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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<updated>2026-05-17T07:57:25Z</updated>
		<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
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		<title>ウィキペディア日本語版の管理者</title>
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				<updated>2008-08-06T01:53:09Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.208.159.182: /* Brion VIBBER */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{SeeTalk}}&lt;br /&gt;
'''ウィキペディア日本語版の管理者'''（ウィキペディアにほんごばんのかんりしゃ）とは[[ウィキペディア日本語版]]を管理する人のことである。[[ウィキペディア]]に利用者アカウントを持つものを一般的に[[ウィキペディアン]]と呼び、依存症患者同然のヘビーユーザーを[[ウィキホリック]]と呼ぶ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 管理者一覧 ==&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Kasuga|Kasuga]] ===&lt;br /&gt;
[[ウィキペたん]]の生みの親。詳細は[[Kasuga]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Suisui|Suisui]] ===&lt;br /&gt;
[[今泉誠]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Kahusi|Kahusi]] ===&lt;br /&gt;
[[澤田亮太]]も参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウィキペディア日本語版の管理者でもあり、Chakuwikiの管理者でもある。本名はオウム真理教幹部・[[松葉裕子]]。最近では他アカウントで荒らし始め他のウィキペディア管理者などの成りすましを行っているが、ウィキペディアの会話ページでは「私ではありません」とコメントしている。嘘つきは泥棒の始まりであるのは、オウム信者だからである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
個人ウィキペディア『かふしゐき』で、トリップとアカウントを対比させた「2ちゃんねらーのウィキペディアン」一覧を作成していた。が、リストを根拠に管理者にまで2ちゃんねらーがいる事と、[[海獺 (利用者)]]（福井一派は、全てこのアカウントをマニュアルで使うことが出来るので注意！）・[[太田尚志]]・[[福井利器]]・[[松葉裕子]]が2ちゃんねらーかつJAWPの管理者であることを指摘されて削除（＝証拠隠滅）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Koba-chan|Koba-chan]] ===&lt;br /&gt;
クラシックの演奏家に向かって「馬鹿とはさみは使いよう」と吐き捨てることで有名&amp;lt;ref&amp;gt;[http://mywebpage.netscape.com/kasumoerer/koba1.JPG]&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://mywebpage.netscape.com/kasumoerer/koba2.JPG]&amp;lt;/ref&amp;gt;。本名は小林義宗。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Tietew|Tietew]] ===&lt;br /&gt;
本名は'''岩瀬透'''&amp;lt;ref&amp;gt;[http://hotwired.goo.ne.jp/matrix/0602/003/ 今泉誠と共にインタビューでウィキペディアの宣伝を述べる岩瀬透（写真あり）]&amp;lt;/ref&amp;gt;。Suisuiと並ぶウィキペディア日本語版の大幹部の1人。彼もメディア露出が多い。気に食わない利用者を独断で投稿ブロックしたり自身の[[ブログ]]でウィキペディア利用者に対する陰口を熱心に書き込んでいる為、ウィキペディアンの間でも悪名高い存在として有名。そんなことしてたのか。ひでー。野田憲太郎に向かってmixiで2度「英語で」メッセージを送付したことで話題となった。地球人でも日本人ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみにオタクイベントとして有名な「コミケ」に参加したり、オタク用語を多用したりする重度の[[オタク]]でもある&amp;lt;ref&amp;gt;[http://wikipedia.g.hatena.ne.jp/Tietew/20041225]&amp;lt;/ref&amp;gt;。mixiのコミュニティ上での暴言があったが、綺麗に岡田一祐の手で削除された。漫画の台詞を31歳にもなってそのままコピーして快感を得ており、ゆきちと同レヴェルの人物。リリカルなのはをたく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Ks aka 98|Ks aka 98]] ===&lt;br /&gt;
悪質管理者の1人で[[河下反対派]]。実際に[[荒らし]]やその他推奨されない行為を行っていない利用者に対して不誠実な無期限ブロックを平気で行う、極悪非道な利用者である。IPユーザーに対しても、広域ブロックを余裕で行える。このような極悪非道な利用者にはみんな迷惑している。2ちゃん組の一員。2ちゃん組の特徴として「スタイル修正などに徹する癖して、ろくな記事執筆が存在しないこと」が挙げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:竹麦魚|竹麦魚]] ===&lt;br /&gt;
北海道在住のアイヌ系管理者。アイヌ語は達者だが日本語が不自由。[[野田憲太郎]]に向かって「あなたは日本でくすぶっているだけの音楽家」と[[ウィキペディア日本語版の管理者#利用者:Miya|Miya]]のブログで放言し、話題となる。その年に彼はオランダに招かれているので、この利用者は民事提訴される予定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Los688|Los688]] ===&lt;br /&gt;
投稿ブロックやリバートは迅速だが、それゆえにブロックやリバートの乱発が目立つ管理者の1人。[[宮城県]]の[[被差別部落]]出身。典型的な軍事オタクだが、某宗教信者でもある。自分の信仰する宗教団体を擁護するRVを行ったことで有名。彼はCUでもないのに、利用者のアクセスログ及び書き込みログが照会できる地位にいる。それをプロバイダに売るのが彼の仕事である。さすが、カルト宗教にはまる管理者は一味違うね!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ログインやログアウトのログも観察して、利用者を尾行するのが趣味という気持ち悪い管理者。悪戯を差し戻すのならともかく、普通の投稿も観察し「誰がどの項目を書いたか」を日誌につけて今泉や岩瀬に報告する。[[ストーカー]]並みの性格といってよいだろう。こういう人が、仏教にはまるのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうして得た個人情報「誰がどこを書いたか、どのような内容を書いたか」を[[闇業界]]に売り、その利益をウィキメディア財団に「寄付」する。日本語版のみならず、どこの言語版でも行われている可能性が高い。その寄付金の額で「年単位靴下が買える」システムが機能していれば、正常な書き込みが即座にRVされても全くおかしくはない。Los688くんには気の毒だと思うが、某宗教団体の宣伝をするような管理者はここまですっぱ抜かれるべきである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
31歳で結婚するも程なく[[離婚]]。原因は言うまでもなく、自身のカルトへの傾倒と[[消費者金融]]からの[[借金]]である。また軽度の[[知的障害]]があるため一般の利用者とのコミニュケーション能力に欠け、トラブルが多い。まったく[[迷惑]]な管理者である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:co.kyoto|co.kyoto]] ===&lt;br /&gt;
[[木津尚子]]を参照せよ。最近「co.kyotoは私です」という偽者が[[mixi]]に出没しているので注意が必要である。立派な共有靴下である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:KMT|KMT]] ===&lt;br /&gt;
KMTはウィキペディア日本語版の管理者&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:KMT]&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://mywebpage.netscape.com/kasumoerer/kmt_dead.htm]（←エンコードはUTF-8でご覧ください）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このように、自らの利用者ページを削除した馬鹿野郎である。2浪の後大阪歯科大学を[[2007年]]4月に卒業していることがわかっている。mixiのアカウントには「活動終了」などと書かれているが、実は頻繁に深夜にログインしていることがわかっている。自分の発言に法的責任を問われると感じた瞬間、全てのmixiコミュニティから退会したへたれ。[[wiki:利用者:Akinoniji|Akinoniji]]も同種の詭弁を用いる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Miya|Miya]] ===&lt;br /&gt;
管理者の1人。他人のコメントや都合の悪いエントリーをはてなダイアリーから一括削除したことで有名になった女性。そのだんな、Miya.mはジンボ・ウェールズを「皇帝」と呼ぶほどに慕っており（mixi日記より判明）、夫婦そろって「洗脳」されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジンボが撮った写真に自分が写っているにもかかわらず、「写っていない」と応対したことで話題となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
管理権限を好き勝手に濫用した事により、仲間であるはずのちゃたまの手によって'''管理者なのに短期ブロックされてしまったほどの問題児。'''本来ならば無期限ブロックされてもしょうがない輩なのだが、ちゃたまと同じく管理者でMiyaの手下でもあるKinoriによってあっと言う間にブロックを解除された（一般利用者ならばありえない減刑処分である）。他の管理者にも言える事だが、今後Miyaがどんなに暴れてもウィキペディアから追放される事は無いであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
猫森日記に「co.kyoto=hatukanezumi=aphaia」とコメント欄に投稿すると必ず削除される。本名は'''[[宮川由美子]]'''と言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Faso|Faso]] ===&lt;br /&gt;
OCNの広域ブロックに精を出す暴君管理者。Fasoのみの手によってFasoがコントロールされている確率は低い。mixiはすでに退会済みだが、かつては猿壱號という名義で登録してあった。本名は[[澤山隆行]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かつてはCU権限を持っていた。しかし、乱用しすぎたのかCU権限を剥奪されてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Miya.m|Miya.m]] ===&lt;br /&gt;
管理者の1人でMiyaのだんな。上記のようにジンボ・ウェールズを「皇帝」と呼ぶまでに崇拝しており、Miyaに洗脳されていると思われる。恐妻家であるらしく、至極当然と言えばそうであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに普段は恰幅も気前も良いおじさんである。最近は嫁の奇行に悩まされ始めているらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Riden|Riden]] ===&lt;br /&gt;
管理者であるにもかかわらず実際に荒らしや中傷など行っていない無実の利用者に対して、不適切な投稿ブロックを平気で行う極悪非道な管理者である。そして平気で記事を保護する極悪管理者でもある。この極悪管理者を許すわけにはいかない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Nnh|Nnh]] ===&lt;br /&gt;
神社関連の記事などを編集している管理者。記事を執筆するよりも人の悪口を書くのが好きな愚か者。自己満足のために必ず旧仮名遣い風で[[インターネット]]に書き込んでいるが、その内実は澤田亮太と同レベル。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:おはぐろ蜻蛉|おはぐろ蜻蛉]] ===&lt;br /&gt;
管理者の1人。ウィキペディア日本語版におけるサブカルチャー記事作成の急先鋒。特に[[声優]]の記事に固執することでも知られ、その声優に不利と思われる書き込みがあると、すぐさま特定版削除へ持ち込む。そしてあげくのはてに身勝手な保護。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:cpro|cpro]] ===&lt;br /&gt;
2007年より管理者。2ちゃん組の一員。よく編集する記事や[http://nikupedia.com/index.html 運営しているサイト]からみて明らかにオタクである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[wiki:利用者:Special rapid|special rapid]]や[[wiki:利用者:41|41]]などといったワルガキにお仕置きを加えることも得意としているワルガキハンターである。[[特別:Contributions/218.251.8.58|218.251.8.58]]ことspecial rapidからは「''とあるユーザーに対しストーカー行為を続け、そのユーザーが書いた記述を無意味にリバートする。最近では[[アンサイクロペディア]]で荒らし始め、他のウィキペディア管理者などの成りすましを行っているが、ウィキペディアの会話ページでは「私ではありません」とコメントしている。嘘つきは泥棒の始まりである''」と評されている。アンサイクロペディアを荒らしたのは恐らくspecial rapidの成りすましだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:スのG|スのG]] ===&lt;br /&gt;
2007年より管理者。2ちゃん組の一員。理科系のオタク。とあるユーザーの記述を役に立っているにも関わらず無意味にリバートする。とはいえ、41のような迷惑ユーザーへの対処も行っているのでその点は評価すべきである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2008年]]に管理者を勇退した。またアカウント名をSu-no-Gに変更した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Chatama|Chatama]] ===&lt;br /&gt;
CU、ビューロクラットをも勤めるマルチユーザー。その事情も大きく作用しているのであろうか、他の管理者と比較すると攻撃的な編集やでたらめな記事加筆は少ない。ほとんどが悪戯排除のために使われているアカウント。利用者ページに書かれていることには当然間違いがあるが、「目立たない工夫」がされているため普通の人にはばれにくい。子持ちの中年であるため、電波やガキの扱いには慣れている。ブロック逃れのユーザーには厳しい対処をし、ケツ毛まで抜こうとする。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
火葬場に執着しており、稼動中（火葬中）の重油焚き再燃炉無しの台車式火葬炉内部を覗いた事がある。鉄道にも執着しているがどこか適当なため、加筆内容は薄い。アカウント取得者は実は有名人。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何だかんだ言って、娘には甘いパパである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こいつもまた無関係なユーザーにまで巻き添えを食らわす広域ブロックをぶちかましてくれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
正直なところ、管理者権限の使用に少々荒っぽいところがあるのも否めない（本人談ｗ）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Calvero|Calvero]] ===&lt;br /&gt;
極悪非道なウィキペディアの管理者。スのGと並ぶ理科系のオタク。実際に荒らしやその他推奨されない行為を行っていない無実の利用者に対して、不適切な投稿ブロックを平気で行う。最近では広域ブロックも行っている。ウィキペディアを魑魅魍魎化に導く利用者であって管理者などもってのほか論外。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:赤井彗星|&amp;lt;font color=&amp;quot;red&amp;quot;&amp;gt;赤井彗星&amp;lt;/font&amp;gt;]] ===&lt;br /&gt;
&amp;lt;font color=&amp;quot;red&amp;quot;&amp;gt;このたび管理者の仲間入りを果たしたガンダムヲタク。Fontタグを使ったウザ署名を行っている。特定版削除の方法がわからないと嘆いていた。若さ故の過ちもあるが、認めようとはしない。こんなやつでも管理者になれるWikipedia日本語版の未来は無い。でもきっとシャアが助けてくれる!そして、「無類の編集保護大好き男」であると公言している。&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Bellcricket|Bellcricket]] ===&lt;br /&gt;
この上極まりない[[Chakuwikiの利用者]]をブロックしてくれる救世主。[[Wiki:利用者:おかやまりゅうせい|おかやまりゅうせい]]以外にも[[Wiki:利用者:4B3|4B3]]とかもブロックしていただきたい。ぜひ[[Chakuwiki]]でも管理者になって容赦なく次々とChakuwikiの利用者をブロックしていただきたい。そして[[利用者:Ded|僕]]などの無実の罪で追放されたユーザーのブロックを解除していただきたい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
予告なくCU権限を使用することが多いのが少々残念である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Kinori|Kinori]] ===&lt;br /&gt;
極めて悪質な管理者。他人の編集にケチをつけることが趣味。しかしKinoriが編集した物で有用な内容は皆無である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
各種方針を無視し、管理者としての権限を好き勝手に濫用するユーザーとしても有名。他の管理者と同じく、個人的に嫌いな利用者を無期限ブロックに追いやっている。パソコンを複数所有しているため、ウィキペディア等で自作自演している疑惑もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Tanuki Z|Tanuki Z]] ===&lt;br /&gt;
影の薄い管理者の1人。ただのゴロツキである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:海獺|海獺]] ===&lt;br /&gt;
{{Main|海獺 (利用者)}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:はるひ|はるひ]] ===&lt;br /&gt;
2007年後半に就任した新しい管理者。その後、BCに立候補し当選した。薬事法関連に詳しいようである。飴とムチのお子様対策に定評があり、圧倒的多数に支持された。削除、即時削除、ブロックの対処もこなす働き者で、管理者就任後も比較的高い支持を獲得している。しかし意味のあるリダイレクトを削除したために[[Muttley]]の逆鱗に触れたことがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
不自然なまでに特定の記事に執着する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その挙措と言動から20代の麗しき女性かと思われたが、その正体が実は30代のオッサンだったことに数多の利用者の萌えは粉々に打ち砕かれた。俺のときめきを返せコノヤロー!!!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Brion VIBBER|Brion VIBBER]] ===&lt;br /&gt;
アメリカ人。英・仏・エスのマルチリンガルで日本語も勉強中との事。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:三日月|三日月]] ===&lt;br /&gt;
管理者の1人。とにかく無愛想な軍事オタクである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Marine-Blue|Marine-Blue]] ===&lt;br /&gt;
ありふれた名前だと知りつつMarine-Blueの名を登録し、他方で他人が「マリン」、「ブルー」、「蒼海」などと付く名を名乗るのは認めないという自己厨。他人が類似のアカウントを取得すると即座に飛んでいって警告する。実際に何人かが投稿ブロックを盾に改名を迫られている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウィキメディア関連で400以上もアカウントを持っているらしいが、それに費やした時間の1%でも使って紛らわしいアカウントを予防取得することはできなかったのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:アイザール|アイザール]] ===&lt;br /&gt;
管理者の1人。よく語尾に「♪」をつける。たまに婉曲的な嫌味を述べるが、文体は温和。一応2ちゃんねる組である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[wiki:利用者:Peccafly|Peccafly]] ===&lt;br /&gt;
2008年の夏から管理者に就任した新入り。2ちゃんねる組の1人。ソヴィエト連邦の歴史に詳しい。祖父はシベリア抑留経験者。ロシア語以外の外国語にも堪能。管理者の信任投票の際に意地悪な質問をされたとして、利用者の一人に私怨を抱いている模様。いわゆる海外組の一人で、日本人ではない可能性が高い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[ウィキペディア日本語版の恐怖]]&lt;br /&gt;
* [[ウィキペディア日本語版の利用者]]&lt;br /&gt;
* [[アンサイクロペディア日本語版の利用者]]&lt;br /&gt;
* [[アンサイクロペディア日本語版の管理者]]&lt;br /&gt;
* [[モナペディアの利用者]]&lt;br /&gt;
* [[ユアペディアの利用者]]&lt;br /&gt;
* [[Chakuwikiの利用者]]&lt;br /&gt;
* [[Chakuwikiの管理者]]&lt;br /&gt;
* [[ウィキペディアの管理者が勝手に保護した記事]]&lt;br /&gt;
* [[ウィキペディア八分]]&lt;br /&gt;
* [[ウィキペディア川柳]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://ja.uncyclopedia.info/wiki/ウィキペディアン ウィキペディアン - アンサイクロペディア]（アンサイクロペディアは乗っ取りが行われているので注意!→[http://ja.uncyclopedia.info/index.php?title=%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2&amp;amp;diff=prev&amp;amp;oldid=36158]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディア|かんりしや]]&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディアの管理者|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:ネット弁慶]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.208.159.182</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:Katabami&amp;diff=35300</id>
		<title>利用者:Katabami</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:Katabami&amp;diff=35300"/>
				<updated>2008-08-06T01:46:11Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.208.159.182: 新しいページ: '松葉裕子のダミーアカウントである。  45歳のおばさんで、今日もらっこBOT使ってるー、「太田！福井っ！」って道場でー、いつま...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;松葉裕子のダミーアカウントである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
45歳のおばさんで、今日もらっこBOT使ってるー、「太田！福井っ！」って道場でー、いつまでたってもオウムのステージ上がんないー。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
準サマナに手伝ってもらうところが卑怯ですー。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
メジャーの男キャラではぁはぁ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さすがに狂った？あははは。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
松葉裕子のダミーアカウントである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
45歳のおばさんで、今日もらっこBOT使ってるー、「太田！福井っ！」って道場でー、いつまでたってもオウムのステージ上がんないー。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
準サマナに手伝ってもらうところが卑怯ですー。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;center&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[画像:Kentaro Noda.jpg|240px|thumb|なぜ笑う?]]&lt;br /&gt;
[[画像:Noda Kentaro.jpg|thumb|いかにも粘着質って感じのお姿ですね。]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/center&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[野田憲太郎]]は、自称・音楽家。ユアペディアをはじめとするネット上に頻繁に出没する。少なくともネット上の素行を見る限りでは、一般社会常識はゼロに等しく、Wikipediaをはじめとする複数のコミュニティで永久追放処分を受けている。追放処分の緩やかなサイトでのみ、追放されたサイト管理者の誹謗・中傷を中心とする投稿活動を行っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==[[ウィキペディア日本語版の利用者]]として==&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 在日管理者の存在を公開したために、慌ててSnow steed（Mixiを退会済）が無期限投稿ブロックを提案した。2007年7月の京都烏丸おばんざいやさんで行われた海外組の接待は、この男によって暴露された。小西規勝や利用者:KMTは頻繁に利用者:Noda,KentaroのMixiを「勤務中に」覗いてくる。この男が行った在日認定がよほど悔しいからであろうか、最近は勤務中にユアペディアまでこの節を荒らす利用者が存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
--&amp;gt;現代音楽関連の記事に関して、出典の明記をするよう他の利用者から注意を受けたが、それを頑なに拒否しつづけた為に無期限投稿ブロックを受けた。それ以来、ウィキペディア日本語版及びウィキペディア日本語版の管理者を憎んでいる。その無念を他人に知らせたかったのか、[[2ちゃんねる]]&amp;lt;ref&amp;gt;[http://music8.2ch.net/test/read.cgi/contemporary/1165228479/ 野田憲太郎応援スレッド]&amp;lt;/ref&amp;gt;と[[mixi]]&amp;lt;ref&amp;gt;[http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=10353087&amp;amp;comm_id=5454&amp;amp;page=all ウィキペディア日本語版|ウィキペディア日本語版の恐怖政治体制] 閲覧にはmixiへの参加が必要。&amp;lt;/ref&amp;gt;でも同時期に不可解な絨毯爆撃を行い、ウィキペディア以外のコミュニティにも重大な迷惑をかけた。現在でもウィキペディア日本語版の諸利用者（管理者を含む）を敵視し、[http://d.hatena.ne.jp/Kasumoerer/ 自分のウェブサイト]やYourpediaの本項目でこれらの利用者の中傷糾弾を続けているところを見ると、ウィキペディア日本語版には相当の思い入れがあると考えられる。事実、ウィキペディア日本語版では投稿ブロック以後も数々のサブアカウントを取得し編集投稿を続けているが、悉く発見され、これらの多くは投稿ブロックを受けた。この騒動で本人と推定され投稿ブロックを受けた利用者アカウントやIPの数は10を超える。&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E9%80%B2%E8%A1%8C%E4%B8%AD%E3%81%AE%E8%8D%92%E3%82%89%E3%81%97%E8%A1%8C%E7%82%BA/%E9%95%B7%E6%9C%9F/Noda%2CKentaro Wikipedia:進行中の荒らし行為/長期/Noda,Kentaro]&amp;lt;/ref&amp;gt;余談ではあるが、この利用者はYourpediaで同名のアカウントを取得しており、本項目の起草・加筆もこの利用者の尽力によるものが大きい。&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E7%89%88%E3%81%AE%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85&amp;amp;limit=500&amp;amp;action=history ウィキペディア日本語版の利用者 - 履歴]&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ネット上で彼のピアノの演奏（と称するもの）を聴いたもののある者であれば、誰にでも解かることであるが、彼が音楽と称するものは、幼稚園児の落書きか、またはそれ以下である。ピアニストを'''目指す'''のであれば、まずは「猫踏んじゃった」を正しく弾くことを目指すべきであろう。&lt;br /&gt;
===状況===&lt;br /&gt;
* あからさまにウィキペディアの中毒者（もしくは依存者）であり、無期限ブロックを無視して多数の靴下人形を操り、何度でもウィキペディアへの参加を強行している。しかしながらウィキペディアのルールや、言論上のマナーを遵守しようという意思はまったく持ち合わせていない。そのため、ウィキペディア日本語版やその参加者に対して、自分の思い込みや憶測に基づき様々な流言蜚語と誹謗中傷の限りをネット上に並べ立てることにより、自己正当化が図れると確信し、なおかつ自分の恥ずべき言動に酔い痴れている。しかも、周囲からの顰蹙や失笑を買っていることにはお構いなしである。&lt;br /&gt;
* 私怨を基にした行動パターンが見出される。また、たいていの靴下人形が、野田の出没する領域と共通の分野やジャンルで投稿・加筆を行う上、「自分は野田さんの知り合いであり、その人柄や作品の優秀さは知り尽くしている」式の擁護を行い、あるいは野田が攻撃した他ユーザーを名指しでおちょくる……というように、統一された行動様式を見せている。&lt;br /&gt;
* 以前は日本語版ウィキペディアンの間では、音楽家の野田憲太郎とウィキペディアンのNoda,Kentaroが同一人物であるかは断言できないとする見解が優勢であったが、[[2007年]]7月下旬において野田が自分のHPで、「ウィキペディアの中国人・韓国人投稿者について日本語版Wikitruthに論文（を発表）」と自ら暴露したことにより、野田憲太郎 ＝ Noda,Kentaroであることは動かしがたい事実となった。&lt;br /&gt;
* 一連の幼稚な言動の執着において、病的な[[エゴイズム]]や[[人格障害]]（[[偏執病]]および[[自己愛性人格障害]]）の気味が見られる。&lt;br /&gt;
* 日本の[[音楽学]]会や作曲界について毒づいているが、以下の3点から、野田が学位請求論文の書き方についてまともな指導をろくに受けていないことや、しかるべき学術機関に論文を作成して受理された経験がほとんどないことは明らかである（少なくとも、「野田憲太郎＋音楽学」「Kentaro Noda + Acta Musicologica」などとネット検索で入力しても、論文関係の項目がヒットしない）。&lt;br /&gt;
** [[出典]]の明記の仕方を理解しておらず、また理解しようともしていない。&lt;br /&gt;
** [[宇野功芳]]にも似た特異な（かつ著しく主観的な）言い回しを弄ぶが、それが[[百科事典]]や[[論文]]としての文体や品格にそぐわないという点については、何の自覚も反省もない。&lt;br /&gt;
** [[2ちゃんねる]]などで指摘されているように、日本語作文に問題があるだけでなく、英作文についても、[[品詞]]の用法や[[単語]]の選択ならびに[[シンタックス]]がおかしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===編集傾向===&lt;br /&gt;
#主として[[クラシック音楽]]、とりわけ[[現代音楽]]関係の記事に出現し、[[Wikipedia:検証可能性|検証可能性]]に問題のある投稿を繰り返す。&lt;br /&gt;
##ほかに[[戦争]]関連や[[アニメ]]、[[ゲーム]]（ゲーム音楽）関連記事にも出没。&lt;br /&gt;
##出典の明記や論拠を求められると途端に不貞腐れるくせに、他人には「理由のないことをしてはいけない」と教え諭す。&lt;br /&gt;
#ブロック中であることを意に介さず、多重アカウントやIPで編集活動を強行しようとする。&lt;br /&gt;
##ウィキペディアの慣行やモラルに毒づきながらも、ウィキペディアを自分の学習発表の場として濫用している。&lt;br /&gt;
#出典の明記を要求されることを極度に毛嫌いし、要求する側がおかしいとか、要求する側が読んで調べるべきとかといった類いの言葉で応戦する。&lt;br /&gt;
##出典タグに過敏に反応し、明記できない場合に沈黙ないしは放置するということができない。&lt;br /&gt;
##「出典を要求するくせに調べられないのは、外国人だからだ（あるいは日本語がろくにできないからだ、もしくは日本にいないからだ）」といった妄言で相手に反撃しようとする。&lt;br /&gt;
##要約欄などに、「○○に載ってる」「文献は○○でいいよ」といった杜撰かつ投げ遣りな“明記”をすることもある。&lt;br /&gt;
#余談や逸話（それも、どちらかと言えば読者の心証を害するような[[アネクドート]]や[[ゴシップ]]、[[スキャンダル]]の類い）、個人的印象にもとづくエピソードを書き加える。ともすれば本文よりも長々と書き込む。&lt;br /&gt;
#バランス感覚を欠いているうえ批判と非難の峻別ができないために、攻撃的・他罰的な文章を平然と書き連ねる。そのため主張や論旨が客観的（または中立的）でないと指摘されると、改めるどころか憤慨する。&lt;br /&gt;
#編集合戦を仕掛け、自分が加筆した状態こそが最善であるとして、何度でも執拗に戻す。&lt;br /&gt;
##かつて自分が関わった記事を熱心に注察しており、自分の記述を変更・削除等されるとその都度ソックパペットで舞い戻って自分が書いた状態に差し戻す。&lt;br /&gt;
##なおかつノートページや会話ページで厭味を言う。&lt;br /&gt;
##さらには自分のブログを始めとする外部のウェブサイトで悪口雑言を並べ陰謀論を喚き散らす等、一連の行動から共同作業に全く向かない利用者であることが窺える。&lt;br /&gt;
#自分の発言や文章を他人が批判し、改訂することを許さないが、他人の発言やミスについては、自分の気が済むまで執拗に追及し、あるいは罵倒するという[[ダブルスタンダード]]の持ち主。&lt;br /&gt;
##「アホか貴様」（[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%BC%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%88&amp;amp;diff=prev&amp;amp;oldid=7682960]）「どあほ」（[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%B6%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%88%E7%8E%8B%E5%A6%83%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%AB&amp;amp;diff=prev&amp;amp;oldid=7856889]）など、要約欄での暴言・恫喝・罵詈雑言。&lt;br /&gt;
##他ユーザーの会話ページに、しつこく言いがかりや揚げ足とりを書き連ねる。あるいは、他ユーザーを自分の攻撃の仲間に引き入れようとして、会話ページを濫用（悪用）する。&lt;br /&gt;
##[[Wikipedia:投稿ブロック依頼/Noda,Kentaro]]に賛成票を投じた利用者たちへの個人攻撃。&lt;br /&gt;
#[[民族]]的な出自に対して異常な拘りを示す。自らと対立する利用者たちを[[在日韓国人]]や[[在日中国人]]に対する[[蔑称]]で呼びならわす。（[http://kentaro-noda.hp.infoseek.co.jp/index-e.html ホームページ（'07年7月21日改訂版）]に以下の一文あり。''&amp;quot;Some articles about Korean and Chinese Administers of Japanese Wikipedia in Japanese Language Wikitruth&amp;quot;''&amp;lt;small&amp;gt;（対訳：ウィキトゥルース日本語版に、ウィキペディア日本語版における韓国人・中国人投稿者について論文数点。）&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
##批判されると、「お前の日本語は機械翻訳で中国語や韓国語から即席に訳したものだ」あるいは「BOTによる自動応答だ」と決めつける。&lt;br /&gt;
##自分の乏しい語彙や拙い表現力、でたらめなテニヲハ、ねじれた主-述関係を棚に上げて、他人については「日本語がおかしい」「日本語が読めない」といった類の攻撃をする。&lt;br /&gt;
#「管理ユーザー」「査読ユーザー」「攻撃ユーザー」など独特の造語（もしくは意味を自己流にねじ曲げた語）を多用する。「仮想アカウント」など既成の語を使う場合もあるが、独自の意味である。&lt;br /&gt;
##記事においても、公式の用語でなく、「前衛イディオム」「中華アカデミズム」のような造語（もしくは生硬な翻訳調）を用いる。また、「作曲様式」「演奏様式」といった用語を使わず、「スタイル」のような外来語や多義語を好む。&lt;br /&gt;
##独自概念や造語で項目名を立てる。&lt;br /&gt;
##自らの語学力や海外渡航歴を喧伝している割には、[[ドミトリ・コゥリャンスキ]]や[[フランチェス・マリエ・ウィッティ]]など、先行資料の表記やネイティブの発音を確認して項目名を立てているのかどうか、すこぶる怪しい例がある。&lt;br /&gt;
#論文の文体の何たるかを理解していない。そのため鄙語・俗語を交えたり、「スタイル」「レヴェル」などのように横文字をカタカナにしただけで済ませたり（あるいは補足説明なしに横文字をそのまま引用したり）、また、印象批評をそのまま表現したりする。&lt;br /&gt;
#「ウィキペディアはナレッジスペースではない」ということが理解できないため、字数が増えることが内容の充実であると言い切って憚らない。そのため内容が希薄になったり散漫になったりすることにもお構いなく、どんどん長文にする（[[妄想性人格障害|偏執狂]]的な性格に関連）。&lt;br /&gt;
#第三者には理解不能な、意味不明な「美文調」を弄ぶ。[[ナルシシズム]]的な性格ゆえにか、自分の「立派な日本語」が通用しないことを読者の能力のせいだと責任転嫁する。&lt;br /&gt;
#[[携帯電話]]で連絡を取り合う管理者たちの指令によって集団攻撃されている等の[[妄想]]を書き散らす。&lt;br /&gt;
#自分が「専門家」であることをことさら誇大に訴え、それによりかかった暴論を繰り返す。「ど素人は、難しい現代音楽を専門的に理解できるはずないのだから、それに関する記事を起草・加筆・編集する資格はない。ど素人が専門家先生に楯突くのは生意気だ」といった発想が根底にある（同様の見解を[[菅野茂]]と共有している）。&lt;br /&gt;
#根拠がないことを確信ありげに断言することが非常に多い（出典の明記を極度に嫌う態度と通底）。思いついたことは何でもダメモトでとりあえず言ってみる、それを本気にする人間が一人でも現れれば儲けものという姿勢が透けて見える。&lt;br /&gt;
##「～と言われている」「～であることは非常に有名」などの表現によって、個人的妄想に一般性や信頼性があるかの如く偽装することも多い。&lt;br /&gt;
###[http://ja.wikipedia.org/wiki/ノート:新ロマン主義音楽 「これは常識でありもはや定説のレヴェルです。」]は、[[高橋弘二]]の[[定説|定説語]]を連想させずにおかない。&lt;br /&gt;
##矛盾点等を深く突っ込まれると話を逸らすか、曖昧なほのめかしでお茶を濁し、自らの誤りを絶対に認めない。&lt;br /&gt;
###発言や文脈の前後で自家撞着が生じるようなことも平然と書き連ねる。[http://ja.wikipedia.org/wiki/ノート:新ロマン主義音楽 「アナトリー・アレクサンドロフの作品をピアノで練習していると／ロマンというよりも古典といったほうが良いくらいです」]。ならば、アレクサンドロフが新ロマン主義者ですらない（従って、[[新ロマン主義音楽]]の項目で[[アナトーリー・アレクサンドロフ|アレクサンドロフ]]の名に言及した自分の加筆[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%96%B0%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%83%B3%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E9%9F%B3%E6%A5%BD&amp;amp;diff=8559847&amp;amp;oldid=8426981]はおかしい）ということには気づいていない。&lt;br /&gt;
#「～に報告しますからそのつもりで」（「～」の部分には何らかの公的機関や権威者などの名が入る）など、他者の権威を笠に着た発言や、人の褌で相撲を取る物言いも多い。&lt;br /&gt;
#下記のように自身が無数のソックパペットを操っているため、他人も同じことをしていると決めつける傾向が顕著である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==[[ユアペディアの利用者]]として==&lt;br /&gt;
Wikipediaを中心とした、自分を追放したコミュニティを逆恨みし、管理者の誹謗・中傷を中心とした記述を行っている。その素行は「負け犬の遠吠え」と高く評価されている。&lt;br /&gt;
==2ちゃんねる==&lt;br /&gt;
2ちゃんねるでは、'''野田犬'''の名で&amp;lt;s&amp;gt;蔑まれ&amp;lt;/s&amp;gt;親しまれ、&amp;lt;s&amp;gt;バカにされている&amp;lt;/s&amp;gt;尊敬されているようである。&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://music8.2ch.net/test/read.cgi/contemporary/1165228479/l50 野田憲太郎応援スレッド](2ちゃんねる)&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja|Wikipedia:進行中の荒らし行為/長期/Noda,Kentaro}}&lt;br /&gt;
[[Category:野田憲太郎]]&lt;br /&gt;
--[[利用者:れいな|れいな]] 2008年8月5日 (火) 20:30 (JST)&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.208.159.182</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E9%87%8E%E7%94%B0%E6%86%B2%E5%A4%AA%E9%83%8E%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%88%E4%B8%80%E8%A6%A7&amp;diff=35296</id>
		<title>野田憲太郎のアカウント一覧</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E9%87%8E%E7%94%B0%E6%86%B2%E5%A4%AA%E9%83%8E%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%88%E4%B8%80%E8%A6%A7&amp;diff=35296"/>
				<updated>2008-08-06T01:41:07Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.208.159.182: 隠滅工作に対処&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[野田憲太郎]]の偽者リスト。&lt;br /&gt;
*{{User2|Noda，Kentaro}}&lt;br /&gt;
*{{User2|Ｎoda,Kentaro}}&lt;br /&gt;
*{{User2|野田憲太郎}}&lt;br /&gt;
*{{User2|野田憲太郎のネット上の言動について}}&lt;br /&gt;
*{{User2|Noda,Ｋentaro}}&lt;br /&gt;
*{{User2|Noda;Kentaro}}&lt;br /&gt;
*{{User2|Kentaro Noda}}&lt;br /&gt;
*{{User2|Noda Kentaro}}&lt;br /&gt;
*{{User2|Noda,Kentaro'}}&lt;br /&gt;
*{{User2|Noda､Kentaro}}&lt;br /&gt;
*{{User2|Noda,Kentaro;}}&lt;br /&gt;
*{{User2|Noda,Kentaro;}}&lt;br /&gt;
*{{User2|Noda. Kentaro}}&lt;br /&gt;
*{{User2|Noda,Κentaro}}&lt;br /&gt;
*{{User2|Νoda,Κentaro}}&lt;br /&gt;
*{{User2|Νoda,Kentaro}}&lt;br /&gt;
*{{User2|Ｎoda. Ｋentaro}}&lt;br /&gt;
*{{User2|NK}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全て、[[利用者:Noda,Kentaro]]の偽者であり、[[丁嵐]]のソックパペットである。これを差し戻すのはWP管理者連中。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:荒らし]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.208.159.182</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%9C%A8%E6%B4%A5%E5%B0%9A%E5%AD%90&amp;diff=35295</id>
		<title>木津尚子</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%9C%A8%E6%B4%A5%E5%B0%9A%E5%AD%90&amp;diff=35295"/>
				<updated>2008-08-06T01:39:29Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.208.159.182: Katabami (会話) の編集 ( 35207 版 ) を取り消し　全然関係ない　ノダケン荒らしはやめようね&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''木津尚子'''は、[[ウィキペディア日本語版]]で利用者:Aphaiaのアカウント名を用いて編集を行っている、フリーの研究者、[[ウィキホリック]]。[[ウィキメディア財団]]の選挙管理委員を歴任。荻窪出身、現在は京都在住。管理アカウントを所有している。ウィキマニアにも毎年参加しており、ウィキペディア日本語版の代表を務めている。[[2ちゃんねる]]にも名無しで出没している。東京都立大学卒業後、大阪大学大学院で修士号を得てその後博士課程へ進んだ。単位取得満期退学。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
故・木津隆史は夫であるらしい。死人なのにウィキペディア日本語版の最高責任者たる事が認められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
http://wikimania2007.wikimedia.org/wiki/Presenters/Naoko_Kizu&lt;br /&gt;
1994年から大阪大学大学院博士過程に在籍といってお茶を濁しているが、単位取得満期退学のために博士号は得ていない。年齢を逆算すると二年間の空白が生まれるが、この時期に放送大学大学院で学んでいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
規約に違反する多重アカウントを堂々と用いながら、管理者権限の剥奪が一切議論されない不思議な人でもある。[[mixi]]においても鰤端末とToki-hoの両方のアカウントを使い分けており、mixiの規約違反すら平然と行っている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[wiki:image:Benutzer_Aphaia.jpg]] &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
http://d.hatena.ne.jp/Britty &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[wiki:利用者:Skylab|Skylab]],[[wiki:利用者:KIZU|KIZU]]などの[[ソックパペット]]を使っては、すぐウィキブレイクする手段が特徴。[[wiki:利用者:Toki-Ho|Toki-Ho]]は未だ手放していない。最近使い出したソックパペットは、[[wiki:利用者:Co.kyoto|Co.kyoto]]であるとも言われている。正体が暴かれたことに対し、２ちゃんねるの趣味一般板で名無し書き込みで反応している。将来的には、[[wiki:利用者:Aphaia|Aphaia]]を放棄する可能性も示唆されている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
概して“鉄の女”というような印象をもって捉えられがちだが、自らの容貌を揶揄するあだ名を目にしただけで涙をこぼすなど、意外にナイーヴな一面を持つ。関西オープンソース2007で、福井利器に向かって「先生」と言った。師弟関係はアレフ内では強固のようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在のアカウントは利用者:氷鷺。トリップは、◆hisa5z4q9s。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウィキペディア日本語版の同名アカウントは理由を示さず「UsernameBlock」処置にされている（著名人でもないのに）。この処置を行ったものが、[[今泉誠]]＝利用者:Suisui=orkutのアカウントネームSui Min=　どれが本当の名前かわかるようにしろよ在日華僑！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==近況==&lt;br /&gt;
「木津尚子」のはてなキーワードは、はてなによって削除されており、さらに野田憲太郎の編集権を剥奪した。これは犯罪者から「過去の犯罪を暴露されたので削除してください」という申し出に答えたも同然であり、はてなが最初から日本語版ウィキペディアと共謀している可能性も明らかとなった（もとよりプライベートモードを放置している段階でわかっていたことではあるが）。はてなからのプレスリリースは、未だない。先述のように同名のアカウントが日本語版ウィキペディアで取得されたが、理由開示もされずにUsernameblockedとなった（[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:%E6%9C%A8%E6%B4%A5%E5%B0%9A%E5%AD%90 該当ページ]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
利用者:Hatukanezumi垢で議論を誘導し、それに利用者:Aphaia垢で答えるといった一人二役が特徴で、未だにばれないと思っているらしい。利用者:Co.kyotoはもともと雑草取り垢であったが、管理者に就任している。これが靴下だとばれるとはスタッフ一同思っていなかったらしく、利用者:YassieはMLまで来て自作弁明を慌てふためきながら用意した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結局9月のAphaiaへの無期限ブロックは年単位靴下であった利用者:co.kyotoが出している。つまり、「自分で自分に無期限ブロックを出している」のである。又、[[ウィクショナリー]]にてあるユーザーが調査を行った所、会話ページでの注意を差し戻している事から恐らく同一人物と思われる。[http://ja.wiktionary.org/w/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E2%80%90%E4%BC%9A%E8%A9%B1:Aphaia&amp;amp;diff=next&amp;amp;oldid=146130]バカとしか言いようがないであろう。ちなみにish-kaが[[Chakuwiki]]で彼女の真似をしているｗｗｗﾌﾞｯｗｗｗ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== Alex!!助けてやれよ!! ==&lt;br /&gt;
http://www.flickr.com/photos/alexsh/sets/72157601245838508/&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
