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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<updated>2026-05-17T05:21:54Z</updated>
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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%AD%E4%B8%96_(%E5%B0%8F%E8%AA%AC)&amp;diff=327880</id>
		<title>中世 (小説)</title>
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				<updated>2016-08-11T06:02:30Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;180.6.249.20: /* 参考文献 */ *[http://yaplog.jp/u-sugu/archive/368 世の中って不公平だな]&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;『'''中世'''』（ちゅうせい）は、[[三島由紀夫]]の[[短編小説]]。[[大東亜戦争|戦争]]中、20歳の三島が遺作として執筆していた作品である&amp;lt;ref name=&amp;quot;hennreki&amp;quot;/&amp;gt;。[[1945年]]（昭和20年）、雑誌「文藝世紀」2月号に第2回途中まで掲載され、続きから第3回までを掲載予定だった3月号は発行前に[[東京大空襲]]で焼失し、第4回は翌年1946年（昭和21年）1月号に掲載された。その後、同年に雑誌「[[人間 (雑誌)|人間]]」12月号に初めて全編掲載された。単行本は、三島死後の1998年（平成10年）3月10日に[[講談社文芸文庫]]より刊行された。同書には他に5編の短編が収録されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
25歳に陣中で夭折した[[足利義尚]]を悼んでの父・[[足利義政]]の嘆きと、この世ならぬ[[魂]]の招来を格調高い美文で綴った[[室町時代]]の物語。三島文学の美への基調を窺わせる作品となっている&amp;lt;ref&amp;gt;「カバー解説」（『中世・[[剣 (小説)|剣]]』）（[[講談社文芸文庫]]、1998年）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本作は、戦争中、[[中島飛行機]]小泉製作所に[[勤労動員]]されていた三島が、[[赤紙]]で中断覚悟で執筆しはじめた作品である&amp;lt;ref name=&amp;quot;hennreki&amp;quot;/&amp;gt;。また、「文藝世紀」に掲載されたものを読んだ[[川端康成]]が賞讃の声を漏らしていたことから、戦後、三島の川端初訪問のきっかけとなった作品で、その後、川端主宰の雑誌「人間」の全編掲載に至った&amp;lt;ref name=&amp;quot;hennreki&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== あらすじ ==&lt;br /&gt;
[[足利義尚]]が陣中で亡くなった。義尚に寵愛されていた[[若衆|少人]]・菊若は後を追おうとするが、霊海禅師にその意を見抜かれ、禅師の蘭若（寺）に留まった。義尚の父・[[足利義政|義政]]老公の悲しみも癒えなかった。ある夕、[[苔]]むした大[[亀]]が部屋に入ってきた。義政は、キキと鳴く澄んだ眼の大亀に愛着を覚える。星を見ては号泣する亀を抱きながら、義政は[[銀河]]を眺め暮した。義政は[[精霊]]の世界に心を惹かれ、ついには寝食を廃するに至った。老医師・鄭阿は[[不老不死|不死]]の薬を求め旅に出た。義政は[[東山殿]]に[[巫女]]らを集め、[[降霊]]の儀式をするが、息子・義尚の霊は降りなかった。しかしその中の美しい一人の巫女・綾織が義政にみそめられ、酒宴が開かれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もはや菊若を離れて生き得なかった霊海禅師は、このまま菊若を寺に置きたいと希うのみだったが、心苦しい菊若が[[僧#剃髪|剃髪]]を願い出ると、そのみどりの黒髪をただ見つめるばかりで霊海には答えはなかった。[[入梅]]近き夜、菊若の床へ霊海が忍び、涙を流して愛を告白した。やがて寺の侍僧は悉く暇をとり、[[檀越]]たちは禅師と菊若が相携えて山道を歩くのをしばしば見かけるようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
霊に飽いた義政の心を翻えそうと力めた巫女・綾織は、近きに在るだろう[[巫]]を探すように義政に言った。義政は菊若を思い浮かべ、探索の使者を遣わした。不死の薬の調合書を手に入れて戻った鄭阿は心悩みながら、[[菊]]の花で満開の庭を歩く老大亀を呼んだ。物言わぬその魂、中世の体現者のようなその亀を、鄭阿もまた愛した。亀は赤い目で黙っていた。鄭阿の袖の中で亀はキキとも鳴かなかった。美しい菊若が義政の元へやって来た。菊若を見て綾織は愉悦に輝いた。菊若の蹠が時々すっと地を離れ、義尚の魂が乗り移った。菊若は綾織の腕に抱かれ、亡き義尚の霊の言葉を厳かに語り出した。その頃、鄭阿は遂に大亀を殺め、不死の薬に欠くべからざるその[[脳髄]]を取り出し、[[骸]]は星空の燦たる池に沈めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
降霊を終え疲れ果てた菊若は、霊海禅師の寺に戻ったが、月の出と共にうなされはじめた。綾織が寺の山門に立ち、菊若を迎えに来た。綾織は母のように菊若をかき抱き、その冷たい手を温めた。その息は[[蓮]]の露がこぼれるかのように尊く、霊海は合掌した。綾織は菊若の手を引いて山を下りていった。霊海は縋ったが、綾織の神意の充ちた篝（かがり）のような眼差に負けた。綾織と菊若は[[鴨川 (淀川水系)|上加茂]]の流れに二人手をとり合って入水し、後にそれを知った霊海も[[自刃|刃]]に伏した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
