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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<updated>2026-05-17T17:38:16Z</updated>
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		<title>トーク:ウィキペディアの利用者</title>
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				<updated>2007-07-30T19:12:38Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;195.93.60.10: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;ページ白紙化は推奨できません。--[[利用者:Noda,Kentaro|Noda,Kentaro]] 2007年5月30日 (水) 03:19 (JST)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウィキペたん、他のキャラについては[[ウィキペディア日本語版のマスコット]]へどうぞ。--[[利用者:Noda,Kentaro|Noda,Kentaro]] 2007年6月2日 (土) 18:43 (JST)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
タグを貼るOCNの利用者さん、見づらいのでやめましょう。FREEZA君かな。--[[利用者:Noda,Kentaro|Noda,Kentaro]] 2007年7月14日 (土) 02:54 (JST)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
FREEZA君は「タグみづらい」とBeyond氏に言われた後に、IPアドでタグ貼りを行っている悪質利用者ですので、投稿ブロックの可能性も考慮に入れておいてください。--[[利用者:Noda,Kentaro|Noda,Kentaro]] 2007年7月14日 (土) 02:56 (JST)&lt;br /&gt;
:タグを貼っているIPは私ですがREEZAではないですよ。--[[利用者:60.43.28.183|60.43.28.183]] 2007年7月14日 (土) 13:57 (JST)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たしかにREEZAではない。FREEZAだ。韓国をたの。--[[利用者:Noda,Kentaro|Noda,Kentaro]] 2007年7月15日 (日) 03:02 (JST)&lt;br /&gt;
:[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:Noda,Kentaro この利用者]について書いちゃおうかなあ。--[[利用者:60.43.28.183|60.43.28.183]] 2007年7月16日 (月) 15:36 (JST)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
おばんざいやさんで行われた接待をよっぽど隠したい人がいるんですねー。それほど、「極秘」オフだったと言うことか。--[[利用者:Noda,Kentaro|Noda,Kentaro]] 2007年7月26日 (木) 20:06 (JST)&lt;br /&gt;
:どうしようもない厨だな、こりゃ。&amp;lt;small&amp;gt;—-以上のコメントは[[利用者:82.80.248.176|82.80.248.176]]氏が2007年7月26日 (木) 20:12に投稿したものです。&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ツールを使って重くしてる人は誰でしょうね？--[[利用者:Noda,Kentaro|Noda,Kentaro]] 2007年7月27日 (金) 05:05 (JST)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
フォークを主張する人は「彼が音楽と称するものは、幼稚園児の落書きか、またはそれ以下である。」という記述の保存を行っておりますが、厳密にはこれは名誉毀損です。訴えるようなことがない代わりに、'''記事のフォークなどと言うふざけたことはやめていただきたく思います。'''--[[利用者:Noda,Kentaro|Noda,Kentaro]] 2007年7月27日 (金) 05:25 (JST)&lt;br /&gt;
:いきなり差し戻さなかったこと'''だけ'''は褒めてあげましょう（本当は当然のことですけど）。私はネット上で流通している、あなたの演奏を聞いたことがありますが、はっきり言ってとても「音楽」と呼べるシロモノではありませんでした。鍵盤のタッチもただ叩きつけているだけの印象でした。ただ天才は、時代が付いてこないので、理解されない事は往々にしてありうることです。もしかするとあなたが「音楽と称しているモノ」も、今から1,000年後くらいには理解されるのかも知れません。--[[利用者:Y.D.Force|Y.D.Force]] 2007年7月27日 (金) 05:30 (JST)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたの意見は、残念ながら「個人的感想」であって事実ではありません。厳密には名誉毀損であることだけ、知っていただきたく思われます。--[[利用者:Noda,Kentaro|Noda,Kentaro]] 2007年7月27日 (金) 05:35 (JST)&lt;br /&gt;
