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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<updated>2026-05-17T05:21:43Z</updated>
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		<title>木嶋佳苗</title>
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				<updated>2014-01-08T23:24:53Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;113.34.246.122: /* 学歴 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:木嶋佳苗4.jpg|300px|thumb|木嶋　佳苗]]&lt;br /&gt;
'''木嶋 佳苗'''（きじま かなえ、[[1974年]]&amp;lt;昭和49年&amp;gt;[[11月27日]] - ）は、[[日本]]の殺人犯、インターネット詐欺師である。血液型A型。あだ名は、きじかな。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
[[北海道]]中標津町生まれ、別海町育ち。祖父は司法書士兼町議会議員(通算10期)、父親は行政書士。[http://www.bekkai.hokkaido-c.ed.jp/ 北海道別海高等学校]卒業、[[東洋大学]]二部除籍。ケンタッキーフライドチキンに就職し退職する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高校生のときに窃盗罪で保護観察処分。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2003年]]3月、ネットオークションにパソコンを売ると書き込み、東京都内の男性から１０万円をだまし取ったなどとして、警視庁に詐欺容疑で逮捕され、懲役2年6月、執行猶予5年の有罪が確定していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ピアノ講師や、訪問ヘルパーにつく。インターネット詐欺での被逮捕暦がある。月額23万円の高級マンションに住んでいた。ワインカラーのベンツの高級車も運転していた。『かなえキッチン』なるブログも更新していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2009年]]9月25日に、結婚詐欺で埼玉県警察に逮捕される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年10月21日に、詐欺の容疑で起訴される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼女の知人で、不審死を遂げた人が6人いて、連続殺人事件の可能性を視野に入れて、関連について警察が慎重に捜査している。推定無罪の原則を貫かざるを得ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
週刊新潮、週刊朝日、日刊ゲンダイでは、実名が掲載されている。また、多くの一般市民は、彼女による連続殺人事件がおきたと、とらえている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2012年]]4月13日、さいたま地方裁判所から死刑判決。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 学歴 ==&lt;br /&gt;
* 1990年3月 別海町立別海中央中学校卒業&lt;br /&gt;
* 1990年4月 北海道別海高等学校入学&lt;br /&gt;
* 1993年3月 北海道別海高等学校卒業&lt;br /&gt;
* 1996年4月 東洋大学経営学部第2部経営学科入学（後に学費未納で除籍）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[婚活連続殺人事件]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://news.google.co.jp/news?hl=ja&amp;amp;q=%22%E6%9C%A8%E5%B6%8B%E4%BD%B3%E8%8B%97%22&amp;amp;lr=&amp;amp;um=1&amp;amp;ie=UTF-8&amp;amp;ei=WZ7qSsjlCaTs6gPnzrnsCw&amp;amp;sa=X&amp;amp;oi=news_group&amp;amp;ct=title&amp;amp;resnum=1&amp;amp;ved=0CA0QsQQwAA 木嶋佳苗－Google.ニュース]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:きしま かなえ}}&lt;br /&gt;
[[Category:1974年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:北海道出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:死刑囚]]&lt;br /&gt;
[[Category:人殺し]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>113.34.246.122</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E3%82%84%E3%81%97%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%81%8B%E3%81%98%E3%82%93&amp;diff=216613</id>
		<title>やしきたかじん</title>
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				<updated>2014-01-07T23:05:12Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;113.34.246.122: /* たかじんを批判している芸能人 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''やしき たかじん'''（[[1949年]][[10月5日]] - 2014年1月3日）は、主に[[関西]]で活躍する[[右翼]]、[[タレント]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[大阪市]]の[[西成区]]出身（現在は[[西区 (大阪市)|西区]]在住）。本名は'''家鋪 隆仁'''（読みは芸名と同じ、やしき たかじん）。主に[[関西ローカル]]の[[テレビ番組]]に出演している。愛称は「'''じんちゃん'''」「'''たかじん'''」など。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
個人事務所パブリック・インフォメーション・スタイル（[[P.I.S]]）およびS.I.Pの代表取締役、また、P.I.S音楽出版代表取締役、テレビ番組制作会社株式会社[[エックスワン]]の取締役を務めている。この場合における、たかじんの氏名の表記は漢字（本名）表記である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
多くの人からの愛称は上記のとおり「じんちゃん」「たかじん」であるが、[[桃山学院高等学校]]で同級生だった[[堀内孝雄]]（[[軽音楽]][[部活動|部]]部長）はたかじん（新聞部部長）のことを現在でも「'''やしき'''」と呼んでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物・経歴 ==&lt;br /&gt;
四人兄弟の次男として生まれる。特技は「自己批判・無差別批判」。&lt;br /&gt;
===名前に関するエピソード===&lt;br /&gt;
たかじんという名前は、本名「隆仁」を命名する際、お寺に依頼されたものからきている。そのときの名前が「'''隆仁（たかひと）'''」であったのだが、父・権三郎は[[極右]]思想の持ち主で、「[[天皇|天皇陛下]]の『仁（ひと）』を使うとは何事だ、あの生臭[[坊主]]が」と激怒し（[[避諱]]）、後先考えずに「仁」の読みを「ひと」から「じん」に変え、「隆仁（たかじん）」と命名したことによる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「家鋪」の苗字は数少ない苗字である。また名前の「隆仁」の読み方は「たかひと」が大概多い。その為か、大概の人は「かしきたかひと」「いえしきたかひと」と思う方も多い。たかじん本人は風邪を引いた時に病院に通い、待合室で看護師に「かしきさん」「いえしきさん」「いえほさん」「やっほーさん」」と言い間違われ、挙句の果てに看護師に激怒した事がある（「たかじんの夢いっぱい」でのコメント）。ただし番組中に「かしきさん」「いえしきさん」「いえほさん」と言われても別に恨んだり、怒ったり、腹を立てたりしている様子は特に無い。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--Wikipedia:存命人物の伝記に関する懸念があるのでコメントアウト&lt;br /&gt;
幼少の頃、遊んでいた時に[[ダーツ]]の矢が左の眼球に刺さり、視力が低下した。普段は普通の眼鏡をかけていたものの、2000年頃に後遺症の[[緑内障]]により、[[ファッション]]のためだけでなく、常に[[サングラス]]をかけている。（又、[[喫煙]]による[[気胸|肺気胸]]の症状も患っている。肺に穴が開いており、医師から「[[煙草]]を止めなければ死にますよ」と宣告されるも、未だに止めていない。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===度重なる治療===&lt;br /&gt;
なお[[2006年]][[4月]]に、[[持病]]の腰痛（[[ヘルニア]]）治療のため[[レーザー手術]]を行ない、さらに、歯の治療や喉の[[ポリープ]]の治療も行なった（表面を削った上で抗菌パネルを張る事でワイン焼けやヤニで歯が汚れないようにし、奥歯に[[デンタルインプラント|インプラント]]を入れた）。又、片目に[[白内障]]を患っており、手術を行った事を[[2006年]][[9月10日]]放送の『[[たかじんのそこまで言って委員会]]』で、本人が明らかにしている（収録2日前の9月6日に手術したと述べている）。術後は[[スタジオ]]が明るくて爽快と述べた。また、2007年11月には右目のみ[[レーシック]]の手術を受け、翌月には左目外斜視の矯正手術を受けた。本人曰く「60歳迄に腹以外の肉体改造をする」とのこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===婚歴===&lt;br /&gt;
あまりプライベートを語らないが、過去に2度離婚しており、20代前半で別れた一人目の妻（故人）との間に一女がいる。&lt;br /&gt;
2013年に再婚した&lt;br /&gt;
崩御した時も一緒だった&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== デビューまで ===&lt;br /&gt;
少年時代はリトルリーグのジュニアホークスに所属していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[桃山学院高等学校|桃山学院高校]]在学中は新聞部に所属。[[朝日新聞社]]主催の全国新聞コンクールに入選も果たしている。高校時代、生まれて初めて[[作曲]]した『'''コーヒーインタイム'''』が、[[日本放送協会|NHK]]『'''[[あなたのメロディー]]'''』に採用され、[[ザ・スパイダース]]をバックに歌手の[[奥村チヨ]]が歌った。桃山学院高校卒業後上記の通り新聞記者を志望していたため[[早大]]を志すも失敗し、[[桃山学院大学]][[経済学部]]に内部進学するが、[[記者|新聞記者]]を志した際「NHK嫌い（後述）を克服すべきでない」と考え、このことで父の権三郎と対立し[[勘当]]されると、同大学を中退し[[京都市]]に移り住む。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、[[龍谷大学]]経済学部へ入学するも、これも中退。&lt;br /&gt;
同大学在学中に歌手を目指し、京都[[祇園]]の[[クラブ]]で[[ギター]]と[[ピアノ]]の[[弾き語り]]として歌い始め、自身の作曲活動も行なうようになる。&lt;br /&gt;
当時たかじんの曲の[[作詞]]は、高校時代からの友人である[[荒木十章]]が手掛けていた。この時期のたかじんは自暴自棄になっており、弾き語りで態度の悪い客には[[鶏卵|生卵]]・[[洗剤|ママレモン]]・[[タバスコ]]等をぶっかけたり、二階から放り出したりして暴れていたため、次々にクビになったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 歌手活動 ===&lt;br /&gt;
[[1971年]]に[[京都レコード]]（現在はTBS系の日音に版権を売却し音楽事業から撤退）から『'''[[遊女|娼婦]]和子'''』で[[レコード]]デビューするが、刺激的かつ頽廃的との理由で程なく[[発禁|発売禁止]]となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年]]には、[[京都文化芸術会館]]で初の[[コンサート]]を開催。その後[[1976年]]に、[[キングレコード|キングベルウッド]]からシングル『'''ゆめいらんかね'''』、アルバム『'''TAKAJIN'''』で再デビュー。同年、[[エフエム東京|FM東京]]が選ぶ最優秀新人賞のベスト5に入る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1977年]]に[[宝塚歌劇団|宝塚]]史上初のリサイタル（「'''私の肖像画'''」）を[[鳳蘭]]がやるということで、宝塚が行った際の「作曲部門担当」の選考で、当時宝塚の演出家であった[[草野旦]]が、たかじんのデビュー曲『'''ゆめいらんかね'''』を聴きその歌唱力と作曲センスを評価。白羽の矢が立ち、[[宝塚大劇場]]でも共演。男性として史上初めて[[宝塚歌劇]]の舞台に立ち、'''宝塚の舞台に立った唯一の男性'''となる。この時、宝塚に楽曲5曲（『'''うわさ'''』『'''ゴロ寝'''』『'''ゆめいらんかね'''』『'''ひょっとしたらのお話'''』『'''ラスト・ショー'''』）を提供、その内の1曲『'''ラスト・ショー'''』は自身が歌ってレコード（アルバム:『プロフィール』の10曲目）も出している。なお、1993年には宝塚歌劇・星組公演『'''パパラギ'''』で『'''心はいつも'''』を提供し、これもたかじん本人が歌っている（アルバム『MOOD-夢見る男のために-』の3曲目）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに同年、[[中村敦夫]]の推薦で『[[木枯し紋次郎|新・木枯し紋次郎]]』の[[主題歌]]『焼けた道』（作詩：中村敦夫 作曲：[[猪俣公章]]）を歌う。この時、旅人役でゲスト出演するも、散々な内容で[[ノイローゼ]]となり[[自殺]]寸前にまで追い込まれたという。後に本人は「[[機動戦士ガンダム|ガンダム]]の『砂の十字架』（後述）と同等で「生涯最大の汚点」と語っている。またこの時の経験が[[トラウマ]]となり、その後[[ドラマ]]出演や[[芝居]]の依頼は一切拒否するようになる。自身が出演する番組（冠番組・ゲスト問わず）でこれを流すことはタブーであり（むろん出演していない番組であってもダメ）、冠番組で流すということをしてしまうと番組をその日をもって終了させると公言している。但し、ドラマそのものが地方局で再放送された事はあり、当然その話も放映されているはずだが、それについては特に抗議はしなかった様である。ちなみに、これを機に猪俣とは親しくなり、[[コマーシャル|CM]]ソング「[[サントリー]]レッド」「[[桃屋]]の[[塩辛]]」などを歌うようになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1978年]]、一度は歌手を辞めようと決意するが、周囲の勧めで渋々[[フェスティバルホール]]で行われた「大阪大衆音楽祭」に出場し、『'''ながばなし'''』というタイトル通り10分ほどある長い歌でグランプリを獲得（本人曰く、1分1秒でも長くフェスティバルホールの舞台に立っていたくて長い曲を作ったという）。これがその後の歌手活動を続けていくきっかけとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1980年]]に[[ファンクラブ]]「'''CONCORDE'''」を設立（[[2004年]]度末に本人の意向により[[解散]]）。作詞家[[来生えつこ]]と出会い、シングル・アルバム『'''[[明日になれば_(シングル)|明日になれば]]'''』をリリース。活動拠点を京都祇園から[[東京]][[下北沢]]に移す。&amp;lt;!-- 歌手活動に直接関係のない記述のためコメントアウト エピソードとして掲載されるべき。  当時、レギュラー番組であった[[文化放送]][[ラジオ]]『[[セイ!ヤング]]』の[[放送作家|構成作家]]で作詞家デビュー前の[[秋元康]]と出会い親密な関係になる。当初は相談も兼ねて歌詞を持ってきた秋元に対し「全然アカン、話にならん。持って帰れ」と散々こき下ろしたが、その後に秋元作詞の曲は多数ヒットすることになった（この時の歌詞について、たかじんは「詩じゃなくて作文、文章であって歌詞とは呼べない」と評していた。一方、秋元は「たかじんさんは独特のこだわりがあるから、たかじんさんを納得させる歌詞を書くのは至難の業」と言っている）。のちに、たかじんは「あの時、なんぼかもろとったらよかったわ」と、ネタとして度々話している。お笑いコンビ[[とんねるず]]が売り出される頃から、秋元との関係に乱れが生じた感が見える。また、この当時大阪のほかに東京・[[仙台]]・[[名古屋]]などにもレギュラー番組を持っており、[[雑誌]]「[[Myojo|明星]]」に日本一移動距離の長い[[芸能人]]として取り上げられていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
前述の秋元のコメントの通りたかじんの歌詞へのこだわりが強く、エピソードにもこと欠かない。かつて多くたかじんの曲の作詞・作曲を手がけた[[鹿紋太郎]]が新曲作りに取り組む際には、鹿がたかじんの自宅に泊り込んで半月程度の合宿をおこなったという。代表的な大阪の曲として知られている『[[悲しい色やね]]』の作詞家である[[康珍化]]から持ち込まれた『[[心斎橋に星が降る]]』に対して、「心斎橋はアーケードあるから星降らん!!（康自身は静岡の出身で大阪のことは詳しくない）」と自身の曲として歌うことを断っている。そのため、この曲は[[大上留利子]]の持ち歌となって世に出てしまい前途の秋元とのエピソードと同じ状況に至ってしまった。このことから、作家泣かせとして業界で有名である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1981年]]には[[谷村新司]]が作詞作曲し、たかじんが歌った[[アニメ映画]]『'''[[機動戦士ガンダム]]'''』（劇場版3部作の第1作）の主題歌『'''砂の十字架'''』が13万枚のヒットとなるが、本人にとっては生涯最大の汚点だという。&amp;lt;!--これには事情があり、当時たかじんを担当していた[[ディレクター]]が[[キングレコード]]の部長に涙ながらに[[土下座]]し、鳴かず飛ばずだったたかじんにレコードを出させて下さいと直訴。その結果キングレコードは条件として、たかじんにガンダムの主題歌を歌うように指示、たかじんも歌詞に「ガンダム」という固有名詞がないことを条件に、（土下座したディレクターのこともあり）渋々承諾する。しかし、歌詞が気に入らなかったことと、ジャケットに自分の写真でなく[[ガンダム (架空の兵器)|ガンダム]]のイラストが描かれていたことにたかじんがクレームをつけて発売が延期となった。だが結局そのまま発売されることになる。こうして無理矢理歌わされた曲がヒットしたため、今日でも、「これまた人生の汚点だ」として番組などでネタとして話している。カップリングの「スターチルドレン」は、ロックバンド[[アニメタル]]によって、[[ヘヴィメタル]]風にカバーされる。その影響からか、たかじんは、ヘヴィメタルや[[ハードロック]]について肯定的な意見を言うこともあった（特に、[[B'z]]や、[[浜田麻里]]、[[SHOW-YA]]など）。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1982年]]に[[大阪駅前ビル|大阪駅前第二ビル]]の一角に[[マネージャー]]であった野田幸嗣とともに個人事務所「'''[[P.I.S]]（パブリック・インフォメーション・スタイル）'''」を設立。その後、[[1983年]]に[[ビクターエンタテインメント|ビクター]]に移籍し『'''ラヴ・イズ・オーヴァー'''』をリリース、[[1984年]]にリリースされた『'''[[あんた]]'''』が上昇気流のきっかけとなる。[[1986年]]に『'''[[やっぱ好きやねん]]'''』が関西で注目を集め大ヒットする。さらにこれが「大阪の歌手」として絶大な人気を得るきっかけとなり、[[1987年]]には『'''[[ICHIZU]]'''』が関西で大ヒットした。その後も、[[1989年]]には『'''大阪恋物語'''』、翌年には『'''[[なめとんか]]'''』が関西でヒット、関西色を前面に出した[[バラード]]シンガーとして関西に根付いてゆくことになる。（『やっぱ好きやねん』をきっかけに若き作家[[鹿紋太郎]]と出会って以降、ビクター在籍中二人三脚で楽曲を製作し現在の歌い手たかじんのスタイルを築くこととなった。）本人いわく「歌手一本で食えるようになるまで二十年はかかった。」という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この頃には、関西でのたかじんのコンサート・[[ディナーショー]]などのチケットは入手困難となり、常に前売り即完売のプラチナチケットとなっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 歌手活動に直接関係のない話のためコメントアウト エピソードに移動させるべきです。 この当時（[[1980年代]]半ば以降）、ラジオ番組（『ウィークエンド・イングス』『ハローナショナルショールーム』など）で[[泰葉]]と共演した。また、[[根岸 (台東区)|根岸]]の実家に頻繁に出入りしたこともあった。そのためか、母・[[海老名香葉子]]から[[林家正蔵 (9代目)|林家こぶ平（現：9代目林家正蔵）]]を預かってくれるように懇願される。その後、しばらくこぶ平はたかじんのところに住み込み、かばん持ちをしていたが、実質たかじんの弟子入りのような形になった。(以前Wikipediaに「たかじんと泰葉は結婚寸前の仲までに発展した」という記述があったことについて、たかじん本人は自らが主筆の[[発禁!?たかじん新聞]]のコラムで「根も葉もないデタラメだ」という記述している。)--&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[1992年]]に[[ポリスター]]に移籍し『'''[[泣いてもいいか]]'''』をリリース、[[1993年]]には『'''[[東京 (やしきたかじん)|東京]]'''』が約60万枚の自己最高のヒットとなり、翌[[1994年]][[全日本有線放送大賞]]「特別賞」「[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]最優秀賞」を受賞する。なおポリスター移籍後、多くの楽曲の作詞を[[及川眠子]](和歌山出身)が担当している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1999年]]10月5日にフェスティバルホールで行われた50歳記念のバースディコンサートで一度休業している。[[2001年]]12月12日岡山国際ホテルで行われたディナーショーで歌手活動を再開した。2002年8月31日にフェスティバルホールで行われた「復活スペシャルコンサート」を行った際、歌い終わったあとに「やっぱ[[山口百恵]]のようにはいかんな、また[[マイクロフォン|マイク]]握っとる」と発言し、ファンは待望の活動再開を喜んだ。なお[[2002年]]12月30日に行われた[[帝国ホテル]]大阪のディナーショーを最後に、[[2003年]]以降コンサートツアーは休んでいる。CDも2003年10月の『'''[[冬のソナタ]]'''』のカヴァー曲で[[2004年]]に[[日本放送協会|NHK]]で放送された冬のソナタ（日本語吹き替え版）の挿入歌・主題歌となる『'''My memory/最初から今まで'''』以来シングルリリースしていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2007年]][[11月16日]]にやしきたかじん携帯公式HP「発禁!?たかじん新聞」で、たかじん自らがハワイで歌っている映像を公開するという形で歌手活動を再開した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====たかじんのコンサート====&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たかじんのコンサートは演出や構成が一切なく、セットや照明も控えめであくまで歌と喋りを重視したシンプルなスタイルである。2時間40分から3時間強の内大半（約6割）がトークに費やされる。歌はかつては15曲前後、近年では12、3曲歌う。歌の間に3回から4回ほど2、30分程度（大[[ネタ]]になれば4、50分）のトークがある。トークで[[オチ]]をつけないと次の曲の演奏が始まらないのも特徴である。（予想外のオチに[[バックバンド]]が慌てて演奏に入ることも少なくない）観客からも「曲は[[レコード]]、[[コンパクトディスク|CD]]で聞くからそれよりも話をして」と言われるという。それゆえほとんど歌えなかったこともあり、かつてコンサートやライブで歌ったのがたった2, 3曲だけだったこともある（たとえば、ゲストで[[円広志]]を迎えたときなどには、[[漫才]]に熱が入りすぎた（2時間近くやっていた）ため、たかじんが「緊急事態宣言」を行い、急遽バックバンドに目配せで当初予定していた曲数を大幅カットさせたため、スタッフは大慌てだったという）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
