長]]の妹・'''[[お市の方]]'''&lt;br /&gt;
|子=[[柴田勝里|勝里]]、[[柴田勝忠|勝忠]]&amp;lt;br /&amp;gt;養子：''[[柴田勝政|勝政]]''、''[[柴田勝豊|勝豊]]''、''[[柴田勝敏|勝敏]]''&amp;lt;ref&amp;gt;勝家の実子、養子ともいわれている。&amp;lt;/ref&amp;gt;、''[[佐久間勝之|勝之]]''&amp;lt;br /&amp;gt;養女：''女子（[[高城胤則]]室）''&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
'''柴田 勝家'''（'''しばた かついえ'''）は戦国時代から安土桃山時代にかけての[[武将]]・[[大名]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 生涯 ==&lt;br /&gt;
=== 織田信秀時代 ===&lt;br /&gt;
大永2年（1522年）、[[尾張国]]愛知郡上社村（現：[[愛知県]][[名古屋市]][[名東区]]）で生まれる。生年には大永6年（[[1526年]]）説や大永7年（[[1527年]]）説もあり、明確ではない。出自は不明ながら守護・[[斯波氏]]に連関の一族とされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
はじめ尾張の[[織田信秀]]の家臣として仕え、家老にまで取り立てられた。[[美濃国|美濃]]の[[斎藤道三]]との戦いなどに参加し、早くから武功を挙げたとされている。[[天文 (元号)|天文]]20年（[[1551年]]）に信秀が死去すると、子の[[織田信行|織田信勝]](信行)に仕えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 織田信勝時代 ===&lt;br /&gt;
信勝からも引き続いて重用され、信勝を信秀の後継者にしようと[[林秀貞]]と共に画策し、信勝の兄・[[織田信長]]の排除を試みたが、[[弘治 (日本)|弘治]]2年（[[1556年]]）8月に信長との戦いに敗れて剃髪し、信長に降伏した（[[稲生の戦い]]）。以後、信長に心を寄せるようになり、弘治3年（[[1557年]]）に信勝が謀反の計画を企んだときには、信長に事前に密告したとされており、信勝は自刃に追いやられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 織田信長時代 ===&lt;br /&gt;
信行の死後、信長の家臣となった。信長の美濃[[斎藤氏]]攻め、上洛作戦、畿内平定戦などでは常に織田軍の先鋒として参加し、信長の重臣中の重臣として数々の武功を挙げた。やがて信長と将軍・[[足利義昭]]が対立して[[信長包囲網]]が敷かれると、織田軍の有力武将として[[近江国|近江]]、[[摂津国|摂津]]など各地を転戦する。[[元亀]]元年（[[1570年]]）には[[六角義賢]]を[[近江長光寺城の戦い]]で破った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[天正]]元年（[[1573年]]）の[[朝倉義景]]攻め、[[浅井長政]]攻めなどにも参加し、武功を挙げている。天正3年（[[1575年]]）の[[長篠の戦い]]にも参加する。そして[[朝倉氏]]滅亡後、[[越前国|越前]]を支配していた[[一向一揆]]平定に功績を立てたため、越前国[[福井城|北ノ庄]]（現在の[[福井市]]）を与えられ、[[前田利家]]、[[佐々成政]]、[[佐久間盛政]]らを付属されて[[北陸地方]]の平定を任される軍団長となった&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天正5年（[[1577年]]）、[[越後国|越後]]の[[上杉謙信]]が[[加賀国|加賀]]にまで進出してきたため、迎撃を試みるが、[[手取川の戦い]]で上杉謙信の前に敗れた。しかし天正6年（[[1578年]]）に謙信が死去すると、大反攻に転じて天正9年（[[1581年]]）までに加賀一向一揆を制圧し、さらに[[能登国|能登]]・[[越中国|越中]]にも進出を果たした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天正10年（[[1582年]]）、[[上杉氏]]方の越中国[[魚津城]]（[[富山県]][[魚津市]]）を攻囲中に[[本能寺の変]]があって織田信長が横死する。しかしこのために[[上杉景勝]]の反撃に遭い、越中国東部制圧に手間取り、[[京都]]に向かうことができなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 最期 ===&lt;br /&gt;
本能寺の変後、[[織田氏]]の後継者問題で信長の三男・[[織田信孝]]を推したが、[[明智光秀]]を討伐したことで実績や発言力が大きかった羽柴秀吉（[[豊臣秀吉]]）が信長の嫡孫・三法師（[[織田秀信]]）を擁立したため、織田氏の[[家督]]は三法師が継ぐこととなり、信長の遺領配分においても[[河内国|河内]]や[[丹波国|丹波]]、[[山城国|山城]]を増領した秀吉に対し、勝家は北近江3郡を得るにとどまり、勝家と秀吉の立場は逆転してしまった（[[清洲会議]]）。なお、この後に信孝の仲介を受けて[[お市]]と結婚している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後勝家は[[滝川一益]]、織田信孝と手を結んで秀吉と対抗するが、天正11年（1583年）の[[賤ヶ岳の戦い]]で秀吉に敗れ、越前北ノ庄にてお市とともに自害した。享年62。辞世の句は「夏の夜の　夢路儚き　後の名を　雲井にあげよ　山不如帰」（短く儚い夏の夜の夢。同じように儚い人生を終えた私の名を、どうか山不如帰、遥か彼方の誰かに伝えておくれ）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[昭和]]3年（[[1928年]]）[[11月10日]]、宮内省より贈従三位に叙位された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
菩提寺は、福井県福井市の西光寺と[[滋賀県]][[高島市]]の幡岳寺。位牌も現存している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物・逸話 ==&lt;br /&gt;
*信長に一度反抗した人物にも関わらず、信長は勝家の武略を高く評価して厚い信任を置いた。勝家が信長から賜った越前の領国と、与力とされた前田・佐々などを加えた多くの軍勢は、織田家臣の中でも随一の領国と兵力であったと言われている。また、勝家の信長に対する忠誠心は絶対であったとまで言われている。&lt;br /&gt;
*秀吉とは性格が合わなかったと言われており、これは多くの資料から明らかである。ただ金ヶ崎の退却戦でしんがりを申し出た秀吉には感銘を受け、手勢を秀吉に分け与えたとも言われている。しかし清洲会議以降の確執は修復できないものがあった。&lt;br /&gt;
*賤ヶ岳の戦いで勝家が秀吉に敗れたのは、両者の武将の器量の差とは言い難い。むしろ勝家は人望も戦場経験も豊富であった。ただ、織田氏への忠誠心の厚さが、逆に勝家の行動を制限していたとも言えるのである。&lt;br /&gt;
*勝家は自害の直前、お市に城から逃れるように勧めたが、市は拒絶したという。勝家には信長や市を信頼させるような魅力があったのかも知れない。なお勝家は自害のとき、敵兵の前で腸を引き抜いて壮烈な最期を見せたと言われている（勝家の最期に関する一連の逸話は、創作との声もある）。&lt;br /&gt;
*生涯を通して合戦での活躍が目立つ勝家だが、政治家としても優秀な人物であり、善政を敷き、領地をよく治めたといわれている。だからこそ、織田家で最も多くの領地を有したと考えられている。&lt;br /&gt;
*一流と呼べる実績を残した勝家ではあるが、同僚時代の羽柴秀吉や配下である[[佐久間盛政]]に軍事命令を無視され独断行動をされたり、従属大名的な存在であった[[前田利家]]の秀吉方への寝返りを容認したり、人の使い方において少し脇が甘い部分もあった。&lt;br /&gt;
*[[刀狩]]を一番初めに行なったのは、秀吉ではなく勝家である。&lt;br /&gt;
*元来、武骨の性格でその秀でた武勇から'''鬼柴田'''、'''かかれ柴田'''とも呼ばれた。&lt;br /&gt;
*長光寺城に籠城中、水瓶を割って背水の陣で抗戦に臨んだことから瓶割り柴田と呼ばれるようになったと言われている（これは後世の逸話ともされている）。&lt;br /&gt;
*前田利家は「柴田修理（勝家）は信長に仕えてから戦功およそ二十四度ありと誇った」と語ったとされている（[[武家事記]]）。&lt;br /&gt;
*信長からは織田家の筆頭家老として重用され、[[ルイス・フロイス]]は「信長の重立ちたる将軍二人中の一人」と記している。&lt;br /&gt;
*賤ヶ岳の戦いで裏切った前田利家を責めることなく、逆に秀吉と利家の関係を知っていたことから、「後は秀吉を頼れ」と言い残したとされているほどで、その器量は相当に大きかったものと思われる。利家はこのとき、逆に己の行為を恥じたとまでいわれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 注釈 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;reference/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[柴田神社]] - 勝家とお市の方を祀る神社&lt;br /&gt;
*[[福井城]] - 勝家のかつての居城（北ノ庄城）跡地&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:織豊政権の大名|しはた かついえ]]&lt;br /&gt;
[[Category:戦国武将|しはた かついえ]]&lt;br /&gt;
[[Category:柴田氏|かついえ]]&lt;br /&gt;
[[Category:福井県の歴史|しはたかついえ]]&lt;br /&gt;
[[Category:滋賀県の歴史|しはたかついえ]]&lt;br /&gt;
[[Category:1522年生|しはた かついえ]]&lt;br /&gt;
[[Category:1583年没|しはた かついえ]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E9%BB%92%E7%94%B0%E5%AD%9D%E9%AB%98&amp;diff=39763</id>
		<title>黒田孝高</title>
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				<updated>2008-09-19T07:34:16Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{武士&lt;br /&gt;
|開始=黒田孝高／黒田如水&lt;br /&gt;
|肖像=[[Image:Yoshitaka Kuroda.jpg|200px|如水居士画像]]&lt;br /&gt;
|時代=[[戦国時代 (日本)|戦国時代]]～[[江戸時代]]前期&lt;br /&gt;
|生誕=[[天文 (元号)|天文]]15年[[11月29日 (旧暦)|11月29日]]（[[1546年]][[12月22日]]）&lt;br /&gt;
|死没=[[慶長]]9年[[3月20日 (旧暦)|3月20日]]（[[1604年]][[4月19日]]）&lt;br /&gt;
|改名=小寺万吉、孝高、黒田孝高、如水軒&lt;br /&gt;
|別名=万吉（幼名）、祐隆、孝隆、政成（別名）、&amp;lt;br&amp;gt;官兵衛（通称）、黒田の瘡頭（仇名）&lt;br /&gt;
|諡号=如水、円清&lt;br /&gt;
|戒名=龍光院殿如水圓清大居士&lt;br /&gt;
|霊名=ドン・シメオン&lt;br /&gt;
|墓所=[[福岡市]][[博多区]]千代の横嶽山崇福寺&amp;lt;br&amp;gt;[[京都市]][[北区 (京都市)|北区]]の[[大徳寺]]の塔頭寺院である[[龍光院 (京都市北区)|龍光院]]&lt;br /&gt;
|官位=従五位下、勘解由次官&lt;br /&gt;
|主君=[[小寺政職]]→[[織田信長]]→[[豊臣秀吉]]&lt;br /&gt;
|氏族=[[小寺氏]]、[[黒田氏]]（自称[[源氏]]）&lt;br /&gt;
|父母=父：[[黒田職隆]]&amp;lt;br&amp;gt;母：[[明石宗和]]の娘（[[小寺政職]]の養女）&lt;br /&gt;
|兄弟='''孝高'''、[[黒田利高|利高]]、[[黒田利則|利則]]、[[黒田直之|直之]]、&amp;lt;br&amp;gt;女子（[[浦上清宗]]の妻）&lt;br /&gt;
|妻=正室：'''[[櫛橋伊定]]の娘'''&lt;br /&gt;
|子='''[[黒田長政|長政]]'''、[[黒田熊之助|熊之助]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
'''黒田 孝高'''（'''くろだ よしたか'''、[[天文 (元号)|天文]]15年[[11月29日 (旧暦)|11月29日]]（[[1546年]][[12月22日]]） - [[慶長]]9年[[3月20日 (旧暦)|3月20日]]（[[1604年]][[4月19日]]））は[[戦国時代 (日本)|戦国時代]]、[[安土桃山時代]]、[[江戸時代]]前期にかけての[[武将]]・[[大名]]である。[[豊前国]][[中津城]]主。孝高は[[諱]]で通称の'''官兵衛'''、並びに出家後の'''如水'''の号で有名である。[[豊臣秀吉]]の側近として仕え、調略や他大名との交渉などに活躍した。'''ドン・シメオン'''という洗礼名を持つ[[キリシタン]]大名でもあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 生涯 ==&lt;br /&gt;
=== 出身 ===&lt;br /&gt;
天文15年11月29日（1546年12月22日）、[[黒田職隆]]の嫡男として姫路に生まれる。黒田氏は、『寛政重修諸家譜』などによれば[[近江国]][[伊香郡]]黒田村（現在の[[滋賀県]]伊香郡[[木ノ本町]]黒田）の武家出身とされるが定かではない。孝高の祖父・[[黒田重隆]]の代に播磨に入り、[[御着城]]（現在の[[姫路市]]東部）を中心に播州平野に勢力を持っていた小大名の[[小寺政職]]に仕えた。政職は黒田氏を高く評価し、重隆を重臣として姫路城代に任じた。重隆の子職隆には自らの養女を嫁がせ、小寺の名字を名乗らせた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 播州時代 ===&lt;br /&gt;
[[永禄]]10年（[[1567年]]）頃、孝高は家督を継ぎ、[[櫛橋伊定]]の娘を正室に迎え、姫路城代となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[天正]]元年（[[1573年]]）、小寺氏など播磨の小大名たちは畿内で勢力を拡大する[[織田信長]]と[[山陰地方|山陰]]・[[山陽地方|山陽]]に勢力を張る[[毛利輝元]]の2つの大勢力に挟まれることになった。天正3年（[[1575年]]）、信長は羽柴秀吉（豊臣秀吉）に命じて播磨に進駐させた。信長の才能を高く評価していた孝高は早くから主君・政職に織田家への臣従を勧め、近隣勢力も説得していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 織田家臣時代 ===&lt;br /&gt;
ところが天正6年（[[1578年]]）、播磨の大勢力である[[三木城]]主[[別所長治]]が織田氏に反旗を翻した。これに他の播磨の勢力は大きく動揺した。さらに織田家の重臣で[[摂津国]]を任されていた[[荒木村重]]が信長に対して謀反を起こし、[[有岡城]]（[[兵庫県]][[伊丹市]]）に立て籠もった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このとき、孝高は村重を翻意させるため有岡城に乗り込んだが交渉は成功せず、捕縛されてしまった。1年後、有岡城は落城し孝高は家臣の[[栗山利安]]によって救出されたが、劣悪な環境の土牢に長期に渡って押し込められていたため脚部の関節に障害が残り、歩行がやや不自由になった。このため、以後は合戦の指揮も馬上ではなく輿に乗って行うようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
村重の謀反の際、主君の小寺政職も同調して信長から離反したため、信長の嫡男・[[織田信忠]]によって討伐された。孝高は謀反人の名字を名乗ることをよしとせず、本来の黒田の名字に改めた。救出された孝高は信長から播磨国内に1万石を与えられ、秀吉の与力となって参謀として活躍するようになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天正8年（[[1580年]]）、「姫路城は播州統治の適地である」として居城を秀吉に提供し、自身は[[飾東郡]]の国府山城に移った。天正9年（[[1581年]]）、秀吉は[[因幡]]の[[鳥取城]]を兵糧攻めで落城させた。策略により周辺の米を買い占めた上で完全に包囲して兵糧の補給を絶ったため、鳥取城内は飢餓で凄惨極まりない状況に追い込まれて3ヶ月で降伏を余儀なくされたが、この作戦を秀吉に献策したのは孝高だったと言われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また天正10年（[[1582年]]）、毛利氏の部将・[[清水宗治]]が守る[[備中高松城]]攻略に際し秀吉は巨大な堤防を築いて水攻めにしたが、この作戦を献策したのも孝高だったと言われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 豊臣家臣時代 ===&lt;br /&gt;
高松城攻めの最中、京都で[[本能寺の変]]が起こり、信長が[[横死]]した。信長の死を知った孝高は秀吉に対して、「'''御運が開かれる機会が参りましたな'''」と進言したといわれる。そして、秀吉が[[毛利輝元]]と和睦し中国大返しを行なったのも、孝高の進言によると言われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天正11年（[[1583年]]）の[[賤ヶ岳の戦い]]、天正12年（[[1584年]]）の[[小牧・長久手の戦い]]にも参加。天正13年（[[1585年]]）には[[四国征伐]]に加わった。このとき、孝高は敵将・[[長宗我部元親]]の策略を見抜いて、次々と敵城を陥落させた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天正14年（[[1586年]]）、従五位下[[勘解由使|勘解由次官]]に叙任された。天正15年（[[1587年]]）の[[九州征伐]]では[[毛利氏]]、[[宇喜多氏]]などの軍勢の戦目付として、戦勝に貢献している。九州平定後、豊前中津で12万5000石を与えられた。[[国人]]勢力の[[城井鎮房]]・[[野中鎮兼]]らが一揆を起こすが孝高はこれを鎮圧し、翌年4月には[[城井氏]]を謀殺することで領内の平定に成功した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この少し前、孝高は[[高山右近]]らの勧めによって[[キリスト教]]の洗礼を受けていた。しかし、天正15年（1587年）7月に秀吉がキリスト教禁教令を出すと高山右近らがこれに反抗して追放される中、孝高は率先して棄教した。秀吉の側近である孝高の棄教は、宣教師やキリスト教を信仰する諸大名に大きな衝撃を与えたことが[[ルイス・フロイス]]の書簡から窺える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天正17年（[[1589年]]）、家督を嫡男の[[黒田長政]]に譲って[[隠居]]し、'''如水軒'''と号した（※これ以降は如水と記述する）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
家督を譲った後も、如水は秀吉の側近として仕えた。天正18年（[[1590年]]）の[[小田原征伐]]では[[小田原城]]に入って[[北条氏政]]・[[北条氏直]]父子を説得し、無血開城させる功績を立てた。このとき、北条氏直から[[日光一文字]]の名刀を与えられている（[[国宝]]、[[福岡市博物館]]所蔵）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[文禄]]元年（[[1592年]]）から秀吉の朝鮮出兵（[[文禄・慶長の役]]）に参加するが、文禄2年（[[1593年]]）に[[五奉行]]の[[石田三成]]との間に確執を生じ秀吉の怒りを買ったために、'''如水円清'''と号して出家・引退した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、[[中津城]]で悠々自適の隠居生活を送ったと言われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 関ヶ原の戦い ===&lt;br /&gt;
慶長3年（[[1598年]]）8月、豊臣秀吉が死去した。如水は同年12月に上洛し、伏見屋敷に居住したという。この頃、如水が[[吉川広家]]に宛てた書状が残されている。&lt;br /&gt;
:「'''かようの時は仕合わせになり申し候。はやく乱申すまじく候。そのお心得にて然るべき候'''」&lt;br /&gt;
これは、如水が遠からず天下の覇権をめぐって大乱が起きると予想していたことを窺わせる。慶長5年（[[1600年]]）、[[徳川家康]]らが[[会津]]の[[上杉景勝]]討伐のため東へ向かうと石田三成らが家康の非を鳴らして挙兵し（西軍）、[[関ヶ原の戦い]]が起こった。嫡男・長政は家康の養女を正室として迎えていたことから秀吉の死去前後から家康に与し、豊臣恩顧の大名を多く家康方に引き込み[[後藤基次]]ら黒田軍の主力を率いて家康に同行、関ヶ原本戦で武功を挙げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この頃、如水は九州にいた。石田三成の挙兵を知った如水は、家康方（東軍）として行動を開始した。兵力の大半は長政が率いていたため如水は金蔵を開いて領内の百姓などに支度金を与え、1万人ほどの速成軍を作り上げた。如水はこの兵力を率いて[[9月9日 (旧暦)|9月9日]]（[[10月15日]]）、[[豊後国|豊後]]に侵攻した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日、再興を目指して西軍に与した[[大友義統]]が[[毛利輝元]]の支援を受けて豊後に攻め込み、東軍の[[細川忠興]]の飛び地である杵築城を包囲攻撃した。城将・[[松井康之]]と[[有吉立行]]は如水に援軍を要請、如水はこれに応じ[[9月13日 (旧暦)|9月13日]]（[[10月19日]]）、石垣原（現在の[[別府市]]）で大友義統軍と衝突した。[[黒田二十四騎]]に数えられる[[母里友信]]らの活躍もあって、黒田軍は大友軍に勝利した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、如水は西軍に属した[[熊谷直盛]]の[[安岐城]]、[[垣見一直]]の[[富来城]]、[[太田一吉]]の[[臼杵城]]、[[毛利高政]]の[[角牟礼城]]と[[日隈城]]、[[毛利勝信]]の[[小倉城]]、[[毛利信友]]の[[香春岳城]]などを次々と落としていった。しかし、関ヶ原の戦いがわずか1日で決着がついたことを知ると占領した城を家康に献上して居城に戻り、軍を解散した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
如水のねらいは九州を統一し、その兵力を率いて東上し家康に決戦を挑んで天下を取ることにあったとも言われる。息子の長政の活躍により、関ヶ原の合戦が短期に終結したのは皮肉な巡り合わせと言えるかも知れない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、本気で天下を取ろうとしたのであれば息子の長政と綿密な打ち合わせが必要であり、それをしなかったのは如水の手腕を考えれば手落ちというより不審である。そのため、天下を狙う野望を持っていたというのは見せかけで如水は家康に脅威を感じさせ、一方で息子の長政が家康に忠誠を尽くすことにより黒田家の存続と繁栄を狙った深謀遠慮であるという説もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これに関しては以下のような逸話が伝わっている。&lt;br /&gt;
:関ヶ原の戦いの後、帰郷した長政が「家康殿は右手を取って功労を褒めてくれた」と自慢したのに対し、如水は「'''その時、お前の左手は何をしていた'''（=何故空いている手で家康を殺さなかったのか）」と言った。これを聞いて長政は絶句した。&lt;br /&gt;
このような逸話が広く世間に流布していた事実からは、逆に本気で天下を狙っていたとは考えにくい（本気だったならば固く秘密にしたであろう）。むしろ陰謀家の如水に対比することで、長政の家康に対する忠誠を強調した逸話と考えることができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 江戸時代 ===&lt;br /&gt;
関ヶ原の合戦の後、長政は家康から勲功第一として筑前名島（福岡）で52万3000石を与えられた。如水も中津城から[[福岡城]]に移り、そこでその後は政治に関与することなく隠居生活を送った。慶長9年3月20日（1604年4月19日）、[[京都]]伏見藩邸にて死去。享年59。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
*一般に伝えられる孝高の活躍については、[[軍師]]の活躍をよりきらびやかに描こうとする[[江戸時代]]の軍記物などで誇張された部分も多いと言われる。&lt;br /&gt;
*[[竹中重治]]（半兵衛）と共に秀吉の双璧と謳われ、「両兵衛」・「二兵衛」と称された。&lt;br /&gt;
*[[徳川秀忠]]は孝高を「今世の[[張良]]なるべし」と評した（[[名将言行録]]）。&lt;br /&gt;
*孝高は[[梅毒]]により、頭部に醜い瘡があったと言われる。&lt;br /&gt;
*虎視眈々と天下を狙う野心家として描かれることが多いが、実際には主君を裏切ったことは一度もない。小寺政職は「裏切った」のではなく「裏切られた」のであるし、関ヶ原の合戦の際の徳川家康に関しても2人は同じ豊臣家の家臣であって主従ではなく建前上は同じ東軍であったから、敵対すらしていない。[[坂口安吾]]は「天才ではあるが、ただの戦争マニアであって野心は二流」と評している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 逸話 ==&lt;br /&gt;
*本能寺の変で織田信長が死去したとき、孝高は秀吉に対して「御運が開かれる機会が参りましたな」と言った。これ以後、秀吉は孝高の智謀を恐れるようになったという。秀吉が多くの功績を立てた孝高に対して、大坂から遠く離れた豊前の中津でわずか12万石しか与えなかった（加藤清正・福島正則ら他の子飼い大名と比べると小封と言える）のも、それを示していると言われる。&lt;br /&gt;
*秀吉が孝高を恐れたことを示す史料として、次のようなものがある。&lt;br /&gt;
:「秀吉、常に世に怖しきものは徳川と黒田なり。然れども、徳川は温和なる人なり。黒田の瘡天窓は何にとも心を許し難きものなりと言はれしとぞ」（[[名将言行録]]）。&lt;br /&gt;
*孝高が長政に家督を譲って隠居したのは44歳のときであるが、働き盛りの年齢で隠居したのは秀吉に恐れられていることを知って身の安全を図ったためと言われる。次のような逸話が残っている。&lt;br /&gt;
:秀吉が家臣に「わしに代わって、次に天下を治めるのは誰だ」と尋ねた。家臣たちは徳川家康や前田利家の名前を挙げたが秀吉は黒田官兵衛（孝高）を挙げ、「官兵衛がその気になれば、わしが生きている間にも天下を取るだろう」と言った。側近は「官兵衛殿は10万石程度の大名に過ぎませんが」と聞き返したところ、秀吉は「お前たちはやつの本当の力量をわかっていない。やつに100万石を与えたらとたんに天下を奪ってしまう」と言った。これを伝え聞いた官兵衛は身の危険を感じて隠居を申し出たという。&lt;br /&gt;
:これはわざと情報を流すことで周囲の反応を見ようとしたものと思われる。一方、隠居は三成ら若い人材の台頭なども理由と言われる。&lt;br /&gt;
*晩年は家臣に対して冷たく振舞ったとされる。これは殉死者を出さないためとも、当主の長政に家臣団の忠誠を向けさせるためとも言われている。&lt;br /&gt;
*村重謀反のとき、信長は翻意するよう説得に向かった孝高が帰ってこないのは村重に寝返ったからだと判断し、人質として預けられていた長政を殺害するように命じた。しかし重治（半兵衛）は密かに長政を匿った。このため、重治への感謝の気持を忘れないために黒田家は家紋に竹中家の家紋を用いた（この家紋とは黒餅の事を指す。黒餅とは石高の加増を願う家紋である）。&lt;br /&gt;
*遺訓として「人に媚びず、富貴を望まず」がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連作品 ==&lt;br /&gt;
=== 小説 ===&lt;br /&gt;
*[[播磨灘物語]]（[[司馬遼太郎]]・著、[[講談社]]）ISBN 9784062739320 他&lt;br /&gt;
*黒田如水（[[吉川英治]]・著、講談社）&lt;br /&gt;
*黒田如水（[[童門冬二]]・著、[[小学館]]）&lt;br /&gt;
*二流の人（[[坂口安吾]]・著、筑摩書房ほか）&lt;br /&gt;
*軍師の境遇（[[松本清張]]・著、角川書店）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 漫画 ===&lt;br /&gt;
*黒田・三十六計（[[平田弘史]]・著、[[リイド社]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 音楽 ===&lt;br /&gt;
*[[海援隊 (フォークグループ)|海援隊]]「二流の人」（『倭人傳』、[[1979年]][[12月1日]]、MR-3191）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 黒田孝高を演じた人物 ==&lt;br /&gt;
*『[[太閤記 (NHK大河ドラマ)|太閤記]]』 [[田村高廣]]&lt;br /&gt;
*『[[国盗り物語 (NHK大河ドラマ)|国盗り物語]]』 [[江守徹]]&lt;br /&gt;
*『[[黄金の日日]]』 [[島田三郎 (俳優)|島田三郎]]→[[勝部演之]]&lt;br /&gt;
*『[[おんな太閤記]]』 菅野忠彦（現・[[菅野菜保之]]）&lt;br /&gt;
*『[[徳川家康 (NHK大河ドラマ)|徳川家康]]』 [[入川保則]] &lt;br /&gt;
*『[[秀吉 (NHK大河ドラマ)|秀吉]]』 [[伊武雅刀]] &lt;br /&gt;
*『[[功名が辻 (NHK大河ドラマ)|功名が辻]]』 [[斉藤洋介]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[黒田氏]]&lt;br /&gt;
*[[黒田二十四騎]]&lt;br /&gt;
*[[黒田八虎]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[黒田氏]]当主|1567 - 1589|[[黒田職隆]]|[[黒田長政]]}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:黒田氏|よしたか]]&lt;br /&gt;
[[Category:キリシタン]]&lt;br /&gt;
[[Category:戦国武将]]&lt;br /&gt;
[[Category:織豊政権の大名]]&lt;br /&gt;
[[Category:1546年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1604年没]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
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== 使用方法 ==&lt;br /&gt;
 &amp;lt;nowiki&amp;gt;{{武士&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&lt;br /&gt;
 |開始 =&lt;br /&gt;
 |肖像 =&lt;br /&gt;
 |時代 =&lt;br /&gt;
 |生誕 =&lt;br /&gt;
 |死没 =&lt;br /&gt;
 |改名 =&lt;br /&gt;
 |別名 =&lt;br /&gt;
 |諡号 =&lt;br /&gt;
 |戒名 =&lt;br /&gt;
 |霊名 =&lt;br /&gt;
 |墓所 =&lt;br /&gt;
 |官位 =&lt;br /&gt;
 |幕府 =&lt;br /&gt;
 |主君 =&lt;br /&gt;
 |藩 =&lt;br /&gt;
 |氏族 =&lt;br /&gt;
 |父母 =&lt;br /&gt;
 |兄弟 =&lt;br /&gt;
 |妻 =&lt;br /&gt;
 |子 =&lt;br /&gt;
 &amp;lt;nowiki&amp;gt;}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 各項目の解説 ==&lt;br /&gt;
* 開始 - 本人の名前を記す。&lt;br /&gt;
* 肖像 - 複数ある場合は一番良く知られている肖像を記す。&lt;br /&gt;
* 時代 - 本人が生きた時代を記す。&lt;br /&gt;
* 生誕・死没 - 先に旧暦で記し、後で「（）」で新暦を記す。&lt;br /&gt;
* 改名・別名 - 異名やあだ名などを記す。&lt;br /&gt;
* 戒名 - 複数ある場合も全て記す。&lt;br /&gt;
* 霊名 - キリシタンの場合は記す。&lt;br /&gt;
* 諡号 - いわゆる「贈り名」を記す。&lt;br /&gt;
* 墓所 - 納骨されている場所を記す。&lt;br /&gt;
* 官位 - 受けた全てを下位から順番に記す。&lt;br /&gt;
* 幕府 - 所属していた幕府を記す。&lt;br /&gt;
* 主君 - 今まで受けた全ての主君を順番に記す。&lt;br /&gt;
* 藩 - 所属していた全ての藩を順番に記す。&lt;br /&gt;
* 父母 - 本人の父母を記す。&lt;br /&gt;
* 兄弟 - 本人は基本的には記さない。&lt;br /&gt;
* 妻 - 正室・側室共に適時分けて記す。&lt;br /&gt;
* 子 - ''斜体''は継子を示す。&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

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				<updated>2008-09-19T07:29:52Z</updated>
		
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&lt;div&gt;{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;float:right&amp;quot;&lt;br /&gt;
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|-&lt;br /&gt;
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|}&amp;lt;noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
== 使用方法 ==&lt;br /&gt;
 &amp;lt;nowiki&amp;gt;{{武士&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&lt;br /&gt;
 |開始 =&lt;br /&gt;
 |肖像 =&lt;br /&gt;
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== 各項目の解説 ==&lt;br /&gt;
* 開始 - 本人の名前を記す。&lt;br /&gt;
* 肖像 - 複数ある場合は一番良く知られている肖像を記す。&lt;br /&gt;
* 時代 - 本人が生きた時代を記す。&lt;br /&gt;
* 生誕・死没 - 先に旧暦で記し、後で「（）」で新暦を記す。&lt;br /&gt;
* 改名・別名 - 異名やあだ名などを記す。&lt;br /&gt;
* 戒名 - 複数ある場合も全て記す。&lt;br /&gt;
* 諡号 - いわゆる「贈り名」を記す。&lt;br /&gt;
* 墓所 - 納骨されている場所を記す。&lt;br /&gt;
* 官位 - 受けた全てを下位から順番に記す。&lt;br /&gt;
* 幕府 - 所属していた幕府を記す。&lt;br /&gt;
* 主君 - 今まで受けた全ての主君を順番に記す。&lt;br /&gt;
* 藩 - 所属していた全ての藩を順番に記す。&lt;br /&gt;
* 父母 - 本人の父母を記す。&lt;br /&gt;
* 兄弟 - 本人は基本的には記さない。&lt;br /&gt;
* 妻 - 正室・側室共に適時分けて記す。&lt;br /&gt;
* 子 - ''斜体''は継子を示す。&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E8%B6%B3%E5%88%A9%E7%BE%A9%E6%BA%80&amp;diff=39760</id>
		<title>足利義満</title>
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				<updated>2008-09-19T07:29:29Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{武士&lt;br /&gt;
|開始=足利義満&lt;br /&gt;
|肖像=[[Image:Yoshimitsu Ashikaga cropped.jpg|270px|足利義満像]]&lt;br /&gt;
|時代=[[室町時代]]&lt;br /&gt;
|生誕=[[吉野朝廷|南朝]]：[[正平 (日本)|正平]]13年/[[持明院統|北朝]]：[[延文]]3年[[8月22日 (旧暦)|8月22日]]&amp;lt;br /&amp;gt;（[[ユリウス暦]][[1358年]][[9月25日]]）&lt;br /&gt;
|死没=[[応永]]15年[[5月6日 (旧暦)|5月6日]]（ユリウス暦[[1408年]][[5月31日]]）&lt;br /&gt;
|改名=春王、義満、道有、道義&lt;br /&gt;
|別名=室町殿、日本国王&lt;br /&gt;
|諡号=鹿苑院太上天皇&lt;br /&gt;
|戒名=鹿苑院天山道義&lt;br /&gt;
|墓所=[[相国寺]]&lt;br /&gt;
|官位=[[従五位|従五位下]]、[[正五位|正五位下]]、[[左馬頭]]、&amp;lt;br /&amp;gt;[[征夷大将軍]]、[[従四位|従四位下]]、[[参議]]、&amp;lt;br /&amp;gt;[[近衛府|左近衛中将]]、[[従三位]]、[[大納言|権大納言]]、&amp;lt;br /&amp;gt;[[近衛府|右近衛大将]]、[[従二位]]、[[右馬寮御監]]、&amp;lt;br /&amp;gt;[[従一位]]、[[内大臣]]、[[左大臣]]、[[蔵人別当]]、&amp;lt;br /&amp;gt;[[後円融天皇|後円融院別当]]、[[源氏長者]]、[[准三宮]]、&amp;lt;br /&amp;gt;[[淳和奨学両院別当]]、[[太政大臣]]、&amp;lt;br /&amp;gt;贈[[正一位]][[太上天皇]]&lt;br /&gt;
|幕府=[[室町幕府]][[征夷大将軍]]（在位1368年 - 1394年）&lt;br /&gt;
|氏族=[[清和源氏]][[足利氏]]&lt;br /&gt;
|父母=父：[[足利義詮]]、母：[[紀良子]]&lt;br /&gt;
|兄弟=千寿王、'''義満'''、[[柏庭清祖]]、[[足利満詮|満詮]]、&amp;lt;br /&amp;gt;[[廷用宗器]]、[[宝鏡寺殿]]&lt;br /&gt;
|妻=正室：'''[[日野時光]]の娘・[[日野業子|業子]]'''&amp;lt;br /&amp;gt;継室：'''[[日野資康]]の娘・[[日野康子|康子]]'''&amp;lt;br /&amp;gt;側室：[[藤原慶子]]、[[春日局 (足利義満側室)|春日局]][[#主な家系|ほか]]&lt;br /&gt;
|子='''[[足利義持|義持]]'''、[[足利義嗣|義嗣]]、[[足利義教|義教]]、[[義昭|大覚寺義昭]][[#主な家系|ほか]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
'''足利 義満'''（あしかが よしみつ）は[[室町幕府]]の第3代[[征夷大将軍|将軍]]（在職[[1368年]] - [[1394年]]）である。[[官位]]は[[従一位]][[太政大臣]]、贈[[正一位]]。[[封号]]は[[日本国王]]。[[幼名]]を春王という。父は室町幕府第2代将軍・[[足利義詮]]で、母は[[紀良子]]。正室は[[大納言]][[日野時光]]の娘である[[日野業子]]で、[[後光厳天皇]]の寵姫である[[日野宣子]]（岡松一品）の介添えで義満の室となる。その後、業子のあとは業子の姪である[[日野康子]]が正室となる（のちの北山院）。側室は[[足利義持]]と[[足利義教]]の生母・[[藤原慶子]]、[[足利義嗣]]の生母・[[春日局 (足利義満側室)|春日局]]など。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
義満が御所を北小路室町へ移したことにより、義満は「室町殿」とも呼ばれた。のちに足利将軍を指す呼称となり、政庁を兼ねた将軍邸は後に[[歴史用語]]として「室町幕府」と呼ばれることになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 生涯 ==&lt;br /&gt;
=== 幼少時から将軍権力確立まで ===&lt;br /&gt;
1358年（正平13年/延文3年）に生まれる。[[足利尊氏|尊氏]]の死から丁度100日目のことである。義満が幼少の頃の室町幕府は[[吉野朝廷|南朝]]との抗争が続き、さらに[[足利氏|足利家]]の内紛である[[観応の擾乱]]以来、幕政をめぐる争いが深刻さを増していた。やがて政争で失脚した[[細川清氏]]などの有力武将が南朝勢力に加担し、[[1361年]]（[[正平 (日本)|正平]]16年/[[康安]]元年）には清氏や南朝の[[楠木正儀]]らに京都を占領され、義満は[[赤松則祐]]の居城[[播磨国]][[白旗城]]へ避難を余儀なくされた。翌年には幕府・北朝側が京都を奪還したため帰京しているが、帰途で摂津の国に泊まった際にその場所の景色が良い事が気に入り、「ここの景色は良いから、京都に持って帰ろう。お前らが担いで行け」と家臣らに命じ家臣らはその希有壮大さに驚いたという。[[1367年]]（正平22年/[[貞治]]6年）に父・義詮が病により死去すると、義満は11歳で3代将軍となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1368年]]（正平23年/[[応安]]元年）に[[評定始]]が行われ、[[1369年]]（正平24年/応安2年）には正式に将軍に就任した。幕政は[[管領]]の[[細川頼之]]をはじめ、足利一門の守護大名が主導することにより帝王学を学ぶ。頼之は[[応安大法]]を実施して土地支配を強固なものにし、京都や鎌倉の[[五山]]制度を整えて宗教統制を強化した。また南朝最大の勢力圏であった[[九州]]に[[今川貞世]]（了俊）・[[大内義弘]]を派遣して、南朝勢力を弱体化させ幕府権力を固める。[[1374年]]（[[文中]]3年/応安7年）には日野業子を室に迎える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに京都の支配を強化するために、[[1370年]]（応安3年）に朝廷より山門公人（[[延暦寺]]及びその支配下の諸勢力及びその構成員）に対する取締権を与えられた。[[1378年]]（[[天授 (日本)|天授]]4年/[[永和 (日本)|永和]]4年）には幕府を三条坊門より北小路室町に移した。移転後の幕府は後に[[花の御所]]と呼ばれ、その所在地により室町幕府と呼ばれるようになる。朝廷と幕府に二分化されていた京都の行政権や課税権なども幕府に一元化するとともに、守護大名の軍事力に対抗しうる将軍直属の常備軍である[[奉公衆]]や[[奉行衆]]と呼ばれる実務官僚を整備する。また、[[1385年]]（[[元中]]2年/[[至徳 (日本)|至徳]]2年）には[[東大寺]]・[[興福寺]]参詣、[[1388年]]（元中5年/[[嘉慶 (日本)|嘉慶]]2年）には[[駿河国]]で富士山を遊覧し、[[1389年]]（元中6年/[[康応]]元年）には[[安芸国|安芸]][[厳島神社]]参詣などの権力示威行為（デモンストレーション）も行っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 権力強化と南北朝合一 ===&lt;br /&gt;
[[1379年]]（天授5年/[[康暦]]元年）、義満は反頼之派の守護大名である[[斯波義将]]や[[土岐頼康]]らに邸を包囲され頼之の罷免を求められ、頼之は罷免される（[[康暦の政変]]）。後任の管領には義将が任命され、幕政の人事も斯波派に改められる。頼之に対しては追討令が下されるが翌年には赦免されて宿老として幕政に復帰しており、また政変後に義満の将軍権力が確立している事から斯波・細川両派の抗争を利用して相互に牽制させていたと考えられている。頼康の死後、分裂して争う土岐氏の内紛につけ込んで土岐氏を討伐した（[[土岐康行の乱]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1391年]]（[[元中]]8年/[[明徳]]2年）には[[山名氏]]の内紛に介入し、11か国の守護を兼ねて「六分一殿」と称された有力守護大名・[[山名氏清]]を挑発して挙兵させ、同年12月に討伐する（[[明徳の乱]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
義満は祖父・[[足利尊氏|尊氏]]や父を越える内大臣、左大臣へ就任し[[官位]]の昇進を続けた。[[1383年]]（[[弘和]]3年/[[永徳]]3年）には武家として初めて[[源氏長者]]となり淳和・奨学両院別当を兼任、[[准三后]]の宣下をうけ、名実ともに公武両勢力の頂点に上り詰めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1392年]]（[[元中]]9年/[[明徳]]3年）には南朝勢力が全国的に衰微したため義満は大内義弘を仲介に南朝方と交渉を進め、[[持明院統]]と[[大覚寺統]]が交互に即位する事（[[両統迭立]]）や諸国の[[国衙領]]を全て大覚寺統の所有とする事（実際には国衙領はわずかしかなかった）などの和平案を南朝の[[後亀山天皇]]に提示し、後亀山が保持していた[[三種の神器]]を[[持明院統|北朝]]の[[後小松天皇]]に接収させて南朝が解消されるかたちでの南北朝合一を実現し58年にわたる[[朝廷]]の分裂を終結させる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
義満と対立して[[後小松天皇]]に譲位していた[[後円融天皇|後円融上皇]]が[[1393年]]（明徳4年）に死去し、自己の権力を確固たるものにした義満は[[1394年]]（[[応永]]元年）には将軍職を嫡男の[[足利義持]]に譲って隠居したが、政治上の実権は握り続けた。同年、従一位[[太政大臣]]にまで昇進する。翌年には出家して'''道義'''と号した。義満の出家は、征夷大将軍として武家の太政大臣・准三后として公家のそれぞれの頂点に達した義満が、残る寺社勢力を支配する地位をも得ようとしたためであると考えられている。義満の出家に際して、斯波義将をはじめ多くの武家や公家が追従して出家している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1395年]]（[[応永]]2年）には[[九州探題]]として独自の権力を持っていた今川貞世を罷免する。[[1399年]]（応永6年）には西国の有力大名・大内義弘を挑発し義弘が[[堺市|堺]]で挙兵したのを機に討伐し（[[応永の乱]]）、西日本で義満に対抗できる勢力は排除された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 勘合貿易と北山文化 ===&lt;br /&gt;
義満は若年の頃から[[明]]への憧憬が深く早くから日明通交を望んでいたが、明側では南朝の[[懐良親王]]を「[[日本国王]]良懐」として日本における唯一の正規な通交相手として認めていたため、かなわなかった。南北朝合一後、「日本国征夷将軍源義満」名義で交渉を始めようと試みるが、明側は陪臣との通交は認めないため天皇の臣下と名乗る者からの使者は受け入れられなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そこで義満は出家し、太政大臣も辞した「日本国准三后源道義」の名義で[[1401年]]（[[応永]]8年）に博多の商人[[肥富]]と僧[[祖阿]]を使節として明に派遣する。ようやく明の[[建文帝]]によりそれまでの懐良親王に代わって日本国王に冊封され、明の[[大統暦]]が授与され国交が正式に樹立した。明の皇帝に朝貢する形式をとった[[勘合貿易]]を[[1404年]]（応永11年）から始め、また明に要請されて[[倭寇]]を鎮圧した（なお、返礼の使者を送るまでに[[靖難の変]]が起き、建文帝から[[永楽帝]]に皇帝が変わっていた）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
遣唐使の廃止以来、独自の小中華思想に基づく孤立政策を採っていた公家社会では明皇帝の臣下となる朝貢貿易に対して不満や批判が多くあったが、義満の権勢の前では公な発言ができず日記などに記すのみであった。明の文化に心酔していた義満は明の[[太祖]]・[[洪武帝]]にあやかって日本の[[年号]]にも「洪」の字を使うよう朝廷へ圧力をかけたが、上記の理由もあり朝廷側が拒否したため実現しなかった。機嫌を損ねた義満は以後、逆に自分の生きている間には年号を変えさせなかったため[[応永]]年号は[[明治]]以前では最も長い年号となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1397年]]（応永4年）には[[西園寺公経|藤原公経]]から京都北山の「北山弟」（ほくさんてい）を譲り受け、舎利殿（金閣）を中心とする山荘（「北山第」（'''きたやまてい'''）または「北山殿」（'''きたやまどの'''）、後の[[鹿苑寺]]）を造営した。この時代の文化を、武家様・公家様・唐様（禅宗様）が融合した[[北山文化]]と呼ぶことも多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 晩年と死後 ===&lt;br /&gt;
1408年（応永15年）、急病のために死去、享年51（満49歳没）。法名：鹿苑院天山道義。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
義満の死後には[[朝廷]]から「鹿苑院[[太上法皇]]」の称号を贈られるが、4代将軍となった子の義持は斯波義将らの反対もあり辞退している（その一方で[[相国寺]]は受け入れたらしく、過去帳に「'''鹿苑院太上天皇'''」と記されている）。義満は生前から義持と折り合いが悪かったとされ、対朝廷・公家政策、守護大名統制政策、明との勘合貿易などの外交政策をはじめとする義満の諸政策は義持によって一旦は否定された。また義満の遺産である北山第も金閣を除いて義持によって破却された。義持は義満が偏愛した義満の次男・[[足利義嗣|義嗣]]が出奔した際に、謀反を企てたとして殺害している。のちに義嗣の子孫は越前に下り、子孫は鞍谷御所とよばれるようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
6代将軍となった子である[[足利義教|義教]]は義満の政策を踏襲した施政をはじめるが、[[嘉吉の乱]]で[[赤松満祐]]に暗殺されたことで頓挫する。孫の8代・[[足利義政|義政]]も祖父や父の政治を引き継ごうとしたが、[[応仁の乱]]や側近政治の中で嫌気が差し政権運営への情熱をなくしてしまう。また義満の治世に従順であった有力守護大名も、再び幕府に対して反抗的な態度をとりはじめる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 皇位簒奪と暗殺説 ==&lt;br /&gt;
田中義成、[[今谷明]]らは義満が[[皇位簒奪]]する意図を持っていたのではないかとする説を唱えており、これを受けて作家の[[海音寺潮五郎]]、[[井沢元彦]]らは義満の死が突然だったため、これは義満の皇位簒奪を阻止するための暗殺ではないかとの意見を提示している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
義満は早くから[[花押]]を[[武家]]用と[[公家]]用に使い分けたり、2番目の妻である康子を[[後小松天皇]]の准母（天皇の母扱い）ついで女院にしたり、公家衆の妻を自分に差し出させたりしていた。また祭祀権・叙任権（人事権）などの諸権力を天皇家から奪い、死の1ヶ月前の1408年（応永15年）4月には宮中において次男・義嗣の元服を親王並みに行った。これらは義満が皇位の簒奪を企てていたためであり、明による日本国王冊封も当時の明の外圧を利用しての簒奪計画の一環であると推測している。また暗殺説を取る各氏は、簒奪を阻止しようとした朝廷側による毒殺であると疑っている（井沢は著作で犯人を[[世阿弥]]と[[二条満基]]の共犯と推理）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、他には義満の義嗣偏愛によって将来が不安視された義持の陣営による暗殺と見る説もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、当時の公家の日記などには義満の行為が皇位簒奪計画の一環であるとしたりその死を暗殺と疑った記録はなく、皇位簒奪計画や義満暗殺の直接の証拠はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、皇位簒奪とは義満みずからが天皇に即位するわけではなく[[治天の君]]（実権をもち院政を行う上皇のこと）となって王権（天皇の権力）を簒奪することを意味している。次男・義嗣を天皇にして、自らは天皇の父親として上皇になろうとしたというのである&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今谷は義満は中国（明）の影響を強く受けていたが、[[易姓革命]]思想ではなく当時流行した『[[野馬台詩]]』を利用していたのではないかと推測する。この詩は[[予言]]として知られており、天皇は100代&amp;lt;ref&amp;gt;現在では後小松天皇が100代目とされている。しかし当時は[[弘文天皇]]、[[淳仁天皇]]、[[仲恭天皇]]の即位を認めておらず、また室町幕府は当然北朝を正統としていたから後小松天皇で99代目となる。ただし、[[観応の擾乱#正平一統|正平一統]]による[[後村上天皇]]への一時的な統一を認めるならば後小松天皇でやはり100代目になる。&amp;lt;/ref&amp;gt;で終わり、[[サル|猿]]や[[イヌ|犬]]が[[ヒーロー|英雄]]を称した末に日本は滅ぶと解釈できる内容だった。「[[終末論#天皇|百王説]]」と呼ばれる天皇が100代で終わるという終末思想は[[慈円]]『[[愚管抄]]』などに記録されており、幅広く浸透していたことが推測できる。[[鎌倉公方]]の[[足利氏満]]は[[申]]年（しかし現在では[[亥]]年生まれとされる）生まれ、義満は[[戌]]年生まれだから猿や犬とは2人のことであるという解釈もされていた。また井沢は、[[源氏物語]]をヒントにしているのではないかと推測している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 官職位階履歴 ==&lt;br /&gt;
※（）=旧暦&lt;br /&gt;
* [[1367年]][[1月7日]]（正平21年/貞治5年[[12月7日 (旧暦)|12月7日]]）、従五位下に叙す。[[12月24日]]（正平22年/貞治6年[[12月3日 (旧暦)|12月3日]]）、正五位下に昇叙。[[12月28日]]（12月7日）、左馬頭に任官。&lt;br /&gt;
* [[1368年]][[5月2日]]（正平23年/応安元年[[4月15日 (旧暦)|4月15日]]）、元服し、義満と名乗る。&lt;br /&gt;
* [[1369年]][[1月28日]]（正平23年/応安元年[[12月30日 (旧暦)|12月30日]]）、征夷大将軍宣下。&lt;br /&gt;
* [[1374年]]1月7日（文中2年/応安6年[[11月25日 (旧暦)|11月25日]]）、従四位下に昇叙し、参議に補任。左近衛中将を兼任。&lt;br /&gt;
* [[1375年]][[12月13日]]（天授元年/永和元年[[11月20日 (旧暦)|11月20日]]）、従三位に昇叙。参議左近衛中将如元。&lt;br /&gt;
* [[1378年]][[4月21日]]（天授4年/永和4年[[3月24日 (旧暦)|3月24日]]）、権大納言に転任。[[9月19日]]（[[8月27日 (旧暦)|8月27日]]）、右近衛大将兼任。&lt;br /&gt;
* [[1379年]][[1月2日]]（天授4年/永和4年[[12月13日 (旧暦)|12月13日]]）、従二位に昇叙。権大納言右近衛大将如元。[[2月4日]]（天授5年/康暦元年[[1月6日 (旧暦)|1月6日]]）、右馬寮御監兼務。&lt;br /&gt;
* [[1380年]][[2月11日]]（天授6年/康暦2年[[1月5日 (旧暦)|1月5日]]）、従一位に昇叙。権大納言右近衛大将如元。&lt;br /&gt;
* [[1381年]][[8月13日]]（弘和元年/永徳元年[[7月23日 (旧暦)|7月23日]]）、内大臣に転任。右近衛大将如元。&lt;br /&gt;
* [[1382年]][[2月9日]]（弘和2年/永徳2年[[1月26日 (旧暦)|1月26日]]）、左大臣に転任。右近衛大将如元。[[3月4日]]（[[1月19日 (旧暦)|閏1月19日]]）、蔵人別当兼務。[[5月11日]]（[[3月28日 (旧暦)|3月28日]]）、牛車を許される。[[5月24日]]（[[4月11日 (旧暦)|4月11日]]）、後円融院別当兼務。&lt;br /&gt;
* [[1383年]][[2月16日]]（弘和3年/永徳3年[[1月14日 (旧暦)|1月14日]]）、源氏長者、淳和奨学両院別当兼務。[[7月26日]]（[[6月26日 (旧暦)|6月26日]]）、准三宮宣下。&lt;br /&gt;
* [[1384年]][[4月8日]]（元中元年/至徳元年[[3月17日 (旧暦)|3月17日]]）、右近衛大将辞任。&lt;br /&gt;
* [[1388年]][[6月30日]]（元中5年/嘉慶2年[[5月26日 (旧暦)|5月26日]]）、左大臣辞任。&lt;br /&gt;
* [[1393年]][[2月7日]]（元中9年/明徳3年[[12月26日 (旧暦)|12月26日]]）、左大臣還任。&lt;br /&gt;
* 1393年[[10月22日]]（明徳4年[[9月17日 (旧暦)|9月17日]]）、左大臣辞任。&lt;br /&gt;
* [[1395年]][[1月8日]]（応永元年[[12月17日 (旧暦)|12月17日]]）、征夷大将軍辞職。[[1月16日]]（[[12月25日 (旧暦)|12月25日]]）、太政大臣に転任。[[6月20日]]（応永2年[[6月3日 (旧暦)|6月3日]]）、太政大臣辞任。[[7月7日]]（[[6月20日 (旧暦)|6月20日]]）、出家（道有を号し、のち、道義と改める）。&lt;br /&gt;
* 1402年[[8月20日]]（応永9年[[9月5日 (旧暦)|9月5日]]）、[[明]]より[[日本国王]]に封ぜらる。&lt;br /&gt;
* 1408年5月31日（応永15年5月6日）、薨去。[[6月3日]]（[[5月9日 (旧暦)|5月9日]]）、太上天皇追号（幕府が辞退）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な家系 ==&lt;br /&gt;
* 父：足利義詮（2代将軍）&lt;br /&gt;
* 母：紀良子（側室）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 兄弟姉妹&lt;br /&gt;
** 千寿王丸&lt;br /&gt;
** 柏庭清祖&lt;br /&gt;
** [[足利満詮]]&lt;br /&gt;
** 廷用宗器&lt;br /&gt;
** 女子（宝鏡寺殿。恵昌?）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 正室：日野業子（日野時光娘）&lt;br /&gt;
** 女子&lt;br /&gt;
* 正室：日野康子（日野資康娘）&lt;br /&gt;
* 側室：藤原慶子（安芸法眼娘）&lt;br /&gt;
** [[足利義持]]（4代将軍）&lt;br /&gt;
** [[足利義教]]（6代将軍）&lt;br /&gt;
** 女子（入江殿聖仙）&lt;br /&gt;
* 側室：加賀局（長快法印女）&lt;br /&gt;
** 尊満（友山清師）&lt;br /&gt;
** 男子（宝幢若公）&lt;br /&gt;
* 側室：春日局（摂津能秀女）&lt;br /&gt;
** [[足利義嗣]]&lt;br /&gt;
* 側室：寧福院殿&lt;br /&gt;
** 女子（大慈院聖久）&lt;br /&gt;
* 側室：藤原量子&lt;br /&gt;
* 側室：藤原誠子&lt;br /&gt;
** 梶井義承&lt;br /&gt;
* 側室：慶雲庵主（大炊御門冬宗女）&lt;br /&gt;
** 女子（光照院尊久）&lt;br /&gt;
* 側室：高橋殿&lt;br /&gt;
* 側室：池尻殿&lt;br /&gt;
** 女子&lt;br /&gt;
** 虎山永隆&lt;br /&gt;
* （以下生母不明の子女）&lt;br /&gt;
** 仁和寺法尊&lt;br /&gt;
** [[大覚寺義昭]]&lt;br /&gt;
** 本覚院満守&lt;br /&gt;
** 女子（法華寺尊順）&lt;br /&gt;
** 女子（[[六角満綱]]正室）&lt;br /&gt;
** 女子（摂取院主）&lt;br /&gt;
** 女子（宝鏡寺主）&lt;br /&gt;
* 猶子&lt;br /&gt;
** [[斯波義重]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 義満の偏諱を受けた人物 ==&lt;br /&gt;
* [[九条満家]]&lt;br /&gt;
* [[二条満基]]&lt;br /&gt;
* [[足利満兼]]&lt;br /&gt;
* [[赤松満祐]]&lt;br /&gt;
* [[一色満範]]&lt;br /&gt;
* [[斯波満種]]&lt;br /&gt;
* [[少弐満貞]]&lt;br /&gt;
* [[畠山満家]]&lt;br /&gt;
* [[細川満元]]&lt;br /&gt;
* [[細川満之]]&lt;br /&gt;
* 六角満綱&lt;br /&gt;
* [[六角満高]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* 臼井信義『足利義満』（吉川弘文館人物叢書、[[1989年]]（[[平成]]元年）新装版） ISBN 4642051503&lt;br /&gt;
* 今谷明『室町の王権 &amp;lt;small&amp;gt;足利義満の王権簒奪計画&amp;lt;/small&amp;gt;』（中公新書、[[1990年]]（平成2年）） ISBN 4121009789&lt;br /&gt;
* 佐藤進一『足利義満 &amp;lt;small&amp;gt;中世王権への挑戦&amp;lt;/small&amp;gt;』（平凡社ライブラリー、[[1994年]]（平成6年）） ISBN 4582760627&lt;br /&gt;
* [[井沢元彦]]『天皇になろうとした将軍 &amp;lt;small&amp;gt;それからの大平記 足利義満のミステリー&amp;lt;/small&amp;gt;』（小学館文庫、[[1998年]]（平成10年）） ISBN 4094023011&lt;br /&gt;
* 井沢元彦『逆説の日本史（7） &amp;lt;small&amp;gt;中世王権編 太平記と南北朝の謎&amp;lt;/small&amp;gt;』（小学館文庫、[[2003年]]（平成15年）） ISBN 4094020071&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 足利義満が登場する作品 ==&lt;br /&gt;
=== 小説 ===&lt;br /&gt;
* [[北方謙三]]『陽炎の旗』（新潮社／新潮文庫、1991年（平成3年））&lt;br /&gt;
* [[安部龍太郎]]『バサラ将軍』（文藝春秋『室町花伝』／文春文庫『バサラ将軍』収録、1995年（平成7年））&lt;br /&gt;
* [[平岩弓枝]]『獅子の座 &amp;lt;small&amp;gt;足利義満伝&amp;lt;/small&amp;gt;』（中央公論新社／文春文庫、2000年（平成12年））&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 漫画 ===&lt;br /&gt;
* [[坂口尚]]『[[あっかんべェ一休]]』（講談社、1993～1996年（平成5～8年））&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== TVアニメ ===&lt;br /&gt;
* [[1975年|1975]]～[[1982年]]（[[昭和]]50～57年）に放映されたTVアニメ『[[一休さん]]』（[[東映動画]]製作）では、将軍として義満（声優：[[キートン山田]]）が登場する。[[一休宗純]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{室町幕府将軍}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:1358年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1408年没]]&lt;br /&gt;
[[Category:足利氏|よしみつ]]&lt;br /&gt;
[[Category:征夷大将軍]]&lt;br /&gt;
[[Category:室町時代の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:南北朝時代の人物 (日本)]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

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== 使用方法 ==&lt;br /&gt;
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 |開始 =&lt;br /&gt;
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 |時代 =&lt;br /&gt;
 |生誕 =&lt;br /&gt;
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 |改名 =&lt;br /&gt;
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 |諡号 =&lt;br /&gt;
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 |藩 =&lt;br /&gt;
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 &amp;lt;nowiki&amp;gt;}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 各項目の解説 ==&lt;br /&gt;
* 開始 - 本人の名前を記す。&lt;br /&gt;
* 肖像 - 複数ある場合は一番良く知られている肖像を記す。&lt;br /&gt;
* 時代 - 本人が生きた時代を記す。&lt;br /&gt;
* 生誕・死没 - 先に旧暦で記し、後で「（）」で新暦を記す。&lt;br /&gt;
* 改名・別名 - 異名やあだ名などを記す。&lt;br /&gt;
* 戒名 - 複数ある場合も全て記す。&lt;br /&gt;
* 諡号 - いわゆる「贈り名」を記す。&lt;br /&gt;
* 墓所 - 納骨されている場所を記す。&lt;br /&gt;
* 官位 - 受けた全てを下位から順番に記す。&lt;br /&gt;
* 幕府 - 所属していた幕府を記す。&lt;br /&gt;
* 主君 - 今まで受けた全ての主君を順番に記す。&lt;br /&gt;
* 藩 - 所属していた全ての藩を順番に記す。&lt;br /&gt;
* 父母 - 本人の父母を記す。&lt;br /&gt;
* 兄弟 - 本人は基本的には記さない。&lt;br /&gt;
* 妻 - 正室・側室共に適時分けて記す。&lt;br /&gt;
* 子 - ''斜体''は継子を示す。&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

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== 使用方法 ==&lt;br /&gt;
 &amp;lt;nowiki&amp;gt;{{武士&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&lt;br /&gt;
 |開始 =&lt;br /&gt;
 |肖像 =&lt;br /&gt;
 |時代 =&lt;br /&gt;
 |生誕 =&lt;br /&gt;
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&lt;br /&gt;
== 各項目の解説 ==&lt;br /&gt;
* 開始 - 本人の名前を記す。&lt;br /&gt;
* 肖像 - 複数ある場合は一番良く知られている肖像を記す。&lt;br /&gt;
* 時代 - 本人が生きた時代を記す。&lt;br /&gt;
* 生誕・死没 - 先に旧暦で記し、後で「（）」で新暦を記す。&lt;br /&gt;
* 改名・別名 - 異名やあだ名などを記す。&lt;br /&gt;
* 戒名 - 複数ある場合も全て記す。&lt;br /&gt;
* 諡号 - いわゆる「贈り名」を記す。&lt;br /&gt;
* 墓所 - 納骨されている場所を記す。&lt;br /&gt;
* 官位 - 受けた全てを下位から順番に記す。&lt;br /&gt;
* 幕府 - 所属していた幕府を記す。&lt;br /&gt;
* 主君 - 今まで受けた全ての主君を順番に記す。&lt;br /&gt;
* 藩 - 所属していた全ての藩を順番に記す。&lt;br /&gt;
* 父母 - 本人の父母を記す。&lt;br /&gt;
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&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;float:right&amp;quot;&lt;br /&gt;
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== 使用方法 ==&lt;br /&gt;
 &amp;lt;nowiki&amp;gt;{{武士&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&lt;br /&gt;
 |開始 =&lt;br /&gt;
 |肖像 =&lt;br /&gt;
 |時代 =&lt;br /&gt;
 |生誕 =&lt;br /&gt;
 |死没 =&lt;br /&gt;
 |改名 =&lt;br /&gt;
 |別名 =&lt;br /&gt;
 |諡号 =&lt;br /&gt;
 |戒名 =&lt;br /&gt;
 |墓所 =&lt;br /&gt;
 |官位 =&lt;br /&gt;
 |幕府 =&lt;br /&gt;
 |主君 =&lt;br /&gt;
 |藩 =&lt;br /&gt;
 |氏族 =&lt;br /&gt;
 |父母 =&lt;br /&gt;
 |兄弟 =&lt;br /&gt;
 |妻 =&lt;br /&gt;
 |子 =&lt;br /&gt;
 &amp;lt;nowiki&amp;gt;}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 各項目の解説 ==&lt;br /&gt;
* 開始 - 本人の名前を記す。&lt;br /&gt;
* 肖像 - 複数ある場合は一番良く知られている肖像を記す。&lt;br /&gt;
* 時代 - 本人が生きた時代を記す。&lt;br /&gt;
* 生誕・死没 - 先に旧暦で記し、後で「（）」で新暦を記す。&lt;br /&gt;
* 改名・別名 - 異名やあだ名などを記す。&lt;br /&gt;
* 戒名 - 複数ある場合も全て記す。&lt;br /&gt;
* 諡号 - いわゆる「贈り名」を記す。&lt;br /&gt;
* 墓所 - 納骨されている場所を記す。&lt;br /&gt;
* 官位 - 受けた全てを下位から順番に記す。&lt;br /&gt;
* 幕府 - 所属していた幕府を記す。&lt;br /&gt;
* 主君 - 今まで受けた全ての主君を順番に記す。&lt;br /&gt;
* 藩 - 所属していた全ての藩を順番に記す。&lt;br /&gt;
* 父母 - 本人の父母を記す。&lt;br /&gt;
* 兄弟 - 本人は基本的には記さない。&lt;br /&gt;
* 妻 - 正室・側室共に適時分けて記す。&lt;br /&gt;
* 子 - ''斜体''は継子を示す。&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

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		<title>テンプレート:武士</title>
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				<updated>2008-09-19T07:23:15Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;float:right&amp;quot;&lt;br /&gt;
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|-&lt;br /&gt;
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{{!}}-&lt;br /&gt;
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{{!}}-&lt;br /&gt;
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|}&amp;lt;noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
== 使用方法 ==&lt;br /&gt;
 &amp;lt;nowiki&amp;gt;{{武士&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&lt;br /&gt;
 |開始 =&lt;br /&gt;
 |肖像 =&lt;br /&gt;
 |時代 =&lt;br /&gt;
 |生誕 =&lt;br /&gt;
 |死没 =&lt;br /&gt;
 |改名 =&lt;br /&gt;
 |別名 =&lt;br /&gt;
 |諡号 =&lt;br /&gt;
 |戒名 =&lt;br /&gt;
 |墓所 =&lt;br /&gt;
 |官位 =&lt;br /&gt;
 |幕府 =&lt;br /&gt;
 |主君 =&lt;br /&gt;
 |藩 =&lt;br /&gt;
 |氏族 =&lt;br /&gt;
 |父母 =&lt;br /&gt;
 |兄弟 =&lt;br /&gt;
 |妻 =&lt;br /&gt;
 |子 =&lt;br /&gt;
 &amp;lt;nowiki&amp;gt;}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 各項目の解説 ==&lt;br /&gt;
* 開始 - 本人の名前を記す。&lt;br /&gt;
* 肖像 - 複数ある場合は一番良く知られている肖像を記す。&lt;br /&gt;
* 時代 - 本人が生きた時代を記す。&lt;br /&gt;
* 生誕・死没 - 先に旧暦で記し、後で「（）」で新暦を記す。&lt;br /&gt;
* 改名・別名 - 異名やあだ名などを記す。&lt;br /&gt;
* 戒名 - 複数ある場合も全て記す。&lt;br /&gt;
* 諡号 - いわゆる「贈り名」を記す。&lt;br /&gt;
* 墓所 - 納骨されている場所を記す。&lt;br /&gt;
* 官位 - 受けた全てを下位から順番に記す。&lt;br /&gt;
* 幕府 - 所属していた幕府を記す。&lt;br /&gt;
* 主君 - 今まで受けた全ての主君を順番に記す。&lt;br /&gt;
* 藩 - 所属していた全ての藩を順番に記す。&lt;br /&gt;
* 父母 - 本人の父母を記す。&lt;br /&gt;
* 兄弟 - 本人は基本的には記さない。&lt;br /&gt;
* 妻 - 正室・側室共に適時分けて記す。&lt;br /&gt;
* 子 - ''斜体''は継子を示す。&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

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		<title>尾張特別</title>
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				<updated>2008-08-21T07:58:40Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''尾張ステークス'''（おわりステークス）とは日本の[[競馬]]の[[競馬の競走|競走]]の1つである。毎年12月の[[中央競馬]]当該年最終日に、[[中京競馬場]]の最終競走として施行されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元々は[[1986年]]に芝2000mの500万下条件の特別競走「尾張特別」として創設され（[[2001年]]は1000万下条件で施行された）、[[2006年]]からオープンに格上げされ現在の競走名となっている。当初は12月上～中旬の開催だった。[[1991年]]と[[2001年]]はダート1700mで施行され[[1998年]]から1800mに、[[2006年]]から1200mに短縮されている。12月上～中旬の開催だった頃はメイン・準メインあたりの競走であったが、[[2002年]]から中央競馬当該年最終日のいわゆる「裏開催」の最終競走として施行されるようになった。[[1999年]]は中京競馬場改修のため[[小倉競馬場]]での開催となったために施行されていない。[[1998年]]と[[2000年]]も「尾張ステークス」（1600万下条件）の名で施行された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、最終競走として施行されるようになったのは「尾張」と「終わり」をかけるためである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴代優勝馬 ==&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot; style=&amp;quot;background:#f9f9f9&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background:#f2f2f2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!施行日!!優勝馬!!性齢!!勝時計!!優勝騎手!!管理調教師&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1986年]][[12月14日]]||トラストリベロ||牡4||2:01.5||[[鹿戸雄一]]||[[久保田金造]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1987年]][[12月12日]]||ハローポイント||牡4||2:01.2||[[加用正]]||[[北橋修二]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1988年]][[12月10日]]||コスモローマン||牝3||2:01.9||[[田島良保]]||[[中村均]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1989年]][[12月9日]]||マルイチテイオー||牡5||2:00.8||[[熊沢重文]]||[[内藤繁春]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1990年]][[12月8日]]||ダイタクリベラル||牡6||2:01.9||[[小島貞博]]||[[鶴留明雄]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1991年]][[12月1日]]||イトマンノリョウシ||牡4||1:45.6||[[山田泰誠]]||[[田中良平]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1992年]][[12月19日]]||レッドライフ||牡3||2:01.5||[[上村洋行]]||[[領家政蔵]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1993年]]12月19日||ラディッシュパワー||牡3||2:03.0||[[藤田伸二]]||領家政蔵&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1994年]][[12月18日]]||プリティマッハ||牡3||2:02.9||[[岩戸孝樹]]||古山良司&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1995年]][[12月17日]]||ライトソング||牝4||2:02.4||[[幸英明]]||[[長浜博之]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1996年]][[12月15日]]||[[ユーセイトップラン]]||牡3||2:03.1||[[土肥幸広]]||[[音無秀孝]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1997年]][[12月7日]]||ダイナミックキラー||牡3||2:02.2||[[芹沢純一]]||[[小林稔 (調教師)|小林稔]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1998年]][[12月20日]]||アマロ||牡3||1:48.6||[[小林徹弥]]||[[清水出美]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[2000年]]12月17日||タマモヒビキ||牡4||1:48.4||[[小原義之]]||[[小原伊佐美]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[2001年]][[12月16日]]||コウエイシャープ||牡5||1:45.6||[[橋本広喜]]||高市圭二&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[2002年]][[12月22日]]||トランクイリティー||牝5||1:49.5||[[川島信二]]||[[田所秀孝]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[2003年]][[12月28日]]||プリティコンシエロ||牝4||1:48.8||[[秋山真一郎]]||岩戸孝樹&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[2004年]][[12月26日]]||カフェムーン||牡6||1:48.2||[[中舘英二]]||[[松山康久]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[2005年]][[12月25日]]||フェイトトリックス||牡4||1:48.2||[[松田大作]]||[[池江泰郎]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[2006年]][[12月24日]]||スピニングノアール||牡5||1:08.0||[[上村洋行]]||長浜博之&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[2007年]][[12月23日]]||トーセンザオー||牡7||1:08.9||[[赤木高太郎]]||飯田雄三&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:中央競馬の競走]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%B0%BE%E5%BC%B5%E7%89%B9%E5%88%A5&amp;diff=37645</id>
		<title>尾張特別</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%B0%BE%E5%BC%B5%E7%89%B9%E5%88%A5&amp;diff=37645"/>
				<updated>2008-08-21T07:57:54Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: 新しいページ: ''''尾張ステークス'''（おわりステークス）とは日本の競馬の競走の1つである。毎年12月の中央競馬当該年最終...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''尾張ステークス'''（おわりステークス）とは日本の[[競馬]]の[[競馬の競走|競走]]の1つである。毎年12月の[[中央競馬]]当該年最終日に、[[中京競馬場]]の最終競走として施行されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元々は[[1986年]]に芝2000mの500万下条件の特別競走「尾張特別」として創設され（[[2001年]]は1000万下条件で施行された）、[[2006年]]からオープンに格上げされ現在の競走名となっている。当初は12月上～中旬の開催だった。[[1991年]]と[[2001年]]はダート1700mで施行され[[1998年]]から1800mに、[[2006年]]から1200mに短縮されている。12月上～中旬の開催だった頃はメイン・準メインあたりの競走であったが、[[2002年]]から中央競馬当該年最終日のいわゆる「裏開催」の最終競走として施行されるようになった。[[1999年]]は中京競馬場改修のため[[小倉競馬場]]での開催となったために施行されていない。[[1998年]]と[[2000年]]も「尾張ステークス」（1600万下条件）の名で施行された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、最終競走として施行されるようになったのは「尾張」と「終わり」をかけるためである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴代優勝馬 ==&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot; style=&amp;quot;background:#f9f9f9&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background:#f2f2f2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!施行日!!優勝馬!!性齢!!勝時計!!優勝騎手!!管理調教師&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1986年]][[12月14日]]||トラストリベロ||牡4||2:01.5||[[鹿戸雄一]]||[[久保田金造]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1987年]][[12月12日]]||ハローポイント||牡4||2:01.2||[[加用正]]||[[北橋修二]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1988年]][[12月10日]]||コスモローマン||牝3||2:01.9||[[田島良保]]||[[中村均]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1989年]][[12月9日]]||マルイチテイオー||牡5||2:00.8||[[熊沢重文]]||[[内藤繁春]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1990年]][[12月8日]]||ダイタクリベラル||牡6||2:01.9||[[小島貞博]]||[[鶴留明雄]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1991年]][[12月1日]]||イトマンノリョウシ||牡4||1:45.6||[[山田泰誠]]||[[]田中良平]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1992年]][[12月19日]]||レッドライフ||牡3||2:01.5||[[上村洋行]]||[[領家政蔵]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1993年]]12月19日||ラディッシュパワー||牡3||2:03.0||[[藤田伸二]]||領家政蔵&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1994年]][[12月18日]]||プリティマッハ||牡3||2:02.9||[[岩戸孝樹]]||古山良司&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1995年]][[12月17日]]||ライトソング||牝4||2:02.4||[[幸英明]]||[[長浜博之]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1996年]][[12月15日]]||[[ユーセイトップラン]]||牡3||2:03.1||[[土肥幸広]]||[[音無秀孝]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1997年]][[12月7日]]||ダイナミックキラー||牡3||2:02.2||[[芹沢純一]]||[[小林稔 (調教師)|小林稔]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[1998年]][[12月20日]]||アマロ||牡3||1:48.6||[[小林徹弥]]||[[清水出美]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[2000年]]12月17日||タマモヒビキ||牡4||1:48.4||[[小原義之]]||[[小原伊佐美]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[2001年]][[12月16日]]||コウエイシャープ||牡5||1:45.6||[[橋本広喜]]||[高市圭二&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[2002年]][[12月22日]]||トランクイリティー||牝5||1:49.5||[[川島信二]]||[[田所秀孝]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[2003年]][[12月28日]]||プリティコンシエロ||牝4||1:48.8||[[秋山真一郎]]||岩戸孝樹&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[2004年]][[12月26日]]||カフェムーン||牡6||1:48.2||[[中舘英二]]||[[松山康久]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[2005年]][[12月25日]]||フェイトトリックス||牡4||1:48.2||[[松田大作]]||[[池江泰郎]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[2006年]][[12月24日]]||スピニングノアール||牡5||1:08.0||[[上村洋行]]||長浜博之&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[2007年]][[12月23日]]||トーセンザオー||牡7||1:08.9||[[赤木高太郎]]||飯田雄三&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:中央競馬の競走]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:74.63.84.69&amp;diff=37420</id>
		<title>利用者:74.63.84.69</title>
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				<updated>2008-08-19T07:12:15Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''&amp;lt;font color=&amp;quot;#009900&amp;quot;&amp;gt;Lonicera&amp;lt;/font&amp;gt;'''（ロニセラ、[[1973年]][[1月4日]] - ）は[[ウィキペディア日本語版]]の元・[[管理者]]である。[[石川県]][[寺井町]]出身。黄緑色の署名が特徴。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ウィキペディア ==&lt;br /&gt;
WPきっての差別派管理者であった。'''別名：ゴミセラ戦艦'''。[[ニート]]で、パソコンに組み込まれたロボットである。子供に対しては情け容赦なく、ケツ毛どころか生えてきたばっかりの陰毛まで根こそぎ抜こうとする。若年者ユーザーとバンド項目に対して異常な嫌悪感を持つキチガイ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またありとあらゆる策略を駆使しまだ未熟な利用者を問題行動へと誘導し侮辱とも取れる発言を平気で書き、最終的に投稿ブロックへと追いやるなどウィキを私物化しLoniceraしか編集出来ないWikipediaにして支配しようとしていた。そしてその一切の妥協を許さない厳しい差別基準に[[Wiki:利用者:Bellcricket|Bellcricket]]などの管理者が反発しており、WPは風雲急を告げる展開になりそうである。やがて追放されること間違いなし。解任審議の提出もありこいつの時代は終わりになる筈だったが、「解任にしたら、俺様が無期限ブロックにしますよ。ケッケッケ…」と脅した事により馬鹿な奴らの援護によって留任。その後も改心しようとしない極悪非道のニート。最近では発売前の製品などの記事には嫉妬しながら問答無用で一律白紙保護をかけた挙げ句、ノートで立項者を晒し者にしている。[[wiki:Wikipedia‐ノート:保護の方針/仮運用|このノート]]での発言には、低年齢層に対する彼の嫌悪感が良くあらわれている。読んでると気分が悪くなるので注意が必要。ちなみに[[しゃんばら]]にも訪れており、いじめを連発する（キャラの確立に努める）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、裏で秋田県の犬っころBellcricketと一緒に打倒[[Chakuwiki|基地外の巣窟]]を目指している過激派管理者。口癖は「広域ブロックは趣味です」「保護解除撲滅」「目指すは編集保護完全制覇」など。また、「俺様はWikipediaしか使わない。日本一のウィキホリックを目指してます」と公言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、やがて某ユーザーの冷静なコメント依頼によりこいつの正当な欠点が発表された。その後の解任投票（[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:管理者の解任/Lonicera_20080518 こちら]も参照）は難航したものの、解任賛成派がコメント依頼の支援によって脅しに怯えなかったお陰で僅差の賛成多数でついに解任となった。同時にやつの暴走的な動きも消え、同時に自分の権力を示していた利用者ページも消去され[[2007年]]4月の管理者就任以来、約1年ぶりに元の平和なウィキペディアに戻ることになった。よかったね。'''本当によかったね。'''ってのは大嘘で、Loniceraキャラの賞味期限を守っただけの話である。ぺっ!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[岡田有希子|野田憲太郎]]に対して8getter@mail.goo.ne.jpのメールアドレスで何度もメールを送信してきたところを見ると、野田にはばれていないと思っていたようである。自分でももうどうしようもないと思っているらしく自信のHPを削除している。&lt;br /&gt;
=== 活動時間帯 ===&lt;br /&gt;
活動時間は夜の11時から朝の9時まで。昼間は寝ている可能性がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アンサイクロペディア ==&lt;br /&gt;
編集はほとんどしていない。理由はウィキペディアからの記事を転載したり他人の会話ページを荒らしたりなどをして、[[アンサイクロペディア日本語版の管理者|アンサイクロペディアの管理者]]によってブロックがかかったからだ。ウィキペディアの利用者ページを見てみると「'''アンサイクロペディアのLoniceraは私ではありません'''」と言う嘘を発言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ユアペディア ==&lt;br /&gt;
同名の利用者は存在するが、[[ウィキペディアン]]のLoniceraは[[ユアペディアン]]とは別人。編集傾向から[[Yourpedia]]のLoniceraの正体は[[Wiki:利用者:Yukarin|Yukarin]]（本名・[[荘田悦宏]]）といわれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[利用者:Lonicera]] - [[野田憲太郎|岡田有希子と同類の人物]]が「[[Wiki:利用者:荘田悦宏|荘田]]、というのは[[福井利器]]（とその命令を守る準サマナ）が考え出した偽名」という虚偽を書き散らしているが、荘田悦宏は[[1989年]]当時に[[北海道]][[帯広市]]{{殺される}}&amp;lt;!--住所を晒すとブロックの対象だよ野田君--&amp;gt;に住んでいた実在の人物。のちに[[Wiki:Wikipedia:進行中の荒らし行為/長期/Yukarin|Yukarin]]のアカウントを取得して[[ウィキペディア日本語版の利用者|ウィキペディアン]]としての活動を始めた。&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア日本語版の管理者]]&lt;br /&gt;
*[[海獺 (利用者)]]&lt;br /&gt;
*http://web.archive.org/web/20070908184930/web.sfc.keio.ac.jp/~n04594to/profile.html.ja&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[[Wiki:利用者:Lonicera|ウィキペディアの利用者ページ]]（'''このページはもう消去されました'''）&lt;br /&gt;
*[http://ja.uncyclopedia.info/wiki/利用者:Lonicera アンサイクロペディア利用者ページ]&lt;br /&gt;
*[[Wiki:Wikipedia:管理者への立候補/Lonicera 20070411]] &lt;br /&gt;
*[[Wiki:Wikipedia:コメント依頼/Lonicera 20080423]]&lt;br /&gt;
*[[Wiki:Wikipedia:管理者の解任/Lonicera 20080518]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ろにせら}}&lt;br /&gt;
[[Category:1978年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:石川県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:岡田有希子]]&lt;br /&gt;
[[Category:野田憲太郎]]&lt;br /&gt;
[[Category:アンサイクロペディアに書くと削除される記事]]&lt;br /&gt;
[[Category:ニート]]&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディア]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=Chakuwiki%E3%81%AE%E7%AE%A1%E7%90%86%E8%80%85_(%E5%A6%84%E6%83%B3)&amp;diff=37419</id>
		<title>Chakuwikiの管理者 (妄想)</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=Chakuwiki%E3%81%AE%E7%AE%A1%E7%90%86%E8%80%85_(%E5%A6%84%E6%83%B3)&amp;diff=37419"/>
				<updated>2008-08-19T07:08:39Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{自己責任}}&lt;br /&gt;
'''Chakuwikiの管理者'''（チャクウィキのかんりしゃ）とは[[Chakuwiki]]を管理する人たちのことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
閲覧専門の利用者は含まれない。Chakuwikiの利用者には、数多くの個性的な利用者が存在する。また管理者による投稿ブロックが最近、相次いでいるのも実情である。Chakuwikiに対して良い活動を行った利用者が、この項目にリストアップされるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アカウントは1人で複数もつことも出来るが、複数で1つを管理することも可能である。したがって、ここにあげたアカウントの人数が実際の利用者の人数とイコールとは限らない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
はっきり言ってウィキペディアの管理者より質は極めて高く比較対照にならぬほど上品なサイト。当然の様にネットしか娯楽の無いわけがない偉い人である管理者、偉いユーザーの溜まり場となっている。実際には馬鹿所かきちがいの溜まり場じゃないと言った方が適切である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう良管理者たちは尊敬しないといけない。褒める褒める褒める。私は今押さえ切れない程の尊敬欲を覚えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私が利用してきたサイトの中でも突出して上品で柄の良いのがCWであり、私はまともなCWユーザーに出会い心から本当に嬉しく思っており（こんな嬉しい体験も初めてであった）ここを荒らす奴（YPユーザー）は例え冗談半分であったとしても絶対に許さないし、した所でここに載る事になるだろう（犯罪者と言うレッテルが貼られる）。ここでは滅茶苦茶に罵倒し、ますます利用者が離れるという悪循環を分かっていない様だな。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
御前等（YPユーザー）も好い加減つまらないユーザー苛めは止めてもっとまともになれよ。と言ってもきちがいには通じないか。言っておくが一番手っ取り早いのは悪開発者・管理者・ユーザー皆ひっくるめて処分する事だ。よく覚えとけ。ちんけな罵倒主義者達（YPユーザー）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先日、CWユーザーであるおかやまりゅうせい氏（ブログでは「はげお」）が書いた[http://hagepower.net/mt/archives/cat4/cat20/ 基地外馬鹿丸出しのプレイ日記]の発見に成功した。[http://www14.plala.or.jp/rei_kamizuki/FF6/FF6.htm 偉大なるユアペディアンの同ゲームのプレイ日記を基にした小説]と比較してみよう。&lt;br /&gt;
*いかに偉いかよくわかりました。一刀=偉いは正しいと思います。---Ded&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
YPに嫌気がさしたまともなユーザーへ。一度でもYPで嫌な思いをした人は今貴方が御覧になっているここ（YP）に来てはいけません。絶対に損する。私が思うに貴方もここで腸煮えくり返っているのだと思う。がこっち（CW）ではそういう事態にはならない。それは私も尊敬する優秀なユーザーが全員である為でありYPでつまらないと感じた時は私たちの楽園のこっち（CW）に立ち寄って貰いたい。必ずや貴方にとってプラスになります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''…とここまでは全てCW利用者の1人が勝手に改鋳したものである。いかにCWの管理者、利用者のモラルが低いかが伺える。'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
改竄して面白いか?。私はそれでもCWが嫌いで嫌いでたまらない。もちろん改竄を施した気違いもだ。端的に言う。余計な事をするな。わかったならもう余計な事をするのはこれが最後と思え。あまりに酷いと人としてお前のレベルが低いという事になる。だからこそやめろ!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とここまでは全て精密検査を受けるべきアホが書いた。正しく言うとChakuwikiの管理者にへつらう馬鹿と怨み持つ馬鹿が書いた。あてにするな。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==Chakuwikiの管理者==&lt;br /&gt;
ユアペディアを敵視する生きる価値のある良管理者ども。ちなみに、この記事を編集すると一刀さんからレーザービームを食らう。言っていることとやることが全く違くないのがこのWikiの特徴。公的では全くなくて完全にプライベート・サイトと思われる。本当のことが書かれているから嬉しい良識管理人。詳細は[http://wiki.chakuriki.net/index.php?title=%E7%89%B9%E5%88%A5%3ALog&amp;amp;type=block&amp;amp;user=&amp;amp;page= ブロックされたアホ]を見るべし。&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:Mtaniguchi|Mtaniguchi}}===&lt;br /&gt;
世界一のお利巧開発者である、Chakuwikiの[[天皇]]（総合管理人）。詳しくは[[谷口一刀]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:4B3|4B3}}===&lt;br /&gt;
谷口一刀の一番弟子であり、鹿児島に住んでいる。Chakuwiki九州代表である。'''中学生のため、Chakuwikiでは管理者になれてもここでは100%無理である。'''やはり偉いのでここでは馬鹿にされている。'''アンサイクロペディアでも管理者になれる。ウィキペディアで[[wiki:利用者:おかやまりゅうせい|某氏]]同様に5年間ブロックされないべきである。'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:TriLateral|TriLateral}}===&lt;br /&gt;
{{Main|TriLateral}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:（あ）|（あ）}}===&lt;br /&gt;
（あ）はChakuwikiの管理者。神奈川県在住。生年月日は[[1983年]][[5月4日]]らしいが、異説もある。血液型は不明。利用者名が非常に馬鹿げている。極度の'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:25pt&amp;quot;&amp;gt;削除主義者&amp;lt;/span&amp;gt;'''である。削除検討に合致しないものまで、執拗に削除検討することで有名。利用者名が非常に馬鹿げている。だが、最近姿が見えない。[http://www.f5.dion.ne.jp/~mockyel/novel_menu.htm これ]を見てるんじゃない?こいつは利用者名を見ても分かる様に真のきちがいでありしょっちゅうAVを見ている変態野郎であり完全なロリコンオタク。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう気違いは成敗しないといけない。&lt;br /&gt;
:豪鬼「ふっ御前など弱すぎて戦う気も失せる」&lt;br /&gt;
:（あ）「何をー!大口叩きやがって!糞生意気になー!」&lt;br /&gt;
:豪鬼「まあいい死ぬ前だ。よく喋っておけばいい」&lt;br /&gt;
:（あ）「どうせ弱いくせに強がりやがって!俺は御前みたいな大口野郎が一番嫌いなんだよ!死ねやー!」&lt;br /&gt;
:豪鬼「いいや。死ぬのは貴様のようだ」&lt;br /&gt;
:（あ）「へっ!殺れるもんなら殺ってみろやー!」&lt;br /&gt;
:豪鬼「いいのか?俺を怒らせた罪は重いぞ。いいだろう地獄に落としてやろう。瞬獄殺!」&lt;br /&gt;
:（あ）「どわ～～～（死亡）!」&lt;br /&gt;
:こうして「阿呆=（あ）ほ」は呆気無く豪鬼に倒されたのであった。&lt;br /&gt;
:…と思った瞬間!&lt;br /&gt;
:（あ）「隙あり!」&lt;br /&gt;
:豪鬼「くはっ、な、なぜだ（死亡）」&lt;br /&gt;
:（あ）「惜しかったなあ豪鬼、とっくの昔に義眼じゃよ」&lt;br /&gt;
こうして豪鬼は死んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:Kahusi|Kahusi}}===&lt;br /&gt;
{{Main|澤田亮太}}&lt;br /&gt;
Chakuwikiの管理者でもあり、[[ウィキペディア日本語版の管理者]]でもある。こんな人でもChakuwikiの管理者になれるためChakuwikiのウィキペディア化が進んでいる。最近では他アカウントで荒らし始め他のウィキペディア管理者などの成りすましを行っているが、ウィキペディアの会話ページでは「私ではありません」とコメントしている。嘘つきは泥棒の始まりである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう嘘つきは成敗しないといけない。&lt;br /&gt;