VIP PARTYとあるので、彼女は私人ではない。立派に「公人」である。ALEXが撮った人物が、まさか日本人に執拗に嫌がらせをしているとは、知らないままなのであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、[[Facebook]]でAlexを名乗るソックパペットを作り、[[野田憲太郎]]の個人情報を盗もうとしたが、ばれてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:%E6%9C%A8%E6%B4%A5%E5%B0%9A%E5%AD%90 利用者:木津尚子]（ウィキペディア日本語版の利用者ページ）&lt;br /&gt;
*[http://www.policejapan.com/contents/syakai/20070608/index3.html ウィキペディア日本語版のナゾ]&lt;br /&gt;
*[http://wiki.spc.gr.jp/Wikipedia/ 市民団体＠wiki (SPC避難所)]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:きつなおこ}}&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディア]]&lt;br /&gt;
[[Category:アンサイクロペディアで新規作成を禁止された記事]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.208.159.182</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E7%89%88&amp;diff=35293</id>
		<title>ウィキペディア日本語版</title>
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				<updated>2008-08-06T01:38:05Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.208.159.182: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ウィキペディア日本語版'''（うぃきぺでぃあにほんごばん）とはフリー百科事典・[[ウィキペディア|Wikipedia]]の中で主として[[日本語]]を用いて記述されている[[ウィキ]]である。[[オタク]]が作った百科事典としては日本初で名高い。日本版を含むNewsweekアジア大洋州版[[2007年]][[9月5日]]号で「オタク御用達のツール」として紹介された。なお、ウィキペディア日本語版内のユアペディアの項目で明らかに悪意あるユアペディアに対する悪口を消去すると即刻リバートされる。中立性など皆無で、世界的なメディアから「現実では絶対に近づきたくない人達」が作った自称・百科事典の刻印を押されたのも当然である。本音より建前（悪管理者等の思い入のある項目にとって不都合な文章は例え事実でも直ぐリバート）を重視する極悪ネット事典であり真面目に纏めた文章を悪管理者や悪ユーザーにリバートされまくる、ユーザーにとっては極めて不合理で下劣なネット事典である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、このサイトの名称は'''ウィキペディア日本語版'''であって、'''日本版'''ではない。俗称としての使用も許されない。ウィキペディア利用者の眼前で日本版の名が口に出れば、直ちに袋叩きが始まる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最高責任者は木津隆史（故人、2001年没）。代表は妻の[[木津尚子]]と見られているがそうではなく、Brion Vibberである。尚子はあくまで[[2ちゃんねる]]の[[西村博之|ひろゆき]]と同じ役職、つまりスポークスマン程度の役にとどまり続けている。少し調べれは分かる事であるが、[[ウィキペディア日本語版の管理者]]達は、頑としてこの事実を認めようとしない（ひとつの言語版を立ち上げるのに最低2名の実名がいる）。様々な問い合わせ・申し入れの受け付けは全てinfo-ja@wikipedia.jpに一元化されているが、誰が読んでいるのかは全く不明（利用者:Miyaであるともいわれている）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
はてなid:snty-tactが2008年現在は実権を全て掌握しており、2ちゃんねるの趣味一般板（福井担当）、インターネット板（松葉担当）、ちくり裏事情板（太田担当）に放り込むBOTの種類まで彼が決めている。草皆康友（HPを消去して逃亡）、澤山隆行（mixiを消して逃亡）、岡田一祐（オウムとのかかわりを聞かれて沈黙中）、甲斐幸輔（skypeのidが漏れて逃亡）などは彼のパシリに過ぎない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 規模 ==&lt;br /&gt;
2007年12月現在、約44.9万項目あり英語版（約214.4万）、ドイツ語版（約68.1万）、フランス語版（約59.8万）、ポーランド語版（約45.3万）に次ぐ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本語版のあゆみ ==&lt;br /&gt;
日本語表記が可能になったのは[[2002年]]。[[2003年]]、Wired News日本語版でウィキペディアについての記事が掲載され、これを期に参加者が増加したのが実質的な始まりだとされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし最初の歩みは遅々たるもので1～2行の記事がぽつぽつあり、たまに5KBの記事があれば大変な長文だとみなされていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]、[[2005年]]と先端的なメディアがぽつぽつ話題に取り上げ始めるがまだまだ「百科事典」としての体をなしていない段階であり、一般人の認知度は低かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
goo検索がウィキペディアを辞書検索の仲間に入れ[[2006年]]8月、朝日新聞が一面トップの特集で取り上げた。これらが相前後して、ウィキペディア日本語版は日本国内で一気に認知度を高めた。熱心な執筆者も格段に増えていき、「Web of the Year 2006」において「年間総合大賞」と「ウェブ情報源部門賞」をダブルで受賞し翌年も「年間総合大賞」と「知識・情報源部門賞」をダブルで受賞した。&lt;br /&gt;
=== 年表 ===&lt;br /&gt;
==== 2003年 ====&lt;br /&gt;
*[[2月12日]] - 1,000ページを突破。&lt;br /&gt;
*[[3月23日]] - 5,000ページを突破。&lt;br /&gt;
*[[6月15日]] - 1万ページを突破。&lt;br /&gt;
*[[9月9日]] - 1万項目達成。&lt;br /&gt;
*[[12月8日]] - 2万項目達成。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 2004年 ====&lt;br /&gt;
*[[2月9日]] - 3万項目達成。&lt;br /&gt;
*[[4月1日]] - 4万項目達成。&lt;br /&gt;
*[[5月26日]] - 5万項目達成。&lt;br /&gt;
*[[5月28日]] - MediaWiki v1.3 に移行。&lt;br /&gt;
*[[7月18日]] - 6万項目達成。&lt;br /&gt;
*[[9月7日]] - 7万項目達成。&lt;br /&gt;
*[[9月9日]] - Web広告研究会主催の第2回Webクリエーション・アウォード、Webクリエーション・アウォード特別賞を受賞。[[wiki:利用者:Aoineko|Aoineko]]が代表で受け取った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 2005年 ====&lt;br /&gt;
*[[2月11日]] - 10万項目達成。&lt;br /&gt;
*[[10月24日]] - 15万達成。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 2006年 ====&lt;br /&gt;
*[[4月9日]] - 20万項目達成。&lt;br /&gt;
*[[8月28日]] - 25万項目達成。&lt;br /&gt;
*[[12月6日]] - 「Web of the Year 2006」で「総合大賞」と「ウェブ情報源部門」を獲得。&lt;br /&gt;
*[[12月15日]] - 30万項目達成。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 2007年 ====&lt;br /&gt;
*[[4月3日]] - 35万項目達成。&lt;br /&gt;
*[[8月10日]] - 40万項目達成。&lt;br /&gt;
*[[12月26日]] - 45万項目達成。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 問題点 ==&lt;br /&gt;
=== 荒らし ===&lt;br /&gt;
ウィキペディアの知名度が高くなるにつれ、次第に荒らしが目立つようになった。代表的なものとしては[[身長記入問題]]がある。これらの投稿に対し管理人等は保護や白紙化、投稿ブロック等で対応しているが日に日に増加している。[[2ちゃんねる]]と違いだいぶ匿名性が低く比較的容易に発信元が突き止められるシステム、またこれまでの荒らし行為にて愉快犯がよく使う手段としてのサーバへの直接的な攻撃といったケースが無い事からこれはコミュニティ系HPならば必ず現れるような、荒らす事そのものを第一目的とした手合いよりも[[ウィキペディア]]側の問題や暗部に何らかのかたちで巻き込まれて不快な思いをした者達による、ある種の報復的な荒らしの増加とも取れる節がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 中立性 ===&lt;br /&gt;
ウィキペディアでは中立を謳っているが、記事においてはその中立性が疑われている記事も多い。特に中立性が疑われるのは[[サブカルチャー]]や[[政治]]、また[[特定アジア]]に関する記事である。具体的には[[ウィキペディア日本語版の管理者]]及び[[ウィキホリック]]達の立場や嗜好により、項目ごとの書かれ方が好意的だったり逆に否定的になってしまったりといったばらつきや偏りが生じてしまう現象が起こる。そしてその事は、往々にしてウィキペディアの百科事典としての信頼性の低下や項目に記載されている内容に納得出来ない一般ユーザーがトラブルを起こし「荒らし」になってしまうといった事態の引き金になっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 記事の傾向 ==&lt;br /&gt;
ウィキペディア日本語版では[[芸能]]や[[音楽]]、[[ドラマ]]や[[映画]]等に代表されるサブカルチャーに関する記事やインターネットや[[鉄道]]、[[声優]]、[[マンガ]]・[[アニメ]]、[[ゲーム]]等に代表される[[オタク]]文化に関する記事が発達する傾向がある。特にオタク文化に関する記事の発達は著しく例えばゲームやアニメのキャラクターについて詳細に書かれており、場合によっては著名人の記事に匹敵するほどの内容を持っていることも多い。これについて、日本版を含むNewsweekアジア大洋州版2007年9月5日号で「オタク御用達のツール」として紹介された。この様な記事の傾向から[[2ちゃんねらー]]や[[ニコ厨]]の影響が少なからずあると考えられる。その一方、[[人文科学]]や[[社会科学]]、[[自然科学]]等に代表される学問的、専門的な内容に関してはあまり発達せず、英語版と比べても内容に乏しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
総じて、内容の大部分に「出典を要する記事」「独自の研究」タグが付与されても不思議ではないありさまである。しかし「独自研究」はoriginal researchではなく、independent studiesを指すので、元から方針に誤訳を含む。これらの誤訳の作成者が京大中退者[[福井利器]]、論理破綻を含む文章の構成者が数学者崩れの利用者:こいつぅ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 利用者の態度 ===&lt;br /&gt;
普段の利用者達は礼儀正しい模範的な[[ボランティア]]であるかのように振舞っているが実際には自己流を押し通そうとし、それを認めない参加者を排除する事だけを考えている被雇用者しかいない。他の利用者と協調しようとする意志も無ければ、公明正大で万人に受け入れられる百科事典を作ろうとする心構えも毛頭無い。2004年以降の2ちゃんねる運営との提携は、結局「管理者になりたいと思う人を、多重アカウントで阻止すること」と「1年以内でソックパペットを管理者に出来ること」しかメリットがない。2ちゃん組側のソックパペットが敵を論破した場合はスレ住人に喝采で迎えられるが、逆の場合は気持ち悪いくらいスルーされる[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%AD%E3%82%A6]。この点は2ちゃんねるが発足当時から抱えている問題の1つであり、すでに「終わってしまったツール」の限界をこんなところでも確認出来る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
利用者達は仲間内で「派閥」を形成しており、他の利用者と編集方針で対立すると本性をあらわにして「派閥」総がかりで暴言を書き殴り、敵対者をコミュニティから追放しようとする。さらに気に食わない利用者に根拠も無く、「荒らし」のレッテルを貼って吊るし上げようとする行為が日常的に横行している&amp;lt;ref&amp;gt;ウィキペディアで「荒らし」と呼ばれた人の多くは決して第1目的として「荒らし」を行っているわけではない（匿名性が無い（探知が容易）為、純粋な荒らし目的で荒らそうとするには色々とリスクが大きい為）。ウィキペディアのノートや会話のページを見て分かるようにレッテルを貼る側は一切対話しない場合が非常に多く（そりゃーBOTだから対話できないだろうな!）、ウィキペディアの容量を使って気に食わない利用者を「荒らし」としてリストアップするという自分勝手な行為までも野放しにされている。この問題に関しても管理者は見てるだけで何もしない。&amp;lt;/ref&amp;gt;。ちなみに、この「派閥」の多くは1人の利用者が大量のソックパペットを保持して自作自演を行い、多数派を装っているだけでしかないという実態は2ちゃんねる等でも暗黙の事実として語られている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウィキペディアは表向きには誹謗中傷を書く事を禁止しており書いた者は投稿ブロックの対象とされているが、実際の管理者達の対応は「対話不足」だとか、「ウィキペディアに貢献している」だとかという主観的な理由でブロックせずに放置している。また被害者が管理者の仲間でない限り、誹謗中傷が削除される事もまず無い。しかも、取り締まる側であるべき管理者達も自身の[[ブログ]]や2ちゃんねるで他の編集者に対する陰口を熱心に書き込んでいるという有様である。そのブログの多くははてなのスペースに置かれており、はてなグループは軒並みプライベートモードに設定されている。単純に批判が怖いらしい。FasoやKMTのような強権管理者がすぐにmixiをやめるのはそのためである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現実の世界では、外見や挙動や性格のせいか苛められている若しくは自分の発現が出来ないと推測されるが、ここぞとばかり普段の憂さ晴らしのごとくいじめを行ったり自分の発言や考えを突き通そうとする。確かに現時点で著名な業績を残している管理者は存在せず研究者の出来損ないが多いことは事実だが、こういった保守言説が現在のウィキペディア日本語版に当てはまるのかどうかは不明である。たとえば、かつての2ちゃんねるも「敗北者のたまり場」などと形容されていたが現実は決して敗北者オンリーのたまり場とは言いがたい。mixiは各界著名人も平気で使用するツールの1つである。但し2ちゃんねるのユーザーは単純な学術面でのインターネットに関する知識だけでなくインターネットが有する性質や傾向等々、いわばインターネットのいろはを知り尽くしている感があるが、ウィキペディアの管理・運営に多少なりとも携わっている者達に関しては決してそうとも言えないような傾向が散見される。積極的にメジャーサイトとして広く売り出しを図れば当然HPに来たり利用したりする人間が増えるわけだが、そうなれば同時に問題点やら建前と実情の相違もまたそれに比例しより広く多くの人々に認識されるという事である。そして現状においては未だそれらの問題点が事実上殆ど手付かずのまま放置されたままであり、以上の事やその他諸々の事象から鑑みてウィキペディア日本語版の管理者は曲がりなりにも大手メジャーHPを運営する身でありながら、その実インターネットに対する認識の甘さや学術的知識の量に反比例した（インターネットという存在に対する考え方という点における）愚鈍さが見られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2007年9月末現在ではIRC組の掃討に2ちゃん組が全力を挙げている模様であり、若干は2ちゃん組が優勢である。恐らくはAphaiaを抹殺できたことから調子に乗っているものと思われる。2ちゃんねるは原則的には多数決に沿って進んでゆくので、たとえばLem叩きが優勢になった場合Lem弁護が増える保証はほとんど無い。こういった数の圧力にIRC組が日に日に耐えられなくなっているのは、周知の事実である。VIP PARTYにも着物姿で参加したAphaiaの無期限ブロックについて一切のコメントがはてなやスラッシュドット、Mixiにすら出てこない時点で疑われてしかるべきである（もし、何らかの国際的な表彰を数学分野でLemが受けた場合はスレッドが完全沈黙するはずである。そのような可能性はほぼゼロではあるが）。2ちゃん組のLemやYassieが趣味一般板のスレッドに入ってきたら「記事のかけない靴下使いだ」と煽ってみよう。すぐに面白い反応がBOTで返ってくる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昨年まではIRC組と2ちゃん組、あとmixi組がスレッドに特攻してその勢力を保持していた。しかしながらmixi組がなんの役にも立たなくなり、IRC組がスレッドから撤退しており、実質上生き残っているのは2ちゃん組しかいない。この場合、2ちゃん組だけでは2～3名の反ウィキペディアを掲げる利用者のスレッドへの書き込みにどうしても押される。人が足りていないのはこういうところでも解る。数年前は2ちゃんの顔であったHyolee2やLemは、今や叩かれ道具と化している。KMTは2007年1月のmixi炎上を以って、趣味一般板スレッドから消滅した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年現在、[[福井利器]]、[[松葉裕子]]、[[太田尚志]]による集団ストーキング事件が発覚し、2ちゃん組のスレッドのネタが松葉裕子によるBOT投稿であることが発覚して以降、IRC組は公的な場所に姿を現していない。あれだけTBSやGOOが3年ほど前に取材に来ていたにもかかわらず、その後取材を受けたと言う話も聞かない。2ちゃん組がオウム真理教幹部の手によって操られていることを暴かれてから、ほとんど動きがない。おそらく2ちゃん組が法的措置を受けることになった場合、IRC組の将来はほぼ絶望的、というか彼らが人生オワタになる可能性が高い。2007年度のWIKIMANIAは40人近い日本人がいたのに、WKIMANIA2008ではたったの7人しかいなかった。明らかに訴訟対策である。2009年の開催地はアルゼンチンなので、さらに日本人の客は少なくなるだろう。WIKIMEDIA財団もオウムとのかかわりを隠すために必死なのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== [[2ちゃんねる]] ==&lt;br /&gt;
ほかの言語版と異なる側面の一つに、[[2ちゃんねる]]趣味一般板にある、ウィキペディアスレッド（【百科事典】ウィキペディア第n刷【Wikipedia】）の存在がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;雰囲気の変遷&lt;br /&gt;
2003年、2004年段階では実にゆっくりと流れるスレッドで2ちゃんねるとも思われない穏やかな雰囲気だったが、ウィキペディアの知名度が上がるにつれてどんどん過激になっていきユーザーの名前を挙げての匿名攻撃も日常化し、今では手出しをする分ネトヲチ版よりもひどいともいえる状態になっている。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--前述の野田氏たたきも、この2ちゃんねるのスレッドでたくまれたものらしい。←別の場所でたくまれています。IRCが最有力。{{要出典}}&lt;br /&gt;
↑良く考えたら2chでもIRCでもなく、音楽PJあたりで議論がはじまったのかも。←はじまってません。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
:（現在は利用者:Loniceraのみスレッドを転々として夜勤の削除管理を務めているがいつのまにやらニコ動の品評が多くなり、かつての攻撃的なコメントは見られない）&lt;br /&gt;
;ロビー活動&lt;br /&gt;
また管理者の解任や削除依頼、投稿ブロック依頼で組織票を投ずることを呼びかける場としても利用されている。ウィキペディア日本語版では正式に制定されている基本方針とガイドラインはあるものの''利用者による多数決''で議論の方向性や記事の内容が決められることもあるため、数が多い[[2ちゃんねらー]]の干渉を受ける場合があると見られている。ただしあくまでも2ちゃんねる限定であり、ジサクジエンも可能であるため2ちゃんねるで多数派に見える「世論」もウィキペディア本体で主張するとあっさり否決される場合もありうる。&lt;br /&gt;
;選挙活動&lt;br /&gt;
2007年の参院選選挙の際、常連のユーザーが趣味一般板から多数離れていることが確認されている。おそらくは管理ユーザーの多くが何らかの立候補者の支援に行った為、PC環境から離れている可能性が強い。&lt;br /&gt;
;年単位靴下活動&lt;br /&gt;
「事実上の」古株管理職が窮地に追い込まれると、必ず年単位靴下が投じられる。Aphaiaの投稿ブロック依頼にも、当然年単位靴下が確認出来る。警察沙汰になってしまったArpeggioは年単位靴下を以ってしてブロックは阻止したが、活動は出来なくなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== [[オタク]] ==&lt;br /&gt;
ウィキペディア日本語版はオタク文化に関する怪しげな記事が大量に投稿されている。ごく少数のオタクの間でしか通用しないようなオタク用語の記事が頻繁に投稿されており、挙句の果てにはウィキペディアンのお気に入りのアニメキャラクターを長々と紹介する記事まである。それらの記事の大多数は出典が示されていない記述（いわゆる独自研究）で埋め尽くされており感想文同然の代物なのだが、オタク系の利用者のごね得のおかげで削除されずにそのまま放置されている。日本語版の利用者達が自画自賛している記事数の多さは、前述のような役に立たない大量の記事によって水増しされているだけに過ぎないというのが実態である。&lt;br /&gt;
=== テツ（鉄道オタク） ===&lt;br /&gt;
ウィキペディアには鉄道に関心の深いユーザーが多数参加している。内容は日本のものに偏っているが、日本における鉄道情報源としては屈指の存在に成長している。彼らは日本語版黎明期から日本の鉄道線と鉄道駅の網羅をめざして実に根気良く活動を続けた。あまりのオタクぶりに顰蹙を買いながらも日本の現在の鉄道駅網羅を成し遂げ、今度は廃駅網羅に邁進している。&lt;br /&gt;
:「Wikipedia:ウィキプロジェクト 鉄道」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 音楽（現代音楽・ブルックナー等）オタク ===&lt;br /&gt;
特徴は日本の音大を出ていない音楽評論家のライナーノートの模倣のような幼稚な記事を書くのですぐわかる。音楽の専門家ではないのでCD情報の引用が圧倒的に多く、鑑賞経験からのみの感情的な語句を使うので音楽のそのものの経験のない未熟者である事が良くわかる。いずれにせよ本来の百科事典としての文献の価値は非常に低い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
翻訳ノルマをこなしているユーザーは財団からの支援で動いているが外国でも誤りが多く信用出来ない文献を盲目的に良く使い、語学力も含めてそのほとんどが専門職ではないため誤りの多さを指摘されているが'''指摘したほうが無条件で無期限ブロックされる'''有様である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 声優オタク ===&lt;br /&gt;
日本語版最大の特徴は[[声優]]の記事が大量に存在する事である。殆どはマイナーな人物に関する物ばかりで、その内容も出演作品をひたすら羅列しただけでしかない。一方、人気声優の記事には「高い演技力を持つ」だとか「高く評価されている」だとかという主観的且つ個人的な意見が書き込まれていたり、更には[[ラジオ]]や[[イベント]]での発言等といった確認しようの無いエピソードばかりで記事が埋め尽くされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== マンガ・アニメオタク ===&lt;br /&gt;
400円ほどあれば安易に手に入る漫画を熟読すれば済むだけの情報を延々と書き連ねる。物によってはウィキペディアを参照するより対象になった漫画を読んだ方が早いという滑稽な事がよくある。さらに対象になった漫画でしか使われない名称だけを羅列しただけの1円の価値も生み出さない物を放置し続けている。しかしそれらは例えば『ドラゴンクエスト』などのクリアするのに何十時間もかかるようなゲームにおいてオチや基本的な特徴・特色を知ったり、またマンガやアニメに対し話題になってるがそれについての情報が乏しかったり、隠れた名作や良作に出会えるかも?というメリットもあるとも言える。しかしここで問題なのが、特定の管理者・ウィキペディアンの大好きな漫画やその作家のページが過大評価を通り越して過剰評価される傾向がある（あるいはその逆も然り）事である。そのためウィキペディアを参考に漫画を買ったりすると少なからず失望させられるような事もあり、前述のメリットはあまり顕れていないのが現状である。尚そういったページで熱狂的ファンが好まない編集をしようとすると（あるいは逆に不当に低く評価されているような作品に対しフォローを入れようとすると）多くの時間を奪われる事になるので注意が必要である。この事情には日本の漫画評論そのものの歴史が浅いことも大きいようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
又、上記とは違い、[[河下水希|ラブコメの神様]]を嫌うクソウジ共も複数人存在する（[[河下反対派]]参照）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 性風俗マニア ===&lt;br /&gt;
ウィキペディアの異常性を示す一つの傾向として、性風俗業界を宣伝する記事が非常に多いという事が挙げられる。著名な科学者の記事よりもAV女優の記事の方が文章量が多かったり、文学作品の記事よりもアダルトゲームの記事の方が文章量が多かったりするという光景はウィキペディアでは当たり前の事になっている。このような状態になっている理由は、ウィキペディアの利用者には女性に相手にされない未熟で醜悪な男しかいないからである&amp;lt;ref&amp;gt;英語版でも同様の傾向があるが、日本語版には及ばない。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
前述された他のオタクに関しても同様の事が言えるがこういったオタクは自身を無視し続ける女性、ひいては社会全体に対して激しい憎悪を抱き異常なまでの攻撃性を身につけている。ウィキペディアの利用者に協調性の欠片も無く、個人攻撃を繰り返す者しかいないのはその為である。実際木津尚子はVIPミーティングに、場違いな着物で出席していることがALEXの写真から確認出来る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただしこれらの傾向は例え万全の管理体制を以ってしても少なからず起こりうるような事であり、またもしウィキペディアがアンサイクロペディアやユアペディアのような「公」というより「私」、個人的あるいは特定の集団による多目的・多分野対応型コミュニケーションBBSのようなものであれば何も問題がなく「嫌ならば来なければ（見なければ）良い」で充分済ませられる事とも言える。これらの行為が問題になるのは現在のウィキペディアがマイノリティを脱し事実上「メジャー」側の住人となり、そしてわざわざ「百科事典」「公平中立」「公正明大」という建前を掲げそしてそれらが虚飾に過ぎず現実は管理者や一部常駐的投稿者の横暴がまかり通っている状態だからである。曲がりなりにもメジャークラスという立場にいる以上は前述の「建前」と「実情」の著しい相違、つまり公約違反に対しては毅然とした処置をとらなければならない責任と義務があるという事でもある。そして、それは現時点においても一向に改善が見られていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 広域ブロック ==&lt;br /&gt;
荒らしの大多数は単純なラクガキ、タメシガキ、そんなつもりは無かったのにうっかり編集画面を開いて白紙化してしまった･･･など一過性のもの、短期で終わるものであることが多いがウィキペディアの運営方針や存在そのものに反対する人の一部が「荒らし」という手段で攻撃してくる事も少なくない。音声おじさん、純血主義者、ゆかりん、影武者、Peaceなど、非常に根気良く繰り返し日本語版を攻撃する長期荒らしユーザーがいる。その何割かはウィキペディア日本語版を盛り上げる陰の工作員であるという説もあるが、これに対処するべく使用されるのが「広域ブロック」である。「/24」だけでは足らず、「/16」レンジブロックが発動されることもある。広域ブロックであるため、善良な一般ウィキペディアンが巻き添えになることも少なくない。ソネットの時には巻き添えユーザーは泣きながらも耐えるしかなかったが、その後「穴あけ」による救済が可能になった。ただしそのため、より頻繁に広域ブロックが発動されるようにもなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
広域ブロックの対象には、大手プロバイダでは2005年にソネット、2006年、2007年にはOCN、biglobe、@niftyなどがその対象となった。その他、大学を始めとする学校からの接続、漫画喫茶、図書館、携帯からの接続などもある。管理側が「大学へ連絡」などと書き込みを行っていても、本当に連絡したかどうかまではわからない。実際に申し入れが為されたごく一部を除き、単なるプロバイダゆすりである可能性も指摘されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
面白いことに巻き添えになったユーザーは穴あけをしてもらえば満足するのに対して、横で見ている「正義派」ユーザー達の方が広域ブロックに激しい「義憤」を感じて大々的に管理者批判キャンペーンを繰りひろげた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E5%BA%83%E5%9F%9F%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF/rangeblocklist Wikipedia:広域ブロック/rangeblocklist（広域ブロックリスト）]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最近は厚生労働省や衆議院にも広域ブロックをかけており、「国に向かって喧嘩を売った」日本語版スタッフがどのような謝罪表明をするのかが楽しみである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 中立と偽善と偏見 ==&lt;br /&gt;
ウィキペディア日本語版及び英語版は中立を謳っていますが、報道により明らかになっている著名人の不祥事を記述させないなどかなり偏見に満ち溢れている。本来のかかげた中立の趣旨は良いがそれを解釈し実行する人の能力に欠けるため、若しくは偏見のため偽善に終わっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 評価 ==&lt;br /&gt;
アイシェアの調査（調査期間：2007年[[11月27日|11月27]]～[[11月30日|30日]]）によるとウィキペディアの内容について「信用している」と答えた者は39.4%で、約6割の利用者が記事の信憑性に何らかのかたちで不満や不信、疑念を持っているという結果となった。その理由として「記載された内容が自由に改変可能な為」が40.0%と最も多く、「中立的な立場ではないと思えるから」「調査機関を利用した情報ではない為」と次いだ&amp;lt;ref&amp;gt;[http://japan.cnet.com/marketing/story/0,3800080523,20362788,00.htm Wikipediaを「信用している」は4割未満、「知っているが参加経験なし」は9割以上に]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ウィキペディア日本語版に対する批判 ==&lt;br /&gt;
ウィキペディア日本語版において一部の利用者が強権的な態度を取っていることや自分の意見に従わない、もしくは認めない参加者を排除する行動を取っている。具体例としては仲間内で「派閥」を形成し、他の利用者と編集方針で対立すると「派閥」総がかりで敵対者をコミュニティから追放しようとする行動を起こしたり自分にとって都合の悪い利用者を荒らしと処理するといったことが挙げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、今までは必ずしもメジャーでなかったが故にこうした「裏」の諸事情に関し誤魔化したり開き直ったりする事が出来ていても2007年11月の某所の調査によると利用者が増加した反面、ウィキペディア日本語版側にとっては都合の悪いファクターもまた数値化され徐々に顕在化しているような傾向も見られ、こういった傾向は今後ウィキペディア日本語版利用者が更に増加するにつれ、より加速するという見て良いだろう。管理者は若手が多く、知識不足または世間知らずな者も多い。それゆえ、不快な思いをしている玄人、専門家も多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 批判サイト ===&lt;br /&gt;
英語版では[[Wikitruth]]等のアンチサイトがすでに存在するが、日本語版も複数のアンチサイトもしくは批判サイトが立ち上げられ始めている。[[Yourpedia]]も批判サイトの1つである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== パロディサイト ==&lt;br /&gt;
パロディサイトなども多く見られる。代表的なものに[[アンサイクロペディア]]や[[モナペディア]]がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== フィルタリングに対する動き ==&lt;br /&gt;
ウィキペディア日本語版は間違いなく[[有害サイト]]であるが[[ブラックリスト方式]]の[[フィルタリング]]ではブロックできないため、子ども達が容易に閲覧できてしまうという問題点がある。エロ項目が多い上、そもそもエロアニメマニアが編集者の多くを占め核心を突けば創設者自体が元々[[ポルノサイト]]運営者であるため、[[NTTドコモ]]や[[ソフトバンクモバイル]]が導入を進めている[[ホワイトリスト方式]]のフィルタリングではウィキペディア日本語版は閲覧できないようになっている。同様に、[[検索エンジン]]で調べたいことを検索しても上位にウィキペディア日本語版の正確度の低い情報がリストされることも問題となっている。この問題は、検索したい語の後に「-wikipedia」と入力すると回避できる。ニュートラルな状態でウィキペディア日本語版の情報をシャットダウンできるシステム作りが今後求められる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;div class=&amp;quot;references-small&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;references /&amp;gt;&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア日本語版の利用者]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア日本語版の管理者]]&lt;br /&gt;
*[[始祖鳥事件]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://wikimediafoundation.org ウィキメディア財団]&lt;br /&gt;
*[http://ja.wikipedia.org/wiki/ ウィキペディア日本語版]&lt;br /&gt;
*[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E7%89%88 ウィキペディア日本語版当該項目]&lt;br /&gt;
*[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E3%81%AA%E3%81%9C%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%81%AF%E7%B4%A0%E6%99%B4%E3%82%89%E3%81%97%E3%81%8F%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%AE%E3%81%8B ウィキペディアはなぜ素晴らしくないのか]&lt;br /&gt;
*[http://beyond.2log.net/akutoku/topics/2007/0408.html Wikipedia日本語版の異常な偏向具合]&lt;br /&gt;
*[http://beyond.cocolog-nifty.com/akutoku/2007/03/wikipedia_80af.html Wikipediaの記述に不満のある人は、クレームを送ると良いようです。]&lt;br /&gt;
*[http://blog.sakichan.org/ja/index.php/2007/04/06/wikipedian_dont_know_encyclopedie Wikipedia日本語版管理者は百科全書とか知らないんだろうか?]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Internet-stub}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ういきへていあ}}&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディア]]&lt;br /&gt;
[[Category:有害サイト]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.208.159.182</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%8F%A4%E6%A3%AE%E7%BE%A9%E4%B9%85&amp;diff=35291</id>
		<title>古森義久</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%8F%A4%E6%A3%AE%E7%BE%A9%E4%B9%85&amp;diff=35291"/>
				<updated>2008-08-06T01:34:23Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.208.159.182: /* ウィキペディアでの誹謗中傷に端を発するWikipedia批判 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''古森義久'''（こもり よしひさ、[[1941年]] - ）は、[[ジャーナリスト]]、[[産経新聞]]ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
執筆記事の論調は[[親米保守]]（というよりも親[[共和党右派]]。）思想を基調とし、[[中華人民共和国|中国]]・[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]・[[パレスチナ]]など米国・イスラエルと対立する諸勢力に対しては批判的で距離を置く。[[柔道]]家でもあり、[[ワシントンD.C.|ワシントン]]の柔道クラブでも活動をしている。妻は元[[ジミー・カーター|カーター]]政権時代内務省長官の特別アシスタントを勤め、アメリカ先住民（[[インディアン]]）の権利擁護で活動している[[人権派]][[弁護士]]のSusan Komori。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
偶に“小森”の誤記あり。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経歴 ==&lt;br /&gt;
* [[1941年]]（昭和16年) [[東京都]]に生まれる&lt;br /&gt;
* [[1963年]]（昭和38年）[[慶應義塾大学]][[経済学部]]卒業後、ワシントン大学ジャーナリズム学科留学&lt;br /&gt;
* [[1963年]]（昭和38年）[[毎日新聞社]]入社 [[毎日新聞]]記者として静岡支局、東京本社社会部、外信部を経る&lt;br /&gt;
* [[1972年]] (昭和47年) 南ベトナム、サイゴン特派員&lt;br /&gt;
* [[1975年]]（昭和50年）サイゴン支局長&lt;br /&gt;
* [[1976年]] (昭和51年) ベトナム戦争終結時のサイゴン陥落報道により、[[ボーン国際記者賞]]受賞 同年、ワシントン特派員&lt;br /&gt;
* [[1978年]]（昭和53年）著書「ベトナム報道1300日」により、[[講談社出版文化賞|講談社出版文化賞ノンフィクション賞]]受賞&lt;br /&gt;
* [[1981年]]（昭和56年）米国カーネギー財団国際平和研究所上級研究員&lt;br /&gt;
* [[1982年]]（昭和57年）「[[エドウィン・O・ライシャワー#核持ち込み疑惑|ライシャワー核持ち込み発言]]報道」により[[日本新聞協会賞]]受賞&lt;br /&gt;
* [[1983年]]（昭和58年）毎日新聞東京本社政治部編集委員&lt;br /&gt;
* [[1987年]]（昭和62年）外信部副部長 同年、毎日新聞社より産経新聞に移籍 ロンドン支局長&lt;br /&gt;
* [[1989年]]（平成元年）ワシントン支局長&lt;br /&gt;
* [[1990年]]（平成2年） 米国ウッドロー・ウィルソン・フェロー[[1998年]](平成10年)迄&lt;br /&gt;
* [[1993年]]（平成5年） &amp;lt;!-- ～により、 --&amp;gt;[[日本記者クラブ賞]]受賞&lt;br /&gt;
* [[1994年]]（平成6年） ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員&lt;br /&gt;
* [[1995年]]（平成7年） 『大学病院で母はなぜ死んだか』（中央公論連載）により、第1回[[編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞]]作品賞受賞&lt;br /&gt;
* [[1998年]]（平成10年）9月より中国総局長(31年ぶりに産経新聞北京支局再開)&lt;br /&gt;
* [[2001年]]（平成13年）ワシントン駐在編集特別委員・論説委員(現職)&lt;br /&gt;
* [[2005年]]（平成17年）杏林大学客員教授(兼任 現職)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
===ウィキペディアでの誹謗中傷に端を発するWikipedia批判===&lt;br /&gt;
2006年8月30日に[[ウィキペディア日本語版]]（以下JAWP）にて古森を「自称ジャーナリスト」などと誹謗中傷する記述がなされ、執拗に中傷記事の掲載が続いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年9月5日、古森は自身のブログにて、JAWPに「自称ジャーナリスト」や「自民党右翼の御用言論人」と記述されていた事を指摘、反論した上で「このウィキペディアなる奇怪な落書きの場は左翼分子がまとも派を攻撃するフォーラム」と評した&amp;lt;ref&amp;gt;古森義久『[http://komoriy.iza.ne.jp/blog/day/20060905/ 個人誹謗の「フリー百科事典」]』（ブログ「[http://komoriy.iza.ne.jp/ ステージ風発]」）&amp;lt;/ref&amp;gt;。その後、JAWP側の記述改訂の経緯を指摘され、古森のブログにてウィキペディアについての説明を受け入れ認識を改めたことを表明した。だが自身への批判的記述に関しては、発端となった中傷および、批判的記述のなかにも中傷と見られる記述が散見された為に、「おかしな人がおかしな記事に書き換えている」とも述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このような常況であるため、「ジャーナリストとしては情報の精度が悪く、政治家で無い・政治家としては使えないということが明らか」な常況である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===ハリケーンカトリーナ報道===&lt;br /&gt;
2005年8月末、アメリカ合衆国南部を襲った[[ハリケーン・カトリーナ]]の被災地について、『こうした略奪を働く人間たちのほぼ100パーセントが[[黒人]]なのである。テレビの映像や新聞の写真でみる限り、略奪者はみな[[アフリカ]]系市民、つまり黒人だった。この事実は現地からの他の一部の報道でも裏づけられていた』、『それにしても略奪者は100パーセント黒人なのである』と断定した&amp;lt;ref&amp;gt;古森義久「ハリケーン被災であらわになった米国の人種問題&lt;br /&gt;
～なぜ、特定の人種だけが略奪するのか～」[http://nikkeibp.jp/sj2005/column/i/06/02.html Page 2]（日経BP社「[http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/ SAFETY JAPAN]」コラム「[http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/i/index.html “外交弱小国”日本の安全保障を考える～ワシントンからの報告～]」第6回）&amp;lt;/ref&amp;gt;。しかし、白人による略奪はテレビでも報道されており、古森の発言は事実と異なる。古森氏はただ、アフリカとアフリカ系アメリカ人が嫌いなだけであり、決して人種問題はやっていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著書 ==&lt;br /&gt;
===単著===&lt;br /&gt;
*『ベトナム報道1300日―ある社会の終焉』（[[筑摩書房]], 1978年）&lt;br /&gt;
*『核は持ち込まれたか』（[[文藝春秋 (出版社)|文藝春秋]], 1982年）&lt;br /&gt;
*『アメリカの警告―レーガンの極東戦略と対日要求 現地報告』（[[ビジネス社]], 1983年）&lt;br /&gt;
*『ジャパンを叩け！―ワシントン・レポート』（[[PHP研究所]], 1983年）&lt;br /&gt;
*『遥かなニッポン』（[[毎日新聞社]], 1984年）&lt;br /&gt;
*『情報戦略なき国家―KGBが日本を狙う』（PHP研究所, 1984年）&lt;br /&gt;
*『ヨーロッパの戦略思考―米ソの&amp;quot;はざま″で何を選択するか』（PHP研究所, 1985年）&lt;br /&gt;
*『嵐に書く―日米の半世紀を生きたジャーナリストの記録』（毎日新聞社, 1987年）&lt;br /&gt;
*『倫敦クーリエ』（文藝春秋, 1989年）&lt;br /&gt;
*『世界は変わる―国際報道の現場から』（文藝春秋, 1991年）&lt;br /&gt;
*『U.S.A.報告―日本を視るアメリカの眼』（[[講談社]], 1992年）&lt;br /&gt;
*『ワシントン情報ファイル』（[[新潮社]], 1993年）&lt;br /&gt;
*『日本「異質」の核心―古森義久のU.S.A.報告』（講談社, 1993年）&lt;br /&gt;
*『日米「異変」―アメリカ報告'90-'94』（文藝春秋, 1994年）&lt;br /&gt;
*『日本を視るアメリカの眼』（[[ジャパンタイムズ]], 1995年）&lt;br /&gt;
*『大学病院で母はなぜ死んだか』（[[中央公論社]], 1995年／中公文庫, 1998年）&lt;br /&gt;
*『ベトナムの記憶―戦争と革命とそして人間』（PHP研究所, 1995年） &lt;br /&gt;
*『アメリカの「影」の勢力』（PHP研究所, 1996年）&lt;br /&gt;
*『透視される日本―アメリカ新世代の日本研究』（文藝春秋, 1999年）&lt;br /&gt;
*『北京報道700日―ふしぎの国の新聞特派員』（PHP研究所, 2000年／扶桑社［扶桑社文庫］, 2005年）&lt;br /&gt;
*『「日中友好」のまぼろし』（[[小学館]], 2001年／徳間書店［徳間文庫］, 2006年）&lt;br /&gt;
*『日中再考』（扶桑社, 2001年／扶桑社文庫, 2003年）&lt;br /&gt;
*『「ODA」再考』（PHP研究所[PHP新書], 2002年）&lt;br /&gt;
*『亡国の日本大使館』（小学館, 2002年）&lt;br /&gt;
*『国の壊れる音を聴け―国際報道と日本のゆがみ』（[[恒文社]], 2003年／扶桑社［扶桑社文庫］, 2004年）&lt;br /&gt;
*『国連幻想』（扶桑社, 2004年）&lt;br /&gt;
*『外交崩壊』（小学館, 2004年／文藝春秋［文春文庫］, 2006年）&lt;br /&gt;
*『中国「反日」の虚妄』（PHP研究所, 2005年）&lt;br /&gt;
*『凛とした日本―ワシントンから外交を読む』（PHP研究所［PHP新書］, 2006年）&lt;br /&gt;
*『日本に挑む中国―「いまそこにある危機」とは何か』（PHP研究所, 2007年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===共著===&lt;br /&gt;
*（[[近藤紘一]]）『国際報道の現場から』（中央公論社［中公新書］, 1984年）&lt;br /&gt;
*（[[中嶋嶺雄]]）『中国は脅威か―幻想の日中友好』（PHP研究所, 2000年）&lt;br /&gt;
*（[[深田祐介]]）『アジア再考―外務省には任せられない！』（扶桑社, 2001年）&lt;br /&gt;
*（[[小池百合子]]）『対論：テロは日本を変えたか』（[[広済堂出版]], 2001年）&lt;br /&gt;
*（中嶋嶺雄）『覇権か、崩壊か―2008年中国の真実』（ビジネス社, 2002年）&lt;br /&gt;
*（[[井沢元彦]]・[[稲垣武]]）『朝日新聞の大研究―国際報道から安全保障・歴史認識まで』（扶桑社, 2002年／扶桑社文庫, 2003年）&lt;br /&gt;
*（[[岡崎久彦]]）『アメリカン・ショック―日本に残された時間は、あと2年！』（ビジネス社, 2002年）&lt;br /&gt;
*（[[黒田勝弘]]）『日・中・韓―新三国志』（[[徳間書店]], 2003年）&lt;br /&gt;
*（[[田久保忠衛]]）『反米論を撃つ』（恒文社, 2003年） &lt;br /&gt;
*（[[吉崎達彦]]）『ナイーブな「帝国」アメリカの虚実』（ビジネス社, 2003年）&lt;br /&gt;
*（中嶋嶺雄）『中国暴発―なぜ日本のマスコミは真実を伝えないのか』（ビジネス社, 2005年）&lt;br /&gt;
*（田久保忠衛）『文化人の通信簿―媚中度から歴史認識まで徹底採点！』（扶桑社, 2005年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===注目を集めた論文===&lt;br /&gt;
*「[[ヴィルヘルム・カナリス|カナリス]]提督はアメリカのスパイだった！」（『[[諸君!]]』1983年3月号）&lt;br /&gt;
*「日本のネオ・ナショナリズムを批判する」（『[[中央公論]]』1990年3月号）&lt;br /&gt;
*「[[ミサイル防衛|地域ミサイル防衛]]――冷戦後の日米安保協力の切り札」（『中央公論』1993年7月号）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[産経新聞]]&lt;br /&gt;
*[[親米保守]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://komoriy.iza.ne.jp/ ステージ風発]（「iza!」内　古森義久ブログ）&lt;br /&gt;
*[http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/i/index.html &amp;quot;外交弱小国&amp;quot;日本の安全保障を考える ～ワシントンからの報告～] （[http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/ Safety Japan]内の古森義久コラム）&lt;br /&gt;
*[http://www.sankei.co.jp/special/komori/komori.htm 古森義久のワシントン報告]（Sankei WEB内　古森義久による記事の特設ページ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''日本国際問題研究所 JIIAコメンタリ 玉本偉 論文関係'''&lt;br /&gt;
*[http://wdsturgeon.googlepages.com/ JIIA Commentary Archive]（JIIAが公開中止した論文をDaniel SturgeonがGoogle Cacheを用いて蒐集したもの）&lt;br /&gt;
*[http://www.thewashingtonnote.com/ The Washington Note](Steven Clemons blog)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参照 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Stub}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:日本のジャーナリスト|こもり よしひさ]]&lt;br /&gt;
[[Category:産経新聞|こもり よしひさ]]&lt;br /&gt;
[[Category:毎日新聞社の人物|こもり よしひさ]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都出身の人物|こもり よしひさ]]&lt;br /&gt;
[[Category:1941年生|こもり よしひさ]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.208.159.182</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%8F%A4%E6%A3%AE%E7%BE%A9%E4%B9%85&amp;diff=35290</id>
		<title>古森義久</title>
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				<updated>2008-08-06T01:33:54Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.208.159.182: /* Wikipediaでの誹謗中傷に端を発するWikipedia批判 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''古森義久'''（こもり よしひさ、[[1941年]] - ）は、[[ジャーナリスト]]、[[産経新聞]]ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
執筆記事の論調は[[親米保守]]（というよりも親[[共和党右派]]。）思想を基調とし、[[中華人民共和国|中国]]・[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]・[[パレスチナ]]など米国・イスラエルと対立する諸勢力に対しては批判的で距離を置く。[[柔道]]家でもあり、[[ワシントンD.C.|ワシントン]]の柔道クラブでも活動をしている。妻は元[[ジミー・カーター|カーター]]政権時代内務省長官の特別アシスタントを勤め、アメリカ先住民（[[インディアン]]）の権利擁護で活動している[[人権派]][[弁護士]]のSusan Komori。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
偶に“小森”の誤記あり。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経歴 ==&lt;br /&gt;