コンサートになると、極度の重圧から[[自律神経失調症]]や重度の[[胃腸炎]]やノイローゼになり、かつてコンサートでアンコールの[[緞帳]]が下りたとき[[意識]]を失い、生死をさまよったことがある。また、客席をまともに見るのが怖いため、ステージに立つときは必ず[[サングラス]]をかけている。トークのときに[[舞台|ステージ]]の端から端までウロウロするのはサービスや[[演出]]ではなく、[[精神]]的に落ち着かないからである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本一コンサートのトーク時間が長いことで有名だが、このようなスタイルになったのは、まだヒット曲も無く無名だったころどのようにすれば満員になるのか試行錯誤した結果である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
普段の喋るときのだみ声の地声と、歌うときの高く澄んだ甘い歌声とのギャップがあまりにも違うため関西以外ではたかじんが歌手であることを疑われることが頻繁にあり、関西では「'''スズムシの声を持ったゴキブリ'''」と呼ばれていた。[[上岡龍太郎]]はたかじんを評して「'''普段のしゃべり声は芸人の声、歌っているときの声は歌手の声'''」、[[島田紳助]]は「'''愛を歌うヤクザ'''」と言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
歌手でありながら、[[1986年]]に[[日本放送演芸大賞]]「ホープ賞」、[[1993年]]に[[上方お笑い大賞]]「審査員特別賞」（本来なら大賞であったのだが、たかじん自身が「歌手が大賞を受賞するのは芸人に対してシャレにならない」と辞退）を受賞。お笑いの賞と歌の賞と両方獲得しているのはたかじんただ一人である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一時期[[桂雀々]]や[[桂春蝶 (2代目)|2代目桂春蝶]]や『[[MBSヤングタウン]]』で共演した[[桂三枝]]のもとに付いたり、さまざまな名だたる[[上方]]芸人と交流を深め（特に北新地の居酒屋「猫八」で出会って以来雀々とは付き合いで天満のマンションに一緒住んでいた。）、喋りや遊びの勉強をしていた事がある（祇園の弾き語り時代には、[[笑福亭松鶴 (6代目)|6代目笑福亭松鶴]]や[[藤山寛美]]にお茶屋遊びを教えられ、また、[[桂米朝 (3代目)|3代目桂米朝]]には大阪[[宗右衛門町]]の[[南地大和屋]]で遊びの基本を学んだ）。そのため、芸人以上に芸人としての意識が強いことから、若手に対して厳しい一面もある。だが飲みに行く際には喫煙・飲酒をさせない程であり、「売れるまで、やり続けなさい」とアドバイスをした事がある。とはいえ、[[タカアンドトシ]]、[[博多華丸・大吉]]、[[波田陽区]]、[[はなわ]]、[[ヒロシ]]などに太鼓判を押し、彼らを気に入っている模様。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1994年]]に[[アサヒビール]]の関西限定[[ビール]]「'''生一丁'''」のCMに出演。「あけまっせ」「これやがな」の[[台詞]]がうけ、同製品が爆発的なヒットとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2003年]]『'''やっぱ好きやねん'''』がバックに流れ[[川藤幸三]]がCM出演した、『'''大阪ソウルバラード'''』（全15曲のうち5曲がたかじんの歌が収録されている『'''やっぱ好きやねん'''』『'''生まれる前から好きやった'''』『'''なめとんか'''』『'''大阪恋物語'''』『'''あんた'''』）が[[阪神タイガース]]の18年ぶりの優勝に猛進しているのも相まって関西で15万枚の売り上げを記録。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに[[1985年]][[朝日放送|ABC]]ラジオの昼ワイド番組『'''[[聞けば効くほどやしきたかじん]]'''』で初めて[[帯番組]]を務める。この時、金曜日に円広志と行なっていた[[大阪駅]]ビルのサテライトスタジオ「[[ABCエキスタ]]」での公開[[生放送]]で注目を浴びる。「'''音曲漫才（ちゃうのんブルース）'''」や生ライヴ、さらにはCMを無視した1時間以上に亘る内輪話が大人気となり、観客がスタジオに殺到。その人気ぶりを[[写真週刊誌]][[フライデー]]が取材。「昼休みに[[サラリーマン]]がわざわざ営業車に乗ってまで聴くほどのお化け番組」と紹介された。朝日放送ではラジオ・テレビの他のレギュラー番組にも進出。『聞けば-』は[[1987年]]10月に終了するが、その直後にラジオ『[[サタデーたかじん ～午後はイッキに～]]』のパーソナリティー、さらに夕方のテレビ[[報道]]番組『[[ニュース・ウェーブ]]』の[[コメンテーター]]を務める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このように歌手としての魅力をもつ一方、[[放送禁止用語]]や[[放送局]]の出入り禁止や[[名誉毀損]]（後述）も恐れないストレートな発言で、テレビ・ラジオの[[ラジオパーソナリティ|パーソナリティー]]としても関西では不動の地位を誇り、すべてのレギュラー番組が高[[視聴率]]を誇ることから「'''浪速（関西）の視聴率男'''」と呼ばれている。本人は自著の中で「僕を視聴率男と呼ばないで」と記しているが、これまでに数多くの番組をヒットさせ、現在もそれは変わらない。なお、たかじんは「メジャーなものを批判や罵倒、暴言、悪口をしなければきがすまない。さもなければ不本意でありますし、やしきたかじんではない。」と語っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== たかじんバンド ====&lt;br /&gt;
初期の「'''フライング・リバティー'''」&amp;amp;lt;Pf/Key:土井淳（バンマス） G:[[近藤芳弘]] B:[[奥田勝彦]]（後に[[細木隆広]]→[[小笹了水]]） Dr:[[五十川清]]（後に[[浅川ジュン]]）の4人構成で、後に、Key:[[森俊之]]（後に鈴木賢） Sax/Flute:[[河田健]]（後に[[エレファント酒井]]）らが参加&amp;amp;gt;に始まり、現在の「'''アンビエンス'''」&amp;lt;1994年春にファンクラブの募集でバンド名が決定した。正式には英語のambienceの発音記号がバンド名。Pf/Key:土井淳（バンマス） Key:鈴木賢 G:[[近藤芳弘]] B:[[小笹了水]]（2002年代役で[[福栄宏之]]が参加） Dr:[[浅川ジュン]] Sax/Flute:[[小梶博司]]（2001年から[[横山貴生]]）の6人に1995年秋～1999年に当時たかじんの弟子であった[[佐々木清次]]Ag/Choが参加。&amp;gt;また、かつては、[[尾崎亜美]]（ピアノ）や[[河島英五]]（ギター）らが参加していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 東京進出そして東京キー局との決裂===&lt;br /&gt;
[[1988年]]、[[朝日放送]](ABCテレビ)午後の[[ワイドショー]]『'''[[晴れ時々たかじん]]'''』に出演（[[1988年]]～[[1992年]]）、彼の人気を決定づけた。この時に既存の[[主婦]]向けの[[ワイドショー]]とは、一線を画した企画を自ら提案。政治・[[経済]]などにも注目し、新しいスタイルを確立する。結果、昼の2時台にもかかわらず番組当初2%にも満たなかった視聴率が平均13%を超える（最高は20%を超える）にまでなった。たかじん自身が歌うオープニングテーマ『'''晴れときどきTAKAJIN'''（なめとんかC/W）』がこの番組の名物となる。この番組で[[指し棒]]、[[マジックインキ|マジック]]を使った彼の「'''嫉妬芸（反モラル芸）'''」という新しいスタイルを確立させる。特に人気があった、政治・経済では「'''なめとったらあかんど'''」「'''文句あるんやったらかかってこい'''」という台詞が口癖のようになり、[[政治家]]や役人・[[官僚]]に対しては[[生放送]]にもかかわらず[[放送禁止用語]]や[[名誉毀損]]ものの誰彼かまわず容赦ない毒舌を浴びせかけ、指し棒を折りまくる傾向が強かった。このパネルと指し棒を使ったスタイルは以後、様々な番組で見られるようになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1時間番組の収録で指し棒を最低3本は折っており、常に数十本のストックを備えている。また近年はあまりやらないが太い差し棒に差し替える事もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1992年]]、当時関西ローカルで放送されていた、土曜日深夜の『[[たかじんnoばぁ～]]』（よみうりテレビ）に共演の[[トミーズ雅]]と共に全国で注目を浴びるようになる。この番組はセットがバーであり、ゲストと共に酒を飲んでヘベレケの状態で、編集（「'''ガオー'''」という効果音）無しでは放送できないような発言、暴言を繰り返したが、そのトークが評判を呼び、[[キー局]]の[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]でも放送されるようになる。また、たかじんがカラオケやギターの弾き語りで歌うこともあった。この「'''ガオー'''」がこの番組の名物となる。放送時間が深夜12～1時台を過ぎているにもかかわらず、最高視聴率が25%を超え（関西地区）、よみうりテレビ史上深夜番組の最高視聴率記録を更新する事となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なおこの番組中に泥酔のため、たかじんの嫉妬による東京嫌い（後述）や、司会におけるスタイルを批判したゲストの[[立川談志]]に灰皿を投げつけ「気に入らんかったら帰れ」とスタジオから追い出し、犬猿の仲に発展したが、トミーズ雅に「放送できない」と止められた。また、[[内田裕也]]と安岡力也（現・[[力也]]）がゲストに来た際、内田がほとんど喋らず、番組途中で帰ったのにまったく怒らず、その後何事も無かったかのように力也とトークを続ける懐の深さもみせた。ただし内田裕也がたかじんのブラックリスト入りしたのは言うまでもない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1992年]]10月より、東京の放送局でテレビ・ラジオ合わせて3本のレギュラー番組を持つも、東京に嫌気が差し半年後に全て降板。これ以降は、歌手活動と並行しながら関西ローカルで数本のレギュラーを持つようになる。とはいえ、[[1994年]]から[[1997年]]頃までは、東京収録の番組にも義理でゲスト出演していた（『[[恋のから騒ぎ]]』、『[[開運!なんでも鑑定団]]』、『[[料理バンザイ!]]』など）が、やはり、東京キー局とそりが合わずトラブルを起こし、共演者に叱責されることが多かった。結果的に、[[1998年]]頃から[[2004年]]に『[[さんまのまんま]]』にゲスト出演するまで、東京収録の番組には全く出演しなくなっていた。また1994年10月から2年半の間は大阪発全国ネット番組『[[たかじん・ナオコのシャベタリーノ]]』（[[毎日放送]]）の司会を務めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 『胸いっぱい』から現在 ===&lt;br /&gt;
[[1994年]]から自身が司会を務める『[[たかじん胸いっぱい]]』（関西テレビ）が開始。さらに[[1998年]]には『[[たかじんONEMAN]]』（毎日放送）が始まる。この2つはテレビ番組や芸能人など主に業界に関する企画が中心で、番組改編期になると、新番組の平均[[視聴率]]を予想するのが恒例となっている。また、この視聴率予想の的中率が異常とも言える程の高さを誇っている。これも「晴れ時々たかじん」の司会就任の頃、自宅に10台前後の[[ビデオテープレコーダ|ビデオデッキ]]（最近では1[[テラバイト]]のHDDデッキを6台購入したと『たかじんのそこまで言って委員会』で述べている）を買い求めて、テレビ番組の動向をたとえ本人が嫌いな番組であってもチェック（以前はチャンネルごとに録画していたが現在はジャンルごとに録画している）していて以来続いている、彼のネタのひとつである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これまで芸能関連の企画が多かったが、[[2002年]]、特別番組『たかじんのそこまで言って委員会』で政治・経済などの時事問題をテーマにした番組を放送。2003年にはレギュラー化される。そして[[2004年]]には『[[ムハハnoたかじん]]』が開始、5年間守っていた「レギュラー2本」が倍増した。理由について本人は'''「老後のため」'''とギャグでかわしているようである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、テレビでもなかなか歌わないことで有名なたかじんだが、2004年12月、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]、[[細木数子]]の『[[幸せって何だっけ ～カズカズの宝話～]]』に出演。東京キー局の番組で23年ぶり（23年前に[[東京放送|TBS]]の『ホリデー』で『Too Young』「Fly me to the moon」「It's a sin to tell a lie」などのジャズをサングラスにパンチパーマのタキシード姿で熱唱して以来）に歌を歌った（曲目は『東京』『やっぱ好きやねん』）。「東京」を歌っている時、極度の緊張から、マイクを持つ手が異様に震えており（ライブではいつものことである）、その後のトークで細木に突っ込まれている。またレギュラー出演者の一人、[[堀内健]]に「お台場とか（に来るのは）初めてですか?」と問い掛けられると「初めて」と答え、更に「海あんねんね、前に」と照れながら答えた（なお、この出演も、本人は出演したくなかったが、細木の執拗なまでの電話攻勢で銀座に渋々出向くと、そこに細木とフジテレビの首脳陣が待ち構えており、細木の仕掛けた[[接待]]の罠にかかり、'''「あかん、罠にはめられた。もう断られへん」'''と悟り渋々出演を承諾した経緯がある）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===能力を見抜く眼===&lt;br /&gt;
[[大橋巨泉]]の様にまだブレイク前のタレントと芸人の才能を見抜く眼にすぐれており、ABCのアナウンサーだった[[宮根誠司]]が多彩な才能を秘めていることを見抜き、公私共に親しいABCの社長の[[西村嘉郎]]に直々に談判し、フリーアナウンサーに転身させた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演の放棄 ==&lt;br /&gt;
===味の素激昴事件===&lt;br /&gt;
1992年、たかじんが[[テレビ朝日]]の深夜番組『[[M10 (テレビ番組)|M10]]』（マグニチュードテン）に出演したときに、番組エンディングの所謂「料理コーナー」で、蒟蒻（こんにゃく）ステーキを作っていたのだが、スタジオに「[[味の素#調味料「味の素」|味の素]]がない」という理由で[[プロデューサー]]等のスタッフや助手を務めていた[[服部栄養専門学校|服部料理学校]]の生徒を'''「どこじゃー!!」'''と連呼しながら、自暴自棄の状態で殴り、スタジオのセットを次々に破壊する事件があった。その直後、共演のトミーズ雅が「味の素を入れたとしましょう」と、軌道修正を図るコメントをしたところさらに怒り、最終的には'''「こんな腐った番組辞めたらぁ」と生本番中に帰ってしまった'''（後日、彼は別の番組で『[[ファクシミリ|ファックス]]で再三打ち合わせしたにもかかわらず、味の素を持って来なかったことに腹を立てた』と話している）。しかし、放送中に「味の素ないのか!」と連呼したため、[[味の素]]本社から大量の味の素が送られ、スタジオのセットやたかじんの楽屋の至るところに置かれた。一方、番組にはたかじんの暴挙に対する批判の声が殺到し、同時に彼の嫉妬交じりの東京嫌い(群馬・埼玉・千葉・神奈川を除く)が決定的なものとなり、基本的に[[キー局]]や一部の地方局製作の番組に出演することは無くなった。そのため、現在でも『たかじんのそこまで言って委員会』や『たかじん胸いっぱい』などの冠番組の東京キー局や一部の地方局からの全国ネットの案件を門前払いし、徹底拒否している（[[独立UHF局]]を除く）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たかじんの新番組『[[たかじんTV非常事態宣言]]』の番組内で味の素大阪支社を訪れた際この事件は、味の素の会社内でもこの事件が伝説として語り継がれていることを知る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この事件後たかじんは『M10』を撤退、[[トミーズ雅]]、[[大竹まこと]]とともに『[[たかじんnoばぁ〜]]』を始めることとなる。しかし、開始半年ほどで[[大竹まこと]]が裏（[[テレビ大阪]]）で[[西川のりお]]（のりおはアンチたかじんとして知られる）と新番組を始めたことにより交流が決裂。以後、たかじんと共演することがなくなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 東京（関西以外）では絶対仕事をしない ===&lt;br /&gt;
嫉妬による東京嫌いのため、滅多なことがない限り東京では仕事をしていない。[[2005年]]以降、[[全国ネット]]の番組での出演は3〜4年に1回あるかないかである（さらに大阪発の番組であることが多い）。このため、関東在住（特に[[茨城県]]・[[千葉県]]）のファンや視聴者からは、たかじんに年に一度でいいから全国ネット番組にゲスト出演してほしいという声も上がっている。加えて昨今は生放送番組にはあまり出演しないが（『[[すてきな出逢い いい朝8時]]』[[2001年]][[9月22日]]放送のゲスト出演は例外）、『[[ムハハnoたかじん]]』はニュース性の高い番組のため、一時期生放送を行っていた時期があり、[[2005年]][[11月20日]]には『やしきたかじんが[[宮崎県|宮崎]]で[[タイガー・ウッズ]]に生で密着! たかじんINダンロップフェニックス』（『[[ダンロップフェニックストーナメント]]』（[[毎日放送]]）の関西ローカル・放送時間10:00〜11:24）では特別ゲストでリポーターとして出演した。最近では『[[たかじんのそこまで言って委員会]]』が熊本地区で20%超の高視聴率を獲得したことを記念して、[[辛坊治郎]]（読売テレビ解説委員）と共に[[2007年]][[7月9日]]に[[熊本県民テレビ|くまもと県民テレビ]]のローカルワイド番組『[[テレビタミン]]』に生出演し、[[2008年]][[4月10日]]放送の『[[なまみつ]]』に[[桂ざこば (2代目)|桂ざこば]]とともに番組中に乱入して出演した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かつて『たかじん胸いっぱい』（[[関西テレビ放送|関西テレビ]]）の全国ネット化をキー局のフジテレビから打診され、『たかじんのそこまで言って委員会』(ytv)はキー局の日テレからゴールデンタイムでの全国ネット化を熱望されたが、たかじんが「[[関東広域圏|関東]]には絶対流さない」「関東で放送されるくらいなら辞退する」&amp;lt;[[そこまで言って委員会]]の[[宮崎哲弥]]も同様に埼玉・千葉・神奈川では辞めないにしても、東京で放送したら辞めると宣言している。&amp;gt;（[[独立UHF局]]を除く）と言い、在京[[キー局]]（関東）ではネットされていない（全国ネットではない）現状であるが、『たかじん胸いっぱい』に関しては、[[2007年]]現在では[[神奈川県]]の[[テレビ神奈川|tvk]]、[[埼玉県]]の[[テレビ埼玉|テレ玉]]、[[群馬県]]の[[群馬テレビ]]といった独立UHF局でネットされ、[[アンテナ]]を立てたり[[ケーブルテレビ]]などを介して東京でも観られる場合があるので([[スピルオーバー]])、独立UHF局や[[CS]]は強い反対はしていないようである。なお東京都のUHF局、[[TOKYO MX]]も「'''東京唯一の独立UHF局だけれども東京のテレビ局だから'''」だけでキー局扱いにし、嫉妬しながら毛嫌いしている為、UHF局の[[TOKYO MX]]のみ、たかじんの出演番組のネット放送はされていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、東京の番組に出演しないのは[[1992年]]10月より半年間、たかじんが東京の放送局でテレビ・ラジオ合わせて3本のレギュラー番組（[[テレビ近未来研究所]]・[[M10_(テレビ番組)|M10]]・[[そこまで言うか! 熱血!正義の60分]]）を持った際の番組スタッフとの確執が決定的な理由とされる（それ以前にも東京のテレビに出演した際に、利権やしがらみのために制約が多いことや、すぐ掌をかえす体質や極端に横柄な態度に激怒し、暴力沙汰を起こし収録途中で幾度も帰っている）。この時たかじんは、自分のやり方を否定する東京キー局や地方局のルールが気に入らず、プロデューサーやディレクターを殴り、恫喝し、時には土下座させ、ついには生本番中に帰るなどのトラブルを起こした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東京キー局や地方局でも普段通り機関銃の如く喋っているが、放送できない内容が多すぎるため、オンエアではすべてカットとなっている。このことについてたかじんは常に不満を述べており、時には収録中にクレームをつけトラブルを起こすこともある。関西（西日本）と関東（東日本）でたかじんの印象が違うのはこのためである（本音を重んじ過激さを追求する在阪局と抗議や圧力を恐れ過剰な編集をする在京局や東日本の地方局との違いである）。このような事から、在阪局制作のレギュラー番組でも基本的にたかじんは東京キー局や地方局へのネットを断っている。実際、[[1998年]]3月の『[[たかじんnoどォ!]]』(ytv)の降板以降、たかじんのレギュラー番組は関東地区では独立UHF局を除き放送されていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あまりの[[ストレス (生体)|ストレス]]から[[ノイローゼ]]になり、東京のラジオの生放送中に倒れて[[救急車]]で運ばれるということもあった。上記の通り、たかじんが出演する番組は[[1998年]]以降、[[静岡県]]以東の東日本の放送局ではほとんど放送されていない。（関東の独立UHF局や東日本の地方局の中でも一部では放送されている）静岡県以東では『たかじん・ナオコのシャベタリーノ!』のような番組を望んでいるが、たかじん自身は関西色丸出しの毒舌連発のトークを売りとした番組としているため、放送されていない([[独立UHF局]]でもネットされていない番組は、[[千葉県]]では視聴する事が全く出来ない。例えば『そこまで言って委員会』が当てはまる)。また、前述の事の影響もあって、静岡県では、たかじんの態度を快く思っていないこともあって、未だに放送されていない（東北地方の一部も同じ）。最近は一部の地方でたかじんの番組が放送されており、特に[[広島県]]と[[中京圏]]では現在出演中の全番組を放送している。（以前、たかじんは[[中京テレビ]]で自身のレギュラー番組を持っていた。）そのため関東以外での知名度は上がっている。加えて、関東地方などの東日本ではたかじんが在京キー局や地方局に番組を流させない（さらに在京キー局や地方局側も関西の番組自体あまり流さない）。と同時に、たかじんが全国ネットの番組ゲスト出演しないため、[[1999年]]頃には死亡説が流れた事もある。現在でも、普段のレギュラー番組で、47都道府県関係なく、放送禁止用語が飛び交う内容で嫉妬しながら容赦なく批判している。関西色を前面に出し、毒舌を連発するたかじんのやり方が（埼玉・千葉・神奈川には受け入れられても）東京の人間には敬遠されるためか、たかじん自身にとって東京との相性は水と油である(埼玉・千葉・神奈川を除く)。特にここ近年は以前より東京嫌いがひどくなってきている（埼玉・千葉・神奈川を除く）ようだが、[[2005年]]1月1日付[[朝日新聞]]東京本社版別刷り特集にインタビューが掲載されている。現在でも在京キー局のテレビ番組を批判し、出演を徹底的に拒み続ける中で、たかじん自身は「くるダス」（[[アスコム (出版社)|アスコム]]）のインタビューで[[テレビ東京]]を応援しており、『[[ペット大集合!ポチたま]]』と『[[新春ワイド時代劇]]』（両番組ともテレビ東京）に太鼓判を押している。&lt;br /&gt;
