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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<title>黒田孝高</title>
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				<updated>2008-04-17T06:40:29Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;124.100.222.123: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''黒田 孝高'''（'''くろだ よしたか'''、[[天文 (元号)|天文]]15年[[11月29日 (旧暦)|11月29日]]（[[1546年]][[12月22日]]） - [[慶長]]9年[[3月20日 (旧暦)|3月20日]]（[[1604年]][[4月19日]]））は[[戦国時代 (日本)|戦国時代]]、[[安土桃山時代]]、[[江戸時代]]前期にかけての[[武将]]・[[大名]]である。[[豊前国]][[中津城]]主。孝高は[[諱]]で通称の'''官兵衛'''、並びに出家後の'''如水'''の号で有名である。[[豊臣秀吉]]の側近として仕え、調略や他大名との交渉などに活躍した。'''ドン・シメオン'''という洗礼名を持つ[[キリシタン]]大名でもあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 生涯 ==&lt;br /&gt;
=== 出身 ===&lt;br /&gt;
天文15年11月29日（1546年12月22日）、[[黒田職隆]]の嫡男として姫路に生まれる。黒田氏は、『寛政重修諸家譜』などによれば[[近江国]][[伊香郡]]黒田村（現在の[[滋賀県]]伊香郡[[木ノ本町]]黒田）の武家出身とされるが定かではない。孝高の祖父・[[黒田重隆]]の代に播磨に入り、[[御着城]]（現在の[[姫路市]]東部）を中心に播州平野に勢力を持っていた小大名の[[小寺政職]]に仕えた。政職は黒田氏を高く評価し、重隆を重臣として姫路城代に任じた。重隆の子職隆には自らの養女を嫁がせ、小寺の名字を名乗らせた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 播州時代 ===&lt;br /&gt;
[[永禄]]10年（[[1567年]]）頃、孝高は家督を継ぎ、[[櫛橋伊定]]の娘を正室に迎え、姫路城代となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[天正]]元年（[[1573年]]）、小寺氏など播磨の小大名たちは畿内で勢力を拡大する[[織田信長]]と[[山陰地方|山陰]]・[[山陽地方|山陽]]に勢力を張る[[毛利輝元]]の2つの大勢力に挟まれることになった。天正3年（[[1575年]]）、信長は羽柴秀吉（豊臣秀吉）に命じて播磨に進駐させた。信長の才能を高く評価していた孝高は早くから主君・政職に織田家への臣従を勧め、近隣勢力も説得していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 織田家臣時代 ===&lt;br /&gt;
ところが天正6年（[[1578年]]）、播磨の大勢力である[[三木城]]主[[別所長治]]が織田氏に反旗を翻した。これに他の播磨の勢力は大きく動揺した。さらに織田家の重臣で[[摂津国]]を任されていた[[荒木村重]]が信長に対して謀反を起こし、[[有岡城]]（[[兵庫県]][[伊丹市]]）に立て籠もった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このとき、孝高は村重を翻意させるため有岡城に乗り込んだが交渉は成功せず、捕縛されてしまった。1年後、有岡城は落城し孝高は家臣の[[栗山利安]]によって救出されたが、劣悪な環境の土牢に長期に渡って押し込められていたため脚部の関節に障害が残り、歩行がやや不自由になった。このため、以後は合戦の指揮も馬上ではなく輿に乗って行うようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
村重の謀反の際、主君の小寺政職も同調して信長から離反したため、信長の嫡男・[[織田信忠]]によって討伐された。孝高は謀反人の名字を名乗ることをよしとせず、本来の黒田の名字に改めた。救出された孝高は信長から播磨国内に1万石を与えられ、秀吉の与力となって参謀として活躍するようになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天正8年（[[1580年]]）、「姫路城は播州統治の適地である」として居城を秀吉に提供し、自身は[[飾東郡]]の国府山城に移った。天正9年（[[1581年]]）、秀吉は[[因幡]]の[[鳥取城]]を兵糧攻めで落城させた。策略により周辺の米を買い占めた上で完全に包囲して兵糧の補給を絶ったため、鳥取城内は飢餓で凄惨極まりない状況に追い込まれて3ヶ月で降伏を余儀なくされたが、この作戦を秀吉に献策したのは孝高だったと言われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また天正10年（[[1582年]]）、毛利氏の部将・[[清水宗治]]が守る[[備中高松城]]攻略に際し秀吉は巨大な堤防を築いて水攻めにしたが、この作戦を献策したのも孝高だったと言われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 豊臣家臣時代 ===&lt;br /&gt;
高松城攻めの最中、京都で[[本能寺の変]]が起こり、信長が[[横死]]した。信長の死を知った孝高は秀吉に対して、「'''御運が開かれる機会が参りましたな'''」と進言したといわれる。そして、秀吉が[[毛利輝元]]と和睦し中国大返しを行なったのも、孝高の進言によると言われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天正11年（[[1583年]]）の[[賤ヶ岳の戦い]]、天正12年（[[1584年]]）の[[小牧・長久手の戦い]]にも参加。天正13年（[[1585年]]）には[[四国征伐]]に加わった。このとき、孝高は敵将・[[長宗我部元親]]の策略を見抜いて、次々と敵城を陥落させた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天正14年（[[1586年]]）、従五位下[[勘解由使|勘解由次官]]に叙任された。天正15年（[[1587年]]）の[[九州征伐]]では[[毛利氏]]、[[宇喜多氏]]などの軍勢の戦目付として、戦勝に貢献している。九州平定後、豊前中津で12万5000石を与えられた。[[国人]]勢力の[[城井鎮房]]・[[野中鎮兼]]らが一揆を起こすが孝高はこれを鎮圧し、翌年4月には[[城井氏]]を謀殺することで領内の平定に成功した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この少し前、孝高は[[高山右近]]らの勧めによって[[キリスト教]]の洗礼を受けていた。しかし、天正15年（1587年）7月に秀吉がキリスト教禁教令を出すと高山右近らがこれに反抗して追放される中、孝高は率先して棄教した。秀吉の側近である孝高の棄教は、宣教師やキリスト教を信仰する諸大名に大きな衝撃を与えたことが[[ルイス・フロイス]]の書簡から窺える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天正17年（[[1589年]]）、家督を嫡男の[[黒田長政]]に譲って[[隠居]]し、'''如水軒'''と号した（※これ以降は如水と記述する）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
家督を譲った後も、如水は秀吉の側近として仕えた。天正18年（[[1590年]]）の[[小田原征伐]]では[[小田原城]]に入って[[北条氏政]]・[[北条氏直]]父子を説得し、無血開城させる功績を立てた。このとき、北条氏直から[[日光一文字]]の名刀を与えられている（[[国宝]]、[[福岡市博物館]]所蔵）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[文禄]]元年（[[1592年]]）から秀吉の朝鮮出兵（[[文禄・慶長の役]]）に参加するが、文禄2年（[[1593年]]）に[[五奉行]]の[[石田三成]]との間に確執を生じ秀吉の怒りを買ったために、'''如水円清'''と号して出家・引退した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、[[中津城]]で悠々自適の隠居生活を送ったと言われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 関ヶ原の戦い ===&lt;br /&gt;
慶長3年（[[1598年]]）8月、豊臣秀吉が死去した。如水は同年12月に上洛し、伏見屋敷に居住したという。この頃、如水が[[吉川広家]]に宛てた書状が残されている。&lt;br /&gt;
:「'''かようの時は仕合わせになり申し候。はやく乱申すまじく候。そのお心得にて然るべき候'''」&lt;br /&gt;
これは、如水が遠からず天下の覇権をめぐって大乱が起きると予想していたことを窺わせる。慶長5年（[[1600年]]）、[[徳川家康]]らが[[会津]]の[[上杉景勝]]討伐のため東へ向かうと石田三成らが家康の非を鳴らして挙兵し（西軍）、[[関ヶ原の戦い]]が起こった。嫡男・長政は家康の養女を正室として迎えていたことから秀吉の死去前後から家康に与し、豊臣恩顧の大名を多く家康方に引き込み[[後藤基次]]ら黒田軍の主力を率いて家康に同行、関ヶ原本戦で武功を挙げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この頃、如水は九州にいた。石田三成の挙兵を知った如水は、家康方（東軍）として行動を開始した。兵力の大半は長政が率いていたため如水は金蔵を開いて領内の百姓などに支度金を与え、1万人ほどの速成軍を作り上げた。如水はこの兵力を率いて[[9月9日 (旧暦)|9月9日]]（[[10月15日]]）、[[豊後国|豊後]]に侵攻した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日、再興を目指して西軍に与した[[大友義統]]が[[毛利輝元]]の支援を受けて豊後に攻め込み、東軍の[[細川忠興]]の飛び地である杵築城を包囲攻撃した。城将・[[松井康之]]と[[有吉立行]]は如水に援軍を要請、如水はこれに応じ[[9月13日 (旧暦)|9月13日]]（[[10月19日]]）、石垣原（現在の[[別府市]]）で大友義統軍と衝突した。[[黒田二十四騎]]に数えられる[[母里友信]]らの活躍もあって、黒田軍は大友軍に勝利した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、如水は西軍に属した[[熊谷直盛]]の[[安岐城]]、[[垣見一直]]の[[富来城]]、[[太田一吉]]の[[臼杵城]]、[[毛利高政]]の[[角牟礼城]]と[[日隈城]]、[[毛利勝信]]の[[小倉城]]、[[毛利信友]]の[[香春岳城]]などを次々と落としていった。しかし、関ヶ原の戦いがわずか1日で決着がついたことを知ると占領した城を家康に献上して居城に戻り、軍を解散した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
如水のねらいは九州を統一し、その兵力を率いて東上し家康に決戦を挑んで天下を取ることにあったとも言われる。息子の長政の活躍により、関ヶ原の合戦が短期に終結したのは皮肉な巡り合わせと言えるかも知れない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、本気で天下を取ろうとしたのであれば息子の長政と綿密な打ち合わせが必要であり、それをしなかったのは如水の手腕を考えれば手落ちというより不審である。そのため、天下を狙う野望を持っていたというのは見せかけで如水は家康に脅威を感じさせ、一方で息子の長政が家康に忠誠を尽くすことにより黒田家の存続と繁栄を狙った深謀遠慮であるという説もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これに関しては以下のような逸話が伝わっている。&lt;br /&gt;
:関ヶ原の戦いの後、帰郷した長政が「家康殿は右手を取って功労を褒めてくれた」と自慢したのに対し、如水は「'''その時、お前の左手は何をしていた'''（=何故空いている手で家康を殺さなかったのか）」と言った。これを聞いて長政は絶句した。&lt;br /&gt;
このような逸話が広く世間に流布していた事実からは、逆に本気で天下を狙っていたとは考えにくい（本気だったならば固く秘密にしたであろう）。むしろ陰謀家の如水に対比することで、長政の家康に対する忠誠を強調した逸話と考えることができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 江戸時代 ===&lt;br /&gt;
関ヶ原の合戦の後、長政は家康から勲功第一として筑前名島（福岡）で52万3000石を与えられた。如水も中津城から[[福岡城]]に移り、そこでその後は政治に関与することなく隠居生活を送った。慶長9年3月20日（1604年4月19日）、[[京都]]伏見藩邸にて死去。享年59。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
*一般に伝えられる孝高の活躍については、[[軍師]]の活躍をよりきらびやかに描こうとする[[江戸時代]]の軍記物などで誇張された部分も多いと言われる。&lt;br /&gt;
*[[竹中重治]]（半兵衛）と共に秀吉の双璧と謳われ、「両兵衛」・「二兵衛」と称された。&lt;br /&gt;
*[[徳川秀忠]]は孝高を「今世の[[張良]]なるべし」と評した（[[名将言行録]]）。&lt;br /&gt;
*孝高は[[梅毒]]により、頭部に醜い瘡があったと言われる。&lt;br /&gt;
*虎視眈々と天下を狙う野心家として描かれることが多いが、実際には主君を裏切ったことは一度もない。小寺政職は「裏切った」のではなく「裏切られた」のであるし、関ヶ原の合戦の際の徳川家康に関しても2人は同じ豊臣家の家臣であって主従ではなく建前上は同じ東軍であったから、敵対すらしていない。[[坂口安吾]]は「天才ではあるが、ただの戦争マニアであって野心は二流」と評している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 逸話 ==&lt;br /&gt;
*本能寺の変で織田信長が死去したとき、孝高は秀吉に対して「御運が開かれる機会が参りましたな」と言った。これ以後、秀吉は孝高の智謀を恐れるようになったという。秀吉が多くの功績を立てた孝高に対して、大坂から遠く離れた豊前の中津でわずか12万石しか与えなかった（加藤清正・福島正則ら他の子飼い大名と比べると小封と言える）のも、それを示していると言われる。&lt;br /&gt;
*秀吉が孝高を恐れたことを示す史料として、次のようなものがある。&lt;br /&gt;
:「秀吉、常に世に怖しきものは徳川と黒田なり。然れども、徳川は温和なる人なり。黒田の瘡天窓は何にとも心を許し難きものなりと言はれしとぞ」（[[名将言行録]]）。&lt;br /&gt;
*孝高が長政に家督を譲って隠居したのは44歳のときであるが、働き盛りの年齢で隠居したのは秀吉に恐れられていることを知って身の安全を図ったためと言われる。次のような逸話が残っている。&lt;br /&gt;
:秀吉が家臣に「わしに代わって、次に天下を治めるのは誰だ」と尋ねた。家臣たちは徳川家康や前田利家の名前を挙げたが秀吉は黒田官兵衛（孝高）を挙げ、「官兵衛がその気になれば、わしが生きている間にも天下を取るだろう」と言った。側近は「官兵衛殿は10万石程度の大名に過ぎませんが」と聞き返したところ、秀吉は「お前たちはやつの本当の力量をわかっていない。やつに100万石を与えたらとたんに天下を奪ってしまう」と言った。これを伝え聞いた官兵衛は身の危険を感じて隠居を申し出たという。&lt;br /&gt;
:これはわざと情報を流すことで周囲の反応を見ようとしたものと思われる。一方、隠居は三成ら若い人材の台頭なども理由と言われる。&lt;br /&gt;
*晩年は家臣に対して冷たく振舞ったとされる。これは殉死者を出さないためとも、当主の長政に家臣団の忠誠を向けさせるためとも言われている。&lt;br /&gt;
*村重謀反のとき、信長は翻意するよう説得に向かった孝高が帰ってこないのは村重に寝返ったからだと判断し、人質として預けられていた長政を殺害するように命じた。しかし重治（半兵衛）は密かに長政を匿った。このため、重治への感謝の気持を忘れないために黒田家は家紋に竹中家の家紋を用いた（この家紋とは黒餅の事を指す。黒餅とは石高の加増を願う家紋である）。&lt;br /&gt;
*遺訓として「人に媚びず、富貴を望まず」がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連作品 ==&lt;br /&gt;
=== 小説 ===&lt;br /&gt;
*[[播磨灘物語]]（[[司馬遼太郎]]・著、[[講談社]]）ISBN 9784062739320 他&lt;br /&gt;
*黒田如水（[[吉川英治]]・著、講談社）&lt;br /&gt;
*黒田如水（[[童門冬二]]・著、[[小学館]]）&lt;br /&gt;
*二流の人（[[坂口安吾]]・著、筑摩書房ほか）&lt;br /&gt;
*軍師の境遇（[[松本清張]]・著、角川書店）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 漫画 ===&lt;br /&gt;
*黒田・三十六計（[[平田弘史]]・著、[[リイド社]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 音楽 ===&lt;br /&gt;
*[[海援隊 (フォークグループ)|海援隊]]「二流の人」（『倭人傳』、[[1979年]][[12月1日]]、MR-3191）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 黒田孝高を演じた人物 ==&lt;br /&gt;
*『[[太閤記 (NHK大河ドラマ)|太閤記]]』 [[田村高廣]]&lt;br /&gt;
*『[[国盗り物語 (NHK大河ドラマ)|国盗り物語]]』 [[江守徹]]&lt;br /&gt;
*『[[黄金の日日]]』 [[島田三郎 (俳優)|島田三郎]]→[[勝部演之]]&lt;br /&gt;
*『[[おんな太閤記]]』 菅野忠彦（現・[[菅野菜保之]]）&lt;br /&gt;
*『[[徳川家康 (NHK大河ドラマ)|徳川家康]]』 [[入川保則]] &lt;br /&gt;
*『[[秀吉 (NHK大河ドラマ)|秀吉]]』 [[伊武雅刀]] &lt;br /&gt;
*『[[功名が辻 (NHK大河ドラマ)|功名が辻]]』 [[斉藤洋介]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[黒田氏]]&lt;br /&gt;
*[[黒田二十四騎]]&lt;br /&gt;
*[[黒田八虎]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[黒田氏]]当主|1567 - 1589|[[黒田職隆]]|[[黒田長政]]}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:黒田氏|よしたか]]&lt;br /&gt;
[[Category:キリシタン]]&lt;br /&gt;
[[Category:戦国武将]]&lt;br /&gt;
[[Category:織豊政権の大名]]&lt;br /&gt;
[[Category:1546年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1604年没]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E7%89%88&amp;diff=22259</id>
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				<updated>2008-01-24T07:12:41Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;124.100.222.123: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ウィキペディア日本語版'''（うぃきぺでぃあにほんごばん）とはフリー百科事典・[[ウィキペディア|Wikipedia]]の中で主として[[日本語]]を用いて記述されている[[ウィキ]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 規模 ==&lt;br /&gt;
2007年12月現在、約44.9万項目あり、英語版（約214.4万）、ドイツ語版（約68.1万）、フランス語版（約59.8万）、ポーランド語版（約45.3万）に次ぐ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本語版のあゆみ ==&lt;br /&gt;
日本語表記が可能になったのは[[2002年]]。[[2003年]]、Wired News 日本語版でウィキペディアについての記事が掲載され、これを期に参加者が増加したのが実質的な始まりだとされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし最初の歩みは遅々たるもので1～2行の記事がぽつぽつあり、たまに5KBの記事があれば大変な長文だとみなされていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]、[[2005年]]と先端的なメディアがぽつぽつ話題に取り上げ始めるが、まだまだ「百科事典」としての体をなしていない段階であり、一般人の認知度は低かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
goo検索がウィキペディアを辞書検索の仲間に入れ、[[2006年]]8月、朝日新聞が一面トップの特集で取り上げた。これらが相前後して、ウィキペディア日本語版は日本国内で一気に認知度を高めた。熱心な執筆者も格段に増えていき、「Web of the Year 2006」において「年間総合大賞」と「ウェブ情報源部門賞」をダブルで受賞し、翌年も「年間総合大賞」と「知識・情報源部門賞」をダブルで受賞した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 年表 ===&lt;br /&gt;
==== 2003年 ====&lt;br /&gt;
*[[2月12日]] - 1,000ページを突破。&lt;br /&gt;
*[[3月23日]] - 5,000ページを突破。&lt;br /&gt;
*[[6月15日]] - 1万ページを突破。&lt;br /&gt;
*[[9月9日]] - 1万項目達成。&lt;br /&gt;
*[[12月8日]] - 2万項目達成。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 2004年 ====&lt;br /&gt;
*[[2月9日]] - 3万項目達成。&lt;br /&gt;
*[[4月1日]] - 4万項目達成。&lt;br /&gt;
*[[5月26日]] - 5万項目達成。&lt;br /&gt;
*[[5月28日]] - MediaWiki v1.3 に移行。&lt;br /&gt;
*[[7月18日]] - 6万項目達成。&lt;br /&gt;
*[[9月7日]] - 7万項目達成。&lt;br /&gt;
*[[9月9日]] - Web広告研究会主催の第2回Webクリエーション・アウォード、Webクリエーション・アウォード特別賞を受賞。[[wiki:利用者:Aoineko|Aoineko]]が代表で受け取った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 2005年 ====&lt;br /&gt;
*[[2月11日]] - 10万項目達成。&lt;br /&gt;
*[[10月24日]] - 15万達成。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 2006年 ====&lt;br /&gt;
*[[4月9日]] - 20万項目達成。&lt;br /&gt;
*[[8月28日]] - 25万項目達成。&lt;br /&gt;
*[[12月6日]] - 「Web of the Year 2006」で「総合大賞」と「ウェブ情報源部門」を獲得。&lt;br /&gt;
*[[12月15日]] - 30万項目達成。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 2007年 ====&lt;br /&gt;
*[[4月3日]] - 35万項目達成。&lt;br /&gt;
*[[8月10日]] - 40万項目達成。&lt;br /&gt;
*[[12月26日]] - 45万項目達成。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 問題点 ==&lt;br /&gt;
=== 荒らし ===&lt;br /&gt;
ウィキペディアの知名度が高くなるにつれ、次第に荒らしが目立つようになった。代表的なものとしては[[身長記入問題]]がある。これらの投稿に対し管理人等は保護や白紙化、投稿ブロック等で対応しているが日に日に増加している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 中立性 ===&lt;br /&gt;
ウィキペディアでは中立を謳っているが、記事においてはその中立性が疑われている記事も多い。特に中立性が疑われるのは、[[サブカルチャー]]や[[政治]]、また[[特定アジア]]に関する記事である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 記事の傾向 ==&lt;br /&gt;
ウィキペディア日本語版では[[芸能]]や[[音楽]]、[[ドラマ]]や[[映画]]等に代表されるサブカルチャーに関する記事やインターネットや[[鉄道]]、[[声優]]、[[マンガ]]・[[アニメ]]、[[ゲーム]]等に代表される[[オタク]]文化に関する記事が発達する傾向がある。特にオタク文化に関する記事の発達は著しく、例えばゲームやアニメのキャラクターについて詳細に書かれており、場合によっては著名人の記事に匹敵するほどの内容を持っていることも多い。これについて、日本版を含むNewsweekアジア大洋州版[[2007年]][[9月5日]]号で「オタク御用達のツール」として紹介された。この様な記事の傾向から、[[2ちゃんねらー]]や[[ニコ厨]]の影響が少なからずあると考えられる。その一方、[[人文科学]]や[[社会科学]]、[[自然科学]]等に代表される学問的、専門的な内容に関してはあまり発達せず、英語版と比べても内容に乏しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 評価 ==&lt;br /&gt;
アイシェアの調査（調査期間:2007年11月27日～30日）によると、ウィキペディアの内容について「信用している」と答えた者は39.4%で、約6割の利用者が記事の信憑性に疑いを持っているという結果となった。その理由として「記載された内容が自由に改変可能な為」が40.0%と最も多く、「中立的な立場ではないと思えるから」、「調査機関を利用した情報ではない為」と次いだ&amp;lt;ref&amp;gt;[http://japan.cnet.com/marketing/story/0,3800080523,20362788,00.htm Wikipediaを「信用している」は4割未満、「知っているが参加経験なし」は9割以上に]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 広域ブロック ==&lt;br /&gt;
荒らしの大多数は一過性のもの、短期で終わるものであることが多いが、ウィキペディアの運営方針や存在そのものに反対する人の一部が「荒らし」という手段で攻撃してくる事も少なくない。非常に根気良く繰り返し日本語版を攻撃する長期荒らしユーザーがいる。これに対処するべく使用されるのが「広域ブロック」である。「/24」だけでは足らず、「/16」レンジブロックが発動されることもある。広域ブロックであるため、善良な一般ウィキペディアンが巻き添えになることも少なくない。ソネットの時には巻き添えユーザーは泣き寝入りするしかなかったが、その後「穴あけ」による救済が可能になった。ただしそのため、より頻繁に広域ブロックが発動されるようにもなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
広域ブロックの対象には、大手プロバイダでは2005年にソネット、2006年、2007年にはOCN、biglobe、@niftyなどがその対象となった。その他、大学を始めとする学校からの接続、漫画喫茶、図書館、携帯からの接続などもある&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E5%BA%83%E5%9F%9F%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF/rangeblocklist Wikipedia:広域ブロック/rangeblocklist（広域ブロックリスト）]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ウィキペディア日本語版に対する批判 ==&lt;br /&gt;
ウィキペディア日本語版において、一部の利用者が強権的な態度を取っていることや自分の意見に従わない、もしくは認めない参加者を排除する行動を取っている。具体例としては仲間内で「派閥」を形成し、他の利用者と編集方針で対立すると「派閥」総がかりで敵対者をコミュニティから追放しようとする行動を起こしたり、自分にとって都合の悪い利用者を荒らしと処理するといったことが挙げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、今までは必ずしもメジャーでなかったが故にこうした「裏」の諸事情に関し誤魔化したり開き直ったりする事が出来ていても、2007年11月の某所の調査によると利用者が増加した反面、ウィキペディア日本語版側にとっては都合の悪いファクターもまた数値化され徐々に顕在化しているような傾向も見られ、こういった傾向は今後ウィキペディア日本語版利用者が更に増加するにつれ、より加速するという見て良いだろう。&lt;br /&gt;
=== 批判サイト ===&lt;br /&gt;
英語版では[[Wikitruth]]等のアンチサイトがすでに存在するが、日本語版も複数のアンチサイトもしくは批判サイトが立ち上げられ始めている。[[Yourpedia]]も批判サイトの一つである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== パロディサイト ==&lt;br /&gt;
パロディサイトなども多く見られる。代表的なものに[[アンサイクロペディア]]や[[モナペディア]]がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;div class=&amp;quot;references-small&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;references /&amp;gt;&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア日本語版の利用者]]&lt;br /&gt;
*[[始祖鳥事件]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://wikimediafoundation.org ウィキメディア財団]&lt;br /&gt;
*[http://ja.wikipedia.org/wiki/ ウィキペディア日本語版]&lt;br /&gt;
*[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E7%89%88 ウィキペディア日本語版当該項目]&lt;br /&gt;
*[http://beyond.2log.net/akutoku/topics/2007/0408.html Wikipedia日本語版の異常な偏向具合]&lt;br /&gt;
*[http://beyond.cocolog-nifty.com/akutoku/2007/03/wikipedia_80af.html Wikipediaの記述に不満のある人は、クレームを送ると良いようです。]&lt;br /&gt;
*[http://blog.sakichan.org/ja/index.php/2007/04/06/wikipedian_dont_know_encyclopedie Wikipedia日本語版管理者は百科全書とか知らないんだろうか?]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Internet-stub}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディア]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>124.100.222.123</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E4%BC%8A%E8%97%A4%E5%8D%9A%E6%96%87&amp;diff=22258</id>
