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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<title>酒井法子</title>
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				<updated>2009-09-06T15:03:13Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;121.102.17.223: 解除済み&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{ActorActress&lt;br /&gt;
| 芸名 = 酒井 法子 &lt;br /&gt;
| ふりがな = さかい のりこ&lt;br /&gt;
| 画像ファイル = &lt;br /&gt;
| 画像サイズ = &lt;br /&gt;
| 画像コメント = &lt;br /&gt;
| 本名 = 高相 法子&amp;lt;br/&amp;gt;（たかそう のりこ）&lt;br /&gt;
| 別名 = &lt;br /&gt;
| 出生地 = {{JPN}}・[[福岡県]][[福岡市]]&lt;br /&gt;
| 国籍 = &lt;br /&gt;
| 民族 = &lt;br /&gt;
| 血液型 = B&lt;br /&gt;
| 生年 = 1971&lt;br /&gt;
| 生月 = 2&lt;br /&gt;
| 生日 = 14&lt;br /&gt;
| 職業 = 自称[[歌手]]、自称[[俳優|女優]]（実態は[[ニート]]）&lt;br /&gt;
| ジャンル = &lt;br /&gt;
| 活動期間 = 1986年 -&lt;br /&gt;
| 活動内容 = &lt;br /&gt;
| 配偶者 = &lt;br /&gt;
| 家族 = &lt;br /&gt;
| 公式サイト = &lt;br /&gt;
| 主な作品 = &amp;lt;!--皆が認める代表作品を入力--&amp;gt;&lt;br /&gt;
| アカデミー賞 = &lt;br /&gt;
| AFI賞 = &lt;br /&gt;
| 英国アカデミー賞 = &lt;br /&gt;
| セザール賞 = &lt;br /&gt;
| エミー賞 = &lt;br /&gt;
| ジェミニ賞 = &lt;br /&gt;
| ゴールデングローブ賞 = &lt;br /&gt;
| ゴールデンラズベリー賞 = &lt;br /&gt;
| ゴヤ賞 = &lt;br /&gt;
| グラミー賞 = &lt;br /&gt;
| ブルーリボン賞 = &lt;br /&gt;
| ローレンス・オリヴィエ賞 = &lt;br /&gt;
| 全米映画俳優組合賞 = &lt;br /&gt;
| トニー賞 = &lt;br /&gt;
| 日本アカデミー賞 = &lt;br /&gt;
| その他の賞 = [[日本歌謡大賞]]最優秀放送音楽新人賞&lt;br /&gt;
| 備考 = &lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''酒井 法子'''（さかい のりこ、本名:高相（たかそう）法子（旧姓酒井）、[[1971年]][[2月14日]] - ）は、[[日本]]の元[[アイドル|アイドル歌手]]、[[俳優|女優]]。[[堀越高等学校]]卒業。所属[[芸能事務所|事務所]]は[[サンミュージックプロダクション]]。所属レコード会社は[[ビクターエンタテインメント]]。[[福岡県]][[福岡市]]出身。[[血液型]]は[[ABO式血液型|B型]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
[[山口組]]系[[伊豆組]]配下酒井組組長酒井峰吉（本名・酒井三根城。1989年山梨県大月市にて交通事故死）の娘として[[福岡市]]に生まれる。家庭の事情により小学校時代の6年間を[[埼玉県]][[狭山市]]で過ごす。6年生の3学期に帰郷して福岡市立大名小学校を卒業。[[福岡市立舞鶴中学校]]では[[ソフトボール]]部に所属し、3年生になった（クラスは3組出席番号は33番）[[1985年]]の夏に9番[[右翼手|ライト]]で[[全国高等学校総合体育大会ソフトボール競技大会|県大会]]準優勝を果たした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===芸能界へ===&lt;br /&gt;
[[1985年]]10月26日の「'86ミスヘアコロン・イメージガール・コンテスト」（[[資生堂]]主催)で'''BOMB!賞'''を獲得（グランプリは[[水谷麻里]]、準グランプリは[[岡谷章子]]、Momoco賞は[[畠田理恵]]が受賞）。ただし、当初このコンテストにBOMB!賞なる賞は存在しておらず、実際には[[オーディション]]落選後に、サンミュージックの専務が「『彼女の』才能を試してみたい」、と願い出たことでデビューの運びとなった&amp;lt;ref name=&amp;quot;ninkidukrinohousoku&amp;quot;&amp;gt;[[相澤秀禎]] 『人気づくりの法則』（[[東洋経済新報社]] 1988年4月23日） ISBN 978-4492553091&amp;lt;/ref&amp;gt;。BOMB!賞はその際に急遽新設され、11月22日付で贈られている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年12月、福岡市から上京し、所属事務所の社長である[[相澤秀禎]]宅で下宿生活を始める（福岡市立舞鶴中学校から東京の中学へ転校）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1986年]]1月開始の[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系の[[テレビドラマ]]『[[春風一番!]]』でデビュー（収録は前年の1985年12月から開始されているので、芸能活動は上京直後からになる）。ほぼ同時に雑誌『[[Momoco]]』の「モモコクラブ」のメンバーとなる（桃組出席番号1482番）。その後、4月29日のイベント「'86 MOMOCO PARTY」において開催された「第2回ミスモモコクラブ」オーディションで'''ミスVHD賞'''を受賞（この時のグランプリは畠田理恵）。これにより当時売り出し中だったビデオディスクである[[VHD]]ソフトの発売が決まり、11月21日、『YUPPIE』で世界初の'''VHDデビュー'''を果たす。このVHDの挿入歌「お願いダーリン」を非公式のデビュー曲とする見方もあるが、正式なレコードデビューは[[1987年]]になってからである。同期に[[BaBe]]、[[坂本冬美]]らがいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
レコードデビューすると同時に若者を中心に人気を獲得。3枚目のシングル「ノ・レ・な・いTeen-age」で、その年の第18回[[日本歌謡大賞]]最優秀放送音楽新人賞を受賞する（同年の[[第29回日本レコード大賞]]の最優秀新人賞は[[立花理佐]]が受賞）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[キャッチコピー|キャッチフレーズ]]は「おきゃんなレディ」。デビュー当時の[[愛称|ニックネーム]]は「のりっぺ」（福岡での中学生時代のニックネーム）だったが、デビューしてしばらく経ってから「のりピー」と名乗り出す。同時に「ヤッピー」「いただきマンモス」「うれピー」といった、「'''のりピー語'''」を流行させた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アイドル時代の活動は多岐に渡る。芸能活動のほかに[[イラストレーター]]・[[漫画家]]（[[ペンネーム]]は平仮名の“さかいのりこ”）としても活動し、少女漫画雑誌『[[少女コミック|週刊少女コミック]]』に漫画の連載を持ったこともある。中学生の頃に自ら生み出したというキャラクター「'''のりピーちゃん'''」は、[[日本自動車工業会]]の交通安全ポスターにも使われた。また、そのキャラクターグッズも自身のショップ『NORI-P HOUSE』で販売されて人気を博し、当時のタレントショップブームの一翼を担っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1990年代]]以降、[[東アジア]]（[[台湾]]、[[香港]]、[[中華人民共和国]]など）では日本での活躍以上の絶大な人気を誇り、[[中国語]]歌唱による楽曲も発表している。[[1992年]]5月10日と11日に行われた自身初の海外公演である[[台北市]]立総合体育場でのコンサートは、台湾における日本人初のワンマンショーとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その頃から女優としても本格的な活動が始まり、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]系『[[ひとつ屋根の下]]』、日本テレビ系『[[星の金貨]]』など、出演したテレビドラマが大ヒットすると同時に、『星の金貨』の主題歌として自ら歌った『碧いうさぎ』が[[ミリオンセラー]]となり、[[1995年]]、デビュー9年目にして『[[第46回NHK紅白歌合戦]]』に初出場を果たした。歌唱曲がドラマの主題歌だったこともあり、紅白史上初めて[[手話]]を交えて歌った。なお、この『碧い―』以後を“従来の元気路線に比べて落ち着き過ぎ”と評するファンも多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『[[ひとつ屋根の下]]』の脚本家[[野島伸司]]と交際するも破局、[[1998年]]に、[http://www.jiro.co.jp/index.html スキーショップ「JIRO」]経営者長男で自称プロ[[サーフィン|サーファー]]・高相祐一と[[できちゃった結婚|おめでた婚]]。プロサーファーと言っているが日本プロサーフィン連盟・JPSAの公認プロとして、一切エントリーされていない。また、世界プロサーフィン連盟日本支局・ASP Japanのランキング一覧にも彼の名前を見つけることはできない。[[1999年]]7月18日、長男を出産。現在は1児の母。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2000年]]に[[産前産後休業|産休]]から復帰したが、デビュー当時からの担当[[マネージャー]]だった溝口伸郎が自殺。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、子育てと女優活動を両立しながら[[2003年]]には[[ブランド#ファッション分野におけるブランド|ファッションブランド]]『PP rikorino』を立ち上げるなど、現在もマルチに活動している。&lt;br /&gt;
===転落===&lt;br /&gt;
[[2009年]][[8月3日]]、夫・祐一が[[覚せい剤取締法]]違反（所持）で現行犯逮捕される。その際の家族としての事情聴取協力要請を強硬に断り、子と共に出奔（のちに子は知人に預けていた事が判明）。7日、自身の部屋からも覚醒剤の粉末と吸引器具が発見押収され、覚醒剤使用の疑いが強まり同じ容疑で逮捕状発布を受けた。山梨県内に移動していた事が携帯電話のGPS追跡で判明しているもののその後の足取りは不明。8日午後8時頃、文京区の警視庁富坂庁舎に出頭し逮捕される。相沢正久・サンミュージック社長は、有罪確定の場合は契約解除を以って臨む旨表明。10日、留置先の東京湾岸警察署（女性被疑者専用留置場がある）から東京地方検察庁に送検。8月28日、覚せい剤取締法違反で起訴され契約解除。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、本節内容は[[ウィキペディア日本語版]]の[[wiki:酒井法子|同項目]]には一切書かれていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== エピソード ===&lt;br /&gt;
*夫は[[木梨憲武]]からの紹介&amp;lt;ref&amp;gt;[[フジテレビジョン|フジテレビ]]系『[[メントレG]]』（2007年6月24日放送）&amp;lt;/ref&amp;gt;。夫はスキーショップ『JIRO』経営者の長男（後継者）であり、同チェーンショップの役員でもある。なお、同店は倒産状態にある。友人に、河村隆一などがいる。&lt;br /&gt;
*1990年代半ば以降、河村隆一のすすめで趣味として[[ウォータースポーツ|マリンスポーツ]]（ボディボード）を楽しむようになった。親友の工藤静香を誘うなどしており、工藤の木村拓哉との出会いもサーフィンがきっかけであり、以来、家族ぐるみの交際をしている。&lt;br /&gt;
*その他、前述の木梨夫妻や、江口洋介夫妻とも家族ぐるみの付き合いをしているといわれる。&lt;br /&gt;
*後年、「のりピー語は20歳を越えた頃から似つかわしくないと思うようになった」と本人がテレビ番組で語っている。当時の事務所社長の[[相澤秀禎]]も「のりピー語」は酒井を売り出すための戦略であったことを自著で明かしている&amp;lt;ref name=&amp;quot;ninkidukrinohousoku&amp;quot;&amp;gt;[[相澤秀禎]]『人気づくりの法則』（[[東洋経済新報社]] [[1988年]]4月23日） ISBN 978-4492553091 &amp;lt;/ref&amp;gt;。最近では[[エドはるみ]]が当時を懐かしむようにのりピー語を使っている。&lt;br /&gt;
*フジテレビ系『[[HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP]]』の「テレフォンボックス」のコーナーに出演の際、[[嵐 (ジャニーズ)|嵐]]の[[大野智]]ファンで（その理由は“踊りも歌もうまいから”）、コンサートにも行った旨を発言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==家族構成==&lt;br /&gt;