延命の賀宴で、鄭阿による不死の薬の盃が義政老公へ参らされた。琥珀の液を老公は飲み干した。興に乗った人々は老公をお誘いして、紅葉の池に船を泛べた。二階堂行二は櫂に亀の骸が当たり絡まるのを見て、舟人を目で制し、お気付きになかったように祈りながら義政老公を盗み見た。老公は和やかな微笑で家臣らを見比べておられた。もしや亀の死も綾織の失踪もとうに老公は知っておられたのではなかったか。その顔は紅葉の影をうつして美しく茜さした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
鄭阿はお暇を賜り、再び旅に出た。死すべき時は選びえずとも、どうして死所を選びえぬことがあろう。帰思方（まさ）に悠なる哉。鄭阿は故地の[[福州市|福州]]を目指した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 登場人物 ==&lt;br /&gt;
;足利義尚&lt;br /&gt;
:[[長享]]3年3月26日、25歳で[[近江国]]鈎里の陣中で死去。切れ長の目。智勇[[文武両道|文武]]を兼ね備えた名君。&lt;br /&gt;
;足利義政&lt;br /&gt;
:義尚の父。[[東山殿]]に住む。息子亡き後、悲しみに打ちひしがれて衰弱し狂気の兆候が出る。ある日部屋に入ってきた草色の苔むした大亀の澄んだ眼が忘れられなくなり、それを飼う。精霊の世界に心惹かれてゆく。&lt;br /&gt;
;菊若&lt;br /&gt;
:[[能楽師]]。美しい[[若衆|少人]]。義政、義尚親子二代にわたり寵愛を受け、伽を勤める。15歳の時に義尚から「菊若」の名を賜り、お招きを受けた。女と見紛う双手の舞があでやか。匂いやかな黒髪。&lt;br /&gt;
;霊海禅師&lt;br /&gt;
:[[僧侶]]。義尚の後追い自殺をしようと考えていた菊若を思いとどまらせているうちに、菊若を愛するようになる。&lt;br /&gt;
;能の[[囃子方]]&lt;br /&gt;
:義尚の出陣の宴の舞台で、鼓の皮が破れ、義政老公に手討にされる。&lt;br /&gt;
;若い女&lt;br /&gt;
:東山殿の奥勤めをする女たちの中の最年少の女房。&lt;br /&gt;
;二階堂政行（行二）&lt;br /&gt;
:号は行二。義政を[[双六]]に誘う。[[僧#剃髪|剃髪]]している。&lt;br /&gt;
;鄭阿&lt;br /&gt;
:老医師。[[唐]]の血を引く。[[不老不死|不死]]の薬を求めて[[北九州市|北九州]]の[[港湾|湊]]へ赴く。悲しみを紛らす[[阿片]]で、百年前の[[福州市|福州]]の街に行った夢をみる。&lt;br /&gt;
;神官と巫女たち&lt;br /&gt;
:義尚の降霊のため、東山殿に呼ばれた巫女たちと肥満した神官。&lt;br /&gt;
;綾織&lt;br /&gt;
:際立った美形の巫女。義政にみそめられる。物言いたげに[[ルビー|紅玉]]の光りを放つ唇。早[[百合]]の清らかさのある身のこなし。&lt;br /&gt;
;西方の商人&lt;br /&gt;
:北九州の港に停泊する船の船長たち。[[華南]]の異国人。昨の晩夏、嵐で打ち上げられた福州の商船から荷を盗み取った中に奇怪な銘の袋（秘薬の調合書）があり、鄭阿が買う。&lt;br /&gt;
;相阿弥&lt;br /&gt;
:義政と旧知の雅友。[[西城区|西城]]渡来の[[蓬萊]]図の古画を義政に献上する。&lt;br /&gt;
;侍臣や人々&lt;br /&gt;
:義政の家臣や、小舞を舞う人や管絃を奏でる人々。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 作品評価・解説 ==&lt;br /&gt;
三島由紀夫は『中世』執筆当時について、18年後の38歳の時に振り返り、「二十歳の私は、自分を何とでも夢想することができた。薄命の天才とも。日本の美的伝統の最後の若者とも。デカダン中のデカダン、頽唐期の最後の[[皇帝]]とも。それから、美の[[特別攻撃隊|特攻隊]]とも。……こんなきちがひじみた考へが高じて、つひに私は、自分を[[室町時代|室町]]の[[足利義尚]]将軍と同一化し、いつ[[赤紙]]で中断されるかもしれぬ『最後の』小説、『中世』を書きはじめた」&amp;lt;ref name=&amp;quot;hennreki&amp;quot;&amp;gt;三島由紀夫『[[私の遍歴時代]]』（[[東京新聞]]夕刊 1963年1月10日 - 5月23日号に掲載）&amp;lt;/ref&amp;gt;と述べている。また少年時代に[[日本の中世文学史|中世文学]]に凝りはじめて、「特に[[謡曲]]の絢爛たる文体は、裡に末世の意識をひそめた、ぎりぎりの言語による美的抵抗であつて、かういふ極度に人工的な豪華な言語の駆使は、かならず絶望感の裏打ちを必要とする筈だ」&amp;lt;ref name=&amp;quot;hennreki&amp;quot;/&amp;gt;という思いの中で書いた『中世』は、終末観の美学の作品化を志したものだったと解説し、「[[赤紙]]が来ようが来まいが、[[一億玉砕]]は必至のやうな気がして、一作一作を遺作のつもりで書いていた」&amp;lt;ref name=&amp;quot;hennreki&amp;quot;/&amp;gt;と述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに三島は、そのような終末観の気分は、強烈な影響を成長期に与えたと感じ、「今でも、[[核戦争]]を必至のやうに考へがちなのは、過去の一時期の感情体験を、未来へ投影するせゐかとも思はれる。戦後十七年を経たといふのに、未だに私にとつて、現実が確乎たるものに見えず、仮りの、一時的な姿に見えがちなのも、私の持つて生れた性向だと云へばそれまでだが、明日にも[[空襲]]で壊滅するかもしれず、事実、空襲のおかげで昨日在つたものは今日はないやうな時代の、強烈な印象は、十七年ぐらゐではなかなか消えないものらしい。戦時の私は、かくて自分の感受性だけに縋つて暮してゐたが、今から考へるとバカのやうだが、当時としては、仕方のない生き方だつたと考へられる」&amp;lt;ref name=&amp;quot;hennreki&amp;quot;/&amp;gt;と述べている。