		<title>伊藤博文</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E4%BC%8A%E8%97%A4%E5%8D%9A%E6%96%87&amp;diff=22258"/>
				<updated>2008-01-24T07:03:44Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;124.100.222.123: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Otheruses|政治家|同名の棋士|伊藤博文 (棋士)}}&lt;br /&gt;
{{日本の内閣総理大臣&lt;br /&gt;
|[[第1次伊藤内閣|1]]・[[第2次伊藤内閣|5]]・[[第3次伊藤内閣|7]]・[[第4次伊藤内閣|10]]&lt;br /&gt;
|伊藤 博文&amp;lt;br/&amp;gt;（いとう ひろぶみ）&amp;lt;br/&amp;gt;[[画像:Itô Hirobumi.jpg|200px]]&lt;br /&gt;
|[[1841年]][[10月16日]]&amp;lt;br/&amp;gt;（[[天保]]12年[[9月2日 (旧暦)|9月2日]]）&lt;br /&gt;
|[[周防国]][[熊毛郡 (山口県)|熊毛郡]]束荷村&amp;lt;/br&amp;gt;（現・山口県光市）&lt;br /&gt;
|[[松下村塾]]&lt;br /&gt;
|[[従一位]][[大勲位]][[公爵]]&amp;lt;br/&amp;gt;[[名誉博士]]（[[エール大学]]）&lt;br /&gt;
|&amp;lt;!--&amp;gt;外国事務局判事&amp;lt;br/&amp;gt;[[兵庫県]][[知事]]&amp;lt;br/&amp;gt;[[工部卿]]&amp;lt;br/&amp;gt;[[内務卿]]&amp;lt;br/&amp;gt;&amp;lt;!--&amp;gt;[[枢密院議長]]&lt;br /&gt;
|－&lt;br /&gt;
|第1次：&amp;lt;br/&amp;gt;[[1885年]][[12月22日]]|[[1888年]][[4月30日]]&amp;lt;br/&amp;gt;第2次：&amp;lt;br/&amp;gt;[[1892年]][[8月8日]]&amp;lt;br/&amp;gt; ‐ [[1896年]][[8月31日]]&amp;lt;br/&amp;gt;第3次：&amp;lt;br/&amp;gt;[[1898年]][[1月12日]]&amp;lt;br/&amp;gt; ‐ [[1898年]][[6月30日]]&amp;lt;br/&amp;gt;第4次：&amp;lt;br/&amp;gt;[[1900年]][[10月19日]]&amp;lt;br/&amp;gt; ‐ [[1901年]][[5月10日]]&lt;br /&gt;
|－&lt;br /&gt;
|－&lt;br /&gt;
|－&lt;br /&gt;
|[[1909年]]（明治42年）[[10月26日]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
[[画像:Hirobumi Ito 2.jpg|180px|thumb|志士時代の伊藤博文]]&lt;br /&gt;
[[画像:Iwakura mission.jpg|250px|thumb|[[岩倉使節団]]。右から[[大久保利通]]、伊藤博文、[[岩倉具視]]、[[山口尚芳]]、[[木戸孝允]]]]&lt;br /&gt;
[[画像:Hirobumi Ito.jpg|250px|thumb|長谷川大将と共に統監府へ向かう伊藤博文（手前）]]&lt;br /&gt;
'''伊藤 博文'''（'''いとう ひろぶみ'''、[[1841年]][[10月16日]]（[[天保]]12年[[9月2日 (旧暦)|9月2日]]） - [[1909年]]（[[明治42年]]）[[10月26日]]）は[[日本]]の[[政治家]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[大日本帝国憲法|明治憲法]]の起草に関わり、初代・第5代・第7代・第10代の[[内閣総理大臣]]および初代[[枢密院]]議長・[[韓国統監府]]統監・[[貴族院議長]]・[[兵庫県]][[都道府県知事|知事]]（官選）を務めた。[[立憲政友会]]を結成・初代総裁。[[元老]]。[[位階]][[勲等]]は[[従一位]][[大勲位]]。[[爵位]]は[[公爵]]。[[称号]]は[[名誉博士|名誉博士]]（エール大学）。死後に[[大韓帝国]]より功績を讃えられ「文忠公」の諡号が送られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
幼名は利助、のち'''俊輔'''（春輔、舜輔）とも称した。「'''[[春畝]]'''（しゅんぽ）」、「'''滄浪閣主人'''（そうろうかくしゅじん）」などと号し、「'''春畝公'''」と表記されることも多い。名の博文を「ハクブン」と[[有職読み]]することもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 生涯 ==&lt;br /&gt;
=== 幼年期 - 挙兵 ===&lt;br /&gt;
[[周防国]][[熊毛郡 (山口県)|熊毛郡]]束荷村字野尻（現・[[山口県]][[光市]]束荷字野尻）に[[農民]]・十蔵、琴子の長男として生まれる。家が貧しく12歳ころから奉公に出る。父が[[萩藩]]の[[中間]]水井武兵衛（後に伊藤直右衛門と改名）の養子となり、下級武士の身分を得る。[[吉田松陰]]の[[松下村塾]]に学び、[[高杉晋作]]、[[井上馨|井上聞多]]らと[[倒幕運動]]に加わった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1862年]]（[[文久]]2年）には[[公武合体]]論を主張する[[長井雅楽]]の[[暗殺]]を画策し、イギリス公使館焼き討ちに参加するなど[[尊王攘夷]]の志士として活躍した。また、[[山尾庸三]]とともに[[塙忠宝|塙次郎]]・[[加藤甲次郎]]を暗殺した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1863年]]（文久3年）には井上聞多、[[遠藤謹助]]、山尾庸三、[[井上勝|野村弥吉]]らと共に（[[長州五傑]]）[[イギリス]]に渡航。翌[[1864年]]（[[元治]]元年）、四国連合艦隊による[[長州藩]]攻撃が近いことを知ると、井上とともに急ぎ帰国し戦争回避に奔走するもかなわず[[下関戦争]]（馬関戦争）が勃発する。戦後は和平交渉に通訳として参加した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
長州藩が[[長州征伐#第一次|第一次長州征伐（幕長戦争）]]で幕府に恭順の姿勢を見せると、高杉らに従い[[力士隊]]を率いて挙兵。後に[[奇兵隊]]も加わるなど各所で勢力を増やして俗論派を倒し、[[長州正義派|正義派]]（革新派）が藩政を握った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 明治維新 - 初代首相 ===&lt;br /&gt;
維新後は'''伊藤博文'''と改名し、長州閥の有力者として、また[[英語]]に堪能な事を買われて参与、外国事務局判事、[[兵庫県]][[知事]]（当時の県知事は民選ではなく官選であった）、初代[[工部省|工部卿]]など[[明治政府]]の様々な要職を歴任する。当初、伊藤が新政府に提出した『[[国是綱目]]』が当時新政府内では極秘裏の方針とされていた[[版籍奉還]]に触れていたために[[大久保利通]]や[[岩倉具視]]の不興を買い、また[[大蔵省]]の権限を巡る論争でも大久保とは対立関係にあった。だが、[[征韓論|征韓論争]]では「内地優先」路線を掲げた大久保・岩倉らを支持して大久保の信任を得るようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[大阪会議]]を斡旋し、大久保が暗殺された後に[[内務省 (日本)|内務卿]]を継承し、[[維新の三傑]]なき後の指導者の一人として辣腕を振るう。[[明治14年の政変]]で[[大隈重信]]らが失脚すると[[憲法]]制定のために[[ヨーロッパ]]へ渡り、初代[[枢密院]]議長として[[大日本帝国憲法]]制定に関わる。[[1885年]]（明治17年）に[[内閣]]制度が創設され、初代[[内閣総理大臣]]となる。のち枢密院議長、貴族院議長などを経て3回組閣、合わせて4度にわたって内閣総理大臣を務めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1900年]]（明治33年）には[[立憲政友会]]を創立、初代総裁。[[日露戦争]]前は、日露協商論・満韓交換論の立場から[[ロシア]]との不戦を説き、[[日英同盟]]に反対した。講和後、戦後処理に奔走する。後に元老の一員となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 韓国統監府初代統監就任 - 暗殺 ===&lt;br /&gt;
[[1905年]]（明治37年）11月の[[第二次日韓協約]]（韓国側では乙巳保護条約と呼ぶ）によって[[大韓帝国]]が日本の保護国となり、[[韓国統監府]]が設置されると初代統監に就任した。日本は実質的な朝鮮の支配権を掌握した（韓国では広義の日本統治時代として植民地時代35年と保護国時代5年をひとつながりでとらえることもある）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1909年]]（[[明治42年]]）、統監を辞任、[[枢密院]]議長に復帰したが同年10月、[[ロシア]]蔵相[[ウラジーミル・ココツェフ]]（ココフツォフ）と満州・朝鮮問題について非公式に話し合うため訪れた[[ハルビン]]駅で[[大韓帝国|韓国]]の民族運動家・[[安重根]]によって狙撃され、死亡した（安は直ちに捕縛され、共犯者・[[禹徳淳]]、[[曹道先]]、[[劉東夏]]の3名もまたロシア官憲に拘禁され、日本政府はこれを関東都督府地方法院に移し、1910年[[2月14日]]、安を死刑に、禹を懲役2年に、曹および劉を懲役1年6ヶ月に処する判決が下された）&amp;lt;ref&amp;gt;死の間際に、自分を撃ったのが朝鮮人だったことを知らされた伊藤は「俺を撃ったりして、馬鹿な奴だ」と呟いたといわれる。&amp;lt;/ref&amp;gt;。{{享年|1841|10|16|1909|10|26}}。[[11月4日]]に[[日比谷公園]]で[[国葬]]が営まれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
伊藤の死に際しては、&lt;br /&gt;
:日本に政治家多しといえども、伊藤のように世界の大勢を見て、東洋の平和を念じた者はいない。実に伊藤はわが国（韓国）の慈父である。　[[高宗 (朝鮮王)|高宗]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:韓国人が公を暗殺したことは、特に悲しむべきことである。何故かといえば、公は韓国人の最も良き友であった。日露戦争後、日本が強硬の態度を以って韓国に臨むや、意外の反抗に逢った。陰謀や日本居留民の殺傷が相次いで 起こった。その時、武断派及び言論機関は、高圧手段に訴うべしと絶叫したが公ひとり穏和方針を固持して動かなかった。当時、韓国の政治は、徹頭徹尾 腐敗していた。公は時宜に適し、かつ正しい改革によって、韓国人をして日本統治下に在ることが却って幸福であることを悟らせようとし、六十歳を超えた 高齢で統監という多難の職を引き受けたのである。公を泰西の政治家と比較するに、公は[[オットー・フォン・ビスマルク|ビスマルク]]の如く武断的でなく、 平和的であったことはむしろ[[グラッドストン]]に類するところである。　[[エルヴィン・フォン・ベルツ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:我輩は伊博（伊藤博文の略）を平凡の常人なりとは云はない、されど彼の死は世界の大損失ドコロか、日本の小損失にもあらずとするのである。（中略）明治十三四頃、國會願望者なる者全國に蜂起して東京に押寄せ、若し之を聴かずんば極端の暴動も起こるべき[[世論|輿論]]の大勢に迫られ、餘義なく十年後を期して輿望を達せしむる事にしたのであって、在朝伊博の輩は、只其時代の要求に屈服したに過ぎないのである。斯かる輩を指して立憲の大元首と賞揚するが如きは、往事迫害を恐れずして[[自由民権運動|自由民権]]の論を主張せし民間の志士を無視するの甚だしき者である。（中略）非命の死に同情を寄せて、死者を哀惜するのは人情の常であるから、我輩とても亦其事を非難しないが、其程度を過ごせし没理狂的の哀惜には寧ろ大反対である。　[[宮武外骨]]、『大阪滑稽新聞』11月25日号、通巻26号&lt;br /&gt;
などの評価がある。宮武の評価は、時としては異例のものであった。これまで伊藤を攻撃していた[[マスメディア]]までも、その死に際して「伊藤公の死は日本の大損失である、否世界の大損失であると叫び、明治維新の大功臣、憲法政治の大元首、古今無類の大偉人を失ひたりと嘆き」と、伊藤を高く評価した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 死後 ===&lt;br /&gt;
埋葬は[[東京都]][[品川区]]西大井六丁目の伊藤家墓所。霊廟として、[[山口県]]熊毛郡[[大和町 (山口県)|大和町]]束荷（現[[光市]]束荷）の伊藤公記念公園内に伊藤神社があったが、[[1959年]]に近隣の束荷神社境内に遷座した。記念公園には生家（復元）や銅像、伊藤公記念館、伊藤公資料館などがあり、[[サクラ|桜]]に混じって韓国[[国花]][[ムクゲ]]が植えられている。[[2006年]]5月、山口県はこの公園に隣接した山林に、森林づくり県民税で「伊藤公の森」を整備して光市に引き渡した。後に[[日本銀行券]]C千円券（[[1963年]][[11月1日]] - [[1984年]][[11月1日]]発行）の肖像として採用された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
=== 苦悩 ===&lt;br /&gt;
4度も内閣総理大臣を務めた国家の重鎮・伊藤と[[明治天皇]]の関係は常に順風満帆であったわけではない。明治10年代、天皇は[[元田永孚]]・[[佐々木高行]]ら保守的な宮中側近らを信任したため、近代化を進める伊藤ら[[太政官]]首脳との関係は円滑でない事もあった（後年、伊藤が初代の内閣総理大臣と宮内大臣を兼ねた背景には宮中保守派を抑えるとともに、天皇に[[立憲君主制]]に対する理解を深めて貰う側面もあった）。また、伊藤が立憲政友会を結成する際には[[政党]]嫌いの天皇の不興を買い、その説得に苦慮したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 芸者好き ===&lt;br /&gt;
伊藤の女好きは当時から非常に有名であり、あまりの好色ぶりに[[明治天皇]]から直々に注意を受けたという逸話がある。&amp;lt;!--確かに苦言はまずかったと思います。ただ諌める、諫言というのは広辞苑にも｢主に目上の者へ対し｣とありますし……あえて変えるすれば「戒める｣「とがめる｣でしょうか?--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
女性と遊んでは捨て去ることから、「箒」というあだ名がついた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、宮武外骨の発行した一連の新聞では、好色漢の代表格としてパロディの手法を使い伊藤を度々取り上げた（それに次ぐのが、同じ艶福家として知られていた[[松方正義]]である）。地方に行った際には一流の[[芸者]]ではなく、二流・三流の芸者をよく指名していたという。これは、伊藤の論理によると「その土地その土地の一流の芸者は、地元の有力者が後ろ盾にいる。そういう人間と揉め事を起こさないようにするには、一流ではない芸者を指名する必要がある」とのこと。40度の高熱でうなされている時でも両側に芸者ふたりをはべらせたという。もっとも&amp;lt;!---過ぎたるは及ばざるが如しで、---&amp;gt;同じ女好きの松方とは違って伊藤にはそれほど多くの子供はできなかった。[[衆議院]]議員[[松本剛明]]は子孫の一人という。&amp;lt;!--ここに書く?--&amp;gt;&amp;lt;!--文章の流れから云えば前のほうが、でも、どちらでも--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 民族衣装 ===&lt;br /&gt;
[[画像:Hirobumi_Ito_as_Governor_of_Korea.jpg|thumb|right|275px|韓国の民族衣装を着て記念撮影におさまる伊藤&amp;lt;br /&amp;gt;&amp;lt;small&amp;gt;韓国統監時代、前列左から二番目が梅子夫人&amp;lt;/small&amp;gt;]]&lt;br /&gt;
[[扶桑社]]刊の『[[新しい歴史教科書]]』には、伊藤と妻の梅子が韓国の民族衣装を着ている写真がある。韓国統監として韓国人の衣装を身に纏った。伊藤はまた韓国皇太子・[[李垠]]を日本に招き、日本語教育を行っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 日韓併合 ===&lt;br /&gt;
[[韓国併合|日韓併合]]について当初は保護国化による実質的な統治で充分であり、『韓国の独立富強』という自身の掲げた大陸侵出の名分を失うのを避けたいとの思惑から反対の立場を取っていた伊藤だが、「衛正斥邪」的な旧態のスローガンを中心とした韓国国内の抵抗派に手を焼き、最終的には殺害される前の閣議で併合による植民地化を、猶予を設けて承認した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした伊藤の行動を根拠に[[山縣有朋|山県有朋]]等「併合強硬派」との違いは方法などの細部で基本的な骨格は変わらないものだったと主張する向きもある。伊藤はその施策から[[両班]]を中心とした韓国国民の恨みを買うことになり、結果的に暗殺へと繋がることになる。ただし、実行犯である[[安重根]]自身の取調べ供述において事実誤認、[[李氏朝鮮]]および当時の[[大韓民国|韓国]]国内の情勢への不理解も見られ、また当時の韓国最大の政治勢力であった[[一進会]]（自称会員100万人）が日韓合邦推進派であった事から、この事件が韓国国民全体の意見を代表したものであったか否かは議論の余地がある。また、暗殺に関しては、[[安重根]]単独説のほかにも、暗殺時に伊藤の着用していたコートに残る弾痕から発砲位置を算出した結果、併合強硬派による謀殺説もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 操り人形 ===&lt;br /&gt;
[[お雇い外国人]]であった[[ドイツ]]人医師の[[エルヴィン・フォン・ベルツ]]は『ベルツの日記』の中で、伊藤が「皇太子に生まれるのは、全く不運なことだ。生まれるが早いか、至るところで礼式の鎖にしばられ、大きくなれば、側近者の吹く笛に踊らされねばならない」と言いながら、操り人形を糸で踊らせるような身振りをしたことを紹介している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 通称の変遷 ===&lt;br /&gt;
当初は「利助（りすけ）」だったようだが「としすけ」とも読み、「としすけ」の音から「俊輔」とも書かれるようになり、そうなると今度は「しゅんすけ」と読まれることになり、その音から「春輔」とも表記され、こんどはそれが「しゅんぽ」と音読されたので、最終的に「春畝」を号にしたものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 栄典・爵位 ==&lt;br /&gt;
*[[1877年]]11月2日：[[勲一等旭日大綬章]]&lt;br /&gt;
*[[1884年]]7月7日：[[伯爵]]授爵&lt;br /&gt;
*[[1885年]]5月25日：[[スウェーデン王国]]　ヴァーサ勲章一等&lt;br /&gt;
*[[1889年]]2月11日：[[勲一等旭日桐花大綬章]]&lt;br /&gt;
*[[1895年]]8月5日：[[大勲位菊花大綬章]]　[[侯爵]]陞爵&lt;br /&gt;
*[[1896年]]3月19日：[[ロシア帝国]]　アレクサンドル・ネフスキー勲章一等&lt;br /&gt;
*[[1897年]]10月4日：[[ベルギー王国]]　レオポルト勲章一等&lt;br /&gt;
*[[1898年]]4月29日：[[フランス共和国]]　[[レジョン・ド・ヌール]]グランクロワ章&lt;br /&gt;
*[[1906年]]4月1日：[[大勲位菊花章頸飾]]&lt;br /&gt;
*[[1907年]]9月21日：[[公爵]]陞爵&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 家族・親族 ==&lt;br /&gt;
*妻・梅子（[[芸者]]時代はお梅と名乗る）&lt;br /&gt;
*長男・文吉（養子。木田幾三郎・長男。文吉の妻は元首相[[桂太郎]]の娘・寿満子）&lt;br /&gt;
*二女・生子（福岡県。[[末松謙澄]]子爵に嫁する）&lt;br /&gt;
*孫・[[伊藤博精|博精]]（妻は元首相[[高橋是清]]の孫娘）&lt;br /&gt;
*曾孫・文子（[[出雲国造]]家の[[千家達彦]]妻）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 系譜 ==&lt;br /&gt;
林家は[[越智氏]]の流れを汲むと称している。[[江戸時代]]、林家は代々[[農業]]を営んでいた&amp;lt;ref&amp;gt;「日本の上流社会と閨閥』には「もともと伊藤の家は[[小作人|水呑み百姓]]で父親十蔵は馬車ひきなどをしていたが食い詰めて[[長州藩]]の伊藤という[[中間]]の家に[[使用人|下僕]]として住み込んでいるうちに子供のない同家の養子になり伊藤を名乗った。博文は幼名を利助といい[[孤児|捨て子]]だったという説もある。それが[[武士]]のはしくれから明治の指導者に出世すると家系が気になりだしたのか[[孝霊天皇]]の息子伊予皇子の三男小千王子が祖先とか、[[河野通有]]の子孫とか言い出した。…偉くなってからの彼は[[故郷]]へはほとんど帰らなかった。昔の素性を知るものには頭が上がらないからである…。」と記されている&amp;lt;/ref&amp;gt;。博文の父・十蔵が伊藤家の[[養子]]に入ったことで伊藤姓を称するようになった。博文の跡は養子の博邦（盟友[[井上馨]]の[[甥]]）が継いだ&amp;lt;ref&amp;gt;『日本の名家･名門　人物系譜総覧』　226､227頁&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[家紋]]は上がり藤。&lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
助左衛門━十蔵━博文┳博邦━┳博精━┳博雅━┳智明&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　┣生子　┣博春　┣邦子　┗八重子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　┣朝子　┣博通　┣雪子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　┣文吉　┣琴子　┣文子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　┗眞一　┣博約　┣典子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┣愛子　┗久子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┣博忠&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┣博臣&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┣博則&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┣博経&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┣十四子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┣博孝&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┗博英&lt;br /&gt;
&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--&lt;br /&gt;
== その他 ==&lt;br /&gt;
*伊藤を暗殺した安重根とは誕生日が同じであるという誤報もある。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- どちらも9月2日? --&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 邸宅 ==&lt;br /&gt;
[[画像:!!!!開東閣80185.jpg|250px|right|thumb|[[開東閣]]]]&lt;br /&gt;
*[[山口県]][[萩市]]椿東&lt;br /&gt;
*[[東京都]][[品川区]]大井&lt;br /&gt;
*東京都[[港区 (東京都)|港区]]高輪四丁目（[[開東閣]]）&lt;br /&gt;
*[[神奈川県]][[大磯町]]西小磯（[[滄浪閣]]）&lt;br /&gt;
*神奈川県[[横浜市]][[金沢区]]野島町 [[野島公園]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
*早川隆　『日本の上流社会と閨閥』　角川書店　1983年　211-215頁&lt;br /&gt;
*別冊歴史読本57　第28巻26号　『日本の名家･名門　人物系譜総覧』　新人物往来社　2003年　226-227頁&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 登場作品 ==&lt;br /&gt;
*テレビドラマ&lt;br /&gt;
**[[竜馬がゆく (NHK大河ドラマ)|竜馬がゆく]] 役者：[[中村敦夫]]&lt;br /&gt;
**[[花神 (NHK大河ドラマ)|花神]] 役者：[[尾藤イサオ]]&lt;br /&gt;
**[[獅子の時代]] 役者：[[根津甚八 (俳優)|根津甚八]]&lt;br /&gt;
**[[春の波涛]] 役者：[[伊丹十三]]&lt;br /&gt;
**[[翔ぶが如く (NHK大河ドラマ)|翔ぶが如く]] 役者：[[小倉久寛]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*映画&lt;br /&gt;
**[[二百三高地]] 役者：[[森繁久弥]]&lt;br /&gt;
**[[長州ファイブ|長州ファイブ -CHOSHU Five-]] 役者：[[三浦アキフミ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚註 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;font-size: 90%&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;references/&amp;gt;&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[出雲国造]]&lt;br /&gt;
*[[内閣総理大臣]]&lt;br /&gt;
*[[第1次伊藤内閣]]&lt;br /&gt;
*[[第2次伊藤内閣]]&lt;br /&gt;
*[[第3次伊藤内閣]]&lt;br /&gt;
*[[第4次伊藤内閣]]&lt;br /&gt;
*[[練兵館]]&lt;br /&gt;
*[[長州五傑]]&lt;br /&gt;
*[[韓国併合]]&lt;br /&gt;
*[[安重根]]&lt;br /&gt;
*[[大日本帝國憲法]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://burari2161.fc2web.com/itouhirobumi.htm 伊藤博文]&lt;br /&gt;
*[http://www.ndl.go.jp/portrait/datas/12.html?c=2 伊藤博文肖像写真]（国立国会図書館）&lt;br /&gt;
*[http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=40015966&amp;amp;VOL_NUM=00000&amp;amp;KOMA=32&amp;amp;ITYPE=0 『現代名士の演説振』「伊藤博文」]（[[1908年]]文献）[[国立国会図書館]]&lt;br /&gt;
*[http://www.boj.or.jp/type/list/yuko/data/sen.htm 伊藤博文の千円紙幣（日本銀行）]&lt;br /&gt;
*[http://www.hakaishi.jp/tomb/tomb/05-31.html 日本の墓　伊藤博文]&lt;br /&gt;
*[http://www5b.biglobe.ne.jp/~bosou/sansaku/itou/itou.htm 墓所:伊藤博文]&lt;br /&gt;
*[http://1868.fc2web.com/anzaiito.html 伊藤博文と明治前期政治史に関する基礎的書誌]&lt;br /&gt;
*[http://www.kvision.ne.jp/~momorx/index.html 伊藤公資料館電脳頁]&lt;br /&gt;
*[http://www.city.hagi.yamaguchi.jp/portal/miru/new-spot/ito/index.htm 伊藤博文別邸]&lt;br /&gt;
*[http://hagi.jp/~y-kaji/modules/xfsection/article.php?articleid=22 伊藤博文旧宅]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[内務大臣|内務卿]]|第4代：1874年&amp;lt;br /&amp;gt;第6代：1878年－1880年|大久保利通&amp;lt;br /&amp;gt;大久保利通|[[大久保利通]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[松方正義]]}}&lt;br /&gt;
{{日本国歴代内閣総理大臣&lt;br /&gt;
|当代=[[第1次伊藤内閣|1]]&lt;br /&gt;
|在任期間=1885年－1888年&lt;br /&gt;
|前代=--&lt;br /&gt;
|前首相名=--&lt;br /&gt;
|次代=2&lt;br /&gt;
|次首相名=黑田清隆&lt;br /&gt;
|2当代=[[第2次伊藤内閣|5]]&lt;br /&gt;
|2在任期間=1892年－1896年&lt;br /&gt;
|2前代=4&lt;br /&gt;
|2前首相名=松方正義&lt;br /&gt;
|2次代=6&lt;br /&gt;
|2次首相名=松方正義&lt;br /&gt;
|3当代=[[第3次伊藤内閣|7]]&lt;br /&gt;
|3在任期間=1898年&lt;br /&gt;
|3前代=6&lt;br /&gt;
|3前首相名=松方正義&lt;br /&gt;
|3次代=8&lt;br /&gt;
|3次首相名=大隈重信&lt;br /&gt;
|4当代=[[第4次伊藤内閣|10]]&lt;br /&gt;
|4在任期間=1900年 - 1901年&lt;br /&gt;
|4前代=9&lt;br /&gt;
|4前首相名=山縣有朋&lt;br /&gt;
|4次代=11&lt;br /&gt;
|4次首相名=桂太郎&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[貴族院議長]]|初代：[[1890年]]－1891年|－|[[蜂須賀茂韶]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[外務大臣 (日本)|外務大臣]]|第2代：1887年－1888年|[[井上馨]]|[[大隈重信]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[司法大臣]]|1893年（臨時）|山縣有朋|[[芳川顯正]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[立憲政友会]]総裁|初代：1900年－1903年|－|[[西園寺公望]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[韓国統監府|韓国統監]]|初代：1906年－1909年|－|[[曽禰荒助]]}}&lt;br /&gt;
