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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<title>アベノミクス</title>
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				<updated>2014-09-12T15:56:22Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;114.145.118.42: /* アベノミクスで喜んでいる人 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''アベノミクス'''（または'''アベノミックス'''、'''安倍ノミクス'''）は、[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]の政治家・[[安倍晋三]]が[[第2次安倍内閣]]において掲げた一連の[[経済政策]]に対して与えられた通称。安倍と[[エコノミックス]]を合わせた[[造語]]。呼称は[[中川秀直]]がつけた。ドイツ語、英語、フランス語では '''Abenomics'''と表記される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
[[デフレーション|デフレ]]経済を克服するために[[インフレターゲット]]を設定し、これが達成されるまで[[日本銀行法]]改正も視野に、大胆な[[金融緩和]]措置を講ずるという[[金融政策]]。[[ロナルド・レーガン]]の経済政策である[[レーガノミクス]]にちなんで、アベノミクスと呼ばれるようになった。ただし、主に使用しているのは経済学者やマスメディアで、安倍晋三の秘書（[[飯塚洋]]を含む5人のうち誰かと見られる）は'''「首相が自ら口にしたことは一度もない」'''と証言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 内容 ==&lt;br /&gt;
アベノミクスは、下記の3つを基本方針としており、安倍はそれを「3本の矢」と表現している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 大胆な金融政策&lt;br /&gt;
* 機動的な財政政策&lt;br /&gt;
* 民間投資を喚起する[[経営戦略論#経営戦略論の歴史|成長戦略]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
個別の政策としては、下記などが挙げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 2%のインフレ目標&lt;br /&gt;
* 円高の是正&lt;br /&gt;
* 無制限の[[量的金融緩和政策|量的緩和]]&lt;br /&gt;
* 大規模な[[公共投資]]（国土強靱化）&lt;br /&gt;
** [[日本銀行]]の買いオペレーションによる[[建設国債]]の引き取り&lt;br /&gt;
* [[政策金利]]のマイナス化&lt;br /&gt;
* 日本銀行法改正&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
経済政策を進めるために、[[甘利明]][[内閣府特命担当大臣（経済財政政策担当）|経済財政政策担当相]]の下に[[日本経済再生本部]]を設け、さらにその下に[[経済財政諮問会議]]、[[産業競争力会議]]を設置している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 背景 ==&lt;br /&gt;
アベノミクスに類する経済議論は既に1990年代後半から始まっていた。日本経済は1990年代初頭にバブル崩壊を経験して以来、その後の消費税率3%から5%への増税など緊縮財政の結果として[[GDP|名目GDP]]の成長不全に陥っていた。1990年代後半には、[[アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞|ノーベル経済学賞受賞者]]である[[ポール・クルーグマン]]は日本が[[流動性の罠]]に陥っている可能性を指摘しつつも、日本経済を回復軌道にのせるための手段として、極めて初歩的ではあるが、お金を大量に刷ること（Print lots of money）で民間需要増加に努めるべきと論じた。具体的には日本銀行が長期国債を買うことであるが、日本銀行が多額の[[日本国債]]を買い取ることに起因する[[インフレーション]]については「人々の消費がその経済の生産能力（供給力）を超える状態のときに限り、紙幣増刷由来のインフレが発生する」と述べる。というのも流動性の罠に陥っている状況では、[[IS-LM分析]]でLM曲線がY-r平面でフラットになっているために[[マネタリーベース]]の増加が実質金利上昇を喚起しないからである。ここでクルーグマンは、そのような中央銀行のインフレ期待政策は長期にわたって続けねばならないとも述べていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらにはノーベル経済学賞受賞者の[[ジョセフ・E・スティグリッツ]][[コロンビア大学]]教授が、日本がバブル崩壊後に長期の[[デフレーション]]に陥り10年以上も不況が続いていることを指摘し、日本経済を好転させるために日本政府が財政赤字を紙幣増刷によってファイナンスするように提言していた。新規に発行されたコイン・紙幣を人々が持てば、それらの人々のいくらかが財やサービスの消費にお金を使おうとし、また銀行など金融機関が民間企業向けの貸し出しを増やし景気を刺激するからである。これはいわば政府が発行する紙幣、すなわち[[政府紙幣]]のことである。これは無利子国債を中央銀行が買い取ることと実質等しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 展開 ==&lt;br /&gt;
[[2012年]]（平成24年）[[11月14日]]、2日後の[[11月16日]]に[[2012年衆議院解散|衆議院解散]]をして12月に[[衆議院議員総選挙|総選挙]]を行うことが決まったため、[[自由民主党 (日本)|自民党]]の[[政権]]復帰が視野に入ると共に円安・株高現象が起こった。それまで日本の[[市場#経済学における市場|マーケット]]は、[[アメリカ合衆国|米国]]の[[株価]]に左右される動きではあるが、米国の大[[企業]]が好[[決算]]を出していたものの、日本の[[GDP]]が上がらず、主力株である[[銀行]]や[[鉄鋼業|鉄鋼]]などが低迷したままの状態であった。特に[[輸出]]関連のメーカーなどは[[1980年代|30年前]]の株価まで下落する状況であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]政権において数回、[[外国為替平衡操作|円売りドル買い介入]]をしたものの円高や株安は改善されず、[[国際収支統計|貿易赤字]]は毎月膨れ上がり、10月においては過去最高の5490億円を記録した。だが安倍晋三が11月15日、デフレ脱却・無制限の[[量的金融緩和政策|量的緩和策]]を打ち出したことで、[[日経平均株価]]と[[円相場|円安]]の動きが連動した。そして選挙戦に事実上突入して以降は株高・円安がさらに加速したことで「アベノミックス」「安倍トレード」「安倍バブル」「安倍相場」という言葉を[[マスメディア]]等が使い始めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
円安になると円換算の売上が増えて[[輸出]][[競争力]]が付き、[[為替]]差益が生ずるため、実際に増収増益となる。そのため、マーケットは思惑買いから先取りした[[株式相場|相場]]展開となり、[[第2次安倍内閣]]の発足以前から市場が動いて経済的にプラス効果が出た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2013年]]（平成25年）[[2月1日]]には、日経平均は2012年11月-2013年2月にかけて12週連続で上昇し、「[[岩戸景気]]」の1958年12月-1959年4月にかけての17週連続に次ぐ54年ぶりの記録となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年2月の[[日本百貨店協会]]による全国百貨店売上高は、前年同月比0.3％増（店舗数調整後）の約4317億円と、高級ブランド品やバレンタイン関連の需要が牽引して1月に続くプラスとなった。2カ月連続の売上増は、 [[東日本大震災]]の反動増が寄与した昨年3～4月以来となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年[[3月1日]]、公的年金の積立金を運用する[[年金積立金管理運用独立行政法人]]（GPIF）は、2012年10-12月期の運用実績が2012年11月末からの円安・株高の影響で5兆1352億円の利益を計上したことを発表した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年[[3月8日]]には日経平均株価が[[リーマンショック]]前の水準に戻った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[東京証券取引所]]1部上場で[[時価総額]]が1兆円を突破している企業の数が、 2012年11月14日に当時の野田佳彦首相が衆院解散を表明してから、約4カ月で約1.5倍に急増。東証1部全体の時価総額は[[3月26日]]時点で約362兆円となり、解散表明時に比べ約111兆円増加した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アベノミクスが困る人 ==&lt;br /&gt;
①[[ニート]]、[[生活保護]]受給者等の社会的弱者 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
②韓国経済界、或いは韓国経済界と強い結びつきを持っている者 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
③中国経済界、或いは中国と強い結びつきを持っている者 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
④[[在日韓国人]]・中国人など本国に送金を目的で日本に[[不法滞在]]している者&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
⑤市場原理主義に疑問を抱くマトモな有識者&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
⑥正直な日本企業（労働しても[[トリクルダウン]]がない）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アベノミクスで喜んでいる人 ==&lt;br /&gt;
①日本・日本人の国益に反する商売をしている者&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
②日本に対して投資している外人投資家 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
③帰化朝鮮・韓国人などを含む利権に関わりの深い日本人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
④日本の景気に連動しやすい主要先進国&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
⑤[[マスゴミ]]全般（反日かどうかに関係なくネタに困らない）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
⑥ノーベル経済学賞が実はノーベル非公認のスウェーデン銀行賞とバレたら困る人たち&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アベノミクス支持派 ==&lt;br /&gt;
* [[ウォール街]]&lt;br /&gt;
* 伊[[モンティ首相]]&lt;br /&gt;
* ノーベル経済学賞受賞者・[[クルーグマン教授]]&lt;br /&gt;
* ノーベル経済学賞受賞者・[[スティグリッツ教授]]&lt;br /&gt;
* イギリス[[BBC]]&lt;br /&gt;
* [[ゴーンCEO]]&lt;br /&gt;
* [[エール大]]　浜田教授 （東京大学教授；白川の恩師）&lt;br /&gt;
* 米財務相&lt;br /&gt;
* [[FRB]]&lt;br /&gt;
* [[IMF]]&lt;br /&gt;
* [[OECD]]&lt;br /&gt;
* カナダ銀行&lt;br /&gt;
* 国内主要総研&lt;br /&gt;
* 独[[メルケル首相]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アベノミクス失敗を願う派 ==&lt;br /&gt;
* [[池田信夫]] （[[上武大]]大学院教授、元[[NHK]]職員）&lt;br /&gt;
* [[丹羽宇一郎]]元在中大使&lt;br /&gt;
* [[小林よしのり]]（漫画家）&lt;br /&gt;
* [[大前研一]]&lt;br /&gt;
* [[丑原慎太郎]]&lt;br /&gt;
* [[浜矩子]]( 同志社ビジネス研究科長・教授)&lt;br /&gt;
* 日銀[[白川総裁]]&lt;br /&gt;
* [[民主党]]&lt;br /&gt;
* [[日本共産党]]&lt;br /&gt;
* [[社民党]]&lt;br /&gt;
* [[韓国]]&lt;br /&gt;
* [[中国]]&lt;br /&gt;
* [[野田佳彦]]&lt;br /&gt;
* [[福島瑞穂]]&lt;br /&gt;
* [[辻本清美]]&lt;br /&gt;
* [[日刊ゲンダイ]]&lt;br /&gt;
* [[朝日新聞]]・[[毎日新聞]]・[[中日新聞]]・[[東京新聞]]・[[北海道新聞]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 野党の反応 ==&lt;br /&gt;
=== 民主党 ===&lt;br /&gt;
[[2012年]]（平成24年）[[12月24日]]、[[海江田万里]][[民主党 (日本 1998-)|民主党]]代表は安倍が掲げる金融緩和について「学者の中にもいろんな考え方がある。国民生活を学説の実験台にしてはいけない」と述べ、対決姿勢を示した。同年[[12月25日]]、民主党新代表に選出された海江田はアベノミクスに潜む危険性を[[予算委員会]]で指摘した。記者会見では「[[公共事業]]の大盤振る舞いは古い考え方」と批判し、金融政策について「日銀の独立性が損なわれるような政策は[[中央銀行|中銀]]や円の信任にかかわり、様々な副作用が予想される」と語った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[野田佳彦]]元首相は「何でも日銀に責任をかぶせるやり方だ。国際社会では通用しない」と述べアベノミクスを批判した。首相時代に野田は安倍の金融政策に関する発言について「安倍さんのおっしゃっていることは極めて危険です。インフレで喜ぶのは株・土地を持っている人。一般庶民には関係ありません。借金を作ってそんなことをやってはいけない」「金融政策の具体的な方法まで言うのは、中央銀行の独立性を損なう」と批判していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2013年]]（平成25年）[[1月30日]]、衆院本会議で海江田民主党代表は、財政政策について「公共事業に偏重した旧来型経済政策は効果に乏しく、財政赤字を膨らませてきた」と批判。物価上昇2%を目標とする金融緩和策に関しても「国民生活への副作用も無視できない」と懸念を示し、「景気回復が一過性なら、雇用や給与はほとんど増えない可能性がある」と指摘し、実質賃金の引き下げなどにつながりかねないと疑問を呈した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2013年（平成25年）[[2月7日]]、民主党の[[前原誠司]]は[[予算委員会#衆議院予算委員会|衆院予算委員会]]において、デフレの背景として、日本の人口減少が影響していると指摘、これに対し安倍は「人口減少とデフレを結びつける考え方を私はとらない。デフレは貨幣現象であり、金融政策で変えられる。人口が減少している国は他にもあるが、デフレに陥った国ない」と答えた。これに対して前原誠司はさらに「日本を他の国と比べることは出来ない。他の国との大きな違いとして、日本には莫大な財政赤字ある。人口が減っていくという事は国民一人当たりの負担が増えていくという事ではないか」と応じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2013年（平成25年）[[2月12日]]、民主党の[[後藤祐一]]は衆院予算委員会において「3本の矢は我々民主党が言い出し、3本を一体でやっていこうと主張しているが、安倍は『1本目の矢の金融緩和は勝手に日銀がやってくれ。我々政府は知らない』と言っている。3本の矢で行こうというのが日銀と民主党の考え方、1本の矢で行こうというのが安倍首相の考え方であり、食い違いがある」、「人口減少と、[[デフレーション#経済への影響|デフレギャップ]]およびデフレは密接に関係している」、「2%の物価安定目標の達成に向けて安倍首相は政府は全く責任を取らないと主張している。本音は（2013年7月の）[[参議院議員通常選挙|参院選]]が気になっているだけだ。安倍首相のマクロ経済に対する考え方は私は大変疑問だ」と発言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これに対し、安倍は「そもそも3本の矢と言い始めたのはあなた（後藤祐一）でも日銀でもなく私であり、[[2012年自由民主党総裁選挙|総裁選]]を通じて申し上げてきたもの。単に金融緩和をやるのではなく、それと共に[[有効需要]]を作っていき[[経済成長#名目成長と実質成長|実質経済]]を成長させ、そして地域が活性化し[[雇用]]や[[賃金]]に反映させる時差を短くし、景気回復の実感を持って頂く。そのために2本目の矢の[[財政政策]]が必要であると主張している。しかしこれは何度も打てないので3本目の矢の[[経営戦略論#成長戦略とポートフォリオ理論|成長戦略]]をしっかり打つ。これを同時に打ち込み、以前から言ってきた経済3団体への賃上げ協力要請も本日行う。私が全く言っていない事について、言った事として批判されても本当に困る」、「[[山本幸三]]議員が先程のヤジで指摘した通り、アメリカは日本より遥かにデフレギャップが大きいのにデフレに陥っていない。人口が減少している国の中でデフレ脱却していない国は日本だけ」と反論した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== みんなの党 ===&lt;br /&gt;
2013年（平成25年）[[2月5日]]、[[山内康一]][[みんなの党]]国対委員長は、衆議院本会議において、安倍が掲げる公共事業について「特定の産業を育成するのは社会主義計画経済的な発想だ。経済政策は保守主義の王道から外れるのではないか」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 日本共産党 ===&lt;br /&gt;
2013年（平成25年）2月5日、[[日本共産党]]の[[佐々木憲昭]]は衆院本会議で2012年度補正予算案に関し「庶民の懐を温める政策に転換すべきだ。家計消費が増えれば、内需が拡大しデフレ克服への道が開かれる」と代表質問を行なった。これに対し安倍は「成長期待の低下やデフレ予想の固定化」が不況の原因であると答えた。佐々木は「いま必要なのは、消費税増税の中止など国民の所得を奪う政策をただちにとりやめること」と述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 日本維新の会 ===&lt;br /&gt;
2013年（平成25年）[[2月12日]]、[[日本維新の会]]の[[石原慎太郎]]共同代表は衆議院予算委員会において「何としてもアベノミクスを成功させて欲しい」と応援を行い、「日本の国家の会計制度に懸念を持っている。これを合理化して企業並みにしないと、アベノミクスのバリアになる。この国には健全な[[貸借対照表|バランスシート]]、[[財務諸表]]がない。国は何で[[外部監査制度|外部監査]]を入れないのか。アベノミクスを成功させるためにも会計制度を一新させる必要がある。会計制度を変えると税金の使途がハッキリ分かる」と提言を行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 政財界の見解 ==&lt;br /&gt;
元[[大蔵省|大蔵官僚]]で[[アジア開発銀行]]（ADB）の[[黒田東彦]]総裁はアベノミクスについて「適切だ」と評価し、支持する姿勢を示している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
黒田は「デフレを克服する一方、中期的な財政再建を堅持し、成長力を高めていくのは適切な政策だ。日本経済の問題にたいして適切に対応するものだ」「日本経済にとって最大の課題はデフレからの脱却だ。15年もデフレが続いているのは異常である。日本経済にマイナスの影響を与え、その結果として世界経済にもマイナスの影響与えている。それを直そうということは日本にとって正しいだけでなく、世界経済にとっても正しい」と評価している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また「日本がデフレから脱却することがアジアにも世界経済にもプラスになる」とし、アジア各国も支持するとの認識を示している。また、政府と日銀が2%の物価上昇率目標を設定する共同声明を結んだことについて「画期的なことであって、非常に正しいことだ」と高く評価する考えを示している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[トヨタ自動車]]で社長や会長を務めた[[奥田碩]][[日本経済団体連合会]]名誉会長は、1ドル90円から100円が適正な為替レートで、そうなれば自動車や電機の輸出も増え、貿易赤字が解消されるだろうとの見解を示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元大蔵官僚で国際通貨研究所理事長の[[行天豊雄]]はアベノミクスを小手先の金融政策や景気刺激策に終始するようであれば市場に足をすくわれるのがオチと批判。アベノミクスにより財政悪化が進めば最終的に日本は悪性インフレに陥るとまとめた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 新聞論説 ==&lt;br /&gt;
[[中日新聞]]は、[[2013年]][[1月29日]][[夕刊]]の夕歩道（夕刊コラム）において「調子に乗りすぎるなよアベノミクス」と述べている。一方、2013年[[2月10日]]の[[社説]]においては「金融緩和と拡張的財政政策の組み合わせは景気を刺激する。これは経済学の教科書に必ず書いてある基本の話で、実は議論の余地はない」「本紙はこの十年ほど、一貫して金融緩和の重要性を指摘している」と述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本政府の見解 ==&lt;br /&gt;
[[麻生太郎]][[財務大臣]]は「（2009年4月のG20加盟20カ国の首脳会談で）通貨安競争はやらないという約束をしたが、約束を守った国は何カ国あるのか。米国はもっとドル高にすべきだ。ユーロはいくらになったのか」と言及。1ドル＝100円前後で推移していた当時に比べても円高水準にあると指摘した。その上で、約束を守ったのは日本だけだとし、「外国に言われる筋合いはない。通貨安に急激にしているわけではない」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[浜田宏一]][[内閣官房参与]]は「麻生副総理も言っておられたように、今まで日本だけが我慢して他国にいいことを続けてきたのに、今自国のために金融緩和しようとするときに、他国に文句をつけられる筋合いはない。日本の金融政策は日本のためであり、ブラジルや他国のためではない」と述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また浜田は「日本はこの3年間、世界中からいいように食い物にされてきた。今回は、それをようやく正常な形に戻すことに決めたということである。それを海外が非難すること自体、おかしなことで、日本はそうした非難を恐れる必要はない」と述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2013年]][[1月22日]]、閣議後の会見で、麻生財務大臣は「円高がだいぶ修正されつつある」との認識を示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2013年]][[1月28日]]の臨時閣議後の記者会見で、[[甘利明]][[内閣府特命担当大臣（経済財政政策担当）|経済財政]]・再生相は、円安誘導との批判がある安倍政権の経済政策について「（ダボス会議で）説明後に、この政策に対して危惧を持っているという発言は無かった」と述べ、世界経済フォーラム年次総会（ダボス会議）ではおおむね理解を得られたとの認識を示した。甘利経済財政・再生相はIMF、OECDなど国際機関の責任者や民間の識者から日本の政策を支持する声が「相次いだ」と説明している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年1月28日の臨時閣議後の記者会見で、麻生財務大臣は各国で日本が通貨安政策をとっているとの批判が起きていることに「ドルやユーロが下がった時には（日本は）一言も文句を言っていない」と述べ、「戻したらぐちゃぐちゃ言ってくるのは筋としておかしい」と反論した。円相場については、安倍政権がとった施策を受けて「結果として安くなったもの」と分析。過度な円高の修正局面だとの認識を示した。また「日本は（金融危機だった）欧州の救済のために融資するなど、やるべきことをやっている」と付け加えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年[[2月9日]]、麻生財務大臣は円安について、進みすぎだと発言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年[[2月14日]]、日銀の[[白川方明]]総裁は、金融政策決定会合後の記者会見で「（金融緩和）は国内経済の安定が目的で、為替相場への影響を目的にしているわけではない」と述べ、先進国の一部や新興国による「円安誘導」との指摘を否定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年[[2月15日]]、浜田内閣官房参与はピーターソン国際経済研究所で講演で、日本の金融政策は国内の物価目標の達成のみを目指したもので、円相場を操作していると解釈されるべきではないとの見解を示した。また[[リーマン・ブラザーズ]]破綻後の金融危機時に、日本はイングランド銀行やFRBが行った拡張的な金融政策を批判しなかったとし、日本の積極的な金融政策も非難されるべきではないというのが日本当局者の見解と述べた。また、「変動相場制の下では『通貨安戦争』という概念はない」と述べ、「ブラジルのように不満のある国は、自らの国で適切な金融政策を採用すべきだ」と指摘した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年[[2月22日]]、安倍は[[バラク・オバマ]]米大統領との首脳会談後の記者会見で、「アベノミクス」について、オバマ大統領が「歓迎した」と明らかにし、「日本経済の再生が日米両国、さらに世界に有意義であるとの認識を共有した」との認識を示した。安倍はオバマ大統領が「安倍政権がとった大胆な政策が日本国民に評価されていると認識している」と応じたと述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連人物 ==&lt;br /&gt;
*[[高橋洋一 (経済学者)|高橋洋一]] - ブレーンの一人。[[第1次安倍内閣]]では経済政策のブレーンを務めた。&lt;br /&gt;
*[[浜田宏一]] - 経済政策・金融分野のブレーンの一人。[[第2次安倍内閣]]の[[内閣官房参与]]。安倍は「私の主張を正しいと言ってくれている経済学の大家」と評している。&lt;br /&gt;
*[[本田悦朗]] - ブレーンの一人。第2次安倍内閣の内閣官房参与。&lt;br /&gt;
*[[岩田規久男]] - 経済ブレーンの一人。&lt;br /&gt;
*[[中原伸之]] - 金融政策のブレーンの一人。&lt;br /&gt;
*[[山本幸三]] - アベノミクスの仕掛け人。自民党の経済再生本部事務局長。&lt;br /&gt;
*[[藤井聡]] - 第2次安倍内閣での内閣官房参与（防災・減災ニューディール政策担当）。国土強靭化計画の提唱者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[第2次安倍内閣]]&lt;br /&gt;
*[[上げ潮派]]&lt;br /&gt;
*[[通貨安競争]]&lt;br /&gt;
*[[安倍ドクトリン]]&lt;br /&gt;
*[[日本経済再生本部]]&lt;br /&gt;
*[[産業競争力会議]]&lt;br /&gt;
*[[環太平洋戦略的経済連携協定]]（TPP）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{日本の経済史}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:あへのみくす}}&lt;br /&gt;
[[Category:安倍晋三]]&lt;br /&gt;
[[Category:平成時代の経済]]&lt;br /&gt;
[[category:経済政策]]&lt;br /&gt;
[[Category:政治経済学]]&lt;br /&gt;
[[Category:経済思想]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>114.145.118.42</name></author>	</entry>

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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%99%E3%83%8E%E3%83%9F%E3%82%AF%E3%82%B9&amp;diff=252180</id>
		<title>アベノミクス</title>
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				<updated>2014-09-12T12:07:24Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;114.145.118.42: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''アベノミクス'''（または'''アベノミックス'''、'''安倍ノミクス'''）は、[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]の政治家・[[安倍晋三]]が[[第2次安倍内閣]]において掲げた一連の[[経済政策]]に対して与えられた通称。安倍と[[エコノミックス]]を合わせた[[造語]]。呼称は[[中川秀直]]がつけた。ドイツ語、英語、フランス語では '''Abenomics'''と表記される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
[[デフレーション|デフレ]]経済を克服するために[[インフレターゲット]]を設定し、これが達成されるまで[[日本銀行法]]改正も視野に、大胆な[[金融緩和]]措置を講ずるという[[金融政策]]。[[ロナルド・レーガン]]の経済政策である[[レーガノミクス]]にちなんで、アベノミクスと呼ばれるようになった。ただし、主に使用しているのは経済学者やマスメディアで、安倍晋三の秘書（[[飯塚洋]]を含む5人のうち誰かと見られる）は'''「首相が自ら口にしたことは一度もない」'''と証言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 内容 ==&lt;br /&gt;
アベノミクスは、下記の3つを基本方針としており、安倍はそれを「3本の矢」と表現している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 大胆な金融政策&lt;br /&gt;
* 機動的な財政政策&lt;br /&gt;
* 民間投資を喚起する[[経営戦略論#経営戦略論の歴史|成長戦略]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
個別の政策としては、下記などが挙げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 2%のインフレ目標&lt;br /&gt;
* 円高の是正&lt;br /&gt;
* 無制限の[[量的金融緩和政策|量的緩和]]&lt;br /&gt;
* 大規模な[[公共投資]]（国土強靱化）&lt;br /&gt;
** [[日本銀行]]の買いオペレーションによる[[建設国債]]の引き取り&lt;br /&gt;
* [[政策金利]]のマイナス化&lt;br /&gt;
* 日本銀行法改正&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
経済政策を進めるために、[[甘利明]][[内閣府特命担当大臣（経済財政政策担当）|経済財政政策担当相]]の下に[[日本経済再生本部]]を設け、さらにその下に[[経済財政諮問会議]]、[[産業競争力会議]]を設置している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 背景 ==&lt;br /&gt;
アベノミクスに類する経済議論は既に1990年代後半から始まっていた。日本経済は1990年代初頭にバブル崩壊を経験して以来、その後の消費税率3%から5%への増税など緊縮財政の結果として[[GDP|名目GDP]]の成長不全に陥っていた。1990年代後半には、[[アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞|ノーベル経済学賞受賞者]]である[[ポール・クルーグマン]]は日本が[[流動性の罠]]に陥っている可能性を指摘しつつも、日本経済を回復軌道にのせるための手段として、極めて初歩的ではあるが、お金を大量に刷ること（Print lots of money）で民間需要増加に努めるべきと論じた。具体的には日本銀行が長期国債を買うことであるが、日本銀行が多額の[[日本国債]]を買い取ることに起因する[[インフレーション]]については「人々の消費がその経済の生産能力（供給力）を超える状態のときに限り、紙幣増刷由来のインフレが発生する」と述べる。というのも流動性の罠に陥っている状況では、[[IS-LM分析]]でLM曲線がY-r平面でフラットになっているために[[マネタリーベース]]の増加が実質金利上昇を喚起しないからである。ここでクルーグマンは、そのような中央銀行のインフレ期待政策は長期にわたって続けねばならないとも述べていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらにはノーベル経済学賞受賞者の[[ジョセフ・E・スティグリッツ]][[コロンビア大学]]教授が、日本がバブル崩壊後に長期の[[デフレーション]]に陥り10年以上も不況が続いていることを指摘し、日本経済を好転させるために日本政府が財政赤字を紙幣増刷によってファイナンスするように提言していた。新規に発行されたコイン・紙幣を人々が持てば、それらの人々のいくらかが財やサービスの消費にお金を使おうとし、また銀行など金融機関が民間企業向けの貸し出しを増やし景気を刺激するからである。これはいわば政府が発行する紙幣、すなわち[[政府紙幣]]のことである。これは無利子国債を中央銀行が買い取ることと実質等しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 展開 ==&lt;br /&gt;
[[2012年]]（平成24年）[[11月14日]]、2日後の[[11月16日]]に[[2012年衆議院解散|衆議院解散]]をして12月に[[衆議院議員総選挙|総選挙]]を行うことが決まったため、[[自由民主党 (日本)|自民党]]の[[政権]]復帰が視野に入ると共に円安・株高現象が起こった。それまで日本の[[市場#経済学における市場|マーケット]]は、[[アメリカ合衆国|米国]]の[[株価]]に左右される動きではあるが、米国の大[[企業]]が好[[決算]]を出していたものの、日本の[[GDP]]が上がらず、主力株である[[銀行]]や[[鉄鋼業|鉄鋼]]などが低迷したままの状態であった。特に[[輸出]]関連のメーカーなどは[[1980年代|30年前]]の株価まで下落する状況であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]政権において数回、[[外国為替平衡操作|円売りドル買い介入]]をしたものの円高や株安は改善されず、[[国際収支統計|貿易赤字]]は毎月膨れ上がり、10月においては過去最高の5490億円を記録した。だが安倍晋三が11月15日、デフレ脱却・無制限の[[量的金融緩和政策|量的緩和策]]を打ち出したことで、[[日経平均株価]]と[[円相場|円安]]の動きが連動した。そして選挙戦に事実上突入して以降は株高・円安がさらに加速したことで「アベノミックス」「安倍トレード」「安倍バブル」「安倍相場」という言葉を[[マスメディア]]等が使い始めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
円安になると円換算の売上が増えて[[輸出]][[競争力]]が付き、[[為替]]差益が生ずるため、実際に増収増益となる。そのため、マーケットは思惑買いから先取りした[[株式相場|相場]]展開となり、[[第2次安倍内閣]]の発足以前から市場が動いて経済的にプラス効果が出た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2013年]]（平成25年）[[2月1日]]には、日経平均は2012年11月-2013年2月にかけて12週連続で上昇し、「[[岩戸景気]]」の1958年12月-1959年4月にかけての17週連続に次ぐ54年ぶりの記録となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年2月の[[日本百貨店協会]]による全国百貨店売上高は、前年同月比0.3％増（店舗数調整後）の約4317億円と、高級ブランド品やバレンタイン関連の需要が牽引して1月に続くプラスとなった。2カ月連続の売上増は、 [[東日本大震災]]の反動増が寄与した昨年3～4月以来となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年[[3月1日]]、公的年金の積立金を運用する[[年金積立金管理運用独立行政法人]]（GPIF）は、2012年10-12月期の運用実績が2012年11月末からの円安・株高の影響で5兆1352億円の利益を計上したことを発表した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年[[3月8日]]には日経平均株価が[[リーマンショック]]前の水準に戻った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[東京証券取引所]]1部上場で[[時価総額]]が1兆円を突破している企業の数が、 2012年11月14日に当時の野田佳彦首相が衆院解散を表明してから、約4カ月で約1.5倍に急増。東証1部全体の時価総額は[[3月26日]]時点で約362兆円となり、解散表明時に比べ約111兆円増加した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アベノミクスが困る人 ==&lt;br /&gt;
①[[ニート]]、[[生活保護]]受給者等の社会的弱者 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
②韓国経済界、或いは韓国経済界と強い結びつきを持っている者 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
③中国経済界、或いは中国と強い結びつきを持っている者 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
④[[在日韓国人]]・中国人など本国に送金を目的で日本に[[不法滞在]]している者&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
⑤市場原理主義に疑問を抱くマトモな有識者&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
⑥正直な日本企業（労働しても[[トリクルダウン]]がない）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アベノミクスで喜んでいる人 ==&lt;br /&gt;
①日本・日本人の国益に反する商売をしている者&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
②日本に対して投資している外人投資家 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
③帰化朝鮮・韓国人などを含む利権に関わりの深い日本人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
④日本の景気に連動しやすい主要先進国&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
⑤[[マスゴミ]]全般（反日かどうかに関係なくネタに困らない）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アベノミクス支持派 ==&lt;br /&gt;
* [[ウォール街]]&lt;br /&gt;
* 伊[[モンティ首相]]&lt;br /&gt;
* ノーベル経済学賞受賞者・[[クルーグマン教授]]&lt;br /&gt;
* ノーベル経済学賞受賞者・[[スティグリッツ教授]]&lt;br /&gt;
* イギリス[[BBC]]&lt;br /&gt;
* [[ゴーンCEO]]&lt;br /&gt;
* [[エール大]]　浜田教授 （東京大学教授；白川の恩師）&lt;br /&gt;
* 米財務相&lt;br /&gt;
* [[FRB]]&lt;br /&gt;
* [[IMF]]&lt;br /&gt;
* [[OECD]]&lt;br /&gt;
* カナダ銀行&lt;br /&gt;
* 国内主要総研&lt;br /&gt;
* 独[[メルケル首相]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アベノミクス失敗を願う派 ==&lt;br /&gt;
* [[池田信夫]] （[[上武大]]大学院教授、元[[NHK]]職員）&lt;br /&gt;
* [[丹羽宇一郎]]元在中大使&lt;br /&gt;
* [[小林よしのり]]（漫画家）&lt;br /&gt;
* [[大前研一]]&lt;br /&gt;
* [[丑原慎太郎]]&lt;br /&gt;
* [[浜矩子]]( 同志社ビジネス研究科長・教授)&lt;br /&gt;
* 日銀[[白川総裁]]&lt;br /&gt;
* [[民主党]]&lt;br /&gt;
* [[日本共産党]]&lt;br /&gt;
* [[社民党]]&lt;br /&gt;
* [[韓国]]&lt;br /&gt;
* [[中国]]&lt;br /&gt;
* [[野田佳彦]]&lt;br /&gt;
* [[福島瑞穂]]&lt;br /&gt;
* [[辻本清美]]&lt;br /&gt;
* [[日刊ゲンダイ]]&lt;br /&gt;
* [[朝日新聞]]・[[毎日新聞]]・[[中日新聞]]・[[東京新聞]]・[[北海道新聞]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 野党の反応 ==&lt;br /&gt;
=== 民主党 ===&lt;br /&gt;
[[2012年]]（平成24年）[[12月24日]]、[[海江田万里]][[民主党 (日本 1998-)|民主党]]代表は安倍が掲げる金融緩和について「学者の中にもいろんな考え方がある。国民生活を学説の実験台にしてはいけない」と述べ、対決姿勢を示した。同年[[12月25日]]、民主党新代表に選出された海江田はアベノミクスに潜む危険性を[[予算委員会]]で指摘した。記者会見では「[[公共事業]]の大盤振る舞いは古い考え方」と批判し、金融政策について「日銀の独立性が損なわれるような政策は[[中央銀行|中銀]]や円の信任にかかわり、様々な副作用が予想される」と語った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[野田佳彦]]元首相は「何でも日銀に責任をかぶせるやり方だ。国際社会では通用しない」と述べアベノミクスを批判した。首相時代に野田は安倍の金融政策に関する発言について「安倍さんのおっしゃっていることは極めて危険です。インフレで喜ぶのは株・土地を持っている人。一般庶民には関係ありません。借金を作ってそんなことをやってはいけない」「金融政策の具体的な方法まで言うのは、中央銀行の独立性を損なう」と批判していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2013年]]（平成25年）[[1月30日]]、衆院本会議で海江田民主党代表は、財政政策について「公共事業に偏重した旧来型経済政策は効果に乏しく、財政赤字を膨らませてきた」と批判。物価上昇2%を目標とする金融緩和策に関しても「国民生活への副作用も無視できない」と懸念を示し、「景気回復が一過性なら、雇用や給与はほとんど増えない可能性がある」と指摘し、実質賃金の引き下げなどにつながりかねないと疑問を呈した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2013年（平成25年）[[2月7日]]、民主党の[[前原誠司]]は[[予算委員会#衆議院予算委員会|衆院予算委員会]]において、デフレの背景として、日本の人口減少が影響していると指摘、これに対し安倍は「人口減少とデフレを結びつける考え方を私はとらない。デフレは貨幣現象であり、金融政策で変えられる。人口が減少している国は他にもあるが、デフレに陥った国ない」と答えた。これに対して前原誠司はさらに「日本を他の国と比べることは出来ない。他の国との大きな違いとして、日本には莫大な財政赤字ある。人口が減っていくという事は国民一人当たりの負担が増えていくという事ではないか」と応じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2013年（平成25年）[[2月12日]]、民主党の[[後藤祐一]]は衆院予算委員会において「3本の矢は我々民主党が言い出し、3本を一体でやっていこうと主張しているが、安倍は『1本目の矢の金融緩和は勝手に日銀がやってくれ。我々政府は知らない』と言っている。3本の矢で行こうというのが日銀と民主党の考え方、1本の矢で行こうというのが安倍首相の考え方であり、食い違いがある」、「人口減少と、[[デフレーション#経済への影響|デフレギャップ]]およびデフレは密接に関係している」、「2%の物価安定目標の達成に向けて安倍首相は政府は全く責任を取らないと主張している。本音は（2013年7月の）[[参議院議員通常選挙|参院選]]が気になっているだけだ。安倍首相のマクロ経済に対する考え方は私は大変疑問だ」と発言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これに対し、安倍は「そもそも3本の矢と言い始めたのはあなた（後藤祐一）でも日銀でもなく私であり、[[2012年自由民主党総裁選挙|総裁選]]を通じて申し上げてきたもの。単に金融緩和をやるのではなく、それと共に[[有効需要]]を作っていき[[経済成長#名目成長と実質成長|実質経済]]を成長させ、そして地域が活性化し[[雇用]]や[[賃金]]に反映させる時差を短くし、景気回復の実感を持って頂く。そのために2本目の矢の[[財政政策]]が必要であると主張している。しかしこれは何度も打てないので3本目の矢の[[経営戦略論#成長戦略とポートフォリオ理論|成長戦略]]をしっかり打つ。これを同時に打ち込み、以前から言ってきた経済3団体への賃上げ協力要請も本日行う。私が全く言っていない事について、言った事として批判されても本当に困る」、「[[山本幸三]]議員が先程のヤジで指摘した通り、アメリカは日本より遥かにデフレギャップが大きいのにデフレに陥っていない。人口が減少している国の中でデフレ脱却していない国は日本だけ」と反論した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== みんなの党 ===&lt;br /&gt;
2013年（平成25年）[[2月5日]]、[[山内康一]][[みんなの党]]国対委員長は、衆議院本会議において、安倍が掲げる公共事業について「特定の産業を育成するのは社会主義計画経済的な発想だ。経済政策は保守主義の王道から外れるのではないか」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 日本共産党 ===&lt;br /&gt;
2013年（平成25年）2月5日、[[日本共産党]]の[[佐々木憲昭]]は衆院本会議で2012年度補正予算案に関し「庶民の懐を温める政策に転換すべきだ。家計消費が増えれば、内需が拡大しデフレ克服への道が開かれる」と代表質問を行なった。これに対し安倍は「成長期待の低下やデフレ予想の固定化」が不況の原因であると答えた。佐々木は「いま必要なのは、消費税増税の中止など国民の所得を奪う政策をただちにとりやめること」と述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 日本維新の会 ===&lt;br /&gt;
2013年（平成25年）[[2月12日]]、[[日本維新の会]]の[[石原慎太郎]]共同代表は衆議院予算委員会において「何としてもアベノミクスを成功させて欲しい」と応援を行い、「日本の国家の会計制度に懸念を持っている。これを合理化して企業並みにしないと、アベノミクスのバリアになる。この国には健全な[[貸借対照表|バランスシート]]、[[財務諸表]]がない。国は何で[[外部監査制度|外部監査]]を入れないのか。アベノミクスを成功させるためにも会計制度を一新させる必要がある。会計制度を変えると税金の使途がハッキリ分かる」と提言を行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 政財界の見解 ==&lt;br /&gt;
元[[大蔵省|大蔵官僚]]で[[アジア開発銀行]]（ADB）の[[黒田東彦]]総裁はアベノミクスについて「適切だ」と評価し、支持する姿勢を示している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
黒田は「デフレを克服する一方、中期的な財政再建を堅持し、成長力を高めていくのは適切な政策だ。日本経済の問題にたいして適切に対応するものだ」「日本経済にとって最大の課題はデフレからの脱却だ。15年もデフレが続いているのは異常である。日本経済にマイナスの影響を与え、その結果として世界経済にもマイナスの影響与えている。それを直そうということは日本にとって正しいだけでなく、世界経済にとっても正しい」と評価している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また「日本がデフレから脱却することがアジアにも世界経済にもプラスになる」とし、アジア各国も支持するとの認識を示している。また、政府と日銀が2%の物価上昇率目標を設定する共同声明を結んだことについて「画期的なことであって、非常に正しいことだ」と高く評価する考えを示している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[トヨタ自動車]]で社長や会長を務めた[[奥田碩]][[日本経済団体連合会]]名誉会長は、1ドル90円から100円が適正な為替レートで、そうなれば自動車や電機の輸出も増え、貿易赤字が解消されるだろうとの見解を示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元大蔵官僚で国際通貨研究所理事長の[[行天豊雄]]はアベノミクスを小手先の金融政策や景気刺激策に終始するようであれば市場に足をすくわれるのがオチと批判。アベノミクスにより財政悪化が進めば最終的に日本は悪性インフレに陥るとまとめた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 新聞論説 ==&lt;br /&gt;
[[中日新聞]]は、[[2013年]][[1月29日]][[夕刊]]の夕歩道（夕刊コラム）において「調子に乗りすぎるなよアベノミクス」と述べている。一方、2013年[[2月10日]]の[[社説]]においては「金融緩和と拡張的財政政策の組み合わせは景気を刺激する。これは経済学の教科書に必ず書いてある基本の話で、実は議論の余地はない」「本紙はこの十年ほど、一貫して金融緩和の重要性を指摘している」と述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本政府の見解 ==&lt;br /&gt;
[[麻生太郎]][[財務大臣]]は「（2009年4月のG20加盟20カ国の首脳会談で）通貨安競争はやらないという約束をしたが、約束を守った国は何カ国あるのか。米国はもっとドル高にすべきだ。ユーロはいくらになったのか」と言及。1ドル＝100円前後で推移していた当時に比べても円高水準にあると指摘した。その上で、約束を守ったのは日本だけだとし、「外国に言われる筋合いはない。通貨安に急激にしているわけではない」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[浜田宏一]][[内閣官房参与]]は「麻生副総理も言っておられたように、今まで日本だけが我慢して他国にいいことを続けてきたのに、今自国のために金融緩和しようとするときに、他国に文句をつけられる筋合いはない。日本の金融政策は日本のためであり、ブラジルや他国のためではない」と述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また浜田は「日本はこの3年間、世界中からいいように食い物にされてきた。今回は、それをようやく正常な形に戻すことに決めたということである。それを海外が非難すること自体、おかしなことで、日本はそうした非難を恐れる必要はない」と述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2013年]][[1月22日]]、閣議後の会見で、麻生財務大臣は「円高がだいぶ修正されつつある」との認識を示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2013年]][[1月28日]]の臨時閣議後の記者会見で、[[甘利明]][[内閣府特命担当大臣（経済財政政策担当）|経済財政]]・再生相は、円安誘導との批判がある安倍政権の経済政策について「（ダボス会議で）説明後に、この政策に対して危惧を持っているという発言は無かった」と述べ、世界経済フォーラム年次総会（ダボス会議）ではおおむね理解を得られたとの認識を示した。甘利経済財政・再生相はIMF、OECDなど国際機関の責任者や民間の識者から日本の政策を支持する声が「相次いだ」と説明している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年1月28日の臨時閣議後の記者会見で、麻生財務大臣は各国で日本が通貨安政策をとっているとの批判が起きていることに「ドルやユーロが下がった時には（日本は）一言も文句を言っていない」と述べ、「戻したらぐちゃぐちゃ言ってくるのは筋としておかしい」と反論した。円相場については、安倍政権がとった施策を受けて「結果として安くなったもの」と分析。過度な円高の修正局面だとの認識を示した。また「日本は（金融危機だった）欧州の救済のために融資するなど、やるべきことをやっている」と付け加えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年[[2月9日]]、麻生財務大臣は円安について、進みすぎだと発言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年[[2月14日]]、日銀の[[白川方明]]総裁は、金融政策決定会合後の記者会見で「（金融緩和）は国内経済の安定が目的で、為替相場への影響を目的にしているわけではない」と述べ、先進国の一部や新興国による「円安誘導」との指摘を否定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年[[2月15日]]、浜田内閣官房参与はピーターソン国際経済研究所で講演で、日本の金融政策は国内の物価目標の達成のみを目指したもので、円相場を操作していると解釈されるべきではないとの見解を示した。また[[リーマン・ブラザーズ]]破綻後の金融危機時に、日本はイングランド銀行やFRBが行った拡張的な金融政策を批判しなかったとし、日本の積極的な金融政策も非難されるべきではないというのが日本当局者の見解と述べた。また、「変動相場制の下では『通貨安戦争』という概念はない」と述べ、「ブラジルのように不満のある国は、自らの国で適切な金融政策を採用すべきだ」と指摘した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年[[2月22日]]、安倍は[[バラク・オバマ]]米大統領との首脳会談後の記者会見で、「アベノミクス」について、オバマ大統領が「歓迎した」と明らかにし、「日本経済の再生が日米両国、さらに世界に有意義であるとの認識を共有した」との認識を示した。安倍はオバマ大統領が「安倍政権がとった大胆な政策が日本国民に評価されていると認識している」と応じたと述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連人物 ==&lt;br /&gt;
*[[高橋洋一 (経済学者)|高橋洋一]] - ブレーンの一人。[[第1次安倍内閣]]では経済政策のブレーンを務めた。&lt;br /&gt;
*[[浜田宏一]] - 経済政策・金融分野のブレーンの一人。[[第2次安倍内閣]]の[[内閣官房参与]]。安倍は「私の主張を正しいと言ってくれている経済学の大家」と評している。&lt;br /&gt;
*[[本田悦朗]] - ブレーンの一人。第2次安倍内閣の内閣官房参与。&lt;br /&gt;
*[[岩田規久男]] - 経済ブレーンの一人。&lt;br /&gt;
*[[中原伸之]] - 金融政策のブレーンの一人。&lt;br /&gt;
*[[山本幸三]] - アベノミクスの仕掛け人。自民党の経済再生本部事務局長。&lt;br /&gt;
*[[藤井聡]] - 第2次安倍内閣での内閣官房参与（防災・減災ニューディール政策担当）。国土強靭化計画の提唱者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[第2次安倍内閣]]&lt;br /&gt;
*[[上げ潮派]]&lt;br /&gt;
*[[通貨安競争]]&lt;br /&gt;
*[[安倍ドクトリン]]&lt;br /&gt;
*[[日本経済再生本部]]&lt;br /&gt;
*[[産業競争力会議]]&lt;br /&gt;
*[[環太平洋戦略的経済連携協定]]（TPP）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{日本の経済史}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:あへのみくす}}&lt;br /&gt;
[[Category:安倍晋三]]&lt;br /&gt;
[[Category:平成時代の経済]]&lt;br /&gt;
[[category:経済政策]]&lt;br /&gt;
[[Category:政治経済学]]&lt;br /&gt;
[[Category:経済思想]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>114.145.118.42</name></author>	</entry>

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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%B5%9C%E7%9F%A9%E5%AD%90&amp;diff=252176</id>
		<title>浜矩子</title>
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				<updated>2014-09-12T11:07:32Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;114.145.118.42: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:浜矩子6.jpg|300px|thumb|浜 矩子]]&lt;br /&gt;
'''浜 矩子'''（はま のりこ、[[1952年]][[8月3日]] - ）は、[[日本]][[東京都]]出身の[[同志社大学]][[大学院]]ビジネス研究科専門職学位課程教授。批判することで生計を立てる、誰も幸せにしない、学者という肩書きのおばさんである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[左翼思想]]のため、[[民主党]]、[[テレビ朝日]]、[[TBS]]のお抱え評論家となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
[[Image:浜矩子1.jpg|300px|thumb|一向に予言が当たらない浜 矩子]]&lt;br /&gt;
[[東京都立戸山高等学校]]を経て、[[1975年]][[一橋大学]][[経済学部]]卒業。大学では[[山澤逸平]]ゼミナールに所属。[[1975年]][[三菱総合研究所]]入社。1990年から98年まで、同社初代英国駐在員事務所長兼駐在エコノミストとしてロンドン勤務。帰国後、三菱総合研究所経済調査部長、同社政策・経済研究センター主席研究員を務め、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演を行っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]秋より同志社大学大学院ビジネス研究科教授に就任し、週1度[[京都]]に通い教鞭をとる。2011年には同志社大学大学院ビジネス研究科長に就任。2012年から財務省の財政制度等審議会臨時委員を務める。[[金融庁]]金融審議会委員、[[国税庁]]国税審査会委員、[[経済産業省]][[産業構造審議会]]特殊貿易措置小委員会委員なども歴任。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主張 ==&lt;br /&gt;
『2010年日本経済―「二番底」不況へ突入する！』（ISBN 978-4492395257）、『2011年日本経済-ソブリン恐慌の年になる！』（ISBN 978-4492395424）、『2012年資本主義経済大清算の年になる = 2012: The Year Capitalism Unravels』（ ISBN  978-4492395608)、『2013年世界経済総崩れの年になる！ = All Fall Down:The Year of the Great Collapse』(ISBN 978-4492395776)、『2014年 戦後最大級の経済危機がやって来る！』（ISBN 978-4492395943）など、日本経済が恐慌に陥ることを予言し続けている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 2011年1月に「2011年は'''1ドル50円時代'''が到来する」と予測し、『1ドル50円時代を生き抜く日本経済』を出版した。また、2012年1月にも「2012年は1ドル50円時代が到来する」と予測していた。2013年11月時点でも超円高予想は「全く変わっていない」としている。 &lt;br /&gt;
** 円高について「日本は世界最大の債権国であり、円の価値が上がることは日本経済の成熟度の証にほかならず、当然の帰結といえる」と述べている。&lt;br /&gt;
** 通貨について「日本各地で[[地域通貨]]が誕生・定着すれば、日本を覆う閉塞感も相当に払拭される。いわば「小国の群れとしての日本経済」が成り立てば、活気があり、威勢のいい姿だ」と述べている。&lt;br /&gt;
* [[レーガノミクス]]はバラマキ型の需要大拡張政策であり、[[金融政策]]への便乗商法で、[[安倍晋三]]の[[経済政策]]「[[アベノミクス]]」は金融政策に対する恫喝商法と解説している。&lt;br /&gt;
* 2013年5月、アベノミクスにより円安が進み、「日本経済が復活した」と騒ぐのは許しがたい状況であると批判し、アベノミクスは作られたムードに踊らされている「アホノミクス」であると否定的な見解を示した。また「この政策で恩恵を受けるのは、株や不動産を持っているごく一部の富裕層だけである」「輸出企業の業績が上がっても、雇用が増える、賃金が上がるということに結びつくかどうかわからない。むしろ、円安を進めていくと、資源・材料などの企業の輸入コストが上がり、その中で価格競争力を維持しようとすれば労働者の賃金が下がることにもなりかねない」述べている。&lt;br /&gt;
* 日本経済について「日本に欠けているのは成長ではなく分配である」と述べている。&lt;br /&gt;
* 金融緩和や財政出動で[[デフレーション]]脱却はできないと主張している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 浜矩子教授はアベノミクスの本質を知らない == &lt;br /&gt;
[[Image:浜矩子2.jpg|300px|thumb|一向に予言が当たらない浜 矩子]]&lt;br /&gt;
[[Image:浜矩子3.jpg|300px|thumb|一向に予言が当たらない浜 矩子]]&lt;br /&gt;
[[安倍晋三]]首相の[[アベノミクス]]の発動で、大きく上昇した日本の株価。だが、5月23日に日経平均株価は1143円もの暴落（１日の値幅としては歴代11位）を記録、その後も不安定な値動きが続く。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アベノミクスには、賛否両論が渦巻く。浜矩子・同志社大学大学院教授は「アホノミクス」が5つの悲劇を引き起こす！との、「アベノミクス批判論」を展開した。株価の暴落直後でもあっただけに、このインタビューには大きな反響があった。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アベノミクスは浜教授などが指摘するように、悲劇を生むような政策なのか。今回は、「アベノミクスは現在のところ、全く正しい政策」という立場をとる、[[村上尚己]]・[[マネックス証券]]チーフ・エコノミストに話を聞いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== アベノミクスは世界標準の政策パッケージに過ぎない ===&lt;br /&gt;
――日経平均は昨年の安倍政権発足後、大きく上昇、今年5月23日には高値1万5942円をつけました。政権発足前の昨年11月14日の歴史的な党首討論（8664円）時から比較すれば、約84％もの上昇です。現在の価格（約1万4000円台）で見ても、60％以上も上昇しています。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アベノミクスの発動で、歴史的な株高と円安(円高是正)が、わずか半年で起きた。この資産市場の「劇的な変化」が、企業業績や雇用など、景気回復につながり始めている。 &lt;br /&gt;
その一方で、アベノミクスについては、メディアなどでさまざまに評されているが、さしたる根拠もなく一方的に政策を批判しているものも多い。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――アベノミクスについては「賛成派」から、従来の日銀の金融政策などを支持する「慎重派」、さらには、単にバブルを起こしているだけなどとする「批判派」など、本当にさまざまですね。 同志社大学の浜矩子教授は、アベノミクスをセンセーショナルに論じていたが、どうしたいというのだろうか。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一般的な経済学の教えを踏まえれば、いま安倍政権が掲げるアベノミクスは、世界標準の政策パッケージというのが私の理解だ。それを「アホノミクス」と揶揄する浜教授の言説を、私は理解できない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
浜教授は、過去半年ほど続いている株高と、円高是正がもたらす経済への好影響を無視し、4月に国債市場で起きている金利の変動を指して、「アベノミクスの弊害であり、『国債神話』なるものが崩れる」と警鐘している。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、景気回復が予想されれば、金利が多少上昇することは当然だ。名目金利が上がっているが、経済活動に本当に影響する実質金利は、かなり低い水準にとどまっており、黒田東彦日銀総裁の、一連の金融緩和政策は総じてうまくいっている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――浜教授は、アベノミクスによって5つの悲劇が起こる可能性があるといっていますね。そのうちの一つは「デフレ下のバブル経済化が起きること」としています。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
浜教授は、金融緩和の結果、株や不動産などの資産だけがバブルに沸き、アベノミクスで恩恵を受けるのは株や不動産を持っている、ごくごく一部の富裕層だけ、と指摘する。「最近の株高はバブルであり、一般の庶民は恩恵をほとんど受けられない」と喝破したいのだろう。だが、これは、野田佳彦前首相が、安倍現首相との討論で述べた発言と同じ、勘違いだ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たとえば、われわれの年金原資は、株式でも運用されており、株高は年金制度の安定を通じて、大多数の人々の老後を豊かにする。株高の恩恵が日本人全体に及ぶ例は、これ以外でもいくらでもあるが、浜教授は、そうした常識すら知らないのだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（もっとも、世界標準というのは主にシカゴ学派の受け売りであるから、シカゴ学派が利権と無関係な立場から正しいことを主張しているかどうか十分な検討を要する。ジャーナリズムを総動員して注目を集めているこの学派は、さまざまな形で良識ある批判を浴びているが一顧だにしない）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 浜教授は、金融政策を忌み嫌っているのか ===&lt;br /&gt;
――政策当局が、市場と「対話」することの危険性も、主張しています。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
浜教授は、政府や中央銀行が行う「市場との対話」を通じた政策対応が、危険であるという思い込みを持っているようだ。そもそも「対話」の定義が不明だが、「グローバル化」や「複雑化」した金融市場とは、制御不能な代物であるらしい。きっと、経済活動にとって重要な金融市場を忌み嫌っているのだろう。しかし、米FRB（連邦準備制度理事会）が金融緩和策の効果を高めるために、市場との対話を重視しているのは、金融市場に携わる人間にとっては常識中の常識だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（「対話」の意味は、インフレターゲットのようにアナウンス効果を狙うことなのだが、この点は村上の不勉強と言わざるをえない。アナウンス効果を狙おうとしても裏づけとなる具体策が政府や中央銀行にないため、浜以外からも批判を浴びている）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、米国を中心に経済学の世界でも、マクロ安定化政策を行う上で、市場の期待に働きかける手段として金融政策がより大きな役割を果たすようになっている点が、ホットなテーマになっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（浜は金融政策そのものを否定してはいない。ただ、他の学者からも従来の金融政策に疑問が提出される中、その効果を阻害している要因を調査して方法を修正する必要がある。それをせずに従来の金融政策を押し通すのは惰性的だと浜は主張している） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アベノミクスの本質は、まず金融緩和策強化で脱デフレを目指すことを「第一の矢」と適切に定めた政策パッケージということ。だから、アベノミクスは、標準的な経済学の視点から評価できる。思い込みだけで、経済事象を語る評論家の手に余るテーマと言えるのではないか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（浜の著書は様々な理由で読みづらく、論者によっては思い込みで書いているように見えることもあるが、そうではない。ただし、往々にしてグローバルな視点に偏る浜の主張は、強引な不良債権処理に端を発した国内のクレジットクランチにあえぐ一般の日本人には身近な問題として感じることができないし、誤解さえしなければ研究の必要がないように思える）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演 ==&lt;br /&gt;
