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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<updated>2026-05-17T05:34:41Z</updated>
		<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AF:%E9%98%B2%E4%BA%BA&amp;diff=218123</id>
		<title>利用者・トーク:防人</title>
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				<updated>2014-01-22T07:37:52Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;124.44.57.1: /* 投稿傾向とは */ 新しい節&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;2013年12月8日までは[[利用者・トーク:防人/過去ログ01]]にあります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
== 私の旧アカウントについて == &lt;br /&gt;
こんにちは。{{PAGENAME}}さん。日々管理者として、い つも多忙なお仕事を文句も言わず全うしてくれて、誠に有 り難うございます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなた方のおかげで私たちはいつも平穏に活動できている と言っても過言ではありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さて、本題なのですが、私はかつて[[User:Owner]] アカウ ントで活動をしていたのですが、無期限ブロックになって しまったで、今はこのアカウントで活動をしています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
従ってデータ移動のため Ownerの利用者ページを編集する 場合があると思いますが、Number1 = Ownerなのでブロッ ク等はしないでください。あと、[[利用者:Owner]]の利用 者ページの保護解除もお願いします--[[利用者:Number1|Disco-Zone]] 2013年12月8日(日) 10:31 (JST)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:Yourpediaにご関心をお持ち頂き有難うございます。編集しているアカウントと利用者ページアカウントが異なる場合は「他人の利用者ページの編集」となり、ブロック対象となります。申し出によりそれらが回避できるとなれば「成りすまし」が横行しますので、申し訳ございませんがご要望にはお応えできません。--[[利用者:防人|防人]] 2013年12月8日 (日) 14:57 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== お返事 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[利用者:アイザール|アイザール]]氏より苦情が来ております。他人のトークページでの編集合戦はご遠慮ください。--[[利用者:防人|防人]] 2013年12月8日 (日) 14:28 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
との事だが、俺の要望を全部無視しといてこんな時ばっか良い管理者ヅラしやがって、ふざけんじゃねえ！--[[利用者:堀秀政|堀秀政]] 2013年12月8日 (日) 05:50 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 謝辞 ===&lt;br /&gt;
早々の御対応に感謝申し上げます。但し、本人の上記のような対応では一週間では冷却期間が不足しているかと思います。--[[利用者:アイザール|アイザール]] 2013年12月8日 (日) 06:37 (UTC)&lt;br /&gt;
:私としてはアイザール氏こそ恩知らずだと思います。堀秀政氏はアイザール氏を人間的に好いており、いつもアイザール氏の味方をしていました。なのにお礼もなしにブロック期間延長を目論むアイザール氏の性格を疑います。アイザール氏を好いていた堀秀政氏を裏切る行為だと思います--[[利用者:Keio store market jesus|Keio store market jesus]] 2013年12月8日 (日) 07:04 (UTC)&lt;br /&gt;
:堀秀政氏は編集履歴を御覧頂ければ判る様に「建設的な編集」を行う意志が全く無く、Sysop様から認められた先編集権を無視し編集合戦を趣味とする様な人物であり、１週間程度のブロックで反省する様な人物ではありません。無期限ブロックにされるべきです。[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2013年12月8日 (日) 10:34 (UTC)&lt;br /&gt;
:それはMikomaid氏の事です。確かに堀秀政には不適切な編集もありますが、一応良識者を目指しているのは何となく分かります。Mikomaid氏はいつもユアペディアに攻撃行為を行ったり、荒らしを楽しんだり、とユアペディアのルールをいつも違反しているにもかかわらず、未だに無期限ブロックされていません。Mikomaidの早めの無期限ブロックを要望します。--[[利用者:Keio store market jesus|Keio store market jesus]] 2013年12月8日 (日) 12:16 (UTC)&lt;br /&gt;
::{{User|Keio store market jesus}}の方こそ無期限ブロックされるべきです。{{User|堀秀政}}と全く同じ傾向(同じ内容を２回加筆しては１回戻す、等、スマホからの編集？)があり、{{User|堀秀政}}のブロック逃れと見られます。[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2013年12月8日 (日) 12:28 (UTC)&lt;br /&gt;
Mikomaidさん、気に食わないならabcdefghで無期限ブロックにすれば--[[利用者:Keio store market jesus|Keio store market jesus]] 2013年12月8日 (日) 12:47 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==削除依頼==&lt;br /&gt;
[[Mikomaid 追放の会]]の削除と白紙保護をお願いします。以前に「Unless&amp;amp;Nepia追放の会」を「荒らし・いたずら」として削除された事が有りますね。それと大差が無い内容なので同じ基準が適用可能な筈です。[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2013年12月8日 (日) 10:34 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 削除依頼 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[利用者:Unless/001]]&lt;br /&gt;
不要なページですので、早めに削除してください。 --[[利用者:アルカナハート愛好家２|アルカナハート愛好家２]] 2013年12月8日 (日) 15:05 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 投稿ブロック依頼 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*{{User2|菊原桃乃}}&lt;br /&gt;
荒らしやいたずらを繰り返していますので、早めに無期限ブロックをお願いします。 --[[利用者:210.170.139.72|210.170.139.72]] 2013年12月9日 (月) 13:31 (UTC)&lt;br /&gt;
:取り敢えず1ヶ月間ブロックしておきました。期間終了後に再び暴れだした場合は改めて対処する事も有るでしょう。[[利用者:Abcdefgh|Abcdefgh]] 2013年12月9日 (月) 23:15 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 削除依頼 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[トキワ戦隊5レンジャー]]&lt;br /&gt;
不要なページですので、削除をお願いします。 --[[利用者:210.170.139.72|210.170.139.72]] 2013年12月9日 (月) 13:45 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 投稿ブロック依頼 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*{{User2|堀政秀}}- 無期限ブロック後、利用者ページと会話ページを削除して下さい。&lt;br /&gt;
*{{User2|掘秀政}}- 「堀」が「掘」になっている。無期限ブロック済みなので利用者ページと会話ページの削除をお願いします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{User2|堀秀政}}氏の成り済ましなので、全て無期限ブロックにしてください--[[利用者:Keio store market jesus|Keio store market jesus]] 2013年12月10日 (火) 12:58 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
(追加) {{User2|Usi-Jima}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
荒らし行為を行っているので、無期限ブロックにして下さい。--[[利用者:Keio store market jesus|Keio store market jesus]] 2013年12月10日 (火) 12:58 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*{{User2|堀秀政}}&lt;br /&gt;
*{{User2|Keio store market jesus}}&lt;br /&gt;
*{{User2|123.4.56.789.}}&lt;br /&gt;
これらは同一人物と見られ、何れも非建設的で編集合戦三昧である事から全て無期限ブロックにしてください[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2013年12月10日 (火) 17:47 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 無期限ブロック依頼 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*{{User2|菊原桃乃}}&lt;br /&gt;
将来、いたずらや荒らしをする可能性が高いので、無期限ブロックへの変更をお願いします。 --[[利用者:210.170.139.72|210.170.139.72]] 2013年12月16日 (月) 22:39 (JST)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==Mikomaid (2)　の削除について　==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ユアペディアの特徴である「先編集権」を主張した記事にも拘わらず、誤って削除したとことに強く抗議を申し上げます。&lt;br /&gt;
丹念な取材と現地協力者の情報で積み上げられた記事を、一管理者の錯誤により消滅させらたことを遺憾に思っております。&lt;br /&gt;
これまでの貴殿の管理業務については高く評価するものの、最近の、記事の大量の削除行為は度を過ごした管理業務に見受けられます。&lt;br /&gt;
最初に削除ありきの姿勢は、管理者業務を逸脱しておられるようなので、管理者としての責任と謝罪の意を示す意味でも、管理者としての業務を停止なさり、管理者権限を返上して、一ユーザーとして本来の記事の投稿に戻られ、ユーザーの視線や感覚を戻された段階で再度、管理者に立候補なさるのが宜しいかと存意ます。--[[利用者:アイザール|アイザール]] 2013年12月22日 (日) 14:29 (UTC)&lt;br /&gt;
:防人様の上記の削除は間違っていません。謝る必要も有りません。「百科事典的ではない項目」の大量の削除も適切な管理活動、と考えられます。そもそも{{User|アイザール}}は同様の項目を多数乱立させており、YPのリソースを浪費しております。そもそも{{User|アイザール}}は、上記の様な冷酷な発言をする人物であり、ドラゴンボールの登場人物で言えば「フリーザ」「セル」「ジャネンバ」の様な邪悪な人物、と言って良いでしょう。今後の管理活動に期待します。[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2013年12月23日 (月) 11:22 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 記事の削除はやめなさい ==&lt;br /&gt;
一行記事との理由で多くの項目の削除を続けられていますが、最初から完成された項目がある訳ではありません。&lt;br /&gt;
記事の削除は管理者の越権行為です。御自身の管理者立候補の弁でも記事の削除は極めて限定的であると述べているのではありませんか。直ちに、記事の削除を止めて戴くようお願い申し上げます。--[[利用者:アイザール|アイザール]] 2013年12月28日 (土) 14:22 (UTC)&lt;br /&gt;
:自身の主観的判断で削除を決める行為は極めて僭越で不快感を伴います。削除された項目の中にはフォークで立項されたものや、他の項目で引用したものもあり、削除を決めるのは記事の立項者かオーナーでの判断によるもので、外部管理者の主観によって削除するものではありません。これ以上、削除行為を続けるのならばオーナーでの了承を得た上で削除して下さい。そうでなければ、管理者立候補の弁を守らない管理者として解任請求を起こします。--[[利用者:アイザール|アイザール]] 2013年12月28日 (土) 14:32 (UTC)&lt;br /&gt;
::上記の様な発言から{{User|アイザール}}が、如何に居丈高で冷酷で残忍な人物か、という事を、防人様も、よ～～～～く判った、と思います。仮面ライダーで言えば「ドクトル・ゲー」「シャドー・ムーン」の様な冷酷非道な人物です。{{User|アイザール}}の発言に耳を貸す必要は全くありません。[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2013年12月29日 (日) 10:02 (UTC)&lt;br /&gt;
=={{User|アイザール}}その他のブロック依頼==&lt;br /&gt;
{{User|アイザール}}は防人氏が一旦削除した私に関する誹謗中傷項目を再度立項し加筆を繰り返しており、更には防人氏の正当な削除行動を痛烈なまでに非難しております、更には&lt;br /&gt;
:&amp;lt;big&amp;gt;防人氏の利用者ページを編集&amp;lt;/big&amp;gt;&lt;br /&gt;
しており、これだけでも無期限ブロックの理由があります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
更に、以下で挙げるアカウントの主張は{{User|アイザール}}と全くと言って同じであり、同一人物と言っても過言ではありません。更に、以下のアカウント群は全くと言って良いほど同じ主張をしてる事から同一人物である、と説明しても矛盾しないものと思われます。&lt;br /&gt;
*{{User2|YANCHARIKA}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|海燕}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|Jesudonbay}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|アイザール}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|富岡市民}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|どんとだるま}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|Polaris}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|Mikomade}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|大野晋吾}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|大野慶吾}}&lt;br /&gt;
*{{User2|大野晴江}}&lt;br /&gt;
*{{User2|大野将希}}&lt;br /&gt;
*{{User2|大野久美子}}&lt;br /&gt;
*{{User2|Mizusumashi}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|大野普吾監視委員会}}	&lt;br /&gt;
*{{User2|Oh! No! Shingo!}}	&lt;br /&gt;
これらのアカウント群に就いて、無期限ブロックを強く、強く要求します。更に、類似のアカウントが現れた時にも無期限ブロックを要求します。それとも、特定個人の誹謗中傷を行う為なら複数アカウント作成やブロック破りも許されるのでしょうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
更に、これらのアカウント群は、ブロック期間終了後直ちに編集を再開し、サーバーが少々重くなった程度では編集をやめない事、そして、防人様にも敵意を向ける様になった事からも、その激烈に執拗な凶暴性が証明された感じです。[[利用者:Mikomaid|Mikomaid]] 2013年12月29日 (日) 10:02 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: Jesudonbayは別人じゃないの。[[利用者:Pentel|Pentel]] 2014年1月10日 (金) 07:50 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==投稿ブロック依頼==&lt;br /&gt;
[[利用者:Roma]]氏のブロックをお願いします。また、すでにブロックされている[[利用者:Lolo]]氏と同一人物の可能性が強いので、一つご検討ください。--[[利用者:Peacementhol2号|Peacementhol2号]] 2014年1月2日 (木) 15:11 (UTC)&lt;br /&gt;
== 投稿ブロックについて==&lt;br /&gt;
[[利用者:211.120.150.112]]は、そのページ白化の手口からウィキペディアの極悪ユーザーとして名高い[[利用者:須磨寺横行]]であると思われます。無期限ブロックが妥当ですな。--[[利用者:湘南乃虱|湘南乃虱]] 2014年1月12日 (日) 07:17 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 保護依頼 ==&lt;br /&gt;
*[[ナージャ]]&lt;br /&gt;
*[[マリーベル]]&lt;br /&gt;
以上は{{User2|アイザール}}が編集した記事を取り消したにもかかわらずまた取り消してしまうおそれがありますので、早めに保護してください。 --[[利用者:210.170.159.6|210.170.159.6]] 2014年1月13日 (月) 8:13 (JST)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 投稿ブロック依頼 ==&lt;br /&gt;
*{{User2|3代目泉水}}&lt;br /&gt;
[[勇者プクリン]]のページを勝手に改ざんしていますので、早めにブロックをお願いします。 --[[利用者:210.130.139.7|210.170.139.7]] ２014年1月18日 (土) 14:05 (JST)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 投稿ブロック依頼 IPアドレス221.130.23.21==&lt;br /&gt;
IPアドレス221.130.23.21による私のアカウントのパスワード剥奪し、乗っ取りの策謀が1月19日にありましたので、ここにご報告申し上げます。引き続き同様の動きが予想されますので予めログイン不可の措置をお願い申し上げます。--[[利用者:アイザール|アイザール]] 2014年1月21日 (火) 10:21 (UTC)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 投稿ブロック依頼 [[利用者:アンチSeaゲル]]==&lt;br /&gt;
コピペ・移動などの荒らしが絶えないので、対処お願い致します。[[Yourpedia:削除依頼]]に挙げた記事の削除ならびに一連の記事の作成保護もよろしくお願いいたします。--[[利用者:アンチ水兵LiBe (副)|アンチ水兵LiBe]] （[[利用者・トーク:アンチ水兵LiBe (副)|会話]]） 2014年1月21日 (火) 14:02 (UTC)&lt;br /&gt;
*依頼者もまったく同じことしてますよね&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 投稿傾向とは ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
始めまして私はIPアドレスである124.44.57.1です。ここで質問があります。投稿傾向とはどういう意味ですか？-- 124.44.57.1 2014年1月22日 16:38 (JST)&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>124.44.57.1</name></author>	</entry>

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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%9C%A8%E6%9B%B4%E6%B4%A5%E5%B8%82&amp;diff=214341</id>
		<title>木更津市</title>
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				<updated>2013-12-25T10:07:15Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;124.44.57.1: /* 行政区域変遷 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''木更津市'''（きさらづし）は、[[千葉県]]中西部に位置する[[都市]]。[[東京湾]]に面し[[房総半島]]中部の[[上総国|上総地方]]に位置する[[市]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 地理 ==&lt;br /&gt;
''' 木更津市の地勢について'''&amp;lt;ref&amp;gt;『木更津市史』頁10「第一節地理」より&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;『角川日本地名大辞典 12千葉県』頁1013「立地」より&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;距離情報はGoogle Earth(Ver4.0.1565)のルーラー機能を用いて概算を求める&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[房総半島]]の中西部、東京湾岸（内房）に面しており、[[都道府県庁所在地|県庁所在地]]である[[千葉市]]から南西約30kmに位置する。[[都心|東京都心]]から南東に30～40kmに位置しており、[[東京圏]]の範囲に含まれる。但し、東京都心と木更津市との間に東京湾を挟む為、移動距離はこれよりも長くなる。東京湾北側を周回した場合の移動距離は70～80km程度であり、東京湾アクアラインを利用した場合は45km程度である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 隣接する自治体&lt;br /&gt;
* 北：[[袖ケ浦市]]&lt;br /&gt;
* 東：[[市原市]]&lt;br /&gt;
* 南：[[君津市]]&lt;br /&gt;
* 西：[[川崎市]]（[[神奈川県]]）&amp;amp;mdash; 東京湾を挟んで隣接&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Wide_image|Kisarazu Panorama 080102.jpg|1960px|木更津市街地（[[太田山公園]]、2008年1月2日 [[きみさらずタワー]]より撮影）}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
市域は東西に長く広がっており、市の東部は[[山地]]、西部は平地と地形の性質が異なる。市中西部（木更津地区、清川地区）は東京湾に面しており、東京湾へ流れ込む複数の河川により[[沖積平野]]が形成する。また、東京湾臨海地区は木更津港南岸から君津市、富津市に掛けて工業用[[埋立地]]となっている。市北部（岩根地区、金田地区、中郷地区）では泥層を主とする[[田園]]地帯が広がり、木更津駅から千葉方面に向かって走る列車の車窓からは[[ハス|ハス田]]が確認できる。市南部（波岡地区、鎌足地区）を中心に[[洪積台地]]が形成され、[[住宅地]]として整備されている。特に鎌足地区では[[かずさアカデミアパーク]]構想における研究開発拠点としての整備が行われている。市東部（富来田地区）は、小櫃川流域では田園地帯を形成し、房総半島内陸部の特徴として見られる房総丘陵の[[森林|山林]]が広がっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
市の主な[[河川]]として、県内では利根川に次いで2番目に長く総延長88kmの小櫃川がある。小櫃川は君津市、袖ケ浦市、木更津市の3市を貫流し、市内では東部から北部にかけて流れ下り東京湾へと注いでいる。また、小櫃川河口付近では1,400ha程の[[盤洲干潟]]が形成されている。市内には特に高い山が無く、最も高い場所でも [[標高]]200m程度である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 市域&amp;lt;ref&amp;gt;市域の延長は木更津市公式ホームページ「市のプロフィール」より&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* 東西：21.98km&lt;br /&gt;
* 南北：14.54km&lt;br /&gt;
; 自然&lt;br /&gt;
* 海 : [[東京湾]]、[[盤洲干潟]]&lt;br /&gt;
* 河川 : [[小櫃川]]、[[矢那川]]、烏田川、畑沢川&lt;br /&gt;
* 丘陵 : 上総丘陵（[[房総丘陵]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[中心市街地]]は旧木更津町の範囲に相当する木更津地区に形成されており、木更津地区には[[市役所]]や木更津警察署、木更津消防本部、木更津図書館などの公共施設、および市の中心駅である[[木更津駅]]や重要港湾の[[木更津港]]が存在する。市の玄関口に該当する木更津駅前および木更津港を中心に商店街を形成するが、バブル崩壊による経済構造の変化に伴い駅前商店街は活性から衰退傾向に転化する。その代わりに1990年代以降、東京湾アクアラインに代表される高速道路網の整備により、主要交通機関が鉄道とフェリーから自動車へと変化し、[[館山自動車道]]や[[東京湾アクアライン|東京湾アクアライン連絡道]]に接続する[[国道16号]]沿いに郊外型の[[店舗]]が集中する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 市内各地区の風景&lt;br /&gt;
&amp;lt;gallery&amp;gt;&lt;br /&gt;
ファイル:Center of Kisarazu.JPG|木更津市街地（木更津地区）&lt;br /&gt;
ファイル:Kisarazu North-Area.JPG|水田地帯とJR内房線（岩根地区）&lt;br /&gt;
ファイル:Kazusa AkademiaPark.JPG|かずさアカデミアパーク（鎌足地区）&lt;br /&gt;
ファイル:JRE Kururi-Line.JPG|久留里線の風景（富来田地区）&lt;br /&gt;
ファイル:Boso-hill.JPG|房総丘陵&lt;br /&gt;
ファイル:Obitu-Dam in kisarazu.JPG|小櫃川（小櫃堰）&lt;br /&gt;
ファイル:YanaRiver Kisarazu.JPG|矢那川&lt;br /&gt;
ファイル:Tideland Tokyo-bay 02.JPG|盤洲干潟&lt;br /&gt;
ファイル:Tokyo Aqua line bridge.jpg|海ほたるPAから木更津市街を臨む&lt;br /&gt;
&amp;lt;/gallery&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 地域 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 人口 ===&lt;br /&gt;
市制が開始された当初はおよそ3万人の[[人口]]であった。市制開始以降は近隣の町村との合併により人口増加を続け、富来田町と合併した時点で人口が86,335人となる。[[1960年代]]に入ると県内では内房地域の市町村を中心に、海岸線を埋め立て工業地として整備し、重化学工業メーカーが多数進出する。木更津市においても関連企業の転勤者およびその家族が転入し人口が著しく増加する。[[1976年]]（昭和51年） には人口10万人を突破し県内で9番目の10万人都市となり、[[1985年]]（昭和60年）には人口12万人を超えた。[[バブル崩壊]]で人口が減少に転じたが、[[1997年]]（平成9年）を底として反転増加傾向を見せている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 人口推移&amp;lt;ref&amp;gt;『木更津市統計書 2002年度版』頁5「7.人口と世帯の推移」よりグラフ化&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--&lt;br /&gt;
各年の10月1日の国勢調査を元に作成&lt;br /&gt;
グラフの作成 g01.png=1,000人で換算しています（g50=50,000人）&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''総数 [単位： 人]'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
各年10月1日現在&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{| style=&amp;quot;border-collapase: collapase;&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1942年 ||[[ファイル:g30.png]][[ファイル:g03.png]] 33,817 （市制開始）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1950年 ||[[ファイル:g30.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g01.png]][[ファイル:g01.png]] 37,901&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1955年 ||[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g01.png]] 51,741&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1960年 ||[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g01.png]][[ファイル:g01.png]] 52,689&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1965年 ||[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g05.png]] 54,928&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1970年 ||[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g03.png]] 73,319&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1975年 ||[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g30.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g01.png]] 96,840&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1976年 ||[[ファイル:g100.png]] 100,132 （10万人突破）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1980年 ||[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]] 110,711&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1985年 ||[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]] 120,201&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1990年 ||[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g03.png]] 123,433&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1995年 ||[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g03.png]] 123,499&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|2000年 ||[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g01.png]][[ファイル:g01.png]] 122,768&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|2005年 ||[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g03.png]] 123,355&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 人口構成&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--&lt;br /&gt;
グラフの作成 g01.png=100人で換算しています（g50=5,000人）&lt;br /&gt;
10の位を四捨五入&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 同等の人口グラフが添付された為、割愛&lt;br /&gt;
年齢5歳階級別&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;width:50%;float:left&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''総数 [単位： 人]'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
平成18年6月1日現在&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{| style=&amp;quot;border-collapase: collapase;&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|'''年齢'''&lt;br /&gt;
|'''人口'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|100以上&lt;br /&gt;
|16&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|95-99&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g01.png]][[ファイル:g01.png]] 164&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|90-94&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g05.png]][[ファイル:g01.png]][[ファイル:g01.png]] 686&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|85-89&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g01.png]] 1,595&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|80-84&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g03.png]] 2,756&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|75-79&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g30.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g01.png]] 4,607&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|70-74&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g01.png]][[ファイル:g01.png]] 6,155&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|65-69&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g03.png]] 7,841&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|60-64&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g30.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g03.png]][[ファイル:g01.png]] 9,399&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|55-59&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]] 11,497&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|50-54&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g30.png]][[ファイル:g05.png]] 8,536&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|45-49&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g03.png]] 7,257&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|40-44&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g01.png]] 7,103&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|35-39&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g30.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g01.png]] 8,636&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|30-34&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g30.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g03.png]] 9,799&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|25-29&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]] 7,477&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|20-24&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g03.png]] 6,775&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|15-19&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g03.png]] 6,752&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|10-14&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g03.png]][[ファイル:g01.png]] 5,872&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|5-9&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g03.png]] 5,767&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|0-4&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g03.png]][[ファイル:g01.png]] 5,385&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=width:50%;float:right&amp;gt;&lt;br /&gt;
