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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<updated>2026-05-17T21:30:10Z</updated>
		<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
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		<title>山本竜太</title>
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				<updated>2016-07-20T04:33:40Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;118.238.228.194: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''山本 竜太'''（やまもと りゅうた、[[1981年]][[3月6日]] - ）は、[[中央大学教授刺殺事件]]の犯人である。[[東京都]]出身。[[2004年]]3月、[[中央大学]]理工学部卒業。一人っ子。中央大学理工学部の高窪統教授を刺殺して懲役18年の刑に服している。[[山本竜太の公判]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 学歴 ==&lt;br /&gt;
*1999/03:[http://www.fuchu-h.metro.tokyo.jp/Fuchu_HP/index.htm 東京都立府中高等学校]卒業&lt;br /&gt;
*1999/04:中央大学理工学部入学&lt;br /&gt;
*2004/03:中央大学理工学部卒業（1年留年した）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:やまもと りゆうた}}&lt;br /&gt;
[[Category:人殺し]]&lt;br /&gt;
[[Category:中央大学出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1981年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>118.238.228.194</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%92%8C%E7%94%B0%E7%9C%9F%E4%B8%80%E9%83%8E&amp;diff=321154</id>
		<title>和田真一郎</title>
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				<updated>2016-04-29T02:31:30Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;118.238.228.194: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[ファイル:1390623195703.jpg|400px|thumb|スーパーフリー代表・和田真一郎]]&lt;br /&gt;
[[Image:和田真一郎1.jpg|400px|thumb|スーパーフリー代表・和田真一郎]]&lt;br /&gt;
[[Image:和田真一郎2.jpg|400px|thumb|スーパーフリー代表・和田真一郎]]&lt;br /&gt;
'''和田 真一郎'''（わだ しんいちろう、[[1974年]][[7月30日]] - ）は、[[早稲田大学]]レイプサークル「[[スーパーフリー]]」主催者。一人称は「和田さん」。逮捕当時、早稲田大学第二文学部2年（後に退学処分）。&lt;br /&gt;
[[新潟県]][[新潟市]]出身&amp;lt;ref&amp;gt;[http://deeppigment.myartsonline.com/deeppinkpigment/sfree5_010.html 早大SuperFree強姦事件のまとめ・裁判の情報１０]&amp;lt;/ref&amp;gt;。逮捕時の住所は[[神奈川県]][[川崎市]][[麻生区]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
好きな言葉は『熱い!!ヤバイ!ヤリたい!!間違いない!!』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 学歴 ==&lt;br /&gt;
*1981.04 国立新潟大学附属新潟小学校入学&lt;br /&gt;
*1987 一家で上京し、三鷹市立小学校に転入、3月卒業&lt;br /&gt;
*1990.04 東京都立三鷹高等学校入学&lt;br /&gt;
*1993.03 東京都立三鷹高等学校卒業&lt;br /&gt;
*1993.04 中央大学入学&lt;br /&gt;
*1994.04 早稲田大学政治経済学部入学&lt;br /&gt;
*2000.03 授業料未納で除籍&lt;br /&gt;
*2002.04 早稲田大学第二文学部再入学&lt;br /&gt;
*2003.07 早稲田大学第二文学部退学処分&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[http://katuru2ch.blog12.fc2.com/blog-entry-4710.html 和田の動画]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物像 ==&lt;br /&gt;
[[Image:和田真一郎3.png|400px|thumb|スーパーフリー代表・和田真一郎]]&lt;br /&gt;
和田はひょろひょろのもやしであり、見た目はアニヲタそのもので、服装には気を使わないのがポリシー。セックスが大好きで女に目が無い。強姦イベントサークル・スーパーフリーの代表であり、高級クラブを貸しきって、そのステージで白いスーツを着て、司会をするスーパースターであり、あたかも準芸能人のように目立つ存在であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、スーパーフリーは全国でイベントを開催し、その売上げが億単位になるほど、経済的には成功していたサークルであり、そのサークルは階級制度によってまるで会社組織のように厳格に管理されており、それが非常に悪徳のものであるが、あなどれないほど巧みに組織されていた。彼は8年間の間、学生を続け、スーパーフリーの代表の立場に固執し続けた。そして、その異常なほど貪欲で暴力的な性的犯行を狡猾なマインドで繰り返すのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼の経歴や当時の同級生の証言などを見ると、中学・高校の頃は目立たない存在で、暗く、何を考えているか分からないような生徒だったようである。部屋にはアニメのポスターやフィギュア、乙女ゲームとＡＶが散乱している。父親が厳しく、父親への反発もあったようである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== スーパーフリーの強姦手口 ==&lt;br /&gt;
[[Image:和田真一郎4.png|400px|thumb|スーパーフリー代表・和田真一郎]]&lt;br /&gt;
1．ゲームと称して濃い酒を飲ませる。飲めない場合はジュースを渡す。&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
（濃い酒を飲んで意識をなくした場合は3へ）&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
　　↓&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
2．安心して飲むが、ジュースに粉末にした睡眠薬や、各種薬物が混入されている。&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
　（そもそも酒に混入されている場合もある）&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
　　↓&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
3．介抱すると称して女性の友人がいる部屋から隔離し、順番に輪姦する。&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
　　（実際には女性の友人が強姦者側の協力者の場合も少なくない）&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ポイント ===&lt;br /&gt;
酒・薬物により意識を失わせること。（いくら奔放な女性でも初対面での輪姦は合意が見込みにくいため。また、処理時間を短縮し、効率を上げるため）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 専門用語 ===&lt;br /&gt;
[[Image:和田真一郎5.jpg|400px|thumb|スーパーフリー代表・和田真一郎]]&lt;br /&gt;
現物支給･･･幹部に報酬として強姦対象の女性を与えること。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
撃つ･･･女性と性交（強姦含む）すること。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
無理撃ち･･･強姦すること。　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アシスト･･･強姦の手伝いをさせること。「アシスト」することで「現物支給の可能性。いわば「ご恩と奉公」の主従関係で結ばれているといえるのかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
飼う･･･女性を継続的に自己の性的行為の対象となる状態にすること（任意・強制の別は不明）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つぶつぶオレンジ･･･睡眠薬のこと。S製薬の某製品をさすという説あり（錠剤の色と形状から）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 組織構成員の証言 ===&lt;br /&gt;
*　強姦する対象はあらかじめ決めている。&lt;br /&gt;
*　強姦の方法は、男子トイレに連れていく。&lt;br /&gt;
*　年間100人以上を食ってると自慢していた。&lt;br /&gt;
*　キラーゲームに山手線ゲーム&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※山手線ゲーム&lt;br /&gt;
:あるテーマを決めて、それに関連する単語を挙げて行く、しりとりに類似したゲーム。&lt;br /&gt;
:例．テーマが大学なら早大、日大、学習院大など。答えられなかった人は罰ゲームとして一気飲みをする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 飲ませまくって、連れ出す（実際の映像が流れる）。&lt;br /&gt;
* 過去に警察に踏み込まれたことがあるが、和田がうまく丸め込んだ。&lt;br /&gt;
* 和田が代表になって会員は劇的に増加した。&lt;br /&gt;
* 和田のカリスマ性は並ではない。&lt;br /&gt;
* 和田へのインタビュー「一回のイベントで一千万以上の売上です」&lt;br /&gt;
* その他、被害者証言、事件概要、刑法、解説&lt;br /&gt;
* 和田「合意の上です」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 構成員（男性）は3,000円程度のイベントチケットを3～4枚購入することで一回のイベントにつき1万円前後を和田に上納するシステムとなっている（※イベントは年に10回以上か）。それに対して和田は女性を「現物支給」することで不満を抑え、従わせている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事態発覚 ==&lt;br /&gt;
警視庁麻布署は[[2003年]][[5月19日]]、パーティーで知り合った女子大生に暴行したとして、東京都豊島区高田3、早稲田大2年、和田真一郎容疑者（28）ら大学生5人を婦女暴行容疑で逮捕したと発表した。和田容疑者らは「合意のうえだった」と容疑を否認しているという。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
逮捕されたのは、以下の５容疑者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 早稲田大学2年　　　和田真一郎(28)　&lt;br /&gt;
* 早稲田大学4年　　　　　　　　小林潤一郎(21)　&lt;br /&gt;
* 早稲田大学政治経済学部3年　　沼崎敏行(21)&lt;br /&gt;
* 日本大学法学部3年　　　　　　藤村翔(21)　&lt;br /&gt;
* 学習院大学経済学部1年　　　　小林大輔(20)　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 早大サークルの婦女暴行事件、和田容疑者ら起訴(2003年6月) ==&lt;br /&gt;
イベントサークル「スーパーフリー」（6月22日解散）メンバー5人による集団暴行事件で、東京地検は2003年6月30日、同サークル代表の早稲田大2年・和田真一郎（28）（東京都豊島区）、日大3年・藤村翔（21）（神奈川県茅ヶ崎市）両容疑者を、準婦女暴行の罪で東京地裁に起訴した。残るメンバー3人は拘置中で、引き続き取り調べた上、刑事処分する予定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
起訴状などによると、和田容疑者らは2003年5月18日、別の団体が東京都港区六本木で主催したダンスパーティーに参加した後、近くのビル12階の居酒屋で2次会を開催。女子大生（20）に日本酒などを飲ませて酔わせたうえ、同日午後8時半ごろ、「介抱する」などと言って店外に連れ出し、集団暴行した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捜査当局の調べでは、藤村容疑者が“連れ出し役”となり、居酒屋の1階下の夜間人の出入りがない場所に女子大生を連れて行った。各容疑者の役割分担は「あうんの呼吸で決めた」という。警視庁は6月9日、両容疑者を婦女暴行容疑で逮捕したが、その後の調べで、犯行当時、被害者の女子大生は泥酔し、抵抗できる状態ではなかったことが判明。このため東京地検では、被害女性を抵抗不能にして暴行した場合に適用される準婦女暴行罪で2人を起訴した。和田、藤村両容疑者は調べに対し、「被害者の女性に申し訳ないことをした」などと謝罪の言葉を述べる一方、「以前、同じ居酒屋で、同様に女性に暴行したことがあった」などとも供述しており、同地検などでは、余罪についても慎重に調べを進める。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 「スーパーフリー」和田被告ら再逮捕、元慶大生も逮捕(2003年7月) ==&lt;br /&gt;
イベントサークル「スーパーフリー」（6月に解散）のメンバーによる集団婦女暴行事件で、警視庁麻布署は2003年7月31日、サークル代表の元早大生和田真一郎（29）（東京都豊島区）と、メンバーの元早大生小林潤一郎（21）（横浜市緑区）の両被告（準婦女暴行罪で起訴済み）を準婦女暴行容疑で再逮捕し、サークル幹部だった会社社長岸本英之容疑者（28）（東京都豊島区）を同容疑で逮捕した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
調べによると、和田被告らは一昨年暮れ、東京都豊島区高田3の自宅兼事務所で、一緒に飲酒して酔わせた女子大生を集団で暴行した疑い。新たに逮捕された岸本容疑者は慶応大在学中、東大の学園祭で「ミスコン」を開催するなど、学生時代からイベント企画を手がけていた。現在は求人広告会社を経営する一方、スーパーフリーの運営にもかかわっていたという。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== スーパーフリー婦女暴行事件、新たに慶大生ら7人逮捕(2003年11月5日) ==&lt;br /&gt;
早稲田大学のサークル「スーパーフリー」（解散）のメンバーによる集団強姦事件で、警視庁は5日、女子大生を約2時間にわたって順番に乱暴したとして、法政大3年の吉野豪洋容疑者(20)＝東京都八王子市上野町＝、慶応大2年の少年(当時19)＝さいたま市南区＝ら7人を準強姦容疑で新たに逮捕した、と発表した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
サークル代表の元早大生和田真一郎容疑者(29)＝2件の準強姦罪で公判中＝、サークルOBで求人情報サイト運営会社社長岸本英之容疑者(28)＝同罪で公判中＝ら4人も同じ容疑で再逮捕した。計11人は全員、容疑を認めているという。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捜査1課の調べでは、11人は2003年4月27日午後8時20分〜10時半、港区六本木5丁目の雑居ビル12階にある居酒屋で、ディスコパーティーの2次会に参加した大学１年の女性(18)を泥酔させ、11階のエレベーターホールで代わるがわる乱暴した疑い。2次会のゲームで女性が負けたとしてアルコール度数96度の蒸留酒をサワーに混ぜたものを何杯も飲ませて酔わせ、介抱を装って連れ出していたという。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
女性はこの後、さらに豊島区内のサークル事務所に連れ込まれて乱暴され、同課は関与したメンバーの特定を進めている。&lt;br /&gt;
　　 &lt;br /&gt;
* 和田真一郎（元早稲田大学２年） &lt;br /&gt;
* 沼崎敏行（元早稲田大学政治経済学部３年） &lt;br /&gt;
* 小林潤一郎（元早稲田大学教育学部４年） &lt;br /&gt;
* 小林大輔（元学習院大学経済学部１年） &lt;br /&gt;
* 藤村翔（元日本大学法学部３年） &lt;br /&gt;
* [[岸本英之]]（慶應義塾大学商学部卒） &lt;br /&gt;
* 若松直樹（早稲田大学理工学部卒） &lt;br /&gt;
* 宇田篤史（明治大学) &lt;br /&gt;
* 小泉創一郎(産能大学) &lt;br /&gt;
* 吉野豪洋(法政大学３年） &lt;br /&gt;
* 少年Ａ（慶應義塾大学法学部２年) &lt;br /&gt;
* 少年Ｂ（慶應義塾大学経済学部１年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 東大生も逮捕(2003年11月14日) ==&lt;br /&gt;
早大生らが主宰するイベントサークル「スーパーフリー」（解散）のメンバーによる集団暴行事件で、警視庁捜査1課などは11月14日、女子大生に酒を飲ませ集団で暴行したとして、準強姦容疑で東大農学部3年高山知幸容疑者(20)＝東京都杉並区久我山＝を逮捕した。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
高山容疑者は容疑を認めているという。一連の事件で逮捕されたのはこれで14人目。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 和田代表に懲役14年(2004年11月2日) ==&lt;br /&gt;
イベント企画サークル「スーパーフリー」の元代表で、3件の準強姦（ごうかん）罪に問われていた和田真一郎被告（30）が2日、東京地裁（中谷雄二郎裁判長）から懲役14年（求刑懲役15年）の判決を受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
判決理由で中谷裁判長は「人間としてあるまじき下劣かつ醜悪な犯行で、誠に悪質」と女子大生への集団暴行を厳しく批判した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 東京高等裁判所「スーパーフリー」和田元代表の控訴を棄却(2005年6月) ==&lt;br /&gt;
2005年6月2日、東京高裁にてイベントサークル「スーパーフリー」の集団暴行事件で、準強姦罪に問われた元代表の和田真一郎被告（30）（早稲田大を退学処分）の控訴審判決が行われた。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
仙波厚裁判長は「悪らつな犯罪集団と化した団体の代表として、率先して犯行に及んだ」と述べ、懲役14年とした1審・東京地裁判決を支持し、和田被告の控訴を棄却しました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一連の事件で計14人が起訴され、和田被告以外はすでに実刑が確定。和田被告はナンバー2とされた会社役員岸本英之(29・慶應大学卒)（懲役7年6月が確定）との量刑の差や、一審判決で「被害者に落ち度がない」としたことに、不満を示していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
判決は「強大な発言力と影響力でメンバーを統制し、常習的に犯行を繰り返した」と非難。「意図的に女性を泥酔させた訳ではない」という和田被告の主張に対しては、「狙いを定めた女性に集中的に酒を飲ませており、被害者に落ち度はない」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== スーフリのエピソード ==&lt;br /&gt;
* サークル内の階級制度・・・・和田さん好みの女の子をささげる事によって自分（の地位）が上になる。&lt;br /&gt;
* 50枚以上売ったら2軍昇格 100枚以上売ったら1軍昇格 スーパーフリーの売上げ 1回1000万円ぐらい 年間にすると、全国合わせたら億単位の売上があった。&lt;br /&gt;
* 和田被告について高校時代の同級生・・・・「暗い感じの昔でいうところの、オタクっぽい感じ」 &lt;br /&gt;
* 厳しい父への反発・・・・「 親父のような人生は送りたくない」&lt;br /&gt;
* 和田被告の少年時代 大人しく、目立たない。&lt;br /&gt;
* 和田被告について中学校の同級生・・・・ 「感情を表に出すタイプではないから、何考えてるかわからない」 &lt;br /&gt;
* 和田被告弁・・・「俺は汗水流すのは嫌いだ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 学生の証言 ==&lt;br /&gt;
=== 早稲田大学公認サークルSuperFreeのイベントの二次会でレイプ未遂に遭った女性の話 ===&lt;br /&gt;
「気持ち悪かったからトイレに行った時に、（後ろからついてきた）スタッフがトイレの中に入ってきて、向こうがズボンを脱いで。彼らは女の子をやることを“撃った”と言っていた。今日は何人撃ったとかいう話をスタッフ同士で話していた。撃った数で『偉い』みたいな」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== イベントに参加したことのある女性たちの証言 ===&lt;br /&gt;
* クラブを貸切にしてよくイベントを開いてます。曲は特に偏りなくオール・ジャンル。一次会で帰ったほうがいいと友人から強く勧められましたが、二次会に参加してみたところ、実質的に初対面であるにもかかわらず、何の自己紹介等もなく、ただひたすらSuperFree幹部が気に入った女の子を探すためだけのものという感じで、意味がないと感じました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* サークルについては、友人から「とにかく和田だけには気をつけろ」と言われていました。理由は、和田がチャラく（軽薄であること・チャラチャラしている、から）、女性関係が激しいという話が広まっていたことに加え、SuperFreeというサークル自体悪い噂が絶えず、その中心に和田がいたからです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* イベントのチケットは本来1,500円ですが、3,000円程度で販売して差額を稼いでいたようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 二次会で、「もう飲めません」と言ったのに「いいからいいから」と強引に飲まされて、おもむろにカーテンの裏に引っ張っていかれた。もしその時に気を失っていたら、私も今回の被害者と同じ目に遭っていたと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 組織構成員への電話インタビュー ===&lt;br /&gt;
強姦ではなく、そういうの（性行為）が好きそうな子を探すのがうまいだけだと思います。代表者の和田真一郎容疑者については、大学生活でしか生きられない人だと考えています。社会人になるのがバカバカしいと考えている人だからです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 和田真一郎容疑者の「全国制覇計画」 ===&lt;br /&gt;
最近毎週のように地方に出張しており、秘書を雇いたいと思うほど忙しい。全国7都市で各千人を動員するイベントを開き、各都市の大学生なら誰でも SuperFreeを知っている状態にしたい。その段階で、SuperFreeは全国制覇したということになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 早稲田の二人の男性にインタビュー ===&lt;br /&gt;
・女子高生などと飲み会をしている出会い系サークルである。&lt;br /&gt;
・二次会、三次会の評判が非常に悪く、もう二度と参加したくないという人が多いサークルである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== イベントに参加した被害者女性（1年生） ===&lt;br /&gt;
* 2003年4月下旬にイベントの二次会に参加しました。トイレに入ったところ、今回逮捕された幹部の一人である早大政経学部3年の沼崎が後ろについてきていていきなりドアを閉めました。沼崎はドアに背を向けて片腕で鍵に手をかけてこちらが逃げられなくした上で、ズボンを下ろして「してくれない？」と言いました。密室に閉じ込められて本当に恐かったです。ちょうどそのとき偶然別の男性がドアを開けたので、救いを求めて逃げることができました。今回報道された写真を見てすぐに沼崎だと分かりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 代表の和田は「女の子は食い物」程度にしか考えていません。女の子と話すことに興味はなく、ただひたすら女の子とやりたいと考えているような人です。和田は初めてイベントに参加してよく分かっていない、オドオドしているような女の子を狙います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 今回逮捕されたのは5人ですが、幹部は全員共同正犯ではないかと思います。幹部全員がお互いが「撃てる」（強姦を含む性交）ように協力し合っているからです。彼らは「今日何人撃った？」が挨拶代わりになっています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 被害に遭った人は本当に多いので、和田にはみんなに謝ってほしいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 被害者女性へのインタビュー ===&lt;br /&gt;
* 昨年の夏にサークルのイベントに参加しました。和田と藤村に囲まれて飲まされているうちにできあがってきて、トイレに行こうとすると、それを聞きつけた和田が寄ってきて倉庫に連れて行かれた。友人が私を見に行こうとしたところ、他のメンバーに押さえられて･･･。和田は「君はワダサン好みだから。ワダサン好みというのは最高のほめ言葉なんだよ」などと言い出し、自分は嫌だと言ったけど、結局男子トイレに連れて行かれ暴行を受けました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 私は、この事件のために、しばらくは男性に触れられると突き飛ばすくらいの反応がありました。その時味わった恐怖心を体と頭がおぼえているから･･･どれだけ女性が傷ついているか、そして傷つけられて友人、恋人、家族がどれだけ嘆き悲しむか。そういことをちゃんと分かってほしいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※この女性は卑劣な和田らに決して屈することなく、勇気を出して被害届を提出した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※和田は自分のことを「ワダサン」とさん付けで呼ぶ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 早稲田大学学生部長からの通知 ==&lt;br /&gt;
早稲田大学の学生諸君に&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学生部長　岩井方男&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このごろの報道、あるいは大学内の告示を見て、皆さんはさぞ驚いているでしょう。二つの破廉恥な犯罪行為の容疑者として、早稲田大学の四人の学生が、警察に逮捕（内一人は起訴）されたのですから。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いまだ裁判が始まっていませんから、彼らがどの程度犯罪に関与したのか明らかではありません。また、この文を読んでいる皆さんは、犯罪とは無関係です。しかし、このような反社会的な行為に、早稲田大学の学生が登場しているという厳然たる事実があります。この件に関して、私の所感を手短に述べます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
早稲田大学は学生諸君を大人とみなし、諸君の自由を尊重してきましたが、自由と放縦とを混同してはなりません。例えば早慶戦の夜には、大学が再三警告したにもかかわらず、常識の限度を超えた行為に及ぶ学生がいました。皆さんは、早稲田大学の学生であれば、多少度を過ごしても許されると思ってはいませんか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もし皆さんの心の中に、「ちょっとぐらいなら」と思う心が一片でもあれば、それは甘えであり、見方によっては傲慢そのものです。早稲田大学の学生としての誇りと、傲慢は別物です。自由と放縦、誇りと傲慢との混同が嵩じてこの件に至った可能性は高いと私は考えています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
両事件ゆえに、早稲田大学の学生であるというだけで、皆さんに対しても心無い非難が浴びせられるかもしれません。そのような非難は、事件と無関係な皆さんには不当である、と思われるでしょう。まさにそのとおりです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、それに反発するだけではいけません。早稲田大学は反省すべき点は反省し、名誉回復のための精一杯の努力をいたします。皆さんも、ぜひ学生としての品位を守り大学に協力していただきたい。そのような地道な努力を積み重ねることこそ、早稲田大学の誇りです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学生部は、学生生活課に「学生生活110番」を開設しているので、あなたやあなたのお友達がそのようなトラブルに巻き込まれているようなことがあればいつでも相談してください。皆さんのプライバシーは必ず守りますので、安心して下記に連絡してください。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[スーパーフリー]]&lt;br /&gt;
* [[クライステニスクラブ]]&lt;br /&gt;
* [[強姦]] - [[強姦罪]] - [[準強姦罪]]&lt;br /&gt;
* [[婦女暴行]]&lt;br /&gt;
* [[輪姦]]&lt;br /&gt;
* [[太田誠一]] - この事件に関連して、集団レイプする人はまだ元気があるからいいとの発言をし、大きな非難を浴び海外の[[マスメディア]]にも取り上げられた。&lt;br /&gt;
* [[関東連合]] - ケツモチ&lt;br /&gt;
* [[工藤明生]] - 架空のケツモチ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:わたしんいちろう}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の性犯罪]]&lt;br /&gt;
[[Category:平成時代の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:2003年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディアで白紙保護された記事]]&lt;br /&gt;
[[Category:新潟県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1974年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>118.238.228.194</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%B4%B0%E6%9C%A8%E4%B9%85%E6%85%B6&amp;diff=321151</id>