=== TV ===&lt;br /&gt;
[[Image:浜矩子4.jpg|300px|thumb|一向に予言が当たらない浜 矩子]]&lt;br /&gt;
* [[時事放談]]&lt;br /&gt;
* [[新BSディベート]]&lt;br /&gt;
* [[キャスト (テレビ番組)|キャスト]] - 月曜&lt;br /&gt;
* [[報道ステーション]] - 不定期&lt;br /&gt;
* [[BSフジLIVE プライムニュース]] - 不定期&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著書 ==&lt;br /&gt;
[[Image:浜矩子5.jpg|300px|thumb|一向に予言が当たらない浜 矩子]]&lt;br /&gt;
* 『分裂する欧州経済 - EU崩壊の構図』（日本経済新聞社、1994年）&lt;br /&gt;
* 『最新EU経済入門 - 迷走するマーストリヒト後の欧州』（日本評論社、1995年）&lt;br /&gt;
* 『ネクタイを締めた海賊たち - 「元気なイギリス」の謎を解く』（日本経済新聞社、1998年）&lt;br /&gt;
* 『経済は地球を回る - エコノミストの見方・考え方』（筑摩書房・プリマーブックス、2001年）&lt;br /&gt;
* 『ユーロランドの経済学 - 政治の思惑・通貨の力学』（PHP新書、2001年）&lt;br /&gt;
* 『超・常識塾（政治・経済編）迷える日本を生き抜くわたしたちのために』cafeglobe.com 編（実業之日本社、2003年）&lt;br /&gt;
* 『グローバル恐慌 - 金融暴走時代の果てに』（岩波新書、2009年）&lt;br /&gt;
* 『スラム化する日本経済 4分極化する労働者たち』（講談社+α新書、2009年）&lt;br /&gt;
* 『ザ・シティ金融大冒険物語-海賊バンキングとジェントルマン資本主義』 毎日新聞社 2009&lt;br /&gt;
* 『死に至る地球経済』2010 岩波ブックレット&lt;br /&gt;
* 『ドル終焉 グローバル恐慌は、ドルの最後の舞台となる!』ビジネス社 2010&lt;br /&gt;
* 『浜矩子の「新しい経済学」 グローバル市民主義の薦め』2010 角川SSC新書&lt;br /&gt;
* 『[[ユニクロ]]型デフレと国家破産』2010 文春新書&lt;br /&gt;
* 『ユーロが世界経済を消滅させる日 ヨーロッパ発!第2次グローバル恐慌から資産を守る方法』フォレスト出版 2010&lt;br /&gt;
* 『1ドル50円時代を生き抜く日本経済』朝日新聞出版 2011&lt;br /&gt;
* 『EUメルトダウン 欧州発世界がなくなる日』朝日新聞出版 2011&lt;br /&gt;
* 『恐慌の歴史 &amp;quot;100年に一度&amp;quot;の危機が3年ごとに起きる理由』2011 宝島社新書&lt;br /&gt;
* 『[[ソブリンリスク]]の正体』フォレスト出版 2011&lt;br /&gt;
* 『誰が「地球経済」を殺すのか 真相を読み解く七つ道具』実業之日本社 2011&lt;br /&gt;
* 『「通貨」を知れば世界が読める &amp;quot;1ドル50円時代&amp;quot;は何をもたらすのか？』2011 PHPビジネス新書&lt;br /&gt;
* 『グローバル大恐慌時代の世界経済を読む』毎日新聞社 2012&lt;br /&gt;
* 『財政恐慌 ついに金融と財政の死に至る無限ループに突入した』徳間書店 2012&lt;br /&gt;
* 『誰も書かなかった世界経済の真実 地球経済は再び斬り刻まれる（2時間でいまがわかる！）』アスコム 2012 &lt;br /&gt;
* 『中国経済あやうい本質』2012 集英社新書&lt;br /&gt;
* 『「通貨」はこれからどうなるのか』2012 PHPビジネス新書&lt;br /&gt;
* 『新・国富論 グローバル経済の教科書』文春新書、2012&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 共著 ==&lt;br /&gt;
* 『ヘビーデューティーの経済学』[[高橋乗宣]]共著（平凡社、1986年）&lt;br /&gt;
* 『ドルは甦るかドル興亡史に何をみるか』高橋乗宣共著（日本評論社、1992年）&lt;br /&gt;
* 『日本人のまっかなホント』ジョナサン・ライス,[[嘉治佐保子]]共著 [[小林宏明]]訳 マクミランランゲージハウス 1999&lt;br /&gt;
* 『2009-2019年 大恐慌 失われる10年』高橋乗宣共著（フォレスト出版、2009年）&lt;br /&gt;
* 『2010年日本経済―「二番底」不況へ突入する！』高橋乗宣共著 東洋経済新報社 2009&lt;br /&gt;
* 『2011年日本経済ソブリン恐慌の年になる！』高橋乗宣共著 東洋経済新報社 2010&lt;br /&gt;
* 『2012年資本主義経済大清算の年になる = 2012: The Year Capitalism Unravels』高橋乗宣共著 東洋経済新報社 2011&lt;br /&gt;
* 『成熟ニッポン、もう経済成長はいらない それでも豊かになれる新しい生き方』[[橘木俊詔]]共著 朝日新書 2011&lt;br /&gt;
* 『2013年世界経済総崩れの年になる！ = All Fall Down:The Year of the Great Collapse』高橋乗宣共著 東洋経済新報社 2012&lt;br /&gt;
* 『2014年 戦後最大級の経済危機がやって来る！』高橋乗宣共著 東洋経済新報社 2013&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[輸入デフレ論]]&lt;br /&gt;
* [[ユニクロ#ビジネスモデルについて|ユニクロ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://bs.doshisha.ac.jp/prof/hama.html 同志社大学大学院ビジネス研究科]&lt;br /&gt;
* {{Twitter|hama_noriko}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:はま のりこ}}&lt;br /&gt;
[[Category:同志社大学の教員]]&lt;br /&gt;
[[Category:三菱総合研究所の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:帰国子女]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1952年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:反日主義]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の左翼]]&lt;br /&gt;
[[Category:キチガイ]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>114.145.118.42</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88_(%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD%E3%83%89%E3%83%AB%E6%9C%AD)&amp;diff=252175</id>
		<title>ブルーノート (アメリカ合衆国ドル札)</title>
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				<updated>2014-09-12T10:39:22Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;114.145.118.42: /* FRBの実相 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ブルーノート'''は、[[アメリカ合衆国]]で準備されている新ドル札。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
* [[アメリカ合衆国ドル|現在のドル札（グリーンバック）]]をアメリカ国内では流通不可とし、新札（ブルーノート）を発行、それとともに旧ドルは大暴落し、旧ドルを大量に抱えた[[中華人民共和国]]や[[日本]]、[[産油国]]は[[債務不履行|デフォルト]]（国家[[破産]]）状態となる&amp;lt;ref name=&amp;quot;gaiyoa&amp;quot;&amp;gt;[[ベンジャミン・フルフォード]]『仕組まれたアメリカ解体の真実』 [[青春出版社]] 2009年&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* これはアメリカの[[借金]]&amp;lt;ref&amp;gt;アメリカ国家の借金は史上最悪の59.3兆ドルにも膨らんでいる。また、外国にバラまいたドルを入れれば、その総額は100兆を超えている。それに対して[[国内総生産|GDP]]は14兆ドル。どう考えてもアメリカは[[倒産]]している。[[ジョージ・ソロス]]は、「アメリカの[[金融]]システム全体が、基本的に支払い不能となっている。救済案によって[[金融機関]]が窮地を脱することは可能だろうが、そうすることで経済を圧迫するという状況だ」と述べている。&amp;lt;/ref&amp;gt;をゼロにする「クラッシュ・プログラム」と呼ばれる大掛かりな[[詐欺]]行為で、数年前から準備されている&amp;lt;ref name=&amp;quot;gaiyoa&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 米連邦準備制度理事会（[[連邦準備制度|FRB]]）は、[[2011年]][[2月10日]]に予定していた新百ドル[[紙幣]]の発行を延期すると発表した。印刷を担当する[[アメリカ合衆国財務省|財務省]]造幣局が、印刷された新紙幣にしわが入っているのを発見した&amp;lt;ref&amp;gt;[[産経新聞]]　2010年10月2日&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 備考 ==&lt;br /&gt;
* [[サブプライム住宅ローン危機|サブプライム問題]]&amp;lt;ref&amp;gt;サブプライム危機とは、FRBの極端な低金利政策により、人為的に引き起こされた不動産バブルである。サブプライム問題を引き起こした犯人は、莫大な利益を手にしている。いかがわしい金融商品を売ることで発行手数料や販売手数料を稼いでいる。将来の損益を無視してデリバティブを駆使、利益の先取りを行った。不動産バブルを潰して株価差益をとり、7000億ドルの公的資金投入により完全に焼け太った。そのツケを払ったのは、世界各国の国民とサブプライム商品を買ってしまった世界各国の金融機関である。（マイケル北村）&amp;lt;/ref&amp;gt;の始まった[[2008年]]秋から2、3ヵ月の間に、[[日銀]]は[[国会]]審議も通さず、80数兆円分のドルを刷ってアメリカに送っている&amp;lt;ref name=&amp;quot;gaiyob&amp;quot;&amp;gt;[[中丸薫]]、ベンジャミン・フルフォード 『ドル消滅の仕組み』 青志社  2009年&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 日本は輸出で稼いだ外貨を、米[[国債]]等のドル資産で保有し続けている。日本が抱える米国債は、政府系金融機関だけで55兆円、民間の国債を加えれば330兆円に登る。一番の問題は、この米国債を自由に売れないこと（日本人は自分たちで稼いだ金を使うことが出来ない）。かつて[[橋本龍太郎]]が「米国債を売りたいとの誘惑にかられたことがある」と発言、アメリカの逆鱗に触れたのは有名な話。米国債は日本最大の[[不良債権]]である&amp;lt;ref name=&amp;quot;gaiyod&amp;quot;&amp;gt;[[マイケル北村]] 『まるごと金融詐欺立国アメリカ超崩壊』 [[徳間書店]]  2009年&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
=== FRBの実相 ===&lt;br /&gt;
''詳細は「[[連邦準備制度]]」を参照''&lt;br /&gt;
* [[1910年]]11月22日、[[ジョン・モルガン|J・P・.モルガン]]が所有する[[ジョージア州]]沿岸のジキル島で、生涯口外しないとの約束のもと、世界最大クラスの銀行家[[フリーメイソン]]の7人（メンバーで世界の総資産の1/6を占めている）による秘密会議が開かれ、合法的な[[搾取]]システムであるFRB設立の計画が討議された&amp;lt;ref name=&amp;quot;gaiyoc&amp;quot;&amp;gt;[[伊達巌]] 『聖書の暗号は知っていた[闇の絶対支配者]ロスチャイルド・[[イルミナティ]]・フリーメーソン』 徳間書店 2010年&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* J・P・モルガンやポール・ウォーバーグ、[[ジョン・ロックフェラー4世|ジョン・D・ロックフェラー]]の後ろ盾のもと、[[1913年]]に、[[ウッドロウ・ウィルソン]]大統領が法案に署名し、連邦準備制度が成立する&amp;lt;ref name=&amp;quot;gaiyoc&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* ウィルソン元大統領は、晩年「騙されてFRB法案に署名した」と述べ、亡くなる直前「私はうっかりしてこの国を滅亡させてしまった」と言ったといわれている&amp;lt;ref name=&amp;quot;gaiyod&amp;quot;/&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;gaiyoc&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* また同元大統領は「国家の成長と私たちのすべての活動は、ほんのわずかの人たちの手の中にあります」「私たちは文明化した世界においての支配された政府、ほとんど完全に管理された最悪の統治国家に陥ったのです」「もはや自由な意見による政府、信念による政府、大多数の投票による政府はありません。小さなグループの支配によって、拘束される政府となってしまったのです」(『Erectonic journal』）とも述べている。ウィルソンの言葉どおり、こうしてアメリカは「最悪の統治国家」となった&amp;lt;ref name=&amp;quot;gaiyod&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 第26代大統領の[[セオドア・ルーズベルト]]も、退職後『[[ニューヨーク・タイムズ]]』に国際金融資本家の脅威について語っている。「これらの国際的な銀行家たちとロックフェラーの[[スタンダード石油]]一味が、強制して世論をまとめたり、または、表面に出ない陰の政府を構成している権力を持つ、腐敗した徒党の命令を拒否する公共職の役人を追い出すために、この国の多くの新聞とこれらの新聞の寄稿欄を支配しています&amp;lt;ref&amp;gt;自由の国アメリカは、言論の自由がない国である。[[マスコミ]]は歴代政権にコントロールされ続けている。[[アメリカ同時多発テロ事件陰謀説|9.11事件]]でその事実は露呈した。[[アメリカン・ブロードキャスティング・カンパニー|ABC]]、[[NBC]]、[[CBS]]、[[CNN]]など主要テレビ局は政府の管理下に入ってしまっている。多くの日本人は、まだアメリカに[[洗脳]]されている。&amp;lt;/ref&amp;gt;」&amp;lt;ref name=&amp;quot;gaiyod&amp;quot;/&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[アメリカ合衆国連邦政府|アメリカ政府]]はFRBの[[株式]]を1株も所有せず、[[株主]]の[[資本]]は100%、[[ロスチャイルド家|ロスチャイルド系]]とロックフェラー系の[[金融]][[資本家]]によって占められている&amp;lt;ref name=&amp;quot;gaiyoc&amp;quot;/&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;gaiyod&amp;quot;/&amp;gt;。彼らの最大の目的は[[通貨]]の発行権を握ることで世界を支配することである&amp;lt;ref name=&amp;quot;gaiyod&amp;quot;/&amp;gt;。なお、FRBに限らず日銀をふくむ各国の中央銀行は民間出資であるので、やはり同様の陰謀論が成り立つ。&lt;br /&gt;
* FRBと対立する政治家が次々と不審な死を遂げている。[[1963年]]6月4日、[[ジョン・F・ケネディ]]は政府紙幣の発行を財務省に命じる大統領命令第11110号を発令する（アメリカ政府にドルの発行権、管理権を置こうとした）。しかし、その年の11月22日、ケネディ大統領は[[暗殺]]される。ケネディだけではなく、中央銀行を政府や議会の管轄に移そうとした人間の多くが不審な死を遂げている&amp;lt;ref name=&amp;quot;gaiyod&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* アメリカ議会の銀行・通貨委員会議長を務めたルイス・マクファッデンは、連邦準備制度を批判して毒殺されている。[[1932年]]6月、マクファッデンは議会で次のように述べた「我国には世界中で過去に存在した数ある有害な制度の中で、最悪な連邦準備制度があります。この悪魔の制度は、合衆国の国民を貧乏にします。そして事実上合衆国政府を破産に追い込むでしょう。それは理事会をコントロールする金持ちのハゲタカによる腐敗した策略によって、成し遂げられるのです。連邦準備銀行は政府機関ではなく、自らの利益と外国の顧客の利益のために、合衆国の国民を食い物にする私的信用独占企業体だ」&amp;lt;ref name=&amp;quot;gaiyod&amp;quot;/&amp;gt;&lt;br /&gt;
* アメリカの政治家[[ロン・ポール]]は「FRBの崩壊と米軍の全世界からの撤退の日が必ず来る」と断言している&amp;lt;ref name=&amp;quot;gaiyob&amp;quot;/&amp;gt;。また、経営コンサルタントで国際政治分析に定評のあるマイケル北村は「アメリカは必ず崩壊する。詐欺のカラクリはいつかはばれる。人類はアメリカという悪夢を過去のものとしなければならない」と述べている&amp;lt;ref name=&amp;quot;gaiyod&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[アメリカ合衆国ドル]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{US-stub}}&lt;br /&gt;
{{デフォルトソート:ふるうのおと}}&lt;br /&gt;
[[Category:ドル]]&lt;br /&gt;
[[Category:紙幣]]&lt;br /&gt;
[[Category:アメリカ合衆国の経済]]&lt;br /&gt;
[[Category:陰謀論]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>114.145.118.42</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%9F%B3%E7%A0%B4%E8%8C%82&amp;diff=252174</id>
		<title>石破茂</title>
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				<updated>2014-09-12T10:30:39Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;114.145.118.42: /* 系譜 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:Gates meets Ishiba 8 November 2007 cropped for Ishiba.jpg|thumb|250px|石破茂]]&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂　1.jpg|thumb|400px|ゲルこと石破防衛大臣]]&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂　2.jpg|thumb|400px|石破茂]]&lt;br /&gt;
'''石破 茂'''（いしば しげる、[[1957年]][[2月4日]] ‐ ）は、[[日本]]の[[政治家]]。[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]所属の[[衆議院議員]]（9期）。[[自由民主党幹事長|自民党幹事長]]（第46代）。[[防衛庁長官]]（第[[第1次小泉内閣第1次改造内閣|68]]・[[第2次小泉内閣|69]]代）、[[防衛大臣]]（[[福田康夫内閣|第4代]]）、[[農林水産大臣]]（第49代）を歴任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[建設事務次官]]、[[鳥取県知事一覧|鳥取県知事]]、[[自治大臣]]兼[[国家公安委員会委員長]]などを歴任した[[石破二朗]]の長男。[[慶應義塾大学]][[法学部]]卒業後、銀行員となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*所属政党 = ([[自由民主党 (日本)|自由民主党]]→)&amp;lt;br /&amp;gt;([[新生党]]→)&amp;lt;br /&amp;gt;([[新進党]]→)&amp;lt;br /&amp;gt;([[無所属]]→)&amp;lt;br /&amp;gt;[[自由民主党 (日本)|自由民主党]] ([[額賀派]])&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*第49代 [[農林水産大臣]]　　内閣 = [[麻生内閣]]　　就任日 = [[2008年]][[9月24日]]　　退任日 = [[2009年]][[9月16日]]　　退任理由 = 内閣総辞職&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*第4代 [[防衛大臣]]　　内閣 = [[福田康夫内閣]]　　就任日 = [[2007年]][[9月26日]]　　退任日 = [[2008年]][[8月2日]]　　退任理由 = 内閣改造&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*第68・69代 [[防衛庁長官]]　　内閣 = [[第1次小泉内閣 (第1次改造)|第1次小泉内閣第1次改造内閣]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[第1次小泉内閣 (第2次改造)|第1次小泉内閣第2次改造内閣]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[第2次小泉内閣]]　　就任日 = [[2002年]][[9月30日]]　　退任日 = [[2004年]][[9月27日]]　　退任理由 = 内閣改造&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[衆議院議員]]　　選挙区 = (旧鳥取全県区→)&amp;lt;br /&amp;gt;[[鳥取県第1区]]　　当選回数 = 8回　　就任日 = [[1986年]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経歴 ==&lt;br /&gt;
=== 生い立ち ===&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂　3.jpg|400px|thumb|石破　茂]]&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂　4.jpg|400px|thumb|石破　茂]]&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂　5.jpg|400px|thumb|石破　茂]]&lt;br /&gt;
[[鳥取県]]八頭郡[[郡家町]]（現[[八頭町]]）出身。幼少の頃、父・[[石破二朗|二朗]]は[[鳥取県知事一覧|鳥取県知事]]だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 学生時代 ===&lt;br /&gt;
[[鳥取大学附属小学校|鳥取大学教育学部附属小学校]]、[[鳥取大学附属中学校|鳥取大学教育学部附属中学校]]、[[慶應義塾高等学校]]を経て[[慶應義塾大学]][[法学部]]卒業。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 銀行員時代 ===&lt;br /&gt;
大学卒業後、[[三井銀行]]に勤務する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 政治家として ===&lt;br /&gt;
[[1981年]]、父・[[石破二朗|二朗]]が死去し、一周忌が済んだ頃、父・二朗の友人だった[[田中角栄]]に呼ばれ、田中から「おまえがあとに出ろ！」と強く薦められたことが[[政界]]入りのきっかけである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[第38回衆議院議員総選挙|1986年7月の衆院選]]で鳥取全県区で立候補をして初当選し、[[中曽根派]]に所属。以後連続当選8回。93年に[[政治改革4法|政治改革法案]]をめぐって自民党から役職停止処分を受けて離党。[[新生党]]に入党し[[新進党]]結党に参加するも、[[小沢一郎]]の[[安全保障]]政策に失望し、新進党を離党。1997年に自民党に復党する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もともとは農水族として地歩を築いたが、自身が「国防がライフワーク」と語るとおり、「新国防族」などと呼ばれる安保通として頭角を現し、防衛政務次官、防衛副長官、[[拉致議連]]の会長などを務めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]8月に[[小泉純一郎]]首相が翌月の訪朝を決めた際、「[[拉致被害者]]全員を連れて帰らなければ倒閣に動く」と発言。結局は拉致被害者のうち5人の帰国にとどまり、石破の言った成果は得られなかったが、直後に発足した[[第1次小泉内閣 (第1次改造)|第1次小泉内閣第1次改造内閣]]において防衛庁長官に指名されるや、[[拉致議連]]の会長を辞任して初入閣を果たし、以後「倒閣」に触れることはなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、[[有事法制]]の制定に尽力し、防衛庁長官在任中に[[イラク戦争]]が勃発すると[[自衛隊イラク派遣]]を決定した。防衛庁長官の在任期間は、[[坂田道太]]に次ぐ歴代第2位。[[2007年]]、[[福田康夫内閣]]で[[防衛大臣]]に就任し、2度目の入閣を果たす。翌[[2008年]]、[[福田康夫]]首相の電撃辞任を受けて実施された[[2008年自由民主党総裁選挙]]に出馬するも[[麻生太郎]]が圧勝し、石破は最下位の5位に終わった。続いて成立した[[麻生内閣]]では、前任者たちの多くが不祥事に見舞われ、「'''鬼門'''」とされていた[[農林水産大臣]]に横滑りした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2009年]][[9月29日]]、前日に[[自由民主党総裁]]に選出された[[谷垣禎一]]の下で、[[自由民主党政務調査会|政調会長]]に就任（党鳥取県連によると、県選出国会議員からの党三役就任は初めて。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2010年]][[4月14日]]、会見で[[たちあがれ日本]]について、「私自身、新党『たちあがれ日本』に参加した[[与謝野馨]]と[[園田博之]]とは、政策的に非常に近いスタンスだ。2人は、自民党で中心的な政策の立案をしてきており、共闘していくのは当然だ」「『たちあがれ日本』とは、『[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]の過半数を阻止しなければならない』という思いは共通しており、今後、政策面で共同歩調をとることは多々ある」と述べ、たちあがれ日本と共闘する可能性を示唆し、講演でも「ともに民主党を倒すという思いなら、罵詈雑言や裏切り者などという前に、どうやって共闘するか考えるのが大事だ」と述べ、たちあがれ日本と協力する可能性に言及した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2010年]]9月、自民党政調会長に再任。当初、谷垣総裁は石破を退任させ、[[林芳正]]政調会長代理を昇格させる人事を構想したが、党内の反対論を受け、石破を政調会長に留任させた。石破と共に[[政権力委員会]]の本部長代理を務める[[石原伸晃]]組織運動本部長、[[小池百合子]]広報本部長はそれぞれ[[自由民主党幹事長|幹事長]]、[[自由民主党総務会長|総務会長]]に就任し、党三役は全員50代が占めることとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また党役員人事後に設置された[[自由民主党シャドウ・キャビネット]]（[[影の内閣]]）において、影の[[内閣官房長官]]に就任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2012年]]（平成24年）[[9月10日]]、次期自民党総裁選挙への出馬を表明した。同年[[9月26日]]、[[2012年自由民主党総裁選挙|自民党総裁選挙]]の投開票が行われ、第1回で199票（地方票165票、国会議員票34票）を獲得して1位となるが、決選投票では89票に留まり、108票を獲得した元首相の[[安倍晋三]]に19票差で敗れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、党員票で過半数以上を集めたことで党内での存在感は高まった。同年[[9月28日]]に新総裁・安倍の下で第46代[[自由民主党幹事長|自民党幹事長]]に就任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2013年]]（平成25年）1月、「[[無派閥連絡会]]」を結成。一部マスコミ・議員からは“事実上の[[石破派]]立ち上げ”と見られているが、当人は否定している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 政策 ==&lt;br /&gt;
=== 防衛 ===&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂　6.jpg|300px|thumb|石破　茂]]&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂　7.jpg|300px|thumb|石破　茂]]&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂　8.jpg|300px|thumb|石破　茂]]&lt;br /&gt;
自民党きっての[[防衛]]政策通として知られる。また、軍事マニアと揶揄されており、日本の政治家の中では、軍事知識の豊富さと知見の高さが傑出した存在である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2003年（平成15年）3月に情報収集機関の[[調査隊]]を改組し、防衛庁長官直轄部隊として[[情報保全隊]]を組織した。この隊は同月に勃発したイラク戦争に関する世論動向（主に市民団体）の調査をおこなっていたとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[徴兵制度]]の利点を認める発言をしているが、現在の軍隊にはそぐわない制度だとして実際に採用することについては否定している。自民党の[[憲法改正]]草案で当初「[[徴兵制度]]の禁止」を謳った条文が想定されていたが、石破などの「国家のために生命を懸けることができないような国家を、果たして国家と呼べるのか？」という批判で消滅した（ただし、石破は徴兵制への反対を主張している。理由として、ハイテク兵器が活用される現代の戦争において、兵器の扱いに慣れない素人の一般国民を戦闘員として参加させた場合、デメリットの方がはるかに大きいと考えているからである）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
著書『国防』では、難解と思われがちな防衛問題を分かりやすく著し、保守論壇から高い評価を得ている。しかし、[[京都府職員労働組合]]は機関紙『京都府職新聞号外』2005年6月3日において、[[京都府]][[船井郡]][[京丹波町|丹波町]]で発生した[[浅田農産]][[鳥インフルエンザ]]事件における自衛隊出動についての記述が事実と異なると主張している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本テレビの番組『[[太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。|太田総理]]』では、しばしば[[太田光]]と激しい論争を繰り広げる。国防政策において太田によく噛み付かれており、番組内では[[山本一太]]と共に「[[天敵]]」と称されたこともある。石破もまた、太田のことを「天敵」と称し、互いに意識している（太田から[[F-22 (戦闘機)|F-22]]戦闘機のプラモデルをプレゼントされたことがある）。この番組では、[[第二次世界大戦]]が日本による[[侵略戦争]]だったことや、[[大東亜共栄圏]]が侵略戦争遂行のための詭弁でしかなかったとの認識を示している。同番組では、国家の安全保障について考える際はあらゆる非常事態を想定せねばならないと明言しつつ、仮に日本と米国が戦争状態に突入したらどうするかと太田に質問された際、「それはありえない」と回答し、未想定たる旨を表明した。また番組内ではアメリカの原爆投下について、「日本も原爆を開発する計画があった」「仮に[[本土決戦]]が行われていたら相当の犠牲が出ていた」とアメリカ側の認識に一定の理解を示しながらも、2発目（長崎への投下）については許容範囲を超えているとしてアメリカを批判している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『[[丸 (雑誌) |丸]]』（[[潮書房]]）を愛読し、国防関連の知識を吸収している。『[[週刊アサ秘ジャーナル]]』で『丸』から引用した問題を出題されると次々正解し、その豊富な知識を示した。ちなみに、「災害派遣時に自衛隊が[[実弾]]を発射した相手とは何か」の一問だけ解答できなかったが（正解は海獣。正確には[[トド]]類）の被害に悩む地元[[漁業協同組合|漁協]]からの要請を受け、海棲[[哺乳類]]である[[動物]]からの被害のため[[自然災害]]であるとの論理で、自衛隊が災害派遣名目で実弾を発射しこれを駆除した。詳細は[[トド#人間との関わり]]を参照されたい。つまりトド駆除）、石破は知らなかったため不正解となった。石破は当初初耳だったため、出題文に衝撃を受け、何度も「災派で撃った！？」と確認し、正解を聞いて驚いていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
福田総理辞任後の自民党総裁選で候補者として演説に立った石破は観衆に向かって「動乱が起き、北朝鮮の国民が逃げなきゃいけない時でも自衛隊は（国内法の制約で）助けに行けない。そんな国でいいのか」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 農政 ===&lt;br /&gt;
近年は防衛において注目されることが多いが、議員五期目までは農林系であり、農水相就任前は、農家から防衛しか知らないと思っていたと言われた、農林水産問題を語ってもメディアが報じてくれないと語ったこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 外交 ===&lt;br /&gt;
防衛問題の論客の一人であるが、外交に関しては柔軟な対応をとっており、イデオロギー的な主張は少ない。朝日新聞社の論壇誌『[[論座]]』にも寄稿して保守強硬派を批判している。『論座』2006年8月号においても、[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]への単独制裁に対して疑問を呈している。[[内閣総理大臣|総理]]の[[靖国神社]]参拝にも反対を表明している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
北朝鮮問題については、鳥取県が日本海側に位置していることから問題意識が強く、1992年には”'''見ないで批判するのはいかんだろう'''”という理由で[[自由民主党 (日本)|自民党]]・[[日本社会党|社会党]]・[[公明党]]合同の訪朝議員団に加わり[[金日成]]生誕80周年祝賀式典へ参加したことがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[日韓議員連盟]]幹事を務める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 教育 ===&lt;br /&gt;
朝日新聞社刊『[[論座]]』において、[[教育基本法]]に[[愛国心]]を明文化することに反対の姿勢を示した。「愛国心は国が政策面で強制するものではない」というのが理由である。同様の姿勢をとる議員は自民党内では稀であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 皇室 ===&lt;br /&gt;
2009年[[12月]]の[[天皇特例会見|天皇特例会見問題]]では、石破が委員長を務める「天皇陛下の政治利用検証緊急特命委員会」は民主党政権のとった行動を「陛下の政治利用にあたる」と指摘。石破は民主党政権の対応を「かなり異例」「大事じゃない国はルール通りだが、大事な国はひっくり返して会見するのは政治判断だ。そういうことをしていいのか」「（ルールが）時の政府の意向で左右されることであってはいけない」と民主党政権を重ねて批判した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2010年[[2月25日]]、政府（[[鳩山由紀夫内閣]]）が天皇の公的行為に関してまとめた統一見解に関し、[[内閣官房長官|官房長官]]の[[平野博文]]（当時）が記者会見で「本来、憲法で言っている概念からいくと、天皇は国政に関する権能を有しないので、政治利用が存在することはあり得ない」と述べ、天皇の政治利用はそもそも存在しないとしたことに対し、石破は「ルールはいらないというなら、憲法の趣旨や陛下の立場を無視した考えられない見解だ」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 外国人参政権 ===&lt;br /&gt;
2010年の党大会で[[外国人参政権]]について、「憲法上の議論が多く残り、国民的議論も成熟していない。私どもは拙速な法案成立に断固反対する」と述べ、党として法案に反対する考えを表明、また「（憲法上の）住民とは[[日本国民]]をさすと考えており、私どもは多くの疑義があると考えている。国の形そのものにかかわる問題だ」、「この問題は国の形そのものにかかわるものだ。憲法のあり方からしても、拙速な法案成立には断固反対していく」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 夫婦別姓 ===&lt;br /&gt;
2010年[[3月3日]]、記者会見で、民主党政権が目指す選択的[[夫婦別姓]]導入を含む[[民法]]改正案について「これを待ち望む人々のニーズに応えながら、法案には反対だという姿勢を示したい」と述べた。また、自民党内にある選択的夫婦別姓に賛同する動きについて「党内には（夫婦別姓の）問題点が理解されず、『まあ、いいじゃないか』という風潮があるのも事実だ」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 他党の政策に対して ===&lt;br /&gt;
==== 子ども手当 ====&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂9.jpg|300px|thumb|石破　茂]]&lt;br /&gt;
民主党の政策である[[子ども手当]]について、子どもを母国に残した在日外国人も対象になっていることに触れ「（在日外国人であるが）子どもさんは国外にいる。そして、子どもさんは[[日本国籍]]を有していない。どう考えても、こういう方々に対して、日本国民の税金を使って支給すべきではない」と述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 総裁候補 ==&lt;br /&gt;
長らく最大派閥であった[[平成研究会]]に属するが、派閥弱体化の進んだ小泉時代に頭角を現した石破は、派閥色を表に出さずに活動を続けてきたと言ってよい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[自由民主党総裁選挙|06年自民党総裁選]]では[[麻生太郎]]を支持したが、最後まで地元の鳥取県に地理的に近い山口県出身の[[安倍晋三‎]]を推薦するか迷っていたようである&amp;lt;ref&amp;gt;2007年8月[[報道ステーション]]で発言&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[2007年自由民主党総裁選挙|2007年の自民党総裁選]]では[[福田康夫]]を支持している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
派内では[[茂木敏充]]、[[伊藤達也]]といった次代のリーダー候補の中でも経験・知名度とも一歩リードしており、若手を中心に支持を集めているが、かつて離党経験のある「外様」であることも響き、派内の全面的な掌握には至っていない。初出馬となった[[2008年自由民主党総裁選挙|08年自民党総裁選]]でも、派は自主投票の方針を決め、一部議員が麻生太郎・与謝野馨を支持した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自民党が下野した後に行われた[[2009年自由民主党総裁選挙|09年自民党総裁選]]では、与謝野馨から立候補を推されるなど、マスメディアから総裁候補の一人として有力視されるも、前回の総裁選で推薦人となった20人のうち13人が落選するなど、推薦人集めが難航したことなどから立候補を断念し、谷垣禎一支持を表明した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 発言 ==&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂10.jpg|300px|thumb|石破　茂]]&lt;br /&gt;
* 防衛庁長官在任中に、自衛隊のことを「自閉隊」と呼ぶ発言をし、[[自閉症]]に対する誤解や偏見であるという批判を浴びた。&lt;br /&gt;
* 「佐藤正久君の時には大変お世話になった。今後3年後は海、その3年後は空というようにしていきたい。各幕の協力が必要だ」…H19.11.05各幕との懇談にて。&lt;br /&gt;
* 防衛大臣在任時、[[UFO]]の存在を日本政府としては確認していないという公式見解を出した。&lt;br /&gt;
* 防衛省の航空幕僚長であった[[田母神俊雄]]の論文問題に関して、「現職の自衛官が自らの思想信条で政治をただそうというのは、憲法の精神に反している」と指摘。自身のブログでも「田母神・前空幕長の論文から思うこと」「文民統制」という記事を投稿し、かつての部下である田母神を批判した。&lt;br /&gt;
*イージス艦『あたご』の事故について事故直後・捜査が入る前に航海長を省へヘリで呼び出し、大臣同席で事情調査をしたことについて民主党の前原の質問『あなたは何をしているんですか？』と聞かれ、『今はあなたの質問に答えています』と答弁をした。&lt;br /&gt;
*テレビ朝日のサンデープロジェクトで核密約について聞かれたとき『秘密をばらすような人間を次官や大臣にするのが間違っている』と発言をした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物像 ==&lt;br /&gt;
==== 信仰 ====&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂11.jpg|300px|thumb|石破　茂]]&lt;br /&gt;
母方の曽祖父[[金森通倫]]から4代目の[[キリスト教徒|クリスチャン]]であり、[[日本基督教団]]鳥取教会に所属している。18歳のときに日本基督教団鳥取教会で[[洗礼]]を受けた石破は、[[幼稚園]]も教会附属で、「46年間、キリスト教に触れつつ信仰をもちながら生きてきた」と話した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 嗜好･趣味など ====&lt;br /&gt;
大変な[[酒豪]]にして[[喫煙]]者。常温にして辛口の[[日本酒]]を好む。好物は[[カレーライス]]と[[コロッケ]]。[[納豆]]は苦手。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高校時代から[[アイドル]]歌手グループ[[キャンディーズ]]の大ファンであり、中でも[[藤村美樹|ミキ（藤村美樹）]]がお気に入り。[[2007年]][[11月15日]]の[[守屋武昌]]元防衛次官に対する証人喚問において、[[久間章生]]、[[額賀福志郎]]両名の名前が出てきた日の夜、キャンディーズの曲を熱唱した。キャンディーズの30年ぶりの同窓会では、テレビのインタビューに「キャンディーズは青春そのもの。あの頃を思い出してもっと頑張ろうと思う」と答えている。。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自他ともに認める[[軍事]][[おたく|オタク]]にして、ミリタリー系[[プラモデル]]の愛好家でもある。[[静岡ホビーショー]]における自衛隊車輌展示も彼の働きかけにより実現したと言われている。少年時代は[[自動車]]、[[タクシー]]、[[蒸気機関車|SL]]が大好きな[[自動車|車]]マニア、[[鉄道ファン|鉄道マニア]]でもあった。現在でも[[戦車]]や[[戦闘機]]の[[プラモデル]]を集めるのが趣味のようである。防衛庁長官時代、[[ロシア]]国防大臣が来日した際に大臣を喜ばせるために2日間徹夜して[[航空母艦|空母]][[アドミラル・クズネツォフ (空母)|アドミラル・クズネツォフ]]の模型を組み上げた（この時、「在任中はプラモ制作を我慢する」という自戒を破ったと後に述懐している）。ただ、石破自身は、「子供のころから戦車、戦闘機、軍艦といった、乗り物が好きで、国防や外交について『筋金入りのオタク』という意見や批判はいささか買いかぶりのような気がしてならない」と述べている。また、近頃は「軍艦が好き」「プラモデルが好き」などと言うと、すぐに危ない軍事オタクのように言われるが、それは短絡的な決め付けであるとも述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[鉄道]]のファンでもあり、[[ブルートレイン (日本)|ブルートレイン]]「[[銀河 (列車)|銀河]]」の廃止の際、寝台券が入手できず残念がった。現在でも鳥取と東京の往復に[[寝台列車|寝台特急]]「[[出雲 (列車)|サンライズ出雲]]・[[瀬戸 (列車)|瀬戸]]」と[[特別急行列車|特急]]「[[いなば (列車)|スーパーいなば]]」を利用する姿がたびたび報じられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== その他 ====&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂12.jpg|300px|thumb|石破　茂]]&lt;br /&gt;
著書『国防』の中で、「総理になりたいとは全く思っていない」と述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2004年～2005年に「[[ULTRAMAN]]」「[[戦国自衛隊1549]]」「[[亡国のイージス]]」など[[自衛隊]]の大規模な協力を得て撮影された[[映画]]が公開されたが、これは防衛庁長官を務めていた彼の映画産業への理解が深かったことが大きい。そのため、当時は[[テロ]]や[[サイエンス・フィクション|SF]]といった大胆なテーマの作品にも自衛隊の協力が得られるのが特徴であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
石破は口頭による討論を沈着冷静に進める。略歴にも「全日本学生法律討論会第1位」とあることから、かねてから[[討論]]は得意であったといえる。噛んで含めるような独特の口調であるが、街頭演説や選挙活動では口調や声が別人のように変わる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[道路特定財源]]を資金源とする[[道路運送経営研究会]]（道路特定財源の一般財源化に反対している）から献金を受けている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
コラムニストの[[泉麻人]]は高校のクラスメート。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年12月、政治家をモチーフにした商品を数多く手がけるお菓子問屋：大藤より「希望戦士 ISHIDAM」(定価735円)なる商品が、石破氏の地元である鳥取と秋葉原限定で発売された。同商品は二十世紀梨の果汁入り饅頭で、皮には農水大臣である氏にちなみ、米粉が配合されている。プラモデル風のパッケージには機動戦士ガンダムのコスプレとしか思えない氏をモチーフにしたイラストが描かれており、20種類＋シークレット2種類のオリジナル缶バッジが同梱されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 年譜 ==&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂13.jpg|300px|thumb|石破 茂]]&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂14.jpg|300px|thumb|石破 茂]]&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂15.jpg|300px|thumb|石破 茂]]&lt;br /&gt;
* [[1957年]]2月4日 - [[建設省|建設]][[官僚]][[石破二朗]] 和子の長男として生まれる&lt;br /&gt;
* [[1969年]]3月 - [[鳥取大学附属小学校|鳥取大学教育学部附属小学校]]卒業&lt;br /&gt;
* [[1972年]]3月 - [[鳥取大学附属中学校|鳥取大学教育学部附属中学校]]卒業&lt;br /&gt;
* [[1975年]]3月 - [[慶應義塾高等学校]]卒業&lt;br /&gt;
* [[1976年]]12月 - 昭和51年度[[全日本学生法律討論会]]第1位&lt;br /&gt;
* [[1979年]]3月 - [[慶應義塾大学]][[法学部]]法律学科卒業&lt;br /&gt;
* [[1979年]]4月 - 株式会社[[三井銀行]]（現、[[三井住友銀行]]）|入行&lt;br /&gt;
* [[1983年]]1月 - 同行退社&lt;br /&gt;
* [[1983年]]2月 - [[木曜クラブ]]（田中派）事務局勤務&lt;br /&gt;
* [[1984年]]9月 - 同事務局退職&lt;br /&gt;
* [[1986年]]7月 - [[第38回衆議院議員総選挙]]に[[自由民主党 (日本)|自民党]]公認で鳥取全県区より出馬し衆議院議員初当選（全国最年少）、[[政策科学研究所 (派閥)|政策科学研究所]]（中曽根派→渡辺派）に所属&lt;br /&gt;
* [[1992年]]12月 - 農林水産政務次官に就任（〜[[1993年]]6月）&lt;br /&gt;
* [[1993年]] - 自民党離党&lt;br /&gt;
* [[1994年]]4月 - [[新生党]]入党&lt;br /&gt;
* [[1994年]]12月 - [[新進党]]結党参加&lt;br /&gt;
* [[1996年]]10月 - [[第41回衆議院議員総選挙]]で新進党離党。無所属で鳥取1区より出馬し再選、会派「21世紀」に参加&lt;br /&gt;
* [[1997年]]3月 - 自民党復党。[[平成研究会|小渕派]]に所属（前年の総選挙では無所属で再選）&lt;br /&gt;
* [[2000年]]7月 - 農林水産総括政務次官 12月 - 防衛総括政務次官に就任&lt;br /&gt;
* [[2001年]]1月 - 防衛庁初代副長官に就任（〜2001年4月）&lt;br /&gt;
* [[2002年]]3月 - [[北朝鮮による日本人拉致問題|拉致議連]]会長に就任&lt;br /&gt;
* [[2002年]]9月 - [[防衛庁長官]]に就任（〜2004年9月）&lt;br /&gt;
* [[2004年]]4月 - [[第2次小泉内閣]]の閣僚の中で[[麻生太郎]]・[[中川昭一]]とともに[[国民年金]]保険料が未払いだったことが発覚&lt;br /&gt;
* [[2007年]]9月 - [[福田康夫内閣]]で[[防衛大臣]]に就任（〜2008年8月）&lt;br /&gt;
* [[2008年]]9月 - [[2008年自由民主党総裁選挙|08年自民党総裁選]]に出馬&lt;br /&gt;
* [[2008年]]9月 - [[麻生内閣]]で[[農林水産大臣]]に就任（〜2009年9月）&lt;br /&gt;
* [[2009年]]1月 - 新設の農政改革担当大臣を兼任（〜2009年9月）&lt;br /&gt;
* [[2009年]]9月 - 自民党政調会長に就任&lt;br /&gt;
* [[2010年]]&lt;br /&gt;
** 4月 - 自民党の[[政権力委員会]]（ネクスト・ジャパン）において、谷垣禎一本部長の下、[[石原伸晃]]組織運動本部長、[[小池百合子]]広報本部長と共に本部長代理に就任&lt;br /&gt;
** 9月 - 党役員人事で政調会長に留任&lt;br /&gt;
** 9月 - 政権力委員会に代わる影の内閣（シャドウ・キャビネット）において、影の官房長官に就任&lt;br /&gt;
* [[2011年]]&lt;br /&gt;
** 9月 - 自民党政調会長を退任。衆議院予算委員会筆頭理事に就任&lt;br /&gt;
** 10月 - 政調会長退任に伴い、影の内閣（シャドウ・キャビネット）における影の官房長官からも退任&lt;br /&gt;
** 12月 - 派閥横断型政策勉強会「さわらび会」を立ち上げる。初会合には38人を集めた&lt;br /&gt;
* [[2012年]]&lt;br /&gt;
** 9月 - [[2012年自由民主党総裁選挙|12年自民党総裁選]]に出馬。[[安倍晋三]]との決選投票の末、敗れる。&lt;br /&gt;
** 9月 - 安倍の下で自民党幹事長に就任。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 家族・親族 ==&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂16.jpg|300px|thumb|石破 茂]]&lt;br /&gt;
; 実家&lt;br /&gt;
* 父 [[石破二朗|二朗]]（官僚、政治家）&lt;br /&gt;
* 母 和子（官僚[[金森太郎]]長女、牧師[[金森通倫]]孫）&lt;br /&gt;
* 姉（2人）&lt;br /&gt;
; 自家&lt;br /&gt;
* 妻 佳子&lt;br /&gt;
* 二女あり&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 系譜 ==&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂17.jpg|350px|thumb|石破 茂]]&lt;br /&gt;
; 石破家&lt;br /&gt;
: 石破家は[[鳥取県]]八頭郡大御門村大字殿（旧[[郡家町]]、現[[八頭町]]）の[[農家]]だった。祖父市造は大御門村の[[村長]]を数期にわたりつとめた&amp;lt;ref&amp;gt;鶴田憲治は著書『因伯青春の譜』の中で市造について､｢…数期にわたり大御門村の[[村長]]をつとめた篤実厳格な人、とくに子供の教育には熱心だった｣と書いている（『&amp;lt;small&amp;gt;回想録&amp;lt;/small&amp;gt;　石破二朗　&amp;lt;small&amp;gt;追想篇&amp;lt;/small&amp;gt;』682頁）。二朗は父市造について｢若い時から物好きだったと見えまして、他にさきがけて、山を拓いて[[二十世紀梨]]を作ったり、御所[[カキノキ|柿]]を植えたり、[[蚕]]種の製造をやったりなどしておりましたが、どれも成功とまではいかず随分[[母]]を困らせていたようでありました。それでもどこか良いところがあったと見えまして、後年[[中田政美]]さんが“君のおとうさんは君より偉かった”と仰言って下さったことがありました。中田さんは御承知の通り、[[建設事務次官]]をおやりになり、[[衆議院議員]]をなさった方ですが、若い時[[八頭郡]]役所にお勤めになった当時、父との御交際があった由であります。事実子供の私の方が出来が悪かったかと思いますが、兎に角有難い父であったと思います。｣と書いている（『&amp;lt;small&amp;gt;回想録&amp;lt;/small&amp;gt;　石破二朗　&amp;lt;small&amp;gt;追想篇&amp;lt;/small&amp;gt;』683頁）&amp;lt;/ref&amp;gt;。父 [[石破二朗|二朗]]は[[東京帝国大学]]法学部を卒業し内務官僚となり昭和30年（1955年）11月建設官僚トップの[[建設事務次官]]に就任、退官後[[鳥取県知事一覧|鳥取県知事]]を4期務め、昭和49年（1974年）7月参議院議員に当選、昭和55年（1980年）7月[[自治大臣]]兼[[国家公安委員会委員長]]に就任した。母方の[[大おじ]]には[[金森次郎]]（実業家）、[[金森五郎]]（医師）、[[金森九郎]]（学者）などがいる。[[ジャパンタイムス]]の社長、[[会長]]、[[相談役]]を務め、[[国際基督教大学]]の設立に尽力した[[東ヶ崎潔]]は大おばの夫である。東ヶ崎は[[フリーメーソン]]の1960年日本グランドマスターでもあった&amp;lt;ref&amp;gt;「フリーメーソンの秘密」赤間剛著&amp;lt;/ref&amp;gt;が、この事実を周知させないためにウィキペディアから項目が全て抹消された。元[[同志社]]総長[[牧野虎次]]長男操の[[夫人]]弥生は母和子の[[従姉]]に当たる。　&lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
石破常七━━石破市造━━石破二朗&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　┣━━━━石破茂&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　┏金森太郎━━和子&lt;br /&gt;
　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　┣金森次郎&lt;br /&gt;
金森通倫━┫&lt;br /&gt;
　　　　　┣金森五郎&lt;br /&gt;
　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　┣金森九郎&lt;br /&gt;
　　　　　┃　&lt;br /&gt;
　　　　　┗娘&lt;br /&gt;
　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　東ヶ崎潔&lt;br /&gt;
&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著作 ==&lt;br /&gt;
* 『国防』（[[新潮社]] 2005年 ISBN 4104737011）&lt;br /&gt;
: 本書を原案としたコミックとして 『国防入門』（原望作画、[[あおば出版]] 2007年 ISBN 9784873177885）がある&lt;br /&gt;
* 『軍事を知らずして平和を語るな』（[[KKベストセラーズ]]、2006年 ISBN 4584189676）&lt;br /&gt;
* 『[http://www.jimin.jp/jimin/info/takeshima/index.html 竹島領有権問題について]』 （自民党領土に関する特別委員会 2006年5月16日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* 「「いじめられっ子」石破茂の逆襲」 [[山村明義]] 『[[文藝春秋 (雑誌)|文藝春秋]]』2004年5月号。&lt;br /&gt;
* 『国防』 [[新潮社]] 2005年 ISBN 4104737011&lt;br /&gt;
* 「生粋の愛読者が抱く『[[正論 (雑誌)|正論]]』『[[諸君!|諸君!]]』への違和感」石破茂 『[[論座]]』2006年8月号。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;div class=&amp;quot;references-small&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;references/&amp;gt;&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[鳥取県出身の人物一覧]]&lt;br /&gt;
* [[平成研究会]]&lt;br /&gt;
* [[日韓議員連盟]]&lt;br /&gt;
* [[世襲政治家]]&lt;br /&gt;
* [[親族関係にある政治家一覧]]&lt;br /&gt;
* [[太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。]] - 幾度か出演する。&lt;br /&gt;
* [[モーニング娘。]] - 石破が贔屓にしているアイドル。&lt;br /&gt;
* [[キャンディーズ]] - 石破が贔屓にしていたアイドル。特に[[藤村美樹]]のファンだったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連人物 ==&lt;br /&gt;
* [[常田享詳]]&lt;br /&gt;
* [[奥田保明]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.ishiba.com/ 石破茂 Official Site]&lt;br /&gt;
* [http://ishiba-shigeru.cocolog-nifty.com/blog/ 石破茂オフィシャルブログ]&lt;br /&gt;
* [http://www.hal.ne.jp/jimintou/shuuingiin.html 自由民主党鳥取県連ホームページ 石破茂]&lt;br /&gt;
* [http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/473701.html 『国防』刊行記念対談]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{start box}}&lt;br /&gt;
{{s-off}}&lt;br /&gt;
{{succession box &lt;br /&gt;
| title  = {{Flagicon|日本}} [[農林水産大臣]]&lt;br /&gt;
| before = [[町村信孝]]（臨時代理）&lt;br /&gt;
| years  = 第49代：2008年 - 2009年&lt;br /&gt;
| after  = [[赤松広隆]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{succession box &lt;br /&gt;
| title  = {{Flagicon|日本}} [[防衛大臣]]&lt;br /&gt;
| before = [[高村正彦]]&lt;br /&gt;
| years  = 第4代：2007年 - 2008年&lt;br /&gt;
| after  = [[林芳正]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{succession box &lt;br /&gt;
| title  = {{Flagicon|日本}} [[防衛庁長官]]&lt;br /&gt;
| before = [[中谷元]]&lt;br /&gt;
| years  = 第68・69代：2002年 - 2004年&lt;br /&gt;
| after  = [[大野功統]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{s-ppo}}&lt;br /&gt;
{{succession box &lt;br /&gt;
| title  = [[自由民主党政務調査会|自由民主党政務調査会長]]&lt;br /&gt;
| before = [[保利耕輔]]&lt;br /&gt;
| years  = 第52代：2009年 - &lt;br /&gt;
| after  = 現職&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{end box}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:いしは しける}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の副大臣経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の国会議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:鳥取県の政治家]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のプロテスタントの人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1957年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:画像が多い記事]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>114.145.118.42</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%9F%B3%E7%A0%B4%E8%8C%82&amp;diff=252173</id>
		<title>石破茂</title>
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				<updated>2014-09-12T10:28:59Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;114.145.118.42: /* 系譜 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:Gates meets Ishiba 8 November 2007 cropped for Ishiba.jpg|thumb|250px|石破茂]]&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂　1.jpg|thumb|400px|ゲルこと石破防衛大臣]]&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂　2.jpg|thumb|400px|石破茂]]&lt;br /&gt;
'''石破 茂'''（いしば しげる、[[1957年]][[2月4日]] ‐ ）は、[[日本]]の[[政治家]]。[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]所属の[[衆議院議員]]（9期）。[[自由民主党幹事長|自民党幹事長]]（第46代）。[[防衛庁長官]]（第[[第1次小泉内閣第1次改造内閣|68]]・[[第2次小泉内閣|69]]代）、[[防衛大臣]]（[[福田康夫内閣|第4代]]）、[[農林水産大臣]]（第49代）を歴任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[建設事務次官]]、[[鳥取県知事一覧|鳥取県知事]]、[[自治大臣]]兼[[国家公安委員会委員長]]などを歴任した[[石破二朗]]の長男。[[慶應義塾大学]][[法学部]]卒業後、銀行員となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*所属政党 = ([[自由民主党 (日本)|自由民主党]]→)&amp;lt;br /&amp;gt;([[新生党]]→)&amp;lt;br /&amp;gt;([[新進党]]→)&amp;lt;br /&amp;gt;([[無所属]]→)&amp;lt;br /&amp;gt;[[自由民主党 (日本)|自由民主党]] ([[額賀派]])&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*第49代 [[農林水産大臣]]　　内閣 = [[麻生内閣]]　　就任日 = [[2008年]][[9月24日]]　　退任日 = [[2009年]][[9月16日]]　　退任理由 = 内閣総辞職&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*第4代 [[防衛大臣]]　　内閣 = [[福田康夫内閣]]　　就任日 = [[2007年]][[9月26日]]　　退任日 = [[2008年]][[8月2日]]　　退任理由 = 内閣改造&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*第68・69代 [[防衛庁長官]]　　内閣 = [[第1次小泉内閣 (第1次改造)|第1次小泉内閣第1次改造内閣]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[第1次小泉内閣 (第2次改造)|第1次小泉内閣第2次改造内閣]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[第2次小泉内閣]]　　就任日 = [[2002年]][[9月30日]]　　退任日 = [[2004年]][[9月27日]]　　退任理由 = 内閣改造&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[衆議院議員]]　　選挙区 = (旧鳥取全県区→)&amp;lt;br /&amp;gt;[[鳥取県第1区]]　　当選回数 = 8回　　就任日 = [[1986年]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経歴 ==&lt;br /&gt;
=== 生い立ち ===&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂　3.jpg|400px|thumb|石破　茂]]&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂　4.jpg|400px|thumb|石破　茂]]&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂　5.jpg|400px|thumb|石破　茂]]&lt;br /&gt;