*父：酒井三根城（さかい・みねき　暴力団酒井組組長、1989年事故死）&lt;br /&gt;
*弟：酒井健（さかい・たけし　元暴力団員、2009年7月に覚醒剤使用で逮捕）&lt;br /&gt;
母については未詳。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『徹子の部屋』出演の際、弟がいる事を伏せ「一人っ子です」と言い切っていた（もっとも、母とは離婚により幼少の頃別れたとの事で、異母弟がいると知らなかった可能性も否定出来ない）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 音楽作品 ==&lt;br /&gt;
=== シングル ===&lt;br /&gt;
#男のコになりたい（1987年2月5日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[三浦徳子]]、作曲: Frankie T.、編曲: [[萩田光雄]]&lt;br /&gt;
#渚のファンタシィ（1987年5月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 竹花いち子、作曲: [[タケカワユキヒデ]]、編曲: [[新川博]]&lt;br /&gt;
#ノ・レ・な・いTeen-age（1987年8月25日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[森浩美]]、作曲: 西木英二、編曲: [[戸塚修]]&lt;br /&gt;
#*[[江崎グリコ|グリコ]]キャンレディ イメージソング&lt;br /&gt;
#夢冒険（1987年11月25日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 森浩美、作曲: 西木英二、編曲: [[中村暢之]]&lt;br /&gt;
#*[[日本放送協会|NHK]]『[[アニメ三銃士]]』主題歌&lt;br /&gt;
#*第60回[[選抜高等学校野球大会|センバツ]]の入場行進曲に選出&lt;br /&gt;
#GUANBARE（1988年2月24日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[森雪之丞]]、作曲・編曲: [[馬飼野康二]]&lt;br /&gt;
#1億のスマイル 〜PLEASE YOUR SMILE〜（1988年5月18日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 森浩美、作曲: [[ASKA|飛鳥涼]]、編曲: [[船山基紀]]&lt;br /&gt;
#*[[ライオン (企業)|ライオン]]Ban16シリーズ 1988年度イメージソング&lt;br /&gt;
#HAPPY AGAIN（1988年9月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 森浩美、作曲: 西木英二、編曲: 船山基紀&lt;br /&gt;
#*[[日本自動車工業会]] キャンペーンソング&lt;br /&gt;
#ホンキをだして（1989年1月1日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 森浩美、作曲: [[筒美京平]]、編曲: 船山基紀&lt;br /&gt;
#おとぎの国のBirthday（1989年2月14日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[石坂まさを]]、作曲: [[和泉常寛]]、編曲: [[山本健司]]&lt;br /&gt;
#*[[日本放送協会|NHK]]『[[みんなのうた]]』1988年12月 - 1989年1月の曲&lt;br /&gt;
#Love Letter（1989年4月26日）&lt;br /&gt;
#*作詞・作曲: [[尾崎亜美]]、編曲: [[佐藤準]]&lt;br /&gt;
#*ライオンBan16シリーズ 1989年度イメージソング&lt;br /&gt;
#さよならを過ぎて（1989年8月2日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[来生えつこ]]、作曲: 前田克樹、編曲: 船山基紀&lt;br /&gt;
#ALL RIGHT（1989年11月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞・作曲: [[遠藤響子|遠藤京子]]、編曲: [[鷺巣詩郎]]&lt;br /&gt;
#幸福&amp;lt;small&amp;gt;（しあわせ）&amp;lt;/small&amp;gt;なんてほしくないわ（1990年2月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[松本隆]]、作曲: [[吉田拓郎|入江剣]]、編曲: 船山基紀&lt;br /&gt;
#ダイヤモンド☆ブルー（1990年5月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞・作曲: 遠藤京子、編曲: [[井上日徳]]&lt;br /&gt;
#*ライオンBan16シリーズ 1990年度イメージソング&lt;br /&gt;
#*ドラマ『京都東山殺人事件』でも挿入歌として使用されている&lt;br /&gt;
#微笑みを見つけた（1990年8月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 遠藤京子、作曲: [[鈴木キサブロー]]、編曲: 井上日徳&lt;br /&gt;
#イヴの卵（1990年11月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[及川眠子]]、作曲: [[堀川まゆみ|MAYUMI]]、編曲: [[山川恵津子]]&lt;br /&gt;
#*[[日本ビクター]]コードレス留守番電話光ルスS5 イメージソング&lt;br /&gt;
#あなたに天使が見える時（1991年3月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 森雪之丞、作曲・編曲: [[土橋安騎夫]]&lt;br /&gt;
#モンタージュ（1991年6月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 森雪之丞、作曲・編曲: 土橋安騎夫&lt;br /&gt;
#涙がとまらない 〜HOW! AW! YA!〜（1991年11月7日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[康珍化]]、作曲: [[原田真二]]、編曲: [[松本晃彦]]&lt;br /&gt;
#軽い気持ちのジュリア（1992年3月4日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 康珍化、作曲: [[上田知華]]、編曲: [[UR@N|URAN]]&lt;br /&gt;
#*カップリング曲「うれし涙」は[[OVA]]『[[電影少女#OVA|電影少女 -VIDEO GIRL AI-]]』オープニングテーマ&lt;br /&gt;
#渚のピテカントロプス（1992年6月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 康珍化、作曲・編曲: 羽田一郎&lt;br /&gt;
#たぶんタブー（1992年11月6日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[斉藤美和子|さいとうみわこ]]、作曲: 松田信男、編曲: [[西平彰]]&lt;br /&gt;
#あなたが満ちてゆく（1993年5月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[朝水彼方]]、作曲: PROJECT MOONLIGHT CAF&amp;amp;Eacute;、編曲: [[田代修二]]&lt;br /&gt;
#笑顔が忘れられない（1993年11月21日）&lt;br /&gt;
#*作詞・作曲: M&amp;amp;M、編曲: 山川恵津子&lt;br /&gt;
#誘われて…（1994年6月22日）&lt;br /&gt;
#*作詞・作曲・編曲: MOONLIGHT CAF&amp;amp;Eacute;&lt;br /&gt;
#OH OH OH 〜We are the Winners〜（1995年2月22日）&lt;br /&gt;
#*作詞・作曲: Maurice White、Bill Meyers、KUNI MISAWA、日本語詞: [[秋元康]]、編曲: [[西脇辰弥]]&lt;br /&gt;
#*[[日本女子サッカーリーグ|L・リーグ]]公式テーマソング。現役女子サッカー選手10人がコーラス参加し“酒井法子 with L・リーガーズ”としてリリース&lt;br /&gt;
#[[碧いうさぎ]]（1995年5月10日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[牧穂エミ]]、作曲: [[織田哲郎]]、編曲: [[新川博]]&lt;br /&gt;
#*[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系列『[[星の金貨]]』主題歌&lt;br /&gt;
#*織田哲郎が2006年発売のアルバム『melodies』で[[セルフカバー]]している&lt;br /&gt;
#Here I am 〜泣きたい時は泣けばいい〜（1996年4月24日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 秋元康、作曲: [[川島だりあ]]、編曲: 新川博&lt;br /&gt;
#鏡のドレス（1996年10月9日）&lt;br /&gt;
#*作詞: 三浦らら、作曲: [[宇佐元恭一]]、編曲: 土方隆行&lt;br /&gt;
#*日本テレビ系列『[[星の金貨#続・星の金貨|続・星の金貨]]』主題歌&lt;br /&gt;
#涙色（1997年7月24日）&lt;br /&gt;
#*作詞・作曲: [[河村隆一]]、編曲: 土方隆行&lt;br /&gt;
#*河村隆一が同年発売のアルバム『[[Love (河村隆一)|Love]]』でカップリング曲の「蝶々」と共にセルフカバーしている&lt;br /&gt;
#*日本テレビ系列『[[NNNきょうの出来事]]』エンディング曲&lt;br /&gt;
#横顔（1998年5月13日）&lt;br /&gt;
#*作詞・作曲: [[辛島美登里]]、編曲: [[十川知司]]&lt;br /&gt;
#*日本テレビ系列『[[火曜サスペンス劇場]]』主題歌&lt;br /&gt;
#PURE（1999年4月1日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[藤井フミヤ]]、作曲: 増本直樹、編曲: 土方隆行&lt;br /&gt;
#WORDS OF LOVE（2000年4月5日）&lt;br /&gt;
#*作詞・作曲: [[原由子]]、編曲: 本山晴一郎&lt;br /&gt;
#*[[カネボウ化粧品]]『フレッシェルホワイトＣ』CMソング&lt;br /&gt;
#miracle（2000年11月1日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[宮原芽映]]、作曲・編曲: [[村山晋一郎]]&lt;br /&gt;
#天下無敵の愛（2004年6月23日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[斉藤由貴]]、作曲・編曲: [[崎谷健次郎]]&lt;br /&gt;
#*[[東京放送|TBS]]系列『[[よい子の味方 (TBS)|よい子の味方]]』主題歌&lt;br /&gt;
# 世界中の誰よりきっと（2007年8月22日）&lt;br /&gt;
#*作詞: [[中山美穂]]・[[上杉昇]]、作曲: 織田哲郎&lt;br /&gt;
#*[[トヨタ・ノア|TOYOTA NOAH]] CMソング&lt;br /&gt;
#*中山美穂&amp;amp;[[WANDS]]のカバー。カップリング曲は「碧いうさぎ（2007 Version）」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 企画シングル ===&lt;br /&gt;
*のりピー音頭（1988年7月6日）&lt;br /&gt;
*:作詞: 森浩美、作曲: 馬飼野康二、編曲: [[竹村次郎]]&lt;br /&gt;
*:[[コンパクトカセット|カセットテープ]]でのみ発売。[[有線ラジオ放送|有線]]・[[ラジオ]]の[[宣伝|プロモーション]]用のものを除き、[[コンパクト盤|EPレコード]]は発売されていない。&lt;br /&gt;
*すすめ! はっくしょんベイビー（2004年5月1日）&lt;br /&gt;
*:作詞: 白峰美津子、作曲・編曲: [[渡部チェル]]&lt;br /&gt;
*:[[日本放送協会|NHK]]『[[みんなのうた]]』 2004年4月 - 5月放送曲&lt;br /&gt;
*:CDつき絵本『はっくしょんベイビーライオンにあう』（[[スターツ出版]]）として発売。&lt;br /&gt;
=== アルバム ===&lt;br /&gt;
#ファンタジア (Fantasia)／NORIKO Part I（1987年7月1日）&lt;br /&gt;
#夢冒険／NORIKO SPECIAL（1988年1月1日）&lt;br /&gt;
#GUANBARE／NORIKO Part II（1988年3月16日）&lt;br /&gt;
#LOVELY TIMES／NORIKO Part III（1988年8月21日）&lt;br /&gt;
#Blue Wind 〜NORIKO Part IV〜（1989年6月21日）&lt;br /&gt;
#My Dear／NORIKO Part V（1989年12年16月）&lt;br /&gt;
#Singles 〜NORIKO BEST〜（1990年3月21日）&lt;br /&gt;
#White Girl 〜NORIKO Part VI〜（1990年7月4日）&lt;br /&gt;
#Sweet'n' Bitter 〜NORIKO Part VII〜（1991年1月21日）&lt;br /&gt;