そして『中世』執筆後の終戦当時については、「戦時中の小さなグループ内での評判などはうたかたと消え、戦争末期に、われこそ時代を象徴する者と信じてゐた夢も消えて、二十歳で早くも、時代おくれになつてしまつた自分を発見した。これには私も途方に暮れた。私が愛してきた[[レイモン・ラディゲ|ラディゲ]]も、[[オスカー・ワイルド|ワイルド]]も、[[ウィリアム・バトラー・イェイツ|イエーツ]]も、[[日本文学|日本古典]]も、すべて時代の好尚にそむいたものになつてしまつた。実はさういふ言ひ方は大袈裟であつて、戦争中は却つてひそかな個人的嗜好がゆるされたのに、戦後の社会は、たちまち荒々しい思想と芸術理念の自由市場を再開し、社会が自らの体質に合はないものは片つ端から捨ててかへりみない時代となつたのである」と述べ、「戦時中、小グループの中で天才気取りであつた少年は、戦後は、誰からも一人前に扱つてもらへない非力な一学生にすぎなかつた」&amp;lt;ref name=&amp;quot;hennreki&amp;quot;/&amp;gt;と述懐している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時、雑誌「[[展望 (雑誌)|展望]]」を主宰していた[[臼井吉見]]は、無名の[[帝国大学|帝大]]生の三島が『中世』をはじめ、8編の小説を持ち込んだときのことを述懐し、「自分の肌には合わないんですよ、決して好きじゃないんだけれども、とにかく一種の天才だ、と言ったところが、[[中村光夫]]が、とんでもない、マイナス150点（120点とも）だとぼくを叱咤したね」&amp;lt;ref&amp;gt;[[臼井吉見]]（[[中村光夫]]との対談）『対談・三島由紀夫』（[[文學界]] 1952年11月号に掲載）&amp;lt;/ref&amp;gt;と述べ、顧問だった中村の意向で没にしてしまったと述べている。その後三島贔屓となり、臼井の言でいうところの「三島の[[PTA]]会長」のようになる中村からして、当時の三島を全く認めなかった中、[[川端康成]]だけは三島を評価していたため、[[本多秋五]]は、「川端康成は、さすがに新人発見の名人だけのことが、どこかあったのである」&amp;lt;ref&amp;gt;[[本多秋五]]『物語戦後文学史』（[[新潮社]]、1960年。[[岩波現代文庫]]、2005年）&amp;lt;/ref&amp;gt;と述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
古典的・抒情的な作風の当時の三島が[[堀辰雄]]より以上に川端康成に深い共感を覚えていたことは、その書簡にも窺えられ、「単なる詩と感覚」ならば堀辰雄にもあるが、三島が堀よりも川端を高く評価するのは、「肉体と感覚と精神と本能と、すべて霊的なるもの肉体的なるものとが、青空とそこを染める雲のやうに、微妙な黙契をみせてゐるからです。その触媒としては日本人のあのさゝやくやうな『悲しみ』の秘密がありませう」&amp;lt;ref&amp;gt;三島由紀夫「[[川端康成]]への書簡 昭和21年4月15日付」（『川端康成・三島由紀夫 往復書簡』）（新潮社、1997年。[[新潮文庫]]、2000年）&amp;lt;/ref&amp;gt;というふうに記されている。それをふまえ[[佐藤秀明 (学者)|佐藤秀明]]は、その川端と三島の感覚の共通性について、古典的・抒情的な作風に加えて、川端の『[[抒情歌 (小説)|抒情歌]]』に見られる「霊的なるもの」への感性は、三島の『中世』や『[[花ざかりの森]]』に通じるものであったとし、「三島は、川端を師とすることで、自分の持っているものを壊さないで戦後の出発ができると考えたにちがいない」&amp;lt;ref name=&amp;quot;satou&amp;quot;&amp;gt;[[佐藤秀明 (学者)|佐藤秀明]]『日本の作家100人 三島由紀夫』（[[勉誠出版]]、2006年）&amp;lt;/ref&amp;gt;と解説している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[植木朝子]]は、三島が『[[梁塵秘抄]]』を読み、その中の「われをたのめて来ぬ男」の歌からの影響が、『中世』の菊若の様子を描写している箇所の、「菊若の身は澄みゆく独楽のやうに、と揺りかう揺り、夢見つゝ揺られて行つた」という表現に出ていると指摘し、三島の作品への古典歌謡の影響を論じている&amp;lt;ref name=&amp;quot;uekiasa&amp;quot;&amp;gt;[[植木朝子]]『三島由紀夫と古典歌謡』（[[同志社大学]]国文学会、2007年）&amp;lt;/ref&amp;gt;。また植木は、三島が[[東文彦]]に『梁塵秘抄』を貸してほしいという依頼から読破、返却までわずか2週間であったことにも注目し、少年時代の三島の精力的な読書と古典文学愛好の様子をたどっている&amp;lt;ref name=&amp;quot;uekiasa&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
三島は40歳の時、本作を読み返し、「少年時代に人に出した恋文が、手もとに帰つてきたのを読み返すやうな、何ともいへない気恥かしさに襲われる」&amp;lt;ref&amp;gt;三島由紀夫「あとがき」（『三島由紀夫短編全集 第一巻』）（[[講談社]]、1965年）&amp;lt;/ref&amp;gt;気持だったと述べ、「それなりに美しいことは、すでに中年になつた作者自身には、安心して認めることができる」と前置きしながら、この恋文の相手の正体は誰か、と自問自答し、「それは言葉である。