[[鳥取県]]八頭郡[[郡家町]]（現[[八頭町]]）出身。幼少の頃、父・[[石破二朗|二朗]]は[[鳥取県知事一覧|鳥取県知事]]だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 学生時代 ===&lt;br /&gt;
[[鳥取大学附属小学校|鳥取大学教育学部附属小学校]]、[[鳥取大学附属中学校|鳥取大学教育学部附属中学校]]、[[慶應義塾高等学校]]を経て[[慶應義塾大学]][[法学部]]卒業。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 銀行員時代 ===&lt;br /&gt;
大学卒業後、[[三井銀行]]に勤務する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 政治家として ===&lt;br /&gt;
[[1981年]]、父・[[石破二朗|二朗]]が死去し、一周忌が済んだ頃、父・二朗の友人だった[[田中角栄]]に呼ばれ、田中から「おまえがあとに出ろ！」と強く薦められたことが[[政界]]入りのきっかけである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[第38回衆議院議員総選挙|1986年7月の衆院選]]で鳥取全県区で立候補をして初当選し、[[中曽根派]]に所属。以後連続当選8回。93年に[[政治改革4法|政治改革法案]]をめぐって自民党から役職停止処分を受けて離党。[[新生党]]に入党し[[新進党]]結党に参加するも、[[小沢一郎]]の[[安全保障]]政策に失望し、新進党を離党。1997年に自民党に復党する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もともとは農水族として地歩を築いたが、自身が「国防がライフワーク」と語るとおり、「新国防族」などと呼ばれる安保通として頭角を現し、防衛政務次官、防衛副長官、[[拉致議連]]の会長などを務めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]8月に[[小泉純一郎]]首相が翌月の訪朝を決めた際、「[[拉致被害者]]全員を連れて帰らなければ倒閣に動く」と発言。結局は拉致被害者のうち5人の帰国にとどまり、石破の言った成果は得られなかったが、直後に発足した[[第1次小泉内閣 (第1次改造)|第1次小泉内閣第1次改造内閣]]において防衛庁長官に指名されるや、[[拉致議連]]の会長を辞任して初入閣を果たし、以後「倒閣」に触れることはなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、[[有事法制]]の制定に尽力し、防衛庁長官在任中に[[イラク戦争]]が勃発すると[[自衛隊イラク派遣]]を決定した。防衛庁長官の在任期間は、[[坂田道太]]に次ぐ歴代第2位。[[2007年]]、[[福田康夫内閣]]で[[防衛大臣]]に就任し、2度目の入閣を果たす。翌[[2008年]]、[[福田康夫]]首相の電撃辞任を受けて実施された[[2008年自由民主党総裁選挙]]に出馬するも[[麻生太郎]]が圧勝し、石破は最下位の5位に終わった。続いて成立した[[麻生内閣]]では、前任者たちの多くが不祥事に見舞われ、「'''鬼門'''」とされていた[[農林水産大臣]]に横滑りした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2009年]][[9月29日]]、前日に[[自由民主党総裁]]に選出された[[谷垣禎一]]の下で、[[自由民主党政務調査会|政調会長]]に就任（党鳥取県連によると、県選出国会議員からの党三役就任は初めて。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2010年]][[4月14日]]、会見で[[たちあがれ日本]]について、「私自身、新党『たちあがれ日本』に参加した[[与謝野馨]]と[[園田博之]]とは、政策的に非常に近いスタンスだ。2人は、自民党で中心的な政策の立案をしてきており、共闘していくのは当然だ」「『たちあがれ日本』とは、『[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]の過半数を阻止しなければならない』という思いは共通しており、今後、政策面で共同歩調をとることは多々ある」と述べ、たちあがれ日本と共闘する可能性を示唆し、講演でも「ともに民主党を倒すという思いなら、罵詈雑言や裏切り者などという前に、どうやって共闘するか考えるのが大事だ」と述べ、たちあがれ日本と協力する可能性に言及した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2010年]]9月、自民党政調会長に再任。当初、谷垣総裁は石破を退任させ、[[林芳正]]政調会長代理を昇格させる人事を構想したが、党内の反対論を受け、石破を政調会長に留任させた。石破と共に[[政権力委員会]]の本部長代理を務める[[石原伸晃]]組織運動本部長、[[小池百合子]]広報本部長はそれぞれ[[自由民主党幹事長|幹事長]]、[[自由民主党総務会長|総務会長]]に就任し、党三役は全員50代が占めることとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また党役員人事後に設置された[[自由民主党シャドウ・キャビネット]]（[[影の内閣]]）において、影の[[内閣官房長官]]に就任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2012年]]（平成24年）[[9月10日]]、次期自民党総裁選挙への出馬を表明した。同年[[9月26日]]、[[2012年自由民主党総裁選挙|自民党総裁選挙]]の投開票が行われ、第1回で199票（地方票165票、国会議員票34票）を獲得して1位となるが、決選投票では89票に留まり、108票を獲得した元首相の[[安倍晋三]]に19票差で敗れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、党員票で過半数以上を集めたことで党内での存在感は高まった。同年[[9月28日]]に新総裁・安倍の下で第46代[[自由民主党幹事長|自民党幹事長]]に就任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2013年]]（平成25年）1月、「[[無派閥連絡会]]」を結成。一部マスコミ・議員からは“事実上の[[石破派]]立ち上げ”と見られているが、当人は否定している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 政策 ==&lt;br /&gt;
=== 防衛 ===&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂　6.jpg|300px|thumb|石破　茂]]&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂　7.jpg|300px|thumb|石破　茂]]&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂　8.jpg|300px|thumb|石破　茂]]&lt;br /&gt;
自民党きっての[[防衛]]政策通として知られる。また、軍事マニアと揶揄されており、日本の政治家の中では、軍事知識の豊富さと知見の高さが傑出した存在である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2003年（平成15年）3月に情報収集機関の[[調査隊]]を改組し、防衛庁長官直轄部隊として[[情報保全隊]]を組織した。この隊は同月に勃発したイラク戦争に関する世論動向（主に市民団体）の調査をおこなっていたとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[徴兵制度]]の利点を認める発言をしているが、現在の軍隊にはそぐわない制度だとして実際に採用することについては否定している。自民党の[[憲法改正]]草案で当初「[[徴兵制度]]の禁止」を謳った条文が想定されていたが、石破などの「国家のために生命を懸けることができないような国家を、果たして国家と呼べるのか？」という批判で消滅した（ただし、石破は徴兵制への反対を主張している。理由として、ハイテク兵器が活用される現代の戦争において、兵器の扱いに慣れない素人の一般国民を戦闘員として参加させた場合、デメリットの方がはるかに大きいと考えているからである）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
著書『国防』では、難解と思われがちな防衛問題を分かりやすく著し、保守論壇から高い評価を得ている。しかし、[[京都府職員労働組合]]は機関紙『京都府職新聞号外』2005年6月3日において、[[京都府]][[船井郡]][[京丹波町|丹波町]]で発生した[[浅田農産]][[鳥インフルエンザ]]事件における自衛隊出動についての記述が事実と異なると主張している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本テレビの番組『[[太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。|太田総理]]』では、しばしば[[太田光]]と激しい論争を繰り広げる。国防政策において太田によく噛み付かれており、番組内では[[山本一太]]と共に「[[天敵]]」と称されたこともある。石破もまた、太田のことを「天敵」と称し、互いに意識している（太田から[[F-22 (戦闘機)|F-22]]戦闘機のプラモデルをプレゼントされたことがある）。この番組では、[[第二次世界大戦]]が日本による[[侵略戦争]]だったことや、[[大東亜共栄圏]]が侵略戦争遂行のための詭弁でしかなかったとの認識を示している。同番組では、国家の安全保障について考える際はあらゆる非常事態を想定せねばならないと明言しつつ、仮に日本と米国が戦争状態に突入したらどうするかと太田に質問された際、「それはありえない」と回答し、未想定たる旨を表明した。また番組内ではアメリカの原爆投下について、「日本も原爆を開発する計画があった」「仮に[[本土決戦]]が行われていたら相当の犠牲が出ていた」とアメリカ側の認識に一定の理解を示しながらも、2発目（長崎への投下）については許容範囲を超えているとしてアメリカを批判している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『[[丸 (雑誌) |丸]]』（[[潮書房]]）を愛読し、国防関連の知識を吸収している。『[[週刊アサ秘ジャーナル]]』で『丸』から引用した問題を出題されると次々正解し、その豊富な知識を示した。ちなみに、「災害派遣時に自衛隊が[[実弾]]を発射した相手とは何か」の一問だけ解答できなかったが（正解は海獣。正確には[[トド]]類）の被害に悩む地元[[漁業協同組合|漁協]]からの要請を受け、海棲[[哺乳類]]である[[動物]]からの被害のため[[自然災害]]であるとの論理で、自衛隊が災害派遣名目で実弾を発射しこれを駆除した。詳細は[[トド#人間との関わり]]を参照されたい。つまりトド駆除）、石破は知らなかったため不正解となった。石破は当初初耳だったため、出題文に衝撃を受け、何度も「災派で撃った！？」と確認し、正解を聞いて驚いていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
福田総理辞任後の自民党総裁選で候補者として演説に立った石破は観衆に向かって「動乱が起き、北朝鮮の国民が逃げなきゃいけない時でも自衛隊は（国内法の制約で）助けに行けない。そんな国でいいのか」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 農政 ===&lt;br /&gt;
近年は防衛において注目されることが多いが、議員五期目までは農林系であり、農水相就任前は、農家から防衛しか知らないと思っていたと言われた、農林水産問題を語ってもメディアが報じてくれないと語ったこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 外交 ===&lt;br /&gt;
防衛問題の論客の一人であるが、外交に関しては柔軟な対応をとっており、イデオロギー的な主張は少ない。朝日新聞社の論壇誌『[[論座]]』にも寄稿して保守強硬派を批判している。『論座』2006年8月号においても、[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]への単独制裁に対して疑問を呈している。[[内閣総理大臣|総理]]の[[靖国神社]]参拝にも反対を表明している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
北朝鮮問題については、鳥取県が日本海側に位置していることから問題意識が強く、1992年には”'''見ないで批判するのはいかんだろう'''”という理由で[[自由民主党 (日本)|自民党]]・[[日本社会党|社会党]]・[[公明党]]合同の訪朝議員団に加わり[[金日成]]生誕80周年祝賀式典へ参加したことがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[日韓議員連盟]]幹事を務める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 教育 ===&lt;br /&gt;
朝日新聞社刊『[[論座]]』において、[[教育基本法]]に[[愛国心]]を明文化することに反対の姿勢を示した。「愛国心は国が政策面で強制するものではない」というのが理由である。同様の姿勢をとる議員は自民党内では稀であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 皇室 ===&lt;br /&gt;
2009年[[12月]]の[[天皇特例会見|天皇特例会見問題]]では、石破が委員長を務める「天皇陛下の政治利用検証緊急特命委員会」は民主党政権のとった行動を「陛下の政治利用にあたる」と指摘。石破は民主党政権の対応を「かなり異例」「大事じゃない国はルール通りだが、大事な国はひっくり返して会見するのは政治判断だ。そういうことをしていいのか」「（ルールが）時の政府の意向で左右されることであってはいけない」と民主党政権を重ねて批判した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2010年[[2月25日]]、政府（[[鳩山由紀夫内閣]]）が天皇の公的行為に関してまとめた統一見解に関し、[[内閣官房長官|官房長官]]の[[平野博文]]（当時）が記者会見で「本来、憲法で言っている概念からいくと、天皇は国政に関する権能を有しないので、政治利用が存在することはあり得ない」と述べ、天皇の政治利用はそもそも存在しないとしたことに対し、石破は「ルールはいらないというなら、憲法の趣旨や陛下の立場を無視した考えられない見解だ」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 外国人参政権 ===&lt;br /&gt;
2010年の党大会で[[外国人参政権]]について、「憲法上の議論が多く残り、国民的議論も成熟していない。私どもは拙速な法案成立に断固反対する」と述べ、党として法案に反対する考えを表明、また「（憲法上の）住民とは[[日本国民]]をさすと考えており、私どもは多くの疑義があると考えている。国の形そのものにかかわる問題だ」、「この問題は国の形そのものにかかわるものだ。憲法のあり方からしても、拙速な法案成立には断固反対していく」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 夫婦別姓 ===&lt;br /&gt;
2010年[[3月3日]]、記者会見で、民主党政権が目指す選択的[[夫婦別姓]]導入を含む[[民法]]改正案について「これを待ち望む人々のニーズに応えながら、法案には反対だという姿勢を示したい」と述べた。また、自民党内にある選択的夫婦別姓に賛同する動きについて「党内には（夫婦別姓の）問題点が理解されず、『まあ、いいじゃないか』という風潮があるのも事実だ」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 他党の政策に対して ===&lt;br /&gt;
==== 子ども手当 ====&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂9.jpg|300px|thumb|石破　茂]]&lt;br /&gt;
民主党の政策である[[子ども手当]]について、子どもを母国に残した在日外国人も対象になっていることに触れ「（在日外国人であるが）子どもさんは国外にいる。そして、子どもさんは[[日本国籍]]を有していない。どう考えても、こういう方々に対して、日本国民の税金を使って支給すべきではない」と述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 総裁候補 ==&lt;br /&gt;
長らく最大派閥であった[[平成研究会]]に属するが、派閥弱体化の進んだ小泉時代に頭角を現した石破は、派閥色を表に出さずに活動を続けてきたと言ってよい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[自由民主党総裁選挙|06年自民党総裁選]]では[[麻生太郎]]を支持したが、最後まで地元の鳥取県に地理的に近い山口県出身の[[安倍晋三‎]]を推薦するか迷っていたようである&amp;lt;ref&amp;gt;2007年8月[[報道ステーション]]で発言&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[2007年自由民主党総裁選挙|2007年の自民党総裁選]]では[[福田康夫]]を支持している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
派内では[[茂木敏充]]、[[伊藤達也]]といった次代のリーダー候補の中でも経験・知名度とも一歩リードしており、若手を中心に支持を集めているが、かつて離党経験のある「外様」であることも響き、派内の全面的な掌握には至っていない。初出馬となった[[2008年自由民主党総裁選挙|08年自民党総裁選]]でも、派は自主投票の方針を決め、一部議員が麻生太郎・与謝野馨を支持した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自民党が下野した後に行われた[[2009年自由民主党総裁選挙|09年自民党総裁選]]では、与謝野馨から立候補を推されるなど、マスメディアから総裁候補の一人として有力視されるも、前回の総裁選で推薦人となった20人のうち13人が落選するなど、推薦人集めが難航したことなどから立候補を断念し、谷垣禎一支持を表明した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 発言 ==&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂10.jpg|300px|thumb|石破　茂]]&lt;br /&gt;
* 防衛庁長官在任中に、自衛隊のことを「自閉隊」と呼ぶ発言をし、[[自閉症]]に対する誤解や偏見であるという批判を浴びた。&lt;br /&gt;
* 「佐藤正久君の時には大変お世話になった。今後3年後は海、その3年後は空というようにしていきたい。各幕の協力が必要だ」…H19.11.05各幕との懇談にて。&lt;br /&gt;
* 防衛大臣在任時、[[UFO]]の存在を日本政府としては確認していないという公式見解を出した。&lt;br /&gt;
* 防衛省の航空幕僚長であった[[田母神俊雄]]の論文問題に関して、「現職の自衛官が自らの思想信条で政治をただそうというのは、憲法の精神に反している」と指摘。自身のブログでも「田母神・前空幕長の論文から思うこと」「文民統制」という記事を投稿し、かつての部下である田母神を批判した。&lt;br /&gt;
*イージス艦『あたご』の事故について事故直後・捜査が入る前に航海長を省へヘリで呼び出し、大臣同席で事情調査をしたことについて民主党の前原の質問『あなたは何をしているんですか？』と聞かれ、『今はあなたの質問に答えています』と答弁をした。&lt;br /&gt;
*テレビ朝日のサンデープロジェクトで核密約について聞かれたとき『秘密をばらすような人間を次官や大臣にするのが間違っている』と発言をした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物像 ==&lt;br /&gt;
==== 信仰 ====&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂11.jpg|300px|thumb|石破　茂]]&lt;br /&gt;
母方の曽祖父[[金森通倫]]から4代目の[[キリスト教徒|クリスチャン]]であり、[[日本基督教団]]鳥取教会に所属している。18歳のときに日本基督教団鳥取教会で[[洗礼]]を受けた石破は、[[幼稚園]]も教会附属で、「46年間、キリスト教に触れつつ信仰をもちながら生きてきた」と話した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 嗜好･趣味など ====&lt;br /&gt;
大変な[[酒豪]]にして[[喫煙]]者。常温にして辛口の[[日本酒]]を好む。好物は[[カレーライス]]と[[コロッケ]]。[[納豆]]は苦手。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高校時代から[[アイドル]]歌手グループ[[キャンディーズ]]の大ファンであり、中でも[[藤村美樹|ミキ（藤村美樹）]]がお気に入り。[[2007年]][[11月15日]]の[[守屋武昌]]元防衛次官に対する証人喚問において、[[久間章生]]、[[額賀福志郎]]両名の名前が出てきた日の夜、キャンディーズの曲を熱唱した。キャンディーズの30年ぶりの同窓会では、テレビのインタビューに「キャンディーズは青春そのもの。あの頃を思い出してもっと頑張ろうと思う」と答えている。。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自他ともに認める[[軍事]][[おたく|オタク]]にして、ミリタリー系[[プラモデル]]の愛好家でもある。[[静岡ホビーショー]]における自衛隊車輌展示も彼の働きかけにより実現したと言われている。少年時代は[[自動車]]、[[タクシー]]、[[蒸気機関車|SL]]が大好きな[[自動車|車]]マニア、[[鉄道ファン|鉄道マニア]]でもあった。現在でも[[戦車]]や[[戦闘機]]の[[プラモデル]]を集めるのが趣味のようである。防衛庁長官時代、[[ロシア]]国防大臣が来日した際に大臣を喜ばせるために2日間徹夜して[[航空母艦|空母]][[アドミラル・クズネツォフ (空母)|アドミラル・クズネツォフ]]の模型を組み上げた（この時、「在任中はプラモ制作を我慢する」という自戒を破ったと後に述懐している）。ただ、石破自身は、「子供のころから戦車、戦闘機、軍艦といった、乗り物が好きで、国防や外交について『筋金入りのオタク』という意見や批判はいささか買いかぶりのような気がしてならない」と述べている。また、近頃は「軍艦が好き」「プラモデルが好き」などと言うと、すぐに危ない軍事オタクのように言われるが、それは短絡的な決め付けであるとも述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[鉄道]]のファンでもあり、[[ブルートレイン (日本)|ブルートレイン]]「[[銀河 (列車)|銀河]]」の廃止の際、寝台券が入手できず残念がった。現在でも鳥取と東京の往復に[[寝台列車|寝台特急]]「[[出雲 (列車)|サンライズ出雲]]・[[瀬戸 (列車)|瀬戸]]」と[[特別急行列車|特急]]「[[いなば (列車)|スーパーいなば]]」を利用する姿がたびたび報じられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== その他 ====&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂12.jpg|300px|thumb|石破　茂]]&lt;br /&gt;
著書『国防』の中で、「総理になりたいとは全く思っていない」と述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2004年～2005年に「[[ULTRAMAN]]」「[[戦国自衛隊1549]]」「[[亡国のイージス]]」など[[自衛隊]]の大規模な協力を得て撮影された[[映画]]が公開されたが、これは防衛庁長官を務めていた彼の映画産業への理解が深かったことが大きい。そのため、当時は[[テロ]]や[[サイエンス・フィクション|SF]]といった大胆なテーマの作品にも自衛隊の協力が得られるのが特徴であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
石破は口頭による討論を沈着冷静に進める。略歴にも「全日本学生法律討論会第1位」とあることから、かねてから[[討論]]は得意であったといえる。噛んで含めるような独特の口調であるが、街頭演説や選挙活動では口調や声が別人のように変わる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[道路特定財源]]を資金源とする[[道路運送経営研究会]]（道路特定財源の一般財源化に反対している）から献金を受けている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
コラムニストの[[泉麻人]]は高校のクラスメート。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年12月、政治家をモチーフにした商品を数多く手がけるお菓子問屋：大藤より「希望戦士 ISHIDAM」(定価735円)なる商品が、石破氏の地元である鳥取と秋葉原限定で発売された。同商品は二十世紀梨の果汁入り饅頭で、皮には農水大臣である氏にちなみ、米粉が配合されている。プラモデル風のパッケージには機動戦士ガンダムのコスプレとしか思えない氏をモチーフにしたイラストが描かれており、20種類＋シークレット2種類のオリジナル缶バッジが同梱されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 年譜 ==&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂13.jpg|300px|thumb|石破 茂]]&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂14.jpg|300px|thumb|石破 茂]]&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂15.jpg|300px|thumb|石破 茂]]&lt;br /&gt;
* [[1957年]]2月4日 - [[建設省|建設]][[官僚]][[石破二朗]] 和子の長男として生まれる&lt;br /&gt;
* [[1969年]]3月 - [[鳥取大学附属小学校|鳥取大学教育学部附属小学校]]卒業&lt;br /&gt;
* [[1972年]]3月 - [[鳥取大学附属中学校|鳥取大学教育学部附属中学校]]卒業&lt;br /&gt;
* [[1975年]]3月 - [[慶應義塾高等学校]]卒業&lt;br /&gt;
* [[1976年]]12月 - 昭和51年度[[全日本学生法律討論会]]第1位&lt;br /&gt;
* [[1979年]]3月 - [[慶應義塾大学]][[法学部]]法律学科卒業&lt;br /&gt;
* [[1979年]]4月 - 株式会社[[三井銀行]]（現、[[三井住友銀行]]）|入行&lt;br /&gt;
* [[1983年]]1月 - 同行退社&lt;br /&gt;
* [[1983年]]2月 - [[木曜クラブ]]（田中派）事務局勤務&lt;br /&gt;
* [[1984年]]9月 - 同事務局退職&lt;br /&gt;
* [[1986年]]7月 - [[第38回衆議院議員総選挙]]に[[自由民主党 (日本)|自民党]]公認で鳥取全県区より出馬し衆議院議員初当選（全国最年少）、[[政策科学研究所 (派閥)|政策科学研究所]]（中曽根派→渡辺派）に所属&lt;br /&gt;
* [[1992年]]12月 - 農林水産政務次官に就任（〜[[1993年]]6月）&lt;br /&gt;
* [[1993年]] - 自民党離党&lt;br /&gt;
* [[1994年]]4月 - [[新生党]]入党&lt;br /&gt;
* [[1994年]]12月 - [[新進党]]結党参加&lt;br /&gt;
* [[1996年]]10月 - [[第41回衆議院議員総選挙]]で新進党離党。無所属で鳥取1区より出馬し再選、会派「21世紀」に参加&lt;br /&gt;
* [[1997年]]3月 - 自民党復党。[[平成研究会|小渕派]]に所属（前年の総選挙では無所属で再選）&lt;br /&gt;
* [[2000年]]7月 - 農林水産総括政務次官 12月 - 防衛総括政務次官に就任&lt;br /&gt;
* [[2001年]]1月 - 防衛庁初代副長官に就任（〜2001年4月）&lt;br /&gt;
* [[2002年]]3月 - [[北朝鮮による日本人拉致問題|拉致議連]]会長に就任&lt;br /&gt;
* [[2002年]]9月 - [[防衛庁長官]]に就任（〜2004年9月）&lt;br /&gt;
* [[2004年]]4月 - [[第2次小泉内閣]]の閣僚の中で[[麻生太郎]]・[[中川昭一]]とともに[[国民年金]]保険料が未払いだったことが発覚&lt;br /&gt;
* [[2007年]]9月 - [[福田康夫内閣]]で[[防衛大臣]]に就任（〜2008年8月）&lt;br /&gt;
* [[2008年]]9月 - [[2008年自由民主党総裁選挙|08年自民党総裁選]]に出馬&lt;br /&gt;
* [[2008年]]9月 - [[麻生内閣]]で[[農林水産大臣]]に就任（〜2009年9月）&lt;br /&gt;
* [[2009年]]1月 - 新設の農政改革担当大臣を兼任（〜2009年9月）&lt;br /&gt;
* [[2009年]]9月 - 自民党政調会長に就任&lt;br /&gt;
* [[2010年]]&lt;br /&gt;
** 4月 - 自民党の[[政権力委員会]]（ネクスト・ジャパン）において、谷垣禎一本部長の下、[[石原伸晃]]組織運動本部長、[[小池百合子]]広報本部長と共に本部長代理に就任&lt;br /&gt;
** 9月 - 党役員人事で政調会長に留任&lt;br /&gt;
** 9月 - 政権力委員会に代わる影の内閣（シャドウ・キャビネット）において、影の官房長官に就任&lt;br /&gt;
* [[2011年]]&lt;br /&gt;
** 9月 - 自民党政調会長を退任。衆議院予算委員会筆頭理事に就任&lt;br /&gt;
** 10月 - 政調会長退任に伴い、影の内閣（シャドウ・キャビネット）における影の官房長官からも退任&lt;br /&gt;
** 12月 - 派閥横断型政策勉強会「さわらび会」を立ち上げる。初会合には38人を集めた&lt;br /&gt;
* [[2012年]]&lt;br /&gt;
** 9月 - [[2012年自由民主党総裁選挙|12年自民党総裁選]]に出馬。[[安倍晋三]]との決選投票の末、敗れる。&lt;br /&gt;
** 9月 - 安倍の下で自民党幹事長に就任。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 家族・親族 ==&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂16.jpg|300px|thumb|石破 茂]]&lt;br /&gt;
; 実家&lt;br /&gt;
* 父 [[石破二朗|二朗]]（官僚、政治家）&lt;br /&gt;
* 母 和子（官僚[[金森太郎]]長女、牧師[[金森通倫]]孫）&lt;br /&gt;
* 姉（2人）&lt;br /&gt;
; 自家&lt;br /&gt;
* 妻 佳子&lt;br /&gt;
* 二女あり&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 系譜 ==&lt;br /&gt;
[[Image:石破茂17.jpg|350px|thumb|石破 茂]]&lt;br /&gt;
; 石破家&lt;br /&gt;
: 石破家は[[鳥取県]]八頭郡大御門村大字殿（旧[[郡家町]]、現[[八頭町]]）の[[農家]]だった。祖父市造は大御門村の[[村長]]を数期にわたりつとめた&amp;lt;ref&amp;gt;鶴田憲治は著書『因伯青春の譜』の中で市造について､｢…数期にわたり大御門村の[[村長]]をつとめた篤実厳格な人、とくに子供の教育には熱心だった｣と書いている（『&amp;lt;small&amp;gt;回想録&amp;lt;/small&amp;gt;　石破二朗　&amp;lt;small&amp;gt;追想篇&amp;lt;/small&amp;gt;』682頁）。二朗は父市造について｢若い時から物好きだったと見えまして、他にさきがけて、山を拓いて[[二十世紀梨]]を作ったり、御所[[カキノキ|柿]]を植えたり、[[蚕]]種の製造をやったりなどしておりましたが、どれも成功とまではいかず随分[[母]]を困らせていたようでありました。それでもどこか良いところがあったと見えまして、後年[[中田政美]]さんが“君のおとうさんは君より偉かった”と仰言って下さったことがありました。中田さんは御承知の通り、[[建設事務次官]]をおやりになり、[[衆議院議員]]をなさった方ですが、若い時[[八頭郡]]役所にお勤めになった当時、父との御交際があった由であります。事実子供の私の方が出来が悪かったかと思いますが、兎に角有難い父であったと思います。｣と書いている（『&amp;lt;small&amp;gt;回想録&amp;lt;/small&amp;gt;　石破二朗　&amp;lt;small&amp;gt;追想篇&amp;lt;/small&amp;gt;』683頁）&amp;lt;/ref&amp;gt;。父 [[石破二朗|二朗]]は[[東京帝国大学]]法学部を卒業し内務官僚となり昭和30年（1955年）11月建設官僚トップの[[建設事務次官]]に就任、退官後[[鳥取県知事一覧|鳥取県知事]]を4期務め、昭和49年（1974年）7月参議院議員に当選、昭和55年（1980年）7月[[自治大臣]]兼[[国家公安委員会委員長]]に就任した。母方の[[大おじ]]には[[金森次郎]]（実業家）、[[金森五郎]]（医師）、[[金森九郎]]（学者）などがいる。[[ジャパンタイムス]]の社長、[[会長]]、[[相談役]]を務め、[[国際基督教大学]]の設立に尽力した[[東ヶ崎潔]]は大おばの夫である。東ヶ崎は[[フリーメーソン]]の1960年日本グランドマスターでもあったが、この事実を周知させないためにウィキペディアから項目が全て抹消された。元[[同志社]]総長[[牧野虎次]]長男操の[[夫人]]弥生は母和子の[[従姉]]に当たる。　&lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
石破常七━━石破市造━━石破二朗&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　┣━━━━石破茂&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　┏金森太郎━━和子&lt;br /&gt;
　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　┣金森次郎&lt;br /&gt;
金森通倫━┫&lt;br /&gt;
　　　　　┣金森五郎&lt;br /&gt;
　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　┣金森九郎&lt;br /&gt;
　　　　　┃　&lt;br /&gt;
　　　　　┗娘&lt;br /&gt;
　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　東ヶ崎潔&lt;br /&gt;
&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著作 ==&lt;br /&gt;
* 『国防』（[[新潮社]] 2005年 ISBN 4104737011）&lt;br /&gt;
: 本書を原案としたコミックとして 『国防入門』（原望作画、[[あおば出版]] 2007年 ISBN 9784873177885）がある&lt;br /&gt;
* 『軍事を知らずして平和を語るな』（[[KKベストセラーズ]]、2006年 ISBN 4584189676）&lt;br /&gt;
* 『[http://www.jimin.jp/jimin/info/takeshima/index.html 竹島領有権問題について]』 （自民党領土に関する特別委員会 2006年5月16日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* 「「いじめられっ子」石破茂の逆襲」 [[山村明義]] 『[[文藝春秋 (雑誌)|文藝春秋]]』2004年5月号。&lt;br /&gt;
* 『国防』 [[新潮社]] 2005年 ISBN 4104737011&lt;br /&gt;
* 「生粋の愛読者が抱く『[[正論 (雑誌)|正論]]』『[[諸君!|諸君!]]』への違和感」石破茂 『[[論座]]』2006年8月号。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;div class=&amp;quot;references-small&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;references/&amp;gt;&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[鳥取県出身の人物一覧]]&lt;br /&gt;
* [[平成研究会]]&lt;br /&gt;
* [[日韓議員連盟]]&lt;br /&gt;
* [[世襲政治家]]&lt;br /&gt;
* [[親族関係にある政治家一覧]]&lt;br /&gt;
* [[太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。]] - 幾度か出演する。&lt;br /&gt;
* [[モーニング娘。]] - 石破が贔屓にしているアイドル。&lt;br /&gt;
* [[キャンディーズ]] - 石破が贔屓にしていたアイドル。特に[[藤村美樹]]のファンだったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連人物 ==&lt;br /&gt;
* [[常田享詳]]&lt;br /&gt;
* [[奥田保明]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.ishiba.com/ 石破茂 Official Site]&lt;br /&gt;
* [http://ishiba-shigeru.cocolog-nifty.com/blog/ 石破茂オフィシャルブログ]&lt;br /&gt;
* [http://www.hal.ne.jp/jimintou/shuuingiin.html 自由民主党鳥取県連ホームページ 石破茂]&lt;br /&gt;
* [http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/473701.html 『国防』刊行記念対談]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{start box}}&lt;br /&gt;
{{s-off}}&lt;br /&gt;
{{succession box &lt;br /&gt;
| title  = {{Flagicon|日本}} [[農林水産大臣]]&lt;br /&gt;
| before = [[町村信孝]]（臨時代理）&lt;br /&gt;
| years  = 第49代：2008年 - 2009年&lt;br /&gt;
| after  = [[赤松広隆]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{succession box &lt;br /&gt;
| title  = {{Flagicon|日本}} [[防衛大臣]]&lt;br /&gt;
| before = [[高村正彦]]&lt;br /&gt;
| years  = 第4代：2007年 - 2008年&lt;br /&gt;
| after  = [[林芳正]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{succession box &lt;br /&gt;
| title  = {{Flagicon|日本}} [[防衛庁長官]]&lt;br /&gt;
| before = [[中谷元]]&lt;br /&gt;
| years  = 第68・69代：2002年 - 2004年&lt;br /&gt;
| after  = [[大野功統]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{s-ppo}}&lt;br /&gt;
{{succession box &lt;br /&gt;
| title  = [[自由民主党政務調査会|自由民主党政務調査会長]]&lt;br /&gt;
| before = [[保利耕輔]]&lt;br /&gt;
| years  = 第52代：2009年 - &lt;br /&gt;
| after  = 現職&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{end box}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:いしは しける}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の副大臣経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の国会議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:鳥取県の政治家]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のプロテスタントの人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1957年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:画像が多い記事]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>114.145.118.42</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E9%BA%BB%E7%94%9F%E5%A4%AA%E9%83%8E&amp;diff=252172</id>
		<title>麻生太郎</title>
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				<updated>2014-09-12T10:23:09Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;114.145.118.42: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:麻生太郎.jpg|400px|thumb|麻生　太郎]]&lt;br /&gt;
[[Image:Taro Aso in World Economic Forum Annual Meeting in Davos (cropped).jpg|200px|thumb|麻生　太郎]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''麻生 太郎'''（あそう たろう、[[1940年]]〈[[昭和]]15年〉[[9月20日]] - ）は、[[日本]]の[[政治家]]、[[実業家]]。[[国会議員|衆議院議員]]（10期）。[[為公会]]（麻生派）会長。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[経済財政政策担当大臣|経済企画庁長官]]（第[[第1次橋本内閣|53]]代）、[[経済財政政策担当大臣|内閣府特命担当大臣（経済財政政策担当）]]（第[[第2次森改造内閣 (中央省庁再編後)|2]]代）、[[総務大臣]]（第[[小泉再改造内閣|3]]・[[第2次小泉内閣|4]]・[[第3次小泉内閣|5]]代）、[[外務大臣 (日本)|外務大臣]]（第[[第3次小泉内閣改造内閣|137]]・[[安倍内閣|138]]代）、[[内閣総理大臣]]（[[麻生内閣|第92代]]）や、[[自由民主党政務調査会#政務調査会長|自由民主党政務調査会長]]、[[自由民主党幹事長]]、[[自由民主党総裁]]（第23代）などを歴任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[モントリオールオリンピック]][[クレー射撃]]（[[クレー射撃#クレー|クレー]]・[[クレー射撃#スキート|スキート]]競技）日本代表（41位）。元[[麻生 (企業)|麻生セメント]]（現・株式会社麻生。麻生産業から分社した麻生セメントは、麻生と社名変更している。現在の麻生ラファージュセメントは、麻生からさらに分社化した麻生セメント（2代目）が社名変更したもの。）[[代表取締役]][[社長]]。この会社はフランスの[[ラファージュ]]との合弁会社であるが、ラファージュの重役[[ピエール・ヴォギュエ]]は[[ヒラリー・クリントン]]のパートナーとして知られる。彼の祖父[[ルイ・ヴォギュエ]]は[[スエズ運河]]会社社長であった。妹は[[寛仁親王妃信子]]。[[キリスト教徒|クリスチャン]]（[[カトリック教会|カトリック]]）である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経歴 ==&lt;br /&gt;
[[Image:麻生太郎1.jpg|250px|thumb|麻生　太郎]]&lt;br /&gt;
[[Image:麻生太郎2.jpg|250px|thumb|麻生　太郎]]&lt;br /&gt;
[[Image:麻生太郎3.jpg|250px|thumb|麻生　太郎]]&lt;br /&gt;
[[Image:麻生太郎4.jpg|250px|thumb|麻生　太郎]]&lt;br /&gt;
[[Image:麻生太郎5.jpg|250px|thumb|麻生　太郎]]&lt;br /&gt;
[[Image:麻生太郎6.jpg|250px|thumb|麻生　太郎]]&lt;br /&gt;
[[Image:麻生太郎7.jpg|250px|thumb|麻生　太郎]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 政界入りまで ===&lt;br /&gt;
[[福岡県]][[飯塚市]]に[[麻生太賀吉]]・和子の長男として生まれる(父方の祖父の名前も“麻生太郎”である)。[[麻生 (企業)#概要|麻生塾小学校]]（閉校 後の学校法人麻生塾・麻生専門学校）を経て、小学3年生の頃上京し、[[学習院初等科]]に編入。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 海外留学 ====&lt;br /&gt;
[[1963年]]に[[学習院大学]]政経学部を卒業した。&lt;br /&gt;
[[学習院大学]]卒業後は、下記のような海外留学生活を送ったとされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 1963年9月 - スタンフォード大学大学院に留学&lt;br /&gt;
* 1965年 - スタンフォード大学大学院を中退、ロンドン大学政治経済学院に留学&lt;br /&gt;
* 1966年8月 - ロンドン大学を中退&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
スタンフォード大学・大学院（米国）では政治学、ロンドン大学・大学院（英国）では経営学を学んだと2001年4月の自民党総裁選挙候補者プロフィール中には記載されていたが、現在の本人オフィシャルサイトにこの期間についての一切の記載はない。2007年9月16日 読売新聞には、1963年3月 学習院大政経学部卒業、同年9月 スタンフォード大大学院留学、と紹介されており、上記の総裁選候補者プロフィール中にあるロンドン大学への留学については記述が無い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
尚、米国での留学生活は麻生が過剰にアメリカナイズされる事を恐れた実家の意向で中断され、一旦帰国した後に、再度ロンドン大学に留学したとされている。&lt;br /&gt;
華やかな留学歴を持つが、肝心の学位は取得できないまま帰国しており、留学中は学業をはおろそかにしていたと自ら語っている。[[霍見芳浩]]ニューヨーク市立大学教授によれば、80年代に同氏が麻生太郎を訪ねた際に『「英国留学」ということだったので英文資料も持参していたが、見せようとすると、「私は、英国では遊んでばかりで、何も勉強しなかった」と正直な告白だった。ご謙遜かと疑ったが、そうではないのはすぐに明らかになった』といったやりとりがあったとのことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 海外での事業 ====&lt;br /&gt;
帰国後の[[1966年]]に実家の麻生産業（後に清算）に入社し、1960年代後半に[[ブラジル]][[サンパウロ市]]に1年近く駐在していたことがあると本人は語っている。また、麻生太郎の従兄弟に当る人物がブラジルに移民していたことも近年になって判明した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、[[1970年]]から2年間に渡って西アフリカの[[シエラレオネ]]にて、同国のダイヤモンド産業国有化政策実施後に地元有力者から鉱区の提供を受けた麻生家の現地駐在員として、ダイヤモンド採掘業に従事していた事が知られている。この採掘事業を開始したのは、麻生太郎の父親である[[麻生太賀吉]]と実弟で専務の[[麻生典太]]だったと言われており、同国のダイヤモンド採掘を長らく支配していたイギリス人とレバノン人以外の人に掘ってもらいたい、という現地の意向から麻生家に鉱区が提供されたと[[麻生典太]]は語っていたと言われる。その後、同国での内戦勃発に伴って麻生家は事業から撤収した。&lt;br /&gt;
[[2006年]]1月19日に日本記者クラブにて行われた外務大臣演説で[[シエラレオネ]]のダイヤモンド採掘業での経験について発言しているほか、当時製作されたニュース映画にも現地の事業を指揮する麻生太郎本人がインタビューに答えて登場している&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 帰国後の経歴 ====&lt;br /&gt;
[[1973年]]にセメント事業の分社化の後にグループ中核企業となった麻生セメント（現：[[麻生 (企業)|株式会社麻生]]）の[[代表取締役]]社長に就任。[[炭鉱]]業から[[セメント]]業への転換を成功させた。なお、麻生産業時代にまた、社長業の傍らで、[[1976年]]の[[モントリオールオリンピック]]に[[クレー射撃]]の日本代表選手として出場（結果は41位）している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 政界入り後の経歴 ===&lt;br /&gt;
[[1979年]]10月、[[第35回衆議院議員総選挙]]に（旧福岡2区、現：[[福岡県第8区]]）から出馬。初当選を果たし政界入りする。落選した[[第37回衆議院議員総選挙]]を除き、現在まで全ての総選挙で当選している。[[宏池会]]に所属。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1996年]]に[[第2次橋本内閣]]の[[経済企画庁]][[長官]]に就任し、初入閣。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1999年]]1月、党内で長年所属した宏池会を離脱し、元総裁[[河野洋平]]を会長に大勇会（現在の[[為公会]]、通称”麻生派”）旗揚げ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2001年]]4月、[[2001年自由民主党総裁選挙|01年自民党総裁選]]に出馬し、[[小泉純一郎]]、[[橋本龍太郎]]と戦い31票で3位。その後発足した[[小泉政権]]では党[[自由民主党政務調査会#政務調査会長|政務調査会長]]を務め、[[2003年]]9月からは[[総務大臣]]として入閣し、[[郵政民営化]]を担当した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年9月、[[2006年自由民主党総裁選挙|06年自民党総裁選]]に立候補するも[[内閣官房長官]]（当時）の[[安倍晋三]]に敗れる（安倍：464票 麻生：136票 [[谷垣禎一]]：102票）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2007年]][[3月20日]]、衆議院議員在職25年を迎え、衆議院より院議をもって表彰された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2007年9月、[[2007年自由民主党総裁選挙|07年自民党総裁選]]に立候補する。党員票では[[福田康夫]]を僅差で上回るも133票差で敗れる（福田：330票 麻生：197票）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2008年]]9月、[[2008年自由民主党総裁選挙|08年自民党総裁選]]に4度目の立候補をし351票を獲得。[[自民党総裁]]に就任する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年[[9月24日]]、第92代[[内閣総理大臣]]に就任。[[麻生内閣]]を[[組閣]]する。就任の際、「日本を明るく強い国にする」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年[[10月2日]]、[[麻生内閣メールマガジン]]「太郎ちゃんねる」を配信。創刊号では[[景気]]対策の必要性を訴えているほか、「麻生内閣の一員になったつもりで忌憚のない意見を」と呼びかけている。内閣としては初の動画も用意している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2009年]][[8月30日]]、[[第45回衆議院議員総選挙]]で自由民主党が惨敗、衆議院第1党の座から転落。同日夜に退陣を表明。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年[[9月16日]]、自由民主党総裁を辞任。同日の臨時閣議にて麻生内閣総辞職を決定。政権を[[民主党代表]]：[[鳩山由紀夫]]に明け渡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 政治的主張 ==&lt;br /&gt;
=== 経済 ===&lt;br /&gt;
道路整備などを主に主張するエコノミストの[[リチャード・クー]]が「経済政策の理論的支柱」として麻生の[[財政出動]]を中心とする政策作りに協力している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[定額減税]]や[[公共事業]]を中心とする[[財政出動]]に積極的な意向を示しており、財政健全化よりも[[景気]]対策の優先を提唱している。2008年になってからは、財政健全化を目指した[[小泉政権]]の[[構造改革]]路線の推進を否定し、「[[基礎的財政収支]]（プライマリーバランス）の11年度黒字化目標」の延期に言及している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[消費税]]の増税に関しては、「もはや、広く薄い負担を税制に追加していくとしたら消費税しかない」として消費税増税を示唆したが、2008年9月に世界的な金融危機が発生すると「消費税増税を早期に行えば、著しく景気を冷やす」として、当面の増税を見送ると述べる一方で、[[2011年]]以降に10%の消費税を導入する意向を示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
労働問題に対しては、「企業の生産活動で得られた[[付加価値]]の分配は個々の企業が判断する」と述べ、国としては是正する意思の無いことを明らかにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
首都圏と地方の間の格差問題については、「地方の自立には、きちんと財政出動をやって、[[道路]]、交通網を整備しないといけない」として地方経済振興の為に[[公共事業]]が必要との考えを示している。また、「（地方の）[[医療]]、[[介護]]が一番しんどいのではないか。病院をつくるより病院と結ぶ道路を造った方が安い」と述べ、道路建設により地方の医療が向上するとの考えを示している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年[[10月30日]]には、世界的な金融危機と景気低迷への対策として事業総額26兆9000億円にも及ぶ追加経済対策を発表。[[小渕内閣]]の[[地域振興券]]とよく似た、2兆円を超える[[定額給付金|給付金]]（「4人家族で6万円程度になる」としている）を全世帯に支給し、過去最大規模の[[住宅ローン]]減税などを実施した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この政策のうち、定額給付金について、[[毎日新聞]]は、過去の「地域振興券」が消費ではなく貯蓄に回ったことから、今回も「景気を浮揚させる効果は期待できない」との見方を示し、[[11月26日]]に開催された全国町村長大会では定額給付金を巡る不満が噴出していると報道した。麻生のあいさつに「丸投げやめろ」とやじが飛ぶ一方で「[[地方分権]]」を理由に事務を[[市区町村]]に委ねたことなどについて政府を批判した[[民主党 (日本 1998-)|民主党]][[幹事長]]の[[鳩山由紀夫]]は大きな拍手を浴びた。しかし、経済協力開発機構（OECD）経済局のシニアエコノミスト、ランダル・ジョーンズは「即効性がある最も有効な措置」 だとの見方を示しており、最終的にはジョーンズの見解どおり、定額給付金の支給は、消費拡大に一定の効果を生み、家具や家電などの購買を促進させるなど、新たな消費を生むきっかけになった&lt;br /&gt;
が、この政策は金融危機を回避するという緊急性から急いで決定された政策であったため、配布方法などできめ細かさに欠けるところがあり、「バラまき」という批判を浴びた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 外交・安全保障 ===&lt;br /&gt;
[[Image:Cheney and Aso 2007.jpg|thumb|200px|[[ディック・チェイニー]]と会談する麻生（2007年[[2月21日]]、[[ホワイトハウス]]にて）]]&lt;br /&gt;
[[Image:Dmitry Medvedev at APEC Summit in Peru 22-23 November 2008-4.jpg|thumb|200px|[[アジア太平洋経済協力|APEC]]首脳会議にて、[[ロシア連邦大統領]]の[[ドミトリー・メドヴェージェフ]]と（2008年11月）]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
外務大臣時代に、当時の[[ジョージ・W・ブッシュ|ブッシュ政権]]の中心にいた[[新保守主義]]の考え方に近い、自由と民主主義、法の支配、市場経済を重視する「価値の外交」（[[価値観外交]]）と、同じ価値観を持った国家と連帯する「自由と繁栄の弧」を唱えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 発展途上国への[[ODA]]&lt;br /&gt;
: ODAには積極姿勢を取っている。2007年1月26日、「[[政府開発援助|ODA]]は、我が国[[外交]]の重要な手段であります。国際社会の一員としての責務を果たし、かつ、自らの繁栄を確保していくために、ODAを一層戦略的に実施します。「自由と繁栄の弧」形成のためにも、ODAを活用していきます。そのうえで、ODA事業量の100億ドルの積み増し、また対アフリカODAの倍増など、対外公約を達成すべく努めてまいります」と述べた。&lt;br /&gt;
; [[アメリカ合衆国]]&lt;br /&gt;
: 2007年2月3日、[[京都市]]内の講演で「ドンパチが終わった後が大変だというのが[[イラク]]で分かった。（[[イラク戦争]]においてアメリカがイラクを）占領した後のオペレーションは非常に幼稚」とアメリカのイラク政策を批判した。&lt;br /&gt;
; [[東アジア]]&lt;br /&gt;
: 韓国に対しては、2007年1月26日に「日本と[[大韓民国|韓国]]は、互いにとって最も近く、基本的価値を共にする大切な[[民主主義]]国同士であります。そのような間柄にふさわしい、未来志向の関係を打ち立てます」と述べている。また、2005年12月25日の韓国の大手[[マスメディア|メディア]]である[[中央日報]]のインタビューで、「韓国に一年に2度ずつ計40-50回ほど行っているが、私が知っているかぎり今の両国関係が最も良いのではないかと思う。それは韓国の生活水準が良くなり、自信をつけているためと思われる。[[サムスン]]だけでなく、韓国製品が非常に良くなった」と発言している。また、韓国人徴用者を強制労働させていた[[麻生太賀吉#麻生炭鉱|麻生炭鉱]]の調査については、「戦争前の話はよく知らないが、そういう資料が残っていれば提供する」と話した。&lt;br /&gt;
: 中国に対しては、2007年1月26日に「共通の戦略的利益に立脚した、互恵関係を築いてまいります」としている。&lt;br /&gt;
: [[中華民国|台湾]]に対しては、2006年3月9日、参院[[予算委員会]]で、「民主主義が成熟し、経済面でも自由主義を信奉する法治国家であり、日本と価値観を共有する国」と発言。台湾のメディアでは「日本の外相が『台湾は国家』と発言」と報道された。&lt;br /&gt;
; [[北方領土問題]]&lt;br /&gt;
: 2006年12月13日の衆院[[外務委員会]]において、北方領土問題を解決するために北方4島（[[択捉島|択捉]]、[[国後島|国後]]、[[色丹島|色丹]]、[[歯舞群島|歯舞]]）全体の面積を2等分して、半分をロシアに譲ることにより解決を目指す考えを示した。これは元首相の[[海部俊樹]]から「北方領土の返還は党是だ。党の基本問題として守るべきものは守ってきちっとやってほしい」と批判された。&lt;br /&gt;
; [[核武装論]]&lt;br /&gt;
: 2006年10月、自民党政調会会長（当時）の[[中川昭一]]が「核武装論も選択肢として考えておくべき」と発言したことで一部から非難を受ける。麻生は[[非核三原則]]の堅持を明言を前提としつつも、「隣の国が持つとなったときに、1つの考え方としていろいろな議論をしておくことは大事だ」「日本は[[言論統制]]された国ではない。[[言論の自由]]を封殺するということに与しないという以上に明確な答えはない」と中川の擁護とも解釈できる発言を行った。この発言が原因で、12月に民主党、[[社会民主党 (日本 1996-)|社民党]] 、[[日本共産党|共産党]]など[[野党]]4党から外相としての不信任決議案を提出された。&lt;br /&gt;
; [[憲法改正論議]]&lt;br /&gt;
: 2008年9月の国連総会での演説後、自衛隊の[[自衛権#集団的自衛権|集団的自衛権]]の行使について「できるようにすべき」と憲法改正もある程度は必要との認識を持っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 歴史認識 ===&lt;br /&gt;
[[日本統治時代の朝鮮]]・[[日本統治時代 (台湾)|台湾]]に対しては肯定的側面もあったとする発言をしている。2003年[[5月31日]]、[[東京大学]]学園祭において「[[創氏改名]]は[[朝鮮民族|朝鮮人]]が望んだ」（[[満州]]や日本国内で経済活動をする上で朝鮮名が不利な場合があったという文脈での発言）、「日本は[[ハングル]]普及に貢献した」と述べた（当該項目も参照）。また、2006年[[2月4日]]の[[福岡市]]での講演において、日本が[[植民地]][[台湾]]の[[義務教育]]に力を入れたと指摘した上で「台湾はものすごく教育水準が上がって[[識字率]]などが向上したおかげで今極めて教育水準が高い国であるが故に、今の時代に追いつけている」「我々の先輩はやっぱりちゃんとしたことをやっとるなと正直そのとき思った」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2007年[[3月21日]]、[[長崎県]][[時津町]]で講演。日本独自の[[中東]]和平[[外交]]として、[[ヨルダン#ヨルダン渓谷|ヨルダン渓谷]]の開発を進める「平和と繁栄の回廊」構想に触れ、「米国人にできないことを日本がやっている。日本人というのは信用がある。青い目で[[金髪]]だったら多分駄目よ」と述べた。「われわれは幸いにして黄色い顔をしている。そこ（中東）で搾取をしてきたとか、ドンパチ、[[機関銃]]撃ったとか1回もない」と語った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年[[5月26日]]、アジア各国の政府首脳や経済界リーダーを招いた国際交流会議「アジアの未来」において「近代の生んだ毒......。それはすなわち『国民国家』であり、『自民族中心主義』という意味に規定される『[[ナショナリズム]]』でした。この2つは、地図に黒々と、太い[[国境]]を引く思想でした。また時として、その国境を外へ外へ、無理やりにでも広げていくのをよしとする考えでした。（中略） 他人（ひと）のことは言いますまい。日本人は一度、国民国家とナショナリズムという、強い酒をしたたかにあおった経験があります。皆さんこれからのアジアは、国民国家の枠、ナショナリズムの罠に絡め取られるようではいけません」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年10月2日には日本の過去のアジア支配に対する反省と謝罪を明確にした「[[村山談話]]」について、「いわゆる村山談話と17年8月15日の小泉純一郎首相の談話は、先の大戦をめぐる政府としての認識を示すものであり、私の内閣においても引き継いでいく」として麻生内閣でも、明確に堅持する方針を示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年[[10月31日]]には[[航空自衛隊]][[幕僚長]]の[[田母神俊雄]]が[[旧日本軍]]の侵略行為を否定する論文を執筆していたことが判明したが、麻生は記者団に対して「個人的に出したとしても、立場が立場だから適切ではない」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
麻生内閣メールマガジン「太郎ちゃんねる(2008年[[12月4日]]配信)」において、「[[1941年]]12月に[[第二次世界大戦]]が[[真珠湾攻撃]]で始まるんです」と発言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===従軍慰安婦問題===&lt;br /&gt;
* 内閣総理大臣としては[[河野談話]]を踏襲することを表明したが、[[アメリカ合衆国下院]]に提出された[[慰安婦]]問題をめぐる[[アメリカ合衆国下院121号決議|対日非難決議案]]にある「日本軍による強制的な性奴隷化」といった記述について「客観的な事実にまったく基づいていない」と強い遺憾の意を示している。首相また、[[国連]]の自由権規約委員会が従軍慰安婦に対して日本政府に謝罪と補償などを行うよう求める勧告したときも、[[第171回国会]]において、[[内閣総理大臣]]として『この勧告は、法的拘束力を持つものではなく、市民的及び政治的権利に関する国際規約の締約国に対し、当該勧告に従うことを義務付けているものではないと理解している。』と述べ、慰安婦に対して謝罪や賠償をする意思がないことを表明した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 靖国神社問題 ===&lt;br /&gt;
[[Image:ヤング麻生.jpg|thumb|300px|若き頃の麻生太郎]]&lt;br /&gt;
[[Image:国体の麻生.jpg|thumb|300px|国体クレー射撃代表の麻生太郎]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
政治家の[[靖国神社問題|靖国神社参拝問題]]については、[[政教分離原則|政教分離]]が問われるなど一番の問題は[[靖国神社]]が[[宗教法人]]であることだとしており、2006年の総裁選では総理になった場合に靖国神社を非宗教法人化（国が関与できる[[特殊法人]]への移行）し、国立追悼施設にすることを公約に掲げた。2008年10月にも「神社という名前が問題なら、[[靖国廟]]でも[[招魂社]]でもいろんな形がある」として、非宗教法人化を支持する姿勢を示している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年には、「首相になった際には靖国参拝を自粛する」という考えを示していた&amp;lt;ref&amp;gt;『読売新聞』 2006年8月4日&amp;lt;/ref&amp;gt;。2008年に首相に就任した直後には「行くとも行かないとも答えることはない」として曖昧な姿勢を見せている。外交問題に飛び火した小泉首相の参拝について「[[中華人民共和国|中国]]が（参拝を中断しろと）言えば言うほど行かざるを得ない」とし、「これは[[タバコ]]を吸うなと言うと吸いたくなるのと同じだ」と述べた。麻生本人は外相在任当時、外務大臣は個人ではないという理由で靖国神社には参拝しなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[A級戦犯]]の[[分祀]]については、「靖国神社に戦死者でない人が祭られていることが非常に大きな問題点だ」「（首相の参拝について）他の国々、国内からいろいろ言われないよう、英霊から感謝されるような形で参拝できる制度を考えるべきだ」との見解を示している&amp;lt;ref&amp;gt;『時事通信』 2006年3月8日&amp;lt;/ref&amp;gt;が、靖国神社が宗教法人である限り政治の介入による分祀は厳に慎むべきであるとしている。そのため、靖国問題の解決策に関しては、靖国神社の非宗教法人化を行い、国が関与できるようにして[[A級戦犯]]を[[分祀]]することを「1つの方法」と発言し、「望ましい」として賛成している&amp;lt;ref&amp;gt;『日本経済新聞』 2008年9月15日&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年[[1月28日]]、[[名古屋]]で行われた公明党議員の会合で、「[[英霊]]は[[天皇]][[陛下]]のために[[万歳]]と言ったのであり、首相万歳と言ったのはゼロだ。天皇陛下が[[参拝]]（正確には「親拝」という）なさるのが一番だ」と述べ、「（天皇が）[[公人]]か[[私人]]かという論議のため参拝できなくなったが、解決の答えはいくつかあるはず」と付け加えたが、批判を浴びると「今の状況で天皇陛下に参拝していただきたいとは一切言ってない」と発言を修正し、釈明した&amp;lt;ref&amp;gt;『共同通信』 2006年1月31日&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本と韓国の緊張関係について、「両国が靖国問題にあまりにも執着しているのが最も大きな問題だ。 当分はマスコミが靖国問題を書かないのが一番よさそうだ。 問題をあおって増幅させた」との考えを表明している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年[[5月26日]]に都内の[[ホテル]]で開かれた国際交流会議「アジアの未来」で講演し、「23日に自分が[[カタール]]で中韓の外相と会談したので関係改善の流れが出て来た」と発言。これに対して韓国産業資源部長官は、「アジア共同体形成に関して各国間合意はできたが、韓中日の共同体構築努力が他地域に比べ足りない、原因は一部政治家の靖国参拝や歴史問題だ、ヨーロッパがいかにしてこれを克服したか考えて欲しい」と講演した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
首相在任中の2009年には「（靖国神社は）最も政治やマスコミの騒ぎから遠くに置かれてしかるべきものだ。もっと静かに祈る場所だ」として、[[終戦の日|終戦記念日]]に靖国神社参拝を行わない意向を示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年10月17日には、首相在任中には参拝しなかった靖国神社に参拝した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
[[画像:TaroAso.jpg|thumb|200px|記者会見に臨む麻生]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 人物像 ===&lt;br /&gt;