=== ブラックリストの存在 ===&lt;br /&gt;
たかじんは嫌いな人物のブラックリストをもっており、たかじんの逆鱗にふれた人物は二度とキャスティングされなくなる。その傾向は、たかじんを批判したり、大阪を批判したり、大阪以外の地域文化を自慢した人物等となる（但し、必ずとは限らない）。このブラックリストが実在する事は、たかじん自身が何度も公表しており、リストの実物を冠番組内で見せた事もある。たかじん曰く、「これが無かったら、困る。ブラックリストを燃やすのは芸能界引退のときだ」と語っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
逆に上記の事から、たかじんが共演したいタレントから拒否されて、たかじん自身が後悔する面がある。それと同時に、たかじんが批判したタレントが自分のファンだと知り（例えば、[[桑田佳祐]]など）、たかじん自身がショックを受ける事もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
在京キー局や（キー局の意向に追随する）一部地方局の首脳は当然ながらたかじんの態度を快く思っていない。代表的なのが[[フジテレビジョン|フジテレビ]]会長の[[日枝久]]で『[[たかじん胸いっぱい]]』の人権侵害事件や『[[発掘!あるある大事典|発掘!あるある大事典II]]』の捏造事件を庇いだてなく報じていたが、それ以上にたかじんは東京キー局や一部地方局の首脳を「''[[気違い]]ん!!''''アホの頂点～''!!''東京を嫌って何が悪い。惑星の全人類は文句あるんやったらかかってこいこい!!''」とへヴィメタル風に歌いながら嫉妬交じりで非難している。とはいえ、『たかじんONE MAN』で「''俺が嫌っている都道府県は[[東京都]]だけや''」と、東京以外の首都圏の県を特に嫌っているわけではないともとれる発言もしている（その証拠に通勤圏の周辺の独立UHF局や山梨、長野、新潟、静岡での番組ネットを認めた）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そしてこのようにほとんど大阪でしか仕事をしていないため、大阪以外での知名度はきわめて低い。しかし大阪では絶大で、在阪民放各局の首脳陣とも深いつながりがあり、自分の番組以外でもキャスティングや企画・編成にも関わる事がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== NHK（公共放送）では絶対仕事をしない ===&lt;br /&gt;
「生まれつき嫉妬交じりのNHK嫌いであること」を公言している。歌手デビュー時のオーディションで、[[日本放送協会|NHK]]への悪口を連発した挙句に、NHK側のあまりに横柄な態度にたかじんが噛み付いたために不合格になったこと、[[NHK大阪放送局]]の『[[BK芸能チャンネル]]』でのなんらかの事件がありそれを皮切りに「♪役人・官僚体質！中身のない番組を垂れ流して受信料を取る！キチガイ集団～～」などとヘヴィメタル風に歌いながらの嫉妬を交えて批判もあり、それゆえにNHKに対して異常なまでの憎悪を抱くことになる。実際、普段のレギュラー番組でも「♪腐ったヤクザな放送局！[[阿呆|アホ]]の集まり！さっさと潰れろ！[[NHK民営化|民営化]]しろ！価値がない～～～イエ～～～～イ！」などとヘヴィメタル風に歌いながら非難したり、放送禁止用語を連発することも頻繁にある。東京[[キー局]]同様[[日本放送協会|NHK]]のアナウンサーも前述のブラックリストに掲載させている。無論、現在、過去を問わず全員が掲載されているため、元NHKのアナウンサーとの共演もたかじんは消したい過去として嫉妬を交えて一切拒絶している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「[[NHK紅白歌合戦|紅白歌合戦]]」に関しては[[年末年始]]の[[特別番組|特番]]で特大パネルを用いて嫉妬を交えて徹底的に酷評するのは定番と化している（ただし最近は減少傾向に至っており、援護をするようなコメントに傾向している）。NHK側も「たかじんの出演が紅白のイメージに合わない」と、たかじんの紅白出場の可能性を完全否定している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、[[NHK大阪ホール]]の[[こけら落し]]の歌番組の出演依頼されるも'''「誰が糞NHKなんかに出るか」'''と即座に断った唯一の人物でもあり、それを自慢話にしている（但し、『[[プロジェクトX〜挑戦者たち〜|プロジェクトX]]』に対しては太鼓判を押したほどである）。当然、[[NHK受信料|受信料]]も払っていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
余談だが放送禁止用語を羅列してまでNHKを嫉妬しながら批判したことで江戸笑芸の啓蒙者であるタレント[[永六輔]]の怒りに触れ結果両者は敵対関係になってしまった。永は江戸笑芸を必ず放送するNHKを大切にしましょうと呼びかけていてたかじんを「罵倒してまで江戸笑芸を否定する存在」として憤慨してしまったとの事。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===朝日放送では絶対仕事をしない===&lt;br /&gt;
在阪局であっても[[朝日放送]]でレギュラー番組を持つことはない。これは『[[晴れ時々たかじん]]』の放送終了後の慰労パーティーにおいて（[[朝日新聞社]]から来た）局長の挨拶が「なぜこんな番組が視聴率を取るのかわからない」の一言で激怒したたかじんは、役人・官僚の天下り体質もあり、以後朝日放送での仕事は死ぬまでしないと決めたからである。これ以降、たかじんの冠番組内で朝日放送の話題になると「（朝日放送は）アホから順番に偉くなる放送局」など、放送禁止用語を交えて罵倒しているが、その後も特番には数回出演している（頻度は在京局と同じく数年に1回程度）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『[[晴れ時々たかじん]]』以前にも、ABCラジオの生放送中に「[[養命酒]]がなんで効くねん。マジで吐きそうになった」と発言した後日、たかじんは[[養命酒製造]]から始末書を書かされたり、[[桂ざこば (2代目)|桂ざこば]]の襲名式で「サンケイをケツ割った」と発言し、一時期桂ざこばと不仲になったりした事があった。ついには局の警備員の対応の悪さに腹を立て、ラジオの生放送中に、たかじんが当時の副社長に「ここ（朝日）の警備員の教育はどうなってんねん、だからアホから順番に偉くなるんちゃうか」と発言し、副社長を激怒させた事があり、結果として副社長はたかじんを一生出入り禁止処分を下した。その後、たかじんが「朝日の事、ボロクソ言うたら」と吐き捨てて、副社長は徹底抗戦に入ろうとしたが、当時・社長の[[藤井桑正]]が「そんなことしたらタレントがおらんようになる」と鶴の一声で結局お咎め無しになったほどである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、他の在阪民放局同様に朝日放送でもたかじんが持つ影響力は大きく、親交のある前社長で現・取締役相談役の[[西村嘉郎]]に直談判をし[[宮根誠司]]をフリーに転身させた。また、朝日放送の顧問を務める[[山内久司]]もたかじんの冠番組に出演している。元朝日放送アナウンサーで現在・技術局次長の[[林伸一郎]]とは[[龍谷大学]]放送部で同期であり、現在も親交深く[[2003年]]4月頃『[[たかじんONE MAN]]』のコーナー「対面ショー」で局の垣根を越えて久々に共演した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 名誉毀損裁判・勧告 ===&lt;br /&gt;
一方で毒舌や短気な性格、妥協を許さない姿勢や自己主張がかなり激しい面は[[上岡龍太郎]]や[[横山やすし]]に似ていて、ついには[[裁判]]沙汰・警察沙汰になるというケースも生じている。&lt;br /&gt;
* 2005年、関西テレビ『たかじん胸いっぱい』での発言で、[[杉田かおる]]の元夫[[鮎川純太]]の名誉毀損行為で人権委員会([[放送倫理・番組向上機構|BPO]])から人権侵害と認定され、最も重い「以後斯様な事のないよう、企画・編集の体制を整えるべきである」との勧告処分を受けている。&lt;br /&gt;
* 2005年[[10月18日]]深夜に放送したバラエティー番組『たかじんONEMAN』で、離婚した[[堀ちえみ]]の元夫について「別れるときは大変やった。[[最高裁判所 (日本)|最高裁]]までいった」「男が絶対別れへん言うた」などと発言したことで、2006年1月に元夫が、事実と違う発言により名誉を傷つけられたとして、たかじんと番組を放送した[[毎日放送]]に、計2200万円の損害賠償を求めて提訴した。[[12月22日]]、[[大阪地方裁判所]]で、たかじんと毎日放送に対し、「発言は公益性を欠く」などとして330万円の損害賠償を命じる判決が下され、たかじんは『判決には従います』と[[控訴]]しない意向を示した。2007年4月に[[総務省]]から厳重注意処分。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この種のトラブルはラジオのパーソナリティーをやり始めていた頃から数多くあり、このような厳しい勧告を受け続けても、度々同じトラブルが繰り返されている。たかじん曰く、「トラブルを起こさないたかじんはたかじんではない」とコメントしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 現在の出演番組 ==&lt;br /&gt;
* [[たかじん胸いっぱい]]（[[関西テレビ放送|関西テレビ]]、土曜12:00～13:00・[[1994年]]1月放送開始）&lt;br /&gt;
* [[たかじんのそこまで言って委員会]]（[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]、日曜13:30～15:00・[[2003年]]7月放送開始）&lt;br /&gt;
* [[ムハハnoたかじん]]（関西テレビ、金曜19:29～19:57・[[2004年]]10月放送開始）&lt;br /&gt;
現在、NHK・[[毎日放送]]・[[朝日放送]]・[[テレビ大阪]]のテレビ・ラジオ番組や他局のラジオ番組はレギュラーを持っていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自らが司会を務めるようになってから、『[[晴れ時々たかじん]]』以後は番組の[[打ち切り|終了]]は放送局が決めるのではなく、自らが「辞める」と言って終了するとしている。現在は様々な事情が絡み合い、「辞めたくても辞められない」と発言しているが、2007年[[1月14日]]放送分の『そこまで言って委員会』で、「2007年は（自身の）レギュラーが1本増えて、1本減る（[[たかじんONEMAN]]が2007年9月18日で終了する件）」と発言している。また『そこまで言って委員会』は、[[三宅久之]]が亡くなった時点で番組終了と公言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 過去の出演番組（ゲスト出演も含む） ==&lt;br /&gt;
=== テレビ ===&lt;br /&gt;
* [[11PM]]（[[讀賣テレビ放送|よみうりテレビ]]）&lt;br /&gt;
* [[サムシング・ナウ]]（[[東京放送|TBSテレビ]]）&lt;br /&gt;
* [[ホリデー]]（TBSテレビ）&lt;br /&gt;
* [[ヤングおー!おー!]]（毎日放送）&lt;br /&gt;
* [[ワイドショーWHO]]「男の井戸端会議」（関西テレビ）&lt;br /&gt;
* [[今夜もうしみつ族]]（[[テレビ大阪]]）&lt;br /&gt;
* [[歓楽街行進曲]]（毎日放送）&lt;br /&gt;
* [[ほっとタイム10時です]]（関西テレビ）&lt;br /&gt;
* [[YOUごはんまだ?]]（ABCテレビ）&lt;br /&gt;
* [[お昼だドン]]（テレビ大阪）&lt;br /&gt;
* [[BK芸能チャンネル]]（NHK）&lt;br /&gt;
* [[世界のちっちゃな国シリーズ]]（関西テレビ）&lt;br /&gt;
* [[アップダウンクイズ]]（毎日放送）&lt;br /&gt;
* [[たかじんミュージックランド]]（毎日放送）&lt;br /&gt;
* [[あどりぶランド]]（毎日放送）&lt;br /&gt;
* [[たかじんの明日パラHOUSE]]（[[中京テレビ放送|中京テレビ]]）&lt;br /&gt;
* [[たかじん・円の二人は怪しいミュージシャン]]（ABCテレビ）&lt;br /&gt;
* [[たかじん・円の興奮宣言]]（関西テレビ）&lt;br /&gt;
* [[ノックは無用!]]（関西テレビ）&lt;br /&gt;
* [[花王名人劇場]]（関西テレビ）&lt;br /&gt;
* [[浪花座ごきげんライブ]]（ABCテレビ）&lt;br /&gt;
* [[夜はオンリー・ユー]]（ABCテレビ）&lt;br /&gt;
* [[ナイトinナイト]]（ABCテレビ）&lt;br /&gt;
* [[ニュース・ウェーブ]]（ABCテレビ）&lt;br /&gt;
* [[晴れ時々たかじん]]（ABCテレビ）&lt;br /&gt;
* [[M10 (テレビ番組)|M10]]（[[テレビ朝日]]）&lt;br /&gt;
* [[テレビ近未来研究所]]（TBSテレビ系）&lt;br /&gt;
* [[どんまい!!スポーツ&amp;amp;ワイド]]木曜日（よみうりテレビ系）&lt;br /&gt;
* [[新伍のわがまま大好き]]（ABCテレビ系）&lt;br /&gt;
* [[たかじんnoばあ～]]（よみうりテレビ）&lt;br /&gt;
* [[新・たかじんが来るぞ]]（毎日放送）&lt;br /&gt;
* [[たかじん・ナオコのシャベタリーノ!]]（毎日放送・TBS系）&lt;br /&gt;
* [[すてきな出逢い いい朝8時|いい朝8時]]（毎日放送・TBS系）&lt;br /&gt;
* [[たかじんnoどォ!]]（よみうりテレビ）&lt;br /&gt;
* [[Beアップル2時!]]（よみうりテレビ）&lt;br /&gt;
* [[さんまのまんま]]（関西テレビ）&lt;br /&gt;
* [[恋のから騒ぎ]]（[[日本テレビ]]）&lt;br /&gt;
* [[幸せって何だっけ ～カズカズの宝話～]]（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]）&lt;br /&gt;
* [[開運!なんでも鑑定団]]（[[テレビ東京]]）&lt;br /&gt;
* [[やしきたかじんプロデュース]](やっぱ。OSAKA)（[[テレビ大阪]]）&lt;br /&gt;
* [[藤山直美のハチャメチャ旅行 (ツアー) inホノルル ～ハワイのことはワイにキキ～!]]（よみうりテレビ）&lt;br /&gt;
* [[たかじんONEMAN|たかじんONE MAN]]（毎日放送）&lt;br /&gt;
徹子の部屋、(テレビ朝日)&lt;br /&gt;
2014年1月8日の&lt;br /&gt;
グッド朝及びワイスク&lt;br /&gt;
で出演シーンが放送された　&lt;br /&gt;
2014年1月7日のZERO及び&lt;br /&gt;
8日から12日のPONと&lt;br /&gt;
ヴランチ以外の各ワイドショー&lt;br /&gt;
崩御の話題放送&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ラジオ ===&lt;br /&gt;
* [[MBSヤングタウン]]（MBSラジオ）-1977年10月～1979年3月（[[桂三枝]]のアシスタントとして出演）、1981年4月～1983年3月（メイン格で出演）&lt;br /&gt;
* [[ビアンカ・ミュージック・シティー]]（[[MBSラジオ]]）-1977年10月～1978年3月&lt;br /&gt;
* [[日本列島ズバリリクエスト]]（近畿放送ラジオ）-1978年1月～1979年1月20日&lt;br /&gt;
* [[ハンド・イン・ハンド ミッドナイトパーティー]]（MBSラジオ）-1979年4月～1981年3月&lt;br /&gt;
* [[キング・ポップス専科]]（ABCラジオ）-1979年10月～1980年4月&lt;br /&gt;
* [[電撃わいど・ウルトラ放送局]]（[[アール・エフ・ラジオ日本|ラジオ関東]]）-1980年4月～不詳&lt;br /&gt;
* [[ザ・ミュージック・タウン]]（[[東北放送]]）-1980年10月～不詳&lt;br /&gt;
* [[パックインミュージック]]（[[TBSラジオ&amp;amp;コミュニケーションズ|TBSラジオ]]）-1980年12月～1981年3月&lt;br /&gt;
* [[セイ!ヤング]]（[[文化放送]]）-1981年4月～9月&lt;br /&gt;
* [[土曜天国]]（[[中部日本放送|CBCラジオ]]）-1981年4月～9月&lt;br /&gt;
* [[ウィークエンド・イングス]]（MBSラジオ）-1981年～1984年12月&lt;br /&gt;
* [[電話大好きKYU-KAN-CHO]]（MBSラジオ、ナイターオフ編成）-1983年10月～1985年3月&lt;br /&gt;
* [[それゆけ!]]火曜やしきたかじん（MBSラジオ）-1985年4月～10月、1988年4月～10月&lt;br /&gt;
* [[ハローナショナルショールーム]]（MBSラジオ）-1985年10月～1987年4月&lt;br /&gt;
* [[ハイヤングKYOTO]]（KBS京都）-1985年10月～1987年3月&lt;br /&gt;
* [[聞けば効くほどやしきたかじん]]（ABCラジオ）-1985年10月～1987年10月&lt;br /&gt;
* [[サタデーたかじん～午後は一気に]]（ABCラジオ）-1987年10月～1988年3月&lt;br /&gt;
* [[たかじんのぶっつけ本番]]（ABCラジオ）-1988年4月～不詳&lt;br /&gt;
* [[そこまで言うか! 熱血!正義の60分]]（ニッポン放送）-1992年10月～1993年3月&lt;br /&gt;
* [[たかじん生JIN JIN]]（毎日放送ラジオ）-1995年4月～1998年3月&lt;br /&gt;
* [[たかじんの風に吹かれて]]（[[RKB毎日放送]]他）-1998年10月～1999年10月&lt;br /&gt;
* [[土曜おはようワイド・文珍のおもしろラジオ]]（ABCラジオ）&lt;br /&gt;
* [[昼めし歌謡曲]]（ABCラジオ）* 日産[[ポップ対歌謡曲]]（ABCラジオ）&lt;br /&gt;
* たかじん・円の[[オールナイトニッポン]]（[[ニッポン放送]]）-1987年2月11日放送&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ディスコグラフィー ==&lt;br /&gt;
=== シングル ===&lt;br /&gt;
{| class=wikitable border=&amp;quot;1&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;3&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;'''No.'''&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;'''発売年月日'''&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|'''曲名'''&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;'''CD・レコードのサイズ'''&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|'''レコード会社名'''&lt;br /&gt;
|'''備考・曲が使用された番組名'''&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1971年]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[娼婦和子]]/さよならの言葉&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;EP&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|京都レコード&lt;br /&gt;
|即日発売禁止&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;1st&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1976年]][[10月21日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[ゆめいらんかね]]/流れ者&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;EP&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|キングベルウッド&lt;br /&gt;
|デビューシングル&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;2nd&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1977年]][[7月21日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[君はどこへ]]/ほんの昔&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;EP&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|キングベルウッド&lt;br /&gt;
|&amp;amp;nbsp;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;3rd&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1977年]][[10月21日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[焼けた道]]/けもの道&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;EP&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|キングベルウッド&lt;br /&gt;
|ドラマ「新・木枯らし紋次郎」主題歌&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;4th&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1978年]][[12月5日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[ながばなし]]/近頃の人生&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;EP&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|キングレコード&lt;br /&gt;
|大阪大衆音楽祭グランプリ受賞曲&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;5th&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1980年]][[1月20日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[明日になれば_(シングル)|明日になれば]]/今さら・・&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;EP&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|キングレコード&lt;br /&gt;