		<title>細木久慶</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%B4%B0%E6%9C%A8%E4%B9%85%E6%85%B6&amp;diff=321151"/>
				<updated>2016-04-29T02:29:39Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;118.238.228.194: /* 来歴 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{ウィキペディア白紙保護}}&lt;br /&gt;
'''細木久慶'''（ほそきひさよし、1939年8月30日-）は、[[細木数子]]の弟。詐欺事件で逮捕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国政選挙に何度か挑戦したがいずれも落選。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元千葉新聞社社長。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 学歴 ==&lt;br /&gt;
*1958年中央大学杉並高等学校卒業&lt;br /&gt;
*1962年中央大学文学部史文科卒業&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Stub}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ほそきひさよし}}&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディアで白紙保護された記事]]&lt;br /&gt;
[[Category:泡沫候補]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>118.238.228.194</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E9%87%8E%E4%B8%AD%E5%BA%83%E5%8B%99&amp;diff=320462</id>
		<title>野中広務</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E9%87%8E%E4%B8%AD%E5%BA%83%E5%8B%99&amp;diff=320462"/>
				<updated>2016-04-13T04:24:52Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;118.238.228.194: /* 外部リンク */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''野中 広務'''（のなか ひろむ、[[1925年]]（[[大正]]14年）[[10月20日]] - ）は、[[日本]]の[[政治家]]。[[日中友好協会]]顧問。[[日本行政書士政治連盟]]最高顧問。[[平安女学院大学]]客員教授。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[衆議院議員]]（7期）、[[内閣官房長官]]、[[自治大臣]]、[[国家公安委員長]]、[[自由民主党幹事長]]を歴任。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経歴 ==&lt;br /&gt;
=== 生い立ち ===&lt;br /&gt;
[[京都府]][[船井郡]][[園部町]]（現[[南丹市]]園部町）出身。旧制京都府立園部中学校（後の[[京都府立園部高等学校]]）を卒業し、[[大阪鉄道局]]の職員として採用され大阪・梅田の大鉄局業務部審査課に配属された。大阪鉄道局長だった[[佐藤栄作|佐藤榮作]]（後の首相）と知り合った&amp;lt;ref&amp;gt;『野中広務 差別と権力』 49-51頁&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 地方政治 ===&lt;br /&gt;
[[青年団]]活動に身を投じ、同じく各地の青年団運動を行っていた[[竹下登]]（後の首相）、[[浜田幸一]]らと活動を通じて知り合う&amp;lt;ref&amp;gt;『野中広務 差別と権力』 65-67頁&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
衆院議員・[[田中好]]の秘書、[[園部町]]議会議員（3期）、園部町長（2期）、[[京都府議会]]議員（3期）を務める。京都府議の12年間は[[野党]]議員として[[与党]][[日本共産党|共産党]]の[[蜷川虎三]][[革新自治体|革新]]府政と対峙した&amp;lt;ref&amp;gt;『野中広務 差別と権力』 143-144頁:[[京都新聞]]の元政経部長[[笹井慈朗]]によると、野中が「反蜷川の闘士」として売り出した後も、彼と蜷川との信頼関係は続いていたという&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
7期28年間の革新府政の蜷川虎三知事引退によって、[[1978年]]に革新から府政を奪還した[[林田悠紀夫]]知事の下で京都府[[副知事]]を務める。&lt;br /&gt;
副知事時代の功績の一つに[[第三セクター]]による[[産業廃棄物]]処理施設の建設がある。近年の[[環境省]]は[[不法投棄]]や[[不適正保管|不適正処理]]等の対策として産業廃棄物処理への公共関与の強化を進めているが、既に野中は20余年前に行っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 社会福祉事業 ===&lt;br /&gt;
野中は、京都府内において全国で最初の重度[[身体障害者]]療養施設&amp;lt;ref&amp;gt;[[世界人権問題研究センター]]（編集）。[[上田正昭]]（監修）『京都人権歴史紀行』人文書院,1998年,66から68頁&amp;lt;/ref&amp;gt;や重度身体障害者授産施設を設立・運営している。野中は京都府副知事で政界から引退し、[[社会福祉事業]]に専念することにしていたが、思わぬことから国政に進出することになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 国政選挙の初当選 ===&lt;br /&gt;
[[1983年]][[8月7日]]に、[[前尾繁三郎]]、[[谷垣専一]]の両衆院議員死去に伴う[[衆議院]]旧京都2区補欠選挙において、2議席を自民党の[[谷垣禎一]]候補、日本共産党の[[有田光雄]]候補（同党京都府委員会役員、後にジャーナリストになる[[有田芳生]]の父）、[[日本社会党]]の[[山中末治]]候補（元京都府[[八幡市]]長）、前尾系[[無所属]][[林長禎]]候補（前[[京都市議会議長]]）らと争う。開票直後は、野中リードの速報が入るものの、次第に伸びが鈍りはじめ、谷垣、有田候補にリードを許し始める。まず、谷垣候補が当確し、残り1議席となる。一旦は、有田候補が勝利宣言、野中は敗北宣言の準備を始めた。しかし、野中の地元である園部町で未開票の投票箱の存在が発覚して、有田候補を逆転するという劇的な初当選を果たす。野中の敗北を覚悟せざるを得なかった選挙結果に、[[田中角栄]]元首相が自民党京都府連会長[[上田稔]]参議院議員（後の[[環境庁長官]]）に対して激怒したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 国政 ===&lt;br /&gt;
[[自治大臣]]・[[国家公安委員会委員長]]、自民党幹事長代理、[[内閣官房長官]]、[[自民党幹事長]]などを歴任。自民党郵政事業懇話会の会長を務め、「郵政族のドン」としても知られ、[[特定郵便局長会]]に強い影響力を持ったほか、地方自治の長い経験や自治相経験から、[[自治省]]（後の[[総務省]]）にも影響力を持っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[金丸信]]の不祥事[[スキャンダル]]による議員辞職に端を発した竹下派（[[平成研究会]]）分裂の際に、反[[小沢一郎]]グループの急先鋒として名を知られるようになった。また、[[細川内閣]]発足によって自民党が下野したとき、京都府議時代の長期にわたる[[野党]]経験を生かした質問を行って、党内で実力を認められるようになった。特筆すべきは[[昭和45年]][[2月10日]]付けで[[国税庁長官]]から全国の[[税務署長]]あてに[[通達]]による『同和控除』である。この税の優遇措置が[[エセ同和]]団体に悪用されていることを衆議院[[予算委員会]]で追究した（これは後に野中が自治大臣になったときに、[[部落解放同盟]][[上杉佐一郎]]委員長と交渉を行い、国税庁も解消の通達を行うこととなる）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1994年]]に[[自社さ連立政権|自社さ連立]]による[[村山富市]]内閣で自治大臣・国家公安委員長として初入閣。&lt;br /&gt;
[[1995年]]、[[オウム真理教事件|オウム真理教によるテロ事件]]に[[破壊活動防止法]]を適用することを強硬に主張した。また、[[松本サリン事件]]で[[被疑者]]と疑われた通報者の[[河野義行]]に対して国家公安委員長として真っ先に謝罪に訪れた（[[長野県警]]は、現在に至るまで河野に謝罪していない）。村山首相は[[公安調査庁]]に破防法適用申請を認めたものの、[[公安審査委員会]]の審議により否決された。&amp;lt;!--[[日本社会党]]や[[後藤田正晴]]などの反対によって阻止された。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1996年]]の[[橋本龍太郎]]内閣では、[[小沢一郎]]率いる[[新進党]]と連携を図ろうとする[[梶山静六]][[官房長官]]ら「保保大連合」派と対立する「自社さ」派の中心メンバーとして、[[加藤紘一]][[自由民主党幹事長|幹事長]]を支えた。1996年の総選挙後は幹事長代理として加藤幹事長と組んで、新進党からの議員を引き抜いて自民単独過半数を回復させ、新進党解散の一因を作った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1997年]]、[[沖縄県]]の[[在日米軍|米軍基地]]用地の確保を続けるため、橋本内閣は[[米軍用地特別措置法]]改正案を出し、野中は衆議院で改正案の特別委員長を務めた。法案の委員会通過後、[[4月11日]]に野中は委員会報告を行ったが、報告の最後に&amp;lt;blockquote&amp;gt;「私たちのような古い苦しい時代を生きてきた人間は、再び国会の審議が、どうぞ[[大政翼賛会]]のような形にならないように若い皆さんにお願いをして、私の報告を終わります」&amp;lt;/blockquote&amp;gt;と付け加え、物議を醸した。法案は保保連合によって圧倒的多数で可決される見込みとなっていたため、保保連合を牽制したためとも、（立場上反対はできないが）純粋に性急な成立を危惧したためとも云われている。この発言は、新進党の要求により、[[国会会議録]]から消されている。なお、法案は同日の衆議院通過後、[[4月17日]]に[[参議院]]で可決成立した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1998年]][[第18回参議院議員通常選挙]]大敗で橋本首相が退陣すると、後継の[[小渕恵三]]内閣で官房長官を務めた。小渕内閣では一転して[[自公連立|自自公連立]]を推進した。官房長官在任中は広島県内の校長が卒業式での日の丸掲揚の対立を巡り自殺したのを機に[[国旗及び国歌に関する法律]]を策定、[[社会民主党 (日本 1996-)|社民党]]などの猛反対や党内の慎重論を押し切り成立させるなど、[[ハト派]]の野中らしからぬ一面も見せている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1999年]][[9月30日]]に[[茨城県]][[那珂郡]][[東海村]]で発生した[[東海村JCO臨界事故]]の際には内閣官房長官として事故対応の指揮を執った。総理官邸に事故状況の報告に来た[[科学技術庁]]（当時）の[[幹部]]がおろおろして事故現況の報告に詰まると、野中は「とにかく現場へ行きなさい。現場を見ないでどうやってこちら（官邸）に報告出来るのか！ 現場を見て、その状況を報告しないことにはこちらも対策を講じられないではないか」と激怒し、その科学技術庁幹部に東海村の現場へ直ちに行くよう命じた。これは野中自身が後にこの臨界事故について聞かれたときに語っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2000年]]に小渕首相が倒れると、[[森喜朗]]自民党幹事長、[[青木幹雄]]官房長官、[[村上正邦]]参院議員会長、[[亀井静香]][[自由民主党政務調査会|政調会長]]と協議を行い、森幹事長を小渕の後継[[自由民主党総裁|自民党総裁]]にすることとした。この協議は、首相を[[五人組 (自由民主党 2000年)|五人組]]によって密室で選出させたたものとして、野党から厳しく追及され、国民からも大きく批判された。野中は、森の後継として自民党幹事長代理から幹事長へ昇格した。国会で小渕の死を悼む発言をした[[鳩山由紀夫]][[民主党代表]]に対し「小渕前総理のご心労の多くがあなたにあったことを考えると、あまりにも白々しい発言」と厳しく批判した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年秋の[[加藤の乱]]では、[[宏池会|加藤派]]の[[古賀誠]][[自由民主党国会対策委員会|国会対策委員長]]らと連携、同派議員の多くを切り崩した。その直後、野中は幹事長を辞任、後任に古賀が就任した。この頃、小渕・森政権時代には官房長官・幹事長代理・幹事長として仕切ったことから「影の総理」と呼ばれたこともあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
森首相退任に伴う[[2001年]][[自民党総裁選挙]]では、当初、側近の古賀、[[鈴木宗男]]らや[[公明党]]から待望論が挙がるも、橋本龍太郎や[[村岡兼造]]ら派幹部からその突出振りを疎まれていたため支持が集まらず、結局橋本を担ぐことになる。橋本派は業界団体との強いパイプなどから圧勝すると見られていたが、[[小泉純一郎]]に一般党員の支持が集まり、[[木曜クラブ|田中派]]結成以来、総裁選で初の敗北を喫した。なお、野中は総裁選中に「橋本政権樹立後は[[党三役|三役]]に留任してもらう」と主流派の取り込みを図ったが、党内外で猛烈な反発にあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2003年]]自民党総裁選で、主戦論を唱え、[[青木幹雄]]参院幹事長、[[片山虎之助]][[総務大臣]]、[[石破茂]][[防衛庁長官]]、[[新藤義孝]]外務[[大臣政務官]]、[[村岡兼造]]元官房長官、[[大村秀章]]内閣政務官らと激しく対立し、一部の議員をポスト目当てで小泉支持に回っていると批判し、「[[毒まんじゅう]]」という言葉を残した（余談ながら「毒まんじゅう」はこの年の[[流行語大賞]]に選出され、本人が授賞式に出席した）。野中は自らの引退を賭けて[[藤井孝男]]元[[運輸相]]を擁立して総裁選に望んだが、首相・自民党総裁の小泉純一郎に大敗した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 政界引退 ===&lt;br /&gt;
2003年10月政界を引退したが、[[小泉内閣]]を『非情の政治』と批判を行った。また、野中自身の[[日本軍|軍隊]]体験から[[国防]]に関しては「[[ハト派]]」であり、[[日本国憲法|憲法]]の改正にも反対の姿勢であり、多くの対立点を持つ小泉内閣に対して異を唱え続けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]に、[[日歯連闇献金事件]]が発覚したが、野中は橋本らと共に1億円の小切手を受け取る現場に居合わせたことを否定。[[東京地検]]も[[政治資金規正法]]違反で捜査していたが、関与しているが積極的でないとして起訴猶予となった。これについて[[検察審査会]]（検察審査会は事件の当事者ではなく、その案件を扱う検察官の独立性の成否を扱う機関）」で不起訴は不当であるとする議決を行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]]の[[第44回衆議院議員総選挙]]では、かつて選挙区（[[京都府第4区]]）で後継者指名をした[[田中英夫]]（前[[亀岡市]]長）が、[[郵政民営化]]法案に造反し反対票を投じたため自民党から公認を得られず無所属で出馬。[[刺客]]として自民公認で出馬した[[中川泰宏]]元[[船井郡]][[八木町]]長に敗れた。中川は野中の議員時代の腹心で後継者と目されたこともあったが、[[北桑田郡]]・船井郡の[[市町村合併]]から意見の齟齬が見られるようになった。さらに、中川が、[[2002年]]の京都府知事選に[[笹野貞子]]元[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]副代表の応援を受けて立候補・落選して以来、野中との対立が決定的なものとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
亀井静香、藤井孝男、[[野田聖子]]、古賀誠、[[小林興起]]らかつての反小泉の勢力も落選・非公認・離党などで権力抗争から外れていったため、彼らを支援していた野中の影響力も次第に低下していた。小泉の後継者である[[安倍晋三]]が総理大臣を辞職すると、古賀誠の要請で[[麻生包囲網]]に参加したとも、[[福田康夫内閣]]成立の立役者（新五人組）の一人とも言われている。古賀が自民党選対委員長に就任したこともあり、低下していた野中の影響力に変化が生じている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 教育界 ===&lt;br /&gt;
2006年10月より[[平安女学院大学]]客員教授として[[政治学]]を中心とした教育、研究を実施している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
=== 「弱者」に対する配慮 ===&lt;br /&gt;
松本サリン事件の[[被害者]]でありながら被疑者扱いされた[[河野義行]]に対して「人間として政治家として心から申し訳なくお詫びしたい」と謝罪したことや、重度[[身体障害者]]療養施設や重度身体障害者授産施設を自ら設立・運営していることなどによる。松本サリン事件で重度の後遺症を持つことになった河野の妻を自ら運営する施設に受け入れる意思があることも話した。しかし、河野は仕事の関係で長野県から移動できないため、野中の施設の管理者が長野県内の施設を紹介した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[利用者:佐高信|佐高信]]は、[[魚住昭]]『[[野中広務 差別と権力]]』の解説で、『[[ハンセン病]]訴訟の元患者や弁護団が最も頼りにしたのが実は野中であり、官房長官時代に原告や弁護団に会い、国の責任を事実上認めた野中に、彼らは「痛みのなかに身体をおけるひと」と賛辞を惜しまないという』と書いた。事実、野中が政界から引退を表明した直後、ハンセン病訴訟全国原告団協議の会長、会長代理、副会長及び事務局長、全国ハンセン病療養所入所者協議会長の連名で「議員引退の撤回を求める緊急要請書」が野中に届けられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野中の父は[[保護司]]を務め、[[戦災孤児]]の収容施設「園部寮」の運営に深く関わっていた。野中の自著『私は闘う』の解説で、[[後藤謙次]]は、[[社会的弱者]]に注がれる野中の視線は暖かく、そして「弱者に対する眼差し」は決して同情からではなく、生まれ育った環境の中で辛さ苦しみを共有する中で芽生え体に染み付いたものと書いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野中は京都府議会議員、京都府副知事時代に[[部落問題|被差別部落]]出身であることを話したことがあった。しかし、地方政治家時代から[[部落解放同盟]]などとは一線を画しており、京都府議時代には蜷川府政の[[同和対策事業]]と部落解放同盟を「一般の人が理解をするものでなければ、新しい差別を呼び起こす」と厳しく批判している。また、京都府副知事時代には部落解放同盟幹部のいる席で「部落問題をダシにして利権あさりをしたり、あるいはそれによって政党の組織拡大の手段に使う人を憎みます。そういう運動を続ける限り、部落解放は閉ざされ、差別の再生産が繰り返されていくのであります」と発言したこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 麻生太郎への批判 ==== &lt;br /&gt;
===== 批判内容 =====&lt;br /&gt;
魚住昭『野中広務 差別と権力』&amp;lt;ref name=&amp;quot;uo&amp;quot;&amp;gt;『野中広務 差別と権力』 384から386頁、391から393頁 &amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[[角岡伸彦]]は著書『はじめての部落問題』で『野中広務 差別と権力』からこの事件の記述を引用し、「野中が小泉首相も出席した総務会で差別発言を指弾したにもかかわらず、不幸にも、麻生（[[福岡県第8区|福岡8区]]選出）はその直後、[[部落問題|部落差別]]の担当官庁である[[総務省]]の大臣に就任した。泥棒が警察官になるようなもので、これほど不適切な大臣登用はない。麻生は後に、衆議院総務委員会でこの問題を追及されたとき、「そのような発言をしたことは全くありません」と事実を否定している。ではなぜ、野中に指弾された総務会の席上で「何も答えず、顔を真っ赤にしてうつむいたままだった」のか、不可解である。その後、この問題発言は、うやむやになってしまった。しかし、部落出身という理由による総理大臣就任阻止の動きがあったとすれば、未遂ではあるが、有権者の代表である国会議員による“就職差別”である。」と解説している。&amp;lt;/ref&amp;gt;によると、野中は[[麻生太郎]]が過去に野中に対する差別発言をしたとして、2003年9月11日の麻生も同席する[[自由民主党総務会]]において、麻生を激しく批判した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「総務大臣に予定されておる麻生政調会長。あなたは[[為公会|大勇会]]&amp;lt;ref&amp;gt;週刊ポストは第40巻第44号で「本誌は01年の総裁選当時、大勇会のＡ議員から“麻生発言”をめぐる混乱の顛末について証言を得ていた。A議員によれば、麻生発言がなされたとされる大勇会の会合の翌日、麻生氏側のB議員が自民党幹事長室に呼ばれたという。「そこには険しい表情をした野中氏が待っていて、前日の会合の議事録のようなメモを突きつけ『麻生が何をいったか全部わかっている。オレは絶対に許さない』と通告したB議員は真っ青になって派閥に戻り、経緯を報告した」という内容だった。」と報じている。&amp;lt;/ref&amp;gt;の会合で『野中のような部落出身者を日本の総理にはできないわなあ』とおっしゃった。そのことを、私は大勇会の三人のメンバーに確認しました。君のような人間がわが政党の政策をやり、これから大臣ポストについていく。こんなことで人権啓発なんかできようはずがないんだ。私は絶対に許さん！」&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
野中の激しい言葉に総務会の空気は凍りついた。麻生は何も答えず、顔を真っ赤にしてうつむいたままだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
NPO法人・[[多民族共生人権教育センター]]の第6回2005年度総会で記念講演『いま、日本を憂う』を行った野中は、麻生による差別発言を事実と語っている&amp;lt;ref&amp;gt;先日、多民族共生人権教育センターの総会が開かれ、その記念講演で野中広務さんに来て頂きました。野中さんは「まさか、私が[[大阪人権センター]]に呼んで頂けるとは」と言っておられました。その懇親会の席で、私は『野中広務 差別と権力』（魚住昭著）に書かれている麻生太郎の差別発言について「あれは本当なんですか」と直接聞きました。実は部落解放同盟の中央大会でも、このことについて意見が出され、「解放同盟としては現在、事実確認ができていない」と答えていたからです。野中さんは「差別発言は本当です。次の選挙では、私は麻生の地元に入る。解放同盟も行動を起こすべきだ」と言われました。彼は、自身と部落解放同盟には考え方の違いはあるとした上で、部落差別が未だ根深いという認識は一致できるとして「差別をなくしていくためにも部落解放運動の中で、もっとエセ同和の問題に取り組んで欲しい。できたら自分の問題（麻生発言）も取り組んで欲しい」と言われました。部落解放同盟大阪府連合会書記長、[[北口末広]]近畿大学教授『大阪市人権協会mews』NO.22, 2005年6月15日&amp;lt;/ref&amp;gt;。また、2006年12月13日、シンポジウム『今こそ部落問題を語る—特別措置法の功罪について考える—&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.co-existing.com/forum/forum20061213.html 都市共生社会研究分野主催シンポジウム『今こそ部落問題を語る—特別措置法の功罪について考える—]&amp;lt;/ref&amp;gt;』にて、講師として招聘された野中が、麻生の差別的発言について語った。それによると、麻生が大勇会の会合で「野中のような部落出身者を日本の総理にしていいのか」と発言し、野中は大勇会会員3名からその発言内容を確認したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===== 麻生太郎サイドの見解 =====&lt;br /&gt;
*2005年2月22日、衆議院総務委員会で、衆議院議員[[中村哲治]]が麻生に対し発言の真偽を質したが、麻生は「大勇会の席でその種の発言をしたことはありません」と答弁し、部落差別発言を行ったことはないと主張している。また、「総務大臣に予定されていると言われましたけれども、前の日に自分が何大臣になるかということを知っていた大臣はゼロです」「下を向いて赤くなりもしませんでしたから」と答え、『野中広務 差別と権力』における野中の発言についての記述内容が事実と異なることを指摘している。なお、大勇会での麻生の一連の発言があったという、総務会における野中の発言については「その発言があったことも記憶をいたしておりますし、その種の発言があったことも、現場におりましたのでよく知っております」と麻生は答弁している&amp;lt;ref&amp;gt;[http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/162/0094/16202220094003a.html 第162回国会 総務委員会 第3号平成十七年二月二十二日（火曜日）]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*また、麻生事務所は「地元・福岡の炭坑に絡む被差別部落問題についての発言が誤解されて伝わったものだ」と説明しており&amp;lt;ref name=&amp;quot;uo&amp;quot;/&amp;gt;、[[週刊現代]]の取材に対し「衆議院総務委員会で説明しており、それ以上のコメントはない」と回答している。この回答を受けた週刊現代の取材に対し、野中は「事実無根だなんて。その会議（＝差別的発言があったとされる大勇会の会合）におった人間が言ってますよ。河野さん（＝[[河野洋平]]）も言っているし。何人も聞いていることだから、私は言うてる」と発言した&amp;lt;ref&amp;gt;『週刊現代』49巻1号、講談社、2007年1月13日&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*[[藤本順一]]は、この問題には[[森喜朗]]内閣の退陣後における[[平成研究会|橋本派]]内の内部抗争が絡んでおり、麻生を総理に担ごうとした動きに反対する勢力が石炭六法の廃止に伴う麻生の発言&amp;lt;ref&amp;gt;「石炭六法は終わるが、旧産炭地が置かれた状況は変わらない。同和対策や在日朝鮮人の問題など政治的な責任はなくならない」&amp;lt;/ref&amp;gt;を曲解して流布したことが原因で発生したとしている&amp;lt;ref&amp;gt;鈴木宗男・上杉隆と藤本の対談「総裁選『迷走』の根源」（『週刊朝日』2008年9月26日号 p.24）&amp;lt;/ref&amp;gt;。しかし、[[上杉隆]]によると、藤本は麻生の著書『とてつもない日本』の編集にかかわり、麻生と同じ福岡・筑豊の出身、麻生選対のあった「ホテルオークラ東京」のペントハウスで連日取材をしていた政治ジャーナリストだという&amp;lt;ref&amp;gt;[http://diamond.jp/series/uesugi/10046/ ダイヤモンド・オンライン『週刊 上杉隆』【第46回】2008年09月25日]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===== 第三者による見解 =====&lt;br /&gt;
2004年9月16日[[全国地域人権運動総連合]]は根拠を示した上での弁明ではなく、差別発言が事実である可能性がきわめて高いとして、真相究明と責任を問う申し入れを麻生太郎に対して行った。また、この申し入れでは、発言が事実でないのであれば、野中や魚住、講談社などを訴えるべきであるとしているが、麻生側から納得のいく回答は得られておらず、「2004年の段階で（麻生を）国会議員としての資格なしと判断している&amp;lt;ref&amp;gt;[http://homepage3.nifty.com/zjr/topics8.htm 麻生総務大臣の「部落差別」発言について]&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://homepage3.nifty.com/zjr/topics8_1.htm 麻生総務大臣への申し入れ全文]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
（ほかに、奈良県部落解放同盟支部連合会も民主党奈良県連に『（小泉内閣）閣僚差別発言への事実究明を要望書』を提出している&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.nponara.or.jp/kenren/tayori_kenren_youbou1.htm 閣僚差別発言への要望書]&amp;lt;/ref&amp;gt;。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 朝鮮半島 ===&lt;br /&gt;
野中の地元でもある[[南丹|京都府中部]]には[[マンガン]]を始めとする多くの鉱山&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www6.ocn.ne.jp/~tanbamn/history2.htm 丹波マンガン記念館]&amp;lt;/ref&amp;gt;があった。そこでは、[[朝鮮半島]]出身の労働者&amp;lt;ref&amp;gt;野中は『老兵は死なず 野中広務全回顧録』等の著書では強制連行された朝鮮半島の「人びと」や「人たち」としている。&amp;lt;/ref&amp;gt;が働いていた。野中の実家は、鉱山から逃げてきた[[朝鮮人]]労働者をかくまっていたという。また、少年時代の野中の子守をしたのは、朝鮮人女性だった。野中は「朝鮮半島から連れて来られた人たちが虐待を受けた姿を何度も見てきた。僕には大へんひどい目にあわせたという罪悪感がある。そういうものを我々が生きとる間に払拭して、朝鮮半島との信頼関係をつくっておきたいんや」と語っている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.jinken.ne.jp/special/nonaka/index.html ふらっと—特集 戦後60年と人権 野中広務さん]&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.mindan.org/search_view.php?mode=news&amp;amp;id=7442 民団新聞2006年12月6日，&amp;lt;在日から見える社会&amp;gt;]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== アジア外交 ===&lt;br /&gt;
==== 北朝鮮 ====&lt;br /&gt;