身長175cm、体重70Kg、血液型A型。名門一家に育ち、麻生財閥の元社長であるが、本人は「首相の家庭なんて幸せなもんじゃねえ」「両親にほったらかしにされて育った」「生まれはいいが、育ちは悪い」と語っている。口が上がり気味なため雑誌などの似顔絵ではへの字に描かれることが多い。[[江戸言葉|べらんめえ調]]の軽妙な語り口と[[毒舌]]も織り交ぜた発言で、[[街頭演説]]などで聴衆の人気を博した。一方で過去の失言が指摘されたり、問題視されることがしばしばある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大学進学に際し、父親に「東大を受験したい」と言ったところ、父親から「官立大学はお金がない人がいくところで、お金持ちのおまえが行くのは税金がムダ。それに東大は役人になるためにいくところだ。おまえ役人になるのか？」と言われたため、東大へ行けないこともなかったがあえて私立の[[学習院大学]]へ進学した、と自著で述べている。また、成績はビリから５番目以内であったことも自著で述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[夢実現21世紀会議]]の議長を務め、「国づくりの夢実現検討委員会」を通じて[[日韓トンネル]]の実現に向けた政策提言を発表していることが2003年に自民党機関紙で伝えられた。また[[日韓議員連盟]]の副会長も務めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
海外留学などの経験から、英語力が堪能であるため海外などでのスピーチは通訳なしで英語で行っているというふれこみである。しかし、週刊新潮によるとアメリカ合衆国大統領[[バラク・オバマ]]が「麻生首相の英語はさっぱりわからない」と外務省が言ったとしている。。その一方で、「踏襲」を「ふしゅう」と読んだり、「未曾有」を「みぞうゆう」と読んだり、日本語の能力に関しては疑問符がついている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
総理大臣に就任以後も高級ホテルや高級料亭などを頻繁に行き来していることが報道されている。政治資金収支報告書によると、2006年度には資金管理団体「素淮会」から高級クラブなどに173回、合計で約3500万円を支出している。2007年度にも「[[ミシュランガイド]]」東京版で最高の3つ星を獲得した寿司店など高級店を「会合」名目で利用している。しかしこのような店はセキュリティ上有利なことなどから、与野党問わず大物議員が使うことは多いため、一概に麻生が多く使っているとは言えない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]9月に、3年10か月の[[国民年金]]保険料未払い期間があったことが判明している。[[民主党代表]]（当時）の[[菅直人]]が「未納三兄弟」と呼称したうちの1人である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年[[10月24日]]の[[資産公開制度|閣僚資産公開]]で福岡県の実家や都内一等地の邸宅、軽井沢の別荘など併せて4億395万円の個人資産を所持している事が分かった。前首相[[福田康夫]]が所持している総資産の6倍に及び、国会議員の中でも有数の「セレブ議員」と報道された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 邸宅 ===&lt;br /&gt;
敷地面積2400平方メートル、土地代だけで時価50億円を超えると言われる大邸宅を[[渋谷区]][[神山町 (渋谷区)|神山町]]の一等地に所有している。また、弟・泰の土地を併せれば5000平方メートルを優に超える。敷地内には木造3階建ての洋館が屹立し父・[[麻生太賀吉]]が存命中の頃は専属コックがおり、フランス料理のフルコースなども調理していた。報道機関では「麻生御殿」とも呼称される。東京の大邸宅の他には約2万坪の実家が[[福岡県]][[飯塚市]]に存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 信仰 ===&lt;br /&gt;
[[キリスト教徒|クリスチャン]]（[[カトリック教会|カトリック]]）である。靖国神社に参拝することもある（入閣している時はこれまで参拝してない）が、自身が[[神道]]ではなくクリスチャンということもあり、靖国神社の非宗教法人化を提唱している。[[終戦の日|終戦記念日]]の[[8月15日]]ではなく、[[例祭|例大祭]]に合わせて参拝することが多い（カトリックでは8月15日は[[聖母の被昇天]]という祭日であり、この日に祝いの[[ミサ]]があるという事情もある）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[クールビズ]]スタイルになってからノーネクタイのシャツの襟の下に見える金色の鎖は、10代から50年以上首にかけているカトリック信徒としての十字架の鎖部分である&amp;lt;ref&amp;gt;側近の議員である[[松本純]]がウェブサイトで説明している。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 漫画 ===&lt;br /&gt;
[[読書]]が趣味。特に[[漫画]]好きであり、一部からは漫画文化のよき理解者として非常に人気が高い。自身の[[ウェブサイト]]に掲載している『[[ビッグコミックオリジナル増刊]]』2003年7月2日号のインタビューによれば、自分の車内には常に最新の週刊コミック誌を置いているという。漫画好きであることは外国の首脳にも知られており、[[ポーランド]]外相からは、現地（[[ポーランド語]]）版の『[[犬夜叉]]』を寄贈されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
漫画好きであることを自身の政策や政治的主張に利用することも多く、[[2006年]]や[[2007年]]の[[自民党総裁選]]の際には[[秋葉原]]で街頭演説し、漫画を始めとした日本の[[ソフトウェア|ソフト]][[コンテンツ]]産業の対外競争力・影響力を評価し、日本人であることに自信を持つべきであると述べた。[[2006年]]4月に[[デジタルハリウッド大学]]で行われた政策スピーチでは、主人公が交渉人として世界を股にかける漫画である[[勇午]]について触れ、「『勇午』を読んでない人は外交なんて語っちゃダメ」と論じた。&lt;br /&gt;
2007年[[5月22日]]には海外の漫画家を対象とした「[[国際漫画賞]]」を創立することを発表。「漫画の[[ノーベル賞]]のようなものを作りたい」と述べている。同年[[5月30日]]から[[ウィーン]]で開催された[[核拡散防止条約]] (NPT) 運用検討会議の第1回準備委員会では、日本政府代表団が[[広島]]の[[被爆]]体験を描いた漫画『[[はだしのゲン]]』の英訳版を加盟国に配布することになったが、これは麻生の肝入りで実現したものである。[[外務省]]が[[英語]]版30冊を出版社から譲り受け、今後も「漫画外交」を活発に展開させることを予定している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[羽田空港]]で『[[ローゼンメイデン]]』を読んでいたところを見たという[[2ちゃんねる]]の書き込みが[[インターネット]]上で話題となり、一部の[[おたく]]層から『ローゼン麻生』『ローゼン閣下』と呼ばれるようになった。2006年5月に行われた[[サブカルチャー]]雑誌『[[メカビ]]』Vol.1のインタビューにおいて『ローゼンメイデン』について、「少女コミックの割には、話が重厚にできている」と感心したことを述べているが、「羽田空港で読んでいたかどうかは覚えていない」としている。だが、2008年2月18日の[[SMAP×SMAP]]にゲスト出演した際に質問され「空港で噂の[[ローゼンメイデン]]が置いてあったので読んだ」と語り、さらに『[[英語でしゃべらナイト]]』では、「ああ、これが最近噂の…」と思ってパラパラとめくっていたところを週刊誌に激写されたと語った。なお、2008年度版の『[[現代用語の基礎知識]]』には「ローゼン麻生」という項目が収録されている。こうしたことから、漫画好きの人々からの支持は高いと言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし全ての漫画に理解があるというわけではなく、[[1989年]] - [[1991年]]に掛けての[[有害コミック騒動|「有害コミック」騒動]]では、1991年「子供向け[[ポルノグラフィ|ポルノコミック]]等対策議員懇話会」を結成し、会長となった。この会では、業界関係者を招致し、自主規制の現状について説明させた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年[[8月2日]]に死去した[[漫画家]]の[[赤塚不二夫]]について、「あの種の[[ギャグ漫画]]の草分け的存在で『[[シェー]]』をはじめ、よく笑った」とコメントした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年[[9月25日]]の英有力紙[[フィナンシャル・タイムズ]]では「貴族的家柄で失言と偏愛的な青年向け漫画愛好家である麻生太郎」と表され、国外でも漫画好きの政治家と認知されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年[[9月26日]]東京・[[秋葉原]]で遊説を行い、さらに同所で開かれた「秋葉原エンタまつり08」の特別ステージにゲスト出演。『ジャパニメーションは、21世紀日本の資源。正しく国益。』という持論に基づき、漫画家・[[アニメーター]]の待遇向上による作品の品質向上、多国間における著作権保護の促進による国際競争力強化、ネット時代の柔軟なコンテンツ流通のあり方等について政策として強力に取り組むと共に、平和日本の文化として世界へのアピールを宣言。多くの聴衆からの熱狂的支持を受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[10月26日]]には再び秋葉原で街頭演説を行った。その際2008年[[6月8日]]に起こった[[秋葉原通り魔事件]]を取り上げ、「世の中が暗くなっている」と話し、「明るい世の中にしよう」と呼びかけた。また、麻生は中小企業、零細企業、地方銀行について触れ、従業員の[[最低賃金]]を上げることや、[[非正規雇用]]を[[正規雇用]]にし、その際の負担は政府が賄うということを話し、就任当時から語っている景気対策の必要性を訴えた。また、総理大臣になってからの多忙さで、漫画があまり読めなくなったことも話した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この街頭演説では[[2008年自由民主党総裁選挙|総裁選]]時とは異なり「アキバはいつまでもてめーの味方ぢ（じ）ゃねーぞ」と書いた紙を掲げる左翼活動家でエロ漫画家の山本夜羽音の一団や、「アキバを利用している」等と批判的な見解を示す者がおり、「秋葉原ですら麻生離れがすすんでいる」という報道がなされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[週刊少年ジャンプ]]で人気を博しており、麻生も好きだと公言している漫画「[[こちら葛飾区亀有公園前派出所]]」の[[両津勘吉]]の銅像が東京・亀有に2008年11月に設立され、アニメで両津の声を務めた[[ラサール石井]]と原作者や麻生も参加し除幕式が行われたが、その際に麻生は原作者の[[秋本治]]には挨拶したにも関わらずラサール石井に対しては知らなかったためか完全に無視し、そのことに憤慨したラサール石井がblogで「握手どころか、1回も目を合わすこともない。漫画好きなんじゃないの？庶民派アピールなんじゃないの？俺、両さんの声やってるんすけど。ははあ。この人、俺のこと知らないな。漫画好きでもアニメはみてないのね。なんで俺をシカト？いやあ、なんかヘンだよこの人。ていうか、馬鹿だなあ」などと麻生批判を展開したことが話題になった。このblogはラサールに対する批判で炎上し、該当記事はその後削除された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年11月20日、アニメ映画監督として知られる[[宮崎駿]]（学習院大学では麻生と同期）が、都内の[[日本外国特派員協会]]で行われた記者会見の中で、機会のあるごとに麻生が「[[オタク]]」文化を理解する人物として自分を積極的に打ち出していることについて、記者が宮崎にどう考えるかと質問したところ、「恥ずかしいと思う。それはこっそりやればいいことです」と述べ、熱心に漫画を読んでいることをわざわざ首相が宣伝する必要はないという考えを示した。これに対して、ネット上の一部で「オタク批判だ!」という宮崎への批判も出たが、[[スタジオジブリ]]関係者は、「ネットで言われているような『漫画を読むのは恥ずかしい』などと宮崎監督は言っているわけではない」「麻生首相はマンガ好きであることを、若者に対する自らの政治アピール（政治利用）として使っている。アキバに行って『オタクのみなさん』などと演説したりなど、見るからに、マンガを強引で露骨に全面に出しているのは、行き過ぎではないか、と批判しているのだと思います」との見解を示している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『後継者の品格—現代に見る帝王学』の著者の[[新井洋]]は「麻生さんは、育ちが悪いと自分を卑下することで、逆に家柄の良さをひけらかしています。マンガオタクも秋葉原好きも、自分が庶民的であることのアピールですが、真の[[帝王学]]を学ばれた方はそういうひけらかしはしません」と述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[衆議院議員]]の[[平沼赳夫]]は、[[読売新聞]]の連載記事でのインタビューにて「総理が秋葉原で漫画の話をしてはいけない。総理は歴史、政治、道徳、宗教学などの本を読まなければいけない」と苦言を呈している。[[中曽根康弘]]は、麻生が「勉強になる」と公言する漫画『[[ゴルゴ13]]』を読み、「バカだね」と発言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== クレー射撃 ===&lt;br /&gt;
大学時代から[[クレー射撃]]を始め、22歳の時全日本選手権を当時の日本新記録で優勝。[[1974年]]に行われた第2回メキシコ国際射撃大会に優勝。1976年の[[モントリオールオリンピック]]代表に選出される。[[2000年]]5月には[[日本クレー射撃協会]]会長に就任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 他党、支持団体との関係 ==&lt;br /&gt;
=== 公明党との関係 ===&lt;br /&gt;
[[公明党]]と太いパイプを持つ蜜月関係で知られる。その後、2008年8月11日にまだ自民党総裁が決まってない段階で、公明党幹事長の[[北側一雄]]も「日本の未来を考えたときにリーダーは明るさが必要だ」として明確な支持を表明している。連立与党のパートナーとはいえ、党幹部が他党の党首選について特定候補の支持を明言するのは極めて異例なことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 民主党との関係にかかわる報道 ===&lt;br /&gt;
[[週刊文春]]は、組閣にあたり[[漆間巌]]の起用を真っ先に決めたのは、警察OBであることから、現役警官からの情報が得られることが理由であり、[[小沢一郎]]の持病である[[狭心症]]の状態や、民主党の議員の[[マルチ商法]][[スキャンダル]]を調査させるという目的であると報じた&amp;lt;ref&amp;gt;「小沢氏が倒れたら民主党がガタガタになり、そのタイミングで解散するという選択肢が生まれたのです」（政治部記者）。10月6日、小沢氏は日本医大病院に入院した。風邪と報じられたが、密かに集められた情報では不整脈の疑いがあった。「情報収集は警察が行い、元警察庁長官の漆間巌官房副長官に情報が上げられたのです」（別の記者）首相就任時、麻生氏が真っ先に決めた人事は、漆間氏の官房副長官だったというが。別の官邸記者が言う。「漆間氏が警察庁出身であることを買って、麻生首相が起用したのです。しかし、マルチ商法業界からの献金問題で、民主党の大物議員の逮捕を狙いながら、結局、何もなかった」[[週刊文春]]2008年12月11日号&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 統一教会との関係 ===&lt;br /&gt;
[[勝共推進議員]]の1人であり、[[国際勝共連合]]から送り込まれた1人の統一教会（[[世界基督教統一神霊協会]]）信者を[[秘書]]として受け入れ、1988年の勝共推進議員教育報告書や1988年の統一教会総支部活動報告書にも名前を連ね、統一教会支部結成貢献ランクは「B」と評価されていた、などと一部メディアにおいて報道された&amp;lt;ref&amp;gt;『[[週刊現代]]』1999年2月27日号&amp;lt;/ref&amp;gt;。麻生は週刊誌の取材に対して、統一教会との関係を全面否定している。また、麻生家はカトリックであるが、統一教会はカトリックでは異端として扱われているのも事実である。また勝共と対立している[[日本会議]]のメンバーでもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 献金 ===&lt;br /&gt;
麻生グループ関連会社「麻生」（福岡県飯塚市）から、2002年4月30日付で麻生が支部長を務める自民党支部が総額650万円の[[政治献金]]を受けていた。前年度中に「麻生」は国から補助金1458万円を交付されており[[政治資金規正法]]違反の疑いを指摘された。同社は県から間接的に受給していたので問題ないとの認識であった。報道後に同社は返金を求めることを表明した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[道路特定財源]]を資金源とする[[道路運送経営研究会]]（道路特定財源の一般財源化に反対している）から献金を受けていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[山田洋行]]から献金を受けていた政治家の実名リストに名前が載っていたと報道されている。これに対して麻生の事務所側は「現在、調査中」とコメントしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 発言 ==&lt;br /&gt;
=== 物議を醸した発言 ===&lt;br /&gt;
* 衆議院選挙に初出馬した[[1979年]]、地元の[[飯塚市]]での街頭演説で登壇して開口一番、支援者に対して「下々の皆さん」と発言した。また、当選後に「将来の総理大臣」というマスコミに対して「年寄り代議士が何人か死ねばね」と応えている。&lt;br /&gt;
* [[1979年]]、「[[日中貿易]]なんかやっても無駄。中国はお金を持っていない。代金を払ってくれないよ」と発言している&amp;lt;ref&amp;gt;週刊新潮第53巻第37号、2008年[[10月2日]]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[1983年]][[2月9日]]、[[高知県]]議選の応援演説にて「東京で[[美濃部亮吉|美濃部]][[革新]]都政が誕生したのは婦人が美濃部スマイルに投票したのであって、婦人に[[参政権]]を与えたのが最大の失敗だった」と、国が女性に参政権を与えていることを批判した。&lt;br /&gt;
* [[2002年]]7月、[[田中康夫]][[長野県]][[知事]]について「醜く太っていて嫌な体型だ。自分で身体の努力していない、年を取ってなりたくない体型だ」&amp;lt;ref&amp;gt;週刊新潮第53巻第37号、2008年[[10月2日]]。なお、同誌は麻生が防衛大臣（当時）の[[久間章生]]について「彼の何がすごいかって、あの体型にあの顔、それなのに頭がよいことだ」と発言したことも掲載している&amp;lt;/ref&amp;gt;と発言した。&lt;br /&gt;
* 2003年[[9月11日]]の麻生も同席した[[自民党総務会]]において、大勇会の会合において[[被差別部落]]出身の[[野中広務]]に対する差別発言をしたことを会合の出席者から聞いたとして、野中がこの発言を強く批判した。麻生は発言を否定している。&lt;br /&gt;
* 2003年[[10月20日]]に[[ホームレス]]について、「[[新宿]]のホームレスも警察が補導して新宿区役所が経営している収容所に入れたら、『ここは飯がまずい』と言って出て行く。豊かな時代なんだって。ホームレスも[[糖尿病]]という時代ですから」と発言し、事実に反するうえに差別的であるとして各地の[[日雇い]][[労働者]]および野宿者支援組織などから抗議を受けたが、撤回はしていない。&lt;br /&gt;
* 総務大臣在任中の[[2005年]][[10月15日]]、この日に開館した[[九州国立博物館]]の開館記念式典での来賓祝辞の中で「一[[文化]]、一[[文明]]、一[[民族]]、一[[言語]]の国は[[日本]]のほかにはない」と発言。同博物館は[[選挙区]]は異なるものの麻生の地元である[[福岡県]]内にあり、展示内容は日本とアジアの交流の歴史から、文化の多様性を示すものである。&lt;br /&gt;
* 2006年[[1月9日]]、[[福岡県]][[飯塚市]]で開いた集会で、[[シドニー]]で予定されていた日米豪閣僚級安全保障対話が延期されたことに関連し「（[[イスラエル]]の）[[アリエル・シャロン|シャロン]]首相の容態が極めて悪く、会議途中でそのままお[[葬式]]になると意味がないので延期ということになった」と述べ、配慮を欠くとの批判を浴びた。&amp;lt;ref&amp;gt;共同通信 2008年1月19日配信記事&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* 2006年[[7月4日]]の[[アメリカ独立記念日]]に合わせて、北朝鮮が[[ミサイル]]を[[日本海]]に発射して挑発行為をしたことに対して、当時外相だった麻生は記者会見で「今日（7月5日）は、キムなんとか（＝[[金日成]]）の記念日だったな（実際は7月8日に死去）」「距離とか方向とか見てみますと、むしろ[[ソビエト社会主義共和国連邦|ソ連]]領に近いほうに発射されてますんで」と発言した。&lt;br /&gt;
* 2006年[[7月8日]]に[[広島市|広島市内]]で行なった講演で、[[北朝鮮によるミサイル発射実験 (2006年)|北朝鮮がミサイルを撃ち]]、主要国が重大な関心を持ったことについて、「[[金正日]]に感謝しないといけないのかもしれませんが」と発言した（ただし、その後に「冗談は抜きにして」と念を押しており、金正日に対する痛烈な皮肉であることを留意すべし）。&lt;br /&gt;
* 2006年9月、[[福井市|福井市内]]で自身が外国人から聞いた日本の印象に触れて「夜、[[日比谷公園]]で女が一人で歩いている。考えられない。しかもそこそこの顔をしているやつでも襲われない。この国はやたら治安がいいんだ」と発言したことを[[立命館大学]]教授が証言している。&lt;br /&gt;
* [[2007年]][[7月19日]]、[[富山県]][[高岡市]]内で講演会において、国内外の米価を比較する例えとして「7万8000円と1万6000円はどちらが高いか。[[アルツハイマー型痴呆|アルツハイマー]]の人でもわかる」と発言。これについては野党からの反発はもちろん、与党からも[[第21回参議院議員通常選挙|参院選]]に悪影響だと懸念され、官房長官（当時）の[[塩崎恭久]]からも「適格性を欠く」と批判された。麻生は翌[[7月20日]]に謝罪したうえで撤回した。&lt;br /&gt;
* 2007年[[7月20日]]、アルツハイマー発言の翌日に[[鳥取県]][[倉吉市]]での[[演説]]で「[[酒]]は『[[きちがい]]水』だとか何とか皆言うもんだから、勢いとかいろんなことありますよ」と発言した。（『きちがい水』という表現は酒を指す江戸時代からの俗語)&lt;br /&gt;
* 2008年2月、[[中国産食品の安全性#中国製冷凍餃子中毒事件|中国製冷凍餃子中毒事件]]に関連し[[熊本市]]での講演で、「日本の農産物に付加価値がついた」「（日本の）農産物、高いけど、うまい、きれい、加えて安全、3つきたんじゃないの? [[農業協同組合|農協]]は中国に感謝しないといけない。ものすごく付加価値がついた」と発言した。&lt;br /&gt;
* 2008年7月に講演の中で、「1930年代、[[ドイツ]]では[[国家社会主義ドイツ労働者党|ナチス党]]がやたら出てきて、当時の[[ヴァイマル共和政|ワイマール共和国]]に対し、度々審議拒否。しょうがない、この際ナチス党にやらしたらどうだといって、ああいうことになった」と、民主党とナチスを同一視するかのような発言をしたと報じられた。&lt;br /&gt;
* 2008年8月、首相（当時）の福田康夫は国会審議で民主党の協力が得られず、支持率も低迷し行き詰っていたことで[[内閣改造]]を行った。その際、福田政権発足時には入閣・党役員就任を固辞していた麻生も、党の危機であることから[[幹事長]]に就任した（[[福田康夫内閣改造内閣]]）。[[8月4日]]、参議院議長の[[江田五月]]を表敬訪問した際、ドイツで[[ヴァイマル共和政#世界恐慌と共和政の崩壊|ヴァイマル共和政]]末期に政治不信が募り、ナチスが台頭した経緯に触れて危機感を示すことで、国会審議に復帰するよう民主党を牽制した。江田は麻生の悲観的な見通しを否定し、互いにそうならないようにしなければならないと返した。この会談においても「かつてドイツはナチスに1回（政権を）やらせようとなって、ああいうことになった」と、先月の講演とほぼ同じことを述べたことについて、民主党政権が[[ドイツ国 (1933年-1945年)|ナチス・ドイツ]]のように横暴極まりないという印象を与えかねないとして、鳩山由紀夫が撤回を求めた。麻生は、「民主党をナチスに例えたわけではない」と釈明した。&lt;br /&gt;
* [[2008年自由民主党総裁選挙|08年自民党総裁選]]の立会い演説会で「[[外務大臣]]として働いた方のうち、私ほど、外交について多くを述べた方は、かつてただの1人もいらっしゃらないと思います」と発言し、外相経験者で内閣官房長官（当時）の[[町村信孝]]を驚かせた。&lt;br /&gt;
* 2008年9月、首相就任前『（認証式のために）陛下の日程をあけておけ』と[[宮内庁]]に指示を出した。&lt;br /&gt;
* 2008年[[9月14日]]、JR[[名古屋市|名古屋駅]]前での自民党総裁選候補としての街頭演説の中で、前月に[[岡崎市]]など[[愛知県]]内で3人の死者を出した[[平成20年8月末豪雨]]に関して、「岡崎の豪雨は1時間に140ミリだった。[[安城市|安城]]や岡崎だったからいいけど、名古屋で同じことが起きたら、この辺全部洪水よ」と対策の不十分さに言及したが、これに対し被災地域を軽視しているとして岡崎・安城の両市と岡崎市議会は麻生側に抗議文を郵送。同17日、麻生側は「不用意な発言で不快な思いをさせたことをお詫びし、復旧についてできる限りのことをする」との趣旨の謝罪文を、岡崎・安城の両市に送付した。&lt;br /&gt;
* 首相就任後、麻生は毎晩のように高級ホテル（[[帝国ホテル]]、[[ホテルオークラ]]、[[ニューオータニ]]など）のバーや、料亭で会食していることを報道された。記者団に「庶民の感覚と懸け離れているのでは」と質問された際に麻生は「高級料亭、毎晩、みたいな話で作り替えている。引っかけるような言い方はやめろ」などと答え、その後も攻撃的な口調で答えた。また、「普通の店に行くと[[SP]]やマスコミの影響で営業妨害になる」と主張したうえで、「店の妨害をして平気ですか？いま聞いてんだよ、答えろ!」と、質問した記者に強い口調で反問した。発言のあと、麻生が総理就任後の1ヶ月で3度訪れた。首相が足繁く通う店の正体は？]日経トレンディネット 2008年10月24日&amp;lt;/ref&amp;gt;『帝国ホテルの会員バー「ゴールデンライオン」は入会金52万5000円、年会費12万6000円であり麻生のように数人を連れて一夜を過ごすだけで10万円は軽く超える』と報道された。与党の幹部からは「庶民派を気取っていても化けの皮がはがれる」と批判された。この発言に対し[[ノンフィクション作家]]の[[保阪正康]]は「記者が聞いているのは、&amp;lt;普通の庶民と違う感覚について、恐れ、不安があるんですよ&amp;gt;ということだった。これに対し麻生さんは『ホテルは安いんだ』とか、護衛がいて大変だ、とか答えた。質問と答えがあっていない」と指摘し、「自分の恵まれた生活空間の中でしか物事を見ていない。それが、今回の発言につながったと思いますね」と述べている。&lt;br /&gt;
* 2008年[[9月24日]]、[[毎日新聞]]が「とてつもない金持ちに生まれた人間の苦しみなんて普通の人には分からんだろうな」と発言したと報道した。&lt;br /&gt;
* 2008年10月26日に行われた自民党の秋葉原街頭演説会の様子が[[YouTube]]に投稿され、九州でのある事例で、非正規社員が正規社員に転換されたことで婚姻率が上昇したことを紹介したうえで「女性がもう、結婚する相手が、なんとなーく、食いっぱぐれそうな顔してるとこりゃちょっと、結婚したらあたしが一人で働かないかんと。そら、なかなか結婚したくないよ。そら、女性のほうも選ぶ権利がある」と演説した。前後の文脈から「食いっぱぐれそうな顔をしている」というのは[[非正規雇用]]の男性を指していることは明白であり、非正規雇用の男性を差別する発言だとしてインターネット上で話題になった。また、「結婚したらあたしが一人で働かないかん」と、非正規雇用の男性が失業者と同等だという差別的な発言であることも指摘された。&lt;br /&gt;
* 2008年[[11月20日]]、[[全国知事会議]]で「自分が病院を経営しているから言うわけじゃないけれど、大変ですよ。はっきり言って（[[医師]]は）社会的[[常識]]がかなり欠落している人が多い」「（医師不足の）責任はおたくら（医師）の話ではないですか」と発言した。会議後、記者団に発言の真意を問われ、「まともなお医者さんが不快な思いしたっていうんであれば、申し訳ありません」と謝罪した。[[厚生労働大臣]]の[[舛添要一]]や、自民党の[[国会対策委員長]]の[[大島理森]]、元副総裁の[[山崎拓]]、[[税制調査会]]会長の[[津島雄二]]などに苦言を呈されたほか、内閣官房長官の[[河村建夫]]も不適切との認識を示した。中でも山崎は「『社会的に非常識だ』と社会的非常識な人（麻生）に言われたくない」と強い口調で批判した。翌日、[[日本医師会]]会長の[[唐沢祥人]]が、抗議のために首相官邸を訪れた。これに対して麻生は「誤解を与えているようで、不適切であり、撤回する」と述べた。日本医師会会員からは日本医師会執行部に対して「自民党支持をやめるべきだ」との抗議が続々と寄せられており、日本医師会は、次期衆院選への影響は避けられないとの見方を示した。その他に[[全国保険医団体連合会]]も声明を発表し、「麻生総理は行政府の長として失格」と痛烈に批判。[[茨城県]]医師会も「政治家として、いや社会人として持つべき常識すら欠如している」との抗議文を首相あてに送付した。民主党代表代行の菅直人からも「常識がないのは発言している総理の方では」と皮肉られた&amp;lt;ref&amp;gt;毎日新聞 2008年11月19日 東京朝刊&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 2008年[[11月22日]]、訪問先の[[ペルー]]・[[リマ]]で、民主党代表の[[小沢一郎]]が、[[11月17日]]の党首会談で第2次[[補正予算]]案の審議・採決に応じる約束をほごにしたら「辞める」と発言したのに、後に否定したとして「この人の話、危ない。信用できなくなった」と発言、今国会提出を見送る考えを示した。小沢は「（会談後の記者会見で）『議員辞職するか』と聞かれたから『そんなことは言ってません』と言った」と説明。党首会談では「党内を説得できずに結果が違ったとしたら、党首としての責任を取ると言った」と反論した。さらに小沢は、麻生が「信用できない」と第2次補正予算案の今国会提出を見送る考えを示したことに対し、「僕の話で決めるレベルのことではない。厳しくなっている国民生活を政府がどうするかの問題だ」と批判し、「本当に首相として情けないというか、あまりにレベルが低い」と述べている。&lt;br /&gt;
* 2008年[[11月20日]]の経済財政諮問会議において、「たらたら飲んで、食べて、何もしない人（患者）の分の金 （医療費）を何で私が払うんだ」「私の方が（多額の）税金は払っている」「67、68歳になって同窓会に行くと、よぼよぼしている、医者にやたらかかっている者がいる。学生時代はとても元気だったが、今になるとこちら（首相）の方がはるかに医療費がかかってない」と、発言していたことが、2008年[[11月26日]]に公開された議事要旨から判明した。 この発言は保険制度の概念を軽視し「病気になるのは本人の不摂生（自己責任）のため」と受け止められ、批判を浴びた。後に麻生は「病にある人の気分を害したなら、その点はおわびする」と陳謝した。山崎拓、税制調査会長の津島雄二、前幹事長の[[伊吹文明]]、[[中山泰秀]]、[[渡辺喜美]]などが苦言を呈した。公明党代表の[[太田昭宏]]は不適切な発言との認識を示した。また、菅直人は「国民が、自国の首相を恥ずかしいと思う状況になっている」、[[国民新党]]の[[亀井静香]]は「[[社会保障]]とは何かということを根底からわかっていない。やっぱり太郎ちゃん、なっちゃいけなかったんだな」と批判した。河村建夫も「首相はああいう性格。いろんな発言はこれからもあるだろう」と発言した。&lt;br /&gt;
* 2008年[[11月23日]]、訪問先のペルー・リマでの記者会見で「質問に乗ってまた言うと、それをまた挑発のネタにされる。そっち（メディア）の飯の種になるかもしれないが、こっちはそういうことにならないから」と発言したことを同年[[11月30日]]放送の[[TBS]]のテレビ番組『[[時事放談]]』で問題発言として紹介された。&lt;br /&gt;
* 2008年11月14日のワシントンでの同行記者団との懇談で、[[定額給付金]]について「給付なんておれはいらない、というプライドもある人もいっぱいいる」と、定額給付金を受け取る国民はプライドが無いとも取れる発言をした。また、2008年[[12月6日]][[長崎県]][[諫早市]]で自民党長崎県連が主催した首相の演説会で演説し、定額給付金について「私はそんな金をもらいたくないという人はもらわなきゃいい。（年収が）1億円あっても、さもしく1万2000円が欲しいという人もいるかもしれない」と発言した。&lt;br /&gt;
* 2008年[[12月14日]]、北九州エコタウン（[[北九州市]]）を視察し、「民間で銭にしちゃおう、『しのぎ』にしようというのがすごい」と発言し、毎日新聞は暴力団の資金集めなどを指す時に使われることが多く品位に欠けるとの指摘もありうる問題発言として報道した。&lt;br /&gt;
* 2008年[[12月15日]]、参院決算委員会で健康増進策に関する質問に対して、自身の朝の散歩を挙げ「いい年こいて朝歩いているなんて、徘徊老人と間違われたりする時代があった。呼び止められたことが何回もありますから」と答弁したところ、記者団から「配慮に欠ける発言ではないか」と質問を受けると「どうして?何かよく分からない、言っている意味」と発言した。&lt;br /&gt;
* 2008年[[12月19日]]、[[ハローワーク]][[渋谷]]（東京都[[渋谷区]]）を視察。失業し、再就職の相談に来て、「とにかく六本木などで働きたい」と発言していた若者に「今まで何してたんだ？新しい仕事というのは『これがやりたい』と言わないと、相談される方も『何かないですか』と言われても困る。何がやりたいか目的意識をはっきり出すようにしないと、就職というのは難しい」と話しかけたところをTBSのニュース番組で報道された。この発言に対し、鳩山由紀夫は「誠に的はずれだ」「なかなか自分の思い通りの仕事が見つからない状況だからこそハローワークで探そうとしている」と批判した。ほかに同ハローワークを訪れていた相談者は麻生の言葉を受け、「“何でもいいから仕事がほしい”というのが普通のこと。首相がそういうことを言うのはどうかと思う」、「職があれば良いというレベルです、私の場合は」、「今の不況の中では仕事を選べないところもあるから」とインタビューで答えていた。&lt;br /&gt;
* [[2009年]][[1月6日]]の会見において、[[定額給付金]]に関して「個人に給付されるものにもらえとかもらうなとか言えない。ぜひみなさんに使っていただきたい」と、所得制限を設けず全国民に受け取ってもらいたいという趣旨の発言をした。また、政府・与党としても「[[国会議員]]も積極的に受け取るべき」との見解を示した。前年に「12,000円もらう人はさもしい」などと高額所得者は受け取りを辞退するよう呼び掛けていただけに、今回正反対の考えを示したことには「コロコロ意見が変わる」と批判の声が出ている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他の発言 ===&lt;br /&gt;
* 2003年の総務大臣就任記者会見の場で、[[IT]]の発達で役所から書類がなくなり、「地方自治体を含め中央官庁を、IT、いわゆる[[フロッピーディスク|フロッピー]]で（コンピュータ同士を）繋ぐ」「フロッピー1枚で（役所の仕事を）全部できるようになる」という趣旨の発言をした。しかし役所の現場では2008年末現在、法務局に提出する電磁的データを格納するメディアにフロッピーを使うよう定めていることからも伺えるように、未だにフロッピーが現役である。&lt;br /&gt;
* 外務大臣当時の2006年11月、[[ニューヨーク・タイムズ]]が太平洋戦争中における[[麻生太賀吉|麻生鉱業]]の[[捕虜]][[強制労働]]を報じた際に「事実が確認出来ない」と応え、在ニューヨーク総領事館にもウェブサイトでその旨反論させた。この反論はのちに[[2008年]][[12月18日]]、裏づけとなる[[第一復員省]]まとめの公文書が[[厚生労働省]]で発見された事を受け削除されている。&lt;br /&gt;
* 2007年[[10月6日]]、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]系列の情報番組である[[ハッケン!!]]でのインタビューで「[[2ちゃんねる]]に時々書き込みをしている。新聞より核心を突いてくる」と公言。これは2ちゃんねるユーザーの間でも話題になった。&lt;br /&gt;
* 財務大臣（当時）の[[谷垣禎一]]との「[[安倍晋三]][[内閣総理大臣|首相]]に歯向かっても何もできない。だからオレと組め。その代わり、オレに総理を先にやらせろ」という会話があったと谷垣が述べたが、麻生はこれに対し、「こっちはまだ回答をもらっておらず、そういうこと（会話内容）を全然関係ないところでしゃべって、マナーとしていかがなもんか」と述べた。&lt;br /&gt;
* 「治安の良さは日本のブランド」としており、日本は世界的に治安が良い国という認識を持っている。街頭演説でも同様の主張をしている。&lt;br /&gt;
* 2008年[[9月16日]]、[[自民党総裁選]]で麻生以下5人の候補は、公開討論会でそれぞれ自己分析を披露した。その際に麻生は「ひと言多いこと」と発言した。&lt;br /&gt;
* 2008年9月、「[[総理大臣公邸]]に入居するのは[[解散総選挙]]を行った後」としており、現在も自宅から通勤している。総理が自宅（東京・[[渋谷区]]）から官邸へ通勤するのは、元首相の[[宮沢喜一]]以来、15年ぶりのことである。&lt;br /&gt;
* 2008年[[10月19日]]には[[スーパーマーケット]]を視察しそこで買い物をしたが、その後に高級[[ホテル]]のバーで食事を取ったため多くの報道機関からは「庶民派をアピールしている」と冷ややかに受け止められ、民主党からは「スーパーを少し見たあと、超高級ホテルで食事している。単なるパフォーマンスだと批判された。&lt;br /&gt;
* 2008年[[10月28日]]の参院[[外交防衛委員会]]で食品高騰問題を取り上げた民主党の[[牧山弘恵]]から[[カップ麺]]1個の値段を聞かれると「日清食品が最初（1971年に“[[カップヌードル]]”を）出したときはえらく安かった。（カップ麺は）いま400円くらいします？そんなにしない？私、最近自分で買ったことないので」と答えた。なお、2008年10月28日時点でのコンビニでのカップめん1個の小売価格は平均170円程度であり、麻生の答弁の聞いたほかの委員からは「え～？」「知らないの～!?」などと驚きの声が上がった。&lt;br /&gt;
* スーパーの視察に続き、2008年[[11月10日]]には自民党学生部の者たちと居酒屋で飲むというパフォーマンスを見せた。そして翌日の自民党役員会で「まあ、（メニューは）[[ホッケ]]の[[煮付け]]とかそんなもんでしたよ」と言い、実際庶民的なものを食べたことをアピールしたつもりだった。しかし、ホッケの煮付けは、麻生が飲みに出掛けた居酒屋には置いていないという。これに大島理森から、「ホッケは焼くしかないんですよ」と突っ込まれた。なお、麻生はこの居酒屋パフォーマンスのあとに、いきつけの高級ホテルのバーに移動しており、マスコミからは「つかの間の庶民派アピール」などと皮肉られた。&lt;br /&gt;
* 2008年[[11月10日]]放映の[[中国]]テレビ[[CCTV]]に出演「私の家は貧しかったので子供の頃は、高校まで弁当では麦を食べていました」と発言。&lt;br /&gt;
* 2008年[[11月19日]]、都内のホテルで開かれた私立[[幼稚園]][[PTA]]の全国大会で挨拶した麻生は「家庭でしつける力がなくなってきた」と指摘した上で、「じいさん、ばあさん、やかましいおやじさんの存在が薄くなってきたせいもあって、幼稚園で何とかしろと負担が掛かってきている。しつけるべきは母親だ」と批判した。しかし、会場には園児の母親たちが大勢出席しており幼稚園の教員を前に演説していたと勘違いした麻生は、終盤ようやくそれに気付き訂正した&amp;lt;ref&amp;gt;時事通信 2008年11月19日配信記事&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 2008年[[12月2日]]、マスコミを引き連れたパフォーマンスで本屋へ行った際に1ヶ月前に買った本と同じ本（[[日下公人]]の「日本はどれほどいい国か」）を再度買ってしまったと報道された。&lt;br /&gt;
* 2008年[[12月25日]]夜、首相官邸で行われた閣僚との[[忘年会]]の席で、「わたしの発言でご迷惑をお掛けした。若干、発言に問題があったなあ」と照れながら陳謝したという。&lt;br /&gt;
* 2009年に[[世界金融危機 (2007年-)|世界金融危機]]後の景気刺激策として高速道路の[[ETC割引制度#平成20年度第2次補正予算による料金引き下げ（いわゆる「上限1000円料金」）|ETC大幅割引]]を決定した。この政策のおかげでその年の[[ゴールデンウィーク]]は[[高速道路]]の通行量が大幅に増えた反面、[[JR]]などの鉄道利用者が大幅に減った為、「これからは[[マイカー]]の時代。[[二酸化炭素]]が大幅に増えた場合はその分[[原子力発電所]]をたくさん造ればよい。または男が酒を飲む代わりに[[エコカー]]購入の為貢ぐべきだ。車は肉食系女子、鉄道は[[草食系男子]]と発言した（5月7日の総裁談話で）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 漢字の読み間違い ===&lt;br /&gt;
[[ファイル:Mizohyu.JPG|200px|right|thumb|麻生が読み間違えた「未曾有」は[[流行語]]になり、[[漢字検定|漢字ブーム]]が起こった。&amp;lt;BR/&amp;gt;（2008年表参道にて）]]&lt;br /&gt;
国会答弁の中などで、漢字の読みを何度も間違えていることが指摘されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;toccolours&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| colspan=&amp;quot;2&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|踏襲||「ふしゅう」&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|詰めて||「つめめて」&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|怪我||「かいが」&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|参画|| 「さんか」&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
などがある。&lt;br /&gt;
* 上記の読み間違えリストは英国で発行されている[[フィナンシャル・タイムズ]]にも、「批判は彼がしばしば起こす読み間違えにまで行き着いて(latch on)いる。…(中略)…知識人からは(彼の誤読は)恥ずかしいものとして見られている一方で、オンライン百科事典であるウィキペディアの麻生総理の項には、誤読のリストが特集されている。」として取り上げられた。&lt;br /&gt;
* 芸能評論家の肥留間正明は、[[内外タイムス]]での記事で、自民党[[自由民主党総務会|総務会長]]の[[笹川尭]]が「総理の原稿にはカナを振ったほうがいい」と述べていると語った。&lt;br /&gt;
* [[データマックス]]の報道によると、福岡県内の自民党地方議員からも、漢字の読み間違いについて「ここまでバカとは思わなかった」という指摘が出ている。また、麻生の地元である福岡市内の小学校では、漢字の読みが苦手な小学生に対し「（麻生）太郎ちゃん」というあだ名をつけることが流行しているとのことである。&lt;br /&gt;
* これら読み間違いについて、[[週刊朝日]]は「マンガ脳政権」、[[サンデー毎日]]は「阿呆太郎」と揶揄した。&lt;br /&gt;
* [[2009年]][[1月4日]]の年頭記者会見において書き初めをした際、落款で「平成廿一年」とすべきところを「平成廿十一年」と書いてしまった（[[自由民主党]]ホームページにも掲載していたが、その後、十の字を除いた訂正版に差し替え）。前年も漢字の間違いが多く指摘されただけに、自民党内も「チェック体制はどうなっているのか」と危機感をあらわにしている。&lt;br /&gt;
* 著書『[[バカの壁]]』でも知られる[[解剖学者]]の東大名誉教授の[[養老孟司]]は、一連の漢字の読み間違えや麻生氏の経歴から、読み間違えは[[読字障害|「読字（どくじ）障害]]によるものではないか」との見解を示している。&lt;br /&gt;
* [[2009年]][[1月25日]]に大相撲初場所の千秋楽で優勝した横綱朝青龍に内閣総理大臣杯を手渡す際、「総理大臣賞」と読むところを「'''内閣総理大臣 朝青龍明徳殿'''」と「賞」を飛ばして読み上げ、場内から野次を飛ばされる様子が全国に中継された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 年譜 ==&lt;br /&gt;
* [[1940年]]9月 - [[福岡県]][[飯塚市]]に生まれる。麻生塾小学校（現在は閉校）を経て、小学3年生の頃に上京し、学習院初等科に編入する。&lt;br /&gt;
* [[1959年]]3月 - [[学習院高等科]]卒業。&lt;br /&gt;
* [[1963年]]3月 - [[学習院大学]][[政治経済学部|政経学部]]政治学科[[卒業]]。&lt;br /&gt;
* 1963年4月 - [[スタンフォード大学]]に[[留学]]。&lt;br /&gt;
* [[1965年]] - [[ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス]]に留学。&lt;br /&gt;
* [[1966年]]8月 - 麻生産業株式会社に入社。&lt;br /&gt;
* 1966年11月 - 麻生産業株式会社の[[取締役]]に就任。&lt;br /&gt;
* [[1973年]]5月 - 麻生セメント株式会社の[[代表取締役]]社長（1979年12月まで）。&lt;br /&gt;
* [[1976年]]7月 - [[モントリオールオリンピック]]に日本代表として出場。&lt;br /&gt;
* [[1978年]]1月 - [[社団法人]][[青年会議所|日本青年会議所]]の会頭に就任（1978年12月まで）。&lt;br /&gt;
* [[1979年]]10月 - [[第35回衆議院議員総選挙]]に（旧福岡2区、現福岡8区）から出馬し初当選。&lt;br /&gt;
* [[1983年]]11月 - [[鈴木善幸]]元首相の三女千賀子と[[結婚]]、後に一男一女をもうける。&lt;br /&gt;
* 1983年12月 - [[第37回衆議院議員総選挙]]で3期目の当選を目指したが落選。&lt;br /&gt;
* [[1986年]]7月 - [[第38回衆議院議員総選挙]]で返り咲き当選（3期目）。以降[[第44回衆議院議員総選挙|第44回]]まで6回連続当選。&lt;br /&gt;
* [[1988年]]12月 - 文部[[政務次官]]に就任（[[1989年]]6月まで）。&lt;br /&gt;
* [[1990年]]3月 - 自民党の文教部会長に就任（1990年12月まで）。&lt;br /&gt;
* [[1991年]]1月 - 衆議院石炭対策特別委員長に就任（1991年11月まで）。&lt;br /&gt;
* 1991年11月 - 衆議院外務委員長に就任（1993年5月まで）。&lt;br /&gt;
* [[1992年]]12月 - 党外交部会長（1993年8月まで）。&lt;br /&gt;
* [[1996年]]11月 - [[経済企画庁]][[長官]]に就任（1997年9月まで）。&lt;br /&gt;
* [[1997年]]9月 - [[日本会議国会議員懇談会]]第2代会長に就任（2003年9月まで）&lt;br /&gt;
* 1999年3月 - 党副幹事長に就任（1999年11月まで）。&lt;br /&gt;
* [[2001年]]1月 - [[経済財政政策担当大臣]]に就任（2001年4月まで）。&lt;br /&gt;
* 2001年4月 - 党[[自由民主党政務調査会#政務調査会長|政務調査会長]]（2003年9月まで）。&lt;br /&gt;
* 2003年9月 - [[総務大臣]]に就任。&lt;br /&gt;
* 2003年11月 - 総務大臣に再任。&lt;br /&gt;
* [[2004年]]9月 - 国民スポーツ担当を併任。&lt;br /&gt;
* [[2005年]]10月 - [[外務大臣 (日本)|外務大臣]]に就任。&lt;br /&gt;
* 2006年9月 - 外務大臣に再任。&lt;br /&gt;
* 2006年12月 - [[為公会]]（麻生派）を設立し、会長に就任。&lt;br /&gt;
* 2007年3月20日 - 在職25年となり、衆議院本会議で永年在職議員表彰を受ける。&lt;br /&gt;
* 2007年8月27日 - [[安倍改造内閣]]において[[自由民主党幹事長|自民党幹事長]]に就任。&lt;br /&gt;
* 2008年[[8月1日]] - [[福田改造内閣]]において再び自民党幹事長に就任。&lt;br /&gt;
* 2008年[[8月10日]] - [[日本バスケットボール協会]][[会長]]に就任。&lt;br /&gt;
* 2008年[[9月2日]] - [[福田康夫]]首相の辞任表明に基づく[[自民党総裁選]]に立候補。&lt;br /&gt;
* 2008年[[9月22日]] - 第23代自民党総裁に就任。&lt;br /&gt;
* 2008年[[9月24日]] - 第92代内閣総理大臣に就任。[[麻生内閣]]組閣。&lt;br /&gt;
* 2009年[[9月16日]] - 第23代自由民主党総裁並びに第92代内閣総理大臣を辞職。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な役職等 ==&lt;br /&gt;
* [[日本クレー射撃協会|社団法人日本クレー射撃協会]][[会長]]&lt;br /&gt;
* [[日韓議員連盟]]副会長&lt;br /&gt;
* [[日韓トンネル研究会]]九州支部顧問&lt;br /&gt;
* [[北京オリンピックを支援する議員の会]]&lt;br /&gt;
* [[日本オリンピアンズ協会]]顧問&lt;br /&gt;
* [[日本バスケットボール協会]]会長&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 家系 ==&lt;br /&gt;
[[Image: Chigai kuginuki.svg|thumb|right|160px|麻生家の紋''[[家紋|違い釘抜き]]'']]&lt;br /&gt;
麻生家は、[[宇都宮氏]]の流れを汲む[[麻生氏]]の一族とされている。麻生家の名前の由来をたどると、先祖が[[遠賀郡]]麻生郷に花の屋敷を築いた縁からその地名をとり麻生姓を名乗ったという。[[江戸時代]]には[[村]]の[[庄屋]]を務め、[[1868年]]大[[庄屋]]となった。[[明治]]の始め曾祖父・[[麻生太吉]]が目尾御用炭山を採掘し[[石炭]]産業に着手、九州三大石炭[[財閥]]の一つに伸し上がり[[鉄道]]、電力、[[金融]]等幅広く事業を展開して大富豪となった。戦後麻生炭鉱は、[[吉田茂]]の資金源となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
吉田茂は祖父、[[加納久朗]][[子爵]]は祖母・夏子の兄で[[立花宗茂]]の弟・[[立花直次]]の子孫に当たる。[[牧野伸顕]][[伯爵]]、[[自由民権運動]]の闘士[[竹内綱]]は曽祖父、[[明治]]の元勲[[大久保利通]]、自由民権運動の弾圧で知られる[[三島通庸]]子爵は高祖父にあたる。妻は元首相の[[鈴木善幸]]の三女。妻との間に1男1女あり、いずれも2007年3月の時点で大学生。麻生の弟・泰の妻は、[[日本医師会]]の元会長である[[武見太郎]]の娘。妹・[[寛仁親王妃信子|信子]]は[[寛仁親王|寬仁親王]]妃。従兄弟に[[キャプテン・フューチャー]]の翻訳者として知られるSF作家の[[野田昌宏]]がいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[文芸]]・[[野球]][[評論家]]の[[大井廣介]]は本名を麻生賀一郎といい、麻生太賀吉に対しては[[いとこ|従兄弟]]にあたる。また[[明治天皇]]の落胤を名乗った日本画家[[橘天敬]]は太賀吉のいとこの夫である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
橋本龍太郎は遠縁の親戚（麻生の祖母夏子の兄[[加納久朗]]の孫久美子が龍太郎の妻）。安倍晋三は遠縁の親戚（麻生の祖父[[吉田茂]]の長女桜子の夫・吉田寛が[[岸信介]]元首相の[[いとこ]]となるため）。宮澤喜一は遠縁の親戚（妻の兄弟の[[鈴木俊一]]の妻が宮澤喜一のいとことなるため）。宮澤家は[[ブリヂストン]]の石橋家と親戚であり、この石橋家を通して鳩山家ともつながる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、外務大臣に関して述べるならば、牧野・吉田はいずれも外務大臣経験者であり、[[世襲政治家]]が多い日本の政界でも極めてまれなケースである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著作 ==&lt;br /&gt;
* 『祖父・吉田茂の流儀』 [[PHP研究所]] 2000年 ISBN 978-4569611112&lt;br /&gt;
* 『麻生太郎の原点 祖父・吉田茂の流儀』 [[徳間書店]] 2007年 ISBN 978-4198925819&lt;br /&gt;
* 『[[自由と繁栄の弧]]』 [[幻冬舎]] 2007年 ISBN 978-4344411975&lt;br /&gt;
* 『とてつもない日本』 [[新潮社]]([[新潮新書]]) 2007年 ISBN 978-4106102172&lt;br /&gt;
'''共著'''&lt;br /&gt;
* 『自民党の智恵』麻生太郎・[[伊吹文明]][他]共著、[[シンクタンク2005・日本]]編集 [[成甲書房]] 2008年1月 ISBN 978-4880862279&lt;br /&gt;
* 『「国力」会議』麻生太郎・[[石破茂]]・[[平沼赳夫]]・[[与謝野馨]]・[[浜田和幸]]共著 [[祥伝社]] 2008年5月 ISBN 978-4396613075&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* 早川隆 『日本の上流社会と閨閥』 [[角川書店]] 1983年 224-227頁&lt;br /&gt;
* [[広瀬隆 (作家)|広瀬隆]] 『私物国家 日本の黒幕の系図』 [[光文社]] 2000年 191、333頁&lt;br /&gt;
* [[佐藤朝泰]] 『豪閥 &amp;lt;small&amp;gt;地方豪族のネットワーク&amp;lt;/small&amp;gt;』 [[学研ホールディングス|立風書房]] 2001年 451、500頁&lt;br /&gt;
* [[神一行]] 『閨閥 改訂新版 &amp;lt;small&amp;gt;特権階級の盛衰の系譜&amp;lt;/small&amp;gt;』 角川書店2002年 31、42-44頁&lt;br /&gt;
* [[魚住昭]] 『野中広務 差別と権力』 [[講談社]] 2004年06月29日 ISBN 4062123444&lt;br /&gt;
* [[角岡伸彦]] 『はじめての部落問題』 [[文藝春秋]] 2005年11月20日 ISBN 4166604783&lt;br /&gt;
* 『メカビ Vol.01』講談社 2006年06月02日 ISBN 4061795910&lt;br /&gt;
* 「野中広務元官房長官『山崎拓衆院議員は『[[週刊文春]]』を部落問題で恫喝した』」『[[週刊現代]]』49巻1号、講談社、2007年1月13日、46-47頁。&lt;br /&gt;
* 麻生太郎 『祖父・吉田茂の流儀』 PHP研究所 2000年 ISBN 978-4569611112&lt;br /&gt;
* 麻生太郎 『麻生太郎の原点 祖父・吉田茂の流儀』 徳間書店 2007年 ISBN 978-4198925819&lt;br /&gt;
* 麻生太郎 『自由と繁栄の弧』 幻冬舎 2007年 ISBN 978-4344411975&lt;br /&gt;
* 麻生太郎 『とてつもない日本』 新潮社(新潮新書) 2007年 ISBN 978-4106102172&lt;br /&gt;
* 麻生太郎 『自民党の智恵』麻生太郎・伊吹文明[他]共著 シンクタンク2005・日本編集 成甲書房 2008年1月 ISBN 978-4880862279&lt;br /&gt;
* 麻生太郎 『「国力」会議』麻生太郎・石破茂・平沼赳夫・与謝野馨・浜田和幸共著 祥伝社 2008年5月 ISBN 978-4396613075&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[麻生内閣]]&lt;br /&gt;
* [[麻生氏]] - [[宇都宮氏]] - [[筑豊御三家]] * [[宇都宮氏]]&lt;br /&gt;
* [[麻垣康三]]&lt;br /&gt;
* [[士志の会]]（[[古賀誠]]、[[平沼赳夫]]、[[高村正彦]]）&lt;br /&gt;
* [[為公会]]&lt;br /&gt;
* [[麻生包囲網]]&lt;br /&gt;
* [[日本国政府専用機]]（小型の政府専用機導入を提案）&lt;br /&gt;
* [[福岡県出身の人物一覧]]&lt;br /&gt;
* [[学習院大学の人物一覧]]&lt;br /&gt;
* [[射撃選手一覧]]&lt;br /&gt;
* [[保守]]&lt;br /&gt;
* [[白川勝彦]]、79年初当選同期で96年同時に初入閣。長らく同じ宏池会属し、それ以前からJCの活動通じて面識有った&lt;br /&gt;
* [[伝統と創造の会]]（会長[[稲田朋美]]、初代幹事長代理[[薗浦健太郎]]。同会の麻生の総裁選立候補届出人経験者は稲田、[[西本勝子]]、[[永岡桂子]]）&lt;br /&gt;
* [[相沢英之]]、[[松本純]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{日本国歴代内閣総理大臣&lt;br /&gt;
|当代=[[麻生内閣|92]]&lt;br /&gt;
|在任期間=2008年 - 2009年&lt;br /&gt;
|前代=[[福田改造内閣|91]]&lt;br /&gt;
|前首相名=福田康夫&lt;br /&gt;
|次代=[[鳩山由紀夫内閣|93]]&lt;br /&gt;
|次首相名=鳩山由紀夫}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:日本の内閣総理大臣]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:自由民主党の国会議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:衆議院議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の実業家]]&lt;br /&gt;
[[Category:オリンピック射撃競技日本代表選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のカトリックの人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:飯塚市]]&lt;br /&gt;
[[Category:福岡県の政治家]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>114.145.118.42</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E9%BA%BB%E7%94%9F%E5%A4%AA%E9%83%8E&amp;diff=252171</id>
		<title>麻生太郎</title>
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				<updated>2014-09-12T10:19:48Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;114.145.118.42: /* 帰国後の経歴 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:麻生太郎.jpg|400px|thumb|麻生　太郎]]&lt;br /&gt;
[[Image:Taro Aso in World Economic Forum Annual Meeting in Davos (cropped).jpg|200px|thumb|麻生　太郎]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''麻生 太郎'''（あそう たろう、[[1940年]]〈[[昭和]]15年〉[[9月20日]] - ）は、[[日本]]の[[政治家]]、[[実業家]]。[[国会議員|衆議院議員]]（10期）。[[為公会]]（麻生派）会長。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[経済財政政策担当大臣|経済企画庁長官]]（第[[第1次橋本内閣|53]]代）、[[経済財政政策担当大臣|内閣府特命担当大臣（経済財政政策担当）]]（第[[第2次森改造内閣 (中央省庁再編後)|2]]代）、[[総務大臣]]（第[[小泉再改造内閣|3]]・[[第2次小泉内閣|4]]・[[第3次小泉内閣|5]]代）、[[外務大臣 (日本)|外務大臣]]（第[[第3次小泉内閣改造内閣|137]]・[[安倍内閣|138]]代）、[[内閣総理大臣]]（[[麻生内閣|第92代]]）や、[[自由民主党政務調査会#政務調査会長|自由民主党政務調査会長]]、[[自由民主党幹事長]]、[[自由民主党総裁]]（第23代）などを歴任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[モントリオールオリンピック]][[クレー射撃]]（[[クレー射撃#クレー|クレー]]・[[クレー射撃#スキート|スキート]]競技）日本代表（41位）。元[[麻生 (企業)|麻生セメント]]（現・株式会社麻生。麻生産業から分社した麻生セメントは、麻生と社名変更している。現在の麻生ラファージュセメントは、麻生からさらに分社化した麻生セメント（2代目）が社名変更したもの。）[[代表取締役]][[社長]]。妹は[[寛仁親王妃信子]]。[[キリスト教徒|クリスチャン]]（[[カトリック教会|カトリック]]）である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経歴 ==&lt;br /&gt;
[[Image:麻生太郎1.jpg|250px|thumb|麻生　太郎]]&lt;br /&gt;
[[Image:麻生太郎2.jpg|250px|thumb|麻生　太郎]]&lt;br /&gt;
[[Image:麻生太郎3.jpg|250px|thumb|麻生　太郎]]&lt;br /&gt;
[[Image:麻生太郎4.jpg|250px|thumb|麻生　太郎]]&lt;br /&gt;
[[Image:麻生太郎5.jpg|250px|thumb|麻生　太郎]]&lt;br /&gt;
[[Image:麻生太郎6.jpg|250px|thumb|麻生　太郎]]&lt;br /&gt;
[[Image:麻生太郎7.jpg|250px|thumb|麻生　太郎]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 政界入りまで ===&lt;br /&gt;
[[福岡県]][[飯塚市]]に[[麻生太賀吉]]・和子の長男として生まれる(父方の祖父の名前も“麻生太郎”である)。[[麻生 (企業)#概要|麻生塾小学校]]（閉校 後の学校法人麻生塾・麻生専門学校）を経て、小学3年生の頃上京し、[[学習院初等科]]に編入。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 海外留学 ====&lt;br /&gt;
[[1963年]]に[[学習院大学]]政経学部を卒業した。&lt;br /&gt;
[[学習院大学]]卒業後は、下記のような海外留学生活を送ったとされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 1963年9月 - スタンフォード大学大学院に留学&lt;br /&gt;
* 1965年 - スタンフォード大学大学院を中退、ロンドン大学政治経済学院に留学&lt;br /&gt;
* 1966年8月 - ロンドン大学を中退&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
スタンフォード大学・大学院（米国）では政治学、ロンドン大学・大学院（英国）では経営学を学んだと2001年4月の自民党総裁選挙候補者プロフィール中には記載されていたが、現在の本人オフィシャルサイトにこの期間についての一切の記載はない。2007年9月16日 読売新聞には、1963年3月 学習院大政経学部卒業、同年9月 スタンフォード大大学院留学、と紹介されており、上記の総裁選候補者プロフィール中にあるロンドン大学への留学については記述が無い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
尚、米国での留学生活は麻生が過剰にアメリカナイズされる事を恐れた実家の意向で中断され、一旦帰国した後に、再度ロンドン大学に留学したとされている。&lt;br /&gt;
華やかな留学歴を持つが、肝心の学位は取得できないまま帰国しており、留学中は学業をはおろそかにしていたと自ら語っている。[[霍見芳浩]]ニューヨーク市立大学教授によれば、80年代に同氏が麻生太郎を訪ねた際に『「英国留学」ということだったので英文資料も持参していたが、見せようとすると、「私は、英国では遊んでばかりで、何も勉強しなかった」と正直な告白だった。ご謙遜かと疑ったが、そうではないのはすぐに明らかになった』といったやりとりがあったとのことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 海外での事業 ====&lt;br /&gt;
帰国後の[[1966年]]に実家の麻生産業（後に清算）に入社し、1960年代後半に[[ブラジル]][[サンパウロ市]]に1年近く駐在していたことがあると本人は語っている。また、麻生太郎の従兄弟に当る人物がブラジルに移民していたことも近年になって判明した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、[[1970年]]から2年間に渡って西アフリカの[[シエラレオネ]]にて、同国のダイヤモンド産業国有化政策実施後に地元有力者から鉱区の提供を受けた麻生家の現地駐在員として、ダイヤモンド採掘業に従事していた事が知られている。この採掘事業を開始したのは、麻生太郎の父親である[[麻生太賀吉]]と実弟で専務の[[麻生典太]]だったと言われており、同国のダイヤモンド採掘を長らく支配していたイギリス人とレバノン人以外の人に掘ってもらいたい、という現地の意向から麻生家に鉱区が提供されたと[[麻生典太]]は語っていたと言われる。その後、同国での内戦勃発に伴って麻生家は事業から撤収した。&lt;br /&gt;
[[2006年]]1月19日に日本記者クラブにて行われた外務大臣演説で[[シエラレオネ]]のダイヤモンド採掘業での経験について発言しているほか、当時製作されたニュース映画にも現地の事業を指揮する麻生太郎本人がインタビューに答えて登場している&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 帰国後の経歴 ====&lt;br /&gt;
[[1973年]]にセメント事業の分社化の後にグループ中核企業となった麻生セメント（現：[[麻生 (企業)|株式会社麻生]]）の[[代表取締役]]社長に就任。[[炭鉱]]業から[[セメント]]業への転換を成功させた。この麻生セメントはフランスの[[ラファージュ]]との合弁会社であるが、ラファージュの重役[[ピエール・ヴォギュエ]]は[[ヒラリー・クリントン]]のパートナーとして知られる。彼の祖父[[ルイ・ヴォギュエ]]は[[スエズ運河]]会社社長であった。なお、麻生産業時代にまた、社長業の傍らで、[[1976年]]の[[モントリオールオリンピック]]に[[クレー射撃]]の日本代表選手として出場（結果は41位）している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 政界入り後の経歴 ===&lt;br /&gt;
[[1979年]]10月、[[第35回衆議院議員総選挙]]に（旧福岡2区、現：[[福岡県第8区]]）から出馬。初当選を果たし政界入りする。落選した[[第37回衆議院議員総選挙]]を除き、現在まで全ての総選挙で当選している。[[宏池会]]に所属。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1996年]]に[[第2次橋本内閣]]の[[経済企画庁]][[長官]]に就任し、初入閣。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1999年]]1月、党内で長年所属した宏池会を離脱し、元総裁[[河野洋平]]を会長に大勇会（現在の[[為公会]]、通称”麻生派”）旗揚げ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2001年]]4月、[[2001年自由民主党総裁選挙|01年自民党総裁選]]に出馬し、[[小泉純一郎]]、[[橋本龍太郎]]と戦い31票で3位。その後発足した[[小泉政権]]では党[[自由民主党政務調査会#政務調査会長|政務調査会長]]を務め、[[2003年]]9月からは[[総務大臣]]として入閣し、[[郵政民営化]]を担当した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年9月、[[2006年自由民主党総裁選挙|06年自民党総裁選]]に立候補するも[[内閣官房長官]]（当時）の[[安倍晋三]]に敗れる（安倍：464票 麻生：136票 [[谷垣禎一]]：102票）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2007年]][[3月20日]]、衆議院議員在職25年を迎え、衆議院より院議をもって表彰された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2007年9月、[[2007年自由民主党総裁選挙|07年自民党総裁選]]に立候補する。党員票では[[福田康夫]]を僅差で上回るも133票差で敗れる（福田：330票 麻生：197票）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2008年]]9月、[[2008年自由民主党総裁選挙|08年自民党総裁選]]に4度目の立候補をし351票を獲得。[[自民党総裁]]に就任する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年[[9月24日]]、第92代[[内閣総理大臣]]に就任。[[麻生内閣]]を[[組閣]]する。就任の際、「日本を明るく強い国にする」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年[[10月2日]]、[[麻生内閣メールマガジン]]「太郎ちゃんねる」を配信。創刊号では[[景気]]対策の必要性を訴えているほか、「麻生内閣の一員になったつもりで忌憚のない意見を」と呼びかけている。内閣としては初の動画も用意している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2009年]][[8月30日]]、[[第45回衆議院議員総選挙]]で自由民主党が惨敗、衆議院第1党の座から転落。同日夜に退陣を表明。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年[[9月16日]]、自由民主党総裁を辞任。同日の臨時閣議にて麻生内閣総辞職を決定。政権を[[民主党代表]]：[[鳩山由紀夫]]に明け渡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 政治的主張 ==&lt;br /&gt;