『言葉』に対しての熱烈な恋文の数々がこれだ」と述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[室井光広]]は、[[万葉集]]に「寄物陳思」（物に寄せて思いを陳べる）という方法の一つがあったことと、日本古代における「モノ」が物質のみを指さず、物と心とその二つながらの次元を併せもつことや、それが「言葉」と一体化した存在であったことを述べ、三島が取り憑かれたモノについて探りつつ、「戦後日本の『面の皮』がぶ厚くなるのとほとんど軌を一にして三島由紀夫は『[[太陽と鉄]]』に象徴されるモノへの親愛感をあらわにしはじめた」&amp;lt;ref name=&amp;quot;muroi&amp;quot;&amp;gt;[[室井光広]]「寄物陳思という方法」（文庫版『中世・[[剣 (小説)|剣]]』）（[[講談社文芸文庫]]、1998年）&amp;lt;/ref&amp;gt;と述べ、『中世』の中に書き記された、「星にそれほど親近しうる心は、人間界にははげしい白熱した酷薄さを以て臨むにちがひあるまい」という言葉を引き、「太陽もまた星の一つだとすれば、“人間界にははげしい白熱した酷薄さを以て臨”んだ作家の後の振舞にも一貫性があったとみるべきかもしれない」&amp;lt;ref name=&amp;quot;muroi&amp;quot;/&amp;gt;と解説している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また室井は、戦後日本にモノ足りなさを感じていた三島の心理について、「それはモノ（物）がモノ（言葉）をいうような究極の姿を視たい心理につながっている」&amp;lt;ref name=&amp;quot;muroi&amp;quot;/&amp;gt;とし、「早熟な詩人時代に作家（三島）は遺書の代わりの『詩の罠』作り――寄物陳思に専念していた。純粋精神と純粋物質の化合物の如き魔モノの降臨をひたすら請い願いながら、小説的陳思に没頭していた。陳思は、後にこの作家特有の心理描写を花開かせる。長編においてもそうだが、物を直截に描写するかにみせかけたかれの作品世界には、あの[[歌舞伎]]的意匠を思わせる心理の[[隈取]]りがどこまでもロジカルに展開」&amp;lt;ref name=&amp;quot;muroi&amp;quot;/&amp;gt;されると解説している。そして、「複雑だが明晰な心理を孕む内部が、やがていっきょに外部の魔モノによって破砕される。その[[カタストロフィー|カタストローフ]]の瞬間こそ、作物が“モノになる”――あるいは名づけえぬ外部によって“モノにされる”――作品が“眼にモノみせる”時である」&amp;lt;ref name=&amp;quot;muroi&amp;quot;/&amp;gt;と述べ、[[ドン・キホーテ]]となった三島は、書物（ショモツ）の世界に片寄った文士の「面の皮を剥ぐ」意気込みで、もう一つのモツである贓物を白昼にさらけ出すべく腹の皮を刻み、生首を謎の魔モノに差し出したと論じている&amp;lt;ref name=&amp;quot;muroi&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== おもな刊行本 ==&lt;br /&gt;
*文庫版 『中世・[[剣 (小説)|剣]]』（[[講談社文芸文庫]]、1998年3月10日）&lt;br /&gt;
*:カバー装幀：[[菊地信義]]。付録・解説：[[室井光広]]「寄物陳思という方法」。年譜・著書目録作成：[[安藤武]]。&lt;br /&gt;
*:収録作品：中世、夜の仕度、家族合せ、宝石売買、孝経、剣&lt;br /&gt;
*:※ 2005年1月25日発行の2刷で、年譜・著書目録を削除。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* 文庫版『中世・剣』（付録・解説 [[室井光広]]）（[[講談社文芸文庫]]、1998年）&lt;br /&gt;
* 『決定版 三島由紀夫全集第42巻・年譜・書誌』（[[新潮社]]、2005年）&lt;br /&gt;
* 『決定版 三島由紀夫全集第32巻・評論7』（新潮社、2003年）&lt;br /&gt;
* 『決定版 三島由紀夫全集第16巻・短編2』（新潮社、2002年）&lt;br /&gt;
* 『私の遍歴時代―三島由紀夫のエッセイ1』（付録・解説 [[田中美代子]]』（[[ちくま文庫]]、1995年） &lt;br /&gt;
* [[植木朝子]]『三島由紀夫と古典歌謡』（[[同志社大学]]国文学会、2007年） &lt;br /&gt;
* [[佐藤秀明 (学者)|佐藤秀明]]『日本の作家100人 三島由紀夫』（[[勉誠出版]]、2006年）&lt;br /&gt;
*[http://yaplog.jp/u-sugu/archive/368 世の中って不公平だな]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連事項 ==&lt;br /&gt;
* [[足利義尚]]&lt;br /&gt;
* [[衆道]]&lt;br /&gt;
* [[日本の中世文学史]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{三島由紀夫}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ちゆうせい}}&lt;br /&gt;
[[Category:1945年の小説]]&amp;lt;!--掲載年--&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[Category:三島由紀夫の短編小説]]&lt;br /&gt;
[[Category:京都市を舞台とした作品]]&lt;br /&gt;
[[Category:北九州市を舞台とした作品]]&lt;br /&gt;
[[Category:室町時代を舞台とした作品]]&lt;br /&gt;
[[Category:歴史の人物を題材とした作品]]&lt;br /&gt;
[[Category:霊を題材とした小説]]&lt;br /&gt;
[[Category:爬虫類を題材とした作品]]&lt;br /&gt;
[[Category:LGBT作品]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>180.6.249.20</name></author>	</entry>

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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=LGBT&amp;diff=327879</id>
		<title>LGBT</title>
