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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<title>テンプレート:User ヴォルトボーイ</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;178.254.13.112: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{User box frame P|black|#ffd966|#2121a2|Vault-boy.png|100px||このユーザー{{誰}}は&amp;lt;br&amp;gt;[[ヴォルトボーイ]]{{誰}}です。&amp;lt;br&amp;gt;あなた{{誰}}を&amp;lt;br&amp;gt;核戦争{{誰}}の脅威{{誰}}から&amp;lt;br&amp;gt;守ります。{{要出典}}}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;noinclude&amp;gt;[[Category:ユーザーボックス|うおるとほおい]]&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>178.254.13.112</name></author>	</entry>

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		<title>上皇明仁</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;178.254.13.112: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:明仁1.jpg|350px|thumb|明仁天皇]]&lt;br /&gt;
{{User box frame P|black|#ffd966|#2121a2|Vault-boy.png|100px||このユーザー{{誰}}は&amp;lt;br&amp;gt;[[ヴォルトボーイ]]{{誰}}です。&amp;lt;br&amp;gt;あなた{{誰}}を&amp;lt;br&amp;gt;核戦争{{誰}}の脅威{{誰}}から&amp;lt;br&amp;gt;守ります。{{要出典}}}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;noinclude&amp;gt;[[Category:ユーザーボックス|うおるとほおい]]&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[Image:明仁2.jpg|350px|thumb|明仁天皇]]&lt;br /&gt;
'''明仁'''（あきひと、[[1933年]]（[[昭和]]8年）[[12月23日]] - ）は、[[日本]]の第125代[[天皇]]（在位:[[1989年]]（昭和64年）[[1月7日]] - ）である。[[平成時代]]においては「在位中の天皇」を意味する'''[[今上天皇]]'''とも呼ばれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[昭和天皇]]（第124代天皇）の第一[[皇子]]。母は[[香淳皇后]]。[[御称号]]は'''継宮'''（つぐのみや）。[[お印]]は'''榮'''（えい、[[キリ|桐]]の別名）。[[勲等]]は[[大勲位]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
[[1933年]]（昭和8年）に[[東京府]][[東京市]][[麹町区]]（現：[[東京都]][[千代田区]]）宮城（現：[[皇居]]）内の産殿にて誕生。[[1952年]]（昭和27年）に18歳で成年して[[皇太子]]となり、[[1989年]]（昭和64年）に昭和天皇の[[崩御]]を受け[[皇位]]を継承した。この間、[[1959年]]（昭和34年）に[[皇后美智子|正田美智子]]と婚姻し、[[皇太子徳仁親王|浩宮徳仁親王]]（現・皇太子）、[[秋篠宮文仁親王|礼宮文仁親王]]（現・秋篠宮文仁親王）、[[黒田清子|紀宮清子内親王]]（現・黒田清子）の二男一女がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高齢であるものの、公務・[[宮中祭祀]]ともに極めて旺盛に活動しており、天皇としての活動について非常に意欲的かつ勤勉であると伝えられることが多い。年間約1000件の書類に目を通して署名・押印し、約200回の各種行事に出席している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
歴代天皇の中では[[明治天皇]]および特に昭和天皇に寄せる気持ちが強いようであるが、皇太子時代には[[後奈良天皇]]に言及したこともある。また[[即位]]十周年の会見で述べているように、戦中育ちとして[[第二次世界大戦|先の大戦]]に寄せる気持には強いものがあり、過去に「[[6月23日]]（[[沖縄県|沖縄]][[慰霊の日]]）、[[8月6日]]（広島原爆忌）、[[8月9日]]（長崎原爆忌）、[[8月15日]]（[[終戦の日]]）の4つは忘れる事の出来ない日付である」旨の発言もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かつて[[琉球王国]]を征服した[[島津家]]（越前島津家・重富島津家当主・[[薩摩藩]]国父[[島津久光]]、[[明治維新]]後[[玉里島津家]]当主として10万石、[[華族令]]において[[公爵]]、島津久光公爵家初代当主）の血を引いていることから、沖縄への思いは深く、[[琉歌]]を幾つか詠んでいる。琉歌を詠んだ天皇は史上初めてである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1970年]]（昭和45年）から[[チェリスト]]・[[清水勝雄]]に師事して[[チェロ]]を嗜むほか、[[テニス]]をよくする（これは皇后と知り合うきっかけにもなった。いわゆる「テニスコートの恋」である）。このほか[[馬術]]、[[自動車]]の運転にも秀でている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 科学者として ===&lt;br /&gt;
[[Image:明仁3.jpg|350px|thumb|明仁天皇]]&lt;br /&gt;
[[魚類学|魚類学者]]としても知られ、[[ハゼ]]の[[分類学]]的研究者である。[[日本魚類学会]]に属して自らの研究に関して、28編の論文を同学会誌に発表している。[[1992年]]（平成4年）には『''[[サイエンス|Science]]''』誌に&amp;quot;Early cultivators of science in Japan&amp;quot;という題で寄稿している。また[[2000年]]（平成12年）および[[2008年]]（平成20年）には、日本国外の雑誌『''Gene''』に第一著者として論文が掲載されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
魚類学における業績は各国で評価され、学界において次のような役職にある。&lt;br /&gt;
* [[1980年]]（昭和55年）、ロンドン・[[カール・フォン・リンネ|リンネ]]協会外国会員。[[1986年]]（昭和61年）、同協会[[名誉会員]]。&lt;br /&gt;
* [[オーストラリア]][[博物館]]リサーチ・アソシエート。&lt;br /&gt;
* ロンドン動物学会名誉会員。&lt;br /&gt;
* [[アルゼンチン]]自然科学研究所永久名誉会員。&lt;br /&gt;
この他にも[[1998年]]（平成10年）には[[王立協会|ロンドン王立協会]]（ロイヤル・ソサエティ）からチャールズ2世メダルを受賞、[[2007年]]（平成19年）の欧州5か国訪問では[[スウェーデン]][[ウプサラ大学]][[名誉学員]]に列せられた。また長年のハゼの分類学的研究に対する貢献を称え、新種のハゼの一種の命名に、[[1992年]]（平成4年）には ''Platygobiopsis akihito'' と、[[2005年]]（平成17年）には ''[[Exyrias akihito]]'' と、彼の名を織り込んだ[[献名]]がなされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 略歴 ==&lt;br /&gt;
=== 幼少時代 ===&lt;br /&gt;
[[Image:明仁4.jpg|350px|thumb|明仁天皇]]&lt;br /&gt;
[[1933年]]（昭和8年）[[12月23日]]午前6時39分、宮城（現：[[皇居]]）内の産殿にて誕生。昭和天皇・香淳皇后の第5子にして初の皇子誕生とあって、国民的な祝福を受ける。称号「継宮」、名前「明仁」は、昭和天皇による命名で、いずれも[[明治]]3年[[1月3日 (旧暦)|1月3日]]（[[1870年]][[2月3日]]）の明治天皇の即位に際して発せられた詔勅「…立極垂統、列皇相承、'''継'''之述之…宣'''明'''治教以宣揚惟神之大道也…」に出典を求め、命名されたものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1936年]]（昭和11年）[[3月29日]]、満2歳で両親のもとを離れ、[[迎賓館|赤坂離宮]]構内の[[東宮御所|東宮仮御所]]で東宮傅育官によって育てられる。当初日曜日には宮中に帰っていたが、1か月を過ぎる頃から日曜日も東宮仮御所で過ごすようになった。慣例に従い、女児に近い格好で育てられていたが、[[学習院初等科]]入学に際し、おかっぱに伸ばしていた髪を無断で刈られ数日間塞ぎ込んだ。その後、「これからは、黙ってこんなことはしないでね」と抗議した。学習院時代は[[山梨勝之進]]校長のもとで教育を受け、内舎人・信国鉄蔵を師として剣道を練成した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1944年]]（昭和19年）、戦火の拡大により、初めは[[栃木県]][[日光市]]の[[日光田母沢御用邸記念公園|田母澤御用邸]]に、後に[[奥日光]]・湯元の南間ホテルに[[疎開]]し、当地で終戦を迎えた。終戦後に帰京。なお、皇太子は皇族身位令（明治43年[[皇室令]]第2号）第17条の規定に基づき、満10歳に達した後に陸海軍[[少尉]]に任官、[[近衛師団]]に入隊することとされており、軍部からもその旨要請があったが、昭和天皇の勅旨で任官していないため、軍歴はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1946年]]（昭和21年）10月から[[1950年]]（昭和25年）12月まで、昭和天皇の「西洋の思想と習慣を学ぶ」という方針に従い、[[アメリカ合衆国]]の著名な[[児童文学]]者にして[[クエーカー]]教徒の[[エリザベス・ヴァイニング]]（日本では「ヴァイニング夫人」として知られている）が[[家庭教師]]として就き、その薫陶を受ける。ヴァイニングを介して、[[ダグラス・マッカーサー]]とも会っている。彼女がやってきたとき、英語名（ジミーと伝わる）をつけられるのを拒否した。このほか学習院初等科時代に、色黒だったことから[[蚊取線香|蚊取り線香]]の素焼きの[[香炉]]を想起させたため「チャブ」と学友たちによってつけられた愛称が伝わる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 皇太子時代 ===&lt;br /&gt;
[[Image:明仁5.jpg|350px|thumb|明仁天皇]]&lt;br /&gt;
[[1952年]]（昭和27年）[[11月10日]]、皇居・表北ノ間で[[立太子の礼]]と皇太子成年式が挙行された。同日、[[大勲位]]に叙され、[[大勲位菊花大綬章|菊花大綬章]]を授けられる。また、立太子の礼に際しては、[[都道府県]]などがこれを祝う言葉を記した[[アドバルーン]]を都内上空に浮かべ、[[立太子]]を祝った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1953年]]（昭和28年）[[3月30日]]から同年[[10月12日]]までの半年余りにわたり、初の外遊。[[ヨーロッパ]]12か国およびアメリカ・[[カナダ]]を歴訪。同年[[6月2日]]、[[イギリス]]・[[エリザベス2世 (イギリス女王)|エリザベス2世]]の[[戴冠式]]へ昭和天皇の名代として参列。このとき地位は皇太子であったが、昭和天皇名代の格式が加わっていたため、応接する諸国では天皇としての応対を行なった。後年、[[2007年]]（平成19年）の訪欧前の会見においては、このことを回想して名代の立場の重さを思い、相手国を慮る趣旨の発言を行なっている。しかしこの外遊の結果、[[学習院大学]]の単位が不足し進級できず、長年の学友たちと学年が異なることを回避するため、以後は聴講生として学問を続ける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
外遊からの帰国直後の同年12月に、[[結核]]の感染を診断される。このとき、[[ストレプトマイシン]]などの特効薬が発見されており、それの投与による治療を受け、[[1957年]]（昭和32年）までにほぼ治癒した。このことは長らく公にされていなかったが、[[2009年]]（平成21年）3月に行われた、第60回結核予防全国大会の挨拶にて、自ら明かした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1957年]]（昭和32年）[[8月19日]]、避暑で訪れた[[軽井沢]]のテニストーナメントで[[皇后美智子|正田美智子]]と出会う。[[テニス]]を通して交際を深めた。宮内庁職員の作品展に「女ともだち」と題した彼女の[[写真]]を出品した。しかし彼女が資産家の令嬢とはいえ[[皇族]]・[[華族]]出身ではない&amp;lt;ref&amp;gt;ただし、正田家は新田氏に連なる古族であり、家格は高い。[[源義重|新田義重]]の重臣にして徳川郷郷主を引き継いだ[[生田隼人]]を遠祖とし、[[1591年]]（[[天正]]19年）には16代目にあたる[[生田義豊]]が[[徳川家康]]に拝謁して直接正田への改姓を命じられている。この折徳川郷に300石と正田家に徳川親氏までの当主が居住した新田氏の屋敷を賜り、歴代当主は将軍代替わりの際に拝謁を認められるなど数々の特権を認められた。代替わりの際に将軍拝謁を認められたのは他に天童織田家の家老生駒家が存在する。これは織田本家の外戚としての待遇であった。&amp;lt;/ref&amp;gt;ためお妃候補としてマークされることはなかった。徐々に皇太子が積極的に美智子との結婚を考えていると判ると、皇室内外から猛反対を受けた。昭和天皇の侍従長を務めた[[入江相政]]の著作『[[入江相政日記]]』には、「東宮様のご縁談について[[平民]]からとは怪しからん」と[[香淳皇后]]が[[雍仁親王妃勢津子|秩父宮妃勢津子]]、[[宣仁親王妃喜久子|高松宮妃喜久子]]の両親王妃とともに昭和天皇に訴えたという内容の記述がある。[[常磐会]]（学習院女子部の同窓会）会長[[松平信子]]ら旧華族の女性たちの反発も強く、信子に対しては昭和天皇自ら了承を求めてようやく決着したとも言われる。最終的に[[1958年]]（昭和33年）[[11月27日]]、結婚が[[皇室会議]]において満場一致で可決された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1959年]]（昭和34年）[[1月14日]]に[[納采の儀]]が、同年[[4月10日]]に[[結婚の儀]]が執り行われた。[[明治]]以降では初の民間出身・[[皇太子妃]]であり、また結婚に至る過程が報道されたこともあって、市民からは熱烈に歓迎され、国民的な「[[ミッチー・ブーム]]」が興る。成婚の[[パレード]]は盛大に行なわれ、国民の祝福を受けた。2人の成婚の様子を見るために、当時高価であった[[テレビ]]も普及し始めた。また婚礼を祝して「[[祝典行進曲]]」が作曲された。同年[[7月15日]]に、美智子妃の懐妊が発表された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1960年]]（昭和35年）[[2月23日]]に第一男子'''[[皇太子徳仁親王|浩宮徳仁親王]]'''が誕生。ミッチー・ブームがまだ冷めやらぬ成婚翌年のお世継ぎ誕生は、国民から盛大に祝福された。3月には妹・[[島津貴子|清宮貴子内親王]]が、明仁親王の学友だった[[島津久永]]と結婚した。同年[[9月22日]]から同年[[10月7日]]にかけて、美智子妃を伴ってアメリカ合衆国を16日間にわたり訪問した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1963年]]（昭和38年）には、美智子妃が第二子を流産した後、静養。育児以外にも、時代の風潮（[[1960年代]]は、デモ・学生運動など[[左翼]]の全盛期であった）などもあり、妃ともども苦労が多かった。「浩宮の代で最後になるのか」との明仁親王の発言があったと言われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1965年]]（昭和40年）[[11月30日]]、第二男子'''[[秋篠宮文仁親王|礼宮文仁親王]]'''が誕生。父・昭和天皇同様、[[タイ王国]]を始めとする[[東南アジア]]、及び動植物の宝庫である[[マダガスカル]]との縁が深く、成婚の折にはタイの[[シリントーン]]王女が式に参列した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1969年]]（昭和44年）[[4月18日]]、第一女子'''[[黒田清子|紀宮清子内親王]]'''が誕生。清子内親王は長く[[内廷皇族]]として天皇および皇后の傍らにあって、良き相談相手であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 沖縄訪問に際して ====&lt;br /&gt;
[[Image:明仁6.jpg|350px|thumb|韓国大統領の天皇への対応]]&lt;br /&gt;
[[1975年]]（昭和50年）、[[沖縄国際海洋博覧会]]に際し、父も皇太子時代に訪問した[[沖縄県]]を立太子後、初めて訪問。海洋博の写真を収めた書籍「海 その望ましい未来」、海洋博の記録映画『公式長編記録映画 沖縄海洋博』にも開会式・閉会式に参列した皇太子および同妃の姿が収録され、現在でも[[図書館]]などで目にすることができる。後者は現在DVDが発売されている（[[ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント]]より、定価5250円）。開会式で宣言を読み上げる姿はテレビ中継もされ（[[7月19日]]、NHK総合テレビ）、後年ドキュメンタリー番組にもそのまま使用された（「映像でつづる復帰30周年」）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この訪沖についてはいくつかの事件もあった。同年[[7月17日]]、美智子妃を伴い[[ひめゆりの塔]]に献花のため訪れたところ、その場に潜んでいた過激派2人（沖縄解放同盟準備会メンバーの知念功と[[共産主義者同盟]]のメンバー）から[[火炎瓶]]1本を投げつけられる（[[ひめゆりの塔事件]]）。同日夜、皇太子は「[[沖縄戦]]における県民の傷跡を深く省み、平和への願いを未来へつなぐ」と県民の心情を思う異例の談話を発表している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、この訪問については同事件の犯人の所属するもの以外にも、各種政治団体が「訪沖阻止」などを叫んで全国で集会、県学連、全学連などが1000人単位の[[デモ行進|デモ]]などを行ったほか、沖縄入りした皇太子および同妃の自動車に空き瓶などを投げつけるなどのテロ（犯人は[[公務執行妨害]]で逮捕）を行ったが、皇太子および同妃に怪我などはなく、つつがなく予定を終了した。皇太子は当時より沖縄に関心をよせ [[琉歌]]を研究し、琉歌8首を発表している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1976年]]（昭和51年）[[1月18日]]の閉会式にも揃って訪沖している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1987年]]（昭和62年）にも、沖縄海邦国体を前に病臥した昭和天皇の名代として沖縄を訪れ、同年[[10月24日]]、南部戦跡の平和祈念堂で「先の大戦で戦場となった沖縄が、島々の姿をも変える甚大な被害を被り、一般住民を含むあまたの尊い犠牲者を出したことに加え、戦後も長らく多大の苦労を余儀なくされてきたことを思う時、深い悲しみと痛みを覚えます」との天皇の言葉を代読した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時の[[西銘順治]][[沖縄県知事一覧|沖縄県知事]]は「お言葉に接し、感動胸に迫るものがあります。これで、ようやく沖縄の戦後は終わりを告げたと思う」と談話を発表した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後も沖縄の関係は薄まることはなく、即位後にも沖縄訪問が行われることとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、この[[1987年]]（昭和62年）の訪沖は、同年秋に昭和天皇が病臥するまでは天皇の訪沖が予定されていたこともあって、前年から[[日本の政治|政府]]は特別予算を組んで南部戦跡の戦死者遺骨収骨作業を行うなど環境の整備に努め、西銘知事が「陛下をお迎えして沖縄の戦後を終わらせたい」と宣言するなど、国、県を挙げての準備が行われていた。警備面でもひめゆりの塔事件を教訓として、本土から多数の[[日本の警察官|警官]]が応援のため増派、厳戒態勢が執られたが、無事に予定は終了した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 即位以降 ===&lt;br /&gt;
[[1989年]]（昭和64年）1月7日、昭和天皇の崩御（死去）を受け、[[皇位継承]]の儀式を執り行い、歴代2位の年長となる55歳で[[即位]]（[[践祚]]）。翌8日、[[元号法]]に基づき[[平成]]に[[改元]]した。[[皇位継承#即位後朝見の儀|即位後朝見の儀]]では「国民と共に[[日本国憲法]]を守り、国運の一層の進展と世界平和、人類の福祉の増進を切に希望して止みません」との勅語を発した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1990年]]（平成2年）の[[即位の礼]]に際して、[[京都御所]]から皇居へ[[高御座]]が運ばれるなど大掛かりな準備が行なわれ、同年[[11月12日]]に即位礼正殿の儀が行われた。大正天皇・昭和天皇とも即位の礼を京都御所で行っており、関東の地で即位した初めての天皇となる。同日、即位の礼祝賀御列の儀として[[オープンカー]]でのパレードが行われ、皇居から赤坂御所までの4.7kmの道のりを、約12万人の市民が祝福した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
即位以来、日本国憲法の精神を守りつつ平成の天皇のあり方を模索している。[[イラク]]に派遣された[[自衛隊]]を皇后とともに接見した。[[国際連合平和維持活動|PKO]]で派遣された自衛隊員、災害救助にあたった自衛隊員に対する接見はすでに行なっていたが、これは異例のことであり、戦後[[昭和]]の頃には考えられなかったと言われている。また、政財界や学識者からの[[内奏]]・進講を、父・昭和天皇以上に受けている。「（[[日本国憲法第4条|憲法第4条]]すれすれの）ストライクゾーンに精一杯（ボール）を投げ込んでいる」（岩井克己・[[文藝春秋 (雑誌)|文藝春秋]]）とも評される。また昭和天皇が敗戦で喪ったものを慰霊の旅を通して、昭和の負の遺産に向き合うことによって抱え込んでおり、その精励ぶりは歴代天皇には見られないものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1999年]]（平成11年）に即位10周年を迎え、同年[[11月20日]]に[[天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典|御即位十年をお祝いする国民祭典]]が開催され、同日夜には[[二重橋]]で祝賀の声に応えた。この折に、[[宮内庁]]は即位10年記録集『道』を刊行している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
即位以来現在に至るまで、旺盛に日本国内外の行幸を行っている。[[1993年]]（平成5年）には、昭和天皇の悲願であった沖縄行幸を果たした。この折には予定になかった[[ひめゆり学徒隊]]の慰霊碑にも行幸し、このことは[[2007年]]（平成19年）になって[[ワイドショー]]で紹介された。[[2003年]]（平成15年）までに、47都道府県のすべてを巡幸している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2009年]]（平成21年）11月12日、政府主催の[[天皇陛下御在位二十年記念式典|御在位二十年記念式典]]・民間主催の[[天皇陛下御即位二十年をお祝いする国民祭典|御即位二十年をお祝いする国民祭典]]が執り行われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2009年]]（平成21年）12月15日、特例で[[習近平]][[中華人民共和国副主席]]と会見することとなり、会見を巡る騒動で、宮内庁長官が記者会見で政府・[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]・[[鳩山由紀夫内閣]]を批判する発言を行った（[[天皇特例会見]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2011年]]（平成23年）3月16日、[[東北地方太平洋沖地震]]（[[東日本大震災]]）の発生とそれに伴う被害に鑑み、国民および被災者に対し[[東北地方太平洋沖地震に関する天皇陛下のおことば|ビデオメッセージ]]を放送した。天皇が国民に対して直接放送を行うのは、父・昭和天皇による[[1945年]]（昭和20年）の[[玉音放送]]以来である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 闘病 ====&lt;br /&gt;
[[1995年]]（平成7年）、[[大腸]]の[[ポリープ]]を摘出。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]（平成14年）12月、[[人間ドック]]に入った際に[[前立腺癌]]が発見された。その後、天皇の意向を受け、宮内庁が病名を公式発表した。翌年[[1月18日]]に、[[前立腺]]の全摘出手術を行なったが、この前立腺癌手術に当たっては万全を期すため、皇族が受診する[[宮内庁病院]]ではなく、[[東京大学医学部附属病院]]（東大病院）に入院して行なわれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2008年]]（平成20年）[[2月25日]]、宮内庁は、「天皇陛下は定期健診において今のところ前立腺癌の再発や他臓器への転移は見られないものの、ホルモン療法の副作用で[[骨密度]]が低下しており、このままでは[[骨粗鬆症]]に移行する恐れがある」と発表し、公務及び宮中祭祀を軽減する等、生活全般についての検討を始めた。&lt;br /&gt;
同年[[12月9日]]の宮内庁記者会見に於いては、天皇が12月上旬に[[上室性不整脈]]に罹患し、また、消化器官検査で[[胃]]と[[十二指腸]]に炎症が発見されたことなどが発表された。原因は心身のストレスであり、宮内庁は「将来にわたる皇統の問題を始め、皇室に関わる諸々の問題を憂慮されている」と述べ、ストレスの中心に皇位継承問題があるとの考えを示した。&lt;br /&gt;
天皇自身が、公務等の見直しは在位20周年となる[[2009年]]（平成21年）以降からと希望していたため、[[2009年]]（平成21年）[[1月29日]]に宮内庁より軽減策が発表された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2011年]]（平成23年）[[11月18日]]より[[マイコプラズマ肺炎]]にかかり東京大学医学部附属病院に入院していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2012年]]（平成24年）2月11日に東大病院での検査入院の結果、狭心症の症状が認められることなどから[[冠動脈大動脈バイパス移植術|冠動脈のバイパス手術]]を受けることになり、2月18日に東大病院で手術が行われた。東大と[[順天堂大学|順天堂大]]の合同チームが行った手術は、心臓を動かしたままで行う「オフポンプ」と呼ばれる高度な方法で、執刀は順天堂大の[[天野篤]]らが担当した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外遊歴（平成以降） ==&lt;br /&gt;
* [[1991年]]（平成3年）&lt;br /&gt;
** [[タイ王国|タイ]]、[[マレーシア]]、[[インドネシア]]&lt;br /&gt;
* [[1992年]]（平成4年）&lt;br /&gt;
** [[中華人民共和国]]&lt;br /&gt;
* [[1993年]]（平成5年）&lt;br /&gt;
** [[ベルギー]]（国王[[ボードゥアン1世 (ベルギー王)|ボードゥアン1世]]の[[国葬]]に参列）&lt;br /&gt;
** [[イタリア]]、ベルギー、[[ドイツ]]&lt;br /&gt;
* [[1994年]]（平成6年）&lt;br /&gt;
** [[アメリカ合衆国|米国]]&lt;br /&gt;
** [[フランス]]、[[スペイン]]（ドイツ立寄り）&lt;br /&gt;
* [[1997年]]（平成9年）&lt;br /&gt;
** [[ブラジル]]、[[アルゼンチン]]（[[ルクセンブルク]]、米国立ち寄り）&lt;br /&gt;
* [[1998年]]（平成10年）&lt;br /&gt;
** [[イギリス]]、[[デンマーク]]（[[ポルトガル]]立寄り）&lt;br /&gt;
* [[2000年]]（平成12年）&lt;br /&gt;
** [[オランダ]]、[[スウェーデン]]（[[スイス]]、[[フィンランド]]立寄り）&lt;br /&gt;
* [[2002年]]（平成14年）&lt;br /&gt;
** [[ポーランド]]、[[ハンガリー]]（[[チェコ]]、[[オーストリア]]立寄り）&lt;br /&gt;
* [[2005年]]（平成17年）&lt;br /&gt;
** [[ノルウェー]]（[[アイルランド]]立寄り）&lt;br /&gt;
** [[サイパン島]]&lt;br /&gt;
* [[2006年]]（平成18年）&lt;br /&gt;
** [[シンガポール]]、タイ（マレーシア立寄り）&lt;br /&gt;
* [[2007年]]（平成19年）&lt;br /&gt;
** [[スウェーデン]]、[[エストニア]]、[[ラトビア]]、[[リトアニア]]、[[イギリス]]&lt;br /&gt;
* [[2009年]]（平成21年）&lt;br /&gt;
** [[カナダ]]、[[ハワイ州]]&lt;br /&gt;
* [[2012年]]（平成24年）&lt;br /&gt;
**[[イギリス]](女王[[エリザベス2世]]の即位60周年の記念午餐会参加）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 皇子女 ==&lt;br /&gt;
皇后美智子との間に3子がいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[皇太子徳仁親王|浩宮徳仁親王]]（ひろのみや なるひと、[[1960年]]（昭和35年） - ） - [[皇太子]]&lt;br /&gt;
* [[秋篠宮文仁親王|礼宮文仁親王]]（あやのみや ふみひと、[[1965年]]（昭和40年） - ） - [[秋篠宮]]&lt;br /&gt;
* [[黒田清子|紀宮清子内親王]]（のりのみや さやこ、[[1969年]]（昭和44年） - ） - [[黒田慶樹]]夫人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 逸話 ==&lt;br /&gt;
=== 誕生 ===&lt;br /&gt;
* 第5子にして初めて誕生した皇子であっただけに、その誕生は非常な喜びをもって受け止められた。その奉祝ムードは実に盛大なもので、東京市内では提灯行列が出た。軽快な曲調の「'''皇太子さまお生れなつた'''」（作詞：[[北原白秋]] / 作曲：[[中山晋平]]）との奉祝歌までが作られたほどである。当時小学生であった老人などには前述の歌を未だに記憶しており、歌うことができる者もいるほどである（たとえば女優の[[森光子]]は[[2009年]]（平成21年）の秋の[[園遊会]]で、「天皇さまの誕生のときをいまもはっきり覚えている」といい、天皇本人の前で「皇太子さまお生れなつた」のさわりを歌ってみせた）。北原白秋は他にも幼少時代の親王を称える歌「'''継宮さま'''」を作詞している。&lt;br /&gt;
* 誕生に際して「日嗣の御子は生れましぬ」との和歌も詠まれており、生まれながらの皇太子であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 少年時代 ===&lt;br /&gt;
* 幼少時代には左利きであったと伝わる。その後、矯正した結果現在は両手利きであるという。&lt;br /&gt;
* 学友たちとは親しく交遊し、臣下の悪童たちに混じって数々の悪戯もしたという。「[[帚木 (源氏物語)|雨夜の品定め]]」をした、[[トンボ]]を油で揚げて食べた、蚊取り線香の容器型のスタンプを作ってノートに押したなどの逸話も伝わっている。&lt;br /&gt;
* 戦時中は奥日光・湯元の南間ホテルに疎開した。この時、昭和天皇から手紙を送られている。&lt;br /&gt;
* 疎開先で戦況についての説明を受けた際、[[特別攻撃隊|特攻]]に対して疑問を感じ、「それでは人的戦力を消耗する一方ではないか?」と質問して担当将校を返答に窮させたという。&lt;br /&gt;
* 敗戦時の[[玉音放送]]の際にはホテルの2階の廊下に他の学習院生と一緒にいたが、皇太子という立場を慮った侍従の機転によって（内容が内容だけに、何が起こるか分からない）御座所に引き返して[[東宮大夫]]以下の近臣とともに放送を聞いた。放送の内容には全く動揺を示さなかったが、放送が終わると静かに涙を流し、微動だにしなかったという。&lt;br /&gt;
* その後、東宮大夫から玉音放送についての説明を受けるとすぐに悲しみから立ち直り、敗戦からの復興と国家の再建を率いる皇太子、将来の天皇としての決意を固めた。当日の日記にも、強い決意が記された。&lt;br /&gt;
* 一方で戦後の混乱期と重なった[[思春期]]には思い悩むことも多く、「[[世襲]]はつらいね」などと漏らしたことを学友がのちに明かしている。またそうした辛いときに両親である天皇皇后と別々に暮らさざるを得なかった体験が、後に子供たちを手元で育てることを決意させたともいう。&lt;br /&gt;
* 学友の[[橋本明]]とは身分を忘れ本気で喧嘩をするほどの間柄であったと言われる。&lt;br /&gt;
* 学習院時代には[[馬術]]部に所属し、高校2年生の秋以降は主将として活躍した。[[1951年]]（昭和26年）1月には、第1回関東高校トーナメントにて優勝している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 皇太子時代 ===&lt;br /&gt;
* [[1952年]]（昭和27年）、18歳で立太子の礼を挙行。立太子礼に際しては[[記念切手]]が発行され、その図案には明仁親王の肖像が選ばれる予定であったが、[[宮内庁]]の反対によって実現しなかった。&lt;br /&gt;
* [[1953年]]（昭和28年）[[6月2日]]のエリザベス2世戴冠式のために同年[[3月30日]]から同年[[10月12日]]まで外遊。この前年に、日本は主権を回復しており、明仁親王の訪欧は国際社会への復帰の第一歩と期待された。&lt;br /&gt;
** 出発の際には、皇居から[[横浜港]]まで、小旗を持った100万人もの人が見送ったと言う。また、テレビ開局以来初の大規模イベントとなり、各放送局が実況中継した。特に[[日本放送協会|NHK]]は600ミリ望遠レンズを使用して、甲板に立つ皇太子の姿をアップで撮影することに成功して視聴者を驚かせた。&lt;br /&gt;
** [[クルーズ客船|大型客船]][[プレジデント・ウィルソン号]]（[[アメリカン・プレジデント・ライン]]社所属、速度19ノット、排水量1万5395トン）に乗船した。同船には、[[三島由紀夫]]も2年前に乗船し渡米するなど、多くの日本人旅行者とも縁の深い船であった。日本人向け遊具で[[碁盤]]と[[碁石]]も積まれていた。船上では[[早稲田大学]][[バレーボール]]部の面々と記念撮影をし、[[麻雀]]や[[将棋]]&amp;lt;ref&amp;gt;中学生時代からたしなむ様になり、昭和天皇ともよく対局していた。1955年（昭和30年）頃にはその模様が[[スポーツニッポン]]で紹介されている。なお、学友との切磋琢磨の結果、この時分には既に実力では昭和天皇を大きく上回っており、対戦成績は5対1くらいとのことで、「東宮ちゃんにはかなわんよ」と言わしめた。[[中飛車]]からガンガン攻める棋風であった（『写真でつづる将棋昭和史』p.141、毎日コミュニケーションズ、1982年）。&amp;lt;/ref&amp;gt;、[[囲碁]]、[[卓球]]なども楽しんだ。特に麻雀はウィルソン号乗船中は乗り合わせた[[董慶稀]]（[[曹汝霖]]の娘）が幹事を務める一等船客対抗麻雀大会に参加し日本式のみならず中国式の麻雀も楽しんだ。クイーン・エリザベス号に乗り換えてのアメリカからイギリスへの旅路では[[朝海浩一郎]]公使や報道陣と公使持参の牌で[[サウサンプトン|サザンプトン]]に着くまで熱中したという。この外遊以降、麻雀は趣味のひとつとなり昭和天皇にも面白さを紹介、弟の常陸宮などとも対局したと言われる。&lt;br /&gt;
** 欧州到着後は[[西ドイツ]]・[[ニュルブルクリンク]]で[[ドイツグランプリ|1953年F1GP第7戦ドイツGP決勝]]を観戦。主催者の提案により表彰式のプレゼンターも務め、優勝した[[ジュゼッペ・ファリーナ]]（[[フェラーリ]]所属。戦前からの名選手で、1950年には初代F1チャンピオンを獲得している）を祝福している。つまり、明仁親王は日本人で初めてF1GPの表彰台に上がった人物ということになる。平成初期の[[F1ブーム]]を思うと、奇縁というべき出来事である。この時には、「[[競馬]]より面白い」との言葉を残している。&lt;br /&gt;
** イギリスでは、第二次世界大戦で敵対国であった記憶は未だ褪せておらず、戴冠式において13番目の席次（前列中央の座席で、隣席は[[ネパール]]王子）を与えられたが、女王との対面まで長時間待たされた。また女王は、握手は交わしたが視線は交わさなかった。&lt;br /&gt;
* 長期にわたって外遊した結果、単位不足で進級できず留年を回避するため、学習院大学政治学科を中退し聴講生として大学に残った。このため、最終学歴は「学習院大学教育ご終了」（宮内庁ウェブサイトに拠る）としている。なお学習院高等科出身者以外の政治学科同級生に[[東京都立両国高等学校|両国高校]]から現役進学した後の[[日本会議国会議員懇談会]]初代会長[[島村宜伸]]がいる。島村は[[1956年]]（昭和31年）3月に[[学士|政治学士]]となり、39年5か月後の[[1995年]]（平成7年）8月に[[村山内閣改造内閣|村山改造内閣]]で初入閣し[[文部大臣]]の認証を受けている。&lt;br /&gt;