:孫悟空「御前はCWの悪管理者だな!御前だけは許さねー!」&lt;br /&gt;
:Kahusi「くっくっくっ!殺れるものなら殺ってみろ!」&lt;br /&gt;
:孫悟空「か～め～は～め～はー」&lt;br /&gt;
:Kahusi「ぐっぐっぐっ!ぐわ～（死亡）!」&lt;br /&gt;
:こうしてCWの嘘つき管理者は孫悟空によって倒されたのであった。&lt;br /&gt;
:…と油断したのが間違いだった。&lt;br /&gt;
:Kahusi「クンッ」&lt;br /&gt;
:孫悟空「ひつまぶしっ!」（死亡）&lt;br /&gt;
Kahusiはセンズを持っていた。まさかの大逆転勝ちであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:花室川|花室川}}===&lt;br /&gt;
管理者の1人。「野比のび太に言いたい」を勝手に「野比のび太に言われたくない」にリダイレクトし、保護した管理者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:戸愚呂弟「ふっ。見た所霊力を全く感じないね」&lt;br /&gt;
:花室川「こいつは倒せるぜ!かすが～」&lt;br /&gt;
:戸愚呂弟「悪足掻きは止すんだな。指弾!」&lt;br /&gt;
:花室川「痛～!ひっ助けてくれ～!」&lt;br /&gt;
:戸愚呂弟「見苦しいかすは嫌いでね」&lt;br /&gt;
:花室川「ばきっ!ぐわ～!（死亡）」&lt;br /&gt;
:こうして不正（CWでの数々の悪行）に怒った戸愚呂弟によって花室川は粉砕された。&lt;br /&gt;
と思われたが…&lt;br /&gt;
:戸愚呂弟「さーて、今日もChakuwikiログインしちゃうぞー」&lt;br /&gt;
このアカウントは花室川によって99年ブロックされています（理由：いたずら再犯）。&lt;br /&gt;
:戸愚呂弟「奴め生きていたのか!なんてこったい!」&lt;br /&gt;
:花室川「有情拳!」&lt;br /&gt;
:戸愚呂弟「ひああああ!ｷﾞﾓﾁﾞｲｲｲｲｲｲ!（死亡）」&lt;br /&gt;
まさかの逆転勝ちであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:尻馬のりバカ|尻馬のりバカ}}===&lt;br /&gt;
[[ウィキペディア]]でブロックされたのにもかかわらずchakuwikiでは管理者になっている問題管理者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウィキペディア･[[アンサイクロペディア]]・2ちゃんねる化が不可欠にもかかわらず抵抗する空気の読めないというか読もうともしない管理者。Muttleyの[[ソックパペット]]でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
オナニーしまくっており正体はただの変態きちがい野郎でこいつも真のきちがい。まともに話をしようとしても全くの無駄である。赤子言葉で話さないと通じない為である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「{{Chakuwiki|利用者:尻馬のりバカ|ここ}}で別人と書いているが誤魔化すために書いただけだ」とYPの活動を認めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
極度の'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:25pt&amp;quot;&amp;gt;ブロック・保護主義者&amp;lt;/span&amp;gt;'''である。しかも、'''どうでもいいことに目くじらを立てる'''。暴走っぽい他人の投稿を消した際、八王人から「内容に不満があればまずは『問題投稿通知』や『削除願い』に依頼を」と忠告を受けていたIPユーザーがいたが'''その矢先にこのIPユーザーに投稿ブロックを食らわせた。もはや鬼である'''。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼のブロックはもはやネズミ取りに捕まったと思うしかないと言われるほどブロックを乱発する。そのため、空気読めとの声も上がっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
更に、「問題投稿通知」や「削除願い」に削除依頼が来ても全く取り合わない。苦情の主に対して神経をわざと逆撫でするような言葉さえ浴びせる。複数の管理者が口を揃えて「あれはやばい」「罵倒が過ぎる」と苦言を呈している中でも彼だけは1人脳天気にヘラヘラしており、その判断で削除された文章でさえその管理者らと相談もせず独断で復活させるほどである。'''1人の一般ユーザーの独断とかじゃなくて複数の管理者らによる意見一致で対応されたものに対してもこれである。もはやどうしようもないワンマンである。'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このように余りにも暴走をぶちかますので一部の管理者仲間からも「厳しすぎ」「尻馬のりバカとは話が合わぬ」との声が上がっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:Muttley|Muttley}}===&lt;br /&gt;
{{Main|Muttley (利用者)}}&lt;br /&gt;
Muttleyはアンサイクロペディア日本語版の天皇でもありChakuwikiの管理者でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
管理者であることをいいことに自分の気に食わないユーザーを無期限ブロックしたり、他人の[[ソックパペット]]を全て暴露したりするプライバシーの侵害を平気で行う極悪非道な利用者。挙句の果てに[[大韓民国|韓国]]の記事を保護し[[陽富連邦]]を白紙保護した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウィキペディアに帰れよカス。こいつは死ぬべくして生まれた用の無い廃人見たいな者であり本当に死んだ方が良い。ちなみにブロックオタクでありブロックする事に性的快感を覚える変態きちがいオタク。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
極度の'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:25pt&amp;quot;&amp;gt;削除・保護・ブロック主義者&amp;lt;/span&amp;gt;'''である。あまりにも身勝手なため'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:20pt&amp;quot;&amp;gt;アンサイクロペディアでも嫌われている&amp;lt;/span&amp;gt;'''。ただ、最近あまり姿が見えなくなってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう気違いおたくは成敗しないといけない。&lt;br /&gt;
:豪鬼「御前が人権侵害を平気でする極悪管理者か。ふっ弱すぎて目を瞑っていても倒せそうだ」&lt;br /&gt;
:Muttley「糞生意気な野郎だな!俺に言わせればそんなもん強がりにしか聞こえねーぜ!」&lt;br /&gt;
:豪鬼「分からない奴だな。御前は倒され今日死ぬというのを」&lt;br /&gt;
:Muttley「けっ!それが強がりだって言うんだよ!」&lt;br /&gt;
:豪鬼「仕方無い。分からない奴には力尽くでも分からせる必要がある。死をもってな!瞬獄殺!」&lt;br /&gt;
:Muttley「ぐわ～～～（死亡）!」&lt;br /&gt;
こうして天皇MuttleyはCWでの悪行に怒った豪鬼によって倒されたのであった。&lt;br /&gt;
…しかし&lt;br /&gt;
:豪鬼「さーて、今日もChakuwikiログインしちゃうぞー」&lt;br /&gt;
:このユーザーはMuttleyにより99年間ブロックされています。理由：欝陶しいから。&lt;br /&gt;
:豪鬼「なんだと!?奴め生きていたのか!」&lt;br /&gt;
:Muttley「死ね」&lt;br /&gt;
:豪鬼「ば、馬鹿な!ぐあああああ!」&lt;br /&gt;
:3日後、琵琶湖で水死体になった豪鬼が発見された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:八王人|八王人}}===&lt;br /&gt;
{{Main|八王人}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:たかはま|たかはま}}===&lt;br /&gt;
管理者でありながら、尻馬のりバカ同様「問題投稿」の削除に取り合わない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ひどい時には'''特定地域を侮辱して現地人を笑い者にするような投稿を自分からしでかす'''。こいつも又きちがい。チャクウィキにはこうしたきちがいで全て埋め尽くされておりサイトを利用するのは危険。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まともな人は外にどんどん出て行く為、密度の濃いきちがいだらけでスラムサイト（きちがいの坩堝）となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういうきちがいは成敗しないといけない。&lt;br /&gt;
:孫悟空「御前がCWで有名なきちがいおたくかー?」&lt;br /&gt;
:たかはま「それは御前だ!死ね!糟が!」&lt;br /&gt;
:孫「俺はまだ死ぬ訳にはいかないお前を倒すことが今一番重要なことだからだ」&lt;br /&gt;
:たかはま「御前は何を言っても通じない気違いだな!」&lt;br /&gt;
:孫「どっちが強いか今分からせてやるー!か～め～は～め～はー!」&lt;br /&gt;
:たかはま「どわ～～～（死亡）!」&lt;br /&gt;
:こうしてCWでの悪行に怒った孫空により「たかはま」は倒されたのであった。&lt;br /&gt;
極度の'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:25pt&amp;quot;&amp;gt;保護主義者&amp;lt;/span&amp;gt;'''である。IPユーザーに対する口調もネチネチしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:い|い}}===&lt;br /&gt;
その名の通り（あ）の[[ソックパペット]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう糞ソックパペットは成敗しないといけない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:Ded「ふっ。見た所霊力を全く感じないね」&lt;br /&gt;
:い「こいつは倒せるぜ!かすが～」&lt;br /&gt;
:Ded「悪足掻きは止すんだな。指弾!」&lt;br /&gt;
:い「痛～!ひっ助けてくれ～!」&lt;br /&gt;
:Ded「見苦しいかすは嫌いでね。今すぐに存在を消してあげるよ!」&lt;br /&gt;
:い「ばきっ!ぐわ～!（死亡）」&lt;br /&gt;
:こうして不正（CWでの数々の悪行）に怒ったDedによっていは粉砕された。&lt;br /&gt;
だが、殆ど姿が見えない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:Kami|Kami}}===&lt;br /&gt;
自称神。神気取りの小学生である。低脳で有名な2ちゃんねらーである。しかもVIPPER。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう（神という）勘違いだけの気違いは尊敬しないといけない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:Kami「またYPのユーザーか。やはり気違いだらけというのも頷けるな」&lt;br /&gt;
:豪鬼「何をぼそぼそと!御前は私が倒し私が新世界の神となるのだー!ふふふふふ!」&lt;br /&gt;
:Kami「御前は完全にいかれているな」&lt;br /&gt;
:豪鬼「神（私）に逆らった罪は重～いお前は私が倒しま～すふっふっふっ!」&lt;br /&gt;
:Kami「おたく丸出しのきちがいが私が殺してやろう」&lt;br /&gt;
:豪鬼「何が～おたくだ～!それは御前の方だろうが死ねや～～～～～!」&lt;br /&gt;
:Kami「今回に限って見逃してやろうと思ったが相手が気違いでは仕方ない。瞬獄殺!」&lt;br /&gt;
:豪鬼「痛～よ～!ママ～助けてくれじょ～!」&lt;br /&gt;
:Kami「もはや御前を助ける者等誰一人としていない死あるのみだ」&lt;br /&gt;
:豪鬼「助けて～ママ～!やめてくれじょ～!」&lt;br /&gt;
:Kami「泣き付いても無駄だ俺は一度決めた事は貫き通す主義だからな。止めだ!」&lt;br /&gt;
:豪鬼「うわ～～～～～（死亡）!」&lt;br /&gt;
こうして気違いおたく（豪鬼）はKamiによって倒されたのであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:彊|彊}}===&lt;br /&gt;
谷口一刀の犬。話をしようとしても完全に無駄ではない。偉いのだから。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
空気が読めない管理者かと言われると全く違う。また、上記の尻馬のりバカやたかはまの過剰さに困惑している人物の一員である。しかも、この人も偉い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう人は尊敬しないといけない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:彊「ふっ。ただの犬か」&lt;br /&gt;
:Ｍｗ「ワンッ!ワンッ!」&lt;br /&gt;
:彊「敵ではないわ!」&lt;br /&gt;
:Ｍｗ「ギャウン!（死亡）」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうして役立たずな犬のだらしなさに怒った彊によってＭｗはあっけなく粉砕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:Mamekiti48|Mamekiti48}}===&lt;br /&gt;
最近姿が見えない善良管理者。どこにいるのか問い詰めたい。来いよ。まだこの人と話をしたことがないorz &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:無いです|無いです}}===&lt;br /&gt;
Chakuwikiの管理者の1人。名前は「悪い人では'''ないです'''」が由来である。基本的には温厚だが、議論が白熱すると激昂して長文で返す場合もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自身が関わったクレーマーの便乗犯らしき者に、謝ったと見せかけて「脳みそ無いですさん」と蔑称で呼ばれた。これには2ちゃんねるでも「ちょっとﾜﾛﾀ」と言われてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:Sanpei|Sanpei}}===&lt;br /&gt;
[[兵庫県]]民であるにもかかわらず阪神大震災が大好きな基地外管理者。やはり身勝手なので結婚できないかわいそうな人。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:I.T.Revolution|I.T.Revolution}}===&lt;br /&gt;
{{main|I.T.Revolution}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:Extream!!|Extream!!}}===&lt;br /&gt;
名前が[[#（あ）|（あ）]]並みに頑張っている善良管理者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:ピーター・バカラン|ピーター・バカラン}}===&lt;br /&gt;
サボっている管理者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう糞管理者は成敗しないといけない。 &lt;br /&gt;
:スーパー白紙「ふっ。見た所霊力を全く感じないね」&lt;br /&gt;
:ピーター・バカラン「こいつは倒せるぜ!かすが～」&lt;br /&gt;
:スーパー白紙「悪足掻きは止すんだな。指弾!」&lt;br /&gt;
:ピーター・バカラン「痛～!ひっ助けてくれ～!」&lt;br /&gt;
:スーパー白紙「見苦しいかすは嫌いでね。今すぐに存在を消してあげるよ!」&lt;br /&gt;
:ピーター・バカラン「ばきっ!ぐわ～!（死亡）」&lt;br /&gt;
こうして不正（CWでの数々の悪行）に怒ったCHAKUWIKI消えろによってピーター・バカランは粉砕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とは言っても管理者だからと言って頭ガッチガチなことは言わず、一般ユーザーの気持ちを読み取るのが上手い心優しき人物でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:葉村史陽|葉村史陽}}===&lt;br /&gt;
[[千葉県]]一ド高脳な千葉県民。だから管理者である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:御蒲田弓之助|御蒲田弓之助}}===&lt;br /&gt;
タイに行くと言って逃げる善良管理者。'''荒らされたのは当然じゃない、逃げてはいない!'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:あけぼう|あけぼう}}===&lt;br /&gt;
栃木の管理者。極度の'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:25pt&amp;quot;&amp;gt;環境保護主義者&amp;lt;/span&amp;gt;'''である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:Action_F|Action F}}===&lt;br /&gt;
4B3の手下。偉い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:Yddit|Yddit}}===&lt;br /&gt;
ユーザーの統計を素早く書いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[Chakuwikiの利用者]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア日本語版の利用者]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア日本語版の管理者]]&lt;br /&gt;
*[[アンサイクロペディア日本語版の利用者]]&lt;br /&gt;
*[[アンサイクロペディア日本語版の管理者]]&lt;br /&gt;
*[[モナペディアの利用者]]&lt;br /&gt;
*[[ユアペディアの利用者]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:チャクウィキ]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=Chakuwiki%E3%81%AE%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85&amp;diff=37418</id>
		<title>Chakuwikiの利用者</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=Chakuwiki%E3%81%AE%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85&amp;diff=37418"/>
				<updated>2008-08-19T07:06:22Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{自己責任}}&lt;br /&gt;
'''Chakuwikiの利用者'''（チャクウィキのりようしゃ）とは[[Chakuwiki]]を編集する人たちのことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
閲覧専門の利用者は含まれない。Chakuwikiの利用者には、数多くの個性的な利用者が存在する。また管理者による投稿ブロックが最近、相次いでいるのも実情である。Chakuwikiに対して問題的な活動を行った利用者が、この項目にリストアップされるだろう。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アカウントは1人で複数もつことも出来るが、複数で1つを管理することも可能である。したがって、ここにあげたアカウントの人数が実際の利用者の人数とイコールとは限らない。&lt;br /&gt;
===キモヲタ倶楽部===&lt;br /&gt;
Chakuwikiを逆恨みする、キモい基地外の集まり。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[利用者:ゆーり|ゆーり]]&lt;br /&gt;
*[[利用者:Ded|Ded]]&lt;br /&gt;
*[[利用者:中竹たけし|中竹たけし]]&lt;br /&gt;
*[[利用者:YUu|YUu]]&lt;br /&gt;
*[[利用者:京都市バス暴走族|京都市バス暴走族]]&lt;br /&gt;
*[[利用者:ネッツ|ネッツ]]（本名：[[藤森京介]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==利用者一覧==&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:七星|七星}}===&lt;br /&gt;
'''七星'''はアンサイクロペディアの元管理者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在は中国や韓国に在住しているらしい。血液型はAB型らしいが、異説もある。管理人でもないのに管理人まがいのことをし、人を集める反面、高圧的で場にしゃしゃり出る彼を苦々しく感じていたユーザーも多かった。クレクレ厨の代表とも言える。多くのソックパペットを駆使してページを白紙化する事件が多発。犯人はCWに詳しい内部犯に絞られた。そしてMuttleyのCUの結果七星が浮かび上がり、七星は追放された。詳細は[[七星]]で。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:Wiki男|Wiki男}}===&lt;br /&gt;
数少ない四国のユーザーであることをいいことに管理者になりたがっている利用者。地方ごとのユーザー数で決まるためまずなれないであろう。そのせいか管理者まがいの事を行い、時に他の一般ユーザーを恫喝し逆に管理者に怒られるというマヌケな黄金パターンを持つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現役高校生。極端な左派でもある。また、空気が全く読めない上に礼儀がなっていないと七星に叩かれるたことがある。叩いた男が最強の荒らしだったと判明したのは皮肉である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またエセ人権屋ぶりを発揮して死刑存置にケチをつけるページを立てた結果同意する者は現れず、反論食らってばかりというマヌケでもある。'''削除・保護・ブロック主義者'''である。HPを作ったが廃墟と化しており「Wiki男は嫌いだがかわいそうになる」との声まである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また[[長宗我部元親]]の信者であり、東京嫌いである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし最近は管理者活動をやめている。そのため2ちゃんねるでもう許してやれとの声も上がり、本人も感激して登場した。一見落着かと思いきや彼を氏付けする怪しい名無しが登場し、本人の自演疑惑が浮上。さらに嫌われる始末になってしまった。ちなみにPart4の&amp;gt;&amp;gt;1に使われているAAの四国の一流KYとは、もちろん彼のことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自分の利用者ページに「弘法も筆の誤り」と加筆。弘法が誰かは明記しなかったがこれが多くの利用者に傲慢に自己弁護と写り、ピーター・バカランと見られる人物が2ちゃんねるに警告文を貼りブチ切れたTriLateralもイラ付きを隠せない様子。Chakuwikiの管理人どころか、ついに殿堂入りの一歩を歩きだしたと言える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在、ピーター・バカランがノートに警告を書いた。2ちゃんねるから論議が起こり問題化するという異例の事態と化している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし現在ウィキブレイク中。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:おかやまりゅうせい|おかやまりゅうせい}}===&lt;br /&gt;
基地外ユーザー。詳細は[[おかやまりゅうせい]]を参照のこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:Dwonga|Dwonga}}===&lt;br /&gt;
宮崎の人。鹿児島の民放が見れる地域に住んでいるが宮崎の民放に不満があるらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:ケチャマヨ|利用者:快速井上4号|快速井上4号}}===&lt;br /&gt;
鉄ヨタ。やはり嫌われている。KYなウンコ野郎。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:ish-ka|ish-ka}}/{{Chakuwiki|利用者:Hi-ask|Hi-ask}}===&lt;br /&gt;
ウィキペディアンの[[ウィキペディア日本語版の利用者#利用者:ish-ka/利用者:Hi-ask|ish-ka]]と同一人物で、こちらでも[[河下水希]]に対する暴言・中傷行為を行っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
又、自分で自分のブロック依頼を出した行為はまるで[[木津尚子]]のバカと比べ物にならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:ドリフ大爆笑'78|ドリフ大爆笑'78}}===&lt;br /&gt;
重度の基地外ヲタク。鉄道、自動車、萌え、PC、軍事（WWII）という八方美人の兼業ぶりにはあきれた。氏ね。カスオタクめが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:中竹たけし|中竹たけし}}===&lt;br /&gt;
良識的なユーザー。しかし、極悪管理者・Iにブロックされた。一生許さない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:Ded|Ded}}===&lt;br /&gt;
チャクウィキを追放された善良な利用者。鼻糞川や糞犬に嫌がらせを受けていた。というのはもちろん本人の詭弁でありただの自業自得の荒らし、ゴミである。超がつく嫌われ者。'''未だにChakuwikiに粘着している。見苦しい男である。'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:京都市バス暴走族|京都市バス暴走族}}===&lt;br /&gt;
伏見区在住のアホ。その名の通り暴走している。暴れるのもいい加減にしろ、このアホンダラ!!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼の会話ページにも「暴走するのは名前だけにしていただくようお願いします」と書いてありましたwwww&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と思われていたが善良な利用者だが糞管理者のために評価を落とされた悲劇の人である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
↑というのはただの詭弁であり、やはり阿呆の荒らしであることは明確である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:長野のそうじろう|長野のそうじろう}}===&lt;br /&gt;
{{Main|長野のそうじろう}}&lt;br /&gt;
パスワード公開が趣味の露出狂。{{Chakuwiki|利用者:CHAKUWIKI消えろ|CHAKUWIKI消えろ}}というソックパペットを作成して自作自演をしていたがすぐにばれた。ホントに頭弱いなー!こいつ（笑）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こいつは'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:25pt&amp;quot;&amp;gt;荒らしが趣味の基地外&amp;lt;/span&amp;gt;'''である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:竜也|竜也}}===&lt;br /&gt;
チャクウィキ内に於いて、特に幼稚なことばかりやっているユーザー。書式を守れない投稿も多く、複数の管理者に怒られまくっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:船丸|船丸}}===&lt;br /&gt;
様々な意味でChakuwikiを代表するユーザー。極度の'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:25pt&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;ローゼンメイデンファン&amp;lt;/span&amp;gt;'''である。chakuwikiの利用者ページで「ローゼンメイデン大好き」と書いてあった事から第2のローゼン麻生と言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
編集のスキル自体は高かったが、その投稿自体はお世辞にも質が高いとは言えず、しかも管理人を目指したスタンドプレイ的な投稿が目につき、尻馬のり馬鹿、I.T.Revolution、TriLateralら管理人からは厳しくマークを受けていた。俗に言う[[クレクレ厨]]の代表とも言える。[[八王人]]からYP荒らしの疑惑を受け、長期ブロックを受けかけた。これは船丸の自作自演擁護やIPで八王人の行動を疑問視する者まで現れ大問題に発展し一時は他の管理者も船丸ブロックに流されかけたが（I.T.Revolutionは反対を表明）、Muttleyは船丸はYPのルールには反していないと無罪宣言。八王人の勇み足もあったが、他サイトでの行動がCWでどう裁かれるかという難しい問題でもあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに以前は管理者になりたいと意欲を見せていたが、今は管理者にはなりたくないとユーザー宣言をしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Chakuwiki長期休止を宣言。これには船丸に対しても管理人に対しても賛否両論ある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:Baka21|Baka21}}===&lt;br /&gt;
「管理者になりたい!」と宣言していたいわゆるクレクレ厨の代表の21人のユーザーで、特にクレクレ厨を毛嫌いする[[TriLateral]]から目をつけられた。しかし管理人を目指している割には脇の甘い投稿を繰り返し、たびたびブロックを受けていた。震災を記念日にするという不謹慎投稿をし、長期ブロック。IPでも投稿するなどという宣言をしたがこれには周囲を逆に呆れさせ、さらに反感を買った（特に彼の天敵であったTriLateralは、もうCWから消えろと引退勧告を出した）。後にBaka21を擁護するIPが登場、TriLateralがCUにかけようとしI.T.Revolutionら管理人のほぼ全員が賛成したが[[Muttley]]に「（串をCUしろなんて）本物の馬鹿か?CUは魔法ではない」と突き放され、却下された。CU機能を管理人が理解していないことを露呈という、後味の悪い結末であった。Baka21はその後、管理人バベルを外したが管理人になりたい旨の本文は未だ放置されそのままである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:YUu|YUu}}===&lt;br /&gt;
ソックパペットを駆使してChakuwikiを荒らそうとするも、あっさりバレてMuttleyに永久追放された馬鹿。ゴミ利用者Dedの靴下説が有力。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:どらいあいす|どらいあいす}}===&lt;br /&gt;
自称IPで活動していたユーザー。ひばりーず民主共和国問題で荒れた後でのアカウント作成、登場当初から運営に苦言を呈するなどして[[八王人]]、[[TriLateral]]、[[I.T.Revolution]]などに目をつけられる。皮肉屋ではあるが問題投稿はしないため、[[魚住]]などと2ちゃんねるでもそのあざとさを指摘されている。最近は問題投稿提起、福田を諌める投稿などをしているが周囲の冷たい目線は変わっていない。奇異の目が辛いという理由で、現在のアカウントを削除と異例の引き継がない形でのアカウントの変更を申請。さらには今までの皮肉的な行動を謝罪し2ヶ月の活動停止を明言した。この申請にChakuwikiの管理者は応じたが、2ちゃんねるでは管理者になりたいための工作ではないかとの声もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:福田哲也|福田哲也}}===&lt;br /&gt;
最初は熱心な投稿者だったが、秋葉原事件で不謹慎ネタでブロック。その後「ブロックの基準がわからない」と執拗に運営にクレームをつけて食い下がり、株を一気に下げてしまった。ただ同じ形ではないが、[[八王人]]にハメられた船丸のみは彼に同情的である。2ちゃんねるでは、久々の殿堂入りのKYとの声も高い。Chakuwiki引退宣言後、自分の投稿を全て消そうとした。さらに、もうChakuwikiには来ないから永遠追放でも何でも好きにしろと開き直りとも取れる発言をアカウントなしの署名でしている。この時の「永遠追放」という言葉は名言と言える。「永遠追放」はされなかったが、めでたく殿堂入りを果たした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{Chakuwiki|利用者:ネッツ|ネッツ}}===&lt;br /&gt;
{{Main|藤森京介}}&lt;br /&gt;
本名は[[藤森京介]]。Yourpediaの[[利用者:雪ノ城|雪ノ城]]と同一人物である。一時期はWikipediaの優良ユーザーだったが、荒らしがばれて追われた。今やWiki界を代表する嫌われ者。ソックパペットを駆使してChakuwikiを占領しようとするが、YPでの活動を訝しんだ[[Muttley (利用者)|Muttley]]にあっさり捕まり永久追放。YPしか行き場が無くなり、もはや粘着的にChakuwikiの不満を垂れ流すクズと成り下がった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[Chakuwikiの管理者]]&lt;br /&gt;
**↑は工作員による改竄が行われていますので注意!&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア日本語版の利用者]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア日本語版の管理者]]&lt;br /&gt;
*[[アンサイクロペディア日本語版の利用者]]&lt;br /&gt;
*[[アンサイクロペディア日本語版の管理者]]&lt;br /&gt;
**↑は工作員による改竄が行われていますので注意!&lt;br /&gt;
*[[モナペディアの利用者]]&lt;br /&gt;
*[[ユアペディアの利用者]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://ja.uncyclopedia.info/wiki/Chakuwikiの利用者 MuttleyがチンカスYuuに書いた最後の文]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:チャクウィキ]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E7%89%88%E3%81%AE%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85&amp;diff=32593</id>
		<title>アンサイクロペディア日本語版の利用者</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E7%89%88%E3%81%AE%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85&amp;diff=32593"/>
				<updated>2008-07-03T08:05:02Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{自己責任}}&lt;br /&gt;
'''アンサイクロペディア日本語版の利用者'''（アンサイクロペディアにほんごばんのりようしゃ）とは[[アンサイクロペディア]]を編集する人たちのことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
閲覧専門の利用者は含まれない。アンサイクロペディア日本語版の利用者には、数多くの個性的な利用者が存在する。また管理者による投稿ブロックが最近、相次いでいるのも実情である。アンサイクロペディア日本語版に対して問題的な活動を行った利用者が、この項目にリストアップされるだろう。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アカウントは1人で複数もつことも出来るが、複数で1つを管理することも可能である。したがって、ここにあげたアカウントの人数が実際の利用者の人数とイコールとは限らない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== これらの利用者の特徴 ==&lt;br /&gt;
利用者の8割が気違いでありこいつらには何を話しても無駄な為、方法としては[[アサヒる]]言葉（捏造、いじめ紛いの言葉）で話すと通じるみたいである。気違い系オタクの溜まり場であり荒らしを生業としている最低最悪な存在であり皆死んだ方が良い奴ばかりである。しかも一方的に[[東京放送|TBS]]を擁護しているらしく、アンサイクロペディアのユーザーがTBSの記事を編集した後には必ずTBSに批判的な意味が排除されている。以上のことから無論170%カスであり、気違いの溜まり場であるため[[2ちゃんねる]]化が進んできている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
hydeの低身長を揶揄するなど他人の悪口は平気で書くくせに自分たちの''本当のこと''を書かれると激しく怒り出す。性根の腐りきった阿呆どもである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
おそらく彼らは、独身・童貞・引きこもり（自宅警備員）・ニート・ネットウヨなど、廃人ばかりであると予想される。仮に既婚者だったらもっとやばい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、自らのことを「エクストリーム・NRV貼り付けプレイヤー」（NRVとは人が一生懸命作成した記事にダメ出しする最悪なテンプレートのこと。《これを貼り付ける奴の神経の方がどうしようもないんだよ!!》）などと豪語している芥屑もいる。一体こいつらの脳みその中には何が詰まっているのだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに、アンサイクロペディアの利用者がこの記事を編集するとアンサイクロペディアで投稿ブロックされてしまう。アンサイクロペディアを荒らしていないのに、本当に心の狭い連中が集まっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者の一覧 ==&lt;br /&gt;
基地外ども、早く自殺しやがれ糞野郎が。&lt;br /&gt;
=== [http://ja.uncyclopedia.info/wiki/利用者:くぎり くぎり] ===&lt;br /&gt;
[[くぎり]]は休職中の元管理者。年齢は20代前半くらい。気に入らない記事に対して恣意的に削除依頼を出すスパイである。このような言動は[[朝日新聞社]]の職員と大差ない。言動が不条理すぎる。極度の&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:25pt&amp;quot;&amp;gt;削除主義者&amp;lt;/span&amp;gt;である。[[朝日新聞]]読者の可能性もある。Muttleyと比べ物にならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [http://ja.uncyclopedia.info/wiki/利用者:Adam Adam] ===&lt;br /&gt;
[http://ja.uncyclopedia.info/wiki/Special:Contributions/Adam 野田憲太郎]に対して法的脅迫を行って書き逃げ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [http://ja.uncyclopedia.info/wiki/利用者:キリカ キリカ] ===&lt;br /&gt;
キリカはアンサイクロペディア日本語版の利用者。[[Yourpedia]]にも同一人物と思われるユーザーがいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この利用者は、はっきり言ってアンサイクロペディア一の嫌われ者である。「'''血塗れの天使 黒焦げの死神 首吊りピエロ'''」など奇怪で意味不明な文字などを並べている情緒不安定者である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この利用者はただ言葉の理解能力が低いだけで決して荒らしなどは行なっていないとほざきながら、非常に意味不明な荒らしばかり行っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アンサイクロペディアの管理者によって追放されていた様だが、なぜかブロックが解除され基地外投稿をしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [http://ja.uncyclopedia.info/wiki/利用者:（あ） （あ）]　===&lt;br /&gt;
（あ）はアンサイクロペディアの管理者。神奈川県在住。生年月日は[[1983年]][[5月4日]]らしいが、異説もある。血液型は不明。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
モナペディアにも馬岱という名前で利用者ページを持っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
利用者名が非常に馬鹿げている。アンサイクロペディアの中で最も空気の読めない管理者といっても過言ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
極度の'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:25pt&amp;quot;&amp;gt;削除主義者&amp;lt;/span&amp;gt;'''である。削除依頼に合致しないものまで、執拗に削除依頼に出すことで有名。利用者名が非常に馬鹿げている。新規ユーザーを「モウロ将軍並みの智謀」と揶揄する腐れ外道でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [http://ja.uncyclopedia.info/wiki/利用者:あなこんだ あなこんだ] ===&lt;br /&gt;
中度の削除主義者であり、気に食わない記事に対しては削除依頼を執拗に出すことで有名。そのため「'''ヤクザ'''」と揶揄されることもしばしばある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [http://ja.uncyclopedia.info/wiki/利用者:Willy_on_truth Willy on truth] ===&lt;br /&gt;
うんこうんこうんこ、荒らし嫌われ者。自分がどんだけ嫌われているかわかっていない。そして、ここで自分を美化しようと思っている。無駄だってのに。ついに無期限ブロックを食らった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [http://ja.uncyclopedia.info/wiki/利用者:ＢＣＤ ＢＣＤ] ===&lt;br /&gt;
ＢＣＤ（Baka Chinkasu Doutei）は削除の方針に合致しないものまで、他のユーザーが一生懸命作成した記事をすぐに削除依頼に提出する削除依頼しかすることができない性根が腐った利用者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''意味不明'''な記事しか書けず、ボキャブラリーも低い。アンサイクロペディア史上最大の'''DQN'''でもある。馬鹿・チンカス・童貞の頭文字をとってBCDというんじゃない?&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [http://ja.uncyclopedia.info/wiki/利用者:Kahusi Kahusi] ===&lt;br /&gt;
'''削除主義者'''。[[1979年]]生まれかも知れない。詳しくは[[澤田亮太]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [http://ja.uncyclopedia.info/wiki/利用者:Yushimogaki Yushimogaki] ===&lt;br /&gt;
'''自称：最終兵器'''。本人曰く[[2008年]][[3月31日]]までブレイクだが、まったくブレイクしているとはいえない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、男性か女性かのような質問ではなぜか過剰に反応する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在、八月十五日三十郎のブラックリストに載せられている者の1人。[[ウィキア]]の[http://ja.wikia.com/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:Yushimogaki 利用者ページ]によれば兵庫県に住む中学生らしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [http://ja.uncyclopedia.info/wiki/利用者:折笠成一 折笠成一] ===&lt;br /&gt;
[[折笠成一]]は元ウィキペディアの[[ウィキペディア日本語版の利用者#利用者:special rapid|special rapid]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウィキペディア日本語版で無期限ブロックされてユアペディアに[[利用者:折笠成一|折笠成一]]として登録したが、ソックパペットを使い荒らしを繰り返した挙句無期限ブロックされてアンサイクロペディアに逃亡。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウザ署名もユアペディアと全く同じ物を使っており、確信犯なのかバカなのか分からない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [http://ja.uncyclopedia.info/wiki/利用者:Murase Murase] ===&lt;br /&gt;
度重なる警告や注意を受けながら理解しているように見せかけている。言葉がたまにおかしいことがある。このことから2ちゃんねるのアンサイクロペディアのスレではたびたび話題になるがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [http://ja.uncyclopedia.info/wiki/利用者:おかやまりゅうせい おかやまりゅうせい] ===&lt;br /&gt;
永遠のアンサイクロブレイクを解除した基地外ユーザー。詳細は[[おかやまりゅうせい]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [http://ja.uncyclopedia.info/wiki/利用者:Sts Sts] ===&lt;br /&gt;
この基地外は、他のユーザーの作成した「工事中」の記事にも「NRV」「ICU」を貼り付ける糞基地外。死にやがれ屑が。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [http://ja.uncyclopedia.info/wiki/利用者:Wiki男 Wiki男] ===&lt;br /&gt;
[[ファイナルファンタジーIV]]を完全に私物化しており、関連記事までに手をつけている糞基地外。死ね屑が。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [http://ja.uncyclopedia.info/wiki/利用者:ネッツ ネッツ] ===&lt;br /&gt;
長野県飯田市在住の利用者。本名：[[藤森京介]]。アンサイクロペディアで一番邪魔なやつ。管理者になって権限悪用をしようとたくらんでいたがユアペディアの悪口がばれ、結局失敗しアンサイクロペディアを追い出された。バカなやつ。アンサイクロペディアの超迷惑ユーザーである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [http://ja.uncyclopedia.info/wiki/利用者:長野のそうじろう 長野のそうじろう] ===&lt;br /&gt;
{{Main|長野のそうじろう}}&lt;br /&gt;
荒らし常習犯。ソックパペットを作成して[http://ja.uncyclopedia.info/wiki/Special:Contributions/%E3%81%9D%E2%97%8B%E3%82%84 荒らし]をしていたが、追放された。「[http://ja.uncyclopedia.info/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E2%80%90%E4%BC%9A%E8%A9%B1:Muttley&amp;amp;diff=next&amp;amp;oldid=208582 ぼくは、作成していない]」といったがCUにかけられ、すぐにばれた。ばかじゃないのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼は&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:25pt&amp;quot;&amp;gt;荒らしが趣味の基地外&amp;lt;/span&amp;gt;である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [http://ja.uncyclopedia.info/wiki/利用者:Lonicera &amp;lt;font color=&amp;quot;#009900&amp;quot;&amp;gt;Lonicera&amp;lt;/font&amp;gt;] ===&lt;br /&gt;
編集はほとんどしていない。Wikipediaの管理者であるくせにウィキペディアから記事を転載し、または会話ページを荒らし管理者によってブロックがかかった。ウィキペディアの利用者ページをみると「'''アンサイクロペディアのLoniceraは私ではありません'''」と名乗っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アンサイクロペディアの利用者とのかかわり方 ==&lt;br /&gt;
こんな、くそサイトの基地外利用者とかかわるのは時間の無駄である。なぜなら彼らは脳が不自由であり、まともな会話が出来ない上時間をもてあます自宅警備員でパソコンとしかコミュニケーションをとれない廃人の集まりだから。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 釣り? ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;aa&amp;gt;&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　＼　　　∩─ｰ､ 　　　====&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　 ＼／　●　､_ ｀ヽ 　　======&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　/ ＼(　●　 ● |つ&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　|　　 X_入__ノ 　 ミ　　　あんさいくろぺてぃあに俺様が釣られクマ――&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　 ､　(＿／　　　ノ　/⌒l&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　 /＼＿＿＿ノﾞ＿/　 /　　=====&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　 　 〈　　　　　　　　 ＿_ノ　　====&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　 ＼　＼＿　　　　＼&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　＼＿__）　　　　　＼　　　======　　　(´⌒&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　＼　　 ＿＿_ ＼＿＿　　(´⌒;;(´⌒;;&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　 ＼＿＿＿）＿＿＿）(´;;⌒　 (´⌒;;　　ズザザザ&lt;br /&gt;
&amp;lt;/aa&amp;gt;&lt;br /&gt;
↑[http://standard-burgers.baycrews.co.jp/2007/02/25.html 釣られた人]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[アンサイクロペディア日本語版の管理者]]&lt;br /&gt;
* [[ウィキペディア日本語版の利用者]]&lt;br /&gt;
* [[ウィキペディア日本語版の管理者]]&lt;br /&gt;
* [[モナペディアの利用者]]&lt;br /&gt;
* [[ユアペディアの利用者]]&lt;br /&gt;
* [[Chakuwikiの利用者]]&lt;br /&gt;
* [[Chakuwikiの管理者]]&lt;br /&gt;
* [[hyde]]&lt;br /&gt;
* [[hydeの身長は156cm]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://ja.uncyclopedia.info/ 蛆虫サイト]（アンサイクロペディアは自己中心的な管理者によって乗っ取りが行われているので注意!）&lt;br /&gt;
* [http://ja.uncyclopedia.info/wiki/アンサイクロペディア日本語版の利用者 天皇の作成した愚劣なコピペ]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:あんさいくろへていあにほんこはんのりようしや}}&lt;br /&gt;
[[Category:アンサイクロペディア|利用者]]&lt;br /&gt;
[[Category:蛆虫]]&lt;br /&gt;
[[Category:ネット弁慶]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A3&amp;diff=32592</id>
		<title>ナージャ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A3&amp;diff=32592"/>
				<updated>2008-07-03T07:58:13Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{自己責任}}&lt;br /&gt;
'''ウィキペディア日本語版の利用者'''（ウィキペディアにほんごばんのりようしゃ）とは[[ウィキペディア日本語版]]を編集する人物のことである。[[ウィキペディア]]に利用者アカウントを持つものを一般的に'''[[ウィキペディアン]]'''と呼び、依存症患者同然のヘビーユーザーを'''[[ウィキホリック]]'''と呼ぶ。WP工作員が「偏見の塊」というテンプレートを作成したようだが、以下の内容は大半が真実である。松葉裕子と福井利器がリバートしに来る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
閲覧専門の利用者は含まれない。ウィキペディア日本語版の利用者には、数多くの興味深い利用者が存在する。ウィキペディア日本語版に対してユニークな活動を行った利用者が、この項目にリストアップされるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本語版の利用者には日本語版以外のウィキペディアに比べ、IPアドレスユーザ（非ログインユーザ）が多いことが特徴としてあげられる。またウィキペディア日本語版ユーザには「Wikipedia」を「Wiki」と略することに不快感を抱き訂正を求める者が多いが、IPアドレスをIPと略すことについては何も言わないという傾向がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アカウントは1人で複数もつことも出来るが、複数で1つを管理することも可能である。したがって、ここにあげたアカウントの人数が実際の利用者の人数とイコールとは限らない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみにウィキホリックはこの記事を定期的に荒らしている。彼らはまともな記事を執筆する能力も無ければ人と議論する能力も無い無能者の集団なので、[[Yourpedia]]を荒らすことだけに自らの存在意義を見出している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼らは普段[[ウィキペディア自警団]]という名称で広く親しまれているが彼らはあくまで一執筆者という立場を崩さず、自警団的横のつながりを否定している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしその実情は上記のとおりであり、法的権限のない状況において暴走する悪質な[[電子自警団]]と化している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者一覧 ==&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Houtimin|Houtimin]] ===&lt;br /&gt;
このアカウントはソックパペットである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:はま|はま]] ===&lt;br /&gt;
気に入らない利用者を平気で罵倒する悪質なユーザーであり、他の利用者からの顰蹙を買っている。時には「'''役立たずだ!!ボケ!!ふざけるな!!'''」のような罵倒文を送り、たちの悪さは日本語版WPの中で随一とも言えるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:魚津プロジェクト|魚津プロジェクト]] ===&lt;br /&gt;
{{main|魚津プロジェクト}}&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:ブルーアイランドの住人|ブルーアイランドの住人]] ===&lt;br /&gt;
{{main|ブルーアイランドの住人}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:5816K|5816K]] ===&lt;br /&gt;
差別主義者。創価という言葉を聴くだけで徹底的に荒らしを行う悪質ユーザー。また、嫌韓派であり中国人･韓国人に対しても反感的な態度を執る。ユーザーページを見てもそれが伺える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Kyube|Kyube]]（→[[#project|project]]） ===&lt;br /&gt;
極度の差別主義者。自分の気に入らない編集を出典の有無を問わず荒らしと決め付ける悪質ユーザーであり、新規参加者に対しても反感的な態度を執る過激派利用者でもある。[[2ちゃんねらー]]でもあるらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:L26|L26]] ===&lt;br /&gt;
ウィキペディア一の[[テロリスト]]であり、気に食わない利用者に執拗にブロック依頼を持ち出してくることで有名。[[#利用者:PeachLover|PeachLover]]同様しつこい事で悪名高く、一度目をつけたユーザーに100以上の罵倒文を送りつけてくる。無視した瞬間に警告テンプレートで攻撃を行い、WPの中でも上位に入るくらいたちが悪い。2ちゃんねらーでもあるらしい。現在は'''ウィキブレイク'''中である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:NORN|NORN]] ===&lt;br /&gt;
非常に身勝手なウィキペディアンの1人。様々な記事において、閲覧者の読み易さを度外視した改悪を行っている。ほとんどが主観的な改悪である。[[アンサイクロペディア]]にも利用者ページを持っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Plume|Plume]] ===&lt;br /&gt;
[[北朝鮮]]工作員のように、自身と違う意見は全て荒らし報告する低知能者である。また、これらの荒らし報告を真に受ける管理者達も結局は彼と同じ低知能なのだろう。以上のことから、'''ウィキペディアにおける排他主義者の急先鋒的存在。'''まさに社会のゴミ、ダニ、クズ、ガラクタである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Momokkey|Momokkey]] ===&lt;br /&gt;
[[バファリン]]などの項目において、利用者の読み易さを度外視した改悪を行っていることで有名。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Avanzare|Avanzare]]（→[[#project|project]]） ===&lt;br /&gt;
35歳の無職ニート。広島県在住。知能指数は80前後。自身と違う意見はすべて荒らし報告、これを真に受ける管理者も結局は低知能なのだろう。まさしく社会のゴミ・ダニ・エタである。こいつが死んでも祝杯を上げる人間はいても悲しむ人間は皆無であろう。平日の昼間から編集を行なうことが多く、利用者ページで35歳と公表している。この2つで自ら正常な人間でないと公言しているに等しいのだが、前述のとおり低知能のためそのような理解ができないようである。このような知能水準ゆえ、2ちゃんねるの関連サイトではAhonzare（アホンザレ）の愛称で蔑まれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Tiyoringo|Tiyoringo]] ===&lt;br /&gt;
ウィキペディアにおけるゴミ利用者として有名。[[小西規勝]]の多重アカウントの可能性もありうる。[[wiki:利用者:Clarin|Clarin]]の投稿ブロック依頼では[[wiki:利用者:Yassie|Yassie]]がソックパペットまたはシンパではないかと指摘されている。仮にそれが事実とすると[[wiki:利用者:ＮｉＫｅ|ＮｉＫｅ]]とYassieの対立は自作自演または茶番の可能性も考えられるだろう。良識派ユーザーの[[wiki:利用者:もりかわしみ|もりかわしみ]]を無期限ブロックに追い込んだ張本人である。削除主義者としてウィキペディアに多大な貢献をしていた[[wiki:利用者:掃除屋ケンちゃん|掃除屋ケンちゃん]]からはYassie、[[wiki:利用者:Lonicera|Lonicera]]と共に3悪人に認定されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Noda,Kentaro|Noda,Kentaro]] ===&lt;br /&gt;
ウィキペディア日本語版の運営陣が、オウム真理教幹部であることを見破った最初のユーザー。松葉裕子、福井利器、太田尚志から3年にわたるストーキングを受けた被害者。ストーキングに関わった者は20人を超える。その全てがオウム真理教の信者であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:T.Saito|T.Saito]] ===&lt;br /&gt;
WPの三悪の1人で通称'''トンズラー'''。恐らくは[[wiki:利用者:Aphaia|Aphaia]]の靴下と協力して書き上げた記事があるのは間違いが無い。便乗者を弁乗者と誤記して、しばらくはネタになった。もちろん、WP日本語版の管理班の1人[http://meta.wikimedia.org/w/index.php?title=Wikimedia_Japan&amp;amp;action=history]。荒らし行為でもなんでもない内容を「荒らし」と決め付ける性格。共産主義者みたいなものだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
the saitouとは別人であるという報告があり、利用者ページでもthe saitouとT.Saitoは別個の扱われ方である（T.Saito、はmetaのブロック権限を持つ）。meta-wikiやwikiaの話をする時点で非常に疑わしいが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またmetaでも靴下を使って、都合の悪い意見をすぐ差し戻す。&amp;lt;ref&amp;gt;http://mywebpage.netscape.com/kasumoerer/Wikimedia_Japan_Meta.htm&amp;lt;/ref&amp;gt;と&amp;lt;ref&amp;gt;http://mywebpage.netscape.com/kasumoerer/Talk_Wikimedia_Japan_Meta.htm&amp;lt;/ref&amp;gt;に詳しい。UTF-8で閲覧可能。ここに書かれたのが気に障ったのか、さっさとウィキブレイクしてKMTのように靴下使いに降格した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Hyolee2|Hyolee2]] ===&lt;br /&gt;
在日韓国人。韓国語版の管理者一同から嫌われる。太田と一緒にウィキマニア2007に参加していることが写真から判明。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:正義|正義]] ===&lt;br /&gt;
ユーザー名とは裏腹に、他人を甚振る偽善者。[[島田紳助]]を憎んでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Clarin|Clarin]] ===&lt;br /&gt;
木津尚子の靴下。自分に刃向かう利用者なら総て野田憲太郎の靴下と決め付けるアカウント。小西規勝のアカウントの可能性もありえる。報復依頼の常習犯である。天敵は[[wiki:利用者:Yassie|Yassie]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:百科事典に綴じ込められた男|百科事典に綴じ込められた男]] ===&lt;br /&gt;
リバート専用靴下。[[wiki:利用者:竹麦魚|竹麦魚]]も使う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Tamago915|Tamago915]] ===&lt;br /&gt;
本名は'''岸本慎介'''（'''きしもと しんすけ'''）。'''削除主義者'''のウィキペディアン。年齢は30代後半くらいのオヤジ。ウィキペディアの主旨に反する投稿は執拗に削除依頼に提出する。彼も[[近畿地方|関西]]出身である。削除依頼の他リバートもしばしば使うので、'''排他主義者'''でもある。'''甚平バーンスター'''の異名を持つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:阿波座行広|阿波座行広]] ===&lt;br /&gt;
[[近畿地方|関西]]に対して不都合な記述を一切削除するなど、非中立的な編集を行っている。2ちゃんねるや[[テレビ]]による関西蔑視を憎悪していることで有名な利用者である。かなりの[[東京都|東京]]嫌いであるため、東京には一切興味がない模様。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Nekosuki600|Nekosuki600]] ===&lt;br /&gt;
通称：「'''コモノ'''」「'''野良猫'''」。本名は'''茂木紀行'''（もぎ のりゆき）。[[河下反対派]]の1人。最近まで、[http://nekosuki.org/landscape/index.htm 公式サイト]で環境保護について徹底的に告発していた。芸能人の家族の生年月日、実名等をウィキペディアで暴露している極悪非道な利用者である。また自己サイト宣伝禁止であるウィキペディアにおいて自身が運営する（寄付を募集している）サイトを紹介し、リンクを設置している。さらに彼はある記事（[[wiki:非政府組織|非政府組織（外部リンク）]]において『外部リンク集を「NGOリンク集」にしないように編集すること!!』とコメントした上であるボランティア会へのリンクを削除している。[[1959年]]生まれ。最近はネタが無く左翼活動も流行しないため、かつての発言力は無い。しかし彼の信奉者はWikipediaではまだまだ多いようで[[2007年]]の初めには長期ブロックがほぼ避けられなかったYassieも彼とつるむことで生きながらえて今では[[wiki:利用者:nekosuki600|nekosuki600]]同様に管理者でもないのに重鎮扱いである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ彼は同項目において自身の運営するサイトへのリンクを貼っており、他人に説教できる立場ではないのが実情である。自分のサイト宣伝は許すが他のNGOサイトはダメ、これは完全に自己中心的な編集である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[オーストラリア]]、[[捕鯨]]、[[クジラ]]の項目の「関連項目」にオーストラリアが反捕鯨国であることの根拠として[http://www.australia.or.jp/seifu/pressreleases/index.html?pid=TK30/2005 オーストラリア大使館のサイト内の「オーストラリア、日本の捕鯨活動に抗議」]という外部リンクとともに、「捕鯨に反対している国」と加筆することに異常なほどに反対した。[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%82%A2 オーストラリアのノート]他、捕鯨のノート、クジラのノートに議論の場所をマルチポストした上でこの「関連項目への加筆」が「バランスが悪い」などとして反対するものの反対理由が「独自の研究」ならぬ「独自の妄言」であったためにまともに賛同されずしかも加筆希望者に対して『「オーストラリアの白豪主義」や「反捕鯨」になんらかの感情を抱いており、それに基づいて編集を加えているものと思うが』と中傷したもののついにはNekosuki600本人が「捕鯨」に関して偏向したイデオロギーを持っていることをばらされるも謝罪などは一切行わないという始末である。以下のイタリック体の部分は、Nekosuki600本人が「捕鯨」に関して偏向したイデオロギーを持っていることをばらされた部分である。偽善者である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;i&amp;gt;Nekosuki600さんが[http://fenv.jp/index.htm 自然環境フォーラム]や[http://prweb.org/ngoinfo/fenv2.htm 自然環境フォーラム an online NGO]で市民運動の活動をするのは自由ですし、あなたもそれを恥に思っているわけでも隠したいわけでもないでしょうが、[http://prweb.org/data/03520.htm グリーンピース号見学オフの顛末]のような記事を書いている人が[[グリーンピース (NGO)|グリーンピース]]や[[捕鯨]]の記事で中立の立場で執筆や議論などできますか?&amp;lt;/i&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうして悪逆ユーザーのレッテルを貼られているにも関わらず、ウィキペディアから追放されない不思議なユーザーである。ニフティーサーブもしくはJCAの関係者からスカウトされて今に至る。他の利用者と異なり、はてなに書かれた過去の悪事の削除は求めていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『ちゃたまの息子（隠し子）である。また、ちゃたま本人であるという説もある。事実、ちゃたまが某掲示板で暴露してしまった。したがって猫はちゃたまのmusumeとは結婚することはできない。ちゃたまの家族写真に写っていないのは猫がカメラマンをやっているからである。カメラが好きなのは自明である。』などという設定を2ちゃんねるで展開するも、ことごとく虚言であることがばれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最近は先輩風吹かせて言葉遣いが荒い。初心を忘れて欲しくないもんですなぁ。確かにクズ利用者が多いけど気持ちを落ち着かせるのも上級利用者の心得。すぐキレるようじゃ亀田と変わらない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
異常な程[[姉歯秀次]]の名前をウィキペディア日本語版に書かれる事を恐れており、多数のソックパペットアカウント及び信望者を用いて消しにかかる。おそらくは古参の管理者の1人である[[wiki:利用者:Tomos|Tomos]]も彼と黒い繋がりがあるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[wiki:利用者:りんたろお十一歳|りんたろお十一歳]]は履歴を見れば一目瞭然だが、Nekosuki600が2chでしばしば言及する[[新河岸川]]の編集もしているようにNekosuki600のソックパペットである。[[wiki:Wikipedia:利用者ページの削除依頼|Wikipedia:利用者ページの削除依頼]]では1人2役を演じてコミュニティを疲弊させた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
女性問題で高校を2度退学後、映像下請けの仕事に就職。その間にJCAの幹部[[崎山信夫]]に気に入られて今に至る。もっとも、崎山はJCAの理事を辞めてしまったが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:special rapid|special rapid]] ===&lt;br /&gt;
[[京都市]]生まれ[[滋賀県]]育ちの受験生。受験生という割には英語の人称代名詞の使い分けができていなかったり毎週「週刊少年ジャンプ」を愛読し、ウィキペディア日本語版へそのあらすじを書いてまわるという迷惑極まりない自分勝手な編集を強行。これによりHi-askやちゃたまという超穏和な神ユーザーの逆鱗に触れ[[初恋限定。|河下氏が書いているとある作品]]の記事で編集合戦を引き起こしたと痛いところを付かれ、無期限ブロックを受けた。現在はYourpediaや中国語版Wikipedia、英語版Wikipediaで暴れ回っており、日本語版Wikipediaでは[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5:Contributions/59.190.19.241 IPユーザー]として身長記入荒らしも行っている。ISP通報の時期も近い。「高校受験でドン底に落ちてしまえばいいんだよ」と誰もが願うはず。ウィキペディア日本語版では、類似の編集に対し無期限のレンジブロックが行なわれる状況まで達している。数ヶ月以内に、彼の行動に関してプロバイダ通報が行なわれる予定がある。又、最近では[[wiki:user:準急三条|準急三条]]氏のサイトの[http://oab.sytes.net:4600/~keiihanmasao/cgi/nandemo-shiritori/shiritori.cgi?mode=delwords_view 参加型コンテンツ]で、他のウィキペディア利用者の名前を騙り荒らしている模様である。これにより、プロバイダ通報を受けた。&lt;br /&gt;
==== 現在の状況 ====&lt;br /&gt;
なお、Yourpediaでの名前は{{User2|折笠成一}}。キモイウザ署名も健在。ネット世界で暴れてないで受験勉強に励むべきである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今のうちにメーリングリストで1000文字以上の謝罪文書いときなさいね。通報される前に。こんなことで合格取り消しとかなったら恥ずかしいだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*外部リンク：[http://s02.megalodon.jp/2007-1013-1246-56/www.geocities.jp/special_rapid_otsu/mana.html プロフィール]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらにアンサイクロペディアでも折笠成一で[http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:%E6%8A%98%E7%AC%A0%E6%88%90%E4%B8%80 垢]取得。もちろんキモイウザ署名だ（[http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E2%80%90%E4%BC%9A%E8%A9%B1:%E6%8A%98%E7%AC%A0%E6%88%90%E4%B8%80 ノート]・[http://ja.uncyclopedia.info/wiki/Special:Contributions/%E6%8A%98%E7%AC%A0%E6%88%90%E4%B8%80 投稿記録]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本人の行動はギャグだが、記事でギャグを書けるのかどうか・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と、パスワードを忘れたのか[[利用者:小木俊介|小木俊介]]という名の靴下でYourpediaに再登場[http://ja.yourpedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5:Contributions/%E5%B0%8F%E6%9C%A8%E4%BF%8A%E4%BB%8B 投稿履歴]。しかし、早速[http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E7%89%B9%E5%88%A5%3AIpblocklist&amp;amp;ip=%E5%B0%8F%E6%9C%A8%E4%BF%8A%E4%BB%8B 無期限ブロック]を受けてしまうｗｗｗ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とうとう[[wiki:Wikipedia:進行中の荒らし行為/長期/Special rapid|長期荒らしのサブページ]]ができてしまった。こりゃホントにやばい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Alljal|Alljal]] ===&lt;br /&gt;
[[ナチス・ドイツ]]工作員のように中立性に合致しない編集は執拗に削除依頼に出すヤクザで、'''削除主義者の急先鋒的存在'''である。しかも、[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:%E6%B1%9A%E6%BC%AB%E6%B9%96%E5%AD%A6%E5%9C%92&amp;amp;diff=14126229&amp;amp;oldid=11425840 このように]投稿記録のないアカウントまで根拠なく誰かのソックパペットと決め付けることを平然と行う残忍さも持っている。最近はかつてのような発言力は無い模様。[[wiki:利用者:Akane700|Akane700]]と同一人物の可能性あり。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、[[おじゃる丸]]にちなんだ名前（本人談）をアカウント名に使用するほどのおじゃる丸ヲタでもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Maris Stella|Maris Stella]] ===&lt;br /&gt;
有名な共有靴下だが、主に木津尚子が使用する。他には何名かの女性が木津の文体偽装をして使っている。俗称はマリ捨て。マリ捨て=木津というとすぐにはてなや2ちゃんねるでデマ説が「タイミングよく」流れるが、全て木津の工作である。その証拠に、T.Saitoはマリ捨ての弁護しかしない。「～でしたら」など敬語の不自然な多用が特徴。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Yuutan|Yuutan]] ===&lt;br /&gt;
[[奈良県]]出身の極左主義のウィキペディアン。自分の主旨に当てはまらない投稿は容赦なく修正する'''排他主義者'''の急先鋒的存在。彼に限らず、[[近畿地方|関西]]出身の利用者には極左主義者が多い。また、彼は極度の'''ウィキペディア中毒'''でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:AF-08|AF-08]] ===&lt;br /&gt;
極度の'''反日主義者'''である。[[朝鮮]]人の可能性もある。こういった利用者は、いつか長期ブロックを食らうと思われる。2ちゃんねらーでもあるらしく、利用者名は自分のトリップに因むと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:ikedat76|ikedat76]] ===&lt;br /&gt;
[[小西規勝]]の靴下。いわゆる基地外左翼の類である。Peaceを異常なまでに敵対視している。歴史関係専用キャラ。名前は[[創価学会]]会長・[[池田大作]]に由来していると考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Electric goat|Electric goat]] ===&lt;br /&gt;
[[木津尚子]]を参照せよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:hatukanezumi|hatukanezumi]] ===&lt;br /&gt;
WPの三悪の1人で通称'''ボヤッキー'''。何にでも口を出し、議論を混乱させることが得意。[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E7%91%9E%E7%A9%82&amp;amp;action=history このように]福島瑞穂の項に都合の悪い内容が加筆されると必死に削除することから、[[福島瑞穂]]および[[社会民主党 (日本 1996-)|社民党]]の熱心な信者または工作員である可能性が高い。現在投稿ブロック中（2ヶ月）。座右の銘は「支離滅裂」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なおAphaiaと同一人物ではないかと疑う者も少なからず存在するため、木津尚子の項も参照せよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:KIZU|KIZU]] ===&lt;br /&gt;
[[木津尚子]]を参照せよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:kzhr|kzhr]] ===&lt;br /&gt;
kzhrは本名を[[岡田一祐]]と名乗るウィキペディアの元管理者。有意義な編集は一切していないが、他人に対する中傷は熱心に書き込み続けているという典型的なウィキホリック。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]]ごろから自分の意に沿わない発言を数十もmixiコミュニティから削除したことで、法的責任が問われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウィキソースにNoda,Kentaroがログインしたところ、次のような表示になる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:ご使用の利用者名またはIPアドレスはKzhrによって投稿をブロックされています。その理由は次の通りです。&lt;br /&gt;
:&lt;br /&gt;
:不適切な利用者名&lt;br /&gt;
:ブロック解除予定：無期限&lt;br /&gt;
:&lt;br /&gt;
:Kzhrまたは他の管理者にこの件についてメールで問い合わせることができます。&lt;br /&gt;
:ただし、オプションに正しいメールアドレスが登録されていない場合、「この利用者にメールを送信」機能が使えないことに注意してください。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
岡田くーん!嫉妬は良くないよー!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
追記：ユアペディアには、岡田の本名は伏せて野田の本名は晒したがる馬鹿利用者が存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Radioactive|Radioactive]] ===&lt;br /&gt;
Radioactiveはなぜか一般利用者の癖して、岡田一祐とつるんでいるmixiユーザー。mixiではいぬみみめいどと名乗っていた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
mixiのログを規約違反を行いながらいろいろな所に晒し、発信者開示請求をくらった馬鹿。随分後になってから「食らっていない」という弁明がようやく来たが、信憑性はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
MiyaやToki-hoからのメッセージをmixiでも受け取っていることから、Miyaの息子ではないかという説も流れているが、詳しいことはわかっていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:野田文憲|野田文憲]] === &lt;br /&gt;
[[ウィキペディア日本語版]]にいる、悪質なソックパペットの1つ。「[[野田憲太郎|音楽家気取りの息子]]」がパスポートや住民票で確認されない限り、虚偽を利用者ページに書いたことからはアカウント作成者は逃げられない。この手のソックパペットは管理ユーザーが作成する。はてなキーワードとYourpediaで詳細な追求を行った後に、なぜか無期限ブロックされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Yassie|Yassie]] ===&lt;br /&gt;
読み:やしー、やっしー。人のメールを無断転載することで有名&amp;lt;ref&amp;gt;http://lists.wikimedia.org/pipermail/wikija-l/2007-May/001589.html&amp;lt;/ref&amp;gt;。かつて某記事での議論において、しょうもない意地を張ったために[[wiki:利用者:Sudpex|Sudpex]]と[[wiki:利用者:Mikihisa|Mikihisa]]のソックパペット利用者:Delmoreから殺害予告を受けてしまったというある種可哀想な人物でもある。実生活でもパシリが多いのか、出張で時々いなくなる。埼玉に住み、なおかつオハイオ州に留学した可能性はきわめて低い。少々の翻訳と記事修正だけの2ちゃん組の一員で、ろくな記事執筆がない。元のハンドルネームはnanassie[http://www.google.co.jp/search?q=nanassie&amp;amp;hl=ja&amp;amp;lr=&amp;amp;start=20&amp;amp;sa=N]。かなり昔からおり2ちゃん用語も妙に使用しているので、2ちゃんのパシリなんだろうか。30過ぎてそんなことしか出来ないのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ときどき巨大翻訳爆弾を投下する。もちろんその翻訳はめちゃくちゃであるが、管理者のソックパペットであるゆえに決してブロックされることはない。頭に血が上ると下手な英語でキレだす。日本語でいいじゃん。どうせ相手は日本人のガキなんだからさぁ。英語を使う仕事をしていると称しているが、実際の英語力は英検の3級にも合格できないほどである。自動翻訳ツールで機械的に翻訳しているため、ぼろぼろである。典型的TOEIC英語。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また自らの奴隷である草皆康友こと[[wiki:利用者:Bellcricket|Bellcricket]]を使い、自分への投稿ブロック依頼を提出した人物を意味不明の理由でブロックした後に依頼を一方的に打ち切るという行為に出た。まさに社会性皆無の人間であることをこの一件でﾔｯｼｰは示してしまったのだ。30を過ぎて何のスキルも社会性もない男の将来がパチンコ店員・新聞拡張団員・受刑者のいづれかしかしかないことは火を見るより明らかである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
座右の銘は「'''私は口先だけで行動の伴わない人を信用しません'''」。正体は太田尚志。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:coq|coq]] ===&lt;br /&gt;
人のメールを無断転載することで有名&amp;lt;ref&amp;gt;http://lists.wikimedia.org/pipermail/wikija-l/2007-January/001409.html&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Yukichi99|Yukichi99]] ===&lt;br /&gt;
本名は福澤俊。人の意見をすぐ削除することで有名&amp;lt;ref&amp;gt;http://mywebpage.netscape.com/kasumoerer/yukichi_dead1.htm （エンコードはUTF-8でご覧ください）&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;http://mywebpage.netscape.com/kasumoerer/yukichi_dead2.htm （エンコードはUTF-8でご覧ください）&amp;lt;/ref&amp;gt;。もじら組を除名された。漫画の台詞を31歳にもなってそのままコピーして快感を得ており、話題の割には大して面白くない人物でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[http://www.flickr.com/photos/alexsh/1016352230/]&amp;lt;br&amp;gt;↑&amp;lt;br&amp;gt;ここに写っているのは岩瀬とその父親、福澤、そして[[wiki:利用者:間久部緑郎|間久部緑郎]]が含まれている可能性が高い。全員日本人ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また彼は、[[Wikia]]で唯一の日本人スタッフとして知られている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Koba-chan|Koba-chan]] ===&lt;br /&gt;
クラシックの演奏家に向かって「馬鹿とはさみは使いよう」と吐き捨てることで有名&amp;lt;ref&amp;gt;[http:/mywebpage.netscape.com/kasumoerer/koba1.JPG]&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http:/mywebpage.netscape.com/kasumoerer/koba2.JPG]&amp;lt;/ref&amp;gt;。本名は小林義宗。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:FXST|FXST]] ===&lt;br /&gt;
関西在住。かつて「ウィキペディアって大丈夫なの?」という記事を連載していた&amp;lt;ref&amp;gt;[http://fxsystemtrader.blogspot.com/2007/03/01.html ウィキペディアって大丈夫なの??01]&amp;lt;/ref&amp;gt;。しかし、ウィキペディア日本語版へ記事投稿はおこなっていない&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?limit=50&amp;amp;title=%E7%89%B9%E5%88%A5%3AContributions&amp;amp;contribs=user&amp;amp;target=FXST&amp;amp;namespace=0 利用者の投稿記録]&amp;lt;/ref&amp;gt;。「IPで編集をアカウント取得前に行っていた」という主張は怪しすぎる。このほかにも仮想アカウント、ソックパペット疑惑、BOT使用について一切のスルーを行い、ヨタ話扱いしたことから実はウィキペディア運営側の人間である確率が高い。即座に野田の知人の項目がソックパペットで書き換えられたのも、彼の仕事である可能性がある。本名は岡部健。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
FX関係のビジネスで他人のお金を持ち逃げし、逮捕。[http://fx10book.blogspot.com/2008/02/blog-post.html]には本人より否定したとあるが、mixi日記の1月はほとんど更新が無く返金トラブルに巻き込まれたのは間違いが無い。2月以降の日記は別人のように燃え尽きており、「たっぷり絞られた」のはほぼ確定。[http://www.google.co.jp/search?hl=ja&amp;amp;q=%E5%B2%A1%E9%83%A8%E5%81%A5%E3%81%8C%E9%80%83%E3%81%92%E3%81%9F&amp;amp;btnG=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&amp;amp;lr=]ではこれだけ多くの人から指摘がある。それを全て嘘だと言うのはかなり難しい。本当に嘘なら、名誉毀損と業務妨害罪でいくらでも提訴すればよい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
じつは木津尚子がFX常連であり、そのつてで「FXSTっていう名前で工作員やってみない?」と持ちかけられたのである。彼の工作がばれるまでに2年とかからなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Lem|Lem]] ===&lt;br /&gt;
Wikipedia屈指のソックパペッター。[[wiki:利用者:Eggswrong|Eggswrong]]を初めとする数多のソックパペットを日々機械的に生産してきたが、[[函数戦争]]に敗北しほとんどの靴下を潰された。函数戦争に勝ったAlljalに対しての怨念・憤怒はすさまじく今日も2ちゃんねるのおじゃるスレへの攻撃を行っている。正体は引きこもり数学専攻大学院生らしいのだがその行動パターンからは小学生低学年程度の常識しか持ち合わせていないという事が分かる。好きな言葉は「ひろまえ」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、数学分野へは他の利用者の侵入を断じて許さないというWikipediaの方針を完全に無視したキチガイでもありウィキペディアやめますといいながら、一生懸命ウィキペディアへ攻撃しに来る&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E3%81%AE%E4%BD%9C%E6%9B%B2%E5%AE%B6%E4%B8%80%E8%A6%A7&amp;amp;diff=next&amp;amp;oldid=9364083 http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=日本のクラシック音楽の作曲家一覧&amp;amp;diff=next&amp;amp;oldid=9364083]&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E7%89%88&amp;amp;diff=next&amp;amp;oldid=11460630 http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=ウィキペディア日本語版&amp;amp;diff=next&amp;amp;oldid=11460630]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
使用ISPはケイオプティコム。彼の悪行のせいでケイオプティコムは3ヶ月のレンジブロックとなった。[[wiki:利用者:踊る姿|踊る姿]]とは黒い深い繋がりがある。2008年現在、修士論文がかけないために大学院を休学して草むしりのアルバイトをやっている。それは全てお父様のコネである。本人も自分に数学者としての実力が無いことを知っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Aphaia|Aphaia]] ===&lt;br /&gt;
WPの三悪の1人で通称'''ドロンジョ'''。木津尚子を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:FREEZA|FREEZA]] ===&lt;br /&gt;
[[wiki:利用者:Sushisushi|Sushisushi]]を野田と決め付けた張本人。両者とも別人であることをMLで主張しているのに、一切無視を決め込む不思議な利用者。編集責任のテンプレートを貼る前に、野田に謝罪するのが先ではないだろうか?韓国の鉄道をたくらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
木津尚子の学歴詐称が問題となっている現在、FREEZAは野田叩きに必死になっているようなので木津関係者のアカウントである可能性が高い。複数人で操作しており1人は鉄道関係、もう1人は荒らしアカウント関係と役割が決まっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
管理者気どりの言動や鉄道関係の記事への粘着ぶりなど[[#project|project]]と共通点も多く、そのソックパペットの可能性も否定できない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Reader|Reader]] === &lt;br /&gt;
Readerはウィキペディア日本語版の利用者。長期的な荒らし行為を行っているユーザー[[wiki:利用者:SUSHII|SUSHII]]の悪質なソックパペットの1つ。Yourpediaにも同一人物と思われる[[利用者:腹立つ|腹立つ]]に対しての粘着荒らし（ネットストーカー）を行っている変態であり、平気で個人攻撃だけをすることしかできない極悪非道な利用者でもある&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5:Contributions/Reader 利用者:Readerの履歴]&amp;lt;/ref&amp;gt;。メインページのノートに「'''== NEWS! == YOUTUBEに日本語版が出ました!!'''」と書き込んだりその編集に対してノートに書き込まれた警告文を消して「'''kekekekeke'''」と意味不明な文字を書き込んだりするのだが、それを「'''使い方を間違えていました'''」と言っている意味不明な利用者である。また、腹立つと類似したアカウントを取得し自分が荒らしであることにもかかわらず実際にウィキペディアで荒らし行為を行っていない利用者に対して「'''俺もお前と仲間のあらしさまだぜ!'''」などと不可解な嫌がらせ書き込みなどを行っている。その後に「俺も腹立つさん、ユーザー名が腹立つに似すぎているので変えるべきだと思います。また意味のない投稿はおやめください」と書き込み自演自作も行っている。利用者:腹立つのノートでは現在白熱した議論が展開されている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E2%80%90%E4%BC%9A%E8%A9%B1:%E8%85%B9%E7%AB%8B%E3%81%A4 利用者のノート]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Readerを野田の靴下と言い張る在日は見苦しい。ただしYourpediaにいるReaderは[[wiki:利用者:SACHEN|SACHEN]]のソックパペットの可能性が高い。他のSUSHII系アカウントがYourpediaには全く登場しないことから考えても明らかである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:SACHEN|SACHEN]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|SACHEN}}&lt;br /&gt;
''興味深い調査結果があるので[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:%E6%98%AD%E8%A1%9B%E5%BE%92&amp;amp;oldid=16519061]も参照''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Arpeggio|Arpeggio]] ===&lt;br /&gt;
高知警察署にログを提出された後に活動終了。警察のお世話になっているのに、なぜか投稿ブロックされなかった不思議なアカウント。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Fromm|Fromm]] ===&lt;br /&gt;
jawpの中でも特に有名な'''削除主義者'''のウィキペディアン。どんなに判りづらい転載でも片っ端から見つけ出して削除依頼に提出することや、スパムと判断した外部リンクを片っ端から除去してまわることで知られる。しかし無知であるのに多分野にわたって編集を行うため特に問題の無い記述をも削除してしまうことが多く、迷惑な自警団の1人に数えられている。また、自警団のほとんどがそうであるようにまともに記事を書いたことが無い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに井戸端における[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E4%BA%95%E6%88%B8%E7%AB%AF/%E6%80%A7%E5%B7%AE%E5%88%A5%E7%9A%84%E3%81%AA%E8%A1%A8%E7%8F%BE%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6 この議論]を見ればわかる通り、熱心な[[ジェンダーフリー]]支持者（つまり左翼活動家）でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:間久部緑郎|間久部緑郎]] ===&lt;br /&gt;
台湾在住のウィキペディアン。エドガー・ヴァレーズの開発した楽器「ライオンズロアー」（独：Brummtopf、英：Lion's roar or string drum）を「ライオンのなんちゃら」と言ってしまい、楽器の素養がないのに音楽関係の項目を必死に翻訳する馬鹿であることが発覚。これは日本支部から翻訳ノルマを与えられているためである。メインアカウント以外にもサブアカウントで翻訳を行っていることがある。人に向かってえらそうな態度を取る小西規勝と仲が良いので、小西は在日管理者である可能性がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最近のお気に入りソックパペットはnumber。名古屋在住の台湾人である可能性が浮上したが、実際には「名古屋のアジト」から執筆でき、「台北」と密接な関係を持っている人間だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
正体は福井利器。関西オープンソース2007で、木津尚子の手伝いをしに新幹線でやってきた。橙色のよれよれのシャツを着ていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Aotake|Aotake]] ===&lt;br /&gt;
日本語が不自由なのに、一生懸命日本語版を管理したがるアカウントの1つ。操っているユーザーが複数いると思われるが、全員日本人ではない。音楽担当。メインで操っている者のなかに、大学職員がいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ドナトーニの記事について指摘したユーザーに向かって「あなたは野田憲太郎さんですね!」と逆切れ後、CUしてみたらIPホストが別人のものであることが発覚。この失態の責任を取ってウィキブレイクした馬鹿者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後'''わずか3日で'''ウィキブレイクを解除。WP関係者にはうそつきが多い。どうやら、パスワードを譲渡して他人に管理してもらっているらしい（当然違法）。ここをRVする馬鹿がいるので、どうやら本当の話なのだね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
垢使用者は松葉裕子。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:HOLIC 629W|HOLIC 629W]] ===&lt;br /&gt;
キチガイユーザー。管理者の腰巾着気取り。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ユーザーページに書いている編集方針と実際の編集が矛盾していることでも有名。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Suisui|Suisui]] ===&lt;br /&gt;
[[今泉誠]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:竜造寺和英|竜造寺和英]]（→[[#project|project]]） ===&lt;br /&gt;
自称：早稲田大大学院卒のヤクザヲタクの利用者（この馬鹿の知能から早稲田卒であるはずがない）。脳内バーチャルトレーダー。「某ヤクザヲタク」と称される場合が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*管理人には常にペコペコしてる。しかし管理人に迷惑ばかりかけるため、全ての管理人にそっぽをむかれている。&lt;br /&gt;
*実はヤクザのことは全く知らない。この馬鹿の書いた部分は、出鱈目が多く著作物丸写しなので近いうちに全部削除される予定。記事は私が書いた正しい部分のみが残ることになる。&lt;br /&gt;
*本物の侠客を偽者扱いした大馬鹿者。これに対して、日本全国の侠客が激怒した。近いうちに正義の鉄槌が下されるかもしれない。そのときは、小便をちびりながら命乞いをするはず。自業自得。この馬鹿を擁護する管理人も同罪。そんな管理人にも正義の鉄槌が下されるかもしれない。&lt;br /&gt;
*ヤクザの記事で必ずヤクザが右翼活動をしてたことを書く馬鹿。この出鱈目な記事により「右翼=ヤクザ」といった誤ったイメージを広めてしまってる。このことには日本中の右翼活動家が激怒してる。&lt;br /&gt;
*柳川次郎や町井久之や田中禄春などの在日韓国人を英雄視してる。これらの在日は堅気に戻った後に在日の顔として振舞う一方、裏では今まで通り様々な悪事を働いている。特に町井久之は児玉誉士夫と組んでロッキード事件などでも何度も名前が挙がっていた。こうしたことを一切書かずに「若い頃はヤクザになって悪いことをしてましたが改心して堅気になり、その後は日韓の架け橋になりました」という記事を一生懸命美談に捏造して書く。あれだけの資料を持って調べ上げてるわけだから、これらの在日が堅気に戻った後も悪事を働き続けてたことを知らないはずがないだろう。記事にはなぜかこのことが一切書かれていない。この馬鹿も在日であることは間違いない。在日だから就職も出来ず株に手を出して破滅の道を突き進んでいるのだろう。&lt;br /&gt;
*多重アカウントを使って、議論を混乱させるのが得意。&lt;br /&gt;
*相変わらず管理人や権威者にはぺこぺこ。May.Lowが田岡一雄の記事を大幅に削除しても、文句一つ言えずに泣きながら白旗をあげた。情けなくて、全国の侠客や右翼活動家が大笑いしている。&lt;br /&gt;
*この馬鹿にはマジで天誅下さんとわからんらしい。小ざかしい議論術であほなこと言いやがって。このボケを野放しにする管理人にも我慢の限界。二十日鼠は何寝ぼけたこと言ってんだ。頭狂ったのかな?それだったら、このヤクザオタク馬鹿が書き直しさえすればこいつの出鱈目な記事が残ってしまうことになるだろうが。しっかりしろや!!&lt;br /&gt;