野中は[[中選挙区]]時代、[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]からの入港隻数が国内最多であり、主要貿易相手国とする[[舞鶴港]]のある[[舞鶴市]]を含む旧京都2区を選挙区としていた。したがって、舞鶴市の経済発展を鑑みると北朝鮮との関係改善が必要であった。事実、[[特定船舶入港禁止法]]に基づく北朝鮮籍の船舶入港禁止において、舞鶴市を中心とする周辺地区に経済的影響があるのではないかと心配する声もあったため、[[京都府]]や舞鶴市、[[舞鶴市商工会議所]]等によって緊急対策会議が開催された&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.pref.kyoto.jp/ncw/shoko.html 対北朝鮮輸入禁止等に伴う緊急対策会議]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1990年]]、金丸訪朝団（自民党団長[[金丸信]]、[[日本社会党]]団長[[田辺誠]]のほか、[[石井一]]、[[武村正義]]などの議員が参加。野中自身によると「四回生議員の平社員」として参加）の一員として北朝鮮を初めて訪問。[[逓信委員会]]に所属していたため、日本と北朝鮮間の通信網の整備、[[国際原子力機関|IAEA]]の[[核査察]]を北朝鮮が受け入れることの要求を担当した。この金丸訪朝団における交渉では、[[北朝鮮による日本人拉致問題]]を全く取り上げられておらず、この時点における北朝鮮に対する見方を「まだ非常に甘かった」と認め、また、1988年当時の[[梶山静六]][[自治大臣]]・[[国家公安委員長]]が[[日本共産党]]の[[橋本敦]]参議院議員の質問に対して「北朝鮮の拉致の声が濃厚」と政府内の指摘があったにも関わらず、早期に触れることができなかったことを残念であるとしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1997年11月、森訪朝団（森喜朗団長のほか[[中山正暉]]、[[関根則之]]、[[小野清子]]以上自民党。[[伊藤茂]]、[[大脇雅子]]、[[田英夫]]以上[[社会民主党 (日本 1996-)|社民党]]。[[新党さきがけ]]・[[堂本暁子]]）の一員として訪朝。北朝鮮側は「拉致などありえない」、「拉致があるとすれば南（[[大韓民国|韓国]]）じゃないか。[[金大中]]大統領は、まさしく日本から拉致されたんじゃないか。だからあなた方は同じ朝鮮半島で、南のトップが拉致されているのに、何をもって証拠にわれわれに言うんだ」と主張した。その夜、野中は盗聴をされているのをおりこみ済みで、百花園迎賓館で&amp;lt;blockquote&amp;gt;「おい、こんな国、もう二度と来ないぞ。俺は今日まで、金丸さんの気持ちを継いで、何とか近くて近い関係にしたいと思って努力をして、日本ではいろんなことを言われながら、まあ、自分で傷つき、家族に迷惑かけてきたけれども、もうこんな誠意のない国、二度と来ん」&amp;lt;/blockquote&amp;gt;と話した。翌朝午前6時、[[朝鮮労働党]]アジア太平洋委員会の[[宋浩京]]が野中を訪れ、「拉致問題は、拉致では受け入れられない。行方不明者という呼び方で拉致7件10名の名簿を預かって、[[朝鮮赤十字会]]での調査」を提案してきたため、森及び外務省の[[槙田邦彦]]審議官と相談を行い、槙田審議官が「行方不明でも結構です。拉致事件についてとにかく調査しようと足がかりできたら大きな収穫です」と野中に話した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 北朝鮮に関連する発言 ====&lt;br /&gt;
*「拉致疑惑があるから食糧は送るなとの意見は強いが、（北朝鮮とは）[[従軍慰安婦]]や[[植民地]]、[[強制連行]]があった。近くて近い国にしたい。日本はコメが余っているのに隣人を助けることができないのは恥ずかしい。壁を破ってでも食糧援助をすべきだと思って環境整備をしている」&amp;lt;ref&amp;gt;[[産経新聞]] [[1998年]][[4月7日]]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*「隣国が困っているのに援助せず、心を通わせないで、拉致疑惑をはじめとする問題が解決するか」&amp;lt;ref&amp;gt;NHK『日曜討論』 [[1999年]][[12月5日]]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*[[2000年]]3月、島根県での講演において、北朝鮮へのコメ支援に反対して拉致被害者家族が自民党前に座り込みをした事に対して「日本人の拉致問題を解決しないでコメ支援はけしからんと言うが、日本国内で一生懸命吠えていても[[横田めぐみ]]さんは返ってこない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 中国に関連する発言 ====&lt;br /&gt;
*野中は[[2008年]][[4月17日]]、[[中国共産党]]中央対外連絡部部長[[王家瑞]]との会談の席で[[2008年のチベット動乱|チベット問題]]に触れて「[[胡錦濤]]総書記をはじめ、中国政府の指導者は日本との関係発展を非常に重視している。チベット問題は中国の内政であり、われわれはこの問題を利用した [[北京オリンピック|オリンピック大会]]の[[ボイコット]]と破壊に反対する」と発言している&amp;lt;ref&amp;gt;[http://japanese.cri.cn/151/2008/04/17/1@116162.htm  中国共産党対外連絡部長　自民党の野中元幹事長らと会談]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*2008年12月13日、東京都内で市民団体が開催した「[[南京事件]]71周年集会」で、野中は1971年に後援会の人々と南京を訪れた際、日本軍兵士だったという1人が「女子供を百数十人も殺した」と告白したエピソードを紹介。野中は「非人間的な事態があったことを知ることができた」とし「国の将来を思う時、歴史に忠実でなければならない」と主張した&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.sanyo.oni.co.jp/newsk/2008/12/13/20081213010004041.html 後援会員が「殺した」と告白　南京占領７１周年で野中氏]山陽新聞&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 「叩き上げ」から「影の総理」へ ===&lt;br /&gt;
野中は国会議員としては遅咲きであったため当選回数でいうと村岡らの橋本派の他の幹部と比較して少ない。将来を期待している古賀誠も同数であるが、初当選が補選であったために、野中のほうが国会議員歴が実質短い。それだけに原則的に[[年功序列]]であったかつての自民党において野中がいかに際だった「叩き上げ」だったかがわかる。また、古賀を含めて亀井静香、[[鈴木宗男]]など協力関係にあった人物にも「叩き上げ」が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
京都府内の各界に対する影響力が大きい。ただし、選挙区内であった亀岡市、南丹市などでは交通や下水道などの生活基盤整備は進んでおらず、むしろ遅れていることから決して地元利益誘導型の政治家でないとする考え方もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自民党幹事長代理として仕えた加藤紘一幹事長に心酔し、小渕政権で加藤が反主流化するまで「加藤を総理にする」との姿勢を示していたことから、野中の突出を快く思わない党幹部から「野中はキングメーカーまで狙っている」と批判された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「[[士志の会]]」を主宰する古賀誠とは同期当選ながら師弟関係にある。また、2度総裁選に出馬している[[亀井静香]]、[[鈴木宗男]]、[[茂木敏充]]、[[野田聖子]]、さらに麻生太郎を親しく期待していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他 ===&lt;br /&gt;
* [[阪神タイガース]]のファンである。[[2003年]]6月16日、大阪で行われた講演で[[星野仙一]]監督が率いるタイガースの独走について、出席者から「優勝は間違いないですな。」と言われた。野中は『そう言われると不安になる。これから悪い潮目が来たらかなわん』と、優勝を期待しながらも不安にさいなまれるファン心理を吐露して会場を沸かせた&amp;lt;ref&amp;gt;[[時事通信]]2003年6月16日&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 地元へ帰った折にはコーヒーを飲むための行きつけの喫茶店があった。なお、この喫茶店は廃業している&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.election.ne.jp/10301/58344.html 田中ひでおのメールマガジンー園部・三洋苑]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 栄典 ==&lt;br /&gt;
* 2002年11月3日 [[勲一等旭日大綬章]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 家族親族 ==&lt;br /&gt;
* 弟・[[野中一二三]]（のなか　かずみ、[[1931年]][[5月8日]] - ）（元園部町長）&lt;br /&gt;
* 妻は[[竹下登]]（元首相）と同じ[[島根県]][[掛合町]]（現[[雲南市]]）出身である&amp;lt;ref&amp;gt;『野中広務 差別と権力』 83頁&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 文献 ==&lt;br /&gt;
=== 単著 ===&lt;br /&gt;
* 『私は闘う』 [[文藝春秋]] 1996年5月 ISBN 4163515909&lt;br /&gt;
* 『老兵は死なず 野中広務全回顧録』 文藝春秋 2003年12月15日 ISBN 4163656405&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 共著 ===&lt;br /&gt;
* （[[野村克也]]）『憎まれ役』 文藝春秋 2007年10月 ISBN 4163695508&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 参考文献 ===&lt;br /&gt;
* 京都弁護士会公害対策・環境保全委員会 『京の自然保護とまちづくり』 京都新聞出版センター 1996年03月 ISBN 476380393X&lt;br /&gt;
* [[魚住昭]] 『野中広務 差別と権力』 講談社 2004年06月29日 ISBN 4062753901&lt;br /&gt;
* [[角岡伸彦]] 『はじめての部落問題』 文藝春秋 2005年11月20日 ISBN 4166604783&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== その他の関連人物 ==&lt;br /&gt;
* [[荒巻禎一]]—前京都府知事&lt;br /&gt;
* [[江藤隆美]]&lt;br /&gt;
* [[野坂浩賢]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;div class=&amp;quot;references-small&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;references /&amp;gt;&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.kyoto-np.co.jp/kp/koto/tanba/116.html いま、ふるさとの君たちへ 野中広務]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[自由民主党幹事長]]|2000|[[森喜朗]]|[[古賀誠]]|}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[内閣官房長官]]|1998 - 1999|[[村岡兼造]]|[[青木幹雄]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[沖縄開発庁|沖縄開発庁長官]]|第38代: 1998 - 1999|[[井上吉夫]]|青木幹雄}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[自治省|自治大臣]]|第48代: 1994 - 1995|[[石井一]]|深谷隆司}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[国家公安委員会委員長]]|第56代: 1994 - 1995|石井一|[[深谷隆司]]}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:のなか ひろむ}}&lt;br /&gt;
[[Category:京都府の政治家]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の衆議院議員(1947-)]]&lt;br /&gt;
[[Category:自然保護活動家]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の鉄道官僚]]&lt;br /&gt;
[[Category:被差別部落]]&lt;br /&gt;
[[Category:慰安婦問題の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:オウム真理教事件に関連する人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:京都府出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1925年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>118.238.228.194</name></author>	</entry>

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		<title>野々村竜太郎</title>
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				<updated>2016-04-13T04:22:50Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;118.238.228.194: /* 野々村画像 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:野々村竜太郎1.jpg|300px|thumb|野々村 竜太郎]]&lt;br /&gt;
'''野々村 竜太郎'''（ののむら りゅうたろう、[[1966年]][[7月29日]] - ）は、[[日本]]の[[政治家]]。元[[兵庫県議会議員]]（1期）。[[2014年]][[7月11日]]、自身の政務活動費問題を受け任期途中で辞任。現、[[西宮維新の会]][[代表]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
[[Image:野々村竜太郎2.jpg|300px|thumb|野々村 竜太郎]]&lt;br /&gt;
[[兵庫県]][[川西市]]の[[職員]]であったが、[[政治家]]を志す。[[地域政党]]である[[西宮維新の会]]を旗揚げし、その[[代表]]に就任した。[[兵庫県議会]][[議員]][[選挙]]にて[[当選]]を果たし、兵庫県の県政に参画した。なお、西宮維新の会は、[[名称]]が似ているものの、[[大阪維新の会]]や[[日本維新の会]]とは全く関係がない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
=== 生い立ち ===&lt;br /&gt;
[[1966年]]7月29日、大阪市にて誕生。大阪市立豊崎本庄小学校、大阪市立豊崎中学校卒業。[[大阪府立北野高等学校]]に進学。同校でコーラス部に所属、同校を一年時に不登校となり、出席日数が足りず、体育の単位が取れず留年した。その後、同校を卒業。同校を卒業後、[[関西大学]]に進学した。関西大学では[[法学部]]の[[法律学科]]に在籍した。また、サークル活動として混声合唱団のサークルに所属していた。なお、後年、関西大学の[[卒業生]]らで組織された「兵庫県庁秀麗会」の[[顧問]]に就任している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
関西大学を卒業すると、平成4年(1992年）に[[兵庫県]][[川西市]]の[[職員]]として採用された。以来、[[地方公務員]]として勤務を続け、川西市役所の[[総務部]]にて、契約管財課や資産税課、選挙管理委員会事務局、多田東小学校、東谷中学校、総務部防災安全課（消防本部総務課併任）に勤務した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
川西市役所に15年近く勤めたのち、2007年11月をもって退職。[[政治]]の道を志した。退職後は、[[宅地建物取引主任者]]として生計を立てた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 政治家として ===&lt;br /&gt;
2008年7月27日、兵庫県太子町長選。候補者3人中最下位の485票で落選。&lt;br /&gt;
2008年11月16日、兵庫県西宮市長選。候補者6人中最下位の6184票で落選。&lt;br /&gt;
2009年7月5日、兵庫県議補選西宮市選挙区（被選挙数1）。候補者3人中、最下位の33359票で落選。&lt;br /&gt;
2010年5月16日、西宮市長選。候補者3人中最下位の25924票で落選。&lt;br /&gt;
2011年4月　[[地域政党]]として[[西宮維新の会]]を旗揚げし、自らがその初代[[代表]]に就いた。そして、[[兵庫県議会議員]][[選挙]]へ立候補を表明し、自宅のある[[西宮市|西宮市選挙区]]から出馬することを明らかにした。[[公約]]として、兵庫県の[[公立高等学校]]の[[進学率]]と[[就職率]]の向上などを掲げ、[[2011年]][[4月]]10日、兵庫県議会議員選挙にて[[当選]]を果たした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[兵庫県議会]]では、[[総務委員会]]などに属した。[[会派]]には所属せず、[[無所属]]として活動した。[[兵庫県議会副議長]]選挙においては[[2012年]][[6月13日]]に1票を獲得したものの、82票を獲得した[[野間洋志]]に敗れた。翌、[[2013年]][[6月12日]]の[[兵庫県議会議長]][[選挙]]では、1票を獲得したものの、82票を獲得した[[石堂則本]]、に敗れた。また、同時に行われた[[兵庫県議会副議長]]選挙においては1票を獲得したものの、61票を獲得した[[加田裕之]]に敗れた。[[2014年]][[2月21日]]に行われた広域連合議会議員選挙では1票を獲得したものの、79票を獲得した[[合田博一]]に敗れた。その後、[[2014年]][[6月11日]]の[[兵庫県議会議長]][[選挙]]においては、1票を獲得したものの、82票を獲得した[[梶谷忠修]]に敗れた。また、同日行われた[[兵庫県議会副議長]][[選挙]]においては、1票を獲得したものの、47票を獲得した[[松本隆弘]]に敗れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 野々村氏、音痴扱いされ「アヴァヴァバヴァヴァー！」と反論 ===&lt;br /&gt;
今や「日本一有名な元県議」となってしまった号泣会見の野々村竜太郎氏(47)。杜撰すぎる政務活動費の不正使用もさることながら、釈明会見での「ア゛ア゛アァーン！　やっと議員になったんです！　アッハーン！」と泣きわめく姿は強烈だったが、彼はどんなルーツの持ち主なのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
関西大法学部を卒業後、兵庫県川西市役所に採用され、2007年に退職。2008年から兵庫県内の太子町長選、西宮市長選など4度の落選の末、2011年4月に県議選に最下位で初当選。「表」の肩書きからは、彼の一風変わった個性は見えてこない。会見で注目を浴びたあの奇声のルーツは、彼の経歴をもう少しさかのぼらなければわからない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野々村氏は大阪市北区の出身で、府立北野高校に進学する。昨年度も京都大、大阪大にそれぞれ55人の合格者を出す府内屈指の名門である。中学校まで優秀で通っていた野々村氏も、優秀な学生が集うこの学校では成績振るわず、出席日数も足りなかったために留年。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
留年した学年の1学年下には[[NHK]]の[[有働由美子]]アナ（45）が、2学年下には[[橋下徹]]・大阪市長（45）がいた。野々村氏が高3だった年は、この3人が同時に北野高校に通っていたことになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野々村氏は[[コーラス]]部に所属。[[フランク永井]]や[[細川たかし]]などを[[カラオケ]]で熱唱する美声は、この頃に培われたようだ。部ではベース(低音)のパートリーダーを務めていたが、評判はサンザンだった。当時のコーラス部員がいう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あの人は留年で年上やからみんな“ののさん”って呼んでましたね。正直、パートリーダーっていっても音は外れてることが多かった。それを誰かに指摘されて“そんなことないわ！　アヴァヴァバヴァヴァー！”と泣きながら反論したこともあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あの人がコーラス部に入ったのは女子が多かったからやろな。ある女子はののさんのアタックが激しすぎて“もうイヤや”って辞めてしまったし、2年になっても新1年の女子2～3人に言い寄ってた。高校を卒業してからも“後輩の練習を見に来る”ってやってきてはアタックしてたらしい。選挙と一緒でめげないんです(笑い)。女子の中では“ののさんには気をつけろ”いうんが合言葉やった」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 「号泣」野々村元県議がマスコミに要請「一切の報道を厳粛願いませんでしょうか！」 ===&lt;br /&gt;
野々村竜太郎・元兵庫県議が、「お詫び」のブログを再度公開した。政務活動費の不自然な支出をめぐり、議員辞職した野々村竜太郎・元兵庫県議が7月14日、自らのブログを更新し、「辞職に伴うお詫び等」と題する記事を再び公開した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野々村議員は12日、同じタイトルの記事を公開したが、その後削除していた。今回は、12日に投稿した内容を大幅に削った文章を投稿している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
12日の記事では、県議選の際に名乗った「西宮維新の会」について、「確かに虎の威を借りたのは事実」などと記載していたが、今回の記事では削除した。また、マスコミとのやりとりや、居住用として契約したUR住宅を事務所として届け出ていたことの釈明も記載していたが、削除した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方で、自宅付近での取材については、「ご近所の皆様を喧騒から、知人や家族・親戚の皆様を不安から解消し、ありふれた日常生活に戻していただくため」に、「自粛」を要請。「週刊誌等で本件と直接関係のない家族等についての虚偽や誤解を招く内容等一切の報道を厳粛願いませんでしょうか！」と記している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野々村元県議が7月14日午前8時に再投稿した記事全文は次の通り。（「野々村竜太郎公式ブログ」より）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 辞職に伴うお詫び等 ===&lt;br /&gt;
この度は、私の政務調査費・政務活動費収支報告について、議会の再調査でも、説明できない・不適切な支出がありましたことが明らかになり、ご近所、県民の皆様、地方議会の議員の先生方、議会の先生方や事務局職員、当局の皆様、知人や家族・親戚の皆様はじめ、関係者の皆様方にお詫びし、私の不祥事を全国は勿論世界に拡散し、全ての混乱の全責任を取り、議長の辞職勧告を厳粛に受け止め、議員辞職しました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、議会の再調査で、説明できない・不適切な支出と認定されました過去の全支出、全ての政務調査費・政務活動費支出の全額に利子を加算しました総額を一括返納します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
刑事告発されましたことに、真摯に深刻に受け止め、非常に反省しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最後のお願いとして、最初に、一刻も早く議会として正常化させていただくため、全ての原因と責任は私で、議員の先生方のご自宅や事務所、議会事務局をはじめ、議会関係機関へのお電話やＦＡＸ、メール等について、既に議会事務局職員は限界を越えてお電話等にご対応させて頂いておりますので、特に議会事務局へのお電話はご容赦願いませんでしょうか、さらに、ご近所の皆様を喧騒から、知人や家族・親戚の皆様を不安から解消し、ありふれた日常生活に戻していただくため、ご近所、知人や家族・親戚の皆様を含め、自宅や周辺での取材を自粛願いませんでしょうか、最後に、週刊誌等で本件と直接関係のない家族等についての虚偽や誤解を招く内容等一切の報道を厳粛願いませんでしょうか！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最後に、子どものように号泣しましたのに加えて、政務活動費が議員活動全体に比較すれば小さいことと発言したことを含め、政務活動費収支報告も議員活動全体も同様に重要だと改めて表明すると共に、本当に誠に心からお詫び申し上げます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 政策 ==&lt;br /&gt;
; 「ワン西宮」&lt;br /&gt;
: 「ワン西宮」と称し、西宮市の北部地域と南部地域の一体的な発展を訴えている。具体的には、[[国道176号]]や[[阪神本線]][[甲子園駅]]、[[名神湾岸連絡線]]といった[[交通]][[インフラストラクチャー]]の整備を主張している。&lt;br /&gt;
; 「私たち西宮市民の最後の希望」&lt;br /&gt;
: 自ら「私たち西宮市民の最後の希望」と称し、クリーンな政治の実現を訴えている。具体的には、[[不正]][[経理]]は絶対に許さず、徹底的に追及すべきだと主張している。また、[[行政改革]]を推進し、[[財政]][[支出]]の縮減を図るとした。さらに、[[議員報酬]]の半減を掲げており、この案に反対する兵庫県議会議員の実名と反対する理由を全面的に公開せよと訴えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 騒動 ==&lt;br /&gt;
[[Image:野々村竜太郎3.jpg|300px|thumb|野々村 竜太郎]]&lt;br /&gt;
政務活動費から交通費名目で300万円超を支出&lt;br /&gt;
: 2013年度の政務活動費として300万円以上を支出しており、その理由として兵庫県[[豊岡市]]、[[佐用郡]][[佐用町]]、[[東京都]]、[[福岡県]][[福岡市]]の4ヶ所を日帰りで195回訪問し、[[往復切符]]代が300万円以上に達したためと主張し、物議を醸した。&lt;br /&gt;
: 2013年度の収支報告書によれば、「要請陳情等活動費」として301万5160円を計上しており、全額を[[交通費]]として使用したとされている。具体的には、自宅最寄駅である[[阪神武庫川線]][[武庫川団地前駅]]から、[[JR]][[山陰本線]][[城崎温泉駅]]に106回、[[JR]][[姫新線]]／[[智頭急行智頭線]][[佐用駅]]に62回、[[博多駅]]に16回、[[東京都]]に11回訪問し、その往復切符代に充当したとされていた。なお、4ヶ所を訪問した日については、全て議会登庁日以外の日となっていた。この不明朗な支出について兵庫県議会から刑事告訴され、2014年7月18日に虚偽公文書作成・同行使の疑いで兵庫県警が西宮市の野々村元議員の自宅を家宅捜査した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 発言 ==&lt;br /&gt;
; 政務調査費の使途についての会見&lt;br /&gt;
: [[2014年]]、前年度の[[政務調査費]]として約300万円を支出していたことが発覚し、同年[[7月1日]]に[[記者会見]]を開いた。しかし、会見中に感情的になり、涙ながらに語る異例の記者会見となった。[[会見]]では「誰ガデー! ダデニ[[投票]]シデモ! オンナジオンナジヤオモデェー!」「ンァッ! ハッハッハッハー! この[[日本]]ンフンフンッハアアアアアアアアアアァン! アゥッアゥオゥウアアアアアアアアアアアアアアーゥアン! コノヒホンァゥァゥ……アー！ 世の中を……ウッ……ガエダイ!」と述べ、選挙での投票により日本の世の中を変えたいとの思いを語るなど、政治に対する志を涙ながらに主張した。また、[[高齢化]][[問題]]についても「[[高齢者]][[問題]]はぁ……グズッ……我が県のみンドゥッハッハッハッハッハアアアアァァ! 我が県のみンゥッハー! グズッ我が県のみならずぅう! [[西宮]]……[[日本人]]の[[問題]]やないですかぁ……命がけでッヘッヘエエェエェエエイ! アァアン! アダダニハワカラナイデショウネエ……」と述べ、[[高齢化]][[問題]]は[[県]]だけでなく[[国]]全体での取り組みが必要と指摘するとともに、この問題に対する意気込みを涙ながらに主張した。なお、追求されていた政務費不正に関する回答は無かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 野々村竜太郎議員の「泣きじゃくり会見」に、宮根誠司氏をはじめ「ミヤネ屋」出演陣が大ウケ。「超ド級の奇人変人議員」「県会議員はこのレベルかと思われる」と厳しく批判 ==&lt;br /&gt;
2014年7月2日放送の「[[ミヤネ屋]]」([[日本テレビ]]系)で、番組出演陣が野々村竜太郎議員の「号泣釈明会見」に笑いをこらえきれぬ様子が映し出された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
番組では、前日の1日に釈明会見を開いた兵庫県議会・野々村竜太郎議員の政務活動費不正支出疑惑を取り上げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
疑惑内容や釈明会見での情報などをまとめ、解説や検証を行ったが、会見中のVTR映像が流れた際、泣きじゃくる野々村議員を見た司会の[[宮根誠司]]ほか出演陣は笑いをこらえきれず、半笑いのような状態であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この日コメンテーターとして出演していたプロテニスプレーヤーの[[杉山愛]]も終始笑顔、宮根も笑いをこらえようと首をかしげたり、ややうつむいたりしていたが、笑顔は隠しきれなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、ジャーナリストの[[手嶋龍一]]氏、[[読売新聞]]特別編集委員の[[橋本五郎]]氏も、同様に呆れつつも笑顔であった。スタジオでのトークに移ると、宮根は「笑っちゃいけないですけどね」と一言。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、疑惑内容や会見での発言をまとめるなど解説、検証してもツッコミどころが満載で、スタジオは終始、呆れ半分の笑いに包まれた。橋本氏は「泣きたいのはこっちですよ」とツッコミ。手塚氏も「五郎さんも私も若い頃からジャーナリストとしてかなり奇人変人の議員に会ってきましたけれども、これはかなりですね、超ド級。世界クラスですね」とツッコミをいれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、杉山は会見でちゃんと説明ができず、これほどまでに崩れてしまう人が議員であることに疑問を呈し、橋本氏も「県会議員はこのレベルかって思われることの問題もあるんですよ」と厳しい指摘をした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 落語家・桂春蝶、野々村県議の号泣会見を絶賛「笑いのお手本」 ==&lt;br /&gt;
[[Image:野々村竜太郎4.jpg|300px|thumb|野々村 竜太郎]]&lt;br /&gt;
[[落語家]]の[[桂春蝶]]が2日、ブログを更新し、領収書のない日帰り出張を195回繰り返し前代未聞の号泣会見を開いた兵庫県議会議員の野々村竜太郎氏(47)について、「芸人の憧れ」と絶賛した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
春蝶はブログのタイトルを「芸人の憧れ」とし、「これは舞台に出ている人のみで共有できる感覚なのかもしれませんが」と断った上で、野々村氏の会見を「これぞ『笑い』です。笑いのお手本はここにあります」と高評価。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