* [[1959年]]（昭和34年）[[4月10日]]の結婚の儀の記念切手では、4種のうち10円と30円で皇太子妃と一緒の肖像&amp;lt;ref&amp;gt;『郵趣』2009年4月号によれば、宮内庁から服装の変更申し出により、原案から皇太子は背広からモーニング、皇太子妃は洋装から和服に変更されている。&amp;lt;/ref&amp;gt;が発行された。また切手は[[郵政省]]から皇室と正田家に「皇太子御成婚記念切手帖」が献上されている。&lt;br /&gt;
* 結婚・独立後も週に一度から数度は参内し、父である昭和天皇と食事を共にすることも多かった。こうした場を通じて[[帝王学]]の教授を受けたと言われる。&lt;br /&gt;
* 諸事の決定については独立後も昭和天皇の決裁を仰ぎ、様々な事柄について報告していたと伝わる。&lt;br /&gt;
* '''「できないことは口にしない、できることだけを口にする」'''という信念を持っており、家族が自分の役目をおろそかにしたときには「もうしなくてよろしい」と叱責したこともあった。&lt;br /&gt;
* 昭和天皇からは名代として篤く信頼され「東宮ちゃんがいるから大丈夫」と手放しの賞賛を受けている。&lt;br /&gt;
* [[1960年]]（昭和35年）にシカゴ市長により寄贈された、[[ミシシッピ川]]水系原産の[[ブルーギル]]を皇太子が日本に持ち帰り、水産庁の研究所に寄贈した。これは当時の貧しい食糧事情を思っての事であったが、ブルーギルは水生昆虫や魚卵・仔稚魚を捕食して日本固有の生態系を破壊するものであったため、後に「今このような結果になったことに心を痛めています」と異例の発言をしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 即位後 ===&lt;br /&gt;
* 昭和天皇崩御にあたり、[[相続税]]4億2800万円を納めた。&lt;br /&gt;
* [[1992年]]（平成4年）に、[[アメリカ合衆国大統領|アメリカ合衆国第41代大統領]][[ジョージ・H・W・ブッシュ]]が来日した際には、皇太子徳仁親王とペアを組んで大統領と[[マイケル・アマコスト]][[在日本アメリカ合衆国大使]]のペアとテニスのダブルスで2回対戦し、2回とも勝利している。特に2回目の敗北はブッシュにとってショックだったらしく、その夜に[[総理大臣官邸|首相官邸]]で行われた晩餐会の席上にて[[インフルエンザ]]発症により倒れてしまった際、妻[[バーバラ・ブッシュ]]がフォロースピーチでこの敗北を[[ジョーク]]にするなどして話題を呼んだ。&lt;br /&gt;
* 全国各地で発生した自然災害に対して、ともに悲しみ、被災者をいたわる姿勢を見せている。&lt;br /&gt;
** [[1991年]]（平成3年）、[[雲仙岳|雲仙普賢岳]]噴火の際には、[[島原市|島原]]からの避難民を床に膝を着いて見舞った。この膝を着いて災害被災者と直に話をする天皇のスタイルはその後も続いており、皇后や皇族も被災地慰問の際にはこれに倣っている。&lt;br /&gt;
** [[1995年]]（平成7年）[[1月17日]]の[[阪神・淡路大震災]]では、地震発生から2週間後の同年[[1月31日]]に現地に入り、スリッパも履かず避難所の床に正座して被災者の話に聞き入った。この姿は日本のみならず、日本国外の新聞にも大きく取り上げられ、反響を呼んだ。被災者に対して「今は苦しい時があるかも知れないがいつかきっと幸福が訪れます。それまで地震なんかに負けず頑張りなさい」と励ました。被災者は天皇の慰めに涙を流したと伝えられた。この際には動転した被災者の少女が皇后に抱きつくという出来事もあったが、咎めることなく暖かく抱きしめた。帰り際には、マイクロバスの窓から手を振って被災者を励ます写真も残されている。&lt;br /&gt;
** [[2000年]]（平成12年）に噴火した[[三宅島]]へ、島民の帰島が叶った[[2006年]]（平成18年）には、[[火山ガス]]の発生の恐れがまだあるにもかかわらず、三宅島を慰問。島民を励ました。&lt;br /&gt;
** [[2001年]]（平成13年）の[[アメリカ同時多発テロ事件]]に際して[[ハワード・H・ベーカー・ジュニア|ハワード・ベーカー]]駐日アメリカ大使を通じてブッシュ大統領に見舞いの言葉を贈っている。天皇が天災以外の理由で外国にお見舞いの言葉を贈ったのは前例のないことであり、それについて「皇室は前例を重んじなければなりませんが、その前例の中には前例がないにもかかわらずなされたものもあります。皇室も伝統を重んじつつ、時代の流れに柔軟に対応しなければならないと思います」と説明している。&lt;br /&gt;
** [[2004年]]（平成16年）の[[新潟県中越地震]]の際には、[[自衛隊]]の[[ヘリコプター]]で被災地を見舞った。[[2007年]]（平成19年）の[[新潟県中越沖地震]]に際しては、現地に赴いて被災者を見舞い、また被災者を思う心情から夏の静養を取り止めた。[[2008年]]（平成20年）[[9月8日]]、新潟県行幸の折り、被害の大きかった旧[[山古志村]]（現[[長岡市]]）を視察。その後被災者と懇談し、励ましの言葉をかけた。また、中越地震発生4日後に救出された男児（当時2歳）が無事に成長していることを知り、その成長を喜んだ。&lt;br /&gt;
** 2005年（平成17年）の[[平成17年台風第14号|台風14号]]で大きな害を被った[[宮崎県]]・[[鹿児島県]]に見舞い金として金一封を贈った。&lt;br /&gt;
** 2007年（平成19年）の[[能登半島地震]]に際しては慰問は実現されていないが、「元気になってください」との言葉を寄せた。&lt;br /&gt;
** 2007年（平成19年）[[10月29日]]から[[10月31日|31日]]まで、[[福岡県西方沖地震]]被災地を見舞うため福岡に行幸した。29日には被災者の暮らす仮設住宅を慰問、当日福岡市内は天皇の宿泊したホテルニューオータニのある中央区を中心として、朝から交通規制が敷かれ、夕方まで渋滞した。しかし警備はホテル敷地内にSPが立ち、柳橋方面に少数の制服警官が配置されるなど最低限のものであり、市内は平素と変わらなかった。29日夕方には提灯行列が出て天皇の訪問を奉祝した。翌[[10月30日|30日]]には同地震により最大の被害を受けた[[玄界島]]も慰問した。&lt;br /&gt;
* 2002年（平成14年）[[2月20日]]、[[チェロ]]の師・[[清水勝雄]]が死去。その夜、皇后のピアノ伴奏に合わせて演奏を行ない、故人を偲んだ。会見においても、その人柄を回想していた。&lt;br /&gt;
* 2005年（平成17年）[[6月28日]]、[[サイパン島]]訪問の際には当初の訪問予定に含まれていなかった韓国・朝鮮人慰霊碑（追悼平和塔）に皇后を連れて立ち寄った。これは天皇の意向だったとされている。&lt;br /&gt;
* 2007年（平成19年）の[[佐賀県]]行幸の際、到着した天皇を出迎えた市民の一部が自然発生的に『[[君が代]]』を歌い始めた際には、その場に足を止め、皇后を促して歌が終わるまでその場に留まり、歌が終わると手を振ってこれに応えた。この訪問に際しては、提灯行列も出るなどの歓迎を受けた。&lt;br /&gt;
* 2008年（平成20年）[[11月8日]]、先代の[[昭和天皇]]同様、[[慶應義塾大学]]創立150周年記念式典に[[皇后美智子|皇后]]と共に臨席し「[[おことば]]」を述べた。&lt;br /&gt;
* 2009年（平成21年）[[10月11日]]には、[[東京海洋大学]]品川キャンパスで[[日本魚類学会]]の年会に参加し、東京海洋大客員准教授を務める[[さかなクン]]と歓談した。さかなクンは懇談中も脱帽せず、そのキャラクターを特徴付ける[[ハコフグ]]の帽子を被ったままであったが、これを非礼とすることはなかった。&lt;br /&gt;
* 2011年（平成23年）3月11日発生の東北地方太平洋沖地震（東日本大震災）については前述のように異例のビデオメッセージを送ったほか、各地の避難所を皇后とともに歴訪している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 人物に関するもの ===&lt;br /&gt;
* [[自動車]]愛好家であり、[[プリンス自動車工業|プリンス自動車]]（現：[[日産自動車]]）の[[日産・スカイライン|スカイライン]]と[[デイムラー]]の[[SOHC]]の2台を愛用した。ちなみにプリンス自動車は明仁親王の立太子を記念して社名をプリンスと改めたものである。&lt;br /&gt;
* 独身時代には愛車[[日産・グロリア|グロリア]]でドライブを楽しんでいた。軽井沢において学友の所有する[[アルファ・ロメオ]]を運転したこともある。このほか[[ホンダ・アコード]]、[[ホンダ・レジェンド|レジェンドクーペ]]、[[ホンダ・インテグラ#2代目 DA5/6/7/8/DB1/2型（1989-1993年）|インテグラ]]など、運転したことがあるとされる車種は非常に多い。&lt;br /&gt;
* 2010年（平成22年）現在、プライベートで運転するのは1991年（平成3年）製のグレーのホンダ・インテグラ（4ドア仕様・[[マニュアルトランスミッション|MT]]）。週末に御所から宮内庁職員用テニスコートへ行く際、助手席に皇后、後部座席に侍従を乗せて運転する姿が放映された&amp;lt;ref&amp;gt;2009年4月10日放送「NHKスペシャル」より。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 軽井沢までドライブした際には、護衛として[[パトロールカー|パトカー]]に乗車した[[日本の警察官|警察官]]が随伴したが、随伴する警察官の乗車するパトカーは性能に劣るセダンであったため、性能差からついていくのに必死の思いであったという。&lt;br /&gt;
* 通算9台のプリンスを乗用に用いた。かつての[[御料車]]がプリンス製の[[日産・プリンスロイヤル]]だったのはその縁である。&lt;br /&gt;
* 自動車評論家として知られる[[徳大寺有恒]]は、皇太子時代の天皇が運転する[[日産・スカイライン|プリンス・スカイライン・スポーツ]]と対向車として遭遇し、大いに驚いた体験を自著に書き残している。&lt;br /&gt;
* 現在でも[[フォルクスワーゲン・タイプ1|ビートル]]をまれに運転することがあるという。2007年（平成19年）には高齢者講習を受講し、[[高齢運転者標識|紅葉マーク]]を取得したと伝わる。&lt;br /&gt;
* 公務においても[[タコグラフ]]の製造工場を見学するなど、自動車との縁が深い。&lt;br /&gt;
* [[鉄道]]に関する関心も深く、学習院大学時代の論文はヨーロッパの鉄道史に関する内容であったと言われる。[[皇室用客車|御料車]]も存在する。もっとも、特別扱いを嫌うため、御料列車で移動することは少なく、一般の車両の[[グリーン車]]などを[[お召し列車]]として使用することが多い。&lt;br /&gt;
* [[ビクトリア (ブリティッシュコロンビア州)|ビクトリア]][[カナダ空軍]]基地において[[軍用機]]のコクピットに座ったこともあり、写真が残されている。またビクトリアから[[バンクーバー (ブリティッシュコロンビア州)|バンクーバー]]まではこの空軍機で移動した。同機の機長だったデーブ・アダムソン中佐とは2009年（平成21年）のカナダ訪問の際に再会し、「あなたのことはよく覚えています」と旧交を温めていた。&lt;br /&gt;
* 学生時代（[[学習院高等科]]3年の試験が終わった日）、学友である[[橋本明]]（[[橋本龍太郎]]の従兄弟）に「[[銀座]]に行きたい」と相談し、学友が「いつがいいか?」と尋ねると「今日がいい」と答えた。「一人ではなくもう一人連れていこう」と提案し、承諾（もう一人は[[出雲国造]]の千家崇彦）。新任だった[[東宮侍従]][[濱尾実]]など仕えている周りの人間を「今宵、殿下を[[目白]]の方にご案内したい」など騙して抜け出すことに成功し、3人で銀座をぶらついた。このとき銀座4丁目あたりで慶應ボーイ4人と出会い、慶應ボーイは「殿下こんばんは」と挨拶したという。高級喫茶店「花馬車」で橋本の彼女と合流し、皆でお金を出し合い、一杯99円のコーヒーを飲み、洋菓子屋「[[コロンバン]]」で[[アップルパイ]]と[[紅茶]]を楽しんだり、満喫したようだが、当然ながらすぐに事件は発覚。大騒ぎになり、目的地を知り、居場所を突き止められると、銀座にいた彼の周りに警官が20 - 30メートルおきに配置されてしまい、これ以上散策が出来なくなり終了した。また、連れ出した学友は警察と皇室関係者にこっぴどく叱られた。これが有名な「'''銀ブラ事件'''」である。&lt;br /&gt;
* 結婚のパレードは[[民間放送]]開始から5年目でまだ高嶺の花だったテレビの普及に大いに貢献した。「ご成婚パレードをテレビで見よう」の宣伝文句が今に伝わっている。&lt;br /&gt;
* 皇太子時代、[[チャクリー王朝|タイ王室]]からタイ国民の[[タンパク質|蛋白質]]不足について相談を受け、養殖の容易な[[ティラピア]]を50匹寄贈した。タイではこのティラピアを大いに繁殖させて、[[バングラデシュ]]の食糧危機に際して50万匹を寄贈した。のちにこの魚には華僑によって「仁魚」という漢名が付けられた。&lt;br /&gt;
* 同じく皇太子時代、[[インドネシア]]からの打診を受けてコイの品種改良を行ない、[[ヒレナガニシキゴイ]]を誕生させている。&lt;br /&gt;
* [[靖国神社]]には皇太子時代に5回参拝しているが、即位後は参拝していない。一方で靖国神社の元宮司である[[南部利昭]]には、宮司就任前に「靖国のこと、頼みます」と声をかけている&amp;lt;ref&amp;gt;『週刊朝日』2004年12月3日。ただし、南部は「どうやら、久邇さまが陛下にお願いしていたようです。」と『週刊朝日』に述べており、天皇の発言は南部を宮司に推挙した[[久邇邦昭]]からの依頼によるものとしている。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 幼少時は[[豆腐]]料理を好物とした。成人してからは[[中華料理]]を好んだ。&lt;br /&gt;
* 多忙な毎日であっても俗事にも通じていることで知られる。あるミュージシャンとの会話で[[デーモン閣下]]の話題が出た折、「ああ、あの白い顔の」とその存在を知っていたことを口にしたエピソードが、デーモンがパーソナリティーを務めるラジオ番組で紹介されたことがある。&lt;br /&gt;
* 上記のデーモン閣下の件でも判るように、芸能音楽やスポーツ界の事情にも通じており、芸能音楽やスポーツ界関係者を招いた皇居での[[茶会|お茶会]]や[[赤坂御苑]]での園遊会が催された際には、出席した各関係者に詳しい質問をする。その為、天皇に質問された出席者は「陛下が自分のことについてこちらがドキッとするほどお詳しいので恐縮に堪えません」などと記者団に感想を述べることが多い。&lt;br /&gt;
* ただ「好きなテレビ番組は?」との質問については、「各局の競争が激しいので…」などと回答を拒否するのが普通である。ただし、皇太子時代に一度、『[[暴れん坊将軍]]』([[テレビ朝日]])を好きな番組に挙げた事がある。&lt;br /&gt;
* 時折、くだけた一面も覗かせる。登山時に天皇の姿が見えなくなった折、取材のため同行した[[記者|新聞記者]]が天皇のことをうっかり「おとうちゃん」と呼んだところ、記者の背後に突然現れ「おとうちゃんはここにおりますよ」と冗談めかして言い、驚かせたことがある。&lt;br /&gt;
* 皇居がある千代田区は、2011年（平成23年）3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震（東日本大震災）に伴う[[輪番停電|計画停電]]の対象外地域であったが、「国民と困難を分かち合いたい」とする天皇の意向により、皇居は停電時間に合わせ電源を落とした。計画停電の実施が終了した後もこの「自主停電」は続けたという。&lt;br /&gt;
* 2011年7月29日から8月10日、アメリカの調査会社GfKと[[AP通信]]が、日本全国の成人1000人を対象に電話で行った世論調査では、各国の元首や首脳についての設問で、天皇は「好き」を70%獲得し、[[バラク・オバマ|オバマ]]大統領（同41%）などを大幅に超えて1位であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 発言 ==&lt;br /&gt;
* 「ご誠実で、ご立派で、心からご信頼申し上げ、ご尊敬申し上げられるお方」&lt;br /&gt;
** 1958年（昭和33年）11月27日、正田美智子が婚約記者会見にて発言した皇太子評。流行語にもなった。&lt;br /&gt;
* 「天皇の歴史というものを知ることによって、自分自身の中に皇族はどうあるべきかということが次第に形作られてくるのではないか」&lt;br /&gt;
** 1977年（昭和52年）、帝王学について&lt;br /&gt;
* 「点数を付けることは出来ないが、まあ努力賞ということで」&lt;br /&gt;
** 1984年（昭和59年）4月10日、銀婚記者会見にて。皇太子妃に対して&lt;br /&gt;
**　この発言は報道陣の爆笑を誘った。&lt;br /&gt;
* 「国民と共に日本国憲法を守り、国運の一層の進展と世界平和、人類の福祉の増進を切に希望して止みません」&lt;br /&gt;
** 1989年（平成元年）1月9日、即位後朝見の儀にて&lt;br /&gt;
* 「日本国憲法で、天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であると規定されています。この規定と、国民の幸せを常に願っていた天皇の歴史に思いを致し、国と国民のために尽くすことが天皇の務めであると思っています。天皇の活動の在り方は、時代とともに急激に変わるものではありませんが、時代とともに変わっていく部分もあることは事実です」&lt;br /&gt;
** 1998年（平成10年）12月18日、[[天皇誕生日|誕生日]]に際する記者会見にて&lt;br /&gt;
* 「皆様が雨に濡れて寒いのではと案じています」&lt;br /&gt;
** 1999年（平成11年）11月20日、在位十年記念式典にて&lt;br /&gt;
* 「私自身としては、[[桓武天皇]]の生母が[[百済]]の[[武寧王]]の子孫であると[[続日本紀]]に記されていることに[[大韓民国|韓国]]とのゆかりを感じています」&lt;br /&gt;
** 2001年（平成13年）12月18日、誕生日に際する記者会見にて&lt;br /&gt;
** この発言は内外の興味を強く引き、韓国においても大々的に報道された。[[桓武天皇#今上天皇の発言]]も参照。&lt;br /&gt;
* 「私にとっては[[沖縄県|沖縄]]の歴史を紐解くということは[[島津氏]]の血を受けている者として心の痛むことでした。しかし、それであればこそ沖縄への理解を深め、沖縄の人々の気持ちが理解できるようにならなければならないと努めてきたつもりです。[[沖縄県]]の人々にそのような気持ちから少しでも力になればという思いを抱いてきました」&lt;br /&gt;
** 2003年（平成15年）12月18日、誕生日に際する記者会見にて&lt;br /&gt;
** 母方の祖母・[[邦彦王妃俔子|俔子]]妃が島津家の出身である。&lt;br /&gt;
* 「やはり、強制になるということではないことが望ましいですね」 - 東京都教育委員の[[米長邦雄]]の「日本中の学校に[[国旗]]を掲げ、[[国歌]]を斉唱させるのが私の仕事です」という発言に対して。&lt;br /&gt;
** 2004年（平成16年）[[10月28日]]、秋の園遊会にて&lt;br /&gt;
* 「[[皇太子徳仁親王|皇太子]]の[[人格否定発言|記者会見の発言]]を契機として事実に基づかない言論も行われ、心の沈む日も多くありました」 - [[人格否定発言]]を受けて&lt;br /&gt;
** 2004年（平成16年）、誕生日に際する文書回答より&lt;br /&gt;
* 「日本は昭和の初めから昭和20年の終戦までほとんど平和な時がありませんでした。この過去の歴史をその後の時代とともに正しく理解しようと努めることは日本人自身にとって、また日本人が世界の人々と交わっていく上にも極めて大切なことと思います」&lt;br /&gt;
* 「皇室の中で女性が果たしてきた役割については、私は有形無形に大きなものがあったのではないかと思いますが、（中略）私の皇室に対する考え方は、天皇および皇族は、国民と苦楽を共にすることに努め、国民の幸せを願いつつ務めを果たしていくことが（中略）、皇室の伝統ではないかと考えているということです」&lt;br /&gt;
** 以上、2005年（平成17年）12月19日、誕生日に際する記者会見にて&lt;br /&gt;
* 「これからの日本の教育の在り方については関係者が十分に議論を尽くして、日本の人々が自分の国と自分の国の人々を大切にしながら世界の国の人々の幸せに心を寄せていくように育っていくことを願っています。戦前のような状況になるのではないかということですが、戦前と今日の状況では大きく異なっている面があります。（中略）1930年から1936年の6年間に要人に対する襲撃が相次ぎ、総理または総理経験者4人が亡くなり、さらに総理1人がかろうじて襲撃から助かるという、異常な事態が起こりました。そのような状況下では議員や国民が自由に発言することは非常に難しかったと思います。先の大戦に先立ち、このような時代のあったことを多くの日本人が心にとどめ、そのようなことが二度と起こらないよう日本の今後の道を進めていくことを信じています」 - 「[[教育基本法]]改正に伴い愛国心の表現を盛り込む事が、戦前の国家主義的な教育への転換になるのでは」という在日外国報道協会代表質問に対し&lt;br /&gt;
** 2006年（平成18年）6月6日、シンガポール・タイ王国訪問前の記者会見にて&lt;br /&gt;
* 「残念なことは、愛子は幼稚園生活を始めたばかりで、風邪をひくことも多く、私どもと会う機会が少ないことです（中略）いずれ会う機会が増えて、打ち解けて話をするようになることを楽しみにしています」&lt;br /&gt;
** 2006年（平成18年）12月20日、誕生日に際する記者会見にて&lt;br /&gt;
* 「ブルーギルは50年近く前、私が米国より持ち帰り、[[水産庁]]の研究所に寄贈したもの。食用魚として期待が大きく養殖が開始されましたが、今このような結果になったことに心を痛めています」&lt;br /&gt;
** 2007年（平成19年）[[全国豊かな海づくり大会|第27回全国豊かな海づくり大会]]にて。&lt;br /&gt;
* 「皇太子妃が病気の今、家族が皆で、支えていくのは当然のことです。私も、皇后も、将来重い立場に立つ皇太子、皇太子妃の健康を願いつつ、2人の力になっていきたいと願っています」&lt;br /&gt;
** 2008年（平成20年）12月23日、誕生日に際する文書回答にて&lt;br /&gt;
* 「大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば、日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合、伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います。」&lt;br /&gt;
* 「2人のそれぞれの在り方についての話合いも含め、何でも2人で話し合えたことは幸せなことだったと思います。皇后はまじめなのですが、面白く楽しい面を持っており、私どもの生活に、いつも笑いがあったことを思い出します。（中略）結婚によって開かれた窓から私は多くのものを吸収し、今日の自分を作っていったことを感じます。結婚50年を本当に感謝の気持ちで迎えます」&lt;br /&gt;
** 以上、2009年（平成21年）4月8日、結婚満50年に際する記者会見にて&lt;br /&gt;
* 「今日の世界は決して平和な状態ではあるとはいえません。明るい面として考えられるのは、世界がより透明化し、多くの人々が事実関係が共有できるようになったことです。拉致の問題も、それが行われた当時は今と違って、日本人皆が拉致を事実として認識することはありませんでした。このため拉致が続けられ、多くの被害者が生じたことは返す返すも残念でした。それぞれの家族の苦しみはいかばかりであったかと思います」&lt;br /&gt;
* 「皇位継承の制度にかかわることについては、国会の論議にゆだねるべきであると思いますが、将来の皇室の在り方については、皇太子とそれを支える秋篠宮の考えが尊重されることが重要と思います。2人は長年私と共に過ごしており、私を支えてくれました。天皇の在り方についても十分考えを深めてきていることと期待しています」&lt;br /&gt;
** 以上、2009年（平成21年）11月11日、即位20年に際する記者会見にて&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 系譜 ==&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;width:80%&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;8&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;background-color:#ddf;width:25%&amp;quot;| '''明仁（今上天皇）'''&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;4&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;background-color:#dfd;width:25%&amp;quot;| '''父:'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[昭和天皇]]&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;2&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;background-color:#dfd;width:25%&amp;quot;| '''祖父:'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[大正天皇]]&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;1&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;background-color:#dfd;width:25%&amp;quot;| '''曾祖父:'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[明治天皇]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;1&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot;| '''曾祖母:'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[柳原愛子]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;2&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot;| '''祖母:'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[貞明皇后]]&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;1&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot;| '''曾祖父:'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[九条道孝]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;1&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot;| '''曾祖母:'''&amp;lt;br /&amp;gt;	野間幾子&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;4&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;background-color:#fdd&amp;quot;| '''母:'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[香淳皇后]]&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;2&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;background-color:#dfd&amp;quot;| '''祖父:'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[久邇宮邦彦王|邦彦王]]（久邇宮）&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;1&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;background-color:#dfd&amp;quot;| '''曾祖父:'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[久邇宮朝彦親王|朝彦親王]]（[[久邇宮]]）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;1&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot;| '''曾祖母:'''&amp;lt;br /&amp;gt;泉萬喜子&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;2&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot;| '''祖母:'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[邦彦王妃俔子|俔子]]&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;1&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot;| '''曾祖父:'''&amp;lt;br /&amp;gt;[[島津忠義]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| rowspan=&amp;quot;1&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot;| '''曾祖母:'''&amp;lt;br /&amp;gt;山崎寿満子&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 高祖父：[[孝明天皇]]&lt;br /&gt;
* 高祖母：[[中山慶子]]（明治天皇生母）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 系図 ===&lt;br /&gt;
[[皇室明治以降]]参照&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著書 ==&lt;br /&gt;
* 『ともしび 皇太子同妃両殿下御歌集』 [[宮内庁東宮職]]編、婦人画報社、1986年（昭和61年）12月 ISBN 9784573143012&lt;br /&gt;
* 『道 平成元年〜平成10年 天皇陛下御即位十年記念記録集』&amp;lt;br&amp;gt; 宮内庁編、日本放送出版協会、1999年（平成11年）10月 / 新装版2009年（平成22年）9月、ISBN 4140813903&lt;br /&gt;
* 『道 平成11年〜平成20年 天皇陛下御即位二十年記念記録集』&amp;lt;br&amp;gt; 宮内庁編、日本放送出版協会、2009年（平成22年）9月、ISBN 414081389X&lt;br /&gt;
* 『天皇陛下科学を語る』 [[宮内庁侍従職]]監修、朝日新聞出版、2009年10月 ISBN 4023304522&lt;br /&gt;
* 『日本産魚類大図鑑 = The fishes of the Japanese archipelago』 東海大学出版会、1984年（昭和59年）12月&lt;br /&gt;
** ISBN 4-486-05053-3（図版）&lt;br /&gt;
** ISBN 4-486-05053-3（解説）&lt;br /&gt;
** ISBN 4-486-05054-1（Text）&lt;br /&gt;
** 論文『ハゼ科魚類の進化』を所収（他に第2版で、ハゼ亜目魚類の項目を共同執筆）、益田一ほか編。&lt;br /&gt;
* 『日本の淡水魚』 山と溪谷社、1989年（平成元年）11月、ISBN 4-635-09021-3&lt;br /&gt;
** （チチブ類の項目を執筆）、川那部浩哉、水野信彦編・監修&lt;br /&gt;
* 『日本産魚類検索 全種の同定』 東海大学出版会、2000年（平成12年）12月、ISBN 4-486-01505-3&lt;br /&gt;
** （ハゼ亜目魚類の項目を共同執筆）、中坊徹次編&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{reflist|3}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[今上天皇]]&lt;br /&gt;
* [[昭和天皇]]&lt;br /&gt;
* [[宮内庁]]&lt;br /&gt;
* [[ハゼ]]&lt;br /&gt;
* [[ティラピア]]&lt;br /&gt;
* [[ヒレナガニシキゴイ]]&lt;br /&gt;
* [[ガーター勲章]]&lt;br /&gt;
* [[李明博による天皇謝罪要求]]&lt;br /&gt;
* [[郁沃会]]&lt;br /&gt;
* [[小泉信三]]&lt;br /&gt;
*[[天皇制廃止論]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.kunaicho.go.jp/index.html 宮内庁ホームページ]&lt;br /&gt;
*[http://yaplog.jp/u-sugu/archive/827 天皇も天皇制廃止を望んでいる!?11月30日沖縄タイムス大弦小弦を聞いて]&lt;br /&gt;
{{デフォルトソート:あきひと}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の天皇]]&lt;br /&gt;
[[Category:大勲位菊花章頸飾受章者]]&lt;br /&gt;
[[Category:ガーター勲章]]&lt;br /&gt;
[[Category:金羊毛騎士団員]]&lt;br /&gt;
[[Category:レジオンドヌール勲章受章者]]&lt;br /&gt;
[[Category:ラーチャミトラーポーン勲章受章者]]&lt;br /&gt;
[[Category:大チャクリー勲章受章者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の慈善家]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の魚類学者]]&lt;br /&gt;
[[Category:1933年生]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>178.254.13.112</name></author>	</entry>

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		<title>愛皇信用組合</title>
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				<updated>2015-12-22T16:45:07Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;178.254.13.112: &lt;/p&gt;
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&lt;div&gt;{| align=&amp;quot;right&amp;quot; border=1 cellspacing=0 cellpadding=2 style=&amp;quot;border: solid 2px #000000; margin-left: 16px&amp;quot;|&lt;br /&gt;
| colspan=2 align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|愛皇信用組合のデータ&lt;br /&gt;
|-	 &lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|統一金融機関コード&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;right&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|'''8888'''&lt;br /&gt;
|-	 &lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|店舗数&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;right&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|'''125'''店 &amp;lt;br&amp;gt;（2006年11月3日現在）&lt;br /&gt;
|-	 &lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|設立年 &lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;| 大正10年&lt;br /&gt;
|-	 &lt;br /&gt;
| colspan=2 align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: solid none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|本部&lt;br /&gt;
|-	 &lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|所在地&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none none none solid&amp;quot;|〒100-0001&lt;br /&gt;
|-	 &lt;br /&gt;
|colspan=2 align=&amp;quot;right&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid&amp;quot;|東京都千代田区千代田1　皇居東御苑内&lt;br /&gt;
|-	 &lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|電話番号&lt;br /&gt;