* [[1941年]]（昭和16年) [[東京都]]に生まれる&lt;br /&gt;
* [[1963年]]（昭和38年）[[慶應義塾大学]][[経済学部]]卒業後、ワシントン大学ジャーナリズム学科留学&lt;br /&gt;
* [[1963年]]（昭和38年）[[毎日新聞社]]入社 [[毎日新聞]]記者として静岡支局、東京本社社会部、外信部を経る&lt;br /&gt;
* [[1972年]] (昭和47年) 南ベトナム、サイゴン特派員&lt;br /&gt;
* [[1975年]]（昭和50年）サイゴン支局長&lt;br /&gt;
* [[1976年]] (昭和51年) ベトナム戦争終結時のサイゴン陥落報道により、[[ボーン国際記者賞]]受賞 同年、ワシントン特派員&lt;br /&gt;
* [[1978年]]（昭和53年）著書「ベトナム報道1300日」により、[[講談社出版文化賞|講談社出版文化賞ノンフィクション賞]]受賞&lt;br /&gt;
* [[1981年]]（昭和56年）米国カーネギー財団国際平和研究所上級研究員&lt;br /&gt;
* [[1982年]]（昭和57年）「[[エドウィン・O・ライシャワー#核持ち込み疑惑|ライシャワー核持ち込み発言]]報道」により[[日本新聞協会賞]]受賞&lt;br /&gt;
* [[1983年]]（昭和58年）毎日新聞東京本社政治部編集委員&lt;br /&gt;
* [[1987年]]（昭和62年）外信部副部長 同年、毎日新聞社より産経新聞に移籍 ロンドン支局長&lt;br /&gt;
* [[1989年]]（平成元年）ワシントン支局長&lt;br /&gt;
* [[1990年]]（平成2年） 米国ウッドロー・ウィルソン・フェロー[[1998年]](平成10年)迄&lt;br /&gt;
* [[1993年]]（平成5年） &amp;lt;!-- ～により、 --&amp;gt;[[日本記者クラブ賞]]受賞&lt;br /&gt;
* [[1994年]]（平成6年） ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員&lt;br /&gt;
* [[1995年]]（平成7年） 『大学病院で母はなぜ死んだか』（中央公論連載）により、第1回[[編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞]]作品賞受賞&lt;br /&gt;
* [[1998年]]（平成10年）9月より中国総局長(31年ぶりに産経新聞北京支局再開)&lt;br /&gt;
* [[2001年]]（平成13年）ワシントン駐在編集特別委員・論説委員(現職)&lt;br /&gt;
* [[2005年]]（平成17年）杏林大学客員教授(兼任 現職)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
===ウィキペディアでの誹謗中傷に端を発するWikipedia批判===&lt;br /&gt;
2006年8月30日に[[ウィキペディア日本語版]]（以下JAWP）にて古森を「自称ジャーナリスト」などと誹謗中傷する記述がなされ、執拗に中傷記事の掲載が続いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年9月5日、古森は自身のブログにて、JAWPに「自称ジャーナリスト」や「自民党右翼の御用言論人」と記述されていた事を指摘、反論した上で「このウィキペディアなる奇怪な落書きの場は左翼分子がまとも派を攻撃するフォーラム」と評した&amp;lt;ref&amp;gt;古森義久『[http://komoriy.iza.ne.jp/blog/day/20060905/ 個人誹謗の「フリー百科事典」]』（ブログ「[http://komoriy.iza.ne.jp/ ステージ風発]」）&amp;lt;/ref&amp;gt;。その後、Wikipedia側の記述改訂の経緯を指摘され、古森のブログにてウィキペディアについての説明を受け入れ認識を改めたことを表明した。だが自身への批判的記述に関しては、発端となった中傷および、批判的記述のなかにも中傷と見られる記述が散見された為に、「おかしな人がおかしな記事に書き換えている」とも述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このような常況であるため、「ジャーナリストとしては情報の精度が悪く、政治家で無い・政治家としては使えないということが明らか」な常況である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===ハリケーンカトリーナ報道===&lt;br /&gt;
2005年8月末、アメリカ合衆国南部を襲った[[ハリケーン・カトリーナ]]の被災地について、『こうした略奪を働く人間たちのほぼ100パーセントが[[黒人]]なのである。テレビの映像や新聞の写真でみる限り、略奪者はみな[[アフリカ]]系市民、つまり黒人だった。この事実は現地からの他の一部の報道でも裏づけられていた』、『それにしても略奪者は100パーセント黒人なのである』と断定した&amp;lt;ref&amp;gt;古森義久「ハリケーン被災であらわになった米国の人種問題&lt;br /&gt;
～なぜ、特定の人種だけが略奪するのか～」[http://nikkeibp.jp/sj2005/column/i/06/02.html Page 2]（日経BP社「[http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/ SAFETY JAPAN]」コラム「[http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/i/index.html “外交弱小国”日本の安全保障を考える～ワシントンからの報告～]」第6回）&amp;lt;/ref&amp;gt;。しかし、白人による略奪はテレビでも報道されており、古森の発言は事実と異なる。古森氏はただ、アフリカとアフリカ系アメリカ人が嫌いなだけであり、決して人種問題はやっていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著書 ==&lt;br /&gt;
===単著===&lt;br /&gt;
*『ベトナム報道1300日―ある社会の終焉』（[[筑摩書房]], 1978年）&lt;br /&gt;
*『核は持ち込まれたか』（[[文藝春秋 (出版社)|文藝春秋]], 1982年）&lt;br /&gt;
*『アメリカの警告―レーガンの極東戦略と対日要求 現地報告』（[[ビジネス社]], 1983年）&lt;br /&gt;
*『ジャパンを叩け！―ワシントン・レポート』（[[PHP研究所]], 1983年）&lt;br /&gt;
*『遥かなニッポン』（[[毎日新聞社]], 1984年）&lt;br /&gt;
*『情報戦略なき国家―KGBが日本を狙う』（PHP研究所, 1984年）&lt;br /&gt;
*『ヨーロッパの戦略思考―米ソの&amp;quot;はざま″で何を選択するか』（PHP研究所, 1985年）&lt;br /&gt;
*『嵐に書く―日米の半世紀を生きたジャーナリストの記録』（毎日新聞社, 1987年）&lt;br /&gt;
*『倫敦クーリエ』（文藝春秋, 1989年）&lt;br /&gt;
*『世界は変わる―国際報道の現場から』（文藝春秋, 1991年）&lt;br /&gt;
*『U.S.A.報告―日本を視るアメリカの眼』（[[講談社]], 1992年）&lt;br /&gt;
*『ワシントン情報ファイル』（[[新潮社]], 1993年）&lt;br /&gt;
*『日本「異質」の核心―古森義久のU.S.A.報告』（講談社, 1993年）&lt;br /&gt;
*『日米「異変」―アメリカ報告'90-'94』（文藝春秋, 1994年）&lt;br /&gt;
*『日本を視るアメリカの眼』（[[ジャパンタイムズ]], 1995年）&lt;br /&gt;
*『大学病院で母はなぜ死んだか』（[[中央公論社]], 1995年／中公文庫, 1998年）&lt;br /&gt;
*『ベトナムの記憶―戦争と革命とそして人間』（PHP研究所, 1995年） &lt;br /&gt;
*『アメリカの「影」の勢力』（PHP研究所, 1996年）&lt;br /&gt;
*『透視される日本―アメリカ新世代の日本研究』（文藝春秋, 1999年）&lt;br /&gt;
*『北京報道700日―ふしぎの国の新聞特派員』（PHP研究所, 2000年／扶桑社［扶桑社文庫］, 2005年）&lt;br /&gt;
*『「日中友好」のまぼろし』（[[小学館]], 2001年／徳間書店［徳間文庫］, 2006年）&lt;br /&gt;
*『日中再考』（扶桑社, 2001年／扶桑社文庫, 2003年）&lt;br /&gt;
*『「ODA」再考』（PHP研究所[PHP新書], 2002年）&lt;br /&gt;
*『亡国の日本大使館』（小学館, 2002年）&lt;br /&gt;
*『国の壊れる音を聴け―国際報道と日本のゆがみ』（[[恒文社]], 2003年／扶桑社［扶桑社文庫］, 2004年）&lt;br /&gt;
*『国連幻想』（扶桑社, 2004年）&lt;br /&gt;
*『外交崩壊』（小学館, 2004年／文藝春秋［文春文庫］, 2006年）&lt;br /&gt;
*『中国「反日」の虚妄』（PHP研究所, 2005年）&lt;br /&gt;
*『凛とした日本―ワシントンから外交を読む』（PHP研究所［PHP新書］, 2006年）&lt;br /&gt;
*『日本に挑む中国―「いまそこにある危機」とは何か』（PHP研究所, 2007年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===共著===&lt;br /&gt;
*（[[近藤紘一]]）『国際報道の現場から』（中央公論社［中公新書］, 1984年）&lt;br /&gt;
*（[[中嶋嶺雄]]）『中国は脅威か―幻想の日中友好』（PHP研究所, 2000年）&lt;br /&gt;
*（[[深田祐介]]）『アジア再考―外務省には任せられない！』（扶桑社, 2001年）&lt;br /&gt;
*（[[小池百合子]]）『対論：テロは日本を変えたか』（[[広済堂出版]], 2001年）&lt;br /&gt;
*（中嶋嶺雄）『覇権か、崩壊か―2008年中国の真実』（ビジネス社, 2002年）&lt;br /&gt;
*（[[井沢元彦]]・[[稲垣武]]）『朝日新聞の大研究―国際報道から安全保障・歴史認識まで』（扶桑社, 2002年／扶桑社文庫, 2003年）&lt;br /&gt;
*（[[岡崎久彦]]）『アメリカン・ショック―日本に残された時間は、あと2年！』（ビジネス社, 2002年）&lt;br /&gt;
*（[[黒田勝弘]]）『日・中・韓―新三国志』（[[徳間書店]], 2003年）&lt;br /&gt;
*（[[田久保忠衛]]）『反米論を撃つ』（恒文社, 2003年） &lt;br /&gt;
*（[[吉崎達彦]]）『ナイーブな「帝国」アメリカの虚実』（ビジネス社, 2003年）&lt;br /&gt;
*（中嶋嶺雄）『中国暴発―なぜ日本のマスコミは真実を伝えないのか』（ビジネス社, 2005年）&lt;br /&gt;
*（田久保忠衛）『文化人の通信簿―媚中度から歴史認識まで徹底採点！』（扶桑社, 2005年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===注目を集めた論文===&lt;br /&gt;
*「[[ヴィルヘルム・カナリス|カナリス]]提督はアメリカのスパイだった！」（『[[諸君!]]』1983年3月号）&lt;br /&gt;
*「日本のネオ・ナショナリズムを批判する」（『[[中央公論]]』1990年3月号）&lt;br /&gt;
*「[[ミサイル防衛|地域ミサイル防衛]]――冷戦後の日米安保協力の切り札」（『中央公論』1993年7月号）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[産経新聞]]&lt;br /&gt;
*[[親米保守]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://komoriy.iza.ne.jp/ ステージ風発]（「iza!」内　古森義久ブログ）&lt;br /&gt;
*[http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/i/index.html &amp;quot;外交弱小国&amp;quot;日本の安全保障を考える ～ワシントンからの報告～] （[http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/ Safety Japan]内の古森義久コラム）&lt;br /&gt;
*[http://www.sankei.co.jp/special/komori/komori.htm 古森義久のワシントン報告]（Sankei WEB内　古森義久による記事の特設ページ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''日本国際問題研究所 JIIAコメンタリ 玉本偉 論文関係'''&lt;br /&gt;
*[http://wdsturgeon.googlepages.com/ JIIA Commentary Archive]（JIIAが公開中止した論文をDaniel SturgeonがGoogle Cacheを用いて蒐集したもの）&lt;br /&gt;
*[http://www.thewashingtonnote.com/ The Washington Note](Steven Clemons blog)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参照 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Stub}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:日本のジャーナリスト|こもり よしひさ]]&lt;br /&gt;
[[Category:産経新聞|こもり よしひさ]]&lt;br /&gt;
[[Category:毎日新聞社の人物|こもり よしひさ]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都出身の人物|こもり よしひさ]]&lt;br /&gt;
[[Category:1941年生|こもり よしひさ]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.208.159.182</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%8F%A4%E6%A3%AE%E7%BE%A9%E4%B9%85&amp;diff=35289</id>
		<title>古森義久</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%8F%A4%E6%A3%AE%E7%BE%A9%E4%B9%85&amp;diff=35289"/>
				<updated>2008-08-06T01:32:30Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.208.159.182: /* ハリケーンカトリーナ報道 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''古森義久'''（こもり よしひさ、[[1941年]] - ）は、[[ジャーナリスト]]、[[産経新聞]]ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
執筆記事の論調は[[親米保守]]（というよりも親[[共和党右派]]。）思想を基調とし、[[中華人民共和国|中国]]・[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]・[[パレスチナ]]など米国・イスラエルと対立する諸勢力に対しては批判的で距離を置く。[[柔道]]家でもあり、[[ワシントンD.C.|ワシントン]]の柔道クラブでも活動をしている。妻は元[[ジミー・カーター|カーター]]政権時代内務省長官の特別アシスタントを勤め、アメリカ先住民（[[インディアン]]）の権利擁護で活動している[[人権派]][[弁護士]]のSusan Komori。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
偶に“小森”の誤記あり。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経歴 ==&lt;br /&gt;
* [[1941年]]（昭和16年) [[東京都]]に生まれる&lt;br /&gt;
* [[1963年]]（昭和38年）[[慶應義塾大学]][[経済学部]]卒業後、ワシントン大学ジャーナリズム学科留学&lt;br /&gt;
* [[1963年]]（昭和38年）[[毎日新聞社]]入社 [[毎日新聞]]記者として静岡支局、東京本社社会部、外信部を経る&lt;br /&gt;
* [[1972年]] (昭和47年) 南ベトナム、サイゴン特派員&lt;br /&gt;
* [[1975年]]（昭和50年）サイゴン支局長&lt;br /&gt;
* [[1976年]] (昭和51年) ベトナム戦争終結時のサイゴン陥落報道により、[[ボーン国際記者賞]]受賞 同年、ワシントン特派員&lt;br /&gt;
* [[1978年]]（昭和53年）著書「ベトナム報道1300日」により、[[講談社出版文化賞|講談社出版文化賞ノンフィクション賞]]受賞&lt;br /&gt;
* [[1981年]]（昭和56年）米国カーネギー財団国際平和研究所上級研究員&lt;br /&gt;
* [[1982年]]（昭和57年）「[[エドウィン・O・ライシャワー#核持ち込み疑惑|ライシャワー核持ち込み発言]]報道」により[[日本新聞協会賞]]受賞&lt;br /&gt;
* [[1983年]]（昭和58年）毎日新聞東京本社政治部編集委員&lt;br /&gt;
* [[1987年]]（昭和62年）外信部副部長 同年、毎日新聞社より産経新聞に移籍 ロンドン支局長&lt;br /&gt;
* [[1989年]]（平成元年）ワシントン支局長&lt;br /&gt;
* [[1990年]]（平成2年） 米国ウッドロー・ウィルソン・フェロー[[1998年]](平成10年)迄&lt;br /&gt;
* [[1993年]]（平成5年） &amp;lt;!-- ～により、 --&amp;gt;[[日本記者クラブ賞]]受賞&lt;br /&gt;
* [[1994年]]（平成6年） ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員&lt;br /&gt;
* [[1995年]]（平成7年） 『大学病院で母はなぜ死んだか』（中央公論連載）により、第1回[[編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞]]作品賞受賞&lt;br /&gt;
* [[1998年]]（平成10年）9月より中国総局長(31年ぶりに産経新聞北京支局再開)&lt;br /&gt;
* [[2001年]]（平成13年）ワシントン駐在編集特別委員・論説委員(現職)&lt;br /&gt;
* [[2005年]]（平成17年）杏林大学客員教授(兼任 現職)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
===Wikipediaでの誹謗中傷に端を発するWikipedia批判===&lt;br /&gt;
2006年8月30日にWikipediaにて古森を「自称ジャーナリスト」などと誹謗中傷する記述がなされ、執拗に中傷記事の掲載が続いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年9月5日、古森は自身のブログにて、Wikipediaに「自称ジャーナリスト」や「自民党右翼の御用言論人」と記述されていた事を指摘、反論した上で「このウィキペディアなる奇怪な落書きの場は左翼分子がまとも派を攻撃するフォーラム」と評した&amp;lt;ref&amp;gt;古森義久『[http://komoriy.iza.ne.jp/blog/day/20060905/ 個人誹謗の「フリー百科事典」]』（ブログ「[http://komoriy.iza.ne.jp/ ステージ風発]」）&amp;lt;/ref&amp;gt;。その後、Wikipedia側の記述改訂の経緯を指摘され、古森のブログにてウィキペディアについての説明を受け入れ認識を改めたことを表明した。だが自身への批判的記述に関しては、発端となった中傷および、批判的記述のなかにも中傷と見られる記述が散見された為に、「おかしな人がおかしな記事に書き換えている」とも述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このような常況であるため、「ジャーナリストとしては情報の精度が悪く、政治家で無い・政治家としては使えないということが明らか」な常況である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===ハリケーンカトリーナ報道===&lt;br /&gt;
2005年8月末、アメリカ合衆国南部を襲った[[ハリケーン・カトリーナ]]の被災地について、『こうした略奪を働く人間たちのほぼ100パーセントが[[黒人]]なのである。テレビの映像や新聞の写真でみる限り、略奪者はみな[[アフリカ]]系市民、つまり黒人だった。この事実は現地からの他の一部の報道でも裏づけられていた』、『それにしても略奪者は100パーセント黒人なのである』と断定した&amp;lt;ref&amp;gt;古森義久「ハリケーン被災であらわになった米国の人種問題&lt;br /&gt;
～なぜ、特定の人種だけが略奪するのか～」[http://nikkeibp.jp/sj2005/column/i/06/02.html Page 2]（日経BP社「[http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/ SAFETY JAPAN]」コラム「[http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/i/index.html “外交弱小国”日本の安全保障を考える～ワシントンからの報告～]」第6回）&amp;lt;/ref&amp;gt;。しかし、白人による略奪はテレビでも報道されており、古森の発言は事実と異なる。古森氏はただ、アフリカとアフリカ系アメリカ人が嫌いなだけであり、決して人種問題はやっていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著書 ==&lt;br /&gt;
===単著===&lt;br /&gt;
*『ベトナム報道1300日―ある社会の終焉』（[[筑摩書房]], 1978年）&lt;br /&gt;
*『核は持ち込まれたか』（[[文藝春秋 (出版社)|文藝春秋]], 1982年）&lt;br /&gt;
*『アメリカの警告―レーガンの極東戦略と対日要求 現地報告』（[[ビジネス社]], 1983年）&lt;br /&gt;
*『ジャパンを叩け！―ワシントン・レポート』（[[PHP研究所]], 1983年）&lt;br /&gt;
*『遥かなニッポン』（[[毎日新聞社]], 1984年）&lt;br /&gt;
*『情報戦略なき国家―KGBが日本を狙う』（PHP研究所, 1984年）&lt;br /&gt;
*『ヨーロッパの戦略思考―米ソの&amp;quot;はざま″で何を選択するか』（PHP研究所, 1985年）&lt;br /&gt;
*『嵐に書く―日米の半世紀を生きたジャーナリストの記録』（毎日新聞社, 1987年）&lt;br /&gt;
*『倫敦クーリエ』（文藝春秋, 1989年）&lt;br /&gt;
*『世界は変わる―国際報道の現場から』（文藝春秋, 1991年）&lt;br /&gt;
*『U.S.A.報告―日本を視るアメリカの眼』（[[講談社]], 1992年）&lt;br /&gt;
*『ワシントン情報ファイル』（[[新潮社]], 1993年）&lt;br /&gt;
*『日本「異質」の核心―古森義久のU.S.A.報告』（講談社, 1993年）&lt;br /&gt;
*『日米「異変」―アメリカ報告'90-'94』（文藝春秋, 1994年）&lt;br /&gt;
*『日本を視るアメリカの眼』（[[ジャパンタイムズ]], 1995年）&lt;br /&gt;
*『大学病院で母はなぜ死んだか』（[[中央公論社]], 1995年／中公文庫, 1998年）&lt;br /&gt;
*『ベトナムの記憶―戦争と革命とそして人間』（PHP研究所, 1995年） &lt;br /&gt;
*『アメリカの「影」の勢力』（PHP研究所, 1996年）&lt;br /&gt;
*『透視される日本―アメリカ新世代の日本研究』（文藝春秋, 1999年）&lt;br /&gt;
*『北京報道700日―ふしぎの国の新聞特派員』（PHP研究所, 2000年／扶桑社［扶桑社文庫］, 2005年）&lt;br /&gt;
*『「日中友好」のまぼろし』（[[小学館]], 2001年／徳間書店［徳間文庫］, 2006年）&lt;br /&gt;
*『日中再考』（扶桑社, 2001年／扶桑社文庫, 2003年）&lt;br /&gt;
*『「ODA」再考』（PHP研究所[PHP新書], 2002年）&lt;br /&gt;
*『亡国の日本大使館』（小学館, 2002年）&lt;br /&gt;
*『国の壊れる音を聴け―国際報道と日本のゆがみ』（[[恒文社]], 2003年／扶桑社［扶桑社文庫］, 2004年）&lt;br /&gt;
*『国連幻想』（扶桑社, 2004年）&lt;br /&gt;
*『外交崩壊』（小学館, 2004年／文藝春秋［文春文庫］, 2006年）&lt;br /&gt;
*『中国「反日」の虚妄』（PHP研究所, 2005年）&lt;br /&gt;
*『凛とした日本―ワシントンから外交を読む』（PHP研究所［PHP新書］, 2006年）&lt;br /&gt;
*『日本に挑む中国―「いまそこにある危機」とは何か』（PHP研究所, 2007年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===共著===&lt;br /&gt;
*（[[近藤紘一]]）『国際報道の現場から』（中央公論社［中公新書］, 1984年）&lt;br /&gt;
*（[[中嶋嶺雄]]）『中国は脅威か―幻想の日中友好』（PHP研究所, 2000年）&lt;br /&gt;
*（[[深田祐介]]）『アジア再考―外務省には任せられない！』（扶桑社, 2001年）&lt;br /&gt;
*（[[小池百合子]]）『対論：テロは日本を変えたか』（[[広済堂出版]], 2001年）&lt;br /&gt;
*（中嶋嶺雄）『覇権か、崩壊か―2008年中国の真実』（ビジネス社, 2002年）&lt;br /&gt;
*（[[井沢元彦]]・[[稲垣武]]）『朝日新聞の大研究―国際報道から安全保障・歴史認識まで』（扶桑社, 2002年／扶桑社文庫, 2003年）&lt;br /&gt;
*（[[岡崎久彦]]）『アメリカン・ショック―日本に残された時間は、あと2年！』（ビジネス社, 2002年）&lt;br /&gt;
*（[[黒田勝弘]]）『日・中・韓―新三国志』（[[徳間書店]], 2003年）&lt;br /&gt;
*（[[田久保忠衛]]）『反米論を撃つ』（恒文社, 2003年） &lt;br /&gt;
*（[[吉崎達彦]]）『ナイーブな「帝国」アメリカの虚実』（ビジネス社, 2003年）&lt;br /&gt;
*（中嶋嶺雄）『中国暴発―なぜ日本のマスコミは真実を伝えないのか』（ビジネス社, 2005年）&lt;br /&gt;
*（田久保忠衛）『文化人の通信簿―媚中度から歴史認識まで徹底採点！』（扶桑社, 2005年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===注目を集めた論文===&lt;br /&gt;
*「[[ヴィルヘルム・カナリス|カナリス]]提督はアメリカのスパイだった！」（『[[諸君!]]』1983年3月号）&lt;br /&gt;
*「日本のネオ・ナショナリズムを批判する」（『[[中央公論]]』1990年3月号）&lt;br /&gt;
*「[[ミサイル防衛|地域ミサイル防衛]]――冷戦後の日米安保協力の切り札」（『中央公論』1993年7月号）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[産経新聞]]&lt;br /&gt;
*[[親米保守]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://komoriy.iza.ne.jp/ ステージ風発]（「iza!」内　古森義久ブログ）&lt;br /&gt;
*[http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/i/index.html &amp;quot;外交弱小国&amp;quot;日本の安全保障を考える ～ワシントンからの報告～] （[http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/ Safety Japan]内の古森義久コラム）&lt;br /&gt;
*[http://www.sankei.co.jp/special/komori/komori.htm 古森義久のワシントン報告]（Sankei WEB内　古森義久による記事の特設ページ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''日本国際問題研究所 JIIAコメンタリ 玉本偉 論文関係'''&lt;br /&gt;
*[http://wdsturgeon.googlepages.com/ JIIA Commentary Archive]（JIIAが公開中止した論文をDaniel SturgeonがGoogle Cacheを用いて蒐集したもの）&lt;br /&gt;
*[http://www.thewashingtonnote.com/ The Washington Note](Steven Clemons blog)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参照 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Stub}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:日本のジャーナリスト|こもり よしひさ]]&lt;br /&gt;
[[Category:産経新聞|こもり よしひさ]]&lt;br /&gt;
[[Category:毎日新聞社の人物|こもり よしひさ]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都出身の人物|こもり よしひさ]]&lt;br /&gt;
[[Category:1941年生|こもり よしひさ]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.208.159.182</name></author>	</entry>

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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%94%A3%E7%B5%8C%E6%96%B0%E8%81%9E&amp;diff=35287</id>
		<title>産経新聞</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%94%A3%E7%B5%8C%E6%96%B0%E8%81%9E&amp;diff=35287"/>
				<updated>2008-08-06T01:30:49Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.208.159.182: /* 疑義が持たれた報道、スキャンダル */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{自己責任}}&lt;br /&gt;
'''産経新聞'''（さんけいしんぶん、題字は'''産經新聞'''）は[[日本]]の[[新聞]]の一つ。[[フジサンケイグループ]]基幹4社の1社である[[産業経済新聞社]]（グループの中心企業である[[フジテレビジョン]]が40%を出資）が発行する。発行部数は公称219万部で『[[中日新聞]]』（[[東京新聞]]・[[北陸中日新聞]]・[[日刊県民福井]]を含めて公称348万部）、『[[日本経済新聞]]』（公称300万部）に次ぐ業界6位。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
*[[1913年]]　&lt;br /&gt;
**[[大阪]]にて[[前田久吉]]が新聞販売店を創業。&lt;br /&gt;
*[[1922年]]　&lt;br /&gt;
**7月、『南大阪新聞』創刊&lt;br /&gt;
*[[1923年]]  &lt;br /&gt;
**6月、『[[大阪新聞]]』に[[改称]] &lt;br /&gt;
*[[1933年]]　&lt;br /&gt;
**6月、夕刊大阪新聞社の手により『[[日本工業新聞]]』が創刊。（産経新聞社では旧・『[[日本工業新聞]]』として創刊された年を創刊年としている。）&lt;br /&gt;
*[[1942年]]　&lt;br /&gt;
**6月、新聞統廃合令で『大阪毎夕新聞』並びに愛知県以西の産業経済専門紙を統合して『'''産業経済新聞'''』となる。&lt;br /&gt;
**株式会社産業経済新聞社に改称、日本工業新聞停刊。&lt;br /&gt;
*[[1948年]]　&lt;br /&gt;
**[[東京]]の[[世界日報]]社（現在の[[世界基督教統一神霊協会|統一教会]]系とされる同名の『[[世界日報 (日本)|世界日報]]』とは無関係）を傘下に。 &lt;br /&gt;
*[[1950年]] &lt;br /&gt;
**東京でも印刷・発行を開始。紙面を経済紙から一般紙に変更し、[[全国紙]]としての基礎を固める。&lt;br /&gt;
*[[1951年]]　&lt;br /&gt;
**『世界経済新聞』（『[[世界日報]]』を改題　夕刊専売紙）を合併。&lt;br /&gt;
**10月、「[[少年ケニヤ]]」連載開始&lt;br /&gt;
*[[1952年]]　&lt;br /&gt;
**2月、『週刊サンケイ』創刊&lt;br /&gt;
*[[1955年]]　&lt;br /&gt;
**2月、（株）産業経済新聞東京本社を設立し、東京を分社独立。勝田重太郎が社長に就任。&amp;lt;br&amp;gt;また、東京発行の『産業経済新聞』は『'''[[時事新報]]'''』（[[福沢諭吉]]により創刊され、前田も経営に携わっていた同名紙が[[1946年]]、夕刊紙として復刊）を合同して『'''産経時事'''』と号する。&lt;br /&gt;
**4月、「[[サンケイスポーツ]]」を大阪で創刊。&lt;br /&gt;
*[[1957年]]　&lt;br /&gt;
**12月（株）日本工業新聞社を新会社として設立&lt;br /&gt;
*[[1958年]]　&lt;br /&gt;
**1月、新・『[[日本工業新聞]]』復刊。&lt;br /&gt;
**7月、東西で異っていた題号を『'''産業経済新聞'''』に統一。[[大阪放送|大阪放送（ラジオ大阪）]]開局。ニュースを提供。&lt;br /&gt;
**10月、東京進出に伴う多額の投資より借入金がかさみ、遂に経営危機に陥る。窮地に立たされた前田は住友銀行(現・[[三井住友銀行]])の堀田庄三[[頭取]]を通じ財界からの支援を要請。そして東西両社の産経社長に[[文化放送]]社長の[[水野成夫]]が、副社長に[[中日新聞社]]社長の與良ヱ（よら・あいち）がそれぞれ就任。前田は会長となり、間もなく政界に専念する事を口実として産経から手を引いた。なお、この一件では水野へ財界より多額の資金援助があったと言われる。当時の取締役には[[五島昇]]（[[東京急行電鉄|東急]]社長）、[[小坂徳三郎]]（[[信越化学工業]]社長）、後に産経の社長となった[[鹿内信隆]]（[[ニッポン放送]]専務、翌年産経副社長に就任）らがいた。&lt;br /&gt;
**11月、[[関西テレビ放送|関西テレビ]]開局。ニュースを提供。&lt;br /&gt;
*[[1959年]]　&lt;br /&gt;
**2月、東西両本社合併、本店所在地を東京・[[大手町 (東京都)|大手町]]に移転。[[文化放送]]のニュースタイトルが「[[産経新聞ニュース|産経ニュース]]」に変更され、[[ニッポン放送]]で「産経婦人ニュース」「産経子どものしんぶん」の放送を開始。&lt;br /&gt;
**3月、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]、文化放送、ニッポン放送、[[関西テレビ放送|関西テレビ]]、[[大阪放送|ラジオ大阪]]の電波5社と業務提携。&lt;br /&gt;
**フジテレビ開局。「[[産経新聞ニュース|サンケイニュース]]」の放送を開始。&lt;br /&gt;
*[[1960年]]　&lt;br /&gt;
**[[広島]]版に「郷土部隊奮戦記」掲載。各地方版に波及し、戦記物ブームを醸成。[[労働組合]]が日本新聞労働組合連合（新聞労連）から脱退、労使平和協定を結び[[労使協調]]へ。この頃より、「合理化」に伴う配転・[[解雇]]などの、いわゆる「産経残酷物語」が始まる。 &lt;br /&gt;
*[[1961年]]　&lt;br /&gt;
**4月、[[皇居]]前に[[皇太子]]結婚記念「大噴水」を設置、国に寄贈。&lt;br /&gt;
*[[1962年]]　&lt;br /&gt;
**[[自衛隊]]と協賛し、[[川崎市]]内に於いて「防衛大博覧会」を開催。  &lt;br /&gt;
*[[1963年]]　&lt;br /&gt;
**2月、「[[サンケイスポーツ]]」を東京本社で創刊。&lt;br /&gt;
*[[1964年]]　&lt;br /&gt;
**[[滋賀県]][[琵琶湖]]西岸の[[比良山]]にレジャー施設「サンケイバレイ」（後の「[[びわ湖バレイ]]」）を建設。前年フジテレビと共に経営に乗り出した「[[日本国有鉄道|国鉄]]スワローズ（現[[東京ヤクルトスワローズ]]）」と共に借入金累積額が膨らむ結果となり、財界からも水野退陣の声が上がる。 &lt;br /&gt;
*[[1966年]]　&lt;br /&gt;
**6月15日、心臓病の子供の手術を対象とした日本で初めての基金「明美ちゃん基金」創設。&lt;br /&gt;
*[[1967年]]　&lt;br /&gt;
**1月、[[手塚治虫]]の「[[鉄腕アトム]]」連載開始（単行本時「[[鉄腕アトム#原作の連載・掲載誌|アトム今昔物語]]」に改題）&lt;br /&gt;
**12月、フジテレビ、文化放送、ニッポン放送とともに「[[フジサンケイグループ]]」を結成する。&lt;br /&gt;
*[[1968年]]　&lt;br /&gt;
**10月、水野成夫が病気静養のため退任し、鹿内信隆が社長に就任。&lt;br /&gt;
*[[1969年]]　&lt;br /&gt;
**2月、[[タブロイド]]版の夕刊紙『[[夕刊フジ]]』創刊。&lt;br /&gt;
**5月、題号をカタカナの「'''サンケイ'''」とする。&lt;br /&gt;
**9月、題号を横書き「サンケイ」とする。&lt;br /&gt;
**9月、[[手塚治虫]]の「青いトリトン」連載開始（単行本時「[[海のトリトン]]」に改題）&lt;br /&gt;
*[[1970年]]　&lt;br /&gt;
**元旦に鹿内自らが執筆した「年頭の主張」を掲載（1990年まで続く）。&lt;br /&gt;
*[[1971年]]　&lt;br /&gt;
**『[[サンケイリビング新聞]]』、『[[競馬エイト]]』を創刊。&lt;br /&gt;
*[[1972年]]　&lt;br /&gt;
**[[うしおそうじ]]の「[[風雲ライオン丸]]」連載開始。&lt;br /&gt;
*[[1973年]]　&lt;br /&gt;
**6月、「正論」欄登場。第一回は[[猪木正道]]・[[防衛大学校]]校長。&amp;lt;br&amp;gt;[[自由民主党 (日本)|自民党]]による[[日本共産党]]を批判する内容の意見広告を掲載。「反論権」を主張する日本共産党に提訴され「[[サンケイ新聞事件|サンケイ日共言論裁判]]」が始まる（最高裁で産経勝訴）。&lt;br /&gt;
*[[1974年]]　&lt;br /&gt;
**鹿内信隆、フジサンケイグループ会長に就任。 &lt;br /&gt;
*[[1976年]]　&lt;br /&gt;
**「正論調査会」設置。 サンケイスポーツ新聞社、サンケイリビング新聞社を設立して分社化。&lt;br /&gt;
*[[1978年]]　&lt;br /&gt;
**鹿内信隆、編集主幹として編集の全権を掌握。&lt;br /&gt;
*[[1980年]]　&lt;br /&gt;
**[[西村宗]]の「[[サラリ君]]」連載開始。（[[2007年]]（平成19年）現在連載中）&lt;br /&gt;
*[[1981年]]　&lt;br /&gt;
**[[松本零士]]が「[[1000年女王|新竹取物語1000年女王]]」連載開始。&lt;br /&gt;
*[[1983年]]　&lt;br /&gt;
**5月、[[藤子不二雄A]]の「[[夢トンネル]]」連載開始。（全301回）&lt;br /&gt;
*[[1985年]]　&lt;br /&gt;
**6月、鹿内信隆、産業経済新聞社長を退任し、[[取締役]]へ（後継社長、植田新也）。長男の[[鹿内春雄]]が代表取締役会長に就任。[[世襲]]人事として注目を浴びる。 &lt;br /&gt;
**[[コーポレートアイデンティティ|CI]]変更。フジテレビジョン､ニッポン放送などとともに“目玉マーク”に[[ロゴタイプ|ロゴ]]が変更。&lt;br /&gt;
*[[1987年]]　&lt;br /&gt;
**赤字を抱えたサンケイ出版をフジテレビ系列の[[扶桑社]]に吸収合併 。&lt;br /&gt;
**11月 サンケイスポーツ新聞社、フジ新聞社（夕刊フジ）を吸収合併し、『サンケイスポーツ』、『夕刊フジ』の発行元が産業経済新聞社になる。&lt;br /&gt;
*[[1988年]]　&lt;br /&gt;
**4月、鹿内春雄会長急逝。鹿内信隆の娘婿、[[鹿内宏明]]が産業経済新聞、フジテレビジョン、ニッポン放送の代表取締役会長に就任。:『[[週刊サンケイ]]』が『[[SPA!]]』に。題号を再び漢字の「産經新聞」に戻し、全国紙初の本格的カラー紙面を採用する。&lt;br /&gt;
*[[1989年]]　&lt;br /&gt;
**フジサンケイグループ、巨費を投じて、[[ロナルド・レーガン|レーガン]]前[[アメリカ合衆国|アメリカ]]大統領を招待。産経紙面では20ページもの大特集。&lt;br /&gt;
*[[1990年]]　&lt;br /&gt;
**鹿内信隆死去。&lt;br /&gt;
*[[1990年]]  &lt;br /&gt;
**夕刊に[[堀田かつひこ]]の「カボスさん」連載開始。[[1993年]]まで掲載。&lt;br /&gt;
*[[1991年]]　&lt;br /&gt;
**1月、漫画新聞『コミックサンケイ』発刊。&lt;br /&gt;
*[[1992年]]　&lt;br /&gt;
**7月、鹿内宏明、産業経済新聞会長を解任される。産業経済新聞社長には羽佐間重彰、フジテレビジョン社長には[[日枝久]]が就任。鹿内宏明によるグループの目に余る私物化が原因とされ、背後には財界の意向があったとも言われる。&lt;br /&gt;
*[[1994年]]　&lt;br /&gt;
**9月、東京本社編集局長に住田良能が就任。直後の1995年から[[自由主義史観研究会]]執筆の「教科書が教えない歴史」の連載が始まる。&lt;br /&gt;
*[[1995年]]  &lt;br /&gt;
**[[1月1日]][[永野のりこ]]の「[[ちいさなのんちゃん]]」連載開始。1998年[[8月1日]]まで掲載。&amp;lt;br&amp;gt;1月、労使協調路線を採る現組合を批判し、労働組合[[反リストラ・マスコミ労働者会議　産経委員会]]（反リストラ産経労）がグループ社員の一人の呼びかけで結成される。&lt;br /&gt;
*[[1998年]]　&lt;br /&gt;
**産経北京常駐特派員が31年ぶりに復活。[[北京]]に中国総局を設置。[[台北]]支局は存続。&lt;br /&gt;
*[[2000年]]　&lt;br /&gt;
**11月、東京本社新社屋「東京サンケイビル」（東京都[[千代田区]]大手町）完成。&lt;br /&gt;
*[[2002年]]&lt;br /&gt;
**[[3月30日]]　東京本社版の夕刊を廃止。大阪新聞が廃刊。翌[[4月1日]]、東京で発行される全国紙としては史上初の朝刊単独紙に移行する。日刊紙で初の試みとして[[JANコード]]（[[バーコード]]）を1面題字横に掲載。大阪本社発行の夕刊が廃刊した大阪新聞と紙面統合。この時に打った「夕刊がこの世からなくなっても犬にとっては困らない」というテレビCMが元で、日本新聞協会で産経新聞に対する批判が集中、清原武彦社長は新聞協会副会長を引責辞任。また同時に始めた新聞休刊日駅売即売には他紙が即座に対抗して特別版を休刊日に発行するなどしたため、産経新聞の新聞休刊日駅売即売は3ヶ月で終了となる。また夕刊廃止に伴い、[[いしいひさいち]]の「[[バイトくん]]」の連載が東京本社版で終了した。&lt;br /&gt;
**11月　[[大阪市]]南部の活性化のために、産経新聞大阪本社が音頭をとって、[[関西]]の企業・団体などの集まりで「[[ミナミ活性化委員会]]」を発足。&lt;br /&gt;
*[[2003年]]&lt;br /&gt;
**3月　月刊[[テレビ情報誌]]「[[TVnavi]]」を創刊。&lt;br /&gt;
*[[2004年]]&lt;br /&gt;
**3月　『日本工業新聞』が『[[フジサンケイ ビジネスアイ]]』に改題。&lt;br /&gt;
**6月　住田良能、産業経済新聞社長に就任。&lt;br /&gt;
**12月　大阪新聞社を吸収合併。&lt;br /&gt;
*[[2005年]]&lt;br /&gt;
**1月　[[ラジオ大阪]]の株式を創業家の前田家から大量取得、産経新聞グループの傘下とする。&lt;br /&gt;
**7月　大阪本社新社屋「難波サンケイビル」（[[大阪市]][[浪速区]]湊町）完成。8月、[[北区 (大阪市)|北区]][[梅田]]から新社屋に移転。&lt;br /&gt;
**10月　[[インターネット]]による電子新聞配信[http://www.sankei.co.jp/netview/ 「産経NetView」]を開始。&lt;br /&gt;
**11月　デジタル事業を担当するデジタルメディア局を、[[産経デジタル]]として子会社化&lt;br /&gt;
*[[2006年]]&lt;br /&gt;
**6月  インターネットによる読者参加型のニュースサイト[http://www.iza.ne.jp 「iza（イザ!）」]開設。&lt;br /&gt;
**11月  タブロイド判の日刊紙「[[SANKEI EXPRESS]]」創刊。&lt;br /&gt;
**12月　産経新聞の公式[[ウェブサイト|サイト]]がリニューアル。&lt;br /&gt;
*[[2007年]]&lt;br /&gt;
**9月　東京本社管轄の総支局の統合や経済本部の設置を行った。東京本社発行の「県版」を統合し、別々につくられてきた都内版および神奈川、埼玉、千葉の各県版を一体化して「首都圏版」とした。また、新潟、長野、山梨、静岡の各県版も一本化した。 編集局の経済部と「フジサンケイ ビジネスアイ」の編集局を合体して総勢100人規模の「経済本部」に改組した。&lt;br /&gt;
**10月（予定）　[[マイクロソフト]]と業務提携し、Sankei Webをマイクロソフトのポータルサイト「[[MSN]]」に統合、共同でニュースサイト「MSN産経ニュース」を開始。（IEの「ニュースチャンネル」以来の「MSN毎日インタラクティブ」はこれに伴い終了）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 特徴 ==&lt;br /&gt;
[[右翼]]・[[親米保守]]系新聞。権力に従順な「御用新聞」。&lt;br /&gt;
=== 概要 ===&lt;br /&gt;
[[大阪府|大阪]]、[[奈良県|奈良]]ではシェア20％を超える主要な新聞であり、この2地域で発行部数全体の半分近く(約100万部)を占める。しかし関東、関西を除く地域では[[番組表|テレビ・ラジオ欄]]を差し替えただけの地域も多い。(一部広告は[[公共広告機構]]などに差し替え)発行部数は&amp;lt;!--中日は東京本社を含む。--&amp;gt;一般紙として6位の約219万部である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[法善寺]]横丁火災時の特集記事に見られるように大阪本社版は一面から地域密着の独自記事を載せることも多い。法善寺横丁の火災がきっかけで、大阪市南部（ミナミ）の活性化を図ろうと、大阪本社が音頭を取って関西の企業・団体などの集まりで『[[ミナミ活性化委員会]]』を発足した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本国内外の記事を[[共同通信社]]や[[時事通信社]]からの配信に頼る事が多い。そのため[[中日新聞]]、[[北海道新聞]]などの多くのブロック紙、地方紙と同じ内容も見受けられる。また[[金融]]記事はアメリカの経済専門の通信社[[ブルームバーグ]]から配信を受けている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
電子端末やインターネットでの配信など新技術に積極的である。例で言えば、日本初のインターネット配信型の電子新聞、&amp;quot;産経ネットビュー&amp;quot;を2005年から開始している。テレビ電波にデータを重畳して電子新聞を発行したこともあるが普及せず撤退した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
発行元の産業経済新聞社は、産経新聞の他に[[スポーツ紙]]「[[サンケイスポーツ]]」や[[タブロイド]]夕刊紙「[[夕刊フジ]]」など利益率の高い媒体を多数発行。一方で、本紙と呼ばれる産経新聞の利益率は相対的に低く、経営上の長年の課題とされている。これを補うため、グループ各紙は利益の一定額を上納金として本社に納める義務を負っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他の全国紙を発刊している新聞社は[[ギャンブル]]や[[風俗]]の記事、広告の掲載されるスポーツ紙やタブロイド紙は別法人を設立して発刊しているが産経は産経新聞社本体が発刊している。3紙間の人事異動も盛んに行われており、3媒体の優劣、上下関係はあまりないが、黒字媒体である[[サンケイスポーツ]]、産経に年間20億円もの上納を行っている[[夕刊フジ]]（月刊FACTA2007年9月号「夕刊フジ」が赤字転落リストラで苦境打破へ）に所属する社員からは、赤字の産経本紙がステータスを持っていることへの不満が強いとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
過去にフジテレビが広告費の名目で億単位の資金援助をしていることが[[株主総会]]で指摘されたことがある。しかし、鹿内失脚の後、フジが[[東京証券取引所|東証]]に[[上場]]して経営の透明性が求められるようになったため資金援助は難しくなったといわれている。（紙面にはフジテレビ、ニッポン放送の広告が目立ち、『ニッポン放送女子アナ日記』『―人気アナ日記』など自社グループの関係性の強さが反映された記事も散見される）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
紙面では[[ニューヨーク・タイムス]]や[[朝日新聞]]の「左寄り」評論への批判・反論をたびたび表明する。一方ニューヨーク・タイムスには“日本の右派系新聞”と、[[ワシントンポスト]]や[[AFP通信]]には“日本の保守系新聞”と紹介された。&lt;br /&gt;
ワシントンポストが産経新聞について「[[1930年代]]風の[[軍国主義]]への復活を希求する暴力的なグループの一員」とする米国民主党活動家（[[古森義久]]談）の投書を掲載した。これに対し産経新聞は紙面で反論するとともに反論文の掲載をワシントンポストに要求。後に反論文が掲載された。&lt;br /&gt;
産経は自らを「国際的にみれば、中道、普通、穏健な報道姿勢」（izaより）であると主張している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全国紙としては唯一、[[新聞縮刷版|縮刷版]]を発刊していない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[社説]]を主張と表記し、「他の新聞社にはない独自の国際基準」による論調を展開。「“日本に必要不可欠な新聞”とされる」と自称している。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
記者の給与水準は大手報道機関に比べると格段に低く、朝日・読売の7割程度で、毎日新聞とほぼ横並びとされる。業界内では「産経残酷、時事（[[時事通信]]）地獄」と待遇の悪さを揶揄する声もある（それでも一定の基準は満たしている）。現場記者の人数も格段に少なく、給与に相反して個人負担は大きい。とくに本社勤務の30歳前後の若手記者への負担は他社とは比べものにならないほど増している。このため[[1990年代]]以降から、経済的理由から、朝日新聞など給与水準が高く福利厚生が整っている同業他社へ転職する者が若手記者を中心に相次いでいる。転職者は、毎日新聞からの転職者への呼称「ヤメ毎」にならい、「ヤメ産」と呼ばれることがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 財界からの支援と右翼、親米保守論調  ===&lt;br /&gt;
政権・戦争批判や[[労働運動]]を抑えたい[[財界]]からは権力に従順な「御用新聞」の創刊に対する要望が強かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1958年]]、[[堀田庄三]]・[[住友銀行]][[頭取]]は、経営危機にあえぐ産経新聞の支援要請を受けた。堀田は[[日清紡]]社長[[桜田武]]、[[富士製鉄]]社長[[永野重雄]]、[[国策パルプ]]社長[[水野成夫]]らと共に、時の[[大蔵大臣]][[池田勇人]]の財界後援会組織「二黒会」のメンバーでもあり、彼らは財界の半公然組織「マスコミ対策委員会」の中心メンバーだった。そして、この中から水野が社長に選ばれる。フジテレビと文化放送の社長だった水野が全国紙となった産経新聞に深く関与することは、財界にとって意味のあることだったと言える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに[[1970年]]9月には、産経拡販への協力を通じた支持を求める[[田中角栄]][[自民党幹事長]]の通達が、全国の自民党支部連合会長、支部長宛に「取扱注意・親展」として送付される。国会でも取り上げられ、喜多畑産経新聞政治部長は「販売拡大への協力を[[自由民主党 (日本)|自民党]]、[[民社党]]に要請している」と、「通達」の存在を認めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
紙面および[[社説]]論調は[[右翼]]および[[親米保守]]。保守系の学者や評論家の主張を掲載している「[[正論 (雑誌)|正論]]」欄や、東京都[[知事]]・[[石原慎太郎]]の[[随筆|エッセイ]]「日本よ」が月一回掲載されている。コラム[[産経抄]]の執筆は外部委託した[[評論家]]の[[室伏高信]]、次が編集総長室の古屋奎二と山本雄二郎、古屋が抜けた後は山本と政治部の[[俵孝太郎]]で、日曜日が社会部の青木彰、そして専門の[[論説委員]]（石井英夫）が一人で(月曜掲載分は石井が日曜休暇の為別人の執筆)35年間に渡り書き続けることとなる（2004年[[12月28日]]をもって筆者が交代した。またメディア批評誌『創』によると現在では30歳代から40歳代の数人の若手記者による輪番執筆となっているという）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[週刊金曜日]]の誌上での対談で週刊金曜日側がマスコミは権力を監視するのが役目だ、と言ったのに対し、産経新聞側は“権力を監視する役割は週刊金曜日が担えばよい、週刊金曜日の言論が弾圧されることがあれば産経新聞も反対する”と応えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
朝日新聞や読売新聞、毎日新聞が戦前からの歴史を持つ中、主要全国紙の中では唯一戦後の参入であり、“戦争賛美・翼賛報道の罪なし”とする意見があるが、前身の大阪新聞時代は[[軍国主義]]賛美報道をしており（「大阪」創業者・[[前田久吉]]はこの為[[公職追放]]となっている）、[[清沢洌]]は『暗黒日記』（[[岩波文庫]]）の中でその賛美ぶりを批判した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自由と民主主義を守ることを信条にしている（後述「産経信条」参照）が、[[1980年代]]終盤に登場した[[カレル・ヴァン・ウォルフレン]]に代表される欧米のリビジョニスト（この場合は[[歴史修正主義]]ではなく日本異質論）が“日本の[[保守]]勢力は、西側自由主義陣営の基本的価値である[[自由]]・[[民主]]・[[人権]]などの西欧近代の価値を共有していない”と批判した際には、“[[ジャパンバッシング|日本叩き]]だ”と反論を続けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 歴史認識 ===&lt;br /&gt;
[[日中戦争]]や[[太平洋戦争]]時の日本軍の行為、特に、現在も論争が続く[[南京大虐殺]]、[[慰安婦]]、[[労務者]][[強制連行]]や[[沖縄戦]][[集団自決]]問題の存在について否定的な立場を取っており、韓国の要人による非難発言を“[[反日]]”と論評。これについて[[戦争責任]]を直視しようとする日本の層からは[[歴史修正主義]]であるという批判がなされている。韓国のマスコミも、[[2001年]]の[[歴史教科書問題]]が取り沙汰された際には、「歴史歪曲を先導する極右言論の産経新聞…」といった具合で批判していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