=== 経済 ===&lt;br /&gt;
道路整備などを主に主張するエコノミストの[[リチャード・クー]]が「経済政策の理論的支柱」として麻生の[[財政出動]]を中心とする政策作りに協力している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[定額減税]]や[[公共事業]]を中心とする[[財政出動]]に積極的な意向を示しており、財政健全化よりも[[景気]]対策の優先を提唱している。2008年になってからは、財政健全化を目指した[[小泉政権]]の[[構造改革]]路線の推進を否定し、「[[基礎的財政収支]]（プライマリーバランス）の11年度黒字化目標」の延期に言及している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[消費税]]の増税に関しては、「もはや、広く薄い負担を税制に追加していくとしたら消費税しかない」として消費税増税を示唆したが、2008年9月に世界的な金融危機が発生すると「消費税増税を早期に行えば、著しく景気を冷やす」として、当面の増税を見送ると述べる一方で、[[2011年]]以降に10%の消費税を導入する意向を示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
労働問題に対しては、「企業の生産活動で得られた[[付加価値]]の分配は個々の企業が判断する」と述べ、国としては是正する意思の無いことを明らかにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
首都圏と地方の間の格差問題については、「地方の自立には、きちんと財政出動をやって、[[道路]]、交通網を整備しないといけない」として地方経済振興の為に[[公共事業]]が必要との考えを示している。また、「（地方の）[[医療]]、[[介護]]が一番しんどいのではないか。病院をつくるより病院と結ぶ道路を造った方が安い」と述べ、道路建設により地方の医療が向上するとの考えを示している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年[[10月30日]]には、世界的な金融危機と景気低迷への対策として事業総額26兆9000億円にも及ぶ追加経済対策を発表。[[小渕内閣]]の[[地域振興券]]とよく似た、2兆円を超える[[定額給付金|給付金]]（「4人家族で6万円程度になる」としている）を全世帯に支給し、過去最大規模の[[住宅ローン]]減税などを実施した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この政策のうち、定額給付金について、[[毎日新聞]]は、過去の「地域振興券」が消費ではなく貯蓄に回ったことから、今回も「景気を浮揚させる効果は期待できない」との見方を示し、[[11月26日]]に開催された全国町村長大会では定額給付金を巡る不満が噴出していると報道した。麻生のあいさつに「丸投げやめろ」とやじが飛ぶ一方で「[[地方分権]]」を理由に事務を[[市区町村]]に委ねたことなどについて政府を批判した[[民主党 (日本 1998-)|民主党]][[幹事長]]の[[鳩山由紀夫]]は大きな拍手を浴びた。しかし、経済協力開発機構（OECD）経済局のシニアエコノミスト、ランダル・ジョーンズは「即効性がある最も有効な措置」 だとの見方を示しており、最終的にはジョーンズの見解どおり、定額給付金の支給は、消費拡大に一定の効果を生み、家具や家電などの購買を促進させるなど、新たな消費を生むきっかけになった&lt;br /&gt;
が、この政策は金融危機を回避するという緊急性から急いで決定された政策であったため、配布方法などできめ細かさに欠けるところがあり、「バラまき」という批判を浴びた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 外交・安全保障 ===&lt;br /&gt;
[[Image:Cheney and Aso 2007.jpg|thumb|200px|[[ディック・チェイニー]]と会談する麻生（2007年[[2月21日]]、[[ホワイトハウス]]にて）]]&lt;br /&gt;
[[Image:Dmitry Medvedev at APEC Summit in Peru 22-23 November 2008-4.jpg|thumb|200px|[[アジア太平洋経済協力|APEC]]首脳会議にて、[[ロシア連邦大統領]]の[[ドミトリー・メドヴェージェフ]]と（2008年11月）]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
外務大臣時代に、当時の[[ジョージ・W・ブッシュ|ブッシュ政権]]の中心にいた[[新保守主義]]の考え方に近い、自由と民主主義、法の支配、市場経済を重視する「価値の外交」（[[価値観外交]]）と、同じ価値観を持った国家と連帯する「自由と繁栄の弧」を唱えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 発展途上国への[[ODA]]&lt;br /&gt;
: ODAには積極姿勢を取っている。2007年1月26日、「[[政府開発援助|ODA]]は、我が国[[外交]]の重要な手段であります。国際社会の一員としての責務を果たし、かつ、自らの繁栄を確保していくために、ODAを一層戦略的に実施します。「自由と繁栄の弧」形成のためにも、ODAを活用していきます。そのうえで、ODA事業量の100億ドルの積み増し、また対アフリカODAの倍増など、対外公約を達成すべく努めてまいります」と述べた。&lt;br /&gt;
; [[アメリカ合衆国]]&lt;br /&gt;
: 2007年2月3日、[[京都市]]内の講演で「ドンパチが終わった後が大変だというのが[[イラク]]で分かった。（[[イラク戦争]]においてアメリカがイラクを）占領した後のオペレーションは非常に幼稚」とアメリカのイラク政策を批判した。&lt;br /&gt;
; [[東アジア]]&lt;br /&gt;
: 韓国に対しては、2007年1月26日に「日本と[[大韓民国|韓国]]は、互いにとって最も近く、基本的価値を共にする大切な[[民主主義]]国同士であります。そのような間柄にふさわしい、未来志向の関係を打ち立てます」と述べている。また、2005年12月25日の韓国の大手[[マスメディア|メディア]]である[[中央日報]]のインタビューで、「韓国に一年に2度ずつ計40-50回ほど行っているが、私が知っているかぎり今の両国関係が最も良いのではないかと思う。それは韓国の生活水準が良くなり、自信をつけているためと思われる。[[サムスン]]だけでなく、韓国製品が非常に良くなった」と発言している。また、韓国人徴用者を強制労働させていた[[麻生太賀吉#麻生炭鉱|麻生炭鉱]]の調査については、「戦争前の話はよく知らないが、そういう資料が残っていれば提供する」と話した。&lt;br /&gt;
: 中国に対しては、2007年1月26日に「共通の戦略的利益に立脚した、互恵関係を築いてまいります」としている。&lt;br /&gt;
: [[中華民国|台湾]]に対しては、2006年3月9日、参院[[予算委員会]]で、「民主主義が成熟し、経済面でも自由主義を信奉する法治国家であり、日本と価値観を共有する国」と発言。台湾のメディアでは「日本の外相が『台湾は国家』と発言」と報道された。&lt;br /&gt;
; [[北方領土問題]]&lt;br /&gt;
: 2006年12月13日の衆院[[外務委員会]]において、北方領土問題を解決するために北方4島（[[択捉島|択捉]]、[[国後島|国後]]、[[色丹島|色丹]]、[[歯舞群島|歯舞]]）全体の面積を2等分して、半分をロシアに譲ることにより解決を目指す考えを示した。これは元首相の[[海部俊樹]]から「北方領土の返還は党是だ。党の基本問題として守るべきものは守ってきちっとやってほしい」と批判された。&lt;br /&gt;
; [[核武装論]]&lt;br /&gt;
: 2006年10月、自民党政調会会長（当時）の[[中川昭一]]が「核武装論も選択肢として考えておくべき」と発言したことで一部から非難を受ける。麻生は[[非核三原則]]の堅持を明言を前提としつつも、「隣の国が持つとなったときに、1つの考え方としていろいろな議論をしておくことは大事だ」「日本は[[言論統制]]された国ではない。[[言論の自由]]を封殺するということに与しないという以上に明確な答えはない」と中川の擁護とも解釈できる発言を行った。この発言が原因で、12月に民主党、[[社会民主党 (日本 1996-)|社民党]] 、[[日本共産党|共産党]]など[[野党]]4党から外相としての不信任決議案を提出された。&lt;br /&gt;
; [[憲法改正論議]]&lt;br /&gt;
: 2008年9月の国連総会での演説後、自衛隊の[[自衛権#集団的自衛権|集団的自衛権]]の行使について「できるようにすべき」と憲法改正もある程度は必要との認識を持っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 歴史認識 ===&lt;br /&gt;
[[日本統治時代の朝鮮]]・[[日本統治時代 (台湾)|台湾]]に対しては肯定的側面もあったとする発言をしている。2003年[[5月31日]]、[[東京大学]]学園祭において「[[創氏改名]]は[[朝鮮民族|朝鮮人]]が望んだ」（[[満州]]や日本国内で経済活動をする上で朝鮮名が不利な場合があったという文脈での発言）、「日本は[[ハングル]]普及に貢献した」と述べた（当該項目も参照）。また、2006年[[2月4日]]の[[福岡市]]での講演において、日本が[[植民地]][[台湾]]の[[義務教育]]に力を入れたと指摘した上で「台湾はものすごく教育水準が上がって[[識字率]]などが向上したおかげで今極めて教育水準が高い国であるが故に、今の時代に追いつけている」「我々の先輩はやっぱりちゃんとしたことをやっとるなと正直そのとき思った」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2007年[[3月21日]]、[[長崎県]][[時津町]]で講演。日本独自の[[中東]]和平[[外交]]として、[[ヨルダン#ヨルダン渓谷|ヨルダン渓谷]]の開発を進める「平和と繁栄の回廊」構想に触れ、「米国人にできないことを日本がやっている。日本人というのは信用がある。青い目で[[金髪]]だったら多分駄目よ」と述べた。「われわれは幸いにして黄色い顔をしている。そこ（中東）で搾取をしてきたとか、ドンパチ、[[機関銃]]撃ったとか1回もない」と語った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年[[5月26日]]、アジア各国の政府首脳や経済界リーダーを招いた国際交流会議「アジアの未来」において「近代の生んだ毒......。それはすなわち『国民国家』であり、『自民族中心主義』という意味に規定される『[[ナショナリズム]]』でした。この2つは、地図に黒々と、太い[[国境]]を引く思想でした。また時として、その国境を外へ外へ、無理やりにでも広げていくのをよしとする考えでした。（中略） 他人（ひと）のことは言いますまい。日本人は一度、国民国家とナショナリズムという、強い酒をしたたかにあおった経験があります。皆さんこれからのアジアは、国民国家の枠、ナショナリズムの罠に絡め取られるようではいけません」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年10月2日には日本の過去のアジア支配に対する反省と謝罪を明確にした「[[村山談話]]」について、「いわゆる村山談話と17年8月15日の小泉純一郎首相の談話は、先の大戦をめぐる政府としての認識を示すものであり、私の内閣においても引き継いでいく」として麻生内閣でも、明確に堅持する方針を示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年[[10月31日]]には[[航空自衛隊]][[幕僚長]]の[[田母神俊雄]]が[[旧日本軍]]の侵略行為を否定する論文を執筆していたことが判明したが、麻生は記者団に対して「個人的に出したとしても、立場が立場だから適切ではない」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
麻生内閣メールマガジン「太郎ちゃんねる(2008年[[12月4日]]配信)」において、「[[1941年]]12月に[[第二次世界大戦]]が[[真珠湾攻撃]]で始まるんです」と発言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===従軍慰安婦問題===&lt;br /&gt;
* 内閣総理大臣としては[[河野談話]]を踏襲することを表明したが、[[アメリカ合衆国下院]]に提出された[[慰安婦]]問題をめぐる[[アメリカ合衆国下院121号決議|対日非難決議案]]にある「日本軍による強制的な性奴隷化」といった記述について「客観的な事実にまったく基づいていない」と強い遺憾の意を示している。首相また、[[国連]]の自由権規約委員会が従軍慰安婦に対して日本政府に謝罪と補償などを行うよう求める勧告したときも、[[第171回国会]]において、[[内閣総理大臣]]として『この勧告は、法的拘束力を持つものではなく、市民的及び政治的権利に関する国際規約の締約国に対し、当該勧告に従うことを義務付けているものではないと理解している。』と述べ、慰安婦に対して謝罪や賠償をする意思がないことを表明した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 靖国神社問題 ===&lt;br /&gt;
[[Image:ヤング麻生.jpg|thumb|300px|若き頃の麻生太郎]]&lt;br /&gt;
[[Image:国体の麻生.jpg|thumb|300px|国体クレー射撃代表の麻生太郎]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
政治家の[[靖国神社問題|靖国神社参拝問題]]については、[[政教分離原則|政教分離]]が問われるなど一番の問題は[[靖国神社]]が[[宗教法人]]であることだとしており、2006年の総裁選では総理になった場合に靖国神社を非宗教法人化（国が関与できる[[特殊法人]]への移行）し、国立追悼施設にすることを公約に掲げた。2008年10月にも「神社という名前が問題なら、[[靖国廟]]でも[[招魂社]]でもいろんな形がある」として、非宗教法人化を支持する姿勢を示している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年には、「首相になった際には靖国参拝を自粛する」という考えを示していた&amp;lt;ref&amp;gt;『読売新聞』 2006年8月4日&amp;lt;/ref&amp;gt;。2008年に首相に就任した直後には「行くとも行かないとも答えることはない」として曖昧な姿勢を見せている。外交問題に飛び火した小泉首相の参拝について「[[中華人民共和国|中国]]が（参拝を中断しろと）言えば言うほど行かざるを得ない」とし、「これは[[タバコ]]を吸うなと言うと吸いたくなるのと同じだ」と述べた。麻生本人は外相在任当時、外務大臣は個人ではないという理由で靖国神社には参拝しなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[A級戦犯]]の[[分祀]]については、「靖国神社に戦死者でない人が祭られていることが非常に大きな問題点だ」「（首相の参拝について）他の国々、国内からいろいろ言われないよう、英霊から感謝されるような形で参拝できる制度を考えるべきだ」との見解を示している&amp;lt;ref&amp;gt;『時事通信』 2006年3月8日&amp;lt;/ref&amp;gt;が、靖国神社が宗教法人である限り政治の介入による分祀は厳に慎むべきであるとしている。そのため、靖国問題の解決策に関しては、靖国神社の非宗教法人化を行い、国が関与できるようにして[[A級戦犯]]を[[分祀]]することを「1つの方法」と発言し、「望ましい」として賛成している&amp;lt;ref&amp;gt;『日本経済新聞』 2008年9月15日&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年[[1月28日]]、[[名古屋]]で行われた公明党議員の会合で、「[[英霊]]は[[天皇]][[陛下]]のために[[万歳]]と言ったのであり、首相万歳と言ったのはゼロだ。天皇陛下が[[参拝]]（正確には「親拝」という）なさるのが一番だ」と述べ、「（天皇が）[[公人]]か[[私人]]かという論議のため参拝できなくなったが、解決の答えはいくつかあるはず」と付け加えたが、批判を浴びると「今の状況で天皇陛下に参拝していただきたいとは一切言ってない」と発言を修正し、釈明した&amp;lt;ref&amp;gt;『共同通信』 2006年1月31日&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本と韓国の緊張関係について、「両国が靖国問題にあまりにも執着しているのが最も大きな問題だ。 当分はマスコミが靖国問題を書かないのが一番よさそうだ。 問題をあおって増幅させた」との考えを表明している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年[[5月26日]]に都内の[[ホテル]]で開かれた国際交流会議「アジアの未来」で講演し、「23日に自分が[[カタール]]で中韓の外相と会談したので関係改善の流れが出て来た」と発言。これに対して韓国産業資源部長官は、「アジア共同体形成に関して各国間合意はできたが、韓中日の共同体構築努力が他地域に比べ足りない、原因は一部政治家の靖国参拝や歴史問題だ、ヨーロッパがいかにしてこれを克服したか考えて欲しい」と講演した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
首相在任中の2009年には「（靖国神社は）最も政治やマスコミの騒ぎから遠くに置かれてしかるべきものだ。もっと静かに祈る場所だ」として、[[終戦の日|終戦記念日]]に靖国神社参拝を行わない意向を示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年10月17日には、首相在任中には参拝しなかった靖国神社に参拝した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
[[画像:TaroAso.jpg|thumb|200px|記者会見に臨む麻生]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 人物像 ===&lt;br /&gt;
身長175cm、体重70Kg、血液型A型。名門一家に育ち、麻生財閥の元社長であるが、本人は「首相の家庭なんて幸せなもんじゃねえ」「両親にほったらかしにされて育った」「生まれはいいが、育ちは悪い」と語っている。口が上がり気味なため雑誌などの似顔絵ではへの字に描かれることが多い。[[江戸言葉|べらんめえ調]]の軽妙な語り口と[[毒舌]]も織り交ぜた発言で、[[街頭演説]]などで聴衆の人気を博した。一方で過去の失言が指摘されたり、問題視されることがしばしばある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大学進学に際し、父親に「東大を受験したい」と言ったところ、父親から「官立大学はお金がない人がいくところで、お金持ちのおまえが行くのは税金がムダ。それに東大は役人になるためにいくところだ。おまえ役人になるのか？」と言われたため、東大へ行けないこともなかったがあえて私立の[[学習院大学]]へ進学した、と自著で述べている。また、成績はビリから５番目以内であったことも自著で述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[夢実現21世紀会議]]の議長を務め、「国づくりの夢実現検討委員会」を通じて[[日韓トンネル]]の実現に向けた政策提言を発表していることが2003年に自民党機関紙で伝えられた。また[[日韓議員連盟]]の副会長も務めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
海外留学などの経験から、英語力が堪能であるため海外などでのスピーチは通訳なしで英語で行っているというふれこみである。しかし、週刊新潮によるとアメリカ合衆国大統領[[バラク・オバマ]]が「麻生首相の英語はさっぱりわからない」と外務省が言ったとしている。。その一方で、「踏襲」を「ふしゅう」と読んだり、「未曾有」を「みぞうゆう」と読んだり、日本語の能力に関しては疑問符がついている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
総理大臣に就任以後も高級ホテルや高級料亭などを頻繁に行き来していることが報道されている。政治資金収支報告書によると、2006年度には資金管理団体「素淮会」から高級クラブなどに173回、合計で約3500万円を支出している。2007年度にも「[[ミシュランガイド]]」東京版で最高の3つ星を獲得した寿司店など高級店を「会合」名目で利用している。しかしこのような店はセキュリティ上有利なことなどから、与野党問わず大物議員が使うことは多いため、一概に麻生が多く使っているとは言えない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]9月に、3年10か月の[[国民年金]]保険料未払い期間があったことが判明している。[[民主党代表]]（当時）の[[菅直人]]が「未納三兄弟」と呼称したうちの1人である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年[[10月24日]]の[[資産公開制度|閣僚資産公開]]で福岡県の実家や都内一等地の邸宅、軽井沢の別荘など併せて4億395万円の個人資産を所持している事が分かった。前首相[[福田康夫]]が所持している総資産の6倍に及び、国会議員の中でも有数の「セレブ議員」と報道された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 邸宅 ===&lt;br /&gt;
敷地面積2400平方メートル、土地代だけで時価50億円を超えると言われる大邸宅を[[渋谷区]][[神山町 (渋谷区)|神山町]]の一等地に所有している。また、弟・泰の土地を併せれば5000平方メートルを優に超える。敷地内には木造3階建ての洋館が屹立し父・[[麻生太賀吉]]が存命中の頃は専属コックがおり、フランス料理のフルコースなども調理していた。報道機関では「麻生御殿」とも呼称される。東京の大邸宅の他には約2万坪の実家が[[福岡県]][[飯塚市]]に存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 信仰 ===&lt;br /&gt;
[[キリスト教徒|クリスチャン]]（[[カトリック教会|カトリック]]）である。靖国神社に参拝することもある（入閣している時はこれまで参拝してない）が、自身が[[神道]]ではなくクリスチャンということもあり、靖国神社の非宗教法人化を提唱している。[[終戦の日|終戦記念日]]の[[8月15日]]ではなく、[[例祭|例大祭]]に合わせて参拝することが多い（カトリックでは8月15日は[[聖母の被昇天]]という祭日であり、この日に祝いの[[ミサ]]があるという事情もある）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[クールビズ]]スタイルになってからノーネクタイのシャツの襟の下に見える金色の鎖は、10代から50年以上首にかけているカトリック信徒としての十字架の鎖部分である&amp;lt;ref&amp;gt;側近の議員である[[松本純]]がウェブサイトで説明している。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 漫画 ===&lt;br /&gt;
[[読書]]が趣味。特に[[漫画]]好きであり、一部からは漫画文化のよき理解者として非常に人気が高い。自身の[[ウェブサイト]]に掲載している『[[ビッグコミックオリジナル増刊]]』2003年7月2日号のインタビューによれば、自分の車内には常に最新の週刊コミック誌を置いているという。漫画好きであることは外国の首脳にも知られており、[[ポーランド]]外相からは、現地（[[ポーランド語]]）版の『[[犬夜叉]]』を寄贈されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
漫画好きであることを自身の政策や政治的主張に利用することも多く、[[2006年]]や[[2007年]]の[[自民党総裁選]]の際には[[秋葉原]]で街頭演説し、漫画を始めとした日本の[[ソフトウェア|ソフト]][[コンテンツ]]産業の対外競争力・影響力を評価し、日本人であることに自信を持つべきであると述べた。[[2006年]]4月に[[デジタルハリウッド大学]]で行われた政策スピーチでは、主人公が交渉人として世界を股にかける漫画である[[勇午]]について触れ、「『勇午』を読んでない人は外交なんて語っちゃダメ」と論じた。&lt;br /&gt;
2007年[[5月22日]]には海外の漫画家を対象とした「[[国際漫画賞]]」を創立することを発表。「漫画の[[ノーベル賞]]のようなものを作りたい」と述べている。同年[[5月30日]]から[[ウィーン]]で開催された[[核拡散防止条約]] (NPT) 運用検討会議の第1回準備委員会では、日本政府代表団が[[広島]]の[[被爆]]体験を描いた漫画『[[はだしのゲン]]』の英訳版を加盟国に配布することになったが、これは麻生の肝入りで実現したものである。[[外務省]]が[[英語]]版30冊を出版社から譲り受け、今後も「漫画外交」を活発に展開させることを予定している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[羽田空港]]で『[[ローゼンメイデン]]』を読んでいたところを見たという[[2ちゃんねる]]の書き込みが[[インターネット]]上で話題となり、一部の[[おたく]]層から『ローゼン麻生』『ローゼン閣下』と呼ばれるようになった。2006年5月に行われた[[サブカルチャー]]雑誌『[[メカビ]]』Vol.1のインタビューにおいて『ローゼンメイデン』について、「少女コミックの割には、話が重厚にできている」と感心したことを述べているが、「羽田空港で読んでいたかどうかは覚えていない」としている。だが、2008年2月18日の[[SMAP×SMAP]]にゲスト出演した際に質問され「空港で噂の[[ローゼンメイデン]]が置いてあったので読んだ」と語り、さらに『[[英語でしゃべらナイト]]』では、「ああ、これが最近噂の…」と思ってパラパラとめくっていたところを週刊誌に激写されたと語った。なお、2008年度版の『[[現代用語の基礎知識]]』には「ローゼン麻生」という項目が収録されている。こうしたことから、漫画好きの人々からの支持は高いと言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし全ての漫画に理解があるというわけではなく、[[1989年]] - [[1991年]]に掛けての[[有害コミック騒動|「有害コミック」騒動]]では、1991年「子供向け[[ポルノグラフィ|ポルノコミック]]等対策議員懇話会」を結成し、会長となった。この会では、業界関係者を招致し、自主規制の現状について説明させた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年[[8月2日]]に死去した[[漫画家]]の[[赤塚不二夫]]について、「あの種の[[ギャグ漫画]]の草分け的存在で『[[シェー]]』をはじめ、よく笑った」とコメントした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年[[9月25日]]の英有力紙[[フィナンシャル・タイムズ]]では「貴族的家柄で失言と偏愛的な青年向け漫画愛好家である麻生太郎」と表され、国外でも漫画好きの政治家と認知されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年[[9月26日]]東京・[[秋葉原]]で遊説を行い、さらに同所で開かれた「秋葉原エンタまつり08」の特別ステージにゲスト出演。『ジャパニメーションは、21世紀日本の資源。正しく国益。』という持論に基づき、漫画家・[[アニメーター]]の待遇向上による作品の品質向上、多国間における著作権保護の促進による国際競争力強化、ネット時代の柔軟なコンテンツ流通のあり方等について政策として強力に取り組むと共に、平和日本の文化として世界へのアピールを宣言。多くの聴衆からの熱狂的支持を受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[10月26日]]には再び秋葉原で街頭演説を行った。その際2008年[[6月8日]]に起こった[[秋葉原通り魔事件]]を取り上げ、「世の中が暗くなっている」と話し、「明るい世の中にしよう」と呼びかけた。また、麻生は中小企業、零細企業、地方銀行について触れ、従業員の[[最低賃金]]を上げることや、[[非正規雇用]]を[[正規雇用]]にし、その際の負担は政府が賄うということを話し、就任当時から語っている景気対策の必要性を訴えた。また、総理大臣になってからの多忙さで、漫画があまり読めなくなったことも話した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この街頭演説では[[2008年自由民主党総裁選挙|総裁選]]時とは異なり「アキバはいつまでもてめーの味方ぢ（じ）ゃねーぞ」と書いた紙を掲げる左翼活動家でエロ漫画家の山本夜羽音の一団や、「アキバを利用している」等と批判的な見解を示す者がおり、「秋葉原ですら麻生離れがすすんでいる」という報道がなされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[週刊少年ジャンプ]]で人気を博しており、麻生も好きだと公言している漫画「[[こちら葛飾区亀有公園前派出所]]」の[[両津勘吉]]の銅像が東京・亀有に2008年11月に設立され、アニメで両津の声を務めた[[ラサール石井]]と原作者や麻生も参加し除幕式が行われたが、その際に麻生は原作者の[[秋本治]]には挨拶したにも関わらずラサール石井に対しては知らなかったためか完全に無視し、そのことに憤慨したラサール石井がblogで「握手どころか、1回も目を合わすこともない。漫画好きなんじゃないの？庶民派アピールなんじゃないの？俺、両さんの声やってるんすけど。ははあ。この人、俺のこと知らないな。漫画好きでもアニメはみてないのね。なんで俺をシカト？いやあ、なんかヘンだよこの人。ていうか、馬鹿だなあ」などと麻生批判を展開したことが話題になった。このblogはラサールに対する批判で炎上し、該当記事はその後削除された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年11月20日、アニメ映画監督として知られる[[宮崎駿]]（学習院大学では麻生と同期）が、都内の[[日本外国特派員協会]]で行われた記者会見の中で、機会のあるごとに麻生が「[[オタク]]」文化を理解する人物として自分を積極的に打ち出していることについて、記者が宮崎にどう考えるかと質問したところ、「恥ずかしいと思う。それはこっそりやればいいことです」と述べ、熱心に漫画を読んでいることをわざわざ首相が宣伝する必要はないという考えを示した。これに対して、ネット上の一部で「オタク批判だ!」という宮崎への批判も出たが、[[スタジオジブリ]]関係者は、「ネットで言われているような『漫画を読むのは恥ずかしい』などと宮崎監督は言っているわけではない」「麻生首相はマンガ好きであることを、若者に対する自らの政治アピール（政治利用）として使っている。アキバに行って『オタクのみなさん』などと演説したりなど、見るからに、マンガを強引で露骨に全面に出しているのは、行き過ぎではないか、と批判しているのだと思います」との見解を示している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『後継者の品格—現代に見る帝王学』の著者の[[新井洋]]は「麻生さんは、育ちが悪いと自分を卑下することで、逆に家柄の良さをひけらかしています。マンガオタクも秋葉原好きも、自分が庶民的であることのアピールですが、真の[[帝王学]]を学ばれた方はそういうひけらかしはしません」と述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[衆議院議員]]の[[平沼赳夫]]は、[[読売新聞]]の連載記事でのインタビューにて「総理が秋葉原で漫画の話をしてはいけない。総理は歴史、政治、道徳、宗教学などの本を読まなければいけない」と苦言を呈している。[[中曽根康弘]]は、麻生が「勉強になる」と公言する漫画『[[ゴルゴ13]]』を読み、「バカだね」と発言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== クレー射撃 ===&lt;br /&gt;
大学時代から[[クレー射撃]]を始め、22歳の時全日本選手権を当時の日本新記録で優勝。[[1974年]]に行われた第2回メキシコ国際射撃大会に優勝。1976年の[[モントリオールオリンピック]]代表に選出される。[[2000年]]5月には[[日本クレー射撃協会]]会長に就任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 他党、支持団体との関係 ==&lt;br /&gt;
=== 公明党との関係 ===&lt;br /&gt;
[[公明党]]と太いパイプを持つ蜜月関係で知られる。その後、2008年8月11日にまだ自民党総裁が決まってない段階で、公明党幹事長の[[北側一雄]]も「日本の未来を考えたときにリーダーは明るさが必要だ」として明確な支持を表明している。連立与党のパートナーとはいえ、党幹部が他党の党首選について特定候補の支持を明言するのは極めて異例なことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 民主党との関係にかかわる報道 ===&lt;br /&gt;
[[週刊文春]]は、組閣にあたり[[漆間巌]]の起用を真っ先に決めたのは、警察OBであることから、現役警官からの情報が得られることが理由であり、[[小沢一郎]]の持病である[[狭心症]]の状態や、民主党の議員の[[マルチ商法]][[スキャンダル]]を調査させるという目的であると報じた&amp;lt;ref&amp;gt;「小沢氏が倒れたら民主党がガタガタになり、そのタイミングで解散するという選択肢が生まれたのです」（政治部記者）。10月6日、小沢氏は日本医大病院に入院した。風邪と報じられたが、密かに集められた情報では不整脈の疑いがあった。「情報収集は警察が行い、元警察庁長官の漆間巌官房副長官に情報が上げられたのです」（別の記者）首相就任時、麻生氏が真っ先に決めた人事は、漆間氏の官房副長官だったというが。別の官邸記者が言う。「漆間氏が警察庁出身であることを買って、麻生首相が起用したのです。しかし、マルチ商法業界からの献金問題で、民主党の大物議員の逮捕を狙いながら、結局、何もなかった」[[週刊文春]]2008年12月11日号&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 統一教会との関係 ===&lt;br /&gt;
[[勝共推進議員]]の1人であり、[[国際勝共連合]]から送り込まれた1人の統一教会（[[世界基督教統一神霊協会]]）信者を[[秘書]]として受け入れ、1988年の勝共推進議員教育報告書や1988年の統一教会総支部活動報告書にも名前を連ね、統一教会支部結成貢献ランクは「B」と評価されていた、などと一部メディアにおいて報道された&amp;lt;ref&amp;gt;『[[週刊現代]]』1999年2月27日号&amp;lt;/ref&amp;gt;。麻生は週刊誌の取材に対して、統一教会との関係を全面否定している。また、麻生家はカトリックであるが、統一教会はカトリックでは異端として扱われているのも事実である。また勝共と対立している[[日本会議]]のメンバーでもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 献金 ===&lt;br /&gt;
麻生グループ関連会社「麻生」（福岡県飯塚市）から、2002年4月30日付で麻生が支部長を務める自民党支部が総額650万円の[[政治献金]]を受けていた。前年度中に「麻生」は国から補助金1458万円を交付されており[[政治資金規正法]]違反の疑いを指摘された。同社は県から間接的に受給していたので問題ないとの認識であった。報道後に同社は返金を求めることを表明した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[道路特定財源]]を資金源とする[[道路運送経営研究会]]（道路特定財源の一般財源化に反対している）から献金を受けていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[山田洋行]]から献金を受けていた政治家の実名リストに名前が載っていたと報道されている。これに対して麻生の事務所側は「現在、調査中」とコメントしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 発言 ==&lt;br /&gt;
=== 物議を醸した発言 ===&lt;br /&gt;
* 衆議院選挙に初出馬した[[1979年]]、地元の[[飯塚市]]での街頭演説で登壇して開口一番、支援者に対して「下々の皆さん」と発言した。また、当選後に「将来の総理大臣」というマスコミに対して「年寄り代議士が何人か死ねばね」と応えている。&lt;br /&gt;
* [[1979年]]、「[[日中貿易]]なんかやっても無駄。中国はお金を持っていない。代金を払ってくれないよ」と発言している&amp;lt;ref&amp;gt;週刊新潮第53巻第37号、2008年[[10月2日]]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[1983年]][[2月9日]]、[[高知県]]議選の応援演説にて「東京で[[美濃部亮吉|美濃部]][[革新]]都政が誕生したのは婦人が美濃部スマイルに投票したのであって、婦人に[[参政権]]を与えたのが最大の失敗だった」と、国が女性に参政権を与えていることを批判した。&lt;br /&gt;
* [[2002年]]7月、[[田中康夫]][[長野県]][[知事]]について「醜く太っていて嫌な体型だ。自分で身体の努力していない、年を取ってなりたくない体型だ」&amp;lt;ref&amp;gt;週刊新潮第53巻第37号、2008年[[10月2日]]。なお、同誌は麻生が防衛大臣（当時）の[[久間章生]]について「彼の何がすごいかって、あの体型にあの顔、それなのに頭がよいことだ」と発言したことも掲載している&amp;lt;/ref&amp;gt;と発言した。&lt;br /&gt;
* 2003年[[9月11日]]の麻生も同席した[[自民党総務会]]において、大勇会の会合において[[被差別部落]]出身の[[野中広務]]に対する差別発言をしたことを会合の出席者から聞いたとして、野中がこの発言を強く批判した。麻生は発言を否定している。&lt;br /&gt;
* 2003年[[10月20日]]に[[ホームレス]]について、「[[新宿]]のホームレスも警察が補導して新宿区役所が経営している収容所に入れたら、『ここは飯がまずい』と言って出て行く。豊かな時代なんだって。ホームレスも[[糖尿病]]という時代ですから」と発言し、事実に反するうえに差別的であるとして各地の[[日雇い]][[労働者]]および野宿者支援組織などから抗議を受けたが、撤回はしていない。&lt;br /&gt;
* 総務大臣在任中の[[2005年]][[10月15日]]、この日に開館した[[九州国立博物館]]の開館記念式典での来賓祝辞の中で「一[[文化]]、一[[文明]]、一[[民族]]、一[[言語]]の国は[[日本]]のほかにはない」と発言。同博物館は[[選挙区]]は異なるものの麻生の地元である[[福岡県]]内にあり、展示内容は日本とアジアの交流の歴史から、文化の多様性を示すものである。&lt;br /&gt;
* 2006年[[1月9日]]、[[福岡県]][[飯塚市]]で開いた集会で、[[シドニー]]で予定されていた日米豪閣僚級安全保障対話が延期されたことに関連し「（[[イスラエル]]の）[[アリエル・シャロン|シャロン]]首相の容態が極めて悪く、会議途中でそのままお[[葬式]]になると意味がないので延期ということになった」と述べ、配慮を欠くとの批判を浴びた。&amp;lt;ref&amp;gt;共同通信 2008年1月19日配信記事&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* 2006年[[7月4日]]の[[アメリカ独立記念日]]に合わせて、北朝鮮が[[ミサイル]]を[[日本海]]に発射して挑発行為をしたことに対して、当時外相だった麻生は記者会見で「今日（7月5日）は、キムなんとか（＝[[金日成]]）の記念日だったな（実際は7月8日に死去）」「距離とか方向とか見てみますと、むしろ[[ソビエト社会主義共和国連邦|ソ連]]領に近いほうに発射されてますんで」と発言した。&lt;br /&gt;
* 2006年[[7月8日]]に[[広島市|広島市内]]で行なった講演で、[[北朝鮮によるミサイル発射実験 (2006年)|北朝鮮がミサイルを撃ち]]、主要国が重大な関心を持ったことについて、「[[金正日]]に感謝しないといけないのかもしれませんが」と発言した（ただし、その後に「冗談は抜きにして」と念を押しており、金正日に対する痛烈な皮肉であることを留意すべし）。&lt;br /&gt;
* 2006年9月、[[福井市|福井市内]]で自身が外国人から聞いた日本の印象に触れて「夜、[[日比谷公園]]で女が一人で歩いている。考えられない。しかもそこそこの顔をしているやつでも襲われない。この国はやたら治安がいいんだ」と発言したことを[[立命館大学]]教授が証言している。&lt;br /&gt;
* [[2007年]][[7月19日]]、[[富山県]][[高岡市]]内で講演会において、国内外の米価を比較する例えとして「7万8000円と1万6000円はどちらが高いか。[[アルツハイマー型痴呆|アルツハイマー]]の人でもわかる」と発言。これについては野党からの反発はもちろん、与党からも[[第21回参議院議員通常選挙|参院選]]に悪影響だと懸念され、官房長官（当時）の[[塩崎恭久]]からも「適格性を欠く」と批判された。麻生は翌[[7月20日]]に謝罪したうえで撤回した。&lt;br /&gt;
* 2007年[[7月20日]]、アルツハイマー発言の翌日に[[鳥取県]][[倉吉市]]での[[演説]]で「[[酒]]は『[[きちがい]]水』だとか何とか皆言うもんだから、勢いとかいろんなことありますよ」と発言した。（『きちがい水』という表現は酒を指す江戸時代からの俗語)&lt;br /&gt;
* 2008年2月、[[中国産食品の安全性#中国製冷凍餃子中毒事件|中国製冷凍餃子中毒事件]]に関連し[[熊本市]]での講演で、「日本の農産物に付加価値がついた」「（日本の）農産物、高いけど、うまい、きれい、加えて安全、3つきたんじゃないの? [[農業協同組合|農協]]は中国に感謝しないといけない。ものすごく付加価値がついた」と発言した。&lt;br /&gt;
* 2008年7月に講演の中で、「1930年代、[[ドイツ]]では[[国家社会主義ドイツ労働者党|ナチス党]]がやたら出てきて、当時の[[ヴァイマル共和政|ワイマール共和国]]に対し、度々審議拒否。しょうがない、この際ナチス党にやらしたらどうだといって、ああいうことになった」と、民主党とナチスを同一視するかのような発言をしたと報じられた。&lt;br /&gt;
* 2008年8月、首相（当時）の福田康夫は国会審議で民主党の協力が得られず、支持率も低迷し行き詰っていたことで[[内閣改造]]を行った。その際、福田政権発足時には入閣・党役員就任を固辞していた麻生も、党の危機であることから[[幹事長]]に就任した（[[福田康夫内閣改造内閣]]）。[[8月4日]]、参議院議長の[[江田五月]]を表敬訪問した際、ドイツで[[ヴァイマル共和政#世界恐慌と共和政の崩壊|ヴァイマル共和政]]末期に政治不信が募り、ナチスが台頭した経緯に触れて危機感を示すことで、国会審議に復帰するよう民主党を牽制した。江田は麻生の悲観的な見通しを否定し、互いにそうならないようにしなければならないと返した。この会談においても「かつてドイツはナチスに1回（政権を）やらせようとなって、ああいうことになった」と、先月の講演とほぼ同じことを述べたことについて、民主党政権が[[ドイツ国 (1933年-1945年)|ナチス・ドイツ]]のように横暴極まりないという印象を与えかねないとして、鳩山由紀夫が撤回を求めた。麻生は、「民主党をナチスに例えたわけではない」と釈明した。&lt;br /&gt;
* [[2008年自由民主党総裁選挙|08年自民党総裁選]]の立会い演説会で「[[外務大臣]]として働いた方のうち、私ほど、外交について多くを述べた方は、かつてただの1人もいらっしゃらないと思います」と発言し、外相経験者で内閣官房長官（当時）の[[町村信孝]]を驚かせた。&lt;br /&gt;
* 2008年9月、首相就任前『（認証式のために）陛下の日程をあけておけ』と[[宮内庁]]に指示を出した。&lt;br /&gt;
* 2008年[[9月14日]]、JR[[名古屋市|名古屋駅]]前での自民党総裁選候補としての街頭演説の中で、前月に[[岡崎市]]など[[愛知県]]内で3人の死者を出した[[平成20年8月末豪雨]]に関して、「岡崎の豪雨は1時間に140ミリだった。[[安城市|安城]]や岡崎だったからいいけど、名古屋で同じことが起きたら、この辺全部洪水よ」と対策の不十分さに言及したが、これに対し被災地域を軽視しているとして岡崎・安城の両市と岡崎市議会は麻生側に抗議文を郵送。同17日、麻生側は「不用意な発言で不快な思いをさせたことをお詫びし、復旧についてできる限りのことをする」との趣旨の謝罪文を、岡崎・安城の両市に送付した。&lt;br /&gt;
* 首相就任後、麻生は毎晩のように高級ホテル（[[帝国ホテル]]、[[ホテルオークラ]]、[[ニューオータニ]]など）のバーや、料亭で会食していることを報道された。記者団に「庶民の感覚と懸け離れているのでは」と質問された際に麻生は「高級料亭、毎晩、みたいな話で作り替えている。引っかけるような言い方はやめろ」などと答え、その後も攻撃的な口調で答えた。また、「普通の店に行くと[[SP]]やマスコミの影響で営業妨害になる」と主張したうえで、「店の妨害をして平気ですか？いま聞いてんだよ、答えろ!」と、質問した記者に強い口調で反問した。発言のあと、麻生が総理就任後の1ヶ月で3度訪れた。首相が足繁く通う店の正体は？]日経トレンディネット 2008年10月24日&amp;lt;/ref&amp;gt;『帝国ホテルの会員バー「ゴールデンライオン」は入会金52万5000円、年会費12万6000円であり麻生のように数人を連れて一夜を過ごすだけで10万円は軽く超える』と報道された。与党の幹部からは「庶民派を気取っていても化けの皮がはがれる」と批判された。この発言に対し[[ノンフィクション作家]]の[[保阪正康]]は「記者が聞いているのは、&amp;lt;普通の庶民と違う感覚について、恐れ、不安があるんですよ&amp;gt;ということだった。これに対し麻生さんは『ホテルは安いんだ』とか、護衛がいて大変だ、とか答えた。質問と答えがあっていない」と指摘し、「自分の恵まれた生活空間の中でしか物事を見ていない。それが、今回の発言につながったと思いますね」と述べている。&lt;br /&gt;
* 2008年[[9月24日]]、[[毎日新聞]]が「とてつもない金持ちに生まれた人間の苦しみなんて普通の人には分からんだろうな」と発言したと報道した。&lt;br /&gt;
* 2008年10月26日に行われた自民党の秋葉原街頭演説会の様子が[[YouTube]]に投稿され、九州でのある事例で、非正規社員が正規社員に転換されたことで婚姻率が上昇したことを紹介したうえで「女性がもう、結婚する相手が、なんとなーく、食いっぱぐれそうな顔してるとこりゃちょっと、結婚したらあたしが一人で働かないかんと。そら、なかなか結婚したくないよ。そら、女性のほうも選ぶ権利がある」と演説した。前後の文脈から「食いっぱぐれそうな顔をしている」というのは[[非正規雇用]]の男性を指していることは明白であり、非正規雇用の男性を差別する発言だとしてインターネット上で話題になった。また、「結婚したらあたしが一人で働かないかん」と、非正規雇用の男性が失業者と同等だという差別的な発言であることも指摘された。&lt;br /&gt;
* 2008年[[11月20日]]、[[全国知事会議]]で「自分が病院を経営しているから言うわけじゃないけれど、大変ですよ。はっきり言って（[[医師]]は）社会的[[常識]]がかなり欠落している人が多い」「（医師不足の）責任はおたくら（医師）の話ではないですか」と発言した。会議後、記者団に発言の真意を問われ、「まともなお医者さんが不快な思いしたっていうんであれば、申し訳ありません」と謝罪した。[[厚生労働大臣]]の[[舛添要一]]や、自民党の[[国会対策委員長]]の[[大島理森]]、元副総裁の[[山崎拓]]、[[税制調査会]]会長の[[津島雄二]]などに苦言を呈されたほか、内閣官房長官の[[河村建夫]]も不適切との認識を示した。中でも山崎は「『社会的に非常識だ』と社会的非常識な人（麻生）に言われたくない」と強い口調で批判した。翌日、[[日本医師会]]会長の[[唐沢祥人]]が、抗議のために首相官邸を訪れた。これに対して麻生は「誤解を与えているようで、不適切であり、撤回する」と述べた。日本医師会会員からは日本医師会執行部に対して「自民党支持をやめるべきだ」との抗議が続々と寄せられており、日本医師会は、次期衆院選への影響は避けられないとの見方を示した。その他に[[全国保険医団体連合会]]も声明を発表し、「麻生総理は行政府の長として失格」と痛烈に批判。[[茨城県]]医師会も「政治家として、いや社会人として持つべき常識すら欠如している」との抗議文を首相あてに送付した。民主党代表代行の菅直人からも「常識がないのは発言している総理の方では」と皮肉られた&amp;lt;ref&amp;gt;毎日新聞 2008年11月19日 東京朝刊&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 2008年[[11月22日]]、訪問先の[[ペルー]]・[[リマ]]で、民主党代表の[[小沢一郎]]が、[[11月17日]]の党首会談で第2次[[補正予算]]案の審議・採決に応じる約束をほごにしたら「辞める」と発言したのに、後に否定したとして「この人の話、危ない。信用できなくなった」と発言、今国会提出を見送る考えを示した。小沢は「（会談後の記者会見で）『議員辞職するか』と聞かれたから『そんなことは言ってません』と言った」と説明。党首会談では「党内を説得できずに結果が違ったとしたら、党首としての責任を取ると言った」と反論した。さらに小沢は、麻生が「信用できない」と第2次補正予算案の今国会提出を見送る考えを示したことに対し、「僕の話で決めるレベルのことではない。厳しくなっている国民生活を政府がどうするかの問題だ」と批判し、「本当に首相として情けないというか、あまりにレベルが低い」と述べている。&lt;br /&gt;
* 2008年[[11月20日]]の経済財政諮問会議において、「たらたら飲んで、食べて、何もしない人（患者）の分の金 （医療費）を何で私が払うんだ」「私の方が（多額の）税金は払っている」「67、68歳になって同窓会に行くと、よぼよぼしている、医者にやたらかかっている者がいる。学生時代はとても元気だったが、今になるとこちら（首相）の方がはるかに医療費がかかってない」と、発言していたことが、2008年[[11月26日]]に公開された議事要旨から判明した。 この発言は保険制度の概念を軽視し「病気になるのは本人の不摂生（自己責任）のため」と受け止められ、批判を浴びた。後に麻生は「病にある人の気分を害したなら、その点はおわびする」と陳謝した。山崎拓、税制調査会長の津島雄二、前幹事長の[[伊吹文明]]、[[中山泰秀]]、[[渡辺喜美]]などが苦言を呈した。公明党代表の[[太田昭宏]]は不適切な発言との認識を示した。また、菅直人は「国民が、自国の首相を恥ずかしいと思う状況になっている」、[[国民新党]]の[[亀井静香]]は「[[社会保障]]とは何かということを根底からわかっていない。やっぱり太郎ちゃん、なっちゃいけなかったんだな」と批判した。河村建夫も「首相はああいう性格。いろんな発言はこれからもあるだろう」と発言した。&lt;br /&gt;
* 2008年[[11月23日]]、訪問先のペルー・リマでの記者会見で「質問に乗ってまた言うと、それをまた挑発のネタにされる。そっち（メディア）の飯の種になるかもしれないが、こっちはそういうことにならないから」と発言したことを同年[[11月30日]]放送の[[TBS]]のテレビ番組『[[時事放談]]』で問題発言として紹介された。&lt;br /&gt;
* 2008年11月14日のワシントンでの同行記者団との懇談で、[[定額給付金]]について「給付なんておれはいらない、というプライドもある人もいっぱいいる」と、定額給付金を受け取る国民はプライドが無いとも取れる発言をした。また、2008年[[12月6日]][[長崎県]][[諫早市]]で自民党長崎県連が主催した首相の演説会で演説し、定額給付金について「私はそんな金をもらいたくないという人はもらわなきゃいい。（年収が）1億円あっても、さもしく1万2000円が欲しいという人もいるかもしれない」と発言した。&lt;br /&gt;
* 2008年[[12月14日]]、北九州エコタウン（[[北九州市]]）を視察し、「民間で銭にしちゃおう、『しのぎ』にしようというのがすごい」と発言し、毎日新聞は暴力団の資金集めなどを指す時に使われることが多く品位に欠けるとの指摘もありうる問題発言として報道した。&lt;br /&gt;
* 2008年[[12月15日]]、参院決算委員会で健康増進策に関する質問に対して、自身の朝の散歩を挙げ「いい年こいて朝歩いているなんて、徘徊老人と間違われたりする時代があった。呼び止められたことが何回もありますから」と答弁したところ、記者団から「配慮に欠ける発言ではないか」と質問を受けると「どうして?何かよく分からない、言っている意味」と発言した。&lt;br /&gt;
* 2008年[[12月19日]]、[[ハローワーク]][[渋谷]]（東京都[[渋谷区]]）を視察。失業し、再就職の相談に来て、「とにかく六本木などで働きたい」と発言していた若者に「今まで何してたんだ？新しい仕事というのは『これがやりたい』と言わないと、相談される方も『何かないですか』と言われても困る。何がやりたいか目的意識をはっきり出すようにしないと、就職というのは難しい」と話しかけたところをTBSのニュース番組で報道された。この発言に対し、鳩山由紀夫は「誠に的はずれだ」「なかなか自分の思い通りの仕事が見つからない状況だからこそハローワークで探そうとしている」と批判した。ほかに同ハローワークを訪れていた相談者は麻生の言葉を受け、「“何でもいいから仕事がほしい”というのが普通のこと。首相がそういうことを言うのはどうかと思う」、「職があれば良いというレベルです、私の場合は」、「今の不況の中では仕事を選べないところもあるから」とインタビューで答えていた。&lt;br /&gt;
* [[2009年]][[1月6日]]の会見において、[[定額給付金]]に関して「個人に給付されるものにもらえとかもらうなとか言えない。ぜひみなさんに使っていただきたい」と、所得制限を設けず全国民に受け取ってもらいたいという趣旨の発言をした。また、政府・与党としても「[[国会議員]]も積極的に受け取るべき」との見解を示した。前年に「12,000円もらう人はさもしい」などと高額所得者は受け取りを辞退するよう呼び掛けていただけに、今回正反対の考えを示したことには「コロコロ意見が変わる」と批判の声が出ている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他の発言 ===&lt;br /&gt;
* 2003年の総務大臣就任記者会見の場で、[[IT]]の発達で役所から書類がなくなり、「地方自治体を含め中央官庁を、IT、いわゆる[[フロッピーディスク|フロッピー]]で（コンピュータ同士を）繋ぐ」「フロッピー1枚で（役所の仕事を）全部できるようになる」という趣旨の発言をした。しかし役所の現場では2008年末現在、法務局に提出する電磁的データを格納するメディアにフロッピーを使うよう定めていることからも伺えるように、未だにフロッピーが現役である。&lt;br /&gt;
* 外務大臣当時の2006年11月、[[ニューヨーク・タイムズ]]が太平洋戦争中における[[麻生太賀吉|麻生鉱業]]の[[捕虜]][[強制労働]]を報じた際に「事実が確認出来ない」と応え、在ニューヨーク総領事館にもウェブサイトでその旨反論させた。この反論はのちに[[2008年]][[12月18日]]、裏づけとなる[[第一復員省]]まとめの公文書が[[厚生労働省]]で発見された事を受け削除されている。&lt;br /&gt;
* 2007年[[10月6日]]、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]系列の情報番組である[[ハッケン!!]]でのインタビューで「[[2ちゃんねる]]に時々書き込みをしている。新聞より核心を突いてくる」と公言。これは2ちゃんねるユーザーの間でも話題になった。&lt;br /&gt;
* 財務大臣（当時）の[[谷垣禎一]]との「[[安倍晋三]][[内閣総理大臣|首相]]に歯向かっても何もできない。だからオレと組め。その代わり、オレに総理を先にやらせろ」という会話があったと谷垣が述べたが、麻生はこれに対し、「こっちはまだ回答をもらっておらず、そういうこと（会話内容）を全然関係ないところでしゃべって、マナーとしていかがなもんか」と述べた。&lt;br /&gt;
* 「治安の良さは日本のブランド」としており、日本は世界的に治安が良い国という認識を持っている。街頭演説でも同様の主張をしている。&lt;br /&gt;
* 2008年[[9月16日]]、[[自民党総裁選]]で麻生以下5人の候補は、公開討論会でそれぞれ自己分析を披露した。その際に麻生は「ひと言多いこと」と発言した。&lt;br /&gt;
* 2008年9月、「[[総理大臣公邸]]に入居するのは[[解散総選挙]]を行った後」としており、現在も自宅から通勤している。総理が自宅（東京・[[渋谷区]]）から官邸へ通勤するのは、元首相の[[宮沢喜一]]以来、15年ぶりのことである。&lt;br /&gt;
* 2008年[[10月19日]]には[[スーパーマーケット]]を視察しそこで買い物をしたが、その後に高級[[ホテル]]のバーで食事を取ったため多くの報道機関からは「庶民派をアピールしている」と冷ややかに受け止められ、民主党からは「スーパーを少し見たあと、超高級ホテルで食事している。単なるパフォーマンスだと批判された。&lt;br /&gt;
* 2008年[[10月28日]]の参院[[外交防衛委員会]]で食品高騰問題を取り上げた民主党の[[牧山弘恵]]から[[カップ麺]]1個の値段を聞かれると「日清食品が最初（1971年に“[[カップヌードル]]”を）出したときはえらく安かった。（カップ麺は）いま400円くらいします？そんなにしない？私、最近自分で買ったことないので」と答えた。なお、2008年10月28日時点でのコンビニでのカップめん1個の小売価格は平均170円程度であり、麻生の答弁の聞いたほかの委員からは「え～？」「知らないの～!?」などと驚きの声が上がった。&lt;br /&gt;
* スーパーの視察に続き、2008年[[11月10日]]には自民党学生部の者たちと居酒屋で飲むというパフォーマンスを見せた。そして翌日の自民党役員会で「まあ、（メニューは）[[ホッケ]]の[[煮付け]]とかそんなもんでしたよ」と言い、実際庶民的なものを食べたことをアピールしたつもりだった。しかし、ホッケの煮付けは、麻生が飲みに出掛けた居酒屋には置いていないという。これに大島理森から、「ホッケは焼くしかないんですよ」と突っ込まれた。なお、麻生はこの居酒屋パフォーマンスのあとに、いきつけの高級ホテルのバーに移動しており、マスコミからは「つかの間の庶民派アピール」などと皮肉られた。&lt;br /&gt;
* 2008年[[11月10日]]放映の[[中国]]テレビ[[CCTV]]に出演「私の家は貧しかったので子供の頃は、高校まで弁当では麦を食べていました」と発言。&lt;br /&gt;
* 2008年[[11月19日]]、都内のホテルで開かれた私立[[幼稚園]][[PTA]]の全国大会で挨拶した麻生は「家庭でしつける力がなくなってきた」と指摘した上で、「じいさん、ばあさん、やかましいおやじさんの存在が薄くなってきたせいもあって、幼稚園で何とかしろと負担が掛かってきている。しつけるべきは母親だ」と批判した。しかし、会場には園児の母親たちが大勢出席しており幼稚園の教員を前に演説していたと勘違いした麻生は、終盤ようやくそれに気付き訂正した&amp;lt;ref&amp;gt;時事通信 2008年11月19日配信記事&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 2008年[[12月2日]]、マスコミを引き連れたパフォーマンスで本屋へ行った際に1ヶ月前に買った本と同じ本（[[日下公人]]の「日本はどれほどいい国か」）を再度買ってしまったと報道された。&lt;br /&gt;
* 2008年[[12月25日]]夜、首相官邸で行われた閣僚との[[忘年会]]の席で、「わたしの発言でご迷惑をお掛けした。若干、発言に問題があったなあ」と照れながら陳謝したという。&lt;br /&gt;
* 2009年に[[世界金融危機 (2007年-)|世界金融危機]]後の景気刺激策として高速道路の[[ETC割引制度#平成20年度第2次補正予算による料金引き下げ（いわゆる「上限1000円料金」）|ETC大幅割引]]を決定した。この政策のおかげでその年の[[ゴールデンウィーク]]は[[高速道路]]の通行量が大幅に増えた反面、[[JR]]などの鉄道利用者が大幅に減った為、「これからは[[マイカー]]の時代。[[二酸化炭素]]が大幅に増えた場合はその分[[原子力発電所]]をたくさん造ればよい。または男が酒を飲む代わりに[[エコカー]]購入の為貢ぐべきだ。車は肉食系女子、鉄道は[[草食系男子]]と発言した（5月7日の総裁談話で）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 漢字の読み間違い ===&lt;br /&gt;
[[ファイル:Mizohyu.JPG|200px|right|thumb|麻生が読み間違えた「未曾有」は[[流行語]]になり、[[漢字検定|漢字ブーム]]が起こった。&amp;lt;BR/&amp;gt;（2008年表参道にて）]]&lt;br /&gt;
国会答弁の中などで、漢字の読みを何度も間違えていることが指摘されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;toccolours&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| colspan=&amp;quot;2&amp;quot; |&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|踏襲||「ふしゅう」&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|詰めて||「つめめて」&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|怪我||「かいが」&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|参画|| 「さんか」&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
などがある。&lt;br /&gt;
* 上記の読み間違えリストは英国で発行されている[[フィナンシャル・タイムズ]]にも、「批判は彼がしばしば起こす読み間違えにまで行き着いて(latch on)いる。…(中略)…知識人からは(彼の誤読は)恥ずかしいものとして見られている一方で、オンライン百科事典であるウィキペディアの麻生総理の項には、誤読のリストが特集されている。」として取り上げられた。&lt;br /&gt;
* 芸能評論家の肥留間正明は、[[内外タイムス]]での記事で、自民党[[自由民主党総務会|総務会長]]の[[笹川尭]]が「総理の原稿にはカナを振ったほうがいい」と述べていると語った。&lt;br /&gt;
* [[データマックス]]の報道によると、福岡県内の自民党地方議員からも、漢字の読み間違いについて「ここまでバカとは思わなかった」という指摘が出ている。また、麻生の地元である福岡市内の小学校では、漢字の読みが苦手な小学生に対し「（麻生）太郎ちゃん」というあだ名をつけることが流行しているとのことである。&lt;br /&gt;
* これら読み間違いについて、[[週刊朝日]]は「マンガ脳政権」、[[サンデー毎日]]は「阿呆太郎」と揶揄した。&lt;br /&gt;
* [[2009年]][[1月4日]]の年頭記者会見において書き初めをした際、落款で「平成廿一年」とすべきところを「平成廿十一年」と書いてしまった（[[自由民主党]]ホームページにも掲載していたが、その後、十の字を除いた訂正版に差し替え）。前年も漢字の間違いが多く指摘されただけに、自民党内も「チェック体制はどうなっているのか」と危機感をあらわにしている。&lt;br /&gt;
* 著書『[[バカの壁]]』でも知られる[[解剖学者]]の東大名誉教授の[[養老孟司]]は、一連の漢字の読み間違えや麻生氏の経歴から、読み間違えは[[読字障害|「読字（どくじ）障害]]によるものではないか」との見解を示している。&lt;br /&gt;
* [[2009年]][[1月25日]]に大相撲初場所の千秋楽で優勝した横綱朝青龍に内閣総理大臣杯を手渡す際、「総理大臣賞」と読むところを「'''内閣総理大臣 朝青龍明徳殿'''」と「賞」を飛ばして読み上げ、場内から野次を飛ばされる様子が全国に中継された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 年譜 ==&lt;br /&gt;
* [[1940年]]9月 - [[福岡県]][[飯塚市]]に生まれる。麻生塾小学校（現在は閉校）を経て、小学3年生の頃に上京し、学習院初等科に編入する。&lt;br /&gt;
* [[1959年]]3月 - [[学習院高等科]]卒業。&lt;br /&gt;
* [[1963年]]3月 - [[学習院大学]][[政治経済学部|政経学部]]政治学科[[卒業]]。&lt;br /&gt;
* 1963年4月 - [[スタンフォード大学]]に[[留学]]。&lt;br /&gt;
* [[1965年]] - [[ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス]]に留学。&lt;br /&gt;
* [[1966年]]8月 - 麻生産業株式会社に入社。&lt;br /&gt;
* 1966年11月 - 麻生産業株式会社の[[取締役]]に就任。&lt;br /&gt;
* [[1973年]]5月 - 麻生セメント株式会社の[[代表取締役]]社長（1979年12月まで）。&lt;br /&gt;
* [[1976年]]7月 - [[モントリオールオリンピック]]に日本代表として出場。&lt;br /&gt;
* [[1978年]]1月 - [[社団法人]][[青年会議所|日本青年会議所]]の会頭に就任（1978年12月まで）。&lt;br /&gt;
* [[1979年]]10月 - [[第35回衆議院議員総選挙]]に（旧福岡2区、現福岡8区）から出馬し初当選。&lt;br /&gt;
* [[1983年]]11月 - [[鈴木善幸]]元首相の三女千賀子と[[結婚]]、後に一男一女をもうける。&lt;br /&gt;
* 1983年12月 - [[第37回衆議院議員総選挙]]で3期目の当選を目指したが落選。&lt;br /&gt;
* [[1986年]]7月 - [[第38回衆議院議員総選挙]]で返り咲き当選（3期目）。以降[[第44回衆議院議員総選挙|第44回]]まで6回連続当選。&lt;br /&gt;
* [[1988年]]12月 - 文部[[政務次官]]に就任（[[1989年]]6月まで）。&lt;br /&gt;
* [[1990年]]3月 - 自民党の文教部会長に就任（1990年12月まで）。&lt;br /&gt;
* [[1991年]]1月 - 衆議院石炭対策特別委員長に就任（1991年11月まで）。&lt;br /&gt;
* 1991年11月 - 衆議院外務委員長に就任（1993年5月まで）。&lt;br /&gt;
* [[1992年]]12月 - 党外交部会長（1993年8月まで）。&lt;br /&gt;
* [[1996年]]11月 - [[経済企画庁]][[長官]]に就任（1997年9月まで）。&lt;br /&gt;
* [[1997年]]9月 - [[日本会議国会議員懇談会]]第2代会長に就任（2003年9月まで）&lt;br /&gt;
* 1999年3月 - 党副幹事長に就任（1999年11月まで）。&lt;br /&gt;
* [[2001年]]1月 - [[経済財政政策担当大臣]]に就任（2001年4月まで）。&lt;br /&gt;
* 2001年4月 - 党[[自由民主党政務調査会#政務調査会長|政務調査会長]]（2003年9月まで）。&lt;br /&gt;
* 2003年9月 - [[総務大臣]]に就任。&lt;br /&gt;
* 2003年11月 - 総務大臣に再任。&lt;br /&gt;
* [[2004年]]9月 - 国民スポーツ担当を併任。&lt;br /&gt;
* [[2005年]]10月 - [[外務大臣 (日本)|外務大臣]]に就任。&lt;br /&gt;
* 2006年9月 - 外務大臣に再任。&lt;br /&gt;
* 2006年12月 - [[為公会]]（麻生派）を設立し、会長に就任。&lt;br /&gt;
* 2007年3月20日 - 在職25年となり、衆議院本会議で永年在職議員表彰を受ける。&lt;br /&gt;
* 2007年8月27日 - [[安倍改造内閣]]において[[自由民主党幹事長|自民党幹事長]]に就任。&lt;br /&gt;
* 2008年[[8月1日]] - [[福田改造内閣]]において再び自民党幹事長に就任。&lt;br /&gt;
* 2008年[[8月10日]] - [[日本バスケットボール協会]][[会長]]に就任。&lt;br /&gt;
* 2008年[[9月2日]] - [[福田康夫]]首相の辞任表明に基づく[[自民党総裁選]]に立候補。&lt;br /&gt;
* 2008年[[9月22日]] - 第23代自民党総裁に就任。&lt;br /&gt;
* 2008年[[9月24日]] - 第92代内閣総理大臣に就任。[[麻生内閣]]組閣。&lt;br /&gt;
* 2009年[[9月16日]] - 第23代自由民主党総裁並びに第92代内閣総理大臣を辞職。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な役職等 ==&lt;br /&gt;
* [[日本クレー射撃協会|社団法人日本クレー射撃協会]][[会長]]&lt;br /&gt;
* [[日韓議員連盟]]副会長&lt;br /&gt;
* [[日韓トンネル研究会]]九州支部顧問&lt;br /&gt;
* [[北京オリンピックを支援する議員の会]]&lt;br /&gt;
* [[日本オリンピアンズ協会]]顧問&lt;br /&gt;
* [[日本バスケットボール協会]]会長&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 家系 ==&lt;br /&gt;
[[Image: Chigai kuginuki.svg|thumb|right|160px|麻生家の紋''[[家紋|違い釘抜き]]'']]&lt;br /&gt;
麻生家は、[[宇都宮氏]]の流れを汲む[[麻生氏]]の一族とされている。麻生家の名前の由来をたどると、先祖が[[遠賀郡]]麻生郷に花の屋敷を築いた縁からその地名をとり麻生姓を名乗ったという。[[江戸時代]]には[[村]]の[[庄屋]]を務め、[[1868年]]大[[庄屋]]となった。[[明治]]の始め曾祖父・[[麻生太吉]]が目尾御用炭山を採掘し[[石炭]]産業に着手、九州三大石炭[[財閥]]の一つに伸し上がり[[鉄道]]、電力、[[金融]]等幅広く事業を展開して大富豪となった。戦後麻生炭鉱は、[[吉田茂]]の資金源となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
吉田茂は祖父、[[加納久朗]][[子爵]]は祖母・夏子の兄で[[立花宗茂]]の弟・[[立花直次]]の子孫に当たる。[[牧野伸顕]][[伯爵]]、[[自由民権運動]]の闘士[[竹内綱]]は曽祖父、[[明治]]の元勲[[大久保利通]]、自由民権運動の弾圧で知られる[[三島通庸]]子爵は高祖父にあたる。妻は元首相の[[鈴木善幸]]の三女。妻との間に1男1女あり、いずれも2007年3月の時点で大学生。麻生の弟・泰の妻は、[[日本医師会]]の元会長である[[武見太郎]]の娘。妹・[[寛仁親王妃信子|信子]]は[[寛仁親王|寬仁親王]]妃。従兄弟に[[キャプテン・フューチャー]]の翻訳者として知られるSF作家の[[野田昌宏]]がいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[文芸]]・[[野球]][[評論家]]の[[大井廣介]]は本名を麻生賀一郎といい、麻生太賀吉に対しては[[いとこ|従兄弟]]にあたる。また[[明治天皇]]の落胤を名乗った日本画家[[橘天敬]]は太賀吉のいとこの夫である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