|&amp;amp;nbsp;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;6th&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1980年]][[10月21日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[Walking on]]/明日になれば&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;EP&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|キングレコード&lt;br /&gt;
|テレビ朝日「柳生あばれ旅」主題歌&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;7th&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1981年]][[2月21日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[砂の十字架]]/スターチルドレン&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;EP&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|キングレコード&lt;br /&gt;
|劇場版機動戦士ガンダム主題歌 [[2006年]][[11月22日]]にオリジナルカラオケ付きで再発売&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;8th&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1981年]][[6月5日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[かりそめのパートナー]]/スマイル・アゲイン&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;EP&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|キングレコード&lt;br /&gt;
|&amp;amp;nbsp;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;9th&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1981年]][[12月5日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[横顔]]/ルームナンバー301&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;EP&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|キングレコード&lt;br /&gt;
|&amp;amp;nbsp;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;10th&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1982年]][[5月21日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[愛の時代に]]/さよならの落としもの&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;EP&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|キングレコード&lt;br /&gt;
|愛の時代に・CM「アリナミンC」イメージソング さよならの落としもの・NHKドラマ「大阪ドンキホーテ物語」主題歌&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;11th&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1983年]][[11月5日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[ラヴ・イズ・オーヴァー]]/ハーバー・ライト&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;EP&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|ビクター音楽産業&lt;br /&gt;
|&amp;amp;nbsp;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;12th&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1984年]][[5月21日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[あんた]]/愛したあとからメランコリー&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;EP&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|ビクター音楽産業&lt;br /&gt;
|&amp;amp;nbsp;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;13th&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1986年]][[9月21日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[やっぱ好きやねん]]/Yume Irankane(Remix.Ver)&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;EP&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|ビクター音楽産業&lt;br /&gt;
|&amp;amp;nbsp;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;14th&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1987年]][[8月1日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[ICHIZU]]/思い出オン・ザ・ロック&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;EP&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|ビクター音楽産業&lt;br /&gt;
|当初、製造ミスでカセット版のB面には「やっぱ好きやねん」が収録された&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;15th&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1988年]][[3月21日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[未練～STILL～]]/カウント・ダウン&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;EP・8cmCD&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|ビクター音楽産業&lt;br /&gt;
|このシングルで初めてビクター音楽産業は8cmCDシングルを導入する&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;16th&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1988年]][[11月1日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[愛することを学ぶのに]]/順子&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;EP・8cmCD&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|ビクター音楽産業&lt;br /&gt;
|&amp;amp;nbsp;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;17th&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1989年]][[4月21日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[大阪恋物語]]/ひとり覚え&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;EP&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|ビクター音楽産業&lt;br /&gt;
|販促用&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;18th&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1990年]][[11月21日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[なめとんか]]/晴れときどきTAKAJIN&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;8cmCD&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|ビクター音楽産業&lt;br /&gt;
|晴れときどきTAKAJIN・朝日放送「晴れ時々たかじん」オープニングテーマ曲&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;19th&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1992年]][[4月25日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[泣いてもいいか]]/いっぱいの酒&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;8cmCD&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|ポリスター&lt;br /&gt;
|&amp;amp;nbsp;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;20th&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1993年]][[3月25日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[東京 (やしきたかじん)|東京]]/夢の雫&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;8cmCD&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|ポリスター&lt;br /&gt;
|全日本有線放送大賞「読売テレビ最優秀賞」「特別賞」受賞曲&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;21st&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1993年]][[6月25日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[さよならが言えるまで]]/見えない糸&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;8cmCD&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|ポリスター&lt;br /&gt;
|見えない糸・MBS骨髄移植啓発キャンペーン曲&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;22nd&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1994年]][[3月25日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[優しい女には毒がある]]/はぐれた背中&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;8cmCD&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|ポリスター&lt;br /&gt;
|はぐれた背中・関西テレビ「たかじん胸いっぱい」エンディング主題歌&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;23rd&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1994年]][[11月26日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[泣いたら負け]]/いいがかり&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;8cmCD&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|ポリスター&lt;br /&gt;
|毎日放送「たかじん・ナオコのシャベタリーノ」エンディング主題歌&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;24th&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1996年]][[3月25日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[もしも夢が叶うならば]]/思い出よりこの瞬間&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;8cmCD&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|ポリスター&lt;br /&gt;
|&amp;amp;nbsp;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;25th&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1996年]][[11月25日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|ICHIZU'96/明日になれば'96&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;8cmCD&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|ポリスター&lt;br /&gt;
|&amp;amp;nbsp;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;26th&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1997年]][[7月9日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[惚れた弱み]]/待ってあげて&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;8cmCD&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|ポリスター&lt;br /&gt;
|&amp;amp;nbsp;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;27th&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[1998年]][[6月24日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[想い出にて]]/まだ夏は終わらない&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;8cmCD&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|ポリスター&lt;br /&gt;
|&amp;amp;nbsp;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;28th&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;[[2003年]][[10月24日]]&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|[[My memory]]/最初から今まで&lt;br /&gt;
|&amp;lt;small&amp;gt;12cmCD&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
|ポリスター&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
カセットシングルについては省略&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== アルバム ===&lt;br /&gt;
==== オリジナルアルバム ====&lt;br /&gt;
* 「'''[[TAKAJIN]]'''」（1976年10月21日）&lt;br /&gt;
* 「'''[[愛しのガール]]'''」（1977年9月2日）&lt;br /&gt;
* 「'''[[明日になれば]]'''」（1980年1月21日）&lt;br /&gt;
* 「'''[[プロフィール (やしきたかじん)|プロフィール]]'''」（1981年12月5日）&lt;br /&gt;
* 「'''[[CATCH ME (やしきたかじん)|CATCH ME]]'''」（1984年5月21日）&lt;br /&gt;
* 「'''[[For You～やっぱ好きやねん～]]'''」（1986年10月21日）&lt;br /&gt;
* 「'''[[ICHIZU (アルバム)|ICHIZU]]'''」（1987年10月5日）&lt;br /&gt;
* 「'''[[The Vocal]]'''」（1989年4月21日）&lt;br /&gt;
* 「'''[[泣いてもいいか (アルバム)|泣いてもいいか]]'''」（1992年9月26日）&lt;br /&gt;
* 「'''[[Mood-夢見る男のために-]]'''」（1993年7月25日）&lt;br /&gt;
* 「'''[[egoism-天国はまだ待ってくれる-]]'''」（1994年8月25日）&lt;br /&gt;
* 「'''[[JINX]]'''」（1996年4月25日）&lt;br /&gt;
* 「'''[[PROCESS]]'''」（1997年9月10日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 主なベストアルバム ====&lt;br /&gt;
* 「'''[[Till Now]]'''」(1981年4月21日)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 「'''[[WEST WIND たかじんスペシャル]]'''」(1986年12月16日)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 「'''[[長い物語―たかじん's HISTORY]]」'''(1987年3月21日)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 「'''[[TAKAJIN DO MY BEST]]'''」（1996年7月25日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 「'''[[TAKAJIN SINGLE COLLECTION]]'''」（1998年9月2日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 「'''[[YASHIKI TAKAJIN ANTHOLOGY]]'''」（2001年12月5日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 「'''[[TAKAJIN THE BEST～My memory～]]'''」（2003年12月10日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== ライブアルバム ====&lt;br /&gt;
* 「'''[[わが輩は歌手である～たかじんソング&amp;amp;トークライブ～]]'''」（1988年3月21日）&lt;br /&gt;
* 「'''[[YASHIKI TAKAJIN 50 YEARS OLD ANNIVERSARY SPECIAL CONCERT]]'''」（2000年1月29日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== その他CD/レコード・出版物等 ==&lt;br /&gt;
* 鳳 蘭「肖像画」（宝塚ミラーボール実況録音）たかじんがゲスト出演したライブの実況版。ベルウッド・レコードのご好意により全曲収録。&lt;br /&gt;
* 阪神タイガースの優勝を知らない子供たち&lt;br /&gt;
* 南海ファンやもん（プロデュース）&lt;br /&gt;
* くるダス&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著書 ==&lt;br /&gt;
* たかじんが来るぞ!（1992年10月、[[ベストセラーズ]]、ISBN 9784584008195）&lt;br /&gt;
* たかじん胸いっぱい（1993年6月、ベストセラーズ、ISBN 9784584008492）&lt;br /&gt;
* たかじん旅たび失礼（1995年5月、ベストセラーズ、ISBN 9784584009451）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== DVD ==&lt;br /&gt;
* 「YASHIKI TAKAJIN 50 YEARS OLD ANNIVERSARY SPECIAL CONCERT」（2003/11/26 [[ポリスター]]）&lt;br /&gt;
* 「たかじんのそこまで言って委員会 SPECIAL EDITION I」（2006/05/08 [[讀賣テレビ放送|よみうりテレビ]]）&lt;br /&gt;
* 「たかじんのそこまで言って委員会 SPECIAL EDITION II」（2007/04/10 [[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]/読売テレビエンタープライズ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な仲の良い有名人 ==&lt;br /&gt;
* [[星野仙一]]&lt;br /&gt;
* [[藤山直美]]&lt;br /&gt;
* [[松山千春]]&lt;br /&gt;
* [[細木数子]]&lt;br /&gt;
* [[桂三枝]]&lt;br /&gt;
* [[桂ざこば (2代目)|桂ざこば]]&lt;br /&gt;
* [[桂南光]]&lt;br /&gt;
* [[桂雀々]]&lt;br /&gt;
* [[島田紳助]]&lt;br /&gt;
* [[明石家さんま]]&lt;br /&gt;
* [[太平サブロー]]&lt;br /&gt;
* [[オール阪神・巨人]]&lt;br /&gt;
* [[ビートたけし]]&lt;br /&gt;
* [[上岡龍太郎]]&lt;br /&gt;
* [[円広志]]&lt;br /&gt;
* [[掛布雅之]]&lt;br /&gt;
* [[笑福亭鶴瓶]]&lt;br /&gt;
* [[板東英二]]&lt;br /&gt;
* [[加藤みどり]]&lt;br /&gt;
* [[杉田かおる]]&lt;br /&gt;
* [[黒沢年雄]]&lt;br /&gt;
* [[金村義明]]&lt;br /&gt;