鹿内時代になると水野体制からの右翼論調が更に台頭する。[[1967年]]7月の広告主向け説明会で社長の鹿内は「新聞が本当に不偏不党の立場でまかり通るような安泰なものに、今、日本の国内情勢が成っているでしょうか」「敢然と守ろう『自由』、警戒せよ、[[左翼]]的商業主義！」と演説したという。そして、1970年の元旦からは鹿内による[[反共主義|反共]]、親米、[[右翼]]色の強い「年頭の主張」が始まる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方で、鹿内信隆社長時代には[[台湾]]の[[中国国民党]]政権を応援する立場から日本軍による中国での虐殺行為を肯定する記事やコラムを多数掲載していた。象徴的とも言えるのが2年にわたって掲載された「蒋介石秘録」で、この中では南京大虐殺について40万人という日本新聞史上最大の被害者数を掲載していた。更に「今明かす戦後秘史」（共著）でも[[慰安所]]の設置運営に関与した事実を自認していた（鹿内本人が[[陸軍省]]に勤める主計中尉だった）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 教科書 ===&lt;br /&gt;
[[1982年]]の「第1次教科書問題」以降、遊軍記者だった石川水穂を中心に「教科書の記述は日本の悪い面ばかりをとらえ偏向している」とのキャンペーンを続けてきた。[[1996年]]6月、翌年春から使用される中学歴史教科書全社に「従軍慰安婦の強制連行」の記述が登場することが判明したことをきっかけに[[1997年]]に[[西尾幹二]]電気通信大教授、[[藤岡信勝]]東大教授らが中心になって[[新しい歴史教科書をつくる会]]が発足した。同会は教科書の発行元を探し、[[文藝春秋]]と [[PHP研究所]]に依頼したが断られ、当時、藤岡ら執筆の「教科書が教えない歴史」を連載していた産経新聞社の[[住田良能]]・常務東京本社編集局長に話を持ちかけ、産経側は応じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つくる会の西尾会長、産経の住田常務、グループ企業の出版社である[[扶桑社]]の中村守社長（いずれも当時）は教科書の発行に向けて三者が協力するという「覚書」に調印した。翌[[1998年]]1月9日付の『産経新聞』の「主張」欄には「新聞社が教科書づくりにかかわるのは初めての挑戦であるが、『つくる会』ともども、読者および国民の支援を仰ぎ、また批判も受けたい」と「産経新聞社発行・扶桑社発売」で教科書を出版することを表明した。その後、文部省（当時）から「発行と発売を分けることはできない」との指導を受け「扶桑社発行」に一本化され、覚書も破棄されたが、産経新聞社は扶桑社の中学歴史・公民教科書を一貫して支援してきた（この問題をめぐっては『新しい歴史教科書』や関連書籍が産経新聞社扶桑社から発行されている事もあり、特定の教科書の採用を新聞社が後押し・推薦するかのような行為、しかもこれらの企業の親会社が免許事業である放送局・フジテレビジョンである事が独占禁止法に抵触しているとして申告が各地で行われている）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし2度の教科書採択ではシェアが低迷した。そうした中、[[2005年]]秋以降、つくる会で創立メンバーの西尾・藤岡と、三代目会長[[八木秀次 (法学者)|八木秀次]][[高崎経済大学]]教授や若手理事、[[日本会議]]グループなどの間で内紛が勃発。八木が、つくる会会長を解任されて以降、産経新聞は八木側に同調するかのような報道を続け、扶桑社や親会社のフジテレビジョンも同社番組審議委員でもある八木への支持を非公式に表明した。背景には、エキセントリックな面を持つ西尾・藤岡のイメージでは今後の教科書採択が期待できないとの営業上の判断もあったとされる。西尾・藤岡はインターネット上などで、産経新聞の教科書問題取材班キャップ渡辺浩を名指しで非難した。八木らは[[2006年]]4月につくる会を退会し、教科書だけでなく教育全般に取り組む[[シンクタンク]]「[[日本教育再生機構]]」、「改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会」を設立した。八木は[[安倍晋三]]の[[ブレーントラスト|ブレーン]]でもあり、フジサンケイグループは同機構の唱える教育再生運動を支持している。2007年5月[[扶桑社]]版の『つくる会』教科書撤退が確認された。[[扶桑社]]は[[八木秀次 (法学者)|八木秀次]]と別に歴史教科書を作るとしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在、沖縄戦の集団自決について、日本軍の命令は無かったとする文部科学省の検定意見に同意する社説（主張）を載せている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 朝鮮報道 ===&lt;br /&gt;
[[1960年代]]は他紙同様、[[朝鮮民主主義人民共和国]]に好意的な報道姿勢を取っていた[http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/hatsugen/korea-raisan.htm]ものの、後に方針転換、厳しい論調を取るようになった。[[1996年]]に「北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)」というような、正式呼称を併置した表現を廃止し、このことで[[在日本朝鮮人総連合会|朝鮮総聯]]から抗議を受けたがその方針を貫いた。その後2002～03年にかけて全国紙やテレビからも正式呼称が消え「北朝鮮」のみの呼称となり、産経はこの呼称の先駆けとなった。最近では単に「北」という表記も使用している。2006年4月には加藤雅己常務が[[共同通信]]加盟社の旅行団メンバーとして北朝鮮へ渡った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 男女共同参画 ===&lt;br /&gt;
[[男女共同参画社会|男女共同参画]]をめぐっては、男女には[[生物学]]的性差以外にも根本的違いがあり男女共同参画や男女平等とは男女がそういった両性の違いを認めて役割を分担し支えあうことであるとし、[[ジェンダーフリー]]は男女の根本的違いの否定であると批判。[[性教育]]に関しても、伝統的な道徳を無視した「過激な性教育」が行われていると批判したこともある（一部の保守派都議会議員による都立七生養護学校視察の記事参照のこと）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 反共主義 ===&lt;br /&gt;
[[反共主義]]の立場から[[中国]]に対して批判的な論調を展開することもあった。これに対し[[2006年]][[1月]]、[[中国]]外務省傘下の隔週刊誌『世界知識』（日本外務省の月刊誌『世界の動き』に相当）が「言論暴力団」「保守御用喉舌（[[プロパガンダ]]機関）」などと名指しで批判。一方、[[朝日新聞]]については、「広範な大衆を代表する進歩的メディア」と紹介した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 路線 ===&lt;br /&gt;
左よりの論調である[[朝日新聞]]を社説やコラムで（名指し・対象が明らかな伏せる名を含めて）度々批判している。朝日新聞がこれに乗って反論することも多く、2005年4月には[[歴史教科書問題]]をめぐって4,5日間、社説で論争を繰り広げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦後の日本が無批判に受け入れてきた[[民主主義]]、[[社会主義]]、[[進歩主義]]、[[平等主義]]に傾れてはならないと主張し、“このまま放置すれば日本精神の根幹を変えてしまい国の崩壊に繋がる”と訴えている。「『ナンバーワン』よりも『オンリーワン』を目指す新聞である」と公言し「新聞はみな同じではありません」「群れない、逃げない。モノを言う新聞」との[[キャッチフレーズ]]の下に独自路線を進むことを宣言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国内記事だけでなく外信報道もまた親米的である。2006年1月の[[ヒューマン・ライツ・ウォッチ]]年次報告について、報告書は北朝鮮の人権侵害を非難する一方でアメリカの“テロ撲滅”に託けた、[[イラク]]の[[アブグレイブ刑務所]]などでの収監者虐待をも批判しているが、他社が要旨どおりに報じたのに対し産経はアメリカ関連部分を削除改竄して報道した。　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==産経信条==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以下の信条を社是としている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 1、産経は[[民主主義]]と[[自由]]のためにたたかう&lt;br /&gt;
: われわれは[[民主主義]]と[[自由]]が国民の幸福の基盤であり、それを維持し発展させることが言論機関の最大の使命であると確信する。したがってこれを否定するいっさいの暴力と破壊に、言論の力で対決してゆく。 &lt;br /&gt;
; 1、 産経は豊かな国、住みよい社会の建設につくす&lt;br /&gt;
: われわれは国土の安全と社会の安定をねがう。そして貧困、犯罪、公害など、あらゆる社会悪の追放に努力し、すぐれた文化、美しい自然のなかで、調和のとれた物質的繁栄とこころの豊かさを追求してゆく。 &lt;br /&gt;
; 1、 産経は世界的な視野で平和日本を考える&lt;br /&gt;
: われわれは国際社会からの孤立は許されないとの認識に立ち、対立より協調を、戦争より平和を選ぶ。平等友愛の精神をもって自立をもとめる国々をたすけ、ともに世界の共存共栄をはかってゆく。 &lt;br /&gt;
; 1、 産経は明るい未来の創造をめざす&lt;br /&gt;
: われわれは技術革新と社会変化を正しく方向づけ、真の進歩に向かって前進する。そして絶えず新しい価値観、新しい人間像を追求しつつ、勇気をもって未来へ挑戦してゆく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 報道 ==&lt;br /&gt;
=== 注目を集めた報道 ===&lt;br /&gt;
*[[1980年]]、日本海沿岸などで相次いだ失踪事件について、外国の諜報機関の関与をにおわせる報道をした。記事を書いたのは社会部の[[警視庁公安部]]担当だった阿部雅美。だが、1980年当時の報道は、世論にも他のメディアにも無視された感がある。そして、この報道は1997年の女子中学生拉致疑惑報道へと繋がっていく。このエピソードは[[2003年]]夏に放映されたフジテレビのドラマでも描かれたが、[[日本共産党]]が[[1980年代]]に国会で[[拉致問題]]をとりあげた際の再現部分について「事実に反する描写が一部にある」と[[日本共産党]]から訂正・撤回を要求され、[[訴訟]]に発展している。&lt;br /&gt;
*[[1980年]]に信仰グループ[[イエスの方舟]]を批判するキャンペーンを張り、これがきっかけとなって[[ワイドショー]]や週刊誌もこれに追随し、イエスの方舟やその主宰者に対する大バッシングが展開され、ついには警察当局も動いてイエスの方舟の主催者らが[[名誉棄損]]容疑で書類送検される事態にまで発展したが、これは憶測に基づく事実誤認であり、主宰者らは後に不起訴処分となった。&lt;br /&gt;
*[[1990年]]に「[[ソ連共産党]]による一党独裁を放棄へ」の[[スクープ]]によって、当時の[[モスクワ]]支局長が[[日本新聞協会]]賞を受賞。&lt;br /&gt;
*1990年代前半には北朝鮮の[[金日成]]の愛人等人脈に関するスクープを連発し、日本国外メディアも後追いするなど注目を集めた。&lt;br /&gt;
*[[1992年]]、元[[KGB]]少佐・レフチェンコの証言をもとに旧ソ連から[[日本社会党]]への資金流入について追求する記事や社説を掲載した。だが、この追及報道は翌年5月に急遽終了した。『[[文藝春秋 (雑誌)|文藝春秋]]』6月号におけるレフチェンコのインタビュー中で、産経新聞にも工作を行い、当時の編集局長を取り込むことに成功したとの発言が掲載された為と思われる。産経はこのレフチェンコ発言に対する反論を1993年05月12日の朝刊に当時の編集局次長、住田良能名で掲載し「彼の発言を多少なりとも信じては気の毒なことになる」とまで書いて、その証言を全否定した。以後レフチェンコ証言に基づく記事は掲載されず報道は終了した。（その後、[[1994年]]に久保紘之編集委員による特集「新謀略史観」でレフチェンコ証言を「伝聞に基づくものであった」と改めて全否定している）&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--*[[1992年]]、「私たちは“国際合同結婚式”を応援します。」という[[統一教会]]の国際合同結婚式を支持する学者・文化人の会の意見広告を全国紙として唯一掲載した。←これは注目を集めた報道なのですか？何紙が断って、唯一になったのでしょう。教えて下さい。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[1993年]]、[[テレビ朝日]]の[[椿貞良]]取締役報道局長が、[[日本民間放送連盟|民放連]]の会合で総選挙について「『[[非自民]]政権が生まれるよう報道せよと指示した』『“公正であること”をタブーとして、積極的に挑戦する』と発言していたことをスクープ。一部[[ジャーナリスト]]から批判を受けたが、その年の[[日本新聞協会|新聞協会]]賞を受賞した。&lt;br /&gt;
*[[1997年]]2月3日の朝刊にて、新潟市で1977年に発生した北朝鮮による女子中学生拉致疑惑報道。翌日、衆議院で[[西村眞悟]]議員がこの件を取り上げた。この記事を書いた阿部雅美社会部長は同年度の新聞協会賞を、この事件を同じくテレビ報道した朝日放送石高健次と同時受賞。&lt;br /&gt;
*[[1999年]]5月10日掲載の「久保紘之の天下不穏　沖縄[[サミット]] 　～コローニアルなにおいの“英断”」中で[[小渕恵三]]首相がサミットを沖縄で開催するのを決めたことに対し「国家も家と同じで台所もあれば便所もある。しかし、お客を台所や便所の中で接待する主人がいるかい？」と書いた。記事タイトルと合わせ沖縄を便所扱いしていると非難の声があがった。 &lt;br /&gt;
*[[2001年]][[ 附属池田小事件|池田小学校児童殺傷事件]]の校庭に座り泣きじゃくる児童たちの写真で同年度の新聞協会賞を受賞したが、後に被害にあった直後の児童の顔をさらすのはいかがなものかと批判されることになった。&lt;br /&gt;
*[[2002年]]1月10日の朝刊で、前年に[[日本刀]]愛好グループ[[刀剣友の会]]が[[建国義勇軍]]及び[[国賊征伐隊]]を名乗り脅迫や爆発物を仕掛ける事件をおこして摘発された件で、[[田中均]]外務審議官（当時）の自宅に爆発物が仕掛けられた事件は、当時安全確保の為公開されていなかった田中均の住所を犯人グループが知りえたのは犯人グループの一人である[[北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会|救う会]]熊本理事の木村岳雄が、救う会関連集会で入手した住所を主犯の男に伝えた結果であることをスクープした。&lt;br /&gt;
*[[2002年]]小泉首相の初訪朝には民間機を使用し、[[政府専用機]]は使用しないことになったとの記事を掲載した。だが同日、読売新聞に[[自衛隊員]]とともに政府専用機を使用して訪朝することを前提とした事前調査の記事が掲載された。翌日、読売グループの[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]は自社番組[[ズームイン!!SUPER]]中の「新聞のミカタ」で、産経新聞のこの報道を“何の根拠あってのことか説明せよ”と批判した。結果的に小泉首相は訪朝に政府専用機を使用し、産経の誤報が確定した。&lt;br /&gt;
*[[2002年]]小泉首相10月訪中決定との記事を一面にスクープとして掲載したが、同日中に[[福田康夫]]官房長官に否定された。以後2006年の小泉首相退陣まで訪中は実現しなかった。&lt;br /&gt;
*[[2003年]]6月19日、朝鮮総連と「大手警備保障会社の系列企業」との間で東京の[[朝鮮学校]]の売却交渉が進んでいるととする記事を掲載。直後にこの会社は産経以外の全国紙に広告を載せ、記事中の「大手警備保障会社」と自社の関係を否定、同記事を「誤解を生む報道」と批判した。産経は記事は事実であるとしているが、社名を公表していない。 &lt;br /&gt;
*[[2003年]][[7月4日]]に、[[東京都立七生養護学校]]を自民、民主の3人の都議会議員とともに記者が視察し同校の性教育を批判する内容を掲載。直後に教材が没収され、教員13人が処分された。[[2005年]][[5月12日]]、教員と保護者27人が、東京都、都教育委員会、都議3人、産経を相手取り東京地裁に提訴した。産経に対しては謝罪記事の掲載と慰謝料を請求。（[[性教育#養護学校での性教育が不適切とされた事件|性教育]]の項を参照の事）&lt;br /&gt;
*[[2004年]]1月6日の朝刊で、[[イラク戦争]]後の[[バグダード|バグダッド]]で[[ストリートチルドレン]]の社会復帰を支援している高遠菜穂子&amp;lt;!--  事件について講演など行なっているため名前を記載 当分記事にはならないと思われるので非リンク化--&amp;gt;の活動を顕彰する記事を一面写真付きで掲載した。しかしのちに起きた[[イラク日本人人質事件]]の報道では、1月の記事には触れずに高遠を含めた[[人質]]の批判を繰り返し掲載し、2004年4月11日の産経抄において「誤解を恐れずにいえば、“いわぬこっちゃない”とは、本来、人質になった三人の日本人に対していわねばならぬ言葉だ。イラクでは日本人外交官も殺害されて治安悪化は深まっていた。外務省は再三、最高危険度の『退避勧告』を行ってきたのである」として自業自得と非難し、同4月14日の産経抄にいたっては「第一の声明文については、日本のイスラム学者が『非イスラム的だ』 と指摘しているのがまこと興味深い。では何的かというと“日本的だ”と いうのである（中略）これらの声明文には何らかの形で日本人がかかわっているのだろうか」などと[[自作自演]]説までほのめかしている。人質の生還後、[[責任#自己責任|自己責任]]論ブームに乗り、被害者宅へのイタズラ電話が問題となったが、社説「主張」にて「真摯な忠告もあろう」などと、全てがイタズラではないのでは?と論した。さらに同年11月に起きた香田人質殺害事件（同様に日本政府に自衛隊のイラクからの撤退を求めた武装グループが要求を拒否され、人質香田証生を殺害）に関する「産経抄」の論評の中で、「この春の日本人人質事件（上記のイラク日本人人質事件のこと）の家族の反応とは、天と地ほどの差がある。若者（香田）に両親に似た分別と常識があれば、悲劇は起こらなかったろうにと惜しまれてならないのである。」と上記の人質三人を間接的に批判した。&lt;br /&gt;
*[[2004年]]5月、フォトジャーナリスト[[森住卓]]の[[写真集]]『私たちはいまイラクにいます』に、主催する「産経児童出版文化賞」を贈るが、産経の[[イラク戦争]]に対する報道姿勢を批判する森住から返された。森住は「産経の賞を受けたらイラクの子ども達に顔向け出来ない」とコメントしている。&lt;br /&gt;
*[[2005年]]、系列企業の[[ニッポン放送]]の株式35%を[[インターネット]]関連会社[[ライブドア]]が取得した問題について、同年2月18日付の社説「主張」でライブドアの[[堀江貴文]]社長（当時）を痛烈に批判した。また連日に渡って紙面やコラム「産経抄」や「正論」欄等で堀江の経営手法や[[ジャーナリズム]]観を批判した。&lt;br /&gt;
*[[2006年]]2月6日、[[夕刊フジ]]の記事“[[日興コーディアルグループ]]の[[粉飾決算]]の秘密文書を入手”について、同社から「粉飾など行なっておらず事実無根」と提訴される（夕刊フジは産経が発行元）。しかし、その後の[[証券取引等監視委員会]]の調査により、日興コーディアルグループが140億円の利益を架空計上していた事が明らかになった。&lt;br /&gt;
*[[2006年]]10月、安倍総理が[[慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話|河野談話]]を踏襲するにあたり狭義の強制性は無かったが広義の強制性はあったとの認識で踏襲したと国会答弁した後に、「主張」において『河野談話　再調査と見直しが必要だ』なる社説を掲載し、「慰安婦問題の論点を広義の強制性にすりかえたメディアがいる」『その後、一部マスコミが「広義の強制性」に論点をすり替えたこともよく知られている。』と批判した。&lt;br /&gt;
*[[2007年]]3月10日「主張」において『慰安婦問題　偽史の放置は禍根を残す』と題し“「河野談話」が明確な裏付けもなく慰安所の設置に「旧日本軍の関与」があったと認めた”と批判した。だが実際に旧日本軍は慰安所の設置に軍命令として関与しており、そのことは[[中曽根康弘]]元総理大臣や[[鹿内信隆]]産経新聞社元社長（フジサンケイグループ初代議長）も著書で自認しており、産経新聞の社説は強制性問題と取り違えた全くの虚偽であった。過去には1993年9月2日の産経新聞正論のように、[[上坂冬子]]が、「近年、稀にみる名文といってよい。相手方のささくれ立った気をしずめ、同時にこちらとして外せないポイントだけはさりげなく押さえて、見事な和解にこぎつけている」と評価したこともあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 疑義が持たれた報道、スキャンダル ===&lt;br /&gt;
*[[1993年]]11月11日、清沢平・元[[大昭和製紙]]副会長への逮捕直前単独インタビューを夕刊に掲載したが、インタビューに答えた人物は弟だった。&lt;br /&gt;
*[[1995年]]一連の[[オウム真理教]]事件において「警察庁長官襲撃事件　[[監視カメラ]]に犯人の姿　南千住駅」「横浜異臭事件　[[毒ガス]][[ホスゲン]]の症状」「オウムに[[内乱罪]]適用へ」などの誤報虚報を連発した。&lt;br /&gt;
*[[1999年]][[4月]]から、[[国立市]]立国立第二小学校の卒業式について「児童30人、国旗降ろさせる」「校長に土下座要求」とする一連の『国立二小問題』キャンペーンを展開。記事は校長の報告書に基づくとされる。これに関連し、国立市内で[[右翼団体]]による街宣活動や児童殺害予告が行われるなどの混乱も発生した。他の主要紙は大きく取り上げず、『朝日新聞』は産経報道に批判的な記事を掲載。労組などから「産経の記事は捏造」との批判も出た。東京弁護士会は市[[教育委員会]]と学校側に対し、報告書が事実を「歪曲して記載」したとして再発防止を勧告。産経に対しても「事実を正確に伝えたものとは認められない」「十分な裏付取材がなされなかった」と批判する要望書を出した。のちに都教委は土下座要求等の事実が「確認されていない」とコメントする一方で、国旗国歌に批判的な同小の教員を処分した。系列の扶桑社が国旗国歌を推進している市教育長の著書を出版したことなどから、「政治的思惑に基づく記事」「癒着」などの批判もなされた。&lt;br /&gt;
*2000年10月11日朝刊社会面に掲載した「[[ノーベル化学賞]]の[[白川英樹|白川]]氏　一貫した『知りたがり屋』」の記事が『[[日経産業新聞]]』の記事を盗用していたことがわかり、産経新聞社は13日、日本経済新聞社に陳謝した。産経新聞社は同日付で東京本社編集局長をはじめ、同社会部長、次長、記者ら計5人を減給処分とした。盗用したのは日経産業新聞連載『日本のオリジナリティー』の1997年10月15・16日付「導電性高分子を開発白川英樹氏」の記事で、白川氏の業績を紹介している。&lt;br /&gt;
*2003年4月28日、毎日新聞『リーダーな女たち』で書かれた“一日ハンストの後に戦争が終わるまでパン断ちをして願掛けをする”記事を誤読し、翌日の産経抄において「驚いたのはそのハンストは、白米・パン・肉を断つものというのだった。世の中には麦めしもあるしそば・うどんもある。魚もスナック菓子も豊富だ。それらは食べ放題であるらしい。これが笑わずにいられるだろうか。」と批判した。&lt;br /&gt;
*2003年10月24日の産経抄で、「[[偽エチオピア皇帝事件]]」を引き合いに出して[[有栖川宮詐欺事件]]を取り上げたが、前日の毎日新聞コラム『余録』に、ほぼ同じ内容（参考資料が『詐欺師の楽園』（種村季弘著、岩波現代文庫）である点までが同一）が掲載されていた。&lt;br /&gt;
*[[2004年]]4月21日、イラク人質事件で人質ビデオ未放映映像の中に内藤正典一橋大学教授の分析結果として「言って、言って」と人質になった3人に発言の促す日本語を話す人物が存在すると一面トップで報道した。しかし、その日の夜の日本テレビ[[NNNきょうの出来事]]は「イッテ」はイラクの方言で「おまえ」という意味であるとイラク人[[通訳]]の証言を交えて報じた。（「お前！―そうだ、お前だ！」の意となる）産経はこの誤報に関してこれまで謝罪や訂正は行っていない。&lt;br /&gt;
*2005年[[4月15日]]には、第14回地球環境大賞の授賞式に関連して、実際にはそのような事がないにも関わらず、[[秋篠宮文仁親王]]が「お言葉」の中で「フジサンケイグループの主催」に言及したとする虚偽の記事を掲載した（皇族が私企業の活動を讃えたりする事は絶対にない）。産経新聞社は誤りを認め、該当部分を全面削除するとした訂正報道を行った。&lt;br /&gt;
*[[2005年]]4月、のちに国際記者賞にも輝く[[黒田勝弘]]ソウル支局長が、就労[[査証|ビザ]]を取らず記者の身分のままソウルの大学で講師として教鞭を取っていた不祥事が発覚し、雇用者の大学と共に当局から罰金処分を受けた。&lt;br /&gt;
*2005年5月下旬、[[フィリピン]]で生存していた旧日本兵を現地当局が保護したかのような記事を掲載した。後に不確実な情報に基づく誤報と判明し、同社は「本社の旧日本兵生存情報の報道について」との記事を同紙に掲載した。&lt;br /&gt;
*2005年7月19日、[[茨城県]][[大洗町]]の教育委員長と教育長が、[[新しい歴史教科書をつくる会|「つくる会」教科書]]採用を却下した地区教科書採択協議会の決定に反発し再協議を要求、容れられない場合は決定とは別に町独自の判断で購入・使用する予定であると報道。教育長は“そのような議論はしていないし、独自購入は教科書の無償配布を定めた特別措置法に違反する”と否定。&lt;br /&gt;
*2005年[[9月26日]]、教育面（東京本社版）で『「反進化論」米で台頭』と題し、[[旧約聖書]]の[[創造論]]が[[科学]]を偽装した[[疑似科学]]に過ぎないとの批判がある、人間の誕生は[[進化論]]では説明できないという[[インテリジェント・デザイン]] (ID) を肯定する意見を載せた。この記事は[[世界基督教統一神霊協会|統一教会]]系の出版物に何度も論考を載せたり統一教会を絶賛したりしている[[渡辺久義]]・[[摂南大学]]国際言語文化学部教授に対するインタビュー記事で、「この理論は多くの科学者が支持しており（実際にはされていない）、IDを推進しているのは[[キリスト教右派]]、宗教勢力だと言う主張はIDを快く思わない人間の妄言である。IDを教えず、[[仮説]]に過ぎない進化論を公認の学説として扱う（実際公認されている仮設である）のは思考訓練の機会を奪ってしまう」という趣旨の物であり、締め括りは「進化論は[[マルクス主義]]と同じく[[唯物論]]的である為、人間の尊厳を無視しており歴史、道徳の教育にとって良くない。日本では進化論偏向教育によって[[日本神話]]等が弾圧された」として日本も学校でIDを教えるべきだと説いた。&lt;br /&gt;
*2005年10月25日付夕刊の写真グラフで月をバックにした[[コウノトリ]]の合成写真の虚偽報道を行った。記者が[[合成写真]]であることを申告せずに出稿、同社としてチェックしきれないまま掲載したことが原因。産経新聞は30日に事実を発表し31日の朝刊一面で「読者に対する重大な背信行為で、新聞報道に対する信頼を揺るがせかねない深刻な問題と受け止める」として謝罪した。&lt;br /&gt;
*2005年11月17日の産経新聞3面で「仏暴動　中東では賛否両論」の記事を掲載したが、内容がMEMRI（''Middle East Media Research Institute''、中東メディア研究所）の「Inquiry and Analysis Series No 251 Nov/15/2005 フランスの暴動に対するアラブ、ムスリム世界の反応」の記事に非常に似ていたため、一部のブロガーから盗用ではないかとの疑惑が持ち上がる。そこでブロガーが産経新聞社に問い合わせた所「産経新聞はMEMRI関係者と意見交換するなどの関係にあり、記事は提供を受けた」と回答した。ところがMEMRIに問い合わせたところ「私たちは苦情を申し入れました。産経新聞社はすでにチェックと撤回を行い、訂正版を数日前に出しています。ほとんどのジャーナリストは働くよりも盗用するほうが好きなようです」と回答。また、別の人物が問い合わせたところ「産経新聞とはスタッフのやり取りや意見の交換を行った事実はない」と回答し、盗用であることが確定した。&lt;br /&gt;
*2005年12月29日の産経抄で「二〇〇一年に核研究で有名な米国の[[ロスアラモス研究所]]の中国系研究員が[[核兵器|核]]の機密を盗み出した。これにより核開発競争で米国に追いついてしまったという」と掲載。このソースは[http://book.jiji.com/sekaishuho/ 「世界週報」]2005年12月27日号に掲載された西原正[[防衛大学]]校長の「中国の対外情報収集活動に目を向けよ」という記事だが、西原校長は逮捕された中国系研究員の実名については触れていない。ロスアラモスで中国系研究員が逮捕された事例は、1999年のウェンホー・リー（李文和）事件（2000年に連邦地裁によって釈放）しかないので、同事件と混同しているのではないかという指摘もある。一方、ロスアラモス研究所では機密情報の漏洩が長期間にわたって続いており、2001年にも核兵器の機密の入ったハードディスクが紛失している。&lt;br /&gt;
*[[2006年]]2月8日、産経新聞も協力した高砂義勇兵慰霊碑移設と落成を記念する式典が北郊外の烏来（ウライ）郷で、前総統の李登輝氏や日本の対台湾窓口機関、交流協会台北事務所の池田維代表など、約百人の日台関係者が参列して行われ、産経新聞社から羽佐間重彰取締役相談役が式典に参列したが、[[高金素梅]]らの抗議に基づき公園管理者の台北県政府（県庁）が「公有地に建てるものとしては不適切」として一週間以内の撤去を命じ、高砂義勇兵慰霊碑に飾られた多数の日の丸は2月19日に撤去された。その後、記念碑は竹板で覆われ、「[[君が代]]」などの文字が刻まれた8つの小さな石碑は県の公園事務所の片隅に置かれた状態になっていると産経新聞は2006年6月5日朝刊コラム「一筆多論」で伝えた。&lt;br /&gt;
*[[2006年]]出資法を元にした高金利が利息制限法の上限金利に基づき違法との最高裁判決が出て消費者金融などの高利貸しが社会問題になると、一貫して消費者金融業者側にたった主張をした。4月15日の社説主張では「簡単な審査でお金を貸すのだから、担保や厳しい審査が必要な銀行融資よりも金利が高くなるのは当然だ。消費者金融はかつて「サラ金地獄」といわれ[[社会問題]]化した時代とは様変わりしているのも事実だ。多重債務者問題などは確かに借りる側の自己責任だ。」とし、5月1日の主張では「金利が下がれば、安易な利用者が増え、多重債務者は逆に増えるとの見方もある。高金利には無理な借り入れを思いとどまらせる抑止効果があった、ということも否定はできない 」と高金利を当然と擁護する立場を取った。さらに実際に貸金業制度改革の議論が政府内で進んでくると7月16日の主張において「慎重に検討しなければならないのは、少額短期の貸し付けなどで利息制限法の上限を超える特例金利を認めるかどうかである。上限金利が引き下げられると、融資審査が厳しくなることは避けられない。緊急性の高い当座の資金が必要な事業者などは、貸し倒れリスクが高いと判断され、貸し手がなくなる公算が大きい。破綻（はたん）に追い込まれたり、ヤミ金融を利用するはめになったりするというのは、非現実的な想定とはいえまい。1週間程度の短期ならば、高い金利でも、実際に負担する利息額はそれほど大きくない」と特別金利を認める特例措置が必要との主張を行った。このように消費者金融業者側の要望に沿った主張を社説で展開している新聞は産経新聞だけであり異色である。（同じ産経新聞社の編集発行する夕刊フジでは産経新聞本紙とは完全に論調が逆で、徹底的に消費者金融業者側を糾弾している。）&lt;br /&gt;
*2006年1月23日、朝刊1面の「ライブドア電子商店街から決算前に契約料徴収－利益計上後解約し返還」の記事において[[ライブドア]]より事実無根であることを指摘される。記事中にある平成16年9月期の時点では返還するべき金銭自体が存在しておらず、購入者と出店者の間で売買されたものをライブドアが決算後に解約させた事実もなく、明らかな誤報であるが、現時点では提訴などはおこっていない。&lt;br /&gt;
*2006年2月14日、朝刊1面のライブドアの粉飾決算事件に関する連載の中で「ライブドアの退職者数が既に数百人」と記述したがライブドア側は数百人退職報道を否定していると[[ライブドアニュース]]が報じる。また産経新聞はライブドアニュースの取材に対しコメントできないとしているがライブドアニュース側からはこの報道に対する[[説明責任]]を果たすべきだと批判されている。&lt;br /&gt;
*[[2006年]][[3月4日]]の主張でインドの核保有を是認する旨を主張している。しかもその理由は「インドは民主主義国で、独裁国家などと同列には語れない」というものであり、「日印関係は経済中心に取り組むべき」とも述べている。しかし[[1998年]][[5月13日]]の主張では「インドが核による安全保障を標ぼうすればパキスタンや中国を刺激し、亜大陸は不安定になり、それはわが国への脅威なるため、日本はインド、パキスタンの核、ミサイル開発に神経質であらねばならない」と述べている。&lt;br /&gt;
*2006年8月12日、[[日本国際問題研究所]]が発表した英文論文「日本はいかに中国を想像し、自国を見ているか」を“[[反日]]内容”とコラムで批判、これを受けて研究所は論文を閲覧停止として理事長が紙面で“反省の意”を表明した。リベラルな立場からは、これが言論封殺ではないかとの声が上がっている（ワシントン・ポスト電子版）。本件については[[古森義久#JIIAコメンタリーに端を発する論争]]も参照。&lt;br /&gt;
*[[南京大虐殺]]をテーマにしたアメリカ映画『南京』の原案について、[[2006年]]11月26日付紙面では“[[アイリス・チャン]]の「レイプ・オブ・ナンキン」”と紹介しながら、[[2007年]]1月21日付紙面では“ジョン・ラーベの日記”と紹介している。本件について訂正報道を行なった形跡はない。&lt;br /&gt;
*[[2007年]][[1月29日]]、2009年より導入される「[[裁判員制度]]」の広報のため政府が全国で実施している「裁判員制度全国フォーラム」で共催した新聞社が[[人材派遣会社]]などに依頼し1人当たり3000～5000円の日当を支払ってフォーラム参加者を動員していた事例、いわゆる「[[サクラ (曖昧さ回避)|サクラ]]」が4件あったと判明した。その後共催した新聞社に産経新聞も含まれている事が分かり、産経新聞は2月2日住田良能社長と大阪代表の根岸昭正専務を3ヶ月にわたり30%の減給とする旨発表した。&lt;br /&gt;
*2007年[[5月5日]]、古森義久記者により、[[AP通信]]電を基にした『占領時、米軍も「慰安婦」調達を命令　ホンダ議員「旧日本軍は強制」言明』が書かれたが、原文では米軍は命令ではなく（日本[[内務省]]の申し出を受けた）'''許可'''をしていた旨記述されていた事が判明。22日に電子版も含めた全記事を訂正。&lt;br /&gt;
*[[2007年]][[8月16日]]、大阪本社発行分の紙面で「『戦争想起』投書に過剰反応？　甲子園で学ラン封印」という記事を掲載。学ランは戦争を想起させると言う投書が届き、[[学ラン]]をトレーナーに変更したという内容の記事を掲載した。しかし、取り上げられた[[三重県立宇治山田商業高等学校]]や[[三重県]][[教育委員会]]、県高野連は事実関係を否定し、新聞社に抗議、前回同校が甲子園大会に出場した4年前、既にトレーナーを着用した応援スタイルだったことが明らかとなり、[[捏造]][[記事]]であった可能性が高まっている。&lt;br /&gt;
*[[2008年]][[6月20日]]付朝刊「朝の詩（うた）」に読者投稿として掲載した詩『じぶん』は、実は[[相田みつを]]の『肥料』であった。選者の[[新川和江]]も盗作を見抜けなかった。翌21日に『おわび』を掲載すると共に権利保持者の相田美術館にも謝罪。投稿者は盗作を否定しているという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 批判 ===&lt;br /&gt;
*[[1967年]]10月16日、時の[[法務大臣]][[田中伊三次]]が記者を集めて「23人の死刑囚に執行命令を署名した」と執行書類を見せびらかして記事にするように要求する事件が起きた。他紙の記者は相手にしなかったが、産経の記者はカメラマンを呼寄せ、田中に机上に[[誕生像]]を置かせ、左手に[[数珠]]を握らせ、右手の赤鉛筆で署名をしているポーズを取らせて写真を撮影、翌日の紙面を飾った。田中は記者に「[[死刑]]の様子をいっしょに見に行こう」と誘うなど問題行動をとる人物だった。&lt;br /&gt;
*[[1983年]]2月、サンケイ新聞が行政改革キャンペーンに力を入れていることを伝えるテレビCMを放送した。無駄の実例として[[岡山県]][[倉敷市]]の市庁舎を映し出し「こんな豪華な庁舎が必要でしょうか！？　行革（行政改革）を強く訴えるサンケイ新聞」というナレーションを流すものであった。倉敷市は「事実誤認だ、市庁舎が大きいのはゴミ処理施設を併設しているからだ。これは地方叩きだ」と抗議した。しばらくしてテレビCMは終了した。後に産経新聞社は自社の広報書籍である「産経が変えた風」2001年刊の133ページで「行革キャンペーンで取り上げた豪華な庁舎」のキャプション付きで倉敷市庁舎の写真を掲載した。&lt;br /&gt;
*[[1992年]]、「私たちは”国際合同結婚式”を応援します。」「世界平和に貢献する「統一運動」」という[[世界基督教統一神霊協会|統一教会]]の国際[[合同結婚式]]を支持する学者・文化人の会（代表世話人：元[[筑波大学]]総長[[福田信之]]、世話人：元駐韓大使[[金山政英]]、政治評論家[[細川隆一郎]]）の意見広告を掲載したことで、「[[原理運動に反対する被害者家族の会]]」を初め大きな批判を呼んだ。統一教会は以前から「親泣かせ原理運動」と呼ばれたように、家庭問題や「[[霊感商法]]」を初めとした様々経済活動に対して社会的な批判があり、同年には核開発疑惑が高まっていた北朝鮮に経済支援を約束するなど、[[公安警察]]からも警戒されるような状況にあって、統一教会を利するこの意見広告の掲載は日本の民族派、保守派からも批判された。&lt;br /&gt;
*[[イラク戦争]]の「大義」をめぐり、時の産経抄筆者・石井英夫は、開戦当時「[[大量破壊兵器]]の廃棄を目指す戦いだ」と主張した。大量破壊兵器の捜索が難航するにつれ「[[独裁]]政権打倒の是非が、この戦争の大義を問う鍵である」と主張を変え、発見が絶望的になると「戦争に大義や正義を主張するのは無意味」と主張した。開き直りとも受け取れる態度を取ったと批判される。&lt;br /&gt;
*[[イラク日本人人質事件]]では[[自作自演]]説を展開していたが、解放された人質が記者会見で「あれは演出というより命令で、あの状況では拒否できない」と言う旨の発言をしたにもかかわらず、翌日の朝刊で「『泣いてくれ』演出認める」と明らかに会見内容と異なることを書いたため批判を浴びた。&lt;br /&gt;
*[[えひめ丸事件]]においては、国益優先と称しアメリカ政府擁護の立場を全面的に打ち出し、“どこの国の新聞か”と一部の関係者による批判を受けた。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]2月11日の主張で「原潜衝突　過剰反応控え原因究明を」と米国に謝罪を求めたり批判したりする態度を控えろと主張。    &lt;br /&gt;
**[[2001年]]2月20日の主張で「いまこそ問われる危機管理　この不幸を同盟関係の強化に」と訴えた。    &lt;br /&gt;
**[[2001年]]2月21日の朝刊アピールに「過剰な米国批判は信頼関係損なう」との意見を掲載。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]2月23日の産経抄において「日米関係の明日のためには感情的な対応を慎まなければならない、と。先日も艦長に対して、土下座して謝れ、という怒りの声が出された。米国の退役軍人の中から、日本船は真珠湾に近づくな、という反日メッセージが発せられた。双方が感情的、あるいは情緒的な反応をエスカレートしていけば日米関係は危うくなるだろう」。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]3月2日の産経抄で「引き揚げるべきでない。そのまま海の墓標にすべき」と提言。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]3月3日の朝刊アングルで米国に謝罪と厳罰を求める意見を「そのさなかに“周辺事態”が起きたら、日本政府は一体どう対処するのだろうか」と批判。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]3月18日の朝刊で珊瑚礁破壊などの環境問題を引き合いに出し「引き揚げを辞退すべき」と主張。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]9月27日の産経抄で[[同時多発テロ]]の発生を受けて「実習船「えひめ丸」の引き揚げは一時中断したらどうか。待つことにしたらどうだろうということである。なぜならテロによる大惨事が発生したからだ」。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]10月17日の社会部発で「「えひめ丸」引き揚げ最終段階　“約束”つらぬいた米海軍」。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]10月20日の主張で引き揚げ作業が開始されたのを受けて「評価したい米海軍の努力」との記事を掲載する一方で「こうした米国へのある種の“甘え”はこれきりにしたい。」と主張した。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]10月22日には「事故はハワイ沖でおこったのだし　水産高校の遠洋実習がハワイ沖で行われることが多いのは、米軍によって航路の安全が確保されているからで、米国の好意で米国の庭で実習させてもらっているようなもので、謝罪や補償、引き揚げをそれほどうるさく言うのなら「日本は、自分で日本海の安全を確保し、日本海で実習しろ」「日本海には中国や北朝鮮の不審船、韓国の密漁船がウロウロしていて、危なくてとても実習どころではない現実を日本人は改めて認識しろ」との意見を掲載した。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]11月10日の産経抄で「ハワイの海底を鎮魂の場としたいと願った小欄の気持ちはいまも変わらない。」と再度主張した。   &lt;br /&gt;
**[[2002年]]11月21日の主張で和解交渉の成立を受けて「米海軍の誠意を評価する」とし「仮にこの事故の相手が北朝鮮や他の国々であれば、これほどの対応が望めただろうか」と主張した。&lt;br /&gt;
*沖縄の米軍基地をめぐる報道では、2001年7月6日の「産経抄」で、同年6月29日に、沖縄北谷町で起きた米兵による婦女暴行事件について「現場に居合わせた米海兵隊員の証言では、被害者の20歳台女性は午前2時頃、（容疑者が飲んでいた）飲食店でほとんど泥酔状態だったという。米兵がそういう酔った女性に乱暴したとすればまことに許しがたいが、彼は『合意だった』と供述している」「性犯罪は加害者が絶対に悪いことはいうまでもないが、こちらも相手にすきを見せないことである。誤解を恐れずに書けば、日本の至るところで風紀がゆるんでいるのではないか」と書き、批判を受けた例がある。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--*[[小泉純一郎]]首相の[[靖国神社]]参拝に批判的だった[[加藤紘一]]元自民党[[幹事長]]を批判するキャンペーンを繰り広げた。これに刺激を受けた[[右翼団体]]幹部が加藤紘一の実家に放火するという[[テロリズム|テロ]]事件を誘発した。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[広島市長平和宣言]][http://www.pcf.city.hiroshima.jp/declaration/Japanese/]を、毎年のように社説『主張』で批判している。特に現在の非保守系（革新系でもない）の[[秋葉忠利]]市長になってから顕著であり、原爆犠牲者の慰霊とは離れた国際関係も絡めた政治的主張が目立ち、平和宣言が“北朝鮮の核”に特に言及し憂慮するべきであると繰り返し求めている。&lt;br /&gt;
**（2006年8月7日「主張」では“アメリカの核を非難する前に北朝鮮の核にこそ備えるべきではないか”と論評。その前年2005年の平和宣言では北朝鮮の核に言及していたが、産経新聞は、それでも批判していた）。[[広島市]]は“コメントにも値しない暴論”と無視。[[2007年]]も前年に前長崎市長・[[伊藤一長]]が平和宣言に北朝鮮の核問題を触れたことを引き合いに、「何故北朝鮮の核開発に触れないのか」と批判した。ただし、平和教育については一定の必要性を認めるなどはしていた。&lt;br /&gt;
**2005年7月に[[原爆死没者慰霊碑]]が碑文の内容が気に入らない[[右翼]]構成員によって破損される[[原爆慰霊碑破損事件|テロ事件]]が発生したため、「過ちは繰り返さない･･･」碑文の文言を宣言の締めに使ったが、その文言に対し「（すべて日本が悪かったと）謝罪の呪縛にとらわれているとすれば残念である」として、[[占領史観]]と批判した。産経新聞のこの姿勢は2007年7月2日の朝刊産経抄において[[久間章生]]（当時防衛大臣）の「原爆投下はしようがない」との発言を批判しつつ原爆慰霊碑の碑文を「素直に読めば、原爆投下は、日本人に責任があるということになる。この碑文をありがたがる人たちに、久間発言を非難する資格はない」としたことにも表れている。広島市は慰霊碑公開の2日前の1952年8月４日の広島市議会における浜井広島市長（当時）の答弁以来、一貫して公式に主語を人類全体であると重ねて表明しており[http://www.city.hiroshima.jp/www/contents/0000000000000/1137568968454/]1983年には、慰霊碑横に日本語と英語で主語も明記した説明文も設置してあるが、産経は、あくまで主語は人類ではなく日本人であるという前提で批判している。&lt;br /&gt;
*2006年8月に発生した[[山口女子高専生殺害事件]]では、被疑者の少年が発見されない段階では少年犯罪者の匿名報道に批判的な記事を度々掲載していたが、被疑者の少年が自殺していた後も他の報道機関のなかには実名報道に切り替えた社もあったが、自社による批判にもかかわらず最後まで自粛していたことについて、主張とかみあっていないとの指摘もあった。&lt;br /&gt;
*[[2006年]]11月3日、東京本社文化部長の片山雅文記者は、自らの質問に対して[[イチロー]]が「どうでもいいことです」と答えたことで個人的にイチローに対して「イチローが嫌い」であるとIza産経で公言した。&lt;br /&gt;
*2006年に発覚した高校での未履修問題で10月27日の社説にて「あまりにも安易な受験対策といわざるを得ない」と批判していたが、12月に都立高校での履修の振り替え（総合学習の時間に数学、英語等受験対策を行っていた）が発覚した際、12月13日の社説では「その時間（総合学習）の一部を授業時間が減った数学や英語などの学力補充にあてることは、有効な活用方法の一つといえる。」と一定の理解を示している。&lt;br /&gt;
*[[2007年]]1月20日、[[大学入試センター試験]]の模範解答を発表解禁時刻前に電子版で掲載。のちにフライングを謝罪。&lt;br /&gt;
*[[渡辺淳一]]の小説「あじさい日記」連載開始（2006年8月）に合わせて、文化部学芸班の担当編集者がizaにて[[ブログ]]「あじさい日記ブログ　～美人編集者のつぶやき」を開設。しかし2007年4月に寄せられた“こんな夫婦はいない”という読者の批判的感想コメントを完全無視したためブログが[[炎上 (ブログ)|炎上]]（小説も月末で完結）。登場した片山文化部長までが担当の態度を弁護し、火に油を注ぐ事態に発展した。“30年来の読者だったが失望した、契約を打ち切る”と発言する者、“断ったのに勝手に配達される、産経にとっては読者ではなく広告主と筆者こそが重要らしい”と発言する者まで現れる騒ぎになる。&lt;br /&gt;
*2007年[[5月25日]]の産経抄で23日に発生した殺人事件について、「屋外を全裸で歩き回ったり、日頃（ごろ）から奇行が目立った」加害者について、精神保健福祉法によって措置入院をさせておけばよかったのに「『[[保安処分]]』などと、騒ぎ立てる“[[人権派]]”」のせいで事件が発生した、と主張した。同コラム中「例によって匿名報道、東京版でもべた記事扱いの新聞があった。人ごとではない事件だというのに」と犯人名を匿名にする報道を批判したが、産経新聞自身この事件の犯人を匿名で報道していた。また軽微な事件では「精神科通院歴あり」と文脈なしに付記する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 元号表記 ==&lt;br /&gt;
産経新聞に次いで保守の[[読売新聞]]を含め日本の主要全国紙、地方紙のほとんどが日付欄の表記を「2007年（平成19年）」のように「[[西暦]]（[[元号]]）」としている中「平成19年（2007年）」と「元号（西暦）」と表記し、日本の[[祝日]]には一面日付欄に[[日本の国旗|日章旗]]と祝日名を表記する。また他紙が日本国内記事の年月日を西暦表記に切り替える中、[[元号]]表記をしている。ただし、一面、目次のニュースカフェ（東京本社版のみ）と産経抄は「2007.3.3」のように西暦のみで表記し、日本国外の出来事（[[河野談話]]などの日本と外国との間の事柄も含む）やスポーツ面では西暦表記をしている（[[相撲]]などの例外を除く）。またインターネットサイト「Sankei Web」（外部リンク参照）のうち、最初のページの日付欄の表示が上が元号下が西暦で西暦のほうが大きく表示しており、ページ右側の[[天気予報]]やニュース速報欄「News Minute」内の記事、新聞本紙と同様に国際ニュースや相撲などを除くスポーツニュースなどは日本国内記事・日本国外記事を問わず西暦表記となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
姉妹紙においては、『[[サンケイスポーツ]]』は産経新聞と同様に「元号（西暦）」で表記している。『[[夕刊フジ]]』も同様であったが、[[2007年]][[2月1日]]より日付欄を「西暦（元号）」表記と改めている。記事中の表記はサンスポにおいては西暦、元号表記が混在し、『[[フジサンケイビジネスアイ]]』、『夕刊フジ』（2007年2月1日より）は産経新聞と正反対に原則記事中表記は[[西暦]]表記、日付欄も「西暦（元号）」表記となっていて、『[[SANKEI EXPRESS]]』では1面日付欄が「西暦（和暦）」で2面以降の日付欄は西暦のみで表記 記事は「西暦（和暦）」または西暦のみで表記しており『[[サンケイリビング新聞社]]』の「シティリビング」などグループ会社が発行している[[フリーペーパー]]では西暦のみで表記しているものも有り『産経新聞』本紙以外では[[元号]]を重視していないようである。なお、夕刊フジの大阪本社版は2007年8月現在も日付欄は元号のみの表記を継続している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 紙面構成 ==&lt;br /&gt;
{{節stub}}&lt;br /&gt;
*連日掲載&lt;br /&gt;
**1面：コラム「産経抄」、読者投稿による詩「朝の詩」&lt;br /&gt;
**2面：社説「主張」（毎年1月1日付は1面に『年頭の主張』として掲載）&lt;br /&gt;
**オピニオン面：読者投書欄「談話室」、「正論」&lt;br /&gt;
**社会面：4コマ漫画「サラリ君」&lt;br /&gt;
**スポーツ面&lt;br /&gt;
**地方面&lt;br /&gt;
**家庭面（料理コーナーあり）&lt;br /&gt;
**[[番組表]]（地上波とNHK衛星2チャンネル、WOWOWアナログテレビは休刊日以外最終面、ラジオとデジタル衛星放送は中面。休刊日は2日分を中面一括掲載）&lt;br /&gt;
:天気欄は1面と第3社会面に掲載。1面は天気マークのみの掲載で、東京本社版は東京、札幌、仙台、秋田、長野、新潟、静岡、名古屋、大阪、高松、福岡、鹿児島、那覇の順に掲載。大阪本社版は大阪、大津、京都、神戸、奈良、和歌山、福井、岡山、広島、高松、東京、名古屋、福岡の順に掲載している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 夕刊（大阪本社のみ発行）の紙面構成 ===&lt;br /&gt;
*1面：「言葉の雑学」、「編集余話」、「夕焼けエッセー」※&lt;br /&gt;
*2面：ゆとり面&lt;br /&gt;
*3面：らいふ面&lt;br /&gt;
*4面：総合・国際面&lt;br /&gt;
*5面：スポーツ面&lt;br /&gt;
*関西経済面&lt;br /&gt;
*芸能面（ラジオ・衛星放送面併載）&lt;br /&gt;
*週間テレビガイド（毎週土曜掲載）&lt;br /&gt;
*関西社会面&lt;br /&gt;
*最終面：テレビ面（地上波のみ）&lt;br /&gt;
**大阪本社の夕刊は、2002年4月1日付から夕刊が近畿地方のみでの発行になったのと、同時に廃刊になった大阪新聞を紙面統合したことにより、他の全国紙の夕刊とは違って関西色を強めた紙面構成になっている。&lt;br /&gt;
**※「夕焼けエッセー」は土曜を除く毎日掲載。ただし、重大な事件・事故が起きた場合は休載することがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 発行所 ==&lt;br /&gt;
* [[産経新聞東京本社|東京本社]]　東京都千代田区大手町1-7-2 [[郵便番号]]100-8077&lt;br /&gt;
* [[産経新聞大阪本社|大阪本社]]　大阪市浪速区湊町2-1-57     郵便番号556-8660&lt;br /&gt;
; 対象地域&lt;br /&gt;
* 東京本社:関東、甲信越、静岡県、東北、北海道&lt;br /&gt;
* 大阪本社:近畿、北陸、中京、中国（山口県と島根県の一部除く）、四国、九州（沖縄県含む）&lt;br /&gt;
**東京本社版は[[2002年]][[3月30日]]をもって夕刊を廃止、朝刊単独紙になった。&lt;br /&gt;
**大阪本社版は2002年3月に廃刊になった[[大阪新聞]]と紙面統合、[[滋賀県]]、[[京都府]]、[[大阪府]]、[[兵庫県]]、[[奈良県]]、[[和歌山県]]と[[三重県]]の一部（[[名張市]]、[[伊賀市]]など）では2002年[[4月1日]]以降も一部の地域を除いて朝夕刊セットで発行。&lt;br /&gt;
**[[東北地方]]全県と[[富山県]]、[[石川県]]、[[岐阜県]]、[[愛知県]]、[[徳島県]]、[[高知県]]、[[沖縄県]]を含む[[九州地方]]全県には、県域地方版が掲載されていない。&amp;lt;br&amp;gt;東北地域版は[[2006年]]より[[青森県]]、[[秋田県]]、[[岩手県]]（北東北版）と[[山形県]]、[[福島県]]（南東北版）の県域地方版がそれぞれ統合された（[[宮城県]]版は存続）が、同年[[9月]]に再統合され県域版が廃止、東北版としてスタートした。&lt;br /&gt;
**全国紙ではあるが、[[島根県]]石見地方、[[山口県]]では[[1997年]]から発売されていない。&lt;br /&gt;
**九州地方全県と中京地区の一部には午後6時に締め切りとなる早版の朝刊（6版）が発送されている。6版では、社説、投書面、[[小説]]、[[4コマ漫画]]などは最終版（15版）とは1日遅れで掲載されている。&lt;br /&gt;
**:※但し[[名古屋市]]の主要ターミナル（[[名古屋駅]]など）では深夜締め切りの13版（主として[[近畿地方]]の[[京阪神]]通勤圏以外の地域と[[中国地方|中]]・[[四国地方]]向けの版　テレビ・ラジオ[[番組表]]は三重県版〔伊賀地域以外の地域〕のものを使用）を発売している。&lt;br /&gt;
**発刊部数が少ないため、専属の販売店は少ない。地方では他紙の販売店が販売していることが殆どである。朝日新聞の販売店が産経新聞も配達しているという光景も珍しくない。&lt;br /&gt;
***中京地区は[[中日新聞]]の販売店を通じて発売されているが、名古屋市及び三重県内にも産経の専売所が存在する。&lt;br /&gt;
***九州地方は[[西日本新聞]]の販売店を通じて発売されている。&lt;br /&gt;
***[[北海道]]には、東京本社発行版（最終版）が空輸で発送され、[[北海道新聞]]の販売店を通じて発売されている。&lt;br /&gt;
***[[沖縄県]]には、大阪本社発行版（最終版）が空輸で発送され、[[琉球新報]]の販売店を通じて発売されている。&lt;br /&gt;
***基本の版建て（締め切り時間の違いによる商品記号）は、締め切りの早い順に（遠隔地への配送順に）東京本社版が12版、12版△、13版、13版△、14版、14版△、15版、15版△。大阪本社版が朝刊では6版、13版、13版☆、無印※1、14版瀬※2、14版、14版☆、15版（まれに15版△あり）、大阪本社の夕刊は4版、4版☆、5版、5版☆となっている。&lt;br /&gt;
:::※1 - 無印とは、13版と14版の中間の版で、岡山工場(関連会社・サンケイ瀬戸内印刷の工場）で印刷され、中国・四国の地方都市に配送される。&lt;br /&gt;
:::※2 - 14版瀬とは、※1と同じく岡山工場で印刷された14版のこと。14版は朝夕刊セット地区（京阪神の通勤圏）に配送される版だが、岡山印刷は統合版のみの印刷となるため、瀬戸内の「瀬」と記載。[[岡山県]]と[[香川県]]の一部に配送されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本国内の総局 ==&lt;br /&gt;