'''男女別 [単位： 人]'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
平成18年6月1日現在&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{| style=&amp;quot;border-collapase: collapase;&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|'''男性人口'''&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |'''年齢'''&lt;br /&gt;
|'''女性人口'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |3&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |100以上&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |13&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |42&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |95-99&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r01.png]] 122&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |182 [[ファイル:B01.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |90-94&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r05.png]] 504&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |449 [[ファイル:B03.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |85-89&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r10.png]][[ファイル:r01.png]] 1,146&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |1,039 [[ファイル:B10.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |80-84&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r10.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r01.png]][[ファイル:r01.png]] 1,717&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |2,050 [[ファイル:B10.png]][[ファイル:B10.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |75-79&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r10.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r01.png]] 2,557&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |2,985 [[ファイル:B30.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |70-74&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r01.png]][[ファイル:r01.png]] 3,170&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |3,928 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B03.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |65-69&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r03.png]][[ファイル:r01.png]] 3,913&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |4,704 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B10.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B01.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |60-64&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r01.png]][[ファイル:r01.png]] 4,695&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |5,624 [[ファイル:B50.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |55-59&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r50.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r03.png]][[ファイル:r01.png]] 5,873&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |4,418 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B10.png]][[ファイル:B03.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |50-54&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r01.png]] 4,118&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |3,796 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B03.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |45-49&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r05.png]] 3,461&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |3,769 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B03.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |40-44&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r03.png]] 3,334&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |4,490 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B10.png]][[ファイル:B05.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |35-39&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r01.png]] 4,146&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |5,227 [[ファイル:B50.png]][[ファイル:B01.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |30-34&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r01.png]] 4,572&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |3,938 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B03.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |25-29&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r05.png]] 3,539&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |3,540 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B05.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |20-24&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r01.png]][[ファイル:r01.png]] 3,235&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |3,588 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |15-19&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r01.png]][[ファイル:r01.png]] 3,164&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |2,955 [[ファイル:B30.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |10-14&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r10.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r03.png]][[ファイル:r01.png]] 2,872&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; | 2,938 [[ファイル:B10.png]][[ファイル:B10.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B03.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |5-9&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r10.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r03.png]] 2,829&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |2,743 [[ファイル:B10.png]][[ファイル:B10.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B01.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |0-4&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r10.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r01.png]] 2,642&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;br style=&amp;quot;clear:left&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{人口統計|code=12206|name=木更津市}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 区分 ===&lt;br /&gt;
[[ファイル:Kisarazu Area.svg|frame|地区（◎は市役所位置）：&amp;lt;br/&amp;gt;1.木更津地区、2.岩根地区、3.清川地区、4.波岡地区&amp;lt;br/&amp;gt;5.鎌足地区、6.金田地区、7.中郷地区、8.富来田地区]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[人口|人口統計]]や[[マスタープラン]]の策定などにおいて、市内を市制施行以前の町村区分で大まかに地域区分し、各地域の特色を示す事がある。また、[[1889年]]の[[町村制]]が施行される以前の区分は、そのまま[[大字]]として残る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 難読・異読辞典 楠原祐介 編 東京堂出版 1999年3月10日 参考--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''難読・異読地名'''&amp;lt;ref&amp;gt;市の大字の中から『難読・異読辞典』を参考に抜粋&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
犬成（いんなり）・茅野（かやの）・畔戸（くろと）・下内橋（げないばし）・真里（まり）・真里谷（まりやつ）・望陀（もうだ）&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 常識的に考えて、吾妻、幸町、新田、築地が難読・異読地名とは思えません --&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;br style=&amp;quot;clear: both;&amp;quot;/&amp;gt;&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
! style=&amp;quot;width:8em&amp;quot;|地区&lt;br /&gt;
!大字・町名&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!木更津地区&lt;br /&gt;
|木更津・新田・幸町・中央・東中央・貝渕・吾妻・富士見・新宿・請西・請西東・請西南・文京・真舟・大和・桜井・桜井新町・桜町・太田・長須賀・朝日&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!岩根地区&lt;br /&gt;
|万石・高砂・久津間・岩根・西岩根・江川・中里・高柳・本郷・坂戸市場・若葉町&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!清川地区&lt;br /&gt;
|椿・笹子・犬成・日の出町・中尾・菅生・祇園・清川・永井作・伊豆島・[[清見台団地|清見台・清見台東・清見台南]]・東太田・ほたる野&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!波岡地区&lt;br /&gt;
|畑沢・畑沢南・港南台・小浜・大久保・上烏田・八幡台・中烏田・下烏田・羽鳥野&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!鎌足地区&lt;br /&gt;
|矢那・かずさ鎌足・草敷&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!金田地区&lt;br /&gt;
|中野・牛込・中島・瓜倉・畔戸&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!中郷地区&lt;br /&gt;
|大寺・下望陀・上望陀・有吉・牛袋・牛袋野・曽根・井尻・十日市場&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!富来田地区&lt;br /&gt;
|真里谷・真里・下内橋・戸国・茅野・茅野七曲・山本七曲・大稲・田川・佐野・下郡・下宮田・根岸・上根岸&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!埋立地 他&lt;br /&gt;
|潮見・潮浜・木材港・新港・築地・北浜町・中の島・海ほたる（中島地先）&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
==== 新興住宅地 ====&lt;br /&gt;
市内の主な新興住宅地域として&lt;br /&gt;
* [[清見台団地]]&lt;br /&gt;
* 真舟団地&lt;br /&gt;
* シーアイタウン&lt;br /&gt;
* 八幡台ニュータウン&lt;br /&gt;
* 羽鳥野&lt;br /&gt;
* ほたる野&lt;br /&gt;
* 請西東・請西南&lt;br /&gt;
などがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 教育 ===&lt;br /&gt;
==== 社会教育施設 ====&lt;br /&gt;
* '''市民センター'''&lt;br /&gt;
** 木更津市民会館&lt;br /&gt;
** 木更津駅前ホール&lt;br /&gt;
* '''公民館'''&lt;br /&gt;
** 中央公民館 - 岩根公民館 - 岩根西公民館 - 金田公民館 - 鎌足公民館 - 中郷公民館 - 富来田公民館 - 文京公民館 - 八幡台公民館 - 東清公民館 - 清見台公民館 - 西清川公民館 - 畑沢公民館 - 富岡公民館 - 波岡公民館 - 桜井公民館&lt;br /&gt;
* '''図書館'''&lt;br /&gt;
** 木更津市立図書館&lt;br /&gt;
* '''博物館'''&lt;br /&gt;
** 木更津市郷土博物館金のすず&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 学校教育施設 ====&lt;br /&gt;
* '''大学'''&lt;br /&gt;
** 私立大学&lt;br /&gt;
*** [[清和大学]]&lt;br /&gt;
** 短期大学&lt;br /&gt;
*** [[清和大学短期大学部]]&lt;br /&gt;
* '''高等専門学校'''&lt;br /&gt;
** 国立高等専門学校&lt;br /&gt;
*** [[木更津工業高等専門学校]]&lt;br /&gt;
* '''専門学校'''&lt;br /&gt;
** 私立専修学校&lt;br /&gt;
*** [[木更津看護学院]] - [[君津中央病院附属看護学校]]&lt;br /&gt;
* '''高等学校'''&lt;br /&gt;
** 公立高等学校&lt;br /&gt;
*** [[千葉県立木更津高等学校]] - [[千葉県立木更津東高等学校]]&lt;br /&gt;
** 私立高等学校&lt;br /&gt;
*** [[暁星国際高等学校]] - [[志学館中等部・高等部 (千葉県)|志学館高等部]] - [[木更津総合高等学校]] - [[拓殖大学紅陵高等学校]]&lt;br /&gt;
* '''中学校'''&lt;br /&gt;
** 市立中学校&lt;br /&gt;
*** 金田中学校 - 岩根中学校 - 岩根西中学校 - 中郷中学校 - [[木更津市立清川中学校|清川中学校]]- 太田中学校 - [[木更津市立木更津第一中学校|木更津第一中学校]] - [[木更津市立木更津第二中学校|木更津第二中学校]] - 木更津第三中学校 - 鎌足中学校 - 富来田中学校 - 波岡中学校 - [[木更津市立畑沢中学校|畑沢中学校]]&lt;br /&gt;
** 私立中学校&lt;br /&gt;
*** [[志学館中等部・高等部 (千葉県)|志学館中等部]] - 暁星国際中学校&lt;br /&gt;
* '''小学校'''&lt;br /&gt;
** 市立小学校&lt;br /&gt;
*** 金田小学校 - 岩根小学校 - 高柳小学校 - 中郷小学校 - 請西小学校 - 祇園小学校 - 木更津第一小学校 - 木更津第二小学校 - 清見台小学校 - 東清小学校 - 西清小学校 - 南清小学校 - 鎌足小学校 - 八幡台小学校 - 富岡小学校 - 馬来田小学校 - 波岡小学校 - 畑沢小学校&lt;br /&gt;
** 私立小学校&lt;br /&gt;
*** 暁星国際小学校&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 他の自治体との関係 ===&lt;br /&gt;
==== 近隣自治体 ====&lt;br /&gt;
* [[君津市]]、[[富津市]]、[[袖ケ浦市]]&lt;br /&gt;
: 木更津市を含めた4市の区域に相当する範囲には、その昔、明治期の[[郡制]]に基づき[[君津郡]]が存在していたという事で歴史的・行政的に関係が深く、1991年、袖ケ浦町の市制開始に伴う君津郡消滅後も旧君津郡4市を一括して'''かずさ4市'''と呼称される。&lt;br /&gt;
: 2000年代に入り、[[市町村の合併の特例に関する法律]]（旧合併特例法）が施行されて日本国内の各地で市町村合併の気運が高まる中、[[青年会議所]]を中心に4市の合併に向けた活動が行われる。各市に対して合併協議会の設置請求を行うが、袖ケ浦市議会において否決された事になり合併協議会設置までには至らなかった&amp;lt;ref&amp;gt;千葉県総務部市町村課ホームページ「市町村合併支援室」より&amp;lt;/ref&amp;gt;。もし合併が実現した場合には人口が30万人を超え、[[中核市]]としての用件を満たすことになる。&amp;lt;!-- 新市名には、県庁所在地との位置関係から南千葉市、旧国名の上総を用いて上総市（またはひらがなで、かずさ市）などが検討されていた。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 姉妹都市 ====&lt;br /&gt;
* {{flagicon|USA}} [[オーシャンサイド (カリフォルニア州)|オーシャンサイド市]]（[[w:Oceanside, California|en:Oceanside, California]]、[[アメリカ合衆国]] [[カリフォルニア州]]）&lt;br /&gt;
: [[1990年]][[6月29日]] 木更津市姉妹都市調印団が渡米し、オーシャンサイド市において姉妹都市提携に調印、8月14日には、オーシャンサイド市調印団を招き木更津市でも調印をした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 政治 ==&lt;br /&gt;
=== 市政 ===&lt;br /&gt;
==== 三役 ====&lt;br /&gt;
* '''市長''' 水越 勇雄（[[2002年]][[3月31日]]就任 3期目）&lt;br /&gt;
** '''副市長''' 服部 善郎&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 歴代市長 ====&lt;br /&gt;
* 石川 善之助 （1943年3月11日 - 1946年11月6日）&lt;br /&gt;
* 山崎 直 （1946年11月12日 - 1955年4月2日）&lt;br /&gt;
* 浜名 儀三 （1955年5月1日 - 1963年4月30日）&lt;br /&gt;
* 荻原 孫太郎 （1963年5月1日 - 1967年4月30日）&lt;br /&gt;
* 北見 日吉 （1967年5月1日 - 1979年4月30日）&lt;br /&gt;
* 石川 昌 （1979年5月1日 - 1995年4月30日）&lt;br /&gt;
* 須田 勝勇 （1995年5月1日 - 2002年2月20日&amp;lt;ref&amp;gt;税金滞納および指定暴力団からの借金問題により任期途中で引責辞任する&amp;lt;/ref&amp;gt;）&lt;br /&gt;
* 水越 勇雄 （2002年3月31日 - 現在）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 行政区域変遷 ====&lt;br /&gt;
現在の木更津市は1942年に新設合併で誕生したものである。それ以前の[[木更津町]]については当該項目を参照。&lt;br /&gt;
* [[1942年]]（昭和17年）[[11月3日]] - [[君津郡]][[木更津町]]、[[巖根村]]、[[清川村 (千葉県)|清川村]]、[[波岡村]]が合併のうえ[[市制]]施行して本市を新設。&lt;br /&gt;
* [[1944年]]（昭和19年）11月3日 - [[鎌足村]]を編入。&lt;br /&gt;
* [[1955年]]（昭和30年）&lt;br /&gt;
** [[2月11日]] - [[金田村 (千葉県)|金田村]]を編入。&lt;br /&gt;
** [[3月1日]] - [[中郷村 (千葉県君津郡)|中郷村]]を編入。&lt;br /&gt;
* [[1971年]]（昭和46年）[[9月30日]] - [[富来田町]]を編入。現在の市域となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 政策 ====&lt;br /&gt;
; 木更津業務核都市基本構想&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.city.kisarazu.lg.jp/ 木更津市公式ホームページ]「政策プラン・財政」の「基本構想」より&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[東京圏]]への一極集中を打開し大都市問題を解決する目的の為、東京圏近郊都市の中から地域の広域中心都市となるべき都市を[[業務核都市]]として指定し、東京都の持つ業務機能や商業、医療等といった諸機能を請負い、担うための整備・育成を行う。「第4次首都圏基本計画」（1986年6月決定）により、千葉県では[[千葉市]]、[[成田市]]・[[千葉ニュータウン]]、木更津市の3地域が業務核都市として位置付けられる。「第5次首都圏基本計画」（1999年3月）では新たに「分散型ネットワーク構想」が方針に盛り込まれ、[[柏市]]を含めた4地域について広域連携拠点としての整備を進める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1992年3月には木更津業務核都市基本構想が策定され承認を受ける。その概要は次の通り。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 県南地域の広域中心都市として認知されると共に、業務核都市としての形成を行う&lt;br /&gt;
* 東京湾アクアラインや[[首都圏中央連絡自動車道]]により、交通網を整備・強化して他の業務核都市との連携を図る&lt;br /&gt;
* 木更津駅、木更津港を中心とする市街地を木更津都心地区（約195ha）として、商業、金融、医療等の諸機能の集約し、業務核都市の中心地区として整備を行う&lt;br /&gt;
* かずさ鎌足に整備された、かずさアカデミアパーク地区（約278ha）を中心に研究施設や学術施設、国際会議施設など複合機能を有した施設を集約して、国際水準に対応した研究開発拠点の機能を有する&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 財政 ====&lt;br /&gt;
市の[[財政]]について&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.soumu.go.jp/ 総務省]発表『地方財政分析平成18年度決算』より&amp;lt;/ref&amp;gt;、[[歳入]]減と[[歳出]]増と状況として悪化の傾向をたどっている。歳入減の要因として[[市町村民税|住民税]]や[[固定資産税]]による税収の減少が挙げられ、歳出増の要因には市の高齢者人口の割合の増加による[[公的扶助|扶助費]]の増加が挙げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一時期と比較し、東京湾横断道路建設やかずさアカデミアパーク整備のような大規模[[公共事業]]が少なくなり、歳出に占める公共事業費の割合は減少しているとは言え、このまま従来型の財政運用方法を改善しなくては市の財政が破綻し、[[財政再建団体]]に転落する可能性がある事が懸念されている。その為、市では[[財政政策]]として行政改革5か年プランを策定し、歳出削減および歳入の確保を目指して財政の健全化を図っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 財政力指数&lt;br /&gt;
[[財政力指数]]は0.83でここ5年間で微増ではあるが連続して伸びを見せており、全国市町村平均(0.53)および県内市町村平均(0.77)を上回る。定員適正化計画に基づく人員削減、給与の適正化および緊急事業の選択と集中化により、行政の効率化と財政の健全化を図る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 経常収支比率&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[国際収支統計|経常収支比率]]は91.0%であり、全国市町村平均(90.3)および県内市町村平均(90.1)をわずかに上回る。児童手当等の扶助費および廃棄物中間処理の全面委託化による物件費が増となったため、前年度と比較すると+2.6ポイント増加している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; ラスパイレス指数&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ラスパイレス指数]]は99.9であり、100を下回るとは言え全国市平均(97.9)、全国市町村平均(93.9)を大きく上回る。これは初任給基準が高く前職経験年数を加算された新規職員および勤続年数の長く給与設定が高めの高齢職員が人員分布に多いこと等が要因として挙げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 行政機関 ====&lt;br /&gt;
;警察&lt;br /&gt;
* 警察署&lt;br /&gt;
** [[木更津警察署]]（管轄：木更津市、袖ケ浦市）&lt;br /&gt;
* 交番・駐在所&lt;br /&gt;
** 岩根駅前交番 - 小浜交番 - 木更津駅前交番 - 清見台交番 - 長須賀交番 - 江川駐在所 - 金田駐在所 - 桜井駐在所 - 中郷駐在所 - 波岡駐在所 - 馬来田駐在所&lt;br /&gt;
;消防&lt;br /&gt;
* [[木更津市消防本部]]（管轄：木更津市）&lt;br /&gt;
** 消防署本署 - 長須賀分署 - 富来田分署 - 金田分署 - 高柳出張所 - 波岡出張所 - 清川出張所&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 市議会 ===&lt;br /&gt;
市議会は市民の中から選挙により選出された議員によって構成されている。議員の任期は4年。議員定数は木更津市議会議員定数条例に基づき28名と定められている。[[地方自治法]]第91条で議員定数として定める事のできる上限数は、人口10～20万人の市に該当する木更津市の場合、34名迄である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 会派の構成 ====&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! 会派名 !! 代表者 !! 議席&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;&lt;br /&gt;
| フォーラム未来 || 滝口敏夫 ||style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;| 10&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;&lt;br /&gt;
| 正栄会 || 前田清治 ||style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;| 7&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;&lt;br /&gt;
| 新栄会 || 野田芳久 ||style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;| 3&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;&lt;br /&gt;
| 公明党 || 西勝義 ||style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;| 4&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;&lt;br /&gt;
| （無会派） || - ||style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;| 3&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot; colspan=&amp;quot;2&amp;quot;| 計&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|27&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
（2009年12月現在）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 委員会 ====&lt;br /&gt;
* '''常任委員会'''&lt;br /&gt;
** 総務常任委員会&lt;br /&gt;
** 経済環境常任委員会&lt;br /&gt;
** 教育民生常任委員会&lt;br /&gt;
** 建設常任委員会&lt;br /&gt;
* '''議会運営委員会'''&lt;br /&gt;
* '''特別委員会'''&lt;br /&gt;
** 基地対策特別委員会&lt;br /&gt;
** みなと木更津活性化特別委員会&lt;br /&gt;
** 合併調査特別委員会&lt;br /&gt;
** 予算審査特別委員会（必要に応じてその都度設置）&lt;br /&gt;
** 決算審査特別委員会（必要に応じてその都度設置）&lt;br /&gt;
* '''議会広報委員会'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 裁判所 ===&lt;br /&gt;
木更津市新田に[[千葉地方裁判所]]および[[千葉家庭裁判所]]それぞれの木更津支部が設置されており、千葉地方裁判所木更津支部には[[簡易裁判所]]が設置されている。千葉地方裁判所木更津支部は内房地域を管轄しており、管内で発生した[[民事訴訟]]、[[刑事訴訟]]の合議事件を取り扱う。千葉家庭裁判所木更津支部では[[家事審判]]および[[少年審判]]を取り扱う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 司法機関&lt;br /&gt;
* 地方裁判所&lt;br /&gt;
** [[千葉地方裁判所]] 木更津支部（管轄：内房地域）&lt;br /&gt;
** [[木更津簡易裁判所]]&lt;br /&gt;
* 家庭裁判所&lt;br /&gt;
** [[千葉家庭裁判所]] 木更津支部（管轄：内房地域）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経済 ==&lt;br /&gt;
=== 状況 ===&lt;br /&gt;
木更津市の経済状況は、戦後の高度成長と共に成長し、最盛期には37万人の商圏人口を持つ商業都市として形成されていくが、日本国内で1990年代初頭に起きた「[[バブル崩壊]]」&amp;lt;ref&amp;gt;『Newsweek 日本版 2002年11月6日版』のSpecial Report（頁22-25）において「バブルと銀行破綻の傷跡に苦しむ木更津市は日本経済の未来の縮図」と表現して紹介されている&amp;lt;/ref&amp;gt;により好況から不況へと暗転する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
太平洋戦争中は軍関連の施設が存在したこともあり、その施設関係者と工員が移住したことによって人口が増加し、木更津は軍都として発展する。戦後の[[高度経済成長期]]には千葉県の内房地域が[[京葉工業地域]]として発展する経緯の中、市の臨海部では埋立が行われ[[木更津港]]が工業港として整備され、隣の[[君津市]]には[[八幡製鐵]]（現[[新日鐵住金]]）の [[新日鐵住金君津製鐵所|君津製鐵所]]が誘致される。君津市と接する波岡地区を中心に宅地整備が行われ、製鉄所関係者およびその家族が移住し人口が著しく増加する。人口増加を契機に経済活動が活発になり、[[木更津駅]]前には大手販売店である[[そごう]]や[[ダイエー]]、[[西友]]などが進出し、木更津市を中心とする[[商圏|木更津商圏]]が形成され、県南地域の[[商業]][[都市]]として発展する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1980年代に入ると、千葉県で千葉新産業三角構想が策定され木更津市は[[かずさアカデミアパーク]]構想の母都市（他に君津市、袖ヶ浦市、富津市を含む）に位置付けられる。この構想により鎌足地区の丘陵地帯では研究開発拠点の整備が行われ、民間を中心とする研究機関の誘致活動が行われる。また、国の政策として首都圏の大都市問題緩和を目的とする[[業務核都市|木更津業務核都市構想]]が計画される。歴史的経緯に明治維新期に木更津県県庁が存在した事、県南部の経済の中心として認識されている事、かずさアカデミアパーク構想等により、木更津市は業務核都市に位置付けられ整備が行われる。その一環として[[東京湾横断道路]]建設が計画に含まれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東京湾横断道路建設にあたり、当初の事業計画では対岸の[[川崎市]]や[[横浜市]]、[[東京]]など[[京浜地区]]との交通の便が良くなる事で人の交流や物流が頻繁となって経済活動に好影響を与えると予想され、住宅購入者の増加や企業進出の増加などが見込まれていた。ところが実際に開通してみると事業計画の予想とは正反対の結果に働き、考えられていた地域振興や発展には繋がらず、逆に経済活動が混迷する事になる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当初アクアラインの交通量は2万5千台/日と予想していたが、実際に開通した結果は1万台 /日と予想を大きく下回る&amp;lt;ref&amp;gt;数値はNewsweek 2002年11月6日号「Special Report 不良債権にのみ込まれた街」頁22より&amp;lt;/ref&amp;gt;。期待されていた東京のベッドタウンとしての需要がほとんど発生せず、人口増加や産業発展を見越して計画されていたかずさアカデミアパークや宅地造成地には売れ残りの区画が目立つ状態であり、小売業においては京浜地区の小売業者との競争を否応無しに強いられることになり、物量の面や商圏地域の魅力等の要因により購買客の流出が顕著となり、商圏人口が37万人から12万人に低下、商圏の吸引力低下により商業中心都市から準商業中心都市に格下げられる&amp;lt;ref&amp;gt;千葉県商圏調査報告書では平成3年度版では商業中心都市とされていたが、平成6年度版には準商業中心都市に格下になっている（『千葉県の歴史 別編 地誌2 地域誌』頁206より、千葉県商圏調査報告書は[http://www.pref.chiba.jp/index.html 千葉県ホームページ]千葉県商工労働部経営支援課のページからでも閲覧可）&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;木更津商圏地域の市町村は木更津市、君津市、袖ケ浦市、富津市、鋸南町（平成13年度商圏調査報告書より [http://www.pref.chiba.lg.jp/index.html 千葉県ホームページ]千葉県商工労働部経営支援課）&amp;lt;/ref&amp;gt;。結果、木更津市は対岸の京浜地区と県南部の通過点となり、流出面が顕著となった[[ストロー効果]]が発生する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、[[バブル崩壊]]による国内の[[景気|景気低迷]]の影響により、東京湾横断道路完成を見越して上昇傾向にあった駅前商店街の[[地価]]は、1991年のピークを境に著しく下落。1999年から2003年にかけて東京圏における地価下落率の1位&amp;lt;ref&amp;gt;国土交通省『[http://tochi.nla.go.jp/ 土地総合情報ライブラリー]』「地価公示（記者発表資料）」より&amp;lt;/ref&amp;gt;となる。&amp;lt;!--検証可能か調査中→（一説にはバブル期の地価上昇が著しく異常であり、バブル崩壊の影響で正常の状態に戻ったという見方もある）--&amp;gt;また商業地域への影響は大きく、[[日本長期信用銀行]]の破綻による[[そごう]]グループに対する金融支援の行き詰まりが要因で2000年7月木更津そごうが撤退、そごうがテナントとなっていた駅前の西口再開発ビル（アインスビル）を運営していた[[第三セクター]]もキーテナントを失ったことによって翌年に倒産し、連鎖するように駅東口に出店していたダイエーも閉店する。木更津そごうやダイエーのような駅前の中心的存在であった大型店舗が相次いで撤退した事により、集客力を失った駅前商店街では閉店する店舗が続出し、閑散とした[[シャッター通り]]へと変貌する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