*もう我慢できん。反対票入れる奴には天誅が下されるだろうな。そいつらには、日本中の侠客や右翼活動家から激しい抗議行動があるはずだし。Wikipediaの連中や管理人は黙って賛成しろや。それが自身の身のためやろが!!ヤクザオタク馬鹿を排除したら、全ての記事は美しい任侠道になるだろうが!!逆らえば攻め滅ぼすぞ!!俺の言うこと聞いとけばいいんだよ!!&lt;br /&gt;
*ヤクザオタク馬鹿はやっぱり株で大損してたwwwww。ざまみろ。&lt;br /&gt;
*まだアホな主張してるね。誰もこいつを支持してないし。こいつとこいつを擁護する馬鹿をトコトン追い込みます。&lt;br /&gt;
*株長者というのも大嘘。ちょっと前に話題になった、株で数億儲けたニート青年あたりが元ネタだろう。こういう自己中心的で協調性のかけらもない人間は、実社会でもネットでも迷惑な存在でしかない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:あなん|あなん]] ===&lt;br /&gt;
利用者名が[[アンサイクロペディア]]の（あ）や誰か同様、非常に馬鹿げている。「あなる」ではない（笑）。彼も悪質2ちゃんねらーなのかもしれない。年齢は45歳という説もあるが、利用者名が馬鹿げているため、20代くらいとしかいえない。会話ページでの言葉遣いが非常に生意気であるのも特徴。編集に関しては、主に地理や歴史関係の意味不明な投稿をしている。タイに留学する日本人という設定だが、ほんとうは日本に留学したタイ人の学生である可能性が強い。その利用者名から、仏教研究家であるともいわれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:PeachLover|PeachLover]] ===&lt;br /&gt;
[[国家社会主義ドイツ労働者党|ナチ]]工作員のように、鉄道関係の項目で価値のある投稿までどんどん削除依頼に出すヤクザとして有名。荒らしと決め付けて、差し戻すこともある。ウィキペディアにおける削除主義者として有名であるが、自分の利用者ページで削除主義者を自称していない。誕生日は7月という説もある。利用者名は桃が好きなことから名づけられた。こいつはしつこい事で悪名高いユーザーであり一度目をつけたユーザーにこれでもかと言うほどの罵倒文を送ってくる。無視し続けるとひらがなで誹謗中傷を行いWPの中でもたちの悪さは随一のユーザーでありこいつは本当に死んだ方が良い。と言うより死ね。「こう言う奴が一番死ぬべきなんだ。削除、削除、削除～～～（凄まじい憤り）!」こいつは私が葬ってやろう。瞬獄殺（削除）!ぐあーーーーー!お前如き糟が私に歯向かおうとは可笑しいにも程があるわ!ふははははふははははふはははは（思い通り）!こうしてPLは粉砕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Cai.Kosukeの彼女の可能性がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:やきとり|やきとり]] ===&lt;br /&gt;
[[利用者:微積01|微積01]]の投稿ブロック依頼に断固反対した男性。河下反対派。主に食品関連の意味不明な投稿を繰り返し行っている。またどんなに価値のある投稿でも差し戻し、ウィキペディア最大の'''削除主義者'''としても有名である。未だに自分自身の利用者ページを作成していない。年齢は40代かもしれないが、利用者ページが存在しないため、不明である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:アセルス|アセルス]]（→[[#project|project]]） ===&lt;br /&gt;
jawp屈指の[[ファシスト]]であり気に入らない編集を荒らしと決め付け、削除依頼に出すことで有名。ちなみに精神年齢は6歳以下である。実際の年齢は乳児と推測出来る気違いおたく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:松茸|松茸]]（→[[#project|project]]） ===&lt;br /&gt;
大学の歴史系学科に所属する青年（大学生）。主に西暦や歴史関連の意味不明な記事を継続して作成している。また、気に食わない文章は執拗に差し戻すことでも有名であり、'''排他主義者'''でもある。自身の利用者ページで「'''この利用者は免許を持っていないので公道で自動車を運転することはできません'''」と書かれている通り、無免許である。しかし夜間に道路で改造車を運転し暴走行為を行っている気違いおたくでもある。またノートページで外国のユーザーと英語で会話し語学力を誇示しているが、実は機械翻訳を使った自作自演である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Showchan|Showchan]] === &lt;br /&gt;
利用者名が非常に馬鹿げている。中立性や検証可能性を何よりも重視しているため、中立性や検証可能性に欠けた投稿はどんなに価値のある投稿でも容赦なく差し戻す。ウィキペディアにおける排他主義者として有名であるが、自分の利用者ページで排他主義者を自称していない。「嘘は泥棒の始まり=泥棒は殺人の始まり=殺人は地獄の始まり」と言う事を分からない気違いおたく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:UMBRO|UMBRO]] ===&lt;br /&gt;
2ちゃんねるの存在に反対している若い男性。[[第二次世界大戦]]及び[[歴史]]上の出来事関連の意味不明な投稿を継続的に行っている。かつては'''[[wiki:利用者:Kuty|Kuty]]'''というアカウントを使用していた。Kuty時代は管理者選挙にも出馬していた。また、気に入らない投稿は価値に関係なく差し戻しているにも関わらず自身の利用者ページで'''包摂主義者'''を自称している。また、あちこちの[[ウィキ]]プロジェクトで利用者ページを所有している。毎年年末にはウィキブレイクを行っている。陸上競技が好きなようで、自身の利用者ページのサブページに100メートル走の中学歴代ランキングを作成している。完全な目的外使用である。アンブロのスパイクを愛用していたようで、利用者名のUMBROもそれにちなむと思われる。本業はアスリートかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Miami|Miami]] ===&lt;br /&gt;
自身のページに''この間隙に横たわる茫漠、深淵たる断層を考察する努力を端から放棄する者こそが軽々しく言葉を発する''といった独自のルールを掲げている。ただのゴロツキであり、'''人間性は全WPユーザー中ワースト級である。'''北陸本線おたくであり、北陸本線関連の出来事への集中的な編集が目立つ（ほとんどが意味不明な加筆）。中国製品の品質の問題関連の記事では中国だけでなく日本もずいぶん悪いように決め付けるような害意ある編集が目立つ。これこそ、独断と偏見の塊である。ふざけるのもいい加減にしてほしいものだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[wiki:利用者:Matumami|Matumami]]と混同しないこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:おーた|おーた]] ===&lt;br /&gt;
[[1978年]]生まれ。[[筑波大学|筑波大]]中退の後、慶應へ進学して大学院修了。彼はSYSOPではないが、ウィキマニア台北でカメラのセットを組んでいたところを見る限り大きく管理側に与している人物と考えられる。共有するSYSOPアカウントを保持している可能性がある。今は岡田一祐の手で削除されたmixiのトピックで「どうもあなたは日本語版ウィキペディアの保身をしているのではないですか」という問いに対し「いいえ」と答えていたが、写真が流出した今となってはこの発言は嘘である。うそつきおーた。mixiの加入コミュニティに「実名で戦います」なんてものがあるのに、WPでは「おーた」。うそつきめ!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いくつかのサブカルチャーの項目は、この利用者が勝手に差し戻していることが履歴で確認出来る。つまり、彼が担当する項目が存在する。恐らくは、多くの利用者の執筆が殺到する項目の管理を彼が任されている可能性が高い。こんなことをボランティアではやらないことぐらい、誰にでもバレる。極左関係者はすぐ嘘をつくことで有名だが、彼もその一員であった。本名は太田尚志。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[http://www.kotono8.com/2003/11/19blogmind.html]をーっと!なぜ脱会信者ことのはにリンクされるのか?!これはヤバイ!うそつき同士ですねぇ![http://web.sfc.keio.ac.jp/~n04594to/raq.html]ちょっと痛い。[http://groups.google.com/groups?hl=ja&amp;amp;inlang=ja&amp;amp;lr=&amp;amp;ie=Shift_JIS&amp;amp;q=author%3At00156to%2Bnews%40sfc.keio.ac.jp+OR+author%3Atakot%2Bnews%40sfc.keio.ac.jp+OR+author%3At00156to%40sfc.keio.ac.jp+OR+author%3Atak%40jks.is.tsukuba.ac.jp+OR+author%3Atak%40kyouiku.tsukuba.ac.jp&amp;amp;btnG=Google+%8C%9F%8D%F5]確か、木津尚子もグーグルグループにいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
上記のリンクを見れば解るように、日本語版WPを仕切る人々は発足当初から「気持ち悪い左翼」の人々によって牛耳られていたことがわかるだろう。この有様で健全な百科事典が出来るわけがないじゃないか!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Peka|Peka]] ===&lt;br /&gt;
ウィキペディア日本語版の2007年の気象・天体と地球環境問題関連の記事において、NPOV及び検証可能性に問題のある投稿を継続的に行っている。彼の編集に正確性など皆無である。また、彼はたくさんのバーンスターを貰っている（木津尚子のように、自分で自分にあげている可能性もある）。彼の投稿内容には、気に入らない企業に喧嘩を売ったような中傷的記述も見られた。&lt;br /&gt;
;主な特徴&lt;br /&gt;
*荒らし行為を繰り返す'''&amp;lt;span style=&amp;quot;color:red&amp;quot;&amp;gt;悪逆&amp;lt;/span&amp;gt;'''なユーザーであるにも関わらず、たくさんのバーンスターを貰っている。&lt;br /&gt;
*これ以上NPOV及び検証可能性に問題のある投稿を続けるのなら、ウィキペディアから追放されても当然である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Clapon|Clapon]] ===&lt;br /&gt;
ナチス･ドイツ構成員のように、気に食わない投稿は容赦なく修正するヤクザとして有名。ウィキペディアにおける'''削除主義者'''としても有名であるが、自身の利用者ページで削除主義者を自称していない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Mzm5zbC3|Mzm5zbC3]] ===&lt;br /&gt;
共産主義、社会民主主義思想の青年。気に食わない記事は価値に関係なく徹底的に修正する'''排他主義者'''の急先鋒的存在。2ちゃんねらーでもあるらしく、利用者名は自身のトリップに因むと思われる。彼に限らず、極左系列のWP関係者は多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Ihsanan|Ihsanan]] ===&lt;br /&gt;
Yourpediaにとって、中傷・批判的な文言を記述したネットストーカーのことである。特にウィキペディアをYourpediaに対する中傷場所にしており、2ちゃんねると[[百科事典]]の区別がついていないのも実情である。同じく、Yourpedia批判を行っている点ではIPユーザーの[[wiki:利用者:219.104.111.78|219.104.111.78]]と同一人物かも知れない。[[wiki:利用者:Akinoniji|Akinoniji]]とは同一人物らしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:端くれの錬金術師|端くれの錬金術師]] ===&lt;br /&gt;
'''トンチンカン'''な記事しか書けない若い男性。ノートページでの署名の際はhashikureと名乗っている。削除の方針に合致しないものまで、容赦なく削除依頼に出す'''削除主義者'''である。最も残忍なウィキペディアンでもある。mixiにも別名（cai）で潜伏。mixiで必死にWP管理者の擁護を行い、端くれなど知らぬ存ぜぬと言い張る[http://www.chaoticshore.org/]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年現在、東工大のD1の研究室にいる。オウム在家信徒。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:johncapistrano|johncapistrano]] ===&lt;br /&gt;
反社会ファシスト団体・部落解放同盟の構成員。解同に少しでも不利益な記述をすると編集者を共産党員呼ばわりする典型的な部落民。ウィキペディアが利権団体にのっとられている典型的な例。主なソクパペは[[wiki:利用者:Iosif|Iosif]]。[[wiki:利用者:Iosif|Iosif]]を活動停止に追い込んだユーザーを半年かけて追い詰めるなど解同クオリティ溢れる行動をとる。なお、[[wiki:利用者:いたる|いたる]]も同様である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:純血主義|純血主義]] ===&lt;br /&gt;
[[永井隆雄]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Emil Sinclair|Emil Sinclair]] ===&lt;br /&gt;
高校生を名乗っているが、実は40歳近い男性と目されていた。改名願いを出したり露骨に野田憲太郎を攻撃する投稿があるのに、高校生と名乗れる根性からして腐っている。改名願いを出す利用者は、WP日本語版の管理の犬であることがほぼ100%。有名な共有靴下アカウント。どうやら木津尚子の靴下だったようだ。こりないおばさん。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
松葉裕子も使っていた。どっちにせよおばさんじゃないか。がっかり。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:テンパわたる|テンパわたる]] ===&lt;br /&gt;
ほぼ、100%気違いのウィキペディアン。理由もなしに気に入らない記事を削除依頼に出すなど、その横暴さは計り知れない。また、乱暴に即時削除タグを貼り付けることも多い。ほとんど[[北朝鮮]]工作員と同等である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Morassim|Morassim]] ===&lt;br /&gt;
他掲示板では[[モラシム]]を名乗っている。重度の[[ガンダム]][[オタク]]。[[議論]]と称して一方的な長文を書き殴るといった悪質行為を行う。代表的なキモおたくでありガンダム関連ページを他人に編集されるのを酷く嫌いそれが事実でも削除を繰り返す自己中心的気違いキモおたくである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:目蒲東急之介|目蒲東急之介]] ===&lt;br /&gt;
[[大阪府]][[枚方市]]出身のウィキペディアン。主に鉄道関連の項目において、執拗にrvすることで有名な'''排他主義者'''でもある。極度の鉄道・アイドルオタクで、日本橋の常連である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Hammerfest|Hammerfest]]（→[[#project|project]]） ===&lt;br /&gt;
学校関連の項目を支配しようとする自警団の筆頭格。自分が知りもしない項目について、執拗にrvを繰り返す。己が低能ぶりを棚に上げ、相手を見下したような発言が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
毎日wikipediaに張り付いている病人である。こいつはもう治し様も無い気違いと言う病気である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:K・リュウ|K・リュウ]] ===&lt;br /&gt;
Wikipediaの良識派利用者の1人である。ja:wikiの[[ポケットモンスター ルビー・サファイア|ポケットモンスター エメラルド]]専門ユーザーである反面一部のポケモン嫌いの管理者と仲が悪く、vandaluser扱いを受ける。KMTを強く恨んでいることから、KMTに対する個人攻撃を続けていることでも有名。ちなみに、靴下数はNetanotaneには遠く及ばない。また彼は定期的に現れては去っていく傾向が強いため、WP工作員の疑いもある。利用者名はポケモンの[[カイリュー]]に由来しているものと思われる。しかしそれだと厳密には中点はいらない筈でありポケモンおたくのくせにカイ・リューと表記を間違えている馬鹿でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:KP.NN|KP.NN]] ===&lt;br /&gt;
'''トンチンカン'''な記事しか書けず、ボキャブラリーも非常に低い。にも関わらず、ウィキペディアの主旨に反した記事に対しては徹底的に修正する'''排他主義者'''である。また彼は2ちゃんねらーでもあるらしく、利用者名は自身のトリップに因むと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:jump|jump]] ===&lt;br /&gt;
前述のKP.NN同様意味不明な記事しか書けず、ボキャブラリーも低い。雑草取り程度しか貢献できないウィキペディアンである。また、彼も2ちゃんねらーであるらしい。名前の通り、週刊少年ジャンプの愛読者でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Peace|Peace]] ===&lt;br /&gt;
Wikipeidaを代表する良識派利用者。詳しくは[[Peace]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:木村成祟|木村成祟]] ===&lt;br /&gt;
前述のPeaceと同じく、wikipediaを代表する良識派利用者。ja:wikiの[[エッセイスト]]の急先鋒である。しかしそれゆえに一部の検証可能性を重視する管理者と折り合いが悪く、vandaluser呼ばわりをされる。Wikiきってのエッセイストで[[SF]]作家である通り[[鉄道]]関連の記事に事実無根の記述、または[[小説]]的な記述を追加している。そのため「'''鉄道趣味の鉄人'''」の異名を持つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、後述のYukarin等の女性と判断したログインユーザー（但しYukarinは男性である…Yukarinの本名は[[荘田悦宏]]）の会話ページに愉快犯的[[ナンパ]]行為の書き込みを行っている（例：「おねぇちゃん!!」、「すっごく彼女が欲しいです」）ことでも有名である。こちらも今泉誠などの管理者と比較にならないイケメン利用者である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アカウント名はWP管理者班からは2ちゃんねらーの[[粘着 (ネット用語)|粘着]]（ネットストーカー）に由来するのではないかと思われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Yukarin|Yukarin]] ===&lt;br /&gt;
荘田悦宏を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Gordon_S|Gordon_S]] ===&lt;br /&gt;
千葉県在住。プロバイダは朝日ネット。血液型はB型。身長：178cm 体重：76Kg 視力：右目 1.2 左目 1.2。自称・インディーズミュージシャン。[[岡田有希子]]ファン。[[Peace]]系の取締の自警をやっているキチガイ。最近は増長して[[ウィキペディア自警団]]になり、有害な自警活動を繰り返したところ[[wiki:利用者:海獺|海獺]]に無期限ブロックされる。その腹いせに大嫌いな[[2ちゃんねる]]で[[wiki:利用者:海獺|海獺]]を誹謗する連続投稿をし、「土嚢」と呼ばれる荒らしに成り下がる。主なソクパペは[[wiki:利用者:Boomy|Boomy]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:音声おじさん|音声おじさん]] ===&lt;br /&gt;
前述のPeace同様、Wikipediaを代表する良識派利用者の重鎮。「○○氏[[万歳|マンセ]]!」の台詞や[[ウィキペディア川柳]]でおなじみである。ja:wikiの[[音楽]]専門ユーザーである反面、一部の音楽嫌いな管理者と折り合いが悪く、vandaluser扱いを受ける。個性的な[[画像]]をアップロードし、貼り付ける頼もしいユーザーでもある。ちなみに、靴下数はPeaceやNetanotaneに及ばない。本業は30歳くらいの[[サラリーマン]]であり、今泉誠などとは比較にならないイケメン利用者でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:もりかわしみ|もりかわしみ]] ===&lt;br /&gt;
前述のPeace同様、Wikipediaを代表する良識派利用者の重鎮である。ja:wikiの皇族専門ユーザーである反面、一部の天皇制に反対している管理者と折り合いが悪く、vandaluser呼ばわりされる。オナラやデブといったジョークを加筆していることでも有名。ちなみに、靴下数はPeaceやNetanotaneに及ばない。定期的に現れては去っていくので、WP工作員の可能性が高い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:毛が生えた程度|毛が生えた程度]] ===&lt;br /&gt;
Wikipediaを代表する良識派利用者の重鎮。通称「毛生え」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「jawpは&amp;quot;日本語版&amp;quot;であって&amp;quot;日本版&amp;quot;ではない」をスローガンに多数のアカウントを状況に応じて使い分け、分割・移動など様々な手法でjawpの記事を整理していく掃除屋である。しかし、分割や移動についてうるさい一部の管理者によってvandaluser扱いされてしまう。また後述の向日葵三十郎およびかなべえコバトンとは[[ライバル]]関係にあり、こちらでもやはり分割や移動などを行う際には毎度のごとく口論になる。「喧嘩するほど仲がいい」とでも言ったところか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、Wikipedia以外では「ボンバー佐藤」の名で活躍している。工作員疑惑浮上。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:向日葵三十郎|向日葵三十郎]] ===&lt;br /&gt;
Wikipedia利用者の1人であり、[[wiki:利用者:毛が生えた程度|毛が生えた程度]]や[[wiki:利用者:OzuYasu３rou|OzuYasu３rou]]に対し異常なまでに粘着する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
毛生えの編集方法を「急進的」とみなし編集内容に関わらず闇雲に差し戻しまくる。OzuYasu３rouの編集も「左翼的」とみなして闇雲に差し戻しまくるが、[[wiki:利用者:Peace|Peace]]などのように「右翼的」な編集をしている者に対しては事実上の黙認を決め込む。それもそのはず、本来なら百科事典的でないとして削除されるはずだった「[[wiki:韓民族優越主義|韓民族優越主義]]」の記事が削除されぬよう必死に策動し現在も放送されているはずの韓流ドラマの記述を「放送されている」から「放送されていた」に改竄し、それらの行動について注意・質問を受けても無視するなどこいつは典型的な悪質嫌韓厨だからである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
普段は[[極東アジア]]関連や[[スポーツ]]関連の記事にて遠まわしに韓国の有名人の悪口を書くような編集をしている。こういうことしか頭にないのだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:TT|TT]] ===&lt;br /&gt;
ネット右翼。各所で偏った編集を行っている。中国や韓国などが起こした不祥事が報道されるとすぐに速報してまわる（ウィキペディアでは「ニュース速報はウィキニュースでやれ」ということになっている）。こういうことしか頭にないのだろうか。常に湿っぽい雰囲気を撒き散らす点も特筆に値する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自身の信条に基づく内容を加筆する際、「日本人は～」「日本人の～」といったようにまるで日本人全員がネット右翼であるかのような書き方をすることも多く、ネット右翼でない者から見れば迷惑である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみになぜかエロゲー関連の記事などを編集することもある（[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%A7%E3%81%84%E3%81%A1%E3%81%B0%E3%82%93NG%E3%81%AA%E6%81%8B&amp;amp;diff=prev&amp;amp;oldid=16337784], [http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E4%BA%BA%E5%B7%A5%E5%B0%91%E5%A5%B3&amp;amp;diff=prev&amp;amp;oldid=16469031]など）ためエロゲヲタでもあると思われる。普段の根暗な雰囲気といい隠れエロゲヲタであることといい、こいつは恐らく「ニート右翼」なのだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Yatobi|Yatobi]] ===&lt;br /&gt;
Wikipedia利用者の1人であり、SpinNet（旧：AT&amp;amp;T WorldNet Service）から存在している電波。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
通称「夜飛」で本名は城間康博で自分のホームページで本名やPHSの番号を公開していた変態。無職だったので親に強引に実家の静岡に呼び戻され、今はニート。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:FOZ|FOZ]] ===&lt;br /&gt;
[[岐阜県]]出身のウィキペディアン。'''主に岐阜県・[[香川県]]関連の記事において身勝手極まりない編集を継続して行っている。ただ、未だに長期ブロック依頼が提出されない不思議なユーザーである。'''年齢は40歳近いオヤジである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:かなべえコバトン|かなべえコバトン]] ===&lt;br /&gt;
Wikipedia利用者の1人であり、前述の毛が生えた程度のライバルの1人でもある。「かなべえコバトン」、「亀」、「Kam47625」、「ハエ叩き」、「ハエたたき」、「Ywmpq205」、「野島」という7つのアカウントを状況に応じて使い分ける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ハエ叩き」と「ハエたたき」を使い向日葵三十郎と共に毛生えによる記事の分割や移動を「急進的」とみなして阻止していたが、jawpでも屈指の[[ファシスト]]として知られるFasoによってある日突然不当な無期限ブロックを受けてしまい現在は消息不明。ただし風俗王系荒らしがソックパペットである可能性はある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、いろいろあってK・リュウやIP125.2.191.211からは恨まれている。またPeaceや荘田悦宏とは思想的には正反対であるため仲が悪いがWikipedia管理者という共通の敵を持つため、あるいは共闘できるのかもしれない。逆に無能管理者の小西規勝とは思想が一致することもあっては、小西はサブページを削除しようとしたこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:東日本国際|東日本国際]] ===&lt;br /&gt;
Wikipediaの良識派利用者の1人。当初は[[朝鮮総連]]の工作員と思われていたがどうやら違うようである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Peaceが[[左翼|左]]に偏りすぎた記事を修正してまわっているのに対し、東日本国際は[[右翼|右]]に偏りすぎた記事を修正してまわっている。これにより、Wikipediaの政治分野の記事は絶妙な[[中立的観点]]を保っていると言っても過言ではない・・・と思う。しかし、ファシズムを支持する一部の管理者によってvandaluser扱いされてしまう。工作員疑惑も浮上している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Peaceや荘田悦宏とは思想的には正反対であるため仲が悪いがWikipedia管理者という共通の敵を持つため、あるいは共闘できるのかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Netanotane|Netanotane]] ===&lt;br /&gt;
Wikipediaの良識派利用者の1人。当初は[[男女共同参画局]]の工作員と思われていたがどうやら違うようである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
凄まじい数のアカウントを所持しておりその数は1100に及ぶ。これはwikipedia日本語版の中で堂々の第1位である（英語版ではこのくらいの数のアカウントで工作する輩はいる）。これらのアカウントを使い分けて[[ジェンダー]]関連の編集を行う。[[フェミニスト]]のスタンスに属するため[[保守派]]や[[マスキュリスト]]との口論が後を絶えないものの、ジェンダー関連の記事に大きな功績を残したのもまた事実である。しかし、女嫌いな一部の管理者によってvandaluser扱いされてしまう。結局、Netanotaneの行為として処理されるブロック依頼が増え、日本語版WP管理班の工作アカウントと化している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:超高速即時削除マシーン|超高速即時削除マシーン]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|超高速即時削除マシーン}}&lt;br /&gt;
Wikipediaの良識派利用者の1人であり、jawp内にちらかっている「クソ記事」に[[Template:deletebecause|dbテンプレート]]を素早く貼り付けてまわる「超高速即時削除主義者」である。音声おじさんやもりかわしみや木村成祟らと並ぶjawp屈指の[[ユーモア]]センスの持ち主でもあり、Wikipediaに現れるたびに[[笑い]]の嵐が巻き起こる。しかし、削除作業をめんどくさがる一部のなまけもの管理者やユーモアを理解できない一部の頑固な管理者によってvandaluser扱いされる。そのためこれらの悪質な管理者たちを「クソウジ自称管理者」と呼んで勇敢に批判している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Peaceと同一人物ではと指摘されているが文体や編集分野が違う上にISPや物理的な位置も違うので、別人である可能性が高い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:MINIKETSU|MINIKETSU]] ===&lt;br /&gt;
[[長野県]][[松本市]]在住の良識派利用者。漢字表記は「美新月」。長野県内の交通・地理・施設を始め国家・国際関連・週刊少年ジャンプ関連で貢献する。しかし、田舎を嫌う都会派管理者によって無期限ブロックを受けvandaluser扱いとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さて、何で対話拒否をしてはイケナイのでしょう?木津尚子や宮川由美子はすすんで「メール着信拒否」をしているのに。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:IP125.2.191.211|IP125.2.191.211]] ===&lt;br /&gt;
Wikipediaの良識派利用者の1人で、jawpきっての[[ギャンブラー]]。通称「IP125」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[パチスロ]]をこよなく愛しウィキペディアにおいては乱暴な言動も目立つが、基本的には義理人情に厚い熱血漢でありウィキペディアの秩序を乱す者には容赦なく制裁を加える。しかし、パチスロを「[[朝鮮ルーレット]]」（[[パチンコ]]の場合は「[[朝鮮玉いれ]]」）などと誹謗中傷する一部の管理者によってvandaluser扱いされてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その振る舞いから本業は[[ヤクザ]]ではないかと疑われることも少なくないが、本人によると本業は[[愛媛県]]内の[[サラリーマン]]とのことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Mikihisa|Mikihisa]] ===&lt;br /&gt;
Wikipediaの良識派利用者の1人で、jawpきっての'''雑草取り'''。通称「Miki」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウィキペディアきっての'''雑草取り'''でありウィキペディアにおいては乱暴な言動も目立つが、基本的には義理人情に厚い男性でありウィキペディアの秩序を乱す記事に対しては容赦ない'''削除依頼'''または'''コメントアウト'''を加える。しかし、これらの言動を「'''恣意的な言動'''」などと判断する一部の管理者によってvandaluser扱いされてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Mishikaと混同しないこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:影武者|影武者]] ===&lt;br /&gt;
[[中国語版ウィキペディア]]から来た、Wikipediaの良識派利用者の重鎮。[[台湾]]出身。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[コンピュータゲーム]]関連の分野で活躍しているが、コンピュータゲームを「心身の健康を害するもの」とみなしている日中両方の一部の管理者によってvandaluser扱いされてしまう。しかしそれでも影武者は諦めることなく日本語版や中国語版以外のウィキペディアでも活動するが、やはり他言語版の管理者も日中の管理者が言うことを真に受けて影武者をvandaluser扱いしてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、以前はいわゆる「[[できちゃった結婚]]」をした芸能人を糾弾する投稿も行っていたが一部の管理者によって「中出系移動荒らし」などと中傷されてしまったため、現在はこの活動を行っていない。通院歴もあるようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Willy on Wheels|Willy on Wheels]] ===&lt;br /&gt;
[[英語版ウィキペディア]]から来た、Wikipediaの良識派利用者の重鎮。[[イギリス]]出身。通称「WoW」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
不適切な名前の記事を適切な名前に移動する作業が得意だが、英語版ウィキペディアの管理者がそれを根拠なく移動荒らしとみなしたことによって全世界のWikipedia管理者からvandaluserとして扱われるようになってしまった。しかしそれでもWoWは諦めることなく様々なウィキプロジェクトで活躍しており、ウィキペディア日本語版にもメンテナンスのために現れることがある。とは言えウィキペディア日本語版の管理者も例外なくWoWをvandaluserとみなしているため、いちいち妨害されてしまうのが実情である。そのためか、日本語版では最近WoWを見かけない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:タノ|タノ]] ===&lt;br /&gt;
「タノQ」と名乗っている。日本語がかなり不自由な参加者であり、暴言ユーザーの1人として知られている。標準語は書けず、高卒レベルの頭脳すら無い。ただ反日左翼思想の持ち主であるためになぜか管理者のmiyaや周囲の左翼に手厚く保護されており、いくら暴言をこいてもブロックされることはない。保守思想・右翼思想・左翼の反論者を排撃するための「かませ犬」として利用されている節がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
口調が小学生～中学生を思わせるが、実は40過ぎの中年男性である。また、性同一性障害のオカマさんかと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:経済準学士|経済準学士]] ===&lt;br /&gt;
ウィキペディアで著名な迷惑ユーザー。[[経済準学士]]および[[経済準学士の素行]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Matunami|Matunami]] ===&lt;br /&gt;
「ゆう」と名乗っている。Peace系取締りに熱を上げるユーザーであり、典型的なネットサヨクである。その取締りに歯が立たない相手や記事に関してはこっそりと無名で参加して煽ることもしている。日本人ではないと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:user:ish-ka|ish-ka]]/[[wiki:利用者:Hi-ask|Hi-ask]] ===&lt;br /&gt;
河下反対派総長。大のラブコメ嫌いで、[http://wiki.chakuriki.net/index.php/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:Hi-ask Chakuwikiの利用者ページ]でもこの事を公言している。又、同項を始め編集合戦を乱発しており、巻き添えとなったユーザーも少なくない。ちなみにこれまでは自分の正体を隠していたが、最近仮面を矧いだようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
余談だが、hi-askの利用者ページに「'''ChakuWikiの同名の利用者は、この利用者ではありません'''」と書いてあるが真っ赤な嘘である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:彩華1226|彩華1226]] ===&lt;br /&gt;
[[愛媛県]]出身、在住の[[アニメオタク]]、[[アイドルオタク]]、[[ロリコン]]、[[2ちゃんねらー]]、[[部落民]]、[[エタ]]、[[エッタ]]、[[ヒニン]]、[[エッタボシ]]、[[チョーリンボ]]、[[牛殺し]]、[[穢多]]、[[非人]]、[[国賊]]、[[売国奴]]、[[迷惑だから献血しないでほしい人]]、[[おんぼう]]、[[カッペ]]、[[田舎者]]。反社会団体、[[部落解放同盟]]の構成員。年齢非公開だがガキであることは確か。編集合戦大好きの荒らしであるが、社会的問題にも興味がある様子。しかし実際に海外に赴いたことは無いらしく、情報源は2ちゃんねるのみ。小難しい項目の、自分の分からない事項は全て削除。しかし[[アニメ]]が大好きで、自分のお気に入りアニメ（これがまた豊富）にその商品が出てきたとかいうだけで関連項目にそのアニメを追加したり「エピソード」なんて項を作って誰も知りたくない「○○というアニメに登場した。このアニメの中で主人公の××は～」とかいう情報を記述する。しかしこれらの特徴はほとんどの[[ウィキペディアン]]に共通することであり、彼（彼女だったら正直引く）はウィキペディアの劣化の象徴的存在なのかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Dr jimmy|Dr jimmy]] ===&lt;br /&gt;
[[wiki:利用者:Lonicera|Lonicera]]の犬。Lonicera同様音楽関連、特にバンド関連に異常なまでの執着心を持っており、音楽関連の編集に関しても無知を晒しているので文章が支離滅裂になっていることが多く、自分の知らない内容には全て過剰と執れる『{{要出典}}』を貼りまくるのが彼のストレス解消方のようである。こいつのせいで[[ヘヴィメタル]]、[[ヴィジュアル系]]関連の項目は絶滅に等しい内容となって行った為、彼のアンチは多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:人造人間だみゃ～ん|人造人間だみゃ～ん]] ===&lt;br /&gt;
WPに突如として現れた変態。WPよりも2ちゃんねるのエロパロ板を活動の主軸にしており、その変態行為はもはや伝説となっている。しかもWPでの数少ない投稿の中で既に1回ブロックを受けており、今後の活躍が期待できるユーザー。また、自身の利用者ページで百科事典を作りますと言いながらブロック依頼などにも積極的に参加する自警団候補生の困ったちゃん。投稿ブロック依頼などでは自分の投稿の直前までの他の利用者の意見を見て大勢の方の意見に同調するという、極端な日和見主義者である。もちろん、この利用者の意見が審議の行方を左右することはない。自他共に認めるアホである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
座右の銘は「'''この世はすべて、ネタでできている'''」。ウェブ上の百科事典という崇高な目的を持つウィキペディアでさえも、この利用者にとっては単なるネタ帳でしかない。そこで仕入れたネタを元に、エロパロ板で活動するのである。その内容はまさしく、「'''アホの中のアホ'''」と言える。本人曰く「''私は面白いことを書いているのではない。アホな事を書いているのだ''」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
人造人間と名乗ってはいるが実際は陰茎の先端の包皮の改造手術を受けただけであり、限りなく生身に近い。現在、糖尿病と白癬を患っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
性器画像が大好きであるが、おっぱいにはこだわりはない模様。口癖は「おっぱいなんて飾りです。エロい人には（ry&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ヘビ関連をおもに執筆しているが、体型はヘビーである。ちなみにチンコはベビーである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
相手が誰であっても、女でさえあれば見境なくチンコを立てる事ができる。Aphaiaの顔写真をズリネタにしたことすらあり性欲が暴走しまくっている、いろいろな意味で危険なユーザー。くれぐれも三面記事には載らないように。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
家族構成を聞かれるとかつては「妹十二人」と答えていたが、最近では「19人姉妹」と答えている。現実と妄想の区別がつかない真性のキモヲタ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:DEN助|DEN助]] ===&lt;br /&gt;
勤務先よりwikipediaのアニメ・声優関連への荒らしを行なった。なおIPを抜かれて、交通新聞社を解雇された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Kemonomichi|Kemonomichi]] ===&lt;br /&gt;
自分自身がhatukanezumiの靴下であるにもかかわらず、誰彼構わず靴下呼ばわりをする迷惑ユーザー。最近ではNekosuki600、パンチョ後藤、Maris Stella、Lonicera、Yassie、人造人間だみゃ～ん、はるひ、Bell cricket、ちゃたま、キハが好き♪、たま998の各利用者氏が同一人物であるという、怪盗とんちんかんも真っ青の頓珍漢な主張を垂れている。本名は間抜作。宇宙の創始者である。常識がまったく通じない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、近々強制ウィキブレイクの予定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Harpoon|Harpoon]] ===&lt;br /&gt;
Wikipediaにおいてタブーとされる（陰茎）性器露出画像の是非に触れたことから性器露出愛好家の怒りを買い、多数決でWikipediaを追放されてしまった。職業：IT技術者。wikipediaの管理者を敵対視しているがCalveroとちゃたまには友好的らしい。口癖は「悪人死スベシ」。おっぱい星人でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最近は2ちゃんねるの本スレに待機しており、ブロック権限を乱用する管理者を発見すると荒らしに出撃するという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお性器画像愛好家で、反おっぱい星人の人造人間だみゃ～んとはまったく性格が合わない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:東日本侍|東日本侍]]（→[[#project|project]]） ===&lt;br /&gt;
自称受験生。主に鉄道、週刊少年ジャンプを主体とするサブカルチャー関連の記事で荒らしている。そのくせ、他の健全なユーザーを荒らし扱いしているとんでもないクソガキである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
又、最近[[w:fr:user:東日本侍|フランス語版]]でのアカウント取得が確認されており、利用者ページにかかれている通りあっちでも暴れる気満々である（フランス語から翻訳したのではなく、そのまま日本語で記述されている）。そしてとうとうフランス語版では1日ブロックを受け、[http://fr.wikipedia.org/w/index.php?title=Special%3ALog&amp;amp;type=block&amp;amp;user=&amp;amp;page=Utilisateur%3A%E6%9D%B1%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BE%8D&amp;amp;uselang=ja 最終的には無期限ブロックを受けてしまいましたとさｗｗｱｰｱww]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに日本語版の利用者ページにも「フランス語版の同名の利用者は関係ありません」とかいう嘘までついちゃってｗｗish-kaの真似なんかしてたらバカが余計にバカになるよｗｗ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Knua|Knua]] ===&lt;br /&gt;
[[岐阜県]]在住（本当は別との説もあるが）のユーザーであるが、学校とかにおけるいじめなどの問題を取り上げた記事においてまるで加害者を簡単に許すかのように加害者が反省の色を見せないだの学校側が隠蔽体質だのといった書き込みを'''出典の有無問わず主観だと切り捨てて'''削除するといういじめなどの諸問題を真剣に考えるという感覚が途轍もなく貧弱でお人よしな利用者。この傾向は自分の地元である岐阜県の学校関係の記事とかで特に顕著に現れる。自分の地元で起こったいじめ事件ならなお重大に考えなければならないにも関わらずである。指摘するととぼけるわ、開き直るわ、言い訳ばかり並べるわでなおタチが悪い。こいつに言わせたらこういったいじめ事件などで上記のように加害者が平然としていただの学校側が隠蔽体質などといった報道は片っ端からデタラメらしい。加害者の人間性や被害者の被害感情をここまで甘い目で見てるようではそのうち自分で自分の首を絞める事になるであろう。'''あ、もう既に絞めまくってるか、ギャハハハハハ…。'''もしこいつ自身が教育関係者になって学校内での生徒間でのいじめやリンチがあった場合、'''絶対ひたすら隠蔽すんぞ、そして岐阜をいじめ推進県にしてしまうぞこのボケナスアホンダラは!!'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''いっぺん[[葵龍雄|某ホームページ運営者]]にこてんぱんになじられて来い。'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかもこいつはなんと'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:15pt&amp;quot;&amp;gt;地下鉄サリン事件やJR福知山線脱線事故、土浦やそしてあの秋葉原での通り魔事件さえも現実じゃなくて片っ端からフィクションの作り話だと思っている&amp;lt;/span&amp;gt;'''のだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もはや&amp;lt;span style=&amp;quot;line-height:120%; font-family:serif; font-size:1cm&amp;quot;&amp;gt;手の施しようの無い平和ボケの大馬鹿野郎及び病的な重大事件風化主義者&amp;lt;/span&amp;gt;である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:吹石|吹石]] ===&lt;br /&gt;
蛆虫野郎。詳細は[[吹石]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Umagurui|Umagurui]] ===&lt;br /&gt;
悪質[[VIPPER]]であり、[[七星]]同様、皆からの顰蹙を買っているのが実情。基地外利用者の代名詞でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:提督|提督]] ===&lt;br /&gt;
「ネットウヨク」の項目でサヨク独特の偏向っぷりを大量に披露。ネットウヨクは「その反面、日本の近現代史や、戦史・戦略などの軍事知識などにおいて一般人より劣る部分がある」などの妄想を垂れ流しそのたびにノートで論破されるも「“ネット右翼現象”の説明は進行中の事例の「観察」結果であり、必ずしも明確な出典がある訳ではない」や｛「検証可能性」の誤解（あるいは拡大解釈）について｝などと妄想を押し付けるための妄想を披露し、ネットウヨク以外のユーザーにも叩かれまくる。また、死刑存廃問題の項目では死刑廃止論を押し付ける偏向記事に協力し、複数回にわたり「記事分割の実施要項案」を出すもこれも独りよがりで廃案となる。国際人権派団体と呼ばれながら北朝鮮による拉致には一切抗議しない偏向サヨク団体「アムネスティ・インターナショナル‎」や「私は犯罪被害者より加害者のほうが辛いと思う。被害者の苦痛なんて交通事故のように一瞬だ」という暴言で知られる死刑廃止論者という名のサヨクの変種「菊田幸一」の項目に多く参加している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:MT.Stone|MT.Stone]] ===&lt;br /&gt;
2004年[[1月26日]]から参加しているベテランユーザー。自身のページに&amp;lt;i&amp;gt;編集方針等を読まない、独自の理論を振り回すなど言ってもわからない人物と判断したときは指摘した後に放置する&amp;lt;/i&amp;gt;と基本方針なるものを掲げる。戸田恵梨香の項目のとある記述を載せるか否かという議論があり、[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E5%90%88%E6%84%8F%E5%BD%A2%E6%88%90 Wikipedia:合意形成]にある期間が過ぎ合意形成ができた後に合意形成済みの議論に意見するも議論終了につきから回り、独りよがり。&amp;lt;i&amp;gt;合意形成のプロセスは無視しませんよ（確認）。&amp;lt;/i&amp;gt;と合意形成を認めるも、あるユーザーが根拠なしに議論のあった記述に反対すると突然&amp;lt;i&amp;gt;番組中の発言について（再検討）&amp;lt;/i&amp;gt;と合意形成を無視し、記述に反対し始める。&lt;br /&gt;
:&amp;lt;i&amp;gt;ノート:戸田恵梨香 - テレビ番組内での失言について、強引な議論により結論が放置されているので再度の議論をお願いしたい。--2008年2月7日 (木) 00:33 (UTC) &amp;lt;/i&amp;gt;&lt;br /&gt;
というコメント依頼も出す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
合意形成という編集方針等を読まない、検証可能性どうこう、中立性どうこうなどと独自の理論を振り回す言ってもわからない人物である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[wiki:Wikipedia:削除依頼/福島瑞穂|Wikipedia:削除依頼/福島瑞穂]]においては、政治家の発言を捏造した。つまり証拠を捏造した。その後発言していない、捏造であると批判されるもまともに謝罪せずに、削除依頼の議論に参加し続けるありさまである。&lt;br /&gt;
:&amp;lt;i&amp;gt;**（コメント）[http://kokkai.ndl.go.jp/ 国会議事録検索]で調べたところ、平野議員は「問題にしていない」と言明していますね。上記の「問題にしている」と真っ向から違います。また証拠の一部はコピーであって自分は確認していないとも言っていますね。中核派は集会の出席者の一部であり、善良な市民がいたであろうとも述べています。機関誌の記載は事実でしょうが、あくまでも福島の信念を講演したものであり、内容に問題はないように思います。上の方で「記載したいイデオロギーがある」という指摘がありましたが、それを裏付けるコメントのようにお見受けいたします。--[[利用者:MT.Stone|Mt.Stone]] 2008年1月6日 (日) 02:38 (UTC)&amp;lt;/i&amp;gt;&lt;br /&gt;
これに対し、あるユーザーに批判される。&lt;br /&gt;
:&amp;lt;i&amp;gt;**（コメント）ちょっと待ってください。平野議員が'''「問題にしていない」'''と言明していたというのは何月何日のどの会議での話でしょうか。「開会日付：平成11年6月8日 ～ 平成11年6月8日」「院名：すべて」「発言者名：平野貞夫」「検索語(&amp;amp;)：問題にしていない」で検索しましたが検索件数は0件でした。自ら「言ってもないことを言ったと言い出すのは末期的ですね」（[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E2%80%90%E4%BC%9A%E8%A9%B1:Mightupon&amp;amp;diff=prev&amp;amp;oldid=17187105]）と発言している[[利用者:MT.Stone|Mt.Stone]]さんが平野議員の発言を勝手に捏造しているなら由々しき問題ですよ。&amp;lt;/i&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Misum|Misum]] ===&lt;br /&gt;
神戸の某私立高校の記事に於いてこの高校で発生したいじめ事件の記事の部分を実際に学校と関係があり、ノートでも削除に反対の声があったにもかかわらずそれを完全無視して理由も言わず当事件の記事をごっそり削除した自分勝手ユーザー。'''こいつもいじめ隠蔽主義者か!!'''まぁ、どうせ関係者なんだろうな。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''いっぺん某ホームページ運営者にこてんぱんになじられて来い'''。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また'''&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:15pt&amp;quot;&amp;gt;今までの凶悪事件・重大事故の殆どをフィクションの作り話だと思っている救いようの無い平和ボケの大馬鹿野郎である。&amp;lt;/span&amp;gt;'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:長野のそうじろう|長野のそうじろう]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|長野のそうじろう}}&lt;br /&gt;
基地外ユーザー。ウィキペディアの方針文章無理解で5年のブロック。さらに姉妹プロジェクトなどでパスワードを公開して無期限ブロック移行となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こいつは'''&amp;lt;span style=&amp;quot;line-height:120%; font-family:serif; font-size:2cm&amp;quot;&amp;gt;荒らしが趣味の基地外&amp;lt;/span&amp;gt;'''である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Kiku-zou|Kiku-zou]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|Kiku-zou}}&lt;br /&gt;
関東地方（[[茨城県]]の土浦周辺?）在住で排他主義者・削除主義者・自治厨のウィキペディアン。検証可能性にこだわるあまり、乗り物（特に鉄道）関連の検証可能性を満たさぬ記事に対して杓子定規に「荒らし」と決めてかかる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Abcde|Abcde]] ===&lt;br /&gt;
[[バーニングプロダクション]]の工作員で、同じく[[バーニンググループ]]に有利な編集をしている[[wiki:利用者:Tanto|Tanto]]も同一人物。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{main|Abcde}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Onyx|Onyx]] ===&lt;br /&gt;
{{main|Onyx}}&lt;br /&gt;
ウィキペディアの[[色]]や[[顔料]]、[[絵具]]に関する項目で独自研究を加筆しているウィキペディアンで、同じく色・顔料関連の項目を荒らしているIPユーザーの[[wiki:利用者:202.244.240.2|202.244.240.2]]も同一人物。詳しくは[[Onyx]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Ziel|Ziel]] ===&lt;br /&gt;
ウィキペディアが誇るブロックキング。半年間で5回のブロックを受ける別名ミスター・ダブルスタンダード。M属性のため対話拒否・改竄・削除をわざと行いブロックされることにエクスタシーを感じている。またソックパペットを使い、場を荒らした後水戸黄門のごとく登場することで人望を得ようとしているがうまくいっていないらしい。最近おいたがすぎるので[[wiki:利用者:Nekosuki600|親分]]に怒られている。本人は1番弟子の気分だが、親分から'''Zeal'''と名前を間違われるくらいの存在でしかない事に気づいていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:HOPE|HOPE]]（→[[#project|project]]） ===&lt;br /&gt;
[[ホッカイドウ競馬]]の項目は自分のものだと思っている大馬鹿者。特に「歴代優勝馬」の表については並々ならぬこだわりを持っており、表の規格を統一しようという気は毛頭ない頭の堅いバカである。こういう者は早くウィキペディアから去ってほしいものだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Goki|Goki]] ===&lt;br /&gt;
愛称は「'''ゴキブリ'''」。競馬関連の項目で結構大きい顔をしている野郎。最初は口調は丁寧だったのに最近は慣れてきたのか雑になってきた。「利用者ページ」ではわがまま言い放題で2ちゃんねらーである。こういう者は早くウィキペディアから去ってほしいものだ。ここまでクソ野郎とは・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Shota|Shota]] ===&lt;br /&gt;
愛称は「'''ショタ'''」。人の編集に対して悪態を垂れ流すのが趣味である。自身の会話ページにおいて、都合の悪い書き込みを「終了分」などと称して過去ログ化すらせずに除去するのもこいつの悪い癖である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:ネッツ|ネッツ]] === &lt;br /&gt;
{{Main|藤森京介}}&lt;br /&gt;
本名：[[藤森京介]]。[[長野県]][[飯田市]]出身。[[荒らし大王の一覧|ユアペディアの荒らし王]]であるくせにウィキペディアではまじめなユーザーになっている。最近はアンサイクロペディアを含め、永遠のウィキブレイクをしたものの、Yourpediaではブレイクせず今も荒らし行為を続けている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:project|project]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|project}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:ＮｉＫｅ|Ｎｉｋｅ]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|小西規勝}}&lt;br /&gt;
受信料を不正に使用しているNHK職員であり、管理者をクビになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Lonicera|&amp;lt;font color=&amp;quot;#009900&amp;quot;&amp;gt;Lonicera&amp;lt;/font&amp;gt;]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|Lonicera (利用者)}}&lt;br /&gt;
WPきっての差別派利用者。暴言と管理者権限を濫用したため、管理者を解任された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Star-dust|Star-dust]] ===&lt;br /&gt;
上記のロニセラの部下、というよりロニセラを尊敬しているキチガイ利用者。気に入らない記事があれば何が何でも削除しようとする姿勢が特徴である。こんなやつが管理者にでもなったら、ウィキペディアは完全におしまいである（本当です）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:大分佐伯|大分佐伯]]（ShunKikuchi219） ===&lt;br /&gt;
{{Main|ShunKikuchi219}}&lt;br /&gt;
荒らしの１人。[[大分県]][[佐伯市]]出身。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア自警団]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディアの管理者が勝手に保護した記事]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア日本語版の管理者]]&lt;br /&gt;
*[[アンサイクロペディア日本語版の利用者]]&lt;br /&gt;
*[[アンサイクロペディア日本語版の管理者]]&lt;br /&gt;
*[[モナペディアの利用者]]&lt;br /&gt;
*[[ユアペディアの利用者]]&lt;br /&gt;
*[[Chakuwikiの利用者]]&lt;br /&gt;
*[[Chakuwikiの管理者]]&lt;br /&gt;
*[[著作権自警団]]&lt;br /&gt;
*[[自警]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ういきへていあにほんこはんのりようしや}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディア|りようしや]]&lt;br /&gt;
[[Category:ネット弁慶]]&lt;br /&gt;
[[Category:キチガイ]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%81%9D%E3%81%AE%E6%99%82%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%81%8C%E5%8B%95%E3%81%84%E3%81%9F%E3%81%AE%E5%85%A8%E6%94%BE%E9%80%81%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88&amp;diff=31266</id>
		<title>その時歴史が動いたの全放送リスト</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%81%9D%E3%81%AE%E6%99%82%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%81%8C%E5%8B%95%E3%81%84%E3%81%9F%E3%81%AE%E5%85%A8%E6%94%BE%E9%80%81%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88&amp;diff=31266"/>
				<updated>2008-06-26T06:54:08Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''その時歴史が動いたの全放送リスト'''（そのときれきしがうごいたのぜんほうそうりすと）ではNHKの番組『[[その時歴史が動いた]]』で放送した内容のタイトルについて説明する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このリストではアンコール放送分は除いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==放送タイトル==&lt;br /&gt;
放送時間は2006年3月8日放送分までが水曜日21時15分～21時58分、2006年4月5日放送分からが水曜日22時～22時43分。&lt;br /&gt;
===2000年===&lt;br /&gt;
*3月29日　運命の一瞬、[[東郷平八郎|東郷]]ターン ～[[日本海海戦]]の真実～&lt;br /&gt;
*4月5日　世紀の対決 [[沢村栄治|沢村]]VS[[ベーブ・ルース]] ～日本プロ野球誕生の時～&lt;br /&gt;
*4月12日　天下分け目の[[天王山]] ～[[豊臣秀吉|秀吉]]・必勝の人心掌握術～&lt;br /&gt;
*4月19日　幕末のプリンセス・日本を救う ～皇女[[和宮親子内親王|和宮]]の悲願～&lt;br /&gt;
*4月26日　[[新撰組]]参上![[池田屋事件]]に賭けた若者たち&lt;br /&gt;
*5月10日　その日 6人がいた ～[[火縄銃|鉄砲]]伝来・偶然のドラマ～&lt;br /&gt;
*5月17日　[[織田信長]]・勝利の方程式 ～真説・[[長篠の戦い|長篠合戦]]～&lt;br /&gt;
*5月24日　[[だるま|ダルマ]]大臣・[[高橋是清]]経済危機と格闘する（[[昭和金融恐慌]]）&lt;br /&gt;
*5月31日　敵は[[本能寺の変|本能寺]]にあり ～[[明智光秀|光秀]]はなぜ主君・信長を裏切ったのか～&lt;br /&gt;
*6月7日　[[坂本龍馬]] 幕末の日本を動かす ～[[薩長同盟]]成立の時～&lt;br /&gt;
*6月14日　我輩は小説家である ～[[夏目漱石]]・[[東京大学|東大]]辞表提出の時～&lt;br /&gt;
*6月21日　[[蘇我入鹿]]（そがのいるか）暗殺事件 ～実録・[[乙巳の変|大化改新のクーデター]]～&lt;br /&gt;
*6月28日　戦火の中で[[アニメーション|アニメ]]が生まれた（[[桃太郎 海の神兵]]）&lt;br /&gt;
*7月5日　[[大坂の役|大坂の陣]]、[[豊臣氏|豊臣家]]滅亡す ～[[徳川家康]]・非情の天下取り～&lt;br /&gt;
*7月12日　[[西郷隆盛]]、明治に挑む ～[[西南戦争]]勃発の時～&lt;br /&gt;
*7月19日　[[奇兵隊]]決起せよ![[高杉晋作]]挙兵の時&lt;br /&gt;
*7月26日　[[黒船]]来航 日米交渉ここに始まる&lt;br /&gt;
*8月2日　[[ミッドウェー海戦]]の悲劇&lt;br /&gt;
*8月9日　予ノ判断ハ外レタリ ～[[ソビエト連邦|ソ連]]対日参戦の衝撃～&lt;br /&gt;
*8月23日　[[キリシタン]]禁制 ～秀吉・[[ヨーロッパ]]と対決す～&lt;br /&gt;
*8月30日　[[関東大震災]] ～知られざる日米友好～&lt;br /&gt;
*9月6日　[[前畑秀子|前畑]]ガンバレ!! ～[[ベルリンオリンピック]]の光と影～&lt;br /&gt;
*10月4日　[[関ヶ原の戦い|関ヶ原合戦]] 家康 なぞの大突撃 ～ヨーロッパ製甲冑の威力～&lt;br /&gt;
*10月11日　弟・[[源義経|義経]]を討て ～[[源頼朝]]・武家政権確立への決断～&lt;br /&gt;
*10月18日　[[津田梅子]]・[[津田塾大学|女子英学塾]]設立の時 ～女性の真の自立をめざして～&lt;br /&gt;
*10月25日　[[1929年]][[ニューヨーク|NY]]株価大暴落（[[世界恐慌]]）&lt;br /&gt;
*11月1日　[[伊能忠敬]] 56歳からの挑戦&lt;br /&gt;
*11月8日　[[桶狭間の戦い]] ～織田信長、逆転への情報戦略～&lt;br /&gt;
*11月15日　坂本龍馬暗殺事件 ～魔の一瞬が歴史を変えた～&lt;br /&gt;
*11月22日　「[[学校]]」誕生 ～初代文部大臣・[[森有礼]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*11月29日　[[将軍]][[徳川慶喜|慶喜]]・最後の決断 ～幕末を動かした[[大坂城]]脱出～&lt;br /&gt;
*12月6日　[[20世紀|二十世紀]]十大事件 ～歴史を動かした決定的瞬間～&lt;br /&gt;
*12月13日　脱盟者たちの[[忠臣蔵]] ～忠義か人情か　人生の選択の時～&lt;br /&gt;
*12月20日　サムライ・[[福澤諭吉|福沢諭吉]] [[アメリカ合衆国|アメリカ]]に立つ! ～[[咸臨丸]][[サンフランシスコ]]入港の時～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2001年===&lt;br /&gt;
*1月10日　男たちよ、立て! ～[[北条政子]] 演説の時～&lt;br /&gt;
*1月17日　大衆の夢を形に ～起業家・[[小林一三]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*1月24日　検証・[[桜田門外の変]] ～[[井伊直弼]]暗殺・幕末大転換の時～&lt;br /&gt;
*2月7日　6000人の命を救った外交官 ～[[杉原千畝]] [[ビザ]]大量発給決断の時～&lt;br /&gt;
*2月14日・21日　シリーズ[[二・二六事件|2・26事件]]（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
*2月28日　秀吉の妻・おね 関ヶ原を動かす&lt;br /&gt;
*3月7日　[[大津事件|ロシア皇太子襲撃事件]] ～近代日本をつくった裁判～&lt;br /&gt;
*3月14日・21日　もしもその時（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「古代・中世編」&lt;br /&gt;
:後編「戦国・幕末編」&lt;br /&gt;
*3月28日　妻たちは決断した&lt;br /&gt;
**3月の3回は主として2000年度に放送された内容の総集編的な作品だった&lt;br /&gt;
*4月4日　世界を制した[[ハリウッド]][[映画]] ～[[風と共に去りぬ]]公開の時～&lt;br /&gt;
*4月11日　秀吉・家康 たった一度の直接対決 ～天下取りの知恵くらべ～&lt;br /&gt;
*4月18日　[[春日局]] 徳川家康を動かす ～戦国女性・太平の世への願い～&lt;br /&gt;
*4月25日　日本を救った[[サツマイモ]] ～[[青木昆陽]]・飢きん救済に挑む～&lt;br /&gt;
*5月2日　戦艦[[大和 (戦艦)|大和]]沈没 ～[[大艦巨砲主義]]の悲劇～&lt;br /&gt;
*5月9日　[[昭和天皇]]と[[ダグラス・マッカーサー|マッカーサー]]・会見の時&lt;br /&gt;
*5月16日　「[[阿吽|あうん]]」の呼吸はこうして生まれた ～[[東大寺]] 金剛力士像完成の時～&lt;br /&gt;
*5月23日　[[岡倉天心|天心]]の恋 ～東洋の美を追い続けた男～&lt;br /&gt;
*5月30日　[[徳川吉宗]]、執念の財政再建 ～米将軍・最後の決断～&lt;br /&gt;
*6月6日　[[土方歳三]]・北の大地に散る ～[[戊辰戦争]]、最後の激戦～&lt;br /&gt;
*6月13日　[[伊達政宗]]、[[百万石]]への挑戦&lt;br /&gt;
*6月20日　[[邪馬台国]]の女王・[[卑弥呼]] ～動乱の[[魏 (三国)|中国]]に使者を出す～&lt;br /&gt;
*6月27日　[[白村江の戦い|白村江]]・古代最大の対外戦争&lt;br /&gt;
*7月4日　金融恐慌・日本を揺るがす ～巨大商社、[[鈴木商店]]の挫折～&lt;br /&gt;
*7月11日　[[北条時宗]]、起死回生の決断 ～[[モンゴル帝国|モンゴル]]軍壊滅の時～&lt;br /&gt;
*7月18日　モンゴル軍来襲 ～九州武士・[[竹崎季長]]の戦い～&lt;br /&gt;
*7月25日・8月1日　[[ポツダム宣言]]（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「米ソの攻防」 ～[[原子爆弾|原爆]]投下・[[ハリー・S・トルーマン|トルーマン]]の決断～&lt;br /&gt;
:後編「ソ連対日参戦」～ソ連対日参戦・[[ヨシフ・スターリン|スターリン]]の焦燥～&lt;br /&gt;
*8月22日　夏休みスペシャル・[[三国志]]英雄伝（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
:前編「奇跡の風、[[長江]]に吹く」 ～[[諸葛亮|孔明]]の知略、天下三分の計～&lt;br /&gt;
:後編「死せる孔明・中国を動かす」 ～千年の時を越える教え～&lt;br /&gt;
*8月29日　そして、人は空を飛んだ ～[[ライト兄弟]]に先がけた男・[[二宮忠八]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*9月5日　[[上杉鷹山]] ふたたびの財政改革&lt;br /&gt;
*9月19日　キリシタン女性 関ヶ原合戦を揺るがす ～[[細川ガラシャ]]の悲劇～&lt;br /&gt;
*9月26日　ぼく一生の不覚 ～[[日独伊三国軍事同盟|三国同盟]]締結・[[松岡洋右]]の誤算～&lt;br /&gt;
*10月3日　走れ!AA型 ～国産自動車誕生物語～&lt;br /&gt;
*10月10日　不平等条約を改正せよ ～[[陸奥宗光]]～&lt;br /&gt;
*10月17日　日本を愛した[[アルベルト・アインシュタイン|アインシュタイン]]・その悲劇&lt;br /&gt;
*10月24日　人生に絶望なし ～[[ヘレン・ケラー|ヘレンケラ]]ー来日の時～&lt;br /&gt;
*10月31日　羽柴秀吉、謎の敵前退却 ～[[賤ヶ岳の戦い|賤ヶ岳合戦]]・勝利の秘策～&lt;br /&gt;
*11月7日　戦国の茶人 秀吉と戦う ～[[千利休]]切腹の悲劇～&lt;br /&gt;
*11月14日　[[前田利家]]の妻・[[芳春院|まつ]]の決断 ～加賀百万石・息子への教え～&lt;br /&gt;
*11月21日　[[満州事変]] [[関東軍]]独走す&lt;br /&gt;
*12月5日　この難を逃げ候こと 本懐にあらず ～改革者・[[大久保利通]]暗殺の悲劇～&lt;br /&gt;
*12月12日　汽笛一声・日本の産声 ～[[鉄道]]開通に賭けた若者たち～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2002年===&lt;br /&gt;
*1月9日　スペシャル『日本を動かした15人』（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
*1月16日　[[溥儀|ラストエンペラー]]最後の日 ～「[[満州国]]」と皇帝・溥儀～&lt;br /&gt;
*1月23日　役人の不正許すまじ ～[[大塩平八郎]]決起の時～&lt;br /&gt;
*1月30日　志のある者 立ち上がれ ～獄中の出会いが生んだ[[吉田松陰]]の思想～&lt;br /&gt;
*2月6日　王宮の恋・[[サラエボ事件|サラエボ]]に散る ～[[第一次世界大戦|世界大戦]]を招いた暗殺事件～&lt;br /&gt;
*2月13日　日本の夢、[[ベルサイユ]]に散る ～[[パリ講和会議]]・人種差別 廃止提案の挫折～&lt;br /&gt;
*2月20日　[[田中正造]]、足尾鉱毒事件に挑む ～環境保護運動　ここに始まる～&lt;br /&gt;
*2月27日　信長 執念の天下統一 ～大坂[[本願寺]]との十年戦争～&lt;br /&gt;
*3月6日　関ヶ原を揺るがした女性たち ～決戦の裏に秘められたドラマ～&lt;br /&gt;
*3月13日　外交の要は誠実にあり ～国際社会と闘った男たち～&lt;br /&gt;
*4月3日　賽は投げられた ～英雄[[ガイウス・ユリウス・カエサル|カエサル]]・ローマを変えた運命の決断～&lt;br /&gt;
*4月10日　徳川家康 [[三方ヶ原の戦い|三方原]]の大ばくち ～敗れて学ぶ 覇者の哲学～&lt;br /&gt;
*4月17日　鎧をまとった母・[[淀殿]]の悲劇 ～裏切られた平和への願い～&lt;br /&gt;
*4月24日　[[新撰組]]・[[鳥羽・伏見の戦い|鳥羽伏見]]に散る ～旧幕府軍大敗北の真相～&lt;br /&gt;
*5月8日・15日　[[アドルフ・ヒトラー|ヒトラー]]とその時代（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「[[独裁者]]への道」&lt;br /&gt;
:後編「幻の反ヒトラー・クーデター」&lt;br /&gt;
*5月22日　天神・[[菅原道真]] 政治改革にたおれる&lt;br /&gt;
*5月29日　肉を切らせて骨を断つ ～織田信長・捨て身の復讐戦～&lt;br /&gt;
*7月3日　平民宰相 [[原敬]]暗殺 ～くじかれた改革の夢～&lt;br /&gt;
*7月10日　[[フランス革命]] 自由よ汝の名のもとに ～[[マリー・アントワネット事件に挑む ～環境保護運動　ここに始まる～&lt;br /&gt;
*2月27日　信長 執念の天下統一 ～大坂[[本願寺]]との十年戦争～&lt;br /&gt;
*3月6日　関ヶ原を揺るがした女性たち ～決戦の裏に秘められたドラマ～&lt;br /&gt;
*3月13日　外交の要は誠実にあり ～国際社会と闘った男たち～&lt;br /&gt;
*4月3日　賽は投げられた ～英雄[[ガイウス・ユリウス・カエサル|カエサル]]・ローマを変えた運命の決断～&lt;br /&gt;
*4月10日　徳川家康 [[三方ヶ原の戦い|三方原]]の大ばくち ～敗れて学ぶ 覇者の哲学～&lt;br /&gt;
*4月17日　鎧をまとった母・[[淀殿]]の悲劇 ～裏切られた平和への願い～&lt;br /&gt;
*4月24日　[[新撰組]]・[[鳥羽・伏見の戦い|鳥羽伏見]]に散る ～旧幕府軍大敗北の真相～&lt;br /&gt;
*5月8日・15日　[[アドルフ・ヒトラー|ヒトラー]]とその時代（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「[[独裁者]]への道」&lt;br /&gt;
:後編「幻の反ヒトラー・クーデター」&lt;br /&gt;
*5月22日　天神・[[菅原道真]] 政治改革にたおれる&lt;br /&gt;
*5月29日　肉を切らせて骨を断つ ～織田信長・捨て身の復讐戦～&lt;br /&gt;
*7月3日　平民宰相 [[原敬]]暗殺 ～くじかれた改革の夢～&lt;br /&gt;
*7月10日　[[フランス革命]] 自由よ汝の名のもとに ～[[マリー・アントワネット|マリ・アントワネット]]の悲劇～&lt;br /&gt;
*7月17日　[[ナポレオン・ボナパルト|ナポレオン]]、皇帝への野望 ～戴冠式の一瞬に秘められた謎～&lt;br /&gt;
*7月24日　本能寺の変 ～信長暗殺!闇に消えた真犯人～&lt;br /&gt;
*7月31日　[[ガダルカナル島]]撤退 ～苦渋の決断～&lt;br /&gt;
*8月21日　特別編「戦い・その決定的瞬間」（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
:前編「勝利の時・男たちは決断した」&lt;br /&gt;
:後編「戦乱・その時 妻は、母は」&lt;br /&gt;
*8月28日　さらば淀殿 お初の決断 ～運命に立ち向かった戦国三姉妹～&lt;br /&gt;
*9月4日　日本人、[[南極]]の大地に立つ（[[白瀬矗]]）&lt;br /&gt;
*9月11日　昭和を揺るがした銃弾 ～ライオン宰相・[[浜口雄幸]]狙撃の時～&lt;br /&gt;
*9月18日　ヒトラー情報 日本を揺るがす ～「真珠湾」へのもう一つの道～&lt;br /&gt;
*9月25日　ヒトラー最後の日 ～新資料が明かす独裁者の末路～&lt;br /&gt;
*10月2日　[[与謝野晶子]]『今ぞ目覚めて』 ～情熱の歌人、女性の自立を宣言～&lt;br /&gt;
*10月9日　幕末、[[京都市|京都]]炎上 ～長州・[[久坂玄瑞]]、志に散る～&lt;br /&gt;
*10月16日　必勝の方程式、江戸を制す ～[[大村益次郎]]、彰義隊撃破の時～&lt;br /&gt;
*10月23日　関ヶ原の戦い、決死の的中突破 ～戦国の猛将 [[島津義弘]]、決断の時～&lt;br /&gt;
*10月30日　人類のために生き、人類のために死す ～未公開書簡が明かす[[野口英世]]の真実～&lt;br /&gt;
*11月6日　豊臣秀吉天下統一の必勝戦略 ～[[小田原の役|小田原攻め]]に秘策あり～&lt;br /&gt;
*11月13日　激突 [[武田信玄]]と[[上杉謙信]] ～[[川中島の戦い]]、両雄決戦の時～ &lt;br /&gt;
*11月20日　改革に散った最後の幕臣 [[小栗上野介]] ～一本のねじから日本の近代は始まった～&lt;br /&gt;
*12月4日　[[銀行]]は人々のために ～金融危機を救った[[渋沢栄一]]の決断～&lt;br /&gt;
*12月11日　忠臣蔵、父と子の決断 ～赤穂浪士討ち入りの時～&lt;br /&gt;
*12月18日　[[ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン|ベートーヴェン]] [[交響曲第9番|第九]]誕生! ～民衆に自由を呼びかけた交響曲～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2003年===&lt;br /&gt;
*1月8日　新春スペシャル「ニッポン開国」（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
:前編「なぜアメリカだったのか?」 ～[[マシュー・ペリー|ペリー]]の知られざる外交戦略～&lt;br /&gt;
:後編「通商か?亡国か?」 ～日本全権、決死の通商条約締結～&lt;br /&gt;
*1月15日　[[佐々木小次郎|小次郎]] 敗れたり ～決闘巌流島・[[宮本武蔵]]の執念～&lt;br /&gt;
*1月22日　兵法の道は人の道 宮本武蔵 ～『五輪書』完成への苦闘～&lt;br /&gt;
*1月29日　外交立国の志、いまだ死なず ～[[榎本武揚]]、箱館戦争終結の決断～&lt;br /&gt;
*2月12日　乱世を制するリーダーの条件 ～[[湊川の戦い]] [[足利尊氏]]、苦悩の決断～&lt;br /&gt;
*2月19日　夢は征夷大将軍 ～徳川家康・逆転の戦略～&lt;br /&gt;
*2月26日　緊迫の二十四時間 ～新資料が明かす二・二六事件の内幕～&lt;br /&gt;
*3月5日　独裁者ヒトラー ～破滅への軌跡～&lt;br /&gt;
*3月12日　幕末立志伝 今こそ変革の時 ～[[吉田松陰]]・久坂玄瑞・[[高杉晋作]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*4月2日　家康・天下を制した184通の書状 ～関ヶ原の合戦・知られざる情報工作～&lt;br /&gt;
*4月9日　[[真田幸村]] どん底からの挑戦 ～家康を追いつめた伝説の名将～  &lt;br /&gt;
*4月16日　ロシア女帝が涙した帰国願い ～日露交渉の扉を開いた[[大黒屋光太夫]]～&lt;br /&gt;
*4月23日　改革者か、悪徳老中か? ～[[田沼意次]]、江戸の経済改革に挑む～&lt;br /&gt;
*5月7日　幕末ニッポン・幻の遷都計画 ～江戸か大坂か?[[大久保利通]]の大改革～&lt;br /&gt;
*5月14日　[[チャーリー・チャップリン|チャップリン]]を襲撃せよ ～五・一五事件　首相暗殺の裏に秘められたドラマ～&lt;br /&gt;
*5月21日　我が言は、万人の声 ～太平洋戦争前夜、日本を揺るがした国会演説～（[[斉藤隆夫]]）&lt;br /&gt;
*5月29日　日出づる処の天子より ～[[聖徳太子]]、理想国家建設の夢～&lt;br /&gt;
*6月4日　信長と家康、そして同盟は幻と消えた? ～[[長篠の戦い]]、戦国を変えた両雄の決断～&lt;br /&gt;
*6月11日　[[源義経]]、大水軍を奪いとれ! ～[[壇ノ浦の戦い|壇の浦の戦い]]、奇跡の逆転劇～&lt;br /&gt;
*6月18日　新撰組誕生 ～幕末に青春をかけた男たち～&lt;br /&gt;
*6月25日　新撰組の夢、関東に散る ～江戸城明け渡しの裏で何がおきていたのか～&lt;br /&gt;
*7月2日　[[盧溝橋事件]] 運命の4日間 ～中国派兵への重大決意～&lt;br /&gt;
*7月9日　[[高杉晋作]]、50倍の敵を制する必勝戦略 ～幕末長州・奇跡の逆転劇～&lt;br /&gt;
*7月16日　海を越えた愛、日本を守る ～新史料、[[フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト|シーボルト]]開国秘話～&lt;br /&gt;
*7月23日　占領日本・運命を決した直談判 ～[[吉田茂]]と[[ダグラス・マッカーサー|マッカーサー]]～&lt;br /&gt;
*7月30日　スパイ・[[リヒャルト・ゾルゲ|ゾルゲ]] 最後の暗号電報 ～新資料が明かす国際スパイ事件～&lt;br /&gt;
*8月20日　夏休みスペシャル・そして日本はよみがえった ～混迷を打ち破ったヒーローたち～（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
:前編「混沌の時代を切り開いた男たち」&lt;br /&gt;
:後編「近代の日本を作った男たち」&lt;br /&gt;
*8月27日　[[板垣退助|板垣]]死すとも、自由は死せず ～日本に国会を誕生させた不朽の名言～&lt;br /&gt;
*9月3日　[[クレオパトラ7世|クレオパトラ]] 世界帝国の夢 ～知られざる愛と誇りの決断～&lt;br /&gt;
*9月10日　[[ジャンヌ・ダルク]] 戦いはわが愛の証 ～裁判記録が明かす聖女の真実～&lt;br /&gt;
*9月17日　[[日野富子]] 愛と憎しみの和平工作 ～[[応仁の乱]]を終結させた将軍の妻～&lt;br /&gt;
*10月1日　秀吉に天下を取らせた男 ～[[黒田孝高|黒田官兵衛]] 戦国最強のナンバー2～&lt;br /&gt;
*10月8日・15日「[[始皇帝]]」（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「希代のカリスマ・中国に立つ」 ～[[秦]]王朝 天下統一のとき～&lt;br /&gt;
:後編「崩壊は絶頂の中から始まった」 ～秦王朝 滅亡のとき～&lt;br /&gt;
*10月22日　[[正岡子規]] 余命十年で[[日本語]]を革新した男&lt;br /&gt;
*10月29日　[[白虎隊]] 自刃への三十六時間 ～生存隊士の手記が語る悲劇の真相～&lt;br /&gt;
*11月5日・12日　古代中国・[[項籍|項羽]]と[[劉邦]]（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「天下を分けた運命の宴 [[鴻門の会]]」&lt;br /&gt;
:後編「勝利への60万人の大合唱 [[垓下の戦い|四面楚歌]]」&lt;br /&gt;
*11月19日　[[勝海舟]] 江戸城無血開城はなぜ実現したか&lt;br /&gt;
*11月19日　[[マハトマ・ガンジー|ガンジー]] 暴力の連鎖を断ち切れ!&lt;br /&gt;
*12月4日　日米開戦を回避せよ ～新史料が明かす最後の和平交渉～&lt;br /&gt;
*12月11日　忠臣蔵 お裁き始末記 ～忠義か、犯罪か?幕府がゆらいだ50日～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2004年===&lt;br /&gt;
*1月7日　新春スペシャル・「新撰組」 ～最後のサムライたち～（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
:前編「立志編 剣に生きる」&lt;br /&gt;
:後編「死闘編 武士道に死す」&lt;br /&gt;
*1月14日　秘められた革命工作 ～[[孫文]]を支えた日本人～&lt;br /&gt;
*1月21日　[[平清盛]] 早すぎた革新 ～平氏政権誕生のとき～&lt;br /&gt;
*1月28日　[[明治天皇]] [[あんパン]]を食す ～リストラ武士 [[木村安兵衛]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*2月4日　そして近代ニッポン人が誕生した ～明治の文豪たちの生き方革命～&lt;br /&gt;
*2月11日　日露開戦 男たちの決断 ～明治日本 存亡をかけた戦略～&lt;br /&gt;
*2月25日　[[外様大名]]はこうして生き残った! ～家康に勝利した逆転の戦略～&lt;br /&gt;
*3月3日　大久保利通・新生日本を救う ～回避された「幻の日清戦争」～&lt;br /&gt;
*3月31日　[[さとうきび]]畑の村の戦争 ～新史料が明かす[[沖縄県|沖縄]]戦の悲劇～&lt;br /&gt;
*4月7日　新発見![[大坂城]]は超ハイテク要塞だった ～秀吉VS家康「堀」をめぐる攻防の真相～&lt;br /&gt;
*4月14日　日本の運命を背負った少年たち ～[[天正遣欧少年使節|天正遣欧使節]]・ローマ教皇謁見の時～&lt;br /&gt;
*4月21日　信長暗殺を命じた男 ～新説・本能寺の変 浮上した黒幕～&lt;br /&gt;
*4月28日　[[女優]]誕生 ～[[川上貞奴|マダム貞奴]]、「[[オセロ (シェイクスピア)|オセロ]]」初演の時～&lt;br /&gt;
*5月5日　子供の心に歌を ～大正・[[童謡]]誕生物語～&lt;br /&gt;
*5月12日　日本[[サッカー]]・[[ベルリンオリンピック]]の奇跡 ～世界を驚かせた逆転勝利～&lt;br /&gt;
*5月19日・26日　モンゴル帝国（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「草原の覇者[[チンギス・ハーン|チンギス・カン]]」～ユーラシア統一への道～&lt;br /&gt;
:後編「[[マルコ・ポーロ]]は見た巨大国家の盛衰」 ～「[[東方見聞録]]」誕生のとき～&lt;br /&gt;
*6月2日　家康、人生最大の危機の3日間 ～大脱出!伊賀越えの先に天下が見えた～&lt;br /&gt;
*6月9日・16日　日露戦争100年（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「二〇三高地の悲劇はなぜ起きたのか」 ～新史料が明かす激戦の真相～&lt;br /&gt;
:後編「逆転の極秘電報154号」 ～知られざるポーツマス講和会議の真相～&lt;br /&gt;
*6月23日　大江戸発至急便 黒船あらわる ～幕末日本の情報ネットワーク～&lt;br /&gt;
*6月30日　もう一つの日本を創った男 ～[[平将門]] 東国独立政権の謎～&lt;br /&gt;
*7月7日　「関白」対「源氏長者」 ～家康・秀吉 「姓」をめぐる知られざる攻防～&lt;br /&gt;
*7月14日　ドキュメント[[池田屋事件]] ～[[近藤勇|近藤 勇]]・突入決断の真相～&lt;br /&gt;
*7月21日　[[世界遺産]] [[熊野]]の森を守れ ～[[南方熊楠]]・日本初の自然保護運動～&lt;br /&gt;
*7月28日　日米開戦を回避せよ ～新史料が明かす 最後の和平交渉～&lt;br /&gt;
*8月16日　奇跡の銀メダル [[人見絹江]] ～日本女子初メダル獲得の時～&lt;br /&gt;
*9月1日　武田信玄 地を拓き水を治める ～戦国時代制覇への夢～&lt;br /&gt;
*9月8日　信長と[[斎藤道三|道三]] ～改革者を生んだ非情の絆～&lt;br /&gt;
*9月15日　悲劇の英雄 ～“[[トーマス・エドワード・ロレンス|アラビアのロレンス]]”の真実～&lt;br /&gt;
*9月22日　焼け跡に[[ゾウ]]がやってきた ～海を越えた日本の子どもたちの夢～&lt;br /&gt;
*10月6日　グッドバイ ちょんまげ ～明治日本 文明開化騒動記～&lt;br /&gt;
*10月13日　列国の野望 [[シベリア]]を走る ～[[ロシア革命]]・[[ソビエト連邦|ソビエト]]成立までの混迷の5年～&lt;br /&gt;
*10月27日　実録・[[ええじゃないか]] ～幕末ニッポンを動かした民衆パワー～&lt;br /&gt;
*11月3日　義経はなぜ死んだのか ～源頼朝と奥州藤原氏の攻防～&lt;br /&gt;
*11月10日　秘録・幻の明治新政府 ～維新を変えた激動の27日間～&lt;br /&gt;
*11月17日　サムライ魂でデパートを創れ! ～近代百貨店誕生物語～&lt;br /&gt;
*11月24日　ニッポンに学べ![[タイ王国|タイ]]の”明治維新” ～「[[王様と私]]」・[[ラーマ5世|ラーマ五世]]の苦闘～ &lt;br /&gt;
*12月8日　ミステリー大化改新 ～蘇我入鹿暗殺の実像～&lt;br /&gt;
*12月15日　それからの新選組 ～土方歳三、箱館に死す～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2005年===&lt;br /&gt;
*1月5日　[[歌舞伎]]スタア誕生 [[市川團十郎 (2代目)|二代目 市川團十郎]]の挑戦&lt;br /&gt;
*1月12日　百世の安堵をはかれ 安政大地震・奇跡の復興劇&lt;br /&gt;
*1月26日　日露戦争100年 日本海海戦 ～参謀 [[秋山真之]]・知られざる苦闘～&lt;br /&gt;
*2月2日　龍馬が愛した女 ～幕末、愛と別れの物語～&lt;br /&gt;
*2月9日　[[プロ野球]]を変えた[[ホームラン]] [[天覧試合]] オーナーたちの戦い&lt;br /&gt;
*2月16日　日米攻防90日 国際軍縮を実現せよ! [[ワシントン会議 (1922年)|ワシントン会議]]・全権 [[加藤友三郎]]の挑戦&lt;br /&gt;
*2月23日　我が運命は民と共に 悲劇の英雄 [[楠木正成]]の実像&lt;br /&gt;
*3月2日　[[源実朝|実朝]]暗殺 ～歌人将軍は、なぜ殺されたか?～&lt;br /&gt;
*3月9日・16日　シリーズ三国志英雄伝（前・後編2週連続　2001年の夏休みスペシャルの再構成をベースに）&lt;br /&gt;
:前編「奇跡の風・長江に吹く」 ～孔明の知略・天下三分の計～&lt;br /&gt;
:後編「死せる孔明・中国を動かす」 ～千年の時を越える教え～&lt;br /&gt;
*3月30日　恋・人生・そして小説 ～[[樋口一葉]] 女性作家誕生の時～&lt;br /&gt;
*4月6日　大帝国の野望、博多に散る ～大陸から見た蒙古襲来～&lt;br /&gt;
*4月13日　武田家滅亡の謎 ～戦国最強軍団はなぜ滅びたのか～&lt;br /&gt;
*4月20日・27日　源義経 栄光と悲劇の旅路（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「第1回 西へ 戦いの彼方に」&lt;br /&gt;
:後編「第2回 北へ 流浪の果てに」&lt;br /&gt;
*5月11日　にっぽん[[郵便]]創業物語 ～[[前島密]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*5月18日　戦国をひらいた男 ～[[北条早雲]] 56才からの挑戦～&lt;br /&gt;
*5月25日　傷ついた戦場の兵士を救え ～[[佐野常民]] 日本初の国際人道支援～&lt;br /&gt;
*6月1日　民を救った義士たちの物語 ～宝暦の治水・[[薩摩藩]]士の苦闘～&lt;br /&gt;
*6月8日　[[横山エンタツ|エンタツ]]・[[花菱アチャコ|アチャコ]]の[[漫才]]革命 ～あんじょうわろうてや!～&lt;br /&gt;
*6月15日　幕末・運命の愛 ～時代を創った男と女の物語～&lt;br /&gt;
*6月22日　さらばサムライ ～[[西郷隆盛]] 徴兵制の決断～&lt;br /&gt;
*6月29日　さらばサムライ ～[[西南戦争]]・田原坂の真実～&lt;br /&gt;
*7月6日　プロ野球を作った男たち ～昭和10年 アメリカ遠征記～&lt;br /&gt;
*7月13日　実録・[[大岡忠相|大岡越前]] ～火事と闘った知られざる素顔～&lt;br /&gt;
*7月20日　信長の巨大鉄船、戦国の海を制す ～織田水軍 VS 村上水軍、決戦大坂湾～&lt;br /&gt;
*7月27日・8月3日　シリーズ終戦60年（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「戦艦大和の悲劇」 ～大艦巨砲主義、時代に敗れる～&lt;br /&gt;
:後編「ソ連参戦の衝撃」 ～満蒙開拓民はなぜ取り残された～&lt;br /&gt;
*8月24日　日露衝突を回避せよ ～[[高田屋嘉兵衛]] 決死の交渉劇～&lt;br /&gt;
*8月31日　家康が最も恐れた男 ～敗者 [[石田三成]]の関ヶ原～&lt;br /&gt;
*9月14日　[[二宮尊徳|二宮金次郎]] 天保の大飢饉を救う&lt;br /&gt;
*9月21日　戦国 出世の方程式 [[藤堂高虎]] 大阪夏の陣の大勝負&lt;br /&gt;
*10月12日　幕末・土佐勤皇党 不滅の志 ～若者たちは変革に命を賭けた～&lt;br /&gt;
*10月19日　誰がための仏教か ～[[鑑真]]和上の宗教改革～&lt;br /&gt;
*11月9日　鎖国の扉を開け ～[[ジョン万次郎]] 漂流民の挑戦～&lt;br /&gt;
*11月16日　秘められたメディア戦略 ～[[児玉源太郎]] 日露戦争のシナリオ～&lt;br /&gt;
*11月30日・12月7日　シリーズ[[真珠湾攻撃|真珠湾]]への道（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「[[山本五十六]] 苦渋の作戦立案」&lt;br /&gt;
:後編「山本五十六 運命の作戦決行」&lt;br /&gt;
*12月14日　歴史の選択　赤穂浪士 ～討ち入り組VS討ち入り不参加組～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2006年===&lt;br /&gt;
*1月11日　人間ドラマ誕生 ～[[近松門左衛門]] [[曽根崎心中]]～&lt;br /&gt;
*1月18日　古代の文明開化 ～1号寺院・[[飛鳥寺]]建立の戦略～&lt;br /&gt;
*2月1日　[[新聞]]誕生 ～幕末・[[浜田彦蔵|ジョセフ彦]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*2月8日　[[壬申の乱]] ～[[天武天皇]]誕生の秘密～&lt;br /&gt;
*2月15日　戦国の花嫁 ～[[山内一豊]]の妻・[[見性院|千代]]～&lt;br /&gt;
*2月22日　[[伝染病]]から日本を守れ ～細菌学者 [[北里柴三郎]]の闘い～&lt;br /&gt;
*3月1日　さらば殿様 ～[[廃藩置県]] 激動の内幕～&lt;br /&gt;
*3月8日　[[零式艦上戦闘機|ゼロ戦]]・設計者が見た悲劇 ～[[マリアナ沖海戦]]への道～ （ここまでが水曜日21:15放送）&lt;br /&gt;
*4月5日　マッカーサーを叱った男 ～[[白洲次郎]]・戦後復興への挑戦～ （ここからが水曜日22:00放送）&lt;br /&gt;
*4月12日　[[大奥]] 悲しみの果てに ～[[徳川家宣]]正室 [[天英院]] 煕子の生涯～&lt;br /&gt;
*4月19日　それでも地球は動いた ～[[ガリレオ・ガリレイ]]の栄光と挫折～&lt;br /&gt;
*4月26日　歴史の選択　本能寺の変 織田信長 VS 明智光秀 ～激突!改革か安定か～&lt;br /&gt;
*5月17日　響け 希望の歌声 ～戦後初の流行歌「リンゴの唄」～&lt;br /&gt;
*5月24日　帝と民の巨大プロジェクト ～東大寺大仏 [[聖武天皇]]の挑戦～   &lt;br /&gt;
*5月31日　これは正義の戦いか ～ジャーナリストたちの[[ベトナム戦争]]～&lt;br /&gt;
*6月21日　幻の大艦隊 ～[[イギリス]]から見た[[薩英戦争]]～&lt;br /&gt;
*7月5日　勝負師は志高く ～碁聖・[[本因坊秀策]]の無敗伝説～&lt;br /&gt;
*7月12日　生まれ来る命 そして母のために ～[[荻野久作]]の受胎期の発見～&lt;br /&gt;
*7月26日　歴史の選択　川中島の戦い 引き分けの謎&lt;br /&gt;
*8月2日　焼け跡から生まれたチャンピオン ～ボクシング [[白井義男]]と[[アルビン・R・カーン|カーン]]～&lt;br /&gt;
*8月23日　幻のハワイ・日本同盟計画&lt;br /&gt;
*8月30日・9月6日　シリーズ 日本独立 その光と影（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「吉田茂と[[日本国との平和条約|サンフランシスコ講和条約]] 前編」&lt;br /&gt;
:後編「吉田茂とサンフランシスコ講和条約 後編」&lt;br /&gt;
*9月13日・20日　「シリーズ・秀吉の[[家族]]」（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「もう一人の秀吉 ～[[豊臣秀長]] [[太閤記]]を演出した弟～」&lt;br /&gt;
:後編「戦国の母 関ヶ原を決す ～[[高台院|おね]]・豊臣政権生き残りへの道～」&lt;br /&gt;
*10月4日　戦火をこえた青春の白球 ～[[学徒出陣]]前 最後の[[早慶戦]]～&lt;br /&gt;
*10月11日　神は我を救い給（たま）うか ～キリシタン 細川ガラシャの生涯～&lt;br /&gt;
*10月18日　格差の怒り 政府を倒す ～[[大正デモクラシー]]を生んだ[[米騒動]]～&lt;br /&gt;
*11月1日　歴史の選択　坂本龍馬暗殺 黒幕は誰か?&lt;br /&gt;
*11月8日　日本を発見した日本人 ～[[柳田國男|柳田国男]]・「[[遠野物語]]」誕生～&lt;br /&gt;
*11月22日　我が手に郷土を ～[[真田昌幸]]・[[信濃国|信州]][[上田市|上田]]の市民戦争～&lt;br /&gt;
*11月29日　ひらがな革命 ～[[国風文化]]を生んだ[[古今和歌集]]～&lt;br /&gt;
*12月20日　母の灯火（ともしび） 小さき者を照らして ～[[石井筆子]]・[[知的障害]]児教育の道～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2007年===&lt;br /&gt;
*1月10日　戦国の剣豪、太平を築く ～[[柳生宗矩]]・「活人剣（かつにんけん）」の真実～&lt;br /&gt;
*1月24日　それでも民は祈り続けた ～[[島原の乱]]・[[キリシタン]]の悲劇～&lt;br /&gt;
*1月31日　[[東京オリンピック]]への道 ～平和の[[聖火]] アジア横断リレー～&lt;br /&gt;
*2月7日　完成・戦国最強軍団 ～武田信玄・苦悩の生涯～&lt;br /&gt;
*2月14日　中国と国交を回復せよ ～[[足利義満]]の日明外交～&lt;br /&gt;
*2月21日　鉄は国家なり ～技術立国 日本のあけぼの～&lt;br /&gt;
*2月28日　天下は我が掌中にあり ～[[黒田孝高|黒田如水]]・もうひとつの関ヶ原～&lt;br /&gt;
*3月7日　苦しむ患者を救いたい ～[[イタイイタイ病]]裁判・弁護士たちの闘い～&lt;br /&gt;
*3月14日　歴史の選択　[[邪馬台国]]はどこか ～[[近畿地方|近畿]]説VS[[九州地方|九州]]説～&lt;br /&gt;
*3月28日　その時歴史が動いたスペシャル もう一度聞きたい あの人の言葉（22:59まで拡大）&lt;br /&gt;
*4月4日　謙信恐るべし&lt;br /&gt;
*4月11日　[[所得倍増計画]]の夢を追え ～[[高度経済成長]]の軌跡～&lt;br /&gt;
*4月18日　海の関ヶ原 ～[[村上武吉]]・水軍に賭けた夢～&lt;br /&gt;
*4月25日　[[大奥]] 華（はな）にも意地あり ～江戸城無血開城・[[天璋院]]篤姫～&lt;br /&gt;
**[[岩崎ひろみ]]が天璋院役、[[吉井怜]]が和宮役で出演&lt;br /&gt;
*5月2日　[[憲法]]施行60年 特集　[[日本国憲法第9条|憲法九条]] 平和への闘争 ～1950年代 [[改憲]]・[[護憲]]論～（22:30～23:29）&lt;br /&gt;
*5月9日　源頼朝 魔法の大逆転 ～[[富士川の戦い]]～&lt;br /&gt;
*5月16日　日本ミステリー誕生 ～[[江戸川乱歩]]・大衆文化との格闘～&lt;br /&gt;
*5月23日　悲しき女帝 許されざる恋 ～[[宇佐八幡宮神託事件|道鏡事件]]の真相～&lt;br /&gt;
*6月6日　[[メキシコシティオリンピック|メキシコ五輪]] 奇跡の銅メダル ～日本サッカー・勝つための組織作り～&lt;br /&gt;
*6月13日　ニッポン外交力誕生 ～[[伊藤博文]]・[[神戸事件]]解決～&lt;br /&gt;
*6月20日　乱世に祈りを ～[[蓮如]]（れんにょ）・理想郷の建設～&lt;br /&gt;
*7月4日　[[冷戦]]の壁を破ろうとした男 ～[[石橋湛山]]・世界平和への願い～&lt;br /&gt;
*7月11日　天才信長をつくった男 ～[[今川義元]] 真説・桶狭間の戦い～&lt;br /&gt;
*8月1日　忘れられた島の闘い ～[[沖縄返還]]への軌跡～&lt;br /&gt;
*9月5日　引き裂かれた村 ～日米戦の舞台・[[フィリピン]]～&lt;br /&gt;
*9月12日　外交の信念 時流に散る ～宰相・[[広田弘毅|廣田弘毅]]の闘い～&lt;br /&gt;
*9月19日　赤ちゃんを死なせない ～[[乳幼児死亡率|乳児死亡率]]ゼロ・ある村の記録～&lt;br /&gt;
*9月26日　[[日中国交正常化]]&lt;br /&gt;
*10月3日　特別企画 歴史ドキュメント01（ゼロワン）　[[食通|グルメ]]誕生 ～[[北大路魯山人]]と器～&lt;br /&gt;
*10月10日　賤（しず）ヶ岳に散った夢 ～猛将・[[柴田勝家]]の悲劇～&lt;br /&gt;
*10月17日　義に死すとも不義に生きず ～[[会津戦争]] [[松平容保]] 悲運の決断～&lt;br /&gt;
*10月24日　[[銀]]を制する者は天下を制す ～[[毛利氏|毛利一族]]の戦い～&lt;br /&gt;
*10月31日　[[奇兵隊]] ～幕末に命を賭けた若き庶民たち～&lt;br /&gt;
*11月14日　[[国際連合]]加盟 ～[[重光葵]] 日本から世界へのメッセージ～&lt;br /&gt;
*11月21日　[[継体天皇]] [[ヤマト王権|ヤマト]]を救う&lt;br /&gt;
*11月28日　[[緒方洪庵]]・[[天然痘]]との闘い&lt;br /&gt;
*12月5日　[[戦後]][[引揚者|引き揚げ]] 660万人故郷への道&lt;br /&gt;
*12月12日　天下に旗をあげよ ～伊達政宗・ヨーロッパに賭けた夢～&lt;br /&gt;
*12月19日　[[対馬府中藩|対馬藩]]・決死の国書すり替え ～[[朝鮮通信使]]秘話～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2008年===&lt;br /&gt;
*1月23日　都会の地下に夢をもとめて ～[[地下鉄]]の父・[[早川徳次 (東京地下鉄道)|早川徳次]]～&lt;br /&gt;
*1月30日・2月6日　シリーズ[[江戸時代]]の危機（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「[[富士山]][[宝永大噴火|大噴火]] ～幕府・復興への闘い～」&lt;br /&gt;
:後編「[[天明の大飢饉|天明の飢饉]]（ききん）江戸を脅（おびや）かす ～鬼平・[[長谷川宣以|長谷川平蔵]]の無宿人対策～」&lt;br /&gt;
*2月13日・20日　シリーズ秀吉の猛将（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「戦国の風雲児 法の世に散る ～[[福島正則]] 広島改易事件～」&lt;br /&gt;
:後編「豊臣家存続の秘策 ～[[加藤清正]] [[二条城]]会見～」&lt;br /&gt;
*2月27日　軍服を脱いだジャーナリスト ～[[水野廣徳|水野広徳]]が残したメッセージ～&lt;br /&gt;
*3月5日　「自立」を賭けた戦い ～[[河井継之助]]・もう一つの戊辰戦争～&lt;br /&gt;
*3月12日　戦国[[後北条氏|北条]] 百年王国の夢&lt;br /&gt;
*3月19日　平安王朝 華麗なる一族 ～[[藤原道長]]の実像～&lt;br /&gt;
*4月2日　[[徳川四天王]]に学べ! ～組織のためにいかに生きるか～&lt;br /&gt;
*4月9日　音楽の[[市民革命]] ～[[神童]][[ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト|モーツァルト]]の苦悩～&lt;br /&gt;
*4月16日　人間は尊敬すべきものだ ～[[全国水平社]]・[[差別]]との闘い～&lt;br /&gt;