:出典の数がゼロのあなたの記事が「事実」ですか。社会人が聞いて呆れますね。無根拠（あるいは弱すぎる根拠からの邪推）で、在日だの外国人だの喚いてるあなたに「個人的感想」などと非難できる道理はありませんよ。--[[利用者:60.43.28.183|60.43.28.183]] 2007年7月27日 (金) 13:00 (JST)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''「彼が音楽と称するものは、幼稚園児の落書きか、またはそれ以下である。」という編集は、名誉毀損に該当します。やめていただきたく思います。--[[利用者:Noda,Kentaro|Noda,Kentaro]] 2007年7月27日 (金) 06:09 (JST)'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
管理者のbeyond氏は、実名を表記する必要性をしばしば論じておられます。今後誹謗中傷が私に対してなされるようでしたら、誰が行っているのか実名を表記されることを勧めます。--[[利用者:Noda,Kentaro|Noda,Kentaro]] 2007年7月27日 (金) 07:03 (JST)&lt;br /&gt;
:何も分かっていない証拠ですね。実名を明記したところで、「実名と称した名前を明記した人物」と「その実名と称した名前を持つ人物」の同一性が示されたことにはなりません。私は未だにあなたがピアニスト・作曲家の[[野田憲太郎]]氏本人かどうか確信を得ていません。あなたは、現時点で「Noda,Kentaro」という'''記号'''&amp;lt;small&amp;gt;（この記号はYourpediaでは「利用者名」と呼ばれる）&amp;lt;/small&amp;gt;を冠しただけの仮想の存在であることを自覚すべきです。--[[利用者:60.43.28.183|60.43.28.183]] 2007年7月28日 (土) 03:02 (JST)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
単なる中傷は遠慮しないでどんどん消しましょう。--[[利用者:195.93.60.10|195.93.60.10]] 2007年7月31日 (火) 04:12 (JST)&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>195.93.60.10</name></author>	</entry>

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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E9%9F%B3%E6%A5%BD&amp;diff=10578</id>
		<title>現代音楽</title>
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				<updated>2007-07-27T15:49:04Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;195.93.60.10: /* 映画音楽 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{クラシック音楽}}&lt;br /&gt;
'''現代音楽'''（げんだいおんがく）とは、西洋[[クラシック音楽]]の流れにあり[[20世紀]]後半から現在に至る[[音楽]]を指す。ただし他の時代の西洋音楽史の区分のように、様式によって区分されたものではない。現代音楽は[[調性]]をはじめとする従来の音楽様式を否定した前衛的な音楽を指すことが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現代音楽という言葉が一般的に指し示す範疇にとらわれない、ポップやジャズ、ロックなど現代における音楽全般については、[[現代の音楽]]の項を参照のこと（隣接他分野の音楽については後述）。また[[現代音楽/地域別の動向|地域別の動向]]も参照のこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 総論 ==&lt;br /&gt;
20世紀以降のクラシック音楽は、時代的に見て大まかに[[近代音楽]]と現代音楽に分けられる。近代音楽と現代音楽の境界をどこに設けるか、統一的な見解はない。場合によっては近代音楽と現代音楽の区分を設けず20世紀初頭からのクラシック音楽の流れを現代音楽ととらえる考え方もある。しかし一般的には[[第二次世界大戦]]をもって近代音楽との境界とし、戦後を現代音楽として取り扱うことが多い（ただし、戦前でも[[新ヴィーン楽派]]、[[ベラ・バルトーク|バルトーク]]、[[エドガー・ヴァレーズ|ヴァレーズ]]、[[チャールズ・アイヴズ|アイヴズ]]など一部の先鋭的な作曲家や潮流は現代音楽に含む意見もある。