行政では1998年に議決された木更津市基本構想において産業発展と国際交流が課題として挙げられており、交通網の整備と物流の強化、雇用の確保と人口増加、市民生活の充実、経済活動の活性化を目標とした基本計画を策定し実施している。[[2002年]]に[[TBSテレビ|TBS]][[Japan News Network|系列]]で放映された[[木更津キャッツアイ]]は木更津という名称を全国へ広げることとなり、商店街を中心に観光地を誘致する動きが出てきた。また、駅前の中心的な建物であったアインスビルにはそごう撤退後、8階の空フロアに市民の企業活動支援を目的としたチャレンジセンター（チャレンジセンター Let's木更津）や、情報通信環境を備えた共同利用型のテレワークセンターを開設し地域活性化に向けた活動が行われ、2004年4月に[[アクア木更津]]という新名称で再オープンした。しかし[[キーテナント|テナント]]としていたスーパー・[[マルエイ]]や[[ネクストジャパンホールディングス|JJCLUB100]]が相次いで閉店、その後2009年にビルの運営・管理を行っていた日本総合企画が倒産し、2010年、木更津市はアクア木更津ビルを売却、以後の管理は売却先の有限会社金剛山が管理することとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年8月より、[[2009年千葉県知事選挙|千葉県知事選挙]]で当選した[[森田健作]]知事が千葉県側の負担をもとに[[ETC]]による通行料を普通車800円にする社会実験を行っている。前年から行われていた土日祝日のETCによる通行料1000円期間を含め、値下げによる経済効果が出ている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.pref.chiba.lg.jp/keisei/aqualine/hitomatagi/documents/0716sokuhou.pdf 東京湾アクアラインの交通量（速報値）及び南房総地域観光入込の状況について（6月分及び社会実験開始後の累計）]&amp;lt;/ref&amp;gt;。しかしこれは当然一時的なものであるので、これを国政として継続させるために九都県市首脳会議が、2010年[[7月28日]]に'''東京湾アクアラインの料金に関する要望'''を実施した&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.pref.chiba.lg.jp/seisaku/kouiki/shunou/documents/57youbou.pdf 東京湾アクアラインの料金に関する要望]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 将来 ===&lt;br /&gt;
[[2011年]]現在、アクア木更津ビルは2010年秋ごろをめどにマリンゲート木更津としてのリニューアルオープンが予定され&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.kisacon.jp/modules/bulletin/index.php?page=article&amp;amp;storyid=6548 仮称「マリンゲート木更津」「アクア木更津ビル」10月RNオープンへ]&amp;lt;/ref&amp;gt;、生鮮市場や[[百円コンビニユーエスマート|Kid's US.LAND]]などがオープンしたが、現在もアクア木更津として運営されており、マリンゲート木更津としてのオープンがどうなったのかは公になっていない。南西部の築地地区には、[[イオン木更津ショッピングセンター]]&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.city.kisarazu.lg.jp/gikai/documents/gikai2111.pdf きさらづ市議会だより 第106号(PDF)]&amp;lt;/ref&amp;gt;が2014年にオープンを予定している。また、2012年には北西部の金田地区に、[[三井アウトレットパーク 木更津]]&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.mitsuifudosan.co.jp/corporate/news/2010/0120_02/index.html ～三井アウトレットパークシリーズ最大級～「（仮称）三井アウトレットパーク 木更津金田」開発決定]&amp;lt;/ref&amp;gt;や[[ベイシア]]、[[カインズホーム]]、[[東京インテリア家具]]がオープンしており、周辺地域の発展が期待される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 産業 ===&lt;br /&gt;
産業別就業者数の総数は61,106人であり、全体の比率の中では第3次産業が7割近くを占めている。また、分類別で就業者数上位5位を挙げると[[サービス|サービス業]] 16,596人(27.2 %)、[[卸売|卸売業]]・[[小売|小売業]] 13,977人(22.9 %)、[[製造業]] 8,692人(14.2 %)、[[建設業]] 7,918人(13.0 %)、[[運輸業|運輸]]・[[通信|通信業]] 4,631人(7.6 %)の順に多い&amp;lt;ref&amp;gt;『木更津市統計書 2002年度版』頁10-11による&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
市内の産業別事業社数上位5位は卸売・小売業 2,533(47.8 %)、サービス業 1,532(28.9 %)、建設業 584(11.0 %)、製造業 248(4.7 %)、[[不動産会社|不動産業]] 150(2.8 %)である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;産業別従事者数（平成12年10月1日現在）&lt;br /&gt;
* 総数 61,106人(100 %)&lt;br /&gt;
** [[第1次産業]] 3,320人(5.4 %)&lt;br /&gt;
** [[第2次産業]] 16,718人(27.4 %)&lt;br /&gt;
** [[第3次産業]] 41,029人(67.1 %)&lt;br /&gt;
;事業所数（個人、会社総数）（平成13年10月1日現在）&lt;br /&gt;
* 総数 5,302(100 %)&lt;br /&gt;
** [[第1次産業]] 10(0.2 %)&lt;br /&gt;
** [[第2次産業]] 838(15.8 %)&lt;br /&gt;
** [[第3次産業]] 4,454(84.0 %)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 農業 ====&lt;br /&gt;
木更津市の農業は[[稲作]]が中心であり、[[小櫃川]]流域を中心に[[水田]]が広がっている。一部では野菜や施設園芸といった[[近郊農業|都市近郊型農業]]に従事している農家も見られる。現在の農業情勢としては減少傾向&amp;lt;ref&amp;gt;昭和60年の農家戸数が3,217戸に対し、平成17 年は1,873戸に減少している（『木更津市統計書 2002年度版』頁26および『市政の概要平成18年度版』頁107の調査報告を参考）&amp;lt;/ref&amp;gt;にあり、消費者ニーズに対応した農業経営への転換、従事者の高齢化、後継者問題などの諸問題を抱えている状況である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;農家数・耕地面積（平成17年2月1日現在）&amp;lt;ref&amp;gt;『市政の概要 平成18年度版』頁107より&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* 農家数 1,873戸（農家人口 6,011人）&lt;br /&gt;
* 経営耕地面積 1,593ha&lt;br /&gt;
** 田 1,350ha&lt;br /&gt;
** 普通畑 180ha&lt;br /&gt;
** 果樹園 62ha&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 水産業 ====&lt;br /&gt;
東京湾内の海岸線が埋め立てられ工業地化する中、木更津市の海岸線では遠浅の[[干潟|砂泥干潟]]が形成いることから、浅海漁場として海苔養殖や貝類養殖が行われている。特に[[海苔]]の[[養殖]]については全国でも有数の産地であり、富津市と共に[[江戸前]]海苔の産地として知られている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;あさり・乾燥海苔生産状況（平成17年度）&amp;lt;ref&amp;gt;『市政の概要 平成18年度版』頁112より&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* 乾燥海苔&lt;br /&gt;
** 共販枚数 86,234千枚&lt;br /&gt;
** 金額 849,098千円&lt;br /&gt;
* あさり&lt;br /&gt;
** 水揚げ量 2,019トン&lt;br /&gt;
** 金額 711,100千円&lt;br /&gt;
;[[漁港]]&lt;br /&gt;
* 金田漁港（第一種漁港）&lt;br /&gt;
* 牛込漁港（第一種漁港）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 商業 ====&lt;br /&gt;
木更津市は古くより南房総の物流拠点として発展し商業中心都市として[[商圏]]を形成するに至るが、[[バブル崩壊]]による不景気が影響し商店数の減少&amp;lt;ref&amp;gt;平成6年次が商店数1,721件に対し、平成16年次には1,435件に減少それに伴い年間販売額も減少の傾向が見られる（『市政の概要平成18年度版』頁114より）&amp;lt;/ref&amp;gt;が見られる他、近隣都市の商業施設の増加や消費者ニーズの多様化などの要因が重なり、地元購買力や顧客吸引力の低下が見られる。[[東京湾アクアライン]]完成以前は市の玄関口にあたる木更津駅から木更津港にかけて商業地が集中していたが、以降は郊外に店舗が集まる郊外型への転換が見られ、木更津駅前を中心とする中心商業地の空洞化が顕著となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;商業統計（平成16年6月1日現在）&amp;lt;ref name=shisei_h18_P114&amp;gt;『市政の概要 平成18年度版』頁114より&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* 商店数 1,435件（従事者数 10,731人）&lt;br /&gt;
** 卸売業 315件&lt;br /&gt;
** 小売業 1,120件&lt;br /&gt;
* 年間総販売額 2,714億円&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 工業 ====&lt;br /&gt;
木更津市は[[京葉工業地域]]&amp;lt;ref&amp;gt;木更津市は工業都市の性質よりも商業都市としての性質の方が高い。京葉工業地域に含まれる他の近隣市町村では工場群立地による税収が見込まれ、財政力指数が地方交付税不交付団体の条件である1.00を越えているのに対し、木更津市は0.81である。&amp;lt;/ref&amp;gt;に含まれており、[[木更津港]]は[[重要港湾]]に指定され工業港として発展する。隣接する君津市に新日鐵住金の製鉄所が立地する関係で、市内には関連の企業が立地する。鎌足地区を[[かずさアカデミアパーク]]として研究開発型企業の誘致を進めているが、誘致は難航し使用されていない区画も見受けられる状況である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;工業（製造業）統計（平成16年12月31日現在）&amp;lt;ref name=shisei_h18_P114/&amp;gt;&lt;br /&gt;
* 事業所数 100（従業者数 3,546人）&lt;br /&gt;
* 製造品出荷額等 3,661億円&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 主な企業 ===&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 060921 Kentagon&lt;br /&gt;
製造業は以下の条件のどれかに当てはまる企業の関連施設を列挙しました&lt;br /&gt;
1. 資本規模が50億円（目安）以上&lt;br /&gt;
2. 一部上場企業&lt;br /&gt;
3. その他、地域との関連性&lt;br /&gt;
参考文献：工場ガイド 千葉・茨城 改定2版&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* '''製造業'''&amp;lt;ref&amp;gt;『工場ガイド 千葉・茨城 改定2版』より資本規模等を考慮し一部抜粋&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
** [[かずさDNA研究所]]&lt;br /&gt;
** [[黒崎播磨]]：木更津不定形工場&lt;br /&gt;
** [[新日鉄住金化学]]：木更津製造所、木更津総合研究所&lt;br /&gt;
** [[ソニーイーエムシーエス]]：木更津テック（事業所）&lt;br /&gt;
** トーヨーカネツ：千葉事業所&lt;br /&gt;
** [[三菱ウェルファーマ]]：かずさ研究所&lt;br /&gt;
* '''宿泊業'''&lt;br /&gt;
** [[ホテルオークラ|オークラアカデミアパークホテル]]&lt;br /&gt;
** [[ホテル三日月|龍宮城ホテル三日月]]&lt;br /&gt;
** [[木更津富士屋季眺]]&lt;br /&gt;
* '''小売業'''&amp;lt;ref&amp;gt;[[大規模小売店舗立地法]]（新法）で届け出を行った大規模小売店舗&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.kisarazu-cci.or.jp/ 木更津市商工会議所]および[http://www.pref.chiba.lg.jp/ 千葉県ホームページ] 経営支援課のページを参考に抜粋&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
** [[イオンタウン]]（[[イオンタウン木更津朝日]]）&lt;br /&gt;
** イオンタウン（[[イオンタウン木更津請西]]）&lt;br /&gt;
** [[アクア木更津]]&lt;br /&gt;
** [[三井不動産]]（[[三井アウトレットパーク 木更津]]）&lt;br /&gt;
** [[東京インテリア家具]]（木更津店）&lt;br /&gt;
** [[マックスバリュ]]（太田店・木更津請西店）&lt;br /&gt;
** [[ヤマダ電機]]（テックランド木更津店）&lt;br /&gt;
** [[ユニー|アピタ]]（木更津店）&lt;br /&gt;
** [[いなげや]]（請西店）&lt;br /&gt;
** [[ケーヨーデイツー]]（木更津店・潮見店）&lt;br /&gt;
** [[カインズホーム]]（カインズモール木更津金田店）&lt;br /&gt;
** [[尾張屋]]（木更津店・岩根店）&lt;br /&gt;
** [[おどや]]（清見台店・羽鳥野店）&lt;br /&gt;
** [[せんどう]]（木更津店）&lt;br /&gt;
** [[ベイシア]]（木更津金田店）&lt;br /&gt;
** 模型の国&lt;br /&gt;
* '''通信業'''&lt;br /&gt;
** [[木更津コミュニティ放送|木更津エフエム]](83.40MHz)&lt;br /&gt;
** [[ジェイコム千葉]]（ジェイコム木更津）&lt;br /&gt;
** [[ニッポン放送]] 送信所&lt;br /&gt;
* '''運輸業'''&lt;br /&gt;
** [[日東交通 (千葉県)|日東交通]]&lt;br /&gt;
** [[小湊鐵道]]&lt;br /&gt;
** [[かずさ交通]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史・伝承 ==&lt;br /&gt;
=== 歴史 ===&lt;br /&gt;
''' 木更津'''という地名の由来について、'''如月の津'''が転じて木更津になった、'''木足らず'''が訛り木更津になったと諸説あるが、一般的には[[ヤマトタケル|倭建命]]伝承の一説、'''君不去'''（きみさらず）が元になっているというのが通説である（下記の[[#伝承|'''伝承 ''']]の項参照）。木更津という地名が使われ始めたのは、最も古い文章で[[1353年]]（文和2年/正平8年）に記された文献&amp;lt;ref&amp;gt;[[藻原寺]]（茂原市）の文書『仏堂伽藍記』（『角川日本地名大辞典 12千葉県』頁1014より）&amp;lt;/ref&amp;gt;で'''木佐良津'''と記されている。ただし、当時の江戸湾沿岸を代表する港は木更津の北にある高柳（現在の木更津市高柳）や[[富津市|富津]]であったと考えられており、[[1576年]]に江戸湾沿岸の諸港に[[半手]]（[[戦国時代 (日本)|戦国期]]に領土を争う両勢力が紛争地の租税を暫定的に半分ずつにする事）を認めた[[北条氏規]]の[[朱印状]]には内陸化した高柳に代わって江川や葛間（現在の久津間、江川とともに木更津市）の名前はあるものの、木佐良津の名前はないため、当時は租税を取る程ではない小さな漁港に近かったと推測されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『[[古事記]]』や『[[日本書紀]]』によると、倭建命が東征の折にこの地方に立ち寄ったと記されており、この事象が元となった地名が随所に見られる。しかしこれらの文献の歴史書としての正確性を考慮すると倭建命という人物は伝説上の架空の人物であり、事実というよりも創作と見解つけるのが妥当である。ただしこの一説を完全否定するのではなく、歴史的に考察するとこの地方には倭王権に敵対する勢力が存在していた事を示しているという説がある。事実、小櫃川流域を中心とする地域には支配階級にあたる豪族（[[国造]]）が存在していたとされ、それを証明する古墳群が形成されている。奈良時代の文献には小櫃川流域一帯（現在の木更津市、袖ヶ浦市、君津市の一部に相当）を[[馬来田国]]として記されており、この地方を[[馬来田国造]]という豪族が支配していたと記録されている。[[1950年]]（昭和25年）市内長須賀の[[金鈴塚古墳]]（二子塚古墳）の発掘調査が行われる。この古墳は[[6世紀]]後半頃に造られたものとされ、馬来田国造の一族のものとされる。この古墳からは大刀や銅容器・武具・古墳名称の元となる純金製の5つの金鈴などが出土されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1456年]]（康正2年）頃[[武田氏|上総武田氏]]の祖である [[武田信長]]が[[守護代|上総守護代]]となり、上総地方進出の足がかりとして[[真里谷城]]を築城する。以降、真里谷城は庁南城 （[[千葉県]][[長生郡]][[長南町]]）と並び上総武田氏の居城として繁栄する。武田信長の子孫の内、真里谷城を拠点とするものは真里谷氏を名乗り戦国大名化する。真里谷氏は一族の内紛と[[国府台合戦|第1次国府台合戦]]の末に勢力が衰退し、上総地方の支配者も真里谷氏から[[里見氏]]、[[後北条氏|北条氏]]へと移り変わる。[[1590年]]（天正18年）真里谷城は[[豊臣秀吉]]の[[小田原征伐]]で侵攻された後、廃城になる。現在、真里谷城跡はキャンプ場（少年自然の家）として利用されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1614年]]（慶長19年）[[大坂冬の陣]]に木更津の水夫24名が[[徳川幕府]]方について戦功を上げる。その水夫の功により幕府は、[[江戸]]-木更津間での渡船営業権や江戸の[[日本橋 (東京都中央区)|日本橋]]に「木更津河岸」を拝領地として与える等の特権を与える&amp;lt;ref&amp;gt;『木更津河岸旧記解読』頁18より&amp;lt;/ref&amp;gt;（ただし、その根拠とされている現存文書は史実と矛盾する内容が含まれており、今日では[[偽書|偽文書]]と考えられている。もっとも、元和年間（[[1615年]]）以後に幕府が木更津に代官を置いた記録は確認できるため、これに近い事実はあったと考えられている）。幕府は軍事上の目的から主要河川に橋を架けることを禁止し陸路には至る所に関所を設ける政策を採っていたため、この時代の流通手段は水運が主流になる（[[河岸]]を参照）この特権により木更津は安房・上総-江戸間との海上輸送を取り扱う流通拠点として急激に発展する。運送には喫水が浅く海川両用の [[五大力船]]が用いられた。木更津から江戸にやってくる五大力船は通称木更津船と呼ばれ、[[歌川広重]]の浮世絵にも描かれている。歌舞伎の演目『[[与話情浮名横櫛]]』は江戸期に木更津で実際に起きた事件がモチーフとなっており、当時の港町木更津の様子を垣間見ることができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
江戸時代末期の[[1825年]]（文政8年）幕府の[[旗本]]であった[[林忠英]]は3,000石の加増を受けたことにより1万石の[[大名]]として諸侯に列し[[貝淵藩]]を立藩する。[[陣屋]]を望陀郡貝淵村に設けられるが、2代目藩主の[[林忠旭]]の時代に請西村に移し、以降同藩は請西藩と称するようになる。請西藩は、最後の藩主である4代目[[林忠崇]]が藩主自ら脱藩し明治政府の東征軍に抵抗したことが[[朝敵]]行為とされ、[[1868年]]（明治元年）幕府方諸侯の中で唯一[[改易]]処分を受ける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治新政府樹立後、1868年（明治元年）改易となった請西藩の替わりに[[滝脇信敏|松平信敏]]が上総国貝淵に移封し1万石で桜井藩が立藩する。[[1871年]]（明治4年）[[廃藩置県]]施行により 8月には桜井藩は廃藩となり桜井県が設置、11月には桜井県を含む旧安房国・上総国に相当する[[木更津県]]が設置される。木更津県設置にあたり県庁が貝淵村に設置される。木更津県が存在したのはわずか2年足らずで、[[1873年]]（明治6年）には廃止し、[[印旛県]]と合併し[[千葉県]]となる。[[1878年]]（明治11年）制定の[[郡区町村編制法]]に基づき[[望陀郡]]、[[周淮郡]]、[[天羽郡]]の郡役所が設置され、[[1897年]]（明治30年）望陀、周淮、天羽の3郡が合併し[[君津郡]]が成立した時に君津郡役所が設置されており、君津郡地域において木更津市は政治的中心都市であった。[[1973年]]（昭和48年）11月に、木更津県県庁所在地のあった桜井藩邸跡に「木更津県史蹟」の石碑が建てられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本国内が[[軍国主義]]にある1930年代、木更津は軍都として発展する。[[1935年]]（昭和10年）当時の [[大日本帝国海軍]]が帝都防衛を目的として、木更津港北側を埋め立て[[木更津海軍航空隊]]を設置する事を決定し、[[1936年]]（昭和11 年）4月1日に開隊式が行われる。[[1941年]]（昭和16年）同航空隊の北東、君津郡巖根村に[[海軍工廠]]（第二海軍航空廠）が設置され&amp;lt;ref&amp;gt;ピーク時には工員数が17,000人に達する。&amp;lt;/ref&amp;gt;、木更津町および巖根村には工廠で働く工員とその家族が移住してくることになり、急激な人口増加による住宅不足の問題に直面する。2町村では大勢の移住者を受け入れる住居や新しく家を建てる土地も無く、隣接する清川村にも移住者の受け皿としての役割を求めるようになり、木更津町、巖根村、清川村の3自治体を中心に合併協議が進められる。後に協議に加わった波岡村を含める4自治体の人口の合計が当時の市制施行条件である3万人を越すことが人口調査の結果で判明し、[[1942年]]（昭和17年）木更津市として [[市制]]を開始する。木更津基地は日本初の国産ジェット機にあたる[[橘花 (航空機)|橘花]]のテスト飛行が行われた場所であり、[[1945年]]（昭和20年）[[太平洋戦争]]終結以降は米軍の管理下に置かれることになり、[[1968年]]（昭和48年）より[[陸上自衛隊]]の[[木更津駐屯地|駐屯地]]、[[海上自衛隊]]の補給所として利用されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1961年]]（昭和36年）木更津市に隣接する[[君津市]]へ[[新日鐵住金君津製鐵所|君津製鐵所]]の誘致が決定する。その背景には [[1950年]]（昭和25年）に公布された[[国土総合開発法]]において千葉県側東京湾沿岸地域の工業地帯化が計画され、農業から工業への転換を図りたい県との思惑が一致し[[京葉工業地帯]]の開発が促進されたことによる。製鉄所建設に伴い[[君津郡|君津郡地域]]の東京湾沿岸部で漁業を営んでいた漁家は埋立てによって職を失うことになり、県より漁業補償を受けて漁業権を放棄、転業を余儀なくされた&amp;lt;ref&amp;gt;木更津市では漁業権を放棄する漁業組合が6組合あった。&amp;lt;/ref&amp;gt;。漁業組合と漁業権放棄に関する交渉が終了し、木更津港南岸から君津市の臨海部の範囲を埋立てて製鉄所の建設を開始、[[1965年]]（昭和40年）に君津製鐵所の操業が本格的に開始する。君津市への製鉄所進出は木更津市にも影響を及ぼし、木更津市内には同社の系列・関連会社が進出しその社員および家族の転勤による移住が顕著になる。また1960年代から70年代後半にかけて区画整理事業として清見台、請西、畑沢など波岡地区を中心に計821haの土地の宅地造成が行われる。それにより、市内の人口が1960年には約6万人であったのが80年代中頃には12万人を突破、およそ20年の期間で人口が2倍にまで膨れ上がる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1983年]]（昭和58年）千葉県において千葉新産業三角構想が策定される。木更津市およびその周辺都市（君津、富津、袖ケ浦）は新産業三角構想の基幹プロジェクトの一つである[[かずさアカデミアパーク]]構想において、研究開発拠点の母都市に位置付けられる。研究開発拠点の形成を目標としたかずさアカデミアパーク構想に基づき、国際水準に対応した研究機関が集約する研究都市の整備および各拠点とを結ぶ道路網の構築が進められる。かずさアカデミアパークは上総丘陵に整備されることが決定し、[[1991年]]（平成3年）に鎌足地区に第一期区画整備が進められ、[[1994年]]（平成6年）には[[デオキシリボ核酸|DNA]]専門の研究所としては世界初となる[[かずさDNA研究所]]が開設する。[[1996年]]（平成8年）第一期区画整備で計画されていた278ヘクタールについては基幹整備がほぼ完了し、民間の研究所を中心に立地が進められる&amp;lt;ref&amp;gt;『千葉県の歴史 別編 地誌2 地域誌』頁211-213 参考&amp;lt;/ref&amp;gt;。かずさアカデミアパーク構想および木更津業務核都市構想に基づき、木更津市を業務核都市として他の都市との道路網の整備が行われ、[[1995年]]（平成7年）[[館山自動車道]]が[[木更津南インターチェンジ|木更津南IC]]まで開通し、千葉市との間を高速道路で結ばれる。[[1997年]]（平成9年）東京都心部および神奈川県とを結ぶ[[東京湾アクアライン]]が完成。[[2007年]]（平成19年）館山自動車道が全線開通したことにより、[[富津館山道路]]と直結して[[南房総市]]までが結ばれる。[[2010年]]（平成22年）を目処に[[木更津東インターチェンジ|木更津東IC]]より[[千葉東金道路]]と直結する[[首都圏中央連絡自動車道|圏央道]]の建設が進められており、新産業三角構想の内の「国際物流拠点」を担う[[成田国際空港|成田空港]]（[[成田市]]）と結ばれるようになる&amp;lt;ref&amp;gt;『千葉県の歴史 別編地誌2 地域誌』頁208-210 「東京湾アクアラインと木更津市」参考&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 沿革 ===&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--区分関連は行政区分変遷の項へ--&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[1871年]]（明治4年）[[11月13日]] &amp;amp;mdash; 木更津県が設置され、木更津県の県庁所在地となる&lt;br /&gt;
* [[1873年]]（明治6年）[[6月15日]] &amp;amp;mdash; 木更津県廃止&lt;br /&gt;
* [[1889年]]（明治22年）[[4月1日]] &amp;amp;mdash; 布令により木更津町および9村が発足&lt;br /&gt;
* [[1912年]]（大正元年）[[8月21日]] &amp;amp;mdash; 木更津線（現[[内房線]]）が[[姉ヶ崎駅]]から[[木更津駅]]まで延伸開業する&lt;br /&gt;
* [[1912年]]（大正元年）[[12月28日]] &amp;amp;mdash; [[木更津駅]]、[[久留里駅]]間を[[軽便鉄道]]が開通する（現[[久留里線]]）&lt;br /&gt;
* [[1920年]]（大正9年）[[10月1日]] &amp;amp;mdash; 第1回[[国勢調査]]実施。木更津町の人口は8,551人&lt;br /&gt;
* [[1924年]]（大正13年） &amp;amp;mdash; 児童雑誌『[[金の船]]』12月号にて童謡『証城寺の狸囃子』発表&lt;br /&gt;
* [[1936年]]（昭和11年）[[4月1日]] &amp;amp;mdash; 木更津港北側を埋め立て海軍航空隊を設置&lt;br /&gt;
* [[1942年]]（昭和17年）[[11月3日]] &amp;amp;mdash; 市制開始。全国で197番目、県下で6番目の市となる。当時の人口は33,817人&lt;br /&gt;
* [[1948年]]（昭和23年）[[8月14日]] &amp;amp;mdash; 第1回港まつり開催&lt;br /&gt;
* [[1965年]]（昭和40年）[[4月1日]] &amp;amp;mdash; 木更津港-川崎港および木更津港-横浜港（1972年廃止）をカーフェリー就航&lt;br /&gt;
* [[1968年]]（昭和43年）[[4月17日]] &amp;amp;mdash; 木更津港が港湾法に基づき、[[重要港湾]]に指定される&lt;br /&gt;
* [[1975年]]（昭和50年）5月 &amp;amp;mdash; 中の島大橋完成&lt;br /&gt;
* [[1976年]]（昭和51年）[[9月10日]] &amp;amp;mdash; 市の人口が10万人を越す。千葉県で9番目の10万人都市となる&lt;br /&gt;
* [[1992年]]（平成4年） &amp;amp;mdash; きみさらづタワー完成&lt;br /&gt;
* [[1997年]]（平成9年）[[12月18日]] &amp;amp;mdash; [[東京湾アクアライン]]開通。それに伴いカーフェリー木更津-川崎航路が廃止する&lt;br /&gt;
* [[2002年]](平成14年)[[1月]]～[[3月]] &amp;amp;mdash; [[木更津キャッツアイ]]がTBS系列で放送&lt;br /&gt;
* [[2004年]](平成16年)[[4月28日]] &amp;amp;mdash; [[アクア木更津]]がオープン&lt;br /&gt;
* [[2009年]](平成21年)[[8月1日]] &amp;amp;mdash; 社会実験として東京湾アクアラインでETC普通車の通行料が800円に&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 伝承 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[千葉県]]には[[倭建命]]と[[源頼朝]]に関連する伝承が多いという特徴が挙げられる。この特徴は木更津市においても同様であり、市内には関連する伝承が今に伝えられている。『[[古事記]]』や『[[日本書紀]]』、『[[風土記]]』の一説において倭建命伝説が扱われており、木更津市は倭建命が [[上総国]]に渡る場面の舞台として記されている。源頼朝伝説は、源頼朝が伊豆で挙兵したものの[[平氏]]との合戦に敗れて[[安房]]に逃れ、[[房総半島]]の諸勢力の力を得て再起したという歴史的経緯&amp;lt;ref&amp;gt;源頼朝が安房に逃れてから鎌倉に至るまでの経路は定かとされておらず、木更津を通過したか否かは推測の域を出ない。&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;文献に見られる頼朝の経路として、『[[吾妻鏡]]』によれば安房勝山から[[鴨川市|鴨川]]に出て、[[長狭街道]]を西に花立峠（木之根峠）を越えて上総国入りしたとされ、この経路を辿れば[[富津市]]に出ることになる（『木更津市史』頁1056より）『[[義経記]]』では富津市の地名の後「きさうとの浜（木更津と思われる）」「開発（貝淵と思われる）」と木更津市と関連するだろうと思しき地名が記述されている（『角川日本地名大辞典 12千葉県』頁1014より）&amp;lt;/ref&amp;gt;の中から派生したものである。また、童謡[[証城寺の狸囃子]]のモチーフとなった、市内の證誠寺に伝わる『證誠寺の狸伝説』が有名である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 倭建命の東征&lt;br /&gt;
: 倭建命の東国征伐のこと。船で上総国に渡ろうとした時に一行は海上で嵐に襲われる。そして倭建命の妻、[[弟橘姫]]は海に身を投じることで嵐を静めようとする。弟橘姫の祈りが通じたのか嵐が収まり一行は無事に上総国に渡る事ができた。それから倭建命はこの地にしばらく留まり弟橘姫のことを思って歌にした。&lt;br /&gt;
{{quotation|&lt;br /&gt;
: （[[和歌]]）&lt;br /&gt;
: 君さらず 袖しが浦に立つ波の その面影をみるぞ悲しき&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
:この歌の一節'''君さらず'''が転じて、'''木更津'''という地名となったと伝えられている。&lt;br /&gt;
: 市には吾妻という地名があるが、倭建命が弟橘姫を偲んで「吾妻はや（我が妻よ）」と言った故事に由来するとされている。市内には吾妻神社という神社が存在し倭建命と弟橘姫が祀られている。またこの地域には吾妻、我妻を姓とする人がおり、これも倭建命伝説に由来しているとされている。&lt;br /&gt;
; 源頼朝伝説&amp;lt;ref&amp;gt;『木更津市史』頁1056 「木更津における源頼朝伝説」より&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
: [[石橋山の戦い]]で平家に敗れた源頼朝がこの地方に立ち寄った際に見かけた竹林があまりにも立派だったため、この竹を源氏の旗竿にすることにした。以降この地を旗竿村と呼ぶようになった。伝承では市内の畑沢&amp;lt;ref&amp;gt;市内畑沢の波岡寺境内に埋没していた石碑に「旗竿村」と記されている（『木更津市史』頁147「畑沢集落と旗竿村」より）&amp;lt;/ref&amp;gt;という地名はこの旗竿村に由来するとされている。また、草敷という地名についても頼朝が刈草を敷いて休息をとったという言い伝えが元になっている。&lt;br /&gt;
: 源頼朝が[[鎌倉幕府]]開府にあたり、市内の八剱八幡神社に神領を寄進して社殿を造営したという伝えがある。&lt;br /&gt;
; [[證誠寺_(木更津市)#證誠寺の狸伝説|證誠寺の狸伝説]]&lt;br /&gt;
: 市内の[[證誠寺 (木更津市)|證誠寺]]に伝わる伝説で、童謡『[[証城寺の狸囃子]]』はこの伝説を元に作られた。童謡は『''しょ しょしょうじょう寺～♪''』と軽快なリズムの明るい曲だが、昔話として伝わる狸伝説は「秋の夜に[[和尚]]と何十匹もの[[タヌキ|狸]]が寺の庭で 囃子合戦をした挙句、夜が明けたら調子を取っていた狸の親分が腹を破いて死んでいた」という面白くも悲しい話である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 以下を證誠寺のページに移動します&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
話の概要は次の通り。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: ''「ある秋の晩の事、寺の庭が何やら騒がしいので寝ていた住職はふと目を覚まし、外の様子を耳を凝らして聴くとそれがお囃子のように聞こえたという。不思議に思いこっそり庭を覗いてみると、庭の真ん中で大狸が腹を叩いてポンポコと調子を取っており、その大狸を中心に何匹もの[[タヌキ| 狸]]が楽しそうに唄い踊っていたそうな。その様子を見ていた住職もつい楽しくなってしまい、庭に出て一緒に狸たちと踊っていたという。それから毎晩、住職と狸たちは證誠寺の庭で唄い踊っていたのだが、ある日の晩から狸たちは一向に現れず、住職が不思議に思うと翌朝庭を見ると調子を取っていた大狸が腹を破って死んでいた。不憫に思った住職はその大狸を懇ろに弔ったそうな。」''&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 名所・イベント ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;市内の主なスポット&lt;br /&gt;
&amp;lt;gallery widths=&amp;quot;200px&amp;quot; perrow=&amp;quot;3&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
ファイル:Syoujyouji in Kisarazu.jpg|證誠寺&lt;br /&gt;
ファイル:Kouzouji in Kisarazu.JPG|高蔵寺&lt;br /&gt;
ファイル:Yosaburo grave in Kisarazu.jpg|与三郎の墓（光明寺）&lt;br /&gt;
ファイル:YaturugiHachiman-01 Kisarazu.jpg|八剱八幡神社&lt;br /&gt;
ファイル:UmihotaruPA.JPG|海ほたるPA&lt;br /&gt;
ファイル:Kisarazu 014.JPG|中の島大橋&lt;br /&gt;
ファイル:Kimisarazu-Tower in Kisarazu.jpg|きみさらずタワー（太田山公園）&lt;br /&gt;
ファイル:Fireworks Kisarazu port.JPG|木更津港まつりでの花火&lt;br /&gt;
File:Kisarazu ClamDigging.JPG|木更津海岸での潮干狩り&lt;br /&gt;
&amp;lt;/gallery&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 観光名所 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; [[海ほたるパーキングエリア]]&lt;br /&gt;
: 東京湾アクアラインの木更津人工島に設置されたパーキングエリア。&lt;br /&gt;
; アクアわくわく市場&lt;br /&gt;
: 東京湾アクアライン、木更津金田IC至近にある青空市場。野菜や海産物、木更津・金田産のあさりなどを売っている。[[アナゴ|あなご]]の天丼は旅行雑誌にもたびたび取り上げられている。&lt;br /&gt;