*4月23日　「[[古事記]]」誕生 ～日本最古の[[歴史書|史書]]の謎～&lt;br /&gt;
*4月30日　特別企画 歴史ドキュメント01（ゼロワン）　徳川家康 「江戸」建設に挑む&lt;br /&gt;
*5月14日　日本人の心を守れ ～[[岡倉天心]]・[[廃仏毀釈]]からの復興～&lt;br /&gt;
*5月21日　興亡 北の黄金王国 ～[[奥州藤原氏]] vs [[源氏]]～&lt;br /&gt;
*5月28日　養殖[[真珠]] 宝石界に革命を起こす ～女性を輝かせた男・[[御木本幸吉]]～&lt;br /&gt;
*6月4日　人を衛（まも）る都市をめざして ～[[後藤新平]]・帝都復興の時～&lt;br /&gt;
*6月11日　[[北方探検]] 異境の大地を踏破せよ ～[[間宮林蔵]]・執念の旅路～&lt;br /&gt;
*6月18日　[[移民]]は共存共栄の事業なり ～[[ブラジル]]移民100年～&lt;br /&gt;
*6月25日　戦国の「[[ゲルニカ]]」 ～[[大坂の役|大坂夏の陣]]、惨劇はなぜ起きたのか～&lt;br /&gt;
*7月9日　古池や蛙飛こむ水のおと ～[[松尾芭蕉]] 人生を映した[[俳句|17文字]]～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:日本放送協会テレビ番組|そのときれきしかうこいたのせんほうそうりすと]]&lt;br /&gt;
[[Category:教養番組|そのときれきしかうこいたのせんほうそうりすと]]&lt;br /&gt;
[[Category:ドキュメンタリー番組|そのときれきしかうこいたのせんほうそうりすと]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%81%BF%E3%81%AA%E3%81%BF%E3%81%91&amp;diff=29762</id>
		<title>みなみけ</title>
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				<updated>2008-06-03T07:35:35Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{継続中の作品}}&lt;br /&gt;
{{Infobox animanga/Header&lt;br /&gt;
|タイトル= みなみけ&lt;br /&gt;
|ジャンル= [[コメディ]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{Infobox animanga/Manga&lt;br /&gt;
|作者= [[桜場コハル]]&lt;br /&gt;
|出版社= [[講談社]]&lt;br /&gt;
|掲載誌= [[週刊ヤングマガジン]]&lt;br /&gt;
|レーベル=&lt;br /&gt;
|発売日=&lt;br /&gt;
|開始= [[2004年]]14号&lt;br /&gt;
|終了=&lt;br /&gt;
|巻数= 5巻（2008年3月現在）&lt;br /&gt;
|話数=&lt;br /&gt;
|その他=&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{Infobox animanga/TVAnime&lt;br /&gt;
|監督= [[太田雅彦]]&lt;br /&gt;
|企画= [[大月俊倫]]&lt;br /&gt;
|シリーズ構成= [[あおしまたかし]]&lt;br /&gt;
|キャラクターデザイン= [[越智信次]]&lt;br /&gt;
|アニメーション制作= [[童夢 (アニメ会社)|童夢]]&lt;br /&gt;
|製作= みなみけ製作委員会&lt;br /&gt;
|放送局= [[テレビ東京]]系&lt;br /&gt;
|放送開始= [[2007年]][[10月7日]]&lt;br /&gt;
|放送終了= [[12月30日]]&lt;br /&gt;
|話数=全13話&lt;br /&gt;
|その他=&lt;br /&gt;
|コピーライト= 桜場コハル・講談社/&amp;lt;br/&amp;gt;みなみけ製作委員会&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{Infobox animanga/TVAnime&lt;br /&gt;
|タイトル= みなみけ～おかわり～&lt;br /&gt;
|監督= [[細田直人]]&lt;br /&gt;
|企画= [[大月俊倫]]&lt;br /&gt;
|シリーズ構成= 鈴木雅詞&lt;br /&gt;
|キャラクターデザイン= 田中誠輝&lt;br /&gt;
|アニメーション制作= [[アスリード]]&lt;br /&gt;
|製作= みなみけ おかわり製作委員会&lt;br /&gt;
|放送局= [[テレビ東京]]系&lt;br /&gt;
|放送開始= [[2008年]][[1月6日]]&lt;br /&gt;
|放送終了= [[3月30日]]&lt;br /&gt;
|話数=全13話&lt;br /&gt;
|その他=&lt;br /&gt;
|コピーライト= 桜場コハル・講談社/&amp;lt;br/&amp;gt;みなみけ おかわり製作委員会&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{Infobox animanga/Footer}}&lt;br /&gt;
『'''みなみけ'''』とは[[桜場コハル]]による[[漫画]]作品及びそれを[[原作]]とした[[アニメ]]・[[ドラマCD]]作品である。漫画は「[[週刊ヤングマガジン]]」（[[講談社]]）において[[2004年]]14号から隔号ペースで連載中。テレビアニメシリーズが[[テレビ東京]]系で[[2007年]]10月から[[2008年]]3月まで放送された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 作品概要 ==&lt;br /&gt;
南家の3姉妹の平凡な日常生活を描いた作品。一癖ある3姉妹や周囲のキャラクターが作品を盛り立てている。これは雑誌でのアオリや単行本第2巻の帯に書いてある「'''この物語は南家3姉妹の平凡な日常を淡々と描くものです。過度な期待はしないでください。'''」&amp;lt;ref&amp;gt;このアオリは『みなみけ』の番組冒頭でも使用されているが、『みなみけ～おかわり～』では使用されていない。&amp;lt;/ref&amp;gt;が示す通りであると言える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
登場人物の等身を下げたり描写を単純化するなどのデフォルメは近年の漫画作品にしばしば見られる手法だが、この作品中では逆にリアルな描写（具体的には目や唇、顎のラインなどを若干写実的に描写）を随所に取り入れてアクセントとしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{ネタバレ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な登場人物 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 各キャラクターの説明において、アニメのみの設定はなるべく分けて記述してください。 --&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[声優]]はテレビアニメ版1[[クール (テレビ)|クール]]目『みなみけ』、2クール目『みなみけ～おかわり～』、ドラマCDともに共通（ただし、ドラマCDには未登場の登場人物がいるのでそれを除く）。&lt;br /&gt;
=== 南家3姉妹 ===&lt;br /&gt;
作中、3姉妹の名はカタカナで表記される場合がほとんど。&lt;br /&gt;
; 南 春香（みなみ はるか）&lt;br /&gt;
: 声：[[佐藤利奈]]&lt;br /&gt;
: 長女。通称「ハルカ」。高校2年生。髪は薄茶のロングヘア。&lt;br /&gt;
: 両親が家にいない南家における母親的立場にある存在で、主に家庭の事を中心に生活している。そのために帰宅部だが、バレー部の即戦力になるほどの実力を持つ。しかし家事をしていない時は気が緩みがちで、カナ曰く「だらしない」「基本なまけもの」。作中で寝ている場面が多く姉妹やその友人とプールに行った時も寝ていたため、速水とマキのいたずらでプールに投げられた。自宅で気が緩んだためか胸がはだけた服装をカナやチアキやトウマに注意される事も。カナとチアキが家事をテキパキこなすと自分はきっとダメ人間になると妄想する辺り、自覚はある様子。&lt;br /&gt;
: カナと同じ中学校の卒業生で在学中は「番長」と呼ばれており、卒業後も後輩たちから「番長伝説」が語り継がれているが本人は必死に否定している。普段は温厚な性格だが&amp;lt;ref&amp;gt;『おかわり』ではやや怒りっぽくなっており、厳しい母親のような態度も見せる。&amp;lt;/ref&amp;gt;怒った時は[[必殺技]]の[[アイアンクロー]]を繰り出す事が特徴で、しつけ&amp;lt;ref&amp;gt;妹のケンカを両成敗させる時は特に「アイアンクローフロムキッチン対面式」といい、両手で2人の顔を掴み対面させ謝らせるものとなる。&amp;lt;/ref&amp;gt;や口封じ時に使う。長髪の美人であり、姉妹の中では一番モテる。&lt;br /&gt;
: 料理が上手く、トウマや速水がハルカの手料理をアテにしてたり所々でアツコなどに料理を褒められたりしている。学校が臨時休校の時、時間が余ったという理由で本格的なケーキを作ったりもした。食事によるリズムがチアキとほぼ同じ。&lt;br /&gt;
: アニメ版では次回予告の際に[[東北楽天ゴールデンイーグルス]]ファンであるかのような発言をしたことがある。&lt;br /&gt;
; 南 夏奈（みなみ かな）&lt;br /&gt;
: 声：[[井上麻里奈]]&lt;br /&gt;
: 次女。通称「カナ」。中学2年生。黒髪のロングヘアを[[ツインテール]]にしている（コタツに潜りツインテールを出している姿をハルカやチアキに「クワガタがいる」と言われたことがある）。&lt;br /&gt;
: 南家におけるムードメーカーでトラブルメーカー。常に自分が「面白い」状況を作る事を考えており、作者曰く「天然的策略家」。いつもはチアキに歳下のごとく扱われているが、いざと言う時にはチアキを引っぱっている。サンタクロースを信じなくなったチアキを案じて一計を巡らすなど時には妹想いな面も見せたがそれもサンタクロースを信じ始めたチアキに「いるわけないだろ」と言いたいが為の布石だった。&lt;br /&gt;
: 料理は下手で、ホットケーキをクリームシチューのようなものにしたりカレーの濃さの調整に何度も失敗して鍋3つ分にしてしまったりする。しかし、後にカレーはうまく作れるようになったらしい描写がある。また、食欲旺盛でバレンタインはあげるよりいっぱいもらっている男子から余ったチョコをもらったり情報を操作してチアキにスイーツを作らせたりしており、作るより食べる側に立つことを好む。しかし『[[みなみけ～おかわり～|おかわり]]』の最終話ではハルカの為にとチアキと一緒に家事を行い、内田や吉野の力を借りて手作りハンバーグを作った。&lt;br /&gt;
: 藤岡に惚れられているが、チアキの助言によって藤岡は番長だと間違った捉え方をしている。マコトをマコちゃんにした張本人で、マコちゃんを「作品」と称している。&lt;br /&gt;
: テストでは65点前後（アニメ版ではさらに下降）の「人間味溢れるすばらしい点数」を取る（ケイコやリコにテストの予想範囲を教わり99点を2度取った事がある）。また、アニメでは&amp;lt;ref&amp;gt;『みなみけ』アニメ第7話にてカナの通学する図書館の書籍に「美羽に告ぐ」「のぶえおねえちゃん」「苺のまし……」「松岡家の秘…」という『[[苺ましまろ]]』に関連のものがあるが、『みなみけ』アニメを作成した[[童夢]]は『苺ましまろ』のアニメを作成している経歴があり、それによるものである。&amp;lt;/ref&amp;gt;読書を嗜む一面も見せた。&lt;br /&gt;
: 私服はハルカやチアキと違いボーイッシュな物を着ており原作では制服以外のスカートを穿かないが、アニメ版では例外がある。原作では速水の酒盛り（らしきもの）に付き合ったので酒に強そうに見られていたがアニメではカナが酒を飲む描写はなく、グラスも空になった様子はない。また[[広島東洋カープ|カープ]]ファンと思しき発言をしており、アニメ公式HPでは広島東洋カープファンと公表した事で公式な設定である事が確認される。&lt;br /&gt;
; 南 千秋（みなみ ちあき）&lt;br /&gt;
: 声：[[茅原実里]]&lt;br /&gt;
: 三女。通称「チアキ」。小学5年生（クラスは5年2組）。髪は薄茶のロングヘア。&lt;br /&gt;
: 小学生とは思えないほど辛辣でドライな性格の持ち主。勉強がよく出来る「天下無敵のおりこうさん」。しかし運動は得意な方ではなく、カナヅチ。緑黄色野菜の類が苦手である。チアキのトレードマークともなっている[[ホイップ]]と呼ばれる[[アホ毛|癖毛]]（『おかわり』第9話でカナが発言）は、キャラクターを引き立てる要素のひとつとなっている。酔っ払うと笑い上戸になる。眠たそうに半分眼を閉じているが、カナ曰く「見たくないものを見ないため」&amp;lt;ref&amp;gt;アニメ版ではその設定が「チアキビジョン」として再現されている。それによるとバカ度が高くなるほど顔～上半身にかけて黒い影が入り、バカ度100%のカナの顔は全く見えていない。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
: ハルカの事は「ハルカ姉様」と呼んで慕っており（これは父親に雰囲気が似ている藤岡に対しても同じ）、異性に好意的にしているとやきもちを焼くことがある。一方、カナやマコトの事はよく「バカ野郎」と呼んでいつもきつく当たっている。しかし、カナの書置き騒動でパニックになったりカナが買い物に行ったきり帰ってこない夢を見た時は、どこにも行かないようずっとカナにくっついていたりと完全に嫌っている訳ではないようである。&lt;br /&gt;
: 彼女の精神には天使と悪魔（後述）がおり、その2人が討論している間のチアキはいつにも増してボーッとして他人から見ればフリーズしてるように見える。&lt;br /&gt;
: ハルカの手伝いをしているためか料理が得意で家庭科の授業も注目を集めたりかなりの腕。しかし料理を作ってる間に興奮してしまい、自分1人で完成させた料理の名前をかんだりする。炭酸飲料を愛しており、買い置きがないと機嫌が悪くなる。&lt;br /&gt;
: アダ名付けには定評があるが内田曰く「完成した作品には興味が無い」ため、すぐに忘れる。また一部の生徒からは姫と呼ばれ恐れられているが、本人は姫と呼ばれることを好んでいない（このあだ名はチアキ自身が名付けたもの）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 3姉妹の親族他 ===&lt;br /&gt;
; ふじおか&lt;br /&gt;
: 『みなみけ』のマスコット的[[テディベア|くまのぬいぐるみ]]。チアキがクリスマスプレゼントに藤岡からもらったもので、名前はそこからカナが命名。チアキ曰く「[[アラスカ州|アラスカ]]出身」。チアキ的には気に入っていて大事に扱っているらしいが、カナに向けて投げつけられたり（チアキ曰く「ふじおかの意志」）ナツキの鼻血を拭うのに使われたり（原作のみ）とあまり大事に扱われてはいないが、なぜか次の登場時には傷・汚れの一つもない。&lt;br /&gt;
; タケル&lt;br /&gt;
: 声：[[浅沼晋太郎]]&lt;br /&gt;
: 黒髪のさらさらヘアの男性。&lt;br /&gt;
: 南家の親戚。3姉妹からは「タケルおじさん」と呼ばれているが、本当は南家の母の姉の息子で結局は[[いとこ]]。なにかと3姉妹を気にかけており、カナに好意を抱く藤岡を目のカタキにしている。ガールフレンドと別れた事を愚痴りに来るなど少し頼りないが、何気なく立てて倒れたペン先でものを探し当てる能力がある。車の免許を持っており、南家及び友人達の保護者兼運転手として駆り出される事が多い。&lt;br /&gt;
: 愛車（レンタカーの可能性あり）はジェイドグリーンマイカの[[三菱・デリカD:5|デリカD:5]]（アニメ版、グレードは『おかわり』第1話で描写されていた内装、運転席側のスライドドアにパワースライド機構が装備されていない点、グリル形状から推測して4WDのG-ナビパッケージだが、グリーン内装が車自体に設定されていないため実際には存在しないグレードとなっている）。&lt;br /&gt;
; 天使&lt;br /&gt;
: 原作のみに登場する、チアキの心に住む善意の象徴的存在。チアキの心に迷いが生じた時に登場し、悪魔と討論する様子が描かれる。現在のチアキをそのまま投影した容姿で天使らしく頭上に輪、背中に羽を持ち、白のワンピースを着ている。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--実直だが緑黄色野菜嫌いであることには変わりなく、ハルカがホワイトボードに書き残していったチアキに買ってきてほしい物の記述がカナによって改竄された可能性を疑い本当の内容をカナから聞き出さなければと主張した際、悪魔に緑黄色野菜である可能性を示唆されて返答に窮した。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
; 悪魔&lt;br /&gt;
: 天使と同様原作のみに登場する、チアキの心に住む悪意の象徴的存在。チアキの心に迷いが生じた時に登場し、天使と討論する様子が描かれる。容姿はチアキの願望を反映してか天使よりも長身でスタイルが良く、悪魔らしく頭に触角、背中に羽を持ち、黒の[[スリップ (衣類)|スリップドレス]]を着ている。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--天使よりも弁が立ち、正論を主張する天使を緑黄色野菜に絡めた切り返しで黙らせることが出来る。自己中心的だが思考は至って現実的で機転も利き、上述のホワイトボード改竄疑惑の際にホワイトボードの記述をデジカメで撮るという自己保身の方法を提示した。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== もう一つの南家 ===&lt;br /&gt;
原作第40話から登場。みなみけと同じ姓を持つ一族。血縁的な繋がりはないが、トウマとチアキの出会いがきっかけでみなみけとの交流を深めていく。季節を含んだ名前、両親が家にいない等みなみけと共通する点がある。『おかわり』ではトウマ以外登場しない。&lt;br /&gt;
; 南 冬馬（みなみ とうま）&lt;br /&gt;
: 声：[[水樹奈々]]&lt;br /&gt;
: 末っ子で3人の兄がいる長女。通称「トウマ」。小学5年生（クラスは5年1組）。名前に「冬」の文字が入るが4月生まれ。初対面の人間の多くが男の子だと勘違いしてしまう程ボーイッシュな外見で男勝りな性格だが、甘いものが好きだったり男の裸を見るとおもわず赤面したりするなどの年相応の女の子らしい一面がある。チアキに言いくるめられ「チアキの弟」にされる。マコトと違い性別を隠すつもりは無く、あくまで男役という認識でいるが役には従順であり、無意識のうちに性別を隠しているつもりになっていたこともあった。サッカーが好きで藤岡とはサッカー仲間になるが藤岡には女であることを知られておらず、トウマ本人も彼に自分が女だとバレると関係が崩れると危惧している。実際は1度、制服姿を（アニメでは水着姿も）藤岡に見られているがそれでも彼はトウマを男だと思っている様子。特に原作では藤岡には女であることを隠すようにチアキから念を押されている。体型（特に胸部）はカナによると、「チアキよりは女」らしい。勉強は苦手のようで、長期休暇の宿題やテスト前の勉強になるとチアキや吉野に頼る。&lt;br /&gt;
: チアキとは違いサンタクロースの正体を知っているようで、兄から毎年プレゼントを貰っているがプレゼントがマト外れな為困っている。アニメではクリスマスにサンタではなく「アニキ」にサッカーボールかスパイクを頼んだ。また1クール目と2クール目で制作会社が変わった際、原作にある藤岡との初対面エピソードは描かれていない。&lt;br /&gt;
; 南 アキラ（みなみ あきら）&lt;br /&gt;
: 声：[[葉山達也]]&lt;br /&gt;
: 三男。中学1年生。通称「アキラ」。チアキとトウマの繋がりでカナと親しくしていたところを勘違いされ藤岡から勝手にライバル視されている（カナから藤岡が番長であると聞かされたため、藤岡にかなりの恐怖心を抱いている）。長髪が好きだがカナには興味がなく、リコやハルカの方が好み。しかし、藤岡に付きまとうリコを見て「藤岡の彼女」と勘違いしている。ハルカに関しては、最初に感じた印象が「恐怖」だったために断念した。トウマと一緒に南家3姉妹の夕食に加わる事もある。特にカナとの親交が深く、たびたび2年生の教室に訪れる。&lt;br /&gt;
; 南 ナツキ（みなみ なつき）&lt;br /&gt;
: 声：[[吉野裕行]]&lt;br /&gt;
: 次男。通称「ナツキ」。高校1年生。昔は硬派なやんちゃだったが、保坂に勧誘されてバレー部へ入部し少し丸くなった。しかし、家の炊事を理由に滅多に練習には出ていない。バレー部繋がりでマキやアツコとも面識がある。女性を未知の生物のように思っており、興味がないらしい（アキラ曰く「むっつり」）。そして、ハルカのはだけた胸元を見て鼻血を出すなど女性への免疫も備えていない。電話でハルカにお菓子づくりを教えてもらったり南家を訪問するトウマに松茸を持たせるなど、アキラ同様南家と交流をとっている。「男なら恩も恨みも倍返し」が信条。&lt;br /&gt;
; 長男（名前未出）&lt;br /&gt;
: 声：[[川田紳司]]&lt;br /&gt;
: 長男。ナツキとは違うブレザーの制服を着ていることから、別の高校の生徒と思われる。茶髪と眼鏡が特徴。顔立ちは端整だが、発言の節々になかなかのバカ兄ぶりが窺える。トウマのためと色々と思案を巡らすが大体がずれており、逆にトウマからは煙たがられている。兄弟の中で唯一3姉妹との面識が無く原作での登場機会もわずかだが、アニメでは度々兄弟会議を開き「まだ確定していない」が口癖になっているなど個性的な性格付けがされている。名前が無いため、声優の間ではハルオと呼ばれている（Webラジオより）。スタッフロールでは『長男』と記述された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ハルカのクラスメイト他 ===&lt;br /&gt;
; マキ&lt;br /&gt;
: 声：[[高木礼子]]&lt;br /&gt;
: バレー部のムードメーカー。制服がスカートであるというだけの理由で学校を辞めると主張するなど、あまり深く考え込まない性格。落書きされやすい寝顔らしい。保坂をあまり快く思っていないらしく、「気持ち悪い」「キモイ」ではなく「きもちわるい」と評している。カナや内田と気が合うからか、彼女らと同類（バカサイドの住人）であるとチアキは見なしている様子。身長が低く、原作ではマコちゃんにチビ呼ばわりされた。身長の高さはマキ&amp;amp;lt;ハルカ&amp;amp;lt;アツコだが押しの強さは正反対のため、会話はマキ主導で進むことが多い。&lt;br /&gt;
; アツコ&lt;br /&gt;
: 声：[[小野涼子]]&lt;br /&gt;
: バレー部所属。自己主張が苦手で、自分の言った正論が聞き流されることもしばしば。マキとは中学校からの仲。ジュース缶のフタを開けられない。マキとは違い、保坂に対してかっこいい「かもしれない」というなどそこまで嫌悪感を抱いてはいない様子だが、保坂の行動（特にいきなり脱ぎだす行動）には戸惑っている。実際、「気持ち悪いでしょ?」と言われて否定はしなかったが「好きなの?」と言われても否定しなかった。&lt;br /&gt;
: ちなみに、チアキの人間分類によれば「バカ野郎」ではなく弱気なアツコに対して直々にツッコミの指南をしている。&lt;br /&gt;
; 速水（はやみ）&lt;br /&gt;
: 声：[[千葉紗子]]&lt;br /&gt;
: 女子バレー部所属の3年生で、マキやアツコの先輩。ハルカの運動神経に目をつけ、バレー部に入部させようと画策する。カナ同様「面白い事」が好きで、普段は目を閉じているような外見だが「面白い事」に直面すると一瞬だけ開眼する。面白いことのためには手間も出費も惜しまないが、行動が裏目に出ると暴挙に出ることも。南家に時々「[[酒|高級ジュース]]」を持ち込む。大概の人から敬遠される保坂と普通に接する数少ない人物でもある。むしろ保坂に対する[[ツッコミ#どつき|突っ込み]]には容赦が無く、ボールのごとくスナップを効かせて叩く（稀に蹴る）。&lt;br /&gt;
; 保坂（ほさか）&lt;br /&gt;
: 声：[[小野大輔]]&lt;br /&gt;
: 男子バレー部部長の3年生。背が高くハンサムで心優しく面倒見がいい性格で器も大きい、一見すれば非常にモテるタイプ。しかしキザな上に妄想癖が激しく、すぐ自分の世界に入って周囲の目を意に介さず独り言を言ったり過度な身振りで体現したりするため学年問わず大半の女子から「'''きもちわるい'''」（マキ曰く「キモいんじゃないの」「きもちわるいの」）と敬遠されている。「～なわけだ」や「問題ない!」が口癖で、感極まると上着を脱ぎ始める癖がある。ハルカの事が好きで、自分が所属する男子バレー部のマネージャーになってもらいたがっている。ハルカに汗を拭いてもらうことが夢（妄想に浸っていて本人は気付いていないようだが、第1巻で実際にハルカに汗を拭いてもらっている描写がある）。保坂の妄想世界の中ではカナとチアキはハルカが産んだ子供という設定になっており、現実よりも幼く描かれている。また、ハルカに影響されて料理を始めるようになり自分の料理で彼女に笑ってもらえるよう努力をしているのだが、ハルカと会話を交わしたことは一度もなくどうにか接点を作ろうと模索している段階。速水曰く「保坂は見栄っ張りで小心者だがベストを尽くす男」らしい。アニメによると、料理の腕はフランス料理や十割そばを作れるほど。&lt;br /&gt;
; ヒトミ&lt;br /&gt;
: 南ナツキのクラスメイトで1年生。ナツキの目を見るとナツキの考えている事がわかる。ハルカ、マキと面識がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== カナのクラスメイト他 ===&lt;br /&gt;
; 藤岡（ふじおか）&lt;br /&gt;
: 声：[[柿原徹也]]&lt;br /&gt;
: サッカー部のレギュラーで女の子にモテモテ。カナに片思いしているが出したラブレターがチアキによって果たし状と解釈され、「番長」と呼ばれるハメになる。他の女の子からもらったバレンタインのチョコは全部返す等、一途に片思いを続けているがそのためにカナによく振り回されている。カナ自身は無駄な争い事を避けたいという理由で彼と仲良くしたいと思っており、彼を嫌ってはいない。時にはチアキに藤岡と仲良くなれる方法の助言をもらい、それを実行に移している。タケルいわく「ずいぶんカナに気に入られている」らしいが、ヒロコの情報によるとカナにその気はないらしい。また、タケル流の物の探し方（ペンを倒した方向に捜し物があると言う単純なものだが、よく当たる）でカナが「素敵な旦那候補」を探すと2度も藤岡のいる方をさした。&lt;br /&gt;
: 今では南家3姉妹全員にクリスマスプレゼントを渡したりとカナだけでなく南家全員との親交がかなり深い。ハルカによれば雰囲気がハルカ達の父親とよく似ているらしく、膝の上もしくは足の間は藤岡を慕うチアキのお気に入りの席となっている。&lt;br /&gt;
: トウマを男だと勘違いしている。温泉に行った際に裸のカナと遭遇したことがある。&lt;br /&gt;
; ケイコ&lt;br /&gt;
: 声：[[後藤沙緒里]]&lt;br /&gt;
: カナの友達。テストで常に100点を取る優等生だが、それゆえカナに「電卓になればいい」「アメリカに行けばいい」などと散々な事を言われている。眼鏡の度はきつく、はずすと相手の顔も判別できないほどである。カナやリコの言動に振り回されることもしばしばだが、怒る時は怒る。&lt;br /&gt;
; リコ&lt;br /&gt;
: 声：[[高梁碧]]&lt;br /&gt;
: 口元のホクロと長い黒髪が特徴的。藤岡にベタ惚れしており、彼に勉強を教える機会を得るためにわざわざ成績を上位に保っている。ケイコとはカナとの関係を聞き出すうちに親しくなり、よく一緒に行動している。また、ケイコを掴むのが癖。カナにライバル心はあるものの、「仲良くすれば藤岡君と話すチャンスが増えるから」と積極的に接することが多い。彼女もトウマを男だと思ってしまっている。&lt;br /&gt;
; その他のクラスメイト&lt;br /&gt;
: カナのクラスには柔道部と剣道部のエースがいる。2人ともテストの成績はカナより低く、50点に届かない程度。カナの策略により3人で「カナ軍団」（リコ曰く「バカ軍団」）を結成する。アニメでは登場せず、カナ軍団の構成員も異なる。&lt;br /&gt;
; ユウ&lt;br /&gt;
: 声：[[大原桃子]]&lt;br /&gt;
: 3年生。3代目番長。本人は番長である事を快く思っていないが、初代番長であるハルカには憧れている。腕っ節はなかなかのもので、特に[[腕相撲]]は「負け方を知らない」と豪語。&lt;br /&gt;
; ヒロコ&lt;br /&gt;
: 声：千葉紗子&amp;lt;!-- 兼任のためリンクせず --&amp;gt;&lt;br /&gt;
: ユウの同級生で自称傍観者。噂好きで世話焼き。ハルカの番長伝説にも詳しく、それをカナ達に伝えた張本人。&lt;br /&gt;
; 男の先生（名前未出）&lt;br /&gt;
: 声：川田紳司&amp;lt;!-- 兼任のためリンクせず --&amp;gt;&lt;br /&gt;
: アニメのみに登場するハルカの中学時代の数学の先生。原作では番長伝説を読み上げるカナのセリフ中に出てくるだけである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== チアキのクラスメイト他 ===&lt;br /&gt;
; 真（まこと）/マコちゃん&lt;br /&gt;
: 声：[[森永理科]]&lt;br /&gt;
: バカサイドの住人。通称「マコト」。南家に訪れた際に、帰宅してきたハルカを見て一目惚れ。そのことをチアキに悟られ、嫉妬からその後は特別な用事がない限り南家には呼んでもらえなくなった。その後カナにそそのかされ、南家に訪れる際には[[女装]]をしカナの後輩として振舞うようになる。女装時の通称は「マコちゃん」。自分では男らしい容姿をしていると思っており、「あふれるワイルドさ」「生まれ持ったダンディズム」などを自称している。しかし、実際には殆どの人物がマコちゃん=マコトであるとは気が付かない程の女顔の持ち主である。また、それをきっかけとして徐々に女装を楽しむようになっていく。原作では姉の服を拝借しているようだが、アニメ版では事情を知っている内田に借りることはあるものの基本的に自ら女物の服を購入して着ている。チアキより年上の少女という設定でマコちゃんを演じているが、チアキは特に敬語を使うことなく接する。&lt;br /&gt;
; 内田 ユカ（うちだ ゆか）&lt;br /&gt;
: 声：[[喜多村英梨]]&lt;br /&gt;
: バカサイドの住人。価値観の優先度が「[[飴|アメ]]&amp;amp;lt;警戒心&amp;amp;lt;五千円≦一万円」という、カナ曰く「少々不安な子」。マコちゃん誕生に関わったひとりでもある。そのため、マコちゃんのピンチを他人事としてこっそり笑う。そんな風にカナとよく行動を共にするがそのカナに振り回されることもしばしば。チアキの恋心に敏感な一面があり、本来なら兄妹のように見える藤岡とチアキの関係を王子様とお姫様に見立てている。またそれを根拠に「王子様」を信じ自分もチアキのように「お姫様」になりたいと憧れているが、カナやチアキには否定される。なお、チアキは彼女を「内田」としか認識しておらず一度酔った勢い（?）で下の名前を聞き出したが、酔っていたためすぐに忘れてしまった（チアキの中の「ユカ」は自分にひどいことをした奴と認識された）。因みに原作で南姓以外でフルネームが公表されているのは内田のみである。&lt;br /&gt;
; 吉野（よしの）&lt;br /&gt;
: 声：[[豊崎愛生]]&lt;br /&gt;
: 賢く、軟考不惑の吉野嬢と呼ばれている。一度マコちゃん=マコトであることを知っているかのような態度を示したものの本当に知っているかただの天然なのかは全く読めず、それが逆に一種の恐ろしさを醸し出している。なおアニメではチアキについたあだ名（姫）の解説を冬馬に代わって施したり、プールサイドで始まった喧嘩を止めるべきかと心配する冬馬を丸めこもうとする等の変更が加えられ、読めないキャラとしての傾向は若干強くなった。また内田とセットでの登場機会が目立つが、『おかわり』ではハルカの留学話に「私らとは頭の出来が違うもん」とコメントした内田に対し「わたし、'''ら'''?」とこっそり突っ込み、バカサイドを牽制してみせる場面も。下の名前は未登場。ドラマCDでも、カナが点呼を取るとき「南トウマ!内田ユカ!吉野!」と呼んでいる。&lt;br /&gt;
; シュウイチ&lt;br /&gt;
: 声：大原桃子&amp;lt;!-- 兼任のためリンクせず --&amp;gt;&lt;br /&gt;
: 目立った特徴が無いため、チアキに「プレーンヨーグルト」とアダ名をつけられた。&lt;br /&gt;
; 冬木 真澄（ふゆき ますみ、通称：フユキ）&lt;br /&gt;
: 声：[[斉木美帆]]&lt;br /&gt;
{{Notice|この項目（フユキ）の編集をされる方は事前に[[ノート:みなみけ#一旦まとめ|ノート]]をご一読ください。}}&lt;br /&gt;
: 『みなみけ～おかわり～』のオリジナルキャラ。南家の隣に引っ越してきた眼鏡の少年で、父親と一緒に住んでいる。チアキ曰く「頼み事を断れない性格」。目上の人に対しては敬語で話すが、普段は九州弁で話す。原作と物語上の差異を表現するキャラとして『おかわり』では南家との交流を描かれている。『おかわり』第12話でまた博多周辺（九州）に転校した。第13話のEDにて本名が「冬木真澄」と判明。&lt;br /&gt;
; その他の児童&lt;br /&gt;
: しばしば内田・吉野と共に南家へ訪れるチアキの友人2人は、単行本（ファンブック）ではトウマのクラスの'''少女A'''と'''少女B'''、アニメ（1クール目）では'''チアキのクラスメイト'''（声：[[辻あゆみ]]）となっている。特にこの少女Aは（恐らく）赤の他人を「知ってるような知らないような気がしないでもない」と表現し、カナに「すばやく変な空気を作れる、内田より不安なコ」と言われた。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- : また「男子A」と「B」はいずれもアニメ1期第2話でチアキが同じクラスの男子に付けたアダ名。第10話では'''男子A'''（声：[[代永翼]]）というクレジットがあるが、第2話とは声が異なる。なおトウマに突き飛ばされてチアキにぶつかった児童（少年A）も同じ声だが、こちらはクラスが異なる。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
; 熊田先生&lt;br /&gt;
: 声 - [[寺田はるひ]]&lt;br /&gt;
: チアキの小学校の養護先生。腹黒い性格で、チアキに「腹黒シロクマ」と呼ばれる。現在彼氏募集中。急病の田中先生の代わりにチアキの家庭訪問に行った際、タケルには興味を示さなかったが、藤岡には興味を示した。&lt;br /&gt;
; 田中先生&lt;br /&gt;
: チアキの担任の先生。チアキにつけられたアダ名は「台風14号」。&lt;br /&gt;
; その他先生方&lt;br /&gt;
: 「局地的豪雨」（川内先生）、「開かないビニール傘」（加藤先生）、「フタのない急須」など、本人達の知らないところでチアキにアダ名をつけられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他 ===&lt;br /&gt;
; 先生（名前未出）&lt;br /&gt;
: 声：浅沼晋太郎&amp;lt;!-- 兼任のためリンクせず --&amp;gt;&lt;br /&gt;
: 『[[みなみけ#先生と二宮くん|先生と二宮くん]]』の先生。原作では第12話に少しだけ登場。なお第48話でTVに後姿が映っているマジシャンもアニメ版では先生ということになっている。&lt;br /&gt;
; 二宮（にのみや）&lt;br /&gt;
: 声：大原桃子&amp;lt;!-- 兼任のためリンクせず --&amp;gt;&lt;br /&gt;
: 『先生と二宮くん』のヒロイン。通称「二宮くん」（稀に「二宮さん」）。制服（セーラー服）を着ており、結婚の描写があることから高校生とみられる。原作では第12話に少しだけ登場。&lt;br /&gt;
; 医師/ドクター&lt;br /&gt;
: 声：[[武虎]]&lt;br /&gt;
: [[対人事故|車]][[落ち|オチ]]などで毎回のようにひどい目に遭う二宮くんたちを治療する医師。体を張って車を止めに入ったこともある。原作には登場しない。&lt;br /&gt;
; キャスター&lt;br /&gt;
: 声：柿原徹也&amp;lt;!-- 兼任のためリンクせず --&amp;gt;&lt;br /&gt;
: [[ふんどし]]関連の報道ばかり行うニュースキャスター。原作では第12話に1コマだけ登場。&lt;br /&gt;
; 山田&lt;br /&gt;
: アニメ版1クール目第11話のみに登場する石ころ。Webラジオにも名前のみ登場。「山田建設」と書かれたトラックから落ちてきたことからチアキが名づける。下校中のチアキと偶然出会い上り坂や水たまりなどの難関を乗り超え厚い信頼関係が生まれるが、悲劇的な別れを迎えてしまうこととなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 単行本 ==&lt;br /&gt;
=== 漫画 ===&lt;br /&gt;
* 第1巻（[[2004年]][[11月5日]]初版発行） ISBN 4-06-361286-4&lt;br /&gt;
* 第2巻（[[2005年]][[11月4日]]初版発行） ISBN 4-06-361377-1&lt;br /&gt;
** 第2巻 限定版 ISBN 4-06-362048-4&lt;br /&gt;
* 第3巻（[[2006年]][[11月6日]]初版発行） ISBN 4-06-361484-0&lt;br /&gt;
** 第3巻 特装版 ISBN 4-06-362069-7&lt;br /&gt;
* 第4巻（[[2007年]][[9月6日]]初版発行） ISBN 4-06-361593-7&lt;br /&gt;
* 第5巻（[[2008年]][[3月17日]]初版発行） ISBN 978-4-06-361653-8&lt;br /&gt;
** 第5巻 限定版 ISBN 978-4-06-362108-2&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ファンブック ===&lt;br /&gt;
* みなみけ+今日の5の2 キャラファンBOOK ISBN 4-06-372190-6&lt;br /&gt;
* TV ANIMATION みなみけふぁんぶっく ISBN 978-4-06-375426-1&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 番外編 ==&lt;br /&gt;
* '''みなみけも妹も思春期'''（読切・週刊ヤングマガジン掲載） - 『[[妹は思春期]]』の[[氏家ト全]]との合作。『みなみけ』単行本第3巻特装版と『妹は思春期』単行本第9巻に収録されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== テレビアニメ ==&lt;br /&gt;
2クール（6ヶ月間）の放送であったが、1クール目と2クール目で監督やキャラクターデザインなど声優・音楽・音響関係以外のスタッフがほとんど入れ替わるという珍しい制作体制を採っている。タイトルも1クール目では『'''みなみけ'''』だったが2クール目では『'''みなみけ～おかわり～'''』となり、「新番組」という体裁がとられている。その為か2クール目を「2期」と表現するファンも多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
関連番組として、[[アニメイトTV]]にて配信されているインターネットラジオ番組『'''[[みなみけのみなきけ]]'''』がある。&lt;br /&gt;
=== みなみけ ===&lt;br /&gt;
『みなみけ』は[[2007年]]10月から同年12月まで[[テレビ東京]]で放送された（テレビ東京以外の系列地方局では遅れネットのため、[[2008年]]1月まで放送）。全13話。パンチラ表現はアニメ版では控えられている&amp;lt;ref&amp;gt;アニメではそのようなシーン自体が原作よりも追加されており、自主規制を思わせる描写が増えている。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
==== 先生と二宮くん ====&lt;br /&gt;
元々原作『みなみけ』第12話にわずかに登場しただけのものが、アニメ1クール目『みなみけ』で異常な広がりを見せた劇中劇。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ゴールデンタイムのテレビドラマという設定で、学校教師の「先生」とその教え子の女生徒「二宮くん」の恋愛模様を描いている。毎回なぜか車オチが多いが、最終回（10時間SP）ではハッピーエンドを迎えた。『みなみけのみなきけ』でもテーマとして取り上げられ、声優や視聴者により独自に展開を続けていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、アニメ『みなみけ』内では以下のような『先生と二宮くん』関連の作品群も登場する。いずれも二宮くんの不死身ぶり&amp;lt;ref&amp;gt;劇中ドラマにおいて二宮くんは少なくとも3回は車に撥ねられ、また断崖絶壁から海へ転落してなお生還した模様。&amp;lt;/ref&amp;gt;がネタになっている。&lt;br /&gt;
; Play Game4 先生と二宮くん The Battle of Love&lt;br /&gt;
: カナがケイコから借りてきた新作ゲームソフトでチアキ曰く「ドラマのゲーム化」らしいが、直接ドラマとは関係の無い各種サブゲームが積め込まれている。二宮くんをモチーフにしたゲームキャラクターが死ぬたびにバッドエンドとなるがゲームは続行できる様子で、場面が切り替わると何事も無かったかのように二宮くんが復活している。&lt;br /&gt;
; 奇跡のマジックショー 不死身の二宮くん&lt;br /&gt;
: 原作第48話に登場したテレビのマジックショーはアニメでは二宮くんが箱に入り、先生が剣を刺していく番組だった。ドラマ本編との関連は不明。&lt;br /&gt;
{{ネタバレ終了}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== スタッフ ====&lt;br /&gt;
* 監督：[[太田雅彦]]&lt;br /&gt;
* 企画：[[大月俊倫]]&lt;br /&gt;
* シリーズ構成：[[あおしまたかし]]&lt;br /&gt;
* キャラクターデザイン・総作画監督：[[越智信次]]&lt;br /&gt;
* プロップデザイン：渡辺義弘&lt;br /&gt;
* 演出助手：荒井省吾&lt;br /&gt;
* 色彩設計：渋谷圭子、馬庭由佳&lt;br /&gt;
* 美術監督・美術設定：鈴木俊輔（[[スタジオ風雅]]）&lt;br /&gt;
* 撮影監督：佐々木正典（メタフィジックピクチャーズ）、久保村正樹（[[ティ・ニシムラ]]）、沖田英一（スタジオドリーム）（第6話のみ）&lt;br /&gt;
* 編集：田中恒嗣&lt;br /&gt;
* 特殊効果：佐々木正典&lt;br /&gt;
* ビデオ編集：キング江戸川橋スタジオ（高井みゆき、田所さゆり）&lt;br /&gt;
* テロップワークス：遠藤公祐&lt;br /&gt;
* 音響監督：蝦名恭範（サウンドチーム・ドンファン）&lt;br /&gt;
* 音響効果：山谷尚人（[[サウンドボックス]]）&lt;br /&gt;
* 録音スタジオ：スタジオユニ&lt;br /&gt;
* 録音調整：川畑初&lt;br /&gt;
* 録音助手：渡邊邦昭&lt;br /&gt;
* 音響制作：マジックカプセル&lt;br /&gt;
* 音響制作担当：濱野高年&lt;br /&gt;
* 音楽：[[三澤康広]]&lt;br /&gt;
* 音楽制作：[[スターチャイルド|スターチャイルドレコード]]&lt;br /&gt;
* 音楽制作協力：[[テレビ東京ミュージック]]&lt;br /&gt;
* 番組担当：岩田伸一（テレビ東京）&lt;br /&gt;
* 番組宣伝：青木洋介（テレビ東京）&lt;br /&gt;
* 広報：藤村絵美（キングレコード）&lt;br /&gt;
* 協力：ヤングマガジン編集部、松下卓也、山谷奈久留、室市剛人（[[クオラス]]）&lt;br /&gt;
* 制作担当：西岡大輔&lt;br /&gt;
* 設定制作：松川綾子&lt;br /&gt;
* プロダクションマネージャー：渡部圭&lt;br /&gt;
* プロデューサー：山中隆弘、池田慎一&lt;br /&gt;
* アニメーションプロデューサー：安西武、西岡大輔&lt;br /&gt;
* アニメーション制作協力：メタフィジックピクチャーズ&lt;br /&gt;
* アニメーション制作：[[童夢 (アニメ会社)|童夢]]&lt;br /&gt;
* 製作：みなみけ製作委員会（[[キングレコード]]、[[読売広告社]]、[[博報堂DYメディアパートナーズ]]、童夢）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 主題歌 ====&lt;br /&gt;
; オープニング『経験値上昇中☆』&lt;br /&gt;
: 作詞：[[うらん]]、作曲・編曲：[[大久保薫]]、歌：みなみけ3姉妹（[[佐藤利奈]]、[[井上麻里奈]]、[[茅原実里]]）&lt;br /&gt;
: [[オリコン]]ランキング：デイリー 初登場17位、ウィークリー 初登場20位&lt;br /&gt;
: [[着うたフル]] [[超!放送局|超!アニメロ]]ダウンロードランキング：2007年[[10月24日]] - [[11月6日]] 1位&lt;br /&gt;
; エンディング『カラフルDAYS』&lt;br /&gt;
: 作詞：うらん、作曲：[[山口朗彦]]、編曲：[[菊谷知樹]]、歌：みなみけ3姉妹（佐藤利奈、井上麻里奈、茅原実里）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== サブタイトル ====&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot; style=&amp;quot;background:#f9f9f9; text-align:center; margin:0 auto&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background:#f2f2f2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!話数!!サブタイトル!!脚本!!絵コンテ!!演出!!作画監督!!制作協力&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1||南さんちの三姉妹||[[あおしまたかし]]||colspan=&amp;quot;2&amp;quot;|[[太田雅彦]]||村上龍一 定井秀樹&amp;lt;br/&amp;gt;清丸悟||-&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|2||おかしな学校||子安秀明||おざわかずひろ&amp;lt;br/&amp;gt;雄谷将仁||雄谷将仁||鳥山冬美 白田美夫&amp;lt;br/&amp;gt;隼鷹榛名||[[アイムーヴ]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|3||球蹴り番長再び&amp;lt;ref&amp;gt;次回予告時には「'''球'''蹴り番長再び」となっていたが、本編のサブタイトルでは「'''玉'''蹴り番長再び」となっている。DVD版では「'''球'''蹴り番長再び」に修正されている。&amp;lt;/ref&amp;gt;||杉原研二||おざわかずひろ||矢花馨||定井秀樹 村上龍一&amp;lt;br/&amp;gt;三宅雄一郎 澤崎誠&amp;lt;br/&amp;gt;渡辺義弘||rowspan=&amp;quot;3&amp;quot;|-&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|4||恋もよう||鴻野貴光||[[アミノテツロー|アミノテツロ]]&amp;lt;br/&amp;gt;山崎たかし||布施康之&amp;lt;br/&amp;gt;黒柳トシマサ||谷川政輝&amp;lt;br/&amp;gt;高柳佳幸&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|5||海に行こうよ||あおしまたかし||colspan=&amp;quot;2&amp;quot;|おざわかずひろ||澤崎誠 佐藤陽&amp;lt;br/&amp;gt;定井秀樹&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|6||マコちゃん誕生||子安秀明||colspan=&amp;quot;2&amp;quot;|北村正人||宇津木勇 南伸一郎&amp;lt;br/&amp;gt;小宮山由美子||[[サニーサイドアップ (アニメ制作会社) |サニーサイドアップ]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|7||いろいろな顔||杉原研二||山崎たかし&amp;lt;br/&amp;gt;誌村宏明||雄谷路仁||鳥山冬美&amp;lt;br/&amp;gt;村上勉||アイムーヴ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|8||ほさか||鴻野貴光||アミノテツロ&amp;lt;br/&amp;gt;黒柳トシマサ||布施康之&amp;lt;br/&amp;gt;黒柳トシマサ||松村康功 高柳佳幸&amp;lt;br/&amp;gt;菊池勉 松尾亜希子||rowspan=&amp;quot;3&amp;quot;|-&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|9||三姉妹日和||あおしまたかし||colspan=&amp;quot;2&amp;quot;|おざわかずひろ||村上直紀 江上夏樹&amp;lt;br/&amp;gt;小野和寛 松村康功&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|10||おとこのこ×おんなのこ||子安秀明||佐藤卓哉||矢花馨||高野和史 谷川政輝&amp;lt;br/&amp;gt;佐藤俊明&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|11||となりの南さん||杉原研二||[[三家本泰美]]||石川久一&amp;lt;br/&amp;gt;太田雅彦&amp;lt;br/&amp;gt;三家本泰美||武内啓 澤崎誠&amp;lt;br/&amp;gt;村上勉 隼鷹榛名||サニーサイドアップ&amp;lt;br/&amp;gt;アイムーヴ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|12||クリスマスとかイブとか||あおしまたかし||アミノテツロ&amp;lt;br/&amp;gt;おざわかずひろ||黒柳トシマサ&amp;lt;br/&amp;gt;布施康之||工藤利春 高木晴美&amp;lt;br/&amp;gt;松尾亜希子||rowspan=&amp;quot;2&amp;quot;|-&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|13||恋のからまわり||鴻野貴光||アミノテツロ&amp;lt;br/&amp;gt;荒井省吾||矢花馨&amp;lt;br/&amp;gt;荒井省吾||高野和史 をがわいちろう&amp;lt;br/&amp;gt;小野和寛 今里佳子&amp;lt;br/&amp;gt;工藤利春 松村康功&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== みなみけ～おかわり～ ===&lt;br /&gt;
『みなみけ～おかわり～』は2008年1月から3月まで同系列局にて放送された。全13話。時系列は前シリーズの最終話、大晦日から繋がった正月からの話となっており、実質2クール目であるが放送枠内での扱いは「新番組」とされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アニメオリジナルのキャラクターやエピソードが追加され、原作に存在するエピソードにも一部変更が加えられているものがある。また、主要登場人物以外の[[モブキャラクター]]（その他大勢）の人物は表情が黒塗りで描かれない回があるなど、演出の方向性や解釈に1クール目と違った試みや特徴がみられる。&lt;br /&gt;
==== スタッフ ====&lt;br /&gt;
* 監督：[[細田直人]]&lt;br /&gt;
* 企画：[[大月俊倫]]&lt;br /&gt;
* シリーズ構成：鈴木雅詞&lt;br /&gt;
* キャラクターデザイン・総作画監督：田中誠輝&lt;br /&gt;
* プロップデザイン：渡辺るりこ&lt;br /&gt;
* 色彩設計：福谷直樹（[[スタジオロン]]）&lt;br /&gt;
* 美術監督：徳田俊之（[[スタジオイースター]]）&lt;br /&gt;
* 美術設定：泉寛（スタジオイースター）&lt;br /&gt;
* 撮影監督：森下成一（スタジオトゥインクル）&lt;br /&gt;
* 編集：伊藤潤一&lt;br /&gt;
* 音響監督：[[蝦名恭範]]&lt;br /&gt;
* 音響効果：山谷尚人&lt;br /&gt;
* 音楽：[[三澤康広]]&lt;br /&gt;
* 音楽制作：[[スターチャイルド|スターチャイルドレコード]]&lt;br /&gt;
* 音楽制作協力：[[テレビ東京ミュージック]]&lt;br /&gt;
* プロデューサー：山中隆弘、池田慎一&lt;br /&gt;
* アニメーションプロデューサー：平松巨規&lt;br /&gt;
* アニメーション制作協力：[[ジーベック (アニメ制作会社)|XEBEC M2]]（第3話、第6話、第9話）&amp;lt;ref&amp;gt;スタッフロールには記載されていないが[http://www.xebec-inc.co.jp/info/corporate/m2.html]で確認することができる。&amp;lt;/ref&amp;gt;、[[アイムーヴ]]（第4話、第7話）、KMU（第11話）&lt;br /&gt;
* アニメーション制作：[[アスリード]]&lt;br /&gt;
* 製作：みなみけ おかわり製作委員会&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 主題歌 ====&lt;br /&gt;
; オープニング『[[ココロノツバサ]]』&lt;br /&gt;
: 作詞：うらん、作曲・編曲：[[河合英嗣]]、歌：みなみけ3姉妹（佐藤利奈、井上麻里奈、茅原実里）&lt;br /&gt;
:: 第4話からのオープニング映像では3話までのものに数箇所の修正が加えられている（カナの肘関節の動き、スペル表記のミスなど）。&lt;br /&gt;
; エンディング『[[その声が聴きたくて]]』&lt;br /&gt;
: 作詞：うらん、作曲・編曲：大久保薫、歌：みなみけ3姉妹（佐藤利奈、井上麻里奈、茅原実里）&lt;br /&gt;
:: カナが線路上を歩く描写であるが、3話ごとに背景が変わる。&lt;br /&gt;
:: 最終回にてこの描写が「過ぎ去りし日々の終着点」という名の[[絵画]]であることが判明し、&lt;br /&gt;
:: 美術館に展示されていて、大人になったカナと思われる人物がこの絵画を見ていた。&lt;br /&gt;
; 挿入歌『経験値上昇中☆』（第13話）&lt;br /&gt;
: 作詞：うらん、作曲・編曲：大久保薫、歌：みなみけ3姉妹（佐藤利奈、井上麻里奈、茅原実里）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== サブタイトル ====&lt;br /&gt;
『おかわり』のタイトルにちなんでか、食事や料理などに関する言葉が盛り込まれている。&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot; style=&amp;quot;background:#f9f9f9; text-align:center; margin:0 auto&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background:#f2f2f2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!話数!!サブタイトル!!脚本!!絵コンテ!!演出!!作画監督&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1杯目||温泉、いただきます||rowspan=&amp;quot;2&amp;quot;|鈴木雅詞||rowspan=&amp;quot;2&amp;quot; colspan=&amp;quot;2&amp;quot;|[[細田直人]]||田中誠輝&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|2杯目||味は代々受け継がれていくもの||渡辺るりこ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|3杯目||もてなしの夜、そっと出し||[[滝晃一]]||rowspan=&amp;quot;4&amp;quot;|細田直人||松本マサユキ||[[本橋秀之]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|4杯目||片付けちゃっていいですか?||鈴木雅詞||雄谷将仁||鳥山冬美&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|5杯目||出した茶碗は引っ込められない||佐藤勝一||小林浩輔||小島智加&amp;lt;br/&amp;gt;渡辺るりこ&amp;lt;br/&amp;gt;田中誠輝&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|6杯目||冷めてもあったか、ウチゴハン||滝晃一||中村里美||本橋秀之&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|7杯目||噛めば噛むほど甘くなるんだよ||小鹿りえ||わたり信天翁||雄谷将仁||鳥山冬美&amp;lt;br/&amp;gt;山沢実&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|8杯目||プールは別腹です||鈴木雅詞||colspan=&amp;quot;2&amp;quot;|ながはまのりひこ||渡辺るりこ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|9杯目||そろそろ苦しい? ひみつのマコちゃん||滝晃一||高山功&amp;lt;br/&amp;gt;細田直人||中村里美||本橋秀之&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|10杯目||花より団子のお年頃||小鹿りえ||細田直人||小林浩輔||平山英嗣&amp;lt;br/&amp;gt;岡田万衣子&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|11杯目||さすがにヤバくなってきました||佐藤勝一||田中基樹||北川正人||田中正弥&amp;lt;br/&amp;gt;桂正三&amp;lt;br/&amp;gt;小林一三&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|12杯目||もう一口が辛いのです||滝晃一||[[鈴木行]]||細田直人||小島智加&amp;lt;br/&amp;gt;渡辺るりこ&amp;lt;br/&amp;gt;平山英嗣&amp;lt;br/&amp;gt;岡田万衣子&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|13杯目||みんな揃って、ごちそうさま||鈴木雅詞||colspan=&amp;quot;2&amp;quot;|細田直人||渡辺るりこ&amp;lt;br/&amp;gt;平山英嗣&amp;lt;br/&amp;gt;小島智加&amp;lt;br/&amp;gt;田中誠輝&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 放送局 ===&lt;br /&gt;
{{番組}}&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot; style=&amp;quot;background:#f9f9f9; text-align:center; margin:0 auto&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background:#f2f2f2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!放送地域!!放送局!!放送期間!!放送日時&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[関東広域圏]]||[[テレビ東京]]||[[2007年]][[10月7日]] - [[2008年]][[3月30日]]||日曜 25時30分 - 26時00分&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[愛知県]]||[[テレビ愛知]]||rowspan=&amp;quot;2&amp;quot;|2007年[[10月8日]] - 2008年[[3月31日]]||月曜 25時35分 - 26時05分&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[福岡県]]||[[TVQ九州放送]]||月曜 26時53分 - 27時23分&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[大阪府]]||[[テレビ大阪]]||2007年[[10月9日]] - 2008年[[4月1日]]||火曜 27時10分 - 27時40分&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[岡山県|岡山]]・[[香川県]]||[[テレビせとうち]]||2007年[[10月11日]] - 2008年[[4月3日]]||木曜 25時58分 - 26時28分&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[北海道]]||[[テレビ北海道]]||2007年[[10月12日]] - 2008年[[4月4日]]||金曜 26時00分 - 26時30分&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[全国放送]]||[[アニメシアターX|AT-X]]||2007年[[10月25日]] - 2008年[[4月17日]]||木曜 11時30分 - 12時00分&amp;lt;br/&amp;gt;（リピートあり）&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 番組の変遷 ===&lt;br /&gt;
{{前後番組&lt;br /&gt;
|表スタイル=width:80%; margin:0 auto; font-size:smaller&lt;br /&gt;
|放送局=[[テレビ東京]]&lt;br /&gt;
|放送枠=[[テレビ東京日曜深夜アニメ枠|日曜25:30枠]]&lt;br /&gt;
|番組名=みなみけ/みなみけ～おかわり～&lt;br /&gt;
|前番組=[[ヒロイック・エイジ]]&lt;br /&gt;
|次番組=[[隠の王]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{前後番組&lt;br /&gt;
|放送局=[[アニメシアターX|AT-X]]&lt;br /&gt;
|放送枠=木曜11:30/22:30、月曜16:30/2:30枠（30分1話）&lt;br /&gt;
|番組名=みなみけ/みなみけ～おかわり～&lt;br /&gt;
|前番組=[[天元突破グレンラガン]]&lt;br /&gt;
|次番組=[[ブラスレイター]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 備考 ===&lt;br /&gt;
* テレビ大阪では年末年始の番組編成の都合で週遅れになったため、1期最終話とおかわり1話を続けて放送して遅れを取り戻した。そのため、新聞のテレビ欄には「みなみけ（終）」と「（新）みなみけ」が同時に並ぶこととなった。&lt;br /&gt;
* テレビ北海道では『みなみけ』2008年[[1月3日]]放送分において[[アイキャッチ]]後に起きた数分間の[[放送事故]]により、エンディングがカットされてしまった。アニメ本編に影響はなし。&lt;br /&gt;
* テレビせとうちでは『みなみけ』第13話「恋のからまわり」は2008年[[1月7日]]25:28～25:58に放送され、その3日後の[[1月10日]]に『みなみけ～おかわり～』第1話が放送された。以後、再び『みなみけ』第12話までと同じ時間帯に放送されている。&lt;br /&gt;
* 『みなみけ』のエンディングは通常ラストで「ふじおか」が倒れるシーンがあるが最終回バージョンでは倒れずに視聴者に向かって手を振るという演出がなされた。&lt;br /&gt;
* 『みなみけ』第1話予告編は[[ヒロイック・エイジ|前番組]]の存在を意識したものとなっている。感動の最終回を見てハイテンションなカナにチアキが冷めた突っ込みを入れるという内容で、第1話の映像（『先生と二宮くん』を見る場面 → ラヴレターで浮かれるカナ → 曲解するチアキ）に合わせている。しかし前番組の具体的な内容には触れておらず、地上波とは異なる[[天元突破グレンラガン|前番組]]だったAT-Xでの放送でも使われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 関連CD ===&lt;br /&gt;
; みなみけ ドラマCD（2008年[[1月23日]]発売）&lt;br /&gt;
: ジャケットイラストは[[越智信次]]書き下ろし。アニメ1クール目のシリーズ構成を担当した[[あおしまたかし]]脚本による短編ドラマが10話収録されている。脚本は全てオリジナルではあるものの原作に忠実で、設定自体を改変するようなエピソードは含まれていない。&lt;br /&gt;
: カナとアキラ、保坂とナツキの親交が深く、逆に藤岡とトウマの接点が無いところを見ると時系列的には1クール終了後（原作では3巻あたりまで）の延長上と見られる。&lt;br /&gt;
: アニメと異なる点は冒頭のチアキのナレーションやアイキャッチが無い。タケル、ケイコ、リコ、ユウ、ヒロコ、シュウイチは未登場。『先生と二宮くん』に関しては全く触れられていない。などである。&lt;br /&gt;
; キャラクターソングアルバム『[[みなみけ びより]]』（2008年[[4月23日]]発売）&lt;br /&gt;
: ジャケットイラストは『みなみけ』と『みなみけ～おかわり～』の描き下ろしダブルジャケット仕様。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[今日の5の2]] - 漫画の作者[[桜場コハル]]の前作。[[OVA]]でアニメ化された。&lt;br /&gt;
* [[みなみけのみなきけ]] - テレビアニメ作品『みなみけ』の関連ラジオ番組。&lt;br /&gt;
* [[テレビ東京番組一覧#アニメ|TXNアニメ一覧]]&lt;br /&gt;
* [[深夜アニメ一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.yanmaga.kodansha.co.jp/ym/rensai/ym/minami/minami.html 週刊ヤングマガジン内特設ページ] - 原作第1話を掲載中。&lt;br /&gt;
* [http://www.starchild.co.jp/special/minami-ke/index.html アニメ公式サイト]（スターチャイルド）&lt;br /&gt;
* [http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/minami-ke/index.html アニメ公式サイト]（テレビ東京）&lt;br /&gt;
* [http://www.animate.tv/digital/web_radio/detail_108.html アニメイトTV WEB -みなみけのみなきけ-]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{週刊ヤングマガジン掲載中}}&lt;br /&gt;
[[Category:漫画作品 み|なみけ]]&lt;br /&gt;
[[Category:学園漫画]]&lt;br /&gt;
[[Category:週刊ヤングマガジン]]&lt;br /&gt;
[[Category:アニメ作品 み|なみけ]]&lt;br /&gt;
[[Category:テレビ東京の深夜アニメ]]&lt;br /&gt;
[[Category:2007年のテレビアニメ]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%81%BF%E3%81%AA%E3%81%BF%E3%81%91&amp;diff=29761</id>
		<title>みなみけ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%81%BF%E3%81%AA%E3%81%BF%E3%81%91&amp;diff=29761"/>
				<updated>2008-06-03T07:31:15Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{継続中の作品}}&lt;br /&gt;
{{Infobox animanga/Header&lt;br /&gt;
|タイトル= みなみけ&lt;br /&gt;
|ジャンル= [[コメディ]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{Infobox animanga/Manga&lt;br /&gt;
|作者= [[桜場コハル]]&lt;br /&gt;
|出版社= [[講談社]]&lt;br /&gt;
|掲載誌= [[週刊ヤングマガジン]]&lt;br /&gt;
|レーベル=&lt;br /&gt;
|発売日=&lt;br /&gt;
|開始= [[2004年]]14号&lt;br /&gt;
|終了=&lt;br /&gt;
|巻数= 5巻（2008年3月現在）&lt;br /&gt;
|話数=&lt;br /&gt;
|その他=&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{Infobox animanga/TVAnime&lt;br /&gt;
|監督= [[太田雅彦]]&lt;br /&gt;
|企画= [[大月俊倫]]&lt;br /&gt;
|シリーズ構成= [[あおしまたかし]]&lt;br /&gt;
|キャラクターデザイン= [[越智信次]]&lt;br /&gt;
|アニメーション制作= [[童夢 (アニメ会社)|童夢]]&lt;br /&gt;
|製作= みなみけ製作委員会&lt;br /&gt;
|放送局= [[テレビ東京]]系&lt;br /&gt;
|放送開始= [[2007年]][[10月7日]]&lt;br /&gt;
|放送終了= [[12月30日]]&lt;br /&gt;
|話数=全13話&lt;br /&gt;
|その他=&lt;br /&gt;
|コピーライト= 桜場コハル・講談社/&amp;lt;br/&amp;gt;みなみけ製作委員会&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{Infobox animanga/TVAnime&lt;br /&gt;
|タイトル= みなみけ～おかわり～&lt;br /&gt;
|監督= [[細田直人]]&lt;br /&gt;
|企画= [[大月俊倫]]&lt;br /&gt;
|シリーズ構成= 鈴木雅詞&lt;br /&gt;
|キャラクターデザイン= 田中誠輝&lt;br /&gt;
|アニメーション制作= [[アスリード]]&lt;br /&gt;
|製作= みなみけ おかわり製作委員会&lt;br /&gt;
|放送局= [[テレビ東京]]系&lt;br /&gt;
|放送開始= [[2008年]][[1月6日]]&lt;br /&gt;
|放送終了= [[3月30日]]&lt;br /&gt;
|話数=全13話&lt;br /&gt;
|その他=&lt;br /&gt;
|コピーライト= 桜場コハル・講談社/&amp;lt;br/&amp;gt;みなみけ おかわり製作委員会&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{Infobox animanga/Footer}}&lt;br /&gt;
『'''みなみけ'''』とは[[桜場コハル]]による[[漫画]]作品及びそれを[[原作]]とした[[アニメ]]・[[ドラマCD]]作品である。漫画は「[[週刊ヤングマガジン]]」（[[講談社]]）において[[2004年]]14号から隔号ペースで連載中。テレビアニメシリーズが[[テレビ東京]]系で[[2007年]]10月から[[2008年]]3月まで放送された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 作品概要 ==&lt;br /&gt;
南家の3姉妹の平凡な日常生活を描いた作品。一癖ある3姉妹や周囲のキャラクターが作品を盛り立てている。これは雑誌でのアオリや単行本第2巻の帯に書いてある「'''この物語は南家3姉妹の平凡な日常を淡々と描くものです。過度な期待はしないでください。'''」&amp;lt;ref&amp;gt;このアオリは『みなみけ』の番組冒頭でも使用されているが、『みなみけ～おかわり～』では使用されていない。&amp;lt;/ref&amp;gt;が示す通りであると言える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
登場人物の等身を下げたり描写を単純化するなどのデフォルメは近年の漫画作品にしばしば見られる手法だが、この作品中では逆にリアルな描写（具体的には目や唇、顎のラインなどを若干写実的に描写）を随所に取り入れてアクセントとしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{ネタバレ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な登場人物 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 各キャラクターの説明において、アニメのみの設定はなるべく分けて記述してください。 --&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[声優]]はテレビアニメ版1[[クール (テレビ)|クール]]目『みなみけ』、2クール目『みなみけ～おかわり～』、ドラマCDともに共通（ただし、ドラマCDには未登場の登場人物がいるのでそれを除く）。&lt;br /&gt;
=== 南家3姉妹 ===&lt;br /&gt;
作中、3姉妹の名はカタカナで表記される場合がほとんど。&lt;br /&gt;
; 南 春香（みなみ はるか）&lt;br /&gt;
: 声：[[佐藤利奈]]&lt;br /&gt;
: 長女。通称「ハルカ」。高校2年生。髪は薄茶のロングヘア。&lt;br /&gt;
: 両親が家にいない南家における母親的立場にある存在で、主に家庭の事を中心に生活している。そのために帰宅部だが、バレー部の即戦力になるほどの実力を持つ。しかし家事をしていない時は気が緩みがちで、カナ曰く「だらしない」「基本なまけもの」。作中で寝ている場面が多く姉妹やその友人とプールに行った時も寝ていたため、速水とマキのいたずらでプールに投げられた。自宅で気が緩んだためか胸がはだけた服装をカナやチアキやトウマに注意される事も。カナとチアキが家事をテキパキこなすと自分はきっとダメ人間になると妄想する辺り、自覚はある様子。&lt;br /&gt;
: カナと同じ中学校の卒業生で在学中は「番長」と呼ばれており、卒業後も後輩たちから「番長伝説」が語り継がれているが本人は必死に否定している。普段は温厚な性格だが&amp;lt;ref&amp;gt;『おかわり』ではやや怒りっぽくなっており、厳しい母親のような態度も見せる。&amp;lt;/ref&amp;gt;怒った時は[[必殺技]]の[[アイアンクロー]]を繰り出す事が特徴で、しつけ&amp;lt;ref&amp;gt;妹のケンカを両成敗させる時は特に「アイアンクローフロムキッチン対面式」といい、両手で2人の顔を掴み対面させ謝らせるものとなる。&amp;lt;/ref&amp;gt;や口封じ時に使う。長髪の美人であり、姉妹の中では一番モテる。&lt;br /&gt;
: 料理が上手く、トウマや速水がハルカの手料理をアテにしてたり所々でアツコなどに料理を褒められたりしている。学校が臨時休校の時、時間が余ったという理由で本格的なケーキを作ったりもした。食事によるリズムがチアキとほぼ同じ。&lt;br /&gt;
: アニメ版では次回予告の際に[[東北楽天ゴールデンイーグルス]]ファンであるかのような発言をしたことがある。&lt;br /&gt;
; 南 夏奈（みなみ かな）&lt;br /&gt;
: 声：[[井上麻里奈]]&lt;br /&gt;
: 次女。通称「カナ」。中学2年生。黒髪のロングヘアを[[ツインテール]]にしている（コタツに潜りツインテールを出している姿をハルカやチアキに「クワガタがいる」と言われたことがある）。&lt;br /&gt;
: 南家におけるムードメーカーでトラブルメーカー。常に自分が「面白い」状況を作る事を考えており、作者曰く「天然的策略家」。いつもはチアキに歳下のごとく扱われているが、いざと言う時にはチアキを引っぱっている。サンタクロースを信じなくなったチアキを案じて一計を巡らすなど時には妹想いな面も見せたがそれもサンタクロースを信じ始めたチアキに「いるわけないだろ」と言いたいが為の布石だった。&lt;br /&gt;
: 料理は下手で、ホットケーキをクリームシチューのようなものにしたりカレーの濃さの調整に何度も失敗して鍋3つ分にしてしまったりする。しかし、後にカレーはうまく作れるようになったらしい描写がある。また、食欲旺盛でバレンタインはあげるよりいっぱいもらっている男子から余ったチョコをもらったり情報を操作してチアキにスイーツを作らせたりしており、作るより食べる側に立つことを好む。しかし『[[みなみけ～おかわり～|おかわり]]』の最終話ではハルカの為にとチアキと一緒に家事を行い、内田や吉野の力を借りて手作りハンバーグを作った。&lt;br /&gt;
: 藤岡に惚れられているが、チアキの助言によって藤岡は番長だと間違った捉え方をしている。マコトをマコちゃんにした張本人で、マコちゃんを「作品」と称している。&lt;br /&gt;
: テストでは65点前後（アニメ版ではさらに下降）の「人間味溢れるすばらしい点数」を取る（ケイコやリコにテストの予想範囲を教わり99点を2度取った事がある）。また、アニメでは&amp;lt;ref&amp;gt;『みなみけ』アニメ第7話にてカナの通学する図書館の書籍に「美羽に告ぐ」「のぶえおねえちゃん」「苺のまし……」「松岡家の秘…」という『[[苺ましまろ]]』に関連のものがあるが、『みなみけ』アニメを作成した[[童夢]]は『苺ましまろ』のアニメを作成している経歴があり、それによるものである。&amp;lt;/ref&amp;gt;読書を嗜む一面も見せた。&lt;br /&gt;
: 私服はハルカやチアキと違いボーイッシュな物を着ており原作では制服以外のスカートを穿かないが、アニメ版では例外がある。原作では速水の酒盛り（らしきもの）に付き合ったので酒に強そうに見られていたがアニメではカナが酒を飲む描写はなく、グラスも空になった様子はない。また[[広島東洋カープ|カープ]]ファンと思しき発言をしており、アニメ公式HPでは広島東洋カープファンと公表した事で公式な設定である事が確認される。&lt;br /&gt;
; 南 千秋（みなみ ちあき）&lt;br /&gt;
: 声：[[茅原実里]]&lt;br /&gt;
: 三女。通称「チアキ」。小学5年生（クラスは5年2組）。髪は薄茶のロングヘア。&lt;br /&gt;
: 小学生とは思えないほど辛辣でドライな性格の持ち主。勉強がよく出来る「天下無敵のおりこうさん」。しかし運動は得意な方ではなく、カナヅチ。緑黄色野菜の類が苦手である。チアキのトレードマークともなっている[[ホイップ]]と呼ばれる[[アホ毛|癖毛]]（『おかわり』第9話でカナが発言）は、キャラクターを引き立てる要素のひとつとなっている。酔っ払うと笑い上戸になる。眠たそうに半分眼を閉じているが、カナ曰く「見たくないものを見ないため」&amp;lt;ref&amp;gt;アニメ版ではその設定が「チアキビジョン」として再現されている。それによるとバカ度が高くなるほど顔～上半身にかけて黒い影が入り、バカ度100%のカナの顔は全く見えていない。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
: ハルカの事は「ハルカ姉様」と呼んで慕っており（これは父親に雰囲気が似ている藤岡に対しても同じ）、異性に好意的にしているとやきもちを焼くことがある。一方、カナやマコトの事はよく「バカ野郎」と呼んでいつもきつく当たっている。しかし、カナの書置き騒動でパニックになったりカナが買い物に行ったきり帰ってこない夢を見た時は、どこにも行かないようずっとカナにくっついていたりと完全に嫌っている訳ではないようである。&lt;br /&gt;
: 彼女の精神には天使と悪魔（後述）がおり、その2人が討論している間のチアキはいつにも増してボーッとして他人から見ればフリーズしてるように見える。&lt;br /&gt;
: ハルカの手伝いをしているためか料理が得意で家庭科の授業も注目を集めたりかなりの腕。しかし料理を作ってる間に興奮してしまい、自分1人で完成させた料理の名前をかんだりする。炭酸飲料を愛しており、買い置きがないと機嫌が悪くなる。&lt;br /&gt;
: アダ名付けには定評があるが内田曰く「完成した作品には興味が無い」ため、すぐに忘れる。また一部の生徒からは姫と呼ばれ恐れられているが、本人は姫と呼ばれることを好んでいない（このあだ名はチアキ自身が名付けたもの）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 3姉妹の親族他 ===&lt;br /&gt;
; ふじおか&lt;br /&gt;
: 『みなみけ』のマスコット的[[テディベア|くまのぬいぐるみ]]。チアキがクリスマスプレゼントに藤岡からもらったもので、名前はそこからカナが命名。チアキ曰く「[[アラスカ州|アラスカ]]出身」。チアキ的には気に入っていて大事に扱っているらしいが、カナに向けて投げつけられたり（チアキ曰く「ふじおかの意志」）ナツキの鼻血を拭うのに使われたり（原作のみ）とあまり大事に扱われてはいないが、なぜか次の登場時には傷・汚れの一つもない。&lt;br /&gt;
; タケル&lt;br /&gt;
: 声：[[浅沼晋太郎]]&lt;br /&gt;
: 黒髪のさらさらヘアの男性。&lt;br /&gt;
: 南家の親戚。3姉妹からは「タケルおじさん」と呼ばれているが、本当は南家の母の姉の息子で結局は[[いとこ]]。なにかと3姉妹を気にかけており、カナに好意を抱く藤岡を目のカタキにしている。ガールフレンドと別れた事を愚痴りに来るなど少し頼りないが、何気なく立てて倒れたペン先でものを探し当てる能力がある。車の免許を持っており、南家及び友人達の保護者兼運転手として駆り出される事が多い。&lt;br /&gt;
: 愛車（レンタカーの可能性あり）はジェイドグリーンマイカの[[三菱・デリカD:5|デリカD:5]]（アニメ版、グレードは『おかわり』第1話で描写されていた内装、運転席側のスライドドアにパワースライド機構が装備されていない点、グリル形状から推測して4WDのG-ナビパッケージだが、グリーン内装が車自体に設定されていないため実際には存在しないグレードとなっている）。&lt;br /&gt;
; 天使&lt;br /&gt;
: 原作のみに登場する、チアキの心に住む善意の象徴的存在。チアキの心に迷いが生じた時に登場し、悪魔と討論する様子が描かれる。現在のチアキをそのまま投影した容姿で天使らしく頭上に輪、背中に羽を持ち、白のワンピースを着ている。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--実直だが緑黄色野菜嫌いであることには変わりなく、ハルカがホワイトボードに書き残していったチアキに買ってきてほしい物の記述がカナによって改竄された可能性を疑い本当の内容をカナから聞き出さなければと主張した際、悪魔に緑黄色野菜である可能性を示唆されて返答に窮した。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
; 悪魔&lt;br /&gt;
: 天使と同様原作のみに登場する、チアキの心に住む悪意の象徴的存在。チアキの心に迷いが生じた時に登場し、天使と討論する様子が描かれる。容姿はチアキの願望を反映してか天使よりも長身でスタイルが良く、悪魔らしく頭に触角、背中に羽を持ち、黒の[[スリップ (衣類)|スリップドレス]]を着ている。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--天使よりも弁が立ち、正論を主張する天使を緑黄色野菜に絡めた切り返しで黙らせることが出来る。自己中心的だが思考は至って現実的で機転も利き、上述のホワイトボード改竄疑惑の際にホワイトボードの記述をデジカメで撮るという自己保身の方法を提示した。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== もう一つの南家 ===&lt;br /&gt;
原作第40話から登場。みなみけと同じ姓を持つ一族。血縁的な繋がりはないが、トウマとチアキの出会いがきっかけでみなみけとの交流を深めていく。季節を含んだ名前、両親が家にいない等みなみけと共通する点がある。『おかわり』ではトウマ以外登場しない。&lt;br /&gt;
; 南 冬馬（みなみ とうま）&lt;br /&gt;
: 声：[[水樹奈々]]&lt;br /&gt;
: 末っ子で3人の兄がいる長女。通称「トウマ」。小学5年生（クラスは5年1組）。名前に「冬」の文字が入るが4月生まれ。初対面の人間の多くが男の子だと勘違いしてしまう程ボーイッシュな外見で男勝りな性格だが、甘いものが好きだったり男の裸を見るとおもわず赤面したりするなどの年相応の女の子らしい一面がある。チアキに言いくるめられ「チアキの弟」にされる。マコトと違い性別を隠すつもりは無く、あくまで男役という認識でいるが役には従順であり、無意識のうちに性別を隠しているつもりになっていたこともあった。サッカーが好きで藤岡とはサッカー仲間になるが藤岡には女であることを知られておらず、トウマ本人も彼に自分が女だとバレると関係が崩れると危惧している。実際は1度、制服姿を（アニメでは水着姿も）藤岡に見られているがそれでも彼はトウマを男だと思っている様子。特に原作では藤岡には女であることを隠すようにチアキから念を押されている。体型（特に胸部）はカナによると、「チアキよりは女」らしい。勉強は苦手のようで、長期休暇の宿題やテスト前の勉強になるとチアキや吉野に頼る。&lt;br /&gt;
: チアキとは違いサンタクロースの正体を知っているようで、兄から毎年プレゼントを貰っているがプレゼントがマト外れな為困っている。アニメではクリスマスにサンタではなく「アニキ」にサッカーボールかスパイクを頼んだ。また1クール目と2クール目で制作会社が変わった際、原作にある藤岡との初対面エピソードは描かれていない。&lt;br /&gt;
; 南 アキラ（みなみ あきら）&lt;br /&gt;
: 声：[[葉山達也]]&lt;br /&gt;
: 三男。中学1年生。通称「アキラ」。チアキとトウマの繋がりでカナと親しくしていたところを勘違いされ藤岡から勝手にライバル視されている（カナから藤岡が番長であると聞かされたため、藤岡にかなりの恐怖心を抱いている）。長髪が好きだがカナには興味がなく、リコやハルカの方が好み。しかし、藤岡に付きまとうリコを見て「藤岡の彼女」と勘違いしている。ハルカに関しては、最初に感じた印象が「恐怖」だったために断念した。トウマと一緒に南家3姉妹の夕食に加わる事もある。特にカナとの親交が深く、たびたび2年生の教室に訪れる。&lt;br /&gt;
; 南 ナツキ（みなみ なつき）&lt;br /&gt;
: 声：[[吉野裕行]]&lt;br /&gt;
: 次男。通称「ナツキ」。高校1年生。昔は硬派なやんちゃだったが、保坂に勧誘されてバレー部へ入部し少し丸くなった。しかし、家の炊事を理由に滅多に練習には出ていない。バレー部繋がりでマキやアツコとも面識がある。女性を未知の生物のように思っており、興味がないらしい（アキラ曰く「むっつり」）。そして、ハルカのはだけた胸元を見て鼻血を出すなど女性への免疫も備えていない。電話でハルカにお菓子づくりを教えてもらったり南家を訪問するトウマに松茸を持たせるなど、アキラ同様南家と交流をとっている。「男なら恩も恨みも倍返し」が信条。&lt;br /&gt;
; 長男（名前未出）&lt;br /&gt;
: 声：[[川田紳司]]&lt;br /&gt;
: 長男。ナツキとは違うブレザーの制服を着ていることから、別の高校の生徒と思われる。茶髪と眼鏡が特徴。顔立ちは端整だが、発言の節々になかなかのバカ兄ぶりが窺える。トウマのためと色々と思案を巡らすが大体がずれており、逆にトウマからは煙たがられている。兄弟の中で唯一3姉妹との面識が無く原作での登場機会もわずかだが、アニメでは度々兄弟会議を開き「まだ確定していない」が口癖になっているなど個性的な性格付けがされている。名前が無いため、声優の間ではハルオと呼ばれている（Webラジオより）。スタッフロールでは『長男』と記述された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ハルカのクラスメイト他 ===&lt;br /&gt;
; マキ&lt;br /&gt;
: 声：[[高木礼子]]&lt;br /&gt;
: バレー部のムードメーカー。制服がスカートであるというだけの理由で学校を辞めると主張するなど、あまり深く考え込まない性格。落書きされやすい寝顔らしい。保坂をあまり快く思っていないらしく、「気持ち悪い」「キモイ」ではなく「きもちわるい」と評している。カナや内田と気が合うからか、彼女らと同類（バカサイドの住人）であるとチアキは見なしている様子。身長が低く、原作ではマコちゃんにチビ呼ばわりされた。身長の高さはマキ&amp;amp;lt;ハルカ&amp;amp;lt;アツコだが押しの強さは正反対のため、会話はマキ主導で進むことが多い。&lt;br /&gt;
; アツコ&lt;br /&gt;
: 声：[[小野涼子]]&lt;br /&gt;
: バレー部所属。自己主張が苦手で、自分の言った正論が聞き流されることもしばしば。マキとは中学校からの仲。ジュース缶のフタを開けられない。マキとは違い、保坂に対してかっこいい「かもしれない」というなどそこまで嫌悪感を抱いてはいない様子だが、保坂の行動（特にいきなり脱ぎだす行動）には戸惑っている。実際、「気持ち悪いでしょ?」と言われて否定はしなかったが「好きなの?」と言われても否定しなかった。&lt;br /&gt;
: ちなみに、チアキの人間分類によれば「バカ野郎」ではなく弱気なアツコに対して直々にツッコミの指南をしている。&lt;br /&gt;
; 速水（はやみ）&lt;br /&gt;
: 声：[[千葉紗子]]&lt;br /&gt;
: 女子バレー部所属の3年生で、マキやアツコの先輩。ハルカの運動神経に目をつけ、バレー部に入部させようと画策する。カナ同様「面白い事」が好きで、普段は目を閉じているような外見だが「面白い事」に直面すると一瞬だけ開眼する。面白いことのためには手間も出費も惜しまないが、行動が裏目に出ると暴挙に出ることも。南家に時々「[[酒|高級ジュース]]」を持ち込む。大概の人から敬遠される保坂と普通に接する数少ない人物でもある。むしろ保坂に対する[[ツッコミ#どつき|突っ込み]]には容赦が無く、ボールのごとくスナップを効かせて叩く（稀に蹴る）。&lt;br /&gt;
; 保坂（ほさか）&lt;br /&gt;
: 声：[[小野大輔]]&lt;br /&gt;
: 男子バレー部部長の3年生。背が高くハンサムで心優しく面倒見がいい性格で器も大きい、一見すれば非常にモテるタイプ。しかしキザな上に妄想癖が激しく、すぐ自分の世界に入って周囲の目を意に介さず独り言を言ったり過度な身振りで体現したりするため学年問わず大半の女子から「'''きもちわるい'''」（マキ曰く「キモいんじゃないの」「きもちわるいの」）と敬遠されている。「～なわけだ」や「問題ない!」が口癖で、感極まると上着を脱ぎ始める癖がある。ハルカの事が好きで、自分が所属する男子バレー部のマネージャーになってもらいたがっている。ハルカに汗を拭いてもらうことが夢（妄想に浸っていて本人は気付いていないようだが、第1巻で実際にハルカに汗を拭いてもらっている描写がある）。保坂の妄想世界の中ではカナとチアキはハルカが産んだ子供という設定になっており、現実よりも幼く描かれている。また、ハルカに影響されて料理を始めるようになり自分の料理で彼女に笑ってもらえるよう努力をしているのだが、ハルカと会話を交わしたことは一度もなくどうにか接点を作ろうと模索している段階。速水曰く「保坂は見栄っ張りで小心者だがベストを尽くす男」らしい。アニメによると、料理の腕はフランス料理や十割そばを作れるほど。&lt;br /&gt;
; ヒトミ&lt;br /&gt;
: 南ナツキのクラスメイトで1年生。ナツキの目を見るとナツキの考えている事がわかる。ハルカ、マキと面識がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== カナのクラスメイト他 ===&lt;br /&gt;
; 藤岡（ふじおか）&lt;br /&gt;
: 声：[[柿原徹也]]&lt;br /&gt;
: サッカー部のレギュラーで女の子にモテモテ。カナに片思いしているが出したラブレターがチアキによって果たし状と解釈され、「番長」と呼ばれるハメになる。他の女の子からもらったバレンタインのチョコは全部返す等、一途に片思いを続けているがそのためにカナによく振り回されている。カナ自身は無駄な争い事を避けたいという理由で彼と仲良くしたいと思っており、彼を嫌ってはいない。時にはチアキに藤岡と仲良くなれる方法の助言をもらい、それを実行に移している。タケルいわく「ずいぶんカナに気に入られている」らしいが、ヒロコの情報によるとカナにその気はないらしい。また、タケル流の物の探し方（ペンを倒した方向に捜し物があると言う単純なものだが、よく当たる）でカナが「素敵な旦那候補」を探すと2度も藤岡のいる方をさした。&lt;br /&gt;
: 今では南家3姉妹全員にクリスマスプレゼントを渡したりとカナだけでなく南家全員との親交がかなり深い。ハルカによれば雰囲気がハルカ達の父親とよく似ているらしく、膝の上もしくは足の間は藤岡を慕うチアキのお気に入りの席となっている。&lt;br /&gt;
: トウマを男だと勘違いしている。温泉に行った際に裸のカナと遭遇したことがある。&lt;br /&gt;
; ケイコ&lt;br /&gt;
: 声：[[後藤沙緒里]]&lt;br /&gt;
: カナの友達。テストで常に100点を取る優等生だが、それゆえカナに「電卓になればいい」「アメリカに行けばいい」などと散々な事を言われている。眼鏡の度はきつく、はずすと相手の顔も判別できないほどである。カナやリコの言動に振り回されることもしばしばだが、怒る時は怒る。&lt;br /&gt;
; リコ&lt;br /&gt;
: 声：[[高梁碧]]&lt;br /&gt;
: 口元のホクロと長い黒髪が特徴的。藤岡にベタ惚れしており、彼に勉強を教える機会を得るためにわざわざ成績を上位に保っている。ケイコとはカナとの関係を聞き出すうちに親しくなり、よく一緒に行動している。また、ケイコを掴むのが癖。カナにライバル心はあるものの、「仲良くすれば藤岡君と話すチャンスが増えるから」と積極的に接することが多い。彼女もトウマを男だと思ってしまっている。&lt;br /&gt;
; その他のクラスメイト&lt;br /&gt;
: カナのクラスには柔道部と剣道部のエースがいる。2人ともテストの成績はカナより低く、50点に届かない程度。カナの策略により3人で「カナ軍団」（リコ曰く「バカ軍団」）を結成する。アニメでは登場せず、カナ軍団の構成員も異なる。&lt;br /&gt;
; ユウ&lt;br /&gt;
: 声：[[大原桃子]]&lt;br /&gt;
: 3年生。3代目番長。本人は番長である事を快く思っていないが、初代番長であるハルカには憧れている。腕っ節はなかなかのもので、特に[[腕相撲]]は「負け方を知らない」と豪語。&lt;br /&gt;
; ヒロコ&lt;br /&gt;
: 声：千葉紗子&amp;lt;!-- 兼任のためリンクせず --&amp;gt;&lt;br /&gt;
: ユウの同級生で自称傍観者。噂好きで世話焼き。ハルカの番長伝説にも詳しく、それをカナ達に伝えた張本人。&lt;br /&gt;
; 男の先生（名前未出）&lt;br /&gt;
: 声：川田紳司&amp;lt;!-- 兼任のためリンクせず --&amp;gt;&lt;br /&gt;
: アニメのみに登場するハルカの中学時代の数学の先生。原作では番長伝説を読み上げるカナのセリフ中に出てくるだけである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== チアキのクラスメイト他 ===&lt;br /&gt;
; 真（まこと）/マコちゃん&lt;br /&gt;
: 声：[[森永理科]]&lt;br /&gt;
: バカサイドの住人。通称「マコト」。南家に訪れた際に、帰宅してきたハルカを見て一目惚れ。そのことをチアキに悟られ、嫉妬からその後は特別な用事がない限り南家には呼んでもらえなくなった。その後カナにそそのかされ、南家に訪れる際には[[女装]]をしカナの後輩として振舞うようになる。女装時の通称は「マコちゃん」。自分では男らしい容姿をしていると思っており、「あふれるワイルドさ」「生まれ持ったダンディズム」などを自称している。しかし、実際には殆どの人物がマコちゃん=マコトであるとは気が付かない程の女顔の持ち主である。また、それをきっかけとして徐々に女装を楽しむようになっていく。原作では姉の服を拝借しているようだが、アニメ版では事情を知っている内田に借りることはあるものの基本的に自ら女物の服を購入して着ている。チアキより年上の少女という設定でマコちゃんを演じているが、チアキは特に敬語を使うことなく接する。&lt;br /&gt;
; 内田 ユカ（うちだ ゆか）&lt;br /&gt;
: 声：[[喜多村英梨]]&lt;br /&gt;
: バカサイドの住人。価値観の優先度が「[[飴|アメ]]&amp;amp;lt;警戒心&amp;amp;lt;五千円≦一万円」という、カナ曰く「少々不安な子」。マコちゃん誕生に関わったひとりでもある。そのため、マコちゃんのピンチを他人事としてこっそり笑う。そんな風にカナとよく行動を共にするがそのカナに振り回されることもしばしば。チアキの恋心に敏感な一面があり、本来なら兄妹のように見える藤岡とチアキの関係を王子様とお姫様に見立てている。またそれを根拠に「王子様」を信じ自分もチアキのように「お姫様」になりたいと憧れているが、カナやチアキには否定される。なお、チアキは彼女を「内田」としか認識しておらず一度酔った勢い（?）で下の名前を聞き出したが、酔っていたためすぐに忘れてしまった（チアキの中の「ユカ」は自分にひどいことをした奴と認識された）。因みに原作で南姓以外でフルネームが公表されているのは内田のみである。&lt;br /&gt;
; 吉野（よしの）&lt;br /&gt;
: 声：[[豊崎愛生]]&lt;br /&gt;
: 賢く、軟考不惑の吉野嬢と呼ばれている。一度マコちゃん=マコトであることを知っているかのような態度を示したものの本当に知っているかただの天然なのかは全く読めず、それが逆に一種の恐ろしさを醸し出している。なおアニメではチアキについたあだ名（姫）の解説を冬馬に代わって施したり、プールサイドで始まった喧嘩を止めるべきかと心配する冬馬を丸めこもうとする等の変更が加えられ、読めないキャラとしての傾向は若干強くなった。また内田とセットでの登場機会が目立つが、『おかわり』ではハルカの留学話に「私らとは頭の出来が違うもん」とコメントした内田に対し「わたし、'''ら'''?」とこっそり突っ込み、バカサイドを牽制してみせる場面も。下の名前は未登場。ドラマCDでも、カナが点呼を取るとき「南トウマ!内田ユカ!吉野!」と呼んでいる。&lt;br /&gt;
; シュウイチ&lt;br /&gt;
: 声：大原桃子&amp;lt;!-- 兼任のためリンクせず --&amp;gt;&lt;br /&gt;
: 目立った特徴が無いため、チアキに「プレーンヨーグルト」とアダ名をつけられた。&lt;br /&gt;
; 冬木 真澄（ふゆき ますみ、通称：フユキ）&lt;br /&gt;
: 声：[[斉木美帆]]&lt;br /&gt;
{{Notice|この項目（フユキ）の編集をされる方は事前に[[ノート:みなみけ#一旦まとめ|ノート]]をご一読ください。}}&lt;br /&gt;
: 『みなみけ～おかわり～』のオリジナルキャラ。南家の隣に引っ越してきた眼鏡の少年で、父親と一緒に住んでいる。チアキ曰く「頼み事を断れない性格」。目上の人に対しては敬語で話すが、普段は九州弁で話す。原作と物語上の差異を表現するキャラとして『おかわり』では南家との交流を描かれている。『おかわり』第12話でまた博多周辺（九州）に転校した。第13話のEDにて本名が「冬木真澄」と判明。&lt;br /&gt;
; その他の児童&lt;br /&gt;
: しばしば内田・吉野と共に南家へ訪れるチアキの友人2人は、単行本（ファンブック）ではトウマのクラスの'''少女A'''と'''少女B'''、アニメ（1クール目）では'''チアキのクラスメイト'''（声：[[辻あゆみ]]）となっている。特にこの少女Aは（恐らく）赤の他人を「知ってるような知らないような気がしないでもない」と表現し、カナに「すばやく変な空気を作れる、内田より不安なコ」と言われた。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- : また「男子A」と「B」はいずれもアニメ1期第2話でチアキが同じクラスの男子に付けたアダ名。第10話では'''男子A'''（声：[[代永翼]]）というクレジットがあるが、第2話とは声が異なる。なおトウマに突き飛ばされてチアキにぶつかった児童（少年A）も同じ声だが、こちらはクラスが異なる。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
; 熊田先生&lt;br /&gt;
: 声 - [[寺田はるひ]]&lt;br /&gt;
: チアキの小学校の養護先生。腹黒い性格で、チアキに「腹黒シロクマ」と呼ばれる。現在彼氏募集中。急病の田中先生の代わりにチアキの家庭訪問に行った際、タケルには興味を示さなかったが、藤岡には興味を示した。&lt;br /&gt;
; 田中先生&lt;br /&gt;
: チアキの担任の先生。チアキにつけられたアダ名は「台風14号」。&lt;br /&gt;
; その他先生方&lt;br /&gt;
: 「局地的豪雨」（川内先生）、「開かないビニール傘」（加藤先生）、「フタのない急須」など、本人達の知らないところでチアキにアダ名をつけられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他 ===&lt;br /&gt;
; 先生（名前未出）&lt;br /&gt;
: 声：浅沼晋太郎&amp;lt;!-- 兼任のためリンクせず --&amp;gt;&lt;br /&gt;
: 『[[みなみけ#先生と二宮くん|先生と二宮くん]]』の先生。原作では第12話に少しだけ登場。なお第48話でTVに後姿が映っているマジシャンもアニメ版では先生ということになっている。&lt;br /&gt;
; 二宮（にのみや）&lt;br /&gt;
: 声：大原桃子&amp;lt;!-- 兼任のためリンクせず --&amp;gt;&lt;br /&gt;
: 『先生と二宮くん』のヒロイン。通称「二宮くん」（稀に「二宮さん」）。制服（セーラー服）を着ており、結婚の描写があることから高校生とみられる。原作では第12話に少しだけ登場。&lt;br /&gt;
; 医師/ドクター&lt;br /&gt;
: 声：[[武虎]]&lt;br /&gt;
: [[対人事故|車]][[落ち|オチ]]などで毎回のようにひどい目に遭う二宮くんたちを治療する医師。体を張って車を止めに入ったこともある。原作には登場しない。&lt;br /&gt;
; キャスター&lt;br /&gt;
: 声：柿原徹也&amp;lt;!-- 兼任のためリンクせず --&amp;gt;&lt;br /&gt;
: [[ふんどし]]関連の報道ばかり行うニュースキャスター。原作では第12話に1コマだけ登場。&lt;br /&gt;
; 山田&lt;br /&gt;
: アニメ版1クール目第11話のみに登場する石ころ。Webラジオにも名前のみ登場。「山田建設」と書かれたトラックから落ちてきたことからチアキが名づける。下校中のチアキと偶然出会い上り坂や水たまりなどの難関を乗り超え厚い信頼関係が生まれるが、悲劇的な別れを迎えてしまうこととなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 単行本 ==&lt;br /&gt;
=== 漫画 ===&lt;br /&gt;
* 第1巻（[[2004年]][[11月5日]]初版発行） ISBN 4-06-361286-4&lt;br /&gt;
* 第2巻（[[2005年]][[11月4日]]初版発行） ISBN 4-06-361377-1&lt;br /&gt;
** 第2巻 限定版 ISBN 4-06-362048-4&lt;br /&gt;
* 第3巻（[[2006年]][[11月6日]]初版発行） ISBN 4-06-361484-0&lt;br /&gt;
** 第3巻 特装版 ISBN 4-06-362069-7&lt;br /&gt;
* 第4巻（[[2007年]][[9月6日]]初版発行） ISBN 4-06-361593-7&lt;br /&gt;
* 第5巻（[[2008年]][[3月17日]]初版発行） ISBN 978-4-06-361653-8&lt;br /&gt;
** 第5巻 限定版 ISBN 978-4-06-362108-2&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ファンブック ===&lt;br /&gt;
* みなみけ+今日の5の2 キャラファンBOOK ISBN 4-06-372190-6&lt;br /&gt;
* TV ANIMATION みなみけふぁんぶっく ISBN 978-4-06-375426-1&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 番外編 ==&lt;br /&gt;
* '''みなみけも妹も思春期'''（読切・週刊ヤングマガジン掲載） - 『[[妹は思春期]]』の[[氏家ト全]]との合作。『みなみけ』単行本第3巻特装版と『妹は思春期』単行本第9巻に収録されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== テレビアニメ ==&lt;br /&gt;
2クール（6ヶ月間）の放送であったが、1クール目と2クール目で監督やキャラクターデザインなど声優・音楽・音響関係以外のスタッフがほとんど入れ替わるという珍しい制作体制を採っている。タイトルも1クール目では『'''みなみけ'''』だったが2クール目では『'''みなみけ～おかわり～'''』となり、「新番組」という体裁がとられている。その為か2クール目を「2期」と表現するファンも多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
関連番組として、[[アニメイトTV]]にて配信されているインターネットラジオ番組『'''[[みなみけのみなきけ]]'''』がある。&lt;br /&gt;
=== みなみけ ===&lt;br /&gt;
『みなみけ』は[[2007年]]10月から同年12月まで[[テレビ東京]]で放送された（テレビ東京以外の系列地方局では遅れネットのため、[[2008年]]1月まで放送）。全13話。パンチラ表現はアニメ版では控えられている&amp;lt;ref&amp;gt;アニメではそのようなシーン自体が原作よりも追加されており、自主規制を思わせる描写が増えている。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
==== 先生と二宮くん ====&lt;br /&gt;
元々原作『みなみけ』第12話にわずかに登場しただけのものが、アニメ1クール目『みなみけ』で異常な広がりを見せた劇中劇。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ゴールデンタイムのテレビドラマという設定で、学校教師の「先生」とその教え子の女生徒「二宮くん」の恋愛模様を描いている。毎回なぜか車オチが多いが、最終回（10時間SP）ではハッピーエンドを迎えた。『みなみけのみなきけ』でもテーマとして取り上げられ、声優や視聴者により独自に展開を続けていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、アニメ『みなみけ』内では以下のような『先生と二宮くん』関連の作品群も登場する。いずれも二宮くんの不死身ぶり&amp;lt;ref&amp;gt;劇中ドラマにおいて二宮くんは少なくとも3回は車に撥ねられ、また断崖絶壁から海へ転落してなお生還した模様。&amp;lt;/ref&amp;gt;がネタになっている。&lt;br /&gt;
; Play Game4 先生と二宮くん The Battle of Love&lt;br /&gt;
: カナがケイコから借りてきた新作ゲームソフトでチアキ曰く「ドラマのゲーム化」らしいが、直接ドラマとは関係の無い各種サブゲームが積め込まれている。二宮くんをモチーフにしたゲームキャラクターが死ぬたびにバッドエンドとなるがゲームは続行できる様子で、場面が切り替わると何事も無かったかのように二宮くんが復活している。&lt;br /&gt;
; 奇跡のマジックショー 不死身の二宮くん&lt;br /&gt;
: 原作第48話に登場したテレビのマジックショーはアニメでは二宮くんが箱に入り、先生が剣を刺していく番組だった。ドラマ本編との関連は不明。&lt;br /&gt;
{{ネタバレ終了}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== スタッフ ====&lt;br /&gt;
* 監督：[[太田雅彦]]&lt;br /&gt;
* 企画：[[大月俊倫]]&lt;br /&gt;
* シリーズ構成：[[あおしまたかし]]&lt;br /&gt;
* キャラクターデザイン・総作画監督：[[越智信次]]&lt;br /&gt;
* プロップデザイン：渡辺義弘&lt;br /&gt;
* 演出助手：荒井省吾&lt;br /&gt;
* 色彩設計：渋谷圭子、馬庭由佳&lt;br /&gt;
* 美術監督・美術設定：鈴木俊輔（[[スタジオ風雅]]）&lt;br /&gt;
* 撮影監督：佐々木正典（メタフィジックピクチャーズ）、久保村正樹（[[ティ・ニシムラ]]）、沖田英一（スタジオドリーム）（第6話のみ）&lt;br /&gt;
* 編集：田中恒嗣&lt;br /&gt;
* 特殊効果：佐々木正典&lt;br /&gt;
* ビデオ編集：キング江戸川橋スタジオ（高井みゆき、田所さゆり）&lt;br /&gt;
* テロップワークス：遠藤公祐&lt;br /&gt;
* 音響監督：蝦名恭範（サウンドチーム・ドンファン）&lt;br /&gt;
* 音響効果：山谷尚人（[[サウンドボックス]]）&lt;br /&gt;
* 録音スタジオ：スタジオユニ&lt;br /&gt;
* 録音調整：川畑初&lt;br /&gt;
* 録音助手：渡邊邦昭&lt;br /&gt;
* 音響制作：マジックカプセル&lt;br /&gt;
* 音響制作担当：濱野高年&lt;br /&gt;
* 音楽：[[三澤康広]]&lt;br /&gt;
* 音楽制作：[[スターチャイルド|スターチャイルドレコード]]&lt;br /&gt;
* 音楽制作協力：[[テレビ東京ミュージック]]&lt;br /&gt;
* 番組担当：岩田伸一（テレビ東京）&lt;br /&gt;
* 番組宣伝：青木洋介（テレビ東京）&lt;br /&gt;
* 広報：藤村絵美（キングレコード）&lt;br /&gt;
* 協力：ヤングマガジン編集部、松下卓也、山谷奈久留、室市剛人（[[クオラス]]）&lt;br /&gt;
* 制作担当：西岡大輔&lt;br /&gt;