さらに、[[新ヴィーン楽派]]の[[無調]]以降だがしかし[[ヒンデミット]]や[[オネゲル]]らの後発音楽は近代とみなす、または逆に[[ブーレーズ]]のように[[クロード・ドビュッシー|ドビュッシ－]]の「[[牧神の午後への前奏曲]]」をもって現代音楽は始まったと言う人もいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本項では、特に記述すべき事項のみ戦前も扱うが基本的には戦後からの記述とし、[[19世紀]]末あるいは[[20世紀]]初頭から[[1945年]]までの事項については[[近代音楽]]の項に譲ることとする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本項で取り扱う[[第二次世界大戦]]後の音楽は、一般に[[1960年代]]末ごろまでが「前衛の時代」とされる。この時代は、戦前においては最も前衛的な語法とされていた[[十二音音楽]]が多くの作曲家によって取り上げられるようになり、またその十二音音楽の理論をさらに発展させた[[トータル・セリエリズム]]（セリ・アンテグラル）、電子的な発音技術を取り入れた[[電子音楽]]や録音技術による[[ミュジーク・コンクレート]]、サイコロやくじなどランダムな現象を取り入れ、あらかじめ決定された意思としての音楽を否定した[[偶然性の音楽]]、音域の密集したたくさんの音を塊のように同時に鳴らす[[トーン・クラスター]]、わずかな音形を執拗に繰り返しながら徐々にその形を変える[[ミニマル・ミュージック]]、楽譜でも[[図形譜]]や言語による楽譜など、それまでの音楽史の諸様式の範ちゅうを大きく塗り替えるさまざまな音楽が登場した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、「楽譜そのものを芸術としてみる」概念も[[ダダ]]の時代に開発された。[[エルヴィン・シュールホフ]]の「五つのピトレスケ」の第三曲は、全く意味をなさない[[顔文字]]と[[休符]]だけで全曲が構成された最初の音楽作品である。同時期に[[アルフォンス・アレー]]の「耳の不自由なある偉人の葬儀のために作曲された葬送行進曲」という空白の小節のみで書かれた作品もある。[[ジョン・ケージ]]はこれらの作品を知らなかったにもかかわらず、後年独力で無音の「[[4分33秒]]」を書き上げることになった。ディター・シュネーベルの「モノ」は本を見て音楽を感じる本・楽譜であって演奏するものではない。最近では[[デスワルツ]]のように、前衛の時代の[[図形譜]]のパロディがインターネット上で話題になることもあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1970年代]]（一説には[[1968年]]）以降のいわゆる「前衛の停滞期」以降は、調性感および音楽が喚起させる感情の復権を目指した[[新ロマン主義]]や[[新しい単純性]]など、過去の音楽への回帰をめざす[[マニエリスム]]と呼ばれる風潮が強まった。しかしさらにそれへの反動として西ヨーロッパを中心に、聴き手により複雑な事象の認識を要求させる[[新しい複雑性]]や[[ポスト構造主義]]、音波を科学的に分析して音楽に応用する[[スペクトル楽派]]など、[[エクスペリメンタリズムの音楽]]と呼ばれる前衛的な作曲傾向も見られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このように様式は様々であるが、それまでのクラシック音楽の常識であった[[調性]]（協和音）的な音響や規則的なリズムなど、一般に認知されている音楽言語から大きく逸脱したものが多い（ただし[[マニエリスム]]の音楽はその逸脱からの帰還を目指している）。そのため一般的なイメージとして「聞きにくい」、「わけがわからない」などネガティブなものが多く、好んでこれらの音楽を聴く層はある程度限られる。しかし、芸術や人文科学の進歩としての活動、文化教育的な活動として、周辺芸術や人文科学関係（哲学など）にかかわる芸術家、学者、また愛好家たちを中心に、新たな音楽を求める活動を支持する厚い層が存在する。演奏家や演奏団体も、自分たちの演奏表現として新たな音楽の発信にかかわりたいという考えから進んで現代音楽を取り上げる奏者も多い。また各国の文化政府や、芸術を支援する財団、あるいは公共放送局などからの保護と育成も受けており、作曲家たちの活動を支えている。作曲家たちもまた、それらの知性の積み重ねと進歩に対して自らの新しいメッセージを付加すべく新たな音楽を開拓し発信していくことで、それらの文化的あるいは経済的な支援や聴衆の期待に応えている。聴衆の期待に応えるということは決して聴衆の好みに合わせて作風を曲げたり必要以上にわかりやすすぎる音楽を作るということではなく、作曲を通しての知性への問題提起という行為によって果たされるのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また現代音楽の分野は、[[現代美術]]など同時代の他の芸術の分野とも無縁ではなく、並行しながら動いている。近代音楽が[[印象派]][[絵画]]に触発されたように、[[ジョン・ケージ]]は[[ロバート・ラウシェンバーグ]]をはじめ[[ネオダダ]]、[[フルクサス]]の芸術家など多くの現代美術家に影響を与えた。フルクサスに所属した芸術家は音楽家や美術家、詩人など多数のジャンルにまたがり、たとえば[[ビデオ・アート]]の[[ナムジュン・パイク]]も当初は現代音楽家であった。[[ミニマル・ミュージック]]や[[ミニマル・アート]]など、[[ミニマリズム]]も音楽と美術で同時期に起こっている。1970年代以降の[[サウンド・アート]]や[[メディア・アート]]などでも、両者の共同作業が行われることは珍しくない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==他分野の音楽、およびそれらとの相互の影響==&lt;br /&gt;