; 太田山公園&lt;br /&gt;
: 木更津駅から東に1.0 km程の場所に位置する山。[[#伝承|伝承]]によると日本武尊はこの山の頂より海を眺めて、海中に没した弟橘媛を思い『君不去』の歌を歌ったと伝えられることから別名'''恋の森'''と呼ばれている。山の頂上にはこの伝説をモチーフにした展望台「きみさらずタワー」が存在する。太田山には木更津市郷土博物館金のすずがあり、これは千葉県立上総博物館を譲り受けたもので、金鈴塚古墳から出土した金鈴や、木更津市史に関する資料などを展示している。&lt;br /&gt;
; [[高蔵寺 (木更津市)|高蔵寺]]&lt;br /&gt;
: 市内にある[[真言宗豊山派]]に属する寺院。坂東三十三観音霊場第30番札所。&lt;br /&gt;
; 潮干狩り（3月下旬～7月）&lt;br /&gt;
: 木更津市内の牛込、金田、久津間、江川、木更津の5ヶ所の海岸で[[潮干狩り]]が出来る。&lt;br /&gt;
; [[證誠寺 (木更津市)|證誠寺]]&lt;br /&gt;
: 市内にある[[浄土真宗本願寺派]]に属する寺院。&lt;br /&gt;
; [[中の島 (千葉県)|中の島公園]]、中の島大橋&lt;br /&gt;
: '''中の島公園'''は、木更津港に浮かぶ中の島にあり、潮干狩りやフィッシングポイントとして楽しむことができ、木更津港祭りの際には花火の打ち上げ場所となっている。対岸の鳥居崎海浜公園と'''中の島大橋'''で結ばれている。中の島大橋は日本で一番高い[[歩道橋]]として知られており、全長236 m、高さ27.125 m、幅4.5 m。1975年（昭和50年）に完成。木更津港の玄関口にあたり、東京湾へ出入りする船舶はこの橋の下をくぐることになる。映画『[[木更津キャッツアイ日本シリーズ]]』で「恋人と渡ると幸せになれる赤い橋」として有名となった。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 百科事典としてはローカルな情報⇒Wikitravel的な情報としてコメントアウト&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: 映画『[[木更津キャッツアイ日本シリーズ]]』の劇中では「中の島大橋をカップルで渡ると幸せになれる」とぶっさん役の[[岡田准一]]が唄っている。しかしながら「中の島大橋をカップルで渡ると別れる」という[[都市伝説]]が地元では以前より存在していたのも事実である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: 同映画の反響で訪れる観光客が増えた反面、橋への落書きが多発するようになる。塗り直しにも費用がかかる上、アルミ製の欄干は塗り直しのしようがないと、都市計画課がやめるよう促している。&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;br /&gt;
=== イベント ===&lt;br /&gt;
; 八剱八幡神社例大祭&lt;br /&gt;
: 毎年7月第2土・日曜、市内の[[八剱八幡神社]]で開催される夏祭り。祭期間に町内を練り歩く重量1.5tの[[神輿|大神輿]]は、[[富岡八幡宮]]（[[東京都]][[江東区]]富岡）、[[鳥越神社]]（[[東京都]][[台東区]][[浅草]]）の物と並び、関東三大宮神輿の一つに数えられる。また、祭囃子『木更津ばやし』は県の[[文化財|無形民俗文化財]]に指定されている。&lt;br /&gt;
; [[木更津港まつり]]&lt;br /&gt;
: 毎年8月14・15日の2日間、木更津駅西口から木更津港までの駅前通りを会場に開催される祭。14日は富士見通りを会場に[[やっさいもっさい]]踊り、15日は木更津港を会場に中の島公園から打ち上げられる花火大会をメインに開催する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 交通 ==&lt;br /&gt;
=== 道路 ===&lt;br /&gt;
主要道路として[[高速道路]]には館山自動車道と東京湾アクアラインが挙げられる。館山自動車道を木更津北インターチェンジ(IC)から北方面に向かうと所要時間約20分程度で[[千葉市]]に到達し、[[京葉道路]]または[[東関東自動車道]]を経由して[[東京都]]へと結ばれる。また南方面は、木更津南ジャンクション(JCT)を館山方面に向かう事で[[富津館山道路]]に接続し、木更津南ICから所要時間30分程度で[[南房総市]]まで結ばれる。[[首都圏中央連絡自動車道]]（圏央道）により、木更津JCTから[[茂原市]]・[[東金市]]など外房方面へのアクセスが改善されている。東京湾アクアラインによって東京湾を挟んだ対岸の[[神奈川県]][[川崎市]]と結ばれており、木更津金田IC～[[浮島インターチェンジ (神奈川県)|浮島IC]]（約15km）の区間を所要時間約15分程度で移動できる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[一般国道]]は、国道16号線（袖ヶ浦木更津バイパス）が市内を通過する。国道16号線を北上することで千葉市-柏市-埼玉県…へ繋がり、幹線道路としての役割を持っている。長須賀交差点で外房地域へと結ばれる国道409号線・国道410号線（[[房総横断道路]]）、桜井交差点にて館山市を起点とする国道 127号線（内房なぎさライン）に接続している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;高速道路&lt;br /&gt;
* '''[[館山自動車道]]'''：[[木更津北インターチェンジ|木更津北IC]]-[[木更津ジャンクション|木更津JCT]]-[[木更津南ジャンクション|木更津南JCT]]（館山方向と木更津南IC方向に分岐）-[[木更津南インターチェンジ|木更津南IC]]&lt;br /&gt;
* '''[[東京湾アクアライン連絡道]]'''：[[木更津ジャンクション|木更津JCT]]-袖ヶ浦IC（袖ヶ浦市）-[[木更津金田インターチェンジ|木更津金田IC]]&lt;br /&gt;
* '''[[東京湾アクアライン]]'''：[[木更津金田インターチェンジ|木更津金田IC]]-[[木更津金田本線料金所|木更津金田TB]]-[[海ほたるパーキングエリア|海ほたるPA]]&lt;br /&gt;
* '''[[首都圏中央連絡自動車道]]'''：[[木更津東インターチェンジ|木更津東IC]] - 木更津JCT&lt;br /&gt;
;一般国道&lt;br /&gt;
: [[国道16号]]、[[国道127号]]、[[国道409号]]、[[国道410号]]&lt;br /&gt;
;県道&lt;br /&gt;
* 主要地方道&lt;br /&gt;
*: [[千葉県道23号木更津末吉線]]、[[千葉県道87号袖ケ浦中島木更津線]]、[[千葉県道90号木更津富津線]]&lt;br /&gt;
* 一般県道&lt;br /&gt;
*: [[千葉県道146号木更津根形線]]、[[千葉県道160号加茂木更津線]]、[[千葉県道166号馬来田停車場富岡線]]、[[千葉県道167号馬来田停車場中川線]]、[[千葉県道168号鶴舞馬来田停車場線]]、[[千葉県道169号南総馬来田線]]、[[千葉県道222号木更津停車場線]]、[[千葉県道235号巌根停車場線]]、[[千葉県道245号木更津港線]]、[[千葉県道269号大鷲木更津線]]、[[千葉県道270号木更津袖ケ浦線]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== バス路線 ===&lt;br /&gt;
==== 高速バス ====&lt;br /&gt;
1997年以前、対岸の[[東京都]]や[[神奈川県]]への交通手段は鉄道やカーフェリーが主であったが、東京湾アクアライン開通に伴いフェリー航路は廃止され、代わりにアクアラインを経路とした[[高速バス]]路線が充実するようになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''路線名と主な停留所''' … （）内はバス運行会社、'''太字'''は市内設置の停留所名&lt;br /&gt;
* アクアライン高速バス&lt;br /&gt;
** 東京線&lt;br /&gt;
*** 木更津線（日東・京成） ：君津製鐵所-'''木更津駅西口'''-'''[[木更津金田バスターミナル|木更津金田BT]]'''⇔東京駅-東雲車庫&lt;br /&gt;
*** 君津線（日東・京成） ：青堀駅-'''[[木更津羽鳥野バスストップ|木更津羽鳥野BS]]'''-'''木更津金田BT'''⇔東京駅-浜松町BT/東雲車庫&lt;br /&gt;
*** 鴨川線【[[アクシー号]]】（日東・鴨日・京成） ：亀田病院-安房鴨川駅⇔'''木更津金田BT'''⇔東京駅-浜松町BT&lt;br /&gt;
*** 勝浦線（鴨日・京成） ：安房小湊/御宿-勝浦駅⇔'''木更津金田BT'''⇔東京駅-浜松町BT&lt;br /&gt;
** 横浜線（日東・小湊・京急） ：'''木更津駅東口'''⇔横浜駅東口BT&lt;br /&gt;
** 川崎線（日東・小湊・京急・東ベ・川崎） ：'''木更津駅東口'''⇔川崎駅東口&lt;br /&gt;
** 品川線（日東・小湊・京急） ：'''木更津駅東口'''⇔品川駅東口&lt;br /&gt;
** [[アクアライナー (高速バス)|新宿線]]（小湊・小田急） ：'''木更津駅西口'''⇔新宿駅西口&lt;br /&gt;
** 羽田空港線&lt;br /&gt;
*** 木更津線（日東・小湊・京急・東空） ：'''木更津駅東口'''⇔羽田空港&lt;br /&gt;
*** 君津線（日東・京急） ：君津製鐵所-'''木更津羽鳥野BS'''⇔羽田空港&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 房総半島縦断&lt;br /&gt;
** 千葉線&lt;br /&gt;
*** 鴨川線【[[カピーナ号]]】（日東・鴨日・千中） ：亀田病院-安房鴨川駅⇔'''馬来田駅'''⇔千葉駅&lt;br /&gt;
*** 館山線【[[南総里見号]]】（日東・館日・京成） ：白浜野島崎-館山駅⇔'''木更津羽鳥野BS'''⇔千葉駅&lt;br /&gt;
** 成田空港線（日東・小湊・京成）：'''木更津駅西口''' - '''木更津金田BT''' - 市原BT - 成田空港&lt;br /&gt;
** 成田空港線（日東・小湊・京成）：'''木更津駅西口''' - '''木更津金田BT''' - 市原鶴舞BT - 成田空港&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''バス運行会社''' （）内は上記略称&lt;br /&gt;
* [[日東交通 (千葉県)|日東交通]]（日東）&lt;br /&gt;
* [[鴨川日東バス]]（鴨日）&lt;br /&gt;
* [[館山日東バス]]（館日）&lt;br /&gt;
* [[小湊鐵道]]（小湊）&lt;br /&gt;
* [[京成バス]]（京成）&lt;br /&gt;
* [[千葉中央バス]]（千中）&lt;br /&gt;
* [[京浜急行バス]]（京急）&lt;br /&gt;
* [[東京空港交通]]（東空）&lt;br /&gt;
* [[東京ベイサービス (バス会社)|東京ベイサービス]]（東ベ）&lt;br /&gt;
* [[川崎鶴見臨港バス]]（川崎）&lt;br /&gt;
* [[小田急シティバス]]（小田急）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 路線バス ====&lt;br /&gt;
市内を運行する路線バスは[[日東交通 (千葉県)|日東交通]]・[[小湊鐵道]]の2社により運行されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 鉄道 ===&lt;br /&gt;
市内を運行する鉄道路線として[[東日本旅客鉄道|JR東日本]]の内房線と久留里線がある。内房線の全路線中で2駅、久留里線の全路線中5駅が市内に設置されている。市の中心駅である木更津駅には内房線（普通・特急）、総武快速線、京葉線直通列車が停車する他、久留里線の始発駅になっている。&lt;br /&gt;
;鉄道路線&lt;br /&gt;
* [[東日本旅客鉄道|JR東日本]]&lt;br /&gt;
** {{Color|#00B2E5|■}} '''[[内房線]]''' : [[巌根駅]] - [[木更津駅]]&lt;br /&gt;
** {{Color|#00B5AD|■}} '''[[久留里線]]''' : [[木更津駅]] - [[祇園駅 (千葉県)|祇園駅]] - [[上総清川駅]] - [[東清川駅]] …（この間の[[横田駅]]、[[東横田駅]]は袖ケ浦市）…[[馬来田駅]]&lt;br /&gt;
;広範囲な連絡&lt;br /&gt;
* 千葉市（[[千葉駅]]）約35km&lt;br /&gt;
** 内房線：約40分&lt;br /&gt;
* 東京都（[[東京駅]]）約75km&lt;br /&gt;
** [[さざなみ (列車)|内房線特急]]：約60分&lt;br /&gt;
** [[総武快速線]]：約80分&lt;br /&gt;
** [[京葉線]]通勤快速：約60分（平日早朝のみ）&lt;br /&gt;
;隣接市町村との連絡&lt;br /&gt;
* 袖ケ浦市&lt;br /&gt;
** 臨海部：内房線（[[袖ケ浦駅]]-'''巌根駅'''）&lt;br /&gt;
** 内陸部：久留里線（'''東清川駅'''-[[横田駅]]-[[東横田駅]]-'''馬来田駅'''）&lt;br /&gt;
* 君津市&lt;br /&gt;
** 臨海部：内房線（'''木更津駅'''-[[君津駅]]）&lt;br /&gt;
** 内陸部：久留里線（'''馬来田駅'''-[[下郡駅]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 港湾 ===&lt;br /&gt;
江戸時代より木更津港は物資の集散港として機能し、1960年代の[[京葉工業地域]]の発展に伴い工業港として開発が進められる。1968年には間税法上の開港および[[重要港湾]]の指定を受ける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1965 年から1997年までの間、木更津港は[[カーフェリー]]の発着場として機能し、謂わば市の玄関口としての役割を果たしていた。カーフェリーは対岸の [[川崎市]]や[[横浜市]]に職場を持つ通勤者の足として利用され、その当時の様子は1987年にTBS系列で放映したドラマ『[[男女7人秋物語]]』の作中で、木更津市に住む主人公が川崎市の職場にフェリー通勤するシーンからも垣間見る事ができる。1997年、東京湾アクアライン開通に伴い川崎フェリーが廃止され、木更津港を就航するフェリー航路がすべて廃止となる。現在、着岸地点の[[可動橋]]は撤去されており、フェリー発着場としての形跡は残っていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年4月には、公共埠頭H岸壁が完成、供用開始となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年8月には、Autoterminal Japan株式会社の手配によって、自動車専用船が初入港。今後も中古車の輸出港としての発展が期待される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;重要港湾&lt;br /&gt;
* [[木更津港]]&lt;br /&gt;
;かつて就航していたフェリー航路&lt;br /&gt;
* 川崎航路（[[マリンエキスプレス|日本カーフェリー]]：1965年運航開始～1997年廃止）&lt;br /&gt;
* 横浜航路（[[東京湾フェリー]]：1965年運航開始～1972年廃止）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 航空 ===&lt;br /&gt;
木更津市を中心とする60km圏内には成田空港と羽田空港、2箇所の[[国際空港]]が存在し、市上空は空港から発着する[[旅客機]]の飛行ルートになっている。羽田空港の場合、風向が北風の時の着陸ルート&amp;lt;ref&amp;gt;羽田空港再拡張に伴い、飛行ルートの再検討が行われている（国土交通省提示『羽田再拡張後の飛行ルート案』 [http://www.pref.chiba.lg.jp/kuushin/haneda/saikakuchou/羽田再拡張後の飛行ルートについて]）&amp;lt;/ref&amp;gt;として、市の上空3,000ftあたりから着陸態勢に入り、東京湾を通過して滑走路に進入するルートが取られる。このルートからならば旅客機の窓より上空から市内を一望することができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;近隣の空港&lt;br /&gt;
* [[東京国際空港]]（羽田空港：[[東京都]][[大田区]]）&lt;br /&gt;
* [[成田国際空港]]（成田空港：[[成田市]]）&lt;br /&gt;
;自衛隊施設&lt;br /&gt;
* [[木更津飛行場]]（[[空港コード#ICAO空港コード（4レターコード）|ICAO空港コード]]&amp;amp;mdash;RJTK）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 木更津市出身の著名人 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--&lt;br /&gt;
出身地の定義：出生地、育った場所、幼少〜青年時代に人格形成をした場所etc…&lt;br /&gt;
'08.8.30：姓あいうえお順に並べ替え&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--* [[石川秀美]]（元[[アイドル]]）--&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[伊奈川愛菓]]（[[将棋]][[女流棋士 (将棋)|女流棋士]]）&lt;br /&gt;
* [[上原風馬]]（俳優）&lt;br /&gt;
* [[岡晴夫]]（歌手）&lt;br /&gt;
* [[岡崎高之]]（[[ローマオリンピック]]、1964年[[前東京オリンピック|東京オリンピック]]日本代表）&lt;br /&gt;
* [[&amp;quot;狂拳&amp;quot;竹内裕二]]（キックボクサー）&lt;br /&gt;
* [[櫻田宗久]]（写真家）&lt;br /&gt;
* [[高橋治]]（小説家）&lt;br /&gt;
* [[高橋英樹 (俳優)|高橋英樹]]（俳優）&lt;br /&gt;
* [[中尾彬]]（俳優） &amp;amp;mdash; 木更津市生まれ、[[千葉県立木更津高等学校]]卒業。[[1989年]]（[[平成]]元年）発行の[[切手|ふるさと切手]]『証城寺の狸ばやし（千葉県）』をデザインする。&lt;br /&gt;
* [[中村明花]]（ファッションモデル）&lt;br /&gt;
* [[長嶋織江]]（レースクイーン）&lt;br /&gt;
* [[服部友一]]（鹿児島読売テレビアナウンサー）&lt;br /&gt;
* [[法木秀雄]]（早稲田大学教授）&lt;br /&gt;
* [[福原香織]]（声優）&lt;br /&gt;
* [[丸山忠久]]（[[将棋]][[棋士 (将棋)|棋士]]） &amp;amp;mdash; 2000年9月、名誉市民の称号が贈られる&lt;br /&gt;
* [[三浦美幸]]（空手家）&lt;br /&gt;
* [[水谷妃里]]（女優）&lt;br /&gt;
* [[nanami]]（ファッションモデル）&lt;br /&gt;
* [[吉田眞紀人]]（サッカー選手）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 木更津市を舞台にした作品 ==&lt;br /&gt;
=== 映像 ===&lt;br /&gt;
* [[鳳神ヤツルギ]]（TVドラマ [[千葉テレビ放送]]、2011年）&amp;amp;mdash; ヤツルギは2011年4月1日付けで、2012年3月31日までの期間限定で、木更津市のご当地ヒーローに認定され、水越市長より認定証を授与された&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|date=2011-04-01|url=http://www.yatsurugi.net/003.html|title=ヤツルギが木更津ご当地ヒーローに認定!|publisher=『鳳神ヤツルギ』公式サイト|accessdate=2011-04-04}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[三菱自動車工業|三菱自動車]]「[[三菱・i|i（アイ）]]」（TVコマーシャル、2006年） &amp;amp;mdash; 生活篇の一部に市内の建物が登場しており、右下に「木更津」と書いてある。&lt;br /&gt;
* [[木更津キャッツアイ]]（TVドラマ [[TBSテレビ|TBS]]系、2002年）&lt;br /&gt;
** [[木更津キャッツアイ 日本シリーズ]]（映画、2003年）&lt;br /&gt;
** [[木更津キャッツアイ ワールドシリーズ]]（映画、2006年）&lt;br /&gt;
* [[六番目の小夜子]]（TVドラマ [[日本放送協会|NHK]]、2000年） &amp;amp;mdash; 木更津市という設定ではないが、メインロケ地として太田中学校など市内の施設が登場する。&lt;br /&gt;
* [[水の中の八月]]（TVドラマ NHK、1998年） &amp;amp;mdash; 舞台は『東京湾岸の町』であり明確にされていない。メインロケ地として木更津市にて撮影が行われる。&lt;br /&gt;
* [[大地の子]]（TVドラマ NHK、1995年） &amp;amp;mdash; 中国残留孤児をテーマにしたNHK放送70周年記念ドラマおよびその原作小説。主人公の実父が住んでいる場所として木更津市が関連する。作中に「東洋製鉄木更津製鉄所」という製鉄所が登場するが、そのモデルは[[新日鐵住金君津製鐵所|新日鐵君津製鐵所]]（[[君津市]]）であり、ドラマのロケ地にも採用されている。&lt;br /&gt;
* [[男女7人秋物語]]（TVドラマ TBS系、1987年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 書籍 ===&lt;br /&gt;
* [[青の時代 (小説)|青の時代]]（小説 [[三島由紀夫]]著、1950年） &amp;amp;mdash; [[光クラブ事件]]の当事者である山崎晃嗣（木更津市出身、父親は2代目市長を勤めた山崎直）をモデルにした小説。作中では『千葉県K市』と表現されているが『小櫃川』、『鳥居崎海岸』、『矢那川』など木更津市と断定できるキーワードが記述されている。&lt;br /&gt;
* [[オーレ!]]（漫画 [[能田達規]]作、[[コミックバンチ]]連載） &amp;amp;mdash; 木更津・君津・袖ケ浦・富津の「かずさ4市」が合併して誕生したという設定の架空都市「上総市」が舞台のサッカー漫画。作中では市内に実在する施設が描かれている。&lt;br /&gt;
* [[代紋TAKE2]]（漫画 [[木内一雅]]原作、[[渡辺潤]]画、[[週刊ヤングマガジン]]連載）&amp;amp;mdash; 主人公が木更津の暴力団組長を襲名したことから物語が展開する（第三部、コミックス15～22巻）。また同漫画を原作としたスペシャルドラマが[[日本テレビ放送網|日本テレビ]][[日本テレビネットワーク協議会|系列]]で1993年から1997年にかけて計7回放映された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 芸能 ===&lt;br /&gt;
* [[木更津甚句]]（民謡）&lt;br /&gt;
* [[証城寺の狸囃子]]（童謡）&lt;br /&gt;
* [[やっさいもっさい]]（祭囃子 [[デュークエイセス]]）&lt;br /&gt;
* [[与話情浮名横櫛]]（歌舞伎）&lt;br /&gt;
* [[お富さん]]（[[歌謡曲]] 山崎正作詞、渡久地正信作曲 ）&amp;amp;mdash; 「与話情浮名横櫛」を題材とした[[歌謡曲]]で、1954年[[春日八郎]]の歌唱で流行した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{reflist|2}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* 木更津市史編集委員会編『木更津市史』木更津市、1972年11月3日&lt;br /&gt;
* 木更津市総務部企画調整室編『木更津市統計書 2002年度版』2003年3月&lt;br /&gt;
* 木更津市議会事務局編『市政の概要 平成17年度版』2005年9月&lt;br /&gt;
* 木更津市立図書館編『木更津河岸旧記 解読』1997年3月 ※原本『木更津河岸旧記』国立国会図書館 所蔵&lt;br /&gt;
* 財団法人千葉県史料研究財団編『千葉県の歴史 別編 地誌2 地域誌』1999年3月25日&lt;br /&gt;
* 『角川日本地名大辞典 12千葉県』角川書店、1984年3月8日&lt;br /&gt;
* 楠原佑介編『難読・異読地名辞典』東京堂出版、1999年3月10日&lt;br /&gt;
* 『工場ガイド 千葉・茨城 改定2版』データフォーラム&lt;br /&gt;
* 千葉県立上総博物館編『企業誘致の記憶 -君津と新日鐵-』2003年3月20日&lt;br /&gt;
* 『Newsweek 日本版』2002年11月6日版、阪急コミュニケーションズ、2002年11月6日&lt;br /&gt;
* 木更津市「[http://www.city.kisarazu.lg.jp/ 木更津市公式ホームページ]」&lt;br /&gt;
* 千葉県「[http://www.pref.chiba.jp/index.html 千葉県ホームページ]」&lt;br /&gt;
* 国土交通省「[http://tochi.nla.go.jp/ 土地総合情報ライブラリー]」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
{{Commons|Category:Kisarazu, Chiba}}&lt;br /&gt;
; 行政&lt;br /&gt;
* [http://www.city.kisarazu.lg.jp/ 木更津市]&lt;br /&gt;
; 観光&lt;br /&gt;
* [http://www.kisarazu.gr.jp/ ようこそ伝説と情緒のまち 木更津市観光協会]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>124.44.57.1</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%9C%A8%E6%9B%B4%E6%B4%A5%E5%B8%82&amp;diff=214340</id>
		<title>木更津市</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%9C%A8%E6%9B%B4%E6%B4%A5%E5%B8%82&amp;diff=214340"/>
				<updated>2013-12-25T10:05:45Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;124.44.57.1: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''木更津市'''（きさらづし）は、[[千葉県]]中西部に位置する[[都市]]。[[東京湾]]に面し[[房総半島]]中部の[[上総国|上総地方]]に位置する[[市]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 地理 ==&lt;br /&gt;
''' 木更津市の地勢について'''&amp;lt;ref&amp;gt;『木更津市史』頁10「第一節地理」より&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;『角川日本地名大辞典 12千葉県』頁1013「立地」より&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;距離情報はGoogle Earth(Ver4.0.1565)のルーラー機能を用いて概算を求める&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[房総半島]]の中西部、東京湾岸（内房）に面しており、[[都道府県庁所在地|県庁所在地]]である[[千葉市]]から南西約30kmに位置する。[[都心|東京都心]]から南東に30～40kmに位置しており、[[東京圏]]の範囲に含まれる。但し、東京都心と木更津市との間に東京湾を挟む為、移動距離はこれよりも長くなる。東京湾北側を周回した場合の移動距離は70～80km程度であり、東京湾アクアラインを利用した場合は45km程度である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 隣接する自治体&lt;br /&gt;
* 北：[[袖ケ浦市]]&lt;br /&gt;
* 東：[[市原市]]&lt;br /&gt;
* 南：[[君津市]]&lt;br /&gt;
* 西：[[川崎市]]（[[神奈川県]]）&amp;amp;mdash; 東京湾を挟んで隣接&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Wide_image|Kisarazu Panorama 080102.jpg|1960px|木更津市街地（[[太田山公園]]、2008年1月2日 [[きみさらずタワー]]より撮影）}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
市域は東西に長く広がっており、市の東部は[[山地]]、西部は平地と地形の性質が異なる。市中西部（木更津地区、清川地区）は東京湾に面しており、東京湾へ流れ込む複数の河川により[[沖積平野]]が形成する。また、東京湾臨海地区は木更津港南岸から君津市、富津市に掛けて工業用[[埋立地]]となっている。市北部（岩根地区、金田地区、中郷地区）では泥層を主とする[[田園]]地帯が広がり、木更津駅から千葉方面に向かって走る列車の車窓からは[[ハス|ハス田]]が確認できる。市南部（波岡地区、鎌足地区）を中心に[[洪積台地]]が形成され、[[住宅地]]として整備されている。特に鎌足地区では[[かずさアカデミアパーク]]構想における研究開発拠点としての整備が行われている。市東部（富来田地区）は、小櫃川流域では田園地帯を形成し、房総半島内陸部の特徴として見られる房総丘陵の[[森林|山林]]が広がっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
市の主な[[河川]]として、県内では利根川に次いで2番目に長く総延長88kmの小櫃川がある。小櫃川は君津市、袖ケ浦市、木更津市の3市を貫流し、市内では東部から北部にかけて流れ下り東京湾へと注いでいる。また、小櫃川河口付近では1,400ha程の[[盤洲干潟]]が形成されている。市内には特に高い山が無く、最も高い場所でも [[標高]]200m程度である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 市域&amp;lt;ref&amp;gt;市域の延長は木更津市公式ホームページ「市のプロフィール」より&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* 東西：21.98km&lt;br /&gt;
* 南北：14.54km&lt;br /&gt;
; 自然&lt;br /&gt;
* 海 : [[東京湾]]、[[盤洲干潟]]&lt;br /&gt;
* 河川 : [[小櫃川]]、[[矢那川]]、烏田川、畑沢川&lt;br /&gt;
* 丘陵 : 上総丘陵（[[房総丘陵]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[中心市街地]]は旧木更津町の範囲に相当する木更津地区に形成されており、木更津地区には[[市役所]]や木更津警察署、木更津消防本部、木更津図書館などの公共施設、および市の中心駅である[[木更津駅]]や重要港湾の[[木更津港]]が存在する。市の玄関口に該当する木更津駅前および木更津港を中心に商店街を形成するが、バブル崩壊による経済構造の変化に伴い駅前商店街は活性から衰退傾向に転化する。その代わりに1990年代以降、東京湾アクアラインに代表される高速道路網の整備により、主要交通機関が鉄道とフェリーから自動車へと変化し、[[館山自動車道]]や[[東京湾アクアライン|東京湾アクアライン連絡道]]に接続する[[国道16号]]沿いに郊外型の[[店舗]]が集中する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 市内各地区の風景&lt;br /&gt;
&amp;lt;gallery&amp;gt;&lt;br /&gt;
ファイル:Center of Kisarazu.JPG|木更津市街地（木更津地区）&lt;br /&gt;
ファイル:Kisarazu North-Area.JPG|水田地帯とJR内房線（岩根地区）&lt;br /&gt;
ファイル:Kazusa AkademiaPark.JPG|かずさアカデミアパーク（鎌足地区）&lt;br /&gt;
ファイル:JRE Kururi-Line.JPG|久留里線の風景（富来田地区）&lt;br /&gt;
ファイル:Boso-hill.JPG|房総丘陵&lt;br /&gt;
ファイル:Obitu-Dam in kisarazu.JPG|小櫃川（小櫃堰）&lt;br /&gt;
ファイル:YanaRiver Kisarazu.JPG|矢那川&lt;br /&gt;
ファイル:Tideland Tokyo-bay 02.JPG|盤洲干潟&lt;br /&gt;
ファイル:Tokyo Aqua line bridge.jpg|海ほたるPAから木更津市街を臨む&lt;br /&gt;
&amp;lt;/gallery&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 地域 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 人口 ===&lt;br /&gt;
市制が開始された当初はおよそ3万人の[[人口]]であった。市制開始以降は近隣の町村との合併により人口増加を続け、富来田町と合併した時点で人口が86,335人となる。[[1960年代]]に入ると県内では内房地域の市町村を中心に、海岸線を埋め立て工業地として整備し、重化学工業メーカーが多数進出する。木更津市においても関連企業の転勤者およびその家族が転入し人口が著しく増加する。[[1976年]]（昭和51年） には人口10万人を突破し県内で9番目の10万人都市となり、[[1985年]]（昭和60年）には人口12万人を超えた。[[バブル崩壊]]で人口が減少に転じたが、[[1997年]]（平成9年）を底として反転増加傾向を見せている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 人口推移&amp;lt;ref&amp;gt;『木更津市統計書 2002年度版』頁5「7.人口と世帯の推移」よりグラフ化&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--&lt;br /&gt;
各年の10月1日の国勢調査を元に作成&lt;br /&gt;
グラフの作成 g01.png=1,000人で換算しています（g50=50,000人）&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''総数 [単位： 人]'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
各年10月1日現在&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{| style=&amp;quot;border-collapase: collapase;&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1942年 ||[[ファイル:g30.png]][[ファイル:g03.png]] 33,817 （市制開始）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1950年 ||[[ファイル:g30.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g01.png]][[ファイル:g01.png]] 37,901&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1955年 ||[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g01.png]] 51,741&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1960年 ||[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g01.png]][[ファイル:g01.png]] 52,689&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1965年 ||[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g05.png]] 54,928&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1970年 ||[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g03.png]] 73,319&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1975年 ||[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g30.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g01.png]] 96,840&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1976年 ||[[ファイル:g100.png]] 100,132 （10万人突破）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1980年 ||[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]] 110,711&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1985年 ||[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]] 120,201&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1990年 ||[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g03.png]] 123,433&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|1995年 ||[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g03.png]] 123,499&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|2000年 ||[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g01.png]][[ファイル:g01.png]] 122,768&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|2005年 ||[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g03.png]] 123,355&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 人口構成&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--&lt;br /&gt;
グラフの作成 g01.png=100人で換算しています（g50=5,000人）&lt;br /&gt;
10の位を四捨五入&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 同等の人口グラフが添付された為、割愛&lt;br /&gt;
年齢5歳階級別&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;width:50%;float:left&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''総数 [単位： 人]'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
平成18年6月1日現在&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{| style=&amp;quot;border-collapase: collapase;&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|'''年齢'''&lt;br /&gt;
|'''人口'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|100以上&lt;br /&gt;