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|-	 &lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|外部リンク&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|&lt;br /&gt;
|-	 &lt;br /&gt;
| colspan=2 align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: solid none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|愛皇ネット銀行のデータ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|統一金融機関コード&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;right&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|'''0099'''（予定）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|SWIFTコード &lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;right&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|'''なし'''&lt;br /&gt;
|-	 &lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|代表 &lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;right&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|下野宮淑子（しもつけのみや　よしこ）&lt;br /&gt;
|-	 &lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|店舗数 &lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;right&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|'''5'''店（2007年11月3日現在）&lt;br /&gt;
|-	 &lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|設立日&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|平成19年末&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| colspan=2 align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: solid none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|愛皇銀行のデータ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|統一金融機関コード&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;right&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|'''0100'''（予定）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|SWIFTコード&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;right&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|'''AKBKJPJT'''予定&lt;br /&gt;
|-	 &lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|頭取 &lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;right&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|武蔵宮仁仁（むさしのみや　めぐひと）&lt;br /&gt;
|-	 &lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|店舗数 &lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;right&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|未定&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|設立日&lt;br /&gt;
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| style=&amp;quot;border-style: none none none solid&amp;quot;|〒100-0001&lt;br /&gt;
|-	 &lt;br /&gt;
|colspan=2 align=&amp;quot;right&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid&amp;quot;|東京都千代田区千代田1　皇居東御苑内&lt;br /&gt;
|-	 &lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|電話番号&lt;br /&gt;
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|-	 &lt;br /&gt;
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|-&lt;br /&gt;
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|-&lt;br /&gt;
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|}&lt;br /&gt;
{{User box frame P|black|#ffd966|#2121a2|Vault-boy.png|100px||このユーザー{{誰}}は&amp;lt;br&amp;gt;[[ヴォルトボーイ]]{{誰}}です。&amp;lt;br&amp;gt;あなた{{誰}}を&amp;lt;br&amp;gt;核戦争{{誰}}の脅威{{誰}}から&amp;lt;br&amp;gt;守ります。{{要出典}}}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;noinclude&amp;gt;[[Category:ユーザーボックス|うおるとほおい]]&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''愛皇信用組合'''(あいこうしんようくみあい)は、東京都千代田区に本店を置く広域信用組合である。 千代田区に愛皇購買信用協同組合として主に貴族や華族を中心に組合員を募り 富裕層向け信用組合として現在に至る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
皇室や国との関わりが強く、資本の一部も皇室財産の一部が組み込まれていた経過もある。 現在は、国内に100支店の店舗網を持ち、一般の金融機関として国民の利用が可能となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、本店のみ富裕層向けとして位置づけされており、限られた顧客のみが利用できる。大理石や 宝飾品で飾られた豪華絢爛な本店は、国宝としての指定も受けている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== AKFGの歩み（概略） ==&lt;br /&gt;
=== 戦前 ===&lt;br /&gt;
愛皇財閥として、旧宮家で設立。&lt;br /&gt;
*愛皇信用組合（旧宮家/貴族・華族の広域組合）&lt;br /&gt;
*旧愛皇銀行（特殊銀行・現在の信託・コーポレート）&lt;br /&gt;
*愛皇貸金（現在の割賦事業）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 戦時中 ===&lt;br /&gt;
戦時統制で愛皇金融営団に組織変更、旧日本軍の管理下に入る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 戦後 ===&lt;br /&gt;
連合軍GHQによって業務停止。 その後、バンク・オブ・マッカーサー・エヌ・エイを（通称・GHQ金融グループ）設置（皇族金融から進駐軍金融に変化）。 GHQ撤退後、愛皇金融営団再開（GHQ金融の返還）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 高度経済成長期 ===&lt;br /&gt;
日本社会党系過激派によるテロ事件多発。 日本共産党系左翼のデモ行進も多発。 これらの騒ぎに乗じて一気に取立てを開始。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 80～90年代 ===&lt;br /&gt;
社会党の破壊活動・共産党の批判運動が鎮静化した為、皇族改革で一般顧客の受入開始。 昭和天皇死去前後、業務停止・今上天皇即位後、業務再開。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 現代 ===&lt;br /&gt;
*持株解禁に伴い、営団を持株会社として、金融3事業を分社(組)化。愛皇フィナンシャルグループ設立&lt;br /&gt;
*分社(組)の際に長期信用事業を廃止。債券を愛皇信託銀行へ譲渡。&lt;br /&gt;
*信託、コーポレートを傘下とし、信用組合については皇室理念を追求する協同組合方式として傘下へ。&lt;br /&gt;
*愛皇信用組合の銀行転換を永久凍結。(平成19年10月総会において銀行転換採決へ)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*ATMの完全無料化と24時間営業店舗の拡大。&lt;br /&gt;
*国民皆口座制度の導入により全国へ支店網拡大。&lt;br /&gt;
*「Å」愛皇フィナンシャルグループ共通ロゴの制定。&lt;br /&gt;
*本店改革において、完全富裕層向け店舗へ。基準として10億円保有者に限定。&lt;br /&gt;
*本店営業部窓口を完全大理石カウンター導入。&lt;br /&gt;
*第3次愛皇電算システムの稼動によりグループ間の窓口相互入金開放へ。&lt;br /&gt;
*23時間口座「プレジデント24foryounger」を発売。&lt;br /&gt;
*平成19年　愛皇銀行への転換が中止へ。信用組合継続へ。（愛皇銀行転換問題）&lt;br /&gt;
*平成19年　愛皇ネット銀行の開業により、信組銀行転換問題の解消。ただし愛皇FGとの資本関係を持たず。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革 ==&lt;br /&gt;
*大正10年　皇室資産管理部　設立&lt;br /&gt;
*昭和12年　資産信用融通組合　改組&lt;br /&gt;
*昭和40年　愛皇信用組合　改組&lt;br /&gt;
*昭和60年　全国支店網完成（沖縄県を除く）&lt;br /&gt;
*平成元年　愛皇信託銀行　設立&lt;br /&gt;
*平成3年　愛皇商業銀行　設立&lt;br /&gt;
*平成5年　全国しんくみ連へ加盟　幹事信組となる&lt;br /&gt;
*平成10年　愛皇商業銀行から愛皇コーポレート銀行へ社名変更&lt;br /&gt;
*平成13年　愛皇フィナンシャルグループ　金融持株会社設立&lt;br /&gt;
*平成14年　図書信用組合・千代田区民信用組合より営業譲渡&lt;br /&gt;
*平成15年　朝鮮民主主義人民共和国への国際的テロ資金防止の為朝銀信用組合との相互送金及び入出金停止措置を国内信組では珍しく行った&lt;br /&gt;
*平成16年　愛皇フィナンシャルグループ本社ビル完成　1階で国内最大級窓口で本店営業開始&lt;br /&gt;
*平成17年　皇居支店移転新築&lt;br /&gt;
*平成18年　皇室資産の返還　完全民間経営となる&lt;br /&gt;
*平成19年　愛皇信用組合の銀行転換準備が行われる。金融庁区分では「新たな形態の銀行」となる。また、BANCS・LONGSに加入し、ACS・SCS・SOCSと提携。SANCSからは脱退するが、提携金融機関として保持。（→愛皇銀行転換問題）&lt;br /&gt;
*平成19年　愛皇信用組合銀行転換禁止法案が成立し、銀行転換が凍結された。これにより銀行転換派役員の退任が求められた。（→愛皇疑獄事件）&lt;br /&gt;
*平成19年　中小企業の大企業吸収合併に伴う信金信組取引終了に伴う金融機関活性化法案成立により、銀行転換禁止法廃止。銀行転換準備室の再開。しかし、退任を求められた役員からの訴訟や準備室の凍結に伴うBANCS・LONGS接続延期とACS・SCS・SOCS提携延期に及び転換後の国際駐在用システムの開発遅延に伴う損害賠償を禁止法を提出した国会議員と強行採決した政党及びAKFGに対し訴訟を起こす。（→愛皇疑獄事件）&lt;br /&gt;
*平成19年　皇族専用支店「(010)吹上御所支店」新規開設&lt;br /&gt;
*平成19年　全国信用組合協会から信組としては初の脱会。独自グループ構成を貫く。愛皇FGとして。　&lt;br /&gt;
*平成20年以降　開設予定の2ちゃんねる銀行とATM相互開放予定。&lt;br /&gt;
*平成20年　愛皇銀行株式会社発足予定（中止→愛皇疑獄事件・愛皇銀行転換問題）&lt;br /&gt;
*平成20年4月1日　愛皇信用組合永久運営法案適用開始&lt;br /&gt;
*平成20年4月2日　中小企業の大企業吸収合併に伴う信金信組取引終了に伴う金融機関活性化法に伴う愛皇信用組合永久運営法案の矛盾性より、即時裁判所での審査（→愛皇銀行転換問題）&lt;br /&gt;
*平成20年　第3次オンラインシステム運用開始&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 信用組合ネットワークの制限 ==&lt;br /&gt;
朝鮮民主主義人民共和国への国際的テロ資金防止の為朝銀信用組合15組合との相互送金及び入出金停止措置を行う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 勘定システム ==&lt;br /&gt;
信組、信託、コーポレートの３金融機関で共同システム会社の設立を行ないました。&lt;br /&gt;
愛皇電算システム株式会社は、３金融機関の全システムを担う金融システム会社です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ATMベンダ ==&lt;br /&gt;
愛皇電算システム株式会社が中心となり、NEC富士通共同体と沖電気が国内自前ATM網を構築している。平成２１年を目処にATM管理会社「愛皇ATMサービス株式会社（仮称）」の設立準備を進めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 金融機関コード ==&lt;br /&gt;
※首都圏の一部支店を表示しております。&lt;br /&gt;
※斜体字は2ちゃんねる銀行とのブランチインブランチ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【8888】愛皇信用組合&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*001本店&lt;br /&gt;
*002皇居支店&lt;br /&gt;
*003赤坂御所支店&lt;br /&gt;
*004東宮御所支店&lt;br /&gt;
*005新宿御苑支店&lt;br /&gt;
*006東京都庁内支店&lt;br /&gt;
*007東京営業部&lt;br /&gt;
*008東京公務部&lt;br /&gt;
*009皇居支店吹上御所出張所&lt;br /&gt;
*010上野支店&lt;br /&gt;
*011新宿駅前西口支店&lt;br /&gt;
*012大手町営業部&lt;br /&gt;
*013''六本木ヒルズ支店''&lt;br /&gt;
*014''丸ビル支店''&lt;br /&gt;
*015お台場支店&lt;br /&gt;
*016新橋支店&lt;br /&gt;
*017飯田橋支店&lt;br /&gt;
*018丸の内支店&lt;br /&gt;
*019市谷支店&lt;br /&gt;
*020八重洲支店&lt;br /&gt;
*021京橋支店&lt;br /&gt;
*022銀座支店&lt;br /&gt;
*023虎ノ門支店&lt;br /&gt;
*024広尾支店&lt;br /&gt;
*025四谷支店&lt;br /&gt;
*026神楽坂支店&lt;br /&gt;
*027駒込支店&lt;br /&gt;
*028赤坂見附支店→2ちゃんねる銀行へ譲渡（2ちゃんねる銀行九段下支店永田町出張所）&lt;br /&gt;
*029築地本願寺支店&lt;br /&gt;
*030''六本木ヒルズローンセンター''&lt;br /&gt;
*031''丸ビルお客様相談室''&lt;br /&gt;
*032ＴＢＳ前支店&lt;br /&gt;
*033青山墓地前支店&lt;br /&gt;
*034''東急支店''…東急市指定金融機関の1つ&lt;br /&gt;
*035''第3新東京市支店''…第3新東京市出納取扱金融機関&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==  傘下 ==&lt;br /&gt;
愛皇生命保険&lt;br /&gt;
我々は、天皇陛下の下に、国民の経済を保険という事業を通じて保障する事業団である。 愛皇終身保険・愛皇生命保険・愛皇こども保険など国民生活に欠かせない保障を用意している。 掛け捨ての共済システムを完備。&lt;br /&gt;
愛皇損害保険&lt;br /&gt;
愛皇生命と同様国民の災害時の保障を提供する損害保険事業団である。放火による火災時に申請すれば最大15万円まで下りる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 2社の合併 ==&lt;br /&gt;
愛皇生命保険（愛称：愛皇生命）のグループ事業団の愛皇損害保険（略称：愛皇損保）は、主力国内損保と吸収合併すると発表した。これにより、国内損保の殆どが愛皇損保へと統一され、より強度な自動車保険、火災保険の販売が出来ることになる。また、親会社の愛皇生命は来年四月には、国内生命保険会社5社を傘下とし、来年7月に吸収合併を目指す。メインバンクである愛皇信用組合の銀行への転換も視野に入れ、愛皇金融保険事業団は、世界に誇る、日本を代表するフィナンシャルホールディングとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 愛皇フィナンシャルグループをご利用の皆様へ ==&lt;br /&gt;
近頃、愛皇フィナンシャルグループが破綻したなどという何の根拠もない風説が一部報道により流布されておりますがご安心ください。當フィナンシャルグループは皆様のご支援のもと堅実に運営しており、世界一の総資産額を維持いたしております。自己資本比率は49.21%であり、これは金融機関としては日本のみならず世界的にもトップクラスであります。&lt;br /&gt;
これからも、我々愛皇フィナンシャルグループを安心してご利用くださいませ。 貯金時の利率0.0015％ローン時の利率換算59%/年ご融資の際の利率　18%/月&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
== 愛皇フィナンシャルグループ ==&lt;br /&gt;
愛皇信用協同組合&lt;br /&gt;
愛皇生命保険事業団&lt;br /&gt;
愛皇損害保険事業団&lt;br /&gt;
愛皇信託銀行&lt;br /&gt;
愛皇コーポレート銀行&lt;br /&gt;
愛皇クレジットファイナンスカード&lt;br /&gt;
愛皇信用組合系統統括本部（愛皇フィナンシャルグループ本部へ集約）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== おかげ様で120周年 ==&lt;br /&gt;
貴様の生活を「おかね」でサポートする-あいしん-のあんしん。愛国心をお忘れなく。 愛皇信用組合広報部&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本店（口座開設はできません）&lt;br /&gt;
皇族専用支店（皇族と皇族ご出身の民間人の一部がご利用いただけます）&lt;br /&gt;
特殊支店（行政との資金決済に特化した支店です）&lt;br /&gt;
一般支店（首都圏を中心に全国主要都市に支店がございます）&lt;br /&gt;
振込専用支店（振込専用に企業名を支店名にご利用いただけます）&lt;br /&gt;
国外支店（世界の主要都市に支店がございます）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
== 銀行転換凍結に伴うお知らせ ==&lt;br /&gt;
平成２０年４月の開業を目指していた愛皇銀行転換準備室は、７月１９日の愛皇銀行転換法廃止に伴い、現在の信用組合形式での運営を継続することを決定しました。&lt;br /&gt;
引き続き、愛皇信用組合をご愛顧いただきますようお願い申し上げます。また、お手元の出資証券は、引き続き保管のほどよろしくお願い申し上げます。&lt;br /&gt;
転換に関しては現在凍結となっております。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
== 基本理念は皇室理念 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
愛皇信用組合の経営理念は「皇室」にあります。日本の象徴である天皇陛下を中心に国民の金融全般を担うための金融機関であるために愛皇信用組合は、協同組合組織であり続けることを選択しました。協同組合組織で取扱のできない分野については、限りなく協同組合理念に近い愛皇信託銀行や愛皇ｺｰﾎﾟﾚｰﾄ銀行などの株式会社組織の中で事業運営を続けてまいります。組織の理念は天皇陛下崇拝であり、天皇なくしては存続し得ない金融機関連合なのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経営陣の銀行転換派閥と信組継続派閥の対立 ==&lt;br /&gt;
永久凍結を施行した継続陣営役員と、転換陣営役員の内部抗争が発生。&lt;br /&gt;
継続陣営は右派国会議員との縁故による銀行転換禁止法の議員立法と、賄賂による強行採決等が発生。&lt;br /&gt;
上記の事件は愛皇疑獄事件として愛皇フィナンシャルグループのイメージ低下の原因となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 店舗統廃合 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
愛皇信用組合関係&lt;br /&gt;
*【廃止する店舗】256パンダ口支店・245御徒町中央支店&lt;br /&gt;
*【継承する店舗】250上野駅前支店&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*【廃止する店舗】658大阪本店（旧大阪信用組合本店）&lt;br /&gt;
*【継承する店舗】125大阪支店&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
愛皇信託銀行関係&lt;br /&gt;
*【廃止する店舗】006八重洲口支店・015東京駅ステーションホテル内出張所&lt;br /&gt;
*【継承する店舗】007大手町営業部&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
愛皇職員信用組合関係&lt;br /&gt;
*【廃止する店舗】012本店ビル12階出張所　013本店ビル13階出張所&lt;br /&gt;
*【継承する店舗】001本店&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 愛皇ネット銀行の開業 ==&lt;br /&gt;
愛皇ネット銀行株式会社&lt;br /&gt;
愛皇信用組合の銀行転換問題で、信組継続派と銀行転換派の決着手段として新たに設立されるネット専業銀行。「海」をモチーフにした支店名を採用している。資本的に愛皇フィナンシャルグループには属さない。また、愛皇ＦＧからの技術提供も一切行なわれておらず、いわゆる銀行転換派が主体となった新しい銀行である。愛皇フィナンシャルグループから「商号」を借用する形となっており、愛皇フィナンシャルグループへ愛皇ネット銀行が毎月商号借用料を支払うこととなっている。ネット銀行のなかでも最後発になるため、顧客獲得にはかなりの難しさを要すると予想されている。ただし、「海」をモチーフにしたことから、皮肉にも協同組合組織の漁業協同組合系のＪＦマリンバンクから業務提携を打診されている。更に、愛皇信用組合を始めとする愛皇フィナンシャルグループ各行（組）の役職員の口座開設については、現在見送っているが、将来的に受け入れるとしている。主に都市部の若年層を対象とした顧客獲得を目指しており、渋谷に屯（たむろ）するいわゆる非行少年に口座開設をさせるなど社会問題にもなっている。硬貨を使用できる独自のＡＴＭの設置が好調で、小学生のお小遣い預金口座として利用されているケースが多い。収益部門とされる貸出業務については当面行なわないとしており、主に国債や株式での運用を行なっているため預金金利が他行に比べて極端に低いのも特徴である。今後利用メリットを見出すことが一番の課題とされている。ちなみに皇族専用支店での皇族の口座開設数は、ゼロと発表されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（001）本店営業部&lt;br /&gt;
　　支店取りまとめ業務と内部口座を保有するのが本店営業部。「営業部」が名称に含まれるのは愛皇ネット銀行のみ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（002）太平洋支店&lt;br /&gt;
　　主に一般顧客を対象とした支店で有人店舗は無い。ＰＣとモバイルから取引ができる。２４時間営業である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（003）日本海支店&lt;br /&gt;
　　主に法人顧客を対象とした支店で有人店舗は無い。ＰＣから取引ができる。営業時間は9時-15時である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（004）東京湾公務部&lt;br /&gt;
　　公務資金を決済している支店。口座開設はできない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（005）皇族専用支店&lt;br /&gt;
　　皇族のみが利用できる支店。唯一有人店舗を持つが、店舗所在地は明らかにされていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 愛皇フィナンシャルグループの人物 ==&lt;br /&gt;
フィナンシャルグループ統括・信組理事長については、宮内庁出身の人物が務め、銀行等の頭取には皇族が就任する事により、皇室との関係を深める事としている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 関連人物 ===&lt;br /&gt;
*大滝啓介：宮内庁出身・信組理事長（信組継続陣営の頂点）&lt;br /&gt;
*鈴宮啓太：民間人・イー銀行出身・愛皇フィナンシャルグループ役員・銀行転換準備室長兼副頭取候補・2ちゃんねる銀行/2ちゃんねるバンクフィナンシャルグループ社外役員（銀行転換陣営の頂点）&lt;br /&gt;
*深海優子：素行調査部員&lt;br /&gt;
*川上理恵子：信組継続派の1人&lt;br /&gt;
*牛沢圭吾：愛皇フィナンシャルグループ専属記者&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*東京セントラル信用金庫&lt;br /&gt;
※下記項目の加筆依頼をお願いします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*愛皇疑獄事件&lt;br /&gt;
*愛皇銀行転換問題&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:あいこうしんようくみあい}}&lt;br /&gt;
[[Category:信用組合]]&lt;br /&gt;
[[Category:金融機関]]&lt;br /&gt;
[[Category:架空の企業]]&lt;br /&gt;
[[Category:2ちゃんねる]]&lt;br /&gt;
[[Category:アンサイクロペディアに書くと削除される記事]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>178.254.13.112</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%AE%89%E5%80%8D%E3%81%AA%E3%81%A4%E3%81%BF&amp;diff=313251</id>
		<title>安倍なつみ</title>
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				<updated>2015-12-22T16:45:05Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;178.254.13.112: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:安倍なつみ　1.jpg|400px|thumb|安倍　なつみ]]&lt;br /&gt;
{{User box frame P|black|#ffd966|#2121a2|Vault-boy.png|100px||このユーザー{{誰}}は&amp;lt;br&amp;gt;[[ヴォルトボーイ]]{{誰}}です。&amp;lt;br&amp;gt;あなた{{誰}}を&amp;lt;br&amp;gt;核戦争{{誰}}の脅威{{誰}}から&amp;lt;br&amp;gt;守ります。{{要出典}}}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;noinclude&amp;gt;[[Category:ユーザーボックス|うおるとほおい]]&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
'''安倍 なつみ'''（あべ なつみ、[[1981年]][[8月10日]] - ）は、[[日本]]の[[歌手]]、[[俳優|女優]]、[[タレント]]、[[アイドル]]である。所属[[芸能事務所|事務所]]は[[アップフロントエージェンシー]]。元[[ハロー!プロジェクト]]の一員で、元[[モーニング娘。]]のメンバー。[[北海道]][[室蘭市]]の東室蘭出身。[[身長]]は152cm。[[血液型]]は[[ABO式血液型|A型]]。[[愛称]]は'''ぬっち'''、'''なっち'''('''なっつあん'''（[[中澤裕子]]、[[飯田圭織]]、[[保田圭]]、[[矢口真里]]、[[後藤真希]]の第3期までのメンバー限定）・'''なちみ'''（[[辻希美]]限定)。歌手でタレントの[[安倍麻美]]は実妹。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 略歴 ==&lt;br /&gt;
[[Image:安倍なつみ　2.jpg|400px|thumb|安部　なつみ]][[Image:安倍なつみ　3.jpg|400px|thumb|安部　なつみ]][[Image:安倍なつみ　4.jpg|400px|thumb|安部　なつみ]][[Image:安倍なつみ5.jpg|400px|thumb|安部　なつみ]][[Image:安倍なつみ6.jpg|400px|thumb|安部　なつみ]]&lt;br /&gt;
; [[1981年]]&lt;br /&gt;
* 8月10日、モーニング娘。の同期メンバー[[飯田圭織]]と2日違い（飯田の方が早い）で北海道室蘭市の同じ[[産婦人科学|産院]]で生まれた。同じ新生児室にいたという。&lt;br /&gt;
; [[1997年]]&lt;br /&gt;
* [[テレビ東京]]の[[オーディション]]番組『[[ASAYAN]]』内の「[[ハロー!プロジェクト#シャ乱Q女性ロックボーカリストオーディション|シャ乱Q女性ロックボーカリストオーディション]]」（優勝は[[みちよ|平家みちよ]]）の3次選考で、再発注をせずに最終候補に選ばれるものの落選。&lt;br /&gt;
* 同じく最終候補に選ばれた[[中澤裕子]]、[[石黒彩]]、飯田圭織、[[福田明日香]]と共に、課題曲『[[愛の種]]』を、5日間で5万枚完売すればメジャーデビュー出来ると言う条件のもと、「モーニング娘。」を結成。&lt;br /&gt;
* 11月30日、課題曲を完売（[[ナゴヤ球場]]）。&lt;br /&gt;
; [[1998年]]&lt;br /&gt;
* 1月28日、『[[モーニングコーヒー]]』でメジャーデビューを果たす。&lt;br /&gt;
* 12月31日、モーニング娘。として[[第40回日本レコード大賞]]最優秀新人賞を獲得、「[[NHK紅白歌合戦]]」に初出場。&lt;br /&gt;
; [[1999年]]&lt;br /&gt;
* 12月10日、初のソロ写真集『ナッチ』を発売。&lt;br /&gt;
; [[2000年]]&lt;br /&gt;
* 4月26日、アルバム『プッチベスト〜黄青あか〜』に初ソロ曲『トウモロコシと空と風』を収録。&lt;br /&gt;
* 5月、映画『[[ピンチランナー (映画)|ピンチランナー]]』に他のモーニング娘。メンバーと出演。&lt;br /&gt;
* [[クラシエホールディングス|カネボウ]]シャンプー「SALA」の[[コマーシャルメッセージ|コマーシャル]]にソロで出演。モーニング娘。としても初めてのCM出演になった。&lt;br /&gt;
; [[2001年]]&lt;br /&gt;
* 1月・3月、連続[[テレビドラマ]]『[[向井荒太の動物日記 〜愛犬ロシナンテの災難〜]]』（[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]）で、ソロとしてテレビドラマ初出演。&lt;br /&gt;
* 12月6日、2nd写真集『なつみ』を発売。&lt;br /&gt;
; [[2003年]]&lt;br /&gt;
* 1月、「[[モーニング娘。さくら組]]」の初代リーダーに就任。&lt;br /&gt;
* 5月2日、[[四角佳子]]（元・[[六文銭 (音楽ユニット)|六文銭]]メンバー）とのユニット、「おけいさんと安倍なつみ（モーニング娘。）」を結成。シングルリリース。&lt;br /&gt;
* 6月29日、「FNS[[27時間テレビ]]」で矢口真里と「深夜の爆笑ヒットパレード2003」の総合司会を担当。&lt;br /&gt;
* 7月27日、ハロー!プロジェクトコンサートの最終日の公演内でプロデューサーの[[つんく|つんく♂]]よりモーニング娘。からの卒業が発表される。&lt;br /&gt;
* 8月13日、『[[22歳の私]]』でソロデビュー。&lt;br /&gt;
* 10月、『[[ハロー!モーニング。]]』4代目司会者に就任。&lt;br /&gt;
; [[2004年]]&lt;br /&gt;
* 1月25日、[[ハロー!プロジェクトの作品・出演一覧#Hello! Project コンサート（コンサート・イベント）|Hello! Project 2004 Winter 〜C'MON! ダンスワールド〜]]の[[横浜アリーナ]]公演を以てモーニング娘。を卒業。本格的なソロ活動に入る。&lt;br /&gt;
* 2月、東京、大阪、名古屋にて初の主演[[ミュージカル]]『おかえり』開催。&lt;br /&gt;
* 2月4日、初ソロアルバム『一人ぼっち』を発売。&lt;br /&gt;
* 3月、3rd写真集『出逢い』を発売。&lt;br /&gt;
* 4月・6月、連続テレビドラマ『[[仔犬のワルツ]]』（日本テレビ系）で、連続テレビドラマ初主演。&lt;br /&gt;
* 10月、[[後藤真希]]、[[松浦亜弥]]と期間限定ユニット「[[後浦なつみ]]」結成。シングル『恋愛戦隊シツレンジャー』をリリース。&lt;br /&gt;
* 12月、過去の写真集・エッセイ集での詩の盗用疑惑が発覚し、2ヶ月間活動自粛する。盗用されたとする詞を掲載していた写真集とエッセイ集2冊は発売中止・絶版、年明けに発売が予定されていたシングルは発売中止。[[後浦なつみ]]としての出場が決まっていたNHK紅白歌合戦も出場を辞退。&lt;br /&gt;
; [[2005年]]&lt;br /&gt;
* 2月、活動自粛が終わる。レビュー「むらたさ〜ん、ごきっ?」出演。レビュー終了後、『[[ハロー!モーニング。]]』にも復帰を果たす。&lt;br /&gt;
* 4月、後浦なつみコンサートツアー2005春「トライアングルエナジー」ツアー&lt;br /&gt;
* 6月、地球温暖化防止キャンペーン「熱っちぃ地球を冷ますんだっ。」安倍なつみ 歌とトークの ふれあいコンサート。4th写真集『fu（ふぅ）』を発売。&lt;br /&gt;
* 8月、ファンクラブ限定 ハワイツアー&lt;br /&gt;
* 10月、後藤真希、松浦亜弥、[[石川梨華]]と共に「[[DEF.DIVA]]」（デフ.ディバ）を結成、シングルを発売。&lt;br /&gt;
* 11月、[[GyaO]]単発ドラマ「[[たからもの (テレビドラマ)|たからもの]]」武田千役で主演を務める。5th写真集『アロハロ!安倍なつみ写真集』、イメージDVD『アロハロ!安倍なつみDVD』を発売。&lt;br /&gt;
* 12月、大晦日紅白歌合戦にDEF.DIVA及びドリームモーニング娘。で出場。&lt;br /&gt;
; [[2006年]]&lt;br /&gt;
* 1月、ハロー!プロジェクトコンサートにエルダークラブとして出演。&lt;br /&gt;
* 3月、GyaO単発ドラマ「たからもの」DVDが発売。29日には約2年ぶりの2ndアルバム『2nd〜染みわたる想い〜』発売。&lt;br /&gt;
* 4月、[[ジョージア (缶コーヒー)|GEORGIA]]の新製品『GABA』でイメージキャラクターを努める。コンサートツアー「おとめちっくBank」で飯田圭織をゲストに迎え全国を回る。日テレ・ドラマコンプレックス『[[プリズン・ガール]]』で主演。&lt;br /&gt;
* 5月、フジテレビのスペシャルドラマ「[[ザ・ヒットパレード〜芸能界を変えた男・渡辺晋物語〜]]」で、妹で歌手の安倍麻美と共に[[ザ・ピーナッツ]]として出演。&lt;br /&gt;
* 6月、6th写真集『ecru』発売。&lt;br /&gt;
* 8月、ミュージカル『[[リボンの騎士]]ザ・ミュージカル』にフランツ王子役として出演（[[石川梨華]]、松浦亜弥とのトリプルキャスト）。&lt;br /&gt;
; [[2007年]]&lt;br /&gt;
* 3月、ミニアルバム『25〜ヴァンサンク〜』、7th写真集『SCENE.安倍なつみ写真集』、イメージDVD『アロハロ!2 安倍なつみDVD』を発売。&lt;br /&gt;