橋本龍太郎は遠縁の親戚（麻生の祖母夏子の兄[[加納久朗]]の孫久美子が龍太郎の妻）。安倍晋三は遠縁の親戚（麻生の祖父[[吉田茂]]の長女桜子の夫・吉田寛が[[岸信介]]元首相の[[いとこ]]となるため）。宮澤喜一は遠縁の親戚（妻の兄弟の[[鈴木俊一]]の妻が宮澤喜一のいとことなるため）。宮澤家は[[ブリヂストン]]の石橋家と親戚であり、この石橋家を通して鳩山家ともつながる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、外務大臣に関して述べるならば、牧野・吉田はいずれも外務大臣経験者であり、[[世襲政治家]]が多い日本の政界でも極めてまれなケースである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著作 ==&lt;br /&gt;
* 『祖父・吉田茂の流儀』 [[PHP研究所]] 2000年 ISBN 978-4569611112&lt;br /&gt;
* 『麻生太郎の原点 祖父・吉田茂の流儀』 [[徳間書店]] 2007年 ISBN 978-4198925819&lt;br /&gt;
* 『[[自由と繁栄の弧]]』 [[幻冬舎]] 2007年 ISBN 978-4344411975&lt;br /&gt;
* 『とてつもない日本』 [[新潮社]]([[新潮新書]]) 2007年 ISBN 978-4106102172&lt;br /&gt;
'''共著'''&lt;br /&gt;
* 『自民党の智恵』麻生太郎・[[伊吹文明]][他]共著、[[シンクタンク2005・日本]]編集 [[成甲書房]] 2008年1月 ISBN 978-4880862279&lt;br /&gt;
* 『「国力」会議』麻生太郎・[[石破茂]]・[[平沼赳夫]]・[[与謝野馨]]・[[浜田和幸]]共著 [[祥伝社]] 2008年5月 ISBN 978-4396613075&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* 早川隆 『日本の上流社会と閨閥』 [[角川書店]] 1983年 224-227頁&lt;br /&gt;
* [[広瀬隆 (作家)|広瀬隆]] 『私物国家 日本の黒幕の系図』 [[光文社]] 2000年 191、333頁&lt;br /&gt;
* [[佐藤朝泰]] 『豪閥 &amp;lt;small&amp;gt;地方豪族のネットワーク&amp;lt;/small&amp;gt;』 [[学研ホールディングス|立風書房]] 2001年 451、500頁&lt;br /&gt;
* [[神一行]] 『閨閥 改訂新版 &amp;lt;small&amp;gt;特権階級の盛衰の系譜&amp;lt;/small&amp;gt;』 角川書店2002年 31、42-44頁&lt;br /&gt;
* [[魚住昭]] 『野中広務 差別と権力』 [[講談社]] 2004年06月29日 ISBN 4062123444&lt;br /&gt;
* [[角岡伸彦]] 『はじめての部落問題』 [[文藝春秋]] 2005年11月20日 ISBN 4166604783&lt;br /&gt;
* 『メカビ Vol.01』講談社 2006年06月02日 ISBN 4061795910&lt;br /&gt;
* 「野中広務元官房長官『山崎拓衆院議員は『[[週刊文春]]』を部落問題で恫喝した』」『[[週刊現代]]』49巻1号、講談社、2007年1月13日、46-47頁。&lt;br /&gt;
* 麻生太郎 『祖父・吉田茂の流儀』 PHP研究所 2000年 ISBN 978-4569611112&lt;br /&gt;
* 麻生太郎 『麻生太郎の原点 祖父・吉田茂の流儀』 徳間書店 2007年 ISBN 978-4198925819&lt;br /&gt;
* 麻生太郎 『自由と繁栄の弧』 幻冬舎 2007年 ISBN 978-4344411975&lt;br /&gt;
* 麻生太郎 『とてつもない日本』 新潮社(新潮新書) 2007年 ISBN 978-4106102172&lt;br /&gt;
* 麻生太郎 『自民党の智恵』麻生太郎・伊吹文明[他]共著 シンクタンク2005・日本編集 成甲書房 2008年1月 ISBN 978-4880862279&lt;br /&gt;
* 麻生太郎 『「国力」会議』麻生太郎・石破茂・平沼赳夫・与謝野馨・浜田和幸共著 祥伝社 2008年5月 ISBN 978-4396613075&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[麻生内閣]]&lt;br /&gt;
* [[麻生氏]] - [[宇都宮氏]] - [[筑豊御三家]] * [[宇都宮氏]]&lt;br /&gt;
* [[麻垣康三]]&lt;br /&gt;
* [[士志の会]]（[[古賀誠]]、[[平沼赳夫]]、[[高村正彦]]）&lt;br /&gt;
* [[為公会]]&lt;br /&gt;
* [[麻生包囲網]]&lt;br /&gt;
* [[日本国政府専用機]]（小型の政府専用機導入を提案）&lt;br /&gt;
* [[福岡県出身の人物一覧]]&lt;br /&gt;
* [[学習院大学の人物一覧]]&lt;br /&gt;
* [[射撃選手一覧]]&lt;br /&gt;
* [[保守]]&lt;br /&gt;
* [[白川勝彦]]、79年初当選同期で96年同時に初入閣。長らく同じ宏池会属し、それ以前からJCの活動通じて面識有った&lt;br /&gt;
* [[伝統と創造の会]]（会長[[稲田朋美]]、初代幹事長代理[[薗浦健太郎]]。同会の麻生の総裁選立候補届出人経験者は稲田、[[西本勝子]]、[[永岡桂子]]）&lt;br /&gt;
* [[相沢英之]]、[[松本純]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{日本国歴代内閣総理大臣&lt;br /&gt;
|当代=[[麻生内閣|92]]&lt;br /&gt;
|在任期間=2008年 - 2009年&lt;br /&gt;
|前代=[[福田改造内閣|91]]&lt;br /&gt;
|前首相名=福田康夫&lt;br /&gt;
|次代=[[鳩山由紀夫内閣|93]]&lt;br /&gt;
|次首相名=鳩山由紀夫}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:日本の内閣総理大臣]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:自由民主党の国会議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:衆議院議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の実業家]]&lt;br /&gt;
[[Category:オリンピック射撃競技日本代表選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のカトリックの人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:飯塚市]]&lt;br /&gt;
[[Category:福岡県の政治家]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>114.145.118.42</name></author>	</entry>

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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%A6%8F%E5%B2%A1%E7%9C%8C&amp;diff=252170</id>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;114.145.118.42: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[世界]] &amp;gt; [[アジア]] &amp;gt; [[東アジア]] &amp;gt; [[日本]] &amp;gt; [[九州]] &amp;gt; '''福岡県'''&lt;br /&gt;
{| align=&amp;quot;right&amp;quot; border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: solid; border-width: 2px; border-color: #000000; margin-left: 16px; margin-bottom: 16px&amp;quot;|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| colspan=2 align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid none; background: #f0f0f0&amp;quot;|福岡県のデータ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| colspan=2 align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid none; padding: 0px;&amp;quot;|[[Image:Map_of_Japan_with_highlight_on_40_Fukuoka_福岡県.svg|320px|福岡県の位置]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|自治体コード&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|40000-9&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|知事&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|[[麻生渡]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|面積&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;right&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|'''4,976.17'''km&amp;amp;sup2;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|総人口&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;right&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|'''5,051,420'''人&amp;lt;br /&amp;gt;平成18年5月1日&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|県内総生産&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;right&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|174,447億円&amp;lt;br /&amp;gt;（2000年：全国第9位）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|[[ISO 3166-2]]&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;right&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|JP-40&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|福岡県の花&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|[[ウメ]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|福岡県の木&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|[[ツツジ]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|福岡県の鳥&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|[[ウグイス]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|福岡県の歌&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|福岡県民の歌:[[希望の光]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| colspan=2 align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: solid none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|福岡県庁&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|所在地&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none none none solid&amp;quot;|〒812-8577&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| colspan=2 align=&amp;quot;right&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid&amp;quot;|福岡県福岡市博多区東公園7番7号&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|電話番号&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|092-651-1111&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|外部リンク&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|[http://www.pref.fukuoka.lg.jp/ 福岡県]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| colspan=2 align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: solid none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|市町村境界図&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| colspan=2 align=&amp;quot;center&amp;quot; valign=&amp;quot;middle&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid none; border-width: 0 0 1px 1px; border-color: #000000&amp;quot;|[[画像:Fukuoka pref.png]]&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県1.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県2.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
'''福岡県'''（ふくおかけん）は日本の[[都道府県]]の一つ。九州地方の北部に位置し、[[本州]]最西端の[[下関市]]（山口県）と[[関門海峡]]を挟んで接する。[[兵庫県]]に次ぎ全国47都道府県中9番目に[[人口]]の多い県で、[[福岡市]]、[[北九州市]]という2つの[[政令指定都市]]がある。いわゆる[[三大都市圏]]以外では唯一[[人口密度]]が1,000 人/km&amp;amp;sup2; を超えているなど、繁華な県となっている。ウィキペディアの都道府県項目では地方にも関わらず異様に記事が充実している。近年、[[内閣府職員変死事件]]が起きていたり、[[日銀総裁]]をはじめとする多くの要人を輩出したり、とみに政治的な動きの活発な地域である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==地理==&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県3.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
九州本島の北部に位置し、九州地方で最も人口が多い県である。北部は[[日本海]]（[[響灘]]・[[玄海灘]]）、東部は[[瀬戸内海]]（[[周防灘]]）、[[筑後地方]]は[[有明海]]に面している。県の中心部を[[筑紫山地]]が連なっており、筑後川・矢部川・遠賀川流域、[[宗像]]地域、[[京築]]地域では平野が広がっており[[水田]]地帯が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===気候===&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県4.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
;福岡地方、北九州地方の[[日本海]]沿岸部・[[関門海峡]]沿岸部（[[福岡市]]・[[北九州市]]・[[宗像市]]・[[前原市]]など）&lt;br /&gt;
この地域は九州の中でも[[日本海側気候]]の影響が最も強い。冬期は北西の[[季節風]]が吹きつけるため肌寒く、曇天の日が多く日照時間が少ない。強風・風雪・波浪注意報も発令される事も多く、強い冬型の時には暴風雪・波浪警報が発令される場合もある。また、年に数日程度は積雪する日もある。[[梅雨明け]]後は最高気温が30℃以上の真夏日が多いが、35℃以上の猛暑になる事は少ない（福岡市の平年値（1997年～2006年の10年平均）は、[[夏日]]140.1日、[[真夏日]]60.7日、[[猛暑日]]4.3日。[[冬日]]3.2日、[[真冬日]]0.0日）。関門海峡周辺では[[霧]]が発生しやすく、日本海側気候と[[瀬戸内海式気候]]との境界に当たるため、二面性を持つ気候である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;北九州地方の[[瀬戸内海]]（[[周防灘]]）沿岸部（[[行橋市]]・[[豊前市]]など）&lt;br /&gt;
この地域は[[瀬戸内海式気候]]に属する。年間を通して比較的温暖で、降水量は少なく晴天が多い。冬は日本海側気候の影響で、年に数回程度の積雪はあるが、季節風の影響は日本海側より小さいので、強風や波浪などの注意報が発令されることは少ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;筑豊地方、筑後地方の内陸部（[[久留米市]]・[[飯塚市]]・[[田川市]]・[[嘉麻市]]・[[朝倉市]]など）&lt;br /&gt;
この地域では内陸地形であるため、寒暖の変動が激しい。夏は猛暑になりやすく、[[最高気温]]が35℃を越える日もある（飯塚市の平年値は、夏日143.5日、真夏日65.4日、猛暑日3.6日）。冬は[[最低気温]]が氷点下まで下がることもあり、県内ではこの地域が最も積雪しやすい（冬日28.5日、真冬日0.1日）。特に標高1,000m級の山が連なる[[筑紫山地]]の[[英彦山]]周辺では100cm以上積雪する事もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;筑後地方の[[有明海]]沿岸部（[[大牟田市]]・[[柳川市]]・[[大川市]]など）&lt;br /&gt;
有明海は内海のため、[[瀬戸内海式気候]]に近い。年間を通して温暖で、降水量も多くない。冬期は最低気温が氷点下まで下がることもあるが、降雪することはあっても積雪することはほとんどない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===位置===&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県5.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
*県内最東端：東経131度11分（[[上毛町]]大字上唐原）&lt;br /&gt;
*県内最西端：東経130度02分（[[二丈町]]大字鹿家）&lt;br /&gt;
*県内最南端：北緯33度00分（[[大牟田市]]東萩尾町）&lt;br /&gt;
*県内最北端：北緯34度15分（[[宗像市]][[沖ノ島]]）&lt;br /&gt;
:※[[離島]]部を除く最北端は北緯33度57分（[[北九州市]][[門司区]]太刀浦海岸）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===隣接都道府県===&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県6.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
;陸地で隣接&lt;br /&gt;
*[[佐賀県]]&lt;br /&gt;
*[[熊本県]]&lt;br /&gt;
*[[大分県]]&lt;br /&gt;
;海域を挟んで隣接&lt;br /&gt;
*[[山口県]]（福岡県内とを結ぶ鉄道・道路・航路がある）&lt;br /&gt;
*[[長崎県]]（福岡県内から[[壱岐]]・[[対馬]]・[[島原半島]]への航路がある）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===地形など===&lt;br /&gt;
*'''山地'''：[[筑紫山地]]、[[脊振山地]]、[[耳納山地]]、[[三郡山地]]、[[筑肥山地]]&lt;br /&gt;
*'''山'''：[[英彦山]]、[[釈迦岳]]、[[九千部山]]、[[皿倉山]]、[[大坂山]]、[[犬ヶ岳 (福岡県・大分県)|犬ヶ岳]]、[[貫山]]、[[福智山]]、[[宝満山]]&lt;br /&gt;
*'''平野'''：[[福岡平野]]、[[筑紫平野]]、[[直方平野]]&lt;br /&gt;
*'''[[一級河川]]'''：[[筑後川]]、[[矢部川]]、[[遠賀川]]&lt;br /&gt;
*'''[[二級河川]]'''：[[那珂川 (九州)|那珂川]]、[[御笠川]]、[[紫川]]&lt;br /&gt;
*'''[[海]]'''：[[玄界灘]]、[[響灘]]、[[有明海]]、[[周防灘]]&lt;br /&gt;
*'''[[湾]]'''：[[有明海]]、[[博多湾]]、[[洞海湾]]&lt;br /&gt;
*'''有人[[島]]'''：[[能古島]]、[[玄界島]]、[[志賀島]]、[[小呂島]]、[[姫島(福岡県)|姫島]]、[[相島]]、[[地島]]、[[大島(福岡県)|大島]]、[[馬島(福岡県)|馬島]]、[[藍島]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===自然公園===&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県7.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
*[[国立公園]]&lt;br /&gt;
:[[瀬戸内海国立公園]]&lt;br /&gt;
*[[国定公園]]&lt;br /&gt;
:[[玄海国定公園]]、[[耶馬日田英彦山国定公園]]、[[北九州国定公園]]&lt;br /&gt;
*[[都道府県立自然公園|県立自然公園]]&lt;br /&gt;
:太宰府県立自然公園、筑豊県立自然公園、筑後川県立自然公園、矢部川県立自然公園、脊振雷山県立自然公園&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==福岡の歴史==&lt;br /&gt;
===歴史 ===&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県8.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
福岡は、黒田氏発祥の地[[備前]]福岡に因むと謂われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===古代===&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県9.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
福岡県は[[中国]]や[[朝鮮半島]]に近いという地理的条件の影響を受け、古代から多くの歴史に富んでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[弥生時代]]、[[稲作]]が日本で最初に伝来した地といわれている（ただし異説あり）。「[[魏志倭人伝]]」によれば現在の福岡市西区・前原市・糸島郡のあたりに[[伊都国]]が存在し、現在の福岡市博多区のあたりに[[奴国]]が存在したと伝えられている。奴国については、[[江戸時代]]に志賀島の農民により金印が発見され、実在が確認されている。また同書に書かれている中国の皇帝から「親魏倭王」の金印を授かった女王卑弥呼が統治した[[邪馬台国]]も福岡県に存在したとする説が唱えられているが、これについては[[近畿地方]]にあったとする説と真っ向から対立しており、いわゆる「邪馬台国論争」となっており現在も解明されていない（他地域にあったとする研究者も少なからずいる）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天智朝の初め頃（660年代の初め）に、[[白村江の戦い]]（はくすきのえのたたかい）に敗れ、[[唐]]や[[新羅]]の連合軍が来襲するかも知れないとして九州の防備を固めるためや管轄のために[[大宰府]]が置かれた。[[大伴旅人]]や[[山上憶良]]、[[菅原道真]]が有名である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本の文献に記述される時代になると、[[筑紫国]]と[[豊の国|豊国]]があったようである。7世紀末に筑紫国は[[筑前国]]と[[筑後国]]に、豊国は[[豊前国]]と[[豊後国]]に分割された。現在の福岡県の県域は律令制における筑前国・筑後国の全域と、豊前国の一部である。&lt;br /&gt;
*[[869年]] 新羅海賊が博多湾に侵入&lt;br /&gt;
*[[1161年]] [[平清盛]]が[[博多]]に日本初の人工港湾を建設し、[[日宋貿易]]を行う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 中世 ===&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県10.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
*[[1274年]] 元軍の襲来を受ける（文永の役）。いわゆる[[元寇]]。&lt;br /&gt;
*[[1281年]] 再び元軍の襲来を受ける（弘安の役）。&lt;br /&gt;
*[[1587年]] [[豊臣秀吉]]により博多の太閤町割が行われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 近・現代 ===&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県11.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県12.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県13.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
*[[1871年]] [[廃藩置県]]前日現在、現・福岡県域を統治していた藩は以下の各藩&lt;br /&gt;
**[[福岡藩]]（支藩として秋月藩）・豊津藩（旧[[小倉藩]]、支藩として千束藩）・[[中津藩]]・[[久留米藩]]・[[柳河藩]]・[[三池藩]]&lt;br /&gt;
**[[7月14日]]、廃藩置県により、現在の県域にあたる以下の各県が発足。&lt;br /&gt;
***筑前国：福岡県・秋月県&lt;br /&gt;
***豊前国：小倉県・千束県・中津県&lt;br /&gt;
***筑後国：久留米県・柳河県・三池県&lt;br /&gt;
**[[11月14日]]、同一令制国の県同士を統合し、筑前国域が福岡県・豊前国域が小倉県・筑後国域が三潴県となる。&lt;br /&gt;
*[[1876年]]：&lt;br /&gt;
**[[4月18日]]、小倉県を福岡県に編入。佐賀県を三潴県へ編入。&lt;br /&gt;
**[[8月21日]]、旧小倉県域のうち、旧中津藩領域であった[[下毛郡]]（現・[[中津市]]）および[[宇佐郡]]（現・[[宇佐市]]）が[[大分県]]域に編入される。三潴県を福岡県へ編入し、同時に三潴県域のうち旧佐賀県域は[[長崎県]]へ編入。これにより、県境がほぼ確定。&lt;br /&gt;
*[[1889年]]：&lt;br /&gt;
**[[4月1日]]、市町村制施行に伴い[[福岡市]]と[[久留米市]]が市制施行。&lt;br /&gt;
**[[12月11日]]、九州初の営業用鉄道路線として博多?千歳川（仮停車場）間開業。現在の[[鹿児島本線]]の一部。&lt;br /&gt;
*[[1901年]]：日本初の近代的製鉄所である[[八幡製鐵所|官営八幡製鉄所]]が遠賀郡八幡村（現在の[[北九州市]][[八幡東区]]）に完成。&lt;br /&gt;
*[[1942年]]：世界初の海底トンネルである[[関門鉄道トンネル]]が開通。当時の大里（だいり）駅と[[下関駅]]が結ばれ、同時に大里駅は[[門司駅]]、それまでの門司駅は[[門司港駅]]とそれぞれ改称された。&lt;br /&gt;
*[[1945年]]：[[太平洋戦争]]の戦局悪化により、現在の北九州市内にあたる各市や福岡市・久留米市・[[大牟田市]]などが空襲を受ける。敗戦後、板付飛行場（現在の[[福岡空港]]）などが米軍により接収され、県内各地に米軍キャンプが設営される。&lt;br /&gt;
*[[1958年]]：[[山口県]][[下関市]]と門司市（現在の北九州市[[門司区]]）の間に[[関門国道トンネル]]開通。船を使わずに自動車で本州と往来することが可能となる。&lt;br /&gt;
*[[1962年]]：戸畑市（現在の北九州市[[戸畑区]]）と若松市（同[[若松区]]）との間に、[[若戸大橋]]開通。当時東洋一の[[吊橋]]だった。&lt;br /&gt;
*[[1963年]]：&lt;br /&gt;
**[[1月]]、[[38豪雪]]で[[福岡市]]、[[飯塚市]]など県内各地で記録的大雪。&lt;br /&gt;
**[[2月10日]]、北九州地区5市が合併し北九州市が発足。4月1日に九州初の[[政令指定都市]]となる。&lt;br /&gt;
**[[11月9日]]、[[三井三池炭鉱]]三川鉱（大牟田市）で炭じん爆発事故、死者458名。戦後の炭鉱事故としては死者数最大。&lt;br /&gt;
*[[1965年]]：[[6月1日]]、山野鉱業山野炭鉱（[[稲築町]](現[[嘉麻市]])）でガス爆発事故、死者237名。戦後の炭鉱事故としては上記の三川鉱事故に続き死者数が2番目。&lt;br /&gt;
*[[1968年]]：[[カネミ油症事件]]発生、県内を中心に全国的に被害発生。&lt;br /&gt;
*[[1970年]]：羽田発福岡行きの日本航空機が[[ハイジャック]]される。いわゆる[[よど号事件]]。&lt;br /&gt;
*[[1972年]]：福岡市が政令指定都市となる。1県に政令指定都市が2つ設置されたのは同日に政令指定都市となった[[川崎市]]を有する[[神奈川県]]と共に初めて。&lt;br /&gt;
*[[1973年]]：[[関門橋]]開通。[[九州自動車道]]の県内通過部分として初めて鳥栖?南関間が開通。&lt;br /&gt;
*[[1975年]]：[[3月10日]]、[[山陽新幹線]][[岡山駅|岡山]]～[[博多駅|博多]]間が開業。[[新関門トンネル]]開通。&lt;br /&gt;
*[[1976年]]：筑豊最後の炭鉱、貝島炭砿（[[宮田町]](現[[宮若市]])）が閉山し、筑豊から炭鉱がなくなる。&lt;br /&gt;
*[[1978年]]：大渇水により県内の多くの自治体が長期間に亘り給水制限となる。&lt;br /&gt;
*[[1987年]]：[[大分自動車道]]の最初の完成区間である鳥栖?朝倉間が部分開通。&lt;br /&gt;
*[[1988年]]：九州自動車道の福岡県内路線が完成。&lt;br /&gt;
*[[1989年]]：福岡市[[早良区]]百道浜埋立地を会場に[[アジア太平洋博覧会]]（通称よかトピア）開催。[[福岡タワー]]が建設される。&lt;br /&gt;
*[[1990年]]：大分自動車道の福岡県内路線が完成。&lt;br /&gt;
*[[1991年]]：[[台風19号 (1991年)|台風19号]]の上陸で被害を受ける。&lt;br /&gt;
*[[1993年]]：福岡市[[中央区 (福岡市)|中央区]]地行浜に[[福岡ドーム]]完成。&lt;br /&gt;
*[[1995年]]：福岡市及び周辺都市を会場に[[ユニバーシアード]]福岡大会開催。&lt;br /&gt;
*[[1996年]]：[[ガルーダ・インドネシア航空]]機が福岡空港で離陸に失敗、炎上。死者3名を出す。&lt;br /&gt;
*[[1997年]]：[[三井三池炭鉱]]（大牟田市）の閉山により福岡県から炭鉱が消える。&lt;br /&gt;
*[[2004年]]：&lt;br /&gt;
**[[1月]]下旬：福岡県内で大雪。&lt;br /&gt;
**[[8月31日]]・[[9月8日]]、[[台風16号 (2004年)|台風16]]、[[台風18号 (2004年)|18号]]の被害を受ける。&lt;br /&gt;
*[[2005年]]：&lt;br /&gt;
**[[3月20日]]、[[福岡県西方沖地震]]発生。福岡市を中心に被害を受けた。死者1名、重傷者76名。&lt;br /&gt;
**[[10月15日]]、[[太宰府市]]石坂に[[九州国立博物館]]が開館。国内4か所目の[[国立博物館]]。&lt;br /&gt;
*[[2006年]]：北九州市・[[京都郡]][[苅田町]]の[[周防灘]]沖に[[新北九州空港|北九州空港]]が開港。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==人口==&lt;br /&gt;
===年齢構成===&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県14.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
{{福岡県/5歳階級別人口}}&lt;br /&gt;
{{人口統計|code=40000|name=福岡県}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==行政==&lt;br /&gt;
===歴代公選知事===&lt;br /&gt;
#[[杉本勝次]] - [[1947年]][[4月12日]]～[[1955年]][[4月25日]]&lt;br /&gt;
#[[土屋香鹿]] - 1955年[[4月26日]]～[[1959年]][[4月22日]]&lt;br /&gt;
#[[鵜崎多一]] - 1959年[[4月23日]]～[[1967年]]4月22日&lt;br /&gt;
#[[亀井光]] - 1967年4月23日～[[1983年]]4月22日&lt;br /&gt;
#[[奥田八二]] - 1983年4月23日～1995年4月22日&lt;br /&gt;
#[[麻生渡]] - 1995年4月23日～現職&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 産業 ==&lt;br /&gt;
=== 第1次産業 ===&lt;br /&gt;
==== 農業 ====&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県15.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
農業産出額では全国16位と、いわゆる農業県ではないが、種苗・苗木等の産出額が日本一であるほか、「博多とよのか」や「あまおう」ブランドに代表される、産出額全国2位の[[苺]]、同じく全国2位の[[小麦]]、同3位の[[菊]]などが主要産品である。また、｢ひのひかり｣｢夢つくし｣｢つくしろまん｣などの県産[[米]]も生産されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 水産業 ====&lt;br /&gt;
北に[[玄界灘]]・[[響灘]]、東に[[周防灘]]、南西に[[有明海]]があり、玄界灘・響灘では、[[鯖]]、[[鯵]]、[[イカ]]、[[ヒラメ]]、[[フグ]]など、周防灘では[[カレイ]]、ヒラメ、[[クルマエビ]]や[[牡蠣]]などの貝類、有明海では[[海苔]]養殖が主力で、その他有明海特有の魚介類なども水揚げされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 林業 ====&lt;br /&gt;
平成15年度現在、223,222haの森林面積があり、その58％が[[人工林]]、天然林は20.3％である。（出典：福岡県林政課「森林・林業白書」）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 第2次産業 ===&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県16.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
福岡県における産業構造は、[[明治]]から[[昭和]]の[[高度成長期]]にかけては、[[筑豊]]、[[大牟田市|大牟田]]地区より産出される石炭を原材料とした産業が発展した。[[北九州市]]では官営製鐵所（現・[[新日本製鐵]][[八幡製鐵所]]）を中心に鉄鋼業・製造業が発展し、[[大牟田市]]では化学産業が発展していった。そして、[[北九州市]]周辺は[[北九州工業地帯]]と呼ばれるまでに発展をした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、[[1960年代]]に国内の主要エネルギーが石炭から石油へと転換すると、多くの[[炭鉱]]は閉山していき県内における石炭産業は衰えていった。また、[[石炭]]を利用して栄えた基礎素材型産業も、その生産地域を太平洋沿岸地域へと次第にその中心を移していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、福岡県では産業構造を変化させるため[[自動車産業]]の誘致に取り組み、現在県内には[[日産自動車]]、[[トヨタ自動車]]という2つの会社が車両製造工場を操業している。また、[[2004年]]12月には福岡県に隣接する[[大分県]][[中津市]]に[[ダイハツ工業|ダイハツ]]の工場が操業を開始し、[[苅田町]]にはトヨタ自動車のエンジン工場が進出を予定している。このように[[北九州工業地帯]]に自動車関連産業の占める比重が大きくなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、九州は[[シリコンアイランド]]と呼ばれるように多くの[[半導体]]製造工場や研究開発拠点がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 第3次産業 ===&lt;br /&gt;
高度成長期以降、福岡市周辺に経済、行政、文化等に関する様々な機能が集積し、九州の中枢としての性格が強まってきた。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
近年では、商業施設の充実や高速道路網の整備等もあって、福岡都市圏の消費マーケットは九州北部を商圏とする規模にまで拡大しており、現在では第3次産業中心の産業構造となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 県内に拠点事業所のある主要企業 ====&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式1.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式2.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式3.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
;工場&lt;br /&gt;
*[[日産自動車]]（苅田町）&lt;br /&gt;
*[[トヨタ自動車]]（宮若市）&lt;br /&gt;
*[[新日本製鐵]]（北九州市戸畑区）&lt;br /&gt;
*[[住友金属工業]]（北九州市小倉北区）&lt;br /&gt;
*[[黒崎播磨|黒崎播磨本社]]（北九州市八幡西区）&lt;br /&gt;
*[[麒麟麦酒]]（朝倉市）&lt;br /&gt;
*[[明治乳業]]（八女市）&lt;br /&gt;
*[[アサヒビール]]（福岡市博多区）&lt;br /&gt;
*[[三井化学]]（大牟田市）&lt;br /&gt;
*[[関東化学]]（大牟田市）&lt;br /&gt;
*[[中嶋産業]]（大牟田市）&lt;br /&gt;
*[[MCS]]（大牟田市）&lt;br /&gt;
*[[ブリヂストン]]（久留米市）&lt;br /&gt;
*[[日本デリカフレッシュ]]（北九州市小倉南区）&lt;br /&gt;
*[[熊本製粉]]（福岡市東区）&lt;br /&gt;
*[[三菱マテリアル]]（苅田町）&lt;br /&gt;
*[[三菱化学]]（北九州市八幡西区）&lt;br /&gt;
*[[旭硝子]]（北九州市戸畑区）&lt;br /&gt;
*[[安川電機]]（北九州市八幡西区）&lt;br /&gt;
*[[東陶機器]]（北九州市小倉北区）&lt;br /&gt;
*[[九州森永乳業]]（筑紫野市）&lt;br /&gt;
*[[日本たばこ産業]]九州工場（筑紫野市）&lt;br /&gt;
*[[九州乳業]]福岡工場（春日市）&lt;br /&gt;
*[[筑水キャニコム]] (うきは市吉井町)&lt;br /&gt;
;倉庫&lt;br /&gt;
*[[タカラスタンダード]]（鞍手町）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===主な特産品・[[伝統工芸品]]など===&lt;br /&gt;
'''[[伝統工芸品]]'''&lt;br /&gt;
*[[博多織]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[博多人形]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[津屋崎人形]]（[[福津市]]）&lt;br /&gt;
*[[久留米絣]]（久留米市）&lt;br /&gt;
*[[小石原焼]]（朝倉郡東峰村）&lt;br /&gt;
*[[上野焼]]（田川郡福智町）&lt;br /&gt;
*八女福島仏壇（八女市）&lt;br /&gt;
*[[八女提灯]]（八女市）&lt;br /&gt;
*[[家具]]（大川市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''食品'''&lt;br /&gt;
*[[辛子明太子]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[もつ鍋]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[水炊き]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[アラ鍋]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[ひよ子|銘菓ひよ子]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[鶏卵素麺]]・[[鶴乃子]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[胡麻鯖]]（福岡市など、近海全域）&lt;br /&gt;
*[[鯛茶漬]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*豚骨[[ラーメン]]（福岡市、久留米市、田川市など県全域）&lt;br /&gt;
*博多鉄鍋餃子（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[おきゅうと|おきうと]]（福岡市とその周辺）&lt;br /&gt;
*博多とよのか([[イチゴ]])（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[鰯のぬか炊き|ぬかみそ炊き]]（北九州市）&lt;br /&gt;
*[[鰻]]のせいろ蒸し（柳川市）&lt;br /&gt;
*[[八女茶]]（八女市、八女郡）&lt;br /&gt;
*有明海苔（柳川市など有明海沿岸市町）&lt;br /&gt;
*三池[[高菜]]（大牟田市など県南部）&lt;br /&gt;
*銘菓[[千鳥饅頭]]（飯塚市）&lt;br /&gt;
*[[梅ヶ枝餅]]（太宰府市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==地域==&lt;br /&gt;
===都市圏===&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式4.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
[[都市雇用圏]]（10%通勤圏）の変遷&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot;&lt;br /&gt;
|- bgcolor=#f0f0f0&lt;br /&gt;
!1980年&lt;br /&gt;
!1990年&lt;br /&gt;
!1995年&lt;br /&gt;
!2000年&lt;br /&gt;
|-bgcolor=#ffcccc&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[福岡都市圏]]&amp;lt;br&amp;gt;177&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;3129人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[福岡市|福岡]]都市圏&amp;lt;br&amp;gt;212&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;9424人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |福岡都市圏&amp;lt;br&amp;gt;220&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;8245人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |福岡都市圏&amp;lt;br&amp;gt;232&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;9021人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|-bgcolor=#ccffff&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[北九州都市圏]]&amp;lt;br&amp;gt;152&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;4747人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[北九州市|北九州]]都市圏&amp;lt;br&amp;gt;142&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;8014人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |北九州都市圏&amp;lt;br&amp;gt;142&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;8266人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |北九州都市圏&amp;lt;br&amp;gt;142&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;5920人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|-bgcolor=#ffffcc&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[久留米都市圏]]&amp;lt;br&amp;gt;38&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;4264人||align=&amp;quot;center&amp;quot; rowspan=2 |[[久留米市|久留米]]都市圏&amp;lt;br&amp;gt;46&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;1686人||align=&amp;quot;center&amp;quot; rowspan=2 |久留米都市圏&amp;lt;br&amp;gt;48&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;8621人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |久留米都市圏&amp;lt;br&amp;gt;41&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;9616人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;center&amp;quot; |&amp;lt;font size=-1&amp;gt;（[[八女都市圏]]）||align=&amp;quot;center&amp;quot; |&amp;lt;font size=-1&amp;gt;（[[八女市|八女]]都市圏）&amp;lt;/font&amp;gt;&amp;lt;!--&amp;lt;br&amp;gt;7&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;1048人--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[大牟田都市圏]]&amp;lt;br&amp;gt;25&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;4723人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[大牟田市|大牟田]]都市圏&amp;lt;br&amp;gt;25&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;6625人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |大牟田都市圏&amp;lt;br&amp;gt;24&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;8298人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |大牟田都市圏&amp;lt;br&amp;gt;24&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;0181人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[飯塚都市圏]]&amp;lt;br&amp;gt;18&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;8420人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[飯塚市|飯塚]]都市圏&amp;lt;br&amp;gt;21&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;7059人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |飯塚都市圏&amp;lt;br&amp;gt;21&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;6174人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |飯塚都市圏&amp;lt;br&amp;gt;20&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;9400人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|-bgcolor=#ccffcc&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[田川都市圏]]&amp;lt;br&amp;gt;15&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;2085人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[田川市|田川]]都市圏&amp;lt;br&amp;gt;14&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;7778人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |田川都市圏&amp;lt;br&amp;gt;14&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;3289人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |田川都市圏&amp;lt;br&amp;gt;13&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;6431人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[大川都市圏]]&amp;lt;br&amp;gt;4&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;9537人||align=&amp;quot;center&amp;quot; rowspan=2|[[大川市|大川]]都市圏&amp;lt;br&amp;gt;10&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;7514人||align=&amp;quot;center&amp;quot; rowspan=2|大川都市圏&amp;lt;br&amp;gt;10&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;5007人||align=&amp;quot;center&amp;quot; rowspan=2|大川都市圏&amp;lt;br&amp;gt;10&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;1581人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[柳川都市圏]]&amp;lt;br&amp;gt;4&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;5587人&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
:※八女都市圏については人口データがない。統計年により久留米都市圏の2次圏に入ったり出たりしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===地域圏===&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式5.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式6.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
福岡県による[http://www.toukei.pref.fukuoka.jp/guide/index1.html 地域区分]では、以下の[http://www.pref.fukuoka.lg.jp/wbase.nsf/doc/gaiyou-jinkoutochiiki?OpenDocument 4つの地域]に大きく分けられ、さらに10の広域圏・都市広域圏に区分されている（人口は2006年7月1日現在の推計人口[http://www.toukei.pref.fukuoka.jp/plane/1619/jinkou-tuki-hyo-2006.07s.xls]）。ただし、これは地域区分であり、[[都市圏]]による区分とは異なる。&lt;br /&gt;
*[[北九州地方|北九州地域]]　132&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/font&amp;gt;5002人&lt;br /&gt;
**[[北九州都市圏|北九州都市広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;1,134,221人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[京築|京築広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;190,781人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[筑豊地方|筑豊地域]]　44&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/font&amp;gt;7465人&lt;br /&gt;
**[[嘉飯山地区|飯塚広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;192,492人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[田川地区|田川広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;139,721人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[直鞍地区|直方・鞍手広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;115,252人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[福岡地方|福岡地域]]　242&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/font&amp;gt;7293人&lt;br /&gt;
**[[福岡都市圏|福岡都市広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;2,336,434人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[甘木・朝倉広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;90,859人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[筑後地方|筑後地域]]　85&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/font&amp;gt;2278人&lt;br /&gt;
**[[久留米広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;464,806人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[有明広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;246,792人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[八女・筑後広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;140,680人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2000年|平成12年]]と[[2005年|平成17年]]の両[[国勢調査]]を比較すると、県全体としては33,427人の人口増となっているが、福岡地域の[[自治体]]のみ人口が増加傾向にあり、それ以外の3地域は人口が減少傾向にある。&lt;br /&gt;
*自動車の[[ナンバープレート (日本)|ナンバープレート]]に表示される陸運支局・陸運事務所名は「福岡」「北九州」「久留米」「筑豊」の4種類。ただし、朝倉市・朝倉郡は久留米ナンバーである。&lt;br /&gt;
*[[郵便番号]]の先頭2桁の数字は概ね福岡地域が「81」、北九州地域が「80」、筑後地域が「83」、筑豊および[[京築]]地域が「82」、築上郡東部が「87」。ただし、県側の定義と一致しない地域も多い。&lt;br /&gt;
*市外局番は概ね福岡地域が「092」、北九州市周辺地域が「093」、京築北部地域が「0930」、[[豊前市]]および[[築上郡]]東部が「0979」。それ以外の、主に筑後地域は「094X」。これも県側の定義と一致しない地域も多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*気象情報上の区分では「福岡」「北九州」「筑後」「筑豊」の4地区で分けられる。ただし、朝倉市・筑前町・東峰村は「筑後」に含まれる。二次細分区域では「北九州」からは「北九州遠賀」「京築」に2分割され、「筑後」からは「筑後北部」「筑後南部」に2分割されるため区分は6地区になる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===市町村===&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式7.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式8.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式9.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式10.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式11.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
以下の28市･13郡･34町･4村がある。市町村数66は全都道府県中第4位（[[2007年]]（平成19年）1月29日現在）であり、同第29位の面積に比して細かく区分されていると言える。「町」の読みは、遠賀町のみ「ちょう」、他はすべて「まち」。「村」の読みはすべて「むら」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[福岡地方|福岡地域]]　242&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/font&amp;gt;7293人&lt;br /&gt;
*[[福岡都市圏|福岡都市広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;2,336,434人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[福岡市]]（[[政令指定都市]]）&lt;br /&gt;
***[[東区 (福岡市)|東区]] - [[博多区]] - [[中央区 (福岡市)|中央区]] - [[南区 (福岡市)|南区]] - [[西区 (福岡市)|西区]] - [[城南区]] - [[早良区]]&lt;br /&gt;
**[[宗像市]]&lt;br /&gt;
**[[筑紫野市]]&lt;br /&gt;
**[[春日市]]&lt;br /&gt;
**[[大野城市]]&lt;br /&gt;
**[[太宰府市]]&lt;br /&gt;
**[[福津市]]&lt;br /&gt;
**[[前原市]]&lt;br /&gt;
**[[古賀市]]&lt;br /&gt;
**[[筑紫郡]]&lt;br /&gt;
***[[那珂川町 (福岡県)|那珂川町]]&lt;br /&gt;
**[[糟屋郡]]&lt;br /&gt;
***[[宇美町]] - [[篠栗町]] - [[志免町]] - [[須恵町]] - [[新宮町 (福岡県)|新宮町]] - [[久山町]] - [[粕屋町]]&lt;br /&gt;
**[[糸島郡]]&lt;br /&gt;
***[[二丈町]] - [[志摩町 (福岡県)|志摩町]]&lt;br /&gt;
*[http://www.amagi-asakura.jp/ 甘木・朝倉広域圏]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;90,859人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[朝倉市]]&lt;br /&gt;
**[[朝倉郡]]&lt;br /&gt;
***[[筑前町]] - [[東峰村]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[北九州地方|北九州地域]]　132&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/font&amp;gt;5002人&lt;br /&gt;
*[[北九州都市圏|北九州都市広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;1,134,221人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[北九州市]]（政令指定都市）&lt;br /&gt;
***[[門司区]] - [[若松区]] - [[戸畑区]] - [[小倉北区]] - [[小倉南区]] - [[八幡東区]] - [[八幡西区]]&lt;br /&gt;
**[[中間市]]&lt;br /&gt;
**[[遠賀郡]]&lt;br /&gt;
***[[芦屋町]] - [[水巻町]] - [[岡垣町]] - [[遠賀町]]&lt;br /&gt;
*[http://www.city.yukuhashi.fukuoka.jp/keichiku/ 京築広域圏]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;190,781人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[行橋市]]&lt;br /&gt;
**[[豊前市]]&lt;br /&gt;
**[[京都郡]]&lt;br /&gt;
***[[苅田町]] - [[みやこ町]]&lt;br /&gt;
**[[築上郡]]&lt;br /&gt;
***[[吉富町]] - [[上毛町]] - [[築上町]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[筑後地方|筑後地域]]　85&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/font&amp;gt;2278人&lt;br /&gt;
*[http://www.kttnet.co.jp/kurume-koiki/ 久留米広域圏]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;464,806人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[久留米市]]（[[特例市]]）&lt;br /&gt;
**[[うきは市]]&lt;br /&gt;
**[[小郡市]]&lt;br /&gt;
**[[大川市]]&lt;br /&gt;
**[[三井郡]]&lt;br /&gt;
***[[大刀洗町]]&lt;br /&gt;
**[[三潴郡]]&lt;br /&gt;
***[[大木町]]&lt;br /&gt;
*[http://www.kisc.co.jp/kouikiken/ 八女・筑後広域圏]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;140,680人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[八女市]]&lt;br /&gt;
**[[筑後市]]&lt;br /&gt;
**[[八女郡]]&lt;br /&gt;
***[[黒木町]] - [[立花町]] - [[広川町 (福岡県)|広川町]] - [[矢部村]] - [[星野村]]&lt;br /&gt;
*[[有明広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;246,792人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[大牟田市]]&lt;br /&gt;
**[[柳川市]]&lt;br /&gt;
**[[みやま市]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[筑豊地方|筑豊地域]]　44&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/font&amp;gt;7465人&lt;br /&gt;
*[[嘉飯山地区|飯塚広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;192,492人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[飯塚市]]&lt;br /&gt;
**[[嘉麻市]]&lt;br /&gt;
**[[嘉穂郡]]&lt;br /&gt;
***[[桂川町]]&lt;br /&gt;
*[[田川地区|田川広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;139,721人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[田川市]]&lt;br /&gt;
**[[田川郡]]&lt;br /&gt;
***[[香春町]] - [[添田町]] - [[糸田町]] - [[川崎町 (福岡県)|川崎町]] - [[大任町]] - [[赤村]] - [[福智町]]&lt;br /&gt;
*[[直鞍地区|直方・鞍手広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;115,252人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[直方市]]&lt;br /&gt;
**[[宮若市]]&lt;br /&gt;
**[[鞍手郡]]&lt;br /&gt;
***[[小竹町]] - [[鞍手町]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===平成の大合併による市町村の変更===&lt;br /&gt;
;2003年&lt;br /&gt;