|16&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|95-99&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g01.png]][[ファイル:g01.png]] 164&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|90-94&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g05.png]][[ファイル:g01.png]][[ファイル:g01.png]] 686&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|85-89&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g01.png]] 1,595&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|80-84&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g03.png]] 2,756&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|75-79&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g30.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g01.png]] 4,607&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|70-74&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g01.png]][[ファイル:g01.png]] 6,155&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|65-69&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g03.png]] 7,841&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|60-64&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g30.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g03.png]][[ファイル:g01.png]] 9,399&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|55-59&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]] 11,497&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|50-54&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g30.png]][[ファイル:g05.png]] 8,536&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|45-49&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g03.png]] 7,257&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|40-44&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g01.png]] 7,103&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|35-39&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g30.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g01.png]] 8,636&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|30-34&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g30.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g03.png]] 9,799&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|25-29&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]] 7,477&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|20-24&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g03.png]] 6,775&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|15-19&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g10.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g03.png]] 6,752&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|10-14&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g03.png]][[ファイル:g01.png]] 5,872&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|5-9&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g05.png]][[ファイル:g03.png]] 5,767&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|0-4&lt;br /&gt;
|[[ファイル:g50.png]][[ファイル:g03.png]][[ファイル:g01.png]] 5,385&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=width:50%;float:right&amp;gt;&lt;br /&gt;
'''男女別 [単位： 人]'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
平成18年6月1日現在&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{| style=&amp;quot;border-collapase: collapase;&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|'''男性人口'''&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |'''年齢'''&lt;br /&gt;
|'''女性人口'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |3&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |100以上&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |13&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |42&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |95-99&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r01.png]] 122&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |182 [[ファイル:B01.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |90-94&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r05.png]] 504&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |449 [[ファイル:B03.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |85-89&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r10.png]][[ファイル:r01.png]] 1,146&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |1,039 [[ファイル:B10.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |80-84&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r10.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r01.png]][[ファイル:r01.png]] 1,717&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |2,050 [[ファイル:B10.png]][[ファイル:B10.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |75-79&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r10.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r01.png]] 2,557&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |2,985 [[ファイル:B30.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |70-74&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r01.png]][[ファイル:r01.png]] 3,170&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |3,928 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B03.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |65-69&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r03.png]][[ファイル:r01.png]] 3,913&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |4,704 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B10.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B01.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |60-64&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r01.png]][[ファイル:r01.png]] 4,695&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |5,624 [[ファイル:B50.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |55-59&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r50.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r03.png]][[ファイル:r01.png]] 5,873&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |4,418 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B10.png]][[ファイル:B03.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |50-54&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r01.png]] 4,118&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |3,796 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B03.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |45-49&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r05.png]] 3,461&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |3,769 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B03.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |40-44&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r03.png]] 3,334&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |4,490 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B10.png]][[ファイル:B05.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |35-39&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r01.png]] 4,146&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |5,227 [[ファイル:B50.png]][[ファイル:B01.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |30-34&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r01.png]] 4,572&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |3,938 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B03.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |25-29&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r05.png]] 3,539&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |3,540 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B05.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |20-24&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r01.png]][[ファイル:r01.png]] 3,235&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |3,588 [[ファイル:B30.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |15-19&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r30.png]][[ファイル:r01.png]][[ファイル:r01.png]] 3,164&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |2,955 [[ファイル:B30.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |10-14&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r10.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r03.png]][[ファイル:r01.png]] 2,872&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; | 2,938 [[ファイル:B10.png]][[ファイル:B10.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B03.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |5-9&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r10.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r03.png]] 2,829&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: right;&amp;quot; |2,743 [[ファイル:B10.png]][[ファイル:B10.png]][[ファイル:B05.png]][[ファイル:B01.png]][[ファイル:B01.png]]&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot; |0-4&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: left;&amp;quot; |[[ファイル:r10.png]][[ファイル:r10.png]][[ファイル:r05.png]][[ファイル:r01.png]] 2,642&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;br style=&amp;quot;clear:left&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{人口統計|code=12206|name=木更津市}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 区分 ===&lt;br /&gt;
[[ファイル:Kisarazu Area.svg|frame|地区（◎は市役所位置）：&amp;lt;br/&amp;gt;1.木更津地区、2.岩根地区、3.清川地区、4.波岡地区&amp;lt;br/&amp;gt;5.鎌足地区、6.金田地区、7.中郷地区、8.富来田地区]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[人口|人口統計]]や[[マスタープラン]]の策定などにおいて、市内を市制施行以前の町村区分で大まかに地域区分し、各地域の特色を示す事がある。また、[[1889年]]の[[町村制]]が施行される以前の区分は、そのまま[[大字]]として残る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 難読・異読辞典 楠原祐介 編 東京堂出版 1999年3月10日 参考--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''難読・異読地名'''&amp;lt;ref&amp;gt;市の大字の中から『難読・異読辞典』を参考に抜粋&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
犬成（いんなり）・茅野（かやの）・畔戸（くろと）・下内橋（げないばし）・真里（まり）・真里谷（まりやつ）・望陀（もうだ）&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 常識的に考えて、吾妻、幸町、新田、築地が難読・異読地名とは思えません --&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;br style=&amp;quot;clear: both;&amp;quot;/&amp;gt;&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
! style=&amp;quot;width:8em&amp;quot;|地区&lt;br /&gt;
!大字・町名&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!木更津地区&lt;br /&gt;
|木更津・新田・幸町・中央・東中央・貝渕・吾妻・富士見・新宿・請西・請西東・請西南・文京・真舟・大和・桜井・桜井新町・桜町・太田・長須賀・朝日&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!岩根地区&lt;br /&gt;
|万石・高砂・久津間・岩根・西岩根・江川・中里・高柳・本郷・坂戸市場・若葉町&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!清川地区&lt;br /&gt;
|椿・笹子・犬成・日の出町・中尾・菅生・祇園・清川・永井作・伊豆島・[[清見台団地|清見台・清見台東・清見台南]]・東太田・ほたる野&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!波岡地区&lt;br /&gt;
|畑沢・畑沢南・港南台・小浜・大久保・上烏田・八幡台・中烏田・下烏田・羽鳥野&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!鎌足地区&lt;br /&gt;
|矢那・かずさ鎌足・草敷&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!金田地区&lt;br /&gt;
|中野・牛込・中島・瓜倉・畔戸&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!中郷地区&lt;br /&gt;
|大寺・下望陀・上望陀・有吉・牛袋・牛袋野・曽根・井尻・十日市場&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!富来田地区&lt;br /&gt;
|真里谷・真里・下内橋・戸国・茅野・茅野七曲・山本七曲・大稲・田川・佐野・下郡・下宮田・根岸・上根岸&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!埋立地 他&lt;br /&gt;
|潮見・潮浜・木材港・新港・築地・北浜町・中の島・海ほたる（中島地先）&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
==== 新興住宅地 ====&lt;br /&gt;
市内の主な新興住宅地域として&lt;br /&gt;
* [[清見台団地]]&lt;br /&gt;
* 真舟団地&lt;br /&gt;
* シーアイタウン&lt;br /&gt;
* 八幡台ニュータウン&lt;br /&gt;
* 羽鳥野&lt;br /&gt;
* ほたる野&lt;br /&gt;
* 請西東・請西南&lt;br /&gt;
などがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 教育 ===&lt;br /&gt;
==== 社会教育施設 ====&lt;br /&gt;
* '''市民センター'''&lt;br /&gt;
** 木更津市民会館&lt;br /&gt;
** 木更津駅前ホール&lt;br /&gt;
* '''公民館'''&lt;br /&gt;
** 中央公民館 - 岩根公民館 - 岩根西公民館 - 金田公民館 - 鎌足公民館 - 中郷公民館 - 富来田公民館 - 文京公民館 - 八幡台公民館 - 東清公民館 - 清見台公民館 - 西清川公民館 - 畑沢公民館 - 富岡公民館 - 波岡公民館 - 桜井公民館&lt;br /&gt;
* '''図書館'''&lt;br /&gt;
** 木更津市立図書館&lt;br /&gt;
* '''博物館'''&lt;br /&gt;
** 木更津市郷土博物館金のすず&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 学校教育施設 ====&lt;br /&gt;
* '''大学'''&lt;br /&gt;
** 私立大学&lt;br /&gt;
*** [[清和大学]]&lt;br /&gt;
** 短期大学&lt;br /&gt;
*** [[清和大学短期大学部]]&lt;br /&gt;
* '''高等専門学校'''&lt;br /&gt;
** 国立高等専門学校&lt;br /&gt;
*** [[木更津工業高等専門学校]]&lt;br /&gt;
* '''専門学校'''&lt;br /&gt;
** 私立専修学校&lt;br /&gt;
*** [[木更津看護学院]] - [[君津中央病院附属看護学校]]&lt;br /&gt;
* '''高等学校'''&lt;br /&gt;
** 公立高等学校&lt;br /&gt;
*** [[千葉県立木更津高等学校]] - [[千葉県立木更津東高等学校]]&lt;br /&gt;
** 私立高等学校&lt;br /&gt;
*** [[暁星国際高等学校]] - [[志学館中等部・高等部 (千葉県)|志学館高等部]] - [[木更津総合高等学校]] - [[拓殖大学紅陵高等学校]]&lt;br /&gt;
* '''中学校'''&lt;br /&gt;
** 市立中学校&lt;br /&gt;
*** 金田中学校 - 岩根中学校 - 岩根西中学校 - 中郷中学校 - [[木更津市立清川中学校|清川中学校]]- 太田中学校 - [[木更津市立木更津第一中学校|木更津第一中学校]] - [[木更津市立木更津第二中学校|木更津第二中学校]] - 木更津第三中学校 - 鎌足中学校 - 富来田中学校 - 波岡中学校 - [[木更津市立畑沢中学校|畑沢中学校]]&lt;br /&gt;
** 私立中学校&lt;br /&gt;
*** [[志学館中等部・高等部 (千葉県)|志学館中等部]] - 暁星国際中学校&lt;br /&gt;
* '''小学校'''&lt;br /&gt;
** 市立小学校&lt;br /&gt;
*** 金田小学校 - 岩根小学校 - 高柳小学校 - 中郷小学校 - 請西小学校 - 祇園小学校 - 木更津第一小学校 - 木更津第二小学校 - 清見台小学校 - 東清小学校 - 西清小学校 - 南清小学校 - 鎌足小学校 - 八幡台小学校 - 富岡小学校 - 馬来田小学校 - 波岡小学校 - 畑沢小学校&lt;br /&gt;
** 私立小学校&lt;br /&gt;
*** 暁星国際小学校&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 他の自治体との関係 ===&lt;br /&gt;
==== 近隣自治体 ====&lt;br /&gt;
* [[君津市]]、[[富津市]]、[[袖ケ浦市]]&lt;br /&gt;
: 木更津市を含めた4市の区域に相当する範囲には、その昔、明治期の[[郡制]]に基づき[[君津郡]]が存在していたという事で歴史的・行政的に関係が深く、1991年、袖ケ浦町の市制開始に伴う君津郡消滅後も旧君津郡4市を一括して'''かずさ4市'''と呼称される。&lt;br /&gt;
: 2000年代に入り、[[市町村の合併の特例に関する法律]]（旧合併特例法）が施行されて日本国内の各地で市町村合併の気運が高まる中、[[青年会議所]]を中心に4市の合併に向けた活動が行われる。各市に対して合併協議会の設置請求を行うが、袖ケ浦市議会において否決された事になり合併協議会設置までには至らなかった&amp;lt;ref&amp;gt;千葉県総務部市町村課ホームページ「市町村合併支援室」より&amp;lt;/ref&amp;gt;。もし合併が実現した場合には人口が30万人を超え、[[中核市]]としての用件を満たすことになる。&amp;lt;!-- 新市名には、県庁所在地との位置関係から南千葉市、旧国名の上総を用いて上総市（またはひらがなで、かずさ市）などが検討されていた。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 姉妹都市 ====&lt;br /&gt;
* {{flagicon|USA}} [[オーシャンサイド (カリフォルニア州)|オーシャンサイド市]]（[[w:Oceanside, California|en:Oceanside, California]]、[[アメリカ合衆国]] [[カリフォルニア州]]）&lt;br /&gt;
: [[1990年]][[6月29日]] 木更津市姉妹都市調印団が渡米し、オーシャンサイド市において姉妹都市提携に調印、8月14日には、オーシャンサイド市調印団を招き木更津市でも調印をした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 政治 ==&lt;br /&gt;
=== 市政 ===&lt;br /&gt;
==== 三役 ====&lt;br /&gt;
* '''市長''' 水越 勇雄（[[2002年]][[3月31日]]就任 3期目）&lt;br /&gt;
** '''副市長''' 服部 善郎&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 歴代市長 ====&lt;br /&gt;
* 石川 善之助 （1943年3月11日 - 1946年11月6日）&lt;br /&gt;
* 山崎 直 （1946年11月12日 - 1955年4月2日）&lt;br /&gt;
* 浜名 儀三 （1955年5月1日 - 1963年4月30日）&lt;br /&gt;
* 荻原 孫太郎 （1963年5月1日 - 1967年4月30日）&lt;br /&gt;
* 北見 日吉 （1967年5月1日 - 1979年4月30日）&lt;br /&gt;
* 石川 昌 （1979年5月1日 - 1995年4月30日）&lt;br /&gt;
* 須田 勝勇 （1995年5月1日 - 2002年2月20日&amp;lt;ref&amp;gt;税金滞納および指定暴力団からの借金問題により任期途中で引責辞任する&amp;lt;/ref&amp;gt;）&lt;br /&gt;
* 水越 勇雄 （2002年3月31日 - 現在）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 行政区域変遷 ====&lt;br /&gt;
現在の木更津市は1942年に新設合併で誕生したものである。それ以前の[[木更津町]]については当該項目を参照。&lt;br /&gt;
* [[1942年]]（昭和17年）[[11月3日]] - [[君津郡]][[木更津町]]、[[巖根村]]、[[清川村 (千葉県)|清川村]]、[[波岡村]]が合併のうえ[[市制]]施行して本市を新設。&lt;br /&gt;
* [[1944年]]（昭和19年）11月3日 - [[鎌足村]]を編入。&lt;br /&gt;
* [[1955年]]（昭和30年）&lt;br /&gt;
** [[2月11日]] - [[金田村 (千葉県)|金田村]]を編入。&lt;br /&gt;
** [[3月1日]] - [[中郷村 (千葉県君津郡)|中郷村]]を編入。&lt;br /&gt;
* [[1971年]]（昭和46年）[[9月30日]] - [[富来田町]]を編入。現在の市域となる。&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
{{oldarea/line|9}}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
{{oldarea|町|[[望陀郡]]|木更津町}}&lt;br /&gt;
{{oldarea/o|A|11}}&lt;br /&gt;
{{oldarea|町|[[君津郡]]|[[木更津町]]|1|3|0|1}}&lt;br /&gt;
{{oldarea/o|C|5}}&lt;br /&gt;
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|-&lt;br /&gt;
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|-&lt;br /&gt;
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|-&lt;br /&gt;
{{oldarea|村|[[周淮郡]]|波岡村}}&lt;br /&gt;
{{oldarea|村|君津郡|[[波岡村]]|1|3}}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
{{oldarea|村|望陀郡|鎌足村}}&lt;br /&gt;
{{oldarea|村|君津郡|[[鎌足村]]|1|5}}&lt;br /&gt;
{{oldarea/o|D|1}}&lt;br /&gt;
{{oldarea|市|hidden|木更津市|1|9|1|1}}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
{{oldarea|村|望陀郡|金田村}}&lt;br /&gt;
{{oldarea|村|君津郡|[[金田村 (千葉県)|金田村]]|1|7}}&lt;br /&gt;
{{oldarea/o|E|1}}&lt;br /&gt;
{{oldarea|市|hidden|木更津市|1|7|1|1}}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
{{oldarea|村|望陀郡|中郷村}}&lt;br /&gt;
{{oldarea|村|君津郡|[[中郷村 (千葉県君津郡)|中郷村]]|1|9}}&lt;br /&gt;
{{oldarea/o|F|1}}&lt;br /&gt;
{{oldarea|市|hidden|木更津市|1|5|1|1}}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
{{oldarea|村|望陀郡|馬来田村}}&lt;br /&gt;
{{oldarea|村|君津郡|[[馬来田村]]|1|11}}&lt;br /&gt;
{{oldarea/o|G|3}}&lt;br /&gt;
{{oldarea|町||[[富来田町]]|2}}&lt;br /&gt;
{{oldarea/o|H|2}}&lt;br /&gt;
{{oldarea|市|hidden|木更津市|2|1|1}}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
{{oldarea|村|望陀郡|富岡村|2}}&lt;br /&gt;
{{oldarea|村|君津郡|[[富岡村 (千葉県)|富岡村]]▲|2|11}}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
{{oldarea||||1|3}}&lt;br /&gt;
{{oldarea/line|9}}&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;line-height:110%;font-size:smaller;&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;div&amp;gt;A [[1897年]]（[[明治]]30年） [[4月1日]]&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;div&amp;gt;B [[1933年]]（[[昭和]]8年） 4月1日&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;div&amp;gt;C [[1942年]]（昭和17年）[[11月3日]]&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;div&amp;gt;D [[1954年]]（昭和29年）11月3日&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;div&amp;gt;E [[1955年]]（昭和30年）[[2月11日]]&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;div&amp;gt;F [[1955年]]（[[昭和]]30年） [[3月1日]]&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;div&amp;gt;G [[1955年]]（[[昭和]]30年） [[3月31日]]&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;div&amp;gt;H [[1971年]]（昭和46年）[[9月10日]]&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 政策 ====&lt;br /&gt;
; 木更津業務核都市基本構想&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.city.kisarazu.lg.jp/ 木更津市公式ホームページ]「政策プラン・財政」の「基本構想」より&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[東京圏]]への一極集中を打開し大都市問題を解決する目的の為、東京圏近郊都市の中から地域の広域中心都市となるべき都市を[[業務核都市]]として指定し、東京都の持つ業務機能や商業、医療等といった諸機能を請負い、担うための整備・育成を行う。「第4次首都圏基本計画」（1986年6月決定）により、千葉県では[[千葉市]]、[[成田市]]・[[千葉ニュータウン]]、木更津市の3地域が業務核都市として位置付けられる。「第5次首都圏基本計画」（1999年3月）では新たに「分散型ネットワーク構想」が方針に盛り込まれ、[[柏市]]を含めた4地域について広域連携拠点としての整備を進める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1992年3月には木更津業務核都市基本構想が策定され承認を受ける。その概要は次の通り。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 県南地域の広域中心都市として認知されると共に、業務核都市としての形成を行う&lt;br /&gt;
* 東京湾アクアラインや[[首都圏中央連絡自動車道]]により、交通網を整備・強化して他の業務核都市との連携を図る&lt;br /&gt;
* 木更津駅、木更津港を中心とする市街地を木更津都心地区（約195ha）として、商業、金融、医療等の諸機能の集約し、業務核都市の中心地区として整備を行う&lt;br /&gt;
* かずさ鎌足に整備された、かずさアカデミアパーク地区（約278ha）を中心に研究施設や学術施設、国際会議施設など複合機能を有した施設を集約して、国際水準に対応した研究開発拠点の機能を有する&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 財政 ====&lt;br /&gt;
市の[[財政]]について&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.soumu.go.jp/ 総務省]発表『地方財政分析平成18年度決算』より&amp;lt;/ref&amp;gt;、[[歳入]]減と[[歳出]]増と状況として悪化の傾向をたどっている。歳入減の要因として[[市町村民税|住民税]]や[[固定資産税]]による税収の減少が挙げられ、歳出増の要因には市の高齢者人口の割合の増加による[[公的扶助|扶助費]]の増加が挙げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一時期と比較し、東京湾横断道路建設やかずさアカデミアパーク整備のような大規模[[公共事業]]が少なくなり、歳出に占める公共事業費の割合は減少しているとは言え、このまま従来型の財政運用方法を改善しなくては市の財政が破綻し、[[財政再建団体]]に転落する可能性がある事が懸念されている。その為、市では[[財政政策]]として行政改革5か年プランを策定し、歳出削減および歳入の確保を目指して財政の健全化を図っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 財政力指数&lt;br /&gt;
[[財政力指数]]は0.83でここ5年間で微増ではあるが連続して伸びを見せており、全国市町村平均(0.53)および県内市町村平均(0.77)を上回る。定員適正化計画に基づく人員削減、給与の適正化および緊急事業の選択と集中化により、行政の効率化と財政の健全化を図る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 経常収支比率&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[国際収支統計|経常収支比率]]は91.0%であり、全国市町村平均(90.3)および県内市町村平均(90.1)をわずかに上回る。児童手当等の扶助費および廃棄物中間処理の全面委託化による物件費が増となったため、前年度と比較すると+2.6ポイント増加している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; ラスパイレス指数&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ラスパイレス指数]]は99.9であり、100を下回るとは言え全国市平均(97.9)、全国市町村平均(93.9)を大きく上回る。これは初任給基準が高く前職経験年数を加算された新規職員および勤続年数の長く給与設定が高めの高齢職員が人員分布に多いこと等が要因として挙げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 行政機関 ====&lt;br /&gt;