#CDファイル Noriko Sakai Vol.1（1991年2月21日）&lt;br /&gt;
#CDファイル Noriko Sakai Vol.2（1991年2月21日） &lt;br /&gt;
#CDファイル Noriko Sakai Vol.3（1991年2月21日）&lt;br /&gt;
#マジカル・モンタージュ・カムパニー／Noriko Part VIII (1991.07.21)&lt;br /&gt;
#Sentimental Best（1991年12月5日）&lt;br /&gt;
#マンモス／Noriko Part IX（1992年7月22日）&lt;br /&gt;
#Singles 〜NORIKO BEST〜 II（1992年12月2日）&lt;br /&gt;
#あなたが満ちてゆく／Noriko Part X（1993年7月21日）&lt;br /&gt;
#ナチュラル・ベスト（1994年2月2日）&lt;br /&gt;
#10 SONGS（Noriko Part XI）（1994年7月21日）&lt;br /&gt;
#微笑（1994年11月1日）&lt;br /&gt;
#Watercolour（1995年6月21日）&lt;br /&gt;
#Twin Best（1995年7月12日）&lt;br /&gt;
#我愛美人魚（1996年2月1日）&lt;br /&gt;
#素顔（ノーメイク）（1996年5月22日）&lt;br /&gt;
#有縁千里（1996年5月22日） - エリック・ソン（[[W:zh:孫耀威|孫耀威]]）とデュエット曲「有縁千里」収録&lt;br /&gt;
#スノーフレイクス（1996年12月18日）&lt;br /&gt;
#ASIAN COLLECTION 97（1997年11月28日）&lt;br /&gt;
#work out fine（1998年7月1日）&lt;br /&gt;
#ASIAN TOUR SPECIAL〜ASIAN COLLECTION 98〜（1998年10月1日）&lt;br /&gt;
#PURE COLLECTION （1999年6月23日）&lt;br /&gt;
#Singles 〜NORIKO BEST〜 III（2000年4月5日）&lt;br /&gt;
#Asia 2000〜Words Of Love〜（2000年10月1日）&lt;br /&gt;
#Moments（2003年9月6日） - カバーアルバム&lt;br /&gt;
#＜COLEZO!＞Noriko Sakai Best Selection（2005年3月24日）&lt;br /&gt;
#＜COLEZO! TWIN＞酒井法子（2005年12月16日）&lt;br /&gt;
#大好き 〜My Moments Best〜（2007年9月19日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演 ==&lt;br /&gt;
=== ドラマ ===&lt;br /&gt;
==== 連続 ====&lt;br /&gt;
*[[春風一番!]]（1986年1月11日 - 3月29日、日本テレビ系列） - 美津子役&lt;br /&gt;
*[[翔ぶが如く (NHK大河ドラマ)|翔ぶが如く]]（1990年、NHK [[大河ドラマ]]） - 西郷（市来）琴役&lt;br /&gt;
*:第一部前半のみ出演&lt;br /&gt;
*[[代表取締役刑事]]（1990年10月7日 - 1991年9月29日、[[テレビ朝日]]系列） - 橘日向子役&lt;br /&gt;
*:サブレギュラー。第1話、第15話など時々出演&lt;br /&gt;
*[[ひとつ屋根の下]]（1993年4月12日 - 6月28日、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]系列） - 柏木小雪役&lt;br /&gt;
*[[はぐれ刑事純情派]] 第6シリーズ第2話「美人コンテスト女王の犯罪!?」（1993年4月14日、テレビ朝日系列）- ゲスト&lt;br /&gt;
*帰ってきちゃった（1993年11月15日 - 12月9日、NHK [[ドラマ新銀河]]） - 村田かおり役&lt;br /&gt;
*我愛美人魚（1993年6月、[[台湾]]）&lt;br /&gt;
*[[出逢った頃の君でいて]]（1994年4月13日 - 6月29日、日本テレビ系列） - 大里ナナ役&lt;br /&gt;
*[[星の金貨]]（1995年4月12日 - 7月12日、日本テレビ系列） - 倉本彩役&lt;br /&gt;
*[[星の金貨#続・星の金貨|続・星の金貨]]（1996年10月9日 - 12月25日、日本テレビ系列） - 倉本彩役&lt;br /&gt;
*[[ひとつ屋根の下#ひとつ屋根の下2|ひとつ屋根の下2]]（1997年4月14日 - 6月30日、フジテレビ系列） - 柏木小雪役&lt;br /&gt;
*[[聖者の行進 (テレビドラマ)|聖者の行進]]（1998年1月9日 - 3月20日、[[東京放送|TBSテレビ]]系列） - 葉川もも役&lt;br /&gt;
*[[遠い親戚 近くの他人?]]（1999年2月17日 - 3月17日、[[NHK総合テレビジョン|NHK総合]]） - 香山静役&lt;br /&gt;
*[[天使が消えた街]]（2000年4月12日 - 6月29日、日本テレビ系列） - 進藤京子役&lt;br /&gt;
*[[利家とまつ]]（2002年1月6日 - 12月15日、NHK 大河ドラマ） - [[高台院|おね→北政所]]役&lt;br /&gt;
*[[ムコ殿#ムコ殿2003|ムコ殿2003]]（2003年4月17日 - 6月26日、フジテレビ系列） - 石原南役&lt;br /&gt;
*[[女将になります!]]（2003年3月31日 - 5月8日、NHK総合テレビ） - 吉野奈津子役&lt;br /&gt;
*[[ファイト (朝ドラ)|ファイト]]（2005年3月29日 - 10月1日、NHK [[連続テレビ小説]]） - 木戸亜沙子役&lt;br /&gt;
*[[まるまるちびまる子ちゃん]]（2007年4月19日 - フジテレビ系列） - お母さん さくらすみれ役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 単発 ====&lt;br /&gt;
*京都花見小路殺人事件〜舞妓さんは名探偵!（1988年10月18日、テレビ朝日系列・[[火曜スーパーワイド]]） - 小菊役&lt;br /&gt;
*サラリーマン忠臣蔵・華麗なる復讐（1989年1月1日、テレビ朝日系列・新春ドラマスペシャル）&lt;br /&gt;
*家光と彦佐と一心太助（1989年1月3日、テレビ朝日系列・新春時代劇スペシャル） - お仲役&lt;br /&gt;
*京舞妓殺人事件〜舞妓さんは名探偵2〜（1989年8月1日、テレビ朝日系列・[[火曜スーパーワイド]]） - 小菊役&lt;br /&gt;
*京都東山殺人事件〜舞妓さんは名探偵〜（1990年4月24日、テレビ朝日系列・[[火曜ミステリー劇場]]） - 小菊役&lt;br /&gt;
*若さま侍捕物帖〜陰謀渦巻く江戸城大奥の秘密（1991年1月2日、テレビ朝日系列・正月ドラマスペシャル） - 勝姫役&lt;br /&gt;
*[[映画みたいな恋したい]] 「恋しくて」（1992年2月15日、[[テレビ東京]]系列）&lt;br /&gt;
*湖畔亭（1992年9月7日、フジテレビ系列・秋の特選サスペンス）&lt;br /&gt;
*真夏のサンタクロース（1992年9月14日、TBSテレビ系列・[[月曜ドラマスペシャル]]） - 桑田千代役&lt;br /&gt;
*好きだと言ってくれたなら（1992年12月24日、日本テレビ系列・ドラマシティー'92）&lt;br /&gt;
*[[ほんとにあった怖い話|ほんとにあった怖い話2]] 「遠い夏」（2000年8月25日、フジテレビ系列・[[金曜エンタテイメント]]） - 萩原律子役&lt;br /&gt;
*[[弟 (テレビドラマ)|弟]] （2004年11月17日、テレビ朝日系列・秋のスペシャルドラマ） - 料亭「海陽亭」の女将役&lt;br /&gt;
*[[恋のから騒ぎ]]ドラマスペシャル episode 1「三十路の女」（2004年9月25日、日本テレビ系列） - 掛布貴子（9期生メンバーでカケフの愛称で人気のあったスチュワーデスがモデル）役&lt;br /&gt;
*[[国盗り物語#新春ワイド時代劇版|国盗り物語]]（2005年1月2日、テレビ東京系列・[[新春ワイド時代劇]]） - お槙役&lt;br /&gt;
*出張料理人（2006年11月14日、日本テレビ系列・[[火曜ドラマゴールド]]） - 神崎直役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 映画 ===&lt;br /&gt;
*[[必殺!5 黄金の血]]（1991年11月23日） - お浅役&lt;br /&gt;
*[[花のお江戸の釣りバカ日誌]]（1998年12月23日） - 浜崎美津役&lt;br /&gt;
*[[ピチューとピカチュウ]]（2000年7月8日） - ナレーター（声の出演）&lt;br /&gt;
*それいけ! アンパンマン ゴミラの星（2001年7月14日） - [[ヤーダ]]役（声の出演）&lt;br /&gt;
*[[呪怨|呪怨2]]（2003年8月23日） - 原瀬京子役&lt;br /&gt;
*ムーンライト・ジェリーフィッシュ（2004年8月7日） - 寺沢由紀子役&lt;br /&gt;
*[[Jホラーシアター#予言|予言]]（2004年10月2日） - 里見綾香役&lt;br /&gt;
*大ちゃん、だいすき。（2007年） - 洋子役（声の出演）&lt;br /&gt;
*[[SS_(漫画)#実写映画版|SS エスエス]]（2008年1月12日） - 大佛久美子役&lt;br /&gt;
*[[審理]]（裁判員制度広報用映画、2008年3月25日試写会開催） - 木村奈緒子役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== アニメ ===&lt;br /&gt;
* [[アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル]]（2004年7月4日 - 2005年5月15日、[[日本放送協会|NHK総合テレビ]]） - チャーミアン・ストラウド役（声の出演）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== バラエティー ===&lt;br /&gt;
*[[モモコクラブ]] （1986年10月5日 - 1987年9月27日、TBSテレビ系列）&lt;br /&gt;
*[[徹子の部屋]] （1989年、1991年、テレビ朝日系列）ゲスト出演。&lt;br /&gt;
*[[THE夜もヒッパレ]] （1995年 - 2002年、日本テレビ系列）&lt;br /&gt;
*:1999年1月から3月までレギュラー司会&lt;br /&gt;
*[[THE M]]（2008年4月22日 - 8月12日、日本テレビ系列）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== CM ===&lt;br /&gt;
*[[ライオン (企業)|ライオン]] ban16（制汗・デオドラント製品）&lt;br /&gt;
*[[信用組合]]&lt;br /&gt;
*[[江崎グリコ]] チョコボンバー（[[チョコレート]][[菓子]]）&lt;br /&gt;
*[[サークルKサンクス|サークルK]] 春のお弁当（1988年）&lt;br /&gt;
*[[千葉県]]知事選挙（関東地方のみ）&lt;br /&gt;
*[[九州旅客鉄道|JR九州]]（九州地区のみ）&lt;br /&gt;
*[[角川クロスメディア|角川書店]][[東京ウォーカー|九州ウォーカー]]（1997年で九州地区のみ。創刊号の表紙も酒井だった）&lt;br /&gt;
*[[尾崎商事]] カンコー学生服&lt;br /&gt;
*[[日本ビクター]]&lt;br /&gt;
*[[ムーンスター|月星化成]]&lt;br /&gt;
*[[東芝]]&lt;br /&gt;
*[[宝ホールディングス|宝酒造]]&lt;br /&gt;
*[[日産自動車]] [[日産・セレナ|セレナ]]（C23後期型）&lt;br /&gt;
*[[亀田製菓]]&lt;br /&gt;
*[[アラクス]]&lt;br /&gt;
*[[郵政省]](現、[[日本郵政]])&lt;br /&gt;
*[[日清食品]]&lt;br /&gt;
*カネボウコスメット&lt;br /&gt;
*[[中部電力]] オール電化&lt;br /&gt;
*[[ミツカン]] 純玄米黒酢・食酢&lt;br /&gt;
*公共広告機構（現：[[ACジャパン]]）&lt;br /&gt;
*[[ニコニコのり]] もずくスープ&lt;br /&gt;
*[[ワイデックス]]&lt;br /&gt;
*[[花王]] [[アタック (洗剤)|アタック]]（洗剤）&lt;br /&gt;
*[[トヨタ自動車]] [[トヨタ・ノア|ノア]]（2007年）&lt;br /&gt;
*[[シダックス]]（2008年）&lt;br /&gt;
*[[ユニリーバ・ジャパン]] ダヴ モイスチャーシャンプー（2008年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ラジオ ===&lt;br /&gt;
*ときめきパジャマ MARI NORI AKIのドッキンタイム（1986年4月13日開始、[[ニッポン放送]]）&lt;br /&gt;
*:※歌手デビュー前に同じ事務所の[[水谷麻里]]、[[岡谷章子]]と共に出演。&lt;br /&gt;
*きらきらサンデーアイドルおちゃめランド（[[文化放送]]）&lt;br /&gt;
*:※当時事務所の後輩だった[[田村英里子]]と共に出演。&lt;br /&gt;
*のりピー 不思議な夢冒険&lt;br /&gt;
*のりピー 気ままにセンセーション&lt;br /&gt;
*酒井法子 すてきにロマンス&lt;br /&gt;
*酒井法子 ドライブパートナー&lt;br /&gt;
*:※以上4番組は放送された局によって番組名が違うが、内容は全て同じ。&lt;br /&gt;