:東北（[[仙台市|仙台]]）、[[さいたま市|さいたま]]、[[千葉市|千葉]]、[[横浜市|横浜]]、中部（[[名古屋市|名古屋]]）、[[京都市|京都]]、[[神戸市|神戸]]、[[岡山市|岡山]]、九州（[[福岡市|福岡]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:※[[中国地方]]の総局は[[広島市]]ではなく、印刷工場があるのと[[京阪神]]に近い理由から岡山市に置いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:※九州総局は、[[西日本新聞]]編集局内に報道デスクを置いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本国内の支局 ==&lt;br /&gt;
:[[札幌市|札幌]]、[[青森市|青森]]、[[盛岡市|盛岡]]、[[秋田市|秋田]]、[[山形市|山形]]、[[福島市|福島]]、[[新潟市|新潟]]、[[長野市|長野]]、[[甲府市|甲府]]、[[多摩市|多摩]]、[[八王子市|八王子]]、[[武蔵野市|武蔵野]]、臨海（[[港区 (東京都)|港区]]）、[[水戸市|水戸]]、[[宇都宮市|宇都宮]]、[[前橋市|前橋]]、[[川崎市|川崎]]、[[静岡市|静岡]]、[[浜松市|浜松]]、[[富山市|富山]]、[[金沢市|金沢]]、[[福井市|福井]]、[[岐阜市|岐阜]]、[[津市|津]]、[[大津市|大津]]、[[堺市|堺]]、北摂（[[豊中市]]）、[[関西国際空港|関西空港]]（[[泉佐野市]]）、[[舞鶴市|舞鶴]]、けいはんな（[[精華町]]）、[[阪神]]（[[西宮市]]）、[[姫路市|姫路]]、[[豊岡市|豊岡]]、[[洲本市|洲本]]、[[奈良市|奈良]]、[[和歌山市|和歌山]]、[[鳥取市|鳥取]]、[[松江市|松江]]、[[福山市|福山]]、[[広島市|広島]]、[[山口市|山口]]、[[徳島市|徳島]]、[[高松市|高松]]、[[松山市|松山]]、[[高知市|高知]]、[[那覇市|那覇]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:※札幌市以外の北海道内と、福岡県・沖縄県以外の九州地方各県には支局を置いていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==印刷工場==&lt;br /&gt;
*[[仙台市|仙台]]、[[所沢市|所沢]]、[[浦安市|浦安]]※、芝浦（[[東京都]][[港区 (東京都)|港区]]）、大淀（[[大阪市]][[北区 (大阪市)|北区]]）、北摂（[[摂津市]]）、[[松原市|松原]]、[[岡山市|岡山]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:※浦安工場は2008年春に移転する予定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:印刷工場はそれぞれ産経本体とは別の法人が運営。仙台は「'''仙台新聞印刷'''」、所沢・浦安・芝浦は「'''産経東京印刷センター'''」、大淀・北摂・松原は「'''産経大阪印刷センター'''」、岡山は「'''サンケイ瀬戸内印刷'''」が運営している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:[[東京新聞]]の横浜工場（[[横浜市]][[瀬谷区]]）、[[読売新聞]]の四国工場（[[香川県]][[坂出市]]）でも産経新聞を委託印刷している。産経の岡山工場では読売新聞の[[広島]]版と[[備後]]版を印刷している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連紙 ==&lt;br /&gt;
* [[サンケイスポーツ]]&lt;br /&gt;
** [[西日本スポーツ]]（サンケイスポーツが記事を配信）&lt;br /&gt;
** [[道新スポーツ]]（サンケイスポーツが記事を配信）&lt;br /&gt;
* [[夕刊フジ]]&lt;br /&gt;
* [[フジサンケイ ビジネスアイ]]&lt;br /&gt;
* [[サンケイリビング新聞]]&lt;br /&gt;
* [[SANKEI EXPRESS]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==地紋==&lt;br /&gt;
*旧『日本工業新』」時代は、横線に歯車を配していた。&lt;br /&gt;
*『産業経済新聞』に改題した時、波に変更。東京地区での『産經時事』、再統合後の『産經新聞』でも使用された。&lt;br /&gt;
*1969年『サンケイ』に改題した時、波の間に富士山が登場。&amp;lt;!--（富士山はフジテレビを表す）--&amp;gt;&lt;br /&gt;
*同年、横書きの題字に変更した時、地紋を富士山を象った模様に変更。&lt;br /&gt;
*1988年、『産經新聞』に改題し、同時に現在の題字に変更。地紋は青色無地となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==コラム==&lt;br /&gt;
*「点心」（?）&lt;br /&gt;
*「サンケイ抄」（?～1988年）&lt;br /&gt;
*「産經抄」（1988年～現在）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連著名人 ==&lt;br /&gt;
*[[司馬遼太郎]]&lt;br /&gt;
*[[鈴木邦男]]&lt;br /&gt;
*[[斉藤貴男]]&lt;br /&gt;
*[[みのもんた]]&lt;br /&gt;
*[[俵孝太郎]]&lt;br /&gt;
*[[青木彰]]&lt;br /&gt;
*[[久保紘之]]&lt;br /&gt;
*[[森喜朗]]&lt;br /&gt;
*[[額賀福志郎]]&lt;br /&gt;
*[[古森義久]]&lt;br /&gt;
*[[黒田勝弘]]&lt;br /&gt;
*[[石井英夫]]&lt;br /&gt;
*[[石川水穂]]&lt;br /&gt;
*[[山谷えり子]]&lt;br /&gt;
*[[阿比留瑠比]]&lt;br /&gt;
*[[松浪健太]]&lt;br /&gt;
*[[高山正之]]&lt;br /&gt;
*[[中司宏]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[産経新聞ニュース]]&lt;br /&gt;
* [[FNNテレビ朝刊]] - フジテレビ内では「サンケイテレビ朝刊」と表記&lt;br /&gt;
* [[大阪新聞]]&lt;br /&gt;
* [[オールカマー]]&lt;br /&gt;
* [[産経大阪杯]]&lt;br /&gt;
* [[サンケイホール]]&lt;br /&gt;
* [[よんななクラブ]] - 全国の[[地方紙]]が連携して[[2007年]][[4月7日]]に発足した運営サイト。管理者は[[共同通信]]。産経は[[大阪府]]の地方紙としての参加。&lt;br /&gt;
*[[フジサンケイグループ]]&lt;br /&gt;
**[[扶桑社]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連会社 ==&lt;br /&gt;
[[フジテレビ]]をはじめとしたフジサンケイグループ各社に関しては「[[フジサンケイグループ]]」を参照のこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連放送事業者 ==&lt;br /&gt;
[[2004年]]11月に自社の名義でテレビ局39社、ラジオ局31社の株式をフジテレビなどが所有していることを公表。[[有価証券報告書]]に虚偽の記載をしていることを認めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以下はその主なものである（株式の所有割合及び株主の順位は当該放送事業者の有価証券報告書又は半期報告書の訂正報告書に基づく訂正前のものであって最新のものを記載）。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[J-WAVE]] - 株式の4.65%を有す同率第2位の株主とされていたが実際の所有は株式会社ニッポン放送。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[FM802]] - 株式の10.0%を有す筆頭株主とされていたが実際の所有は株式会社ニッポン放送。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[TVQ九州放送]] - 株式の3.00%を有す同率第8位の株主とされていたが実際の所有は株式会社フジテレビジョン。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[チューリップテレビ]] - 株式の3.00%を有す同率第9位の株主とされていたが実際の所有は株式会社フジテレビジョン。&lt;br /&gt;
* [[秋田テレビ]]株式会社 - 株式の6.42%を有す同率第4位の株主とされていたが実際の所有は株式会社フジテレビジョン。&lt;br /&gt;
* [[沖縄テレビ放送]]株式会社 - 株式の6.2%を有す第3位の株主であったが同社の役員の名義としていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他 ===&lt;br /&gt;
* [[関西テレビ放送]]株式会社 - [[阪急阪神東宝グループ]]。[[阪急阪神ホールディングス]]（旧・阪急ホールディングス）の連結対象子会社だが、フジテレビジョンが筆頭株主。&lt;br /&gt;
* [[東海テレビ放送]]株式会社 - [[中日新聞]]グループ。フジテレビジョンも出資している。産経自体は創立当初出資していたが、現在は大株主上位10位に名を連ねていない（2004年3月31日現在。）。&lt;br /&gt;
* [[北海道文化放送]]株式会社 - [[北海道新聞]]グループ。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ西日本]] - [[西日本新聞]]グループ。リビング新聞発刊で提携関係にあるが、実際にはフジテレビジョンが大株主として出資。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[岩手めんこいテレビ]] - [[岩手日報]]・[[朝日新聞]]とも親密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[さくらんぼテレビジョン]] - [[Fuji News Network|FNN]]/[[フジネットワーク|FNS]]の最後発局のひとつ。仙台放送と親密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[仙台放送]] - かつては[[Nippon News Network|NNN]]とのクロスネットだった（[[宮城テレビ放送|MMT]]開局まで）。関連会社に産経新聞の東北地方販売分を印刷・発送する仙台新聞印刷がある。&lt;br /&gt;
* [[福島テレビ]]株式会社 - [[福島民報]]・[[毎日新聞]]系列。かつては[[JNN]]とのクロスネットだった。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[新潟総合テレビ]] - 故・[[田中角栄]]の遺族らが経営している[[越後交通]]グループ等と緊密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ静岡]] - [[静岡鉄道]]グループ。中日新聞とともに出資。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[長野放送]] - [[北野建設 (長野県)|北野建設]]グループで、[[第一法規出版]]・中日新聞も大株主に名を列ねている。&lt;br /&gt;
* [[富山テレビ放送]]株式会社 - 中日新聞（[[北陸中日新聞]]）・朝日新聞と親密。&lt;br /&gt;
* [[石川テレビ放送]]株式会社 - 中日新聞（北陸中日新聞）・東海テレビ放送と親密。&lt;br /&gt;
* [[福井テレビジョン放送]]株式会社 - 中日新聞（[[日刊県民福井]]）・[[熊谷組]]・[[朝日新聞]]と親密。&lt;br /&gt;
* [[山陰中央テレビジョン放送]]株式会社 - [[山陰中央新報]]グループ。[[テレビ朝日]]などとも親密。&lt;br /&gt;
* [[岡山放送]]株式会社 - 関西テレビ放送や[[オハヨー乳業]]・[[下津井電鉄]]が大株主。[[岡山日日新聞|岡日グループ]]とも親密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ新広島]] - [[中国電力]]グループと親密。[[中国新聞]]も出資。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ愛媛]] - 関西テレビ放送、読売新聞等も出資。&lt;br /&gt;
* [[高知さんさんテレビ]]株式会社 - FNN/FNSの最後発局のひとつ。[[高知新聞]]、関西テレビ放送とも親密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[サガテレビ]] - [[九州電力]]グループ。テレビ西日本・西日本新聞・[[佐賀新聞]]とも親密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ長崎]] - 西日本新聞・読売新聞と親密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ熊本]] - 西日本新聞・毎日新聞と親密。&lt;br /&gt;
* [[鹿児島テレビ放送]]株式会社 - [[岩崎産業]]グループで、[[南日本新聞]]が第二位株主。関西テレビ放送とも親密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ大分]] - 西日本新聞・読売新聞と親密。クロスネット局。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ宮崎]] - [[宮崎日日新聞]]グループ。県下唯一のUHF局で、クロスネット局。&lt;br /&gt;
以上、FNN/FNS加盟28局。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[エフエム秋田]] - [[JFN]]系列FM放送局で、秋田テレビの関連会社でもある。ただし、同社は上位株主に名を連ねていない。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[エフエム仙台]](Date fm) - [[JFN]]系列FM放送局で、仙台放送の兄弟会社でもある。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ神奈川]](tvk) - 首都圏独立UHF局。近年出資比率を下げた。&lt;br /&gt;
* [[テレビ山口]]株式会社 - 元々は[[東京放送|TBS]]とフジテレビの[[クロスネット局]]だった。現在はTBS系列に一本化されているが、フジテレビとの関係は今でも続いている。かつては[[宇部興産]]グループだったが、現在は山口トヨタ自動車のグループ企業。[[毎日新聞]]・TBSも出資。&lt;br /&gt;
* [[日本海テレビジョン放送]]株式会社 - [[日本テレビ放送網|日テレ]]系だが、[[フジテレビジョン]]が第2位[[株主]]（もともとフジテレビと同日に開局した。ちなみに山陰中央テレビは当初読売グループとのつながりが深かった）。上位10位に名を連ねていない（2004年3月31日現在。）のだが、フジサンケイグループとは資本的につながりはまだ強い。&lt;br /&gt;
* [[青森朝日放送]]株式会社 - 朝日新聞グループの一員で、[[テレビ朝日]]系。同社は第三位の大株主である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関係が深いその他の新聞 ==&lt;br /&gt;
* [[西日本新聞]]&lt;br /&gt;
* [[中日新聞]]&lt;br /&gt;
* [[北海道新聞]]&lt;br /&gt;
*:上記のブロック紙3紙とは、共同通信から記事配信を受けている関係もあり、主義・主張が正反対と言われながらも、実務面で協力関係にある。産経は首都圏・東北・関西圏以外ではほとんど勢力を持たないため、それを補う面もあり、産経新聞の宅配を肩代わりしてもらっているほか、[[フジネットワーク]]の整備も実際には4新聞が裏でかかわっている。&lt;br /&gt;
*:中日新聞社は前述のとおり過去の再建劇において、副社長として幹部を送り込んでいるが、自らは[[東京新聞]]を発行していることもあり、他の2紙に比べそれほど深い関係ではない。&lt;br /&gt;
*:西日本新聞は道新とともに産経との関係が特に深く、戦後半世紀以上にわたっている。テレビ西日本のネットチェンジ劇の背景には、西日本と産経の提携関係が、大きな影を落としている。&lt;br /&gt;
*:北海道新聞社は、自社で[[道新スポーツ|スポーツ新聞]]を発行するにあたり、サンケイスポーツと提携。近年3社の中で最も産経と深い関係にある。&lt;br /&gt;
* [[読売新聞グループ本社|読売新聞グループ]]&lt;br /&gt;
*:意外なことであるが、テレビでは敵対関係にある両者だが、新聞発行の実務面では協力関係にあり、中四国地方の一部では互いの印刷工場を融通しあっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* ドキュメント産経新聞私史（[[高山尚武]]　[[青木書店]]　1993年03月　ISBN 9784250930027）&lt;br /&gt;
* 産経が変えた風（ウェーブ産経事務局編　[[産経新聞ニュースサービス]]・[[扶桑社]]　2001年11月　ISBN 9784594032982　ISBN 4594032982）&lt;br /&gt;
* 蒋介石秘録（サンケイ新聞社　サンケイ新聞社出版局 1985年10月　ISBN 9784383024228　ISBN 438302422X）&lt;br /&gt;
* 産経抄　それから三年2001～2003（[[石井英夫]]　[[文藝春秋]]　ISBN 978-4167717056）&lt;br /&gt;
* いま明かす戦後秘史（上）（下）（[[櫻田武]]、[[鹿内信隆]]　[[サンケイ出版]] 1983年11月　ISBN 9784383022880　ISBN 438302288X　,　ISBN 9784383022897　ISBN 4383022898）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.sankei.co.jp/ 公式サイト]&lt;br /&gt;
* [http://www.sankei-kansai.com/ 産経関西]&lt;br /&gt;
* [http://www.sanspo.com/ SANSPO.COM]&lt;br /&gt;
* [http://zakzak.co.jp/ 夕刊フジZAKZAK]&lt;br /&gt;
* [http://pink.zakzak.co.jp/ 夕刊フジPinkZAKZAK]&lt;br /&gt;
* [http://www.yukan-fuji.com/ 夕刊フジBLOG]&lt;br /&gt;
* [http://www.sankei.co.jp/wave/ ウェーブ産経]（産経新聞愛読者の会）&lt;br /&gt;
* [http://www.iza.ne.jp iza（イザ！）]（blogポータル　傘下に記者の個人ブログあり）&lt;br /&gt;
* [http://www.sankei-digital.co.jp 株式会社産経デジタル]（産経デジタルの公式サイト）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:日本の新聞|さんけいしんふん]]&lt;br /&gt;
[[Category:産経新聞|*さんけいしんふん]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都のマスメディア|さんけいしんふん]]&lt;br /&gt;
[[Category:大阪府のマスメディア|さんけいしんふん]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Sankei Shimbun]]&lt;br /&gt;
[[eo:Sankei Shimbun]]&lt;br /&gt;
[[fr:Sankei Shinbun]]&lt;br /&gt;
[[ko:산케이 신문]]&lt;br /&gt;
[[zh:產經新聞]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja|産経新聞}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.208.159.182</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%94%A3%E7%B5%8C%E6%96%B0%E8%81%9E&amp;diff=35285</id>
		<title>産経新聞</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%94%A3%E7%B5%8C%E6%96%B0%E8%81%9E&amp;diff=35285"/>
				<updated>2008-08-06T01:25:25Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.208.159.182: /* 疑義が持たれた報道、スキャンダル */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{自己責任}}&lt;br /&gt;
'''産経新聞'''（さんけいしんぶん、題字は'''産經新聞'''）は[[日本]]の[[新聞]]の一つ。[[フジサンケイグループ]]基幹4社の1社である[[産業経済新聞社]]（グループの中心企業である[[フジテレビジョン]]が40%を出資）が発行する。発行部数は公称219万部で『[[中日新聞]]』（[[東京新聞]]・[[北陸中日新聞]]・[[日刊県民福井]]を含めて公称348万部）、『[[日本経済新聞]]』（公称300万部）に次ぐ業界6位。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
*[[1913年]]　&lt;br /&gt;
**[[大阪]]にて[[前田久吉]]が新聞販売店を創業。&lt;br /&gt;
*[[1922年]]　&lt;br /&gt;
**7月、『南大阪新聞』創刊&lt;br /&gt;
*[[1923年]]  &lt;br /&gt;
**6月、『[[大阪新聞]]』に[[改称]] &lt;br /&gt;
*[[1933年]]　&lt;br /&gt;
**6月、夕刊大阪新聞社の手により『[[日本工業新聞]]』が創刊。（産経新聞社では旧・『[[日本工業新聞]]』として創刊された年を創刊年としている。）&lt;br /&gt;
*[[1942年]]　&lt;br /&gt;
**6月、新聞統廃合令で『大阪毎夕新聞』並びに愛知県以西の産業経済専門紙を統合して『'''産業経済新聞'''』となる。&lt;br /&gt;
**株式会社産業経済新聞社に改称、日本工業新聞停刊。&lt;br /&gt;
*[[1948年]]　&lt;br /&gt;
**[[東京]]の[[世界日報]]社（現在の[[世界基督教統一神霊協会|統一教会]]系とされる同名の『[[世界日報 (日本)|世界日報]]』とは無関係）を傘下に。 &lt;br /&gt;
*[[1950年]] &lt;br /&gt;
**東京でも印刷・発行を開始。紙面を経済紙から一般紙に変更し、[[全国紙]]としての基礎を固める。&lt;br /&gt;
*[[1951年]]　&lt;br /&gt;
**『世界経済新聞』（『[[世界日報]]』を改題　夕刊専売紙）を合併。&lt;br /&gt;
**10月、「[[少年ケニヤ]]」連載開始&lt;br /&gt;
*[[1952年]]　&lt;br /&gt;
**2月、『週刊サンケイ』創刊&lt;br /&gt;
*[[1955年]]　&lt;br /&gt;
**2月、（株）産業経済新聞東京本社を設立し、東京を分社独立。勝田重太郎が社長に就任。&amp;lt;br&amp;gt;また、東京発行の『産業経済新聞』は『'''[[時事新報]]'''』（[[福沢諭吉]]により創刊され、前田も経営に携わっていた同名紙が[[1946年]]、夕刊紙として復刊）を合同して『'''産経時事'''』と号する。&lt;br /&gt;
**4月、「[[サンケイスポーツ]]」を大阪で創刊。&lt;br /&gt;
*[[1957年]]　&lt;br /&gt;
**12月（株）日本工業新聞社を新会社として設立&lt;br /&gt;
*[[1958年]]　&lt;br /&gt;
**1月、新・『[[日本工業新聞]]』復刊。&lt;br /&gt;
**7月、東西で異っていた題号を『'''産業経済新聞'''』に統一。[[大阪放送|大阪放送（ラジオ大阪）]]開局。ニュースを提供。&lt;br /&gt;
**10月、東京進出に伴う多額の投資より借入金がかさみ、遂に経営危機に陥る。窮地に立たされた前田は住友銀行(現・[[三井住友銀行]])の堀田庄三[[頭取]]を通じ財界からの支援を要請。そして東西両社の産経社長に[[文化放送]]社長の[[水野成夫]]が、副社長に[[中日新聞社]]社長の與良ヱ（よら・あいち）がそれぞれ就任。前田は会長となり、間もなく政界に専念する事を口実として産経から手を引いた。なお、この一件では水野へ財界より多額の資金援助があったと言われる。当時の取締役には[[五島昇]]（[[東京急行電鉄|東急]]社長）、[[小坂徳三郎]]（[[信越化学工業]]社長）、後に産経の社長となった[[鹿内信隆]]（[[ニッポン放送]]専務、翌年産経副社長に就任）らがいた。&lt;br /&gt;
**11月、[[関西テレビ放送|関西テレビ]]開局。ニュースを提供。&lt;br /&gt;
*[[1959年]]　&lt;br /&gt;
**2月、東西両本社合併、本店所在地を東京・[[大手町 (東京都)|大手町]]に移転。[[文化放送]]のニュースタイトルが「[[産経新聞ニュース|産経ニュース]]」に変更され、[[ニッポン放送]]で「産経婦人ニュース」「産経子どものしんぶん」の放送を開始。&lt;br /&gt;
**3月、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]、文化放送、ニッポン放送、[[関西テレビ放送|関西テレビ]]、[[大阪放送|ラジオ大阪]]の電波5社と業務提携。&lt;br /&gt;
**フジテレビ開局。「[[産経新聞ニュース|サンケイニュース]]」の放送を開始。&lt;br /&gt;
*[[1960年]]　&lt;br /&gt;
**[[広島]]版に「郷土部隊奮戦記」掲載。各地方版に波及し、戦記物ブームを醸成。[[労働組合]]が日本新聞労働組合連合（新聞労連）から脱退、労使平和協定を結び[[労使協調]]へ。この頃より、「合理化」に伴う配転・[[解雇]]などの、いわゆる「産経残酷物語」が始まる。 &lt;br /&gt;
*[[1961年]]　&lt;br /&gt;
**4月、[[皇居]]前に[[皇太子]]結婚記念「大噴水」を設置、国に寄贈。&lt;br /&gt;
*[[1962年]]　&lt;br /&gt;
**[[自衛隊]]と協賛し、[[川崎市]]内に於いて「防衛大博覧会」を開催。  &lt;br /&gt;
*[[1963年]]　&lt;br /&gt;
**2月、「[[サンケイスポーツ]]」を東京本社で創刊。&lt;br /&gt;
*[[1964年]]　&lt;br /&gt;
**[[滋賀県]][[琵琶湖]]西岸の[[比良山]]にレジャー施設「サンケイバレイ」（後の「[[びわ湖バレイ]]」）を建設。前年フジテレビと共に経営に乗り出した「[[日本国有鉄道|国鉄]]スワローズ（現[[東京ヤクルトスワローズ]]）」と共に借入金累積額が膨らむ結果となり、財界からも水野退陣の声が上がる。 &lt;br /&gt;
*[[1966年]]　&lt;br /&gt;
**6月15日、心臓病の子供の手術を対象とした日本で初めての基金「明美ちゃん基金」創設。&lt;br /&gt;
*[[1967年]]　&lt;br /&gt;
**1月、[[手塚治虫]]の「[[鉄腕アトム]]」連載開始（単行本時「[[鉄腕アトム#原作の連載・掲載誌|アトム今昔物語]]」に改題）&lt;br /&gt;
**12月、フジテレビ、文化放送、ニッポン放送とともに「[[フジサンケイグループ]]」を結成する。&lt;br /&gt;
*[[1968年]]　&lt;br /&gt;
**10月、水野成夫が病気静養のため退任し、鹿内信隆が社長に就任。&lt;br /&gt;
*[[1969年]]　&lt;br /&gt;
**2月、[[タブロイド]]版の夕刊紙『[[夕刊フジ]]』創刊。&lt;br /&gt;
**5月、題号をカタカナの「'''サンケイ'''」とする。&lt;br /&gt;
**9月、題号を横書き「サンケイ」とする。&lt;br /&gt;
**9月、[[手塚治虫]]の「青いトリトン」連載開始（単行本時「[[海のトリトン]]」に改題）&lt;br /&gt;
*[[1970年]]　&lt;br /&gt;
**元旦に鹿内自らが執筆した「年頭の主張」を掲載（1990年まで続く）。&lt;br /&gt;
*[[1971年]]　&lt;br /&gt;
**『[[サンケイリビング新聞]]』、『[[競馬エイト]]』を創刊。&lt;br /&gt;
*[[1972年]]　&lt;br /&gt;
**[[うしおそうじ]]の「[[風雲ライオン丸]]」連載開始。&lt;br /&gt;
*[[1973年]]　&lt;br /&gt;
**6月、「正論」欄登場。第一回は[[猪木正道]]・[[防衛大学校]]校長。&amp;lt;br&amp;gt;[[自由民主党 (日本)|自民党]]による[[日本共産党]]を批判する内容の意見広告を掲載。「反論権」を主張する日本共産党に提訴され「[[サンケイ新聞事件|サンケイ日共言論裁判]]」が始まる（最高裁で産経勝訴）。&lt;br /&gt;
*[[1974年]]　&lt;br /&gt;
**鹿内信隆、フジサンケイグループ会長に就任。 &lt;br /&gt;
*[[1976年]]　&lt;br /&gt;
**「正論調査会」設置。 サンケイスポーツ新聞社、サンケイリビング新聞社を設立して分社化。&lt;br /&gt;
*[[1978年]]　&lt;br /&gt;
**鹿内信隆、編集主幹として編集の全権を掌握。&lt;br /&gt;
*[[1980年]]　&lt;br /&gt;
**[[西村宗]]の「[[サラリ君]]」連載開始。（[[2007年]]（平成19年）現在連載中）&lt;br /&gt;
*[[1981年]]　&lt;br /&gt;
**[[松本零士]]が「[[1000年女王|新竹取物語1000年女王]]」連載開始。&lt;br /&gt;
*[[1983年]]　&lt;br /&gt;
**5月、[[藤子不二雄A]]の「[[夢トンネル]]」連載開始。（全301回）&lt;br /&gt;
*[[1985年]]　&lt;br /&gt;
**6月、鹿内信隆、産業経済新聞社長を退任し、[[取締役]]へ（後継社長、植田新也）。長男の[[鹿内春雄]]が代表取締役会長に就任。[[世襲]]人事として注目を浴びる。 &lt;br /&gt;
**[[コーポレートアイデンティティ|CI]]変更。フジテレビジョン､ニッポン放送などとともに“目玉マーク”に[[ロゴタイプ|ロゴ]]が変更。&lt;br /&gt;
*[[1987年]]　&lt;br /&gt;
**赤字を抱えたサンケイ出版をフジテレビ系列の[[扶桑社]]に吸収合併 。&lt;br /&gt;
**11月 サンケイスポーツ新聞社、フジ新聞社（夕刊フジ）を吸収合併し、『サンケイスポーツ』、『夕刊フジ』の発行元が産業経済新聞社になる。&lt;br /&gt;
*[[1988年]]　&lt;br /&gt;
**4月、鹿内春雄会長急逝。鹿内信隆の娘婿、[[鹿内宏明]]が産業経済新聞、フジテレビジョン、ニッポン放送の代表取締役会長に就任。:『[[週刊サンケイ]]』が『[[SPA!]]』に。題号を再び漢字の「産經新聞」に戻し、全国紙初の本格的カラー紙面を採用する。&lt;br /&gt;
*[[1989年]]　&lt;br /&gt;
**フジサンケイグループ、巨費を投じて、[[ロナルド・レーガン|レーガン]]前[[アメリカ合衆国|アメリカ]]大統領を招待。産経紙面では20ページもの大特集。&lt;br /&gt;
*[[1990年]]　&lt;br /&gt;
**鹿内信隆死去。&lt;br /&gt;
*[[1990年]]  &lt;br /&gt;
**夕刊に[[堀田かつひこ]]の「カボスさん」連載開始。[[1993年]]まで掲載。&lt;br /&gt;
*[[1991年]]　&lt;br /&gt;
**1月、漫画新聞『コミックサンケイ』発刊。&lt;br /&gt;
*[[1992年]]　&lt;br /&gt;
**7月、鹿内宏明、産業経済新聞会長を解任される。産業経済新聞社長には羽佐間重彰、フジテレビジョン社長には[[日枝久]]が就任。鹿内宏明によるグループの目に余る私物化が原因とされ、背後には財界の意向があったとも言われる。&lt;br /&gt;
*[[1994年]]　&lt;br /&gt;
**9月、東京本社編集局長に住田良能が就任。直後の1995年から[[自由主義史観研究会]]執筆の「教科書が教えない歴史」の連載が始まる。&lt;br /&gt;
*[[1995年]]  &lt;br /&gt;
**[[1月1日]][[永野のりこ]]の「[[ちいさなのんちゃん]]」連載開始。1998年[[8月1日]]まで掲載。&amp;lt;br&amp;gt;1月、労使協調路線を採る現組合を批判し、労働組合[[反リストラ・マスコミ労働者会議　産経委員会]]（反リストラ産経労）がグループ社員の一人の呼びかけで結成される。&lt;br /&gt;
*[[1998年]]　&lt;br /&gt;
**産経北京常駐特派員が31年ぶりに復活。[[北京]]に中国総局を設置。[[台北]]支局は存続。&lt;br /&gt;
*[[2000年]]　&lt;br /&gt;
**11月、東京本社新社屋「東京サンケイビル」（東京都[[千代田区]]大手町）完成。&lt;br /&gt;
*[[2002年]]&lt;br /&gt;
**[[3月30日]]　東京本社版の夕刊を廃止。大阪新聞が廃刊。翌[[4月1日]]、東京で発行される全国紙としては史上初の朝刊単独紙に移行する。日刊紙で初の試みとして[[JANコード]]（[[バーコード]]）を1面題字横に掲載。大阪本社発行の夕刊が廃刊した大阪新聞と紙面統合。この時に打った「夕刊がこの世からなくなっても犬にとっては困らない」というテレビCMが元で、日本新聞協会で産経新聞に対する批判が集中、清原武彦社長は新聞協会副会長を引責辞任。また同時に始めた新聞休刊日駅売即売には他紙が即座に対抗して特別版を休刊日に発行するなどしたため、産経新聞の新聞休刊日駅売即売は3ヶ月で終了となる。また夕刊廃止に伴い、[[いしいひさいち]]の「[[バイトくん]]」の連載が東京本社版で終了した。&lt;br /&gt;
**11月　[[大阪市]]南部の活性化のために、産経新聞大阪本社が音頭をとって、[[関西]]の企業・団体などの集まりで「[[ミナミ活性化委員会]]」を発足。&lt;br /&gt;
*[[2003年]]&lt;br /&gt;
**3月　月刊[[テレビ情報誌]]「[[TVnavi]]」を創刊。&lt;br /&gt;
*[[2004年]]&lt;br /&gt;
**3月　『日本工業新聞』が『[[フジサンケイ ビジネスアイ]]』に改題。&lt;br /&gt;
**6月　住田良能、産業経済新聞社長に就任。&lt;br /&gt;
**12月　大阪新聞社を吸収合併。&lt;br /&gt;
*[[2005年]]&lt;br /&gt;
**1月　[[ラジオ大阪]]の株式を創業家の前田家から大量取得、産経新聞グループの傘下とする。&lt;br /&gt;
**7月　大阪本社新社屋「難波サンケイビル」（[[大阪市]][[浪速区]]湊町）完成。8月、[[北区 (大阪市)|北区]][[梅田]]から新社屋に移転。&lt;br /&gt;
**10月　[[インターネット]]による電子新聞配信[http://www.sankei.co.jp/netview/ 「産経NetView」]を開始。&lt;br /&gt;
**11月　デジタル事業を担当するデジタルメディア局を、[[産経デジタル]]として子会社化&lt;br /&gt;
*[[2006年]]&lt;br /&gt;
**6月  インターネットによる読者参加型のニュースサイト[http://www.iza.ne.jp 「iza（イザ!）」]開設。&lt;br /&gt;
**11月  タブロイド判の日刊紙「[[SANKEI EXPRESS]]」創刊。&lt;br /&gt;
**12月　産経新聞の公式[[ウェブサイト|サイト]]がリニューアル。&lt;br /&gt;
*[[2007年]]&lt;br /&gt;
**9月　東京本社管轄の総支局の統合や経済本部の設置を行った。東京本社発行の「県版」を統合し、別々につくられてきた都内版および神奈川、埼玉、千葉の各県版を一体化して「首都圏版」とした。また、新潟、長野、山梨、静岡の各県版も一本化した。 編集局の経済部と「フジサンケイ ビジネスアイ」の編集局を合体して総勢100人規模の「経済本部」に改組した。&lt;br /&gt;
**10月（予定）　[[マイクロソフト]]と業務提携し、Sankei Webをマイクロソフトのポータルサイト「[[MSN]]」に統合、共同でニュースサイト「MSN産経ニュース」を開始。（IEの「ニュースチャンネル」以来の「MSN毎日インタラクティブ」はこれに伴い終了）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 特徴 ==&lt;br /&gt;
[[右翼]]・[[親米保守]]系新聞。権力に従順な「御用新聞」。&lt;br /&gt;
=== 概要 ===&lt;br /&gt;
[[大阪府|大阪]]、[[奈良県|奈良]]ではシェア20％を超える主要な新聞であり、この2地域で発行部数全体の半分近く(約100万部)を占める。しかし関東、関西を除く地域では[[番組表|テレビ・ラジオ欄]]を差し替えただけの地域も多い。(一部広告は[[公共広告機構]]などに差し替え)発行部数は&amp;lt;!--中日は東京本社を含む。--&amp;gt;一般紙として6位の約219万部である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[法善寺]]横丁火災時の特集記事に見られるように大阪本社版は一面から地域密着の独自記事を載せることも多い。法善寺横丁の火災がきっかけで、大阪市南部（ミナミ）の活性化を図ろうと、大阪本社が音頭を取って関西の企業・団体などの集まりで『[[ミナミ活性化委員会]]』を発足した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本国内外の記事を[[共同通信社]]や[[時事通信社]]からの配信に頼る事が多い。そのため[[中日新聞]]、[[北海道新聞]]などの多くのブロック紙、地方紙と同じ内容も見受けられる。また[[金融]]記事はアメリカの経済専門の通信社[[ブルームバーグ]]から配信を受けている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
電子端末やインターネットでの配信など新技術に積極的である。例で言えば、日本初のインターネット配信型の電子新聞、&amp;quot;産経ネットビュー&amp;quot;を2005年から開始している。テレビ電波にデータを重畳して電子新聞を発行したこともあるが普及せず撤退した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
発行元の産業経済新聞社は、産経新聞の他に[[スポーツ紙]]「[[サンケイスポーツ]]」や[[タブロイド]]夕刊紙「[[夕刊フジ]]」など利益率の高い媒体を多数発行。一方で、本紙と呼ばれる産経新聞の利益率は相対的に低く、経営上の長年の課題とされている。これを補うため、グループ各紙は利益の一定額を上納金として本社に納める義務を負っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他の全国紙を発刊している新聞社は[[ギャンブル]]や[[風俗]]の記事、広告の掲載されるスポーツ紙やタブロイド紙は別法人を設立して発刊しているが産経は産経新聞社本体が発刊している。3紙間の人事異動も盛んに行われており、3媒体の優劣、上下関係はあまりないが、黒字媒体である[[サンケイスポーツ]]、産経に年間20億円もの上納を行っている[[夕刊フジ]]（月刊FACTA2007年9月号「夕刊フジ」が赤字転落リストラで苦境打破へ）に所属する社員からは、赤字の産経本紙がステータスを持っていることへの不満が強いとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
過去にフジテレビが広告費の名目で億単位の資金援助をしていることが[[株主総会]]で指摘されたことがある。しかし、鹿内失脚の後、フジが[[東京証券取引所|東証]]に[[上場]]して経営の透明性が求められるようになったため資金援助は難しくなったといわれている。（紙面にはフジテレビ、ニッポン放送の広告が目立ち、『ニッポン放送女子アナ日記』『―人気アナ日記』など自社グループの関係性の強さが反映された記事も散見される）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
紙面では[[ニューヨーク・タイムス]]や[[朝日新聞]]の「左寄り」評論への批判・反論をたびたび表明する。一方ニューヨーク・タイムスには“日本の右派系新聞”と、[[ワシントンポスト]]や[[AFP通信]]には“日本の保守系新聞”と紹介された。&lt;br /&gt;
ワシントンポストが産経新聞について「[[1930年代]]風の[[軍国主義]]への復活を希求する暴力的なグループの一員」とする米国民主党活動家（[[古森義久]]談）の投書を掲載した。これに対し産経新聞は紙面で反論するとともに反論文の掲載をワシントンポストに要求。後に反論文が掲載された。&lt;br /&gt;
産経は自らを「国際的にみれば、中道、普通、穏健な報道姿勢」（izaより）であると主張している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全国紙としては唯一、[[新聞縮刷版|縮刷版]]を発刊していない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[社説]]を主張と表記し、「他の新聞社にはない独自の国際基準」による論調を展開。「“日本に必要不可欠な新聞”とされる」と自称している。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
記者の給与水準は大手報道機関に比べると格段に低く、朝日・読売の7割程度で、毎日新聞とほぼ横並びとされる。業界内では「産経残酷、時事（[[時事通信]]）地獄」と待遇の悪さを揶揄する声もある（それでも一定の基準は満たしている）。現場記者の人数も格段に少なく、給与に相反して個人負担は大きい。とくに本社勤務の30歳前後の若手記者への負担は他社とは比べものにならないほど増している。このため[[1990年代]]以降から、経済的理由から、朝日新聞など給与水準が高く福利厚生が整っている同業他社へ転職する者が若手記者を中心に相次いでいる。転職者は、毎日新聞からの転職者への呼称「ヤメ毎」にならい、「ヤメ産」と呼ばれることがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 財界からの支援と右翼、親米保守論調  ===&lt;br /&gt;
政権・戦争批判や[[労働運動]]を抑えたい[[財界]]からは権力に従順な「御用新聞」の創刊に対する要望が強かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1958年]]、[[堀田庄三]]・[[住友銀行]][[頭取]]は、経営危機にあえぐ産経新聞の支援要請を受けた。堀田は[[日清紡]]社長[[桜田武]]、[[富士製鉄]]社長[[永野重雄]]、[[国策パルプ]]社長[[水野成夫]]らと共に、時の[[大蔵大臣]][[池田勇人]]の財界後援会組織「二黒会」のメンバーでもあり、彼らは財界の半公然組織「マスコミ対策委員会」の中心メンバーだった。そして、この中から水野が社長に選ばれる。フジテレビと文化放送の社長だった水野が全国紙となった産経新聞に深く関与することは、財界にとって意味のあることだったと言える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに[[1970年]]9月には、産経拡販への協力を通じた支持を求める[[田中角栄]][[自民党幹事長]]の通達が、全国の自民党支部連合会長、支部長宛に「取扱注意・親展」として送付される。国会でも取り上げられ、喜多畑産経新聞政治部長は「販売拡大への協力を[[自由民主党 (日本)|自民党]]、[[民社党]]に要請している」と、「通達」の存在を認めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
紙面および[[社説]]論調は[[右翼]]および[[親米保守]]。保守系の学者や評論家の主張を掲載している「[[正論 (雑誌)|正論]]」欄や、東京都[[知事]]・[[石原慎太郎]]の[[随筆|エッセイ]]「日本よ」が月一回掲載されている。コラム[[産経抄]]の執筆は外部委託した[[評論家]]の[[室伏高信]]、次が編集総長室の古屋奎二と山本雄二郎、古屋が抜けた後は山本と政治部の[[俵孝太郎]]で、日曜日が社会部の青木彰、そして専門の[[論説委員]]（石井英夫）が一人で(月曜掲載分は石井が日曜休暇の為別人の執筆)35年間に渡り書き続けることとなる（2004年[[12月28日]]をもって筆者が交代した。またメディア批評誌『創』によると現在では30歳代から40歳代の数人の若手記者による輪番執筆となっているという）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[週刊金曜日]]の誌上での対談で週刊金曜日側がマスコミは権力を監視するのが役目だ、と言ったのに対し、産経新聞側は“権力を監視する役割は週刊金曜日が担えばよい、週刊金曜日の言論が弾圧されることがあれば産経新聞も反対する”と応えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
朝日新聞や読売新聞、毎日新聞が戦前からの歴史を持つ中、主要全国紙の中では唯一戦後の参入であり、“戦争賛美・翼賛報道の罪なし”とする意見があるが、前身の大阪新聞時代は[[軍国主義]]賛美報道をしており（「大阪」創業者・[[前田久吉]]はこの為[[公職追放]]となっている）、[[清沢洌]]は『暗黒日記』（[[岩波文庫]]）の中でその賛美ぶりを批判した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自由と民主主義を守ることを信条にしている（後述「産経信条」参照）が、[[1980年代]]終盤に登場した[[カレル・ヴァン・ウォルフレン]]に代表される欧米のリビジョニスト（この場合は[[歴史修正主義]]ではなく日本異質論）が“日本の[[保守]]勢力は、西側自由主義陣営の基本的価値である[[自由]]・[[民主]]・[[人権]]などの西欧近代の価値を共有していない”と批判した際には、“[[ジャパンバッシング|日本叩き]]だ”と反論を続けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 歴史認識 ===&lt;br /&gt;
[[日中戦争]]や[[太平洋戦争]]時の日本軍の行為、特に、現在も論争が続く[[南京大虐殺]]、[[慰安婦]]、[[労務者]][[強制連行]]や[[沖縄戦]][[集団自決]]問題の存在について否定的な立場を取っており、韓国の要人による非難発言を“[[反日]]”と論評。これについて[[戦争責任]]を直視しようとする日本の層からは[[歴史修正主義]]であるという批判がなされている。韓国のマスコミも、[[2001年]]の[[歴史教科書問題]]が取り沙汰された際には、「歴史歪曲を先導する極右言論の産経新聞…」といった具合で批判していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
鹿内時代になると水野体制からの右翼論調が更に台頭する。[[1967年]]7月の広告主向け説明会で社長の鹿内は「新聞が本当に不偏不党の立場でまかり通るような安泰なものに、今、日本の国内情勢が成っているでしょうか」「敢然と守ろう『自由』、警戒せよ、[[左翼]]的商業主義！」と演説したという。そして、1970年の元旦からは鹿内による[[反共主義|反共]]、親米、[[右翼]]色の強い「年頭の主張」が始まる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方で、鹿内信隆社長時代には[[台湾]]の[[中国国民党]]政権を応援する立場から日本軍による中国での虐殺行為を肯定する記事やコラムを多数掲載していた。象徴的とも言えるのが2年にわたって掲載された「蒋介石秘録」で、この中では南京大虐殺について40万人という日本新聞史上最大の被害者数を掲載していた。更に「今明かす戦後秘史」（共著）でも[[慰安所]]の設置運営に関与した事実を自認していた（鹿内本人が[[陸軍省]]に勤める主計中尉だった）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 教科書 ===&lt;br /&gt;
[[1982年]]の「第1次教科書問題」以降、遊軍記者だった石川水穂を中心に「教科書の記述は日本の悪い面ばかりをとらえ偏向している」とのキャンペーンを続けてきた。[[1996年]]6月、翌年春から使用される中学歴史教科書全社に「従軍慰安婦の強制連行」の記述が登場することが判明したことをきっかけに[[1997年]]に[[西尾幹二]]電気通信大教授、[[藤岡信勝]]東大教授らが中心になって[[新しい歴史教科書をつくる会]]が発足した。同会は教科書の発行元を探し、[[文藝春秋]]と [[PHP研究所]]に依頼したが断られ、当時、藤岡ら執筆の「教科書が教えない歴史」を連載していた産経新聞社の[[住田良能]]・常務東京本社編集局長に話を持ちかけ、産経側は応じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つくる会の西尾会長、産経の住田常務、グループ企業の出版社である[[扶桑社]]の中村守社長（いずれも当時）は教科書の発行に向けて三者が協力するという「覚書」に調印した。翌[[1998年]]1月9日付の『産経新聞』の「主張」欄には「新聞社が教科書づくりにかかわるのは初めての挑戦であるが、『つくる会』ともども、読者および国民の支援を仰ぎ、また批判も受けたい」と「産経新聞社発行・扶桑社発売」で教科書を出版することを表明した。その後、文部省（当時）から「発行と発売を分けることはできない」との指導を受け「扶桑社発行」に一本化され、覚書も破棄されたが、産経新聞社は扶桑社の中学歴史・公民教科書を一貫して支援してきた（この問題をめぐっては『新しい歴史教科書』や関連書籍が産経新聞社扶桑社から発行されている事もあり、特定の教科書の採用を新聞社が後押し・推薦するかのような行為、しかもこれらの企業の親会社が免許事業である放送局・フジテレビジョンである事が独占禁止法に抵触しているとして申告が各地で行われている）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし2度の教科書採択ではシェアが低迷した。そうした中、[[2005年]]秋以降、つくる会で創立メンバーの西尾・藤岡と、三代目会長[[八木秀次 (法学者)|八木秀次]][[高崎経済大学]]教授や若手理事、[[日本会議]]グループなどの間で内紛が勃発。八木が、つくる会会長を解任されて以降、産経新聞は八木側に同調するかのような報道を続け、扶桑社や親会社のフジテレビジョンも同社番組審議委員でもある八木への支持を非公式に表明した。背景には、エキセントリックな面を持つ西尾・藤岡のイメージでは今後の教科書採択が期待できないとの営業上の判断もあったとされる。西尾・藤岡はインターネット上などで、産経新聞の教科書問題取材班キャップ渡辺浩を名指しで非難した。八木らは[[2006年]]4月につくる会を退会し、教科書だけでなく教育全般に取り組む[[シンクタンク]]「[[日本教育再生機構]]」、「改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会」を設立した。八木は[[安倍晋三]]の[[ブレーントラスト|ブレーン]]でもあり、フジサンケイグループは同機構の唱える教育再生運動を支持している。2007年5月[[扶桑社]]版の『つくる会』教科書撤退が確認された。[[扶桑社]]は[[八木秀次 (法学者)|八木秀次]]と別に歴史教科書を作るとしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在、沖縄戦の集団自決について、日本軍の命令は無かったとする文部科学省の検定意見に同意する社説（主張）を載せている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 朝鮮報道 ===&lt;br /&gt;
[[1960年代]]は他紙同様、[[朝鮮民主主義人民共和国]]に好意的な報道姿勢を取っていた[http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/hatsugen/korea-raisan.htm]ものの、後に方針転換、厳しい論調を取るようになった。[[1996年]]に「北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)」というような、正式呼称を併置した表現を廃止し、このことで[[在日本朝鮮人総連合会|朝鮮総聯]]から抗議を受けたがその方針を貫いた。その後2002～03年にかけて全国紙やテレビからも正式呼称が消え「北朝鮮」のみの呼称となり、産経はこの呼称の先駆けとなった。最近では単に「北」という表記も使用している。2006年4月には加藤雅己常務が[[共同通信]]加盟社の旅行団メンバーとして北朝鮮へ渡った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 男女共同参画 ===&lt;br /&gt;
[[男女共同参画社会|男女共同参画]]をめぐっては、男女には[[生物学]]的性差以外にも根本的違いがあり男女共同参画や男女平等とは男女がそういった両性の違いを認めて役割を分担し支えあうことであるとし、[[ジェンダーフリー]]は男女の根本的違いの否定であると批判。[[性教育]]に関しても、伝統的な道徳を無視した「過激な性教育」が行われていると批判したこともある（一部の保守派都議会議員による都立七生養護学校視察の記事参照のこと）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 反共主義 ===&lt;br /&gt;
[[反共主義]]の立場から[[中国]]に対して批判的な論調を展開することもあった。これに対し[[2006年]][[1月]]、[[中国]]外務省傘下の隔週刊誌『世界知識』（日本外務省の月刊誌『世界の動き』に相当）が「言論暴力団」「保守御用喉舌（[[プロパガンダ]]機関）」などと名指しで批判。一方、[[朝日新聞]]については、「広範な大衆を代表する進歩的メディア」と紹介した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 路線 ===&lt;br /&gt;
左よりの論調である[[朝日新聞]]を社説やコラムで（名指し・対象が明らかな伏せる名を含めて）度々批判している。朝日新聞がこれに乗って反論することも多く、2005年4月には[[歴史教科書問題]]をめぐって4,5日間、社説で論争を繰り広げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦後の日本が無批判に受け入れてきた[[民主主義]]、[[社会主義]]、[[進歩主義]]、[[平等主義]]に傾れてはならないと主張し、“このまま放置すれば日本精神の根幹を変えてしまい国の崩壊に繋がる”と訴えている。「『ナンバーワン』よりも『オンリーワン』を目指す新聞である」と公言し「新聞はみな同じではありません」「群れない、逃げない。モノを言う新聞」との[[キャッチフレーズ]]の下に独自路線を進むことを宣言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国内記事だけでなく外信報道もまた親米的である。2006年1月の[[ヒューマン・ライツ・ウォッチ]]年次報告について、報告書は北朝鮮の人権侵害を非難する一方でアメリカの“テロ撲滅”に託けた、[[イラク]]の[[アブグレイブ刑務所]]などでの収監者虐待をも批判しているが、他社が要旨どおりに報じたのに対し産経はアメリカ関連部分を削除改竄して報道した。　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==産経信条==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以下の信条を社是としている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 1、産経は[[民主主義]]と[[自由]]のためにたたかう&lt;br /&gt;
: われわれは[[民主主義]]と[[自由]]が国民の幸福の基盤であり、それを維持し発展させることが言論機関の最大の使命であると確信する。したがってこれを否定するいっさいの暴力と破壊に、言論の力で対決してゆく。 &lt;br /&gt;
; 1、 産経は豊かな国、住みよい社会の建設につくす&lt;br /&gt;
: われわれは国土の安全と社会の安定をねがう。そして貧困、犯罪、公害など、あらゆる社会悪の追放に努力し、すぐれた文化、美しい自然のなかで、調和のとれた物質的繁栄とこころの豊かさを追求してゆく。 &lt;br /&gt;
; 1、 産経は世界的な視野で平和日本を考える&lt;br /&gt;
: われわれは国際社会からの孤立は許されないとの認識に立ち、対立より協調を、戦争より平和を選ぶ。平等友愛の精神をもって自立をもとめる国々をたすけ、ともに世界の共存共栄をはかってゆく。 &lt;br /&gt;
; 1、 産経は明るい未来の創造をめざす&lt;br /&gt;
: われわれは技術革新と社会変化を正しく方向づけ、真の進歩に向かって前進する。そして絶えず新しい価値観、新しい人間像を追求しつつ、勇気をもって未来へ挑戦してゆく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 報道 ==&lt;br /&gt;
=== 注目を集めた報道 ===&lt;br /&gt;