今日、クラシック音楽の流れとしては見なされない他分野の音楽（例えばポップ、ジャズ、ロックなど、主に商業音楽と位置づけられている音楽分野）は、クラシック音楽とは分けて考える認識が一般的である（この定義・問題についての詳細は[[現代の音楽]]の項で扱うこととする）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これら他分野の音楽への現代音楽の影響としては、[[1960年代]]後半頃以降、[[フリー・ジャズ]]や[[コンテンポラリー・ジャズ]]、あるいは[[プログレッシブ・ロック]]、[[ノイズミュージック]]などのジャンルに影響を与えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また先に述べた「マニエリスムの音楽」の一部には、こうした他分野の商業音楽の語法を取り入れた音楽もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===商業音楽との境界===&lt;br /&gt;
{{出典の明記}}&lt;br /&gt;
ドイツ語では、[[まじめな音楽]]“Ernste Musik(E-Musik)”と[[娯楽音楽]]“Unterhaltungsmusik(U-Musik)”という分類があり、この「まじめな音楽」がクラシック音楽および現代音楽を指す（他民族の音楽においても伝統にのっとった厳粛なものや宮廷音楽などの場合はE-Musikに相当すると考える）。現代においては、主に商業の流通に直接のっとった音楽[[商業音楽]]をU-Musikと呼び習わしている。他の国での考え方もほぼこれと同類であると見てよい。日本語では大雑把にいって[[クラシック音楽]]が前者(E-Musik)、[[ポピュラー音楽]](U-Musik)が後者に当たる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただしこの（ドイツ語を借りれば）E-MusikとU-Musikのいわゆる中間に位置する音楽というものも多数存在する。これらはU-Musikの範疇としては進歩的・先鋭的な立場にあるが、E-Musikの範疇では（一般的な価値観では）扱われない音楽を指す。これらの音楽はアヴァン・ポップ（avant pops）とも呼ばれている。パブロ・メルクは一時期E-MusikとU-Musikの混血児のような作風に没頭しており、アンリ・プスールの作品に「E-Musik?それともU-Musik?」という題名の作品がある。[[セミ・クラシック]]と呼ばれる音楽もこれに該当する。この領域の音楽が、最も著作権問題にうるさい音楽になっている。{{要出典}}&amp;lt;!--出典：映画音楽やそのたの著作権問題に関する裁判の記録←？？？--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===映画音楽===&lt;br /&gt;
[[映画音楽]]については、そのほとんどが前項の娯楽音楽に含まれるという認識が一般的だが、現代音楽の作曲家が映画音楽を手がける例もあり、そのうちのいくつかは（その映画作品そのものの芸術的・先鋭的な姿勢に呼応して）先鋭的な音楽をつける場合がある。こうした音楽は現代音楽と認識される場合がある。こうした例は現代音楽に限らず、[[トーキー|トーキー映画]]が登場した[[20世紀]]初頭の[[近代音楽]]においても見られる（あるいは[[サイレント映画]]の伴奏も含む）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近代での具体例&lt;br /&gt;
*映画「[[アレクサンドル・ネフスキー (映画)|アレクサンドル・ネフスキー]]」監督：[[セルゲイ・エイゼンシュテイン]]／音楽：[[セルゲイ・プロコフィエフ]]（後に同名のカンタータにまとめた）&lt;br /&gt;
*映画「[[美女と野獣]]」 監督：[[ジャン・コクトー]]／音楽：[[ジョルジュ・オーリック]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現代での具体例&lt;br /&gt;
*映画「[[怪談 (1964年映画)|怪談]]」 監督：[[小林正樹]]／音楽：[[武満徹]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、現代音楽の既存の作品が映画のBGMとして流用される場合もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
具体例&lt;br /&gt;
*映画「[[2001年宇宙の旅]]」 監督：[[スタンリー・キューブリック]]／二次使用された音楽：[[ジェルジ・リゲティ]]「ルクス・エテルナ」および「アトモスフェール」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現代音楽やそれに近い先鋭的な音楽が当てはめられる映画は、往々にして[[ホラー映画]]ほか恐怖を題材とした映画が多く、またホラー映画製作中に最適なBGMや作曲家を求めて現代音楽にたどり着く例もある。