*酒井法子のストレートライフ・夢色プリズム（[[アール・エフ・ラジオ日本]]）&lt;br /&gt;
*[[Radio THIS]]（[[MBSラジオ|毎日放送]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 舞台 ===&lt;br /&gt;
*喜劇 雪之丞変化（1991年2月2日 - 2月28日、[[東京宝塚劇場]]） - 浪路役&lt;br /&gt;
*ミュージカル [[サウンド・オブ・ミュージック#ミュージカル 日本版|サウンド・オブ・ミュージック]]（1992年3月3日 - 4月22日、[[青山劇場]]） - リーズル役&lt;br /&gt;
*ミュージカル シンデレラ（1995年8月2日 - 8月29日、[[新宿コマ劇場]]） - シンデレラ役&lt;br /&gt;
*ブロードウェイミュージカル [[ビッグ (映画)#ミュージカル|big]]（1998年7月8日 - 8月30日、[[東京国際フォーラム]]） - スーザン役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他 ===&lt;br /&gt;
*天使がくれたレインボー（1989年7月15日 - 11月26日）&lt;br /&gt;
*:[[世界デザイン博覧会|名古屋デザイン博]]「ときめきCity館」内の映像アトラクション&lt;br /&gt;
*鏡の国のレジェンド（1989年10月27日）&lt;br /&gt;
*:[[PCエンジン]] [[CD-ROM2|CD-ROM&amp;amp;sup2;]]用[[ゲームソフト]]。鏡の国に誘拐されたのりピーを探して冒険する[[アドベンチャーゲーム]]。実写取り込みによる画像と声による出演。劇中に使用される「夢冒険」「GUANBARE」「星屑のアリス」「Love Letter」の4曲が[[CD-DA]]で収録されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 書籍 ==&lt;br /&gt;
*のりピーちゃん（1989年7月20日、[[小学館]]） - 漫画&lt;br /&gt;
*のりピーちゃん（2003年2月、小学館） - 絵本&lt;br /&gt;
*:原作: さかいのりこ、作・構成・絵: [[杉木ヤスコ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 受賞歴 ==&lt;br /&gt;
*第1回[[COTTON USAアワード]]『Mrs. COTTON USA』（2004年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[統合失調症]]&lt;br /&gt;
*[[女性タレント]]&lt;br /&gt;
*[[日本の女優一覧]]&lt;br /&gt;
*[[福岡県出身の人物一覧]]&lt;br /&gt;
*[[堀越高等学校の人物一覧]]&lt;br /&gt;
*[[おさかな天国]]（ジャケットを描いた）&lt;br /&gt;
*[[岡田有希子]] - 溝口伸郎は岡田のマネージャーだった。&lt;br /&gt;
*[[サンミュージックプロダクション]]&lt;br /&gt;
*[[ジョジョの奇妙な冒険]] - 第二部「[[戦闘潮流]]」で、主人公のジョセフ・ジョースターがのりピー語を使っている。&lt;br /&gt;
*[[トップをねらえ!]] - 主人公タカヤノリコ、その声優[[日高のり子]]、主題歌歌手の酒井法子のトリプルノリコが売りの作品。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出典・脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}{{reflist}} &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://sunmusic.org/noriko/ 公式HP]&lt;br /&gt;
*[http://www.i-noriko.net/ Hong Kong Noriko Sakai Alliance]（香港公式HPだったが閉鎖）&lt;br /&gt;
*[http://www.pprikorino.com/ PPrikorino]（閉鎖）&lt;br /&gt;
*[http://www.jiji.com/jc/v2?id=20090810sakai_noriko_under_arrest 特集・酒井法子逮捕]（時事通信）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:さかい のりこ}}&lt;br /&gt;
[[Category:蛆虫]]&lt;br /&gt;
[[Category:吹石]]&lt;br /&gt;
[[Category:野田憲太郎]]&lt;br /&gt;
[[Category:知的障害者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のアイドル]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の歌手]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の俳優]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の漫画家]]&lt;br /&gt;
[[Category:福岡市出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:NHK紅白歌合戦出演者]]&lt;br /&gt;
[[Category:1971年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:サンミュージック]]&lt;br /&gt;
[[Category:ジャンキー]]&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディアに書くと削除される記事]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[:wiki:en:Noriko Sakai]]&lt;br /&gt;
[[:wiki:fr:Noriko Sakai]]&lt;br /&gt;
[[:wiki:it:Noriko Sakai]]&lt;br /&gt;
[[:wiki:ko:사카이 노리코]]&lt;br /&gt;
[[:wiki:pl:Noriko Sakai]]&lt;br /&gt;
[[:wiki:vi:Sakai Noriko]]&lt;br /&gt;
[[:wiki:zh:酒井法子]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>121.102.17.223</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E9%80%B1%E5%88%8A%E6%96%B0%E6%BD%AE&amp;diff=56959</id>
		<title>週刊新潮</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E9%80%B1%E5%88%8A%E6%96%B0%E6%BD%AE&amp;diff=56959"/>
				<updated>2009-09-06T14:59:23Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;121.102.17.223: /* 外部リンク */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''週刊新潮'''（しゅうかんしんちょう）は[[株式会社]][[新潮社]]から発行されている[[週刊誌]]である。創刊は[[1956年]][[2月6日]]（2月19日号）であり、日本の[[出版社]]系週刊誌としては最も古い歴史を持つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{CURRENTYEAR}}年現在、発行部数は『[[週刊文春]]』に次いで第2位である。定期出版物の多くが減少傾向にありながら、十年前とほぼ変わらない発行部数を維持する。発売日は、毎週[[木曜日]]（地域によって、金曜日、土曜日）。価格は320[[円 (通貨)|円]]（5%[[消費税]]込み）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==創刊==&lt;br /&gt;
昭和20年代の『[[週刊朝日]]』を始めとした新聞社系週刊誌が全盛の中、1954年に副社長の[[佐藤亮一]]らにより週刊誌が企画され、佐藤が編集長、編集者に[[斎藤十一]]が加わって、1956年に発刊。『週刊朝日』とは異なる路線を目指し、コラムやゴシップ記事によるにぎやかな誌面が編集方針だったが、取材力の弱い当初は文芸路線に頼らざるを得なかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
創刊号（2月19日号）のラインナップは、&lt;br /&gt;
*連載小説 : [[谷崎潤一郎]]「鴨東綺譚」、[[大佛次郎]]「おかしな奴」、[[五味康祐]]「柳生武芸帳」&lt;br /&gt;
*読切小説 : [[石坂洋次郎]]「青い芽」&lt;br /&gt;
*読切連載 :  [[中村武志]]「目白三平の逃亡」&lt;br /&gt;
創刊号は40万部を売るが、その後は20万部程度になる。谷崎の連載はモデル事件により6回で中断し、代わって[[石原慎太郎]]「月蝕」を連載。続いて[[柴田錬三郎]]「眠狂四郎無頼控」の連載も開始、11月12日号からは「吉田茂回顧録」も連載し、部数は50万部に達した。五味、柴田の人気は、剣豪小説ブームの引き金ともなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時の編集方針を斎藤十一は後に「俗物主義」と呼び、新聞社が扱わないニュース、金と女に着目するものだった。創刊時から起用したライターには[[草柳大蔵]]がおり、アンカーマンとして特集記事をまとめるようになる。代表的な記事には、カメラマンとして[[土門拳]]が参加した「八月六日の遺産-初めてルポされたABCC（[[原爆傷害調査委員会]]）の実態」（1957年8月11日号）、「特別レポート 横綱審議会-大義名分を巡る攻防の五時間」（1958年2月10日号）などがある。その後に参加したライターには[[井上光晴]]、編集者として[[江國滋]]もいた。こうして次第に独自のスタイルを築き、部数は上向き、1959年新年号は100万部を発行するまでになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 特徴 ==&lt;br /&gt;
===編集スタンス===&lt;br /&gt;
1997年まで同誌担当の統括責任者を務めた斎藤十一により確立された路線は基本的に[[右翼|右派]]であり、[[左翼|左派]]とは対立関係にある。特に、[[犯罪者]]（および[[被疑者]]）の[[人権]]保護が過剰であるとするスタンスからの報道が特徴である。また、[[少年法]]批判をタブーとされていた時代から行い、少年法論議の活溌化に寄与した。少年問題を扱う弁護士の団体、人権団体からは、少年事件（とりわけ、殺人事件）の被害者を神格化して報道していると批判されている。被害者側でも過剰な取材、被害者の声を歪曲して報道しているという意見もある&amp;lt;ref&amp;gt;『週刊新潮』では同誌の統括責任者が編集方針の実権を握っていて編集長以下編集部は統括責任者が「こういう方針でやる」といえばはいとその通りに編集する。この編集スタイルを確立したのが斎藤十一であり彼が離れて以降も不変である。このスタイルは「非民主的である」と一時同業から批判されたが現在はそういう声が聞かれない。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、自分たちにとって立場が近い安倍晋三や石原慎太郎など、特定の人物に対しては徹底的に人権を掲げ守り通そうとする。その部分に着目して、一番人権擁護に熱心な週刊誌と評されたこともあった。ただし芸術性や国際性もあり、文春よりもはるかに幅が広いともいえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
基本的に[[創価学会]]とは敵対関係にあり、最近の政府を批判する記事では創価学会が支持する[[公明党]]絡みであることも少なくない。また、創価学会を批判するため、学会系タレントを名指しで「創価の広告塔」などと批判する事がある。その攻撃的な記事から、名誉毀損訴訟など数多くの訴訟を起こされるが、「提訴するならどうぞ」という姿勢が貫かれているために誌面のテンションは維持されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
公明党側も敵視しており、[[2000年]][[3月13日]]、[[東京都]][[大田区]]議会で、公明党の田口仁議員は『週刊新潮』『週刊文春』『[[文藝春秋 (雑誌)|文藝春秋]]』（月刊）の3誌を区内の図書館から排除するよう要求した。同年夏には東京中央区でも公明党所属の区議による同様の動きがあった事が分かっている。いずれも、公明党や創価学会に批判的な雑誌である。また、創価学会は機関紙の『[[聖教新聞]]』や系列誌の『[[潮 (雑誌)|潮]]』などを使い、定期的に新潮社に「クズメディア」や「デマ雑誌を追放しろ」などと批判している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その他、週刊誌という立場からテレビ局や新聞社に対しても辛辣な記事をしばしば掲載する。そのうちでも主に[[朝日新聞]]、[[毎日新聞]]、[[日本放送協会|NHK]]、[[東京放送|TBS]]のスキャンダルや捏造問題を取り扱うことが比較的多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方で、[[小沢一郎]]などに対して好意的な記事を数多く掲載しているため特定の政治家には甘いとする意見もある。それは小沢が[[新進党]]党首在任期間中に小沢寄りの記事を数多く掲載した事などが根拠とされている。ただし、近年では小沢一郎が記事になることは稀である。[[斎藤十一]]時代には皇室や大企業のスキャンダルを取り上げるなどし圧力に強い事で知られていたが、斎藤が2000年に死去して以降は圧力に弱くなったと指摘する声もある&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===編集傾向===&lt;br /&gt;