{{参議院議長}}&lt;br /&gt;
{{元老}}&lt;br /&gt;
{{内務大臣}}&lt;br /&gt;
{{外務大臣}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:日本の内閣総理大臣]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の国会議員 (1890-1947)]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の華族]]&lt;br /&gt;
[[Category:明治時代の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:明治維新]]&lt;br /&gt;
[[Category:幕末維新側人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:山口県の政治家]]&lt;br /&gt;
[[Category:朝鮮総督]]&lt;br /&gt;
[[Category:暗殺された人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1841年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1909年没]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
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&lt;br /&gt;
[[Category:Wikipedia出典元の記事|*]]&lt;br /&gt;
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&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
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				<updated>2008-01-24T06:56:28Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;124.100.222.123: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
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詳しくは[http://en.wikipedia.org/wiki/WP:REUSE Wikipedia:Reusing Wikipedia content]、中でも特に「#GFDL」「#Example notice」をご覧ください。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:Wikipedia出典元の記事|*]]&lt;br /&gt;
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&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>124.100.222.123</name></author>	</entry>

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		<title>伊藤博文</title>
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				<updated>2008-01-24T06:43:57Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;124.100.222.123: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Otheruses|政治家|同名の棋士|伊藤博文 (棋士)}}&lt;br /&gt;
{{日本の内閣総理大臣&lt;br /&gt;
|[[第1次伊藤内閣|1]]・[[第2次伊藤内閣|5]]・[[第3次伊藤内閣|7]]・[[第4次伊藤内閣|10]]&lt;br /&gt;
|伊藤 博文&amp;lt;br/&amp;gt;（いとう ひろぶみ）&amp;lt;br/&amp;gt;[[画像:Itô Hirobumi.jpg|200px]]&lt;br /&gt;
|[[1841年]][[10月16日]]&amp;lt;br/&amp;gt;（[[天保]]12年[[9月2日 (旧暦)|9月2日]]）&lt;br /&gt;
|[[周防国]][[熊毛郡 (山口県)|熊毛郡]]束荷村&amp;lt;/br&amp;gt;（現・山口県光市）&lt;br /&gt;
|[[松下村塾]]&lt;br /&gt;
|[[従一位]][[大勲位]][[公爵]]&amp;lt;br/&amp;gt;[[名誉博士]]（[[エール大学]]）&lt;br /&gt;
|&amp;lt;!--&amp;gt;外国事務局判事&amp;lt;br/&amp;gt;[[兵庫県]][[知事]]&amp;lt;br/&amp;gt;[[工部卿]]&amp;lt;br/&amp;gt;[[内務卿]]&amp;lt;br/&amp;gt;&amp;lt;!--&amp;gt;[[枢密院議長]]&lt;br /&gt;
|－&lt;br /&gt;
|第1次：&amp;lt;br/&amp;gt;[[1885年]][[12月22日]]|[[1888年]][[4月30日]]&amp;lt;br/&amp;gt;第2次：&amp;lt;br/&amp;gt;[[1892年]][[8月8日]]&amp;lt;br/&amp;gt; ‐ [[1896年]][[8月31日]]&amp;lt;br/&amp;gt;第3次：&amp;lt;br/&amp;gt;[[1898年]][[1月12日]]&amp;lt;br/&amp;gt; ‐ [[1898年]][[6月30日]]&amp;lt;br/&amp;gt;第4次：&amp;lt;br/&amp;gt;[[1900年]][[10月19日]]&amp;lt;br/&amp;gt; ‐ [[1901年]][[5月10日]]&lt;br /&gt;
|－&lt;br /&gt;
|－&lt;br /&gt;
|－&lt;br /&gt;
|[[1909年]]（明治42年）[[10月26日]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
[[画像:Hirobumi Ito 2.jpg|180px|thumb|志士時代の伊藤博文]]&lt;br /&gt;
[[画像:Iwakura mission.jpg|250px|thumb|[[岩倉使節団]]。右から[[大久保利通]]、伊藤博文、[[岩倉具視]]、[[山口尚芳]]、[[木戸孝允]]]]&lt;br /&gt;
[[画像:Hirobumi Ito.jpg|250px|thumb|長谷川大将と共に統監府へ向かう伊藤博文（手前）]]&lt;br /&gt;
'''伊藤 博文'''（'''いとう ひろぶみ'''、[[1841年]][[10月16日]]（[[天保]]12年[[9月2日 (旧暦)|9月2日]]） - [[1909年]]（[[明治42年]]）[[10月26日]]）は[[日本]]の[[政治家]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[大日本帝国憲法|明治憲法]]の起草に関わり、初代・第5代・第7代・第10代の[[内閣総理大臣]]および初代[[枢密院]]議長・[[韓国統監府]]統監・[[貴族院議長]]・[[兵庫県]][[都道府県知事|知事]]（官選）を務めた。[[立憲政友会]]を結成・初代総裁。[[元老]]。[[位階]][[勲等]]は[[従一位]][[大勲位]]。[[爵位]]は[[公爵]]。[[称号]]は[[名誉博士|名誉博士]]（エール大学）。死後に[[大韓帝国]]より功績を讃えられ「文忠公」の諡号が送られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
幼名は利助、のち'''俊輔'''（春輔、舜輔）とも称した。「'''[[春畝]]'''（しゅんぽ）」、「'''滄浪閣主人'''（そうろうかくしゅじん）」などと号し、「'''春畝公'''」と表記されることも多い。名の博文を「ハクブン」と[[有職読み]]することもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 生涯 ==&lt;br /&gt;
=== 幼年期 - 挙兵 ===&lt;br /&gt;
[[周防国]][[熊毛郡 (山口県)|熊毛郡]]束荷村字野尻（現・[[山口県]][[光市]]束荷字野尻）に[[農民]]・十蔵、琴子の長男として生まれる。家が貧しく12歳ころから奉公に出る。父が[[萩藩]]の[[中間]]水井武兵衛（後に伊藤直右衛門と改名）の養子となり、下級武士の身分を得る。[[吉田松陰]]の[[松下村塾]]に学び、[[高杉晋作]]、[[井上馨|井上聞多]]らと[[倒幕運動]]に加わった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1862年]]（[[文久]]2年）には[[公武合体]]論を主張する[[長井雅楽]]の[[暗殺]]を画策し、イギリス公使館焼き討ちに参加するなど[[尊王攘夷]]の志士として活躍した。また、[[山尾庸三]]とともに[[塙忠宝|塙次郎]]・[[加藤甲次郎]]を暗殺した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1863年]]（文久3年）には井上聞多、[[遠藤謹助]]、山尾庸三、[[井上勝|野村弥吉]]らと共に（[[長州五傑]]）[[イギリス]]に渡航。翌[[1864年]]（[[元治]]元年）、四国連合艦隊による[[長州藩]]攻撃が近いことを知ると、井上とともに急ぎ帰国し戦争回避に奔走するもかなわず[[下関戦争]]（馬関戦争）が勃発する。戦後は和平交渉に通訳として参加した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
長州藩が[[長州征伐#第一次|第一次長州征伐（幕長戦争）]]で幕府に恭順の姿勢を見せると、高杉らに従い[[力士隊]]を率いて挙兵。後に[[奇兵隊]]も加わるなど各所で勢力を増やして俗論派を倒し、[[長州正義派|正義派]]（革新派）が藩政を握った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 明治維新 - 初代首相 ===&lt;br /&gt;
維新後は'''伊藤博文'''と改名し、長州閥の有力者として、また[[英語]]に堪能な事を買われて参与、外国事務局判事、[[兵庫県]][[知事]]（当時の県知事は民選ではなく官選であった）、初代[[工部省|工部卿]]など[[明治政府]]の様々な要職を歴任する。当初、伊藤が新政府に提出した『[[国是綱目]]』が当時新政府内では極秘裏の方針とされていた[[版籍奉還]]に触れていたために[[大久保利通]]や[[岩倉具視]]の不興を買い、また[[大蔵省]]の権限を巡る論争でも大久保とは対立関係にあった。だが、[[征韓論|征韓論争]]では「内地優先」路線を掲げた大久保・岩倉らを支持して大久保の信任を得るようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[大阪会議]]を斡旋し、大久保が暗殺された後に[[内務省 (日本)|内務卿]]を継承し、[[維新の三傑]]なき後の指導者の一人として辣腕を振るう。[[明治14年の政変]]で[[大隈重信]]らが失脚すると[[憲法]]制定のために[[ヨーロッパ]]へ渡り、初代[[枢密院]]議長として[[大日本帝国憲法]]制定に関わる。[[1885年]]（明治17年）に[[内閣]]制度が創設され、初代[[内閣総理大臣]]となる。のち枢密院議長、貴族院議長などを経て3回組閣、合わせて4度にわたって内閣総理大臣を務めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1900年]]（明治33年）には[[立憲政友会]]を創立、初代総裁。[[日露戦争]]前は、日露協商論・満韓交換論の立場から[[ロシア]]との不戦を説き、[[日英同盟]]に反対した。講和後、戦後処理に奔走する。後に元老の一員となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 韓国統監府初代統監就任 - 暗殺 ===&lt;br /&gt;
[[1905年]]（明治37年）11月の[[第二次日韓協約]]（韓国側では乙巳保護条約と呼ぶ）によって[[大韓帝国]]が日本の保護国となり、[[韓国統監府]]が設置されると初代統監に就任した。日本は実質的な朝鮮の支配権を掌握した（韓国では広義の日本統治時代として植民地時代35年と保護国時代5年をひとつながりでとらえることもある）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1909年]]（[[明治42年]]）、統監を辞任、[[枢密院]]議長に復帰したが同年10月、[[ロシア]]蔵相[[ウラジーミル・ココツェフ]]（ココフツォフ）と満州・朝鮮問題について非公式に話し合うため訪れた[[ハルビン]]駅で[[大韓帝国|韓国]]の民族運動家・[[安重根]]によって狙撃され、死亡した（安は直ちに捕縛され、共犯者・[[禹徳淳]]、[[曹道先]]、[[劉東夏]]の3名もまたロシア官憲に拘禁され、日本政府はこれを関東都督府地方法院に移し、1910年[[2月14日]]、安を死刑に、禹を懲役2年に、曹および劉を懲役1年6ヶ月に処する判決が下された）&amp;lt;ref&amp;gt;死の間際に、自分を撃ったのが朝鮮人だったことを知らされた伊藤は「俺を撃ったりして、馬鹿な奴だ」と呟いたといわれる。&amp;lt;/ref&amp;gt;。{{享年|1841|10|16|1909|10|26}}。[[11月4日]]に[[日比谷公園]]で[[国葬]]が営まれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
伊藤の死に際しては、&lt;br /&gt;
:日本に政治家多しといえども、伊藤のように世界の大勢を見て、東洋の平和を念じた者はいない。実に伊藤はわが国（韓国）の慈父である。　[[高宗 (朝鮮王)|高宗]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:韓国人が公を暗殺したことは、特に悲しむべきことである。何故かといえば、公は韓国人の最も良き友であった。日露戦争後、日本が強硬の態度を以って韓国に臨むや、意外の反抗に逢った。陰謀や日本居留民の殺傷が相次いで 起こった。その時、武断派及び言論機関は、高圧手段に訴うべしと絶叫したが公ひとり穏和方針を固持して動かなかった。当時、韓国の政治は、徹頭徹尾 腐敗していた。公は時宜に適し、かつ正しい改革によって、韓国人をして日本統治下に在ることが却って幸福であることを悟らせようとし、六十歳を超えた 高齢で統監という多難の職を引き受けたのである。公を泰西の政治家と比較するに、公は[[オットー・フォン・ビスマルク|ビスマルク]]の如く武断的でなく、 平和的であったことはむしろ[[グラッドストン]]に類するところである。　[[エルヴィン・フォン・ベルツ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:我輩は伊博（伊藤博文の略）を平凡の常人なりとは云はない、されど彼の死は世界の大損失ドコロか、日本の小損失にもあらずとするのである。（中略）明治十三四頃、國會願望者なる者全國に蜂起して東京に押寄せ、若し之を聴かずんば極端の暴動も起こるべき[[世論|輿論]]の大勢に迫られ、餘義なく十年後を期して輿望を達せしむる事にしたのであって、在朝伊博の輩は、只其時代の要求に屈服したに過ぎないのである。斯かる輩を指して立憲の大元首と賞揚するが如きは、往事迫害を恐れずして[[自由民権運動|自由民権]]の論を主張せし民間の志士を無視するの甚だしき者である。（中略）非命の死に同情を寄せて、死者を哀惜するのは人情の常であるから、我輩とても亦其事を非難しないが、其程度を過ごせし没理狂的の哀惜には寧ろ大反対である。　[[宮武外骨]]、『大阪滑稽新聞』11月25日号、通巻26号&lt;br /&gt;
などの評価がある。宮武の評価は、時としては異例のものであった。これまで伊藤を攻撃していた[[マスメディア]]までも、その死に際して「伊藤公の死は日本の大損失である、否世界の大損失であると叫び、明治維新の大功臣、憲法政治の大元首、古今無類の大偉人を失ひたりと嘆き」と、伊藤を高く評価した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 死後 ===&lt;br /&gt;
埋葬は[[東京都]][[品川区]]西大井六丁目の伊藤家墓所。霊廟として、[[山口県]]熊毛郡[[大和町 (山口県)|大和町]]束荷（現[[光市]]束荷）の伊藤公記念公園内に伊藤神社があったが、[[1959年]]に近隣の束荷神社境内に遷座した。記念公園には生家（復元）や銅像、伊藤公記念館、伊藤公資料館などがあり、[[サクラ|桜]]に混じって韓国[[国花]][[ムクゲ]]が植えられている。[[2006年]]5月、山口県はこの公園に隣接した山林に、森林づくり県民税で「伊藤公の森」を整備して光市に引き渡した。後に[[日本銀行券]]C千円券（[[1963年]][[11月1日]] - [[1984年]][[11月1日]]発行）の肖像として採用された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
=== 苦悩 ===&lt;br /&gt;
4度も内閣総理大臣を務めた国家の重鎮・伊藤と[[明治天皇]]の関係は常に順風満帆であったわけではない。明治10年代、天皇は[[元田永孚]]・[[佐々木高行]]ら保守的な宮中側近らを信任したため、近代化を進める伊藤ら[[太政官]]首脳との関係は円滑でない事もあった（後年、伊藤が初代の内閣総理大臣と宮内大臣を兼ねた背景には宮中保守派を抑えるとともに、天皇に[[立憲君主制]]に対する理解を深めて貰う側面もあった）。また、伊藤が立憲政友会を結成する際には[[政党]]嫌いの天皇の不興を買い、その説得に苦慮したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 芸者好き ===&lt;br /&gt;
伊藤の女好きは当時から非常に有名であり、あまりの好色ぶりに[[明治天皇]]から直々に注意を受けたという逸話がある。&amp;lt;!--確かに苦言はまずかったと思います。ただ諌める、諫言というのは広辞苑にも｢主に目上の者へ対し｣とありますし……あえて変えるすれば「戒める｣「とがめる｣でしょうか?--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
女性と遊んでは捨て去ることから、「箒」というあだ名がついた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、宮武外骨の発行した一連の新聞では、好色漢の代表格としてパロディの手法を使い伊藤を度々取り上げた（それに次ぐのが、同じ艶福家として知られていた[[松方正義]]である）。地方に行った際には一流の[[芸者]]ではなく、二流・三流の芸者をよく指名していたという。これは、伊藤の論理によると「その土地その土地の一流の芸者は、地元の有力者が後ろ盾にいる。そういう人間と揉め事を起こさないようにするには、一流ではない芸者を指名する必要がある」とのこと。40度の高熱でうなされている時でも両側に芸者ふたりをはべらせたという。もっとも&amp;lt;!---過ぎたるは及ばざるが如しで、---&amp;gt;同じ女好きの松方とは違って伊藤にはそれほど多くの子供はできなかった。[[衆議院]]議員[[松本剛明]]は子孫の一人という。&amp;lt;!--ここに書く?--&amp;gt;&amp;lt;!--文章の流れから云えば前のほうが、でも、どちらでも--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 民族衣装 ===&lt;br /&gt;
[[画像:Hirobumi_Ito_as_Governor_of_Korea.jpg|thumb|right|275px|韓国の民族衣装を着て記念撮影におさまる伊藤&amp;lt;br /&amp;gt;&amp;lt;small&amp;gt;韓国統監時代、前列左から二番目が梅子夫人&amp;lt;/small&amp;gt;]]&lt;br /&gt;
[[扶桑社]]刊の『[[新しい歴史教科書]]』には、伊藤と妻の梅子が韓国の民族衣装を着ている写真がある。韓国統監として韓国人の衣装を身に纏った。伊藤はまた韓国皇太子・[[李垠]]を日本に招き、日本語教育を行っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 日韓併合 ===&lt;br /&gt;
[[韓国併合|日韓併合]]について当初は保護国化による実質的な統治で充分であり、『韓国の独立富強』という自身の掲げた大陸侵出の名分を失うのを避けたいとの思惑から反対の立場を取っていた伊藤だが、「衛正斥邪」的な旧態のスローガンを中心とした韓国国内の抵抗派に手を焼き、最終的には殺害される前の閣議で併合による植民地化を、猶予を設けて承認した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした伊藤の行動を根拠に[[山縣有朋|山県有朋]]等「併合強硬派」との違いは方法などの細部で基本的な骨格は変わらないものだったと主張する向きもある。伊藤はその施策から[[両班]]を中心とした韓国国民の恨みを買うことになり、結果的に暗殺へと繋がることになる。ただし、実行犯である[[安重根]]自身の取調べ供述において事実誤認、[[李氏朝鮮]]および当時の[[大韓民国|韓国]]国内の情勢への不理解も見られ、また当時の韓国最大の政治勢力であった[[一進会]]（自称会員100万人）が日韓合邦推進派であった事から、この事件が韓国国民全体の意見を代表したものであったか否かは議論の余地がある。また、暗殺に関しては、[[安重根]]単独説のほかにも、暗殺時に伊藤の着用していたコートに残る弾痕から発砲位置を算出した結果、併合強硬派による謀殺説もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 操り人形 ===&lt;br /&gt;
[[お雇い外国人]]であった[[ドイツ]]人医師の[[エルヴィン・フォン・ベルツ]]は『ベルツの日記』の中で、伊藤が「皇太子に生まれるのは、全く不運なことだ。生まれるが早いか、至るところで礼式の鎖にしばられ、大きくなれば、側近者の吹く笛に踊らされねばならない」と言いながら、操り人形を糸で踊らせるような身振りをしたことを紹介している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 通称の変遷 ===&lt;br /&gt;
当初は「利助（りすけ）」だったようだが「としすけ」とも読み、「としすけ」の音から「俊輔」とも書かれるようになり、そうなると今度は「しゅんすけ」と読まれることになり、その音から「春輔」とも表記され、こんどはそれが「しゅんぽ」と音読されたので、最終的に「春畝」を号にしたものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 栄典・爵位 ==&lt;br /&gt;
*[[1877年]]11月2日：[[勲一等旭日大綬章]]&lt;br /&gt;
*[[1884年]]7月7日：[[伯爵]]授爵&lt;br /&gt;
*[[1885年]]5月25日：[[スウェーデン王国]]　ヴァーサ勲章一等&lt;br /&gt;
*[[1889年]]2月11日：[[勲一等旭日桐花大綬章]]&lt;br /&gt;
*[[1895年]]8月5日：[[大勲位菊花大綬章]]　[[侯爵]]陞爵&lt;br /&gt;
*[[1896年]]3月19日：[[ロシア帝国]]　アレクサンドル・ネフスキー勲章一等&lt;br /&gt;
*[[1897年]]10月4日：[[ベルギー王国]]　レオポルト勲章一等&lt;br /&gt;
*[[1898年]]4月29日：[[フランス共和国]]　[[レジョン・ド・ヌール]]グランクロワ章&lt;br /&gt;
*[[1906年]]4月1日：[[大勲位菊花章頸飾]]&lt;br /&gt;
*[[1907年]]9月21日：[[公爵]]陞爵&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 家族・親族 ==&lt;br /&gt;
*妻・梅子（[[芸者]]時代はお梅と名乗る）&lt;br /&gt;
*長男・文吉（養子。木田幾三郎・長男。文吉の妻は元首相[[桂太郎]]の娘・寿満子）&lt;br /&gt;
*二女・生子（福岡県。[[末松謙澄]]子爵に嫁する）&lt;br /&gt;
*孫・[[伊藤博精|博精]]（妻は元首相[[高橋是清]]の孫娘）&lt;br /&gt;
*曾孫・文子（[[出雲国造]]家の[[千家達彦]]妻）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 系譜 ==&lt;br /&gt;
林家は[[越智氏]]の流れを汲むと称している。[[江戸時代]]、林家は代々[[農業]]を営んでいた&amp;lt;ref&amp;gt;「日本の上流社会と閨閥』には「もともと伊藤の家は[[小作人|水呑み百姓]]で父親十蔵は馬車ひきなどをしていたが食い詰めて[[長州藩]]の伊藤という[[中間]]の家に[[使用人|下僕]]として住み込んでいるうちに子供のない同家の養子になり伊藤を名乗った。博文は幼名を利助といい[[孤児|捨て子]]だったという説もある。それが[[武士]]のはしくれから明治の指導者に出世すると家系が気になりだしたのか[[孝霊天皇]]の息子伊予皇子の三男小千王子が祖先とか、[[河野通有]]の子孫とか言い出した。…偉くなってからの彼は[[故郷]]へはほとんど帰らなかった。昔の素性を知るものには頭が上がらないからである…。」と記されている&amp;lt;/ref&amp;gt;。博文の父・十蔵が伊藤家の[[養子]]に入ったことで伊藤姓を称するようになった。博文の跡は養子の博邦（盟友[[井上馨]]の[[甥]]）が継いだ&amp;lt;ref&amp;gt;『日本の名家･名門　人物系譜総覧』　226､227頁&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[家紋]]は上がり藤。&lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
助左衛門━十蔵━博文┳博邦━┳博精━┳博雅━┳智明&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　┣生子　┣博春　┣邦子　┗八重子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　┣朝子　┣博通　┣雪子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　┣文吉　┣琴子　┣文子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　┗眞一　┣博約　┣典子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┣愛子　┗久子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┣博忠&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┣博臣&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┣博則&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┣博経&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┣十四子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┣博孝&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　┗博英&lt;br /&gt;
&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--&lt;br /&gt;
== その他 ==&lt;br /&gt;
*伊藤を暗殺した安重根とは誕生日が同じであるという誤報もある。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- どちらも9月2日? --&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 邸宅 ==&lt;br /&gt;
[[画像:!!!!開東閣80185.jpg|250px|right|thumb|[[開東閣]]]]&lt;br /&gt;
*[[山口県]][[萩市]]椿東&lt;br /&gt;
*[[東京都]][[品川区]]大井&lt;br /&gt;
*東京都[[港区 (東京都)|港区]]高輪四丁目（[[開東閣]]）&lt;br /&gt;
*[[神奈川県]][[大磯町]]西小磯（[[滄浪閣]]）&lt;br /&gt;
*神奈川県[[横浜市]][[金沢区]]野島町 [[野島公園]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
*早川隆　『日本の上流社会と閨閥』　角川書店　1983年　211-215頁&lt;br /&gt;
*別冊歴史読本57　第28巻26号　『日本の名家･名門　人物系譜総覧』　新人物往来社　2003年　226-227頁&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 登場作品 ==&lt;br /&gt;
*テレビドラマ&lt;br /&gt;
**[[竜馬がゆく (NHK大河ドラマ)|竜馬がゆく]] 役者：[[中村敦夫]]&lt;br /&gt;
**[[花神 (NHK大河ドラマ)|花神]] 役者：[[尾藤イサオ]]&lt;br /&gt;
**[[獅子の時代]] 役者：[[根津甚八 (俳優)|根津甚八]]&lt;br /&gt;
**[[春の波涛]] 役者：[[伊丹十三]]&lt;br /&gt;
**[[翔ぶが如く (NHK大河ドラマ)|翔ぶが如く]] 役者：[[小倉久寛]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*映画&lt;br /&gt;
**[[二百三高地]] 役者：[[森繁久弥]]&lt;br /&gt;
**[[長州ファイブ|長州ファイブ -CHOSHU Five-]] 役者：[[三浦アキフミ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚註 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;font-size: 90%&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;references/&amp;gt;&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[出雲国造]]&lt;br /&gt;
*[[内閣総理大臣]]&lt;br /&gt;
*[[第1次伊藤内閣]]&lt;br /&gt;
*[[第2次伊藤内閣]]&lt;br /&gt;
*[[第3次伊藤内閣]]&lt;br /&gt;
*[[第4次伊藤内閣]]&lt;br /&gt;
*[[練兵館]]&lt;br /&gt;
*[[長州五傑]]&lt;br /&gt;
*[[韓国併合]]&lt;br /&gt;
*[[安重根]]&lt;br /&gt;
*[[大日本帝國憲法]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://burari2161.fc2web.com/itouhirobumi.htm 伊藤博文]&lt;br /&gt;
*[http://www.ndl.go.jp/portrait/datas/12.html?c=2 伊藤博文肖像写真]（国立国会図書館）&lt;br /&gt;
*[http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=40015966&amp;amp;VOL_NUM=00000&amp;amp;KOMA=32&amp;amp;ITYPE=0 『現代名士の演説振』「伊藤博文」]（[[1908年]]文献）[[国立国会図書館]]&lt;br /&gt;
*[http://www.boj.or.jp/type/list/yuko/data/sen.htm 伊藤博文の千円紙幣（日本銀行）]&lt;br /&gt;
*[http://www.hakaishi.jp/tomb/tomb/05-31.html 日本の墓　伊藤博文]&lt;br /&gt;
*[http://www5b.biglobe.ne.jp/~bosou/sansaku/itou/itou.htm 墓所:伊藤博文]&lt;br /&gt;