*[[1980年]]、日本海沿岸などで相次いだ失踪事件について、外国の諜報機関の関与をにおわせる報道をした。記事を書いたのは社会部の[[警視庁公安部]]担当だった阿部雅美。だが、1980年当時の報道は、世論にも他のメディアにも無視された感がある。そして、この報道は1997年の女子中学生拉致疑惑報道へと繋がっていく。このエピソードは[[2003年]]夏に放映されたフジテレビのドラマでも描かれたが、[[日本共産党]]が[[1980年代]]に国会で[[拉致問題]]をとりあげた際の再現部分について「事実に反する描写が一部にある」と[[日本共産党]]から訂正・撤回を要求され、[[訴訟]]に発展している。&lt;br /&gt;
*[[1980年]]に信仰グループ[[イエスの方舟]]を批判するキャンペーンを張り、これがきっかけとなって[[ワイドショー]]や週刊誌もこれに追随し、イエスの方舟やその主宰者に対する大バッシングが展開され、ついには警察当局も動いてイエスの方舟の主催者らが[[名誉棄損]]容疑で書類送検される事態にまで発展したが、これは憶測に基づく事実誤認であり、主宰者らは後に不起訴処分となった。&lt;br /&gt;
*[[1990年]]に「[[ソ連共産党]]による一党独裁を放棄へ」の[[スクープ]]によって、当時の[[モスクワ]]支局長が[[日本新聞協会]]賞を受賞。&lt;br /&gt;
*1990年代前半には北朝鮮の[[金日成]]の愛人等人脈に関するスクープを連発し、日本国外メディアも後追いするなど注目を集めた。&lt;br /&gt;
*[[1992年]]、元[[KGB]]少佐・レフチェンコの証言をもとに旧ソ連から[[日本社会党]]への資金流入について追求する記事や社説を掲載した。だが、この追及報道は翌年5月に急遽終了した。『[[文藝春秋 (雑誌)|文藝春秋]]』6月号におけるレフチェンコのインタビュー中で、産経新聞にも工作を行い、当時の編集局長を取り込むことに成功したとの発言が掲載された為と思われる。産経はこのレフチェンコ発言に対する反論を1993年05月12日の朝刊に当時の編集局次長、住田良能名で掲載し「彼の発言を多少なりとも信じては気の毒なことになる」とまで書いて、その証言を全否定した。以後レフチェンコ証言に基づく記事は掲載されず報道は終了した。（その後、[[1994年]]に久保紘之編集委員による特集「新謀略史観」でレフチェンコ証言を「伝聞に基づくものであった」と改めて全否定している）&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--*[[1992年]]、「私たちは“国際合同結婚式”を応援します。」という[[統一教会]]の国際合同結婚式を支持する学者・文化人の会の意見広告を全国紙として唯一掲載した。←これは注目を集めた報道なのですか？何紙が断って、唯一になったのでしょう。教えて下さい。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[1993年]]、[[テレビ朝日]]の[[椿貞良]]取締役報道局長が、[[日本民間放送連盟|民放連]]の会合で総選挙について「『[[非自民]]政権が生まれるよう報道せよと指示した』『“公正であること”をタブーとして、積極的に挑戦する』と発言していたことをスクープ。一部[[ジャーナリスト]]から批判を受けたが、その年の[[日本新聞協会|新聞協会]]賞を受賞した。&lt;br /&gt;
*[[1997年]]2月3日の朝刊にて、新潟市で1977年に発生した北朝鮮による女子中学生拉致疑惑報道。翌日、衆議院で[[西村眞悟]]議員がこの件を取り上げた。この記事を書いた阿部雅美社会部長は同年度の新聞協会賞を、この事件を同じくテレビ報道した朝日放送石高健次と同時受賞。&lt;br /&gt;
*[[1999年]]5月10日掲載の「久保紘之の天下不穏　沖縄[[サミット]] 　～コローニアルなにおいの“英断”」中で[[小渕恵三]]首相がサミットを沖縄で開催するのを決めたことに対し「国家も家と同じで台所もあれば便所もある。しかし、お客を台所や便所の中で接待する主人がいるかい？」と書いた。記事タイトルと合わせ沖縄を便所扱いしていると非難の声があがった。 &lt;br /&gt;
*[[2001年]][[ 附属池田小事件|池田小学校児童殺傷事件]]の校庭に座り泣きじゃくる児童たちの写真で同年度の新聞協会賞を受賞したが、後に被害にあった直後の児童の顔をさらすのはいかがなものかと批判されることになった。&lt;br /&gt;
*[[2002年]]1月10日の朝刊で、前年に[[日本刀]]愛好グループ[[刀剣友の会]]が[[建国義勇軍]]及び[[国賊征伐隊]]を名乗り脅迫や爆発物を仕掛ける事件をおこして摘発された件で、[[田中均]]外務審議官（当時）の自宅に爆発物が仕掛けられた事件は、当時安全確保の為公開されていなかった田中均の住所を犯人グループが知りえたのは犯人グループの一人である[[北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会|救う会]]熊本理事の木村岳雄が、救う会関連集会で入手した住所を主犯の男に伝えた結果であることをスクープした。&lt;br /&gt;
*[[2002年]]小泉首相の初訪朝には民間機を使用し、[[政府専用機]]は使用しないことになったとの記事を掲載した。だが同日、読売新聞に[[自衛隊員]]とともに政府専用機を使用して訪朝することを前提とした事前調査の記事が掲載された。翌日、読売グループの[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]は自社番組[[ズームイン!!SUPER]]中の「新聞のミカタ」で、産経新聞のこの報道を“何の根拠あってのことか説明せよ”と批判した。結果的に小泉首相は訪朝に政府専用機を使用し、産経の誤報が確定した。&lt;br /&gt;
*[[2002年]]小泉首相10月訪中決定との記事を一面にスクープとして掲載したが、同日中に[[福田康夫]]官房長官に否定された。以後2006年の小泉首相退陣まで訪中は実現しなかった。&lt;br /&gt;
*[[2003年]]6月19日、朝鮮総連と「大手警備保障会社の系列企業」との間で東京の[[朝鮮学校]]の売却交渉が進んでいるととする記事を掲載。直後にこの会社は産経以外の全国紙に広告を載せ、記事中の「大手警備保障会社」と自社の関係を否定、同記事を「誤解を生む報道」と批判した。産経は記事は事実であるとしているが、社名を公表していない。 &lt;br /&gt;
*[[2003年]][[7月4日]]に、[[東京都立七生養護学校]]を自民、民主の3人の都議会議員とともに記者が視察し同校の性教育を批判する内容を掲載。直後に教材が没収され、教員13人が処分された。[[2005年]][[5月12日]]、教員と保護者27人が、東京都、都教育委員会、都議3人、産経を相手取り東京地裁に提訴した。産経に対しては謝罪記事の掲載と慰謝料を請求。（[[性教育#養護学校での性教育が不適切とされた事件|性教育]]の項を参照の事）&lt;br /&gt;
*[[2004年]]1月6日の朝刊で、[[イラク戦争]]後の[[バグダード|バグダッド]]で[[ストリートチルドレン]]の社会復帰を支援している高遠菜穂子&amp;lt;!--  事件について講演など行なっているため名前を記載 当分記事にはならないと思われるので非リンク化--&amp;gt;の活動を顕彰する記事を一面写真付きで掲載した。しかしのちに起きた[[イラク日本人人質事件]]の報道では、1月の記事には触れずに高遠を含めた[[人質]]の批判を繰り返し掲載し、2004年4月11日の産経抄において「誤解を恐れずにいえば、“いわぬこっちゃない”とは、本来、人質になった三人の日本人に対していわねばならぬ言葉だ。イラクでは日本人外交官も殺害されて治安悪化は深まっていた。外務省は再三、最高危険度の『退避勧告』を行ってきたのである」として自業自得と非難し、同4月14日の産経抄にいたっては「第一の声明文については、日本のイスラム学者が『非イスラム的だ』 と指摘しているのがまこと興味深い。では何的かというと“日本的だ”と いうのである（中略）これらの声明文には何らかの形で日本人がかかわっているのだろうか」などと[[自作自演]]説までほのめかしている。人質の生還後、[[責任#自己責任|自己責任]]論ブームに乗り、被害者宅へのイタズラ電話が問題となったが、社説「主張」にて「真摯な忠告もあろう」などと、全てがイタズラではないのでは?と論した。さらに同年11月に起きた香田人質殺害事件（同様に日本政府に自衛隊のイラクからの撤退を求めた武装グループが要求を拒否され、人質香田証生を殺害）に関する「産経抄」の論評の中で、「この春の日本人人質事件（上記のイラク日本人人質事件のこと）の家族の反応とは、天と地ほどの差がある。若者（香田）に両親に似た分別と常識があれば、悲劇は起こらなかったろうにと惜しまれてならないのである。」と上記の人質三人を間接的に批判した。&lt;br /&gt;
*[[2004年]]5月、フォトジャーナリスト[[森住卓]]の[[写真集]]『私たちはいまイラクにいます』に、主催する「産経児童出版文化賞」を贈るが、産経の[[イラク戦争]]に対する報道姿勢を批判する森住から返された。森住は「産経の賞を受けたらイラクの子ども達に顔向け出来ない」とコメントしている。&lt;br /&gt;
*[[2005年]]、系列企業の[[ニッポン放送]]の株式35%を[[インターネット]]関連会社[[ライブドア]]が取得した問題について、同年2月18日付の社説「主張」でライブドアの[[堀江貴文]]社長（当時）を痛烈に批判した。また連日に渡って紙面やコラム「産経抄」や「正論」欄等で堀江の経営手法や[[ジャーナリズム]]観を批判した。&lt;br /&gt;
*[[2006年]]2月6日、[[夕刊フジ]]の記事“[[日興コーディアルグループ]]の[[粉飾決算]]の秘密文書を入手”について、同社から「粉飾など行なっておらず事実無根」と提訴される（夕刊フジは産経が発行元）。しかし、その後の[[証券取引等監視委員会]]の調査により、日興コーディアルグループが140億円の利益を架空計上していた事が明らかになった。&lt;br /&gt;
*[[2006年]]10月、安倍総理が[[慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話|河野談話]]を踏襲するにあたり狭義の強制性は無かったが広義の強制性はあったとの認識で踏襲したと国会答弁した後に、「主張」において『河野談話　再調査と見直しが必要だ』なる社説を掲載し、「慰安婦問題の論点を広義の強制性にすりかえたメディアがいる」『その後、一部マスコミが「広義の強制性」に論点をすり替えたこともよく知られている。』と批判した。&lt;br /&gt;
*[[2007年]]3月10日「主張」において『慰安婦問題　偽史の放置は禍根を残す』と題し“「河野談話」が明確な裏付けもなく慰安所の設置に「旧日本軍の関与」があったと認めた”と批判した。だが実際に旧日本軍は慰安所の設置に軍命令として関与しており、そのことは[[中曽根康弘]]元総理大臣や[[鹿内信隆]]産経新聞社元社長（フジサンケイグループ初代議長）も著書で自認しており、産経新聞の社説は強制性問題と取り違えた全くの虚偽であった。過去には1993年9月2日の産経新聞正論のように、[[上坂冬子]]が、「近年、稀にみる名文といってよい。相手方のささくれ立った気をしずめ、同時にこちらとして外せないポイントだけはさりげなく押さえて、見事な和解にこぎつけている」と評価したこともあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 疑義が持たれた報道、スキャンダル ===&lt;br /&gt;
*[[1993年]]11月11日、清沢平・元[[大昭和製紙]]副会長への逮捕直前単独インタビューを夕刊に掲載したが、インタビューに答えた人物は弟だった。&lt;br /&gt;
*[[1995年]]一連の[[オウム真理教]]事件において「警察庁長官襲撃事件　[[監視カメラ]]に犯人の姿　南千住駅」「横浜異臭事件　[[毒ガス]][[ホスゲン]]の症状」「オウムに[[内乱罪]]適用へ」などの誤報虚報を連発した。&lt;br /&gt;
*[[1999年]][[4月]]から、[[国立市]]立国立第二小学校の卒業式について「児童30人、国旗降ろさせる」「校長に土下座要求」とする一連の『国立二小問題』キャンペーンを展開。記事は校長の報告書に基づくとされる。これに関連し、国立市内で右翼による街宣活動や児童殺害予告が行われるなどの混乱も発生した。他の主要紙は大きく取り上げず、『朝日新聞』は産経報道に批判的な記事を掲載。労組などから「産経の記事は捏造」との批判も出た。東京弁護士会は市[[教育委員会]]と学校側に対し、報告書が事実を「歪曲して記載」したとして再発防止を勧告。産経に対しても「事実を正確に伝えたものとは認められない」「十分な裏付取材がなされなかった」と批判する要望書を出した。のちに都教委は土下座要求等の事実が「確認されていない」とコメントする一方で、国旗国歌に批判的な同小の教員を処分した。系列の扶桑社が国旗国歌を推進している市教育長の著書を出版したことなどから、「政治的思惑に基づく記事」「癒着」などの批判もなされた。&lt;br /&gt;
*2000年10月11日朝刊社会面に掲載した「[[ノーベル化学賞]]の[[白川英樹|白川]]氏　一貫した『知りたがり屋』」の記事が『[[日経産業新聞]]』の記事を盗用していたことがわかり、産経新聞社は13日、日本経済新聞社に陳謝した。産経新聞社は同日付で東京本社編集局長をはじめ、同社会部長、次長、記者ら計5人を減給処分とした。盗用したのは日経産業新聞連載『日本のオリジナリティー』の1997年10月15・16日付「導電性高分子を開発白川英樹氏」の記事で、白川氏の業績を紹介している。&lt;br /&gt;
*2003年4月28日、毎日新聞『リーダーな女たち』で書かれた“一日ハンストの後に戦争が終わるまでパン断ちをして願掛けをする”記事を誤読し、翌日の産経抄において「驚いたのはそのハンストは、白米・パン・肉を断つものというのだった。世の中には麦めしもあるしそば・うどんもある。魚もスナック菓子も豊富だ。それらは食べ放題であるらしい。これが笑わずにいられるだろうか。」と批判した。&lt;br /&gt;
*2003年10月24日の産経抄で、「[[偽エチオピア皇帝事件]]」を引き合いに出して[[有栖川宮詐欺事件]]を取り上げたが、前日の毎日新聞コラム『余録』に、ほぼ同じ内容（参考資料が『詐欺師の楽園』（種村季弘著、岩波現代文庫）である点までが同一）が掲載されていた。&lt;br /&gt;
*[[2004年]]4月21日、イラク人質事件で人質ビデオ未放映映像の中に内藤正典一橋大学教授の分析結果として「言って、言って」と人質になった3人に発言の促す日本語を話す人物が存在すると一面トップで報道した。しかし、その日の夜の日本テレビ[[NNNきょうの出来事]]は「イッテ」はイラクの方言で「おまえ」という意味であるとイラク人[[通訳]]の証言を交えて報じた。（「お前！―そうだ、お前だ！」の意となる）産経はこの誤報に関してこれまで謝罪や訂正は行っていない。&lt;br /&gt;
*2005年[[4月15日]]には、第14回地球環境大賞の授賞式に関連して、実際にはそのような事がないにも関わらず、[[秋篠宮文仁親王]]が「お言葉」の中で「フジサンケイグループの主催」に言及したとする虚偽の記事を掲載した（皇族が私企業の活動を讃えたりする事は絶対にない）。産経新聞社は誤りを認め、該当部分を全面削除するとした訂正報道を行った。&lt;br /&gt;
*[[2005年]]4月、のちに国際記者賞にも輝く[[黒田勝弘]]ソウル支局長が、就労[[査証|ビザ]]を取らず記者の身分のままソウルの大学で講師として教鞭を取っていた不祥事が発覚し、雇用者の大学と共に当局から罰金処分を受けた。&lt;br /&gt;
*2005年5月下旬、[[フィリピン]]で生存していた旧日本兵を現地当局が保護したかのような記事を掲載した。後に不確実な情報に基づく誤報と判明し、同社は「本社の旧日本兵生存情報の報道について」との記事を同紙に掲載した。&lt;br /&gt;
*2005年7月19日、[[茨城県]][[大洗町]]の教育委員長と教育長が、[[新しい歴史教科書をつくる会|「つくる会」教科書]]採用を却下した地区教科書採択協議会の決定に反発し再協議を要求、容れられない場合は決定とは別に町独自の判断で購入・使用する予定であると報道。教育長は“そのような議論はしていないし、独自購入は教科書の無償配布を定めた特別措置法に違反する”と否定。&lt;br /&gt;
*2005年[[9月26日]]、教育面（東京本社版）で『「反進化論」米で台頭』と題し、[[旧約聖書]]の[[創造論]]が[[科学]]を偽装した[[疑似科学]]に過ぎないとの批判がある、人間の誕生は[[進化論]]では説明できないという[[インテリジェント・デザイン]] (ID) を肯定する意見を載せた。この記事は[[世界基督教統一神霊協会|統一教会]]系の出版物に何度も論考を載せたり統一教会を絶賛したりしている[[渡辺久義]]・[[摂南大学]]国際言語文化学部教授に対するインタビュー記事で、「この理論は多くの科学者が支持しており（実際にはされていない）、IDを推進しているのは[[キリスト教右派]]、宗教勢力だと言う主張はIDを快く思わない人間の妄言である。IDを教えず、[[仮説]]に過ぎない進化論を公認の学説として扱う（実際公認されている仮設である）のは思考訓練の機会を奪ってしまう」という趣旨の物であり、締め括りは「進化論は[[マルクス主義]]と同じく[[唯物論]]的である為、人間の尊厳を無視しており歴史、道徳の教育にとって良くない。日本では進化論偏向教育によって[[日本神話]]等が弾圧された」として日本も学校でIDを教えるべきだと説いた。&lt;br /&gt;
*2005年10月25日付夕刊の写真グラフで月をバックにした[[コウノトリ]]の合成写真の虚偽報道を行った。記者が[[合成写真]]であることを申告せずに出稿、同社としてチェックしきれないまま掲載したことが原因。産経新聞は30日に事実を発表し31日の朝刊一面で「読者に対する重大な背信行為で、新聞報道に対する信頼を揺るがせかねない深刻な問題と受け止める」として謝罪した。&lt;br /&gt;
*2005年11月17日の産経新聞3面で「仏暴動　中東では賛否両論」の記事を掲載したが、内容がMEMRI（''Middle East Media Research Institute''、中東メディア研究所）の「Inquiry and Analysis Series No 251 Nov/15/2005 フランスの暴動に対するアラブ、ムスリム世界の反応」の記事に非常に似ていたため、一部のブロガーから盗用ではないかとの疑惑が持ち上がる。そこでブロガーが産経新聞社に問い合わせた所「産経新聞はMEMRI関係者と意見交換するなどの関係にあり、記事は提供を受けた」と回答した。ところがMEMRIに問い合わせたところ「私たちは苦情を申し入れました。産経新聞社はすでにチェックと撤回を行い、訂正版を数日前に出しています。ほとんどのジャーナリストは働くよりも盗用するほうが好きなようです」と回答。また、別の人物が問い合わせたところ「産経新聞とはスタッフのやり取りや意見の交換を行った事実はない」と回答し、盗用であることが確定した。&lt;br /&gt;
*2005年12月29日の産経抄で「二〇〇一年に核研究で有名な米国の[[ロスアラモス研究所]]の中国系研究員が[[核兵器|核]]の機密を盗み出した。これにより核開発競争で米国に追いついてしまったという」と掲載。このソースは[http://book.jiji.com/sekaishuho/ 「世界週報」]2005年12月27日号に掲載された西原正[[防衛大学]]校長の「中国の対外情報収集活動に目を向けよ」という記事だが、西原校長は逮捕された中国系研究員の実名については触れていない。ロスアラモスで中国系研究員が逮捕された事例は、1999年のウェンホー・リー（李文和）事件（2000年に連邦地裁によって釈放）しかないので、同事件と混同しているのではないかという指摘もある。一方、ロスアラモス研究所では機密情報の漏洩が長期間にわたって続いており、2001年にも核兵器の機密の入ったハードディスクが紛失している。&lt;br /&gt;
*[[2006年]]2月8日、産経新聞も協力した高砂義勇兵慰霊碑移設と落成を記念する式典が北郊外の烏来（ウライ）郷で、前総統の李登輝氏や日本の対台湾窓口機関、交流協会台北事務所の池田維代表など、約百人の日台関係者が参列して行われ、産経新聞社から羽佐間重彰取締役相談役が式典に参列したが、[[高金素梅]]らの抗議に基づき公園管理者の台北県政府（県庁）が「公有地に建てるものとしては不適切」として一週間以内の撤去を命じ、高砂義勇兵慰霊碑に飾られた多数の日の丸は2月19日に撤去された。その後、記念碑は竹板で覆われ、「[[君が代]]」などの文字が刻まれた8つの小さな石碑は県の公園事務所の片隅に置かれた状態になっていると産経新聞は2006年6月5日朝刊コラム「一筆多論」で伝えた。&lt;br /&gt;
*[[2006年]]出資法を元にした高金利が利息制限法の上限金利に基づき違法との最高裁判決が出て消費者金融などの高利貸しが社会問題になると、一貫して消費者金融業者側にたった主張をした。4月15日の社説主張では「簡単な審査でお金を貸すのだから、担保や厳しい審査が必要な銀行融資よりも金利が高くなるのは当然だ。消費者金融はかつて「サラ金地獄」といわれ[[社会問題]]化した時代とは様変わりしているのも事実だ。多重債務者問題などは確かに借りる側の自己責任だ。」とし、5月1日の主張では「金利が下がれば、安易な利用者が増え、多重債務者は逆に増えるとの見方もある。高金利には無理な借り入れを思いとどまらせる抑止効果があった、ということも否定はできない 」と高金利を当然と擁護する立場を取った。さらに実際に貸金業制度改革の議論が政府内で進んでくると7月16日の主張において「慎重に検討しなければならないのは、少額短期の貸し付けなどで利息制限法の上限を超える特例金利を認めるかどうかである。上限金利が引き下げられると、融資審査が厳しくなることは避けられない。緊急性の高い当座の資金が必要な事業者などは、貸し倒れリスクが高いと判断され、貸し手がなくなる公算が大きい。破綻（はたん）に追い込まれたり、ヤミ金融を利用するはめになったりするというのは、非現実的な想定とはいえまい。1週間程度の短期ならば、高い金利でも、実際に負担する利息額はそれほど大きくない」と特別金利を認める特例措置が必要との主張を行った。このように消費者金融業者側の要望に沿った主張を社説で展開している新聞は産経新聞だけであり異色である。（同じ産経新聞社の編集発行する夕刊フジでは産経新聞本紙とは完全に論調が逆で、徹底的に消費者金融業者側を糾弾している。）&lt;br /&gt;
*2006年1月23日、朝刊1面の「ライブドア電子商店街から決算前に契約料徴収－利益計上後解約し返還」の記事において[[ライブドア]]より事実無根であることを指摘される。記事中にある平成16年9月期の時点では返還するべき金銭自体が存在しておらず、購入者と出店者の間で売買されたものをライブドアが決算後に解約させた事実もなく、明らかな誤報であるが、現時点では提訴などはおこっていない。&lt;br /&gt;
*2006年2月14日、朝刊1面のライブドアの粉飾決算事件に関する連載の中で「ライブドアの退職者数が既に数百人」と記述したがライブドア側は数百人退職報道を否定していると[[ライブドアニュース]]が報じる。また産経新聞はライブドアニュースの取材に対しコメントできないとしているがライブドアニュース側からはこの報道に対する[[説明責任]]を果たすべきだと批判されている。&lt;br /&gt;
*[[2006年]][[3月4日]]の主張でインドの核保有を是認する旨を主張している。しかもその理由は「インドは民主主義国で、独裁国家などと同列には語れない」というものであり、「日印関係は経済中心に取り組むべき」とも述べている。しかし[[1998年]][[5月13日]]の主張では「インドが核による安全保障を標ぼうすればパキスタンや中国を刺激し、亜大陸は不安定になり、それはわが国への脅威なるため、日本はインド、パキスタンの核、ミサイル開発に神経質であらねばならない」と述べている。&lt;br /&gt;
*2006年8月12日、[[日本国際問題研究所]]が発表した英文論文「日本はいかに中国を想像し、自国を見ているか」を“[[反日]]内容”とコラムで批判、これを受けて研究所は論文を閲覧停止として理事長が紙面で“反省の意”を表明した。リベラルな立場からは、これが言論封殺ではないかとの声が上がっている（ワシントン・ポスト電子版）。本件については[[古森義久#JIIAコメンタリーに端を発する論争]]も参照。&lt;br /&gt;
*[[南京大虐殺]]をテーマにしたアメリカ映画『南京』の原案について、[[2006年]]11月26日付紙面では“[[アイリス・チャン]]の「レイプ・オブ・ナンキン」”と紹介しながら、[[2007年]]1月21日付紙面では“ジョン・ラーベの日記”と紹介している。本件について訂正報道を行なった形跡はない。&lt;br /&gt;
*[[2007年]][[1月29日]]、2009年より導入される「[[裁判員制度]]」の広報のため政府が全国で実施している「裁判員制度全国フォーラム」で共催した新聞社が[[人材派遣会社]]などに依頼し1人当たり3000～5000円の日当を支払ってフォーラム参加者を動員していた事例、いわゆる「[[サクラ (曖昧さ回避)|サクラ]]」が4件あったと判明した。その後共催した新聞社に産経新聞も含まれている事が分かり、産経新聞は2月2日住田良能社長と大阪代表の根岸昭正専務を3ヶ月にわたり30%の減給とする旨発表した。&lt;br /&gt;
*2007年[[5月5日]]、古森義久記者により、[[AP通信]]電を基にした『占領時、米軍も「慰安婦」調達を命令　ホンダ議員「旧日本軍は強制」言明』が書かれたが、原文では米軍は命令ではなく（日本[[内務省]]の申し出を受けた）'''許可'''をしていた旨記述されていた事が判明。22日に電子版も含めた全記事を訂正。&lt;br /&gt;
*[[2007年]][[8月16日]]、大阪本社発行分の紙面で「『戦争想起』投書に過剰反応？　甲子園で学ラン封印」という記事を掲載。学ランは戦争を想起させると言う投書が届き、[[学ラン]]をトレーナーに変更したという内容の記事を掲載した。しかし、取り上げられた[[三重県立宇治山田商業高等学校]]や[[三重県]][[教育委員会]]、県高野連は事実関係を否定し、新聞社に抗議、前回同校が甲子園大会に出場した4年前、既にトレーナーを着用した応援スタイルだったことが明らかとなり、[[捏造]][[記事]]であった可能性が高まっている。&lt;br /&gt;
*[[2008年]][[6月20日]]付朝刊「朝の詩（うた）」に読者投稿として掲載した詩『じぶん』は、実は[[相田みつを]]の『肥料』であった。選者の[[新川和江]]も盗作を見抜けなかった。翌21日に『おわび』を掲載すると共に権利保持者の相田美術館にも謝罪。投稿者は盗作を否定しているという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 批判 ===&lt;br /&gt;
*[[1967年]]10月16日、時の[[法務大臣]][[田中伊三次]]が記者を集めて「23人の死刑囚に執行命令を署名した」と執行書類を見せびらかして記事にするように要求する事件が起きた。他紙の記者は相手にしなかったが、産経の記者はカメラマンを呼寄せ、田中に机上に[[誕生像]]を置かせ、左手に[[数珠]]を握らせ、右手の赤鉛筆で署名をしているポーズを取らせて写真を撮影、翌日の紙面を飾った。田中は記者に「[[死刑]]の様子をいっしょに見に行こう」と誘うなど問題行動をとる人物だった。&lt;br /&gt;
*[[1983年]]2月、サンケイ新聞が行政改革キャンペーンに力を入れていることを伝えるテレビCMを放送した。無駄の実例として[[岡山県]][[倉敷市]]の市庁舎を映し出し「こんな豪華な庁舎が必要でしょうか！？　行革（行政改革）を強く訴えるサンケイ新聞」というナレーションを流すものであった。倉敷市は「事実誤認だ、市庁舎が大きいのはゴミ処理施設を併設しているからだ。これは地方叩きだ」と抗議した。しばらくしてテレビCMは終了した。後に産経新聞社は自社の広報書籍である「産経が変えた風」2001年刊の133ページで「行革キャンペーンで取り上げた豪華な庁舎」のキャプション付きで倉敷市庁舎の写真を掲載した。&lt;br /&gt;
*[[1992年]]、「私たちは”国際合同結婚式”を応援します。」「世界平和に貢献する「統一運動」」という[[世界基督教統一神霊協会|統一教会]]の国際[[合同結婚式]]を支持する学者・文化人の会（代表世話人：元[[筑波大学]]総長[[福田信之]]、世話人：元駐韓大使[[金山政英]]、政治評論家[[細川隆一郎]]）の意見広告を掲載したことで、「[[原理運動に反対する被害者家族の会]]」を初め大きな批判を呼んだ。統一教会は以前から「親泣かせ原理運動」と呼ばれたように、家庭問題や「[[霊感商法]]」を初めとした様々経済活動に対して社会的な批判があり、同年には核開発疑惑が高まっていた北朝鮮に経済支援を約束するなど、[[公安警察]]からも警戒されるような状況にあって、統一教会を利するこの意見広告の掲載は日本の民族派、保守派からも批判された。&lt;br /&gt;
*[[イラク戦争]]の「大義」をめぐり、時の産経抄筆者・石井英夫は、開戦当時「[[大量破壊兵器]]の廃棄を目指す戦いだ」と主張した。大量破壊兵器の捜索が難航するにつれ「[[独裁]]政権打倒の是非が、この戦争の大義を問う鍵である」と主張を変え、発見が絶望的になると「戦争に大義や正義を主張するのは無意味」と主張した。開き直りとも受け取れる態度を取ったと批判される。&lt;br /&gt;
*[[イラク日本人人質事件]]では[[自作自演]]説を展開していたが、解放された人質が記者会見で「あれは演出というより命令で、あの状況では拒否できない」と言う旨の発言をしたにもかかわらず、翌日の朝刊で「『泣いてくれ』演出認める」と明らかに会見内容と異なることを書いたため批判を浴びた。&lt;br /&gt;
*[[えひめ丸事件]]においては、国益優先と称しアメリカ政府擁護の立場を全面的に打ち出し、“どこの国の新聞か”と一部の関係者による批判を受けた。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]2月11日の主張で「原潜衝突　過剰反応控え原因究明を」と米国に謝罪を求めたり批判したりする態度を控えろと主張。    &lt;br /&gt;
**[[2001年]]2月20日の主張で「いまこそ問われる危機管理　この不幸を同盟関係の強化に」と訴えた。    &lt;br /&gt;
**[[2001年]]2月21日の朝刊アピールに「過剰な米国批判は信頼関係損なう」との意見を掲載。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]2月23日の産経抄において「日米関係の明日のためには感情的な対応を慎まなければならない、と。先日も艦長に対して、土下座して謝れ、という怒りの声が出された。米国の退役軍人の中から、日本船は真珠湾に近づくな、という反日メッセージが発せられた。双方が感情的、あるいは情緒的な反応をエスカレートしていけば日米関係は危うくなるだろう」。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]3月2日の産経抄で「引き揚げるべきでない。そのまま海の墓標にすべき」と提言。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]3月3日の朝刊アングルで米国に謝罪と厳罰を求める意見を「そのさなかに“周辺事態”が起きたら、日本政府は一体どう対処するのだろうか」と批判。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]3月18日の朝刊で珊瑚礁破壊などの環境問題を引き合いに出し「引き揚げを辞退すべき」と主張。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]9月27日の産経抄で[[同時多発テロ]]の発生を受けて「実習船「えひめ丸」の引き揚げは一時中断したらどうか。待つことにしたらどうだろうということである。なぜならテロによる大惨事が発生したからだ」。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]10月17日の社会部発で「「えひめ丸」引き揚げ最終段階　“約束”つらぬいた米海軍」。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]10月20日の主張で引き揚げ作業が開始されたのを受けて「評価したい米海軍の努力」との記事を掲載する一方で「こうした米国へのある種の“甘え”はこれきりにしたい。」と主張した。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]10月22日には「事故はハワイ沖でおこったのだし　水産高校の遠洋実習がハワイ沖で行われることが多いのは、米軍によって航路の安全が確保されているからで、米国の好意で米国の庭で実習させてもらっているようなもので、謝罪や補償、引き揚げをそれほどうるさく言うのなら「日本は、自分で日本海の安全を確保し、日本海で実習しろ」「日本海には中国や北朝鮮の不審船、韓国の密漁船がウロウロしていて、危なくてとても実習どころではない現実を日本人は改めて認識しろ」との意見を掲載した。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]11月10日の産経抄で「ハワイの海底を鎮魂の場としたいと願った小欄の気持ちはいまも変わらない。」と再度主張した。   &lt;br /&gt;
**[[2002年]]11月21日の主張で和解交渉の成立を受けて「米海軍の誠意を評価する」とし「仮にこの事故の相手が北朝鮮や他の国々であれば、これほどの対応が望めただろうか」と主張した。&lt;br /&gt;
*沖縄の米軍基地をめぐる報道では、2001年7月6日の「産経抄」で、同年6月29日に、沖縄北谷町で起きた米兵による婦女暴行事件について「現場に居合わせた米海兵隊員の証言では、被害者の20歳台女性は午前2時頃、（容疑者が飲んでいた）飲食店でほとんど泥酔状態だったという。米兵がそういう酔った女性に乱暴したとすればまことに許しがたいが、彼は『合意だった』と供述している」「性犯罪は加害者が絶対に悪いことはいうまでもないが、こちらも相手にすきを見せないことである。誤解を恐れずに書けば、日本の至るところで風紀がゆるんでいるのではないか」と書き、批判を受けた例がある。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--*[[小泉純一郎]]首相の[[靖国神社]]参拝に批判的だった[[加藤紘一]]元自民党[[幹事長]]を批判するキャンペーンを繰り広げた。これに刺激を受けた[[右翼団体]]幹部が加藤紘一の実家に放火するという[[テロリズム|テロ]]事件を誘発した。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[広島市長平和宣言]][http://www.pcf.city.hiroshima.jp/declaration/Japanese/]を、毎年のように社説『主張』で批判している。特に現在の非保守系（革新系でもない）の[[秋葉忠利]]市長になってから顕著であり、原爆犠牲者の慰霊とは離れた国際関係も絡めた政治的主張が目立ち、平和宣言が“北朝鮮の核”に特に言及し憂慮するべきであると繰り返し求めている。&lt;br /&gt;
**（2006年8月7日「主張」では“アメリカの核を非難する前に北朝鮮の核にこそ備えるべきではないか”と論評。その前年2005年の平和宣言では北朝鮮の核に言及していたが、産経新聞は、それでも批判していた）。[[広島市]]は“コメントにも値しない暴論”と無視。[[2007年]]も前年に前長崎市長・[[伊藤一長]]が平和宣言に北朝鮮の核問題を触れたことを引き合いに、「何故北朝鮮の核開発に触れないのか」と批判した。ただし、平和教育については一定の必要性を認めるなどはしていた。&lt;br /&gt;
**2005年7月に[[原爆死没者慰霊碑]]が碑文の内容が気に入らない[[右翼]]構成員によって破損される[[原爆慰霊碑破損事件|テロ事件]]が発生したため、「過ちは繰り返さない･･･」碑文の文言を宣言の締めに使ったが、その文言に対し「（すべて日本が悪かったと）謝罪の呪縛にとらわれているとすれば残念である」として、[[占領史観]]と批判した。産経新聞のこの姿勢は2007年7月2日の朝刊産経抄において[[久間章生]]（当時防衛大臣）の「原爆投下はしようがない」との発言を批判しつつ原爆慰霊碑の碑文を「素直に読めば、原爆投下は、日本人に責任があるということになる。この碑文をありがたがる人たちに、久間発言を非難する資格はない」としたことにも表れている。広島市は慰霊碑公開の2日前の1952年8月４日の広島市議会における浜井広島市長（当時）の答弁以来、一貫して公式に主語を人類全体であると重ねて表明しており[http://www.city.hiroshima.jp/www/contents/0000000000000/1137568968454/]1983年には、慰霊碑横に日本語と英語で主語も明記した説明文も設置してあるが、産経は、あくまで主語は人類ではなく日本人であるという前提で批判している。&lt;br /&gt;
*2006年8月に発生した[[山口女子高専生殺害事件]]では、被疑者の少年が発見されない段階では少年犯罪者の匿名報道に批判的な記事を度々掲載していたが、被疑者の少年が自殺していた後も他の報道機関のなかには実名報道に切り替えた社もあったが、自社による批判にもかかわらず最後まで自粛していたことについて、主張とかみあっていないとの指摘もあった。&lt;br /&gt;
*[[2006年]]11月3日、東京本社文化部長の片山雅文記者は、自らの質問に対して[[イチロー]]が「どうでもいいことです」と答えたことで個人的にイチローに対して「イチローが嫌い」であるとIza産経で公言した。&lt;br /&gt;
*2006年に発覚した高校での未履修問題で10月27日の社説にて「あまりにも安易な受験対策といわざるを得ない」と批判していたが、12月に都立高校での履修の振り替え（総合学習の時間に数学、英語等受験対策を行っていた）が発覚した際、12月13日の社説では「その時間（総合学習）の一部を授業時間が減った数学や英語などの学力補充にあてることは、有効な活用方法の一つといえる。」と一定の理解を示している。&lt;br /&gt;
*[[2007年]]1月20日、[[大学入試センター試験]]の模範解答を発表解禁時刻前に電子版で掲載。のちにフライングを謝罪。&lt;br /&gt;
*[[渡辺淳一]]の小説「あじさい日記」連載開始（2006年8月）に合わせて、文化部学芸班の担当編集者がizaにて[[ブログ]]「あじさい日記ブログ　～美人編集者のつぶやき」を開設。しかし2007年4月に寄せられた“こんな夫婦はいない”という読者の批判的感想コメントを完全無視したためブログが[[炎上 (ブログ)|炎上]]（小説も月末で完結）。登場した片山文化部長までが担当の態度を弁護し、火に油を注ぐ事態に発展した。“30年来の読者だったが失望した、契約を打ち切る”と発言する者、“断ったのに勝手に配達される、産経にとっては読者ではなく広告主と筆者こそが重要らしい”と発言する者まで現れる騒ぎになる。&lt;br /&gt;
*2007年[[5月25日]]の産経抄で23日に発生した殺人事件について、「屋外を全裸で歩き回ったり、日頃（ごろ）から奇行が目立った」加害者について、精神保健福祉法によって措置入院をさせておけばよかったのに「『[[保安処分]]』などと、騒ぎ立てる“[[人権派]]”」のせいで事件が発生した、と主張した。同コラム中「例によって匿名報道、東京版でもべた記事扱いの新聞があった。人ごとではない事件だというのに」と犯人名を匿名にする報道を批判したが、産経新聞自身この事件の犯人を匿名で報道していた。また軽微な事件では「精神科通院歴あり」と文脈なしに付記する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 元号表記 ==&lt;br /&gt;
産経新聞に次いで保守の[[読売新聞]]を含め日本の主要全国紙、地方紙のほとんどが日付欄の表記を「2007年（平成19年）」のように「[[西暦]]（[[元号]]）」としている中「平成19年（2007年）」と「元号（西暦）」と表記し、日本の[[祝日]]には一面日付欄に[[日本の国旗|日章旗]]と祝日名を表記する。また他紙が日本国内記事の年月日を西暦表記に切り替える中、[[元号]]表記をしている。ただし、一面、目次のニュースカフェ（東京本社版のみ）と産経抄は「2007.3.3」のように西暦のみで表記し、日本国外の出来事（[[河野談話]]などの日本と外国との間の事柄も含む）やスポーツ面では西暦表記をしている（[[相撲]]などの例外を除く）。またインターネットサイト「Sankei Web」（外部リンク参照）のうち、最初のページの日付欄の表示が上が元号下が西暦で西暦のほうが大きく表示しており、ページ右側の[[天気予報]]やニュース速報欄「News Minute」内の記事、新聞本紙と同様に国際ニュースや相撲などを除くスポーツニュースなどは日本国内記事・日本国外記事を問わず西暦表記となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
姉妹紙においては、『[[サンケイスポーツ]]』は産経新聞と同様に「元号（西暦）」で表記している。『[[夕刊フジ]]』も同様であったが、[[2007年]][[2月1日]]より日付欄を「西暦（元号）」表記と改めている。記事中の表記はサンスポにおいては西暦、元号表記が混在し、『[[フジサンケイビジネスアイ]]』、『夕刊フジ』（2007年2月1日より）は産経新聞と正反対に原則記事中表記は[[西暦]]表記、日付欄も「西暦（元号）」表記となっていて、『[[SANKEI EXPRESS]]』では1面日付欄が「西暦（和暦）」で2面以降の日付欄は西暦のみで表記 記事は「西暦（和暦）」または西暦のみで表記しており『[[サンケイリビング新聞社]]』の「シティリビング」などグループ会社が発行している[[フリーペーパー]]では西暦のみで表記しているものも有り『産経新聞』本紙以外では[[元号]]を重視していないようである。なお、夕刊フジの大阪本社版は2007年8月現在も日付欄は元号のみの表記を継続している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 紙面構成 ==&lt;br /&gt;
{{節stub}}&lt;br /&gt;
*連日掲載&lt;br /&gt;
**1面：コラム「産経抄」、読者投稿による詩「朝の詩」&lt;br /&gt;
**2面：社説「主張」（毎年1月1日付は1面に『年頭の主張』として掲載）&lt;br /&gt;
**オピニオン面：読者投書欄「談話室」、「正論」&lt;br /&gt;
**社会面：4コマ漫画「サラリ君」&lt;br /&gt;
**スポーツ面&lt;br /&gt;
**地方面&lt;br /&gt;
**家庭面（料理コーナーあり）&lt;br /&gt;
**[[番組表]]（地上波とNHK衛星2チャンネル、WOWOWアナログテレビは休刊日以外最終面、ラジオとデジタル衛星放送は中面。休刊日は2日分を中面一括掲載）&lt;br /&gt;
:天気欄は1面と第3社会面に掲載。1面は天気マークのみの掲載で、東京本社版は東京、札幌、仙台、秋田、長野、新潟、静岡、名古屋、大阪、高松、福岡、鹿児島、那覇の順に掲載。大阪本社版は大阪、大津、京都、神戸、奈良、和歌山、福井、岡山、広島、高松、東京、名古屋、福岡の順に掲載している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 夕刊（大阪本社のみ発行）の紙面構成 ===&lt;br /&gt;
*1面：「言葉の雑学」、「編集余話」、「夕焼けエッセー」※&lt;br /&gt;
*2面：ゆとり面&lt;br /&gt;
*3面：らいふ面&lt;br /&gt;
*4面：総合・国際面&lt;br /&gt;
*5面：スポーツ面&lt;br /&gt;
*関西経済面&lt;br /&gt;
*芸能面（ラジオ・衛星放送面併載）&lt;br /&gt;
*週間テレビガイド（毎週土曜掲載）&lt;br /&gt;
*関西社会面&lt;br /&gt;
*最終面：テレビ面（地上波のみ）&lt;br /&gt;
**大阪本社の夕刊は、2002年4月1日付から夕刊が近畿地方のみでの発行になったのと、同時に廃刊になった大阪新聞を紙面統合したことにより、他の全国紙の夕刊とは違って関西色を強めた紙面構成になっている。&lt;br /&gt;
**※「夕焼けエッセー」は土曜を除く毎日掲載。ただし、重大な事件・事故が起きた場合は休載することがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 発行所 ==&lt;br /&gt;
* [[産経新聞東京本社|東京本社]]　東京都千代田区大手町1-7-2 [[郵便番号]]100-8077&lt;br /&gt;
* [[産経新聞大阪本社|大阪本社]]　大阪市浪速区湊町2-1-57     郵便番号556-8660&lt;br /&gt;
; 対象地域&lt;br /&gt;
* 東京本社:関東、甲信越、静岡県、東北、北海道&lt;br /&gt;
* 大阪本社:近畿、北陸、中京、中国（山口県と島根県の一部除く）、四国、九州（沖縄県含む）&lt;br /&gt;
**東京本社版は[[2002年]][[3月30日]]をもって夕刊を廃止、朝刊単独紙になった。&lt;br /&gt;
**大阪本社版は2002年3月に廃刊になった[[大阪新聞]]と紙面統合、[[滋賀県]]、[[京都府]]、[[大阪府]]、[[兵庫県]]、[[奈良県]]、[[和歌山県]]と[[三重県]]の一部（[[名張市]]、[[伊賀市]]など）では2002年[[4月1日]]以降も一部の地域を除いて朝夕刊セットで発行。&lt;br /&gt;
**[[東北地方]]全県と[[富山県]]、[[石川県]]、[[岐阜県]]、[[愛知県]]、[[徳島県]]、[[高知県]]、[[沖縄県]]を含む[[九州地方]]全県には、県域地方版が掲載されていない。&amp;lt;br&amp;gt;東北地域版は[[2006年]]より[[青森県]]、[[秋田県]]、[[岩手県]]（北東北版）と[[山形県]]、[[福島県]]（南東北版）の県域地方版がそれぞれ統合された（[[宮城県]]版は存続）が、同年[[9月]]に再統合され県域版が廃止、東北版としてスタートした。&lt;br /&gt;
**全国紙ではあるが、[[島根県]]石見地方、[[山口県]]では[[1997年]]から発売されていない。&lt;br /&gt;
**九州地方全県と中京地区の一部には午後6時に締め切りとなる早版の朝刊（6版）が発送されている。6版では、社説、投書面、[[小説]]、[[4コマ漫画]]などは最終版（15版）とは1日遅れで掲載されている。&lt;br /&gt;
**:※但し[[名古屋市]]の主要ターミナル（[[名古屋駅]]など）では深夜締め切りの13版（主として[[近畿地方]]の[[京阪神]]通勤圏以外の地域と[[中国地方|中]]・[[四国地方]]向けの版　テレビ・ラジオ[[番組表]]は三重県版〔伊賀地域以外の地域〕のものを使用）を発売している。&lt;br /&gt;
**発刊部数が少ないため、専属の販売店は少ない。地方では他紙の販売店が販売していることが殆どである。朝日新聞の販売店が産経新聞も配達しているという光景も珍しくない。&lt;br /&gt;
***中京地区は[[中日新聞]]の販売店を通じて発売されているが、名古屋市及び三重県内にも産経の専売所が存在する。&lt;br /&gt;
***九州地方は[[西日本新聞]]の販売店を通じて発売されている。&lt;br /&gt;
***[[北海道]]には、東京本社発行版（最終版）が空輸で発送され、[[北海道新聞]]の販売店を通じて発売されている。&lt;br /&gt;
***[[沖縄県]]には、大阪本社発行版（最終版）が空輸で発送され、[[琉球新報]]の販売店を通じて発売されている。&lt;br /&gt;
***基本の版建て（締め切り時間の違いによる商品記号）は、締め切りの早い順に（遠隔地への配送順に）東京本社版が12版、12版△、13版、13版△、14版、14版△、15版、15版△。大阪本社版が朝刊では6版、13版、13版☆、無印※1、14版瀬※2、14版、14版☆、15版（まれに15版△あり）、大阪本社の夕刊は4版、4版☆、5版、5版☆となっている。&lt;br /&gt;
:::※1 - 無印とは、13版と14版の中間の版で、岡山工場(関連会社・サンケイ瀬戸内印刷の工場）で印刷され、中国・四国の地方都市に配送される。&lt;br /&gt;
:::※2 - 14版瀬とは、※1と同じく岡山工場で印刷された14版のこと。14版は朝夕刊セット地区（京阪神の通勤圏）に配送される版だが、岡山印刷は統合版のみの印刷となるため、瀬戸内の「瀬」と記載。[[岡山県]]と[[香川県]]の一部に配送されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本国内の総局 ==&lt;br /&gt;
:東北（[[仙台市|仙台]]）、[[さいたま市|さいたま]]、[[千葉市|千葉]]、[[横浜市|横浜]]、中部（[[名古屋市|名古屋]]）、[[京都市|京都]]、[[神戸市|神戸]]、[[岡山市|岡山]]、九州（[[福岡市|福岡]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:※[[中国地方]]の総局は[[広島市]]ではなく、印刷工場があるのと[[京阪神]]に近い理由から岡山市に置いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:※九州総局は、[[西日本新聞]]編集局内に報道デスクを置いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本国内の支局 ==&lt;br /&gt;
:[[札幌市|札幌]]、[[青森市|青森]]、[[盛岡市|盛岡]]、[[秋田市|秋田]]、[[山形市|山形]]、[[福島市|福島]]、[[新潟市|新潟]]、[[長野市|長野]]、[[甲府市|甲府]]、[[多摩市|多摩]]、[[八王子市|八王子]]、[[武蔵野市|武蔵野]]、臨海（[[港区 (東京都)|港区]]）、[[水戸市|水戸]]、[[宇都宮市|宇都宮]]、[[前橋市|前橋]]、[[川崎市|川崎]]、[[静岡市|静岡]]、[[浜松市|浜松]]、[[富山市|富山]]、[[金沢市|金沢]]、[[福井市|福井]]、[[岐阜市|岐阜]]、[[津市|津]]、[[大津市|大津]]、[[堺市|堺]]、北摂（[[豊中市]]）、[[関西国際空港|関西空港]]（[[泉佐野市]]）、[[舞鶴市|舞鶴]]、けいはんな（[[精華町]]）、[[阪神]]（[[西宮市]]）、[[姫路市|姫路]]、[[豊岡市|豊岡]]、[[洲本市|洲本]]、[[奈良市|奈良]]、[[和歌山市|和歌山]]、[[鳥取市|鳥取]]、[[松江市|松江]]、[[福山市|福山]]、[[広島市|広島]]、[[山口市|山口]]、[[徳島市|徳島]]、[[高松市|高松]]、[[松山市|松山]]、[[高知市|高知]]、[[那覇市|那覇]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:※札幌市以外の北海道内と、福岡県・沖縄県以外の九州地方各県には支局を置いていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==印刷工場==&lt;br /&gt;
*[[仙台市|仙台]]、[[所沢市|所沢]]、[[浦安市|浦安]]※、芝浦（[[東京都]][[港区 (東京都)|港区]]）、大淀（[[大阪市]][[北区 (大阪市)|北区]]）、北摂（[[摂津市]]）、[[松原市|松原]]、[[岡山市|岡山]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:※浦安工場は2008年春に移転する予定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:印刷工場はそれぞれ産経本体とは別の法人が運営。仙台は「'''仙台新聞印刷'''」、所沢・浦安・芝浦は「'''産経東京印刷センター'''」、大淀・北摂・松原は「'''産経大阪印刷センター'''」、岡山は「'''サンケイ瀬戸内印刷'''」が運営している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:[[東京新聞]]の横浜工場（[[横浜市]][[瀬谷区]]）、[[読売新聞]]の四国工場（[[香川県]][[坂出市]]）でも産経新聞を委託印刷している。産経の岡山工場では読売新聞の[[広島]]版と[[備後]]版を印刷している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連紙 ==&lt;br /&gt;
* [[サンケイスポーツ]]&lt;br /&gt;
** [[西日本スポーツ]]（サンケイスポーツが記事を配信）&lt;br /&gt;
** [[道新スポーツ]]（サンケイスポーツが記事を配信）&lt;br /&gt;
* [[夕刊フジ]]&lt;br /&gt;
* [[フジサンケイ ビジネスアイ]]&lt;br /&gt;
* [[サンケイリビング新聞]]&lt;br /&gt;
* [[SANKEI EXPRESS]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==地紋==&lt;br /&gt;
*旧『日本工業新』」時代は、横線に歯車を配していた。&lt;br /&gt;
*『産業経済新聞』に改題した時、波に変更。東京地区での『産經時事』、再統合後の『産經新聞』でも使用された。&lt;br /&gt;
*1969年『サンケイ』に改題した時、波の間に富士山が登場。&amp;lt;!--（富士山はフジテレビを表す）--&amp;gt;&lt;br /&gt;
*同年、横書きの題字に変更した時、地紋を富士山を象った模様に変更。&lt;br /&gt;
*1988年、『産經新聞』に改題し、同時に現在の題字に変更。地紋は青色無地となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==コラム==&lt;br /&gt;
*「点心」（?）&lt;br /&gt;
*「サンケイ抄」（?～1988年）&lt;br /&gt;
*「産經抄」（1988年～現在）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連著名人 ==&lt;br /&gt;
*[[司馬遼太郎]]&lt;br /&gt;
*[[鈴木邦男]]&lt;br /&gt;
*[[斉藤貴男]]&lt;br /&gt;
*[[みのもんた]]&lt;br /&gt;
*[[俵孝太郎]]&lt;br /&gt;
*[[青木彰]]&lt;br /&gt;
*[[久保紘之]]&lt;br /&gt;
*[[森喜朗]]&lt;br /&gt;
*[[額賀福志郎]]&lt;br /&gt;
*[[古森義久]]&lt;br /&gt;
*[[黒田勝弘]]&lt;br /&gt;
*[[石井英夫]]&lt;br /&gt;
*[[石川水穂]]&lt;br /&gt;
*[[山谷えり子]]&lt;br /&gt;
*[[阿比留瑠比]]&lt;br /&gt;
*[[松浪健太]]&lt;br /&gt;
*[[高山正之]]&lt;br /&gt;
*[[中司宏]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[産経新聞ニュース]]&lt;br /&gt;
* [[FNNテレビ朝刊]] - フジテレビ内では「サンケイテレビ朝刊」と表記&lt;br /&gt;
* [[大阪新聞]]&lt;br /&gt;
* [[オールカマー]]&lt;br /&gt;
* [[産経大阪杯]]&lt;br /&gt;
* [[サンケイホール]]&lt;br /&gt;
* [[よんななクラブ]] - 全国の[[地方紙]]が連携して[[2007年]][[4月7日]]に発足した運営サイト。管理者は[[共同通信]]。産経は[[大阪府]]の地方紙としての参加。&lt;br /&gt;
*[[フジサンケイグループ]]&lt;br /&gt;
**[[扶桑社]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連会社 ==&lt;br /&gt;
[[フジテレビ]]をはじめとしたフジサンケイグループ各社に関しては「[[フジサンケイグループ]]」を参照のこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連放送事業者 ==&lt;br /&gt;
[[2004年]]11月に自社の名義でテレビ局39社、ラジオ局31社の株式をフジテレビなどが所有していることを公表。[[有価証券報告書]]に虚偽の記載をしていることを認めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以下はその主なものである（株式の所有割合及び株主の順位は当該放送事業者の有価証券報告書又は半期報告書の訂正報告書に基づく訂正前のものであって最新のものを記載）。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[J-WAVE]] - 株式の4.65%を有す同率第2位の株主とされていたが実際の所有は株式会社ニッポン放送。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[FM802]] - 株式の10.0%を有す筆頭株主とされていたが実際の所有は株式会社ニッポン放送。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[TVQ九州放送]] - 株式の3.00%を有す同率第8位の株主とされていたが実際の所有は株式会社フジテレビジョン。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[チューリップテレビ]] - 株式の3.00%を有す同率第9位の株主とされていたが実際の所有は株式会社フジテレビジョン。&lt;br /&gt;
* [[秋田テレビ]]株式会社 - 株式の6.42%を有す同率第4位の株主とされていたが実際の所有は株式会社フジテレビジョン。&lt;br /&gt;
* [[沖縄テレビ放送]]株式会社 - 株式の6.2%を有す第3位の株主であったが同社の役員の名義としていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他 ===&lt;br /&gt;
* [[関西テレビ放送]]株式会社 - [[阪急阪神東宝グループ]]。[[阪急阪神ホールディングス]]（旧・阪急ホールディングス）の連結対象子会社だが、フジテレビジョンが筆頭株主。&lt;br /&gt;
* [[東海テレビ放送]]株式会社 - [[中日新聞]]グループ。フジテレビジョンも出資している。産経自体は創立当初出資していたが、現在は大株主上位10位に名を連ねていない（2004年3月31日現在。）。&lt;br /&gt;