* 6月・7月、NHK木曜時代劇「夏雲あがれ」ヒロイン恩田志保（おんだしほ）役で出演。&lt;br /&gt;
* 10月7日、[[東京都]][[渋谷区]]の路上で[[乗用車]]を運転中に[[対人事故|人身事故]]を起こし、[[東京地方検察庁|東京地検]]に[[業務上過失致死傷罪#自動車運転過失致死傷罪|自動車運転過失傷害]]の疑いで[[書類送検]]されたが、相手が軽傷だったこと等を理由に[[起訴猶予処分|起訴猶予]]になっている。安倍はこの年の8月までに[[運転免許]]を取得していた。それまでは事務所に反対されていたのが、OKになったらしい(同年[[8月15日]]の[[なるトモ!]]で告白)。&lt;br /&gt;
* 11月、8th写真集『Cam on』発売。&lt;br /&gt;
; [[2008年]]&lt;br /&gt;
* 1月16日、[[安倍なつみ&amp;amp;矢島舞美（℃-ute）]]名義で「16歳の恋なんて」をリリース。&lt;br /&gt;
* 3月 - 5月、舞台『祝祭音楽劇[[トゥーランドット]]』（[[宮本亜門]]演出）に[[トゥーランドット#リュー|リュー]]役として出演。&lt;br /&gt;
* 7月、[[エフエムインターウェーブ|Inter FM]]の番組、『[[FIVE STARS]]』の月曜日担当パーソナリティに就任。&lt;br /&gt;
* 8月、9th写真集『End of Summer』発売。&lt;br /&gt;
* 8月、[[松山千春]]の63rdシングル『思ひ』のプロモーションビデオにゲスト出演。財政破綻した[[夕張市]]を励ますためのコンサートで共演したのがきっかけ。&lt;br /&gt;
* 9月、イメージDVD『Nac&amp;quot;chu&amp;quot;ral。』（ナッチュラル。）を発売。&lt;br /&gt;
* 12月10日、ソロとして初のベストアルバム『安倍なつみ 〜Best Selection〜 15色の似顔絵たち』を発売。&lt;br /&gt;
; [[2009年]]&lt;br /&gt;
* 3月31日、ハロー!プロジェクトを卒業、FIVE STARS降板。[[ファンクラブ]]も翌月より[[M-line club]]に移動。&lt;br /&gt;
* 4月5日 - 5月9日、舞台『[[三文オペラ]]』（宮本亜門演出）にポリー役として出演。&lt;br /&gt;
* 6月6日、公式ホームページがオープン。&lt;br /&gt;
* 11月、ジュニア[[ベジタブル&amp;amp;フルーツマイスター]]（野菜ソムリエ）の資格を取得。&lt;br /&gt;
; [[2010年]]&lt;br /&gt;
* 3月、ジュニア[[食育]]マイスターの資格を取得。&lt;br /&gt;
* 5月 - 6月、ミュージカル『リトルショップ・オブ・ホラーズ』にオードリー役として出演。&lt;br /&gt;
2015年&lt;br /&gt;
1月1日&lt;br /&gt;
山崎幾三郎と付き合っている事判明した。Yahoo!乗っていた&lt;br /&gt;
2016年&lt;br /&gt;
1月1日にご成婚した&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物、エピソード ==&lt;br /&gt;
[[Image:安倍なつみ7.jpg|400px|thumb|安部　なつみ]]&lt;br /&gt;
自他共に認める「究極の[[童顔]]」の持ち主。「なつみ」の名前の由来は、『[[ちょっとマイウェイ]]』というドラマに安倍の母親が感動し、[[桃井かおり]]が演じていた主人公の「浅井なつみ」という名前に因んで自分の娘に名付けたものである。ちなみにこのドラマは[[1979年]]10月13日から[[1980年]]3月29日まで毎週土曜日夜9時から[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系で放送されていたもので、安倍が主演した『[[仔犬のワルツ]]』と同じ[[土曜ドラマ (日本テレビ)|土曜グランド劇場]]枠に当たる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
趣味に「笑う事」と書くなど、笑顔が印象的な女性である。寝相が悪く、よく他のハロー!プロジェクトメンバーから突っ込まれる。このことは本人も認めている。訛り・方言がいまだに抜けず、番組中でもテンションが上がると「'''〜だべさ'''」などと発言してしまうことがある。安倍とつき合いが長い[[中澤裕子]]によると、方言が出る時は安倍が「仕事を忘れている瞬間」だと言う。料理が得意で、よくハロー!プロジェクトメンバーから「お母さんになってほしい」と言われている。子供好きでもあり、[[講談社]]の幼児雑誌「[[おともだち]]」や「[[ティンティンTOWN!]]」で歌のお姉さんをやっていたほどである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[モーニング娘。]]在籍時は後輩と遊んだりした際、後輩よりも夢中になってはしゃぎ回ったりすることが多かったと「[[ハロー!モーニング。]]」で後輩達から暴露された。半期に一度の「[[COUNT DOWN TV|CDTV]]・[[恋人]]にしたいアーティストランキング」で前人未踏のV7を達成している。現在もベスト10の常連である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
6期メンバーの藤本美貴と顔がよく似ている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
tvk（[[テレビ神奈川]]）の人気番組「[[saku saku]]（サクサク）」のキャラクター「[[Saku saku#現在の出演者・出演キャラクター|白井ヴィンセント]]」がお気に入り。同局のトーク番組「[[深海魚 (テレビ番組)|深海魚]]」で、「saku saku」ファンを意味する「[[Saku saku#サクサカー|サクサカー]]」であることを公言している（[[2006年]]9月29日放送分にて）。これが後の「saku saku」でも話題になり、[[中村優]]をはじめとする出演者（特に黒幕）が驚喜したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
愛用するファッションブランドは[[ヴィヴィアン・ウエストウッド]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本人いわく、歌手を志したきっかけは「中学生の頃[[いじめ]]にあい、落ち込んでいたときに、ラジオで[[JUDY AND MARY]]の曲『小さな頃から』を聞いたこと」。現在も歌手を目指すきっかけとなった[[YUKI (歌手)|YUKI]]（元 JUDY AND MARY ボーカル）を尊敬している。本人は彼女をちゃんづけで呼ぶ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ハロー!プロジェクト内の交友関係 ===&lt;br /&gt;
ハロー!プロジェクト内では[[矢口真里]]と仲がよい。「笑いのツボが同じ」なのだという。他、安倍と同じモーニング娘。オリジナルメンバーの[[中澤裕子]]・[[飯田圭織]]や矢口と同じ2期メンバーの[[保田圭]]とは、モーニング娘。で苦楽を共にした「かけがえのないメンバー」であり現在でも親交は深い。中澤裕子は2008年8月10日に行われた安倍の誕生日記念コンサートにも祝福に駆けつけた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[辻希美]]、[[加護亜依]]には姉のように接することが多い。この2人のことを話しているだけで「無性にムギュっ!てしたくなる。」、「いっぱいハロー!に小さい子とかいるけど、辻・加護だけは特別」と本人も語っている。文化放送「エアモニ。」では、辻本人がエアモニ。に出演していなかったにも関わらず辻の話題をよくしていた。辻は安倍を「なちみ」と呼んで慕っている。辻以外にも、[[新垣里沙]]・[[亀井絵里]]・[[福田花音]]と、彼女の影響を多く受けた「妹分」が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演 ==&lt;br /&gt;
=== テレビドラマ ===&lt;br /&gt;
;連続ドラマ&lt;br /&gt;
* [[向井荒太の動物日記 〜愛犬ロシナンテの災難〜]]（2001年1月 - 3月、日本テレビ系）遠藤春菜役&lt;br /&gt;
* [[ナースマン]]（[[2002年]]1月 - 3月、日本テレビ系）坂口美和役。2014年9月25日から28日と29日のズームインとシュウイチ以外の上原多香子ご主人の話題で放送されなかった&lt;br /&gt;
* [[仔犬のワルツ]]（2004年4月 - 6月、日本テレビ系）主演・桜木葉音役&lt;br /&gt;
* [[夏雲あがれ]]（2007年6月 - 7月、[[日本放送協会|NHK]]）恩田志保役&lt;br /&gt;
* [[荒川アンダー ザ ブリッジ#実写作品|荒川アンダー ザ ブリッジ]]（2011年7月 - 、[[毎日放送テレビ|毎日放送]]）P子役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;単発ドラマ&lt;br /&gt;
* [[24時間テレビ 「愛は地球を救う」#スペシャルドラマ|24時間テレビスペシャルドラマ]] 最後の夏休み（2001年8月、日本テレビ系、主演）&lt;br /&gt;
* [[時をかける少女]]（2002年1月、[[TBSテレビ|TBS]]系）主演・[[芳山和子]]役&lt;br /&gt;
* [[新春ワイド時代劇]] [[壬生義士伝]]〜[[新撰組]]でいちばん強かった男（2002年1月、テレビ東京系）&lt;br /&gt;
* [[三毛猫ホームズ|三毛猫ホームズの犯罪学講座]]（2002年12月、TBS系）主演&lt;br /&gt;
* [[ラストプレゼント (2003年のテレビドラマ)|ラストプレゼント]]（2003年12月、NHK）主演&lt;br /&gt;
* [[たからもの (テレビドラマ)|たからもの]]（2005年11月、ネット配信ドラマ[[GyaO]]より）主演・武田千役&lt;br /&gt;
* [[ドラマ・コンプレックス|DRAMA COMPLEX]] [[プリズン・ガール]]（2006年4月18日、日本テレビ系）主演&lt;br /&gt;
* [[ザ・ヒットパレード〜芸能界を変えた男・渡辺晋物語〜]]（2006年5月26日、27日 フジテレビ系）妹の安倍麻美とともに[[ザ・ピーナッツ]]として出演&lt;br /&gt;
当たる。(2012年)2014年12月26日に再放送された&lt;br /&gt;
;再現ドラマ&lt;br /&gt;
* 婚約者からの遺書〜特攻隊員に捧げた60年愛〜（2006年8月、日本テレビ系） - [[24時間テレビ 「愛は地球を救う」#2006年・24時間テレビ29 「愛は地球を救う」絆〜今、私たちにできること〜|24時間テレビ]]内の1コーナー&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他テレビ番組 ===&lt;br /&gt;
[[Image:安倍なつみ8.jpg|400px|thumb|安倍　なつみ(2012年)]]&lt;br /&gt;
; 司会&lt;br /&gt;
* [[ハロー!モーニング。]]（2000年4月9日 - 2007年4月1日、2005年3月6日〜2007、[[テレビ東京]]）&lt;br /&gt;
** 不祥事が分かった直後の2004年12月5日と一週間後の12日は収録日のテロップを挿入の上で通常通り放送。2004年12月19日〜2005年2月27日は謹慎&lt;br /&gt;
* [[メディア見たもん勝ち!ゼルマ]]（2004年7月3日 - 2004年9月25日、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]）&lt;br /&gt;
* [[エンタ!見たもん勝ち]]（2004年10月2日 - 2004年11月27日、2005年2月12日〜2005年3月19日、フジテレビ）ゼルマの枠変更リニューアル&lt;br /&gt;
* [[美女放談]]（2010年3月19日、[[テレビ東京]]系列)&lt;br /&gt;
; キャスター&lt;br /&gt;
* [[ソルトレイクシティオリンピック]]&amp;amp;[[2002年世界フィギュアスケート選手権]]（2002年、TBSテレビ）&lt;br /&gt;
; レポーター&lt;br /&gt;
* ふるさとエコ革命2010～地方発! 未来への贈りもの（2010年12月23日、TBS）&lt;br /&gt;
====ゲスト====&lt;br /&gt;
堂本兄弟、(2006年10月22日、2014年1月26日、フジテレビ)&lt;br /&gt;
ネプリ(2014年1月27日、フジテレビ)&lt;br /&gt;
テレビ東京音楽(2014年6月26日。テレビ東京)6月18日のYahoo!で明らかになった&lt;br /&gt;
お買い物(2014年7月21日。TBS)&lt;br /&gt;
今夜比べて(2014年9月17日。日本テレビ)Yahoo!に矢口真里について語った事が乗っていた&lt;br /&gt;
昼何(2014年10月17日。日本テレビ)編成の都合上有吉クイズからの出演だった&lt;br /&gt;
深い(2014年10月20日。日本テレビ)&lt;br /&gt;
PON(2014年10月21日。日本テレビ)2015年12月21日にこのシーン放送された&lt;br /&gt;
ノンストップ(2014年10月22日。フジテレビ)この事はYahoo!乗っていた&lt;br /&gt;
エブリ(2014年10月27日。日本テレビ)ライブイベントと矢口真里にコメントした所放送された&lt;br /&gt;
徳光(2014年11月26日。BS朝日)&lt;br /&gt;
メレンゲ(2014年12月13日。日本テレビ)&lt;br /&gt;
世界日本。(2014年12月20日。テレビ朝日)&lt;br /&gt;
しゃべくり(2015年1月1日。日本テレビ)&lt;br /&gt;
歌謡曲コンサート(2015年2月17日。NHK)&lt;br /&gt;
当たるの窓。（2015年9月30日。日本テレビ。）ヤフーにジョンソンのこと掲載された&lt;br /&gt;
2015年12月21日のワイスクとエブリとニューススター以外のワイドショー&lt;br /&gt;
; 声優&lt;br /&gt;
* [[ティンティンTOWN!]]（2002年7月5日 - 2004年3月26日、日本テレビ 2005年現在[[テレビ埼玉]]（テレたま）で再放送されている。）&lt;br /&gt;
; ナレーション&lt;br /&gt;
* 松浦亜弥の台湾あやや化計画!（2002年、TBSテレビ）&lt;br /&gt;
; ハロー!プロジェクト&lt;br /&gt;
* [[二人ゴト]]（2004年4月5日 - 13日・8月30日 - 9月8日、[[テレビ東京]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 映画 ===&lt;br /&gt;
* [[荒川アンダー ザ ブリッジ#実写作品|荒川アンダー ザ ブリッジ]]（2012年春公開予定）P子役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== イベント ===&lt;br /&gt;
[[Image:安倍なつみ9.jpg|400px|thumb|安倍　なつみ(2012年)]]&lt;br /&gt;
*ソロデビュー記念イベント（2003年8月18日、[[よみうりランド]]）&lt;br /&gt;
*5月度 ハロー!プロジェクト ファンクラブ限定イベント（2005年5月17日・19日・20日、パシフィックヘブン）&lt;br /&gt;
*6月度 ハロー!プロジェクト ファンクラブ限定イベント（2005年6月22日・23日、パシフィックヘブン）&lt;br /&gt;
*カジュアルディナーショー（2005年7月30日・31日・8月11日・12日・15日・17日、広尾ラ・クロシェット）&lt;br /&gt;
*ファンクラブ会員限定 東京・大阪 ファンの集い（2005年11月26日 東京 / スタジオコースト 11月27日 大阪 / シスターBRAVA）&lt;br /&gt;
*サンシャインシティープリンスホテル クリスマスディナーショー2005（2005年12月20日、サンシャインシティープリンスホテル天覧の間）&lt;br /&gt;
*ファンクラブ会員限定 大阪・東京 ファンの集い『なっちと過ごす休日』（2006年9月10日 大阪 / 御堂会館 9月18日 東京 / スタジオコースト）&lt;br /&gt;
*ファンクラブ会員限定 大阪・横浜 ファンの集い『なっちと過ごす休日3』（2008年9月20日 大阪 / 御堂会館 9月21日 横浜 / 横浜BLITZ）&lt;br /&gt;
*ファンクラブ会員限定 東京・大阪・横浜 一期メンバーFCイベント～M。-1ペンタゴン・トライアングル（2010年11月13日・20日・30日）&lt;br /&gt;
バースデーイベント(2014年8月10日)Yahoo!乗っていたがロックと未来のび太のせいでワイドショーで取り上げられなかった&lt;br /&gt;
本田美奈子追悼ライブ2014(11月3日)翌日のスッキリで放送された。天の声が名前読まなかった挙げ句に画面に名前表示されなかった&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 舞台・ミュージカル ===&lt;br /&gt;
[[Image:安倍なつみ10.jpg|400px|thumb|安倍　なつみ(2012年)]]&lt;br /&gt;
* おかえり。（2004年2月）&lt;br /&gt;
** 大阪厚生年金会館 芸術ホール 7公演&lt;br /&gt;
** 青山劇場 8公演&lt;br /&gt;
** 名古屋 名鉄ホール 8公演&lt;br /&gt;
** DVDが2004年5月19日にhachamaレーベルで発売されている。&lt;br /&gt;
* [[リボンの騎士]]ザ・ミュージカル（2006年8月、新宿コマ劇場）演出・[[木村信司]]&lt;br /&gt;
* [[白蛇伝]]（2006年11月8日 - 11月26日、ル・テアトル銀座）&lt;br /&gt;
* 劇団シニアグラフティ 昭和歌謡シアター「FAR AWAY」（2007年9月27日 - 30日、北千住THEATRE1010）&lt;br /&gt;
** DVDが2007年12月19日にhachamaレーベルで発売されている。&lt;br /&gt;
* 祝祭音楽劇[[トゥーランドット]] [[トゥーランドット#リュー|リュー]]役&lt;br /&gt;
** 赤坂ACTシアター（2008年3月27日 - 4月27日）&lt;br /&gt;
** 梅田芸術劇場（2008年5月2日 - 5月9日）&lt;br /&gt;
** 御園座（2008年5月13日 - 5月22日）&lt;br /&gt;
** 舞台の模様は安倍の27歳の誕生日である2008年8月10日に[[WOWOW]]で放送された。以降数回再放送実施。&lt;br /&gt;
** DVDが2008年11月19日にhachamaレーベルで発売されている。&lt;br /&gt;
* [[三文オペラ]]&lt;br /&gt;
** Bunkamuraシアターコクーン（2009年4月5日 - 4月29日）&lt;br /&gt;
** 大阪厚生年金会館芸術ホール（2009年5月4日 - 5月9日）&lt;br /&gt;
* オフブロードウェイミュージカル『リトルショップ・オブ・ホラーズ』 オードリー役&lt;br /&gt;
** 下北沢・本多劇場（2010年5月13日 - 30日）&lt;br /&gt;
** 2010年6月1日仙台、6月4日印西、6月5日君津、6月11日福岡、6月12日・13日大阪、6月19日横浜、6月21日富山にて公演&lt;br /&gt;
* [[安倍内閣 (舞台)|安倍内閣]]（2010年12月22日 - 27日、本多劇場）&lt;br /&gt;
* 新歌舞伎座新開場記念　早乙女太一特別公演（2011年2月3日 - 23日）&lt;br /&gt;
ドラキュラ、2013年8月から&lt;br /&gt;
8月23日の超報道で&lt;br /&gt;
意気込み語っていた&lt;br /&gt;
パコ魔法絵本、(2014年2月から)&lt;br /&gt;
1月16日のPONで会見が放送された&lt;br /&gt;
1月23日の花丸で練習が放送された&lt;br /&gt;
5月3日にEテレビで放送された&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ラジオ番組 ===&lt;br /&gt;
* [[安倍なつみのスーパーモーニングライダー]]（1999年10月7日 - 2000年12月28日、[[エフエム東京|TOKYO FM]]）&lt;br /&gt;
* [[ヤングタウン土曜日]](2000年10月 - 2002年3月、[[MBSラジオ]])&lt;br /&gt;
* エアモニ。（2001年10月 - 2003年3月、[[文化放送]]）&lt;br /&gt;
* [[TBC FUNふぃーるど・モーレツモーダッシュ]]（2005年8月29日 - 9月2日、[[東北放送]]）&lt;br /&gt;
* GOTCHA!〜 Fun's Radio（2007年9月 - 2007年11月、[[エフエム北海道|AIR-G']]）&lt;br /&gt;
* [[FIVE STARS]]（2008年7月 - 2009年3月、[[エフエムインターウェーブ|Inter FM]]、月曜日担当）&lt;br /&gt;
* [[安倍なつみ「あなたに会えたら」]]（2009年4月3日 - 、[[ベイエフエム|bayfm]]、毎週金曜日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== CM ===&lt;br /&gt;
* [[クラシエホールディングス|カネボウ]]シャンプー「SALA」（2000年）&lt;br /&gt;
* [[大塚製薬]]ゼリー飲料「カロリーメイトゼリー」（2004年6月 - 8月）&lt;br /&gt;
* [[日本コカ・コーラ]]コーヒー飲料「[[ジョージア (缶コーヒー)|ジョージア]] [[Γアミノ酪酸|GABA]] 」（2006年）&lt;br /&gt;
: CM の中で歌っているのは、[[森高千里]]の「ザ・ストレス」&lt;br /&gt;
* ミルクランド北海道（2006年 - 、ナレーションのみ）&lt;br /&gt;
* [[日本コカ・コーラ]]「[[ジョージア (缶コーヒー)|ジョージア ご褒美ブレイク]]」（2010年9月 - ）[[アフタヌーン娘δ]]として出演。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== DVD（イメージビデオ） ===&lt;br /&gt;
[[Image:安倍なつみ11.jpg|400px|thumb|安倍　なつみ(2012年)]]&lt;br /&gt;
* [[アロハロ|アロハロ!]] 安倍なつみ（2005年11月2日）&lt;br /&gt;
* アロハロ!2 安倍なつみ（2007年3月28日）&lt;br /&gt;
* Nacchural。（2008年9月23日）&lt;br /&gt;
* 夏　海（2010年11月3日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 写真集 ==&lt;br /&gt;
* ナッチ（1999年12月10日）&lt;br /&gt;
* なつみ（2001年12月6日）&lt;br /&gt;
* 出逢い（2004年2月25日）&lt;br /&gt;
* fu（ふぅ）（2005年6月）&lt;br /&gt;
* アロハロ!安倍なつみ写真集（2005年11月）&lt;br /&gt;
* ecru（2006年6月）&lt;br /&gt;
* SCENE.安倍なつみ写真集（2007年3月）&lt;br /&gt;
* Cam on（2007年11月）&lt;br /&gt;
* End of Summer（2008年8月）&lt;br /&gt;
* 夏・美（2010年10月30日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ディスコグラフィ ==&lt;br /&gt;
[[後浦なつみ]]、[[DEF.DIVA]]、[[安倍なつみ&amp;amp;矢島舞美（℃-ute）]]名義作品は、それぞれの項目参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== シングル ===&lt;br /&gt;
[[Image:安倍なつみ12.jpg|350px|thumb|安倍　なつみ]]&lt;br /&gt;
#[[22歳の私]]（2003年8月13日）&lt;br /&gt;
#[[だって 生きてかなくちゃ]]（2004年6月2日）&lt;br /&gt;
#[[恋のテレフォン GOAL]]（2004年8月11日）&lt;br /&gt;
#[[夢ならば]]（2005年4月20日）&lt;br /&gt;
#[[恋の花]]（2005年8月31日）&lt;br /&gt;
#[[スイートホリック]]（2006年4月12日）&lt;br /&gt;
#[[ザ・ストレス#ザ・ストレス (安倍なつみ)|ザ・ストレス]]（2006年6月28日）&lt;br /&gt;
#[[甘すぎた果実]]（2006年10月4日）&lt;br /&gt;
#[[Too far away 〜女のこころ〜]]（2007年5月9日）&lt;br /&gt;
#[[息を重ねましょう]]（2007年10月24日）&lt;br /&gt;
#[[スクリーン (安倍なつみの曲)|スクリーン]]（2008年12月3日）&lt;br /&gt;
#[[雨上がりの虹のように]]（2010年9月15日）&lt;br /&gt;
;おけいさんと安倍なつみ（モーニング娘。）名義&lt;br /&gt;
*[[母と娘のデュエットソング]]（2003年5月1日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;安倍なつみ・石川梨華名義&lt;br /&gt;
*GOOD BYE HELLO!（2004年12月12日「プッチベスト5」収録）NHK単発ドラマ、ラストプレゼント主題歌&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;プリンちゃん名義&lt;br /&gt;
*ピ〜ヒャラ小唄&lt;br /&gt;
*:「ミラクルルン グランプリン!（ミニハムず）/ピ〜ヒャラ小唄」「[[一人ぼっち]]」に収録&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;千名義&lt;br /&gt;
*[[たからもの (テレビドラマ)|たからもの]]（2005年11月30日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== アルバム ===&lt;br /&gt;
#[[一人ぼっち]]（2004年2月4日）&lt;br /&gt;
#[[2nd 〜染みわたる想い〜]]（2006年3月29日）&lt;br /&gt;
#[[25 〜ヴァンサンク〜]]（2007年3月14日）&lt;br /&gt;
#[[安倍なつみ 〜Best Selection〜 15色の似顔絵たち]]（2008年12月10日）&lt;br /&gt;
カバーアルバム(2014年8月13日)この事は5月19日のYahoo!で発表された&lt;br /&gt;
光(2014年10月22日)2014年8月26日のワイドショーで放送された&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== DVD / VHS ===&lt;br /&gt;
==== シングル ====&lt;br /&gt;
[[Image:安倍なつみ13.jpg|350px|thumb|安倍　なつみ]]&lt;br /&gt;
#22歳の私（2003年8月13日）&lt;br /&gt;
#だって生きてかなくちゃ（2004年6月2日）&lt;br /&gt;
#恋のテレフォン GOAL（2004年8月11日）&lt;br /&gt;
#夢ならば（2005年5月18日）&lt;br /&gt;
#恋の花（2005年9月7日）&lt;br /&gt;
#スイートホリック（2006年4月19日）&lt;br /&gt;
#ザ・ストレス（2006年7月26日）&lt;br /&gt;
#甘すぎた果実（2006年10月4日）&lt;br /&gt;
#Too far away 〜女のこころ〜（2007年5月30日）&lt;br /&gt;
#息を重ねましょう（2007年11月14日）&lt;br /&gt;
#スクリーン（2008年12月17日）&lt;br /&gt;
#雨上がりの虹のように（2010年9月15日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== PV集 ====&lt;br /&gt;
#安倍なつみ クリップ集（2006年12月20日）&lt;br /&gt;
サザン。天国ビーチ(2014年9月10日)8月22日のワイドショーで放送された&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== コンサート ====&lt;br /&gt;
[[Image:安倍なつみ14.jpg|350px|thumb|安倍　なつみ]]&lt;br /&gt;
#安倍なつみファーストコンサートツアー 2004 〜あなた色〜（2004年10月27日）&lt;br /&gt;
#安倍なつみコンサートツアー2005秋 〜24カラット〜（2006年1月25日）&lt;br /&gt;
#安倍なつみコンサートツアー2006春 〜おとめちっくBank〜（2006年8月23日）&lt;br /&gt;
#安倍なつみアコースティックライブ（2006年12月27日）&lt;br /&gt;
#安倍なつみコンサートツアー2007春 25〜ヴァンサンク〜（2007年7月11日）&lt;br /&gt;
#[[安倍なつみSpecial Live 2007 秋 〜Acoustic なっち〜]]（2008年2月6日）&lt;br /&gt;
#NATSUMI ABE BIRTHDAY SPECIAL CONCERT（2008年11月5日）&lt;br /&gt;
#[[安倍なつみコンサートツアー2008秋 〜Angelic〜]]（2009年1月28日）&lt;br /&gt;
#安倍なつみSummer Live Tour2009 〜やっぱりスニーカーがすき!〜 -Tour FINAL- &amp;quot;新たな誓い&amp;quot;（2009年11月11日）&lt;br /&gt;
#安倍なつみSummer Live 2010 by the milkyway in OTODAMA(2010年7月7日）&lt;br /&gt;
#安倍なつみBirthday　Live 2010　〜Velvet　summer〜（2010年8月10日）&lt;br /&gt;
#安倍なつみ秋ツアー2010 〜Autumn voice〜（2010年9月10月）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== その他 ====&lt;br /&gt;
#安倍なつみ 〜モーニング娘。卒業メモリアル〜（2004年7月28日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 公演 ==&lt;br /&gt;
=== コンサート ===&lt;br /&gt;
[[Image:安倍なつみ15.jpg|350px|thumb|安倍　なつみ]]&lt;br /&gt;
*安倍なつみ ファーストコンサートツアー 2004 〜あなた色〜（2004年6月12日 - 6月30日 3都市11公演、ゲスト：中澤裕子、保田圭）&lt;br /&gt;
*安倍なつみ コンサートツアー 2004 〜あなた色プレミアム〜（2004年8月28日 - 11月29日 19都市27公演、ゲスト：中澤裕子、保田圭）&lt;br /&gt;
*後浦なつみ コンサートツアー 2005春「トライアングルエナジー」（2005年4月10日 - 5月8日）&lt;br /&gt;
*地球温暖化防止キャンペーン「熱っちい地球を冷ますんだっ。」安倍なつみ 歌とトークの ふれあいコンサート（2005年6月11日 - 8月14日 7都市14公演、ゲスト：保田圭、℃-ute）&lt;br /&gt;
*安倍なつみ コンサートツアー 2005秋 〜24カラット〜（2005年9月18日 - 11月19日 7都市16公演、ゲスト：カントリー娘。）&lt;br /&gt;
*安倍なつみ コンサートツアー 2006春 〜おとめちっくBANK〜（2006年4月22日 - 6月18日 9都市22公演、ゲスト：飯田圭織）&lt;br /&gt;
*安倍なつみ コンサートツアー 2007春 25〜ヴァンサンク〜 （2007年4月14日 - 5月5日 5都市12公演）&lt;br /&gt;
*安倍なつみSpecial Live 2007 秋 〜Acoustic なっち〜（2007年10月29日 - 11月27日 7都市9公演）&lt;br /&gt;
*横浜開港150周年記念 安倍なつみ Special Live 2008夏〜Acoustic なっち〜（2008年6月29日 関内ホール）&lt;br /&gt;
*安倍なつみ Special Live 2008夏〜Acoustic なっち〜（2008年6月30日 - 7月26日 7都市8公演）&lt;br /&gt;
*安倍なつみ Birthday! SPECIAL! Concert〜（2008年8月10日 中野サンプラザ2公演）&lt;br /&gt;
*安倍なつみ コンサートツアー 2008秋 〜Angelic〜 （2008年10月11日 - 11月9日 4都市8公演）&lt;br /&gt;
*安倍なつみ Summer Live Tour 2009 〜やっぱりスニーカーがすき!〜 （2009年6月6日 - 8月1日 12都市22公演）&lt;br /&gt;
*安倍なつみ Summer Live Tour 2009 〜やっぱりスニーカーがすき!〜 今夜はMilky Way スペシャル!!（2009年7月7日 音霊 OTODAMA SEA STUDIO）&lt;br /&gt;
*河口湖ステラシアター15年記念 安倍なつみ Summer Live Tour 2009 〜やっぱりスニーカーがすき!〜 ‐Tour FINAL‐“新たな誓い”（2009年8月8日 河口湖ステラシアター）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==参加ユニット==&lt;br /&gt;
* [[シャッフルユニット]]&lt;br /&gt;
** 黄色5（2000年）&lt;br /&gt;
** 10人祭（2001年）&lt;br /&gt;
** おどる♥11（2002年）&lt;br /&gt;
** SALT5（2003年）&lt;br /&gt;
** [[H.P.オールスターズ]]（2004年）&lt;br /&gt;
* [[ポッキーガールズ&amp;amp;ビーナスムース|ポッキーガールズ]]（2002年）&lt;br /&gt;
* [[おけいさんと安倍なつみ（モーニング娘。）]]（2003年）&lt;br /&gt;
* [[モーニング娘。さくら組]]（2003年 - 2004年）&lt;br /&gt;
* [[後浦なつみ]]（2004年 - 2005年）&lt;br /&gt;
* [[DEF.DIVA]]（2005年 - 2007年）&lt;br /&gt;
* [[モーニング娘。誕生10年記念隊]]（2007年）&lt;br /&gt;
* [[安倍なつみ&amp;amp;矢島舞美（℃-ute）]]（2008年）&lt;br /&gt;
* [[アフタヌーン娘δ]]（2010年）&lt;br /&gt;
* [[ドリームモーニング娘。]]（2011年 - ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[ハロー!プロジェクト]]&lt;br /&gt;
* [[ASAYAN]]&lt;br /&gt;
* [[北海道出身の人物一覧]]&lt;br /&gt;
* [[室蘭まちづくり放送]] - 安倍出身地の[[コミュニティ放送]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 安部なつみ画像 ==&lt;br /&gt;
[[Image:安倍なつみ16.jpg|350px]][[Image:安倍なつみ17.jpg|350px]][[Image:安倍なつみ18.jpg|350px]][[Image:安倍なつみ19.jpg|350px]][[Image:安倍なつみ20.jpg|350px]][[Image:安倍なつみ21.jpg|350px]][[Image:安倍なつみ22.jpg|350px]][[Image:安倍なつみ23.jpg|350px]][[Image:安倍なつみ24.jpg|350px]][[Image:安倍なつみ25.jpg|350px]][[Image:安倍なつみ26.jpg|350px]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:あへ なつみ}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本のアイドル]]&lt;br /&gt;
[[Category:モーニング娘。]]&lt;br /&gt;
[[Category:過去のハロー!プロジェクト所属者]]&lt;br /&gt;
[[Category:M-line club]]&lt;br /&gt;
[[Category:北海道出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1981年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の俳優]]&lt;br /&gt;
[[Category:画像が多い記事]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>178.254.13.112</name></author>	</entry>

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&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{User box frame P|black|#ffd966|#2121a2|Vault-boy.png|100px||このユーザー{{誰}}は&amp;lt;br&amp;gt;[[ヴォルトボーイ]]{{誰}}です。&amp;lt;br&amp;gt;あなた{{誰}}を&amp;lt;br&amp;gt;核戦争{{誰}}の脅威{{誰}}から&amp;lt;br&amp;gt;守ります。{{要出典}}}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;noinclude&amp;gt;[[Category:ユーザーボックス|うおるとほおい]]&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