*[http://1868.fc2web.com/anzaiito.html 伊藤博文と明治前期政治史に関する基礎的書誌]&lt;br /&gt;
*[http://www.kvision.ne.jp/~momorx/index.html 伊藤公資料館電脳頁]&lt;br /&gt;
*[http://www.city.hagi.yamaguchi.jp/portal/miru/new-spot/ito/index.htm 伊藤博文別邸]&lt;br /&gt;
*[http://hagi.jp/~y-kaji/modules/xfsection/article.php?articleid=22 伊藤博文旧宅]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[内務大臣|内務卿]]|第4代：1874年&amp;lt;br /&amp;gt;第6代：1878年－1880年|大久保利通&amp;lt;br /&amp;gt;大久保利通|[[大久保利通]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[松方正義]]}}&lt;br /&gt;
{{日本国歴代内閣総理大臣&lt;br /&gt;
|当代=[[第1次伊藤内閣|1]]&lt;br /&gt;
|在任期間=1885年－1888年&lt;br /&gt;
|前代=--&lt;br /&gt;
|前首相名=--&lt;br /&gt;
|次代=2&lt;br /&gt;
|次首相名=黑田清隆&lt;br /&gt;
|2当代=[[第2次伊藤内閣|5]]&lt;br /&gt;
|2在任期間=1892年－1896年&lt;br /&gt;
|2前代=4&lt;br /&gt;
|2前首相名=松方正義&lt;br /&gt;
|2次代=6&lt;br /&gt;
|2次首相名=松方正義&lt;br /&gt;
|3当代=[[第3次伊藤内閣|7]]&lt;br /&gt;
|3在任期間=1898年&lt;br /&gt;
|3前代=6&lt;br /&gt;
|3前首相名=松方正義&lt;br /&gt;
|3次代=8&lt;br /&gt;
|3次首相名=大隈重信&lt;br /&gt;
|4当代=[[第4次伊藤内閣|10]]&lt;br /&gt;
|4在任期間=1900年 - 1901年&lt;br /&gt;
|4前代=9&lt;br /&gt;
|4前首相名=山縣有朋&lt;br /&gt;
|4次代=11&lt;br /&gt;
|4次首相名=桂太郎&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[貴族院議長]]|初代：[[1890年]]－1891年|－|[[蜂須賀茂韶]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[外務大臣 (日本)|外務大臣]]|第2代：1887年－1888年|[[井上馨]]|[[大隈重信]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[司法大臣]]|1893年（臨時）|山縣有朋|[[芳川顯正]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[立憲政友会]]総裁|初代：1900年－1903年|－|[[西園寺公望]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[韓国統監府|韓国統監]]|初代：1906年－1909年|－|[[曽禰荒助]]}}&lt;br /&gt;
{{参議院議長}}&lt;br /&gt;
{{元老}}&lt;br /&gt;
{{内務大臣}}&lt;br /&gt;
{{外務大臣}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:日本の内閣総理大臣]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の国会議員 (1890-1947)]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の華族]]&lt;br /&gt;
[[Category:明治時代の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:明治維新]]&lt;br /&gt;
[[Category:幕末維新側人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:山口県の政治家]]&lt;br /&gt;
[[Category:朝鮮総督]]&lt;br /&gt;
[[Category:暗殺された人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1841年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1909年没]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0; background-color:#f6f6f6; border:1px solid #ccc; padding:3px; font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
このページは[http://ja.wikipedia.org/wiki/ Wikipedia日本語版]由来のコンテンツを利用しています。もとの記事は[http://ja.wikipedia.org/wiki/伊藤博文 '''伊藤博文''']にあります。執筆者のリストは[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=伊藤博文&amp;amp;action=history '''履歴''']をご覧ください。[[Yourpedia]]と同じく[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia Wikipedia]は[http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html GFDLのライセンス]で提供されています。コンテンツを再利用する際には同じくGFDLのライセンスを採用してください。&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;124.100.222.123: 新しいページ: '{| style=&amp;quot;text-align:center; clear:both; border:1px solid #000; margin:0.5em auto&amp;quot; !style=&amp;quot;background-color:#66ccff; font-size:90%; font-weight:bold&amp;quot;|元老 |- |style=&amp;quot;font...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{| style=&amp;quot;text-align:center; clear:both; border:1px solid #000; margin:0.5em auto&amp;quot;&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:#66ccff; font-size:90%; font-weight:bold&amp;quot;|[[元老]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;font-size:80%&amp;quot;|[[山縣有朋]] - [[井上馨]] - [[松方正義]] - [[西郷従道|西郷從道]] - [[大山巌|大山巖]] - [[西園寺公望]] - [[桂太郎]] - [[黒田清隆|黑田清隆]] - [[伊藤博文]]&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&amp;lt;noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[Category:政治関連記事のテンプレート|けんろう]]&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>124.100.222.123</name></author>	</entry>

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		<title>テンプレート:参議院議長</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;124.100.222.123: 新しいページ: '{| style=&amp;quot;text-align:center; clear:both; border:1px solid #000; margin:0.5em auto&amp;quot; !style=&amp;quot;background-color:#CCCCFF; font-size:90%; font-weight:bold&amp;quot;|[[Image:Flag of Japan.svg|...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{| style=&amp;quot;text-align:center; clear:both; border:1px solid #000; margin:0.5em auto&amp;quot;&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:#CCCCFF; font-size:90%; font-weight:bold&amp;quot;|[[Image:Flag of Japan.svg|26px|]]&amp;amp;nbsp;&amp;amp;nbsp;&amp;amp;nbsp;&amp;amp;nbsp;&amp;amp;nbsp;&amp;amp;nbsp;&amp;amp;nbsp;&amp;amp;nbsp;&amp;amp;nbsp;&amp;amp;nbsp;&amp;amp;nbsp;[[参議院議長|歴代の参議院議長]][[貴族院議長|（貴族院議長）]]&amp;amp;nbsp;&amp;amp;nbsp;&amp;amp;nbsp;&amp;amp;nbsp;&amp;amp;nbsp;&amp;amp;nbsp;&amp;amp;nbsp;&amp;amp;nbsp;&amp;amp;nbsp;&amp;amp;nbsp;&amp;amp;nbsp;[[Image:Go-shichi no kiri crest 2.svg|26px|]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:#DDDDFF; font-size:85%&amp;quot;|貴族院議長[[帝国議会|（帝国議会）]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;font-size:80%&amp;quot;|[[伊藤博文]] - [[蜂須賀茂韶]] - [[近衛篤麿|近衞篤麿]] - [[徳川家達|徳川家逹]] - [[近衛文麿|近衞文麿]] - [[松平頼寿|松平頼壽]] - [[徳川圀順]] - [[徳川家正]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:#DDDDFF; font-size:85%&amp;quot;|参議院議長[[国会 (日本)|（国会）]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;font-size:80%&amp;quot;|[[松平恒雄]] - [[佐藤尚武]] - [[河井彌八]] - [[松野鶴平]] - [[重宗雄三]] - [[河野謙三]] - [[安井謙]] - [[徳永正利]] - [[木村睦男]] - [[藤田正明]] - [[土屋義彦]] - [[長田裕二]] - [[原文兵衛]] - [[斎藤十朗]] - [[井上裕]] - [[倉田寛之]] - [[扇千景]] - [[江田五月]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:#DDDDFF; font-size:85%&amp;quot;|[[議院]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;font-size:80%&amp;quot;|[[貴族院 (日本)|貴族院]] - [[参議院]]&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&amp;lt;noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[Category:政治関連記事のテンプレート|さんきいんきちょう]]&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>124.100.222.123</name></author>	</entry>

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		<title>テンプレート:内務大臣</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;124.100.222.123: 新しいページ: '{| style=&amp;quot;text-align:center; clear:both; border:1px solid #000; margin:0.5em auto&amp;quot; !style=&amp;quot;background-color:#66ccff; font-size:90%; font-weight:bold&amp;quot;|[[内務大臣|歴代の...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{| style=&amp;quot;text-align:center; clear:both; border:1px solid #000; margin:0.5em auto&amp;quot;&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:#66ccff; font-size:90%; font-weight:bold&amp;quot;|[[内務大臣|歴代の内務大臣]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:Silver; font-size:85%&amp;quot;|内務卿&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;font-size:80%&amp;quot;|[[大久保利通]] - [[木戸孝允]] - 大久保利通 - [[伊藤博文]] - 大久保利通 - 伊藤博文 - [[松方正義]] - [[山田顕義|山田顯義]] - [[山縣有朋]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!style=&amp;quot;background-color:Silver; font-size:85%&amp;quot;|内務大臣&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;font-size:80%&amp;quot;|山縣有朋 - [[西郷従道|西郷從道]] - [[品川弥二郎]] - [[副島種臣]] - 松方正義 - [[河野敏鎌]] - [[井上馨]] - [[野村靖]] - [[芳川顕正|芳川顯正]] - [[板垣退助]] - [[樺山資紀]] - 芳川顯正 - 板垣退助 - 西郷從道 - 末松謙澄 - [[大隈重信]] - [[内海忠勝]] - [[兒玉源太郎]] - [[桂太郎]] - 芳川顯正 - [[清浦奎吾]] - [[原敬]] - [[平田東助]] - 原敬 - [[大浦兼武]] - 原敬 - 大隈重信 - 大浦兼武 - 大隈重信 - [[一木喜徳郎|一木喜德郎]] - [[後藤新平]] - [[水野錬太郎]] - [[床次竹二郎]] - 水野錬太郎 - 後藤新平 - 水野錬太郎 - [[若槻禮次郎]] - [[濱口雄幸]] - [[鈴木喜三郎]] - [[田中義一]] - [[望月圭介]] - [[安達謙蔵]] - [[中橋徳五郎]] - [[犬養毅]] - 鈴木喜三郎 - [[山本達雄|山本逹雄]] - [[後藤文夫]] - [[潮恵之輔]] - [[河原田稼吉]] - [[馬場えい一|馬場鍈一]] - [[末次信正]] - [[木戸幸一]] - [[小原直]] - [[兒玉秀雄]] - [[安井英二]] - [[平沼騏一郎]] - [[田辺治通]] - [[東條英機]] - [[湯沢三千男]] - [[安藤紀三郎]] - [[大達茂雄|大逹茂雄]] - [[安倍源基]] - [[山崎巌]] - [[堀切善次郎]] - [[三土忠造]] - [[大村清一]] - [[植原悦二郎]] - [[片山哲]] - [[木村小左衛門]] - '''&amp;lt;廃止&amp;gt;'''&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&amp;lt;noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[Category:国務大臣のテンプレート|ないむたいしん]]&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>124.100.222.123</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%81%93%E3%81%A9%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%98%E3%81%8B%E3%82%93&amp;diff=16125</id>
		<title>こどものじかん</title>
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				<updated>2007-10-12T07:36:27Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;124.100.222.123: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{継続中の作品}}&lt;br /&gt;
{{漫画}}&lt;br /&gt;
『'''こどものじかん'''』とは[[私屋カヲル]]による[[漫画]]作品である。「COMIC HIGH」（[[双葉社]]）で[[2004年]]3月創刊号に読み切り作品として掲載され、第5号から正式に連載されるが同誌が6号で一旦休刊したのに伴い連載終了。その後、[[2005年]]4月に新装刊した「[[コミックハイ!]]」Vol.1（[[漫画アクション]]増刊・2005年[[5月22日]]号）より旧「COMIC HIGH」時代の設定を全てリセットしたうえで連載を開始し、現在に至る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
単行本化されているのは「コミックハイ!」掲載分のみであるが、旧「COMIC HIGH」掲載分の単行本未収録話（全3話）は双葉社と[[デジブックジャパン]]他が[[2006年]][[4月28日]]にオープンした[[ウェブコミック]]誌「[[COMIC SEED!]]」で順次、無料配信された（現在は公開終了）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
略称は「こじか」。テレビアニメ化が決定し、[[2007年]]10月より放送開始予定。&lt;br /&gt;
{{ネタバレ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 作品概要 ==&lt;br /&gt;
年度途中でとある[[小学校]]に赴任した、まだ新任の青年[[教師]]・青木大介。着任してすぐ3年1組の担任になるが、そのクラスはある問題が起き、前任の教師が辞めたところであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
教師による児童いじめ、逆に児童による教師いじめといった現実の教育現場で起きている問題をモチーフに、個性的すぎる児童たちに振り回されつつ困難な問題の解決に努力する若き教師の苦悩と成長を描く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
九重りんの奔放さ、とくにあけっぴろげに大介を誘惑するシチュエーションで話題を呼び、1巻の初版は瞬く間に入手困難となった。後に秋葉原の専門店では新刊を900冊近く山積みにするところも出た&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.akibablog.net/archives/2006/07/_2_5.html ロリマンセー「こどものじかん2巻」発売、メロン鬼積み]（[[アキバBlog]]）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただしあくまで一般向け作品であり扇情的な場面で読者を引っ張りながら、子供と大人の交流の難しさなどのシリアスな要素を読ませる面もある。作者自身もまた「一般誌の限界に挑戦」しつつ「エロ漫画ではない」と語っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
作中の時間経過により、当初3年生だったりんたちは4年生に進級している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な登場人物 ==&lt;br /&gt;
[[声優]]はアニメ版のキャスト。&lt;br /&gt;
; 青木 大介（あおき だいすけ）&lt;br /&gt;
: 声優：[[間島淳司]]&lt;br /&gt;
: 本作品の'''主人公'''。男性の小学校教師。まだ教師になりたての23歳。恋愛に関しては奥手で、独身。特定の彼女はいない。[[童貞|“初体験”もまだ]]。&lt;br /&gt;
: [[眼鏡]]をかけている。体格は普通で、心身ともに健常。&lt;br /&gt;
: 双ツ橋小学校に年度途中から赴任。「子どもたちに頼られる、お兄さんのような先生」を目指している。4年1組（赴任時は3年1組）の担任。仕事熱心だが、経験不足ゆえ[[マニュアル]]に頼りがちなところもある。しかし、りん達に振り回されるうちに徐々に対処法を身に着け、最近では先輩教諭からも感心されるほどである。&lt;br /&gt;
: 基本的には優しくまた若干優柔不断なところはあるが、悪いことは悪いと叱ったりできるだけの正義感と厳しさも兼ね備えている。&lt;br /&gt;
: 動物が好き。学校に迷い込んで来た猫を追い出すようなことはしない。&lt;br /&gt;
: なぜかりんのきわどい姿（パンツ1枚や[[ベビードール]]姿など）を目にすることが多い。&lt;br /&gt;
: ファーストキスはりんに奪われた。&lt;br /&gt;
; 九重 りん（ここのえ りん）&lt;br /&gt;
: 声優：[[喜多村英梨]]&lt;br /&gt;
: 小学3年生の少女。双ツ橋小学校の4年1組（当初は3年1組）に所属。&lt;br /&gt;
: 朱鷺色でボリュームのある超ロングヘアーを大きな玉が2個ずつ付いた髪留めゴムで[[ツインテール]]にしている。それぞれのテールの先端付近も同じ玉つきの髪留めゴムでまとめている。ツリ目。&lt;br /&gt;
: 体格は小学4年生としては標準的な身長だが、やや痩せている。&lt;br /&gt;
: 一般的な小学生と比べて異常にませており、性に関する知識も豊富（本当の意味を理解しているかは不明）。大介の気を引こうと日々（子どもとは思えない）色っぽい服飾や仕草を心がけており、実際に非常にかわいいため、大介やレイジといった大人の男をも困惑させている。&lt;br /&gt;
: 表面上は明るく活発。それだけにショートパンツや裾の広いスカートなど、動きを妨げない服装を好む。&lt;br /&gt;
: 性格も表面上は明るいが、大人（特に教師）を恐怖に陥れる手段はいくらでも知っていて、なおかつそれらを効果的に使う術も知っている。&lt;br /&gt;
: 非常に友だち思いで親友がいじめられたりすると、相手が教師でも容赦しない。前の担任（中村）を辞職に追いやった張本人。&lt;br /&gt;
: 実は根は非常に素直で自分が正しいと思うことに対してそれを主張するために、あらゆる手段を使うというだけ。&lt;br /&gt;
: 新たに担任になった大介が気に入ったらしく、「彼女」になろうとしている。しかし「子供」扱いしかされず寂しく思うことも。&lt;br /&gt;
: 大介へのアタックは積極的で何かと気を惹こうとする言動を取る。男子トイレで用足し中の大介の背後から、脇の下に頭を突っ込んだりしたほど（当然、この時に大介の股間を“直接”見ている）。&lt;br /&gt;
: 母親はすでになく、父親とは別居中。親戚の青年と2人暮らしをしている。&lt;br /&gt;
: 成績はふだんはあまりよくないが、本気になれば簡単に100点を取る。実は頭は非常によい。嫌いな科目は全く勉強しないのか、大介に「教科によってムラがあり過ぎる」と注意されたことも。&lt;br /&gt;
: 携帯電話には「RIN」というロゴのついたストラップを付けている。&lt;br /&gt;
: 4年に進級した時、学級委員長となる。3年生の頃とは違い、クラスをうまくまとめる役となっている。&lt;br /&gt;
; 鏡 黒（かがみ くろ）&lt;br /&gt;
: 声優：[[真堂圭]]&lt;br /&gt;
: りん、美々のクラスメイトで親友。&lt;br /&gt;
: 深緑色のロングヘアー。特にまとめてはいないが、カチューシャを着けることはある。&lt;br /&gt;
: 自宅は金持ちでお嬢様。私立に入れられそうだったが制服が嫌で拒否し、公立校に通っている。いつも目立つ服装をしている。メイド風や猫耳・しっぽつきという姿を見せたこともある。&lt;br /&gt;
: 身体の発育はあまりよくない。小学1年生程度の体格。&lt;br /&gt;
: 性格はふだんは物静かで冷めているが、時に（特にりんと大介が絡むと）激昂することもある。&lt;br /&gt;
: 身体に合っていなかった美々のブラジャーをブルセラショップに売って買い替え資金にする等、りんよりも大人びたしたたかさも持っている。&lt;br /&gt;
: りんが大好きで、りんの心を奪った大介を敵視している。&lt;br /&gt;
: 成績はそこそこ良い。しかしガタガタだったこともあるのか大介に「やれば出来る!」とやたら励まされたことも。&lt;br /&gt;
: 携帯電話には骸骨のフィギュアがついたストラップを付けている。&lt;br /&gt;
: 白井に自分と共通するものを感じ、「白ちゃん」とあだ名をつけた上、自分とおそろいで色違い（黒は黒、白井は白）のバラの花をかたどったヘアピンを贈った。&lt;br /&gt;
; 宇佐 美々（うさ みみ）&lt;br /&gt;
: 声優：[[門脇舞以]]&lt;br /&gt;
: りん、黒のクラスメイトで親友。&lt;br /&gt;
: カーキ色のボリュームのあるロングヘアーを2本の大きな三つ編みにしている。眼鏡をかけている。&lt;br /&gt;
: 非常に内気で親友のりん、黒以外とはほとんど話さない。見かけの通り、本が好きな文学少女。&lt;br /&gt;
: 身体の発育が極めて早熟ですでに胸がかなり大きくなっている。クラスで唯一、ブラジャーを必要としているほど。本人もこれが大きな悩みになっている。&lt;br /&gt;
: 性に関する知識は他の2人に比べて疎く、授業中突然「何で[[おちんちん]]が大きくなるんですか?」と大介に質問したことも。&lt;br /&gt;
: 前の担任によるいじめに遭い、登校拒否になっていたが、大介により心を開き、再び登校するようになった。&lt;br /&gt;
: 成績は極めて優秀。登校拒否になる前はオール5を取っていた。&lt;br /&gt;
: 携帯電話には[[2ちゃんねる]]の[[アスキーアート]]キャラクターらしきマスコットのついたストラップを付けている。&lt;br /&gt;
: 登校拒否中の学校の様子はりんや黒が携帯電話のメールで知らせていた。&lt;br /&gt;
: 自分の心（悩み）を読み取ってくれるレイジに惹かれている。&lt;br /&gt;
; 宝院 京子（ほういん きょうこ）&lt;br /&gt;
: 声優：[[田中涼子 (声優)|田中涼子]]&lt;br /&gt;
: 大介の隣のクラス、3年2組の担任である女性教師。&lt;br /&gt;
: 職員室でも机が大介の隣で大介の指導担当ということもあり、何かと大介の相談に乗っている。体育会系なのか服装は[[ジャージ]]姿が多い。水着は学校のプールでも何故か[[ビキニ (水着)|ビキニ]]。競泳用などでは（胸の）サイズが合わないらしい。&lt;br /&gt;
: 大介を当初は「放っておけない弟」のように見ていたが、次第に淡い恋心を抱くようになっている。ときに、りんに対して激しく嫉妬することも。&lt;br /&gt;
: 大介との距離が近くなってきているのか、最近は大介を「青木君」と呼ぶことも。大介もまんざらでない様子。&lt;br /&gt;
: その名の通り（?）、'''胸が大きい'''。大介に初めて名乗った時によく聞き取ってもらえず「'''ぼ…ぼい…?'''」と驚かれたり、下校時に児童たちから「せんせー、'''ぱいぱーい'''」と言われたりするほど。&lt;br /&gt;
: 一度、大介の気を引くためにワンピース姿で勤務した事があるが、大介に全く気にしてもらえなかった為、1日だけでやめてしまった。「愛情の反対は無関心」と落ち込むが、しかし大介は実は気づいており、「似合わないからやめた」と強がる彼女に「似合ってましたよ?」と声をかけた。&lt;br /&gt;
; 小矢島（おやじま）&lt;br /&gt;
: 声優：[[石上裕一]]&lt;br /&gt;
: 大介や京子の同僚の教師。角刈り風の短髪で太めの眉に線目の少しごつい外観。ふだんからジャージやポロシャツを愛用する体育会系。ただし、性格は穏和。&lt;br /&gt;
: 職員室では机が京子の隣（大介とは京子を挟む位置）。京子が新人の頃、指導担当であった。&lt;br /&gt;
: 京子とは指導担当の頃から体育会系つながりということもあり、仲がよい。後輩の面倒見がよく、大介や京子の相談にもよく乗っている。また、孤立しがちな白井をよくフォローしている。&lt;br /&gt;
; 白井（しらい）&lt;br /&gt;
: 声優：[[沢海陽子]]&lt;br /&gt;
: 大介や京子の同僚の教師。&lt;br /&gt;
: 眼鏡をかけ、ロングヘアーを[[ポニーテール]]にしている。&lt;br /&gt;
: 自分の知性や能力に対するプライドが非常に高く、いつも自信にあふれた態度を取っている。&lt;br /&gt;
: 非常に合理的な考え方で、児童のプライバシーに介入することは何の役にも立たないという理由により家庭訪問廃止論を声高に振りかざす。&lt;br /&gt;
: その一方で事なかれ主義的なところもあり、りんの自宅を勝手に訪問した大介を「PTAから苦情が来たらどうするのか」と詰問したほど。&lt;br /&gt;
: 同僚の男性教師に「今まで誰かに抱きしめられたことがない」と言われ、性的なことに関してもあまり縁がなかったらしく、そうした身体的な他人との交わりには免疫がなく彼女には珍しく狼狽することもある。&lt;br /&gt;
: 実は教育委員長の娘。だが、そのためにちやほやされることを極端に嫌がる。&lt;br /&gt;
; '''中村'''（なかむら）&lt;br /&gt;
: 大介の前に3年1組の担任だった男性教師。直接は登場していない。児童たちには「ナカムー」と呼ばれていた。&lt;br /&gt;
: かなり無神経であり、特に美々に対して様々な傷つける発言を繰り返し、登校拒否に追いやった。&lt;br /&gt;
: りんに報復され指導に悩んだあげく情緒不安定となり、最終的には退職することになった。&lt;br /&gt;
; レイジ&lt;br /&gt;
: 声優：[[杉田智和]]&lt;br /&gt;
: りんと同居している青年。りんとは仲よく暮らしている。&lt;br /&gt;
: 落ち着いた風貌だが、ツリ目でやや謎めいた雰囲気がある。&lt;br /&gt;
: りんの母親・秋の従弟。4年前に事故で両親を失い、当時まだ存命だった秋に引き取られ、後に恋人となる。その時すでにりんの父親は別居しており、後に秋が死亡したため、現在はりんと2人で暮らしている。&lt;br /&gt;
: 今でも秋を愛していて、その忘れ形見であるりんを溺愛している。&lt;br /&gt;
: 大介に対しロリコンではないかと疑惑を抱いているが、同様の疑惑を大介の方からもかけられている。りんが秋に似てきている事を密かに喜ぶ描写があり、[[光源氏]]疑惑は極めて濃厚（というよりほぼ確定）である。&lt;br /&gt;
; 九重 秋（ここのえ あき）&lt;br /&gt;
: りんの母親ですでに故人。&lt;br /&gt;