出版社系週刊誌のスクープとしては、『[[週刊文春]]』が姉妹誌『[[文藝春秋 (雑誌)|文藝春秋]]』とタイアップ的に動いた、いわゆる「田中金脈」事件が有名であるが、『週刊新潮』はシングルヒット的な、どちらかと言えば地味な内容が多い。しかし、如何なる権力にもおもねらず（そうではないとの批判もあるが）特定の問題を根気よく継続的に追及する姿勢は、こうした出版社系週刊誌のお手本ともなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===編集方法===&lt;br /&gt;
同誌で編集部次長を務めたことがあるジャーナリストの[[亀井淳]]によると、『週刊新潮』ではデータマンと呼ばれる記者が取材を行い、それをアンカーマンと呼ばれる担当デスクがこれらの資料を基に記事を書く方式を取っているという。これは創刊当時、新聞社と違ってこれといった取材網が無かった事や取材経験のある従業員がいなかった同誌の苦肉の策であった（[[TIME]]や[[ニューズウィーク]]等のように記者の[[署名記事]]が殆ど無いのはこのためである）が、結果的に大成功を収め、その後の週刊誌創刊ラッシュの道を開く事になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした手法は[[新聞]]・[[テレビ]]の報道でも使われるようになったが、同時に責任の所在が曖昧になったり、[[誤報]]・[[捏造]]の温床にもなったりしていった。また、真相が分からなくても書ける「藪の中方式」は同誌で誕生した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===ワイド特集===&lt;br /&gt;
細かい記事を何編もまとめて記事にしたワイド特集を最初に始めたのは『週刊新潮』だと言われている。当初この特集は好評だったが、松田宏編集長時代に部数維持をねらってワイド特集を乱発し、他の週刊誌もマネをするようになった。ワイド特集の存在が結果的に週刊誌全体の売上部数低迷の原因の一つになっているとの指摘もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===ネット取材===&lt;br /&gt;
最近では[[2ちゃんねる]]や[[ブログ]]を[[引用]]・丸写ししたとしか思えないような記事もあり&amp;lt;ref&amp;gt;[[2004年]]の[[イラク日本人人質事件]]の際、[[2ちゃんねる]]の内容を基に人質を非難（『「人質報道」に隠された「本当の話」　「官邸」にまで達していた「自作自演」情報』2004年4月22日号）。その他『「２ちゃんねらー」に嗤われた「鳥越俊太郎」編集長 』（2006年9月28日号記事）など。&amp;lt;/ref&amp;gt;、取材力や記事の質の低下を指摘する声がある&amp;lt;ref&amp;gt;月刊『[[WiLL]]』編集長の[[花田紀凱]]は「最近の週刊誌は[[インターネット|ネット]]で資料集めをして取材もせずに書いているというのが読んでミエミエ。それをまた[[デスク]]が見抜けない」と苦言を呈している。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
週刊誌全体に言えることだが、今まで『週刊新潮』が得意としてきた社会問題を冷笑的に取り上げて一般大衆の鬱憤を晴らす役割が2ちゃんねるなどのインターネット掲示板やブログに取って代わられつつあり、主な読者層である団塊世代の大量退職とも重なり『週刊新潮』の売り上げが低下していくのではないかとの指摘もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 注目を集めた記事 ==&lt;br /&gt;
* [[西山事件]]に関して「機密漏洩事件 ―美しい日本の美しくない日本人―」を掲載。さらに1974年2月7日号には事務官の手記「私の告白」を掲載。事件をセックススキャンダルに矮小化する事に寄与した。&lt;br /&gt;
* 2000年11月9日号で[[中川秀直]][[内閣官房長官]]（当時）や自民党の姿勢を批判した記事のタイトルは「この国の誇りある人々を失望させた森首相、中川スキャンダルを[[人権侵害]]とのたまう自民党の厚顔、永年の利権にあぐらをかいて猿芝居ばかりのあなた方に国民は呆れ返っている」と余りに長く、ライバル誌から「『[[日刊ゲンダイ]]』か」と評された。&lt;br /&gt;
* 2005年7月21日号で、[[NHK大津放送局]]の記者が連続放火事件で警察から事情聴取を受けたと報じた。その記者は4ヵ月後、非現住建造物等放火未遂の疑いで逮捕された。&lt;br /&gt;
* 2006年2月16日号で、元[[読売新聞]]社主の[[正力松太郎]]が[[アメリカ中央情報局|CIA]]の意向に沿っていたことを、[[早稲田大学]]教授の[[有馬哲夫]]が[[米国国立公文書館]]によって公開された外交機密文書を基に明らかにし、反響を呼んだ。&lt;br /&gt;
* 2006年12月7日号で、2006年11月19日に「[[週刊金曜日]]」が主催した「ちょっと待った！ 教育基本法改悪 共謀罪 憲法改悪 緊急市民集会」にて「皇室の中傷」とも取れるコント（悠仁親王を「猿のぬいぐるみ」に見立て「こんな子い～らない」と放り投げる等）をしていたことを指摘。これが物議をかもし、結果的に「週刊金曜日」の[[利用者:佐高信|佐高信]]発行人および[[北村肇]]編集長名にて「人権及びプライバシー上、一部の表現に行きすぎや不適切な言動があった」とし、誌面上で謝罪・反省の記事を掲載した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 批判を受けた記事 ==&lt;br /&gt;
* [[1972年]]頃、失業者を罵倒した記事を書き非難を受けた。&lt;br /&gt;
* 1970年代後半[[水俣病]]の加害企業[[チッソ]]に加担した記事を書き、世間から非難を受けた。&lt;br /&gt;
* 1970年代～1980年代にかけて左派代議士を誹謗する記事を書き敗訴を重ねる。この当時は同業他社からも非難された。&lt;br /&gt;
* [[1981年]]の第53回[[全国高等学校野球選手権大会]]の決勝戦[[報徳学園高等学校|報徳学園（兵庫）]]対[[京都学園高等学校|京都商業（京都）]]で両校のレギュラーメンバーの大半が在日韓国・朝鮮人であるとして、外国人が甲子園大会に出たことを問題視する記事を書いた。[[高校野球]]では[[選抜高等学校野球大会|選抜]]・[[全国高等学校野球選手権大会|選手権]]とも外国人の出場制限を行っておらず、高校野球関係者などから批判が出た。&lt;br /&gt;
* [[松本サリン事件]]の報道の際、「毒ガス事件発生源の怪奇家系図」とする記事で被害者の[[河野義行]]の家系図を掲載した。翌年の[[オウム真理教事件]]の捜査で疑いは晴れたが、河野は多くのメディアが犯人扱いをした中で『週刊新潮』に対してのみ告訴を検討。謝罪文掲載の約束により告訴を取り下げたが、約束は守られていない。&lt;br /&gt;
* 1996年に創価学会名誉会長である[[池田大作]]に強姦されたと週刊新潮に手記を載せた女性は、その後、週刊新潮記者の助言を受けて民事で池田名誉会長らを訴え、同誌は裁判報道の体裁をとってこの疑惑を35回にわたって報じ続けた。そして、この記事はその年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」に選ばれた。しかし、2001年6月26日、[[最高裁判所]]は被害女性の訴えを「訴訟に名を借りた悪質な狂言騒動」と断定し、「訴権の濫用」として被害女性の訴えを却下した一審・二審を支持する判決を下した&amp;lt;ref&amp;gt;裁判所が訴権の濫用として訴えそのものを退けるのは百万件に一件という異例の措置であり、棄却ではなく却下であるため、原告の不当な企てを断罪する裁判所の強い意思が示される。この訴訟の全貌については、当該法律家らが著した『判決 訴権の濫用』（日本評論社）に詳細に綴られている。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 1996年4月18日号の「[[秋篠宮]]殿下度重なるタイ訪問に流言蜚語」と題する記事で、「秋篠宮が宮中晩餐会を欠席してまでタイを頻繁に訪問しているのは現地に親しい女性がいるから」と報道、6月20日号では秋篠宮夫妻の不仲説を報道した。これに対し[[宮内庁]]が抗議、宮内庁と『週刊新潮』との間で応酬が続いた&amp;lt;ref&amp;gt;一連の報道では以前のような[[右翼団体]]による抗議や襲撃事件が起こらなかったため、「[[菊タブー]]」が無くなりつつあるのではないかといわれた。&amp;lt;/ref&amp;gt;。最終的には秋篠宮が11月30日の誕生日の記者会見で「火のないところに煙がたった」と報道が誤報であると主張し、沈静化した。&lt;br /&gt;
* [[2000年]]に[[熊本県]]の医療関係者が自動車事故で死亡した際、噂を基にして、事故があたかも保険金目当ての殺人事件であるかのような内容の記事を掲載し、病院および理事長側から告訴された&amp;lt;ref&amp;gt;[[東京高等裁判所]]で賠償金1980万円の支払いを命じる判決が下り、佐藤隆信社長が書類送検された。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 2002年9月19日号で、『[[開運なんでも鑑定団]]』（[[テレビ東京]]）の[[制作プロダクション|番組制作会社]][[ネクサス (プロダクション)|ネクサス]]が、ロシア美術品を鑑定した際に裏金をもらったとする記事で、同社から提訴された&amp;lt;ref&amp;gt;2006年3月27日、[[最高裁判所]]は賠償金550万円の支払いと同誌への謝罪広告の掲載を命じた一審・二審を支持する判決を下し、新潮側は敗訴。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[2003年]]の[[福岡一家4人殺害事件]]で、被害者の家族及び親族の私生活を中傷する記事を掲載し、被害者親族から告訴された&amp;lt;ref&amp;gt;2005年8月に[[東京地方裁判所]]は賠償金330万円の支払いを命じる判決を下した。『週刊新潮』側が控訴したが、2006年2月の[[東京高等裁判所]]の判決では賠償額を770万円に倍増させる異例の判決が出た。同年8月、[[最高裁判所]]は『週刊新潮』側の上告を棄却し、[[東京高等裁判所]]の判決が確定した。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[2004年]]に時の[[毎日新聞]]社長・斎藤明が拉致・監禁された事件の記事・広告で名誉毀損があったとして提訴された&amp;lt;ref&amp;gt;2008年2月、最高裁で100万円の賠償命令。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 2005年10月27日号の特集「史上最凶『リンチ殺人』で死刑判決なのに新聞が載せない元少年3人の『実名と顔写真』」で、[[少年法]]第61条に反し、大阪・木曽川・長良川事件の被告人3人（事件当時未成年）の実名と顔写真を掲載し、愛知県弁護士会から抗議を受けた。[http://www.aiben.jp/page/frombars/topics2/216shincho.html 外部リンク]&lt;br /&gt;
* 2006年10月、「水面下で捜査が進む『楽天』三木谷社長のXデー」の記事を巡り、[[楽天]]と[[楽天証券]]から謝罪広告の掲載と計12億6891万円の損害賠償を求める訴訟を起こされた。巨額の賠償金額は、記事の影響で株価が急落して損害が発生したためである。&lt;br /&gt;
*[[筑紫哲也]]夫妻の買い物中の様子を盗撮、「あれれ？これって『カカア天下』って言うんですよね？」とキャプションをつけて掲載し、夫人から[[プライバシー]]侵害で提訴される。2007年5月、東京地裁は訴えを認め、発行元としての新潮社に対し賠償を命令。&lt;br /&gt;
* 2006年11月9月号の記事にて、[[彦根市]]市長[[獅山向洋]]が市職員による飲酒運転に対し報告義務は不利益な供述の強要禁止に違反すると述べたのに対し「バカ市長」と名指しで批判、これに獅山向洋が名誉棄損として2,200万円の慰謝料と謝罪文掲載を求める民事訴訟を大津地裁に起こした&amp;lt;ref&amp;gt;2007年7月19日に大津地裁にて、「記事の表現は行き過ぎの面はあるが、逸脱した内容ではない」として獅山向洋の訴えを棄却した。同年12月26日二審の大阪高裁は、「全人格自体を否定したととれる内容で、名誉棄損にあたる」として一審判決を変更し新潮社に22万円の支払いを命じた。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 2002年から2007年まで「介護最前線」（[http://www.comsn.co.jp/comsnpress/shukanshincho/2007/index.html 外部リンク]）という、[[コムスン]]の介護に密着したPR記事をグラビアに連載し、コムスンが社会問題化しても批判記事が無かったことで批判を受けた。&lt;br /&gt;
* 2007年6月、[[社会民主党 (日本 1996年-)|社民党]]の[[又市征治]]のマッサージ嬢との関係を扱った記事を載せるが、本人は事実無根であるとして週刊新潮の発行元の新潮社に対して3300万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を求める訴訟をおこした。しかし記事が公務員である又市の人格的評価および議員宿舎の利用の是非に関する批判であり、公益性がないとは認められず、また真実ではないと明白にはいえないため、差し止めは許容できないとして又市の要求は却下されている。&lt;br /&gt;
* 2007年7月28日、大阪地裁が、『八王子スーパーで3人射殺と報じられた強盗犯の恐るべき正体』（2003年10月23日号）の記事について「真実と信じる相当な理由がない」、「原告が八王子事件の犯人だと印象を与え、名誉を棄損した。『殺人鬼』という表現は公正な論評の域を逸脱している」として、80万円の賠償を命じた。&lt;br /&gt;