続けて、「この狂気を演じてできるなら最高の芸人です。嫉妬しちゃいます。こんな風になりたい」とも記した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、「ここまで演じるのは無理やと思います」と野々村氏の会見に圧倒された様子。その上で「なれど、この域は憧れる。この芸人心理を分かっていただけますか?」と結んでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野々村氏は2013年度に兵庫県内の有名温泉地である城崎温泉など、計195回日帰りで訪れ政務活動費から300万円を支出していた問題で1日に会見。冒頭、報道陣に「何とぞ平常心をもって質問をしていただきますようにお願い申し上げます」と要求していたが、時間が進むと自身が平常心を失い、「もう一生懸命、少子化問題、高齢、ぐあーっ！」と言葉にならない調子でわめいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 異様な「号泣会見」に高い関心。英メディア「温泉スキャンダルでフルスロットルの謝罪」 ==&lt;br /&gt;
政務活動費の不正使用疑惑を受けた兵庫県の野々村竜太郎県議(47)の「号泣会見」について、英メディアが2014年7月2日、日本で大きな話題になっていると相次いで取り上げ、高い関心を示している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
タイムズ紙は、野々村県議が兵庫県の[[城崎温泉]]などに日帰り出張を繰り返していたことに絡め「温泉スキャンダルでフルスロットルの謝罪」と題して紹介。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野々村県議が記者会見で「日本の慣習となっている謝罪のための深いお辞儀」をする代わりに「体を震わせ、泣きじゃくった」と指摘。インターネット上で公開された会見の動画は何十万回も再生され、注目を集めているとした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
インディペンデント紙は記事とともに動画へのリンクを掲載。「むせび泣き、深呼吸した後にまた泣き叫ぶ」などと会見中の様子を形容した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 号泣野々村。出るわ出るわ悪評の数々 ==&lt;br /&gt;
[[Image:野々村竜太郎5.jpg|300px|thumb|野々村 竜太郎]]&lt;br /&gt;
爆笑モノの号泣＆わめき会見をして一躍“嘲笑スター”となった[[兵庫県]]の野々村竜太郎県議(47＝無所属)への注目は、動画投稿サイト「[[ユーチューブ]]」の再生回数が200万回を超え、海外メディアも報じるなど“野々村祭り”状態だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私生活でも会見同様、エキセントリックな一面を見せていたことも判明。疑惑の兵庫・[[城崎温泉]]への106回の日帰り出張については「母親と一緒に行ったのを隠すためだったのでは?」というアンビリバボーな疑惑も浮上した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
号泣会見で話題の兵庫県議、野々村竜太郎氏が行ったとする約200回の出張について、年200回前後の講演会活動を続けている元「[[Ｂ＆Ｂ]]」の[[島田洋七]](64)が「ありえない」と一刀両断した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野々村氏は[[2013年]]度に兵庫・城崎温泉に106回、同県[[佐用町]]に62回、[[福岡市]]に16回、[[東京都]]に11回と、計195回日帰り出張をしたと主張。訪問先については「公表しないという前提で意見交換をしてもらっている」としているが、[[カラ出張]]が疑われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
洋七は、自叙伝「[[佐賀のがばいばあちゃん]]」がシリーズ累計600万部超の大ベストセラーになり、全国から講演依頼が殺到。これまでに計4000回の講演を経験している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「多い年で年300回ありました。[[佐賀県]]に住んでますから、佐賀から全国を回る。家に帰る暇はありませんでしたよ。野々村さんは日帰りで195回？あり得ませんよ。体がついていかんですわ。僕が言うんだから間違いありませんよ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
洋七はさすがに年300回はきついと200回以下に減らしたと言う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「僕の場合は泊まりで移動するから、何とかなりましたが、野々村さんは『朝5時から行って、日帰りを繰り返していた』と言うけど不可能ですよ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、野々村氏が領収書をまったく添付していないことにも注目する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「彼は5回も選挙に出馬していて、領収書がないと言うのもおかしい」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
洋七は[[1995年]]に[[参議院選挙]]の埼玉選挙区から出馬し、落選した経験からも野々村氏の“うそ”を鋭く指摘。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「僕の場合、落選しましたが、法定得票数を獲得したんで、必要経費は戻ってきました。ポスター代に選挙カーのレンタル代、それにガソリン代まで領収書をもらってました。もらい方を知らないというのはうそをついているということ。それに泣いたらあかん。泣く議員は怖い。議員失格。次々のボロが出んよう、早く辞めた方がいいですよ」と辞職勧告した&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 号泣兵庫県議:温泉出張日に神戸と大阪で切手3万円分購入 ==&lt;br /&gt;
[[Image:野々村竜太郎6.jpg|300px|thumb|野々村 竜太郎]]&lt;br /&gt;
兵庫県の野々村竜太郎県議(47)＝無所属、西宮市選出＝の政務活動費を巡る問題で、野々村氏が城崎温泉(同県豊岡市)に出張したとする日と同じ2013年8月29日、[[神戸]]、[[大阪市]]内で[[切手]]を各約3万円分購入していたことが、収支報告書の記載から分かった。野々村氏は1日の記者会見で「支出は全て自分でしたもの」と説明しており、不自然な記載は虚偽の可能性もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
政活費の2013年度収支報告書によると、野々村氏は毎月計10日前後、切手を購入。2014年2月には神戸市内の[[金券ショップ]]で、1週間連続で約2万〜3万円分を購入するなど、16日にわたって計39万7000円分の切手を買っていた。購入先の多くは神戸、大阪市内の[[金券ショップ]]で、金額は2万9000円台が多かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
出張日と切手購入日の大半は重ならないが、同じ日もある。城崎温泉に出張したとする[[2013年]][[8月29日]]には神戸市内で2万9790円分、大阪市内で2万9860円分の切手を購入。城崎温泉や兵庫県佐用町への出張日に大阪、神戸市内で約3万円分の切手を買ったケースも複数あった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、報告書添付の[[クレジットカード]]明細書では、ほぼ毎日「ショッピング」しており、切手代を含めて計約188万円に上った。他の購入品は不明だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
県議会事務局は4月、日帰り出張の[[領収書]]が全くなく、品目不明な購入品があることを受け、野々村氏に出張目的や購入品の記載を求めたが、修正なしに提出されたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 野々村県議、出張していたはずの日に自宅近くのスーパーで買い物 ==&lt;br /&gt;
[[Image:野々村竜太郎7.jpg|300px|thumb|野々村 竜太郎]]&lt;br /&gt;
兵庫県の野々村竜太郎県議(47)＝無所属、西宮市選出＝の政務活動費を巡る問題で、野々村氏が2013年4月、遠方へ出張した記録がある日に、自宅近くのスーパーで少額(1回109～943円)の買い物を繰り返し、「事務費」に計上していたことが収支報告書の記載で分かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
県議会の「政活費の手引」では、事務費に計上できるのは[[文房具]]など事務用品代やOA機器のリース料など。同僚県議から「不自然だ」として説明を求める声が上がっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
政活費の2013年度収支報告書によると、野々村氏は2013年4月のうち16日間西宮市内の自宅近くのスーパー2カ所で計19回買い物をしていた。収支報告書に添付されたクレジットカードの利用明細書に購入品目の記載はなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
買い物をした日は全て出張の記録と同じ日。福岡出張の12日には2回(339円と514円)、東京出張の26日には3回(296円、306円、675円）買い物をしていた。4月以外もほぼ毎月、連日のようにスーパーで買い物をし、2013年度の事務費は大量購入した切手代と合わせて計約188万円だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
無所属の県議は「こんな頻度で何を買うのか疑問。県民に説明すべきだ」と話した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、野々村氏が城崎温泉(兵庫県豊岡市)に出張したとする2013年9月2日は大雨の影響で、大阪、神戸方面から城崎に向かう特急電車が夕方まで運休していたことが分かった。片道約3時間かかるため夕方から日帰りするのは困難だが、野々村氏は1日の記者会見で「出張は全て日帰り」と説明している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== UR住宅を目的外使用。政治団体事務所に。自宅、契約違反で調査へ ==&lt;br /&gt;
兵庫県の野々村竜太郎県議（４７）＝無所属、西宮市選出＝が政務活動費で不自然な支出を繰り返した問題で、野々村氏が代表を務める政治団体が、[[都市再生機構]](UR)の管理する西宮市内の賃貸住宅にある自宅をURとの契約に反し、事務所として不正使用していた疑いがあることが分かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同団体は[[平成24年]]、事務所費100万円を計上。UR側は事務所としての使用は禁じており、「野々村氏にヒアリングし、是正を求めるかどうか判断する」としている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
政治団体は、「西宮維新の会」から名称変更した「西宮希望の女神」。現在は「地域政党最後の希望」に変更している。兵庫県選管などによると、同団体は[[平成23年]]2月に設立。同年4月から野々村氏が代表を務め、事務所は設立当初から自宅であるURの一室に置かれていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
UR側によると、この部屋は使用目的が居住用に限られており、政治団体の事務所として使用することは「目的外の使用」で契約違反にあたる。団体側から事務所として使うなどの届け出はなかったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、同団体が県選管に提出した24年分の政治資金収支報告書の要旨によると、同団体が支出した299万5000円のうち、100万円を事務所費に充てたと記載。事務所費は家賃や電話代、切手代など事務所の維持に必要とされる経費だが、具体的な支出項目の記載は義務づけられておらず、具体的に何に使われたかは不明となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
政治資金問題に詳しい[[神戸学院大]][[法科大学院]]の[[上脇博之]]教授(憲法学)は「そもそも政治団体としての実態が不透明。野々村氏本人が団体の会計帳簿などを公開し、説明責任を果たすべきだ」と話している&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 号泣県議、JR特急料金のトラップにはまる ==&lt;br /&gt;
政務活動費疑惑に揺れる、兵庫県の野々村竜太郎県議(47)が、過去3年間に領収書ゼロで申請した計345回(約800万円)の出張のうち、議員1年目の2011年度は[[新幹線]]代などを全て[[グリーン車]]ではなく、普通車料金で申請していたことが分かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
殊勝な態度…という話ではなく、JR特急の普通指定席の運賃は繁忙期・閑散期で料金が変動するはずが、野々村氏は年間を通じ同じ料金で申請。新たな疑念が浮上した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野々村氏は2013年度は年間195回の不自然出張を、全てグリーン車料金で申請。「降りてすぐ元気いっぱい活動するため」と説明したが、鉄道ファンからは料金面から疑惑を崩せないかとの指摘もあがっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしJRのホームページなどによると、グリーン席の料金は年間を通じて同じ。料金面からの“攻略”は難しそうに映ったが、[[デイリースポーツ]]が過去の収支報告書を解析したところ、2011年度に関しては、全て普通車指定席の料金で申請していたことが判明。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
JR特急の普通指定料金は、年間に繁忙期、通常期、閑散期の3パターンあり、最大400円の差がある。釈明会見で、野々村氏は現地で自分が実際に支払った支払った額面を申請している旨の主張をしており、矛盾が生じた格好だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野々村氏は、2011年度当時は兵庫・城崎温泉などへの県内遠征はゼロ。“県外派”で、東京、福岡、広島、石川などへの97回の日帰り出張を申請している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、出張とは異なるが、野々村氏は2013年度に管外調査として、自宅・西宮市～JR京都駅往復(通常1660円)区間で9500円を計2回計上していることも判明した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 野々村氏、再調査要請「県庁に行きたくない」、出張経路「記憶にない」、データ「PCから削除した」 ==&lt;br /&gt;
2014年7月11日午後にも辞職する意向を固めたとみられる[[兵庫県]]の野々村竜太郎県議(47)＝無所属、西宮市選出＝が、問題となった日帰り出張の経路については「記憶にない」と釈明し、目的地や活動内容などのデータは「パソコンから削除した」と話していることが分かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
議会事務局や関係者によると、議会によるこれまでの再調査で「県庁に行きたくない」と申し入れたため、神戸市内の別施設で面会していたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[JR西日本]]や切手を購入した[[金券ショップ]]にも確認を求めたが、個人情報を理由に販売履歴などは閲覧できなかった。疑惑がある政務費については返納の意向を示しているという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一連の問題では、最大会派の[[自民党]]から「議員じゃなくても説明はできる。政務費問題と号泣会見は、兵庫県議会基本条例に抵触しており即刻辞職すべきだ」との意見が出ていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野々村氏の政務活動費問題をめぐっては、市民[[オンブズマン]]が住民監査請求や刑事告発を検討しており、今後[[刑事事件]]に発展する可能性がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 昼前に県庁、夕方も県庁。東京出張できるのか ==&lt;br /&gt;
野々村氏　[[平成24年]]5月昼前に郵便物発送　夕方に控室に&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
政務活動費で不自然な支出を繰り返していた野々村竜太郎元兵庫県議(47)が平成24年に東京に出張したとしている当日、午前中に県庁内で郵便物を発送し、夕方には県庁内の議員控室にいたとする記録が残っていたことが、収支報告書や登庁記録から分かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野々村氏は記者会見や議会の再調査で出張は面会のためだったと主張。しかし、記録に基づけば出張先での滞在時間はほとんどない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
収支報告書には、野々村氏が24年5月28日に[[JR]]などを使い同県[[西宮市]]の自宅と[[東京都]]を往復したと記載。同日午前11時54分に県庁内の郵便局から郵便物1通を発送した領収書も添付していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
議会事務局の記録では、事務局職員が同日午後5時15分の退庁時、控室にいた野々村氏に戸締まりのため鍵を渡していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 簡単に認められたので続けた(2014年9月) ==&lt;br /&gt;
政務活動費の不自然な支出が指摘されている元兵庫県議会議員が、ウソの収支報告書を提出したことについて「簡単に認められたので続けた」などと警察に話していることがわかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野々村竜太郎・元県議(48)は、警察の調べに対し、約3年間で345回繰り返した日帰り出張は大半がカラ出張で、受け取った政務活動費約1800万円のうちのほとんどが不正支出であることを認めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警察のその後の調べで、野々村元県議は初当選した2011年度のウソの収支報告書を議会事務局に提出したことについて、「簡単に認められたので翌年度以降も続けた。虚偽の金額も増やしてしまった」と説明していることが、新たにわかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、「一度受け取った金なので、返したくなかった」とも話していて、警察は[[詐欺]]などの容疑で書類送検する方向で調べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
[[Image:野々村マネJK1.jpg|300px|thumb|野々村プリクラのJK]]&lt;br /&gt;
[[宅地建物取引主任者]]、[[食品衛生責任者]]の[[資格]]を持つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 略歴 ==&lt;br /&gt;
* [[1966年]] - 誕生。&lt;br /&gt;
* [[2011年]] - [[兵庫県議会議員]][[選挙]]当選（1期）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[川西市消防本部]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://ameblo.jp/nonomuraryutaroblog/ 野々村竜太郎オフィシャルブログ Powered by Ameba]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 野々村画像 ==&lt;br /&gt;
[[Image:野々村マネJK2.jpg|300px|thumb|野々村プリクラのJK]]&lt;br /&gt;
[[Image:野々村マネJK3.jpg|300px|thumb|野々村プリクラのJK]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;gallery caption=&amp;quot;野々村 竜太郎&amp;quot; widths=&amp;quot;300px&amp;quot; heights=&amp;quot;400px&amp;quot; perrow=&amp;quot;3&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
Image:野々村竜太郎8.jpg&lt;br /&gt;
Image:野々村竜太郎9.png&lt;br /&gt;
Image:野々村竜太郎10.jpg&lt;br /&gt;
Image:野々村竜太郎11.jpg&lt;br /&gt;
Image:野々村竜太郎12a.jpg&lt;br /&gt;
Image:野々村竜太郎13a.jpg&lt;br /&gt;
Image:野々村竜太郎14a.jpg&lt;br /&gt;
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Image:野々村竜太郎16a.jpg&lt;br /&gt;
Image:野々村竜太郎17a.jpg&lt;br /&gt;
Image:野々村竜太郎18a.jpg&lt;br /&gt;
Image:野々村竜太郎19a.jpg&lt;br /&gt;
Image:野々村竜太郎20a.jpg&lt;br /&gt;
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Image:野々村竜太郎31.jpg&lt;br /&gt;
Image:野々村竜太郎32.jpg&lt;br /&gt;
&amp;lt;/gallery&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{デフォルトソート:ののむら りゆうたろう}}&lt;br /&gt;
[[Category:兵庫県の地方議会議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:地方公務員出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:西宮市]]&lt;br /&gt;
[[Category:2014年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:2ちゃんねるでの祭り]]&lt;br /&gt;
[[Category:画像が多い記事]]&lt;br /&gt;
[[Category:キチガイ]]&lt;br /&gt;
[[Category:大阪府出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1966年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>118.238.228.194</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%89%87%E5%B1%B1%E7%A5%90%E8%BC%94&amp;diff=319789</id>
		<title>片山祐輔</title>
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				<updated>2016-03-29T04:04:42Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;118.238.228.194: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:片山祐輔1.jpg|thumb|350px|片山　祐輔]] &lt;br /&gt;
'''片山 祐輔'''（かたやま ゆうすけ、1982年5月10日 - ）は、[[PC遠隔操作ウイルス事件]]の犯人。旧姓は丑田（うしだ）。[[学習院中等科]]&amp;amp;[[学習院高等科]]卒業、[[東京電機大学]]中退。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
証拠不十分につき一時保釈され警察の誤認逮捕かとも言われたが、保釈中の本人からの偽装メール送信により、犯人であることが確定し自供した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父親は[[IBM]]のエリート社員で、数学・鉄道関連の著作もある[[丑田俊二]]氏（1950年～2009年）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 東京・江東区の片山祐輔容疑者を逮捕 ==&lt;br /&gt;
PC遠隔操作ウィルス事件で、[[警視庁]]などの合同捜査本部は、[[2013年]][[2月10日]]、[[威力業務妨害]]の疑いで、[[東京都]][[江東区]]の片山祐輔（かたやま・ゆうすけ）容疑者（30）を逮捕した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山は、[[2005年]]にも、「[[エイベックス・グループ・ホールディングス]]」を標的とした殺害予告を大手掲示板サイト「[[2ちゃんねる]]」に書き込んだとして逮捕された前科を持つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同容疑者は、2012年、遠隔操作ウィルスに感染させた[[愛知県]]内の男性のPCを遠隔操作し、「2ちゃんねる」上に「[[コミケ]]で大量殺人する」などと書き込み、運営者側の業務を妨害した疑いがもたれているため、今回の逮捕に至った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同容疑者は、警察にメールを遠隔操作で送り、猫の首輪に遠隔操作プログラムなどが入った[[SDメモリーカード]]を仕込み、警察関係者を挑発するなどしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
合同捜査本部は、遠隔操作ウィルスによりこれまで4名の誤認逮捕があったが、猫の首輪にSDメモリーカードを仕込む姿が防犯監視カメラに捉えられており、同容疑者とそっくりなため、犯人は同容疑者であると特定している。また、同捜査本部は、4名の誤認逮捕の経緯も含め、全容解明を目指すと発表している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 平成17年にも逮捕。大手レコード会社社長らの殺害予告容疑 ==&lt;br /&gt;
遠隔操作ウイルス事件で、警視庁などの合同捜査本部に威力業務妨害容疑で逮捕された東京都江東区に住む片山祐輔が、平成17年にインターネット掲示板に大手レコード会社社長らの殺害予告を書き込んだとして、脅迫容疑などで逮捕されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同罪などで起訴され、懲役1年6月の実刑判決を受けた。真犯人は神奈川県藤沢市の江の島で見つかった記録媒体に「以前、事件に巻き込まれたせいで、無実にもかかわらず人生の大幅な軌道修正をさせられた」などと残しており、合同捜査本部は警察などへの逆恨みから犯行を計画したとみて詳しい動機を調べる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山はネット掲示板「２ちゃんねる」に仙台市の女児の殺害予告を書き込んだとして、宮城県警に17年10月に脅迫容疑で逮捕。同様に大手レコード会社社長に対しても殺害予告などをしたとして、警視庁に同年11月に再逮捕されるなどしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
真犯人は昨年10月に報道機関などに送った犯行声明メールでも、「私の目的」として「『警察・検察を嵌めてやりたかった、醜態を晒させたかった』という動機が100％です」とつづっており、合同捜査本部が関連を調べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 「猫」「首輪」の検索履歴…PC遠隔(2013年7月) ==&lt;br /&gt;
パソコン遠隔操作事件で、威力業務妨害罪などで起訴された元IT関連会社社員・片山祐輔(31)が今年1月、事件で使われたウイルスの情報が入った記録媒体を首輪に取り付けた猫の存在が公になるその3日前、携帯電話で「猫　首輪」などと検索していた形跡があることがわかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
検察側が10日、立証予定事実を記した書面や証拠などを弁護側に開示し、判明した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神奈川・江の島の首輪を付けた猫の存在は1月5日、「真犯人」から報道機関などに届いたメールで明らかになった。警視庁が片山の携帯電話を押収して解析した結果、同2日に「江の島」「猫　首輪」という言葉の検索履歴が残っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このほか、片山の派遣先のパソコンに、ウイルス作成に使われたコンピューター言語「[[C#]]（シー・シャープ）」を利用するためのソフトをインストールした形跡があったことや、「被告が派遣先でC#を使っていたのを見たことがある」とする元同僚の供述調書も開示された。被告側はこれまで、「被告はC#を扱う能力もない」と説明していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 現実空間に唯一残った痕跡、救われた警察。誤認誘う挑発。新たな「劇場型」異例の経過 ==&lt;br /&gt;
知らぬ間にパソコンが乗っ取られ、犯人に仕立て上げられる遠隔操作ウイルス事件が、誤認逮捕の発覚から約4カ月を経て、「真犯人」とみられる片山祐輔の逮捕という新局面を迎えた。捜査は全容解明に向けて大きく動き出したが、事件は警察の捜査力に大きな疑問符を突き付ける結果に。警察をあざ笑い、捜査を振り回した「新たな劇場型犯罪」を振り返る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
すべての始まりは[[2012年]][[6月29日]]、[[横浜市]]の[[ホームページ]]に書き込まれた、小学校への襲撃予告だった。[[神奈川県警]]は[[IPアドレス]]などから東京都内の少年の犯行と断定。県警は7月1日、[[威力業務妨害]]容疑で逮捕した。少年は逮捕後も「何もやっていない」と否認したが、送検後に一転して容疑を認める上申書を提出。[[家裁送致]]され、[[保護観察処分]]が決定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[7月29日]]には[[大阪市]]などのHPに無差別殺人予告が届き、[[大阪府警]]が8月、[[吹田市]]内の男性を逮捕。その後も警視庁が幼稚園への殺害予告メールで[[福岡市]]の男性を、[[三重県警]]がネット掲示板「[[２ちゃんねる]]」に[[伊勢神宮]]への爆破予告を書き込んだとして津市の男性を、それぞれ逮捕した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 「醜態さらさせたい」 ===&lt;br /&gt;
だが、9月下旬、事態が一変する。襲撃・爆破予告の書き込みに使われたパソコンから新種のウイルスが検出され、遠隔操作できる状態だったことが判明。大阪、津に続き、東京地検も逮捕した男性を釈放した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして10月、サイバー犯罪に詳しい落合洋司弁護士と報道機関に、犯行声明メールが届いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「私が真犯人です」と題したメールは、13件の殺害・襲撃予告への関与を示唆。「『（警察に）醜態をさらさせてやりたかった』という動機が100％」ともつづっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警察当局はメールに列挙された13件の犯行予告を実際に確認。[[10月18日]]には、警察トップの[[片桐裕]][[警察庁長官]](当時)が誤認逮捕を認める事態に発展した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
4都府県警は合同捜査本部を設置し、誤認逮捕された4人に相次いで謝罪。検察は男性3人の[[起訴取り消し]]や[[不起訴処分]]の手続きを取り、少年の保護観察処分も取り消された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
12月に公表された捜査の検証結果では、インターネット上の住所にあたる「IPアドレス」を過大評価し、供述を十分吟味しなかった不手際を、それぞれの都府県警が認めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 初めて見せた「動揺」 ===&lt;br /&gt;