* 設定制作：松川綾子&lt;br /&gt;
* プロダクションマネージャー：渡部圭&lt;br /&gt;
* プロデューサー：山中隆弘、池田慎一&lt;br /&gt;
* アニメーションプロデューサー：安西武、西岡大輔&lt;br /&gt;
* アニメーション制作協力：メタフィジックピクチャーズ&lt;br /&gt;
* アニメーション制作：[[童夢 (アニメ会社)|童夢]]&lt;br /&gt;
* 製作：みなみけ製作委員会（[[キングレコード]]、[[読売広告社]]、[[博報堂DYメディアパートナーズ]]、童夢）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 主題歌 ====&lt;br /&gt;
; オープニング『経験値上昇中☆』&lt;br /&gt;
: 作詞：[[うらん]]、作曲・編曲：[[大久保薫]]、歌：みなみけ3姉妹（[[佐藤利奈]]、[[井上麻里奈]]、[[茅原実里]]）&lt;br /&gt;
: [[オリコン]]ランキング：デイリー 初登場17位、ウィークリー 初登場20位&lt;br /&gt;
: [[着うたフル]] [[超!放送局|超!アニメロ]]ダウンロードランキング：2007年[[10月24日]] - [[11月6日]] 1位&lt;br /&gt;
; エンディング『カラフルDAYS』&lt;br /&gt;
: 作詞：うらん、作曲：[[山口朗彦]]、編曲：[[菊谷知樹]]、歌：みなみけ3姉妹（佐藤利奈、井上麻里奈、茅原実里）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== サブタイトル ====&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align:center; margin:0 auto&amp;quot;&lt;br /&gt;
!話数!!サブタイトル!!脚本!!絵コンテ!!演出!!作画監督!!制作協力&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1||南さんちの三姉妹||[[あおしまたかし]]||colspan=&amp;quot;2&amp;quot;|[[太田雅彦]]||村上龍一 定井秀樹&amp;lt;br/&amp;gt;清丸悟||-&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|2||おかしな学校||子安秀明||おざわかずひろ&amp;lt;br/&amp;gt;雄谷将仁||雄谷将仁||鳥山冬美 白田美夫&amp;lt;br/&amp;gt;隼鷹榛名||[[アイムーヴ]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|3||球蹴り番長再び&amp;lt;ref&amp;gt;次回予告時には「'''球'''蹴り番長再び」となっていたが、本編のサブタイトルでは「'''玉'''蹴り番長再び」となっている。DVD版では「'''球'''蹴り番長再び」に修正されている。&amp;lt;/ref&amp;gt;||杉原研二||おざわかずひろ||矢花馨||定井秀樹 村上龍一&amp;lt;br/&amp;gt;三宅雄一郎 澤崎誠&amp;lt;br/&amp;gt;渡辺義弘||rowspan=&amp;quot;3&amp;quot;|-&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|4||恋もよう||鴻野貴光||[[アミノテツロー|アミノテツロ]]&amp;lt;br/&amp;gt;山崎たかし||布施康之&amp;lt;br/&amp;gt;黒柳トシマサ||谷川政輝&amp;lt;br/&amp;gt;高柳佳幸&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|5||海に行こうよ||あおしまたかし||colspan=&amp;quot;2&amp;quot;|おざわかずひろ||澤崎誠 佐藤陽&amp;lt;br/&amp;gt;定井秀樹&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|6||マコちゃん誕生||子安秀明||colspan=&amp;quot;2&amp;quot;|北村正人||宇津木勇 南伸一郎&amp;lt;br/&amp;gt;小宮山由美子||[[サニーサイドアップ (アニメ制作会社) |サニーサイドアップ]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|7||いろいろな顔||杉原研二||山崎たかし&amp;lt;br/&amp;gt;誌村宏明||雄谷路仁||鳥山冬美&amp;lt;br/&amp;gt;村上勉||アイムーヴ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|8||ほさか||鴻野貴光||アミノテツロ&amp;lt;br/&amp;gt;黒柳トシマサ||布施康之&amp;lt;br/&amp;gt;黒柳トシマサ||松村康功 高柳佳幸&amp;lt;br/&amp;gt;菊池勉 松尾亜希子||rowspan=&amp;quot;3&amp;quot;|-&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|9||三姉妹日和||あおしまたかし||colspan=&amp;quot;2&amp;quot;|おざわかずひろ||村上直紀 江上夏樹&amp;lt;br/&amp;gt;小野和寛 松村康功&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|10||おとこのこ×おんなのこ||子安秀明||佐藤卓哉||矢花馨||高野和史 谷川政輝&amp;lt;br/&amp;gt;佐藤俊明&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|11||となりの南さん||杉原研二||[[三家本泰美]]||石川久一&amp;lt;br/&amp;gt;太田雅彦&amp;lt;br/&amp;gt;三家本泰美||武内啓 澤崎誠&amp;lt;br/&amp;gt;村上勉 隼鷹榛名||サニーサイドアップ&amp;lt;br/&amp;gt;アイムーヴ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|12||クリスマスとかイブとか||あおしまたかし||アミノテツロ&amp;lt;br/&amp;gt;おざわかずひろ||黒柳トシマサ&amp;lt;br/&amp;gt;布施康之||工藤利春 高木晴美&amp;lt;br/&amp;gt;松尾亜希子||rowspan=&amp;quot;2&amp;quot;|-&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|13||恋のからまわり||鴻野貴光||アミノテツロ&amp;lt;br/&amp;gt;荒井省吾||矢花馨&amp;lt;br/&amp;gt;荒井省吾||高野和史 をがわいちろう&amp;lt;br/&amp;gt;小野和寛 今里佳子&amp;lt;br/&amp;gt;工藤利春 松村康功&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== みなみけ～おかわり～ ===&lt;br /&gt;
『みなみけ～おかわり～』は2008年1月から3月まで同系列局にて放送された。全13話。時系列は前シリーズの最終話、大晦日から繋がった正月からの話となっており、実質2クール目であるが放送枠内での扱いは「新番組」とされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アニメオリジナルのキャラクターやエピソードが追加され、原作に存在するエピソードにも一部変更が加えられているものがある。また、主要登場人物以外の[[モブキャラクター]]（その他大勢）の人物は表情が黒塗りで描かれない回があるなど、演出の方向性や解釈に1クール目と違った試みや特徴がみられる。&lt;br /&gt;
==== スタッフ ====&lt;br /&gt;
* 監督：[[細田直人]]&lt;br /&gt;
* 企画：[[大月俊倫]]&lt;br /&gt;
* シリーズ構成：鈴木雅詞&lt;br /&gt;
* キャラクターデザイン・総作画監督：田中誠輝&lt;br /&gt;
* プロップデザイン：渡辺るりこ&lt;br /&gt;
* 色彩設計：福谷直樹（[[スタジオロン]]）&lt;br /&gt;
* 美術監督：徳田俊之（[[スタジオイースター]]）&lt;br /&gt;
* 美術設定：泉寛（スタジオイースター）&lt;br /&gt;
* 撮影監督：森下成一（スタジオトゥインクル）&lt;br /&gt;
* 編集：伊藤潤一&lt;br /&gt;
* 音響監督：[[蝦名恭範]]&lt;br /&gt;
* 音響効果：山谷尚人&lt;br /&gt;
* 音楽：[[三澤康広]]&lt;br /&gt;
* 音楽制作：[[スターチャイルド|スターチャイルドレコード]]&lt;br /&gt;
* 音楽制作協力：[[テレビ東京ミュージック]]&lt;br /&gt;
* プロデューサー：山中隆弘、池田慎一&lt;br /&gt;
* アニメーションプロデューサー：平松巨規&lt;br /&gt;
* アニメーション制作協力：[[ジーベック (アニメ制作会社)|XEBEC M2]]（第3話、第6話、第9話）&amp;lt;ref&amp;gt;スタッフロールには記載されていないが[http://www.xebec-inc.co.jp/info/corporate/m2.html]で確認することができる。&amp;lt;/ref&amp;gt;、[[アイムーヴ]]（第4話、第7話）、KMU（第11話）&lt;br /&gt;
* アニメーション制作：[[アスリード]]&lt;br /&gt;
* 製作：みなみけ おかわり製作委員会&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 主題歌 ====&lt;br /&gt;
; オープニング『[[ココロノツバサ]]』&lt;br /&gt;
: 作詞：うらん、作曲・編曲：[[河合英嗣]]、歌：みなみけ3姉妹（佐藤利奈、井上麻里奈、茅原実里）&lt;br /&gt;
:: 第4話からのオープニング映像では3話までのものに数箇所の修正が加えられている（カナの肘関節の動き、スペル表記のミスなど）。&lt;br /&gt;
; エンディング『[[その声が聴きたくて]]』&lt;br /&gt;
: 作詞：うらん、作曲・編曲：大久保薫、歌：みなみけ3姉妹（佐藤利奈、井上麻里奈、茅原実里）&lt;br /&gt;
:: カナが線路上を歩く描写であるが、3話ごとに背景が変わる。&lt;br /&gt;
:: 最終回にてこの描写が「過ぎ去りし日々の終着点」という名の[[絵画]]であることが判明し、&lt;br /&gt;
:: 美術館に展示されていて、大人になったカナと思われる人物がこの絵画を見ていた。&lt;br /&gt;
; 挿入歌『経験値上昇中☆』（第13話）&lt;br /&gt;
: 作詞：うらん、作曲・編曲：大久保薫、歌：みなみけ3姉妹（佐藤利奈、井上麻里奈、茅原実里）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== サブタイトル ====&lt;br /&gt;
『おかわり』のタイトルにちなんでか、食事や料理などに関する言葉が盛り込まれている。&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align:center; margin:0 auto&amp;quot;&lt;br /&gt;
!話数!!サブタイトル!!脚本!!絵コンテ!!演出!!作画監督&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1杯目||温泉、いただきます||rowspan=&amp;quot;2&amp;quot;|鈴木雅詞||rowspan=&amp;quot;2&amp;quot; colspan=&amp;quot;2&amp;quot;|[[細田直人]]||田中誠輝&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|2杯目||味は代々受け継がれていくもの||渡辺るりこ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|3杯目||もてなしの夜、そっと出し||[[滝晃一]]||rowspan=&amp;quot;4&amp;quot;|細田直人||松本マサユキ||[[本橋秀之]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|4杯目||片付けちゃっていいですか?||鈴木雅詞||雄谷将仁||鳥山冬美&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|5杯目||出した茶碗は引っ込められない||佐藤勝一||小林浩輔||小島智加&amp;lt;br/&amp;gt;渡辺るりこ&amp;lt;br/&amp;gt;田中誠輝&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|6杯目||冷めてもあったか、ウチゴハン||滝晃一||中村里美||本橋秀之&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|7杯目||噛めば噛むほど甘くなるんだよ||小鹿りえ||わたり信天翁||雄谷将仁||鳥山冬美&amp;lt;br/&amp;gt;山沢実&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|8杯目||プールは別腹です||鈴木雅詞||colspan=&amp;quot;2&amp;quot;|ながはまのりひこ||渡辺るりこ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|9杯目||そろそろ苦しい? ひみつのマコちゃん||滝晃一||高山功&amp;lt;br/&amp;gt;細田直人||中村里美||本橋秀之&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|10杯目||花より団子のお年頃||小鹿りえ||細田直人||小林浩輔||平山英嗣&amp;lt;br/&amp;gt;岡田万衣子&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|11杯目||さすがにヤバくなってきました||佐藤勝一||田中基樹||北川正人||田中正弥&amp;lt;br/&amp;gt;桂正三&amp;lt;br/&amp;gt;小林一三&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|12杯目||もう一口が辛いのです||滝晃一||[[鈴木行]]||細田直人||小島智加&amp;lt;br/&amp;gt;渡辺るりこ&amp;lt;br/&amp;gt;平山英嗣&amp;lt;br/&amp;gt;岡田万衣子&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|13杯目||みんな揃って、ごちそうさま||鈴木雅詞||colspan=&amp;quot;2&amp;quot;|細田直人||渡辺るりこ&amp;lt;br/&amp;gt;平山英嗣&amp;lt;br/&amp;gt;小島智加&amp;lt;br/&amp;gt;田中誠輝&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 放送局 ===&lt;br /&gt;
{{番組}}&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;text-align:center; margin:0 auto&amp;quot;&lt;br /&gt;
!放送地域!!放送局!!放送期間!!放送日時&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[関東広域圏]]||[[テレビ東京]]||[[2007年]][[10月7日]] - [[2008年]][[3月30日]]||日曜 25時30分 - 26時00分&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[愛知県]]||[[テレビ愛知]]||rowspan=&amp;quot;2&amp;quot;|2007年[[10月8日]] - 2008年[[3月31日]]||月曜 25時35分 - 26時05分&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[福岡県]]||[[TVQ九州放送]]||月曜 26時53分 - 27時23分&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[大阪府]]||[[テレビ大阪]]||2007年[[10月9日]] - 2008年[[4月1日]]||火曜 27時10分 - 27時40分&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[岡山県|岡山]]・[[香川県]]||[[テレビせとうち]]||2007年[[10月11日]] - 2008年[[4月3日]]||木曜 25時58分 - 26時28分&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[北海道]]||[[テレビ北海道]]||2007年[[10月12日]] - 2008年[[4月4日]]||金曜 26時00分 - 26時30分&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[全国放送]]||[[アニメシアターX|AT-X]]||2007年[[10月25日]] - 2008年[[4月17日]]||木曜 11時30分 - 12時00分&amp;lt;br/&amp;gt;（リピートあり）&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 番組の変遷 ===&lt;br /&gt;
{{前後番組&lt;br /&gt;
|表スタイル=width:80%; margin:0 auto; font-size:smaller&lt;br /&gt;
|放送局=[[テレビ東京]]&lt;br /&gt;
|放送枠=[[テレビ東京日曜深夜アニメ枠|日曜25:30枠]]&lt;br /&gt;
|番組名=みなみけ/みなみけ～おかわり～&lt;br /&gt;
|前番組=[[ヒロイック・エイジ]]&lt;br /&gt;
|次番組=[[隠の王]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{前後番組&lt;br /&gt;
|放送局=[[アニメシアターX|AT-X]]&lt;br /&gt;
|放送枠=木曜11:30/22:30、月曜16:30/2:30枠（30分1話）&lt;br /&gt;
|番組名=みなみけ/みなみけ～おかわり～&lt;br /&gt;
|前番組=[[天元突破グレンラガン]]&lt;br /&gt;
|次番組=[[ブラスレイター]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 備考 ===&lt;br /&gt;
* テレビ大阪では年末年始の番組編成の都合で週遅れになったため、1期最終話とおかわり1話を続けて放送して遅れを取り戻した。そのため、新聞のテレビ欄には「みなみけ（終）」と「（新）みなみけ」が同時に並ぶこととなった。&lt;br /&gt;
* テレビ北海道では『みなみけ』2008年[[1月3日]]放送分において[[アイキャッチ]]後に起きた数分間の[[放送事故]]により、エンディングがカットされてしまった。アニメ本編に影響はなし。&lt;br /&gt;
* テレビせとうちでは『みなみけ』第13話「恋のからまわり」は2008年[[1月7日]]25:28～25:58に放送され、その3日後の[[1月10日]]に『みなみけ～おかわり～』第1話が放送された。以後、再び『みなみけ』第12話までと同じ時間帯に放送されている。&lt;br /&gt;
* 『みなみけ』のエンディングは通常ラストで「ふじおか」が倒れるシーンがあるが最終回バージョンでは倒れずに視聴者に向かって手を振るという演出がなされた。&lt;br /&gt;
* 『みなみけ』第1話予告編は[[ヒロイック・エイジ|前番組]]の存在を意識したものとなっている。感動の最終回を見てハイテンションなカナにチアキが冷めた突っ込みを入れるという内容で、第1話の映像（『先生と二宮くん』を見る場面 → ラヴレターで浮かれるカナ → 曲解するチアキ）に合わせている。しかし前番組の具体的な内容には触れておらず、地上波とは異なる[[天元突破グレンラガン|前番組]]だったAT-Xでの放送でも使われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 関連CD ===&lt;br /&gt;
; みなみけ ドラマCD（2008年[[1月23日]]発売）&lt;br /&gt;
: ジャケットイラストは[[越智信次]]書き下ろし。アニメ1クール目のシリーズ構成を担当した[[あおしまたかし]]脚本による短編ドラマが10話収録されている。脚本は全てオリジナルではあるものの原作に忠実で、設定自体を改変するようなエピソードは含まれていない。&lt;br /&gt;
: カナとアキラ、保坂とナツキの親交が深く、逆に藤岡とトウマの接点が無いところを見ると時系列的には1クール終了後（原作では3巻あたりまで）の延長上と見られる。&lt;br /&gt;
: アニメと異なる点は冒頭のチアキのナレーションやアイキャッチが無い。タケル、ケイコ、リコ、ユウ、ヒロコ、シュウイチは未登場。『先生と二宮くん』に関しては全く触れられていない。などである。&lt;br /&gt;
; キャラクターソングアルバム『[[みなみけ びより]]』（2008年[[4月23日]]発売）&lt;br /&gt;
: ジャケットイラストは『みなみけ』と『みなみけ～おかわり～』の描き下ろしダブルジャケット仕様。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[今日の5の2]] - 漫画の作者[[桜場コハル]]の前作。[[OVA]]でアニメ化された。&lt;br /&gt;
* [[みなみけのみなきけ]] - テレビアニメ作品『みなみけ』の関連ラジオ番組。&lt;br /&gt;
* [[テレビ東京番組一覧#アニメ|TXNアニメ一覧]]&lt;br /&gt;
* [[深夜アニメ一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.yanmaga.kodansha.co.jp/ym/rensai/ym/minami/minami.html 週刊ヤングマガジン内特設ページ] - 原作第1話を掲載中。&lt;br /&gt;
* [http://www.starchild.co.jp/special/minami-ke/index.html アニメ公式サイト]（スターチャイルド）&lt;br /&gt;
* [http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/minami-ke/index.html アニメ公式サイト]（テレビ東京）&lt;br /&gt;
* [http://www.animate.tv/digital/web_radio/detail_108.html アニメイトTV WEB -みなみけのみなきけ-]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{週刊ヤングマガジン掲載中}}&lt;br /&gt;
[[Category:漫画作品 み|なみけ]]&lt;br /&gt;
[[Category:学園漫画]]&lt;br /&gt;
[[Category:週刊ヤングマガジン]]&lt;br /&gt;
[[Category:アニメ作品 み|なみけ]]&lt;br /&gt;
[[Category:テレビ東京の深夜アニメ]]&lt;br /&gt;
[[Category:2007年のテレビアニメ]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
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	<entry>
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		<title>テンプレート:週刊ヤングマガジン掲載中</title>
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|-&lt;br /&gt;
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[[Category:連載中のテンプレート|まかしん(やんく)]]&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

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		<title>テンプレート:月刊コミックラッシュ連載中</title>
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----&lt;br /&gt;
'''メディアミックス：'''[[アオイシロ|アオイシロ -花影抄-]] &amp;amp;#124; &amp;lt;span style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;&amp;gt;[[CLANNAD (ゲーム)|CLANNAD オフィシャルコミック]]&amp;lt;/span&amp;gt; &amp;amp;#124; &amp;lt;span style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;&amp;gt;[[くわがたツマミ]]&amp;lt;/span&amp;gt;&lt;br /&gt;
|}&amp;lt;noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
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[[Category:連載中のテンプレート|らつしゆ]]&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
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		<title>島原の乱</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: 新しいページ: ''''島原の乱'''（しまばらのらん）とは江戸時代初期に起こった日本の歴史上最も大規模な一揆による反乱であり、幕末の...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''島原の乱'''（しまばらのらん）とは[[江戸時代]]初期に起こった日本の歴史上最も大規模な[[一揆]]による反乱であり、[[幕末]]の動乱に至るまでの最後の本格的な[[内戦]]であった。'''島原・天草一揆'''（しまばら・あまくさいっき）、'''島原・天草の乱'''とも呼ばれる。[[宗教戦争]]と見なすのが一般的だが、それはこの内戦の一面しか見ていない（[[島原の乱#原城の籠城|原城の籠城]]にて詳述）。この乱は一般に[[寛永]]14年[[10月25日 (旧暦)|10月25日]]（[[1637年]][[12月11日]]）勃発、寛永15年[[2月28日 (旧暦)|2月28日]]（[[1638年]][[4月12日]]）終結とされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 勃発まで ==&lt;br /&gt;
[[松倉勝家]]が領する[[島原藩]]のある[[肥前]]・[[島原半島]]と[[寺沢堅高]]が領する[[唐津藩]]の飛地である[[肥後]]・[[天草諸島]]の農民をはじめとする諸領民が百姓の酷使や過重な[[年貢]]負担に窮し、さらに[[飢饉]]の被害も加わり両藩に対して反乱を起こした乱である。キリシタン（[[カトリック教会|カトリック]]信徒）の宗教戦争と[[殉教]]物語として語られることも多いが、それらはあくまで一面でしかない。なお、ここでの百姓とは百姓身分のことであり貧窮零細農民だけではなく隷属民を擁した[[農業]]、[[漁業]]、[[手工業]]、[[商業]]など諸産業の大規模経営者をも包括して指している。さらに一揆には[[有馬氏|有馬]]・[[小西氏|小西]]両氏の[[浪人]]、更には元来の土着領主である[[天草氏]]・[[志岐氏]]の与党などが加わっていたことからも、一般的な「[[鍬]]と[[竹槍]]、筵旗」というイメージは正確ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
島原は元は[[キリシタン大名]]である[[有馬晴信]]の所領であり、領民のキリスト教への信仰も盛んな土地であった。[[豊臣秀吉]]や徳川政権の時代に禁教政策がはじまると[[慶長]]19年（[[1614年]]）、有馬氏は[[転封]]となり代わって[[大和国|大和]]・[[五條市|五条]]から[[松倉重政]]が入部する。重政は徳川家臣団の中での地位の向上を図り、[[江戸城]]改築の公儀普請役や彼が独自に計画した[[ルソン島|ルソン]]遠征、さらには壮大な[[島原城]]の新築のための過重な年貢の取立てに加えて、厳しいキリシタン弾圧を始める。その弾圧の残酷さは反カトリックであった[[オランダ]]人すら辟易させるものであった。次代の[[松倉勝家]]も重政の圧政を継承し、さらに過酷な取立てを行った。天草も島原同様キリシタン大名・[[小西行長]]の土地で[[関ヶ原の戦い]]の後に[[寺沢広高]]が入部し、次代の[[寺沢堅高]]の時代まで島原同様の圧政とキリシタン弾圧を行う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 原城の籠城 ==&lt;br /&gt;
[[Image:Remains_of_Hara_castle.jpg|thumb|250px|原城跡]]&lt;br /&gt;
過酷な取立てに耐えかねた島原の領民は[[武士]][[身分]]から百姓身分に転じて地域の指導的な立場に立っていた旧有馬氏の家臣の下に組織化（この組織化自体を[[一揆]]と呼ぶ）、密かに反乱計画を立てて寛永14年10月25日（1637年12月11日）、[[代官]]・[[林兵左衛門]]を殺害。ここに島原の乱が勃発する。ただし、この一揆は島原半島[[雲仙地溝帯]]以南の[[南目]]（みなみめ）と呼ばれる地域の組織化には成功しここに属する領民たちは反乱に賛成する者も反対する者も強制的に反乱軍に組み込まれたが、これより北の[[北目]]（きため）と呼ばれる地域の組織化には成功せず北目の領民の指導者層は雲仙地溝帯の[[断層群]]、特にその北端の[[千々石断層]]の断崖を天然の要害として一揆に加わることを強要しようとして迫る反乱軍の追い落としに成功、乱に巻き込まれずに済んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
肥後天草でもこれに呼応して領民が蜂起。[[佐々成政]]・小西・[[加藤忠広]]の改易により肥後で大量に発生していた浪人も吸収し天草の一揆軍は総大将として宗教的[[カリスマ]]性を持つ当時16歳の少年[[天草四郎]]（本名：益田四郎時貞。天草は旧来天草の領主だった豪族の名）を担ぎだし、[[富岡城]]や[[本渡城]]などの天草支配の拠点を攻撃、富岡城代の[[三宅重利]]（藤兵衛、実は[[明智秀満]]の子）を討ち取った。富岡城は北丸が陥落し落城寸前まで追い詰められたが本丸陥落寸前に九州諸藩の軍が到着したため、一揆軍が[[後詰]]の攻撃を受けることの不利を悟り撤退。[[有明海]]を渡って島原半島に移動し、ここに島原と天草の一揆勢は合流して島原城に押し寄せたがその堅牢な防備に苦戦し後詰攻撃の危険が迫ったため撤退、島原領民の旧主有馬家の居城であった廃城、[[原城]]址に[[篭城]]した。その数3万7000であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『細川家記』『天草島鏡』など同時代の記録はすべて反乱の原因を年貢の取りすぎにあると書いているが{{要出典}}領主・勝家は自らの失政を認めず、反乱を起こした一揆がキリシタン信仰を結束の核としていたことをもってこれを反抗的なキリシタンの暴動と主張した。{{要出典}}幕府も以後、島原の乱をキリシタン弾圧の口実としたため「島原の乱=キリシタンの反乱（[[宗教戦争]]）」という一面的な見方が定着した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
乱の発生を知った幕府は上使として[[御書院番頭]]であった[[板倉重昌]]を派遣した。重昌は城攻めの常道として長期包囲を行おうとしたが九州の諸大名は統制がとれず、幕府の命令との間で板ばさみになった。さらに幕府から2人目の上使筆頭[[老中]]・[[松平信綱]]が派遣されるに及んで、焦った重昌は寛永15年[[1月1日 (旧暦)|1月1日]]（1638年[[2月14日]]）に強引な力攻めを行い、討ち死にした。信綱は初めから強攻策をあきらめて[[兵糧攻め]]を行い、オランダ船デ・ライプ号に依頼して海からの砲撃を行いさらに陸揚げした船砲五門を城内に撃ち込んで一揆勢を弱体化させ、落城に持ち込んだ。最終的に幕府軍の攻撃とその後の処刑によって老若男女3万7000人が死亡した。生き残ったのは内通者であった[[山田右衛門作]]（南蛮絵師）1人であった（ただし、原城の断崖絶壁の海側の崖を降りて[[海草]]を[[兵糧]]の足しにしたりその崖を降りて幕府方の総攻撃を前に脱出する一揆勢の目撃情報もあるため、実際は幕府方の総攻撃以前に千人単位で脱出者がいたとの説もある）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全期間を通じての幕府軍の総勢と籠城軍の概要は以下の通りである。{{要出典}}なお、攻勢・守勢双方にかなりの数の浪人が参加していた為、兵力は石高から考えた各大名固有の兵数を上回っている。天草三氏（天草・志岐・柄本）のうち取り潰された天草・志岐の両家の浪人が指導層となり一揆軍に参加（柄本家は細川家に仕官しており、細川家臣として幕府軍に参加）。また幕府軍にも日本全国から浪人が参加している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;幕府軍&lt;br /&gt;
*幕府派遣軍&lt;br /&gt;
**上使　[[板倉重昌]]　800人&lt;br /&gt;
**上使　[[松平信綱]]　1500人&lt;br /&gt;
**副使　[[戸田氏鉄]]　2500人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*諸大名&lt;br /&gt;
**備後福山藩　[[水野勝成]]・[[水野勝俊]]・[[水野勝貞]]　5600人(九州以外からの唯一の参陣)&lt;br /&gt;
**筑前福岡藩　[[黒田忠之]]　18000人&lt;br /&gt;
**筑後久留米藩　[[有馬豊氏]]　8300人&lt;br /&gt;
**同柳河藩　[[立花宗茂]]　5500人&lt;br /&gt;
**肥前島原藩　[[松倉勝家]]　2500人&lt;br /&gt;
**同唐津藩　[[寺沢堅高]]　7570人&lt;br /&gt;
**同佐賀藩　[[鍋島勝茂]]　35000人&lt;br /&gt;
**肥後熊本藩　[[細川忠利]]　23500人　[[宮本武蔵]]&lt;br /&gt;
**日向延岡藩　[[有馬直純]]（有馬晴信の子）　3300人&lt;br /&gt;
**豊前小倉藩　[[小笠原忠真]]　6000人　[[高田吉次|高田又兵衛]]&lt;br /&gt;
**同中津藩　[[小笠原長次]]　2500人&lt;br /&gt;
**豊後高田藩　[[松平重直]]　1500人&lt;br /&gt;
**薩摩鹿児島藩　[[山田有栄]]（[[島津家]]家臣）　1000人&lt;br /&gt;
**そのほか　800人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
総計　12万5800人（上使[[板倉重昌]]以下死者1900人　負傷11000人）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;籠城軍&lt;br /&gt;
*主な人物&lt;br /&gt;
**[[天草四郎]]&lt;br /&gt;
**[[益田好次]]&lt;br /&gt;
**[[山田右衛門作]]&lt;br /&gt;
**[[森宗意軒]]?&lt;br /&gt;
**[[芦塚忠兵衛]]?&lt;br /&gt;
*戦闘員　14000人以上&lt;br /&gt;
*非戦闘員（婦女子）　13000人以上&lt;br /&gt;
総計　3万7000人（総攻撃を前に脱出した一揆勢などを換算し、2万7000人など異説あり。前述通り総攻撃直前に内通した山田右衛門作1人を除きほぼ総攻撃時に、原城に篭っていた全員が死亡）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これによって島原半島南目と天草諸島のカトリック信徒は乱への参加の強制を逃れて潜伏した者、僻地にいて反乱軍に取り込まれなかったため生き残ったわずかな旧領民以外ほぼ根絶された。わずかに残された信者たちは深く潜伏し、[[隠れキリシタン]]となっていった。島原の乱後に幕府は禁教策を強化し、[[鎖国]]政策を推し進めていく事になる。また、これ以降[[一国一城令]]によって各地で廃城となった城郭を反乱の際の拠点として使えぬようにするため、破壊がいっそう進むことになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 島原の乱以後の天草 ==&lt;br /&gt;
島原の乱が天草と連動した原因の1つは、広高が天草の石高を過大に算定したことにあった。広高は天草の石高を田畑の収穫を3万7000石、[[桑]]・[[茶]]・[[塩]]・[[漁業]]などの運上を5000石、合計4万2000石と決定した。しかし実際にはその半分が妥当な数字であった。広高が石高を実際の生産量の2倍に算定したため徴税は過酷となり、農民や漁民を含む百姓身分の者たちを一揆に追い詰め武士身分から彼らと同じ百姓身分に転じており村落の指導者層となっていた旧小西家家臣を核として密かに一揆の盟約が成立、さらには反乱に立ち上がることによる内戦に至ったのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
島原の乱後、[[山崎家治]]が天草の領主となったが3年で[[讃岐国]][[丸亀市|丸亀]]に国替えとなった。天草は幕府直轄領（いわゆる[[天領]]）となり、[[鈴木重成]]が初代の代官となった。鈴木は[[禅]]の教理思想こそがキリシタン信仰に拮抗できると考え、[[曹洞宗]]の僧となっていた兄の[[鈴木正三]]を天草に招き住民の教化につとめた。一方、住民がほとんど戦没して無人地帯と化した地域（例えば[[大矢野島]]など）には周辺の諸藩から移住者を募って復興に尽力した。天草の貧しさの原因が過大な石高の算定にあることを見抜いた重成は[[検地]]をやり直し、幕府に対して何度も天草の石高の算定を半分の2万1000石にするよう訴えた。しかし、幕府は前例がないとしてこれを拒絶した。そのため、重成は[[承応]]2年（[[1653年]]）に[[江戸]]の自邸で石高半減の願書を残して[[切腹]]し幕府に抗議した。幕府はこの事態に驚愕して重成の死因を病死と発表し、養子の[[鈴木重辰|重辰]]（正三の子）を2代目の代官に任命した。この事実はやがて天草の領民にも伝わり、領民は皆号泣したと伝えられている。重辰もまた天草の石高半減を訴えたため、[[万治]]2年（[[1659年]]）に幕府は天草の石高半減を認めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
重辰が畿内に転出した後、[[戸田忠昌]]が封ぜられて領主となったが、忠昌は広高が構築した富岡城を破壊して[[陣屋造り]]とした。これは、領民の負担を軽減するためである。さらに忠昌は離島が多く農業生産力が低い天草は私領に適さないとして、幕府直轄領とすることを提案した。忠昌の提案は認められ、天草は[[寛文]]11年（[[1671年]]）に再び幕府直轄領となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天草における反乱の原因は、広高による天草の実情を無視した統治にあった。その是正に島原の乱の鎮圧から30年以上の年月を必要としたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天草の場合、島原半島よりも隠れキリシタンによるキリシタン信者の潜伏残存率は高かったといわれる。これは離島が多いため、島原半島南目地域のように根こそぎ住民が反乱に動員されることが容易でなく無人地帯が広がらなかったことや江戸時代も半ばになると幕府直轄領である天草から産する[[ナマコ|海鼠]]・[[アワビ|鮑]]・[[ふかひれ|鱶鰭]]などの海産物の乾物（[[俵物]]）がやはり幕府直轄領である[[長崎]]を通じて[[清朝]]に輸出されて幕府の重要な財源となったため、隠れキリシタン信仰の過度の追及を自粛したことなどが要因として挙げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[日本のキリシタン一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:江戸時代の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:キリシタン]]&lt;br /&gt;
[[Category:江戸時代の戦い]]&lt;br /&gt;
[[Category:九州地方の歴史]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%81%9D%E3%81%AE%E6%99%82%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%81%8C%E5%8B%95%E3%81%84%E3%81%9F%E3%81%AE%E5%85%A8%E6%94%BE%E9%80%81%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88&amp;diff=29205</id>
		<title>その時歴史が動いたの全放送リスト</title>
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				<updated>2008-05-15T06:48:49Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''その時歴史が動いたの全放送リスト'''（そのときれきしがうごいたのぜんほうそうりすと）ではNHKの番組『[[その時歴史が動いた]]』で放送した内容のタイトルについて説明する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このリストではアンコール放送分は除いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==放送タイトル==&lt;br /&gt;
放送時間は2006年3月8日放送分までが水曜日21時15分～21時58分、2006年4月5日放送分からが水曜日22時～22時43分。&lt;br /&gt;
===2000年===&lt;br /&gt;
*3月29日　運命の一瞬、[[東郷平八郎|東郷]]ターン ～[[日本海海戦]]の真実～&lt;br /&gt;
*4月5日　世紀の対決 [[沢村栄治|沢村]]VS[[ベーブ・ルース]] ～日本プロ野球誕生の時～&lt;br /&gt;
*4月12日　天下分け目の[[天王山]] ～[[豊臣秀吉|秀吉]]・必勝の人心掌握術～&lt;br /&gt;
*4月19日　幕末のプリンセス・日本を救う ～皇女[[和宮親子内親王|和宮]]の悲願～&lt;br /&gt;
*4月26日　[[新撰組]]参上![[池田屋事件]]に賭けた若者たち&lt;br /&gt;
*5月10日　その日 6人がいた ～[[火縄銃|鉄砲]]伝来・偶然のドラマ～&lt;br /&gt;
*5月17日　[[織田信長]]・勝利の方程式 ～真説・[[長篠の戦い|長篠合戦]]～&lt;br /&gt;
*5月24日　[[だるま|ダルマ]]大臣・[[高橋是清]]経済危機と格闘する（[[昭和金融恐慌]]）&lt;br /&gt;
*5月31日　敵は[[本能寺の変|本能寺]]にあり ～[[明智光秀|光秀]]はなぜ主君・信長を裏切ったのか～&lt;br /&gt;
*6月7日　[[坂本龍馬]] 幕末の日本を動かす ～[[薩長同盟]]成立の時～&lt;br /&gt;
*6月14日　我輩は小説家である ～[[夏目漱石]]・[[東京大学|東大]]辞表提出の時～&lt;br /&gt;
*6月21日　[[蘇我入鹿]]（そがのいるか）暗殺事件 ～実録・[[乙巳の変|大化改新のクーデター]]～&lt;br /&gt;
*6月28日　戦火の中で[[アニメーション|アニメ]]が生まれた（[[桃太郎 海の神兵]]）&lt;br /&gt;
*7月5日　[[大坂の役|大坂の陣]]、[[豊臣氏|豊臣家]]滅亡す ～[[徳川家康]]・非情の天下取り～&lt;br /&gt;
*7月12日　[[西郷隆盛]]、明治に挑む ～[[西南戦争]]勃発の時～&lt;br /&gt;
*7月19日　[[奇兵隊]]決起せよ![[高杉晋作]]挙兵の時&lt;br /&gt;
*7月26日　[[黒船]]来航 日米交渉ここに始まる&lt;br /&gt;
*8月2日　[[ミッドウェー海戦]]の悲劇&lt;br /&gt;
*8月9日　予ノ判断ハ外レタリ ～[[ソビエト連邦|ソ連]]対日参戦の衝撃～&lt;br /&gt;
*8月23日　[[キリシタン]]禁制 ～秀吉・[[ヨーロッパ]]と対決す～&lt;br /&gt;
*8月30日　[[関東大震災]] ～知られざる日米友好～&lt;br /&gt;
*9月6日　[[前畑秀子|前畑]]ガンバレ!! ～[[ベルリンオリンピック]]の光と影～&lt;br /&gt;
*10月4日　[[関ヶ原の戦い|関ヶ原合戦]] 家康 なぞの大突撃 ～ヨーロッパ製甲冑の威力～&lt;br /&gt;
*10月11日　弟・[[源義経|義経]]を討て ～[[源頼朝]]・武家政権確立への決断～&lt;br /&gt;
*10月18日　[[津田梅子]]・[[津田塾大学|女子英学塾]]設立の時 ～女性の真の自立をめざして～&lt;br /&gt;
*10月25日　[[1929年]][[ニューヨーク|NY]]株価大暴落（[[世界恐慌]]）&lt;br /&gt;
*11月1日　[[伊能忠敬]] 56歳からの挑戦&lt;br /&gt;
*11月8日　[[桶狭間の戦い]] ～織田信長、逆転への情報戦略～&lt;br /&gt;
*11月15日　坂本龍馬暗殺事件 ～魔の一瞬が歴史を変えた～&lt;br /&gt;
*11月22日　「[[学校]]」誕生 ～初代文部大臣・[[森有礼]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*11月29日　[[将軍]][[徳川慶喜|慶喜]]・最後の決断 ～幕末を動かした[[大坂城]]脱出～&lt;br /&gt;
*12月6日　[[20世紀|二十世紀]]十大事件 ～歴史を動かした決定的瞬間～&lt;br /&gt;
*12月13日　脱盟者たちの[[忠臣蔵]] ～忠義か人情か　人生の選択の時～&lt;br /&gt;
*12月20日　サムライ・[[福澤諭吉|福沢諭吉]] [[アメリカ合衆国|アメリカ]]に立つ! ～[[咸臨丸]][[サンフランシスコ]]入港の時～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2001年===&lt;br /&gt;
*1月10日　男たちよ、立て! ～[[北条政子]] 演説の時～&lt;br /&gt;
*1月17日　大衆の夢を形に ～起業家・[[小林一三]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*1月24日　検証・[[桜田門外の変]] ～[[井伊直弼]]暗殺・幕末大転換の時～&lt;br /&gt;
*2月7日　6000人の命を救った外交官 ～[[杉原千畝]] [[ビザ]]大量発給決断の時～&lt;br /&gt;
*2月14日・21日　シリーズ[[二・二六事件|2・26事件]]（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
*2月28日　秀吉の妻・おね 関ヶ原を動かす&lt;br /&gt;
*3月7日　[[大津事件|ロシア皇太子襲撃事件]] ～近代日本をつくった裁判～&lt;br /&gt;
*3月14日・21日　もしもその時（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「古代・中世編」&lt;br /&gt;
:後編「戦国・幕末編」&lt;br /&gt;
*3月28日　妻たちは決断した&lt;br /&gt;
**3月の3回は主として2000年度に放送された内容の総集編的な作品だった&lt;br /&gt;
*4月4日　世界を制した[[ハリウッド]][[映画]] ～[[風と共に去りぬ]]公開の時～&lt;br /&gt;
*4月11日　秀吉・家康 たった一度の直接対決 ～天下取りの知恵くらべ～&lt;br /&gt;
*4月18日　[[春日局]] 徳川家康を動かす ～戦国女性・太平の世への願い～&lt;br /&gt;
*4月25日　日本を救った[[サツマイモ]] ～[[青木昆陽]]・飢きん救済に挑む～&lt;br /&gt;
*5月2日　戦艦[[大和 (戦艦)|大和]]沈没 ～[[大艦巨砲主義]]の悲劇～&lt;br /&gt;
*5月9日　[[昭和天皇]]と[[ダグラス・マッカーサー|マッカーサー]]・会見の時&lt;br /&gt;
*5月16日　「[[阿吽|あうん]]」の呼吸はこうして生まれた ～[[東大寺]] 金剛力士像完成の時～&lt;br /&gt;
*5月23日　[[岡倉天心|天心]]の恋 ～東洋の美を追い続けた男～&lt;br /&gt;
*5月30日　[[徳川吉宗]]、執念の財政再建 ～米将軍・最後の決断～&lt;br /&gt;
*6月6日　[[土方歳三]]・北の大地に散る ～[[戊辰戦争]]、最後の激戦～&lt;br /&gt;
*6月13日　[[伊達政宗]]、[[百万石]]への挑戦&lt;br /&gt;
*6月20日　[[邪馬台国]]の女王・[[卑弥呼]] ～動乱の[[魏 (三国)|中国]]に使者を出す～&lt;br /&gt;
*6月27日　[[白村江の戦い|白村江]]・古代最大の対外戦争&lt;br /&gt;
*7月4日　金融恐慌・日本を揺るがす ～巨大商社、[[鈴木商店]]の挫折～&lt;br /&gt;
*7月11日　[[北条時宗]]、起死回生の決断 ～[[モンゴル帝国|モンゴル]]軍壊滅の時～&lt;br /&gt;
*7月18日　モンゴル軍来襲 ～九州武士・[[竹崎季長]]の戦い～&lt;br /&gt;
*7月25日・8月1日　[[ポツダム宣言]]（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「米ソの攻防」 ～[[原子爆弾|原爆]]投下・[[ハリー・S・トルーマン|トルーマン]]の決断～&lt;br /&gt;
:後編「ソ連対日参戦」～ソ連対日参戦・[[ヨシフ・スターリン|スターリン]]の焦燥～&lt;br /&gt;
*8月22日　夏休みスペシャル・[[三国志]]英雄伝（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
:前編「奇跡の風、[[長江]]に吹く」 ～[[諸葛亮|孔明]]の知略、天下三分の計～&lt;br /&gt;
:後編「死せる孔明・中国を動かす」 ～千年の時を越える教え～&lt;br /&gt;
*8月29日　そして、人は空を飛んだ ～[[ライト兄弟]]に先がけた男・[[二宮忠八]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*9月5日　[[上杉鷹山]] ふたたびの財政改革&lt;br /&gt;
*9月19日　キリシタン女性 関ヶ原合戦を揺るがす ～[[細川ガラシャ]]の悲劇～&lt;br /&gt;
*9月26日　ぼく一生の不覚 ～[[日独伊三国軍事同盟|三国同盟]]締結・[[松岡洋右]]の誤算～&lt;br /&gt;
*10月3日　走れ!AA型 ～国産自動車誕生物語～&lt;br /&gt;
*10月10日　不平等条約を改正せよ ～[[陸奥宗光]]～&lt;br /&gt;
*10月17日　日本を愛した[[アルベルト・アインシュタイン|アインシュタイン]]・その悲劇&lt;br /&gt;
*10月24日　人生に絶望なし ～[[ヘレン・ケラー|ヘレンケラ]]ー来日の時～&lt;br /&gt;
*10月31日　羽柴秀吉、謎の敵前退却 ～[[賤ヶ岳の戦い|賤ヶ岳合戦]]・勝利の秘策～&lt;br /&gt;
*11月7日　戦国の茶人 秀吉と戦う ～[[千利休]]切腹の悲劇～&lt;br /&gt;
*11月14日　[[前田利家]]の妻・[[芳春院|まつ]]の決断 ～加賀百万石・息子への教え～&lt;br /&gt;
*11月21日　[[満州事変]] [[関東軍]]独走す&lt;br /&gt;
*12月5日　この難を逃げ候こと 本懐にあらず ～改革者・[[大久保利通]]暗殺の悲劇～&lt;br /&gt;
*12月12日　汽笛一声・日本の産声 ～[[鉄道]]開通に賭けた若者たち～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2002年===&lt;br /&gt;
*1月9日　スペシャル『日本を動かした15人』（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
*1月16日　[[溥儀|ラストエンペラー]]最後の日 ～「[[満州国]]」と皇帝・溥儀～&lt;br /&gt;
*1月23日　役人の不正許すまじ ～[[大塩平八郎]]決起の時～&lt;br /&gt;
*1月30日　志のある者 立ち上がれ ～獄中の出会いが生んだ[[吉田松陰]]の思想～&lt;br /&gt;
*2月6日　王宮の恋・[[サラエボ事件|サラエボ]]に散る ～[[第一次世界大戦|世界大戦]]を招いた暗殺事件～&lt;br /&gt;
*2月13日　日本の夢、[[ベルサイユ]]に散る ～[[パリ講和会議]]・人種差別 廃止提案の挫折～&lt;br /&gt;
*2月20日　[[田中正造]]、足尾鉱毒事件に挑む ～環境保護運動　ここに始まる～&lt;br /&gt;
*2月27日　信長 執念の天下統一 ～大坂[[本願寺]]との十年戦争～&lt;br /&gt;
*3月6日　関ヶ原を揺るがした女性たち ～決戦の裏に秘められたドラマ～&lt;br /&gt;
*3月13日　外交の要は誠実にあり ～国際社会と闘った男たち～&lt;br /&gt;
*4月3日　賽は投げられた ～英雄[[ガイウス・ユリウス・カエサル|カエサル]]・ローマを変えた運命の決断～&lt;br /&gt;
*4月10日　徳川家康 [[三方ヶ原の戦い|三方原]]の大ばくち ～敗れて学ぶ 覇者の哲学～&lt;br /&gt;
*4月17日　鎧をまとった母・[[淀殿]]の悲劇 ～裏切られた平和への願い～&lt;br /&gt;
*4月24日　[[新撰組]]・[[鳥羽・伏見の戦い|鳥羽伏見]]に散る ～旧幕府軍大敗北の真相～&lt;br /&gt;
*5月8日・15日　[[アドルフ・ヒトラー|ヒトラー]]とその時代（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「[[独裁者]]への道」&lt;br /&gt;
:後編「幻の反ヒトラー・クーデター」&lt;br /&gt;
*5月22日　天神・[[菅原道真]] 政治改革にたおれる&lt;br /&gt;
*5月29日　肉を切らせて骨を断つ ～織田信長・捨て身の復讐戦～&lt;br /&gt;
*7月3日　平民宰相 [[原敬]]暗殺 ～くじかれた改革の夢～&lt;br /&gt;
*7月10日　[[フランス革命]] 自由よ汝の名のもとに ～[[マリー・アントワネット事件に挑む ～環境保護運動　ここに始まる～&lt;br /&gt;
*2月27日　信長 執念の天下統一 ～大坂[[本願寺]]との十年戦争～&lt;br /&gt;
*3月6日　関ヶ原を揺るがした女性たち ～決戦の裏に秘められたドラマ～&lt;br /&gt;
*3月13日　外交の要は誠実にあり ～国際社会と闘った男たち～&lt;br /&gt;
*4月3日　賽は投げられた ～英雄[[ガイウス・ユリウス・カエサル|カエサル]]・ローマを変えた運命の決断～&lt;br /&gt;
*4月10日　徳川家康 [[三方ヶ原の戦い|三方原]]の大ばくち ～敗れて学ぶ 覇者の哲学～&lt;br /&gt;
*4月17日　鎧をまとった母・[[淀殿]]の悲劇 ～裏切られた平和への願い～&lt;br /&gt;
*4月24日　[[新撰組]]・[[鳥羽・伏見の戦い|鳥羽伏見]]に散る ～旧幕府軍大敗北の真相～&lt;br /&gt;
*5月8日・15日　[[アドルフ・ヒトラー|ヒトラー]]とその時代（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「[[独裁者]]への道」&lt;br /&gt;
:後編「幻の反ヒトラー・クーデター」&lt;br /&gt;
*5月22日　天神・[[菅原道真]] 政治改革にたおれる&lt;br /&gt;
*5月29日　肉を切らせて骨を断つ ～織田信長・捨て身の復讐戦～&lt;br /&gt;
*7月3日　平民宰相 [[原敬]]暗殺 ～くじかれた改革の夢～&lt;br /&gt;
*7月10日　[[フランス革命]] 自由よ汝の名のもとに ～[[マリー・アントワネット|マリ・アントワネット]]の悲劇～&lt;br /&gt;
*7月17日　[[ナポレオン・ボナパルト|ナポレオン]]、皇帝への野望 ～戴冠式の一瞬に秘められた謎～&lt;br /&gt;
*7月24日　本能寺の変 ～信長暗殺!闇に消えた真犯人～&lt;br /&gt;
*7月31日　[[ガダルカナル島]]撤退 ～苦渋の決断～&lt;br /&gt;
*8月21日　特別編「戦い・その決定的瞬間」（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
:前編「勝利の時・男たちは決断した」&lt;br /&gt;
:後編「戦乱・その時 妻は、母は」&lt;br /&gt;
*8月28日　さらば淀殿 お初の決断 ～運命に立ち向かった戦国三姉妹～&lt;br /&gt;
*9月4日　日本人、[[南極]]の大地に立つ（[[白瀬矗]]）&lt;br /&gt;
*9月11日　昭和を揺るがした銃弾 ～ライオン宰相・[[浜口雄幸]]狙撃の時～&lt;br /&gt;
*9月18日　ヒトラー情報 日本を揺るがす ～「真珠湾」へのもう一つの道～&lt;br /&gt;
*9月25日　ヒトラー最後の日 ～新資料が明かす独裁者の末路～&lt;br /&gt;
*10月2日　[[与謝野晶子]]『今ぞ目覚めて』 ～情熱の歌人、女性の自立を宣言～&lt;br /&gt;
*10月9日　幕末、[[京都市|京都]]炎上 ～長州・[[久坂玄瑞]]、志に散る～&lt;br /&gt;
*10月16日　必勝の方程式、江戸を制す ～[[大村益次郎]]、彰義隊撃破の時～&lt;br /&gt;
*10月23日　関ヶ原の戦い、決死の的中突破 ～戦国の猛将 [[島津義弘]]、決断の時～&lt;br /&gt;
*10月30日　人類のために生き、人類のために死す ～未公開書簡が明かす[[野口英世]]の真実～&lt;br /&gt;
*11月6日　豊臣秀吉天下統一の必勝戦略 ～[[小田原の役|小田原攻め]]に秘策あり～&lt;br /&gt;
*11月13日　激突 [[武田信玄]]と[[上杉謙信]] ～[[川中島の戦い]]、両雄決戦の時～ &lt;br /&gt;
*11月20日　改革に散った最後の幕臣 [[小栗上野介]] ～一本のねじから日本の近代は始まった～&lt;br /&gt;
*12月4日　[[銀行]]は人々のために ～金融危機を救った[[渋沢栄一]]の決断～&lt;br /&gt;
*12月11日　忠臣蔵、父と子の決断 ～赤穂浪士討ち入りの時～&lt;br /&gt;
*12月18日　[[ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン|ベートーヴェン]] [[交響曲第9番|第九]]誕生! ～民衆に自由を呼びかけた交響曲～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2003年===&lt;br /&gt;
*1月8日　新春スペシャル「ニッポン開国」（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
:前編「なぜアメリカだったのか?」 ～[[マシュー・ペリー|ペリー]]の知られざる外交戦略～&lt;br /&gt;
:後編「通商か?亡国か?」 ～日本全権、決死の通商条約締結～&lt;br /&gt;
*1月15日　[[佐々木小次郎|小次郎]] 敗れたり ～決闘巌流島・[[宮本武蔵]]の執念～&lt;br /&gt;
*1月22日　兵法の道は人の道 宮本武蔵 ～『五輪書』完成への苦闘～&lt;br /&gt;
*1月29日　外交立国の志、いまだ死なず ～[[榎本武揚]]、箱館戦争終結の決断～&lt;br /&gt;
*2月12日　乱世を制するリーダーの条件 ～[[湊川の戦い]] [[足利尊氏]]、苦悩の決断～&lt;br /&gt;
*2月19日　夢は征夷大将軍 ～徳川家康・逆転の戦略～&lt;br /&gt;
*2月26日　緊迫の二十四時間 ～新資料が明かす二・二六事件の内幕～&lt;br /&gt;
*3月5日　独裁者ヒトラー ～破滅への軌跡～&lt;br /&gt;
*3月12日　幕末立志伝 今こそ変革の時 ～[[吉田松陰]]・久坂玄瑞・[[高杉晋作]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*4月2日　家康・天下を制した184通の書状 ～関ヶ原の合戦・知られざる情報工作～&lt;br /&gt;
*4月9日　[[真田幸村]] どん底からの挑戦 ～家康を追いつめた伝説の名将～  &lt;br /&gt;
*4月16日　ロシア女帝が涙した帰国願い ～日露交渉の扉を開いた[[大黒屋光太夫]]～&lt;br /&gt;
*4月23日　改革者か、悪徳老中か? ～[[田沼意次]]、江戸の経済改革に挑む～&lt;br /&gt;
*5月7日　幕末ニッポン・幻の遷都計画 ～江戸か大坂か?[[大久保利通]]の大改革～&lt;br /&gt;
*5月14日　[[チャーリー・チャップリン|チャップリン]]を襲撃せよ ～五・一五事件　首相暗殺の裏に秘められたドラマ～&lt;br /&gt;
*5月21日　我が言は、万人の声 ～太平洋戦争前夜、日本を揺るがした国会演説～（[[斉藤隆夫]]）&lt;br /&gt;
*5月29日　日出づる処の天子より ～[[聖徳太子]]、理想国家建設の夢～&lt;br /&gt;
*6月4日　信長と家康、そして同盟は幻と消えた? ～[[長篠の戦い]]、戦国を変えた両雄の決断～&lt;br /&gt;
*6月11日　[[源義経]]、大水軍を奪いとれ! ～[[壇ノ浦の戦い|壇の浦の戦い]]、奇跡の逆転劇～&lt;br /&gt;
*6月18日　新撰組誕生 ～幕末に青春をかけた男たち～&lt;br /&gt;
*6月25日　新撰組の夢、関東に散る ～江戸城明け渡しの裏で何がおきていたのか～&lt;br /&gt;
*7月2日　[[盧溝橋事件]] 運命の4日間 ～中国派兵への重大決意～&lt;br /&gt;
*7月9日　[[高杉晋作]]、50倍の敵を制する必勝戦略 ～幕末長州・奇跡の逆転劇～&lt;br /&gt;
*7月16日　海を越えた愛、日本を守る ～新史料、[[フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト|シーボルト]]開国秘話～&lt;br /&gt;
*7月23日　占領日本・運命を決した直談判 ～[[吉田茂]]と[[ダグラス・マッカーサー|マッカーサー]]～&lt;br /&gt;
*7月30日　スパイ・[[リヒャルト・ゾルゲ|ゾルゲ]] 最後の暗号電報 ～新資料が明かす国際スパイ事件～&lt;br /&gt;
*8月20日　夏休みスペシャル・そして日本はよみがえった ～混迷を打ち破ったヒーローたち～（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
:前編「混沌の時代を切り開いた男たち」&lt;br /&gt;
:後編「近代の日本を作った男たち」&lt;br /&gt;
*8月27日　[[板垣退助|板垣]]死すとも、自由は死せず ～日本に国会を誕生させた不朽の名言～&lt;br /&gt;
*9月3日　[[クレオパトラ7世|クレオパトラ]] 世界帝国の夢 ～知られざる愛と誇りの決断～&lt;br /&gt;
*9月10日　[[ジャンヌ・ダルク]] 戦いはわが愛の証 ～裁判記録が明かす聖女の真実～&lt;br /&gt;
*9月17日　[[日野富子]] 愛と憎しみの和平工作 ～[[応仁の乱]]を終結させた将軍の妻～&lt;br /&gt;
*10月1日　秀吉に天下を取らせた男 ～[[黒田孝高|黒田官兵衛]] 戦国最強のナンバー2～&lt;br /&gt;
*10月8日・15日「[[始皇帝]]」（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「希代のカリスマ・中国に立つ」 ～[[秦]]王朝 天下統一のとき～&lt;br /&gt;
:後編「崩壊は絶頂の中から始まった」 ～秦王朝 滅亡のとき～&lt;br /&gt;
*10月22日　[[正岡子規]] 余命十年で[[日本語]]を革新した男&lt;br /&gt;
*10月29日　[[白虎隊]] 自刃への三十六時間 ～生存隊士の手記が語る悲劇の真相～&lt;br /&gt;
*11月5日・12日　古代中国・[[項籍|項羽]]と[[劉邦]]（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「天下を分けた運命の宴 [[鴻門の会]]」&lt;br /&gt;
:後編「勝利への60万人の大合唱 [[垓下の戦い|四面楚歌]]」&lt;br /&gt;
*11月19日　[[勝海舟]] 江戸城無血開城はなぜ実現したか&lt;br /&gt;
*11月19日　[[マハトマ・ガンジー|ガンジー]] 暴力の連鎖を断ち切れ!&lt;br /&gt;
*12月4日　日米開戦を回避せよ ～新史料が明かす最後の和平交渉～&lt;br /&gt;
*12月11日　忠臣蔵 お裁き始末記 ～忠義か、犯罪か?幕府がゆらいだ50日～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2004年===&lt;br /&gt;
*1月7日　新春スペシャル・「新撰組」 ～最後のサムライたち～（前・後編一挙放送）&lt;br /&gt;
:前編「立志編 剣に生きる」&lt;br /&gt;
:後編「死闘編 武士道に死す」&lt;br /&gt;
*1月14日　秘められた革命工作 ～[[孫文]]を支えた日本人～&lt;br /&gt;
*1月21日　[[平清盛]] 早すぎた革新 ～平氏政権誕生のとき～&lt;br /&gt;
*1月28日　[[明治天皇]] [[あんパン]]を食す ～リストラ武士 [[木村安兵衛]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*2月4日　そして近代ニッポン人が誕生した ～明治の文豪たちの生き方革命～&lt;br /&gt;
*2月11日　日露開戦 男たちの決断 ～明治日本 存亡をかけた戦略～&lt;br /&gt;
*2月25日　[[外様大名]]はこうして生き残った! ～家康に勝利した逆転の戦略～&lt;br /&gt;
*3月3日　大久保利通・新生日本を救う ～回避された「幻の日清戦争」～&lt;br /&gt;
*3月31日　[[さとうきび]]畑の村の戦争 ～新史料が明かす[[沖縄県|沖縄]]戦の悲劇～&lt;br /&gt;
*4月7日　新発見![[大坂城]]は超ハイテク要塞だった ～秀吉VS家康「堀」をめぐる攻防の真相～&lt;br /&gt;
*4月14日　日本の運命を背負った少年たち ～[[天正遣欧少年使節|天正遣欧使節]]・ローマ教皇謁見の時～&lt;br /&gt;
*4月21日　信長暗殺を命じた男 ～新説・本能寺の変 浮上した黒幕～&lt;br /&gt;
*4月28日　[[女優]]誕生 ～[[川上貞奴|マダム貞奴]]、「[[オセロ (シェイクスピア)|オセロ]]」初演の時～&lt;br /&gt;
*5月5日　子供の心に歌を ～大正・[[童謡]]誕生物語～&lt;br /&gt;
*5月12日　日本[[サッカー]]・[[ベルリンオリンピック]]の奇跡 ～世界を驚かせた逆転勝利～&lt;br /&gt;
*5月19日・26日　モンゴル帝国（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「草原の覇者[[チンギス・ハーン|チンギス・カン]]」～ユーラシア統一への道～&lt;br /&gt;
:後編「[[マルコ・ポーロ]]は見た巨大国家の盛衰」 ～「[[東方見聞録]]」誕生のとき～&lt;br /&gt;
*6月2日　家康、人生最大の危機の3日間 ～大脱出!伊賀越えの先に天下が見えた～&lt;br /&gt;
*6月9日・16日　日露戦争100年（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「二〇三高地の悲劇はなぜ起きたのか」 ～新史料が明かす激戦の真相～&lt;br /&gt;
:後編「逆転の極秘電報154号」 ～知られざるポーツマス講和会議の真相～&lt;br /&gt;
*6月23日　大江戸発至急便 黒船あらわる ～幕末日本の情報ネットワーク～&lt;br /&gt;
*6月30日　もう一つの日本を創った男 ～[[平将門]] 東国独立政権の謎～&lt;br /&gt;
*7月7日　「関白」対「源氏長者」 ～家康・秀吉 「姓」をめぐる知られざる攻防～&lt;br /&gt;
*7月14日　ドキュメント[[池田屋事件]] ～[[近藤勇|近藤 勇]]・突入決断の真相～&lt;br /&gt;
*7月21日　[[世界遺産]] [[熊野]]の森を守れ ～[[南方熊楠]]・日本初の自然保護運動～&lt;br /&gt;
*7月28日　日米開戦を回避せよ ～新史料が明かす 最後の和平交渉～&lt;br /&gt;
*8月16日　奇跡の銀メダル [[人見絹江]] ～日本女子初メダル獲得の時～&lt;br /&gt;
*9月1日　武田信玄 地を拓き水を治める ～戦国時代制覇への夢～&lt;br /&gt;
*9月8日　信長と[[斎藤道三|道三]] ～改革者を生んだ非情の絆～&lt;br /&gt;
*9月15日　悲劇の英雄 ～“[[トーマス・エドワード・ロレンス|アラビアのロレンス]]”の真実～&lt;br /&gt;
*9月22日　焼け跡に[[ゾウ]]がやってきた ～海を越えた日本の子どもたちの夢～&lt;br /&gt;
*10月6日　グッドバイ ちょんまげ ～明治日本 文明開化騒動記～&lt;br /&gt;
*10月13日　列国の野望 [[シベリア]]を走る ～[[ロシア革命]]・[[ソビエト連邦|ソビエト]]成立までの混迷の5年～&lt;br /&gt;
*10月27日　実録・[[ええじゃないか]] ～幕末ニッポンを動かした民衆パワー～&lt;br /&gt;
*11月3日　義経はなぜ死んだのか ～源頼朝と奥州藤原氏の攻防～&lt;br /&gt;
*11月10日　秘録・幻の明治新政府 ～維新を変えた激動の27日間～&lt;br /&gt;
*11月17日　サムライ魂でデパートを創れ! ～近代百貨店誕生物語～&lt;br /&gt;
*11月24日　ニッポンに学べ![[タイ王国|タイ]]の”明治維新” ～「[[王様と私]]」・[[ラーマ5世|ラーマ五世]]の苦闘～ &lt;br /&gt;
*12月8日　ミステリー大化改新 ～蘇我入鹿暗殺の実像～&lt;br /&gt;
*12月15日　それからの新選組 ～土方歳三、箱館に死す～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2005年===&lt;br /&gt;
*1月5日　[[歌舞伎]]スタア誕生 [[市川團十郎 (2代目)|二代目 市川團十郎]]の挑戦&lt;br /&gt;
*1月12日　百世の安堵をはかれ 安政大地震・奇跡の復興劇&lt;br /&gt;
*1月26日　日露戦争100年 日本海海戦 ～参謀 [[秋山真之]]・知られざる苦闘～&lt;br /&gt;
*2月2日　龍馬が愛した女 ～幕末、愛と別れの物語～&lt;br /&gt;
*2月9日　[[プロ野球]]を変えた[[ホームラン]] [[天覧試合]] オーナーたちの戦い&lt;br /&gt;
*2月16日　日米攻防90日 国際軍縮を実現せよ! [[ワシントン会議 (1922年)|ワシントン会議]]・全権 [[加藤友三郎]]の挑戦&lt;br /&gt;
*2月23日　我が運命は民と共に 悲劇の英雄 [[楠木正成]]の実像&lt;br /&gt;
*3月2日　[[源実朝|実朝]]暗殺 ～歌人将軍は、なぜ殺されたか?～&lt;br /&gt;
*3月9日・16日　シリーズ三国志英雄伝（前・後編2週連続　2001年の夏休みスペシャルの再構成をベースに）&lt;br /&gt;
:前編「奇跡の風・長江に吹く」 ～孔明の知略・天下三分の計～&lt;br /&gt;
:後編「死せる孔明・中国を動かす」 ～千年の時を越える教え～&lt;br /&gt;
*3月30日　恋・人生・そして小説 ～[[樋口一葉]] 女性作家誕生の時～&lt;br /&gt;
*4月6日　大帝国の野望、博多に散る ～大陸から見た蒙古襲来～&lt;br /&gt;
*4月13日　武田家滅亡の謎 ～戦国最強軍団はなぜ滅びたのか～&lt;br /&gt;
*4月20日・27日　源義経 栄光と悲劇の旅路（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「第1回 西へ 戦いの彼方に」&lt;br /&gt;
:後編「第2回 北へ 流浪の果てに」&lt;br /&gt;
*5月11日　にっぽん[[郵便]]創業物語 ～[[前島密]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*5月18日　戦国をひらいた男 ～[[北条早雲]] 56才からの挑戦～&lt;br /&gt;
*5月25日　傷ついた戦場の兵士を救え ～[[佐野常民]] 日本初の国際人道支援～&lt;br /&gt;
*6月1日　民を救った義士たちの物語 ～宝暦の治水・[[薩摩藩]]士の苦闘～&lt;br /&gt;
*6月8日　[[横山エンタツ|エンタツ]]・[[花菱アチャコ|アチャコ]]の[[漫才]]革命 ～あんじょうわろうてや!～&lt;br /&gt;
*6月15日　幕末・運命の愛 ～時代を創った男と女の物語～&lt;br /&gt;
*6月22日　さらばサムライ ～[[西郷隆盛]] 徴兵制の決断～&lt;br /&gt;
*6月29日　さらばサムライ ～[[西南戦争]]・田原坂の真実～&lt;br /&gt;
*7月6日　プロ野球を作った男たち ～昭和10年 アメリカ遠征記～&lt;br /&gt;
*7月13日　実録・[[大岡忠相|大岡越前]] ～火事と闘った知られざる素顔～&lt;br /&gt;
*7月20日　信長の巨大鉄船、戦国の海を制す ～織田水軍 VS 村上水軍、決戦大坂湾～&lt;br /&gt;
*7月27日・8月3日　シリーズ終戦60年（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「戦艦大和の悲劇」 ～大艦巨砲主義、時代に敗れる～&lt;br /&gt;
:後編「ソ連参戦の衝撃」 ～満蒙開拓民はなぜ取り残された～&lt;br /&gt;
*8月24日　日露衝突を回避せよ ～[[高田屋嘉兵衛]] 決死の交渉劇～&lt;br /&gt;
*8月31日　家康が最も恐れた男 ～敗者 [[石田三成]]の関ヶ原～&lt;br /&gt;
*9月14日　[[二宮尊徳|二宮金次郎]] 天保の大飢饉を救う&lt;br /&gt;
*9月21日　戦国 出世の方程式 [[藤堂高虎]] 大阪夏の陣の大勝負&lt;br /&gt;
*10月12日　幕末・土佐勤皇党 不滅の志 ～若者たちは変革に命を賭けた～&lt;br /&gt;
*10月19日　誰がための仏教か ～[[鑑真]]和上の宗教改革～&lt;br /&gt;
*11月9日　鎖国の扉を開け ～[[ジョン万次郎]] 漂流民の挑戦～&lt;br /&gt;
*11月16日　秘められたメディア戦略 ～[[児玉源太郎]] 日露戦争のシナリオ～&lt;br /&gt;
*11月30日・12月7日　シリーズ[[真珠湾攻撃|真珠湾]]への道（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「[[山本五十六]] 苦渋の作戦立案」&lt;br /&gt;
:後編「山本五十六 運命の作戦決行」&lt;br /&gt;
*12月14日　歴史の選択　赤穂浪士 ～討ち入り組VS討ち入り不参加組～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2006年===&lt;br /&gt;
*1月11日　人間ドラマ誕生 ～[[近松門左衛門]] [[曽根崎心中]]～&lt;br /&gt;
*1月18日　古代の文明開化 ～1号寺院・[[飛鳥寺]]建立の戦略～&lt;br /&gt;
*2月1日　[[新聞]]誕生 ～幕末・[[浜田彦蔵|ジョセフ彦]]の挑戦～&lt;br /&gt;
*2月8日　[[壬申の乱]] ～[[天武天皇]]誕生の秘密～&lt;br /&gt;
*2月15日　戦国の花嫁 ～[[山内一豊]]の妻・[[見性院|千代]]～&lt;br /&gt;
*2月22日　[[伝染病]]から日本を守れ ～細菌学者 [[北里柴三郎]]の闘い～&lt;br /&gt;
*3月1日　さらば殿様 ～[[廃藩置県]] 激動の内幕～&lt;br /&gt;
*3月8日　[[零式艦上戦闘機|ゼロ戦]]・設計者が見た悲劇 ～[[マリアナ沖海戦]]への道～ （ここまでが水曜日21:15放送）&lt;br /&gt;
*4月5日　マッカーサーを叱った男 ～[[白洲次郎]]・戦後復興への挑戦～ （ここからが水曜日22:00放送）&lt;br /&gt;
*4月12日　[[大奥]] 悲しみの果てに ～[[徳川家宣]]正室 [[天英院]] 煕子の生涯～&lt;br /&gt;
*4月19日　それでも地球は動いた ～[[ガリレオ・ガリレイ]]の栄光と挫折～&lt;br /&gt;
*4月26日　歴史の選択　本能寺の変 織田信長 VS 明智光秀 ～激突!改革か安定か～&lt;br /&gt;
*5月17日　響け 希望の歌声 ～戦後初の流行歌「リンゴの唄」～&lt;br /&gt;
*5月24日　帝と民の巨大プロジェクト ～東大寺大仏 [[聖武天皇]]の挑戦～   &lt;br /&gt;
*5月31日　これは正義の戦いか ～ジャーナリストたちの[[ベトナム戦争]]～&lt;br /&gt;
*6月21日　幻の大艦隊 ～[[イギリス]]から見た[[薩英戦争]]～&lt;br /&gt;
*7月5日　勝負師は志高く ～碁聖・[[本因坊秀策]]の無敗伝説～&lt;br /&gt;
*7月12日　生まれ来る命 そして母のために ～[[荻野久作]]の受胎期の発見～&lt;br /&gt;
*7月26日　歴史の選択　川中島の戦い 引き分けの謎&lt;br /&gt;
*8月2日　焼け跡から生まれたチャンピオン ～ボクシング [[白井義男]]と[[アルビン・R・カーン|カーン]]～&lt;br /&gt;
*8月23日　幻のハワイ・日本同盟計画&lt;br /&gt;
*8月30日・9月6日　シリーズ 日本独立 その光と影（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「吉田茂と[[日本国との平和条約|サンフランシスコ講和条約]] 前編」&lt;br /&gt;
:後編「吉田茂とサンフランシスコ講和条約 後編」&lt;br /&gt;
*9月13日・20日　「シリーズ・秀吉の[[家族]]」（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「もう一人の秀吉 ～[[豊臣秀長]] [[太閤記]]を演出した弟～」&lt;br /&gt;
:後編「戦国の母 関ヶ原を決す ～[[高台院|おね]]・豊臣政権生き残りへの道～」&lt;br /&gt;
*10月4日　戦火をこえた青春の白球 ～[[学徒出陣]]前 最後の[[早慶戦]]～&lt;br /&gt;
*10月11日　神は我を救い給（たま）うか ～キリシタン 細川ガラシャの生涯～&lt;br /&gt;
*10月18日　格差の怒り 政府を倒す ～[[大正デモクラシー]]を生んだ[[米騒動]]～&lt;br /&gt;
*11月1日　歴史の選択　坂本龍馬暗殺 黒幕は誰か?&lt;br /&gt;
*11月8日　日本を発見した日本人 ～[[柳田國男|柳田国男]]・「[[遠野物語]]」誕生～&lt;br /&gt;
*11月22日　我が手に郷土を ～[[真田昌幸]]・[[信濃国|信州]][[上田市|上田]]の市民戦争～&lt;br /&gt;
*11月29日　ひらがな革命 ～[[国風文化]]を生んだ[[古今和歌集]]～&lt;br /&gt;
*12月20日　母の灯火（ともしび） 小さき者を照らして ～[[石井筆子]]・[[知的障害]]児教育の道～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2007年===&lt;br /&gt;
*1月10日　戦国の剣豪、太平を築く ～[[柳生宗矩]]・「活人剣（かつにんけん）」の真実～&lt;br /&gt;
*1月24日　それでも民は祈り続けた ～[[島原の乱]]・[[キリシタン]]の悲劇～&lt;br /&gt;
*1月31日　[[東京オリンピック]]への道 ～平和の[[聖火]] アジア横断リレー～&lt;br /&gt;
*2月7日　完成・戦国最強軍団 ～武田信玄・苦悩の生涯～&lt;br /&gt;
*2月14日　中国と国交を回復せよ ～[[足利義満]]の日明外交～&lt;br /&gt;
*2月21日　鉄は国家なり ～技術立国 日本のあけぼの～&lt;br /&gt;
*2月28日　天下は我が掌中にあり ～[[黒田孝高|黒田如水]]・もうひとつの関ヶ原～&lt;br /&gt;
*3月7日　苦しむ患者を救いたい ～[[イタイイタイ病]]裁判・弁護士たちの闘い～&lt;br /&gt;
*3月14日　歴史の選択　[[邪馬台国]]はどこか ～[[近畿地方|近畿]]説VS[[九州地方|九州]]説～&lt;br /&gt;
*3月28日　その時歴史が動いたスペシャル もう一度聞きたい あの人の言葉（22:59まで拡大）&lt;br /&gt;
*4月4日　謙信恐るべし&lt;br /&gt;
*4月11日　[[所得倍増計画]]の夢を追え ～[[高度経済成長]]の軌跡～&lt;br /&gt;
*4月18日　海の関ヶ原 ～[[村上武吉]]・水軍に賭けた夢～&lt;br /&gt;
*4月25日　[[大奥]] 華（はな）にも意地あり ～江戸城無血開城・[[天璋院]]篤姫～&lt;br /&gt;
**[[岩崎ひろみ]]が天璋院役、[[吉井怜]]が和宮役で出演&lt;br /&gt;
*5月2日　[[憲法]]施行60年 特集　[[日本国憲法第9条|憲法九条]] 平和への闘争 ～1950年代 [[改憲]]・[[護憲]]論～（22:30～23:29）&lt;br /&gt;
*5月9日　源頼朝 魔法の大逆転 ～[[富士川の戦い]]～&lt;br /&gt;
*5月16日　日本ミステリー誕生 ～[[江戸川乱歩]]・大衆文化との格闘～&lt;br /&gt;
*5月23日　悲しき女帝 許されざる恋 ～[[宇佐八幡宮神託事件|道鏡事件]]の真相～&lt;br /&gt;
*6月6日　[[メキシコシティオリンピック|メキシコ五輪]] 奇跡の銅メダル ～日本サッカー・勝つための組織作り～&lt;br /&gt;
*6月13日　ニッポン外交力誕生 ～[[伊藤博文]]・[[神戸事件]]解決～&lt;br /&gt;
*6月20日　乱世に祈りを ～[[蓮如]]（れんにょ）・理想郷の建設～&lt;br /&gt;
*7月4日　[[冷戦]]の壁を破ろうとした男 ～[[石橋湛山]]・世界平和への願い～&lt;br /&gt;
*7月11日　天才信長をつくった男 ～[[今川義元]] 真説・桶狭間の戦い～&lt;br /&gt;
*8月1日　忘れられた島の闘い ～[[沖縄返還]]への軌跡～&lt;br /&gt;
*9月5日　引き裂かれた村 ～日米戦の舞台・[[フィリピン]]～&lt;br /&gt;
*9月12日　外交の信念 時流に散る ～宰相・[[広田弘毅|廣田弘毅]]の闘い～&lt;br /&gt;
*9月19日　赤ちゃんを死なせない ～[[乳幼児死亡率|乳児死亡率]]ゼロ・ある村の記録～&lt;br /&gt;
*9月26日　[[日中国交正常化]]&lt;br /&gt;
*10月3日　特別企画 歴史ドキュメント01（ゼロワン）　[[食通|グルメ]]誕生 ～[[北大路魯山人]]と器～&lt;br /&gt;
*10月10日　賤（しず）ヶ岳に散った夢 ～猛将・[[柴田勝家]]の悲劇～&lt;br /&gt;
*10月17日　義に死すとも不義に生きず ～[[会津戦争]] [[松平容保]] 悲運の決断～&lt;br /&gt;
*10月24日　[[銀]]を制する者は天下を制す ～[[毛利氏|毛利一族]]の戦い～&lt;br /&gt;
*10月31日　[[奇兵隊]] ～幕末に命を賭けた若き庶民たち～&lt;br /&gt;
*11月14日　[[国際連合]]加盟 ～[[重光葵]] 日本から世界へのメッセージ～&lt;br /&gt;
*11月21日　[[継体天皇]] [[ヤマト王権|ヤマト]]を救う&lt;br /&gt;
*11月28日　[[緒方洪庵]]・[[天然痘]]との闘い&lt;br /&gt;
*12月5日　[[戦後]][[引揚者|引き揚げ]] 660万人故郷への道&lt;br /&gt;
*12月12日　天下に旗をあげよ ～伊達政宗・ヨーロッパに賭けた夢～&lt;br /&gt;
*12月19日　[[対馬府中藩|対馬藩]]・決死の国書すり替え ～[[朝鮮通信使]]秘話～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===2008年===&lt;br /&gt;
*1月23日　都会の地下に夢をもとめて ～[[地下鉄]]の父・[[早川徳次 (東京地下鉄道)|早川徳次]]～&lt;br /&gt;
*1月30日・2月6日　シリーズ[[江戸時代]]の危機（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「[[富士山]][[宝永大噴火|大噴火]] ～幕府・復興への闘い～」&lt;br /&gt;
:後編「[[天明の大飢饉|天明の飢饉]]（ききん）江戸を脅（おびや）かす ～鬼平・[[長谷川宣以|長谷川平蔵]]の無宿人対策～」&lt;br /&gt;
*2月13日・20日　シリーズ秀吉の猛将（前・後編2週連続）&lt;br /&gt;
:前編「戦国の風雲児 法の世に散る ～[[福島正則]] 広島改易事件～」&lt;br /&gt;
:後編「豊臣家存続の秘策 ～[[加藤清正]] [[二条城]]会見～」&lt;br /&gt;
*2月27日　軍服を脱いだジャーナリスト ～[[水野廣徳|水野広徳]]が残したメッセージ～&lt;br /&gt;
*3月5日　「自立」を賭けた戦い ～[[河井継之助]]・もう一つの戊辰戦争～&lt;br /&gt;
*3月12日　戦国[[後北条氏|北条]] 百年王国の夢&lt;br /&gt;
*3月19日　平安王朝 華麗なる一族 ～[[藤原道長]]の実像～&lt;br /&gt;
*4月2日　[[徳川四天王]]に学べ! ～組織のためにいかに生きるか～&lt;br /&gt;
*4月9日　音楽の[[市民革命]] ～[[神童]][[ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト|モーツァルト]]の苦悩～&lt;br /&gt;
*4月16日　人間は尊敬すべきものだ ～[[全国水平社]]・[[差別]]との闘い～&lt;br /&gt;
*4月23日　「[[古事記]]」誕生 ～日本最古の[[歴史書|史書]]の謎～&lt;br /&gt;
*4月30日　特別企画 歴史ドキュメント01（ゼロワン）　徳川家康 「江戸」建設に挑む&lt;br /&gt;
*5月14日　日本人の心を守れ ～[[岡倉天心]]・[[廃仏毀釈]]からの復興～&lt;br /&gt;
*5月21日　興亡 北の黄金王国 ～[[奥州藤原氏]] vs [[源氏]]～&lt;br /&gt;
*5月28日　養殖[[真珠]] 宝石界に革命を起こす ～女性を輝かせた男・[[御木本幸吉]]～&lt;br /&gt;
*6月4日　人を衛（まも）る都市をめざして ～[[後藤新平]]・帝都復興の時～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:日本放送協会テレビ番組|そのときれきしかうこいたのせんほうそうりすと]]&lt;br /&gt;
[[Category:教養番組|そのときれきしかうこいたのせんほうそうりすと]]&lt;br /&gt;
[[Category:ドキュメンタリー番組|そのときれきしかうこいたのせんほうそうりすと]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%A4%A7%E5%A5%A5&amp;diff=25943</id>
		<title>大奥</title>
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				<updated>2008-03-06T07:26:56Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: 新しいページ: '{{otheruses||大奥を題材とした同名のテレビドラマ作品|大奥 (テレビドラマ)|映画作品|大奥 (映画)|舞台作品|大奥 (舞台)|漫画作品|大奥...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{otheruses||大奥を題材とした同名のテレビドラマ作品|大奥 (テレビドラマ)|映画作品|大奥 (映画)|舞台作品|大奥 (舞台)|漫画作品|大奥 (漫画)}}&lt;br /&gt;
'''大奥'''（おおおく）とは[[江戸城]][[本丸]]及び[[西丸]]御殿において[[征夷大将軍|将軍]]や[[大御所]]の[[正室]]や[[側室]]、その生母や子女、及び[[御殿女中]]（[[奥女中]]）たちの居所の事、またこれに倣って同様の呼称が用いられた[[尾張徳川家|尾張家]]や[[紀州徳川家|紀州家]]、また大[[大名]]の[[奥向]]（後述参照）の事を指す。なお本項目では江戸城大奥についてのみ扱う。西丸御殿や[[二丸]]御殿にも大奥に相当する区画があり、非常時に将軍が西丸や二丸に居したときはそれぞれが大奥として機能した。大奥は将軍と将軍の幼い息子、及び御匙医師を除けば基本的に男性が立ち入る事が許されていなかった。女中の人数は最盛期で1000人とも3000人とも言われており、世界史上でも最大級の規模を誇る[[後宮]]であった&amp;lt;ref&amp;gt;実際は[[唐]]・[[玄宗 (唐)|玄宗]]の[[後宮]]4万人など、大奥を遙かに凌駕する宮廷は世界中の歴史を見渡せば他にも数多くあった。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
初代[[徳川家康]]の時代から江戸城に「大奥」と呼ばれる区画は存在していたが、その当時は「表」と「奥」―つまり男性と女性の境界が存在せず、正室や女中などが表に足を運んだり家臣が奥を訪れる事があった。その後、3代[[徳川家光]]の時代に家光の乳母で権勢を振るった[[春日局]]が[[元和 (日本)|元和]]4年（[[1618年]]）に大奥法度を定め、将軍家の奥を制度上で部署的なものとして整備し統括した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 構造 ==&lt;br /&gt;
本丸御殿を大きく3つに大別した時、[[江戸幕府|幕府]]の政庁に当たる「表」、将軍が執務を行ない普段の生活空間でもある「[[中奥]]」、そして将軍の妻妾や女中たちのいる「大奥」とに区別された（将軍家以外の[[武家]]では大奥に相当する空間を「奥」あるいは「奥向き」、あるいは「大奥」と呼称していた&amp;lt;ref&amp;gt;東海道二川宿の｢御休泊記録｣によると、薩摩藩の奥女中を「薩州　奥女中」や「薩州　大奥女中」などと表記しているとされる。&amp;lt;/ref&amp;gt;）。本丸御殿は表と中奥が同一の建物であるのに対して大奥は別の建物として分離しており、周囲を銅塀によって囲われていた。この間を繋いでいるのは僅か一本の廊下であり「御鈴廊下」と呼ばれていた。将軍が大奥へ入る際に鈴のついた紐を引いて鈴を鳴らして合図を送り、出入り口である「御錠口」の開錠をさせていた事からこの名が付いた。後に火事等の緊急事態を想定して作られたのが「下御鈴廊下」であるとされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大奥は大別して広敷向、長局向、御殿向に区画される。「広敷向」は大奥の事務や警備等を担う男性役人の詰所から成る。唯一、男性も入る事の出来る区画だがもちろん御殿向と長局向には入れないため、広敷向と各方面との間には御錠口があった。その中でも長局向の出入り口は七ツ口と言う。女中たちの部屋方の出入りや御用達商人からの買い物に用いられたもので、七ツ時（夕方4時）に閉まる事からこの名が付いたとされる。「御殿向」は将軍の寝所である御小座敷、[[御台所]]の居所である新御殿や御切手の間、側室や世嗣以外の子女の居所、そして奥女中の詰所などからなる。「長局向」は奥女中たちの2階建ての居所で一之側から四之側までの4棟があり、格式に応じて一之側が上臈や[[御年寄]]、二之側、三之側がその他のお目見え以上の女中、四之側がお目見え以下の女中たちに配分された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 大奥の女性たち ==&lt;br /&gt;
=== 将軍の妻妾・生母 ===&lt;br /&gt;
大奥一の女主に相当するのが正室たる[[御台所]]である。しかし御台所が実際に権力を握った例は少なく、生前に官位を賜ったのは6代[[徳川家宣|家宣]]正室の[[天英院|近衛煕子]]、10代[[徳川家治|家治]]正室の[[倫子女王|五十宮倫子女王]]、11代[[徳川家斉|家斉]]正室の[[広大院|近衛寔子]]、13代[[徳川家定|家定]]正室の[[天璋院|近衛篤子（島津敬子）]]の4人だけで、世嗣となる子供を産んだのは2代[[徳川秀忠|秀忠]]正室の[[於江与]]だけである。そのため大抵は上級の奥女中や世継ぎを産んだ側室、及び将軍生母が実権を持っている場合が多かった。御台所は慣わしとして[[天皇家]]、[[宮家]]、及び[[公卿]]から迎える事となっている。武家から迎える場合も仕来りとして、まずは公家に養子になりその後輿入れした。御台所の居所は「新御殿御上段・御下段」と「御休息」が居間にあたり、「御切形之間」が寝所に当たる。御台所は自らの夫が亡くなった場合は[[出家|落飾]]して本丸から退き、西丸に移って将軍の[[菩提]]を弔いながら余生を過ごした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
将軍の側室は基本的に将軍付の中臈から選ばれていた。将軍が目に適った者の名を御年寄に告げると、その日の夕刻には寝間の準備をして寝所である「御小座敷」に待機していた。もし御台所付の中臈が将軍の目に適った場合は将軍付御年寄が御台所付御年寄に掛け合って寝間の準備が行なわれたとされている。寝間を終えた中臈は「お手つき」と呼ばれ、[[懐妊]]すれば「お腹様」となり正式に側室となる。その後、自らの産んだ子供が世嗣と定まればその子が[[将軍]][[宣下]]を受けると同時に将軍生母と呼ばれるようになり、大きな実権を握る事ができた。但し側室や将軍生母の大奥内での立場は時代によって異なっており、世嗣を産んだからといって必ずしも実権を持てたわけではない。5代[[徳川綱吉|綱吉]]の生母である[[桂昌院]]は御台所、側室[[瑞春院|於伝之方]]、姫君よりも順序が先となっている。稀に出産後や落飾後に上臈年寄上座格が与えられる事があるが、あくまでも給与面的なもので決して御年寄の権限が与えられてはいなかった。落飾後の側室は二丸御殿か桜田御用屋敷で残りの余生を過ごした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 大奥女中 ===&lt;br /&gt;
大奥に住む女性たちの大部分を占めていたのが女中たちであった。ちなみに幕府から給金を支給されていた女中たちすべてを「大奥女中」と言い、実際には将軍家の姫君の輿入れ先や息子の養子先の大名家にも存在していたという。女中は基本的に将軍付と御台所付の女中に大別されているが、役職名は殆ど同じである。但し、格式や権威に関しては将軍付の方が高かった。また、特定の主人を持たない女中たちを｢詰｣と呼称していたという。序列は時代によって異なるが、江戸時代後期の奥女中の役職は以下の通りであった&amp;lt;ref&amp;gt;上臈御年寄、小上臈、御年寄をそれぞれ異なる職とする説の他に、この三役を総称して老女と呼称したとする説が存在する。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot; style=&amp;quot;background:#f9f9f9&amp;quot;&lt;br /&gt;
|+'''大奥女中一覧'''&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background:#f2f2f2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!階級!!読み方!!主な役職&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|上臈御年寄||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|じょうろうおとしより||将軍や御台所の御用や相談役を担当。御台所に同伴して京から来た公家出身の女性が多い（[[上臈御年寄]]を参照）。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|小上臈||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|こじょうろう||上臈御年寄の見習い役。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|御年寄||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|おとしより||老女とも呼称。大奥の万事を取り仕切る最高権力者。「表」の老中に相当する（[[御年寄]]を参照）。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|御客応答||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|おきゃくあしらい||諸大名からの女使が大奥を来訪した際の接待役を担当する。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|中年寄||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|ちゅうどしより||御年寄の指図に従う代理役。献立のチェックから毒見役までをこなした。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|中臈||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|ちゅうろう||将軍・御台所の身辺世話役。家元や器量の良い女性が選ばれこの中から側室が選ばれていた。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|御小姓||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|おこしょう||御台所の小間使。7歳～16歳くらいの少女の場合が多かった。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|御錠口||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|おじょうぐち||大奥と中奥の出入り口である錠口の管理を担当した。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|表使||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|おもてづかい||外公役。御年寄の指図で物資調達を広敷役人に要請していた。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|御右筆||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|ごゆうひつ||日記から書状に至る一切の公文書管理を担当。諸大名からの献上品の検査役も担っていた。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|御次||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|おつぎ||御膳や様々な道具の運搬から対面所掃除などを担当。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|切手書||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|きってがき||七ツ口を通ってやってくる外部からの来訪者の持つ「御切手」という通行手形をあらためる役職。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|呉服之間||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|ごふくのま||将軍、御台所の衣装仕立て係。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|御坊主||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|おぼうず||将軍の雑用係。剃髪姿で羽織袴を着用している。中高年の女性が就く事が多く、場合によっては中奥へ出入りすることもあった。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|御広座敷||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|おひろざしき||表使の下働き。大奥を来訪した女使たちの御膳の世話をした。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|御三之間||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|おさんのま||御三之間以上の居間の掃除一切をこなす。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|御仲居||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|おなかい||御膳所にて料理一切の煮炊きを担当。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|火之番||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|ひのばん||昼夜を問わず大奥内の火の元を見回る。武芸に長けており警備員的な役割も担っていた。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|御茶之間||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|おちゃのま||御台所の茶湯を出す役。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|御使番||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|おつかいばん||広敷･御殿間の御錠口の開閉を管理する。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|御半下||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|おはした||大奥の雑用一切を受け持つ下女。&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
奥女中のうち、上臈御年寄から御坊主までがお目見え以上と言い、将軍と御台所への目通りを許されていた上級の女中たちである。女中たちのお禄（手当）は主に切米、合力金、扶持（月々の食料）、湯之木（風呂用の薪）、五菜銀（味噌や塩を買うための銀）、油などの現物が多かった。また御年寄などの上級の女中たちになると、町屋敷が与えられていたという。奥女中たちは大抵の場合、[[旗本]]などの武家出身の女性が雇用された。[[町人]]である女性たちが奉公に上がる場合、先輩女中の口利きを頼るか、旗本へ養子入りする必要があった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 大奥最後の日 ==&lt;br /&gt;
[[慶応]]4年（[[1868年]]）4月、[[江戸幕府]]は[[新政府軍]]に[[江戸城]]を明渡すことになった。大奥に残っていた、[[本寿院]]（13代将軍生母）と[[天璋院]]（13代将軍御台所）は[[一橋家]]の屋敷へ、静寛院宮（[[和宮親子内親王]]）は西ノ丸にいた[[実成院]]（14代将軍生母）とともに[[田安家|田安]]屋敷へと移り、城の明け渡しに備えた。[[4月11日 (旧暦)|4月11日]]（[[5月3日]]）、[[東海道]]先鋒[[総督]]が江戸城に入った。この時、城に入った人数は約800名とされる。大奥法度も廃止となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに最後の将軍であった[[徳川慶喜]]の正室・[[一条美賀子]]は一度も大奥入りしなかったので、この場には立ち会わせなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 大奥総取締について ==&lt;br /&gt;
近年の小説、ドラマ、映画等の大奥作品の中に「大奥総取締」という呼称が登場するが、実際には存在しない役職である。但しこの呼称は一部の書籍に登場しており、[[永光院|於万之方]]や[[右衛門佐局|右衛門佐]]のように御年寄の役目を担っていなかったものの大奥の総支配を命ぜられた女性たちや、初期の職制が確立されていない時代の女性である[[春日局]]の立場を説明する際に「大奥総取締」やそれに類似した表現が用いられている。だが先述したように大奥には総取締という役職名は実際には用いられていなかったことから、先にあげた右衛門佐などの女性がどのような立場にあったのかは定かではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 明治の大奥もの ==&lt;br /&gt;
解雇された女中たちは面白おかしく大奥内情を暴露した。但し、これらの資料は事実と虚構が入り混じっている。&lt;br /&gt;
* 『旧事諮問録』：[[明治]]24年（[[1881年]]）　大奥の中臈・箕浦はな子の口述&lt;br /&gt;
* 『千代田之大奥』上下：明治25年（[[1882年]]）&lt;br /&gt;
* 『大奥の女中』上下：明治27年（[[1884年]]）&lt;br /&gt;
* 『お局生活』明治の女官：明治40年（[[1907年]]）&lt;br /&gt;
* 『御殿生活』6篇：桜井秀　明治44年（[[1911年]]） - 旗本の回想&lt;br /&gt;
* 『御殿女中』：[[三田村鳶魚]]　昭和5年（[[1930年]]） - 元八王子千人同心の家に生まれた&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 有名な大奥の女性 ==&lt;br /&gt;
* [[崇源院]] - 2代将軍[[徳川秀忠]]の正室、3代将軍[[徳川家光]]の母。&lt;br /&gt;
* [[春日局]] - 徳川家光の乳母。&lt;br /&gt;
* [[鷹司孝子|本理院]] - 徳川家光の正室。&lt;br /&gt;
* [[永光院]] - 徳川家光の側室。春日局の死後、局の後継者として大奥を統率したとされる。&lt;br /&gt;
* [[宝樹院]] - 徳川家光の側室、4代将軍[[徳川家綱]]の生母。&lt;br /&gt;
* [[順性院]] - 徳川家光の側室、甲府宰相[[徳川綱重]]の母。6代将軍[[徳川家宣]]の祖母。&lt;br /&gt;
* [[桂昌院]] - 徳川家光の側室、5代将軍[[徳川綱吉]]の生母。&lt;br /&gt;
* [[鷹司信子|浄光院]] - 徳川綱吉の正室。&lt;br /&gt;
* [[瑞春院]] - 徳川綱吉の側室。&lt;br /&gt;
* [[右衛門佐局|右衛門佐（局）]] - 徳川綱吉時代に大奥総支配を命ぜられたとされる将軍付上臈（御年寄という説もある）。&lt;br /&gt;
* [[近衛熙子|天英院]] - 徳川家宣の正室。&lt;br /&gt;
* [[月光院]] - 徳川家宣の側室、7代将軍[[徳川家継]]の生母。&lt;br /&gt;
* [[絵島]] - 徳川家継時代に勢力をふるった[[御年寄]]。&lt;br /&gt;
* [[姉小路]] - 12代将軍[[徳川家慶]]付き上臈御年寄。家慶時代に勢力をふるったとされる。&lt;br /&gt;
* [[天璋院]] - 13代将軍[[徳川家定]]正室。&lt;br /&gt;
* [[瀧山]] - 徳川家慶時代から15代将軍[[徳川慶喜]]時代の御年寄。&lt;br /&gt;
* [[幾島]] - 天璋院付の御年寄。&lt;br /&gt;
* [[実成院]] - 14代将軍[[徳川家茂]]の生母。&lt;br /&gt;
* [[和宮親子内親王|和宮]] - 14代将軍徳川家茂正室。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連書 ==&lt;br /&gt;
* 高柳金芳『徳川妻妾記』江戸時代選書9　[[雄山閣]]　ISBN 4639018088&lt;br /&gt;
* 高柳金芳『大奥の秘事』江戸時代選書3　雄山閣　ISBN 4639018029&lt;br /&gt;
* [[田村栄太郎]]『江戸城』江戸時代選書8　雄山閣　ISBN 463901807X&lt;br /&gt;
* [[三田村鳶魚]]、朝倉治彦　編『御殿女中』鳶魚江戸文庫17 [[中公文庫]]　[[中央公論社]] ISBN 4122030498&lt;br /&gt;
* 卜部典子『江戸城大奥―権力と愛憎の女たち』ぶんか社文庫　[[ぶんか社]]　ISBN 4821150204&lt;br /&gt;
* 竹内誠　編『徳川幕府事典』 [[東京堂出版]] ISBN 4490106211&lt;br /&gt;
* 鈴木由紀子 『大奥の奥』新潮新書　[[新潮社]] ISBN 4106101912&lt;br /&gt;
* 相賀徹夫 『[[日本大百科全書]] 3』 [[小学館]] ISBN 4095260033&lt;br /&gt;
* 畑尚子 『幕末の大奥 天璋院と薩摩藩』 [[岩波新書]] ISBN 9784004311096&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 補注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[大奥 (テレビドラマ)]]&lt;br /&gt;
* [[大奥 (映画)]]&lt;br /&gt;
* [[大奥 (舞台)]]&lt;br /&gt;
* [[江戸城]]&lt;br /&gt;
* [[ハレム]]&lt;br /&gt;
* [[狆]]&lt;br /&gt;
* [[大奥に関する作品の一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://homepage1.nifty.com/SEISYO/oooku.htm 大奥を知る]&lt;br /&gt;
* [http://www.igs.ocha.ac.jp/igs2/igs/IGS_publication/journal/4/journal04043.pdf 江戸文化における大奥]（PDF）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:江戸幕府|おおおく]]&lt;br /&gt;
[[Category:大奥|*]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%98%A5%E3%81%8C%E5%A4%A7%E5%A5%BD%E3%81%8D%E3%81%A3&amp;diff=24342</id>
		<title>春が大好きっ</title>
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				<updated>2008-02-15T07:46:08Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: 新しいページ: ''''春が大好きっ'''（はるがだいすきっ）とはゲームやアニメ、小説（ライトノベル）、漫画、[[プレイ...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''春が大好きっ'''（はるがだいすきっ）とは[[ゲーム]]や[[アニメーション|アニメ]]、[[小説]]（ライトノベル）、[[漫画]]、[[プレイステーション・ポータブル|PSP]]のニュースやレビューサイトである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