*2008年2月22日、東京地裁は、「『治外法権』が売り物の『危ないカジノ』サンマリノ文化交流会館」（2007年1月25日号）について、在日サンマリノ大使館の名誉毀損の訴えを認め300万円の賠償命令を出す。&lt;br /&gt;
*映画『[[靖国 YASUKUNI]]』を“[[反日]]映画”と批判し、[[森達也]]から「この記事が[[右翼団体]]の[[街宣車|街宣]]を誘発した」と批判した&amp;lt;ref&amp;gt;『映画「靖国」と表現の自由を考えるシンポジウム』より。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 読み物 ==&lt;br /&gt;
出版社系の週刊誌の特性をいかし、連載小説を重視。「読み切り」という形で連載された柴田錬三郎の「眠狂四郎無頼控」は圧倒的な人気を得、五味康祐の「柳生武芸帳」とともに剣豪ブームを牽引した。また山口瞳のエッセイ「男性自身」（1963年 - 1995年）は看板作品として長期連載となった。現在、連載小説は他誌よりも1作品多い3作品を併載している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===主な連載小説===&lt;br /&gt;
* 柳生武芸帳（[[五味康祐]]作、1956年2月19日号 - 1958年12月22日号）&lt;br /&gt;
* [[眠狂四郎|眠狂四郎無頼控]]（[[柴田錬三郎]]作、1956年5月8日号 - 1958年3月31日号）&lt;br /&gt;
* ぼんち（[[山崎豊子]]作、1959年1月5日号 - 1959年12月14日号）&lt;br /&gt;
* [[わるいやつら]]（[[松本清張]]作、1960年1月11日号 - 1961年6月5日号）&lt;br /&gt;
* [[けものみち]]（松本清張作、1962年1月8日号 - 1963年12月30日号）&lt;br /&gt;
* 悲しき戦記（[[伊藤桂一]]作、1962年9月17日号 - 1963年11月25日号）&lt;br /&gt;
* 女徳（[[瀬戸内寂聴|瀬戸内晴美]]作、1962年10月29日号 - 1963年11月25日号）&lt;br /&gt;
* ながい坂（[[山本周五郎]]作、1964年6月29日号 - 1966年1月8日号）&lt;br /&gt;
* ゆっくり雨太郎捕物控（[[多岐川恭]]作、1967年9月9日号 - 1968年7月6日号）&lt;br /&gt;
* 芝桜（[[有吉佐和子]]作、1969年1月4日号 - 1970年4月4日号）&lt;br /&gt;
* 城塞（[[司馬遼太郎]]作、1969年7月12日号 - 1971年10月23日号）&lt;br /&gt;
* [[華麗なる一族]]（山崎豊子作、1970年3月21日号 - 1972年10月21日号）&lt;br /&gt;
* おとこの秘図（[[池波正太郎]]作、1976年1月1日号 - 1978年8月31日号）&lt;br /&gt;
* 別れぬ理由（[[渡辺淳一]]作、1986年2月13日号 - 1987年3月5日号）&lt;br /&gt;
* [[沈まぬ太陽]]（山崎豊子作、1995年1月5日号 - 1999年4月29日号）&lt;br /&gt;
* アッコちゃんの時代（[[林真理子]]作、2004年9月30日号 - 2005年5月19日号）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== コマーシャル ==&lt;br /&gt;
長年、発売日前後に子供の声で「週刊新潮は明日（本日）発売です」「週刊新潮はただいま発売中です」という[[テレビコマーシャル]]をしていた。表紙の[[谷内六郎]]の童画風の絵と童謡「[[赤とんぼ]]」や「[[村まつり]]」の曲とナレーションは、[[パロディー]]が生まれるほど定着した。ラジオでも同じナレーションのCMが放送されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[表現の自由]]&lt;br /&gt;
* [[人権]]&lt;br /&gt;
* [[実名報道]]&lt;br /&gt;
* [[福岡一家4人殺害事件]]&lt;br /&gt;
* [[麻生千晶]]&lt;br /&gt;
* [[吉川潮]]&lt;br /&gt;
* [[松本サリン事件]]&lt;br /&gt;
* [[ヤン・デンマン]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
*谷内六郎・谷内達子・橋本治・芸術新潮編集部共著 『谷内六郎 昭和の想い出』 新潮社、2005年。ISBN 4106021315&lt;br /&gt;
*高橋吾郎『週刊誌風雲録』文藝春秋 2006年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.shinchosha.co.jp/shukanshincho/ 新潮社]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:しゆうかんしんちよう}}&lt;br /&gt;
[[Category:週刊誌|嘘]]&lt;br /&gt;
[[Category:新潮社]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の雑誌|嘘]]&lt;br /&gt;
[[Category:Wikipediaで保護された記事]]&lt;br /&gt;
[[Category:蛆虫]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>121.102.17.223</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E8%A5%BF%E5%B1%B1%E4%BA%8B%E4%BB%B6&amp;diff=56958</id>
		<title>西山事件</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E8%A5%BF%E5%B1%B1%E4%BA%8B%E4%BB%B6&amp;diff=56958"/>
				<updated>2009-09-06T14:52:18Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;121.102.17.223: /* 事件のその後 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{現在進行}}&lt;br /&gt;
'''西山事件'''（'''にしやまじけん'''）とは[[沖縄返還]]協定を巡って、[[1972年]]に[[毎日新聞]]政治部記者・[[西山太吉]]と[[外務省]]の安川壮外務[[審議官]]付[[事務官]]・蓮見喜久子が[[逮捕]]された事件。'''沖縄密約事件'''、'''外務省機密漏洩事件'''とも言う。[[報道の自由]]について、いかなる取材方法であっても無制限に認められるかが裁判上の争点となったが、西山に[[懲役]]4月[[執行猶予]]1年、蓮見に懲役6月執行猶予1年の有罪が確定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
30年後、[[米国]]外交文書の公開で、当時の外務省・[[大蔵省]]高官の[[偽証]]と、[[検察官]]の証拠隠しが明らかになったとして、[[国家賠償]]請求[[民事訴訟|訴訟]]が提起されたが、[[民法]]の[[除斥期間]]を適用され、請求は[[棄却]]された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事件の経過 ==&lt;br /&gt;
*1972年3月27日　[[衆議院]][[予算委員会]]で[[日本社会党|社会党]]の[[横路孝弘]]議員・[[楢崎弥之助]]議員が外務省極秘[[電信]]を暴露。&lt;br /&gt;
**暴露されたのは1971年5月28日付けで[[愛知揆一]][[外務大臣|外相]]が[[牛場信彦]]駐米[[特命全権大使|大使]]に宛てた、アーミン・H・マイヤー駐日大使と自分の会談の内容及び、同年6月9日付けで[[福田赳夫]]外相臨時代理と中山駐仏大使の間で交わされた井川外務省条約局長とリチャード・スナイダー駐日米公使との交渉内容の合計3通。&lt;br /&gt;
**上記電信では、返還に伴う軍用地の復元補償で、[[米国]]が自発的に払う事となっている400万ドルを実際には日本が肩代わりする旨の密約の存在が露呈した。&lt;br /&gt;
**これらは西山が横路に手渡したものだったが、結果として与野党の政争の具となる。誰が・なぜ・いかなる目的を持って機密文書を漏洩したのか、その背後関係に社会の関心が集まった。&lt;br /&gt;
*1972年3月30日　外務省の内部調査で、蓮見は「私は騙された」と泣き崩れ、ホテルで西山に機密電信を手渡したことを自白。&lt;br /&gt;
*1972年4月4日　外務省職員に伴われて蓮見が出頭、[[国家公務員法]]100条（秘密を守る義務）違反で逮捕。同日、同111条（秘密漏洩をそそのかす罪）で西山も逮捕される。&lt;br /&gt;
*1972年4月5日　毎日新聞は朝刊紙上、「国民の『知る権利』どうなる」との見出しで、取材活動の正当性を主張。政府批判のキャンペーンを展開。&lt;br /&gt;
*1972年4月6日　毎日新聞側は西山が蓮見との[[情交]]関係によって機密を入手したことを知る。しかしこの事実が公になることは無いと考え、「言論の自由」を掲げてキャンペーンを継続。&lt;br /&gt;
*1972年4月15日　起訴状の「'''女性事務官をホテルに誘ってひそかに情を通じ、これを利用して'''」というくだりで、被告人両名の情交関係を世間が広く知るところとなる。ちなみに、この起訴状を書いたのは当時東京地検検事の[[佐藤道夫]]（現[[民主党 (1996-)|民主党]][[参議院]]議員）であった。&lt;br /&gt;
**毎日新聞は夕刊紙上で「道義的に遺憾な点があった」とし、病身の夫を持ちながらスキャンダルに巻き込まれた蓮見にも謝罪したが、人妻との不倫によって情報を入手しながら「知る権利」による正当性を主張し続けたことに世間の非難を浴び、抗議の電話が殺到。社会的反響の大きさに慌てた毎日新聞は編集局長を解任、西山を休職処分とした。&lt;br /&gt;
*1974年1月30日 一審[[判決]]。事実を認めた蓮見には懲役6月執行猶予1年の、西山には無罪の判決が下される。検察は西山について[[控訴]]。&lt;br /&gt;
**ここまでの過程で、核心の「密約」に関するマスメディアの疑惑追及は完全に失速。草の根的不買運動と[[オイルショック|石油ショック]]で経営不振に見舞われた毎日新聞は翌年に[[会社更生法]]適用を申請することになる。&lt;br /&gt;
*1976年7月20日　二審判決。西山に懲役4月執行猶予1年の有罪判決。西山側が[[上告]]。&lt;br /&gt;
*1978年5月30日　[[最高裁判所]]が上告棄却。西山の有罪が確定。&lt;br /&gt;
**最高裁は、報道機関が取材目的で公務員に対し国家機密を聞き出す行為が、[[正当業務行為]]と言えるかに付き「それが真に報道の目的から出たものであり、その手段や方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものである限りは、正当な業務行為というべきであるが、その方法が刑罰法令に触れる行為や、取材対象者の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙する等、法秩序全体の精神に照らし社会観念上是認することのできない態様のものである場合には、正当な取材活動の範囲を逸脱し違法性を帯びる。」とし、取材の自由が無制限なものではないことを示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事件の影響 ==&lt;br /&gt;
*毎日新聞社の取材方法について'''国民的不信を買ってしまった'''こと、言うなれば庶民に対していかに報道の正義を理解させ、且つ、庶民の正義感を鼓舞すべき新聞社が、その正義を否定する不倫問題を取材記者が起してしまい、'''密約問題よりも男女関係のスキャンダルが注目されてしまった。'''*密約の追及を尻すぼみに終わらせてしまったこともあり、政府は今も密約の存在を認めていない。&lt;br /&gt;
*事件後30年を経て「[[アメリカ国立公文書記録管理局]]保管文書の秘密指定解除措置」で公開された「[[リチャード・ニクソン|ニクソン]]政権関連公文書」の中から'''密約の存在を示す文書が見つかった。'''しかし政府の態度は不変。&lt;br /&gt;
*マスメディアが金科玉条の如く唱えてきた「報道の自由」が、決して無制約なものではないということを自ら明らかにしてしまった。&lt;br /&gt;
*マスメディアの間にも思惑の違いがあった。事件に及んで報道の自由を主張するよりも、毎日新聞を批判することに多くのメディアは力を入れた。新聞系メディアへの対抗意識もあり、週刊誌、特に[[週刊新潮]]は[[川端康成]]の「美しい日本の私」に引っ掛けて「機密漏洩事件 ―美しい日本の美しくない日本人」と題した記事を掲載するなど、大々的に西山と毎日新聞叩きのキャンペーンを行った。新潮には毎日新聞社の内情などが次々に（しかも社員により）通報され、大成功を収めた。この事件で新潮は「一つの大新聞社が傾き、崩壊」するほどの成果を上げ、「言論による[[テロリズム]]の効果」を会得したとさえ言われている（[[亀井淳]]「[http://kamei.cside.com/zakki/038.html 週刊新潮「50年」と沖縄密約報道]」）。&lt;br /&gt;
*事件から経営危機に陥った毎日新聞は、[[日本共産党]]と[[創価学会]]との「和解」（[[宮本顕治|宮本]]委員長と[[池田大作|池田]]会長の会見）を仲介することを手土産に創価学会機関紙「[[聖教新聞]]」の印刷代行を受注。以後、創価学会の影響を排除しきれなくなった。&lt;br /&gt;
*毎日新聞は経営難で[[1977年]]に[[東京放送]](TBS)の株式を売却し、TBSは新聞社系の安定株主がいない放送局となってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==事件のその後==&lt;br /&gt;