真犯人は2012年11月、報道機関などに再度メールを送りつけた。「ミスをしました。ゲームは私の負けのようです」などとし、自殺をほのめかす内容だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この時点で、合同捜査本は真犯人が8月下旬、匿名化ソフトを使わずにネット掲示板に書き込むミスをしていたことをつかんでいた。真犯人が初めて見せた「動揺」だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、真犯人が動き出したのは、年の改まったばかりの元日午前0時すぎ。[[産経新聞]]記者などに「謹賀新年」と記したパズル形式のメールが送られてきた。解読していくと、袋に入れられた記録媒体の写真が出現。合同捜査本部は写真の位置情報などから[[東京都]][[奥多摩町]]の[[雲取山]]の山頂付近を捜索したが、記録媒体は見つからなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1月5日]]には「新春パズル～延長戦～」とするパズル付きのメールを送信。真犯人が示唆した通りに[[神奈川県]][[藤沢市]]の[[江の島]]で首輪の付いたネコが見つかり、記録媒体が回収された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
真犯人は5日のメールで「もうメールはしない」と終結を宣言したが、江の島の防犯カメラがネコと接触する片山をとらえていた。警察当局は結果的に「現実空間」に残した唯一の痕跡に救われる形となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 捜査の壁にいらだつ捜査本部「ネコに首輪つけただけ」ウイルス一致で急展開 ==&lt;br /&gt;
「ネコに首輪をつけただけで、何の罪に問えると言うんだ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警視庁と大阪府警、神奈川、三重両県警の合同捜査本部はいらだっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
遠隔操作ウイルス事件の威力業務妨害容疑で逮捕された東京都江東区の会社員、片山祐輔(30)の存在は1月中旬、既に浮上していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同月5日に産経新聞記者などに送りつけられた「真犯人」からのメールに、神奈川県藤沢市の江の島のネコに首輪をつけたことを示唆する内容があり、防犯カメラの解析から片山容疑者が特定されたのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「上層部が、『早く逮捕しろ』と注文をつけてきた。だが、防犯カメラで判明したのは、ネコに首輪をつけた人間であって、誤認逮捕してしまった4人のパソコンを遠隔操作した人物そのものではない。そんないらだちが、現場の捜査員にはあったんです」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警察関係者は、こう打ち明ける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、警察は4人を誤認逮捕した上、2人には自白まで強いたことで、異例の謝罪や捜査の検証結果公表を余儀なくされたため、“メンツ”を保ち、起死回生を図りたい思いがあり、それが警察上層部の早期逮捕の指示の背景にはあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ウイルスが一致 ===&lt;br /&gt;
「いくつかの新聞社やテレビ局が、片山の存在に気付きつつあるようだ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警察幹部は、焦りを募らせていた。2月に入ると、片山が「ネコに首輪をつけた人物」として特定されたことに、報道各社が気付き、片山容疑者宅周辺の取材に動いていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、ウイルスの設計図とされる「[[ソースコード]]」を記録した[[マイクロSDカード]]（記録媒体）付きの首輪をネコにつけるよう、「知らない男に頼まれた」と片山が“言い訳”をすれば、それを覆すだけの材料を、合同捜査本部は持ち合わせていなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それだけに、逮捕への決め手がないまま片山の存在を報道されることを、警察幹部は恐れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「片山がウイルスの『設計図』を持っていたことなどを根拠に、ウイルス保管罪の適用も考えました。でも、ウイルス保管罪は他人に“感染”させる目的があることを立証する必要がある。検察は首を縦に振りませんでした」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警察関係者は現場の苦悩を、こう振り返った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、ウイルスが愛知のPCを遠隔操作していたものと一致したことで、捜査は急転直下で進展することとなったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 大きな十字架に ===&lt;br /&gt;
警視庁には現在、「捜査支援分析センター」という聞き慣れない部署がある。平成21年4月の組織改編で刑事部に置かれたものだが、その任務の中核の一つが「画像解析」だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2012年11月に[[東京都]][[板橋区]]で主婦が刺殺された強盗殺人事件など、あまたの事件で防犯カメラが威力を発揮しており、その画像を解析して、事件解決に貢献しているのが、同センターなのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「[[2005年]]にロンドンで起きた同時爆破テロでも、防犯カメラが威力を発揮した。防犯カメラは、捜査ツールとして世界中で必要不可欠なものとなっています」（捜査幹部）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、一方で遠隔操作ウイルス事件は、後手後手にまわったサイバー捜査に大きな課題も突き付けた。警察幹部はつぶやく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「結局、従来通り防犯カメラに頼って容疑者にたどり着く捜査になってしまった。サイバー捜査で容疑者を割り出せなかったことは、警察にとって大きな十字架になるかもしれない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
前代未聞の誤認逮捕を生んだ遠隔操作ウイルス事件が、全容解明に向けて大きく動いた。汚名返上を図りたい警察当局の捜査は、どう進められたのか。その流れを追ってみた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== いじめのつらい過去。裁判傍聴ライター「裁判官の言葉、届かなかったのか…」 ==&lt;br /&gt;
「いじめられていた」「殴られたり蹴られたり…」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
遠隔操作ウイルス事件で、威力業務妨害容疑で逮捕された片山祐輔は平成18年、[[脅迫罪]]などで実刑判決を受けたことがある。その公判では、片山が少年時代から経験したつらい過去の一端が明らかにされた。傍聴した裁判ライター、[[阿曽山大噴火]]さん(38)は、片山の更生を願う裁判官の姿を思い出すという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あの時の男か」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
阿曽山さんは片山逮捕を知り、かつて傍聴した裁判の記憶がよみがえった。当時の取材ノートには“生きづらさ”や“孤独”を抱えた姿が記録されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
法廷で証人となった母親は「中学に入ると学校での出来事を話さなくなり、表情もなくなった。逮捕後、初めていじめられていたことを明かされた」と証言。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山も「殴られたり蹴られたり、のこぎりで頭を切られたりした」と話した。阿曽山さんは「心配させたくない気持ちもあったのだろうが、逮捕でいじめを知るなど親子のコミュニケーションは十分ではなかったようだ」と振り返る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
公判で片山は生きる苦しみを淡々と語った。起訴事実を認めた上で、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「大学でサークルに入ったが『空気が読めない。ノリが変』と言われ、友達ができなかった」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「自分は企業が求める人物像と違う。社会に必要ない人間だと感じ、むしゃくしゃしていた」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ネットで注目されたかった」と打ち明けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな片山に対し、検察官は「人間関係を改善しようとする努力が足りない」などと厳しく批判。阿曽山さんは「検察官は一方的だった。片山は反抗的な態度こそ見せなかったが、検察への怒りが、今回の動機になった可能性がある」と推察する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
阿曽山さんの目には、裁判官は片山の更生を親身に願っているように映った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「人付き合いが苦手なのは個性だ。できる仕事はある」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「世間に迷惑をかけない生き方をすべきだ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「見えを張る必要はない」。そう諭し続けたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1年半の懲役後、片山はIT会社に就職し、職場には友人もいたとされる。裁判官の言葉通り、更生は順調そうに見えたが、やはり同じ過ちを繰り返したのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「裁判になれば傍聴したい」という阿曽山さん。片山が真犯人であったのか、そうであれば何が本人を突き動かしたのかを見極めるつもりだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ちらつく過信と自己顕示欲。現実空間に現れて墓穴 ==&lt;br /&gt;
遠隔操作を行っていた直接的な証拠がない中、警視庁などが片山祐輔の逮捕にこぎ着けた。逮捕前日の9日夜まで「早期逮捕」を主張する警察と、「時期尚早」とする検察がぶつかり合う一方、片山は同じ日、後手後手の捜査を感じ取っていたかのように東京・浅草の「ネコカフェ」にいた。「サイバー空間」から「現実空間」に姿をさらすミスを犯したとみられる片山。その心中には「過信」と「自己顕示欲」がちらつく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山は9日、放し飼いにされたネコと自由に触れ合える空間で、ネコを抱きかかえ、猫じゃらしで遊ぶ姿が目撃されていた。2日前にも別のネコカフェを訪問。店の従業員は「ほかの客との接点はなかった」と振り返る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
真犯人は動機やウイルスの「設計図」など、証拠が詰まった記録媒体を「現実空間」である江の島のネコに託した。防犯カメラにはネコと片山が戯れる様子が写っていたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山は、[[学習院中等科]]及び[[学習院高等科]]を卒業後、[[東京電機大学]]を4年で中退。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
専門学校でパソコンを学んでいた平成17年には、大手レコード会社社員への殺害予告事件で逮捕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「『のまネコ』の使用を即時中止しろ。さもなくば社員を刃物で殺害する」。レコード会社のネコを模したキャラクターが、ネット掲示板「２ちゃんねる」に登場するネコのイラストに似ているとしてネット上で要求した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
両事件に共通するのは強い「自己顕示欲」だ。犯罪心理学に詳しい元東海学院大教授の長谷川博一氏は「人間関係が希薄で、思考や好みが偏りやすい性格」と推察。「人間関係が苦手な部分を、ネコで補っていたのではないか」と指摘する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
20年2月から勤務しているIT関連会社によると、片山は2012年12月から病気を理由に休職。社長の目にも「マニアックで思い込みが強い」と見えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
報道機関などに送りつけられたメールは、警察を小ばかにする内容が徐々にエスカレートした。長谷川氏は「自己顕示欲が強まり、ミスするまで警察への挑発を続けざるを得なくなったのではないか」と話した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==片山の意見書==&lt;br /&gt;
※誤字もそのまま掲載&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
この機会に、私の現在の率直な心境を、裁判官・検察官の方に聞いていただきたいです。私が２月10日に自宅から拉致され、監禁され続ける生活が、すでに227日目になります。家族と会うこともできません。私は絶対、犯罪になど関わっていません。227日。無実の人間を拘束することを許せる日数ではありません。この失った時間を誰が返してくれるのでしょうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東京拘置所での毎日の暮らしは、「生活」とは言えません。1日の大半を部屋に閉じこめられ、ただ待たされているだけの毎日です。１ヶ月にたった１回のこの公判前整理手続も、あまり進展しているように思えません。１ヶ月、また次の１ヶ月、出口の見えないトンネルの中で前進すらしていない、そんな気分です。毎日が無為に過ぎていくこと、苦痛というより痛みそのものです。拷問と同じです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
健康上、必要な診察も、東京拘置所では満足に受けられません。歯科は申し込んで２ヶ月待たされました。また、私は斜視が進行中のため、半年に一度眼科で検査を受け、矯正用のプリズム入りメガネを処方してもらわないといけないのですが、東京拘置所の眼科では、そういった特別な検査はできないと言われました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一体いつ「日常」に帰ることができるのか。父が死んでから４年、母と２人で生活してきました。その平穏な生活がこのような形で破壊されるなど想像もしていませんでした。現在私がいる立ち位置から見れば、これまでの平凡で平穏な生活が何より貴重で幸せなものだったのだと感じています。母は私の無実を信じてくれていて、帰りを待ってくれています。母のためにも、１日でも１秒でも早く帰りたい、帰らないといけないと、いつも強く思っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
人生という観点から見ても、私は現在31才です。30代という時期、将来のために、キャリアを積み重ねなくてはなりません。その貴重な時間を、なぜ自分はこんなところで浪費させられているのか？という焦りでいっぱいです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本当に、監禁された毎日が、ガマンできないレベルに達しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この裁判の争点は、「犯人性」の部分だということは、理解しています。雲取山や江ノ島に関する矛盾については、弁護人が主張してくれているとおりなので、ここでは触れません。私の使用したPCに、断片的ながらも何らかの痕跡があるとされていることについて、私から補足的にコメントしたいです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まず、検察の証明予定事実には、全く覚えのない検索履歴や、ダウンロード・起動した覚えのないソフトウェアの記録について言及されています。それが1ヶ所１台のみのPCからではなく、私の職場、自宅から出ていて、またネットカフェからの通信記録もあるとのこと。片山が触ったPC複数がそう都合よく同じ犯人に利用されるわけがない、だから片山が犯人だ、というニュアンスが、検察主張からは読み取れます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これについて、ひとつ心当たりがあります。私は、USBメモリによく使うポータブルアプリケーションをいくつも入れて持ち歩いていました。ポータブルアプリケーションとは、PCにインストールすることなく、USBメモリから起動できるソフトです。Webブラウザやメールソフト、圧縮解凍ソフト等です。自宅では複数のPCを使っていて、またネットカフェ等で使う際も、各ソフトの環境設定をそのまま使い回せるので重宝していました。職場ではUSBメモリの使用が禁止されているので、USBメモリの中身と同一のコピーを、オンラインストレージを利用するなどして職場PCに転送し、同様に使っていました。それら、よく使っていたポータブルアプリケーションの中のどれかがウイルス感染していたとしたら、複数のPCが感染してしまった可能性が高いです。iesysそのものなのか、もっと別のウイルスなのかは分かりませんが、遠隔操作および画面監視を受けていたのだと思います。私が雲取山や江ノ島に行こうとしていた、また行ったことを、犯人は把握できていたと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は無実です。無実である以上、証拠には、現時点で弁護人が指的してくれている部分以外にも、多数の矛盾が隠れているはずです。私は自分自身でそれら大量の証拠に全部目を通し、矛盾点を指的していきたいです。しかし囚われの身である現在、それは困難です。限られた面会時間に、フォークリフトでも無いと運べない量の証拠書類を全て打ち合わせすることは不可能に近いです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
保釈が認められ自由の身となれば、そういう積極的な活動をして無実を証明したいです。それをさせないために、「罪証隠滅の怖れが」などと理屈を付けて、保釈を妨害する検察に対しては強い怒りを感じます。隠滅できる証拠など無いということを検察も分かってはいるのでしょう。既存の証拠の矛盾を見つける活動まで、検察の論理では「罪証隠滅」と言うのでしょうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
初公判が始まれば保釈を認めていただけると思っていますが、それでは遅いのです。争点整理が行われていて主張を固めなくてはならない現時点で自由に動けるようにならなければ、フェアな戦いができません。ここに来て「人質司法」という言葉の意味をよく理解できました。権力側が、無実を主張して戦おうとする人を鎖でしばりつけて一方的に殴り続けるのと同じ行為だと理解しました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私のシンプルな今の願いは、早く解放されたい、家に帰りたい、日常に戻りたい、それだけです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大野裁判長、北村裁判官、大西裁判官には、最終的には公正で完全な無罪判決を出していただけることを確信しています。どのような妨害があれど、私が無実である以上、無罪という決論に収束するものと確信しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 名門・学習院の中・高等科を卒業後、東京電機大学に進学、父親は元IBMのエンジニア丑田俊二 ==&lt;br /&gt;
オタク風の人物がひも状のおもちゃでネコをあやし、満面の笑みで膝に抱きかかえてなでる。時に生ビールをすすり、携帯電話でネコを撮影?。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
逮捕前日、自らが報道機関に尾行されていることも知らず、東京・浅草の「猫カフェ」でくつろぐ容疑者の姿。NHKなど、大手メディアで紹介された「PCなりすまし事件」の真犯人、片山祐輔容疑者(30歳・以下呼称略)の映像や写真に驚きを覚えた人も多いのではないか。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
無断で撮影された同店の店長が言う。「たしかに2月9日の午後3時頃から約1時間、ソファ席に座りました。生ビール1杯を注文して、ネコと楽しそうに遊んでいた。ネコ好きのお客様という以上の印象はありません。困惑しているのは、マスコミ3社に店内で盗撮されたことです。報道後、『お前の店が盗撮してマスコミに売ったのか』というクレームが殺到しています。うちは勝手に撮られただけなのに・・・・・・。NHKさんには『映像を使わないでください』と申し入れました。そもそも、逮捕前にもかかわらず、なぜマスコミは犯人をつけていたのか、疑問です」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なぜ犯人を知っていたのか。それは、他ならぬ警察が、マスコミに事前に伝えていたからだ。警察の捜査を嘲笑い、ついに逮捕された片山とはどういう人物なのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山は名門・学習院の中・高等科を卒業後、東京電機大学に進学。4年時に退学してコンピュータの専門学校に進んだ。高校時代の同級生が印象を語る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「当時の彼は存在感がありませんでした。こんな大きなことをしでかすような人とは思えなかった」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父親の[[丑田俊二]]氏はIBMにエンジニアとして勤めるかたわら、アマチュアの数学研究者として著述業も行っていた。福島大学経済学部経営学科→日本IBMにSEとして入社→人事部に異動したエリート社員。本業以外にも鉄道や数学関係の著書を出版している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年1月定年を目前に急死。祐輔は父親が死亡した際に丑田から片山に改姓、それまでと同様に母親との生活を続け、2歳違いの弟は結婚して実家を離れた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
のまネコ事件でも父親は1800万円を[[エイベックス]]に支払ってる。父親は証人尋問でエイベックスの被害総額1800万円も「できる限り被害弁償したい」と述べた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 精神科女医のつぶやき 片田珠美(23)世の「非モテ男」に捧ぐ ==&lt;br /&gt;
遠隔操作ウイルス事件で逮捕された片山祐輔容疑者&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2013年1月、この連載の19回目で取り上げた遠隔操作ウイルス事件で、容疑者の男が逮捕された。容疑を否認しており、真相は捜査の進展を待たねばならないが、モテなさそうというのが第一印象である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そういえば、2012年10月に連載8回目で取り上げた[[ｉＰＳ騒動]]男も、モテそうになかった。彼が性愛的に満たされていたら、虚言によって自己愛や自己顕示欲を満たそうとするようなことはなかったのではないか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もちろん、モテないから反社会的行為に走るというのはあまりにも短絡的な発想だ。だが、モテるか、モテないかは、特に男性にとって、「レゾン・デートル（存在価値）」に関わる一大事のようである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たとえば、今日は[[バレンタインデー]]だが、チョコがゼロだったらどうしようという不安を抱いている男性が多い。こうした男性心理を利用して、キャバクラなどでは、「あなただけよ」という甘いささやきとともにバレンタインチョコが手渡されるらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なかには、「バレンタインデー粉砕デモ」を実施する「革命的非モテ同盟」のような団体もある。「日本におけるリア充（＝現実生活が充実している人）バレンタイン文化に反対するため」という目的には、モテない男の恨みつらみがこめられているように見える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 警察、事実上の敗北宣言。ウイルス作成容疑での立件見送り(2013年6月) ==&lt;br /&gt;
一連のPC遠隔操作ウイルス事件で逮捕・起訴された元IT関連会社員・片山祐輔（31）が6月10日、2012年8月に他人のPCを操作して[[AKB48]]への襲撃予告を書き込んだとして追送検された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これまで片山は威力業務妨害やハイジャック防止法違反など7件の事件で逮捕・起訴されていたが、この追送検で捜査は事実上の終結。事件の本丸である「ウイルス作成容疑」での立件は見送られることになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山が関わったとされる事件は、当然ながら全て遠隔操作ウイルスが絡んでいる。にもかかわらず、肝心のウイルスの出どころが解明できなかったのは致命的だ。確かな物証を得られないまま捜査が終了したことは、警察の事実上の敗北宣言ともいえるが、これについて捜査関係者は「片山が取り調べを拒否し、供述を得られなかったため」と説明している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、これは事実と異なる。片山は取り調べそのものは拒否しておらず、あくまで「録画・録音しなければ取り調べに応じない」と頑なに主張していただけだ。それを拒んで実質的に取り調べを拒否していたのは当局側である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「証拠が完全にそろっていない状態で見込み逮捕し、取り調べで心理的プレッシャーを与えて自白を引き出すという昔からの手法から脱却できていない。取り調べ可視化は現在議論中の案件ではあるものの、実際にこういった自白ありきの案件で録画・録音されて困るのは捜査側。そんな強引な取り調べは現在も行われている。たび重なる再逮捕で4ヶ月も勾留し、彼の社会的地位を脅かすことでプレッシャーを与えたが、片山は最後まで折れなかった」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 2014年3月保釈 ==&lt;br /&gt;
[[Image:片山祐輔2.jpg|300px|thumb|保釈された片山祐輔]]&lt;br /&gt;
[[Image:片山祐輔3.jpg|300px|thumb|保釈された片山祐輔]]&lt;br /&gt;
[[Image:ゆうちゃんを救う会1.jpg|300px|thumb|ゆうちゃんを救う会]]&lt;br /&gt;
[[Image:ゆうちゃんを救う会2.jpg|300px|thumb|ゆうちゃんを救う会]]&lt;br /&gt;
[[Image:ゆうちゃんを救う会3.jpg|300px|thumb|ゆうちゃんを救う会]]&lt;br /&gt;
[[Image:ゆうちゃんを救う会4.jpg|300px|thumb|ゆうちゃんを救う会]]&lt;br /&gt;
[[Image:ゆうちゃんを救う会5.jpg|300px|thumb|ゆうちゃんを救う会]]&lt;br /&gt;
5日夜、[[東京拘置所]]に勾留されていた片山祐輔が保釈され、[[司法記者クラブ]]で会見を行った。片山被告は、[[伊勢神宮]]への爆破予告など10件の事件ーいわゆるPC遠隔操作事件で逮捕・起訴されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
4日の段階で一度認められていた保釈だったが、検察側の不服申し立てで停止に。さらにきょうになって検察側の手続き上のミスが発覚し、高裁があらためて勾留の停止を決定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''冒頭発言'''&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
この1年間、本当に緊張と、いろんなことの連続で本当に疲れ果てました。まだまだ闘いは長いですけれど、頑張って闘っていきたいと思います。無罪を取るところがゴールということで、現時点はまだ道半ばだと思います。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''質疑応答'''&lt;br /&gt;
ー保釈された、今の印象は。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：やっぱり正直に申し上げるとストロボが眩しいです（笑）。拘置所を出るところから目が痛いです。そういった意味でも、気持ち的な意味でも、自由というのは眩しいものだなと。夜なのに眩しいです（笑）。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
佐藤博史弁護士：ジェットコースターのようだったよね。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：昨日、午後2時くらいに小池弁護士の面会がありまして、高裁が保釈を認めるということで、「今日中に出られる」という風に思っていたところ、呼び出しが来ない来ない来ない…。もう夕食も抜いて、悶々としていたところ、午後７時過ぎくらいに刑務官から告知があって、高検の検事が最高裁に特別抗告したので、保釈が止まっちゃったと言われ、それでもうがくっときて。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昨日の午後から、今まで情動の上下が激しいという状況でしたが、出てくることが出来てよかったです。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
佐藤弁護士：朝からの経緯は？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：今朝、裁判所に着いて、弁護人と面会して、特別抗告されて執行が停止されたという経緯の説明は受けました。&lt;br /&gt;