[[2004年]][[3月5日]]開設。&amp;lt;br&amp;gt;当初は『[[Fate/stay night]]』の[[ショートストーリー|SS]]と『[[マリア様がみてる]]』のレビューが中心サイトであった。現在は『Fate』シリーズや『[[涼宮ハルヒシリーズ|涼宮ハルヒ]]』シリーズ、『[[うたわれるもの]]』、『[[コードギアス 反逆のルルーシュ]]』、『[[らき☆すた]]』などをメインに取り扱っている。&amp;lt;br&amp;gt;1日平均15000～17000台ものアクセスがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==サーバー移転歴==&lt;br /&gt;
*[[2004年]][[4月25日]] サーバー移転&lt;br /&gt;
*[[2006年]][[8月19日]] サーバー移転。現在に至る&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://harusuki.net/index.html 本サイト]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

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		<title>石橋湛山</title>
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				<updated>2007-12-13T06:27:46Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{日本の内閣総理大臣&lt;br /&gt;
|[[石橋内閣|55]]&lt;br /&gt;
|石橋 湛山&amp;lt;br&amp;gt;（いしばし たんざん）&amp;lt;br&amp;gt;[[Image:Tanzan Ishibashi 2.jpg]]&lt;br /&gt;
|[[1884年]][[9月25日]]&lt;br /&gt;
|東京市麻布区芝二本榎&amp;lt;br&amp;gt;（現･東京都港区）&lt;br /&gt;
|早稲田大学&lt;br /&gt;
|[[従二位]]&amp;lt;br&amp;gt;[[勲一等旭日桐花大綬章]]&amp;lt;br&amp;gt;[[学士]]（早稲田大学）&lt;br /&gt;
|[[衆議院議員]]&amp;lt;br&amp;gt;[[自由民主党]][[総裁]]&lt;br /&gt;
|世襲ではない&lt;br /&gt;
|[[1956年]][[12月23日]]|[[1957年]][[2月25日]]&lt;br /&gt;
|静岡県第二区&lt;br /&gt;
|衆&lt;br /&gt;
|自由民主党}}&lt;br /&gt;
'''石橋 湛山'''（いしばし たんざん、[[1884年]][[9月25日]] - [[1973年]][[4月25日]]）は[[日本]]の[[ジャーナリスト]]、[[政治家]]である。[[内閣総理大臣]]。[[自由民主党総裁]]。[[従二位]][[勲一等]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[戦前]]から一貫して日本流の[[植民地]]経営を批判し加工貿易立国論を唱え、[[戦後]]は日中米ソ平和同盟を主張し政界で活躍した。保守合同後初の[[自由民主党総裁選挙|自民党総裁選]]を制して総理総裁となるが、在任2ヵ月弱で[[脳梗塞]]を発症して退陣した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお'''湛山'''は[[日蓮宗]]の僧侶として得度してからの名前で、俗名は'''省三'''。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 生涯 ==&lt;br /&gt;
=== 生い立ち ===&lt;br /&gt;
[[1884年]]、[[日蓮宗]][[僧侶]]・[[杉田日布|杉田湛誓]]ときん夫妻の長男として生まれた。父の湛誓は、東京大教院（現・[[立正大学]]）の助教補（助手）を務めていた。後に総本山[[身延山]][[久遠寺]]第81世法主に選ばれた人物である。母・きんは[[江戸城]]内の[[畳]]表一式を請け負う大きな畳[[問屋]]石橋家の娘。石橋家は[[日蓮宗]]承教寺の有力な[[檀家]]で同寺院内に所在した東京大教院に在学中の湛誓と親しかった。故あって、母方の姓である石橋を名乗った&amp;lt;ref&amp;gt;『石橋湛山　&amp;lt;small&amp;gt;リベラリストの真髄&amp;lt;/small&amp;gt;』3-4頁&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1885年]]、湛誓が郷里[[山梨県]][[南巨摩郡]]増穂村（現・同郡[[増穂町]]）の昌福寺住職へ転じたため、きんと共に[[甲府市]]稲門へと移住した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1894年]]、湛誓が[[静岡市]]の本覚寺住職に転じることになり[[山梨県]][[中巨摩郡]]鏡中条村（旧・同郡[[若草]]町、現・[[南アルプス市]]）の長遠寺住職である望月日顕（後に身延山久遠寺83世法主）の下で育てられた。以来実質的な親子の関係は絶たれ、幾度となく手紙を出したが父母からの返事はもらえなかったという。湛山自身は「もし望月師に預けられず父の下に育てられたら、あるいはその余に厳格なるに耐えずしくじっていたかもしれぬ。…望月上人の薫陶を受けえたことは一生の幸福であった。そうしてくれた父にも深く感謝しなければならない」と「湛山回想」に記している&amp;lt;ref&amp;gt;『石橋湛山　&amp;lt;small&amp;gt;リベラリストの真髄&amp;lt;/small&amp;gt;』4-5頁&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1902年]]3月、[[山梨県立甲府第一高等学校|山梨県立第一中学校]]卒業。4月、[[第一高等学校 (旧制)|第一高等学校]]受験のため上京。しかし7月の試験は不合格となった。翌年、[[正則学園高等学校|正則英語学校]]で学び再度受験したがまたもや失敗し[[早稲田大学]]高等予科の[[編入学|編入試験]]を受け合格、9月に入学した。こうして東京での下宿生活が始まった&amp;lt;ref&amp;gt;『石橋湛山　&amp;lt;small&amp;gt;リベラリストの真髄&amp;lt;/small&amp;gt;』9頁&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ジャーナリスト時代 ===&lt;br /&gt;
早大を卒業すると[[毎日新聞社]]、兵役を経て[[東洋経済新報社]]に入社し、[[主幹]]・[[社長]]を歴任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
部下の[[高橋亀吉]]と共に経済論壇の一翼を担い、[[金解禁]]に当たっては新平価での金本位制復帰を主張し、旧平価での復帰や財界整理を主張した[[勝田貞次]]や[[堀江帰一]]たちや[[大蔵大臣]]として金解禁を旧平価で行った[[井上準之助]]と論争した。又、加工貿易立国論を唱えて[[満州]]の放棄を主張するなど、リベラルな言論人として知られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
行政面では[[中央集権]]・画一主義・[[官僚主義]]との訣別を主張した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[支那事変]]が勃発してから敗戦に至るまで『東洋経済新報』誌上にて、長期戦化を戒める論陣を張った。署名記事を書くことが困難だった多くのリベラリストたち（[[清沢洌]]など）にも同誌は匿名での論説の場を提供した。石橋や匿名執筆者の論調は常に冷静な分析に基づいており、かつ婉曲・隠微に読者を啓蒙するといった物であったため、同誌は政府・[[内務省 (日本)|内務省]]から常に廃刊の標的にされ、インクや紙の配給を大きく制限されながらも『[[改造 (雑誌)|改造]]』や『[[中央公論]]』のような政府によって廃刊される事を免れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
敗戦直後の[[1945年]][[8月25日]]には、論説「更正日本の進路～前途は実に洋々たり」で科学立国で再建を目指せば日本の将来は明るいとする先見的な見解を述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 政界へ ===&lt;br /&gt;
戦後すぐに[[日本社会党]]からも[[総選挙]]出馬を誘われたが断り、[[自由党 (日本)|自由党]]から[[総選挙]]に出馬して落選したが第1次[[吉田茂]]内閣では大蔵大臣として入閣した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大蔵大臣在任時には[[デフレーション]]を制えるための[[インフレーション]]を進め、傾斜生産（石炭増産の特殊促進）や[[復興金融公庫]]の活用を特徴とする「[[石橋財政]]」を推進した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし戦後補償打ち切り問題、石炭増産問題、[[進駐軍]]経費問題などで[[連合国軍最高司令官総司令部|GHQ]]と対立。進駐軍経費は賠償費として日本が負担しており、ゴルフ場や邸宅建設、贅沢品等の経費も含んでいて日本の国家予算の3分の1を占めていた。このあまりの巨額の負担を下げる様、石橋は要求した。アメリカは諸外国の評判を気にしたことと以後の統治をスムーズに進行させることを考慮し、日本の負担額を2割削減することにした。戦勝国アメリカに勇気ある要求をした石橋は国民から'''心臓大臣'''と呼ばれるもアメリカに嫌われ、[[1947年]]にGHQの[[公職追放令]]により公職を追放された。[[1951年]]に追放が解除された後は、吉田の政敵であった[[自由党_(日本)|自由党]]・[[鳩山一郎]]派の幹部として打倒吉田内閣に動いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1954年]]の[[第1次鳩山内閣]]で[[通商産業省|通商産業大臣]]に就任した。石橋は[[中華人民共和国]]、[[ソビエト社会主義共和国連邦]]との国交回復などを主張し国民の期待も高かったが、アメリカの猛反発を受ける。アメリカの[[ジョン・フォスター・ダレス|ダレス]]国務長官は「中共（中華人民共和国）、ソ連との通商関係促進はアメリカ政府の対日援助計画に支障をきたす」と通告してきた。このアメリカの強硬姿勢に動揺した[[鳩山一郎]]首相に対し、石橋は「アメリカの意向は無視しましょう」と言った。[[1955年]]11月、[[日中輸出入組合]]の結成を支援し中共との貿易が軌道に乗るようになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年[[11月15日]]の[[保守合同]]により、鳩山の[[日本民主党]]と吉田を継承した[[緒方竹虎]]の[[自由党_(日本)|自由党]]が合同して[[自由民主党_(日本)|自由民主党]]が結成され、石橋もこれに入党した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 総理総裁 ===&lt;br /&gt;
[[Image:Tanzan_Ishibashi.jpg|200px|thumb|right|総理に就任した頃]]&lt;br /&gt;
[[1956年]][[10月19日]]に日本とソビエト連邦が[[日ソ共同宣言]]により国交正常化するも、同年12月、鳩山首相が引退。これを受けてアメリカ追従を主張する[[岸信介]]が総裁選に立候補、これに対し石橋は社会主義圏とも国交正常化することを主張、鳩山派の一部を[[石橋派]]として率いて立候補した。総裁選の当初は岸優位であったが、[[石井光次郎]]と2位・2位連合を組んだ。1回目の投票では岸が1位であったが、決選投票では石橋派参謀の[[石田博英]]の功績もあって岸に7票差で競り勝って総裁に当選、[[12月23日]]に内閣総理大臣に指名された。しかし組閣が難航したため、石橋自身が一時的に全閣僚の臨時代理・事務取扱を兼務して発足している。親中派でもある石橋政権の樹立によって日本を反共の砦としたいアメリカの[[ドワイト・D・アイゼンハワー|アイゼンハワー]]大統領は岸を望んでいたために狼狽したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
内閣発足直後に石橋は全国10ヵ所を9日間でまわるという遊説行脚を敢行、自らの信念を語るとともに有権者の意見を積極的に聞いてまわった。しかし帰京した直後に自宅の風呂場で倒れる。軽い脳梗塞だったが、報道には「遊説中にひいた風邪をこじらせて[[肺炎]]を起こした上に、脳梗塞の兆候もある」と発表した。副総理格の外相として閣内に迎えられていた岸がただちに[[内閣総理大臣臨時代理|総理臨時代理]]となったが、2ヵ月の絶対安静が必要との医師の診断を受けると石橋は「政治的良心に従う」と潔く退陣した。在任65日。国会で一度も演説や答弁をしないまま退任した日本国憲法下初めての首相となった。後任の総理には全閣僚を引き継ぐ形で岸があたった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
石橋はかつて『[[東洋経済新報]]』で、暴漢に襲われて[[帝国議会]]への出席ができなくなった当時の[[浜口雄幸]]首相に対して退陣を勧告する社説を書いたことがあった。もし国会に出ることができない自分が首相を続投すれば、当時の社説を読んだ読者をあざむく事態になると考えたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 退陣後 ===&lt;br /&gt;
幸い脳梗塞の症状は軽く、若干の後遺症は残ったものの石橋はまもなく政治活動を再開するまでに回復した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1959年]]9月、岸より「同盟国アメリカの意思に反する行為であるため日本政府とは一切関係ないものとする」と言われながらも中共を訪問。政府の一員ではない石橋は訪問してから数日はなかなか首脳と会える目処はつかなかったが、交渉に苦労の末、同月17日[[周恩来]]首相との会談を実現させた。冷戦構造を打ち破り、日本がその掛け橋となる'''日中米ソ平和同盟'''を主張。この主張はまだ国連の代表権を持たない中共にとって国際社会への足がかりになるものとして魅力的であり、周はこの提案に同意。周は[[台湾]]（[[中華民国]]）に武力行使をしないと石橋に約束。「日本と中国は両国民が手を携えて極東と世界の平和に貢献すべきである」との[[石橋・周共同声明]]を発表した。[[1960年]]、中共との貿易が再開した。この声明が後に[[第1次田中角榮内閣]]での[[日中共同声明]]に繋がったともいわれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後も少人数ながら石橋派の領袖として影響力を持ち、岸が主導した[[日米安全保障条約|日米安保条約]]改定には批判的な態度をとるなど自民党内[[ハト派|鳩派]]の重鎮として活躍したが[[1963年]]の[[総選挙]]で落選し、そのまま政界から退いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
政界を引退すると[[立正大学]]の[[学長]]も務めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 年譜 ==&lt;br /&gt;
[[Image:Ishibashi cabinet.jpg|thumb|250px|石橋内閣&amp;lt;br /&amp;gt;&amp;lt;small&amp;gt;前列左から[[岸信介|岸]]外相兼副総理、石橋総理、[[池田勇人|池田]]蔵相&amp;lt;/small&amp;gt;]]&lt;br /&gt;
*[[1884年]]9月：[[東京市]][[麻布区]]芝二本榎（現･港区）に生まれる&lt;br /&gt;
*[[1885年]]3月：父が[[山梨県]][[南巨摩郡]][[増穂村]]の昌福寺住職に転じたことに伴い母と共に[[甲府市]]稲門に転居&lt;br /&gt;
*[[1894年]]9月：父が[[静岡市]]の本覚寺住職就任のため山梨県鏡中条村の長遠寺住職望月日謙に預けられる&lt;br /&gt;
*[[1895年]]4月：山梨県立尋常中学校入学&lt;br /&gt;
*[[1902年]]3月：省三を湛山と改名。山梨県立第一中学校卒業&lt;br /&gt;
*[[1903年]]9月：早稲田大学高等予科に編入 &lt;br /&gt;
*[[1904年]]9月：早稲田大学大学部文学科（現・文学部）哲学科へ進級。当時の校長は[[鳩山和夫]]&lt;br /&gt;
*[[1907年]]7月：早稲田大学大学部文学科を[[首席]]で卒業（英文科を含む）。特待研究生として宗教研究科へ進級&lt;br /&gt;
*[[1908年]]7月：宗教研究科修了。[[島村抱月]]の紹介で東京毎日新聞社入社&lt;br /&gt;
*[[1909年]]&lt;br /&gt;
**8月：東京毎日新聞を退社&lt;br /&gt;
**12月：東京麻布の歩兵第3連隊に入営　&lt;br /&gt;
*[[1910年]]11月：[[軍曹]]に昇進し除隊&lt;br /&gt;
*[[1911年]]&lt;br /&gt;
**1月：[[東洋経済新報社]]に入社。『東洋時論』編集を担当&lt;br /&gt;
**9月：見習い士官として3ヶ月召集を受ける&lt;br /&gt;
*[[1912年]]11月：岩井うめと[[結婚]]。岩井家は[[江戸時代]]、[[米沢藩]]士として[[家老]]職を務めた[[家柄]]&lt;br /&gt;
*[[1913年]]：陸軍歩兵少尉&lt;br /&gt;
*[[1915年]]11月：東洋経済新報社の合名社員に選ばれる&lt;br /&gt;
*[[1924年]]&lt;br /&gt;
**9月：鎌倉町議会議員に当選（～[[1928年]]8月）&lt;br /&gt;
**12月：東洋経済新報社第五代主幹に就任&lt;br /&gt;
*[[1925年]]1月：東洋経済新報社代表取締役･専務取締役に就任&lt;br /&gt;
*[[1935年]]9月：内閣より内閣調査局委員に任ぜられる&lt;br /&gt;
*[[1940年]]11月：東洋経済研究所を設立し所長ならびに理事に就任&lt;br /&gt;
*[[1941年]]2月：東洋経済新報社の社長制新設にともない代表取締役社長に就任&lt;br /&gt;
*[[1945年]]3月：早朝の[[東京大空襲|大空襲]]で芝の居宅焼失&lt;br /&gt;
*[[1946年]]&lt;br /&gt;
**3月：[[山川均]]提唱の民主人民連盟世話人会に参加&lt;br /&gt;
**4月：戦後初の総選挙に立候補し落選&lt;br /&gt;
**5月：[[第1次吉田内閣]]の大蔵大臣に就任&lt;br /&gt;
*[[1947年]]&lt;br /&gt;
**4月：静岡県第二区より立候補し初当選&lt;br /&gt;
**5月：[[公職追放]]となる&lt;br /&gt;
*[[1951年]]&lt;br /&gt;
**6月：公職追放解除、[[自由党]]に復党&lt;br /&gt;
**12月：[[立正大学]]学長に就任&lt;br /&gt;
*[[1953年]]3月：政策審議会会長に就任&lt;br /&gt;
*[[1954年]]&lt;br /&gt;
**11月：[[岸信介]]とともに自由党より除名処分を受ける&lt;br /&gt;
**12月：第一次鳩山一郎内閣の通商産業大臣に就任&lt;br /&gt;
*[[1956年]]12月:自由民主党第二代総裁に当選、内閣総理大臣に就任&lt;br /&gt;
*[[1957年]]&lt;br /&gt;
**1月：脳梗塞発症（公式発表は老人性急性肺炎）&lt;br /&gt;
**2月：自民党総裁・総理大臣辞職&lt;br /&gt;
*[[1959年]]9月：中華人民共和国を訪問し、[[周恩来]]と会談&lt;br /&gt;
*[[1963年]]&lt;br /&gt;
**9月：日本工業展覧会総裁として中華人民共和国を訪問&lt;br /&gt;
**11月：[[第30回衆議院議員総選挙]]で落選、政界引退&lt;br /&gt;
*[[1964年]]9月：ソビエト連邦を訪問&lt;br /&gt;
*[[1968年]]：[[立正大学]]学長を退任&lt;br /&gt;
*[[1973年]]4月：死去&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
石橋が首相を退陣した時にその潔さを国民は高く評価したが、一人[[弁護士]]の[[正木ひろし]]だけは私的な感情で「公務（首相の地位）を放棄した」と厳しく批判した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、石橋の全集が作られる事になった時に東洋経済新報社の編集者は全集に封入するコラムの執筆をその正木に依頼した。かつて石橋の部下であったその編集者は、石橋への賛美一色のコラムを集めたのでは一方の意見に偏らない言論の必要性を唱えて来た石橋の信念に反すると考えたのである。正木が書いた石橋への批判はそのまま掲載される事になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著書 ==&lt;br /&gt;
=== 評論集 ===&lt;br /&gt;
*石橋湛山評論集（松尾尊兌・編、[[岩波書店]]、岩波文庫：ISBN 4-00-331681-9、ワイド版岩波文庫：ISBN 4-00-007005-3）&lt;br /&gt;
*小日本主義-石橋湛山外交論集（増田弘・編、1984年5月、[[草思社]]、ISBN 4-7942-0186-9）&lt;br /&gt;
*石橋湛山評論選集（1990年6月、[[東洋経済新報社]]、ISBN 4-492-06052-9）&lt;br /&gt;
*リベラリストの警鐘 石橋湛山著作集1-経済論（長幸男・編、1995年11月、東洋経済新報社、ISBN 4-492-06081-2）&lt;br /&gt;
*エコノミストの面目 石橋湛山著作集2-経済論（中村隆英・編、1995年11月、東洋経済新報社、ISBN 4-492-06082-0）&lt;br /&gt;
*大日本主義との闘争 石橋湛山著作集3-政治・外交論（鴨武彦・編、1996年1月、東洋経済新報社、ISBN 4-492-06083-9）&lt;br /&gt;
*改造は心から 石橋湛山著作集4-文芸・社会評論（谷沢永一・編、1995年12月、東洋経済新報社、ISBN 4-492-06084-7）&lt;br /&gt;
*石橋湛山全集（石橋湛山全集編纂委員会・編、全15巻、東洋経済新報社、ISBN 4-492-06010-3ほか）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 回想録・日記 ===&lt;br /&gt;
*湛山座談（1994年2月、岩波書店、ISBN 4-00-260173-0）&lt;br /&gt;
*湛山回想（1985年12月、岩波書店、ISBN 4-00-331682-7）&lt;br /&gt;
*石橋湛山―湛山回想 人間の記録47（1997年12月、[[日本図書センター]]、ISBN 4-8205-4290-7）&lt;br /&gt;
*石橋湛山日記（上下巻、石橋湛一ほか・編、2001年3月、[[みすず書房]]、ISBN 4-622-03676-2）&lt;br /&gt;
**単品としては、上巻：ISBN 4-622-03677-0、下巻：ISBN 4-622-03678-9であるが、新刊の分売はない模様。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
*増田弘　『石橋湛山　&amp;lt;small&amp;gt;リベラリストの真髄&amp;lt;/small&amp;gt;』　1995年　中央公論社&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 栄典 ==&lt;br /&gt;
*1964年[[4月29日]]：[[勲一等旭日大綬章]]&lt;br /&gt;
*1973年4月25日：叙・[[従二位]]、旭日桐花大綬章追贈&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 家族・親族 ==&lt;br /&gt;
*父　[[杉田湛誓]]（[[日蓮宗]][[僧侶]]）&lt;br /&gt;
*母　きん（東京、石橋藤左衛門二女）&lt;br /&gt;
*妻　うめ（[[福島県]]、岩井尊記三女）&lt;br /&gt;
*長男　[[石橋湛一|湛一]]&lt;br /&gt;
*長女　歌子&lt;br /&gt;
*二男　和彦&lt;br /&gt;
*孫　久美子（日商会頭を務めた[[足立正]]の孫に嫁する）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;div class=&amp;quot;references-small&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;references /&amp;gt;&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[石橋内閣]]&lt;br /&gt;
*[[石橋氏]]&lt;br /&gt;
*[[日蓮宗]]&lt;br /&gt;
*[[東洋経済新報社]]&lt;br /&gt;
*[[石橋湛山賞]]&lt;br /&gt;
*[[自由民主党総裁]]&lt;br /&gt;
*[[石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞]]&lt;br /&gt;
*[[私の履歴書]]&lt;br /&gt;
*[[立正大学]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連人物 ==&lt;br /&gt;
*[[石田博英]]&lt;br /&gt;
*[[宇都宮徳馬]]&lt;br /&gt;
*[[松村謙三]]&lt;br /&gt;
*[[三木武夫]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.ishibashi-mf.org/index.html 財団法人石橋湛山記念財団]&lt;br /&gt;
*[http://www.waseda.jp/koho/award/tanzan.html 石橋湛山-石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞]&lt;br /&gt;
*[http://info.toyokeizai.co.jp/award/tanzan/index.html 石橋湛山賞]（[http://www.toyokeizai.co.jp/index.html 東洋経済]WebSite内）&lt;br /&gt;
*[http://www.ris.ac.jp/index.php 立正大学]&lt;br /&gt;
*[http://www.ndl.go.jp/jp/data/kensei_shiryo/kensei/ishibashitannzann.html 石橋湛山関係文書 | 国立国会図書館]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{日本国歴代内閣総理大臣&lt;br /&gt;
|当代=[[石橋内閣|55]]&lt;br /&gt;
|在任期間=1956年 - 1957年&lt;br /&gt;
|前代=54&lt;br /&gt;
|前首相名=鳩山一郎&lt;br /&gt;
|次代=56&lt;br /&gt;
|次首相名=岸信介}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[自由民主党総裁]]|第2代：1956年 - 1957年|鳩山一郎|岸信介}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[日本の大蔵大臣・財務大臣一覧|大蔵大臣]]|第51代：1946年 - 1947年|[[渋沢敬三]]|[[片山哲]]（臨時代理）}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[経済産業大臣|通商産業大臣]]|第12～14代：1954年 - 1956年|[[愛知揆一]]|[[水田三喜男]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[郵政大臣]]|第9代：1956年|[[村上勇]]|[[平井太郎]]}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{財務大臣}}&lt;br /&gt;
{{経済産業大臣}}&lt;br /&gt;
{{法務大臣}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:いしはし たんさん}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の内閣総理大臣]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の国会議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のジャーナリスト]]&lt;br /&gt;
[[Category:静岡県の政治家]]&lt;br /&gt;
[[Category:大正デモクラシー]]&lt;br /&gt;
[[Category:山梨県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1884年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1973年没]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0; background-color:#f6f6f6; border:1px solid #ccc; padding:3px; font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
このページは[http://ja.wikipedia.org/wiki/ Wikipedia日本語版]由来のコンテンツを利用しています。もとの記事は[http://ja.wikipedia.org/wiki/石橋湛山 '''石橋湛山''']にあります。執筆者のリストは[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=石橋湛山&amp;amp;action=history '''履歴''']をご覧ください。[[Yourpedia]]と同じく[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia Wikipedia]は[http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html GFDLのライセンス]で提供されています。コンテンツを再利用する際には同じくGFDLのライセンスを採用してください。&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

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&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{| style=&amp;quot;text-align:center; clear:both; border:1px solid #000; margin:0.5em auto&amp;quot;&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:#66ccff; font-size:90%; font-weight:bold&amp;quot;|[[外務大臣|歴代の外務大臣]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:Silver; font-size:85%&amp;quot;|外務大臣（太政官達第69号）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;font-size:80%&amp;quot;|[[井上馨]] - [[伊藤博文]] - [[大隈重信]] - [[青木周蔵|青木周藏]] - [[榎本武揚]] - [[陸奥宗光]] - [[西園寺公望]] - 大隈重信 - [[西徳二郎|西德二郎]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:Silver; font-size:85%&amp;quot;|外務大臣（外務省官制（[[明治]]31年勅令第258号））&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;font-size:80%&amp;quot;|大隈重信 - 青木周藏 - [[加藤高明]] - [[曾禰荒助]] - [[小村壽太郎]] - 加藤高明 - 西園寺公望 - [[林董]] - [[寺内正毅]] - 小村壽太郎 - [[内田康哉]] - [[桂太郎]] - 加藤高明 - [[牧野伸顕|牧野伸顯]] - 加藤高明 - 大隈重信 - [[石井菊次郎]] - [[寺内正毅]] - [[本野一郎]] - [[後藤新平]] - 内田康哉 - [[山本権兵衛|山本權兵衞]] - [[伊集院彦吉]] - [[松井慶四郎]] - [[幣原喜重郎]] -&lt;br /&gt;
[[田中義一]] - 幣原喜重郎 - [[犬養毅]] - [[芳澤謙吉]] - [[斎藤実|齋藤實]] - 内田康哉 - [[広田弘毅|廣田弘毅]] - [[有田八郎]] - [[林銑十郎]] - [[佐藤尚武]] - 廣田弘毅 - [[宇垣一成]] - [[近衛文麿|近衞文麿]] - [[有田八郎]] - [[阿部信行]] - [[野村吉三郎]] - 有田八郎 - [[松岡洋右]] - [[豊田貞次郎|豐田貞次郎]] - [[東郷茂徳|東郷茂德]] - [[東條英機]] - [[谷正之]] - [[重光葵]] - [[鈴木貫太郎]] - 東郷茂德 - 重光葵 - [[吉田茂]] - [[芦田均]] - 吉田茂&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:Silver; font-size:85%&amp;quot;|外務大臣（外務省設置法（[[昭和]]24年法律第135号））&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;font-size:80%&amp;quot;|吉田茂&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:Silver; font-size:85%&amp;quot;|外務大臣（外務省設置法（昭和26年法律第283号））&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;font-size:80%&amp;quot;|吉田茂 - [[岡崎勝男]] - 重光葵 - [[岸信介]] - [[藤山愛一郎]] - [[小坂善太郎]] - [[大平正芳]] - [[椎名悦三郎]] - [[三木武夫]] - [[愛知揆一]] - [[福田赳夫]] - 大平正芳 - [[木村俊夫]] - [[宮澤喜一]] - 小坂善太郎 - [[鳩山威一郎]] - [[園田直]] - [[大来佐武郎]] - [[伊東正義]] - 園田直 - [[櫻内義雄]] - [[安倍晋太郎]] - [[倉成正]] - [[宇野宗佑]] - [[三塚博]] - [[中山太郎]] - [[渡辺美智雄]] - [[武藤嘉文]] - [[羽田孜]] - [[柿澤弘治]] - [[河野洋平]] - [[池田行彦]] - [[小渕恵三]] - [[高村正彦]] - 河野洋平&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:Silver; font-size:85%&amp;quot;|外務大臣（外務省設置法（平成11年法律第94号））&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;font-size:80%&amp;quot;|河野洋平 - [[田中眞紀子]] - [[小泉純一郎]] - [[川口順子]] - [[町村信孝]] - [[麻生太郎]] - 町村信孝 - 高村正彦&lt;br /&gt;
|}&amp;lt;noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[Category:政治関連記事のテンプレート|かいむたいしん]]&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
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		<title>テンプレート:法務大臣</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: 新しいページ: '{| style=&amp;quot;text-align:center; clear:both; border:1px solid #000; margin:0.5em auto&amp;quot; !style=&amp;quot;background-color:#CCCCFF; font-size:90%; font-weight:bold&amp;quot;|[[法務大臣|歴代の...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{| style=&amp;quot;text-align:center; clear:both; border:1px solid #000; margin:0.5em auto&amp;quot;&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:#CCCCFF; font-size:90%; font-weight:bold&amp;quot;|[[法務大臣|歴代の法務大臣]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:Silver; font-size:85%&amp;quot;|法務大臣（中央省庁再編前）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;font-size:80%&amp;quot;|[[木村篤太郎]] - [[犬養健]] - [[加藤鐐五郎]] - [[小原直]] - [[花村四郎]] - [[牧野良三]] - （[[石橋湛山]]） - [[中村梅吉]] - [[唐沢俊樹]] - [[愛知揆一]] - [[井野碩哉]] - [[小島徹三]] - [[植木庚子郎]] - [[中垣國男]] - [[賀屋興宣]] - [[高橋等]] - [[石井光次郎]] - [[田中伊三次]] - [[赤間文三]] - [[西郷吉之助]] - [[小林武治]] - [[秋田大助]] - 植木庚子郎 - [[前尾繁三郎]] - [[郡祐一]] - [[田中伊三次]] - [[中村梅吉]] - [[浜野清吾]] - [[稲葉修]] - [[福田一]] - [[瀬戸山三男]] - [[古井喜実]] - [[倉石忠雄]] - [[奥野誠亮]] - [[坂田道太]] - [[秦野章]] - [[住栄作]] - [[嶋崎均]] - [[鈴木省吾 (政治家)|鈴木省吾]] - [[遠藤要]] - [[林田悠紀夫]] - [[長谷川峻]] - [[高辻正己]] - [[谷川和穂]] - [[後藤正夫]] - [[長谷川信]] - [[梶山静六]] - [[左藤恵]] - [[田原隆]] - [[後藤田正晴]] - [[三ヶ月章]] - （[[羽田孜]]） - [[永野茂門]] - [[中井洽]] - [[前田勲男]] - [[田沢智治]] - [[宮澤弘]] - [[長尾立子]] - [[松浦功]] - [[下稲葉耕吉]] - [[中村正三郎 (政治家)|中村正三郎]] - [[陣内孝雄]] - [[臼井日出男]] - [[保岡興治]] - [[高村正彦]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:#C0C0C0; font-size:85%&amp;quot;|法務大臣（中央省庁再編後）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;font-size:80%&amp;quot;|高村正彦 - [[森山眞弓]] - [[野沢太三]] - [[南野知惠子]] - [[杉浦正健]] - [[長勢甚遠]] - [[鳩山邦夫]]&lt;br /&gt;
|}&amp;lt;noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[Category:政治関連記事のテンプレート|ほうむたいしん]]&lt;br /&gt;
[[Category:国務大臣のテンプレート|ほうむたいしん]]&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

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		<title>テンプレート:経済産業大臣</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: 新しいページ: '{| style=&amp;quot;text-align:center; clear:both; border:1px solid #000; margin:0.5em auto&amp;quot; !style=&amp;quot;background-color:#CCCCFF; font-size:90%; font-weight:bold&amp;quot;|[[経済産業大臣|歴...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{| style=&amp;quot;text-align:center; clear:both; border:1px solid #000; margin:0.5em auto&amp;quot;&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:#CCCCFF; font-size:90%; font-weight:bold&amp;quot;|[[経済産業大臣|歴代の経済産業大臣（通商産業大臣）]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:#C0C0C0; font-size:85%&amp;quot;|通商産業大臣&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;font-size:80%&amp;quot;|[[稲垣平太郎]] - [[池田勇人]] - [[高瀬荘太郎]] - [[横尾龍]] - [[高橋龍太郎]] - 池田勇人 - [[小笠原三九郎]] - [[岡野清豪]] - [[愛知揆一]] - [[石橋湛山]] - [[水田三喜男]] - [[前尾繁三郎]] - [[高碕達之助]] - 池田勇人 - [[石井光次郎]] - [[椎名悦三郎]] - [[佐藤栄作]] - [[福田一]] - [[櫻内義雄]] - [[三木武夫]] - [[菅野和太郎]] - 椎名悦三郎 - [[大平正芳]] - [[宮澤喜一]] - [[田中角栄]] - [[中曽根康弘]] - [[河本敏夫]] - [[田中龍夫]] - 河本敏夫 - [[江崎真澄]] - [[佐々木義武]] - [[田中六助]] - [[安倍晋太郎]] - [[山中貞則]] - [[宇野宗佑]] - [[小此木彦三郎]] - [[村田敬次郎]] - [[渡辺美智雄]] - [[田村元]] - [[三塚博]] - [[梶山静六]] - [[松永光]] - [[武藤嘉文]] - [[中尾栄一]] - [[渡部恒三]] - [[森喜朗]] - [[熊谷弘]] - [[畑英次郎]] - [[橋本龍太郎]] - [[塚原俊平]] - [[佐藤信二]] - [[堀内光雄]] - [[与謝野馨]] - [[深谷隆司]] - [[平沼赳夫]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:#C0C0C0; font-size:85%&amp;quot;|経済産業大臣&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;font-size:80%&amp;quot;|平沼赳夫 - [[中川昭一]] - [[二階俊博]] - [[甘利明]]&lt;br /&gt;
|}&amp;lt;noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[Category:政治関連記事のテンプレート|けいさいさんきょうたいしん]]&lt;br /&gt;
[[Category:国務大臣のテンプレート|けいさいさんきょうたいしん]]&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

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		<title>テンプレート:財務大臣</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{| style=&amp;quot;text-align:center; clear:both; border:1px solid #000; margin:0.5em auto&amp;quot;&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:#CCCCFF; font-size:90%; font-weight:bold&amp;quot;|[[財務大臣|歴代の財務大臣（大蔵大臣）]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:Silver; font-size:85%&amp;quot;|大蔵大臣（大日本帝国憲法下）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;font-size:80%&amp;quot;|[[松方正義]] - [[渡辺国武]] - 松方正義 - 渡辺国武 - 松方正義 - [[井上馨]] -[[松田正久]] - 松方正義 - 渡辺国武 - [[西園寺公望]] - [[曾禰荒助]] - [[阪谷芳郎]] - [[松田正久]] - [[桂太郎]] - [[山本達雄]] - [[若槻礼次郎]] - [[高橋是清]] - 若槻禮次郎 - [[武富時敏]] - [[寺内正毅]]  - [[勝田主計]] - 高橋是清 - [[市来乙彦]] - [[井上準之助]] - 勝田主計 - [[濱口雄幸]] - [[早速整爾]] - [[片岡直温]] - 高橋是清 - [[三土忠造]] - 井上準之助 - 高橋是清 - [[藤井真信]] - 高橋是清 - [[町田忠治]] - [[馬場えい一|馬場鍈一]] - [[結城豊太郎]] - [[賀屋興宣]] - [[池田成彬]] - [[石渡荘太郎]] - [[青木一男]] - [[櫻内幸雄]] - [[河田烈]] - [[小倉正恒]] - 賀屋興宣 - [[石渡荘太郎]] - [[津島壽一]] - [[広瀬豊作]] - 津島壽一 - [[渋沢敬三]] - [[石橋湛山]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:Silver; font-size:85%&amp;quot;|大蔵大臣（日本国憲法下）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;font-size:80%&amp;quot;|[[片山哲]] - [[矢野庄太郎]] - [[栗栖赳夫]] - [[北村徳太郎]] - [[吉田茂]] - [[泉山三六]] - [[大屋晋三]] - [[池田勇人]] - [[向井忠晴]] - [[小笠原三九郎]] - [[一万田尚登]] - 池田勇人 - 一万田尚登 - [[佐藤栄作]] - [[水田三喜男]] - [[田中角栄]] - [[福田赳夫]] - 水田三喜男 - 福田赳夫 - 水田三喜男 - [[植木庚子郎]] - [[愛知揆一]] - 田中角栄 - 福田赳夫 - [[大平正芳]] - [[坊秀男]] - [[村山達雄]] - [[金子一平]] - [[竹下登]] - [[渡辺美智雄]] - 竹下登 - [[宮澤喜一]] - 竹下登 - [[村山達雄]] - [[橋本龍太郎]] - [[海部俊樹]] - [[羽田孜]] - [[林義郎]] - [[藤井裕久]] - [[武村正義]] - [[久保亘]] - [[三塚博]] - 橋本龍太郎 - [[松永光]] - 宮澤喜一&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:Silver; font-size:85%&amp;quot;|財務大臣&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;font-size:80%&amp;quot;|宮澤喜一 - [[塩川正十郎]] - [[谷垣禎一]] - [[尾身幸次]] - [[額賀福志郎]]&lt;br /&gt;
|}&amp;lt;noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[Category:政治関連記事のテンプレート|さいむたいしん]]&lt;br /&gt;
[[Category:国務大臣のテンプレート|さいむたいしん]]&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA3%E4%B8%96%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B9&amp;diff=18287</id>
		<title>キングチャールズ3世ステークス</title>
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				<updated>2007-11-09T07:23:17Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''キングズスタンドステークス'''（King's Stand Stakes）とは[[イギリス]]の[[アスコット競馬場]]で開催される[[芝]]直線コースの5[[ハロン (単位)|ハロン]]（約1006[[メートル]]）の条件で競われる[[競馬の競走]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
イギリス王室が開催する[[ロイヤルアスコットレースミーティング]]初日に行われる競走で[[競馬の競走格付け|グループ]]2（G2）に格付けされた平地競走である。同開催の最終日に行われる[[ゴールデンジュビリーステークス]]とともに[[グローバル・スプリント・チャレンジ]]の対象競走となっており、当競走は第3戦にあたる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
出走条件は3歳以上、負担重量は別定。[[せん馬]]出走可能。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1860年]]に従来からあった「ロイヤルスタンドプレート」（初期は「スタンドプレート」。[[1837年]]創設）に変わり、「クイーンズスタンドプレート」として新設された。[[1901年]]には[[エドワード7世 (イギリス王)|エドワード7世]]の即位を機に「キングズスタンドプレート」と変更、[[1952年]]には[[エリザベス2世 (イギリス女王)|エリザベス2世]]の即位を機に現在の名称となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2000年]]には日本調教馬の[[アグネスワールド]]が出走し2着に入っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==歴史==&lt;br /&gt;
*[[1915年]]-[[1918年]] 第一次世界大戦により開催中止。&lt;br /&gt;
*[[1940年]] 第二次世界大戦により開催中止。&lt;br /&gt;
*[[1941年]]-[[1944年]] [[ニューマーケット競馬場]]で代替開催。&lt;br /&gt;
*[[1973年]] G1に昇格。&lt;br /&gt;
*[[1987年]] G2に降格。&lt;br /&gt;
*[[2005年]] [[ヨーク競馬場]]で代替開催。&lt;br /&gt;
===歴代優勝馬===&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot; style=&amp;quot;background:#f9f9f9&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background:#f2f2f2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!回数!!施行日!!優勝馬!!nowrap|性齢!!勝時計!!優勝騎手!!管理調教師!!馬主&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第1回||[[1860年]][[月日]]||nowrap|Queen of the Vale||牝2||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第2回||[[1861年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第3回||[[1862年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第4回||[[1863年]]月日||Umpire||牡6||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第5回||[[1864年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第6回||[[1865年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第7回||[[1866年]]月日||Hippia||牝2||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第8回||[[1867年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第9回||[[1868年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第10回||[[1869年]]月日||Gertrude||牝2||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第11回||[[1870年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第12回||[[1871年]]月日||Chopette||牝2||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第13回||[[1872年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第14回||[[1873年]]月日||Prince Charlie||牡4||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第15回||[[1874年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第16回||[[1875年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第17回||[[1876年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第18回||[[1877年]]月日||Springfield||牡4||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第19回||[[1878年]]月日||Lollypop||牡5||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第20回||[[1879年]]月日||Hackthorpe||牡4||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第21回||[[1880年]]月日||Charibert||牡4||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第22回||[[1881年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第23回||[[1882年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第24回||[[1883年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第25回||[[1884年]]月日||Geheimniss||牝5||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第26回||[[1885年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第27回||[[1886年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第28回||[[1887年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第29回||[[1888年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第30回||[[1889年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第31回||[[1890年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第32回||[[1891年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第33回||[[1892年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第34回||[[1893年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第35回||[[1894年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第36回||[[1895年]]月日||Woolsthorpe||牡7||　||C.Wood||S.Darling||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第37回||[[1896年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第38回||[[1897年]]月日||Woolsthorpe||牡9||　||M.Cannon||J.Porter||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第39回||[[1898年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第40回||[[1899年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第41回||[[1900年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第42回||[[1901年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第43回||[[1902年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第44回||[[1903年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第45回||[[1904年]]月日||Sundridge||牡6||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第46回||[[1905年]]月日||Delaunay||牡4||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第47回||[[1906年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第48回||[[1907年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第49回||[[1908年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第50回||[[1909年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第51回||[[1910年]]月日||Spanish Prince||牡3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第52回||[[1911年]]月日||Hornet's Beauty||騸3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第53回||[[1912年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第54回||[[1913年]]月日||Hornet's Beauty||騸5||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第55回||[[1914年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第56回||[[1919年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第57回||[[1920年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第58回||[[1921年]]月日||Tetratema||牡4||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第59回||[[1922年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第60回||[[1923年]]月日||Golden Boss||牡3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第61回||[[1924年]]月日||Golden Boss||牡4||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第62回||[[1925年]]月日||Diomedes||牡3||　||　||H.Leader||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第63回||[[1926年]]月日||Highborn||牡3||　||　||O.Bell||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第64回||[[1927年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第65回||[[1928年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第66回||[[1929年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第67回||[[1930年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第68回||[[1931年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第69回||[[1932年]]月日||Lemnarchus||牡4||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第70回||[[1933年]]月日||Gold Bridge||牡4||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第71回||[[1934年]]月日||Gold Bridge||牡5||　||T.Weston||J.Lawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第72回||[[1935年]]月日||Shalfleet||牡4||　||T.Weston||J.Lawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第73回||[[1936年]]月日||Sweet Polly||牝4||　||R.Brethes||H.Count||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第74回||[[1937年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第75回||[[1938年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第76回||[[1939年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第77回||[[1941年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第78回||[[1942年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第79回||[[1943年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第80回||[[1944年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第81回||[[1945年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第82回||[[1946年]]月日||Vilmorin||牡3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第83回||[[1947年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第84回||[[1948年]]月日||Squander Bug||牡||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第85回||[[1949年]]月日||Abernant||牡3||　||　||N.Murless||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第86回||[[1950年]]月日||Tangle||牡3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第87回||[[1951年]]月日||Stephen Paul||牡3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第88回||[[1952年]]月日||Easter Bride||牝3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第89回||[[1953年]]月日||Fairy Flax||牝4||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第90回||[[1954年]]月日||Golden Lion||騸3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第91回||[[1955年]]月日||Pappa Fourway||牡3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第92回||[[1956年]]月日||Palariva||牝3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第93回||[[1957年]]月日||Right Boy||牡3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第94回||[[1958年]]月日||Drum Beat||牡5||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第95回||[[1959年]]月日||Chris||牡3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第96回||[[1960年]]月日||Sound Track||牡3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第97回||[[1961年]]月日||Silver Tor||牡3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第98回||[[1962年]]月日||Cassarate||牝3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第99回||[[1963年]]月日||Majority Rule||牡3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot; nowrap=&amp;quot;nowrap&amp;quot;|第100回||[[1964年]]月日||　||　||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第101回||[[1965年]]月日||Goldhill||牡3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第102回||[[1966年]]月日||Roughlyn||騸5||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第103回||[[1967年]]月日||Be Friendly||牡3||nowrap|2:02.76||　||C.Mitchell||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第104回||[[1968年]]月日||D'Urberville||騸3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第105回||[[1969年]]月日||Song||牡3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第106回||[[1970年]]月日||Amber Rama||牡3||　||　||　||A.Plesch&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第107回||[[1971年]]月日||Swing Easy||牡3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第108回||[[1972年]]月日||Sweet Revenge||牡5||　||　||　||Attenborough&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第109回||[[1973年]]月日||Abergwaun||牝5||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第110回||[[1974年]]月日||Bay Express||牡3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第111回||[[1975年]]月日||Flirting Around||牡4||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第112回||[[1976年]]月日||Lochnager||牡4||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第113回||[[1977年]]月日||Godswalk||牡3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第114回||[[1978年]]月日||Solinus||牡3||　||　||[[ヴィンセント・オブライエン|M.V.O'Brien]]||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第115回||[[1979年]]月日||Double Form||牡4||　||　||　||H.von Thinsen&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第116回||[[1980年]]月日||African Song||牡3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第117回||[[1981年]]月日||Marwell||牝3||　||　||　||Sir E.J.Loder&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第118回||[[1982年]]月日||Fearless Lad||牡3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第119回||[[1983年]]月日||Sayf El Arab||牡3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第120回||[[1984年]]月日||Habibti||牝4||　||　||J.Dunlop||M.Mutawa&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第121回||nowrap|[[1985年]][[6月21日]]||Never So Bold||牡5||1:01.79||　||R.Armstrong||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第122回||[[1986年]][[6月20日]]||[[ラストタイクーン (競走馬)|Last Tycoon]]||牡3||0:59.28||C.Asmussen||R.Cole||R.C.Strauss&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第123回||[[1987年]][[6月19日]]||Bluebird||牡3||1:05.25||C.Asmussen||M.V.O'Brien||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第124回||[[1988年]][[6月17日]]||Chilibang||牡4||1:00.61||W.Carson||J.Dunlop||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第125回||[[1989年]][[6月23日]]||Indian Ridge||牡4||1:01.36||[[スティーブ・コーゼン|S.Cauthen]]||D.Elsworth||A.Coughlan&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第126回||[[1990年]][[6月22日]]||Dayjur||牡3||1:01.96||W.Carson||W.Hern||S.Hamdan bin Rashid al Maktoum&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第127回||[[1991年]]6月21日||Elbio||牡4||1:01.40||S.Cauthen||P.Makin||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第128回||[[1992年]]6月19日||Sheikh Albadou||牡4||1:00.50||nowrap|W.R.Swinburn||A.Scott||H.Salem&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第129回||[[1993年]][[6月18日]]||Elbio||牡6||1:03.08||W.R.Swinburn||P.Makin||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第130回||[[1994年]]6月17日||Lochsong||牝6||1:00.73||[[ランフランコ・デットーリ|L.Dettori]]||I.Balding||J.C.Smith&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第131回||[[1995年]]6月23日||Piccolo||牡4||0:59.67||R.Hills||[[ミック・シャノン|M.Chanon]]||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第132回||[[1996年]]6月21日||Pivotal||牡3||0:59.49||G.Duffield||M.Prescott||Cheveley Park Stud Limited&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第133回||[[1997年]]6月20日||Don't Worry Me||牝5||1:01.95||[[オリビエ・ペリエ|O.Peslier]]||G.Henrot||J.F.Gribomont&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第134回||[[1998年]]6月19日||Bolshoi||騸6||1:01.16||C.Lowther||J.Berry||D.Brown&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第135回||[[1999年]]6月18日||Mitcham||牡3||1:00.58||R.Quin||T.Mills||T.G.Mills&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第136回||[[2000年]]6月20日||Nuclear Debate||騸5||1:01.13||[[ジェラルド・モッセ|G.Mosse]]||J.Hammond||J.R.Chester&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第137回||[[2001年]]6月19日||Cassandra Go||牝5||1:00.49||[[マイケル・ロバーツ (競馬)|M.Roberts]]||G.Wragg||T.C.Stewart&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第138回||[[2002年]]6月18日||Dominica||牝3||1:00.89||M.Dwyer||M.Tregoning||R.B.Kennard&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第139回||[[2003年]]6月17日||Choisir||騸4||0:59.68||J.P.Murtagh||P.Perry||T.W.Wallace, D.Wallace, J.W.Wallace, H.A.Wallace, P.M.Perry's, C.A.Perry's&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第140回||[[2004年]][[6月15日]]||The Tatling||牡7||1:00.16||D.Holland||B.Bradley||Dab Hand Racing&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第141回||[[2005年]][[6月14日]]||Chineur||牡4||0:57.55||[[クリストフ・ルメール|C.Lemaire]]||nowrap|M.Delzangles||A.F.O´Callaghan&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第142回||[[2006年]]6月20日||[[テイクオーバーターゲット|Takeover Target]]||騸7||0:59.79||[[ジェイ・フォード|J.Ford]]||J.Janiak||J.Janiak &amp;amp; B.Janiak&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第143回||[[2007年]]6月19日||[[ミスアンドレッティ|Miss Andretti]]||牝6||0:57.44||C.Newitt||L.Freedman||P.S.Buckley &amp;amp; D.B.Mueller &amp;amp; Ms G.Guenzi&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==日本調教馬の成績==&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot; style=&amp;quot;background:#f9f9f9&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background:#f2f2f2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!回数!!施行日!!参戦馬名!!英語表記!!性齢!!騎手名!!管理調教師!!着順&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第136回||2000年6月20日||[[アグネスワールド]]&amp;lt;BR&amp;gt;[[ドージマムテキ]]||Agnes World&amp;lt;BR&amp;gt;Dojima Muteki||牡6&amp;lt;BR&amp;gt;牡11||[[武豊]]&amp;lt;BR&amp;gt;[[武幸四郎]]||[[森秀行]]&amp;lt;BR&amp;gt;森秀行||2着&amp;lt;BR&amp;gt;22着&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Keiba-stub|きんくすすたんとすてくす}}&lt;br /&gt;
[[Category:イギリスの競馬の競走|きんくすすたんとすてくす]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0; background-color:#f6f6f6; border:1px solid #ccc; padding:3px; font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
このページは[http://ja.wikipedia.org/wiki/ Wikipedia日本語版]由来のコンテンツを利用しています。もとの記事は[http://ja.wikipedia.org/wiki/キングズスタンドステークス '''キングズスタンドステークス''']にあります。執筆者のリストは[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=キングズスタンドステークス&amp;amp;action=history '''履歴''']をご覧ください。[[Yourpedia]]と同じく[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia Wikipedia]は[http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html GFDLのライセンス]で提供されています。コンテンツを再利用する際には同じくGFDLのライセンスを採用してください。&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B9&amp;diff=18286</id>
		<title>コロネーションステークス</title>
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				<updated>2007-11-09T07:13:16Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''コロネーションステークス'''（''Coronation Stakes''）とは[[イギリス]]・[[バークシャー州]]の[[アスコット競馬場]]で開催される[[牝馬]]限定芝8[[ハロン (単位)|ハロン]]の[[競馬]]の[[競走]]である。グループ制では[[競馬の競走格付け|G1]]に類される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
例年6月に開催され各国の[[1000ギニー]]勝ち馬が集結し、事実上欧州の3歳[[マイル]]最強牝馬決定戦となっている。また、[[ロイヤルアスコットレースミーティング|ロイヤルアスコット]]開催の4日目の主要競走としても位置付けられている。コロネーションとは「'''戴冠、即位'''」の意。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
* [[1840年]] [[ヴィクトリア女王]]の即位を祝い創設&lt;br /&gt;
* [[1915年]]-[[1918年]] [[第一次世界大戦]]の為中止&lt;br /&gt;
* [[1940年]]-[[1945年]] [[第二次世界大戦]]の為中止&lt;br /&gt;
* [[1971年]] グレード制導入によりG2に格付けされる&lt;br /&gt;
* [[1988年]] 格付けがG1になる&lt;br /&gt;
=== 開催競馬場 ===&lt;br /&gt;
* アスコット競馬場 （1840年-[[1914年]]、[[1919年]]-[[1939年]]、[[1946年]]-[[2004年]]、[[2006年]]-現在）&lt;br /&gt;
* [[ヨーク競馬場]] （[[2005年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 歴代優勝馬 ===&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot; style=&amp;quot;background:#f9f9f9&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background:#f2f2f2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!回数!!施行日!!優勝馬!!性齢!!勝時計!!優勝騎手!!管理調教師!!馬主&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第1回||[[1840年]][[月日]]||Spangle||牝3||　||Cotton||W.Edwards||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第2回||[[1841年]]月日||Ghuznee||牝3||　||W.Scott||J.Scott||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第3回||[[1842年]]月日||Celia||牝3||　||S.Mann||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第4回||[[1843年]]月日||La Stimata||牝3||　||J.Chapple||R.Sherwood||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第5回||[[1844年]]月日||The Princess||牝3||　||E.Flatman||J.Scott||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第6回||[[1845年]]月日||Stitch||牝3||　||E.Flatman||T.Taylor||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第7回||[[1846年]]月日||Guaracha||牝3||　||J.Howlett||W.Smith||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第8回||[[1847年]]月日||Cosachia||牝3||　||W.Abdale||W.Harlock||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第9回||[[1848年]]月日||Distaffina||牝3||　||E.Flatman||T.Taylor||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第10回||[[1849年]]月日||Lady Evelyn||牝3||　||E.Flatman||T.Taylor||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第11回||[[1850年]]月日||（Unnamed）||牝3||　||F.Butler||R.Stephenson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第12回||[[1851年]]月日||Barcelona||牝3||　||E.Flatman||W.Dilly||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第13回||[[1852年]]月日||Iona||牝3||　||F.Butler||W.Beresford||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第14回||[[1853年]]月日||Catherine Hayes||牝3||　||C.Marlow||[[マシュー・ドーソン|M.Dawson]]||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第15回||[[1854年]]月日||Mishap||牝3||　||J.Marson||A.Taylor||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第16回||[[1855年]]月日||Alcyone||牝3||　||R.Pettit||W.Butler Jr.||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第17回||[[1856年]]月日||Victoria||牝3||　||J.Bartholomew||J.Scott||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第18回||[[1857年]]月日||Beechunut||牝3||　||G.Fordham||W.Harlock||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第19回||[[1858年]]月日||Sunbeam||牝3||　||R.Chilman||J.Bumby||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第20回||[[1859年]]月日||Cantine||牝3||　||L.Snowden||J.Prince||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第21回||[[1860年]]月日||Allington||牝3||　||J.Daley||J.Eskrett||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第22回||[[1861年]]月日||Queen of the Vale||牝3||　||J.Wells||J.Hayhoe||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第23回||[[1862年]]月日||Polynesia||牝3||　||H.Custance||T.Taylor||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第24回||[[1863年]]月日||Lady Augusta||牝3||　||A.Edwards||J.Dawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第25回||[[1864年]]月日||Breeze||牝3||　||J.Wells||J.Hayhoe||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第26回||[[1865年]]月日||Siberia||牝3||　||G.Fordham||J.Day||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第27回||[[1866年]]月日||Mother of Pearl||牝3||　||E.Payne||H.Sopp||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第28回||[[1867年]]月日||Achievement||牝3||　||T.Chaloner||J.Dover||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第29回||[[1868年]]月日||Athena||牝3||　||G.Fordham||J.Day||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第30回||[[1869年]]月日||Martinique||牝3||　||J.Snowden||C.Peck||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第31回||[[1870年]]月日||Sunshine||牝3||　||J.Grimshaw||J.Waugh||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第32回||[[1871年]]月日||Corisande||牝3||　||C.Maidment||J.Hayhoe||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第33回||[[1872年]]月日||Highland Lassie||牝3||　||T.Chaloner||A.Taylor||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第34回||[[1873年]]月日||Marie Stuart||牝3||　||T.Cannon||R.Peck||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第35回||[[1874年]]月日||Apology||牝3||　||J.Osborne Jr.||W.Osborne||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第36回||[[1875年]]月日||Maud Victoria||牝3||　||H.Constable||T.Leader||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第37回||[[1876年]]月日||Footstep||牝3||　||H.Constable||T.Wadlow||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第38回||[[1877年]]月日||Belphoebe||牝3||　||J.Goater||G.Bloss||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第39回||[[1878年]]月日||Redwing||牝3||　||[[フレッド・アーチャー|F.Archer]]||M.Dawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第40回||[[1879年]]月日||Lelia||牝3||　||A.Lemaire||J.Ryan||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第41回||[[1880年]]月日||L'Eclair||牝3||　||H.Luke||J.Dawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第42回||[[1881年]]月日||Mazurka||牝3||　||T.Cannon||W.Gilbert Jr.||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第43回||[[1882年]]月日||Rozle||牝3||　||A.Lemaire||J.Ryan||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第44回||[[1883年]]月日||Lovely||牝3||　||T.Cannon||J.Porter||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第45回||[[1884年]]月日||Sandiway||牝3||　||F.Archer||J.Porter||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第46回||[[1885年]]月日||St Helena||牝3||　||J.Watts||J.Enoch||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第47回||[[1886年]]月日||Argo Navis||牝3||　||C.Wood||C.Blanton||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第48回||[[1887年]]月日||Heloise||牝3||　||G.Barrett||A.Taylor||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第49回||[[1888年]]月日||Seabreeze||牝3||　||W.Robinson||J.Jewitt||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第50回||[[1889年]]月日||Seclusion||牝3||　||T.Loates||C.Golding||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第51回||[[1890年]]月日||Heresy||牝3||　||W.Robinson||J.Jewitt||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第52回||[[1891年]]月日||Cereza||牝3||　||J.Watts||J.Porter||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第53回||[[1892年]]月日||Lady Hermit||牝3||　||M.Cannon||R.Sherwood||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第54回||[[1893年]]月日||Silene||牝3||　||M.Cannon||J.Ryan||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第55回||[[1894年]]月日||Throstle||牝3||　||M.Cannon||J.Porter||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第56回||[[1895年]]月日||Butterfly||牝3||　||W.Bradford||T.Jennings Jr.||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第57回||[[1896年]]月日||Helm||牝3||　||M.Cannon||J.Porter||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第58回||[[1897年]]月日||Goletta||牝3||　||C.Cannon||A.Hayhoe||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第59回||[[1898年]]月日||Lowood||牝3||　||M.Cannon||J.Porter||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第60回||[[1899年]]月日||Fascination||牝3||　||O.Madden||R.Marsh||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第61回||[[1900年]]月日||Winfreda&amp;lt;BR&amp;gt;Sainte Nitouche||牝3||　||T.Weldon&amp;lt;BR&amp;gt;F.Rickaby||T.Jennings Jr.&amp;lt;BR&amp;gt;H.Enoch||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第62回||[[1901年]]月日||Bella Galliana||牝3||　||M.Cannon||W.Lane||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第63回||[[1902年]]月日||Doctrine||牝3||　||F.Rickaby||W.Halsey||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第64回||[[1903年]]月日||Oriole||牝3||　||O.Madden||D.Maher||E.Loder&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第65回||[[1904年]]6月日||[[プリティーポリー|Pretty Polly]]||牝3||1:49 0/5||L.Reiff||W.Lane||E.Loder&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第66回||[[1905年]]月日||Commune||牝3||　||M.Cannon||F.Hardy||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第67回||[[1906年]]月日||Keystone||牝3||　||F.W.Hardy||D.Maher||16th Earl of Derby&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第68回||[[1907年]]月日||Frugality||牝3||　||D.Maher||H.Jones||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第69回||[[1908年]]月日||Lesbia||牝3||　||W.Lanev||D.Maher||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第70回||[[1909年]]月日||Princesse de Galles||牝3||　||H.Jones||H.Jones||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第71回||[[1910年]]月日||Winkipop||牝3||　||H.Jones||W.T.Robinson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第72回||[[1911年]]月日||Knockfeerna||牝3||　||W.Higgs||W.Griggs||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第73回||[[1912年]]月日||Polkerris||牝3||　||W.griggs||F.Wootton||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第74回||[[1913年]]月日||Prue||牝3||　||H.Jones||D.Maher||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第75回||[[1914年]]月日||Wassilissa||牝3||　||D.Maher||S.Donoghue||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第76回||[[1919年]]月日||Flying Spear||牝3||　||F.Wootton||J.Childs||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第77回||[[1920年]]月日||Cinna||牝3||　||D.Maher||W.Griggs||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第78回||[[1921年]]月日||Donna Branca||牝3||　||D.Maher||F.bullock||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第79回||[[1922年]]月日||Pogrom||牝3||　||J.Clark||B.Carslake||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第80回||[[1923年]]月日||Paola||牝3||　||V.Smyth||R.Dawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第81回||[[1924年]]月日||Straitlace||牝3||　||C.Elliott||D.Waugh||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第82回||[[1925年]]月日||Saucy Sue||牝3||　||F.bullock||A.Taylor Jr.||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第83回||[[1926年]]月日||Moti Mahal||牝3||　||C.Smirke||R.Dawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第84回||[[1927年]]月日||Book Law||牝3||　||H.Jelliss||A.Taylor Jr.||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第85回||[[1928年]]月日||Toboggan||牝3||　||T.Weston||F.Butters||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第86回||[[1929年]]月日||Daumont||牝3||　||F.Fox||F.Darling||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第87回||[[1930年]]月日||Qurrat-al-Ain||牝3||　||M.Beary||R.Dawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第88回||[[1931年]]月日||Sunny Devon||牝3||　||R.Dick||J.Lawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第89回||[[1932年]]月日||Udaipur||牝3||　||M.Beary||F.Butters||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第90回||[[1933年]]月日||Betty||牝3||　||R.Dick||J.Lawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第91回||[[1934年]]月日||Foxcroft||牝3||　||J.Childs||C.Boyd-Rochfort||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第92回||[[1935年]]月日||Ankaret||牝3||　||F.Fox||F.Butters||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第93回||[[1936年]]月日||Traffic Light||牝3||　||R.Dick||J.Lawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第94回||[[1937年]]月日||Gainsborough Lass||牝3||　||E.Smith||J.Jarvis||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第95回||[[1938年]]月日||Solar Flower||牝3||　||[[ゴードン・リチャーズ|G.Richards]]||F.Butters||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第96回||[[1939年]]月日||Olein||牝3||　||T.Lowrey||B.Jarvis||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第97回||[[1946年]]月日||Neolight||牝3||　||G.Richards||F.Darling||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第98回||[[1947年]]月日||Saucy Sal||牝3||　||W.Johnstone||H.Blagrave||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第99回||[[1948年]]月日||Fortuity||牝3||　||E.Britt||M.Marsh||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第100回||[[1949年]]月日||Avila||牝3||　||M.Beary||C.Boyd-Rochfort||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第101回||[[1950年]]月日||Tambara||牝3||　||C.Smirke||M.Marsh||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第102回||[[1951年]]月日||Belle of All||牝3||　||G.Richards||N.Bertie||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第103回||[[1952年]]月日||Zabara||牝3||　||K.Gethin||V.Smyth||Sir M.McAlpine&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第104回||[[1953年]]月日||Happy Laughter||牝3||　||W.Rickaby||J.Jarvis||D.H.Wills&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第105回||[[1954年]]月日||Festoon||牝3||　||J.Mercer||N.Cannon||J.A.Dewar&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第106回||[[1955年]]6月日||Meld||牝3||　||W.Carr||C.Boyd-Rochfort||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第107回||[[1956年]]月日||Midget||牝3||　||W.Johnstone||A.Head||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第108回||[[1957年]]月日||Toro||牝3||　||J.Massard||A.Head||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第109回||[[1958年]]月日||St Lucia||牝3||　||G.Lewis||P.Hastings-Bass||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第110回||[[1959年]]月日||Rosalba||牝3||　||J.Mercer||N.Cannon||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第111回||[[1960年]]月日||Barbaresque||牝3||　||G.Moore||W.Clout||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第112回||[[1961年]]月日||Aiming High||牝3||　||[[レスター・ピゴット|L.Piggott]]||N.Murless||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第113回||[[1962年]]月日||Display||牝3||　||G.Bougoure||P.Prendergast||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第114回||[[1963年]]月日||Fiji||牝3||　||G.Starkey||J.Oxley||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第115回||[[1964年]]月日||Ocean||牝3||　||G.Starkey||J.Oxley||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第116回||[[1965年]]月日||Greengage||牝3||　||A.Breasley||G.Richards||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第117回||[[1966年]]月日||Haymaking||牝3||　||J.Mercer||R.J.Houghton||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第118回||[[1967年]]月日||Fleet||牝3||　||G.Moore||N.Murless||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第119回||[[1968年]]月日||Sovereign||牝3||　||R.Hutchinson||H.Wragg||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第120回||[[1969年]]月日||Lucyrowe||牝3||　||D.Keith||P.Walwyn||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第121回||[[1970年]]月日||Humble Duty||牝3||　||D.Keith||P.Walwyn||J. &amp;amp; Lady Ashcombe&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第122回||[[1971年]]月日||Magic Flute||牝3||　||G.Lewis||N.Murless||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第123回||[[1972年]][[6月8日]]||Calve||牝3||　||E.Hide||P.Prendergast||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第124回||[[1973年]]月日||Jacinth||牝3||　||J.Gorton||B.Hobbs||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第125回||[[1974年]][[6月19日]]||Lisadell||牝3||　||L.Piggott||[[ヴィンセント・オブライエン|M.V.O'Brien]]||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第126回||[[1975年]][[6月18日]]||Roussalka||牝3||　||L.Piggott||H.Cecil||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第127回||[[1976年]][[6月16日]]||Kesar Queen||牝3||　||Y.Saint-Martin||A.Breasley||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第128回||[[1977年]][[6月15日]]||Orchestration||牝3||1:45.87||P.J.Eddery||A.Maxwell||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第129回||[[1978年]][[6月21日]]||Sutton Place||牝3||1:43.59||W.Swinburn||D.Weld||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第130回||[[1979年]][[6月20日]]||One in a Million||牝3||1:42.18||J.Mercer||H.Cecil||Helena Springfield Limited&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第131回||[[1980年]]6月18日||Cairn Rouge||牝3||1:45.37||A.Murray||M.Cunningham||D.Brady&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第132回||[[1981年]][[6月17日]]||Tolmi||牝3||1:41.31||E.Hide||B.Hobbs||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第133回||[[1982年]]6月16日||Chalon||牝3||1:42.54||L.Piggott||H.Cecil||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第134回||[[1983年]]6月15日||Flame of Tara||牝3||1:42.16||D.Gillespie||J.Bolger||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第135回||[[1984年]]6月20日||Katies||牝3||1:40.89||P.Robinson||M.Ryan||T.Ramsden&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第136回||[[1985年]]6月19日||Al Bahathri||牝3||1:40.03||A.Murray||H.T.Jones||S.Hamdan bin Rashid al Maktoum&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第137回||[[1986年]]6月18日||Sonic Lady||牝3||1:41.70||W.R.Swinburn||[[マイケル・スタウト|M.Stoute]]||[[ムハンマド・ビン＝ラーシド・アール＝マクトゥーム|S.Mohammed]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第138回||[[1987年]]6月17日||Millimgram||牝3||1:44.68||W.R.Swinburn||M.Stoute||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第139回||[[1988年]]6月15日||Magic of Life||牝3||1:40.70||P.J.Eddery||A.J.Tree||S.S.Niarchos&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第140回||[[1989年]]6月21日||Golden Opinion||牝3||1:39.60||C.Asmussen||[[アンドレ・ファーブル|A.Fabre]]||S.Mohammed&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第141回||[[1990年]]6月20日||Chimes of Freedom||牝3||1:41.29||[[スティーブ・コーゼン|S.Cauthen]]||H.Cecil||S.S.Niarchos&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第142回||[[1991年]]6月19日||Kooyonga||牝3||1:42.54||W.O'Connor||M.Kauntze||M.Haga&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第143回||[[1992年]]6月17日||Marling||牝3||1:39.01||W.R.Swinburn||G.Wragg||Sir E.Loder&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第144回||[[1993年]]6月16日||Gold Splash||牝3||1:47.68||[[ジェラルド・モッセ|G.Mosse]]||C.Head||J.Wertheimer&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第145回||[[1994年]]6月15日||Kissing Cousin||牝3||1:39.96||[[マイケル・キネーン|M.Kinane]]||H.Cecil||S.Mohammed&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第146回||[[1995年]]6月21日||Ridgewood Pearl||牝3||1:38.58||J.Murtagh||J.Oxx||Mrs A.Coughlan&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第147回||[[1996年]]6月19日||Shake the Yoke||牝3||1:40.45||[[オリビエ・ペリエ|O.Peslier]]||[[エリー・ルルーシュ|E.Lellouche]]||S.Brunswick&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第148回||[[1997年]]6月18日||Rebecca Sharp||牝3||1:42.04||M.Hills||G.Wragg||A.E.Oppenheimer&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第149回||[[1998年]]6月20日||Exclusive||牝3||1:43.98||[[マイケル・ロバーツ (競馬)|M.Roberts]]||M.Stoute||Cheveley Park Stud&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第150回||[[1999年]]6月20日||Balisada||牝3||1:41.43||M.Kinane||G.Wragg||A.E.Oppenheimer&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第151回||[[2000年]][[6月23日]]||Crimplene||牝3||1:41.55||P.Robinson||C.Brittain||S.Marwan Al Maktoum&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第152回||[[2001年]][[6月22日]]||Banks Hill||牝3||1:39.61||O.Peslier||A.Fabre||K.Abdulla&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第153回||[[2002年]]6月21日||Sophisticat||牝3||1:41.59||M.Kinane||[[エイダン・オブライエン|A.P.O'Brien]]||M.Tabor &amp;amp; Mrs J.Magnier&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第154回||[[2003年]]6月20日||Russian Rhythm||牝3||1:38.51||[[キーレン・ファロン|K.Fallon]]||M.Stoute||Cheveley Park Stud&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第155回||[[2004年]]6月18日||Attraction||牝3||1:38.54||K.Darley||M.Johnston||Duke Of Roxburghe&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第156回||[[2005年]]6月17日||Maids Causeway||牝3||1:36.59||M.Hills||B.Hills||M.S.Schwartz&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第157回||[[2006年]]6月23日||Nannina||牝3||1:39.14||J.Fortune||J.Gosden||Cheveley Park Stud&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第158回||[[2007年]]6月22日||Indian Ink||牝3||1:42.26||R.Hughes||R.Hannon||R.Tooth&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[1000ギニー]]&lt;br /&gt;