: かつて、つきあっていた男性との間にできた子（りん）を堕ろせと言われたため、その男性と別れて出産し、女手一つでりんを育てていた。後に両親を亡くしたレイジも引き取る。&lt;br /&gt;
: レイジとはその後愛し合うようになっていたが、肺ガンにかかってしまう。ガンということがわかった時点ですでに手遅れでレイジの懇願で2か月は治療を受けるものの好転せず、りんの養育費のために延命治療を断り（半年分の延命の費用がりんの3年分の養育費に相当）、自宅に戻った。&lt;br /&gt;
: 残り少ない余命を自宅でりん・レイジと過ごし、りんが小学校の入学を迎える直前、りんが回復を祈って折った大量の[[千羽鶴]]の中で息を引き取った。&lt;br /&gt;
; ニャー&lt;br /&gt;
: 小学校に迷い込んで来た雄の野良猫。当初はガリガリに痩せていて、りんたちが給食の牛乳などを分け与えていた。&lt;br /&gt;
: いじめられていたらしく人間不信になっていたが、木から降りられなくなっていたところをりんに救われ、りんたちにはなつくようになった。&lt;br /&gt;
; チャック&lt;br /&gt;
: 謎のクマのぬいぐるみ。2ちゃんねるのアスキアートのクマーと微妙に似ている。&lt;br /&gt;
: りんのお気に入りなのか、いつも一緒に寝ている。&lt;br /&gt;
: 単行本の相関関係図によると、りんを『俺の女』と思っているらしい。&lt;br /&gt;
: 単行本のカバーを外すと、りんとチャックのいかがわしい行為を連想させるイラストが描かれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な舞台 ==&lt;br /&gt;
; 双ツ橋小学校（ふたつばししょうがっこう）&lt;br /&gt;
: 大介が赴任した小学校。りんたちが通う。&lt;br /&gt;
: 大介は、りんたちが所属する3年1組の担任。&lt;br /&gt;
: 服装は自由で、特に黒やりんは様々なスタイルを見せている。&lt;br /&gt;
: 普通の小学校が抱えている程度の様々な小さい問題があるらしいが、警察沙汰やマスコミの注目を浴びるような大事件は起きていない（但し、単行本未収録の第1話では校長がりんのパンツを脱がそうとして捕まり、報道されている）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== テレビアニメ ==&lt;br /&gt;
{{節新製品}}&lt;br /&gt;
2007年10月より放映開始。&lt;br /&gt;
=== スタッフ ===&lt;br /&gt;
* 原作：[[私屋カヲル]]&lt;br /&gt;
* 監督：[[菅沼栄治]]&lt;br /&gt;
* シリーズ構成：[[岡田麿里]]&lt;br /&gt;
* キャラクターデザイン：石川雅一&lt;br /&gt;
* 音楽：西田マサラ&lt;br /&gt;
* 音楽制作：[[ランティス]]&lt;br /&gt;
* アニメーション制作：[[スタジオバルセロナ]]&lt;br /&gt;
* 製作：こどものじかん製作委員会&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 主題歌 ===&lt;br /&gt;
; オープニング『れっつ!おひめさまだっこ』&lt;br /&gt;
: 作詞：[[畑亜貴]]、作曲：[[前澤寛之]]、編曲：[[nishi-ken]]、歌：九重りん（喜多村英梨）、鏡黒（真堂圭）、宇佐美々（門脇舞以）&lt;br /&gt;
; エンディング『ハナマル☆センセイション』&lt;br /&gt;
: 作詞・作曲：[[Little non]]、編曲：nishi-ken、歌：Little non&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== サブタイトル ===&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;&lt;br /&gt;
!話数!!サブタイトル!!脚本!!絵コンテ!!演出!!作画監督&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1||なかよしのいっぽ||||||||&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 放送局 ===&lt;br /&gt;
{{番組}}&lt;br /&gt;
{{注意|[[:Portal:アニメ/速報的な記事の編集]]の「[[Portal:アニメ/速報的な記事の編集 #対象となる行動|対象となる行動]]」に基づき、提供側からの情報が正式に発表される・もしくは新しい事実が現れる毎にそれを付加する事は自粛してください。}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当初は2007年[[10月10日]]から[[テレビ埼玉|テレ玉]]でも放映予定だったが、急遽中止となった。毎日新聞の報道によると、札幌の教頭児童売春事件の影響による中止で三重テレビでも当面延期となった&amp;lt;ref&amp;gt;http://mainichi.jp/enta/mantan/news/20071011mog00m200011000c.html&amp;lt;/ref&amp;gt;。また[[アニメシアターX|AT-X]]と交渉を行った所、内容を考慮し視聴年齢制限付での放送でないと出来ないという解答だが、権利元が承諾しなかったため断念した&amp;lt;ref&amp;gt;http://www.at-x.com/whats_new/detail.html/1302&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!放送地域&lt;br /&gt;
!放送局&lt;br /&gt;
!放送期間&lt;br /&gt;
!放送日時&lt;br /&gt;
!系列局&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[京都府]]&lt;br /&gt;
|[[京都放送|KBS京都]]&lt;br /&gt;
|[[2007年]][[10月11日]] - &lt;br /&gt;
|木曜 25時30分 - 26時00分 &lt;br /&gt;
|rowspan=2|[[全国独立UHF放送協議会|UHF系]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[千葉県]]&lt;br /&gt;
|[[千葉テレビ放送|チバテレビ]]&lt;br /&gt;
|2007年[[10月12日]] -&lt;br /&gt;
|金曜 26時55分 - 27時25分&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|[[BIGLOBEストリーム]]&lt;br /&gt;
|2007年[[10月19日]] - &lt;br /&gt;
|毎週金曜更新&lt;br /&gt;
|[[ネット配信]]&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{前後番組|&lt;br /&gt;
放送局=[[京都放送|KBS京都]]|&lt;br /&gt;
放送枠=木曜 25:30枠|&lt;br /&gt;
番組名=こどものじかん|&lt;br /&gt;
前番組=[[怪物王女]]|&lt;br /&gt;
次番組=-|&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{前後番組|&lt;br /&gt;
放送局=[[千葉テレビ放送|チバテレビ]]|&lt;br /&gt;
放送枠=金曜 26:55枠|&lt;br /&gt;
番組名=こどものじかん|&lt;br /&gt;
前番組=枠開設前の為なし|&lt;br /&gt;
次番組=-|&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== インターネットラジオ ===&lt;br /&gt;
; [[こじからじお]]&lt;br /&gt;
: 2007年[[8月31日]]から[[BEAT☆Net Radio!]]、[[ランティスウェブラジオ]]にて配信されている。パーソナリティーは喜多村英梨、真堂圭、門脇舞以。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 書誌情報等 ==&lt;br /&gt;
=== 単行本 ===&lt;br /&gt;
[[双葉社]]より「High アクションコミックス」として刊行されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第3巻は幼稚園時代のりんを立体化した「ちびりんフィギュア」が付録になった特別限定版が発売された。フィギュアのほか、通常版とは異なるカバーと巻末にスペシャルピンナップがつけられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第4巻はOVA「やすみじかん～あなたがわたしにくれたもの～」（約23分）のDVDが付録になった特別限定版が発売された。DVDのほか、通常版とは異なるカバーとなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
# 第1巻（2005年[[12月12日]]発売・2006年[[1月12日]]初版発行） ISBN 4-575-83177-8&lt;br /&gt;
# 第2巻（2006年[[7月12日]]発売・2006年[[8月12日]]初版発行） ISBN 4-575-83261-8&lt;br /&gt;
# 第3巻&lt;br /&gt;
#* 特別限定版（2007年[[2月10日]]発売・2007年[[3月10日]]初版発行） ISBN 978-4-575-83333-1&lt;br /&gt;
#* 通常版（2007年2月10日発売・2007年3月10日初版発行） ISBN 978-4-575-83328-7&lt;br /&gt;
# 第4巻&lt;br /&gt;
#* 特別限定版（2007年[[9月12日]]発売・2007年10月12日初版発行） ISBN 978-4-575-83383-6&lt;br /&gt;
#* 通常版（2007年9月12日発売・2007年10月12日初版発行） ISBN 978-4-575-83405-5&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[台湾]]では[[東立出版社]]より「'''{{Lang|zh|萌少女的戀愛時光}}'''」のタイトルで刊行されている。[[アメリカ合衆国|米国]]では[[セブンシーズ・エンターテインメント]]から「''Nymphet''」のタイトルで刊行予定であったが、同社の経営判断（いとこ同士の恋愛が一部州の州法に抵触する可能性がある）により発売中止となった&amp;lt;ref&amp;gt;[http://animeanime.jp/news/archives/2007/05/531_1.html 日本のマンガ「こどものじかん」 米国で発売中止に]（アニメ! アニメ!）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[UHFアニメ一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.kojika-anime.com/index.html こどものじかん公式サイト]&lt;br /&gt;
* [http://www.toranoana.jp/webdayo/nocomic/ncomic53.html とらのあなインタビュー] 作者インタビュー記事&lt;br /&gt;
{{コミックハイ!掲載中}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{manga-stub}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ことものしかん}}&lt;br /&gt;
[[Category:漫画作品 こ|とものしかん]]&lt;br /&gt;
[[Category:コミックハイ!]]&lt;br /&gt;
[[Category:学園漫画]]&lt;br /&gt;
[[Category:アニメ作品 こ|とものしかん]]&lt;br /&gt;
[[Category:2007年のテレビアニメ]]&lt;br /&gt;
[[Category:UHFアニメ]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0; background-color:#f6f6f6; border:1px solid #ccc; padding:3px; font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
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&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>124.100.222.123</name></author>	</entry>

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				<updated>2007-10-12T07:35:10Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;124.100.222.123: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{継続中の作品}}&lt;br /&gt;
{{漫画}}&lt;br /&gt;
『'''こどものじかん'''』とは[[私屋カヲル]]による[[漫画]]作品である。「COMIC HIGH」（[[双葉社]]）で[[2004年]]3月創刊号に読み切り作品として掲載され、第5号から正式に連載されるが同誌が6号で一旦休刊したのに伴い連載終了。その後、[[2005年]]4月に新装刊した「[[コミックハイ!]]」Vol.1（[[漫画アクション]]増刊・2005年[[5月22日]]号）より旧「COMIC HIGH」時代の設定を全てリセットしたうえで連載を開始し、現在に至る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
単行本化されているのは「コミックハイ!」掲載分のみであるが、旧「COMIC HIGH」掲載分の単行本未収録話（全3話）は双葉社と[[デジブックジャパン]]他が[[2006年]][[4月28日]]にオープンした[[ウェブコミック]]誌「[[COMIC SEED!]]」で順次、無料配信された（現在は公開終了）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
略称は「こじか」。テレビアニメ化が決定し、[[2007年]]10月より放送開始予定。&lt;br /&gt;
{{ネタバレ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 作品概要 ==&lt;br /&gt;
年度途中でとある[[小学校]]に赴任した、まだ新任の青年[[教師]]・青木大介。着任してすぐ3年1組の担任になるが、そのクラスはある問題が起き、前任の教師が辞めたところであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
教師による児童いじめ、逆に児童による教師いじめといった現実の教育現場で起きている問題をモチーフに、個性的すぎる児童たちに振り回されつつ困難な問題の解決に努力する若き教師の苦悩と成長を描く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
九重りんの奔放さ、とくにあけっぴろげに大介を誘惑するシチュエーションで話題を呼び、1巻の初版は瞬く間に入手困難となった。後に秋葉原の専門店では新刊を900冊近く山積みにするところも出た&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.akibablog.net/archives/2006/07/_2_5.html ロリマンセー「こどものじかん2巻」発売、メロン鬼積み]（[[アキバBlog]]）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただしあくまで一般向け作品であり扇情的な場面で読者を引っ張りながら、子供と大人の交流の難しさなどのシリアスな要素を読ませる面もある。作者自身もまた「一般誌の限界に挑戦」しつつ「エロ漫画ではない」と語っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
作中の時間経過により、当初3年生だったりんたちは4年生に進級している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な登場人物 ==&lt;br /&gt;
[[声優]]はアニメ版のキャスト。&lt;br /&gt;
; 青木 大介（あおき だいすけ）&lt;br /&gt;
: 声優：[[間島淳司]]&lt;br /&gt;
: 本作品の'''主人公'''。男性の小学校教師。まだ教師になりたての23歳。恋愛に関しては奥手で、独身。特定の彼女はいない。[[童貞|“初体験”もまだ]]。&lt;br /&gt;
: [[眼鏡]]をかけている。体格は普通で、心身ともに健常。&lt;br /&gt;
: 双ツ橋小学校に年度途中から赴任。「子どもたちに頼られる、お兄さんのような先生」を目指している。4年1組（赴任時は3年1組）の担任。仕事熱心だが、経験不足ゆえ[[マニュアル]]に頼りがちなところもある。しかし、りん達に振り回されるうちに徐々に対処法を身に着け、最近では先輩教諭からも感心されるほどである。&lt;br /&gt;
: 基本的には優しくまた若干優柔不断なところはあるが、悪いことは悪いと叱ったりできるだけの正義感と厳しさも兼ね備えている。&lt;br /&gt;
: 動物が好き。学校に迷い込んで来た猫を追い出すようなことはしない。&lt;br /&gt;
: なぜかりんのきわどい姿（パンツ1枚や[[ベビードール]]姿など）を目にすることが多い。&lt;br /&gt;
: ファーストキスはりんに奪われた。&lt;br /&gt;
; 九重 りん（ここのえ りん）&lt;br /&gt;
: 声優：[[喜多村英梨]]&lt;br /&gt;
: 小学3年生の少女。双ツ橋小学校の4年1組（当初は3年1組）に所属。&lt;br /&gt;
: 朱鷺色でボリュームのある超ロングヘアーを大きな玉が2個ずつ付いた髪留めゴムで[[ツインテール]]にしている。それぞれのテールの先端付近も同じ玉つきの髪留めゴムでまとめている。ツリ目。&lt;br /&gt;
: 体格は小学4年生としては標準的な身長だが、やや痩せている。&lt;br /&gt;
: 一般的な小学生と比べて異常にませており、性に関する知識も豊富（本当の意味を理解しているかは不明）。大介の気を引こうと日々（子どもとは思えない）色っぽい服飾や仕草を心がけており、実際に非常にかわいいため、大介やレイジといった大人の男をも困惑させている。&lt;br /&gt;
: 表面上は明るく活発。それだけにショートパンツや裾の広いスカートなど、動きを妨げない服装を好む。&lt;br /&gt;
: 性格も表面上は明るいが、大人（特に教師）を恐怖に陥れる手段はいくらでも知っていて、なおかつそれらを効果的に使う術も知っている。&lt;br /&gt;
: 非常に友だち思いで親友がいじめられたりすると、相手が教師でも容赦しない。前の担任（中村）を辞職に追いやった張本人。&lt;br /&gt;
: 実は根は非常に素直で自分が正しいと思うことに対してそれを主張するために、あらゆる手段を使うというだけ。&lt;br /&gt;
: 新たに担任になった大介が気に入ったらしく、「彼女」になろうとしている。しかし「子供」扱いしかされず寂しく思うことも。&lt;br /&gt;
: 大介へのアタックは積極的で何かと気を惹こうとする言動を取る。男子トイレで用足し中の大介の背後から、脇の下に頭を突っ込んだりしたほど（当然、この時に大介の股間を“直接”見ている）。&lt;br /&gt;
: 母親はすでになく、父親とは別居中。親戚の青年と2人暮らしをしている。&lt;br /&gt;
: 成績はふだんはあまりよくないが、本気になれば簡単に100点を取る。実は頭は非常によい。嫌いな科目は全く勉強しないのか、大介に「教科によってムラがあり過ぎる」と注意されたことも。&lt;br /&gt;
: 携帯電話には「RIN」というロゴのついたストラップを付けている。&lt;br /&gt;
: 4年に進級した時、学級委員長となる。3年生の頃とは違い、クラスをうまくまとめる役となっている。&lt;br /&gt;
; 鏡 黒（かがみ くろ）&lt;br /&gt;
: 声優：[[真堂圭]]&lt;br /&gt;
: りん、美々のクラスメイトで親友。&lt;br /&gt;
: 深緑色のロングヘアー。特にまとめてはいないが、カチューシャを着けることはある。&lt;br /&gt;
: 自宅は金持ちでお嬢様。私立に入れられそうだったが制服が嫌で拒否し、公立校に通っている。いつも目立つ服装をしている。メイド風や猫耳・しっぽつきという姿を見せたこともある。&lt;br /&gt;
: 身体の発育はあまりよくない。小学1年生程度の体格。&lt;br /&gt;
: 性格はふだんは物静かで冷めているが、時に（特にりんと大介が絡むと）激昂することもある。&lt;br /&gt;
: 身体に合っていなかった美々のブラジャーをブルセラショップに売って買い替え資金にする等、りんよりも大人びたしたたかさも持っている。&lt;br /&gt;
: りんが大好きで、りんの心を奪った大介を敵視している。&lt;br /&gt;
: 成績はそこそこ良い。しかしガタガタだったこともあるのか大介に「やれば出来る!」とやたら励まされたことも。&lt;br /&gt;
: 携帯電話には骸骨のフィギュアがついたストラップを付けている。&lt;br /&gt;
: 白井に自分と共通するものを感じ、「白ちゃん」とあだ名をつけた上、自分とおそろいで色違い（黒は黒、白井は白）のバラの花をかたどったヘアピンを贈った。&lt;br /&gt;
; 宇佐 美々（うさ みみ）&lt;br /&gt;
: 声優：[[門脇舞以]]&lt;br /&gt;
: りん、黒のクラスメイトで親友。&lt;br /&gt;
: カーキ色のボリュームのあるロングヘアーを2本の大きな三つ編みにしている。眼鏡をかけている。&lt;br /&gt;
: 非常に内気で親友のりん、黒以外とはほとんど話さない。見かけの通り、本が好きな文学少女。&lt;br /&gt;
: 身体の発育が極めて早熟ですでに胸がかなり大きくなっている。クラスで唯一、ブラジャーを必要としているほど。本人もこれが大きな悩みになっている。&lt;br /&gt;
: 性に関する知識は他の2人に比べて疎く、授業中突然「何で[[おちんちん]]が大きくなるんですか?」と大介に質問したことも。&lt;br /&gt;
: 前の担任によるいじめに遭い、登校拒否になっていたが、大介により心を開き、再び登校するようになった。&lt;br /&gt;
: 成績は極めて優秀。登校拒否になる前はオール5を取っていた。&lt;br /&gt;
: 携帯電話には[[2ちゃんねる]]の[[アスキーアート]]キャラクターらしきマスコットのついたストラップを付けている。&lt;br /&gt;
: 登校拒否中の学校の様子はりんや黒が携帯電話のメールで知らせていた。&lt;br /&gt;
: 自分の心（悩み）を読み取ってくれるレイジに惹かれている。&lt;br /&gt;
; 宝院 京子（ほういん きょうこ）&lt;br /&gt;
: 声優：[[田中涼子 (声優)|田中涼子]]&lt;br /&gt;
: 大介の隣のクラス、3年2組の担任である女性教師。&lt;br /&gt;
: 職員室でも机が大介の隣で大介の指導担当ということもあり、何かと大介の相談に乗っている。体育会系なのか服装は[[ジャージ]]姿が多い。水着は学校のプールでも何故か[[ビキニ (水着)|ビキニ]]。競泳用などでは（胸の）サイズが合わないらしい。&lt;br /&gt;
: 大介を当初は「放っておけない弟」のように見ていたが、次第に淡い恋心を抱くようになっている。ときに、りんに対して激しく嫉妬することも。&lt;br /&gt;
: 大介との距離が近くなってきているのか、最近は大介を「青木君」と呼ぶことも。大介もまんざらでない様子。&lt;br /&gt;
: その名の通り（?）、'''胸が大きい'''。大介に初めて名乗った時によく聞き取ってもらえず「'''ぼ…ぼい…?'''」と驚かれたり、下校時に児童たちから「せんせー、'''ぱいぱーい'''」と言われたりするほど。&lt;br /&gt;
: 一度、大介の気を引くためにワンピース姿で勤務した事があるが、大介に全く気にしてもらえなかった為、1日だけでやめてしまった。「愛情の反対は無関心」と落ち込むが、しかし大介は実は気づいており、「似合わないからやめた」と強がる彼女に「似合ってましたよ?」と声をかけた。&lt;br /&gt;
; 小矢島（おやじま）&lt;br /&gt;
: 声優：[[石上裕一]]&lt;br /&gt;
: 大介や京子の同僚の教師。角刈り風の短髪で太めの眉に線目の少しごつい外観。ふだんからジャージやポロシャツを愛用する体育会系。ただし、性格は穏和。&lt;br /&gt;
: 職員室では机が京子の隣（大介とは京子を挟む位置）。京子が新人の頃、指導担当であった。&lt;br /&gt;
: 京子とは指導担当の頃から体育会系つながりということもあり、仲がよい。後輩の面倒見がよく、大介や京子の相談にもよく乗っている。また、孤立しがちな白井をよくフォローしている。&lt;br /&gt;
; 白井（しらい）&lt;br /&gt;
: 声優：[[沢海陽子]]&lt;br /&gt;
: 大介や京子の同僚の教師。&lt;br /&gt;
: 眼鏡をかけ、ロングヘアーを[[ポニーテール]]にしている。&lt;br /&gt;
: 自分の知性や能力に対するプライドが非常に高く、いつも自信にあふれた態度を取っている。&lt;br /&gt;
: 非常に合理的な考え方で、児童のプライバシーに介入することは何の役にも立たないという理由により家庭訪問廃止論を声高に振りかざす。&lt;br /&gt;
: その一方で事なかれ主義的なところもあり、りんの自宅を勝手に訪問した大介を「PTAから苦情が来たらどうするのか」と詰問したほど。&lt;br /&gt;
: 同僚の男性教師に「今まで誰かに抱きしめられたことがない」と言われ、性的なことに関してもあまり縁がなかったらしく、そうした身体的な他人との交わりには免疫がなく彼女には珍しく狼狽することもある。&lt;br /&gt;
: 実は教育委員長の娘。だが、そのためにちやほやされることを極端に嫌がる。&lt;br /&gt;
; '''中村'''（なかむら）&lt;br /&gt;
: 大介の前に3年1組の担任だった男性教師。直接は登場していない。児童たちには「ナカムー」と呼ばれていた。&lt;br /&gt;
: かなり無神経であり、特に美々に対して様々な傷つける発言を繰り返し、登校拒否に追いやった。&lt;br /&gt;
: りんに報復され指導に悩んだあげく情緒不安定となり、最終的には退職することになった。&lt;br /&gt;
; レイジ&lt;br /&gt;
: 声優：[[杉田智和]]&lt;br /&gt;
: りんと同居している青年。りんとは仲よく暮らしている。&lt;br /&gt;
: 落ち着いた風貌だが、ツリ目でやや謎めいた雰囲気がある。&lt;br /&gt;
: りんの母親・秋の従弟。4年前に事故で両親を失い、当時まだ存命だった秋に引き取られ、後に恋人となる。その時すでにりんの父親は別居しており、後に秋が死亡したため、現在はりんと2人で暮らしている。&lt;br /&gt;
: 今でも秋を愛していて、その忘れ形見であるりんを溺愛している。&lt;br /&gt;
: 大介に対しロリコンではないかと疑惑を抱いているが、同様の疑惑を大介の方からもかけられている。りんが秋に似てきている事を密かに喜ぶ描写があり、[[光源氏]]疑惑は極めて濃厚（というよりほぼ確定）である。&lt;br /&gt;
; 九重 秋（ここのえ あき）&lt;br /&gt;
: りんの母親ですでに故人。&lt;br /&gt;
: かつて、つきあっていた男性との間にできた子（りん）を堕ろせと言われたため、その男性と別れて出産し、女手一つでりんを育てていた。後に両親を亡くしたレイジも引き取る。&lt;br /&gt;
: レイジとはその後愛し合うようになっていたが、肺ガンにかかってしまう。ガンということがわかった時点ですでに手遅れでレイジの懇願で2か月は治療を受けるものの好転せず、りんの養育費のために延命治療を断り（半年分の延命の費用がりんの3年分の養育費に相当）、自宅に戻った。&lt;br /&gt;
: 残り少ない余命を自宅でりん・レイジと過ごし、りんが小学校の入学を迎える直前、りんが回復を祈って折った大量の[[千羽鶴]]の中で息を引き取った。&lt;br /&gt;
; ニャー&lt;br /&gt;
: 小学校に迷い込んで来た雄の野良猫。当初はガリガリに痩せていて、りんたちが給食の牛乳などを分け与えていた。&lt;br /&gt;
: いじめられていたらしく人間不信になっていたが、木から降りられなくなっていたところをりんに救われ、りんたちにはなつくようになった。&lt;br /&gt;
; チャック&lt;br /&gt;
: 謎のクマのぬいぐるみ。2ちゃんねるのアスキアートのクマーと微妙に似ている。&lt;br /&gt;
: りんのお気に入りなのか、いつも一緒に寝ている。&lt;br /&gt;
: 単行本の相関関係図によると、りんを『俺の女』と思っているらしい。&lt;br /&gt;
: 単行本のカバーを外すと、りんとチャックのいかがわしい行為を連想させるイラストが描かれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な舞台 ==&lt;br /&gt;
; 双ツ橋小学校（ふたつばししょうがっこう）&lt;br /&gt;
: 大介が赴任した小学校。りんたちが通う。&lt;br /&gt;
: 大介は、りんたちが所属する3年1組の担任。&lt;br /&gt;
: 服装は自由で、特に黒やりんは様々なスタイルを見せている。&lt;br /&gt;
: 普通の小学校が抱えている程度の様々な小さい問題があるらしいが、警察沙汰やマスコミの注目を浴びるような大事件は起きていない（但し、単行本未収録の第1話では校長がりんのパンツを脱がそうとして捕まり、報道されている）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== テレビアニメ ==&lt;br /&gt;
{{節新製品}}&lt;br /&gt;
2007年10月より放映開始。&lt;br /&gt;
=== スタッフ ===&lt;br /&gt;
* 原作：[[私屋カヲル]]&lt;br /&gt;
* 監督：[[菅沼栄治]]&lt;br /&gt;
* シリーズ構成：[[岡田麿里]]&lt;br /&gt;
* キャラクターデザイン：石川雅一&lt;br /&gt;
* 音楽：西田マサラ&lt;br /&gt;
* 音楽制作：[[ランティス]]&lt;br /&gt;
* アニメーション制作：[[スタジオバルセロナ]]&lt;br /&gt;
* 製作：こどものじかん製作委員会&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 主題歌 ===&lt;br /&gt;
; オープニング『れっつ!おひめさまだっこ』&lt;br /&gt;
: 作詞：[[畑亜貴]]、作曲：[[前澤寛之]]、編曲：[[nishi-ken]]、歌：九重りん（喜多村英梨）、鏡黒（真堂圭）、宇佐美々（門脇舞以）&lt;br /&gt;
; エンディング『ハナマル☆センセイション』&lt;br /&gt;
: 作詞・作曲：[[Little non]]、編曲：nishi-ken、歌：Little non&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== サブタイトル ===&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;&lt;br /&gt;
!話数!!サブタイトル!!脚本!!絵コンテ!!演出!!作画監督&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1||なかよしのいっぽ||||||||&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 放送局 ===&lt;br /&gt;
{{番組}}&lt;br /&gt;
{{注意|[[:Portal:アニメ/速報的な記事の編集]]の「[[Portal:アニメ/速報的な記事の編集 #対象となる行動|対象となる行動]]」に基づき、提供側からの情報が正式に発表される・もしくは新しい事実が現れる毎にそれを付加する事は自粛してください。}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当初は2007年[[10月10日]]から[[テレビ埼玉|テレ玉]]でも放映予定だったが、急遽中止となった。毎日新聞の報道によると、札幌の教頭児童売春事件の影響による中止で三重テレビでも当面延期となった&amp;lt;ref&amp;gt;http://mainichi.jp/enta/mantan/news/20071011mog00m200011000c.html&amp;lt;/ref&amp;gt;。また[[アニメシアターX|AT-X]]と交渉を行った所、内容を考慮し視聴年齢制限付での放送でないと出来ないという解答だが、権利元が承諾しなかったため断念した&amp;lt;ref&amp;gt;http://www.at-x.com/whats_new/detail.html/1302&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!放送地域&lt;br /&gt;