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		<title>平野滉大</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;178.254.13.112: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{User box frame P|black|#ffd966|#2121a2|Vault-boy.png|100px||このユーザー{{誰}}は&amp;lt;br&amp;gt;[[ヴォルトボーイ]]{{誰}}です。&amp;lt;br&amp;gt;あなた{{誰}}を&amp;lt;br&amp;gt;核戦争{{誰}}の脅威{{誰}}から&amp;lt;br&amp;gt;守ります。{{要出典}}}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;noinclude&amp;gt;[[Category:ユーザーボックス|うおるとほおい]]&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[画像:leslalsempai.jpeg|thumb|right|200px|平野滉大]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''平野滉大'''（ひらのこうだい、[[1994年]]&amp;lt;平成6年&amp;gt;[[4月19日]] - ）は、[[日本]]の[[ロリコン性犯罪者]]。主に[[幼女]]と[[スカトロ]]が好きな[[宮崎勤]]似の男性。ハンドルネームは「サンキュロット」→「幼女護[[笑]]」→「レスラル」頭文字Dの主人公[[藤原拓海]]から由来しているという風評被害もいいとこな罰当たりなネームセンスである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 == &lt;br /&gt;
*[[新潟県]][[新発田市]]出身。 &lt;br /&gt;
*[[新発田農業高校]]在籍時、[[ブ茶道部]]に入部する。が、ラグビー部の部員にイジメられて運動部を邪険し嫌悪している根暗男。現在は[[聖籠町]]の半導体メーカーで扱き使われてるらしい[[低身長]]の[[チビ]]であり[[156センチ]]しかない、故に156センチ以下0歳から12歳まで幼女がストライクゾーンの危険なロリコン性犯罪者、幼女がいる家族はこの男に気をつけるべし。&lt;br /&gt;
俺より背の高い奴は大女などと抜かしてる情けない底辺チビ男である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== これまでの流れ・愚行・異常行動 ==&lt;br /&gt;
その異常極まる行動やキモイ発言が目が止まりロリコン性犯罪者として叩かれる。[[ロリコン=幼女護る人]]などと血迷った迷言を言っている。幾度も正論者をブロックをして逃げ回るチキン野郎であり、他力本願の援軍馬鹿。自分より弱い立場の女子ユーザーを徹底して粘着し叩く卑劣さにはあきれる程である。21歳とは思えない馬鹿ぶり、異常なほどのロリコン主義これはもう気持ち悪いを通り越して清々しい程。鉄道では常に女児を視姦しており盗撮もやってのける変態。[[ふらん先輩]]という女性ユーザーに粘着し[[sempaiの由来はふらん先輩から]]、[[ふらん先輩を車の助手席乗せて犯したい]]などと卑猥な言動を繰り返しネットストーカーをして、ふらん先輩に精神的ダメージを与えた卑劣漢のロリスト&lt;br /&gt;
== 関連項目 =&lt;br /&gt;
[[宮崎勤]]&lt;br /&gt;
[[日本の性犯罪]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>178.254.13.112</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%82%AB%E3%83%86%E3%82%B4%E3%83%AA:%E5%8D%B3%E6%99%82%E5%89%8A%E9%99%A4&amp;diff=313248</id>
		<title>カテゴリ:即時削除</title>
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				<updated>2015-12-22T16:44:57Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;178.254.13.112: &lt;/p&gt;
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&lt;br /&gt;
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&lt;br /&gt;
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&lt;br /&gt;
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* [[Yourpedia:即時削除]]&lt;br /&gt;
* [[Yourpedia:Template メッセージの一覧/削除関連]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[特別:Log/delete|削除記録]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
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		<author><name>178.254.13.112</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%AF%A0%E7%94%B0%E9%BA%BB%E9%87%8C%E5%AD%90&amp;diff=313247</id>
		<title>篠田麻里子</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%AF%A0%E7%94%B0%E9%BA%BB%E9%87%8C%E5%AD%90&amp;diff=313247"/>
				<updated>2015-12-22T16:44:54Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;178.254.13.112: &lt;/p&gt;
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&lt;div&gt;[[Image:篠田麻里子　1.jpg|400px|thumb|篠田 麻里子]]&lt;br /&gt;
{{User box frame P|black|#ffd966|#2121a2|Vault-boy.png|100px||このユーザー{{誰}}は&amp;lt;br&amp;gt;[[ヴォルトボーイ]]{{誰}}です。&amp;lt;br&amp;gt;あなた{{誰}}を&amp;lt;br&amp;gt;核戦争{{誰}}の脅威{{誰}}から&amp;lt;br&amp;gt;守ります。{{要出典}}}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;noinclude&amp;gt;[[Category:ユーザーボックス|うおるとほおい]]&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
'''篠田 麻里子'''（しのだ まりこ、[[1986年]][[3月11日]] - ）は、[[福岡県]][[前原市]]（現・[[糸島市]]）出身の[[アイドル]]、[[ファッションモデル]]、[[女性アイドルグループ]]「[[AKB48]]」チームAのメンバー。[[サムデイ (芸能事務所)|サムデイ]]所属。愛称は「麻里子様」「麻里子さん」「しのまり」「しーまり｣。2010年現在、身長=168cm・バスト=87cm・ウエスト=57cm・ヒップ=85cm。デビューは[[2006年]][[1月22日]]（夜公演より）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
[[Image:篠田麻里子　2.jpg|400px|thumb|篠田　麻里子]]&lt;br /&gt;
* 小学校5年生の時、東京へ遊びに行った際に[[原宿]]でスカウトされるも、地元の福岡から遠いために親から反対され、その時は芸能界入りを断念していた。&lt;br /&gt;
* 2005年、『[[AKB48#オープニングメンバーオーディション|AKB48 オープニングメンバーオーディション]]』を受けるが不合格となった。だが、[[AKB48劇場]]内にあるカフェの店員（通称：カフェっ娘）になることを打診され、2005年12月のAKB48活動開始時より、カフェ店員の仕事を始めた（同期の店員として、後に旧チームKのメンバーとなった[[大堀恵]]がいる）。その後、AKB48のメンバーに抜擢されたが、初ステージの日まで4日しかなかったため、歌と振り付け（当時、全員参加曲とユニット曲を合わせると13曲）を覚えて間に合わせ、2006年1月22日夜の公演にて初ステージを飾り、他のメンバーから1ヶ月遅れながら、AKB48メンバー（旧チームA）としての活動を開始。&lt;br /&gt;
* 2007年9月に、[[サムデイ (芸能事務所)|サムデイ]]に移籍。&lt;br /&gt;
* 2008年から、本格的なソロ活動を開始。&lt;br /&gt;
* 2009年6月から7月にかけて実施された『[[AKB48 13thシングル選抜総選挙「神様に誓ってガチです」]]』では3位で、メディア選抜入りを果たした。&lt;br /&gt;
* AKB48メンバーで篠田より年上だった大堀恵、[[野呂佳代]]（共に2学年上）の2人が2010年2月に、[[浦野一美]]（学年上は同級生）が同年4月にいずれも[[SDN48]]への異動に伴いAKB48から卒業したため、現在は篠田が研究生を含むAKB48全体で最年長である。&lt;br /&gt;
* 2010年5月から6月にかけて実施された『[[AKB48 17thシングル選抜総選挙「母さんに誓って、ガチです」]]』では3位で、メディア選抜入りを果たした。&lt;br /&gt;
* 2010年9月21日に開催された『[[AKB48 19thシングル選抜じゃんけん大会]]』では、2回戦で敗れ、「[[夕陽を見ているか?]]」以来、2度目の選抜落ちとなった。&lt;br /&gt;
2013年7月22日持って卒業した&lt;br /&gt;
前日にはセレモニー行われた&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 所属事務所遍歴 ===&lt;br /&gt;
AKB48劇場店員→[[office48]]→[[サムデイ (芸能事務所)|サムデイ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 「昨年までアドバイザー」ブランド閉店の元AKB48・篠田麻里子“姑息なウソ”で火に油 ==&lt;br /&gt;
元AKB48の篠田麻里子がプロデューサー兼デザイナーを務めるファッションブランド「ricori」の突然の営業停止を受け、本人がTwitterでコメントを発表。その内容が「責任逃れ」だとして、波紋を広げている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ricori」は、2013年2月に東京・[[新宿ルミネ]]エストに1号店をオープン。篠田は店舗に報道陣を集め、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「AKB48に入る前から夢で、ファッション専門学校にも通っていた。自分のブランドを持つことができて、本当にうれしい」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と語っていた。またこの翌月、[[大阪]]に[[心斎橋]]店、[[梅田]]店を立て続けに開店。同年8月には、[[博多]]店もオープンさせた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、心斎橋店は半年足らずで閉店。さらに2014年7月16日、全店を一斉に閉店したことが、「ricori」の[[Twitter]]及びブログで事後報告された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「『ricori』を運営する株式会社リゴレは、16日までに営業を停止。今後、[[自己破産]]を申請するものとみられます。同ブランドは、アパレル[[eコマース]]サイトなどを手掛けてきた株式会社ダブルウェアが設立。その後、一部役員が独立する形でリゴレを設立。店舗の内装を手掛けた藤井公二氏が代表を務め、事業部長にはなぜかタレントの[[金子賢]]の名前もあった。[[半グレ集団|関東連合]]との関係がウワサされる金子だけに、篠田との“キナ臭い”関係性も注目されました」（芸能記者）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全店閉店が報告されたこの日、篠田はTwitterで「ricoriが閉店する事になり大変驚いています」と“寝耳に水”だったことを明かし、「私篠田麻里子も去年までアドバイザーとしてお手伝いしていただけに残念です」とツイート。同ブランドに関わっていたのは「昨年まで」で、さらに「アドバイザー」だったと主張し、関係性の希薄さをアピールした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、2014年3月に開催されたファッションイベント「東京ランウェイ2014 Spring／Summer」に登場した篠田は、「自身がプロデューサーを務めるブランド」として「ricori」の衣装を着て登場している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに4月には、「ricori」のプロデューサーとして「モデルプレス」のインタビューに登場。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
篠田は「モデルにプロデューサー、2つの立場で出られて、立ち位置的にはおいしい」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「春夏の『ricori』は『LIBERTY』さんとコラボしたアイテムがメイン。小花柄などを使った、ガーリーだけではない、ガーリーモードを提案しています」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「『ricori』はこれからもっとコレクションラインを増やして、このような大きなステージでどんどん披露していきたいですね。世界観をきちんと創り上げて“可愛い”っていうイメージもつけていきたいですし、ブランドとしてももう少し知名度を上げていけたらなと思っています」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と話していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「篠田はおしゃれさをウリにしていますから、ブランド失敗の原因が自分にないことを主張したい気持ちは、分かります。にしても、今回のコメントは姑息でみっともない。当然、ネット上では『急に責任転嫁するなんて、今まで買ってくれた客に失礼』『マリコ様って、こんなに腹黒かったんだ』『AKB48の中でも頭いいと思ってたのに……』と、火に油を注いだだけの状態に。芸能人のプロデュース店が潰れることなど、よくあること。なのに、言い逃れとも取れるヘタなコメントをしたせいで、人間性まで疑われる事態となっています」（同)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物・エピソード ==&lt;br /&gt;
=== 人物像 ===&lt;br /&gt;
[[Image:篠田麻里子　3.jpg|400px|thumb|篠田　麻里子]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* アイドルになろうと思ったきっかけは「ふと。」。この時のエピソードを意識してか『MORE』の専属モデルになった際、同誌公式サイトでのQ&amp;amp;Aにおいても、モデルになったきっかけは「ふと。」と答えている。&lt;br /&gt;
* [[野球]]をよく見ており、特に高校野球のファン。プロ野球は、[[読売ジャイアンツ]]のファンである。2010年4月27日にナゴヤドームで始球式を行った際のボールを宝物にすると発言した。ちなみに、[[阪神タイガース]]の[[白仁田寛和]]は、高校の同級生である。&lt;br /&gt;
* [[お化け屋敷]]や[[幽霊]]といった怪談類が嫌いで、[[高橋みなみ]]とお化け屋敷に入った際に号泣していた。&lt;br /&gt;
* 1歳年上の兄と、6歳下の妹がいる。また、トイプ－ドルの『パチャ』とマルチーズの『ムッシュ』という名前の犬を飼っている。兄のあだ名は、「かっくん」と言う。&lt;br /&gt;
* [[江頭2:50]]の[[デコメール#デコメ絵文字|デコメ絵文字]]をよく使う。&lt;br /&gt;
* 関西発のテレビ番組『ジャイケルマクソン』では、[[福永ちな]]と[[小阪由佳]]の後任として、[[青島あきな]]とセットでの隔週レギュラー出演を果たしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; AKB48関連&lt;br /&gt;
*一番使うキャッチフレーズは「魅惑のポーカーフェイス。篠田麻里子です。」である。&lt;br /&gt;
* AKB48のメンバーからは、「[[お姉さん]]キャラ」との認識が浸透している。後輩の北原里英、高城亜樹、佐藤すみれなどからは推し及び尊敬されている。&lt;br /&gt;
*基本的にマイペースな性格なので一人でいるのも好きであると述べている。&lt;br /&gt;
* テレビ出演においては、AKB48の本拠ともいえる首都圏よりも、中京地区の方が縁が深い。元々出演していた『[[メ〜テレライブ BOMBER-E]]』に加えて、2008年10月から『[[AKBINGO!]]』が中京地区で放送開始、『[[ジャイケルマクソン]]』にも出演することになった。編成の都合上により、中京地区においては3番組とも火曜日の深夜に放送されていたために、同一の時間帯で篠田の出演番組が3つ重なっていた。2009年3月限りで、『ジャイケルマクソン』が中京地区での放送を終了したが、2009年6月から、やはり中京地区である[[中部日本放送]]の『[[ノブナガ]]』の隔週レギュラーとなった。また、2010年2月22日から放送が始まったメ〜テレのNTTドコモの新機種紹介番組『モバハピ』が開始した。&lt;br /&gt;
* AKB48の研究生を含めた全メンバーの中において唯一オーディションでの合格を経ずして加入したメンバーである。その後、A、K、Bの各チームへの途中加入の例はあるが、全て研究生からの昇格である。また、[[AKB48劇場]]の店員からメンバー入りした最初の例であり、その後は、旧チームKの大堀恵（現・SDN48）と研究生から旧チームB入りした[[小原春香]]（現・SDN48）が後に続いている。&lt;br /&gt;
* ファーストインディーズ盤シングルの「[[桜の花びらたち]]」（当時のチームAメンバーの全員参加曲）が発売されるわずか10日前のメンバー入りであったため、同曲には参加しておらず、CDジャケットやPVにも姿はないが、発売当日に行われた新曲発表会には参加した。メジャーデビュー以降は、「[[夕陽を見ているか?]]」と19thシングル以外のシングル曲には、すべて選抜メンバー入りしている。&lt;br /&gt;
* 2005年12月のAKB48結成時にいた旧チームAの旗揚げメンバーを「1期生」もしくは「オリジナルメンバー（略称：オリメン）」と称しているが、篠田の場合、2008年12月20日のコンサートにおいて自身の立場を「1.5期生」と語る。&lt;br /&gt;
* 当初、AKB48のプロフィール上では身長165cmだったが、のちに168cmになり、メンバーの中で最も長身である。公演での[[キャッチフレーズ]]にも「大きいけどあんまナイスボディじゃない｡しっしっしっ篠田麻里子です」「屋根より高い♪篠田麻里子です」など、長身にちなんだフレーズを発言している。&lt;br /&gt;
* [[愛称]]は、「'''麻里子様'''」・「'''麻里子さん'''」が主だが、[[小嶋陽菜]]・[[前田敦子]]・[[秋元才加]]・[[板野友美]]・[[峯岸みなみ]]や卒業した[[大島麻衣]]・[[川崎希]]・[[渡辺志穂]]などからは「'''麻里子'''」と呼ばれている。また、[[大島優子]]や[[奥真奈美]]・[[河西智美]]・[[増田有華]]・[[宮澤佐江]]や[[SDN48]]の[[佐藤由加理]]・元メンバーの[[小野恵令奈]]などからは「'''麻里ちゃん'''」と呼ばれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 趣味・嗜好 ===&lt;br /&gt;
[[Image:篠田麻里子　4.jpg|400px|thumb|篠田　麻里子]]&lt;br /&gt;
* 特技は、「エアー[[オカリナ]]」。元々は『AKBINGO!』で披露したのがきっかけで、以降定番化した。&lt;br /&gt;
* デビュー以来、元々ショートヘアであったが、2008年から2009年にかけては、ミディアムヘアになっていた。2009年2月25日に再びショートに戻している。『[[ポニーテールとシュシュ]]』では、[[ヘアーエクステンション|エクステ]]を装着している。&lt;br /&gt;
* 好きな食べ物は、[[カレーライス]]。自身の[[ブログ]]などで度々その事が採り上げられていたり、各メディアの取材等においても、事ある毎に[[カレー]]好きを強調している。手羽先、たこ焼きも好物である。&lt;br /&gt;
* [[iPhone#iPhone 4|iPhone 4]]を愛用している。&lt;br /&gt;
* [[T-BOLAN]]や[[BIGBANG]]のファンである。&lt;br /&gt;
* モノマネも得意で、SDN48の[[穐田和恵]]や[[なちゅ]]、[[大堀恵]]などのモノマネをよくバラエティやラジオなどで披露することがある。&lt;br /&gt;
* 『[[うまプロ]]』の司会で[[競馬]]への造詣も高まり、同番組で企画された[[ディープインパクト (競走馬)|ディープインパクト]]の産駒の競走馬の命名で篠田が考えた「フェアープライド」が視聴者投票で1位票を得て採用された。篠田は「母親で[[ブラジル]]の3冠牝馬にもなったビーフェアーの名前と、ディープの長男である誇り（プライド）を合わせた。[[臼田浩義]]オーナーや[[下河辺牧場]]、そして番組やこの馬を応援してくれる皆さんが期待していることを誇りに思ってほしい」と命名の由来を話している。&lt;br /&gt;
* AKB48に入る前は、ファッションデザイン専門学校に通っていた。自分のファッションブランドを持ちたいと語っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 交友関係 ===&lt;br /&gt;
[[Image:篠田麻里子　5.jpg|400px|thumb|篠田　麻里子]]&lt;br /&gt;
* 前田敦子とは親友であり、小嶋陽菜・佐藤由加理などと仲が良い。野呂佳代を「'''キャプ'''」と呼んでおり、高橋を一貫して「'''みなみ'''」と呼んでいる。&lt;br /&gt;
** 最近では、小嶋陽菜と双方の[[ツイッター]]でコメントの掛け合いを行う。&lt;br /&gt;
* 10歳近く年下であるチームBの奥真奈美とは特に仲が良く、お互いを「奥たま」「麻里ちゃん」と呼びあっており、ブログでのツーショット写真も多い。他にも、[[松井珠理奈]]や[[仲川遥香]]や[[小森美果]]、北原里英など慕ってくる後輩達を可愛がっている。&lt;br /&gt;
* 『AKB1じ59ふん!』と以降の後継番組で司会で、同郷の佐田正樹（[[バッドボーイズ (お笑いコンビ)|バッドボーイズ]]）は、篠田を気に入っており、いわゆる「篠田推し」である。他のメンバーを[[呼び捨て]]、大堀恵に至っては「ババア」呼ばわりなのに対して、篠田のみ「さん」付けで呼んでいたり、ゲームコーナーにおいて、所々でえこひいきの態度を見せる度に、他のメンバーからブーイングが飛ぶことが定番だったが、篠田の「天然ボケ」ぶりが目立つようになった『AKBINGO!』以降は収束している。但し、2010年3月現在、えこひいきはなくなったが、篠田「さん」とは呼ぶ。佐田が「篠田推し」である事は番組内で知れ渡っているが、篠田自身は快く思っていないことが発覚した。&lt;br /&gt;
* [[保田圭]]（元[[モーニング娘。]]）とは、2008年の舞台で共演。その後、やはり共演者だった[[杏さゆり]]と共に保田の舞台を見に行った。&lt;br /&gt;
逆にけめこが卒業ライブ観戦した&lt;br /&gt;
このことは2013年7月21日のけめこのブログやけめこファン倶楽部に乗っていた&lt;br /&gt;
*[[優木まおみ]]に似ていると言われることもあり、本人もブログ内では優木を「お姉ちゃん」と呼んでいる。2010年からは共にフジテレビ系の競馬番組のMC（篠田が『うまプロ』、優木が『[[みんなのKEIBA]]』）を担当している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 業界での他の所属 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 芸能人、業界人で構成されている福岡県出身が集う福岡会のメンバーである。年に一度東京都内で開催されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== AKB48での参加曲 ==&lt;br /&gt;
=== シングルCD選抜曲 ===&lt;br /&gt;
[[Image:篠田麻里子　6.jpg|400px|thumb|篠田　麻里子]]&lt;br /&gt;
* [[桜の花びらたち]]&lt;br /&gt;
* [[スカート、ひらり]]&lt;br /&gt;
* [[会いたかった]]&lt;br /&gt;
* [[制服が邪魔をする]]&lt;br /&gt;
* [[軽蔑していた愛情]]&lt;br /&gt;
* [[BINGO!]]&lt;br /&gt;
* [[僕の太陽]]&lt;br /&gt;
* [[ロマンス、イラネ]]&lt;br /&gt;
* [[桜の花びらたち2008]]&lt;br /&gt;
* [[Baby! Baby! Baby!]]&lt;br /&gt;
* [[大声ダイヤモンド]]&lt;br /&gt;
* [[10年桜]]&lt;br /&gt;
* [[涙サプライズ!‎]]&lt;br /&gt;
* [[言い訳Maybe]]&lt;br /&gt;
* [[RIVER (AKB48の曲)|RIVER]]&lt;br /&gt;
* [[桜の栞]]&lt;br /&gt;
** [[桜の栞|マジスカロックンロール]]&lt;br /&gt;
* [[ポニーテールとシュシュ]]&lt;br /&gt;
** [[ポニーテールとシュシュ|マジジョテッペンブルース]]&lt;br /&gt;
* [[ヘビーローテーション (曲)|ヘビーローテーション]]&lt;br /&gt;
** [[ヘビーローテーション (曲)|ラッキーセブン]]&lt;br /&gt;
** [[ヘビーローテーション (曲)|野菜シスターズ]]　-　野菜シスターズ名義&lt;br /&gt;
* [[Beginner]]&lt;br /&gt;
* チャンスの順番に収録&lt;br /&gt;
** [[チャンスの順番|予約したクリスマス]]&lt;br /&gt;
** [[チャンスの順番|胡桃とダイアローグ]] - チームA名義&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 劇場公演ユニット曲 ===&lt;br /&gt;
[[Image:篠田麻里子　7.jpg|400px|thumb|篠田　麻里子]]&lt;br /&gt;
; teamA 1st Stage 「[[チームA 1st Stage「PARTYが始まるよ」|PARTYが始まるよ]]」公演&lt;br /&gt;
# キスはだめよ（2nd UNIT）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; teamA 2nd Stage 「[[チームA 2nd Stage「会いたかった」|会いたかった]]」公演&lt;br /&gt;
# 涙の湘南&lt;br /&gt;
# 背中から抱きしめて&lt;br /&gt;
# リオの革命&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; teamA 3rd Stage 「[[チームA 3rd Stage「誰かのために」|誰かのために]]」公演&lt;br /&gt;
# Bird&lt;br /&gt;
# 制服が邪魔をする&lt;br /&gt;
: ※全員参加曲ではあるものの、「小池」では台詞部分を担当。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; teamA 4th Stage 「[[チームA 4th Stage「ただいま恋愛中」|ただいま恋愛中]]」公演&lt;br /&gt;
# 帰郷&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; ひまわり組 1st Stage「[[ひまわり組 1st Stage「僕の太陽」|僕の太陽]]」公演&lt;br /&gt;
# 向日葵&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; ひまわり組 2nd Stage「[[ひまわり組 2nd Stage「夢を死なせるわけにいかない」|夢を死なせるわけにいかない]]」公演&lt;br /&gt;
# Confession&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; teamA 5th Stage 「[[チームA 5th Stage「恋愛禁止条例」|恋愛禁止条例]]」公演&lt;br /&gt;
# 真夏のクリスマスローズ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; THEATER G-ROSSO 「[[ひまわり組 2nd Stage「夢を死なせるわけにいかない」#AKB48 in シアターGロッソ 「夢を死なせるわけにいかない」公演|夢を死なせるわけにいかない]]」公演&lt;br /&gt;
# Confession&lt;br /&gt;
: ※[[大堀恵]]・[[米沢瑠美]]・[[小森美果]]のスタンバイ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; teamA 6th Stage 「[[チームA 6th Stage「目撃者」|目撃者]]」公演&lt;br /&gt;
# サボテンとゴールドラッシュ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演 ==&lt;br /&gt;
=== テレビ番組 ===&lt;br /&gt;
==== バラエティ ====&lt;br /&gt;
[[Image:篠田麻里子　8.jpg|400px|thumb|篠田　麻里子]]&lt;br /&gt;
; 現在出演中の番組&lt;br /&gt;
* [[メ〜テレライブ BOMBER-E]]（2007年4月24日 - 、[[名古屋テレビ放送|メ〜テレ]]） - 番組MC&lt;br /&gt;
* [[AKBINGO!]]（2008年10月1日 - 2009年7月1日・7月15日 - 9月30日・10月14日 - 11月25日・12月30日 - 2010年1月27日・2月10日 - 4月28日・5月12日 - 、[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]）&lt;br /&gt;
* [[ジャイケルマクソン]]（2008年10月22日 - 、[[毎日放送テレビ|毎日放送]]）&lt;br /&gt;
* [[アナザースカイ]]（2008年10月31日 - 、日本テレビ） - 不定期でワールドリポーター&lt;br /&gt;
* [[ノブナガ]]（2009年6月 - 、[[中部日本放送|CBCテレビ]]） - レギュラー&lt;br /&gt;
* [[週刊AKB]]（2009年7月10日 - 17日・8月14日 - 21日・9月25日 - 10月9日・11月27日 - 12月11日・2010年1月29日 - 2月12日・3月19日 - 4月2日・30日 - 5月14日・6月11日・18日、[[テレビ東京]]）&lt;br /&gt;
* [[PON!]]（2010年3月31日 - 、日本テレビ） - 水曜日のパネリストとしてレギュラー。&lt;br /&gt;
2013年7月22日と11月1日はVTR出演&lt;br /&gt;
2013年12月11日は&lt;br /&gt;
体調不良のため&lt;br /&gt;
出演しなかった&lt;br /&gt;
* [[うまプロ!]]（2010年1月9日 - 、フジテレビ） - レギュラー&amp;lt;ref&amp;gt;他に競馬番組としてフジテレビ『[[みんなのKEIBA]]』、[[福島テレビ]]『[[エキサイティング競馬_(福島テレビ)|エキサイティング競馬]]』、[[テレビ西日本]]『[[競馬beat]]』（2010年の「釜山ステークス」開催日にはプレゼンターも担当した）などにもゲスト出演したことがある。&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 過去に出演した番組&lt;br /&gt;
* [[ファイテンションデパート]]（2007年1月15日 - 3月26日、[[テレビ東京]]、[[BSジャパン]]）&lt;br /&gt;
* [[パンキンランダ]]（2007年、[[GyaO]]他・ダブルウィング制作）&lt;br /&gt;
* [[AKB1じ59ふん!]]（2008年1月24日 - 3月27日、日本テレビ）&lt;br /&gt;
* [[AKB0じ59ふん!]]（2008年4月7日 - 5月26日・6月30日 - 9月29日、日本テレビ）&lt;br /&gt;
* [[AKB48ネ申テレビ]]（2008年7月13日・27日・9月28日、[[ファミリー劇場]]）&lt;br /&gt;
* [[ゴールドハウス]]（2008年10月18日 - 11月15日、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]）&lt;br /&gt;
* AKB48ネ申テレビ Season2（2009年8月14日・21日、ファミリー劇場）&lt;br /&gt;
* [[おもいッきりDON!|おもいッきりPON!]]（2009年10月7日 - 2010年3月24日、日本テレビ） - 水曜日のパネリストとしてレギュラー。&lt;br /&gt;
* AKB48ネ申テレビ Season3（2009年10月9日・16日、ファミリー劇場）&lt;br /&gt;
サンジャポ　(2013年10月13日、VTR出演　TBS)&lt;br /&gt;
超報道　(2013年10月21日、VTR出演　フジテレビ)&lt;br /&gt;
何これ　(2013年、11月13日、テレビ朝日)&lt;br /&gt;
実父、(2013年12月16日、VTR出演日本テレビ)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== テレビドラマ ====&lt;br /&gt;
* [[LOVE GAME]] 第11話（2009年7月2日、日本テレビ） - 流香 役&lt;br /&gt;
* [[ギネ 産婦人科の女たち]]（2009年10月14日 - 12月9日、日本テレビ） - 戸田 役&lt;br /&gt;
* [[マジすか学園]]（2010年1月8日 - 3月26日、テレビ東京） - サド 役&lt;br /&gt;
* [[大切なことはすべて君が教えてくれた]]（2011年1月 - 3月、フジテレビ） - 東堂さやか 役&lt;br /&gt;
海の上の診療所、(2013年10月21日、フジテレビ)&lt;br /&gt;
同日の超報道で&lt;br /&gt;
出ることが明らかにされた&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ラジオ ===&lt;br /&gt;
[[Image:篠田麻里子　9.jpg|400px|thumb|篠田　麻里子]]&lt;br /&gt;
* [[DHC COUNTDOWN jp|カウントダウン・ジャパン]]（2006年5月13日・6月24日・7月29日・12月16日・2007年3月3日・7月18日、[[エフエム東京|TOKYO FM]]）&lt;br /&gt;
* AKB48のよんぱちアフター（2006年4月28日・5月5日・12日・19日・26日・7月28日・9月29日、TOKYO FM）&lt;br /&gt;
* [[南海キャンディーズ 山里亮太のヤンピース フライデースペシャル]]（2006年10月6日・11月3日、[[ニッポン放送]]）&lt;br /&gt;
* [[ON8]]（2006年10月26日・11月6日・11月27日・2008年6月2日、ベイエフエム）&lt;br /&gt;
* [[AKB48 今夜は帰らない…]]（2007年4月7日 - 9月29日、[[CBCラジオ]]）&lt;br /&gt;
* [[AKB48 明日までもうちょっと。]]（2007年10月15日・22日・12月24日・2008年1月7日・2月11日 - 3月10日・24日・5月19日・6月9日・8月11日・18日・9月1日・8日・29日・12月8日・15日・2009年4月6日 - 27日・7月13日・20日・12月21日・28日・2010年5月3日・10日、[[文化放送]]）&lt;br /&gt;
* [[AKB48のオールナイトニッポン]]（2010年5月7日・6月25日・10月1日・11月26日、ニッポン放送）&lt;br /&gt;
* 篠田麻里子と愉快な仲間たち（2010年12月4日 - 、[[KBCラジオ]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== CM ===&lt;br /&gt;
* 3Rで地球を救おう（2006年、[[ACジャパン|公共広告機構]]） - NHK共同キャンペーン&lt;br /&gt;
* ハナサク・プロジェクト AKB48篇（2008年、[[リクルート]]）&lt;br /&gt;
* 緊急設定室 篇 （2009年、[[So-net]]光）&lt;br /&gt;
* [[DCキャッシュワン]]（2009年） - webページ広告&lt;br /&gt;
* [[日本中央競馬会]]（2010年）&lt;br /&gt;
* [[カゴメ]]『野菜一日これ一本』（2010年5月10日 - ） - 「[[野菜シスターズ]]」たまねぎ役&lt;br /&gt;
* [[UHA味覚糖]]『[[ぷっちょ]]』（2010年8月10日 - ）&lt;br /&gt;
* [[エスエス製薬]]『ハイチオールB』（2010年11月8日 - ）&lt;br /&gt;
郵便局、(2013年)&lt;br /&gt;
10月31日のグッド朝&lt;br /&gt;
とPONで放送された&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== Web ===&lt;br /&gt;
[[Image:篠田麻里子　10.jpg|400px|thumb|篠田　麻里子]]&lt;br /&gt;
* 脳のアンチエイジング「クイズ2:1」（2007年2月1日 - 28日、[[OCN]]）&lt;br /&gt;
* Yahoo ライブトーク（2008年1月8日、[[Yahoo! JAPAN]]）&lt;br /&gt;
* 〜ニューシングル「[[大声ダイヤモンド]]」リリースだけど…AKB48公開説教部屋 秋元康が物申す!〜（2008年10月23日、Yahoo! JAPAN・[[アメーバブログ|AmebaStudio]]）&lt;br /&gt;
* au [[LISMO Channel]] （2010年10月4日 - ）- 初単独MC&lt;br /&gt;
* 篠田麻里子の写真集を作ろう!「好き撮り! MY JOCKEY」（2010年11月21日 - 、日本中央競馬会）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== DVD ===&lt;br /&gt;