* [[井上公造]]&lt;br /&gt;
* [[秋元康]]&lt;br /&gt;
* [[桑名正博]]&lt;br /&gt;
* [[リリアン (タレント)|リリアン]]&lt;br /&gt;
* [[三宅久之]]&lt;br /&gt;
* [[橋下徹]]（現・大阪府知事）&lt;br /&gt;
* [[平松邦夫]]（現・大阪市長）&lt;br /&gt;
* [[勝谷誠彦]]&lt;br /&gt;
* [[宮崎哲弥]]&lt;br /&gt;
* [[角淳一]]&lt;br /&gt;
* [[宮根誠司]]&lt;br /&gt;
* [[梅田淳]]&lt;br /&gt;
* [[北野誠]]&lt;br /&gt;
* [[清原和博]]&lt;br /&gt;
* [[佐々木恭介]]&lt;br /&gt;
* [[泰葉]]&lt;br /&gt;
* [[林家正蔵 (9代目)|林家正蔵]]&lt;br /&gt;
* [[大津あきら]]（故人）&lt;br /&gt;
* 元[[男闘呼組]]メンバー全員&lt;br /&gt;
* [[LOUDNESS]]&lt;br /&gt;
* [[44MAGNUM]]&lt;br /&gt;
* [[長戸大幸]]&lt;br /&gt;
* [[和泉修]]&lt;br /&gt;
* [[横山やすし]]（故人）&lt;br /&gt;
* [[杉本眞人]]&lt;br /&gt;
* [[デーモン小暮閣下]]&lt;br /&gt;
* [[MARINO]]&lt;br /&gt;
: 他　多数&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== たかじんを批判している芸能人 ==&lt;br /&gt;
* [[NOBODY]]&lt;br /&gt;
* [[矢沢永吉]]&lt;br /&gt;
* [[平畠啓史]]（[[DonDokoDon]]） - 「たかじんはテレビに出るな」「東京・NHK嫌いは非国民」とたかじん以上に批判している。だが、たかじんは平畠を一定の評価をしている。&lt;br /&gt;
* [[泉谷しげる]] - たかじんが恐れている人物&lt;br /&gt;
* [[チャーリー浜]]&lt;br /&gt;
* [[桑原和男]]&lt;br /&gt;
* [[西川のりお]]&lt;br /&gt;
* [[立川談志]]&lt;br /&gt;
* [[矢井田瞳]]&lt;br /&gt;
* [[相川七瀬]]&lt;br /&gt;
* [[加賀まりこ]] - たかじんが恐れている人物&lt;br /&gt;
* [[雨上がり決死隊]]&lt;br /&gt;
* [[千原兄弟]]&lt;br /&gt;
* [[宇崎竜堂]]&lt;br /&gt;
* [[吉田拓郎]]&lt;br /&gt;
* [[大友康平]]&lt;br /&gt;
* [[浜田幸一]]&lt;br /&gt;
* [[ナインティナイン]]&lt;br /&gt;
* [[ダウンタウン (お笑いコンビ)|ダウンタウン]]&lt;br /&gt;
* [[間寛平]]&lt;br /&gt;
* [[ウルフルズ]]&lt;br /&gt;
* [[忌野清志郎]]&lt;br /&gt;
* [[木村充揮]]&lt;br /&gt;
* [[小沢仁志]]&lt;br /&gt;
* [[永六輔]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:日本のタレント|やしき たかしん]]&lt;br /&gt;
[[Category:ローカルタレント|やしき たかしん]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のシンガーソングライター|やしき たかしん]]&lt;br /&gt;
[[Category:1949年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:2014年没]]&lt;br /&gt;
[[Category:大阪府出身の人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>113.34.246.122</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%AD%E6%9D%91%E3%81%AE%E3%82%8A%E3%81%B2%E3%81%A8&amp;diff=216468</id>
		<title>中村のりひと</title>
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				<updated>2014-01-05T22:25:55Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;113.34.246.122: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''中村のりひと'''（なかむら のりひと、[[1978年]][[1月24日]] - ）は、[[日本]]の[[政治家]]、東京都[http://www.city.akiruno.tokyo.jp/category_list.php?frmCd=2-4-1-0-0 あきる野市議会議員]（[[民主党]]）。[[東京都]][[あきる野市]]出身、在住。「話そう。」を合い言葉に誰とでも対話を重視して、政治を身近に感じてもらうように積極的に取り組んでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
*1978年1月24日、神奈川県横浜市生まれ。東京都あきる野市在住。&lt;br /&gt;
*[[東京都立北多摩高等学校]]、[[桜美林大学]][[文学部]]をそれぞれ卒業。&lt;br /&gt;
*[[秋川農業共同組合]]、[[認定NPO法人環境リレーションズ研究所]]事務局長、[[港区立エコプラザ]]・[[みなと環境にやさしい事業者会議]]のスタッフを経て[[フリーランス]]&lt;br /&gt;
*2011年3月11日の大震災以降、[[東京タワー]]の１階を事務所として借り、[[アースデイ東京タワー・ボランティアセンター]]を立ち上げ、ボランティアセンター長として、石巻市へ毎週金曜日の夜出発のボランティアツアーや毎月11日に[[東京タワー]]でキャンドルチャリティーライブなどを企画運営した。&lt;br /&gt;
*2013年6月の選挙で、[[あきる野市議会議員]]に初当選&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[http://www.env-r.com/ 認定NPO法人環境リレーションズ研究所]・理事&lt;br /&gt;
*[http://www.edtt311.info/ アースデイ東京タワー・ボランティアセンター]&lt;br /&gt;
*NPO法人フォレストリンク・副代表&lt;br /&gt;
&amp;lt;ref&amp;gt;中村のりひとHP [https://www.facebook.com/akirunonakamuranorihito]&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.nakamuranorihito.net/ 中村則仁]&lt;br /&gt;
*[http://www.env-r.com/ 認定NPO法人環境リレーションズ研究所]&lt;br /&gt;
*[https://www.facebook.com/akirunonakamuranorihito/ あきる野市議会議員 中村のりひと]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{デフォルトソート:なかむら のりひと}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の社会起業家]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都の地方議会議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1978年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;br /&gt;
{{People-stub}}&lt;br /&gt;
{{ウィキペディア削除}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>113.34.246.122</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E8%8A%B3%E5%AF%9B&amp;diff=211107</id>
		<title>山口芳寛</title>
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				<updated>2013-11-20T07:04:07Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;113.34.246.122: /* 熊本女児殺害、二審も無期。福岡高裁判決(2013年3月) */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:山口芳寛1.jpg|300px|thumb|熊本3歳女児殺人犯・山口　芳寛]]&lt;br /&gt;
[[Image:山口芳寛2.jpg|300px|thumb|熊本3歳女児殺人犯・山口　芳寛]]&lt;br /&gt;
'''山口 芳寛'''（やまぐち よしひろ）とは、[[2011年]]3月、[[熊本市]]内のスーパーのトイレで3歳の女の子・清水心（ここ）ちゃんを猥褻行為後に殺害し、リュックサックに入れた、[https://www.kumagaku.ac.jp/ 熊本学園大学]福祉環境学科の学生（当時）である。[http://www.kumamoto-kmm.ed.jp/school/j/ryunan/index.html 熊本市立竜南中学校]→[http://www.buntoku-h.ed.jp/top.html 文徳高等学校]→1浪→[http://www.s.kumagaku.ac.jp/ 熊本学園大学社会福祉学部]福祉環境学科中退。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事件概要 == &lt;br /&gt;
2011年3月3日夜、熊本市内のスーパーで家族で買い物に来ていた3歳女児・清水心（ここ）ちゃんが1人でトイレに行った後、行方不明になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しばらくたっても心ちゃんが戻らなかったため、両親が心ちゃんを探しにトイレに行ったが心ちゃんはいなかった。家族はスーパー中を探し回ったが心ちゃんは見つからず警察に通報。警察が店の防犯カメラの画像を調べると以下の映像が映っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2011年3月3日の19時半頃、心ちゃんが一人でトイレに入っていき、心ちゃんの後を追うように中が空のような大型のリュックを持った山口がトイレに入って行った。19時45分ごろ、山口は大きく膨らんだリュックを背負って出てきた。山口は、午後4時ごろ店に入り、午後7時半ごろまでのおよそ3時間半にわたって、スーパーのトイレの近くを何度も行き来していた事も防犯カメラで確認されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
熊本県警は防犯カメラの映像などから山口芳寛を特定。山口は「スーパーのトイレ個室内で殺害し、リュックサックに入れて運び出した遺体は川に捨てた」と供述。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
山口の供述通り、同市内を流れる坪井川近くの排水路で心ちゃんの遺体を発見。4日午後、熊本県警は熊本学園大2年の20歳・山口を死体遺棄容疑で逮捕。同22日、殺人容疑で再逮捕した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
熊本地検は、熊本簡裁に鑑定留置を請求し、4月6日、簡裁は請求を認めた。期間は3ヶ月間。熊本地検は、熊本簡裁に鑑定留置延長を請求し、6月27日、簡裁は請求を認めた。期間は8月8日まで。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
8月13日、熊本地検は山口を殺人、強制わいせつ致死、死体遺棄罪で熊本地裁へ起訴した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 事件経過 ===&lt;br /&gt;
'''2011年'''&lt;br /&gt;
* 3月3日19時半頃 - スーパーで家族で買い物中、清水心ちゃんがトイレに行く &lt;br /&gt;
* 19時31分 - 心ちゃんがトイレに入った後、若い男がトイレに入る  &lt;br /&gt;
* 19時45分 - 男だけがトイレから出る &lt;br /&gt;
* 女児が家族の所に戻らず、20時頃、母親が110番通報 &lt;br /&gt;
* 20時10分頃、男は坪井川に女児の遺体を遺棄 &lt;br /&gt;
* 3月4日 - 熊本県警は防犯カメラの映像などから容疑者を特定。自宅で男に任意同行を求める。「女児を殺害して川に捨てた」と供述。男の供述通り市内の川で女児の遺体を発見。熊本県警は、熊本市兎谷の20歳大学生を死体遺棄容疑で逮捕 &lt;br /&gt;
* 22時20分頃 - 熊本県警は容疑者の自宅を家宅捜索。自転車などを押収。容疑者は「口を片手でふさぎ、片方の手で首を絞めたら女の子が亡くなった。遺体の処理に困って川に捨てた」と供述。&lt;br /&gt;
* 3月5日 - 司法解剖の結果、女児の死因は窒息死。目立った外傷は無かった &lt;br /&gt;
* 3月6日 - 県警は、死体遺棄容疑で大学2年生の20歳容疑者を熊本地検へ送検 &lt;br /&gt;
* 3月9日 - 午前、県警は遺体遺棄現場で遺留品などを捜索 &lt;br /&gt;
* 3月22日 - 熊本県警捜査1課などは、殺人容疑で20歳容疑者を再逮捕 &lt;br /&gt;
* 4月6日 - 熊本地検は、熊本簡裁に鑑定留置を請求し、簡裁は請求を認める。期間は3ヶ月間 &lt;br /&gt;
* 6月27日 - 熊本地検は、熊本簡裁に鑑定留置延長を請求し、簡裁は請求を認める。期間は8月8日まで &lt;br /&gt;
* 8月13日 - 熊本地検は、20歳の男を殺人と強制わいせつ致死、死体遺棄の罪で起訴 &lt;br /&gt;
* 2012年10月17日 - 第一審　初公判 &lt;br /&gt;
* 10月23日 - 第一審　論告求刑公判　検察側は被告に対して無期懲役を求刑 &lt;br /&gt;
* 10月29日 - 第一審　判決公判　熊本地裁（松尾嘉倫裁判長）は求刑通り無期懲役を言い渡し &lt;br /&gt;
* 11月9日 - 21歳被告は、判決を不服として福岡高裁に控訴&lt;br /&gt;
* 2013年3月13日 - [[福岡高裁]]にて2審も無期懲役。熊本地裁判決を支持し、被告側の控訴を棄却した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 犯行の計画性 == &lt;br /&gt;
犯行の計画性&lt;br /&gt;
:別の店でも女児狙う？防犯カメラに容疑者。男は3時間余りにわたってトイレ周辺などをうろついていた &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
犯行態様&lt;br /&gt;
:身障者トイレの中で女児の口を片手でふさぎ、片方の手で首を絞めて窒息死させた  &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
犯行の動機&lt;br /&gt;
:わいせつ目的。容疑者の自宅の家宅捜索で、少女への強い興味がうかがわれる証拠品を押収 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
犯行後の情状&lt;br /&gt;
:死亡した女児をリュックに入れて自転車で運び、遺体を近くの川に遺棄 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
犯行後の反省&lt;br /&gt;
:容疑者は取り調べで、事件について「申し訳ありませんでした」と供述 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
遺族の心情&lt;br /&gt;
:「犯人は絶対に許せません」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物像 ==&lt;br /&gt;
山口は事件現場から約1kｍしか離れていない自宅に両親と弟の4人暮らし。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近所の人の話では、 ｢道で会うと必ずあいさつし、町内会の空き缶回収も一緒にやっていた｣という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また母親の 勤務先の話では｢(母親の仕事が)夜遅くなると自転車でよく迎えに来ていた｣と、母親思いの イメージが浮かぶが、山口が卒業した地元中学校の同級生の話では違った面もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
｢キレたら怖かった。何を取り出してくるかわからなかった｣ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年に熊本学園大学福祉環境学科に入学するが、同級生は&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
｢会話が全くない。ずっと下を 向いている感じだった。ひと言でいえばネクラ｣&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
｢新人歓迎会で好きなタイプの女性の話になった時、『小学生ぐらいの女の子』とかが返ってきた｣と話す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのためかどうか、月に1度の保育園の実習には 参加していたというが、その年の秋には学校に来なくなっていた。家宅捜索では少女の裸などを描いたポルノ漫画が多数押収された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 3歳女児遺棄直後、友人とゲーム ===&lt;br /&gt;
山口芳寛(20)は、遺体を遺棄したとみられる時間のおよそ40分後には携帯電話のメールで友人をオンラインゲームに誘い、普段どおりに遊んでいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「最初、一緒にゲームをやろうと約束がきて、急に家でトラブルがあったらしく、大丈夫？と聞いたら『大丈夫さ、いつものことだから慣れた』っていうメールですね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（Ｑ．いつもこういう風にゲームを？）そうですね、誘いがきたらやっています。犯行直後にメールがくると思うと怖いですね」（メールを受け取った友人）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、警察が山口の自宅から押収したものの中には、幼い子どもがモデルとなっている、わいせつな漫画などがあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
7日正午からは、清水心ちゃんの葬儀が営まれ、多くの参列者が悲しみに包まれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「葬儀で心ちゃんの父親は『ビールを両手で注いでくれたことが忘れられない』と話していた。何とも言葉にできないですね、悲しくて・・・」（参列者）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警察は今後、動機などを含め慎重に取り調べを行い、殺人の容疑で再逮捕する。調べに対し、山口は「殺すつもりはなかった」、「自分がやったことがばれたら重い罪に問われると思い、怖くなって遺棄した」と供述。また、水路に遺体を遺棄したことについては「小学生の頃、友人と遊んだ場所」と話している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 「悔やみきれない」自分攻め続ける両親・兄弟―熊本・女児連れ去り殺害で証言(2012年10月) ==&lt;br /&gt;
=== 殺意あったはず ===&lt;br /&gt;
「あの時、なぜ飛び込まなかったか」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父親は今も自責の念に駆られる。熊本市内のスーパーのトイレで3歳の清水心ちゃんを殺害したとして殺人などに問われている元大学生の山口芳寛被告（21）に対する裁判員裁判の第4回公判が、きのう22日（2012年10月）、熊本地裁で開かれ、両親が事件直後の状況について語った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あの時、トイレのドアを蹴飛ばして入っていれば救えたのではないか」&lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
事件の起きた昨年（2011年）3月3日、家族と買い物に来ていた心ちゃんは、トイレに行きたいと1人でトイレに向かい行方がわからなくなった。父親の誠一郎さん（41）と母親の真夕さん（39）は手分けして店内を探し回った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
誠一郎さんは多目的トイレの前で「心ちゃん、心ちゃん」と何度も叫んだ。その時、中から「使用しています」という声が返ってきた。それが犯行時の山口の声だったのだ。「あの時、ドアを蹴飛ばして入っていれば命だけは救えたのではないかと思いました」と語る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
真夕さんはその直後の山口とすれ違っていた。トイレからリュックを背負った若い男が出てきたのだ。「もしかしてと思ったのですが、（リュックが）人が入るほどの大きさではなかったので、目線を移してトイレの中を確認しました」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男はうつむいて足早に去った。すぐ後を追ったが見失った。そのリュックの中に心ちゃんがいたと知り、「腰が抜けるほどびっくりした。なぜ捕まえなかったのか。自分を責めました」。両親にとっては、悔やみきれない痛恨事だったに違いない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
誠一郎さんは証言台で「娘は3年半という短い人生。たった42か月のために妻のお腹の中で必死に生きてきた。娘を虫けらのように殺し、その遺体にわいせつな行為をした被告は許さない。死刑でも足りない」と訴えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 2人の兄「警察官になって悪い人捕まえる」「ぼくが身代わりになっていれば…」 ===&lt;br /&gt;
山口は先週の第3回公判で犯行の動機について、「日頃から女の子の体に触りたいという欲求があり、それを実行に移した」といっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
裁判の焦点は殺意の有無だ。キャスターのテリー伊藤は「山口の最終的な目的は殺していたずらをすること。最初から殺害を考えていたと思う」という。山口は声を出さいないように口をふさいでいた手が首の方にずれて死亡に至ったとして一貫して殺意を否定している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
リポーターの阿部祐二によると、心ちゃんの兄の1人は「ぼくは警察官になって悪い人を捕まえる」といい、もう1人は「ぼくが身代わりになっていれば…」と話しているという。精神科医の香山リカは「犯罪や事故で生き残った者が自分を責める心理がときどき起きる。お兄ちゃんたちがそれを乗り越えて、妹の分まで生きていくための支えが必要かも知れない」と語る。判決は10月29日。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 熊本女児殺害遺族「ひな祭りは心の命日」控訴審で陳述(2013年3月) ==&lt;br /&gt;
熊本市のスーパーで清水心ちゃんが殺害された事件から3日で丸2年になる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「自分がしたことの重さを考えて責任をとってほしい」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