!放送局&lt;br /&gt;
!放送期間&lt;br /&gt;
!放送日時&lt;br /&gt;
!系列局&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[京都府]]&lt;br /&gt;
|[[京都放送|KBS京都]]&lt;br /&gt;
|[[2007年]][[10月11日]] - &lt;br /&gt;
|木曜 25時30分 - 26時00分 &lt;br /&gt;
|rowspan=2|[[全国独立UHF放送協議会|UHF系]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[千葉県]]&lt;br /&gt;
|[[千葉テレビ放送|チバテレビ]]&lt;br /&gt;
|2007年[[10月12日]] -&lt;br /&gt;
|金曜 26時55分 - 27時25分&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|[[BIGLOBEストリーム]]&lt;br /&gt;
|2007年[[10月19日]] - &lt;br /&gt;
|毎週金曜更新&lt;br /&gt;
|[[ネット配信]]&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{前後番組|&lt;br /&gt;
放送局=[[京都放送|KBS京都]]|&lt;br /&gt;
放送枠=木曜 25:30枠|&lt;br /&gt;
番組名=こどものじかん|&lt;br /&gt;
前番組=[[怪物王女]]|&lt;br /&gt;
次番組=-|&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{前後番組|&lt;br /&gt;
放送局=[[千葉テレビ放送|チバテレビ]]|&lt;br /&gt;
放送枠=金曜 26:55枠|&lt;br /&gt;
番組名=こどものじかん|&lt;br /&gt;
前番組=枠開設前の為なし|&lt;br /&gt;
次番組=-|&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== インターネットラジオ ===&lt;br /&gt;
; [[こじからじお]]&lt;br /&gt;
: 2007年[[8月31日]]から[[BEAT☆Net Radio!]]、[[ランティスウェブラジオ]]にて配信されている。パーソナリティーは喜多村英梨、真堂圭、門脇舞以。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 書誌情報等 ==&lt;br /&gt;
=== 単行本 ===&lt;br /&gt;
[[双葉社]]より「High アクションコミックス」として刊行されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第3巻は幼稚園時代のりんを立体化した「ちびりんフィギュア」が付録になった特別限定版が発売された。フィギュアのほか、通常版とは異なるカバーと巻末にスペシャルピンナップがつけられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第4巻はOVA「やすみじかん～あなたがわたしにくれたもの～」（約23分）のDVDが付録になった特別限定版が発売された。DVDのほか、通常版とは異なるカバーとなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
# 第1巻（2005年[[12月12日]]発売・2006年[[1月12日]]初版発行） ISBN 4-575-83177-8&lt;br /&gt;
# 第2巻（2006年[[7月12日]]発売・2006年[[8月12日]]初版発行） ISBN 4-575-83261-8&lt;br /&gt;
# 第3巻&lt;br /&gt;
#* 特別限定版（2007年[[2月10日]]発売・2007年[[3月10日]]初版発行） ISBN 978-4-575-83333-1&lt;br /&gt;
#* 通常版（2007年2月10日発売・2007年3月10日初版発行） ISBN 978-4-575-83328-7&lt;br /&gt;
# 第4巻&lt;br /&gt;
#* 特別限定版（2007年[[9月12日]]発売・2007年[[10月12日]]初版発行） ISBN 978-4-575-83383-6&lt;br /&gt;
#* 通常版（2007年9月12日発売・2007年10月12日初版発行） ISBN 978-4-575-83405-5&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[台湾]]では[[東立出版社]]より「'''{{Lang|zh|萌少女的戀愛時光}}'''」のタイトルで刊行されている。[[アメリカ合衆国|米国]]では[[セブンシーズ・エンターテインメント]]から「''Nymphet''」のタイトルで刊行予定であったが、同社の経営判断（いとこ同士の恋愛が一部州の州法に抵触する可能性がある）により発売中止となった&amp;lt;ref&amp;gt;[http://animeanime.jp/news/archives/2007/05/531_1.html 日本のマンガ「こどものじかん」 米国で発売中止に]（アニメ! アニメ!）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[UHFアニメ一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.kojika-anime.com/index.html こどものじかん公式サイト]&lt;br /&gt;
* [http://www.toranoana.jp/webdayo/nocomic/ncomic53.html とらのあなインタビュー] 作者インタビュー記事&lt;br /&gt;
{{コミックハイ!掲載中}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{manga-stub}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ことものしかん}}&lt;br /&gt;
[[Category:漫画作品 こ|とものしかん]]&lt;br /&gt;
[[Category:コミックハイ!]]&lt;br /&gt;
[[Category:学園漫画]]&lt;br /&gt;
[[Category:アニメ作品 こ|とものしかん]]&lt;br /&gt;
[[Category:2007年のテレビアニメ]]&lt;br /&gt;
[[Category:UHFアニメ]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0; background-color:#f6f6f6; border:1px solid #ccc; padding:3px; font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
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&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>124.100.222.123</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%94%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%97%E5%8D%97%E9%83%A8%E6%9D%AF&amp;diff=16123</id>
		<title>マイルチャンピオンシップ南部杯</title>
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				<updated>2007-10-12T07:34:35Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;124.100.222.123: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{競馬の競走&lt;br /&gt;
|馬場 = ダート&lt;br /&gt;
|競走名 = マイルチャンピオンシップ南部杯&lt;br /&gt;
|開催地 = [[盛岡競馬場]]&lt;br /&gt;
|施行時期 = 10月第2週&lt;br /&gt;
|格付け = JpnI&lt;br /&gt;
|1着賞金 = 6000万円&lt;br /&gt;
|賞金総額 =&lt;br /&gt;
|距離 = [[ダート]]1600[[メートル|m]]&lt;br /&gt;
|条件 = [[サラブレッド]]系3歳以上オープン（[[中央競馬]]・[[地方競馬]]全国）&lt;br /&gt;
|負担重量 = 3歳55[[キログラム|kg]]、4歳以上57kg&amp;lt;br /&amp;gt;（[[牝馬]]2kg減）&lt;br /&gt;
|創設 = [[1988年]][[10月9日]]&lt;br /&gt;
|特記 = 1着馬に[[JBCクラシック]]または[[JBCスプリント]]の優先出走権&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
'''マイルチャンピオンシップ南部杯'''（まいるちゃんぴおんしっぷなんぶはい）とは[[岩手県競馬組合]]が[[盛岡競馬場]]の[[ダート]]1600[[メートル|m]]で施行する[[地方競馬]]の[[重賞]]（[[ダートグレード競走|統一JpnI]]）[[競馬の競走|競走]]である。競走名は[[江戸時代]]に[[盛岡藩]]を治めていた[[南部氏]]に由来し、45代当主[[南部利昭]]の許可の下、名付けられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
通称'''南部杯'''。また、'''マイルCS南部杯'''、'''MCS南部杯'''と表記される事がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
[[1988年]]に'''北日本マイルチャンピオンシップ南部杯'''として創設され、第1回は[[水沢競馬場]]のダート1600mで施行された。創設当初は北日本地区交流競走として、地方競馬の北日本地区のマイル最強馬決定戦の位置付けとされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1995年]]に中央・地方全国指定交流競走に指定されたと同時に現在の「マイルチャンピオンシップ南部杯」に改名、北日本地区以外の地方所属馬及び[[中央競馬]]所属馬も出走可能になった。[[1996年]]には開催場を現在の盛岡競馬場に変更、[[1997年]]には、前年から施行された[[ダートグレード競走]]のGI（統一GI）に格付け、日本の秋のダートのマイル最強馬決定戦として定着していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]からはRoad to JBCに指定され、優勝馬には[[ジャパンブリーディングファームズカップ]]2競走（[[JBCクラシック]]・[[JBCスプリント]]）への優先出走権（出走できるのはどちらか一方の競走）が与えられる｡&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
出走条件は[[サラブレッド系種|サラ系]]3歳以上の[[競走馬]]で、岩手所属馬4頭、岩手以外の所属馬5頭、JRA所属馬5頭と所属別で出走枠が決められている。また[[トライアル競走]]の青藍賞（重賞・地方全国交流競走・水沢競馬場ダート1600m）の1着入賞馬は優先出走権で出走でき、優先出走権獲得をした岩手競馬以外の所属馬は岩手競馬枠（厳密には岩手競馬枠から引かれ自所属枠が増える）から出走できる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
負担重量条件は定重量で、3歳牡・騸馬は55キロ、3歳牝馬は53キロ、4歳以上牡馬・騸馬は56キロ、4歳以上牝馬は54キロと決まっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
総額賞金は1億200万円で、1着賞金6,000万円、2着賞金1,800万円、3着賞金1,020万円、4着賞金780万円、5着賞金600万円と定められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
*[[1988年]] 水沢競馬場のダート1600mの3歳以上の北日本地区交流競走「北日本マイルチャンピオンシップ南部杯」として創設。&lt;br /&gt;
*[[1994年]]&lt;br /&gt;
**岩手の[[トウケイニセイ]]が史上初の連覇。&lt;br /&gt;
**[[菅原勲]]が[[騎手]]として史上初の連覇。&lt;br /&gt;
**小西重征が[[調教師]]として史上初の連覇。&lt;br /&gt;
*[[1995年]]&lt;br /&gt;
**中央・地方全国指定交流競走に指定。&lt;br /&gt;
**名称を「マイルチャンピオンシップ南部杯」に変更。&lt;br /&gt;
*[[1996年]] 開催場を盛岡競馬場に変更。&lt;br /&gt;
*[[1997年]] ダート競走格付け委員会にGI（統一GI）に格付けされる。&lt;br /&gt;
*[[2002年]] Road to JBCに指定される。&lt;br /&gt;
*[[2004年]] 4回東京競馬1日の中止により[[日本中央競馬会|JRA]][[東京競馬場]]で[[投票券 (公営競技)|勝馬投票券]]を当日販売。&lt;br /&gt;
*[[2005年]]&lt;br /&gt;
**JRAの[[ユートピア (競走馬)|ユートピア]]が史上2頭目の連覇。&lt;br /&gt;
**橋口弘次郎が調教師として史上2人目の連覇。&lt;br /&gt;
*[[2007年]]&lt;br /&gt;
**[[国際セリ名簿基準委員会|国際セリ名簿基準委員会（ICSC）]]の勧告に伴う重賞の格付け表記の変更により、統一グレード表記をJpnIに変更。&lt;br /&gt;
**JRAの[[ブルーコンコルド]]が史上3頭目の連覇。&lt;br /&gt;
**幸英明が騎手として史上2人目の連覇。&lt;br /&gt;
**服部利之が調教師として史上3人目の連覇。&lt;br /&gt;
=== 歴代優勝馬 === &lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!回数!!施行日!!優勝馬!!性齢!!所属!!勝時計!!優勝騎手!!管理調教師!!馬主&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第1回||[[1988年]][[10月9日]]||グレートサーペン||牡6||[[高崎競馬場|高崎]]||1:42.4||工藤勉||渡辺和泰||三原勝太郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第2回||[[1989年]][[10月8日]]||ダイコウガルダン||牡4||[[上山競馬場|上山]]||1:42.4||水戸賢二||村山博||熊久保勅夫&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第3回||[[1990年]][[10月7日]]||[[グレートホープ]]||牡4||[[岩手県競馬組合|盛岡]]||1:40.0||[[菅原勲]]||小西重征||小野寺喜久男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第4回||[[1991年]][[10月13日]]||タケデンファイター||牡5||[[新潟競馬場|新潟]]||1:40.8||大枝幹也||佐藤忠雄||赤川喜一郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第5回||[[1992年]][[10月11日]]||タケデンマンゲツ||牡6||[[宇都宮競馬場|宇都宮]]||1:42.0||平沢則雄||平石正己||熊久保勅夫&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第6回||[[1993年]][[11月23日]]||[[トウケイニセイ]]||牡6||盛岡||1:39.8||菅原勲||小西重征||小野寺喜久男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第7回||[[1994年]][[9月25日]]||トウケイニセイ||牡7||盛岡||1:39.5||菅原勲||小西重征||小野寺喜久男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第8回||[[1995年]][[10月10日]]||[[ライブリマウント]]||牡4||[[日本中央競馬会|JRA]]||1:40.6||[[石橋守]]||柴田不二男||加藤哲郎 他2名&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第9回||[[1996年]]10月10日||[[ホクトベガ]]||牝6||JRA||1:38.3||[[的場均]]||[[中野隆良]]||金森森商事（株）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第10回||[[1997年]]10月10日||[[タイキシャーロック]]||牡5||JRA||1:36.2||[[横山典弘]]||土田稔||（有）大樹ファーム&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第11回||[[1998年]]10月10日||[[メイセイオペラ]]||牡4||[[岩手県競馬組合|水沢]]||1:35.1||菅原勲||[[佐々木修一]]||（有）明正商事&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第12回||[[1999年]][[10月11日]]||[[ニホンピロジュピタ]]||牡4||JRA||1:38.4||[[武豊]]||目野哲也||小林百太郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第13回||[[2000年]]10月9日||[[ゴールドティアラ]]||牝4||JRA||1:38.3||[[後藤浩輝]]||[[松田国英]]||吉田和子&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第14回||[[2001年]]10月8日||[[アグネスデジタル]]||牡4||JRA||1:37.7||[[四位洋文]]||[[白井寿昭]]||渡辺孝男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第15回||[[2002年]][[10月14日]]||[[トーホウエンペラー]]||牡6||水沢||1:38.7||菅原勲||[[千葉四美]]||（有）東豊物産&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第16回||[[2003年]]10月13日||[[アドマイヤドン]]||牡4||JRA||1:35.4||[[安藤勝己]]||[[松田博資]]||近藤利一&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第17回||[[2004年]]10月11日||[[ユートピア (競走馬)|ユートピア]]||牡4||JRA||1:35.9||横山典弘||[[橋口弘次郎]]||金子真人&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第18回||[[2005年]]10月10日||ユートピア||牡5||JRA||1:36.7||安藤勝己||橋口弘次郎||金子真人ホールディングス（株）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第19回||[[2006年]]10月9日||[[ブルーコンコルド]]||牡6||JRA||1:36.6||[[幸英明]]||[[服部利之]]||（株）荻伏レーシング・クラブ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第20回||[[2007年]]10月8日||ブルーコンコルド||牡7||JRA||1:36.8||幸英明||服部利之||（株）荻伏レーシング・クラブ&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[JBCスプリント]]&lt;br /&gt;
*[[東京盃]]&lt;br /&gt;
*[[日本テレビ盃]]&lt;br /&gt;
*[[武蔵野ステークス]]&lt;br /&gt;
*[[シリウスステークス]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{ダートグレードのGI・JpnI競走}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:競馬の競走|まいるちやんひおんしつふなんふはい]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0; background-color:#f6f6f6; border:1px solid #ccc; padding:3px; font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
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&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>124.100.222.123</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%81%93%E3%81%A9%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%98%E3%81%8B%E3%82%93&amp;diff=16122</id>
		<title>こどものじかん</title>
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				<updated>2007-10-12T07:28:30Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;124.100.222.123: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{継続中の作品}}&lt;br /&gt;
{{漫画}}&lt;br /&gt;
『'''こどものじかん'''』とは[[私屋カヲル]]による[[漫画]]作品である。「COMIC HIGH」（[[双葉社]]）で[[2004年]]3月創刊号に読み切り作品として掲載され、第5号から正式に連載されるが同誌が6号で一旦休刊したのに伴い連載終了。その後、[[2005年]]4月に新装刊した「[[コミックハイ!]]」Vol.1（[[漫画アクション]]増刊・2005年[[5月22日]]号）より旧「COMIC HIGH」時代の設定を全てリセットしたうえで連載を開始し、現在に至る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
単行本化されているのは「コミックハイ!」掲載分のみであるが、旧「COMIC HIGH」掲載分の単行本未収録話（全3話）は双葉社と[[デジブックジャパン]]他が[[2006年]][[4月28日]]にオープンした[[ウェブコミック]]誌「[[COMIC SEED!]]」で順次、無料配信された（現在は公開終了）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
略称は「こじか」。テレビアニメ化が決定し、[[2007年]]10月より放送開始予定。&lt;br /&gt;
{{ネタバレ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 作品概要 ==&lt;br /&gt;
年度途中でとある[[小学校]]に赴任した、まだ新任の青年[[教師]]・青木大介。着任してすぐ3年1組の担任になるが、そのクラスはある問題が起き、前任の教師が辞めたところであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
教師による児童いじめ、逆に児童による教師いじめといった現実の教育現場で起きている問題をモチーフに、個性的すぎる児童たちに振り回されつつ困難な問題の解決に努力する若き教師の苦悩と成長を描く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
九重りんの奔放さ、とくにあけっぴろげに大介を誘惑するシチュエーションで話題を呼び、1巻の初版は瞬く間に入手困難となった。後に秋葉原の専門店では新刊を900冊近く山積みにするところも出た&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.akibablog.net/archives/2006/07/_2_5.html ロリマンセー「こどものじかん2巻」発売、メロン鬼積み]（[[アキバBlog]]）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただしあくまで一般向け作品であり扇情的な場面で読者を引っ張りながら、子供と大人の交流の難しさなどのシリアスな要素を読ませる面もある。作者自身もまた「一般誌の限界に挑戦」しつつ「エロ漫画ではない」と語っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
作中の時間経過により、当初3年生だったりんたちは4年生に進級している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な登場人物 ==&lt;br /&gt;
[[声優]]はアニメ版のキャスト。&lt;br /&gt;
; 青木 大介（あおき だいすけ）&lt;br /&gt;
: 声優：[[間島淳司]]&lt;br /&gt;
: 本作品の'''主人公'''。男性の小学校教師。まだ教師になりたての23歳。恋愛に関しては奥手で、独身。特定の彼女はいない。[[童貞|“初体験”もまだ]]。&lt;br /&gt;
: [[眼鏡]]をかけている。体格は普通で、心身ともに健常。&lt;br /&gt;
: 双ツ橋小学校に年度途中から赴任。「子どもたちに頼られる、お兄さんのような先生」を目指している。4年1組（赴任時は3年1組）の担任。仕事熱心だが、経験不足ゆえ[[マニュアル]]に頼りがちなところもある。しかし、りん達に振り回されるうちに徐々に対処法を身に着け、最近では先輩教諭からも感心されるほどである。&lt;br /&gt;
: 基本的には優しくまた若干優柔不断なところはあるが、悪いことは悪いと叱ったりできるだけの正義感と厳しさも兼ね備えている。&lt;br /&gt;
: 動物が好き。学校に迷い込んで来た猫を追い出すようなことはしない。&lt;br /&gt;
: なぜかりんのきわどい姿（パンツ1枚や[[ベビードール]]姿など）を目にすることが多い。&lt;br /&gt;
: ファーストキスはりんに奪われた。&lt;br /&gt;
; 九重 りん（ここのえ りん）&lt;br /&gt;
: 声優：[[喜多村英梨]]&lt;br /&gt;
: 小学3年生の少女。双ツ橋小学校の4年1組（当初は3年1組）に所属。&lt;br /&gt;
: 朱鷺色でボリュームのある超ロングヘアーを大きな玉が2個ずつ付いた髪留めゴムで[[ツインテール]]にしている。それぞれのテールの先端付近も同じ玉つきの髪留めゴムでまとめている。ツリ目。&lt;br /&gt;
: 体格は小学4年生としては標準的な身長だが、やや痩せている。&lt;br /&gt;
: 一般的な小学生と比べて異常にませており、性に関する知識も豊富（本当の意味を理解しているかは不明）。大介の気を引こうと日々（子どもとは思えない）色っぽい服飾や仕草を心がけており、実際に非常にかわいいため、大介やレイジといった大人の男をも困惑させている。&lt;br /&gt;
: 表面上は明るく活発。それだけにショートパンツや裾の広いスカートなど、動きを妨げない服装を好む。&lt;br /&gt;
: 性格も表面上は明るいが、大人（特に教師）を恐怖に陥れる手段はいくらでも知っていて、なおかつそれらを効果的に使う術も知っている。&lt;br /&gt;
: 非常に友だち思いで親友がいじめられたりすると、相手が教師でも容赦しない。前の担任（中村）を辞職に追いやった張本人。&lt;br /&gt;
: 実は根は非常に素直で自分が正しいと思うことに対してそれを主張するために、あらゆる手段を使うというだけ。&lt;br /&gt;
: 新たに担任になった大介が気に入ったらしく、「彼女」になろうとしている。しかし「子供」扱いしかされず寂しく思うことも。&lt;br /&gt;
: 大介へのアタックは積極的で何かと気を惹こうとする言動を取る。男子トイレで用足し中の大介の背後から、脇の下に頭を突っ込んだりしたほど（当然、この時に大介の股間を“直接”見ている）。&lt;br /&gt;
: 母親はすでになく、父親とは別居中。親戚の青年と2人暮らしをしている。&lt;br /&gt;
: 成績はふだんはあまりよくないが、本気になれば簡単に100点を取る。実は頭は非常によい。嫌いな科目は全く勉強しないのか、大介に「教科によってムラがあり過ぎる」と注意されたことも。&lt;br /&gt;
: 携帯電話には「RIN」というロゴのついたストラップを付けている。&lt;br /&gt;
: 4年に進級した時、学級委員長となる。3年生の頃とは違い、クラスをうまくまとめる役となっている。&lt;br /&gt;
; 鏡 黒（かがみ くろ）&lt;br /&gt;
: 声優：[[真堂圭]]&lt;br /&gt;
: りん、美々のクラスメイトで親友。&lt;br /&gt;
: 深緑色のロングヘアー。特にまとめてはいないが、カチューシャを着けることはある。&lt;br /&gt;
: 自宅は金持ちでお嬢様。私立に入れられそうだったが制服が嫌で拒否し、公立校に通っている。いつも目立つ服装をしている。メイド風や猫耳・しっぽつきという姿を見せたこともある。&lt;br /&gt;
: 身体の発育はあまりよくない。小学1年生程度の体格。&lt;br /&gt;
: 性格はふだんは物静かで冷めているが、時に（特にりんと大介が絡むと）激昂することもある。&lt;br /&gt;
: 身体に合っていなかった美々のブラジャーをブルセラショップに売って買い替え資金にする等、りんよりも大人びたしたたかさも持っている。&lt;br /&gt;
: りんが大好きで、りんの心を奪った大介を敵視している。&lt;br /&gt;
: 成績はそこそこ良い。しかしガタガタだったこともあるのか大介に「やれば出来る!」とやたら励まされたことも。&lt;br /&gt;
: 携帯電話には骸骨のフィギュアがついたストラップを付けている。&lt;br /&gt;
: 白井に自分と共通するものを感じ、「白ちゃん」とあだ名をつけた上、自分とおそろいで色違い（黒は黒、白井は白）のバラの花をかたどったヘアピンを贈った。&lt;br /&gt;
; 宇佐 美々（うさ みみ）&lt;br /&gt;
: 声優：[[門脇舞以]]&lt;br /&gt;
: りん、黒のクラスメイトで親友。&lt;br /&gt;
: カーキ色のボリュームのあるロングヘアーを2本の大きな三つ編みにしている。眼鏡をかけている。&lt;br /&gt;
: 非常に内気で親友のりん、黒以外とはほとんど話さない。見かけの通り、本が好きな文学少女。&lt;br /&gt;
: 身体の発育が極めて早熟ですでに胸がかなり大きくなっている。クラスで唯一、ブラジャーを必要としているほど。本人もこれが大きな悩みになっている。&lt;br /&gt;
: 性に関する知識は他の2人に比べて疎く、授業中突然「何で[[おちんちん]]が大きくなるんですか?」と大介に質問したことも。&lt;br /&gt;
: 前の担任によるいじめに遭い、登校拒否になっていたが、大介により心を開き、再び登校するようになった。&lt;br /&gt;
: 成績は極めて優秀。登校拒否になる前はオール5を取っていた。&lt;br /&gt;
: 携帯電話には[[2ちゃんねる]]の[[アスキーアート]]キャラクターらしきマスコットのついたストラップを付けている。&lt;br /&gt;
: 登校拒否中の学校の様子はりんや黒が携帯電話のメールで知らせていた。&lt;br /&gt;