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				<updated>2016-08-11T06:01:24Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;180.6.249.20: /* 外部リンク */ *[http://yaplog.jp/u-sugu/archive/368 世の中って不公平だな]&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''LGBT'''（エル・ジー・ビー・ティー）または '''GLBT'''（ジー・エル・ビー・ティー）とは、女性[[同性愛|同性愛者]]（[[レズビアン]]、lesbian）、男性同性愛者（ゲイ、gay）、[[両性愛|両性愛者]]（バイセクシュアル、bisexuality）、そして[[トランスジェンダー]] (transgender) の人々をまとめて呼称する[[頭字語]]である。この言葉は、頭字語である '''LGB''' にトランスジェンダーの頭文字 '''T''' を付加して作られている。[[性的少数者]]と同一視されることも多いが、LGBT の方が、より限定的な概念である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
LGBT という言葉・概念に対しては異論もあり、現在でもなお議論が続いているが、[[北アメリカ]]においては[[クィア]] (queer) やレスバイゲイ (lesbigay) などという言葉もあり、これらとの比較においては、より一般に受け入れられている言葉である。また、[[英語]]の言葉としては、ホモセクシュアルや単なるゲイよりも分かりやすい言葉だとされている。[[アメリカ合衆国]]では GLBT という頭字語も広く用いられており、これは[[オーストラリア]]でも使われる。しかし、それ以外の地域では一般的ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 構成用語の意味 ==&lt;br /&gt;
LGBT は四つの用語の頭文字から作られた言葉であり、それぞれの用語は、特定の集団のメンバーや、[[サブカルチャー]]的[[共同体]]に所属している人々を指すのに使用される。このようなサブカルチャー的共同体としては、性に関する[[人権]]を唱導する者たちや、[[芸術家]]、[[文学者]]の集団・共同体などが挙げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== レズビアン ===&lt;br /&gt;
LGBT の頭字語において使用されるレズビアン (L) とは、[[性的指向]]が専ら同性である女性へと向かっている女性を表す。つまり女性同性愛者である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ゲイ ===&lt;br /&gt;
この頭字語において使用されるゲイ (G) とは、性的指向が専ら同性である男性へと向かっている男性を表す。つまり、男性同性愛者である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== バイセクシュアル ===&lt;br /&gt;
バイセクシュアル（B）とは、複数の[[ジェンダー]]に引き寄せられ、魅惑される人々を表す。つまり、両性愛者である。バイセクシュアリティは伝統的に「男性・女性双方に魅惑を感じる性的指向」として定義されているが、通常は[[汎性愛]]（パンセクシュアリティ、pansexuality）を包含する形で使用されている。汎性愛とは、相手のジェンダーが何であるかが殆ど或いは全く関係しない魅惑・性的指向である。つまり、男性、女性、またはトランスジェンダーなど、多様なジェンダー・アイデンティティ（[[性自認]]）の人に魅惑を感じることを云う。バイセクシュアリティは、[[無性愛]]、同性愛、[[異性愛]]などの性的指向の間にあって、いずれをも包含するような指向である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== トランスジェンダー ===&lt;br /&gt;
この頭字語において使用されるトランスジェンダー (T) とは、様々な個人・その振る舞いについて、とりあえず何でも示す包括用語として一般に使用されている。[[性役割]]（ジェンダー・ロール）の全面的または部分的な反転に特徴がある集団の人々を指しており、また、ホルモン療法や様々な度合いの外科的手術による変更を含む、身体的な性再割り当て治療 (physical sexual reassignment therapies) が必要な人々も当然に入る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一般的な定義は、“通常、誕生時において割り当てられたジェンダーに対し、それは間違いであるとか、自分たち自身の本来のありようとは別だとして違和感を覚える人々”である。この定義には、[[性転換症]]（トランスセクシュアル、transsexual）、服飾倒錯者（トランスヴェスタイト / [[異性装]] / クロス・ドレシング）、そして時にジェンダークィア (genderqueer) な人々など、良く知られた概念が多数含まれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== LGBT の概念 ==&lt;br /&gt;
LGBT という言葉や概念については、様々な意見があるが、近年、特に2006年7月29日の当時[[国際連合人権高等弁務官]]であった[[ルイーズ・アルブール]]が指導的役割を果たしたモントリオール宣言 (Declaration of Montreal) 以降、[[国際連合]]を始めとした国際機関の性的指向や性自認にまつわる[[人権問題]]を扱う公文書においてもこの言葉は用いられている。性的指向の問題である LGB（同性愛、両性愛）と性自認の問題である T（トランスジェンダー）は本来全く別の問題であるが、これら一連の公文書においては、LGBT という言葉によってそれらを混同しておらずそれぞれ区別されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この LGBT という概念が、モントリオール宣言や[[ジョグジャカルタ原則]]を中心として国際機関において用いられるようになった理由としては、一つに、これらの当事者とりわけトランスジェンダーの数が少ないため単独で公的に人権問題として扱われにくかったことがあり、さらに同性愛、両性愛、トランスジェンダーはそれぞれ深刻な差別や殺害も含む迫害を受けてきたにも拘らず、不当な偏見や[[スティグマ]]からそれらが公式に問題視されず、実態が報告されることも妨げられてきたことにおいて共通することが考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== LGBTの歴史 ==&lt;br /&gt;