殺人や強制わいせつ致死の罪に問われ、一審で無期懲役の判決を受けた山口芳寛(22)の控訴審第1回公判が1日、福岡高裁（陶山博生裁判長）であり、遺族が法廷で今の心境を語った。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「もうすぐひな祭り。心の命日です。ひな人形を見ると、耐えがたく悲しくなります」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父の誠一郎さん(41)は意見陳述で語った。事件は、ひな祭りの夜に起きた。自宅には今も、事件の数時間前に心ちゃんが保育園で作ったひな人形が飾ってあるという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 裁判 ==&lt;br /&gt;
=== 元大学生に無期懲役判決(2012年10月) === &lt;br /&gt;
山口芳寛(21)の裁判員裁判で、熊本地裁は29日、求刑通り無期懲役の判決を言い渡した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[松尾嘉倫]]裁判長は判決理由で「無差別で身勝手極まりない犯行。遺族の悲しみは大きい」と述べた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
争点は殺意の有無で、検察側は「わいせつ行為をして殺害する目的で被害者をトイレに連れ込み、4～5分にわたって首を絞めた。再犯の危険性がある」と主張。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
弁護側は「首付近にはっきりした内出血などの痕はみられず、外見上の変化がないのは不合理だ。反省を深めており、再犯の可能性は高くない」と反論していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 熊本女児殺害、二審も無期。福岡高裁判決(2013年3月) ===&lt;br /&gt;
殺人や強制わいせつ致死の罪に問われた山口芳寛(22)の控訴審で、福岡高裁（[[陶山博生]]裁判長）は13日、裁判員裁判で無期懲役とした一審・熊本地裁判決を支持し、被告側の控訴を棄却した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
控訴審で弁護側は、山口が一審段階で精神鑑定により小児性愛と診断されたことについて、責任能力への影響を考慮すべきだと主張していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{デフォルトソート:やまくち よしひろ}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の性犯罪]]&lt;br /&gt;
[[Category:平成時代の殺人事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:2011年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:熊本市]]&lt;br /&gt;
[[Category:熊本学園大学]]&lt;br /&gt;
[[Category:ロリコン]]&lt;br /&gt;
[[Category:熊本県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:人殺し]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:大藪順子と接する資格の無い人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:小林美佳と接する資格の無い人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>113.34.246.122</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E9%82%8A%E5%9C%9F%E5%90%8D%E5%8B%89&amp;diff=211106</id>
		<title>邊土名勉</title>
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				<updated>2013-11-20T06:59:06Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;113.34.246.122: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''邊土名 勉'''（へんとな つとむ、[[1980年]]&amp;lt;昭和55年&amp;gt;12月21日 - ）は、[[日本]]のAV男優。主にM男優と[[スカトロ]]男優で活躍している。2chハンドルネームは「やぬし」。「やぬしのスレ」の主人公である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
*[[神奈川県]][[横浜市]]出身、[[埼玉県]]川口市在住。&lt;br /&gt;
*東京都立志村高等学校で学んだ後、[[陸上自衛隊]]に入隊。しかし、イジメられて2年間の任期を耐え切れずに退官。&lt;br /&gt;
*平成19年、西友戸塚店4階女子トイレに覗き目的で侵入して「建造物侵入罪」で逮捕→横浜地裁にて執行猶予付有罪判決。&lt;br /&gt;
*日本空手道無門会3級。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== AV ==&lt;br /&gt;
*2009/12/09：連続大量食糞 女子社員達の調教&lt;br /&gt;
*2009/08/28：巨尻暴力3&lt;br /&gt;
*2009/07/16：変態女装M男×人間便器 食糞ドキュメント&lt;br /&gt;
*2009/06/25：新・畜獣死すべし・・・※大学生・晴夫役&lt;br /&gt;
*2008/12/24：巨尻暴力2&lt;br /&gt;
*2008/08/25：巨尻暴力&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 建造物侵入罪 ==&lt;br /&gt;
邊土名勉は、用便中の女性の姿態をのぞき見する目的で、平成19年1月25日午後7時25分ごろ、横浜市戸塚区戸塚町4252番地1所在の西友戸塚店店長吉永浄二が看守する同店4階女子トイレに侵入したものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:へんとなつとむ}}&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1980年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:前科者]]&lt;br /&gt;
[[Category:神奈川県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:性犯罪者]]&lt;br /&gt;
[[Category:大藪順子と接する資格の無い人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:小林美佳と接する資格の無い人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>113.34.246.122</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%BE%A9%E5%AE%B6%E5%BC%98%E4%BB%8B&amp;diff=211105</id>
		<title>義家弘介</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%BE%A9%E5%AE%B6%E5%BC%98%E4%BB%8B&amp;diff=211105"/>
				<updated>2013-11-20T06:56:53Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;113.34.246.122: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''義家 弘介'''（よしいえ ひろゆき、[[1971年]][[3月31日]] - ）は、[[日本]]の[[政治家]]、[[教師]]、[[作家]]。通称「ヤンキー先生」。[[明治学院大学]][[法学部]]卒業。現在は、[[自由民主党]]所属の[[衆議院議員]]（1期）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 学歴 ==&lt;br /&gt;
* 1986/03 長野市立若穂中学校卒業 &lt;br /&gt;
* 1986/04 長野県長野東高等学校入学&lt;br /&gt;
** 1987 長野県長野東高等学校進路変更処分（中途退学）&lt;br /&gt;
* 1988/04 北星学園余市高等学校第2年次編入学&lt;br /&gt;
* 1990/03 北星学園余市高等学校卒業&lt;br /&gt;
* 1990/04 明治学院大学法学部法律学科推薦入学&lt;br /&gt;
* 1995/03 明治学院大学法学部法律学科卒業&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な著書 ==&lt;br /&gt;
* 不良少年の夢（2003年5月7日、[[光文社]]、ISBN 4-334-97392-2）&lt;br /&gt;
* ヤンキー母校に生きる（2003年10月4日、[[文藝春秋]]、ISBN 4-16-365370-8）&lt;br /&gt;
* 熱血! ヤンキー先生（2004年4月28日、[[ぶんか社]]、ISBN 4-8211-8082-0） - 漫画。画は[[森左智]]。&lt;br /&gt;
* ヤンキー先生のたからもの（2004年10月22日、光文社、ISBN 4-334-97466-X）&lt;br /&gt;
* 私の夢 俺の希望（2005年3月23日、[[PHP研究所]]、ISBN 4-569-64139-3） - [[瀬戸内寂聴]]との共著。&lt;br /&gt;
* 君はひとりじゃない（2005年4月、[[大和出版]]、ISBN 4-8047-6116-0）&lt;br /&gt;
* ヤンボコ ―俺が北星余市を去るまで―（2005年4月26日、文藝春秋、ISBN 4-16-366910-8）&lt;br /&gt;
* ヤンキー先生の教育改革（2005年6月、[[幻冬舎]]、ISBN 4-344-00794-8）&lt;br /&gt;
* ヤンキー最終戦争 -本当の敵は日教組だった- （2010年6月、ISBN 978-4819111065）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:よしいえひろゆき}}&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の政治家]]&lt;br /&gt;
[[Category:1971年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の小説家]]&lt;br /&gt;
[[Category:長野県出身の人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>113.34.246.122</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%B1%A0%E6%B0%B8%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9&amp;diff=208435</id>
		<title>池永チャールストーマス</title>
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				<updated>2013-10-31T04:03:29Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;113.34.246.122: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''池永 チャールストーマス'''（いけなが チャールストーマス、[[1992年]]6月5日 - ）は、変質者兼殺人犯である。[[大阪府]][[大阪市]]生まれ、[[京都府]][[京都市]]育ち。元彼女の[[鈴木沙彩]]を殺して、Hな動画と画像を[[インターネット]]上に流出させた[[性犯罪者]]。日本人とフィリピン人のハーフ。通名は池永仁。正社員歴はないが、スーパーマーケットやコンビニエンスストアでアルバイトしたことはある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 学歴 ==&lt;br /&gt;
* 平成20年3月 京都市立四条中学校卒業&lt;br /&gt;
* 平成20年4月 京都府立朱雀高等学校入学&lt;br /&gt;
* 平成23年3月 京都府立朱雀高等学校卒業&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:いけなか ちやるすとます}}&lt;br /&gt;
[[Category:人殺し]]&lt;br /&gt;
[[Category:大阪府出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:性犯罪者]]&lt;br /&gt;
[[category:戸塚宏に扱いてもらうべき人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>113.34.246.122</name></author>	</entry>

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		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%89%87%E5%B1%B1%E7%A5%90%E8%BC%94&amp;diff=208425</id>
		<title>片山祐輔</title>
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				<updated>2013-10-31T01:48:29Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;113.34.246.122: /* ちらつく過信と自己顕示欲。現実空間に現れて墓穴 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:片山祐輔1.jpg|thumb|350px|片山　祐輔]] &lt;br /&gt;
'''片山 祐輔'''（かたやま ゆうすけ）は、[[PC遠隔操作ウイルス事件]]の容疑者である。旧姓は丑田（うしだ）。[[学習院中等科]]&amp;amp;[[学習院高等科]]卒業、[[東京電機大学]]中退。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父親は[[IBM]]のエリート社員で、数学・鉄道関連の著作もある[[丑田俊二]]氏。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 東京・江東区の片山祐輔容疑者を逮捕 ==&lt;br /&gt;
PC遠隔操作ウィルス事件で、[[警視庁]]などの合同捜査本部は、[[2013年]][[2月10日]]、[[威力業務妨害]]の疑いで、[[東京都]][[江東区]]の片山祐輔（かたやま・ゆうすけ）容疑者（30）を逮捕した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山は、[[2005年]]にも、「[[エイベックス・グループ・ホールディングス]]」を標的とした殺害予告を大手掲示板サイト「[[2ちゃんねる]]」に書き込んだとして逮捕された前科を持つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同容疑者は、2012年、遠隔操作ウィルスに感染させた[[愛知県]]内の男性のPCを遠隔操作し、「2ちゃんねる」上に「[[コミケ]]で大量殺人する」などと書き込み、運営者側の業務を妨害した疑いがもたれているため、今回の逮捕に至った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同容疑者は、警察にメールを遠隔操作で送り、猫の首輪に遠隔操作プログラムなどが入った[[SDメモリーカード]]を仕込み、警察関係者を挑発するなどしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
合同捜査本部は、遠隔操作ウィルスによりこれまで4名の誤認逮捕があったが、猫の首輪にSDメモリーカードを仕込む姿が防犯監視カメラに捉えられており、同容疑者とそっくりなため、犯人は同容疑者であると特定している。また、同捜査本部は、4名の誤認逮捕の経緯も含め、全容解明を目指すと発表している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 平成17年にも逮捕。大手レコード会社社長らの殺害予告容疑 ==&lt;br /&gt;
遠隔操作ウイルス事件で、警視庁などの合同捜査本部に威力業務妨害容疑で逮捕された東京都江東区に住む片山祐輔が、平成17年にインターネット掲示板に大手レコード会社社長らの殺害予告を書き込んだとして、脅迫容疑などで逮捕されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同罪などで起訴され、懲役1年6月の実刑判決を受けた。真犯人は神奈川県藤沢市の江の島で見つかった記録媒体に「以前、事件に巻き込まれたせいで、無実にもかかわらず人生の大幅な軌道修正をさせられた」などと残しており、合同捜査本部は警察などへの逆恨みから犯行を計画したとみて詳しい動機を調べる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山はネット掲示板「２ちゃんねる」に仙台市の女児の殺害予告を書き込んだとして、宮城県警に17年10月に脅迫容疑で逮捕。同様に大手レコード会社社長に対しても殺害予告などをしたとして、警視庁に同年11月に再逮捕されるなどしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
真犯人は昨年10月に報道機関などに送った犯行声明メールでも、「私の目的」として「『警察・検察を嵌めてやりたかった、醜態を晒させたかった』という動機が100％です」とつづっており、合同捜査本部が関連を調べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 現実空間に唯一残った痕跡、救われた警察。誤認誘う挑発。新たな「劇場型」異例の経過 ==&lt;br /&gt;
知らぬ間にパソコンが乗っ取られ、犯人に仕立て上げられる遠隔操作ウイルス事件が、誤認逮捕の発覚から約4カ月を経て、「真犯人」とみられる片山祐輔の逮捕という新局面を迎えた。捜査は全容解明に向けて大きく動き出したが、事件は警察の捜査力に大きな疑問符を突き付ける結果に。警察をあざ笑い、捜査を振り回した「新たな劇場型犯罪」を振り返る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
すべての始まりは[[2012年]][[6月29日]]、[[横浜市]]の[[ホームページ]]に書き込まれた、小学校への襲撃予告だった。[[神奈川県警]]は[[IPアドレス]]などから東京都内の少年の犯行と断定。県警は7月1日、[[威力業務妨害]]容疑で逮捕した。少年は逮捕後も「何もやっていない」と否認したが、送検後に一転して容疑を認める上申書を提出。[[家裁送致]]され、[[保護観察処分]]が決定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[7月29日]]には[[大阪市]]などのHPに無差別殺人予告が届き、[[大阪府警]]が8月、[[吹田市]]内の男性を逮捕。その後も警視庁が幼稚園への殺害予告メールで[[福岡市]]の男性を、[[三重県警]]がネット掲示板「[[２ちゃんねる]]」に[[伊勢神宮]]への爆破予告を書き込んだとして津市の男性を、それぞれ逮捕した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 「醜態さらさせたい」 ===&lt;br /&gt;
だが、9月下旬、事態が一変する。襲撃・爆破予告の書き込みに使われたパソコンから新種のウイルスが検出され、遠隔操作できる状態だったことが判明。大阪、津に続き、東京地検も逮捕した男性を釈放した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして10月、サイバー犯罪に詳しい落合洋司弁護士と報道機関に、犯行声明メールが届いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「私が真犯人です」と題したメールは、13件の殺害・襲撃予告への関与を示唆。「『（警察に）醜態をさらさせてやりたかった』という動機が100％」ともつづっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警察当局はメールに列挙された13件の犯行予告を実際に確認。[[10月18日]]には、警察トップの[[片桐裕]][[警察庁長官]](当時)が誤認逮捕を認める事態に発展した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
4都府県警は合同捜査本部を設置し、誤認逮捕された4人に相次いで謝罪。検察は男性3人の[[起訴取り消し]]や[[不起訴処分]]の手続きを取り、少年の保護観察処分も取り消された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
12月に公表された捜査の検証結果では、インターネット上の住所にあたる「IPアドレス」を過大評価し、供述を十分吟味しなかった不手際を、それぞれの都府県警が認めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 初めて見せた「動揺」 ===&lt;br /&gt;
真犯人は2012年11月、報道機関などに再度メールを送りつけた。「ミスをしました。ゲームは私の負けのようです」などとし、自殺をほのめかす内容だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この時点で、合同捜査本は真犯人が8月下旬、匿名化ソフトを使わずにネット掲示板に書き込むミスをしていたことをつかんでいた。真犯人が初めて見せた「動揺」だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、真犯人が動き出したのは、年の改まったばかりの元日午前0時すぎ。[[産経新聞]]記者などに「謹賀新年」と記したパズル形式のメールが送られてきた。解読していくと、袋に入れられた記録媒体の写真が出現。合同捜査本部は写真の位置情報などから[[東京都]][[奥多摩町]]の[[雲取山]]の山頂付近を捜索したが、記録媒体は見つからなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1月5日]]には「新春パズル～延長戦～」とするパズル付きのメールを送信。真犯人が示唆した通りに[[神奈川県]][[藤沢市]]の[[江の島]]で首輪の付いたネコが見つかり、記録媒体が回収された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
真犯人は5日のメールで「もうメールはしない」と終結を宣言したが、江の島の防犯カメラがネコと接触する片山をとらえていた。警察当局は結果的に「現実空間」に残した唯一の痕跡に救われる形となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 捜査の壁にいらだつ捜査本部「ネコに首輪つけただけ」ウイルス一致で急展開 ==&lt;br /&gt;
「ネコに首輪をつけただけで、何の罪に問えると言うんだ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警視庁と大阪府警、神奈川、三重両県警の合同捜査本部はいらだっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
遠隔操作ウイルス事件の威力業務妨害容疑で逮捕された東京都江東区の会社員、片山祐輔(30)の存在は1月中旬、既に浮上していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同月5日に産経新聞記者などに送りつけられた「真犯人」からのメールに、神奈川県藤沢市の江の島のネコに首輪をつけたことを示唆する内容があり、防犯カメラの解析から片山容疑者が特定されたのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「上層部が、『早く逮捕しろ』と注文をつけてきた。だが、防犯カメラで判明したのは、ネコに首輪をつけた人間であって、誤認逮捕してしまった4人のパソコンを遠隔操作した人物そのものではない。そんないらだちが、現場の捜査員にはあったんです」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警察関係者は、こう打ち明ける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、警察は4人を誤認逮捕した上、2人には自白まで強いたことで、異例の謝罪や捜査の検証結果公表を余儀なくされたため、“メンツ”を保ち、起死回生を図りたい思いがあり、それが警察上層部の早期逮捕の指示の背景にはあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ウイルスが一致 ===&lt;br /&gt;