: 自分の心（悩み）を読み取ってくれるレイジに惹かれている。&lt;br /&gt;
; 宝院 京子（ほういん きょうこ）&lt;br /&gt;
: 声優：[[田中涼子 (声優)|田中涼子]]&lt;br /&gt;
: 大介の隣のクラス、3年2組の担任である女性教師。&lt;br /&gt;
: 職員室でも机が大介の隣で大介の指導担当ということもあり、何かと大介の相談に乗っている。体育会系なのか服装は[[ジャージ]]姿が多い。水着は学校のプールでも何故か[[ビキニ (水着)|ビキニ]]。競泳用などでは（胸の）サイズが合わないらしい。&lt;br /&gt;
: 大介を当初は「放っておけない弟」のように見ていたが、次第に淡い恋心を抱くようになっている。ときに、りんに対して激しく嫉妬することも。&lt;br /&gt;
: 大介との距離が近くなってきているのか、最近は大介を「青木君」と呼ぶことも。大介もまんざらでない様子。&lt;br /&gt;
: その名の通り（?）、'''胸が大きい'''。大介に初めて名乗った時によく聞き取ってもらえず「'''ぼ…ぼい…?'''」と驚かれたり、下校時に児童たちから「せんせー、'''ぱいぱーい'''」と言われたりするほど。&lt;br /&gt;
: 一度、大介の気を引くためにワンピース姿で勤務した事があるが、大介に全く気にしてもらえなかった為、1日だけでやめてしまった。「愛情の反対は無関心」と落ち込むが、しかし大介は実は気づいており、「似合わないからやめた」と強がる彼女に「似合ってましたよ?」と声をかけた。&lt;br /&gt;
; 小矢島（おやじま）&lt;br /&gt;
: 声優：[[石上裕一]]&lt;br /&gt;
: 大介や京子の同僚の教師。角刈り風の短髪で太めの眉に線目の少しごつい外観。ふだんからジャージやポロシャツを愛用する体育会系。ただし、性格は穏和。&lt;br /&gt;
: 職員室では机が京子の隣（大介とは京子を挟む位置）。京子が新人の頃、指導担当であった。&lt;br /&gt;
: 京子とは指導担当の頃から体育会系つながりということもあり、仲がよい。後輩の面倒見がよく、大介や京子の相談にもよく乗っている。また、孤立しがちな白井をよくフォローしている。&lt;br /&gt;
; 白井（しらい）&lt;br /&gt;
: 声優：[[沢海陽子]]&lt;br /&gt;
: 大介や京子の同僚の教師。&lt;br /&gt;
: 眼鏡をかけ、ロングヘアーを[[ポニーテール]]にしている。&lt;br /&gt;
: 自分の知性や能力に対するプライドが非常に高く、いつも自信にあふれた態度を取っている。&lt;br /&gt;
: 非常に合理的な考え方で、児童のプライバシーに介入することは何の役にも立たないという理由により家庭訪問廃止論を声高に振りかざす。&lt;br /&gt;
: その一方で事なかれ主義的なところもあり、りんの自宅を勝手に訪問した大介を「PTAから苦情が来たらどうするのか」と詰問したほど。&lt;br /&gt;
: 同僚の男性教師に「今まで誰かに抱きしめられたことがない」と言われ、性的なことに関してもあまり縁がなかったらしく、そうした身体的な他人との交わりには免疫がなく彼女には珍しく狼狽することもある。&lt;br /&gt;
: 実は教育委員長の娘。だが、そのためにちやほやされることを極端に嫌がる。&lt;br /&gt;
; '''中村'''（なかむら）&lt;br /&gt;
: 大介の前に3年1組の担任だった男性教師。直接は登場していない。児童たちには「ナカムー」と呼ばれていた。&lt;br /&gt;
: かなり無神経であり、特に美々に対して様々な傷つける発言を繰り返し、登校拒否に追いやった。&lt;br /&gt;
: りんに報復され指導に悩んだあげく情緒不安定となり、最終的には退職することになった。&lt;br /&gt;
; レイジ&lt;br /&gt;
: 声優：[[杉田智和]]&lt;br /&gt;
: りんと同居している青年。りんとは仲よく暮らしている。&lt;br /&gt;
: 落ち着いた風貌だが、ツリ目でやや謎めいた雰囲気がある。&lt;br /&gt;
: りんの母親・秋の従弟。4年前に事故で両親を失い、当時まだ存命だった秋に引き取られ、後に恋人となる。その時すでにりんの父親は別居しており、後に秋が死亡したため、現在はりんと2人で暮らしている。&lt;br /&gt;
: 今でも秋を愛していて、その忘れ形見であるりんを溺愛している。&lt;br /&gt;
: 大介に対しロリコンではないかと疑惑を抱いているが、同様の疑惑を大介の方からもかけられている。りんが秋に似てきている事を密かに喜ぶ描写があり、[[光源氏]]疑惑は極めて濃厚（というよりほぼ確定）である。&lt;br /&gt;
; 九重 秋（ここのえ あき）&lt;br /&gt;
: りんの母親ですでに故人。&lt;br /&gt;
: かつて、つきあっていた男性との間にできた子（りん）を堕ろせと言われたため、その男性と別れて出産し、女手一つでりんを育てていた。後に両親を亡くしたレイジも引き取る。&lt;br /&gt;
: レイジとはその後愛し合うようになっていたが、肺ガンにかかってしまう。ガンということがわかった時点ですでに手遅れでレイジの懇願で2か月は治療を受けるものの好転せず、りんの養育費のために延命治療を断り（半年分の延命の費用がりんの3年分の養育費に相当）、自宅に戻った。&lt;br /&gt;
: 残り少ない余命を自宅でりん・レイジと過ごし、りんが小学校の入学を迎える直前、りんが回復を祈って折った大量の[[千羽鶴]]の中で息を引き取った。&lt;br /&gt;
; ニャー&lt;br /&gt;
: 小学校に迷い込んで来た雄の野良猫。当初はガリガリに痩せていて、りんたちが給食の牛乳などを分け与えていた。&lt;br /&gt;
: いじめられていたらしく人間不信になっていたが、木から降りられなくなっていたところをりんに救われ、りんたちにはなつくようになった。&lt;br /&gt;
; チャック&lt;br /&gt;
: 謎のクマのぬいぐるみ。2ちゃんねるのアスキアートのクマーと微妙に似ている。&lt;br /&gt;
: りんのお気に入りなのか、いつも一緒に寝ている。&lt;br /&gt;
: 単行本の相関関係図によると、りんを『俺の女』と思っているらしい。&lt;br /&gt;
: 単行本のカバーを外すと、りんとチャックのいかがわしい行為を連想させるイラストが描かれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な舞台 ==&lt;br /&gt;
; 双ツ橋小学校（ふたつばししょうがっこう）&lt;br /&gt;
: 大介が赴任した小学校。りんたちが通う。&lt;br /&gt;
: 大介は、りんたちが所属する3年1組の担任。&lt;br /&gt;
: 服装は自由で、特に黒やりんは様々なスタイルを見せている。&lt;br /&gt;
: 普通の小学校が抱えている程度の様々な小さい問題があるらしいが、警察沙汰やマスコミの注目を浴びるような大事件は起きていない（但し、単行本未収録の第1話では校長がりんのパンツを脱がそうとして捕まり、報道されている）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== テレビアニメ ==&lt;br /&gt;
{{節新製品}}&lt;br /&gt;
2007年10月より放映開始。&lt;br /&gt;
=== スタッフ ===&lt;br /&gt;
* 原作：[[私屋カヲル]]&lt;br /&gt;
* 監督：[[菅沼栄治]]&lt;br /&gt;
* シリーズ構成：[[岡田麿里]]&lt;br /&gt;
* キャラクターデザイン：石川雅一&lt;br /&gt;
* 音楽：西田マサラ&lt;br /&gt;
* 音楽制作：[[ランティス]]&lt;br /&gt;
* アニメーション制作：[[スタジオバルセロナ]]&lt;br /&gt;
* 製作：こどものじかん製作委員会&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 主題歌 ===&lt;br /&gt;
; オープニング『れっつ!おひめさまだっこ』&lt;br /&gt;
: 作詞：[[畑亜貴]]、作曲：[[前澤寛之]]、編曲：[[nishi-ken]]、歌：九重りん（喜多村英梨）、鏡黒（真堂圭）、宇佐美々（門脇舞以）&lt;br /&gt;
; エンディング『ハナマル☆センセイション』&lt;br /&gt;
: 作詞・作曲：[[Little non]]、編曲：nishi-ken、歌：Little non&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== サブタイトル ===&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;&lt;br /&gt;
!話数!!サブタイトル!!脚本!!絵コンテ!!演出!!作画監督&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1||なかよしのいっぽ||||||||&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 放送局 ===&lt;br /&gt;
{{番組}}&lt;br /&gt;
{{注意|[[:Portal:アニメ/速報的な記事の編集]]の「[[Portal:アニメ/速報的な記事の編集 #対象となる行動|対象となる行動]]」に基づき、提供側からの情報が正式に発表される・もしくは新しい事実が現れる毎にそれを付加する事は自粛してください。}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当初は2007年[[10月10日]]から[[テレビ埼玉|テレ玉]]でも放映予定だったが、急遽中止となった。毎日新聞の報道によると、札幌の教頭児童売春事件の影響による中止で三重テレビでも当面延期となった&amp;lt;ref&amp;gt;http://mainichi.jp/enta/mantan/news/20071011mog00m200011000c.html&amp;lt;/ref&amp;gt;。また[[アニメシアターX|AT-X]]と交渉を行った所、内容を考慮し視聴年齢制限付での放送でないと出来ないという解答だが、権利元が承諾しなかったため断念した&amp;lt;ref&amp;gt;http://www.at-x.com/whats_new/detail.html/1302&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot; align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!放送地域&lt;br /&gt;
!放送局&lt;br /&gt;
!放送期間&lt;br /&gt;
!放送日時&lt;br /&gt;
!系列局&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[京都府]]&lt;br /&gt;
|[[京都放送|KBS京都]]&lt;br /&gt;
|[[2007年]][[10月11日]] - &lt;br /&gt;
|木曜 25時30分 - 26時00分 &lt;br /&gt;
|rowspan=2|[[全国独立UHF放送協議会|UHF系]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[[千葉県]]&lt;br /&gt;
|[[千葉テレビ放送|チバテレビ]]&lt;br /&gt;
|2007年[[10月12日]] -&lt;br /&gt;
|金曜 26時55分 - 27時25分&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|[[BIGLOBEストリーム]]&lt;br /&gt;
|2007年[[10月19日]] - &lt;br /&gt;
|毎週金曜更新&lt;br /&gt;
|[[ネット配信]]&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{前後番組|&lt;br /&gt;
放送局=[[京都放送|KBS京都]]|&lt;br /&gt;
放送枠=木曜 25:30枠|&lt;br /&gt;
番組名=こどものじかん|&lt;br /&gt;
前番組=[[怪物王女]]|&lt;br /&gt;
次番組=-|&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{前後番組|&lt;br /&gt;
放送局=[[千葉テレビ放送|チバテレビ]]|&lt;br /&gt;
放送枠=金曜 26:55枠|&lt;br /&gt;
番組名=こどものじかん|&lt;br /&gt;
前番組=枠開設前の為なし|&lt;br /&gt;
次番組=-|&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== インターネットラジオ ===&lt;br /&gt;
; [[こじからじお]]&lt;br /&gt;
: 2007年[[8月31日]]から[[BEAT☆Net Radio!]]、[[ランティスウェブラジオ]]にて配信されている。パーソナリティーは喜多村英梨、真堂圭、門脇舞以。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 書誌情報等 ==&lt;br /&gt;
=== 単行本 ===&lt;br /&gt;
[[双葉社]]より「High アクションコミックス」として刊行されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第3巻は幼稚園時代のりんを立体化した「ちびりんフィギュア」が付録になった特別限定版が発売された。フィギュアのほか、通常版とは異なるカバーと巻末にスペシャルピンナップがつけられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第4巻はOVA「やすみじかん～あなたがわたしにくれたもの～」（約23分）のDVDが付録になった特別限定版が発売された。DVDのほか、通常版とは異なるカバーとなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
# 第1巻（2005年[[12月12日]]発売・2006年[[1月12日]]初版発行） ISBN 4-575-83177-8&lt;br /&gt;
# 第2巻（2006年[[7月12日]]発売・2006年[[8月12日]]初版発行） ISBN 4-575-83261-8&lt;br /&gt;
# 第3巻&lt;br /&gt;
#* 特別限定版（2007年[[2月10日]]発売・2007年[[3月10日]]初版発行） ISBN 978-4-575-83333-1&lt;br /&gt;
#* 通常版（2007年2月10日発売・2007年3月10日初版発行） ISBN 978-4-575-83328-7&lt;br /&gt;
# 第4巻&lt;br /&gt;
#* 特別限定版（2007年[[9月12日]]発売・2007年[[10月12日]]初版発行） ISBN 978-4-575-83383-6&lt;br /&gt;
#* 通常版（2007年9月12日発売・2007年10月12日初版発行） ISBN 978-4-575-83405-5&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[台湾]]では[[東立出版社]]より「'''{{Lang|zh|萌少女的戀愛時光}}'''」のタイトルで刊行されている。[[アメリカ合衆国|米国]]では[[セブンシーズ・エンターテインメント]]から「''Nymphet''」のタイトルで刊行予定であったが、同社の経営判断（いとこ同士の恋愛が一部州の州法に抵触する可能性がある）により発売中止となった&amp;lt;ref&amp;gt;[http://animeanime.jp/news/archives/2007/05/531_1.html 日本のマンガ「こどものじかん」 米国で発売中止に]（アニメ! アニメ!）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[UHFアニメ一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.kojika-anime.com/index.html こどものじかん公式サイト]&lt;br /&gt;
* [http://www.toranoana.jp/webdayo/nocomic/ncomic53.html とらのあなインタビュー] 作者インタビュー記事&lt;br /&gt;
{{コミックハイ!掲載中}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{manga-stub}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ことものしかん}}&lt;br /&gt;
[[Category:漫画作品 こ|とものしかん]]&lt;br /&gt;
[[Category:コミックハイ!]]&lt;br /&gt;
[[Category:学園漫画]]&lt;br /&gt;
[[Category:アニメ作品 こ|とものしかん]]&lt;br /&gt;
[[Category:2007年のテレビアニメ]]&lt;br /&gt;
[[Category:UHFアニメ]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>124.100.222.123</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%94%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%97%E5%8D%97%E9%83%A8%E6%9D%AF&amp;diff=16121</id>
		<title>マイルチャンピオンシップ南部杯</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%94%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%97%E5%8D%97%E9%83%A8%E6%9D%AF&amp;diff=16121"/>
				<updated>2007-10-12T07:26:58Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;124.100.222.123: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{競馬の競走&lt;br /&gt;
|馬場 = ダート&lt;br /&gt;
|競走名 = マイルチャンピオンシップ南部杯&lt;br /&gt;
|開催地 = [[盛岡競馬場]]&lt;br /&gt;
|施行時期 = 10月第2週&lt;br /&gt;
|格付け = JpnI&lt;br /&gt;
|1着賞金 = 6000万円&lt;br /&gt;
|賞金総額 =&lt;br /&gt;
|距離 = [[ダート]]1600[[メートル|m]]&lt;br /&gt;
|条件 = [[サラブレッド]]系3歳以上オープン（[[中央競馬]]・[[地方競馬]]全国）&lt;br /&gt;
|負担重量 = 3歳55[[キログラム|kg]]、4歳以上57kg&amp;lt;br /&amp;gt;（[[牝馬]]2kg減）&lt;br /&gt;
|創設 = [[1988年]][[10月9日]]&lt;br /&gt;
|特記 = 1着馬に[[JBCクラシック]]または[[JBCスプリント]]の優先出走権&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
'''マイルチャンピオンシップ南部杯'''（まいるちゃんぴおんしっぷなんぶはい）とは[[岩手県競馬組合]]が[[盛岡競馬場]]の[[ダート]]1600[[メートル|m]]で施行する[[地方競馬]]の[[重賞]]（[[ダートグレード競走|統一JpnI]]）[[競馬の競走|競走]]である。競走名は[[江戸時代]]に[[盛岡藩]]を治めていた[[南部氏]]に由来し、45代当主[[南部利昭]]の許可の下、名付けられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
通称'''南部杯'''。また、'''マイルCS南部杯'''、'''MCS南部杯'''と表記される事がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
[[1988年]]に'''北日本マイルチャンピオンシップ南部杯'''として創設され、第1回は[[水沢競馬場]]のダート1600mで施行された。創設当初は北日本地区交流競走として、地方競馬の北日本地区のマイル最強馬決定戦の位置付けとされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1995年]]に中央・地方全国指定交流競走に指定されたと同時に現在の「マイルチャンピオンシップ南部杯」に改名、北日本地区以外の地方所属馬及び[[中央競馬]]所属馬も出走可能になった。[[1996年]]には開催場を現在の盛岡競馬場に変更、[[1997年]]には、前年から施行された[[ダートグレード競走]]のGI（統一GI）に格付け、日本の秋のダートのマイル最強馬決定戦として定着していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]からはRoad to JBCに指定され、優勝馬には[[ジャパンブリーディングファームズカップ]]2競走（[[JBCクラシック]]・[[JBCスプリント]]）への優先出走権（出走できるのはどちらか一方の競走）が与えられる｡&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
出走条件は[[サラブレッド系種|サラ系]]3歳以上の[[競走馬]]で、岩手所属馬4頭、岩手以外の所属馬5頭、JRA所属馬5頭と所属別で出走枠が決められている。また[[トライアル競走]]の青藍賞（重賞・地方全国交流競走・水沢競馬場ダート1600m）の1着入賞馬は優先出走権で出走でき、優先出走権獲得をした岩手競馬以外の所属馬は岩手競馬枠（厳密には岩手競馬枠から引かれ自所属枠が増える）から出走できる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
負担重量条件は定重量で、3歳牡・騸馬は55キロ、3歳牝馬は53キロ、4歳以上牡馬・騸馬は56キロ、4歳以上牝馬は54キロと決まっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
総額賞金は1億200万円で、1着賞金6,000万円、2着賞金1,800万円、3着賞金1,020万円、4着賞金780万円、5着賞金600万円と定められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
*[[1988年]] 水沢競馬場のダート1600mの3歳以上の北日本地区交流競走「北日本マイルチャンピオンシップ南部杯」として創設。&lt;br /&gt;
*[[1994年]]&lt;br /&gt;
**岩手の[[トウケイニセイ]]が史上初の連覇。&lt;br /&gt;
**[[菅原勲]]が[[騎手]]として史上初の連覇。&lt;br /&gt;
**小西重征が[[調教師]]として史上初の連覇。&lt;br /&gt;
*[[1995年]]&lt;br /&gt;
**中央・地方全国指定交流競走に指定。&lt;br /&gt;
**名称を「マイルチャンピオンシップ南部杯」に変更。&lt;br /&gt;
*[[1996年]] 開催場を盛岡競馬場に変更。&lt;br /&gt;
*[[1997年]] ダート競走格付け委員会にGI（統一GI）に格付けされる。&lt;br /&gt;
*[[2002年]] Road to JBCに指定される。&lt;br /&gt;
*[[2004年]] 4回東京競馬1日の中止により[[日本中央競馬会|JRA]][[東京競馬場]]で[[投票券 (公営競技)|勝馬投票券]]を当日販売。&lt;br /&gt;
*[[2005年]]&lt;br /&gt;
**JRAの[[ユートピア (競走馬)|ユートピア]]が史上2頭目の連覇。&lt;br /&gt;
**橋口弘次郎が調教師として史上2人目の連覇。&lt;br /&gt;
*[[2007年]]&lt;br /&gt;
**[[国際セリ名簿基準委員会|国際セリ名簿基準委員会（ICSC）]]の勧告に伴う重賞の格付け表記の変更により、統一グレード表記をJpnIに変更。&lt;br /&gt;
**JRAの[[ブルーコンコルド]]が史上3頭目の連覇。&lt;br /&gt;
**幸英明が騎手として史上2人目の連覇。&lt;br /&gt;
**服部利之が調教師として史上3人目の連覇。&lt;br /&gt;
=== 歴代優勝馬 === &lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!回数!!施行日!!優勝馬!!性齢!!所属!!勝時計!!優勝騎手!!管理調教師!!馬主&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第1回||[[1988年]][[10月9日]]||グレートサーペン||牡6||[[高崎競馬場|高崎]]||1:42.4||工藤勉||渡辺和泰||三原勝太郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第2回||[[1989年]][[10月8日]]||ダイコウガルダン||牡4||[[上山競馬場|上山]]||1:42.4||水戸賢二||村山博||熊久保勅夫&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第3回||[[1990年]][[10月7日]]||[[グレートホープ]]||牡4||[[岩手県競馬組合|盛岡]]||1:40.0||[[菅原勲]]||小西重征||小野寺喜久男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第4回||[[1991年]][[10月13日]]||タケデンファイター||牡5||[[新潟競馬場|新潟]]||1:40.8||大枝幹也||佐藤忠雄||赤川喜一郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第5回||[[1992年]][[10月11日]]||タケデンマンゲツ||牡6||[[宇都宮競馬場|宇都宮]]||1:42.0||平沢則雄||平石正己||熊久保勅夫&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第6回||[[1993年]][[11月23日]]||[[トウケイニセイ]]||牡6||盛岡||1:39.8||菅原勲||小西重征||小野寺喜久男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第7回||[[1994年]][[9月25日]]||トウケイニセイ||牡7||盛岡||1:39.5||菅原勲||小西重征||小野寺喜久男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第8回||[[1995年]][[10月10日]]||[[ライブリマウント]]||牡4||[[日本中央競馬会|JRA]]||1:40.6||[[石橋守]]||柴田不二男||加藤哲郎 他2名&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第9回||[[1996年]]10月10日||[[ホクトベガ]]||牝6||JRA||1:38.3||[[的場均]]||[[中野隆良]]||金森森商事（株）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第10回||[[1997年]]10月10日||[[タイキシャーロック]]||牡5||JRA||1:36.2||[[横山典弘]]||土田稔||（有）大樹ファーム&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第11回||[[1998年]]10月10日||[[メイセイオペラ]]||牡4||[[岩手県競馬組合|水沢]]||1:35.1||菅原勲||[[佐々木修一]]||（有）明正商事&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第12回||[[1999年]][[10月11日]]||[[ニホンピロジュピタ]]||牡4||JRA||1:38.4||[[武豊]]||目野哲也||小林百太郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第13回||[[2000年]]10月9日||[[ゴールドティアラ]]||牝4||JRA||1:38.3||[[後藤浩輝]]||[[松田国英]]||吉田和子&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第14回||[[2001年]]10月8日||[[アグネスデジタル]]||牡4||JRA||1:37.7||[[四位洋文]]||[[白井寿昭]]||渡辺孝男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第15回||[[2002年]][[10月14日]]||[[トーホウエンペラー]]||牡6||水沢||1:38.7||菅原勲||[[千葉四美]]||（有）東豊物産&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第16回||[[2003年]]10月13日||[[アドマイヤドン]]||牡4||JRA||1:35.4||[[安藤勝己]]||[[松田博資]]||近藤利一&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第17回||[[2004年]]10月11日||[[ユートピア (競走馬)|ユートピア]]||牡4||JRA||1:35.9||横山典弘||[[橋口弘次郎]]||金子真人&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第18回||[[2005年]]10月10日||ユートピア||牡5||JRA||1:36.7||安藤勝己||橋口弘次郎||金子真人ホールディングス（株）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第19回||[[2006年]]10月9日||[[ブルーコンコルド]]||牡6||JRA||1:36.6||[[幸英明]]||[[服部利之]]||（株）荻伏レーシング・クラブ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第20回||[[2007年]]10月8日||ブルーコンコルド||牡7||JRA||1:36.8||幸英明||服部利之||（株）荻伏レーシング・クラブ&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[JBCスプリント]]&lt;br /&gt;
*[[東京盃]]&lt;br /&gt;
*[[日本テレビ盃]]&lt;br /&gt;
*[[武蔵野ステークス]]&lt;br /&gt;
*[[シリウスステークス]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{ダートグレードのGI・JpnI競走}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:競馬の競走|まいるちやんひおんしつふなんふはい]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>124.100.222.123</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%94%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%97%E5%8D%97%E9%83%A8%E6%9D%AF&amp;diff=16120</id>
		<title>マイルチャンピオンシップ南部杯</title>
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				<updated>2007-10-12T07:17:43Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;124.100.222.123: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{競馬の競走&lt;br /&gt;
|馬場 = ダート&lt;br /&gt;
|競走名 = マイルチャンピオンシップ南部杯&lt;br /&gt;
|開催地 = [[盛岡競馬場]]&lt;br /&gt;
|施行時期 = 10月第2週&lt;br /&gt;
|格付け = JpnI&lt;br /&gt;
|1着賞金 = 6000万円&lt;br /&gt;
|賞金総額 =&lt;br /&gt;
|距離 = [[ダート]]1600[[メートル|m]]&lt;br /&gt;
|条件 = [[サラブレッド]]系3歳以上オープン（[[中央競馬]]・[[地方競馬]]全国）&lt;br /&gt;