お昼を食べて出廷した後でOKが出たというところで、良かった〜、という感じですね。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー無罪を訴える気持ちをお話いただきたいのですが。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：私はやってない、身に何の覚えもない。本当に１年と20日くらい前ですね…毎日ノートに日数を書いていたので、今日で389日目になりますが、まさに&amp;quot;寝耳に水&amp;quot;の家宅捜索と逮捕でした。昨年の２月10日は。警察とマスコミから尾行を受けていたことすら全く気づいていなくて、前日に行った猫カフェで正面から写真を撮られていることにすら気が付かなかったです。寝耳に水の逮捕でした。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー裁判では他に真犯人がいて、むしろ遠隔操作されていたと主張されていましたが。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：身に覚えのないアクセス履歴のようなものが多すぎる。たとえば事件に関する報道についてものすごく多く見ていると。検察側は「多数」とか「頻繁に」アクセスしたと主張していているんですが、遠隔操作事件が騒がれ始めた頃、Yahoo!ニュースのヘッドラインをクリックして見ていたことはありますが、多数と言われるほどは見ていない。記録を精査してもらったところ、何万回という、人力では不可能な回数、報道記事をアクセスして見ているということだったとか、落合弁護士のブログや部落解放同盟のサイトを見たとか、全く覚えがないんです。そういう見に覚えがないアクセス記録があるということは、やはり遠隔操作されていた可能性が高いのではないか、それしか考えられない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー真犯人が別にいると？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：はい。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー真犯人に言いたいことは？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：自首して欲しいですが、それが無理なら、「片山さんが犯人ではないですよ」的なアクションをしてくれることを１%くらいは期待しているのですが、結局１年経っても何もしてくれないわけで。ラストメッセージで言っているとおりで、犯人は何が起こっても静観するのかなと、そんなふうに思っちゃったりもしています。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ーメディアにも随分いろいろなことを書かれてきたと思います。例えば首輪付けるところの決定的な場面があるとか、そういうような今までの報道について思うこと、メディアの人達に言いたいことは？また、これからやりたいことは？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：メディアの方に対しても、ちょっと、正直な気持ち、怒りたい気持ちはあります。でもやはり警察発表ですね、「嘘の大本営発表」と私は呼んでいますけど、ありもしないものが出たと、そうやってメディアの人を騙した警察が一番悪いのではないかとも思います。もちろん一番悪いのは真犯人だと思いますけど…。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これからのことは、やはり、私はIT業界で仕事をしてきて、私に出来る仕事といえばITくらいしかないので、この先どうやって生きていこうか、IT業界に戻るのは難しいのではないかと思っていますが、しばらく執筆なり講演するなり、そういったことで食べていけたらいいなと思っています。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ーこれから数日は？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：おいしいものを食べて、ゆっくりお風呂に入って、自由を満喫したいです。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
佐藤弁護士：去年、2月10日に逮捕されたあと、私に「桜の花見はできますか」と言っていましたが、今度は本当にできそうですね。私が庭の桜の枝を折ってきて、今年の花見はこれだよって、接見室で花を見たんですけど（笑）。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー2回の公判出られて、検察の主張への感想は。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：これまでの公判前整理手続きが多数回行なわれて、証明予定事実というのが出てきていて、検察の主張はすでに見ていて、新しい事は言っていないなと。なので、公判が始まったから、検察の言っていることに対して印象が変わったといったことはないですね。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー検察が言っていることを聞いていて、ああいうことで犯人にされちゃうのかなという不安があったと思いますが。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：そうですね。いろいろな面で証拠上矛盾しているところがあると思う。たとえば江ノ島の猫の首輪から出てきたDNAは別人のものだったりとか。様々な面の矛盾点がそこかしこにあるにも関わらず、屁理屈で誤魔化していると。「他人のDNAが混入しただけだ」とか。そもそも私のDNAが出ないことが重要なわけで、他人のDNAはどうでもいい。そういう論調で、屁理屈で証拠の矛盾をごまかしていると思います。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー今後、そういうことも積極的にメディアに対しても発信していきたい？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：そうですね。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー佐藤弁護士：データの解析を特別弁護人と行なわなければならない。片山さんのパソコンの中から出たものをデータベースの形で持っているので、その解析の作業がとりあえずのすごく大事な作業で、きょうの証言を破る、自分が遠隔操作されてたんだという根拠を見つけていくんだ、という話をしていた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：自分もあまりウイルスとかセキュリティの知識は無いですが、自分の使っていたパソコンのことですので、やはりおかしいところがあれば、特別弁護人ではなく、まず自分で気づくべきだと。何かおかしいところを少しでも探してきたいと思っています。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー犯人への心当たりのようなものは？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：ないですね。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー検察側は、パソコンにウイルスを作成した途中の形跡が残っていると。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：やはり私のPCが遠隔操作されていた以上、何が合ってもおかしくないわけです。ファイルを置くのも盗むのも、消すのも自由だったわけですから、犯人が使ったウイルスはiesys（アイシス）だけとは限らないと思います。そこら辺で拾ったウイルスを亜種みたいな形にして使っていたのかもしれませんし、今後解析してみなければわかりませんけれども、何らかの形で、iesysまたはiesys以外のウイルスで操られていたことが100%だと思います。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ーそのときは、自分のパソコンが遠隔操作されていると、そんなことは夢にも思わなかった？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：全くわからなかったです。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー検察側としては遠隔操作は無い、という主張をしている。ありえないことはないと思う？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：そもそも「ファイル・スラック」という言葉自体は今日知ったのですが…まあ原理を聞いた限り、上書きされて残ったスペースなわけなので、遠隔操作されて、ファイルを置かれて、消されて、他のファイルが上書きされて、残ったスペースにデータが残るということは十分ありうることだと思うんです。遠隔操作ではファイル・スラックのスペースは自由に残せないという主張は良くわからないというのが正直なところです。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
佐藤弁護士：さきほどiesysを作成する途中のファイルが見つかったと言ったけれども、私たちの理解が正しければ、iesysのソースコードが送られてきために、iesys自体の保存先のフォルダがFというのがはわかってた。それで、片山さんの派遣先のPCを見たら、本来のフォルダと違うFがあったという説明があって、それが極めて特殊なフォルダだと言ってたんだけど、片山さんからは見えないフォルダですよ。そこに上書きをすると、ファイル・スラックというところに残るだけの話なので。だからFにいかにも意味がありそうで結びつくんだけど、片山さんからは全く見えないフォルダですからね、そこに犯人がそこにアクセスして何度か上書きしてれば、ファイル・スラックに痕跡は残ると。iesysたどり着く文字列が共通してたからiesys関連のものだと言っているだけですよ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：まあ、Fに心当たりが無いわけではないんです。一応、自前で持ち込んでいたポータブル・アプリケーションを起動するのに、TrueCryptボリュームを使ったり、サブストコマンドを実行してりして、仮想ドライブという形で使うことはしていたんです。その際にFドライブというのに心当たりがないわけではないんです。ただ、vprojフォルダなどは隠しフォルダになっていたので、自分では見えなかった。佐藤先生の主張を訂正させていただきます。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
佐藤弁護士：それが検察の主張のキーだということは今日の証人でわかったのだが、犯人がそういうことをすれば断片は残る。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：そうですね。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー無罪を取る自身はありますか？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：もちろん。それ以外は考えていません。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー片山さんと面識のある人物と言う可能性は。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：ないのではないかなと。私が想像しているのは、犯人がiesysではないウイルスを何十人にもばらまいていて、その何十人かを調べていたところ、前科のある私を見出した、じゃあこいつをスケープゴートにしようと、仕立てあげていったのではないか。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー江ノ島と雲取山についての説明は？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：ただ普通に行っただけなんです。冒頭陳述でも言いましたが、雲取山については１ヶ月前からネットで下調べしていたので、犯人が私の画面を監視していたりすれば、私がそこに行こうとしていることを掴むことはできると思います。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー１時間の冒頭陳述をなぜ自分でやりたいと？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：弁護人の勧めですが、自分で言いたいこともいくらでもありましたし、やってよかったと思っていますけども、前例の無いことだという説明は受けました。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
佐藤弁護士：片山さんは相当努力してくれたんですね。テーマも与えて、少しずつ作って行って。面会もして。いい経験になったと思う。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ーもし自分が犯人だったら絶対これは無いなと言えるようなものはあれば。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：まあ、雲取山ですね。埋められなかった。スコップなんか持ってなかった。山頂に複数の人がいて、それなりに交流もあって、人が横で鍋出している所で穴を掘っていたら目立ちますよ。私が滞在してた3、40分に、最初は３人、多い時には６、７人にはなっていて、山頂で一人になったことはない。私はコンビニおにぎりで食事を済ませたんですけど…。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー検察から特別抗告という手続きが踏まれたことについて &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：やはり最後の悪あがきという風にしか思えませんでした。何がなんでも外には出すまいという姿勢が感じられます。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー勾留が長くて、気持ちが折れそうになったことは？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：ないですね。早い段階で佐藤弁護士と知り合えたことが大きかった。とりあえず拒否しなさいと。検察の取調官と人間関係を形成するまえに、弁護士と仲良くなっておけたので、いい方向になったのかなと思う。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
佐藤弁護士：ほんとに感謝しないといけないのは隣の竹田真弁護士ですからね。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：たまたま当番弁護士として来て頂いて、最初の２ヶ月間、土日も休まず、一日も休まず面会にきてくださいまして。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
佐藤弁護士：私は厳しい父親みたいな感じだったんだけど、甘えられる竹田さんのサポートがあったんだね（笑）。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー検察が外に出したくないのはなぜだと思う？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：冒頭陳述でも言いましたが、「鬼殺銃蔵(おにごろしじゅうぞう)２」のアカウントは生きている。仮に私が犯人だったら、そのメールアドレスを使って、私が真犯人ですよというようなメール出すような工作をするのではないか。検察はそこを恐れているのだろうな思います。でも私はパスワードも知らないので、何の手出しもできない。検察の言葉で言うなら、虚偽の真犯人を作り出すおそれがあるということではないか。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自分のパソコンには各種アカウントのパスワードをメモしてテキストにして置いてあったんで、それが盗まれてたならやりたい放題ですね。たとえば、iesysのテストに使われた、「したらば」のオート6682のアカウント、確かに私が開設したものなんですが…。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー保釈保証金1,000万の原資は？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
佐藤弁護士：それはお母さんが出してくださいました。昨日連絡を受けて、すぐ用意してくださいと。事前に裁判所から言われたのは1000万円で大変だったんですけど、すぐお母さんが準備してくれて、私のところに振り込まれて。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ーいま、法廷に立たれている際のご心境は？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：まだ本格的に追及はされていないといいますか、今後、被告人質問なんかでの追及は心にダメージを受けそうですけど、捜査段階では早い段階で取り調べを拒否してしまっていたので、検察官からの追及という点で、このひと言ってることおかしいというのは、去年の３月５日…まさに今日ですね。水倉検事の取り調べだけですね。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今後検察官が私と直接対面して、どう言って来るのか、それにどう対応するか、ちゃんと心構えをしなければいけないなと思っています。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
佐藤弁護士：3月5日、ものすごく疲れましたと言ったので、ダメージ受けたのかなと思ったんですけど、随分反論をしたんですけどいろいろなことを言われちゃったと。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ーどんなことを？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：もう証拠の評価からすると有罪だ。君はどうするのが得か考えてみなと。やっているけど認めないか、やっていないから認めないか、いくつか選択肢があるけれど、どうするのが得か考えてみなとというところから始まって。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その前の私は特捜部所属だ。今は刑事部に応援に来ていると。それ自体は威圧的ではなく、ただの自己紹介だったかもしれないが、その後もいろいろと…例えばC#に関するスキルも、僕はウイルスなんか作る能力ないと言っても、こっそり勉強してた可能性もあるっていうので、そんなの悪魔の証明ですよって言い返してやったんですけどね。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そもそも水倉検事は雲取山を知らなかった。あまりメジャーでない山に、犯人と同じ山に偶然に登った、おかしいじゃないかと言ったんですけど、いや雲取山知らないんですか？東京都最高峰ですよ？と言い返してやりました。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そういうことの言い返しの連続で疲れました。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ーお母様にはどんなことを？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：まあ…ただいまと。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
佐藤弁護士：家族で最初に会ったのは、車の後部座席で握手した弟さんです。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー弟さんとは？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：世間話程度ですね。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー過去の冤罪について勉強したことは？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：はい。たとえば足利事件、松本サリン事件についても、本を差し入れてもらったり、国策捜査関連ですね。鈴木宗男さんや佐藤優さんの。読書はここ1年で500冊は超えていると思います。江川さんの書かれた村木さんの事件も熟読しました。本の差し入れは竹田先生が…。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
竹田弁護士：だいぶ漫画も多かったですが（笑） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー体調はどうですか？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：悪くはないですが、歯の治療が……穴が空いている。拘置所は３ヶ月待ちだったので早く行きたい。会社の保険はもう使えないので、早く国民健康保険に入って必要な診察をうけないと。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ー逮捕されて容疑者になって、今も裁判が継続中で、世の中的には疑いもあると思うが、今、一番誰に対して何を言いたい？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告：まあ、家族に対して、今も信じてくれていて、ありがとうと言いたいです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== PC遠隔操作事件「片山被告人の身柄拘束は懲役刑よりひどい」[[江川紹子]]さんが批判弁護士を探す ===&lt;br /&gt;
[[パソコン遠隔操作事件]]で[[威力業務妨害罪]]などで起訴され、[[東京拘置所]]に勾留されていた片山祐輔被告人が2014年[[3月5日]]、保釈された。逮捕されたのは2013年の2月だから、身柄の拘束期間は1年以上に及んだことになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告人の裁判は、[[地裁]]の第2回公判が終わったばかりで、本格的な審理はこれからだ。片山被告人は「私は遠隔操作の被害者だ」と主張し、無罪を訴えている。保釈直後に開かれた記者会見でも「私はやってない」と述べ、自らの主張の根拠をしっかりした口調で語った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その会見には、弁護人経由で片山被告人にインタビューした記事を公開するなど、この事件に関するレポートを精力的に発表しているジャーナリストの江川紹子さんも参加していた。会見が終わった後、1年以上にもわたった片山被告人の勾留について聞いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 「裁判所の保釈許可の判断は遅すぎた」 ===&lt;br /&gt;
1年以上となった片山被告人の勾留について、どうお考えでしょうか？&lt;br /&gt;
:江川紹子さん(以下、江川) - 本当に長かったなと思います。それと、やっぱり[[検察]]側が少し異常じゃないか、という感じがしますね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
保釈が決まったあとに検察が[[特別抗告]]し、いったん保釈の執行が止められたものの、検察側の手続きミスが判明し、結局、[[東京高裁]]によって保釈が許可されました。&lt;br /&gt;
:江川 - それは慣れないことをやるからでしょう。つまり、異常なことをやるから、こういうミスもするんじゃないでしょうか。ふだん、高裁が保釈決定を出しているのに、そんな特別抗告をするなんてことはあまり聞いたことがないですよね。弁護人が特別抗告するのは聞いたことがあるけど。そういう異常なことをやろうとするから、こういうミスをするんじゃないですかね。&lt;br /&gt;
:[[南アフリカ]]で、[[殺人罪]]で[[起訴]]されている[[オスカー・ピストリウス]]選手なんかは、たしか昨年2月14日に逮捕されて、22日に保釈されているんですよね。8日間くらいで保釈されているんですよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告人の逮捕(昨年2月10日)と同じ時期でした。&lt;br /&gt;
:江川 - そうなんですよ。だから、あのケースとの差があまりにも大きい。やはり日本では、まだまだ「身柄拘束」を、検察が自分たちの有利に運ぶように使っている気がします。彼(片山被告人)なんかは接見禁止もついていましたから、弁護人以外、誰とも会えない、しかも新聞も読めないと。これって、懲役刑よりひどいですよ。&lt;br /&gt;
:やはり日本の「人質司法」というか、長期間の「身柄拘束」って罰だと思うんですよね。だから、裁判をやる前から罰を加えるということを、もうちょっと改めるべきだと思うんですよね。&lt;br /&gt;
:今回、ようやく高裁が(保釈許可について)まともな判断をしたけれども、やっぱり遅すぎた気がしますよね。今回の高裁の決定は非常に筋が通っていて、まっとうだと思うので、こういう判断をもう少し早くできるように、裁判所にやってもらいたいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 片山の犯行確定 ==&lt;br /&gt;
=== 「真犯人」メール、片山被告が自ら送信か(2014年5月) ===&lt;br /&gt;
パソコンの遠隔操作事件で、16日、自分が「真犯人」だとするメールが報道機関などに送られたが、このメールは、現在公判中の片山祐輔被告が自ら送ったとみられることが分かった。東京地検は片山被告の保釈の取り消しを求めることを検討している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元会社員の片山祐輔被告は、他人のパソコンを遠隔操作し、殺害予告メールを送った罪などに問われているが、裁判で無罪を主張していて、片山被告は今年3月に保釈されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この事件をめぐって、16日、片山被告の裁判が開かれている時間帯に、自分が「真犯人」だとするメールが報道機関などに送られ、メールには、自分が片山被告のパソコンをウイルスに感染させ、片山被告の犯行に見せかけたなどと書かれていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、捜査関係者によると、片山被告が16日の裁判よりも前に、都内の河川敷で不審な行動をとっているのが捜査員に目撃され、片山被告がいた場所にスマートフォンが埋められているのが見つかったという。さらに、このスマートフォンを解析したところ、真犯人を名乗るメールのアドレスの痕跡があったという。時間をずらしてメールを送信するタイマー機能を使うなどして、片山被告自身が、真犯人を装うメールを送ったとみられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした事態を受けて、[[東京地検]]は片山被告の保釈の取り消しを裁判所に対して求めることを検討している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
パソコン（PC）の遠隔操作ウイルス事件で、威力業務妨害などの罪に問われて公判中の元IT関連会社社員片山祐輔被告（32）＝保釈中＝と弁護側との連絡が取れなくなっていることが19日、分かった。主任弁護人の佐藤博史弁護士が記者会見で明らかにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
佐藤弁護士によると、同日午前10時20分ごろの電話を最後に連絡が取れない状態になっているという。事件をめぐっては、「真犯人」を名乗るメールが16日、報道機関などに届いた。片山被告は「送ったのは私ではない。真犯人から送られた信ぴょう性は高い」と主張。検察側に公訴取り消しの申し立てをした後、19日午後2時から佐藤弁護士とともに記者会見する予定だったが現れなかった。申し立ては予定通り行われ、会見には同弁護士のみが出席した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
佐藤弁護士によると、メールが片山被告の自作自演だとする報道を受けて電話した後、音信不通になった。片山被告は電話で、やや驚いた様子だったが、「これから弁護士事務所に向かう」と答えていたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 遠隔操作事件の片山被告「私が真犯人」と認める ===&lt;br /&gt;
パソコンの遠隔操作事件で、19日から連絡が取れなくなっていたインターネット関連会社の元社員、片山祐輔被告から19日夜、弁護団に連絡があり、片山被告は「私が真犯人だ」と認め、先週、報道各社などに届いたメールを自分が送ったと話した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
パソコンの遠隔操作事件では、インターネット関連会社の元社員、片山祐輔被告(32)が威力業務妨害などの罪に問われ、ことし3月に保釈され、裁判では一貫して無罪を主張。この事件について、自分が真犯人と主張するメールが今月16日、片山被告が裁判に出廷中に報道各社などに届き、警視庁などは、片山被告がその前日に、都内の荒川の河川敷に埋めたとみられる携帯電話で送ったとみていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告は19日の午前10時20分すぎの電話のあと連絡が取れなくなり、午後に予定されていた会見にも姿を見せなかったが、19日午後9時半ごろ、弁護団に連絡があった。その中で、片山被告は「自分が真犯人だ」と認め、今月16日に届いたメールを自分が送ったと話した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[東京地方検察庁]]は19日、被告に対する保釈の取り消しを請求し、裁判所は早ければ20日中にも保釈を取り消すかどうか判断を示すとみられる。東京地検は、保釈の取り消しが認められた場合には、被告の身柄を拘束して直ちに勾留することにしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 誤認逮捕の4警察本部。執念の尾行2カ月半 ===&lt;br /&gt;
[[PC遠隔操作事件]]で、無罪を主張し続けた片山祐輔(32)に一連の事件への関与を認めさせたのは、誤認逮捕という苦渋を味わった[[警視庁]]、大阪、神奈川、三重の4警察本部の合同捜査本部による執念ともいえる追跡劇だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2014年5月15日夕、[[東京都]][[江戸川区]]の[[荒川]]河川敷。合同捜査本部の捜査員の目は、不審な動きをする片山に注がれていた。地面に何かを埋めるような仕草。後で掘り返す時のためか、歩幅を測るようにして埋めた場所を確認している。捜査員らは、この一部始終をビデオに収めていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「まさか警察官に見張られているとは思わなかった」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山は、真犯人を装うメールを送ったスマートフォンを埋める姿を目撃されていたことを知り、[[佐藤博史]]弁護士にそう漏らした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実は、合同捜査本部は複数の捜査員で片山が保釈された2014年3月5日から行動確認を続けていた。警視庁から投入されたのは、捜査1課で誘拐などの捜査に当たる精鋭の「特殊班」の捜査員。相手に感づかれずに尾行するプロだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
翌16日午前11時37分。片山が東京地裁の公判に出廷中、「真犯人」からのメールが報道関係者らに一斉に届いた。前日の不審な行動との関連にぴんときた捜査員が同日午後3時ごろ、河川敷の現場を掘り返すと、ポリ袋に入ったスマホが見つかった。令状を取った上で確認すると、真犯人メールと同じ内容のメールが同時刻に送信されていた。スマホの付着物からは片山の[[DNA]]型も検出。「真犯人」とつながった瞬間だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一時は大きく揺らいだ威信。ある警察幹部は「被告は公判のたびにタイマー機能で真犯人メールを送るつもりだったのでは。これで一区切りだ」と話した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 片山被告「2ちゃんねるのニュース速報プラスのスレッドを見て、『バレた』とパニックになった」 ===&lt;br /&gt;
――19日午前10時頃、[[NHK]]と[[日本テレビ]]で報道があったが、その頃の心境は？ &lt;br /&gt;
:今のところ順調だろうと。全くばれていないだろう、と &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――[[マスコミ]]から弁護人に問い合わせがあり、10時22分にあなたに電話をして、検察が保釈の取り消し請求をするらしいと伝えたが、弁護人の事務所に向かうと言ったまま行方を断った。その後午後9時半すぎまでに何をしていのか。&lt;br /&gt;
:佐藤弁護士の電話を聞いて、びっくりした。その場で[[スマホ]]のネットニュースのヘッドラインと[[2ちゃんねる]]を見た。2ちゃんねるのニュース速報プラスにスレッドが立っていた。「元会社員自身が送信か」とあり、「今、テレビに出た」「河川敷に埋めたんだって」「片山の自作自演だって」とあったのを読んで、「バレた」とパニックになった。スマホを握りしめたまま、選択肢を考えたが、すぐに「もう死ぬしかない」と思った。&lt;br /&gt;
:パニックになって、訳も分からず自転車で走り回って、気がついたら錦糸町の公園にいた。その前に酒を大量に買っていた。トイレで首を吊ろうとしたら、バックルが破断してしまった。[[亀戸]]の[[ドンキホーテ]]でベルト2本ネクタイ1本を買って、JRに乗って山の方に行って、人がいないところで死のうと思った。中央線で高尾まで行って、京王線に乗り換えた。酔っ払っていて、このまま山に登るのは無理だと思った。電車に飛び込むことも考えたが、リフトを使って山を登った。しばらく歩いて谷に入った。斜面を使って首を吊ろうと、滑り落ちたり転げたりしてみたがダメだった。 &lt;br /&gt;
:辺りが暗くなったので、やっぱり電車に飛び込んで死んだ方が早いと思い、月明かりを頼りに下山した。どこで飛び込もうかと思案した。快速がとまらない小さい駅がいいと、1つ1つ降りて確かめた。カメラもなさそうな駅があったので、ホームの下に入って、首を数十センチ差し出せば死ねる、次の電車が来たら死のう、次の電車が来たら死のうと思いながら迷って踏み出せないまま2時間近くが経った。佐藤先生に謝ったら死ねるのか、と思って電話をした。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――その駅は？ &lt;br /&gt;
:酔っ払っていたので曖昧だが、おそらく「山田」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――電話では何と言ったか。 &lt;br /&gt;