「[[エクソシスト (映画)|エクソシスト]]」を監督した[[ウィリアム・フリードキン]]は、当初予定されていたラロ・シフリンのメロドラマ的な映画音楽を起用せず、[[プログレッシヴ・ロック]]と現代音楽の境に位置する[[マイク・オールドフィールド]]の「チューブラー・ベルズ」を起用して観客に強い印象を与えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現代音楽の作曲家が映画音楽の仕事を手がける場合は、その理由に収入もあるが、演奏会用純音楽ではなかなか実験できない新しいアイデアを、映画音楽において試みる場とすることがある。オーケストレーションの実践であったり、あるいはそれまで作曲家にとって使ったことのない楽器や音響技術を試みる場合もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本での例では[[伊福部昭]]、[[早坂文雄]]などの先例に続き、[[武満徹]]、[[池辺晋一郎]]、[[菅野茂]]などが映画音楽に多くかかわっている。武満の例では、琵琶や尺八を最初に用いたのは映画音楽の中であり、その後に代表作「ノヴェンバー・ステップス」など純音楽でも邦楽器を進んで用いるようになった（詳細は[[武満徹]]の項を参照）。また映画音楽に限らず、演劇の舞台音楽やテレビ番組（特にドラマやドキュメンタリー番組など）の音楽などを手がける場合もある。珍しい例ではないが、[[ベルント・アロイス・ツィンマーマン]]は一時期、収入がそのような音楽の仕事のみになったことがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近年の[[マニエリスムの音楽]]の作曲家は、映画音楽そのものを純音楽として演奏会で上演する場合も多い。映画用の音楽だから普段の作風とは別にわかりやすいものを作るという考えではなく、もはや映画音楽と自己の純音楽との作風がほとんど大差ないといえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
具体例&lt;br /&gt;
*映画「[[ピアノ・レッスン]]」 監督：[[ジェーン・カンピオン]] ／音楽：[[マイケル・ナイマン]]&lt;br /&gt;
*映画「[[クンドゥン]]」 監督：[[マーティン・スコセッシ]]／音楽：[[フィリップ・グラス]]&lt;br /&gt;
*映画「[[戦場のメリークリスマス]]」 監督：[[大島渚]] ／音楽：[[坂本龍一]]&lt;br /&gt;
*映画「[[風の谷のナウシカ]]」以降の[[宮崎駿]]監督のアニメ映画／音楽：[[久石譲]]（彼はこの仕事の成功により、現在では映画音楽の作曲家としての名声のほうが高い）&lt;br /&gt;
*映画「[[レッド・バイオリン]]」 監督：[[フランソワ・ジラール]]／[[ジョン・コリリアーノ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
映画音楽が折衷主義的なポジションを得た最大の要因は、亡命した[[エーリヒ・ウォルフガング・コルンゴルト]]がハリウッドで後期ロマン派の様式による音楽を書き続けたことが非常に大きい。彼がこのような仕事をもし引き受けていなかったら、映画音楽はマニエリスムの音楽の巣窟にはならなかったという可能性が指摘されている。カリフォルニアで教鞭をとった[[アルノルト・シェーンベルク]]のレッスンを受けた者の多くが、ハリウッドで映画音楽の製作に関わっているのではないかという説があるのは興味深い。原則的に未聴感ではなく既聴感に訴えかける産業がこのような経緯で成立している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===具体音の導入===&lt;br /&gt;
[[ミュジーク・コンクレート]]におけるサンプリング手法はその後、電子的な[[サンプラー]]により、一般的なポップミュージックにも応用されるようになった。これは具体音の録音を音楽の一部として認識するという意味において特筆すべき事項である。音を録音してさらにそれを電子的な技術により変調させたものを使うという発想が一般に定着したのは、ミュジーク・コンクレートの功績が大きい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただしクラシック音楽の歴史において具体音を効果として盛り込む試みはすでに多く見られる。例えば[[レオポルト・モーツァルト]]の「おもちゃの交響曲」での鳥笛など音の出るおもちゃ、[[ヨーゼフ・シュトラウス]]の「鍛冶屋のポルカ」での鉄のレールをハンマーで叩く音、[[グスタフ・マーラー|マーラー]]の交響曲で使われる木づちや鎖など特殊な打楽器などである。セミクラシックと呼ばれる[[ルロイ・アンダーソン]]の「タイプライター」では、題名どおりそのものを打楽器として用いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[音楽劇]]の中で劇中の小道具を音楽に取り込む用法としては[[リヒャルト・ワーグナー|ワーグナー]]の楽劇「[[ニュルンベルクのマイスタージンガー]]」で、主役の靴職人ハンス・ザックスが宿敵ベックメッサーの歌の練習を邪魔して靴を叩く音を挿入したり、サティの舞台音楽「パラード」で大騒ぎの挙句ピストルやサイレンの音を挿入したりするなどの例が挙げられる（サイレンの音は、後に[[エドガー・ヴァレーズ]]が「イオニザシオン」などで純音楽的効果として用いている）。これらは録音技術以前において具体音を音楽として取り込んでいる例である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また具体音を楽音で模した例となると無数にある。[[シャルル＝ヴァランタン・アルカン]]、[[アルチュール・オネゲル]]、[[ルエド・ランゴー]]が鉄道の音を模倣しているが、アルカンのころには既存の音楽の枠に具体音を押し込めていたのが、ランゴーのころには忠実な具体音の模写そのものが音楽になっている。