;警察&lt;br /&gt;
* 警察署&lt;br /&gt;
** [[木更津警察署]]（管轄：木更津市、袖ケ浦市）&lt;br /&gt;
* 交番・駐在所&lt;br /&gt;
** 岩根駅前交番 - 小浜交番 - 木更津駅前交番 - 清見台交番 - 長須賀交番 - 江川駐在所 - 金田駐在所 - 桜井駐在所 - 中郷駐在所 - 波岡駐在所 - 馬来田駐在所&lt;br /&gt;
;消防&lt;br /&gt;
* [[木更津市消防本部]]（管轄：木更津市）&lt;br /&gt;
** 消防署本署 - 長須賀分署 - 富来田分署 - 金田分署 - 高柳出張所 - 波岡出張所 - 清川出張所&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 市議会 ===&lt;br /&gt;
市議会は市民の中から選挙により選出された議員によって構成されている。議員の任期は4年。議員定数は木更津市議会議員定数条例に基づき28名と定められている。[[地方自治法]]第91条で議員定数として定める事のできる上限数は、人口10～20万人の市に該当する木更津市の場合、34名迄である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 会派の構成 ====&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
! 会派名 !! 代表者 !! 議席&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;&lt;br /&gt;
| フォーラム未来 || 滝口敏夫 ||style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;| 10&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;&lt;br /&gt;
| 正栄会 || 前田清治 ||style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;| 7&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;&lt;br /&gt;
| 新栄会 || 野田芳久 ||style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;| 3&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;&lt;br /&gt;
| 公明党 || 西勝義 ||style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;| 4&lt;br /&gt;
|-style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;&lt;br /&gt;
| （無会派） || - ||style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;| 3&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot; colspan=&amp;quot;2&amp;quot;| 計&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|27&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
（2009年12月現在）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 委員会 ====&lt;br /&gt;
* '''常任委員会'''&lt;br /&gt;
** 総務常任委員会&lt;br /&gt;
** 経済環境常任委員会&lt;br /&gt;
** 教育民生常任委員会&lt;br /&gt;
** 建設常任委員会&lt;br /&gt;
* '''議会運営委員会'''&lt;br /&gt;
* '''特別委員会'''&lt;br /&gt;
** 基地対策特別委員会&lt;br /&gt;
** みなと木更津活性化特別委員会&lt;br /&gt;
** 合併調査特別委員会&lt;br /&gt;
** 予算審査特別委員会（必要に応じてその都度設置）&lt;br /&gt;
** 決算審査特別委員会（必要に応じてその都度設置）&lt;br /&gt;
* '''議会広報委員会'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 裁判所 ===&lt;br /&gt;
木更津市新田に[[千葉地方裁判所]]および[[千葉家庭裁判所]]それぞれの木更津支部が設置されており、千葉地方裁判所木更津支部には[[簡易裁判所]]が設置されている。千葉地方裁判所木更津支部は内房地域を管轄しており、管内で発生した[[民事訴訟]]、[[刑事訴訟]]の合議事件を取り扱う。千葉家庭裁判所木更津支部では[[家事審判]]および[[少年審判]]を取り扱う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 司法機関&lt;br /&gt;
* 地方裁判所&lt;br /&gt;
** [[千葉地方裁判所]] 木更津支部（管轄：内房地域）&lt;br /&gt;
** [[木更津簡易裁判所]]&lt;br /&gt;
* 家庭裁判所&lt;br /&gt;
** [[千葉家庭裁判所]] 木更津支部（管轄：内房地域）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経済 ==&lt;br /&gt;
=== 状況 ===&lt;br /&gt;
木更津市の経済状況は、戦後の高度成長と共に成長し、最盛期には37万人の商圏人口を持つ商業都市として形成されていくが、日本国内で1990年代初頭に起きた「[[バブル崩壊]]」&amp;lt;ref&amp;gt;『Newsweek 日本版 2002年11月6日版』のSpecial Report（頁22-25）において「バブルと銀行破綻の傷跡に苦しむ木更津市は日本経済の未来の縮図」と表現して紹介されている&amp;lt;/ref&amp;gt;により好況から不況へと暗転する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
太平洋戦争中は軍関連の施設が存在したこともあり、その施設関係者と工員が移住したことによって人口が増加し、木更津は軍都として発展する。戦後の[[高度経済成長期]]には千葉県の内房地域が[[京葉工業地域]]として発展する経緯の中、市の臨海部では埋立が行われ[[木更津港]]が工業港として整備され、隣の[[君津市]]には[[八幡製鐵]]（現[[新日鐵住金]]）の [[新日鐵住金君津製鐵所|君津製鐵所]]が誘致される。君津市と接する波岡地区を中心に宅地整備が行われ、製鉄所関係者およびその家族が移住し人口が著しく増加する。人口増加を契機に経済活動が活発になり、[[木更津駅]]前には大手販売店である[[そごう]]や[[ダイエー]]、[[西友]]などが進出し、木更津市を中心とする[[商圏|木更津商圏]]が形成され、県南地域の[[商業]][[都市]]として発展する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1980年代に入ると、千葉県で千葉新産業三角構想が策定され木更津市は[[かずさアカデミアパーク]]構想の母都市（他に君津市、袖ヶ浦市、富津市を含む）に位置付けられる。この構想により鎌足地区の丘陵地帯では研究開発拠点の整備が行われ、民間を中心とする研究機関の誘致活動が行われる。また、国の政策として首都圏の大都市問題緩和を目的とする[[業務核都市|木更津業務核都市構想]]が計画される。歴史的経緯に明治維新期に木更津県県庁が存在した事、県南部の経済の中心として認識されている事、かずさアカデミアパーク構想等により、木更津市は業務核都市に位置付けられ整備が行われる。その一環として[[東京湾横断道路]]建設が計画に含まれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東京湾横断道路建設にあたり、当初の事業計画では対岸の[[川崎市]]や[[横浜市]]、[[東京]]など[[京浜地区]]との交通の便が良くなる事で人の交流や物流が頻繁となって経済活動に好影響を与えると予想され、住宅購入者の増加や企業進出の増加などが見込まれていた。ところが実際に開通してみると事業計画の予想とは正反対の結果に働き、考えられていた地域振興や発展には繋がらず、逆に経済活動が混迷する事になる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当初アクアラインの交通量は2万5千台/日と予想していたが、実際に開通した結果は1万台 /日と予想を大きく下回る&amp;lt;ref&amp;gt;数値はNewsweek 2002年11月6日号「Special Report 不良債権にのみ込まれた街」頁22より&amp;lt;/ref&amp;gt;。期待されていた東京のベッドタウンとしての需要がほとんど発生せず、人口増加や産業発展を見越して計画されていたかずさアカデミアパークや宅地造成地には売れ残りの区画が目立つ状態であり、小売業においては京浜地区の小売業者との競争を否応無しに強いられることになり、物量の面や商圏地域の魅力等の要因により購買客の流出が顕著となり、商圏人口が37万人から12万人に低下、商圏の吸引力低下により商業中心都市から準商業中心都市に格下げられる&amp;lt;ref&amp;gt;千葉県商圏調査報告書では平成3年度版では商業中心都市とされていたが、平成6年度版には準商業中心都市に格下になっている（『千葉県の歴史 別編 地誌2 地域誌』頁206より、千葉県商圏調査報告書は[http://www.pref.chiba.jp/index.html 千葉県ホームページ]千葉県商工労働部経営支援課のページからでも閲覧可）&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;木更津商圏地域の市町村は木更津市、君津市、袖ケ浦市、富津市、鋸南町（平成13年度商圏調査報告書より [http://www.pref.chiba.lg.jp/index.html 千葉県ホームページ]千葉県商工労働部経営支援課）&amp;lt;/ref&amp;gt;。結果、木更津市は対岸の京浜地区と県南部の通過点となり、流出面が顕著となった[[ストロー効果]]が発生する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、[[バブル崩壊]]による国内の[[景気|景気低迷]]の影響により、東京湾横断道路完成を見越して上昇傾向にあった駅前商店街の[[地価]]は、1991年のピークを境に著しく下落。1999年から2003年にかけて東京圏における地価下落率の1位&amp;lt;ref&amp;gt;国土交通省『[http://tochi.nla.go.jp/ 土地総合情報ライブラリー]』「地価公示（記者発表資料）」より&amp;lt;/ref&amp;gt;となる。&amp;lt;!--検証可能か調査中→（一説にはバブル期の地価上昇が著しく異常であり、バブル崩壊の影響で正常の状態に戻ったという見方もある）--&amp;gt;また商業地域への影響は大きく、[[日本長期信用銀行]]の破綻による[[そごう]]グループに対する金融支援の行き詰まりが要因で2000年7月木更津そごうが撤退、そごうがテナントとなっていた駅前の西口再開発ビル（アインスビル）を運営していた[[第三セクター]]もキーテナントを失ったことによって翌年に倒産し、連鎖するように駅東口に出店していたダイエーも閉店する。木更津そごうやダイエーのような駅前の中心的存在であった大型店舗が相次いで撤退した事により、集客力を失った駅前商店街では閉店する店舗が続出し、閑散とした[[シャッター通り]]へと変貌する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
行政では1998年に議決された木更津市基本構想において産業発展と国際交流が課題として挙げられており、交通網の整備と物流の強化、雇用の確保と人口増加、市民生活の充実、経済活動の活性化を目標とした基本計画を策定し実施している。[[2002年]]に[[TBSテレビ|TBS]][[Japan News Network|系列]]で放映された[[木更津キャッツアイ]]は木更津という名称を全国へ広げることとなり、商店街を中心に観光地を誘致する動きが出てきた。また、駅前の中心的な建物であったアインスビルにはそごう撤退後、8階の空フロアに市民の企業活動支援を目的としたチャレンジセンター（チャレンジセンター Let's木更津）や、情報通信環境を備えた共同利用型のテレワークセンターを開設し地域活性化に向けた活動が行われ、2004年4月に[[アクア木更津]]という新名称で再オープンした。しかし[[キーテナント|テナント]]としていたスーパー・[[マルエイ]]や[[ネクストジャパンホールディングス|JJCLUB100]]が相次いで閉店、その後2009年にビルの運営・管理を行っていた日本総合企画が倒産し、2010年、木更津市はアクア木更津ビルを売却、以後の管理は売却先の有限会社金剛山が管理することとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年8月より、[[2009年千葉県知事選挙|千葉県知事選挙]]で当選した[[森田健作]]知事が千葉県側の負担をもとに[[ETC]]による通行料を普通車800円にする社会実験を行っている。前年から行われていた土日祝日のETCによる通行料1000円期間を含め、値下げによる経済効果が出ている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.pref.chiba.lg.jp/keisei/aqualine/hitomatagi/documents/0716sokuhou.pdf 東京湾アクアラインの交通量（速報値）及び南房総地域観光入込の状況について（6月分及び社会実験開始後の累計）]&amp;lt;/ref&amp;gt;。しかしこれは当然一時的なものであるので、これを国政として継続させるために九都県市首脳会議が、2010年[[7月28日]]に'''東京湾アクアラインの料金に関する要望'''を実施した&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.pref.chiba.lg.jp/seisaku/kouiki/shunou/documents/57youbou.pdf 東京湾アクアラインの料金に関する要望]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 将来 ===&lt;br /&gt;
[[2011年]]現在、アクア木更津ビルは2010年秋ごろをめどにマリンゲート木更津としてのリニューアルオープンが予定され&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.kisacon.jp/modules/bulletin/index.php?page=article&amp;amp;storyid=6548 仮称「マリンゲート木更津」「アクア木更津ビル」10月RNオープンへ]&amp;lt;/ref&amp;gt;、生鮮市場や[[百円コンビニユーエスマート|Kid's US.LAND]]などがオープンしたが、現在もアクア木更津として運営されており、マリンゲート木更津としてのオープンがどうなったのかは公になっていない。南西部の築地地区には、[[イオン木更津ショッピングセンター]]&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.city.kisarazu.lg.jp/gikai/documents/gikai2111.pdf きさらづ市議会だより 第106号(PDF)]&amp;lt;/ref&amp;gt;が2014年にオープンを予定している。また、2012年には北西部の金田地区に、[[三井アウトレットパーク 木更津]]&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.mitsuifudosan.co.jp/corporate/news/2010/0120_02/index.html ～三井アウトレットパークシリーズ最大級～「（仮称）三井アウトレットパーク 木更津金田」開発決定]&amp;lt;/ref&amp;gt;や[[ベイシア]]、[[カインズホーム]]、[[東京インテリア家具]]がオープンしており、周辺地域の発展が期待される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 産業 ===&lt;br /&gt;
産業別就業者数の総数は61,106人であり、全体の比率の中では第3次産業が7割近くを占めている。また、分類別で就業者数上位5位を挙げると[[サービス|サービス業]] 16,596人(27.2 %)、[[卸売|卸売業]]・[[小売|小売業]] 13,977人(22.9 %)、[[製造業]] 8,692人(14.2 %)、[[建設業]] 7,918人(13.0 %)、[[運輸業|運輸]]・[[通信|通信業]] 4,631人(7.6 %)の順に多い&amp;lt;ref&amp;gt;『木更津市統計書 2002年度版』頁10-11による&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
市内の産業別事業社数上位5位は卸売・小売業 2,533(47.8 %)、サービス業 1,532(28.9 %)、建設業 584(11.0 %)、製造業 248(4.7 %)、[[不動産会社|不動産業]] 150(2.8 %)である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;産業別従事者数（平成12年10月1日現在）&lt;br /&gt;
* 総数 61,106人(100 %)&lt;br /&gt;
** [[第1次産業]] 3,320人(5.4 %)&lt;br /&gt;
** [[第2次産業]] 16,718人(27.4 %)&lt;br /&gt;
** [[第3次産業]] 41,029人(67.1 %)&lt;br /&gt;
;事業所数（個人、会社総数）（平成13年10月1日現在）&lt;br /&gt;
* 総数 5,302(100 %)&lt;br /&gt;
** [[第1次産業]] 10(0.2 %)&lt;br /&gt;
** [[第2次産業]] 838(15.8 %)&lt;br /&gt;
** [[第3次産業]] 4,454(84.0 %)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 農業 ====&lt;br /&gt;
木更津市の農業は[[稲作]]が中心であり、[[小櫃川]]流域を中心に[[水田]]が広がっている。一部では野菜や施設園芸といった[[近郊農業|都市近郊型農業]]に従事している農家も見られる。現在の農業情勢としては減少傾向&amp;lt;ref&amp;gt;昭和60年の農家戸数が3,217戸に対し、平成17 年は1,873戸に減少している（『木更津市統計書 2002年度版』頁26および『市政の概要平成18年度版』頁107の調査報告を参考）&amp;lt;/ref&amp;gt;にあり、消費者ニーズに対応した農業経営への転換、従事者の高齢化、後継者問題などの諸問題を抱えている状況である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;農家数・耕地面積（平成17年2月1日現在）&amp;lt;ref&amp;gt;『市政の概要 平成18年度版』頁107より&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* 農家数 1,873戸（農家人口 6,011人）&lt;br /&gt;
* 経営耕地面積 1,593ha&lt;br /&gt;
** 田 1,350ha&lt;br /&gt;
** 普通畑 180ha&lt;br /&gt;
** 果樹園 62ha&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 水産業 ====&lt;br /&gt;
東京湾内の海岸線が埋め立てられ工業地化する中、木更津市の海岸線では遠浅の[[干潟|砂泥干潟]]が形成いることから、浅海漁場として海苔養殖や貝類養殖が行われている。特に[[海苔]]の[[養殖]]については全国でも有数の産地であり、富津市と共に[[江戸前]]海苔の産地として知られている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;あさり・乾燥海苔生産状況（平成17年度）&amp;lt;ref&amp;gt;『市政の概要 平成18年度版』頁112より&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* 乾燥海苔&lt;br /&gt;
** 共販枚数 86,234千枚&lt;br /&gt;
** 金額 849,098千円&lt;br /&gt;
* あさり&lt;br /&gt;
** 水揚げ量 2,019トン&lt;br /&gt;
** 金額 711,100千円&lt;br /&gt;
;[[漁港]]&lt;br /&gt;
* 金田漁港（第一種漁港）&lt;br /&gt;
* 牛込漁港（第一種漁港）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 商業 ====&lt;br /&gt;
木更津市は古くより南房総の物流拠点として発展し商業中心都市として[[商圏]]を形成するに至るが、[[バブル崩壊]]による不景気が影響し商店数の減少&amp;lt;ref&amp;gt;平成6年次が商店数1,721件に対し、平成16年次には1,435件に減少それに伴い年間販売額も減少の傾向が見られる（『市政の概要平成18年度版』頁114より）&amp;lt;/ref&amp;gt;が見られる他、近隣都市の商業施設の増加や消費者ニーズの多様化などの要因が重なり、地元購買力や顧客吸引力の低下が見られる。[[東京湾アクアライン]]完成以前は市の玄関口にあたる木更津駅から木更津港にかけて商業地が集中していたが、以降は郊外に店舗が集まる郊外型への転換が見られ、木更津駅前を中心とする中心商業地の空洞化が顕著となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;商業統計（平成16年6月1日現在）&amp;lt;ref name=shisei_h18_P114&amp;gt;『市政の概要 平成18年度版』頁114より&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* 商店数 1,435件（従事者数 10,731人）&lt;br /&gt;
** 卸売業 315件&lt;br /&gt;
** 小売業 1,120件&lt;br /&gt;
* 年間総販売額 2,714億円&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 工業 ====&lt;br /&gt;
木更津市は[[京葉工業地域]]&amp;lt;ref&amp;gt;木更津市は工業都市の性質よりも商業都市としての性質の方が高い。京葉工業地域に含まれる他の近隣市町村では工場群立地による税収が見込まれ、財政力指数が地方交付税不交付団体の条件である1.00を越えているのに対し、木更津市は0.81である。&amp;lt;/ref&amp;gt;に含まれており、[[木更津港]]は[[重要港湾]]に指定され工業港として発展する。隣接する君津市に新日鐵住金の製鉄所が立地する関係で、市内には関連の企業が立地する。鎌足地区を[[かずさアカデミアパーク]]として研究開発型企業の誘致を進めているが、誘致は難航し使用されていない区画も見受けられる状況である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;工業（製造業）統計（平成16年12月31日現在）&amp;lt;ref name=shisei_h18_P114/&amp;gt;&lt;br /&gt;
* 事業所数 100（従業者数 3,546人）&lt;br /&gt;
* 製造品出荷額等 3,661億円&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 主な企業 ===&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 060921 Kentagon&lt;br /&gt;
製造業は以下の条件のどれかに当てはまる企業の関連施設を列挙しました&lt;br /&gt;
1. 資本規模が50億円（目安）以上&lt;br /&gt;
2. 一部上場企業&lt;br /&gt;
3. その他、地域との関連性&lt;br /&gt;
参考文献：工場ガイド 千葉・茨城 改定2版&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* '''製造業'''&amp;lt;ref&amp;gt;『工場ガイド 千葉・茨城 改定2版』より資本規模等を考慮し一部抜粋&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
** [[かずさDNA研究所]]&lt;br /&gt;
** [[黒崎播磨]]：木更津不定形工場&lt;br /&gt;
** [[新日鉄住金化学]]：木更津製造所、木更津総合研究所&lt;br /&gt;
** [[ソニーイーエムシーエス]]：木更津テック（事業所）&lt;br /&gt;
** トーヨーカネツ：千葉事業所&lt;br /&gt;
** [[三菱ウェルファーマ]]：かずさ研究所&lt;br /&gt;
* '''宿泊業'''&lt;br /&gt;
** [[ホテルオークラ|オークラアカデミアパークホテル]]&lt;br /&gt;
** [[ホテル三日月|龍宮城ホテル三日月]]&lt;br /&gt;
** [[木更津富士屋季眺]]&lt;br /&gt;
* '''小売業'''&amp;lt;ref&amp;gt;[[大規模小売店舗立地法]]（新法）で届け出を行った大規模小売店舗&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.kisarazu-cci.or.jp/ 木更津市商工会議所]および[http://www.pref.chiba.lg.jp/ 千葉県ホームページ] 経営支援課のページを参考に抜粋&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
** [[イオンタウン]]（[[イオンタウン木更津朝日]]）&lt;br /&gt;
** イオンタウン（[[イオンタウン木更津請西]]）&lt;br /&gt;
** [[アクア木更津]]&lt;br /&gt;
** [[三井不動産]]（[[三井アウトレットパーク 木更津]]）&lt;br /&gt;
** [[東京インテリア家具]]（木更津店）&lt;br /&gt;
** [[マックスバリュ]]（太田店・木更津請西店）&lt;br /&gt;
** [[ヤマダ電機]]（テックランド木更津店）&lt;br /&gt;
** [[ユニー|アピタ]]（木更津店）&lt;br /&gt;
** [[いなげや]]（請西店）&lt;br /&gt;
** [[ケーヨーデイツー]]（木更津店・潮見店）&lt;br /&gt;
** [[カインズホーム]]（カインズモール木更津金田店）&lt;br /&gt;
** [[尾張屋]]（木更津店・岩根店）&lt;br /&gt;
** [[おどや]]（清見台店・羽鳥野店）&lt;br /&gt;
** [[せんどう]]（木更津店）&lt;br /&gt;
** [[ベイシア]]（木更津金田店）&lt;br /&gt;
** 模型の国&lt;br /&gt;
* '''通信業'''&lt;br /&gt;
** [[木更津コミュニティ放送|木更津エフエム]](83.40MHz)&lt;br /&gt;
** [[ジェイコム千葉]]（ジェイコム木更津）&lt;br /&gt;
** [[ニッポン放送]] 送信所&lt;br /&gt;
* '''運輸業'''&lt;br /&gt;
** [[日東交通 (千葉県)|日東交通]]&lt;br /&gt;
** [[小湊鐵道]]&lt;br /&gt;
** [[かずさ交通]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史・伝承 ==&lt;br /&gt;
=== 歴史 ===&lt;br /&gt;
''' 木更津'''という地名の由来について、'''如月の津'''が転じて木更津になった、'''木足らず'''が訛り木更津になったと諸説あるが、一般的には[[ヤマトタケル|倭建命]]伝承の一説、'''君不去'''（きみさらず）が元になっているというのが通説である（下記の[[#伝承|'''伝承 ''']]の項参照）。木更津という地名が使われ始めたのは、最も古い文章で[[1353年]]（文和2年/正平8年）に記された文献&amp;lt;ref&amp;gt;[[藻原寺]]（茂原市）の文書『仏堂伽藍記』（『角川日本地名大辞典 12千葉県』頁1014より）&amp;lt;/ref&amp;gt;で'''木佐良津'''と記されている。ただし、当時の江戸湾沿岸を代表する港は木更津の北にある高柳（現在の木更津市高柳）や[[富津市|富津]]であったと考えられており、[[1576年]]に江戸湾沿岸の諸港に[[半手]]（[[戦国時代 (日本)|戦国期]]に領土を争う両勢力が紛争地の租税を暫定的に半分ずつにする事）を認めた[[北条氏規]]の[[朱印状]]には内陸化した高柳に代わって江川や葛間（現在の久津間、江川とともに木更津市）の名前はあるものの、木佐良津の名前はないため、当時は租税を取る程ではない小さな漁港に近かったと推測されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『[[古事記]]』や『[[日本書紀]]』によると、倭建命が東征の折にこの地方に立ち寄ったと記されており、この事象が元となった地名が随所に見られる。しかしこれらの文献の歴史書としての正確性を考慮すると倭建命という人物は伝説上の架空の人物であり、事実というよりも創作と見解つけるのが妥当である。ただしこの一説を完全否定するのではなく、歴史的に考察するとこの地方には倭王権に敵対する勢力が存在していた事を示しているという説がある。事実、小櫃川流域を中心とする地域には支配階級にあたる豪族（[[国造]]）が存在していたとされ、それを証明する古墳群が形成されている。奈良時代の文献には小櫃川流域一帯（現在の木更津市、袖ヶ浦市、君津市の一部に相当）を[[馬来田国]]として記されており、この地方を[[馬来田国造]]という豪族が支配していたと記録されている。[[1950年]]（昭和25年）市内長須賀の[[金鈴塚古墳]]（二子塚古墳）の発掘調査が行われる。この古墳は[[6世紀]]後半頃に造られたものとされ、馬来田国造の一族のものとされる。この古墳からは大刀や銅容器・武具・古墳名称の元となる純金製の5つの金鈴などが出土されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1456年]]（康正2年）頃[[武田氏|上総武田氏]]の祖である [[武田信長]]が[[守護代|上総守護代]]となり、上総地方進出の足がかりとして[[真里谷城]]を築城する。以降、真里谷城は庁南城 （[[千葉県]][[長生郡]][[長南町]]）と並び上総武田氏の居城として繁栄する。武田信長の子孫の内、真里谷城を拠点とするものは真里谷氏を名乗り戦国大名化する。真里谷氏は一族の内紛と[[国府台合戦|第1次国府台合戦]]の末に勢力が衰退し、上総地方の支配者も真里谷氏から[[里見氏]]、[[後北条氏|北条氏]]へと移り変わる。[[1590年]]（天正18年）真里谷城は[[豊臣秀吉]]の[[小田原征伐]]で侵攻された後、廃城になる。現在、真里谷城跡はキャンプ場（少年自然の家）として利用されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1614年]]（慶長19年）[[大坂冬の陣]]に木更津の水夫24名が[[徳川幕府]]方について戦功を上げる。その水夫の功により幕府は、[[江戸]]-木更津間での渡船営業権や江戸の[[日本橋 (東京都中央区)|日本橋]]に「木更津河岸」を拝領地として与える等の特権を与える&amp;lt;ref&amp;gt;『木更津河岸旧記解読』頁18より&amp;lt;/ref&amp;gt;（ただし、その根拠とされている現存文書は史実と矛盾する内容が含まれており、今日では[[偽書|偽文書]]と考えられている。もっとも、元和年間（[[1615年]]）以後に幕府が木更津に代官を置いた記録は確認できるため、これに近い事実はあったと考えられている）。幕府は軍事上の目的から主要河川に橋を架けることを禁止し陸路には至る所に関所を設ける政策を採っていたため、この時代の流通手段は水運が主流になる（[[河岸]]を参照）この特権により木更津は安房・上総-江戸間との海上輸送を取り扱う流通拠点として急激に発展する。運送には喫水が浅く海川両用の [[五大力船]]が用いられた。木更津から江戸にやってくる五大力船は通称木更津船と呼ばれ、[[歌川広重]]の浮世絵にも描かれている。歌舞伎の演目『[[与話情浮名横櫛]]』は江戸期に木更津で実際に起きた事件がモチーフとなっており、当時の港町木更津の様子を垣間見ることができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
江戸時代末期の[[1825年]]（文政8年）幕府の[[旗本]]であった[[林忠英]]は3,000石の加増を受けたことにより1万石の[[大名]]として諸侯に列し[[貝淵藩]]を立藩する。[[陣屋]]を望陀郡貝淵村に設けられるが、2代目藩主の[[林忠旭]]の時代に請西村に移し、以降同藩は請西藩と称するようになる。請西藩は、最後の藩主である4代目[[林忠崇]]が藩主自ら脱藩し明治政府の東征軍に抵抗したことが[[朝敵]]行為とされ、[[1868年]]（明治元年）幕府方諸侯の中で唯一[[改易]]処分を受ける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治新政府樹立後、1868年（明治元年）改易となった請西藩の替わりに[[滝脇信敏|松平信敏]]が上総国貝淵に移封し1万石で桜井藩が立藩する。[[1871年]]（明治4年）[[廃藩置県]]施行により 8月には桜井藩は廃藩となり桜井県が設置、11月には桜井県を含む旧安房国・上総国に相当する[[木更津県]]が設置される。木更津県設置にあたり県庁が貝淵村に設置される。木更津県が存在したのはわずか2年足らずで、[[1873年]]（明治6年）には廃止し、[[印旛県]]と合併し[[千葉県]]となる。[[1878年]]（明治11年）制定の[[郡区町村編制法]]に基づき[[望陀郡]]、[[周淮郡]]、[[天羽郡]]の郡役所が設置され、[[1897年]]（明治30年）望陀、周淮、天羽の3郡が合併し[[君津郡]]が成立した時に君津郡役所が設置されており、君津郡地域において木更津市は政治的中心都市であった。[[1973年]]（昭和48年）11月に、木更津県県庁所在地のあった桜井藩邸跡に「木更津県史蹟」の石碑が建てられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本国内が[[軍国主義]]にある1930年代、木更津は軍都として発展する。[[1935年]]（昭和10年）当時の [[大日本帝国海軍]]が帝都防衛を目的として、木更津港北側を埋め立て[[木更津海軍航空隊]]を設置する事を決定し、[[1936年]]（昭和11 年）4月1日に開隊式が行われる。[[1941年]]（昭和16年）同航空隊の北東、君津郡巖根村に[[海軍工廠]]（第二海軍航空廠）が設置され&amp;lt;ref&amp;gt;ピーク時には工員数が17,000人に達する。&amp;lt;/ref&amp;gt;、木更津町および巖根村には工廠で働く工員とその家族が移住してくることになり、急激な人口増加による住宅不足の問題に直面する。2町村では大勢の移住者を受け入れる住居や新しく家を建てる土地も無く、隣接する清川村にも移住者の受け皿としての役割を求めるようになり、木更津町、巖根村、清川村の3自治体を中心に合併協議が進められる。後に協議に加わった波岡村を含める4自治体の人口の合計が当時の市制施行条件である3万人を越すことが人口調査の結果で判明し、[[1942年]]（昭和17年）木更津市として [[市制]]を開始する。木更津基地は日本初の国産ジェット機にあたる[[橘花 (航空機)|橘花]]のテスト飛行が行われた場所であり、[[1945年]]（昭和20年）[[太平洋戦争]]終結以降は米軍の管理下に置かれることになり、[[1968年]]（昭和48年）より[[陸上自衛隊]]の[[木更津駐屯地|駐屯地]]、[[海上自衛隊]]の補給所として利用されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1961年]]（昭和36年）木更津市に隣接する[[君津市]]へ[[新日鐵住金君津製鐵所|君津製鐵所]]の誘致が決定する。その背景には [[1950年]]（昭和25年）に公布された[[国土総合開発法]]において千葉県側東京湾沿岸地域の工業地帯化が計画され、農業から工業への転換を図りたい県との思惑が一致し[[京葉工業地帯]]の開発が促進されたことによる。製鉄所建設に伴い[[君津郡|君津郡地域]]の東京湾沿岸部で漁業を営んでいた漁家は埋立てによって職を失うことになり、県より漁業補償を受けて漁業権を放棄、転業を余儀なくされた&amp;lt;ref&amp;gt;木更津市では漁業権を放棄する漁業組合が6組合あった。&amp;lt;/ref&amp;gt;。漁業組合と漁業権放棄に関する交渉が終了し、木更津港南岸から君津市の臨海部の範囲を埋立てて製鉄所の建設を開始、[[1965年]]（昭和40年）に君津製鐵所の操業が本格的に開始する。君津市への製鉄所進出は木更津市にも影響を及ぼし、木更津市内には同社の系列・関連会社が進出しその社員および家族の転勤による移住が顕著になる。また1960年代から70年代後半にかけて区画整理事業として清見台、請西、畑沢など波岡地区を中心に計821haの土地の宅地造成が行われる。それにより、市内の人口が1960年には約6万人であったのが80年代中頃には12万人を突破、およそ20年の期間で人口が2倍にまで膨れ上がる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1983年]]（昭和58年）千葉県において千葉新産業三角構想が策定される。木更津市およびその周辺都市（君津、富津、袖ケ浦）は新産業三角構想の基幹プロジェクトの一つである[[かずさアカデミアパーク]]構想において、研究開発拠点の母都市に位置付けられる。研究開発拠点の形成を目標としたかずさアカデミアパーク構想に基づき、国際水準に対応した研究機関が集約する研究都市の整備および各拠点とを結ぶ道路網の構築が進められる。かずさアカデミアパークは上総丘陵に整備されることが決定し、[[1991年]]（平成3年）に鎌足地区に第一期区画整備が進められ、[[1994年]]（平成6年）には[[デオキシリボ核酸|DNA]]専門の研究所としては世界初となる[[かずさDNA研究所]]が開設する。[[1996年]]（平成8年）第一期区画整備で計画されていた278ヘクタールについては基幹整備がほぼ完了し、民間の研究所を中心に立地が進められる&amp;lt;ref&amp;gt;『千葉県の歴史 別編 地誌2 地域誌』頁211-213 参考&amp;lt;/ref&amp;gt;。かずさアカデミアパーク構想および木更津業務核都市構想に基づき、木更津市を業務核都市として他の都市との道路網の整備が行われ、[[1995年]]（平成7年）[[館山自動車道]]が[[木更津南インターチェンジ|木更津南IC]]まで開通し、千葉市との間を高速道路で結ばれる。[[1997年]]（平成9年）東京都心部および神奈川県とを結ぶ[[東京湾アクアライン]]が完成。[[2007年]]（平成19年）館山自動車道が全線開通したことにより、[[富津館山道路]]と直結して[[南房総市]]までが結ばれる。[[2010年]]（平成22年）を目処に[[木更津東インターチェンジ|木更津東IC]]より[[千葉東金道路]]と直結する[[首都圏中央連絡自動車道|圏央道]]の建設が進められており、新産業三角構想の内の「国際物流拠点」を担う[[成田国際空港|成田空港]]（[[成田市]]）と結ばれるようになる&amp;lt;ref&amp;gt;『千葉県の歴史 別編地誌2 地域誌』頁208-210 「東京湾アクアラインと木更津市」参考&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 沿革 ===&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--区分関連は行政区分変遷の項へ--&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[1871年]]（明治4年）[[11月13日]] &amp;amp;mdash; 木更津県が設置され、木更津県の県庁所在地となる&lt;br /&gt;
* [[1873年]]（明治6年）[[6月15日]] &amp;amp;mdash; 木更津県廃止&lt;br /&gt;
* [[1889年]]（明治22年）[[4月1日]] &amp;amp;mdash; 布令により木更津町および9村が発足&lt;br /&gt;
* [[1912年]]（大正元年）[[8月21日]] &amp;amp;mdash; 木更津線（現[[内房線]]）が[[姉ヶ崎駅]]から[[木更津駅]]まで延伸開業する&lt;br /&gt;
* [[1912年]]（大正元年）[[12月28日]] &amp;amp;mdash; [[木更津駅]]、[[久留里駅]]間を[[軽便鉄道]]が開通する（現[[久留里線]]）&lt;br /&gt;
* [[1920年]]（大正9年）[[10月1日]] &amp;amp;mdash; 第1回[[国勢調査]]実施。木更津町の人口は8,551人&lt;br /&gt;
* [[1924年]]（大正13年） &amp;amp;mdash; 児童雑誌『[[金の船]]』12月号にて童謡『証城寺の狸囃子』発表&lt;br /&gt;