「いくつかの新聞社やテレビ局が、片山の存在に気付きつつあるようだ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警察幹部は、焦りを募らせていた。2月に入ると、片山が「ネコに首輪をつけた人物」として特定されたことに、報道各社が気付き、片山容疑者宅周辺の取材に動いていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、ウイルスの設計図とされる「[[ソースコード]]」を記録した[[マイクロSDカード]]（記録媒体）付きの首輪をネコにつけるよう、「知らない男に頼まれた」と片山が“言い訳”をすれば、それを覆すだけの材料を、合同捜査本部は持ち合わせていなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それだけに、逮捕への決め手がないまま片山の存在を報道されることを、警察幹部は恐れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「片山がウイルスの『設計図』を持っていたことなどを根拠に、ウイルス保管罪の適用も考えました。でも、ウイルス保管罪は他人に“感染”させる目的があることを立証する必要がある。検察は首を縦に振りませんでした」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警察関係者は現場の苦悩を、こう振り返った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、ウイルスが愛知のPCを遠隔操作していたものと一致したことで、捜査は急転直下で進展することとなったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 大きな十字架に ===&lt;br /&gt;
警視庁には現在、「捜査支援分析センター」という聞き慣れない部署がある。平成21年4月の組織改編で刑事部に置かれたものだが、その任務の中核の一つが「画像解析」だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2012年11月に[[東京都]][[板橋区]]で主婦が刺殺された強盗殺人事件など、あまたの事件で防犯カメラが威力を発揮しており、その画像を解析して、事件解決に貢献しているのが、同センターなのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「[[2005年]]にロンドンで起きた同時爆破テロでも、防犯カメラが威力を発揮した。防犯カメラは、捜査ツールとして世界中で必要不可欠なものとなっています」（捜査幹部）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だが、一方で遠隔操作ウイルス事件は、後手後手にまわったサイバー捜査に大きな課題も突き付けた。警察幹部はつぶやく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「結局、従来通り防犯カメラに頼って容疑者にたどり着く捜査になってしまった。サイバー捜査で容疑者を割り出せなかったことは、警察にとって大きな十字架になるかもしれない」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
前代未聞の誤認逮捕を生んだ遠隔操作ウイルス事件が、全容解明に向けて大きく動いた。汚名返上を図りたい警察当局の捜査は、どう進められたのか。その流れを追ってみた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== いじめのつらい過去。裁判傍聴ライター「裁判官の言葉、届かなかったのか…」 ==&lt;br /&gt;
「いじめられていた」「殴られたり蹴られたり…」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
遠隔操作ウイルス事件で、威力業務妨害容疑で逮捕された片山祐輔は平成18年、[[脅迫罪]]などで実刑判決を受けたことがある。その公判では、片山が少年時代から経験したつらい過去の一端が明らかにされた。傍聴した裁判ライター、[[阿曽山大噴火]]さん(38)は、片山の更生を願う裁判官の姿を思い出すという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あの時の男か」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
阿曽山さんは片山逮捕を知り、かつて傍聴した裁判の記憶がよみがえった。当時の取材ノートには“生きづらさ”や“孤独”を抱えた姿が記録されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
法廷で証人となった母親は「中学に入ると学校での出来事を話さなくなり、表情もなくなった。逮捕後、初めていじめられていたことを明かされた」と証言。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山も「殴られたり蹴られたり、のこぎりで頭を切られたりした」と話した。阿曽山さんは「心配させたくない気持ちもあったのだろうが、逮捕でいじめを知るなど親子のコミュニケーションは十分ではなかったようだ」と振り返る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
公判で片山は生きる苦しみを淡々と語った。起訴事実を認めた上で、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「大学でサークルに入ったが『空気が読めない。ノリが変』と言われ、友達ができなかった」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「自分は企業が求める人物像と違う。社会に必要ない人間だと感じ、むしゃくしゃしていた」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ネットで注目されたかった」と打ち明けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな片山に対し、検察官は「人間関係を改善しようとする努力が足りない」などと厳しく批判。阿曽山さんは「検察官は一方的だった。片山は反抗的な態度こそ見せなかったが、検察への怒りが、今回の動機になった可能性がある」と推察する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
阿曽山さんの目には、裁判官は片山の更生を親身に願っているように映った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「人付き合いが苦手なのは個性だ。できる仕事はある」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「世間に迷惑をかけない生き方をすべきだ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「見えを張る必要はない」。そう諭し続けたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1年半の懲役後、片山はIT会社に就職し、職場には友人もいたとされる。裁判官の言葉通り、更生は順調そうに見えたが、やはり同じ過ちを繰り返したのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「裁判になれば傍聴したい」という阿曽山さん。片山が真犯人であったのか、そうであれば何が本人を突き動かしたのかを見極めるつもりだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ちらつく過信と自己顕示欲。現実空間に現れて墓穴 ==&lt;br /&gt;
遠隔操作を行っていた直接的な証拠がない中、警視庁などが片山祐輔の逮捕にこぎ着けた。逮捕前日の9日夜まで「早期逮捕」を主張する警察と、「時期尚早」とする検察がぶつかり合う一方、片山は同じ日、後手後手の捜査を感じ取っていたかのように東京・浅草の「ネコカフェ」にいた。「サイバー空間」から「現実空間」に姿をさらすミスを犯したとみられる片山。その心中には「過信」と「自己顕示欲」がちらつく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山は9日、放し飼いにされたネコと自由に触れ合える空間で、ネコを抱きかかえ、猫じゃらしで遊ぶ姿が目撃されていた。2日前にも別のネコカフェを訪問。店の従業員は「ほかの客との接点はなかった」と振り返る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
真犯人は動機やウイルスの「設計図」など、証拠が詰まった記録媒体を「現実空間」である江の島のネコに託した。防犯カメラにはネコと片山が戯れる様子が写っていたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山は、学習院中・高等科を卒業後、[[東京電機大学]]を4年で中退。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
専門学校でパソコンを学んでいた平成17年には、大手レコード会社社員への殺害予告事件で逮捕された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「『のまネコ』の使用を即時中止しろ。さもなくば社員を刃物で殺害する」。レコード会社のネコを模したキャラクターが、ネット掲示板「２ちゃんねる」に登場するネコのイラストに似ているとしてネット上で要求した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
両事件に共通するのは強い「自己顕示欲」だ。犯罪心理学に詳しい元東海学院大教授の長谷川博一氏は「人間関係が希薄で、思考や好みが偏りやすい性格」と推察。「人間関係が苦手な部分を、ネコで補っていたのではないか」と指摘する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
20年2月から勤務しているIT関連会社によると、片山は2012年12月から病気を理由に休職。社長の目にも「マニアックで思い込みが強い」と見えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
報道機関などに送りつけられたメールは、警察を小ばかにする内容が徐々にエスカレートした。長谷川氏は「自己顕示欲が強まり、ミスするまで警察への挑発を続けざるを得なくなったのではないか」と話した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==片山の意見書==&lt;br /&gt;
※誤字もそのまま掲載&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
この機会に、私の現在の率直な心境を、裁判官・検察官の方に聞いていただきたいです。私が２月10日に自宅から拉致され、監禁され続ける生活が、すでに227日目になります。家族と会うこともできません。私は絶対、犯罪になど関わっていません。227日。無実の人間を拘束することを許せる日数ではありません。この失った時間を誰が返してくれるのでしょうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東京拘置所での毎日の暮らしは、「生活」とは言えません。1日の大半を部屋に閉じこめられ、ただ待たされているだけの毎日です。１ヶ月にたった１回のこの公判前整理手続も、あまり進展しているように思えません。１ヶ月、また次の１ヶ月、出口の見えないトンネルの中で前進すらしていない、そんな気分です。毎日が無為に過ぎていくこと、苦痛というより痛みそのものです。拷問と同じです。&lt;br /&gt;
健康上、必要な診察も、東京拘置所では満足に受けられません。歯科は申し込んで２ヶ月待たされました。また、私は斜視が進行中のため、半年に一度眼科で検査を受け、矯正用のプリズム入りメガネを処方してもらわないといけないのですが、東京拘置所の眼科では、そういった特別な検査はできないと言われました。&lt;br /&gt;
一体いつ「日常」に帰ることができるのか。父が死んでから４年、母と２人で生活してきました。その平穏な生活がこのような形で破壊されるなど想像もしていませんでした。現在私がいる立ち位置から見れば、これまでの平凡で平穏な生活が何より貴重で幸せなものだったのだと感じています。母は私の無実を信じてくれていて、帰りを待ってくれています。母のためにも、１日でも１秒でも早く帰りたい、帰らないといけないと、いつも強く思っています。&lt;br /&gt;
人生という観点から見ても、私は現在31才です。30代という時期、将来のために、キャリアを積み重ねなくてはなりません。その貴重な時間を、なぜ自分はこんなところで浪費させられているのか？という焦りでいっぱいです。&lt;br /&gt;
本当に、監禁された毎日が、ガマンできないレベルに達しています。&lt;br /&gt;
この裁判の争点は、「犯人性」の部分だということは、理解しています。雲取山や江ノ島に関する矛盾については、弁護人が主張してくれているとおりなので、ここでは触れません。私の使用したPCに、断片的ながらも何らかの痕跡があるとされていることについて、私から補足的にコメントしたいです。&lt;br /&gt;
まず、検察の証明予定事実には、全く覚えのない検索履歴や、ダウンロード・起動した覚えのないソフトウェアの記録について言及されています。それが1ヶ所１台のみのPCからではなく、私の職場、自宅から出ていて、またネットカフェからの通信記録もあるとのこと。片山が触ったPC複数がそう都合よく同じ犯人に利用されるわけがない、だから片山が犯人だ、というニュアンスが、検察主張からは読み取れます。&lt;br /&gt;
これについて、ひとつ心当たりがあります。私は、USBメモリによく使うポータブルアプリケーションをいくつも入れて持ち歩いていました。ポータブルアプリケーションとは、PCにインストールすることなく、USBメモリから起動できるソフトです。Webブラウザやメールソフト、圧縮解凍ソフト等です。自宅では複数のPCを使っていて、またネットカフェ等で使う際も、各ソフトの環境設定をそのまま使い回せるので重宝していました。職場ではUSBメモリの使用が禁止されているので、USBメモリの中身と同一のコピーを、オンラインストレージを利用するなどして職場PCに転送し、同様に使っていました。それら、よく使っていたポータブルアプリケーションの中のどれかがウイルス感染していたとしたら、複数のPCが感染してしまった可能性が高いです。iesysそのものなのか、もっと別のウイルスなのかは分かりませんが、遠隔操作および画面監視を受けていたのだと思います。私が雲取山や江ノ島に行こうとしていた、また行ったことを、犯人は把握できていたと思います。&lt;br /&gt;
私は無実です。無実である以上、証拠には、現時点で弁護人が指的してくれている部分以外にも、多数の矛盾が隠れているはずです。私は自分自身でそれら大量の証拠に全部目を通し、矛盾点を指的していきたいです。しかし囚われの身である現在、それは困難です。限られた面会時間に、フォークリフトでも無いと運べない量の証拠書類を全て打ち合わせすることは不可能に近いです。&lt;br /&gt;
保釈が認められ自由の身となれば、そういう積極的な活動をして無実を証明したいです。それをさせないために、「罪証隠滅の怖れが」などと理屈を付けて、保釈を妨害する検察に対しては強い怒りを感じます。隠滅できる証拠など無いということを検察も分かってはいるのでしょう。既存の証拠の矛盾を見つける活動まで、検察の論理では「罪証隠滅」と言うのでしょうか？&lt;br /&gt;
初公判が始まれば保釈を認めていただけると思っていますが、それでは遅いのです。争点整理が行われていて主張を固めなくてはならない現時点で自由に動けるようにならなければ、フェアな戦いができません。ここに来て「人質司法」という言葉の意味をよく理解できました。権力側が、無実を主張して戦おうとする人を鎖でしばりつけて一方的に殴り続けるのと同じ行為だと理解しました。&lt;br /&gt;
私のシンプルな今の願いは、早く解放されたい、家に帰りたい、日常に戻りたい、それだけです。&lt;br /&gt;
大野裁判長、北村裁判官、大西裁判官には、最終的には公正で完全な無罪判決を出していただけることを確信しています。どのような妨害があれど、私が無実である以上、無罪という決論に収束するものと確信しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 名門・学習院の中・高等科を卒業後、東京電機大学に進学、父親は元IBMのエンジニア丑田俊二 ==&lt;br /&gt;
オタク風の人物がひも状のおもちゃでネコをあやし、満面の笑みで膝に抱きかかえてなでる。時に生ビールをすすり、携帯電話でネコを撮影?。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
逮捕前日、自らが報道機関に尾行されていることも知らず、東京・浅草の「猫カフェ」でくつろぐ容疑者の姿。NHKなど、大手メディアで紹介された「PCなりすまし事件」の真犯人、片山祐輔容疑者(30歳・以下呼称略)の映像や写真に驚きを覚えた人も多いのではないか。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
無断で撮影された同店の店長が言う。「たしかに2月9日の午後3時頃から約1時間、ソファ席に座りました。生ビール1杯を注文して、ネコと楽しそうに遊んでいた。ネコ好きのお客様という以上の印象はありません。困惑しているのは、マスコミ3社に店内で盗撮されたことです。報道後、『お前の店が盗撮してマスコミに売ったのか』というクレームが殺到しています。うちは勝手に撮られただけなのに・・・・・・。NHKさんには『映像を使わないでください』と申し入れました。そもそも、逮捕前にもかかわらず、なぜマスコミは犯人をつけていたのか、疑問です」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なぜ犯人を知っていたのか。それは、他ならぬ警察が、マスコミに事前に伝えていたからだ。警察の捜査を嘲笑い、ついに逮捕された片山とはどういう人物なのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
片山は名門・学習院の中・高等科を卒業後、東京電機大学に進学。4年時に退学してコンピュータの専門学校に進んだ。高校時代の同級生が印象を語る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「当時の彼は存在感がありませんでした。こんな大きなことをしでかすような人とは思えなかった」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
父親の[[丑田俊二]]氏はIBMにエンジニアとして勤めるかたわら、アマチュアの数学研究者として著述業も行っていた。福島大学→日本IBMにSEとして入社→人事部に異動したエリート社員。本業以外にも鉄道や数学関係の著書を出版している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年1月定年を目前に急死。祐輔は父親が死亡した際に丑田から片山に改姓、それまでと同様に母親との生活を続け、2歳違いの弟は結婚して実家を離れた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
のまネコ事件でも父親は1800万円を[[エイベックス]]に支払ってる。父親は証人尋問でエイベックスの被害総額1800万円も「できる限り被害弁償したい」と述べた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 精神科女医のつぶやき 片田珠美(23)世の「非モテ男」に捧ぐ ==&lt;br /&gt;
遠隔操作ウイルス事件で逮捕された片山祐輔容疑者&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2013年1月、この連載の19回目で取り上げた遠隔操作ウイルス事件で、容疑者の男が逮捕された。容疑を否認しており、真相は捜査の進展を待たねばならないが、モテなさそうというのが第一印象である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そういえば、2012年10月に連載8回目で取り上げた[[ｉＰＳ騒動]]男も、モテそうになかった。彼が性愛的に満たされていたら、虚言によって自己愛や自己顕示欲を満たそうとするようなことはなかったのではないか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もちろん、モテないから反社会的行為に走るというのはあまりにも短絡的な発想だ。だが、モテるか、モテないかは、特に男性にとって、「レゾン・デートル（存在価値）」に関わる一大事のようである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たとえば、今日は[[バレンタインデー]]だが、チョコがゼロだったらどうしようという不安を抱いている男性が多い。こうした男性心理を利用して、キャバクラなどでは、「あなただけよ」という甘いささやきとともにバレンタインチョコが手渡されるらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なかには、「バレンタインデー粉砕デモ」を実施する「革命的非モテ同盟」のような団体もある。「日本におけるリア充（＝現実生活が充実している人）バレンタイン文化に反対するため」という目的には、モテない男の恨みつらみがこめられているように見える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[ハッカー]]&lt;br /&gt;
* [[ハッキング]]&lt;br /&gt;
* [[ハッカー文化]]&lt;br /&gt;
* [[ライフハック]]&lt;br /&gt;
* [[ブリコラージュ]]&lt;br /&gt;
* [[クラッカー (コンピュータセキュリティ)|クラッカー]] (cracker)&lt;br /&gt;
* [[ウィザード]] (wizard)&lt;br /&gt;
* [[ギーク]] (geek)&lt;br /&gt;
* [[ナード]]&lt;br /&gt;
* [[ハッカージャパン]]&lt;br /&gt;
* [[Phrack]]&lt;br /&gt;
* [[カルト・オブ・ザ・デッド・カウ]]&lt;br /&gt;
* [[ハッカーインターナショナル]]&lt;br /&gt;
* [[ザ・ハッカー]]（アメリカ映画）&lt;br /&gt;
* [[中国紅客連盟]]&lt;br /&gt;
* [[アノニマス (集団)|アノニマス]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:かたやま　ゆうすけ}}&lt;br /&gt;
[[Category:2012年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:捜査特別報奨金制度]]&lt;br /&gt;
[[Category:インターネット犯罪]]&lt;br /&gt;
[[Category:オタク]]&lt;br /&gt;
[[Category:情報技術者]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>113.34.246.122</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E6%B1%A0%E6%B0%B8%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9&amp;diff=208191</id>
		<title>池永チャールストーマス</title>
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				<updated>2013-10-27T03:56:40Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;113.34.246.122: /* 学歴 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''池永 チャールストーマス'''（いけなが チャールストーマス、[[1992年]]6月5日 - ）は、変質者兼殺人犯である。[[大阪府]][[大阪市]]生まれ、[[京都府]][[京都市]]育ち。元カノの[[鈴木沙彩]]を殺して、Hな動画と画像をネット上にバラ撒いた[[性犯罪者]]。日本人とフィリピン人のハーフ。通名は池永仁。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 学歴 ==&lt;br /&gt;