* [[北海道文化放送]]株式会社 - [[北海道新聞]]グループ。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ西日本]] - [[西日本新聞]]グループ。リビング新聞発刊で提携関係にあるが、実際にはフジテレビジョンが大株主として出資。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[岩手めんこいテレビ]] - [[岩手日報]]・[[朝日新聞]]とも親密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[さくらんぼテレビジョン]] - [[Fuji News Network|FNN]]/[[フジネットワーク|FNS]]の最後発局のひとつ。仙台放送と親密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[仙台放送]] - かつては[[Nippon News Network|NNN]]とのクロスネットだった（[[宮城テレビ放送|MMT]]開局まで）。関連会社に産経新聞の東北地方販売分を印刷・発送する仙台新聞印刷がある。&lt;br /&gt;
* [[福島テレビ]]株式会社 - [[福島民報]]・[[毎日新聞]]系列。かつては[[JNN]]とのクロスネットだった。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[新潟総合テレビ]] - 故・[[田中角栄]]の遺族らが経営している[[越後交通]]グループ等と緊密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ静岡]] - [[静岡鉄道]]グループ。中日新聞とともに出資。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[長野放送]] - [[北野建設 (長野県)|北野建設]]グループで、[[第一法規出版]]・中日新聞も大株主に名を列ねている。&lt;br /&gt;
* [[富山テレビ放送]]株式会社 - 中日新聞（[[北陸中日新聞]]）・朝日新聞と親密。&lt;br /&gt;
* [[石川テレビ放送]]株式会社 - 中日新聞（北陸中日新聞）・東海テレビ放送と親密。&lt;br /&gt;
* [[福井テレビジョン放送]]株式会社 - 中日新聞（[[日刊県民福井]]）・[[熊谷組]]・[[朝日新聞]]と親密。&lt;br /&gt;
* [[山陰中央テレビジョン放送]]株式会社 - [[山陰中央新報]]グループ。[[テレビ朝日]]などとも親密。&lt;br /&gt;
* [[岡山放送]]株式会社 - 関西テレビ放送や[[オハヨー乳業]]・[[下津井電鉄]]が大株主。[[岡山日日新聞|岡日グループ]]とも親密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ新広島]] - [[中国電力]]グループと親密。[[中国新聞]]も出資。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ愛媛]] - 関西テレビ放送、読売新聞等も出資。&lt;br /&gt;
* [[高知さんさんテレビ]]株式会社 - FNN/FNSの最後発局のひとつ。[[高知新聞]]、関西テレビ放送とも親密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[サガテレビ]] - [[九州電力]]グループ。テレビ西日本・西日本新聞・[[佐賀新聞]]とも親密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ長崎]] - 西日本新聞・読売新聞と親密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ熊本]] - 西日本新聞・毎日新聞と親密。&lt;br /&gt;
* [[鹿児島テレビ放送]]株式会社 - [[岩崎産業]]グループで、[[南日本新聞]]が第二位株主。関西テレビ放送とも親密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ大分]] - 西日本新聞・読売新聞と親密。クロスネット局。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ宮崎]] - [[宮崎日日新聞]]グループ。県下唯一のUHF局で、クロスネット局。&lt;br /&gt;
以上、FNN/FNS加盟28局。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[エフエム秋田]] - [[JFN]]系列FM放送局で、秋田テレビの関連会社でもある。ただし、同社は上位株主に名を連ねていない。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[エフエム仙台]](Date fm) - [[JFN]]系列FM放送局で、仙台放送の兄弟会社でもある。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ神奈川]](tvk) - 首都圏独立UHF局。近年出資比率を下げた。&lt;br /&gt;
* [[テレビ山口]]株式会社 - 元々は[[東京放送|TBS]]とフジテレビの[[クロスネット局]]だった。現在はTBS系列に一本化されているが、フジテレビとの関係は今でも続いている。かつては[[宇部興産]]グループだったが、現在は山口トヨタ自動車のグループ企業。[[毎日新聞]]・TBSも出資。&lt;br /&gt;
* [[日本海テレビジョン放送]]株式会社 - [[日本テレビ放送網|日テレ]]系だが、[[フジテレビジョン]]が第2位[[株主]]（もともとフジテレビと同日に開局した。ちなみに山陰中央テレビは当初読売グループとのつながりが深かった）。上位10位に名を連ねていない（2004年3月31日現在。）のだが、フジサンケイグループとは資本的につながりはまだ強い。&lt;br /&gt;
* [[青森朝日放送]]株式会社 - 朝日新聞グループの一員で、[[テレビ朝日]]系。同社は第三位の大株主である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関係が深いその他の新聞 ==&lt;br /&gt;
* [[西日本新聞]]&lt;br /&gt;
* [[中日新聞]]&lt;br /&gt;
* [[北海道新聞]]&lt;br /&gt;
*:上記のブロック紙3紙とは、共同通信から記事配信を受けている関係もあり、主義・主張が正反対と言われながらも、実務面で協力関係にある。産経は首都圏・東北・関西圏以外ではほとんど勢力を持たないため、それを補う面もあり、産経新聞の宅配を肩代わりしてもらっているほか、[[フジネットワーク]]の整備も実際には4新聞が裏でかかわっている。&lt;br /&gt;
*:中日新聞社は前述のとおり過去の再建劇において、副社長として幹部を送り込んでいるが、自らは[[東京新聞]]を発行していることもあり、他の2紙に比べそれほど深い関係ではない。&lt;br /&gt;
*:西日本新聞は道新とともに産経との関係が特に深く、戦後半世紀以上にわたっている。テレビ西日本のネットチェンジ劇の背景には、西日本と産経の提携関係が、大きな影を落としている。&lt;br /&gt;
*:北海道新聞社は、自社で[[道新スポーツ|スポーツ新聞]]を発行するにあたり、サンケイスポーツと提携。近年3社の中で最も産経と深い関係にある。&lt;br /&gt;
* [[読売新聞グループ本社|読売新聞グループ]]&lt;br /&gt;
*:意外なことであるが、テレビでは敵対関係にある両者だが、新聞発行の実務面では協力関係にあり、中四国地方の一部では互いの印刷工場を融通しあっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* ドキュメント産経新聞私史（[[高山尚武]]　[[青木書店]]　1993年03月　ISBN 9784250930027）&lt;br /&gt;
* 産経が変えた風（ウェーブ産経事務局編　[[産経新聞ニュースサービス]]・[[扶桑社]]　2001年11月　ISBN 9784594032982　ISBN 4594032982）&lt;br /&gt;
* 蒋介石秘録（サンケイ新聞社　サンケイ新聞社出版局 1985年10月　ISBN 9784383024228　ISBN 438302422X）&lt;br /&gt;
* 産経抄　それから三年2001～2003（[[石井英夫]]　[[文藝春秋]]　ISBN 978-4167717056）&lt;br /&gt;
* いま明かす戦後秘史（上）（下）（[[櫻田武]]、[[鹿内信隆]]　[[サンケイ出版]] 1983年11月　ISBN 9784383022880　ISBN 438302288X　,　ISBN 9784383022897　ISBN 4383022898）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.sankei.co.jp/ 公式サイト]&lt;br /&gt;
* [http://www.sankei-kansai.com/ 産経関西]&lt;br /&gt;
* [http://www.sanspo.com/ SANSPO.COM]&lt;br /&gt;
* [http://zakzak.co.jp/ 夕刊フジZAKZAK]&lt;br /&gt;
* [http://pink.zakzak.co.jp/ 夕刊フジPinkZAKZAK]&lt;br /&gt;
* [http://www.yukan-fuji.com/ 夕刊フジBLOG]&lt;br /&gt;
* [http://www.sankei.co.jp/wave/ ウェーブ産経]（産経新聞愛読者の会）&lt;br /&gt;
* [http://www.iza.ne.jp iza（イザ！）]（blogポータル　傘下に記者の個人ブログあり）&lt;br /&gt;
* [http://www.sankei-digital.co.jp 株式会社産経デジタル]（産経デジタルの公式サイト）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:日本の新聞|さんけいしんふん]]&lt;br /&gt;
[[Category:産経新聞|*さんけいしんふん]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都のマスメディア|さんけいしんふん]]&lt;br /&gt;
[[Category:大阪府のマスメディア|さんけいしんふん]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Sankei Shimbun]]&lt;br /&gt;
[[eo:Sankei Shimbun]]&lt;br /&gt;
[[fr:Sankei Shinbun]]&lt;br /&gt;
[[ko:산케이 신문]]&lt;br /&gt;
[[zh:產經新聞]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja|産経新聞}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.208.159.182</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%94%A3%E7%B5%8C%E6%96%B0%E8%81%9E&amp;diff=35284</id>
		<title>産経新聞</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%94%A3%E7%B5%8C%E6%96%B0%E8%81%9E&amp;diff=35284"/>
				<updated>2008-08-06T01:17:41Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;202.208.159.182: /* 批判 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{自己責任}}&lt;br /&gt;
'''産経新聞'''（さんけいしんぶん、題字は'''産經新聞'''）は[[日本]]の[[新聞]]の一つ。[[フジサンケイグループ]]基幹4社の1社である[[産業経済新聞社]]（グループの中心企業である[[フジテレビジョン]]が40%を出資）が発行する。発行部数は公称219万部で『[[中日新聞]]』（[[東京新聞]]・[[北陸中日新聞]]・[[日刊県民福井]]を含めて公称348万部）、『[[日本経済新聞]]』（公称300万部）に次ぐ業界6位。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
*[[1913年]]　&lt;br /&gt;
**[[大阪]]にて[[前田久吉]]が新聞販売店を創業。&lt;br /&gt;
*[[1922年]]　&lt;br /&gt;
**7月、『南大阪新聞』創刊&lt;br /&gt;
*[[1923年]]  &lt;br /&gt;
**6月、『[[大阪新聞]]』に[[改称]] &lt;br /&gt;
*[[1933年]]　&lt;br /&gt;
**6月、夕刊大阪新聞社の手により『[[日本工業新聞]]』が創刊。（産経新聞社では旧・『[[日本工業新聞]]』として創刊された年を創刊年としている。）&lt;br /&gt;
*[[1942年]]　&lt;br /&gt;
**6月、新聞統廃合令で『大阪毎夕新聞』並びに愛知県以西の産業経済専門紙を統合して『'''産業経済新聞'''』となる。&lt;br /&gt;
**株式会社産業経済新聞社に改称、日本工業新聞停刊。&lt;br /&gt;
*[[1948年]]　&lt;br /&gt;
**[[東京]]の[[世界日報]]社（現在の[[世界基督教統一神霊協会|統一教会]]系とされる同名の『[[世界日報 (日本)|世界日報]]』とは無関係）を傘下に。 &lt;br /&gt;
*[[1950年]] &lt;br /&gt;
**東京でも印刷・発行を開始。紙面を経済紙から一般紙に変更し、[[全国紙]]としての基礎を固める。&lt;br /&gt;
*[[1951年]]　&lt;br /&gt;
**『世界経済新聞』（『[[世界日報]]』を改題　夕刊専売紙）を合併。&lt;br /&gt;
**10月、「[[少年ケニヤ]]」連載開始&lt;br /&gt;
*[[1952年]]　&lt;br /&gt;
**2月、『週刊サンケイ』創刊&lt;br /&gt;
*[[1955年]]　&lt;br /&gt;
**2月、（株）産業経済新聞東京本社を設立し、東京を分社独立。勝田重太郎が社長に就任。&amp;lt;br&amp;gt;また、東京発行の『産業経済新聞』は『'''[[時事新報]]'''』（[[福沢諭吉]]により創刊され、前田も経営に携わっていた同名紙が[[1946年]]、夕刊紙として復刊）を合同して『'''産経時事'''』と号する。&lt;br /&gt;
**4月、「[[サンケイスポーツ]]」を大阪で創刊。&lt;br /&gt;
*[[1957年]]　&lt;br /&gt;
**12月（株）日本工業新聞社を新会社として設立&lt;br /&gt;
*[[1958年]]　&lt;br /&gt;
**1月、新・『[[日本工業新聞]]』復刊。&lt;br /&gt;
**7月、東西で異っていた題号を『'''産業経済新聞'''』に統一。[[大阪放送|大阪放送（ラジオ大阪）]]開局。ニュースを提供。&lt;br /&gt;
**10月、東京進出に伴う多額の投資より借入金がかさみ、遂に経営危機に陥る。窮地に立たされた前田は住友銀行(現・[[三井住友銀行]])の堀田庄三[[頭取]]を通じ財界からの支援を要請。そして東西両社の産経社長に[[文化放送]]社長の[[水野成夫]]が、副社長に[[中日新聞社]]社長の與良ヱ（よら・あいち）がそれぞれ就任。前田は会長となり、間もなく政界に専念する事を口実として産経から手を引いた。なお、この一件では水野へ財界より多額の資金援助があったと言われる。当時の取締役には[[五島昇]]（[[東京急行電鉄|東急]]社長）、[[小坂徳三郎]]（[[信越化学工業]]社長）、後に産経の社長となった[[鹿内信隆]]（[[ニッポン放送]]専務、翌年産経副社長に就任）らがいた。&lt;br /&gt;
**11月、[[関西テレビ放送|関西テレビ]]開局。ニュースを提供。&lt;br /&gt;
*[[1959年]]　&lt;br /&gt;
**2月、東西両本社合併、本店所在地を東京・[[大手町 (東京都)|大手町]]に移転。[[文化放送]]のニュースタイトルが「[[産経新聞ニュース|産経ニュース]]」に変更され、[[ニッポン放送]]で「産経婦人ニュース」「産経子どものしんぶん」の放送を開始。&lt;br /&gt;
**3月、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]、文化放送、ニッポン放送、[[関西テレビ放送|関西テレビ]]、[[大阪放送|ラジオ大阪]]の電波5社と業務提携。&lt;br /&gt;
**フジテレビ開局。「[[産経新聞ニュース|サンケイニュース]]」の放送を開始。&lt;br /&gt;
*[[1960年]]　&lt;br /&gt;
**[[広島]]版に「郷土部隊奮戦記」掲載。各地方版に波及し、戦記物ブームを醸成。[[労働組合]]が日本新聞労働組合連合（新聞労連）から脱退、労使平和協定を結び[[労使協調]]へ。この頃より、「合理化」に伴う配転・[[解雇]]などの、いわゆる「産経残酷物語」が始まる。 &lt;br /&gt;
*[[1961年]]　&lt;br /&gt;
**4月、[[皇居]]前に[[皇太子]]結婚記念「大噴水」を設置、国に寄贈。&lt;br /&gt;
*[[1962年]]　&lt;br /&gt;
**[[自衛隊]]と協賛し、[[川崎市]]内に於いて「防衛大博覧会」を開催。  &lt;br /&gt;
*[[1963年]]　&lt;br /&gt;
**2月、「[[サンケイスポーツ]]」を東京本社で創刊。&lt;br /&gt;
*[[1964年]]　&lt;br /&gt;
**[[滋賀県]][[琵琶湖]]西岸の[[比良山]]にレジャー施設「サンケイバレイ」（後の「[[びわ湖バレイ]]」）を建設。前年フジテレビと共に経営に乗り出した「[[日本国有鉄道|国鉄]]スワローズ（現[[東京ヤクルトスワローズ]]）」と共に借入金累積額が膨らむ結果となり、財界からも水野退陣の声が上がる。 &lt;br /&gt;
*[[1966年]]　&lt;br /&gt;
**6月15日、心臓病の子供の手術を対象とした日本で初めての基金「明美ちゃん基金」創設。&lt;br /&gt;
*[[1967年]]　&lt;br /&gt;
**1月、[[手塚治虫]]の「[[鉄腕アトム]]」連載開始（単行本時「[[鉄腕アトム#原作の連載・掲載誌|アトム今昔物語]]」に改題）&lt;br /&gt;
**12月、フジテレビ、文化放送、ニッポン放送とともに「[[フジサンケイグループ]]」を結成する。&lt;br /&gt;
*[[1968年]]　&lt;br /&gt;
**10月、水野成夫が病気静養のため退任し、鹿内信隆が社長に就任。&lt;br /&gt;
*[[1969年]]　&lt;br /&gt;
**2月、[[タブロイド]]版の夕刊紙『[[夕刊フジ]]』創刊。&lt;br /&gt;
**5月、題号をカタカナの「'''サンケイ'''」とする。&lt;br /&gt;
**9月、題号を横書き「サンケイ」とする。&lt;br /&gt;
**9月、[[手塚治虫]]の「青いトリトン」連載開始（単行本時「[[海のトリトン]]」に改題）&lt;br /&gt;
*[[1970年]]　&lt;br /&gt;
**元旦に鹿内自らが執筆した「年頭の主張」を掲載（1990年まで続く）。&lt;br /&gt;
*[[1971年]]　&lt;br /&gt;
**『[[サンケイリビング新聞]]』、『[[競馬エイト]]』を創刊。&lt;br /&gt;
*[[1972年]]　&lt;br /&gt;
**[[うしおそうじ]]の「[[風雲ライオン丸]]」連載開始。&lt;br /&gt;
*[[1973年]]　&lt;br /&gt;
**6月、「正論」欄登場。第一回は[[猪木正道]]・[[防衛大学校]]校長。&amp;lt;br&amp;gt;[[自由民主党 (日本)|自民党]]による[[日本共産党]]を批判する内容の意見広告を掲載。「反論権」を主張する日本共産党に提訴され「[[サンケイ新聞事件|サンケイ日共言論裁判]]」が始まる（最高裁で産経勝訴）。&lt;br /&gt;
*[[1974年]]　&lt;br /&gt;
**鹿内信隆、フジサンケイグループ会長に就任。 &lt;br /&gt;
*[[1976年]]　&lt;br /&gt;
**「正論調査会」設置。 サンケイスポーツ新聞社、サンケイリビング新聞社を設立して分社化。&lt;br /&gt;
*[[1978年]]　&lt;br /&gt;
**鹿内信隆、編集主幹として編集の全権を掌握。&lt;br /&gt;
*[[1980年]]　&lt;br /&gt;
**[[西村宗]]の「[[サラリ君]]」連載開始。（[[2007年]]（平成19年）現在連載中）&lt;br /&gt;
*[[1981年]]　&lt;br /&gt;
**[[松本零士]]が「[[1000年女王|新竹取物語1000年女王]]」連載開始。&lt;br /&gt;
*[[1983年]]　&lt;br /&gt;
**5月、[[藤子不二雄A]]の「[[夢トンネル]]」連載開始。（全301回）&lt;br /&gt;
*[[1985年]]　&lt;br /&gt;
**6月、鹿内信隆、産業経済新聞社長を退任し、[[取締役]]へ（後継社長、植田新也）。長男の[[鹿内春雄]]が代表取締役会長に就任。[[世襲]]人事として注目を浴びる。 &lt;br /&gt;
**[[コーポレートアイデンティティ|CI]]変更。フジテレビジョン､ニッポン放送などとともに“目玉マーク”に[[ロゴタイプ|ロゴ]]が変更。&lt;br /&gt;
*[[1987年]]　&lt;br /&gt;
**赤字を抱えたサンケイ出版をフジテレビ系列の[[扶桑社]]に吸収合併 。&lt;br /&gt;
**11月 サンケイスポーツ新聞社、フジ新聞社（夕刊フジ）を吸収合併し、『サンケイスポーツ』、『夕刊フジ』の発行元が産業経済新聞社になる。&lt;br /&gt;
*[[1988年]]　&lt;br /&gt;
**4月、鹿内春雄会長急逝。鹿内信隆の娘婿、[[鹿内宏明]]が産業経済新聞、フジテレビジョン、ニッポン放送の代表取締役会長に就任。:『[[週刊サンケイ]]』が『[[SPA!]]』に。題号を再び漢字の「産經新聞」に戻し、全国紙初の本格的カラー紙面を採用する。&lt;br /&gt;
*[[1989年]]　&lt;br /&gt;
**フジサンケイグループ、巨費を投じて、[[ロナルド・レーガン|レーガン]]前[[アメリカ合衆国|アメリカ]]大統領を招待。産経紙面では20ページもの大特集。&lt;br /&gt;
*[[1990年]]　&lt;br /&gt;
**鹿内信隆死去。&lt;br /&gt;
*[[1990年]]  &lt;br /&gt;
**夕刊に[[堀田かつひこ]]の「カボスさん」連載開始。[[1993年]]まで掲載。&lt;br /&gt;
*[[1991年]]　&lt;br /&gt;
**1月、漫画新聞『コミックサンケイ』発刊。&lt;br /&gt;
*[[1992年]]　&lt;br /&gt;
**7月、鹿内宏明、産業経済新聞会長を解任される。産業経済新聞社長には羽佐間重彰、フジテレビジョン社長には[[日枝久]]が就任。鹿内宏明によるグループの目に余る私物化が原因とされ、背後には財界の意向があったとも言われる。&lt;br /&gt;
*[[1994年]]　&lt;br /&gt;
**9月、東京本社編集局長に住田良能が就任。直後の1995年から[[自由主義史観研究会]]執筆の「教科書が教えない歴史」の連載が始まる。&lt;br /&gt;
*[[1995年]]  &lt;br /&gt;
**[[1月1日]][[永野のりこ]]の「[[ちいさなのんちゃん]]」連載開始。1998年[[8月1日]]まで掲載。&amp;lt;br&amp;gt;1月、労使協調路線を採る現組合を批判し、労働組合[[反リストラ・マスコミ労働者会議　産経委員会]]（反リストラ産経労）がグループ社員の一人の呼びかけで結成される。&lt;br /&gt;
*[[1998年]]　&lt;br /&gt;
**産経北京常駐特派員が31年ぶりに復活。[[北京]]に中国総局を設置。[[台北]]支局は存続。&lt;br /&gt;
*[[2000年]]　&lt;br /&gt;
**11月、東京本社新社屋「東京サンケイビル」（東京都[[千代田区]]大手町）完成。&lt;br /&gt;
*[[2002年]]&lt;br /&gt;
**[[3月30日]]　東京本社版の夕刊を廃止。大阪新聞が廃刊。翌[[4月1日]]、東京で発行される全国紙としては史上初の朝刊単独紙に移行する。日刊紙で初の試みとして[[JANコード]]（[[バーコード]]）を1面題字横に掲載。大阪本社発行の夕刊が廃刊した大阪新聞と紙面統合。この時に打った「夕刊がこの世からなくなっても犬にとっては困らない」というテレビCMが元で、日本新聞協会で産経新聞に対する批判が集中、清原武彦社長は新聞協会副会長を引責辞任。また同時に始めた新聞休刊日駅売即売には他紙が即座に対抗して特別版を休刊日に発行するなどしたため、産経新聞の新聞休刊日駅売即売は3ヶ月で終了となる。また夕刊廃止に伴い、[[いしいひさいち]]の「[[バイトくん]]」の連載が東京本社版で終了した。&lt;br /&gt;
**11月　[[大阪市]]南部の活性化のために、産経新聞大阪本社が音頭をとって、[[関西]]の企業・団体などの集まりで「[[ミナミ活性化委員会]]」を発足。&lt;br /&gt;
*[[2003年]]&lt;br /&gt;
**3月　月刊[[テレビ情報誌]]「[[TVnavi]]」を創刊。&lt;br /&gt;
*[[2004年]]&lt;br /&gt;
**3月　『日本工業新聞』が『[[フジサンケイ ビジネスアイ]]』に改題。&lt;br /&gt;
**6月　住田良能、産業経済新聞社長に就任。&lt;br /&gt;
**12月　大阪新聞社を吸収合併。&lt;br /&gt;
*[[2005年]]&lt;br /&gt;
**1月　[[ラジオ大阪]]の株式を創業家の前田家から大量取得、産経新聞グループの傘下とする。&lt;br /&gt;
**7月　大阪本社新社屋「難波サンケイビル」（[[大阪市]][[浪速区]]湊町）完成。8月、[[北区 (大阪市)|北区]][[梅田]]から新社屋に移転。&lt;br /&gt;
**10月　[[インターネット]]による電子新聞配信[http://www.sankei.co.jp/netview/ 「産経NetView」]を開始。&lt;br /&gt;
**11月　デジタル事業を担当するデジタルメディア局を、[[産経デジタル]]として子会社化&lt;br /&gt;
*[[2006年]]&lt;br /&gt;
**6月  インターネットによる読者参加型のニュースサイト[http://www.iza.ne.jp 「iza（イザ!）」]開設。&lt;br /&gt;
**11月  タブロイド判の日刊紙「[[SANKEI EXPRESS]]」創刊。&lt;br /&gt;
**12月　産経新聞の公式[[ウェブサイト|サイト]]がリニューアル。&lt;br /&gt;
*[[2007年]]&lt;br /&gt;
**9月　東京本社管轄の総支局の統合や経済本部の設置を行った。東京本社発行の「県版」を統合し、別々につくられてきた都内版および神奈川、埼玉、千葉の各県版を一体化して「首都圏版」とした。また、新潟、長野、山梨、静岡の各県版も一本化した。 編集局の経済部と「フジサンケイ ビジネスアイ」の編集局を合体して総勢100人規模の「経済本部」に改組した。&lt;br /&gt;
**10月（予定）　[[マイクロソフト]]と業務提携し、Sankei Webをマイクロソフトのポータルサイト「[[MSN]]」に統合、共同でニュースサイト「MSN産経ニュース」を開始。（IEの「ニュースチャンネル」以来の「MSN毎日インタラクティブ」はこれに伴い終了）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 特徴 ==&lt;br /&gt;
[[右翼]]・[[親米保守]]系新聞。権力に従順な「御用新聞」。&lt;br /&gt;
=== 概要 ===&lt;br /&gt;
[[大阪府|大阪]]、[[奈良県|奈良]]ではシェア20％を超える主要な新聞であり、この2地域で発行部数全体の半分近く(約100万部)を占める。しかし関東、関西を除く地域では[[番組表|テレビ・ラジオ欄]]を差し替えただけの地域も多い。(一部広告は[[公共広告機構]]などに差し替え)発行部数は&amp;lt;!--中日は東京本社を含む。--&amp;gt;一般紙として6位の約219万部である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[法善寺]]横丁火災時の特集記事に見られるように大阪本社版は一面から地域密着の独自記事を載せることも多い。法善寺横丁の火災がきっかけで、大阪市南部（ミナミ）の活性化を図ろうと、大阪本社が音頭を取って関西の企業・団体などの集まりで『[[ミナミ活性化委員会]]』を発足した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本国内外の記事を[[共同通信社]]や[[時事通信社]]からの配信に頼る事が多い。そのため[[中日新聞]]、[[北海道新聞]]などの多くのブロック紙、地方紙と同じ内容も見受けられる。また[[金融]]記事はアメリカの経済専門の通信社[[ブルームバーグ]]から配信を受けている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
電子端末やインターネットでの配信など新技術に積極的である。例で言えば、日本初のインターネット配信型の電子新聞、&amp;quot;産経ネットビュー&amp;quot;を2005年から開始している。テレビ電波にデータを重畳して電子新聞を発行したこともあるが普及せず撤退した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
発行元の産業経済新聞社は、産経新聞の他に[[スポーツ紙]]「[[サンケイスポーツ]]」や[[タブロイド]]夕刊紙「[[夕刊フジ]]」など利益率の高い媒体を多数発行。一方で、本紙と呼ばれる産経新聞の利益率は相対的に低く、経営上の長年の課題とされている。これを補うため、グループ各紙は利益の一定額を上納金として本社に納める義務を負っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他の全国紙を発刊している新聞社は[[ギャンブル]]や[[風俗]]の記事、広告の掲載されるスポーツ紙やタブロイド紙は別法人を設立して発刊しているが産経は産経新聞社本体が発刊している。3紙間の人事異動も盛んに行われており、3媒体の優劣、上下関係はあまりないが、黒字媒体である[[サンケイスポーツ]]、産経に年間20億円もの上納を行っている[[夕刊フジ]]（月刊FACTA2007年9月号「夕刊フジ」が赤字転落リストラで苦境打破へ）に所属する社員からは、赤字の産経本紙がステータスを持っていることへの不満が強いとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
過去にフジテレビが広告費の名目で億単位の資金援助をしていることが[[株主総会]]で指摘されたことがある。しかし、鹿内失脚の後、フジが[[東京証券取引所|東証]]に[[上場]]して経営の透明性が求められるようになったため資金援助は難しくなったといわれている。（紙面にはフジテレビ、ニッポン放送の広告が目立ち、『ニッポン放送女子アナ日記』『―人気アナ日記』など自社グループの関係性の強さが反映された記事も散見される）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
紙面では[[ニューヨーク・タイムス]]や[[朝日新聞]]の「左寄り」評論への批判・反論をたびたび表明する。一方ニューヨーク・タイムスには“日本の右派系新聞”と、[[ワシントンポスト]]や[[AFP通信]]には“日本の保守系新聞”と紹介された。&lt;br /&gt;
ワシントンポストが産経新聞について「[[1930年代]]風の[[軍国主義]]への復活を希求する暴力的なグループの一員」とする米国民主党活動家（[[古森義久]]談）の投書を掲載した。これに対し産経新聞は紙面で反論するとともに反論文の掲載をワシントンポストに要求。後に反論文が掲載された。&lt;br /&gt;
産経は自らを「国際的にみれば、中道、普通、穏健な報道姿勢」（izaより）であると主張している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全国紙としては唯一、[[新聞縮刷版|縮刷版]]を発刊していない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[社説]]を主張と表記し、「他の新聞社にはない独自の国際基準」による論調を展開。「“日本に必要不可欠な新聞”とされる」と自称している。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
記者の給与水準は大手報道機関に比べると格段に低く、朝日・読売の7割程度で、毎日新聞とほぼ横並びとされる。業界内では「産経残酷、時事（[[時事通信]]）地獄」と待遇の悪さを揶揄する声もある（それでも一定の基準は満たしている）。現場記者の人数も格段に少なく、給与に相反して個人負担は大きい。とくに本社勤務の30歳前後の若手記者への負担は他社とは比べものにならないほど増している。このため[[1990年代]]以降から、経済的理由から、朝日新聞など給与水準が高く福利厚生が整っている同業他社へ転職する者が若手記者を中心に相次いでいる。転職者は、毎日新聞からの転職者への呼称「ヤメ毎」にならい、「ヤメ産」と呼ばれることがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 財界からの支援と右翼、親米保守論調  ===&lt;br /&gt;
政権・戦争批判や[[労働運動]]を抑えたい[[財界]]からは権力に従順な「御用新聞」の創刊に対する要望が強かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1958年]]、[[堀田庄三]]・[[住友銀行]][[頭取]]は、経営危機にあえぐ産経新聞の支援要請を受けた。堀田は[[日清紡]]社長[[桜田武]]、[[富士製鉄]]社長[[永野重雄]]、[[国策パルプ]]社長[[水野成夫]]らと共に、時の[[大蔵大臣]][[池田勇人]]の財界後援会組織「二黒会」のメンバーでもあり、彼らは財界の半公然組織「マスコミ対策委員会」の中心メンバーだった。そして、この中から水野が社長に選ばれる。フジテレビと文化放送の社長だった水野が全国紙となった産経新聞に深く関与することは、財界にとって意味のあることだったと言える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに[[1970年]]9月には、産経拡販への協力を通じた支持を求める[[田中角栄]][[自民党幹事長]]の通達が、全国の自民党支部連合会長、支部長宛に「取扱注意・親展」として送付される。国会でも取り上げられ、喜多畑産経新聞政治部長は「販売拡大への協力を[[自由民主党 (日本)|自民党]]、[[民社党]]に要請している」と、「通達」の存在を認めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
紙面および[[社説]]論調は[[右翼]]および[[親米保守]]。保守系の学者や評論家の主張を掲載している「[[正論 (雑誌)|正論]]」欄や、東京都[[知事]]・[[石原慎太郎]]の[[随筆|エッセイ]]「日本よ」が月一回掲載されている。コラム[[産経抄]]の執筆は外部委託した[[評論家]]の[[室伏高信]]、次が編集総長室の古屋奎二と山本雄二郎、古屋が抜けた後は山本と政治部の[[俵孝太郎]]で、日曜日が社会部の青木彰、そして専門の[[論説委員]]（石井英夫）が一人で(月曜掲載分は石井が日曜休暇の為別人の執筆)35年間に渡り書き続けることとなる（2004年[[12月28日]]をもって筆者が交代した。またメディア批評誌『創』によると現在では30歳代から40歳代の数人の若手記者による輪番執筆となっているという）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[週刊金曜日]]の誌上での対談で週刊金曜日側がマスコミは権力を監視するのが役目だ、と言ったのに対し、産経新聞側は“権力を監視する役割は週刊金曜日が担えばよい、週刊金曜日の言論が弾圧されることがあれば産経新聞も反対する”と応えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
朝日新聞や読売新聞、毎日新聞が戦前からの歴史を持つ中、主要全国紙の中では唯一戦後の参入であり、“戦争賛美・翼賛報道の罪なし”とする意見があるが、前身の大阪新聞時代は[[軍国主義]]賛美報道をしており（「大阪」創業者・[[前田久吉]]はこの為[[公職追放]]となっている）、[[清沢洌]]は『暗黒日記』（[[岩波文庫]]）の中でその賛美ぶりを批判した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自由と民主主義を守ることを信条にしている（後述「産経信条」参照）が、[[1980年代]]終盤に登場した[[カレル・ヴァン・ウォルフレン]]に代表される欧米のリビジョニスト（この場合は[[歴史修正主義]]ではなく日本異質論）が“日本の[[保守]]勢力は、西側自由主義陣営の基本的価値である[[自由]]・[[民主]]・[[人権]]などの西欧近代の価値を共有していない”と批判した際には、“[[ジャパンバッシング|日本叩き]]だ”と反論を続けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 歴史認識 ===&lt;br /&gt;
[[日中戦争]]や[[太平洋戦争]]時の日本軍の行為、特に、現在も論争が続く[[南京大虐殺]]、[[慰安婦]]、[[労務者]][[強制連行]]や[[沖縄戦]][[集団自決]]問題の存在について否定的な立場を取っており、韓国の要人による非難発言を“[[反日]]”と論評。これについて[[戦争責任]]を直視しようとする日本の層からは[[歴史修正主義]]であるという批判がなされている。韓国のマスコミも、[[2001年]]の[[歴史教科書問題]]が取り沙汰された際には、「歴史歪曲を先導する極右言論の産経新聞…」といった具合で批判していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
鹿内時代になると水野体制からの右翼論調が更に台頭する。[[1967年]]7月の広告主向け説明会で社長の鹿内は「新聞が本当に不偏不党の立場でまかり通るような安泰なものに、今、日本の国内情勢が成っているでしょうか」「敢然と守ろう『自由』、警戒せよ、[[左翼]]的商業主義！」と演説したという。そして、1970年の元旦からは鹿内による[[反共主義|反共]]、親米、[[右翼]]色の強い「年頭の主張」が始まる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方で、鹿内信隆社長時代には[[台湾]]の[[中国国民党]]政権を応援する立場から日本軍による中国での虐殺行為を肯定する記事やコラムを多数掲載していた。象徴的とも言えるのが2年にわたって掲載された「蒋介石秘録」で、この中では南京大虐殺について40万人という日本新聞史上最大の被害者数を掲載していた。更に「今明かす戦後秘史」（共著）でも[[慰安所]]の設置運営に関与した事実を自認していた（鹿内本人が[[陸軍省]]に勤める主計中尉だった）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 教科書 ===&lt;br /&gt;
[[1982年]]の「第1次教科書問題」以降、遊軍記者だった石川水穂を中心に「教科書の記述は日本の悪い面ばかりをとらえ偏向している」とのキャンペーンを続けてきた。[[1996年]]6月、翌年春から使用される中学歴史教科書全社に「従軍慰安婦の強制連行」の記述が登場することが判明したことをきっかけに[[1997年]]に[[西尾幹二]]電気通信大教授、[[藤岡信勝]]東大教授らが中心になって[[新しい歴史教科書をつくる会]]が発足した。同会は教科書の発行元を探し、[[文藝春秋]]と [[PHP研究所]]に依頼したが断られ、当時、藤岡ら執筆の「教科書が教えない歴史」を連載していた産経新聞社の[[住田良能]]・常務東京本社編集局長に話を持ちかけ、産経側は応じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つくる会の西尾会長、産経の住田常務、グループ企業の出版社である[[扶桑社]]の中村守社長（いずれも当時）は教科書の発行に向けて三者が協力するという「覚書」に調印した。翌[[1998年]]1月9日付の『産経新聞』の「主張」欄には「新聞社が教科書づくりにかかわるのは初めての挑戦であるが、『つくる会』ともども、読者および国民の支援を仰ぎ、また批判も受けたい」と「産経新聞社発行・扶桑社発売」で教科書を出版することを表明した。その後、文部省（当時）から「発行と発売を分けることはできない」との指導を受け「扶桑社発行」に一本化され、覚書も破棄されたが、産経新聞社は扶桑社の中学歴史・公民教科書を一貫して支援してきた（この問題をめぐっては『新しい歴史教科書』や関連書籍が産経新聞社扶桑社から発行されている事もあり、特定の教科書の採用を新聞社が後押し・推薦するかのような行為、しかもこれらの企業の親会社が免許事業である放送局・フジテレビジョンである事が独占禁止法に抵触しているとして申告が各地で行われている）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし2度の教科書採択ではシェアが低迷した。そうした中、[[2005年]]秋以降、つくる会で創立メンバーの西尾・藤岡と、三代目会長[[八木秀次 (法学者)|八木秀次]][[高崎経済大学]]教授や若手理事、[[日本会議]]グループなどの間で内紛が勃発。八木が、つくる会会長を解任されて以降、産経新聞は八木側に同調するかのような報道を続け、扶桑社や親会社のフジテレビジョンも同社番組審議委員でもある八木への支持を非公式に表明した。背景には、エキセントリックな面を持つ西尾・藤岡のイメージでは今後の教科書採択が期待できないとの営業上の判断もあったとされる。西尾・藤岡はインターネット上などで、産経新聞の教科書問題取材班キャップ渡辺浩を名指しで非難した。八木らは[[2006年]]4月につくる会を退会し、教科書だけでなく教育全般に取り組む[[シンクタンク]]「[[日本教育再生機構]]」、「改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会」を設立した。八木は[[安倍晋三]]の[[ブレーントラスト|ブレーン]]でもあり、フジサンケイグループは同機構の唱える教育再生運動を支持している。2007年5月[[扶桑社]]版の『つくる会』教科書撤退が確認された。[[扶桑社]]は[[八木秀次 (法学者)|八木秀次]]と別に歴史教科書を作るとしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在、沖縄戦の集団自決について、日本軍の命令は無かったとする文部科学省の検定意見に同意する社説（主張）を載せている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 朝鮮報道 ===&lt;br /&gt;
[[1960年代]]は他紙同様、[[朝鮮民主主義人民共和国]]に好意的な報道姿勢を取っていた[http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/hatsugen/korea-raisan.htm]ものの、後に方針転換、厳しい論調を取るようになった。[[1996年]]に「北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)」というような、正式呼称を併置した表現を廃止し、このことで[[在日本朝鮮人総連合会|朝鮮総聯]]から抗議を受けたがその方針を貫いた。その後2002～03年にかけて全国紙やテレビからも正式呼称が消え「北朝鮮」のみの呼称となり、産経はこの呼称の先駆けとなった。最近では単に「北」という表記も使用している。2006年4月には加藤雅己常務が[[共同通信]]加盟社の旅行団メンバーとして北朝鮮へ渡った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 男女共同参画 ===&lt;br /&gt;
[[男女共同参画社会|男女共同参画]]をめぐっては、男女には[[生物学]]的性差以外にも根本的違いがあり男女共同参画や男女平等とは男女がそういった両性の違いを認めて役割を分担し支えあうことであるとし、[[ジェンダーフリー]]は男女の根本的違いの否定であると批判。[[性教育]]に関しても、伝統的な道徳を無視した「過激な性教育」が行われていると批判したこともある（一部の保守派都議会議員による都立七生養護学校視察の記事参照のこと）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 反共主義 ===&lt;br /&gt;
[[反共主義]]の立場から[[中国]]に対して批判的な論調を展開することもあった。これに対し[[2006年]][[1月]]、[[中国]]外務省傘下の隔週刊誌『世界知識』（日本外務省の月刊誌『世界の動き』に相当）が「言論暴力団」「保守御用喉舌（[[プロパガンダ]]機関）」などと名指しで批判。一方、[[朝日新聞]]については、「広範な大衆を代表する進歩的メディア」と紹介した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 路線 ===&lt;br /&gt;
左よりの論調である[[朝日新聞]]を社説やコラムで（名指し・対象が明らかな伏せる名を含めて）度々批判している。朝日新聞がこれに乗って反論することも多く、2005年4月には[[歴史教科書問題]]をめぐって4,5日間、社説で論争を繰り広げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦後の日本が無批判に受け入れてきた[[民主主義]]、[[社会主義]]、[[進歩主義]]、[[平等主義]]に傾れてはならないと主張し、“このまま放置すれば日本精神の根幹を変えてしまい国の崩壊に繋がる”と訴えている。「『ナンバーワン』よりも『オンリーワン』を目指す新聞である」と公言し「新聞はみな同じではありません」「群れない、逃げない。モノを言う新聞」との[[キャッチフレーズ]]の下に独自路線を進むことを宣言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国内記事だけでなく外信報道もまた親米的である。2006年1月の[[ヒューマン・ライツ・ウォッチ]]年次報告について、報告書は北朝鮮の人権侵害を非難する一方でアメリカの“テロ撲滅”に託けた、[[イラク]]の[[アブグレイブ刑務所]]などでの収監者虐待をも批判しているが、他社が要旨どおりに報じたのに対し産経はアメリカ関連部分を削除改竄して報道した。　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==産経信条==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以下の信条を社是としている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 1、産経は[[民主主義]]と[[自由]]のためにたたかう&lt;br /&gt;
: われわれは[[民主主義]]と[[自由]]が国民の幸福の基盤であり、それを維持し発展させることが言論機関の最大の使命であると確信する。したがってこれを否定するいっさいの暴力と破壊に、言論の力で対決してゆく。 &lt;br /&gt;
; 1、 産経は豊かな国、住みよい社会の建設につくす&lt;br /&gt;
: われわれは国土の安全と社会の安定をねがう。そして貧困、犯罪、公害など、あらゆる社会悪の追放に努力し、すぐれた文化、美しい自然のなかで、調和のとれた物質的繁栄とこころの豊かさを追求してゆく。 &lt;br /&gt;
; 1、 産経は世界的な視野で平和日本を考える&lt;br /&gt;
: われわれは国際社会からの孤立は許されないとの認識に立ち、対立より協調を、戦争より平和を選ぶ。平等友愛の精神をもって自立をもとめる国々をたすけ、ともに世界の共存共栄をはかってゆく。 &lt;br /&gt;
; 1、 産経は明るい未来の創造をめざす&lt;br /&gt;
: われわれは技術革新と社会変化を正しく方向づけ、真の進歩に向かって前進する。そして絶えず新しい価値観、新しい人間像を追求しつつ、勇気をもって未来へ挑戦してゆく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 報道 ==&lt;br /&gt;
=== 注目を集めた報道 ===&lt;br /&gt;
*[[1980年]]、日本海沿岸などで相次いだ失踪事件について、外国の諜報機関の関与をにおわせる報道をした。記事を書いたのは社会部の[[警視庁公安部]]担当だった阿部雅美。だが、1980年当時の報道は、世論にも他のメディアにも無視された感がある。そして、この報道は1997年の女子中学生拉致疑惑報道へと繋がっていく。このエピソードは[[2003年]]夏に放映されたフジテレビのドラマでも描かれたが、[[日本共産党]]が[[1980年代]]に国会で[[拉致問題]]をとりあげた際の再現部分について「事実に反する描写が一部にある」と[[日本共産党]]から訂正・撤回を要求され、[[訴訟]]に発展している。&lt;br /&gt;
*[[1980年]]に信仰グループ[[イエスの方舟]]を批判するキャンペーンを張り、これがきっかけとなって[[ワイドショー]]や週刊誌もこれに追随し、イエスの方舟やその主宰者に対する大バッシングが展開され、ついには警察当局も動いてイエスの方舟の主催者らが[[名誉棄損]]容疑で書類送検される事態にまで発展したが、これは憶測に基づく事実誤認であり、主宰者らは後に不起訴処分となった。&lt;br /&gt;
*[[1990年]]に「[[ソ連共産党]]による一党独裁を放棄へ」の[[スクープ]]によって、当時の[[モスクワ]]支局長が[[日本新聞協会]]賞を受賞。&lt;br /&gt;
*1990年代前半には北朝鮮の[[金日成]]の愛人等人脈に関するスクープを連発し、日本国外メディアも後追いするなど注目を集めた。&lt;br /&gt;
*[[1992年]]、元[[KGB]]少佐・レフチェンコの証言をもとに旧ソ連から[[日本社会党]]への資金流入について追求する記事や社説を掲載した。だが、この追及報道は翌年5月に急遽終了した。『[[文藝春秋 (雑誌)|文藝春秋]]』6月号におけるレフチェンコのインタビュー中で、産経新聞にも工作を行い、当時の編集局長を取り込むことに成功したとの発言が掲載された為と思われる。産経はこのレフチェンコ発言に対する反論を1993年05月12日の朝刊に当時の編集局次長、住田良能名で掲載し「彼の発言を多少なりとも信じては気の毒なことになる」とまで書いて、その証言を全否定した。以後レフチェンコ証言に基づく記事は掲載されず報道は終了した。（その後、[[1994年]]に久保紘之編集委員による特集「新謀略史観」でレフチェンコ証言を「伝聞に基づくものであった」と改めて全否定している）&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--*[[1992年]]、「私たちは“国際合同結婚式”を応援します。」という[[統一教会]]の国際合同結婚式を支持する学者・文化人の会の意見広告を全国紙として唯一掲載した。←これは注目を集めた報道なのですか？何紙が断って、唯一になったのでしょう。教えて下さい。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[1993年]]、[[テレビ朝日]]の[[椿貞良]]取締役報道局長が、[[日本民間放送連盟|民放連]]の会合で総選挙について「『[[非自民]]政権が生まれるよう報道せよと指示した』『“公正であること”をタブーとして、積極的に挑戦する』と発言していたことをスクープ。一部[[ジャーナリスト]]から批判を受けたが、その年の[[日本新聞協会|新聞協会]]賞を受賞した。&lt;br /&gt;
*[[1997年]]2月3日の朝刊にて、新潟市で1977年に発生した北朝鮮による女子中学生拉致疑惑報道。翌日、衆議院で[[西村眞悟]]議員がこの件を取り上げた。この記事を書いた阿部雅美社会部長は同年度の新聞協会賞を、この事件を同じくテレビ報道した朝日放送石高健次と同時受賞。&lt;br /&gt;
*[[1999年]]5月10日掲載の「久保紘之の天下不穏　沖縄[[サミット]] 　～コローニアルなにおいの“英断”」中で[[小渕恵三]]首相がサミットを沖縄で開催するのを決めたことに対し「国家も家と同じで台所もあれば便所もある。しかし、お客を台所や便所の中で接待する主人がいるかい？」と書いた。記事タイトルと合わせ沖縄を便所扱いしていると非難の声があがった。 &lt;br /&gt;
*[[2001年]][[ 附属池田小事件|池田小学校児童殺傷事件]]の校庭に座り泣きじゃくる児童たちの写真で同年度の新聞協会賞を受賞したが、後に被害にあった直後の児童の顔をさらすのはいかがなものかと批判されることになった。&lt;br /&gt;
*[[2002年]]1月10日の朝刊で、前年に[[日本刀]]愛好グループ[[刀剣友の会]]が[[建国義勇軍]]及び[[国賊征伐隊]]を名乗り脅迫や爆発物を仕掛ける事件をおこして摘発された件で、[[田中均]]外務審議官（当時）の自宅に爆発物が仕掛けられた事件は、当時安全確保の為公開されていなかった田中均の住所を犯人グループが知りえたのは犯人グループの一人である[[北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会|救う会]]熊本理事の木村岳雄が、救う会関連集会で入手した住所を主犯の男に伝えた結果であることをスクープした。&lt;br /&gt;
*[[2002年]]小泉首相の初訪朝には民間機を使用し、[[政府専用機]]は使用しないことになったとの記事を掲載した。だが同日、読売新聞に[[自衛隊員]]とともに政府専用機を使用して訪朝することを前提とした事前調査の記事が掲載された。翌日、読売グループの[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]は自社番組[[ズームイン!!SUPER]]中の「新聞のミカタ」で、産経新聞のこの報道を“何の根拠あってのことか説明せよ”と批判した。結果的に小泉首相は訪朝に政府専用機を使用し、産経の誤報が確定した。&lt;br /&gt;
*[[2002年]]小泉首相10月訪中決定との記事を一面にスクープとして掲載したが、同日中に[[福田康夫]]官房長官に否定された。以後2006年の小泉首相退陣まで訪中は実現しなかった。&lt;br /&gt;
*[[2003年]]6月19日、朝鮮総連と「大手警備保障会社の系列企業」との間で東京の[[朝鮮学校]]の売却交渉が進んでいるととする記事を掲載。直後にこの会社は産経以外の全国紙に広告を載せ、記事中の「大手警備保障会社」と自社の関係を否定、同記事を「誤解を生む報道」と批判した。産経は記事は事実であるとしているが、社名を公表していない。 &lt;br /&gt;
*[[2003年]][[7月4日]]に、[[東京都立七生養護学校]]を自民、民主の3人の都議会議員とともに記者が視察し同校の性教育を批判する内容を掲載。直後に教材が没収され、教員13人が処分された。[[2005年]][[5月12日]]、教員と保護者27人が、東京都、都教育委員会、都議3人、産経を相手取り東京地裁に提訴した。産経に対しては謝罪記事の掲載と慰謝料を請求。（[[性教育#養護学校での性教育が不適切とされた事件|性教育]]の項を参照の事）&lt;br /&gt;
*[[2004年]]1月6日の朝刊で、[[イラク戦争]]後の[[バグダード|バグダッド]]で[[ストリートチルドレン]]の社会復帰を支援している高遠菜穂子&amp;lt;!--  事件について講演など行なっているため名前を記載 当分記事にはならないと思われるので非リンク化--&amp;gt;の活動を顕彰する記事を一面写真付きで掲載した。しかしのちに起きた[[イラク日本人人質事件]]の報道では、1月の記事には触れずに高遠を含めた[[人質]]の批判を繰り返し掲載し、2004年4月11日の産経抄において「誤解を恐れずにいえば、“いわぬこっちゃない”とは、本来、人質になった三人の日本人に対していわねばならぬ言葉だ。イラクでは日本人外交官も殺害されて治安悪化は深まっていた。外務省は再三、最高危険度の『退避勧告』を行ってきたのである」として自業自得と非難し、同4月14日の産経抄にいたっては「第一の声明文については、日本のイスラム学者が『非イスラム的だ』 と指摘しているのがまこと興味深い。では何的かというと“日本的だ”と いうのである（中略）これらの声明文には何らかの形で日本人がかかわっているのだろうか」などと[[自作自演]]説までほのめかしている。人質の生還後、[[責任#自己責任|自己責任]]論ブームに乗り、被害者宅へのイタズラ電話が問題となったが、社説「主張」にて「真摯な忠告もあろう」などと、全てがイタズラではないのでは?と論した。さらに同年11月に起きた香田人質殺害事件（同様に日本政府に自衛隊のイラクからの撤退を求めた武装グループが要求を拒否され、人質香田証生を殺害）に関する「産経抄」の論評の中で、「この春の日本人人質事件（上記のイラク日本人人質事件のこと）の家族の反応とは、天と地ほどの差がある。若者（香田）に両親に似た分別と常識があれば、悲劇は起こらなかったろうにと惜しまれてならないのである。」と上記の人質三人を間接的に批判した。&lt;br /&gt;
*[[2004年]]5月、フォトジャーナリスト[[森住卓]]の[[写真集]]『私たちはいまイラクにいます』に、主催する「産経児童出版文化賞」を贈るが、産経の[[イラク戦争]]に対する報道姿勢を批判する森住から返された。森住は「産経の賞を受けたらイラクの子ども達に顔向け出来ない」とコメントしている。&lt;br /&gt;
*[[2005年]]、系列企業の[[ニッポン放送]]の株式35%を[[インターネット]]関連会社[[ライブドア]]が取得した問題について、同年2月18日付の社説「主張」でライブドアの[[堀江貴文]]社長（当時）を痛烈に批判した。また連日に渡って紙面やコラム「産経抄」や「正論」欄等で堀江の経営手法や[[ジャーナリズム]]観を批判した。&lt;br /&gt;
*[[2006年]]2月6日、[[夕刊フジ]]の記事“[[日興コーディアルグループ]]の[[粉飾決算]]の秘密文書を入手”について、同社から「粉飾など行なっておらず事実無根」と提訴される（夕刊フジは産経が発行元）。しかし、その後の[[証券取引等監視委員会]]の調査により、日興コーディアルグループが140億円の利益を架空計上していた事が明らかになった。&lt;br /&gt;
*[[2006年]]10月、安倍総理が[[慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話|河野談話]]を踏襲するにあたり狭義の強制性は無かったが広義の強制性はあったとの認識で踏襲したと国会答弁した後に、「主張」において『河野談話　再調査と見直しが必要だ』なる社説を掲載し、「慰安婦問題の論点を広義の強制性にすりかえたメディアがいる」『その後、一部マスコミが「広義の強制性」に論点をすり替えたこともよく知られている。』と批判した。&lt;br /&gt;