|負担重量 = 3歳55[[キログラム|kg]]、4歳以上57kg&amp;lt;br /&amp;gt;（[[牝馬]]2kg減）&lt;br /&gt;
|創設 = [[1988年]][[10月9日]]&lt;br /&gt;
|特記 = 1着馬に[[JBCクラシック]]または[[JBCスプリント]]の優先出走権&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
'''マイルチャンピオンシップ南部杯'''（まいるちゃんぴおんしっぷなんぶはい）とは[[岩手県競馬組合]]が[[盛岡競馬場]]の[[ダート]]1600[[メートル|m]]で施行する[[地方競馬]]の[[重賞]]（[[ダートグレード競走|統一JpnI]]）[[競馬の競走|競走]]である。競走名は[[江戸時代]]に[[盛岡藩]]を治めていた[[南部氏]]に由来し、45代当主[[南部利昭]]の許可の下、名付けられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
通称'''南部杯'''。また、'''マイルCS南部杯'''、'''MCS南部杯'''と表記される事がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
[[1988年]]に'''北日本マイルチャンピオンシップ南部杯'''として創設され、第1回は[[水沢競馬場]]のダート1600mで施行された。創設当初は北日本地区交流競走として、地方競馬の北日本地区のマイル最強馬決定戦の位置付けとされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1995年]]に中央・地方全国指定交流競走に指定されたと同時に現在の「マイルチャンピオンシップ南部杯」に改名、北日本地区以外の地方所属馬及び[[中央競馬]]所属馬も出走可能になった。[[1996年]]には開催場を現在の盛岡競馬場に変更、[[1997年]]には、前年から施行された[[ダートグレード競走]]のGI（統一GI）に格付け、日本の秋のダートのマイル最強馬決定戦として定着していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]からはRoad to JBCに指定され、優勝馬には[[ジャパンブリーディングファームズカップ]]2競走（[[JBCクラシック]]・[[JBCスプリント]]）への優先出走権（出走できるのはどちらか一方の競走）が与えられる｡&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
出走条件は[[サラブレッド系種|サラ系]]3歳以上の[[競走馬]]で、岩手所属馬4頭、岩手以外の所属馬5頭、JRA所属馬5頭と所属別で出走枠が決められている。また[[トライアル競走]]の青藍賞（重賞・地方全国交流競走・水沢競馬場ダート1600m）の1着入賞馬は優先出走権で出走でき、優先出走権獲得をした岩手競馬以外の所属馬は岩手競馬枠（厳密には岩手競馬枠から引かれ自所属枠が増える）から出走できる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
負担重量条件は定重量で、3歳牡・騸馬は55キロ、3歳牝馬は53キロ、4歳以上牡馬・騸馬は56キロ、4歳以上牝馬は54キロと決まっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
総額賞金は1億200万円で、1着賞金6,000万円、2着賞金1,800万円、3着賞金1,020万円、4着賞金780万円、5着賞金600万円と定められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
*[[1988年]] 水沢競馬場のダート1600mの3歳以上の北日本地区交流競走「北日本マイルチャンピオンシップ南部杯」として創設。&lt;br /&gt;
*[[1994年]]&lt;br /&gt;
**岩手の[[トウケイニセイ]]が史上初の連覇。&lt;br /&gt;
**[[菅原勲]]が[[騎手]]として史上初の連覇。&lt;br /&gt;
**小西重征が[[調教師]]として史上初の連覇。&lt;br /&gt;
*[[1995年]]&lt;br /&gt;
**中央・地方全国指定交流競走に指定。&lt;br /&gt;
**名称をマイルチャンピオンシップ南部杯に変更。&lt;br /&gt;
*[[1996年]] 開催場を盛岡競馬場に変更。&lt;br /&gt;
*[[1997年]] ダート競走格付け委員会にGI（統一GI）に格付けされる。&lt;br /&gt;
*[[2002年]] Road to JBCに指定される。&lt;br /&gt;
*[[2004年]] 4回東京競馬1日の中止により[[日本中央競馬会|JRA]][[東京競馬場]]で[[投票券 (公営競技)|勝馬投票券]]を当日販売。&lt;br /&gt;
*[[2005年]]&lt;br /&gt;
**JRAの[[ユートピア (競走馬)|ユートピア]]が史上2頭目の連覇。&lt;br /&gt;
**橋口弘次郎が調教師として史上2人目の連覇。&lt;br /&gt;
*[[2007年]]&lt;br /&gt;
**[[国際セリ名簿基準委員会|国際セリ名簿基準委員会（ICSC）]]の勧告に伴う重賞の格付け表記の変更により、統一グレード表記をJpnIに変更。&lt;br /&gt;
**JRAの[[ブルーコンコルド]]が史上3頭目の連覇。&lt;br /&gt;
**幸英明が騎手として史上2人目の連覇。&lt;br /&gt;
**服部利之が調教師として史上3人目の連覇。&lt;br /&gt;
=== 歴代優勝馬 === &lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!回数!!施行日!!優勝馬!!性齢!!所属!!勝時計!!優勝騎手!!管理調教師!!馬主&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第1回||[[1988年]][[10月9日]]||グレートサーペン||牡6||[[高崎競馬場|高崎]]||1:42.4||工藤勉||渡辺和泰||三原勝太郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第2回||[[1989年]][[10月8日]]||ダイコウガルダン||牡4||[[上山競馬場|上山]]||1:42.4||水戸賢二||村山博||熊久保勅夫&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第3回||[[1990年]][[10月7日]]||[[グレートホープ]]||牡4||[[岩手県競馬組合|盛岡]]||1:40.0||[[菅原勲]]||小西重征||小野寺喜久男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第4回||[[1991年]][[10月13日]]||タケデンファイター||牡5||[[新潟競馬場|新潟]]||1:40.8||大枝幹也||佐藤忠雄||赤川喜一郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第5回||[[1992年]][[10月11日]]||タケデンマンゲツ||牡6||[[宇都宮競馬場|宇都宮]]||1:42.0||平沢則雄||平石正己||熊久保勅夫&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第6回||[[1993年]][[11月23日]]||[[トウケイニセイ]]||牡6||盛岡||1:39.8||菅原勲||小西重征||小野寺喜久男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第7回||[[1994年]][[9月25日]]||トウケイニセイ||牡7||盛岡||1:39.5||菅原勲||小西重征||小野寺喜久男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第8回||[[1995年]][[10月10日]]||[[ライブリマウント]]||牡4||[[日本中央競馬会|JRA]]||1:40.6||[[石橋守]]||柴田不二男||加藤哲郎 他2名&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第9回||[[1996年]]10月10日||[[ホクトベガ]]||牝6||JRA||1:38.3||[[的場均]]||[[中野隆良]]||金森森商事（株）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第10回||[[1997年]]10月10日||[[タイキシャーロック]]||牡5||JRA||1:36.2||[[横山典弘]]||土田稔||（有）大樹ファーム&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第11回||[[1998年]]10月10日||[[メイセイオペラ]]||牡4||[[岩手県競馬組合|水沢]]||1:35.1||菅原勲||[[佐々木修一]]||（有）明正商事&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第12回||[[1999年]][[10月11日]]||[[ニホンピロジュピタ]]||牡4||JRA||1:38.4||[[武豊]]||目野哲也||小林百太郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第13回||[[2000年]]10月9日||[[ゴールドティアラ]]||牝4||JRA||1:38.3||[[後藤浩輝]]||[[松田国英]]||吉田和子&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第14回||[[2001年]]10月8日||[[アグネスデジタル]]||牡4||JRA||1:37.7||[[四位洋文]]||[[白井寿昭]]||渡辺孝男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第15回||[[2002年]][[10月14日]]||[[トーホウエンペラー]]||牡6||水沢||1:38.7||菅原勲||[[千葉四美]]||（有）東豊物産&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第16回||[[2003年]]10月13日||[[アドマイヤドン]]||牡4||JRA||1:35.4||[[安藤勝己]]||[[松田博資]]||近藤利一&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第17回||[[2004年]]10月11日||[[ユートピア (競走馬)|ユートピア]]||牡4||JRA||1:35.9||横山典弘||[[橋口弘次郎]]||金子真人&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第18回||[[2005年]]10月10日||ユートピア||牡5||JRA||1:36.7||安藤勝己||橋口弘次郎||金子真人ホールディングス（株）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第19回||[[2006年]]10月9日||[[ブルーコンコルド]]||牡6||JRA||1:36.6||[[幸英明]]||[[服部利之]]||（株）荻伏レーシング・クラブ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第20回||[[2007年]]10月8日||ブルーコンコルド||牡7||JRA||1:36.8||幸英明||服部利之||（株）荻伏レーシング・クラブ&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[JBCスプリント]]&lt;br /&gt;
*[[東京盃]]&lt;br /&gt;
*[[日本テレビ盃]]&lt;br /&gt;
*[[武蔵野ステークス]]&lt;br /&gt;
*[[シリウスステークス]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{ダートグレードのGI・JpnI競走}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:競馬の競走|まいるちやんひおんしつふなんふはい]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>124.100.222.123</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%94%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%97%E5%8D%97%E9%83%A8%E6%9D%AF&amp;diff=16119</id>
		<title>マイルチャンピオンシップ南部杯</title>
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				<updated>2007-10-12T07:16:28Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;124.100.222.123: 新しいページ: '{{競馬の競走 |馬場 = ダート |競走名 = マイルチャンピオンシップ南部杯 |開催地 = 盛岡競馬場 |施行時期 = 10月第2週 |格付け = JpnI...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{競馬の競走&lt;br /&gt;
|馬場 = ダート&lt;br /&gt;
|競走名 = マイルチャンピオンシップ南部杯&lt;br /&gt;
|開催地 = [[盛岡競馬場]]&lt;br /&gt;
|施行時期 = 10月第2週&lt;br /&gt;
|格付け = JpnI&lt;br /&gt;
|1着賞金 = 6000万円&lt;br /&gt;
|距離 = [[ダート]]1600[[メートル|m]]&lt;br /&gt;
|条件 = [[サラブレッド]]系3歳以上オープン（[[中央競馬]]・[[地方競馬]]全国）&lt;br /&gt;
|負担重量 = 3歳55[[キログラム|kg]]、4歳以上57kg&amp;lt;br /&amp;gt;（[[牝馬]]2kg減）&lt;br /&gt;
|創設 = [[1988年]][[10月9日]]&lt;br /&gt;
|特記 = 1着馬に[[JBCクラシック]]または[[JBCスプリント]]の優先出走権&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
'''マイルチャンピオンシップ南部杯'''（まいるちゃんぴおんしっぷなんぶはい）とは[[岩手県競馬組合]]が[[盛岡競馬場]]の[[ダート]]1600[[メートル|m]]で施行する[[地方競馬]]の[[重賞]]（[[ダートグレード競走|統一JpnI]]）[[競馬の競走|競走]]である。競走名は[[江戸時代]]に[[盛岡藩]]を治めていた[[南部氏]]に由来し、45代当主[[南部利昭]]の許可の下、名付けられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
通称'''南部杯'''。また、'''マイルCS南部杯'''、'''MCS南部杯'''と表記される事がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
[[1988年]]に'''北日本マイルチャンピオンシップ南部杯'''として創設され、第1回は[[水沢競馬場]]のダート1600mで施行された。創設当初は北日本地区交流競走として、地方競馬の北日本地区のマイル最強馬決定戦の位置付けとされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1995年]]に中央・地方全国指定交流競走に指定されたと同時に現在の「マイルチャンピオンシップ南部杯」に改名、北日本地区以外の地方所属馬及び[[中央競馬]]所属馬も出走可能になった。[[1996年]]には開催場を現在の盛岡競馬場に変更、[[1997年]]には、前年から施行された[[ダートグレード競走]]のGI（統一GI）に格付け、日本の秋のダートのマイル最強馬決定戦として定着していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]からはRoad to JBCに指定され、優勝馬には[[ジャパンブリーディングファームズカップ]]2競走（[[JBCクラシック]]・[[JBCスプリント]]）への優先出走権（出走できるのはどちらか一方の競走）が与えられる｡&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
出走条件は[[サラブレッド系種|サラ系]]3歳以上の[[競走馬]]で、岩手所属馬4頭、岩手以外の所属馬5頭、JRA所属馬5頭と所属別で出走枠が決められている。また[[トライアル競走]]の青藍賞（重賞・地方全国交流競走・水沢競馬場ダート1600m）の1着入賞馬は優先出走権で出走でき、優先出走権獲得をした岩手競馬以外の所属馬は岩手競馬枠（厳密には岩手競馬枠から引かれ自所属枠が増える）から出走できる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
負担重量条件は定重量で、3歳牡・騸馬は55キロ、3歳牝馬は53キロ、4歳以上牡馬・騸馬は56キロ、4歳以上牝馬は54キロと決まっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
総額賞金は1億200万円で、1着賞金6,000万円、2着賞金1,800万円、3着賞金1,020万円、4着賞金780万円、5着賞金600万円と定められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
*[[1988年]] 水沢競馬場のダート1600mの3歳以上の北日本地区交流競走「北日本マイルチャンピオンシップ南部杯」として創設。&lt;br /&gt;
*[[1994年]]&lt;br /&gt;
**岩手の[[トウケイニセイ]]が史上初の連覇。&lt;br /&gt;
**[[菅原勲]]が[[騎手]]として史上初の連覇。&lt;br /&gt;
**小西重征が[[調教師]]として史上初の連覇。&lt;br /&gt;
*[[1995年]]&lt;br /&gt;
**中央・地方全国指定交流競走に指定。&lt;br /&gt;
**名称をマイルチャンピオンシップ南部杯に変更。&lt;br /&gt;
*[[1996年]] 開催場を盛岡競馬場に変更。&lt;br /&gt;
*[[1997年]] ダート競走格付け委員会にGI（統一GI）に格付けされる。&lt;br /&gt;
*[[2002年]] Road to JBCに指定される。&lt;br /&gt;
*[[2004年]] 4回東京競馬1日の中止により[[日本中央競馬会|JRA]][[東京競馬場]]で[[投票券 (公営競技)|勝馬投票券]]を当日販売。&lt;br /&gt;
*[[2005年]]&lt;br /&gt;
**JRAの[[ユートピア (競走馬)|ユートピア]]が史上2頭目の連覇。&lt;br /&gt;
**橋口弘次郎が調教師として史上2人目の連覇。&lt;br /&gt;
*[[2007年]]&lt;br /&gt;
**[[国際セリ名簿基準委員会|国際セリ名簿基準委員会（ICSC）]]の勧告に伴う重賞の格付け表記の変更により、統一グレード表記をJpnIに変更。&lt;br /&gt;
**JRAの[[ブルーコンコルド]]が史上3頭目の連覇。&lt;br /&gt;
**幸英明が騎手として史上2人目の連覇。&lt;br /&gt;
**服部利之が調教師として史上3人目の連覇。&lt;br /&gt;
=== 歴代優勝馬 === &lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot;&lt;br /&gt;
!回数!!施行日!!優勝馬!!性齢!!所属!!勝時計!!優勝騎手!!管理調教師!!馬主&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第1回||[[1988年]][[10月9日]]||グレートサーペン||牡6||[[高崎競馬場|高崎]]||1:42.4||工藤勉||渡辺和泰||三原勝太郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第2回||[[1989年]][[10月8日]]||ダイコウガルダン||牡4||[[上山競馬場|上山]]||1:42.4||水戸賢二||村山博||熊久保勅夫&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第3回||[[1990年]][[10月7日]]||[[グレートホープ]]||牡4||[[岩手県競馬組合|盛岡]]||1:40.0||[[菅原勲]]||小西重征||小野寺喜久男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第4回||[[1991年]][[10月13日]]||タケデンファイター||牡5||[[新潟競馬場|新潟]]||1:40.8||大枝幹也||佐藤忠雄||赤川喜一郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第5回||[[1992年]][[10月11日]]||タケデンマンゲツ||牡6||[[宇都宮競馬場|宇都宮]]||1:42.0||平沢則雄||平石正己||熊久保勅夫&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第6回||[[1993年]][[11月23日]]||[[トウケイニセイ]]||牡6||盛岡||1:39.8||菅原勲||小西重征||小野寺喜久男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第7回||[[1994年]][[9月25日]]||トウケイニセイ||牡7||盛岡||1:39.5||菅原勲||小西重征||小野寺喜久男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第8回||[[1995年]][[10月10日]]||[[ライブリマウント]]||牡4||[[日本中央競馬会|JRA]]||1:40.6||[[石橋守]]||柴田不二男||加藤哲郎 他2名&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第9回||[[1996年]]10月10日||[[ホクトベガ]]||牝6||JRA||1:38.3||[[的場均]]||[[中野隆良]]||金森森商事（株）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第10回||[[1997年]]10月10日||[[タイキシャーロック]]||牡5||JRA||1:36.2||[[横山典弘]]||土田稔||（有）大樹ファーム&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第11回||[[1998年]]10月10日||[[メイセイオペラ]]||牡4||[[岩手県競馬組合|水沢]]||1:35.1||菅原勲||[[佐々木修一]]||（有）明正商事&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第12回||[[1999年]][[10月11日]]||[[ニホンピロジュピタ]]||牡4||JRA||1:38.4||[[武豊]]||目野哲也||小林百太郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第13回||[[2000年]]10月9日||[[ゴールドティアラ]]||牝4||JRA||1:38.3||[[後藤浩輝]]||[[松田国英]]||吉田和子&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第14回||[[2001年]]10月8日||[[アグネスデジタル]]||牡4||JRA||1:37.7||[[四位洋文]]||[[白井寿昭]]||渡辺孝男&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第15回||[[2002年]][[10月14日]]||[[トーホウエンペラー]]||牡6||水沢||1:38.7||菅原勲||[[千葉四美]]||（有）東豊物産&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第16回||[[2003年]]10月13日||[[アドマイヤドン]]||牡4||JRA||1:35.4||[[安藤勝己]]||[[松田博資]]||近藤利一&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第17回||[[2004年]]10月11日||[[ユートピア (競走馬)|ユートピア]]||牡4||JRA||1:35.9||横山典弘||[[橋口弘次郎]]||金子真人&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第18回||[[2005年]]10月10日||ユートピア||牡5||JRA||1:36.7||安藤勝己||橋口弘次郎||金子真人ホールディングス（株）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第19回||[[2006年]]10月9日||[[ブルーコンコルド]]||牡6||JRA||1:36.6||[[幸英明]]||[[服部利之]]||（株）荻伏レーシング・クラブ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第20回||[[2007年]]10月8日||ブルーコンコルド||牡7||JRA||1:36.8||幸英明||服部利之||（株）荻伏レーシング・クラブ&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[JBCスプリント]]&lt;br /&gt;
*[[東京盃]]&lt;br /&gt;
*[[日本テレビ盃]]&lt;br /&gt;
*[[武蔵野ステークス]]&lt;br /&gt;
*[[シリウスステークス]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{ダートグレードのGI・JpnI競走}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:競馬の競走|まいるちやんひおんしつふなんふはい]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>124.100.222.123</name></author>	</entry>

	<entry>
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		<title>テンプレート:ダートグレードのGI・JpnI競走</title>
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				<updated>2007-10-12T07:15:59Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;124.100.222.123: 新しいページ: '{| style=&amp;quot;clear both; border:1px solid #000; margin:0.5em auto; width:70%&amp;quot; |style=&amp;quot;background-color:#cd853f; font-size:90%; text-align:center; font-weight:bold&amp;quot;|'''[[ダート...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{| style=&amp;quot;clear both; border:1px solid #000; margin:0.5em auto; width:70%&amp;quot;&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;background-color:#cd853f; font-size:90%; text-align:center; font-weight:bold&amp;quot;|'''[[ダートグレード競走|ダートグレード]]のGI・JpnI競走'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;background:#fbfbfb; text-align:center&amp;quot;|&amp;lt;span style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;&amp;gt;[[川崎記念]]&amp;lt;/span&amp;gt; &amp;amp;#124; &amp;lt;span style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;&amp;gt;'''[[フェブラリーステークス]]'''&amp;lt;sup&amp;gt;*&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/span&amp;gt; &amp;amp;#124; &amp;lt;span style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;&amp;gt;[[かしわ記念]]&amp;lt;/span&amp;gt; &amp;amp;#124; &amp;lt;span style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;&amp;gt;[[帝王賞]]&amp;lt;/span&amp;gt; &amp;amp;#124; &amp;lt;span style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;&amp;gt;[[ジャパンダートダービー]]&amp;lt;/span&amp;gt; &amp;amp;#124; &amp;lt;span style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;&amp;gt;[[ダービーグランプリ]]&amp;lt;/span&amp;gt; &amp;amp;#124; &amp;lt;span style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;&amp;gt;[[マイルチャンピオンシップ南部杯]]&amp;lt;/span&amp;gt; &amp;amp;#124; &amp;lt;span style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;&amp;gt;[[JBCスプリント]]&amp;lt;/span&amp;gt; &amp;amp;#124; &amp;lt;span style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;&amp;gt;[[JBCクラシック]]&amp;lt;/span&amp;gt; &amp;amp;#124; &amp;lt;span style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;&amp;gt;'''[[ジャパンカップダート]]'''&amp;lt;sup&amp;gt;*&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/span&amp;gt; &amp;amp;#124; &amp;lt;span style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;&amp;gt;[[全日本2歳優駿]]&amp;lt;/span&amp;gt; &amp;amp;#124; &amp;lt;span style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;&amp;gt;[[東京大賞典]]&amp;lt;/span&amp;gt;&lt;br /&gt;
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*[[中央競馬]]主催の競走は'''太字'''で示している。&lt;br /&gt;
*[[競馬の競走格付け|国際グレード]]が得られている競走には右肩に「&amp;lt;sup&amp;gt;*&amp;lt;/sup&amp;gt;」を付している。&lt;br /&gt;
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		<author><name>124.100.222.123</name></author>	</entry>

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