2002年、米国公文書館の機密指定解除に伴う公開で日本政府が否定し続ける密約の存在を示す文書が見つかり、西山は「違法な起訴で記者人生を閉ざされた」などとして、2005年4月、政府に対し3300万円の損害賠償と謝罪を求めて提訴したが、2007年3月27日、東京地裁（加藤謙一裁判長）は「起訴から20年以上が経過した後の提訴で、原告の損害賠償請求権は消滅している」と、民法の[[除斥期間]]を適用し、密約の有無については判断を示さず請求を棄却した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年2月8日、対米交渉を担当した当時の[[外務省]]アメリカ局（現・北米局）長[[吉野文六]]が、「復元費用400万ドル（当時の換算で約10億円）は、日本が肩代わりしたものだ」と発言したと[[北海道新聞]]が報じ、同日の[[共同通信]]の取材に対し「返還時に米国に支払った総額3億2000万ドルの中に、原状回復費用400万ドルが含まれていた」と述べ、関係者として初めて密約の存在を認めた。また24日、[[朝日新聞]]の取材に対し、当時の[[河野洋平]]外相から沖縄密約の存在を否定するよう要請されたと証言。これに対し河野元外相は「記憶にない」とコメントした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本政府が密約の存在自体を否定し続ける背景ならびに根拠については、全く不明となっている。すなわち、密約を否定する理由についても日本政府は一切明らかにしていないのである。この事をマスメディアから追及された際にも、日本政府及び外務省は｢とにかく無いから無いのだ｣と[[同語反復]]によって否定し、回答拒否を貫いている。このような政府の全面否定に対して、マスメディア側も最近は｢なぜ否定し続けるのか、理由がわからない｣と簡潔に批判するに留まっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この事件はマスメディアが金科玉条の如く唱えてきた「報道の自由」が、決して無制約なものではないということを自ら明らかにしたばかりか、報道被害に対しての責任追及もまた不可避の存在であることをも明白にした。実際、[[名誉毀損]]その他の報道被害に対しての訴訟がこの事件以降相次ぐようになっている。西山事件はマスメディアが政府機関のみならず、一般大衆に対しても脇を見せてしまった最悪の事例という側面も持ち合わせているのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年9月2日、[[筑紫哲也]]、[[原寿雄]]、[[澤地久枝]]、[[我部政明]]など支援者63人と、西山から成る『沖縄密約文書開示請求の会』が、沖縄密約に密接に関連する3件の秘密書簡について外務財務両省に対し開示請求を行なった。なおこれらは[[アメリカ国立公文書記録管理局]]において既に実在が確認されている。10月3日、外務省が「不存在」の回答をし、西山サイドは行政処分取り消しを求めて提訴した（沖縄密約訴訟）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年6月、元外務事務次官4人が密約の存在を肯定。このうち村田良平は共同通信の取材に実名で証言した。更にこの4人は密約の存在を“伝えるべき首相・外相”と“伝えてはならない大臣”を選別していた事も明らかになった（伝えられていたのは自民党出身の大臣のみで、社会民主党の[[村山富市]]には伝えていなかった）。7月、2001年4月の[[情報公開法]]施行を前に、各省庁で文書廃棄が行なわれたが、外務省の処分量が頭抜けて多く、しかも処分・再生紙化された中には密約関連の文書も含まれていた疑いがある事を朝日新聞がスクープ。8月25日、沖縄密約訴訟の第2回口頭弁論で、吉野に対する証人尋問が申請され、民事訴訟法に基づき外務大臣許可を取り付けた上で12月に行なう旨決定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事件を題材とした作品 ==&lt;br /&gt;
*『密約 外務省機密漏洩事件』[[澤地久枝]]/岩波現代文庫（中公文庫版は絶版　テレビドラマ化までされ更に劇場公開）[http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD17976/ goo映画]&lt;br /&gt;
*『運命の人』[[山崎豊子]]/文藝春秋&lt;br /&gt;
*『加治隆介の議 12巻』[[弘兼憲史]]/講談社ミスターマガジンKC&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[外務省]] - [[佐藤栄作]]&lt;br /&gt;
*[[知る権利]] - [[ジャーナリズム]] - [[情報公開]]&lt;br /&gt;
*[[日米地位協定]] - [[非核三原則]]&amp;lt;!--協定違反がありながら政府が“知らぬ・存ぜぬ”を繰り返している例。--&amp;gt; - [[思いやり予算]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
* [http://plaza.across.or.jp/~fujimori/nt01.html 西山太吉国賠訴訟]（藤森克美法律事務所）&lt;br /&gt;
*[http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/068/0380/06803270380019a.html 国会議事録]&lt;br /&gt;
*[http://www.kinyobi.co.jp/MiscPages/rupo17th_4 ルポ　西山太吉国賠訴訟]（週刊金曜日）&lt;br /&gt;
*ビデオニュース・ドットコム&lt;br /&gt;
**[http://www.videonews.com/on-demand/251260/000381.php （第256回）日米偽装同盟はここから始まった]&lt;br /&gt;
**[http://www.videonews.com/press-club/0704/001057.php 未だに密約の存在を認めない政府を厳しく批判]&lt;br /&gt;
**[http://www.videonews.com/press-club/0701/001029.php 「まともな裁判官に出会うまで闘う」]&lt;br /&gt;
* [[天木直人]]のホームページ『メディアを創る』: 「[http://www.asyura2.com/0505/war70/msg/547.html 元毎日新聞記者西山太吉氏の言葉]」（2006年5月20日）&lt;br /&gt;
* [[東京新聞]]：「憲法は、今　沖縄「密約」の果てに　在日米軍再編の原点」上・[http://www.tokyo-np.co.jp/kenpou/txt/20060501.html “国家犯罪”再び問う]（2006年5月1日）、中・[http://www.tokyo-np.co.jp/kenpou/txt/20060502.html 『きれいごとすぎた』]（2006年5月2日）、下・[http://www.tokyo-np.co.jp/kenpou/txt/20060503.html 『米の言いなり』今も]（2006年5月3日）&lt;br /&gt;
* 日刊ベリタ：「[http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200604010932026 沖縄返還密約『吉野文六証言』の衝撃と米軍再編]」（2006年4月1日）&lt;br /&gt;
* [[朝日新聞]]:別刷　be　連載　逆風満帆「元毎日新聞記者　西山太吉」[http://www.be.asahi.com/20060715/W14/20060705TTOH0004A.html (1)][http://www.be.asahi.com/20060722/W14/20060713TTOH0001A.html (2)][http://www.be.asahi.com/20060729/W14/20060720TTOH0001A.html (3)][http://www.be.asahi.com/20060805/W14/20060725TTOH0004A.html (4)]&lt;br /&gt;
* [[福島瑞穂|福島みずほ]]公式ホームページ「参議院予算委員会質問」: 「[http://www.mizuhoto.org/01/04back_n/060313.html#02 沖縄返還に関する密約問題について]」（参・予算委員会、2006年3月13日）&lt;br /&gt;
* [[北海道新聞]]：「[http://www5.hokkaido-np.co.jp/syakai/okinawa/ 1971年　沖縄返還協定　『米との密約あった』]」（2006年2月8日）&lt;br /&gt;
* 衆議院第68国会：[http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/068/0380/06803270380019a.html 予算委員会議事録第19号]（1972年3月27日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{stub}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の政治史|にしやましけん]]&lt;br /&gt;
[[Category:戦後の事件|にしやましけん]]&lt;br /&gt;
[[Category:報道|にしやましけん]]&lt;br /&gt;
[[Category:判例|にしやましけん]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0;background-color:#f6f6f6;border:1px solid #ccc;padding:3px;font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
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		<author><name>121.102.17.223</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E8%A5%BF%E5%B1%B1%E4%BA%8B%E4%BB%B6&amp;diff=56957</id>
		<title>西山事件</title>
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				<updated>2009-09-06T14:50:35Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;121.102.17.223: /* 事件のその後 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{現在進行}}&lt;br /&gt;
'''西山事件'''（'''にしやまじけん'''）とは[[沖縄返還]]協定を巡って、[[1972年]]に[[毎日新聞]]政治部記者・[[西山太吉]]と[[外務省]]の安川壮外務[[審議官]]付[[事務官]]・蓮見喜久子が[[逮捕]]された事件。'''沖縄密約事件'''、'''外務省機密漏洩事件'''とも言う。[[報道の自由]]について、いかなる取材方法であっても無制限に認められるかが裁判上の争点となったが、西山に[[懲役]]4月[[執行猶予]]1年、蓮見に懲役6月執行猶予1年の有罪が確定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
30年後、[[米国]]外交文書の公開で、当時の外務省・[[大蔵省]]高官の[[偽証]]と、[[検察官]]の証拠隠しが明らかになったとして、[[国家賠償]]請求[[民事訴訟|訴訟]]が提起されたが、[[民法]]の[[除斥期間]]を適用され、請求は[[棄却]]された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事件の経過 ==&lt;br /&gt;
*1972年3月27日　[[衆議院]][[予算委員会]]で[[日本社会党|社会党]]の[[横路孝弘]]議員・[[楢崎弥之助]]議員が外務省極秘[[電信]]を暴露。&lt;br /&gt;
**暴露されたのは1971年5月28日付けで[[愛知揆一]][[外務大臣|外相]]が[[牛場信彦]]駐米[[特命全権大使|大使]]に宛てた、アーミン・H・マイヤー駐日大使と自分の会談の内容及び、同年6月9日付けで[[福田赳夫]]外相臨時代理と中山駐仏大使の間で交わされた井川外務省条約局長とリチャード・スナイダー駐日米公使との交渉内容の合計3通。&lt;br /&gt;
**上記電信では、返還に伴う軍用地の復元補償で、[[米国]]が自発的に払う事となっている400万ドルを実際には日本が肩代わりする旨の密約の存在が露呈した。&lt;br /&gt;
**これらは西山が横路に手渡したものだったが、結果として与野党の政争の具となる。誰が・なぜ・いかなる目的を持って機密文書を漏洩したのか、その背後関係に社会の関心が集まった。&lt;br /&gt;
*1972年3月30日　外務省の内部調査で、蓮見は「私は騙された」と泣き崩れ、ホテルで西山に機密電信を手渡したことを自白。&lt;br /&gt;
*1972年4月4日　外務省職員に伴われて蓮見が出頭、[[国家公務員法]]100条（秘密を守る義務）違反で逮捕。同日、同111条（秘密漏洩をそそのかす罪）で西山も逮捕される。&lt;br /&gt;
*1972年4月5日　毎日新聞は朝刊紙上、「国民の『知る権利』どうなる」との見出しで、取材活動の正当性を主張。政府批判のキャンペーンを展開。&lt;br /&gt;
*1972年4月6日　毎日新聞側は西山が蓮見との[[情交]]関係によって機密を入手したことを知る。しかしこの事実が公になることは無いと考え、「言論の自由」を掲げてキャンペーンを継続。&lt;br /&gt;
*1972年4月15日　起訴状の「'''女性事務官をホテルに誘ってひそかに情を通じ、これを利用して'''」というくだりで、被告人両名の情交関係を世間が広く知るところとなる。ちなみに、この起訴状を書いたのは当時東京地検検事の[[佐藤道夫]]（現[[民主党 (1996-)|民主党]][[参議院]]議員）であった。&lt;br /&gt;