:「すいません。全部僕が犯人だったんです。今までだましていました。死のうと思ったが死ねない」と。佐藤先生からは「そうか、でも死んじゃダメだ」と強く諭された。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――自殺未遂も演技だと言う人がいるが。 &lt;br /&gt;
:もう、本当に死ぬしかないと、本気で考えていた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――警察に目撃されていなかったらどうなったと思うか &lt;br /&gt;
:見つけられなかったと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 佐藤博史弁護士会見 ===&lt;br /&gt;
PC遠隔操作事件で、連絡が取れなくなっていた片山祐輔の保釈が取り消され、その身柄が拘束されたことを受けて、主任弁護人をつとめる佐藤博史弁護士が5月20日、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見を開いた。片山が一連の事件の犯行を認めたことについて、無罪を主張してきた佐藤弁護士は「完全にだまされた」と述べながらも、「否定的な感情はない」と心境を語った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
佐藤弁護士によると、19日午前10時すぎから連絡が取れなくなった片山は、公園で自殺を図ったものの死にきれず、電車で東京の[[高尾山]]に行って、[[チューハイ]]を飲みながら山中をさまよっていた。その後、駅のホーム下の避難スペースから電車に飛び込んで自殺を図ろうとしたが、思いとどまり、同日夜に佐藤弁護士に電話をかけてきたという。翌20日になって佐藤弁護士の事務所に入り、そこで東京地検に身柄を拘束された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
16日に真犯人を名乗るメールを送ったことについて、片山は、母親から「一日も早く前のような平和な生活が送りたい」と言われたことが動機になった、と佐藤弁護士に明かした。しかし、メールを送ったスマートフォンが荒川の河川敷から見つかったとの報道を聞いて、一連の事件の真犯人しか知りえないパスワードを使った事実が発覚すると思い、すべて認めることを決意したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
記者会見で、佐藤弁護士と報道陣との間にあった主なやりとりは次の通り。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告人はどんな言葉で犯行を認めたのか？&lt;br /&gt;
:「すいません、私が真犯人です」ということだった。今回の真犯人メールだけでなく、それ以前の事件もやったということだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今日、身柄が拘束された時の片山被告人の様子は？&lt;br /&gt;
:(行方不明になった)昨日は動揺していたが、今朝会った時に変わった様子はなかった。「昨日はチューハイの缶を飲みっぱなしで山をさまよった」と言っていた。食事も昨夜、寝る前にとったが、今朝はとってないようだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
佐藤弁護士の率直な感想は？&lt;br /&gt;
:片山さんに「申し訳ありません」と言われたが、正直なところ、全く裏切られたような否定的な感情はない。片山さんは「今までの弁護人を解任して、国選弁護人を頼もうと思いました」と言っていたが、私は即座に「あなたを見捨てない」と応じた。私自身は、否認している被疑者が「実はやってました」と告白することに何回か遭遇している。それをもとに弁護するのが弁護士だ。裏切られたと非難するものでもない。意外なほど冷静でいられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事件を起こした動機は？&lt;br /&gt;
:(16日に送られた)ラストメッセージに警察や検察への恨みを書いているが、最初(の動機)はそういうものではなかったそうだ。16日の会見では、「真犯人はサイコパス」と言っていたが、今日は「自分がそうなんだ」と言っていた。サイコパスは嘘が平気でつけるということだ。意図的ではなく、ごく自然にできている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
母親は何と言っているか？&lt;br /&gt;
:今日、(片山被告人が)私の事務所に着いてから、電源を切っていたスマホをあけて、読んでみたところ、その中に母親から、「あなたが真犯人だったとしても受け入れる」ということが書いてあった。(片山被告人は)「母親に合わせる顔がない」と言っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告人は、涙を見せていたのか？&lt;br /&gt;
:涙はまったく見せてない。変な感じではなかった。ただ、お母さんに電話していた時にちょっと涙ぐんでいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昨日の会見では、無実は揺るがないといっていたが、正直どう思っているか？&lt;br /&gt;
:昨日の段階では、「(送られてきたのは)真犯人からのメールで間違いない」と言った。片山さんが送ったものではないということも確信していたので、無実の確信も揺るがなかった。その半分は正しかったが、半分は完全に裏切られた。特別弁護人の指導のもとに、（片山被告人は）市販のPCを買って、アクセスのデータも残していたが、真相としては、別に秘密のPCを持っていた。さらに埋めたスマホをもっていた。完全に私たちを欺いていた。それまでに私たちが知らされていた事実を前提にすれば、無実の主張を続けることができたのだが・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一連の犯行の動機が分からないが？&lt;br /&gt;
:わかりやすく説明するのは、彼自身にも難しいのではないか。給料が安かったと言っているが、そんなに極端に仕事に不満があるようにも思えない。母親と一緒にささやかに暮らすのが彼の日常だ。何の不満もないはずなのに、何らかの出来心でやってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
犯行は一人でやったことなのか？&lt;br /&gt;
:直接は聞いてない。だけど、間違いなく彼一人だと思う。もし複数人いれば、今回みたいなことを自分でやる必要もない。ほかの人にさせればいいだけだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告人を信じた理由は？&lt;br /&gt;
:当初、「片山さんが犯人」という徹底的な証拠があるように言われたが、裁判の間も決定的な証拠が示されなかった。悔しまぎれではなく、今回の真犯人メールがなかったら、私は自信をもって無罪弁論をしただろう。刑事弁護の怖さかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
スマホからはDNAが出た。なぜそんなものを埋めたのか？&lt;br /&gt;
:15日に自転車でバス停に向かい、そこからバスに乗り込んだ。一緒に乗り込む人も降りる人もいなかったそうだ。河川敷は見晴らしがいいので、尾行はなかったと思った。ポールが50メートル間隔で立っていて、150メートル先に本を読んでいる男性がいたが、その人は自分が到着する前からいたので、大丈夫だと思って、埋めたと言っている。ただ、下見に2、3回行っているので、そこが(発覚した)真相ではないか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回の（真犯人メールに使った）スマートフォンは、どうやって入手したのか？&lt;br /&gt;
:(SIMカードは)秋葉原で手に入れたと言っていた。まったく足のつかないものを買った、と。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なぜ河川敷にスマートフォンを埋めたのか？&lt;br /&gt;
:彼が法廷に臨んでいるときに発信させる目的だったからだ。発信した基地局がわかるので、別の場所でなければいけなかった。警察が自宅に捜索に入るということや、スマホの回収も考えないといけないので、河川敷になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
メール送信の詳しい方法は聞いているか？&lt;br /&gt;
:名前は聞いていないが、スマートフォンにソフトをインストールしたと言っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「自作自演のメール」を送ることを考えた時期は？&lt;br /&gt;
:保釈される前から考えていたと言っていた。保釈後、与えられた以外の秘密のパソコンを持っていて、それでメールを作り続けていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山被告人は最後までだまし続けるつもりだったのか？&lt;br /&gt;
:有罪判決に備えて、収監後にメールが届く設定をしておくというのが、元々の計画だったと言っていた。最後までだますつもりだったんだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
保釈後、捜査当局から行動確認されることについて、佐藤弁護士は注意をしたのか？&lt;br /&gt;
:行動確認はされているよ、と伝えた。今から話すとマンガみたいな話だが、真犯人からのメールがやがて届くと、この事件は「サドンデス」になると話していた。そのときに向けて万全の体制もとっていた。本当は、われわれにとって「デス」だったわけだが・・・。&lt;br /&gt;
:だけど、彼の真意はまったく違った。逆に言うと、彼は、私たち以上に尾行とかを計算していたと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それならば、なぜ？&lt;br /&gt;
:河川敷に下見に行ったときも、ものすごく警戒していたが、誰もいない安全な場所だと考えたようだ。(捜査陣が)スマートフォンを掘り返したのはたぶん、埋めた直後ではない。真犯人メールが届いたから、片山の行動を振り返ってみようということで、真相が明らかになったのだと思う。すばらしい勘だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
スマホを河川敷に埋めた以外に、「自作自演」したとは言っていないのか？ たとえば落合洋司弁護士に何かが送られたり・・・。&lt;br /&gt;
:「あれはまったく自分ではない」と。まったく無関係だと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
検察側の立証と、片山さんが今回話された真実と違うところはあるか？&lt;br /&gt;
:(遠隔操作に使用されたプログラムの)[[iesys]](アイシス)を作ったのが、乙社のパソコンであるというのも、「そうだ」と言っていた。アイシスをつくるくらいの技術はあったんだと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
パソコンの遠隔操作など細かいことはやるが、肝心なところで感覚が鈍いというか、ぬけているという面はあったか?&lt;br /&gt;
:ものすごく子どもっぽいと言うべきだと思う。母親を安心させるために「真犯人メール」を送って、裁判を「ジ・エンド」に導くという考えは、ちょっとどこかがぬけている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
サイバー犯罪に一石を投じた今回の事件を、どう考えるか？&lt;br /&gt;
:彼はリアルな空間である[[江ノ島]]に姿を現して、尻尾を捕まえられたわけだ。今回もスマホを埋めたところを地道な捜査官が目撃して、掘り当てたために見つかった。&lt;br /&gt;
:片山さんは、江ノ島に行ったときに「まさか防犯カメラがあるとは思わなかった」という。どう考えても、マンガみたいな弁解で、予想しろよと言いたくなるが・・・。&lt;br /&gt;
:サイバー空間で行動していた間は尻尾を捕まえられなかった。サイバー空間の犯罪には、まだ残念ながら有効な手立てはない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
保釈金はどうなる？&lt;br /&gt;
:1000万円は母親が出した。生活のための蓄えだから、彼はすごく気にしていた。&lt;br /&gt;
:彼には「没収されないようにするけど、おそらく今回の証拠隠滅は破格の行為なので、保釈金の召し上げがない、ということは考えられない」と伝えた。彼はすごく悔いていた。そこにも考えが及ばないというか、後悔先に立たずというやつだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最後の最後に、佐藤さんのところに連絡がきたということについては？&lt;br /&gt;
:私は片山さんの無実をずっと信じていた。片山さんとしても、私に電話するのは、ずいぶん勇気がいったと思う。叱られるんじゃないかということも含めて、最後の別れのつもりで電話をかけてきている。だけど、私はさっき言ったように、片山さんをそのまま受け止めることができた。&lt;br /&gt;
:こうなった以上は取り調べの可視化は求めないで、起訴後の取り調べに応じる。片山さんにもそういう必要なことはやろうと伝えた。捜査機関を翻弄したわけだから。捜査側としても、どこで捕まえ損ねたかという問題が多分あると思う。そういうことについて、片山さん自身が協力すべきだ、と。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
別れるときに声をかけたのか？&lt;br /&gt;
:「お別れだよ」って、握手した。彼に触れることは、たぶんないので&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 裁判 ==&lt;br /&gt;
=== 片山被告人の最終意見陳述「私自身が弱く未熟だった」 ===&lt;br /&gt;
PC遠隔操作事件で、威力業務妨害などの罪に問われている片山祐輔被告人。弁護側の最終弁論が[[2014年]][[11月27日]]、[[東京地裁]]で開かれ、片山被告人の最終意見陳述もおこなわれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以下、最終意見陳述の全文。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先日の[[検察官]]の論告を受けて、私は改めて、自分の罪を重く受け止めています。被害者の方々には筆舌に尽くしがたい苦痛を与えてしまい、人生を狂わせることをしてしまったのだと改めて思い知らされました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は逮捕されてから長いこと否認をし続けていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一転して認めるに至った発端は確かに、真犯人メールの件で言い逃れができなくなったことです。再収監されてしばらくは、「あれさえバレなければ」という気持ちを、正直、捨てることができないでいました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしその後、被害者の方々の調書を読み、また証言を聞き、心理カウンセリングを受け、また、家族と本心から語り合うことで、内省を深めることができました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
半年前の私とは異なり、今では「こうなって良かった」と思っています。もし仮に、間違った無罪を獲得することに成功しても、一生心の中に矛盾をかかえて生きていかなくてはならず、ずっと心に闇をかかえたまま生きていく人生になっていたと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
検察官の論告の中で、再犯の可能性について言及されています。9年前の事件の時、私は確かに反省して懲りたはずなのに、再びあやまちを犯してしまいました。その理由が自分でも分かりませんでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
カウンセリングを受けた結果、自分の中にあった怒りやトラウマの正体や、あるいはもっと幼い頃から他者とは何かが違うと思ってきた障害の正体が分かり、自分でも分からなかったこの事件の動機を正しく把握することができたと思います。私は、自分の中にあった怒りの矛先を、全く間違った方向に、しかも犯罪という間違った方法で、向けていました。その怒りの正体も分からず、手段のためには目的を選ばないような犯行をくり返したのは、他の誰が悪いわけでもなく、私自身が弱く未熟だったからです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昔の事件の時とは異なり、自分の中の何が問題だったのかを理解した今、そしてこれから先、犯罪に走ることはもうしません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これからは自分の罪と正しく向き合い、社会復帰を目指したいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[ハッカー]]&lt;br /&gt;
* [[ハッキング]]&lt;br /&gt;
* [[ハッカー文化]]&lt;br /&gt;
* [[ライフハック]]&lt;br /&gt;
* [[ブリコラージュ]]&lt;br /&gt;
* [[クラッカー (コンピュータセキュリティ)|クラッカー]] (cracker)&lt;br /&gt;
* [[ウィザード]] (wizard)&lt;br /&gt;
* [[ギーク]] (geek)&lt;br /&gt;
* [[ナード]]&lt;br /&gt;
* [[ハッカージャパン]]&lt;br /&gt;
* [[Phrack]]&lt;br /&gt;
* [[カルト・オブ・ザ・デッド・カウ]]&lt;br /&gt;
* [[ハッカーインターナショナル]]&lt;br /&gt;
* [[ザ・ハッカー]]（アメリカ映画）&lt;br /&gt;
* [[中国紅客連盟]]&lt;br /&gt;
* [[アノニマス (集団)|アノニマス]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:かたやま　ゆうすけ}}&lt;br /&gt;
[[Category:2012年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:捜査特別報奨金制度]]&lt;br /&gt;
[[Category:インターネット犯罪]]&lt;br /&gt;
[[Category:おたく]]&lt;br /&gt;
[[Category:情報技術者]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1982年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>118.238.228.194</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%8B%98%E5%9D%82%E5%BA%B7%E5%BC%98&amp;diff=319089</id>
		<title>勘坂康弘</title>
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				<updated>2016-03-15T09:50:45Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;118.238.228.194: /* 経歴 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:勘坂康弘　1.png|400px|thumb|[[焼肉酒家えびす]]社長　勘坂康弘]]　&lt;br /&gt;
'''勘坂 康弘'''（かんざか やすひろ、[[1968年]][[8月18日]] - ）は、[[フーズフォーラス|株式会社フーズフォーラス]]([[焼肉酒家えびす]])[[代表取締役]][[社長]]。&lt;br /&gt;
住所は、〒920-0363 石川県金沢市古府町南1018 LIVEIN古府D棟&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==人物==&lt;br /&gt;
[[Image:勘坂康弘　4.jpg|400px|thumb|土下座する勘坂康弘社長]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『日本一の伝説となるレストランチェーンを実現』を理念としている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.gaisyoku.biz/pages/entre/lecture/foodsforus_01.cfm 外食.com 新春特別講義 強力なチームづくりが、幸せな人生を実現する ～｢えびすストーリー｣]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
焼き肉チェーン店「[[焼肉酒家えびす]]」で4人が死亡したユッケ集団食中毒で、富山、福井両県警の合同捜査本部は[[2011年]][[5月6日]]午後、[[業務上過失致死]]容疑で、チェーンを運営する「フーズ・フォーラス」（石川）の本社や富山、福井県の店舗、東京都内の食肉卸業者などを家宅捜索する。同社の勘坂康弘社長（43）は2014年度までの[[東証マザーズ]]上場を目指してビジネスを拡大。有名ホテルを手本にした経営理念を掲げたものの、急成長に肝心の安全管理がまったく追いついていなかった。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ユッケ用の生肉は、東京都板橋区の食肉卸業者がチェーン店側に販売した。合同捜査本部は卸業者らから詳しく事情を聴くとともに、肉の流通経路などを調べ、集団食中毒の全容解明を進める。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これまでに富山県砺波市の砺波店や福井渕店（福井市）でユッケなどを食べた男児ら4人が亡くなったほか、神奈川、富山両県で34人が入院。うち21人が重症となって &lt;br /&gt;
いる。神奈川県警も5日、業務上過失致死容疑で捜査本部を設置した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「本当に申し訳ございませんでした」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
5日、同社の勘坂社長は報道陣の前で路上に土下座し、こう声を震わせた。「生食用として市場に流通している牛肉はありません！」などと声を荒らげて弁明した2日の &lt;br /&gt;
会見以降、まるで豹変したかのように神妙な態度を貫いている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
勘坂社長は[[1968年]]、富山県高岡市生まれ。金沢経済大（現・金沢星稜大）在学中のアルバイトはディスコの黒服。卒業後、高岡市内の商社に入るも2年で退社した。関係者は「そこから独立に向け、派遣社員の給料で月30万円ずつ3年弱の間に1,000万円ためた。当時の貯金術を『とても簡単。使わなければいい』と語って &lt;br /&gt;
いた」と証言していた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1998年]]に同社を設立。社名は「FOOD FOR US」に由来し、「幸せの実現」を企業理念に掲げた。石川など北陸3県で足場固めをした後、昨年、横浜への出店で首都圏進出。[[2010年]]末までに北陸で16店、首都圏で4店を展開。業界関係者によると、勘坂社長は[[2014年]]度までの東証マザーズ上場を目指していたという。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「店では名門ホテルの[[ザ・リッツ・カールトン]]が掲げる経営理念を参考にした礼儀作法の『6大行動規範』などを徹底。自らの性格については『石橋を3回たたいて&lt;br /&gt;
渡るほど慎重』と評していた。夢は『日本一の伝説に残るレストランチェーン』を築くこと。2020年ごろまでに全国300店が目標だっただけに、当面の課題である上場を焦るあまり、安全面の管理がおろそかになったのではないか」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同社の急成長ぶりは注目を集め、バラエティー番組「[[人生が変わる1分間の深イイ話]]」（日本テレビ系）でも取り上げられた。4月18日の放送では、低価格を維持する経営方針などを出演者のタレント・[[島田紳助]]らが絶賛。死亡した男児は同17日に福井渕店でユッケを食べていた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「日本一の伝説に残るレストランチェーン」が目標だった同社。食中毒で4人の死者を出し、日本一注目されてしまったのはあまりに皮肉である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==経歴==&lt;br /&gt;
*1968年8月　[[富山県]][[高岡市]]生まれ&lt;br /&gt;
*1975年3月 こばと幼稚園卒園&lt;br /&gt;
*1981年3月 [[高岡市立野村小学校]] 卒業&lt;br /&gt;
*1984年3月 [[高岡市立芳野中学校]] 卒業&lt;br /&gt;
*1987年3月 [[高岡第一高等学校]] 卒業&lt;br /&gt;
*1992年3月　金沢経済大学（現・[[金沢星稜大学]]）経済学部 卒業&lt;br /&gt;
**経済 経済 48 (偏差値)&amp;lt;br/&amp;gt;経済 経営 47 (偏差値)&amp;lt;br/&amp;gt;人間科 スポーツ 45 (偏差値)&amp;lt;br/&amp;gt;人間科 こども 49 (偏差値)&lt;br /&gt;
*1997年5月　「[[焼肉酒家えびす]]」を高岡市に開店&lt;br /&gt;
*1998年9月　有限会社フーズフォーラス設立&lt;br /&gt;
*2000年12月 [[フーズフォーラス|株式会社フーズフォーラス]]設立&lt;br /&gt;
*2010年末　 北陸3県と[[神奈川県]]に「焼肉酒家えびす」20店舗展開&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 「焼肉酒家えびす」殺人ユッケ社長。金沢市でバイトしながら家賃9万円マンションで生活、妻子とは別れた(2013年) ==&lt;br /&gt;
2011年春、焼き肉チェーン店「焼肉酒家えびす」でユッケを食べた客から、死者5人を含む181人もの被害者が出た食中毒事件。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当初、「生食用として市場に流通している牛肉はありません！」などと逆ギレしていた勘坂康弘元社長（44才）だが、 死者が出ると「必ず償います」と土下座した。あれから2年が経つが、被害者に対する補償は今もまったく進んでいない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この事件で次男（享年14）を亡くし、自らも被害にあった富山県内の男性A氏（50才）が憤る。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「勘坂は事件から1か月後に一度謝りに来ただけで、補償は支払われていません」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
補償が進まないのはなぜか。同店を運営するフーズ・フォーラス社は、被害者への損害賠償額も含めて17億円にのぼる負債を抱える一方で、手元に残っている資金はわずかしかない。そこで、昨年8月には、“殺人ユッケ”の仕入れ先である食肉卸業者・大和屋商店に約3億1000万円の損害賠償を求める訴訟を起こしたが、この訴訟は異例なものだった。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「フーズ社が被害者にも原告団に加わるよう求めたんです。裁判に勝てば、その賠償金は参加した被害者に分配されます。でも、加害企業と手を組むことになるわけですから、被害者や遺族にとっては複雑です。そのうえ訴訟にかかる費用、数十万円を負担しなければならないわけですから…」（A氏） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結局、ほとんどの被害者がフーズ社の提案を拒否した。しかも、訴訟自体かなり難航しそうだ。倒産したフーズ社の清算手続きを行っている行政書士・大村安孝氏の話。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「大和屋商店は、警察の調べで食中毒の原因が断定されていないことを理由に、“食中毒の原因はそもそもユッケなのか”という事実関係から争う姿勢。裁判が長引いているので、被害者側が仮に勝訴しても、補償金の分配はかなり先のことになりそうです」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当の勘坂元社長はといえば、被害者への対応は清算人に任せきりで、金沢市内の家賃9万円の賃貸マンションで暮らしている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「妻子とは別れ、知人の飲食店でアルバイトしながら生活しているようです」（地元紙記者)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出典 ==&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.ebisu-net.com/ 焼肉酒家えびす]&lt;br /&gt;
*[http://www.gaisyoku.biz/pages/entre/lecture/foodsforus_01.cfm 外食.biz 起業のすすめ - 勘坂康弘のインタビュー]&lt;br /&gt;
*[http://www.youtube.com/watch?v=SDvba8REjic 食中毒事件の釈明会見の映像]&lt;br /&gt;
*[http://www.youtube.com/watch?v=MklcvPvQVik インタビューでの謝罪映像]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:かんさかやすひろ}}&lt;br /&gt;
[[Category:1968年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:悪徳経営者]]&lt;br /&gt;
[[Category:人殺し]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>118.238.228.194</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%B1%A0%E6%B0%B8%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9&amp;diff=319088</id>
		<title>池永チャールストーマス</title>
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				<updated>2016-03-15T09:47:18Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;118.238.228.194: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''池永 チャールストーマス'''（いけなが チャールストーマス、[[1992年]]6月5日 - ）は、生ゴミ兼変質者兼殺人犯である。[[大阪府]][[大阪市]]生まれ、[[京都府]][[京都市]]育ち。元交際相手の[[鈴木沙彩]]を殺して、Hな動画と画像を[[インターネット]]上に流出させた[[性犯罪者]]。日本人とフィリピン人のハーフ。通名は池永仁。高校卒業後の[[陸上自衛隊]]入りが決まっていたが、健康上の理由で断念。正社員歴はないが、スーパーマーケットやコンビニエンスストアなどでアルバイトしたことはある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2014年]]8月1日、[[東京地方裁判所]]立川支部で、林正彦裁判長から懲役22年（求刑無期懲役）を言い渡された。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2016年]]3月15日、[[東京地方裁判所]]立川支部（差し戻し審）で、菊池則明裁判長から懲役22年（求刑懲役25年）を言い渡された。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 学歴 ==&lt;br /&gt;
* 平成20年3月 京都市立四条中学校卒業&lt;br /&gt;
* 平成20年4月 京都府立朱雀高等学校入学&lt;br /&gt;
* 平成23年3月 京都府立朱雀高等学校卒業&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:いけなかちやるすとます}}&lt;br /&gt;