直接的な音響効果を求めるだけでなく、その音響を聴き手が認識することによってその音から別の事象が連想されるという意味合いがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これら具体音の導入は、商業音楽などの分野にも決定的な影響を与えた。日本における前衛的音響はテレビ番組の効果音から[[J-POP]]のバックトラック、果ては[[アニメ]]の[[サウンドトラック]]まで幅広く浸透しており、「作品としてなら聞けないが、効果としては聞ける」受容へ至っている。簡単に受け入れられた例として「[[ゴジラ_%28架空の怪獣%29|ゴジラ]]」の鳴き声を挙げておく。[[伊福部昭]]の発案によるこの音は、[[コントラバス]]の[[特殊奏法]]を最大限に増幅して得られた。本来微小な音響を最大限に増幅する手法は[[小杉武久]]や[[池田亮司]]の作品においてしばしば現れるものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===現代音楽における他分野の音楽の引用===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この試みについては古くは[[20世紀]]初頭での[[チャールズ・アイヴズ|アイヴス]]の異なる音楽同士の組み合わせや、[[ジョージ・ガーシュウィン|ガーシュウィン]]の「[[ラプソディー・イン・ブルー]]」におけるジャズの語法の導入、さらにさかのぼれば[[18世紀]]に[[ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン|ベートーヴェン]]が当時の流行歌を主旋律に取り込んで変奏曲に用いたピアノ三重奏曲「街の歌」などにも見られる。これらは単に語法を取り込んだという事実だけでなく、その語法を取り込むことによって聴き手に既聴感を想起させ喜ばせるという意味合いも生まれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
主に近年の[[マニエリスムの音楽]]の作曲家の間では、こうした手法は広く行われている。現代音楽の古典としての地位を占める作曲家[[ルチアーノ・ベリオ]]の一部の作品では、例えばテープ音楽「迷宮」において、[[フリー・ジャズ]]的な語法およびポップ音楽のバックコーラス的な[[スキャット]]唱法などがかいま見えるが、これは後のマニエリスムの音楽の潮流の到来を予感させるとも言える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その最大の立役者はドイツのケルンの[[カールハインツ・シュトックハウゼン|シュトックハウゼン]]の先輩にあたる[[ベルント・アロイス・ツィンマーマン]]であろう。彼のクラシック音楽のほとんどまたは常に登場する[[ジャズ]]の語法と引用の頻度の多さでの[[コラージュ手法]]は、他の作曲家の追従を許さない反面、[[セルゲイ・プロコフィエフ|プロコフィエフ]]や[[レオシュ・ヤナーチェク|ヤナーチェク]]、[[カール・オルフ]]の繰り返しの技法のように常にその一定の作法に頼ってしまうという危険性も併せ持っている。引用音楽の王者とも言われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==参考文献==&lt;br /&gt;
*ポール・グリフィス・著、石田一志・佐藤みどり・共訳『現代音楽　１９４５年以後の前衛』音楽之友社、1987-12-20出版。ISBN 4276113520&lt;br /&gt;
*[[船山隆]]・著『現代音楽』（全2巻）小沢書店、1983年4月。&lt;br /&gt;
*[[松平頼暁]]・著『現代音楽のパサージュ（20.5世紀の音楽増補版）』青土社、1995年。ASIN 4791753585&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[現代音楽/地域別の動向]]&lt;br /&gt;
*[[近代音楽]]&lt;br /&gt;
*[[現代の音楽]]&lt;br /&gt;
*[[近現代音楽の作曲家一覧]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- *[[20世紀のクラシック音楽作曲家一覧]] --&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[日本のクラシック音楽の作曲家一覧]]&lt;br /&gt;
*[[前衛]]&lt;br /&gt;
*[[現代邦楽]]&lt;br /&gt;
*[[現代雅楽]]&lt;br /&gt;
*[[電子音楽]]&lt;br /&gt;
*[[平均律]]&lt;br /&gt;
*[[前衛の終焉]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:現代音楽|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:クラシック音楽|けんたいおんかく]]&lt;br /&gt;
[[Category:クラシック音楽史|けんたいおんかく]]&lt;br /&gt;
[[Category:モダニズム|けんたいおんかく]]&lt;/div&gt;</summary>
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