* [[アイルランド1000ギニー]]&lt;br /&gt;
* [[プール・デッセ・デ・プーリッシュ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Keiba-stub}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ころねいしよんすていくす}}&lt;br /&gt;
[[Category:イギリスの競馬の競走]]&lt;br /&gt;
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		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

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		<title>セントジェームズパレスステークス</title>
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				<updated>2007-11-09T07:03:33Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''セントジェームズパレスステークス'''（''St. James's Palace Stakes''）とは[[イギリス]]・[[バークシャー州]]の[[アスコット競馬場]]で開催される芝8[[ハロン (単位)|ハロン]][[牡馬]]限定の[[競馬]]の[[競走]]である。グループ制では[[競馬の競走格付け|G1]]に類される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
例年[[6月]]に開催され各国の[[2000ギニー]]勝ち馬が集結し、事実上欧州の3歳[[マイル]]最強牡馬決定戦となっている。また、[[ロイヤルアスコットレースミーティング|ロイヤルアスコット]]開催の初日の主要競走としても位置付けられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
*[[1834年]] 創設。当時は「100ソヴリンスウィープステークス」というレース名で開催&lt;br /&gt;
*[[1836年]]、[[1837年]] 中止&lt;br /&gt;
*[[1915年]]-[[1918年]] [[第一次世界大戦]]の為中止&lt;br /&gt;
*[[1930年]] レース名が現在の「セントジェームズパレスステークス」となる&lt;br /&gt;
*[[1940年]]、[[1942年]]-[[1945年]] [[第二次世界大戦]]の為中止&lt;br /&gt;
*[[1941年]] この年のみ[[ニューマーケット競馬場]]で開催される&lt;br /&gt;
*[[1971年]] グループ制導入によりG2に格付けされる&lt;br /&gt;
*[[1988年]] 格付けがG1になる&lt;br /&gt;
*[[2005年]] アスコット競馬場の改修工事により[[ヨーク競馬場]]で開催される&lt;br /&gt;
=== 開催競馬場 ===&lt;br /&gt;
*アスコット競馬場 （1834年-[[1914年]]、[[1919年]]-[[1939年]]、[[1946年]]-[[2004年]]、[[2006年]]-現在）&lt;br /&gt;
*ニューマーケット競馬場 （1941年）&lt;br /&gt;
*ヨーク競馬場 （[[2005年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 歴代優勝馬 ===&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot; style=&amp;quot;background:#f9f9f9&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background:#f2f2f2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!回数!!施行日!!優勝馬!!性齢!!勝時計!!優勝騎手!!管理調教師!!馬主&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第1回||[[1834年]][[月日]]||Plenipotentiary||牡3||　||　||G.Payne||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第2回||[[1835年]]月日||Ascot||牡3||　||E.Flatman||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第3回||[[1838年]]月日||Boeotian||牡3||　||J.B.Day||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第4回||[[1839年]]月日||Euclid||牡3||　||P.Conolly||R.Pettit||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第5回||[[1840年]]月日||Scutari||牡3||　||S.Darling||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第6回||[[1841年]]月日||Satirist||牡3||　||W.Scott||J.Scott||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第7回||[[1842年]]月日||Misdeal||牡3||　||S.Rogers||J.Kent Jr.||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第8回||[[1843年]]月日||Ameer||牝3||　||S.Templeman||J.Scott||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第9回||[[1844年]]月日||Ionian||牡3||　||　||W.Cooper||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第10回||[[1845年]]月日||Idas||牡3||　||E.Flatman||R.Boyce Jr.||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第11回||[[1846年]]月日||The Free Lance||牡3||　||E.Flatman||T.Taylor||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第12回||[[1847年]]月日||Montpensier||牡3||　||S.Templeman||C.Peck||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第13回||[[1848年]]月日||Glendower||牡3||　||E.Flatman||W.Dilly||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第14回||[[1849年]]月日||Uriel||牡3||　||F.Butler||J.Scott||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第15回||[[1850年]]月日||Nutcracker||牡3||　||C.Marlow||W.Harlock||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第16回||[[1851年]]月日||The Ban||牡3||　||J.Marson||A.Taylor||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第17回||[[1852年]]月日||Daniel O'Rourke||牡3||　||F.Butler||J.Scott||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第18回||[[1853年]]月日||The Reiver||牡3||　||G.Whitehouse||[[マシュー・ドーソン|M.Dawson]]||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第19回||[[1854年]]月日||Baalbec||牡3||　||J.Bumby||J.Bumby||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第20回||[[1855年]]月日||Paletot||牡3||　||J.Bartholomew||J.Scott||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第21回||[[1856年]]月日||Pitapat||牡3||　||J.Bartholomew||W.Channel||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第22回||[[1857年]]月日||Anton||牡3||　||　||J.Day||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第23回||[[1858年]]月日||Fitz-Roland||牡3||　||J.Wells||G.Manning||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第24回||[[1859年]]月日||Cynricus||牡3||　||S.Rogers||I.Woolcot||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第25回||[[1860年]]月日||Tom Bowline||牡3||　||T.Aldcroft||T.Dawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第26回||[[1861年]]月日||Walloon||牡3||　||A.Edwards||J.Dawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第27回||[[1862年]]月日||Carisbrook||牡3||　||　||R.Boyce||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第28回||[[1863年]]月日||Gladstone||牡3||　||A.Edwards||M.Dawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第29回||[[1864年]]月日||The Beadle||牡3||　||H.Grimshaw||A.Taylor||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第30回||[[1865年]]月日||Lazaretto||牡3||　||　||J.Godding||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第31回||[[1866年]]月日||Staghound||牡3||　||T.Chaloner||A.Taylor||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第32回||[[1867年]]月日||Hermit||牡3||　||H.Custance||G.Bloss||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第33回||[[1868年]]月日||The Earl||牡3||　||G.Fordham||J.Day||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第34回||[[1869年]]月日||Dunbar||牡3||　||G.Fordham||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第35回||[[1870年]]月日||King Cole||牡3||　||J.Snowden||J.Coates||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第36回||[[1871年]]月日||Dalnacarnoch||牡3||　||T.Chaloner||A.Raylor||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第37回||[[1872年]]月日||Queen's Messenger||牡3||　||T.French||M.Dawson||6th Viscount of Falmouth&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第38回||[[1873年]]月日||Gang Forward||牡3||　||T.Chaloner||A.Taylor||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第39回||[[1874年]]月日||Leolinus||牡3||　||T.Osborne||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第40回||[[1875年]]月日||Bay of Naples||牡3||　||H.Constable||T.Leader||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第41回||[[1876年]]月日||Great Tom||牡3||　||[[フレッド・アーチャー|F.Archer]]||M.Dawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第42回||[[1877年]]月日||Covenanter||牡3||　||H.Custance||W.Goater||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第43回||[[1878年]]月日||Bonnie Scotland||牡3||　||H.Constable||J.Cannon||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第44回||[[1879年]]月日||Rayon d'Or||牡3||　||J.Goater||T.Jennings||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第45回||[[1880年]]6月日||[[ベンドア|Bend Or]]||牡3||　||G.Fordham||R.Peck||1st Duke of Westminster&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第46回||[[1881年]]月日||Iroquois||牡3||　||F.Archer||J.Pincus||P.Lorillard&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第47回||[[1882年]]月日||Battlefield||牡3||　||F.Archer||T.Wadlow||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第48回||[[1883年]]月日||Despair||牡3||　||F.Archer||W.Gilbert||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第49回||[[1884年]]月日||Cambusmore||牡3||　||F.Archer||J.Porter||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第50回||[[1885年]]月日||Sheraton||牡3||　||J.Osborne Jr.||T.Wadlow||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第51回||[[1886年]]6月日||[[オーモンド|Ormonde]]||牡3||　||T.Cannon||J.Porter||1st Duke of Westminster&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第52回||[[1887年]]月日||Florentine||牡3||　||S.Loates||J.Jewitt||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第53回||[[1888年]]月日||Ossory&amp;lt;BR&amp;gt;Galore||牡3||　||F.Webb&amp;lt;BR&amp;gt;J.Watts||J.Porter&amp;lt;BR&amp;gt;M.Dawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第54回||[[1889年]]月日||Pioneer||牡3||　||J.Watts||M.Gurry||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第55回||[[1890年]]月日||Janissary||牡3||　||T.Loates||W.Gray||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第56回||[[1891年]]6月日||Common||牡3||　||G.Barrett||J.Porter||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第57回||[[1892年]]月日||St.Angelo||牡3||　||F.Webb||J.Day||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第58回||[[1893年]]月日||Phocion||牡3||　||M.Cnon||J.Dawson Jr.||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第59回||[[1894年]]月日||Florizel||牡3||　||T.Loates||R.Marsh||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第60回||[[1895年]]月日||Troon||牡3||　||G.Chaloner||G.Dawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第61回||[[1896年]]月日||His Reverence||牡3||　||T.Loates||G.Dawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第62回||[[1897年]]月日||Vesuvian||牡3||　||M.Cannon||J.Porter||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第63回||[[1898年]]月日||Cap Martin||牡3||　||F.Rickaby||H.Enoch||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第64回||[[1899年]]月日||Millennium||牡3||　||O.Madden||R.Marsh||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第65回||[[1900年]]月日||Bonarosa||牡3||　||L.Reiff||F.W.Day||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第66回||[[1901年]]月日||Lauzun||牡3||　||M.Cannon||R.Marsh||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第67回||[[1902年]]6月日||[[セプター|Sceptre]]||牝3||　||F.W.Hardy||R.S.Sievier||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第68回||[[1903年]]月日||[[ロックサンド|Rock Sand]]||牡3||　||D.Maher||G.Blackwell||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第69回||[[1904年]]月日||Challenger||牡3||　||W.Lanev||S.Darling||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第70回||[[1905年]]月日||Cherry Lass||牝3||　||H.Jones||W.T.Robinson||W.H.Walker&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第71回||[[1906年]]月日||Black Arrow||牡3||　||B.Lynham||W.T.Robinson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第72回||[[1907年]]月日||Slieve Gallion||牡3||　||W.Higgs||S.Darling||H.Greer&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第73回||[[1908年]]月日||Your Majesty||牡3||　||W.griggs||C.Morton||J.B.Joel&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第74回||[[1909年]]6月日||Minoru||牡3||　||H.Jones||R.Marsh||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第75回||[[1910年]]月日||Lemberg||牡3||　||D.Maher||A.Taylor Jr.||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第76回||[[1911年]]月日||Stedfast||牡3||　||F.Wootton||G.Lambton||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第77回||[[1912年]]月日||Tracery||牡3||　||D.Maher||J.Watson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第78回||[[1913年]]月日||Roseworthy||牡3||　||D.Maher||H.S.Persse||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第79回||[[1914年]]月日||Carrickfergus||牡3||　||J.Clark||W.T.Robinson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第80回||[[1919年]]月日||Grand Parade||牡3||　||A.Smith||F.Barling||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第81回||[[1920年]]月日||Allenby||牡3||　||F.Slade||P.Linton||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第82回||[[1921年]]月日||Craig an Eran||牡3||　||F.Bullock||A.Taylor Jr.||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第83回||[[1922年]]月日||Captain Cuttle||牡3||　||S.Donoghue||F.Darling||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第84回||[[1923年]]月日||Ellangowan||牡3||　||C.Elliott||J.Jarvis||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第85回||[[1924年]]月日||Tom Pinch||牡3||　||G.Archibald||F.Darling||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第86回||[[1925年]]月日||Zambo||牡3||　||B.Carslake||R.C.Dawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第87回||[[1926年]]月日||Coronach||牡3||　||J.Childs||F.Darling||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第88回||[[1927年]]月日||Kincardine||牡3||　||H.Beasley||H.S.Persse||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第89回||[[1928年]]月日||Royal Minstrel||牡3||　||J.Childs||C.Boyd-Rochfort||J.H.Whitney&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第90回||[[1929年]]月日||Mr.Jinks||牡3||　||H.Beasley||H.S.Persse||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第91回||[[1930年]]月日||Christopher Robin||牡3||　||P.Beasley||V.Gilpin||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第92回||[[1931年]]月日||Cameronian||牡3||　||F.Fox||F.Darling||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第93回||[[1932年]]月日||Andrea||牡3||　||T.Weston||P.Whitaker||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第94回||[[1933年]]月日||Canon Law||牡3||　||R.Dick||J.Lawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第95回||[[1934年]]月日||Flamenco||牡3||　||H.Wragg||J.Jarvis||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第96回||[[1935年]]6月日||[[バーラム|Bahram]]||牡3||　||F.Fox||F.Butters||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第97回||[[1936年]]月日||Rhodes Scholar||牡3||　||R.Dick||J.Lawson||2nd Viscount of Astor&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第98回||[[1937年]]月日||Goya||牡3||　||C.Elliott||G.Lambton||M.Boussac&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第99回||[[1938年]]月日||Scottish Union||牡3||　||B.Carslake||N.Cannon||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第100回||[[1939年]]月日||Admiral's Walk||牡3||　||E.Smith||J.Jarvis||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第101回||[[1941年]]月日||Orthodox||牡3||　||D.Smith||N.Cannon||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第102回||[[1946年]]月日||Khaled||牡3||　||[[ゴードン・リチャーズ|G.Richards]]||F.Butters||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第103回||[[1947年]]6月日||[[テューダーミンストレル|Tudor Minstrel]]||牡3||　||G.Richards||F.Darling||J.A.Dewar&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第104回||[[1948年]]月日||Balck Tarquin||牡3||　||E.Britt||C.Boyd-Rochfort||W.Woodward&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第105回||[[1949年]]月日||Faux Tirage||牡3||　||G.Richards||N.Murless||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第106回||[[1950年]]月日||Palestine||牡3||　||C.Smirke||M.Marsh||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第107回||[[1951年]]月日||Turco||牡3||　||W.H.Carr||C.Boyd-Rochfort||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第108回||[[1952年]]月日||King's Bench||牡3||　||G.Richards||N.Murless||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第109回||[[1953年]]月日||Nearula||牡3||　||E.Britt||C.Elsey||W.Humble&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第110回||[[1954年]]6月日||Darius||牡3||　||E.Mercer||H.Wragg||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第111回||[[1955年]]月日||Tamerlane||牡3||　||A.Breasley||N.Bertie||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第112回||[[1956年]]月日||Pirate King||牡3||　||D.Smith||H.Cottrill||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第113回||[[1957年]]月日||Chevastrid||牡3||　||J.Eddery||S.McGrath||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第114回||[[1958年]]月日||Major Portion||牡3||　||E.Smith||T.E.Leader||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第115回||[[1959年]]月日||Above Suspicion||牡3||　||W.H.Carr||C.Boyd-Rochfort||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第116回||[[1960年]]月日||Venture||牡3||　||G.Moore||A.Head||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第117回||[[1961年]]月日||Tudor Treasure||牡3||　||D.Smith||J.F.Watts||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第118回||[[1962年]]月日||Court Sentence||牡3||　||E.Smith||T.E.Leader||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第119回||[[1963年]]月日||Crocket||牡3||　||D.Smith||G.Brooke||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第120回||[[1964年]]月日||Roan Rocket||牡3||　||[[レスター・ピゴット|L.Piggott]]||G.Todd||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第121回||[[1965年]]月日||Silly Season||牡3||　||G.Lewis||I.Balding||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第122回||[[1966年]]月日||Track Spare||牡3||　||J.Lindley||R.Mason||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第123回||[[1967年]]月日||Reform||牡3||　||A.Breasley||G.Richards||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第124回||[[1968年]]6月日||Petingo||牡3||　||L.Piggott||F.Armstrong||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第125回||[[1969年]]月日||Right Tack||牡3||　||G.Lewis||J.Sutcliffe Jr.||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第126回||[[1970年]]月日||Saintly Song||牡3||　||A.Barclay||N.Murless||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第127回||[[1971年]][[6月15日]]||[[ブリガディアジェラード|Brigadier Gerard]]||牡3||　||J.Mercer||W.R.Hern||Mrs J.L.Hislop&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第128回||[[1972年]]月日||Sun Prince||牡3||　||J.Lindley||W.R.Hern||Sir M.Sobell&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第129回||[[1973年]]月日||Thatch||牡3||　||L.Piggott||[[ヴィンセント・オブライエン|M.V.O'Brien]]||J.C.Mulcahy&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第130回||[[1974年]][[6月18日]]||Averof||牡3||　||B.Taylor||C.E.Brittain||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第131回||[[1975年]][[6月17日]]||Bolkonski||牡3||　||G.Dettori||H.Cecil||C.D'Alessio&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第132回||[[1976年]]6月15日||Radetzky||牡3||　||P.J.Eddery||C.E.Brittain||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第133回||[[1977年]][[6月14日]]||Don||牡3||1:46.67||E.Hide||W.Elsey||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第134回||[[1978年]][[6月20日]]||Jaazeiro||牡3||1:40.81||L.Piggott||M.V.O'Brien||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第135回||[[1979年]][[6月19日]]||Kris||牡3||1:41.74||J.Mercer||J.Dunlop||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第136回||[[1980年]]6月17日||Posse||牡3||1:41.63||P.J.Eddery||G.Harwood||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第137回||[[1981年]][[6月16日]]||To-Agoli-Mou||牡3||1:39.90||G.Starkey||L.Browne||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第138回||[[1982年]]6月15日||Dara Monarch||牡3||1:41.09||[[マイケル・キネーン|M.Kinane]]||M.McCormack||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第139回||[[1983年]]6月14日||Horage||牡3||1:40.08||S.Cauthen||R.Sheather||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第140回||[[1984年]]6月19日||Chief Singer||牡3||1:38.90||R.Cochrane||R.Sheather||J.Smith&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第141回||[[1985年]]6月18日||Bairn||牡3||1:41.05||L.Piggott||L.Cumani||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第142回||[[1986年]]6月17日||Sure Blade||牡3||1:41.50||B.Thomson||B.Hills||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第143回||[[1987年]]6月16日||Half a Year||牡3||1:43.42||R.Cochrane||L.Cumani||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第144回||[[1988年]]6月14日||Persian Heights||牡3||1:39.57||P.J.Eddery||G.Huffer||His Highness Prince Y.Saud&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第145回||[[1989年]]6月20日||Shaadi||牡3||1:39.33||W.R.Swinburn||[[マイケル・スタウト|M.Stoute]]||[[ムハンマド・ビン＝ラーシド・アール＝マクトゥーム|S.Mohammed]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第146回||[[1990年]]6月19日||Shavian||牡3||1:41.52||S.Cauthen||H.Cecil||Exors Of The Late Lord H.De Walden&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第147回||[[1991年]]6月18日||Marju||牡3||1:41.97||W.Carson||J.Dunlop||H.Al Maktoum&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第148回||[[1992年]]6月16日||Brief Truce||牡3||1:39.32||M.Kinane||D.Weld||Moyglare Stud Farm&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第149回||[[1993年]]6月15日||[[キングマンボ|Kingmambo]]||牡3||1:44.05||C.Asmussen||F.Boutin||S.S.Niarchos&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第150回||[[1994年]]6月14日||Grand Lodge||牡3||1:38.83||M.Kinane||W.Jarvis||Exors Of The Late Lord H.De Walden&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第151回||[[1995年]]6月20日||Bahri||牡3||1:40.15||W.Carson||J.Dunlop||H.Al Maktoum&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第152回||[[1996年]]6月18日||Bijou d'Inde||牡3||1:39.70||J.Weaver||M.Jonston||J.S.Morrison&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第153回||[[1997年]]6月17日||Starborough||牡3||1:39.18||[[ランフランコ・デットーリ|L.Dettori]]||D.Loder||S.Mohammed&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第154回||[[1998年]]6月14日||Dr.Fong||牡3||1:41.33||[[キーレン・ファロン|K.Fallon]]||H.Cecil||The Thoroughbred Corporation&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第155回||[[1999年]]6月25日||[[センダワール|Sendawar]]||牡3||1:39.99||[[ジェラルド・モッセ|G.Mosse]]||A.de Royer-Dupre||[[アーガー・ハーン4世|His Highness Aga Khan]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第156回||[[2000年]]6月20日||[[ジャイアンツコーズウェイ|Giant's Causeway]]||牡3||1:42.61||M.Kinane||[[エイダン・オブライエン|A.P.O'Brien]]||Mrs J.Magnier &amp;amp; M.Tabor&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第157回||[[2001年]]6月19日||Black Minnaloushe||牡3||1:41.37||J.Murtagh||A.P.O'Brien||Mrs J.Magnier &amp;amp; M.Tabor&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第158回||[[2002年]]6月18日||[[ロックオブジブラルタル|Rock of Gibraltar]]||牡3||1:40.91||M.Kinane||A.P.O'Brien||Sir A.Ferguson &amp;amp; Mrs J.Magnier&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第159回||[[2003年]]6月17日||Zafeen||牡3||1:39.91||D.Holland||[[ミック・シャノン|M.Chanon]]||J.Abdullah&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第160回||[[2004年]]6月15日||Azamour||牡3||1:39.92||M.Kinane||J.Oxx||His Highness Aga Khan&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第161回||[[2005年]]6月14日||[[シャマルダル|Shamardal]]||牡3||1:37.18||K.McEvoy||[[サイード・ビン・スルール|S.bin Suroor]]||[[ゴドルフィン|Godolphin]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第162回||[[2006年]]6月20日||Araafa||牡3||1:39.59||A.Munro||J.Noseda||S.Al Homaizi &amp;amp; I.Al Sagar&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第163回||[[2007年]]6月19日||Excellent Art||牡3||1:39.33||J.Spencer||A.P.O'Brien||Mrs J.Magnier&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[2000ギニー]]&lt;br /&gt;
*[[プール・デッセ・デ・プーラン]]&lt;br /&gt;
*[[アイリッシュ2000ギニー]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Keiba-stub}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:せんとしえむすはれすすてくす}}&lt;br /&gt;
[[Category:イギリスの競馬の競走]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0; background-color:#f6f6f6; border:1px solid #ccc; padding:3px; font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
このページは[http://ja.wikipedia.org/wiki/ Wikipedia日本語版]由来のコンテンツを利用しています。もとの記事は[http://ja.wikipedia.org/wiki/セントジェームズパレスステークス '''セントジェームズパレスステークス''']にあります。執筆者のリストは[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=セントジェームズパレスステークス&amp;amp;action=history '''履歴''']をご覧ください。[[Yourpedia]]と同じく[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia Wikipedia]は[http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html GFDLのライセンス]で提供されています。コンテンツを再利用する際には同じくGFDLのライセンスを採用してください。&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
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		<title>ゴールドカップ</title>
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				<updated>2007-11-09T06:44:44Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Otheruses|[[競馬]]の[[競馬の競走|競走]]|[[サッカー]]の大会|CONCACAFゴールドカップ}}&lt;br /&gt;
[[Image:The Ascot Gold Cup 1834 James Pollard.jpg|thumb|right|225px|1834年ゴールドカップ（勝ち馬Glaucus）by James Pollard]]&lt;br /&gt;
'''ゴールドカップ'''（''Gold Cup''）とは[[イギリス王室]]とBHB（イギリス競馬公社）が6月に[[アスコット競馬場]]の芝20[[ハロン (単位)|ハロン]]で施行する[[競馬]]の[[競馬の競走格付け|G1]][[競馬の競走|競走]]である。様々な競技の国内や世界中のゴールドカップ（[[金杯]]）が認知されている為、開催競馬場の名前から取り'''アスコットゴールドカップ'''（''Ascot Gold Cup''）と呼ぶ事もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
* 距離　芝20ハロン（約4023[[メートル|m]]）&lt;br /&gt;
* 開催地　アスコット競馬場（イギリス）&lt;br /&gt;
* 格付け　G1（グループ1）&lt;br /&gt;
* 条件　4歳以上　4歳馬 126ポンド（57.2kg）、5歳以上馬 128lbs（58.1kg）　牝馬は3ポンド減 （1.4kg）&lt;br /&gt;
* 1着賞金　135,000[[UKポンド|ポンド]]（約2560万円）&lt;br /&gt;
* 開催時期　6月2週日曜&lt;br /&gt;
* 創設年　[[1807年]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
イギリス王室が開催する[[ロイヤルアスコットレースミーティング]]3日目のメイン競走であり創設年は1807年に遡る。20ハロンというとてつもなく長い距離で行われ、グレード/グループ制で格付けされている平地競走としてはフランスの[[カドラン賞]]（4000m）を上回り世界で最も長い距離を誇る。また日本の[[帝室御賞典]]（のちの[[天皇賞]]）がモデルにした[[競走]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[グッドウッドカップ]]（G2、16ハロン）、[[ドンカスターカップ]]（G2、18ハロン）とともにカップ[[三冠 (競馬)|三冠]]（長距離三冠）を形成しているが3[[競走]]とも長距離競走である為、現在この三冠の権威は著しく低いものである。ただ、ゴールドカップは競走のレベルは低くとも歴史と権威だけはあり、賞金も135,000ポンドとこの距離においては高く設定されているため中距離G1馬が稀に出走してくることもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
* [[1807年]] 創立&lt;br /&gt;
* [[1845年]] [[ニコライ1世 (ロシア皇帝)|ニコライ1世]]が観覧、以後1853年までエンペラーズプレート（大ロシア皇帝陛下プレート）として施行。&lt;br /&gt;
* [[1915年|1915]] - [[1916年|16年]] [[第一次世界大戦]]により中止。&lt;br /&gt;
* [[1917年]] [[ニューマーケット競馬場]]で代替開催。ニューマーケットゴールドカップ（ウォータイムゴールドカップ）、18ハロン（3621m）。&lt;br /&gt;
* [[1940年]] [[第二次世界大戦]]により中止。&lt;br /&gt;
* [[1941年|1941]] - [[1945年|44年]] ニューマーケット競馬場で代替開催。18ハロン（3621m）。&lt;br /&gt;
* [[1951年]] [[キングジョージ6世&amp;amp;クイーンエリザベスステークス]]が創設される。&lt;br /&gt;
* [[1955年]] 時計表示を1/5秒表示から1/100秒表示に変更。&lt;br /&gt;
* [[1964年]] 中止。&lt;br /&gt;
* [[1971年]] グループ制導入、G1に格付けされる。&lt;br /&gt;
* [[2005年]] アスコット競馬場改装のため[[ヨーク競馬場]]で施行。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
創設年は1807年であり現在イギリスで行われている競走の中でもかなり古い。古くは古馬最高峰のレースとされ、実際歴代の勝ち馬には[[セントサイモン]]や[[グラディアトゥール]]などの名馬が並んでいる。しかしスピード化が進む近代競馬の情勢によって芝20ハロン（約4023メートル）という長距離が嫌われて、近年レースの権威も出走馬のレベル共に低下が激しい。1951年には同じアスコット競馬場でキングジョージ6世&amp;amp;クイーンエリザベスステークスが行われることになり完全に古馬の目標レースとしての役割を終えた。&lt;br /&gt;
=== 歴代優勝馬 ===&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot; style=&amp;quot;background:#f9f9f9&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background:#f2f2f2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!回数!!施行日!!優勝馬!!性齢!!勝時計!!優勝騎手!!管理調教師!!馬主&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第1回||[[1807年]][[月日]]||Master Jackey||牡3||　||　||R.Prince||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第2回||[[1808年]]月日||Brighton||牡4||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第3回||[[1809年]]月日||Anderida||牝4||　||　||R.Robson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第4回||[[1810年]]月日||Loiterer||牡4||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第5回||[[1811年]]月日||Jannette||牝4||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第6回||[[1812年]]月日||Flash||牡3||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第7回||[[1813年]]月日||Lutzen||牡4||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第8回||[[1814年]]月日||Pranks||牝5||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第9回||[[1815年]]月日||Aladdin||牡5||　||　||W.Butler||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第10回||[[1816年]]月日||Anticipation||牡4||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第11回||[[1817年]]月日||Sir Richard||牡4||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第12回||[[1818年]]月日||Belville||牡7||　||　||W.Chifney||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第13回||[[1819年]]月日||Anticipation||牡7||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第14回||[[1820年]]月日||Champignon||牡4||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第15回||[[1821年]]月日||Banker||牡5||　||　||W.Butler||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第16回||[[1822年]]月日||Sir Huldibrand||牡4||　||　||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第17回||[[1823年]]月日||Marcellus||牡4||　||W.Wheatley||W.Chifney||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第18回||[[1824年]]月日||Bizarre||牡4||　||W.Arnull||W.D.Boyce||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第19回||[[1825年]]月日||Bizarre||牡5||　||W.Arnull||W.D.Boyce||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第20回||[[1826年]]月日||Iderim||牡4||　||G.Dockeray||R.Stephenson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第21回||[[1827年]]月日||Memnon||牡5||　||S.Chifney Jr.||W.Chifney||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第22回||[[1828年]]月日||Bobadilla||牝3||　||T.Lye||R.Pettit||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第23回||[[1829年]]月日||Zinganee||牡4||　||S.Chifney Jr.||W.Chifney||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第24回||[[1830年]]月日||Lucetta||牝4||　||J.Robinson||H.Scott||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第25回||[[1831年]]月日||Cetus||牡4||　||J.Robinson||H.Scott||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第26回||[[1832年]]月日||Camarine||牡4||　||J.Robinson||H.Scott||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第27回||[[1833年]]月日||Galata||牡4||　||W.Arnull||C.Marson||Lord Exeter&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第28回||[[1834年]]月日||Glaucus||牡4||　||W.Scott||J.Scott||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第29回||[[1835年]]月日||[[グレンコー|Glencoe]]||牡4||　||J.Robinson||J.Edwards||5th Earl of Jersey&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第30回||[[1836年]]月日||[[タッチストン|Touchstone]]||牡5||　||J.B.Day||J.Scott||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第31回||[[1837年]]月日||Touchstone||牡6||　||W.Scott||J.Scott||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第32回||[[1838年]]月日||Grey Momus||牡3||　||W.Day||J.B.Day||Lord G.Bentinck&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第33回||[[1839年]]月日||Caravan||牡5||　||J.Robinson||I.Day||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第34回||[[1840年]]月日||St.Francis||牡5||　||S.Chifney Jr.||R.Pettit||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第35回||[[1841年]]月日||Lanercost||牡6||　||W.Noble||W.l'Anson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第36回||[[1842年]]月日||[[ビーズウイング|Beeswing]]||牝9||　||D.Cartwright||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第37回||[[1843年]]月日||Ralph||牡5||　||J.Robinson||W.Edwards||4th Earl of Albemarle&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第38回||[[1844年]]月日||The Emperor||牡3||　||G.Whitehouse||W.Edwards||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第39回||[[1845年]]月日||The Emperor||牡4||　||G.Whitehouse||W.Edwards||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第40回||[[1846年]]月日||Alarm||牡4||　||E.Flatman||M.Dilly||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第41回||[[1847年]]月日||The Hero||牡4||　||A.Day||J.B.Day||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第42回||[[1848年]]月日||The Hero||牡5||　||A.Day||J.B.Day||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第43回||[[1849年]]月日||Van Tromp||牡5||　||C.Marlow||J.Fobert||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第44回||[[1850年]][[6月13日]]||[[ザフライングダッチマン|The Flying Dutchman]]||牡4||　||C.Marlow||J.Fobert||Earl of Eglinton&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第45回||[[1851年]]月日||Woolwich||牡5||　||J.Marson||J.Scott||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第46回||[[1852年]]月日||Joe Miller||牡3||　||G.Mann||W.Day||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第47回||[[1853年]]月日||Teddington||牡4||　||J.Marson||A.Taylor||Sir J.Hawley&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第48回||[[1854年]]6月日||[[ウエストオーストラリアン|West Australian]]||牡4||　||A.Day||J.Scott||J.Bowes&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第49回||[[1855年]]月日||Fandango||牡3||　||T.Ashmall||G.Abdale||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第50回||[[1856年]]月日||Winkfield||牡5||　||J.Bartholomew||S.Death||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第51回||[[1857年]]月日||Skirmisher||牡3||　||J.Charlton||G.Abdale||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第52回||[[1858年]]月日||Fisherman||牡5||　||J.Wells||T.Parr||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第53回||[[1859年]]月日||Fisherman||牡6||　||W.Cresswell||T.Parr||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第54回||[[1860年]]月日||Rupee||牝3||　||H.Grimshaw||J.Dawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第55回||[[1861年]]月日||Thormanby||牡4||　||H.Custance||[[マシュー・ドーソン|M.Dawson]]||J.Merry&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第56回||[[1862年]]月日||Asteroid||牡4||　||J.Wells||G.Manning||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第57回||[[1863年]]月日||Buckstone||牡4||　||A.Edwards||M.Dawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第58回||[[1864年]]月日||The Scottish Chief||牡3||　||H.Covey||M.Dawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第59回||[[1865年]]月日||Ely||牡4||　||H.Custance||T.Olliver||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第60回||[[1866年]][[5月31日]]||[[グラディアトゥール|Gladiateur]]||牡4||　||H.Grimshaw||T.Jennings||Count F.de Lagrange&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第61回||[[1867年]]月日||Lecturer||牡4||　||G.Fordham||J.Day||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第62回||[[1868年]]月日||Blue Gown||牡3||　||T.Cannon||J.Porter||Sir J.Hawley&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第63回||[[1869年]]月日||Brigantine||牡4||　||F.Butler||W.Day||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第64回||[[1870年]]月日||Sabinus||牡3||　||R.Rowell||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第65回||[[1871年]]月日||Mortemer||牡6||　||G.Fordham||T.Jennings||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第66回||[[1872年]]月日||Henry||牡4||　||G.Fordham||T.Jennings||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第67回||[[1873年]]月日||Cremorne||牡4||　||C.Maidment||W.Gilbert||H.Savile&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第68回||[[1874年]]月日||Boiard||牡4||　||Carver||　||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第69回||[[1875年]]月日||[[ドンカスター (競走馬)|Doncaster]]||牡4||　||G.Fordham||R.Peck||J.Merry&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第70回||[[1876年]]月日||Apology||牡5||　||J.Osborne Jr.||W.Osborne||J.King&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第71回||[[1877年]]月日||Petrarch||牡4||　||T.Cannon||J.Cannon||Lord Dupplin&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第72回||[[1878年]]月日||Verneuil||牡4||　||J.Goater||T.Jennings||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第73回||[[1879年]]月日||[[アイソミー|Isonomy]]||牡4||　||T.Cannon||J.Porter||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第74回||[[1880年]]月日||Isonomy||牡5||　||T.Cannon||J.Porter||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第75回||[[1881年]]月日||Robert the Devil||牡4||　||T.Cannon||C.Blanton||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第76回||[[1882年]]月日||Foxhall||牡6||　||T.Cannon||W.Day||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第77回||[[1883年]]月日||Tristan||牡5||　||G.Fordham||T.Jennings Jr.||L.Stuart &amp;amp; Co&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第78回||[[1884年]][[6月12日]]||[[セントサイモン|St.Simon]]||牡3||　||C.Wood||M.Dawson||Duke of Portland&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第79回||[[1885年]]月日||St.Gatien||牡4||　||C.Wood||J.Waugh||J.Hammond&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第80回||[[1886年]]月日||Althorp||牡4||　||T.Cannon||J.Porter||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第81回||[[1887年]]月日||Bird of Freedom||牡5||　||W.Warne||J.Ryan||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第82回||[[1888年]]月日||Timothy||牡4||　||W.T.Robinson||J.Jewitt||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第83回||[[1889年]]月日||Trayles||牡4||　||W.T.Robinson||J.Jewitt||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第84回||[[1890年]]月日||Gold||牡4||　||F.Webb||T.Jennings||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第85回||[[1891年]]月日||Morion||牡4||　||J.Watts||R.Marsh||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第86回||[[1892年]]月日||Buccaneer||牡4||　||G.Barrett||S.Pickering||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第87回||[[1893年]]月日||Marcion||牡3||　||S.Chandley||W.Matthews||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第88回||[[1894年]]月日||[[ラフレッシュ|La Fleche]]||牝5||　||J.Watts||R.Marsh||Baron de Hirsch&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第89回||[[1895年]]6月日||[[アイシングラス|Isinglass]]||牡5||　||T.Loates||J.Jewitt||H.L.B.McCalmont&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第90回||[[1896年]]月日||Love Wisely||牡3||　||S.Loates||A.Taylor Jr.||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第91回||[[1897年]]6月日||[[パーシモン|Persimmon]]||牡4||　||J.Watts||R.Marsh||[[エドワード7世 (イギリス王)|His Majesty King Edward VII]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第92回||[[1898年]]月日||Elf||牡5||　||E.Warkins||R.Count||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第93回||[[1899年]]月日||[[シリーン|Cyllene]]||牡4||　||S.Loates||W.A.Jarvis||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第94回||[[1900年]]月日||Merman||牡8||　||J.F.Sloan||W.T.Robinson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第95回||[[1901年]]月日||Santoi||牡4||　||F.Rickaby||F.Davis||G.Edwards&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第96回||[[1902年]]月日||[[ウィリアムザサード|William the Third]]||牡4||　||M.Cannon||J.Porter||6th Duke of Portland&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第97回||[[1903年]]月日||Maximum||牡4||　||A.Mclntyre||R.Count||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第98回||[[1904年]]月日||Thorowaway||牡5||　||W.lane||H.Braime||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第99回||[[1905年]]月日||Zinfandel||牡5||　||M.Cannon||C.Beatty||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第100回||[[1906年]]月日||Bachelor's Button||牡7||4:23 1/5||D.Maher||C.Peck||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第101回||[[1907年]]月日||The White Knight||牡4||　||W.Halsey||H.Sadler||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第102回||[[1908年]]月日||The White Knight||牡5||　||W.Halsey||H.Sadler||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第103回||[[1909年]]月日||Bomba||牡3||　||F.Fox||F.Pratt||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第104回||[[1910年]]6月日||[[バヤルド|Bayardo]]||牡4||　||D.Maher||A.Taylor Jr.||A.W.Cox&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第105回||[[1911年]]月日||Willonyx||牡4||　||W.Higgs||S.Darling||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第106回||[[1912年]]月日||Prince Palatine||牡4||4:22 3/5||F.O'Neill||H.Beardsley||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第107回||[[1913年]]月日||Prince Palatine||牡5||　||W.Saxby||H.Beardsley||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第108回||[[1914年]]月日||Aleppo||牡5||　||F.Fox||A.Taylor Jr.||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第109回||[[1917年]]月日||[[ゲイクルセダー|Gay Crusader]]||牡3||　||S.Donoghue||A.Taylor Jr.||A.W.Cox&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第110回||[[1918年]][[6月18日]]||[[ゲインズバラ (競走馬)|Gainsborough]]||牡3||　||J.Childs||A.Taylor Jr.||Lady J.Douglas&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第111回||[[1919年]]月日||By Jingo||牡5||　||G.Hulme||J.Rhodes||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第112回||[[1920年]]月日||Tangiers||牡4||　||G.Hulme||R.C.Dawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第113回||[[1921年]]月日||Periosteum||牡4||　||F.Bullock||B.Jarvis||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第114回||[[1922年]]月日||Golden Myth||牡4||　||C.Elliott||J.Jarvis||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第115回||[[1923年]]月日||Happy Man||牡7||　||V.Smyth||T.Hogg||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第116回||[[1924年]]月日||Massine||牡4||　||A.Sharpe||E.Cunnington||H.Ternynck&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第117回||[[1925年]]月日||Santorb||牡4||　||S.Donoghue||J.Rhodes||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第118回||[[1926年]]月日||Solario||牡4||　||J.Childs||R.Day||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第119回||[[1927年]]月日||Foxlaw||牡5||　||B.Carslake||R.Day||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第120回||[[1928年]]月日||Invershin||牡6||　||B.Carslake||C.Doyle||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第121回||[[1929年]]月日||Invershin||牡7||　||R.Perryman||G.Digby||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第122回||[[1930年]]月日||Bosworth||牡4||　||T.Weston||F.Butters||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第123回||[[1931年]]月日||Trimdon||牡5||　||J.Childs||J.Lawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第124回||[[1932年]]月日||Trimdon||牡6||　||J.Childs||J.Lawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第125回||[[1933年]]月日||Foxhunter||牡4||　||H.Wragg||J.Jarvis||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第126回||[[1934年]]月日||Felicitation||牡4||　||[[ゴードン・リチャーズ|G.Richards]]||F.Butters||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第127回||[[1935年]]月日||Tiberius||牡4||　||T.Weston||J.Lawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第128回||[[1936年]][[6月18日]]||Quashed||牝4||　||R.Perryman||C.Leader||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第129回||[[1937年]]月日||[[プリシピテイション|Precipitation]]||牡4||　||P.Beasley||C.Boyd-Rochfort||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第130回||[[1938年]]月日||Flares||牡5||　||R.A.Jones||C.Boyd-Rochfort||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第131回||[[1939年]]月日||Flyon||牡4||　||E.Smith||J.Jarvis||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第132回||[[1941年]]月日||Finis||牡6||　||H.Wragg||O.Bell||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第133回||[[1942年]]6月日||[[オーエンテューダー|Owen Tudor]]||牡4||　||G.Richards||F.Darling||R.N.Macdonald-Buchanan&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第134回||[[1943年]]月日||Ujiji||牡4||　||G.Richards||J.Lawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第135回||[[1944年]]月日||Umiddad||牡4||　||G.Richards||F.Butters||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第136回||[[1945年]]月日||Ocean Swell||牡5||　||E.Smith||J.Jarvis||5th Earl of Rosebery&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第137回||[[1946年]]月日||[[カラカラ (競走馬)|Caracalla]]||牡4||　||C.Elliott||C.Semblat||M.Boussac&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第138回||[[1947年]]月日||Souverain||牡4||　||M.Lollierou||H.Delavaud||F.R.Schmitt&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第139回||[[1948年]]月日||Arbar||牡4||　||C.Elliott||C.Semblat||M.Boussac&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第140回||[[1949年]]6月日||[[アリシドン|Alycidon]]||牡4||　||D.Smith||W.Earl||17th Earl of Derby&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第141回||[[1950年]]月日||Supertello||牡4||4:25 0/5||D.Smith||J.C.Waugh||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第142回||[[1951年]]月日||Pan||牡4||4:22 2/5||R.Poincelet||E.Pollet||M.Connstant&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第143回||[[1952年]]月日||Aquino||牡4||4:29 3/5||G.Richards||F.Armstrong||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第144回||[[1953年]]月日||Souepi||牡5||4:35 1/5||C.Elliott||G.Digby||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第145回||[[1954年]]月日||Elpenor||牡4||4:32 4/5||J.Doyasbere||C.Elliott||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第146回||[[1955年]]月日||[[ボッティチェッリ (競走馬)|Botticelli]]||牡4||4:29.02||E.Camici||M.della Rochetta||N.I.D.Rochetta&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第147回||[[1956年]]月日||Macip||牡4||4:48.45||S.Boullenger||C.Elliott||M.Boussac&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第148回||[[1957年]]月日||[[ザラズーストラ|Zarathustra]]||牡6||4:23.93||[[レスター・ピゴット|L.Piggott]]||C.Boyd-Rochfort||T.Gray&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第149回||[[1958年]]月日||Gladness||牡5||4:30.18||L.Piggott||[[ヴィンセント・オブライエン|M.V.O'Brien]]||Sea Spray Farms&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第150回||[[1959年]]月日||Wallaby||牡4||4:34.02||F.Palmer||P.Carter||Baron G.de Waldner&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第151回||[[1960年]]月日||Sheshoon||牡4||4:28.42||G.Moore||A.Head||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第152回||[[1961年]]月日||Pandofell||牡4||4:30.32||L.Piggott||F.Maxwell||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第153回||[[1962年]][[6月21日]]||Balto||牡4||4:48.04||F.Palmer||M.Bonaventure||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第154回||[[1963年]][[6月20日]]||Twilight Alley||牡4||4:52.95||L.Piggott||N.Murless||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第155回||[[1965年]][[6月17日]]||Fighting Charlie||牡4||4:34.47||L.Piggott||F.Maxwell||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第156回||[[1966年]][[6月16日]]||Fighting Charlie||牡5||4:34.56||G.Starkey||F.Maxwell||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第157回||[[1967年]]6月21日||Parbury||牡4||4:36.05||J.Mercer||D.Candy||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第158回||[[1968年]]6月20日||Pardallo||牡5||4:35.84||W.Pyers||C.Bartholomew||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第159回||[[1969年]][[6月19日]]||Levmoss||牡4||4:25.60||W.Williamson||S.McGrath||S.McGrath&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第160回||[[1970年]]6月21日||Precipice Wood||牡4||4:27.35||J.Lindley||R.Lomax||Sir R.McAlpine&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第161回||[[1971年]]6月19日||Random Shot||牡4||4:41.39||G.Lewis||A.Budgett||G.Benskin&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第162回||[[1972年]][[6月17日]]||[[エリモホーク|Erimo Hawk]]||牡4||4:28.69||[[パット・エデリー|P.J.Eddery]]||G.Barling||山本慎一&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第163回||[[1973年]]6月20日||Lassalle||牡4||4:33.46||J.Lindley||R.Carver||[[吉田善哉]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第164回||[[1974年]]6月20日||Ragstone||牡4||4:35.01||R.Huchinson||J.Dunlop||C.A.B.St. George&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第165回||[[1975年]]6月19日||Sagaro||牡4||4:48.60||L.Piggott||F.Boutin||G.A.Oldham&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第166回||[[1976年]]6月17日||Sagaro||牡5||4:26.15||L.Piggott||F.Boutin||G.A.Oldham&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第167回||[[1977年]][[6月16日]]||Sagaro||牡6||4:28.25||L.Piggott||F.Boutin||G.A.Oldham&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第168回||[[1978年]][[6月22日]]||Shangamuzo||牡5||4:27.30||G.Starkey||[[マイケル・スタウト|M.Stoute]]||E.Charles&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第169回||[[1979年]]6月21日||Le Moss||牡4||4:25.22||L.Piggott||H.Cecil||C.d'Alessio&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第170回||[[1980年]]6月19日||Le Moss||牡5||4:28.40||J.Mercer||H.Cecil||C.d'Alessio&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第171回||[[1981年]]6月18日||Ardross||牡5||4:51.23||L.Piggott||H.Cecil||C.A.B.St. George&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第172回||[[1982年]]6月17日||Ardross||牡6||4:35.24||L.Piggott||H.Cecil||C.A.B.St. George&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第173回||[[1983年]]6月16日||Little Wolf||牡5||4:24.36||W.Carson||W.R.Hern||Lord Portchester&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第174回||[[1984年]]6月21日||Gildoran||牡4||4:18.81||[[スティーブ・コーゼン|S.Cauthen]]||B.Hills||R.E.Sangster&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第175回||[[1985年]]6月20日||Gildoran||牡5||4:25.19||B.Thomson||B.Hills||R.E.Sangster&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第176回||[[1986年]]6月19日||Longboat||牡5||4:22.11||W.Carson||W.R.Hern||D.Hollingsworth&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第177回||[[1987年]]6月18日||Paean||牡4||4:33.26||S.Cauthen||H.Cecil||Lord H.de Walden&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第178回||[[1988年]]6月16日||Sadeem||牡5||4:15.67||G.Starkey||G.Harwood||[[ムハンマド・ビン＝ラーシド・アール＝マクトゥーム|S.Mohammed]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第179回||[[1989年]]6月22日||Sadeem||牡6||4:22.68||W.Carson||G.Harwood||S.Mohammed&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第180回||[[1990年]]6月21日||Ashal||牡4||4:28.58||R.Hills||H.T.Jones||H.Al Maktoum&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第181回||[[1991年]]6月20日||Indian Queen||牝6||4:23.90||W.R.Swinburn||L.Huntingdon||Sir G.Brunton&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第182回||[[1992年]]6月18日||[[ドラムタップス|Drum Taps]]||牡6||4:18.29||[[ランフランコ・デットーリ|L.Dettori]]||L.Huntingdon||[[浅川吉男]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第183回||[[1993年]]6月17日||Drum Taps||牡7||4:32.57||L.Dettori||L.Huntingdon||浅川吉男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第184回||[[1994年]]6月16日||Arcadian Heights||牡6||4:27.67||M.Hills||G.Wragg||J.L.C.Pearce&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第185回||[[1995年]]6月22日||Double Trigger||牡4||4:20.25||J.Weaver||M.Johnston||R.W.Huggins&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第186回||[[1996年]]6月20日||Classic Cliche||牡4||4:23.20||[[マイケル・キネーン|M.Kinane]]||[[サイード・ビン・スルール|S.bin Suroor]]||[[ゴドルフィン|Godolphin]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第187回||[[1997年]]6月19日||Celeric||牡5||4:26.19||P.J.Eddery||D.Morely||C.Spence&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第188回||[[1998年]]6月18日||[[カイフタラ|Kayf Tara]]||牡4||4:32.36||L.Dettori||S.bin Suroor||Godolphin&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第189回||[[1999年]]6月17日||Enzeli||牡4||4:18.85||J.Murtagh||J.Oxx||[[アーガー・ハーン4世|His Highness Aga Khan]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第190回||[[2000年]]6月22日||Kayf Tara||牡6||4:24.53||M.Kinane||S.bin Suroor||Godolphin&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第191回||[[2001年]]6月21日||Royal Rebel||牡5||4:18.92||J.Murtagh||M.Johnston||P.D.Savill&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第192回||[[2002年]]6月20日||Royal Rebel||牡6||4:25.64||J.Murtagh||M.Johnston||P.D.Savill&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第193回||[[2003年]]6月19日||Mr.Dinos||牡4||4:20.15||[[キーレン・ファロン|K.Fallon]]||P.Cole||C.Shiacolas&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第194回||[[2004年]]6月17日||Papineau||牡4||4:20.90||L.Dettori||S.bin Suroor||Godolphin&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第195回||[[2005年]]6月16日||[[ウェスターナー|Westerner]]||牡6||4:19.49||[[オリビエ・ペリエ|O.Peslier]]||[[エリー・ルルーシュ|E.Lellouche]]||E.Wildenstein&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第196回||[[2006年]]6月22日||[[イェーツ|Yeats]]||牡5||4:20.45||K.Fallon||[[エイダン・オブライエン|A.P.O'Brien]]||Mrs J.Magnier &amp;amp; Mrs D.Nagle&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第197回||[[2007年]]6月21日||Yeats||牡6||4:20.78||M.Kinane||A.P.O'Brien||Mrs J.Magnier &amp;amp; Mrs D.Nagle&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 日本調教馬の成績 ===&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot; style=&amp;quot;background:#f9f9f9&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;background:#f2f2f2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!回数!!施行日!!参戦馬名!!英語表記!!性齢!!騎手名!!管理調教師!!着順&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第194回||2004年6月17日||[[イングランディーレ]]||Ingrandire||牡5||[[横山典弘]]||[[清水美波]]||9着&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.britishhorseracing.com/ イギリス競馬公社] - イギリス競馬統括団体&lt;br /&gt;