[[Category:大阪府出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1992年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:2013年の日本の事件]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>118.238.228.194</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%92%8C%E7%94%B0%E7%9C%9F%E4%B8%80%E9%83%8E&amp;diff=317079</id>
		<title>和田真一郎</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%92%8C%E7%94%B0%E7%9C%9F%E4%B8%80%E9%83%8E&amp;diff=317079"/>
				<updated>2016-02-08T07:27:07Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;118.238.228.194: 卒業生でないため、削除。&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[ファイル:1390623195703.jpg|400px|thumb|スーパーフリー代表・和田真一郎]]&lt;br /&gt;
[[Image:和田真一郎1.jpg|400px|thumb|スーパーフリー代表・和田真一郎]]&lt;br /&gt;
[[Image:和田真一郎2.jpg|400px|thumb|スーパーフリー代表・和田真一郎]]&lt;br /&gt;
'''和田 真一郎'''（わだ しんいちろう、[[1974年]][[7月30日]] - ）は[[早稲田大学]]レイプサークル「[[スーパーフリー]]」主催者。一人称は「和田さん」。逮捕当時、早稲田大学第二文学部2年（後に退学処分）。&lt;br /&gt;
[[新潟県]][[新潟市]]出身&amp;lt;ref&amp;gt;[http://deeppigment.myartsonline.com/deeppinkpigment/sfree5_010.html 早大SuperFree強姦事件のまとめ・裁判の情報１０]&amp;lt;/ref&amp;gt;。逮捕時の住所は[[神奈川県]][[川崎市]][[麻生区]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
好きな言葉は『熱い!!ヤバイ!ヤリたい!!間違いない!!』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 学歴 ==&lt;br /&gt;
*1981.04 国立新潟大学附属新潟小学校入学&lt;br /&gt;
*1987 一家で上京し、三鷹市立小学校に転入、3月卒業&lt;br /&gt;
*1990.04 東京都立三鷹高等学校入学&lt;br /&gt;
*1993.03 東京都立三鷹高等学校卒業&lt;br /&gt;
*1993.04 中央大学入学&lt;br /&gt;
*1994.04 早稲田大学政治経済学部入学&lt;br /&gt;
*2000.03 授業料未納で除籍&lt;br /&gt;
*2002.04 早稲田大学第二文学部再入学&lt;br /&gt;
*2003.07 早稲田大学第二文学部退学処分&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[http://katuru2ch.blog12.fc2.com/blog-entry-4710.html 和田の動画]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物像 ==&lt;br /&gt;
[[Image:和田真一郎3.png|400px|thumb|スーパーフリー代表・和田真一郎]]&lt;br /&gt;
和田はひょろひょろのもやしであり、見た目はアニヲタそのもの服装には気を使わないのがポリシー。セックスが大好きで女に目が無い。強姦イベントサークル・スーパーフリーの代表であり、高級クラブを貸しきって、そのステージで白いスーツを着て、司会をするスーパースターであり、あたかも準芸能人のように目立つ存在であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、スーパーフリーは全国でイベントを開催し、その売上げが億単位になるほど、経済的には成功していたサークルであり、そのサークルは階級制度によってまるで会社組織のように厳格に管理されており、それが非常に悪徳のものであるが、あなどれないほど巧みに組織されていた。彼は8年間の間、学生を続け、スーパーフリーの代表の立場に固執し続けた。そして、その異常なほど貪欲で暴力的な性的犯行を狡猾なマインドで繰り返すのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼の経歴や当時の同級生の証言などを見ると、中学・高校の頃は目立たない存在で、暗く、何を考えているか分からないような生徒だったようである。部屋にはアニメのポスターやフィギュア、乙女ゲームとＡＶが散乱している。父親が厳しく、父親への反発もあったようである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== スーパーフリーの強姦手口 ==&lt;br /&gt;
[[Image:和田真一郎4.png|400px|thumb|スーパーフリー代表・和田真一郎]]&lt;br /&gt;
1．ゲームと称して濃い酒を飲ませ、飲めるわけもないのでジュースを渡す。&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
（濃い酒を飲んで意識をなくした場合は3へ）&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
　　↓&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
2．安心して飲むが、ジュースに粉末にした睡眠薬や、各種薬物が混入されている。&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
　（そもそも酒に混入されている場合もある）&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
　　↓&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
3．介抱すると称して女性の友人がいる部屋から隔離し、順番に輪姦する。&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
　　（実際には女性の友人が強姦者側の協力者の場合も少なくない）&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ポイント ===&lt;br /&gt;
酒・薬物により意識を失わせること。（いくら奔放な女性でも初対面での輪姦は合意が見込みにくいため。また、処理時間を短縮し、効率を上げるため）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 専門用語 ===&lt;br /&gt;
[[Image:和田真一郎5.jpg|400px|thumb|スーパーフリー代表・和田真一郎]]&lt;br /&gt;
現物支給･･･幹部に報酬として強姦対象の女性を与えること。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
撃つ･･･女性と性交（強姦含む）すること。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
無理撃ち･･･強姦すること。　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アシスト･･･強姦の手伝いをさせること。「アシスト」することで「現物支給の可能性。いわば「ご恩と奉公」の主従関係で結ばれているといえるのかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
飼う･･･女性を継続的に自己の性的行為の対象となる状態にすること（任意・強制の別は不明）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つぶつぶオレンジ･･･睡眠薬のこと。S製薬の某製品をさすという説あり（錠剤の色と形状から）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 組織構成員の証言 ===&lt;br /&gt;
*　強姦する対象はあらかじめ決めている。&lt;br /&gt;
*　強姦の方法は、男子トイレに連れていく。&lt;br /&gt;
*　年間100人以上を食ってると自慢していた。&lt;br /&gt;
*　キラーゲームに山手線ゲーム&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※山手線ゲーム&lt;br /&gt;
:あるテーマを決めて、それに関連する単語を挙げて行く、しりとりに類似したゲーム。&lt;br /&gt;
:例．テーマが大学なら早大、日大、学習院大など。答えられなかった人は罰ゲームとして一気飲みをする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 飲ませまくって、連れ出す（実際の映像が流れる）。&lt;br /&gt;
* 過去に警察に踏み込まれたことがあるが、和田がうまく丸め込んだ。&lt;br /&gt;
* 和田が代表になって会員は劇的に増加した。&lt;br /&gt;
* 和田のカリスマ性は並ではない。&lt;br /&gt;
* 和田へのインタビュー「一回のイベントで一千万以上の売上です」&lt;br /&gt;
* その他、被害者証言、事件概要、刑法、解説&lt;br /&gt;
* 和田「合意の上です」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 構成員（男性）は3,000円程度のイベントチケットを3～4枚購入することで一回のイベントにつき1万円前後を和田に上納するシステムとなっている（※イベントは年に10回以上か）。それに対して和田は女性を「現物支給」することで不満を抑え、従わせている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事態発覚 ==&lt;br /&gt;
警視庁麻布署は[[2003年]][[5月19日]]、パーティーで知り合った女子大生に暴行したとして、東京都豊島区高田3、早稲田大2年、和田真一郎容疑者（28）ら大学生5人を婦女暴行容疑で逮捕したと発表した。和田容疑者らは「合意のうえだった」と容疑を否認しているという。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
逮捕されたのは、以下の５容疑者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 早稲田大学2年　　　和田真一郎(28)　&lt;br /&gt;
* 早稲田大学4年　　　　　　　　小林潤一郎(21)　&lt;br /&gt;
* 早稲田大学政治経済学部3年　　沼崎敏行(21)&lt;br /&gt;
* 日本大学法学部3年　　　　　　藤村翔(21)　&lt;br /&gt;
* 学習院大学経済学部1年　　　　小林大輔(20)　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 早大サークルの婦女暴行事件、和田容疑者ら起訴(2003年6月) ==&lt;br /&gt;
イベントサークル「スーパーフリー」（6月22日解散）メンバー5人による集団暴行事件で、東京地検は2003年6月30日、同サークル代表の早稲田大2年・和田真一郎（28）（東京都豊島区）、日大3年・藤村翔（21）（神奈川県茅ヶ崎市）両容疑者を、準婦女暴行の罪で東京地裁に起訴した。残るメンバー3人は拘置中で、引き続き取り調べた上、刑事処分する予定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
起訴状などによると、和田容疑者らは2003年5月18日、別の団体が東京都港区六本木で主催したダンスパーティーに参加した後、近くのビル12階の居酒屋で2次会を開催。女子大生（20）に日本酒などを飲ませて酔わせたうえ、同日午後8時半ごろ、「介抱する」などと言って店外に連れ出し、集団暴行した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捜査当局の調べでは、藤村容疑者が“連れ出し役”となり、居酒屋の1階下の夜間人の出入りがない場所に女子大生を連れて行った。各容疑者の役割分担は「あうんの呼吸で決めた」という。警視庁は6月9日、両容疑者を婦女暴行容疑で逮捕したが、その後の調べで、犯行当時、被害者の女子大生は泥酔し、抵抗できる状態ではなかったことが判明。このため東京地検では、被害女性を抵抗不能にして暴行した場合に適用される準婦女暴行罪で2人を起訴した。和田、藤村両容疑者は調べに対し、「被害者の女性に申し訳ないことをした」などと謝罪の言葉を述べる一方、「以前、同じ居酒屋で、同様に女性に暴行したことがあった」などとも供述しており、同地検などでは、余罪についても慎重に調べを進める。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 「スーパーフリー」和田被告ら再逮捕、元慶大生も逮捕(2003年7月) ==&lt;br /&gt;
イベントサークル「スーパーフリー」（6月に解散）のメンバーによる集団婦女暴行事件で、警視庁麻布署は2003年7月31日、サークル代表の元早大生和田真一郎（29）（東京都豊島区）と、メンバーの元早大生小林潤一郎（21）（横浜市緑区）の両被告（準婦女暴行罪で起訴済み）を準婦女暴行容疑で再逮捕し、サークル幹部だった会社社長岸本英之容疑者（28）（東京都豊島区）を同容疑で逮捕した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
調べによると、和田被告らは一昨年暮れ、東京都豊島区高田3の自宅兼事務所で、一緒に飲酒して酔わせた女子大生を集団で暴行した疑い。新たに逮捕された岸本容疑者は慶応大在学中、東大の学園祭で「ミスコン」を開催するなど、学生時代からイベント企画を手がけていた。現在は求人広告会社を経営する一方、スーパーフリーの運営にもかかわっていたという。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== スーパーフリー婦女暴行事件、新たに慶大生ら7人逮捕(2003年11月5日) ==&lt;br /&gt;
早稲田大学のサークル「スーパーフリー」（解散）のメンバーによる集団強姦事件で、警視庁は5日、女子大生を約2時間にわたって順番に乱暴したとして、法政大3年の吉野豪洋容疑者(20)＝東京都八王子市上野町＝、慶応大2年の少年(当時19)＝さいたま市南区＝ら7人を準強姦容疑で新たに逮捕した、と発表した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
サークル代表の元早大生和田真一郎容疑者(29)＝2件の準強姦罪で公判中＝、サークルOBで求人情報サイト運営会社社長岸本英之容疑者(28)＝同罪で公判中＝ら4人も同じ容疑で再逮捕した。計11人は全員、容疑を認めているという。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捜査1課の調べでは、11人は2003年4月27日午後8時20分〜10時半、港区六本木5丁目の雑居ビル12階にある居酒屋で、ディスコパーティーの2次会に参加した大学１年の女性(18)を泥酔させ、11階のエレベーターホールで代わるがわる乱暴した疑い。2次会のゲームで女性が負けたとしてアルコール度数96度の蒸留酒をサワーに混ぜたものを何杯も飲ませて酔わせ、介抱を装って連れ出していたという。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
女性はこの後、さらに豊島区内のサークル事務所に連れ込まれて乱暴され、同課は関与したメンバーの特定を進めている。&lt;br /&gt;
　　 &lt;br /&gt;
* 和田真一郎(和田耀平)元早稲田大学２年） &lt;br /&gt;
* 沼崎敏行（元早稲田大学政治経済学部３年） &lt;br /&gt;
* 小林潤一郎（元早稲田大学教育学部４年） &lt;br /&gt;
* 小林大輔（元学習院大学経済学部１年） &lt;br /&gt;
* 藤村翔（元日本大学法学部３年） &lt;br /&gt;
* [[岸本英之]]（慶應義塾大学商学部卒） &lt;br /&gt;
* 若松直樹（早稲田大学理工学部卒） &lt;br /&gt;
* 宇田篤史（明治大学) &lt;br /&gt;
* 小泉創一郎(産能大学) &lt;br /&gt;
* 吉野豪洋(法政大学３年） &lt;br /&gt;
* 少年Ａ（慶應義塾大学法学部２年) &lt;br /&gt;
* 少年Ｂ(慶應義塾大学経済学部１年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 東大生も逮捕(2003年11月14日) ==&lt;br /&gt;
早大生らが主宰するイベントサークル「スーパーフリー」（解散）のメンバーによる集団暴行事件で、警視庁捜査1課などは11月14日、女子大生に酒を飲ませ集団で暴行したとして、準強姦容疑で東大農学部3年高山知幸容疑者(20)＝東京都杉並区久我山＝を逮捕した。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
高山容疑者は容疑を認めているという。一連の事件で逮捕されたのはこれで14人目。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 和田代表に懲役14年(2004年11月2日) ==&lt;br /&gt;
イベント企画サークル「スーパーフリー」の元代表で、3件の準強姦（ごうかん）罪に問われていた和田真一郎被告（30）が2日、東京地裁（中谷雄二郎裁判長）から懲役14年（求刑懲役15年）の判決を受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
判決理由で中谷裁判長は「人間としてあるまじき下劣かつ醜悪な犯行で、誠に悪質」と女子大生への集団暴行を厳しく批判した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 東京高等裁判所「スーパーフリー」和田元代表の控訴を棄却(2005年6月) ==&lt;br /&gt;
2005年6月2日、東京高裁にてイベントサークル「スーパーフリー」の集団暴行事件で、準強姦罪に問われた元代表の和田真一郎被告（30）（早稲田大を退学処分）の控訴審判決が行われた。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
仙波厚裁判長は「悪らつな犯罪集団と化した団体の代表として、率先して犯行に及んだ」と述べ、懲役14年とした1審・東京地裁判決を支持し、和田被告の控訴を棄却しました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一連の事件で計14人が起訴され、和田被告以外はすでに実刑が確定。和田被告はナンバー2とされた会社役員岸本英之(29・慶應大学卒)（懲役7年6月が確定）との量刑の差や、一審判決で「被害者に落ち度がない」としたことに、不満を示していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
判決は「強大な発言力と影響力でメンバーを統制し、常習的に犯行を繰り返した」と非難。「意図的に女性を泥酔させた訳ではない」という和田被告の主張に対しては、「狙いを定めた女性に集中的に酒を飲ませており、被害者に落ち度はない」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== スーフリのエピソード ==&lt;br /&gt;
* サークル内の階級制度・・・・和田さん好みの女の子をささげる事によって自分（の地位）が上になる。&lt;br /&gt;
* 50枚以上売ったら2軍昇格 100枚以上売ったら1軍昇格 スーパーフリーの売上げ 1回1000万円ぐらい 年間にすると、全国合わせたら億単位の売上があった。&lt;br /&gt;
* 和田被告について高校時代の同級生・・・・「暗い感じの昔でいうところの、オタクっぽい感じ」 &lt;br /&gt;
* 厳しい父への反発・・・・「 親父のような人生は送りたくない」&lt;br /&gt;
* 和田被告の少年時代 大人しく、目立たない。&lt;br /&gt;
* 和田被告について中学校の同級生・・・・ 「感情を表に出すタイプではないから、何考えてるかわからない」 &lt;br /&gt;
* 和田被告弁・・・「俺は汗水流すのは嫌いだ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 学生の証言 ==&lt;br /&gt;
=== 早稲田大学公認サークルSuperFreeのイベントの二次会でレイプ未遂に遭った女性の話 ===&lt;br /&gt;
「気持ち悪かったからトイレに行った時に、（後ろからついてきた）スタッフがトイレの中に入ってきて、向こうがズボンを脱いで。彼らは女の子をやることを“撃った”と言っていた。今日は何人撃ったとかいう話をスタッフ同士で話していた。撃った数で『偉い』みたいな」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== イベントに参加したことのある女性たちの証言 ===&lt;br /&gt;
* クラブを貸切にしてよくイベントを開いてます。曲は特に偏りなくオール・ジャンル。一次会で帰ったほうがいいと友人から強く勧められましたが、二次会に参加してみたところ、実質的に初対面であるにもかかわらず、何の自己紹介等もなく、ただひたすらSuperFree幹部が気に入った女の子を探すためだけのものという感じで、意味がないと感じました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* サークルについては、友人から「とにかく和田だけには気をつけろ」と言われていました。理由は、和田がチャラく（軽薄であること・チャラチャラしている、から）、女性関係が激しいという話が広まっていたことに加え、SuperFreeというサークル自体悪い噂が絶えず、その中心に和田がいたからです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* イベントのチケットは本来1,500円ですが、3,000円程度で販売して差額を稼いでいたようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 二次会で、「もう飲めません」と言ったのに「いいからいいから」と強引に飲まされて、おもむろにカーテンの裏に引っ張っていかれた。もしその時に気を失っていたら、私も今回の被害者と同じ目に遭っていたと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 組織構成員への電話インタビュー ===&lt;br /&gt;
強姦ではなく、そういうの（性行為）が好きそうな子を探すのがうまいだけだと思います。代表者の和田真一郎容疑者については、大学生活でしか生きられない人だと考えています。社会人になるのがバカバカしいと考えている人だからです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 和田真一郎容疑者の「全国制覇計画」 ===&lt;br /&gt;
最近毎週のように地方に出張しており、秘書を雇いたいと思うほど忙しい。全国7都市で各千人を動員するイベントを開き、各都市の大学生なら誰でも SuperFreeを知っている状態にしたい。その段階で、SuperFreeは全国制覇したということになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 早稲田の二人の男性にインタビュー ===&lt;br /&gt;
・女子高生などと飲み会をしている出会い系サークルである。&lt;br /&gt;
・二次会、三次会の評判が非常に悪く、もう二度と参加したくないという人が多いサークルである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== イベントに参加した被害者女性（1年生） ===&lt;br /&gt;
* 2003年4月下旬にイベントの二次会に参加しました。トイレに入ったところ、今回逮捕された幹部の一人である早大政経学部3年の沼崎が後ろについてきていていきなりドアを閉めました。沼崎はドアに背を向けて片腕で鍵に手をかけてこちらが逃げられなくした上で、ズボンを下ろして「してくれない？」と言いました。密室に閉じ込められて本当に恐かったです。ちょうどそのとき偶然別の男性がドアを開けたので、救いを求めて逃げることができました。今回報道された写真を見てすぐに沼崎だと分かりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 代表の和田は「女の子は食い物」程度にしか考えていません。女の子と話すことに興味はなく、ただひたすら女の子とやりたいと考えているような人です。和田は初めてイベントに参加してよく分かっていない、オドオドしているような女の子を狙います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 今回逮捕されたのは5人ですが、幹部は全員共同正犯ではないかと思います。幹部全員がお互いが「撃てる」（強姦を含む性交）ように協力し合っているからです。彼らは「今日何人撃った？」が挨拶代わりになっています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 被害に遭った人は本当に多いので、和田にはみんなに謝ってほしいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 被害者女性へのインタビュー ===&lt;br /&gt;
* 昨年の夏にサークルのイベントに参加しました。和田と藤村に囲まれて飲まされているうちにできあがってきて、トイレに行こうとすると、それを聞きつけた和田が寄ってきて倉庫に連れて行かれた。友人が私を見に行こうとしたところ、他のメンバーに押さえられて･･･。和田は「君はワダサン好みだから。ワダサン好みというのは最高のほめ言葉なんだよ」などと言い出し、自分は嫌だと言ったけど、結局男子トイレに連れて行かれ暴行を受けました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 私は、この事件のために、しばらくは男性に触れられると突き飛ばすくらいの反応がありました。その時味わった恐怖心を体と頭がおぼえているから･･･どれだけ女性が傷ついているか、そして傷つけられて友人、恋人、家族がどれだけ嘆き悲しむか。そういことをちゃんと分かってほしいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※この女性は卑劣な和田らに決して屈することなく、勇気を出して被害届を提出した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※和田は自分のことを「ワダサン」とさん付けで呼ぶ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 早稲田大学学生部長からの通知 ==&lt;br /&gt;
早稲田大学の学生諸君に&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学生部長　岩井方男&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このごろの報道、あるいは大学内の告示を見て、皆さんはさぞ驚いているでしょう。二つの破廉恥な犯罪行為の容疑者として、早稲田大学の四人の学生が、警察に逮捕（内一人は起訴）されたのですから。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いまだ裁判が始まっていませんから、彼らがどの程度犯罪に関与したのか明らかではありません。また、この文を読んでいる皆さんは、犯罪とは無関係です。しかし、このような反社会的な行為に、早稲田大学の学生が登場しているという厳然たる事実があります。この件に関して、私の所感を手短に述べます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
早稲田大学は学生諸君を大人とみなし、諸君の自由を尊重してきましたが、自由と放縦とを混同してはなりません。例えば早慶戦の夜には、大学が再三警告したにもかかわらず、常識の限度を超えた行為に及ぶ学生がいました。皆さんは、早稲田大学の学生であれば、多少度を過ごしても許されると思ってはいませんか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もし皆さんの心の中に、「ちょっとぐらいなら」と思う心が一片でもあれば、それは甘えであり、見方によっては傲慢そのものです。早稲田大学の学生としての誇りと、傲慢は別物です。自由と放縦、誇りと傲慢との混同が嵩じてこの件に至った可能性は高いと私は考えています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
両事件ゆえに、早稲田大学の学生であるというだけで、皆さんに対しても心無い非難が浴びせられるかもしれません。そのような非難は、事件と無関係な皆さんには不当である、と思われるでしょう。まさにそのとおりです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、それに反発するだけではいけません。早稲田大学は反省すべき点は反省し、名誉回復のための精一杯の努力をいたします。皆さんも、ぜひ学生としての品位を守り大学に協力していただきたい。そのような地道な努力を積み重ねることこそ、早稲田大学の誇りです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学生部は、学生生活課に「学生生活110番」を開設しているので、あなたやあなたのお友達がそのようなトラブルに巻き込まれているようなことがあればいつでも相談してください。皆さんのプライバシーは必ず守りますので、安心して下記に連絡してください。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[スーパーフリー]]&lt;br /&gt;
* [[クライステニスクラブ]]&lt;br /&gt;
* [[強姦]] - [[強姦罪]] - [[準強姦罪]]&lt;br /&gt;
* [[婦女暴行]]&lt;br /&gt;
* [[輪姦]]&lt;br /&gt;
* [[太田誠一]] - この事件に関連して、集団レイプする人はまだ元気があるからいいとの発言をし、大きな非難を浴び海外の[[マスメディア]]にも取り上げられた。&lt;br /&gt;
* [[関東連合]] - ケツモチ&lt;br /&gt;
* [[工藤明生]] - 架空のケツモチ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:わたしんいちろう}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の性犯罪]]&lt;br /&gt;
[[Category:平成時代の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:2003年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディアで白紙保護された記事]]&lt;br /&gt;
[[Category:新潟県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1974年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
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		<title>中原哲也</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;118.238.228.194: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''中原 哲也'''（なかはら てつや、[[1984年]]12月1日 - ）は、[http://www.hak.hokkyodai.ac.jp/ 北海道教育大学函館校][[いじめ]]報復殺人事件の犯人である。[[岡山県]]出身。血液型B型。[[2007年]]9月、北海道教育大学教育学部函館校卒業。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大学時代に同級生の無量林智子らにいじめられて、その報復で中原は2007年11月26日朝、無量林の自宅前で首や胸などを何度もナイフで刺し、出血性ショックで死亡させるなどした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*2009/10/08 函館地裁にて懲役15年判決。&lt;br /&gt;
*2010/04/15 札幌高裁にて懲役15年判決。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:なかはら てつや}}&lt;br /&gt;
[[Category:1984年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:人殺し]]&lt;br /&gt;
[[Category:岡山県出身の人物]]&lt;/div&gt;</summary>
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