:[[1960年代]]の[[性の革命]] (sexual revolution) に至るまで、異性愛＝正常とされる人々のコミュニティで使われていた軽蔑的な意味を持つ複数の用語以外に、上述したような人々やその集団を表現する為の中立的で一般に知られた用語は存在しなかった。[[第二次世界大戦]]以前には、「第三の性」(third gender) という言葉が使われていたが、大戦後、この用語は使われなくなった。これらの人々が、性における権利を主張する運動を組織して行く過程で、自分たちは如何なる存在であるかを、肯定的な形で表現するための用語が必要となった。（異性規範性＝ヘテロノーマティヴィティ、[[:en:Heteronormativity]] と比較）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最初に使われた用語である同性愛 (homosexuality) は、否定的で余分な意味をあまりに強く帯びていたので、ゲイという用語に置き換えられた。レズビアンたちが自分たちのアイデンティティを錬成させて行くにつれ、ゲイとレズビアンという用語はさらに一般なものとなった。このことは間もなく、メジャーな一般社会のなかで、法的に正当な集団範疇としての承認を求めていたバイセクシュアルとトランスジェンダーの人々によって踏襲された。しかし、[[ストーンウォールの反乱]] (Stonewall Rebellion) の開始による初期の多幸感が薄れていった後、[[1970年代]]後期と[[1980年代]]初期には、感覚的な受け取りにおける変化が始まり、ゲイの男性とレズビアンの女性の中のある人たちは、バイセクシュアルやトランスジェンダーの人々の受け入れを拒否し、彼らに対する蔑視を表明した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼らは、トランスセクシュアルの人々を、[[ステレオタイプ]]を演じているとして糾弾した。また、単に[[カミングアウト]]することが恐ろしいだけで、実際のところはゲイの男性またはレズビアンの女性であるところのバイセクシュアルの人々をも、この故に糾弾した。[[1990年代]]に至るまで、性の多様性の運動のなかで、人々が「ゲイ、レズビアン、バイセクシュアル、トランスジェンダーの人々」を、それぞれに同等な尊厳を持っている者として語るのは、いまだ通常のことになっていなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1990年代半ば以降、LGBT はますます一般的な用語となり概念となった。この言葉は北アメリカ、そして[[ヨーロッパ]]においては、メインストリームとなり、大多数のゲイ、レズビアン、バイセクシュアル、トランスジェンダーのコミュニティ・センター、およびほとんどの英語圏の LGBT プレスが、この用語を採択している。とはいえ、今日においても、この用語を使用する人々あるいはグループが、名目主義的な形で、この言葉を使っているのではないかという疑問がしばしば生じる。実際のところは、この用語のもと、レズビアンとゲイの問題について関わっている場合があり、あるいは、ゲイの男性の問題をこの用語で示していることもありえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
名目主義的とは、LGBT を標榜しつつも、実質的には、トランスジェンダーの人々は無視して、上に述べているように、同性愛者のコミュニティやその権利主張だけが問題とされているに過ぎないケースがあるからである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
レインボー・フラッグは LGBT の象徴とされるが、これは元来ゲイの尊厳 (gay pride) を象徴する旗として、1970年代より使用されてきたものである。これに対し、トランスジェンダーの尊厳の旗もデザインされて[[2000年]]に使用された他、バイセクシュアルの尊厳の旗も別途デザインされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ヴァリエーション ==&lt;br /&gt;
LGBT は頭字語であるが、これ以外に英語圏において、様々な、類似した性的多様性の集団を表現する頭字語がある。以下は概略である。&lt;br /&gt;
*LGB - レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルのイニシャル語で、三つの性的指向集団。&lt;br /&gt;
*T - トランスジェンダー（TG）のことで、これと、LGB が組み合わさって、LGBT となる。&lt;br /&gt;
*LGBTQ - LGBT に Q が加わったもので、この Q は、クィア (queer) を意味している場合と、クエスチョニング（questioning; セクシュアリティのアイデンティティについて未確定の人）を意味している場合がある。&lt;br /&gt;
*LGBTT - LGBT に今一つの T が加わる。この T は[[トランスセクシュアル]] (TS) の場合が一般。&lt;br /&gt;
*LGBTTT - 上の LGBTT にさらに T が加わる。この T は、二つの精神を持った者 (two-spirit) の頭文字である。&lt;br /&gt;
*LGBTI - LGBT に I が加わる。これは[[半陰陽|インターセックス]] (intersex) の頭文字である。&lt;br /&gt;
*LGBTA - LGBT に A が加わる。これは無性愛 (asexual) のイニシャルである。別のイニシャルの場合もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これらの頭文字の組み合わせで、複雑なコミュニティを表す頭字語ができるが、&amp;quot;LGBTTTIQQA&amp;quot; がもっとも多彩な集団になるが、このようなコミュニティは稀で存在しないとも言える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、別のパターンの頭字語も存在する。&lt;br /&gt;