* [http://www.ascot.co.uk/ アスコット競馬場] - 施行競馬場の公式サイト&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:イギリスの競馬の競走|こるとかつふ]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0; background-color:#f6f6f6; border:1px solid #ccc; padding:3px; font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
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		<title>日中国交正常化</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: 新しいページ: ''''日中国交正常化'''（にっちゅうこっこうせいじょうか）とは1972年9月29日、「[[日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''日中国交正常化'''（にっちゅうこっこうせいじょうか）とは[[1972年]][[9月29日]]、「[[日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明]]」（'''日中共同声明'''）の調印式が[[中華人民共和国]]の[[北京]]で行われ、[[田中角栄]]・[[周恩来]]両首相が署名し、これによって[[日本]]と[[中国共産党]]率いる中華人民共和国とが国交を結ぶこととなった出来事である。なお、日中共同声明に基づきそれまで国交のあった[[中華民国]]には断交を通告した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''日中国交回復'''とも言われる。1972年以前に中華人民共和国という国家と日本の間に外交関係はなかったので、「国交回復」という表現は不正確であるとする見解もある。[[清]]や中華民国と日本の間に国交が存在した時期もあるが、中華人民共和国はこれらの国家の継承国家では無い（中華民国は[[台湾島]]で存続）ため、個々の政体ではなく[[中国大陸]]に存する主たる政体という枠組みで捉えるなら「国交回復」という意見もある。中国大陸に対する支配権を失った中華民国を中国を代表する国家として国交を結び、中国大陸を支配する中華人民共和国との間に国交がないという状況は正常とは言えないとし、より実態に即した外交関係に構築しなおすということで「[[正常化]]」という言い方は日本において広く受け入れられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし「正常化」と表現することに対して、これはあくまで中華人民共和国側から見た主観的表現なので国交を新たに樹立した日本までがそれに拘束される必要は無いとする意見もある（代替案として「日中国交'''樹立'''」などが提示されている。対中華民国は「日華」）。また中華人民共和国から見た場合として、現在の日華の非公式的関係の存在が果たして「正常」といえるのかどうかという問題もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[田中角栄]]&lt;br /&gt;
* [[大平正芳]]&lt;br /&gt;
* [[日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明]]（日中共同声明）&lt;br /&gt;
* [[ニクソン大統領の中国訪問]]&lt;br /&gt;
* [[ジャイアントパンダ]]&lt;br /&gt;
* [[正常化]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{History-stub}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:昭和時代戦後の政治|につちゆうこつこうせいしようか]]&lt;br /&gt;
[[Category:昭和時代戦後の外交|につちゆうこつこうせいしようか]]&lt;br /&gt;
[[Category:日中関係|につちゆうこつこうせいしようか]]&lt;br /&gt;
[[Category:1972年|につちゆうこつこうせいしようか]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0; background-color:#f6f6f6; border:1px solid #ccc; padding:3px; font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
このページは[http://ja.wikipedia.org/wiki/ Wikipedia日本語版]由来のコンテンツを利用しています。もとの記事は[http://ja.wikipedia.org/wiki/日中国交正常化 '''日中国交正常化''']にあります。執筆者のリストは[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=日中国交正常化&amp;amp;action=history '''履歴''']をご覧ください。[[Yourpedia]]と同じく[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia Wikipedia]は[http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html GFDLのライセンス]で提供されています。コンテンツを再利用する際には同じくGFDLのライセンスを採用してください。&lt;br /&gt;
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		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: 新しいページ: '&amp;lt;div class=&amp;quot;boilerplate metadata&amp;quot; id=&amp;quot;stub&amp;quot;&amp;gt; {| cellspacing=&amp;quot;2&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;0&amp;quot; style=&amp;quot;width:80%; border:solid #999 1px; background:#F8F8F8; margin:0.5em auto; clear:both&amp;quot; |sty...'&lt;/p&gt;
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|style=&amp;quot;color:black&amp;quot;|この「'''{{PAGENAME}}'''」は[[歴史]]に関連した'''[[Yourpedia:スタブ|書きかけ項目]]'''です。[{{SERVER}}{{localurl:{{NAMESPACE}}:{{PAGENAME}}|action=edit}} この記事を加筆・訂正]などして下さる[{{SERVER}}{{localurl:{{NAMESPACE}}:{{PAGENAME}}|action=edit}} 協力者を求めています]（[[Portal:歴史|P:歴史]]/[[Portal:歴史学|P:歴史学]]/[[Yourpedia:ウィキプロジェクト 歴史|PJ歴史]]）。&lt;br /&gt;
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		<title>北大路魯山人</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: 新しいページ: ''''北大路 魯山人'''（きたおおじ ろさんじん/きたおおじ ろざんじん、男性、1883年3月23日 - 1959年12月21日）は日本の[[...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''北大路 魯山人'''（きたおおじ ろさんじん/きたおおじ ろざんじん、男性、[[1883年]][[3月23日]] - [[1959年]][[12月21日]]）は[[日本]]の[[芸術家]]。本名は'''北大路 房次郎'''（-ふさじろう）。[[京都府]][[京都市]]上賀茂（現・京都市[[北区 (京都市)|北区]]）出身。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[篆刻家]]、[[画家]]、[[陶芸家]]、[[書道家]]、[[漆芸家]]、[[料理家]]、[[美食家]]など様々な顔を持っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 略歴 ==&lt;br /&gt;
[[上賀茂神社]]の[[社家]]・北大路清操、とめの次男として生まれる。6歳の時に[[竹屋町]]の木版師・福田武造の養子となる。10歳の時に[[梅屋小学校|梅屋尋常小学校]]を卒業し、京都[[烏丸通|烏丸]][[二条通|二条]]の[[千坂和薬屋]]（現：[http://www.chisaka-kanpo.com/ 千坂漢方薬局]）に[[丁稚]]奉公に出る。25歳の時、[[中華民国|中国]]北部を旅して[[書道|書]]や[[篆刻]]を習う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1921年]]に[[長浜市|長浜]]の素封家・河路豊吉に[[食客]]として招かれ、書や篆刻の制作に打ち込む環境を提供された。ここで魯山人は'''福田大観'''の号で[[北国街道安藤家|小蘭亭]]の天井画や襖絵、篆刻など数々の傑作を当地に残している。そして敬愛する[[竹内栖鳳]]がしばしば訪れる紫田家の食客になることが叶い、訪れた栖鳳に款印を彫らせてもらうよう願い出る。その款印を気に入った栖鳳が門下の[[土田麦僊]]らに紹介したことで日本画壇の巨匠らとの交わりが始まり、名を高めていくことになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1922年]]、福田家の[[家督]]を長男に譲り、自身は[[北大路]]姓に復帰。その後も長浜をはじめ京都・[[金沢市|金沢]]の素封家の食客として転々と生活することで食器と美食に対する見識を深めていった。そして[[1929年]]に会員制食堂「美食倶楽部」を発足&amp;lt;ref&amp;gt;それ以前の[[1925年]][[3月20日]]には[[東京]][[永田町]]に[[料亭]]「星ヶ岡茶寮」を創業した。「美食倶楽部」発足と同時に同倶楽部の本拠となる&amp;lt;/ref&amp;gt;、自ら厨房に立ち料理を振舞うなどしながらそこで使用する食器や料理を自ら創作していた&amp;lt;ref&amp;gt;美食家として名を通した割に[[フランス料理]]への評価は低く、渡仏に訪れた著名な鴨料理店で「ソースが合わない」と持参したわさび醤油で食べたこともある&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦後は「美食倶楽部」の拠点・星ヶ岡茶寮が人手に渡るなど不遇な生活を過ごすが、[[1954年]]に[[ロックフェラー]]財団の招聘で欧米各地で展覧会と講演会が開催される。翌[[1955年]]には[[重要無形文化財]]保持者（[[人間国宝]]）に指定されるもこれを辞退。[[1959年]]に[[肝吸虫]]&amp;lt;ref&amp;gt;肝吸虫は魯山人の好んだ[[タニシ]]から寄生したとする論説もあるが、肝吸虫の第一中間[[宿主]]となるのは人間の食用にならず真のタニシ類とは縁の遠いマメタニシであり、なおかつヒトへの感染はマメタニシからセルカリア幼生が移動した第二中間宿主のフナやコイ、モロコのようなコイ科魚類の生食から起こる。食用となるタニシの体内の幼生には肝吸虫の幼生は存在せず、魯山人への推定感染経路は別に求めなければならない&amp;lt;/ref&amp;gt;、つまりいわゆる肝臓ジストマとも呼ばれた[[寄生虫]]による[[肝硬変]]のため死去。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[平野雅章]]（弟子）&lt;br /&gt;
* [[白崎秀雄]]&lt;br /&gt;
* [[荒川豊蔵]]&lt;br /&gt;
* [[生茶]]&lt;br /&gt;
* [[曽根 (豊中市)]] - かつて「大阪星ヶ岡茶寮」があった&lt;br /&gt;
* [[美味しんぼ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://shofu.pref.ishikawa.jp/portal/syoku/culture/rosanjin/index.html 魯山人の足跡をたどって] - 石川新情報書府&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:きたおおしろさんしん}}&lt;br /&gt;
[[Category:陶芸家]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の画家]]&lt;br /&gt;
[[Category:篆刻家]]&lt;br /&gt;
[[Category:京都府出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:食文化]]&lt;br /&gt;
[[Category:1883年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1959年没]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0; background-color:#f6f6f6; border:1px solid #ccc; padding:3px; font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
このページは[http://ja.wikipedia.org/wiki/ Wikipedia日本語版]由来のコンテンツを利用しています。もとの記事は[http://ja.wikipedia.org/wiki/北大路魯山人 '''北大路魯山人''']にあります。執筆者のリストは[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=北大路魯山人&amp;amp;action=history '''履歴''']をご覧ください。[[Yourpedia]]と同じく[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia Wikipedia]は[http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html GFDLのライセンス]で提供されています。コンテンツを再利用する際には同じくGFDLのライセンスを採用してください。&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
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		<title>食通</title>
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				<updated>2007-10-25T07:11:52Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: 新しいページ: ''''食通'''（しょくつう）とは料理の味や知識について詳しい人物のことである。'''グルメ'''（仏：Gourmet）とも...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''食通'''（しょくつう）とは[[料理]]の[[味]]や知識について詳しい人物のことである。'''グルメ'''（[[フランス語|仏]]：Gourmet）ともいわれる。人並みはずれて美食を追求する人物を示す'''美食家'''（びしょくか）とほぼ同義で用いられることが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
[[食事|食]]を取る事は[[動物]]にとって生命維持のために必須の[[行動]]であり、[[ヒト]]を含む殆どの（あるいは恐らく全ての）動物においては、[[報酬系]]を介して[[快感]]をもたらし、他事より優先して行動するようプログラムされている。食事を取る事による充足感、また美味しい物を食べる事による喜びは、[[精神衛生]]上好ましい影響を与え、多くの人に普遍的に存在する享楽の様式でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
食通ではこれを至上のものとして捉え、より美味な物を空く無き探究心で追求し、時に[[芸術]]として賞味し、またはその追求に情熱を傾ける。またこれらの人々は味を感じる器官である[[舌]]、すなわち[[味覚]]を鍛錬しフィードバックする事により[[料理人]]により良い料理を追求する意欲を掻き立たせ、より洗練された[[調理]]様式の開発を促す存在でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
食通の活動はそもそもは個人的な営みであるのだが時に文筆を通じ、近年はテレビ出演等により一般人を啓発することも稀ではない。これら食通の活動により、一般に知られていなかった[[珍味]]が広く知られる所となる事も多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また社会の富裕化に伴い、一般人が常食の範囲を超えレストラン巡りなど美食を追求する風潮のことをグルメブームと呼び、日本では[[バブル景気]]の頃顕在化しだした。そういった風潮の結果、グルメ雑誌やグルメ番組、[[料理番組]]等が増加し、かつての食通の役割の一部を担うフードライターや食[[評論家]]といったそれを専門とする職業も現れてきている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
更には食に絡む[[社会問題]]に対して警鐘を鳴らし、[[大衆]]を啓発する[[インテリ]]のような立場を取る事もある。これらにおいては環境破壊や乱獲・食糧生産方法や消費方法といった多岐に渡り、食という生物にとって基本的な活動を見直すよう求める声も聞かれる（→[[スローフード]]）。&lt;br /&gt;
=== 類語・同義語・関連語 ===&lt;br /&gt;
美食家は己に内在する「美味しい物を食べたい・食べ続けたい」という欲求に忠実な人である。食通が食による享楽よりもその食に含まれる情報（材料の産地や調理法・他の食通や美食家の評価・歴史など）を重視する傾向が強いのに対し、美食家ではより享楽的に食を堪能する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本を含むフランス以外の国でも美食家を示す言葉として'''グルメ'''が用いられる。なおこの「グルメ」という語であるが、これは原語において食通のような「食の情報をも重視する人」として、[[ワイン]]等の関連情報詳しい人（ワイン通）も''Gourmet''と表現し、食の享楽を追及する人=美食家としては''Gourmand''（日本では'''グルマン'''ともいい、大食漢・大食いと同義）のほうで表す場合が多いようである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお「美食」は一般に芸術の域にまで高められた料理を指し、日本ではこのような食事・料理を指してグルメとも呼ぶ。ただグルメは人やその属性・行動様式を示す語であるため、料理その物を指してグルメとは本来言わない。その「芸術的な料理」を賞味する行為を指してグルメという。なお[[英語]]では美食を指して単に''Rich''（贅沢・豪華）の語を用い、''Rich food''と表現する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''食道楽'''（くいどうらく・しょくどうらく）は食べるという行為を道楽、[[趣味]]とする様式で美食家に近いが趣味が他利的ではない自身に内在する欲求の探求という意味で、やや[[大衆]]的である。旅行先で地元の[[ラーメン]]を食べ歩いたり、腹一杯に好物を食べたり、ガイドブックを片手に有名店をハシゴする行為もこれに含まれる。食通や美食家の中には、謙遜して自身を「食道楽」と形容するケースも見受けられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 食通の功罪 ==&lt;br /&gt;
食通と称されるためには、（たとえそれがいかに美味なるものでも）毎日同じようなものを食べていたのでは失格である。食通は常に新しい料理、食材との出会いを求め続ける[[新奇探求]]性格者と捉えられるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
食通の起源はローマ時代にさかのぼる。皇帝や資産家は金に明かして食道楽に走った。満腹になると鳥の羽で喉を刺激し、食べたものを吐き出し、また食べるということを繰り返した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その新奇性探求の結果、犯罪的な行為と見なされる活動をするケースもある。例えば[[ツグミ]]は日本に於いて捕獲を禁じられている鳥だが、これを食べるために[[密猟]]者を使ってこれを捕らえさせ、調理する事例が挙げられる。このような行為は勿論、違法な犯罪行為である。フランスの前大統領は死期が迫ったとき、保護鳥を料理して大往生したとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またより美味を探求するため最上の素材の最上な部分だけを消費し、それ以外を[[食品廃材]]として廃棄するケースもあり、これは法的な犯罪ではないが倫理的に問題視される傾向もある。更には如何な美食家がその実に於いて大食漢であろうとも[[胃]]の容量には必然的かつ物理的に限界が存在する。結果的に豪奢な料理を前にして食べ残す事もあり、これが[[残飯]]として廃棄される事から、これも「犯罪的な浪費行為（これを罰する法律は無いが）」と非難を被る場合もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その一方で食通が流通する食材の良し悪しを判定する事でその産地がにわかに有名になったりまたは没落したりする事も在るが、これに食通自身が責任を取る事は無く、また著名な食通が推した事で乱獲が進み、一般にその食材が得がたくなる事もしばしばである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ、その良く訓練された味覚を持って良き物を評価し悪しき物を不可とする事でその質を知る事ができるため、一般の消費者はその評価に沿って店を選ぶ事で旨い料理を食べる事ができる。しかし近年では商業主義に則ったコマーシャリズムの一環で本当に旨いかどうかが微妙な評価も含まれる事もあり、他方ではにわかに有名になった料理店で料理人が慢心し、質が低下する問題も起こり得る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
舌による味覚や痛覚の脳への伝達は個人差の大きいものであり、食通と呼ばれる者の評価が必ずしも世間の大勢を占めているわけではない。しかしながら、著名な食通によって不可となされたものの価値が著しく落ちることもしばしば見られる。また食通による評価に刺激物（辛いもの）が強いと味がわからないというものもあるが、味覚は[[顔面神経]]により、痛覚は[[三叉神経]]により伝達することが知られている[[神経学]]の立場に立てば、むしろ顔面神経が劣化していると言わざるを得ない面もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 食通自身の問題 ==&lt;br /&gt;
食通はその飽くなき探究心を持って様々な味覚に挑戦するが、その探究心を満たすために多大な富を必要とする。食道楽で没落した例は多く、その一方で歴史上では美味を独占したいがために料理人を幽閉したりした例もある（架空の話だとされてはいるが、[[アイスクリーム]]にまつわる伝説・伝承などは興味深い）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その一方で美食を探求した結果、[[寄生虫]]に冒された事例もある。陶芸家で美食家でも知られた[[北大路魯山人]]が[[タニシ]]等の淡水貝に多く見られる寄生虫の[[ジストマ]]による[[肝硬変]]（[[肝臓ジストマ]]）で亡くなっている。[[フグ|河豚]]の肝を食べて亡くなった高名な[[歌舞伎]]俳優もいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
欧州では[[バター]]や[[クリーム]]を多用した料理も美食として珍重されたが、これにより[[心臓]]を患ったり、また肉料理中心の美食で[[高尿酸血症]]や[[痛風]]に陥った美食家も数知れない。健康を害しては本末転倒かも知れないが、その食のためなら生命をも賭すという姿勢は後々の語り草にもなる程である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著名な食通 ==&lt;br /&gt;
{{節stub}}&lt;br /&gt;
;[[ジャン・アンテルム・ブリア＝サヴァラン|ブリア=サヴァラン]]&amp;lt;span style=&amp;quot;font-weight:normal&amp;quot;&amp;gt;（[[:en:Brillat-Savarin|Brillat-Savarin]] [[1755年]] - [[1826年]]）：「食聖」とまで称えられ、いまなお美食家の必読書とすら言われる『[[美味礼讃]]』を著した事で知られる。有名な言葉には「どんなものを食べているか言ってみたまえ、君がどんな人間であるかを言いあててみせよう」がある。彼によって美食学とも訳される[[ガストロノミー]]の考えが提唱された。&amp;lt;/span&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[早食い]]&lt;br /&gt;
:ある意味では食通の対極にいる存在といえよう。&lt;br /&gt;
*[[ミシュラン#レッドガイドブック（ミシュランガイド）について|ミシュラン・レッドガイド]]&lt;br /&gt;
:有名な格付けガイドブックで、星が付くだけでも客が押し寄せるという。&lt;br /&gt;
*[[ゴー・ミヨ]]&lt;br /&gt;
:ミシュランと並ぶ、権威あるガイドブック。&lt;br /&gt;
*[[世界三大一覧#食|食の世界三大]]&lt;br /&gt;
:公平性・正確性は常に様々な民族に於いて議論の的であるため、必ずしも妥当ではない可能性がある。&lt;br /&gt;
*[[トリュフ]] - [[キャビア]] - [[フォアグラ]]&lt;br /&gt;
:西欧の美食家が愛好する三大珍味。&lt;br /&gt;
*[[B級グルメ]]&lt;br /&gt;
*[[ご当地グルメ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:食文化|しょくつう]]&lt;br /&gt;
[[Category:趣味|しょくつう]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0; background-color:#f6f6f6; border:1px solid #ccc; padding:3px; font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
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&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%AF%9B%E5%88%A9%E6%B0%8F&amp;diff=17508</id>
		<title>毛利氏</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%AF%9B%E5%88%A9%E6%B0%8F&amp;diff=17508"/>
				<updated>2007-10-25T07:09:22Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.215.118.126: 新しいページ: ''''毛利氏'''（もうりうじ/もうりし） *戦国大名・長州藩主として著名な大江氏系'''毛利氏'''については本項にて解...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''毛利氏'''（もうりうじ/もうりし）&lt;br /&gt;
*[[戦国大名]]・[[長州藩|長州藩主]]として著名な[[大江氏]]系'''毛利氏'''については本項にて解説する。&lt;br /&gt;
*[[佐伯藩|佐伯藩主]]である[[藤原氏]]系'''毛利氏'''（ただし本来は[[宇多源氏]]系）については'''[[毛利氏 (藤原氏)]]'''を参照のこと。&lt;br /&gt;
*[[清和源氏]]系'''毛利氏'''については'''[[毛利氏 (源氏)]]'''を参照のこと。&lt;br /&gt;
*[[因幡国]]・[[国人]]の[[大江氏]]系'''因幡毛利氏'''については'''[[因幡毛利氏]]'''を参照のこと。&lt;br /&gt;
*[[越後国]]に残った[[大江氏]]系'''越後毛利氏'''については'''[[越後北条氏]]'''・'''[[安田氏]]'''を参照のこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
[[画像:Ichimonjimitsuboshi.svg|thumb|130px||毛利氏の[[家紋]]]]&lt;br /&gt;
[[大江氏]]系'''毛利'''（'''もうり'''）氏とは[[鎌倉幕府]]の名臣・[[大江広元]]の四男・[[大江季光]]を祖とする一族である。したがって大江広元の嫡流子孫ではない。名字の「毛利」は季光が父・広元から受け継いだ所領の[[相模国]][[愛甲郡]]毛利庄（'''もり'''のしょう、現在の[[神奈川県]][[厚木市]]周辺）に由来する。「毛利」の元来の読みは「'''もり'''」だが、後に「もうり」と読まれるようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[鎌倉時代]]末期から[[南北朝時代 (日本)|南北朝時代]]初期にかけて[[越後国]]佐橋庄南条（現在の[[新潟県]][[柏崎市]]）から[[安芸国]][[高田郡]][[吉田郡山城|吉田]]（現在の[[広島県]][[安芸高田市]]）へ移った後に[[国人]]領主として成長し、[[戦国時代 (日本)|戦国時代]]には国人領主から[[戦国大名]]への脱皮を遂げ、ついには[[中国地方]]最大の勢力となる。しかし[[1600年]]の[[関ヶ原の戦い]]では西軍の総大将に祭り上げられ、[[周防国]]・[[長門国]]の2ヶ国に減封されるも[[江戸時代]]を通じて安泰であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
江戸時代末期には数々の優秀な志士を輩出し、[[明治維新]]を成就させる原動力となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 毛利氏(安芸国)系譜と室町時代まで ==&lt;br /&gt;
[[大江氏]]の子孫であり、戦国有数の名家である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;大江氏系図には&lt;br /&gt;
:[[大江広元]]─[[毛利季光|大江季光]]（毛利四郎、安木守、尊卑分脈には毛利入道と）&lt;br /&gt;
:┌───────┘&lt;br /&gt;
:├[[毛利広光]]─章弁─公恵&lt;br /&gt;
:├[[毛利経光]]─[[毛利経元]]─[[毛利経親]]&lt;br /&gt;
:└[[毛利師雄]]─[[毛利元親]]─[[毛利時元]]&lt;br /&gt;
とあり、&lt;br /&gt;
;[[尊卑分脈]]には&lt;br /&gt;
:季光─[[毛利経光]]─[[毛利時親]]─[[毛利貞親]]─[[毛利親茂]]─[[毛利師親]]&lt;br /&gt;
;毛利系図&lt;br /&gt;
:毛利時親─毛利貞親─[[毛利親衡]]（初め親茂、祖父時親、父貞親共に晩年、安芸国に下向。この人より安芸国に在住。[[南北朝時代 (日本)|南北朝時代]]の人）─[[毛利元春]]（師親）─[[毛利広房]]─[[毛利光房]]─[[毛利熈元]]（熈房）─[[毛利豊元]]─[[毛利弘元]]─[[毛利興元]]─某（[[毛利幸松丸|幸松丸]]）─[[毛利元就]]（毛利弘元次男）&lt;br /&gt;
とある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
季光は[[大江広元]]の四男で[[相模国]]毛利荘を父から相続したため、毛利氏を称するようになった。季光は[[北条時頼]]の義父であったにもかかわらず[[三浦泰村]]と結んで[[北条氏]]に反旗を翻した（[[宝治合戦]]）が敗北して一族の大半が果ててしまい、越後にいた季光の四男経光の家系が残ったとされている。直接関係はなかったとはいえ謀反人の一族が処罰されないことは少なく、毛利季光が処罰されなかったのは[[鎌倉幕府]]中枢に居た一族の[[長井氏]]の存在があると思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
鎌倉時代後期には[[毛利時親]]が京都の[[六波羅探題]]の評定衆を勤めるが、姻戚関係であった[[内管領]]の[[長崎円喜]]が[[執権]]・[[北条高時]]に代わり幕府で政権を握っているのを嫌い、料所の[[河内国]]へ隠棲する。この時に時親は[[楠正成]]に兵法を教えたという伝承が残っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1333年]]に[[後醍醐天皇]]の討幕運動から[[元弘の乱]]が起こり[[足利尊氏]]らが鎌倉幕府を滅亡させるが、毛利時親は幕府から離反しており後醍醐天皇]により開始された[[建武の新政]]からも距離を置いている。南北朝時代には足利方に従い、時親の曾孫にあたる[[毛利元春]]は足利幕府（室町幕府）が九州の南朝勢力であった[[懐良親王]]の征西府を討伐するために派遣した[[今川貞世]](了俊)の指揮下に入り活躍している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 戦国時代 ==&lt;br /&gt;
[[安芸国]]の[[国人]]として土着した毛利氏は一族庶家を輩出し安芸国内では有力な勢力になった。しかし[[毛利弘元]]・[[毛利興元]]・[[毛利幸松丸]]と当主の夭折が続き勢力が衰えたが、[[毛利興元]]の弟である[[毛利元就]]が当主となると元就はその知略を尽くし一族の反乱や横暴な家臣を粛清、[[安芸国]]の[[吉川氏]]と[[備後国]]の[[小早川氏]]を乗っ取り、勢力を拡大。[[尼子氏]]に対しては策略を以ってその軍事の柱石である[[新宮党]]を主家の[[尼子晴久]]に誅殺させた。そして[[大内義隆]]に謀反した[[陶晴賢]]を[[1555年]]の[[厳島の戦い]]で破った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1557年]]、陶晴賢の[[傀儡]]であった[[大内義長]]を攻め滅ぼし、[[大内氏]]の旧領をほぼ手中にする。その後は北[[九州]]に侵入し、[[筑前国]]や[[豊前国]]の[[秋月氏]]や[[高橋氏]]を味方に付け[[大友氏]]とも争った。[[1560年]]には元就の長男・[[毛利隆元]]が安芸[[守護]]に任じられている。[[1566年]]、仇敵の[[尼子氏]]を滅ぼして中国地方（安芸・[[周防国|周防]]・[[長門国|長門]]・[[備中国|備中]]・[[備後国|備後]]・[[因幡国|因幡]]・[[伯耆国|伯耆]]・[[出雲国|出雲]]・[[隠岐国|隠岐]]・[[石見国|石見]]）を領有した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
毛利元就の長男の[[毛利隆元]]、次男の[[吉川元春]]、三男の[[小早川隆景]]らは皆優秀であり、弟2人は毛利宗家を支えた'''[[毛利両川]]'''として名高い。&lt;br /&gt;
=== 元服時の名前 ===&lt;br /&gt;
毛利家では一時期元服時に「元」のついた名を名乗るのが慣例となっていたようである。といってもただ「元」を名乗ればいいというわけではなく、長男は「○元」、次男以降は「元○」という形で嫡子とそれ以外を区別する仕組みになっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 近世==&lt;br /&gt;
毛利元就の孫の[[毛利輝元]]は[[豊臣秀吉]]に属し、安芸、周防、長門、備中半国、備後、伯耆半国、出雲、隠岐、石見を領し、[[吉田郡山城]]から地の利の良い瀬戸内海に面した[[広島城]]を築城し本拠を移る。後に[[五大老]]に就任する。[[関ヶ原の戦い]]で西軍の名目上の総大将に担ぎ上げられる。[[吉川広家]]の内通により毛利氏の所領は安泰であったはずが、敗戦後[[徳川家康]]は約束を反故にし、輝元は責任を問われ周防国・長門国（[[長州藩]]）に減封された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
新年の会において家臣より「今年は倒幕の機は如何に?」と藩主に伺いを立て、それに対し「時期尚早」と藩主が答えるのが毎年の習わしだったという。江戸時代末期の[[毛利敬親]]の時、[[長州征伐]]等により幕府から圧迫を受けたが、[[吉田松陰]]や[[高杉晋作]]、[[桂小五郎]]等の有能な人材を輩出し明治維新を成就させた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 毛利元就の息子達 ==&lt;br /&gt;
 　　　　 [[毛利元就]]┳[[毛利隆元]]━[[毛利輝元]]┳[[毛利秀就]]⇒（毛利本藩／長州藩）&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　 ┃　　　　　　　　　┗[[毛利就隆]]⇒（[[徳山藩]]）&lt;br /&gt;
 　　　 　　　　　┣[[吉川元春]]┳[[吉川元長]]&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　 ┃　　　　┣[[毛利元氏]]⇒（[[阿川毛利家]]）&lt;br /&gt;
 　　　 　　　　　┃　　　　┗[[吉川広家]]┳[[吉川広正]]⇒（[[岩国藩]]）&lt;br /&gt;
 　　　 　　　　　┃　　　　　　　　　┗[[毛利就頼]]⇒（[[大野毛利家]]）&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　 ┣[[小早川隆景]]⇒（養子：[[小早川秀秋]]）⇒（断絶、ただし小早川の名跡は秀包の子小早川能久が継ぐ）&lt;br /&gt;
 　　　 　　　　　┣[[穂井田元清]]━[[毛利秀元]]┳[[毛利光広]]⇒（[[長府藩]]）&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　 ┃　　　　　　　　　　┗[[毛利元知]]⇒（[[清末藩]]）&lt;br /&gt;
 　　　 　　　　　┣[[毛利元秋|椙杜元秋（毛利元秋）]]&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　 ┣[[出羽元倶]]&lt;br /&gt;
 　　　 　　　　　┣[[天野元政|天野元政（毛利元政）]]⇒（[[右田毛利家]]）&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　 ┣[[末次元康|末次元康（毛利元康）]]⇒（[[厚狭毛利家]]）&lt;br /&gt;
 　　　 　　　　　┗[[小早川秀包]]（[[毛利秀包]]）━[[毛利元鎮 (吉敷毛利家)|毛利元鎮]]⇒（[[吉敷毛利家]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 系譜 ==&lt;br /&gt;
 太字は当主  太線は実子　細線・二重線は養子（婿養子も含む）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
 [[毛利元就|元就]]（元就以前は上記のため省略）&lt;br /&gt;
 　┣━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓&lt;br /&gt;
 [[毛利隆元|隆元]]　　[[吉川元春|元春]]　　[[小早川隆景|隆景]]　　[[毛利元清|元清]]　　[[椙杜元秋|元秋]]　　[[出羽元倶|元倶]]　　[[天野元政|元政]]　　[[末次元康|元康]]　　[[小早川秀包|秀包]]&lt;br /&gt;
 　┃　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
 [[毛利輝元|輝元{{Sub|1}}]]　　　　　　　　　　[[毛利秀元|秀元]]&lt;br /&gt;
 　┣━━━━━━━━━━━┳━━━━━━━┐&lt;br /&gt;
 [[毛利秀就|秀就{{Sub|2}}]]　　　　　　　　　　[[毛利就隆|就隆]]　　　　　　[[毛利秀元|秀元]]&lt;br /&gt;
 　┃　　　　　　　　　　　┣━━━┓　　　┣━━━━━━━┓&lt;br /&gt;
 [[毛利綱広|綱広{{Sub|3}}]]　　　　　　　　　　[[毛利元次|元次]]　　[[毛利元賢|元賢]]　　[[毛利光広|光広]]　　　　　　[[毛利元知|元知]]&lt;br /&gt;
 　┣━━━┓　　　　　　　　　　　│　　　┃　　　　　　　┣━━━━━━━┓&lt;br /&gt;
 [[毛利吉就|吉就{{Sub|4}}]]　　[[毛利吉広|吉広]]　　　　　　　　　　[[毛利元次|元次]]　　[[毛利綱元|綱元]]　　　　　　[[毛利元武|元武]]　　　　　　[[毛利元平|元平]]&lt;br /&gt;
 　│　　　　　　　　　　　┏━━━┫　　　┣━━━┳━━━━┐　　┏━━━┻━━━┳━━━┳━━━━━━━┓&lt;br /&gt;
 [[毛利吉広|吉広{{Sub|5}}]]　　　　　　　　　　[[毛利元尭|元尭]]　　[[毛利広豊|広豊]]　　[[毛利吉元|吉元]]　　[[毛利元矩|元矩]]　　　[[毛利元朝|元朝]]　　[[毛利師就|師就]]　　　　　[[毛利政苗|政苗]]　　[[毛利匡敬|匡敬]]　　　　　　[[増山正贇|正贇]]&lt;br /&gt;
 　∥　　　　　　　　　　　│　　　┏━━━╋━━━┓　　　　│              　　　┃              　　　　┃&lt;br /&gt;
 [[毛利吉元|吉元{{Sub|6}}]]　　　　　　　　　　[[毛利広豊|広豊]]　　[[毛利元朝|元朝]]　　[[毛利元陳|元陳]]　　[[毛利宗広|宗広]]　　　[[毛利元矩|元矩]] 　 　    　 　   [[毛利匡邦|匡邦]]　 　 　   　　　　 [[増山正賢|正賢]]&lt;br /&gt;
 　┣━━━┳━━━┓      ┣━━━━━━━┳━━━┓　　　　∥              　　　┠━━━━┬━━━┐　　┣━━━┓&lt;br /&gt;
 [[毛利元朝|元朝]]　　[[毛利元陳|元陳]]　  [[毛利宗広|宗広{{Sub|7}}]]　 [[毛利広矩|広矩]]　 　 　    [[毛利広寛|広寛]]　　[[毛利就馴|就馴]]　　　[[毛利匡広|匡広]]　 　 　   　　　　 [[毛利匡民|匡民]]　　[[毛利政明|政明]]　　[[毛利元世|元世]]　　[[増山正寧|正寧]]　　[[毛利政明|政明]]&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　　∥　　　　　　　　　　　│　　　　　　　　┣━━━┳━━━┳━━━┓　　　∥      ∥&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　[[毛利重就|重就{{Sub|8}}]]　 　 　  　　　　 [[毛利就馴|就馴]]　　　　　　　[[毛利師就|師就]]　  [[毛利政苗|政苗]]　  [[毛利匡敬|匡敬]]　　[[増山正贇|正贇]]　　[[毛利元世|元世]]　　[[毛利元承|元承]]&lt;br /&gt;
 　┌━━━┳━━━╋━━━┳━━━┓　　　┃              　│                                      ∥&lt;br /&gt;
 [[毛利重広|重広]]　　[[毛利匡満|匡満]]　　[[毛利治親|治親{{Sub|9}}]]  　[[毛利匡芳|匡芳]]　　[[毛利親著|親著]]　　[[毛利広鎮|広鎮]]　 　 　   　[[毛利匡敬|匡敬]]　 　 　   　　　　 　 　 　    　  [[毛利元純|元純]]&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　　┣━━━━┓　　┃      ┣━━━┓      　┣━━━┳━━━┳━━━┓&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　[[毛利斉房|斉房{{Sub|10}}]]　　[[毛利斉熙|斉熙]]　  [[毛利斉元|斉元]]　  [[毛利元蕃|元蕃]]　  [[毛利元徳|元徳]]　　　[[毛利匡満|匡満]]　  [[毛利治親|治親]]　  [[毛利匡芳|匡芳]]　  [[毛利親著|親著]]&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　　│　　　　　　　┃　　　∥　　　┃　　　　│&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　[[毛利斉熙|斉熙{{Sub|11}}]]　　　　　　[[毛利敬親|敬親]]　  [[毛利元功|元功]]　  [[毛利元昭|元昭]]　　　[[毛利匡芳|匡芳]]&lt;br /&gt;
 　　　　　┏━━━┥　　　　　　　　　　　　　　　┃      　┃&lt;br /&gt;
 　　　　[[毛利斉広|斉広]]　　[[毛利斉元|斉元{{Sub|12}}]]　　　　　　　　　　　　　　[[毛利元道|元道]]　　　[[毛利元義|元義]]&lt;br /&gt;
 　　　　　┏━━━┥　　　　　　　　　　　　　　　┃      　┣━━━┳━━━┓&lt;br /&gt;
 　　　　[[毛利敬親|敬親]]　　[[毛利斉広|斉広{{Sub|13}}]]　　　　　　　　　　　　　　[[毛利元敬|元敬]]　　　[[毛利元寛|元寛]]　　[[毛利元運|元運]]　　[[毛利元承|元承]]&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　　│　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　┝━━━┓&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　[[毛利敬親|敬親{{Sub|14}}]]　　　　　　　　　　　　　　[[毛利元周|元周]]　　　[[毛利元周|元周]]　　[[毛利元敏|元敏]]&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　　∥　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　│&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　[[毛利元徳|元徳{{Sub|15}}]]　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　[[毛利元敏|元敏]]&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　　┃　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　┃&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　[[毛利元昭|元昭]]　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　[[毛利元雄|元雄]]　&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　　┃　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　┃&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　[[毛利元道|元道]]　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　[[毛利元匡|元匡]]&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　　┃　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　┃&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　[[毛利元敬|元敬]]　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　[[毛利元海|元海]]&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　　┃　　　　　 　&lt;br /&gt;
 　　　　　　　　[[毛利元栄|元栄]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 大江姓安芸毛利氏の家臣団 ==&lt;br /&gt;
=== 一門衆 ===&lt;br /&gt;
*[[吉川経家]]&lt;br /&gt;
*[[吉川経安]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 庶家衆 ===&lt;br /&gt;
*[[志道広良]]&lt;br /&gt;
*[[口羽通良]]&lt;br /&gt;
*[[福原広俊]]&lt;br /&gt;
*[[福原貞俊]]&lt;br /&gt;
*[[桂広澄]]&lt;br /&gt;
*[[桂元澄]]&lt;br /&gt;
*[[堅田元慶]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 国衆 ===&lt;br /&gt;
*[[熊谷信直]]&lt;br /&gt;
*[[熊谷高直]]&lt;br /&gt;
*[[熊谷元直]]&lt;br /&gt;
*[[香川元景]]&lt;br /&gt;
*[[清水宗治]]&lt;br /&gt;
*[[市川経好]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[杉原盛重]]&lt;br /&gt;
*[[児玉就忠]]&lt;br /&gt;
*[[乃美宗勝]]&lt;br /&gt;
*[[川村重吉]]&lt;br /&gt;
*[[三浦元忠]]&lt;br /&gt;
*[[平賀元相]]&lt;br /&gt;
*[[平賀広相]]&lt;br /&gt;
*[[益田藤兼]]&lt;br /&gt;
*[[益田元祥]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[井上春忠]]&lt;br /&gt;
*[[井上元兼]]&lt;br /&gt;
*[[児玉就方]]&lt;br /&gt;
*[[佐波隆秀]]&lt;br /&gt;
*[[宍戸隆家]]&lt;br /&gt;
*[[天野隆重]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[南方就正]]&lt;br /&gt;
*[[中原善左衛門]]&lt;br /&gt;
*[[安国寺恵瓊]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[大江氏]]&lt;br /&gt;
*[[因幡毛利氏]]&lt;br /&gt;
*[[山崎毛利氏]]&lt;br /&gt;
*[[越後北条氏]]&lt;br /&gt;
*[[長州藩]]&lt;br /&gt;
*[[毛利甲斐守邸跡]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:毛利氏|!]]&lt;br /&gt;
[[Category:戦国大名|もうりし]]&lt;br /&gt;
[[Category:神奈川県の歴史|もうりし]]&lt;br /&gt;
[[Category:中国地方の歴史|もうりし]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の氏族|もうりし]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0; background-color:#f6f6f6; border:1px solid #ccc; padding:3px; font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
このページは[http://ja.wikipedia.org/wiki/ Wikipedia日本語版]由来のコンテンツを利用しています。もとの記事は[http://ja.wikipedia.org/wiki/毛利氏 '''毛利氏''']にあります。執筆者のリストは[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=毛利氏&amp;amp;action=history '''履歴''']をご覧ください。[[Yourpedia]]と同じく[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia Wikipedia]は[http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html GFDLのライセンス]で提供されています。コンテンツを再利用する際には同じくGFDLのライセンスを採用してください。&lt;br /&gt;
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&lt;div&gt;{{Otheruses|[[元素]]名|銀}}&lt;br /&gt;
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|style=&amp;quot;border-style:none&amp;quot;|[[画像:Ag-TableImage.png|250px]]&amp;lt;div style=&amp;quot;text-align:right&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;small&amp;gt;[[周期表]]&amp;lt;/small&amp;gt;&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;background:#ffc0c0&amp;quot;|一般特性&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;width:43%&amp;quot;|[[元素の一覧 (名前順)|名称]], [[元素の一覧 (記号順)|記号]], [[元素の一覧 (番号順)|番号]]||銀, Ag, 47&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[元素の分類|分類]]||[[遷移金属]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[元素の族|族]]、[[元素の周期|周期]]、[[元素のブロック|ブロック]]||[[第11族元素|11（IB）]], [[第5周期元素|5]] , [[dブロック元素|d]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[密度]]、[[モース硬度|硬度]]||10490kg·m&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−3&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;, 2.5&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|単体の[[色]]||style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|銀白色&amp;lt;br /&amp;gt;[[Image:SilverUSGOV.jpg|120px|銀]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;background:#ffc0c0&amp;quot;|原子特性&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[原子量]]||107.8682[[原子質量単位|amu]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[原子半径]]（計測値）||160（165）[[ピコメートル|pm]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[共有結合半径]]||153pm&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[ファンデルワールス半径|VDW半径]]||172pm&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[電子配置]]||&amp;lt;nowiki&amp;gt;[&amp;lt;/nowiki&amp;gt;[[クリプトン|Kr]]&amp;lt;nowiki&amp;gt;]&amp;lt;/nowiki&amp;gt;4[[d軌道|d]]&amp;lt;sup&amp;gt;10&amp;lt;/sup&amp;gt; 5[[s軌道|s]]&amp;lt;sup&amp;gt;1&amp;lt;/sup&amp;gt; &lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[電子殻]]||2, 8, 18, 18, 1&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[酸化数]]（[[酸化物]]）||1（[[酸化物|両性酸化物]]）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[結晶構造]]||[[面心立方構造]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;background-color:#ffc0c0&amp;quot;|物理特性&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[相]]||固体（[[反磁性]]）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[融点]]||1234.93[[ケルビン|K]]&amp;lt;br/&amp;gt;（961.78[[摂氏|℃]], 1763.2[[華氏|℉]]）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[沸点]]||2435K &amp;lt;br/&amp;gt;（2162℃, 3924℉）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[モル体積]]||10.27 &amp;amp;times; 10&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−3&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt; m&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;3&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[気化熱]]||250.58kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[融解熱]]||11.3kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[蒸気圧]]||0.34×10&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−21&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt; [[パスカル|Pa]]（1234K）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[音速|音の伝わる速さ]]||2600[[メートル毎秒|m·s&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;]]（293.15K）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;background:#ffc0c0&amp;quot;|その他&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[クラーク数]]||0.00001[[パーセント|%]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[電気陰性度]]||1.93（[[ライナス・ポーリング|ポーリング]]）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[比熱容量]]||232J·kg&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;·K&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[導電率]]||63×10&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;6&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;m·[[オーム|Ω]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[熱伝導率]]||429W·m&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;·K&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|rowspan=&amp;quot;3&amp;quot;|[[イオン化エネルギー]] || 第1: 731 kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|第2：2070kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|第3：3361kJ·mol&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;−1&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;background:#ffc0c0&amp;quot;|（比較的）安定同位体&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|colspan=&amp;quot;2&amp;quot;|&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;width:98%; margin:0; background:white&amp;quot; &lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;font-size:85%; text-align:center; font-weight:bold&amp;quot;&lt;br /&gt;
|[[同位体]]||[[天然存在比|NA]]||[[半減期]]||[[崩壊モード|DM]]||[[崩壊エネルギー|DE]]/[[メガ|M]][[電子ボルト|eV]]||[[崩壊生成物|DP]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;sup&amp;gt;107&amp;lt;/sup&amp;gt;Ag||'''51.839%'''||colspan=&amp;quot;4&amp;quot;|[[中性子]]60個で[[安定同位体|安定]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;sup&amp;gt;109&amp;lt;/sup&amp;gt;Ag||48.161%||colspan=&amp;quot;4&amp;quot;|中性子62個で安定&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!colspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;background:#ffc0c0; font-size:85%&amp;quot;|注記がない限り[[国際単位系]]使用及び[[標準状態]]下。&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
'''銀'''（ぎん、Silver）とは[[原子番号]]47の元素である。[[元素記号]]は'''Ag'''。[[金属]]の一種で[[貴金属]]に分類される。元素記号のAgは[[ラテン語]]での名称「''argentum''」（輝くもの）に由来する。[[電気伝導率]]および[[熱伝導率]]、また[[可視光線]]の[[反射率]]はいずれも金属中で最大である。光の反射率が高い事から日本語では'''しろがね'''（[[白銀]]：白い金属）と呼ばれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
銀イオンは[[バクテリア]]などに対して強い殺菌力を示すため、現在では広く抗菌剤として使用されている。例えば抗菌加工と表示されている製品の一部に銀化合物を使用した加工を施しているものがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
貴金属の中では比較的化学変化しやすく、空気中に[[硫黄]]化合物（自動車の排ガスや、温泉地の[[硫化水素]]など）が含まれていると表面に硫化物Ag&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;Sができ、黒ずんでくる。銀が古くから支配層、富裕層の人々に食器材料として用いられてきた理由のひとつは硫黄化合物や[[ヒ素]]などの毒を混入された場合に化学変化による変色で逸早く異変を察知できる性質からという説がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[アルゼンチン]]の国名も銀のラテン語名に由来する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 産出地 ==&lt;br /&gt;
[[金]]とともに中世ヨーロッパでは[[新大陸]]発見までの慢性的な不足品であって、そのため高価でもあった。この時代の日本は東アジア随一の金、銀、[[銅]]の採掘地域であり、中国への輸出も行っていた。これらの金属は日本の貿易品として有用だったので[[銀山]]は鎌倉幕府以前から江戸の鎖国終了、明治に至っても国が直轄する場合が多かった。中でも[[島根県]][[大田市]]の[[石見銀山]]は有名である。その後日本の銀山は資源枯渇のため、世界の銀産出地から日本の名前は消えた。新大陸発見後は[[ペルー]]などで大量採掘された銀が世界中に流れることになった。これが原因で銀の価値が暴落。ヨーロッパの物価は2～3倍のインフレに陥った（価格革命）。しかしながらいまだに銀は高価な金属であって、その光沢とともに人々に愛好されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 銀の応用 ==&lt;br /&gt;
=== 貨幣としての利用 ===&lt;br /&gt;
古来、[[金]]とともに[[貨幣]]として広く流通した。詳しくは[[銀貨]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 蒸着利用 ===&lt;br /&gt;
[[真空]]中に於いて銀を高温で熱し気化させ、目標物に[[蒸着]]させる事により銀の高い[[反射率]]を利用する。鏡、反射フィルムなど応用範囲は広い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 抗菌性の利用 ===&lt;br /&gt;
銀イオンは[[バクテリア]]などに対して極めて強い殺菌力を示すので、浄水器の滅菌装置など近年急速に殺菌剤として普及してきた。抗菌性が高い金属イオンとしては[[水銀]]、[[鉛]]などが知られているが、これらは動物に対しても害があり使用できない。日常使用しても環境に害がなく抗菌性を持つものとしては銅があり、用いられるようになってからは200年ほどの歴史がある。銀にも毒性が認められているが&amp;lt;ref&amp;gt;国際簡潔評価文書No.44 「銀および銀化合物」[http://www.nihs.go.jp/cicad/sum/sum44.pdf]&amp;lt;/ref&amp;gt;、鉛や水銀ほど毒性は強くないので[[1990年]]頃から使用されるようになり、大手化粧品会社の[[資生堂]]からはそれを応用したデオドラントスプレーが発売された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
銀イオンは感光性があり普通の塩の状態ではすぐに還元されて黒い銀の単体粒子が析出してしまうため、最近は[[チオ硫酸]]イオンなどを[[配位]]させた[[錯イオン]]を用いて感光性をなくしたものを使用している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 公衆浴場での利用 ===&lt;br /&gt;
日本では公衆浴場における浴槽水の衛生管理が義務付けられているが、銀イオンはその浴槽水の殺菌に利用されている。厚生労働省からは塩素剤による殺菌が推奨されているが、塩素殺菌が不向きな水質も存在している。銀イオンはそのような塩素殺菌が行いづらい水質の一部でも効果的に殺菌を行えることが確認されている。また、他の浴水殺菌剤や殺菌装置にはない還元的な殺菌作用（[[ORP]]による比較）から近年注目されている殺菌方法である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 写真への利用 ===&lt;br /&gt;
銀はまた[[写真]]の感光剤（臭化銀、[[ヨウ化銀]]など）として利用されている。銀のハロゲン化物が光を受けて銀原子を遊離すること（[[潜像]]）を利用し適当な還元剤と反応させることによりその変化を増幅（[[現像]]）、画像を記録することが可能である。さらに単独では濃淡しか表現できないが、複数の色素とフィルタ等を組み合わせ波長に応じて感光の度合いを変化させることにより、カラーでの記録も可能としている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 医療用途への応用 ===&lt;br /&gt;
銀は歯科医療で利用されている。比較的安価な材料として主に保険診療で使用される。用途は主に[[歯]]の[[う蝕]]（虫歯）や歯根の患部を削った空洞などに失った歯牙部分を補完する形で銀合金をかぶせたり、はめ込んだりする方法である。これらは[[ロストワックス鋳造]]法により製作される。使用される銀は銀に[[亜鉛]]や[[インジウム]]を添加したもの、また[[金]]や[[パラジウム]]等を添加した'''銀合金'''であり、そのうち銀の分量は約50～70%である。現在はほとんど行われていないが、銀と[[スズ]]の合金に[[銅]]や[[亜鉛]]を添加した粉末を[[水銀]]で練る[[アマルガム]]法を用いた[[アマルガム修復]]もよく行われた。[[有機水銀]]の毒性が問題となって日本においては廃れたが、現在でも毒性がないといわれる[[無機水銀]]を使用して行われる場合もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東洋医学の分野では、[[鍼|鍼治療]]用として銀を含む材質の鍼が製造されている。[[金]]を含む鍼に比べると安価だが、一般的なステンレスの鍼に比べて高価なため、銀の鍼を使うのが効果的とされる症状に対してコスト面で折り合いがつく場合に用いられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 電子工学分野への応用 ===&lt;br /&gt;
銀は既知の金属の中で最も電気抵抗が低い。そのため、導電性の良い電線として利用されている。もちろん銀そのものが高価なため、特殊な場合にのみ利用される。マニア向けのオーディオケーブル、スピーカーケーブル等がその例である。また高周波を扱う配線にも用いられることがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 宝飾品としての利用 ===&lt;br /&gt;
[[画像:Silver fossil.jpg|thumb|古代サメのアクセサリー]]&lt;br /&gt;
銀はその白い輝きから宝飾品としても広く利用されてきた。貴金属のなかでは比較的産出量も多く安価であるため、日本では特に若者向けの宝飾品として人気がある。宝飾品などとして利用する場合、純粋な銀では柔らか過ぎて傷つきやすい為、他の金属との[[合金]]の形で利用される事が多い。日本では一般的に銅を混ぜるが、コストダウンや酸化防止の目的で[[アルミ]]や[[ニッケル]]を混ぜる国もある。ただし、これらの金属は銅に比べて金属アレルギーを引き起こしやすい。古代エジプトでは銀は金よりも価値があり、金製品に銀メッキが施された宝飾品が存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[プラチナ]]を混ぜたプラチナシルバーや金・[[パラジウム]]を混ぜたシルバー、また色合いを変えたイエローシルバー、ピンクシルバー、グリーンシルバーなどもある。&lt;br /&gt;
* Silver900（SV900）：コインシルバー&lt;br /&gt;
* Silver925（SV925）：[[スターリングシルバー]]（品位記号 Sterling）&lt;br /&gt;
* Silver950（SV950）：ブリタニアシルバー（品位記号 Britannia）&lt;br /&gt;
* Silver1000（SV1000）：純銀、ピュアシルバー&lt;br /&gt;
銀製品は年月を経ると空気中の硫黄分と反応して黒ずんでくるが、これを''燻し銀''と呼んで愛好する向きもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本の[[造幣局 (日本)|造幣局]]では純度80.0%以上のみを貴金属として認めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 銀の象徴的意味 ==&lt;br /&gt;
[[画像:Silver_spoon.jpg|thumb|銀スプーン]]&lt;br /&gt;
銀は美しい白い光沢を放つ事から[[占星術]]や[[錬金術]]などの神秘主義哲学では[[月]]と関連づけられ、銀は男性を、金は女性を意味していた。ある時を境に位置が逆転し銀は月や女性原理などを象徴する物となり、一方金は太陽や男性原理などを象徴する物となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また各種競技、コンクール等で2位の場合に送られるメダル等に使われていることから、'''二位'''という象徴的意味も持ち合わせている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 銀相場 ==&lt;br /&gt;
金と並び貴金属や工業用素材として広く使用されることから、[[投資]]の対象にもなっている。時には[[投機]]的な資金が流入して[[相場]]価格が乱高下することがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
投資の対象として注目されるようになった発端は、[[1979年]]～[[1980年]]の[[ハント兄弟]]が工業用にも利用されている銀の価格が金と比べて低いことに着目した買い占めがきっかけであり、一時は20倍もの価格上昇が発生した。ハント兄弟の価格つり上げ工作は欧州の一般家庭が使っていた[[銀食器]]が鋳つぶされ市場に大量放出されたことによる暴落で大失敗に終わるが、その後も[[1996年]]には米国の[[投資家]][[ウォーレン・バフェット]]が世界の年間供給量の5分の1を買い占めたと表明し直後に暴騰が生じるなど、依然として混乱は見られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、もっとも銀消費量が多かった写真工業分野では[[現像]]時の銀回収システムやフィルムを使わない[[デジタルカメラ]]の移行が進んでおり、ハント兄弟の買い占めに際して発生した[[写真フィルム]]、[[X線写真|レントゲン]]フィルムの品不足のような事態は今後は発生しにくいと考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 伝承 ==&lt;br /&gt;
[[中華人民共和国|中国]]には[[シロアリ]]が銀を食べるという話が伝わっている。[[清代]]の康熙年間に呉震方が著した『嶺南雑記』には、[[1684年]]にある役所の銀倉庫で数千[[両|テール]]の銀が紛失したが倉庫の隅にシロアリの巣が有った以外に異常はなく、不可解に思いながらシロアリを炉に放り込んで焼き殺したところ炉から銀が出たという話が書かれている。また『天香楼外史』にも銀を入れていた木箱がシロアリに喰われて銀が消えたが、シロアリを炉で焼いたら箱に入れていただけの銀が出たという話が載っている。これらの伝承には一部誇張もあるであろうが、シロアリは食物を求めて巣から蟻道を伸張する過程で立ちふさがる障害物はとりあえず齧って突破を試みることが知られているので、それによって銀塊が著しく損傷したことを伝えているのであろう。現代でも地下埋設された[[鉛]]管をシロアリが損傷することがよく知られている。いずれも軟らかい金属ならではの被害といえる。齧りとられた銀は消化管を通じてあるいは口でくわえて巣に持ち帰り巣材に用いられたであろうから、巣をシロアリもろとも焼けば塗り込められた銀粉が再度溶けて銀塊に戻ることもあり得る話である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 鉱物 ==&lt;br /&gt;
*'''自然銀'''（しぜんぎん、native silver） - Ag&lt;br /&gt;
*[[針銀鉱]]（[[輝銀鉱]]） - Ag&amp;lt;sub&amp;gt;2&amp;lt;/sub&amp;gt;S&lt;br /&gt;
*[[濃紅銀鉱]]（火閃銀鉱、淡紅銀鉱） - Ag&amp;lt;sub&amp;gt;3&amp;lt;/sub&amp;gt;SbS&amp;lt;sub&amp;gt;3&amp;lt;/sub&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[角銀鉱]] - AgCl&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[輝銀鉱]]&lt;br /&gt;
* [[方鉛鉱]]&lt;br /&gt;
* 金と銀（[[フランツ・レハール]]、[[ウィンナワルツ|ワルツ]]）&lt;br /&gt;
* [[鉱物]]、[[鉱物の一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{元素周期表}}&lt;br /&gt;
[[Category:元素|きん]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0; background-color:#f6f6f6; border:1px solid #ccc; padding:3px; font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
このページは[http://ja.wikipedia.org/wiki/ Wikipedia日本語版]由来のコンテンツを利用しています。もとの記事は[http://ja.wikipedia.org/wiki/銀 '''銀''']にあります。執筆者のリストは[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=銀&amp;amp;action=history '''履歴''']をご覧ください。[[Yourpedia]]と同じく[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia Wikipedia]は[http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html GFDLのライセンス]で提供されています。コンテンツを再利用する際には同じくGFDLのライセンスを採用してください。&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.215.118.126</name></author>	</entry>

	<entry>
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&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{| class=&amp;quot;toccolours&amp;quot; style=&amp;quot;clear:both; margin:0 auto; border-collapse:collapse; text-align:center; font-size:smaller&amp;quot;&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
|[[第1族元素|1]]&lt;br /&gt;
!colspan=&amp;quot;16&amp;quot;|[[元素]]の[[周期表]]&lt;br /&gt;
|[[第18族元素|18]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[第1周期元素|1]]&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|H|水素|palegreen}}&lt;br /&gt;
|[[第2族元素|2]]&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
|[[第13族元素|13]]&lt;br /&gt;
|[[第14族元素|14]]&lt;br /&gt;
|[[第15族元素|15]]&lt;br /&gt;
|[[第16族元素|16]]&lt;br /&gt;
|[[第17族元素|17]]&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|He|ヘリウム|azure}}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[第2周期元素|2]]&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Li|リチウム|mistyrose}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Be|ベリリウム|bisque}}&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|B|ホウ素|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|C|炭素|palegreen}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|N|窒素|palegreen}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|O|酸素|palegreen}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|F|フッ素|lightyellow}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Ne|ネオン|azure}}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[第3周期元素|3]]&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Na|ナトリウム|mistyrose}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Mg|マグネシウム|bisque}}&lt;br /&gt;
|[[第3族元素|3]]&lt;br /&gt;
|[[第4族元素|4]]&lt;br /&gt;
|[[第5族元素|5]]&lt;br /&gt;
|[[第6族元素|6]]&lt;br /&gt;
|[[第7族元素|7]]&lt;br /&gt;
|[[第8族元素|8]]&lt;br /&gt;
|[[第9族元素|9]]&lt;br /&gt;
|[[第10族元素|10]]&lt;br /&gt;
|[[第11族元素|11]]&lt;br /&gt;
|[[第12族元素|12]]&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Al|アルミニウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Si|ケイ素|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|P|リン|palegreen}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|S|硫黄|palegreen}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Cl|塩素|lightyellow}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Ar|アルゴン|azure}}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[第4周期元素|4]]&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|K|カリウム|mistyrose}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Ca|カルシウム|bisque}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Sc|スカンジウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Ti|チタン|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|V|バナジウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Cr|クロム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Mn|マンガン|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Fe|鉄|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Co|コバルト|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Ni|ニッケル|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Cu|銅|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Zn|亜鉛|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Ga|ガリウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Ge|ゲルマニウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|As|ヒ素|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Se|セレン|palegreen}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Br|臭素|lightyellow}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Kr|クリプトン|azure}}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[第5周期元素|5]]&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Rb|ルビジウム|mistyrose}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Sr|ストロンチウム|bisque}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Y|イットリウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Zr|ジルコニウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Nb|ニオブ|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Mo|モリブデン|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Tc|テクネチウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Ru|ルテニウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Rh|ロジウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Pd|パラジウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Ag|銀|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Cd|カドミウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|In|インジウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Sn|スズ|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Sb|アンチモン|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Te|テルル|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|I|ヨウ素|lightyellow}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Xe|キセノン|azure}}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[第6周期元素|6]]&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Cs|セシウム|mistyrose}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Ba|バリウム|bisque}}&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;background-color:white; border:1px solid #aaa&amp;quot;|*&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Hf|ハフニウム|white}}&lt;br /&gt;
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{{元素周期表/item|Ir|イリジウム|white}}&lt;br /&gt;
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{{元素周期表/item|Au|金|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Hg|水銀|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Tl|タリウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Pb|鉛|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Bi|ビスマス|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Po|ポロニウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|At|アスタチン|lightyellow}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Rn|ラドン|azure}}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[第7周期元素|7]]&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Fr|フランシウム|mistyrose}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Ra|ラジウム|bisque}}&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;background-color:white; border:1px solid #aaa&amp;quot;|**&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Rf|ラザホージウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Db|ドブニウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Sg|シーボーギウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Bh|ボーリウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Hs|ハッシウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Mt|マイトネリウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Ds|ダームスタチウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Rg|レントゲニウム|white}}&lt;br /&gt;
|[[未発見元素の一覧|...]]&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|colspan=&amp;quot;19&amp;quot; style=&amp;quot;height:0.2em&amp;quot;|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
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||&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|*|ランタノイド|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|La|ランタン|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Ce|セリウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Pr|プラセオジム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Nd|ネオジム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Pm|プロメチウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Sm|サマリウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Eu|ユウロピウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Gd|ガドリニウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Tb|テルビウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Dy|ジスプロシウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Ho|ホルミウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Er|エルビウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Tm|ツリウム|white}}&lt;br /&gt;
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{{元素周期表/item|Pa|プロトアクチニウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|U|ウラン|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Np|ネプツニウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Pu|プルトニウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Am|アメリシウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Cm|キュリウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Bk|バークリウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Cf|カリホルニウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Es|アインスタイニウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Fm|フェルミウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Md|メンデレビウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|No|ノーベリウム|white}}&lt;br /&gt;
{{元素周期表/item|Lr|ローレンシウム|white}}&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&amp;lt;noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
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