* [[1936年]]（昭和11年）[[4月1日]] &amp;amp;mdash; 木更津港北側を埋め立て海軍航空隊を設置&lt;br /&gt;
* [[1942年]]（昭和17年）[[11月3日]] &amp;amp;mdash; 市制開始。全国で197番目、県下で6番目の市となる。当時の人口は33,817人&lt;br /&gt;
* [[1948年]]（昭和23年）[[8月14日]] &amp;amp;mdash; 第1回港まつり開催&lt;br /&gt;
* [[1965年]]（昭和40年）[[4月1日]] &amp;amp;mdash; 木更津港-川崎港および木更津港-横浜港（1972年廃止）をカーフェリー就航&lt;br /&gt;
* [[1968年]]（昭和43年）[[4月17日]] &amp;amp;mdash; 木更津港が港湾法に基づき、[[重要港湾]]に指定される&lt;br /&gt;
* [[1975年]]（昭和50年）5月 &amp;amp;mdash; 中の島大橋完成&lt;br /&gt;
* [[1976年]]（昭和51年）[[9月10日]] &amp;amp;mdash; 市の人口が10万人を越す。千葉県で9番目の10万人都市となる&lt;br /&gt;
* [[1992年]]（平成4年） &amp;amp;mdash; きみさらづタワー完成&lt;br /&gt;
* [[1997年]]（平成9年）[[12月18日]] &amp;amp;mdash; [[東京湾アクアライン]]開通。それに伴いカーフェリー木更津-川崎航路が廃止する&lt;br /&gt;
* [[2002年]](平成14年)[[1月]]～[[3月]] &amp;amp;mdash; [[木更津キャッツアイ]]がTBS系列で放送&lt;br /&gt;
* [[2004年]](平成16年)[[4月28日]] &amp;amp;mdash; [[アクア木更津]]がオープン&lt;br /&gt;
* [[2009年]](平成21年)[[8月1日]] &amp;amp;mdash; 社会実験として東京湾アクアラインでETC普通車の通行料が800円に&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 伝承 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[千葉県]]には[[倭建命]]と[[源頼朝]]に関連する伝承が多いという特徴が挙げられる。この特徴は木更津市においても同様であり、市内には関連する伝承が今に伝えられている。『[[古事記]]』や『[[日本書紀]]』、『[[風土記]]』の一説において倭建命伝説が扱われており、木更津市は倭建命が [[上総国]]に渡る場面の舞台として記されている。源頼朝伝説は、源頼朝が伊豆で挙兵したものの[[平氏]]との合戦に敗れて[[安房]]に逃れ、[[房総半島]]の諸勢力の力を得て再起したという歴史的経緯&amp;lt;ref&amp;gt;源頼朝が安房に逃れてから鎌倉に至るまでの経路は定かとされておらず、木更津を通過したか否かは推測の域を出ない。&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;文献に見られる頼朝の経路として、『[[吾妻鏡]]』によれば安房勝山から[[鴨川市|鴨川]]に出て、[[長狭街道]]を西に花立峠（木之根峠）を越えて上総国入りしたとされ、この経路を辿れば[[富津市]]に出ることになる（『木更津市史』頁1056より）『[[義経記]]』では富津市の地名の後「きさうとの浜（木更津と思われる）」「開発（貝淵と思われる）」と木更津市と関連するだろうと思しき地名が記述されている（『角川日本地名大辞典 12千葉県』頁1014より）&amp;lt;/ref&amp;gt;の中から派生したものである。また、童謡[[証城寺の狸囃子]]のモチーフとなった、市内の證誠寺に伝わる『證誠寺の狸伝説』が有名である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 倭建命の東征&lt;br /&gt;
: 倭建命の東国征伐のこと。船で上総国に渡ろうとした時に一行は海上で嵐に襲われる。そして倭建命の妻、[[弟橘姫]]は海に身を投じることで嵐を静めようとする。弟橘姫の祈りが通じたのか嵐が収まり一行は無事に上総国に渡る事ができた。それから倭建命はこの地にしばらく留まり弟橘姫のことを思って歌にした。&lt;br /&gt;
{{quotation|&lt;br /&gt;
: （[[和歌]]）&lt;br /&gt;
: 君さらず 袖しが浦に立つ波の その面影をみるぞ悲しき&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
:この歌の一節'''君さらず'''が転じて、'''木更津'''という地名となったと伝えられている。&lt;br /&gt;
: 市には吾妻という地名があるが、倭建命が弟橘姫を偲んで「吾妻はや（我が妻よ）」と言った故事に由来するとされている。市内には吾妻神社という神社が存在し倭建命と弟橘姫が祀られている。またこの地域には吾妻、我妻を姓とする人がおり、これも倭建命伝説に由来しているとされている。&lt;br /&gt;
; 源頼朝伝説&amp;lt;ref&amp;gt;『木更津市史』頁1056 「木更津における源頼朝伝説」より&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
: [[石橋山の戦い]]で平家に敗れた源頼朝がこの地方に立ち寄った際に見かけた竹林があまりにも立派だったため、この竹を源氏の旗竿にすることにした。以降この地を旗竿村と呼ぶようになった。伝承では市内の畑沢&amp;lt;ref&amp;gt;市内畑沢の波岡寺境内に埋没していた石碑に「旗竿村」と記されている（『木更津市史』頁147「畑沢集落と旗竿村」より）&amp;lt;/ref&amp;gt;という地名はこの旗竿村に由来するとされている。また、草敷という地名についても頼朝が刈草を敷いて休息をとったという言い伝えが元になっている。&lt;br /&gt;
: 源頼朝が[[鎌倉幕府]]開府にあたり、市内の八剱八幡神社に神領を寄進して社殿を造営したという伝えがある。&lt;br /&gt;
; [[證誠寺_(木更津市)#證誠寺の狸伝説|證誠寺の狸伝説]]&lt;br /&gt;
: 市内の[[證誠寺 (木更津市)|證誠寺]]に伝わる伝説で、童謡『[[証城寺の狸囃子]]』はこの伝説を元に作られた。童謡は『''しょ しょしょうじょう寺～♪''』と軽快なリズムの明るい曲だが、昔話として伝わる狸伝説は「秋の夜に[[和尚]]と何十匹もの[[タヌキ|狸]]が寺の庭で 囃子合戦をした挙句、夜が明けたら調子を取っていた狸の親分が腹を破いて死んでいた」という面白くも悲しい話である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 以下を證誠寺のページに移動します&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
話の概要は次の通り。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: ''「ある秋の晩の事、寺の庭が何やら騒がしいので寝ていた住職はふと目を覚まし、外の様子を耳を凝らして聴くとそれがお囃子のように聞こえたという。不思議に思いこっそり庭を覗いてみると、庭の真ん中で大狸が腹を叩いてポンポコと調子を取っており、その大狸を中心に何匹もの[[タヌキ| 狸]]が楽しそうに唄い踊っていたそうな。その様子を見ていた住職もつい楽しくなってしまい、庭に出て一緒に狸たちと踊っていたという。それから毎晩、住職と狸たちは證誠寺の庭で唄い踊っていたのだが、ある日の晩から狸たちは一向に現れず、住職が不思議に思うと翌朝庭を見ると調子を取っていた大狸が腹を破って死んでいた。不憫に思った住職はその大狸を懇ろに弔ったそうな。」''&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 名所・イベント ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;市内の主なスポット&lt;br /&gt;
&amp;lt;gallery widths=&amp;quot;200px&amp;quot; perrow=&amp;quot;3&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
ファイル:Syoujyouji in Kisarazu.jpg|證誠寺&lt;br /&gt;
ファイル:Kouzouji in Kisarazu.JPG|高蔵寺&lt;br /&gt;
ファイル:Yosaburo grave in Kisarazu.jpg|与三郎の墓（光明寺）&lt;br /&gt;
ファイル:YaturugiHachiman-01 Kisarazu.jpg|八剱八幡神社&lt;br /&gt;
ファイル:UmihotaruPA.JPG|海ほたるPA&lt;br /&gt;
ファイル:Kisarazu 014.JPG|中の島大橋&lt;br /&gt;
ファイル:Kimisarazu-Tower in Kisarazu.jpg|きみさらずタワー（太田山公園）&lt;br /&gt;
ファイル:Fireworks Kisarazu port.JPG|木更津港まつりでの花火&lt;br /&gt;
File:Kisarazu ClamDigging.JPG|木更津海岸での潮干狩り&lt;br /&gt;
&amp;lt;/gallery&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 観光名所 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; [[海ほたるパーキングエリア]]&lt;br /&gt;
: 東京湾アクアラインの木更津人工島に設置されたパーキングエリア。&lt;br /&gt;
; アクアわくわく市場&lt;br /&gt;
: 東京湾アクアライン、木更津金田IC至近にある青空市場。野菜や海産物、木更津・金田産のあさりなどを売っている。[[アナゴ|あなご]]の天丼は旅行雑誌にもたびたび取り上げられている。&lt;br /&gt;
; 太田山公園&lt;br /&gt;
: 木更津駅から東に1.0 km程の場所に位置する山。[[#伝承|伝承]]によると日本武尊はこの山の頂より海を眺めて、海中に没した弟橘媛を思い『君不去』の歌を歌ったと伝えられることから別名'''恋の森'''と呼ばれている。山の頂上にはこの伝説をモチーフにした展望台「きみさらずタワー」が存在する。太田山には木更津市郷土博物館金のすずがあり、これは千葉県立上総博物館を譲り受けたもので、金鈴塚古墳から出土した金鈴や、木更津市史に関する資料などを展示している。&lt;br /&gt;
; [[高蔵寺 (木更津市)|高蔵寺]]&lt;br /&gt;
: 市内にある[[真言宗豊山派]]に属する寺院。坂東三十三観音霊場第30番札所。&lt;br /&gt;
; 潮干狩り（3月下旬～7月）&lt;br /&gt;
: 木更津市内の牛込、金田、久津間、江川、木更津の5ヶ所の海岸で[[潮干狩り]]が出来る。&lt;br /&gt;
; [[證誠寺 (木更津市)|證誠寺]]&lt;br /&gt;
: 市内にある[[浄土真宗本願寺派]]に属する寺院。&lt;br /&gt;
; [[中の島 (千葉県)|中の島公園]]、中の島大橋&lt;br /&gt;
: '''中の島公園'''は、木更津港に浮かぶ中の島にあり、潮干狩りやフィッシングポイントとして楽しむことができ、木更津港祭りの際には花火の打ち上げ場所となっている。対岸の鳥居崎海浜公園と'''中の島大橋'''で結ばれている。中の島大橋は日本で一番高い[[歩道橋]]として知られており、全長236 m、高さ27.125 m、幅4.5 m。1975年（昭和50年）に完成。木更津港の玄関口にあたり、東京湾へ出入りする船舶はこの橋の下をくぐることになる。映画『[[木更津キャッツアイ日本シリーズ]]』で「恋人と渡ると幸せになれる赤い橋」として有名となった。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 百科事典としてはローカルな情報⇒Wikitravel的な情報としてコメントアウト&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: 映画『[[木更津キャッツアイ日本シリーズ]]』の劇中では「中の島大橋をカップルで渡ると幸せになれる」とぶっさん役の[[岡田准一]]が唄っている。しかしながら「中の島大橋をカップルで渡ると別れる」という[[都市伝説]]が地元では以前より存在していたのも事実である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: 同映画の反響で訪れる観光客が増えた反面、橋への落書きが多発するようになる。塗り直しにも費用がかかる上、アルミ製の欄干は塗り直しのしようがないと、都市計画課がやめるよう促している。&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;br /&gt;
=== イベント ===&lt;br /&gt;
; 八剱八幡神社例大祭&lt;br /&gt;
: 毎年7月第2土・日曜、市内の[[八剱八幡神社]]で開催される夏祭り。祭期間に町内を練り歩く重量1.5tの[[神輿|大神輿]]は、[[富岡八幡宮]]（[[東京都]][[江東区]]富岡）、[[鳥越神社]]（[[東京都]][[台東区]][[浅草]]）の物と並び、関東三大宮神輿の一つに数えられる。また、祭囃子『木更津ばやし』は県の[[文化財|無形民俗文化財]]に指定されている。&lt;br /&gt;
; [[木更津港まつり]]&lt;br /&gt;
: 毎年8月14・15日の2日間、木更津駅西口から木更津港までの駅前通りを会場に開催される祭。14日は富士見通りを会場に[[やっさいもっさい]]踊り、15日は木更津港を会場に中の島公園から打ち上げられる花火大会をメインに開催する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 交通 ==&lt;br /&gt;
=== 道路 ===&lt;br /&gt;
主要道路として[[高速道路]]には館山自動車道と東京湾アクアラインが挙げられる。館山自動車道を木更津北インターチェンジ(IC)から北方面に向かうと所要時間約20分程度で[[千葉市]]に到達し、[[京葉道路]]または[[東関東自動車道]]を経由して[[東京都]]へと結ばれる。また南方面は、木更津南ジャンクション(JCT)を館山方面に向かう事で[[富津館山道路]]に接続し、木更津南ICから所要時間30分程度で[[南房総市]]まで結ばれる。[[首都圏中央連絡自動車道]]（圏央道）により、木更津JCTから[[茂原市]]・[[東金市]]など外房方面へのアクセスが改善されている。東京湾アクアラインによって東京湾を挟んだ対岸の[[神奈川県]][[川崎市]]と結ばれており、木更津金田IC～[[浮島インターチェンジ (神奈川県)|浮島IC]]（約15km）の区間を所要時間約15分程度で移動できる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[一般国道]]は、国道16号線（袖ヶ浦木更津バイパス）が市内を通過する。国道16号線を北上することで千葉市-柏市-埼玉県…へ繋がり、幹線道路としての役割を持っている。長須賀交差点で外房地域へと結ばれる国道409号線・国道410号線（[[房総横断道路]]）、桜井交差点にて館山市を起点とする国道 127号線（内房なぎさライン）に接続している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;高速道路&lt;br /&gt;
* '''[[館山自動車道]]'''：[[木更津北インターチェンジ|木更津北IC]]-[[木更津ジャンクション|木更津JCT]]-[[木更津南ジャンクション|木更津南JCT]]（館山方向と木更津南IC方向に分岐）-[[木更津南インターチェンジ|木更津南IC]]&lt;br /&gt;
* '''[[東京湾アクアライン連絡道]]'''：[[木更津ジャンクション|木更津JCT]]-袖ヶ浦IC（袖ヶ浦市）-[[木更津金田インターチェンジ|木更津金田IC]]&lt;br /&gt;
* '''[[東京湾アクアライン]]'''：[[木更津金田インターチェンジ|木更津金田IC]]-[[木更津金田本線料金所|木更津金田TB]]-[[海ほたるパーキングエリア|海ほたるPA]]&lt;br /&gt;
* '''[[首都圏中央連絡自動車道]]'''：[[木更津東インターチェンジ|木更津東IC]] - 木更津JCT&lt;br /&gt;
;一般国道&lt;br /&gt;
: [[国道16号]]、[[国道127号]]、[[国道409号]]、[[国道410号]]&lt;br /&gt;
;県道&lt;br /&gt;
* 主要地方道&lt;br /&gt;
*: [[千葉県道23号木更津末吉線]]、[[千葉県道87号袖ケ浦中島木更津線]]、[[千葉県道90号木更津富津線]]&lt;br /&gt;
* 一般県道&lt;br /&gt;
*: [[千葉県道146号木更津根形線]]、[[千葉県道160号加茂木更津線]]、[[千葉県道166号馬来田停車場富岡線]]、[[千葉県道167号馬来田停車場中川線]]、[[千葉県道168号鶴舞馬来田停車場線]]、[[千葉県道169号南総馬来田線]]、[[千葉県道222号木更津停車場線]]、[[千葉県道235号巌根停車場線]]、[[千葉県道245号木更津港線]]、[[千葉県道269号大鷲木更津線]]、[[千葉県道270号木更津袖ケ浦線]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== バス路線 ===&lt;br /&gt;
==== 高速バス ====&lt;br /&gt;
1997年以前、対岸の[[東京都]]や[[神奈川県]]への交通手段は鉄道やカーフェリーが主であったが、東京湾アクアライン開通に伴いフェリー航路は廃止され、代わりにアクアラインを経路とした[[高速バス]]路線が充実するようになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''路線名と主な停留所''' … （）内はバス運行会社、'''太字'''は市内設置の停留所名&lt;br /&gt;
* アクアライン高速バス&lt;br /&gt;
** 東京線&lt;br /&gt;
*** 木更津線（日東・京成） ：君津製鐵所-'''木更津駅西口'''-'''[[木更津金田バスターミナル|木更津金田BT]]'''⇔東京駅-東雲車庫&lt;br /&gt;
*** 君津線（日東・京成） ：青堀駅-'''[[木更津羽鳥野バスストップ|木更津羽鳥野BS]]'''-'''木更津金田BT'''⇔東京駅-浜松町BT/東雲車庫&lt;br /&gt;
*** 鴨川線【[[アクシー号]]】（日東・鴨日・京成） ：亀田病院-安房鴨川駅⇔'''木更津金田BT'''⇔東京駅-浜松町BT&lt;br /&gt;
*** 勝浦線（鴨日・京成） ：安房小湊/御宿-勝浦駅⇔'''木更津金田BT'''⇔東京駅-浜松町BT&lt;br /&gt;
** 横浜線（日東・小湊・京急） ：'''木更津駅東口'''⇔横浜駅東口BT&lt;br /&gt;
** 川崎線（日東・小湊・京急・東ベ・川崎） ：'''木更津駅東口'''⇔川崎駅東口&lt;br /&gt;
** 品川線（日東・小湊・京急） ：'''木更津駅東口'''⇔品川駅東口&lt;br /&gt;
** [[アクアライナー (高速バス)|新宿線]]（小湊・小田急） ：'''木更津駅西口'''⇔新宿駅西口&lt;br /&gt;
** 羽田空港線&lt;br /&gt;
*** 木更津線（日東・小湊・京急・東空） ：'''木更津駅東口'''⇔羽田空港&lt;br /&gt;
*** 君津線（日東・京急） ：君津製鐵所-'''木更津羽鳥野BS'''⇔羽田空港&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 房総半島縦断&lt;br /&gt;
** 千葉線&lt;br /&gt;
*** 鴨川線【[[カピーナ号]]】（日東・鴨日・千中） ：亀田病院-安房鴨川駅⇔'''馬来田駅'''⇔千葉駅&lt;br /&gt;
*** 館山線【[[南総里見号]]】（日東・館日・京成） ：白浜野島崎-館山駅⇔'''木更津羽鳥野BS'''⇔千葉駅&lt;br /&gt;
** 成田空港線（日東・小湊・京成）：'''木更津駅西口''' - '''木更津金田BT''' - 市原BT - 成田空港&lt;br /&gt;
** 成田空港線（日東・小湊・京成）：'''木更津駅西口''' - '''木更津金田BT''' - 市原鶴舞BT - 成田空港&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''バス運行会社''' （）内は上記略称&lt;br /&gt;
* [[日東交通 (千葉県)|日東交通]]（日東）&lt;br /&gt;
* [[鴨川日東バス]]（鴨日）&lt;br /&gt;
* [[館山日東バス]]（館日）&lt;br /&gt;
* [[小湊鐵道]]（小湊）&lt;br /&gt;
* [[京成バス]]（京成）&lt;br /&gt;
* [[千葉中央バス]]（千中）&lt;br /&gt;
* [[京浜急行バス]]（京急）&lt;br /&gt;
* [[東京空港交通]]（東空）&lt;br /&gt;
* [[東京ベイサービス (バス会社)|東京ベイサービス]]（東ベ）&lt;br /&gt;
* [[川崎鶴見臨港バス]]（川崎）&lt;br /&gt;
* [[小田急シティバス]]（小田急）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 路線バス ====&lt;br /&gt;
市内を運行する路線バスは[[日東交通 (千葉県)|日東交通]]・[[小湊鐵道]]の2社により運行されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 鉄道 ===&lt;br /&gt;
市内を運行する鉄道路線として[[東日本旅客鉄道|JR東日本]]の内房線と久留里線がある。内房線の全路線中で2駅、久留里線の全路線中5駅が市内に設置されている。市の中心駅である木更津駅には内房線（普通・特急）、総武快速線、京葉線直通列車が停車する他、久留里線の始発駅になっている。&lt;br /&gt;
;鉄道路線&lt;br /&gt;
* [[東日本旅客鉄道|JR東日本]]&lt;br /&gt;
** {{Color|#00B2E5|■}} '''[[内房線]]''' : [[巌根駅]] - [[木更津駅]]&lt;br /&gt;
** {{Color|#00B5AD|■}} '''[[久留里線]]''' : [[木更津駅]] - [[祇園駅 (千葉県)|祇園駅]] - [[上総清川駅]] - [[東清川駅]] …（この間の[[横田駅]]、[[東横田駅]]は袖ケ浦市）…[[馬来田駅]]&lt;br /&gt;
;広範囲な連絡&lt;br /&gt;
* 千葉市（[[千葉駅]]）約35km&lt;br /&gt;
** 内房線：約40分&lt;br /&gt;
* 東京都（[[東京駅]]）約75km&lt;br /&gt;
** [[さざなみ (列車)|内房線特急]]：約60分&lt;br /&gt;
** [[総武快速線]]：約80分&lt;br /&gt;
** [[京葉線]]通勤快速：約60分（平日早朝のみ）&lt;br /&gt;
;隣接市町村との連絡&lt;br /&gt;
* 袖ケ浦市&lt;br /&gt;
** 臨海部：内房線（[[袖ケ浦駅]]-'''巌根駅'''）&lt;br /&gt;
** 内陸部：久留里線（'''東清川駅'''-[[横田駅]]-[[東横田駅]]-'''馬来田駅'''）&lt;br /&gt;
* 君津市&lt;br /&gt;
** 臨海部：内房線（'''木更津駅'''-[[君津駅]]）&lt;br /&gt;
** 内陸部：久留里線（'''馬来田駅'''-[[下郡駅]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 港湾 ===&lt;br /&gt;
江戸時代より木更津港は物資の集散港として機能し、1960年代の[[京葉工業地域]]の発展に伴い工業港として開発が進められる。1968年には間税法上の開港および[[重要港湾]]の指定を受ける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1965 年から1997年までの間、木更津港は[[カーフェリー]]の発着場として機能し、謂わば市の玄関口としての役割を果たしていた。カーフェリーは対岸の [[川崎市]]や[[横浜市]]に職場を持つ通勤者の足として利用され、その当時の様子は1987年にTBS系列で放映したドラマ『[[男女7人秋物語]]』の作中で、木更津市に住む主人公が川崎市の職場にフェリー通勤するシーンからも垣間見る事ができる。1997年、東京湾アクアライン開通に伴い川崎フェリーが廃止され、木更津港を就航するフェリー航路がすべて廃止となる。現在、着岸地点の[[可動橋]]は撤去されており、フェリー発着場としての形跡は残っていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年4月には、公共埠頭H岸壁が完成、供用開始となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年8月には、Autoterminal Japan株式会社の手配によって、自動車専用船が初入港。今後も中古車の輸出港としての発展が期待される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;重要港湾&lt;br /&gt;
* [[木更津港]]&lt;br /&gt;
;かつて就航していたフェリー航路&lt;br /&gt;
* 川崎航路（[[マリンエキスプレス|日本カーフェリー]]：1965年運航開始～1997年廃止）&lt;br /&gt;
* 横浜航路（[[東京湾フェリー]]：1965年運航開始～1972年廃止）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 航空 ===&lt;br /&gt;
木更津市を中心とする60km圏内には成田空港と羽田空港、2箇所の[[国際空港]]が存在し、市上空は空港から発着する[[旅客機]]の飛行ルートになっている。羽田空港の場合、風向が北風の時の着陸ルート&amp;lt;ref&amp;gt;羽田空港再拡張に伴い、飛行ルートの再検討が行われている（国土交通省提示『羽田再拡張後の飛行ルート案』 [http://www.pref.chiba.lg.jp/kuushin/haneda/saikakuchou/羽田再拡張後の飛行ルートについて]）&amp;lt;/ref&amp;gt;として、市の上空3,000ftあたりから着陸態勢に入り、東京湾を通過して滑走路に進入するルートが取られる。このルートからならば旅客機の窓より上空から市内を一望することができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;近隣の空港&lt;br /&gt;
* [[東京国際空港]]（羽田空港：[[東京都]][[大田区]]）&lt;br /&gt;
* [[成田国際空港]]（成田空港：[[成田市]]）&lt;br /&gt;
;自衛隊施設&lt;br /&gt;
* [[木更津飛行場]]（[[空港コード#ICAO空港コード（4レターコード）|ICAO空港コード]]&amp;amp;mdash;RJTK）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 木更津市出身の著名人 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--&lt;br /&gt;
出身地の定義：出生地、育った場所、幼少〜青年時代に人格形成をした場所etc…&lt;br /&gt;
'08.8.30：姓あいうえお順に並べ替え&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--* [[石川秀美]]（元[[アイドル]]）--&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[伊奈川愛菓]]（[[将棋]][[女流棋士 (将棋)|女流棋士]]）&lt;br /&gt;
* [[上原風馬]]（俳優）&lt;br /&gt;
* [[岡晴夫]]（歌手）&lt;br /&gt;
* [[岡崎高之]]（[[ローマオリンピック]]、1964年[[前東京オリンピック|東京オリンピック]]日本代表）&lt;br /&gt;
* [[&amp;quot;狂拳&amp;quot;竹内裕二]]（キックボクサー）&lt;br /&gt;
* [[櫻田宗久]]（写真家）&lt;br /&gt;
* [[高橋治]]（小説家）&lt;br /&gt;
* [[高橋英樹 (俳優)|高橋英樹]]（俳優）&lt;br /&gt;
* [[中尾彬]]（俳優） &amp;amp;mdash; 木更津市生まれ、[[千葉県立木更津高等学校]]卒業。[[1989年]]（[[平成]]元年）発行の[[切手|ふるさと切手]]『証城寺の狸ばやし（千葉県）』をデザインする。&lt;br /&gt;
* [[中村明花]]（ファッションモデル）&lt;br /&gt;
* [[長嶋織江]]（レースクイーン）&lt;br /&gt;
* [[服部友一]]（鹿児島読売テレビアナウンサー）&lt;br /&gt;
* [[法木秀雄]]（早稲田大学教授）&lt;br /&gt;
* [[福原香織]]（声優）&lt;br /&gt;
* [[丸山忠久]]（[[将棋]][[棋士 (将棋)|棋士]]） &amp;amp;mdash; 2000年9月、名誉市民の称号が贈られる&lt;br /&gt;
* [[三浦美幸]]（空手家）&lt;br /&gt;
* [[水谷妃里]]（女優）&lt;br /&gt;
* [[nanami]]（ファッションモデル）&lt;br /&gt;
* [[吉田眞紀人]]（サッカー選手）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 木更津市を舞台にした作品 ==&lt;br /&gt;
=== 映像 ===&lt;br /&gt;
* [[鳳神ヤツルギ]]（TVドラマ [[千葉テレビ放送]]、2011年）&amp;amp;mdash; ヤツルギは2011年4月1日付けで、2012年3月31日までの期間限定で、木更津市のご当地ヒーローに認定され、水越市長より認定証を授与された&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|date=2011-04-01|url=http://www.yatsurugi.net/003.html|title=ヤツルギが木更津ご当地ヒーローに認定!|publisher=『鳳神ヤツルギ』公式サイト|accessdate=2011-04-04}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[三菱自動車工業|三菱自動車]]「[[三菱・i|i（アイ）]]」（TVコマーシャル、2006年） &amp;amp;mdash; 生活篇の一部に市内の建物が登場しており、右下に「木更津」と書いてある。&lt;br /&gt;
* [[木更津キャッツアイ]]（TVドラマ [[TBSテレビ|TBS]]系、2002年）&lt;br /&gt;
** [[木更津キャッツアイ 日本シリーズ]]（映画、2003年）&lt;br /&gt;
** [[木更津キャッツアイ ワールドシリーズ]]（映画、2006年）&lt;br /&gt;
* [[六番目の小夜子]]（TVドラマ [[日本放送協会|NHK]]、2000年） &amp;amp;mdash; 木更津市という設定ではないが、メインロケ地として太田中学校など市内の施設が登場する。&lt;br /&gt;
* [[水の中の八月]]（TVドラマ NHK、1998年） &amp;amp;mdash; 舞台は『東京湾岸の町』であり明確にされていない。メインロケ地として木更津市にて撮影が行われる。&lt;br /&gt;
* [[大地の子]]（TVドラマ NHK、1995年） &amp;amp;mdash; 中国残留孤児をテーマにしたNHK放送70周年記念ドラマおよびその原作小説。主人公の実父が住んでいる場所として木更津市が関連する。作中に「東洋製鉄木更津製鉄所」という製鉄所が登場するが、そのモデルは[[新日鐵住金君津製鐵所|新日鐵君津製鐵所]]（[[君津市]]）であり、ドラマのロケ地にも採用されている。&lt;br /&gt;
* [[男女7人秋物語]]（TVドラマ TBS系、1987年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 書籍 ===&lt;br /&gt;
* [[青の時代 (小説)|青の時代]]（小説 [[三島由紀夫]]著、1950年） &amp;amp;mdash; [[光クラブ事件]]の当事者である山崎晃嗣（木更津市出身、父親は2代目市長を勤めた山崎直）をモデルにした小説。作中では『千葉県K市』と表現されているが『小櫃川』、『鳥居崎海岸』、『矢那川』など木更津市と断定できるキーワードが記述されている。&lt;br /&gt;
* [[オーレ!]]（漫画 [[能田達規]]作、[[コミックバンチ]]連載） &amp;amp;mdash; 木更津・君津・袖ケ浦・富津の「かずさ4市」が合併して誕生したという設定の架空都市「上総市」が舞台のサッカー漫画。作中では市内に実在する施設が描かれている。&lt;br /&gt;
* [[代紋TAKE2]]（漫画 [[木内一雅]]原作、[[渡辺潤]]画、[[週刊ヤングマガジン]]連載）&amp;amp;mdash; 主人公が木更津の暴力団組長を襲名したことから物語が展開する（第三部、コミックス15～22巻）。また同漫画を原作としたスペシャルドラマが[[日本テレビ放送網|日本テレビ]][[日本テレビネットワーク協議会|系列]]で1993年から1997年にかけて計7回放映された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 芸能 ===&lt;br /&gt;
* [[木更津甚句]]（民謡）&lt;br /&gt;
* [[証城寺の狸囃子]]（童謡）&lt;br /&gt;
* [[やっさいもっさい]]（祭囃子 [[デュークエイセス]]）&lt;br /&gt;
* [[与話情浮名横櫛]]（歌舞伎）&lt;br /&gt;
* [[お富さん]]（[[歌謡曲]] 山崎正作詞、渡久地正信作曲 ）&amp;amp;mdash; 「与話情浮名横櫛」を題材とした[[歌謡曲]]で、1954年[[春日八郎]]の歌唱で流行した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{reflist|2}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* 木更津市史編集委員会編『木更津市史』木更津市、1972年11月3日&lt;br /&gt;
* 木更津市総務部企画調整室編『木更津市統計書 2002年度版』2003年3月&lt;br /&gt;
* 木更津市議会事務局編『市政の概要 平成17年度版』2005年9月&lt;br /&gt;
* 木更津市立図書館編『木更津河岸旧記 解読』1997年3月 ※原本『木更津河岸旧記』国立国会図書館 所蔵&lt;br /&gt;
* 財団法人千葉県史料研究財団編『千葉県の歴史 別編 地誌2 地域誌』1999年3月25日&lt;br /&gt;
* 『角川日本地名大辞典 12千葉県』角川書店、1984年3月8日&lt;br /&gt;
* 楠原佑介編『難読・異読地名辞典』東京堂出版、1999年3月10日&lt;br /&gt;
* 『工場ガイド 千葉・茨城 改定2版』データフォーラム&lt;br /&gt;
* 千葉県立上総博物館編『企業誘致の記憶 -君津と新日鐵-』2003年3月20日&lt;br /&gt;
* 『Newsweek 日本版』2002年11月6日版、阪急コミュニケーションズ、2002年11月6日&lt;br /&gt;
* 木更津市「[http://www.city.kisarazu.lg.jp/ 木更津市公式ホームページ]」&lt;br /&gt;
* 千葉県「[http://www.pref.chiba.jp/index.html 千葉県ホームページ]」&lt;br /&gt;
* 国土交通省「[http://tochi.nla.go.jp/ 土地総合情報ライブラリー]」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
{{Commons|Category:Kisarazu, Chiba}}&lt;br /&gt;
; 行政&lt;br /&gt;
* [http://www.city.kisarazu.lg.jp/ 木更津市]&lt;br /&gt;
; 観光&lt;br /&gt;
* [http://www.kisarazu.gr.jp/ ようこそ伝説と情緒のまち 木更津市観光協会]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>124.44.57.1</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%9C%A8%E6%9B%B4%E6%B4%A5%E5%B8%82&amp;diff=214339</id>
		<title>木更津市</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%9C%A8%E6%9B%B4%E6%B4%A5%E5%B8%82&amp;diff=214339"/>
				<updated>2013-12-25T10:02:24Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;124.44.57.1: /* 関連項目 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''木更津市'''（きさらづし）は、[[房総半島]]の中西部に存在する巨大な[[遺跡]]群である。古代、ここには巨大な都市が栄えていたとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
房総半島の中西部、[[東京湾]]に面した土地に存在する巨大遺跡、木更津市。海に面した地理によりかつては交易で栄え最盛期には約13万人弱の人々がが定住していたとされている。&lt;br /&gt;
木更津市は[[千葉帝国]]における主要な都市であり、重要な軍事拠点でもあった。また、北には[[東京湾アクアライン|東京湾横断道路]]を、南には千葉帝国有数の製鉄所として栄えた[[君津製鐵所]]を、東には当時最先端の科学研究所である[[かずさアカデミアパーク]]を抱えていた。また、西には東京湾有数の干潟である[[盤洲干潟]]や[[小櫃川]]が存在し、自然と科学を両立した古代の[[先進都市]]であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[東京湾アクアライン]]の効果を（悪い意味で）すべて受けてしまった不幸な都市という[[伝説]]が伝わっている。かつて駅前は[[デパート]]や多くの商店で賑わいを見せていたが、そのすべては消え去り死んでしまった。[[地域振興|町起こし]]と称して、イオンやユザワヤなどの大型商業施設を誘致したが、それらもまたことごとく、廃墟の中に飲み込まれている。&lt;br /&gt;
テレビドラマ（およびその映画晩）「[[木更津キャッツアイ]]」においては、普通の田舎町としての描写がされているが、それらはすべてかつての賑わいを知る老人からの聞き取りによって描かれたものである。市内には撮影が行われた町並みが存在するが、それはドラマおよび映画のセットとしてかつての町並みを復元したものであり、[[太秦駅|太秦]]と同様所詮は作り物である。このセットをテーマパーク化するという企画も存在したが、それもまた廃墟の中へと飲み込まれてしまった。今となっては更に下った君津のほうが栄えているという体たらく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
木更津は帝国の形成の歴史と深くかかわっていたとされている。木更津という市名は、帝国神話において[[倭建命]](ヤマトタケルノミコト)が東征した際、妻である[[弟橘媛]](オトタチバナヒメ)が東京湾に身投げしたのを嘆き詠んだとされる「君さらず 袖しが浦に立つ波の その面影をみるぞ悲しき」という歌に由来しているとされている。廃藩置県によりその後木更津は[[木更津県]]となるが、およそ二年後に[[千葉県]]に編入され木更津町となった。その後市制を実施、木更津市となった。[[大日本帝国]]との交易のために[[東京湾アクアライン|東京湾横断道路]]が建設された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 地理 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
西は[[東京湾]]があり、かつて「かずさアカデミアパーク」というものも存在したが、所詮は時代のあだ花であり、[[一発屋]]として頓挫し、これもまたあとは特にない。せいぜいが[[氣志團]]ぐらいである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 遺跡 ==&lt;br /&gt;
*[[木更津駐屯地]]跡 木更津市北西部に残る駐屯地跡。ここには千葉帝国軍木更津部隊が配備され、最盛期にはヘリコプター母艦四隻が配置されていた。&lt;br /&gt;
*[[東京湾アクアライン|東京湾横断道路]] 木更津市北西部に残る巨大な道路。大日本帝国との交易のため建造された。大日本帝国との国境分岐点には[[海ほたるパーキングエリア]]がある。&lt;br /&gt;
*[[かずさアカデミアパーク]]跡 帝国の主要な企業の大規模な工場がここに置かれ、長年にわたって帝国軍用の銃や手りゅう弾が製造されていた。現在でも付近からはここで製造されたと思われる爆弾や不発弾が発見されている。現在は周辺の廃墟の中へと埋没している。&lt;br /&gt;
*[[久留里線]] 東には昔懐かしさを醸し出すローカルな線しかし非電化で[[盲腸線|盲腸]]であるため[[手術]]が必要なのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[木更津駅]]&lt;br /&gt;
*[[東京湾アクアライン]]&lt;br /&gt;
*[[ドーナツ化現象]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.city.kisarazu.lg.jp/ 木更津市公式サイト]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>124.44.57.1</name></author>	</entry>