*4月1日　'''宗像市'''（宗像市、宗像郡玄海町：合併）&lt;br /&gt;
;2005年&lt;br /&gt;
*1月24日 '''福津市'''（宗像郡福間町、津屋崎町：合併市制）&lt;br /&gt;
*2月5日　'''久留米市'''（浮羽郡田主丸町、三井郡北野町、三潴郡城島町・三潴町：編入）&lt;br /&gt;
*3月20日 '''うきは市'''（浮羽郡吉井町・浮羽町：合併市制）&lt;br /&gt;
*3月21日 '''柳川市'''（柳川市、山門郡大和町・三橋町：合併）&lt;br /&gt;
*3月22日 朝倉郡'''筑前町'''（朝倉郡三輪町・夜須町：合併）&lt;br /&gt;
*3月28日 朝倉郡'''東峰村'''（朝倉郡小石原村・宝珠山村：合併）&lt;br /&gt;
*3月28日 '''宗像市'''（宗像郡大島村：編入）&lt;br /&gt;
*10月11日 築上郡'''上毛町'''（築上郡新吉富村･大平村：合併）&lt;br /&gt;
;2006年&lt;br /&gt;
*1月10日 築上郡'''築上町'''（築上郡椎田町・築城町：合併）&lt;br /&gt;
*2月11日 '''宮若市'''（鞍手郡宮田町・若宮町：合併市制）&lt;br /&gt;
*3月6日　田川郡'''福智町'''（田川郡金田町・赤池町・方城町：合併）&lt;br /&gt;
*3月20日 京都郡'''みやこ町'''（京都郡犀川町・勝山町・豊津町：合併）&lt;br /&gt;
*3月20日 '''朝倉市'''（甘木市、朝倉郡杷木町・朝倉町：合併）&lt;br /&gt;
*3月26日 '''飯塚市'''（飯塚市、嘉穂郡筑穂町・穂波町・庄内町・頴田町：合併）&lt;br /&gt;
*3月27日 '''嘉麻市'''（山田市、嘉穂郡稲築町・碓井町・嘉穂町：合併）&lt;br /&gt;
*10月1日 '''八女市'''（八女郡上陽町：編入）&lt;br /&gt;
;2007年&lt;br /&gt;
*1月29日 '''みやま市'''（山門郡瀬高町・山川町、三池郡高田町：合併市制）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===既に消滅した市郡町村===&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式12.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
'''記事が書かれている市郡町村のみ'''掲載。それ以外は[[消滅した福岡県の市町村の一覧]]を参照のこと。&lt;br /&gt;
*[[小倉市]]&lt;br /&gt;
*[[八幡市 (福岡県)|八幡市]]&lt;br /&gt;
*[[山田市]]&lt;br /&gt;
*[[企救郡]][[曾根町]]・[[西谷村 (福岡県)|西谷村]]・[[中谷村]]・[[東谷村]]（企救郡は郡自体も消滅）&lt;br /&gt;
*[[早良郡]]（郡自体が消滅）&lt;br /&gt;
*[[宗像郡]][[福間町]]・[[津屋崎町]]・[[玄海町 (福岡県)|玄海町]]・[[大島村 (福岡県)|大島村]]（宗像郡は郡自体も消滅）&lt;br /&gt;
*朝倉郡[[三輪町]]・[[夜須町 (福岡県)|夜須町]]・[[小石原村]]・[[宝珠山村]]&lt;br /&gt;
*[[浮羽郡]][[吉井町 (福岡県)|吉井町]]・[[田主丸町]]・[[浮羽町]]（浮羽郡は郡自体も消滅）&lt;br /&gt;
*三井郡[[善導寺町]]・[[北野町]]&lt;br /&gt;
*三潴郡[[筑邦町]]・[[城島町]]・[[三潴町]]&lt;br /&gt;
*[[山門郡]][[瀬高町]]・[[三橋町]]・[[山川町 (福岡県)|山川町]]・[[大和町 (福岡県)|大和町]]（山門郡は郡自体も消滅）&lt;br /&gt;
*築上郡[[椎田町]]・[[築城町]]・[[新吉富村]]・[[大平村]]&lt;br /&gt;
*田川郡[[赤池町]]・[[金田町]]・[[方城町]]&lt;br /&gt;
*嘉穂郡[[幸袋町]]・[[二瀬町]]・[[鎮西村 (福岡県)|鎮西村]]・[[稲築町]]・[[碓井町]]・[[頴田町]]・[[嘉穂町]]・[[庄内町 (福岡県)|庄内町]]・[[筑穂町]]・[[穂波町]]&lt;br /&gt;
*八女郡[[上陽町]]&lt;br /&gt;
*[[三池郡]][[高田町]]（三池郡は郡自体も消滅）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===方言===&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式13.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
福岡県では地域によって使われる方言は様々である。&lt;br /&gt;
;[[福岡地方]]&lt;br /&gt;
*[[博多弁]]（[[福岡市]]近郊）&lt;br /&gt;
*[[宗像弁]]（[[宗像市]]近郊）&lt;br /&gt;
;[[北九州地方]]&lt;br /&gt;
*[[北九州弁]]（[[北九州市]]]・行橋市近郊）&lt;br /&gt;
*[[中津弁]]（[[豊前市]]以東）&lt;br /&gt;
;[[筑豊地方]]&lt;br /&gt;
*[[筑豊弁]] &lt;br /&gt;
**[[田川弁]]（[[田川市]]・[[田川郡]]）&lt;br /&gt;
**[[飯塚弁]]（[[飯塚市]]・[[嘉麻市]]・[[嘉穂郡]]）&lt;br /&gt;
**[[直方弁]]（直方市近郊） &lt;br /&gt;
;[[筑後地方]]&lt;br /&gt;
*[[筑後弁]]&lt;br /&gt;
**[[久留米弁]]（[[久留米市]]・[[朝倉市]]近郊）&lt;br /&gt;
**[[柳川弁]]（[[柳川市]]・[[大川市]]・[[みやま市]]）&lt;br /&gt;
**[[大牟田弁]] -（[[大牟田市]]近郊）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、これらの方言は地域によって差異がみられ、地域によって更に細かく分けられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 有形文化財建造物 ==&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式14.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
;重要伝統的建造物群保存地区&lt;br /&gt;
*[[八女福島]] （八女市）&lt;br /&gt;
*[[筑後吉井]] （うきは市）&lt;br /&gt;
*[[秋月]] （朝倉市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事 ==&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式15.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式16.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県17.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県18.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県19.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県20.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県21.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
*[[シーサイドももち]]地区（福岡市中央区・早良区）&lt;br /&gt;
*[[福岡タワー]]（福岡市早良区）&lt;br /&gt;
*[[福岡ドーム]] （福岡市中央区）&lt;br /&gt;
*[[北原白秋]]生家（柳川市）&lt;br /&gt;
*柳川川下り（柳川市）&lt;br /&gt;
*[[門司港レトロ地区]]（北九州市門司区）&lt;br /&gt;
*[[皿倉山]]（北九州市八幡東区）&lt;br /&gt;
*[[松本清張]]記念館（北九州市小倉北区）&lt;br /&gt;
;テーマパーク・動植物園等&lt;br /&gt;
*[[スペースワールド]]（北九州市八幡東区）&lt;br /&gt;
*[[海の中道海浜公園]]（福岡市東区）- [[国営公園]]&lt;br /&gt;
*[[マリンワールド海の中道]]（福岡市東区）&lt;br /&gt;
*[[到津の森公園]]（北九州市小倉北区）&lt;br /&gt;
*[[福岡市動植物園]]（福岡市中央区）&lt;br /&gt;
*[[大牟田市動物園]]（大牟田市）&lt;br /&gt;
*[[久留米市鳥類センター]]（久留米市）&lt;br /&gt;
*久留米市世界つつじセンター（久留米市）&lt;br /&gt;
*北九州市ほたる館（北九州市小倉北区）&lt;br /&gt;
;名勝・旧跡等&lt;br /&gt;
*[[平尾台]]（北九州市小倉南区・行橋市・京都郡みやこ町・苅田町・田川郡香春町）&lt;br /&gt;
*芥屋の大門（糸島郡志摩町）- 国[[名勝]]&lt;br /&gt;
*柳川御花・[[松濤園]]（柳川市）- 国名勝&lt;br /&gt;
*[[大宰府]]跡（太宰府市）- 国[[:Category:特別史跡|特別史跡]]&lt;br /&gt;
*[[水城]]跡（太宰府市・大野城市）- 国特別史跡&lt;br /&gt;
*[[大野城 (筑前国)|大野城]]跡（太宰府市・大野城市・糟屋郡宇美町）- 国特別史跡&lt;br /&gt;
*[[基肄城]]跡（筑紫野市）- 国特別史跡&lt;br /&gt;
;神社・仏閣&lt;br /&gt;
*[[櫛田神社]]（福岡市博多区）&lt;br /&gt;
*[[筥崎宮]]（福岡市東区）&lt;br /&gt;
*[[香椎宮]]（福岡市東区）&lt;br /&gt;
*[[福岡縣護國神社]]（福岡市中央区）&lt;br /&gt;
*[[宇美八幡宮]]（糟屋郡宇美町）&lt;br /&gt;
*[[宗像大社]]（宗像市）&lt;br /&gt;
*[[宮地嶽神社]]（福津市）&lt;br /&gt;
*[[太宰府天満宮]]（太宰府市）&lt;br /&gt;
*[[高良大社]]（久留米市）&lt;br /&gt;
*[[水天宮 (久留米市)|水天宮]]（久留米市）&lt;br /&gt;
*[[観世音寺]]（太宰府市）&lt;br /&gt;
*[[武蔵寺]]（筑紫野市）&lt;br /&gt;
*[[篠栗四国八十八箇所]]（糟屋郡篠栗町）&lt;br /&gt;
;温泉&lt;br /&gt;
*[[二日市温泉 (筑紫野市)|二日市温泉]]（筑紫野市）&lt;br /&gt;
*[[原鶴温泉]]（朝倉市）&lt;br /&gt;
*[[筑後川温泉]]（うきは市）&lt;br /&gt;
*[[船小屋温泉]]（筑後市・みやま市）&lt;br /&gt;
*[[脇田温泉]]（宮若市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===祭事===&lt;br /&gt;
*[[博多どんたく]]港まつり（福岡市、5月）&lt;br /&gt;
*[[博多祇園山笠]]（福岡市、7月）&lt;br /&gt;
*[[放生会]]（福岡市、9月）&lt;br /&gt;
*[[わっしょい百万夏祭り]]（北九州市、8月）&lt;br /&gt;
*[[大蛇山まつり]]（大牟田市、７月）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===スポーツ===&lt;br /&gt;
====プロスポーツチーム====&lt;br /&gt;
*[[福岡ソフトバンクホークス]]（福岡市） - [[プロ野球]]&lt;br /&gt;
*[[アビスパ福岡]]（福岡市） - [[日本プロサッカーリーグ|Jリーグ]]&lt;br /&gt;
*[[福岡サニックスブルース]]（宗像市） - [[ジャパンラグビートップリーグ]]&lt;br /&gt;
*[[ニューウェーブ北九州]]（北九州市） - [[サッカー]][[九州社会人リーグ|Kyuリーグ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=====ファンの応援傾向=====&lt;br /&gt;
*[[プロ野球]]は、[[福岡ソフトバンクホークス]]のファンが圧倒的に多い。また、かつて西鉄ライオンズが[[福岡市]]の[[平和台球場]]に本拠地があったことから[[西武ライオンズ]]のファンが[[柳川市]]など西鉄沿線の[[筑後地方]]を中心に多い。しかし、同時にホークスファンの中にはアンチライオンズファンも非常に多い。ただし、ダイエー移転当初は平和台球場での応援はダイエー・西武に完全に二分されていたところを見ても、福岡を裏切って移転したという負の理由よりも、ホークスにとってライオンズが最大の好敵手であるというポジティブなことに理由がありそうである。また、かつて[[下関市]]に本拠地があったことから、[[北九州市]]を中心に[[横浜ベイスターズ]]ファンも少なくは無い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====定期開催されるスポーツイベント====&lt;br /&gt;
*[[朝日駅伝]]（1月開催。福岡市→北九州市）&lt;br /&gt;
*[[選抜女子駅伝北九州大会]]（1月開催）&lt;br /&gt;
*[[福岡国際クロスカントリー選手権]] - [[クロスカントリー]]&lt;br /&gt;
*[[九州一周駅伝]]（11月開催。北九州市などを通り、福岡市がゴール地）- [[駅伝]]&lt;br /&gt;
*大相撲十一月場所（福岡市。[[福岡国際センター]]で開催） - [[大相撲]]&lt;br /&gt;
*[[福岡国際マラソン]]（毎年12月第1日曜開催） - [[マラソン]]&lt;br /&gt;
*[[福岡国際女子柔道選手権]] - [[柔道]]&lt;br /&gt;
*[[金鷲旗全国高等学校柔道大会]] - [[柔道]]&lt;br /&gt;
*[[玉竜旗全国高等学校剣道大会]] - [[剣道]]&lt;br /&gt;
*[[全国選抜高校テニス大会]] - [[テニス]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====過去の実績====&lt;br /&gt;
*[[2001年世界水泳選手権]]&lt;br /&gt;
*第18回[[ユニバーシアード]]夏季大会 - [[1995年]]&lt;br /&gt;
*[[国民体育大会]]　第3回（[[1948年]]）　第45回（[[1990年]]）&lt;br /&gt;
**第3回の時は[[平和台陸上競技場]]、45回の時は[[東平尾公園]]（博多の森陸上競技場他）が建設された&lt;br /&gt;
*[[福岡レッドファルコンズ]]（[[バスケットボール]][[JBLスーパーリーグ]]。1年足らずで解散）&lt;br /&gt;
*[[西武ライオンズ|西鉄クリッパース→西鉄ライオンズ→太平洋クラブライオンズ→クラウンライターライオンズ]]（[[西武グループ]]による買収で[[所沢市]]へ転出）&lt;br /&gt;
*[[西日本パイレーツ]]（1年で西鉄に吸収合併）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===[[公営競技]]===&lt;br /&gt;
[[競馬]]、[[競輪]]、[[競艇]]、[[オートレース]]全ての競技場が揃っている。&lt;br /&gt;
*[[小倉競馬場]]（北九州市小倉南区） - [[中央競馬]]&lt;br /&gt;
*[[福岡競艇場]]（福岡市中央区） - [[2007年]]の年末に九州で初めての[[賞金王決定戦競走]]を開催&lt;br /&gt;
*[[若松競艇場]]（北九州市若松区）&lt;br /&gt;
*[[芦屋競艇場]]（遠賀郡芦屋町）&lt;br /&gt;
*[[小倉競輪場]]（北九州市小倉北区） - 日本で最初の[[競輪場]]（ただし現用施設は開設当初とは別施設）&lt;br /&gt;
*[[久留米競輪場]]（久留米市）&lt;br /&gt;
*[[飯塚オートレース場]]（飯塚市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 教育 ==&lt;br /&gt;
=== 大学 ===&lt;br /&gt;
; [[国立大学]]&lt;br /&gt;
* [[九州大学]]（福岡市・春日市・大野城市・前原市・志摩町）&lt;br /&gt;
* [[九州工業大学]]（北九州市・飯塚市）&lt;br /&gt;
* [[福岡教育大学]]（宗像市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; [[公立大学]]&lt;br /&gt;
* [[北九州市立大学]]（北九州市）&lt;br /&gt;
* [[九州歯科大学]]（北九州市）&lt;br /&gt;
* [[福岡県立大学]]（田川市）&lt;br /&gt;
* [[福岡女子大学]]（福岡市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; [[私立大学]]&lt;br /&gt;
* [[折尾愛真短期大学]]（北九州市）&lt;br /&gt;
* [[九州栄養福祉大学]]（北九州市）&lt;br /&gt;
* [[九州共立大学]]（北九州市）&lt;br /&gt;
* [[九州国際大学]]（北九州市）&lt;br /&gt;
* [[九州産業大学]]（福岡市）&lt;br /&gt;
* [[九州情報大学]]（太宰府市）&lt;br /&gt;
* [[九州女子大学]]（北九州市）&lt;br /&gt;
* [[近畿大学]]産業理工学部（飯塚市）  &lt;br /&gt;
* [[久留米工業大学]]（久留米市）&lt;br /&gt;
* [[久留米大学]]（久留米市）&lt;br /&gt;
* [[国際医療福祉大学]]福岡リハビリテーション学部（大川市）および福岡看護学部（福岡市）&lt;br /&gt;
* [[産業医科大学]]（北九州市）&lt;br /&gt;
* [[西南学院大学]]（福岡市）&lt;br /&gt;
* [[西南女学院大学]]（北九州市）&lt;br /&gt;
* [[日本経済大学]](2010年4月福岡経済大学から改称）（太宰府市）&lt;br /&gt;
* [[福岡医療福祉大学]]（太宰府市）&lt;br /&gt;
* [[第一薬科大学]]（福岡市）&lt;br /&gt;
* [[筑紫女学園大学]]（太宰府市）&lt;br /&gt;
* [[筑紫女学園短期大学]]（太宰府市）&lt;br /&gt;
* [[帝京大学]]福岡キャンパス（大牟田市）&lt;br /&gt;
* [[東和大学]]（福岡市）&lt;br /&gt;
* [[中村学園大学]]（福岡市）&lt;br /&gt;
* [[西日本工業大学]]（苅田町）&lt;br /&gt;
* [[日本赤十字九州国際看護大学]]（宗像市）&lt;br /&gt;
* [[福岡工業大学]]（福岡市）&lt;br /&gt;
* [[福岡国際大学]]（太宰府市）&lt;br /&gt;
* [[福岡歯科大学]]（福岡市）&lt;br /&gt;
* [[福岡女学院大学]]（福岡市）&lt;br /&gt;
* [[福岡大学]]（福岡市）&lt;br /&gt;
* [[早稲田大学]]北九州キャンパス（北九州市）&lt;br /&gt;
* [[サイバー大学]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 高等専門学校 ===&lt;br /&gt;
; [[国立高等専門学校機構|国立]]&lt;br /&gt;
* [[北九州工業高等専門学校]]（北九州市）&lt;br /&gt;
* [[久留米工業高等専門学校]]（久留米市）&lt;br /&gt;
* [[有明工業高等専門学校]]（大牟田市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 高等学校・中学校・小学校・幼稚園 ===&lt;br /&gt;
以下の一覧記事を参照されたい。&lt;br /&gt;
* [[福岡県高等学校一覧]]&lt;br /&gt;
* [[福岡県中学校一覧]]&lt;br /&gt;
* [[福岡県小学校一覧]]&lt;br /&gt;
* [[福岡県幼稚園一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 交通 ==&lt;br /&gt;
=== 道路 ===&lt;br /&gt;
:'''高速・有料道路'''&lt;br /&gt;
::[[九州自動車道]]、[[大分自動車道]]、[[西九州自動車道]]（福岡前原道路）、[[東九州自動車道]]（[[椎田道路]]）&lt;br /&gt;
::[[関門国道トンネル|関門トンネル]]、[[若戸大橋]]、[[八木山バイパス]]&lt;br /&gt;
::[[福岡高速道路|福岡都市高速道路]]、[[北九州高速道路|北九州都市高速道路]]&lt;br /&gt;
::[[鳥栖筑紫野道路|鳥栖筑紫野有料道路]]、[[冷水有料道路]]、[[二丈浜玉有料道路]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:'''国道'''&lt;br /&gt;
::[[国道2号]]、[[国道3号]]、[[国道10号]]、[[国道198号]]、[[国道199号]]、[[国道200号]]、[[国道201号]]、[[国道202号]]、[[国道208号]]、[[国道209号]]、[[国道210号]]、[[国道211号]]、[[国道263号]]、[[国道264号]]、[[国道322号]]、[[国道385号]]、[[国道386号]]、[[国道389号]]、[[国道442号]]、[[国道443号]]、[[国道495号]]、[[国道496号]]、[[国道497号]]、[[国道500号]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:'''県道'''&lt;br /&gt;
::*[[福岡県の県道一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===鉄道===&lt;br /&gt;
旅客輸送を行っている鉄道。&lt;br /&gt;
*中心となる駅[[博多駅]]&lt;br /&gt;
*[[九州旅客鉄道]]（JR九州）&lt;br /&gt;
**[[山陽本線]]&lt;br /&gt;
**[[鹿児島本線]]&lt;br /&gt;
**[[日豊本線]]&lt;br /&gt;
**[[筑豊本線]]&lt;br /&gt;
**[[篠栗線]]&lt;br /&gt;
**[[後藤寺線]]&lt;br /&gt;
**[[日田彦山線]]&lt;br /&gt;
**[[香椎線]]&lt;br /&gt;
**[[筑肥線]]&lt;br /&gt;
**[[久大本線]]&lt;br /&gt;
*[[西日本旅客鉄道]]（JR西日本）&lt;br /&gt;
**[[山陽新幹線]]&lt;br /&gt;
**[[博多南線]]&lt;br /&gt;
*[[西日本鉄道]]（西鉄）&lt;br /&gt;
**[[西鉄天神大牟田線|天神大牟田線]]&lt;br /&gt;
**[[西鉄太宰府線|太宰府線]]&lt;br /&gt;
**[[西鉄甘木線|甘木線]]&lt;br /&gt;
**[[西鉄貝塚線|貝塚線]]&lt;br /&gt;
**[[西鉄北九州線|北九州線]]&lt;br /&gt;
*[[筑豊電気鉄道]]&lt;br /&gt;
*[[平成筑豊鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[平成筑豊鉄道伊田線|伊田線]]&lt;br /&gt;
**[[平成筑豊鉄道糸田線|糸田線]]&lt;br /&gt;
**[[平成筑豊鉄道田川線|田川線]]&lt;br /&gt;
*[[甘木鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[甘木鉄道甘木線|甘木線]]&lt;br /&gt;
*[[福岡市交通局]]（福岡市地下鉄）&lt;br /&gt;
**[[福岡市地下鉄空港線|空港線]]&lt;br /&gt;
**[[福岡市地下鉄箱崎線|箱崎線]]&lt;br /&gt;
**[[福岡市地下鉄七隈線|七隈線]]&lt;br /&gt;
*[[北九州高速鉄道]]（北九州モノレール）&lt;br /&gt;
**[[北九州高速鉄道小倉線|小倉線]]&lt;br /&gt;
*[[帆柱ケーブル]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===空港===&lt;br /&gt;
*[[福岡空港]]&lt;br /&gt;
*[[新北九州空港]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===航路===&lt;br /&gt;
;[[重要港湾]]&lt;br /&gt;
*[[北九州港]]（[[特定重要港湾]]）&lt;br /&gt;
*[[博多港]]（[[特定重要港湾]]）&lt;br /&gt;
*[[苅田港]]&lt;br /&gt;
*[[三池港]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;旅客航路網&lt;br /&gt;
*姪浜～能古島（福岡市港湾局）&lt;br /&gt;
*姪浜～小呂島（福岡市港湾局）&lt;br /&gt;
*博多～玄界島（福岡市港湾局）&lt;br /&gt;
*博多～海の中道～西戸崎～志賀島（福岡市港湾局）&lt;br /&gt;
*岐志～姫島（志摩町産業振興課）&lt;br /&gt;
*新宮～相島（新宮町産業課）&lt;br /&gt;
*鐘崎～地島（宗像市玄海支所産業振興部）&lt;br /&gt;
*神湊～大島（宗像市大島支所渡船課）&lt;br /&gt;
*若松～戸畑（北九州市渡船事業所） - [[若戸渡船]] &lt;br /&gt;
*小倉～馬島～藍島（北九州市渡船事業所）&lt;br /&gt;
*ももち～海の中道（[[安田産業汽船]]）&lt;br /&gt;
*西海岸（門司）～唐戸（下関）（[[関門汽船]]）&lt;br /&gt;
*日明～荒田（下関）（[[関門海峡フェリー]]）&lt;br /&gt;
*三池港～島原（[[島原鉄道]]）&lt;br /&gt;
*博多～壱岐～対馬（[[九州郵船]]）&lt;br /&gt;
*博多～生月島～五島列島（[[野母商船]]）&lt;br /&gt;
*西海岸（門司）～松山（[[石崎汽船]]） - 高速船&lt;br /&gt;
*小倉～松山（[[関西汽船]]） - [[フェリー]]&lt;br /&gt;
*新門司～神戸・泉大津（[[阪九フェリー]]） - 長距離フェリー&lt;br /&gt;
*新門司～大阪南港（[[名門大洋フェリー]]） - 長距離フェリー&lt;br /&gt;
*新門司～徳島～東京（[[オーシャン東九フェリー]]） - 長距離フェリー&lt;br /&gt;
*博多～直江津～室蘭（[[東日本フェリー]]） - 長距離フェリー ※休航中&lt;br /&gt;
*博多～[[大韓民国]][[釜山広域市]]（[[JR九州高速船]]「[[ビートル (高速船)|ビートル]]」「[[ジェビ]]」、[[未来高速海運]]「コビー」、[[カメリアライン]]） - 国際航路&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==国防==&lt;br /&gt;
*[[陸上自衛隊]] 第4師団&lt;br /&gt;
**小倉駐屯地（北九州市小倉南区）&lt;br /&gt;
**福岡駐屯地（春日市）&lt;br /&gt;
**小郡駐屯地（小郡市）&lt;br /&gt;
**久留米駐屯地（久留米市）&lt;br /&gt;
**飯塚駐屯地（飯塚市）&lt;br /&gt;
*[[航空自衛隊]]　西部方面隊&lt;br /&gt;
**春日基地（春日市）&lt;br /&gt;
**芦屋基地（遠賀郡芦屋町）&lt;br /&gt;
**築城基地（行橋市・築上郡築上町）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==マスメディア==&lt;br /&gt;
===通信社===&lt;br /&gt;
*[[共同通信]]&lt;br /&gt;
*[[時事通信]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
共同・時事、共に福岡市に支社を構え県内各地に支局などがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===日刊新聞===&lt;br /&gt;
;一般紙&lt;br /&gt;
*[[朝日新聞]]西部本社（北九州市）&lt;br /&gt;
*[[毎日新聞西部本社]]（北九州市）&lt;br /&gt;
*[[読売新聞西部本社]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[日本経済新聞]]西部支社（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[西日本新聞社]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[有明新報]]（大牟田市）&lt;br /&gt;
*日刊大牟田（大牟田市）&lt;br /&gt;
*[[糸島新聞]]（前原市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
朝日・毎日は[[福岡都市圏]]周辺地域の販路拡大・取材拠点拡充などのため「福岡本部」も併設されている（朝日新聞は編集・製作などはここで行っているため、福岡市が実質的な本社化されている）。読売も元は北九州市にあったが、同様の理由でこちらは社屋を福岡市に移転し、北九州は総本部に格下げとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[産経新聞]]は九州総局が福岡市にある。また、販売店を持たないため、駅売りや[[コンビニエンスストア]]等での販売などはされておらず、[[西日本新聞]]の販売店が大阪本社発行分を委託販売をしている場合があるが、締め切り時間の都合上、夕方18時締め切りの第6版を配送するため大半の記事内容が1日遅れとなる。また九州・沖縄では全ての県で地域版=県域版は載っていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;スポーツ紙&lt;br /&gt;
*[[日刊スポーツ]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[スポーツニッポン]]（北九州市）&lt;br /&gt;
*[[スポーツ報知]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[西日本スポーツ]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[九州スポーツ]]（福岡市及び下関市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[サンケイスポーツ]]については上記産経新聞と同様の事情だが、[[天神駅]]・[[博多駅]]・[[小倉駅 (福岡県)|小倉駅]]ではお昼頃から大阪版が売られている。また[[デイリースポーツ]]も九州地区の発行拠点がないので、新聞販売店などでの宅配扱いは行われないが、[[広島県|広島]]地域向けの新聞が[[福岡市]]・[[北九州市]]など一部ターミナルの即売として発売されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
九州スポーツは[[東京スポーツ]]系列であるが、夕刊紙としてではなく、朝刊紙として販売している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、[[夕刊紙]]の[[夕刊フジ]]は大阪本社発行の早版=A版が午後4時頃から博多駅・天神駅・小倉駅など一部ターミナルの即売として発売されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===テレビ局===&lt;br /&gt;
*[[NHK福岡放送局]]（基幹放送局）&lt;br /&gt;
*[[NHK北九州放送局]]&lt;br /&gt;
**[[北海道]]以外の都府県で唯一、NHKが定期番組放送を行う複数の放送局を持っている県である。&lt;br /&gt;
*[[RKB毎日放送]]（RKB）（[[JNN]]系列）&lt;br /&gt;
*[[九州朝日放送]]（KBC）（[[All-nippon News Network|ANN]]系列）&lt;br /&gt;
*[[テレビ西日本]]（TNC）（[[FNN]]系列）&lt;br /&gt;
*[[福岡放送]]（FBS）（[[NNN]]系列）&lt;br /&gt;
*[[TVQ九州放送]]（TVQ）（[[TXN]]系列）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===ラジオ局===&lt;br /&gt;
*AMラジオ局&lt;br /&gt;
**NHK福岡放送局&lt;br /&gt;
**NHK北九州放送局&lt;br /&gt;
**RKB毎日放送（[[Japan Radio Network|JRN]]系列）&lt;br /&gt;
**九州朝日放送（[[全国ラジオネットワーク|NRN]]系列）&lt;br /&gt;
*FMラジオ局&lt;br /&gt;
**NHK福岡放送局&lt;br /&gt;
**NHK北九州放送局&lt;br /&gt;
**[[エフエム福岡]]（[[JAPAN FM NETWORK|JFN]]系列）&lt;br /&gt;
**[[エフエム九州]]（CROSS-FM）（[[JAPAN FM LEAGUE|JFL]]系列）&lt;br /&gt;
**[[九州国際エフエム]]（LOVE-FM）（[[MegaNet]]系列）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===ケーブルテレビ局===&lt;br /&gt;
*[[:Category:福岡県のケーブルテレビ局|福岡県のケーブルテレビ局]]（参照）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==福岡県を舞台にした作品==&lt;br /&gt;
;漫画&lt;br /&gt;
*[[博多っ子純情]]&lt;br /&gt;
*[[クッキングパパ]]&lt;br /&gt;
*[[エクセル・サーガ]]&lt;br /&gt;
*[[あぶさん]]&lt;br /&gt;
;アニメ&lt;br /&gt;
*[[クッキングパパ]]&lt;br /&gt;
*[[エクセル・サーガ]]&lt;br /&gt;
*[[センチメンタルジャーニー (アニメ)|センチメンタルジャーニー]]　第二話 松岡千恵～書けないラブソング～&lt;br /&gt;
;テレビドラマ&lt;br /&gt;
*[[マー姉ちゃん]]（[[長谷川町子]]原作）&lt;br /&gt;
*[[いちばん太鼓]]&lt;br /&gt;
*[[走らんか!]]&lt;br /&gt;
*[[3年B組金八先生]]（第2シリーズ初回）&lt;br /&gt;
*[[北条時宗 (NHK大河ドラマ)]]（[[元寇]]襲来）&lt;br /&gt;
*[[ブルーもしくはブルー]]&lt;br /&gt;
;小説&lt;br /&gt;
*[[点と線]]（[[松本清張]]作）&lt;br /&gt;
*[[青春の門]]（[[五木寛之]]作）&lt;br /&gt;
*[[半島を出よ]]（[[村上龍]]作）&lt;br /&gt;
;映画&lt;br /&gt;
*[[空の大怪獣ラドン]]&lt;br /&gt;
*[[宇宙大怪獣ドゴラ]]&lt;br /&gt;
*[[怪獣大戦争]]&lt;br /&gt;
*[[無法松の一生]]&lt;br /&gt;
*[[花と龍]]&lt;br /&gt;
*[[男はつらいよ]]（第1作）&lt;br /&gt;
*ダイナマイトどんどん&lt;br /&gt;
*神様のくれた赤ん坊 &lt;br /&gt;
*[[博多っ子純情]]&lt;br /&gt;
*[[点と線]]&lt;br /&gt;
*[[青春の門]]&lt;br /&gt;
*[[玄海つれづれ節]]&lt;br /&gt;
*[[釣りバカ日誌]]10&lt;br /&gt;
*[[ゴジラVSキングギドラ]]&lt;br /&gt;
*[[ゴジラVSスペースゴジラ]]&lt;br /&gt;
*[[ガメラ 大怪獣空中決戦]]&lt;br /&gt;
*[[ウォータームーン]]&lt;br /&gt;
*[[ロッカーズ]]&lt;br /&gt;
*[[この胸いっぱいの愛を]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 福岡で財布奪われ11日…仙台まで自力で帰宅 ==&lt;br /&gt;
8月末に福岡市で行方不明になっていた[[仙台市]]太白区、男性会社員(25)が2013年9月5日、徒歩などで帰宅した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
福岡市からは約1400キロ。11日かけて戻って来た男性は「福岡市内の路上で財布も携帯電話も奪われた時は焦ったけど、帰宅できてよかった」と話している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男性によると、8月25日に飛行機に乗り遅れた後、携帯電話の電池が切れた。福岡市内で夜を過ごすため、[[インターネットカフェ]]を探していた。午後10時頃、路上で男5人くらいに「財布と[[携帯電話]]を渡せ」と脅され、財布と携帯電話を置いて隙を見て逃げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、野宿をしながら仙台に向かった。「靴の中に隠し持っていた2000円で、食パンや水を購入し、飢えをしのいだ」という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
9月5日午後7時過ぎに、母親(46)の経営する[[岩沼市]]の[[スナック]]に帰ってきた。その後、母親が[[宮城県警]]仙台南署に連絡した。男性は「まさかこんな大騒ぎになっているとは。皆様にご迷惑をおかけして申し訳ない」と話している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
真っ黒に日焼けした姿で帰ってきた男性を見て母親は号泣。「[[幽霊]]が現れたかと思うくらいびっくりした。本当にうれしい。皆様にはご心配かけて申し訳ございませんでした」と息子の無事を喜んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[カードゲーム]]が趣味の男性は、[[北九州市]]内で開催された全国大会に参加するため8月23日、仙台を出発。大事なカードはショルダーバッグにしまい、無事、持ち帰った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[福岡県出身の有名人一覧]]&lt;br /&gt;
*[[福岡県西方沖地震]]&lt;br /&gt;
*[[福岡の企業]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://www.pref.fukuoka.lg.jp/ 福岡県庁公式サイト]&lt;br /&gt;
*[http://www.stat.go.jp/data/ssds/5.htm 総務省統計局サイト　社会生活統計指標　－都道府県の指標]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:日本の都道府県|ふくおかけん]]&lt;br /&gt;
[[Category:福岡県|ふくおかけん]]&lt;br /&gt;
[[Category:画像が多い記事|ふくおかけん]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>114.145.118.42</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%A6%8F%E5%B2%A1%E7%9C%8C&amp;diff=252169</id>
		<title>福岡県</title>
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				<updated>2014-09-12T10:06:25Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;114.145.118.42: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[世界]] &amp;gt; [[アジア]] &amp;gt; [[東アジア]] &amp;gt; [[日本]] &amp;gt; [[九州]] &amp;gt; '''福岡県'''&lt;br /&gt;
{| align=&amp;quot;right&amp;quot; border=&amp;quot;1&amp;quot; cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: solid; border-width: 2px; border-color: #000000; margin-left: 16px; margin-bottom: 16px&amp;quot;|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| colspan=2 align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid none; background: #f0f0f0&amp;quot;|福岡県のデータ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| colspan=2 align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid none; padding: 0px;&amp;quot;|[[Image:Map_of_Japan_with_highlight_on_40_Fukuoka_福岡県.svg|320px|福岡県の位置]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|自治体コード&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|40000-9&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|知事&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|[[麻生渡]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|面積&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;right&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|'''4,976.17'''km&amp;amp;sup2;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|総人口&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;right&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|'''5,051,420'''人&amp;lt;br /&amp;gt;平成18年5月1日&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|県内総生産&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;right&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|174,447億円&amp;lt;br /&amp;gt;（2000年：全国第9位）&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|[[ISO 3166-2]]&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;right&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|JP-40&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|福岡県の花&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|[[ウメ]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|福岡県の木&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|[[ツツジ]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|福岡県の鳥&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|[[ウグイス]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|福岡県の歌&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|福岡県民の歌:[[希望の光]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| colspan=2 align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: solid none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|福岡県庁&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|所在地&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none none none solid&amp;quot;|〒812-8577&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| colspan=2 align=&amp;quot;right&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid&amp;quot;|福岡県福岡市博多区東公園7番7号&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|電話番号&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|092-651-1111&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|外部リンク&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;border-style: none none solid solid&amp;quot;|[http://www.pref.fukuoka.lg.jp/ 福岡県]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| colspan=2 align=&amp;quot;center&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: solid none solid; background: #f0f0f0&amp;quot;|市町村境界図&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| colspan=2 align=&amp;quot;center&amp;quot; valign=&amp;quot;middle&amp;quot; style=&amp;quot;border-style: none none solid none; border-width: 0 0 1px 1px; border-color: #000000&amp;quot;|[[画像:Fukuoka pref.png]]&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県1.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県2.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
'''福岡県'''（ふくおかけん）は日本の[[都道府県]]の一つ。九州地方の北部に位置し、[[本州]]最西端の[[下関市]]（山口県）と[[関門海峡]]を挟んで接する。[[兵庫県]]に次ぎ全国47都道府県中9番目に[[人口]]の多い県で、[[福岡市]]、[[北九州市]]という2つの[[政令指定都市]]がある。いわゆる[[三大都市圏]]以外では唯一[[人口密度]]が1,000 人/km&amp;amp;sup2; を超えているなど、繁華な県となっている。ウィキペディアの都道府県項目では地方にも関わらず異様に記事が充実している。近年、[[内閣府職員変死事件]]が起きていたり、[[日銀総裁]]をはじめとする多くの要人を輩出したり、政治的な動きの活発な地域である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==地理==&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県3.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
九州本島の北部に位置し、九州地方で最も人口が多い県である。北部は[[日本海]]（[[響灘]]・[[玄海灘]]）、東部は[[瀬戸内海]]（[[周防灘]]）、[[筑後地方]]は[[有明海]]に面している。県の中心部を[[筑紫山地]]が連なっており、筑後川・矢部川・遠賀川流域、[[宗像]]地域、[[京築]]地域では平野が広がっており[[水田]]地帯が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===気候===&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県4.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
;福岡地方、北九州地方の[[日本海]]沿岸部・[[関門海峡]]沿岸部（[[福岡市]]・[[北九州市]]・[[宗像市]]・[[前原市]]など）&lt;br /&gt;
この地域は九州の中でも[[日本海側気候]]の影響が最も強い。冬期は北西の[[季節風]]が吹きつけるため肌寒く、曇天の日が多く日照時間が少ない。強風・風雪・波浪注意報も発令される事も多く、強い冬型の時には暴風雪・波浪警報が発令される場合もある。また、年に数日程度は積雪する日もある。[[梅雨明け]]後は最高気温が30℃以上の真夏日が多いが、35℃以上の猛暑になる事は少ない（福岡市の平年値（1997年～2006年の10年平均）は、[[夏日]]140.1日、[[真夏日]]60.7日、[[猛暑日]]4.3日。[[冬日]]3.2日、[[真冬日]]0.0日）。関門海峡周辺では[[霧]]が発生しやすく、日本海側気候と[[瀬戸内海式気候]]との境界に当たるため、二面性を持つ気候である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;北九州地方の[[瀬戸内海]]（[[周防灘]]）沿岸部（[[行橋市]]・[[豊前市]]など）&lt;br /&gt;
この地域は[[瀬戸内海式気候]]に属する。年間を通して比較的温暖で、降水量は少なく晴天が多い。冬は日本海側気候の影響で、年に数回程度の積雪はあるが、季節風の影響は日本海側より小さいので、強風や波浪などの注意報が発令されることは少ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;筑豊地方、筑後地方の内陸部（[[久留米市]]・[[飯塚市]]・[[田川市]]・[[嘉麻市]]・[[朝倉市]]など）&lt;br /&gt;
この地域では内陸地形であるため、寒暖の変動が激しい。夏は猛暑になりやすく、[[最高気温]]が35℃を越える日もある（飯塚市の平年値は、夏日143.5日、真夏日65.4日、猛暑日3.6日）。冬は[[最低気温]]が氷点下まで下がることもあり、県内ではこの地域が最も積雪しやすい（冬日28.5日、真冬日0.1日）。特に標高1,000m級の山が連なる[[筑紫山地]]の[[英彦山]]周辺では100cm以上積雪する事もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;筑後地方の[[有明海]]沿岸部（[[大牟田市]]・[[柳川市]]・[[大川市]]など）&lt;br /&gt;
有明海は内海のため、[[瀬戸内海式気候]]に近い。年間を通して温暖で、降水量も多くない。冬期は最低気温が氷点下まで下がることもあるが、降雪することはあっても積雪することはほとんどない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===位置===&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県5.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
*県内最東端：東経131度11分（[[上毛町]]大字上唐原）&lt;br /&gt;
*県内最西端：東経130度02分（[[二丈町]]大字鹿家）&lt;br /&gt;
*県内最南端：北緯33度00分（[[大牟田市]]東萩尾町）&lt;br /&gt;
*県内最北端：北緯34度15分（[[宗像市]][[沖ノ島]]）&lt;br /&gt;
:※[[離島]]部を除く最北端は北緯33度57分（[[北九州市]][[門司区]]太刀浦海岸）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===隣接都道府県===&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県6.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
;陸地で隣接&lt;br /&gt;
*[[佐賀県]]&lt;br /&gt;
*[[熊本県]]&lt;br /&gt;
*[[大分県]]&lt;br /&gt;
;海域を挟んで隣接&lt;br /&gt;
*[[山口県]]（福岡県内とを結ぶ鉄道・道路・航路がある）&lt;br /&gt;
*[[長崎県]]（福岡県内から[[壱岐]]・[[対馬]]・[[島原半島]]への航路がある）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===地形など===&lt;br /&gt;
*'''山地'''：[[筑紫山地]]、[[脊振山地]]、[[耳納山地]]、[[三郡山地]]、[[筑肥山地]]&lt;br /&gt;
*'''山'''：[[英彦山]]、[[釈迦岳]]、[[九千部山]]、[[皿倉山]]、[[大坂山]]、[[犬ヶ岳 (福岡県・大分県)|犬ヶ岳]]、[[貫山]]、[[福智山]]、[[宝満山]]&lt;br /&gt;
*'''平野'''：[[福岡平野]]、[[筑紫平野]]、[[直方平野]]&lt;br /&gt;
*'''[[一級河川]]'''：[[筑後川]]、[[矢部川]]、[[遠賀川]]&lt;br /&gt;
*'''[[二級河川]]'''：[[那珂川 (九州)|那珂川]]、[[御笠川]]、[[紫川]]&lt;br /&gt;
*'''[[海]]'''：[[玄界灘]]、[[響灘]]、[[有明海]]、[[周防灘]]&lt;br /&gt;
*'''[[湾]]'''：[[有明海]]、[[博多湾]]、[[洞海湾]]&lt;br /&gt;
*'''有人[[島]]'''：[[能古島]]、[[玄界島]]、[[志賀島]]、[[小呂島]]、[[姫島(福岡県)|姫島]]、[[相島]]、[[地島]]、[[大島(福岡県)|大島]]、[[馬島(福岡県)|馬島]]、[[藍島]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===自然公園===&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県7.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
*[[国立公園]]&lt;br /&gt;
:[[瀬戸内海国立公園]]&lt;br /&gt;
*[[国定公園]]&lt;br /&gt;
:[[玄海国定公園]]、[[耶馬日田英彦山国定公園]]、[[北九州国定公園]]&lt;br /&gt;
*[[都道府県立自然公園|県立自然公園]]&lt;br /&gt;
:太宰府県立自然公園、筑豊県立自然公園、筑後川県立自然公園、矢部川県立自然公園、脊振雷山県立自然公園&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==福岡の歴史==&lt;br /&gt;
===歴史 ===&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県8.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
福岡は、黒田氏発祥の地[[備前]]福岡に因むと謂われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===古代===&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県9.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
福岡県は[[中国]]や[[朝鮮半島]]に近いという地理的条件の影響を受け、古代から多くの歴史に富んでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[弥生時代]]、[[稲作]]が日本で最初に伝来した地といわれている（ただし異説あり）。「[[魏志倭人伝]]」によれば現在の福岡市西区・前原市・糸島郡のあたりに[[伊都国]]が存在し、現在の福岡市博多区のあたりに[[奴国]]が存在したと伝えられている。奴国については、[[江戸時代]]に志賀島の農民により金印が発見され、実在が確認されている。また同書に書かれている中国の皇帝から「親魏倭王」の金印を授かった女王卑弥呼が統治した[[邪馬台国]]も福岡県に存在したとする説が唱えられているが、これについては[[近畿地方]]にあったとする説と真っ向から対立しており、いわゆる「邪馬台国論争」となっており現在も解明されていない（他地域にあったとする研究者も少なからずいる）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天智朝の初め頃（660年代の初め）に、[[白村江の戦い]]（はくすきのえのたたかい）に敗れ、[[唐]]や[[新羅]]の連合軍が来襲するかも知れないとして九州の防備を固めるためや管轄のために[[大宰府]]が置かれた。[[大伴旅人]]や[[山上憶良]]、[[菅原道真]]が有名である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本の文献に記述される時代になると、[[筑紫国]]と[[豊の国|豊国]]があったようである。7世紀末に筑紫国は[[筑前国]]と[[筑後国]]に、豊国は[[豊前国]]と[[豊後国]]に分割された。現在の福岡県の県域は律令制における筑前国・筑後国の全域と、豊前国の一部である。&lt;br /&gt;
*[[869年]] 新羅海賊が博多湾に侵入&lt;br /&gt;
*[[1161年]] [[平清盛]]が[[博多]]に日本初の人工港湾を建設し、[[日宋貿易]]を行う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 中世 ===&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県10.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
*[[1274年]] 元軍の襲来を受ける（文永の役）。いわゆる[[元寇]]。&lt;br /&gt;
*[[1281年]] 再び元軍の襲来を受ける（弘安の役）。&lt;br /&gt;
*[[1587年]] [[豊臣秀吉]]により博多の太閤町割が行われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 近・現代 ===&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県11.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県12.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県13.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
*[[1871年]] [[廃藩置県]]前日現在、現・福岡県域を統治していた藩は以下の各藩&lt;br /&gt;
**[[福岡藩]]（支藩として秋月藩）・豊津藩（旧[[小倉藩]]、支藩として千束藩）・[[中津藩]]・[[久留米藩]]・[[柳河藩]]・[[三池藩]]&lt;br /&gt;
**[[7月14日]]、廃藩置県により、現在の県域にあたる以下の各県が発足。&lt;br /&gt;
***筑前国：福岡県・秋月県&lt;br /&gt;
***豊前国：小倉県・千束県・中津県&lt;br /&gt;
***筑後国：久留米県・柳河県・三池県&lt;br /&gt;
**[[11月14日]]、同一令制国の県同士を統合し、筑前国域が福岡県・豊前国域が小倉県・筑後国域が三潴県となる。&lt;br /&gt;
*[[1876年]]：&lt;br /&gt;
**[[4月18日]]、小倉県を福岡県に編入。佐賀県を三潴県へ編入。&lt;br /&gt;
**[[8月21日]]、旧小倉県域のうち、旧中津藩領域であった[[下毛郡]]（現・[[中津市]]）および[[宇佐郡]]（現・[[宇佐市]]）が[[大分県]]域に編入される。三潴県を福岡県へ編入し、同時に三潴県域のうち旧佐賀県域は[[長崎県]]へ編入。これにより、県境がほぼ確定。&lt;br /&gt;
*[[1889年]]：&lt;br /&gt;
**[[4月1日]]、市町村制施行に伴い[[福岡市]]と[[久留米市]]が市制施行。&lt;br /&gt;
**[[12月11日]]、九州初の営業用鉄道路線として博多?千歳川（仮停車場）間開業。現在の[[鹿児島本線]]の一部。&lt;br /&gt;
*[[1901年]]：日本初の近代的製鉄所である[[八幡製鐵所|官営八幡製鉄所]]が遠賀郡八幡村（現在の[[北九州市]][[八幡東区]]）に完成。&lt;br /&gt;
*[[1942年]]：世界初の海底トンネルである[[関門鉄道トンネル]]が開通。当時の大里（だいり）駅と[[下関駅]]が結ばれ、同時に大里駅は[[門司駅]]、それまでの門司駅は[[門司港駅]]とそれぞれ改称された。&lt;br /&gt;
*[[1945年]]：[[太平洋戦争]]の戦局悪化により、現在の北九州市内にあたる各市や福岡市・久留米市・[[大牟田市]]などが空襲を受ける。敗戦後、板付飛行場（現在の[[福岡空港]]）などが米軍により接収され、県内各地に米軍キャンプが設営される。&lt;br /&gt;
*[[1958年]]：[[山口県]][[下関市]]と門司市（現在の北九州市[[門司区]]）の間に[[関門国道トンネル]]開通。船を使わずに自動車で本州と往来することが可能となる。&lt;br /&gt;
*[[1962年]]：戸畑市（現在の北九州市[[戸畑区]]）と若松市（同[[若松区]]）との間に、[[若戸大橋]]開通。当時東洋一の[[吊橋]]だった。&lt;br /&gt;
*[[1963年]]：&lt;br /&gt;
**[[1月]]、[[38豪雪]]で[[福岡市]]、[[飯塚市]]など県内各地で記録的大雪。&lt;br /&gt;
**[[2月10日]]、北九州地区5市が合併し北九州市が発足。4月1日に九州初の[[政令指定都市]]となる。&lt;br /&gt;
**[[11月9日]]、[[三井三池炭鉱]]三川鉱（大牟田市）で炭じん爆発事故、死者458名。戦後の炭鉱事故としては死者数最大。&lt;br /&gt;
*[[1965年]]：[[6月1日]]、山野鉱業山野炭鉱（[[稲築町]](現[[嘉麻市]])）でガス爆発事故、死者237名。戦後の炭鉱事故としては上記の三川鉱事故に続き死者数が2番目。&lt;br /&gt;
*[[1968年]]：[[カネミ油症事件]]発生、県内を中心に全国的に被害発生。&lt;br /&gt;
*[[1970年]]：羽田発福岡行きの日本航空機が[[ハイジャック]]される。いわゆる[[よど号事件]]。&lt;br /&gt;
*[[1972年]]：福岡市が政令指定都市となる。1県に政令指定都市が2つ設置されたのは同日に政令指定都市となった[[川崎市]]を有する[[神奈川県]]と共に初めて。&lt;br /&gt;
*[[1973年]]：[[関門橋]]開通。[[九州自動車道]]の県内通過部分として初めて鳥栖?南関間が開通。&lt;br /&gt;
*[[1975年]]：[[3月10日]]、[[山陽新幹線]][[岡山駅|岡山]]～[[博多駅|博多]]間が開業。[[新関門トンネル]]開通。&lt;br /&gt;
*[[1976年]]：筑豊最後の炭鉱、貝島炭砿（[[宮田町]](現[[宮若市]])）が閉山し、筑豊から炭鉱がなくなる。&lt;br /&gt;
*[[1978年]]：大渇水により県内の多くの自治体が長期間に亘り給水制限となる。&lt;br /&gt;
*[[1987年]]：[[大分自動車道]]の最初の完成区間である鳥栖?朝倉間が部分開通。&lt;br /&gt;
*[[1988年]]：九州自動車道の福岡県内路線が完成。&lt;br /&gt;
*[[1989年]]：福岡市[[早良区]]百道浜埋立地を会場に[[アジア太平洋博覧会]]（通称よかトピア）開催。[[福岡タワー]]が建設される。&lt;br /&gt;
*[[1990年]]：大分自動車道の福岡県内路線が完成。&lt;br /&gt;
*[[1991年]]：[[台風19号 (1991年)|台風19号]]の上陸で被害を受ける。&lt;br /&gt;
*[[1993年]]：福岡市[[中央区 (福岡市)|中央区]]地行浜に[[福岡ドーム]]完成。&lt;br /&gt;
*[[1995年]]：福岡市及び周辺都市を会場に[[ユニバーシアード]]福岡大会開催。&lt;br /&gt;
*[[1996年]]：[[ガルーダ・インドネシア航空]]機が福岡空港で離陸に失敗、炎上。死者3名を出す。&lt;br /&gt;
*[[1997年]]：[[三井三池炭鉱]]（大牟田市）の閉山により福岡県から炭鉱が消える。&lt;br /&gt;
*[[2004年]]：&lt;br /&gt;
**[[1月]]下旬：福岡県内で大雪。&lt;br /&gt;
**[[8月31日]]・[[9月8日]]、[[台風16号 (2004年)|台風16]]、[[台風18号 (2004年)|18号]]の被害を受ける。&lt;br /&gt;
*[[2005年]]：&lt;br /&gt;
**[[3月20日]]、[[福岡県西方沖地震]]発生。福岡市を中心に被害を受けた。死者1名、重傷者76名。&lt;br /&gt;
**[[10月15日]]、[[太宰府市]]石坂に[[九州国立博物館]]が開館。国内4か所目の[[国立博物館]]。&lt;br /&gt;
*[[2006年]]：北九州市・[[京都郡]][[苅田町]]の[[周防灘]]沖に[[新北九州空港|北九州空港]]が開港。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==人口==&lt;br /&gt;
===年齢構成===&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県14.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
{{福岡県/5歳階級別人口}}&lt;br /&gt;
{{人口統計|code=40000|name=福岡県}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==行政==&lt;br /&gt;
===歴代公選知事===&lt;br /&gt;
#[[杉本勝次]] - [[1947年]][[4月12日]]～[[1955年]][[4月25日]]&lt;br /&gt;
#[[土屋香鹿]] - 1955年[[4月26日]]～[[1959年]][[4月22日]]&lt;br /&gt;
#[[鵜崎多一]] - 1959年[[4月23日]]～[[1967年]]4月22日&lt;br /&gt;
#[[亀井光]] - 1967年4月23日～[[1983年]]4月22日&lt;br /&gt;
#[[奥田八二]] - 1983年4月23日～1995年4月22日&lt;br /&gt;
#[[麻生渡]] - 1995年4月23日～現職&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 産業 ==&lt;br /&gt;
=== 第1次産業 ===&lt;br /&gt;
==== 農業 ====&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県15.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
農業産出額では全国16位と、いわゆる農業県ではないが、種苗・苗木等の産出額が日本一であるほか、「博多とよのか」や「あまおう」ブランドに代表される、産出額全国2位の[[苺]]、同じく全国2位の[[小麦]]、同3位の[[菊]]などが主要産品である。また、｢ひのひかり｣｢夢つくし｣｢つくしろまん｣などの県産[[米]]も生産されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 水産業 ====&lt;br /&gt;
北に[[玄界灘]]・[[響灘]]、東に[[周防灘]]、南西に[[有明海]]があり、玄界灘・響灘では、[[鯖]]、[[鯵]]、[[イカ]]、[[ヒラメ]]、[[フグ]]など、周防灘では[[カレイ]]、ヒラメ、[[クルマエビ]]や[[牡蠣]]などの貝類、有明海では[[海苔]]養殖が主力で、その他有明海特有の魚介類なども水揚げされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 林業 ====&lt;br /&gt;
平成15年度現在、223,222haの森林面積があり、その58％が[[人工林]]、天然林は20.3％である。（出典：福岡県林政課「森林・林業白書」）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 第2次産業 ===&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県16.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
福岡県における産業構造は、[[明治]]から[[昭和]]の[[高度成長期]]にかけては、[[筑豊]]、[[大牟田市|大牟田]]地区より産出される石炭を原材料とした産業が発展した。[[北九州市]]では官営製鐵所（現・[[新日本製鐵]][[八幡製鐵所]]）を中心に鉄鋼業・製造業が発展し、[[大牟田市]]では化学産業が発展していった。そして、[[北九州市]]周辺は[[北九州工業地帯]]と呼ばれるまでに発展をした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、[[1960年代]]に国内の主要エネルギーが石炭から石油へと転換すると、多くの[[炭鉱]]は閉山していき県内における石炭産業は衰えていった。また、[[石炭]]を利用して栄えた基礎素材型産業も、その生産地域を太平洋沿岸地域へと次第にその中心を移していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、福岡県では産業構造を変化させるため[[自動車産業]]の誘致に取り組み、現在県内には[[日産自動車]]、[[トヨタ自動車]]という2つの会社が車両製造工場を操業している。また、[[2004年]]12月には福岡県に隣接する[[大分県]][[中津市]]に[[ダイハツ工業|ダイハツ]]の工場が操業を開始し、[[苅田町]]にはトヨタ自動車のエンジン工場が進出を予定している。このように[[北九州工業地帯]]に自動車関連産業の占める比重が大きくなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、九州は[[シリコンアイランド]]と呼ばれるように多くの[[半導体]]製造工場や研究開発拠点がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 第3次産業 ===&lt;br /&gt;