* 平成20年3月 京都市立四条中学校卒業&lt;br /&gt;
* 平成20年4月 京都府立朱雀高等学校入学&lt;br /&gt;
* 平成23年3月 京都府立朱雀高等学校卒業&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:いけなか ちやるすとます}}&lt;br /&gt;
[[Category:人殺し]]&lt;br /&gt;
[[Category:大阪府出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:性犯罪者]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>113.34.246.122</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%B7%A8%E5%85%A5%E5%AD%A6&amp;diff=208190</id>
		<title>編入学</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E7%B7%A8%E5%85%A5%E5%AD%A6&amp;diff=208190"/>
				<updated>2013-10-27T03:54:49Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;113.34.246.122: /* その他 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''編入学'''（へんにゅうがく）とは、その[[学校]]に[[在籍 (学習者)|在籍]]していなかった人が、第1学年の始期を過ぎた途中から[[入学]]して、そのまま学ぶことである。&amp;lt;!--対義語は[[退学]]である。（ノートで議論中）--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
　第1学年の始期に入学することは、新入学ともいい、編入学は、通常の入学である新入学以外の入学形態の1種である。また、学校において'''[[編入]]'''（へんにゅう）とは、入学の際に行うかどうかを問わず、[[学習者]]を[[年齢]]や心身の[[発達]]状況などに応じた相当の[[学年]]に組み入れることをいう。編入学では、入学と編入を同時に行う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　編入学するに当たっては、編入学試験を課される場合が多い。また、[[高等学校]]以上の学校種に編入学にする場合は、取得単位の認定が必要である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　高校では、[[不登校]]などの理由で、高校に在籍していない者が[[サポート校]]へ編入学するケースが多い。[[高等専門学校]]や[[短期大学]]から[[大学]]への編入学者も多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 大学の編入学試験 ==&lt;br /&gt;
　大学の編入学試験は、[[短期大学]]・[[高等専門学校]]（高専）や[[専修学校]][[専門課程]]（[[専門学校]]）の卒業者及び卒業見込み者、4年制大学2年次修了者などを対象とし、主に大学3年次に入学する者を選抜する試験である。編入学年次を2年次とするところもある。文系学部や医学部等においては受験資格を大卒・大卒見込みとする場合もありこれは学士編入と呼ばれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　編入学試験の試験科目は、語学・専門科目・面接という場合が多いが、理系学部では、さらに理数系科目が追加される場合がある。試験は各大学・学部の独自作成問題による。また、国立大学の理系の特定学部では、主に[[短期大学]]、[[高等専門学校]]の同一専攻の卒業見込み者を対象に推薦編入学制度を持つ場合も多い。私立大学が系列や提携の短期大学・短期大学部に対して推薦編入学枠を用意している場合もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　選考実施の時期は　夏季～9月にかけて行われる場合や年度末の2～3月にかけて行われる場合が多い。編入学定員を設けて行う場合の多くは前者であり、後者の場合は欠員補充の意味合いが強い。しかし、12月に実施されるケースもあり、選考時期として特に統一された時期は無く、各大学・学部の自主性に委ねられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 編入学と類似する概念 ==&lt;br /&gt;
　編入学と類似する[[概念]]としては、ある学校に在籍している人がそのまま別の学校に[[学籍]]が移動する'''[[転学]]'''（てんがく）や、学校内で学籍が移動する'''転籍'''（てんせき）、同一学校内で学部・学科が移動する'''転部'''（てんぶ）・'''転科'''（てんか）などがある。（なお、転学による入学は、'''転入学'''（てんにゅうがく）とも呼ばれている。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　一般的に日本では、校種が同一の学校間を移るときには転学の手続きが必要であり、校種が異なる学校間を移るときには退学および編入学の2つの手続きが必要である。なお、例えば、[[外国]]の[[現地学校]]に通っていた人が帰国して日本の学校に通うときなどは、退学および編入学の手続きが必要である。（ただし、校種が同一の学校間を移るときに、退学および編入学の手続きを行うこともできる。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 既卒者の編入学 ==&lt;br /&gt;
　一部の[[学校種]]では同等学校の[[既卒者]]が再び入学できない場合がある。大学の場合は、既卒者でも再び入学できる。大学を卒業した人が入学・編入することは、'''[[学士編入学]]'''（がくしへんにゅうがく）または'''[[学士入学]]'''（がくしにゅうがく）という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== その他 ==&lt;br /&gt;
*近年、[[大学]]への[[編入学]]を推奨する短期大学が増加している。有名私立大学の附属や系属の短期大学（関東では[[青山学院女子短期大学]]、[[上智短期大学]]、[[立教女学院短期大学]]など。関西では[[関西外国語大学短期大学部]]、[[京都女子大学短期大学部]]、[[龍谷大学短期大学部]]など。）には、[[編入学]]の[[推薦入学]]枠が用意されている場合がある。また、他大学への編入学実績がある短期大学として[[大阪女学院短期大学]]、[[産業技術短期大学]]、[[京都経済短期大学]]、[[大月短期大学]]などが著名である。&lt;br /&gt;
*大学によっては編入という言い方をしないところもある。例えば[[慶應義塾大学]]通信教育課程のように、短期大学卒業者の場合には[[特別課程]]入学と呼ばれたり、他の大学卒業者の場合は、[[学士入学]]と呼ばれたりしている。&lt;br /&gt;
*編入学が盛んになっている現在、東京には中央ゼミナール、青山IGC学院、関西にはECC編入学院などの編入受験予備校も存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==参考文献==&lt;br /&gt;
*中央ゼミナール，『全国主要大学編入学試験案内(2009年度版)』，一ツ橋書店 ISBN 9784565095558&lt;br /&gt;
*滝沢まこと，『全国医学部学士編入学試験の攻略法』，エール出版社 ISBN 9784753927678&lt;br /&gt;
*宍戸ふじ江，『だれも教えてくれなかった大学編入』，東京図書 ISBN 9784489020247&lt;br /&gt;
*学研，『高校転入・編入ガイド 関東版〈2008～2009年〉』，学習研究社 ISBN 9784053027726&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[卒業]] - [[退学]]&lt;br /&gt;
* [[学士入学]]&lt;br /&gt;
* [[学校教育法施行規則]]&lt;br /&gt;
* [[高等専門学校#進学]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[http://www.e-scientist.net e-研究者.net]　医学部・歯学部編入学情報有り&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:へんにゆうかく}}&lt;br /&gt;
[[category:学籍]]&lt;br /&gt;
[[category:教育制度]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>113.34.246.122</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E9%88%B4%E6%9C%A8%E6%B2%99%E5%BD%A9&amp;diff=208183</id>
		<title>鈴木沙彩</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://18.236.240.21/mediawiki/index.php?title=%E9%88%B4%E6%9C%A8%E6%B2%99%E5%BD%A9&amp;diff=208183"/>
				<updated>2013-10-27T02:14:41Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;113.34.246.122: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{ActorActress&lt;br /&gt;
| 芸名 = 鈴木 沙彩&lt;br /&gt;
| ふりがな = すずき　さあや&lt;br /&gt;
| 画像ファイル = &lt;br /&gt;
| 画像サイズ = &lt;br /&gt;
| 画像コメント = &lt;br /&gt;
| 本名 = 同じ&lt;br /&gt;
| 別名 = &amp;lt;!--別芸名がある場合記載。愛称の項目ではありません。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
| 出生地 = [[東京都]][[三鷹市]]&lt;br /&gt;
| 死没地 = &lt;br /&gt;
| 国籍 = {{JPN}}&lt;br /&gt;
| 民族 = [[日本人]]&lt;br /&gt;
| 身長 = 161[[センチメートル|cm]]&amp;lt;!-- &amp;lt;ref name = &amp;quot;タレント名鑑&amp;quot;&amp;gt; &amp;lt;/ref&amp;gt; --&amp;gt;&lt;br /&gt;
| 血液型 = [[ABO式血液型|A型]]&amp;lt;!-- &amp;lt;ref name = &amp;quot;タレント名鑑&amp;quot;/&amp;gt; --&amp;gt;&lt;br /&gt;
| 生年 = 1995&lt;br /&gt;
| 生月 = 6&lt;br /&gt;
| 生日 = 22&lt;br /&gt;
| 没年 = 2013&lt;br /&gt;
| 没月 = 10&lt;br /&gt;
| 没日 = 8&lt;br /&gt;
| 職業 = [[俳優|女優]]&lt;br /&gt;
| ジャンル = [[テレビドラマ]]&lt;br /&gt;
| 活動期間 = [[2012年]] - [[2013年]]&lt;br /&gt;
| 活動内容 = &lt;br /&gt;
| 配偶者 = &lt;br /&gt;
| 家族 = &lt;br /&gt;
| 公式サイト = &lt;br /&gt;
| 主な作品 = [[浅見光彦シリーズ]] 44　砂冥宮（[[2012年]]、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]・[[金曜プレステージ]]） - 轟真純役&lt;br /&gt;
| アカデミー賞 = &lt;br /&gt;
| AFI賞 = &lt;br /&gt;
| 英国アカデミー賞 = &lt;br /&gt;
| セザール賞 = &lt;br /&gt;
| エミー賞 = &lt;br /&gt;
| ジェミニ賞 = &lt;br /&gt;
| ゴールデングローブ賞 = &lt;br /&gt;
| ゴールデンラズベリー賞 = &lt;br /&gt;
| ゴヤ賞 = &lt;br /&gt;
| グラミー賞 = &lt;br /&gt;
| ブルーリボン賞 = &lt;br /&gt;
| ローレンス・オリヴィエ賞 = &lt;br /&gt;
| 全米映画俳優組合賞 = &lt;br /&gt;
| トニー賞 = &lt;br /&gt;
| 日本アカデミー賞 = &lt;br /&gt;
| その他の賞 = &amp;lt;!-- [[#受賞歴|受賞歴]]参照 --&amp;gt;&lt;br /&gt;
| 備考 = &lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
'''鈴木 沙彩'''（すずき さあや、[[1995年]][[6月22日]] - [[2013年]][[10月8日]]）は、[[東京都]]出身の元・[[女優]]。 身長：161cm、体重：45kg、靴：23.5cm、血液型：A型。 所属していた芸能事務所は、株式会社トレンド。[[現代美術家]]の'''[[高松次郎]]'''の遠戚&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.ycassociates.co.jp/jp/ 三鷹市女子高生殺害事件に関してのご報告] YUMIKO CHIBA ASSOCIATES 2013年10月10日&amp;lt;/ref&amp;gt;。 [[脚本家]]・[[劇作家]]・[[演出家]]の'''[[倉本聰]]'''の[[姪]]の娘（本人にとって[[大おじ]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
* 小学校時代から児童劇団に所属し、女優を志す。&lt;br /&gt;
* 2013年10月8日、[[文化学園大学杉並高等学校]]3年在学時、東京都[[三鷹市]]井の頭1丁目の路上で、ストーカー被害に遭っていた男（元交際相手・日本人とフィリピン人とのハーフの[[池永チャールストーマス]]）に刺殺・斬首される。[[司法解剖]]の結果、死因は失血死&amp;lt;ref name = asahi&amp;gt;[http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000013861.html 血のついた軍手とサングラスが…三鷹・女子高生殺害] ''テレ朝news''&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20131009-OYT1T00641.htm 「交際巡り恨み」殺害…交流サイトで知り合う] ''YOMIURI ONLINE''&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
このことは知っとこと&lt;br /&gt;
お任せ以外の全ワイドショー及び&lt;br /&gt;
ニュースで取り上げられた&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
* 好きなスポーツ：[[水泳]]&lt;br /&gt;
* 趣味：[[英語]]、[[ヒップホップ]]、[[ランニング]]&lt;br /&gt;
* 特技：英語、[[絵]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演作品 ==&lt;br /&gt;
=== テレビドラマ ===&lt;br /&gt;
* [[浅見光彦シリーズ]] 44　砂冥宮&amp;lt;ref&amp;gt;[http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/131009/crm13100919120020-n1.htm 共演の俳優、中村俊介さん「真面目でひたむきな印象」] ''msn産経ニュース''&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2013/10/09/0006406266.shtml 沙彩さんの父親役ダンカン「酷すぎる」] ''デイリースポーツ''&amp;lt;/ref&amp;gt;（[[2012年]] [[フジテレビジョン|フジテレビ]]・[[金曜プレステージ]]） - 轟真純役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 映画 ===&lt;br /&gt;
* [[冷たい部屋]]&amp;lt;ref name = asahi/&amp;gt; （2010年） - バレエ教室の生徒・真由 役&lt;br /&gt;
サンジャポで出演シーンが放送された&lt;br /&gt;
* [[ガレージ・ドライブ]] （2013年）  - 葉月 役（※遺作）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== DVD ===&lt;br /&gt;
*[[学校の都市伝説 トイレの花子さん]] - 水沼エリ 役（2007年 エースデュースエンタテインメント）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:すすき さあや}}&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディアに加筆できない記事]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の俳優]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:殺人被害者]]&lt;br /&gt;
[[Category:1995年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:2013年没]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>113.34.246.122</name></author>	</entry>

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		<title>RYUDAI</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;113.34.246.122: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;''' RYUDAI '''（リュウダイ、[[1967年]]3月17日 - ）は、[[日本]]の[[AV監督]]。[[大阪市]]西成区出身、[[横浜市]]神奈川区在住。大阪芸術大学中退。本名は垣迫隆司。 &lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
== 人物 == &lt;br /&gt;
* AVメーカー・イズム（[[有限会社]]アイゼットエム）の[[代表取締役]]兼任AV監督を務める。  &lt;br /&gt;
* 豊満系[[アダルトビデオ]]のカリスマとして知られ、数多くの名作を世に送り出している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 学歴 == &lt;br /&gt;
* [[1985年]]3月 大阪産業大学高等学校卒業&lt;br /&gt;
** 4月 大阪芸術大学入学（後に中退）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
== 妻・川上真琴（垣迫奈央） ==&lt;br /&gt;
* [[2013年]]10月、アダルトビデオ（ＡＶ）女優を売春クラブに紹介したなどとして、[[警視庁]]保安課に職業安定法違反（有害業務職業紹介）容疑で[[逮捕]]された&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.47news.jp/localnews/tokyo/2013/10/post_20131017182150.html ＡＶ女優を“重量級”売春クラブに紹介　制作会社社員の女逮捕「作品の売り上げも上がった」]（[[産経新聞]]、2013年10月17日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [http://izumumakoto.blog134.fc2.com/ イズム的日常2]（川上真琴公式BLOG）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出典 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク == &lt;br /&gt;
* [http://www.izumu.net/ イズム公式HP]  &lt;br /&gt;
* [http://ryudaizm.blog100.fc2.com/ RYUDAI公式BLOG] &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:りゅうたい}} &lt;br /&gt;
[[Category:1967年生]] &lt;br /&gt;
[[Category:大阪府出身の人物]] &lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のAV監督]]&lt;/div&gt;</summary>
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		<title>森林原人</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;113.34.246.122: /* 外部リンク */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''森林 原人'''（もりばやし げんじん、[[1980年]] - ）は、[[日本]]の[[AV男優]]。4000本以上の[[アダルトビデオ]]に出演している。かつて[[Facebook]]で[[筑波大学附属駒場中学校・高等学校|筑波大学附属駒場高等学校]]卒業を自称していた。森康二郎。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://ktrr.info/moribayashi/top/ 森林原人SEX動画塾]&lt;br /&gt;
*[http://www.maxam.jp/sex/ セックスの向こう側　AV男優という生き方]&lt;br /&gt;
*[http://www.facebook.com/genji.moribayashi 森林原人] - [[Facebook]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:もりはやし けんしん}}&lt;br /&gt;
[[Category:1980年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のAV男優]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
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&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;''' 剣崎 進 '''（けんざき すすむ）は、[[日本]]のベテラン[[AV男優]]。芸歴20年以上。独特の甘い声が特徴。代表作は、[[1993年]]から始まった[[沢木和也]]との「ナンパ帝国」シリーズ&amp;lt;ref&amp;gt;[http://vobo.jp/av30.html AVマイスター・東風克智が語る AV男優30年史]&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出典 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://kenzakisusumu.com/ 剣崎進のSEX免許快伝]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:けんさき すすむ}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本のAV男優]]&lt;br /&gt;
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