	<entry>
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		<title>木更津市</title>
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				<updated>2013-12-25T10:01:22Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;124.44.57.1: /* 外部リンク */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''木更津市'''（きさらづし）は、[[房総半島]]の中西部に存在する巨大な[[遺跡]]群である。古代、ここには巨大な都市が栄えていたとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
房総半島の中西部、[[東京湾]]に面した土地に存在する巨大遺跡、木更津市。海に面した地理によりかつては交易で栄え最盛期には約13万人弱の人々がが定住していたとされている。&lt;br /&gt;
木更津市は[[千葉帝国]]における主要な都市であり、重要な軍事拠点でもあった。また、北には[[東京湾アクアライン|東京湾横断道路]]を、南には千葉帝国有数の製鉄所として栄えた[[君津製鐵所]]を、東には当時最先端の科学研究所である[[かずさアカデミアパーク]]を抱えていた。また、西には東京湾有数の干潟である[[盤洲干潟]]や[[小櫃川]]が存在し、自然と科学を両立した古代の[[先進都市]]であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[東京湾アクアライン]]の効果を（悪い意味で）すべて受けてしまった不幸な都市という[[伝説]]が伝わっている。かつて駅前は[[デパート]]や多くの商店で賑わいを見せていたが、そのすべては消え去り死んでしまった。[[地域振興|町起こし]]と称して、イオンやユザワヤなどの大型商業施設を誘致したが、それらもまたことごとく、廃墟の中に飲み込まれている。&lt;br /&gt;
テレビドラマ（およびその映画晩）「[[木更津キャッツアイ]]」においては、普通の田舎町としての描写がされているが、それらはすべてかつての賑わいを知る老人からの聞き取りによって描かれたものである。市内には撮影が行われた町並みが存在するが、それはドラマおよび映画のセットとしてかつての町並みを復元したものであり、[[太秦駅|太秦]]と同様所詮は作り物である。このセットをテーマパーク化するという企画も存在したが、それもまた廃墟の中へと飲み込まれてしまった。今となっては更に下った君津のほうが栄えているという体たらく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
木更津は帝国の形成の歴史と深くかかわっていたとされている。木更津という市名は、帝国神話において[[倭建命]](ヤマトタケルノミコト)が東征した際、妻である[[弟橘媛]](オトタチバナヒメ)が東京湾に身投げしたのを嘆き詠んだとされる「君さらず 袖しが浦に立つ波の その面影をみるぞ悲しき」という歌に由来しているとされている。廃藩置県によりその後木更津は[[木更津県]]となるが、およそ二年後に[[千葉県]]に編入され木更津町となった。その後市制を実施、木更津市となった。[[大日本帝国]]との交易のために[[東京湾アクアライン|東京湾横断道路]]が建設された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 地理 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
西は[[東京湾]]があり、かつて「かずさアカデミアパーク」というものも存在したが、所詮は時代のあだ花であり、[[一発屋]]として頓挫し、これもまたあとは特にない。せいぜいが[[氣志團]]ぐらいである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 遺跡 ==&lt;br /&gt;
*[[木更津駐屯地]]跡 木更津市北西部に残る駐屯地跡。ここには千葉帝国軍木更津部隊が配備され、最盛期にはヘリコプター母艦四隻が配置されていた。&lt;br /&gt;
*[[東京湾アクアライン|東京湾横断道路]] 木更津市北西部に残る巨大な道路。大日本帝国との交易のため建造された。大日本帝国との国境分岐点には[[海ほたるパーキングエリア]]がある。&lt;br /&gt;
*[[かずさアカデミアパーク]]跡 帝国の主要な企業の大規模な工場がここに置かれ、長年にわたって帝国軍用の銃や手りゅう弾が製造されていた。現在でも付近からはここで製造されたと思われる爆弾や不発弾が発見されている。現在は周辺の廃墟の中へと埋没している。&lt;br /&gt;
*[[久留里線]] 東には昔懐かしさを醸し出すローカルな線しかし非電化で[[盲腸線|盲腸]]であるため[[手術]]が必要なのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[木更津駅]]&lt;br /&gt;
*[[暴走族]]&lt;br /&gt;
*[[ドーナツ化現象]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.city.kisarazu.lg.jp/ 木更津市公式サイト]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>124.44.57.1</name></author>	</entry>

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		<title>木更津市</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;124.44.57.1: /* 関連項目 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''木更津市'''（きさらづし）は、[[房総半島]]の中西部に存在する巨大な[[遺跡]]群である。古代、ここには巨大な都市が栄えていたとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
房総半島の中西部、[[東京湾]]に面した土地に存在する巨大遺跡、木更津市。海に面した地理によりかつては交易で栄え最盛期には約13万人弱の人々がが定住していたとされている。&lt;br /&gt;
木更津市は[[千葉帝国]]における主要な都市であり、重要な軍事拠点でもあった。また、北には[[東京湾アクアライン|東京湾横断道路]]を、南には千葉帝国有数の製鉄所として栄えた[[君津製鐵所]]を、東には当時最先端の科学研究所である[[かずさアカデミアパーク]]を抱えていた。また、西には東京湾有数の干潟である[[盤洲干潟]]や[[小櫃川]]が存在し、自然と科学を両立した古代の[[先進都市]]であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[東京湾アクアライン]]の効果を（悪い意味で）すべて受けてしまった不幸な都市という[[伝説]]が伝わっている。かつて駅前は[[デパート]]や多くの商店で賑わいを見せていたが、そのすべては消え去り死んでしまった。[[地域振興|町起こし]]と称して、イオンやユザワヤなどの大型商業施設を誘致したが、それらもまたことごとく、廃墟の中に飲み込まれている。&lt;br /&gt;
テレビドラマ（およびその映画晩）「[[木更津キャッツアイ]]」においては、普通の田舎町としての描写がされているが、それらはすべてかつての賑わいを知る老人からの聞き取りによって描かれたものである。市内には撮影が行われた町並みが存在するが、それはドラマおよび映画のセットとしてかつての町並みを復元したものであり、[[太秦駅|太秦]]と同様所詮は作り物である。このセットをテーマパーク化するという企画も存在したが、それもまた廃墟の中へと飲み込まれてしまった。今となっては更に下った君津のほうが栄えているという体たらく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
木更津は帝国の形成の歴史と深くかかわっていたとされている。木更津という市名は、帝国神話において[[倭建命]](ヤマトタケルノミコト)が東征した際、妻である[[弟橘媛]](オトタチバナヒメ)が東京湾に身投げしたのを嘆き詠んだとされる「君さらず 袖しが浦に立つ波の その面影をみるぞ悲しき」という歌に由来しているとされている。廃藩置県によりその後木更津は[[木更津県]]となるが、およそ二年後に[[千葉県]]に編入され木更津町となった。その後市制を実施、木更津市となった。[[大日本帝国]]との交易のために[[東京湾アクアライン|東京湾横断道路]]が建設された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 地理 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
西は[[東京湾]]があり、かつて「かずさアカデミアパーク」というものも存在したが、所詮は時代のあだ花であり、[[一発屋]]として頓挫し、これもまたあとは特にない。せいぜいが[[氣志團]]ぐらいである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 遺跡 ==&lt;br /&gt;
*[[木更津駐屯地]]跡 木更津市北西部に残る駐屯地跡。ここには千葉帝国軍木更津部隊が配備され、最盛期にはヘリコプター母艦四隻が配置されていた。&lt;br /&gt;
*[[東京湾アクアライン|東京湾横断道路]] 木更津市北西部に残る巨大な道路。大日本帝国との交易のため建造された。大日本帝国との国境分岐点には[[海ほたるパーキングエリア]]がある。&lt;br /&gt;
*[[かずさアカデミアパーク]]跡 帝国の主要な企業の大規模な工場がここに置かれ、長年にわたって帝国軍用の銃や手りゅう弾が製造されていた。現在でも付近からはここで製造されたと思われる爆弾や不発弾が発見されている。現在は周辺の廃墟の中へと埋没している。&lt;br /&gt;
*[[久留里線]] 東には昔懐かしさを醸し出すローカルな線しかし非電化で[[盲腸線|盲腸]]であるため[[手術]]が必要なのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[木更津駅]]&lt;br /&gt;
*[[暴走族]]&lt;br /&gt;
*[[ドーナツ化現象]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.city.kisarazu.lg.jp/ 木更津市公式サイト]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{スタブ (一般タイプ)|cat=都市関連のスタブ}}&lt;br /&gt;
{{千葉県}}&lt;br /&gt;
{{日本の都市}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:きさらつし}}&lt;br /&gt;
[[Category:千葉県の自治体]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>124.44.57.1</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%A4%A7%E7%B6%B2%E9%A7%85&amp;diff=214336</id>
		<title>大網駅</title>
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				<updated>2013-12-25T09:57:55Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;124.44.57.1: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:大網駅　1.jpg|400px|thumb|JR大網駅に集う[[DQN]]女子高生達]]&lt;br /&gt;
[[ファイル:大網駅ホーム.JPG|thumb|220px|外房線ホーム（2008年3月22日）]]&lt;br /&gt;
[[ファイル:OamiStationPlatform3-4.JPG|220px|thumb|東金線ホーム（2008年3月1日）]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''大網駅'''（おおあみえき）は、[[千葉県]][[山武郡]][[大網白里町]]南玉にある、[[東日本旅客鉄道]]（JR東日本）の[[鉄道駅|駅]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用可能な鉄道路線 ==&lt;br /&gt;
* 東日本旅客鉄道（JR東日本）&lt;br /&gt;
** [[外房線]]&lt;br /&gt;
** [[東金線]] ※始発駅&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 駅構造 ==&lt;br /&gt;
外房線の[[プラットホーム#形状と配置|相対式ホーム]]2面2線と、東金線の[[プラットホーム#形状と配置|島式ホーム]]1面2線の計3面4線で構成される[[高架駅]]で、両線のホームは離れている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
外房線ホームは全体がカーブしており、列車とホームとの隙間が広くなっている箇所がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東金線ホームの3番線は線路がホーム先端で途切れているため、線内折り返し列車の発着に使用されている。夜間は翌朝の普通列車[[成東駅|成東]]行に使用される[[国鉄201系電車|201系]]4両編成&amp;lt;ref&amp;gt;成東到着後、京葉線経由通勤快速（休日は快速）東京行として折り返す。&amp;lt;/ref&amp;gt;が3番線に留置される。4番線は外房線上り始発列車と東金線から京葉線・外房線に直通する列車が発着する。なお、3・4番線にはかつて行先をランプで知らせる案内表示器が設置されていたが撤去され、各ホームと駅構内に[[発光ダイオード|LED]]式の[[発車標]]が設置された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[みどりの窓口]]（営業時間 6:00 - 21:00）・[[自動改札機]]設置駅。&lt;br /&gt;
=== のりば ===&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot; frame=&amp;quot;hsides&amp;quot; rules=&amp;quot;rows&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|+ style=&amp;quot;font-weight:bold; text-align:left&amp;quot;|&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!1&lt;br /&gt;
|{{Color|#ff6600|■}}外房線（上り）&lt;br /&gt;
|[[蘇我駅|蘇我]]・[[千葉駅|千葉]]・[[海浜幕張駅|海浜幕張]]・[[東京駅|東京]]方面&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!2&lt;br /&gt;
|{{Color|#ff6600|■}}外房線（下り）&lt;br /&gt;
|[[茂原駅|茂原]]・[[上総一ノ宮駅|上総一ノ宮]]・[[勝浦駅|勝浦]]・[[安房鴨川駅|安房鴨川]]方面&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!3&lt;br /&gt;
|{{Color|#ff6600|■}}東金線&lt;br /&gt;
|[[東金駅|東金]]・[[成東駅|成東]]方面（始発）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|rowspan=2|'''4'''&lt;br /&gt;
|{{Color|#ff6600|■}}東金線&lt;br /&gt;
|東金・成東方面&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|{{Color|#ff6600|■}}外房線（上り）&lt;br /&gt;
|蘇我・千葉・東京方面&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用状況 ==&lt;br /&gt;
* 2009年度の1日平均乗車人員は11,004人である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 駅周辺 ==&lt;br /&gt;
周辺は大網白里町の中心部である。町役場は駅の東側、700メートル程のところにある。新興住宅団地も近接しており、[[東京都|東京]]や[[千葉市]]の[[ベッドタウン]]となっている。&lt;br /&gt;
* [[千葉県立大網高等学校]]&lt;br /&gt;
* [[大網白里町立大網中学校]]&lt;br /&gt;
* [[大網白里町立大網小学校]]&lt;br /&gt;
* [[本国寺 (千葉県大網白里町)|本國寺]]&lt;br /&gt;
** [[宮谷県]]庁跡 - [[1869年]]（[[明治]]2年）から[[1871年]]（明治4年）まで、[[木更津県]]に併合されるまで設置されていた。&amp;lt;!--和暦表記は除去しない--&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[大網郵便局]]&lt;br /&gt;
** [[郵便事業|日本郵便]] 大網支店&lt;br /&gt;
* 大網みずほ台郵便局&lt;br /&gt;
* [[千葉銀行]]&lt;br /&gt;
* [[京葉銀行]]&lt;br /&gt;
* [[ジャスコ]]&lt;br /&gt;
* [[神戸屋]]&lt;br /&gt;
* [[ファミリーマート]]&lt;br /&gt;
* [[デイリーヤマザキ]]&lt;br /&gt;
== バス路線 ==&lt;br /&gt;
[[ファイル:OamiSt2.jpg|220px|thumb|駅前バスターミナル（2005年10月9日）]]&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
!colspan=&amp;quot;2&amp;quot;|のりば!!系統!!主要経由地!!行先!!運行会社!!備考&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|rowspan=&amp;quot;16&amp;quot;|大網駅||rowspan=&amp;quot;3&amp;quot;|1||||柿餅・白里海岸||サンライズ九十九里||[[小湊鐵道]]||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|||柿餅・白里海岸||白子車庫||小湊鐵道||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|||柿餅||弥幾野||小湊鐵道||平日のみ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|rowspan=&amp;quot;1&amp;quot;|2||||[[東京駅バスのりば|東京駅]]||[[潮見駅]]||小湊鐵道&amp;lt;br /&amp;gt;[[京成バス]]||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|rowspan=&amp;quot;5&amp;quot;|3||||山辺||季美の森||小湊鐵道||朝のみ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|||山辺・南五丁目||季美の森||小湊鐵道||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|||大綱中学校・南五丁目||季美の森||小湊鐵道||平日のみ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|||みずほ台三丁目・駒込（内回り）||大網駅||小湊鐵道||平日のみ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|||駒込・みずほ台三丁目（外回り）||大網駅||小湊鐵道||平日のみ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|rowspan=&amp;quot;3&amp;quot;|4||||大綱中学校||みどりが丘第五||小湊鐵道||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|||[[永田駅 (千葉県)|永田駅入口]]・[[本納駅|本納駅入口]]||茂原駅南口||小湊鐵道||平日のみ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|大綱線||大網下宿・[[福俵駅|福俵駅入口]]||東金駅||[[九十九里鉄道]]||平日1本のみ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|rowspan=&amp;quot;3&amp;quot;|A||快速||昭和の森・[[土気駅]]・[[鎌取駅]]||千葉駅||[[千葉中央バス]]||土休日1本のみ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|||昭和の森・土気駅||鎌取駅||千葉中央バス||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|||||[[東京国際空港|羽田空港]]||千葉中央バス&amp;lt;br /&amp;gt;[[東京空港交通]]||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|||マイタウンライナー||[[銀座駅]]||東京駅||[[平和交通 (千葉県)|平和交通]]||平日朝のみ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|大網駅入口||&amp;amp;nbsp;||深夜急行||南センター前||山田インター入口||平和交通||平日深夜のみ&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
* のりば = 大網駅: 駅前の交通広場&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
[[ファイル:OamiSt3.jpg|220px|thumb|旧大網駅跡（2005年10月9日）]]&lt;br /&gt;
当初は東金駅方面から千葉駅方面と安房鴨川駅方面に分岐する線形となっており、房総東線（現・外房線）は[[スイッチバック]]が必要であった。その一方、1968年4月の千葉駅移転後は(これも大網駅とまったく同じ問題で、三方向からのY字分岐配線をずらしたものである)、房総東線と西線を一周しても蘇我駅で車両の前後の向きが変わらないという利点もあった。1972年に駅と房総東線&amp;lt;!--外房線への改称前に実施--&amp;gt;の線路が移設されて現行の形態となる。反面、房総東線と西線を一周すると蘇我駅で車両の前後の向きが逆転するため、房総半島を循環する列車の設定が困難になった。かつての房総東線線路は[[貨物列車]]用として1997年まで残っていたが、現在も跡地の確認は可能である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[1896年]]（[[明治]]29年）[[1月20日]] - [[房総鉄道]]の駅として開業。旅客・貨物の取り扱いを開始。&lt;br /&gt;
* [[1897年]]（明治30年）[[4月17日]] - 当駅 - 一ノ宮（現・上総一ノ宮）間延伸開業。&lt;br /&gt;
* [[1900年]]（明治33年）[[6月30日]] - 当駅 - 東金間延伸開業。&lt;br /&gt;
* [[1907年]]（明治40年）[[9月1日]] - 房総鉄道が[[鉄道国有法|買収]]され、[[日本国有鉄道|国有鉄道]]の駅となる。&lt;br /&gt;
* [[1971年]]（[[昭和]]46年）[[7月1日]] - 貨物扱いを廃止。&lt;br /&gt;
* [[1972年]]（昭和47年）[[5月27日]] - 現在の場所へ移転し、スイッチバックを解消。&lt;br /&gt;
* [[1987年]]（昭和62年）[[4月1日]] - [[国鉄分割民営化]]により、JR東日本の駅となる。&lt;br /&gt;
* [[1997年]]（[[平成]]9年）3月 - [[新茂原駅]]での貨物取り扱い廃止に伴い、構内短絡線を廃止。&lt;br /&gt;
* [[2001年]]（平成13年）[[11月18日]] - ICカード[[Suica]]供用開始。&lt;br /&gt;
* [[2009年]]（平成21年）2月 - 改札と各ホームにLED式発車標を設置。&lt;br /&gt;
{{-}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 隣の駅 ==&lt;br /&gt;
; 東日本旅客鉄道&lt;br /&gt;
: {{Color|#ff6600|■}}外房線&lt;br /&gt;
:: 快速・通勤快速&lt;br /&gt;
::: [[土気駅]] - '''大網駅''' - [[茂原駅]]　&lt;br /&gt;
:: 普通&lt;br /&gt;
::: 土気駅 - '''大網駅''' - [[永田駅 (千葉県)|永田駅]]　&lt;br /&gt;
: {{Color|#ff6600|■}}東金線&lt;br /&gt;
::: '''大網駅''' - [[福俵駅]]&lt;br /&gt;
: 朝[[ラッシュ時]]上りと夕ラッシュ時下りに京葉線直通列車が、日中と夜間の一部に千葉始発・終着列車が設定されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[日本の鉄道駅一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{外房線}}&lt;br /&gt;
{{東金線}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:おおあみ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:千葉県の鉄道駅]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の鉄道駅 お|おあみ]]&lt;br /&gt;
[[Category:東日本旅客鉄道の鉄道駅]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本国有鉄道の鉄道駅]]&lt;br /&gt;
[[Category:房総鉄道]]&lt;br /&gt;
[[Category:大網白里町|駅おおあみ]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>124.44.57.1</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%85%AB%E7%8E%8B%E5%AD%90%E5%B8%82&amp;diff=214335</id>
		<title>八王子市</title>
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				<updated>2013-12-25T09:54:58Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;124.44.57.1: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''八王子市'''（はちおうじし）とは、[[多摩県]]にある市の一つである。ちなみに[[県庁所在地]]でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
八王子のハは[[ハッピーターン]]の「ハ」、王子はハッピーターンの袋に描いてある王子様のことで、カタカナの「ハ」を使って「ハ王子（はおうじ）」と呼ぶのが旧来は正式であったと考えられている。要は新聞でマッカーサー元帥を「マ元帥」、ドレッドノート級を「ド級」、南アフリカを「南ア」と略すみたいな感じ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ハ王子市は多摩県にある市の一つであり、[[甲府市]]・東京23区へのベットタウンとなっている。東京23区に関しては後述の理由により通勤通学者が大幅に減ったため、今は[[横浜市]]を中心とした[[神奈川県]]のベットタウンとなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 八王子駅周辺 ==&lt;br /&gt;
八王子市は多摩県なのにもかかわらず、[[八王子駅]]周辺は非常に開発が進んでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
北口には「東急スクエア」や「京王八王子ショッピングセンター」などがある。また、この京王八王子ショッピングセンターでは{{禁則事項}}がおこってしまったことは皆、忘れたふりをしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、南口はかつて、NEWDAYSやケーキ屋、八百屋などしかない、一見ここは[[群馬県]]かと思うくらい殺風景だったが、サザンスカイタワー八王子と題した巨大な商業施設ができ、いろいろな店舗が入っている。　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
遥か昔、八王子は[[織物]]の都として栄えた。最盛期には工場から垂れ流される廃液で浅川の水がカラフルに染まるほどだったという。しかし工業都市としての八王子は後に学術都市化をするにあたって[[黒歴史]]に封印され、駅前の織物タワーも取り壊された。みんな忘れたいんだと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 学術都市 ==&lt;br /&gt;
八王子市は[[図書館]]・[[大学]]の数が多く、学術都市の名をほしいままにしている。教育機関の多さから[[学園都市]]と誤解されることが多いが、怪しげな[[超能力]]開発は一切行っていないし、別に土地を奪われたりもしていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学術都市らしく市民の学力は高く、それがそのまま西洋社会の「市民」へと発展した。そのため[[政治]]への関心は高く、県のコントロールから離れ、独立した一種の特別市と化している。一応多摩県に所属している理由も東京都の強すぎる圧力をはねのけるためである。そういう理由もあり、様々な文化人・有名人がこの街で生まれ、ここに住みたいとする文化人も非常に多い。この有名人たちの日本における影響力が八王子市を独立した学術都市へと押し上げているのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ、市民の運動能力は全国平均より低く、それは八王子の童謡「[[夕焼小焼]]」で言われるように、おててつないで皆で帰る競争心のなさ、[[カラス]]と一緒に帰るのどかさが悪い方面で出ているからだと言われている。それは市民間での団結力の高さに繋がり、後述する守ってあげたい町へと市を変貌させる風土ともなるのだがここでは言及しない。その証拠の一つとして、[[甲子園]]に踏み入れたことのない市の中で人口が一番多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 分離独立運動 ==&lt;br /&gt;
神奈川県に近い南部は市の中心部との交通の便が悪く、中央行政の目が届きにくかったため多摩県編入派の温床となっている。特に旧由木村の一帯は八王子市編入への遺恨が強く一触即発の地域となっている。これに対して市当局は多摩ニュータウン建設による大量移民により解決を図ったが、これはかえって東京都からの干渉を強める結果となってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 守ってあげたい町 ==&lt;br /&gt;
経済規模が大きく税収が見込め、地理的にも重要な拠点である八王子市は、[[東京都]]や[[神奈川県]]に幾度となく吸収合併されそうになった。ただ、そんな邪悪なたくらみを市民が許すはずはなかったのだ。市民たちは多摩への郷土愛を示すため、積極的に山に登り梨を食べ、東京へ出稼ぎに行ったものは多摩へと転職し、東京の大学に通っていたものは多摩大学へと転籍していった。そんな市民たちの活動に打ち震える者たちがいた。そう、この町を巣立った人々である。[[松任谷由実]]はこの町を守ってあげたいと呼びかけ、[[滝沢秀明]]は多摩で積極的にコンサート活動をし、[[アンジャッシュ]]はコントで東京都や神奈川県を勘違いさせ続けた。無駄に思える活動もかなりあったが、そんな行為も降り積もれば確実に東京・多摩にダメージを与えるに至ったのだ。そして、東京・多摩は八王子吸収合併をあきらめざるを得なくなった。こうして八王子の平和は守られたのだ。それを記念して、八王子市では毎日「守ってあげたい」を町内放送で流している。それは文字通り守ってあげたいと思える優しい音色なのだ。この音が鳴り響く限り、八王子市は先進的で温かい町であり続けるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 空港 ==&lt;br /&gt;
多摩県にはHND以上NRT未満の八王子空港（HOJ）があって，'''国際線のみしかない。'''これは，多摩県に住んでいる人々の9割は欧羅巴人であるからである。欧羅巴へのアクセスが非常によい空港である。この空港で国内線は{{禁則事項}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 主な航空会社と行先 ===&lt;br /&gt;
先述の通り，国際線のみしかないため，日本の航空会社はない。且つ，欧羅巴以外の国の航空もない。てか行かない。&lt;br /&gt;
:'''アリタリア-イタリア航空'''&lt;br /&gt;
→ローマ（FCO），ミラノ（MXP）&lt;br /&gt;
:'''アエロフロート・ロシア航空'''&lt;br /&gt;
→モスクワ（SVO）&lt;br /&gt;
:'''エールフランス航空'''&lt;br /&gt;
→パリ（CDG）&lt;br /&gt;
:'''ルフトハンザ・ドイツ航空'''&lt;br /&gt;
→ミュンヘン（MUC），フランクフルト（FRA），ベルリン（BER）&lt;br /&gt;
※BERは2012年頃より就職開始予定&lt;br /&gt;
:'''KLMオランダ航空'''&lt;br /&gt;
→アムステルダム（AMS）&lt;br /&gt;
:'''ヴァージン・アトランティック航空'''&lt;br /&gt;
→ロンドン（LHR）&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[山梨県]]&lt;br /&gt;
*[[多摩県]]&lt;br /&gt;
*[[東京都]]&lt;br /&gt;
{{執筆コンテスト出品|11}}&lt;br /&gt;
{{執筆コンテスト出品|16}}&lt;br /&gt;
{{日本の都市}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:はちおうしし}}&lt;br /&gt;
[[Category:東京都の自治体]]&lt;br /&gt;
[[Category:多摩県]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>124.44.57.1</name></author>	</entry>

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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%9C%A8%E6%9B%B4%E6%B4%A5%E5%B8%82&amp;diff=214333</id>
		<title>木更津市</title>
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				<updated>2013-12-25T09:29:55Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;124.44.57.1: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''木更津市'''（きさらづし）は、[[房総半島]]の中西部に存在する巨大な[[遺跡]]群である。古代、ここには巨大な都市が栄えていたとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
房総半島の中西部、[[東京湾]]に面した土地に存在する巨大遺跡、木更津市。海に面した地理によりかつては交易で栄え最盛期には約13万人弱の人々がが定住していたとされている。&lt;br /&gt;
木更津市は[[千葉帝国]]における主要な都市であり、重要な軍事拠点でもあった。また、北には[[東京湾アクアライン|東京湾横断道路]]を、南には千葉帝国有数の製鉄所として栄えた[[君津製鐵所]]を、東には当時最先端の科学研究所である[[かずさアカデミアパーク]]を抱えていた。また、西には東京湾有数の干潟である[[盤洲干潟]]や[[小櫃川]]が存在し、自然と科学を両立した古代の[[先進都市]]であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[東京湾アクアライン]]の効果を（悪い意味で）すべて受けてしまった不幸な都市という[[伝説]]が伝わっている。かつて駅前は[[デパート]]や多くの商店で賑わいを見せていたが、そのすべては消え去り死んでしまった。[[地域振興|町起こし]]と称して、イオンやユザワヤなどの大型商業施設を誘致したが、それらもまたことごとく、廃墟の中に飲み込まれている。&lt;br /&gt;
テレビドラマ（およびその映画晩）「[[木更津キャッツアイ]]」においては、普通の田舎町としての描写がされているが、それらはすべてかつての賑わいを知る老人からの聞き取りによって描かれたものである。市内には撮影が行われた町並みが存在するが、それはドラマおよび映画のセットとしてかつての町並みを復元したものであり、[[太秦駅|太秦]]と同様所詮は作り物である。このセットをテーマパーク化するという企画も存在したが、それもまた廃墟の中へと飲み込まれてしまった。今となっては更に下った君津のほうが栄えているという体たらく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
木更津は帝国の形成の歴史と深くかかわっていたとされている。木更津という市名は、帝国神話において[[倭建命]](ヤマトタケルノミコト)が東征した際、妻である[[弟橘媛]](オトタチバナヒメ)が東京湾に身投げしたのを嘆き詠んだとされる「君さらず 袖しが浦に立つ波の その面影をみるぞ悲しき」という歌に由来しているとされている。廃藩置県によりその後木更津は[[木更津県]]となるが、およそ二年後に[[千葉県]]に編入され木更津町となった。その後市制を実施、木更津市となった。[[大日本帝国]]との交易のために[[東京湾アクアライン|東京湾横断道路]]が建設された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 地理 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
西は[[東京湾]]があり、かつて「かずさアカデミアパーク」というものも存在したが、所詮は時代のあだ花であり、[[一発屋]]として頓挫し、これもまたあとは特にない。せいぜいが[[氣志團]]ぐらいである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 遺跡 ==&lt;br /&gt;
*[[木更津駐屯地]]跡 木更津市北西部に残る駐屯地跡。ここには千葉帝国軍木更津部隊が配備され、最盛期にはヘリコプター母艦四隻が配置されていた。&lt;br /&gt;
*[[東京湾アクアライン|東京湾横断道路]] 木更津市北西部に残る巨大な道路。大日本帝国との交易のため建造された。大日本帝国との国境分岐点には[[海ほたるパーキングエリア]]がある。&lt;br /&gt;
*[[かずさアカデミアパーク]]跡 帝国の主要な企業の大規模な工場がここに置かれ、長年にわたって帝国軍用の銃や手りゅう弾が製造されていた。現在でも付近からはここで製造されたと思われる爆弾や不発弾が発見されている。現在は周辺の廃墟の中へと埋没している。&lt;br /&gt;
*[[久留里線]] 東には昔懐かしさを醸し出すローカルな線しかし非電化で[[盲腸線|盲腸]]であるため[[手術]]が必要なのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[暴走族]]&lt;br /&gt;
*[[ドーナツ化現象]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.city.kisarazu.lg.jp/ 木更津市公式サイト]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{スタブ (一般タイプ)|cat=都市関連のスタブ}}&lt;br /&gt;
{{千葉県}}&lt;br /&gt;
{{日本の都市}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:きさらつし}}&lt;br /&gt;
[[Category:千葉県の自治体]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>124.44.57.1</name></author>	</entry>

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