; AKB48としての作品を除く&lt;br /&gt;
* 篠田麻里子ファーストDVD「Pendulum MOVIE」（2008年9月25日、ワニブックス）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 舞台 ===&lt;br /&gt;
* THE☆どツボッ!!（2008年7月18日 - 27日、[[東京芸術劇場]]）&lt;br /&gt;
* カックラキン大劇場（2010年8月6日 - 10日、[[中日劇場]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 映画 ===&lt;br /&gt;
* [[いぬのえいが|犬とあなたの物語 いぬのえいが]]（2011年1月22日公開予定） - 「愛犬家をたずねて篇」主演・須藤役&lt;br /&gt;
ホスト部、(2012年、ミシェル役)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== イベント ===&lt;br /&gt;
[[Image:篠田麻里子　11.jpg|400px|thumb|篠田　麻里子]]&lt;br /&gt;
* アゲる![[Popteen]]祭り（2008年8月9日、[[国立代々木競技場|代々木体育館]]）&lt;br /&gt;
* [[スター・ウォーズ クローン大戦#スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ|スター・ウォーズ クローン・ウォーズ]]特別試写会（2008年8月11日、[[中野サンプラザ|中野サンプラザホール]]） - 運営手伝い&lt;br /&gt;
* AKB48 汐留夏ライブ「今回は0じ59ふんから始まりません」2nd stage（2008年8月16日、日テレプラザ）&lt;br /&gt;
* キャラホビ2008 SUNSHINE SAKAE出展ブース「AKB48×SKE48」（2008年8月30日、[[幕張メッセ|幕張メッセ国際展示場]]）&lt;br /&gt;
* 秋葉原エンタまつり「大声ダイヤモンド発売記念 AKB48 Special Live @ UDX」（2008年10月25日、秋葉原UDX）&lt;br /&gt;
* 大堀めしべ最後の聖戦!〜ハグはめしべを救う!〜（2008年11月15日、秋葉原アソビットMVホール）&lt;br /&gt;
* CBC GREEN LIVE（2009年3月21日、[[中部日本放送|CBCホール]]）&lt;br /&gt;
* [[東京ガールズコレクション]]（2009年9月5日、[[国立代々木競技場|代々木体育館]]）&lt;br /&gt;
* TGC 東京ガールズコレクション in 沖縄MC（2010年4月24日、[[沖縄コンベンションセンター]]）&lt;br /&gt;
* AKB48篠田麻里子参上!!（2010年5月3日、[[名古屋観光ホテル]]）&lt;br /&gt;
* 釜山ステークス・プレゼンター（2010年7月18日、[[小倉競馬場]]）&lt;br /&gt;
* 第2回[[ジョッキーベイビーズ]] 決勝大会 プレゼンター（2010年11月7日、[[東京競馬場]]） - 『うまプロ!』出演者で務めた&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== コンサート ===&lt;br /&gt;
* [[AKB48 ファーストコンサート「会いたかった 〜柱はないぜ!〜」]]（2006年11月3日・4日、[[日本青年館]]）&lt;br /&gt;
* [[AKB48 春のちょっとだけ全国ツアー 〜まだまだだぜAKB48!〜]]（2007年3月10日 - 4月1日）&lt;br /&gt;
* [[AKB48 リクエストアワーセットリストベスト100]]（2008年1月21日 - 24日、[[SHIBUYA-AX]]）&lt;br /&gt;
* [[ライブDVDは出るだろうけど、やっぱり生に限るぜ! AKB48夏祭り]]（2008年8月23日、[[日比谷野外音楽堂|日比谷野外大音楽堂]]）&lt;br /&gt;
* [[AKB48 まさか、このコンサートの音源は流出しないよね?]]（2008年11月23日、[[NHKホール]]）&lt;br /&gt;
* [[年忘れ感謝祭 シャッフルするぜ、AKB! SKEもよろしくね]]（2008年12月20日、[[ミーツポート#JCBホール|JCBホール]]）&lt;br /&gt;
* [[AKB48 リクエストアワーセットリストベスト100 2009]]（2009年1月18日 - 21日、SHIBUYA-AX）&lt;br /&gt;
* [[「神公演予定」* 諸般の事情により、神公演にならない場合もありますので、ご了承ください。]]（2009年4月25日・26日、NHKホール）&lt;br /&gt;
* [[AKB48全国ツアー (2009年)|AKB48 分身の術ツアー]]（2009年8月15日、[[Zepp|Zepp Fukuoka]]）&lt;br /&gt;
* [[AKB48全国ツアー (2009年)|AKB104選抜メンバー組閣祭り]]（2009年8月22日・23日、[[日本武道館]]）&lt;br /&gt;
* サウンドコニファー229 [[AKB48 夏のサルオバサン祭り]]（2009年9月13日、[[サウンドコニファー229|富士急ハイランド サウンドコニファー]]）&lt;br /&gt;
* [[AKB48 リクエストアワーセットリストベスト100 2010 with アメーバピグ]]（2010年1月21日 - 24日、SHIBUYA-AX）&lt;br /&gt;
* [[AKB48 満席祭り希望 賛否両論]]（2010年3月24日・25日、[[横浜アリーナ]]）&lt;br /&gt;
* [[AKB48 コンサート「サプライズはありません」]]（2010年7月10日・11日、[[国立代々木競技場#第一体育館|代々木第一体育館]]）&lt;br /&gt;
* [[AKB48 AKBがやって来た!!]]（2010年8月17日・18日・25日、[[アステールプラザ]]・[[なんばHatch]]・[[Zepp#Zepp Sendai|Zepp Sendai]]）&lt;br /&gt;
* [[AKB48 薬師寺奉納公演2010「夢の花びらたち」]]（2010年9月26日、[[薬師寺]]）&lt;br /&gt;
* [[Visit Zooキャンペーン応援プロジェクト AKB48 東京秋祭り supported by NTTぷらら]]（2010年10月9日・10日、[[葛西臨海公園]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 書籍 ==&lt;br /&gt;
[[Image:篠田麻里子　12.jpg|400px|thumb|篠田　麻里子]]&lt;br /&gt;
=== 雑誌連載 ===&lt;br /&gt;
* [[B.L.T]] マリコとケイバ 篠田麻里子×うまプロ!（2010年2月号 - 、[[東京ニュース通信社]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 写真集 ===&lt;br /&gt;
* AKB48 ヴィジュアルブック2008 featuring team A（2008年3月18日、東京ニュース通信社）&lt;br /&gt;
* 篠田麻里子写真集「Pendulum」（2008年7月15日、[[ワニブックス]]）&lt;br /&gt;
* 篠田麻里子2nd写真集「SUPER MARIKO」（2009年5月27日、ワニブックス）&lt;br /&gt;
* 篠田麻里子3rd写真集「麻里子」（2010年7月2日、[[集英社]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ストーカー野内陽一郎 ==&lt;br /&gt;
[[Image:篠田麻里子　13.jpg|350px|thumb||篠田　麻里子]]&lt;br /&gt;
[[Image:篠田麻里子　14.jpg|350px|thumb||篠田　麻里子]]&lt;br /&gt;
[[Image:篠田麻里子　15.jpg|350px|thumb||篠田　麻里子]]&lt;br /&gt;
[[Image:篠田麻里子　16.jpg|350px|thumb||篠田　麻里子]]&lt;br /&gt;
野内陽一郎&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
麻里子様ごめんＣＭの話僕にはオファーが来てないんだけれど&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
だまされてない？あと麻里子様と連絡がとれない（何故？）? &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野内陽一郎&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
麻里子様ごめんＣＭの話何もきいてないんだ？前に自分の計画を話したけれどそのこと？&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
でもオファーきてないよ？? &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野内陽一郎&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
まさかとは思うけれど騙されたんじゃ？&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
僕は何もしらないよ！！? &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野内陽一郎&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
大事な話なのに、僕だけかやの外なのかな？? &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野内陽一郎&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
連絡とろうとも連絡とれず、明日どうすればいいかわからず！！&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
途方にくれています。麻里子様、大丈夫？、騙されたんではないよね？&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
また心配だよ！！スーパーに仕事しにいちゃうよ！！本当に大丈夫？&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
あと麻里真さんの術中にはまりアドレス、パスワード流出か？? &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野内陽一郎&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
麻里子様、本日のＣＭの件、何も聞いていませんが、涙のｘｘらしいですね。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
でも相手は僕ではないのでは？僕はＣＭ出演の話なんて一言も聞いていないですよ！！&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
例のＮｘｘのｘｘ川の浜ｘｘｘｘのＭＶの礼ｘｘのみんなが得をする例の件ですよね！！&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
相手誰ですか？罠の香！！僕は何も聞いてないです！！ &amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
仮に僕が出演するとしても何時にいくとしたらふもとのｘｘｘｘｘｘｘｘですか？何も聞いてないです。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
本当に！！どうすれば？？？？？せめてこのコメントに気がついてくれたらば！！！！！！！！！！！ &lt;br /&gt;
騙されていますよ！！? &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
https://plus.google.com/105312608513060875034/posts/gpKEYj8yyts &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野内陽一郎&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
麻里子様、ショックで会社に遅刻をしていきます。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
なんでもっと言ってくれないの？僕は超能力で全てがわかったり、死んだり、&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
怪我や病気をしなかったり、そんなことあるわけないじゃん（微笑）！！ &amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
辛いです。もしかしたらまた、泣くかもしれません！！ＣＭのオファー僕にはなかったよ！！&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
僕が企画した礼拝堂のですよね？寂しいです。あなたも辛いと思います。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
会社完全に遅刻するの１７年間で数える程しかありませんが今日は歯をくいしばって働いてきます。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
また泣きます！！楽しみにしてくれてありがとう。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
僕も同じ気持ちです！！もうこの企画は使われてしまうので &amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
２人で目標にしていたものが一つなくなっちゃうね！！またすごい企画を考えます！！&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
寂しいです。また明日から笑っていきようね！！ごめんね。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
http://plus.google.com/105312608513060875034/posts/gpKEYj8yyts &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野内陽一郎 &amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
“麻里子様、これは大事な話 メールの中で心臓の手術をする子が入っています。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
手術が成功するようにみんなで応援しよう！！ややこしくてごめんね！ &amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
ゼロスタジオに（はげづらの時）行って以来、髪切ってないから僕がわからないかも、&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
前髪の長さ鼻にかかる位、横髪、後ろ髪も伸びてる。今茅ヶ崎の家です &amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
プロポーズの後で僕も気持ちが焦るけれどあわてれば、またなりすましの餌食になっちゃうよ！！ &amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
背は高め、１７３ｃｍで６２ｋｇだよ（気持ち痩せた）会社にロンゲ他にもいるよそいつとまちがえないでね！！ &lt;br /&gt;
今家だよ！！今日半日休みになった分、明日朝から出勤になっちゃった。ＰＯＮ！録画するよ！！ ＼(^o^)／ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野内陽一郎&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
“麻里子様、気がついたかもｓれないけれど、めちゃくちゃ暗いこと 本当はぐぐたすにのせそうだったんだ。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
でも考え直して打ち直した。それがのろりんｘの投稿のコメ欄・・・。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
お別れのつもりだった、仕事もほとんど居眠りで鬱が入って仕事にならなかったんだ。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
薬が夕方ごろから効いてきて（ドーピングみたいなのかな難しいけれど）&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
仕事を終え今家でそうめんたべつつ、ぐぐたすなうです。&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
やっぱり麻里子様のアイコンあるような気がして・・・。一日考えたんだ。&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
麻里子様自身の事をよくわかってないんじゃないかと思って、&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
怒られるかもしれないけれどもっと遊んでいる気がしてしまいました。 &amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
でもいつも僕の言った笑ってくれると力が出る。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
覚えてくれて笑顔をみるとうれしかった！！思いとどまってよかった…&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野内陽一郎 11日前&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
“麻里子様僕はかっこ悪いし、取り柄もないし、&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
今あなたの前に入るやつには敵わないかもしれません、無駄足になるかもしれません。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
今から平塚いきます。僕の働いている店９時閉店。着いたとき店がしまってたら。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
青果売り場前の出入り口で夜１０時までまっています。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
雨降っているけれどスーツでいきます。紺のスーツにシルバーのインナーです。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
時間がないのでくさかったらごめん髪もぼさぼさ、もし事故や何らかのアクシデントでおくれても待っています。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
これが僕があなたにみせれる誠意です。 急いできがえます。ありがとう。つづきはあえたら免許、保健証もってく。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
おかねないけれど 話してそばにいられるだけれも 平塚速攻でいきます。えきまえてんです。 短冊みてて！では &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野内陽一郎 2012年05月15日 &amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
“篠田麻里子さん、今日はそう呼ばさせて下さい。会社を早退してきました。いつも、辛い思いをさせてしまって。ごめんなさい。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
もう占いや予言じみたことは止めようと思います。自分で考えたことですが、幸せになりたいから、&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
余計なことを考えるのはやめます。少しおかしかったのかもしれません。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
麻里子さんのいない人生はとても寂しいです。だから笑ったり焼きもち焼いたりしたけれど、&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
今までが幸せだったことに」気付きました。僕が許されるのか分かりません。今は辛くて笑えません。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
でも麻里子さんと一緒にぐぐたすできたのが幸せでした。また同じように笑いたいから、予言や占いなんてやめます。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
また一緒にいてもいいですか？勝手な事を言ってごめんなさい!!＼(^o^)／ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野内陽一郎 2012年05月14日&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
“麻里子様、眠くなってきたので、もう眠ります。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
今日は１日頭を使いましたＣに女の子、Ｕに男の子、ＺとＫの２つ、&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
上を向く雑草、いろいろわかりました。もう眠ります。おやすみなさい♪また明日！！(^_^)v? &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野内陽一郎 2012年05月13日&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
“麻里子様、僕はまた問題おこしちゃったみたいですね。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
お昼頃は頭の中でいろいろなことが、浮かぶのですが、今はかなり鈍くなっているみたいです。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
星が降るのは地球にではなく流星群が見えるのかも？あと色々な話全部仮説です。全部は話せません。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
上を向く雑草とイニシャルそれだけ、僕は雑草ということで、あとの話は信用のおける人と非公式ではないと話せません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
働いたことのある職場 某食料品スーパー&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
卒業 １８年位前の神奈川大学&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
住んでいる地域 神奈川県の茅ヶ崎市です。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野内陽一郎 2012/06/14 &amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
麻里子様、僕には過去はなくせません。 &amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
上のコメント大変失礼いたしました。 &amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
嫉妬や悲哀や妄想のせいで嫌な思いをさせてしまいました。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
未来を向いてコメントします。皆様おわかりかとおもいますが僕は頭の病気で病んでいます。 &amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
篠田麻里子さん、ファンの方々、嫌な思い、悲しい思いをさせてｓまいもうしわけありません。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
病気の事を１００％ははなせませんが構築仮世という症状がでます。 &amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
妄想上の事を現実にあったことのように錯覚してしまう病気です。病院には通っています。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
具合に波があり、過労や心配、精神的なストレスがたまると具合が悪くなってしまいます。 &amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
この事は伏せていこうとおもいましたが、 &amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
篠田麻里子さんの名誉をきづつけてしまうおそれがあるため告白いたします。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
もう言ってしまったことをなくすことはできません。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
そのかわりこれからの未来をどう生きて行くかが大切だと思います。 &amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
篠田麻里子さんがこれから更なるご活躍と希望やしあわせにみちた人生をいきられるように、 &amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
ファンの皆様と合わせて幸せに協力して未来にすすめますようにお祈りいたします。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
僕も自分の夢や希望を追い未来を切り開いて前を向いてすすんでゆきます！！&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
皆さまそれぞれの夢や未来にむけ邁進できますように願います。&amp;lt;br/&amp;gt; &lt;br /&gt;
皆様、お互いに希望に満ちた未来に向けお互いに頑張りましょう!!＼(^o^)／&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注・出典 ==&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 篠田麻里子の画像 ==&lt;br /&gt;
[[Image:篠田麻里子　17.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子　18.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子　19.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子　20.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子21.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子22.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子23.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子24.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子25.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子26.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子27.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子28.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子29.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子30.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子31.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子32.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子33.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子34.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子35.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子36.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子37.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子38.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子39.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子40.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子41.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子42.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子43.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子44.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子45.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子46.jpg|350px]][[Image:篠田麻里子47.jpg|350px]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:しのた まりこ}}&lt;br /&gt;
[[Category:AKB48の所属者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のアイドル]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のタレント]]&lt;br /&gt;
[[Category:1986年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:グラビアアイドル]]&lt;br /&gt;
[[Category:福岡県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[category:バーニングプロダクション系列所属者]]&lt;br /&gt;
[[Category:画像が多い記事]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>178.254.13.112</name></author>	</entry>

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		<title>テンプレート:ユークトバニア連邦共和国在住</title>
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				<updated>2015-12-22T16:44:52Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;178.254.13.112: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{User box frame P|black|#ffd966|#2121a2|Vault-boy.png|100px||このユーザー{{誰}}は&amp;lt;br&amp;gt;[[ヴォルトボーイ]]{{誰}}です。&amp;lt;br&amp;gt;あなた{{誰}}を&amp;lt;br&amp;gt;核戦争{{誰}}の脅威{{誰}}から&amp;lt;br&amp;gt;守ります。{{要出典}}}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;noinclude&amp;gt;[[Category:ユーザーボックス|うおるとほおい]]&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>178.254.13.112</name></author>	</entry>

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		<title>利用者:金日成</title>
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				<updated>2015-12-22T16:44:50Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;178.254.13.112: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[ファイル:hiranokodai.jpg]]&lt;br /&gt;
{{User box frame P|black|#ffd966|#2121a2|Vault-boy.png|100px||このユーザー{{誰}}は&amp;lt;br&amp;gt;[[ヴォルトボーイ]]{{誰}}です。&amp;lt;br&amp;gt;あなた{{誰}}を&amp;lt;br&amp;gt;核戦争{{誰}}の脅威{{誰}}から&amp;lt;br&amp;gt;守ります。{{要出典}}}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;noinclude&amp;gt;[[Category:ユーザーボックス|うおるとほおい]]&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>178.254.13.112</name></author>	</entry>

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		<title>天皇制廃止論</title>
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				<updated>2015-12-22T16:44:49Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;178.254.13.112: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''天皇制廃止論'''（てんのうせいはいしろん）とは、[[日本国憲法]]に定める（[[日本国憲法第1章|第1章]]「[[天皇]]」）いわゆる[[象徴天皇制]]を廃止すべきだとする主張。&lt;br /&gt;
{{User box frame P|black|#ffd966|#2121a2|Vault-boy.png|100px||このユーザー{{誰}}は&amp;lt;br&amp;gt;[[ヴォルトボーイ]]{{誰}}です。&amp;lt;br&amp;gt;あなた{{誰}}を&amp;lt;br&amp;gt;核戦争{{誰}}の脅威{{誰}}から&amp;lt;br&amp;gt;守ります。{{要出典}}}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;noinclude&amp;gt;[[Category:ユーザーボックス|うおるとほおい]]&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
諸外国での[[君主制廃止論]]がこれに相当する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経緯 ==&lt;br /&gt;
=== 自由民権運動期 ===&lt;br /&gt;
日本において最初の[[君主制]]の廃止を論じたものは[[自由民権運動]]における「[[共和主義]]」的な主張である。ただし、後世の天皇制廃止論と違うのは[[幕藩体制]]に代わる専制的な権威に対する否定を目的とした主張であったこと、当時はまだ天皇を中心とした国家観が完成されておらず、未だ流動的な時期におけるものであったことである（従って「天皇制」という言葉がまだ存在していなかった時期に相当する）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[中江兆民]]の『三酔人経論問答』では洋学紳士なる人物に立憲制より民主制（共和制）の方が優れており立憲制は君主の専制から脱出するための（途中駅の）「駅舎」に過ぎないと言わせしめた。また、[[植木枝盛]]や[[馬場辰猪]]なども国家は君主制から立憲制を経て共和制に向かうとする説を唱えている。[[小田為綱]]によるとされる[[私擬憲法]]『憲法草稿評林』には[[国民投票]]によって皇帝（天皇）は廃立出来るとした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天皇を「神聖不可侵」と位置づけた[[大日本帝国憲法]]の制定以後、天皇制そのものの是非を語ることは次第に禁句となっていったが、[[坂野潤治]]は[[尾崎行雄]]の[[共和演説事件]]を自由民権運動時代の頃の共和制論議の時のように安易に共和制について触れたことが政治問題化したと唱えている&amp;lt;ref&amp;gt;[[石井孝]] 『明治維新と自由民権』 [[有隣堂]]、1993年。ISBN 4896601157&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 第二次世界大戦前 ===&lt;br /&gt;