**毎日新聞は夕刊紙上で「道義的に遺憾な点があった」とし、病身の夫を持ちながらスキャンダルに巻き込まれた蓮見にも謝罪したが、人妻との不倫によって情報を入手しながら「知る権利」による正当性を主張し続けたことに世間の非難を浴び、抗議の電話が殺到。社会的反響の大きさに慌てた毎日新聞は編集局長を解任、西山を休職処分とした。&lt;br /&gt;
*1974年1月30日 一審[[判決]]。事実を認めた蓮見には懲役6月執行猶予1年の、西山には無罪の判決が下される。検察は西山について[[控訴]]。&lt;br /&gt;
**ここまでの過程で、核心の「密約」に関するマスメディアの疑惑追及は完全に失速。草の根的不買運動と[[オイルショック|石油ショック]]で経営不振に見舞われた毎日新聞は翌年に[[会社更生法]]適用を申請することになる。&lt;br /&gt;
*1976年7月20日　二審判決。西山に懲役4月執行猶予1年の有罪判決。西山側が[[上告]]。&lt;br /&gt;
*1978年5月30日　[[最高裁判所]]が上告棄却。西山の有罪が確定。&lt;br /&gt;
**最高裁は、報道機関が取材目的で公務員に対し国家機密を聞き出す行為が、[[正当業務行為]]と言えるかに付き「それが真に報道の目的から出たものであり、その手段や方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものである限りは、正当な業務行為というべきであるが、その方法が刑罰法令に触れる行為や、取材対象者の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙する等、法秩序全体の精神に照らし社会観念上是認することのできない態様のものである場合には、正当な取材活動の範囲を逸脱し違法性を帯びる。」とし、取材の自由が無制限なものではないことを示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事件の影響 ==&lt;br /&gt;
*毎日新聞社の取材方法について'''国民的不信を買ってしまった'''こと、言うなれば庶民に対していかに報道の正義を理解させ、且つ、庶民の正義感を鼓舞すべき新聞社が、その正義を否定する不倫問題を取材記者が起してしまい、'''密約問題よりも男女関係のスキャンダルが注目されてしまった。'''*密約の追及を尻すぼみに終わらせてしまったこともあり、政府は今も密約の存在を認めていない。&lt;br /&gt;
*事件後30年を経て「[[アメリカ国立公文書記録管理局]]保管文書の秘密指定解除措置」で公開された「[[リチャード・ニクソン|ニクソン]]政権関連公文書」の中から'''密約の存在を示す文書が見つかった。'''しかし政府の態度は不変。&lt;br /&gt;
*マスメディアが金科玉条の如く唱えてきた「報道の自由」が、決して無制約なものではないということを自ら明らかにしてしまった。&lt;br /&gt;
*マスメディアの間にも思惑の違いがあった。事件に及んで報道の自由を主張するよりも、毎日新聞を批判することに多くのメディアは力を入れた。新聞系メディアへの対抗意識もあり、週刊誌、特に[[週刊新潮]]は[[川端康成]]の「美しい日本の私」に引っ掛けて「機密漏洩事件 ―美しい日本の美しくない日本人」と題した記事を掲載するなど、大々的に西山と毎日新聞叩きのキャンペーンを行った。新潮には毎日新聞社の内情などが次々に（しかも社員により）通報され、大成功を収めた。この事件で新潮は「一つの大新聞社が傾き、崩壊」するほどの成果を上げ、「言論による[[テロリズム]]の効果」を会得したとさえ言われている（[[亀井淳]]「[http://kamei.cside.com/zakki/038.html 週刊新潮「50年」と沖縄密約報道]」）。&lt;br /&gt;
*事件から経営危機に陥った毎日新聞は、[[日本共産党]]と[[創価学会]]との「和解」（[[宮本顕治|宮本]]委員長と[[池田大作|池田]]会長の会見）を仲介することを手土産に創価学会機関紙「[[聖教新聞]]」の印刷代行を受注。以後、創価学会の影響を排除しきれなくなった。&lt;br /&gt;
*毎日新聞は経営難で[[1977年]]に[[東京放送]](TBS)の株式を売却し、TBSは新聞社系の安定株主がいない放送局となってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==事件のその後==&lt;br /&gt;
2002年、米国公文書館の機密指定解除に伴う公開で日本政府が否定し続ける密約の存在を示す文書が見つかり、西山は「違法な起訴で記者人生を閉ざされた」などとして、2005年4月、政府に対し3300万円の損害賠償と謝罪を求めて提訴したが、2007年3月27日、東京地裁（加藤謙一裁判長）は「起訴から20年以上が経過した後の提訴で、原告の損害賠償請求権は消滅している」と、民法の[[除斥期間]]を適用し、密約の有無については判断を示さず請求を棄却した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年2月8日、対米交渉を担当した当時の[[外務省]]アメリカ局（現・北米局）長[[吉野文六]]が、「復元費用400万ドル（当時の換算で約10億円）は、日本が肩代わりしたものだ」と発言したと[[北海道新聞]]が報じ、同日の[[共同通信]]の取材に対し「返還時に米国に支払った総額3億2000万ドルの中に、原状回復費用400万ドルが含まれていた」と述べ、関係者として初めて密約の存在を認めた。また24日、[[朝日新聞]]の取材に対し、当時の[[河野洋平]]外相から沖縄密約の存在を否定するよう要請されたと証言。これに対し河野元外相は「記憶にない」とコメントした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本政府が密約の存在自体を否定し続ける背景ならびに根拠については、全く不明となっている。すなわち、密約を否定する理由についても日本政府は一切明らかにしていないのである。この事をマスメディアから追及された際にも、日本政府及び外務省は｢とにかく無いから無いのだ｣と[[同語反復]]によって否定し、回答拒否を貫いている。このような政府の全面否定に対して、マスメディア側も最近は｢なぜ否定し続けるのか、理由がわからない｣と簡潔に批判するに留まっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この事件はマスメディアが金科玉条の如く唱えてきた「報道の自由」が、決して無制約なものではないということを自ら明らかにしたばかりか、報道被害に対しての責任追及もまた不可避の存在であることをも明白にした。実際、[[名誉毀損]]その他の報道被害に対しての訴訟がこの事件以降相次ぐようになっている。西山事件はマスメディアが政府機関のみならず、一般大衆に対しても脇を見せてしまった最悪の事例という側面も持ち合わせているのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年9月2日、西山、[[筑紫哲也]]、[[原寿雄]]、[[澤地久枝]]、[[我部政明]]など支援者63人からなる『沖縄密約文書開示請求の会』が、沖縄密約に密接に関連する3件の秘密書簡について外務財務両省に対し開示請求を行なった。なおこれらは[[アメリカ国立公文書記録管理局]]において既に実在が確認されている。10月3日、外務省が「不存在」の回答をし、西山サイドは行政処分取り消しを求めて提訴した（沖縄密約訴訟）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年6月、元外務事務次官4人が密約の存在を肯定。このうち村田良平は共同通信の取材に実名で証言した。更にこの4人は密約の存在を“伝えるべき首相・外相”と“伝えてはならない大臣”を選別していた事も明らかになった（伝えられていたのは自民党出身の大臣のみで、社会民主党の[[村山富市]]には伝えていなかった）。7月、2001年4月の[[情報公開法]]施行を前に、各省庁で文書廃棄が行なわれたが、外務省の処分量が頭抜けて多く、しかも処分・再生紙化された中には密約関連の文書も含まれていた疑いがある事を朝日新聞がスクープ。8月25日、沖縄密約訴訟の第2回口頭弁論で、吉野に対する証人尋問が申請され、民事訴訟法に基づき外務大臣許可を取り付けた上で12月に行なう旨決定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事件を題材とした作品 ==&lt;br /&gt;
*『密約 外務省機密漏洩事件』[[澤地久枝]]/岩波現代文庫（中公文庫版は絶版　テレビドラマ化までされ更に劇場公開）[http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD17976/ goo映画]&lt;br /&gt;
*『運命の人』[[山崎豊子]]/文藝春秋&lt;br /&gt;
*『加治隆介の議 12巻』[[弘兼憲史]]/講談社ミスターマガジンKC&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[外務省]] - [[佐藤栄作]]&lt;br /&gt;
*[[知る権利]] - [[ジャーナリズム]] - [[情報公開]]&lt;br /&gt;
*[[日米地位協定]] - [[非核三原則]]&amp;lt;!--協定違反がありながら政府が“知らぬ・存ぜぬ”を繰り返している例。--&amp;gt; - [[思いやり予算]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
* [http://plaza.across.or.jp/~fujimori/nt01.html 西山太吉国賠訴訟]（藤森克美法律事務所）&lt;br /&gt;
*[http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/068/0380/06803270380019a.html 国会議事録]&lt;br /&gt;
*[http://www.kinyobi.co.jp/MiscPages/rupo17th_4 ルポ　西山太吉国賠訴訟]（週刊金曜日）&lt;br /&gt;
*ビデオニュース・ドットコム&lt;br /&gt;
**[http://www.videonews.com/on-demand/251260/000381.php （第256回）日米偽装同盟はここから始まった]&lt;br /&gt;
**[http://www.videonews.com/press-club/0704/001057.php 未だに密約の存在を認めない政府を厳しく批判]&lt;br /&gt;
**[http://www.videonews.com/press-club/0701/001029.php 「まともな裁判官に出会うまで闘う」]&lt;br /&gt;
* [[天木直人]]のホームページ『メディアを創る』: 「[http://www.asyura2.com/0505/war70/msg/547.html 元毎日新聞記者西山太吉氏の言葉]」（2006年5月20日）&lt;br /&gt;
* [[東京新聞]]：「憲法は、今　沖縄「密約」の果てに　在日米軍再編の原点」上・[http://www.tokyo-np.co.jp/kenpou/txt/20060501.html “国家犯罪”再び問う]（2006年5月1日）、中・[http://www.tokyo-np.co.jp/kenpou/txt/20060502.html 『きれいごとすぎた』]（2006年5月2日）、下・[http://www.tokyo-np.co.jp/kenpou/txt/20060503.html 『米の言いなり』今も]（2006年5月3日）&lt;br /&gt;
* 日刊ベリタ：「[http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200604010932026 沖縄返還密約『吉野文六証言』の衝撃と米軍再編]」（2006年4月1日）&lt;br /&gt;
* [[朝日新聞]]:別刷　be　連載　逆風満帆「元毎日新聞記者　西山太吉」[http://www.be.asahi.com/20060715/W14/20060705TTOH0004A.html (1)][http://www.be.asahi.com/20060722/W14/20060713TTOH0001A.html (2)][http://www.be.asahi.com/20060729/W14/20060720TTOH0001A.html (3)][http://www.be.asahi.com/20060805/W14/20060725TTOH0004A.html (4)]&lt;br /&gt;
* [[福島瑞穂|福島みずほ]]公式ホームページ「参議院予算委員会質問」: 「[http://www.mizuhoto.org/01/04back_n/060313.html#02 沖縄返還に関する密約問題について]」（参・予算委員会、2006年3月13日）&lt;br /&gt;
* [[北海道新聞]]：「[http://www5.hokkaido-np.co.jp/syakai/okinawa/ 1971年　沖縄返還協定　『米との密約あった』]」（2006年2月8日）&lt;br /&gt;
* 衆議院第68国会：[http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/068/0380/06803270380019a.html 予算委員会議事録第19号]（1972年3月27日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{stub}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の政治史|にしやましけん]]&lt;br /&gt;
[[Category:戦後の事件|にしやましけん]]&lt;br /&gt;
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[[Category:判例|にしやましけん]]&lt;br /&gt;
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