*SGL - 同性愛コミュニティを意味する。[[アフリカ系アメリカ人]]のあいだで、LGBT を白人優位コミュニティの言葉として捉えて使用される。（same gender loving のイニシャル）。&lt;br /&gt;
*LUG, GUG, BUG - 主として若い女性が使用する滑稽語である。レズビアン (L)、ゲイ (G)、バイセクシュアル (B) の頭文字に、until graduation（卒業まで）の頭字語 (UG) を加えて作られている。大学時代に[[機会的同性愛]]、両性愛を経験した者を指す（[[:en:lesbian until graduation]] 参照）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 問題と議論 ==&lt;br /&gt;
LGBT という用語については議論が存在する。例えば、トランスジェンダーやトランスセクシュアルの或る人たちは、この用語を好まない。自分たちがトランスであることの根拠あるいは原因は、LGB の人々のケースとは異なると信じるからである。彼らはまた、ある団体が存在し、団体の行う活動内容が実際のところ、トランスである人々を念頭したものとは考えられない場合、団体の名称のイニシャル語あるいは頭字語として、T を加えることに対し異議を唱える（当然であるとも言える）。反対のことも言えるのであり、LGB の人々は、類似した、または同じ理由から T を好まない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
多数の人々がまた、性的指向とジェンダー・アイデンティティ（gender identity; 性自認とほぼ似た概念）のあいだに明瞭な線引きが必要だと信じている。GLB（ゲイ、レズビアン、バイセクシュアル）は性的指向に関係するのに対し、TTI（トランスジェンダー、トランスセクシュアル、インターセックス）はジェンダー・アイデンティティに関係するからである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同様に、インターセックスの或る人たちは、LGBT グループに含まれることを望み、LGBTI という頭字語を好む。しかしインターセックスの人々でも、他の人たちは、自分たちは LGBT コミュニティの一部ではなく、この用語にむしろ含めるべきでないと主張する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
上述の逆の状況が、レズビアンとゲイにおける分離主義の信念に明瞭に見て取れる（似た言葉に、レズビアン分離主義 Lesbian Separatism があるが、これは男性とは無関係に、女性だけのコミュニティを形成しようとする[[フェミニズム]]の形態である）。この立場では、レズビアンおよびゲイである者は、通常は LGBTQ の共同体圏に含まれている他のグループとは区別し、また分離して、彼らのコミュニティを形成する（あるいは、形成せねばならない）という考えを持つ（LGBTQ の Q は、クィア queer の頭文字である）。この種類のグループは、一方で、社会運動と呼べるほどの十分な人数や組織には必ずしも見えないが、LGBT コミュニティのほとんどの場面において、非常に目立ち、しばしば声高にその意見を主張し、積極的な要素集団としてのあり方に固執する。この方向性は、とりわけ、[[イギリス]]の政治的かつ宣伝的団体に顕著である。この見解に立つ人々はまた、非「単性愛 (monosexual)」的な性的指向およびトランスセクシュアルの存在またはその平等性権利を、通常否定する。この立場は、社会一般のバイフォビア (biphobia) および[[トランスフォビア]] (transphobia) へと繋がっていく可能性を持つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
モノセクシュアルとは、異性愛または同性愛のことで、性的指向の対象が単一であることで、それに対し、両性愛・トランスジェンダーなどは非モノセクシュアルとなる。また、バイフォビアとは、両性愛者（バイセクシュアル）に対する嫌悪感などで、トランスフォビアは、トランスセクシュアルやトランスジェンダーの人々に対する様々な形態での嫌悪感や拒絶である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
多くの人々が、現在流布している LGBT 等のイニシャル語や頭字語、あるいは略語に代わる、一般的で包括的な用語を探してきた。クィアやレインボー（虹）などの言葉が、包括的用語として提案されたが、一般的に広く採択されなかった。クィアは、この言葉が嘲りや侮辱の意味で使われた記憶を有する年長の人々にとっては、多くの否定的な暗示的含意を持っており、また現在でもこの用語は、そういう意味を持って使用されている。多数の若い人々もまた、クィアが LGBT に較べ、政治的により感情的な論争を誘発する言葉であることを理解している。レインボーは、[[ヒッピー]]や[[ニューエイジ]]運動、あるいは政治運動、例えば[[ジェシー・ジャクソン]] (Jesse Jackson) の虹の連合 (Rainbow Coalition) などを想起させる含意を持っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その他のゲイの人々もまた、文字表現としての用語が、過剰に[[ポリティカル・コレクトネス|政治的正義]]の意味合いを帯びて一般に受け取られることを望んでいない。また、多様な性的傾向を持つ人々のグループを、一つのグレイ・ゾーン状態の言葉でカテゴライズする試みに対し肯定的ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、LGBT コミュニティあるいは LGB コミュニティ自体に反対の立場を持つ、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルの人々も存在する。彼らはまた、通常 LGBT コミュニティとセットになっており、ゲイの尊厳 (gay pride) [[ゲイ・パレード|パレード]]やイヴェントを含む、政治的および社会的連帯、そして可視性と人権のためのキャンペーン（LGBT の権利、[[:en:LGBT rights]] 参照）にも反対である。