*[[2007年]]3月10日「主張」において『慰安婦問題　偽史の放置は禍根を残す』と題し“「河野談話」が明確な裏付けもなく慰安所の設置に「旧日本軍の関与」があったと認めた”と批判した。だが実際に旧日本軍は慰安所の設置に軍命令として関与しており、そのことは[[中曽根康弘]]元総理大臣や[[鹿内信隆]]産経新聞社元社長（フジサンケイグループ初代議長）も著書で自認しており、産経新聞の社説は強制性問題と取り違えた全くの虚偽であった。過去には1993年9月2日の産経新聞正論のように、[[上坂冬子]]が、「近年、稀にみる名文といってよい。相手方のささくれ立った気をしずめ、同時にこちらとして外せないポイントだけはさりげなく押さえて、見事な和解にこぎつけている」と評価したこともあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 疑義が持たれた報道、スキャンダル ===&lt;br /&gt;
*[[1993年]]11月11日、清沢平・元[[大昭和製紙]]副会長への逮捕直前単独インタビューを夕刊に掲載したが、インタビューに答えた人物は弟だった。&lt;br /&gt;
*[[1995年]]一連の[[オウム真理教]]事件において「警察庁長官襲撃事件　[[監視カメラ]]に犯人の姿　南千住駅」「横浜異臭事件　[[毒ガス]][[ホスゲン]]の症状」「オウムに[[内乱罪]]適用へ」などの誤報虚報を連発した。&lt;br /&gt;
*[[1999年]][[4月]]から、[[国立市]]立国立第二小学校の卒業式について「児童30人、国旗降ろさせる」「校長に土下座要求」とする一連の『国立二小問題』キャンペーンを展開。記事は校長の報告書に基づくとされる。これに関連し、国立市内で右翼による街宣活動や児童殺害予告が行われるなどの混乱も発生した。他の主要紙は大きく取り上げず、『朝日新聞』は産経報道に批判的な記事を掲載。労組などから「産経の記事は捏造」との批判も出た。東京弁護士会は市[[教育委員会]]と学校側に対し、報告書が事実を「歪曲して記載」したとして再発防止を勧告。産経に対しても「事実を正確に伝えたものとは認められない」「十分な裏付取材がなされなかった」と批判する要望書を出した。のちに都教委は土下座要求等の事実が「確認されていない」とコメントする一方で、国旗国歌に批判的な同小の教員を処分した。系列の扶桑社が国旗国歌を推進している市教育長の著書を出版したことなどから、「政治的思惑に基づく記事」「癒着」などの批判もなされた。&lt;br /&gt;
*2000年10月11日朝刊社会面に掲載した「[[ノーベル化学賞]]の[[白川英樹|白川]]氏　一貫した『知りたがり屋』」の記事が『[[日経産業新聞]]』の記事を盗用していたことがわかり、産経新聞社は13日、日本経済新聞社に陳謝した。産経新聞社は同日付で東京本社編集局長をはじめ、同社会部長、次長、記者ら計5人を減給処分とした。盗用したのは日経産業新聞連載『日本のオリジナリティー』の1997年10月15・16日付「導電性高分子を開発白川英樹氏」の記事で、白川氏の業績を紹介している。&lt;br /&gt;
*2003年4月28日、毎日新聞『リーダーな女たち』で書かれた“一日ハンストの後に戦争が終わるまでパン断ちをして願掛けをする”記事を誤読し、翌日の産経抄において「驚いたのはそのハンストは、白米・パン・肉を断つものというのだった。世の中には麦めしもあるしそば・うどんもある。魚もスナック菓子も豊富だ。それらは食べ放題であるらしい。これが笑わずにいられるだろうか。」と批判した。&lt;br /&gt;
*2003年10月24日の産経抄で、「[[偽エチオピア皇帝事件]]」を引き合いに出して[[有栖川宮詐欺事件]]を取り上げたが、前日の毎日新聞コラム『余録』に、ほぼ同じ内容（参考資料が『詐欺師の楽園』（種村季弘著、岩波現代文庫）である点までが同一）が掲載されていた。&lt;br /&gt;
*[[2004年]]4月21日、イラク人質事件で人質ビデオ未放映映像の中に内藤正典一橋大学教授の分析結果として「言って、言って」と人質になった3人に発言の促す日本語を話す人物が存在すると一面トップで報道した。しかし、その日の夜の日本テレビ[[NNNきょうの出来事]]は「イッテ」はイラクの方言で「おまえ」という意味であるとイラク人[[通訳]]の証言を交えて報じた。（「お前！―そうだ、お前だ！」の意となる）産経はこの誤報に関してこれまで謝罪や訂正は行っていない。&lt;br /&gt;
*2005年[[4月15日]]には、第14回地球環境大賞の授賞式に関連して、実際にはそのような事がないにも関わらず、[[秋篠宮文仁親王]]が「お言葉」の中で「フジサンケイグループの主催」に言及したとする虚偽の記事を掲載した（皇族が私企業の活動を讃えたりする事は絶対にない）。産経新聞社は誤りを認め、該当部分を全面削除するとした訂正報道を行った。&lt;br /&gt;
*[[2005年]]4月、のちに国際記者賞にも輝く[[黒田勝弘]]ソウル支局長が、就労[[査証|ビザ]]を取らず記者の身分のままソウルの大学で講師として教鞭を取っていた不祥事が発覚し、雇用者の大学と共に当局から罰金処分を受けた。&lt;br /&gt;
*2005年5月下旬、[[フィリピン]]で生存していた旧日本兵を現地当局が保護したかのような記事を掲載した。後に不確実な情報に基づく誤報と判明し、同社は「本社の旧日本兵生存情報の報道について」との記事を同紙に掲載した。&lt;br /&gt;
*2005年7月19日、[[茨城県]][[大洗町]]の教育委員長と教育長が、[[新しい歴史教科書をつくる会|「つくる会」教科書]]採用を却下した地区教科書採択協議会の決定に反発し再協議を要求、容れられない場合は決定とは別に町独自の判断で購入・使用する予定であると報道。教育長は“そのような議論はしていないし、独自購入は教科書の無償配布を定めた特別措置法に違反する”と否定。&lt;br /&gt;
*2005年[[9月26日]]、教育面（東京本社版）で『「反進化論」米で台頭』と題し、[[旧約聖書]]の[[創造論]]が[[科学]]を偽装した[[疑似科学]]に過ぎないとの批判がある、人間の誕生は[[進化論]]では説明できないという[[インテリジェント・デザイン]] (ID) を肯定する意見を載せた。この記事は[[世界基督教統一神霊協会|統一教会]]系の出版物に何度も論考を載せたり統一教会を絶賛したりしている[[渡辺久義]]・[[摂南大学]]国際言語文化学部教授に対するインタビュー記事で、「この理論は多くの科学者が支持しており（実際にはされていない）、IDを推進しているのは[[キリスト教右派]]、宗教勢力だと言う主張はIDを快く思わない人間の妄言である。IDを教えず、[[仮説]]に過ぎない進化論を公認の学説として扱う（実際公認されている仮設である）のは思考訓練の機会を奪ってしまう」という趣旨の物であり、締め括りは「進化論は[[マルクス主義]]と同じく[[唯物論]]的である為、人間の尊厳を無視しており歴史、道徳の教育にとって良くない。日本では進化論偏向教育によって[[日本神話]]等が弾圧された」として日本も学校でIDを教えるべきだと説いた。&lt;br /&gt;
*2005年10月25日付夕刊の写真グラフで月をバックにした[[コウノトリ]]の合成写真の虚偽報道を行った。記者が[[合成写真]]であることを申告せずに出稿、同社としてチェックしきれないまま掲載したことが原因。産経新聞は30日に事実を発表し31日の朝刊一面で「読者に対する重大な背信行為で、新聞報道に対する信頼を揺るがせかねない深刻な問題と受け止める」として謝罪した。&lt;br /&gt;
*2005年11月17日の産経新聞3面で「仏暴動　中東では賛否両論」の記事を掲載したが、内容がMEMRI（''Middle East Media Research Institute''、中東メディア研究所）の「Inquiry and Analysis Series No 251 Nov/15/2005 フランスの暴動に対するアラブ、ムスリム世界の反応」の記事に非常に似ていたため、一部のブロガーから盗用ではないかとの疑惑が持ち上がる。そこでブロガーが産経新聞社に問い合わせた所「産経新聞はMEMRI関係者と意見交換するなどの関係にあり、記事は提供を受けた」と回答した。ところがMEMRIに問い合わせたところ「私たちは苦情を申し入れました。産経新聞社はすでにチェックと撤回を行い、訂正版を数日前に出しています。ほとんどのジャーナリストは働くよりも盗用するほうが好きなようです」と回答。また、別の人物が問い合わせたところ「産経新聞とはスタッフのやり取りや意見の交換を行った事実はない」と回答し、盗用であることが確定した。&lt;br /&gt;
*2005年12月29日の産経抄で「二〇〇一年に核研究で有名な米国の[[ロスアラモス研究所]]の中国系研究員が[[核兵器|核]]の機密を盗み出した。これにより核開発競争で米国に追いついてしまったという」と掲載。このソースは[http://book.jiji.com/sekaishuho/ 「世界週報」]2005年12月27日号に掲載された西原正[[防衛大学]]校長の「中国の対外情報収集活動に目を向けよ」という記事だが、西原校長は逮捕された中国系研究員の実名については触れていない。ロスアラモスで中国系研究員が逮捕された事例は、1999年のウェンホー・リー（李文和）事件（2000年に連邦地裁によって釈放）しかないので、同事件と混同しているのではないかという指摘もある。一方、ロスアラモス研究所では機密情報の漏洩が長期間にわたって続いており、2001年にも核兵器の機密の入ったハードディスクが紛失している。&lt;br /&gt;
*[[2006年]]2月8日、産経新聞も協力した高砂義勇兵慰霊碑移設と落成を記念する式典が北郊外の烏来（ウライ）郷で、前総統の李登輝氏や日本の対台湾窓口機関、交流協会台北事務所の池田維代表など、約百人の日台関係者が参列して行われ、産経新聞社から羽佐間重彰取締役相談役が式典に参列したが、[[高金素梅]]らの抗議に基づき公園管理者の台北県政府（県庁）が「公有地に建てるものとしては不適切」として一週間以内の撤去を命じ、高砂義勇兵慰霊碑に飾られた多数の日の丸は2月19日に撤去された。その後、記念碑は竹板で覆われ、「[[君が代]]」などの文字が刻まれた8つの小さな石碑は県の公園事務所の片隅に置かれた状態になっていると産経新聞は2006年6月5日朝刊コラム「一筆多論」で伝えた。&lt;br /&gt;
*[[2006年]]出資法を元にした高金利が利息制限法の上限金利に基づき違法との最高裁判決が出て消費者金融などの高利貸しが社会問題になると、一貫して消費者金融業者側にたった主張をした。4月15日の社説主張では「簡単な審査でお金を貸すのだから、担保や厳しい審査が必要な銀行融資よりも金利が高くなるのは当然だ。消費者金融はかつて「サラ金地獄」といわれ[[社会問題]]化した時代とは様変わりしているのも事実だ。多重債務者問題などは確かに借りる側の自己責任だ。」とし、5月1日の主張では「金利が下がれば、安易な利用者が増え、多重債務者は逆に増えるとの見方もある。高金利には無理な借り入れを思いとどまらせる抑止効果があった、ということも否定はできない 」と高金利を当然と擁護する立場を取った。さらに実際に貸金業制度改革の議論が政府内で進んでくると7月16日の主張において「慎重に検討しなければならないのは、少額短期の貸し付けなどで利息制限法の上限を超える特例金利を認めるかどうかである。上限金利が引き下げられると、融資審査が厳しくなることは避けられない。緊急性の高い当座の資金が必要な事業者などは、貸し倒れリスクが高いと判断され、貸し手がなくなる公算が大きい。破綻（はたん）に追い込まれたり、ヤミ金融を利用するはめになったりするというのは、非現実的な想定とはいえまい。1週間程度の短期ならば、高い金利でも、実際に負担する利息額はそれほど大きくない」と特別金利を認める特例措置が必要との主張を行った。このように消費者金融業者側の要望に沿った主張を社説で展開している新聞は産経新聞だけであり異色である。（同じ産経新聞社の編集発行する夕刊フジでは産経新聞本紙とは完全に論調が逆で、徹底的に消費者金融業者側を糾弾している。）&lt;br /&gt;
*2006年1月23日、朝刊1面の「ライブドア電子商店街から決算前に契約料徴収－利益計上後解約し返還」の記事において[[ライブドア]]より事実無根であることを指摘される。記事中にある平成16年9月期の時点では返還するべき金銭自体が存在しておらず、購入者と出店者の間で売買されたものをライブドアが決算後に解約させた事実もなく、明らかな誤報であるが、現時点では提訴などはおこっていない。&lt;br /&gt;
*2006年2月14日、朝刊1面のライブドアの粉飾決算事件に関する連載の中で「ライブドアの退職者数が既に数百人」と記述したがライブドア側は数百人退職報道を否定していると[[ライブドアニュース]]が報じる。また産経新聞はライブドアニュースの取材に対しコメントできないとしているがライブドアニュース側からはこの報道に対する[[説明責任]]を果たすべきだと批判されている。&lt;br /&gt;
*[[2006年]][[3月4日]]の主張でインドの核保有を是認する旨を主張している。しかもその理由は「インドは民主主義国で、独裁国家などと同列には語れない」というものであり、「日印関係は経済中心に取り組むべき」とも述べている。しかし[[1998年]][[5月13日]]の主張では「インドが核による安全保障を標ぼうすればパキスタンや中国を刺激し、亜大陸は不安定になり、それはわが国への脅威なるため、日本はインド、パキスタンの核、ミサイル開発に神経質であらねばならない」と述べている。&lt;br /&gt;
*2006年8月12日、[[日本国際問題研究所]]が発表した英文論文「日本はいかに中国を想像し、自国を見ているか」を“[[反日]]内容”とコラムで批判、これを受けて研究所は論文を閲覧停止として理事長が紙面で“反省の意”を表明した。リベラルな立場からは、これが言論封殺ではないかとの声が上がっている（ワシントン・ポスト電子版）。本件については[[古森義久#JIIAコメンタリーに端を発する論争]]も参照。&lt;br /&gt;
*[[南京大虐殺]]をテーマにしたアメリカ映画『南京』の原案について、[[2006年]]11月26日付紙面では“[[アイリス・チャン]]の「レイプ・オブ・ナンキン」”と紹介しながら、[[2007年]]1月21日付紙面では“ジョン・ラーベの日記”と紹介している。本件について訂正報道を行なった形跡はない。&lt;br /&gt;
*[[2007年]][[1月29日]]、2009年より導入される「[[裁判員制度]]」の広報のため政府が全国で実施している「裁判員制度全国フォーラム」で共催した新聞社が[[人材派遣会社]]などに依頼し1人当たり3000～5000円の日当を支払ってフォーラム参加者を動員していた事例、いわゆる「[[サクラ (曖昧さ回避)|サクラ]]」が4件あったと判明した。その後共催した新聞社に産経新聞も含まれている事が分かり、産経新聞は2月2日住田良能社長と大阪代表の根岸昭正専務を3ヶ月にわたり30%の減給とする旨発表した。&lt;br /&gt;
*2007年[[5月5日]]、古森義久記者により、[[AP通信]]電を基にした『占領時、米軍も「慰安婦」調達を命令　ホンダ議員「旧日本軍は強制」言明』が書かれたが、原文では米軍は命令ではなく（日本[[内務省]]の申し出を受けた）'''許可'''をしていた旨記述されていた事が判明。22日に電子版も含めた全記事を訂正。&lt;br /&gt;
*[[2007年]][[8月16日]]、大阪本社発行分の紙面で「『戦争想起』投書に過剰反応？　甲子園で学ラン封印」という記事を掲載。学ランは戦争を想起させると言う投書が届き、[[学ラン]]をトレーナーに変更したという内容の記事を掲載した。しかし、取り上げられた[[三重県立宇治山田商業高等学校]]や[[三重県]][[教育委員会]]、県高野連は事実関係を否定し、新聞社に抗議、前回同校が甲子園大会に出場した4年前、既にトレーナーを着用した応援スタイルだったことが明らかとなり、[[捏造]][[記事]]であった可能性が高まっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 批判 ===&lt;br /&gt;
*[[1967年]]10月16日、時の[[法務大臣]][[田中伊三次]]が記者を集めて「23人の死刑囚に執行命令を署名した」と執行書類を見せびらかして記事にするように要求する事件が起きた。他紙の記者は相手にしなかったが、産経の記者はカメラマンを呼寄せ、田中に机上に[[誕生像]]を置かせ、左手に[[数珠]]を握らせ、右手の赤鉛筆で署名をしているポーズを取らせて写真を撮影、翌日の紙面を飾った。田中は記者に「[[死刑]]の様子をいっしょに見に行こう」と誘うなど問題行動をとる人物だった。&lt;br /&gt;
*[[1983年]]2月、サンケイ新聞が行政改革キャンペーンに力を入れていることを伝えるテレビCMを放送した。無駄の実例として[[岡山県]][[倉敷市]]の市庁舎を映し出し「こんな豪華な庁舎が必要でしょうか！？　行革（行政改革）を強く訴えるサンケイ新聞」というナレーションを流すものであった。倉敷市は「事実誤認だ、市庁舎が大きいのはゴミ処理施設を併設しているからだ。これは地方叩きだ」と抗議した。しばらくしてテレビCMは終了した。後に産経新聞社は自社の広報書籍である「産経が変えた風」2001年刊の133ページで「行革キャンペーンで取り上げた豪華な庁舎」のキャプション付きで倉敷市庁舎の写真を掲載した。&lt;br /&gt;
*[[1992年]]、「私たちは”国際合同結婚式”を応援します。」「世界平和に貢献する「統一運動」」という[[世界基督教統一神霊協会|統一教会]]の国際[[合同結婚式]]を支持する学者・文化人の会（代表世話人：元[[筑波大学]]総長[[福田信之]]、世話人：元駐韓大使[[金山政英]]、政治評論家[[細川隆一郎]]）の意見広告を掲載したことで、「[[原理運動に反対する被害者家族の会]]」を初め大きな批判を呼んだ。統一教会は以前から「親泣かせ原理運動」と呼ばれたように、家庭問題や「[[霊感商法]]」を初めとした様々経済活動に対して社会的な批判があり、同年には核開発疑惑が高まっていた北朝鮮に経済支援を約束するなど、[[公安警察]]からも警戒されるような状況にあって、統一教会を利するこの意見広告の掲載は日本の民族派、保守派からも批判された。&lt;br /&gt;
*[[イラク戦争]]の「大義」をめぐり、時の産経抄筆者・石井英夫は、開戦当時「[[大量破壊兵器]]の廃棄を目指す戦いだ」と主張した。大量破壊兵器の捜索が難航するにつれ「[[独裁]]政権打倒の是非が、この戦争の大義を問う鍵である」と主張を変え、発見が絶望的になると「戦争に大義や正義を主張するのは無意味」と主張した。開き直りとも受け取れる態度を取ったと批判される。&lt;br /&gt;
*[[イラク日本人人質事件]]では[[自作自演]]説を展開していたが、解放された人質が記者会見で「あれは演出というより命令で、あの状況では拒否できない」と言う旨の発言をしたにもかかわらず、翌日の朝刊で「『泣いてくれ』演出認める」と明らかに会見内容と異なることを書いたため批判を浴びた。&lt;br /&gt;
*[[えひめ丸事件]]においては、国益優先と称しアメリカ政府擁護の立場を全面的に打ち出し、“どこの国の新聞か”と一部の関係者による批判を受けた。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]2月11日の主張で「原潜衝突　過剰反応控え原因究明を」と米国に謝罪を求めたり批判したりする態度を控えろと主張。    &lt;br /&gt;
**[[2001年]]2月20日の主張で「いまこそ問われる危機管理　この不幸を同盟関係の強化に」と訴えた。    &lt;br /&gt;
**[[2001年]]2月21日の朝刊アピールに「過剰な米国批判は信頼関係損なう」との意見を掲載。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]2月23日の産経抄において「日米関係の明日のためには感情的な対応を慎まなければならない、と。先日も艦長に対して、土下座して謝れ、という怒りの声が出された。米国の退役軍人の中から、日本船は真珠湾に近づくな、という反日メッセージが発せられた。双方が感情的、あるいは情緒的な反応をエスカレートしていけば日米関係は危うくなるだろう」。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]3月2日の産経抄で「引き揚げるべきでない。そのまま海の墓標にすべき」と提言。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]3月3日の朝刊アングルで米国に謝罪と厳罰を求める意見を「そのさなかに“周辺事態”が起きたら、日本政府は一体どう対処するのだろうか」と批判。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]3月18日の朝刊で珊瑚礁破壊などの環境問題を引き合いに出し「引き揚げを辞退すべき」と主張。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]9月27日の産経抄で[[同時多発テロ]]の発生を受けて「実習船「えひめ丸」の引き揚げは一時中断したらどうか。待つことにしたらどうだろうということである。なぜならテロによる大惨事が発生したからだ」。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]10月17日の社会部発で「「えひめ丸」引き揚げ最終段階　“約束”つらぬいた米海軍」。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]10月20日の主張で引き揚げ作業が開始されたのを受けて「評価したい米海軍の努力」との記事を掲載する一方で「こうした米国へのある種の“甘え”はこれきりにしたい。」と主張した。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]10月22日には「事故はハワイ沖でおこったのだし　水産高校の遠洋実習がハワイ沖で行われることが多いのは、米軍によって航路の安全が確保されているからで、米国の好意で米国の庭で実習させてもらっているようなもので、謝罪や補償、引き揚げをそれほどうるさく言うのなら「日本は、自分で日本海の安全を確保し、日本海で実習しろ」「日本海には中国や北朝鮮の不審船、韓国の密漁船がウロウロしていて、危なくてとても実習どころではない現実を日本人は改めて認識しろ」との意見を掲載した。   &lt;br /&gt;
**[[2001年]]11月10日の産経抄で「ハワイの海底を鎮魂の場としたいと願った小欄の気持ちはいまも変わらない。」と再度主張した。   &lt;br /&gt;
**[[2002年]]11月21日の主張で和解交渉の成立を受けて「米海軍の誠意を評価する」とし「仮にこの事故の相手が北朝鮮や他の国々であれば、これほどの対応が望めただろうか」と主張した。&lt;br /&gt;
*沖縄の米軍基地をめぐる報道では、2001年7月6日の「産経抄」で、同年6月29日に、沖縄北谷町で起きた米兵による婦女暴行事件について「現場に居合わせた米海兵隊員の証言では、被害者の20歳台女性は午前2時頃、（容疑者が飲んでいた）飲食店でほとんど泥酔状態だったという。米兵がそういう酔った女性に乱暴したとすればまことに許しがたいが、彼は『合意だった』と供述している」「性犯罪は加害者が絶対に悪いことはいうまでもないが、こちらも相手にすきを見せないことである。誤解を恐れずに書けば、日本の至るところで風紀がゆるんでいるのではないか」と書き、批判を受けた例がある。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--*[[小泉純一郎]]首相の[[靖国神社]]参拝に批判的だった[[加藤紘一]]元自民党[[幹事長]]を批判するキャンペーンを繰り広げた。これに刺激を受けた[[右翼団体]]幹部が加藤紘一の実家に放火するという[[テロリズム|テロ]]事件を誘発した。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[広島市長平和宣言]][http://www.pcf.city.hiroshima.jp/declaration/Japanese/]を、毎年のように社説『主張』で批判している。特に現在の非保守系（革新系でもない）の[[秋葉忠利]]市長になってから顕著であり、原爆犠牲者の慰霊とは離れた国際関係も絡めた政治的主張が目立ち、平和宣言が“北朝鮮の核”に特に言及し憂慮するべきであると繰り返し求めている。&lt;br /&gt;
**（2006年8月7日「主張」では“アメリカの核を非難する前に北朝鮮の核にこそ備えるべきではないか”と論評。その前年2005年の平和宣言では北朝鮮の核に言及していたが、産経新聞は、それでも批判していた）。[[広島市]]は“コメントにも値しない暴論”と無視。[[2007年]]も前年に前長崎市長・[[伊藤一長]]が平和宣言に北朝鮮の核問題を触れたことを引き合いに、「何故北朝鮮の核開発に触れないのか」と批判した。ただし、平和教育については一定の必要性を認めるなどはしていた。&lt;br /&gt;
**2005年7月に[[原爆死没者慰霊碑]]が碑文の内容が気に入らない[[右翼]]構成員によって破損される[[原爆慰霊碑破損事件|テロ事件]]が発生したため、「過ちは繰り返さない･･･」碑文の文言を宣言の締めに使ったが、その文言に対し「（すべて日本が悪かったと）謝罪の呪縛にとらわれているとすれば残念である」として、[[占領史観]]と批判した。産経新聞のこの姿勢は2007年7月2日の朝刊産経抄において[[久間章生]]（当時防衛大臣）の「原爆投下はしようがない」との発言を批判しつつ原爆慰霊碑の碑文を「素直に読めば、原爆投下は、日本人に責任があるということになる。この碑文をありがたがる人たちに、久間発言を非難する資格はない」としたことにも表れている。広島市は慰霊碑公開の2日前の1952年8月４日の広島市議会における浜井広島市長（当時）の答弁以来、一貫して公式に主語を人類全体であると重ねて表明しており[http://www.city.hiroshima.jp/www/contents/0000000000000/1137568968454/]1983年には、慰霊碑横に日本語と英語で主語も明記した説明文も設置してあるが、産経は、あくまで主語は人類ではなく日本人であるという前提で批判している。&lt;br /&gt;
*2006年8月に発生した[[山口女子高専生殺害事件]]では、被疑者の少年が発見されない段階では少年犯罪者の匿名報道に批判的な記事を度々掲載していたが、被疑者の少年が自殺していた後も他の報道機関のなかには実名報道に切り替えた社もあったが、自社による批判にもかかわらず最後まで自粛していたことについて、主張とかみあっていないとの指摘もあった。&lt;br /&gt;
*[[2006年]]11月3日、東京本社文化部長の片山雅文記者は、自らの質問に対して[[イチロー]]が「どうでもいいことです」と答えたことで個人的にイチローに対して「イチローが嫌い」であるとIza産経で公言した。&lt;br /&gt;
*2006年に発覚した高校での未履修問題で10月27日の社説にて「あまりにも安易な受験対策といわざるを得ない」と批判していたが、12月に都立高校での履修の振り替え（総合学習の時間に数学、英語等受験対策を行っていた）が発覚した際、12月13日の社説では「その時間（総合学習）の一部を授業時間が減った数学や英語などの学力補充にあてることは、有効な活用方法の一つといえる。」と一定の理解を示している。&lt;br /&gt;
*[[2007年]]1月20日、[[大学入試センター試験]]の模範解答を発表解禁時刻前に電子版で掲載。のちにフライングを謝罪。&lt;br /&gt;
*[[渡辺淳一]]の小説「あじさい日記」連載開始（2006年8月）に合わせて、文化部学芸班の担当編集者がizaにて[[ブログ]]「あじさい日記ブログ　～美人編集者のつぶやき」を開設。しかし2007年4月に寄せられた“こんな夫婦はいない”という読者の批判的感想コメントを完全無視したためブログが[[炎上 (ブログ)|炎上]]（小説も月末で完結）。登場した片山文化部長までが担当の態度を弁護し、火に油を注ぐ事態に発展した。“30年来の読者だったが失望した、契約を打ち切る”と発言する者、“断ったのに勝手に配達される、産経にとっては読者ではなく広告主と筆者こそが重要らしい”と発言する者まで現れる騒ぎになる。&lt;br /&gt;
*2007年[[5月25日]]の産経抄で23日に発生した殺人事件について、「屋外を全裸で歩き回ったり、日頃（ごろ）から奇行が目立った」加害者について、精神保健福祉法によって措置入院をさせておけばよかったのに「『[[保安処分]]』などと、騒ぎ立てる“[[人権派]]”」のせいで事件が発生した、と主張した。同コラム中「例によって匿名報道、東京版でもべた記事扱いの新聞があった。人ごとではない事件だというのに」と犯人名を匿名にする報道を批判したが、産経新聞自身この事件の犯人を匿名で報道していた。また軽微な事件では「精神科通院歴あり」と文脈なしに付記する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 元号表記 ==&lt;br /&gt;
産経新聞に次いで保守の[[読売新聞]]を含め日本の主要全国紙、地方紙のほとんどが日付欄の表記を「2007年（平成19年）」のように「[[西暦]]（[[元号]]）」としている中「平成19年（2007年）」と「元号（西暦）」と表記し、日本の[[祝日]]には一面日付欄に[[日本の国旗|日章旗]]と祝日名を表記する。また他紙が日本国内記事の年月日を西暦表記に切り替える中、[[元号]]表記をしている。ただし、一面、目次のニュースカフェ（東京本社版のみ）と産経抄は「2007.3.3」のように西暦のみで表記し、日本国外の出来事（[[河野談話]]などの日本と外国との間の事柄も含む）やスポーツ面では西暦表記をしている（[[相撲]]などの例外を除く）。またインターネットサイト「Sankei Web」（外部リンク参照）のうち、最初のページの日付欄の表示が上が元号下が西暦で西暦のほうが大きく表示しており、ページ右側の[[天気予報]]やニュース速報欄「News Minute」内の記事、新聞本紙と同様に国際ニュースや相撲などを除くスポーツニュースなどは日本国内記事・日本国外記事を問わず西暦表記となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
姉妹紙においては、『[[サンケイスポーツ]]』は産経新聞と同様に「元号（西暦）」で表記している。『[[夕刊フジ]]』も同様であったが、[[2007年]][[2月1日]]より日付欄を「西暦（元号）」表記と改めている。記事中の表記はサンスポにおいては西暦、元号表記が混在し、『[[フジサンケイビジネスアイ]]』、『夕刊フジ』（2007年2月1日より）は産経新聞と正反対に原則記事中表記は[[西暦]]表記、日付欄も「西暦（元号）」表記となっていて、『[[SANKEI EXPRESS]]』では1面日付欄が「西暦（和暦）」で2面以降の日付欄は西暦のみで表記 記事は「西暦（和暦）」または西暦のみで表記しており『[[サンケイリビング新聞社]]』の「シティリビング」などグループ会社が発行している[[フリーペーパー]]では西暦のみで表記しているものも有り『産経新聞』本紙以外では[[元号]]を重視していないようである。なお、夕刊フジの大阪本社版は2007年8月現在も日付欄は元号のみの表記を継続している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 紙面構成 ==&lt;br /&gt;
{{節stub}}&lt;br /&gt;
*連日掲載&lt;br /&gt;
**1面：コラム「産経抄」、読者投稿による詩「朝の詩」&lt;br /&gt;
**2面：社説「主張」（毎年1月1日付は1面に『年頭の主張』として掲載）&lt;br /&gt;
**オピニオン面：読者投書欄「談話室」、「正論」&lt;br /&gt;
**社会面：4コマ漫画「サラリ君」&lt;br /&gt;
**スポーツ面&lt;br /&gt;
**地方面&lt;br /&gt;
**家庭面（料理コーナーあり）&lt;br /&gt;
**[[番組表]]（地上波とNHK衛星2チャンネル、WOWOWアナログテレビは休刊日以外最終面、ラジオとデジタル衛星放送は中面。休刊日は2日分を中面一括掲載）&lt;br /&gt;
:天気欄は1面と第3社会面に掲載。1面は天気マークのみの掲載で、東京本社版は東京、札幌、仙台、秋田、長野、新潟、静岡、名古屋、大阪、高松、福岡、鹿児島、那覇の順に掲載。大阪本社版は大阪、大津、京都、神戸、奈良、和歌山、福井、岡山、広島、高松、東京、名古屋、福岡の順に掲載している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 夕刊（大阪本社のみ発行）の紙面構成 ===&lt;br /&gt;
*1面：「言葉の雑学」、「編集余話」、「夕焼けエッセー」※&lt;br /&gt;
*2面：ゆとり面&lt;br /&gt;
*3面：らいふ面&lt;br /&gt;
*4面：総合・国際面&lt;br /&gt;
*5面：スポーツ面&lt;br /&gt;
*関西経済面&lt;br /&gt;
*芸能面（ラジオ・衛星放送面併載）&lt;br /&gt;
*週間テレビガイド（毎週土曜掲載）&lt;br /&gt;
*関西社会面&lt;br /&gt;
*最終面：テレビ面（地上波のみ）&lt;br /&gt;
**大阪本社の夕刊は、2002年4月1日付から夕刊が近畿地方のみでの発行になったのと、同時に廃刊になった大阪新聞を紙面統合したことにより、他の全国紙の夕刊とは違って関西色を強めた紙面構成になっている。&lt;br /&gt;
**※「夕焼けエッセー」は土曜を除く毎日掲載。ただし、重大な事件・事故が起きた場合は休載することがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 発行所 ==&lt;br /&gt;
* [[産経新聞東京本社|東京本社]]　東京都千代田区大手町1-7-2 [[郵便番号]]100-8077&lt;br /&gt;
* [[産経新聞大阪本社|大阪本社]]　大阪市浪速区湊町2-1-57     郵便番号556-8660&lt;br /&gt;
; 対象地域&lt;br /&gt;
* 東京本社:関東、甲信越、静岡県、東北、北海道&lt;br /&gt;
* 大阪本社:近畿、北陸、中京、中国（山口県と島根県の一部除く）、四国、九州（沖縄県含む）&lt;br /&gt;
**東京本社版は[[2002年]][[3月30日]]をもって夕刊を廃止、朝刊単独紙になった。&lt;br /&gt;
**大阪本社版は2002年3月に廃刊になった[[大阪新聞]]と紙面統合、[[滋賀県]]、[[京都府]]、[[大阪府]]、[[兵庫県]]、[[奈良県]]、[[和歌山県]]と[[三重県]]の一部（[[名張市]]、[[伊賀市]]など）では2002年[[4月1日]]以降も一部の地域を除いて朝夕刊セットで発行。&lt;br /&gt;
**[[東北地方]]全県と[[富山県]]、[[石川県]]、[[岐阜県]]、[[愛知県]]、[[徳島県]]、[[高知県]]、[[沖縄県]]を含む[[九州地方]]全県には、県域地方版が掲載されていない。&amp;lt;br&amp;gt;東北地域版は[[2006年]]より[[青森県]]、[[秋田県]]、[[岩手県]]（北東北版）と[[山形県]]、[[福島県]]（南東北版）の県域地方版がそれぞれ統合された（[[宮城県]]版は存続）が、同年[[9月]]に再統合され県域版が廃止、東北版としてスタートした。&lt;br /&gt;
**全国紙ではあるが、[[島根県]]石見地方、[[山口県]]では[[1997年]]から発売されていない。&lt;br /&gt;
**九州地方全県と中京地区の一部には午後6時に締め切りとなる早版の朝刊（6版）が発送されている。6版では、社説、投書面、[[小説]]、[[4コマ漫画]]などは最終版（15版）とは1日遅れで掲載されている。&lt;br /&gt;
**:※但し[[名古屋市]]の主要ターミナル（[[名古屋駅]]など）では深夜締め切りの13版（主として[[近畿地方]]の[[京阪神]]通勤圏以外の地域と[[中国地方|中]]・[[四国地方]]向けの版　テレビ・ラジオ[[番組表]]は三重県版〔伊賀地域以外の地域〕のものを使用）を発売している。&lt;br /&gt;
**発刊部数が少ないため、専属の販売店は少ない。地方では他紙の販売店が販売していることが殆どである。朝日新聞の販売店が産経新聞も配達しているという光景も珍しくない。&lt;br /&gt;
***中京地区は[[中日新聞]]の販売店を通じて発売されているが、名古屋市及び三重県内にも産経の専売所が存在する。&lt;br /&gt;
***九州地方は[[西日本新聞]]の販売店を通じて発売されている。&lt;br /&gt;
***[[北海道]]には、東京本社発行版（最終版）が空輸で発送され、[[北海道新聞]]の販売店を通じて発売されている。&lt;br /&gt;
***[[沖縄県]]には、大阪本社発行版（最終版）が空輸で発送され、[[琉球新報]]の販売店を通じて発売されている。&lt;br /&gt;
***基本の版建て（締め切り時間の違いによる商品記号）は、締め切りの早い順に（遠隔地への配送順に）東京本社版が12版、12版△、13版、13版△、14版、14版△、15版、15版△。大阪本社版が朝刊では6版、13版、13版☆、無印※1、14版瀬※2、14版、14版☆、15版（まれに15版△あり）、大阪本社の夕刊は4版、4版☆、5版、5版☆となっている。&lt;br /&gt;
:::※1 - 無印とは、13版と14版の中間の版で、岡山工場(関連会社・サンケイ瀬戸内印刷の工場）で印刷され、中国・四国の地方都市に配送される。&lt;br /&gt;
:::※2 - 14版瀬とは、※1と同じく岡山工場で印刷された14版のこと。14版は朝夕刊セット地区（京阪神の通勤圏）に配送される版だが、岡山印刷は統合版のみの印刷となるため、瀬戸内の「瀬」と記載。[[岡山県]]と[[香川県]]の一部に配送されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本国内の総局 ==&lt;br /&gt;
:東北（[[仙台市|仙台]]）、[[さいたま市|さいたま]]、[[千葉市|千葉]]、[[横浜市|横浜]]、中部（[[名古屋市|名古屋]]）、[[京都市|京都]]、[[神戸市|神戸]]、[[岡山市|岡山]]、九州（[[福岡市|福岡]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:※[[中国地方]]の総局は[[広島市]]ではなく、印刷工場があるのと[[京阪神]]に近い理由から岡山市に置いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:※九州総局は、[[西日本新聞]]編集局内に報道デスクを置いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本国内の支局 ==&lt;br /&gt;
:[[札幌市|札幌]]、[[青森市|青森]]、[[盛岡市|盛岡]]、[[秋田市|秋田]]、[[山形市|山形]]、[[福島市|福島]]、[[新潟市|新潟]]、[[長野市|長野]]、[[甲府市|甲府]]、[[多摩市|多摩]]、[[八王子市|八王子]]、[[武蔵野市|武蔵野]]、臨海（[[港区 (東京都)|港区]]）、[[水戸市|水戸]]、[[宇都宮市|宇都宮]]、[[前橋市|前橋]]、[[川崎市|川崎]]、[[静岡市|静岡]]、[[浜松市|浜松]]、[[富山市|富山]]、[[金沢市|金沢]]、[[福井市|福井]]、[[岐阜市|岐阜]]、[[津市|津]]、[[大津市|大津]]、[[堺市|堺]]、北摂（[[豊中市]]）、[[関西国際空港|関西空港]]（[[泉佐野市]]）、[[舞鶴市|舞鶴]]、けいはんな（[[精華町]]）、[[阪神]]（[[西宮市]]）、[[姫路市|姫路]]、[[豊岡市|豊岡]]、[[洲本市|洲本]]、[[奈良市|奈良]]、[[和歌山市|和歌山]]、[[鳥取市|鳥取]]、[[松江市|松江]]、[[福山市|福山]]、[[広島市|広島]]、[[山口市|山口]]、[[徳島市|徳島]]、[[高松市|高松]]、[[松山市|松山]]、[[高知市|高知]]、[[那覇市|那覇]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:※札幌市以外の北海道内と、福岡県・沖縄県以外の九州地方各県には支局を置いていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==印刷工場==&lt;br /&gt;
*[[仙台市|仙台]]、[[所沢市|所沢]]、[[浦安市|浦安]]※、芝浦（[[東京都]][[港区 (東京都)|港区]]）、大淀（[[大阪市]][[北区 (大阪市)|北区]]）、北摂（[[摂津市]]）、[[松原市|松原]]、[[岡山市|岡山]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:※浦安工場は2008年春に移転する予定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:印刷工場はそれぞれ産経本体とは別の法人が運営。仙台は「'''仙台新聞印刷'''」、所沢・浦安・芝浦は「'''産経東京印刷センター'''」、大淀・北摂・松原は「'''産経大阪印刷センター'''」、岡山は「'''サンケイ瀬戸内印刷'''」が運営している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:[[東京新聞]]の横浜工場（[[横浜市]][[瀬谷区]]）、[[読売新聞]]の四国工場（[[香川県]][[坂出市]]）でも産経新聞を委託印刷している。産経の岡山工場では読売新聞の[[広島]]版と[[備後]]版を印刷している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連紙 ==&lt;br /&gt;
* [[サンケイスポーツ]]&lt;br /&gt;
** [[西日本スポーツ]]（サンケイスポーツが記事を配信）&lt;br /&gt;
** [[道新スポーツ]]（サンケイスポーツが記事を配信）&lt;br /&gt;
* [[夕刊フジ]]&lt;br /&gt;
* [[フジサンケイ ビジネスアイ]]&lt;br /&gt;
* [[サンケイリビング新聞]]&lt;br /&gt;
* [[SANKEI EXPRESS]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==地紋==&lt;br /&gt;
*旧『日本工業新』」時代は、横線に歯車を配していた。&lt;br /&gt;
*『産業経済新聞』に改題した時、波に変更。東京地区での『産經時事』、再統合後の『産經新聞』でも使用された。&lt;br /&gt;
*1969年『サンケイ』に改題した時、波の間に富士山が登場。&amp;lt;!--（富士山はフジテレビを表す）--&amp;gt;&lt;br /&gt;
*同年、横書きの題字に変更した時、地紋を富士山を象った模様に変更。&lt;br /&gt;
*1988年、『産經新聞』に改題し、同時に現在の題字に変更。地紋は青色無地となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==コラム==&lt;br /&gt;
*「点心」（?）&lt;br /&gt;
*「サンケイ抄」（?～1988年）&lt;br /&gt;
*「産經抄」（1988年～現在）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連著名人 ==&lt;br /&gt;
*[[司馬遼太郎]]&lt;br /&gt;
*[[鈴木邦男]]&lt;br /&gt;
*[[斉藤貴男]]&lt;br /&gt;
*[[みのもんた]]&lt;br /&gt;
*[[俵孝太郎]]&lt;br /&gt;
*[[青木彰]]&lt;br /&gt;
*[[久保紘之]]&lt;br /&gt;
*[[森喜朗]]&lt;br /&gt;
*[[額賀福志郎]]&lt;br /&gt;
*[[古森義久]]&lt;br /&gt;
*[[黒田勝弘]]&lt;br /&gt;
*[[石井英夫]]&lt;br /&gt;
*[[石川水穂]]&lt;br /&gt;
*[[山谷えり子]]&lt;br /&gt;
*[[阿比留瑠比]]&lt;br /&gt;
*[[松浪健太]]&lt;br /&gt;
*[[高山正之]]&lt;br /&gt;
*[[中司宏]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[産経新聞ニュース]]&lt;br /&gt;
* [[FNNテレビ朝刊]] - フジテレビ内では「サンケイテレビ朝刊」と表記&lt;br /&gt;
* [[大阪新聞]]&lt;br /&gt;
* [[オールカマー]]&lt;br /&gt;
* [[産経大阪杯]]&lt;br /&gt;
* [[サンケイホール]]&lt;br /&gt;
* [[よんななクラブ]] - 全国の[[地方紙]]が連携して[[2007年]][[4月7日]]に発足した運営サイト。管理者は[[共同通信]]。産経は[[大阪府]]の地方紙としての参加。&lt;br /&gt;
*[[フジサンケイグループ]]&lt;br /&gt;
**[[扶桑社]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連会社 ==&lt;br /&gt;
[[フジテレビ]]をはじめとしたフジサンケイグループ各社に関しては「[[フジサンケイグループ]]」を参照のこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連放送事業者 ==&lt;br /&gt;
[[2004年]]11月に自社の名義でテレビ局39社、ラジオ局31社の株式をフジテレビなどが所有していることを公表。[[有価証券報告書]]に虚偽の記載をしていることを認めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以下はその主なものである（株式の所有割合及び株主の順位は当該放送事業者の有価証券報告書又は半期報告書の訂正報告書に基づく訂正前のものであって最新のものを記載）。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[J-WAVE]] - 株式の4.65%を有す同率第2位の株主とされていたが実際の所有は株式会社ニッポン放送。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[FM802]] - 株式の10.0%を有す筆頭株主とされていたが実際の所有は株式会社ニッポン放送。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[TVQ九州放送]] - 株式の3.00%を有す同率第8位の株主とされていたが実際の所有は株式会社フジテレビジョン。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[チューリップテレビ]] - 株式の3.00%を有す同率第9位の株主とされていたが実際の所有は株式会社フジテレビジョン。&lt;br /&gt;
* [[秋田テレビ]]株式会社 - 株式の6.42%を有す同率第4位の株主とされていたが実際の所有は株式会社フジテレビジョン。&lt;br /&gt;
* [[沖縄テレビ放送]]株式会社 - 株式の6.2%を有す第3位の株主であったが同社の役員の名義としていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他 ===&lt;br /&gt;
* [[関西テレビ放送]]株式会社 - [[阪急阪神東宝グループ]]。[[阪急阪神ホールディングス]]（旧・阪急ホールディングス）の連結対象子会社だが、フジテレビジョンが筆頭株主。&lt;br /&gt;
* [[東海テレビ放送]]株式会社 - [[中日新聞]]グループ。フジテレビジョンも出資している。産経自体は創立当初出資していたが、現在は大株主上位10位に名を連ねていない（2004年3月31日現在。）。&lt;br /&gt;
* [[北海道文化放送]]株式会社 - [[北海道新聞]]グループ。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ西日本]] - [[西日本新聞]]グループ。リビング新聞発刊で提携関係にあるが、実際にはフジテレビジョンが大株主として出資。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[岩手めんこいテレビ]] - [[岩手日報]]・[[朝日新聞]]とも親密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[さくらんぼテレビジョン]] - [[Fuji News Network|FNN]]/[[フジネットワーク|FNS]]の最後発局のひとつ。仙台放送と親密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[仙台放送]] - かつては[[Nippon News Network|NNN]]とのクロスネットだった（[[宮城テレビ放送|MMT]]開局まで）。関連会社に産経新聞の東北地方販売分を印刷・発送する仙台新聞印刷がある。&lt;br /&gt;
* [[福島テレビ]]株式会社 - [[福島民報]]・[[毎日新聞]]系列。かつては[[JNN]]とのクロスネットだった。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[新潟総合テレビ]] - 故・[[田中角栄]]の遺族らが経営している[[越後交通]]グループ等と緊密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ静岡]] - [[静岡鉄道]]グループ。中日新聞とともに出資。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[長野放送]] - [[北野建設 (長野県)|北野建設]]グループで、[[第一法規出版]]・中日新聞も大株主に名を列ねている。&lt;br /&gt;
* [[富山テレビ放送]]株式会社 - 中日新聞（[[北陸中日新聞]]）・朝日新聞と親密。&lt;br /&gt;
* [[石川テレビ放送]]株式会社 - 中日新聞（北陸中日新聞）・東海テレビ放送と親密。&lt;br /&gt;
* [[福井テレビジョン放送]]株式会社 - 中日新聞（[[日刊県民福井]]）・[[熊谷組]]・[[朝日新聞]]と親密。&lt;br /&gt;
* [[山陰中央テレビジョン放送]]株式会社 - [[山陰中央新報]]グループ。[[テレビ朝日]]などとも親密。&lt;br /&gt;
* [[岡山放送]]株式会社 - 関西テレビ放送や[[オハヨー乳業]]・[[下津井電鉄]]が大株主。[[岡山日日新聞|岡日グループ]]とも親密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ新広島]] - [[中国電力]]グループと親密。[[中国新聞]]も出資。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ愛媛]] - 関西テレビ放送、読売新聞等も出資。&lt;br /&gt;
* [[高知さんさんテレビ]]株式会社 - FNN/FNSの最後発局のひとつ。[[高知新聞]]、関西テレビ放送とも親密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[サガテレビ]] - [[九州電力]]グループ。テレビ西日本・西日本新聞・[[佐賀新聞]]とも親密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ長崎]] - 西日本新聞・読売新聞と親密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ熊本]] - 西日本新聞・毎日新聞と親密。&lt;br /&gt;
* [[鹿児島テレビ放送]]株式会社 - [[岩崎産業]]グループで、[[南日本新聞]]が第二位株主。関西テレビ放送とも親密。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ大分]] - 西日本新聞・読売新聞と親密。クロスネット局。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ宮崎]] - [[宮崎日日新聞]]グループ。県下唯一のUHF局で、クロスネット局。&lt;br /&gt;
以上、FNN/FNS加盟28局。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[エフエム秋田]] - [[JFN]]系列FM放送局で、秋田テレビの関連会社でもある。ただし、同社は上位株主に名を連ねていない。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[エフエム仙台]](Date fm) - [[JFN]]系列FM放送局で、仙台放送の兄弟会社でもある。&lt;br /&gt;
* 株式会社[[テレビ神奈川]](tvk) - 首都圏独立UHF局。近年出資比率を下げた。&lt;br /&gt;
* [[テレビ山口]]株式会社 - 元々は[[東京放送|TBS]]とフジテレビの[[クロスネット局]]だった。現在はTBS系列に一本化されているが、フジテレビとの関係は今でも続いている。かつては[[宇部興産]]グループだったが、現在は山口トヨタ自動車のグループ企業。[[毎日新聞]]・TBSも出資。&lt;br /&gt;
* [[日本海テレビジョン放送]]株式会社 - [[日本テレビ放送網|日テレ]]系だが、[[フジテレビジョン]]が第2位[[株主]]（もともとフジテレビと同日に開局した。ちなみに山陰中央テレビは当初読売グループとのつながりが深かった）。上位10位に名を連ねていない（2004年3月31日現在。）のだが、フジサンケイグループとは資本的につながりはまだ強い。&lt;br /&gt;
* [[青森朝日放送]]株式会社 - 朝日新聞グループの一員で、[[テレビ朝日]]系。同社は第三位の大株主である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関係が深いその他の新聞 ==&lt;br /&gt;
* [[西日本新聞]]&lt;br /&gt;
* [[中日新聞]]&lt;br /&gt;
* [[北海道新聞]]&lt;br /&gt;
*:上記のブロック紙3紙とは、共同通信から記事配信を受けている関係もあり、主義・主張が正反対と言われながらも、実務面で協力関係にある。産経は首都圏・東北・関西圏以外ではほとんど勢力を持たないため、それを補う面もあり、産経新聞の宅配を肩代わりしてもらっているほか、[[フジネットワーク]]の整備も実際には4新聞が裏でかかわっている。&lt;br /&gt;
*:中日新聞社は前述のとおり過去の再建劇において、副社長として幹部を送り込んでいるが、自らは[[東京新聞]]を発行していることもあり、他の2紙に比べそれほど深い関係ではない。&lt;br /&gt;
*:西日本新聞は道新とともに産経との関係が特に深く、戦後半世紀以上にわたっている。テレビ西日本のネットチェンジ劇の背景には、西日本と産経の提携関係が、大きな影を落としている。&lt;br /&gt;
*:北海道新聞社は、自社で[[道新スポーツ|スポーツ新聞]]を発行するにあたり、サンケイスポーツと提携。近年3社の中で最も産経と深い関係にある。&lt;br /&gt;
* [[読売新聞グループ本社|読売新聞グループ]]&lt;br /&gt;
*:意外なことであるが、テレビでは敵対関係にある両者だが、新聞発行の実務面では協力関係にあり、中四国地方の一部では互いの印刷工場を融通しあっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* ドキュメント産経新聞私史（[[高山尚武]]　[[青木書店]]　1993年03月　ISBN 9784250930027）&lt;br /&gt;
* 産経が変えた風（ウェーブ産経事務局編　[[産経新聞ニュースサービス]]・[[扶桑社]]　2001年11月　ISBN 9784594032982　ISBN 4594032982）&lt;br /&gt;
* 蒋介石秘録（サンケイ新聞社　サンケイ新聞社出版局 1985年10月　ISBN 9784383024228　ISBN 438302422X）&lt;br /&gt;
* 産経抄　それから三年2001～2003（[[石井英夫]]　[[文藝春秋]]　ISBN 978-4167717056）&lt;br /&gt;
* いま明かす戦後秘史（上）（下）（[[櫻田武]]、[[鹿内信隆]]　[[サンケイ出版]] 1983年11月　ISBN 9784383022880　ISBN 438302288X　,　ISBN 9784383022897　ISBN 4383022898）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.sankei.co.jp/ 公式サイト]&lt;br /&gt;
* [http://www.sankei-kansai.com/ 産経関西]&lt;br /&gt;
* [http://www.sanspo.com/ SANSPO.COM]&lt;br /&gt;
* [http://zakzak.co.jp/ 夕刊フジZAKZAK]&lt;br /&gt;
* [http://pink.zakzak.co.jp/ 夕刊フジPinkZAKZAK]&lt;br /&gt;
* [http://www.yukan-fuji.com/ 夕刊フジBLOG]&lt;br /&gt;
* [http://www.sankei.co.jp/wave/ ウェーブ産経]（産経新聞愛読者の会）&lt;br /&gt;
* [http://www.iza.ne.jp iza（イザ！）]（blogポータル　傘下に記者の個人ブログあり）&lt;br /&gt;
* [http://www.sankei-digital.co.jp 株式会社産経デジタル]（産経デジタルの公式サイト）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:日本の新聞|さんけいしんふん]]&lt;br /&gt;
[[Category:産経新聞|*さんけいしんふん]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都のマスメディア|さんけいしんふん]]&lt;br /&gt;
[[Category:大阪府のマスメディア|さんけいしんふん]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Sankei Shimbun]]&lt;br /&gt;
[[eo:Sankei Shimbun]]&lt;br /&gt;
[[fr:Sankei Shinbun]]&lt;br /&gt;
[[ko:산케이 신문]]&lt;br /&gt;
[[zh:產經新聞]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja|産経新聞}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>202.208.159.182</name></author>	</entry>

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