[[戦前]]における天皇制廃止論の原点と言うべきものは[[日本共産党]]や[[講座派]]による[[二段階革命論]]である。これは天皇制を[[ロシア]]の[[絶対君主制]][[ツァーリズム]]になぞらえ、封建勢力である寄生地主と[[ブルジョアジー]]の結合が天皇制を形づくっているとし、ブルジョア革命の後に社会主義革命を起こすという理論であった。しかし、当時の[[大日本帝国憲法]]下では「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」とされ、天皇制廃止論を主張することは[[不敬罪]]等に該当することがあり、[[死刑]]になることもあったため、戦前には公然と議論することすらできない状態が続いていた。&amp;lt;!--また、天皇制廃止論が日本共産党によって主張されたことから、反共的な立場などから天皇制廃止論は共産主義を中心とした左翼勢力の主張であるとの主張がなされることがある。←この一文がここにあるべき意義が不明。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
例えば[[特別高等警察]]を管掌する[[内務省]][[警保局]]は[[日本反帝同盟]] &amp;lt;ref&amp;gt;「反帝」は「反帝国主義」の略。[[共産党]]系の組織。後に弾圧されて解散。&amp;lt;/ref&amp;gt;の「[[天皇制]]に対する反対運動」として「警察的軍事的天皇制反対」「朝鮮、台湾に於ける天皇制[[白色テロ|テロル]]反対」「天皇主義的[[ファシスト]]反対」などのスローガンがあったことを調査し&amp;lt;ref&amp;gt;[[内務省]][[警保局]]編 『昭和八年中に於ける社会運動の状況』 内務省、1934年、320頁。「「天皇制に対する反対運動」の項。&amp;lt;/ref&amp;gt;、また[[1933年]][[2月4日]]の「反帝新聞」を「戦争と飢餓と[[白色テロ|テロ]]の[[天皇制ファシズム]]に反対せよ」という記事によって[[発禁]]にしている &amp;lt;ref&amp;gt;[[小田切秀雄]]他 『昭和書籍雑誌新聞発禁年表（中巻）』 明治文献資料刊行会、1981年、485頁。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 連合国軍占領期 ===&lt;br /&gt;
{{main|連合国軍占領下の日本}}&lt;br /&gt;
[[戦後]]の[[1945年]]10月4日、[[連合国軍最高司令官総司令部|GHQ]]は日本政府へ「政治的民事的及宗教的自由に対する制限の撤廃」という覚書（いわゆる「自由の指令」）を発した。この覚書は主要命題の一つとして「[[皇室]]問題特にその存廃問題に関する自由なる討議」を含み、[[治安維持法]]など弾圧法令の撤廃、[[特別高等警察]]の廃止、また[[山崎巌]][[内務大臣]]の[[罷免]]&amp;lt;ref&amp;gt;前日の3日に「これからも天皇制廃止を主張するものはすべて[[共産主義]]者と考え、治安維持法によって逮捕する」と発言。&amp;lt;/ref&amp;gt;などを指令している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
10月20日、[[ハリー・S・トルーマン|トルーマン]][[アメリカ合衆国大統領|米国大統領]]が「天皇制の存廃は日本人民の民意によって決定されるべき」と発言すると、国内の大手新聞はこれを紹介するとともに、以後天皇制の存廃についての記事や投書を多く掲載するようになった。なおこの問題について、当時の[[朝日新聞]]の報道姿勢は中立、[[読売新聞]]は左派、[[毎日新聞]]は右派であった&amp;lt;ref&amp;gt;[[産経新聞]]の創刊は[[1950年]]の事である。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国内の大手新聞による天皇制論議は1946年1、2月を境に「天皇制の是非」から「天皇について」へと変化し、それすらも同年6月をもって後退していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 第二次世界大戦後 ===&lt;br /&gt;
終戦直後、日本に対する諸外国の視線は厳しく、オーストラリアやアメリカの国民世論が天皇制廃止を支持していたほか、[[ウィンストン・チャーチル|チャーチル]]、[[ソビエト連邦|ソ連]]なども天皇制廃止を求めていた。これに対し、アメリカ政府は天皇制によって日本国民を統合し、間接統治をした方がアメリカの国益に適うと判断したため、天皇制は[[連合国軍最高司令官総司令部|GHQ]]によって存置された。ただし、天皇制に関して民主化を行う必要はあると判断し、皇室財産の凍結、[[不敬罪]]の廃止などを日本政府に求めたほか、新憲法によって天皇の権限を大幅に縮小することを求めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦後、日本国憲法によって[[思想・良心の自由|思想]]・信条・[[言論の自由]]が保障されているため、天皇制廃止論によって罪に問われることはなくなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
用語面としては、廃止論者は天皇、皇族の実名を名指しして呼ぶ他（目上の[[諱]]を避ける習慣である「[[避諱]]」は当然否定されることになるため）、実名をカタカナ表記する傾向が目に付く（「[[明仁]]」を「アキヒト」など）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 廃止論の種類 ==&lt;br /&gt;
; 進歩派の観点からの廃止論&lt;br /&gt;
: 戦後の一時期、[[丸山真男]]らいわゆる戦後の[[進歩派]]は、[[ヨーロッパ]]の[[市民革命]]思想への共感から、公法研究会における憲法改正意見の中で当面は天皇の政治的権能を縮小し、将来は[[フランス]]の[[共和制]]（ここでは[[フランス第四共和政|第四共和制]]を指す）の[[議会制民主主義]]による象徴[[大統領制]]を実現すべきだと主張した。&lt;br /&gt;
: また、[[高野岩三郎]]は天皇制を[[封建制]]の遺物であるとし、[[日本共和国憲法私案要綱]]を作成するなどした。&lt;br /&gt;
; [[昭和天皇の戦争責任]]の追及&lt;br /&gt;
: [[大日本帝国憲法|明治憲法]]において、天皇は「陸海軍を[[統帥権|統帥]]す」と規定されていたことから、天皇に開戦・戦争遂行の[[昭和天皇の戦争責任|責任]]を取らせるため、天皇制を廃止して共和制へ移行するべきとするものがある。&lt;br /&gt;
: ただし、この種の意見は天皇制に対する批判と[[昭和天皇]]個人の戦争責任追及とを混同してしまうことが多く、必ずしも天皇制廃止論に結びつくものではない。そのため、1989年に[[明仁|明仁親王]]が天皇に即位すると、[[昭和天皇]]の戦争責任追及とそれを根拠とした天皇制廃止論とが分離し、戦争責任論からの廃止論は下火になった。また、日本の周辺諸国（[[朝鮮半島]]、[[中国]]など）においては、大日本帝国時代の日本の[[植民地]]政策や戦争が天皇大権によって遂行されたことから、天皇制が存続していることに反発する動きもある。&lt;br /&gt;
; [[法の下の平等]]および[[人権]]との矛盾&lt;br /&gt;
: [[天皇]]および[[皇族]]は、[[職業選択の自由]]や[[居住移転の自由]]、言論の自由など[[自己決定権]]にかかわる多くの[[人権]]を制限されており、また[[プライバシー]]を侵害されることもあることから、これら非[[自然人]]的立場から解放するためにも天皇制そのものを廃止すべきだと主張する立場（この思想は'''天皇解放論'''とも呼ばれる）。このことで「皇室は[[治外法権]]」という指摘もある。平成期の廃止論はこれが主流である。詳細は下記[[#憲法上の問題]]を参照。天皇制を含め君主制は人権侵害だという批判の例として以下が挙げられうる。天皇・皇族は[[マスコミ]]に追い回されて仮にいやな思いをしても笑顔を絶やさないことが求められる。[[イギリス王室]]の子息は[[スパルタ教育]]の寄宿生学校やサンドハースト陸軍士官学校に入れられ、戦時には最前線に出征することが求められる。また[[エリザベス2世 (イギリス女王)|エリザベス女王]]は王位継承権第1位に決まったとき人前で感情を露わにすること（声を出して笑ったり泣いたり）が禁じられたなどである（「[[世界ふしぎ発見]]」で扱われた）。さらにフィクションではあるが「[[ローマの休日]]」の王女が過密スケジュールと自由のない生活でヒステリーを起こしたことも、このような例を象徴している。&lt;br /&gt;
; [[封建制]]・[[身分制]]の名残への反発&lt;br /&gt;
: 特定家系への敬意の押し付けは、国民を[[大日本帝国憲法]]下での[[臣民]]とさほど変わらぬ位置に置くのと等しく、時にはそのために批判が行いにくい状況が発生することを危惧する立場。また、皇室の家族制度のあり方が、旧[[民法]]の[[家制度]]と同一とする立場である。&lt;br /&gt;
: 日本国憲法において天皇の地位は「日本国及び国民統合の[[象徴]]」（[[日本国憲法第1条|第1条]]）であると規定されているが、日本[[国民]]の平均的な生活とおよそ懸け離れた生活を送っている天皇を「日本国の象徴」とすることや「天皇」という身分が'''[[世襲]]'''によって受け継がれることを疑問とする意見もある。&lt;br /&gt;
; 平等性の観点&lt;br /&gt;
: 国民が[[就職]]に苦労し、常に[[失業]]の危険に脅かされているのに比べ、[[天皇]]や[[皇族]]が生まれながらにして一定の職務と生活水準とを保障されているのは不平等であり、また[[税金]]の活用方法として有効でない（極端な形の[[世襲]]の“[[国家公務員]]”）、また天皇一族のためのみに存在する[[宮内庁]]は[[公務員]]の地位について定めた[[日本国憲法第15条]]違反であると批判する立場。&lt;br /&gt;
; 宗教上の観点&lt;br /&gt;
: 天皇は[[日本神話]]や[[神道]]儀礼と不可分一体の関係にあることから、天皇を国家体制の一部とすることは[[日本国憲法]]で保障された[[政教分離]]や[[信教の自由]]に違反すると批判する立場。&lt;br /&gt;
: ちなみに、天皇という呼称は神道では「スメラノミコト」「スメラギノミコト」とも呼び、「スメラ=統べる」、「ミコト=カミ」、つまり「統べるカミ=統治、君臨するカミ」、という意味である。これが、戦前の天皇制の最大の根拠であった。&lt;br /&gt;
: 宗教別にみると以下のような特徴が見られる。&lt;br /&gt;
:* [[仏教]]&lt;br /&gt;
:** 仏教を開いた[[釈迦]]は[[シャカ族]]の王子として生まれたが、厳格な身分制度に嘆いて出家して悟りを開き、[[カースト]]制度を否定したことで知られる。そのことから、仏教徒の一部には天皇制に反対する者もいる。しかしながら、仏教国で君主制が続いている国も多く存在することや、仏教の[[僧侶]]が自分の子に住職の跡継ぎを期待する風潮など、矛盾点も否めない。&lt;br /&gt;
:** [[公明党]]の支持基盤の[[創価学会]]の創立者の[[牧口常三郎]]は戦前に[[治安維持法]]違反・[[不敬罪]]の容疑で逮捕され、取り調べで「国家が隣組その他それぞれの機関或いは機会に於いて国民全体に奉斉せよと勧めております処の伊勢大廟から出される天照皇太神大麻を始め明治神宮、靖国神社、香取鹿島神宮等その他各地の神宮・神社の神札、守札やそれ等を祭ってある例えば荒神様とか稲荷様、不動様という祠等一切のものを取払い、焼却破棄しています。（中略）もちろんこれ等の神宮神社仏寺等への祈願の為参拝することも[[謗法]]でありますから、参拝しない様に、[[謗法]]の罰は重いから、それを犯さないように指導しているのであります。」と述べた。このように牧口は自らの信仰を守り、1944年11月に東京拘置所内で死んだ。&lt;br /&gt;
:* [[キリスト教]]&lt;br /&gt;
:** [[弓削達]]（元[[フェリス女学院大学]]学長）、[[福田歓一]]ら[[キリスト教徒]]の学識者によって天皇制廃止論が唱えられた。&lt;br /&gt;
:** [[1927年]]創立のWatch Tower（日本燈台社：現在の[[ものみの塔]]）の日本支部員の3名が[[1939年]]に召集され、「天皇は元来宇宙の創造主ヱホバに依り造られたる被造物にして、現在は[[悪魔]]の邪導下にある地上の一機関に過ぎざるが故に、天皇を尊崇し、天皇に忠誠を誓う等の意思は毛頭なき」ことなどを述べ、不敬罪に問われた。 &amp;lt;ref&amp;gt;同調した信者53名は治安維持法で起訴され同支部は宗教団体法により[[結社]]を禁止された。主幹者明石順三は懲役12年。[http://ci.nii.ac.jp/naid/110004694880/ 蔵田雅彦「日本統治下朝鮮における灯台社の活動と弾圧事件」（「国際文化論集」1990年3月）]及び[http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/senji2/rnsenji2-212.html 法政大学大原社会問題研究所「日本労働年鑑 特集版 太平洋戦争下の労働運動」]参照。&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
:* [[神道]]&lt;br /&gt;
:** [[大本]]の「十二段返しの歌」という七五調の宣伝歌の四段目を右から左に読むと「[[綾部市|綾部]]に天子を隠せり」、八段目を左から右に読むと「畏多くも、今の天子偽者なり」とあった。[[出口王仁三郎]]は[[不敬罪]]・[[治安維持法]]違反で起訴され、[[裁判]]では出口は関与を否定したが[[不敬罪]]で有罪となった。教団の[[綾部市|綾部]]・[[亀岡市|亀岡]]の聖地はダイナマイトで破壊された。逮捕された信者のうち16名が拷問で死亡した。[[大本事件]]参照。&lt;br /&gt;
:* [[イスラム教]]&lt;br /&gt;
:**イスラム教国、特にアラビア半島には[[カリフ]]、[[スルタン]]、[[首長]]などと呼ばれる君主のもとで、いまだに[[選挙制度]]が導入されず、伝統的な[[専制君主制]]が続いている国が多い。日本の天皇との関連では、天皇は[[現人神]]とされたため、「いかなる場合においても神が人間として現れることはない」というイスラム教の考え方との矛盾が生じる。戦前、日本がインドネシア（大半がイスラム教徒）を統治していたころ、皇居の方角へ向かって拝む「東方遥拝」を強制したため、国際的な批判があった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 法律上の問題 ==&lt;br /&gt;
天皇・皇族は憲法や法律上、国民また外国人ともやや異なった立場にある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天皇が国民と比較して制限されているものとして憲法の[[人権#基本的人権|基本的人権]]の規定の適用が考えられる。実質上、天皇はその立場と矛盾ある憲法の人権規定については制限されているといってよい。ただし多くの場合、具体的に法律で制限されているわけではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天皇が国民であるかどうかについては憲法上の論争があるが、国民であると考える場合には皇族は特別権力関係にあることから一部人権を制約されると解するのが通説である&amp;lt;ref&amp;gt;廃止論者は、これら人権の制約を断ち切る事も天皇制廃止の目的の一つとして挙げている。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他方、天皇の「特権的」なものとしてまず考えられるのは生活と住居の保障が考えられる。国民の生存権で保護されるそれよりはるかに厚く保護されている状態にある&amp;lt;ref&amp;gt;なお、天皇は納税を負わないというのは誤りである。貯金に対する利子や出版物の印税など個人資産の収入については所得税や住民税を納める。昭和天皇の崩御に際しても[[明仁]]天皇は4億2000万円もの相続税を納めている。&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[皇室典範]]21条の類推により刑事訴追・民事訴追ともに受けない。これによって天皇の側から訴追する権利も失われないので天皇の側に有利な規定となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 法律の適用 ===&lt;br /&gt;
* [[日本国憲法第14条|第14条]]：[[法の下の平等]]&lt;br /&gt;
** 「社会的身分または門地により、政治的、経済的又は社会的関係において差別されない」、2項の「[[華族]]その他[[貴族]]の制度は認めない」という条文と、第1章「天皇」で特別な地位に置かれ、[[皇室典範]]を適用していることは矛盾している&amp;lt;ref&amp;gt;ただし、明治憲法のような大権が与えられているわけではないことから法的な貴族制度には該当せず、天皇・皇族を貴族とみなす慣習にすぎないと解することもできる。&amp;lt;/ref&amp;gt;。憲法学上は、天皇制は本条に対して[[法 (法学)#法の優先順位|特別法]]にあたる[[日本国憲法第1章]]の存在により適用範囲外となると解釈されている。天皇制の他にも、憲法で禁止しているが憲法自身が例外を認めている例として[[特別裁判所]]に対する[[弾劾裁判所]]がある。&lt;br /&gt;
** 行政機関における皇族に対する[[敬語]]の使用（乳幼児にさえも）。憲法は私人間には原則適用されないことからメディアにおける敬語使用は憲法上問題とはならないが、行政機関が皇族に対し（一般国民に対する敬語以上の）敬語を用いることは憲法上の問題を提起する余地はある。例：皇室典範における敬称の規定（一般国民を拘束するものではないが）・宮内庁公式サイトにおける敬称使用等。また、憲法上の問題とはならないがメディアにおいては皇族に対して敬語を使用しないメディアもある（[[朝日新聞]]・[[共同通信]]など）&amp;lt;ref&amp;gt;これについて『[[朝日新聞]]』などは保守派からの批判を受けたり、ときにはそれを理由に[[行動右翼]]の[[テロリズム|テロ]]被害を受けた媒体もある（『[[噂の眞相]]』など）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[日本国憲法第15条|第15条]]3項：国民の[[公務員]]選定罷免権、[[普通選挙]]の保障&lt;br /&gt;
** 「政治関与の禁止」から[[参政権]]が認められず、あらゆる物事について「政府に白紙委任」となる。&lt;br /&gt;
* [[日本国憲法第18条|第18条]]：[[奴隷]]的拘束及び苦役からの自由&lt;br /&gt;
** 皇族は外出時には、常に[[セキュリティポリス|SP]]により警護される。&lt;br /&gt;
* [[日本国憲法第20条|第20条]]：[[信教の自由]]&lt;br /&gt;
** [[神道]]の流れを汲む皇室行事を行っていること&amp;lt;ref&amp;gt;全皇族は否応なく、神道（[[1947年]]までは[[国家神道]]）の信徒である事を要求されている。&amp;lt;/ref&amp;gt;。なお、江戸時代までは、実は天皇家は京都・東山、[[泉涌寺]]の檀家であった。改宗させたのは明治政府である。&lt;br /&gt;
* [[日本国憲法第21条|第21条]]：[[集会の自由|集会]]・[[結社の自由|結社]]・[[表現の自由]]、通信の秘密&lt;br /&gt;
** 発言は宮内庁によって“品位・品格あるもの”が常に求められる&amp;lt;ref&amp;gt;[[承子女王]]が[[ブログ]]に記述した内容が問題視されたことがあった。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[日本国憲法第22条|第22条]]：居住・移転・[[職業選択の自由]]、外国移住・国籍離脱の自由&lt;br /&gt;
** [[皇居]]、及び[[東宮御所]]や各宮邸の存在。&lt;br /&gt;
* [[日本国憲法第24条|第24条]]：[[婚姻]]、[[個人の尊厳]]と両性の平等&lt;br /&gt;
** 天皇・皇族の婚姻は[[皇室会議]]の議を経て承認を得なければならない。両性の平等については、女性に皇位の継承が認められていないこと。皇族離脱に関して、男性は女性に比べて意思による皇族離脱が制限されているなどに男女差別が見られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 天皇制廃止にかかる憲法上の手続き ===&lt;br /&gt;
[[日本国憲法第96条]]2項の「[[憲法改正]]について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する」と規定されているとおり、憲法改正によって天皇制が廃止される場合も同様に、天皇が改正憲法を公布するものと解釈される。施行によって自動的に天皇制廃止が実行されるものと考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著名な天皇制廃止論者 ==&lt;br /&gt;
* [[高野岩三郎]]&lt;br /&gt;
* [[難波大助]]&lt;br /&gt;
* [[徳田球一]]&lt;br /&gt;
* [[宮本顕治]]&lt;br /&gt;
* [[丸山眞男]]&lt;br /&gt;
* [[福田歓一]]（クリスチャン学者）&lt;br /&gt;
* [[奥平康弘]]&lt;br /&gt;
* [[弓削達]]&lt;br /&gt;
* [[本多勝一]]&lt;br /&gt;
* [[佐藤文明]]&lt;br /&gt;
* [[小谷野敦]]&lt;br /&gt;
* [[太田昌国]]&lt;br /&gt;
* [[鵜飼哲]]（インパクション編集委員）&lt;br /&gt;
* [[中山千夏]]&lt;br /&gt;
* [[幸徳秋水]]&lt;br /&gt;
* [[大川隆法]]（[[幸福の科学]]教祖）&lt;br /&gt;
* [[Grimm]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
 &amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[日本共産党]]&lt;br /&gt;
* [[進歩的文化人]]&lt;br /&gt;
* [[左翼]]&lt;br /&gt;
* [[日本教職員組合]]&lt;br /&gt;
* [[君が代]]・[[日の丸]]&lt;br /&gt;
* [[君主制廃止論]]&lt;br /&gt;
* [[国民主権]]&lt;br /&gt;
* [[天皇機関説]]&lt;br /&gt;
* [[日本人民共和国憲法草案]]&lt;br /&gt;
* [[女系天皇]]&lt;br /&gt;
* [[皇位継承問題 (平成)]]&lt;br /&gt;
* [[人格否定発言]]&lt;br /&gt;
* [[共和演説事件]]&lt;br /&gt;
* [[菊タブー]]&lt;br /&gt;
* [[絶対王政]]&lt;br /&gt;
* [[日本シャンバラ化計画]]&lt;br /&gt;
* [[共和主義]]&lt;br /&gt;
* [[幸福実現党]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連書誌==&lt;br /&gt;
*小谷野敦 『[[天皇制批判の常識]]』 洋泉社〈新書y 231〉、2010年2月8日。ISBN 978-4-86248-517-5&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 参考文献 ===&lt;br /&gt;
* [[竹田昭子]] 「アメリカの占領期メディア政策と放送 ―天皇制論議解禁―」『[[学苑]]』666号、1995年。&lt;br /&gt;
* 竹田昭子 「「天皇制論議」解禁とマスメディア ―新聞の天皇制論議―」『学苑』673号、1996年。&lt;br /&gt;
* 『教科書・日本国憲法』 [[一橋出版]]、2004年。教科書・日本国憲法 新訂版2007年 ISBN 4834833011&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://web.archive.org/web/20050215094052/www.jimin.jp/jimin/saishin97/seimu-13-2.html 憲法に関するアンケート調査 調査報告書] （[[インターネット・アーカイブ]]による。以前[[自由民主党 (日本)|自民党]]サイト内に掲載されていたもの）&lt;br /&gt;
* [http://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?KEYWORD=&amp;amp;LANG=jpn&amp;amp;BID=F0000000000000364847&amp;amp;ID=M0000000000000323861&amp;amp;NO= 「投書に現れた天皇制の批判」（十月分）朝日新聞研究室、1945年12月24日。]&lt;br /&gt;
*[http://www.jcp.or.jp/jcp/22th-7chuso/key-word/b_1.html#Anchor-0501 日本共産党綱領案 天皇制への共産党の基本的態度]&lt;br /&gt;
*[http://www.ten-no.net/ 反天皇制運動DANCE!]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:左翼向け記事]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>178.254.13.112</name></author>	</entry>

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		<title>利用者・トーク:金日成</title>
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&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{| style=&amp;quot;vertical-align:top; border:1px solid #abf5d5; background-color:#f1fcf5;padding:0&amp;quot;&lt;br /&gt;
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'''こんにちは、{{PAGENAME}} さん。はじめまして! ユアペディアへようこそ!'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
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| style=&amp;quot;width:54%; vertical-align:top; border:1px solid #fad67d; background-color:#faf6ed;&amp;quot; |&lt;br /&gt;
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* 初心者の方はまず[[Yourpedia:Yourpediaは何でないか|ガイドブック]]を読んでください。今後の編集活動にとってとても大切な内容が書かれています。&lt;br /&gt;
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&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;border-bottom:1px solid #fad67d; background-color:#faecc8; padding:0.2em 0.5em 0.2em 0.5em; font-weight:bold&amp;quot;&amp;gt;'''ヘルプ'''&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
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&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
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&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
: &amp;lt;small&amp;gt;Hello, PG! Welcome to Japanese Yourpedia. If you are not a Japanese speaker, you can ask a question in [[Yourpedia:Help for Non-Japanese Speakers|Help]]. Enjoy!&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
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: {{PAGENAME}} さんがユアペディアにおいて実り多き執筆・活動をなされることを楽しみにしております。--[[利用者:PG|PG]] 2014年8月10日 (日) 05:22 (UTC)&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
{{User box frame P|black|#ffd966|#2121a2|Vault-boy.png|100px||このユーザー{{誰}}は&amp;lt;br&amp;gt;[[ヴォルトボーイ]]{{誰}}です。&amp;lt;br&amp;gt;あなた{{誰}}を&amp;lt;br&amp;gt;核戦争{{誰}}の脅威{{誰}}から&amp;lt;br&amp;gt;守ります。{{要出典}}}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;noinclude&amp;gt;[[Category:ユーザーボックス|うおるとほおい]]&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;178.254.13.112: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&amp;lt;!--以下、テンプレート破損につきコメントアウト&lt;br /&gt;
{{Otheruseslist|漫画作品のデスノート|映画作品|デスノート (映画)|アニメ作品|DEATH NOTE (アニメ)}}&lt;br /&gt;
{{Infobox animanga/Header&lt;br /&gt;
|タイトル=DEATH NOTE&lt;br /&gt;
|ジャンル=[[サスペンス]]・[[少年漫画]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{Infobox animanga/Manga&lt;br /&gt;
|作者=[[大場つぐみ]]&lt;br /&gt;
|作画=[[小畑健]]&lt;br /&gt;
|出版社=[[集英社]]&lt;br /&gt;
|他出版社&lt;br /&gt;
|掲載誌=[[週刊少年ジャンプ]]&lt;br /&gt;
|開始=[[2003年]]12月&lt;br /&gt;
|終了=[[2006年]]5月&lt;br /&gt;
|冊数=全12巻+ガイドブック1巻&lt;br /&gt;
|その他=完結後の特別篇1話が存在&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{Infobox animanga/Footer}}&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{User box frame P|black|#ffd966|#2121a2|Vault-boy.png|100px||このユーザー{{誰}}は&amp;lt;br&amp;gt;[[ヴォルトボーイ]]{{誰}}です。&amp;lt;br&amp;gt;あなた{{誰}}を&amp;lt;br&amp;gt;核戦争{{誰}}の脅威{{誰}}から&amp;lt;br&amp;gt;守ります。{{要出典}}}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;noinclude&amp;gt;[[Category:ユーザーボックス|うおるとほおい]]&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{漫画}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『'''DEATH NOTE'''』（デスノート）は、原作：[[大場つぐみ]]・作画：[[小畑健]]の[[サイコ]][[サスペンス]][[漫画]]。及び、これを原作とする[[実写映画]]・[[小説]]・[[アニメ]]・[[コンピュータゲーム|ゲーム]]作品。また、作中に登場する架空の[[ノート]]の事を指す場合もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2003年]][[12月]]から[[2006年]][[5月]]まで「[[週刊少年ジャンプ]]」（[[2004年]]1号 - [[2006年]]24号）に連載。[[2008年]][[2月]]に完結から3年後を描いた短編が掲載された。[[略称]]は「'''デスノ'''」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
[[2003年]]8月に「週刊少年ジャンプ」へ掲載された読み切り漫画が元になっている。名前を書かれた人間は死んでしまうという死神のノート「'''デスノート'''」を偶然手に入れ、それを使って犯罪者を次々と粛清していく主人公・'''[[夜神月]]'''（やがみ ライト）と、大量殺人犯として月を追う名探偵・'''[[L (DEATH NOTE)|L]]'''（エル）との闘いを描いた物語である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[単行本]]は初版100万部（漫画単行本最速記録）の売り上げを記録している。[[2004年]]の売り上げは、発売から1年目で年間ベスト10に入った。また、12巻までの累計発行部数は2530万部を突破した（一巻平均にて200万部を越す）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
作品テーマ等から、『[[アクメツ]]』（「[[週刊少年チャンピオン]]」掲載、2002〜2006年）・『[[LOST+BRAIN]]』（「[[週刊少年サンデー]]」連載、2008年）と比較されることもある。&lt;br /&gt;
=== 作風 ===&lt;br /&gt;
{{独自研究S}}&lt;br /&gt;
作品の中には、裏の裏の裏を読むといった「'''知能戦'''」や「'''心理戦'''」が中心にある。これに類する手法としては[[ミステリー]]などで使われる一種の[[推理小説#サブジャンル/テーマ|倒叙]]形式になっており、夜神月とそれを追うL、メロ、ニアが互いを追いつめる要素がこの作品の見所の一つといえる。また、テンポが重視され、ドラマ性やメッセージ性は意図的に極力削ぎ落とされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
正悪の概念を問うような構成なのだが、作品完結後のインタビューでは作者である大場つぐみ・小畑健両人は善悪論をテーマとは考えておらず、大場つぐみは「正義は各々が個人で考えればいい」という要旨の発言をしている（DEATH NOTE HOW TO READ 13 真相より）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ストーリー ==&lt;br /&gt;
{{ネタバレ|DEATH NOTE|スキップ=作動}}&lt;br /&gt;
=== 第一部 ===&lt;br /&gt;
page.1～page.59（単行本1巻～7巻）、アニメ版：1話～26話&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[高校生]]の'''[[夜神月]]'''（やがみ ライト）は、ある日奇妙な黒いノートを拾う。それは[[死神 (DEATH NOTE)#リューク (Ryuk)|死神・リューク]]が落とした、人間の名前を書き込むと書かれた人間が死ぬ'''デスノート'''だった。犯罪者が存在しない理想の新世界を作るため、月は世界中の犯罪者名を次々とノートに書き込んで葬っていく。やがて犯罪者を葬る者の存在に気付いた大衆は[[殺し屋]]（＝Killer） の意味から「'''キラ (KIRA)'''」と呼び始め、キラを「'''神'''」と崇拝する者まで現れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、キラの存在を察した[[国際刑事警察機構|ICPO（インターポール）]]は、手がけた事件を必ず解決に導く、全世界の警察を意のままに動かせる唯一の存在である謎の探偵'''[[L (DEATH NOTE)|L（エル）]]'''にキラ事件の調査を依頼。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
キラを悪と見なすLは綿密な方法で、キラが日本の[[関東地方|関東地区]]にいることを証明し、日本に捜査本部を設け、キラに挑む。こうして“キラ”と“L”は、それぞれの正義を掲げて対峙することになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 第二部 ===&lt;br /&gt;
page.60～page.108（単行本7巻～12巻）、アニメ版：27話～37話&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第一部の終了から5年後の[[2009年]]、2代目Lとなっていた月はキラ及び警察の裏のトップとして世界の本格的な改革に乗り出す。キラとLの見せ掛けの勝負を演出する裏で月は世界中のキラ信者を確実に増やしていき、その支持者は個人から国家にまで及ぶ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Lの死の直後、[[養護施設]]ワイミーズハウスで「Lの後継者」として育てられた'''[[DEATH NOTEの登場人物#SPK|ニア]]'''と'''[[DEATH NOTEの登場人物#メロとメロ関係者|メロ]]'''に管理人ロジャーからLの死が告げられていた。その後、ニアを中心にアメリカで'''SPK（Secret Provision for KIRA）'''（キラ対策特務機関）が設立される（ニア・レスター指揮官・リドナー・ジェバンニなど）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、謎のマフィアグループによって[[警察庁長官]]が誘拐されるも夜神月の計画によって死亡し、今度は夜神粧裕（月の妹）が誘拐され、[[警察庁]]のキラ捜査本部の保持するデスノートとの交換が要求される。この事件の対処にSPKも加わるが、月指揮の下、ノートは奪われてしまう。SPKの中心人物・'''N'''は2代目L（月）の無能振りを批判し、アメリカでの2代目Lの実権は自分が握っていることを明らかにする。月はその後の調べによって、誘拐犯もNもLの次期後継者であるメロとニアであることを知り敵愾心を募らせる。メロはニアに勝つため、ニアはキラを捕まえるため、月は二人を殺すため、三人のプライドを賭けた戦いが始まる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 特別編 ===&lt;br /&gt;