これらの人々のなかには、非異性愛性的指向の人々をグループとして一括して纏めることに反対の意見を持つ者もある。何故なら、このように纏めることで、ゲイ / レズビアン / バイセクシュアルであることが、他の人々とは何かの欠陥において異質であるという神話を永続させ温存させる効果を持つと信じるからである。ゲイ / レズビアン / バイセクシュアルの人々の内部におけるこのような分派的な人々の存在は、他の LGBT の人々と比較して、しばしばまったく目立たず、気づかれない。このような見解の人々は、同性の人への性的関心は別として、一般の人々のなかに溶け込み、彼らの性的指向について、ほとんど、または何の外見的・社会的な指標性も表さないためである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このような分派的な人々の存在は、多数派である異性愛の人々から識別することが困難である。そのため、一般的には、ゲイ / レズビアン / バイセクシュアルの人々は、すべて、LGBT 解放運動や、社会における LGBT の人々の可視性（カミングアウトの公然性）などを、多数派とは異なる形で自己の人生を生きる権利も含めて、支持しているのだと（臆断的に）考えられている。しかし、これは正確な事実ではない。&lt;br /&gt;
* 可視性 (visibility) とは、[[19世紀]]より[[20世紀]]にあって、欧米において、同性愛や両性愛、トランスジェンダーの人々などは、[[精神障害]]であり、病であって正常な存在ではないとされ、社会の表からは存在が隠蔽されて来たことによる。隠蔽から脱して、その存在が公然となり、誰の目にも存在が見えるようになることが「可視性」である。&lt;br /&gt;
* また、欧米のソドミー法などの規範を旧[[植民地]]の支配者たちは、20世紀半ばの雪崩れ的な独立後、逆に利用して、自国内の反体制勢力や、性的多様性を持つ人々を弾圧し投獄・処刑する根拠ともしている。このように、南の世界・[[開発途上国]]にあっては、性の多様性の周縁化や隠蔽が事実上、現在も進行している。これに対しても、可視性という形で、[[アムネスティ・インターナショナル]]などは、迫害や弾圧の実態の把握に努めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== LGBTと性的マイノリティ ==&lt;br /&gt;
LGBT あるいは LGBTQ に類似した[[日本語]]の言葉に性的[[マイノリティ]]あるいは性的少数者がある。この用語は、説明において、LGBT の同義語であるとされる場合があり、また、LGBT よりは定義範囲の広い用語であるともされる。英語の Sexual minority という言葉は、1970年代後期から1980年代初期にかけて、民族的マイノリティ (ethinc minority) との類縁から造語されたとされ、これを日本語に訳して「性的少数者」などの用語が作られたとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
LGBT と性的マイノリティは明らかに意味が異なり、そのもっとも大きな違いは、LGBT は、LGBT のコミュニティに属する者が自分たちの集団を呼称する名称として、この頭字語を選んだことである。したがって、LGBT は、例外はあるが、LGBT の人々が自分たち自身で自称している呼び名である。それに対し、性的マイノリティ / 性的少数者は、少なくとも第三者的な立場から、性的な人格特徴において「社会でのマイノリティ」となる者という意味で定義された言葉で、LGBT の人々自身は、この呼び方や用語をむしろ好まないということもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一つに、マイノリティであるということ自体が社会の成員としての尊厳と矛盾するのであり、少数者と呼ぶ限りにおいて、差別や偏見を認めてしまっているということにもなるのである。いま一つに、LGBT コミュニティ内部でも、議論があるが、誰を含めるか含めないかで多様な見解がある。性的マイノリティには、[[フェティシズム|フェティシスト]]や [[BDSM]] 愛好者なども含まれるとする定義もあり、しかし、どれだけ譲っても、LGBT のコミュニティの概念に、このような[[性的嗜好]]の人々を加えるのは明らかにおかしいということがある。また、LGBT の人々は、このような混同を当然ながら認めない（[[:en:Sexual minority]] 参照）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考書籍 ==&lt;br /&gt;
*ヴァネッサ・ベアード 『性的マイノリティの基礎知識』　作品社、2005年　ISBN 4-86182-012-X&lt;br /&gt;
*藤井ひろみ・桂木祥子・はたちさこ・筒井真樹子 編著 『医療・看護スタッフのためのLGBTIサポートブック』　メディカ出版、[[2007年]]　ISBN 4-8404-2093-9&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
{{Commonscat|LGBT}}&lt;br /&gt;
*[[人間の性の諸相]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.glbtq.com/ GLBTQ 文化百科事典] {{en icon}}&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;br /&gt;
*[http://yaplog.jp/u-sugu/archive/368 世の中って不公平だな]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:えるしいひいてい}}&lt;br /&gt;
[[Category:LGBT| えるしいひいてい]]&lt;br /&gt;
[[Category:略語]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>180.6.249.20</name></author>	</entry>

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