高度成長期以降、福岡市周辺に経済、行政、文化等に関する様々な機能が集積し、九州の中枢としての性格が強まってきた。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
近年では、商業施設の充実や高速道路網の整備等もあって、福岡都市圏の消費マーケットは九州北部を商圏とする規模にまで拡大しており、現在では第3次産業中心の産業構造となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 県内に拠点事業所のある主要企業 ====&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式1.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式2.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式3.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
;工場&lt;br /&gt;
*[[日産自動車]]（苅田町）&lt;br /&gt;
*[[トヨタ自動車]]（宮若市）&lt;br /&gt;
*[[新日本製鐵]]（北九州市戸畑区）&lt;br /&gt;
*[[住友金属工業]]（北九州市小倉北区）&lt;br /&gt;
*[[黒崎播磨|黒崎播磨本社]]（北九州市八幡西区）&lt;br /&gt;
*[[麒麟麦酒]]（朝倉市）&lt;br /&gt;
*[[明治乳業]]（八女市）&lt;br /&gt;
*[[アサヒビール]]（福岡市博多区）&lt;br /&gt;
*[[三井化学]]（大牟田市）&lt;br /&gt;
*[[関東化学]]（大牟田市）&lt;br /&gt;
*[[中嶋産業]]（大牟田市）&lt;br /&gt;
*[[MCS]]（大牟田市）&lt;br /&gt;
*[[ブリヂストン]]（久留米市）&lt;br /&gt;
*[[日本デリカフレッシュ]]（北九州市小倉南区）&lt;br /&gt;
*[[熊本製粉]]（福岡市東区）&lt;br /&gt;
*[[三菱マテリアル]]（苅田町）&lt;br /&gt;
*[[三菱化学]]（北九州市八幡西区）&lt;br /&gt;
*[[旭硝子]]（北九州市戸畑区）&lt;br /&gt;
*[[安川電機]]（北九州市八幡西区）&lt;br /&gt;
*[[東陶機器]]（北九州市小倉北区）&lt;br /&gt;
*[[九州森永乳業]]（筑紫野市）&lt;br /&gt;
*[[日本たばこ産業]]九州工場（筑紫野市）&lt;br /&gt;
*[[九州乳業]]福岡工場（春日市）&lt;br /&gt;
*[[筑水キャニコム]] (うきは市吉井町)&lt;br /&gt;
;倉庫&lt;br /&gt;
*[[タカラスタンダード]]（鞍手町）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===主な特産品・[[伝統工芸品]]など===&lt;br /&gt;
'''[[伝統工芸品]]'''&lt;br /&gt;
*[[博多織]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[博多人形]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[津屋崎人形]]（[[福津市]]）&lt;br /&gt;
*[[久留米絣]]（久留米市）&lt;br /&gt;
*[[小石原焼]]（朝倉郡東峰村）&lt;br /&gt;
*[[上野焼]]（田川郡福智町）&lt;br /&gt;
*八女福島仏壇（八女市）&lt;br /&gt;
*[[八女提灯]]（八女市）&lt;br /&gt;
*[[家具]]（大川市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''食品'''&lt;br /&gt;
*[[辛子明太子]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[もつ鍋]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[水炊き]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[アラ鍋]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[ひよ子|銘菓ひよ子]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[鶏卵素麺]]・[[鶴乃子]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[胡麻鯖]]（福岡市など、近海全域）&lt;br /&gt;
*[[鯛茶漬]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*豚骨[[ラーメン]]（福岡市、久留米市、田川市など県全域）&lt;br /&gt;
*博多鉄鍋餃子（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[おきゅうと|おきうと]]（福岡市とその周辺）&lt;br /&gt;
*博多とよのか([[イチゴ]])（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[鰯のぬか炊き|ぬかみそ炊き]]（北九州市）&lt;br /&gt;
*[[鰻]]のせいろ蒸し（柳川市）&lt;br /&gt;
*[[八女茶]]（八女市、八女郡）&lt;br /&gt;
*有明海苔（柳川市など有明海沿岸市町）&lt;br /&gt;
*三池[[高菜]]（大牟田市など県南部）&lt;br /&gt;
*銘菓[[千鳥饅頭]]（飯塚市）&lt;br /&gt;
*[[梅ヶ枝餅]]（太宰府市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==地域==&lt;br /&gt;
===都市圏===&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式4.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
[[都市雇用圏]]（10%通勤圏）の変遷&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot;&lt;br /&gt;
|- bgcolor=#f0f0f0&lt;br /&gt;
!1980年&lt;br /&gt;
!1990年&lt;br /&gt;
!1995年&lt;br /&gt;
!2000年&lt;br /&gt;
|-bgcolor=#ffcccc&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[福岡都市圏]]&amp;lt;br&amp;gt;177&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;3129人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[福岡市|福岡]]都市圏&amp;lt;br&amp;gt;212&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;9424人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |福岡都市圏&amp;lt;br&amp;gt;220&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;8245人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |福岡都市圏&amp;lt;br&amp;gt;232&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;9021人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|-bgcolor=#ccffff&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[北九州都市圏]]&amp;lt;br&amp;gt;152&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;4747人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[北九州市|北九州]]都市圏&amp;lt;br&amp;gt;142&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;8014人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |北九州都市圏&amp;lt;br&amp;gt;142&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;8266人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |北九州都市圏&amp;lt;br&amp;gt;142&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;5920人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|-bgcolor=#ffffcc&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[久留米都市圏]]&amp;lt;br&amp;gt;38&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;4264人||align=&amp;quot;center&amp;quot; rowspan=2 |[[久留米市|久留米]]都市圏&amp;lt;br&amp;gt;46&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;1686人||align=&amp;quot;center&amp;quot; rowspan=2 |久留米都市圏&amp;lt;br&amp;gt;48&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;8621人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |久留米都市圏&amp;lt;br&amp;gt;41&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;9616人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;center&amp;quot; |&amp;lt;font size=-1&amp;gt;（[[八女都市圏]]）||align=&amp;quot;center&amp;quot; |&amp;lt;font size=-1&amp;gt;（[[八女市|八女]]都市圏）&amp;lt;/font&amp;gt;&amp;lt;!--&amp;lt;br&amp;gt;7&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;1048人--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[大牟田都市圏]]&amp;lt;br&amp;gt;25&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;4723人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[大牟田市|大牟田]]都市圏&amp;lt;br&amp;gt;25&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;6625人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |大牟田都市圏&amp;lt;br&amp;gt;24&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;8298人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |大牟田都市圏&amp;lt;br&amp;gt;24&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;0181人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[飯塚都市圏]]&amp;lt;br&amp;gt;18&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;8420人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[飯塚市|飯塚]]都市圏&amp;lt;br&amp;gt;21&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;7059人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |飯塚都市圏&amp;lt;br&amp;gt;21&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;6174人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |飯塚都市圏&amp;lt;br&amp;gt;20&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;9400人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|-bgcolor=#ccffcc&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[田川都市圏]]&amp;lt;br&amp;gt;15&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;2085人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[田川市|田川]]都市圏&amp;lt;br&amp;gt;14&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;7778人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |田川都市圏&amp;lt;br&amp;gt;14&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;3289人||align=&amp;quot;center&amp;quot; |田川都市圏&amp;lt;br&amp;gt;13&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;6431人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[大川都市圏]]&amp;lt;br&amp;gt;4&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;9537人||align=&amp;quot;center&amp;quot; rowspan=2|[[大川市|大川]]都市圏&amp;lt;br&amp;gt;10&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;7514人||align=&amp;quot;center&amp;quot; rowspan=2|大川都市圏&amp;lt;br&amp;gt;10&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;5007人||align=&amp;quot;center&amp;quot; rowspan=2|大川都市圏&amp;lt;br&amp;gt;10&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;1581人&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;center&amp;quot; |[[柳川都市圏]]&amp;lt;br&amp;gt;4&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;5587人&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
:※八女都市圏については人口データがない。統計年により久留米都市圏の2次圏に入ったり出たりしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===地域圏===&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式5.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式6.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
福岡県による[http://www.toukei.pref.fukuoka.jp/guide/index1.html 地域区分]では、以下の[http://www.pref.fukuoka.lg.jp/wbase.nsf/doc/gaiyou-jinkoutochiiki?OpenDocument 4つの地域]に大きく分けられ、さらに10の広域圏・都市広域圏に区分されている（人口は2006年7月1日現在の推計人口[http://www.toukei.pref.fukuoka.jp/plane/1619/jinkou-tuki-hyo-2006.07s.xls]）。ただし、これは地域区分であり、[[都市圏]]による区分とは異なる。&lt;br /&gt;
*[[北九州地方|北九州地域]]　132&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/font&amp;gt;5002人&lt;br /&gt;
**[[北九州都市圏|北九州都市広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;1,134,221人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[京築|京築広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;190,781人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[筑豊地方|筑豊地域]]　44&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/font&amp;gt;7465人&lt;br /&gt;
**[[嘉飯山地区|飯塚広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;192,492人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[田川地区|田川広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;139,721人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[直鞍地区|直方・鞍手広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;115,252人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[福岡地方|福岡地域]]　242&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/font&amp;gt;7293人&lt;br /&gt;
**[[福岡都市圏|福岡都市広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;2,336,434人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[甘木・朝倉広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;90,859人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[筑後地方|筑後地域]]　85&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/font&amp;gt;2278人&lt;br /&gt;
**[[久留米広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;464,806人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[有明広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;246,792人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[八女・筑後広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;140,680人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2000年|平成12年]]と[[2005年|平成17年]]の両[[国勢調査]]を比較すると、県全体としては33,427人の人口増となっているが、福岡地域の[[自治体]]のみ人口が増加傾向にあり、それ以外の3地域は人口が減少傾向にある。&lt;br /&gt;
*自動車の[[ナンバープレート (日本)|ナンバープレート]]に表示される陸運支局・陸運事務所名は「福岡」「北九州」「久留米」「筑豊」の4種類。ただし、朝倉市・朝倉郡は久留米ナンバーである。&lt;br /&gt;
*[[郵便番号]]の先頭2桁の数字は概ね福岡地域が「81」、北九州地域が「80」、筑後地域が「83」、筑豊および[[京築]]地域が「82」、築上郡東部が「87」。ただし、県側の定義と一致しない地域も多い。&lt;br /&gt;
*市外局番は概ね福岡地域が「092」、北九州市周辺地域が「093」、京築北部地域が「0930」、[[豊前市]]および[[築上郡]]東部が「0979」。それ以外の、主に筑後地域は「094X」。これも県側の定義と一致しない地域も多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*気象情報上の区分では「福岡」「北九州」「筑後」「筑豊」の4地区で分けられる。ただし、朝倉市・筑前町・東峰村は「筑後」に含まれる。二次細分区域では「北九州」からは「北九州遠賀」「京築」に2分割され、「筑後」からは「筑後北部」「筑後南部」に2分割されるため区分は6地区になる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===市町村===&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式7.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式8.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式9.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式10.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式11.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
以下の28市･13郡･34町･4村がある。市町村数66は全都道府県中第4位（[[2007年]]（平成19年）1月29日現在）であり、同第29位の面積に比して細かく区分されていると言える。「町」の読みは、遠賀町のみ「ちょう」、他はすべて「まち」。「村」の読みはすべて「むら」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[福岡地方|福岡地域]]　242&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/font&amp;gt;7293人&lt;br /&gt;
*[[福岡都市圏|福岡都市広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;2,336,434人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[福岡市]]（[[政令指定都市]]）&lt;br /&gt;
***[[東区 (福岡市)|東区]] - [[博多区]] - [[中央区 (福岡市)|中央区]] - [[南区 (福岡市)|南区]] - [[西区 (福岡市)|西区]] - [[城南区]] - [[早良区]]&lt;br /&gt;
**[[宗像市]]&lt;br /&gt;
**[[筑紫野市]]&lt;br /&gt;
**[[春日市]]&lt;br /&gt;
**[[大野城市]]&lt;br /&gt;
**[[太宰府市]]&lt;br /&gt;
**[[福津市]]&lt;br /&gt;
**[[前原市]]&lt;br /&gt;
**[[古賀市]]&lt;br /&gt;
**[[筑紫郡]]&lt;br /&gt;
***[[那珂川町 (福岡県)|那珂川町]]&lt;br /&gt;
**[[糟屋郡]]&lt;br /&gt;
***[[宇美町]] - [[篠栗町]] - [[志免町]] - [[須恵町]] - [[新宮町 (福岡県)|新宮町]] - [[久山町]] - [[粕屋町]]&lt;br /&gt;
**[[糸島郡]]&lt;br /&gt;
***[[二丈町]] - [[志摩町 (福岡県)|志摩町]]&lt;br /&gt;
*[http://www.amagi-asakura.jp/ 甘木・朝倉広域圏]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;90,859人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[朝倉市]]&lt;br /&gt;
**[[朝倉郡]]&lt;br /&gt;
***[[筑前町]] - [[東峰村]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[北九州地方|北九州地域]]　132&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/font&amp;gt;5002人&lt;br /&gt;
*[[北九州都市圏|北九州都市広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;1,134,221人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[北九州市]]（政令指定都市）&lt;br /&gt;
***[[門司区]] - [[若松区]] - [[戸畑区]] - [[小倉北区]] - [[小倉南区]] - [[八幡東区]] - [[八幡西区]]&lt;br /&gt;
**[[中間市]]&lt;br /&gt;
**[[遠賀郡]]&lt;br /&gt;
***[[芦屋町]] - [[水巻町]] - [[岡垣町]] - [[遠賀町]]&lt;br /&gt;
*[http://www.city.yukuhashi.fukuoka.jp/keichiku/ 京築広域圏]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;190,781人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[行橋市]]&lt;br /&gt;
**[[豊前市]]&lt;br /&gt;
**[[京都郡]]&lt;br /&gt;
***[[苅田町]] - [[みやこ町]]&lt;br /&gt;
**[[築上郡]]&lt;br /&gt;
***[[吉富町]] - [[上毛町]] - [[築上町]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[筑後地方|筑後地域]]　85&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/font&amp;gt;2278人&lt;br /&gt;
*[http://www.kttnet.co.jp/kurume-koiki/ 久留米広域圏]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;464,806人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[久留米市]]（[[特例市]]）&lt;br /&gt;
**[[うきは市]]&lt;br /&gt;
**[[小郡市]]&lt;br /&gt;
**[[大川市]]&lt;br /&gt;
**[[三井郡]]&lt;br /&gt;
***[[大刀洗町]]&lt;br /&gt;
**[[三潴郡]]&lt;br /&gt;
***[[大木町]]&lt;br /&gt;
*[http://www.kisc.co.jp/kouikiken/ 八女・筑後広域圏]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;140,680人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[八女市]]&lt;br /&gt;
**[[筑後市]]&lt;br /&gt;
**[[八女郡]]&lt;br /&gt;
***[[黒木町]] - [[立花町]] - [[広川町 (福岡県)|広川町]] - [[矢部村]] - [[星野村]]&lt;br /&gt;
*[[有明広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;246,792人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[大牟田市]]&lt;br /&gt;
**[[柳川市]]&lt;br /&gt;
**[[みやま市]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[筑豊地方|筑豊地域]]　44&amp;lt;font size=-1&amp;gt;&amp;lt;sup&amp;gt;万&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;/font&amp;gt;7465人&lt;br /&gt;
*[[嘉飯山地区|飯塚広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;192,492人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[飯塚市]]&lt;br /&gt;
**[[嘉麻市]]&lt;br /&gt;
**[[嘉穂郡]]&lt;br /&gt;
***[[桂川町]]&lt;br /&gt;
*[[田川地区|田川広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;139,721人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[田川市]]&lt;br /&gt;
**[[田川郡]]&lt;br /&gt;
***[[香春町]] - [[添田町]] - [[糸田町]] - [[川崎町 (福岡県)|川崎町]] - [[大任町]] - [[赤村]] - [[福智町]]&lt;br /&gt;
*[[直鞍地区|直方・鞍手広域圏]]　&amp;lt;font size=-1&amp;gt;115,252人&amp;lt;/font&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[直方市]]&lt;br /&gt;
**[[宮若市]]&lt;br /&gt;
**[[鞍手郡]]&lt;br /&gt;
***[[小竹町]] - [[鞍手町]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===平成の大合併による市町村の変更===&lt;br /&gt;
;2003年&lt;br /&gt;
*4月1日　'''宗像市'''（宗像市、宗像郡玄海町：合併）&lt;br /&gt;
;2005年&lt;br /&gt;
*1月24日 '''福津市'''（宗像郡福間町、津屋崎町：合併市制）&lt;br /&gt;
*2月5日　'''久留米市'''（浮羽郡田主丸町、三井郡北野町、三潴郡城島町・三潴町：編入）&lt;br /&gt;
*3月20日 '''うきは市'''（浮羽郡吉井町・浮羽町：合併市制）&lt;br /&gt;
*3月21日 '''柳川市'''（柳川市、山門郡大和町・三橋町：合併）&lt;br /&gt;
*3月22日 朝倉郡'''筑前町'''（朝倉郡三輪町・夜須町：合併）&lt;br /&gt;
*3月28日 朝倉郡'''東峰村'''（朝倉郡小石原村・宝珠山村：合併）&lt;br /&gt;
*3月28日 '''宗像市'''（宗像郡大島村：編入）&lt;br /&gt;
*10月11日 築上郡'''上毛町'''（築上郡新吉富村･大平村：合併）&lt;br /&gt;
;2006年&lt;br /&gt;
*1月10日 築上郡'''築上町'''（築上郡椎田町・築城町：合併）&lt;br /&gt;
*2月11日 '''宮若市'''（鞍手郡宮田町・若宮町：合併市制）&lt;br /&gt;
*3月6日　田川郡'''福智町'''（田川郡金田町・赤池町・方城町：合併）&lt;br /&gt;
*3月20日 京都郡'''みやこ町'''（京都郡犀川町・勝山町・豊津町：合併）&lt;br /&gt;
*3月20日 '''朝倉市'''（甘木市、朝倉郡杷木町・朝倉町：合併）&lt;br /&gt;
*3月26日 '''飯塚市'''（飯塚市、嘉穂郡筑穂町・穂波町・庄内町・頴田町：合併）&lt;br /&gt;
*3月27日 '''嘉麻市'''（山田市、嘉穂郡稲築町・碓井町・嘉穂町：合併）&lt;br /&gt;
*10月1日 '''八女市'''（八女郡上陽町：編入）&lt;br /&gt;
;2007年&lt;br /&gt;
*1月29日 '''みやま市'''（山門郡瀬高町・山川町、三池郡高田町：合併市制）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===既に消滅した市郡町村===&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式12.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
'''記事が書かれている市郡町村のみ'''掲載。それ以外は[[消滅した福岡県の市町村の一覧]]を参照のこと。&lt;br /&gt;
*[[小倉市]]&lt;br /&gt;
*[[八幡市 (福岡県)|八幡市]]&lt;br /&gt;
*[[山田市]]&lt;br /&gt;
*[[企救郡]][[曾根町]]・[[西谷村 (福岡県)|西谷村]]・[[中谷村]]・[[東谷村]]（企救郡は郡自体も消滅）&lt;br /&gt;
*[[早良郡]]（郡自体が消滅）&lt;br /&gt;
*[[宗像郡]][[福間町]]・[[津屋崎町]]・[[玄海町 (福岡県)|玄海町]]・[[大島村 (福岡県)|大島村]]（宗像郡は郡自体も消滅）&lt;br /&gt;
*朝倉郡[[三輪町]]・[[夜須町 (福岡県)|夜須町]]・[[小石原村]]・[[宝珠山村]]&lt;br /&gt;
*[[浮羽郡]][[吉井町 (福岡県)|吉井町]]・[[田主丸町]]・[[浮羽町]]（浮羽郡は郡自体も消滅）&lt;br /&gt;
*三井郡[[善導寺町]]・[[北野町]]&lt;br /&gt;
*三潴郡[[筑邦町]]・[[城島町]]・[[三潴町]]&lt;br /&gt;
*[[山門郡]][[瀬高町]]・[[三橋町]]・[[山川町 (福岡県)|山川町]]・[[大和町 (福岡県)|大和町]]（山門郡は郡自体も消滅）&lt;br /&gt;
*築上郡[[椎田町]]・[[築城町]]・[[新吉富村]]・[[大平村]]&lt;br /&gt;
*田川郡[[赤池町]]・[[金田町]]・[[方城町]]&lt;br /&gt;
*嘉穂郡[[幸袋町]]・[[二瀬町]]・[[鎮西村 (福岡県)|鎮西村]]・[[稲築町]]・[[碓井町]]・[[頴田町]]・[[嘉穂町]]・[[庄内町 (福岡県)|庄内町]]・[[筑穂町]]・[[穂波町]]&lt;br /&gt;
*八女郡[[上陽町]]&lt;br /&gt;
*[[三池郡]][[高田町]]（三池郡は郡自体も消滅）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===方言===&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式13.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
福岡県では地域によって使われる方言は様々である。&lt;br /&gt;
;[[福岡地方]]&lt;br /&gt;
*[[博多弁]]（[[福岡市]]近郊）&lt;br /&gt;
*[[宗像弁]]（[[宗像市]]近郊）&lt;br /&gt;
;[[北九州地方]]&lt;br /&gt;
*[[北九州弁]]（[[北九州市]]]・行橋市近郊）&lt;br /&gt;
*[[中津弁]]（[[豊前市]]以東）&lt;br /&gt;
;[[筑豊地方]]&lt;br /&gt;
*[[筑豊弁]] &lt;br /&gt;
**[[田川弁]]（[[田川市]]・[[田川郡]]）&lt;br /&gt;
**[[飯塚弁]]（[[飯塚市]]・[[嘉麻市]]・[[嘉穂郡]]）&lt;br /&gt;
**[[直方弁]]（直方市近郊） &lt;br /&gt;
;[[筑後地方]]&lt;br /&gt;
*[[筑後弁]]&lt;br /&gt;
**[[久留米弁]]（[[久留米市]]・[[朝倉市]]近郊）&lt;br /&gt;
**[[柳川弁]]（[[柳川市]]・[[大川市]]・[[みやま市]]）&lt;br /&gt;
**[[大牟田弁]] -（[[大牟田市]]近郊）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、これらの方言は地域によって差異がみられ、地域によって更に細かく分けられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 有形文化財建造物 ==&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式14.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
;重要伝統的建造物群保存地区&lt;br /&gt;
*[[八女福島]] （八女市）&lt;br /&gt;
*[[筑後吉井]] （うきは市）&lt;br /&gt;
*[[秋月]] （朝倉市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事 ==&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式15.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
[[Image:北九州の成人式16.jpg|300px|thumb|福岡県の成人式]]&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県17.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県18.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県19.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県20.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
[[Image:福岡県21.jpg|350px|thumb|福岡県]]&lt;br /&gt;
*[[シーサイドももち]]地区（福岡市中央区・早良区）&lt;br /&gt;
*[[福岡タワー]]（福岡市早良区）&lt;br /&gt;
*[[福岡ドーム]] （福岡市中央区）&lt;br /&gt;
*[[北原白秋]]生家（柳川市）&lt;br /&gt;
*柳川川下り（柳川市）&lt;br /&gt;
*[[門司港レトロ地区]]（北九州市門司区）&lt;br /&gt;
*[[皿倉山]]（北九州市八幡東区）&lt;br /&gt;
*[[松本清張]]記念館（北九州市小倉北区）&lt;br /&gt;
;テーマパーク・動植物園等&lt;br /&gt;
*[[スペースワールド]]（北九州市八幡東区）&lt;br /&gt;
*[[海の中道海浜公園]]（福岡市東区）- [[国営公園]]&lt;br /&gt;
*[[マリンワールド海の中道]]（福岡市東区）&lt;br /&gt;
*[[到津の森公園]]（北九州市小倉北区）&lt;br /&gt;
*[[福岡市動植物園]]（福岡市中央区）&lt;br /&gt;
*[[大牟田市動物園]]（大牟田市）&lt;br /&gt;
*[[久留米市鳥類センター]]（久留米市）&lt;br /&gt;
*久留米市世界つつじセンター（久留米市）&lt;br /&gt;
*北九州市ほたる館（北九州市小倉北区）&lt;br /&gt;
;名勝・旧跡等&lt;br /&gt;
*[[平尾台]]（北九州市小倉南区・行橋市・京都郡みやこ町・苅田町・田川郡香春町）&lt;br /&gt;
*芥屋の大門（糸島郡志摩町）- 国[[名勝]]&lt;br /&gt;
*柳川御花・[[松濤園]]（柳川市）- 国名勝&lt;br /&gt;
*[[大宰府]]跡（太宰府市）- 国[[:Category:特別史跡|特別史跡]]&lt;br /&gt;
*[[水城]]跡（太宰府市・大野城市）- 国特別史跡&lt;br /&gt;
*[[大野城 (筑前国)|大野城]]跡（太宰府市・大野城市・糟屋郡宇美町）- 国特別史跡&lt;br /&gt;
*[[基肄城]]跡（筑紫野市）- 国特別史跡&lt;br /&gt;
;神社・仏閣&lt;br /&gt;
*[[櫛田神社]]（福岡市博多区）&lt;br /&gt;
*[[筥崎宮]]（福岡市東区）&lt;br /&gt;
*[[香椎宮]]（福岡市東区）&lt;br /&gt;
*[[福岡縣護國神社]]（福岡市中央区）&lt;br /&gt;
*[[宇美八幡宮]]（糟屋郡宇美町）&lt;br /&gt;
*[[宗像大社]]（宗像市）&lt;br /&gt;
*[[宮地嶽神社]]（福津市）&lt;br /&gt;
*[[太宰府天満宮]]（太宰府市）&lt;br /&gt;
*[[高良大社]]（久留米市）&lt;br /&gt;
*[[水天宮 (久留米市)|水天宮]]（久留米市）&lt;br /&gt;
*[[観世音寺]]（太宰府市）&lt;br /&gt;
*[[武蔵寺]]（筑紫野市）&lt;br /&gt;
*[[篠栗四国八十八箇所]]（糟屋郡篠栗町）&lt;br /&gt;
;温泉&lt;br /&gt;
*[[二日市温泉 (筑紫野市)|二日市温泉]]（筑紫野市）&lt;br /&gt;
*[[原鶴温泉]]（朝倉市）&lt;br /&gt;
*[[筑後川温泉]]（うきは市）&lt;br /&gt;
*[[船小屋温泉]]（筑後市・みやま市）&lt;br /&gt;
*[[脇田温泉]]（宮若市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===祭事===&lt;br /&gt;
*[[博多どんたく]]港まつり（福岡市、5月）&lt;br /&gt;
*[[博多祇園山笠]]（福岡市、7月）&lt;br /&gt;
*[[放生会]]（福岡市、9月）&lt;br /&gt;
*[[わっしょい百万夏祭り]]（北九州市、8月）&lt;br /&gt;
*[[大蛇山まつり]]（大牟田市、７月）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===スポーツ===&lt;br /&gt;
====プロスポーツチーム====&lt;br /&gt;
*[[福岡ソフトバンクホークス]]（福岡市） - [[プロ野球]]&lt;br /&gt;
*[[アビスパ福岡]]（福岡市） - [[日本プロサッカーリーグ|Jリーグ]]&lt;br /&gt;
*[[福岡サニックスブルース]]（宗像市） - [[ジャパンラグビートップリーグ]]&lt;br /&gt;
*[[ニューウェーブ北九州]]（北九州市） - [[サッカー]][[九州社会人リーグ|Kyuリーグ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=====ファンの応援傾向=====&lt;br /&gt;
*[[プロ野球]]は、[[福岡ソフトバンクホークス]]のファンが圧倒的に多い。また、かつて西鉄ライオンズが[[福岡市]]の[[平和台球場]]に本拠地があったことから[[西武ライオンズ]]のファンが[[柳川市]]など西鉄沿線の[[筑後地方]]を中心に多い。しかし、同時にホークスファンの中にはアンチライオンズファンも非常に多い。ただし、ダイエー移転当初は平和台球場での応援はダイエー・西武に完全に二分されていたところを見ても、福岡を裏切って移転したという負の理由よりも、ホークスにとってライオンズが最大の好敵手であるというポジティブなことに理由がありそうである。また、かつて[[下関市]]に本拠地があったことから、[[北九州市]]を中心に[[横浜ベイスターズ]]ファンも少なくは無い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====定期開催されるスポーツイベント====&lt;br /&gt;
*[[朝日駅伝]]（1月開催。福岡市→北九州市）&lt;br /&gt;
*[[選抜女子駅伝北九州大会]]（1月開催）&lt;br /&gt;
*[[福岡国際クロスカントリー選手権]] - [[クロスカントリー]]&lt;br /&gt;
*[[九州一周駅伝]]（11月開催。北九州市などを通り、福岡市がゴール地）- [[駅伝]]&lt;br /&gt;
*大相撲十一月場所（福岡市。[[福岡国際センター]]で開催） - [[大相撲]]&lt;br /&gt;
*[[福岡国際マラソン]]（毎年12月第1日曜開催） - [[マラソン]]&lt;br /&gt;
*[[福岡国際女子柔道選手権]] - [[柔道]]&lt;br /&gt;
*[[金鷲旗全国高等学校柔道大会]] - [[柔道]]&lt;br /&gt;
*[[玉竜旗全国高等学校剣道大会]] - [[剣道]]&lt;br /&gt;
*[[全国選抜高校テニス大会]] - [[テニス]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====過去の実績====&lt;br /&gt;
*[[2001年世界水泳選手権]]&lt;br /&gt;
*第18回[[ユニバーシアード]]夏季大会 - [[1995年]]&lt;br /&gt;
*[[国民体育大会]]　第3回（[[1948年]]）　第45回（[[1990年]]）&lt;br /&gt;
**第3回の時は[[平和台陸上競技場]]、45回の時は[[東平尾公園]]（博多の森陸上競技場他）が建設された&lt;br /&gt;
*[[福岡レッドファルコンズ]]（[[バスケットボール]][[JBLスーパーリーグ]]。1年足らずで解散）&lt;br /&gt;
*[[西武ライオンズ|西鉄クリッパース→西鉄ライオンズ→太平洋クラブライオンズ→クラウンライターライオンズ]]（[[西武グループ]]による買収で[[所沢市]]へ転出）&lt;br /&gt;
*[[西日本パイレーツ]]（1年で西鉄に吸収合併）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===[[公営競技]]===&lt;br /&gt;
[[競馬]]、[[競輪]]、[[競艇]]、[[オートレース]]全ての競技場が揃っている。&lt;br /&gt;
*[[小倉競馬場]]（北九州市小倉南区） - [[中央競馬]]&lt;br /&gt;
*[[福岡競艇場]]（福岡市中央区） - [[2007年]]の年末に九州で初めての[[賞金王決定戦競走]]を開催&lt;br /&gt;
*[[若松競艇場]]（北九州市若松区）&lt;br /&gt;
*[[芦屋競艇場]]（遠賀郡芦屋町）&lt;br /&gt;
*[[小倉競輪場]]（北九州市小倉北区） - 日本で最初の[[競輪場]]（ただし現用施設は開設当初とは別施設）&lt;br /&gt;
*[[久留米競輪場]]（久留米市）&lt;br /&gt;
*[[飯塚オートレース場]]（飯塚市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 教育 ==&lt;br /&gt;
=== 大学 ===&lt;br /&gt;
; [[国立大学]]&lt;br /&gt;
* [[九州大学]]（福岡市・春日市・大野城市・前原市・志摩町）&lt;br /&gt;
* [[九州工業大学]]（北九州市・飯塚市）&lt;br /&gt;
* [[福岡教育大学]]（宗像市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; [[公立大学]]&lt;br /&gt;
* [[北九州市立大学]]（北九州市）&lt;br /&gt;
* [[九州歯科大学]]（北九州市）&lt;br /&gt;
* [[福岡県立大学]]（田川市）&lt;br /&gt;
* [[福岡女子大学]]（福岡市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; [[私立大学]]&lt;br /&gt;
* [[折尾愛真短期大学]]（北九州市）&lt;br /&gt;
* [[九州栄養福祉大学]]（北九州市）&lt;br /&gt;
* [[九州共立大学]]（北九州市）&lt;br /&gt;
* [[九州国際大学]]（北九州市）&lt;br /&gt;
* [[九州産業大学]]（福岡市）&lt;br /&gt;
* [[九州情報大学]]（太宰府市）&lt;br /&gt;
* [[九州女子大学]]（北九州市）&lt;br /&gt;
* [[近畿大学]]産業理工学部（飯塚市）  &lt;br /&gt;
* [[久留米工業大学]]（久留米市）&lt;br /&gt;
* [[久留米大学]]（久留米市）&lt;br /&gt;
* [[国際医療福祉大学]]福岡リハビリテーション学部（大川市）および福岡看護学部（福岡市）&lt;br /&gt;
* [[産業医科大学]]（北九州市）&lt;br /&gt;
* [[西南学院大学]]（福岡市）&lt;br /&gt;
* [[西南女学院大学]]（北九州市）&lt;br /&gt;
* [[日本経済大学]](2010年4月福岡経済大学から改称）（太宰府市）&lt;br /&gt;
* [[福岡医療福祉大学]]（太宰府市）&lt;br /&gt;
* [[第一薬科大学]]（福岡市）&lt;br /&gt;
* [[筑紫女学園大学]]（太宰府市）&lt;br /&gt;
* [[筑紫女学園短期大学]]（太宰府市）&lt;br /&gt;
* [[帝京大学]]福岡キャンパス（大牟田市）&lt;br /&gt;
* [[東和大学]]（福岡市）&lt;br /&gt;
* [[中村学園大学]]（福岡市）&lt;br /&gt;
* [[西日本工業大学]]（苅田町）&lt;br /&gt;
* [[日本赤十字九州国際看護大学]]（宗像市）&lt;br /&gt;
* [[福岡工業大学]]（福岡市）&lt;br /&gt;
* [[福岡国際大学]]（太宰府市）&lt;br /&gt;
* [[福岡歯科大学]]（福岡市）&lt;br /&gt;
* [[福岡女学院大学]]（福岡市）&lt;br /&gt;
* [[福岡大学]]（福岡市）&lt;br /&gt;
* [[早稲田大学]]北九州キャンパス（北九州市）&lt;br /&gt;
* [[サイバー大学]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 高等専門学校 ===&lt;br /&gt;
; [[国立高等専門学校機構|国立]]&lt;br /&gt;
* [[北九州工業高等専門学校]]（北九州市）&lt;br /&gt;
* [[久留米工業高等専門学校]]（久留米市）&lt;br /&gt;
* [[有明工業高等専門学校]]（大牟田市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 高等学校・中学校・小学校・幼稚園 ===&lt;br /&gt;
以下の一覧記事を参照されたい。&lt;br /&gt;
* [[福岡県高等学校一覧]]&lt;br /&gt;
* [[福岡県中学校一覧]]&lt;br /&gt;
* [[福岡県小学校一覧]]&lt;br /&gt;
* [[福岡県幼稚園一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 交通 ==&lt;br /&gt;
=== 道路 ===&lt;br /&gt;
:'''高速・有料道路'''&lt;br /&gt;
::[[九州自動車道]]、[[大分自動車道]]、[[西九州自動車道]]（福岡前原道路）、[[東九州自動車道]]（[[椎田道路]]）&lt;br /&gt;
::[[関門国道トンネル|関門トンネル]]、[[若戸大橋]]、[[八木山バイパス]]&lt;br /&gt;
::[[福岡高速道路|福岡都市高速道路]]、[[北九州高速道路|北九州都市高速道路]]&lt;br /&gt;
::[[鳥栖筑紫野道路|鳥栖筑紫野有料道路]]、[[冷水有料道路]]、[[二丈浜玉有料道路]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:'''国道'''&lt;br /&gt;
::[[国道2号]]、[[国道3号]]、[[国道10号]]、[[国道198号]]、[[国道199号]]、[[国道200号]]、[[国道201号]]、[[国道202号]]、[[国道208号]]、[[国道209号]]、[[国道210号]]、[[国道211号]]、[[国道263号]]、[[国道264号]]、[[国道322号]]、[[国道385号]]、[[国道386号]]、[[国道389号]]、[[国道442号]]、[[国道443号]]、[[国道495号]]、[[国道496号]]、[[国道497号]]、[[国道500号]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:'''県道'''&lt;br /&gt;
::*[[福岡県の県道一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===鉄道===&lt;br /&gt;
旅客輸送を行っている鉄道。&lt;br /&gt;
*中心となる駅[[博多駅]]&lt;br /&gt;
*[[九州旅客鉄道]]（JR九州）&lt;br /&gt;
**[[山陽本線]]&lt;br /&gt;
**[[鹿児島本線]]&lt;br /&gt;
**[[日豊本線]]&lt;br /&gt;
**[[筑豊本線]]&lt;br /&gt;
**[[篠栗線]]&lt;br /&gt;
**[[後藤寺線]]&lt;br /&gt;
**[[日田彦山線]]&lt;br /&gt;
**[[香椎線]]&lt;br /&gt;
**[[筑肥線]]&lt;br /&gt;
**[[久大本線]]&lt;br /&gt;
*[[西日本旅客鉄道]]（JR西日本）&lt;br /&gt;
**[[山陽新幹線]]&lt;br /&gt;
**[[博多南線]]&lt;br /&gt;
*[[西日本鉄道]]（西鉄）&lt;br /&gt;
**[[西鉄天神大牟田線|天神大牟田線]]&lt;br /&gt;
**[[西鉄太宰府線|太宰府線]]&lt;br /&gt;
**[[西鉄甘木線|甘木線]]&lt;br /&gt;
**[[西鉄貝塚線|貝塚線]]&lt;br /&gt;
**[[西鉄北九州線|北九州線]]&lt;br /&gt;
*[[筑豊電気鉄道]]&lt;br /&gt;
*[[平成筑豊鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[平成筑豊鉄道伊田線|伊田線]]&lt;br /&gt;
**[[平成筑豊鉄道糸田線|糸田線]]&lt;br /&gt;
**[[平成筑豊鉄道田川線|田川線]]&lt;br /&gt;
*[[甘木鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[甘木鉄道甘木線|甘木線]]&lt;br /&gt;
*[[福岡市交通局]]（福岡市地下鉄）&lt;br /&gt;
**[[福岡市地下鉄空港線|空港線]]&lt;br /&gt;
**[[福岡市地下鉄箱崎線|箱崎線]]&lt;br /&gt;
**[[福岡市地下鉄七隈線|七隈線]]&lt;br /&gt;
*[[北九州高速鉄道]]（北九州モノレール）&lt;br /&gt;
**[[北九州高速鉄道小倉線|小倉線]]&lt;br /&gt;
*[[帆柱ケーブル]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===空港===&lt;br /&gt;
*[[福岡空港]]&lt;br /&gt;
*[[新北九州空港]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===航路===&lt;br /&gt;
;[[重要港湾]]&lt;br /&gt;
*[[北九州港]]（[[特定重要港湾]]）&lt;br /&gt;
*[[博多港]]（[[特定重要港湾]]）&lt;br /&gt;
*[[苅田港]]&lt;br /&gt;
*[[三池港]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;旅客航路網&lt;br /&gt;
*姪浜～能古島（福岡市港湾局）&lt;br /&gt;
*姪浜～小呂島（福岡市港湾局）&lt;br /&gt;
*博多～玄界島（福岡市港湾局）&lt;br /&gt;
*博多～海の中道～西戸崎～志賀島（福岡市港湾局）&lt;br /&gt;
*岐志～姫島（志摩町産業振興課）&lt;br /&gt;
*新宮～相島（新宮町産業課）&lt;br /&gt;
*鐘崎～地島（宗像市玄海支所産業振興部）&lt;br /&gt;
*神湊～大島（宗像市大島支所渡船課）&lt;br /&gt;
*若松～戸畑（北九州市渡船事業所） - [[若戸渡船]] &lt;br /&gt;
*小倉～馬島～藍島（北九州市渡船事業所）&lt;br /&gt;
*ももち～海の中道（[[安田産業汽船]]）&lt;br /&gt;
*西海岸（門司）～唐戸（下関）（[[関門汽船]]）&lt;br /&gt;
*日明～荒田（下関）（[[関門海峡フェリー]]）&lt;br /&gt;
*三池港～島原（[[島原鉄道]]）&lt;br /&gt;
*博多～壱岐～対馬（[[九州郵船]]）&lt;br /&gt;
*博多～生月島～五島列島（[[野母商船]]）&lt;br /&gt;
*西海岸（門司）～松山（[[石崎汽船]]） - 高速船&lt;br /&gt;
*小倉～松山（[[関西汽船]]） - [[フェリー]]&lt;br /&gt;
*新門司～神戸・泉大津（[[阪九フェリー]]） - 長距離フェリー&lt;br /&gt;
*新門司～大阪南港（[[名門大洋フェリー]]） - 長距離フェリー&lt;br /&gt;
*新門司～徳島～東京（[[オーシャン東九フェリー]]） - 長距離フェリー&lt;br /&gt;
*博多～直江津～室蘭（[[東日本フェリー]]） - 長距離フェリー ※休航中&lt;br /&gt;
*博多～[[大韓民国]][[釜山広域市]]（[[JR九州高速船]]「[[ビートル (高速船)|ビートル]]」「[[ジェビ]]」、[[未来高速海運]]「コビー」、[[カメリアライン]]） - 国際航路&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==国防==&lt;br /&gt;
*[[陸上自衛隊]] 第4師団&lt;br /&gt;
**小倉駐屯地（北九州市小倉南区）&lt;br /&gt;
**福岡駐屯地（春日市）&lt;br /&gt;
**小郡駐屯地（小郡市）&lt;br /&gt;
**久留米駐屯地（久留米市）&lt;br /&gt;
**飯塚駐屯地（飯塚市）&lt;br /&gt;
*[[航空自衛隊]]　西部方面隊&lt;br /&gt;
**春日基地（春日市）&lt;br /&gt;
**芦屋基地（遠賀郡芦屋町）&lt;br /&gt;
**築城基地（行橋市・築上郡築上町）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==マスメディア==&lt;br /&gt;
===通信社===&lt;br /&gt;
*[[共同通信]]&lt;br /&gt;
*[[時事通信]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
共同・時事、共に福岡市に支社を構え県内各地に支局などがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===日刊新聞===&lt;br /&gt;
;一般紙&lt;br /&gt;
*[[朝日新聞]]西部本社（北九州市）&lt;br /&gt;
*[[毎日新聞西部本社]]（北九州市）&lt;br /&gt;
*[[読売新聞西部本社]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[日本経済新聞]]西部支社（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[西日本新聞社]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[有明新報]]（大牟田市）&lt;br /&gt;
*日刊大牟田（大牟田市）&lt;br /&gt;
*[[糸島新聞]]（前原市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
朝日・毎日は[[福岡都市圏]]周辺地域の販路拡大・取材拠点拡充などのため「福岡本部」も併設されている（朝日新聞は編集・製作などはここで行っているため、福岡市が実質的な本社化されている）。読売も元は北九州市にあったが、同様の理由でこちらは社屋を福岡市に移転し、北九州は総本部に格下げとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[産経新聞]]は九州総局が福岡市にある。また、販売店を持たないため、駅売りや[[コンビニエンスストア]]等での販売などはされておらず、[[西日本新聞]]の販売店が大阪本社発行分を委託販売をしている場合があるが、締め切り時間の都合上、夕方18時締め切りの第6版を配送するため大半の記事内容が1日遅れとなる。また九州・沖縄では全ての県で地域版=県域版は載っていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;スポーツ紙&lt;br /&gt;
*[[日刊スポーツ]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[スポーツニッポン]]（北九州市）&lt;br /&gt;
*[[スポーツ報知]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[西日本スポーツ]]（福岡市）&lt;br /&gt;
*[[九州スポーツ]]（福岡市及び下関市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[サンケイスポーツ]]については上記産経新聞と同様の事情だが、[[天神駅]]・[[博多駅]]・[[小倉駅 (福岡県)|小倉駅]]ではお昼頃から大阪版が売られている。また[[デイリースポーツ]]も九州地区の発行拠点がないので、新聞販売店などでの宅配扱いは行われないが、[[広島県|広島]]地域向けの新聞が[[福岡市]]・[[北九州市]]など一部ターミナルの即売として発売されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
九州スポーツは[[東京スポーツ]]系列であるが、夕刊紙としてではなく、朝刊紙として販売している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、[[夕刊紙]]の[[夕刊フジ]]は大阪本社発行の早版=A版が午後4時頃から博多駅・天神駅・小倉駅など一部ターミナルの即売として発売されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===テレビ局===&lt;br /&gt;
*[[NHK福岡放送局]]（基幹放送局）&lt;br /&gt;
*[[NHK北九州放送局]]&lt;br /&gt;
**[[北海道]]以外の都府県で唯一、NHKが定期番組放送を行う複数の放送局を持っている県である。&lt;br /&gt;
*[[RKB毎日放送]]（RKB）（[[JNN]]系列）&lt;br /&gt;
*[[九州朝日放送]]（KBC）（[[All-nippon News Network|ANN]]系列）&lt;br /&gt;
*[[テレビ西日本]]（TNC）（[[FNN]]系列）&lt;br /&gt;
*[[福岡放送]]（FBS）（[[NNN]]系列）&lt;br /&gt;
*[[TVQ九州放送]]（TVQ）（[[TXN]]系列）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===ラジオ局===&lt;br /&gt;
*AMラジオ局&lt;br /&gt;
**NHK福岡放送局&lt;br /&gt;
**NHK北九州放送局&lt;br /&gt;
**RKB毎日放送（[[Japan Radio Network|JRN]]系列）&lt;br /&gt;
**九州朝日放送（[[全国ラジオネットワーク|NRN]]系列）&lt;br /&gt;
*FMラジオ局&lt;br /&gt;
**NHK福岡放送局&lt;br /&gt;
**NHK北九州放送局&lt;br /&gt;
**[[エフエム福岡]]（[[JAPAN FM NETWORK|JFN]]系列）&lt;br /&gt;
**[[エフエム九州]]（CROSS-FM）（[[JAPAN FM LEAGUE|JFL]]系列）&lt;br /&gt;
**[[九州国際エフエム]]（LOVE-FM）（[[MegaNet]]系列）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===ケーブルテレビ局===&lt;br /&gt;
*[[:Category:福岡県のケーブルテレビ局|福岡県のケーブルテレビ局]]（参照）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==福岡県を舞台にした作品==&lt;br /&gt;
;漫画&lt;br /&gt;
*[[博多っ子純情]]&lt;br /&gt;
*[[クッキングパパ]]&lt;br /&gt;
*[[エクセル・サーガ]]&lt;br /&gt;
*[[あぶさん]]&lt;br /&gt;
;アニメ&lt;br /&gt;
*[[クッキングパパ]]&lt;br /&gt;
*[[エクセル・サーガ]]&lt;br /&gt;
*[[センチメンタルジャーニー (アニメ)|センチメンタルジャーニー]]　第二話 松岡千恵～書けないラブソング～&lt;br /&gt;
;テレビドラマ&lt;br /&gt;
*[[マー姉ちゃん]]（[[長谷川町子]]原作）&lt;br /&gt;
*[[いちばん太鼓]]&lt;br /&gt;
*[[走らんか!]]&lt;br /&gt;
*[[3年B組金八先生]]（第2シリーズ初回）&lt;br /&gt;
*[[北条時宗 (NHK大河ドラマ)]]（[[元寇]]襲来）&lt;br /&gt;
*[[ブルーもしくはブルー]]&lt;br /&gt;
;小説&lt;br /&gt;
*[[点と線]]（[[松本清張]]作）&lt;br /&gt;
*[[青春の門]]（[[五木寛之]]作）&lt;br /&gt;
*[[半島を出よ]]（[[村上龍]]作）&lt;br /&gt;
;映画&lt;br /&gt;
*[[空の大怪獣ラドン]]&lt;br /&gt;
*[[宇宙大怪獣ドゴラ]]&lt;br /&gt;
*[[怪獣大戦争]]&lt;br /&gt;
*[[無法松の一生]]&lt;br /&gt;
*[[花と龍]]&lt;br /&gt;
*[[男はつらいよ]]（第1作）&lt;br /&gt;
*ダイナマイトどんどん&lt;br /&gt;
*神様のくれた赤ん坊 &lt;br /&gt;
*[[博多っ子純情]]&lt;br /&gt;
*[[点と線]]&lt;br /&gt;
*[[青春の門]]&lt;br /&gt;
*[[玄海つれづれ節]]&lt;br /&gt;
*[[釣りバカ日誌]]10&lt;br /&gt;
*[[ゴジラVSキングギドラ]]&lt;br /&gt;
*[[ゴジラVSスペースゴジラ]]&lt;br /&gt;
*[[ガメラ 大怪獣空中決戦]]&lt;br /&gt;
*[[ウォータームーン]]&lt;br /&gt;
*[[ロッカーズ]]&lt;br /&gt;
*[[この胸いっぱいの愛を]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 福岡で財布奪われ11日…仙台まで自力で帰宅 ==&lt;br /&gt;
8月末に福岡市で行方不明になっていた[[仙台市]]太白区、男性会社員(25)が2013年9月5日、徒歩などで帰宅した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
福岡市からは約1400キロ。11日かけて戻って来た男性は「福岡市内の路上で財布も携帯電話も奪われた時は焦ったけど、帰宅できてよかった」と話している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男性によると、8月25日に飛行機に乗り遅れた後、携帯電話の電池が切れた。福岡市内で夜を過ごすため、[[インターネットカフェ]]を探していた。午後10時頃、路上で男5人くらいに「財布と[[携帯電話]]を渡せ」と脅され、財布と携帯電話を置いて隙を見て逃げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、野宿をしながら仙台に向かった。「靴の中に隠し持っていた2000円で、食パンや水を購入し、飢えをしのいだ」という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
9月5日午後7時過ぎに、母親(46)の経営する[[岩沼市]]の[[スナック]]に帰ってきた。その後、母親が[[宮城県警]]仙台南署に連絡した。男性は「まさかこんな大騒ぎになっているとは。皆様にご迷惑をおかけして申し訳ない」と話している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
真っ黒に日焼けした姿で帰ってきた男性を見て母親は号泣。「[[幽霊]]が現れたかと思うくらいびっくりした。本当にうれしい。皆様にはご心配かけて申し訳ございませんでした」と息子の無事を喜んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[カードゲーム]]が趣味の男性は、[[北九州市]]内で開催された全国大会に参加するため8月23日、仙台を出発。大事なカードはショルダーバッグにしまい、無事、持ち帰った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[福岡県出身の有名人一覧]]&lt;br /&gt;
*[[福岡県西方沖地震]]&lt;br /&gt;
*[[福岡の企業]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://www.pref.fukuoka.lg.jp/ 福岡県庁公式サイト]&lt;br /&gt;
*[http://www.stat.go.jp/data/ssds/5.htm 総務省統計局サイト　社会生活統計指標　－都道府県の指標]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:日本の都道府県|ふくおかけん]]&lt;br /&gt;
[[Category:福岡県|ふくおかけん]]&lt;br /&gt;
[[Category:画像が多い記事|ふくおかけん]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>114.145.118.42</name></author>	</entry>

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