[[2008年]]に[[週間少年ジャンプ|本誌]]11号にて、映画『L change the WorLd』の公開に伴い執筆された短編作品。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
キラ事件から3年後、再び原因不明の死者が続出する。だが以前と違うのは日本で死を望む高齢者が次々と死んでいくことであり、その影響で日本は長寿大国1位から6位へ転落していた。日本の捜査本部や[[DEATH NOTEの登場人物#SPK|ニア]]はデスノートによる新たなキラの犯行であると断定する。そしてニアはこの事件に対し意外な決断を下す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 登場人物 ==&lt;br /&gt;
{{see|DEATH NOTEの登場人物}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== デスノートのルール ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- ※単行本等より文のコピーは絶対に行わないこと※ --&amp;gt;&lt;br /&gt;
=== 基本ルール ===&lt;br /&gt;
* デスノートに名前を書かれた人間は死ぬ。&lt;br /&gt;
* 書かれる人物の顔が頭に入っていないと効果は無い。&lt;br /&gt;
* ゆえに同姓同名の人間に一遍に効果は得られない。通称名などでは不可。&lt;br /&gt;
* 同じ人間の顔を思い浮かべて4回名前を書き間違えると、その人間にデスノートは効かなくなる。しかし、デスノートでの死を避けるために故意に書き間違えた場合は書いた人間が死に、名前を書かれた人間もノートの効力からは逃れられない（本名を書かれれば死ぬ）。&lt;br /&gt;
* 名前の後に人間界単位で40秒以内に死因を書くと、そのとおりになる。&lt;br /&gt;
* 死因を書かなければ、すべてが[[心臓麻痺]]となる。&lt;br /&gt;
* 死因を書くと更に6分40秒、詳しい死の状況を記載する時間が与えられる。&lt;br /&gt;
* デスノートから切り取ったページや切れ端などでもデスノートの効果は有効である。&lt;br /&gt;
* 所有権に関わらず、デスノートに一度でも触れれば誰でも、それ以降はそのデスノートに憑いている死神を見ること、話すことが出来る。&lt;br /&gt;
* 所有権を持たない者でもデスノート、もしくはその切れ端に名前を書けば所有者と同等の効果を得ることが出来る。&lt;br /&gt;
* 絵で顔を知っているだけの人間は、デスノートで殺すことは出来ない。ある程度鮮明な写真や映像なら殺せる。&lt;br /&gt;
* 原則的に人の寿命を延ばすことはできないが、稀に間接的にではあるが寿命が延びるケースがある。&lt;br /&gt;
* デスノートはどれだけ使ってもページが尽きることはない。&lt;br /&gt;
* デスノートに書く物質は、文字として認識できれば、何でも可能である。&lt;br /&gt;
* デスノートを使った人間は天国にも地獄にも行けない。&lt;br /&gt;
** 原作では、これは「天国も地獄も存在せず、死んだ後にあるのは無である」という意味である。&lt;br /&gt;
** 実写映画版では、'''文字通りノートを使った人間のみが無の状態になるとされている'''。&lt;br /&gt;
** アニメ版では、[[アイキャッチ]]でのルール説明のみであり、本編では描かれなかった。&amp;lt;!--このルールはリュークが月に言っているが、原作・アニメ版ではデスノートを手渡した際、実写映画版では月の死に際に言っている。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
* 死神の名前を書いても死神は死なない。&lt;br /&gt;
*「人間界単位で124歳以上」及び「残りの寿命が12分以内」「生後780日未満」の人間をデスノートで殺すことは出来ない。　&lt;br /&gt;
* 二冊以上のデスノートに同じ人間の名前が書かれた場合、一番先に書かれたものが優先される。&lt;br /&gt;
* [[人間界]]で同時に存在していいデスノートは6冊まで。もちろん[[死神]]自身が[[所有]]するノートはその数に入らない。&lt;br /&gt;
* いかなる方法を用いてもデスノートに名前を書かれた人物の死自体を取り消すことは出来ないが、死の時刻・状況は記入後6分40秒以内ならば書いた文字の上に二本線を引いて書き直すことで変更できる。&lt;br /&gt;
* 死んだ者は生きかえらない。&lt;br /&gt;
2016年の映画では6冊登場した&lt;br /&gt;
=== 死因を書いた場合 ===&lt;br /&gt;
* 記された死因での死亡となる。&lt;br /&gt;
* 死因を書いてから人間界単位で6分40秒以内に死に至るまでの詳細を書くと、その人間の死まで物理的に可能な範囲で操ることができる。可能な範囲でない書き方をした場合書いた事柄を無効としすべて[[心臓麻痺]]で死ぬ。&lt;br /&gt;
* 先に書いておいた死因や死に至るまでの詳細の前に名前を書き足しても有効(約19日以内)。&lt;br /&gt;
* 殺しの対象者が知りえない情報を使う、または行い得ないことをさせることは不可能。ただし[[自殺]]は有効であり、誰もがする可能性があるとされ、考えもしないことには入らない。&lt;br /&gt;
* 第三者を直接死亡させるような死因や死に至るまでの詳細は効力がなく、第三者の死亡がない形での心臓麻痺による死亡になる。&lt;br /&gt;
* 死の直前の行動の中で対象者が死の直前に第三者を攻撃することは可能であり、攻撃を受ける者の死の状況をデスノートで示せば致命傷になりえる(ただし、直接的な表現では心臓麻痺になる場合がある)。&lt;br /&gt;
* 対象者だけが死亡するような詳細で、第三者の動作が関連して死ぬ場合は有効。&lt;br /&gt;
* 日時を指定した上で操って殺せるのは23日以内。23日以上かかるような病気で死亡させる場合は例外。ただし日にちの指定を行えば無効になる。明らかに無理が生じるようであれば心臓麻痺となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 所有権の解説 ===&lt;br /&gt;
* デスノートは人間界の地に着いた時点で人間界のものとなる。&lt;br /&gt;
* デスノートを所有している限りそのデスノートの元々の所有者であった死神が人間に憑く。&lt;br /&gt;
* デスノートを所有していた者が全てのノートの所有権を放棄すると、デスノート自体に関する記憶を失う。&lt;br /&gt;
* デスノートを紛失または盗まれるなどした場合、490日以内に再びノートを手にしないと所有権を失う。&lt;br /&gt;
* 所有権を持たない状態でデスノートの記憶を取り戻すには、使用したことのあるデスノートに触れているしかない。ただし再び所有権を得ない場合は、ノートを離すと再び記憶を失う。&lt;br /&gt;
* 一度所有権を放棄しても再び所有権を得ることは可能である。ただし所有権を得ることでデスノートの記憶を取り戻せるのは最大6回まで。7回目に所有権を再取得した場合はそれまでのデスノートに関する記憶を全て失った状態でノートを使用することになる。&lt;br /&gt;
* 所有権は自分のままで他人に貸すことは可能であり又貸しも出来るが、死神はあくまで所有権のある人間に憑く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 所有権が複数ある場合 ===&lt;br /&gt;
* 所有権を放棄しても1つでもデスノートが残っていれば記憶は消えない。&lt;br /&gt;
* 所有権を放棄したデスノートに憑く死神の姿は認知できなくなり、声も聞こえない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 嘘のルール ===&lt;br /&gt;
* このノートに名前を書き込んだ人間は、最も新しく名前を書いた時から、13日以内に次の名前を書き込み、人を殺し続けなければ自分が死ぬ。&lt;br /&gt;
* このノートを刻む焼くなどして使えなくすると、それまでにノートに触れた全ての人間が死ぬ。&lt;br /&gt;
: ※上記二つのルールは劇中で夜神月が自分に対する疑惑の目を逸らすためにリューク（映画版ではレム）に書かせた虚偽の設定であり、これを冒してもこのルールは適用されない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 死神のルール ==&lt;br /&gt;
=== 基本的なルール ===&lt;br /&gt;
* 死神は、デスノートを最低1冊は必ず所有していなければならない。&lt;br /&gt;
* 死神は、デスノートで人間を殺すと、その人の寿命と現年齢の差分を自分の寿命として得ることが出来る。&lt;br /&gt;
* 死神は所有者及びデスノートに触れた者で見える人間の名前と寿命を、他の人間に教えてはならない。&lt;br /&gt;
* 死んだ死神を認知できていた人間でないと死んだ死神のデスノートを見たり触れたりすることは出来ない。&lt;br /&gt;
* デスノートの元持ち主である死神は、そのデスノートにおける死の手伝いや妨げになるような行為を基本的にはしないが、それぞれの性格による。&lt;br /&gt;
* 死神界では死神大王がデスノートの管理を行っている。&lt;br /&gt;
* 基本的にデスノートは死神一匹につき、1冊のみ。&lt;br /&gt;
* デスノートの所有者が、所有権を持たない人間にノートを貸した場合でも、死神はあくまで所有権のある人間につかなければならない。&lt;br /&gt;
* 死神が特定の人間に好意を持ち、その人間の寿命を延ばすためにデスノートを使用した場合、死神は死ぬ。&lt;br /&gt;
* 死神が死んだ場合、その死神はその場で砂のように崩れ落ち、肉体は消える。しかしデスノートは残る。その際、所有権は次に触れた死神に移るが、基本的には(死神界の常識として)死神大王に返上すべきとされる。&lt;br /&gt;
* 死神が人間界で何かしらの違反行為なるものを犯した場合、死神界でその違反行為の悪度によって罰が下される。罰は、「特級」から「8級」までで、「3級」以上は死罪となりうる。ちなみに死神がデスノート以外の方法で人間を殺す行為は「特級」。&lt;br /&gt;
* 死神はむやみに人間界に居てはならない。人間界に居て良い場合は、デスノートを渡す人間を人間界単位で82時間以内で物色する場合、自分に所有権があったノートを人間に譲渡したとき、など多々理由がある。&lt;br /&gt;
* デスノートを持っている限り、自分が死ぬまで元持ち主である死神が憑いてまわる。&lt;br /&gt;
* デスノートの所有権がある人間をデスノートを使って殺すことは何の問題もない。&lt;br /&gt;
* デスノートの使い方や、それを持つ人間に発生する掟を死神が全て説明する義務はない。&lt;br /&gt;
* 人間に憑いた死神が死んだ場合、その死神が人間界に持ち込んだデスノートの効力に変化は生じない。&lt;br /&gt;
* 死神は人間界の物に触るか触らないかを選べる。&lt;br /&gt;
* 死神にも性別があるが、生殖行動などはしない。また、人間との性行為は禁じられているらしい。&lt;br /&gt;
* 死神は本来睡眠をとる必要が無く、死神にとって「眠る」という行為は人間のそれと違い純粋な「怠け」である。これを罰する様な掟は特に無いが、人間に憑いた死神はノート所有者の最期を見届ける、という意味でも眠る（＝怠ける）べきではないとされる。　&lt;br /&gt;
* 死神は心臓をナイフで刺しても頭を銃で撃ち抜いても殺すことはできない。しかし、一介の死神は知らない死神の殺し方は存在する。&lt;br /&gt;
* デスノートに死神の名前を書かれても死神は死なない。&lt;br /&gt;
* [[人間界]]で同時に存在していいデスノートは6冊まで。よって、人間にノートを所有させる事で人間界にいていい死神も六匹まで。&lt;br /&gt;
* 仮に7冊目のデスノートが人間界に存在しても、そのノートは何の効力も持たない。&lt;br /&gt;
*一匹の死神が同時にデスノートを渡せる人間は三人まで。&lt;br /&gt;
* 人間界にデスノートを持ち込んだ死神はノートの最初の所有者が死ぬことになる場合、自分のノートに所有者の名前を書き込まなければならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 死神の目 ===&lt;br /&gt;
* デスノートの所有権を持つ人間は、自分についている死神に自分の余命の半分を渡す事によって、死神の目を手に入れることができる。これを'''死神の目の取引'''という。&lt;br /&gt;
* 死神および死神の目を持つ人間は、人間の顔(鮮明であれば写真・映像でも可)を見るとその人間の名前と[[寿命]]を見ることができる。&lt;br /&gt;
* 既に死んでいる人間の写真等を見た場合、名前も寿命も見えない。&lt;br /&gt;
* 自分自身を含めたデスノート所有者に関しては、名前だけしか見ることができない(これを利用して、デスノート所有権を調べる事が出来る)。死神からは、デスノート所有者であっても名前と寿命の両方が読める。&lt;br /&gt;
* デスノートの所有権を放棄すると死神の目を失うが、寿命は元には戻らない。&lt;br /&gt;
* 一度デスノートの所有権を失った場合、再び所有権を得ても再度取引しない限り死神の目を得ることはできない。&lt;br /&gt;
* 複数回取引する場合、取引するごとにその時点での残りの寿命の半分を支払わなくてはならない。&lt;br /&gt;
* 他人から借りたノートでは、目の取引は出来ない。&lt;br /&gt;
* 目の取引は一瞬で完了する。&lt;br /&gt;
* 目の取引を行った場合、本来の視力に係わらず3.6以上の視力になる。&lt;br /&gt;
* 原作及びアニメでは演出の事情から普通の目と少し変えて描いているが、死神の眼球を持った人間の判別は、人間界のどんな医学や科学をもってしてもできないし、死神でもその人間と直接目の取引をした死神(目の取引をした事を知っている死神)にしか解らない。&lt;br /&gt;
* 人間界にデスノートがあることで、ある人間の人生が変わり、デスノートに書かれなくとも本来の寿命より前に死んでしまうことはある。それがどんな死に方であろうと、その場合やはり死神の目には縮んだ寿命ではなく本来の寿命が見えることになる。&lt;br /&gt;
* 死神の目で見える人間の名前はあくまで「その人間を殺すために必要な名前」であり、必ずしも「戸籍上の氏名」とは限らない。仮に戸籍自体を持たない人間を見たとしてもその「名前」は見える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 読み切り版 ==&lt;br /&gt;
2003年本誌36号掲載。『DEATH NOTE HOW TO READ 13』収録。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
''登場人物は、[[DEATH NOTEの登場人物#読み切り版]]を参照。''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; ストーリー&lt;br /&gt;
: 中学生の'''鏡太郎'''は、下校途中に拾ったノートを日記帳代わりに使用する。その日いじめられた出来事を書くと、自分をいじめていたクラスメイト達が死亡してしまう。そのノートは、死神リュークの落とした'''デスノート'''だったのだ。&lt;br /&gt;
: 「過去の事件」との類似に気付いた刑事は、クラスメイトへの聞き込みを開始する。焦った鏡太郎は、「デスイレイザー」という消しゴムを使い、クラスメイトを生き返らせる。しかし、自分はノートを使っていないにも関わらず、再びクラスメイト達と刑事達が死んでしまう。&lt;br /&gt;
: 自分の周りに、'''もう一人ノートを使っている人間'''がいる事に気付いた鏡太郎は、その犯人の元へ急ぐのだった。&lt;br /&gt;
; ノートのルール&lt;br /&gt;
: ルールは「死因を書かなければ40秒で心臓麻痺」など、基本的に連載版と同様だが、以下の点が大きく異なる。&lt;br /&gt;
:* ノートを拾った者しか使えない。&lt;br /&gt;
:* ノートに名前を書いて対象が死んだ後でも、'''デスイレイザー'''-DEATH ERASERという消しゴムで名前を消せば生き返る。ただし、遺体が蘇生できる状態でなければ効果は無い。ちなみに作者はこの設定をできれば使いたくなかったらしい。&lt;br /&gt;
:* ノートは38行60ページのノートで、使えばページは尽きてしまうが、死神に頼めば、新しいノートをもらえる。&lt;br /&gt;
:*表紙の文字は、どんな手段を用いても消すことが出来ないが、表紙を破くと使用不可能になる。&lt;br /&gt;
:* また、ルール内には殺しの促進、助言等本編ではルールに含まれないような内容もある。&lt;br /&gt;
{{ネタバレ終了|DEATH NOTE}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 単行本 ==&lt;br /&gt;
=== 一覧 ===&lt;br /&gt;
'''ジャンプ・コミックス'''&lt;br /&gt;
# 退屈 （2004年4月発行）ISBN 4088736214&lt;br /&gt;
# 合流（2004年7月発行）ISBN 4088736311&lt;br /&gt;
# 激走（2004年9月発行）ISBN 4088736524&lt;br /&gt;
# 恋心（2004年11月発行）ISBN 4088736710&lt;br /&gt;
# 白紙（2005年2月発行）ISBN 4088737741&lt;br /&gt;
# 交換（2005年4月発行）ISBN 4088737954&lt;br /&gt;
# 零（2005年7月発行）ISBN 4088738306&lt;br /&gt;
# 的（2005年9月発行）ISBN 4088738527&lt;br /&gt;
# 接触（2005年12月発行）ISBN 408873887X&lt;br /&gt;
# 削除（2006年2月発行）ISBN 4088740181&lt;br /&gt;
# 同心（2006年5月発行）ISBN 4088740416&lt;br /&gt;
# 完（2006年7月発行）ISBN 4088741315&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''公式ガイドブック'''&lt;br /&gt;
* DEATH NOTE HOW TO READ 13 真相（2006年10月発行）通常版：ISBN 4088740955・初回限定特装版：ISBN 4089080533&lt;br /&gt;
** 集英社発刊のガイドブック。週刊少年ジャンプにて掲載された読み切り版も収録。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ジャンプ掲載時との相違点（修正点） ===&lt;br /&gt;
特に、大きな修正点を述べる。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--Help:箇条書きを参照。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
; 8巻のニアの顔&lt;br /&gt;
: ジャンプ連載時にはニアはギョロ目で周りが影で黒くなっており、薄ら笑みを浮かべていたが、単行本掲載時には、鋭い目つきで無表情の全く別の顔に修正されている。&lt;br /&gt;
; 9巻のリュークの台詞&lt;br /&gt;
: ある人物が死亡した際、リュークは、ジャンプ掲載時には「'''天国に行った'''」と言っているが、単行本掲載時には「'''逝った'''」と、変更されている。この変更は、物語の最後に重要な意味を成してくる。&lt;br /&gt;
; 12巻の最後の一文、および祈りを捧げる女性の表情&lt;br /&gt;
: 蝋燭を背景に書かれている英文は、単行本収録時により適切なものに変更された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== メディア展開 ==&lt;br /&gt;
====ミュージカル====&lt;br /&gt;
2015年に日本と韓国で上演された。この事は2014年7月28日のJUMPとYahoo!で発表された。Lはシバトラが演じた&lt;br /&gt;
[[実写映画]]化、ライトノベル作家の[[西尾維新]]による小説化（2006年8月1日発売）、テレビアニメ化（2006年10月3日開始）、ゲーム化（[[2007年]][[2月]]発売）、トレーディングカード化といった様々な[[メディアミックス]]展開が成された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 実写映画 ===&lt;br /&gt;
{{Main|デスノート (映画)}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2部構成で製作され、前編が[[2006年]][[6月17日]]に、後編『'''デスノート the Last name'''』が同年[[11月3日]]に随時公開された。また、[[2008年]][[2月9日]]にはLを主人公とした[[スピンオフ作品|スピンオフ映画]]『L change the WorLd』が公開された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実写映画版の公開を記念したトリビュートアルバムが2作リリースされた。[[2006年]][[6月21日]]には、前編公開を記念した『[[DEATH NOTE TRIBUTE]]』が、同年[[12月20日]]には『デスノート the Last name』公開を記念した第2弾 『[[The songs for DEATH NOTE the movie～the Last name TRIBUTE～]]がリリースされた。第1弾は小畑健による描きおろしオリジナル・イラスト・ジャケット仕様。&lt;br /&gt;
2016年に新作公開された&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 小説 ===&lt;br /&gt;
;『[[DEATH NOTE アナザーノート ロサンゼルスBB連続殺人事件]]』&lt;br /&gt;
:[[西尾維新]]著作のノベライズ作品。原作では描かれなかった、Lと南空ナオミが担当した『ロサンゼルスBB連続殺人事件』を描く。&lt;br /&gt;
;『[[デスノート (映画)#『L change the WorLd』|L change the WorLd]]』&lt;br /&gt;
:映画『[[デスノート (映画)|デスノート]]』のスピンオフ『L change the WorLd』のノベライズ作品。著者は[[M (小説家)|M]]。尚、著者であるMの詳細は一切公開されていない。&lt;br /&gt;
2014年5月20日に文庫が発売された。&lt;br /&gt;
5月12日のJUMPで発表された&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== アニメ ===&lt;br /&gt;
{{Main|DEATH NOTE (アニメ)}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]][[10月3日]]から[[6月26日]]まで[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]の一部系列局で放送。アニメーション制作は、[[マッドハウス]]。全37話。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2007年]][[8月31日]]には、[[金曜特別ロードショー]]にて特別編『ディレクターズカット完全決着版 〜リライト・幻視する神〜』を放送。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2007年]][[9月4日]]には、アニメ公式解説本（DEATH NOTE/A）が発売された。公式ではないものの、単行本の14巻目とされている。&lt;br /&gt;
==== ドラマ====&lt;br /&gt;
2015年7月から9月まで放送された。月とLの設定変更された。映像で初めてニアとメロが登場した。リュークの声優は日生テレビ8月22号で福島潤である事判明した。ど根性ガエルのピョン基地と違い事前発表されなかった&lt;br /&gt;
毎週月曜日のヤフーにあらすじ載ってた&lt;br /&gt;
映画と違い月とL死亡した&lt;br /&gt;
高田清美登場しなかった&lt;br /&gt;
余談であるがシュウイチに出ている&lt;br /&gt;
またドラゴンボールとワンピースと対決している&lt;br /&gt;
7月3日及び9月10日のワイドショーで月とLジャックした。この関係でビルスと対決した&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== コンピューターゲーム ===&lt;br /&gt;
; 『DEATH NOTE -デスノート- キラゲーム』&lt;br /&gt;
:* 機種：ニンテンドーDS&lt;br /&gt;
:* メーカー：[[コナミデジタルエンタテイメント]]&lt;br /&gt;
:* ジャンル：コミュニケーション推理ゲーム&lt;br /&gt;
:* [[2007年]][[2月15日]]発売&lt;br /&gt;
:* Lまたはキラの視点でプレイし、Lならキラを、キラならLを推理して脱落させるのが目的。&lt;br /&gt;
:* [[汝は人狼なりや?]]という[[ボードゲーム]]をモデルにしている。&lt;br /&gt;
; 『DEATH NOTE -デスノート- Lを継ぐ者』&lt;br /&gt;
:* 機種：ニンテンドーDS&lt;br /&gt;
:* メーカー：コナミデジタルエンタテイメント&lt;br /&gt;
:* ジャンル：推理心理戦アドベンチャーゲーム&lt;br /&gt;
:* [[2007年]][[7月12日]]発売&lt;br /&gt;
:* ゲーム第1弾『キラゲーム』では隠しキャラ扱いだったニア・メロが正式に登場。&lt;br /&gt;
; 『L the proLogue to DEATH NOTE -螺旋の罠（トラップ）-』&lt;br /&gt;
:* 機種：ニンテンドーDS&lt;br /&gt;
:* メーカー：コナミデジタルエンタテイメント&lt;br /&gt;
:* ジャンル：推理バトルアドベンチャー&lt;br /&gt;
:* [[2008年]][[2月7日]]発売&lt;br /&gt;
:* 原作より前の時間軸のゲーム。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== トレーディングカード ===&lt;br /&gt;
[[コナミ]]販売のトレーディングカード。同社のカード商品にしては珍しく、原作者の一人[[小畑健]]によるイラストだけが使用されており、それを売りとして前面的に押し出している。1パック10枚入り。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*DEATH NOTE TRADING CARD 01 &lt;br /&gt;
*DEATH NOTE TRADING CARD 02 &lt;br /&gt;
*DEATH NOTE トレーディングカード 特別版 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== フィギュア ===&lt;br /&gt;
*Real Action Heroes DeathNote &lt;br /&gt;
*Real Action Heroes DeathNote 弥海砂 ASIN B000OVNS90 &lt;br /&gt;
*デスノート [[ねんどろいど]] 夜神月 ASIN B000OVNL1K &lt;br /&gt;
*デスノート ねんどろいど L &lt;br /&gt;
*デスノート ねんどろいど 弥 海砂 ASIN B000R9R3TU &lt;br /&gt;
*デスノート ねんどろいど リューク ASIN B000OVJWNQ &lt;br /&gt;
*デスノート ねんどろいど 夜神月 サンタVer. &lt;br /&gt;
*デスノート ねんどろいど L トナカイVer.&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 書籍 ===&lt;br /&gt;
*小畑健画集「blanc et noir」ISBN 978-4087821468 &lt;br /&gt;
**漫画『DEATH NOTE』のイラストを中心とした小畑健の画集。 &lt;br /&gt;
*DEATH NOTE OFFICIAL MOVIE GUIDE(1) ISBN 978-4088740928 &lt;br /&gt;
*DEATH NOTE OFFICIAL MOVIE GUIDE(2) &lt;br /&gt;
*DEATH NOTE 集英社コミックカレンダー2006 ISBN 978-4089092828 &lt;br /&gt;
*DEATH BOX ISBN 978-4089080429&lt;br /&gt;
*L FILE No.15 ISBN 978-4087821659&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== その他 ==&lt;br /&gt;
; 原作者の正体&lt;br /&gt;
: 原作者である[[大場つぐみ]]は、本作品以外に活動実績がなく、詳細なプロフィールも不明である。詳細は、[[大場つぐみ#大場つぐみの正体|大場つぐみの正体]]を参照。&lt;br /&gt;
; Lのパソコン&lt;br /&gt;
: 作品中、Lが使用していたパソコンはすべて[[アップル インコーポレイテッド|アップル]]社製の[[Macintosh]] (Mac) である。ノートマシンはPower Book、デスクトップマシンはPower Macであった。連載中、新機種が発表された場合は、その都度最新のマシンに描きかえられている。逆に高校生時代の夜神月の使用マシンはNEC製品と見られるものが置かれていた。&lt;br /&gt;
; 不吉 &lt;br /&gt;
: 本作の連載は108話で終わり、13日の金曜日に13巻（公式ガイドブック）が発売された。このことは、公式ガイドブックにて意図的であったことが明かされた（数字の意味は[[煩悩]]、[[13 (忌み数)|13]]を参照）。テレビドラマも9月13日に終了した&lt;br /&gt;
; 実写映画版の月のペン&lt;br /&gt;
: 作品中、[[ぺんてる]]の「TUFF」がシャープペンシルで[[プラチナ萬年筆|プラチナ]]の「ポケット」がボールペンとして使用された。また主に作中で利用されたのはボールペンであり、モバイルストアなどで販売されている。一般の文具店でも販売されている。 ちなみにアニメ版では、ぺんてるの「エナージェルペンシル（シャープペンシル）」やぺんてる「グラフ1000」に酷似したものが使用されている。これらのことから、ぺんてる製が多い。&lt;br /&gt;
; 実写映画版の月の時計&lt;br /&gt;
: 作品中に登場する時計は後編公開に合わせ限定発売された（本編と多少の変更あり）。&lt;br /&gt;
; 原作の月の時計&lt;br /&gt;
: 原作の月の時計は、OMEGA（[[オメガ]]）スピードマスタープロフェッショナルと思われる。&lt;br /&gt;
; 原作の月の部屋のテレビ&lt;br /&gt;
: 原作及びアニメでは月の部屋の机の右側に[[シャープ]]製とみられる[[テレビデオ]]が設置されている。映画では[[東芝]]製と思われるDVDプレーヤーの上に[[バイデザイン]]製の液晶テレビがベッドから離れたところに置かれていた。&lt;br /&gt;
ちなみに、月が部屋に監視カメラ&amp;amp;盗聴器が設置されたときにポテトチップスの袋の中に入れたテレビは原作及びアニメでは[[カシオ計算機|カシオ]]製(?)のポータブルテレビ(外見から防水モデルと思われる)、映画では東芝gigabeat V([[ワンセグ]]受信機能付きオーディオ)を入れていた。&lt;br /&gt;
; モデルガン?&lt;br /&gt;
: 作品中、火口卿介が使用した回転式拳銃にはなぜかMADE BY KOKUSAIと刻印されている。KOKUSAI（コクサイ）とは日本のモデルガンメーカーである。作者が意図的に書いたのか、コクサイがモデルガンメーカーと知らずに書いたのかは定かではない。&lt;br /&gt;
; 6本の指&lt;br /&gt;
: [[週刊少年ジャンプ]]に掲載されていた当初、[[キャラクター]]の指の本数が6本である場面が多々あった。単行本として発行する際は5本に直されているが、単行本10巻134ページ1コマ目の[[チョコレート]]を持っているメロと、11巻175ページ7コマ目の髙田の指が6本になっている。&lt;br /&gt;
; 問題点&lt;br /&gt;
: [[中国]]でデスノートの[[模倣品]]、コミックスなどが出回り、[[未成年者]]のその国の[[教育]]上思わしくない等の関係で[[当局]]が回収中（香港や台湾は除く）。[[韓国]]でも、模した製品、コミックスなどが出回っている（[[2007年]]現在）。&lt;br /&gt;
: また、[[2007年]][[9月28日]]、ベルギーの[[ブリュッセル]]市内で起こった男性と推定される遺体が放置された事件では''WATASHI WA KIRA DESS（私はキラです）''と[[ローマ字]]のように書かれたメモが、[[切断]]された死体の一部と共に発見されている。この「KIRA」は[[DEATH NOTEの登場人物]]の一人、キラのことを指すのではないか、およびこの事件は、同漫画に触発された[[猟奇殺人]]事件ではないかと見て、地元警察では調べを進めている。また、地面に漢字、記号のようにも見える痕跡が発見されたことが報じられている。&lt;br /&gt;
====余談====&lt;br /&gt;
榎木とバクマンの服部はヨシヒコで共演している&lt;br /&gt;
2015年9月9日のみんな報道でLの後にバクマンイベント放送された&lt;br /&gt;
2015年12月21日のPONで月が会社社員にインタビューされた。さらにその次にLがインタビューされたがしたのはスタッフだった&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 類似作品 ===&lt;br /&gt;
; [[死のノート]]&lt;br /&gt;
: [[1990年]]韓国の雑誌「宝島」に連載された漫画。「名前を書くと人が死ぬノート」という設定が共通しているため、韓国のネットの一部では「デスノートはこの作品の盗作だ」との批判があった&amp;lt;ref&amp;gt;http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=panimation&amp;amp;nid=64606&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
:しかし、1973年の『[[不思議な手帖]]』で既にこのようなノートが登場しており、すべて独立したアイディアか、「DEATH NOTE」も含め『不思議な手帖』を参考にしたかは明らかではない。&lt;br /&gt;
:; [[不思議な手帖]]&lt;br /&gt;
:: 本作の30年以上前、[[1973年]]に[[水木しげる]]によって発表された短編漫画。「名前を書くと人が死ぬノート」という設定が共通しているほかは完全なる別作品。余談であるが高田清美が出ているシュウイチで水木しげる放送されなかった。その代わりに天狐が映画挨拶出た事が放送された。2015年12月8日のサプライズでLが鬼太郎と共演した&lt;br /&gt;
==== 関連項目====&lt;br /&gt;
いずな。ぬーベーの人物。2015年9月13日に対決した。火村推理で月と共演した&lt;br /&gt;
美奈子。同上&lt;br /&gt;
あぐり。暗殺教室の人物。ヒロイン失格でLと共演した&lt;br /&gt;
コロ。同じく暗殺教室の人物。2015年11月12日の対決嵐で社長と対決した&lt;br /&gt;
ロボット。同じく暗殺教室の人物。2015年11月16日のネイルでレムと共演した。スーパーマリオが抗議した。みんなの報道でレムのコメントだけだった為&lt;br /&gt;
オメガ。ライアーゲームの人物。2015年9月14日にLと対決した。11月5日は海砂と対決した&lt;br /&gt;
遊戯王。2015年9月19日にレムと対決した。11月5日は海砂がアテムと対決した&lt;br /&gt;
花巻。こち亀の人物。同上&lt;br /&gt;
たまこ。犬丸出しの人物。同上&lt;br /&gt;
マーズ。セーラームーンの人物。2015年11月11日にナオミと対決した&lt;br /&gt;
秋本麗子。こち亀の人物。2015年11月17日に海砂と対決した&lt;br /&gt;
楓。水戸黄門の人物。2015年11月21日に月と対決した&lt;br /&gt;
青沼美穂。金八の人物。2015年11月21日のSMAP駅で月と共演した&lt;br /&gt;
ドラゴンボール。高田清美と毎週対決している。2015年11月22日はナオミも対決した&lt;br /&gt;
さえば僚。シティハンターの人物。2015年10月4日及び12月6日のシュウイチで高田清美と共演した&lt;br /&gt;
くるぶし透。MMRの人物。シュウイチで高田清美と共演している&lt;br /&gt;
工藤新一。コナンの人物。2015年12月7日のPONで会社社員と共演した&lt;br /&gt;
ピポポタス。ポケモン。2015年12月14日のPONで会社社員と共演した&lt;br /&gt;
ボンバーマン。2015年12月15日の物真似で海砂と共演した&lt;br /&gt;
アイリーン。ポケモンの人物。2015年12月21日のPONで会社社員と共演した&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;div class=&amp;quot;references-small&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;references /&amp;gt;&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://jump.shueisha.co.jp/deathnote/ 集英社内公式サイト]&lt;br /&gt;
* [http://www.konami.jp/gs/game/deathnote/ KONAMI内公式サイト（ゲーム・カード）]&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- * [http://atmarkjojo.org/diary/archives/000505.html 作者・編集者のインタビュー] --&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:てすのおと}}&lt;br /&gt;
[[Category:DEATH NOTE|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:週刊少年ジャンプ]]&lt;br /&gt;
[[Category:漫画作品 て|すのおと]]&lt;br /&gt;
[[Category:架空の道具]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
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